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[14831] 【習作】特攻の拓【逆行】リハビリで短編ネタを少々
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/06/30 18:21
こんばんは。そして、お久しぶりです。
何とかの中の人と申します。
初めての人もそうでない人もよろしくお願いします。

チラシの裏でゼロ魔のSSを書かせていただいていますが、流行のインフルエンザにかかって以降"特攻の拓"が頭から離れなくなりましたので、思い切って書いてみました

こんなの"拓"じゃないとか、いろいろあると思いますが、読んでくれると嬉しいです


タイトルが……
"特攻"ではなくて"特効"になってました(死
修正しました


…………【習作】が【秀作】になってた!
修正しました…………orz


PS
ぶっちゃけ"特攻の拓"っていうのは、かなり矛盾やご都合主義があると思います
たとえば、27巻の最後のシーンで"極悪蝶"の"慈統"が"拓"に話しかけていますが、この二人が本編で会話しているシーンが私には見つけることが出来ませんでした
なので、脳内で"大珠"が紹介でもしたんだろうと思っていただければと思います
他にも噛み合わないところがあれば、無理やり繋げてしまうことがあると思います



[14831] 0話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2009/12/17 20:19
「み…みんな……」

「喧嘩……止めに…来たよ?」



 そして……

 僕は……

 "あの日"と……

 同じ……

 ここに……

 いるよ?


 ”この場所"に……
 存在 いる よ……!



「"拓"……」
 皆が僕を呼ぶ声が聞こえる……


「なんだ……こんなトコに居たんかよ?ナニしてんだよ?」
 秀人くんが僕を呼ぶ。
 "外道"と"爆音"の"戦争"なんてなかったかのように


「ナニして遊ぶ――?"拓"ちゃん?」
 来栖くんが僕を呼ぶ
 いつもどこか不安定で寂しそうだったのに、その片鱗さえ見えないような明るい顔で


「探しちゃったぜ?"拓"ちゃん来いよ?リンコも待ってる……」
 大珠くんが僕を呼ぶ
 薬物 アシッド が完全に抜けて、すっかり透明 クリーン になった笑顔をして


「来いよ?"拓"ぅ……」
 武丸さんが僕を呼ぶ。
 今まで見たことがないくらい穏やかに


「テメエが居なきゃしょーがねーだろーが……」
 リューヤさんが僕を呼ぶ。
 "爆音"との諍いなんて、何もなかったように


「負けねーゾ?チビ……」
 八尋さんが僕を呼ぶ
 怖いけど、どこか僕を認めてくれたように


「今度ぁオメーの番じゃあ……」
 慈統さんが僕を呼ぶ
 どこまでも豪快で、まるで年下の"兄弟"と"遊んで"あげるみたいに


「やろうぜ?"拓"ぅ……」
 緋咲くんが僕を呼ぶ
 最初あったときのあの棘がすっかり抜けたように


「いつでもOKだぜ?」
「無敵よ?無敵……」
 ヒロシちゃんとキヨシくんが僕を呼ぶ
 いつもと同じ笑顔を浮かべて


「おめーはもう……わかったんだナ……"拓"ぅ……」
 ワニブチさんが僕を呼ぶ
 いつも大人ですべてを"知って"いるワニブチさんが


「いこ♡"拓"ちゃん♡」
 そして、マー坊くんが……


「み~~~んな」
「待ってるよ?」



 もうみることが出来ないって思っていた

 皆の"笑顔"

 皆が笑っている

 嬉しくなってつい涙ぐんでしまう

 僕は本当に涙腺が弱いから

 そして、目をこすって目をあけた"とき”

 すべては無くなっていた

 誰もいない"B突堤"


 「うん……」
 そうだね

 "僕"

 ちゃんと目を覚ますよ


 "皆"呼んでくれてありがとう!



[14831] 1話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2011/03/19 12:16
 目を覚ました僕が最初に見たのは、見慣れた自分の部屋の天井だった


 ヒロシちゃんとキヨシくんと一緒に"B突"に突っ込んで、皆の喧嘩を止めようとして……
 それからどうしたんだっけ?

 ゆっくりと身を起こす

 え……?
 
 時貞くんの後ろ姿を追って、届かなくて……
 あれだけ派手に転んだのに……
 どこも、痛くない?
 僕には単車で転んでも尚ピンピンしていられるような、そんな打たれ強さはないはずだ

 もしかして喧嘩を止めようとしたのは昨日じゃなくって、数日前の事なのかな?
 "あの日"からずっと寝てたのかな?
 もしそうなら病院に運ばれてもおかしくないと思うんだけど

 どこにも手当てされた様子さえなかった

 僕が不思議に思っていると、いつものように母さんが「拓!!起きなさい!遅刻するわよ!」と大きな声を上げながら、トントントン……とリズミカルに階段を上って僕の部屋に近づいてくる足跡が聞こえてくる
 とても僕が意識不明で数日寝込んでいたとは思えない、いつもと変わらない朝
 やっぱりアレは昨日のことだったんだろうか?

「ほら!今日から三学期でしょ?いきなり遅刻するわよ」

 そういって母さんが僕の部屋のドア思いっきりを開けた
 ぶわっ……!
 部屋の中の空気が音を立てて動く

 僕が既に起きていたのを確認すると、母さんは拍子抜けしたのか
「なんだ、起きたならちゃんと返事をなさい」と言って、ドアを閉めた
 すぐにトントントン……と先ほどと同じ様に軽やかな音を立てて階段を下りていく

 ……今日から三学期?
 どういうこと?
 三学期どころか、もうすぐ二年に進級じゃないか
 すっかり呆けてしまった僕に、階下からまた母さんが呼ぶ声が聞こえてくる

「ほら!ぼけっとしてないで早く着替えて朝ごはん食べちゃいなさい!」


 よくわからないが、とにかく学校に行けばすべてわかるだろう
 そう思った僕は制服に着替えて、食卓に着く
 そしていつも同じようなニュースを繰り返すTVが、今日も天気予報をやっていた

 それに映し出された”今日の日にち”をみて、僕は今度こそ愕然とする


 ……”1月6日月曜日”?
 思わず味噌汁の入った椀を落とした僕を、母さんが金切り声で攻め立てる

「時間が無いのになにやっているの!本当に遅刻するわよ!」

 急いで碗を拾って、適当な布巾で味噌汁をふき取る
 そして何気ない様子で、僕が今抱えている最大の疑問を口にした

「母さん、僕の学校って……」
 
 母さんは怪訝な顔を浮かべながらも「港ヶ丘高校に決まってるでしょ!まさかたった2週間休んだだけで自分の学校もわからなくなっちゃったの?」と答えた


 そんな馬鹿な?!

 僕は、完全に混乱した
 僕が今まで乱校で体験したことはなんだったんだ?
 全部僕が見た"夢"?
 あんなにリアルな"夢"なんてあるのか?

 動きが止まった僕を、母さんが再度急かす
 僕は母さんに追い立てられて、準備もそこそこに玄関を出る
 そして家の外壁には懐かしいFZR250R ケニー・ロバーツ号 がとめてあった

 僕はFZR250R ケニー・ロバーツ号 )に跨り、とりあえず港ヶ丘高校へ向かう
 今までの事がすべて夢だったなんてとても信じられないけど、始業式から遅刻だけは避けたかったからだ

 
 僕は、まるで"夢の中の僕"のように単車を自由に操って、あっというまに港ヶ丘高校へ着いた
 家を出た時間からいつも通り遅刻ぎりぎりになると思っていたけど、思いのほか早く着いた事にまた驚く
 前までの半分ほどの時間で着いてしまった
 どこの信号にも引っかからずに、FZR250R ケニー・ロバーツ号 と一体となったような走りが出来たからなんだろうけど

 今まであんな風に運転出来ていただろうか?
 FZR250R ケニー・ロバーツ号 のすべてを理解 しり つくしたような走りが……


 もっと乗っていたい
 FZR250R ケニー・ロバーツ号 が愛しく思えてしょうがなかった
 夢の中では僕のことを最後まで助けてくれた
 B突堤に沈んで行くときも、僕がどこへ向かえばいいのか最後の力で教えてくれた
 FZR250R ケニー・ロバーツ号 にまた乗れるなんて!


 こっそりと単車を隠すようにおいた校舎裏
 自分の相棒を自然とにやけてくる顔で見詰めていると、校舎から小さく鐘の音が聞こえてくる
 ハッ……と、我に返って腕時計を確認する
 結局始業式は終わってしまったようだ
 いつまでもFZR250R ケニー・ロバーツ号 と一緒にいたかったけど、そうもいかない

 僕は一時的にでも愛車と離れることを寂しく思いながら、たった2週間しか離れていなかったはずの何故か懐かしく思える、自分の教室へと向かった
 ああ……まだ夢の中と現実がごっちゃになってしまう
 ここ 港ヶ丘 での出来事がすべて遠い昔に起きたことのように感じられる

 教室では、記憶にあるとおりの吉田くんや中川くんが僕に絡んでくるけど、全然怖くは無かった
 夢の中の僕は吉田くん達よりもよっぽど怖い相手に囲まれていたんだから
 いつもと同じようにびびらない僕に、吉田くん達は面白くなくなったのかどこかへ行ってしまった
 結局この学校でどれだけ"悪"ぶっていようと、進学校の中の温い不良に過ぎないのだから

 吉田くん達を"外"から見るならば、"港ヶ丘"の"ダサ坊"……だったか
 そして"僕"は、"港ヶ丘"の"ダサ坊"の"パシリ"か……
 "鳥浜ロード"のゼロヨン大会の事を思い出す

 本当に乱校でのことが"夢"だったのか、それとも"今"まさに夢を見ている最中なのか……
 一人でゆっくりと考えたかったんだけど、今度は香川さんが近寄ってくる
「浅川くん明けましておめでとう」
 そう言って話しかけてくる香川さんは後光が射しているかのように輝いていた
 さすが"港ヶ丘のマドンナ"だと思う

「おめでとう香川さん」
 香川さんがあんまりにも可愛くってつい照れてしまうけれど、香川さんは首をかしげながら「浅川くん何か変わった?」と聞いてきた

 僕が変わった?
 一体どういうことだろう
 首をかしげる

「なんだか休みの間にずいぶん男らしくなったみたい」
 頬を赤らめながらそう言う香川さんに、ハッとなる
 きっとそれは、あの"夢"のせいだろう
 
「"夢"を見たんだ
とっても悲しくって、だけど嬉しい夢……僕が変わったんだとしたらきっと"ソレ"のせいだと思う」
 香川さんは興味津々に「どんな夢だったの?」と聞いてくるが、僕はとても話す気にはなれなくってあいまいに言葉を濁した



 放課後、僕はさっそくFZR250R ケニー・ロバーツ号 に乗って横浜中を走っていた
 まるで自分が"疾風" かぜ になったような気さえする
 単車が自分の手足のように感じられる
 平日だっていうのに絡んでこようとした人たちも何人かいたみたいだけど、僕のスピードには着いて来れなかったみたいであっという間に振り切れた

 そして気が済むまで走った後、家に帰ると「新学期早々夜遊びをするんじゃありません!」と、母さんがまた怒っていた
 

 そう
 自分が夢とは思えないような夢をみて、単車に乗りこなせるようになった
 それ以外はいつもと変わらない"日常"だって思っていたんだ


 "あの日"までは……



***



 "いつも"のように寝坊して、"いつも"のようにFZR250R ケニー・ロバーツ号 で港ヶ丘高校に向かっている僕は、校門まであと少しの位置にある信号に引っかかっていた
 天野先パイ達が校門で己の権威を見せ付けるかのように"睨み"を効かせているのが目に入る
 そうだ、今日は"転校生"が来るんだっけ
 よくある、転校生に対する"手荒い歓迎"というヤツをやるつもりなのだろう
 こんな日にまで遅刻するなんて僕ってば不運すぎる……
 不運 ハードラック を呼び寄せる原因の一つでもある己の寝坊癖を呪う

 もうすでに1時間目も半ばにさしかかろうとしている時間だ
 まだ天野先パイ達がいるという事は、転校生も僕と同じように遅刻しているんだろうか?

 信号待ちをしている僕の横を通っていく改造車
 あれは、夢の中の秀人くんが乗っていたパールホワイトのZ400FX!
 外道の秀人の単車だ!!

 急いで後を追いかける
 秀人くんなの?


 校門の前で聞こえてきたやりとりは記憶のままだった

「おう 転校生!!初日から単車でチコクたぁたいした度胸だな」
「チィっと態度デカすぎるんじゃねぇのか?ああ!?」
「こちらぁ港ヶ丘の番格 天野さんじゃ!!てめえに我が港ヶ丘の校風教えてくださるっちゅうんじゃ」
「おらメットとってアイサツしろや!コゾーッ!!」

 天野さんの取り巻き三人がメットをかぶっている秀人くん(?)に絡んでいるけど、秀人くんは全然相手にしていなかった
 ここまで夢での出来事のとおり
 だけど、もしも秀人くんじゃない普通の転校生だったら、ひどいことになる
 きっと病院送りだ
 とめなきゃ!
 
 そう思ってバイクから降りようとすると、ヘルメットを取ったその顔は、まさしく夢の中に出てきた"秀人くん"そのままだった
 どうして、夢の中でみた秀人くんが現実にいるの?
 どうしてやり取りが僕の記憶のとおりなの?
 混乱している間に、あっという間に天野さんたちは倒されて、秀人くんはいなくなっていた


 我に返った僕は急いで自分の教室に向かう
 すでに1時限目は終わったところだろう
 教室にまさしく飛び込んだ僕の目には、部屋の中央の席に堂々と座っている秀人くんの姿が映っていた

 秀人くんを遠巻きにみるクラスメイト達
 秀人くんは喧嘩を売られない限りひどいことはしないのに……
 どうしてそんな目で見るんだ!
 一年近く付き合ったクラスメイト達に怒りがこみ上げてくる
 夢の中でしか知らない秀人くんの方がよっぽど自分にとって大切に思えた
 夢の中の自分を変えてくれた存在
 ソレが秀人くんだったから

 僕はクラスメイトに対する怒りをなんとか抑えて、秀人くんに近寄る
 大好きだったのに、夢の中では全然話すことが出来なかった
 ありえない確率で不運 ハードラック を呼び寄せる僕だからこそ、同じ横浜 まち を走っていても秀人くんとなかなか会う機会が無かったのだろう

「ひ……秀人くん…あ……
えっと…ボ…ボク……浅川拓……ってんだけど」
 夢の中での憧れの存在、秀人くんを前にした僕は、完全に舞い上がってしまって夢の中での自己紹介のように完全にどもりまくっていた
 これじゃ、夢の中の僕のように、相手にされないだろう
 もっと秀人くんと話したいのに!
 なんとか会話を振りたい、そう思うのに、すっかりあがってしまった僕はてんで駄目だった
「あの…えっと……バイク…そう…!Z400FXすごいよね!僕もバイクに乗るんだけど、すっげーはやいなーって!」
 馴れ馴れしく話しかける僕を、まるで嘲るかのように秀人くんは立ち上がってどこかへ行ってしまった
 
 やっぱり、そううまくいくわけないよね……
 でも、諦めない! 


 次の日からの僕は、夢の中での僕のように時間さえあれば常に秀人くんを追いかけていた
 周りは僕に対して秀人くんの機嫌をとって"護って"もらおうとしているって思っていたかもしれないけど、そんなのはどうでもよかった
 今の僕が、あの武丸さんやリューヤさんの恐怖を知っている僕が、吉田くん達に今更ナニを言われたって気になんてならなかったから

 そしてある朝、秀人くんが通学する途中に僕とあった時から、秀人くんの僕に対する態度が変わった
 当然のように秀人くんは僕を抜きさって、置いていこうとした
 僕はそんな秀人くんに置いていかれない様にと、FZR250R ケニー・ロバーツ号 のポテンシャルをすべて出し尽くして秀人くんの後を追いかけた
 秀人くんはさらに速度を上げて、僕を振り切ろうとする……
 結局、学校まで"追いかけっこ"のような形になってしまう

 学校に辿り着いたとき、秀人くんはさも驚いたような表情を浮かべて、僕の顔を初めて"見て"くれたのだった


 ドノーマルなFZR250R ケニー・ロバーツ号 で秀人くんのZ400FXを抜けないまでも、ちぎらせなかった
 それは、秀人くんにとっては興味を抱く対象になるに足りることだったようだ

 ソレからの僕たちは"族"については何も話さなかったけど、バイクについてや、テクニックについて話すようになった
 僕をみて笑いかけてくれる秀人くんが、嬉しくてしょうがなかった

 僕の記憶にある秀人くんは"親友"なのに"爆音"の敵、そう"爆音"と"外道"の間で止められない戦争が起きようとしていた
 それがもどかしくて、つらくてしょうがなかった
 "族の世界"だから、なんて割り切れるはずがなかった
 どっちも大切だからこそ

 だから、こうして何のわだかまりもしこりもなく話せる"現在"が、たまらなく幸せだったのだ

 
 そうして数日後、すっかり仲良くなった僕は秀人くんの単車に乗せてもらっていた
 秀人くんが、僕のFZR250R ケニー・ロバーツ号 に乗ってみたいと言ったのだ
 ドノーマルなのに、秀人くんに着いてこれるのが不思議でしょうがなかったようだ
 そうして夢の中の僕とは違って秀人くんとはぐれることは無かった僕だけど、なぜかやっぱり九尾の猫 キャッツ に絡まれていた
 秀人くんがジュースを買ってきてくれるというので恐縮しながらも公園で待っていたら、不幸体質の僕はやはり不運 ハードラック を招きいれてしまったようだった

「よぉ~~ボーヤぁ随分としぶい単車のってんじゃんかよ」
「だ~けど、ボーヤにはもったいなさすぎんだろ」
「この九尾の猫 キャッツ の"青野サン"がボーヤの変わりにのってやんよ!ほらキー寄越しナ!」

 典型的な絡まれ方
 当然僕のも、秀人くんのも渡す気はない
 僕がハンヘルを握り締めて構えを取ると、「ダサ坊が"ヤル気"かよ!」と嘲ったような笑いを浮かべて、九尾の猫 キャッツ の青野ともう一人がチェーンと木刀を構える
 青野が振りかぶってくるのをしっかり目で追って、呼吸を合わせる
 一歩深く踏み込んで相手の威力を殺す
 そして、チェーンで殴られるも、そのまま青野をハンヘルで殴りつけた
 顎に決まったようで青野はそのまま膝をつく
 これで一人、そう思った僕はそのまま自然にもう一人に向かって殴りかかっていた
 が、相手の木刀のほうがリーチが上だ
 ハンヘルの持ち手を木刀で殴られて、そのまま手放してしまう
 ヘルメットはそのまま公園の植木に向かって飛んでいく
 今すぐに拾いにいくのは無理だろう

 獲物が無くなった……
 だけど、逃げるわけにはいかない
 秀人くんは僕を信じて単車を置いていったんだから

 獲物を持った相手に勝てる自信は無かった
 夢の中じゃなくってこれは現実だ
 怖くて逃げ出したかった
 だけど、そんな考えは振り払って奥歯を硬く噛み締めた僕は、そのままこぶしを固く握りしめてもう一人に向かおうとする


 「……なんだよ
人がちょっと"自販"行ってる間に薄汚ねぇ猫にじゃれつかれてたんかよ」

 声のしたほうを向くと、そこには"7UP"を二つもった秀人くんが立っていた

「……なっ…?!……"テメ"ェ…"外道"のっ……!!」

「秀人くん……っ!」

 秀人君はそのまま助走をつけて"7UP"で、名乗らなかったほうの九尾の猫 キャッツ のメンバーに殴りかかる
 相手はそのワンパンで吹き飛び、鼻血を吹いて気絶した
 そして、その勢いのまま膝をついている青野の顔面に蹴りを入れる

 秀人くんは僕のチェーンと木刀で殴られた傷を見ると、めったにしないような笑顔を浮かべた
「"族"でもネーのに九尾の猫 キャッツ に喧嘩うるたぁ…根性あるじゃネーか」

 多分きっとこのとき秀人くんの中での僕の存在が、今までのただ"単車について語れる知人”から"信用出来る友人"に進化したんじゃないかなと、僕は思う

 そうして秀人くんは「"ホラ"よ」と、九尾の猫 キャッツ の血にまみれて軽く変形した"7UP"を投げて寄越したけど、殴る凶器 どーぐ として使われた"7UP"は当然のようにシェイクされていて、プルタブをひっぱった僕の顔にその中身が全力で噴出してくるのはまさに必然だった
 ソレをみた秀人くんが九尾の猫 キャッツ が二人も倒れているこの場所で、場違いなほどに無邪気な笑い声を漏らすのもまた必然だった




[14831] 2話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2011/03/19 12:14
 九尾の猫 キャッツ との喧嘩の翌日
 忘れていたけど、今日は実力テストの日だった
 昨日は家に帰るなり母さんに夜遊びを叱られて、その後は"現実"での初めての喧嘩の疲れによってあっという間に爆睡してしまったので、勉強なんてさっぱりしていなかった
 けれど、不思議なことに実力テストの問題は夢で見たとおりのものだったので、すらすらと解くことができた


 ここに来てようやく、もしかして僕は時間を逆行してしまったのではないだろうか?と考えるようになった
 ある日突然自分の手足のようにバイクを操れるようになったのも
 秀人くんが夢で見たのとおりに転校してきたのも
 今日の実力テストの内容を知っていたのも
 "乱校"での出来事を、殴りあった痛みを、総長達のプレッシャーを…体が覚えているのも
 ただ"夢"の一言で片付けるにはあまりに無理がある
 

 突然予知能力がついたというよりは、あの日……

 僕が皆の喧嘩を止めようとした、"あの日"……
 太陽のように輝く時貞くんが……ペガサスが……舞い上がる白い羽が……人知を超えるような何かが見えたあの瞬間
 僕は確かにスピードの向こう側に到達していた
 "ソレ"を掴みとったと"理解" わか っていた
 あのとき僕はまさしく"臨界"を越えてしまったんじゃないだろうか?
 
