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[16611] エミノート(Fate×デスノート)
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:12

大勢を救うために、小数を切り捨てなければならない。
そんなことは、子供のころから気づいてた。
すべてを救うのは不可能だってことも、分かってた。

でも、もし。
本当に、“最小限”の犠牲だけで済むのなら。
悪人だけが、その切り捨てられる内に含まれるのなら。
そんな方法があったら、俺は―――。



[16611] プロローグ1
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:53
じいさんがよく言う言葉は、正義の味方のあり方だった。
この多感な時期に、じいさんによって刷り込まれた正義の味方像は強烈で、子供心に大きな影響を及ぼした。
更に、最後の言葉が、正義の味方を継いでくれ、といううまの発言だ。
当時、小学生の俺としては、これは正義の味方にならんとあかん、とがんばらざるをえなかったのだった。

正義の味方。
正義とは何だろう。
中学二年生のとき、俺はずっとそんなことばかり考えていた。
そのとき、既に出しゃばり君と虐げられていた俺は、それでも正義を貫こうと不良相手に喧嘩を繰り返していたのだが、
しかしとうとう被害者にまで、うざいと言われてしまっていた。
頑張っていた自分としては、それはすごくショックなことで。
一体どうすればいいのか、分からなくなってしまっていたのだ。

退屈な人間。
退屈な風景。

ニュースでは、凶悪犯罪者の名前ばかりが聞こえてくる。
テロの話のせいで、好きだった戦隊もののアニメがつぶされた。

世の中は混沌としているが、日本は平和だった。

俺は、生まれてくる場所を間違えたのかもしれない。
被災地とかに生まれていれば、俺は迷わずに正義の味方としてふるまえたのかもしれない。
中学二年生なりの、妄想だった。

俺は、どうやったら正義の味方になれるのだろう。
誰を救えばいいのだろうか。
俺を、求めているものはいないのか。

……。


ふと、庭を見た。

黒いノートが落ちていた。

すべてはそこから始まる。










エミノート










「であと、のて?
なんだこれ、英語か?
読めない」

拾ったノートは、表紙に文字が書かれていたが、中学二年生―――しかも若干成績の悪い俺には、英語力が欠けていて、読み解くことができなかった。
パラパラとめくってみても、きれいな白紙がのぞくだけで、何も書かれていない。
タイトルはあるくせに。
意味不明だ。

しかし、よく見てみると、表紙をめくった1ページ目には、何やら表紙と同じ筆記で文章が書かれていた。

「ほう、と、うせ?
だめだ、おれには読めない」

過去動詞の段階で英語を投げ出した俺にとって、その文章は難解すぎた。
俺は基本、ローマ字読みしかできない。

そうだ、藤ねえに読んでもらうか。
藤ねえは確か、じいさんにそそのかされたおかげで、英語が得意だったはずだ。





「デスノート、死のノートね。
使い方、このノートに名前を書かれたものは、死ぬ。
うわー、物騒ね。なに、士郎。今はこういう遊びが流行ってるの?
だめよー。縁起でもない。
しかもこういうの、いじめの発端になりやすいのよねー」

このノートに名前を書かれたものは、死ぬ?
藤ねえから教えてもらった内容は、中学二年生の俺には衝撃だった。
本気で信じてはいなかったけど、好奇心はそそられた。

早速、名前を書いてみよう。
部屋に戻る。

誰がいいだろうか。
本当に死ぬわけでもなし、誰でもいいんだけど、どうせなら悪いやつがいい。
どうしよう。藤村のじいさんの名前でも書こうかな。
いや……ここは、こないだ強姦罪で捕まった、俺の中学の教師、渋井丸拓男の名前を書こう。
俺、あの先生には冤罪を何回もかけられている。
さすがの俺も、少しいらっときている。
書くしかないな、少しは憂さを晴らせるだろう。
大丈夫、本当に死ぬはずがない。

『渋井丸拓男 死ね 死ね! 死ね!! 死ね!!! レイプされて死ね!!!』

我ながら、自身の暗黒面がにじみ出た文章だったが、しかし誰が見ているわけでもない、日記のようなものだ。
これくらいはいいだろう。

その日は、よく眠れた。





翌日、新聞を読んだ。

『渋井丸拓男、自身が性的暴行を受け、死亡』

「……」

……。
…………!?





やばい……。
デスノート……本物なのか……?

いや……偶然ということも……。
だが……こんな偶然……あるのか……?
タイミングが……よすぎるぞ……。

「うっ」

吐き気がする。
もし本物なら―――俺は、人一人を殺したことに。

確かに渋井丸拓男は犯罪者だが、殺すほどだったか?
……。
俺は……人殺し……に……。
いや……やはり偶然では……。

そう……偶然……偶然だ。
そんな……名前を書いただけで死ぬなんて……ありえるはずが……。


『ノートを使ったようだな』

バサッという、鳥が羽を動かすような音がして、僕は振り返った。
そこには。

「うわああああああああああああああああああああああ!!!!」

化け物が、いた。





『俺の名前はリューク、死神だ』

「し、しにがみ」

しにがみ、だと。
しかしその容貌、醜い容貌、とてもこの世のものとは思えない人型の容貌。
否定はできなかった。

「し、死神があらわれたということは……このノート、本物なのか?」

心臓は尋常なく脈動しているが、頭は冷静だった。
冷静に、ここに死神が現れた理由を推察する。

『おお、本物だ。
そしてお前の考えている通り、俺はこのノートの元所有者でもある』

あ、ああ、本物……。
ということはやはり、渋井丸卓男を殺したのは……俺……。

しかもこの死神は、俺がノートを使ってから現れた。
ということは……俺は……。

「くっ、あ、あ……俺を、殺すのか?」

『いや? 何か勘違いしているようだが、俺はお前を殺さない。殺す理由がない。
さっきも言ったが、俺は元所有者、今の所有者は、お前だ』





死神リュークから教わった真実。
デスノートの効力。
死神の存在。
この世も死神の世界も、腐っているということ。
退屈さ。

『どうするんだ、エミヤシロウ?
今なら、デスノートの所有権を放棄させてやってもいいぜ』

「……」

……。
……。
俺は……。

「駄目だ……俺には……これは、こんなものは使えない。こんなものは間違ってる」

『そうか? もう一人殺っちまったんだから、何人殺っちまっても同じだと思うんだがなあ』

「! ……」

……ああ……。
確かに俺は既に、一人殺してしまっている。
ここでこれを捨てるなんて……逃げるのと同じでは……。
いや……でも……。

『このノートは使いようによっちゃ……正義の味方にだって、なれるんだぜ』

……!
そんな……こんなものを使って、正義の味方と呼べるはずが……。
俺は、すべての人間をすくいたいのに……こんな、絶対に人が死ぬものを……。
でも……。

……。
じいさん……。
…………。





そして舞台は2004年、冬。
個人情報保護法が、異常なまでに発達しきった社会。
その背景には、『キラ』という存在があった。




[16611] プロローグ2
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:54

『くっはっはっはっは! こいつはすごいぞ、シロウ。
今現在生きてる凶悪犯罪者、すべての名前を書いたのか!
ノートが20ページもぎっしり埋まったぞ!
ここまでやった人間は、お前が初めてだ……!』

