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[16596] 戦極姫 武田・上杉編
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/16 07:37
 初めまして、496と申します。
 この作品は(クソゲーと名高い)戦極姫の2次創作作品です。
書こうと思ったきっかけはこのゲームのスレを見てから寝たら、この話の夢を見たからです。
 設定として、武田ルートと上杉ルートをあわせたような話です。
ゲーム内にこんなストーリーがあったらいいな、という気分で書いています。
(脳内では支配領域が○カ国これくらいだから、この話だろうなという妄想もしています(笑))
基本的にゲーム内の設定に準拠していますので、人間関係などは公式HP及びゲーム等でご確認ください。
<公式HP>
ttp://www.ss-alpha.co.jp/products/sengokuhime/
ttp://www.ss-alpha.co.jp/products/sengokuhime2/
 詳しい出来事は後々語っていきますが、始まりは主人公、天城颯馬が長尾景虎のもとに仕官し、上杉の宿敵武田信玄の館、躑躅ヶ崎館を包囲したところから始まります。
 尚、戦国時代についての知識は人並みですので、もし、違和感や違う箇所等ありましたら、是非ご指摘ください。

 それでは、前置きが長くなりましたが、本文をどうぞ。



[16596] 第1話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/09 08:05
 「まだ駄目か…」
 天城颯馬がいる上杉軍は、宿敵ともいうべき武田軍総帥、武田信玄の館を包囲していた。
 騎馬隊により甲斐の虎と全国に名をとどろかせていた武田軍だが、今や風前の灯火。
風林火山雷陰の一字を授かっている6将とともに、信玄は館の中に籠もっていた。
 上杉謙信は幾度となく降伏するよう使者を使わせていたが、いずれも拒否されてきた。
もうこれ以上待つことは難しく、このままでは館に火を放つことになるだろう。
 そもそも、今の信玄が他ならぬ謙信からの降伏を受け入れる可能性はほぼ無い。
颯馬は昔の信玄しか知らないが、武田からの文や、これまでの戦場での言動を考えるに、
清和源氏を祖とする名門武田が、上杉の名を譲り受けただけの成り上がり者の謙信に頭を下げることなどあってはならない、と考えているのだろう。
 だが、出奔した身とはいえ、颯馬も武田の血筋の人間である。
武田の血が途絶えるのを指をくわえて見ているわけにはいかない。
そもそも、颯馬が家を出たのは武田の血を守るためであった。
それが、こんなことになるというのも自業自得の部分が大きいとはいえ因果な話である。

 ふと、颯馬の足をたたく者がいた。下を見ると、キクゴローが「だまって見てていいの?」とでもいいたそうな顔でこっちを見ている。
颯馬は首を横に振り謙信様を見る。
 先ほどの降伏拒否の知らせを聞いてから、謙信は目をつぶったままだ。
謙信もできることなら信玄らに生きて欲しいと考えているのだろう。
しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
 兼続や宇佐見、その他この場にいる上杉の重鎮たちが、謙信からの命を待っている。
もう場の雰囲気は館に火をかけることやむなしという空気である。
颯馬にとってこの状況は打破したかった。

 その時、上杉の陣を風が駆け抜けた。
謙信はゆっくりと目を開けいった。
「皆、待たせたな。これから我が軍は全軍をもって…」
「お待ちください!」
 謙信が全軍をもって総攻撃を仕掛けるといおうとしていたときである。
颯馬は謙信の命を遮って声を出した。
「颯馬!貴様、謙信様が命を出そうとしているときに…」
「よい、兼続。颯馬、何だ?」
 謙信は兼続を制し、颯馬に顔を向ける。
「はい。謙信様。私を使者として信玄の所に行かせてください」
 この発言に場の空気は大きく揺れた。
「お前!気は確かか? 一軍の将たる者が、敵陣に使者としていくなど、正気の沙汰とはいえんぞ!」
 兼続の言い終わるのを待って、謙信は颯馬に向かって訪ねる。
「何か策を用いる気なのか?」
 他の当主なら、ここで頷けば行かせてもらえるかもしれないだろう。しかし、颯馬は謙信とは策を用いるのは相手が仕掛けてきたときのみと約束を交わしている。
何もしていない武田に対し策を用いるといっては逆効果である。
だからといって颯馬はこの場で自分の正体を明かすわけにもいけない。
ここは慎重に言葉を選ばなければ館へ赴くことは許されないだろう。
「ん?どうした颯馬。答えられぬのか?」
「いえ、特に策といったものはございません。しかし、武田信玄はここでなくすには惜しい人物です」
「うむ、それは私も同感だが、肝心の信玄が降伏してくれぬにはどうしようもないではないか」
「ですから、私を使者として遣わしてください。曲がりなりにも上杉の軍師がきたとあれば、信玄とはいえども無下に追い返すことはしないでしょう。直接会って必ずや説得してみせます」
「それなら、そなたではなく私自ら赴いた方がよいのではないか?」
 謙信が言い終わると突然兼続が、
「謙信様!駄目です。いくら謙信様とはいえ武田の館に単身乗り込むなど」
 といって俺と謙信様の会話に割って入ってきた。
日頃から戦場ではその身に毘沙門天を宿らせ、先陣を切って駆け抜ける謙信だが、さすがに敵陣に一人行かせるのは心配だったのだろう。
「いえ、兼続殿の仰るとおり武田の館に謙信様一人行かせるわけにはいけません。それに、信玄は謙信様を目の敵にしております。謙信様ではまとまる話もまとまらないでしょう。ここは、私のような者が赴くのが一番かと思います」
「だが、颯馬。あの信玄が今更姑息なまねなどしないと思うが、万が一、武田の兵がそなたに危害を加えようとしたらどうするつもりだ? そなたは上杉の軍師であり、我が軍にとって無くてはならない存在なのだぞ」
「もったいないお言葉でございます。しかし、ご心配には及びません。私にも多少の武術の心得がございます。たとえ何があろうとも、生きて戻ってくることをお約束します」
 謙信はしばらく颯馬の顔をみて考えた後、口を開いた。
「分かった。そなたを使者として遣わそう。しかし、颯馬、絶対に生きて帰ってくるんだぞ」
「承知つかまつりました」
 頭を下げながら命を受けた颯馬は、すぐさま武田の館へ行く準備を始めた。
数年前、この館を出たときには、もう二度と戻ってくることはないだろうと思っていた館へ。



[16596] 第2話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/12 07:53
 信玄の館、躑躅ヶ崎館では信玄をはじめとして風林火山雷陰の六将が鎧に身を固め、最後の時を待っていた。
上座の中心には信玄が座り、その両脇に四天王の筆頭の山県昌景と山本勘助が陣取っていた。他の四将はその横に続く。
信玄の場所からは、中庭の塀の向こう側に上杉の旗がいくつも立っているのが見えたが、信玄は静かに目を閉じていた。
 その時、静寂に包まれていたその場を乱すかのように、鎧がこすれあう音が聞こえてきた。
静寂を乱された信玄はゆっくりと目を開け、音のする方へと目先をやった。
その音はだんだんと近づき、中庭の端から伝令の兵が姿を現した。兵は中庭の中央、信玄の目の前にくると、片膝をつき頭を下げて言った。
「上杉の軍師、天城颯馬殿が後使者としていらっしゃいました。いかがいたしましょうか?」
「謙信め、性懲りもなくまた使者をよこしてきましたか。しかも軍師などとこざかしい。構いません、追い返しなさい!」
「お待ちください」
 信玄の命に異を唱えたのは山県だった。
「なんですか?昌景」
「っは。その天城颯馬という軍師、渡り軍配者のみなれど、その腕はよく、今では上杉の一翼を担う存在であると聞いております。
話も聞かずに追い返すというのは、さすがに礼に反しましょう」
「はて?上杉の主だった将は何度も見聞きしておりますが、そこまで重宝された軍師でしたでしょうか? 私は記憶にはありませんが…」
「それについては、この勘助めが」
 山県の正面にいた武田の軍師、勘助が口を開いた。彼は軍師であると共に、乱破を率いており、武田の情報収集の要ともいえる人物である。
「天城颯馬なる人物は、上杉謙信がまだ長尾景虎だった頃に召し抱えた軍師でして、
主に、作戦の立案や、補給の任、竜頭蛇尾となる上杉軍の後方のまとめ役をになっていると聞いております。
謙信からの信頼も特に厚く、上杉家内での評価も高いのですが、戦場では裏方の仕事が多く、あまり他の諸国には名をまだ知られておりません」
「なるほど。謙信の後ろでこそこそとしている軍師ですか。
イノシシ侍の多い上杉には珍しい将ですね。
わかりました。昌景の言うことも一理ありますし、ここは会っておくとしましょう。
これでダメなら謙信も使者を送ってくるのは諦めるでしょう。伝令!その天城なる軍師をここに呼んできなさい」
 信玄の命を受け、伝令は颯馬を呼びに足早に去っていった。
その姿を信玄はじめ、他の将が見送る中、山県と勘助はお互いに目をやり、頷きあっていた。
二人より奥にいる信玄は、伝令を見送った後はまた目を閉じ、手前にいる将たちはその頷きには気づいていなかった。

 しばらくして先ほどの伝令が一人の青年を引き連れて戻ってきた。
伝令は庭の中心に青年を促すように、先ほどの位置から少し斜め前の位置に片膝をついた。
付き従っていた青年は、庭の中心に座り、頭を深々と下げた。
「上杉軍、軍師、天城颯馬殿をお連れいたしました」
 その声と共に信玄は再びゆっくりと目を開き、
「その方、下がってよいぞ」
といい、伝令は下がっていった。
「そなたが上杉に仕官したという渡り軍配者か。天城颯馬とか申したな。面を上げ」
 信玄の許しを得た青年は、ゆっくりと身を起こし、信玄と目を合わせる。
 その顔を認識した信玄は驚きに包まれた。そこには懐かしくもあり、また、憎らしくもある顔があったのだ。
いったい目の前で何が起きているのか分からないようになっていた。
頭が真っ白になり、完全に脳の機能が停止していた信玄だが、はたとあることに気づき、山県、勘助両名に確認するように首を振った。
それを見た二人は、その意図に気づき、深く首を縦に振り、主の考えを肯定した。
そう、二人は天城颯馬なる人物が、元は武田の者で、数年前に出奔した者だと知っていて、主に会わせるよう仕向けたのだ。
信玄はそのことを理解すると、少し落ち着きを取り戻し、冷静になるように努めた。
しかし、信玄にとって、この青年との再会は、ほんの僅かな時間で心を落ち着かせることはできないことだった。



(「さすが武田の総帥、信玄だ。最初、俺の姿を見たときは大きく目を開き、驚きを隠せていなかったが、すぐに我に返り、山県殿、勘助殿に確認して、冷静さを取り戻した。
その頭の回転の速さ、集中力の強さは類い希なものだ。やはり、信玄が武田を継いで正解だったようだな。
しかし、信玄も完全に冷静さを取り戻してはいまい。
謙信様は策は用いるなと仰っていたが、俺がここに来たことで、今回の策は完了したも同じようなものだ。
なんとしても成功してみせる」)

 元々、颯馬は上杉にそれほど長居するつもりはなく、越後統一に助力した後、頃合いを見て、また出て行こうと考えていた。
しかし、上杉謙信という人物が、信玄と比肩する器の持ち主であることを感じた颯馬は、謙信と信玄が仮に相対したときの打開策を考えるようになっていた。
もっとも、颯馬はその可能性は低いと読んでいた。
信玄は信濃の後は越後ではなく、さらに西へ軍を進めると考えていたからだ。
しかし、その読みは外れ、信玄は越後に攻め入ってきた。
 心情としては武田を敵にはしたくなかったし、上杉に仕える義理は多少あっても、義務はない。去ろうと思えばできたのだ。
だが、そうしたならば、信玄と謙信という大きな器をもった人物、どちらかが欠けてしまうことになる。
戦国の世ではそれも致し方ないことだが、颯馬はそれを見過ごすことができなかった。
その甘さが、お互いを目の敵にしている者同士の命を生かすという難題を背負うことになったのだ。
 そういう意味では颯馬は運がよかったといえる。
仕官した上杉軍の弱点である裏方の指揮を補うことで、軍内での評価を高めると共に、武田の軍から身を隠すことができたからだ。
そう、今まで上杉と武田は幾度も戦ってきたが、颯馬は一度たりとも武田の者に顔を見られぬよう、常に軍の後ろや補給隊の任などについていた。
元々、将というものは、戦の際でも陣の中にいることが多く、敵将から顔を見られることは少ない。
そのため、裏方の仕事をしてきた颯馬は、武田の者に顔を見せる機会など一度もなかったのである。
 また、師匠とのやりとりと称して、密かに山県、勘助両名とやりとりできたことも大きかった。
これにより、信玄の様子などを知ることができた。
むろん、軍事的な事柄はやりとりしないものの、これにより、颯馬が信玄の前に目通りできたといってもよい。
もし、これがなかったならば、不可能だっただろう。
 そして、颯馬は武田にいた頃、信玄から慕われてている感じており、実際にそうであった。
それが颯馬が出奔したのを境として、彼女は彼を憎むようになっているのを、二人の手紙から推測できていた。
そうした状況で、突然目の前にその人物が現れて、平然としていられる人間がいようか?
まして、これまで何度も戦をし、お互いに宿敵として相対し、もはやこれまでかという時に、敵の将として現れたのだ。混乱しないはずがない。
 さらに、山県、勘助からわざと信玄と颯馬を会わせたことを信玄に気づかせることで、信玄の混乱を緩和させることができた。
敵を単に討つだけならば、混乱させたままその隙をつけばよいが、交渉するには混乱過ぎるのも問題である。
相手が逆上してしまい、思わぬ結果になりかねないからだ。ここはほどよく落ち着きを失っている状態の方が、相手をうまく誘導しやすいのである。
 今の信玄はまさにそういう状況にあった。
思わぬ人間が現れたことで取り乱した心は、これに家臣が関わっていたことに気づくことで、一旦は冷静になったものの、依然として心の中はかき乱されたままだった。
 そう、これが颯馬による謙信と信玄を共に生かすために練った策であったのだ。
 つまり、自分が上杉で軍配を揮い、武田の被害を最小限にしながら追い込む。
そして追い詰めて、死を覚悟している信玄の前に現れ降伏を迫る。
突然現れた颯馬に対し信玄は混乱し、最も信頼している家臣の二人が一枚かんでいることを臭わせる。
そうすることでできた心の隙をついて、自害を止めさせようというのだ。

 心揺れる信玄、自害を阻止しようと決意する颯馬、その二人を見守る二名と、真相しらず、状況を全く理解していない四名の将。
張り詰めた空気の中、口火を切ったのは信玄だった。
「それで!そなたは性懲りもなくまた、私に降伏しろと言いに来たのですか?」
「さようでございます」
 颯馬はわざと言葉を少なくして返事する。
そうすることで信玄に自分がどう考えているか探らせ、不安にさせ続けるのだ。
この策で重要なのは、一度揺らいだ思考を適度に揺らし続けることにある。
回復させたり、逆に停止させたりするのではダメなのだ。
頭の中を中途半端にさせることで、会話の主導権を颯馬が握り続けることが重要なのだ。
「それは…、謙信の考えなのですか?それとも、軍師であるそなたの策か?私を捕らえてなんとする?」
 信玄の言葉が後になるにつれ、焦りのような口調が出てくる。
今まで信玄は降伏は謙信の考えだと思っていた。
しかし、ここで元武田の颯馬が現れ、彼の考えである可能性が出てきた。
彼女はそれが気になって落ち着きを失い、矢継ぎ早に質問してきた。
 だが、それは武田の総帥としては無意味な質問である。
降伏を促してきた者が誰かなど、武田にとって関係ないことだ。
捕虜になった後どうなるかなど、この時代の人間なら誰もが分かることでもある。
彼女がこういう質問をしたことが、彼女が冷静さを欠いている証拠である。
颯馬は、信玄が混乱しているのを確認すると、信玄を揺さぶり続けるために、最も効果的な答えを考え、口を開ける。
「私の考えにございます」
「なら、捕まえてどうする気だ!」
 信玄は颯馬が少しずつしか答えないことにいらだちを感じていた。
それに気づいたのは颯馬だけではなかった。
二人の間にいる将や、その周りにいる兵士にもまた、信玄の心の乱れを感じ取っていた。
それは普段の沈着冷静な信玄を知っている者からは、かなり異様な光景であった。
中でも、六将の一人、真田幸村は心配そうに信玄を見つめ、眉をひそめていた。
一方、信玄の心中を知る、山県と勘助はただ静かに二人の言葉に耳を傾けていた。
この様子を見て、颯馬は言葉を続ける。
「武田の総帥、信玄殿であれば、言わずともお分かりになることでしょう」
 この言葉は颯馬にとって失言であった。
自尊心を逆なでするような返答を受けた信玄は、怒りのあまり頭に血が上ったが、それに気づいた信玄は、静かに深呼吸をして冷静さを幾分取り戻した。
そのまなざしは先ほどまでとは異なり、鋭い、いつもの信玄の目つきになっていた。
 颯馬は今のが悪手だと気づくと、信玄に先手をとられる前に、
「この度の件につきましては、私の一存にて謙信様に申し出たことでございます。
さすれば、もし、我が願いが聞き入られない場合、腹を切って責任をとるつもりでここに参りました。
降伏なさらない場合は、私の首でもって謙信様にお渡しください」
と切り返した。
 一度冷静さを取り戻した信玄だが、この言葉でそれは一瞬で終わってしまった。
 そもそも、信玄が死ぬと言うことは、清和源氏を祖とする武田家が途絶えてしまうことを意味する。
しかし、出奔したとはいえ、どこかにいる颯馬が生き続ければ、武田の名は途絶えたとしても血は受け継がれると、心の中のどこかで考えていなかった訳ではない。
それを根底として討ち死にの覚悟をしていたといってもいい。
それが、自分が討ち死にすると、颯馬が腹を切るというのでは、その前提が崩れてしまう。
そもそも、今は憎しみではらわたが煮えくり返りそうな勢いなのだが、それは颯馬に対する愛おしさの裏返しでもある。
 この颯馬の発言によって、先ほどまで死を覚悟していた信玄の心は、颯馬に対する気持ちと共に、完全に入り乱れていた。

 しばらくの間、沈黙が続いた。
「分かりました。そなたの望み通り投降しましょう。
そなた達にはこれらか苦労をかけることになるでしょうが、一時の辛抱です。ここはしばし堪え忍びましょう」
「いえ、我々はお館様のご意志に従うのみにございます」
「この幸村、お館様と共に、どこまでもご一緒する所存でございます」
 信玄は一度深呼吸をした後、気持ちを絞り出すような思いで降伏の意を表した。その言葉に山県と幸村が続く。
 結局、信玄の心の乱れがこの決断を生んだといえる。
信玄は現在の自分は冷静さに欠けており、正常な判断を下すことができないと自己分析した。
そして、今の精神状態では誤った決断をするかもしれない。
かといって、そう簡単には心を落ち着かせることはできないだろう。
ならば、気を焦って早急な判断をするよりも、ここは時間をとろう、そう信玄は考えたのだった。
 悪く言えば問題の先送りともいえるかもしれないが、重要な決断をできる状態ではなかったのは確かである。
武田の総帥として、この判断が吉と出るか、凶と出るかはこの段階では分からない。
しかし、自分の状態を客観的に見て、その結果、敢えて決断しなかったのは正しい判断であり、信玄の長としての能力の高さといえるだろう。
そして、信玄にはそのような判断ができるだけの器があると考えて、精神的に追い詰めた颯馬の方が、ここでは一枚上手だったといえる。



 この日、清和源氏を祖とする名流甲斐の武田は、関東管領上杉の軍門に下った。
しかし、上杉と武田が共に動き、天下を平定するようになるには、まだまだ時を必要としていた。





<第2話 後書き>
 1ヶ月半もの間、お待たせしてすみませんでした。

 この間いろいろと忙しく、なかなか仕上げることができませんでした。
今後は2週間から1ヶ月の間隔であげていって、年内をめどに話を終わらせたらと考えております。
もう一つの戦極姫のSSと比べたら、かなり短い感じになるかと思いますが、ご了承ください。
 それでは、末筆ではございますが、今後ともよろしくお願いします。

                               3月27日 496



[16596] 第3話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/11 23:14
 武田攻略から数日が過ぎていた。
今、上杉軍は戦の後始末と、今後について軍議を開いていた。
「今回は幸いにも相手の館を燃やすことなく勝つことができましたので、軍事や統治する上で重要な書物はほぼ無傷で手に入れることができました。
これらの書物はほぼ整理を終え、持ち出しも、使うのも、いつでも可能です」
 躑躅ヶ崎館を任されていた兼続が報告する。
信玄に降伏を迫ったのは、勿論その命もあるが、こうした重要な書物をそのまま手に入れることも含まれていた。
甲斐生まれの颯馬にとってこの国のことは大概わかるが、今の武田の領土は颯馬がいた頃よりも遙かに広い。
まして、この地に来たことのない他の上杉軍にとって、こうした情報が一から調べることなくまとまって手に入れるのは重要なことである。
元々、信玄らは最後に館に火を放ち、全て焼き尽くしてしまう気だったらしく、それらの書物には手をつけられていなかった。
「そうか、ご苦労だった兼続」
「そこで謙信様、これらの書物はいかが致しましょうか?
春日山まで運ぶには遠すぎますし、治めるにも不便ではないでしょうか」
 武田の領土は甲斐の他、信濃、上野、駿河、遠江、三河の六カ国に及び、上杉の越後を含めると日本海から太平洋まで日本を横断している。
越後の春日山からではこれら土地、全体を治めるには何かと不都合が生じるだろう。
「うむ、それについては私も考えていた。
北条のこともあるし、ここは甲斐に拠点を設けるべきかと考えておる。
投降した武田の将のこともあるし、ここにも滞在できるようにしておきたい。
それで颯馬よ、兵法家のそなたに聞きたい。
そなたらなら、どこに館を構える?」
「そうですね。信玄殿の躑躅ヶ崎館は見晴らしもよく、前方に開けており、背後には山があって詰城として要害山城もあります。
町を発展しつつ、万が一のときには城に籠もり迎え撃つことも可能です。
しかし、武田重臣の館も周囲に多く、もしもの場合を考えますと別のところに居を構えたほうがよいかと思います」
 現在、上杉軍は躑躅ヶ崎館を包囲していたときと同じく、府中近くに陣を引いたままである。
それには、颯馬が発言したとおり、武田の反撃を恐れたというのもあるが、館に信玄を始めとして武田の諸将を監禁していたためである。
「うむ、しかしてそれはどこが良いと思う?」
「はい、二つ候補があります。
一つは躑躅ヶ崎館より南へ約二十町行ったところに一条小山と呼ばれる山があります。
町の南端に位置し、館の支城としても機能していた山です。
この山を活かしつつ城を築けば、今までの町との発展を保ちつつ、新たな開発も可能でしょう」
「なるほど、ではもう一つの候補はどこだ?」
「はい、ここから西へ行った韮崎が良いかと思います。
盆地の北寄りで大きな町などはございませんが、川や街道が集まっており、交通の要所にもございます。
また、広く平らな土地がある中、城に適した小山もあり、町の開発と城の守りを両立できると考えます。
何より、西へ移る分、春日山や武田領全域への便が良く、統治しやすいかと思います。
人々が移り住めば、交通の要所であるだけに、多くの人々が行き交う賑やかな町になることでしょう、私はこの二カ所、どちらかが良いと思います」
 颯馬は目の前にある甲斐の地図で指さしながら説明した。
「うむ、颯馬はこう言っているが、他に意見がある者はおるか?」
 謙信が確認するようにあたりを見渡すが、特に異を唱える者はいなかった。
「おらぬようだな。とすると、この二カ所のどちらかが適当と言うことだな。
うーむ。この韮崎というのはここへ来るときに通ってきた道だな?」
「そうです」
「あの場所か……。たしかにあそこの小山の一つを城にしたら丁度よさそうだな。
しかし、ひとの通りは多いとはいえ、大きな町もなく、町として発展するには時間がかかりそうでもある」
 謙信は独り言をいうように、考えていることを口に出した。
「颯馬、この一条小山というのは町の南端にあるのなら、ここからすぐ近くにあるということだな?」
「はい、この陣からもそう遠くないところにあります」
「ならば後で実際に見に行くとしよう。後で案内してくれ」
「わかりました」
 こうして武田領内での上杉の拠点話は一旦終わり、次の議題へと移った。
 群議が終わると謙信は早速一条小山を見に行くと言いだし、颯馬を呼んだ。
まだ戦が終わったばかり、武田の残党もいるかもしれないと言って、軍を連れて行くよう兼続が進言したが、
結局、騒ぎ立てる兼続を置いていく形で、謙信と颯馬は二人で一条小山へと出かけた。

