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[16328] アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:46eb417d
Date: 2010/02/09 23:47



「父さん母さん、お元気でしょうか?
 そちらのこちらの時間の流れが一緒だとしたら、自分がいなくなってから約一ヶ月が経ったことになります。 
 一人暮らしを始め、社会人になって二年・・・・・どうやら今年の年末は帰省できそうにありません。
 たぶん、これから先も。
 ですので、どうか身体に気をつけてお過ごしください。


 ・・・・・まぁ、こんなこと考えててもしょうがないので、現状を整理しよう。


 一月前、目を覚ますと突然別人になっていた。
 二十歳になるかならないかで、金髪でかっこいい感じの顔をしている。
 自分でもなにを言っているのかさっぱりな感じだが、そうとしか言いようがないのだ。
 それで、ベッドから起き上がってうろたえていると、血相を変えた様子の老夫婦らしき二人が入ってきた。
 『だれだろう?』なんて思っていると、事態は急変。
 見知らぬおじさんは号泣しながら抱きついてきて、見覚えのないおばさんは全身を震わせながらその場で泣き崩れてしまった。
 ・・・・・なんで?


 その後の展開は急転直下に千変万化、ダイジェストにするとこんな感じ。


 ・ストレートに『だれ?』って言ったところ、二人はぴたりと泣き止み、なぜか可哀想な人を見るような目で見つめてきた。
          ↓
 ・有無を言わさず教会に連れて行かれ、神父さんから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
          ↓
 ・診断の結果、『心の問題だろうからとにかく安静に。自然とかと触れ合うといいかも』・・・なんですか、それ?
          ↓
 ・家に戻り、二人から説明を受ける。
          ↓
 ・二人はなんでも俺の両親で、俺の名前はアンディらしい。記憶が混乱しているのは頭を打ったからとかなんとか。どうも曖昧。
          ↓
 ・この辺りで耐え切れなくなった俺がわめき散らすと、二人は優しげな顔で『とにかく休め』とのこと。
          ↓
 ・自室として使うように言われた部屋に入って考え抜いた結果、夢に違いないということで心を落ち着ける。
          ↓
 ・が、翌日になっても夢からは覚めず、一週間ほど経ってさすがに諦める。
          ↓
 ・とりあえず情報を集めるために両親らしい二人に話し掛けるが、どうにも歯切れが悪い。新情報はここがサラボナという町だということ。
          ↓
 ・埒が明かず、家の外に出て色々な人から話を聞こうとするも、みな腫れ物を触るような態度で接してくる。
          ↓
 ・仕方ないので、町の人が止めるのも聞かずに町の外に出ると、キラーマシン(後で色違いのメタルハンターだと知る)と遭遇。
          ↓
 ・命からがら逃げ帰った所で、ようやくここがドラクエ5の世界だと気付く。


 ・・・・・とまぁ、こんな感じ。
 結局その日から約三週間、悪あがきをしたり現実逃避したりして過ごしたが、結局今もどうしたものか悩んでます。
 




 あ、そうそう。

 なんでアンディに対してみんなの態度がおかしかったのか、問い詰めた結果ようやく判明した。
 『フローラが結婚してしまったことがショックで川に身投げ。一命は取り留めたものの記憶をなくしてしまった可哀想な男』
 だそうだ。
 俺がアンディの身体に入ったのは、恐らくアンディが昏睡の時だったんだろう。
 どうりで記憶喪失なんて都合のいい設定が通じたわけだ。

 はぁ。
 ほんと、どうしよう・・・・・」















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第01話「スライムナイトかゴーレムか、それは究極の選択か?」















   水と緑に囲まれた美しい町サラボナ。
   世界的な大富豪ルドマンが住む事でも有名なこの町に、やたらと沈んだ様子の青年がいた。

「はぁ」

   噴水の縁に腰掛けて溜め息をつく様子は、何とも陰鬱な雰囲気を醸し出している。
   青年の存在は美しい町の景観を完膚なきまでぶち壊しまくっているが、道行く人々は何も言わずに素通りしていく。
   何故か?
   簡単だ・・・関わり合いたくないからだ。

「はぁぁぁぁあ」

   もっとも、再び大きな溜め息をついたこの青年には、町の人々の様子が目に入っていないかもしれない。



   男の名前は如月 仁(じん)。
   ついこの間までは普通の会社員をやっていた、これといって特徴の無い男である。

   だが、今は以前の面影はまるで無い。
   何の因果かこの男、ドラゴンクエスト5でフローラの幼なじみ、アンディの身体に入ってしまったのだった。



   仁は思考の海に溺れていた。

「(どうすればいい?)」

   ここ最近ずっと考え続けているが、どうしても答えが出ない。
   アンディとしての生活を続けて一月。
   アンディとして生きていかなくてはならない事については無理矢理自分を納得させたが、今後どう生きていくかは迷い続けている。

「(元の世界に戻りたいのならどうすればいい?
  ゲームクリアとなるミルドラースの撃破か、マスタードラゴンにでも頼めばなんとかしてくれるのか?)」

   戻れる保証など何一つ無いが、覚めない夢が覚めるのを待つよりはまだマシと言った所だろう。
   だが、その道を進むには大変な危険が付き纏う。
 
「(喧嘩一つしたことない俺に、魔物との殺し合いができるとは思えないよなぁ。
  せめてなにかアドバンテージでもあれば別だが、アンディか……)」

   詳しくは分からないが、おそらく潜在能力を期待するのは楽観的というものだろう。

「(たしか、ホイミだかメラだかを練習中とかってセリフがあったようななかったような。
  ドラクエ5に吟遊詩人の職業技なんてなかったし…………あったら、学生時代ちょっと楽器をかじってたから期待したいんだけど)」

   あまり期待しない方がいいだろう。
   レベルを上げまくれば何とかなるかもしれないが、ゲームのように一時間もレベル上げをすれば数レベル上がるようには出来てないだろう。
   それで何とかなるなら相手を選んで二・三年もレベル上げをすれば楽々レベルMAXだ。

「(まぁ、そもそもレベルなんていう概念があればの話だけど)」

   セーブ&ロードが使えない以上、石橋を叩きすぎて損をするという事は無いだろう。

「(となると、大人しくアンディとしての人生を送るほうが無難か。
  連中がラスボス倒してくれれば、万が一ってこともあるし)」

   ここで仁は意識を外に向ける。
   すると、周りからの視線を感じた。
   人々は顔を背け、目線をずらしていたが明らかに“見ている”・・・・・そう、仁は強く感じた。

「(引っ越したほうがいいかな、だれもアンディのことを知らなくて安全な所に)」

   不愉快な視線も今の仁にとっては他人事のようなものなので、耐えられない程では無いが気分の良いものでは無い。


   とりあえず仁は重い腰を上げ、視線を避けるように噴水から離れる事にした。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   仁の足は、自然とルドマンの屋敷に向かっていた。

「(まるで映画のセットだな)」

   豪奢な屋敷に、湖と美しい花に囲まれた離れ。
   まさに、金持ちここに極まれりというやつだ。

「(可愛くて金持ちの親がいて強力な攻撃魔法が使える予定の幼なじみのフラグが、始まる前から折れてるってのは……なんだかなぁ)」

   あまりの間の悪さに渇いた笑いしか出てこない。
   カーストアップのチャンスを失った仁に、一体どうしろというのだろう?

   仁は俯き、再び思考の海に沈んでいく。

「(あんまり変なことして主人公達の邪魔する訳にもいかないし)」

「ねえ」

   仁の背後から女性の声が聞こえてきた。

「(魔法の鍵とか最後の鍵とかがあると便利なんだけど、恐らく連中の行動に支障をきたすだろうなぁ)」

   だが、仁は全く気付いていない。  

「ちょっと、聞いてるの!」

「(でもあれか、たとえ鍵を手に入れたって城の宝物庫を開けていい理由にはならないよな)」

「………あ、そう。
 このわたしを無視するなんていい度胸してるじゃない」

   若干低くなった声のトーンからは、女の不機嫌さが伝わってくる。

「(そういえば、他人の家に勝手に入ってタンスとか開けるのってどうなんだ?
  自分でやるのは嫌だから主人公が開けてるのとか見てみたいなぁ)」

「………」

   相変わらず気付く気配の無い仁に、女は無言で傍に近寄っていく。
   真後ろまで近寄ると、仁の耳を掴んで顔を近づけ、

「(あれ、そもそも主人公の名前って…)いっ!!!!!
 な、なに…」

   耳を掴まれてようやく気付くが既に遅く、女は大きく息を吸い込んでいた。


「話を聞けって言ってんのよ、このバカアンディィィィぃぃぃいぃぃぃっっっ!!!!!」


   ルドマン家の長女デボラの不意打ちによって、仁の意識は彼方へ飛んでしまった。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   数分後、ようやく仁の耳鳴りが収まってきた。

「鼓膜が破れるかと思った……」

「わたしは謝らないわよ」



   二人は今、ルドマン邸の離れを囲む湖のほとりにいる。
   仁は、横にいる女性がデボラである事は顔を見た瞬間に何となく分かった。
   印象が薄いために半信半疑だったが、やたらとゴージャスな感じと、モブキャラとは違う輝きのようなものは流石にメインキャラといったところか。



   仁が座り込んで湖を眺めていると、横から視線を感じた。
   ちくちくと刺すような視線が気になったのでそちらを向くと、立ち尽くしたままのままのデボラが不機嫌そうな顔を隠す事無く仁を睨んでいる。

「ん、なにか?」

「…………なんでもないわよっ」

   デボラは暫く迷う素振りを見せていたが、やがて勢いよく腰を下ろし、何も分かってない様子の仁をキッと睨みつけた。

   こうなると、仁は途端に焦り出す。
   主人公の親類と関係が悪化するような事態は避けたい。
   とはいえ、こうしてデボラと会話するのも初めての事で、仁にとってはいまいち勝手が分からない。
   DS版でデボラを嫁に選ばなかったので、印象がとにかく薄いのだ。

   とりあえず、仁は当り障りの無い所から攻めてみる。

「あ~、なにかまずかった………でしょうか?」

「わたしの機嫌が悪いのは、別にアンタが敬語を使ってないからじゃないわ」

「あ、そう。
 んじゃ……」

「別にタメ口で話してもいいとは言ってない。
 アンタ、わたしより年下じゃない」

「……なるほど」

   仁はどうやら初手から躓いたらしい事を理解した。

「(そういや、歳とかよく分からないな)」

   たしかビアンカが主人公の2コ上、仁のあやふやな知識ではこの程度が限界だった。


   どうでもいい事を仁が考えていると、隣に座っているデボラがぽつりとつぶやく。

「やっぱり、アンタはもう私の知ってるアンディじゃないのね」

「えっ!?」

   デボラの、どことなく寂しげな声に仁は思わずデボラの方を向く。

   しかし、デボラは仁の方を見ずに、ぼんやりと湖を眺めていた。

「なにも覚えてないの?」

「あ、いや……そんなことは。
 デボラさんの名前と顔ぐらいは覚えてますよ、一応。
 他にも、わずかですが覚えてることもあります」

   少し考えながら仁は答えた。
   この辺り、ボロを出す前に予防線を張っておいた方がいいだろう。

「そう。
 でも、少なくともレディーの扱いは忘れてるようね」

「へ?」

   分かってない仁に対し、デボラは自分の臀部の辺りを指差す。

「……なにか?」

「…………ハァ」

   あまりに鈍すぎる仁に、デボラは軽く溜め息をついた。
   元々デボラはアンディに対して好意的では無かったが、ここまで鈍いと救いようが無い。
   雀の涙ほどの好感度も、現在進行形で下降中だ。

「服、汚れるでしょ」

「ふく?
 副……福……吹く…………服、あ~っ服!!」

   仁はようやく気付いた。
   確かにデボラの着ている高級感たっぷりのワンピースが、草むらに座っているせいで少し濡れてしまっていた。

「やっと気付いたの。
 ボンクラね」

「……なるほど」

   仁は何も言い返す事が出来なかった。
   正直、それの何所が汚れてるんだと一瞬思ったが、それはこちら側・・・男から見ての話だ。
   鈍いと言われれば、正にその通りだろう。

「少なくとも、前のアンタは礼儀とレディーの扱いぐらいはできてたってことよ」

「すみません、気付かなくて」

「いいわよ別に。
 お気に入りのヤツって訳でもないし、今のアンタに言ったってしょうがないでしょ」

「いえ、それもあるんですけど……やっぱり、すみません」

「だからいいって……」

   自分がいいと言っているのだからそれ以上謝られてもただ不快なだけだ。
   デボラが、再び謝罪の言葉を口にした仁の方を向くと、


「すみません、忘れてしまって」

   真剣な表情をする仁がそこにはいた。
   真実を話していない事に対する負い目。
   その思いを込めて、仁はもう一度謝った。


「……フンッ」

   真剣な表情のアンディに、デボラは何も言う事が出来なかった。





   その後、暫く無言の時間が過ぎ・・・静寂を破ったのはデボラだった。

   デボラは世間話でもするかのように仁に尋ねる。

「アンタさぁ、自分が記憶を失った原因は知ってるのよね?」

「え……ああ、はい」

   仁にとっては関係ないような気がするが、それでも複雑な表情を浮かべた。
   どこまでが真実かは分からないが、何とも言い様の無い話だ。

「どう思う?」

「どうって?」

「バカだと思う?
 振られたぐらいで身投げするような男」

「でも、詳しくは分かってないんですよね?
 たまたま足を滑らせたのかもしれないし」

「そんな真相なんてどうでもいいわよ。
 自殺前提で考えなさい」

「はぁ」

   随分と物騒な考え方だが、仁はとりあえず考えてみる。

「(どうって言われてもなぁ)」

   仁にとってはゲームでの・・・作り物の話であって、どうしても現実感が無い。
   とはいえ、そんな考えを言う訳にはいかず、もう少し真剣に考えてみる。



   数分後、仁が口を開く。

「少しだけ、羨ましいかもしれません」

「羨ましい?
 ……どこが?」

   デボラは仁の答えに唖然としてしまった。
   どう考えても、羨むような結果にはなっていないではないか。

「命を懸けられるぐらい、一人の女性を好きになれたことです」

「……」

「覚えてないんですが、聞きました。
 フローラって女性のために、魔物が出る火山に行って死にかけたんでしょう。
 あいにく俺はそこまで女性を好きになったことがないので、すごいなあとは思います」

「そう。
 そう思えるんだ、アンタは」

「あ、あ~いや。
 まぁ、ほら、俺はまだ生まれてから一月しか経ってませんしね……なんちゃって」

   流石に恥ずかしくなり、仁はデボラに背を向けた。
   おそろしく下手な誤魔化し方をした自分にさらに恥ずかしくなり、頭を抱えてしまう。


   そんな仁の背中に向かって、デボラは少しだけ棘を抑えて声を掛ける。

「アンタ、これからどうするつもり?」

「これから、ですか?
 そうですね…………まだ決まってません」

「情けないわね。
 妹のために命張ったアンタはどこにいったの?」

「さぁ、昼寝でもしてるんじゃないですか。
 でも、いずれこの町から出ようとは思ってます。
 このままだと、自分にとっても町の人達にとっても微妙な空気が残り続けますし」

「そう」

   そう言い残してデボラは立ち上がり、仁から離れていった。

「ん?」

   仁が振り向くと、既にデボラは10メートル以上離れている。
   そんなデボラに仁は慌てて声をかけた。

「あのっ!!」

   するとデボラが立ち止まった。
   振り向く事は無く、何も喋らないが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。

「どうして花嫁に立候補したんですか?」

「………それ、だれに聞いたの?」

   デボラがようやく口を開いた。
   どこか喋りたくなさそうな雰囲気を出している。

「え、あ~いや、どこからともなく」

   仁は言葉を濁した。
   もしかすると、あの場にいた人達だけしか知らなかったのだろうか?

「そうね。
 突然あんなことした挙句、あっさり振られたものね。
 わたしもちょうどいい物笑いの種かしらね」

   デボラは悪い方に受け取ったようだ。
   話す声が段々と小さくなっていく。

「いや、そういう意味じゃなく「そうね」……え?」

   何とか言い訳をしようとした仁を、デボラが力強い言葉で遮った。

「退屈だったからよ」

「……そう、ですか」

   どうやら話す気はないらしい。
   それでも、デボラの力強い返事を聞いて、仁はとりあえず安心した。
   そして、デボラとの会話は今回はこれで終わりだろうと仁が湖に目を向けると、


「ちなみに、今も退屈なの、わたし」


「………え?」

   再び仁は振り向くが、既にデボラの姿は無かった。     





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   翌日、仁は不自然な振動を感じて目を覚ました。

「…………ん、な、なんだ?」 

   段々慣れてきた自室では無く、木製の壁で囲まれた空間だ。
   しかも、やたらと狭い。

「なんでこんな……って、な!?」

   ここで仁は、自分が縄のようなもので縛られている事に気付いた。
   解こうとするが、かなりきつく縛られていてびくともしない。

「じょ、冗談じゃない。
 いったいなにが……」

「ああ。
 やっと起きたの」

   何かの事件にでも巻き込まれたのだろうか、と警戒心を高めた所で気だるそうな声が聞こえてきた。
   と同時に、今まで続いていた不自然な振動が収まる。
   そして、


「いつまで寝てるのよ、だらしないわね」

   何故かデボラが仁の目の前にいた。


「デ…ボ…ラ?」

「さんぐらいつけなさい。
 刺すわよ」

   そう言って、デボラは腰に下げている毒針を手に取ったが、事態がまるで把握出来ていない仁は恐怖よりも先に困惑している様子だ。

「アンタが望むなら様でもいいけど。
 ほら言ってみなさい」

「なんでここにいるんだ?」

「デ・ボ・ラ・さ・ま」

「聞けよ!!」

「アンタ、素はかなり野蛮ね」

   デボラは軽く仁を睨むが、まあ仕方ないかと思い毒針を仕舞う。
   そして、縄を解こうとしている仁にうっすらと笑みを浮かべる。

「おはよう」

「喧嘩売ってるのか?」

「違うわよ。
 朝はあいさつからでしょう」

「やっぱ喧嘩売ってるのか」

「わかったわよ、もう。
 野蛮でせっかちなんて救いようがないわよ」

   そう言って肩をすくめるジェスチャーをやや大袈裟にするデボラ。
   余計に仁の神経を逆撫でするが、多分わざとだろう。

「ここはどこだ?」

   仁はとにかく心を落ち着けようと努めていた。
   敬語を使ってない事など気付いておらず、関係を良好に保とうといった意識は隅の方に追いやられている。

「馬車の中。 
 で、今は旅の途中」

   あっさりと答えるデボラ。
   その顔からは、にやけた笑みが時々見え隠れしている。

「なんで?」

「昨日言ったでしょ、退屈だって。
 だから、しばらく旅行にでも行こうかなって」

「旅行って魔物はっ!?
 護衛とかいるのか?」

「いないわ。
 心配しなくても、この辺りの魔物ならわたし一人でなんとかなるわよ」

「そう……なのか?」

   仁はいまいちデボラの話が信用出来なかった。
   デボラとフローラは最初弱かった気がする。

「もうない?
 なら出発するけど」

「あるに決まってるだろ。
 ていうか、一番大事なのが残ってる」

「なによ?」

   知っていてあえて聞くデボラ。
   掴みかかりたいところだが、あいにく仁は動けない。

「なんで俺が連れてこられて、こうして縛られているんだ?」

「二つない?」

「いいから答えろよ!!」

   やれやれ、といった顔をするデボラ。
   もはや楽しそうな顔を隠そうともしない。

「昨日の深夜、アンタを迎えに行ったの。
 アンタを縛ったのは逃げないようにするため。
 ちゃんとアンタの両親には了解を取ったからそこは問題ないわよ」

「そんなことされたら、いくらなんでも起きるだろ?」

「わたし、ラリホー得意なの」

「犯罪だそれは!!」

   仁は思わず叫んでしまったが、すぐに叫んでしまった事を後悔する。
   まだ全てを聞いた訳では無いのだ。

「それ「それで」……ちっ」

   デボラは、冷静さを取り戻して先を促そうとした仁の言葉を遮った。
   そしてさも、分かってる、とでも言わんばかりにデボラは満面の笑みを浮かべ、

「アンタを連れてきたのは………………アンタが一番ヒマそうだったから」



   仁の時間が止まった。



   微動だにしない仁の頭の中を、デボラの言葉が反芻していく。 
   そして、復活した仁は、

「ふざけんなっ、とっとと町に戻れっ!!」

   先ほど後悔した事をもう忘れていた。
   仁の動きは激しさを増し、痕が付くくらい激しく身をよじる。 

「いいじゃない。
 どうせアンタ暇なんでしょ?」

「暇だろうとなんだろうと、こんなことされてOKする訳ないだろうがっ!!」

「ちょうど下働きが欲しかったのよ。
 人を雇うと当たり外れが大きいしね」

「だれがやるかっ!!!!!
 さっさと縄をほどいて「じゃあさ」……う」

   急にトーンが変わり、先ほどとは打って変わって真面目な表情になるデボラに、仁の勢いが止まる。
   敵意や嘲笑ならばいくらでも抵抗出来たのだが、こうなると次に言うべき言葉が見付からない。

「アンタは、このままでいいと思ってるの?」

「そ、それは……」

   仁の顔が歪む。
   痛い所を突かれた。

「記憶は当分戻りそうもない。
 このままあの町でぼおっとしてて、なにか見つかるとでも思ってるの?」

「それはそうだが……」

「見つかるまで動かない、なんてつまらないこというより、動きながら見つけたほうがいいんじゃない?」

「……」

   仁は黙り込んでしまった。
   分かってはいるのだ。
   このままじっとしても何も変わらない事に。
   それでも、明日にしよう・・・もう一日考えてからにしよう・・・などと考えてズルズルと先延ばしにしていたのだ。

「最初の目的地は二・三日もすれば着くから。
 とりあえずそこに着くまで考えてみたら?
 それでもまだ帰りたいっていうなら止めないわよ。
 ていうか、それならもうアンタに興味はない」

「……」

「じゃ、出発するから」

   そう言って御者台に戻ろうとするデボラを仁が止める。

   デボラが振り返ると、そこには迷いの無い目をした仁がいた。   

「下働きうんぬんはともかくとして、ひとまず着いていくよ」

「そう」

「礼はまだ言わないでおく」

「これから先も必要ないわ。
 礼を言われるようなことはしてないもの」

   そう言って再び御者台に戻ろうとするデボラを、再び仁が止める。

「なによ?」

「いや、縄ほどけよ」

「え?」

「なに真顔で聞き返してんだ。
 もう逃げるつもりはないんだから、縛っておく必要ないだろ?」





   唐突ではあるものの、旅立ちの日はやってきた。
   最初の目的地に着いた時、果たして仁はどうするのか?
   再び町に戻り、迷い続ける日々を送る事になるのか?
   それとも・・・・・。
 
   答えは、この道の先にのみ存在する。





「アンタ、さっきからそれによくもぞんざいな口のきき方してくれたわね。
 罰として、目的地に着くまでそのカッコで反省しなさい」

「あっ、てめ、ふざけんな!!
 …………おいちょっと待て、なに爽やかにスルーしようとしてんだ。
 こんな格好で長時間耐えられる訳ないだろーが!」





   目的地はサラボナの北。
   温泉で有名な山奥の村だ。










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 この話は原作キャラ憑依ものになります。
最強になる予定はありませんが、オリジナル設定を使って多少は強くなるようにします。
主人公は冒頭で書いてある通り一応社会人ですので、人によって敬語を使うぐらいはします。
なので、デボラに敬語を使うのはこの話だけです。

 この話を書き終わってから気付いたことがあります。
「もしかして、アンディって吟遊詩人じゃないかも」
今さら変更も無理なので、アンディは吟遊詩人ということでいきます。

 デボラについてはほとんど知らないので性格や口調はなんとなくです。 
異性からは言い寄られてうっとおしく、同性からは嫌われることが多いため、一人でよく旅をしていて結構強いという設定です。

 ・年齢について
 この時点で何歳という正確な設定がよくわからなかったので、かなり大雑把です。
主人公とフローラが同い年ぐらいで、ビアンカとアンディが2コ上の同い年ぐらい、デボラがさらに2コ上で考えています。
大体、現時点で主人公とフローラが17歳、ビアンカとアンディが19歳、デボラが21歳って感じです。
なので、仁はデボラより少し年上です。

 ・移動手段について
ゲームでは、サラボナから山奥の村に行くには船が必要になります。
ただ、いきなり外洋に出れる大型船を手に入れるのもあれなので、ちょっとした川ぐらいなら小さな船をチャーターして渡れるようにしています。

 このほか、オリジナルの設定は出次第説明していきます。

 冒頭の適当極まるダイジェストですが、かなり迷いました。
当初は詳しく描写しようと思っていたんですが、仁の戸惑いや葛藤を書いていたら、ダイジェストの三つ目辺りでこの話と同じぐらいの文章量になってしまい、思い切ってカットしました。
無駄に文章量だけ増やしても意味がないので、なるべくスリム化をはかっていこうと思います。
もし、削りすぎた結果分かり辛い所がありましたら、どんなことでもいいので感想として頂けるとうれしいです。


 最後に・・・
僕は耐性がいいのと最終的に破壊の鉄球を装備できるのでスライムナイトを使ってました。
普通すぎて面白みがないと言われればそれまでですが。
まあ、結局は愛着の問題かもしれません。







[16328] 第02話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:97165a7f
Date: 2010/02/11 00:35





   数日後、二人は目的地に辿り着いた。


   馬車を降りた仁は、村の入り口で複雑な表情を浮かべながら村の全景を眺めている。
   主人公とビアンカが十年ぶりに再会を果たした山奥の村。
   おそらくここに、彼女はいるのだろう。

「(よりにもよって、ここかよ)」

「それじゃ、それは馬車を止めてくるから」

   唖然とする仁を尻目に、デボラは仁を置いて先に行ってしまった。
   現代で言う所の駐車場か何かでもあるのだろう。



   暫く待っていたがデボラは来ない。



   仕方なく、仁は村を見て回る事にした。

「(まぁ、ビアンカならまだ大丈夫か)」   

   主人公がフローラを選んだというのなら、ビアンカはこの先の表舞台に立つ事は無い筈だ。
   主人公達にはこの世界を救ってもらわなければならないので、出来る限り関わり合いたくないのだが、この流れのビアンカならぎりぎりセーフだろう。   
   何とも他力本願な考え方だが、仁としては無難な選択だと思っている。
   自分が勇者一行に加わるような器では無い事ぐらい自覚しているのだから。

「(それにもしかしたら、会わないかもしれないし)」

   そんな事を考えながら、仁は束の間の観光気分を楽しむ事にした。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   村自体あまり広いものでは無く、観光気分は本当に束の間で終わってしまった。


   仁は空を見上げて太陽の位置を確認する。

「(わかる訳ないか……)」

   この生活を始めて一ヶ月、やはり太陽の位置で時間を判断するというのは無理だったようだ。
   以前は当たり前のようにあったので分からなかったが、時計というものの存在のありがたみを、仁はこの世界にきて痛感した。

「(まぁ、だいたい昼頃ってとこだろ)」

   仕方がないので大雑把に考える仁。
   不便さを感じながらも、段々とこの世界に染まってきているのかもしれない。


   ・・・・・と、その時、


「ねぇ」

「ん?
 ビ……んぐっ!?」

   仁が声のした方を向くと、そこには一人の女性がいた。
   黄金のように光り輝く髪を三つ編みにしているその女性が誰なのか、仁はデボラに会った時よりもはっきりと分かった。
   思わず名前を読んでしまいそうになるが、歯を食いしばって何とか堪える。

   予想はしていた筈だ。
   この村に来た以上、彼女と会う可能性が高い事を。

   そして、仁のすぐ傍まで来たその女性は、困惑気味なアンディとは対照的に嬉しそうな顔をしていた。

「あなた……アンディさん、よね?」

「え?
 あ、ああ……そう、だけど」

「(あれ?)」

   ビアンカは、仁の不自然な態度に首を傾げた。

   ビアンカがアンディと会ったのは二度。
   リュカと一緒に死の火山の探索に行った時と、そこで大火傷を負って自宅で寝込んでいたアンディを見舞った時の二回だけだ。     
   会話らしい会話はした事が無い。
   それでもフローラから聞いた限りでは、アンディという青年は心優しく、常に礼儀正しいという話だった。

「(う~ん。
  気のせいかな?)」

   何処か違和感を感じるが、そもそも微細な違和感を感じ取れるほどアンディの事を知っている訳では無いのだ。
   ビアンカは気を取り直し、いまだに複雑な表情を浮かべている仁の顔をじっと見つめる。

「ねぇ、もしかして…。
 私のことがわからないのかな?」

「え。
 あ~、ん~っと……」

   言葉を探しているような仁の態度にビアンカは確信した。

「(火山の中で自己紹介しただけだもん。
  その後アンディさん大変だったし、覚えてなくてもしかたないか)」

   本当は全く違うのだが、ビアンカはそう考えたようだ。

「じゃあ、もう一度自己紹介からね。
 私の名前はビアンカ。
 リュカの幼なじみで、2つの指輪を見つけるのを手伝ったの。
 火山でリュカと一緒にいたって言えばわかるでしょ?」

「あ~。
 うん、ごめん、わからない」

   仁としては、そう答えるしか無かった。
   それに、リュカが誰を指すのかは本当に分からない。
   話の流れから想像はつくが。

「…………え?」

   まさかの返答に唖然とするビアンカ。
   ここまで言って分からないと答えるとは思わなかったのだ。



   二人の間に微妙な空気が流れる。



   そんな中、今まで別行動を取っていたデボラがやって来た。

「アンタ、こんな所でなにやってるの?」

   温泉卵を食べながら二人に近付くデボラ。
   一体、どこで何をしていたのだろうか?

「はぁ……」

「え!?」

   溜め息をつく仁と、素直に驚くビアンカ。
   対照的な二人のうち、デボラは前者の態度に眉をひそめる。

「人の顔を見るなり溜め息つくなんて、いい度胸してるわね。
 それとも、また縛られたいのかしら?
 このド変態」

「おや、おかしいな。
 昼間だってのに寝言が聞こえる」

   挑発的な態度で睨み返す仁。
   村に着くまでの間に様々な攻防が行われた結果、デボラに対して敬意を払おうという気は完全に無くなっている。

「ふっふっふ。
 わたし、ラリホーだけじゃなくてザキも得意なの。
 よかったら永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」

「はっはっは、そいつは最高だ。
 人のことを野蛮だなんだって言ってる割には、ずいぶんとまあ物騒なんだな。
 どんなに高価な服や宝石で着飾っても、どうやら品性の下劣さは隠し切れないらしい」

   どんどんヒートアップしていく二人。
   口元は笑っているのだが、目が全く笑っていないので余計に怖い。



   そんな中、二人の間に挟まれた格好になるビアンカは居心地悪そうにしていた。

「(どうしてこんなことになってるんだろ?)」

   棘だらけの会話をすぐ傍で聞かされていると、自分に言われている訳では無いのに胸がキリキリと痛む。
   逃げ出そうにも、二人が生み出す物騒な雰囲気がビアンカの足をこの場に縫い付けてしまっていた。

「(ていうか、この人ってデボラさんよね?)」

   よく見ると、ビアンカは女性の方にも見覚えがあった。
   会話をした覚えは無いが、人生最大の舞台に共に上がったのだから流石に忘れない。

   ・・・などと考えていた所でビアンカは我に返る。
   今はそんな事を考えている場合では無く、この居心地の悪い空間をどうするかだ。

「(このままじゃとても耐えられそうにないし……よしっ!)
 あ、あの……」

   意を決して口を挟むビアンカ。

「「なに?」」

「なんでもないです、ごめんなさい」

   即撃沈。

   二人の鋭すぎる視線につい謝ってしまった。
   しかし、少なくともデボラの興味を引く事には成功したらしい。

「……アナタ、だれ?」

「え、私?
 ビアンカよ……って、あなたも!?」

   ビアンカは、デボラまで自分の事を覚えてないとは思わなかった。
   自分では分からないのだが、実は影が薄いのだろうかと不安になってしまう。

「ああ、アナタがそうだったの。
 ちょうどよかったわ。
 わたし、あなたに会いに来たのよ」

「なんで会いに来た相手の顔を知らないんだよ」

「黙りなさい」

   仁のツッコミを一刀両断し、デボラはビアンカを連れて仁から離れていく。

「お、おい!」

「アンタはそこで待ってなさい」

   デボラはそう言い残し、仁に話が聞こえない程度の距離を取ってビアンカと話を始めた。



   デボラとビアンカが話している間、仁は所在無げにたたずんでいた。

「(なんでビアンカに会いに来たんだ?)」

   ゲームには無い展開に、仁の頭は混乱しきっていた。
   一体、何をするつもりなのだろう?

