<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[14611] 八神家のそよかぜ【完結済・おまけ投稿】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/25 02:18
はじめまして。dragonflyと申します。

この作品はリリカルなのはのオリ主(チートスキル持ち・憑依なし・原作知識なし・フラグ泥棒容疑あり)、再構成モノになります。【肩透かし警報発令】原作における悲劇などを問答無用で回避するために独自設定・オリジナル解釈・ご都合主義が満載ですが、大立ち回りや山場はほとんどなしで、【 一部、意図的な一人称の変更もあります 】。
また、最初のほうに多少の残虐表現も出てきます(PG12レベルくらいでしょうか)。さらに、一部の原作キャラ設定に、とらいあんぐるハートとのクロス要素もあります。

そういった要素が気になる方は、スルーの方向でよろしくお願いいたします。

なお、リリカルなのはのFFは初挑戦なので至らない点も多々あると思いますが、スルーして下さるかツッコんで戴けると幸いです。

2009/12/07 投稿開始
  12/25 完結

****

StS?篇では、八神家のそよかぜの後日譚を展開します。
前作に輪をかけて独自設定・オリジナル解釈・ご都合主義満載で、一部キャラなどは性格改変、名称変更などもあります。そういった要素が気になる方は、スルーの方向でよろしくお願いいたします。

なお、完結後に追加するおまけ話は一定期間経過後に時系列に合わせて並べ直しますが、その際に手直しは入れないので記述が前後する場合があります。あしからずご了承ください。

2010/01/31 StS?篇 はじめました
02/19 おわりました


****




 ―― 八神家のそよかぜ インタルード ――




「闇の書の起動を確認しました」

「我ら、闇の書の蒐集を行い、あるじを護る守護騎士にございます」

「夜天のあるじの元に集いし雲」

「ヴォルケンリッター。何なりと命令を」

4人の男女が跪いている。

だが、それに応えがない。怪訝げに顔を上げた紅髪の少女が小首をかしげた。

『ねぇ、ちょっとちょっと』

『ヴィータちゃん、しぃ!』

『でもさぁ』

『黙っていろ。あるじの前での無礼は許されん』

『無礼ってかさ……なあ、どっちがあるじだと思う?』

残りの3人が視線を上げた先には2人の少女――失神寸前の少女と、それを背後にかばう少女――の姿があった。

「うそっ……」


物語はこの時より少し、遡る。



[14611] #1  それは少女たちの出会いなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:34




「なんやろ?」

八神はやては、自身がたてたものではない物音に敏感な娘だった。

静かな夜ほど、特に。

「テラスの方っぽかったやんな」

車イスを窓に寄せてカーテンを開けてみるが、夜闇が濃い。

「……あかん、暗うて見ぇへん」

ジョイスティックを倒して、車イスを下がらせる。元々の位置を通り過ぎたのは、わざわざ外まで確認に行くつもりなのか。

「なんや倒れたような音やったけど」

独り言が多いのは、一人暮らしが長いから。

「もしかして、泥棒さんかいな?それとも、大遅刻のサンタはん?」

泥棒がさん付けでサンタがはん付けなのは、ひそかなこだわりらしい。

ガラス戸を開けると、春とは名ばかりの夜気が這い寄ってくる。下手をすれば、まだ雪の降る季節なのだから当然だ。

「寒っ、なんか羽織ってくるべきやったかなぁ」

などと呟きつつ、ジョイスティックは前へ。

「ん~?」

明かりを背にして闇を見通すのは難しい。しかし、八神はやての眇めた目には違和感が見えた。

生け垣そばの植え込みのシルエットが、記憶と異なるのだ。

「物体Xやったらヤやなぁ♪」

あまり嫌そうでもない。孤独が深いと、たとえそれがトラブルでも変化を望んでしまう。そういうことがある。

「百歩譲って、ブロブなら赦したるで」

タイルと芝生の微妙な段差を、車輪が越えた。

「女の…子?」

闇に慣れてきた目に映ったのは、植え込みの陰に倒れた年の頃5、6歳と思しき少女の姿だった。



****



衣擦れの音に目を上げると、ベッドの上で少女が身を起こしていた。

「目、覚めたんか?」

ここまで運んできた苦労など、微塵も感じさせぬ笑顔。

「どないや?大丈夫か?気分悪ぅない?ほぼ1日寝とったんやで」

読んでた本を傍らの机に置いて、車イスを寄せていく。

「体中、打ち身と擦り傷だらけやったんやから、無理したらあかんよ?」

見下ろす少女の視線の先に、包帯や絆創膏。それらに特に感慨を抱いた様子も見せず、着せられたであろうパジャマの襟元をおそるおそる摘んでいる。

「うちのお下がり、気に入らんかった?たぬきさん柄、かわいいと思んやけど」

小首をかしげて覗き込むはやてに、少女がかぶりを振ってみせる。彼女のこれまでの人生で、こんなにも肌触りがよく可愛らしい衣服を着たことがなかっただけだった。

ほぅか、よかった♪と背もたれに体重を預けたはやてが、「そや」と手を叩く。

「うち、八神はやて言います。嬢ちゃんのお名前、教えてくれへんかなぁ?」

「……。54、なのです」

少女は、言いよどんだようだった。自身に付けられた名称が一般的でないことは、幾度かの実習で偽名を名乗らせられたから判っていたに違いない。

しかし、見下ろせば、手当てしてくれたのだろう包帯や絆創膏。そして、さまざまな表情のたぬき。なにより、車イスの少女が見せる笑顔。

それが一般的でなかろうと、嫌いな名前であろうと、一時しのぎの偽名を使う気にはなれなかったのだろう。

「へっ?……ごじゅうよん!?名前がか?」

ゴ・ジューヨンという名の外国人の可能性が、その頭によぎっただろうか?けれど、少女の見た目はあまりにも日本人で、口にしたイントネーションにも舌足らずな感じはあるが違和感はない。

「もしかして、うちをからこうとる?」

だが、少女はかぶりを振った。

「わたしは、54ばんめに こどくぼうをぬけたのです。だから、54なのです」



****



少女は、これまでの境遇を思い返す。


気付いた時には、窓ひとつない大部屋に、同じ年頃の子供たちと一緒に押し込められていた。もちろん見えたわけではない。息遣いでそうと知れただけだ。

自分が何者で、なぜそこに居るのかも思い出せなかった。

食事は日に一度、固いパンが人数分放り込まれるだけ。

問題は、日を追うにつれて、放り込まれるパンの数が減っていくことだった。

当然、パンを手に入れられず衰弱していく子供、争奪戦の過程でケガをする子供が続出する。

そのままであれば彼女も、その他大勢の子供と一緒に餓死するしかなかっただろう。

せめて最期にこの世界の光景をと願った少女はしかし、暗闇の中にほのかな明かりを見た。

部屋中の空気が、壁が、ぼんやりと輝いているのだ。

それが、何か力になったわけではない。

けれど、少女は立ち上がった。

部屋の真ん中に居座る、最も体格の大きい少年。今までパンを独り占めしてきた少年。薄明かりの中、黒々としたシルエットに見える少年の下へ、歩み寄る。

音をたてないようにゆっくり移動するが、こちらに気付いた様子はない。さっき放り込まれた、たった1個のパンをむさぼっている。

少女は自覚していた。自分が何かをすり減らしきってしまっていたことを。だから、何も考えず少年の正面に、目と鼻の先までやってきた。

もし、生き延びたいなら、もっと慎重に行動すべきなのだ。少年にこちらが見えてないとは限らないのだから。

けれど、どうでも良かったのだ。

少女は気付いていたのだろう。たとえここで生き延びても、碌な目に遭わないだろうことを。

だからこれは、少女に残された最後のやさしさだったのかもしれない。最後のひとかけらを頬張ろうとした少年の口に、その手を突っ込んだのは。

容赦なく喉の奥まで突き入れる。体格差があったから、痩せ細って棒のような手だったから、予想以上に容易だった。

突然の奇襲に驚いたものの、少年だってここまで生き延びてきたのだ。やられっぱなしで居るわけがない。突き込まれてきた手に噛みつき、左手で少女の頭を探り当てると、右手で張り手をかます。

少年がここまで負傷少なくこれたのは、攻撃に張り手を使うからだった。彼に匹敵する体格のライバルたちが自身の攻撃で拳を痛め脱落していく中、彼はその攻撃力を保持し続けたのだ。

暗闇で攻撃手段が見えないことが彼に味方していた。

しかし、この相手にそれは通用しない。

少女は、振りかぶられた掌を、明かりの中の脱落した闇として見ていた。左は論外。右は少年の左手が塞いでいる。手を噛まれていて後ろには下がれない。しゃがめば躱せるだろうが、敢えて少女は前へと踏み込んだ。

噛みつかれた部位から皮膚が裂けるが、気にしない。むしろお返しとばかりに喉の奥を引っ掻いてやる。空振りした右手が引き戻され、頭髪を掴み、掻き毟る。

だが、少年の抵抗もそこまでだった。ろくに呼吸もできない状況でできることなど限られている。なにより、少年だって衰弱していたのだ。パンしか食えない環境の中で。

右手越しに少年の断末魔を感じながら、口を塞いでいて良かったと少女は思ったのだろう。意味はないと判っていて、左耳だけを塞いでいたのだから。




最後の一人となって部屋から出された少女は、自分の境遇を知った。

はっきりと告げられたわけではないが、彼女はある組織の暗殺者候補として攫われてきたらしい。

少女の予想通り、部屋を出ても、良いことなどひとつもなかった。

最低限の食事、冷暖房など望むべくもない簡素な住居、着ると却って肌荒れするほど最悪な肌触りの粗末な衣服。それだけを与えられて、碌な睡眠も許されず暗殺者としての訓練に追い立てられるのだ。

同期と呼べなくもない別部屋の生き残りの中で、少女はもっとも体格に恵まれず体力的にも劣っていた。

そのままでは、早晩彼女は脱落していただろう。蠱毒房と呼ばれたあの暗闇の部屋と同じように、時折子供同士で殺し合いをさせられたのだ。

少女にとって幸運だったことに、そうした殺し合いは暗闇の中で行われることが多かった。いくら夜目が利く者でも、彼女ほどはっきりと闇を見通すことはできないのだから。




そうして5年を生き抜いた冬に、少女の居た施設が襲撃された。彼女を暗殺者に仕立て上げようとしていた組織は、ある一族と敵対していたらしい。

たまたま野外実習で外出していた少女は、その襲撃の最中に施設に帰還してきた。異変に気付いて逃げ出そうとした少女も、崖から足を踏み外し河に流されなければ、今こうして生きてここには居られなかっただろう。




****




「なぜ、ないているのです?」

「だって、悲しいやんかっ!」

今思い返したことを、全て話したわけではない。ぼやかしたことも、省いたこともある。暗殺者としての訓練には、標的の心理を読むための授業もあった。

だから、口にすべきでない事柄を選ぶことぐらいは少女にもできる。

けれど、車イスの女の子には、八神はやてには、その限られた言葉で充分だった。

「あんたは悲しゅうなかったんか?寂しゅうなかったんか?」

「そういうかんじょうは、とうに なくしてしまったようなのです」

そう言いながら少女は、自らの胸に手を当てる。目の前で泣き伏すはやての姿に、なにを感じたのだろう。

「そんなに、なかないでほしいのです」

「これで泣かずに、なんに泣けばええっちゅうねん」

しゃくりあげ、ひっくり返る声で、それでもはやては言いきった。

「うちはな、自分が不幸やと思っとった。
 早うに両親がのうなって、ひとりぼっちで、足も動かんようになってもうて……、
 夜中に泣いたことやって何度もある」

でも、思いあがりやったわ。と目元をぬぐった袖が涙を拭ききれてない。

「わたしがふこうなのだとして、だからといって それであなたが ふこうではない。ということには ならないのです」

むしろ……。と少女は続ける。

「かなしいとかんじられる。さみしいとかんじられる。あなたのほうが よほどふこうだったのではないかと おもえるのです」

口を開きかけたはやてを身振りで押しとどめて、少女はさらに続ける。

「わたしはかなしみをかんじない。わたしはさみしさをしらない。
 けれど、あなたがわたしのために ないてくれたから、ふこうではない。そうかんじられるのです」

失くす物を持たぬ者に、失う苦しみは解からない。失ったことがないのだから。苦しみの中にあっても、それを理解できないのなら、苦しみではない。

だが、それが屁理屈に過ぎないと、八神はやてには解かったのだろう。もちろん、少女が何故そんなことを言ったのかも。

「優しい子ぉやな」

「わたしが、なのですか?」

そうや。と、あらためて涙をぬぐいながら、微笑む。

「そないな環境で、なんでそんなに優しゅうなれるのか、ほんま不思議やわ。
 うちも見習わなあかんな」

うんうんと頷いているはやてをよそ目に、少女の脳裏には「好意の返応性」という言葉がよぎっていた。優しくされたから、優しさを返したに過ぎない。そう、自己分析する。

そのことへの自嘲と、その程度には人間らしさを残していた自分への憐憫がしばし、少女の思考をさまよわせた。

「と言うわけで、よかったら暫くここに住まへんか?」

何が「と言うわけ」なのか、聞き逃していたらしい。

少女の無反応をどう読み解いたのかはやては、視線を落とす。

「うちはこれまでも、漠然と家族が欲しいと思っとった。一緒に暮らしてくれる人が欲しいと思っとった。
 けれど、ただ同じ家に住んでくれるだけでは、ただ傍に居てくれるだけでは、早晩あかんようになる。
 そのことに今、気付いたんや」

組んだ掌を膝の上に乗せて前かがみになると、八神はやての小さな体はより一層縮んだように見えた。

「わたしで、よろしいのですか?」

うちは、5……。と、はやては言いよどむ。ちらりと上げた視線が少女の顔色を窺うが、もちろん気にした様子はない。

しかし、人の名前が数字だなどと、番号などということがあっていいのだろうか?