「町の南端とは聞いておったが、本当に南端なのだな。すぐそこまで町が迫っておる。
ところで、山の中に寺や門前町もあるようだが、城を構えるにあたって大丈夫だろうか?」
 一条小山を登った二人は、そこから府中の町並みを見下ろしていた。謙信のいう寺というのは、この山の中にある一連寺のことである。
かつて、ここには甲斐一条氏の居館があったが、当主が死に、その婦人が当主を弔うために寺を開いたのが一連寺のはじまりである。
躑躅ヶ崎館の支城として機能していた一条小山だが、さすがに本格的な城を築くとなれば、寺を別のところへ移さなくてはならないだろう。
「寺はどこか近場に移すのが良いかと思います。
ただでさえ武田の城として戦火に遭いやすい場所でした。
それは上杉の拠点とするならば、寺を移って貰ったほうが、寺にとっても安全でしょう。
寺との交渉は私が行いますので」
 謙信はその言葉を聞いたまま黙り込んでしまった。
やがて謙信が目を閉じると、一陣の風が通りすぎていった。
謙信は目をあけずに、そのまま口を開いた。
「颯馬、そなた、こないだの武田信玄どのと相対した際、何か策を用いたのではあるまいな?」
 言い終わると同時に謙信は颯馬のほうへ首を向け、真っ直ぐな目で颯馬を見つめた。
その瞬間、颯馬は驚いていた。謙信から策は用いるなと強く念を押されていたが、颯馬はあの場で策を用いていた。
この世でごく一握りの者しか、それが策であることすら気付くことができない策で。
それを見透かされたように思え、颯馬は内心焦りを感じていた。
「な、何をいきなり言うんですか?
私が謙信様との約束を違える分けないじゃないですか」
「こないだ、信玄殿が降伏に応じたと知らせが入り、私は信玄殿に会いに行った。
それはそなたも知っておろう? そこで信玄殿が言ったのだ。
『随分と、ずる賢い軍師をお連れでいらしたのですね、謙信。
貴女の軍はてっきり貴女のように戦場で勇猛果敢に攻め込んでくるイノシシ侍だらけかと思っていましたのに。
あのような小賢しい手を打つ者を手にしていたとは驚きでしたよ』と」
 冷静さを取り戻した信玄は、颯馬にやられた仕打ちを実感すると、癪にでも思ったのだろう。
颯馬への怒りを謙信にぶつけていた。
「ああ、それでしたら、恐らく私のような名の知れぬ軍師に言い含められ降伏したことが、腹立たしかったのでしょう。
気になさずとも、私は策など用いておりません」
「その言葉に嘘、偽りはないだろうな? 颯馬よ!」
 謙信のその強い念押しにあたりの空気に緊張がはしる。
そんな中、颯馬は大きく、そしてゆっくりと首を縦に振った。
 それを見た颯馬は安堵したのか、顔の筋肉を緩めた。
しかし、それもつかの間、再び謙信は険しい顔になり、
「そうか、それなら良いが……、颯馬よ、そなたこの甲斐に来てからというもの少し様子が変だぞ。
先の寺のことについてもそうだ。そなたなら無理に寺を動かさずとも、この府中の近くの別の場所に城を築くことも考えられたのではないか?
私にはそなたがここをまるで自分の土地のように振る舞っているようにも見える。
そなたはそのような者ではなかっただろう? 一体どうしたのだ?」
 颯馬はそこで上杉の軍師と言うよりも、甲斐の統治者という意識でものを見ていたことに気付く。
本人でさえ気付いていなかった心の変化を、謙信はその目で見抜いていたのだ。
そして、慌てて本意を悟られぬよう、言い訳を考え出す。
「済みません、謙信様。武田に勝って少しのぼせ上がっていたようです。
しかし、この山を甲斐の居城とするのは寺の移転を考慮しても、府中付近ではここが最善です。
民には全く迷惑をかけずに行うのが理想ですが、必ずしもそれができるとは……」
「よい、わかっておる。皆まで言わずとも良い」
 謙信は颯馬の言葉に割って入り、話を続けた。
「颯馬がここが良いと言うならそれが最善なのだろう。
他の意見があったわけでもないしな。
民には苦労をかけるが、できるだけ力を貸して、不自由な思いをさせぬようにせぬとな。
それと、颯馬よ。武田に勝って気が高ぶっているのはわかるが、くれぐれも民のことを忘れぬようにな。
私が山の中腹におるのに、そなた一人で頂上にいっては私も困るわ」
 そう言うと謙信は顔を綻ばせた。
「……ところで颯馬よ。話は変わるが」
「はい、なんでしょう?」
「そなた、武田信玄をどう見る?」
「そうですね……、あの歳でここまで所領を大きくしたあたり、かなりの才を持っていると思います。
また、戦場で発せられる気迫、さすが清和源氏の流れをくむだけのことはあります。
もし、我が武田と共に戦ってくれるのであれば、大きな戦力となることでしょう。
……ただ、意外でしたのが、謙信様が信玄に降伏を呼びかけたことです。信玄殿を不倶戴天の敵とまでいっていたので」
 無論、口ではそう言いつつも、謙信自ら信玄を降伏させたいといってきたのは颯馬にとって好都合であったことには違いない。
ただ、颯馬はどうしてそのように心変わりしたのか、謙信の心中が計りかねており、心配していた。
「確かに、以前は信玄殿を必ず打たねばならぬ敵と思っていた。
信濃から逃れてきた者たちの思いを組むためにもな。
しかし、何度か相対する内に少し信玄という人間が見えてきた。
考えてみれば大きな才を持っているとはいえ、まだまだ若い。若すぎるくらいだ。
噂によれば、家督を継ぐ際には一悶着あったと聞く。
最初は周囲の国々に戦を仕掛ける不届きな輩と思っていたが、ああでもせぬと国を保つことが出来なかったのかもしれるな。
もしかしたら、私のところへ逃げ込んでくるのは彼女だった可能性もあるだろう。
そう思ったときにな、少し見えた気がするのだ。信玄の本心が」
「信玄の……本心……ですか……?」
 ある意味、颯馬が今一番気になっていることに、謙信が気付いていると聞き、颯馬は引きつけられた。
「ああ、彼女の心にはな、大きな不安や孤独が隠れている気がするのだ。
恐らく名流武田家の当主として背負って立つにはまだ早かったのだろうな。
しかも、彼女が当主に就いたのは昨日今日ではない。
もっと幼いときから、……まだまだ周囲に甘えたかったときに、周囲から頼られる存在となってしまった。
戦乱の世とはいえ、それを考えたら少々不憫に思えてきてな。
あれだけの才があるのだ。彼女の肩にかかる重圧が、もっと時間がたってからであれば、もっと違う形で会うことができたのではないか?
それができぬなら、せめて私が取り払い、彼女の心の隙間を埋めて共に世の平定のために歩むことができたら、と思い降伏を求めたのだ。
信玄殿からしてみたら余計なお世話だといわれるかもしれないがな」
 最後に、少し自嘲気味に話す謙信。
その謙信を見つめながら、颯馬は謙信の話したことについて考えていた。
信玄の心の一旦、それは遠い昔に武田から出ていった颯馬は知らない信玄の影の部分だった。
その影が本当に信玄の中にあるのか?
確かに、山県・山本御両所からの文には信玄が笑わなくなったと書かれていた。
だが…………。颯馬の気持ちは大きく揺れていた。
「颯馬よ、信玄殿は私と共に戦ってくれるかの? 直に対峙したそなたはどう思う?」
 信玄は降伏したものの、謙信の命に従おうとせず、上杉軍の監視の下、黙って自室に籠もっていた。
他の諸将も「お館様が従わぬといっている以上、自分も従うことはない」といい、信玄を始め、多くの諸将は事実上下ったとは言い難い状態だった。
「……正直、これまでの信玄殿を見ていて、そのような心の内があったとは思いませんでしたので、わかりかねますが。
……ただ、今すぐに仏門に入ったり、自害するようでもありません。
そもそも、降伏したのも、何かしらこの世に思い残すものがあったからでしょう。
それが何かはわかりませんが、我が軍門に下ったということは、共に戦おうとする気持ちが全くないとは言い切れません。
昨日の敵は今日の友と言う言葉もありますし、ここは焦らず、時間をかけてみるべきかと……」
 颯馬は、心の内を正直に話しつつも、こないだの策は、もしかしたら自分の予想以上に信玄を傷つけていたのではないかと、一抹の不安を覚えていた。
「そうか、……それならば、しばらくの間様子を見るとするか。
問題はそれまでの間の彼女らの所領だな。そろそろ褒美のことも考えぬとならぬし……。
かといって、下った際に所領もなしと言うわけにもいかぬだろうからな」
「それならば、所領の一部を残し、それ以外を褒美として分け、残った分を一時預かりの形で、上杉の者に管理させたらどうでしょう」
「……うむ、それがよいかな。
その時にはそなたや兼続などに任せることになるだろうから、そのつもりでいてくれ」
「わかりました。ものの話のついでですが、信玄殿への説得、私にやらせてもらえませんか」
 先ほどの謙信が語った信玄の胸の内、それが気になり、颯馬は説得の任を申し出た。
無論、降伏を促しにいったときから、信玄と直に話ができる状況を作りたいと考えを巡らせていた。
しかし、この話を聞いた以上、いち早く、そしてより多く信玄と話す機会を作ろうとしていた。
 一方、この申し出を聞いた謙信は眉をひそめていた。
 いうまでもないことだが、謙信は颯馬を信頼している。
しかし、武田のことになると、何か颯馬に対して気にかかる点が謙信があった。
とはいえ、それがなんなのかはっきりと感じ取れずにいた。
 しばし考えた後、謙信は目を閉じると、
「わかった。信玄殿の説得、そなたに任せよう」
と言った。
 その後、謙信と颯馬は一条小山の下見を済ませ、陣へと戻った。

 後日、謙信は諸将の前で颯馬を信玄の説得の任を任じた。
同時に、今回の戦で得た武田の所領の一部が、各武将に割り振られ、残りの武田の将たちが本拠地としていた所領は、今まで通り武田の将のものとすることを告げられた。
ただ、実際には武田の将たちは躑躅ヶ崎館監禁されているので、彼らの所領は上杉家臣の手によって治められることになった。
 その中で颯馬は山県と勘助の所領を受け持つことになった。
この命には最初、一軍師が四天王筆頭の山県や、信玄直属の乱破を束ねる勘助の所領を受け持つのはいかがなものかと言う意見があった。
これはもっともな意見であったが、事前に所領の件について武田の諸将に了承を取り付けにいった折、御両者から申し出があったのというのだ。
謙信としてはそれを望む以上、断る理由もないので、それを受け容れた。
異議を唱えていたものもそれを聞き納得していた。
尤も、颯馬は何とか御両者と話す機会が欲しかったので、これは好都合であった。
 また、甲斐での拠点として、一条小山に館を設け、同時に韮崎に城を築くことが告げられた。
武田の兵は甲斐と越後以外の各国に配置され、万が一、彼らが反乱を起こした際には、甲斐側の防衛拠点にするというものだった。
また、逆に北条が甲斐に攻め込んできたときの最終防衛線とする為でもあった。
よって、政治と貿易の拠点は府中に、軍事の拠点は韮崎という方向で各々が準備を行うこととなった。



[16596] 第4話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/12 08:07
 今、颯馬は山県と勘助の所領に関して話をするために、躑躅ヶ崎館にいた。
二人とは信玄を説得するときに顔を合わせたが、直にあって話すのは数年ぶりであった。
激しいこの乱世の中、颯馬が武田の者であることを知る数少ない人たちである。
颯馬は館の一室の上座に通され、二人が来るのを待っている。
 しばらくして襖が開き、山県と勘助が姿を現した。
二人は颯馬の目の前に座ると、双方とも軽く会釈を交わして、頭を上げた。
「お久しぶりですな、信繁……いや、今は颯馬殿でしたな」
「お久しぶりです。御両者とこうした形で会うことになるとは思ってもいませんでした。
この館に戻ってくることも……」
「そうですな。颯馬殿は実質乱破の一人として諸国を回っておられましたから、再びお会いすることはできぬと思っていましたが……」
「あのとき、颯馬殿が天城家へ隠れるよう願い出たら、出奔という形で諸国の内情を探りたいと言い出したときは、俺も驚いたが、その情報は大いに役立った。
一つ間違えれば命を落としかねないところへ送り出すのは正直不安だったが、結果としてこうして生きて再び会うことができたのはよいことだな」
 数年ぶりの再会にそれぞれが思いの内を語ると、三人とも黙り込んでしまった。
静かに自然の音だけが流れる空間、それが一人と二人の間に長い時間の隔離があったことを物語る。
 その静寂を破ったのは山県であった。
山県は意を決したように軽く息を吐くと、おもむろに懐から一通の書状を取り出し、颯馬に向けて差し出した。
「これは我が武田と上杉が相対することが決定的になった後に、颯馬殿が送られてきた最後の書状だ。
この中に『詳しい説明は後で直に会ったときにするが、上杉という矛を手に入れ、信玄に天下を取らせたい。
私はこのまま上杉に残るのでもう今までのように内情を送ることはできないだろう。
ただ、わがままついでにひとつだけお願いがある。
時が来たら私と信玄が会うときが来よう。その時は、目通りのほど宜しくお願いしたい』とあります。
この説明お願いできるかな?」
 颯馬は書状を手に取ると、かつて自分が書いたその文面を改めて読み返すと、再び元に戻して傍らに置いた。
「上杉という矛とは謙信のことです。
私は各地の大名の下で猛将と他国から恐れられている強者達を幾人も見てきましたが、戦場における武将の器としては彼女の右に出るものはいません。
騙し合いを好まない性格で、兵法家としてはやりにくい面がありますが、『芯を見極める目』とでもいうのでしょうか、
敵の弱点を的確に突き、蹴散らしていくその力はまさに天賦のものと言えるでしょう」
「うむ、それはよくわかる。
ワシらが負けたのも、ひとえにその軍神と謳われる謙信殿の力故のこと。
知略を巡らせて謀略しようとしても効かない強さもある」
 勘助がそういうと、颯馬はばつの悪そうな顔をした。
「いえ、謙信を討つ上で欠かせないのは謀略を働かせることでしょう。
謙信は騙されていることに気付かない性格の持ち主です。
謀略によって離反があったとしても、それは自分の力不足故のことで、謀略とは全く考えません。
神仏と一体となり戦に臨む彼女にとって、離反などの精神的に負担をかけることは効果的と考えます。
私がもし謙信と敵対したならば、彼女を精神的に追い詰めるような謀略を次々と仕掛けます。
もっとも、彼女自身並外れた精神力の持ち主なので、その心をおるのは大変でしょうが……」
「ん?上杉軍はワシらの謀略には意にも介さずいたようだが?」
「それは私が各国から仕掛けられてきた謀略を潰してきたからです。
中には謙信が気付かぬうちに処理したものもありました。
むろん、その中には武田の策もありました」
「颯馬殿に破られていたとは……。そこまでして武田よりも上杉を取るのは何故に?」
「軍神と謳われる謙信の力は関東管領上杉の名があってこそ大きく発揮されるものです。
もし武田の下で戦うことになったとしてもその力は発揮されないでしょう。
それでは矛とはいっても錆び付いた矛でしかありません。
それならば、矛は矛としてこのまま維持し、使う我々が立場を変えた方が有効だということです」
「では如何にしてその矛を使う? 囚われの身のワシらが」
「謙信は信玄と共に戦うこととを望んでおります。
それに応じる形で上杉軍の下で当面は戦うのがよろしいでしょう。
上杉軍は武に長けた者が多いですが、そのほとんどが軍神たる謙信と共に動いていることが多く、
武田のように個々の判断で動くことができる武将はほとんどおりません。
武田の武将が各地で活躍できるようになれば、自然と上杉軍の中での武田の重要度は大きいものとなっていくことでしょう。
あとは謙信だけを残して、内部から上杉勢力を削って行けば、形の上では上杉軍でも、内実武田の軍と謙信の軍にすることができます。
あとは武田軍の方が謙信軍を上回り、天下統一が近づいた頃、上杉という殻を破って、武田の名を取り戻せばいいのです。
それまでの間、謙信には天下統一の矛として大いに振るってもらいましょう」
「その、お館様だがな……」
 それまで二人の会話を聞いていた山県がゆっくりと口を開けた。
「上杉家の名代を継いだ後も長尾景虎と呼んで蔑んでいたのだがな、いつの間にか上杉謙信と呼ぶようになり、謙信殿に対する態度が徐々に変化しておった。
でも、それも上杉との戦況が厳しくなると、また態度が硬化してしまってな。
館を包囲された頃には誰にも耳を貸さないという雰囲気だった。
おまけに颯馬殿と面会してからは硬くお心を閉ざしていてな、素直に上杉と共に戦おうとするかどうか……」
 山県の発言を聞き、以前、一条小山での謙信との会話を思い出した。
 どうやら二人とも敵対する内に、お互い相手に対する気持ちに変化が出てきていたようだ。
しかし、敗北する形となってしまった信玄は心を閉ざしているらしい。
謙信がいっていた信玄の心の闇も気になる。
そうした不安が颯馬の頭によぎっていると、勘助から質問が飛んできた。
「仮にお館様が上杉の下で戦ったとして、乱破はどうなるのかな?
その様子では乱破のような者たちを謙信殿は嫌うと見えるが?」
「はい、乱破の縮小、もしくは解体が今検討されています。ですが、特に問題はないかと思います。
上杉家は今まで忍びの者を持っておりません。謙信の性格がああですから。
だから、乱破が活動しているかどうか気付かない可能性が高いかと。
無論、勘の鋭い謙信のそばに寄らないなど、よりいっそう陰に隠れ、各人注意して行動する必要はあると思います。
これからは更に領土や敵が増えていくと考えると、乱破がより重要になるのは確実。
策を講じるのが私一人では限界になりますから」
「ふむ、なるほど。どころで、これからも領土が広がるとお考えのようだが、謙信殿は関東管領として動いておる。
それでは謙信殿の性格からして関東から先に攻め込むことは無いのではないか?」
「武田を制したといっても、まだ関東の西の半分を制定したのみ。
残り半分の争いを治めるには時間がかかるでしょう。
その間に謙信が上洛するように誘導しようと考えています。
密かに将軍家と接触し、謙信らに上洛させるようにするのもいいでしょう。
また、さすがの謙信も他国から攻められれば応戦します。
乱破を上手く使い、謙信が攻める方向を調整することはある程度可能でしょう。
裏表無い性格故に、操るのも比較的容易ですし」
「なるほど、今の将軍はあの義輝公でしたな。たしか聞くところによると謙信殿とも顔見知りとか。
将軍家としても力強い後ろ盾が欲しいところ。接触してみる手はないですな。
しかし、それもお館様が参戦しなければ、武田は埋没したままと言うことにならんかの?」
 この発言に颯馬は黙り込んでしまった。正直、ここまで信玄が傷ついていることは予想外であった。
「……信玄のことは私が何とかしましょう」
「もしかしたら今のお館様は簡単には颯馬殿にお会いせぬかもしれませんぞ」
「私は信玄の交渉役を謙信から承っています。
時間はかかるかもしれませんが、粘り強くやってみますよ。たった一人の肉親ですし……」

 その後、三人はこれからのことを打ち合わせをし、参会した。
 館から颯馬が出ると、既に夕暮れだった。武田信繁として彼のやっていることは間違いとはいえない。
だが、天城颯馬として、謙信を慕っているのも事実であった。
一つの体に二つの心。
武田の重鎮、山県と勘助には信繁として接したが、これからもそれを続けるのか。彼は迷っていた。

 一方、残る四将の内、真田幸村と虎綱春日は兼続が、馬場信春と内藤昌秀は宇佐美がそれぞれ担当していた。
二組とも同じように躑躅ヶ崎館で対談していたが、共に重苦しい空気に包まれていたことはいうまでもない。



連絡事項
 第3話の感想で指摘された前書きを書き直しました。
また、他にもいくつか誤字、語法などを訂正しました。
まだおかしなところがありましたらご指導のほどお願いします。



[16596] 第5話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/15 20:42
「だまれ! 私の所領はお館様から頂いた大事な所領だ!
貴様ら上杉のものに手を出させてたまるか!!」
「わからぬ奴だな! 先ほどからいっている通り、今直接管理できぬお主に変わって我々が一時管理するというのだ!
信玄殿が謙信様のところに下り、お主らも上杉の家臣になったらならばその時返す!
我々が管理せずして誰が所領を維持していくというのだ!!」
「余計なお世話だ! そもそもお館様が上杉なんぞに下るわけ無いだろ!!」
「なら、何故信玄殿は降伏したのだ! 下る気がなければ降伏するわけが無いだろ!!」
「それはお館様の深いお考えがあってのことだろう! 私なんぞが知るか!!」
「よくわかりもしないくせに偉そうに!
それなら私がお主の所領を管理しようが問題ないだろ!!」
「だまれ! 何度も言うがあれは大事な所領だ、お前の好き勝手にさせるものか!!」
「あ、あの、お二人とも、少し落ち着いて……」
「あなたは黙っていてもらえますか!」「虎綱殿は黙っていて!」
「あ、はい……」
 謙信の重鎮、直江兼続と、信玄を盲信する真田幸村の話し合いは加熱していた。
いや、もはや売り言葉に買い言葉、言い争いといってもいいくらいだ。
同席していた虎綱春日は何とか場を落ち着かせようとしていたが、元々小心の性分故、完全に蚊帳の外であった。
 結局、この日は堂々巡りで話がまとまらず、真田から話を取り付けることができたのは、この日から何日もたってからであった。