声を荒げ、楽しそうなリュークとは反対に、俺は何も言わなかった。
ただ、下を向く。

やってしまった……。
もう、後戻りはできない。

じいさん……おれは……。

『おいおい、すごい目のクマだな、シロウ。
眠れなかったか?』

「……」

俺は……。
でも……。

……。

いや……俺しか……いない。
そうだ、俺しかいないんだ。

他のやつにノートを渡したとして……たとえば警察の手に渡ったとして、どうなる?
絶対悪用される。
最初は犯罪者相手に有用に使われるだろうが……いつか悪用する奴がでてくるにきまってる。
それに、善人面したやつは、何も言わずに燃やすかもしれない。
こんな、使い方次第では、とてつもなく有用なものを。

そんな……そんな風なことになるなら……俺が……。

俺が、これを、デスノートを―――しっかり、運用するしかない。
私利私欲ではなく、この世の悪を根絶するため、それだけのために。

「はぁ、はぁ」

息が荒くなる。
頭が熱い。

それはそうだ。
正義のためとはいえ、大勢の人間をこの手で殺した。
あの火事のときの、数倍は殺した。
その意味。
そのやり方が、エミヤシロウの基本骨子をゆがませるものであることは、分かっている。

けれど、他に誰がやる。
この世界で、初めにノートを手にしたものの、使命ではないのか。

今までの俺は、大勢の人間を―――すべての人間を救おうとしてきた。
けど、そんなことは不可能だ。
不可能だけど、それでもあがいていこうと、それが罪滅ぼしなんだ、と何も考えずにやってきた。
でも、本当に。
本当の意味で、“最小限”で、済ませられるかもしれない。
最小限の犠牲で、おさめられるかもしれない。
この、デスノートがあれば!

そうだ、俺しかいないんだ。
俺が、正義の味方として、こいつを管理してみせる。

見ていろ、じいさん。
形は違えど、これも一つの正義だ。




死神リュークは笑う。

『クククククくくくくくククククク。
やっぱり、人間って面白―――!』












エミノート











『最近、魔術の修行してないな、シロウ』

「あんなものは時間の無駄だよ、リューク。
そんなことをしているくらいなら、ノートに名前を書くさ」

俺がノートを手に入れてから、3年の月日がたった。
この三年、俺が凶悪犯罪者の名前を書くことで、犯罪数は激減している。
世界が、悪人を心臓麻痺で殺すものがいる、という事実を認知し切っているのだ。
人はそれを―――キラ、と呼ぶ。
正義の味方の存在を知ることで、自ら犯罪に乗り出すものはいなくなった。
要人を殺すことで、戦争さえも止めることができた。
デスノートの効果はすさまじい。

「流石だ、デスノート……これさえあれば、俺の思い描く世界が作れる」

悪人のいない世界。
恒久的な世界平和。
誰かが涙することのない世界が、作れる。

「警察も、そろそろキラを追うことを諦めるだろう」

当初は、やはりキラの存在を認めず、キラを逮捕するべくして世界の国家機関が動いてたという話も聞く。
しかし、最近はキラを認めると表明した国も現れ、そういった動きが収まりつつある。

『お前、ハナっから警察関係は無視してたもんな』

「俺を捕まえようとする意志は、別に悪じゃない。
むしろ、正義漢の表れともとれる。
そういうのは、嫌いじゃない」

どっちみち、そういうのは一時的なものだ。
時間がたてば薄れていくと、俺は悟っていた。

それに、デスノートだ。
デスノートなんだよ!
俺を、逮捕できるはずがない。





しかし、問題もある。

傍目から見て、治安はよくなったと言える。
表面上は、確かに良くなったのだ。

だが、この世界の裏には魔術師たちの世界がある。
そういった意味で、表に出てこない犯罪は、あまり抑止できてはいない。
ネットを使い、情報提供してもらうことで、何人かの名前を書くことはできたが、少ない。
基本的に秘匿主義である彼らは、顔を出すこともなければ名前さえも偽る。
デスノートには顔と名前が必要。
そういった意味で、魔術師たちによる被害を抑えることは、あまりうまくいってはいない。

「くそ、死ね! 魔術師ども……!」

『どんどん口が悪くなっていくな、シロウ。
最近寝てるのか? どんどんクマがひどくなっているぞ』

「死神に心配される覚えはないよ」

俺の部屋には、一昨年に導入したパソコンが、和室に不釣り合いに居座っている。
今ではすっかり愛用していて、一日の大半はパソコンの前にいる。

『しかし、魔術師か。
シロウは嫌ってるみたいだが、そいつらってそんなに悪い奴らなのか?
表沙汰になってないってことは、たいして悪いことはしてないんじゃないのか?』

「甘いぞリューク。
表沙汰にならない分、よけい性質が悪い。
あいつらは非道で陰気で、人の命なんざ何とも思っちゃいない。
そもそも、表に出ないのは情報操作のせいさ。
実際、どっかの国では島一つが吹き飛んだらしい」

『そ、それはひどいな……。
っていうか、そういう情報はどこから手に入れてるんだ?
表に出てこないんだろ?』

「だから二、三人、情報提供者がいるんだよ、魔術協会とかいうところから。
このキラとしての力を見込まれてね」

『……。
それ、大丈夫なのか?
逆探知とかされたら、お前がやばいんじゃないのか?』

「大丈夫だ、リューク。
この俺のパソコンは、あらゆるネットワークを経由し、プロテクトも馬鹿みたいにしかけてある。
機械音痴の多いらしい、魔術師にハッキングが可能なはずがない」

『へー。
なんだか不安が残るが、さすがに、ずっとパソコンの前に座ってるだけのことはあるな。』

「ああ。
パソコンの知識はついたが、おかげで学校の成績はぼろぼろだ。
でも、これさえあれば、大抵の犯罪者は殺せる。
まったく便利な世の中だよ。」





“キラすげー!”
“キラは闇の救世主だよ”
“でもキラって殺人者だよ”
“ばっか、そんなこと言ってると、キラに殺されるぞ!”