「(まさかビアンカも連れて行くのか?)」

   大魔王を倒しにでも行くつもりだろうか?
   後は、最前列の壁役と回復担当がいれば立派なパーティーの出来上がりだ。



   暫くしてデボラだけが戻って来る。
   ビアンカは何か用事でもあるのか、どこかへ行ってしまった。

   戻って来たデボラは一言だけ、

「手土産を持ってきたから運びなさい」

「は?」

   そう言って、仁を困惑させた。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第02話「どの花嫁を選ぶか、決め手はやっぱり髪の毛の色か?」















「そうなのよ~。
 フローラは家の外じゃカンペキそうに見えるだろうけど~、あれで意外と抜けててね~」

「そうだったんですかぁ。
 リュカもぉ、今じゃ少しは逞しくなってたかもしれないですけどぉ、子供の頃は本当に泣き虫でぇ」

「ホントにいぃ~?」

「そうなんですよぉ。
 レヌール城のおばけ退治に行った時なんてぇ、私の背中にずっと隠れてたんですからぁ」

「…………はぁ」

   顔を真っ赤にして、どんどん自分のグラスを空にしていくデボラとビアンカに対し、顔を赤くしながらも、飲みながら溜め息をつく仁。


   ここはビアンカの家。
   日暮れ前に始まった宴会は今なお続き、日が落ちてから随分と時間が経っている。


「(なんでこんなことになってるんだろう?)」

   仁はそんな事を考えながらも、思考がその先に行かない事に気付いていた。
   やたらと度数の強そうな酒が喉を通っていくたびに、思考力が加速度的に落ちてきているのを実感する。
   飲むのをやめればいい話だが、既にその判断が出来る状態では無い。



  ~ 数時間前 ~
     
   仁が馬車に積んであった大量の酒瓶を家に運び終わった頃には、テーブルの上には大量の料理が並べられていた。
   デボラは既にテーブルに着いていて、仁に遅いと文句を言っている。
   仁がデボラに対して軽く殺意を覚えた所で、ビアンカが料理を持ってやって来ると、アンディに早く席に着くように促す。
   仁が席に着くと、デボラはアンディが運んできた酒を開けていて、アンディの目の前のグラスになみなみと注いで一言、「それじゃ、かけつけ三杯ね」
   仁は文句を言おうとしたが、その前に酒を無理矢理流し込まれ、気が付くと冷静な判断力を失っていた。

  ~ 回想終了 ~



   仁は何とか宴会を抜け出し、台所で水を飲んでいた。
   家人に許可を得てはいないが、今のビアンカに話が通じるとは思えないので仕方ないだろう、多分。

「んぐっ、んぐっ、んぐっ…………ふうっ」

   冷たい水が体に染み渡るようだ。
   仁の頭は少しだけクリアになっていく。

「(いつまで飲み続けるつもりなんだ、あの二人)」

   部屋を隔ててなお聞こえてくる笑い声に、クリアになった頭がまた痛くなってきた。

「(訳がわからないけど、なんか意気投合してるし)」

   宴会中、二人の話は尽きる事が無かった。
   仁の今の状況、フローラの事、リュカ(ようやく主人公の名前が判明)の事、お互いの事・・・・・。
   話が一回りした後はフローラとリュカの話に戻っていた。
   半分愚痴のような話を、今も延々と続けているのだろう。

「(振られた男女が三人集まってやけ酒かぁ……なんだかなあ)」


“ガチャッ”


   椅子に座って仁が酔いを覚ましていると、ドアが開く音がして中年の男が入ってきた。

「その様子だと、ずいぶんと飲んだようだね」

   頬の痩せこけた男は親しげに話し掛けてくるが、仁はその男との面識が無い。
   もっとも、誰かは分かっている。

   仁は立ち上がろうとしたが、男は手で制した。

「座ったままで構わないよ」

「ビアンカさんのお父さん、ですよね?」

「ああ。
 ダンカンだ、はじめまして」

「はい。
 はじめまして、アンディと言います」

   ダンカンはゆっくりと仁に近付き、向かいの席に座る。

「騒がしくしてすみません。
 それと、勝手に水を飲んだりしたことも」

「いや、いいんだよ。
 それよりも、君とあのお嬢さんには礼を言わなくてはいけないな。
 本当にありがとう」

「???」

   突然頭を下げるダンカンに、仁はどうしていいか分からず固まってしまった。
   失礼な真似をしているのはこちら側なので、頭を下げられる理由が全く分からない。

「娘があんなにも楽しそうに笑うのは久しぶりのことなんだ」

   頭を上げたダンカンは、とても穏やかな顔をしていた。
   その顔はまさしく、娘を思う親の顔だ。

「そうなんですか?」

「ああ。
 リュカの結婚式の後、帰ってきた娘は沈んで見えたんだよ。
 元気そうに振舞ってはいるが、ここ最近ぼんやりしていることが多くてね」

「は、はあ……」

「本来ならわたしが元気付けてやりたいんだが、あいにくこのありさまでね。
 なるべく心配をかけないようにするのが精一杯なんだ」

「どこか悪いところでも?」

   ダンカンの体調が悪い事は知っていたが、仁は一応聞いておいた。
   原因までは知らないので、100%演技という訳では無い。

「まあ、大したことはないんだよ。
 この村に越して来て、毎日温泉に浸かっているお陰でよくなってきている。
 以前は寝たきりだったが、最近では一人で散歩ができるぐらいにはなってきたしね」

「そうですか。
 それはなによりです」

「今日、君達が来て、ああしてビアンカが声を上げて笑っていると……思うんだ」

   先程まで穏やかだったダンカンの表情に陰りが見える。

「あの子は、このままでいいのだろうか?」

「……」

   仁は答えられなかった。
   少なくとも、他人が口を出していい問題では無い気がする。

「娘はまだ若く、この先いろんな道を選ぶことができる。
 それなのに、このままわたしの世話をし続けて一生を終わらせるのはどうかと思ってるんだよ」

「それはそれで、りっぱなのではないでしょうか?」

「かもしれない。
 でも、それに甘えていてはいけない気がするんだよ。
 あの子には、あの子が望む生き方をしてほしいんだ」



   

  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽   





   見上げると、満天の星空が広がっている。

「ふう」

   仁は一人、温泉に浸かっていた。
   話が終わった後、ダンカンに是非にと言われ、せっかくの厚意を受ける事にしたのだ。
   どうやら混浴のようだが、幸い温泉を利用している人は仁一人なので十二分に温泉を満喫している。

「あんまり覚えてなかったんだけど、やたらとかっこいいな、あの人」

   仁にとって、ダンカンというのはビアンカの父親というだけの認識しか無かった。
   ゲームのキャラクターでは無く、ここでは現実の存在という事なのだろう。

「ビアンカか……」

   仁は曖昧な記憶を掘り起こしていった。
   たしか青年時代後半になっても独身で、山奥の村に住んでいた筈だ。
   その時にダンカンがどうなっているかは覚えてないが、ビアンカの物語は花嫁に選ばれなかった時点で終わっている。
   選ばれなかった場合にアンディと結婚する事になるフローラとは雲泥の違いだ。



   暫くして、仁は自分が不必要な事に頭を悩ませているのに気付いた。
   そんな事をほぼ初対面の人間があれこれ考えるのは、控えめに言っても大きなお世話だ。

「ていうか、そもそもビアンカの将来を考えている余裕なんかないんだよな、俺には」

「あら、あれだけ妹のことが好きだったのに、もうあのコに乗り換えるつもりなの?
 終わってるわね、人として」

「え?」

“ゴンッ!!!!!”

   振り返ると同時に、仁は頭に強烈な衝撃を受けた。

「つうぅぅぅぅっ……」

   頭を抑え、涙目になる仁。

「なに見ようとしてるのよ、このスケベ。
 今度はホントに殺すわよ」

「お、お前……いくらなんでも今のは反則だろ……」

   声がする方を見ずに答える仁。
   目の前には木の桶が浮かんでいた。
   どうやらデボラはこれを投げつけたらしい。

“ちゃぷ・・・”

「お、おい!!」

   デボラが温泉に入るような音が聞こえて慌てる仁。
   今のデボラは裸なのだろうか?
   振り返って確かめるほどの度胸は無いため、今の仁にはじっとしている事しか出来ない。

「なんで入ってくるんだよ!?」

「入っちゃいけない理由でもあるの?
 ここはアンタの温泉?」

「そうじゃなくて、俺が出た後に入ればいいだろ」

「なんでこのわたしがアンタの都合に合わせなきゃならないのよ」

「~~~~~」

   どうやら何を言っても無駄らしい。



   暫く無言の時間が続き、数分後にデボラが口を開いた。

「あのビアンカってコ、いいコね」

「ん、ああ……そうなのか?」

   背後にいるであろうデボラに向かって適当に受け答えをする仁。
   長時間入っていてのぼせてきたのか、口を開くのも億劫になっていた。

「ええ。
 アンタが好きになるのもわかるわ」

「だから違うって」  

「あのコの将来について考えてたんでしょ?
 いいじゃない。
 ここを旅のゴールにして、あのコと一緒にここで暮らしたら?」

「さっき彼女の父親のダンカンさんと話したんだ。
 自分が娘の重荷になってるんじゃないかって言ってた。
 もっと別の生き方があるんじゃないかって、ずいぶん悩んでるみたいだったよ」

「ふ~ん」
 
「で、彼女も誘うのか?」

「……気付いてたの?」

   デボラの声のトーンが、先程までとは違って少し重くなる。

「まさか。
 もしかしたらってぐらいだよ。
 最初から誘うつもりだったのか?」 

「いいえ。
 一緒に飲んでみて、気に入ったら誘おうかなってぐらいの気持ちだったわ。
 もし気に入らなかったとしても、この村には温泉があるから無駄足にはならないし」

「そっか。
 ……で、もう誘ったのか?」

「さっき誘ったわ。
 すぐには答えられないって言われたけど」

「そりゃそうだろうな。
 いくら元気になってきたとはいえ、親父さんを一人にするのは抵抗があるんだろう」

「かもしれないわね。
 別に、それならそれでかまわないわ」

「俺は微妙だな。
 お前と二人旅なんて息が詰まりそうだ」 

「えっ!?」

“ザバァッ”

   デボラは驚きのあまり立ち上がってしまった。
   そして、すぐに冷静さを取り戻して湯に浸かる。

「立ち上がるなよ。
 振り向きたくなるだろ」

「そんな度胸ないくせに、このヘタレ」

「ま、これでも命は惜しいからな」

「……」

「……」


   再び無言の時が流れる。


「……ねえ」

   沈黙を破ったのは、またしてもデボラからだった。

「ん?」

「どうして行く気になったのよ?」

「この村に着くまでずっと考えてた。
 ……んで、わかったんだ」

「なにを?」

   仁は夜空を見上げる。

「どうすればいいか、どうしたいかなんて、とっくに答えは出てたんだってこと」

「……」

「結局の所、動き出すきっかけを探してたんだ。
 待ってたって言ったほうがいいかもしれない。
 お前の言った通りだったな」

「なさけないのね」

「かもな。
 んじゃ、今度は俺の番。
 どうして俺を誘った?」

「?
 前に言ったでしょ、アンタがヒマそうだったからよ」

「それだけってことはないだろ。
 どう考えたって、俺はこの先……少なくとも当分の間は足手まといにしかならない」

「……」

「以前の俺がどうだったか知らないが、今の俺は喧嘩一つした覚えがないんだ。
 道中、魔物が襲ってくるような旅の役に立つとは思えない」

「そうね」

「だから気になってたんだ。
 どうして俺を?」

「なら、アンタはなんで一緒に行こうと思ったの?
 危険なのはわかってるのに」

「前に進みたいと思ったから。
 危険が伴うのは覚悟の上だ。
 足手まといなのは、いずれ返上できるように努力すればいい。
 それでも駄目なら、取り返しのつかない迷惑をかける前に別れるだけだ」

「そ。
 でも、今の時点で足手まといだってわかってるなら、少しはわたしに遠慮したら?
 わたしの機嫌を損ねたらマズイんじゃない?」

「冗談。
 お前の機嫌を伺ってゴマをするようなヤツと、お前は一緒に旅をしたいとは思わないだろ?」

   仁は楽しそうな笑みを浮かべていた。
   背後にいて分からないが、おそらくデボラも笑っているように仁は感じた。

“ザバッ”

「おい。
 まだ答えを聞いてない」

「あのビアンカってコと同じよ」

   温泉から出て、脱衣所に向かうデボラ。
   扉に手を掛けた所で後ろを振り向き、律儀に背中を見せたままの仁に向かって、

「なんとなく気に入った、ただそれだけ」

   そう言って、脱衣所に消えていった。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   仁とデボラは次の日も村で体を休め、村に着いてから三日目の朝、いよいよ出発の日を迎えた。


   二人は今、村で仕入れた水や食料の確認をしている。

「準備はできたの?」

「もう少し。
 ていうか、本当に俺が御者やるのか?
 昨日は暇だったんで少し練習したけど、正直まだ危ないと思う」

「情けないこと言ってるんじゃないわよ。
 やってみなきゃわからないでしょ。
 それに、このコはアンタと違って頭がよくて大人しいんだから、アンタがよっぽどヘマをしない限り大丈夫よ」

   そう言って、デボラは馬のたてがみを優しく撫でた。
   撫でられた方は、嬉しそうな声を上げて鳴いている。

「だといいけど。
 ああ、そういえば聞くの忘れてた」

「なに?」

「俺の分の金ってどうなってるんだ?
 お前に拉致されてそのまま来たから、俺は無一文なんだが」

   今すぐ払えと言われてもどうしようもないが、元社会人としてはっきりさせておかなければいけない。

「ああ、それなら……」

   デボラは馬車の中を調べ出し、一つの皮袋を取り出した。
   ずっしりと重そうなそれを仁に手渡し、

「これがアンタの全財産。
 この村に滞在中にかかったお金は引いてあるから」

「だれもそんなこと言ってなかったが、以前の俺は売れっ子の吟遊詩人だったのか?」

   随分と重量のある皮袋に仁は軽く引いていた。
   幾ら入っているかは分からないが、間違いなく大金だ。

「そんなわけないでしょ。
 その中には大体10000Gぐらい入っているけど、アンタの部屋にあった財布に入ってたお金は500Gぐらいよ」

「どういうことだ?」

「アンタのご両親にね、渡してやってくれって頼まれたのよ」

「なんでそんなことを……。
 一月しか暮らしてないけど、裕福な家じゃないだろ、あの家」

「そうね。
 少なくとも簡単に出せるような金額じゃないわ」

「どういうつもりなんだ?」

   仁はアンディの両親の行動の意図が分からなかった。
   一緒に暮らしていたものの、正直言って心を開いていたとは言いがたい。

「記憶をなくして精神的に不安定な自分達の息子が危険な旅をするんだから、少しでも助けになればとでも思ったんじゃない?
 もしくは……」

   デボラはここで言葉を切り、にやりと笑って仁に告げる。

「この金をやるから、もう二度と帰ってくるなって意味かもね」

「!!!」

   確かにその通りかもしれない。
   他人を見るような目を自分の子供から向けられれば、耐えられなくなったとしても不思議は無い。

「で、どうする?」

   デボラは楽しそうな声で仁に尋ねた。
   その目は、仁が何と答えるかを期待している目だ。

「そうだな……」

   仁は目を閉じて考える。

   不満や文句などあろう筈が無い。
   仁にとってあの二人は赤の他人で、この一月の間、本当に親切にしてもらったのだ。
   その二人に対して壁を作って接していた自分は、まさに恩を仇で返すような行動しか取っていない。
   なら、あの二人がどんな意図を持ってこの大金を持たせてくれたのかなど些細な事だ。
   どちらであろうと構わない。
   出来る事は、ただ一つ。

   仁は目を開き、迷いの無い目でデボラを見返した。
   そして、皮袋を持っている手に力を込める。

「いつか必ず帰る。
 この金は、その時に十倍にして返してみせる」

「ふふっ」

   デボラは何も言わず、ただ笑っていた。
   どうやら、仁の出した答えに満足したらしい。



   暫くして、旅立つ準備が整った。



   御者台に座る仁は、馬車の中でじっとしているデボラに声を掛ける。

「もう出していいのか?」

「…………ええ」

   少し迷いを見せたデボラだったが、すぐにその迷いを断ち切った。
   これがビアンカの出した答えなのだろう。

「わかった。
 それじゃ、行くか」

   仁が手綱を引こうとした、その時・・・・・


「待って!!!!!」


   声が聞こえてきた。
   仁とデボラは即座に馬車を飛び降りる。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

   二人の視線の先には、息を切らして走ってくるビアンカの姿が見えた。
   旅支度を整えた格好をしていて、肩に重そうな荷物を担いでいる。



   ビアンカは二人の傍まで走ってきた所で立ち止まり、荷物を降ろす。
   頭を下げ、胸に手を当てて乱れた息を整えていると、横に置いた荷物が宙に浮いた。

「え!?」

   ビアンカが顔を上げると、仁が荷物を持ち上げていた。
   そしてそのまま、何も言わずにビアンカの荷物を馬車に運んでいる。

「あ、あのっ、私……」

「なにしてるの?」

   声は馬車の中から聞こえてきた。
   デボラが何時の間にか馬車の中に入っていて、努めて平静な声を保とうとしている。
   耳が赤くなっている事に、本人は気付いてないだろう。

「さっさとしなさい。
 もたもたしてると置いてくわよ」

   そう言って、デボラは奥に引っ込んでしまう。
   これ以上話す事は無いらしい。

「え、あ、あの……」

「あれのことは気にしなくていいんじゃないか。
 口と態度と性格が悪いだけだから」

「聞こえてるわよ。
 ていうか、あれってなによ?」

「聞こえるように言ったからな。
 あれが嫌なら、これとかそれのほうがいいのか?」

   仁は軽口をたたきながら、馬車の中にビアンカの荷物を置く。
   そして、未だに戸惑っている様子のビアンカに手を差し出し、

「じゃ、行こうか」

「あ…………うんっ!」

   差し出された手をしっかりと握るビアンカ。
   ビアンカが馬車に乗り込み、今度こそ本当に準備は整った。





「悪いんだけど、地図を見ててくれないか?」

「ええ、いいわよ」

「それと、ビアンカさんは料理って得意?
 もしよかったら後で教えて欲しい」

「それはいいけど、今までアンディさんが作ってたの?
 珍しいのね、男の人が料理できるなんて」

「ソイツの性格に似て、おおざっぱでイマイチだったけどね」

「うるさい。
 料理っていっても簡単なものしか作れないよ。
 それにどうも味付けが苦手みたいで」

「目分量でやってるからじゃない?
 慣れないうちはちゃんと量ったほうがいいわよ」

「(いや、おそらく見たことがない調味料ばっかりだからだな。
  砂糖と塩はあったけど、精製があまくて入れるたびに味が変わるし)」

「でも、これからは私がやるから大丈夫よ。
 宿屋を経営していた両親の手伝いで子供の頃から料理はしていて、けっこう得意なんだから」

「そのうち交代制にしようとは思うけど、俺は戦闘で役に立てないから当分はいい」

「アンディさん、でも……」

「アンディでいい」

「それじゃあ、私もビアンカで」



   三人とも、それぞれの思いを秘めてこの旅に臨む。



   ビアンカは・・・今の自分を変えたい。

   十年越しの想いは叶わず、そうなって初めて自分がどれだけリュカの事が好きだったのかに気付いた。
   村に帰ってきてからというもの、リュカの事を考えて眠れなかった日は多い。
   人前ではいつも通りに振舞っているつもりだが、本当に自分は笑えていたのだろうか?
   そもそも、いつも通りの自分とは一体どういう人間だったのだろうか?
   考えれば考えるほど分からなくなってくる。

   この旅はいいきっかけになるのかもしれない。
   弱い自分を変える、きっかけに。



   デボラは・・・何でもいい、確かなものを見付けたい。

   これまで自由に生きてきた。   
   欲しいと思えば手に入る家に生まれて、今まで我慢などした事が無い。
   妹とは違って親の期待に応える事もせず、我を通し続けて来た。
   そんな生き方に疑問を持ったのはつい最近の事だ。
   きっかけは、リュカに求婚を断られた事に起因するが、それそのものはどうでもいい。

   結婚式の時に見た妹の顔。
   初めて・・・妹を羨ましいと思った。
   自分が持ってない何かを、妹は手に入れたのだと感じた。
   そして、妹は既に多くのものを持っているのだろう。
   形の無い何かを。

   この旅の中で見つけたい。
   今はまだそれが何なのか分からないが、自分だけの何かを。



   仁は・・・他の二人と違って目的が無い。

   何故、自分はここにいるのだろうか?
   何故、自分はアンディとして生きているのだろうか?
   仁にとって、現状は分からない事だらけだ。
   元の世界に帰れるのか?
   帰る方法を探すには少なからず危険が伴う。
   現代日本に生きてきた身としては、命のやり取りが出来るかどうか、自信が全く無いのだ。
   元の世界での人生が嫌だった訳では無いが、文字通り命がけででも帰りたいかと言われると、即座に頷く事は出来ない。

   なら、何をしよう?
   何を目的にしよう?
   その答えは、ようやく出た。

   とにかく動きながら考えよう。
   目的を見つける事を、目的にして。





「……わたしの時とずいぶん態度が違わない?」

「最初は敬意を払ってたぞ」

「じゃあ、どうして今はそんなにぞんざいな態度を取ってるのよ?」

「さあ?」

「ケンカ売ってる?」

「馬の気を引くのに夢中で、そんな暇ある訳ないっての」

「……ねぇ、二人はいつもこんなふうに喧嘩してるの?」










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 まず初めに、感想ありがとうございます。

 デボラの性格に関しては、けっこう悩みどころです。
いい人すぎるのは違うような気がするし、かといって悪い人ではありません。
今後変わっていきますが、ワガママな所を完全に消さないようにはしようと思います。

 リュカサイドの話はもう少ししたら出てきます。 


 両親から貰った10000G。
どれぐらいの額にするか悩みました。
武器防具だけではなく、生活費や船に乗るための費用など、色々かかるだろうと思って多めにしました。
とりあえずは、暫く普段の生活費に困ることはないぐらいの扱いで十分です。

 この話もそうですが、これ以降も仁とアンディの書き分けが微妙で分かりづらいかもしれません。
仁はアンディとして生きているので、他の人間から見ればアンディです。
でも、仁は自分が仁であることを捨てた訳ではないので、基本的に地の文では仁としています。
また、以前のアンディについて書く時には当然アンディと書くので、けっこうややこしいです。
書いてる方もたまにこんがらかってしまうので、書き分けが出来てないかもしれません。


 最後に・・・
正直、三人とも戦力としては厳しいです。
仲間になるのは暗黒世界に行く寸前なので、今さらレベルを上げるというのも面倒です。
こだわりがなければ、あえて使う必要はない気がします。
フローラかデボラなら神秘の鎧が手に入るので、どちらかといえば二人の方がいいかもしれません。

初プレイの人が、SFC版でフローラを、DS版でデボラを選ぶのはなかなか勇気がいる選択です。
というか、いくら新要素を増やそうと思ったからってよく三人目を出したものです。
隠しダンジョンや隠しボスでも増やしてくれればよかったのに・・・。







[16328] 第03話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:050336d6
Date: 2010/02/13 23:55




   三人の旅が始まった。


   洞窟を通って北上し、迷路のように入り組んだルラフェンで一旦休息を取る。
   その後、東に向かって港町のポートセルミへ。
   そこから船に乗ってビスタの港に。
   そして、山越えを避けて大きく迂回し、カジノで有名なオラクルベリーに向けて旅を続けた。

   途中、ビアンカが子供の頃に住んでいたアルカパの町に立ち寄った。
   ビアンカは子供の頃の思い出がよみがえってきて嬉しそうな顔をしていたが、今では人手に渡った宿屋を見た時には、少しだけ複雑そうな表情を覗かせていた。

   そして、旅を始めてから約三ヶ月。
   ようやく三人はオラクルベリーに到着した。

   この町を訪れた理由はただ一つ。
   仁に戦闘の経験を積ませるためだ。
   そのために、比較的弱い魔物しか出ないこの町を選んだのだ。
   スライムあたりならば死の危険は少なく、もし危険な場合はデボラとビアンカが助ければいい。

   何の問題も無い・・・・・そう思っていたのだ、当初は。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





「……やっぱり駄目か」

   仁は肩を落とし、武器屋の店主に勧められたブーメランを返した。
   無理そうなのは何となく分かっていたが、それでも一縷の望みを期待していただけにショックだった。

「…………」

   落胆する仁とは違い、店主は何も言えずにいた。
   店主はここまで才能が無い人間を初めて見たので、何と言っていいのか分からないのだ。

「あの、この他には……」

   縋るような目をする仁に対し、店主はすまなそうに首を振りながら、

「申し訳ありませんが、今お客さんにお渡しした物で、ウチで扱っている武器は最後になります」

「そうですか……」

「この町に来るまでにも、様々な店で試されたそうですね?」

   もはや買ってくれる事を期待できないのは分かったのだが、店主は少しでも手助けになればと思って話を続けた。
   酷く落ち込んでる様子の仁を見て、流石に可哀想に思ったのだ。

「はい」

   仁は、旅の途中に立ち寄った町の武器屋で装備出来るか試させてもらった武器の名前を店主に告げる。
   剣・ナイフ・棍棒・杖・斧・槌・爪・鞭・槍・・・・。
   恐らく、この世界に存在する武器の全系統を試した事になる。

「そうですか……。
 ですと、おそらくは……」

「いえ、いいんです。
 色々と親切にしてもらってありがとうございました」

   店主が言いにくそうにしているのを見て、仁は先に頭を下げた。
   これ以上は、店主に迷惑を掛けるだけだろう。
   もう一度大きく頭を下げ、仁は武器屋を後にした。



   ・・・もう、認めざるをえないのかもしれない。

「(俺には、装備できる武器が……ない?)」





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   日が暮れ、三人が宿泊している宿屋の女性陣の部屋にて。


「それで、どうだったの?」

「……だめだったみたい」

   ベッドに寝そべりながら観光案内のパンフレットを適当に眺めていたデボラに、ビアンカはゆっくりと首を振る。
   先程、ビアンカは宿屋に戻った仁の部屋を訪れたのだが、部屋から芳しくない答えが返ってくるだけだった。

「多分、使える武器はないんじゃないかって」

「……ふ~ん」

「ふ~んって。
 それだけ?」

「ええ。
 それが?」

「それがって…………もう」

   デボラの淡白な態度に不満気なビアンカ。

   だが、それはビアンカの勘違いだ。
   注意深く観察してみれば、デボラが先程からパンフレットの目次ページをずっと見続けている事に気付く筈だ。
   かれこれ十分以上・・・・・何だかんだで気になってはいるのだ。

「でも、不思議よね」

「なにが?」

「アンディのことよ。
 装備できる武器が一つもないなんて人の話、聞いたことがないわ」

「……そうね」

   デボラの眉が僅かに上がった。
   その事はデボラも気になっていた。

「使いこなせるかどうかは別にして、装備するだけなら一つや二つはだれにでもあるはずよ」

「アイツ、防具は装備できるのに」

「うん。
 それなのに、武器だけ駄目なのよね」

「ならやっぱり……」

   デボラは体を起こし、ビアンカの目を見る。

「壊れたのは、記憶だけじゃなかったってことなんじゃない?」

「そ、それは……」

   ビアンカは言葉に詰まってしまう。

   アンディが記憶を失っていると聞いて、ビアンカも初めは驚いた。
   だが、アンディとの付き合いが圧倒的に短いため、次第に気にならなくなっていたのだ。
   今となっては、記憶を失った後のアンディの方が一緒にいる時間が長い。
   記憶を失って別人のように変わってしまったアンディというよりも、アンディという名前の初対面の人というふうに捉えている。
   ・・・・・まぁ、真実は正にその通りなのだが。

「アイツ、呪文を使う才能もないのよね」

「そっちも変だと思う。
 彼、間違いなく魔力はあるわ」

「なのに、使える呪文が一つもない」

   手詰まりの状況に、二人は揃って溜め息をつく。
   武器が使えず、呪文も無理。
   なら、一体どうすればいいのだろう?

「私、人に教えられるほど勉強した訳じゃないし、ちゃんと勉強した人に頼んでみたらどうかな?」

「ムダよ。
 今日、町外れに住んでる有名らしい魔法使いのおばあさんに聞いてみたけど、無理だって言われたわ」

「え?」

   ビアンカは目を見開いて驚く。
   何故?

「呪文を唱えるには魔力が必要。
 だから、魔力を持たない者に呪文は使えない。
 ただ、裏を返せば魔力を持つ者ならだれでも呪文を使えることになる」


   自分がどの呪文を使う事が出来るかは、全系統の初級呪文を唱えてみればいい。
   呪文書を読み、詠唱さえすれば使える使えないがはっきりするのだ。
   詠唱してみて不完全な結果しか出なければ、その者にはその呪文を唱えるだけの力量・経験・才能のいずれかが足りてないという事になる。
   発動しなければ、その系統の呪文を扱う才能が無いという事だ。

   例えばビアンカの場合。
   子供の頃にビアンカが攻撃系呪文を試した時、メラとギラのみ不完全ながら発動した。
   そしてその後、リュカと冒険中に完全なメラを唱える事が出来た。
   今では経験を積んでギラも唱える事が出来るが、子供の頃に試してみて発動すらしなかった呪文・・・例えばイオ系やヒャド系は今も全く使えないのだ。
   どの系統の呪文を使えるかは人それぞれで、攻撃・回復・補助とバランスよく使える者もいれば、補助のみという者もいる。
   しかし、魔力を持ちながら何一つ呪文が使えないというのは、普通ありえない事なのだ。


「やっぱり、どこか傷ついてしまったのかもね。
 治らないぐらいに深く……」

「……なんで?」

「なんでって、詳しいことはわからないわよ。
 神様に嫌われちゃったんじゃない?」

「そうじゃなくて……」

   ビアンカの意図が読めずに困惑気味のデボラに対し、ビアンカは大きく首を振る。
   ・・・口元にうっすらと笑みを浮かべながら。


「どうして、今日は一日中カジノで遊んでたはずのあなたが、魔法使いのお婆さんに会いに行ってたの?」

   町に着いたのは夕方。
   宿屋で一泊して次の日の今日、三人は別行動を取っていた。

   ビアンカはアンディの事が気になったものの、一人で大丈夫だと言われてついて行く事はやめた。
   次にデボラに予定を聞いた所、カジノに入り浸るつもりとの事でこちらにもついて行かなかった。
   そこで、以前リュカから聞いたモンスターじいさんという人に会いに行き、色々と面白い話を聞いたり改心した魔物を見たりして、それなりに有意義な一日を過ごしたのだ。


「っっ!?」

   あからさまに、しまったという顔をするデボラ。
   そしてすぐさま、ベッドに潜り込んでしまう。

「ね~、どうしてだろう?」

   笑顔で追い討ちをかけるビアンカ。
   三ヶ月も一緒にいるせいか、遠慮も無くなっているようだ。

「……」

「どうしてかな、ね?」

「…………」

   無言の抵抗を続けるデボラ。
   だが、デボラはどちらかといえば気が短い方だ。

「もう、ずるいなぁ。
 私だってアンディのこと心配してるのよ。
 言ってくれれば私も……」

“バサッ!!”