「ご苦労であったな兼続」
「はあ、全くあの分からず屋にはまいりました」
 謙信は手こずった家臣の労をねぎらいながら、所領の管理の件が書かれた書状に目を通していた。
「……兼続、……お疲れ様」
「いえ、そういう宇佐美殿も苦労されたと聞きましたが?」
「……たいしたことない。……ただ、我慢すれば良かっただけ」
 宇佐美の相手、馬場信春と内藤昌秀、二人とも兜や美意識に於いて強いこだわりがあり、個性が非常に強い二人だ。
もっとも、宇佐美と内藤は共に智将と内外から称えられるほどの人物。
こだわりの点に於いてお互いに譲れないものを持っていても、そのことで争っていては理にはならないことは重々承知している。
むしろ、互いに有益なことであれば、目をつぶるところはつぶる二人だ。
馬場は智将というよりは猛将の方だが、自分のことを直接非難されない限り、他人のこだわりには無頓着な人柄である。
ただ、宇佐美と内藤・馬場とでは、決定的に相容れないものがあるのは確かで、話し合いは難航こそしなかったものの、とても気疲れをしたものだったという。
「……ところで、颯馬は?」
「ああ、颯馬ならまた信玄殿のところだ」
「信玄殿といえば、どのような意図で降伏したのでしょうか?
反旗を翻すでもなく、かといって我が軍に下るという感じでもないですし……」
 兼続は幸村との言い争った話の内容を思い出しながら、その疑問を口にした。
そもそも、先の書状にしても、信玄から幸村に内々に所領を任せるよう下知がくだり、渋々同意したものらしい。
兼続は信玄の真意が計りかねていた。
「それは颯馬の交渉が功をそうしたからであろう。
私もどのような交渉をしたのか良くはわからんが……、そなた達何か知らぬか?」
 兼続が宇佐美の方に目をやると、宇佐美は首を横に振った・
兼続は信玄の方に顔を戻すと、
「いえ、我々も詳しくは存じません。というよりも、武田の者も何故降伏したのかよくわかっていないようです。
特に変わった交渉をした様子でもなく、単に颯馬が降伏するよう進言したら、降伏したという……。
強いていうならば、山県殿と山本殿が信玄に対して颯馬に会うよう進言したとか。
所領の件にしましても、両名から颯馬に指名がありましたし、そこが些か気になるといえますが……」
 兼続のこの言葉を聞いて、謙信は少し険しい表情になった。
それはすぐに二人に伝わり、あたりは不穏な空気に包まれる。
「謙信様、もしや颯馬が背反しているとお考えで?」
「……いや、それはあるまい」
 兼続の問いに少し間を置いて謙信は答えた。
そのことが、更に兼続に不安を抱かせた。
「謙信様! 本当に颯馬は忠義に背いていないのですか? 信用できるのでしょうか?」
「兼続、そなたも颯馬のことはよく知っておろう。
あ奴はそう簡単に人を裏切るような男ではない。大丈夫だ」
 『芯を見極める目』を持っている謙信が大丈夫だということは、これ以上疑う必要がないということである。
もし、これ以上疑問を抱くようならば、それは逆に謙信自身のことを疑うことを意味する。
「……兼続、大丈夫。……颯馬は裏切るような人じゃない。だから安心して」
 宇佐美は兼続に対して赤子に諭すかのように優しく声を掛ける。
謙信と宇佐美の両名にここまで言われては兼続も納得するほか無い。
 そもそも、兼続自身も颯馬を疑いたくはないのだ。
長年仕える上杉家臣よりは日は浅いものの、長いないだ戦場で共に戦ってきたのだ。
武田との戦いでも、ある意味最大の功労者だ。
その颯馬を疑わなければならないのは心が痛む。
「私だって颯馬を疑いたくはありません。ですが……」
「ならばこれでこの話は終わりだ。颯馬の件は私に任せておけ」
こうしてこの場はお開きになった。
二人が去った後、謙信は一人部屋で考え込んでいた。

 謙信は部屋から出て外に出ていた。
空を見上げると、まるで謙信の心を映し出すかのように晴れ渡っていた。
しかし、その空も次第に夕闇に染まりつつあった。



[16596] 第6話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/06/19 03:14
 ここは躑躅ヶ崎館の奥深く、武田信玄の部屋の前。
 天城颯馬は今日も信玄に目通り願うためにこの部屋の前に来て座っている。
軍配を握るものとして、常に府中にいるわけにもいかないが、近くを通る際には暇を作り出してはやってきていた。
しかし、そんな献身的な行動も、この部屋の襖を開かせることはできていなかった。
いったい、ここに来るのは何度目であろうか?
武田が下ってからというもの、月日も随分たち、上杉の領土も更に広がった。
府中によるのもだんだん苦しくなってきていた。
 この日も遠征先から別の遠征先に行く途中、府中の甲府城で一仕事するためによってきたのだ。
しかし、部屋の外から挨拶はしたものの、声は返ってこない。
無理矢理入るわけにも行かず、颯馬は部屋の外でずっと待っていたのだ。
 颯馬がやってきて数刻ほどたった。外はもうすぐ日が暮れそうだ。もう少し粘ることもできるが、今日の仕事を明日へ持ち越してきている。
今夜は早めに休むかと考え、
「信玄様、本日はこれにて失礼します」
と挨拶をし、その場を離れようと立ち上がろうとした。
 その時、
「待て。天城颯馬よ、入るがよい」
 襖の向こうからそう声が聞こえてきた。
 颯馬は今までにない反応に一瞬驚いたが、すぐに我に返り、立ち上がろうとしていた体を正し、挨拶をしたのち部屋に入った。
部屋に入った颯馬はそのまま下座に座り、頭を下げていた。
「この度はお目通り……」
「よい、面を上げよ」
颯馬が目通りの挨拶をしようとしたところ、信玄はそれを遮り、面を上げるよう促す。
颯馬はまたも予想外の反応に驚いたが、冷静に顔を上げた。
 颯馬は何か信玄の方から話があるのかとしばらくの間信玄を見つめていた。
降伏の時にあっているとはいえ、公間近で顔を合わすのは数年ぶりである。
信玄に対していろいろ聞きたいことや心配事もあった。
 しかし、待てども信玄は颯馬と同じくこちらの顔を見つめてくるばかりで話をしようとしない。
何か話しかけようと颯馬が口を開きかけたときだった。
「…………です」
 信玄が何か小声で呟いた。
しかし、声が小さくてすべてを聞き取ることができなかった。
颯馬が聞き返そうとすると、
「……ぅしてです」
「どうしてです?」
「どうしてなのです!?」
 少しずつ声を上げながら、信玄は足早に颯馬のすぐそばまでやってくると、声を荒らげながら、颯馬の胸元を掴んで泣き叫んだ。
「どうしてなのです!?どうしてなのです!?どうしてなのです!?」
 あまりの出来事でどうして良いかわからない颯馬は戸惑いつつも、何とか信玄を落ち着かせようと信玄を抱きかかえしようとした途端。
「触らないで!!」
颯馬の手が信玄の体に触れようとしたその瞬間、信玄はその小さな体を大きく振り回して颯馬の腕を打ち払うと、半歩下がって、
「どうして!どうしてなのですか!?」
と叫んでその場に泣き崩れてしまった。
 その姿に颯馬は完全に狼狽してしまい、抱きかかえようとして半立ちになったままの状態で固まっていた。
 それは、信玄の心の壁が崩れ、感情の波が溢れ出てきた瞬間であった。
 先代、父信虎が急死するまで、彼女は自分が武田を継ぐとは思っていなかった。
予想にもしていなかった事態に彼女は身内である颯馬を頼ろうとしたが、颯馬は武田の裏舞台へと姿を隠してしまった。
かくして、まだまだ甘えたい年頃だった信玄は、皆から頼られる存在となってしまった。
しかも時代は戦国の世。一つ間違えれば家は滅びてしまう。
彼女に立ち止まっている暇はなかった。
孤独や寂しさ、不安などを心の奥底に押し込め、家の存在をかけて戦いに明け暮れた。
信玄が後を継ぐことになったのは、一族の中でもっとも才があったからだ。
それも類い希なる才能を持ち、誰もが彼女が継げば武田は更に栄えると信じていた。
 実際、信玄は武田の領土を大きく押し広げた。
しかし、当の本人である信玄は、自分に才があることなど気付いていなかった。
そのことが彼女の心に影を落とすことになったのだ。
もし、自分が武田を継ぐと心づもりができていれば、状況はまた違ったかもしれない。
 ただ、彼女の心の影が、逆に武田の躍進への原動力になったともいえる。
心から慕って頼りにしていた颯馬が、自分がもっとも必要としたかったときに、武田を出奔して逃げたと聞き、怒りを憶えたのも事実である。
彼女は颯馬がいれば自分が継ぐことはなく、今まで通り颯馬に甘えることができていたと思っていたことも、余計にその感情に拍車をかけた。
この颯馬への怒りの矛先が積極的な侵攻に繋がったともいえる。
自分を捨てた颯馬に対して、強大な武田を見せつけたかったのである。
 しかし、残念ながらその想いは謙信によって止められてしまう。
館を包囲されたとき、信玄はある種、自暴自棄になっていた。
裏切り者に見せつけようと領土を広げたが、結局自分は名流武田を潰すことになったのだ。
それに対する焦燥感はとても大きいものだった。
よって、信玄が謙信の降伏に従わなかったのは、潔さではなく、このような俗的な感情があったからである。
 ところが、そこに上杉の軍師としてその颯馬が現れたのだ。今まで謙信に敗れたと思っていたのが、実は自分を裏切った人間に負けた、そう彼女には見えたのだ。
それは同時に自分の自尊心を大きく傷つけられた瞬間でもあった。
裏切り者に負けぬよう、甲斐の他五カ国に渡る領土を広げたにも関わらず、それをその本人に潰されたのだ。
所詮自分は颯馬には及ばない存在だった。
そのことが証明されると共に、それだけの才能がありながら自分に武田の総帥を押し付けて逃げた颯馬に怒りを憶えたが、それ以上に悲しみと悔しさを感じていた。
その気持ちは日に日に増していき、今まで押し殺してきた他の感情も次第に顔を持ち上げ始めていた。
信玄はもう一度颯馬の顔を見たら、こうした心の波にすべて押し流されてしまうと感じていた。
だから、度重なる颯馬の訪問も無視してきた。
だが、颯馬を遠ざけても心の乱れは治まることなく、逆に昔年の恨みを颯馬にぶつけたいという衝動も出てきた。
会いたくない気持ちと、会ってすべてをぶちまけたい気持ち、その間に揺れ動いていた気持ちが、とうとうこの日、会いたいという方に大きく傾いたのだった。
颯馬に対して言いたいことは星の数ほどあった。
だが、実際に相対するとなにも言葉が出ず、泣き崩れることによって感情をはき出すことしかできなかった。
 少し話は変わるが、信玄と謙信、互いにその才能の質は違えども、総合的に見ればほぼ互角、武田対上杉の戦いは長い戦になったことだろう。
しかし、そこに颯馬という(二人には到底及ばないものの)ある程度力を持った者が、上杉に仕官したことで、上杉側が有利になったといえる。
そういう意味では武田は颯馬によって負けたというのもあながち間違ってはいないが、上杉の主力となる軍事力は、やはり謙信であろう。
今の信玄は颯馬によって打ち負かされたと思っているが、実際には颯馬よりも謙信の力の方が大きかったのは言うまでもない。
その点では信玄は颯馬を過大評価していた。
 感情の波をはき出した信玄は、全く泣き止まなかった。
颯馬も予想していなかった事態に困惑していると、信玄の足下から声がした。
「信玄、気持ちはわからなくもないけど、これだと颯馬もどうして良いかわからないよ」
声の主はキクゴローであった。
懐かしい声を聞いた信玄は、旧友との再会に喜びあふれ、泣きながらも、
「菊!」
と大きな声を上げながら抱きしめた。
ただ、喜びのあまり強く抱きしめられたキクゴローは、
「し、信玄、く……苦しい、少しはなして」
と苦しがっていた。
 因みに、信玄を始めとして武田の者はキクゴローのことを「菊」と呼ぶ者が多かった。
ただ、そう呼ぶものも今は少なくなってしまったのだが……。

 旧友との再会で喜び浸っていた信玄は、しばらくの間キクゴローを抱きしめ続けながら、時折「菊~」と言って、頬ずりしていた。
颯馬に対しては強い敵対心を持っていた信玄だが、特に責任のないキクゴローに対しては、颯馬の昔ながらの相棒でありながら、颯馬とは全く逆の感情を抱いていた。
 信玄もようやく落ち着きを取り戻し、キクゴローをはなすと、颯馬は無視したままキクゴローに話しかけ始めた。
「菊、随分と久しぶりですね。息災でしたか?」
「まあね。颯馬の世話は焼けるけど」
「おい、いつ俺がお前の世話になった?」
「いつって、いつもじゃない。特にその鈍いところなんか見ているとイライラするよ」
「お前なーー」
「菊、そんな人でなしはほっといて、この長い間どうしていたか教えてくれませんか」
 颯馬が言おうとしていたことを遮り、信玄がキクゴローに話しかける。
「うーん、そうだね、どこからはなそうか……」
「ほら、あの話なんてどうだ?あの……」
 颯馬がキクゴローに対して提案しようとしていたら、信玄が颯馬を強く睨みつけ、颯馬は思わず口が止まってしまった。
「誰がお前に聞きましたか?」
 信玄のその鋭い目つきは、謙信と相対した戦場でも見たことのない目であった。
さすがの颯馬も、その目にたじろぎ身を反らす。
「じゃあね、まずあの話からしようか。あれはね、颯馬が……』
 颯馬を助け出すためか、それとも単にマイペースなのか、キクゴローは信玄の求めに応じて甲斐をでてからの話を語り始めた。
キクゴローが語り始めると、信玄はそれ以上颯馬には構わず、まるでいない者のようにしながらキクゴローの話に耳を傾けた。
 キクゴローがいくつかの出来事を語り終えると、夜もだいぶ遅くなっていた。
キクゴローと颯馬はまた来ると告げると、その日は退室した。

 その後も颯馬は機会があるごとに信玄のところへ足を運んだ。
信玄はあの日以来、颯馬を拒むことなく部屋に通した。
もっとも、颯馬とはまともにしゃべらずに、キクゴローとばかり話をしていた。
 そんな非が幾日か過ぎたある日のこと。キクゴローが語り終えたあとに信玄が軽く感想を言った。
「キクゴローは本当、いろんな場所へ旅に行っていたのですね。
しかし、その中には私が攻め滅ぼした地も多いですね。
よく私との戦に巻き込まれなかったこと。
これだけの数……運がいいのですね、キクゴローは」
「そりゃ、普通間者として入ったのなら味方が攻め込んで来るまでに抜け出すでしょう。まして軍師として入ったのなら」
「間者?誰がどこの間者としてどこに潜入したのですか?」
「あれ?鈍い颯馬ならともかく、信玄だと気付くと思ったんだけど……颯馬のことだよ、間者は。
勘助の下で乱破の一員として各国を調べていたのさ。表向き渡り軍配者としてね。」
 それまで、山県・勘助の両名から武田の重さに堪えかねて出奔したと聞かされて疑わなかった信玄は、
颯馬が乱破の一員として渡り軍師の振りをした間者になっていようとは、露にも思っていなかった。
そんな信玄をよそに、颯馬は「鈍い」と言われたことに対して抗議の眼差しをキクゴローに送っていた。
 信玄は颯馬の方に向き直ると、焦る気持ちを抑えて、冷静さを装いつつ訪ねた。
「どういうことですか?颯馬。あなたが間者として各地を回っていたとは勘助はなにも言っていませんでいたよ?」
「それはそうだ。俺はここを出奔したことになっているんだ。そもそも武田の者が乱破になるなんて知れたら大事だろ。
幸いに俺が天城の姓を持っていたんでな。それを使わせてもらった」
「そういうことを聞いているのではありません!
どうしてあなたが武田の名跡を継がずに間者になったのか?と聞いているのです!」
 颯馬は少し黙ると、ゆっくりと語り出した。
「お前は気付いていなかったかもしれないが、周りの者は武田を受け継ぐのはお前だと思っていたよ。
俺よりもお前の方が数段格が違っていたからな。だから俺は自分の身の振り方について考えていた。
父が死んだあと山県殿と勘助殿が俺のところにやってきて、天城家へ隠遁してくれないかと頼んできた。
俺がいたのでは家督争いが起きてしまうからな。
しかし、俺はただ隠遁しているなんて考えられなかった。
確かに、俺は武田の表舞台から消えた方がいい。
でも、俺は武田のために力を使いたかったのさ。
だから、それにはどうしたらいいのかずっと考えていた。
御両者に逆に頼み込んで、乱破に入れてもらうことにしたんだ。
渡り軍師として各地を回りながら、そこの情報を勘助殿に伝える、これがお前や武田家全体の力となり、同時に自分の身を隠す方法だと思ったんだ。
俺がいなくなったことでお前には予想以上に苦労をかけてしまったようだな。すまない」
「そんな、白々しい。なら何故、武田を滅ぼしたのですか!
しかもよりによって上杉の手によって」
「おいおい、滅ぼしたくないから降伏を呼びかけたんだろうが」
「何を詭弁を! それならば、上杉の下からあなたが去ればよかったではないですか! この武田を去ったように!」
 信玄は立ち上がりながら叫び散らした。
 上杉軍と武田軍の戦いが決定的になったとき、颯馬は一旦は上杉を離れることも考えた。
しかし、それがつい態度に出てしまい。兼続に「上杉に仕えたいと仕官したのではなかったのか!」と窘められたのである。
元々、上杉謙信は長尾景虎といい、越後を統一することで上杉姓を襲名し、その時同時に名を謙信と改めた経緯がある。
颯馬は長尾景虎を上杉家にして、そこに仕えると言って仕官したため、上杉襲名直後の武田の対立に際して、抜け出す機会がなかったのである。
 また、もう1つ理由があった。
武田は信玄の器もさることながら、強力な家臣団がいる。
対して上杉は武田ほど自由に動ける家臣はいないものの、謙信の強力な力がある。
もし、この両者が相対すれば、その結果はどちらが勝とうとも大きな痛手を蹴るに違いない。
しかし、それだとまだマシともいえる。
昨今の状況からいって、各国の統一が進み大大名ともいえる勢力できつつある。
上杉と武田という両者とも天下を取ることができる者が、お互いに国境でにらみ合ったまま膠着状態に陥っては、更に国を大きくした他の大名に討ち取られかねない。
それを避けるためには、どちらかが相手を打ち負かすほかなかった。
できれば、相手に大きな打撃を与えることなく、吸収できれば申し分ない。
 そう考えると、武田を勝たせるために上杉を抜けるよりも、上杉に残って戦局を操った方がいいと颯馬は考えたのだ。
問題は、どちらに勝たせるかである。
颯馬の気持ちからしたら当然武田であろう。
しかし、武田が勝っても謙信の力は得られない。
一方、武田であれば個々で利のある動きができる武将が揃っている。
武田という枠組みがなくなったところで、影響はない。
何より、武田の国力をできるだけ減らさずに戦に勝つのに直接兵を指揮できる立場は都合がよかった。
 あとは、もう知っての通りである。
武田に最後の文をやり、その中で一度だけ協力するようお願いをする。
自分は武田に見つからずに、後ろで作戦を立てながら軍を指揮し、武田を包囲し降伏に追い込む。
順風満帆というわけではなかったが、おおむね颯馬が望む展開にここまではきていた。
「たしかに、お前に武田の名跡を継がせ、すべてを背負わせてしまった負い目はある。
また、ある意味他家の力を借りて本家を打ち負かしたといっても過言ではない。
そうした点では、お前に随分苦労をかけてしまったな。
だがな、武田は敗れはしたものの、滅んだわけでも、まして、武田信玄が死んだわけではないのだ。
俺と謙信と共に戦ってはくれないだろうか?
謙信は天下を取っても、天下人になるような欲は持っていない。それはお前もよくわかるだろう?
謙信と共に天下を取り、その天下をお前が受け取れ。謙信と共に天下人になるのだ」
「何を! あなたは苦労をかけたと誤っておきながら、それに加え私に更なる辱めを受けろというのですか? わたしがどんな思いで……」
 颯馬は信玄の次の言葉を待ったが、その言葉は出てこなかった。
信玄は何を訴えたかったのか?その胸の内を探るように話し続ける。
「この前、謙信がいっていたよ。お前は一見気丈に振る舞っているが、その心の中には孤独や不安があるのではないかとな。
情けない話だよ。お前のもっとも身近な存在だった俺が、成長したお前の中にそういう部分があるとは思ってもいなかった。
確かに、以前お前が笑うことがなくなったという文をもらったことはある。
しかし、名門武田の総帥がへらへら笑っていられるはずもない、当主として成長しているんだなと勝手に思い込んでしまった。
でも、そうではなかったんだな……。
情けない話だよ。それに気付いたのが俺ではなく、赤の他人の謙信なんだから」:
「私のことをわかったような口で言わないで下さい!
……孤独だとか不安だとか、あなたに何がわかるというのですか!
おまけに謙信、謙信、と……、そんなに謙信のことを好いているのなら、私なんかほっといて、謙信と共に歩めばいいじゃないですか!」
 いきなり、謙信との仲を引き合いに出されて、颯馬は少したじろいだ。
謙信に対しては忠義以上の感情を抱いているのは事実だった。
その気持ちを押し殺してきた颯馬は、それが事実であると悟られまいと、少し話題を変えることにした。
「……なら一つ聞くが、お前は何であのとき降伏に応じたのだ?
出家するでもなく、自ら命を絶つわけでもなく、まして共に戦うでもない。
お前は何をしたくて降伏したのだ?」
「…………」
 信玄は颯馬から目を反らし、黙り込んでしまった。
「お前は自分の心の内に押し込めてきたものを、誰かに聞いてもらいたかったんじゃないのか?
それも、山県殿や勘助殿のような家臣ではなく、俺のような武田の、お前が心から慕える者に」
「…………」
「別にお前に対して責任を感じているんじゃない。
お前の力になりたいんだ。
だから乱破になって情報を渡したし、謙信を仲間に入れた。
そして、今、こうしてお前と向き合っている。
お前の心の影を聞かせてくれ。
謙信もそれを望んでいる。
そうして共に戦っていってはくれないか」
「…………」
「俺にできることなら、なんでも聞いていやる。
今までのことをすべて水に流せとはいわない。
それよりも、これから先、共に歩んで行こうじゃないか」
「……あなたにできることならなんでもやるといいましたね?」
「ああ、なんでもやる。俺にできることなら」
「ならば、今日はもう帰ってくれませんか」
 信玄は普段は人に見せない、疲れた表情をしていた。
それを見た颯馬は、今日はこれまでかと思うと同時に、
これだけ胸襟を開いて話し合ったのだから、ひとまず十分だろう、信玄も疲れているようなので今日はこれくらいにしておこうと考え、
キクゴローと共に退出した。
またあとで来ると一言残していきながら。
 先ほどまで勢いで立ち上がったままだった信玄は、颯馬が去ったあともしばらくその場に立ち尽くしたまま、颯馬が座っていた場所を見つめていた。
「……兄上」
 そう一言呟いた後、カクンとその場に座り込んでしまった。
その頬には一筋の涙が流れていた。



<読者の方に質問>
以前、改行が少なく読みにくいという指摘を頂き、
なるべく短めに改行するようにしましたが、
読みやすさはどうでしょうか?
気になった点があればご指導のほどお願いします。



[16596] 第7話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/09/07 21:35
 あの日の出来事があったあとも、信玄は颯馬達とそれまでと変わらず会っていた。
キクゴローとばかり話しているのも相変わらずであったが、それでも今はこれでいいのかも、と颯馬は感じていた。
それだけ、二人が離れていた時間は長く、そして背負ったものは大きかったのだ。
 それでも、少しだけ信玄にも変化が出てきていた。
それまで、全く発言を許していなかった颯馬に、少しずつ話を振っていた。
また、ほんの僅かだが無邪気な笑顔を時折見せるようになっていた。