キラ。
キラ、か。

数年前から、魔術協会、教会で急激に知名度の上がった存在、キラ。
数多もの凶悪犯罪者を、心臓麻痺で殺している殺人鬼。
世間では義賊に近い扱いを受けているが、私たち魔術師からしてみれば、たまったものではない。

この、キラの力は、明らかに呪術とか、その辺が関与している。
沈黙にして神秘、隠匿を筋とする協会としては、これが表沙汰になってうれしいはずがない。
すぐに、キラには抹殺命令が、各部署にくだった。

しかし、捕まらない。
キラは、ぜんぜん捕まらない。
痕跡さえも見当たらない。

普通、魔術であれ呪術であれ、使われれば絶対に跡は残るはずなのだ。
魔力の残り香、それをたどることは、難しいわけではない。
効果が遠距離に及ぶのなら、それはさらに簡単になる。

しかし、捕まらない。
まったく、見当もつかない。
あげくの果てには、私たち魔術師の間でも、心臓麻痺で倒れる人間が現れだしたらしい。
最近では、これが魔術呪術によるものかどうかも疑問視され始めていた。

「キラ……キラ、か」

「どうした凛、何を思いつめている」

「別に。聖杯戦争とは関係のない話よ。」





『しかしシロウ。お前と会ってしばらくたつが、あのころと比べてお前、随分と変わったなあ。
あの頃のお前ときたら……すぐに泣きだすわ、鼻水たれながすわ、手首切るわ……壮絶だったなあ』

「昔の話だよ、リューク。
俺はもう、腹をくくった。
キラとして、最期まで悪人を殺していく。
この力のおかげで、救われた人たちもいるんだ……それは、間違いなんかじゃない」

『立派……立派かどうかは微妙だが、まあ、成長したと判断するぜ。
なんというか、感無量だな』

「どうしたんだ、リューク。
らしくないよ。」

『いや、お前も17になったからな。
そろそろ話しとこうと思う。
目の契約のことだ。』

「目?」

『そうだ。
この契約をすると―――視界に映る人間の、名前が見える』

「なに!?
なんだ、それ、無茶苦茶便利じゃないか!
何で今まで言わなかった、ふざけるな!」

『いや……忘れてたというか、そんな暇がなかったというか……』

「馬鹿!
名前が分からなくて、顔がわかってても殺せなかった奴らもいるんだぞ!
魔術師とか……魔術師とかな!」

『(どんだけ魔術師嫌いなんだよ……お前も魔術師見習いだろ……)
まあ、落ち着け。この契約には代償がある。魔術師の等価交換と同じだな』

「代償? なんだ?」

『お前の―――残り寿命の半分だ』





「キラ……だと。そんなものが存在するのか」

「ええ、おかげで魔術協会は最近、てんやわんやよ」

「……そのような存在、私は知らんぞ」

「アーチャーが知ってるわけないでしょ?
何で英雄が現代のこと知ってんのよ。」

「……」

「何を考え込んでるのか知らないけど、別に私たちには関係ないわよ。
こんな片田舎の聖杯戦争に、キラが出張るわけがないんだから」





俺はリュークに言った。

「ファッキン」

リュークは、即答かよ、と笑う。

目の契約。
それはとてつもなく魅力的な提案だ。
名前を知らなかったがゆえに、防げなかった事件というのは多い。
その能力は、キラにとってとてつもない武器になる。
けれど。

俺は、この世界の正義の味方として、長い間存在し続けなければならない。
俺の代わりはいないのだ。
俺ほどに、このノートを正義のためだけに使えるものはいない。
見つけるにしても、相当の時間がかかるだろう。
それまでの間を伸ばすのなら分かるが、短くするのは論外だった。

『まあ、そういう話もあるんだぞ、っていうことさ。
覚えておいて損はないだろ?』





(ま、また独り言を喋っている……)

衛宮士郎とリュークの会話を、障子ごしに盗み聞きしているものがいた。
間桐桜だ。

(最近、学校も休んでずっとパソコンの前に……。
これは―――世に言う廃人化現象。
ど、どうすれば)