 僕はずっと時貞くんが死んでしまったことが悲しくてしょうがなかった
 "スピードの向こう側"や宮沢賢治のこと、トラノスケのこと
 ヒロシちゃんやキヨシくん、マー坊くんや緋咲くんのこと
 もっともっと話したいことがあった
 一緒に公園で昼寝したり、ギターを教えてもらったり
 もっともっと一緒にしたいことがたくさんあった
 増天寺ライブのとき、時貞くんは血まみれで現れた
 あの時血を流しすぎたから、あの運転のうまい時貞くんが"事故"ってしまったんじゃ?
 もっと僕に出来ることがあったんじゃないかっていつも後悔していた
 時貞くんは僕に救われたってユーリさんは言っていたけど、僕が"救わなかった"ら時貞くんは死ぬことはなかったんじゃないかって
 ベイブリッジに行くたびに、部屋に大切においてあるSADOWSKYを見るたびに……
 いつもいつも想っていた
 時貞くんに死んで欲しくなかった……
 時貞くんは僕を"兄弟" ブロウ って呼んでくれたのにっ……

 僕のその想いこそが、この普通じゃ絶対にありえない時間の逆行という形で現れたんじゃ……?


 もしそうだとするなら、僕にはこれから"ナニ"が出来るんだろうか?
 今でも克明に覚えている"夢"
 僕にはもうあれがただの"夢"ではなくなっていた



 実力テストも終わった金曜日の放課後
 記憶にあるとおり、秀人くんが"金曜集会"を見学にこないか?と聞いてきた
 僕は当然二つ返事で了承した
 これで集会に九尾の猫 キャッツ が乱入してきたら、僕が逆行したという考えがあっている可能性が高くなる
 そういう考えがあったのも確かだけど、数少ないこの機会に秀人くんと一緒に走りたかったっていうのも勿論僕の本心だ

 そして夜
 ドノーマルなFZR250R ケニー・ロバーツ号 )で集合場所に訪れた僕は記憶の中の僕のように吉岡さんやオッくんさんに笑いものにされていた
 けれど、僕は悲しくも恥ずかしくもなかった
 外道の皆がいい人達だって知っているから
 外道の皆はマー坊くんが秀人くんの友達っていうだけで、朧童幽霊 ロードスペクター と喧嘩していた"爆音"を助けてくれようとした事を知っているから
 だから、僕は軽く頭を掻きながら苦笑いを浮かべてやり過ごしていた
 そんな僕を少しだけ誇らしそうな顔でみた秀人くんは「ドノーマルなFZR250Rだけどよ、"コイツ"は疾ぇゼ」と"ニヤリ"と笑った

「"秀"がンなことゆーなんて……"マジ"かよ?!」
「おぉ?!"チビ"……"オメェ"そんなに"スゲー"のかよ……?」

 秀人くんに"疾い"と言われた僕に吉岡さんもオッくんさんも大介さんも……皆が興味をもったみたいで、それからは馬鹿にしないで興味津々に話しかけてくれるようになった
 結局、僕は苦笑いを浮かべて受け答えをしていたけど
 秀人くんはまるで出来の悪い弟を見るような目で僕を見ていてくれたと思う
 

 しばらくして
"出発" デッパツ すっぞ!
ビッと気合いれてけよ!コラぁ!!」
 っていう気合の入った秀人くんの声の下、いよいよ暴走 パレード が始まろうとしていた

 ……九尾の猫 キャッツ が来ない
 やっぱり逆行っていうのは僕の考えすぎだったんだろうか?
 僕は港ヶ丘でいじめられて、どこかおかしくなってしまったのか?
 いじめが怖くなくなるように、恐怖体験を頭の中で勝手に作り出していたんだろうか?
 一回心療内科にでも行くべきなんだろうか……?

 そう思い始めたとき、"出発"しようとした方向から九尾の猫 キャッツ の旗が見える
 そう、九尾の猫 キャッツ が20台くらいで、こちらに向かってきていた
 九尾の猫 キャッツ の頭、坂田さんのシーマⅡがその中心を走っている

 やっぱり"来た"!
 そっか、"今回の僕"は単車を"族車仕様"にしなかったから、記憶の中の僕よりも早く集合場所に着いていた
 だから、時間にずれが出たんだ!
 
 外道は20人ちょい、対する九尾の猫 キャッツ も同じか少し多い程度
 人数は互角
 だけど、外道の喧嘩は基本は素手だ
 それに対して九尾の猫 キャッツ 凶器 どーぐ を使う
 坂田さんにいたっては、日本刀まで持ち出してくる
 それのせいで、純粋な殴り合いでは外道に圧倒的な分があるのにもかかわらず、九尾の猫 キャッツ との戦争は泥沼になっていた
 確かこの乱闘で吉岡さんが刺されて、秀人くんが"切れ"たんだ
 あの時は吉岡さんの命に別状が無かったけど、今度もそうとは限らない
 
九尾の猫 キャッツ の坂田ぁっ……やろお」
「オレらの集会に特攻かけるたあ…"上等"だぁ!!」

「……ろぉ
半チクじゃすまさねーぞ……コラ!?」
「潰せェ!!」

 いかにも喧嘩の弱そうな僕を秀人くんが「下がってろ!」と安全地帯へ突き飛ばす
 そして特攻 ツッこ んできた九尾の猫 キャッツ との乱闘が始まった

 吉岡さんが殴り飛ばした九尾の猫 キャッツ の一人がやっぱりアーミーナイフを持ち出してきた
 吉岡さんは気付いてない……!

「うっだらあ~~!!」 
 "気合"の入った声と共にダァっ!と一気に吉岡さんに向けてナイフを閃かせる

 危ないっ…!

 急いで起き上がった僕はナイフを握りしめて吉岡さんに突っ込んでくる九尾の猫 キャッツ の腰にタックルをする
 以前武丸さんは同じようにタックルした僕をそのまま振り回したけれど、九尾の猫 キャッツ の人は僕もろとも見事に地面に倒れこんだ
 ナイフはそのまま飛んでいって地面に突き刺さる
 タックルを決められた相手は見事に地面とキスをして、意識を飛ばしているようだった

 吉岡さんは一瞬唖然としながらも、僕が"ナニ"をしたのかわかったみたいで「よぉ…助かったぜ……!」と倒れた僕に手を伸ばす
 僕は吉岡さんにひっぱられて身を起こした

「だ~から言ったろ?
"拓"は"族"じゃねーけど、"根性"座ってるってよお!」
 秀人くんが"特隊"の一人を殴り飛ばしながら、そう言った

 吉岡さんは僕に礼を言い、いくら秀人の"友達" ダチ だからって、外道と九尾の猫 キャッツ の喧嘩には混ざらなくていいから早く帰るように、と促してくる
 結局、"鹹か"ったりもするけど、吉岡さんもすっごい優しい人なんだ
 秀人くんの"友達" ダチ ってだけで、こんなに気をかけてくれる

 前みたいに秀人くんの差し伸べられた手を、裏切ったりはしないですんだ
 だからこのまま帰ってしまってもよかったのかもしれない
 だけど、秀人くんはこの抗争のあと、しばらく学校にこなくなっていた
 九尾の猫 キャッツ の"特隊"が乱入してきた時、いつもより動きが鈍かったように思える
 もしかしたら、吉岡さんみたくナイフで刺されたのかもしれない
 じゃなきゃ、いくら日本刀を振り回していたからって、坂田さんに秀人くんがやられそうになるなんて納得がいかない
 そう思うと、とても帰る気にはなれなかった
 
 僕が一向に帰ろうとしないのをみると、だったらせめて安全なところに居るようにと、吉岡さんに言われたので曖昧に頷いておく
 実際にはこの場から動くつもりはなかったけど
 どうしても秀人くんから目を離す気にはなれなかったから


 そして、僕はこの場にいる誰よりも先に気が付いた
 "特隊"を一人で何人も相手にしている秀人くんに、背後から数人掛りで襲い掛かってくる九尾の猫 キャッツ の存在に
 それぞれが木刀やチェーン、スパナなんかを持っていて、そのすべてが秀人くんの急所を狙っているのを
 もう、思考するまでもなく僕は飛び出していた
 いくら喧嘩が弱くたって、このまま"親友"が怪我をするところをみすみす"観て"いるなんて出来るわけが無かった


「秀人くん危ないっ!」

 木刀を持った一人にハンヘルを投げつけながら叫ぶ
 そのままチェーンを拳に巻きつけている奴に殴りかかる
 不意を突いたからか顔面にワンパンを決めることができた
 
 秀人くんはすぐに振り返って、不意打ちしようとしていた九尾の猫 キャッツ の存在に気付く
 秀人くんなら不意をつかれなければこんな人数たいしたことない
 僕は最初にハンヘルを投げつけた九尾の猫 キャッツ の"特隊"のパンゾーに木刀で殴られながらも一安心した

 僕はそのままパンゾーと相対していた
 僕のリーチでは、不意をつかなければ……
 凶器 どーぐ がなければ、攻撃を当てることさえ難しい
 しかも相手は"木刀"を持っている
 勝てる見込みなんてまるでなかった
 だけど、僕は"拳"を固く握りしめて、せめて倒れないようにしようと全身に力を込める

 そして、僕の必死の苦労などまるで関係ないかのように、自らに襲い掛かってくる"特隊"達だけでなく、僕が相対しているパンゾーまでもあっという間に秀人くんが殴り倒した
 僕の覚悟は思いッきし空回りしたのだった
 まさしく拍子抜けだった

 秀人くんはそんな僕を見ると、そのまましょーがねぇなといった感じに苦笑して
「だから下がってろっていったろ
だけどよ…助かったぜ……ありがとな"拓"」
 

 そのまますぐに警察がとめに入り、喧嘩は終息する
 単車で逃げて行く双方どちらにも致命的な怪我をする者は出ていないようだった


 集会はそのまま流れとなったようで、僕はそのまま家に帰る
 今日は母さんに怒鳴られることはなかった
 母さんからしたら夜遊びが過ぎる毎日だけど、実力テストの結果がかなりよかったのが幸いした
 勉強もちゃんとやっていると母さんは思いこんでいて、あんまり煩く言ってくることも無くなったのだ



***



 そして翌週、記憶の中での秀人くんと同じようにやっぱり秀人くんは学校に出てこなかった
 本人も外道のメンバーも多分誰も大怪我をしてはいなかった
 それならば、いったいどうして?

 答えは出なかったが、このままでは九尾の猫 キャッツ が乗り込んできてまた"電話線ブッた切り乱闘事件"が起きるだろう
 "元"はといえば、僕が公園で絡まれたのが原因で起きるんだ
 "あの時"公園で九尾の猫 キャッツ のメンバーを二人倒したから
 それの仕返しに、外道の集会に九尾の猫 キャッツ が乗り込んできて……
 それでまたやられたメンバーの仕返しに、学校に乗り込んでくるんだ
 ちょっとした揉め事がどこまでも大きくなってしまうのが"族の世界"だから
 
 僕はどうしたらいいんだろう?
 出て行かなければ退学になることはない
 秀人くんだって僕があそこまでやられていなかったら、切れることもなかったかもしれない
 そうしたら、お互い転校せずに港ヶ丘にいられる
 秀人くんとずっと同じ学校に通えたら、それはきっと楽しいことだろう

 だけど、乱校の皆に会うこともない
 乱校で出会った皆
 怖い人たちばっかりだったけど、最後は皆分かり合えた
 その皆にあえなくなる
 もちろん皆とは乱校に行かなくても会うチャンスはあるかもしれないけど、あんな風に友達になるどころか、下手をすれば敵同士になる可能性も捨てきれない

 そして、僕が逆行したきっと一番の要因であろう、"龍神"の時貞くんに会う機会も失われるのではないだろうか?


 ……結局いくら考えたところで
 秀人くんを、友達 ダチ を馬鹿にされたら、どんな最悪な状況でも飛び出してしまうだろうという、自分の気性を理解していた
 そして、たとえ僕が出て行かなくって、秀人くんが学校に来なかったとしても九尾の猫 キャッツ だって、そんな"甘く"ない
 秀人くんが出てくるまで何度だって学校に押しかけてくるだろう
 いつかは秀人くんが、九尾の猫 キャッツ の"特隊"を一人で相手にすることになる
 そうなったとき、僕がただ傍観している事なんて出来るだろうか?
 はっきりと断言できる

 "否"、と

 九尾の猫 キャッツ が怖くないなんてことはない
 たとえ他の"族"と比べて劣るからと言って、非力な僕にとって"凶悪"な事は確かだし
 だいたい、坂田さんは特攻んでくるときに日本刀まで持ってくるはずだ

 だけど、一方的にかもしれないけど"親友"の信頼を失うことのほうが僕にとっては辛かったから
 秀人くんの悪口を言っている相手をそのまま見過ごすのは、秀人くんに対するこれ以上ない裏切りに思える


 そうして悩んでいる間に、九尾の猫 キャッツ が学校に乱入してきた日を迎えることになる
 記憶のとおり、今日も秀人くんは学校に来てはいなかった
 確か記憶では5台のバイクに2ケツが3台の計8人で乱入して来ていたはず
 なのに、実際に来た九尾の猫 キャッツ の人数はそれよりも若干多かった
 怒鳴り声と共に校庭に乱入してきた九尾の猫 キャッツ は7台のバイクに合計10人が乗っていた
 そしてそのまま秀人くんの悪口を言いながら校庭を走りまわる
 
 どうして人数が増えてしまったんだろうか?
 僕は"現在"と"記憶の中"での違いを考えなおした
 …そうか、吉岡さんが刺されなかったから
 切れた秀人くんによって脳天をかち割られた九尾の猫 キャッツ が、今この場にいるのか
 そうすれば二人増えた事に納得がいく

 先生達はすっかりびびってしまっているし、"総番"である天野さん達が出て行くはずもなく、それ以外の"誰も"動こうとはしなかった
 そして僕は、ゆっくりと頭の中で"秀人くんメモ"の内容を思い返す
 相手は10人
 それもほぼ全員が凶器 どーぐ 持ち
 普通にやったってかなう訳がない
 相手が多人数のときは、こっちも凶器 どーぐ を用意しなきゃ
 今まで使ってきた凶器 どーぐ 達を思い浮かべる
 ハンヘルに鞄、ビールケース、植木鉢…消火器……
 消火器……!

 学校で手に入りやすく、振り回せば威力も相当なものだ
 以前アキオくんが消火器を振り回したときのことを思い出す
 ああやれば僕にだって…… 
 どういう事情でか増えてしまった九尾の猫 キャッツ の"特隊"を少しは減らせるんじゃないだろうか?

 気合を入れるため、かっこ悪いのはわかっているけど"手作り"の外道の鉢巻を絞める
 思えばこの"鉢巻"こそが僕の始まりだったんだ……!
 
 そして、固く拳を握りしめて覚悟を決める

 僕は、消火器を背中に隠しながら校舎の前で叫んでいる坂田さん達の前に踊り出た
 

 坂田さん達は突然出てきた僕に拍子抜けしたみたいだ
 そりゃそうだよネ…
 どうみたって僕はただの"ダサ坊"だ

「……"あ"ぁ!?ンダ……"テメ"ぇ…っ!?」

 だけど、"ダサ坊"にだって譲れないものがある
 秀人くんが不在なのをいいことに、"臆病者"や"腰抜け"、"卑怯者"だなんて言いたい放題な坂田さん達に堪えようのない怒りがこみ上げてくる
 僕は秀人くんに教わったはったりの決め方……
 "気合見せのガン"をくれてやる

 左足のツマ先を相手に向けて踏み出し、右足は左足に対して"90度"
 "やや"ひざを曲げて"軽く"重心を乗せる
 左手はボンタンを広げるように……右手は拳を……
 顔を左肩に入れてやや"うつむきかげん"に
 そして、"ガンくれるべし"!!!

 何度も何度も秀人くんのように強くなりたくって、皆を護りたくって僕はこの構えをとった
 メモが無くたって、忘れるはずもない 

「こっ……このガンのくれかたぁ……!」
 九尾の猫 キャッツ の"特隊"の一人が小さく呟きをもらす


 
「"上等"だよコラぁ!!
"外道の秀人"は俺の"親友" マブダチ だ!!
"誰"が"ヒキョーモン"だよ!
秀人がいねぇのをいい事に"チョーシくれ"てんじゃねぇ!!」


「あぁ……?
この"ダサ坊"が秀人の"親友" マブダチ だとぉ……?!」
「でもよ、この構えってぇ……」
「"フカシ"にしたって……
よく九尾の猫 俺達 の前で秀人の"親友" マブダチ を名乗りやがったな!!」
 
"秀人の"親友" マブダチ "と聞いて、一気に色めきだつ九尾の猫 キャッツ の"特隊"達

「ソーいやぁ、こないだの"外道"の集会にこんな"ダサ坊"いたっけか」
「おぅ……!ぶんぶん五月蝿く外道の"まわり"飛び回っていやがったたナぁ」
「…"マジ"で秀人の"親友" マブダチ かよぉ……!?」

 どうやら、あの日の"集会"で僕のことを覚えていた"奴"がいたようだ
 "特隊"達が臨戦態勢に入る
 当然そんなのを待っている余裕はない
 できるだけ九尾の猫 キャッツ に気づかれないように、背中に隠してある"消火器"のホースを手に取る
 
 "特隊"の一人が僕に殴りかかってくる
 凶器 どーぐ を使わないのは、僕が"ダサ坊"だって"舐め"てるからだろう
 僕はなんとかそれをかわしてそのままの勢いで、"消火器"を思いっきり振り回した
 カウンター気味に"消火器"の底の部分が僕に殴りかかってきた"特隊"の"顔面"にめり込む
 "イイ"所に食らった"特隊"はそのまま地面に膝をつく

「……"ナ"ッ?!」
「テメェッ?!」
「"ヤ"ってくれたな!!」
 一人"ヤら"れたのを見た"特隊"が息巻いて一斉に僕にかかってくる
 後はもう我武者羅に"消火器"を振り回すだけだった
 だけど、そんなのが喧嘩になれた九尾の猫 キャッツ の"特隊"にそうそう通用するものでもなかった
 振り回していた"消火器"のホースは"特隊"の一人が取り出したナイフであっという間に切断されてしまう
 こっからはもう"素手"でやるっきゃない

 "気合"を込めた"拳"が一番固いんだっ

 "気合を込め"た僕の拳が"特隊"の"マスク"に"おもっきし"入る
 だけどそのまま僕の背中には坂田さんの"蹴り"が入って……
 あとは良いようにやられるだけだった
 
 結局二人しか倒せなかった……
 せっかく記憶があるのに、結局前と大して変わらない…… 
 これじゃ、秀人くんに顔向けできないよ……!