 他方、上杉軍の侵攻も順調に進んでいた。
謙信は自分の役目として関東管領の命に於いて、東へ進軍していた。
西では上洛を狙う織田や朝倉といった勢力が力を伸ばしていたが、向かう先が逆なので、大きな衝突もなく、上杉は北条に対して専念できていた。
 その北条も、この度征伐することができ、残る関東の主な大名は佐竹と里見くらいになっていた。
いよいよ、謙信に上洛も考えさせなければいけない段階に颯馬は直面していた。
それを仕向けるために、乱破との打ち合わせで必然的に躑躅ヶ崎館に赴くことが多くなっていた。

 そんなある日のこと、颯馬は兼続に呼び止められ、近くの部屋で話すことになった。
「話とはなんですか?兼続殿」
「貴様、最近家中でどんな噂をされているか知っているか?」
「……どのような噂ですか?」
 家中が大きくなれば自分の知らぬところで噂もたとう。
颯馬も自分で気付いているものはあるが、兼続が問題にしようとしているものが果たしてそれかはわからない。
「貴様が、信玄殿のところへ足を運んでいるのは説得のためではなく、逢い引きするためだというものだ。
中には信玄殿に逆に取り込まれ、謙信様に反旗を翻そうとしているというものまである」
「それ……兼続殿は信じているのですか?」
 噂には尾ひれがつくものだが、まさか下るよう説得しに行っているのに、それが反旗を翻すというところまで飛躍するとは、少し呆れてしまう颯馬だった。
「そんなわけないだろ!
ただ、貴様にとっていい噂ではないことは確かだろう。
無いとは思うが、中には真に受けるものもおるかも知れん。
火のない所に煙は立たないともいうし、今一度、普段の行動を改めよ。
謙信様も心配なさっていたぞ」
「行動を改めよと仰いますが、実際なにを?
特にやましいことはしておりませんし、信玄殿ところに行かぬ訳にはなりません。
他の仕事にしても手は抜いておりませんし。
それは謙信様始め、他の方も知っていることではないですか?」
「無論、謙信様や他の諸将はそなたの動きを評価している。
反乱を起こす気もないということもな。
問題なのは貴様の女癖の悪さだ。
この噂はそれがなければ流れなかったはずだ」
 確かに女癖の悪さは颯馬自身、身に覚えがある。
軍師であるが故に口が上手いのか、多くの女性から好感を抱かれている。
実際に颯馬が聞いた噂の中には事実のものも含まれている。
それが今回の噂の発端になったのなら、颯馬も自分の行動を改める必要があろう。
 だが、
「お言葉ですが、それは筆頭家老としての忠告ですか?
それとも兼続殿の個人的な意見ですか?」
颯馬は少し考えた後に、こう質問してきた。
噂にはなっていないものの、兼続とも体を重ねたことが何度かある。
兼続個人に取ってみれば、他の女子と颯馬が頻繁にあっているという噂は聞いていていい心地がするはずもない。
今回の件を利用して、兼続が颯馬に対して窘めようとしているとしても不思議ではない。
「そ、それはもちろん、筆頭家老としての忠告だ。
女子と会うなとはいわぬが、上杉家としての風紀を乱すようなことはしてはならぬ。
みだらに女子と会っておらねば、今回のような噂も流れなかったに違いない」
「それでは、これからは女子に会うのは控えようと思います。
せっかく今晩は兼続殿のところに参ろうと思っていたのですが、残念です」
 颯馬は一見、神妙な顔つきでそういうと、兼続がどのような反応を示すか、心の中で探っていた。
「な!? ……うー、ずるいぞ、颯馬。それでは私に対する当てつけではないか!」
「しかし、筆頭家老の忠告では従うほかありません。
さすれば兼続殿との関係も控えるべきかと」
 颯馬の睨んだ通り、兼続は噂をだしにして自分の都合のいいように颯馬の行動を制しようとしていたようだ。
もちろん、変な噂によって颯馬の立場が悪くなることを心配していたのも事実ではある。
しかし、惚れた女心には打ち勝てなかったようだ。
「……貴様はいつもそうやって私を困らせる。
どうせ、私がどんな想いで忠告したのかわかっていながら、そういうことをいっているんだろう?」
 兼続は寂しそうな顔をしながら答えた。
それを見た颯馬は少しやり過ぎたかなと思い、
「すいません、ちょっと言い過ぎました」
「いや、颯馬が言っていることは正しい。
この噂の責任の一端は私にもある。
自重しないといけないな」
 さっぱりとした口調で言い切ったあと、決意するかのように大きく深呼吸をした兼続だが、まだどこか寂しげだった。
「まあ、用件というのはそういうことだ。
今後、くれぐれも行動に注意してくれ」
 そういって兼続は立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
「あ、兼続殿」
 襖に手をかけようとした兼続は、颯馬に呼び止められ颯馬の方を振り向く。
「今晩……とはいえませんが、また兼続殿の部屋に行ってもよろしいでしょうか?」
 兼続は呆れたような、嬉しいような、複雑な表情を見せたあと、
「好きにしろ。ただ、ほどほどにな」
とだけいって部屋を出た。
 兼続がでていくのを見送った颯馬もまたゆっくりと立ち上がり、考え事をしながら部屋を出ていった。



[16596] 第8話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/09/07 21:34
 その日もいつものように颯馬は信玄に会うために、躑躅ヶ崎館に来ていた。
信玄の部屋へ向かって廊下を歩いていると、
「おい、天城颯馬!」
後方から呼びかけられた颯馬は声の主の方向へと向き直る。
 そこには真田幸村が険しい表情をして立っていた。
「あなたは……真田殿でしたな。私に何かようですか?」
「信玄様をたぶらかす不届きな輩目! 金輪際信玄様にには会わせぬぞ!」
「……はあ?」
 突然の幸村の発言に、颯馬は話の意図がわからなかった。
「それはどういう意味ですか?真田殿」
「どうもこうもない!
お前達の女中が話していたぞ、女たらしの天城颯馬はお館様を説得するという建前で、お館様を襲っていると!」
 颯馬はそれを聞き頭を抱えた。
兼続に続き、今度は幸村だ。
しかも、幸村は兼続とは違って例の噂を信じ切っているようだ。
幸村は信玄に強い忠誠を持っていると同時に物事に没入してしまう性格で、むやみやたらと突っ走るところがある。
今回も女中のうわさ話を真に受けての行動であった。
普通、噂を聞いて信じたとしても、まず周囲の武将に相談したりするものだが、幸村は噂を聞きつけるやいなや颯馬を待ち構え、説得の任を解任させようと考えていた。
「幸村殿、それは単なる根も葉もない噂で、私は信玄殿に手を出しておりません。
そもそも、襲うなどといっても、あの信玄殿をどう襲うのですか?
返り討ちに遭うのが関の山です」
「貴様は口がたつ軍師ではないか!
大方、お館様に甘い言葉でもかけて誘惑したんだろ!」
「一体何を根拠にそれを仰っているんですか?単なる噂ですよ」
「証拠ならある!
最近、お前がお館様のところに行くと、お館様の楽しげな声が聞こえてくるという。
私も話の内容こそ聞かなかったが、確かに楽しげな声だった。
あのような楽しげなお館様の声は今までほとんど聞いたことがない。
それを、お前のような者の前で話すなど、尋常なことではない」
 それを聞いた颯馬は逆に安堵していた。
颯馬の記憶にある信玄はいつも笑顔で、あのように張り詰めた表情をしていなかった。
最近それが少し柔らかくなってきたかなと感じていたが、今ひとつ確信が持ててなかった。
だが、側近である幸村が信玄の声が変わってきているといっている。
これはよい兆しである。
そのせいか、颯馬の顔は自然と綻んだ。
だが、それは幸村をたきつけることになった。
「何がおかしい! やっぱり貴様はお館様をたぶらかしているんだろう!」
 颯馬はしまったと思ったが既に遅い。
如何にして向こう見ずの幸村を説得するか悩んでいたところ、信玄の部屋の方から人がやってきた。
「なんだ、幸村と天城殿か、こんなところで何をしている?」
「これは山県殿、今、この不届きな者を問い詰めていたところです」
「ん?天城殿をか? 天城殿が何かしたのか?」
「お館様を拐かしております」
 それを聞いた山県は一瞬間を置いて、
「はっはっは! お主、あの噂を信じているのか!」
「笑い事ではございません、山県殿。
現にお館様は敵将であるこの軍師と和やかに話しています。
私の聞いたことのないような楽しげな声で」
「なんだ、お主お館様のところで盗み聞きしておったのか?」
「い、いえ、違います。お館様が楽しげに話しているというのを耳にしたので、それを確認しただけです。
話の内容は聞いておりません」
「それでも立派な盗み聞きではないか。全く困った奴め」
 山県はやれやれといった感じに両手を腰に当てる。
「しかし、あのお館様があのように楽しげに話すなど、今までになかったことです。
これは間違いなく拐かされている証拠です」
「ああ、それはな」
 相違稲賀章子です」
「ああ、それはな」
 そういいながら山県は颯馬の肩に乗っているキクゴローに目を向ける。
「その猫のせいだ」
「は!?その猫ですか?」
「そう、この猫は知猫といって人語をあやつる。
また、先祖の記憶も持っているらしくてな、遠い昔の出来事など知っておってとにかく賢い猫らしい。
お館様は才のある者がお好きだからな。そこが気に入られたのだろう。
親しげに話しているのも相手が猫だからではないか」
 山県がそう話すと、幸村は本当にその猫が話すのか?と訝しげな目でキクゴローを見つめる。
「なんだか信じていないみたいだよ。山県も信用ないねえ」
「まあ、無理からぬことだな。
いきなり知猫といわれても信じる者は少ないだろ」
 キクゴローの皮肉に対して、山県は腕を組んで頷く。
 一方、いきなり猫がしゃべったのを見た幸村は驚いていた。
「ね、猫がしゃべった!」
「な、これでわかっただろう。
お館様が話していた相手はこのキクゴローで、颯馬殿ではない。
なんでもお館様はほとんど颯馬殿には口を開かないらしい」
「そうそう、信玄が颯馬と話すことはほとんどないね。
もっぱら僕の話を聞いているよ」
「な! 猫の分際でお館様を呼び捨てにするなど!」
 幸村が思わず腰に手をかけるが、そこには刀はなかった。軟禁の身なのだから当然である。
そんな幸村をキクゴローは尻尾を振りながらにこやかに笑っていた。
「これこれ、そうムキになるではない。
キクゴローは猫故、我々人の敬称など関係ないのだ。
お館様もそれを認めておる」
「お、お館様がお認めならば……」
 幸村は煮え切らない感じで姿勢を正す。
「お主はもう少し行動に慎重さを持つべきだな。
此度のことだけではない。前の戦でもお主がむやみに城から出なければ、上杉軍を足止めできたものを」
「あ、あれは、その……」
 幸村は先の上杉との戦の中で自分居城、真田本城を守っていたが、包囲した上杉軍がいつまでたっても動かないため、城を出て野戦を仕掛けた。
その隙を突かれて城を獲られたあげく、敗走していた。
「運良く逃げることができたからいいものを、一つ間違えればお主はここにいなかったのだぞ。
そもそも、あそこで堪えてくれたならば戦局もまた違ったものになっただろうに」
「す……すみません」
「まあ、運がよかったというより、颯馬の意図だったんだけどね。幸村を逃がしたのは」
 キクゴローが緊張感のない声で話し出した。
「む、そうなのか?」
「そう、幸村の性格を読んで、幸村が攻めてこさせるために遊撃隊で挑発して、出てきたところを別の隊で城を襲撃。
退路がなくなったと思わせつつ、包囲の中にわざと隙を作っておいてそこから逃がす。
それが颯馬の策だったんだけど、上手くはまってくれたね」
 自分の行動がすべて敵の手の内だと知った幸村は言葉を失っていた。
「まんまと颯馬殿の策にはまったということか。
しかし、何でそんな回りくどいことを?
そのまま討ってしまえばよかったのでは?」
「それは、あのとき既に謙信様は信玄殿を味方につけたいと考えていました。
それならば有能な武将は生かして信玄殿と共に下って欲しい、そう考えたんです」
「ほう、では俺が生き残ったのも天城殿のおかげなのかな」
「あ、いえ、山県殿とは直接戦っていないので、そこは何とも……」
 広大な領土を持つ武田と戦うためには、軍をいくつかに分けなければならないときもあった。
しかし、謙信に頼りがちな上杉軍の中で、独自に軍を指揮できるものは少なく、颯馬はしばしば単独で動くことがあったのだ。
真田本城で幸村と戦ったのもそんな時だった。
「まあ、よい。過ぎたことだ。
幸村!勘助はお主のその無鉄砲な部分も評価しているが、今後はそれもほどほどにな。
また勇み足になって首を取られてしまうことのないよう、気をつけるのだぞ」
 檄を飛ばされた幸村だが、その顔色は晴れない。
「そう落ち込むな。お主はまだ若い。
これから精進すればいいだけのことだ。
それに、先の話が真ならば、お主は敵からもその才を認められていたということだぞ、もっと自信を持て」
「は、はい!」
 まだ動揺が残りつつも幸村は力強く返事を返した後、颯馬に非礼を詫びたあとその場を辞した。
「これであ奴も懲りてくれればいいがの」
「恐らく大丈夫でしょう。
幸村殿は少々危なっかしいところもありますが、決して愚鈍な将ではありませんから」
「たしかにな」
 その後二人は少し言葉を交わしたあと、颯馬は信玄のところへと向かい、山県もその場を去った。



<連絡事項>
ここ2週間ほど(私にしては)高頻度で更新してきましたが、
書きためていたストックがなくなったのと、
少々忙しくなるのでまたしばらく時間があきます。
次は7月下旬頃に第9話・第10話連続で投稿する予定です。

現在、手書きの下書きはだいぶたまっており、
残りはエンディングの残すのみとなっております。
全体でだいたい15~17話くらいになると思うので、
この話が中間点くらいですね。

それでは、今後もお付き合いよろしくお願いします。



[16596] 第9話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/07/28 22:35
 それはとある日の午前中の出来事であった。
 将軍家足利義輝御一行が謙信を「管領」に任ずるためにやってきたのだ。
颯馬は謙信を管領にすることができれば、自分の策がより円滑に進むと考えていた。
しかし、「三管領」と言われた岐波氏、細川氏、畠山氏の内、細川氏はまだ健在で、畿内の国をいくつか支配していたので難しいと考えていた、
しかも、今回の「管領」の任命に対して義輝は内々に上洛と全国平定を命じていた。
颯馬の苦労は徒労に終わったわけだが、これ以上ない状態に持っていくことができた。
颯馬は狐につままれたような思いを抱きながらも、難問が一つ片付いたことで一安心していた。
 そんな将軍様御一行だが、長く滞在することはできないといい、早々に旅に戻るということだった。
だが、その前に武田信玄と話がしてみたいと言い、謙信にその場を設けるよう命じてきた。
対外的には信玄は上杉家の客将という扱いになっていた。
義輝が言うに、同じ清和源氏の流れを組む名門武田家の総帥に会ってみたいと言うことだった。
謙信はすぐに颯馬に信玄の意向を聞いてくるように命じ、昼食の手配と謁見の席を準備させた。
信玄も将軍自らの招待を断る理由がないとして合うことにした。

 その日の午後、昼食を終えた義輝は、一服する間も惜しいとして謙信に信玄と早く会わせるよう急かせた。
謙信は普段自分が座っている一段上の間に義輝とお付きの細川幽斎・藤孝姉妹を通すと、その場を辞そうとした。
しかし、義輝はそれを止め、そのまま留まるよう言い渡した。
同席を命じられた謙信は下座の間に、義輝からは向かって左側の襖を背にする形で座り、信玄を待った。
やがて、颯馬が付き添う形で信玄が部屋にやってきた。
颯馬が襖を開け、信玄がそこを通り義輝の前に進み出て、部屋の真ん中で頭を下げて座った。
颯馬がそれを確認すると、襖を閉めようとすると、
「颯馬とか申したな、そちも同席せい」
と義輝がいってきた。
どうしたものかと思案していると、謙信が頷いているのに気付き、部屋に入り襖を閉めて謙信の隣に座った。
「うむ、そちが甲斐源氏の武田信玄じゃなる。同じ清和源氏を祖とするもとして会えて嬉しいぞよ」
「将軍様自らのお呼び出し、ありが……」
「ああよいよい、堅苦しい挨拶はなしじゃ。時間も少ないことだしの。それよりもそなたの顔を見てみたい。面をあげい」
 義輝への挨拶を本人に遮られ、顔を見せるよう命じられた信玄はゆっくりと体を上げた。
信玄は義輝の目を見たあと、左右に鎮座する細川姉妹に目をやった。
ふと、右斜め前に座っていた謙信の方に目をやると、目が合ってしまった。
二人が目を合わせるのは、信玄が降伏した日に謙信が館へいった時以来である。
二人とも心を落ち着かせた状態で相対したのはこれが初めてだった。
(あれが平時の信玄殿か……。そういえば戦場での殺気がない信玄殿と合うのは初めてだったな)
二人の目が合ったのは一瞬だった。
信玄は謙信を見ると、すぐに目を義輝に戻した。
「うむ、父君や兄君と同じく君主たるよい顔つきじゃの。
謙信にも引けをとらぬ天性の才を持っているのがよくわかる。
我が足利家にもそのような才が代々あったならばな」
「義輝様! そのようなことを言っては……」
「よいよい幽斎、本当のことじゃ」
 義輝が傍らにいる幽斎を軽く諫めた。
すると、今度は謙信が体の向きを変え、
「義輝様、恐れながら申し上げますが、天下を治めるほどの器は私よりも義輝様にあると存じます」
「謙信まで何を言うか。この乱世を見よ。
この国は戦にまみれ、わらわの言うことを素直に聞いてくれるのは謙信、そちだけじゃ。
数々の謀略や裏切りによってすっかり世は乱れてしまった。
今回、そちを管領にしたのも、そちなら力なきわらわに代わって全国を平定できると思ったからじゃ」
「勿体ないお言葉でございます。ですが……」
「くどいぞ、謙信!」
「ははっ! ……この謙信、毘沙門天の加護のもと、必ずや義輝様に平安な世を捧げて見せます」
「うむ。そこでじゃ、信玄。……ん?なんじゃ惚けた顔して、どうかしたのか?」
「え、いえ。……先ほど、父上と兄上とお会いになったことがあるようなことを仰いましたが……?」
「そのことか。うむ、二人には昔会ったことがあるの。
あれはもう何年前になるかの?
当時はわらわも幼くてな、細かなところまで覚えていないが、そちの父君や兄君には君主としての器が備わっていたのを感じたことはよく覚えておる。
しかし、それよりも、そちの方が数倍その器が大きいと見える。
そちを継がせた父君も立派だが、嫡男として育っておきながら、謀反も起こさず快くそちに家督を譲った兄君もまた素晴らしいのう」
「あ、兄上とお会いになったときの印象をもう少しお話ししてもらえないでしょうか」
「ん?そちの兄君のことか?
先ほども言った通りわしも幼かった故、よくは覚えておらんが……、生まれたばかりのそちを随分大事にしておったな。
それに武田の嫡男として勉学に励んでおったの。
当時は武田も甲斐を統一したばかりで不安定な時期でな、その跡目となるためにも日々精進している様子であった。
だからこそ、そちが自分よりも武田の当主として相応しいと悟ることができたのだろう。
さもなくば、兄妹で血を争うことになっていただろうに。
まあ、あれだけそちを可愛がっていたあ奴であれば、それもなかったであろうが……。
とにかく、自分のことよりも、武田家のためを第一に考える男じゃったの」
(家督を巡って武田の中で一悶着あったと聞いていたが、信玄殿には兄がいたのか。
しかし、義輝様の仰る通りその兄君は大したものだ。
自分の地位に執着せず、自分より秀でた妹に家督を譲るなどそうそうできるものではない。
できることなら一度お会いしてみたいのだが、今はどこにいるのだろうか?
そういう御仁であれば出家でもされたのだろうか?
だが、武田の嫡男が出家していると言うことならば甲斐で聞かないわけがない。
義輝様もあまりお会いになったことのない口ぶりだから、京でもないようだし……。
どこかの霊山に籠もっているのだろうか?)
 謙信は二人の会話を聞いてそんなことを考えていた。
「そんな頃から兄上は武田のために……」
「うむ、名門武田の嫡男とはいえ、そうそうできることはない。
あの者なら武田も安泰だと思ったほどじゃ」
「それならば、私ではなく兄上の方が家督を継いだ方がよかったということではありませんか?」
「いや、それはあくまで一般的な話じゃ。
仮にそちではなく、兄君が継いでいたら武田をここまで大きくすることはかなわなかったじゃろうて。
それくらい、そちの方が当主としての器は大きい。
それに、そちの兄君は今でもそちのために力を尽くしておるようじゃないか。
妹思いのよい兄君ではないか」
 信玄は義輝が颯馬に対して高い評価を与えているのを知ると同時に、自分が思っていた以上に颯馬から愛されていたことを知り、感慨に耽っていた。
 それは謙信の前で初めて見せた素の表情であった。
(ああ、戦場では激しい気迫をまとっている信玄殿だが、これが彼女の素の姿なのだな。
何とも可愛らしい感じではないか。
このような子があそこまで気を張るのは大変だったろうに。
……しかし、私が彼女の枷を解いてやろうと思っていたが、それは思い上がりだったか。
やはり、肉親との絆の方が強かったようだな)

 しばらく沈黙が続いた。
 そんな中、最初に口を開いたのは藤孝であった。
「義輝様、そろそろお時間です」
「おお、そうか。もう少し話をしたかったが、またの機会とするかの」
 そういって将軍様御一行は旅支度のために先に部屋を出た。
 残された謙信・信玄らも部屋から出ようと立ち上がる。
 その時だった。謙信は立ち上がり際、にっこりと微笑み会う信玄と颯馬を見た。
その瞬間、謙信には例の噂が頭に浮かんだ。
謙信とてあの噂を信じていたわけではなかった。
 確かに、颯馬は女武将と仲がよく、ちょくちょく彼女たちの部屋に行っているようであったし、信玄の部屋に行くのも命があってのこと。
二人が男女の仲になっているなどこれっぽっちも思っていなかった。
 しかし、今の光景は単なる一武将と捕虜という関係ではないことは明白であった。
自分に向けられる忠誠と愛情の判別ができていない謙信は、颯馬が自分によせてくるのも忠誠だと考えていた。
その一方で、二人の関係を知らぬこともあって、その愛し合う者同士の眼差しは、そのまま男女の愛と認識した。
 今、謙信は颯馬から明確に愛情を向けられていないと誤解し、その動揺は隠せなかった。
しかも、その相手があの信玄なのだ。
思い返せば、颯馬は信玄の説得に自ら仕官してきた時、強い意志を感じ取られた。
もしかしたらあのとき既に颯馬にはそのような気持ちがあったのだろうか?
 そういえば、今日の信玄は戦場とは違い、まだ幼さがある少女らしさがあった。
颯馬はあのようなのが好みなのだろうか?
そんな疑問や疑念が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。
 しかし、今は将軍様を見送るのが務め、と頭を無理矢理に切り換え、信玄のことを颯馬に任せて、そそくさと部屋をあとにした。



[16596] 第10話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/07/28 22:37
*注意*
 第9話、第10話同時投稿です。
 まず最初に第9話からご覧下さい。
 第9話から来られた方は、最初疑問に思うかもしれませんが、しばらく読み進んでください。