考え込む桜。
しかし扉を開ける勇気は、彼女にない。





「じゃあ、俺からもいいことを教えてやるよ、リューク。
退屈が嫌いなお前に、朗報だ」

『なんだ?
お前そう言って俺にこないだ、りんごと偽ってイチジクを食わせたな。口がかぶれたぞ』

「あれは冗談だ。
まあ聞け。
―――もうすぐ、聖杯戦争というものがはじまる。」




[16611] プロローグ3
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:54

『どうしたんだ、シロウ。
学校に行くなんて、お前らしくないぞ』

「たかが一週間学校を休んだだけで、随分ないいようだな、リューク」

『いや、だってお前、完全に引きこもり状態だったから。
もう学校辞めるのかと思ってた』

「辞めないよ。
この一週間は、聖杯戦争の情報を集めていただけさ。
見てくれよリューク、この右手。
既に令呪の兆しが出ている」











エミノート











教室に入ると、クラスメイトの大半が、ぎょっとした目で俺を見た。
さすがに一週間も休むと、みんな驚くか。

『しかし何だってまた学校に?
聖杯戦争はじまるなら、もういっそ一カ月くらい休んじまえばよかったんじゃないのか』

「まあ、そういうなよ、リューク。
俺だって学校にくらい行きたいさ。
それに、最近藤ねえの俺を見る目つきに、引きこもりに対しての憐みが見え隠れする」

席につく。
隣に座っていた、間桐慎二とかいう馬鹿が話しかけてきた。

「へい、衛宮。
随分と休んでたけど、どうしたんだ?
停学でもくらったの?」

「まさか、違うよ。
おたふく風邪だ」

「へ、へえ……」

こんなやつでも、ちゃんとコミュニケーションをとっとかないと。
あらぬ噂を立てられかねない。

「桜のやつに移してないだろうな?
まったく、なんだって高校生にもなってそんなもんにかかるんだよ。
そのまま死ねばよかったのに」

ぐだぐだ言ってくる慎二を適当にあしらい、授業の準備をした。





昼休み。
生徒会室に行く途中、この学校のマドンナ、遠坂凛とすれ違う。

「ごきげんよう、衛宮君」

「!」

突然挨拶されて、面食らう。
この女と言葉を交わすのは、これが初めてだからだ。
何か、こいつと接点があっただろうか。
いや……ないはず。

「あ、ああ、よお遠坂」

「目にすごいクマができてるわよ。睡眠は貴重よ」

そう言って、遠坂凛は去って行った。
なんだ、俺のクマが気になっただけか。

よかった。
俺に憑いているリュークが、見えたのかと一瞬思った。
相手はこの土地の管理者。
十分に注意しなければならない。


『……』





生徒会室に入る。
しかし、いつもはいるはずの一成は、そこにはいなかった。

「仕事か?」

まあ、いい。
さっさと食おう。

『学園生活を満喫しているじゃないか、シロウ』

「そうか?
普通に過ごしてるだけだ」

『ああ……とても、戦争が起こるとは思えない雰囲気だな』

「……」

戦争。
聖杯戦争か。

「リュークとしてはどうなんだ?
数多の神話、武勇伝から排出される英雄同士の戦争。
興味はあるか」

『ぶっちゃけないな。
神話とか、俺、知らないし。
ただ、お前がそんな中、どう動くのか、ただそれだけが気になる』

「そうか……リュークは俺の味方でも敵でもない。
俺は、この戦争でリュークには何も期待してないよ」

『当然だな』

「ただ―――これだけは教えてくれ、リューク。
このデスノート……英雄に効くのか?」





「仮にこのキラというのが出てきたら、どうする、凛」

「いやだから出てこないって。
何でそんなのがわざわざ、冬木にまで出張ってくるのよ」

「分からんぞ。
万が一、そいつがマスターとして参加してきたら、非常に厄介な存在にならないか」

「いや、なるけど……。
けど、ねえ。
キラは心臓麻痺で人を殺すんでしょ?
そういうのって、どうなの?
サーヴァントに効くのかしら」

「効くさ。
サーヴァントの急所というのは霊核―――頭、首、そして心臓だ。
そこを麻痺させられれば、それは霊体の維持に致命的な打撃を与える。」

「本当なの?
結構もろいのね、サーヴァント」

「君は心臓麻痺というものを舐めているな。
心臓麻痺で死んだ英雄というのも存在するんだぞ。
そもそも心臓麻痺というのはだな、心臓の血液供給機能が消失し―――」

「はいはい、分かったわよ。
そんな仮定の話より、紅茶入れてよ」





『まあ、分からんけど―――効くんじゃないか?』

「曖昧な返事だな」

『そうは言ってもなあ。
死神は霊体なんて相手にしないし。
でも名前がある相手なら、基本効くんじゃないのか』

「心臓麻痺も?」

『うーん、わかんね。
けどまあ、デスノートは心臓麻痺だけじゃないだろ、殺し方は多彩だ』

「……」

要領を得ない答えに、イライラする。
これでサーヴァントにデスノートが通じなかったら……。

まあ、別にかまわない。
それだったらそれで、マスター殺しに専念すればいい。
聖杯戦争の基本は、マスター殺しと聞く。
聞いた話によれば、うちのじいさんも、そればっかりやってたらしいじゃないか。
別に恥ずべき話じゃない。

まあ、名前を知る、ということが一番厄介なわけだが。





「それともう一つ。」

『なんだ、要求多いな』

「リュークの存在は―――誰にも、俺以外の誰にも見えない。
これは真実か?」

『まあ、そうだろ。
でないととっくにお前、魔術師に見つかってるだろ。』

「そうだな。
しかし、すごい魔術師が出てきた場合はどうだ」

『(すごい魔術師って……)
いや、それでも大丈夫だろ。
基本、霊だの何だのよりも、俺たち死神は上位の存在だ。
なんつーか、そう次元が違うっていうの。
一応神様だぜ、俺ら』

「そうか。
頼もしいな、リューク」

『俺は何もしないけどな。
まあ、今までその英雄たちの寿命さえも食ってきた俺たちだ。
そこんとこの心配はしなくていいと思うぜ』

「ああ。
この前提がないと、俺は戦えない」

『まあ、ノートに触れられた場合は、その限りじゃないけどな。
あの間桐桜とか、危ないんじゃないのか』

「桜はそんなことしないよ。
あいつが俺の机をいじるはずがない」

『(けっこう危ないと思うが……こいつ、妙なところで素直だな)』




「じゃあ、今日から聖杯戦争を始めるぞ、リューク」

『そう言いつつ、なぜまだ教室にいるんだ?
もうクラスのやつら、みんな帰ったぜ』

「一週間も休んだからな。
随分と課題を与えられたよ」

藤ねえめ。
覚えていろ、今日、お前のおかずにマカビンビンを混入してやる。

『いきなり出鼻をくじかれたんじゃないのか?』

「まあな。
今日は取り寄せてもらった召喚陣で、サーヴァントを召喚するつもりだったんだが」

あてが外れてしまった。

『っていうか、取り寄せてもらったとか……大丈夫なのか?
それ、キラとしての立場を使って、だろ。
住所とかバレバレじゃん』

「大丈夫だよ、リューク。
一応、いろいろと経由させたし、ごまかしも入れたからね。
それに、取引相手はキラ信奉者だ。
心配はいらない」

リュークが、こいつ……大丈夫なのか、という顔をする。
心配性な死神だ。

さて、そろそろ課題も終わる。
後はこれを職員室に届けるだけだ。

もう時刻は六時。
外は暗くなり始めていた。





職員室で、藤ねえと罵倒しあった後、帰路につく。

ふと、弓道場が目に入った。
ここでも色々あった。
桜と会ったり、慎二を影ではぶったり、美綴と勝負したり。
色々なことがあったが、まあ、辞めた身だ。
もうかかわることはないだろう。

でも、足は勝手に弓道場に向かう。
しばらくは学校に来なくなる。
最後くらい、いいだろう。





しかし、その一瞬の気の迷いが。
俺を、とんでもないことに巻き込んだ。

弓道場の、前。
グラウンド。

金網越しの世界で―――二体の人外が、剣を交わしていた。


「(ああああああぁぁぁあああああああ!!!)」

声にならない叫びが、僕の胸を圧迫する。

『どうしたんだ、シロウ。
とうとう、気が狂ったのか?』

しかしリュークには聞こえていたようだ。

違う!
やばいぞ!
あの二体、あれは明らかにサーヴァントだ!

この、サーヴァントもまだ召喚してない時点で、やつらに遭遇してどうする!?
デスノートは、現時点では無力だ。

そしてご丁寧に、この空間には誰もいない……たぶん、人払いの結界がはられてたんだろう。
そんな慎重な相手が、目撃者の存在を許すと思うか?
殺されるわ!

『に、逃げればいいじゃないか』

そうだ!
逃げるぞ!