「いたっ!?」

   楽しそうなビアンカの顔を、デボラが投げたパンフレットが襲った。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第03話「オラクルベリーでカジノをするな!パパスの剣があんまりだ」















   翌日、仁は当ても無く町の中を歩いていた。


「……」

   厳しい顔つきの仁。
   行き交う人々は、どうせカジノで大敗したとでも思っているのだろう。
   この町では、そういった表情をしている人は珍しくない。
   大勝して笑いが止まらない人などごく僅かだ。

「……ふぅ」

   仁は大きく溜め息をついた。
   もう何度目か、数えるのも馬鹿らしい。
   それでも、溜め息をつかずにはいられなかった。

「(まだなにもしてないってのに、もう終わりなのか?)」

   正直、打つ手が無い。
   武器が装備出来ず、呪文も使えないなら戦闘で役に立てないのは目に見えている。

「(賢者の石と戦いのドラムがあればいいんだけど、いくらなんでも無理だよなぁ)」

   この二つがあれば後方支援で役立てるが、どちらも手に入れるには難易度が高すぎる。
   賢者の石はストーリー後半のイベントで手に入れる事が出来、戦いのドラムは隠しダンジョンでやっと入手出来る代物だ。
   隠しダンジョンに挑めるぐらいなら、これほど悩む必要は無い。

「(村を出た当初は、カジノで荒稼ぎしてグリンガムの鞭を二本ゲットしようなんて皮算用を立ててたんだが……)」

   そんな事を考えている場合では無くなっていた。
   所詮は皮算用という事か。
   ・・・・・セーブ&ロードが出来ない以上、どうせカジノに行っても尻込みする事になるだけだろうが。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   暫く歩き回った仁は、やがて公園のような場所に辿り着いた。
   公園といってもそこはオラクルベリー・・・自然が多い場所でも煌びやかな印象を受けるのは気のせいでは無い。
   子供の姿はあまり見かけず、カップルを多く見かけるのは土地柄ゆえか。


   仁は露天で飲み物を買い、空いていたベンチに腰掛ける。
   一口飲むと不思議な甘味が口に広がり、仁は顔をしかめた。
   やはりまだ、この世界の味には慣れていないようだ。

「(にしても、うまくできてるというか、なんというか……)」

   仁は、ここ三ヶ月で理解した世界のシステムに感心していた。



   まず、装備について。
   
   今までの常識で考えたら、よほど重い武具で無い限り装備出来ると仁は思っていた。
   使いこなせるかどうかは別にして、剣や槍を持って振るだけなら誰でも出来るからだ。
   その常識を破壊したのは、前にデボラの毒針を借りた時の事だ。

「(まさか、重くて持てないとは……)」

   あまりの重さに落としてしまったが、装備出来るデボラに言わせると、せいぜい本一冊ぐらいの重さだそうだ。
   驚愕とともに、装備出来るか否かは、こうして判断する事が分かった。

   では、檜の棒や果物ナイフはどうなんだと疑問に思ったが、その答えは簡単に出た。
   なんでも、武器や防具には魔物と対抗出来るように特殊な加工がしてあるそうだ。
   なので、その辺りに生えている檜の枝を折って魔物を叩いても傷一つ付かないらしい。

「(まあ、それもそうだよな。
  デボラの着てるワンピース、キラーパンサーの爪をくらっても少しほつれた程度だったし)」

   数値だけを見れば、シルクワンピースと鋼の鎧は同じ守備力である。



   次に、命について。

   便利に出来ていているもので、薬草を飲むとすぐに傷が治った。
   三人とも回復呪文は使えないが、町で神父に回復呪文を唱えてもらって傷が癒える所も見た。
   ビアンカの吹き飛んだ腕が即座に生えてくる様は絵的に最悪だったが、安心感は抜群だ。

   当たり前の話だが、宿屋に泊まっても怪我は治らない。
   怪我をした場合、薬草を飲むか、教会で神父に回復呪文をかけてもらうしか無いらしい。
   気持ちという名のお布施が必要だが、薬草を買うよりも格安なので、神の加護も随分と良心的だ。

   魔力(ゲーム的にはMP)は使っていけば減っていき、時間の経過とともに回復するらしい。
   残量は感覚的にしか分からないため、気が付くと魔力が尽きているなんていう事態に陥ったりするので注意が必要だそうだ。
   魔力が尽きると意識を失ってしまうというのは、ゲームに無かった設定だ。

   一番大事な、死んだらどうなるかについてだが・・・・・はっきりしない。
   蘇生呪文はザオラル一つしか無く、確実に生き還れる保証は無いそうだ。
   教会で生き還らせてもらう場合も同様で、高ランクの神父であっても成功率はせいぜい五分五分といった所らしい。
   存在自体が幻と言われている世界樹の葉なら確実に生き還る事が出来るそうだが、幻というだけあって売り物では無く、カジノの景品にも存在しなかった。
   
   不安だが、死ねば生き還れないのは当然の事で、それが生き還れないかもしれないに変わっただけでも十分な収穫だ。



   暫く益体も無い事を考えていた仁だったが、公園にやって来たカップルから邪魔だと言わんばかりの視線で睨まれたため、再び目的も無く歩く事にした。

   そろそろ、日が暮れる時間だ。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   歩き始めて暫く経った頃、背後から仁を呼び止める声が聞こえてきた。


「アンディ!!」

   仁が後ろを振り向くと、ちょうどビアンカが近付いてきた。
   仁は、ビアンカの呼吸が落ち着くまで待ってから声をかける。

「なにかあった?」

「うん……。
 えっと、その……ね」

   ビアンカの様子がおかしい。
   視線を逸らし、ちらちらと仁を見ては、すぐに視線を外す。

「?」

   挙動不審な様子のビアンカに、仁は不思議そうに首をかしげる。
   どうやら何事かあったらしいが、話しにくい事なのだろうか?

「なにか大事な用なら、宿に戻ってから聞くけど?」

   仁としては無難な提案をしたつもりだが、ビアンカにとってはそれでは駄目らしい。

   ビアンカは意を決したのか、真剣な表情でアンディの目を見て、

「その、ね……。
 こういうことって、その……いけないと思うんだ、私」

   たどたどしい様子は消えなかった。
   とはいえ、話はようやく先に進むらしい。

「なにが?」

「男の人はそういう生き物なんだっていうのは、私だってもう子供じゃないんだから……わかってるつもりよ。
 私は同年代の男性の友達ってリュカぐらいしかいないから、ちょっとは疎いかもしれないけど……」

「は!?」

   仁は思わず声を上げてしまった。
   それぐらい、ビアンカの話が予想外だったのだ。

「(なに言ってんだ?)」

「まだ諦めるのは早いんじゃないかな?
 それに……こういう場所は危険が一杯だし、早く離れたほうがいいよ」

「(だから、わけがわから……って、こういう場所?)」

   仁はようやく気が付いた。
   当ても無く歩き回っていたため、ここがどこだか分かってない。

「(別におかしな感じは…………あ)」

   周りを見渡して仁はすぐに気付いた。
   薄暗い通りに立っている仁の進行方向には、これでもかと言わんばかりの桃色空間が広がっている。

「(そうか……。
  カジノで潤っていて大金の動く町なら、こういう場所もあるよな、当然)」

   改めて、仁は行き交う人々に目をやる。
   化粧が濃くて露出度の多い女性と、その女性と腕を組んで鼻の下を伸ばしている中年男性とすれ違った。
   あまりにも分かり易すぎるカップリングに、渇いた笑い声しか出てこない。

「(この世界にも同伴出勤とかあるのかな?)」

   馬鹿な事を考えながら、仁はやっと現状を理解した。


   ここは町の裏通り。
   娼館などが立ち並ぶ、オラクルベリーのもう一つの顔だ。


   全てを理解した仁がビアンカに目を向けると、まだ不明瞭な言葉をつぶやいていた。

「(つまり、装備できる武器が一つもないことに自棄になった俺が、苛立ち紛れに女を買いにきたと思われてるわけだ)」

   分からなかった事が分かったというのに、少しも嬉しくないのは何故だろう?
   確かにそう思われても仕方ないが、誤解は解いておいた方がいい。

   仁が絶賛混乱中のビアンカの両肩に手を置くと、ビアンカは慌てて飛び退いて自らの身体を抱き締める。

「そんな……駄目よ。
 私、あなたのことをそんなふうに見たことないし。
 それに私、やっぱりまだリュカのこと……」

   くねくねと身体を揺らし、頬を赤く染めながら不思議な動きをするビアンカ。
   リュカの事でも考えているのだろうか。

「駄目よリュカ!
 あなたにはフローラさんっていう素晴らしい奥さんがいるんだから、でも……。
 ああっ……私、どうしたらいいの……?」

「ビアンカ、きみ面白すぎ」

   空回りもここまでくると、いっそ清々しい。
   仁としては、このまま暫く眺めているのも悪くないのだが、まずい事に段々人が集まってきた。
   痴話喧嘩を始めたとでも思っているのだろう。

「………はぁ。
 しょうがない」

   仁は妄想中のビアンカの背後にそっと忍び寄ると、その首筋に手刀を一閃。
   数多の魔物を得意の呪文で屠ってきたビアンカも、こうも無防備ではひとたまりも無い。

「キュウ…」

「はい、お休み」

   崩れ落ちたビアンカの身体を抱き上げる仁。
   以前の仁ならば一苦労だったであろう動作も、今ではさほど苦労は無い。
   仁の想像では、アンディはどちらかというと細身のイメージだったが、現代文明に甘やかされていた平均的な現代人と比べれば遥かに高スペックだ。

「はいはーい!
 見世物はこれで終わりです。
 この女性は俺の妹で、飲むといつもこうなる困ったちゃんです…………ってことで一つよろしく」

   仁は野次馬に向けて一方的に告げると、気絶したままのビアンカを抱えて宿屋に戻る事にした。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





「……で、このコを抱きかかえて戻ってきたっていうの?」

「今になってやっと、どうかしてたなって反省してる」

   女性陣の部屋で、仁はデボラに詳しい事情を説明していた。

   ビアンカはベッドで眠っている。
   仁の誤算は、ビアンカの首に手刀が思いのほかクリーンヒットしてしまった事だ。
   特に危険は無いらしいが、デボラの見立てでは、恐らく朝まで起きないだろうという事らしい。
   漫画のようにはいかない事を知り、仁は一つ賢くなった。

「部屋で軽く飲んでたら、下から騒がしい声が聞こえてきてビックリしたわ。
 一階に降りてみたら、アンタがこのコ抱えて面白そうなことしてたし」

   気絶したビアンカを抱きかかえてきた仁を見て、宿屋の主人は不審そうな顔つきを見せたが、デボラも一緒に説明して事無きを得た。

「明日の朝、受付のおばさんに会ったらなんて言われるか」

「昨夜はお楽しみでしたね」

「ふざけんな」

「そう思われたとしても、しかたないんじゃない?
 あんな情熱的なことしたんだから」

「肩に担げばよかったのか?」

「それやってたら確実に捕まってたわよ」

「まあな」

   仁はテーブルの上の水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲む。
   何だかんだで、宿屋までは距離があって疲れたのだ。

「でも、驚いたわね。
 アンタが女買うようなヤツだとは思わなかったわ」

「ブーーーーーーッ!!!!!」

   ちょうど二杯目を口に含んだ所で、仁は盛大に水を吹いた。

   そんな仁に、デボラは冷ややかな目を向ける。

「汚いわね」

「お前……。
 俺の話を聞いてなかったのか?」

   仁はテーブルを拭きながら、ビアンカが眠っているベッドの端に腰掛けるデボラを軽く睨む。
   デボラのにやついた笑みを見て、ビアンカの勘違いを分かっていてわざと言っているのだと仁は確信した。

「わたしはこのコと違ってそこまで止めようとは思わないけど……。
 アンタの持ってるお金は、ほとんどがご両親から頂いたお金でしょ?」

「だから、そんなつもりはなかったっての。
 そんな店があるなんて考えもしなかったし」

「ウソおっしゃい。
 いくら記憶なくしたからって、男はみんな一緒よ」

「……」

   仁は何と言って説明すべきか迷った。
   今デボラに言った事は本心なのだ。
   そもそも、旅を続けられないかもしれない事を考えていて、余計な事を考える余裕が無いのだから。

「(主人公がそういう所に行く感じは想像できないなぁ)」

「ま、からかうのはこのぐらいにして……。
 アンタ、これからどうするつもり?」

「(でも、あれか、ヘンリーが誘ってとかだったら)……ん?」

   くだらない事を考えていた途中、急に現実に引き戻された仁。

「なにか言った?」

「…………ハァ。
 これからどうするつもりなのかって聞いてるのよ」

   デボラは文句の一つも言ってやりたかったが、もう一度同じ事を言った。
   娼館に行った行かないはともかく、アンディがショックを受けている事は確かなのだから。
   話が終わったらぶん殴る決意をして、デボラは何とか耐える事が出来た。

「ああ。
 ……そうだな」

   仁の顔が歪む。
   本当に、どうすればいいのだろう?

「もうあらかたの武器は試してみたんでしょう?」

「ああ」

「それとも、世の中にある全ての武器を試してみる?」

「いや、恐らく結果は変わらない」

   何一つとして武器を装備出来なかった仁に、例えばメタルキングの剣だけ装備出来るような奇跡が起きるだろうか?
   期待するにはあまりに可能性が低く、そして何よりそれまでの間、デボラとビアンカに負担をかけ続ける事に仁は耐えられない。

   この三ヶ月、魔物と対峙して傷を負う二人に対し、何も出来ずに馬車で待機している事は仁にとって苦痛でしかなかった。
   初めのうちは恐怖を感じたが、次第に悔しさの方が大きくなっていった。
   薬草や呪文で傷が治るとはいえ、今の仁にとってはデボラもビアンカも現実に生きている女性なのだ。
   いくら彼女達が強いからといって、いつまでもその背中に隠れていていい訳が無い。

「武器を使っての戦闘は無理。
 で、呪文を使う才能もない……八方塞がりね、これじゃ」

「だな」

   仁は窓際に近付くと、外の景色をぼんやりと眺める。
   町は日が暮れた今でも喧騒に溢れていて、今までに訪れてきた町とはまるで違う。

「考える時が来たってことかな。
 ここを旅のゴールにして、新しい生き方を探す」

「…………そう」

   仁の背中を見ながら、デボラは賛成も反対もしなかった。
   道が塞がっているのなら、別の道を探す事は間違ってない。
   ましてや、一緒に旅をすると常に危険が付き纏うのだから。

「わたし達はもう少しこの町で休んでから、また旅を続けるわ」

「そっか」

   仁は視線を部屋の中に戻し、ベッドに腰掛けているデボラに近付くと手を差し出す。
   喧嘩ばかりしていたが、最後ぐらいはいいだろう。

「今までありがとな。
 お前がいなかったら、ここまで来ることもできなかった」

「…………フン」

   差し出された手を握るデボラ。
   その胸中を、仁にはうかがい知る事が出来なかった。





   その後、仁とデボラは部屋で軽く飲む事にした。





   仁は言葉にする事でようやく気持ちを吹っ切る事が出来た。
   表情の強張りが少しだけ解けてきている。

「んっ…………はぁ」

   身体を伸ばし、深く息をする仁。
   肩を回すと、随分と肩が凝っていた事に気付く。

「にしても、なかなか上手くはいかないもんだな」

「なにもかも上手くいったら、それはそれでつまらないわ」

「そういうもんかね」

   取り留めの無い話をしながら、仁はちびちびと飲み続ける。
   前回とは違い、こうやってゆっくりと飲む方が仁の性には合っている。

「でも、やっぱり期待するって。
 こんな世界に生きてるんだから、奇跡の一つや二つ起きたっていいんじゃないかってさ」

「?
 なに言ってるの?」

「ん……ああ。
 いや、なんでもない」

   うっかり、まずい事を喋ってしまいそうになる仁。
   まだ少量しか飲んでいないのだが、気が抜けてしまったのだろうか。

「まあ、いいけど。
 あんまりバカなこと考えてると、この先ロクなことにならないわよ」

   デボラは聞き流す事にした。
   今日ぐらい、酒のせいにするのも悪くない。

「わかってるって」

「どうかしらね。
 大体、アンタはどこか抜けてるのよ」

「そうか?」

「以前のアンタのことをよく知ってるわけじゃないけど、それでも危機感がなさすぎよ。
 いくら考えごとしてたからって、裏通りでブラブラしてるなんてバカじゃないの?」

「まあ、それについてはなにも言えないけど……。
 でもほら、裏通りなら抜け道の一つぐらいあるかも」

「なんの?」

「人生の」

「アンタねぇ……」

「あっはっはっは!!」

   仁の気分は最高潮。
   ・・・もしかすると、ヤケになっているだけなのかもしれない。

「はは……」

「この先どうするのか、わたしは知らないし興味ないけど。
 ホントにしっかりしなさいよ」

「……」

「どうしようもないなら、サラボナに戻ったっていいんだし…………ん?」

   仁に苦言を呈していたデボラだったが、仁の様子がおかしい事に気付いた。

「……」

   仁は無言のまま、目を見開いて微動だにしていない。
   目の前にいるデボラの事に気付いてないようだ。

「ちょっと、どうし…“ガタンッ!!”…きゃっ!?」

   仁はいきなり立ち上がってデボラを驚かせた。
   あまりの勢いに、仁が座っていた椅子が床に倒れている。
   そして、そのままドアに向けて歩き出す仁。

「どうしたっていうのよ?」

   仁の行動の意図が分からず、戸惑うデボラ。

「ちょっと、行ってくる」

「どこに?」

   仁はデボラの顔を一瞬だけ捉え、

「最後の悪あがき」

   それだけ言って、部屋を出て行った。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   仁は宿を出て、目的地の場所を人から聞き出すのに一時間かかった。


   それからさらに一時間、仁は町中を必死に走っていた。

「はあっ、はあっ、はあっ…………くそっ!」

   既に体力は限界で、身体は悲鳴を上げているが止まる事は無い。
   目的地は近いはず、止まっている暇など無いのだ。

「(なんで俺は忘れていた?)」

   目的地を探しながらも、仁は自分に対しての怒りを常に感じていた。
   それほど、忘れていた事が信じられない。

「(オラクルベリーに裏通り。
  すぐに思い出してもいいはずだ)」

   この町にはあるのだ。
   夜にしか開いていない、通常の店では扱わない物を売る店が。

「(奇跡を期待するようじゃお終いだ。
  それでも……頼む!)」

   何故、仁はここまで祈っているのだろう。
   諦めたのではなかったのか?

「(武器でも、呪文でも、他のなにかでもいい!!
  諦めるにしても、せめてやってみて駄目だってことを痛感させてからにしてくれっ!!)」

   答えは簡単、諦めてなどいないからだ。

   デボラとビアンカにこれ以上迷惑をかけないようにああ言ったが、まだ仁は諦めてない。
   これからは一人で旅を続けるつもりだったのだ。

   その仁の目の前に下りてきた、今にも切れてしまいそうな蜘蛛の糸。
   例えカンダタでなくとも縋らざるをえない。



   そして・・・



「はあっ、はあっ、はあっ…………」

   仁はようやく見つける事が出来た。

   町外れにある、小さな店。
   ホイミスライムの模型が三つ繋がっている感じの不思議なのれんが出迎えてくれる店の看板には、こう書かれている。
   「オラクル屋」と。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   店に入る仁。
   店内には雑多な品物が並び、カウンターには一人の男がいた。

「いらっしゃ……?」

   店主は仁の姿を見て驚いてしまった。
   この店に着くまで時間がかかり、不満そうな顔をする客は大勢いたが、全身汗まみれの客は初めてだ。

「すみません、あの…」

「ちょっと待ってな」

   仁の話を最後まで聞かず、店主は店の奥に引っ込んでしまった。
   そしてすぐに、タオルを持って戻ってくる。

   戻って来た店主は仁にタオルを投げ、

「話を聞く前にまず汗をふきな。
 そのままじゃ風邪ひくぞ」

「え、あ……。
 ありがとうございます」

   素直に礼を言い、仁は汗を拭く。

「焦らなくても、話ならじっくり聞いてやるよ。
 なにかは知らねえが、よっぽどの用なんだろう?」

「はい」

「そんなに汗だくになってまで探して来てくれたんだ、できるかぎり力になってやるさ」

「ありがとうございます」



   仁は汗を拭き、落ち着いた所で自己紹介をしてから店主に事情を話した。

   三人で旅をしている事。
   武器の類が装備出来ず、呪文が使えないという事。
   最悪、旅をやめる選択肢も考えなければならないが、まだ諦めてはいない事。
   なので、他の店には無い商品を扱っているというこの店に、自分でも使える武器か何かを求めて来たのだという事。



   話を聞いた店主は、難しい顔をしながら考え込んでいた。

「なるほどなあ……。
 そいつはたしかに、そこらの武器屋でどうにかなる問題じゃねえな」

「はい。
 なにかありますか?」

「そうだな……」

   そう言って、店主は棚の中から在庫のリストが書いてある紙の束を取り出した。
   そしてそれに、一枚づつ目を通していく。

「今、ウチには戦闘で使えるような武器はねえな。
 ほとんどが鑑賞用で、あとはガラクタばっかりだ」

「ガラクタっていうのは?」

「魔神の金槌にそっくりな肩たたきとか、そんなのだな」

「そうですか」

   仁はがっくりと肩を落とす。
   確かにそれはガラクタだ。

「あとは、そうだな……」

   店主は熱心に店中を探している。
   だが、難しそうな顔つきを見る限り、望みは薄いだろう。



   それから、十分ほど経過。



「あの、もう結構です」

   仁はずっと探し続けている店主を止めた。
   奇跡が起きなかったのは残念だが、まだ全てが終わった訳では無い。
   それを見つける事をこれからの目的にしたっていい。

「……すまねえな、力になってやれなくて」

   店主は手を止め、悔しそうな顔をしている。

「いえ、ありがとうございました」

   仁は頭を下げ、出口に向かう。

「……」

   出口へ向かう仁の後姿を見ながら、店主は自分の無力さを痛感した。

「(情けねえ話だ)」

   この青年は、本当に期待してこの店を訪れたのだろう。
   他のどの店でも駄目で、この店ならばと思ってやって来たのだ。

「(なにかねえか……)」

   店主は必死に考えた。
   このまま帰しては、この店を開いている意味が無い。
   他の店には無い、そんな掘り出し物を扱っている事がこの店の特徴であり、自分にとっての誇りなのだから。

「(しかし、武器が使えないってんじゃあ、どうしようもねえ。
  そもそも、この兄ちゃんは記憶を失うまでは吟遊詩人だったって言ってたし、そんなヤツになにを…………あ!!)」

   思い出した。
   気に入るかどうかは分からないが、少なくとも何もせずに客を帰してしまう事態だけは防げる。


「兄ちゃんっ、ちょっと待ちな!!」


「え?」

   ドアを開け、今まさに店を出ようとした所で仁の足が止まる。
   仁が振り向くと、店主は店の奥から埃まみれの箱のような物を取り出してカウンターの上に置いた。

「こいつを忘れてたぜ。
 役に立つかは分からんが、せっかくだから試してみな」

「これは?」

   カウンターに戻った仁の目に映っている物は、どうやらバイオリンケースのようだ。

   店主がケースに付いている埃を拭くと、重厚な作りの皮製の表面が顔を出した。
   今まで埃だらけだったが、こうして綺麗にすると安物には見えない。

「なんですか、これ?」

「こいつか、こいつはな……」

   店主がそのケースを開けると、中から現れたのは、不思議な威圧感を感じるバイオリンだった。

「バイオリン、ですか?」

「おう。
 記憶を失ってもさすがは元吟遊詩人だな」

「いや、まあ……はい」

   仁はとりあえず相槌を打つ。
   仁が知っていたのは、この世界の楽器と、以前の世界の楽器に差異が無いからだ。
   戦いのドラムは、そもそもその存在自体誰も知られていない。

   それに、

「(バイオリンか…)」

   仁の脳裏に子供時代の思い出が蘇ってくる。
   懐かしく、だが同時に、仁にとっての初めての挫折の思い出でもある。

「あれ?」  

   自然と手が伸び、バイオリンに触れた所で仁は違和感を覚えた。
   指で軽くバイオリンを突くと、通常の木製とは違う感触が返ってきた。

「本体が金属でできてるんですか?」

「さあな。
 オレにも詳しいことはわからん」

「どういうことですか?」

「それについては、コイツの説明をしなきゃならん」


   そして、店主は昔話をするように語り出す。


「オレがコイツを見つけたのは、今から二十年以上も前の話だ。
 商売を始めて日が浅く駆け出しだった頃のオレは、ある町の片隅の小さな店で、さっきみたいに埃を被っていたコイツを見つけた。
 で、ビビっときたわけよ」

「ビビっと?」

「カンだな、商売人としての。
 コイツはきっとすげえお宝に間違いない。
 そう思って、すぐにその店のオヤジに売ってくれるように頼んだんだ……だがな」

「なにかあったんですか?」

「オヤジは売る前にオレに言ったんだ。
 こいつは欠陥品なんだと。
 だから、それでもいいなら売ってやるって」

「欠陥品?」

   改めてバイオリンを眺める仁。
   今にも吸い込まれてしまいそうな美しさを持ち、とても欠陥があるようには見えない。

「音が出ない。
 後で知り合いの吟遊詩人に弾かせてみたがダメだった」

「欠陥品だって知っていて、なんで買ったんですか?」

「言ったろ、ビビっときたって。
 まあとにかく、コイツを買ったオレは、コイツがなんなのか徹底的に調べたんだ」

「わかったんですか?」

「ああ。
 笑うなよ?」

「わらう?
 もちろん、そんなことしません」

「コイツの銘は精霊のゆりかご。
 なんでも、コイツには精霊が宿ってるらしい。
 ま、寝心地はいいだろうな。
 なにしろ音が出ねえんだから」

「精霊…。
 本当なんですか?」

「本当かどうかはオレにはわからん。
 そういう逸話があるって話を聞いただけだ。
 その話を知った時は、俺のカンは正しかったって思ったんだが……いつしかそのカンも間違ってたのかって思うようになった」

「どうしてですか?」

「さっきも言ったが、だれも弾けないんで楽器としては役立たずだ。
 見た目はいたって普通だから、鑑賞用に売ることもできないしな」

「普通?
 こんなに綺麗なのに」

   仁は店主の言葉に耳を疑った。
   精霊が宿ると言われて思わず納得してしまいそうなほど、このバイオリンは仁の心を捉えていた。

「兄ちゃんにはそう見えるのかい?
 だったら嬉しいね。
 商売人の素質があるようには見えないし、もしかしたら当たりかもしれねえ」

「当たり?」

   分かってない様子の仁に、店主はバイオリンと弓を手渡した。

「弾いてみな」

「弾いてって……俺ですか?
 でも、俺は……」

「記憶を失ってるんだろ?
 知ってるよ。
 別にちゃんとした曲を演奏しろなんて言ってねえよ」

「なら……」

   躊躇う仁。
   アンディとしてでは無く、仁個人として、バイオリンを弾く事に抵抗があるのだ。

「やっぱりなにも音が出ないかもしれねえし、音が出たところで、旅の役に立つかは分からねえ。
 それでも、なにか起きるかもしれないだろ?
 もしかしたら、記憶が戻るかもしれねえ」

「いや、それは……」

   躊躇し続ける仁の肩を店主は強く叩く。

「いつまでもウダウダしてないで、いいからとっとと弾いてみろ!!
 ダメならダメで、その時に考えろ」

   店主としても少し期待していた。
   もし使い道があるのなら、店の奥で埃を被っているよりずっといい。


   仁は手渡されたバイオリンを見ながら迷っていた。

「(何年ぶりだろう?)」

   思い出せないぐらい長い間、仁はバイオリンに触ってなかった。

   特別な事では無く、ありふれた話だ。
   仁は子供の頃に親の薦めでバイオリンを習い、すぐに夢中になった。
   練習し、もっと上手くなりたいと思った。
   いつかプロに・・・そんな夢は、思ったよりも早く壊れてしまう。
   才能という圧倒的な壁に立ち向かう事が出来なかった仁は、それから二度とバイオリンに触れる事は無かった。

「(これはチャンスだ。
  でも……)」

   手に力を込めようとすると、身体が震えてきた。
   仁にとってバイオリンは諦めの象徴だ。
   思い出自体は薄れても、嫌なイメージだけはしっかりと残っている。

   だが、仁は震えを覚えながらも、バイオリンを決して手放さなかった。

「(わかってるよ。
  選ぶのは俺だ)」

   逃げた所で誰も責めはしない。
   しかし、仁は諦めない事を選んだのだ。



   仁の身体の震えが収まる。

   バイオリンを構えて、深呼吸を一回・・・二回・・・三回。

   弓を持つ手に力を込めた所で胸に痛みが走るが、構わずに弓を引く。





   その時、二人の耳は美しい音を聞いた。
   まるで一陣の風のようにすぐに消えてしまったものの、確かに聞いたのだ。





   余韻も消えた頃、店主は驚きとともに仁に駆け寄るが、その前に仁の手から楽器が零れ落ちた。
   そして、仁の視界がゆっくりと暗くなっていく。



   






     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 システムについて。
たぶん穴だらけですが、この話の世界のシステムを書きました。
大事なことは、仁には装備できる武器がなく、呪文も使えないことだけです。
今後、穴がはっきり見えたら手直しするかもしれません。

 妄想ビアンカについて。
こんな風に書くつもりはなかたんですが、気がついたらこんなことに・・・・・なんでだろう?
勢いで変なキャラ付けするのもあれなので、今後どうなるかはわかりません。

 楽器について。
というわけで、仁の使う得物(打撃用ではなく)はバイオリンです。
私は音楽的素養が皆無なので、専門的なことはさっぱりです。
・・・懐かしいなあ、ハーメルンのバイオリン弾き。
最強物ではないので、あんな感じに強くなるわけではありません。

 仁が気絶した理由は次回。

 ちなみに、現在の仁の装備はこんな感じです。
武器:なし(装備不可能) 鎧:みかわしの服  盾:なし(装備不可能) 兜:皮の帽子
みかわしの服は3000Gと高額ですが、金属製の鎧が装備できない仁にとっては生命線です。


 最後に・・・
みなさんはどうでしたか?
オラクルベリー到達後、カジノに入り浸ってメタルキングの剣を手に入れ、主人公とピエールに装備させませんでしたか?
私は見事にやってしまい、パパスの剣を手に入れた時につい思ってしまいました。
「なんだよこれ使えねえじゃん」
 パパス、本当にごめん。
でも、同時期にルラフェンで買えるスネークソードより攻撃力が低いのはどうかと思う。
グランバニア城にも売ってるぞ、もっと強いまどろみの剣も。







[16328] 第04話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:22ceef15
Date: 2010/02/13 23:53





   そろそろ昼になろうかという頃、宿屋の自分の部屋で仁は目覚めた。


「よかった、起きたのね」

「ん……ビアンカ?」

   仁はビアンカが部屋にいる事に戸惑った。
   何故、ビアンカがここにいるのだろうか?  
   普段寝坊するような生活は送ってないので、こうしてビアンカが起こしに来てくれた事など一度も無かった。