 それはとある日の午前中の出来事であった。
 将軍家足利義輝御一行が謙信を「管領」に任ずるためにやってきたのだ。
颯馬は謙信を管領にすることができれば、自分の策がより円滑に進むと考えていた。
しかし、「三管領」と言われた岐波氏、細川氏、畠山氏の内、細川氏はまだ健在で、畿内の国をいくつか支配していたので難しいと考えていた、
しかも、今回の「管領」の任命に対して義輝は内々に上洛と全国平定を命じていた。
颯馬の苦労は徒労に終わったわけだが、これ以上ない状態に持っていくことができた。
颯馬は狐につままれたような思いを抱きながらも、難問が一つ片付いたことで一安心していた。
 そんな将軍様御一行だが、長く滞在することはできないといい、早々に旅に戻るということだった。
だが、その前に武田信玄と話がしてみたいと言い、謙信にその場を設けるよう命じてきた。
対外的には信玄は上杉家の客将という扱いになっていた。
義輝が言うに、同じ清和源氏の流れを組む名門武田家の総帥に会ってみたいと言うことだった。
謙信はすぐに颯馬に信玄の意向を聞いてくるように命じ、昼食の手配と謁見の席を準備させた。
信玄も将軍自らの招待を断る理由がないとして合うことにした。

 その日の午後、昼食を終えた義輝は、一服する間も惜しいとして謙信に信玄と早く会わせるよう急かせた。
謙信は普段自分が座っている一段上の間に義輝とお付きの細川幽斎・藤孝姉妹を通すと、その場を辞そうとした。
しかし、義輝はそれを止め、そのまま留まるよう言い渡した。
同席を命じられた謙信は下座の間に、義輝からは向かって左側の襖を背にする形で座り、信玄を待った。
やがて、颯馬が付き添う形で信玄が部屋にやってきた。
颯馬が襖を開け、信玄がそこを通り義輝の前に進み出て、部屋の真ん中で頭を下げて座った。
颯馬がそれを確認すると、襖を閉めようとすると、
「颯馬とか申したな、そちも同席せい」
と義輝がいってきた。
どうしたものかと思案していると、謙信が頷いているのに気付き、部屋に入り襖を閉めて謙信の隣に座った。
「うむ、そちが甲斐源氏の武田信玄じゃなる。同じ清和源氏を祖とするもとして会えて嬉しいぞよ」
「将軍様自らのお呼び出し、ありが……」
「ああよいよい、堅苦しい挨拶はなしじゃ。時間も少ないことだしの。それよりもそなたの顔を見てみたい。面をあげい」
 義輝への挨拶を本人に遮られ、顔を見せるよう命じられた信玄はゆっくりと体を上げた。
信玄は義輝の目を見たあと、左右に鎮座する細川姉妹に目をやった。
ふと、右斜め前に座っていた謙信の方に目をやると、目が合ってしまった。
二人が目を合わせるのは、信玄が降伏した日に謙信が館へいった時以来である。
二人とも心を落ち着かせた状態で相対したのはこれが初めてだった。
(上杉謙信。兄上がその実力を認め、私に共に戦うことを望む者ですか。
……そういえば、謙信とこのような落ち着いた場で話したことは話したことはなかったですね)
二人の目が合ったのは一瞬だった。
信玄は謙信を見ると、すぐに目を義輝に戻した。
「うむ、父君や兄君と同じく君主たるよい顔つきじゃの。
謙信にも引けをとらぬ天性の才を持っているのがよくわかる。
我が足利家にもそのような才が代々あったならばな」
「義輝様! そのようなことを言っては……」
 義輝の発言に幽斎が驚きの声を上げる。
周囲は皆その方向に視線が移り、次に話し出した謙信に移っていく。ただ一人、信玄を除いては。
信玄は、昔颯馬が義輝と合ったことがあるというのを聞き、驚きのあまり思わず颯馬の方に振り向きそうになった。
しかし、端から見たらそれは不自然な行為だと思い直した信玄は、再び義輝の方を向いた。
だが、予想にもしていなかった義輝の発言に信玄は呆気にとられたままだった。
 他方、他の者たちはそんな信玄には全く気付かず、発言者の行動に注視していた。
「うむ。そこでじゃ、信玄。……ん?なんじゃ惚けた顔して、どうかしたのか?」
「え、いえ。……先ほど、父上と兄上とお会いになったことがあるようなことを仰いましたが……?」
「そのことか。うむ、二人には昔会ったことがあるの。
あれはもう何年前になるかの?
当時はわらわも幼くてな、細かなところまで覚えていないが、そちの父君や兄君には君主としての器が備わっていたのを感じたことはよく覚えておる。
しかし、それよりも、そちの方が数倍その器が大きいと見える。
そちを継がせた父君も立派だが、嫡男として育っておきながら、謀反も起こさず快くそちに家督を譲った兄君もまた素晴らしのう」
 そういった義輝はちらっと颯馬を見たが、すぐに視線を信玄に戻した。
その目の動きにただ一人気付いた信玄は、義輝の口から二人の間柄が知られるのではないか、特に謙信に漏れてしまうことに不安を感じた。
むろん、義輝が信玄と颯馬の間柄を知っているかどうかなど信玄にはわからないし、そのようなことを軽々と口にするような人でもないのは重々承知だ。
「あ、兄上とお会いになったときの印象をもう少しお話ししてもらえないでしょうか」
 二人の秘密が知られることは避けたかったが、それ以上に義輝がどこまで気付いているのか気がかりだった。
 また、信玄自身に義輝と会った記憶はない。
そのため、颯馬と義輝が会ったというのは信玄が生まれる前か、少なくとも物心付く前だろう。
そう考えたら、自分の知らない兄の姿というのをもっと聞いてみたくなってきていた。
「ん?そちの兄君のことか?
先ほども言った通りわしも幼かった故、よくは覚えておらんが……、生まれたばかりのそちを随分大事にしておったな。
それに武田の嫡男として勉学に励んでおったの。
当時は武田も甲斐を統一したばかりで不安定な時期でな、その跡目となるためにも日々精進している様子であった。
だからこそ、そちが自分よりも武田の当主として相応しいと悟ることができたのだろう。
さもなくば、兄妹で血を争うことになっていただろうに。
まあ、あれだけそちを可愛がっていたあ奴であれば、それもなかったであろうが……。
とにかく、自分のことよりも、武田家のためを第一に考える男じゃったの」
「そんな頃から兄上は武田のために……」
「うむ、名門武田の嫡男とはいえ、そうそうできることはない。
あの者なら武田も安泰だと思ったほどじゃ」
「それならば、私ではなく兄上の方が家督を継いだ方がよかったということではありませんが?」
「いや、それはあくまで一般的な話じゃ。
仮にそちではなく、兄君が継いでいたら武田をここまで大きくすることはかなわなかったじゃろうて。
それくらい、そちの方が当主としての器は大きい。
それに、そちの兄君は今でもそちのために力を尽くしておるようじゃないか。
妹思いのよい兄君ではないか」
 そういうと、義輝はさりげなく颯馬に視線をやる。
目が合ってしまった颯馬は慌ててそれを外す。
 一方、信玄は義輝が颯馬に対して高い評価を与えているのを知ると同時に、自分が思っていた以上に颯馬から愛されていたことを知り、感慨に耽っていた。
 颯馬が武田のために裏で支えていたのはキクゴローから聞いている。
後に、山県・勘助からもそれを知っていたことを聞いており、颯馬の働きは疑いようのないものであった。
 だが、何年間も自分に知らせずに、影でこそこそと動いていた颯馬に対して、素直になれない気持ちを抱いていた。
それを、颯馬の昔を知る、武田の者ではない第三者からの話は、何故かすんなりと彼女の心の中に入っていった。
その言葉は特に目を引くような話は含まれていなかったが、颯馬への苛立ちを和らげる効果はあったようだ。
 信玄は今はまだ完全に颯馬に対して心を開くことはできないが、以前よりはその可能性が高まったのを感じていた。

 しばらく沈黙が続いた。
 そんな中、最初に口を開いたのは藤孝であった。
「義輝様、そろそろお時間です」
「おお、そうか。もう少し話をしたかったが、またの機会とするかの」
 そういって将軍様御一行は旅支度のために先に部屋を出た。
 残された謙信・信玄らも部屋から出ようと立ち上がる。
 不意に、信玄と颯馬の目が合った。
信玄はまだ完全に心をよせたわけではなかったが、自然と笑みがこぼれた。
対する颯馬は、何がきっかけでそのような笑みを見せてくれたのか知るよしもなかったが、久方ぶりに見たその笑顔に颯馬もまた笑みがこぼれた。
 一方、謙信は義輝の見送りのためにと逃げるように部屋を出ていった。

 信玄の部屋にと颯馬が信玄を送っているときだった。
「……颯馬」
「なんでしょうか」
「私、兄上のこと何も知らなかったのでしょうか?」
「知らなかったのではありませんよ。見せなかっただけです。ですから信玄殿に責はありませんよ」
「……そうですか」
「……」
「……ありがとう、兄上」
 最後の信玄の言葉は、すぐ近くにいる颯馬にも聞こえないような、小さな声で呟いたものだった。



[16596] 第11話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/07/30 19:16
 将軍様御一行が旅立ってすぐの頃、颯馬は信玄を部屋まで送り届けるとすぐさま自分の館に戻り、
誰にも気付かれぬようにそっと館から出ると、馬を飛ばして義輝を追いかけた。
しばらくすると前方に義輝らの姿が見ることができた。
「義輝様!しばしお待ちを!」
「あなたは……、たしか天城颯馬殿。何かお忘れ物ですか?」
「細川幽斎殿、藤孝殿、折り入ってお願いがあるのですが……」
「なんだ、義輝様はお忙しいのだ。用があるなら手短にな」
「義輝様にお話があるのでお二人には少しの間外してもらいたいのですが」
「なんだ、その話というのは? 私たちがいては話せぬことなのか? よもや、よからぬ考えをもっているのではなかろうな!」
 旅程を急いでいる身のため、思わぬ足止めに藤孝は少しいらだっていた。
そこへ更に側近の自分たちさえも外して欲しいなどというものだから一気に警戒心を強めた。
温厚な幽斎もこの申し出には怪訝な表情を隠さなかった。
「よい、藤孝。わらわも颯馬と二人で話をしたいと思っていたところじゃ。二人とも外してくれ」
「で、ですが、義輝様……」
「ええい、これは将軍の命なるぞ! 外せといったら外せ!」
 そこまでいわれるとさすがの二人も引き下がらないわけにはいけない。
姉妹は遠巻きに義輝と颯馬の二人を見ていた。

「お懐かしゅうございます。先ほどはきちんと……」
「ああ、兄妹揃って堅苦しい奴じゃな。そんな挨拶はなしじゃ。それよりも、息災じゃったか?」
「はい、何とか五体満足に生きております」
「家督を継がなかっただけでなく、密かに渡り軍師として敵国を回っていると聞いたときには驚いたぞ。
……あの様子じゃと信玄はそのことを知らなかったようじゃな」
「さすが義輝様、よい耳を持っていらっしゃる。
……あの頃の信玄にそのことを教えるのは酷かと思いまして」
「相変わらず妹思いだのう。
最近、わらわの周りを武田の者が動き回っているようだが、それも兄バカのお主の仕業じゃろ」
「ばれてましたか……」
 謀がばれたにもかかわらず颯馬は詫びる様子もなく、ただ苦笑いで返す。
「うむ、そなたのことじゃ。おおかた信玄に天下を取らせたいのだろう?」
「ははは、どうでしょう」
「隠さずともよい。仮に謙信の力によって天下が統一されれば、多くの者はわらわなんぞ見向きもしなくなるだろう。
謙信もあの性格だから将軍になる気にはないじゃろうし」
「謙信が天下に睨みを利かせているうちに、義輝様の天下を造り上げたらどうですか?」
「心にもないことを……。まあ、それも可能だろうがな。
しかし、わらわはこの国に平安な世を築くには新たな形が必要だと思うておる。
それが、足利の手でできるものかどうか……。
むしろ、この国のためを思うなら、新たな血に任せた方がよいと思うておるのじゃ」
 義輝の心中を聞き、颯馬は少し押し黙った。
「……謙信のへの管領任命の件、ありがとうございます」
「なに、他にやる相手もいないのじゃ。
せっかくこの位を役立てそうな者がおるなら、その者にやらんでどうする。
それより、謙信と信玄の仲はどうなのじゃ?」
「まだ何とも……」
「なんじゃ、さっさとそちの妹を表舞台に引き出さんかい。
うずうずしておると、謙信が手柄を全部持って行ってしまうぞ」
「あの、お言葉ですが、義輝様は謙信よりも信玄の方がお好きで?」
 信玄びいきとも取れる義輝の発言を聞き、颯馬は思わずその真意を尋ねた。
「ん?そのように聞こえたかの? わらわは二人とも気に入っておるぞ」
「左様ですか」
 少しの間、二人の間に沈黙が訪れる。
 その沈黙を破ったのは義輝だった。
「……また昔のように一緒に遊びたいものだな」
「その頃には昔より賑やかになっているかもしれませんよ」
「そうじゃの。幽斎や藤孝に加え謙信や信玄もおるしな。
……そうなっておればええのう」
「そうですね」
 颯馬は義輝の言葉をしみじみと感じながら答えた。
「何がそうですねじゃ! そうし向けるのがお主の役目じゃろうが!」
「ははは。そういえば、義輝様はよく私が信繁だと気付きましたね。
幽斎殿や藤孝殿も昔お会いしているのに気付いていない感じでしたのに」
 颯馬はわざとらしく話をそらすと、少し気になっていた疑問を義輝に投げかけた。
「ああ、それはだな……」
「ん?」
 颯馬の疑問に対して義輝は答えようとしたが、その声はだんだんと小さくなっていき、
「あの二人はわらわと違ってそちになんの感情も抱いていなかっただろうが、わらわは……」
「義輝様、なんと仰っているのですか?」
小声になった上に早口になったため、途中から颯馬にはなんといっているのか全く聞き取れなかった。
「ええい!五月蠅い! そちはさっさと信玄を説得せい!」
 義輝は大きな声を出して颯馬の問いをごまかした。

 その後、二人は昔を懐かしみつつ、現状の乱世を憂い、たわいのない話をした。
 やがて、しびれを切らした細川姉妹がやってくると、颯馬は一礼をしてその場を去った。



[16596] 第12話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/08/03 01:18
 管領となった謙信は今まで以上に勢いを増して進軍し、領土を拡大させていた。
 この時も畿内に領土を持つ大名家を討ち、降伏させ、その家臣らもほとんどが追従し、上杉に下っていた。
そして、いよいよ京へというときに東国の方で不穏な動きがあると知らせが入る。
 謙信はこの知らせを聞くやいなや、瞬時に西の守りを固め、軍をとって返して東へ向かった。
未だに謙信以外に軍を動かせるものがほとんどいないのが上杉家の問題である。

 この時、颯馬は謙信ら本隊からは離れ、旧国境近くの城で統治を行うための準備をしていた。
そのため、東国の件や、謙信が別の街道を使って既に東国に向かったのを聞いたのは、既に謙信が行ってしまった後であった。
颯馬は武田の乱破を使って各地の情報を取っていたが、東国の話はこれといってなく、むしろ新しい領地内の方に不穏な動きを感じ取っていた。
従って、この知らせには大きな疑問を抱く。
颯馬はすぐに書状を書き留め、謙信に今回のことについて西に戻るよう進言しようと筆を執った。
 書状を書いていると、急に城内が騒がしくなり、慌ただしい雰囲気になった。
何事かと颯馬が立ち上がったその時、突然奥の襖から全身武装した兵が数人現れる。
彼らは颯馬の姿を見ると、天城颯馬であるかどうか確認し、おとなしく降伏するよう脅迫。
突然の出来事で動揺した颯馬だが、当然のことながらそんなことはできない。
すぐさま近くにあった襖に手をかけ縁側に出ると、そこはもう戦場であった。
どこからやってきたのかわからない武装した兵達が、この城を守る上杉兵とやり合っていた。
相手の兵士は少数ではあったが、全身を鎧で身を固め士気も高い。
一方、上杉兵は突然の襲撃に加え、平時の格好をしていたためほとんど武装しておらず、帯刀していた刀で応戦していた。
だが、数では勝るものの、完全に相手の気迫に飲まれていた。
 この光景を見て、颯馬はこの謎の兵達がどこの者で、一体どうやって城内にいとも簡単に入ってきたのか考えた。
しかし、相手はそんな時間を与えてくれず、次々に襲いかかってくる。
颯馬は手近にあった得物で迎え撃つが、なにぶん普段から戦場は得物を振るうことのない軍師である。
あっという間にねじ伏せられ、縄で縛られてしまった。

 城が占領されるのにさほど時間はかからなかった。
仮に颯馬が奮戦し、戦い抜いたとしても結果は同じことであっただろう。
生き残った上杉兵は牢に入れられ、颯馬と武将数人は縄で縛られたまま部屋に座らされていた。
やがて、颯馬達の目線の先である隣の部屋に、一人の武将が入ってきた。
 彼が言うには、自分は先日、上杉軍に降伏した大名の家臣で、降伏した主君に代わって討ちにきたというのだ。
それを聞いた颯馬は、例の不穏な動きはこの者達だったのかと納得した。
 しかし、一方で気がかり点もある。
降伏した大名の家臣で、上杉に靡かなかった武将の行方はほとんどわかっており、目の前に居る武将については心当たりがない。
そのことを武将に尋ねると、渋い表情になって、しばらく黙り込んだ後口を開いた。
それによると、家臣共々浪人の身だったのだが、つい先日そんな自分たちを全員召し抱え、おまけに城まで任せてくれるという大名に出会う。
むろん、このような話他にあるわけもなく、二つ返事で仕官。
それが先頃、上杉軍が討った例の大名で、この城が自分たちが任されるはずの城だった。
召し抱えられてすぐにこの城に向かったのだが、その途中で主君が降伏してしまい、颯馬達がこの城に入城してしまったので、またもや浪人の身となってしまったという。
更にいうには、正直なところ主君への忠誠心というよりは、再び浪人の身に落とされた原因を作った上杉軍への恨みの方が強く、
颯馬を楯にして上杉軍を脅迫し、ここに居座るつもりらしい。
 半ば八つ当たりのような動機に颯馬は呆れたが、切迫した状況であることには変わらない。
とにかく、何か一つでも打開策の手がかりがないかと、まずはどうやってこの城に素早く侵入してきたのかを聞く。
すると、どうやらこの城には緊急用の抜け道があるらしく、今回はそれを逆手にとって侵入したというのだ。
上杉軍はこの城で直接戦っておらず、颯馬達主だった兵もこの城に来て日が浅かったため、その抜け道は存在すら気付いていなかった。
その場にいた颯馬の部下達は、それがわかっていれば、と悔やんでいたが、今となってはもう遅いことである。
むしろ、颯馬達はこれからのことを考えなければならない。
颯馬は更にいくつかの質問をした。
 最初は相手の武将も苦し紛れの質問と受け取って快く答えていたが、次第にそれも長くなると鬱陶しく感じるようになり、
最後には颯馬の質問を遮り、颯馬らを牢に入れてしまった。
 その後、城の平穏を装うために颯馬らは当面の間生かされることとなる。
時折やってくる伝令などには、上杉の者がかり出され対応していた。
そのため、他の上杉軍からは特にこれといって異常を感じず、事態の発覚には時間がかかったのであった。



*補足*
 CS版をやられた方はピンときたかもしれませんが、今回の話はKOTY2009の大賞を得る一因となったブラックホール城バグが元です。

 ブラックホール城バグをご存じない方に簡単に説明しますと、このゲームでは毎ターンごとに武将が仕官してきます。
その武将が仕官した城が敵国の場合敵将に、自軍の城の場合味方の将軍となります。
本来の仕様はこの通りなんですが、ある条件が揃うと自軍の城に敵将として入城してしまうことがあります。
そうすると、城は自軍のものなので攻めることはできません。
しかし、そこにいるのは敵将なのです。
 この城に味方の将軍を送ったり、または元からいた場合、操作不能になってしまいます。
どうでもいい武将であれば問題ありませんが、もしこれが主人公やヒロインだとシナリオが進まずEDを見ることができなくなります。
 この原因となるものはいくつかあるようですが、もっとも多いと思われるのが、一門登場バグです。
 家が滅亡していた場合、本来発生しないはずの一門・跡継ぎ武将が登場し、その城がブラックホール城となってしまうのです。
これは滅亡当時の当主を仲間にしていると起きやすいことがわかっています。

 今回、このバグを強引に解釈して話の中に入れてみました。
これをしようと思ったのは、最初の感想に「途中で主人公が城から出られなくなるんですねわかります」とあったことから思いつきました。
 元ネタがバグだけに、話しの流れに無理が生じています。
もっと文才があれば、うまい話を作れたかもしれませんが、今の私にはこれが精一杯でした。
力不足ですみません。
余興と思って目をつぶっていただければ幸いです。



[16596] 第13話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/09/07 21:33
 謙信ら上杉軍が颯馬の状況を知ったのは、東国の国境で異常がないかくまなく探して、西へ軍を引き戻していたときだった。
元々、東国の話しは颯馬いる城を奪いやすくするための偽情報で、上杉軍の主力を遠ざけるのが目的である。
しかし、それも上杉軍が戻ってきた上に、自分たちの存在を知られたため、乗っ取った武将らは対応を迫られた。
彼らはとりあえず容易に攻め込まれないよう上杉軍に対して、それ以上西へ進軍したならば、人質を殺すと脅迫した。
 これは単に時間稼ぎでしかないが、もし上杉軍らが進軍してきたならば、彼らは人質を殺して逃げるだけだ。
城の周辺には国境を守る兵が最小限いるだけで、彼らを追い込むほどの余力はなく、逃亡を防ぐのも難しい。
もはや上杉への嫌がらせが主目的となっていた彼らは、上杉軍を足止めさせることだけを考えていた。
そもそも、この城を出ればまた明日をも知れない浪人暮らしである。
上杉軍の行動を妨害しつつ、自分たちは満足な生活をする、それをぎりぎりまでするつもりなのだ。
 この状況に謙信は手をこまねいていた。
知らせが入った後、何度か軍議を開いて打開策を練ったが、颯馬ら人質を無事救出するための良案は出てこない。
元来、上杉軍は武闘派の武将が多く、こういう事態にもっともよい案を出すのは、皮肉にも捕まっている颯馬であった。
 そんな時、謙信に躑躅ヶ崎館から使者がやってきた。
東国から西へ引き返している最中で、今陣を敷いているのは府中からもほど近い。
使者によると、今度の事態の詳細を謙信から直に聞きたいという。
この知らせに上杉の武将は怒りをあらわにする。
いくら軟禁状態で、自ら出向くことができないとはいえ、謙信様を寄越せというのは横暴だという声や、
これは上杉の問題で、何故信玄がしゃしゃり出て来るのだ?などという意見が聞こえてくる。
 しかし、謙信はその知らせを聞いたとき、以前、信玄が義輝に謁見したときに、信玄と颯馬が見つめ合っていた光景が脳裏に浮かんだ。
もし、信玄と颯馬が謙信が考えているような仲であるとするならば、謙信自ら説明に来いといいたくなる気持ちもわかる。
自分も逆の立場ならきっとそういっているだろうと考えた謙信は、家臣をなだめ、信玄に合いに躑躅ヶ崎館へと向かった。