と、俺は振り返る。
しかし、運の悪いことに、足元には小枝が。
パキリ、という音がした。

遠くで、声が聞こえる。

「誰だ!?」





『お前って、まじめだから分かりにくいけど、本当はすげえ馬鹿なんじゃないか?』
終わった……。

俺は逃げる気も起きず、その場にうずくまった。
俺は、デスノート以外ではろくな魔術も使えない一般人だ。
なすすべもない。

「悪く思うなよ、小僧」

そう言って、青い男は、赤い槍を振りかぶる。

『つまんねえなあ、シロウ。
俺がノートに書く前に、殺されるなんてな』

そう言ったリュークの顔は、本当につまらなそうだった。
最期に見る顔がお前だなんて、本当につまらないな、リューク。




[16611] プロローグ4
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:54

くそがああああああああああ。
この、これからの世界において、絶対の正義となるはずの俺がああ!
こんなところでえ!
聖杯戦争、始ってすらいないところでえええ!
殺されるなんてえええええ!
うわああああああ、じいさあああああん!


「はっ」

悪夢の中、目が覚める。

気づいたら自分は、広いグラウンドの隅で寝ていた。
周囲には誰もいない。

夢……?
いや、でも俺は確か、青い男に殺されて。
どういうことだ……?

額にたまっていた汗が、制服にこぼれおちる。
そして気付いた。
制服の心臓部分には、赤い血の跡と、穴が開いていた。
その割に、肝心の胸には傷一つない。
さっきの青い男が、夢ではなかったことを思い知らされる。

『おっ? 起きたか』

視界の外にいたのか。
リュークが、上空から声をかけてきた。

「ど、どういうことなんだ、リューク。
俺は確か、青い男に槍を刺されたんじゃ?」

『ん? ああ、そうなんだけどさ。
なんか知らんけど、女が治していったぜ』

「女……?」

どういうことだ?
あの青い男のマスターか?
それとも赤いほうの……?

『いやー、初めて見たぜ。
すごいんだな、魔術って』

「……」

助けられた……?
この俺が……。
魔術師に……?
この世界の、諸悪の根源である魔術師に……?

「……」

『どうしたんだ、シロウ?』

ジクジクと痛み出す胸。
クラクラとする頭。
吐き気と闇、そして目の前の死神だけが今の俺の現実だった。











エミノート











くそっ!
この俺が魔術師に助けられるなんて……何ていう屈辱だ。

『助かったんだからいいじゃないか。
お前ってそんなにプライド高かったっけ』

「……。
キラによって犯罪が極力抑止されたこの世界……。
それでも行方不明者が多いのは何故だ。
気がつけば家一つ無くなってるのは何故だ。
あげくのはてには街一つが死滅させられることもある。」

その背景には―――必ずといっていいほど、魔術師の影がある。
調べれば調べるほど、情報を収集すればするほど。
魔術師というものが、どれだけ社会に、微量ながらも確実に影響を与えているかが分かる。

「奴らの実験のせいで、どれだけの無関係な人間が血を流したか……」

『……。
別に、人間と同じで、魔術師も全部が全部、悪いわけじゃないだろ。
お前だって、それで助かってるじゃん』

「そうだ。
だからこそ、俺は自分で自分が許せない」

自分の中の信念が、少しだけぶれようとしている。
剣が、さびるように。
それが―――自分の中で、屈辱的だった。

絶対の正義になるはずの自分が、こんなにも弱く、もろいのだという事実を、直面させられたような気がして。

「…………帰ろう、リューク」

『お前ってホントに頑固だな……』





「今気付いたが、嫌な予感がする」

『何だ、どうしたんだ』

魔術師のことを忘れ、今のこの状況を考えると。
あることに勘づいた。

家までの道すがら、俺は呟く。

「さっきの青い男―――俺が死んだかどうか、確認とかしないかな」





予想通り。
部屋でデスノートをいじっていたとき、警報は鳴った。

「……リューク」

『どうした』

「俺は今日、泣くかもしれない。」





振るわれる槍。
それをうまいこと避けたとしても、飛んでくる蹴りまでは防げなかった。

吹っ飛んで行く体。
土蔵の壁に叩きつけられ、肺から空気がなくなるくらい、息を吐く。

「り、リューク。
俺は、このデスノートってやつで、知略を挑むつもりだったが―――いきなり肉弾戦でぼこられるとは、思ってもいなかったよ」

呟く。
どこかを切ったのか、頭から血が流れるが、それでもこんな減らず口が叩けられるあたり、頭は冷静なようだ。

「何なんだ、てめえは?
魔術師でも何でもねえ一般人のわりに、どうして生き返ってやがる」

目の前の男が、暴力的な口調で悪態をつく。
くそ……こんな全身タイツにここまでやられるなんて。
何て無様だ。

『デスノートには顔と名前が必要……こんな奴に、名前を聞くなんてできないなあ、シロウ』

俺にだけ見えるのだろう、リュークが、青い男の背後から言う。
まったくだ。
こんなにも問答無用でフルボッコにされるような奴に、名前なんて聞いても一蹴される。

っていうか、名前を書く暇なんてない。

「ふざけるなよ……この、絶対の正義の味方である俺が―――」

それでも、どうにかしなければならない。
二度も黙って殺されるのはごめんだ。

命乞いでも何でも、どうにかして、名前を聞きださなければ。

「ま、待て。
待ってくれ、話し合おう」

懇願する。
男の眼には、さぞや自分は無様に映っただろう。

「あぁ?
お前と何を話せっていうんだ」

「……俺は正直、何故自分がこんな目にあっているのか、さっぱりわからない」

「―――」

「だが、自分がお前に殺されるということは分かる。
その前に、名前を教えてくれないか?」

「名前だと?」

「そうだ。
俺は……名前も知らない奴に、殺されたくなんてない」

「―――」

押し黙る男。

くそっ。
だめか……。
そうだ、サーヴァントにとって真名というのは重要な意味を果たす。
俺のような見ず知らずの奴に、教えてくれるはずが―――。


「―――クー・フーリンだ」






!?

「クー・フーリンだ。
覚えておけ」

何を思ったのか、青い男は自らの真の名を、自ずから名乗った。
これが英雄。
なんという義理堅さ。
それがどういう意味を持つかも、分からずに。

『くっくっく、言ってみるもんだな。』

ああ、本当だ、言ってみるものだ。
まさか本当に素直に教えてくれるとは。

クー・フーリン……後はこれを、ノートの切れ端に書けば……。

「おい、もういいか?
そろそろ、お前を殺したいんだが」

「い、いや、待て! 待ってくれ、タンマ!
その名を、メモしておきたい。
俺は書かないと覚えられないタイプなんだ!」

「……注文の多い野郎だ。
じゃあ、1分待ってやる。
これも情けだ……何も知らねえ野郎を殺すなんて、寝覚めが悪いからな。
ただし、時間になったら確実に殺すからな」

!?

一分……だと。
一分もくれるのか。
一分あれば書きこんでから45秒まで、ギリギリ間に合う。

何て馬鹿な奴だ。
その油断と慢心、義理堅さが、お前の命取りだ。


ズボンのポケットに入れてあった、デスノートの切れ端を取り出す。
……!
やべえ、ペンがねえ!