「私はね、夜明け前ぐらいに目を覚ましたの。
 私が恥ずかしい勘違いしちゃったせいだけど、気絶させるなんてひどいじゃない」

「気絶……あっ!?」

   仁はようやく思い出した。
   起き上がろうとすると、身体が酷く重い。

「あ、無理はしないで。
 魔力が尽きて気を失ったの初めてでしょ?
 もう少し休んだほうがいいわ」

「魔力が、尽きた?」

   ビアンカの言っている事が理解出来ない。

   仁が部屋を見渡すと、テーブルの上にバイオリンケースがあった。

「あ、あれって……」

「アンディったら、また忘れちゃったの?」

   しょうがないなあという顔をしながら、ビアンカはテーブルの上のケースを取ってきた。
   しかし、仁にケースを渡さずに自分で持っている。

「さわっちゃ駄目よ。
 一晩寝れば魔力は大体回復するけど、この楽器がどんなものかよくわかってないんだから」

「どういうことだ?」

「それを説明するには、まずアンディが昨日のことをどれだけ覚えてるか、私に教えてくれる?」

「昨日?
 昨日って、俺がビアンカを手刀で黙らせた?」

「うん。
 それ“も”私、忘れてないから。
 今はその後のこと」

   ビアンカの笑顔と声のトーンに若干の恐怖を覚えたが、仁は昨夜の事を思い出そうとする。

「あの後は、宿屋に戻って……デボラと飲んで……で、オラクル屋のことを思い出して……。
 そのバイオリンを弾いて、音が出たんだ。
 欠陥品だっていう、そのバイオリンから」

「そこまで覚えているなら大丈夫ね。
 私は寝ていたから、全部デボラさんから聞いた話よ。
 原因はよくわからないけど、アンディはその時、このバイオリンを弾いて意識を失ったの。
 それで、店のおじさんが私達の泊まっている宿屋までアンディを連れてきてくれたのよ」

「そうだったのか」

「調べた結果、アンディの魔力が尽きてたんだって。
 多分この楽器のせいだと思うんだけど、詳しいことはまださっぱり。
 ……あ、そうそう」

   ビアンカは懐から一枚の紙を取り出し、難しい顔をしている仁に渡す。

「これ、そのおじさんから。
 アンディが起きたら渡してって」

「え、ああ……」

   仁は手紙を受け取ってすぐに読み始める。
   理由はともかく、言葉と文字が理解出来る事は助かっていた。


   手紙には、次のように書かれている。

『ぶったおれるようなマネさせちまって本当にスマン。
 とはいえ、音が出たことはすげえ嬉しかった。
 オレのカンは間違ってなかったってことを、兄ちゃんは証明してくれたんだ。
 サンキュな。

 でだ。
 礼と詫びをかねて、そのバイオリンはやるよ。
 兄ちゃんが弾けたってことは、そいつはきっと兄ちゃんを待ってたんだ。
 
 もちろん、使うかどうかは兄ちゃん次第だ。
 不気味だと思ったら捨てちまっても構わねえよ。
 魔物相手に役立つとは思えねえしな。

 オレはこれからまた掘り出し物を見つけるために世界中を廻ろうと思ってる。
 朝早くには出るつもりだから、おそらく兄ちゃんが目を覚ます頃にはもうこの町にはいねえと思う。
 そんなわけで、またいつかウチの店にきてくれや。

 あ、そうだ。
 ケースの底に楽譜が入ってるんだ。
 バイオリンを買った時に一緒に入ってたもんだ。
 もしよかったら、そいつも使ってくれ』





   仁が手紙を読んでいる間に、ビアンカは部屋からいなくなってしまった。


   仁はベッドの脇に置いてあるケースを手に取り、中を開けて調べる。

「楽譜、楽譜……これか」

   バイオリンを取り出すと、目的の物はすぐに見つかった。
   色あせ、くたびれた感じの紙に、ある曲が記されている。

「(第二節・夏、か…。
  二ってことは、他にもあるのか?)」

   仁の知らない曲だ。
   といっても、この世界にはベートーベンもショパンもいない。
   仁の知っている曲など何一つ無いのだ。

「(そんなに難しい曲じゃないな)」

   とはいえ、十年以上バイオリンを弾いていない仁に弾けるかどうかは難しいところだ。
   ちゃんと弾くのならば、練習する必要があるだろう。

「(あれが魔力を使う感覚だったのか)」

   バイオリンを弾く瞬間、仁は胸を痛みを感じた。
   てっきりトラウマか何かでそう感じただけだと思ったが、そうでは無かったらしい。

「(MPを消費したってことは、なにかあるはずだよな)」

   いい音色が出せるだけでは戦闘の役に立たないが、戦いのドラムのような例もある。
   もしかしたら、戦闘に役立つ効果を発揮するかもしれない。
   問題は、どうすれば魔力を使う事の対価が分かるかだ。

「(とりあえず、この曲を弾いてみるしかないのか?)」

   他の方法も思いつかないので、仁はとりあえず弾いてみようとしたが、すぐに思い留まる。

「(そういや、ここ宿屋の中だったな)」

   ここで楽器を弾くのは、幾ら何でも非常識すぎる。


“ガチャ”


   仁がどうしたものかと迷っていると、突然ドアが開いた。

「入ったわよ」

「事後承諾かよ、おい……」

「別にいいじゃない」

   気にせず部屋の中に入っていくデボラ。
   備え付けの椅子に座り、部屋の主よりも堂々とくつろぎ始めた。

「昨日は悪かったな。
 迷惑かけたみたいで」

「ホントよ」

「オラクル屋のおじさんはもう町を出たのか?」

「さあ。
 興味ないから知らないわ」

「あ、そう」

   仁の予想通りの答えが返ってきた。

「まあいいや。
 それより聞きたいことがあったんだ」

「なによ?」

「これを少し弾いてみようと思ったんだが、さすがにここじゃまずいだろ?
 で、音を出しても大丈夫な人気のない場所ってないか?
 さすがに久し……じゃなかった。
 曲を弾いた記憶がないから、人前でやるのはちょっとな」

「バカじゃないの?」

   即答するデボラ。
   蔑むような視線が仁を貫く。

「お前さぁ、思ってることを即、口にするのやめろよ」

「バカにバカって言ってなにが悪いのよ。
 アンタ、また倒れるつもり?」

「うっ。
 いやまあ、気をつければ大丈夫かなと」

   デボラが指摘した事をすっかり忘れていた仁。
   だが、使ってみない事には始まらないのだ。


   デボラは仁からバイオリンを奪って適当に弾いてみたが、音は全く出なかった。
   こうなる事は分かっていたので、特に何とも思わず仁に返す。

「ビアンカもやってみたけど、結果は同じだったわ。
 なぜかしら?」

「さあ。
 あの人の話だと、他の吟遊詩人に弾かせてみても駄目だったらしい」

「アンタじゃなくて、その楽器がおかしいとは思うの。
 以前のアンタが、妹の誕生日に竪琴を弾いてたのを見たことあるけど、魔力を使うような変態体質じゃなかったわ。
 それとも、一回死にかけて変わったのかしら?」

「お前な、もう少し言い方ってものが……。
 まあ、このバイオリンが特別だとは俺も思うけど。
 いいんじゃないか、俺は武器を一つも使えないんだから、一つぐらい特別な適性があったって」

「なら、変態体質も本当かもね。
 だいたい、アンタ昔の記憶がないんでしょう。
 楽器なんか弾けるの?」

「ん?
 ああ、それは……あれだ。
 なんかこう、弾いてみたいなって思ったんだよ」

「だったら普通の楽器にすればいいじゃない?」

「いや、それは……」

   仁は答えに窮した。
   それはその通りなのだが、音楽家を目指すなら旅に出る必要など無い。

「……フン」

   困っている様子の仁を横目に、デボラは立ち上がってドアに向かう。

「ビアンカと下で昼食を取っているから、すぐに降りてきなさい。
 他にも聞きたいことがあるし」

「他にも?」

「フフフ…」

   意味ありげな笑みを浮かべるデボラ。

   仁には何の事かさっぱり分からないが、何故か寒気を感じる。

「ビアンカに、アンタがこの先は別行動するつもりだって話したの。
 あのコ、けっこう怒ってるわよ」

「なっ!?」

“バタン”

   仁が喋る暇を与えず、デボラはドアの向こうに消えていった。





   仁は一人になってから考える。

「(今朝のビアンカは怒ってたのか。
  どうしたものか……)」

   昨夜デボラにああ言った手前、一人で行くのが妥当だが、もしこのバイオリンが戦闘で役に立つ物なら、今までの借りを返せるかもしれない。
   だが・・・





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   一階に降り、食堂に着いた仁を待っていたのは、笑顔のデボラとビアンカだった。
   前者は楽しそうな、後者は見る者を凍りつかせるような笑顔を仁に向けている。

   仁が意を決して同じテーブルに着くと、食事より先にビアンカの説教が始まった。
   説教は三十分ほどに渡って続けられたが、要約すると次の一言に纏められる。
   何故、自分には言わなかったのだ?




「とにかく、駄目なんだからね!」

   散々喋ってビアンカは満足したのか、ようやく説教が終わった。
   すっかり冷めてしまった食事を、黙々と食べ始める。

「……」

   仁は解放された事で緊張が解け、頬をテーブルにつけて一休み。
   既に、食事をする気力は残ってない。

「ごくろうさま」

   にやにやとしながら仁を眺めつつ、一人だけ食事を済ませていたデボラは食後のティータイムを楽しんでいた。

   仁はデボラを軽く睨む。

「止めたほうがよかったの?」

「いや、それはいい」

   仁は、デボラにビアンカの説教を止めて欲しかった訳では無い。
   言い訳の一つや二つはあるものの、ビアンカに話してなかったのは事実なのだから。
   だから、仁は黙って説教を受け入れたのだ。

「それとは別に、ムカつくものはムカつくんだ」

「食後でよかったわね。
 ちょうどいい位置にアンタの頭があるんだから、ナイフとフォークを片付けてもらわなければよかったわ」

「うっかりで済まないようなことを言うな、怖いっての」

   仁は顔を上げた。
   ナイフやフォークはともかく、デボラが水をかけるぐらいはする女だという事は、この三ヶ月で嫌というほど理解している。

「まあ、ビアンカの気も晴れたところで本題に入りましょうか」

   デボラの目つきが変わる。
   先程までとは違い、楽しそうな雰囲気は微塵も感じさせない。

「え?」

   ビアンカは食事の手を止めた。

「アンタは昨日言ったわよね。
 わたし達と別れて、新しい生き方を探すって」

「……ああ」

   仁も真剣な顔つきになり、デボラに答える。
   これから何を目的に生きていくかはともかく、二人と別行動をとるつもりでいるのは確かだ。

「アンタが決めたなら、それでもいいけど。
 とりあえずは、あの楽器を練習するつもりなんでしょう?」

「まあ、そうだな」

「なら、魔力の使い方を少しは覚えたほうがいいんじゃない?
 なにも考えずに同じことしてたら、弾くたびに気を失うわよ」

「デボラさん、それいい考えだわ!」

   嬉しそうな顔をするビアンカ。
   三ヶ月も一緒に旅をして、ようやくお互いの事を知ってきたので、このまま別れたくは無い。

「言っておくけど、アナタが教えるのよ。
 わたしはめんどくさいのはキライだし」

「ええ、もちろん!
 アンディも、いいでしょ?」

「え、あ、いや……」

   笑顔のビアンカとは対照的に、仁は戸惑いを隠せなかった。
   そうなれば助かる事は助かるのだ。
   魔力の使い方を勉強する必要があるのだから、気心の知れたビアンカに教えてもらった方がいいに決まってる。
   が、

   仁はゆっくりと首を振った。
   
「ありがたい話だけど、断る」

「え!?
 どうしてそん「ビアンカ、ちょっと黙って」……う、うん」

   デボラがビアンカの話を止めた。

   ビアンカは迷いながらもデボラの言う事を聞き、大人しくする。

「どういうことか、話してくれるわよね?」

「ああ」

   二人の視線を受け、仁は自分の正直な気持ちを話す。
   ありがたいと思うし、出来るならばそうしたいと思っている。
   だが、どうなるかは分からないのだ。
   散々練習した結果、ただいい音が出せるだけという可能性もある。
   だから、

「色々あるけど結局は……二人にこれ以上迷惑をかけたくな“ゴスッッッッッ!!!!!”……」



   鈍い音が食堂中に響いた。



   次の瞬間、食堂から音が消えた。
   他の客や食堂にいた従業員までもが動きを止め、三人がいるテーブルを見つめている。



「期待通りの答え、ありがとう」

   静寂を破ったのはデボラだった。
   手をはたくような動作をしながら、満足そうな顔をしている。

「…………え?」

   あまりに一瞬の間の出来事で、ビアンカは何が起きたのか分からなかった。
   気が付いた時には、何故かアンディが椅子をひっくり返して床の上で伸びていたのだ。
   頬の辺りが陥没しているのは何故だろう?

   デボラは、我関せずと言った様子で優雅な動作でカップに口をつける。

「冷めてるわね」

   不満そうな顔をするデボラ。
   代わりを注文しようとした時、ビアンカが錆付いた機械のような鈍い動きで顔をデボラに向けた。

「あ、ああああの……ね。
 デボラさん、今……アンディに、なにか……した?」

「殴ったわ、死なない程度に」

   あっさりと答えるデボラ。
   まるで、それがどうしたとでも言わんばかりの態度だ。

「どうしてそんなことを!?」

   ビアンカは激昂してデボラに理由を問い質す。
   理由が分からないし、分かったとしてもやり過ぎたと思う。

   が、デボラは涼やかな顔で、床で伸びている仁を一瞥すると、

「あんなくだらない話、聞くに堪えないからよ」

「え?」

「アナタはどうなの?
 コイツ、よりにもよってわたし達に迷惑をかけないようになんて言おうとしたのよ」

「それは……確かにちょっと悲しいけど」

   思い起こせば、アンディはそんな事を言いかけていたような気がする。
   アンディがそう思っているのだとすれば悲しい。
   迷惑だなんて、思った事など無いのだから。

「怖いから逃げたいとかだったら好きにすればいい。
 でもね……迷惑をかけないように、なんて考えをするなんてコイツには百年早いわよ」

「う、う~ん……」

   ビアンカは迷った。
   デボラの言う事も理解出来るが、かといって殴っていい理由になるだろうか。



   ビアンカが考えている間にデボラは立ち上がった。
   どうしてもという訳では無いので、茶の代わりは諦める。

「ちょうどいいわ。
 今から食料の買出しをして、出発しましょう」

「え、今日?」

   ビアンカは突然の提案に驚いた。
   幾ら何でも急すぎる。

「買出しは任せたわよ、三人で三日分もあればいいわ」

「三日分って、どこに……ていうか、三人?
 じゃあアンディも?」

「もちろん。
 生意気な口を聞いた罰として、このまま連れて行きましょう。
 わたしはコイツを教会に運んで証拠隠滅を図るから」

「まあ、怪我は治さないと駄目だけど……」

   その言い方はどうだろう?

「で、ラリホーかけて縄で縛った後、馬車に放り込んでおけばいいでしょう」

「ちょっと!?」

   さすがにそれはやり過ぎだ。
   ビアンカはそう思ってデボラを止めようとしたが、デボラはとてもいい笑顔で微笑み、

「大丈夫よ。
 別に今回が初めてってわけじゃないから」

   そう言い残し、デボラは二階に上がっていった。





「えええぇぇぇえええ~~~~~っ!!!!!」

   デボラが去った後、食堂にビアンカの悲鳴にも似た声が響き渡った。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第04話「男の子よ、べホマズンが使えないとはなんたることか!」















   三人は町を出て、一路南へ向かった。


   その日の夕方、馬車の中で目覚めた仁は町に引き返せと言って暴れるが、前回と同じく身動きが取れない。
   そして、その後の話し合いによって、もう暫くは一緒に行く事になった。
   二人と共に旅がしたいと思う気持ちも、間違いなく仁の本心なのだから、二人から一緒に行こうと何度も誘われれば断りきれない(デボラはどちらかというと誘いでは無く、脅迫に近かったが)。

   結局は仁の主体性の弱さ・・・というか、主体性が揺れ動いている事が原因か。
   どうする事で正解に結びつくのか、その輪郭すら見えていないのだから不安定なのだ。


   そして、町を出て三日目の午前中。
   三人は海辺にひっそりと建つ修道院に辿り着いたのだった。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   デボラとビアンカを出迎えてくれたのは、優しげな顔をした初老のシスターだった。


「ようこそ、我が修道院へ。
 どうなさいましたか?」

「旅をして、たまたま立ち寄っただけよ。
 申し訳ないのだけれど、少し休ませてもらってもいいかしら?」

「ええ、もちろんです」

   ビアンカがデボラの身体を肘で突く。

「デボラさん、それだけじゃないでしょ」

「ちょっと、なにを言うつもり?」

   デボラは余計な事を言わないようにビアンカに釘を差そうとしたが、ビアンカが口を開く方が早い。

「実は、彼女はフローラさんのお姉さんなんです。
 この修道院でフローラさんは花嫁修業をしてたんですよね?」

「まあっ!
 そうだったの」

   シスターは驚き、デボラに近寄って手を握る。

「あなたはフローラさんのお姉さんでしたか。
 フローラさんはお元気?
 たしか、ご結婚されたとか。
 まだ一年も経っていないのに、なんだか懐かしいわ。
 そういえば、あなたはどうなのかしら?」

「ハ、ハア……」

   矢継ぎ早に話しかけてくるシスターに、デボラは戸惑う。
   さすがに殴って黙らせるような真似は出来ないし、するつもりも無い。
   シスターにバレない角度でキッと睨むと、笑顔で舌を出すビアンカがいた。
   悪いとは思ってないのだろう。

「あら、ごめんなさい。
 つい喋りすぎてしまいましたね。
 お疲れでしょう、まずはゆっくりとなさってください」

「あ、すみません。
 実は馬車にもう一人いるんです」

   そう言って、ビアンカは修道院の脇に止めてある馬車に向かった。

「そうでしたの。
 もしかして、お怪我でもされているのですか?」

   心配そうな顔をするシスターとは対照的に、デボラは頭に手を当てて、やれやれといった顔をしている。

「心配ないわ。
 今から来るヤツはバカだってこと。
 それだけよ」

「……?」

   シスターは、デボラの言っている意味が分からずに首をかしげていた。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   仁は騒音を聞いて目を覚ました。


「(なんだか最近……こんなことばっかりだな)」

   縄で縛られてないだけマシだと思う事にして、とりあえず仁はベッドから出た。
   窓の外から見える太陽の位置からすると、大体昼頃だろうか。
   部屋を見渡すと、質素ながらも清潔感あふれる様子が見て取れる。

「(たしか、デボラは修道院に向かってるって言ってたな。
  てことは、ここがその修道院か?)」

   主人公達が流れ着き、フローラが花嫁修業をしていた物語上では重要な場所だ。


“ガシャーーーーーン!!!!!


   考え事をしている最中、皿が割れるような音が聞こえた。

「ん、なんだ?」

   思考を中断し、我に返る仁。
   そういえば、何か音を聞いて目覚めたのを思い出す。


   仁が様子を見に部屋を出ようとした所、ドアが開いて初老のシスターが部屋に飛び込んできた。
   大変な事態になっている事を示すかのように、シスターの顔は真っ青だ。

「どうしましたか?」

「よかった、お目覚めになられたのですね。
 アンディさん、実は……」

   女性の悲鳴が聞こえてきて、シスターの声が途切れる。

「あまり時間がないので手短に言います。
 実は今、この修道院は魔物に襲われているのです」

「えっ!?」

「本来、修道院や教会は聖なる気で満たされていて、魔物は近寄れないはずなのです。
 もしかしたら、噂で聞いた魔王の復活となにか関係があるかもしれません……」

「(魔王……ミルドラ―スか。
  こういう事態は起きるってことなのか?)」

   仁の中で危機感が増していく。
   今までは、とりあえず町やこういった建物の中ならば大丈夫だと思っていたが、そんな保証は無いのだ。
   ゲーム上のお約束が通じないとすれば、防衛体制が整ってない小規模の村や町は危険だという事になる。

「そういえば、デボラとビアンカはどうしてるんですか?
 あ、えっと……一緒にこの修道院に来た二人のことなんですけど」

「はい、あのお二人のことは存じ上げております。
 あなたのお名前も彼女達から聞きましたから。
 彼女達は、修道院の外で魔物と戦っています」

「やっぱり」

   仁の予想通りの答えが返ってきた。
   あの二人ならそうするだろう。

   が、ここで一つ疑問が。

「今、悲鳴が聞こえてきたのは?」

   デボラとビアンカが無事ならば、魔物が修道院内に入ってくる事態にはならない筈だ。
   仁の脳裏に嫌な予感がよぎる。

「彼女達は無事です。
 ですが、数が多すぎて何体か修道院内に入ってきてしまったのです。
 危険ですので、あなたはこの部屋からお出にならないように」

「え、でもそれじゃあ…」

「心配はいりません。
 彼女達が大部分の魔物を相手してくださっているおかげで、私達はずいぶんと助かっています。
 二人から頼まれたのです、あなたを守って欲しいと」

「なっ!?」

   仁が絶句している間に、シスターは部屋を出て行った。





   一人になった仁は、血が出てしまうほど強く拳を握り締めていた。

「くそっ!!」

   仁は感情が抑える事が出来ない。
   怒りを覚えるが、同時に二人の行動に納得してしまう自分もいる。

「(わかってる。
  今の俺が役立たずで、戦力なんかじゃないことぐらい)」

   仁は精神を集中し、体内にある魔力の残量を探った。
   日が浅いのと覚えが悪いので大体にしか分からないが、恐らく半分ほどしか回復してないだろう。

「(てことは、チャンスはあっても一度きりか)」

   仁は緊張がピークに達し、生唾を飲み込む。
   二人はまだ気付いていないが、力になる方法はあるのだ・・・・・可能性は低いものの。



   仁がバイオリンの本当の使い方を知ったのは、町を出て三日目の事。
   つまり、今日の事になる。
   
   オラクル屋で一回音を出しただけで気絶した仁は、自身の魔力量が恐ろしく低いのか、それともバイオリンの燃費が低すぎるのかと考えたが、その心配は杞憂に終わった。
   ビアンカの話によると、初めて魔力を使った時に起こるショック症状のようなものらしい。

   一日目の夕方。
   仁は楽譜を見ながら曲を弾いてみた。
   腕はすっかり錆付いてしまい、曲ともいえない雑音が流れるだけだったが、三回ほど通して弾いた所でこの日は終了。

   二日目。
   間違えては休み、休んでは間違え、結局間違えずに弾く事は出来なかったが、手ごたえを感じてその日は終了。
   何度も弾いて、何度も楽譜を読んでいるうちに、曲の理解も深まっていく。

   そして三日目の夜明け前。
   少しぐらいならいいかと馬車を離れ、弾いてみた所で遂にバイオリンの力が発動した。
   が、発動と同時に魔力をごっそりと持っていかれたため、効果を見届けた後に意識を失ったのだった。

   その後、異変に気付いて仁の元にやって来たデボラとビアンカは、仁が倒れているのを見つけたのだが、その他には特に異変は見られなかった。



   仁はベッド脇に置いてあるバイオリンを手に取るが、その手は恐怖で震えていた。
   それは、魔物と対峙する事も原因の一つだが、それよりも怖いのは失敗する事だ。
   再び楽器に触れるようになってまだ四日。
   ただでさえ自信が無いのに、ぶっつけ本番で実戦に挑むのは難易度が高すぎる。

   だが、

「(可能性がゼロじゃないだけ、今までに比べれば十分マシだ)」

   仁の手の震えが止まった。
   止めたのは勇気では無く、ただの意地だ。
   女性に守ってもらうばかりの状況を何とかしたいという、つまらない男の意地。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





「ハアァァァァァア!!」

“ズバアァァッッ!!”

   気合一閃。
   デボラの放った一撃によって、スモールグールの身体が両断された。
   二つに分かれたスモールグールの死体からは、デボラの装備している炎の爪によって焦げ臭い匂いを放っている。

「キリがないわね、これじゃ」
   
   デボラは嫌な匂いに一瞬顔をしかめるが、愚痴をこぼす暇は無い。
   次から次へと襲い掛かってくる敵に、休む間も無く次の相手に向かわなくてはならないからだ。
   と、


“ゴオオオォォォォォッ”


   離れた場所で広範囲に向けて炎の波が放たれ、デボラにもその熱波が僅かに届く。
   炎が収まった後には、焼け焦げて炭化した魔物の死体が多数転がっていた。
   そして、その中心にはビアンカが一人で立っている。


   周りの魔物を片付けたビアンカは、一旦デボラに近付いた。
   背中合わせにくっついて互いの死角を消す。

「調子はどう、ビアンカ」

「多すぎてもう嫌。
 あとどれだけいるの、もう」

   二人を中心にして、魔物の群れが少しづつ近付いてくる。
   取り囲み、一気に二人に襲い掛かるつもりだろうか。

「この辺りにしては強い魔物ばかりなのはなぜ?
 たまに生息圏から出る魔物もいるけど、こんなに大勢なのは初めて見たわ」

   デボラは焦りから唇を噛み締める。
   二人で対処すれば大丈夫だろうが、時間がかかりすぎる。

「何体か後ろに通しちゃったけど、修道院の人達は大丈夫かな?」

「任せるしかないわ。
 わたし達のどちらかが戻れば対処できるけど、一人ではここの防衛線が維持できない」

   多くの魔物が修道院内に入り込んでしまうと、動きや呪文が制限される室内では厳しい。
   今の二人に出来る事は、出来る限り魔物を通さないようにする事だけで、修道院内に向かうのはここにいる魔物を片付けてからだ。



   そして、魔物の群れが二人に襲いかかろうとした時に異変が起きる。
   修道院内からバイオリンの音色が聞こえてきたのだ。



「「……」」

   二人は魔物の群れに囲まれているというのに、一瞬、魔物から意識を外してしまった。
   幸いにも、魔物の群れも同じように気を取られていて助かったが。



   そして、すぐに二人の時間が動き出す。

「なに考えてるのよ……あのバカはっ!!」

   デボラは怒りを魔物の群れにぶつける。

“ザンッ、ザシュッ……ズバアァァッッ!!”

   デボラが腕を振るたびに、魔物は次々と切り裂かれていった。

「アンディ、気が付いたのね」

   べギラマで魔物の群れを焼き払いながら、アンディが無事と知って一安心するビアンカ。

「頭はまだ寝てるわよ!
 こんな時にバイオリン弾いてるなんて、どうかしてるんじゃないの!?」

   罵倒しながらも、次々と魔物を屠っていくデボラ。
   二人とも、余裕があるのか無いのか全く分からない。



   いまだに修道院内からは曲が流れ続けていた。
   中で何が起こっているのか、二人に知る術は無い。

「あ~もう!
 なにが起きてるのよ!?」

「焦っちゃ駄目よ。
 少なくとも、この曲が流れているうちはアンディは大丈夫ってことでしょ?」

「いいわねアナタ、そんな風に考えられて」

   デボラにはそんな楽観的に考えられない。
   胃の辺りがムカムカしてきて、今すぐにでもアンディを殴りたくて堪らないのだ。



   デボラはビアンカと共に一旦距離を取る。

「ビアンカ、すぐにコイツらを片付けて戻るわよ!」

「うん!
 それは同感」

   そして、二人は同時にべギラマを放った。
   同時に放たれた炎の波は一つになり、雪崩のような激しさを持って魔物の群れを焼き払っていく。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   一方、修道院内部では。


「はあっ、はあっ、はあっ……」

   一人の若いシスターが、鉄の杖を構えて三体のさまよう鎧と対峙していた。


   他のシスター達は、奥の部屋に避難してもらっている。
   初めは回復呪文が使えるシスターも何人か一緒にいたのだが、回復呪文によるプラスよりも、さまよう鎧の攻撃を受けて被害が大き

くなるマイナス面が多いために避難するよう指示したのだ。


   重症は負ってないものの、浅い切り傷が全身を覆い、赤く染まっていた。

“ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ……”

   さまよう鎧がシスターに一歩一歩近付くたび、鎧が音を鳴らして恐怖を煽る。

「神よ……」

   シスターは神に祈りを捧げ、何とかその恐怖に耐えようとしていた。
   それでも、全身を襲う震えだけは止まらない。

   彼女は修道院に入るまでの短い期間、冒険者をしていた事がある。
   同行していた仲間に裏切られ、大怪我と共に人間不信に陥った事がきっかけで足を洗い、この修道院に入る事になったのだ。

「(ここにいる皆さんは戦う力を持たない。
  たとえ冒険者だった期間が僅かとはいえ、私が皆さんを守らなくては)」

   再び人を信じる事が出来るようになったのも、この修道院とここに住むシスター達がいるからだ。
   心の拠り所を絶対に守り抜いてみせる。



   しかし、彼女の決意は脆くも崩れ去る。



「きゃあっ!!」

   さまよう鎧の一撃を石の杖で防いだものの、その威力に耐えきれずに壁に激突してしまうシスター。

「うっ!」

   あまりの衝撃に、一瞬、息が止まった。
   頭を打って視界が歪んで見える中、彼女の視界に映ったのは、さまよう鎧が自分に向けて剣を振り上げている姿だ。

「(神よ……)」

   彼女は祈りをやめない。
   たとえ最期の瞬間であっても、それだけは忘れてはならないと心に決めている。
   目を瞑り、歯を食いしばって覚悟を決めるシスター。



「…………え?」

   しかし、いつまで経っても、剣が振り下ろされる事は無かった。



   目を開けた彼女の目に驚愕の光景が映る。

“ギシッ、ギシッ、ギシッ……”

   三体のさまよう鎧は、修道院の床下から突き出た蔦のようなものに絡め取られ、身動きが取れなくなっていた。
   魔物達は必死にその蔦を引き剥がそうとするが、成人男性の腕ほどの太さがある蔦は用意に剥がせるものでは無い。
   また、まるで蔦が意思を持っているかのように絡みつき、段々と魔物達を締め上げていく。

“ビシッ”

   鎧が悲鳴を上げて罅が入った。
   このままいけば、鎧が砕け散るのも時間の問題だろう。



   その不思議な様子を、シスターは壁にもたれながら見ていた。

「(なにが起きているの?)」

   彼女は目の前の光景が信じられなかった。
   既に自分は死んでいて、夢でも見ているのではと疑ってしまう。

「(そうに決まってるわ。
  だって、こんなにも美しい音楽が聞こえてきて……………………え?)」

   ふと、我に返るシスター。
   確かに、バイオリンの美しい音色が聞こえる。

「(いつから?)」

   本当は彼女が壁に叩きつけられる前から演奏は始まっていたのだが、極度の緊張から今まで気付かなかったのだ。
   耳を澄ませると、音は二階から聞こえてきた。
   修道院は吹き抜けになっているので、二階の通路にバイオリンを弾いている男の姿が見える。

「(彼は、外で戦ってくださっている二人の仲間の方。
  たしか……アンディさん)」

   この緊迫した状況で、仁は懸命にバイオリンを弾いていた。
   冷静に考えると酷く滑稽だが、今のシスターにはその冷静な思考力は失われている。
   だからだろうか、

「(なんて、綺麗……)」
   
   彼女は素直にそう感じた。
   まるで、一枚の絵画のようだ。



   仁がバイオリンを弾いている姿を見つめていたシスターは、もう一つの異変に気付いた。

「(なにかしら、この匂い)」

   決して嫌では無い、優しく包み込むような匂いで全身が満たされていく。
   そして、彼女はこの匂いを知っていた。

「(土と、緑が生い茂る木々の匂い。
  これは、そう…………夏の匂いだわ!)」

   胸一杯に空気を吸い込むと、記憶が蘇ってくる。

   夏の暑い日。
   花壇の手入れをしている時には、いつもこの匂いで満たされていた。
   春に生まれた命が、もっとも光り輝く季節。

   そんな光景が脳裏に浮かぶようだった。



“ガシャァアッ!!!”

   大きな音を立て、三体のさまよう鎧が崩れていった。



   その音を聞いて、我に返るシスター。

「終わった……の?」

   目の前に広がるさまよう鎧の残骸を見ても、まだ信じられない。
   いや、これこそが神の奇跡なのかもしれない。



   安心したのも束の間、今度はバイオリンの音と、部屋中に充満していた夏の匂いが消えた。
   同時に、魔物達を締め付けていた蔦が床下に戻っていく。



   そして、



“バタンッ!!”