 僕をボコボコにしながらも、九尾の猫 キャッツ は口汚く秀人くんを罵り続けた

「こんな"ダボ"を"イケニエ"にして秀人あ……逃げちまってんかよ!」
「さすが"ヒキョーモン"の"秀人クン"だナ…」
「きーてんかヨ?!あ?"ダサ坊"が……」

「"ア"ぁ……?」
 "嘲った哂い"を浮かべた"特隊"の一人が僕の襟首を掴んで無理やり起こす

 くそぉ……
 動けよ!!
 こんな風に秀人くん マブダチ を"好き放題"言われて、僕の体は動かないのかよ?!

 こんな"痛み"緋咲くんの"ボルト入りの拳"で殴られるより全然痛くないじゃないかっ!!

 秀人くんのことを好き放題言わせていいのかよ?!

 許せない……絶対っ……!
 動け!
 
 "拳"を握るんだ……!
 ……"固"く…
 "固"く……
 "固"くっ!!

 僕をの襟首を掴んでいる"特隊"の腕を左手で"強く"握り締める

「……ンだぁ?"テメェ"っ……?!

「……"上等"っ…だっ……!
"外道"はっ……!秀人くんは……"卑怯者"…なんかじゃ、ないっ……!!」
 
「えっ…?!」

 そのまま全部の力を右拳に込めた僕は、思いっきり振り切った

 ゴシッ!!という音と共にメリメリという感触が僕の拳に伝わってくる
 僕はそのまま"特隊"と一緒に地面に倒れこむ

 完全に決まった!

 そう思った瞬間体の力が抜けてしまう
 
 あの状態で"一撃" ワンパン 入れた僕に驚いた九尾の猫 キャッツ だけど
 それもほんの一瞬で、さっき以上に"真剣"になった"特隊"達の攻撃が僕に集中する

 僕を蹴りつける音がどこか遠くから聞こえてくる……

 ……僕、頑張ったけど…もう、動けないよ……

 痛みじゃなくて、悔しくて涙が出そうだった
 記憶だけあったって、非力な僕じゃどうすることも出来ないのが悔しかった……
 こんな僕じゃ、いくら頑張っても時貞くんを助けることなんて無理なんじゃないか…?
 一瞬だってそんな嫌な考えが浮かんでくる、そんな自分がたまらなく悔しかった……


 そんな僕の耳に、遠くの方から、だけどはっきりと、声が聞こえたんだ

「坂田ぁ……俺のルスにハデに"オド"ってくれてんじゃねーか…っ!」

 秀人…くん……の、声……?


 "特隊"達の注意が一斉に秀人くんに向く
 僕は薄っすらとだけど、目を開ける
 
 坂田さんは僕の頭を踏みつけながら
「潰したれぇ!!」
 と、"特隊"に"号令"をかけた
 "特隊"達が一斉に秀人くんに襲い掛かる
 
「っらあ~~っ!!どけザコぉ!!」

 そして、秀人くんが吼える
 そのまま、6人もいる九尾の猫 キャッツ の"特隊"をものともせずに次から次へと攻撃を加える
 攻撃された相手は、あれだけタフだった"特隊"だというのに、ほとんどが"一撃" ワンパン で沈んでいく
 秀人くんだって何発かもらっているのに、全然そのダメージを感じさせない

 坂田さんはその様子を面白くもなさそうに眺めていたかと思うと、ポケットから"アンパン"を取り出して缶を"咥"える

 そして、最後の"特隊"が倒れ、秀人くんが坂田さんの名を"呼ぶ"
 坂田さんは銜えていた缶を放り捨ててそれに応えた

「おおっ……!殺したらぁ!!」

 日本刀を持ち出す気だ!
 秀人くんは坂田さんが日本刀を持ち出したって絶対に"逃げ"ない

 "そう"はさせるもんかぁ……っ!

 もうこれ以上体は動かないと思っていたけど、僕の体は自然と僕の頭を踏みつけている坂田さんの足を手に取っていた
 "ラリ"っている坂田さんは気が付かない
 そしてそのまま、握った足を思いっきり引く
 僕の頭から坂田さんの足がずり落ちた
 一瞬だけど坂田さんの体制が崩れる

「……秀人…くんっ……!」

「おうっ!」

 秀人くんが僕の声に応える
 僕が何とか作ったその隙を見逃さずに、坂田さんを思いっきり殴りつけた

 坂田さんはものの見事に吹っ飛んで、日本刀 ボントー は鞘から抜かれる事なく、カラン……と地面に転がった
 僕は必死で、転がった日本刀 ボントー を抱え込む

 坂田さんは秀人くんの強烈な一撃をもらっているのに平気な様子で起き上がると、坂田さんの獲物 日本刀 を抱え込んでいる僕を蹴りつける
 僕はなんとか坂田さんに再び日本刀 ボントー が奪われないように体を亀にして耐えようとするが、すでに限界だった僕の体
 意識が朦朧としてくる

 ……このままじゃ、とられ…ちゃう……

 秀人くんはそんな坂田さんに向かって嘲る様に挑発した
「テメェの相手はオレだぁ!
オレが怖えーのかよ?坂田あ……?!」
 僕から注意をそらそうとしてくれているんだろう
 坂田さんは秀人くんの目論見どおりに「秀人お……!!」と吼えると、狂犬のように涎を流して秀人くんへと向かっていく

 そこからの殴り合いのタイマンは、圧倒的に秀人くんに分があった
 坂田さんは完全に"ラリ"っていて痛覚こそ鈍いみたいだけど、動きの"キレ"が秀人くんと比べて明らかに劣っていた

 そんな坂田さんは"完全に切れ"た秀人くんの敵ではなくて、何度目かの右ストレートで遂に動かなくなった
 

 終わった……

 僕はなんとか身を起こす

 結局秀人くんに助けられてしまった…… 
 秀人くんのことが大好きだから…
 『僕は秀人くんの"親友" マブダチ だ』って胸を張って言いたいから
 秀人くんの力に頼りたくなかった……
 一人でも多く秀人くんの"敵"を倒したかった……

 全然力になれなかった自分の無力さが、この全身の痛みよりもよっぽど痛かった


「秀人…くん……助けてくれてありがとう…
"僕"……もうちょっと位、数を減らせるって思ったんだけど……
全然だめ…だった……
……こんなんじゃ"僕"…秀人くんの友達 ダチ だなんて言えない……ね」

 悔しさで涙が出そうだった

 「…バ~ッカじゃねぇ!
なぁ…!?"拓"よぉ……お前相当なバカだろう?」

 僕が友達 ダチ だなんていったから怒ってしまったんだろうか?
 僕は自分が惨めで、自分の無力さが恥ずかしくて…悔しくて……どうしょうもなかった

 だけど、そんな僕に秀人くんは手を差し伸べたんだ

「俺等はとっくに"友達” ダチ …だろ?!今更なに言って"ヤ"がんだよ」


 そして僕を立ち上がらせると、公園で九尾の猫 キャッツ とやりあったときに見せてくれたような笑顔をみせて
「"ホラ"……"外道の秀人さん"の"親友" マブダチ がそんな"ダッセェ鉢巻"してんじゃねぇよ」
 僕に自分の巻いていた"外道の鉢巻"を握らせてくれたんだ


 その"笑顔"は、港ヶ丘の校庭で、九尾の猫 キャッツ が10人も倒れているのに
 秀人くんはそれを行った張本人なのに
 いつも僕のことを"出来の悪い弟"のように扱っていたのに
 どこか子供っぽくて
 まるで"対等"だったんだ



[14831] 3話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/02/19 20:03
***転校前日***

 あの事件から一ヶ月……
 秀人くんと"僕"は記憶のとおり、別々の学校に転校することになった


 あの"乱闘"の直接の原因が"秀人くんに対する個人的な恨み"ということで、僕は巻き込まれただけという扱いになった
 そのため停学になることはなかったが、あのような行いが港ヶ丘高校に受け入れられるはずもなく
 受け入れ先の高校を担任が必死に探してくれた結果が、"乱校"というわけだ
 今にして思うと、平和な"港ヶ丘"の自分のクラスから"あのような事件"を引き起こす原因を二名も出してしまい、すっかり出世の道から遠ざかってしまった"担任"の、ささやかな復讐であったのではないだろうかと邪推してしまう

 ちなみに、秀人くんも同じ様に転校だが、こちらは一ヶ月の長期停学を経た上での転校だった


 そして僕の港ヶ丘最後の日、昼下がりの"サ店"『フェニックス』で、秀人くんと待ち合わせをしていた
 本牧にあるこの"サ店"は、"族"関係の溜まり場になることで有名だ
 今日も"レディース"っぽい女の子達や、"気合"の入った格好をしている者達が席を埋めている
 "ダサ坊"の代名詞である僕にとって、馴染みのない店なのは言うまでもない


 ダンッ……!
 タンブラーに入った水を乱暴にテーブルに置いた店員は、高圧的な態度で注文を聞いてくる
 
 ここら辺の店の店員はほとんど"不良"だ
 "まっとう"な人間にはこういう"族"が多く立ち寄る店の店員は務まらないから…… 
 当然ここの店員にも、"パンチパーマを当てた強面の"という説明文が頭につく

 僕がついいつもの"癖"で"アイスミルク"を注文してしまうと、店内からは堪えきれない"哂い"声が響く

「きいたかよ……?この店で"アイスミルク"だってよ……?!」
「超"ダッセー"奴ぅ」

 ああ、そういえば……
 前の僕も同じ様にアイスミルクを頼んでたっけ……

 秀人くんとの思い出を振り返る僕には不良たちの嘲る声は気にならない

 "懐かしい"ナァ……

 そう思っていると、カランカラン……と音を立てて、サ店のドアが開かれる
 秀人くんだ

 秀人くんはジロリ……と不機嫌そうな目つきで辺りを睨みまわす
 何かあったのかな?
 そう思いながらも僕は片手を上げて秀人くんの名前を呼ぶ

 "外道の秀人"の入店でざわめいていた店内が、水を打ったように一瞬で静まり返る
 僕みたいな"ダサ坊"と秀人くんが友達 ダチ っていうのが信じられないんだろう

 前のときの僕は根性が全然座ってなくって……
 秀人くんの事が大好きで、憧れていたのは本当だったけど
 それと同時に友達 ダチ であることで得意気になるという浅ましい感情が確かにあった
 "あの頃の自分"を思い出すと、その浅慮さが恥ずかしくなってきて思わず苦笑してしまう

 秀人くんは昼間なのに特攻服姿をしていた
 ……"前の時"もそうだったな……と、ついまた記憶を振り返ってしまう

 僕の声に気が付いた秀人くんは、向かいの席に音を立てながら座った

「久しぶり秀人くん!そのカッコ…昼間っから集会だったの?」
「おー……キー坊が昼間の"パレード"がしてーってゆーから…よぉ?」

 "外道"が昼間からパレードしたのでは、きっと警察も大変だったことだろう
 "交機"の苦労が窺えるようだ
 思わず苦笑してしまう

「アイスミルク」

 席に座った秀人くんは、ごく自然にアイスミルクを注文する
 店員が恐る恐る断ろうとするが、秀人くんのたった"ひと睨み" で注文を受けると、逃げるようにして立ち去った
 "超特急"でコンビニにでも買いに行くんだろう

 よく考えてみると、秀人くんが"アイスミルク"を注文するタイプにはとても思えない

 ……そっか
 入ってきた時機嫌が悪かったのは、僕をからかう声が外まで聞こえていたからなんだ

 僕が九尾の猫 キャッツ に秀人くんを悪く言われて我慢出来なかったように、秀人くんも僕を嘲る者に対して苛立ちを覚えてくれるんだ
 秀人くんがごく自然に僕に気を使ってくれているのが嬉しかった
 前のときはそんな余裕がなくて、秀人くんがどうして"アイスミルクを頼んだか"なんて考えたこともなかった

 改めて秀人くんの"優しさ"が理解できて、それだけでも"逆行"したことに感謝したくなる
 勿論本当に感謝するときは、"時貞"くんに起きる……
 あの、"痛ましい"事故を防いでから…、だけど……

 僕は久しぶりに会った秀人くんに、自分も転校する旨を伝える
 ……どこに"転校"するかはあえて言わなかった
 僕があの"乱校"に転校するなんて言ったら、きっと秀人くんは自分を責めてしまうだろうから

 秀人くんは少し意外そうな顔をして、お前みたいに真面目なタイプでも転校になるんかよ?と苦笑した
 そして、しばらく何かを考えたような顔をしてから、パンッ……と"メモ帳”をテーブルに放る

 "これ"は、"秀人くんメモ"……

 あらゆる場面を想定して、僕でも切り抜けられるような策が書かれているメモ帳だ
 そして武丸さんやリューヤさん、緋咲くん……要するに前の僕が知り合ってしまったような"凶悪"と言われる人物についての特徴も書かれている
 残念なことに、メモ帳に書いてあるとおり出来るだけ係わり合いを避けるはずが、"不運"に翻弄された"僕"は粗方の人物となんらかの繋がりを持ってしまったのだが

 僕は秀人くんに乱校に転校するなんて一言も言っていない
 でも、もしかしたら秀人くんは知っていたのかもしれない
 だから僕にこのメモを作ってくれたのかも……?

 僕を何度も助けてくれたこのメモ帳
 秀人くんがどんな顔をして、このメモを作ったのか
 それを考えるだけで、申し訳なさと嬉しさが……秀人くんに対する感謝が、こみ上げてくる
 
 だというのに、前回の僕は、秀人くんの"名前"を"バック"にショって……
 だなんて考えていたのが……
 しかもそれを秀人くんに見透かされていたのが、本当に恥ずかしい


 秀人くんは男としてあと一歩も引けない時だけこのメモ帳を開くようにと言ったけど、すでに僕には"覚悟"が決まっていた
 これ以上一歩も後ろには下がれない


 そう……
 "僕"は決めたんだ

 絶対に、時貞くんを助けてみせるって

 そして、"外道"と"爆音"の戦争を防いでみせるって……


 "自分がしなければいけないこと"……
 それを想うと、メモ帳を握る手に自然と力が入る
 僕の顔に"決意"が漲っていたのかもしれない
 だからか、今回の秀人くんは「自分の名前を担ぐような真似をするな」と釘を刺すような事は言わなかった

 秀人くんは用事は済んだと言わんばかりに、店を出る

「じゃ、落ち着いたら連絡よこせよ……!」

 "外道のハンヘル"をかぶった秀人くんは、そのまま"いい音"をさせて愛車……"パールホワイトのZ400FX"で行ってしまう


 その姿はやはり決まっていて、自分もいつかは"ああ"なりたい……
 秀人くんの姿に憧れるだけでなくて、近づきたい
 並大抵のことでは"到達"出来ないことはわかっているけど、それでもそう思わせてしまう力があった
 
 それが僕にとっての"秀人くん"だから……

 遠ざかっていくZ400FXの音を、僕はいつまでも耳を澄まして聞いていた



[14831] 4話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/02/19 20:03
***転校初日***

 昨日秀人くんにもらったメモ帳を"ボンタン”のポケットに入れた僕は、ゆっくりと深呼吸をして自分の部屋を出る

 母さんはいつものように僕を起こしにこようとして階段を上っている最中だったようだ
 部屋を出た僕の姿が既に整っているのを見ると「あら?珍しいわね」と実に意外そうな表情を浮かべた
 普通の家ならそんなことで驚かれたりはしないだろうけど、寝坊・遅刻の"常習犯"である僕が起こされずに目覚めたことなんて高校に入ってから数えるほどしかなかったから

「今日から新しい学校だからね
"ビッ"と"気合"入れないとって思って…」
 と応える僕に、「そう、それじゃご飯の用意出来ているから食べちゃいなさい」と言って母さんは階段を下りていく

 ――母さんはいつも口うるさく言ってくるけど、本当の所は僕を信頼してくれているのが伝わってくる
 僕が"学校で不良と喧嘩をして転校と決まったとき"もその場では怒りこそしたが、翌日からはいつもと変わらない様子だった
 本当だったら、高校1年の三学期に問題を起こして転校なんて、親からしたら許せない行為だっただろうに、何も言ってこない両親に感謝した
 勿論、その信頼に応えるべく"真面目な生徒"をやるというのは、これから通うことになる"乱校"では土台無理な話なのだが……

 そう、今日から"乱校"でのハードな毎日が待っているんだ
 おちおち寝ていられるはずがなかった

 ようやくリョーくんやアキオくん、カズくん達に会う事が出来ると思うと胸が躍る
 それと同時に思い出す、"乱校"での怒涛のような"事件"
 これから起こるだろう様々な事件を思うと、少々げんなりとなる

 そうだ……リョーくんと会えるのは嬉しいが、確か転校初日には転校生を向かえるための"タイマンボクシング"が待っている
 前はこのときにリョーくんにこっぴどくぼろぼろにされたなぁ……
 それでも、クラスの皆が僕をバカにしながらも迎え入れてくれたのは……
 僕がぼろぼろにされながらもアキオくんに"一撃" ワンパン を入れるという根性を見せたからだ
 マー坊くんのいなかったあの時、"爆音"の"総長代理"をしていたアキオくんに"一撃" ワンパン 入れて、皆から立ち上がれないくらいぼこぼこにされて……
 それでも尚、逃げずに教室に戻ったからこそ、皆は僕を"仲間"だって認めてくれた

 "根性"を見せれば……
 そう、"気合"を見せれば……皆僕を認めてくれる

 ぼこぼこにされても絶対に逃げない!
 改めてそう"覚悟"を決めて、僕は家を出た


 
 "1ヵ月半"ぶりにくぐる"乱校"の門
 僕の緊張は抑えようも無いほどに高まっていた

 ところで、単車置場には絶対に破ってはいけない不文律がある
 それは、どんなに敵対している チーム のだとしても、「敷地内の他人の単車には絶対に手を出さない」というものだ
 喧嘩や乱闘が起きても、単車置場ではそんなに派手なことにはならない
 他の人の単車が巻き込まれることを防ぐためだ
 そして、他の人の単車に傷をつけたことによって起こる、自分の単車への報復を防ぐ為だ
 そう、すべては"自分の愛車"を"護る"為

 皆怖い人たちだけど、自分の単車だけは大切にしている
 自分の単車のことを自らの"命"のように、血の繋がった"兄弟"のように、信頼できる”友人"のように…思っている
 それは"乱校"の人全員に共通することだから

 前にチラッと聞いたけど、入学初日にミツオくんがアキオくんの単車を倒した挙句タンクを"凹"ませて、制裁 ワンパン 入れられたって……
 いくら知らなかったとはいえ、よりによってアキオくんのKH400 ケッチ に手を出すとは、ミツオくんってば"怖いもの知らず"すぎると思う