俺は馬鹿か!
切れ端だけいつも持ってても、書くものがなければ意味がない!
何でこんなこと、今まで気づかなかったんだ、くそが!
ちくしょう!
やむをえん!

俺は、右手の親指を噛む。
そしてそのまま―――表面を噛みちぎった。

力を入れすぎたか、親指から勢いよく血が噴き出した。

「おい……お前、そこまでして俺の名をメモりたいのか……」

青い男は言った。
くそ、俺だって好きでこんなことをしているわけじゃない!

さっさと名前を書かないと。
たとえ血であろうが。
うわ、書きにくい。

『クーフーリン』

切れ端いっぱいを使いながらも、なんとか書きあげる。
血というのは、予想以上に書きにくかった。
書きだすまでに13秒……心臓麻痺までの時間を考えると、本当にギリギリだった。

『くっくっくっくっく』

リュークの笑いが、妙に耳ざわりだった。





「そういやお前、何で生き返ってんだ?
魔術師じゃないのか?」

「違うよ……気づいたら何故か生き返ってたんだ。
俺にも、よく分からない。」

いくらか、男と雑談をしながらも、40秒が経過した。

―――あと五秒。

死ぬかとも思ったが、どうやら何とかなりそうだった。

危ないものだ。
さすがは聖杯戦争か。

3、2、1


「一分だ。
じゃあ、殺すぜ」

――――――。

…………。

……。

!?
!?


え……えええ!?




[16611] プロローグ5
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:55

どういうことだ!
何故死なない!?
ちゃんと名前は書いたし、明らかに45秒たった!

何故だ!

まさか……偽名!?
ここまできて……偽名!?
この男が、自分から名乗っておいて、偽名を使うか!?
そんなこと、ありえるのか?
いや……でも、こうなってくると、名前が間違っているとしか……。

『くっくっくくっ。
やっぱ、お前っておもしれーな。
偽名とかもそうだが、おまえはそれ以前の問題なんだぜ、シロウ』

リューク!?
どういうことだ。
やはりデスノートはサーヴァントに効かないのか。

『いや、殺せるな。
俺の眼には、この男の寿命や名前が見えている。
俺の眼に、名前が見えているということは―――それは、デスノートで殺せるということだ』

そんな馬鹿な!
じゃあ、なぜ殺せない!
くそが!
どうなってる!?

『学がないとこうなるのか。
無様だな、シロウ』











エミノート











「色々あったが、これで仕舞いだ。
じゃあな、小僧」

何故だ、何故殺せないんだ!
くそ!
くそおおおおおお!!

『デスノートの基本中の基本さえも忘れたお前の負けだ。
ま、おもしろかったぜ、シロウ』

既にバイバイ宣言のリューク。
負けるのか?
この俺が、デスノートを使っても、負けるというのかあああああ。

うわあああああああああああああ!!





しかし、奇跡は起きた。

土蔵に偶然あった魔方陣。
じいさんが作ったのか、遺産ともいうべきそれから、召喚されるものがあった。

サーヴァント。
セイバーのクラスが、この聖杯戦争の最後の参加者として現れることになる。

「問おう―――あなたが私のマスターか」





現れたセイバーは、ランサーへと相対する。

一振りで外へと吹き飛ばすと、そのままランサーと剣戟を繰り広げる。

俺は、黙って見ていることしかできなかった。

『くっくっく、危なかったなあ、シロウ。
あと少しで、俺は死神界に帰るところだった』

「……。」

今でも、心臓の鼓動が耳に聞こえる。
荒れた呼吸が、収まらない。

死ぬところだった。
……危うく、死ぬところだった。

今、あのサーヴァントを俺が召喚できていなかったら、俺はここで死体になっていただろう。
この、絶対の正義となるはずの、俺が、あっさりと。


聖杯戦争……なめていた。





「ゲイ……ボルク―――!」

「ぬ……ああ……!」

「かわしたな、セイバー。我が必殺のゲイボルグを―――」

「っ―――!? ゲイボルグ!? 御身はアイルランドの光の御子か―――!」

俺がへこんでいる間にも、聖杯戦争はどんどん進んでいく。
しかし……どうしてデスノートが、あの男に通じなかったんだ。
ゲイボルクということは、アイルランドの英雄、クー・フーリンであることはまず間違いないはずだが……。
待てよ……。
アイルランド……?

『おい、シロウ。
お前のサーヴァント、やばいんじゃないのか?』

「ん? ああ……」

セイバーを名乗った少女は、青い男の宝具による致命傷は避けたものの、受けた傷は深いようだ。
苦しそうに、胸を押さえている。

「まあ、いざとなったら令呪を使えばいい……」

そんなことより、あの男の名前だ。
少し、真実に近づいた気がする。





いざこざがあった後、ランサーは逃げ出した。
ここは助かった、と喜ぶべきだろう。
しかし何を思ったのか、セイバーが奴を追いかけようと身を乗り出した。

「バ……ま、まて!」

見れば、少女のダメージは見た目より深刻だ。
血が、とめどなく胸からあふれ出している。

「待て! 今奴を追うのは得策じゃない!」

セイバーの肩をつかむ。
今、ここでこの少女に死なれては困る。
サーヴァントは、俺のこれからの戦いに必要だ。


少しの討論があった後、セイバーは外に他のサーヴァントがいると言い出し、俺の意見を無視。
俺の叱咤の声も聞こえないふりで、塀の外へと飛んで行った。
なんだ、こいつは……テンぱってるのか?





外にいたのは、遠坂だった。
遠坂は、セイバーによって押さえつけられ、剣を突き付けられている。

遠坂……遠坂だと!?
では、あの青い男は遠坂のサーヴァント……いやその割には、主の窮地に青い男が現れない。
別件か……サーヴァント同士の戦いを察知し、見に来たのか……?