はやては、自分の名前が好きだった。女の子に付ける名前としてはちょっと微妙で変かもしれないが、この関西弁と共に両親が残してくれたものだったから。はやてのために、一所懸命考えてくれた名前であろうから。

少女をどう呼べばいいか逡巡を重ねたはやてが、また視線を落とす。

「うちは……54ちゃんとやったら、自分を卑下せんでも居られるような気がする。
 5……4ちゃんとやったら、ひがまんと居れるような気がする。
 今のままの自分で、遠慮も呵責もなく接していられるような気がするんや」

俯いた顔は前髪で隠されて、その表情をうかがうことはできない。しかしその震える肩は、放っておけばまた目頭を搾り上げることだろう。

「……」

行く宛てのない少女にとって、この話は渡りに船だった筈だ。けれど、この八神はやてという少女と出会って以来刺激されつづけている心の細片が、不純な打算を糾弾する。

それでも、今はただ自分よりも小さく見える少女を慰めたくて。

「いらなくなったら、そういってほしいのです。それを やくそくしてくださるのなら」

差し出された手は、小さく。包むように握りしめたその手も、まだ大きくはなく。

こうして八神家に、住人が増えた。



[14611] #2  名前の意味はそよ風なの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:38




「おなかがびっくりするとあかんから、まずは重湯さんやで」

差し出された碗の中身は水糊よりも薄い上澄みだったが、受け取った少女にそれを気にした様子はない。

施設で与えられた食餌も、似たようなものだったからだ。これに幾粒かの錠剤がつく程度。

「あつっ」

ただ、その熱さだけは新鮮だった。

「あわてて喰うからや」

そう言うなり腕ごとレンゲを引き寄せたはやてが、ふうふうと息を吹きかけてやる。

「それと、食事の前には手ぇ合わせて「いただきます」って言わんとあかんよ」

「いただきます?」

油断してると食料を奪われかねない施設で、食器から手を放すなど自殺行為だった。

「そうや。人間はほかの命を戴いて生きとるんやから、須らく食いモンには感謝せなならん」

言いながら手を合わせて見せたはやての、見様見真似で少女も手を合わせる。

「いただきます」

あらためてレンゲを手にした少女を、はやてが満足そうに眺めていた。




****




「ちょぉ様子を見て、大丈夫そうやったら今度はお粥さん持って来たるさかいな」

無事に「ごちそうさまでした」もしつけ終えたはやては、満足そうに碗を受け取った。

キッチンに持っていこうとして、視界に入った机。その上の国語辞典は、さっきめくった頁で開かれたまま。

ジョイスティックを一度、二度。最低限の挙動で車イスを寄せたはやてが、「あのな」と口を開く。

「5……、
 その……名前なんやけどな?番号っていうのはあんまりやと思うんよ」

分厚い辞典を膝に乗せ、半回転させて車イスごと振り向く。

「ほんでな?もしよかったらなんやけど、うちに付けさせてくれへんやろうか?」

「なまえ?わたしのですか?」

本当の名前は判らない。番号に愛着があるはずもない。では欲しいかと問われれば正直どうでもいいと答えるであろう少女はしかし、八神はやてが自分にどんな名前を付けてくれるのか、それだけに興味をおぼえた。

「おねがい、するのです」

少女が実戦投入されるまで、まだ時間があった。最後の仕上げとして行われる一般常識の訓練を、彼女はまだ一回しか受けていない。

その少ない常識を総動員して少女が頭を下げる。

「気にいってくれると、ええんやけど」

閉じた辞典の表紙をなで、はやてが口元を引き締めた。

「沖から吹きいる、夏のそよ風。東より訪う優しい風。
 
 あゆ……
 
 そんで、もちろん苗字も要るやろ?せやから……八神あゆ。で、どうやろ?」

「やがみ……あゆ」

やがみあゆ、やがみあゆ。と口中で転がすように少女は何度も呟く。何度も何度も呟いて、体中の隅々にまで染み渡らそうとするかのように。

「やがみあゆ」

どこからか溢れ出たのかと思わせるほど自然に、少女の、いや、八神あゆの口から零れ落ちる。 名。

ぽとり。と音がするまで、同時に滑り落ちていたものがあったことに誰も、本人すら気付いていなかった。

「いっ嫌やったんか!?」

突進同然にベッドサイドにぶつかった車イスの、その膝の上で辞典が滑る。

「気にいらんかったんか!?」

手元に滑り落ちてきた辞書を拾い上げ、八神あゆは静かにかぶりを振った。

「うしなうものを、えてしまったから。うしなえば、かなしくなるものを もらってしまったから。
 かなしいということを、からだがおもいだしてしまったのです」

かなしい。かなしい。じぶんがてにいれられなかったものが たくさんあっただろうことが かなしい。さみしい。さみしい。それがなにか しりもしないじぶんが さみしい。と味わうように八神あゆは繰り返す。

「大丈夫や!取り戻せる。今からでも間に合うんよ」

八神あゆの、辞書に乗せられた手を握りしめて、はやては続ける。

「うちが取り戻したる」

口にした途端、しかしはやてはかぶりを振った。

「ううん、一緒に取り戻そ。二人一緒ならきっと取り戻せる」

「いっしょに、なのですか?」

そや。と、はやてが頷く。

「幸せはやな、人から貰うてもしょうがないんや。自分で掴みとらんと意味がない。
 うちはな、こうしてあゆに何かしてあげられることがごっつぅ嬉しい。
 あゆもな、して欲しいこと、したいことを自分で探すんや」

自身の言葉の矛盾に、はやては気付かない。けれど、あゆは自分なりに咀嚼しようと耳を傾ける。

幸せは貰ってもいい。けれど、幸せのカタチまで他人に決められたなら、それは不幸なのだと。八神あゆがそう結論付けるのは、後年のことだったが。

「うちもな、がんばるさかい。あゆもきばるんやで」

はい。との呟きは小さかったが、はやてには届いたのだろう。

綻ぶ口元に釣られて、あゆは、きっと初めての笑顔を浮かべた。




****




もう少し食べたい。との希望を受けて、はやては重湯を取るのに使ったお粥に卵を落とした。薄いので、少し煮詰めてから。


消化を考えると梅干の方がよかったやろか?いや卵酒なんてモンもあるしなぁ。よし!お代わり言うた時は梅干にしよ。と嬉しい苦悩に決着をつけたはやてが、オーバーテーブルに碗を置く。

動かない脚のこともあって幾つか介護用品を借り受けてはいたが、このテーブルを最初にベッドの上で使うのが自分ではないと、さすがのはやても思わなかっただろう。

いただきます。と手を合わせ、ふうふうと冷ましながら粥を啜る姿に、目を眇める。

「……あゆ」

「はい」

レンゲを止めたあゆが返事をしてはじめて、はやては自分のしたことに気付いた。

「ああ、ごめんごめん、かんにんや。
 つい口が滑ってしもうただけで、呼んだつもりはなかってん」

そう、なのですか。とレンゲを口に運ぶあゆを横目に、そういえば。と、はやては小首をかしげる。

「うちのこと、あゆになんて呼んでもらうか考えんとあかんな」

う~む。と腕を組んで唸りだす。

応える必要の有無をはやての視線で判断したらしいあゆは、レンゲを止めることなく目下の希望である「食事を愉しむ」ことを続行する。

「普通に「はやて」って名前かなぁ。
 でもここはやっぱり「お姉ちゃん」なんてのも……」

口にしたことで何かスイッチが入ったのか、「……ええなぁ」とあらぬ方を見上げるはやて。

「お姉さん」やと、ちぃと他人行儀か。「姉貴」やと弟みたいやし。「姉上」って却って恥ずかしいな。いっそ「お姉さま」……いやいやないない。あー、でも「姉さま」とか「姉ちゃま」ならアリやなぁ。

小さからぬ呟きに乗せた思考は、「ああでも「はやて」って呼んでもらうのも捨てがたい」と2ndラップに突入したようだ。なんぴとたりとも俺の前は走らせねぇ。と言わんばかりの周回速度。

「おお!ここは合わせ技で「はやて姉ちゃん」なんて手が」と、なにやら融合を果たした時点であゆは、はやての勘違いに気付く。

あゆは自分の正しい年齢も誕生日も知らないが、蠱毒房を抜けた時点で4、5歳ぐらいだったと推定している。それから5年経っているから今は10歳内外といったところだろう。処方されていた薬品類のせいで外見こそほとんど成長してないが、はやてより年上の可能性も充分だ。

もっとも当の本人にとっては、お粥のお代わりをいつ頼むか、そのタイミングの方がはるかに大切そうだったが。




****




翌日、ワゴンタイプのタクシーに乗って連れてこられたのは、郊外にあるショッピングモールであった。

シネコンは当然、家電量販店や大型家具店にホームセンターなどが併設され、メインモールにはジェットコースターまで設置されている。

ここで揃わないものはまずないから、はやてがまとまった買い物をするときの御用達であった。

「車イス、重ぅないか?」

「へいき、なのです。
 わたしはいがいと、ちからもち。なのですよ」

電動車イスは使う分には便利だが、いざ押してもらうとなると重い。「おしましょう」と言われて嬉しいはやてだったが、ちょっと心苦しいのだ。

逸らした視線の先に、ショーウインドウ。

「おでこ、出して貰ぅたん、似おうとるな」

そこに映るあゆの姿に語りかける。

「そう……なのですか?」

このモールに来て、最初にあゆが連れ込まれたのが美容室だった。

あゆは肩口に余る黒髪の持ち主だが、いかんせん手入れがなってない。ヘアケアも含めて美容師に3時間ほど預けた結果、おでこが出るようにセットされていたのだ。

世の中はなんだか眩しいと、あゆは思っているかもしれない。

「せっかく伸ばしとるんやから、もっと大切にせなあかんよ」

「はい」と応えながら、髪を伸ばしている理由を話すまでもないとあゆは判断する。いざというときにたくし上げてシルエットを変えたり、断ち切って一瞬で印象を変えたりするためだ。などと。


「ああ、そこやそこ」

指し示されたのは、低年齢女児向けのショップ。messo rabbitやeternal blue、NACOLULUからCastolibarjackまで、傾向にこだわらない幅広い品揃えが売り。

「いただいた ふくで、じゅうぶん。なのです」

はやては物持ちのいい娘だ。今あゆが着ている東雲色のブラウスに銀鼠の吊りスカートだけでなく、成長して着れなくなった服も全てきちんと保管してあった。

「今の流行やないやろ?
 うちも流行に敏感ってタイプやないし、勉強も兼ねて、やな」

広い店内は平日の午後ということもあって客が居ないが、だからと云って店員が詰め寄せてくるわけでもない。

その押し付けがましさの無さが、はやてのお気に入りであった。

「もったいないのです。
 あんなにたくさんもらって、そのうえ さらにかってもらって。
 いつ、きればいいのですか」

トップスが20着にボトムが15着。この時点の組合せだけで、10ヶ月は着回せる。コーディネイトなど頭にないあゆは、単純にそう考えた。

今朝もらった服も、いま買ってもらう服も、かなり長いこと着ることになる。と云うことを、失念しているようだ。


「女の子はな?着たいときに着たい服を着る権利があるんや。
 TPOと、そんときの気分に合わせて、な。
 せやから、こないなときくらい、銭つこうたらんとあかん」

親の遺した土地家屋や生命保険、学資保険に身障者手当と、少なくともはやてが生活に困ることはない。むしろ裕福なほうか。だからといって贅沢するような娘ではないが。

今朝使ったタクシーも身障者手帳による割引を受けるなど、倹約家のはやてではあるが、今日は思いっきり散財するつもりのようだ。


まずは春物のトップスかなぁ。とハンガーラックを巡るはやて。「まだ寒いから、ジャンパーあたりも要るわな」と棚を漁りだす。

「スタジアムジャンパーなんか、意外と似合いそやな。キャップと組み合わせて、ジーンズかカーゴパンツでマニッシュに……」

次々とはやての膝の上に積まれていく衣服。それぞれがなんと呼ばれる代物かも知らないあゆだったが、はやての笑顔を見ているだけで、それが嬉しいことのように思えてくるから不思議だ。



その後の楽しくも難儀な1人ファッションショーを、あゆはまだ知らない。



[14611] #3  それぞれの胸の光なの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:38





八神家最寄りのスーパーは、ゆとりのある店構えが特徴の外資系チェーン店。その風芽丘店だった。

店舗の設計から棚の高さ、動線設定にまでバリアフリーが徹底されていて、車イスでも利用しやすいのがありがたい。

「おねぇちゃん」

棚の菓子を物色しながら車イスを走らせだしたはやてを、呼び止める。


ほば丸1日悩んではやてが決めたのは、「お姉ちゃん」と呼ばれることだった。

「はやて」や「はやて姉ちゃん」も捨てがたかったようだが、「お姉ちゃん」と呼ばれたときの独占感にアドバンテージが上がったらしい。

3時間に渡って様々な呼び方を実演させられたあゆもお疲れ様である。


「呼んだ?」

「はい。よびました。なのです」

右へ3歩移動して位置を修正、適当に目の前にあった袋菓子を鷲掴みにする。

「これがたべたい。なのです」

位置関係を崩さぬように近づいて、差し出す。

「宇宙お好み焼きシュールストレミングin〆鯖バーガー味チップス?」

『悠久すぎた純正タマリンド水使用』『一撃能く熊をも斃す!脅威の8070Au!』とのキャプションが程よく意味不明だ。

パッケージをひっくり返して、はやてが呻く。

「マルサツ製菓かぁ……」

ただしくは「殺劫(シャチェ)食品公司」で、中国系の新興菓子メーカーである。「美味しさのあまり死んでしまう」をキャッチコピーに「熊に襲われた登山者がとっさに喰わせて美味せ殺す」テレビCMで有名だ。ちなみに「美味せ殺す」は昨年度の流行語大賞にノミネートされた。されただけだが。

パッケージの裏側にトレードマークの「○の中に殺の字」がでかでかと印刷されているため、ほとんどの人が「マルサツ製菓」か「サツマル製菓」、あるいは「マルシャ製菓」ないし「シャマル製菓」などと勘違いしている。

「ごめんやけど、今日は堪忍して」

別の製品をいくつか買ったことがあるが、基本的に匂いがすごい。普段ならともかく、体調の安定しない今日は遠慮したかった。

「わかりました」

あっさりと引き下がったあゆが、袋菓子を棚に戻しに行く。本気で食べたかったわけではない。

こんなスナック菓子など食べなくても、はやてが作ってくれる食事だけで充分だった。

名前を貰って、着心地のいい服を着せてもらって、温かい食事を食べて。こんな世界があることをあゆは知らなかった。

施設時代のことを不幸と感じられなかったあゆには、今が幸せであるとの実感もない。

ただ、永劫に続くと思われた施設での生活がたった5年で終わったことを鑑みれば、今の生活がいつまでも続いてくれるとは思えない。

それが少し胸元を穿つようで、それを埋めたくて、あゆは「今」を抱きしめた。

「なんや、どないしたん?あゆは案外甘えんぼさんやな」




****




たぬきさん柄のパジャマ姿で、あゆが戸口に立っている。はやてに色々と買い与えられたあゆだが、パジャマだけはこれがいいと譲らなかったのだ。


「ええで」

「はい。なのです」

室内灯のスイッチを消すと、あゆはベッドで待ち構えるはやての横にもぐりこんだ。

「あゆはホントに夜目が利くんやなぁ」

あゆだけに見えている光。

字を読んだり色を見分けたりは出来ないが、物の位置やシルエットを確認するだけなら充分だった。

「それだけが じまん。なのです」

反論しようとしたはやての言葉は、口をついたあくびに押しやられてしまう。

「ぁふ……。今日はちょう夜更かしが過ぎたなぁ。おやすみや、あゆ」

「はい。おやすみなのです」

まぶたを閉じてみせながら、あゆは眠りに身を任せない。まだ寝る気はないし、睡眠時間を制御するすべは心得ている。

施設では、規則正しい生活など許されなかった。様々な状況に適応できるよう睡眠時間は不規則かつ不統一で、24時間寝ることを強制されたかと思ったら3日間徹夜、90分交代で起臥を繰り返したりと様々だった。平均すると1日に5時間ほどだったであろうか。

八神家に来てからは、4、5回に分けて5~6時間ほど寝るようにしている。食後にリビングのソファで丸くなって仮眠を取ることが多いので、はやてに「あゆはまるで猫さんやなぁ」と、撫でられたりする。


はやての寝息が深くなったのを聞き取って、あゆがまぶたを上げる。夜襲への警戒からもともと夜間の睡眠は短くランダムなのだが、眠るわけにはいかない理由が別にあった。

眼球だけ動かしたあゆは、部屋を横切る光の帯を睨みつける。はやての胸元から発した光が、本棚へと伸びていた。封じ込めるかのように鎖で縛られた本。それが終着点。

蠱毒房最後の日以来、周囲に正体不明の光を見るようになったあゆだが、このように指向性を持って流れるのを見たのは初めてだ。

はやての脚の麻痺が原因不明だと聞いて、これが関係しているのでは?と、あゆは推測した。

人殺しの訓練をさせられてきたあゆは、その対象である人体に対して多少の理解がある。長期間放置されたはやての脚の筋肉が、見た目では判らない程度にしか衰えてないことに違和感をおぼえるのだ。

普通でないことの原因は、普通でないもの。そう結論付けたあゆは、検証すべく様々なアプローチを試みてきた。

まず試したのは、この光を塞き止められないか?ということだ。

この光に対して物理的な干渉が行えないことはそれまでの経験で知っていたが、念のため本を抽斗やクローゼットに仕舞ってみたり、陶器の皿やテフロン加工のフライパン、銅のしゃぶしゃぶ鍋に鋳鉄のダッチオーブンで遮ってみたりした。河原で拾ってきた釣り用の鉛製板錘でも効果はなく、金や銀は手に入れようがないので諦めた。