 さて、そんな訳で比較的安全なはずの"単車置場"にいる僕
 前の"転校初日の僕"は、単車置場でミツオくん達の置き場所にとめてしまって、危うく”行方不明の肉片"にされてしまうところだった
 たまたま晶さんが通りかからなかったら、かなりの高確率で"行方不明"になっていたことだろう
 いや…ミツオくん達のことだから、きっと冗談だったとは思いたいけれど……

 とにかく、"今回の僕"はそんな危険な場所にとめる気には毛頭なれなくって、安全そうな場所に単車をとめようとしたわけだ
 前の"僕"がとめていた場所なら、大丈夫だろう……
 あそこには置く人がいなかったからこそ、"僕"が置けていたんだろうから
 …そう思ったのに………

 どうして、僕の目の前には見覚えのある頬の傷、そして木刀のよく似合う"あの人"が立っているんだろう
 "あの人"の単車置き場所はここではないはずだ
 堂々と、みんなの道を塞ぐような形で見せ付けるようにとめているはずなのに…
 こんな場末の単車置場には用事ないはずなんだけどな……


 "乱校"初日
 リョーくんとの"タイマンボクシング"の前に、僕はいきなり生命の危機に立たされてしまった

 恐怖心のあまり立ち尽くす僕
 "あの人"とは何度も何度も自ら不運 ハードラック を呼び寄せるかのごとく因縁があったけれど
 "こんな風"に1対1で顔をあわせるようなことはなかったから……

 "あの人"……リューヤさんの視線は明らかに僕に向いている
 全身にかかる"重圧"がすごい
 リューヤさんは僕の顔を見て一瞬驚いたような表情を浮かべてから、何故かもう一度僕の顔をまじまじと見直し……
 そして、直ぐに「ちっ……」と大きく舌打ちをし、踵を返して去っていく

 …た…助かった………
 気の抜けた僕は一気に脱力し、ずるずるとFZR250R ケニー・ロバーツ号 に寄りかかる
 一体何だったんだろう?
 疑問に思いながらも、とりあえず遅刻ぎりぎりになってしまったので"職員室"に向かうことにする


 幸いなことに、これ以上の不運 ハードラック を呼び込むことはなく、無事に職員室に着くことができた
 これからの担任となるはずの早乙女先生は度重なる心労のためか今日は休みだったため、初老の教師が担任の代わりに僕の相手をしてくれた
 1時限目の担当教諭のため、早乙女先生の代打になったらしい
 "挨拶"を交わした後は時間もおしていることで、さっそく教室に向かうことになる
 職員室から1-Dの教室までの間をゆっくりと歩きながら大雑把に"学校"についての説明をしてくれたが、とても参考になるものではない
 ようするに、自分達教師には何一つとして出来る事はないので、自分の力でどうにかうまくやってくれ、そういうことだった

 そうして、案内された1-Dの教室
 1-Dと書かれた懐かしいプレートが目に入る
 ガラリ……教師の手によって、音を立ててあけられた教室のドア
 僕は緊張しながらも、そのドアをくぐった

 教室の中には、明らかに男女比がおかしいと言わざるを得ないほどの男子生徒の数
 そのほとんどが、僕に向かって"ガン"を"クレ"ながら、今すぐにでも殴りにいけるような体制で椅子に座っていた
 というか、僕が"乱校"に通っていた二ヶ月弱の間、"サボり"の多いこの学校のクラスメイト達が、こんな風に勢ぞろいしているのを見たことはほとんどなかったわけだけど 
 多分、"転校生"が来るときは、みんな出席して"品定め"をするということなんだろう

 僕はゆっくりと教室に視線をめぐらせた
 
 数少ない女生徒…美紀さんや京子さんなんかは、興味なさそうに肘をついて窓の方を見ている
 同じように、晶さんも窓の外をみてい……
 ……あれ?…ただの"転校生"に興味を抱きそうに無い晶さんが、なぜかこっちを凝視して、いる?
 そして、アキオくんも何故か僕と目が合うと、一瞬だけど驚いたような顔を浮かべた
 他の男子生徒……ジュンジくんやリョーくん、ミツオくんなんかは思いっきり"敵意"と"嘲り"を前面に出して僕を睨みつけていて、僕は内心頭を抱えた
 逆にカズくんからは特に"敵意"を感じることなく、ただ興味深そうに僕を眺めている
 多分カズくんは僕の単車を見たんじゃないだろうか?
 同じ"FZR仲間”だから、興味を持ってくれているのかもしれない

 そうして教師に"自己紹介"を促された僕は、どう話そうか悩んでいた
 前回は「今度聖蘭にリハウスしました…浅川 拓でーす」なんていって、しょっぱなから蹴り飛ばされる羽目になった
 九尾の猫 キャッツ との乱闘のあと、これからのことに色々と思いを巡らせてはいたのだが、結局のところどうやれば"うまく"いくのかなんて、僕の頭ではわかるはずもなくって……

 ここは普通が一番だろうと言うことで、受けを狙うわけでもなく、ごく一般的な"自己紹介"を試みてみた
「…が……港ヶ丘 ガオカ から転校してきました、浅川拓で~す
FZR250に乗っていま、す…?よろしくねー…なーんちゃって……あはは………」
 ……
 うまくいくわけがなかった……
 今すぐにでも破裂しそうなほどに張り詰めた空気
 だんだんと声が萎んできた僕の消え入りそうな笑いが、この最悪な空気の教室に小さく響く

 席に着くようにと言われた僕だけど、僕に与えられたのは一番後ろの席
 そこまでの距離がいやに長く感じる

 僕はゆっくりと警戒しながら進む
 リョーくんの横を通り、アキオくんの席に差し掛かろうとしたとき、背中にすごい"衝撃"を感じる
 
 蹴られた!
 
 そう思ったときにはもうロッカーの目前まで吹き飛んでいて
 前回の記憶から蹴られる覚悟も一応あったので、顔面だけは何とかかばった僕はロッカーにそのまま突っ込んだ

 "転校初日"に僕を蹴っ飛ばしたのはリョーくんだったのか……!
 前回知り得なかった事実がまた一つ
 リョーくんそれはないよ……そう思いながら、何とか体を起こす
 顔面を庇えたお陰か、どうやら軽く鼻血を流す程度で済んだようだ
 "蹴り飛ばされること"を防ぐことは出来なかったけど、前回よりはかなり軽い怪我で済んだ
 きっとこれは"幸運" ラッキー なんだと思っておくことにした


 そのまま特に問題なく授業が進む
 "問題なく"と言っても、勿論暴力沙汰が起きていないというだけであって、授業など誰も聞いてはいないが

「よぉ……オメーよ……?"拓"…ったっけー?」 
 
 突然親しげに掛けられた声に"びくっ"としながらも振り向く
 カズくんだ

 カズくん――"乱校"で出来た最初の友達 ダチ
 カズくんも"乱校生らしく"自分の"単車"が大好きで、そのために自らの単車を"嘲笑"った大人数に向かっていったこともあった
 "喧嘩"とかではリョーくんやジュンジくんよりは目立たないイメージだけど、それでも僕なんかよりはよっぽど強くって……
 そして、単車に関して言えば、カズくんがこけた事なんて殆どみたことなかった
 僕はといえばしょっちゅう"コ"けてばっかりで、"爆音"の誰よりも単車を壊して"真島商会"のお世話になっていたから……
 カズくんのその単車に対する姿勢は、本当にFZR400を……自分の単車を"愛"しているのが伝わってきていて、僕はそんなカズくんを尊敬さえしていた

 僕は軽く頷いて、肯定する

「俺ぁカズってんだ
俺もよ、FZR乗ってんだよ
俺のぁ…400だけど……どーよ、250も"疾"ぇかよ?」

 前回同じように聞かれたときには、曖昧に答えるしかなかった質問
 今回の僕は、前回と比べて圧倒的にFZR250R ケニー・ロバーツ号 を乗りこなしている
 自信過剰なわけじゃない
 『どこの"族" チーム の頭と比べても"疾い"』
 なんて事は言わないし、思ってもいない
 ただ、"マシンの心"が伝わってくるっていうのはこういうことなのか
 "皆"が言っていたことが今の僕には"理解"できていたから
 だから僕は、自信をもって大きく頷いた

 カズくんはその答えに満足したのか、子供みたいな笑顔を浮かべた

「マフラ――腹下でブッた切って
バラチョンにすっと"イー音"すんぞ――」
 
 同じFZRだからってだけで"ダサ坊"の僕にまで親しげに話しかけてくれるカズくんは、相変わらずだった
 単車のことになると本当に子供みたいになる
 
 早く皆と一緒に走りたいなあ……
 怖いことも多いけれど、それでも皆と走りたい
 そこにそれ以上の"理由"は必要ないから


 そんな事を考えていると、いつの間にか昼休みになっていた
 …昼休み……
 "ヤバ"いっ……?!

 昼休みにはタイマンボクシングが待っている
 急いで逃げないと?
 ッて思って、廊下に出ようとするが、そこにミツオくんが現れる

「おう浅川……
ちょっとこいや…?」
 
 ああ、遅かった……

 僕はミツオくんに連行される形で連れて行かれる
 着いた場所は現在は使われていない空き教室
 カーテンはすべて閉め切られて、何本か切れている蛍光灯の明かりが教室の内部を照らし出している
 教室の中は机をすべて端に寄せて、かなり広い空間 スペース が作られていた
 そしてその教室には1-Dのみならず、"爆音"のほぼ全員が集まっていた
 勿論その中心にいるのはアキオくんだ

 僕はその教室の中央まで、ミツオくんに押し出されるような形で歩み出た
 その四方を40人強もいる"爆音"のメンバーによって囲まれ、壁を……"リング"を作られる

 悠々と…たった一つ残された机に座ったアキオくんが、皆に宣言する
「よぉーし恒例”の"タイマンボクシング"だ!!」

 ……やっぱりこうなるのか

「あっちゃぁん…やっぱやめよーよ?
こんな弱そうなヤツ やってもよぉ――」
 
 カズくんが止めに入ってくれる……けど、血の気が多いリョーくんがそんなことで収まるはずが無くって
 前のときみたいに、リョーくんがカズくんを殴るところなんて見たくは無かったから
 僕は一歩前に進み出た

「…カズくん、ありがとう
"僕"…やるよ……!」
 皆の仲間に入るためには必要な事だから……

 僕の発言にリョーくんが色めきだち、アキオくんが面白そうな表情を浮かべた

「おもしれぇな……?
…よぉ……?!おもしれーよ……」

 そういってリョーくんが一歩前に踏み出す

「あっちゃん…俺にやらせてくれるよ……な?」

 アキオくんは好きにしろ、と顎で軽く合図を送る
 僕は急いでバレーボールのサポーターを拳につけた

「はやく用意しねぇと……ゴングがなっちまうぜ?」

 リョーくんは不敵な笑みを浮かべると、そのまま僕の顔面に向かって右ストレートを繰り出す
 
 "地獄のリョー"と呼ばれるだけのことがあるリョーくんは、僕なんかの何倍も喧嘩に慣れていて
 小さいモーションから繰り出される右ストレートは、僕にとっていつ殴られたかさえわからない次元のスピードで
 リョーくんの台詞がどういった意味を持っているのかわかっていても、僕にはとてもかわせない代物だった

「ほぉら なっちまった…
テメーの鼻血が……"ゴング"だぜ!!」

 ニタリ…
 リョーくんが"キレ"た笑いを浮かべる

 "本当"のリョーくんが、どれだけ友達 ダチ 想いか
 理解 わか っていても、ぞっとする笑み

「こーなたらリョウの奴とまんねーぞ」
「一発イレっとキレっちまうかんな――」

 無責任な外野の声が聞こえてくる

「もし一度でもダウンしたら"何でもアリ"だかんな!!
"蹴り"だろーが"凶器" どーぐ だろーがよぉ……」

 アキオくんの声がなんだか遠くの方から聞こえてくる
 かなりやばい状況だっていうのに、僕の頭はどこか冷静だった

 前はただめちゃくちゃにやられるだけだったけど、僕だって……
 友達 ダチ と殴りあうなんて、本当は嫌だけど……
 でも、リョーくんに…アキオくんに……
 皆に認めて欲しいから……!

 僕は鼻を拭って、歩幅を広げ
 構えを取る

「んだぁ……?
よーやくやる気になったかよ?!」

 殴られることを恐れちゃだめだ
 かわそうとしたって無駄だ
 絶対に倒れない
 ただ、それだけを考えるんだ

 腹に力を入れ、倒れないよう気合を込める

 リョーくんが大きく振りかぶって僕の腹にえぐる様なボディーブローを叩き込む
 すごい衝撃に胃液を戻しそうになるが、何とか踏みとどまって
 そのままリョーくんの顔面に、右の拳を叩き込む
 
 パシィっ……!

 リョーくんのそれと比べると、まるで迫力の無い打撃音
 唇が切れたのか、リョーくんの口元に軽く血が滲んでいた
 非力な僕の拳じゃ、リョーくんにダメージなんて与えられないけど
 それでも、リョーくんは僕の反撃に驚いたようだった
 
 ちっ……
 小さく舌打ちしたリョーくんは乱暴に口元を拭う
「"ダボ"がぁ……!
死ぬまでやってやんぞコラあっ!!」

 先ほどよりも何倍も気合の入ったリョーくんの拳は、僕の体のいたるところに食い込む
 なんとか倒れないように腹と足に力を入れるが、滅多打ちにされている今、反撃のチャンスはなかった

 このままじゃ……ダメだ…
 わかってはいるけど、どうにもならない
 体力が確実に削られていく
 正に"ジリ貧"

 どうしたらいいんだ……
 焦るが、いい案なんて浮かばない
 そこにリョーくんの拳がさらに飛んできて、ガードした上からでも僕に確実なダメージを残す
 そして、ついに僕はその勢いによって床に転げてしまう

 ハッ……と蘇る記憶
 倒れたらパイプ椅子で殴られる?!
 ……そうだ、こっからは"何でもアリ"なんだ……

 僕はそのまま起き上がると低い姿勢でリョーくんの腰にタックルする
 リョーくんはパイプ椅子で僕に止めを刺そうとしていて上体が大きく起きていた
 そして、あれだけ乱打された僕が起き上がれるわけが無いという思いがあった
 だからこそ、僕のタックルをもろに食らったリョーくんは、そのまま僕ごと教室の床へと倒れこんだ

 僕はそのまま拳を振りかぶってリョーくんの顔面へと殴りかかる


 ガラッ……!!

「ア……アッちゃぁん……!
大変だぁ!!」

 乱暴に開けられた教室のドア
 一人の"爆音"のメンバーが教室に飛び込んでくる
 興奮しきったその様子は尋常ではなかった

 僕はとっさに手を止める

 リョーくんはそんな僕を蹴り上げて、何のダメージも感じさせないように起き上がった
「…"ダボ"がぁ……!ちょーしっくれてんじゃねーぞ…?!」
 そして忌々し気に唾を吐くと、いまだに床に膝を着いている僕を蹴り飛ばす
 さらに鬱憤を晴らすべく、倒れた僕に向かって先ほど不発に終わったパイプ椅子を振り上げた

 もうダメだ
 僕はパイプ椅子の攻撃によって確実に止めを刺されてしまうだろう
 来るべき衝撃に少しでも備えようと、必死で身を堅くする

 しかし、いつまで経っても(といっても、きっとほんの数瞬のことだろうけど)来ない衝撃に僕が恐る恐る目を開ける
 目を開けると、アキオくんがリョーくんを手で制していた

「んだぁ?…チクリでも入ったか?」
 
 リョーくんを止めたのは、『僕を助けるため』ではなくて、飛び込んできたメンバーが何を言おうとしているのか促したかっただけのようだ
 少しも表情を変えず、たとえチクリが入っていたとしてもまるで焦った様子のないアキオくんだったけど、その後に続いた言葉によって、"タイマンボクシング"なんてこと自体が吹き飛ぶ

「いや……ビッグニュースだぜ…?!
来週マー坊くんの"無期停学"がとけるって!!」


「んだって…?!マジだべなぁ…そいつぁよぉ――?」
 その重大なニュースは、一番切れているはずのリョーくんの毒気までも吹き飛ばし

「あぁ!階段で先公達が話してんのきーたから間違いねーよ」
 その情報が確かだとわかると

「そうか…マー坊が……帰ってくんのか
ついに……」
 アキオくんの表情さえ笑顔に変える

 マー坊くんの影響力はやっぱりすごい
 先ほどまでの剣呑な雰囲気なんて吹き飛ばしたように、ムードが一変する

 それに比べて……"僕"は……

「マー坊くんが帰ってくりゃ無敵だぜ……?!」
「もうこれからぁ…二年坊にデカイつらぁさせねぇぞ!!」

 僕のことなんてすっかり忘れ去ったようなお祭り騒ぎ
 このまま死んだふりをしていたらよかったのかもしれない
 一応"タイマンボクシング"はやったんだ
 教室に戻ったところで、逃げ出さなかったのか……程度に思われるだけだろう
 マー坊くんが帰ってくるとわかった今、誰も僕のことなんて気にしないだろう

 だけど、こんな終わり方でいいのか?

 僕の1-Dの皆に対する気持ちはこんなものでいいのか?
 皆の仲間に入りたいって思っているのに、こんな中途半端に終わらせていいのか?


「お――し!!マー坊が帰ってきたら二年坊つぶしだぁ!!」
 リョーくんは最高に"ゴキゲン"になって、教室の真ん中で叫んでいる

「おお~~!!」
「待ちきれんぜ…チクショー!?」
 それに応えるように、皆も盛り上がっている


 僕はゆっくりと立ち上がって、リョーくんの前に進み出た
 それに呼応するかのように、騒がしかった教室内がだんだんと静まり返り、やがて静寂に包まれる

「んだぁ……?!まだやんのかよ?コラ」
 リョーくんが怪訝そうに僕に目を向ける
 僕が改めて構えを取ると、リョーくんもそのまま構える
 
 ……まず、相手にしっかり……ガンとばして……

「いっちょーまえにガンくれくれてんじゃねーぞ…?」

 そして相手と同時に……

「……おもしれぇーぞ?あぁ…?!"ダサ坊"が……!!」

 リョーくんが"小生意気"にも立ち上がった僕に止めをくれようと、大きく振りかぶる

 踏み込む……!


 パシィッ……!
 サポーターをつけた僕の拳の音が、静まり返った教室に響き渡る
 
 空に向かって放たれたリョーくんの拳
 僕の目の前には首を若干持っていかれているリョーくんの姿
 そして、リョーくんの顔の中心
 鼻からは鮮血が滴っていた

「なっ……!!」
「まじ、かよ…?」 
 "爆音"メンバーたちの漏らした声が、いやにはっきりと聞こえる
 目に映ったものが信じられない
 正にそういう声だった

 いやに長い間が空いたように思えるけど
 きっと一瞬の後……
 正気に返ったリョーくんの手によって、僕は完膚なきまでに叩きのめされた
 なす術もなく




 そして目が覚めたとき、僕を覗き込むような晶さんの顔が真っ先に目に入った
「あ……」
 晶さん!