   仁は意識を失って倒れた。



   シスターはその光景を見ていたものの、肉体的にも精神的にも多くの衝撃を受けてしまい、立つどころか声を発する気力さえ残っていなかった。



   そしてその後、外の魔物を全滅させたデボラとビアンカが戻ってくるまで、修道院は静寂に包まれていた。





 ※※※※※※※※※※

  仁は特技を覚えました。

  特技  :演奏
  消費MP:曲により異なる
  効果  :特定の曲を演奏する事で様々な効果を発揮する
       演奏中は無防備になるため、全ての攻撃が痛恨の一撃になる


  仁が弾く事の出来る曲が追加しました。

  萌え盛る夏園:地面より蔦が生えてきて、敵に絡みつく
  消費MP  :使用時と自分のターン開始毎に10
  効果    :数体(使用者のLVにより増加)の敵を行動不能にする
         行動不能にした敵に、ターン開始時に20のダメージを与える
         ボスクラスの魔物には基本的に効かない
         効果は演奏を続けている限り持続する
         MPが足りなくなるか、任意に中断する事で演奏は停止する

 ※※※※※※※※※※





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   仁達が海辺の修道院で大立ち回りを繰り広げていた頃、雪化粧を纏う高地の村チゾットでは。


   リュカ達は、パパスがかつて国王だったというグランバニア王国に向かっている。
   今はその途中で、険しい山を越える途中に見つけた村の宿屋で休息を取っていた。

「大丈夫かい、フローラ」

   リュカはベッドで横になっているフローラに優しく微笑み、彼女の青く美しい髪をそっと撫でる。

「ごめんなさい、あなた。
 心配ばかりかけてしまって」

   フローラは温かい気持ちと共に申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。

「自分がなさけないです。
 あなたの役に立とうと思っていたのに、これでは……」

   フローラの目に涙が溜まっていく。
   ここ最近は体調が思わしくなく、ずっと馬車の中で静養している毎日だ。
   これでは何のためについてきたのか分からない。

「そんなことを言わないでほしい。
 君がこうして一緒にいてくれることで、僕がどれだけ助けられてるか」

   リュカはフローラの目元を優しく拭い、額に口付けを落とす。

   それはリュカの本心だ。
   フローラを危険な目に遭わせたくないが、これまで数々の不幸な出来事に遭ってきたリュカにとって、フローラと共にいる今はとても幸せなのだ。

「それじゃ、おやすみ」

「はい、あなた」

   フローラもリュカの優しさと深い愛情に、やっと笑顔を見せてくれた。
   部屋の明かりを消し、隣のベッドで眠るリュカ。
   グランバニア王国までは、まだまだ危険な旅路は続く。



   さて、フローラはここ最近ずっと体調が思わしくない。
   肉体的な問題では無く、精神的な問題を抱えているからだ。

   リュカの旅について行ってから二ヶ月ほど経った頃の事、フローラは砂漠の城デルパドールである話を聞いた。
   最近サラボナを訪れた事がある行商人の話によると、結婚式の後に、花婿になれなかったアンディという青年が身投げしたらしいというのだ。
   リュカに頼んでルーラでサラボナの町に戻ったものの、その時には既にデボラと共に旅に出た後だという。
   探しに行きたかったがリュカの優しさにこれ以上甘える訳にはいかず、アンディが記憶を失っているという事実だけを胸に、フローラは旅を続ける事にしたのだ。

   しかし、旅を続けるフローラの胸にはアンディの事がいつまでもしこりとなって残り続けていた。
   フローラにとってアンディは大切な幼なじみであり、兄のような存在だ。
   いつも優しい青年で、今まで男性として見た事は無かったが、家族以外では一番心を許せる存在だ。
   そのアンディが自分のために命を投げ出したのだという話に、フローラは酷く胸を痛めたのだ。
   今の生き方に迷いは無い。
   リュカが自分を選んでくれて、自分は彼について行こうと決心した。
   リュカと共にあり続ける事はフローラ自身の望みであり、何があっても離れるつもりは無い。

   だが、フローラの胸のしこりは取れなかった。
   アンディの想いに応える事は出来ないが、それでも、その想いを無下にする事は出来ないような気がするのだ。



   そういった訳で、ここ最近ずっと調子が悪いフローラ。
   そんなフローラを、リュカは優しく労わり続けていた。
   アンディの事が気になっているのは分かっていたが、決して不快な思いになる事は無く、むしろフローラの優しさに心を打たれる思いでいた。

   それはそれで、ちょっとした美談で終わる話。
   だが、終わらなかったのだ。

   超善人のリュカは、とにかくフローラが元気を取り戻す事だけを考えていた。
   フローラを気遣い、なるべくフローラの身体に負担をかけるような事をしなかった。

   だからだろうか?

   フローラの体調は次第に回復していった。
   リュカの愛に元気を取り戻し、アンディの事は気になるものの、とりあえずその事は胸にしまう。
   グランバニア王国に辿り着く頃には、フローラの体調は万全で何の問題も無くなっていた。

   そう、何の問題も無かったのだ。



   つまるところ・・・・・リュカの優しすぎる性格が今回は仇となった。
   二ヶ月という時間は短かったのだ。










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 まず、誤字の報告ありがとうございました。
投稿直前も含めて何度かチェックしてるんですけど、どうしてもチェック漏れが出てきます。
誤字がないようにするつもりですが、もしこれからも気付いたら教えてくれるとありがたいです。


 大前提として、フローラが仁に惚れることはありません。
原作主人公を下げてハーレム展開にするつもりはないので。

 ようやく話の流れが変わり始めました。
仁も安心して中田英寿やってる場合ではありません。
・・・ちなみに、リュカ達はルーラと大型船を駆使して旅をしているので、仁達とは進行速度のケタが違います。

 仁の初めての戦闘シーンですが、絵を頭の中で想像するとギャグにしかなりません。
私の力ではこれが限界のようです。
脳内変換でシリアス成分を足していただけると幸いです。

 ようやく戦闘に参加した仁。
強すぎても弱すぎてもまずいので、どのぐらいの効果にするか結構迷いました。
結局は最後尾に回る事になるので、カッコがつくかどうかは微妙ですが。
曲名は偶然と適当の産物なので、これ以降の曲名をドラクエしばりにできるかは分かりません。

 適当オリキャラの若いシスターさん。
名前は考えてませんし、次から出る予定はありません。
回復担当は必要ですが、それは次回で登場します。

 仁の外見はアンディなので、とりあえず美形ということになってます。
アンディのイメージは美形だけどちょっと頼りなさそうな感じです。
仁が入って頼りない感じは消えたものの、デボラが絡むとガラの悪さが目立ちます。
どの道、最上級の美女二人と一緒にいるので、出会った女性がアンディの美形に惹かれたとしても、勝ち目がないと考えて声をかけてくることはありません。
 仁としては死亡フラグを立てるより一般女性とお近づきになりたいのですが、その辺は全く気付いてません。
鈍感キャラではないつもりですが、とかく今は余裕がないので。


 最後に・・・
3と4もプレイしてたので、ベホマズンを覚えられないとは思いませんでした・・・勇者のくせに。
べホマラーでは回復量に不安が残り、賢者の石は便利ですが一人一人の回復量はべホイミ以下なので、いざという時には間に合いません。
他にベホマズンが使えるのはホイミスライム・べホマスライム・スライムベホマズン・コロプリーストですが、どいつもこいつも一長一短です。
ホイミスライムはザオラルまでで、べホマスライムはステータスがものたりず、スライムベホマズンはべホマが使えませんし、最大MPが低すぎるコロプリ―ストは論外なので、結局は馬車で待機というのが多いです。
男の子のステータスはバランスよく成長する上に、スクルト・べホマ・フバーハ・ザオリク・べホマラーを覚えるので補助要員としては最高です・・・惜しい、あと一歩。
 ただまあ、これ以降も様々な形で制限がかかっていったので、便利すぎたってことなんでしょうか、結局は。







[16328] 第05話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:2b573ce5
Date: 2010/02/23 00:49




   仁の演奏が終了する。

   仁が頭を軽く下げると、周囲からまばらな拍手が起こった。
   そのおざなりな様子から、客の反応が良くなかった事が分かる。

   後片付けをして、広場を後にしながら仁は思う。

「(残念、うろ覚えのアイドル物は駄目だったか)」

   先日、アバウト極まりない演歌の曲を弾いて好評だったので、もしかしたらと期待したのだが、どうやら期待通りにはいかなかった。
   クラシックの曲は概ね高評価を得ているものの、音楽をやめてから随分経っているため、仁が覚えている曲はあまりにも少ない。

「(この世界の音楽は調べたけど、一人でやるのは弾き語りみたいなのばっかりなんだよなぁ。
  そこを頑張るつもりはないし……)」

   仁の目的はバイオリンの技量を高める事では無く魔力の総量を増やす事なので、戦闘で使えない曲のレパートリーを増やしても仕方ない。
   だが、

「(今度は子供の頃に見たアニメのやつでも弾いてみようかな。
  アイドルものよりは覚えてるし)」

   仁の頭の中は次の選曲の事で頭が一杯だった。
   何だかんだで、演奏する楽しさを思い出してきたようだ。





   修道院での戦いから半年ほど経った。
   仁がアンディとして生きるようになってから、もうすぐ一年が経とうとしている。

   現在、三人はラインハットの城下町に滞在中。
   少し前までは不穏な空気が立ち込めていたこの国も、ニセ皇太后事件の解決と、死亡したと思われていた第一王子ヘンリーの帰還によって、かつての賑わいを取り戻しつつある。

   三人はこの半年、目的地を決めずに旅を続けていた。
   ゲーム上には存在しなくても、ちょっとした町や村なら仁の知識に無い場所が幾らでもある。
   そういった場所を見つけては向かい、向かっては見つけるといった事を、この半年の間は続けていた。


   とりあえず、仁の当面の目的は決まった。

   一つ目は、恐らく他にも存在するであろう、楽譜の残りを見つける事だ。
   これならば、主人公の邪魔をする事は無いだろう。
   順当に考えれば春・夏・秋・冬の四種類ぐらいはありそうだが、断定は出来ない。

   そこで、町や村を訪れるたびに、楽譜が売っているかどうか探したり、誰か持っていないかどうか聞いて回ったりしている。
   捜し求めている楽譜かそうでないかは、通常の楽譜と違い、楽譜そのものに魔力が込められているために判別は可能だった。
   魔力について教えてくれたビアンカに感謝である。

   そしてもう一つは、魔力の総量の底上げだ。
   仁の魔力が低いのか、それとも『夏』を演奏する事によって消費する魔力が高いのかは分からないが、半年前の仁では長く演奏を続ける事が出来ない。

   エルフの飲み薬を大人買い出来ればいいのだが、そのためのコインを金で買うには一つ6000Gが必要になり、一つ二つならともかく多くは厳しい。
   カジノで真っ当にコインを増やす方法は、ノーセーブでやらなければならない以上、仁にその度胸は無い。

   そのため、魔力の総量を上げなければならないのだが、ビアンカの話ではとにかく魔力を使う事だそうだ。
   呪文を使い、休んで魔力を回復させれば僅かづつではあるが総量は増えるらしい。
   サイヤ人方式の親戚のようなものだろうと仁は推測する。

   仁が魔力を使うには楽器を弾く事しか無いため、町や村に滞在していて戦闘する機会が無い時には、こうして人前で演奏していた。
   人前で演奏する事で、楽譜を探しているという話もしやすいので一石二鳥だ。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   天気のいい昼下がり、デボラとビアンカは町で評判の食堂に来ていた。


「これから、どうしようか?」

「……さあね」

   遅めの昼食を終え、向かい合わせで退屈そうな顔をしているデボラとビアンカ。
   食事そのものは満足のいく物だったが、その食事が終わってしまった今は、もはやする事が無い。

「午前中ずっと待ってたのに、お城の中に入れてくれないとは思わなかったわね」

「だから帰ろうって言ったでしょう。
 ホントにムダな時間だったわ」

   デボラは不満そうな目つきでビアンカを見る。
   謁見の許可が出るのに時間がかかると分かった時点でデボラは帰りたかったのだが、ビアンカにせがまれて一緒に待つ事にしたのだ。

「だからそれはごめんなさいって。
 でも、そのおかげでこんなにおいしい食事が食べられたんだから、ある意味よかったって思わない?」

   待っている間、ビアンカは同じように謁見の許可を求めていたこの国の商人と仲良くなり、お薦めの店を教えてもらっていたのだ。

「思えるわけないでしょう。
 わたしはアナタみたいにおめでたい性格してないの」

「え~。
 でもデボラさん、結局は私と一緒に待っててくれたじゃない」

「アナタがあまりにもしつこかったからよ」

   デボラは言い終わった後、ビアンカの顔を横目で観察した。
   きつめの言葉を言ったつもりだが、ビアンカは特に気にした様子は見られない。

「もう、ひどいこと言うなぁ」

   などと呟きながら、ビアンカは笑顔で食後に頼んだクッキーを頬張る。

「……フン」

   最近、デボラはビアンカのこうした態度に戸惑いを覚えていた。

   今まで、デボラはこれほど長く他人と行動を共にした事が無い。
   壁を作り、距離感を保ってであればともかく、ビアンカは容易にその壁をすり抜けてくる。
   今までもこうしてズカズカと内側に入り込んでくる人間もいたが、デボラはその度に不快に思っていた。
   しかし、ビアンカの場合は何故か不快に感じていない。

   いや、最初は不快に思ってもいたのだ。
   だが、今までしてきたように鋭い視線で睨み、きつい言葉をぶつけても、ビアンカは全く懲りずに何度も内側に入ってこようとする。
   何度も何度もそんな事を繰り返しているうちに、デボラはビアンカのそういった態度が気にならなくなっていたのだ。

   仁の場合はビアンカとは違う。
   仁とデボラは普段、険悪な雰囲気を撒き散らしながら接しているが、二人ともそれを楽しんでいる節がある。
   それに、何だかんだ言っても仁の方が年上なので、仁の方で最低限の距離感は保っているのだ。
   いがみ合いながらも、その最低限の距離を保ったまま決して離れようとはしないので、仁とデボラは今も行動を共にしていられる。

「(アンディか……)」

   デボラは最近、アンディに違和感を感じていた。
   違和感を覚えたのはオラクルベリーでの一件がきっかけだ。

「(アイツ、いつオラクル屋の存在を知ったのかしら?)」

   もし裏通りでウロウロしていたのがオラクル屋を探していたのだとすれば、最初からそう説明すればいい。
   そうしていれば、ビアンカに誤解される事も無かっただろう。
   だが、それは考えづらい。

「(わたしと一緒に飲んでいる時に、アイツは急に思い出したように立ち上がったわ。
  今まで忘れていたと考えるほうが自然よね)」

   オラクル屋に関する記憶だけが戻ったのだろうか?
   どうもしっくりいかない。

「(というか、アイツの記憶うんぬんも最近あやしいのよね)」

   以前、アンディは覚えている事と覚えていない事があると言っていたが本当だろうか?
   それにしては言動に怪しいものが多すぎる。



   最近、戦闘に参加するようになった仁。
   間合いの取り方や二人との連携はイマイチなのだが、魔物に対する知識が高すぎるのだ。

   仁は当然ゲームをプレイした事があるので、魔物を見ればある程度の特徴が分かる。
   この魔物は仲間を呼ぶから先に倒した方がいい、あの魔物は広範囲を攻撃する呪文や特技が使えるから固まらない方がいい、といった指摘が的確すぎるのだ。
   中には、デボラが遭遇した事の無い敵の知識まで持っていたりする。
   一流の冒険者にも引けを取らない知識があるのは、どう考えても異常だ。

   この辺り、仕方ないといえば仕方ない。
   普段の言動において、仁は原作知識を出来る限り隠している。
   あくまでも記憶が曖昧なアンディとして振舞っているのだ。
   今朝も、二人がヘンリー王子に会いに行く話をしていた時、仁はヘンリー王子の事を知らないかのように話を合わせた。

   しかし、魔物との戦闘ではそうはいかない。
   下手をすれば死んでしまうのだから、出し惜しみをする訳にはいかない。
   ただでさえ仁の能力は燃費が悪いので、無駄な行動をしている余地はどこにも無いのだ。



   そういった事の積み重ねが、デボラに違和感を抱かせる要因となっていた。

「(まるで、アンディじゃなくて別の……)」

   デボラは頭を何度も振った。
   馬鹿馬鹿しい。
   そんな事、ある筈が無い。



   デボラは席を立つ。

「どうしたの?」

「先に宿に戻ってるわ。
 ここの支払いは任せたわよ」

「え!?」

   ビアンカはクッキー片手に固まってしまった。

「え、じゃないわよ。
 当然でしょう、アナタに付き合ったせいで無意味な一日になったんだから」

「で、でも……。
 この前、綺麗なイヤリングを見つけて買っちゃったから、今けっこうピンチなの」

   ビアンカは髪を掻き揚げ、デボラに耳を近づけた。
   精緻な作りのイヤリングが、ビアンカの耳元で輝いている様子が見て取れる。

「知らないわよ、そんなこと。
 言っておくけど、旅のお金を使っちゃダメよ。
 あなたのポケットマネーから出しなさい」

   店を出るデボラ。
   後ろからビアンカの必死な訴えが聞こえ続けているが、完全無視。
   どこかすっきりしない思いを抱えながら、デボラは宿屋に戻っていった。



   三人がラインハットを立った後、ヘンリー王子の奥方の妊娠が国民に向けて発表された。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第05話「時間かけてヘルバトラーを仲間にしたものの、レベルを上げる気力まではなし」















   ラインハットを出た三人は、西に広がる森へ向かう事にした。
   城下町に住む老人から、その森の奥深くには妖精が住んでいるらしいという話を聞いたからだ。
   どうやら御伽噺のようなものらしく、デボラは乗り気では無かったが、仁とビアンカは違った。

   仁は妖精が存在する事を知っているし、可能性は低いが、その妖精に頼んでポワンと話が出来ないかという淡い期待をしていた。
   春風のフルートを扱う彼女であれば、仁が持っているバイオリンについて何か分かるかもしれない。
   ビアンカはリュカから子供の頃の話を聞いていたので、妖精の存在を疑っていない。

   二人の後押しの結果、妖精を探しに森に入った三人。
   数日後、底が見えるほどに澄み切った水を湛える泉を見つけ、そのほとりで休息を取っていた。



「綺麗ね。
 妖精が住んでるっていう話も、これなら期待できるかも」

   ビアンカは周囲の光景に思わず感動の溜め息をこぼしてしまう。
   深い森の中、木漏れ日が反射して泉がキラキラと輝いて見える様子は、まさしく幻想的だ。

「そうかもな」

   仁は焚き火に使えそうな枯れ木を集めながら渋い顔をしていた。
   ビアンカからリュカの話を聞いて、ほとんどの人間には妖精が見えない事を忘れていたのだ。

「アンディったら、なに難しい顔してるの?」

「え……ああ。
 妖精ってのがいるとして、俺には見えるのかなって」

「子供にしか見えないとか、心の綺麗な人にしか見えないとか、あのお爺さんは言ってたけど本当かしら?」

「だとしたら、俺とデボラには無理だな。
 君に期待するしかない」

「どっちの意味で?」

「どっちがいい?」

「どっちもだ~め。
 そんなこと言わないの」

   苦笑するビアンカ。
   そして、少し離れた場所に止めてある馬車に向かって大声で叫ぶ。

「デボラさーん!!
 すっごく綺麗な所だから、一度降りてきたらーーーっ!!」

「……」

   しかし、馬車の中からは何の返答も返ってこなかった。

「まだちょっと怒ってるのかしら?」

「まあ、今回の妖精探しには反対だったしな。
 これでなんの成果もない、なんてことになったら、アイツになに言われるか……」

「なら、がんばって探しましょう。
 アンディは、薪拾いもがんばってね」

   そう言って、アンディから離れていこうとするビアンカ。
   しかし、すぐにその足を止め、辺りを注意深く見渡し始めた。

「?
 どう……っ!?」

   一瞬遅れて仁も気付いた。
   どこからか、血の匂いがする。

「なんだ?
 ……まあいいや、とにかくデボラを…」

「ここにいるわ」

「うおっ!?」

   仁が馬車にいる筈のデボラを呼ぼうと振り返った所、目の前に鋭い目つきをするデボラがいた。

「俺は気配を探ったりはできないけど、普通は足音ぐらいするだろ?」

「アンタ程度に気付かれるほどヘッポコじゃないの」

「あ、そう。
 でも、気付かないように近付いてきたんだから悪意はあるよな?」

「どうかしらね。
 アンタに言わせると、わたしは心がキレイじゃないらしいから」

「なんで馬車の中にいたのに聞こえてるんだよ……」

   魔物と近接戦闘が出来る人間は基本スペックからして違いすぎる事を、仁は改めて実感した。


   ・・・と、



「二人とも、こっちよ!!」

   ビアンカは何かに気付いたのか、突如走り出した。



   後に続く二人。



   そして、暫く走った所で二人の目に衝撃的な光景が映った。



「大丈夫、しっかりして!」

   先に辿り着いていたビアンカの傍には一人の怪我人がいた。
   全身を覆うローブを纏っていてよく分からないが、小さな背格好からすると恐らく子供だ。

「こんな所に子供が一人で……だれか他にいるのか?」

「わたしが周りを見てくるわ。
 アンタはビアンカと一緒にいなさい」

   デボラは茂みの奥に消えていった。

「ビアンカ、その子供はどうだ?」

「怪我をした所はすでに塞がっているから心配ないわ。
 意識がないのは、血を流しすぎたのが原因だと思う」

   仁はビアンカに近付き、子供の顔を覗き込む。

「女の子……が、こんな所に一人で?」

   幾ら何でも不自然だ。
   やはり他にも誰かいるのかと仁が考えていると、

「それがね、ただの女の子じゃないみたい」

「どういうことだ?」

   ビアンカは少女のフードに手をかけ、一瞬躊躇う素振りを見せたが、すぐにフードを取る。

「え?」

   仁は我が目を疑った。

「こういうことよ」

   少女の耳は異様に長かった。
   それだけでも、この少女が人間で無い事を明確に表している。

「もしかして、当たり?」

「かもしれない」

   二人とも、元々はそのためにここまで来たというのに、どこか実感が湧かない様子だ。



   その後、暫くしてからデボラが戻ってきたので、少女を連れて馬車に戻る事にした。
   デボラが見てきたところ、魔物の死体をいくつか見つけたものの、それ以外には何も見付からなかったそうだ。   





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽


   


   日が暮れ始めた頃になって、少女は目を覚ました。


「……ここ、は?」

「あら、目が覚めたのね」

   焚き火の傍で、食事の支度をしているビアンカ。

「だれっ?」

   少女はビアンカから距離を取ると、警戒心を露にした。
   が、すぐに座り込んでしまう。

「駄目よ。
 ずいぶんと血を流してたみたいだから、あまり動かない方がいいわ」

   ビアンカは少女に駆け寄ると、少女を抱き上げて肩を貸し、焚き火の傍まで戻って座らせる。

   その間、少女は大人しくしていた。
   いまだに警戒心を完全に解いた訳では無いが、どう対応を取るかは話をしてからだ。

「あなた、だれ?」

「私?
 ビアンカよ」

「ビアンカ……」

   少女はその名前に心当たりがあった。
   だが、すぐには思い出せない。

「ねえ、あなたの名前は?
 あなたは妖精、なのよね?」

「ええ。
 ワタシの名前は……え?」

   少女の言葉が急に途切れた。


   どこからともなく、仁の弾くバイオリンの音が聞こえてきたのだ。


「(アンディが戦ってるってことは、数が多いのかしら?)」

   先程、魔物の気配を感じたデボラがアンディを連れて偵察に行ったのだが、どうやらデボラのカンは当たったようだ。
   助けに行こうとも考えたが、少女を残して行く事は出来ない。

「(本当にピンチになったら戻ってくるだろうから、大丈夫よね)」

   それに、この森の中では自分はあまり戦力にならない。
   草木が邪魔で鞭を振るうには適さないし、火炎系の呪文を森の中で使う訳にはいかない。

   そう考え、ビアンカは少女に意識を戻す。

「……」

   少女は明らかに動揺していた。
   ビアンカの方を見ようともせず、周囲を見回して音がする方向を探しているようだ。
   そして、

「……ポワン、さま?」

   独り言のように、少女はぽつりと呟いた。

「ポワン様?」

   ビアンカの耳に少女の呟きは届いた。
   どこかで聞いた名前だ。

「この音を出している人間は、あなたの知り合い?」

   思い出そうとしていたところ、話を振られて考えを中断するビアンカ。

「ええ。
 アンディっていう私の仲間よ。
 一緒に旅をしているの」

「魔物の気配がするけど、助けに行かなくていいの?」

「大丈夫よ、きっと」

「そう。
 なら、詳しい話は二人が戻ってからね。
 それと、ワタシの名前はべラよ」

「え、なんで二人いるって分かったの?
 っていうかちょっと待って、あなたべラっていうの!?」

   驚きの連続で、ビアンカの頭は混乱してしまう。

「分かるわよ、それくらい。
 妖精だもの」

   答えになってないような気がするが、堂々とそう言われてしまうとビアンカとしては頷くしか無い。

「そうなんだ……。
 でもべラって名前、偶然かしら……リュカから聞いた妖精の女の子と同じ名前ね」

「え!?」

   今度は、べラと名乗る少女が驚く番だ。

「あなた、なんでリュカのことを?」

「リュカのこと知ってるの?
 なら、本当にあの女の子なんだ……」

「え、ちょっと待ってよ……どういうこと?」



   話が噛み合わない内に、バイオリンの音が聞こえなくなった。
   そして暫くすると、仁とデボラの二人が戻ってくる。



   四人が揃った所で、まずは簡単に自己紹介をし、ビアンカとべラは互いが何者であるか理解した。
   直接の面識は無いものの、リュカを通して話は聞いていたので、何となく初対面では無いような印象を受ける。
   仁は黙っていたものの、あまりにも出来すぎた出会いのせいで、素直に喜ぶ事が出来ないでいた。


   そして、べラは何故自分がここにいるのかを話し始めた。

   何故べラがこんな所にいるのかというと、妖精の世界で最近起きている異変が原因だった。
   通常、人間の世界から妖精の世界に行くには、迷いの森の奥にある旅の扉を通る必要がある。
   妖精には他の方法も使えるが、好き勝手に使う事は許されず、使うには許可を得なければならない。

   しかし、最近はその法則が崩れてきているのだとべラは言う。

   原因は定かでないが、人間の世界と妖精の世界を繋ぐ不安定な旅の扉のようなものが各地に発生しているらしい。
   そのために、人や魔物が妖精の世界に迷い込む事態が頻繁に起きていた。
   そこで、妖精の女王はその扉を塞ぐ事を決めた。

   扉を塞ぐためのメンバーの一人として志願したべラは、この森にやってきて扉を塞いだ。
   その際、周囲への警戒を緩めてしまったせいで、魔物に背後から襲われたのだという。
   魔物を倒し、傷を呪文で塞いだものの、そこで意識を失って倒れたらしい。



「質問」

   べラの話が一段落した所で、仁が挙手をする。
   話は大体分かったが、それより先に聞きたい事があるのだ。

「なに?」

「なんで君の姿は見えてるんだ?
 妖精ってのは、ほとんどの人間には見えないものだって聞いてたんだけど」

「詳しいことは分かってないの。
 子供の方が見えやすいのは確かだけど、大人でも見える人もいるわ。
 あなた達は、たまたま見える人のようね」

「そう、なのか……?」

   仁は無理矢理納得する事にした。
   随分とアバウトだが、とりあえず見えるのだから良しとしよう。


「今度はワタシが聞く番」

   ベラは三人の顔を順番に見て、少しだけ表情を厳しくする。

「あなた達はなぜこの森にいたの?
 助けてくれたことは感謝してる。
 でも、妖精の世界に行こうとしているのなら、ワタシはあなた達を止めなきゃいけない」

   他にもまだ扉は存在している。
   ベラとしては、人間と交流をもっと増やしてもいいと思うが、妖精の女王は今の状態を保つ方針なので、べラとしてはこう言わざるを得ない。

   真剣な表情のべラに対し、三人は一人一人自分の考えを口にしていく。

「妖精の世界とかはよく分からないけど、とにかく妖精と友達になりたかったから。
 リュカだけなんてずるいでしょう?」

   まずビアンカが。

「わたしは別に来たくなかったわ。
 この二人がどうしてもっていうから、仕方なく付き合っただけよ」

   次にデボラ。

「俺は正直、半信半疑だったかな。
 いたらいいし、いなくてもまあ別にいいか、ぐらいの気持ちでここまで来た」

   そして、最後に仁が答えた。


「……なによ、それ……」

   三人の答えに、べラは呆れてしまった。
   真面目になった自分が馬鹿らしい。

「まあ、もう一つ付け加えるなら、もし妖精に会えたらこいつのことを聞きたかったってのもある」

   仁は背中に背負っていたケースを前に持ってきて、バイオリンを取り出した。

「もしかしたら、なにか知ってるんじゃないかと思って」

「あ、それ!?」

   べラの目の色が明らかに変わった。
   仁に駆け寄ると、食い入るようにバイオリンを見つめる。

「さっきこれを弾いていたのは、あなたよね?」

「ああ」

「どこでこれを手に入れたの?」

「南の方にあるオラクルベリーって町で貰った。
 本当は売り物だったんだけど、色々あって」

「……そう」

   べラはバイオリンから視線を外し、元いた場所に戻る。

「なんでそんな物をあなたが持っていて、なんであなたが使えるのかは分からないけど……相当な代物よ、それ」

「そうなのか?」

   仁の問いに、べラは無言で頷く。

「そういえば、アンディの演奏の音を聞いた時、あなたポワン様って言ってたわね」

   ビアンカが口を挟む。
   べラがその時に呟いていた言葉を思い出したのだ。

「ええ、そうよ。
 ワタシたちの住む村を治めてくださっているお方。
 あなたのバイオリンの音を聞いた時に、ポワンさまが春風のフルートを吹いた時と同じ感覚がしたの」

「へ、へえ……。
 春風のフルートっていうのは、吹くことで世界に春が訪れるってビアンカは言ってたけど?」

   仁は内心穏やかでは無い感情を押さえ込みながら、べラに尋ねた。
   もしこのバイオリンが春風のフルートクラスであれば、世界に影響を与えかねない。

「ええ、その通りよ。
 でも、それほど強い力を持ってるとは思えないわ。
 もしかしたら、本当の使い方を知らないだけなのかもしれない。
 それでも、あなたがそのバイオリンを弾いた時、この森中の精霊が騒ぎ出していたわ」

「精霊?
 悪いんだけど、俺にはよく分からない」

「それはそうよ。
 精霊は目に見える存在じゃないから。
 そして、精霊は人間だろうと妖精だろうと、だれかの求めに応じることはないの。
 例外の一つが、ポワンさまが持っている春風のフルートよ」

「どういうことだ?」

「春風のフルートは楽器の形をしているけど、本当は楽器ではないの。
 精霊と言葉を交わすための道具よ」

「精霊と、言葉を……」

   仁はべラの言葉を一言一句聞き漏らさぬよう注意していた。
   恐らく、この中には大事なヒントが隠されているような気がする。

「フルートの音は演奏者の思いを乗せて、精霊に届けるの。
 それと同じような力を、そのバイオリンは持っているわ」

「そっか……。
 教えてくれてありがとう」

「いいわよ、別に。
 それより気をつけなさい。
 その力は、人間が扱うには大きすぎる。
 いつか、あなたに牙をむくかもしれないわ」

「ああ。
 覚えとくよ」

   アンディは、とりあえずバイオリンを仕舞った。
   時間はいくらでもあるのだから、後でゆっくり考えよう。


   話が終わった事を見計らってビアンカが声をかける。

「終わった?
 なら、ご飯にしましょう。
 べラちゃんの分もあるからね」

「え、ワタシは別に……。
 ていうか、べラちゃんっていうのはやめて。
 人間より身体の成長は遅いけど、ワタシは子供じゃないの」

「そうなの?
 なら、どう呼べばいいかしら?」

「べラでいいわよ。
 それより……」

   立ち上がろうとしたべラの肩を仁が抑える。

「まあまあ、そんなに急がなくてもいいだろ?
 まだ体調が整ってないんだから、今日はここで夜を明かしたほうがいいって。
 というわけで、せっかくだから食べてけ」

「なにがせっかくなのよ?
 助けてもらって感謝してるわ。
 だから、これ以上は……」

   べラは去ろうとしたが、仁の手を払えないほど弱っていた。

   仕方なく、べラは一晩ここで世話になる事にした。   





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   次の日、朝早くから出発した一行は、昼過ぎになってようやく森を出た。


「それじゃ、ここでお別れね」

   べラは別れを切り出して馬車を降りた。

「これからどうするんだ?」

   御者台で手綱を握っている仁は、べラの頭上から声をかける。

「ワタシの担当はもう一つあるの。
 そこに行って扉を塞いだら、妖精の世界に戻るつもり」

「なら、そこまで一緒に行かない?」

   ビアンカが馬車を降りてべラの傍に寄る。

「一緒にって……。
 これ以上、あなた達に迷惑をかけるつもりはないわ」

「迷惑なんかじゃないわ。
 それに、次の目的地が決まってるわけじゃないから、むしろちょうどいいし。
 ねえ、アンディ?」

「ん?
 ああ、いいんじゃないか」

「デボラさんも、それでいい?」

「好きにしなさい」

   馬車の中から、興味無さそうな返事が返ってきた。

「いや、だから……」

「でも、人がいるところだったらどうするんだ?
 べラの姿はほとんどの人間には見えないんだろ?」

「それなら大丈夫。
 見えるようにごまかす方法があるから」

「なら決まりね!」

「あっ!?」

   べラは、自分が余計な事を言ってしまった事に気付いた。
   しかし、気付いた時には遅く、二人の中ではべラが同行する事で決定してしまったようだ。   

   べラが何と言って断ろうか考えていると、馬車の中から再び声がする。

「ホントに無理なら、ちゃんと無理って言いなさい。
 その二人は引き下がるわ」

「そうなの?」

「ええ。
 でも、ホントに無理ならね。
 そうじゃなかったらその二人は面倒よ。
 まあ、昨日の夜にイヤってほど理解したでしょうけど」

「それは理解してるわ、すごく」

   べラは迷った挙句、ポワンに相談する事にした。
   二人に話してから距離を取り、特殊な方法を用いてポワンと話をする。



   そして・・・



「どういうつもり?」

「ワタシにもわからないわ」

   べラは馬車の中にいた。
   爪の手入れをしているデボラの隣で、複雑そうな顔をして座っている。

「そのポワンって妖精は、なにを考えているのかしら?」

「ワタシに分かるわけないでしょ」

   それはべラの本心だった。
   なぜ、ポワンは同行を勧めるような事を言ったのだろう。
   それに、

「(アンディという青年と行動を共にして、その人となりを見極めるようにって……どういうことですか、ポワンさま?)」

   ポワンはべラに一つの指示を出していた。
   そして、その事をアンディに決して話さないようにと。

   何故ポワンがそのような指示を出したのか、べラには分からない。
   バイオリンが原因だとすれば、何故その事を話してはいけないのだろう?