次に試したのは人体だ。

人が移動した跡など、稀に光が弱くなることを知っていた。そこで光の帯に立ち塞がってみると、若干ながら勢いが弱まる。

また、自身の状態によって周囲の光が変化することがあることも知っていたので、集中したり、リラックスしたりと様々に試す。

ありもしない3本目の腕で背中を掻こうとするような試行錯誤と努力を重ねて、光の流れを完全に塞き止めることに成功したのが昨夜のこと。

そうして今日、意図的に光の流れを遮りながらはやての様子を観察した。

「今日はなんや、変な感じやなぁ?
 いつもより体が軽いかなぁ思たら、いきなり悪ぅなるし、そう思っとったらまた調子ようなるし」

石田センセに看てもうたほうがええんかいなぁ。と首をかしげるはやてを見て、あの本が原因だと確信した。

問題は、あまり長時間光の流れをとどめていると、いざ遮れなくなったときに、遅れを取り戻そうとするかのように光の流れが速くなることだった。

また、流れを遮るたびに流れそのものの幅が太くなっていくように見える。無為無策に干渉を繰り返しては、早晩あゆの小さな体では防ぎきれなくなるだろう。

あゆは、音もなくベッドから抜け出した。

今晩から、次の段階を模索するのだ。




****




車イスとそれを押す少女の姿が、公園にあった。

はやての膝の上にはビニール袋。買い物の帰りだろうか。昼下がり、周囲に人影はない。

たいした遊具も置いてない小さな児童公園だが、片隅に植えられた梅の木だけは見応えがあった。

今を盛りと、白い花をほころばせている。


「このところ、よう外出するなぁ」と、はやては内心で独り語ちる。

あゆが来るまでは可能なかぎり買い溜めしたし、こんな寄り道をすることも稀だった。この公園に、こんな見事な梅の木があるなどとは知らなかったのだ。

それが今では、まるで日課のように買い物に出かけている。いままで人通りが多くて避けていた商店街も、行ってみれば人情に厚くて気遣いがさりげなくて店頭で買い物が出来てといいこと尽くめ。

「あゆの、おかげやなぁ」

「なにが、ですか?」

今日は風もなくて陽射しが心地よい。

「なにもかも、や」

「その おことばは、そのまま おかえしするのです」

押してた車イスを梅の木の前で止め、斜め一歩前へ。中途半端な位置に立ったあゆのその向こうに自宅があると、はやては気付かないだろう。

「ほうか?」

ほうかもな。と呟いたはやては、グレアムに家族ができた旨を報告する手紙を、やはり書かないことにした。

グレアムおじさんを信用してないわけではないが、子供を拾った、暗殺者として養成されていた、などと知れ渡ってはどうなるか判らない。最悪、引き離されることだってあるだろう。

すこし心苦しいけれど、あゆのことは秘密だ。


「お互いさま、なんかなぁ」

枝の上で寄り添うメジロの姿に、はやては目を眇めた。




****




「ちょっ!ちょう待ちぃや、あゆ」

一足先に湯船につかっていたはやては、服を脱いで戻ってきたあゆの腕の中にあるものを見て驚いた。

「いくら気にいったからて、本を風呂に持ち込んだらあかんで」

「このほんは、みずをかけても へいきだったのです。だから、おふろも きっとだいじょうぶ。なのです」

「……いや、そうかもしらんけど」

あれから3日。

あゆが試したのは、代わりのものを差し出せないか?と云うことだった。

はやての胸元から、吸い出されるように流れ出す光。それは、もしかしたら自分の胸元からでも吸い出せるのではないかと推量したのだ。


結果から言えば、その試みは成功した。

今も、はやての胸元から流れてくる光を遮って、代わりに自分の胸元から流れ出す光を本に与えている。

流れが速くなる様子もないし、幅が広くなる兆候もない。

だが、常に本とはやての間にいることは難しい。

そこで今朝、この本を譲り受けることにしたのだ。あゆの初めての「お願い」にKOされかかったはやてがあっさり許可して以来、肌身離さず身につけている。

そうして今、お風呂場で。ということなのだが。

「しょうがない子ぉやな」と、言葉の内容とは裏腹の笑顔を見せるはやてに、承諾されたものと判断してあゆは本ごとかけ湯を行った。



[14611] #4  それは早かりし目覚めなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:38





「ひとよりも おおきなねこの おなかにねころがって、ほんをよむほど、ここちよいことは ありません」

ひとよりもおおきい……。と呟きながら、あゆは絵本を本棚に戻す。

「とらでしょうか?らいおんでしょうか?」

図書館の児童書・絵本コーナーはこの時間、見かけ的にはあゆと同じ頃か、それ以下の子供たちであふれていてかしましいことこの上ない。

あゆの音読や呟き程度を咎める人も居ないだろう。

「どうぶつずかん、どうぶつずかん。
 ねこのずかんがあれば、それに こしたことはないのですが」

図鑑の棚に近づきながら、しかしあゆの目的は図鑑などではない。

横目にはやての居所を確認しながら、先ほどの棚に置いてきた本と、自分との間に司書の女性が来るように位置を調整する。

はやてと本を結ぶ光の帯を自身で遮り、身代わりになれることを確認したあゆは、それを他者でも可能か、検証しているのだ。

結果は思わしくないらしいが、あゆに落胆した様子はない。

光の帯を多少遮る程度なら居ないこともなかったようだが、代わりに提供するとなるとあゆとて努力が必要だったのだ。無自覚の他人に出来なくて当然、とは思っていたのだろう。


「けーぶらいおん。なかなかのおおきさ、なのです」

何の気なしに手にした図鑑には、偶然にも史上最大のネコ科動物が記載されていた。

「すみろどん、では、ちょっとちいさいでしょうか?
 まかいろどぅす、は、どうでしょう?
 けーぷらいおん、も、わるくないのです」


それに、他者の犠牲の上に自身の幸福を築いたとして、それをはやてが喜ぶとは思えなかった。

もちろん、そんなことを訊いたわけではない。

しかし、スーパーや図書館でのはやての挙動を見ていれば、あゆでなくとも気付こうというものだろう。

可能な限り端を移動し、発進はおろか停止にも注意を払う。方向転換するときなど、首振り機能の壊れた扇風機かと見紛うばかりだ。

一度、「ここのパン屋さん、おいしゅうて評判らしいで」と話してくれたことがあるが、その店に入ったことはないのだ。通路が狭い上に客が引きも切らないから遠慮しているのだと、あゆは見ている。

自宅での自由自在さ、闊達さとは較ぶるべくもない。車イスの大きさを考慮したにしても、はやての気遣いぶりがわかろう。人に迷惑をかけることを、とても厭うのだ。


先ほどの本棚に戻って本を回収したあゆは、カムフラージュで読んで見せたに過ぎなかった絵本を再び手にした。

「ひとよりもおおきい、ねこ。なのですか」

「読みたい本が有ったんか?」

はやての膝の上には、本が1冊だけ載っている。この図書館は5冊まで貸し出し可能なのだが。

「はい、おねぇちゃん。
 この ごほんが、よみたい。なのです」

ほぅか。と、はやては頬をほころばせる。

これまで何度か図書館に連れてきたけれど、あゆは本に興味を示さなかったのだ。せいぜいインターネット検索コーナーでトピックスをいくつか拾う程度。

「そしたら、カウンタ行こか」

「はい」

あゆから受けとった絵本を膝の上に重ね、題名を確認する。

「読み終わったら、うちにも読ませてな」

読んだことのない絵本だったようだ。

「はい。なのです」

その傍らをあやめ色した髪の女の子が通り過ぎたが、絵本に視線を落としたままのはやては気付かず、その車イスを押すあゆは気にしなかった。



 
****




「最近、顔色が悪いんとちゃうか」

「そんなことはないのです」

車イスからベッドに移るはやてを手伝いながら、あゆはしれっと嘘をつく。

両手をついて、ベッドの端からはみ出している両足ごと体を引き寄せたはやてが、あゆの手首を掴む。

「うちの目ぇは誤魔化されへんで」

引っ張られてつんのめった今の挙動も、なにかおかしい。訓練されてきたらしいこの子は、運動神経も身体能力も見た目以上のものがあるのに。

「ごまかしてなど、ないのです」

手首を掴んだ手を優しく引き剥がすことに注視しているように見せかけて、あゆははやての目を見なかった。

嘘をつくことも騙すことも隠すことも慣れているはずなのに、いま見るべき相手の目を見ることができない。

「よるに ちょっとねむれないだけ。なのです」

ちょっと。どころではなく、あゆはここしばらくほとんど寝ていなかった。寝ると、本への光の供給が止まってしまうのだ。強く暗示することで、寝入ってしばらくは維持できるようになったが、それもせいぜい最初のノンレム睡眠まで。

さらには、足の指先から麻痺が這い上がってくるようになった。今は足の甲あたりから先に感覚がない。

「……」

明らかに嘘をついているし、身体も調子悪そうだ。有無を言わさず病院に連れて行きたいところだが、この子には保険証どころか住民票もない。

なんとか頼み込んで、詮索なしで診てもらうか、いっそ石田先生に事情を話すか。と、はやてが考えた時だった。

   ≪ Ich entferne eine Versiegelung ≫

「手で持ち運ぶの、しんどいやろ」と、はやてが作ってやったブックバンドを引き千切って、今はあゆのものとなった革装丁の本が宙に浮かび上がる。

十文字に縛めた鎖を弾き飛ばし、めくられていく頁。

叩きつけるような音をたてて表紙が閉じると、その剣十字が光り輝いた。


            ≪ Anfang ≫


引きずられるように仰向けにされたあゆは見ただろう。本からあふれた光が包み込むようにはやてを襲い、その胸元から輝きの塊を吸い出したのを。

握りしめたシーツを基点に身体を起こしたあゆは見なかっただろう。ストロボのような爆光の中、魔法陣が広がる瞬間を。

息を呑むはやての瞳の中にその理由を見たあゆは、振り返る。

回転する魔法陣を背後に従えて、4人の男女が跪いていた。黒い、簡素な衣服だけを身にまとい、深く頭を垂れて。

「【闇の書】の起動を確認しました」

鴇色の頭髪をポニーテールにまとめた女性。

「我ら、【闇の書】の蒐集を行い、あるじを護る守護騎士にございます」

ハニーブロンドの女性はショートヘア。あの本を抱えている。

「夜天のあるじの元に集いし雲」

青い髪の男性には犬の耳が。

「ヴォルケンリッター。何なりとご命令を」

赤い髪の少女は、見た目だけならあゆと同年代くらいか。


「……」

あゆは固唾を呑んだ。跪いているその姿勢、口を開いた時の筋肉の動き。それだけで彼女らが手練れだと判ったのだ。

口にした内容からすると敵対するつもりはなさそうだが、いざという時、彼女らを相手にしてはやては護りきれないだろうとあゆは覚悟した。

ぎり…。と奥歯が軋む音を聞いてはじめてあゆは、自身が歯を食い縛っていることに気付く。

赤髪の少女が顔を上げるのを、あゆは視線を動かさずに注目した。なにやら不思議そうに首をかしげている。

「……」

残りの3人がいっせいに顔を上げ、「うそっ……」とハニーブロンドの女性が口にした途端、背後でどさりと音がした。




****




「なるほど、それで一瞬区別ができなかったわけか」

腕を組んだシグナムは壁に背を預けている。

「魔力素を視認。……レアスキル、でしょうか?」

ベッド脇に跪いているシャマルが、横たわるはやての額に掌を乗せたまま顔を上げた。

「わからん」

ザフィーラは扉の前で仁王立ち。

「そん・なんっ、なん・でも・いいじゃ・ねーか!」

「ヴィータ。いいかげんにしろ」

「なんっで・だよ!」

ヴィータはベッドの足元で、あゆと【闇の書】の引っ張り合いをしていた。

「【闇の書】のあるじははやてさんで、それは【闇の書】がどこにあろうと変わるものではないでしょう?」

「だけどよ!」

「ヴィータ!」

とうとう声を荒げたヴォルケンリッターの将に舌打ちして、ヴィータは【闇の書】から手を放す。

力の遣りどころをすかされたあゆはベッドから転がり落ちかけて、いつのまにか傍に現れたザフィーラに抱きとめられた。

「ありがとう。なのです」

「気にするな」

ベッドの上に戻してもらいながら、あゆは自分の足の甲をつねる。麻痺してなければ無様に体勢を崩すことはなかっただろう。

「【やみのしょ】。ですか」

あゆは、腕の中の本を見下ろした。そこから伸びる光の帯はやはり、今は失神しているはやての胸元に伸びている。

あゆの目には本からさらに4本の光の糸が伸びて、守護騎士と名乗った4人の男女にそれぞれ繋がっているのが見えた。

そのぶん、はやてと繋がる光の帯が太くなったように見えて仕方がない。

「今、もしかして切り替えました?」

シャマルがあゆを見た。

「わかるの、ですか」

「ええ、【闇の書】から供給されている魔力の感じが微妙に変わりましたから」

「けっ!ヴォルケンリッターともあろう者が、あるじ以外の魔力をうけるなんてよ」

そっぽを向いたヴィータが、思わず壁をけりつける。

「そう言うな、ヴィータ」

お前の気持ちは解からんでもないが。とシグナムが頭に置いた手を払いのけようとして、しかし手を下ろしている。

「あゆ殿の看立てどおり、あるじはやてのご病気は【闇の書】が原因だろう」

「【闇の書】が収奪する魔力が、はやてさんの未熟なリンカーコアを痛めつけているんですね」

あゆにしか見えない光の帯を追うように、シャマルがはやてに視線を戻す。

「そのことを見抜いただけでなく、こうして魔力を供給してくれている。
 事情を存じなかったあるじは無意識に抵抗なされていたようだから、彼女のおかげで我らも早めに顕現できたのだ。
 感謝こそすれ、怒る筋合いなぞない」

「うっせぇザッフィー」

べつに。と口を開いたあゆに、全員の視線が集中した。

「かんしゃされたくて しているわけでは、ないのです。
 ただ、おねぇちゃんとのじかんを、わたしにいまをくれた おねぇちゃんとのじかんを すこしでもながくできれば。と、ねがっただけなのですから」

……そうか。と応えたのは一体誰だったのか。

「あなたたちも、あしたになって、おねぇちゃんがめをさましたら しることになるのです。
 きっと、おねぇちゃんは あなたたちをかんげいするでしょう。かぞくがふえたと、よろこんでくれるでしょう。
 きれいなふくをかってもらって、おいしいしょくじをつくってもらって、あたたかいおふろにはいって、ふかふかのおふとんでねむるのです」

そこであゆは視線を上げた。はやての傍にいるシャマルから順に見やる。

「ぶぉるけんりったー。
 あなたたちは、これまでのあるじのために たたかってきたそうですね。
 あしたからあなたたちは、あたらしいあるじのために しあわせになるのです。
 それがあるじのしあわせ、ねがい。なのですから」

そこまで言ってあゆは、丸まるように崩れ落ちた。疲労と睡魔が、緊張を途切れさせた彼女に襲いかかったのだ。

それでも、胸に抱いた【闇の書】を離さない。



[14611] #5  わかりきれない気持ちなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:39





目を覚ましてしばらく、あゆはぼーっとしていた。

自分がどれだけ寝ていたのか、見当もつかない。

ゆっくりと上半身を起こすと、傍らに【闇の書】があった。こころなしか、一時よりも光の帯が細く見える。

かすみがかった意識のまま引き寄せ、いつものように遮断・代理供給をはじめた。


「ああ、やっぱり」

扉が開いてハニーブロンドの頭髪が揺れるが、あゆの認識には届かない。

「はやてちゃ~ん、あゆちゃんが目を覚ましましたよ~」

うぐいす色のスカートを翻して入室してきたシャマルが、まずあゆの額に手をやる。続いて手首の脈を取り、まぶたを押し上げて瞳を覗き込むが、あゆはされるがまま。

念のために魔法での精査をかけようとしたシャマルは、しかしあゆの膝の上の【闇の書】を見て思い止まった。

「どないやぁ?」

「問題はなさそうです。まだ半分、寝てるみたいですけど」

苦笑に彩られたシャマルの返事を受けながら、はやてが寝室の中へ。

シグナムの押す車イスに乗る姉の姿を見ても反応しなかったあゆは、その額を指先で弾かれてようやく現状を把握した。

「……おはよう、なのです。おねぇちゃん」

「丸2日も寝とって、おはようや あらへん。
 聞いたで、やっぱり無理しとったんやな」

もう一度その額に中指の一撃を見舞って、はやては腕を組んだ。脚が動いたなら仁王立ちしていたことだろう。
ここのところあゆが身代わりをしていたとはいえ、長い間の魔力搾取にはやてのリンカーコアは変歪している。立てるほどに回復するには、まだまだ時間が要った。