 とっさに出そうになった自分の言葉をなんとか飲み込んで、慌てて身を起こす僕
 全身はずたぼろになっていて、思わずよろけてしまう
 そして、よろけた僕の頭を支えてくれようとする、細くしなやかな晶さんの指
 
 …いいにおい……

 ふっと香る晶さんの香水、僕は思わず顔が熱くなるのを感じる


 …そっか、結局あのまま意識を失って…保健室に運ばれたのか……
 晶さんが手当てをしてくれたんだ
 そういえば、"前のとき"もキヨミ先生が留守で晶さんが手当てをしてくれたんだっけ……

「ありがとう、君が手当てしてくれたんだね」
 本来ならばまだ晶さんの名前を知らない僕が、晶さんと呼んでしまっては不信感を抱かせる
 だからよそよそしく礼を言う僕

 晶さんはフンと身を翻して、椅子に座りタバコを銜える
「いちお、保健委員だからね……
しかたなく、だよ」
 そっけない晶さんの態度
 だけど、本当は僕のことを心配してくれているのが、すでに晶さんを知っている僕には伝わってくる


「あんたにゃ、"乱校" ここ は無理だよ
このままバッくれちまいな…」
 そういって立ち上がる晶さん
 恐らく授業に戻るんだろう

「心配してくれてありがとう
…でも、"僕"もう逃げないって決めたんだ」
 逃げることの恐ろしさを知ってしまっているから
 
 強がりだけど、なんとか笑顔をつくる僕
 晶さんはなんとなく呆れたような顔をして、そのまま保健室の出入り口へと向かう
 
「フン……
"高校デビュー"のボーヤが生き残れるほど、"乱校" ここ は甘くないよ」

 出て行く直前、小さく聞こえた声
「あんたも単車乗るんだろ…?
男ってホントとバカだよね……」
 
 晶さんの想いが伝わってくる




「ぜってぇだよ」

「ばっくれっきゃねーだろ?」
「だよなー」
 なんてことを無責任に大声で言い合っている声が聞こえる

「あーあ また一日ももたなかったのか─―
なんかカーイソー」
 なんていう京子さんの声も聞こえてくる

 皆、リョーくんにぼこぼこにされた僕が戻ってくるとは思っていないようだ

 僕は空気を読まずに教室のドアをあけた
 静まり返る教室内
 教師さえもが、僕が逃げなかったのが意外だったようで呆けた顔を浮かべている
 
 そして、僕はばればれの言い訳をした

「すいません…階段で転んじゃって……」

 "被害者"がそういっておけばそれ以上の問題にならないのが、この学校のいいところだ
 剣呑な雰囲気の下、ゆっくりと歩いて席に着く僕

 皆が次々文句を言いながらも財布の中から千円を取り出し始める
 それの意味するところは、僕が初日でばっくれるかどうかの賭け
 
 結局のところ、僕が一日で辞めるかどうかの賭けは
 アキオくんと晶さんの二人勝ちだったようだ

 皆口々に僕に文句を言いながらも、笑ってアキオくん達にお金を渡している
 アキオくんだけじゃなくって、晶さんまでが僕を信じてくれたのが嬉しかった

 そして、皆の僕に向ける目が少しだけ"部外者"を見る目ではなくなったのが何より嬉しかった
 少しは認めて貰えたんだろうか?


 ……その後、京子さんからの"熱烈な歓迎"を受けたかどうかは秘密ってことにしておく



[14831] 5話
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/02/20 16:44
 散乱したコインゲームのメダル達
 木刀が画面に突き刺さったシューティングゲーム機
 横倒しになったレーシングゲーム
 そして、意識を失ったツッパリ達
 僕の目前には、リョーくんが作り出した死屍累々と言う言葉が相応しい光景が広がっていた



***転校二日目***


 転校二日目の今日は特に何も起こる事なく、平穏無事に授業を終える事が出来た
 恐らく出席者自体があまり多くなかった事も幸いしたのだろうが、なんにしても"乱校"ではかなりレアな事だ
 もっとも、この”乱校”で起こる災厄の元のうち、マー坊くんと武丸さんの二人が欠けている今こそが、実は僕が知る"乱校"でもっとも平和な瞬間なのかもしれないが

 僕は"幸運" ラッキー を噛み締めながら、いつものように愛車に跨り
 今日はどこを走ろうかな……
 などと、頭を悩ませていた
 ちなみに、何事も起こらないという事を幸運と思える事自体が不運なのだという事は、悲しすぎるので理解しないのが幸せになれる第一歩だと僕は思っている


 そんな訳で『今日は"鎌倉街道"でも行ってみようか』と思いながら単車置場を出ようとすると、まるで僕を待ちかねていたかのように、今日は学校をサボったはずのリョーくんがGS400Eに乗って現れた
 僕はリョーくんに軽く挨拶をしてそのまま横を通り抜けようとするも、不運の神様に前髪を掴まれてしまったかのように、リョーくんが無情にも口を開いた

「よぉ…探したぜ」
 がっちりと肩を掴まれているのは無論仕様なのだろう

「どーせ暇してんだろ……?"本町"のゲーセンいかねーか?」
 本当だったら友達 ダチ を誘う文句としては問題ないのだろう
 だが、リョーくんをよく知っている今の僕には、現在のリョーくんの目になんとも意地悪な光が宿っている事が容易に読み取れた
 たぶん昨日楯突いた事を今でも面白く無く思っているに違いない
 『この小生意気な小僧をどうにかしていじめてやりたい』そんな心の声が聞こえてきそうな目の色だった

 勿論……理解 わか ったからと言って、"爆音"切っての自分勝手さを誇るリョーくんの誘いを僕が断れるはずも無く
 何らかの事件が待ち構えている事を覚悟しながら元町のゲーセンへと向かう事になるのだった



 "乙女の坂"を通りながら、僕は間抜けにも"今日"がヒロシちゃんとの再会と、キヨシくんとの出会いの日だとようやく思い出していた

 ヒロシちゃん達には散々迷惑をかけて助けてもらった思い出しかない
 いつもこれ以上ないタイミングで現れてくれて、"正義の味方"の様に僕の窮地を救ってくれた二人
 本当は隠している事が一杯あったのに、それを気付いても何も聞かないで、僕を信じてくれた二人
 リョーくんのわがままのおかげで、僕は二人に会う事が出来たのか……と、"悪友"という言葉がぴったりのリョーくんに心の中で少しだけの感謝をしておく
 ヒロシちゃんとキヨシくんとの再開が間近に迫った事にどきどきする反面、出会い頭に殺されないようにしなければいけない、と気を引き締める
 

 そうこう頭を回転させている間にも、乙女の坂から一本脇に道をそれて、寂れた通りをリョーくんが先行する
 そして、まったく嬉しく無いリョーくんとのランデブーはようやく終わりを告げて、薄暗い路地の片隅にあるゲーセン『Rock-On』にたどり着いたのだった

 店の外には空き缶や紙くず、何の用途で使われたか考えたくないような小瓶が散乱している
 さらには、まるで"門番"のようにゲーセンの前で睨みをきかせている三人組
 便所座りでタバコを吹かし、ブオォンと"小生意気"な音を立ててゲーセンの横につけた僕たちを睨め付けている

 そして、三人組みはそのままゆらり……と、立ち上がった

 かかってくるのか?
 警戒し、無駄かもしれないけれど軽く構えを取る
……が、直ぐにこの三人がリョーくんの舎弟であった事を思い出し、警戒を解いた
 
「リョーさんこんちゃーっす」
 三人は息をそろえてアイサツし、ピッと見事に60度の平伏をしてみせた
 不良の世界も奥が深いのだ
 "気に食わない"相手には直ぐにでも"ぜって~"だが、目上の人に対する礼は忘れないのである

 皆一様にリョーくんが連れている"見かけないダサ坊"の僕に対して、視線を巡らせている
 僕が一体どういった存在であるのか見極めようとしているのだろう
 リョーくんと同程度の実力があるのか、どの程度強ぇのか、それともただのパシリなのか
 彼らの頭の中にはそういったことが浮かんでいるはずだ
 僕の位置づけはどの辺りなのか
 それ(ランク付け)は、彼らにとってそれは何よりも優先すべき事柄なのだ
 ツッパリにとって舐められる事は己の死よりも許されない事だし、逆に友人の友人は友人であり、尊敬する先輩の友人もまた先輩、敬うべき対象なのである
 まだリョーくんとの信頼関係が築けていない現在の僕は、その中だと"都合のいいパシリ"が一番しっくりと当てはまってしまう為、礼をする三人組の横を顔を引きつらせながら通り、ゲーセンの自動ドアを潜りぬけた


 ゲーセンの中は中で剣呑な雰囲気が漂っている
 明らかに普通のゲームセンターのように"ゲームを楽しむため"の空間で無いことが、この僕にも伝わってくる
 そして、入り口で僕がなんともいえないような表情を浮かべていると、リョーくんはニヤリと人の悪そうな笑いを浮かべてこう言った
「おら、さっさと始めっゾ……?!
"ケンカゲーム"を…よお!」

 そして、シューティングゲームをやっている三人を指差し
「ありゃぁ お坊ちゃま進学校帝晃学院の半ツッパだ
拓ぅ……オメーの気合であそこの三人シメてこいや……」
 そういって僕を押すリョーくんの顔は、いかにも『軽いゲームだぜ?何かあったら親友 マブダチ の俺がついてるって』みたいな表情を浮かべていたけど、その内心に『そのままヤられちまいな』みたいなどす黒い感情が隠れている事を僕は正しく理解していた
 
 僕ははぁ…と小さくため息をつくと確か"帝晃のナオキ"と名乗っていた半ツッパ(リョーくん曰く)のところへとゆっくりと足を向ける
 前回は勝った相手だけれど、それも相手の油断と秀人くんメモがあったおかげだ
 
 ゆっくりと歩みを進めながら、その間に光の速度で秀人くんメモを頭の中で反芻する

 相手が殴りかかってきたら持っている鞄で防御して…
 はったりを利かせて、それからワンパン入れるんだ……
 それで方をつけてやる!
 ああ、そうだ…相手側が凶器 どーぐ を持ち出さないように気をつけないといけないな
 
 限りなくゆっくりと歩みを進める僕
 永遠にたどり着かなければいいと思うけれど、所詮大して広くないゲーセンだ
 あっという間に三人組が囲んでいるシューティング系のゲーム機の傍についてしまう
 
 僕は覚悟を決めて、さらに一歩前に出た
 そして出来るだけ大物ぶったように、ゆっくりと帝晃生三人組に声をかける

「おぅ……俺ぁ"乱校"の"浅川"つーもんだけどよ……」

 出来るだけ気合の入ったガンをくれながら、名乗りを上げる
 ちら……と此方を横目で窺う"帝晃のナオキ"
 他の二人は"乱校"の名前に一瞬でビビったのか「"乱校"だってよ……?!」と、ナオキの動向を窺っている
 この三人組のリーダーはナオキなのだろう

 
「ケンカ売ります赤テープ……ってか……
15年前のセンスだナ…オメーよぉ」

 出発 デッパツ 前にリョーくんに赤テープを巻かれた僕のカバンに目を這わせて吐き出すようにそう呟くナオキ

「"乱校"だとお…?
この"ダサ坊"が"乱校"だからってちょーしン乗ってんのかよ…?!」
 そしてそのまま、ゆらり……と立ち上がる

 ちらり……まだゲーセンの入り口にいるリョーくんに視線を向けると、腹を抱えて大爆笑している
 とても僕を助ける気なんかはなさそうだ

「"乱校"がどうしたって……?!
……いーからタイマンでこい、よ…!」

 そういって構えを取るナオキ

「まずいってぇ…ナオキくん」
「"乱校"に手ーだしたら……」
 取り巻きの二人はそんなナオキを止めようと必死になっている
 
「"乱校"がなんぼのもんじゃあ~~!!」
 取り巻きの言葉など意に介さずに、僕に殴りかかってくるナオキ
 大きく振りかぶったそのスウィングはリョーくんと比べればあまりに遅い

 パァアン!

 僕は手に持っていたカバンでナオキの拳を受け止める
 そしてそのままカバンをナオキの鼻目掛けて
 振り被る!!

 スカッ…
 思いっきり空を切る僕のカバン

 かわされた?!

 ナオキはスウェーバックで僕の攻撃をかわしていた
 鼻先がかすったのか、軽く血が流れている

「……アブネーな?!いきなり顔面狙いやがるとは、よ!」
 ナオキはそう忌々しげにぼやいて一歩下がると、立てかけてあった木刀を手に取った
「腐っても"乱校生"ってやつかよ……!
こんな"ダサ坊"相手に凶器 どーぐ 持ち出す事になるなんてよお…!」
 ペッ…
 唾を吐き、木刀を構える


 今ので決めれないなんて……!

 僕の手の内は読まれたと思っていいだろう
 こういう時はどうしたらいいんだ?
 相手の獲物は僕のカバンよりもはるかにリーチが長い
 本当なら『相手が獲物を持ち出したときの対処法その1』を使いたいけれど、さっきパンチを受け止めた事によってそれが読まれている可能性がある
 よーし!こうなったら、相手の最初の一撃はなんとかかわして、僕の一撃を叩き込むしかないっ…!

「いくぜ……っだらぁあああ!!」
 上段から、僕の脳天目掛けて木刀を振り下ろすナオキ
 
 バァアアン!!!

 僕はそれをゲーセンの椅子で受け止め、そのまま椅子をナオキに向かって前に押し出すように放り投げる
 ナオキが椅子を避けようとしたところに、今度こそ僕の振りかぶったカバンが命中した
 
 ガシィィッ…!

 確かな手ごたえが伝わってくる
 避けた先を狙ったために、顔面に僕のカバンをモロに受けたナオキはそのままゲーセンの床に倒れこむ
 鼻から血を流しながらのた打ち回るナオキに向かって僕は"キメのセリフ"を吐いた

「死ぬまでやってやんぞ……コラぁ!!」

 咄嗟に思い浮かんだリョーくんの決め台詞をそのままパクってガンをくれてやると、ナオキの舎弟二人組みは必死になってナオキを起こし三人で走り去っていった

「だから、"乱校"に手ぇ出したらマズイってゆったろぉ~……」
 なんて声が小さく聞こえてくる 
 
 勿論僕が後を追いかけるなんてありえない
 三人が裏口からゲーセンを出て行って、僕はようやくほぉ…っと一息をつくのだった


 安息などこのゲーセンではありえないのか、僕が一息つく間も無く、ガッシャァアアアン!!という恐ろしい音がお世辞にも静かとは言えない店内に響き渡った
 恐る恐る音のした方を振り返ると、まさに怒髪天を衝きそうな勢いで怒り狂ったリョーくんが、レーシングゲーム機を人ごと易々と蹴り倒していた

 すでに周囲には3人のツッパリが倒れていて、さらに4人目の被害者がリョーくんに頭を掴まれている
 そのまま前蹴りを食らって4人目はゲーム機ごと吹き飛んでいった
 直ぐに、吹き飛ばされた4人目と同じ制服を着た5人目がすぐに飛び掛ってくる
 リョーくんは顔面に一発受けるも、まるで堪えずにそのまま相手のボディに重たいのを一発放つ
 当社比1.5倍くらい増量された一撃だったように見うけられた
 腹を抱えてへたりこんだ男にさらに前蹴りで止めをさし、倒れた所をグジリ……と嫌な音を立てて顔面を踏みつける
 そして、ゲーム機にもたれかかる様に倒れている金髪のトサカ掴んでをぐいっ…と引っ張り上げた
 
 僕はその光景を見て、リョーくんのリアルファイトの相手に同情する
 リョーくんは尚も暴れたりないのか、金髪のトサカを掴んだままそれを振り回し「6人目は誰じゃあ!」と叫んでいるが、すでに辺りは静まり返っている
 どうやら、これ以上リョーくんに挑んでくる兵はいないようだ

 ちっ……!と大きく舌打ちし、まだ床に倒れているパンチパーマをあてた男の顔面に痰を吐きかけ、掴んでいた金髪のトサカを乱暴に放したところで、リョーくんはようやく我に返ったようだった
 金髪のトサカから将来を心配してしまうほどの毛髪が抜けていた事は、多分見なかったことにしたほうがいいのだろう
 リョーくんは己の手に巻きつくように残ったトサカの"残りカス"を乱暴に払い
「ったくよぉ……イマドキのコゾーは手ごたえがねぇなあ
 クソガキが……!!」
 そう呟くと、さらに一撃
 パンチパーマをあてた男の腹を軽く(?)蹴り上げた
 うう……少しだけ相手に同情してしまうのは、いじめられッ子の記憶がまだ新しいからだろうか

 そして僕の存在などまるで忘れてしまったかのように、リョーくんの足はトイレへと向かう
 多分、さすがのリョーくんでも何発かもらってしまっていたようなので、その具合を見に行くのだろう

 僕は一人、ポツン……と、静まり返ったフロアに取り残された
 カバンを抱える手に自然と力が入る


 もうすぐ……だから、だ
 


 普通の店ならとっくに店員が飛び出してきて、警察への通報の一本や二本位しているはずなのだが
 そんなことは一切無く、それどころかあれほどまでに凄まじい音を立てていたというのに店員が顔を見せる様子さえ無い
 先ほどまでの乱闘など何も無かったかのように、店内には楽しげに流行の曲が流れている

 何も無かったかのように……とは言っても、目の前に広がる惨状は先ほど起きたすべてのことを入念に物語っているのだけれど
 恐らく、店員も通報による逆恨みを恐れているのだろう
 そして、この程度の揉め事はザラに起こる事でもあるのだろう
 およそ人死にのでない限り、こういった揉め事にはなるべく関わらないのがこの街での賢い選択だと理解しているに違いない

 僕にとって不良達がところどころに倒れているこの空間は、とても居心地のいいものではなかった
 ど真ん中に立っている勇気は無く、壁の隅にでもよっておくか……、と思った瞬間

 ガ――――ッ……

 なんとも不吉な音を立てて、店の自動ドアが開いた

 
 僕が顔を向けると、そこにいたのはまさしく


「お―――こいつぁゴキゲンじゃねーか」
「……俺らも混ぜてくれよ
ボクぅ……」

 ……とても"ゴキゲン"な様子のヒロシちゃんとキヨシくんだった――


 久しぶりの再会で、色々と話したい事もあったというのに
 キヨシくんの所々が血に染まった白いTシャツに何よりも先に目が行き、その握り締めた鉄パイプに次に目が行き
 さらにはヒロシちゃんの眉間の皴と青筋を見た僕は、完全にその存在感に飲み込まれてしまっていた

 慣れたはずだった二人のすごさ
 しかし、彼らから敵意を受けたのは初めて会ったこのゲーセンでのみだ
 それ以降はずっと心強い味方であったので、久しぶりに彼らの威圧感をもろに受けたボクはまさに金縛り状態になっていた
 いや、二人のすごさを知っているからこそ、あの時よりも彼らが怖くてしょうがないんだ
 あの時みたいに無謀にもヒロシちゃんに挑むなんて、今の僕には土台無理な話だった

 ボクが同じ横西小出身の"浅川拓"だってわかってくれたら、あの時みたく"怖さ"を抑えてくれるのかもしれないけれど、口を開く事さえ出来そうにない
 僕が黙っていると、突然ヒロシちゃんの形相が変わった

「パ……"パラディウス"ができねぇじゃねぇか……!!」
 どこか一点を見つめながら、つぶやくように吐き出すヒロシちゃん
 その一言に破裂せんばかりに怒りを籠めて

 そして、その視線の先には木刀が突き刺さった一台のゲーム機があった
 僕の緊張できっと青ざめているだろう顔からは一層血の気が引いていくのを感じる

 あの時は緊張していてよく覚えていなかったけど、二人がこのゲーセンにきたのはあのゲームをやるためだったんだ……!
 お目当てのゲームが出来ない鬱憤は、今この場で唯一意識のあるこの僕にすべてぶつけられると思っても過言ではないだろう


 僕が"他人"だから、こうやって敵意を剥き出しにされる
 秀人くんとの出会いをやり直したときには感じなかった一種の寂しさのようなものを感じる
 あの時はまだ夢なのか現実に起こった事なのか区別がついていなかったのもあるし、相手にはされなかったけれどこんな風に敵意を向けられはしなかったから
 あれだけ分かり合えてたと思った二人から敵意を向けられた事が悲しくなる
 空しさが僕の心を締め付ける

 これからも、誰かと再び出会うたびに同じような思いをする事になるのだろう
 二人が悪いわけじゃない、僕の記憶こそが奇異なものなのだとわかっている
 だけど、だからと言って記憶の中のことをすべてなかったことになんて出来るわけがない
 あれらがあったからこそ、今の僕がいるんだから
 