「(考えても分からないし、仕方ないか)」

   べラはこれ以上考えるのをやめた。
   いずれ、ポワンが理由を教えてくれるだろう。
   傍にいるだけならば、難しい訳でもやりたくない訳でも無いので、特に不満は無い。

   それよりも、この事を良い方に考えよう。

「(もしかしたら、リュカに会えるかな?)」

   今回、扉を塞ぐメンバーに志願したのも、それが理由としては大きい。
   可能性は低いが、もしかしたら会えるかもしれないと期待していたのだ。

「(結婚したってビアンカは言ってたし、子供がいたりして)」

   それも楽しみだ。
   人間の成長は早い。
   もはや子供の頃の面影は無いかもしれないが、それでもリュカに会いたいとべラは思った。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   一ヵ月後、四人はオラクルベリーに立ち寄った。

   べラの担当する扉が、この町の近くにあるらしい。
   ここで一旦休憩を取った後、それからべラの目的地に向かう事にしたのだ。
   仁としても、オラクル屋の店主に会って礼を言いたかったので丁度いいと思ったが、この町で一同を驚愕させる話を聞く事になった。
   特に仁は、心臓が止まるかと思うほどのショックを受けた。


   グランバニア王国に、前王パパスの息子が妻を伴って帰還。
   試練の洞窟を突破し、新しい国王の誕生に国中が喜びに包まれた。
   しかし、その日の夜に事件が起きた。
   王妃フローラが攫われ、攫われた王妃を助けるべく、国王リュカが消えてしまったという事だ。

   この話の中に、フローラの懐妊・出産といった内容は一言も出てこなかった。










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 感想ありがとうございます。
毎回楽しみに読ませてもらってます。

 曲の説明については、ゲーム的に表現するとこんな感じかな、ぐらいの気持ちで書きました。
さまよう鎧のHPは盲点でしたね、全然考えてませんでした。

 コリンズ誕生の時期はたぶん違いますが、この話では原作の双子誕生と同じくらいの時期で考えてます。

 妖精が見えるようになる条件が分かりませんでした。
迷いの森では、大人になった主人公には妖精が見えなくて、双子には妖精が見えるイベントがあります。
ただ、その後は普通に見えて会話できますし、昔は見えなかったサンチョもなぜか妖精が見えて声も聞こえるようになってます。
なので、この辺りはけっこう適当です。
はっきりした条件をもし知っている人がいましたら、教えてもらえると助かります。

 新たな仲間べラ。
仁の攻略対象ではありません。
子供時代に使える呪文はホイミ・ギラ・ルカナン・マヌーサで、回復と補助を中心に覚える予定です。

 これでようやく四人になりました。
順番はデボラ・ビアンカ・べラ・仁になります。
まあ、バランスは悪いです。


 最後に・・・
PS2版でヘルバトラーを仲間にしましたが、その時たしか、主人公のレベルは80いくつだったと思います。
仲間になった時は嬉しかったんですが、レベル上げは面倒になってしませんでした。
普通に仲間になるモンスターだと、グレイトドラゴンが一番でしょうか。
キラーマシンは仲間になると強いんですけど。
私の場合、キラーマシンが仲間になった時にはグレイトドラゴンが三体いました。







[16328] 第06話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:7572c7f4
Date: 2010/02/28 01:51



   グランバニアが深刻な事態に陥っているという話を聞いた仁達。
   それから五日経ち、彼等が何をしているのかというと・・・・・何と、いまだにオラクルベリーに留まっていた。



   宿屋にて、女性陣の部屋は重たい雰囲気に包まれていた。

「……」

   デボラは無言で目を瞑り、苛立ちを隠し切れずに周囲に不機嫌なオーラを出している。

   さすがのビアンカも、今のデボラには声をかけられない。

「……」

   ビアンカは旅の途中で傷んだ衣類を繕っていた。
   とはいえ、この作業を始めてからもう四日・・・・・正直、繕う箇所も無くなっている。
   それでも、ビアンカはその作業をやめようとはしなかった。
   気を紛らわせていないと、今の状況には耐えられそうに無い。

「……」

   べラは現在、人間の子供のような姿をしていた。
   妖精族が使えるモシャスに似た呪文を使う事で、周囲にべラの姿を人間の子供のように見せている。
   この方法を使えば、妖精が見えない人にもべラの存在を認識させる事が出来、数日は呪文の効果が続くので人間の世界でも普通に生活が出来る。
   欠点は姿形の細かい変更が効かず、べラが使うと子供の姿になってしまう事だが、そこまで求めるのは贅沢だろう。

「(……ふぅ)」

   べラは、そんな二人を眺めながら、二人に聞こえないように溜め息をついた。
   何故、こんな事をしているのだろう?
   リュカの失踪は、べラにとっても他人事では無い。
   自分で選んだとはいえ、身動きの取れないこの状況がもどかしくて堪らなかった。



   何故、四人がオラクルベリーに留まっているかについては当然理由がある。

   この町に到着した日、町の人から話を聞いてリュカとフローラの危機を知ったデボラとビアンカは、すぐにグランバニアに向かおうと言い出した。
   しかし、べラが自分も行きたいと言い、今すぐ町を出て翌日の朝には任務を終えて戻ってくるから、それまで待って欲しいと頼んできたので、悩んだ結果べラの頼みを聞く事にした。
   その間、仁はほとんど口を利かなかったのだが、三人とも焦っていたので気付いていなかった。

   そして翌朝、デボラを連れたべラが任務を終えて部屋に戻ってきた。
   ビアンカが出発の準備を終えていて、いざという所で、軽装の仁が部屋を訪ねてくる。
   目の下に隈を作り、鬼気迫る表情の仁は三人に告げる。

「グランバニアには行かない。
 みんなはここで待っててくれ」

   当然、三人は猛反発。
   しかし、理由を聞いても仁は答えない。
   リュカとフローラを助けるためだとだけ、何度も何度も繰り返した。
   そして、自分一人では難しいから、三人の力が必要になるとも。

   三人は悩んだ。
   別に従う必要は無い。
   理由を話せないというなら尚更だ。

   だが、三人は留まった。
   仁を完全に信じたとは言い切れない。
   信じたいとは思うが、信じるに足る材料が少なすぎる。

   それでも三人が何故この町に留まる事を選んだのかというと、部屋を出て行く時にぽつりと呟いた仁の言葉と、

「上手くいってもいかなくても、終わったら全部話すよ。
 俺がなにを隠していて、今までどれだけの嘘をついているのか。
 信じてくれないかもしれないし、たとえ信じてくれたとしても…………許してはくれないだろうな」

   寂しそうに微笑む表情が、頭から離れないのだ。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   デボラ達がもどかしい気持ちを必死に抑えながら部屋でじっとしている頃、仁は一人で教会にいた。

   一度オラクル屋に寄っただけで、仁はほとんどの時間をこの教会の中で過ごしている。
   教会にいるのは、一人になれる静かな場所がここしか無かったからだ。
   宿の部屋でも同じだが、どうしても隣の部屋にいるデボラ達が気になってしまう。


   教会を訪れる人々の邪魔にならいよう、整然と並べられた長椅子の端に座って俯いている仁。

   仁は迷っていた。
   自分の行動は正しいのだろうか?
   こんな所でじっとしているより、名前は忘れたが何とかという塔に行って、二人を助けた方がいいのではないか?

「(いやっ、違う!
  今から行った所で間に合うはずがない)」

   仁は首を何度も振り、迷いを打ち消そうとする。

   その考えは間違ってはいない。
   リュカが既にグランバニアを出た後だというのならば、今からでは遅すぎる。
   今から助けに向かった所で、着いた時には恐らく二人は石にされており、運び出された後だろう。
   ならば、仁の知識を生かし、先回りした方が可能性としては高い。

   しかしそれはあくまで、仁の知っているゲームでの流れと、仁がアンディとして生きている今、この二つが同じタイムテーブルで進んでいる事が前提になってくる。

「(だいたい、なんで双子が生まれていない?)」

   物語は原作の流れを辿ってはいない。
   仁の行動は、全くの徒労に終わる可能性がある。
   そう考えるだけで、仁は恐怖で押し潰されそうになる。

「(異分子は間違いなく俺だ。
  でも、俺は主人公の邪魔になるようなことは、なにもしてないはずだろ?)」

   デボラとビアンカの二人と旅をしている事。
   海辺の修道院に大量の魔物が襲ってきた事。
   ゲームには存在しない楽器、精霊のゆりかごを手に入れた事。
   べラと出会い、行動を共にしている事。

   原作に無い出来事が数多く起きているが、それらは原作の流れと関係ない所での出来事の筈だ。

「(どうすれば元の流れに戻る?
  このままだと絶対にまずい)」

   妹の方はともかく、兄の方は致命的だ。
   勇者がいないというのに魔王を倒せるのだろうか?
   最悪、世界が闇に包まれてしまう可能性が出てくる。

   だから、仁はリュカ達に関わる決意をした。
   
   今まで仁は、自分から彼等に関わろうとは決してしなかった。
   危険だというのも理由の一つだが、一番の理由は必要無いと思ったからだ。
   仁が何もしなくても、彼等はいずれ魔王を倒して世界を救ってくれるだろう。
   むしろ、仁が不用意に原作知識を使う事で、悪い結果をもたらす可能性だってありうる。

   だが、もはやそのような事を言っている場合では無いのだ。



   仁は顔を上げ、大きく息をついた。

「……あ」

「迷いは晴れましたか?」

   仁の目の前には、中年の神父が立っていた。
   年の頃は、仁の父親と同じぐらい・・・

「(俺の父親……。
  そういや、いくつだっけ?
  あれ?
  そもそもどんな顔で、どんな名前……)」

   少し悩んで思い出す事は出来たが、仁は不思議な違和感を覚えた。
   しかし、その違和感はすぐに霧散し、何も感じなくなってしまう。

   仁が悩んでいる間に、神父は仁の隣に腰掛けていた。

「何日も居座っててすみません。
 邪魔ですか?」

   神父は優しげな顔で首を振る。

「いいえ。
 あなたの迷いが晴れるまで、いつまでも居てくださって構いませんよ」

「ありがとうございます」

「ただ、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「はい、もちろん」

「あなたに会いに、二人の女性と一人の少女がこの教会を訪ねてきました。
 三人はあなたと二言三言話して帰ってしまい、それ以来、私は彼女達を見ていません。
 あなたがなにを迷っているのか分かりませんが、彼女達に迷いを打ち明けることはできないのですか?」

「そう、ですね……」

   仁も同感だ。
   それが出来ればどれほど楽か。
   だが、今の時点で彼女達が納得する説明は出来そうに無い。

「(ドラゴンクエスト5っていうゲームがあって、みんなはその中に出てくるキャラクターの一人で……。
  こんな話、一体だれが信じる?)」

   僅かでも信じてくれる可能性があるとすれば、それは仁がこの先に起きる事を知っていると証明出来た時だけだ。
   だから、それまでは三人に対して何も言うつもりは無い。

「無理です。
 俺は、みんなに嘘をついて一緒にいるから」

「嘘、ですか?
 それは一体……」

「全部です。
 俺はみんなに、一度だって本当の自分を見せたことがない」

   歯を食いしばりながらそう話す仁を、神父は悲しそうに見つめた。

   嘘をつく事は、決して誉められた事では無い。
   だが、この青年は嘘をつき続けている事で苦しんでいる。

   神父は仁に何も言わなかった。
   言う必要は無い。
   言わずとも、この青年は全て分かっているのだから。


   立ち上がり、仁の前から去ろうとしている神父に仁は声をかける。

「俺は迷ってます。
 でも、別に答えを見つけるためにここにいる訳じゃないんです」
   
「どういうことですか?」

「待ってるんです」

   何を?
   神父がそう言いかけた時、教会の扉が開く。



“ギギイイイィィィ……”



   振り向く仁と神父。
   そして・・・



「待ってました」

   待ち人は来た。
   ここからが本番だ。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   夕方になって、デボラ達の部屋を一人の男が訪れた。



「よう。
 久しぶりだな、嬢ちゃん達」

「アナタ……」

「「だれ?」」

   その男を知っているのはデボラだけだった。
   ビアンカとべラは首をかしげて男を見つめている。

「金髪の方はビアンカだよな。
 あの時は寝てたからオレの顔は分からねえか」

「オラクル屋の店主よ、ソイツ」

「あ!?」

   デボラの言葉で、ビアンカは男が誰なのかようやく分かった。
   そういえば、直接の面識は今まで無い。

「おう。
 ロジャーだ、よろしくな」

「へぇ。
 アナタ、そんな名前だったの?」

「おいおい……。
 まさか覚えてねえのかよ」

   がっくりと肩を落とすオラクル屋の店主ロジャー。

「で、ちっこいのはベラか。
 妖精には見えねえな」

「アナタ、なんでそのことを……」

   警戒するベラ。
   男が何者なのかは、アンディから楽器を手に入れた話を聞いていたので何となく理解しているが、自分が妖精である事を何故知っているのだろうか。
   そもそも、なぜこの男は自分の名前を知っているのだ?



   無遠慮に部屋に入ってくるロジャーの前に、不機嫌そうな顔をしたデボラが立ちはだかる。

「悪いけど、今アナタに構ってるヒマないの。
 帰ってくれる?」

「ヒッデエなぁ、デボラ嬢。
 わざわざ迎えに来たってのに」

「迎え?」

「すでにアンディの兄ちゃんはオレの仲間が手配した船に乗り込んでるぜ。
 まあ、最近は寝てなかったらしいから、今は船室でぐっすりだろうけどよ」

「「「えっ!?」」」

   三人の顔色が変わった。
   そして、間髪いれずにロジャーに詰め寄る。

「どういうこと?
 アナタ、アイツがなにをしてるのか知ってるの?」

   デボラが殺気すら漂わせてロジャーを問い詰める。
   溜まりに溜まったフラストレーションが今にも爆発しそうだ。

「どういうことって……。
 嬢ちゃん達、あの兄ちゃんからなにも聞いてねえのか?」

「詳しく話してください」

「ワタシも聞きたいわ」

   三人に詰め寄られ、困惑気味のロジャー。
   まさか、何も知らないとは思わなかったのだ。

「数日前、兄ちゃんがオレの店にやってきたんだ。
 んで、挨拶もそこそこに、いきなりオレに頼みがあるって言ってきてよ」

「頼みって船のコト?
 そんなこと、わざわざアナタに頼まなくたって……」

「デボラ嬢、早とちりすんなよ。
 それもたしかに頼まれたが、それはあくまでついでだ」

「じゃあ、アンディは一体なにを?」

「兄ちゃんは、あるオークション会場の場所を調べて欲しいって、このオレに言ってきたんだ」


「「「……え」」」

   三人は一瞬、頭の中が真っ白になった。
   今、ロジャーは一体何を言ったのだ?


「……悪いけど、もう一度言ってくれるかしら?」

「ああ。
 だから、あるオークション会場の場所を調べて欲しいって、あの兄ちゃんはオレに言ったんだ」

   三人は聞き間違いだろうと思ったのだが、ロジャーはもう一度同じ言葉を繰り返した。
   ますます三人の頭の中が混乱してくる。

「どうしてなんですか、おじさん。
 アンディは、なんでそんなことを……」

「さあな。
 オレは頼まれただけだ。
 なんでかなんて、オレには分からねえよ。
 ただ……オレには、なんであのオークション会場の存在を知っていたかの方が気になる。
 あの兄ちゃん、一体ナニモンなんだ?」

「どういうこと?」

「兄ちゃんが知りたがっていたオークション会場はな、オレですら噂でしか聞いたことがねえようなもんだ。
 一部の富豪…王侯貴族…真っ当な商品を扱わない商人。
 そんな連中の間だけで取引が行われているっていう話だ。
 オレ自身、噂だけで実在しねえと思ってた」

「真っ当なって?
 あなたはたしか、普通の店で買えるような商品を置かないんでしょう?
 だから、あのバイオリンをアンディは手に入れることができた。
 あなたとは違うの?」

   ベラの指摘に、ロジャーは露骨に不機嫌そうな顔をしてベラを見る。
   知らないのだから仕方ないとはいえ、あの連中と同じ商人扱いされると思うだけで吐き気がしてくるのだ。

「一緒にしないでくれ。
 真っ当なってのは、そのまんまさ。
 売買をして仕入れる商品が真っ当ってこった。
 それに比べて、そいつらは盗品を扱ったり、なかには人を雇って盗ませるようなのまでいやがる。
 あとは……商品にしちゃいけねえもんを扱うようなやつが真っ当じゃないって意味だ」

「商品にしてはいけないもの?」

   ベラには何の事か分からなかった。
   盗品なら分かるが、それ以外にそんな物があるのだろうか?

   不思議に思うベラだったが、こちらを見つめるロジャーの冷めた視線を感じて寒気を覚えた。
   何か、嫌な予感がする。

「ちっこい嬢ちゃん。
 あんたのことだよ」

「え?」

「嬢ちゃんみたいに珍しい存在なら、いくら出してもいいなんて連中は五万といる。
 それ以外にも、物として扱っちゃいけねえもんを連中は平気で扱いやがる」

「う、うそ……。
 そんな、だって……」

   ベラは明らかに動揺していた。
   ロジャーの話が信じられないのだ。
   今までベラが出会ってきた人間は皆、心優しい人達ばかりだったから。

「気をつけな。
 世の中には、いろんな人間がいるからよ」

   ロジャーは、後でアンディにも釘をさそうと決心する。
   あの男は妙に甘い所がある。
   自分だからよかったものの、ペラペラと話していいような話題では無いのだ。



「アンディがそのオークション会場に行くのは、そこにリュカとフローラさんがいるからですか?」

   ビアンカの頭の中には嫌な想像ばかりが浮かんできた。
   リュカが十年もの長い間、奴隷生活を送っていた話はリュカから聞いた。
   ありえない事など何も無いのだ。

「だからオレは知らねえって。
 詳しくはなにも聞いてねえんだ」

   すると、今度はデボラが口を開く。

「どうしてアナタはその場所を突き止められたの?
 今まで噂でしか聞いたことがなかったのでしょう?」

「ほとんど兄ちゃんのおかげだよ。
 兄ちゃんがヒントをくれなかったら、とても調べられはしなかった」

「どういうこと?」

「兄ちゃんは、自分が覚えてるあいまいな記憶を話し出したんだ。
 『たしか世界地図の上の方にあるはず。
  山に囲まれていて、海からしかいけない場所にあると思う。
  会場の建物はたしか石造りで、たぶん円形の造りだった』
 その話を元に、仲間の商人連中に片っ端から聞いて回ったら、一人だけ知ってるやつがいて、なんとか口を割らせることができた」

「なによ、それ……」

   デボラは得体の知れない恐怖を覚えた。
   かなり抽象的だが、まるで見た事があるような言い方だ。

「本当に、記憶を失う前の兄ちゃんはただの吟遊詩人だったのか?」

   ロジャーの問いに答えられる者は誰もいなかった。


   その答えを見つけるには、船に乗るしかない。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第06話「ザイルを仲間にするの忘れてたけど、即預かり所送りでお前は満足か?」















   デボラ達がオラクルベリーの近くに碇泊中の船に乗り、船は出発。
   北上する事数日、いまだに目的地は遥か遠い。


   仁は船の甲板に座り込み、ぼうっと海を眺めていた。
   まだオークション会場の位置を特定出来ただけだが、ロジャーが教会にやってきて、その事を教えてくれた時に緊張の糸が切れてしまったのだ。
   久しぶりにぐっすりと眠り、目を覚ました時には気が抜けてしまっていた。
   あれだけ迷い、焦っていたのが嘘のようだ。

「(まあ、目的地には二ヶ月ぐらいかかるって言ってたしな)」

   そのうち緊張感も高まっていくだろう。

   再び海に意識を戻す仁。
   時折、海の魔物が船を襲う事もあるらしいが、今の所は平穏そのものだ。

「(まあ、どうせ俺は役に立たないけど)」

   仁が戦闘で使える唯一の曲『夏』は、海の上では効果を発揮しない。
   魔物が襲ってきても、出来る事は何も無いのだ。
   その場合、デボラ達に頼るしか無い。

「(みんな、よく付いて来てくれたよな)」

   正直言って、仁はデボラ達が町に留まっているとは思わなかった。
   ましてや、自分と行動を共にしてくれるとは思ってもみない。
   何一つ説明しなかったというのに、何故付いてきてくれたのだろう?

「(にしても……来ちゃったか……)」

   仁の内心は複雑だった。
   来てくれた事は嬉しい。
   今後の事を考えれば、デボラ達の力は大きい。
   しかし、今からやろうとしている事を考えると、出来れば彼女達を関わらせたくは無い。

「(こんなこと考えてるのも、おそらくふざけた話なんだろうな)」


   そんな事を考えていると、仁の背後から影が伸びてきた。


「ずいぶんとのんびりしてるのね」

「ベラか」

   仁は後ろを向かずに海を見続けていた。
   たった数日の事なのに、ベラの声を聞いた仁は何故か懐かしさを覚えた。

「座ったらどうだ?」

「いいわ。
 すぐ船室に戻るから」

「そっか。
 なんだか、こうして話すのも久しぶりな気がするな」

「そうね」



   暫く、無言の時間が流れた。



   やがて、無言の空気に耐え切れなくなったベラが、ぽつりと呟く。

「ワタシは、あなたのことをほとんど知らない」

「出会ってまだ一月ちょいだしな」

「あの二人みたいに、あなたのことを信じることはできないわ」

「いや、それはどうだろう?」

   仁は真剣に考えて首を捻った。
   信じてもらえているとは思わないし、信じてもらう資格があるとも思えない。

「でなきゃ、ああして町に留まったりしないわ。
 違う?」

「ん……まあ、それもそうか。
 じゃあ、君はなんで?」

「ワタシは……」

   ベラは言葉に詰まった。
   何故かと聞かれれば、ポワンにアンディの傍にいるように言われたからだ。
   しかし、その事を言う訳にはいかない。

「(でも、ほんとうにそれだけ?)」

   リュカの事を思えば、じっとしている時間など無い筈だ。
   アンディの件はポワンに厳命された訳では無い。
   ベラがリュカを探しに行った所で、恐らくポワンは責めまい。


   迷うベラとは対照的に、仁は落ち着いていた様子で黙っていた。
   話したくなければ話さなくてもいい。
   少なくとも無理に聞き出そうとは思ってない。


   しかし、そうした仁の態度がベラの癪にさわったようだ。

「ちょっと、なんで黙ってるのよ?」

「いや、話したくないならいいんじゃないか?
 俺は隠し事ばっかりだし」

   淡々とした調子で話す仁。
   覚悟が出来たというより、なかば開き直りに近い。

「ワタシは違うわっ。
 別に……隠してるわけじゃ……」

   何故こんなにも苛立っているのか、ベラは自分でもよく分からなかった。
   自分の感情を抑えきれない。

「ワタシは、ポワンさまから頼まれたの。
 あなたのそばにいるようにって」

「どういうことだ?」

「知らないわ。
 そばに居て、あなたがどういう人か見極めるようにって」

「そうだったのか。
 それで俺達と一緒に行くことを了承したんだ……なるほどな」

   間違いなくあのバイオリンが原因だろう。
   仁は、時間が出来たらポワンに会いに行こうと決意する。

「ん?
 でも、それって俺に話していいのか?」

   観察している事を観察対象に知られては、しっかりとした観察にならないような気がする。

「……なんで?
 なんでなにも言わないの?」

「え?
 いやだから、俺に話してもいいのかって……「そうじゃないっ!!」……」

   もう一度、同じ事を言おうとした仁の言葉をベラは遮った。

「あなたに黙って、今までずっと見てたのよ!
 イヤならイヤって言えばいいでしょう!!
 がまんしないで怒ればいいじゃない!!」

   ベラが段々涙声になっていき、さすがに仁は焦った。
   急いで振り返ると、目に涙を浮かべたベラの顔が見える。

「あ…」

「ワタシは、あなたのことが嫌い」

   仁が何か言う前に、ベラはそう言い残して仁の傍から離れていった。


   足音を立てて歩くベラの背中を見て、仁は自嘲気味に笑いながら呟く。

「俺も同感だよ」

   しかし、その言葉はベラに届かなかった。





   暫くして、今度はビアンカが甲板にやってきた。

「隣、座ってもいい?」

「どうぞ」

   ビアンカは仁の隣に並ぶように座った。
   風で乱れる髪を押さえながら、仁と同じように海を眺める。

「ベラになにを言ったの?
 すごく怒ってたわよ」

「なにも言ってないって。
 ビアンカには、俺がベラを怒らせるようなことを言うやつに見えるのか?」

「それは言えないわ。
 言ったら、アンディ泣いちゃうかもしれないし」


   顔を見合わせ、同時に笑い声を上げる二人。


   その笑い声もすぐに小さくなっていき、二人は視線を海に戻す。

「それで、なにか聞きたいことでも?」

「答えてくれるの?」

「無理かな……まだ。
 みんなを混乱させるだけだから」

「そう」

   仁の答えを予想していたのか、ビアンカは特に気にした様子は無い。

「本当は、俺もよく分かってないんだ。
 こうして皆は付いてきてくれたんだし、話したっていいのかもしれない」

「もう……どっちなの?」

   仁のはっきりしない態度に、ビアンカは思わず笑ってしまった。
   今まであれだけ頑なだったのに、一体何があったのだろう?


   仁は大の字になって寝そべる。

「結局、俺は怖いのかな。
 皆の前であれだけ強気に言い切ったのに、ほんと情けないな。
 嫌われたくないから、なにも言わずにいるのかもしれない。
 少しでもその瞬間を遅らせたくて……」

「えい♪」

   ビアンカは可愛らしい掛け声と共に勢いよく倒れこみ、仁の鳩尾に後頭部から落ちた。

「がはっ!?」

   あまりの衝撃に、仁は一瞬呼吸困難に陥った。


   暫くの間、ビアンカの頭を腹に乗せたまま何度も咳き込む。


「な、なにを……。
 ていうか、いい加減にどけって」

   しかし、ビアンカは動かない。
   そのままの体勢で仁を真っ直ぐ見つめ、

「駄目」

「なにが?」

「そういう顔、したら駄目よ」

「そういうって、なにを言って……」

「とにかく!」

   ビアンカはもう一度仁の鳩尾を打ち、その反動で起き上がった。

   腹を押さえ、甲板を転げ回る仁。
   同じ場所を攻撃され、さすがに我慢の限界を超えた。

   そんな仁を、ビアンカは温かい目で見つめ、

「そういう顔をしなければ、私はなにも聞かないで待ってるから。
 リュカとフローラさんのことは全部任せるわ。
 私はアンディを信じる」     

   ビアンカは船室に引き返していった。





   一人残された仁。

   暫くすると腹の痛みも治まり、再び大の字になって空を見上げる。
   その目に涙が滲んでいるのは、先程までの痛みのせいだけでは無いだろう。

「(アンディを信じる、か)」

   仁の頭の中は自己嫌悪で一杯だ。
   あんな言葉を言わせている時点で、既にビアンカの信頼を裏切っている。
   それでも、ビアンカの言葉を嬉しいと感じている自分が嫌で堪らない。


   そんな事を考えていると、仁の視界が急に曇った。


「っっ!?」

   考えるより先に仁の体が動いた。
   転げ回り、今までいた場所から距離を取る。

“バキイィィッ!!!”