「その本、返しぃ。
 二度とそんな無理は許さん」

「いやなのです」

【闇の書】を胸に抱きかかえ、隠すように身をよじる。

「このほんはもう、わたしのものなのです」

「あゆがそないに無理しとって、うちが喜ぶと思とんか?」

はやてが【闇の書】に手をかけるが、あゆの抵抗はしぶとい。

「それでも、なのです。
 このままおねぇちゃんのまひがすすめば、とおくないうちに いのちにかかわるのです。
 それを すこしでもさきにのばすのです」

「それが嬉しない、言うとんねや。
 シグナム、ちょお手伝おて」

が、しかし、烈火の将は動かない。

「あるじはやて。
 私はあるじはやてに仕える者として、あゆ殿のお気持ちが解かりますし、感謝もしています。
 あるじはやてのご命令でも、力ずくは承服いたしかねます」

「じゃあ、シャマル」

はやてを見、あゆを見た湖の騎士は静かにかぶりを振る。

「ヴィータ、ヴィータ」

「ごめんな、はやてぇ」

戸口から顔だけ覗かせていた紅の鉄騎は、ウサギのぬいぐるみをきつく抱きしめた。昨日はやてに買ってもらったばかりのノロイウサギは、既にヴィータにとって無くてはならない宝物になっていた。

「今なら、そいつの気持ち。解かってしまうんだ」

蒼き狼は、この場に姿を現してもいない。

「なんで誰も味方してくれへんのや」

ぱたり。と、はやての手が力なく落ちる。

「かんたんな おはなしなのです。
 だれも、おねぇちゃんのことが だいすきなのです」

「せやかて……」

「はやてちゃん。
 あゆちゃんの言うとおりなんですよ」

はやての手を取ったシャマルが、包み込むように握りしめた。

「守護騎士の誰でも、あゆちゃんのような特殊能力があったら同じことをしたでしょう」

わたしたちの、優しいあるじのために。と、はやてを引き寄せ抱きしめる。

「それはうちかて同じなんやで」

「それも解かっております。
 だからこそです。あるじはやて」

ベッドサイドまで歩み寄ってきて、シグナムが跪く。

入るべきかどうかためらってたヴィータは、狼形態のザフィーラに背中を押されてつんのめっている。

「皆、できることをしたいと願っているのです」

はやては、シグナムが何を言いたいか悟ったのだろう。シャマルの腕の中からそっと抜けでた。

「あかん。あかんで、シグナム。
 うちのために他所様に迷惑はかけられん」

そこでふと【闇の書】を抱きしめたままのあゆを見やり、視線を落とす。

「身内はええと思うんや。ちょっとくらい迷惑かけてもな。
 それが家族っていうもんやろうし、だからこその家族やろうしな。
 うちも、家族のためやったら少しくらいの迷惑、苦ぅにならん。
 でも、うちのために、大いなる力なんかのために他所様に迷惑はかけとぉない」

「あるじはやてが、そうおっしゃるなら」

こうべを垂れながらしかし、ヴォルケンリッターの将はその眉根を開けずに居た。




****




ザフィーラはふかふかである。

狼形態でいることの多いザフィーラは、大抵リビングでスフィンクスのように鎮座している。

あるじはやてのため、その妹分であるあゆのため、魔力の消費を抑えているのだ。

【闇の書】から投影され、あるじの魔力で維持されているプログラム体の身とは云え、リンカーコアを持つ存在である以上、自力での魔力収集もできる。

事実、彼のみならず守護騎士の全員が自前のリンカーコアでの自然収集に努め、可能な限り魔力の供給を受けないよう気を払っていた。

―― 一ヶ所にとどまると効率が落ちるので――剣道場に非常勤講師として赴く者、ゲートボール場で老人たちのアイドルになっている者、ご近所での井戸端会議に熱心な者などとバラエティ豊かなのだが、盾の守護獣たるザフィーラは此処から動くことがない。

その上でなおかつ魔力の消費を抑えようと彼は、リビングでストーンのごとく居鎮まるのである。


さて、その蒼き狼が困惑するのが、最近できた妹分とでも呼ぶべき少女であった。

「ざふぃーらにぃさま。おとなり、よろしいですか?」

「構わん」

ありがとう、なのです。と腰を下ろしたあゆは、ザフィーラにもたれかかってまぶたを下ろす。

数日前から、昼間の仮眠をザフィーラの傍で行うようになったのだ。

「ザフィーラは、あゆに懐かれとんなぁ」

食器類をシャマルとの共同作戦で食器洗い機に押しやったはやてが、エプロンで手を拭きながらリビングへ。

背もたれ後ろのジョイスティックを倒しているのはヴィータだ。

「不可解です。我があるじ。
 それに、兄などと呼ばれるとなにやらむず痒い」

「まだ慣れねぇのかよ。あたいはもう慣れたぞ」



新しい家族をなんと呼べばいいか。と、あゆから提出された議題は、緊急開催された【八神家第1回家族会議】によって協議、決定された。

長い迷走ののち、烈火の将が「シグナム姉さま」と決まった後はそのまま「シャマル姉さま」「ザフィーラ兄さま」と、続けて適用。

もっとも紛糾するかと思われたヴィータだったが、あゆが「びぃーたねぇさま。で、よろしいですか?」と発言したことですんなりと進行。結局、はやてと同じように呼ばれたいヴィータの意向から「ヴィータお姉ちゃん」となった。

はやては「お姉ちゃん」のまま変わらない。

「ほなら、うちも」と、2件目に同様の議題を提出しようとしたはやてだったが、これはヴォルケンリッターの拒否権が発動して棄却された。



「ヴィータ、おおきになぁ」と車イスのコントロールを受け取ったはやてが、そのまま蒼き狼の傍までやってくる。

「ザフィーラはふっかふかで、気持ちよさそうやしなぁ。
 今日は温うて、うちも昼寝の気分なんやけど……、
 ええか、ザフィーラ?」

「ご随意に」

「では、私がお運びしましょう」

ソファに座っていた筈のシグナムが、いつのまにか車イスの傍に。

「あら、フローリングに直だと、冷えますし痛いですよ」

キッチンから戻ってきたシャマルが、タオルケットを取り出す。

「ザフィーラ、シグナム、シャマル。3人ともおおきに、ありがとうやぁ」

それにしても。と、絶賛シグナムに運ばれ中のはやてが、ザフィーラの向こう側を覗き込んだ。

「あゆは、何も敷いとらんで寒ぅないんやろか」

「何度か言ったんですけど。
 あゆちゃん。ザフィーラだけで充分だって聞かないんですよ」

タオルケットを設え終えたシャマルが、あゆの頭をなでる。

「ほうかぁ。
 あゆは言い出したら聞かん子やしな。しゃあないわ」

下ろされたはやても、ザフィーラ越しにあゆをなでた。

2人分の掌の下で、閉じられた目蓋がいっそう細くなるのであった。




****




はやてが水に浮かんでいる。

ぼー。と、高い天井を見上げている。


前々から一度は来たいと思っていた遠見市の屋内型レジャープールに、今日、八神家全員を引き連れて繰り出してきたのだ。


白地に黒いパイピングが施されたセパレートの水着姿で、はやてはただ浮かぶ。平日の午前中とあって他に客の姿はない。

「ごめんなぁ、シグナム。つきおうてもろて」

「いいえ、あるじはやて」

付き従う烈火の将が身に纏うのは、スポーティな競泳水着。赤をセンターに、黒をサイドに配したツートンカラー。胸元にあしらわれた炎の意匠が選定の決め手か。

レジャープールでそんな必要はないだろうに、律儀にも水泳帽にその鴇色の髪を押し込んでいる。


水の中とあって、はやてもそれほど不自由はない。しかし、万が一のこともあるし、プールの出入りには人手が要る。そういう訳でヴォルケンリッターの年長組が交代で付き添っているのだ。

「じきにシャマルが交代に来るでしょうし」

そう言いながら、別に1日中付き添うことになっても苦にしないだろう。
プールというこの施設はなかなか興味深いが、あるじの警護を置いてまでというわけでもない。

「シグナムは固いなぁ」

            「おーーーーーーーっ♪」

どこからともなく聞こえてくる歓声は、ウォータースライダーに挑戦しに行ったヴィータだ。

「ほら、ヴィータみたいに、愉しまな」

「ヴィータはヴィータ、私は私です」

額に上げていた水中メガネを一旦外し、水でゆすいでいる。

しゃあないなぁ。と、嘆息したはやては腕の振りだけで体を反転、一転してプールの底を眺めだす。
25メートルの競泳用のはずなのに、なにやら色々とサイケデリックな文様が描かれていて、変。


 「シグナムー」

くぐもって聞こえてきたのは、剣の騎士を呼ばう声。どうやらシャマルが交代にきたらしい。

息の続かなくなったはやてが再び裏返ると、プールサイドで湖の騎士が手を振っていた。

「はやてちゃーん♪」

翡翠色のビキニは所々に花びらの舞うデザインで、パレオ付き。今は上にパーカーを羽織っていて、色々ともったいないとはやては思う。

緩やかに水を掻いてプールサイドへ向かうと、「そろそろ一度、休憩にいたしましょう」とシグナム。

「そやな。
   …
   あゆはどないしとった?」

シグナムに抱え上げられたはやては、シャマルに受け渡されざまに訊く。

「流れるプールやウォータースライダーはなんだか好きじゃない。って言って、今はキッズプールの方に居ましたよ」

付き添っているザフィーラの、膝までもない水深だ。
イアン・ソープばりの全身スーツ型水着を着込んだザフィーラが、仁王立ちで臑から下だけを水に洗われていた姿を思い出して、シャマルがくすくす笑いだす。

「なんやシャマル。思い出し笑いなんかして、やらしいなぁ」

いえですね。と説明しようとしたシャマルを遮ったのは、

「はやてはやてはやてはやてはやてはやてはやてはやてはやて~!」

どこでロケット噴射してるのかと、その愛杖の姿を探したくなるような紅の鉄騎の突進だった。

真っ赤なセパレート水着は、アメリカンスリーブレスのトップスとホットパンツタイプのボトムスの組み合わせ。連れてきたノロイウサギは、透明なビニールバッグでビニールパック状態だ。

「はやてはやて!」

「どないしたんヴィータ」

「アイスクリーム屋!アイスクリーム屋がある!」

思わず、「は?」と訊き返しそうになったはやてが、しかしここの特徴を思い出す。

このレジャープールは各種の外食企業と提携して、その出店を促していた。建屋の外壁部分を店舗として提供し、プールの客はもちろん、街ゆく人々にもサービスを提供できるようになっているのだ。中にも外にも看板が出るから「二枚看板システム」と銘打たれているが、その用法はどうだろう。


「ハーケンダックか」

そうした参画企業の中に、アイスクリームのチェーン店があった。と、はやての脳裏に。

ハーケンダックは、フック付きロープを構えたアヒル【フリードくん】をマスコットキャラとするフランス資本のフランチャイズチェーンである。

あそこはなんやらヤな都市伝説があったなぁ。などとはおくびにも出さず、はやては笑顔。

「食べてみたいん?」

うんうん。と頷くヴィータが微笑ましい。

スーパーで買ってきたアイスクリームしか見たことがなかったから、そうしたショップが珍しいのだろう。

「アカギ乳業の方が好みなんやけど」とは口に出さず、「ほなら、あゆとザフィーラ呼んでくれるか? みんなで食べようなぁ」と、はやて。

「おお!」

たちまち駆け出す鉄槌の騎士。念話で済むことを失念するほど興奮しているらしい。

「あるじはやて……」

その表情で、シグナムが何を言いたいかを察する。

「ええやんか。
 あないに愉しんでくれて、うちは嬉しいで。
 みんなの水着も、よう似おうとるしな」

水着は、昨日買いに行った。

はやてが見立てた物の中から、各人に選んでもらったのだ。


ただし、例外が1人。

「おおきくなまえが かけるところが、いいのです」と、スクール水着を買ったあゆである。



[14611] #5.5 Nain to Boin[おまけ]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2013/03/31 13:50




ポニーテールをほどくと、一転しておしとやかに見える。

「おお~!」

浴室に入ってきたシグナムを見て歓声を上げたのは、はやてである。

「なっ、……なんでしょう。あるじはやて」

「いやぁ、立派なもんを見せてもろた。眼福や。なぁ、あゆ」

「……よくわかりません。なのです」

その視線から、はやての言葉の意味を悟って、シグナムが思わず胸元を隠した。

隠してから、困惑する。

「自分は【闇の書】から投影されているプログラム体に過ぎないというのに、この感情はなんなのだろう?」と思い悩む。このあるじの下に召し出されてから3日しか経っていないのに、かつての自分とはまるっきり変わってしまったように感じるのだ。以前の自分がどうであったかなど、覚えているわけではないが。

「ほら、突っ立っとらんとシグナムもかかり湯して、入り。春先とはいえまだ冷えるんやから」

「はい」

この地の潔斎の作法は、初日の最初にはやてと入浴したシャマルから同時念話でレクチャーを受けている。実践も、すでに2回ほど。湯を汲んだ手桶をはやてから受け取ったシグナムは、軽く2回ほど流した。

「失礼します」

促されるままに、はやてとあゆの間へ。

子供が2人とはいえ、3人は少し多かったようだ。ざばりと湯船からお湯があふれる。

「ええなぁ……」

「なにが、ですか?」

シグナム越しのあゆの問いに「うん?」と、はやては笑顔。

「この、お湯があふれる感じや」

掌で押して、わざと溢れさせている。

「家族が沢山居って、幸せが溢れとるような実感がする」

真似をしたあゆは、ざばぁ、と雪崩落ちた湯が湯煙を立てるさまを目で追った。

2人で入浴していた頃とも、異なる感覚。1人より2人、2人より3人、であろうか? この大きな湯船に独りで入っていたはやての孤独と今の感慨を、2人の間にシグナムを迎えることで少しは理解できたように、思えるのだ。

「わかるような、きがします」

「そうか。
 シグナムはどうや?」

「わっ私ですか!?」

笑顔で頷かれて、シグナムは申し訳程度にお湯を押し出す。

「……よく判りません」

質実剛健を旨とするシグナムには、そもそも入浴を愉しむことが理解できまい。湯水を無駄遣いすることの意味も。

「しかし、不快ではありません」

それが、まるで心の裡だと云わんばかりに湯面を掻き回すシグナムの様子に、はやての笑顔。しかし、微妙に目尻が下がっていくような……?