 過去に戻れた事を、もう一度やり直すチャンスが出来たとただ喜んでいた僕は
 過去に戻れるという事の本当の意味を、辛さを
 今まさに現実に見せ付けられていた

 
 どこまでも沈んでいきそうな僕の心
 僕はヒロシちゃんたちの重圧と、そしてもう一度やり直すという事について押し潰されそうになっていた
 自然と自身の顔が俯くのを感じる
 泣きたくなんて無いのに、堪え切れない涙が滲んでくる


 そんな僕の目にうっすらと、ひとひらの羽根が映る
 ゆっくりと舞う様に降りてくるそれは
 もしかしたら幻かもしれない
 純白の鳥の羽根
 鳥なんていない屋内ではありえないそれ
 まるで、あの時僕の目に映った大量の羽根のひとひらのようで
 現実感のまるでない真っ白な……

 ……けれど同時に、その羽根が僕を正常に戻してくれる
 その純白の羽根は、まるで僕を励ますようにあらわれてくれたから
 僕の願望が見せたものかもしれない
 でもそんな事は関係なかった
 
 あの羽根の向こう側に、いじけた僕を叱責する時貞くんの顔が見えた気がするから
 そうだ、誰かと出会いなおす度にこんな風に傷ついていたら、喧嘩が弱くてギターも弾けない何のとりえもないこの僕に、時貞くんを助けるなんて事が出来るはずが無い

 大体今の僕がこの二人を怖がるなんて、あれだけ僕を信頼してくれていた二人に対して失礼な事なんだ、と思い直した
 僕のことを知らないなら、今度もまた二人に信頼される行動をとるべきだ、と
 ネガティブになりそうな自らの心を叱責し、気持ちに整理をつける

 二人はこんな風に怖いところが目立つけど僕と同い年なんだ
 僕がデートだって知ったら、同年代らしく気を使ってくれたり
 普通にゲーセンに誘ってくれたり
 怖いだけじゃない二人を僕は知っている

 僕はゆっくりと大きく息を吸って呼吸を整える
 ともすれば今すぐにでも意識を失いたくなる弱気な自分を何とか静めて、腹に力を込める
 
 
「楽しそうじゃねぇか?坊主」
 キヨシくんが意地悪くそう笑う

「なーに"黙り"こくってんだよ……?!
ボクゥ……オネショしちゃいそ――なんですかっ……ってな」
 ヒロシちゃんも黙ったまま動こうとしない僕をからかう様に声をかけて、そのままゲーセンの奥――つまり僕の方へと足を進める
 当然片手にひしゃげた鉄パイプを持ったままだ

 僕は顔を上げ、しっかりとヒロシちゃんに向き直った
 まっすぐにヒロシちゃんを見返した僕に、ヒロシちゃんは一瞬驚いたようだったけれど、すぐに再び怒りの炎をその全身に宿した

「テメェが俺の"パラディウス"
ぶっ壊わすほど楽しく"遊んで"くれちゃったんかよ?……あ゛ぁ?!」

 鉄パイプを肩に担いだヒロシちゃんが、ゆっくりと近づいてくる
 もう完全にヒロシちゃんの射程圏内だ

「…パラディウスの分もしっかりテメェーにけーしてもらわねーとよお……

俺の気がすまねーん、だよっ……!!」

 そのまま予備動作も無く一気に横なぎに振るわれた鉄パイプ

 ビュウウゥン……!!

 激しく空を切る音が聞こえる
 僕は咄嗟にしゃがみこんでそれを回避したが、そのまま腰が抜けそうになる

 ヒロシちゃんは僕がかわした事がこの上なく気に食わなかったのか、青筋を一層際立ててさらにそのまま地下足袋で僕を踏み潰そうとする

 グシャぁ!

立ち上がれない僕は何とか横に転んでかわすけれど、僕の代わりに踏み潰されたゲーセンの椅子がいとも無残にひしゃげた姿へと変わり果てていた

「テメェ……っ!」
 さらにかわした僕を、もはや天敵を見るような目で睨み付けるヒロシちゃん

「ククッ……
ここまでヒロシを怒らせた奴ぁはじめてだぜ」
 ヒッヒッ……と意地の悪い笑い声を漏らしながら、ご丁寧にもヒロシちゃんの状態を説明してくれるキヨシくん

 やばい……
 早く僕が"浅川拓"だって言わないと本気で殺される……

 さらに言うなれば、僕が命がけで回避したその先は、ゲーム機と壁で挟まれていて、なんていうかようするに袋のねずみだった
 
 ヒロシちゃんは今度こそトドメとばかりに、鉄パイプを大きく振りかぶっていた
 僕のシャツは冷や汗ですっかり冷たくなっていた
 僕は手を高く上げてまるで"降参"のポーズをとりながらなんとか言葉を紡ぎだす

「まっ…まって……
ヒロちゃんっ……!」

「……あぁ?
"ヒロちゃん"…だぁ……?!」

 僕の必死の呼びかけに、怪訝な顔をするヒロシちゃん
 僕が馴れ馴れしくも愛称で呼んだので、もしかしたら、苛立ちをさらに高まらせているかもしれない
 ただの命乞いだって思われている可能性が高い

「僕だよっ
横西小で一緒だった……」

「んだよヒロシぃ……
しってん奴かよ?」

 僕がなんとか名乗ろうとしているのに、無情にもキヨシくんが横から口を挟み、キヨシくんの大きな声は僕の言葉に被せられてしまう

 もう駄目だ死んだ

 目をぎゅっと瞑って多分僕の命を刈り取る可能性の高い衝撃に備える
 僕がそんな風にちょっと諦めかけたとき、ヒロシちゃんは奇跡的にも振り上げた鉄パイプの動きをそのまま止めて、一言


「"拓"、ちゃん……?」

 と、小さく呟いた



***



「……にしてもよお
大事な事あさっさと言ってくんねーとよ?
"拓"ちゃんってーわかんなかったっけ―――あぶなくトドメくれちゃうとこだったぜ……?!」

「ぎゃはは
ヒロシん鉄パイプはおもてーからなあ
危なかったなー"拓"ちゃん、よお……もー少しでのーミソ飛び出ちゃうとこだったな」


 苦笑いを浮かべながら豪快にジュースを啜るヒロシちゃんと、チャチなテーブルをバンバンと大きな音を立てて叩きながら陽気な笑い声を上げるキヨシくん

 すっかり赤く染まった空が町全体を朱に染め上げていた
 僕たちのいる元町のファストフードショップ『ワスドナルド』の窓にも、怖くなるほど綺麗な夕焼けが映っている

 本来ならば学校帰りの学生達で賑わっているはずの店内は見渡せるほど見事に閑散としていて、ヒロシちゃんとキヨシくんの声(だけ)が響き渡っている
 特に僕たちの座っている席の周囲には特殊なバリアーでも張ってあるかのように、実に広々とした空間が出来上がっていた

 僕は口も挟む間もないその光景を、苦笑いを浮かべながらその光景を眺めていた
 ああ、やっぱり変わらない
 二人はいつでも二人なんだなあ
 そう思うと嬉しさが込み上げてくる


 なんで"ワクドナルド"なんかにいるのかというと、時は少し遡って――


「おめーひょっとして"拓ちゃん"じゃねぇか?」

「う、うんっ……!思い出してくれたんだね
横西小で一緒だったヒロシちゃんだよね?」


 奇跡的にも僕のことを思い出してくれたヒロシちゃんの珍しく少し困惑した顔が面白くって、場違いにも小さな笑いが漏れてしまう僕
 たった今殺しかけた相手が昔馴染みだと知ったのだから、流石のヒロシちゃんでも少し戸惑ってしまうのだろう

「ヒロシん友達 ダチ かよぉ?」
 そんな微妙な空気を切り裂くように、キヨシくんが投げかける

「おお……そーだよ」
 キヨシくんの存在を忘れていたかのように、遠い昔を振り返るヒロシちゃん

「ほら、遠足んときオニギリもらったろお?」

「確か、山下公園のときだっけ?」

「俺んち片親でさ……
夜働いてるお袋に遠足の金もらったのはいいけど
その金で全部菓子買っちまって とほーにくれてたら
"拓"ちゃんが自分 てめえ の持ってきた弁当半分わけてくれたっけぇ──…
俺ぁ あん時の弁当の味"一生涯"忘れねーぜ」

 ……実はヒロシちゃんの大量に持っていたお菓子が目当てだったなんて、"一生涯"言えない雰囲気だ

「へ──…ヒロシがンな事ゆーなんて めっずらしー事もあるじゃねーかよ
槍でも降るんじゃねーか?」

「うっせぇ"じょーちょ"がわかんねぇ"クマ"は だー ってろって!」

 にしても、本当二人の掛け合いには心が暖かくなる

「あはは、相変わらずだねヒロシちゃん」

「おぉ、そーだ
せっかくだしよ……どっかで茶ーでもしばこうぜ?"拓"ちゃん…」

 そうヒロシちゃんに誘われて、僕はようやくトイレに行っているリョーくんの事を思い出した

「あっ……!」

 そうだ、今このタイミングでリョーくんにヒロシちゃん達を紹介出来たら、後で『なんで風神・雷神と友達 ダチ って黙ってたんだよ』ってヘッドロックをかけられなくて済む!
 すでに二人は"獏羅天"を抜けているはずだし、大体"爆音"と"獏羅天"は先代のナツオさんと須王さんのように比較的友好関係にあるはずだ
 紹介しても問題ないはず

「っ…そーだ……トイレに友達 ダチ がいるんだけど」

 そう言って、トイレのドアを開けてみるとトイレの窓が開け放たれており
 ……なんて言うか、つまり蛻の殻って奴だった

「……え―――ッと…ああ、そう言えばお腹が痛いって言ってたかな?」
 そうそう、前の記憶では確かそういっていたはず

 ヒロシちゃんは顔をヒクッと歪ませる
「まさかその友達 ダチ ってぇのは…
俺らにビビって"拓"ちゃん置いて逃げちまったっつーわけじゃなぇよな……?!」
 今すぐにでも、地獄の果てまでリョーくんを追っていきそうな低い声だ

 まさか僕を置いて逃げたなんて事は……ナイ、よね…?
 このころのリョーくんだとあながち否定できないのが痛いところだけれど、否定しないとリョーくんの命が危うそうだったので一応かばっておく

「あはは……そ、そんな事は無いと思うよ…うん
それより、久しぶりなんだし"ワクドナルド"でも行こうよ」

「ちっ……"拓"ちゃんがそーゆーならしょうがねぇか……」

 
 ……なーんて事があったのだ


「……ったくよお……
この"クマ"がハンバーガー5つも頼むからえれー時間かかっちまったじゃねーか」
「だーれが"クマ"だっての?コラ!テメーだろ?!テメー……
テメーだってバーガー5つにポテトのLサイズ2個にナゲットまで頼んだじゃねーかよ?!
俺が"クマ"ならテメーは"ゾウ"だっつーの」

 軽口を叩きながら、山盛りに積まれたジャンクフード達を片っ端から胃の中に納めていく二人
 二人が"クマ"だろうが"ゾウ"だろうが、とりあえず目の前でその食欲を見せ付けられてしまったら、僕はといえばお愛想程度にジンジャエールのストローを銜える事くらいしか出来ないのだけれど
 
「"拓"ちゃん久しぶりに会ったら、随分殴りッこ強くなったじゃねーか
あれやったの皆"拓"ちゃんだろ?!」
「い、いや…あれは、一緒に来てた友達 ダチ が……」

「おお!ヒロシの攻撃二回も避ける奴なんてめったにいねーよ」
「それは、たまたままぐれで……」

友達 ダチ ってえ、"拓"ちゃんちゃんを見捨てやがった野郎かよ?」
「だから、それは違……」
「名前ちーっと教えてみな?俺らが軽うく撫でて来てやんよ……?!」
「いや、えっと……」


  ………
 食べかすを豪快に飛ばしながら弾む久しぶりの会話は、終始こんな感じに進んで行く 
 僕はジンジャエールのストローを口に銜えるのが精一杯だった



[14831] リハビリ・ネタ・原作キャラに憑依
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/06/30 18:21
しばらく更新できなくてすいませんでした。
リアルで色々ありまして、部屋に一人でいるという事が困難だったため、PCに向かい合う事が出来ませんでした。
ようやく落ち着いたので、そろそろ続きを投稿したいのですが、数ヶ月も離れていたためいろんなことがさっぱりになってしまったので、練習がてら『ぶっ拓』に一般人が憑依みたいな短い話を書いてみようと思います。(一部オリキャラが出てきます)
お目汚しになるかもしれませんが、よろしくお願いします。



―――目覚め―――

 ある日目が覚めると、とてつもなく汚い部屋にいた



 いつ洗濯したかもわからないような皺くちゃのシーツから恐る恐る身を起こした俺は、まったく見覚えのないその部屋に首を傾げ、少しでも事態を把握しようとぐるりと部屋の中を見渡した


 まず、俺が現在腰を掛けているのはスプリングの非常に緩いベッドに申し訳程度に敷かれている皺くちゃのシーツの上だ
 ベッドの隅にはシーツと同じくらい皺くちゃの、いつ乾したかもわからないようなタオルケットと掛け布団が丸まっている
 
 そのまま視線をずらせば、部屋の至る所にはマンガとバイク・車関係の雑誌、そしてエロ本が乱雑に積まれている
 また脱ぎ散らかした衣服や何に使うかわからないような謎のオブジェや薬屋の人形、車のナンバープレートなんかが所狭しと部屋を飾り立て、小汚い部屋を一層無秩序に仕立て上げている

 そして部屋の真ん中に鎮座する、使い込まれたギターとふるいアンプに目が止まった
 これだけ小汚い部屋なのにその一角だけはそういった雑多な物が一切置かれていないのが逆に印象深い

 出入り口を背にした壁に程近い床には、19インチくらいの今時珍しいブラウン管のテレビと仰々しいまでに大きいステレオが直置きしてある
 ステレオの周囲は特に酷く、とっかえひっかえ聴いているのか、レコードやらテープやらがまさしく散乱していた

 壁にはエッチなお姉さんと一緒にジミヘンのポスターが無造作に貼られ、更に目に入ったのはその横に掛けてある学ラン……の様なもの
 パッと見ただけで、普通の学ランと違う事に気がつく
 いわゆる短ランに応援団が着るような長ラン……そしてボンタン?
 二昔も前に流行ったようなそれの裏地には、昔話にでも出てきそうな龍や鬼の刺繍がちらり……と、覗いている

 部屋の隅にある年季の入った学習デスクにも本棚にも教科書や参考書の類は一切ないのだが、氣○團の大ファンでもない限りこの部屋の持ち主は学生なのだろう


 ……おいおい、エロ本は隠せよ、とか
 今時ボンタンは無いんじゃないか?とか
 この布団大丈夫だろうな?とか
 車?のナンバープレートって偽者だよ、な?とか……

 家主に対して突っ込み所は満載なのだが
 何よりも気になるのは、どうして俺が他人様の部屋で寝ていたか、ということだ

 確かに昨日は給料後の金曜日の夜ということで、会社の同期連中と飲み屋の梯子をし、最後はぐでんぐでんに酔っ払ってはいた
 4件目あたりからの記憶はかなり曖昧で、5件目のお姉ちゃんのいる店では俺がすっかりと出来上がっているのをいい事に、馴染みの娘にフルーツ盛り合わせを何度も頼まれたような気がする
 6件目のフィリピンパブでは、確か店の娘全員にそれなりに値の張る酒を振舞ったような気もする
 フィリピーナは愛嬌がいいのだが、同時におねだり上手で困ってしまう 
 と、クリスティンの顔を頭に浮かべながら、さわさわと太ももを触る手の感触を思い出す
 
 ……と、思考がずれた
 そんなわけで昨夜はダメな大人の典型だったわけだけど、だからと言って見ず知らずの家に転がり込むほどではなかったはずだ
 最後はいつもの様に完全に潰れる寸前にタクシーに乗り込み、我が家へと帰った記憶も薄っすらとだが、ちゃんとある

 じゃあ、ここは一体どこなんだ?
 そこまで悩んだところで、二日酔いがまったく無い事に気が付いた
 二日酔いどころか、自身に酒臭さがまったくない

 朝方まで日本酒バーボンビールに焼酎、おまけにワインなんかをを浴びるようにちゃんぽんしたんだ
 日ごろを考えると、二日酔いにならないはずがない
 
 まあ、そんなわからない事を考えてもしょうがないので、不可解な現象はすべて置いておく
 とりあえず、俺が今しなくてはいけない事は、家主に(恐らく)無断で入り込んだ挙句眠りこけてしまった事を土下座で詫びて、住居侵入などの警察沙汰にしないで欲しいと必死で頼む事だ
 さすがに、警察沙汰になれば会社にも知られる
 それは拙すぎるだろう
 というか、どんなに軽い処罰で済んでも、同僚に冷たい目で見られることは間違いない
 禁酒命令も出てしまうかもしれない
 
 とりあえず部屋の外にでて家主を探そう
 そう思い立ち、すっと立ち上がった
 所狭しと散らかっている本やテープを避けながらドアの前に立ち、気休めにもならないが大きく深呼吸する
 ガチャリ……俺がドアノブを回す音が、妙に大きく感じられる
 どうやら極一般的な一軒家のようで部屋の外には申し訳程度の廊下とその先には階下へと通じる階段があった

 やはりジャンピング土下座が有効だろうか……?
 それとも、名詞を出して最敬礼のほうが……?