「惜しい……」

「悔やむより先に、その甲板に開いた穴について、俺になにか言うことはないのか?」

   何時の間に来たのか、仁の目の前にデボラが立っていた。
   仁は軽く睨んでみたが、全く効いた様子は無い。

「なにもないわ」

「あ、そう」

   変わらぬデボラの様子を見て、仁は安堵を覚えた。
   会話するのも久しぶりだが、相変わらずのようだ。

   また踏み潰されては堪らないので、仁は立ち上がってデボラと対峙する。

「……」

   デボラは黙ったまま、仁を睨みつけていた。

   その真剣な様に仁は戸惑う。
   
「どうかしたのか?」

「……なんでもないわ」

   暫くすると、デボラは視線を逸らした。
   確認しておきたかったのだ。
   アンディの顔を見て、何か今までと違う感情を覚えるのかどうかを。
   しかし、今までと何も変わらなかった。

「(いつも通りのマヌケ面ね)」

「なに一人で納得してんだよ」

   不満そうな仁。
   デボラが満足そうな顔をしていると、何故か背中が痒くなってくるのだ。


   デボラは何も言わずに船室に戻ろうとする。

「え、戻るのか?
 なにしにきたんだよ……」

「今のアンタと話すことはなにもないわ。
 それとも、アンタは違うの?」

「それは……」

   言葉に詰まる仁。
   デボラの言う通り、話せない事が多すぎる。

「あ、そうだったわ」

   デボラは船室に入る直前、ぞっとするほど冷たい声を出す。

「わたしは、妹のことが苦手だったわ。
 今も、たぶん変わってないと思う。
 でも…………たった一人の妹よ。
 それを忘れないで」





   一人になった仁は、ずっとデボラの言葉を考えていた。

「(あいつの本心なんだろうな、さっきのは)」

   デボラにとって、フローラは本当に大切な妹なのだろう。
   今すぐにでも助けに行きたいに違いない。
   それでも、不満を抱えながらもこうして付いてきてくれたのだ。

「(相当気に食わない状況だろうに。
  あいつ、よく我慢してるよな)」

   デボラの思いに応えたいと思う。
   だが、応えられるかどうか分からないのだ。
   物語は既に、仁の知る流れと変わってしまっている。

「(今の俺にできることは、覚悟を決めるぐらいか)」

   仁は拳を強く握り締めた。
   その顔は、もはや彼女達と会話をする前の気の抜けた様子を微塵も感じさせない。



   その後、オラクルベリーを出て二ヶ月。
   一行は目的地のオークション会場に辿り着いた。










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 誤字直しました。
ありがとうございました。

 オラクル屋店主の名前を付けるのすっかり忘れていました。
キラーパンサーの名前もまだ決めてません。
SFC版の時の四つの名前から決めようと思います。
PS2とDSでは10個の名前から選ぶらしいんですが、他の六つの名前は全く覚えてません。

 この話は、ドラクエ5でルーラを使える人間が主人公と女の子しかいない事で成り立ってます。
ケータイもポケベルもない時代のドラマ風でお送りしています。
キメラの翼はどうしようか迷いましたが、「最後に訪れた町や城に戻る」という微妙な効果なので、この話では使用する予定はありません。
ルーラもあれですね。
船も一緒に移動するというシステム上の設定を利用するかどうかは分かりません。

 原作知識を扱う場合、どこまで覚えているかはかなり重要です。
何から何まで仁が覚えてるとなると、さすがにやりすぎなので、穴だらけの知識を利用していこうと思ってます。
この話を書くに当たって手元に残っていたPS2版をやり直しましたが、意外に覚えてない事が多かったです。


 最後に・・・
ザイル。
PS2版では攻略サイトでようやく知り、DS版ではクリアするまで忘れてました。
強さとしてはほどほどで、ほとんど印象に残ってないです。

「……よし!
 お前の仲間になって、一緒に旅してやるよ!」
          ↓
「仲間モンスターの一員ってことでさ。
 いいだろ?
 なっ、なっ?」
          ↓
ザイルは嬉しそうにモンスターじいさんのところへ走っていった。

・・・まあ、お前が嬉しそうなら別にいいけど。







[16328] 第07話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:bb9ca4b4
Date: 2010/02/28 01:50





   オラクルベリーを出て二ヶ月。
   一行は、ようやく目的地のオークション会場に辿り着いた。

   周囲を高い山々に囲まれ、接岸出来ないような岸壁が続く中、一箇所だけ削り取られたような空間が広がっている。
   その空間に、吹き抜けの闘技場のような建物が建っていた。

   およそ人が立ち寄れるような場所では無いにも関わらず、その岸辺には大小様々な船が多数碇泊していた。
   その異様な光景と肌から伝わってくる不気味な熱気に、仁達は思わず圧倒されてしまう。

   船から降りた仁達は、オークション参加者のために用意された宿屋に向かった。
   四人で一部屋しか取れなかったが、宿泊施設があるだけマシだろう。



   荷物を置いた所で、デボラ達の視線が仁に集まる。
   ベッドの端に座ったまま仁が黙っていると、部屋のドアが開いてロジャーが入ってきた。

「兄ちゃん、調べてきたぜ」

「もう分かったんですか?」

「落札者まで調べるのは難しいが、なにが出品されたかを調べるのはそんなに難しくねえよ」

「なるほど。
 それで、どうでしたか?」

   仁の胸の鼓動が勢いを増していく。
   当然だ。
   その結果次第では、早々と全ての計画が終わってしまう。

「兄ちゃんの言う出物は、少なくともこの一年は出品されてねえそうだ」

「そうですか……」

   仁はほっと胸を撫で下ろした。
   なら、恐らく大丈夫だろう。

   仁はデボラ達を順に見ていき、目を閉じて深呼吸を一回。

「(よし)」

   仁は自分の両頬を叩き、気合を入れた。
   目を開けると、視界には黙ったままの三人の姿が映る。

「全部じゃないけど話すよ。
 これからなにをするつもりなのか。
 そして、皆になにをしてもらいたいのか」

「「「!?」」」

   三人の表情が変わった。
   目を見開き、真剣な面持で仁を凝視する。

「もういいの?」

「さすがに、ここから先はなにも言わないって訳にはいかないからな」

「んじゃ、兄ちゃん。
 オレは船に戻ってるからな」

   話し合いの邪魔になると考え、ロジャーは部屋を出て行こうとする。

「ここまで、本当にありがとうございました」

   仁は深々と頭を下げた。
   ロジャーの協力が無ければ、ここまで来る事すら出来なかっただろう。

「いいってことよ。
 使う使わないは別にして、情報を得ることは商人にとっちゃなによりも価値があるからな」

「……」

   ロジャーはそう言うが、仁は複雑な思いを抱えていた。

   今までロジャーには世話になり続けている。
   今回の事も、ロジャーに詳しい説明をせずに手伝ってもらった。
   これからしようとしている事を話していれば、恐らく手伝ってくれなかっただろう。
   報酬にしてもそうだ。
   有り金は全て渡したが、金銭的な利益は出ない筈だ。
   リュカの石像がいつまでも出品されなければ、それだけ経費がかさむ事になる。
   上手くいけばルドマンとグランバニア王国から報酬が出るかもしれないが、今の時点では分からない。

「オークションは月に一度開催されて、次の開催は三日後だ。
 その時にまた会おうぜ」



   ロジャーが部屋から出て行ったのを見計らい、仁は口を開く。

「このオークションに、リュカの姿をした石像が出品されるはずなんだ」

「なんでそんなものが?」

「それよりも、なんでそんなことをあなたが知っているの?」

「……」

   ビアンカとベラの問いに、仁は何も答えなかった。

「理由までは今は話せないのね。
 二人とも、めんどうだから質問は後にしなさい」

「「で、でも……」」

「コイツが一言話すたびに毎回止めてたんじゃ、いつまで経っても終わらないわ」

   デボラの言う事も理解出来るので、二人は已む無く引き下がった。

「話せることなら、後でちゃんと話してくれるのよね?」

「ああ。
 で、その石像なんだが……実はただの石像じゃない。
 名前は忘れたけど、とある魔物によって石にされたリュカそのものなんだ」

   デボラ達は驚愕の表情を浮かべた。
   あまりに話が飛躍し過ぎている。

「なっ!?
 どうし……」

   ビアンカは仁を問い詰めようとしたが、すぐにデボラから言われた事を思い出して我慢する。

「同じようにフローラも石像にされているはずだが、このオークションには出品されない。
 もう買い手が付いてるから、出品する必要がないんだ。
 でも、この会場には持ってくるはずだ」

   フローラの名前が出た所でデボラの眉が僅かに上がったが、それ以上は動かずにじっとしていた。
   二人にああ言った手前、自分が我慢しない訳にはいかない。

「いつ出品されるかは分からない。
 さっきロジャーさんが調べてくれて、既に出品された後じゃないことは確かだ。
 おそらく、近いうちに出品されると思う」

   仁の記憶でもかなり曖昧な部分だ。
   ゲームの中で詳しく書かれていたかも定かでは無い。
   ただ、石像を手に入れた連中がすぐに換金するつもりならば、仁の予想もそれほど的外れでは無いだろう。

「ここに来た目的は、その二つの石像を盗み出すことだ」





   デボラは少し間を置いてから口を開く。

「それで、アンタの話は終わり?」

「ああ」

「なら、今度はこちらの番ね。
 二人とも、聞きたいことがあるんでしょう?」

「「えっ!?」」

   話を振られ、ビアンカとベラは驚いた。
   勿論、聞きたい事はあるが、

「デボラさんはいいの?」

「わたしは後でいいわ」

   デボラはそう言って考え事を始めた。
   聞きたい事はある。
   だが、その前に冷静に考える時間が必要だ。
   勢いのままに質問をぶつけるだけでは、何かを見落としてしまいそうな気がするのだ。

「じゃあ私から。
 ベラ、いい?」

   ベラは無言で頷く。

「えっとね……。
 アンディが今言ったことは、どれぐらい確かなことなの?
 はずって言葉がいくつか出てきたから気になってるの」

「そのことについては、隠してるんじゃなくて本当に分からないんだ。
 可能性が高いってだけで、もしかしたら全く見当外れってこともありうる」

   そうなってしまったら全てが終わりだ。
   仁は原作知識に望みを託して行動している。
   それが役に立たないとしたら、仁に出来る事は少ない。
   その上で無茶が出来るほど、仁は勇敢でも無ければ無謀でも無いのだ。

「そう。
 なら、正しかったかどうかはどうやって判断するの?」

「このオークション会場には世界中から様々な人間が集まってくる。
 時間が経てば、あの後リュカ達がどうなっているかを知っている人も来るかもしれない。
 そうなったら、俺の行動が間違っていたことが分かる」

「……」

   ビアンカは難しい顔をしていた。
   言っている事は何となく理解出来るのだが、根拠を聞いてないので納得が出来ないのだ。

「逆に言えば、その手の話が入ってこなかったら、俺の行動の信憑性はさらに高まる。
 それでも、待てて一年ぐらいだと思う」

   何処かの金持ちがリュカの石像を買った理由は、子供が出来た事がきっかけだと仁は記憶している。
   その子供が成長していく間、何年も庭先に置かれていた事を考えると、一年以内ぐらいには出品されるだろう。
   仁としては、そうなったとしても二・三年は粘るつもりでいるが、そこまで皆を付き合わせる訳にはいかない。

「そう。
 ……ベラ、私はとりあえずいいわ」

「もう終わり?」

「まだあるけど……。
 なんだか頭が混乱してて」

「ならワタシが聞くわ。
 あなた、このことをグランバニアの人達に教えた?」

「いや」

   即答する仁。
   ベラが何を聞きたいのかも予想がついた。

「どうして?
 手紙を出せば、もしかしたら間に合うかもしれないでしょ?」

   話を聞いたベラは、素直にアンディらしくないと感じた。

   短い付き合いだが、アンディは今まで自己顕示欲を見せた事が無い。
   戦闘においても、出来る事と出来ない事をきっちり分けている。
   体を張って自分達を守るような行動は一切しないし、船に乗っている間は、魔物が襲ってきたらすぐさま船室に引っ込んだ。
   ベラはそういったアンディの行動を臆病だとも恰好悪いとも思わず、冷静な判断力に信頼すら覚えている。
   恰好付けてそんな行動を取っても、より被害が大きくなるだけだ。

   だからこそ思う。
   こんな少人数で事に当たるより、グランバニアの人達に話してみればいいのではないか?
   アンディの話を信じるかどうかは分からないが、信じてくれれば儲け物だ。
   もし兵隊が来てくれれば、わざわざ自分達で動く必要は無いのだから。

「あなたの言っていることが事実で、これからあなたの言うことが起きるとしたら、なぜこのことをグランバニアの人達に教えないの?」

「間に合ったらまずいんだよ」

   その事は、当然仁も考えていた。
   そう、まずいのだ。

「え?
 普通は逆でしょ?」

「いや。
 もし手紙を出して信じた場合、グランバニアの兵隊が動くだろう。
 そうなれば、オークション自体が中止される可能性がある。
 もしくは、石像をオークションに出そうとしてる連中が出品を見合わせるかもしれない」

   もしかしたらぐらいの低い確率で、最悪の可能性を生み出しかねない選択は出来ない。
   メリットよりもデメリットの方が大きいのだ。

「俺は石像を売ろうとしている連中のことを知ってる訳じゃない。
 今回駄目だったら、石像の行方は分からなくなってしまう」

「フローラって人の石像は?
 あなた、買い手が付いてるって言ったじゃない」

「ああ。
 だが、その買い手っていうのは光の教団なんだ。
 喧嘩を売るには相手が悪すぎる」

「え、それって……」

   ビアンカが会話に加わってきた。
   その名前は知っている。
   旅をしていた途中に何度か聞いた事があるし、なにより、

「そう。
 リュカとヘンリー王子を奴隷として働かせていた連中だ」

「そうなんだ」

   ビアンカはリュカの話を思い出した。
   そういえば、その話をしている時のリュカは酷く辛そうな顔をしていた気がする。

「それで盗もうなんて言い出したのね。
 でも、そのことをあのロジャーって人は知ってるの?」

   オラクルベリーでロジャーの話を聞いたベラが感じた事は、扱う商品は特殊でも、彼自身は真っ当な商人だという事だ。
   こういった手段を取る事を極端に嫌うタイプの人間に思える。

「知らないよ。
 俺が言えずに黙ってたら、構わないってさ」

「それでいいの?」

「よくはない。
 でも、他に頼めそうな人がいなかった」

   二体の石像が現れれば、仁はロジャーの信頼を裏切る事になる。
   だが、今さら中止は出来ないし、する気も無い。



   ベラも静かになり、今まで黙っていたデボラが口を開く。

「最後はわたしね」

「考えは纏まったのか?」

「ええ」

   穏やかな顔のデボラ。
   微笑みながら、一瞬だけビアンカと視線を合わせる。


   刹那の間の出来事で、仁は気付く事が出来なかったが、ビアンカにははっきりと分かった。
   躊躇いながらも、デボラと二人で仁を挟むような位置に移動する。


   ビアンカの不自然な動きに仁は気付かなかった。
   デボラに注意を払っていて、周囲への警戒が疎かになっているからだ。

「まず、これはどうでもいいことだけど。
 リュカの石像の方は正攻法で手に入れることはできないの?」

   デボラはビアンカが動いた事を確認してから話し始めた。
   もっとも、これは本題では無い。

   今までのデボラの旅は最高級の宿屋に泊まり、食事の時も値段を見て決めるような事は無かった。
   しかし、今回の旅に関しては、最低限の金しか家から持ってきていない。
   基本的には旅の間に得た金を使い、皆と同じ宿屋に泊まり、皆と同じ物を食べている。
   旅の途中には、ビアンカとベッドを共有した事もある。
   不便を感じる事もあるが、これはこれで意外に楽しい。

   とはいえ、もしものための備えはしている。
   手持ちの宝石や貴金属を売れば、数万ゴールドは即座に手に入る。
   その金で何とかならないだろうか?

「う~ん……。
 まあ、できるかもしれないけど、どうだろう……。
 一方を盗もうってのに、もう一方だけ真っ当に手に入れてもしょうがないんじゃないか?」

   想定外の質問に、今考えた事を仁はそのまま答えた。
   一人でやらなければならない可能性があったので、仁は二体同時に手に入れる事しか考えてなかったのだ。

「そう。
 ま、そうかもしれないわね」

   あっさりと納得するデボラ。
   たまたま気になったから聞いてみただけで、それほど拘ってる訳では無い。

「アンタ、さっきベラに言ったわね。
 オラクル屋のオヤジには詳しい話はしてないって」

「ああ」

「それは、あの人のことを心配して?」

「どういう意味だ?」

   仁にはデボラの質問の意図が読めない。

「今回の件、ヘタするとあの人も盗みに荷担したってことで、恨みを買うかもしれないわ。
 でも、なにも知らなければ被害者ってことにして助かるかもしれない」

「う……」

   仁は顔を歪め、視線を逸らした。
   その考えが無かった訳では無い。
   だが、それはあまりに自己満足が過ぎる考えだと自分でも思っている。
   そんな事に気を回すぐらいなら、最初から迷惑をかけなければいいのだ。

「やらないよりは、やったほうがいいかと……」

「甘いわね」

   仁の言葉を、デボラは一言で切り捨てた。
   そう、それは酷く甘い考えだ。

「一年近くも旅をしてきて、まさか気付いてない訳じゃないわよね。
 アンタだって知ってるはずよ、そんな甘い考えが通じないってことぐらい」

   法が通じるのは一部の国での話。
   その法すら、王が独断で決められるような世界なのだ。

「くっ……」

   仁はデボラの指摘に何も言えなかった。

   自分に、穴の無い完璧な計画など立てられない事ぐらい、痛いほど分かっている。
   元の世界では平凡な生活を送ってきたのだ。
   先の手を読むなどした事が無い。
   今までだって運に助けられた部分は多い。
   ロジャーに断られていたら、次はどうしていただろうか?
   穴だらけな計画である事を自覚しつつ、焦りながら、迷いながらここまで来たのだ。

「じゃあ、どうしろってんだ!!」

   仁は思わず叫んでしまった。
   今までデボラ達に黙っていたというのに、今になって逆上するのもどうかと思うが、その事に気付く余裕が今の仁には無い。


   デボラは落ち着いた様子で、冷静さを失っている仁を見つめる。

「別に、アンタがなにかする必要はないわ」

「……え?」

   呆気に取られ、仁は冷静さを取り戻す。

「アンタの話がホントなら、その責任をアンタが取る必要はないってこと。
 フローラとリュカのためにしてくれたのだから、ワタシ達があの人に謝るわ。
 でしょう?」

  デボラはそう言って、ビアンカとベラを見る。

「あ……うんっ!
 もちろんよ」

「ワタシも。
 当然でしょ」

   二人ともデボラと同意見のようだ。

「皆……」

   仁は横にいるベラと、何故か背後にいるビアンカを順に見て、複雑そうな顔を浮かべる。
   何と言っていいのか分からないのだ。


「ま、それはそれとして……」


   仁はデボラに視線を戻した。

「今までの話は前フリでしかないわ。
 本題はこれからよ」

   今までとは違い、随分と軽い口調で話すデボラ。
   明らかに目が笑っている。

「本題?」

   怪訝そうな顔をする仁。
   どういう意味だろうか?

「意味があるかどうかはともかく、オラクル屋のオヤジのことを考えて、アンタはあの人に詳しい話をしなかった」

「それはさっき言ったろ?」

「もしかして……わたし達に話さなかった理由も同じなのかしら?」

   一瞬で、デボラの目つきが鋭くなった。

「……」

   仁は何も言えなかった。
   視線を忙しなく動かし、何か言い訳を考えようと・・・

「沈黙は肯定とみなすわよ」

「少しは考えさせろ!!」


   ここで、黙っていたベラが口を挟む。

「どういうこと?」

「コイツはわたし達を心配してくれたのよ。
 時として、魔物よりも人間の方が厄介なこともあるからね」

「……」

   黙り込む仁。
   それも確かに理由の一つではある。

「でも、そんなこと考える余裕ないと思うけど。
 アンディ一人じゃできないでしょ?」

「そうそう、そのと……「だから、こんな面倒な方法を取ったんでしょう?」……う」

   仁はこれ以上誤魔化せない事を悟った。
   恐らく、デボラは気付いているのだろう。


   デボラは仁との距離を詰めた。
   至近距離まで近付くと、心底楽しそうな笑みを浮かべる。

「心配してるのも事実、手伝って欲しいのも事実。
 違う?」

「……違わない」

   悔しそうな顔をする仁。
   デボラと会話する時は、こうして勝ち負けで考えてしまう時がある。

「どうしてそこで、わたし達に黙って一人でここまで来なかったのかしらね?」

   対照的に、満足げな顔をするデボラ。
   いつも棘だらけの会話をしているが、こうして圧倒的優位に立つと楽しくて堪らない。
   ビアンカとの会話で流れる穏やかな空気もいいが、これはこれで格別だ。

「俺にそんなこと期待するなよ……」

「してないわよ。
 それに、後先を全く考えない命知らずのバカはキライ。
 アンタはそういうタイプではないわね」

「「……???」」

   まだ話が見えてこないビアンカとベラ。
   とりあえず、邪魔をしないように黙って聞いている。

「冷静でもなければ視野が広い訳でもない。
 臆病なのね、きっと」

「……さあな」

   仁は、せめて視線だけは逸らすまいとデボラを睨み返した。
   所詮、虚しい抵抗でしか無いが。

「だから、わざとああいう言い方をして、わたし達に判断を委ねたんでしょう?
 きちんと話していたら、わたし達は迷わず付いて行ったわ」

   これまでの話だけで十分だ。
   どうせグランバニアでは多くの兵隊が動いているだろうから、自分達に出来る事は少ないだろう。
   根拠を話さなくても、付いて行く価値は十分にある。
   だが、あの言い方では迷わざるを得ない。



「じゃ、覚悟はいい?」

   デボラは微笑みながら拳を握った。

「いや。
 大人しく殴られる気はないんだが……」

   立ち上がり、距離を取って身構える仁。
   黙っていた事は悪いと思うが、それとこれとは話が別だ。

「いいわよ。
 よけられるならよけても」

   デボラは自信たっぷりに言い、ゆっくりと仁に近付いていく。

「一回だけでいいわ。
 もし当たらなくても、今回のアンタの行動はそれでチャラにしてあげる」

「優しいんだな、ずいぶん」

   不適な笑みを浮かべる仁。
   これから先、もっとデボラ達を怒らせる事になるだろうが、今だけは忘れよう。



   デボラは腕を引いて力を込め、仁の顔めがけて拳を放つ。

「甘いっ!!」

   あっさりとデボラの一撃を仁は避けた。
   旅の間、魔物との戦闘経験をそれなりに積んできたのだ。
   いまだに未熟者の域は出てないが、これだけ隙の大きい攻撃なら避けられて当然だ。

   しかし、

「どっちが?」

   デボラは笑顔を崩さなかった。
   当たり前だ。
   格闘戦のスペシャリストであるデボラが、意味も無くこんな事をする筈が無い。

「(まずっ!?)」

   デボラの笑顔に、仁は自分の判断ミスに気付いた。
   が、今回も既に遅い。

“ゴンッ!!!!!”

   背後からの一撃を受け、仁はゆっくりと意識を失っていった。





   その後、ビアンカは気絶した仁をベッドに寝かせて介抱していた。

「うう……。
 やっちゃった」

「船に乗ってる間に練習した甲斐があったわね」

   満足そうな顔をしているデボラ。
   実戦で使うのは初めてだが、予想以上に上手くいった。

「私がやる側になったら、止める人がいなくなっちゃうわ。
 ベラなんてまだ驚いてるじゃない」

   ベラは二人から距離を取っている。
   二人はここに来るまでの間、船室でアイコンタクトによる連携技をずっと練習していたが、まさかこの時のためだとは思わなかった。

「魔物相手に使うんだとばっかり……」

「それもいいかもしれないわね」

「デボラさん!!」

   ビアンカがデボラに怒鳴るも、当のデボラは涼しい顔をしている。

「なに言ってるの、あなたも同罪でしょう?
 ホントにイヤなら、やらなければよかったじゃない」

「それは、そうだけど……」
   
   それを言われると、ビアンカは反論出来ない。
   確かに、思う所はあるのだ。

   ビアンカは仁の頭を撫でる。

「アンディは、どうしてこういうことをしたのかなぁ」

「中途半端なことするから、余計にタチが悪いわ」

   腹は立つが、嫌悪感を覚える事は無い。

「でも、これからが楽しみね」

「どうして?」

「記憶を失ったコイツにとって、妹とリュカは他人も同然よ。
 その他人のために、コイツは危ない橋を渡ろうとしてる」

   デボラがもっとも気になっている事だ。
   記憶を無くしたアンディにとって、二人は危険を冒してまで助ける必要があると思えない。
   恐らく、アンディが何かを隠している理由は、その辺りにあるのだろう。

「コイツの言った通りになるとして、コイツがなにを隠しているのか……。
 ぜひとも聞きたいわ」

   仁の顔を見ながら、デボラは笑った。
   どうせ大した事では無いと、この時のデボラは高を括っていたのだ。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第07話「アンディが一人で死の火山に挑んだのなら、主人公は卑怯なのか?」















   リュカとフローラの石像がオークション会場に現れたのは、二回目のオークションでの事だ。
   一回目のオークションが空振りに終わった後、仁達は一ヶ月もの間、不安と焦りを覚えたが、二回目のオークションでその時が訪れたのは短かったと見るべきだろう。


「「……」」

   二体の石像を見たデボラとビアンカは、あまりの衝撃に何も言えないでいた。
   仁の言葉を信じてなかった訳では無いだろうが、聞くと見るとでは大きな隔たりがあったようだ。

「(リュカ……なのよね、たぶん。
  ずいぶん大きくなっちゃってて、あまり実感が……)」

   ベラはリュカの石像を見ても、あまり懐かしさを感じなかった。
   あれがリュカだと言われても、外見的な変化が大きすぎる。
   ただの石像で無い事は一目見てすぐに分かった。
   人間かどうかはともかく、何らかの影響を受けているのは間違いない。

「(とにかく、いつまでも見ている訳にはいかないわ)」

   ベラは肘で二人を付く。

「「っっ!?」」

   すると、ようやく二人は我に返った。

   互いに目を合わせ、ベラは小さな声で、

「いい?」

   二人は無言で頷く。
   アンディの言った通りの事が起きた。
   なら、自分達は出来る事をするだけだ。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   一方その頃・・・


   仁は一人、オークション会場の裏手の林にいた。
   石像を運ぶための荷車に腰掛け、デボラ達からの合図を待ち続けている。

「(こうやって待つのは苦痛だな)」

   今回も外れか、それとも今度こそ当たりだろうか?
   ただ待つだけなのに、全身から流れる汗が止まらない。

「(結局こういう役回りか……)」

   仁は軽く溜め息をついた。
   適材適所とはいうものの、さすがに恰好悪いと思ってしまう。

「(一回目が空振りだったのは、むしろよかったんだろうな)」

   気絶から回復した後、仁は三人と今後の計画を立てる事にした。
   ここまで来る事に頭が一杯で、どう奪うかまでは詳しく考えてなかったのだ。

「(本当に向いてないな。
  犯罪するのも、人の上に立つのも)」

   今になって考えてみれば分かりきった事だが、仁一人だったらどうしていただろう?
   成功するにせよ、失敗するにせよ、間違いなく血を見る事になるだろう。
   演奏で場を混乱させるにしても、仁は蔦の細かいコントロールが出来ない。
   適度に絡ませて身動きを取れなくするような芸当は出来ず、下手すると全身の骨を砕いてしまう。

「(覚悟だけはしようなんて思ってたけど、本当にそれだけだったな)」

   デボラの呆れ顔が目に浮かんだ。
   やはり、三人に気を使うなどという考えは分不相応だったのだろう。

「(にしても、中の様子が分からないってのはやっぱりきついな)」

   一旦離れてしまうと、三人と連絡の取りようが無い。
   仕方が無いとはいえ、こういう時、元の世界では便利な物があったのにと思ってしまう。

「(あれ?
  なんだっけ……)」

   名前がすぐに出てこない。
   おかしい。
   日常的に使っていた筈だ。
   忘れる訳が・・・

「(ああ、そうだ。
  携帯だ)」

   何とか思い出せたが、仁は厳しい顔つきになって首をかしげる。
   そういえば、以前にも同じような事があった。
   思い出そうとする仁だったが、その時・・・


“ドオオオォォォォオオンッッッ!!!!!”

   激しい爆発音と共に、会場の上空に花火のようなものが上がった。


   爆弾石を使った音。
   三人からの合図だ。

「始まったのか」

   仁は現実に引き戻され、立ち上がって会場の様子を注意深く観察する。
   くだらない事を考えている場合では無い。
   今は、この作戦を成功する事だけ考えていればいい。
   そう考え、仁は先ほどの違和感を頭の隅に追いやった。


   後になって仁は痛感する。
   余裕が無かったとはいえ、この時に感じた違和感を軽んじるべきでは無かった。
   この時でも既に遅いが、それでも少しは違っていただろう。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   その日の夜。
   仁達は首尾よく二体の石像を運び出し、ロジャーの待つ船に乗り込んでグランバニアに向かっていた。




   船内の倉庫で、仁は二体の石像の前をじっと見つめていた。

「(これが主人公とフローラか)」

   何とも感慨深いものだ。
   仁は不思議な感動を覚えていた。
   デボラ達もそうだが、主人公というのはやはり特別なのだろうか?