「……それはそれとして!」

「ひゃんっ!あるじはやて、なにを?」

シグナムにその気配すら悟らせないか、八神はやて。

「おお♪思うた以上の揉み応え!烈火の将の胸部装甲はバケモノか?」

「お戯れを!お赦しください。私などよりシャマルのほうが……」

「うん、あれもなかなかの揉み応えやった」

初日に堪能済みだ。

「けど、うちはシグナムのほうが好みやなぁ」

「あっあるじがご乱心を、シャマル! ……待て、見捨てるな! ヴィータ! ……「良かったな」ではない! ザフィーラ、 ……応答ぐらいしろ!」

救援を断られたらしい。

二次被害を防ぐために、シャマルは心を鬼にしたことだろう。たぶん。

「シグナム。そない暴れると、お湯がなくなってまうで」

「いえ、その、ですがっ!あるじはやて……、ご無体です!」

阿鼻叫喚である。

「あゆも揉んでみぃひんか? これは癖になるで」

「まっ待て、来るんじゃないぞ!」


あははと声をあげて、はやてが愉しそうである。それはいいことだ。はやてが愉しければ、あゆも嬉しい。

しかしながら、あゆは自分の胸元を見下ろす。



……東尋坊があった。

惜しむらくは、はやてのその愉しみを自分では提供できないことか。今までに、あのようにして揉まれたこともないし。

ふにふにと、とりあえずマッサージしてみる。今はいかんともしがたいから、将来に賭けることにしたらしい。

「まっててください。なのです」


継続は力なり。あゆは、やるとなったら絶対に諦めない。

その努力はいずれ結実するが、それはまだまだ先のことであった。



                                 おわり


special thanks to 電気猫さま。この話の元ネタとなるあゆの心理をご示唆いただきました。



[14611] #6  はじまりは突然になの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:38





ゲートボールの練習に向かうヴィータを送りがてらに他のメンバーが赴いたのは、その運動公園で催されていた朝市であった。

漬物や一夜干しなどの食品から、生花、衣類など、さまざまな露天商が荷台を連ねている。

はやては料理上手な娘であるが、さすがにヌカ床を設えるほどではない。

この朝市に来るお婆さんのヌカ漬けが美味しいとの井戸端会議情報をシャマル経由で聞いて、一度来て見たかったのだ。


試食させてもらったのは山芋のヌカ漬けで、その美味しさと珍しい食感に思わず買い込んでしまったはやてはご満悦であった。

あゆの姿を見つけるまでは。

なにやら熱心に見つめていたから、欲しい物でもあったのかと思ったが、どうにも様子が違う。あまりにも無表情に見下ろしているのは羊羹の試食コーナーの、傍らのゴミ箱か。

露店のおばさんが熱心に試食を勧めているが、耳を貸す様子はない。ただゴミ箱を、じっと。

「……あゆ」

今もまた一人、羊羹を試食して、使い終わった爪楊枝をゴミ箱に捨てたところだった。




****




ダイニングのテーブルで、はやてが教科書を広げている。

ヴォルケンリッターが現れて以来、リビングが見渡せるこの場所で勉強するようになったのだ。

「つまんねぇ。はやてぇ、勉強なんて止めてゲームしねぇ?」

テーブルの反対側にあごを乗せたヴィータの隣りに、ノロイウサギ。

こいこい。と、ぬいぐるみの耳に手招きさせるヴィータに、はやては苦笑い。

「ごめんな、ヴィータ。
 あした訪問学級でセンセが来るさかい、この宿題はやっとかなあかんのや」

通学できる範囲に、車イスを受け容れられる学校がなかった。

この家から離れることをよしとしなかったはやての意向で、就学猶予と特別支援学校の教員による訪問学級、通信教育などで学力を維持している。

「昼間の内に終わらせとくつもりやったんやけど、シャマルがパン屋さんでなぁ……」

「あっ、あれは……。
 だって、サンライズがメロンパンのことだって知らなかったんですもの」

たまたま通りがかったシャマルが、途端に顔を真っ赤に。

朝市の後は、そのほかの用事を手分けするべく解散した。はやてとシグナムは病院へ、あゆとザフィーラはスーパーへ。

問題は、パン屋を担当したシャマルが、なかなか戻ってこなかったことだ。

「あゆが気付いて救援に赴かねば、帰還すら覚束なかったであろう」

リビングのソファで、シグナムが夕刊をめくった。

呼ばれたと思ったのか、ザフィーラの横で夕食後の仮眠を取っていたあゆが身を起こす。

ふぁさふぁさとザフィーラが尻尾で撫でてくれたが、あくびをしながら伸びをしている。どうやら起きることにしたらしい。

「おかげで、スーパー前で繋がれている時間が長かった」

もう、ザフィーラまで。と、そっぽを向きかけたシャマルはしかし、天を振り仰いだ。

「なに!?」

一応の警戒のために、シャマルはいくつかの検知魔法を常時展開している。受動感知で精度の低いものだが、それに反応するということは近いか、遠くても強い。ということだ。

「どうした、シャマル」

振り返った烈火の将は、シャマルの表情を確認するなり背もたれを飛び越えた。

「次元震……、みたいだけど」

「こんな世界でか?」

大質量が集中する恒星系内の空間は安定していて、次元震の自然発生は考えにくい。となると残るは人為的なそれなのだが、この世界には魔導師も居ないし、管理局の手も及んでない筈なのだ。

「シャマル。
 探査魔法を頼む。できるだけ広く」

でも……。とシャマルは【闇の書】を、それを抱えているあゆを見る。

シグナムが要求しているのは、隣接する世界まで含めた多次元立体的な大規模な探査だ。もちろん大量の魔力を必要とし、それは最終的に、あゆへの負担となるだろう。

今も平気な顔で立ち上がったが、その麻痺は足首の少し上まで進行している。「なんで歩けんのか解かんねぇ」とはヴィータの問いで、「よわみをみせぬように、くんれんされてたのです」が、あゆの回答だ。「でも、しょうでいほは、にがてなのです」とも言う。よく見ていれば、あゆが「へいきへいらく、へいきへいらく」と唱えながら歩いていることに気付くかもしれない。

「しゃまるねぇさま。
 しぐなむねぇさまが そうおっしゃる いじょう、ひつようなことなのでしょう?」

ええ……。と、しかし気乗りしなさそうにシャマルは右手の指輪を目覚めさせる。立ち伸びた2本の振り子水晶が輝くと、シャマルの足元に魔法陣が展開した。


「……この世界じゃない。
 次元空間だわ。通りがかった船が事故でも起こしたのかしら?」

眉間に皺を寄せたシャマルが、淡々と探査結果を読み上げる。ところが、

「空間転移!物体移入」

なんだと!と荒げかけたシグナムの声は、「続いて空間転移!」と、他ならぬシャマルの続報に遮られた。

「こちらは魔導師? 魔力行使の反応が……」

「術式が判るか?」

シグナムの言葉に眉間の皺を深くしたシャマルは、静かにかぶりを振る。

「ここからでは、そこまでは……、あっ!
 最初の転移物体が分裂!落下予想位置は……」

いったん口を閉じたシャマルが、のどを鳴らして固唾を呑んだ。


「ここ、海鳴市周辺です」




****




「ここの周囲、半径5キロ以内に落ちてきた3個を回収してきました」

シグナムが差し出した掌の上に、光を放つ宝石のようなものが浮かんでいる。

「紡錘形が同心重複して見えますから、便宜上【瞳】と、シャマルが名付けました」



落下地点が海鳴市周辺であることが判った直後、シグナムはシャマルに落下予想地点への精密探査へ切り替えさせた。

計20個。あと1個あったようだが、こちらは後から転移してきた魔導師によって確保されたらしい。

シャマルの探査でも正体のはっきりしない落下物に危惧を覚えたシグナムは、その確認――場合によっては確保――をはやてに意見。許可されてシャマルと共に赴いたのだった。



「一見魔力反応も何もないのですが、精密探査してみると莫大な魔力の塊であることが判ります」

「探査しようとした魔力に反応して、連鎖臨界を起こすほどのな」

シャマルの声が震えている理由を説明するように、シグナム。

「んなもん3つも集めてきちまって、大丈夫なのかよ」

爆弾の形を見定めようと懐中電灯で照らしたら、それだけで導火線に火がついた。と言ってるようなものだ。ヴィータの懸念も当然だろう。

「幸い、普通の魔力封印で収まってくれたから。今は大丈夫よ」

自身の言葉で落ち着きを取り戻したのか、答え終えたときには、シャマルの声から怯えが取れていた。

「ばくだいな、まりょく。なのですか」

見上げるあゆの視線を受けて、頷いたシグナムがシャマルに向き直る。考えることは皆、同じなのだろう。

「この魔力を使って、【闇の書】を完成させることは可能か?」

「シグナム!?」

「いま、たいせつな おはなしのさいちゅうなのです。
 おねぇちゃんは だまっているのです」

シグナムに目配せを送ったあゆが、「しー、なのです」と伸ばした人差し指をはやての唇に押し付けた。

「【闇の書】のことなら、うちも無関係やないで」「けんさくまえの、いけんこうかんのだんかい。なのです。たとえあるじでも……、いいえ、あるじだからこそ、くちだしげんきん。なのですよ」「そやかて、うちは……」「ききわけのないおねぇちゃんは、きらいなのです」「おい、あゆ!そいつは言いすぎだぞ、はやてに謝れ」「がーん。あゆが、あゆが反抗期や……」と、突如勃発した姉妹ゲンカを横目に、シグナムがシャマルをうながす。

「……可能だと、思います」

「いくつあれば、完成するのだ?」

いつのまにか人間形態をとったザフィーラが、【瞳】のひとつを手にした。

「正確な魔力量は怖くて量れませんが、精密探査と封印処理の時の手応えからすると、魔力だけなら1個もあれば」

「そんなにか!」

ええ。と頷いたシャマルは、「でも」と続ける。

「魔力量だけあっても、術式がなければページは埋まらない」

インクだけあっても、書き連ねる言葉を持たねば執筆できない。「蒐集は一人一回」というのは、そういうことでもある。

「見たところ、いくらか術式を内包しているようですから、全く埋まらないということはないでしょう」

「しかし、いくつ必要かは読めない。か……」

シャマルの言葉を引き取って、シグナムが溜息混じりに吐き出した。

それでも、見交わした視線に惑いはない。


うむ。と口元を引き締めたシグナムが向き直った先では、「ごめんなさい。おねぇちゃんをきらいになることなんて ぜったいにありえないのです。わたしは じぶんこそ きらいなのです」「あかん、あかんよ。あゆ。自分を好いとらな、ヒトのことも好いとられんのやで。さっきのことはええんよ。うちも少し頑なすぎたし」「あたいも言い過ぎた。ごめんな」と、姉妹ゲンカが終息しつつあった。
まるで、狙い済ましたように。

「あるじはやて」

ヴォルケンリッターが一斉に跪く。ヴィータは一拍遅れたが。

抱き寄せたあゆの頭をなでていたはやてが、手を止めてシグナムを見る。

「この【瞳】は、大変危険な代物です。
 たった一つでも、この惑星を消し去れるでしょう」

【闇の書】完成に必要な魔力を1個で賄えるということを、シグナムはそう表現した。その不安定さを鑑みれば、けして誇張ではない。

「これを放置することはできません。
 我々はこれを回収封印し、この地の安寧を守りたく存じます」

「うん、うちからも頼むで」

反対する理由はない。むしろ、はやては頭を下げた。

「その上で、回収した【瞳】の魔力で、【闇の書】を完成させられないか、試したい」

あるじへの献策ではなく、自身の希望としてシグナムは「試したい」と気持ちを込める。

「さばいばるくんれんで、ほりだしたじらいで、さかなをとったことが……」

はやてが、さっきのお返しとばかりに人差し指であゆの唇を押す。

「大いなる力なんて要らへんけど、うちの脚が治るかもしらんのやな?」

疑問形でありながら、訊いたわけではないのだろう。はやての視線は、あらぬかたへ。いや、胸元に抱いたあゆ、その足か。

「誰かに迷惑をかけるようやあらへんし、ここまで言われてはな……」

姿勢を正したはやてが、正面からシグナムを見据える。

「【闇の書】完成の件、許可します。
 ただし、危険なことはせェへん。それだけは約束やで」

はっ。と、これはヴォルケンリッターの全員が揃って。

「誓います。
 騎士の、剣にかけて」

深々と頭を下げたシグナムは、「危険なことをしない」という約束を即座に拡大解釈した。先ほど転移してきた魔導師と、接触しないことを決めたのだ。念話で、ヴォルケンリッターの面々にも念を押す。

それが何者であれ、不用意な接触は危険を伴う。

悪人は論外だが、そうでなくても【闇の書】の存在を吹聴されれば、八神はやての平穏は乱されるだろう。


     『 誰か……、…の声を聞…て。 ちか……貸して。 …ほ……、力を…… 』

そう考えてシグナムは、先ほどから聞こえはじめた念話を黙殺した。


 『聴…えま…か、 …の声…』



              『 ……救けて 』



[14611] #7  街は【瞳】でいっぱいなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/11/08 09:20




リビングのテーブルの上に、本日の成果が15個、浮いている。

魔力探査にほとんど反応しない【瞳】だが、次元震の時点から監視していたから追跡できた。

なにより、大気圏突入時の物体は盛大にプラズマを曳いてネオンサインも同然だ。その軌道を記録していたシャマルにとって、その落下地点を算出することなど朝飯前だっただろう。

そうして今日、留守居のザフィーラを除くヴォルケンリッターが回収してきたのだ。

例の魔導師のことがあるので、封印以外の魔法行使は禁止。その封印魔法も充分な周囲確認の上で慎重に実行。と条件付きでの確保作業だったが、その程度の枷でコトを仕損じるヴォルケンリッターではない。

近場はヴィータ。遠方はシグナムが担当。

もっとも困難と予測された海中の6個は、隠蔽しながらの探索魔法行使を視野に入れてシャマルが赴いた。

結局のところ魔法を使うまでもなく見つかったらしいが、海流など現地の情報での修正が必要で、シャマルの派遣は結果的に正解だったようだ。

本人に言わせれば、むしろ苦労したのは「再現されている自発呼吸のために、気を抜くと肺で海水を飲んでしまう」ことだったらしい。プログラム体だから問題はないのだろうが、だからといって気持ちがいいものでもなかろう。


余談だが、本日の夕食には新鮮な海の幸が並んだ。

今が秋だったら、山の幸も加わっていたことだろう。
明日のおやつはヴィータがゲートボールチームの監督に貰ったクッキー詰め合わせと決まっていて、シグナムが少し悔しそうであった。

余談が、過ぎた。



はやてが寝入ったのを見計らってリビングに集合したのは、ヴォルケンリッター+1である。

いや、あゆは元々寝ていなかっただけで、特に招かれたわけではない。不用意にはやてに話さないよう約束させられたうえで、同席を許されただけだ。あるじに聞かせられない相談になるかもしれなかった。


浮いていた18個の【瞳】を、シャマルがクラールヴィントに格納する。

昨夜に3個、本日が15個。残りは3個で、内ひとつは確保されてしまったはず。

今日は回収を見送った、残り2個の【瞳】をどうするか、その作戦会議だ。

ひとつは警戒厳重そうな屋敷の敷地内にあり、魔法行使なしでは侵入が難しかった。

もうひとつは例の魔導師の近くにあって、覚られずに封印魔法を展開するのは難しい。

そこでシャマルを伴った複数人数で夜間に赴き、探知妨害魔法と変身魔法の支援の元で回収すると決まりかけたその時だ。

「【瞳】が暴走してる!?」

単なる魔力の波動を、その発生源の位置から推測して、シャマル。

「どちらだ?」

シグナムの問いが終わるより早く、クラールヴィントが展開していた。

「魔導師近くのほうね」

「よりによって、そっちかよ」

舌打ちしたヴィータはしかし、こぶしを掌に打ちつける。気合充分だ。

「あるいみ、じゅんとうかも しれません」

そのまどうしが、へたをうったのでは?と、水を向けられて「ありうるな」とザフィーラが応える。

「どうすんだよ? シグナム」

「出るぞ。状況を見て、可能なら奪取。
 ただし、あるじはやてのご意向だ、例の魔導師はもちろんその他一切に傷ひとつつけるな」

打てば響くように、即断。

「シャマル、妨害・支援は打ち合わせどおりに。場合によっては、幻術で相手を出し抜くぞ」

「はい」

若草色の騎士服をひるがえして、シャマルがいくつかの魔法陣を展開した。

「ザフィーラ、留守を頼む」

「心得た」

狼形態のままでザフィーラは、テラスを見渡せる位置へ移動する。

「ヴィータ、先鋒は任せる。おそらく、暴走した魔力を叩きのめす必要があるぞ」

「任せとけ」

シャマルの目配せを確認したヴィータも、その紅い騎士服を展開。ノロイウサギの位置が気になるのか、帽子を直している。
はやてがデザインしてくれた騎士服、ヴィータがまとうのはこれが初めてだ。

「あゆ、行ってくる」

「ごぶうんを、なのです」

最後にシグナムが騎士服をまとった途端、足元に展開した緑色の魔法陣が3人の人影を消し去った。




****




「まどうしと、しゅごじゅう。なのですか?」

「ああ。
 白い騎士甲冑……ではなくてバリアジャケットと呼ぶのだったかな、女の子の魔導師と……守護獣ではなくて使い魔だな、イタチの」

ベルカ式とミッド式での呼び方の違いを訂正しながら、シグナムが新しく手に入れた【瞳】を取り出す。

「あの子、すごい魔力資質だったわ」

まだ全然戦いなれてないようだったけど。と、シャマルはそれをクラールヴィントへ格納した。

「【瞳】がヘンな黒い影になってやがって、攻撃されたそいつら、逃げ出しやがったんだ」

冷凍庫から出してきたパイントカップに直接スプーンを刺して、ヴィータがアイスを頬張る。こんな夜中にこんな行儀悪さで食べたと知れば、はやてといえど叱るだろうに、紅の鉄騎は聞く耳を持たない。