とりあえず、どうしたものか。
このままセイバーに……。

いや、まだだ……まだ、状況が把握できていない。
仮に遠坂がマスターだったとしても、流石にこの女のフルネームぐらいは分かる。
何かあっても、すぐにデスノートには書きこめる。
問題はない。

『くっくっく。何かあってからじゃ遅い気もするけどな。
お前、本当は女はなるべく殺したくないんじゃないのか?』

うるさい死神を無視し、俺は二人の間に割って入った。

「待て、セイバー!」





どうやら遠坂のサーヴァント・アーチャーは、既にセイバーによって切り伏せられた後らしい。
それでも気丈に遠坂は振る舞い、俺自身のことについてやたらと切り込んできた。

「あなたは、魔術師でも何でもない、ただの一般人なの?」

「ああ、そうだ。
本当に偶然、セイバーを召喚してしまって……正直、何がなんだかわからない」

俺は、何も分からないふりを決め込む。
それがきっと、一番いい。
下手に親父が魔術師だった、などと言っても、彼女は喜びはしない。
俺が聖杯戦争のことを知っているのも矛盾が生じる。
ここは、彼女の庇護欲を書きたてるような性格を演じたほうがいい。

セイバーは黙っていた。
何を思っているのかは、その表情からはうかがい知ることができない。





遠坂の提案で、教会に行くことになった。
言峰綺礼。
遠坂の後身人であるという彼に会って、聖杯戦争のことを教えてもらうために。

正直、余計なお節介だった。
が、教会の人間というのは見ておきたかった。
教会の理念と、自身の理念は通ずるところがあったからだ。

『おいシロウ―――いつまでこんな茶番をやるつもりだ?』

周囲には、俺と遠坂と、カッパを着たセイバー。
しかし、俺の視界にのみ映る4人目は―――今の俺に、不満のようだった。

「(リューク……何のことだ)」

『明らかに、この女を生かしておく理由がないだろう。
今は敵意がないにしても、いずれは倒すべき敵だ。
ここで始末しておくのが一番いいんじゃないのか……?』

「……」

「どうしたのよ、シロウ。
急に黙りこんで。前から思ってたけど、あなたって顔色悪いわよ」

こうして話すようになって、1時間ほどしかたっていないのに、既に名ざしになっている少女―――遠坂、凛。
俺がそう演じているとはいえ、一般人に対してここまで世話を焼く敵というのも、珍しい。
魔術師とは、思えない。
俺の聞いた魔術師というのは、利己主義で自分のためなら他人の命を奪うことも厭わない冷徹な機械、そういったイメージを抱いていたのだが。
この少女から、そういったものは見えない。

なんていうか、ただのいい奴だ。

『……情がうつったか』

「―――」

いや。
まさか。

俺は、この世界の秩序を担う、正義の味方になると決意した。
そのために、障害となるものは消す。
それがたとえ―――遠坂でもな。

ただ今は、そのときではないというだけだ。

「(違うよ、リューク。よく考えてみろ)」

『?』

「(この先、さっきの青い男―――ランサー以上の強敵が現れてみろ。
セイバーじゃ勝てない、デスノートも効かない、そんな相手と戦うにはどうする。
そうだ、これがバトルロワイヤルの重要なところ―――共闘だ。
明らかに目立った敵に対しては、他の敵と一時的に手を組むことも必要になってくるかもしれない。
そんなとき、一番とっつきやすい相手は―――遠坂じゃないのか?)」

『へーえ。何だ、ちゃんと考えてるんだな』

……。
当たり前だ。




[16611] プロローグ6
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:55
教会へ行く途中。
俺たちはこんな序盤から、最強の敵と逢いなすことになる。

「ねえ、お話は終わったの?」

白い髪に赤い瞳。
まるで妖精のような少女と―――その後ろにそびえる、鋼色の巨人。

「はじめまして、リン。
私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
この意味―――分かるわよね」

「アインツベルン―――?」

その名前に、かすかに遠坂がゆれた。

しかしそれもつかの間。
挨拶は終わりとばかりに、それまで隠れていた殺意が剥き出しとなった。

『くっくっく。一日にサーヴァント二体と遭遇とは、運がいいんだな、シロウ』











エミノート











「やっちゃえ、バーサーカー!」

「■■■■■■―――!」

巨人が咆哮する。
岩の塊のような剣を握ったまま、バーサーカーと呼ばれたそれは、こちらへと突進してくる。

「逃げるぞ、遠坂!」

「あ、ちょっ!」

それを見て、俺は遠坂の手を引いて走り出した。
背中を見せる形にはなったが、セイバーが即座に迎撃してくれるのを感じ取り、躊躇なく逃げ出すことができた。





剣戟の音が、こちらにまで聞こえてくる。
戦いの中心から、離れた位置で、電柱を盾に俺と遠坂は観戦していた。

「やばいわね……あのサーヴァントのステイタス。
明らかに常軌を逸してるわ」

「そうなのか……」

しかし、体系的にもそれは見れば見るほど感じられる。
セイバーの三倍近くの身長を持っていると見ていい。
別に背丈が強さに比例するわけではないが……しかし、あの大きさは異常だ。
史実に基づいたタイプの英霊というより、神話系だろう。

セイバーも戦えてはいるが、あの様子では―――いずれ。


「ちょっ! やばいわよ、どうしよう。
アーチャーを呼び戻そうかしら……!」

テンパッている遠坂とは逆に、俺は冷静だった。
遠坂……聖杯戦争の定石を忘れているな。
あんなデカブツを相手にするよりも、剥き出しの弱点を狙うべきだ。
―――マスター殺し。

……ポケットには、デスノートの切れ端がある。
さっき家に戻った時、念のためにボールペンも入れておいたが、功を奏したようだ。

あの少女の名前を、デスノートに書く。
馬鹿正直にさっき自己紹介をしたようだが、それが運のつきだ。
あんな幼い子供を殺さなければならないのは、少し胸が痛むが……しかしあんな凶暴なガキ、放置したらとんでもないことになる。
見過ごすことはできない。
この俺に名前をさらしたその意味を、とくと知るがいい。

『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』

発音からして、こんな感じだろう。

「ちょっと、この馬鹿!
敵の名前をメモってる場合じゃないわよ!」

遠坂が横で切れてたが、しかしそんなことはどうでもいい。
これで戦いも終わりだ。

『くっくっくっくっく』

リュークが笑っている。
その笑いは、さっきのランサーのときと似たような声質だった。





そして思い出す。
さっきのランサーのとき。
何故デスノートが効かなかったのか。

その、理由。
理由を、俺は、気づきそうなところまで、いったが。


―――あの、明らかに異国の少女の名前を、カタカナで書くことで。
ようやく理解するに至った。





ようやく、リュークが笑っているその意味を理解できた。
この死神は、俺のことを馬鹿を見るような眼で見ている。
くそ。
本当に屈辱的だったが、そう思うのも納得だった。

『くっくっくっく』

リュークに笑われるのも癪になってきた。
俺の考えの、間違いを正そう。

「(分かっているよ、リューク。
これはギャグだ。
これでは―――あの少女は、死なない)」

『お?
なんだ、分かってるじゃないか』

「ああ。
さっきのクー・フーリンといい、デスノートの基本中の基本を忘れていたよ。」

この聖杯戦争自体が、日本国内で行われていることから、俺は少し思い違いをしていた。
ぼけていたと言ってもいい。

そう、デスノートに書く名前は―――。

「その人間の、生まれた場所に左右される―――言語が、重要となる。
つまり……!」

『そうだ。
今回の場合、耳であの少女の名前を聞いてもまったく意味がない。』

「適応する言語において。
あの少女の、本来の名前の綴り―――スペルが、分からないと駄目なんだ」




[16611] プロローグ7
Name: 蒲生ゆひ◆980efe31 ID:4db69d89
Date: 2010/02/19 03:55
あの少女の、外国語によるスペルが必要。

ようやく、そのことに気付いたはいいものの。
ぶっちゃけ、どうしようもない。
あの少女の顔と服装を見るに、たぶん、あれはドイツの生まれだ。

ドイツ。
ドイツ語……。

英語ならまだしも、ドイツ語。
そんなものが、この偏差値35の衛宮士郎様に―――分かるはずがないだろ!