 館に着いたのは日も暮れてだいぶ時間がたっていた。
普段ならそろそろ床に就く支度を始めるような時間なのだが、信玄は自分の部屋で謙信の到着をじっと座って待っていた。
謙信が部屋に入り信玄と相対して座ると、すぐさま信玄が口を開く。
「天城颯馬が敵に捕らえれたそうですね。現状を教えてくれますか?」
「随分と耳が早いのだな」
「ええ、私のところには各地の情報が常に入ってくるのですよ」
 このことは武田の情報網、すなわち乱破が依然として力を持っていることを示している。
颯馬に乱破を解体するよう最終的に命じていた謙信だが、どうやらこれが守られていないらしい。
颯馬が命に従わなかったのか、それとも武田が無視したのか、どちらにしても謙信にとって問題ある行為だ。
しかし、今は責任追及よりも救出の方が大事である。
謙信はこのことを胸の奥へ押し込ませ、信玄に現状をすべて話した。
「なるほど、おおむね私が知っている情報と大きく違いは無いようですね。
それで?これからどうやって天城を救出するのですか?」
「いや、恥ずかしい話、まだ有効な策を打ち出せずにいる」
「情けない発言ですね。それでも管領上杉ですか?」
「確かに情けない話だ。そこで恥を忍んでお聞きしたい。
信玄殿ならばこの状況をどういたすか?」
「捕らえられている武将や兵にもよりますが、敵の目が悪く、連絡を容易にできない夜のうちにできるだけ進軍し、急襲しますね」
「それで捕らえられている武将達はどうするのです?
争っているうちに殺されてしまうのでは?」
「その可能性は高いでしょうね」
「それでは意味がないではないか!
私は敵を討ちたいのではなく、颯馬を助け出したいのだ!」
「そう声を荒らげないでください。夜も遅いことですし。
……ところで、今貴女は颯馬『を』と仰いましたね?」
「……いったかもしれないが、それが何か?」
「貴女が助けたいのは貴女の家臣達ですか?
それとも颯馬個人だけですか?」
「な、何を言う。家臣全員を助けたいと思っているに決まっておろう。べ、別に颯馬個人だけではない」
 謙信は言葉では否定しつつも、声の調子は完全に乱れていた。
つい颯馬のことを思うがあまりの失言。
それを何とか体裁を取り繕うとするが、それも後の祭りである。
 その様子をじっくり見ていた謙信は黙って謙信を見つめる。
ばつが悪くなった謙信は、その信玄の視線が痛く、つい目をそらした。
「も、もう一度聞く。颯馬を救出するために、現状を打開させる手は思いつくのですか?」
 信玄は一呼吸おいてから口を開いた。
「話を聞く限り敵は少数の様子。
上杉軍を監視しているといっても、せいぜい本隊と最短の街道筋にいるだけでしょう。
そもそも監視しているということ自体、嘘の可能性があります。
ならば、隊の一部を切り離し、別の道から城へ一気に行き、見つからないうちに包囲してしまうのがよいでしょう」
「なるほど。確かに寝返った将の話では相手はそれほど数が多くはないはずといっていたな。
城を制圧できたのも抜け道を利用して急襲したのだろうと。
城からここまではまだかなり距離があるし、すべて監視されているとは限らない。
それで?城を包囲してどうやって救出するのか?」
 久方ぶりに建設的な意見が出て謙信は考え込むように信玄の案を検証した。
そして、その次の案を聞こうと縋るような思いで謙信の方に顔をよせる。
「後は普通の城攻めと同じです。
城の抜け道もあるのであれば、そこから攻め込めば簡単かもしれません。
ただ、それを使って敵は攻めてきたのですから、当然逆の立場も想定しているはずです。
すんなりいくとは限りません。
また、包囲しておとなしく降参してくれればよいのですが、自暴自棄になったあげく天城達を殺してしまう可能性も否定できません」
 あっさりと言い切ってしまった信玄に対し、淡い期待を持っていた謙信は大きく落胆した。
「そ、それでは結局同じではないか!
何とか助け出せる策はないのか!」
「声を荒らげないでいっているでしょう!
私だって安全に助け出せるものならそうしたいですわ!」
 困惑していた謙信は、信玄が珍しく感情的に声をあげたことに驚くと共に、信玄もまた颯馬を助け出したいのだと悟る。
あの信玄が、敵の一武将でしかない颯馬をこんなにも想い入れているのを見て、改めて颯馬のことを好いているのではないかという疑念を強く持つ。
同時に、颯馬もまた彼女に対して同じような気持ちを抱いているのだろうかと考えると、謙信の心に影が差した。
「……謙信。今回の件、この武田を使ってみる気はありませんか?」
「は? どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。元武田の兵と今、この館にいる武将、そうですね騎馬隊率いる馬場信春と機動に長けた内藤昌秀が適任でしょうか?それと私。
この編成を組んで天城救出部隊を編成し、武田の騎馬隊の機動力でもって迅速に動くのです。
貴女一人に頼りきりの上杉軍が動くよりは救出の可能性はあると思いますよ。
貴女が前面に出てはその気迫で敵に悟られやすいですしね。
もっとも、貴女が我々が反乱を起こさないと自信が持てればの話ですが」
嫌みを含んだ言葉を最後につけた信玄は、本気で謙信が武田中心の軍を組むとは思っていなかった。
「わかった。今私の元にいる武田の者を選抜しよう。
兵種と数はどれくらい欲しい?
それと馬場殿と内藤殿、そして貴女の帯刀を認める」
「……謙信、貴女は私が裏切ると考えないのですか?
それともそれが思い浮かばないほどの愚将だったのでしょうか?」
「私は貴女が裏切ることはないと確信している。
たかが上杉の一武将を気遣ったり、それに対して声をあげるほど感情を表に出すあたり、貴女が颯馬に対して特別な感情を持っているのは確かなようだ。
私とて颯馬を助けたい、その点で両者の利害は一致している。
少なくとも颯馬が救出されるまで貴女達が裏切ることはないだろう。
そして、武田の騎馬隊の方が機動力が勝り、私が軍神として力を振るえば敵に気付かれるのが早まるのまた事実。
少しでも可能性があるとすれば、貴女と手を組むのは悪くない話だ」
 いずれ武田の将と一緒に戦いたいと考えていた謙信だが、仮に信玄がその気になったとしても、周囲がそう簡単にそれを受け容れるとは考えられない。
今回のことはいい布石になると考えたのだ。
 だが、信玄が颯馬に対して特別な思い入れを持っていることを口にしたときには、予想以上に胸が引き裂かれる思いがした。
心の中では漠然と考えているのと、実際に声に出して発言するのとでは大きく違っていた。
 一方、信玄は謙信が自分に対して大きな信頼を寄せていることに驚き、また、自分の心を見透かされていたことに恥ずかしさを感じる。
ただ、こうした謙信の器の大きさと、万物の芯を見極める目に颯馬は惹かれたのだろうかと考えると、兄を取られた気がして嫉妬心も抱いていたのであった。

 信玄は上杉軍の下に行く前に、馬場・内藤の部屋を訪ねた。
「では、その天城颯馬という武将を助けるために、我らが動くのですか」
「解せませんね。いくらお館様のお付きの武将だからといって……」
「昌秀、天城は私の付き人ではありませんよ。
ただ、あの者の才をこのまま失うのは惜しいと思ったまでのこと。
そのため、謙信に力を貸すのです」
「これは失礼。して、その天城殿を救出した後、謙信はどうするのですか?」
「謙信ですか? どうもしませんが?」
 信玄は意外そうに答えた。
それに対して今度は内藤の方が意外に感じて質問をする。
「討たないのですか? 絶好の機会ではございませんか」
「今回は天城颯馬の救出において両者の意見が合致したからやるだけのこと。
そこをだまし討ちするようなまねはしませんよ。
それに、あの謙信に貸しを作るのもいいではありませんか」
 信玄は薄ら笑いを浮かべながら内藤の質問に返答する。
すると今度は難しい顔をして座っていた馬場が疑問を口にした。
「お館様。不躾な質問かと思いますが、その天城颯馬とお館様のことをたぶらかしたあげく、男女の仲になったという噂は本当ですか?
今回救出するのはそのためなのでしょうか?」
 この質問には信玄、内藤共に驚いた。
この手の話には六将の中で一番疎い馬場がこの話題を聞いてくるとは思わなかったからだ。
「まあ、そんな噂がなれているのですか、面白い噂ですこと。
でも、私と天城颯馬とはそのような関係ではありませんよ。
しかし、信春からそのような話題が出てくるとは……、人間、生きているとおかしなこともあるものですね」
 馬場の発言によって場の空気も変わったところで、三人は謙信と共に上杉軍の下へといった。

 謙信が信玄並びに武田の将と共にやってきたことに、上杉の将だけでなく兵の中にも動揺が走る。
だが、信玄の策を謙信が話すと、さらに強い反対の声があがった。
「謙信様、ダメです。危険すぎます。武田の者と一緒に行くなんて」
「案ずるな。私一人で行くのではない。上杉の兵も連れて行くから心配するな」
 最初は武田中心の編成を組むつもりでいたが、予想以上に家臣の抵抗が強いことから、上杉の兵も連れて行くことで納得させた。
信玄らも、その一部始終を見ていたので、特に異論はなかった。
 動くのであれば夜のうちにということで、早急に軍を編成を命じる。
相手は多くとも100はいないだろうというとことなので、武田の騎馬部隊を50、上杉の平氏を100揃え、
武田軍の方を謙信と馬場、上杉軍の方を信玄と内藤が指揮することになった。
これもお互いに将を人質にすることで、万が一に謙信に危害が加えられることないよう、上杉の家臣が出した条件である。
本来ならば武田の兵だけで一気に城へ向かいたかったのだが妥協するほかなかった。
 出発は同時に出ていったものの、颯馬の安否を気遣う二人は、武田隊を先に行かせ、城と抜け道の様子を探ることにした。
万が一、颯馬が危うい様子であれば、そのまま攻め込むためだ。
一方、上杉隊はその後を追い、何事もない場合は武田隊を合流し共に攻め込む作戦である。
謙信と信玄はこのことを出発前に密かに打ち合わせると、陣から出発し上杉軍から見えなくなったところで実行した。
 謙信と馬場が率いる武田隊は、その速さを活かしてほんの数日で城に辿り着き、城からは見えつかりにくいところに陣をとり、
同時に抜け道の場所にも行き、見張りがいないことも確認すると同時に、監視することにした。
二、三日遅れて、信玄・内藤が率いる上杉隊が武田隊に合流。
謙信と信玄は城内の地図を見ながら作戦を練ると、夜明けと共に突入することを決めた。
かくして、ここに上杉と武田両軍による初めての戦が始まろうとしていた。



[16596] 第14話
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Date: 2010/09/07 21:32
 謙信と信玄は数十名の兵を率いて城の抜け道を通っていた。
途中、敵の見張りがいる可能性も想定していたが抜け道の出口、つまり城内からの入り口には誰もいない。
どうやら予想以上に敵は少ないか、油断しているようだ。
 東の空が青ずんできた頃、銃声が鳴り響いた。
その銃声を合図として城を包囲していた馬場・内藤らの部隊が、一斉に城に攻め込む。
夜明け前の突然の襲撃に敵側は大きく動揺したものの、その対応は比較的冷静に行動している。
場合によっては抜け道から抜け出そうとする敵兵もいるかと思われたが、やってきたのはほんの数名で、大部分は外の馬場・内藤らに応戦していた。
 敵の注意が外に向いているうちに、謙信・信玄は颯馬ら上杉兵の救出のため城内に攻め入る。
部隊の約半数は馬場・内藤への援軍として敵を挟み込むために城の外側へと向かい、残りは人質の探索のために建物内へと足を踏み入れる。
 城の守備についてた敵兵は、前と後ろから同時に攻め込まれて大きな被害を出し、
城の内部に攻め入った部隊でも牢屋を見張っていた敵兵はごく僅かで、すんなりと制圧していた。
 だが、こうした状況で優位に立ちつつも、謙信・信玄の両者の顔には焦りの色を隠しきれていない。
事前に城内の地図から上杉兵が捕らえられていると思われる牢屋には一般の兵士しかおらず、颯馬やその部下の将達はその場にいなかったからである。
「お前達、颯馬がどこに捕らえられているかわかるか?」
 助け出した兵から場所を聞き出した謙信だが、兵達は颯馬よりも先に牢屋に入れられた為にその居場所を知る者はいなかった。

 その頃、人気のない場所へ向かう一つの影があった。
例の敵将である。
彼が向かっていた先、それは武器庫だった場所である。
「だった」というのは、今は中に武器の類はないからだ。
その代わり、そこに颯馬達がいた。
 普通、武器庫に捕らえられた敵をつなぐことは考えないだろう。
何らかの方法で敵が縄をほどいてしまえば、そこの武器を持って反撃に出るからだ。
しかし、武器庫の武器を空にしておけば、その心配はない。
また、同様に他の兵達が逃げたし、反撃しようとしたときもまた、まず武器庫に向かう。
しかし、そこに武器がなければ鎮圧することも容易である。
数が少なく、見張りも十分に確保できなかった反乱軍の策であった。
 このことは、同時に奪還にやってきた上杉・武田軍に混乱を与えることとなる。
牢屋はおろか、つながれていそうな部屋にもおらず、謙信・信玄は困惑していた。
その上杉・武田軍の混乱の隙に、敵将は武器庫の中に入っていった。
「まさかこんなにも早くやってくるとは。
しかも上杉の兵だけでなく、武田の兵まで……。
しかし、ただでは死なんぞ。
お前達も道連れだ!」
 そう言い放った敵将は刀を抜くと、颯馬達に歩み寄る。
颯馬の部下達は颯馬を守るようにその前に立ちふさがり、颯馬を守ろうとした。
颯馬が自分に構わないよう叫んだが、彼らはその耳を貸さなかった。
 一人、また一人と将が切り倒されていく。
そして、颯馬が最後の一人となった。
「貴様で最後だ!」
そういって敵将は刀を大きく振り上げた。
颯馬はこれまでかと諦めた瞬間、目の前に敵将の体を貫いた刀の切っ先が姿を現す。
すんでの所で謙信と信玄が颯馬の居場所を突き止め、謙信が敵将を突き殺していたのだ。
 ゆっくりと横に倒れ込む敵将から刀を抜くと、謙信は颯馬が無事であることを確認し、心をなで下ろした。
「け、謙信様、どうしてここに?」
「颯馬、ぶ……」
無事でよかったと言おうとした瞬間、
「颯馬!!」
 謙信の後ろから颯馬に向かって走り寄ってくる者がいた。信玄である。
信玄はその勢いのまま颯馬に抱きつくと泣きじゃくった。
「颯馬!颯馬!無事でよかった。無事で……」
 信玄が颯馬を抱きしめるその力は、その小柄な体に似合わず力強いもので少々痛かったが、それでも颯馬にとっては嬉しいものであった。
「信玄……。謙信様、どうしてここに信玄が?」
「ん! ああ、お主が捕らえられたことを知った信玄殿が武田の騎馬隊を使って救出する策を出してきてな。
それを実行するために一緒にやってきたのだ。
外には馬場殿と内藤殿がおられる」
 信玄の行動に呆気を取られていた謙信だが、颯馬の質問に対し、平静を装っていた。
「なるほど、信玄が……。しかし、よくここに私が居ることがわかりましたね」
「武田の兵がな武器庫でもないところに大量の武器が置かれているのを見つけたのだ。
それで、もしかしたら武器庫にいるのではないかと。
……ほとんど賭だったがな」
 そう会話をしながら謙信は颯馬の手を縛っている縄をほどいた。
両手が自由になった颯馬は、そのまま手を前に持ってきて、信玄の体を包み込んだ。
「よし、よし。俺は大丈夫だ。安心しろ」
 そういいながら颯馬は泣きじゃくる信玄をあやす。
 一方、謙信は颯馬の縄をほどいた後、その後ろに立って抱きつく二人を見下ろしていた。
信玄が天城ではなく「颯馬」と呼び、颯馬も「信玄」と呼び捨てにしていたことが、謙信の心の中に深く刻み込む。

 早馬によって颯馬が無事救出されたことが上杉軍本隊につげられると、兼続を始め上杉の各々の将は一様に安堵した。
 やがて上杉軍本隊と合流すると、颯馬は手厚い歓迎を受けた。
同時に謙信からしばらくの間休むよう下知が下る。
むろん、それは颯馬の体をいたわってのことだが、颯馬の部隊は大きな損害を被っていたことも一因である。
 今回の出来事は、国が大きくなり謙信の部隊が西へ東へ動き回ることが限界を迎えていることを意味する。
謙信は自分のところへの一極集中をやめ、大きく軍を再編することを考えていた。

 それから数日が過ぎた日のことだった。
謙信は颯馬を連れて躑躅ヶ崎館へとやってきていた。
館の奥の間で上座に謙信が座りその傍らに颯馬が、それに相対する形で信玄が座る。
「信玄殿、貴女のおかげで今回の事件、無事颯馬を助けることできた。礼を申す」
「あれは私が望んでやったこと。
貴女に礼を言われる覚えはありません」
 口ではそういう信玄だが、言葉ほど嫌がっているようではない。
むしろ照れ隠しに近いようだ。
謙信は表情を変えずに話し続けた。
「貴女の望んだ通り颯馬を助け出すことは出来たが、他の多くの武将は助け出すことはできなかった。
私の力不足のせいで、今、颯馬の下には主だった将はいない」
「……それで? それが私とどう関係があるのですか?」
「今回は多くの命が失われたが、同時に武田に対する印象が上杉の中でも変わるきっかけとなったと考えている。
知っての通り、貴女が隙を見て私を討つのではと心配するものもおった。
しかし、互いに争うことなく協力して事に当たれたことで、上杉の中でも武田軍を容認する向きが少し少しずつだができておる」
「でも、それは一部の人たちでしか無いのでしょう?」
「その通りだ。だが、この気を逃すのも惜しい。
だから、貴女が拒まなければだが、貴女を颯馬の副官として任命し、その下に武田の諸将を就かせたいと考えておる。
いかがか?」
 これには信玄のみならず、颯馬も驚いた。
だが、謙信の表情はいたってまじめである。
「……私が天城を討って反旗を翻したり、今回のように人質に取ることは考えないのですか?」
「他のものならいざ知らず、颯馬が上官であればあり得ないだろう。
何せあれほど必死に助けたがっていたのだから。
貴女の家臣も貴女に忠実のようだ。
私は貴女達に兵を預けても大丈夫だと思っている。
もし反乱が起きたならば、それは私がそれだけの人間だったということだ」
 信玄はそれを聞いて黙り込んでしまった。謙信も喋ろうとしない。
二人はしばらくの間お互いを見合っていたが、やがて信玄が口を開いた。
「わかりました。貴女の命をうけましょう。
私は今から天城颯馬の下で働けばよろしいのですね」
「承諾してくれたこと礼を言おう。颯馬もそれで良いな」
「私は異論はございません」
 この命は上杉軍の中でも大きな波紋を呼んだ。
武田の復活に最初は大きな抵抗を持つものもいたが、時がたつにつれやがてそれらも消えていった。
 一方、それとは別に小さいが、より重度な問題が密かに起こっていたのだった。



[16596] 第15話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/08/15 00:20
 颯馬が捕らえられた事件からまた月日が流れた。
 新たな颯馬の部隊は風林火山陰雷の六将と信玄の七人の武将を従え、それぞれの武将が独自の判断で動き活躍していた。
謙信率いる上杉軍本隊が強力な一撃を放つ部隊だとすれば、颯馬の武田隊は威力こそ劣るものの手数が多い部隊といえよう。
 その颯馬だが、七人の武将を従えると同時に、上杉家の軍師でもある。
七人の武将も各地を転戦していることから、颯馬は上杉領内を行き来することが多く、今まで以上に前線出でることは少なくなっていた。
そのため、上杉の情報が入る春日山城か、武田の本拠地である甲府にいることが多くなっていた。
事実上、不測の事態に備えた防衛隊の用を呈している。
 各地で戦っている武田の六将と信玄だが、戦が終われば自分の居城か府中に戻ってきている。
颯馬も甲府城にいる機会が増えていたため、今まで以上に武田の将と顔をあわせることが多かった。

 そんなある日のこと、颯馬は仕事に煮詰まり、息抜きもかねて府中の街中に出かけた。
店通りを歩いていると、人混みの中に見慣れた顔を見つける。
「これは虎綱殿ではありませんか」
「あ、天城様。お久しぶりでございます。
……でも、よく私と気付きましたね」
 そこにいたのは町娘の姿をした虎綱春日であった。
今ひとつ自分に自信を持てないのか、軍議の中でも物怖じすることがあり、正直あまり目立つ方では無い。
本人が「よく気付いた」といったのも、あまりにも町娘の姿が馴染んでいるのを自覚しているからだ。
「いや、それは気付きますよ。
普段、なかなか顔を合わせられない分将の顔をには目が良く行くんです」
「ふふ、さすが上杉の女たらし軍師の異名を持っただけのことはありますね」
「お……女たらし軍師、ですか。そんな風に呼ばれていたんですか?私は」
「冗談です。……女癖の悪いという噂は聞いていますが」
 さすがにこれには颯馬も顔が引きつっていた。
とはいえ、あながち女癖の悪さは否定できないから仕方がない。
「でも、嬉しいです。私を見つけてくれて。
私ってあまり目立たない方ですから……、天城様はどうしてここに?」
「いや、仕事に煮詰まったので気分転換に城を出てきたんですよ。虎綱殿は?」
「私も似たようなものです。
……あ、あの、天城様、もしお邪魔でなければご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
 表情の乏しい彼女だが、颯馬が承諾すると、微かに笑顔になった。
二人は府中の城下町を歩いて見て回ると一軒の茶屋で休憩することにした。
「天城様、今日は付き合っていただきありがとうございます。
すみませんね、こんな女に付き合わせてしまって。面白くなかったでしょう?」
「とんでもない! とても楽しかったですよ」
「そ……そんな、また、冗談を」
 恥ずかしいのか、虎綱は顔を赤くしてうつむいてしまう。
「いえいえ、冗談でなんかありませんよ。
虎綱殿は器量もいいですし、一緒にいるだけでも嬉しいですよ」
「器量がいいだなんて……、からかわないでください!
「からかっていませんよ。
誰が見ても虎綱殿はいい顔立ちをしていますよ」
「……でも、私、行き遅れなんですよ」
 虎綱はうつむきながら上目遣いにして答える。
「それは今まで虎綱殿の周りの人々が節穴だったんですよ。
現に信玄殿に認められて『林』の一字をもらいうけているではありませんか。
きっといい人が見つかりますよ」
「そうでしょうか……。
でも、お館様には本当に感謝しているんです。
こんな行き遅れの女を拾ってくれた上に、『林』という大役までいただけたのですから」
 虎綱はどこか儚げな雰囲気を出しながらも、しっかりとした口調で話した。
「……そのお館様が謙信様の下で戦うのを虎綱殿はどうお思いですか?」
「それは、その……上杉の軍師として謀反の疑いをかけられているのですか?私は?」
「いえいえ!そんな!とんでもない!
……ただ、個人的に聞いているだけですよ」
 恐る恐る質問してきた虎綱に対して、予想外の返事にうろたえる颯馬であった。
「山県殿や勘助殿は世の流れと割り切って信玄殿の功績になるよう戦っています。
一方、幸村殿は今の信玄殿の処遇に少なからず不満を抱いている様子。
むろん、上杉としてはそれは好ましくないことですが、上杉の中にも武田を好ましく思っていない者もおります。
そうした中で、如何に上杉と武田が一つになっていけたらなと思いまして。
そこで、せっかくですので虎綱殿のお考えをお聞かせ願えたらと思ったんですよ」
 淡々と話す颯馬に気を許したのか、虎綱も思いの内を語り出した。
「先ほども言った通り、お館様には感謝しているんです。
だから少しでもお館様のお力になりたいというのが本音です。
そういう意味では、以前の軟禁状態よりはお館様のお力になれて嬉しいんですが、いくら功を上げても、結局お館様は一武将としてか見られないのは残念です。
特に最近ではまたお元気がないようですし……。」
 最初は明るい口調で話していた虎綱だが、次第にそのトーンは下がっていった。
 一方、信玄は元気を取り戻しつつあると思っていた颯馬は、最近元気がないという一言に驚いた。
「元気がない? 信玄殿が?」
「え、ええ。確かに一時期に比べればお館様は随分明るくなられたと思います。
もしかしたら、……こんな言い方はおかしいかもしれませんが、上杉に敗れる前よりも明るくなったんじゃないかと思うときもあります。
ただ、ここ最近、時折凄く寂しそうなお顔をするときがあるんです。
また、何かお悩みなのではないかと心配しているのですが、私なんかがお聞きしてもよいものだろうか……」
 話を聞くに、信玄は何か悩んでいるらしい。
共に忙しい身のため、頻繁に会うというわけにもいかないものの、機会がある度に信玄とは会ってきたつもりだ。
しかし、颯馬は虎綱のいう寂しげな表情を見つけられてい。
また、何か知らないうちに信玄に背負わせていたのではないかと思った颯馬は、もっと具体的に聞き出してみた。
「虎綱殿、その信玄殿が寂しげな顔をするときというのは、例えばどんなときですか?」
「え、そうですね。私も四六時中ご一緒しているわけではないので、私の見た限りですが……」
「はい、それで結構です」
「それでしたら……、例えば天城様がお館様をお呼びになった時などよくそのような顔をしていますね」
「私が信玄殿を呼んだときですか?」
 思わぬ答えだったので、颯馬は拍子抜けしてしまった。
「ええ、そうです。その後、決まってお館様は不機嫌なお顔をなされます。
やはり上杉の下で戦うのがお嫌いなのでしょうか……?」
 颯馬はもしそうなら問題だなと考えていた。
それが顔に出たのだろう。虎綱は慌てて言葉を付け足した。
「あ、でも、これはあくまで私が感じたことでして……、決してお館様が謀反をお考えでいるわけでは……」
「あ、わかっております。大丈夫です。
これだけで信玄殿をどうこうしようとは思いません」
「そうですか、……よかった」
 虎綱はほっとした表情で胸をなで下ろした。
 一方、颯馬の方は新たな問題に頭を巡らせていた。