「その隙に黒い影へヴィータちゃんが一撃、怯んだところでシグナムが封印したの」

「向こうは、せいぜいこちらの後ろ姿しか見ていまい。それも、シャマルの変身魔法で偽装した。な」

「みごとなてぎわ なのです」

ぱちぱちと手まで叩いたあゆの称讃に、「たりめーだ、あたいらを誰だと思ってんだ」とヴィータが胸を張る。

「1たい1なら まけなしの、べるかのきし。なのです」

「解かってんじゃねぇか」

「それでも、しょうさんすべきは きちんとしょうさんせねば。
 びぃーたおねぇちゃんは、すごいのですから」

ぱちぱちと手を叩きつづけるあゆに照れたのか、ヴィータがそっぽを向いた。

動きの止まったスプーンにかじりついたあゆが、もごもごとバニラアイスを強奪する。

「ああ!お前あんだけ人に、怒られるぞって言っときながら」

「あいす、うまー。なのです。
 あした、いっしょに おねぇちゃんにしかられましょう」

「あら、それならわたしにも一口くださいな」

差し出されたスプーンから直接アイスを頬張り、シャマルが「そういえば……」と思案顔。

「あのイタチの使い魔が、これのことをジュエルシードと呼んでたみたいなんだけど?」

「【じゅえるしーど】?」

ええ。と頷くシャマルの背後を、パイントカップを抱えたヴィータが歩いていく。

「それが正式名称なら、今後そちらを使うか?」

言いながらザフィーラの視線は、ヴィータを追っている。そのヴィータはというとスプーンを突き出して、「喰え!喰ってシグナムもはやてに叱られようぜ」と烈火の将に迫っていた。

「たいがいてきには、そうすべきなのです。
 しかし、みうちでは いままでどおりでよいのでは?」

答えようと開いたその口にスプーンを突きこまれたシグナムに代わって、あゆが発言する。

それでいいだろう。と追認したシグナムが、不本意そうにアイスを咀嚼。

「ザフィーラぁ……」

「我は遠慮する。
 4人揃ってそんな下らない理由であるじに叱責されては、ヴォルケンリッターの名折れだ」

ずりぃぞ♪と、妙に嬉しそうにヴィータが迫ると、「我の関知することではない」と蒼い狼が逃げる。

「待て!ザッフィー」

「断る」

どたばたと加速する追いかけっこに、こんなことではやてを起こすわけにはいかない。と、シャマルがこっそり封鎖領域を張った。

「もうひとつの【瞳】の回収は、明晩とするか」

今からもう1ヶ所への遠征は無理と判断して、シグナムが溜息混じりにリビングをあとにする。

「ざふぃーらにぃさま、いっしょにしかられましょう♪なのです」

あゆまで参戦しては、さすがの盾の守護獣もいつまで守りとおせることか。




****




翌日、はやてに叱られるヴォルケンリッター+1の姿があった。リビングに正座、一列である。

「うち一人だけ、のけもんにしてからに。みんなのいけず」

少し、違ったようだ。



[14611] #7.5 シネマ・アレスタ[突発おまけ]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:37




     ―― ちょっとほのぼの分が欠乏してきたので、追加 ――



****




 『 目撃者の女性の鼻にも、貴方のように眼鏡の跡があった。
   今から寝ようとしていた彼女は、眼鏡を掛けていたでしょうかね? 』

「いいぞ!ジジイ!よく気付いた!」

 「……ヴィータちゃん、しーっ……」


映画館。

はやてが、一度は入ってみたかった所の一つだ。

1人暮らしが長かったはやては、映画も好きだった。独りきりで過ごす時間を慰めてくれるものは、何でも好きだったのかもしれない。

でも、映画館に来たことはなかった。たった一人で、しかも車イスで入る勇気はなかった。レンタルビデオ屋も、そう。

宅配レンタルなどというサービスがあることに、はやては何度感謝したことだろう。


  『 さっきのヨボヨボ歩きで証明したつもりだろうが、この俺様は騙されんぞ!
    このっペテン師どもめ! 』

「なんだと、このクソオヤジ!!
 そこに直れ!グラーフアイゼンの錆にしてやる!」

 「……ヴィータ、静かにしろ。あるじはやてを辱める気か……」


上映しているのは、往年の名作をコメディアレンジしたリメイク。

元になった作品が大好きだったはやては、この作品をぜひ大スクリーンで見てみたかったのだ。

あゆやヴィータのことを考えれば、テェズカーやイクサー、スタヂオデブリとかのほうがいいかとも思ったのだが、意外やヴィータが大興奮である。

最初のほうこそつまらなそうにしてたものの、事態が進展するたびに惹き込まれ、今や立ち上がっていちいち銀幕にツッコむ始末だ。


  『 もういい、無罪でいいよ。こんな暑苦しいトコで延々と!俺は飽きた、うんざりだ 』

「なんだと、このうすらハゲ!んな、いい加減な理由で鞍替えすんじゃねぇ!!」

 「……どっちの味方なのだ、お前は……」

 「……びぃーたおねぇちゃんらしいのですよ……」


平日の午前中とあって人影は少ないが、だからといって迷惑にならないわけはない。ヴィータが立ち上がるたびに、はやてやヴォルケンリッターが方々に頭を下げていた。

はやては少し、嬉しそうだったが。


   『 ……無罪だ、無罪だよ。 無……罪だよ 』

「認めたくなかったんだな。その気持ちは解かるぞ、おめぇは悪くない。
 おめぇのことをとやかく言うヤツが居たら、あたいがぶっとばしてやるからな」


満足そうに腕を組むヴィータの前で、初めて映像に屋外の風景が現れる。

映し出される、男同士の握手。

「よしよし!真実はひとつだ!てめぇら、いいヤツらじゃねぇか」

ぱちぱちとスタッフロールに手まで叩き始めたヴィータの左右で、シグナムとシャマルがコメツキバッタのようだ。はやては車イス越しに、あゆを膝の上に乗せたザフィーラも会釈を繰り返す。

まばらに居た他の客たちも三々五々立ち上がり劇場を後にするが、その顔に不機嫌さはない。つまらない映画ではなかったが、コメディアレンジが鼻について往年の名作ほどの感動はなかった。

それよりも、前寄り隅っこの車イススペースの傍に座っていた少女。三つ編みお下げの女の子が一喜一憂するさまを見ているほうが何倍も面白かった。そのツッコミに笑いを噛み殺すのが大変だった。映画やその関係者だって、あそこまで愉しんでくれれば本望だろう。

自分もあんなふうに興奮しながら映画を見ていた頃があったと、思い出した者も居たかもしれない。

出口の、ロビーから射す光が、いつもほどには眩しくなかった。

今日は、いい一日になりそうだ。




****




「いやー、映画っておもしれぇな」

お子様ランチのチキンライスを頬張りながら、ヴィータは満面の笑顔だ。

同じショッピングモールのレストラン街。クリームソーダやお子様ランチの食品サンプルが並んだ、昔ながらの百貨店の食堂を髣髴とさせるレストランである。

「また来ような。な?はやて」

「あはは、喜んでくれるのは嬉しいんやけどなぁ……」

客の入りの少ない作品、時間帯を探すとなると、少々骨が折れるかもしれない。

「お前とは二度と来ん」

なんだよシグナム、おめぇには言ってねぇよ。とエビフライを丸かじり。

「もう少し静かにしてくれれば、いくらでも付き合いますよ。シグナムもね」

ナポリタンスパゲッティーを巻くフォークを止めて、シャマル。

「えー、だって黙ってらんねぇじゃんか」

「お前が応援したところで、映画の結末は変わらんだろう」

付け合せのニンジンソテーをあゆに差し出しながら、ザフィーラ。元が狼だから、野菜や穀類は好まない。

「……」

ハンバーグを頬張っていたヴィータは反論できず、はやてはポップコーンでも与えておけば静かになるだろうか?と考える。しかし、いかにヴィータといえ上映時間中ずっと食べ続けられるはずもないし、ポップコーンを食べる音だって迷惑には違いない。

それに、ポップコーンの咀嚼中に大声を出したりしたら大惨事だ。前の席に誰か居たら、目も当てられない。

レンタルビデオで納得してくれるやろか。と独り語ちながら、はやては身を乗り出す。

「ほら、お弁当つけとるで、ヴィータ」

その頬に付いたご飯粒を取ってやる。

「……あんがと」

「どういたしまして」



   「……」


はやてに取って欲しいなら、ご飯粒は見えるほうにつけるべきだろう。あゆよ。





     ―― ほのぼの分が足りなくて、ついカッとなってやった。後悔はしていない。 ――



[14611] #8  新たなる力、浮上なの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:37





朝っぱらからダイニングで、シャマルが難しい顔をしていた。

目の前のテーブルには【瞳】がひとつ浮いていて、いくつかの魔法陣に囲まれている。

【瞳】の魔力が【闇の書】の完成に使えるかどうか、調べているのだ。

しかし相手は正体不明の高密度魔力結晶体。しかも封印中とあって、さすがの湖の騎士も勝手が判らないらしい。ニトログリセリンを虫メガネで観察するような危うさ、闇夜でムギ球を頼りに広辞苑を引くような心許なさ、沙漠の砂を一粒ずつ数えるような途方のなさだからだ。

「は~」

いったん魔法陣を消したシャマルが、引き寄せた椅子に腰かけた。テーブルの上に麦茶が出ているのに気付いて、一口。とんとんと、思わず年寄り臭く肩を叩いてみたり。

暴走が怖いので使っている探査魔法は弱いモノだが、だからこそ却って疲れるのだろう。同調させての妨害隠蔽魔法の同時行使も地味に堪えたようだ。

「しゃまるねぇさま。
 おつかれさま、なのです」

キッチンにコップを返しに来たあゆが、その帰りがけにシャマルの背後で立ち止まった。小さな手を伸ばして何をするのかと思えば、シャマルの肩を揉み始めた。

「ありがとう~」

なにやら溶けている。

「極楽~」

よほど疲れているのだろう。言葉が短い。

「おぉ、ええなぁ」

「ごようぼうとあらば、おねぇちゃんもまっさーじしてあげるのです」

こちらはお代わりを取りに来たらしい。はやてが冷蔵庫前に車イスをつけた。

「おおきに。
 けど、うち肩凝らんからええわ。そのぶんシャマルをよろしゅうな」

「おお!あゆ、あたいも揉んでくれ」

ヴィータもお代わり組か。

「お前のどこに、凝るような肩があるのだ」

シンクにコップを置いたシグナムが、シャマルの反対側に腰かける。

「うっせぇな。てめぇにゃ関係ねぇ」

「そこまで言うなら、我が揉んでやろうか?」

珍しく人間形態のザフィーラが、やはりコップをシンクへ。

「てめぇのバカ力なんかで揉まれてたまるか」

べー。と舌を見せながら、ヴィータが車イスを押していく。「ヴィータは、もうちょっと言葉遣いをなんとかせんとあかんなぁ」と、こちらは押されている方。


「ああ。あゆちゃん、ありがとう。楽になったわ」

人体というものに多少の理解を持つあゆは、マッサージも巧い。それに、見かけ以上に握力もある。

とはいえ、こんな短時間で効くものでもなかろう。社交辞令だ。

「はい。どういたしまして、なのです」

もう一口。と麦茶に手を伸ばすシャマルを横目にリビングに戻ろうとして、あゆは足を止めた。

「ああ、しゃまるねぇさま。
 ひとつ、しつもん。なのです」

なあに。と目顔で応えたシャマルが、テーブルに椅子を引き寄せている。

「まりょくそ。というものは8しゅるい、あるのですか?」

通常空間はもとより次元空間にすら遍在する複合粒子、それが魔力素だ。魔導師はこれをリンカーコアに収集することで魔力へと変え、魔法行使の源泉となす。

「……、いいえ。どうして?」

わたしはいままで。と、あゆは抱えた【闇の書】から伸びる光の帯を見る。

「このひかりを、こうげんとしてしか、にんしきしていませんでした」

空いてる椅子を引いて座り、テーブルの上に【闇の書】を置く。

「これが まりょくそとよばれるもので、まほうのちからのみなもとと きいてから、それがどういうものなのか、もっとよくみるようにしたのです」

何もない中空に掌を差し上げ、あゆは続ける。

「わたしにはこのひかりが、8しゅるいあるようにかんじられる」

疑問符を浮かべるヴォルケンリッターの中で、ただひとりシャマルだけが理解の色を浮かべた。

「もしかして、魔力子まで見えてるの!?」

魔力子とは、魔力素内部で物理相互作用を伝播する素粒子である。魔力素は内部の魔力子の状態によってその性質を変えるが、普通に魔力として使う分にはほとんど影響を及ぼさない。だから、一般的には魔力素に種類はない。とされる。

「みえる。というほどではないのです」

魔力素の状態は2の3乗で8種類あり、世界によってはこの分布が偏っていることもある。ある一定の魔力素分布に慣れた魔導師が他の世界に行くと魔力収集障碍を起こすことがあるが、魔力素分布の違いに拠る変換障碍で、基本的に一時的なものだそうだ。

「ただ、ちがいがわかるだけ。なのです」

また、魔力変換資質の持ち主は、この魔力素の状態を選別して特定の状態を優先して収集している。と云われている。魔力素のフィルターを持っている。とでも云えばいいのか。

「それは凄いが、何か意味のあることなのか?」

シャマルに向けられたシグナムの問いは、一般的な魔導師なら当然の認識だろう。魔力素の状態は魔力収集・魔法行使にほとんど影響がないのだから、気にするほうがおかしい。

……それなんだけど。とシャマルは視線を滑らす。

「あゆちゃん。これを構成している魔力素、読めます?」

シャマルが差し出したのは、テーブルの上に浮かんでいた『瞳』。

はい。と頷いたあゆは、ザフィーラに伝言用のホワイトボードを取ってとねだる。

「【ひとみ】は、このように」と、3重の同心紡錘形をホワイトボードに書き記して、「3そうこうぞうになっているようにみうけられるのです」

「べんぎじょう、まりょくそのじょうたいに1から8までばんごうをふって、このいちばんそとがわのぶぶんをこうせいする まりょくそは……」

8877714566328817832275……。と数字を書き連ね、「これを1せっとに、ほぼくりかえし。なのです」と締めた。

そして。と真ん中の紡錘形を指し示して、「ここには、しゅるいごとにまりょくそがおしかためられてるのです」

「驚いたわ」

もちろん、そのくらいのことは調べがついている。

【瞳】が3層構造であり、外殻・制御部・魔力槽で構成されていることは、シャマルの探査で一発だった。

だが、ここまで無雑作にはできない。

魔力量が尋常ではない【瞳】は、探査に向けた微量な魔力でさえ励起しかねないのだ。魔力封印はかけてあるが、この魔力量の前には気休め程度。

ここ。とシャマルはホワイトボードを指差し、「制御部の魔力素を読んでみてくれますか」と、続きを促す。

はい。と頷き、1226755735411388675……と読み上げるが、魔導師ではないあゆに意味は解からない。魔導師であっても、デバイスマイスターでもない限りここまでは気にしない。シャマルはそれをクラールヴィントに記録させ、整理を実行していた。

「3152583というくみあわせが、おおいのです」との呟きをデバイスマイスターが聞いていたら、きっと驚いたことであろう。それは、デバイスの魔力回路において「処理実行開始」を示すキーワードなのだから。

そして、うらやましがることだろう。

魔法行使には影響を及ぼさない魔力素の状態だが、魔力構造体を集積する、ということになればこれほど重要な要素はない。リンカーコアと違って、魔力素そのものに魔力を操作させようと思えば、その性質を見極めてひとつひとつ組み上げていくしかないからだ。

魔力素の状態が直接見えるということは、魔法や道具に頼らずに魔力回路を解析できるということになる。それがデバイス製作時にどれだけ労力の軽減になるか、この場で気付いているのはシャマルただ一人であった。




****




          【養蜂家の店 蜂蜜のフジタ】


「こないなところに、蜂蜜屋さんが」

病院からの帰り、ちょっと気分転換にいつもとは違う道を通ることにした。その途上。

「うち、蜂蜜屋さんなんて初めて見るわ」

「お寄りになりますか?あるじはやて」

シグナムの問いに、「そやなぁ」と、はやて。さいわい店内は広くて、客の姿もない。

「せっかくやし、のぞいていこか」

はい。と応えたシグナムが前に出てガラス戸を引き開ける。

「失礼する」

店舗の中央に据えられた蜂の巣が、なかなか立派だ。

「イらッシャイまセー」

店の奥から現れたのは、――中近東あたりの出身だろうか――少し浅黒い肌をしたお姉さんだった。ジーンズとブラウスにエプロン姿。闊達そうな恰好に、ヒマワリのような笑顔が良く似合っている。