 どうやって謝罪するべきか頭を悩ませながら階段を下りていると、心の準備などまったくしていないのにも関わらず玄関近くのドアがすっと開き、そこから出てきた女性とばっちりと目が合ってしまった
 俺はとっさになんて言ったらいいのか思い浮かばず、ただただパニックになり、アワアワと口を開閉する事しか出来なかった

 女性は恐らく四十代前半くらいのどこにでもいそうな感じの、極一般的なおばさんだった
 俺は来るべき悲鳴、もしくは罵詈雑言を覚悟した
 しかし女性は、俺を見てもなにも驚くことなく、普通に口元を少し緩めながらこう言った

「あら敬司、今日はずいぶん早く起きたわね
もう朝ごはんは出来ているけど、食べちゃう?」

 さらっと言われた、どこにでもあるような会話
 だが俺は『ケイジ』とやらではない
 俺にはれっきとした三十年近く使われてきた名前がある

 固まった俺に、女性は笑みを強めて続けた

「まだ寝ぼけているの?とりあえず顔を洗っていらっしゃい」

 そうだ、まだ夢を見ているんだろうか?
 さっぱりわからない事態に、壮大なペテンかドッキリカメラでも仕込まれている気がしてくるが、とりあえず勧められるままに顔を洗う事にした

 そして俺は、今度こそ完全に度肝を抜かれるのだった


 いつもの俺の寝ぼけた顔が映っているはずの鏡には、いかにもごつくて悪そうな……目つきの悪い……正直微妙な顔立ちのツッパリ(?)が写っていたからだ
 俺は心臓が止まりそうになるくらいの驚きのあと、絶対にドッキリだと確信し、仕掛け人に対する憎しみを込めながら特殊メイクを剥ぎ取ろうと頬の皮を引っ張った
 が、つねった頬の痛みは紛れも無く本物で……その触感もとても特殊メイクとは思えず
 それでもまだ諦め切れない俺は、そうだ、特殊メイクってのは落とし方にコツがあるはずだ!と思い立ち、さっきの女性のものだろうメイク落としをふんだんに使ったり、たっぷりのお湯に顔をつけたりしてみても、何も変化はなかった

 さすがにここまで来ると、この顔がメイクであるとは考えにくい


 もしかしたら……
 本当にもしかしたら、だが……
 俺は何らかの拍子で幽体離脱でもしてしまって、この少年に乗り移ってしまったのだろうか?
 他に一体どんな出来事があれば、ある日起きたら、見た目がごろッと変わり、まったく見覚えのない部屋で目が覚めるというのだ

 現実とはまったく思えないが、残念な事に先ほどつねった頬の痛みは紛れも無く本物で……
 このレザーフェイスはどうやっても剥がれなくて……
 今試しにつねってみても、やっぱり頬は痛くって……

 それらの事象がこれが現実だと、俺に訴えかけていた


 俺がいつまでも洗面所でうだうだとやっていると、先ほどの女性が洗面所のドアをがらっと開けた
「あら、まだ顔を洗っているの?ご飯冷めちゃうわよ~」
 なんていう間延びした声に、俺は何とか頷いて女性の後を付いて食卓へと向かうのだった

 そして食卓に並べられた朝ごはんとは思えないような豪勢な食事をまるで操られるかのように次々へと口へ運んでいく俺の目に入ったのは、目が覚めた部屋にもあったような今時珍しいブラウン管のテレビ、に映された朝のニュースだ

 
『10月20日本日の朝のニュースは……』

 なんていうアナウンサーの言葉に、俺は本日何度目かになる度肝を抜かれたのだった
 あせって新聞を広げてみると、その日付は1991年10月20日と書かれていて、思わず意識がブラックアウトしそうになる
 俺は食事もそこそこに切り上げ、新聞を抱えて先ほどの部屋へとダッシュで戻る

 階段を上っている最中に「もうご飯いらないの~?」なんていう声が聞こえたが、返事をする余裕なんて当然なかった

 そして、新聞をもう一度最初から読み返した
 書いてあるニュースや出来事は、確かにちゃんとした新聞で、俺を驚かせるために誰かが作ったとは思えない
 そして、新聞紙が確かに真新しい事から誰かがわざわざ20年近くも前の新聞を掘り起こしたとも考え難い

 次に俺は、この部屋を家捜しした
 押入れをあされば、横浜市立港葉中学校と書かれたアルバムが出てきた
 それを食い入るように捲ってみると、先ほど鏡に映った姿と酷似した広瀬敬司という男の写真を見つけたのだった  
 ちなみに、集合写真に写っている男子生徒全員が昔のツッパリのような格好をして、メンチを切っていた

 ……やっぱり、俺はどうやらこの広瀬敬司という男に憑依(?)か何かしてしまったようだ
 超常現象なんて信じる性質ではないが、それ以外考えようがない
 憑依の上タイムスリップか……

 俺は自分に起きた事がとても信じられなかったので、そのままもう一度布団に入り眠ってみた
 のび太のように、いつでもどこでも3秒で眠れるのが俺の特技だ
 そして、本気でそのまま眠り込み、昼過ぎごろになって起きてみてもやっぱり現実は変わらなかった
 


―――覚悟―――

 俺は覚悟を決めて、というか、むしろ諦めて、この『広瀬敬司』という人間がどういった人物なのか調べてみる事にする
 このままずっと『広瀬敬司』でいるのか、それとも何らかの切っ掛けで元の俺に戻れるのかはわからないが、俺が憑依(仮)している『広瀬敬司』を他人から奇異の目で見られるような状態にするのは好ましい事ではないだろう


 ……そう思っていた時代が、俺にもありました


 何か手がかりがないかとクローゼットを開ければ、俺の目に飛び込んできたのは『御意見無用愚連隊 鬼雷党』とかかれた物々しいジャケットで……
 『横浜』『港葉中』『鬼雷党』『広瀬敬司』……今までに出てきたキーワード達
 俺はぱっと頭に連想してしまったものがあった

 そうであって欲しくない
 そう願いながら窓を開けて外を見ると、車庫にはブッた切り直管のGSXR400Rの姿があって……
 思わずひっくり返した薄っぺらい学生カバンからは鉄板と一緒に箱がひしゃげたピースと『私立聖蘭高校』と書かれた生徒手帳まで出てきてしまったからだ
 俺は、ここが『どこ』なのか、なんとなくわかってしまった
 
 俺が中学校くらいにはまって読んでいた漫画……『疾風伝説 特攻の拓』
 それに出てきていたしょぼいやられ役、『鬼雷党』の三人組、ケージ・ノブ・シゲルがぼんやりと頭に浮かぶ

 この体の持ち主が重度の『特攻の拓』オタクで、尚且つ『鬼雷党』のケージの大ファンという奇特な人物でもない限り、俺は『鬼雷党』の『ケージ』なんだろう
 
 理解したくないけれど、そうとしか思えない
 俺は現実に絶望した
 
 『特攻の拓』だと、ケージの最後は死んだんだかどうなんだかわからないような状態だったはずだ
 確か薄っすらと覚えているだけで、まず地獄のリョーにぶっ飛ばされ、魍魎の武丸に半殺しにされ、AJSの誰だかに半殺しにされ土手に捨てられ、最後には武丸に命を刈り取られたような気がする

 ……死亡フラグ、というか少なくとも半殺し前提の事件が覚えているだけで最低4つもある
 まだ一回も『乱校』に行ってはいないけれど、すでに登校拒否になりそうだ
 きっと学校に行こうとすれば腹痛で死にそうになるに違いない

 確か原作は主人公の『浅川拓』が高校一年生だったはず
 それで三学期が始まってすぐくらいから開始だったはずだ
 ケージも確か同じ一年生だったと思った
 そして今日は10月20日
 生徒手帳が1年の物という事から、今は原作の少し前くらいではないだろうか?
 これが、高校二年の10月20日だというなら、あのひどいやられ方の後でも、無事に生きて学校に通っていた事がわかって安心なのだが……
 正直言って無事に二年を迎えられるという保障が無さすぎる


 俺は今度こそ覚悟を決めた



[14831] リハビリ・ネタ・原作キャラに憑依2
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/06/30 19:27
―――転校―――

 そして俺は、『広瀬敬司』になってから一度も『乱校』に登校することなく
 いかにも安全そうな学校に転校したのだった



 勿論、もともとが底辺の学校だったという事もあり、内申は最悪
 俺も大学まで一応出ているとはいえ勉学から離れて久しい事もあり、一ヶ月の間必死に勉強した
 それこそ死に物狂いで、だ
 というか、実際問題高確率で命がかかっていたのだけれど
 恐らく一日15時間近くは机に向かったと思う
 自身の高校・大学受験の時でさえこんなに必死じゃなかっただろう
 何かに取り付かれたかのような(まさしく取り付いているのだが)形相で勉強する俺を、『広瀬敬司』の母親である『広瀬由美』がもうやめなさいと止めるほどだった
 いや、最初は勉強を始めたことをえらく感動し涙を流すほどではあったのだが、その後あまりにも根を詰めるため悩みでもあるのかと思われてしまったのだ
 俺はそれを幸いにと広瀬敬司の母親に転校したい旨を告げ、編入試験を受けさせてもらったのだった

 ついでに言うと、この一ヶ月、頑張ったのは勉強だけではない
 出来得る範囲で現状の把握にも努めた
 調べてみたところ、やはり私立聖蘭高校は存在し、当然ながらこの『広瀬敬司』の通う高校であった
 そのほかマンガで出てきていた店名なども存在していた
 たとえば、デモンズバー、∞V インフィニティボルト 、そして遊魂境 セルミワシュワ ……
 マク○ナルドの看板がワクドナルドとなっていたのは見かけた瞬間爆笑してしまった
 ひとしきり笑った後で、むなしさに苛まれたが

 そうしてこれだけの現実を見せ付けられ続けた今となっては、ここは『疾風伝説 特攻の拓』の世界に間違いないともはや確信していた


 ここが『特攻の拓』の世界だと諦めた俺は、覚えている限りの単語や物語の流れを書き出して、何度も時系列を確認した
 一種の『秀人くんメモ』みたいなものだ
 危険なイベントや、店名、近づいてはならない人物のリスト……

 勿論いくら大好きだったマンガだとはいえ、読んだのが十数年前のことだ
 はっきりと覚えているわけではないが、それでも危険ワードだけでもある程度認識しておけば、そこに近づかないという手段が取れるじゃないか
 イベントだとたとえば『鳥浜ロードのゼロヨン大会』『半村誠追悼集会』『那森須王達とのレース大会』なんかの日が危険だ
 その他店名だと、元町のゲーセンRockOnや、魍魎のたまり場であるキャロルなんかには死んでも近づきたくはない
 各所にある族が来そうな喫茶店なんかも危険だ
 というか、神奈川が怖くてしょうがないです
 街を歩けば族とあたりそうな気がするし
 全寮制の遠くの学校に入りたいけれど、さすがにそれは『広瀬敬司』の親を説得する自信がない

 だから俺は生き残るために必死で頑張った
 ふとした瞬間に思い出したことを歯抜けになったお手製の年表に書き込んでいく
 上手く年表にはまらない出来事でもとりあえず書き出しておく
 どんな些細な事でも書き出した、こんなに必死になった事は今までなかった
 『必死』の字が、どうして必ず死ぬなんだろうかと、理不尽な怒りが込み上げてくるくらい必死だった
 そして、俺は今までなんて安穏とした人生を送っていたのだろうと、自分を取り巻いていた環境に、親に、悪友達に感謝した


 そしてやってきた転校初日
 

 数ある横浜の学校の中から通学できる範囲で安全そうな場所を選んだつもりだ 
 学力レベルは中の上
 不良がいるとかそういう噂も特にないし、とりあえず横浜なら『乱校』以外どこへ行っても安全だろう
 
 そう思って選んだのに、どうして初日からいかにもっぽい不良に絡まれているんだろうか?

 バイクで登校したのが悪かったのか?
 だが俺もなんせ『特攻の拓』に憧れていた世代なわけで
 乗るのは数年ぶりだがバイクはやっぱり大好きで
 そりゃあ、移動に自転車かバイクかと問われたらバイクを選びますよ
 不良に絡まれたら怖いから、勿論ドノーマルに戻したし
 元単車好きからしたらGSXR400R ジスペケアール が自分の物だなんて、感動だしな!
 なんて心の中で自己弁護をしていたのですが、事態は好転するはずもなく

「おう 転校生!!
初日からバイクたぁたいした度胸だな」
「チィっと……態度でかすぎるんじゃネェのか?ああっ?!」
「こちらぁ港ヶ丘 うち の番格 天野さんじゃ!!」
「てめえに我が港ヶ丘の校風教えてくださるっちゅうんじゃ」
「おらメットとってアイサツしろや!コゾーッ!!」

 なんていう定番の絡まれ方
 この時代の転校生が一度は通る道なんだろうか?
 荒れてる学校だなんて聞いていないので、恐らくこいつ等だけが特殊なんだろうとは思うが、どうしたらいいのだろうか頭を悩ませる

 この年になってまで喧嘩なんてやりたくない
 昔『特攻の拓』に憧れて、若干道を踏み外しかかった事もあったが、喧嘩にあけくれるような殺伐とした日々ではなかったし
 だからと言ってバイクに跨ったまま殴られたら、もっと危ない
 俺のGSXR400Rちゃんに傷がついたら悲しすぎる

 ということで、俺はビビリながら必然的に緩慢になる動作でGSXR400Rを降りたのだった
 メットを脱いで『アマノサン』たちに顔を向ける

 俺が素直に従った事に気を良くしたのか、俺を取り囲んでいる一人が俺の単車を見て
「んだよ……このGSXR400R…ドノーマルじゃねぇか」
 などと暴言を吐いて、あろう事か唾を吐きかけてきたのだ

 俺は見た目がどうなろうとも中の人は曲がりなりにも社会人だし、平和が大好きだし、だからこそ事件が満載な乱校からここに転校してきた
 今だって多少絡まれようと、若干の痛い思いをしようとも反撃をするつもりは一切無かったし、今日からこの学校で安穏とした高校生活を送ってできれば大学に進み、そして前の俺が就いていたようなデザイン系の職種に就ければと思っていた

 だが、俺の……いや広瀬敬司が(恐らく)必死になって作り上げたGSXR400Rに唾を吐かれた瞬間
 頭の奥が真っ赤に染まった


 気がついたときには、唾を吐いたメガネの顔面を殴り飛ばしていた
 広瀬敬司の体が殴り方を覚えているのか、拳にダメージは一切なかった
 無意識下での自身の蛮行に驚きもしたが、『アマノサン』達の驚きはそれの比ではなかったようだ

「テメェっ?!」
「やりやがったなっ……?!」

 という声と共に数人が一斉に俺に殴りかかってくる
 タイマンは何度か経験した事があるが、複数対1なんてやったことがない
 俺はこれからされるリンチを覚悟したのだが

 俺の顔面に入った茶髪リーゼントの一撃に、俺は内心首を傾げた
 思っていたより全然痛くなかったのだ
 その後の取り巻きの金髪リーゼントとトサカにメッシュを入れたやつのボディへ一撃と背中への蹴りも大して応えなかった

 広瀬敬司という人間に対する俺のイメージは、卑怯なやられ役というものしかなかったのだが、曲がりなりにも『乱校生』だったのだろう
 リョーにぼこされ、武丸にぼこされ、AJSにリンチを食らっても生き残っていたのは伊達ではなかったようだ
 (最後に武丸にやられた後の消息が不明なのが今となっては本当に気がかりなのだが)


 これなら勝てるかも?
 そう思った俺は、それっぽいポーズで構えをとった
 喧嘩なんて10年以上していないのでいまいち勝手はわからないが、先ほどの攻撃にダメージを受けない広瀬敬司の体に少し落ち着きを取り戻した

 逆に焦ったのは『アマノサン』達であったようだ
 先ほどの攻撃でそのままリンチに入る予定だったに違いない
 しかし俺が倒れないどころか、余裕で構えを取ったのが想定外だったのだろう

 
 だが、圧倒的に優勢なはずの俺は俺で、これからどうしたらいいのか……と頭を悩ませていた
 先ほどの取り巻きその1を倒した一撃は、俺の力ではなくて広瀬敬司の力だった
 俺自身に殴る知識なんて、せいぜい毎週読んでるはじめの一歩くらいしか出てこない
 そして、素人の俺がそんな特殊な殴り方を出来るはずもない
 ガキのころは何も考えずに人を殴っていたが、変な殴り方をすれば自分の拳が潰れてしまうと、これも同じくマンガで読んだ
 先ほどもちらりと触れたが、俺がこの体のままで一生を過ごすとなれば将来的にはデザイン関係の仕事に就きたいと思っている
 拳が潰れるなんていうのは俺の将来にとってマイナスでしかない
 そう思うと、これ以上争うのは得策ではないと思ったのだ


「ここまでにしませんか?アマノサン
転校初日から遅刻なんてしたくないんですよ」

 できるだけ丁寧に『アマノサン』を説得してみる
 俺が下手に出れば、番長である『アマノサン』達の顔をつぶさないですむだろう
 そう思っての行動だ

 『アマノサン』はまさに渡りに船という感じで、
「……お、おうっ!今日はここまでにしてやるが、あんまナメた態度とってんじゃねえゾ?!」
 といって、校舎裏へとむかって歩いていく
 それを焦ったように追う、取り巻きたち

 俺はなんとかやり過ごせた……とほっと息をつき、職員室へと向かったのだった



―――孤立―――

 ガラリと音を立てて職員室のドアを開ける
 俺のほうに一斉に目を向ける教師達
 一瞬の後に、今度は一斉に目を逸らして、ひそひそと密談のようなものを始める

 あー……完全に誤解されてる
 いや、正確には誤解じゃないんだが、せっかくこれから平穏な学生生活を送るのに、不良のレッテルみたいのは邪魔でしかなかった

 髪だってワックスをつかって適当に固めてはいるがリーゼントとかではないし、少しでも怖くないように制服だって規定の物を着用しているのに


「今日から此方の学校に通う広瀬敬司……デス
よろしくお願いします」
 何を言っても誤解を招きそうな気がしたので、出来るだけ簡潔にアイサツをまとめて軽く一礼する

 最初は号泣しながら、ジャンピング土下座でもしようかと思ったのだが、やめた
 怖がられるのも嫌だがガキどもに舐められるのも癪だったのでクールキャラを装う事に決めたからだ

 教師の一人が恐る恐るといった形で近づいてくる――かなり若い、めがねをかけた男性教諭だ
 そんな狂犬に接するような態度はやめてもらいたいものだ
 多感な時期なのに、心に深い傷を負ってしまうじゃないか
 なんていう、とりとめもない事を考えていると

「……やぁ、始めまして広瀬くん
僕が君の担任の――です
さっきは天野君たちに絡まれていたみたいだけど……だ、大丈夫だったかな?
天野君たちにもね、いつも注意はしているんだけれど、なかなか聞いてくれなくってね――

 なんていうことを、延々と担任の教諭が話し続ける
 どうやら、絡まれているところを助けなかった事を恨みに思わないで欲しいらしい


 そんなこんなで教室まで案内されたわけだけど、その間も教師は俺をどう扱っていいのかわからないようで、俺の一挙一動にまさしくおっかなびっくりな対応をしていた
 本当の不良だったとしたら、そんな態度を取られたら一発でぶん殴ってしまいそうだった
 教室に案内されてからも、すでにクラスメイト達は俺が朝からケンカ(?)した事を既に知っていたようで、皆遠巻きに眺めているだけで話しかけてくる人間は誰もいなかった

 正直……

 ちょっと寂しい



―――出会い―――

 俺がその苛められッ子と出会ったのはたまたまだった


 この学校に転校して来てからというもの、『広瀬敬司』の母(普段は恥ずかしいので由美さんと呼んでいる)は『広瀬敬司』が殆ど真人間になった事がよほど嬉しいのか、毎日弁当を欠かさずに作ってくれていた
 キャラ弁とかではなくて、きちんと栄養バランスを考えた美味しい弁当でボリュームもある
 数年にわたって一人暮らしをしていた俺としてはこの弁当の価値がどれほどのものなのか、自身が高校生だったときよりもわかっているはずだ
 そんなわけで、昼飯を購買や学食に頼ることなく弁当ですごしていた俺だったのだが、季節の変わり目のせいか由美さんが熱を出したため俺は謹んで本日の弁当を辞退させてもらった
 体調が悪いのに、それでも俺に弁当を作ってくれようとする由美さんを「いいからいいからー」と、無理やり彼女の寝室に追いやると、俺はパンを加えてそのままバイクに跨ったのだった

 そうして昼休み、すっかり腹を減らした俺は転校してきて以来始めて購買に足を向けたのだった
 俺がゆったりと歩いている横を、いかにも気の弱そうな少年――まあ、少年といってもここが高校で俺が高校1年生という事を考えると、恐らくタメ年なのだろうが――が顔を青ざめさせながら全力疾走していった
 
 なんせ10年近くも前の事ですっかりと忘れていたのだが、高校の購買というのはもしかして戦場のようなものではなかっただろうか?
 こんだけ腹を減らしていて、『何も買えなかった』では午後まで持たないだろう
 なにせ『広瀬敬司』はの体は無意味にガタイがよく、そして燃費がわるいのだ
 俺は若干の焦りを滲ませ、早足で購買へと足を進めた
 焦りがにじみ出ていたのか、若干眉間に皺がよっていたのだが、すっかりと腹が減っていた俺はそれには気が付かなかった

 購買に着くと、何故か購買付近は――というか俺の周囲はそこだけ切り取ったかのようにぽっかりとした空間が広がっていた
 若干首をかしげながらも、とりあえず空いていた事に感謝しつつ、大量のおかずパンとそぼろ弁当を購入した

 無事に昼飯を購入できた事にホクホクとしながらそれを抱えて戻っていくと、先ほど俺の横を猛ダッシュで駆けて行った気の弱そうな少年が顔の端に茶色の物体(恐らくカレー?)をくっつけながらなみだ目で歩いてきた
 いかにも気の弱そうな少年だったので、恐らく苛めにでもあっているのではないだろうか?
 普段なら気になんてかけないのだが、俺が無事に昼飯を購入出来たのは彼が走って購買に向かっていたからというのもあったので、珍しく親切心を出した俺は、気の弱そうな少年に声をかけた



「……おい、顔の端になんかついてっけど」

 少年はまさか自分が声をかけられるとは思っていなかったのか、びくっと体を震わせながら此方に目を向けた
 そして俺の顔を見るなり、青かった顔をさらに青くさせた

「そんなビビんなよ
取って食ったりしね――…って」

 なにせ強面の『広瀬敬司』なので、びびらせてしまったのだろう
 俺は苦笑いを浮かべながら、右手でパンと弁当を抱えながら、左手をポケットに突っ込んでティッシュを取り出した
 取り出したティッシュはそのまま少年に差し出したのだが、少年はクエスチョンマークを頭に浮かべながらそのまま固まっている

「ほら、顔になんかついてるってー…
これで拭けよ」

 ようやくティッシュの意味を理解したのか、少年は恐る恐るティッシュを拭け取った

「……あの、ありがとう」

 小さい声でだが、少年が始めて声を発した

「い――って
それよりどしたん?それってカレー、だよな?」

 苦心しながら顔をふき取っている少年に質問すると、少年はまたビクッと体を震わせた

「……えっと、ぼく友達のパンを買いにいったんだけど
違うのを買ってきちゃったみたいで、怒らせちゃったんだ」

 それでカレーパン顔に押し付けられて―……
 と、小さな声で説明する少年

 まあ、よくある苛め?かな
 この世界のイジメってのは、現実よりもよっぽど酷そうな気もするけど

「そんで、どこいくとこだったんだ?」

 声をかけてしまった手前、ティッシュ渡しただけで『ハイ、さようなら』と出来ない小心者な俺は、適当に話をふっていく

「あーっと、パン買いに行こうと思って」

 わざわざ購買にいって自分の分を買わずに帰ってくるなんてまずありえない
 自分の分はその苛めっ子にでも取られてしまったんだろうか?