「(にしても、なんで子供が生まれなかったんだ?)」

   仁は早く真相を確かめたかった。
   グランバニアまでは三ヶ月近くかかるらしいが、その時間がもどかしい。

「(それにしても、なんで送ってくれるんだろう?)」

   仁は石像から目を離し、出入り口のドアに目を向けた。

   オークション会場で騒ぎが起こった直後に船に戻ってきた仁達に、ロジャーは何も聞かなかった。
   約束した以上、グランバニアまでは間違いなく送ってくれるらしい。

   今は、そのロジャーにデボラ達が話をしている所だ。
   謝罪をするというなら仁も加わりたかったが、三人に船室を追い出されたのだ。


   仁がそんな事を考えていると、ドアが開いてロジャーが倉庫に入ってきた。


「よう、兄ちゃん」

「ロジャーさん」

   仁は頭を下げようとするが、

「よしてくれ。
 もう十分だよ」

「でも……」

「嬢ちゃん達から何度も謝られたし、人助けのためだったんだろ?
 少し引っかかるっちゃあ引っかかるが、まあ……しかたねえさ。
 それに、行方不明の国王夫妻をこうして取り戻してきたんだ。
 オレ達が関わったことも、兄ちゃん達がしたことも、全部グランバニアが責任とってくれんだろ」

「すみません」

「だから謝るなって」

「なら……ありがとうございます」

   ロジャーは何も言わずに笑った。
   その言葉なら受け取るという事なのだろう。



   ロジャーは持ってきた酒を注ぎ、コップを仁に渡した。
   そして、自分の分を注いで一気に飲み干す。

「嬢ちゃん達から大体のことは聞いた」

   再び酒を注ぐロジャー。
   それでも、真剣な目つきで仁を見ている。

「そうですか」

   緊張しながらコップに口を付ける仁。
   いまいち味が分からない。

「グランバニアに着いたら、嬢ちゃん達に隠してることを話すんだって?」

「はい」

「オレには話してくれねえのかい?」

「え?」

   驚きのあまり、仁はコップを落としそうになった。

「兄ちゃん達がやったことになんとも思わねえ訳じゃねえが、それよりも黙ってたってことの方がキツイぜ。
 みずくせえじゃねえか」

「それは……たしかに申し訳ないと思ってます。
 でも……」

「まあいいさ。
 嬢ちゃん達に全部話して、その後にでも考えといてくれよ」

「……はい」

   仁は迷った挙句、それだけしか言えなかった。
   とにもかくにも、デボラ達に全てを打ち明けてからだ。



   暫くの間、黙って酒を飲み続けた後、

「そういやあ~、兄ちゃんに聞きたかったんだが……」

   顔を赤くし、ろれつの回らなくなってきたロジャー。

「なんですか?」

   ロジャーとは違い、仁は顔色があまり変わってなかった。
   一緒に飲んでいるが、ちびちびと飲んでいたので量としては少ない。

「あの石像が~、国王夫妻なんだってのは説明されたけどよ~。
 どうやって治すんだ~?」

「それなら大丈夫です。
 その二人の娘が持ってる杖を使えば、二人の石化が解けるんです」

   あっさりと答えてしまった仁。
   顔色が変わってなくても、実は酔っているのかもしれない。

「ほ~お。
 娘がいたとは知らなかったな~」

「なに言ってるんですか。
 いるに決まって…………」



   仁の動きが止まった。



「あ」










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 誤字訂正しました。
ありがとうございます。

 とりあえず、次で第一部完となり、アンディとしての物語はお終いです。
第二部は如月仁としての物語が始まります。
今まで皆無だった恋愛要素も、多少は出てくると思います。


 最後に・・・というか、このくだりが最後になるかも。
ネタが尽きてきました。
いまいちなやつしか残ってないので、今後どうするか迷ってます。
ここが思いつかなくて投稿が遅れるのもあれなので、いろいろ考え中です。







[16328] 第08話
Name: 蚊取線香◆fdc384d6 ID:29a264ae
Date: 2010/03/07 07:47






   三ヵ月後、仁達はグランバニア付近までやってくると、近くの海岸に船を泊めた。


   仁は石像を船に置いたまま、自分達だけでグランバニアに向かった。
   このまま堂々と石像を持ち込めば騒ぎになるだろう。
   無用の混乱を避けるためにも、まずはサンチョと会い、国王の代理の者と会うためのパイプ役になってもらう事にした。
   何故サンチョの事を知っているのか、何故サンチョがこの国にいるのか、ビアンカは疑問に思ったが何も聞かなかった。
   ここ最近で慣れたのか、それとも、今すぐに聞く必要は無いと思ったのか。



   グランバニアに到着した仁達は、程無くして城の外に一人で住んでいるサンチョと会う事が出来た。
   仁の中でサンチョは太っているイメージぐらいしか無かったが、実際に会うとサンチョはやつれているように見えた。
   恐らく、リュカ達の事で心労が溜まっているのだろう。
   サンチョは初対面の仁達に初めは戸惑う様子を見せたが、ビアンカが名乗った所で表情が一変する。
   子供の頃の面影を残すビアンカとの再会に、サンチョは涙を流して喜んだのだった。



   そしてその後、仁達はサンチョを連れて船に戻った。
   リュカの石像に縋り付いて滂沱の涙を流すサンチョに、仁はこれまでの事情を少し事実とずらして説明する。

   旅をしている途中、偶然立ち寄ったオークション会場で、リュカとフローラそっくりだがどこか違和感を感じる石像を見つけた。
   リュカ達が行方不明になっている事は風の便りで聞いていたので、オークションに参加するほど所持金を持ってなかった事もあり、已む無く強奪するような手段を用いてしまった。
   その後の調べで、二体の石像が魔力の影響を受けて石にされたリュカ達本人だという事が分かり、こうしてグランバニアにやってきたのだと。



   仁の説明を聞いたサンチョは、まるで土下座でもするように床に頭を擦りつけて礼を言い始めた。
   仁にしてみれば色々な意味で申し訳無いので、即座にやめさせて本題に入る。

   石像を元に戻す方法が分からない以上、国民に知らせず城内に運べるよう手配して欲しい。
   それと、今回の件であちこちから恨みを買いかねないので、自分達の言っている事が正しかった時には、自分達の行動の責任をグランバニアの方で負って欲しいと。
   後は、今回の件で手伝ってもらったロジャーに十分な報酬を支払いたいので、出来ればそれも出して欲しい。

   サンチョは、とにかく国王の代理をしているオジロンに判断を仰いでからだと言い、すぐさまグランバニアに引き返していった。



   その日の内に兵士を連れたサンチョが戻ってきて、石像を城内に運んでいった。
   サンチョの話によると、仁の望みは叶えられるとの事だ。
   翌日には謁見の準備が整うらしいので、仁達は再度グランバニアに向かい、オジロンが用意した宿屋で夜を明かす事にした。
   その日の夜、仁はサンチョからリュカ達の話を聞く事が出来たが、これといって気になる話は聞けなかった。

   リュカ達はグランバニアに着いた後、パパスの弟で国王のオジロンと会い、試練の洞窟を突破。
   リュカが新たな国王に就き、就任の宴の後でフローラが魔物に攫われ、フローラを探すべくリュカはグランバニアを出奔したのだという。
   その後の調べで、魔物を手引きしたのは大臣だという事が分かり、攫われたフローラがいると思われるデモンズタワーに兵士が向かうも、そこにはリュカが仲間にした魔物がいるだけだった。

   仁は無礼を承知でサンチョに、リュカとフローラが不仲だったとかいう事は無いか聞いてみたが、サンチョは声を荒げて否定した。
   二人は仲睦まじく、互いを想い合う似合いの夫婦だったとの事だ。
   仁はサンチョにすぐ謝罪して許してもらったものの、益々分からなくなってしまった。
   何故子供が生まれなかったかは、後でリュカとフローラに聞くしかないのだろう・・・・・下手な地雷を踏まぬように、最善の注意を払いながら。



   そして翌日。
   仁達はオジロンとの謁見の場に臨んだ。

   オジロンは長い間グランバニアの国王を務めていただけあって、仁には威厳と親しみやすさを兼ね備えた中々の傑物に見えた。
   仁の無礼な要求に気を悪くする事も無く、寧ろそれ以上に褒美を与えたいとまで言ってきた。
   断るのも角が立つと思い、仁はオジロンから幸せの帽子をありがたく受け取る事にした。
   仁が装備出来、優秀な性能を持つ防具だが、如何せん見た目に難がありすぎる。
   実際にこれを装備して旅をするには、羞恥心を捨てなければならないだろう。

   それと、石化を解く方法は見付からなかった。
   石化を解く事の出来る杖がどこかに存在するらしいと、仁はさり気無くオジロンに探りを入れてみたが、グランバニアの宝物庫にそのような杖は存在しないらしい。
   双子とサンチョがリュカ達を探す旅の途中で見つけたのだとすれば、仁にはもうお手上げだ。



   その夜、オジロンの厚意で城の一室に泊まる事になった仁達。
   食事を終えた後、仁はデボラ達を部屋に呼んだ。
   そして、三人に全てを語り始めたのだった。





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   全てを語り終えた仁。
   テーブルの上の水差しから水を注いで、一気に飲み干す。

「……ふうっ」

   大きく息を吐き、体の力を抜いた。
   気付かない内に、随分と緊張していたらしい。

「これで、俺の話は終わりだ」

   豪華すぎて逆に寝辛そうなベッドに腰掛けている三人に目を向けると、黙ったまま仁を見ていた。
   一体何を考えているのか、仁には見当も付かない。


   最初に口を開いたのはビアンカだった。

「本当……なの、よね?」

   全身を小刻みに震わせ、口から出てくる言葉も震えている。
   その原因が困惑から来るものなのか、それとも恐怖から来るものなのか、ビアンカには分からなかった。

「あなたが、その……アンディじゃないって」

「ああ」

   落ち着いて答える仁。
   話して吹っ切れたのか、全身を軽い虚脱感が包み込んでいる。

「この世界の人間じゃないって……どういうことなの?」

「さっき言った通りだ。
 なにが原因か分からないけど、目を覚ましたらアンディの体に入ってた。
 記憶を失ったってことで周りは納得したみたいだけど、これが真実なんだ」

   仁は、話を聞いた三人が自分を笑い飛ばす事も視野に入れていたが、そんな事は無かった。
   こんな突拍子も無い話を真剣に受け止めてくれる三人に、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。

「それに……その……」

   口篭もるビアンカ。
   何故だろう、口にするのが怖い。


   その様子を見て、仁が代わりに答える。

「俺が前にいた世界では、この世界を舞台にして書かれた本があるってやつか?」

「っっ!?」

   ビアンカは体を大きく震わせ、視線を外す。
   間違いなく、ビアンカが感じているのは恐怖だ。
   得体の知れない恐怖を、目の前の男に感じている。

「まあ、普通は信じられないよな。
 俺だったら馬鹿にしてる」

   仁はそう言って笑うが、三人は何も反応しない。
   それだけの余裕が無いのだ。

「でも、嘘は言ってない。
 リュカを主人公とした本が、俺の世界にはあるんだ」

   ゲーム云々については何も言わずに少し変えた。
   その方が伝わりやすいし、流石に説明出来るとは思えなかったからだ。

「まるで未来を知ってるかのように、俺が二人の居場所を突き止められたのはそういう理由なんだ。
 曖昧にしか言えなかったのは、何年か前に読んでうろ覚えだったことと、日時が書かれてた訳じゃなかったから」

「でも、アン……あなたの記憶だと、リュカとフローラさんには子供がいるはずなんでしょう?
 双子で、お兄ちゃんの方が伝説の勇者の力を持ってるって」

「そこだけは俺にも分からない。
 なんでこの時点で双子が生まれてないのかは、リュカ達に聞くしかない」

「それだけじゃ、まだ……信じれないわ……」

   ビアンカは必死になって否定しようとしていた。
   このまま彼の言う事を受け入れてしまうと、何かが壊れてしまうような気がするのだ。

「リュカが話の中心だから、当然ビアンカとの子供時代の思い出についても俺は知ってる。
 まだ見てないけど、この城にはリュカが仲間にした魔物がいるらしい。
 その中に多分いるキラーパンサーは、君とリュカが子供の時に助けたんだろ?
 その時に、君はリボンをそのキラーパンサーに着けてやった」

「ど、どうして……」

「ベラのことも知ってる。
 サンタローズで、村の人達に気付いてもらうために色々とイタズラしたろ?
 そのことで、たしかポワンに怒られた」

   突然話を振られたベラ。
   目を見開いて呆然としている。

「って言っても、これじゃ俺の話が正しいことを裏付ける証拠にはならない。
 俺の話が全て出鱈目で、本当は記憶なんか失ってなくて、花婿探しの時にリュカから聞いた話を今話してるって可能性もありうる」

   この辺りが微妙なのだ。
   仁の曖昧な記憶に、原作とは違う話の流れ。
   完璧な証明など最初から無理だ。

「「「……」」」

   三人は何も言えなかった。
   全てが嘘だとしたら、それはそれで説明出来ない事が出てくる。

「信じる信じないは皆に任せる。
 とにかくこれで、皆に黙ってたことは全部話したから」

「いいかしら」

   ここで、今まで黙っていたデボラが口を開いた。
   スッと立ち上がり、仁の目の前に歩み寄る。

「アンタが二人を助けたのはなぜ?」

「俺の話を信じるのか?」

「さあ。
 でも、最初から信じようともせず、アンタの話を真剣に聞く気がないなら、この場にいるだけムダでしょう?」

   デボラは微かに笑みを浮かべた。

「そうだな。
 ……俺が二人を助けようとしたのは、二人に子供が生まれてないって話を聞いたからだ。
 俺の知識通りにいけば、あの二人と子供達が魔王を倒して世界を救う。
 だから、子供が生まれてないと知って焦ったよ。
 俺の知識が通用しないなら、世界が平和にならないこともあるんじゃないかって思ってさ」

「そう……」

   デボラは目を見開き、仁の胸倉を掴んで強引に立たせる。

「っっ!!」

   仁は突然の展開に付いていけず、苦しそうに顔を歪めた。
   デボラが力を抜いて苦しさはすぐに消えたが、手を離す気は無いらしい。

「アンタは……」

   デボラの手は震えていた。
   その震えから、デボラの怒りが仁に伝わってくる。

「アンタはそれが分かってて、あの二人になにも言わなかった。
 そうでしょう?」

「……ああ」

   仁はゆっくりと頷いた。
   デボラが何に怒っているのか、すぐに見当が付く。

「あの二人は十年近く石にされて、子供が成長している間なにもできない。
 そのことを知っていて、俺はなにもしなかった」

「それがどういうことか分かってるんでしょうね!
 最初からあの二人を追っていれば、ああなる前に追いつけたんでしょう?
 もしかしたら、あの二人を助けられたかもしれない……違う?」

「分かってる!!
 俺は自分のためだけに行動したんだ。
 なにもしなければ世界を救ってもらえると考えて、俺は二人が辛い目に遭うのを黙って見過ごした。
 でも、もしかしたら世界が救われないかもしれないことを知って、今さらになって俺は二人を助けた。
 俺がしたのはそういうことだ!!」

   二人は激昂して怒鳴りあっていた。
   互いの目は、互いの顔のみを捉えている。

「……くっ……」

   デボラは全身を震わせ、怒りを抑えようと必死に耐えていた。
   少しでも気を抜くと、加減をせずに殴ってしまいそうだ。
   しかし、

「(コイツ……)」

   デボラは次第に気持ちが冷めていった。
   目の前の顔を見ている内に気付いてしまったのだ。
   この男は殴られたがっている。
   それで少しでも気が済むなら、むしろそうして欲しいと。

「……フンッ」

   デボラは勢いよく手を離し、仁から距離を取った。

「つっ」

   仁は床に手を付いて倒れた。
   デボラを見ると、仁に背を向けて立っている。



   室内は緊迫した空気に包まれていた。



   そんな空気の中、ベラが口を開く。

「ワタシもいい?
 ていうか、いつまでそのままでいるの?」

「ん?
 ああ」

   仁は床に倒れたままでいる事に気付き、椅子に座り直す。

「ワタシは全部を信じた訳じゃないけど、あなたが普通の人間じゃないって所までなら納得してるの」

「普通って……。
 とんでもない目に遭ってるとはいえ、一応普通の人間のつもりだけど」

「普通の人間に、精霊があんなにはっきりと応えてくれることはないわ。
 だから、あなた以外のだれもがあのバイオリンを弾けない。
 人間以外の血を引いてないなら、精霊が興味を引くだけのなにかが、あなたにはあるってことでしょ?」

「……なるほど。
 で、その普通じゃない俺になにを聞きたいんだ?」

   どこか納得出来ないのだが、仁はとりあえずベラに話の続きを促した。

「うん。
 あなた、本当の名前はなんていうの?」

「……え?」

「名前よ、名前。
 アンディじゃなくて、本当の名前があるんでしょ?」

「あ、ああ……。
 そういや言ってなかったな」

   仁の顔色に陰りが見えた。
   忘れていたというより、無意識の内に考えないようにしていただけだったかもしれない。
   皆に話をするにあたって、記憶を整理する必要があった。
   十日程前、色々な事を紙に書いて纏めていた時に気付いてしまったのだ。
   何故もっと早く気付かなかったのだと思うと、悔やんでも悔やみきれない。


   ビアンカも興味を示し、今まで背を向けていたデボラも振り向いて仁を見る。

「仁。
 如月仁だ」

「ジン。
 それがあなたの名前なのね……」

   ベラはその名前を噛み締めるように呟いた。

「あなたのこと、もっと教えてくれる?」

「……他に聞きたいことないのか?
 文句の一つもあれば聞くけど」

「別にいい」

「あ、そう」

   仁は溜め息をついたが、すぐに気を取り直す。
   全部話すと言った以上、聞かれれば隠す訳にはいかないだろう。

「話せることといっても、実は少ないんだ」

「あなたのことなのに?」

「もちろん、話そうと思えばいくらでも話せる。
 俺の世界にはこんな名前の国があっただの、こんな道具があるだの……覚えてることはいっぱいある」

「なら、なにが話せないの?」

「……」

   仁は一拍置いてから、意を決して再び口を開く。
   顔色は既に真っ青になっていた。

「初めは……オラクルベリーに二度目に訪れた時だったな、たしか。
 ふとしたことで、父親のことを思い出したんだ。
 でも、そこから先がすぐに思い出せなかった。
 顔……声……名前……。
 その時は悩んでいるうちに思い出せたからなんとも思わなかったけど、今思えば、あの時ヒントは出てたんだ」

   仁の顔が歪んでいく。
   あの時に、本当は気付かなければいけなかったのだ。

「次はオークション会場にいた時だ。
 会場の裏手で待っている間、携帯のことがすぐ出てこなかった。
 携帯ってのは、遠くの人と会話ができる道具のことな。
 その時は皆からの合図があって、それどころじゃなかった」

   アンディとして目覚めた時に比べ、仁は色々な事を思い出せなくなっていた。

「十日ぐらい前、皆に話をするために紙に書いてみたんだ。
 俺が知ってる、この世界のこと。
 今までなにが起きて、これから先はなにが起きるのか」

   思い出せないこともあれば、思い出せることもある。
   だが、たとえ思い出せなくても、思い出す切欠がこの世界には溢れている。

   例えば、仁は光の教団という名前を思い出せなかった。
   しかし、旅先でその名前を聞いて、リュカとヘンリーを奴隷として働かせていた連中が、そんな名前だったと思い出せた。
   さらにそこから、二人と同じ所にマリアがいて、マリアには兄がいた事も思い出せた。
   この世界には、かつて仁がゲームをプレイした時の記憶を呼び起こす切欠が幾らでも転がっているのだ。

   なら、切欠が無い場合はどうすればいいのだろう?

「ついでに、自分に関することも紙に書いてみたけど……あまりの酷さに愕然としたよ。
 両親がいることは覚えてる。
 でも……顔も、声も、名前も、なに一つ思い出せないことに気付いたんだ」

   一年や二年顔を合わせなければ、親の顔や声を詳細に思い出せない事はあるかもしれない。
   だがそれは、記憶を失った訳では無い。
   心の奥底に眠る、記憶の引き出し方が分からなくなっただけだ。
   電話で話す・・・写真を見る・・・実際に会う・・・。
   そうすれば、意図的に思い出そうとする必要すら無いだろう。

   だが、今の仁にはどの方法も取る事が出来ない。

「親の顔を思い出せないってのが、こんなにキツイとは思わなかった。
 心から元の世界に戻りたいって、その時初めて思ったよ」

   携帯ぐらいであれば覚えていても忘れていても、この世界で生きている限りはどちらでも構わない。
   もし元の世界に戻る事が出来れば、使っている内に思い出すだろう。
   だが、どちらでもいいという訳にはいかない記憶もある。
   ここ数日の仁は夜になると、大声で叫びたくなる自分を必死に堪えていた。

「二・三日前の朝だったかな……。
 顔を洗って、鏡に映るこの顔を見た時に、ふと思ったんだ。
 俺の顔……俺の本当の顔はどんなだっけ?」

   仁も初めの内は、鏡に映るアンディの顔に違和感を覚えていた。
   だが、半年もすれば違和感は消えていく。

「思ったんだ。
 いつか、俺はなにもかも忘れてしまうんじゃないか。
 そう考えたら、覚えている限りの自分の記憶を必死になって紙に書いたよ。
 何度も何度も……紙が真っ黒になっても書き続けた。
 でも……不安はちっとも消えなかった」

   仁はゆっくりと立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。

「すごく怖いよ。
 自分がだれなのか思い出せなくなることが…………怖くて怖くて堪らない」

   酷く弱々しい声を残し、仁は部屋を出て行った。



   そんな仁を、三人は追い掛ける事が出来なかった。
   何を言えばいいのか分からない。

   ただ、部屋を出て行く時、仁が泣いているように三人には見えた。















          アンディ無双でお願いしたい・・・無理ですか、そうですか。

     第08話「メタルキング鎧になんの特殊効果もないのはなぜだ!?」















   部屋に残されたデボラ達。


   デボラは室内をぐるぐると歩き回っていた。
   苛立ちを隠し切れないのか、時折立ち止まっては髪を掻き毟るといった行動を何度も繰り返している。


   ビアンカはうつむいたまま微動だにしなかった。
   何を考えているのか分からないが、必死さだけは伝わってくる。


   そんな二人を、ベラはベッドに横になりながら眺めていた。
   二人と違い、どこか落ち着いているように見える。

「座ったら?」

   ベラが苛立つデボラに声をかけると、鋭い目つきで睨まれた。
   わざとらしく肩をすくめ、ベラは口を閉じる。


   再び、部屋中を包み込む緊迫した空気。


   暫くして、今までうつむいていたビアンカが顔を上げた。

「ねえ、デボラさん……」

「……なに?」

   足を止め、ビアンカを睨むデボラ。
   本人は睨んでいるつもりは無いだろうが、不機嫌ゆえに気付く事が出来ない。

「部屋を出て行く時、あの人が泣いてるように見えたの。
 デボラさんはどう?」

「だからどうだっていうのよ?
 そんなこと関係ないわ。
 わたしは、アイツのしたことを許せそうにない」

   デボラは自分があの男に怒りを感じている事を自覚していた。
   全く理解出来ない訳では無いが、頭で理解していても心が付いていかないのだ。

「アナタはどうなの?
 アイツが一言忠告していればリュカだって、ああはならなかったのかもしれないのよ?」

「う~んと……ね。
 よく分らないの。
 もちろん私も怒ってるわ。
 あの人の記憶では、何年かしたら二人が助かるはずだからって言っても、見て見ぬふりをしようとしてたのは酷いと思う。
 ……でも、あの人と出会ったばかりの時に話を聞いていたら、デボラさんは信じた?」

「それは……でも……」

   デボラは何も言い返せなかった。
   確かに、出会った当初であれば笑い飛ばしていただろう。

「だからアナタは許すの?」

   デボラの問いに、ビアンカはゆっくりと首を振る。

「そうじゃないわ。
 ただ、私はもっと気になることがあるの。
 あの人が怖いって言いながら怯えてたり、部屋を出て行く時に感じた寂しそうな雰囲気だったり、こっちの方が気になって仕方がないのよ」

   先程からずっと、ビアンカはその事を考え続けていた。
   怒るよりも、責めるよりも、あの時に声をかけてあげられなかった自分を責めているのだ。

「もしかしたら、私も許せないって思ってるのかもしれない。
 でもね、こうも思うの。
 それでも……あの人を嫌いにはなってないな、って。
 デボラさんも、きっとそうでしょ?」

「そんなこと……ないわ」

   デボラは否定の言葉を口にした。
   しかしその言葉は、迷いが含まれているとはっきり分るほど弱々しいものだった。

「嘘。
 もし嫌いになったなら、デボラさんはそんなに苛立ったりしないもの。
 フローラさんのことがとっても大切だから、デボラさんはあの人のことが許せない。
 でも、嫌いにはなれない。
 辛そうな顔をしてたら、なんとかしてあげたいって思っちゃうの……私みたいに。
 違う?」

「……」

   デボラは何も言えなかった。
   ビアンカの言った事を認めてしまいそうな自分に抵抗するだけで精一杯なのだ。
   そんな事は無い。
   自分は妹の事が苦手だった。
   こんな風に自分を抑え切れないほど怒りを覚える筈が無いのだ。
   あの男にしたってそうだ。
   許せないし、嫌いに決まっている。

「(でも……ならなんで、こんなにイラついているの?)」

   デボラは自分自身の心が分らなくなっていた。
   今までの自分なら、こんなに苛つく事は無かった。
   少しでも気に食わなければ、自分から距離を取って忘れる事にしていた。
   それなのに何故、今回の自分は考える事をやめないのだろう?


   それは、デボラがこの旅を通して見つけたいと望んでいたもの。
   まだデボラは自覚していないし、ここから先のデボラ次第で、すぐに消えてしまうような儚いものでしか無い。
   その事にデボラが気付くのは、もっと先の話になる。





「ちょっといい?」

   黙って二人の話を聞いていたベラ。
   口を挟まないようにしていたのだが、どうしても気になっている事があるのだ。

「あなた達の話を聞いていると、まるで彼の話が正しいことを前提に悩んでいるように聞こえるんだけど……。
 そこはいいの?」

「「え?」」

   デボラとビアンカは同時に声を上げた。
   言われてみれば、確かにそうだ。

「あんな話、普通は信じないと思うけど」

「ベラは信じてないの?」

「嘘を言ってるようには見えなかった。
 でも、全部を信じるのはちょっとね……。
 彼がこの世界の人間じゃないって所までかな」

   微笑みながら答えるベラを、二人は複雑な顔をしながら見つめていた。

「信じてないから、ベラはそんなに落ち着いていられるの?」

「違うわ。
 半信半疑ってだけ」

   ベラは立ち上がり、ドアに向かってゆっくりと歩き出す。

「ワタシはあなた達と違うの。
 あなた達は、彼を信じよう……信じたいって思って話を聞いた。
 でも、ワタシは話を聞く前から彼のことが気に食わなかったから」

「「!?」」

   二人は驚きを隠せない。
   ベラがそんな事を思っていたなんて、今まで気付きもしなかった。

「だから、少しだけ距離を置いて考えられたんだと思う。
 大体、許すもなにもないでしょ?
 彼がああいう人だってことは、二人の方がよく知ってるじゃない」

   ベラは二人を見て楽しそうに笑った。

「困ってる人がいれば、たとえ見ず知らずの他人だって、我が身を顧みずに助けようとする。
 いつも冷静沈着で思慮深く、十手先まで読んで行動する。
 ワタシは付き合いが浅いから知らないけど…………そんなカッコいい時なんて、今までにあったの?」

   ベラの問いに、二人は何も答えられない。

「できるだけのことは自分でする。
 本当にできないと思ったら、自分でやらずに他の人に任せる。
 そんな彼が、必死に考えた末の行動でなんでしょ、きっと」

   ベラは話をしながら眉をしかめた。
   何故、自分が彼を弁明するような真似をしているのだろう?

「もし彼が許しを請う必要があるとすれば、それはリュカとフローラって人の二人だけよ。
 彼自身は、そう思ってないでしょうけど」

   そして、ベラはドアを開け放つ。

「迷ってる暇があるならさっさと彼の所に行った方がいい」

「でも……なんて言えばいいの?」

「ワタシに聞かないでよ。
 ビアンカは、このままじゃ嫌なんでしょ?
 ここにいたってなにも変わらないわ」

   ベラは次にデボラを見て、

「デボラはなにを悩んでるの?」

「アイツを殴って、それで気持ちの整理が付くとは思えないわ」

「そうかもしれないわね。
 それに、それじゃ彼を楽にさせるだけじゃない」

「……は?」

   ベラの予想外の答えに唖然とするデボラ。

「もっと気楽に考えてみたら?
 どうしたら自分自身が楽しくなれるか、そのことだけ考えてさ」

   ベラは挑発的な目をデボラに向け、


「彼をやり込めている時のあなたが一番素敵よ」





  ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽





   一方その頃、逃げるように部屋を出た仁は。


「……さむ」

   うろうろしている内に辿り着いた城の中庭で夜空を見上げていた。
   着の身着のままで部屋を出たため、夜風に当たると少し肌寒い。

「(さて、これからどうするかな……)」

   仁はこの場から動こうとはしなかった。
   考え事をするなら、肌寒いぐらいで丁度いい。

「(二人の石化だけはなんとかしたいよな。
  でも、あの杖は一体どこにあるんだ?)」

   考え始めたのはいいが、すぐに中断する。
   そして、うつむいて溜め息を一つ。

「(……だっせえ)」

   仁は頭を抱えて自己嫌悪に陥っていた。
   覚悟を決めていた筈なのに、結局は泣き言を言った挙句にこうして逃げるように部屋を出てしまった。
   さらには、悩んでいるふりをして、三人の事をなるべく考えないようにしている。

「(このまま、なにもかも放り出してってのは……さすがになぁ)」

   今さらとはいえ、その選択肢を選ぶほど情けない人間にはなりたくない。
   それに、後で死ぬほど後悔する羽目になるのは目に見えている。

「(デボラのやつ、ずいぶんと怒ってたな)」

   仁はあんな風に怒るデボラの顔を初めて見た。
   自分と口論になる時に見せる顔とはまるで違う。

「(当然だよな。
  なんだかんだ言っても、大切な妹だもんな)」

   だが、怒っていたという事は、話を信じてくれたのだろうか。
   嬉しいと思う反面、申し訳無く思ってしまう。

「(ま、そろそろ戻るか。
  頭も冷えたし)」

   仁が中庭を出ようとした、その時・・・



   城の中を走る足音が聞こえてきた。



   仁が辺りを見回していると、足音が段々と近付いてくる。

「……あ」

   そしてすぐに、デボラとビアンカが仁の前に現れた。

「「はあっ、はあっ、はあっ……」」

   全力で走ってきたのか、肩で息をする二人。
   呼吸を整えてから、二人揃ってゆっくりと仁に近付いていく。

「……」

   仁は何も出来ずに立ち尽くしていた。
   突然の出来事に、どうしていいのか分からない。


   二人は仁の目の前まで近付くと、戸惑う仁の目を真っ直ぐに見つめ、

「ねえ」

「な……なに?」

   仁は軽く怯えながらビアンカの次の言葉を待った。
   何を言われるのだろう?
   だが、例え何を言われても、聞き続ける事が今の自分に出来る全てなのだろう。

   しかし、ビアンカが次に発する言葉は、仁の予想を遥かに超えていた。

「あなたの名前を教えて」

「…………は?」

   仁は、ビアンカの言葉が理解出来なかった。

「今……なんて?」

「だから、あなたの名前を教えて」

   もう一度、ビアンカから同じ言葉が返ってきた。

「さっき言わなかったっけ?」

「いいからさっさと言いなさい」

   デボラが若干苛立ちながら仁に催促を迫った。

「忘れた?」

「訳ないでしょう。
 アンタじゃあるまいし」

「デボラさん」

   ビアンカが軽くたしなめると、デボラはすぐに苛立ちを収める。

「分かってるわよ。
 とにかく、アンタの口からもう一度聞きたいの」

「私も。
 だから、お願い」

「は……はあ」

   仁は二人の意図が掴めなかった。
   しかし、教えて欲しいと言われれば、拒む理由は何も無い。

「如月仁」

   自分の名前を口にした仁は、安堵している自分に気が付いた。
   馬鹿な事をと、笑い飛ばせない自分が嫌になる。

   と、

   仁がそんな事を考えている目の前で、デボラとビアンカは目を瞑り、仁の名前を何度も何度も繰り返しつぶやいていた。

「……?」

   そんな二人を不思議そうに見つめる仁。
   一体、何をしているのだろう?


   二人は同時に目を開ける。

「「如月仁」」

   そして、仁の名前をもう一度、今度ははっきりと口にした。

「覚えたわ、あなたの名前」

   ビアンカは自分の胸に手を当てて、仁に微笑みかける。

「仕方ないから、忘れないでおいてあげるわ。
 感謝しなさい」

   デボラが、いつものように棘を含んだ笑みを仁に向ける。

「……?」

   仁は首をかしげるだけで、二人が何を言いたいのか分からない。

「だから……」

   ビアンカは片手を伸ばし、仁の頬にそっと触れる。

   デボラも同じようにして反対側の頬に触れ、二人で仁の両頬を包み込み、そして、



「もういいの、怖がらなくて。
 私達があなたの名前を呼び続けていれば、あなたは自分を忘れないから」



「……」

   仁は二人の顔を見入ってしまった。
   不意打ちだ。
   一瞬で頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなってしまう。

「な、なにを……言って……」

   言葉が出てこなかった。
   それでも、こんな展開は仁にとって優し過ぎる。

「俺は……だって……」

   ビアンカは仁の唇の上に人差し指をそっと添え、ゆっくりと首を振る。

「仁、もういいよ。
 私がそうしたいって思ってるだけだから」

   次に、仁の視線がデボラに移る。

「わたしは別に。
 ただ、これがアンタには一番効くかなって思っただけよ」

   仁は両手を伸ばし、二人の腕をそっと掴む。
   もう限界だった。

「あくまで、わたし自身の……キャッ!?」

   仁は二人を引き寄せた。
   しがみ付くように、きつくきつく抱きしめる。

「ちょっと!?」

   焦るデボラ。
   振りほどこうとしたが、すぐに仁の様子に気付いて動かなくなる。


   仁は泣いていた。
   嗚咽と共に、大粒の涙を溢し続けている。


「……ハァ。
 しょうがないわね」

   デボラは溜め息をつき、仁の背中に手を回した。
   強く抱きしめられて少々痛いが我慢しよう。
   隣を見ると、ビアンカも泣いていた。



   星空の下、仁は二人を抱きしめながら泣き続けた。










     ・・・つづく。





   ◆あとがき◆

 慣れないことはするものじゃないな、と思いつつも、今後のための練習ということで。
ベラについては次回にします。
最後に書こうと思ったんですが、ここで終わらせた方が綺麗にまとまるような気がするのでやめておきました。

 幸せの帽子。
仁の最強装備の一つになります。
知力の兜も装備できますが、守備力が5しか違わないならこっちの方がいいです。
後は鎧。
ドラクエ5にはないんですが、いっそのことドラゴンローブでも出そうかなと思ってます。
どうせならマスタードラゴンの鱗でも使って・・・・・さすがに強すぎるかな?



 最後に・・・
実に残念でした。
ゴーレムみたいに遅くて耐性が悪い仲間の場合、魔神の鎧の方がよかったりします。






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