 日が傾き始めた頃、二人は茶屋を出た。
虎綱を送っていくために颯馬は一緒について行く。
やがて虎綱の館に着くと、
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「私も楽しかったですよ。また機会があったらご一緒してもらえますか」
「こんな女と一緒じゃ面白くないでしょうに」
「また、そんなこといって。もっと自信を持っていいですよ、虎綱殿は。
女性としても武将としても」
「ありがとうございます。天城様」
 そう笑顔でいうと、虎綱は館の中に入っていった。
残された颯馬は傍らにいる相棒に尋ねる。
「なあ、やはり信玄は謙信と共に戦うのが嫌なのかな?」
「さあね。むしろボクは颯馬に問題があると思うよ」
「ん?俺が?どういうことだ?」
「相変わらずだね。わからないなら本人に聞いたら? 信玄の館はすぐそこでしょ」
 キクゴローに聞いても答えてくれない颯馬は、その言葉通り信玄に直接聞くことにした。

「信玄、いるか? 俺だ颯馬だ」
「兄上!? あ、どうぞ、お入りになって」
 信玄の許しを得た颯馬は襖を開けると部屋に入っていった。
心なしか、信玄は驚いているようにも見える。
「兄上どうしたのですか? 私の部屋にわざわざ来るなんて。何か問題でも?」
「あ、いや、問題というほどのことでもないんだが……。
お前、最近悩んでいることでもあるのか?」
「悩み?私が? 何でそうお思いに?」
「さっき、虎綱と話したんだが、なんだか最近、お前が時折不機嫌になると聞いてな。
悩み事でなければ不満でもあるのか?」
 それを聞いた信玄はため息をし、キクゴローに目を向けた。
「相変わらず鈍いですね。ね、菊」
「まあ、一生直らないんじゃない」
 そういって一緒に笑った。
取り残された颯馬は何が何だかわからずに思わず声を荒らげる。
「一体何なんだよ! 不満や悩みがあるなら俺から謙信にいうから教えてくれ!」
 それを聞いた一人と一匹はまたもや一緒にため息をついた。
「兄上、私の不満は謙信や上杉のことではありません」
「ん?ではなんだ?」
「兄上!あなたはいつになたら人前で『信玄』と呼んでくれるんですか!」
「はぁ!?」
「今や私はあなたの家臣なのですよ。
それなのに人前ではいつまでも『信玄殿』と。
いったいいつになったら昔のように人前でも『信玄』と呼んでくれるんですか?」
「そんなことなのか? お前が悩んでいたことって……」
「そんなことって……! 私にとっては大きなことです。
これではいつまでたっても兄妹の溝が埋まらないじゃないですか!」
 ここにきて、ようやく颯馬は信玄の不満の根源がわかった。
「おまけに最近は軍議の場でしか会ってくれませんし……」
 颯馬も言われてみればと思い返していた。
こまめに会っていると思っていたが、実際に信玄の部屋にまで来るのは久々だ。
人のいる軍議の場では話せないことも多い。
誰にも気兼ねせず話す機会を颯馬は作っていなかった。
「そうか、悪かったな、信玄。……でも、お前も俺の動きをわかっているんだから、お前が来てもいいんじゃないか?」
 再びため息二つ。
「颯馬。どこの世にお姫様に来させる王子様がいるのさ。自分から行きなよ」
「え、あ、そうか」
 ようやく全て合点がいった颯馬は、そのまま信玄との談笑を楽しんだ。

 それから後、颯馬は信玄のことを人前でも呼び捨てにするようになった。
これには周囲の者も驚いた。
確かに信玄は颯馬の家臣だが、格では信玄の方が上である。
だが当の本人が呼び捨てに気にする風でもなく、むしろどこか嬉しそうだったため、周囲の者も何も言わなかった。
 ……真田幸村以外は。



[16596] 第16話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/09/07 21:31
 颯馬が信玄の館へ頻繁に通うようになったという噂が広がるのにはあまり時間がかからなかった。
当然その噂は謙信の耳にも入る。
上杉家臣の中には颯馬が武田と手を組んで謀反を企てているのでは?というまことしやかな噂が流れたが、謙信がそれを打ち消す。
その後の戦や政においても謙信はそれまでと特に変わりなく颯馬を用いていたため、噂をしていた者も次第に気にしなくなっていた。
 だが、この噂は謙信に大きな影響を与えていた。
噂が耳に入った頃から食事が細り、執務中以外はぼーっとしていることが多くなっていた。
実はこの症状はこの時が初めてではない。
颯馬が助けられ信玄が泣いて抱きついた時、その後しばらくの間このようなことが起こっていた。
だが、その後颯馬と信玄との間に特に妖しげな様子がなかったため、謙信は気を取り戻していた。
 そこに今回の噂が流れる。
謙信の頭の中には颯馬と信玄がどのような関係になっているのかで頭が一杯になっていた。
それは手を組んで謀反を起こすかどうかというよりも、二人が男女の仲になっているのかどうかという点で。
 むろん、今までにも颯馬の女の噂は度々あった。
だが、謙信にとってこれまでと違うのはその親密な様子を目にした点にある。
あの気高き信玄が必死になって颯馬を助け出そうとして、その無事に泣きじゃくりながら抱きついたのだ。
そして、颯馬もそれに答えるように信玄を抱きしめ返した。
少なくとも、信玄にとって颯馬は特別な存在であるということは疑いようのないことである。
対する颯馬も、その気持ちを受け止めたのである。
 一連の出来事を通して、謙信は自分にとって颯馬は単なる忠実な家臣というだけでなく、一人の女性として大切な男性であることに気付かされる。
だが、あの事件の時、颯馬が無事であることを確認した信玄は、人目をわきまえず抱きついて泣いた。
(自分にはそこまで出来なかった。
いや、本当は抱きついて泣きたかった。
でも、信玄に先を越され、自分はただ見ているしかなかった)
 単純に先に抱きついたからといって想いが強いというわけではない。
そのことは謙信もわかっている。
しかし、それでも尚、先んじた信玄の方が強い想いを持っているのではないか?と考えてしまうのだった。
 それに、もし仮に自分が先に抱きついていたとして、颯馬は信玄と同じように抱きしめ返してくれただろうか?
もしかしたら抱きしめてくらなかったのではないか?
という不安があった。
(颯馬と信玄の仲は本物なのか?
颯馬が信玄に対してどのくらい強い想いでいるのか?
逆に颯馬にとって自分は単なる主君なのか?
それとも一人の女性として見てもらえているのだろうか?
もしくは、……信玄と共に君主の座を奪う標的でしかないのか?)
 考えれば考えるほど、その想いは強くなり、同時に信玄の姿が映りこんでくる
謙信は悩み苦しむとともに、大きな不安が押し寄せいていた。

 最初はすぐにまた治るのではと考えていた兼続らも、なかなか治る気配がなく、しまいには目に見えてわかるほど痩せてきた謙信の姿を見て戸惑っていた。
颯馬がらみの事件の前後に症状が起こっていることから、原因が颯馬に対するものだということは容易にできた。
だが、颯馬が捕らえられていた時ならいざ知らず、また颯馬と信玄の噂は以前にも何度かあったことだ。
しかし、その時も何も変わらず否定しただけである。
まして、女性との噂など絶えたためしがない。
端から見れば、謙信が颯馬に想いを寄せているのはわかっていたが、なぜ元気がなくなったのか、あの信玄と颯馬が抱き合った場面を知らぬ者にとってその理由がわからずにいた。
 この事態を見かねた宇佐美は、あるとき食事中に謙信に進言した。
「謙信様、ご飯食べないと体に良くない」
「ああ、わかっておる。だが食欲がなくてな」
「でも、みんな心配している。最近謙信様が痩せているって」
「……」
「颯馬と何かあったの?」
「え!な、何で颯馬の話が出てくるのだ?」
「違うの?」
 宇佐美は頭を横に傾ける。
「う……、それは……その」
「それとも信玄様の方?」
 鎌をかけてみた宇佐美の発言に謙信はギクリとする。
その様子を見て宇佐美は颯馬と信玄がらみであることを確信した。
 黙ったままの謙信に対し、宇佐美は
「謙信様、なんでもいいから話してみて」
と優しく話しかける。
 他方、謙信は自分の気持ちを話すかどうか迷っていた。
自分の不安を口にしたら、それが本当のことになってしまいそうだったからである。
また、それを抜きにしても謙信はあの信玄の様子をどう話して良いかわからなかった。
謙信は話すべきか、話さないべきか何度も迷いながら、結局口に出すことはできなかった。
 その様子を見た上身は、これは自分ではどうしようもないと思い、根本である颯馬の方から働きかけてみることにした。

 ある日、宇佐美は颯馬の部屋を訪ねた。
「で?なんのようですか?宇佐美さん」
「……颯馬は謙信様のこと、好き?」
「は?な、何をいきなり……」
「謙信様、颯馬のことで悩んでいる。
普段はそうでもないけど、仕事が終わると落ち込んでいる」
「え、じゃ、最近痩せてきているのはもしかして私のせいで?」
 颯馬の質問に対し、宇佐美はこくんと頷く。
それを見た颯馬は少し考えてから、
「謙信様は、何で私のことで悩んでいるのですか?」
「それは、……おそらく信玄様と手を組んだ噂。それと……」
 宇佐美は視線を横にやり、どういったらいいか考えて、
「自分が颯馬から一人の女の子として見られているのか心配しているんだと思う」
「え、そんなことで……?」
「女の子にとって、これは大事なこと」
 呆気に取れた颯馬に対して、宇佐美は厳しい視線を送る。
「でも、それは本当なんでしょうか?
別に宇佐美さんを疑うわけではないですけど、信玄との噂は私も聞いています。
でもそれは謙信様ご自身が否定していますし、もしその気ならとっくにやってます。
噂がなくなったのはそれもあるでしょう?
色恋沙汰の噂にしたって、私が言うのもなんですが、昔からありますし……、何で最近になってそんな……?」
 この問いはまさに宇佐美にとっても疑問なことなのだ。
だが、以前謙信に話しかけたときの様子からして、颯馬と信玄、この二人のことと関係あるはずなのだ。
そう考えた宇佐美は、
「颯馬にとって信玄様は何?」
「え?……ただの家臣ですが?」
 なんと答えようかと考えながら、何となく家臣という言葉を選んだ颯馬だが、その返答のよどみに宇佐美が反応した。
「もしかして、信玄様の方が好きなの?」
 ある意味、言い当てられた颯馬は動揺した。
とはいえ、思い人の謙信と、妹の信玄とでは好きの質が違う。
どちらが好きかなんてそもそも答えられるはずがない。
「えーと、もしかして謙信様は私が信玄のことを好きだと思って悩まれているんですか?」
「……颯馬、いつの間にか信玄様のこと、呼び捨てだね。
前は『殿』をつけていたのに」
「そ、それは家臣に殿をつけるのは変だからと信玄にいわれまして……」
 それを聞いた宇佐美は眼を細めて、
「ふーん、颯馬は謙信様のことが好きなんだと思っていたけど、違うのね」
 そういって立ち上がった。
そして、部屋の隅に行き。襖に手をかけながら振り向きざまにいった。
「信玄様のことが好きでもいいけど、謙信様ときちんと話してね」
 そういって宇佐美は颯馬の部屋を出ていった。

 宇佐美を目で見送った颯馬は、そのままゴロンと横になり、考え事をした。
自分はいつから謙信のことを想うようになったのだろうかと。
 始めはその将器に魅入られただけで、謙信自身は他の武将と同じ程度しか想いを寄せていなかったはずである。
それがいつの間にか自分の中で特別な存在になっている。
一人の女性として。
何か特別なきっかけがあったというわけでもない。
強いて言うなれば、信玄の心の闇に自分よりも早く気付き、それを受け止めようとした。
それがきっかけかもしれない。
今では敵の将にそう思ってくれたことに感謝に近い思いを抱いていた。
 あとはどうということはない。
普通の主君と軍師という立場で仕事をしていたら、自然と想いよせるようになっていただけのことである。
好きになるなんてそんなものではないか。
そんな風に考えていた。
 近々、謙信と話をする必要がある。
これ以上、上杉家の混乱を長引かせるわけにはいかない。
自分のことが原因とわかった以上、早く手をうった方がいい。
しかし……。
 自分が謙信に想いよせていることを信玄が知ったらなんというだろうか。
やっと昔のような関係を取り戻したというのに。
もしかしたらまた心を閉ざしてしまうのだろうか。
今の信玄は謙信をどう思っているのだろうか?
自分を助けに共に駆けつけてくれたのだから、以前ほど嫌ってはいないだろうが……。
 謙信の方も心配だ。
もし自分が武田信繁だと知ったらどんな風に思うだろうか。
やはり謀反を企んでいると疑われるのだろうか。
実際、自分は信玄に天下を取らせようとしている。
それを受け入れてくれる君主などいるはずもないだろう。
 一体、誰からどう話していったら良いのだろうか……。
その夜から、颯馬はなかなか寝付けぬ日々が続いた。



[16596] 第17話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/08/25 00:03
 その日、颯馬は信玄を連れて春日山城の謙信ところにやってきていた。
これ以上、上杉家に混乱させるわけにはいかない。
全てを打ち明けて、事態を収めようと考えたのだ。
信玄を同行させたのは三者で話した方が都合がいいと思ったためだ。
信玄にも自分が謙信に好意を抱いていることをきちんといっておくべきだと颯馬は判断した。
 城に着くと二人は奥の部屋へ通され、横に並んで座った。
しばらくして謙信が部屋に入ってくる。
「二人揃って私のところへ来るなんて初めてだの。何かようか?」
「その前に、お人払いをお願いします」
 颯馬は部屋の外から人の気配を感じていた。
それも一人二人ではない、十はいるだろう。
「わかった。皆、下がっておれ」
「ですが謙信様」
 謙信が声を上げると横の襖がすっと開き、そこに一人の武将がいた。
彼らは颯馬が信玄を連れて謙信に会いに来たと聞き、謙信の身を案じて急遽集まった者達だった。
その武将は彼らを代表して謙信に進言しようとする。
「大丈夫だ。我ら三人だけにしてそなた達は引け」
「謙信様、危のうございます。
この者達が家中でなんと噂されていたかご存じでしょう」
「そなた達の忠義はよくわかった。
だが、ここは大丈夫だ、下がっておれ」
「ですが……」
「くどい!何度も言わすな!」
 謙信にしては珍しく口を荒らげた。
その様子を目にした武将らは、少々戸惑いながらも、これ以上話しても側にいることは許されないと感じ、その場を去る。
 こうして、部屋の周囲を含め、ここには三人だけとなった。
「謙信様、今日は大事なお話があって参りました」
「うむ、なんだ」
 平静を装っている謙信だが、その心中は緊張していた。
「私は謙信様に一つ隠し事してきました。
私は天城颯馬というなの他に、もう一つ、……武田信繁という名があります。
信玄の兄でございます」
 この発言に謙信はかなり驚いた。
噂通り、颯馬と信玄が謀反を企んでいるかもしれないという気持ちは正直なところあった。
だが、それよりも二人が恋仲である可能性は高いと思っていた。
謙信にとって、そちらの方がむしろ辛く感じていた。
 しかし、実際は二人は恋仲ではなく、兄妹だという。
これは全く予想していないことであった。
それなら、二人の仲の良さもうなずける。
それは同時に、二人が、武田の当主として自分を討とうとしている可能性がかなり高いということだ。
「……そうか、そなた達兄妹だったのか。全く見抜けなかったわ」
 謙信は静かに目をつぶりゆっくりと口を開いた。
以前、謙信は信玄の兄に会ってみたいと思ったことがあった。
義輝の話を聞き、さぞ、公明な人物であろうと感じたからだ。
だが、それが颯馬のことだと誰がわかるであろうか。
武田の嫡男が、まさか一介の渡り軍師として諸国を回っていようなど思う者は普通いまい。
 ただ、確かに颯馬は少々俗っぽいとこがあるが、聡明で道理をわきまえている人物である。
いわれてみれば義輝が語った信玄の兄の人物像と颯馬はそう体して違いはないように感じる。
謙信は心の片隅で納得していた。
「そなた達が今日参ったのは、私の首が目的か?」
 気丈に振る舞っている謙信だが、内心、酷くおびえていた。
それは死に対する恐怖というよりも、愛する者から裏切りの言葉を聞くことへの恐れだった。
先ほどまでは二人が恋仲であることが不安だった。
だが、今では裏切られることの方がそれを上回る。
現実に、愛する者から裏切られる気持ちがこれほど恐ろしいものだとは思ってもいなかった。
もしかしたら、謙信にとって人生で最も恐怖を感じていた時間かもしれない。
「いえ、……」
 違います、と颯馬が言おうとした時だった。
「貴女に三つほどお願いがあって参りましたの」
 横に座っていた信玄が口を開いた。
颯馬は驚いて信玄の方を向き、謙信もその言葉を聞いて、つぶっていた目を開き、信玄を見た。
「三つ……とな?」
 自分の首が欲しいなど、一つや二つなら思い浮かぶが、三つとなるとわからない。
一体どんな要求なのだろうかと、息を凝らして謙信は信玄の発言を待つ。
「まず、私と姉妹の契りを交わした後、兄上と一緒になってください。
そして、兄上との間にできた子供を武田の跡取りとして、私の養子にしてください。
以上、三つが私のお願いです」
 信玄が話し終えると、しばしの間静寂が部屋を覆った。
「何-!」「な、何を!」
 颯馬と謙信は息を合わせたかのように同時に声を上げた。
「二人とも一緒に声を上げるなんて仲の良いこと」
「お前、冗談を言ってるんじゃないぞ!」
「あら、兄上、私は冗談なんて言っていませんよ。いたって本気です」
「信玄、何を言っているのですか!
私と姉妹となり、颯馬と、め、女夫になって、子を貴女にやるなんて」
「貴女も冷静になってください。大した問題ではないでしょう」
 そういうと、また部屋は静まり返った。
 同時に変な緊張感が張り詰める。
颯馬と謙信は共に顔を赤くし、相手や、信玄の顔を交互に見ていた。
そして、二人の目が合わさると、黙って顔を下げてしまった。
そんな二人を尻目に信玄は、
「二人とも、何を今更躊躇しているのですか?
二人とも私と謙信が共に戦うのを望んでいたのでしょう?
ならば姉妹の契りを交わした方が結束できるというもの。
結婚にしても、今の世、武家で好きな者同士結婚できるわけでもないのに、二人とも好きあっているなんていいではありませんか。
子供は、兄上意外と契る気がないので、武田の跡取りは兄上の子供を頂かないといけないでしょう?」
「颯馬以外と契る気がないって……、信玄!貴女、颯馬の実の妹なのでしょう!?」
「あら、謙信。戦では貴女に負けたものの、兄上を慕う気持ちは誰にも負ける気はありませんよ。
もちろん、一人の女としてね。
実の兄かどうかなんて関係ありませんわ」
 顔を赤くしたまま話した謙信に対して、信玄は挑発的ともいえる笑みで答える。
「お、おい、信玄。俺は一度も謙信を好きだとは……、それに、謙信の気持ちだって……。
第一、お前、謙信のことが嫌いじゃなかったのか?」
「鈍い兄上と一緒にしないで下さい。
兄上の態度を見ていれば、謙信のことを特別好きなのがわかります。
そして、それは謙信についても同じこと。
本当に、二人とも鈍いんですから。
……まあ、確かに謙信のことは嫌いでしたよ。
今でも好きになりきれない部分があるのは事実です。
でも、共に戦っている内に貴女の人となりもわかってきました。
なりより、武田の血に軍神と称えられる貴女の血が加わることは決して悪いことではない。
両家のためにもしっかりと子作りに励んでくださいね、お二方」
 そういわれた二人は互いに相手の方を向くと、また目が合って反射的に下を向いた。
 しばらくその状態が続いたが、意を決して颯馬が顔を上げ、
「け、謙信!」
「な、なんじゃ」
「…………戦が終わった後でいいから、……俺と一緒になってくれるか?」
「……い、戦が終わる前でなくとも、今日、このまま祝言をあげてもいいぞ、私は」
「あ、いや、そんなに急では……。
戦でみんな忙しいし、ゆっくりしてからでも……」
「そ、そうだな、上洛前の大事なときだしな。
……あはは、私は何を言っているんだろうな」
 颯馬は天井を見上げながら、謙信は畳を見ながらぎこちない会話が続く。
 そんな颯馬に信玄は腕で小突いた。
颯馬がなんだろうと謙信を見ると、信玄は顎を振って謙信のところに行くよう促す。
颯馬は謙信の方を向くと、謙信が下を向いていることに気付いた。
「颯馬?」
 会話が颯馬の方で途切れてしまった謙信は不安になって声を出したが、依然とうつむいたままだ。
その様子を見ていた颯馬は、音を立てずにすっと立ち上がり、謙信に近づくと、一気に抱きつく。
 下を向いていて抱きつかれる瞬間まで颯馬に気付かなかった謙信は、いきなり抱きつかれて驚いたが、すぐに抱き返す。
 やがて二人はお互いの顔が見えるように少し体を離すと、徐々に顔を近づけていく。
顔が近づくにつれ、謙信は目を閉じ、颯馬は顔を少し傾け、そのまま二人は唇を重ねた。