エミノート











『くっくっく、今度はスペルか。
名前が分かっても、つづりが分からないと意味ないわなあ。
外国人って、意外と天敵なんじゃね』

本当だよ……洒落になってない。

遠坂なら、ドイツ語はできる。
遠坂に頼んで、適当にあの少女の名前らしきスペルを、箇条書きさせてもいいが―――俺は、あのデスノートのルール、
『四度の書き間違いで、そのものがデスノートに対して無敵になる』を、忘れたわけではない。
こんなところであんな少女に、無敵になられてはたまったものではない。
リスクが高すぎる。
それに、こんな状況で遠坂がペンを握ってくれるとは思えない。
この案は却下だ。

それくらいならばむしろ―――あの巨人の名前を、デスノートに書く方が、得策だろう。
一周回って、考えはあの巨人へと向く。

真名が分かり、かつそれが俺でも書ける言語ならいいのだが―――さて、どうしたものか。
真名の重要さは、向こうにとっても百も承知だろうし。
いくら幼女とはいえ、自分からばらすような馬鹿ではないだろう。
くそっ!
どうしたら……。

「無駄よ、お兄ちゃん!
勝てるわけないじゃない!
私のバーサーカーの真名は、あのギリシャの大英雄、ヘラクレスなんだから!」

……。

……。
…………。

!?





「……バカっているんだな」

「衛宮君?
あなた、さっきから意外と冷静ね。敵の名前をメモったり……。
このままだと私ら、やられるわよ」

「ん? あ、ああ……」

つっかかってくる遠坂を尻目に、俺は再び後ろポケットから、ノートの切れ端とペンを取り出していた。
偶然中の偶然。
まさか、自分から真名をばらす馬鹿がいるとは……。
しかもヘラクレスと言えば、ギリシャ神話の英雄……ならば、英語でいいはずだ。
デスノートに、なんとか書くことができる!

これも慢心か……。
まあ、幼女なら仕方ない。
少しの油断が命取りになるということを、教えてやる。





死神リュークは、悟っていた。
彼には、少女と巨人の真名が見えている。
見えているからこそ、彼には分かる。

『(こりゃ、シロウには無理だな……)』





ヘラクレスのつづりくらいは分かる。

『Herakles』

こうだ!
何かのネットで見た。
間違いはない。

―――勝った!

ふ……フフフ……。
駄目だ、笑うな、こらえるんだ。
ここで笑ったら、遠坂に頭がおかしくなったと勘違いされる恐れがある。

そもそも、笑ってる場合ではない。
この45秒の間に、セイバーがやられてしまっては意味がないのだ。
令呪の使いどころを誤ってはいけない。
慎重に、戦いを見守らなければ。





―――45秒経過。
セイバーとバーサーカーは、いまだに戦い続けている。

戦い続けている。

戦い続けて……。


……。
……。

なに!?

なんだと!?
どういうことだ!?
今度はなんだ!
なんなんだ!?

「何故だあああああ!?」

「ちょっと、衛宮君……急に取り乱さないでよ……。気持ちはわかるけど」

ど、どうしてだ。
なぜ、バーサーカーが、まだ生きている?
偽名? 書き間違い? ……馬鹿な!
馬鹿なああ!





セイバーが戦い続けて、既に五分が経過している。
五分……それは、サーヴァント戦においては長すぎる時間だった。
しかも、彼女は今までランサーにアーチャーと、連戦を強いられている。
さらに、相手は最強の敵であるバーサーカー。
おまけにランサーにやられた傷が完全に開いてしまっている。
彼女の疲労とダメージは、ピークに達していた。
バーサーカーの一撃を受けるだけで、たたらを踏むどころか―――

「くっ!」

吹き飛んでも、おかしくはなくなってきている。
単調な一撃でありながら、その威力たるや強大だ。
最初は受けられた攻撃も、もはや防御さえ叶わなくなっている。
セイバーは、自身の限界を感じていた。





―――ついに、セイバーが動かなくなった。
バーサーカーによって壁に叩きつけられた彼女は、死んではいないものの、もう動くことはできない様子だった。

終わった。
その姿を見て、一番絶望したのは他でもない、衛宮士郎だった。

(ランサーのときといい、まさかこんなにもデスノートが無力だったなんて……。
俺は、デスノートさえあれば何でもできると、調子に乗っていたのか……?
俺は……正義の味方には、なれないのか……じいさん……。)

少女は笑う。

「ふふふ……もうセイバーは動けないみたいね。
さあ、て」

少女は、満面の笑みで衛宮士郎を見た。
彼女の目的は、最初から彼にある。

「私が用があったのは、あなたよ、お兄ちゃん。
あなたが今までどれだけ幸福だったのかを教えてあげるわ。
来なさい」

来なさい。
そう言われて……殺されると分かっていて、本当に来る馬鹿はいない。
しかし、彼女の眼には魔力が灯っていた。
―――魅了。

対魔力がほぼゼロである衛宮士郎に、あらがう術はない。
ふらふらと、夢遊病のように少女の方へと歩いていく。
そこに、自身の意思はない。

「!? シロウ」

「あら、あなたはだめよ、リン。
ここは見逃してあげるから、さっさと自分の家に帰ったら?
それとも、ここで死ぬ?」

「っ……」

遠坂凛は、聡明な娘だ。
すぐに、その提案がひどく魅力的であることを察する。
ここで暴れたとしても、自分も衛宮士郎もすぐに挽肉になってしまうのは、想像にたやすい。
ならば、ここで黙っていた方が、少なくとも自分の命だけは助かる。

「ほうら、おいでシロウ」

衛宮士郎は、完全にイリヤのなすがままになっている。
自分は、そんな彼女を黙って見ていることしかできない。
去っていく少女。

ホッとしつつも、大きな不安。
しかしどうしてか。
衛宮士郎が、ここで終わるはずがないと。
予感めいたものを、彼女は感じていた。



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