「ソの蜂ノ巣、フェイクだヨ。残念ダッたネ」

蜂の巣に見入るはやてを見て、にこり。

「デも、蜂蜜は本物、混ジり気ナし。
 正真正銘、ナんとニホンミツバチさン達の努力ノ結晶だヨ♪
 スズメバチにモ負けナいニホンミツバチさン達の底力、舐めチャいケないヨぅ♪」

まるで歌っているかのように口上を述べながら、舞っているかのような足取りで店頭まで。

素人にしては悪くない体軸。とはシグナムの賞賛だ。

「オヤおや、オ嬢チャンはゴ病気カナ?
 ココの蜂蜜食ベタラ、元気にナルヨぉ♪」

言いにくいことをずっぱり斬り込んでくるが、いやみたらしさが無い。釣られて、はやても思わず口元をほころばせてしまう。

「オ姉サンは、キレイな髪ダネェ!
 でモ、ココの蜂蜜シャンプー使エば、もっとツヤ出ルよ♪」

シグナムはちょっと困惑か。頭髪など、今まで気にもしたことなかろう。

「お姐さん、商売上手やなぁ」

「そウ?正直ナだけヨ?」

「そこが商売上手やねん」

ムむ、日本語、難しイネぇ。と眉根をよせるお姉さんの姿に、くす。と、はやての口が綻んだ。そのまま、ころころと笑い出す。

「ムむむ、人見テ笑うノは失礼ダよ♪」

そう言いながら、お姉さんも口元を綻ばせている。

「ごめんなさい。堪忍してください」

なんとか笑いをおさえて、はやてが頭を下げる。

「うンうん。素直でヨろしイ。お姉サン心が広イからスぐ赦すヨ。
 そレはソれとシて、ゴ購入は大歓迎ネ♪」

「やっぱり商売上手や!」

「悲シイね。見解の相違っテのハ」

いかにも遺憾と言わんばかりに手を広げてみせるお姉さん。しかしすぐに、ぷっと吹き出して、からからと笑い出す。釣られて、はやてもまた笑う。


石田先生の見立てでは、自分の脚は回復の兆しを見せているらしい。ほんのわずかだが、麻痺が退いているようなのだ。

でも、素直には喜べなかった。それが、あゆが身代わりになってくれた結果だと判ってしまったから。それが、あゆに何をもたらすか、判ってしまったから。

それに見合うなにものも、与えられないのに。


だから今日は、寄り道をしてしまったのだろう。ちょっとでも気を晴らしたくて。もしかしたら、家に着く時間を少し、先延ばしにしたかったのかもしれない。


でも今だけは、余計なことをすべて忘れて、ただ笑っていた。




****




結局1日中読み上げていたあゆと、それを整理解析していたシャマルは、疲労困憊してソファに沈没していた。

「ほら、かりんの蜂蜜漬け。喉にええで」

「あ゛り゛か゛と゛う゛。な゛の゛で゛す゛」

差し出されたかりんを、あーん。と頬張る。

「フォークまで食ぅたら、あかんえ?」

はやてはなんだか嬉しそうだ。

「ったく、てめぇらは加減ってもんを知んねぇのか」

「ヴィータちゃん、ありがと~」

シャマルの額に乗せた濡れタオルを代えてやりながら、ヴィータが毒づく。

本当なら今夜、もうひとつの【瞳】を回収しに行くはずだったのだ。しかし肝心のシャマルがこれでは、支援が心許ない。

早々に今夜の出撃を諦めたシグナムが、先刻そのことを告げたのだ。

ヴィータはバトルマニアではないが、はやてのために自慢の鉄槌を振るえる機会を楽しみにしていた。タオルを絞るその手に力が篭るのも無理もなかろう。

「あゆちゃん。明日は、別の手段を講じましょうねぇ~」

「自重しろっ!」

叩きつけるように投げ下ろした濡れタオルが、びしゃ!っとシャマルの額にクリーンヒットした。




[14611] #9  脅威は追憶の彼方からなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2013/03/31 13:24




「お、ヴィータのスパーク攻撃、大成功やな」

「ハンマーの扱いにかけて、ヴィータの右に出る者はおりません」

はやてに応えたシグナムは、実はルールを知らない。


八神家総出で観戦しているのは、ゲートボールの練習試合。ヴィータが絶賛出場中なのだ。


        ――【 がんばれヴィータ! 】――


……しかし練習試合に横断幕は、やりすぎではなかろうか?


中丘町スィート・パームス VS 海鳴トム・アプローズ。因縁の対決。

来月には市民大会があるそうだが、このカードはその決勝戦を先行実施しているようなものらしい。

ヴィータの所属する中丘町スィート・パームスは全員が女性――心が女なら医学的には男性でも可――といういささか珍しいゲートボールチームで、名将高柳真理子(旧姓:広岡)女史率いる設立2年目の新進気鋭揃い。

対する海鳴トム・アプローズは、ゲートボールが出来た時から有ったと言う名門。そのぶん、草葉の陰から見守っているOBの人数は随一。

ちなみに何が因縁の対決かというと、中丘町スィート・パームスの設立理由が、両チームの監督の夫婦喧嘩だったからである。

しかも去年の市民大会で、決勝戦にて海鳴トム・アプローズを下していた。




****




大勝して、機嫌のいいヴィータでは、あるのだが……。

「応援に来てくれんのは嬉しいけどさぁ。
 ……なんだよ。これ?」



    それは、まさに墨塊であった。

  卵焼きと呼ぶには、あまりにも焦げすぎていた。



「ごめんなさい。ちょっと目を離した隙に……」

「砂糖入れた卵焼きは焦げやすいしなぁ」

シャマルが初挑戦した卵焼きは、炭焼き風だったようだ。炭で、ではなく、炭を、だが。

「失敗作を弁当に詰めてくんなよ。
 今日はもう終わったからいいけど、腹壊したら試合どころじゃねぇじゃねぇか」

試しにヴィータが箸を刺したら、灰となって崩れ落ちてしまった。蘇生にはカドルトが必要だろう。

「ごめんなさい」

シャマルは平謝り。けれど視線があゆに。

「しゃまるねぇさまが、はやおきしてつくられたのです。
 おひろめくらいしないと。なのです」

「てめぇのさしがねか、あゆ」

言葉面に比べて、その語調は厳しくない。むしろ、炭の欠片を口に運ぼうとするあゆを止めている。

「おねぇちゃんのりょうりとは くらべものになりませんが、これはこれで なかなかいけるのですよ?」

炭には吸着作用があるので、解毒に使えないこともない。実際あゆは、サバイバル訓練で何度か胃腸薬代わりに食べていた。

苦労してすりつぶす必要がないぶん良い炭だ。とまでは、さすがにあゆも言わないが。


「精進やな」

喜ぶべきか悲しむべきか、それとも恥じ入るべきかと惑うシャマルの肩を、そっとはやてが叩いていた。




****




あゆが、半透明のテンキーを打っている。

いや、数字が8までしかないからエイトキーと呼ぶべきか。

口頭ではあゆの喉に負担がかかりすぎるためシャマルが組んだ、クラールヴィント直結のマンデバイスインタフェースである。

【瞳】を挟むようにテーブルに着いているあゆとシャマルを、ザフィーラがリビングの端から見やっていた。この2人は、ほっとけばまた昨日のように根を詰めかねないので、ヴィータの厳命で監視しているのだ。

「やっぱり、ここから記述式が違うわ。
 便宜上ディビジョンと名付けて、構造予測……。
 あゆちゃん、そちらに送ったパターンで構造化、さらに内部で階層化していると予測しました」

閉じていたまぶたを一度だけ上げて、あゆが立体表示された構造予測モデルを見やった。

「わかりました。なのです」

再びまぶたを下ろして、あゆは手の中の【瞳】に意識を集中する。
浮遊している魔力素単体ならともかく、こうした魔力素集積体、物質化魔力体相手なら、視覚に頼らないほうが明晰に視えると気付いたのだ。



今頃シグナムとヴィータは遠方の無人世界へと赴き、リンカーコアを持つ巨大生物からの蒐集を試しているころだろう。

出掛けに「きつねは、じぶんのすあなのまわりでは、かりをしないのですね」と言ったあゆが、ヴィータに拳骨を落とされていたか。


「さぁて、そろそろ一息入れてなぁ。おやつやよぅ」

膝の上のトレィに手作りラスクを満載にして、はやてがキッチンから出てくる。

「あっ、わたしお茶入れますね」

「しぐなむねぇさまと、びぃーたおねぇちゃん。おそいのです」

「せやなぁ。おやつまでには帰ってくるって言うとったのにな」

ゲートボールの練習試合程度では晴らしきれない鬱憤を、ぶつけているのであろう。見たこともない巨大生物に、あゆは同情するのであった。




****




「そんなに おそろしいばしょ だったのですか?」

ああ。と、崩れるに任せるようにしてシグナムが座り込む。

「あのような手練れが、この世界に居ようとはな」

「魔法もなしにわたしの隠蔽魔法を見破られるなんて、思ってもみませんでした」

悔しさを隠そうともせず、シャマルは爪を噛む。

「あたいの相手も、ありゃ人間じゃねぇぞ」

こちらはどさりと、ヴィータがソファに身を投げ出した。


残されていた【瞳】、その最後の1個を回収すべく今夜シグナム・シャマル・ヴィータの3人は、とある屋敷の敷地へと侵入した。

もとより警戒厳重なのは承知していたから、ヴォルケンリッターといえど油断していたわけではない。

だが、相手が悪かった。

塀を跳び越え敷地に足を着けた途端に屋敷から現れたのは、3人の男女だった。

その身ごなしだけで尋常ならざる使い手と認識したシグナムは、ヴィータと2人で相手の足止め、シャマルに回収を任せようとする。

しかし、意に反して足止めされたのはシグナムたちの方であった。二振りの小太刀を自在に操る青年とメイド服姿の女性は、それぞれにシグナム、ヴィータを圧倒した。

もう一人の女性の追跡をどうしても振り切れず、シャマルが追い詰められるに至ってシグナムは回収を断念。

相手に明確な殺意がなかったことを頼みに強引に合流。
連結刃シュランゲフォルムによる防御と、シャマルの隠蔽魔法の強化のもと、ヴィータの転移魔法で別世界へと逃走したのであった。

「攻撃さえ出来たらよ!!」

憤りに虹彩を青く染め、ヴィータが吼える。横薙ぎにはらったこぶしの、しかしやり場がない。

相手を一切傷つけてはならないと申し渡されていたとは云え、ベルカの騎士が同数での戦いに遅れを取ったのだ。ヴィータならずとも吼えたくなるだろう。


「ん? どうしたのだ、あゆ」

あゆの顔色が悪いことに気付いたのは、留守居だったために精神的な衝撃の少ないザフィーラだった。

「……こだち、2とうりゅう。なのですか」



あゆは、施設が襲撃された夜に小太刀二刀流を使う敵の姿を見ている。一撃一撃が重く、しかし迅い。あゆたちを歯牙にもかけぬ教官たちが、ことごとく一刀のもとに叩きふせられていった。

業の染み付いた技というものを、あゆは初めて見ただろう。
業を生む技、業に至った技、業そのものの技。力だけでなく、速さだけでなく。積み重ねられ研鑚された歴史がその太刀筋を支えている。人の意志が、引き継がれるたびに力になっていくのだ。

自分では、ああは成れない。理由もなく、ただ感じるままにあゆは悟った。

あんな存在が居るのに、あれより強くどころか、同じ高みにすら達し得ない。それはつまり、この世界に居てはいずれ殺される。と云うこと。

暗殺者になりたかったわけではない。ただ、その道しかなかっただけだ。けれど、その道すら往く手をふさがれた。

どこに行く宛てがあるわけでもなく、あゆは逃げ出した。
習い憶えた技を忘れたかのように、身についた力も無くしたかのように、ただ夢中で駆け出した。
ぼんやりと灯って見える魔力素だけが道標だった。



「あゆが居た組織の、敵対勢力かもしれない。ということか」

たまたま同じ武器を使う人間がいたからといって、それだけで結びつけるほどザフィーラは短絡ではない。それはあゆとて同じだ。

「あゆの存在が知れたら、拙いか?」

しかし、魔法なしとは云えシグナムを圧倒するほどの使い手が、この世にどれだけ居るというのだろう。

うむ。とシグナムが立ち上がった。

「あの【瞳】の確保は諦める。
 シャマル、サーチャーも外せ。最悪、暴走を始めてからでも我らなら間に合うはずだ」

「わかったわ」

でも。と立ち上がりかけたあゆを引き止めたのはザフィーラで、器用に顎であゆの肩を押さえ、自分にもたれかからせる。

あゆの麻痺はふくらはぎ近くまで忍び寄っていて抗えなかったが、尻尾で撫でてもらうにいたり、その気まで奪われただろう。

「あのタイミングで打って出てきたということは、前々から警戒していたに違いない。
 偵察の時か、魔法監視を気取られたか。
 いずれにせよ、下手に突付いてここに辿り着かれるわけにはいかん」

当分は手の出しようもないしな。と言い置いて、シグナムはキッチンへと踵を返す。

「もう19個もあるんだ。1個や2個、手に入れそびれたからっていいじゃねーか」

ソファから跳ね起きたヴィータが、シグナムを追ってキッチンへ。

「シグナム! あたいにもアイス♪」

「そんなもの出してない!」

くすくすと笑って、シャマルもキッチンへ消えた。

「わたしにもアイス下さい」

「シャマル、お前もか!」

ふさふさとお腹を撫でる尻尾を捕まえて、あゆはぎゅっと抱きしめた。

「アイス食べんならさー、はやて起こした方がよくねぇ?」

「よさんか!」

「うちのこと、呼んだん?」

パイントカップを抱えたヴィータがリビングに飛び出してくるのと、戸口から車イスが入ってくるのが同時。

「おぉ! はやてぇ♪ みんなでアイス食べようぜ」

ええねぇ♪ と、あゆに気付いたはやてが、車イスを寄せてくる。ザフィーラを羽織るようなあゆの姿に、笑顔。

「こっちも、ええやよねぇ」

それっきりなにも言わず、ただあゆの頭をなでた。



[14611] #10 未完の遺物と現在となの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2013/03/31 13:23





ダイニングのテーブルの上に出ているのはホットプレート。その上で香ばしく音を立てているのは円形の生地。

どうやら本日の昼食は、お好み焼きらしい。

「そろそろやな」

いい焼き加減になってきたお好み焼きに、はやてがソースをかける。黄緑色の顔付き機関車がトレードマークの、関西のメーカーのソースだ。

「あら大変。はやてちゃん、お箸を出し忘れてました」

「ああ、待ちぃなシャマル」

慌てて立ち上がろうとするシャマルを片手で制して、マヨネーズ、アオノリ、カツオ節と仕上げていく。

関西風のお好み焼きはな、この。と、今お好み焼きを切り分けるのに使って見せた金属製のヘラを指し示す。

「コテで食べんとならんのや」

各人の前の皿の横には、はやてが使っているものより一回り小さなコテが置いてあった。

「なるほど……」

調理に参加するために配られたのだろうかと考えていたシグナムは、自分の皿に乗せられたお好み焼きを見て得心する。ここからさらに切り分けながら食べるなら、合理的ではあろう。