 どれほどの時間がたっただろうか?
長くてもほんの数分であったが、「三人」にとってはかなり長い時間であった。
二人が抱きつくよう促した本人は、いつまでも抱き合っている二人を見ていらだっていた。
 ついに我慢できなくなった当人は、大きな足音を立てながら二人に近づいていく。
お互いの唇の感触に夢中になっていた二人はその音に気付かない。
ようやく人の気配を感じ取った颯馬が硬めを開くと、そこには妹が腰に手を当ててたっている。
 颯馬が「なんだろう?」と思った瞬間である。
いきなり信玄は二人の方をつかみ取ると、一気に二人を引き離す。
そのまま二人は体制を崩し、尻もちをつく。
颯馬がその衝撃を感じ取るか取らないかの時であった。
信玄は颯馬に一気に抱きつき、そのまま押し倒し颯馬の唇を奪う。
 ずっと目をつぶっていた謙信が目を開き、何が起こったのか理解したのは、おしりの痛みをじりじりと感じ始めた時だった。
そこには颯馬に絡みつくように抱きつく信玄の姿があった。
「し、信玄! お主、妹なのだろう!? 颯馬から離れろ!」
そういいながら謙信は二人を引きはがそうとするが、信玄は颯馬の骨が折れそうなほど力強く抱きついているため、なかなか離れない。
 やっと信玄が離れたときには颯馬はぐったりとしていた。
そんな颯馬はお構いなしに信玄は謙信の方を向きながら、
「先ほども言ったでしょう?貴女達の仲は認めますけど、一人の女として颯馬を譲る気はないと」
 それを聞いた謙信は身震いを起こし、今度は自分が颯馬の唇を奪おうと、颯馬に倒れ込む。
それを見た信玄は、そんなことさせまいとして、信玄もまた颯馬の唇を狙う。
二人の人間が一人の唇を狙ったため、当然ながら二人は頭をぶつけた。
ぶつけた箇所を手でさすりながら二人が体を起こしていると、ようやく颯馬が息を整え、二人の方を向いた。
それに気付いた二人は、今度は頭をぶつけないように、思いっきり颯馬の顔に近づき、無言の圧力をぶつける。
「あー、とりあえず俺の部屋に行くか?二人とも」
 謙信と信玄は互いにちらっと見た後、颯馬の方を向き、こくんと頷く。
 その日、三人は熱い夜を過ごしたのだった……。

 後日、上杉謙信と武田信玄の姉妹の契りが正式に交わされた。
この知らせには多くの者が驚いたが、家中では良い噂がなかった謙信と信玄の朗報だけに、これを喜ぶ者も少なくなかった。
 一方、颯馬と謙信の婚約は身近の者には知らされたものの、公にはされなかった。
颯馬の位が、単なる上杉の軍師でしかなく、釣り合いが取れなかった為である。
 それでも、三人は、いろんな意味で、今まで以上に仲良くなっていた。
 上杉軍の上洛も時間の問題という頃だった。



[16596] 第18話
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/08/28 04:55
 謙信と信玄が姉妹の契りを交わした頃、京では争いごとが起きていた。
 才能あるものが将軍になるべきだと主張する義輝と、一族が継ぐべきだとする他の足利家の者との争いである。
義輝らは善戦したものの、三好に松永久秀と多勢に無勢で敗れてしまった。
義輝は僅かな兵を引き連れて、近くまで来ていた上杉軍の下へ逃げ延びてきた。
「むう、義維らめ、ものがわからぬにもほどがあるわ」
「しかし、ご無事で何よりです。義輝様」
 義輝が愚痴をこぼす一方で、謙信は義輝が無事だったことに安堵する。
義輝の傍らには細川姉妹が、謙信の後ろには義輝の意向で信玄と颯馬が座っていた。
「全く、あやつらは国を想う気持ちがないのか。
国を想うのであれば一族に関係なく天下を治める器を持ったものが国を司るべきなのだ。それを……」
「恐れながら義輝様、義輝様もその器をお持ちだと思いますが?」
「そうかのう? わらわはそちや信玄の方があるように思うがの」
「それはご謙遜がすぎます。
義輝様は天下を治める立派な器をお持ちでございます。
私にはそれには及びません」
「そういえばそなた達は姉妹の契りを交わしたそうじゃな」
「さすが、お耳が早いですね」
「これで颯馬も安心じゃの」
 この発言に疑問を持った藤孝が義輝を謙信の会話に割ってはいる。
「義輝様。どうしてそれで颯馬殿が安心するんですか?」
「こら、藤孝!」
「あー、それはじゃの……」
 義輝が颯馬を見ると、少し困った顔をしていた。
「藤孝、幽斎、悪いがそちらは席を外してくれんかの」
「え?何故ですか?」
「ふむ、少し四人だけで話したいことがあるんじゃ、悪いの」
 そういわれると細川姉妹は怪訝な顔をしながらも、部屋を出ていった。
「あの二人はそちも昔会っておるじゃろうに……」
「それはそうですが、覚えていないものをわざわざ思い出さなくても……。
あまり広めたくないので……」
「そちがそういうなら仕方ないの」
 姉妹がいなくなった後、義輝は颯馬と会話を交わす。
「あの、義輝様は、その……颯馬が……」
「ふむ、颯馬が信玄の兄であることは知ったおるぞ。
謙信もいたであろう?こないだの信玄とあった際に」
「だからあの時兄上を残されたのですね」
「颯馬としてはそちらがどうなったおるか気が気ではなかっただろう。
側にいればそれも和らぐじゃろうて」
「ご配慮、ありがとうございました」
「よいよい、初恋相手があのような顔をしておったら……あ、……」
 突然の義輝の告白に三人は目を丸くしていた。
その顔を見た義輝は、今、自分が口を滑らせてしまったことに気付く。
「あ、いや、違うのじゃ、違うぞ!」
「もしかして、義輝様はまだ颯馬がお好きで?」
「私が物心付く前から好きということは……、随分とお慕いしていたのですね」
「違うというておろうに!」
 義輝は必死に否定していたが、一度漏れた秘密は打ち消すことができなかった。
「義輝も隅に置けないよねー」
 どこからか現れたキクゴローにまで茶化された義輝は、自らの発言を認めるほかなかった。
「ゴホン。知られてしまっては仕方ないのう……。
そ、颯馬!今晩の夜伽の相手はそちじゃ!これは将軍命令じゃからな!」
「才あるものが国を治めるべきと言っておきながら、夜伽のこととなると将軍命令ですか。
職権乱用も甚だしいですね」
「義輝様、信玄の言う通りそれでは公私混同です」
 開き直った義輝に対し、謙信・信玄の容赦ない言葉が入る。
「そ、それよりもじゃ、謙信!
管領の名において逆賊足利義維を討つのだ。
信玄も姉の力になるように共に戦うように。
颯馬は今は本国の守りに付いているのだったな」
 立場が危うくなった義輝は強引に話題を変えた。
 一方、謙信と姉妹の契りを交わした信玄は、これを契機に颯馬の下から独立し、兼続や宇佐美らと同じく謙信直属の武将となっていた。
颯馬はというともっぱら戦略のみに専念し、現場の戦術に関してはほとんど関わっていなかった。
そして越後から甲斐にかけての上杉・武田の本拠地の防備に付いていた。
「はい、確かに今は本国にいることが多いですが、上洛は上杉軍に取っても重要な案件、確実に達成できるよう、私も微力ながらお手伝いいたします」
「ふむ、頼んだぞ」
 こうして、上杉・武田軍は義輝を都から追い出した足利義維を討つために、進軍を開始した。
謙信、信玄だけでなく、義輝という大きな存在が入り、軍の勢いは増していった。



「ところで、義輝様」
「ん?なんじゃ、謙信?」
「颯馬は私のものですので、その点だけはお見知りおきを」
「何を言っているのですか?姉上? 颯馬は私のものですよ?」
「信玄!だから貴女達は兄妹ではありませんか!」
「け、謙信。信玄。わらわは別に本妻でなく側室でも……」
(じー)(じー)
「あ、その、悪かった。忘れてくれ」

「なあ、キクゴロー」
「なに?颯馬」
「女って恐いな」
「何、今更人ごとみたいに言っているのさ」
「いや、そう思わないと……なあ」
「責任は取るんだよ……」



[16596] 第19話(ED)
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/09/07 21:31
「ふう」
 颯馬は送られてきた書状の一つを読み終えると、ため息をついた。
朝からいくつもの書状を読み、もう日暮れになろうとしていたが、颯馬の周囲にはまだ封の開いてない書状が山のように積まれている。
 何故、颯馬がこのような状態になっているかというと、颯馬が征夷大将軍となって幕府を開いたからだ。



 時間を少し戻そう。
この頃には足利義維との戦いも遠い昔になっていた。
義輝軍には勝った義維だったが、謙信・信玄の敵ではなく、瞬く間に二人は山城国を制圧。
その勢いのまま畿内の他の国々も支配すると、改めて軍を整えて残りの東北と西国へと軍を進めた。
突撃力のある謙信は伊達、最上、南部と一直線に大名が並んでいる東北を、
毛利、長宗我部、大友、龍造寺、島津と勢力がまばら状に広がる西国は、武将を柔軟な運営ができる信玄が担当した。
 颯馬は相変わらず防衛に就いていたが、その場所は京へ移っていた。
これには義輝の強い要望があってのことだった。
未だに好意を抱いている幼なじみを近くに置かせたのは、京の防衛の適任者として置かせたわけではないことは、色恋沙汰に疎い謙信でも容易に察しが付く。
女として恋人が他の女性と寝るのには抵抗がないわけがない。
それは忠誠を誓う義輝とて例外ではない。
とはいえ、元々手の早い颯馬であったから、今更他の女が一人二人増えたところで大きく気をもむことでもなかった。
それに、他ならぬ義輝だからか思っていたよりもその抵抗感は少なかった。
 信玄はというと、初対面の印象が良く、また小さな頃から兄を慕い、下野した後も兄のことを心配し続けてくれた義輝には妙な親近感を感じていた。
また、颯馬以外の男性と結ばれる気がない信玄にとって、颯馬が上杉だけでなく、足利との間にも子をなすのであれば、それは武田にとって有益だと考えていた。
 こうして颯馬は京で職務に当たることになった。
そして周囲の予想通り、颯馬は義輝の元へ通うようになる。
細川姉妹も巻き込んで。
 各地方を制圧し、大大名となった相手との戦は激しいものになった。
特に米沢での上杉対伊達、立花山城での立花道雪と武田信玄の戦いは歴史に残る大きな戦であった。
 そういった激戦を乗り越え、最後に南部と島津を制したのはほぼ同時期であった。
義輝は才あるものが天下を治めるべきだと考えていたため、謙信・信玄のどちらかに将軍職を譲ろうと両名を京へ呼び寄せる。
 その場には颯馬と、事の子細を知った細川姉妹も同席させられていた。
「二人とも、天下平定したこと大儀であった。これでわらわも安心して将軍職をそちらに譲れるというものよ」
「義輝様、私は義輝さまの家臣にてそのような大役、身に余るものでございます」
 謙信のこの申し出は颯馬を始め、周囲の予想通りであった。しかし、
「姉上がならぬというものを私がなるわけにはなりません。
私もご辞退申し上げます」
 信玄もまたこう言って辞してしまった。
これに対して颯馬は驚き、信玄に声をかけようとしたところ、
「なら、颯馬。そちがやれい」
の義輝の一言に固まってしまった。
 颯馬は今なんと言われたのかすぐには理解できずにいた。
いつの間にか、颯馬を除く五人の目は颯馬に向いている。
颯馬が一つ一つ順に今いわれた言葉を理解していき、やっと状況を把握できるようになるまで少し時間がかかった。
「な、何を仰っているのですか、そんなご冗談を……」
「冗談ではないぞ。わらわは本気じゃ!」
「し、しかし、何で私が? 私よりも信玄の方が適任ではありませんか。
私なんて天下人の器ではございません。
なんなら謙信や義輝様が……」
「皆やりたくないと申しておるではないか。
そしたら、そちがやるしかないじゃろ?」
「……私の拒否権はないのですか?」
「ない!」
 満面の笑みを浮かべながら義輝は即答する。
「それにの、そちは信玄と女夫になりたいのだろう?
しかし、そちは端から見れば素性の知れぬ上杉の家臣じゃ。
いくら既成事実があったとしても、それをよしとしない者もいよう」
 既成事実という言葉に謙信は顔を赤らめる。
「しかし、時の将軍と元管領という間であれば、それに異を唱える者もおるまい」
「元、管領?」
 この言葉に颯馬は首をかしげた。謙信は今でも管領のはずだ。「元」が付くのはおかしい。
「そうじゃ、『元』管領じゃ。
新しい幕府には管領の代わりに『大老』という職を設ける。
その初代大老には信玄にやってもらう」
「兄上の補佐は私がしっかりやりますので、安心して将軍になってください」
 颯馬が信玄に目をやると何の迷いも見られぬ笑みを浮かべている。
ここで、はっとした颯馬は謙信の方を向くと、謙信は申し訳なさそうな表情をしながらも、
「悪いな、颯馬。このようなやり方は好かないんだが……。
しかし、これでそなたと堂々と結納を交わせるな」
最後の方はこれまた信玄以上の満面の笑みになっている謙信であった。
 三人がそれぞれの笑みを浮かべているのを見た颯馬が正面を向くと、
「わらわが将軍職を譲ったのは、わらわをたらし込んだということにすればよい。
そちが京にいる間、わらわとどういう関係になっていたか知らぬ者はおらぬからのう。
そちと謙信は婚礼が終わってほとぼりが冷めた頃に、わらわを側室にすると良い。
それで誰も口を出す者もおらんだろう。
なんなら、ついでに信玄も側室に入れておくか?」
 義輝は今度はにんまりと、まるでからかうかのような笑みを浮かべた。
「なに、心配することなどないぞよ。
元将軍と、元管領と、初代大老がそちの周りにいるのじゃ。
いずれも、そちが天下人になれる器の持ち主と言った者ばかりじゃ、安心せい」
 呆然と目の前を見ていた颯馬だが、この言葉が終わると、手を振るわせながら、
「は、謀られたー!」
震える手を頭にやり、大きく体を伸ばしながらそう叫んだ。
「ま、諦めるんだね」
 キクゴローの声は颯馬の耳に届いていなかった。
 この日のために、謙信、信玄、義輝ら三人はいかに新しい統治体制を造り上げるかやり取りを交わしていた。
無論、このことは細川姉妹、山県、勘助、兼続、宇佐美らには事前に周知済みである。
知らぬのは渦中の中心にいる颯馬だけだった。



 かくして、今颯馬は幕府の中心にいる。
ただ、その実権は謙信、信玄、義輝の手にあることは誰もが知ることだ。
だが、名目上は颯馬が将軍であるため、書状は颯馬のところにやってくる。
 往々にしてこの国では組織の頂点に立つ人間が一番能力があるとは限らない。
歴史を見ると他国と違い、真の実力者は二番手にたって世を動かしてきたことも少なくない。
しかし、まさか自分がそういう目に合うとは、と思いながらも颯馬は仕事をこなしていた。 目下、当面の課題は後継者問題である。
跡目相続で問題にならないようにしないといけないが、それもまた彼女ら三人で話されており、颯馬は蚊帳の外である。
もっとも、今の颯馬にはそれを考える余裕ははっきり言ってないが。
「兄上、いいですか?」
「信玄か、いいぞ」
 颯馬はまた別の書状を読みながら返事をすると、信玄が一抱えの書状の束を持って部屋に入ってきた。
「兄上、こちらの書状には目を通しておきましたので、判をお願いしますね」
「ああ、悪いな」
 そういって信玄は帰るものと思っていたが、信玄は帰る様子もなく、書類の山を見比べている。
「……今日も、もう終わったのか」
「当然です。大老とあろう者があれくらいできなくてどうします」
 それを聞いた颯馬は重いため息をつく。
颯馬は今日、まだ八割ほどしかこの書状の山を読み終わっていない。
その書状の山を信玄は読み終えた上に、颯馬の判が必要と判断したものに分けて持ってきたのだ。
颯馬の山より五割増しであるにも関わらず。
「兄上、書状の精査は私が変わりますので、兄上は書状に判をお願いします」
「ああ、わかった。いつも悪いな」
「たいしたことではありませんわ」
 信玄は笑みを浮かべると、颯馬と席を替わった。

 二人がそうして作業してしばらくすると、襖の向こうから声がした。
「颯馬、いるか?入るぞ」
 そういって入ってきたのは謙信であった、
「姉上、起き上がって大丈夫ですか!?」
「信玄、心配してくれるのは嬉しいが、私は病人じゃないんだ。大丈夫だ」
 謙信のお腹は大きくふくれあがっていた。
あと一月もすれば赤ん坊が生まれるだろう。
「謙信どうかしたのか?」
「あ、いや、どうというわけではないのだがな。
なんかじっとしているのが退屈なので、何か手伝えたらと思って」
「何を言う、身重の体で」
「しかし、私がこの体のせいで颯馬や信玄、義輝様に迷惑かけてしまって……」
「迷惑だなんて、俺たちの子ができるんだ。そんなこと気にするな」
 本来ならば颯馬の書状もここまで大きくはなかった。
謙信が身籠もったため、その体に負担をかけぬよう、颯馬、信玄、義輝の三人で少しずつ分け合ったのだ。
しかし、生真面目な謙信はそれを負い目に感じていた。
「姉上、そうお気遣いなさらずに。却ってお体にさわりますよ」
「そうだ、信玄の言う通りだ。気楽にやれ」
「そうか、なんだか颯馬が一番困っているように見えるが……」
「私が手伝っているのでお気になさらずに」
 颯馬の胸に矢が二、三本突き刺さる音がした。
「そうだ、退屈でしたらお話相手になってくださいませんか?」
「それは構わないが……、信玄の邪魔にはならないか?」
「いえ、むしろ私も気分が紛れますのでありがたいです」
 そうして信玄は書状に目を通しながら謙信とおしゃべりをし出した。
「どうしてあいつは書状を読みながら話ができるんだ?」
 そんな疑問を抱きながら颯馬は書状に判を押していった。

 しばらくして、また襖の外から声がした。
「颯馬殿、いらっしゃいますか?」
「その声は兼続か? 入っていいぞ」
 襖を開けると兼続は、
「謙信様!やはりここにいらっしゃいましたか。
お体にさわりますから寝床にお戻り下さい!」
と、部屋の中を見るなり、いきなり声を上げた。
「兼続までそうして私を病人扱いして……」
「病人と似たようなものです! 大切なお体にもし万が一のことがあったらどうなさいますか!」
「そんなに心配せずとも……」
 そこへ、廊下を足音を高く一人の武将がやってきた。
「またここに!颯馬!いくら将軍になったからといって、信玄様に自分の仕事を押し付けるな!
毎日何度同じことを言わせる気だ!」
 兼続の傍らから姿を現した幸村が、颯馬の部屋で仕事をしている信玄の姿を見て颯馬に怒鳴りつけた。
 昔から颯馬に対して強くあたってきた幸村だが、颯馬が将軍職に就いてもその接し方は相変わらずである。
むしろ、以前よりも颯馬に噛みつくようになっていた。
 最初こそ山県や勘助などが諫めていたのだが、颯馬もそれほど気にしていないこともあって、今では皆その態度を改めさせることを諦めている。
「幸村、良いのです。
私の仕事は終わりましたし、これも自分で好きでやっているのです。
案ずることではないといつもいっているでしょう?」
 信玄が颯馬の部屋にきて仕事をしていることで、幸村は毎日のように颯馬に対し小言を言っており、そのことをその都度咎める信玄であった。
「おお、今日は賑やかじゃの、颯馬のところは」
 そこに現れたのは義輝と、両手に書状を抱えた細川姉妹であった。
「義輝様も今日の仕事がお済みで?」
「ふむ! じゃから忙しくしているであろう颯馬を手伝ってやろうと思ってな」
 そういって義輝は謙信、信玄のところに向かう。
一方、細川姉妹は手に持っている書状を颯馬に渡して部屋から去ろうとしていた。
「いいのですか? 颯馬殿の仕事を義輝様にさせて……」
「最初はお咎めもしていたんですが……」
「義輝様もなかなか頑固なところがあるからね。
もう諦めたよ、止めさせるの」
 兼続の質問に細川姉妹が答える。
「しかし、どこの出自かわからぬ颯馬が、信玄様を差し置いて将軍になるなんて……。
あまつさえ義兄妹の関係になるとは……、今でも腹立たしい」
「これ、幸村殿。もうその話はすんだことではないか」
「わかっています、兼続殿。
でも、この歯がゆい想いだけはいくら時間がたとうとも消えそうにありません!」
 家臣としては問題ある発言に兼続もやれやれという表情である。
他方、事の子細を知っている細川姉妹は、義兄妹ではなく、本当の兄妹だと知ったら幸村はどう思うんだろうと考えながらも、
「でも、その颯馬殿だからこそ、こうして上杉家と武田家が共に世を治めることができるんじゃないでしょうか」
「そうだねえ。あんたらも昔は随分と仲が悪かったらしいじゃん」
といって二人は話をそらした。
兼続と幸村は共に昔を思い出し、そういえばあれからすると自分たちも随分と変わったものだと感慨に耽った。

 そんな家臣をよそに、謙信、信玄、義輝は話しに花を咲かしていた。
そんな光景を眺めていた颯馬は、図らずもこんな立場になり、多忙な日々を送っているが、これはこれでいいかなと思うのであった。



[16596] 後書き
Name: 496◆3891cd75 ID:292920fb
Date: 2010/08/31 00:21
 こんにちは、496です。

 早いもので第1話を上げてから半年がたってしまいました。
筆が遅くてすみません。
でも、よくよく考えてみると約190日間に19話ですから10日に1本平均で投稿していたんですね。
全くそんな感じがしませんが……(笑)。
 当初は全体で1万PV行けばいい方かなと考えていましたが、初回から7000PVを超えて驚きました。
ソフトの販売数からすると、ゲームを知っているのは多くても2万人はいないだろうと考えていたんですが、
少なくとも最初の頃は戦極姫を知らない人も読んでくださっていたようで、嬉しいです。
最後の方はPV数も半減し、失速してしまいましたが、それでも10万PVという大台を超え、また沢山の方からコメントを頂きありがとうございました。
 今後はブログの方に戻り、東方の幻想入りシリーズを書いていこうと思っています。
そのため、この名義でここに投稿するのはもうないかと。
別名義でこっそりと東方の作品を投稿するかもしれませんが……。
 戦極姫は三国姫がでる以上、当分先でしょうし、なりよりPS2版、PSP版の2がでますからね。
これまでの傾向からいって3はほぼ確実にでるでしょうが(笑)
3がでるまで気長に待つことにします。
仮に「496」名義で出すとしたらそれ以降ですね。

 そんなわけで、短い間でしたが皆さん読んでいただきありがとうございました。



                                                                                8月31日 496


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