 今更購買に行ったところで、さっきの感じだとたぶんもう完売御礼の札が下がっている事だろう

「ふーん、もう売り切れてると思うぜ?」


 育ち盛りが昼飯抜きで後2時間の授業はきついだろう
 と、俺の手の中にある大量の戦利品を思い出す
 『広瀬敬司』の腹を充分に膨らませる事が可能であろうそのパン達
 少し考えてから、一つ手にとる

「ほらよ」
 声と同時に、美味そうなピザパンを少年へ放ってやる
 少年はわたわたとしながらそれをキャッチし、首を傾げた

「俺今日いっぱい買ったから一つやるよ
いくらかましだろ?」

「あ、ありがとう」

「いーよ、気にすんなってー」

 そういいのこして俺は少年に背を向けて教室へと歩き出した

 なんていう風に、クールキャラを装っている俺にしては本当に珍しく、親切心を出してみたのだが
 そんなことするんじゃなかったと
 もうすぐ後悔する事になる事を、この時点での俺はまったく気付いていなかった



―――再び―――

 苛められッ子の少年の事なんて、すぐに忘れて平穏な生活を送っていた俺
 ここが『特攻の拓』の世界だなんて忘れてしまうほどに安穏と過ごしていた

 あまりも平和だったから、油断……していたのかもしれない
 

 移動教室の後、急にトイレに行きたくなった俺は、普段使わない特別教室棟のトイレに駆け込んだ

 ――特別教室棟とはパソコンルーム・音楽室・技術室・美術室・家庭科室などの主要科目以外の科目があつまった棟で、本校舎よりは常に換算としている
 そして、普段人が来難いトイレというのは、ドラマやマンガでもよくあるとおり――ここがマンガの世界だって事は置いといてくれ――イジメの現場になりやすいのだった

 かなり切羽詰った俺の目の前に飛び込んできたのは、いつか見た苛められッコの少年と、それを苛めていると思われる3名の少年達だった
 なにせ本校舎まで間に合わないと思ったからこそ、ここに駆け込んだというのに、こんな(ある意味)取り込み中とは
 むしろ俺に対する苛めですか?

 俺はもう言葉を多く発する余裕さえ無く、一言こう言った

「邪魔だ」

 そう、邪魔なんですよ!
 いい年こいてトイレ漏らしたら恥ずかしいでしょうが!!
 俺の必死の思いが通じたのか、苛めっ子達は顔を青くすると小走りでトイレから出て行った
 苛められッこの少年は、取り残されたかのようにポツンとたたずんでいた
 
 俺はというと、さっさとどっかに行ってくれた苛めっ子達に感謝しつつ、高校生(中身は社会人)にあるまじき行為を未然に防ぐ事に成功した


 ふぅ……
 
 間に合った事に対する安心感からか、無意識に小さなため息が漏れる

 取り残された苛められッこの少年は、びくっ…!と肩を揺らし、今まで俯いていた顔を上げた

「あ……あのっ……
助けてくれて……ありがとうっ……!」

「……あ?気にすんなって」

 別に苛められッコを助けたわけじゃなくて、自分の(トイレの)為だしなぁ……
 なんて思っていると、少年は半泣きになりながら

「この間も助けてくれてありがとう
転校生の広瀬くんだよね?同い年なのに、貫禄あるし……
今も吉田くんや中川くんをたった一言で追い払っちゃうし……
僕みたいないじめられっ子にも普通に接してくれるし……」

と続けた

 すっかり過大評価されてしまって逆にこそばゆくなった俺はポリポリと頬を掻く

「大した事じゃねぇよ」

 ぶっちゃけ広瀬敬司はやられ役だし
 この優等生学校だからこそ俺でも通用してるだけだしなあ
 なんて、思っていることなんて当然少年には伝わらないんだけれど

 そんな俺に対して、いかにも気弱そうなのに必死になって俺に意志を伝えようとする少年

「ぼ……ぼくも、広瀬くんみたいになりたいんだ
だから、友達になって、くれないかな?」
一方的に護ってもらいたいとか、そんなんじゃなくて……

 友達かぁ……確かに俺だっていつも学校で一人でいるのは退屈だ
 話し相手の一人でもいたら、学校ももう少しは楽しくなるだろう
 この少年もただ苛められてるだけじゃなくて、ちゃんと自分でどうにかしようとがんばっているみたいだし
 友達になるのも悪くないかもしれない
 
 そこまで考えて結論を下す

「ああ……いいぜ、俺のことはケージって呼べよ
お前の名前はなんてーんだ?」

 ああ、このとき友達になるって応える前にどうして彼の名前を聞かなかったのか……
 今でも本当に悔やまれる

「ひ……と、ケージくん…だね
ありがとう!
僕は、拓
浅川 拓だよ」

 コレからよろしくっ!

 という、『浅川 拓』の元気な声がトイレに響いた



[14831] リハビリ・ネタ・原作キャラに憑依END
Name: 何とかの中の人◆783c5138 ID:69964a6f
Date: 2010/07/04 20:05
―――後悔―――

 思考が停止した 


 俺は、友達になったばかりの少年が発言した内容を理解できなかった

 まさか、『浅川拓』
 そういったのか?

 急に固まった俺に対して、首を傾げる少年
 このいかにも苛められッ子の極普通の少年が『浅川拓』なのか?

 確か『浅川拓』というと、確かに序盤は苛められッ子で、でもほんの少しもっている勇気の使いどころを間違わない少年
 そして、限りなく悪運の神に愛され、最終的にあらゆる族の総長クラスとなんだかんだと関わりを持つ
 そんな感じだったはずだ

 ……確かに、俺もさっきはただの苛められッ子の少年じゃなくて、根性あるし、友達になってもいいなって思った
 それは、すなわち俺が『浅川拓』に持っているイメージと同じようなものじゃないだろうか?
 本当の本当に、こいつが主人公『浅川拓』なのか

 この少年が、"外道の秀人"や"爆音小僧のマー坊"、"韋駄天ヒロシ""鬼のキヨシ"なんかの庇護を受け
 "美麗の大珠"や"蠅王の来栖"、"麓沙亜鵺"に"獏羅天"とこの上なく深く関わって
 "夜叉神"、"魍魎"、"朧童幽霊"なんかが犇く"乱校"であらゆる事件に巻き込まれていく……のか?

 同姓同名じゃなければ、ある意味『広瀬敬司』よりもハードな未来が待っている


 って、同姓同名?
 可能性はないだろうか?
 
「もしかして、拓ってバイク乗ったりするか?
たとえばFZR250R……とか……」 

 そうだ、別人だったらこんなに悩まなくたって今までどおり安穏とした高校生活を送れるじゃないか
 きっと俺の勘違いだ
 この世界には『浅川拓』ってういう高校1年生がいっぱいいるに違いない 
 FZR250Rに乗っていなければ、名前が同じだけの赤の他人だ
 それなら、俺がこの『浅川拓』と友達だって、何の問題もなく高校生活をエンジョイできる


 俺のこの何よりも切実な願いは、天に届くことなく……

「え?なんで知ってるの?!」

 あっさりと地に堕ちた



「あ、ああ……街を流してるときにちらっと見かけた気がしたンだよ」
 あはははは

 俺の乾いた笑いがトイレに響く



 呆然とするしかなかった

 だって、原作を避けて"乱校"から逃げてきたのに、まさに原作に飛び込んでいたんだから

 さらには、関わらなければどうにでもなったかもしれないのに
 俺は、『浅川拓』と友人関係を結んでしまった

 今更それを破棄すれば、これから先『浅川拓』が成長した暁に、「あのときはよくも裏切ってくれたなぁ~~!」なんていって大珠や来栖なんかをけしかけてくるかもしれない

 怖い


 俺はまったく暑くなんてないのに、体中の毛穴から汗がふきだしてくるのを感じていた


 そして俺は
「そろそろ授業が始まるから戻るわ」

 なんていう、まったく不良らしくない発言をして、家に帰ったのだった



 俺は呆然としながら自宅に帰った
 どうやって帰宅したのか覚えていないけれど、もう習慣みたくなっていたのか、とりあえず無事にたどり着く事が出来た
 ちなみに、授業をサボったのは初めてだ

 部屋のカーテンを締め切り、電気も点けずに布団に包まった


 頭の中は「どうすればいい?」その一言で埋まっていた

 もしかして、もうすぐこの学校には"外道の秀人"が転校してくるのではないだろうか?
 『浅川拓』の友人でいたら、俺もあらゆることに巻き込まれるんじゃないだろうか?
 

 間近に迫った危険というと

1.  転校してきた"外道の秀人"に目をつけられてぼこされる
2.  拓と友人関係のため、学校に襲来した九尾の猫 キャッツ との戦いに俺も出なければならない
3-1 出なかった場合は、裏切り者として"外道の秀人"にぼこされた上に、『浅川拓』の恨みを買う
3-2 出た場合、九尾の猫 キャッツ にぼこされた上に、乱闘事件を起こした一人として再び転校へ⇒荒れた学校への転校の可能性が高い

 とりあえず、こんな感じだろうか?

 俺はどう行動すれば、平穏でいられるんだろうか?
 死亡フラグの詰まった"乱校"になんて戻りたくないし
 主人公補正のない俺としては、あらゆるフラグを持ちまくった主人公と一緒にいて無事でいられる気が欠片もしない

 
 ただ、平穏に暮らしたいと思っただけなのに……

 
 答えが出ないまま、気がついたら寝ていた
 朝起きて洗面所に向かうとすごい酷い顔をしていた

 由美さんがあまりにも心配するので、学校は休ませてもらった
 いい年して登校拒否なんて恥ずかしいけれど、一刻も早く最善の答えを導き出さなければならない


 また、転校させてもらうのか?
 俺は『広瀬敬司』じゃないのに、由美さんたちには迷惑をかけっぱなしなのに
 また、心配させてしまうのか?

 ネガティブな思考が俺を埋め尽くす


 
―――ニアミス――― 

 なーんていう感情は、俺には似合わない


 とりあえず、『浅川拓』とは程よい人間関係を築いて、いざというときは助けてもらえるような関係でいるのが理想だろう
 今後も、この街で生きていく以上、彼との繋がりもあながち悪いものではないかもしれない


 なんて、一日休んでぐっすりと眠った俺の思考はあっさりといつものペースに戻っていた

 登校し、知りたくない情報が耳に入ってくるまでは



 校内がいつにもましてざわざわと煩い

 あっちもこっちも、ヒソヒソと何かをつぶやきあっている
 それは、まるで俺が転校してきたときと同じように
 いや、よりも酷い

 どうしたんだろうか?

 誰かに尋ねたくても、俺には友達がいないので聞く事も出来ない

 ああ、そうか一昨日『浅川拓』と友達になったんだった
 彼の教室はいったいどこだったか

 まだ、原作は始まってないようだし、彼――拓に聞いてみよう


 と、拓を探して廊下をうろうろとすると、あっさりと拓を発見する
 探していた人物もちょうど自分に用事があったようで、俺をみかけると軽く駆け寄ってきた

「おはよう、ケージくん!
昨日休みだったんだね?大変な事が起きたんだ」

 大変な事?
 それで校内がこんなにもざわめいていると言うのだろうか


「昨日、転校生がうちのクラスにきたんだ」

 へぇー転校生ね
 まぁ、転校生なんてそんなに珍しくもないしな
 たしか、"乱校"のあのクラスには一年で30何人も転校生がやってきたはずだし
   
「なんと、その生徒って"外道の秀人"って言われてる人で、天野さんたちを一人で倒しちゃったんだよ!」

 へぇー"外道の秀人"ね、それはすごいすごい
 バリバリの原作キャラじゃないか
 それは強いよね
 オレにぶっ飛ばされた天野さんじゃ勝ち目あるわけないよ

 って、外道の、秀人?

「……外道って、あの横浜最速の?」

 いやいや、きっとバンドの外道の方だろう
 そうだ、そうに違いない
 もう原作が始まるなんて嘘だ

「やっぱりケージくんも知ってるよね!
昨日パールホワイトのZ400FXで走ってて……校門で天野さんを殴り飛ばすところをみちゃったんだ!」

 OH!
 神は死んだ

 というか、昨日休んで大正解か
 ニアミスもいいとこだ


 さて、オレの身の振り方は昨日しっかりと考えて、決めた


 ソレは……
『特攻の拓』世界のコロンボのかみさん役だ!

 なんとか転校までは無事に友人としてすごし、それ以降は電話でのみ登場し、作中には一切関わらず主人公にヒントを託す!
 すばらしいキャラクターじゃないだろうか?
 まさしくオレにぴったりだ
 拓とつながっていれば、現状を知ることも出来るし、危険を回避することもある程度可能になるだろう
 なんせ、イベントの日を知ることが出来るんだからな


 俺はさっそく、拓に"外道の秀人"を売り込み始めた
 彼がどれほどまでに横浜で有名で、どれだけ喧嘩が強く、またバイクのテクニックがあるのかを

 俺の話が終わるころにはすっかりと秀人に心酔したようだ

 フフフ
 計画通り

 二人が仲良くなるように働きかければ、秀人が俺に対して悪意を持つ可能性は減るだろう



―――それから―――

 それからというもの、俺は拓に対し「秀人の髪型を真似ろ」とか「短ランにしろ」とか、「バイクをオリジナルチューンナップするんだ」とかあらゆるアドバイスを送った
 俺がいることで若干変わってしまった原作を、少しでも元の形に収めるためでもあるし、アドバイスをもらったときの拓の俺に対する信頼度アップを狙った為でもある

 そして、原作どおり拓と秀人は着実に友情を深めていき、外道の集会に招待された
 そこでも九尾の猫 キャッツ と揉めたり、ビビってしまったために秀人の信頼を若干裏切ってしまったりと、やはり原作と殆ど変わりなく進行している
 俺は自己嫌悪に陥った拓を俺は必死で慰め、力づけた

 そして、九尾の猫 キャッツ が学校に乗り込んできたときには、秀人を薄汚い言葉で罵る坂田に対し拓は捨て身で突っ込み、ぼろぼろになりながらも見事に秀人の信頼を再び勝ち取る事に成功した


 俺はというと、本来ならば原作には関わるつもりはなかったのだが
 散々アドバイスした手前なんだかんだ拓に対し友情を感じていたので、ぼろぼろになっていく拓を見て勝てないのがわかっていたのについ突っ込んでしまった
 
 俺の実力は坂田には及ばないものの、九尾の猫 キャッツ の特隊に比べれば若干勝っているようだ
 さすがに全員を俺と拓の二人で倒すのは無理だったのだが、ぼっこぼこにやられながらも、秀人が助けに入るまで意識を保つ事には成功した

 俺が拓を助けたのが秀人にとってはさも意外だったようだが、苦笑しながらも俺に手を差し伸べてくれた秀人はまさしく王道主人公格だと思った

 正直同じ男として、悔しくなるほどイイ男な秀人は、俺にも友情を感じてくれたようだが
 俺はもう二度と表舞台に立つつもりはないので、それとなく疎遠になっておこうと心に決めた


 
 ――そして、港ヶ丘高校から逃げるように去った俺が次に転校したのは学力レベルは中の下、チャラ男が多いと評判のゆるい学校だ
 俺は、これから始まる新生活に心を躍らせていた

 もう、原作と関わる事なんてないだろう
 あとは、拓とたまに電話で連絡を取り合って適度なアドバイスを与え、危険なイベントを教えてもらえばいい
 学校のランクが落ちてしまったのは残念だが、それでも生き死にに関わるよりはいい
 これからは、最近の高校生らしく残すところ二年と少しとなった二度目の高校生活を楽しもうじゃないか

 友達とか、彼女とか、彼女とか作っちゃったりとかしてね!
 俺の本当の年齢で高校生と恋愛をしたらそれは犯罪行為だが、現在の俺は紛れもなく高校一年生だ
 高校生と恋愛して何が悪い!
 大体ここがマンガの世界なのか、それに類似した平行世界なのかはわからないが、正直美少女・美女が多いんだよ
 道を歩けば不良にあたるとはよく言ったものだが、それと同じくらいの確率で可愛い女の子の数も多い
 マンガに出てきた女の子達は、リンコちゃん(那森須王の妹で女郎蜘蛛というレディースを作った)の仲間に少し太めな子が出てきたくらいで、それ以外は美少女尽くしだ
 中学生から高校生、果ては先生にいたるまで美形揃い
 俺の彼女になる予定の子も可愛い子の可能性が強いだろう

 ふふふ……
 自分の身が安全になると、そういう事を考える余裕も出てくるものだな



 なんて期待を胸に膨らませながら、校門を潜ると
 妄想で前が見えていなかったのか、ドンッ!と誰かにぶつかってしまう
 なにせ、ガタイのいい今の俺だ
 普通にぶつかっただけでも、相手に来る衝撃はなかなかのものだろう

 俺はあわてて、ぶつかってしまった相手に目を向けると謝罪の言葉を口にした
「すまん!前を見てなかった!!
大じょう、ぶ……か?」


 俺が最後まで謝罪を口に出来たのは、ある意味根性だったともいえるだろう
 なぜなら俺のぶつかった相手は、一見ほっそりしている様に見えるが、俺がこの体格でぶつかってもびくともしないようなしっかりした体つきで
 ――まあ、ガタイのいい男なんてこの世界には一山いくらってくらいいっぱいいるんだけど

 その、なんていうか美の付きそうなチャラ男で……
 ――まあ、これも不良の美形率の高いこの世界ならよくあることなんだろうけど

 顔には、へらへらとした綿菓子みたいな笑顔を貼り付けていたからだ

「べぇつぅに~どぉこもいたくなかったし――……
気にしないでよ――」

 へらへらと哂うその男は、淡い金髪のリーゼントで制服をイヤミなく着こなしている
 俺は『綿菓子みたいな笑顔を浮かべる、金髪リーゼントの男』が誰なのか
 考えることを放棄したくなったのだった



 ああ、俺の安全な青春はどこにあるんだろうか?


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