「おねぇちゃん」

「なんや? あゆ」

ザフィーラの分を床においてやったあゆが、コテを手にした。

「ざふぃーらにぃさまも、これをつかって たべるのですか?」

見やれば、床に居鎮まる狼の前、皿の横にコテが置いてある。

「みんなに配ってや~」との指示のもと、ヴィータが置いたものだ。手渡された本数からすれば、間違いではない。


 ……

あ~。と、はやての視線が泳いだ。

お好み焼きは、大勢でわいわいと支度しながら食べるのが楽しい料理であろう。その事実に少し、浮かれていたらしい。


「ごめん。
 お好きに食うて」




****




「解析が終わったそうだが?」

ヴィータに呼ばれたシグナムが、リビングに入ってくる。これで八神家が全員そろった。

「ええ」

テーブルの上では、紅茶が湯気を立てている。シグナムを呼んでくるまでの間に、はやてが用意したものだ。

クッキーやビスケット、チョコが満載にされた皿の、さらに上に、19個の【瞳】が浮いている。


あゆによる構造探査は3日前に終わっており、あとはシャマルとクラールヴィントによる解析を待つのみであったのだ。

「結論から言うと、この【瞳】は『人造リンカーコア』であり『祈願型デバイスの原型』です」

「人造リンカーコア!」

「祈願型デバイス?」

「原型とは?」

魔法のことを知らない2人は、口を挟まない。

「さらには、その試作品っぽいのですけどね」と、疲労の濃い顔に達成感の笑みを乗せて、シャマルが紅茶を飲み干した。

「シャマル。紅茶のお代わり、どうや?」

「はい。いただきます」


はやての淹れてくれた紅茶を一口含み、シャマルは解析結果から読み取った内容を語りだす。

【瞳】の持つ機能は、大きく3つ。

・魔力素収集機能。
・魔力蓄積機能。
・魔法行使機能。

このうち最初の2つがリンカーコアが持つ能力で、最後のひとつがデバイスの持つ機能である。カートリッジ式のデバイスなら後ろの2つの機能を持つ。と云えるだろう。

最大の特徴は魔力素収集機能だと、シャマルは言う。

魔力蓄積ならカートリッジ。

魔法行使ならデバイス。わけても祈願型インテリジェントデバイスがある。

しかし、魔力素収集機能を持つアイテムはない。いや、ないわけではないが、魔導炉のように大掛かりになってしまう。

【瞳】は、持ち運びできるサイズで、Sランク魔導師のリンカーコア並みの収集能力を発揮できた。もちろん蓄積容量はそれ以上で計り知れない。

携帯できる魔力素収集機能と魔力蓄積機能。人造リンカーコア、とシャマルが呼んだ理由がそこにある。

そして、魔法行使機能。

その制御部には、現在知られているものはおろか、彼女ら古代ベルカの騎士ですら知らない術式まで大量に組み込まれていたのだ。

例えば、一瞬で森林を形成するほどの成長促進魔法。

例えば、竜巻などの大規模な天候操作。

例えば、虚数空間にすら達する次元断層生成。

それらを、【瞳】は所有者の希望を汲んで自動で魔法を行使する。だから祈願型デバイスだとシャマルは判断した。
原型。と付け加えたのは、【瞳】が作られたのがインテリジェントデバイスの登場以前だったのではないかとシャマルが推測したからだ。

だが、それがどんな容であれ、知性のある者にしか知性は理解できない。
自動防御のような条件反射程度ならともかく、所有者の希望を明確に認識するには、【瞳】の判断能力は足りなさ過ぎる。とシャマルは断じた。

しかし、魔法行使に必要ながら相反することもあるこの3つの要素を内包できるだけですごい。ともシャマルは言う。

例えば、インテリジェントデバイスとカートリッジシステムは相性が悪いとされる。乱暴で急激な魔力上昇もそうだが、そもそも大量の魔力は操作が難しいのだ。

魔力素収集と魔力蓄積もそう。
魔力素の収集機能は、蓄積した魔力も収集しようとする。それが巧くいっているのは、リンカーコアの生命体としての柔軟性ゆえだ。
実際、リンカーコアの機能不全を障碍にもつ魔導師の中には、収集と蓄積によって魔力素をループさせてしまう者がいるし、魔導炉が大掛かりなのも、この問題を距離や遮蔽物などで解決するからである。


いくつか問題は抱えているものの、それでも、3つの機能を兼ね備えた【瞳】は、それだけで一人の魔導師だ。

「待て、それなら」

融合騎があるではないか。とシグナムは言う。

確かに融合騎ならリンカーコアを持ち自らの意思で魔法行使まで行うから、3つの機能を兼ね備えているだろう。しかし、

「一般的じゃ、ないでしょう?」と、シャマルは応える。

融合騎は、それを生み出した古代ベルカでさえ希少な存在だった。
いま【闇の書】の中で眠っている管制人格を含めても、今の時代に片手も残ってないだろう。

しかも適性を必要とするうえ、融合事故の危険もあって使い手と状況を選ぶ。


だが【瞳】は21個もある。それどころか、複製すら可能だろう。

これに今のインテリジェントデバイスの機能を付け加えることが出来れば、リンカーコアを持たない人間でも魔法を使えるようになる。
それも、最低でランクAクラスで、運用次第ではオーバーSランクの。


「それで、試作品というのは?」

最近では、もっぱらあゆのソファとなっているザフィーラだ。

あゆの麻痺はふくらはぎにまで及び、さすがに足首を固定できなくなって歩けなくなった。車イスのレンタルを手配しているが、それまでザフィーラが脚代わりになることを買ってでたのだ。
いつでも傍に居る必要ができたため、リビングではソファ代わりになっている。

羨ましいな。と姉が2人ほど思っているが、一人は言い出せず、一人は却下された。


「これは推測だけど、」

少し冷めてしまった紅茶で喉を潤して、シャマルが続ける。

21個ある【瞳】は、同じものではない。
構造や基本的な能力こそ一緒だが、制御部の機構や保有する術式に違いがあるのだ。

シャマルはこれを、開発者たちの試行の結果と見た。

さらには、使用者の願いを汲み取る祈願処理機構が未完成であった。それでも、現状で使い物になるように、いくつかの仕様追加が見て取れる。

これだけの規模の魔力結晶体に、魔力封印が通用したのがそのひとつだ。

開発者たちは、魔力封印をかけることで祈願処理機能の自動実行を封じられるようにしていた。この状態の【瞳】に、その祈願処理機構部分のパラメータを理解したデバイス――現在ならインテリジェントデバイスが適任か――を組み合わせれば、十全とまでは行かなくても、【瞳】を使うことが出来るだろう。

「それにね」と、シャマルは【瞳】をひとつ手にする。

おそらく、試験の途中で遺されたのだろう。【瞳】制御部の数万に及ぶパラメータは初期化もされず、さまざまなステータスが詰まったままで放置されていた。

もし、この状態で下手に【瞳】を使おうとしたら、とんでもない事態を引き起こしたことだろう。
よくて魔力暴走、最悪で次元断層。決して望んだ結果は得られまい。


そこまで聞いてあゆは、まるで弾薬のようだと感じていた。

魔力が発射火薬で、魔法が弾丸。なるほど仕組みは一緒だ。

だが、あゆがそう感じたのは、弾薬も【瞳】も、それだけでは使い物にならないところにあった。

もちろん、弾薬は雷管を刺激さえすれば弾丸を発射する。【瞳】もそうだ。だが、それではどこに飛んでいくか、何をしでかすか判らない。

弾薬は銃で撃つべきで、【瞳】はデバイスの補助を受けねばならない。

だからあゆは、【瞳】を弾薬だと感じたのだろう。


「で、【闇の書】の完成に使えんのかよ?」

クッキーをばりばりと噛み砕きながら、ヴィータは伸びをした。聞くだけと言うのも疲れるものだ。

「ええ。どれほどのページを埋められるか、そこまではやってみないとわからないけど」

「今から試せるか?」

シグナムの問いに、しかしシャマルはかぶりを振る。

「パラメータの初期化と、19個それぞれへのインタフェース構築に、もう少し時間を頂戴」

そうか。とシグナムが応えたその時だ。

「魔力の発動を検知!」

「例の屋敷のヤツか?」

発生源の位置が、その問いを肯定する。

頷いたシャマルを確認したシグナムが、はやてに向き直って跪いた。

「あるじはやて。
 我らは現場に向かい、必要なら対処、封印を行います。
 例の場所ですので妨害も予想されます。その際に、反撃することの許可を戴きたい」

口を開きかけたはやてを身振りで押しとどめ、シグナムは頭を垂れる。

「攻撃魔法には非殺傷設定を行い。けして殺めぬと誓います。
 いくばくかの外傷は与えてしまうかもしれませんが、気絶させるだけです」

「シグナムにも困ったもんやなぁ」

車イスを寄せたはやてが、シグナムの頭に手を置いた。

「うちは最初から、許可したるつもりやったんやで。
 シグナムを信用しとるし、【瞳】が危険なこともわかっとる。
 シグナムがそう言うんやから、必要なことなんやろ?」

……はい。とシグナムは垂れた頭を深くした。目元に光るものがあったようにも見えたが、錯覚かもしれない。

立ち上がったシグナムは、すでに騎士服姿だった。

「油断ならない相手だ、全員で出るぞ」

「致し方なし、か」

人間形態で立ち上がったザフィーラ。はやてのデザインした騎士服姿になるのは、これが初めて。

「行ってきます」

「気ぃつけてな」

「はい」と応えたシャマルが、クラールヴィントを振り子状態に展開。

「ごぶうんを、なのです」

「任せとけ!」

気合充分なヴィータがその鉄槌を構えた途端、ヴォルケンリッターの姿が掻き消えた。



[14611] #11 秘めた決意、隠れた選択なの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:36





『仔猫だな』

『ああ……』

遠目に封時結界を見やって、ヴィータとシグナム。シグナムの返事がそっけないのは、結界の出来を見て内心賞賛していたからだ。

『はやてちゃんが見たら、喜ぶかしら?』

『どうであろうな?あの大きさでは』

シャマルとザフィーラは、さらに離れている。いざという時どう結界を破ろうかと、シャマルは計算に忙しいはずなのにそうは見えない。

4人とも魔法で外見をごまかし、さらに隠蔽魔法で姿を隠していた。


見えるのは、巨大な仔猫。

生物の生長促進ではなく、巨大化。しかも仔猫の体型を維持したままで、潰れもしていない。

現代魔法はもとより、古代ベルカでもありえない術式。莫大な魔力を背景にした強引な魔法は、あきらかに【瞳】の仕業であろう。

『あれなら、差し迫った危険はなさそうだ。
 白い魔導師が手間取るようなら、飛び込むぞ』

屋敷から、以前ほどの警戒を感じない。シグナムは、今なら侵入も可能と判断したようだ。

3人の応えを確認して、シグナムは現場に視線を戻そうとした。しかし、その視界に捉えたものは、

「黒い……魔導師?」

円形のミッドチルダ式魔法陣を展開した少女が掻き消えた瞬間だった。

『転移反応、結界内にでます』

結界内に現れるやいなや発射体を生成、槍のような魔力弾を仔猫に打ち込む。

「悪くない手際だ。やるな」

自分たちの将が観戦モードになったのを感じとったのだろう。紅の鉄騎はふてくされたかのように座り込んだ。

追撃を続ける黒衣の魔導師と、立ちふさがって防御魔法を展開する白い魔導師。結界内で邂逅した2人は、しばし見詰め合った。

「一方的……。いや、白い方に戦う意志がないのか」

デバイスを変形させ、鎌様の魔力刃で襲いかかる黒衣の魔導師の攻撃を、白い魔導師は避け、防ぐことしかしない。

絶え間ない攻撃と、堅牢な防御。そのままであれば、その攻防に決着はつかなかったであろう。

距離を開け、対峙する2人の均衡を破ったのは、ダメージから立ち直った巨大仔猫。能天気にも「にゃあ」と。

覚悟の差か、練度の差か、とっさに放たれた魔力弾が、白い魔導師を撃墜した。

「『ごめんね』、か」

直前の唇を読んで、シグナムが独り語ちる。「根は優しいのかもな」と、口中で付け足して。

『どうすんだ?くれてやんのかよ?』

変形した黒杖が4枚の光翼を広げ、黒衣の魔導師が今にも【瞳】を封印しようとしている。それを横取りするか?とヴィータは言いたいのだろう。

『いや、やめておこう』

烈火の将は即決する。

『我らの目標はあくまでも【瞳】の無害化だ。
 ここで相手を傷つけでもしたら、あるじはやてに申し訳がたたん』

それに。とシグナムは口中で続ける。我らが侵入した途端、先般の連中が出て来ないとも限らない。と。

『黒衣の魔導師は、おそらく転移を行うだろう。
 シャマル、転移先の特定を頼む』

『任せて』

まさか、素直に根城を目指すことはなかろう。と思いつつも、念のために指示だけは出しておく。

結界内から転移した黒衣の魔導師は、そのまま転移を重ね、シグナムの予想はすぐ現実のものとなった。




さて、ヴォルケンリッターが帰還した八神家では、

「超巨大な仔猫かぁ、見たかったなぁ」

「いっけんの、かちあり。なのです」

「あ、映像ありますよ」

「ナイスや、シャマル」

「しゃまるねぇさま、ぐっじょぶ。なのです」

シャマルの株が急上昇していた。

「おなかのうえで、ほんがよめるおおきさ!なのです」

連れて帰ってきていたら喜ばれていただろうか?と、つい考えてしまったのはシグナムである。




****




「それでは始めますね」

シャマルが満座のリビングを見渡すと、全員が黙って頷いた。

「クラールヴィント、【瞳】の管制をお願い」

 ≪ Ja ≫

テーブルの上に浮かぶひとつの【瞳】を、挟むように2つの振り子水晶が展開する。

あゆから手渡された【闇の書】を掲げ、シャマルがページを開いた。

「【闇の書】、蒐集」

 ≪ Sammlung ≫

ぱらり、ぱらり。白紙が術式で埋まるたびにページがめくられていく。徐々に加速して、個々のページが視認できないほどまで。

「すごい。なのです」

「ええ」

【瞳】の解析に携わった2人には、予想できる事態だった。だが、それでも言葉短く洩らすのみ。


ばたん。と音をたてて【闇の書】が閉じる。【瞳】の魔力はまだまだ余裕があるが、書き記すべき術式を全て写しきってしまったのだ。

「……何ページ、いった?」

烈火の将には不似合いなことに、シグナムはおそるおそる訊ねた。

「200ページ、と少し。といったところでしょうか」


シャマルの返答に、誰も口を開けない。


「すげぇじゃんか!」

やにわに立ち上がったヴィータが、興奮して【闇の書】を掴み取った。

「あと3個も蒐集させりゃ、すぐに完せ……」

口篭もったのは、自分と同様に喜んでる顔が少なかったからだ。シャマルは特に厳しい顔をしている。

「待ってね。ヴィータちゃん」

もうひとつ【瞳】を取り出したシャマルが、蒐集の終わったそれと交換。ヴィータから【闇の書】を受け取って掲げる。

「蒐集開始」

≪ Sammlung ≫

ぱらり、ぱらり。と、先ほどと同様に白紙が埋められていく。

しかし、それはあっという間に終わって【闇の書】が閉じた。

「……やっぱり」

「どういうことだ?」

落胆が過ぎて口も利けないヴィータに代わって、問うたのはザフィーラ。

「【瞳】に記録されている術式、それはほとんど同じものなの」

シャマルは言う。

これが魔導師や魔法生物なら、例え同じ魔法でも個体差が出る。【闇の書】は、それを別物として記録するだろう。魔導師でない魔法生物は個性が出にくいから効率は悪いが、それでも全くの無駄と云うわけではない。

しかし【瞳】に記録された術式は違う。単なるコピーに過ぎないそれらを、【闇の書】は同じものとして認識し、書き写さない。

2つ目の【瞳】からたいして蒐集されなかったのは、それだけしか違いがなかった。後は共通した術式だった。ということだ。

「20ページほどですね」

【闇の書】を見たシャマルは、そう確認する。

「19個を全て蒐集しても、560ページということか」

蒐集し終わった【瞳】を掴み取ったシグナムの、問いはつぶやきめいて力ない。

「多少の誤差がありますから、結果的に570ページくらいには」

【瞳】をすべて解析したシャマルは、その内包する術式の差異を把握している。その差分を計算した結果と、たったいま埋まったページとを突き合わせて、最終的に570ページほどになると結論付けていた。

「仮にあと2つ回収してきても届かぬ。か、」

ザフィーラは、自分にもたれかからせている少女に視線をやる。中途半端な蒐集は、【闇の書】を刺激して所持者への侵蝕を加速する恐れがあるとシャマルから聞いていた。それは当然、あるじの肩代わりをしているこの少女への負担となる。

ふさふさと、感情が尻尾に出ていたらしい。あゆが振り返った。

「ざふぃーらにぃさま?」

「なんだ。お手洗いか?」

ごまかしたザフィーラを、あゆは追求しないことにしたのだろう。

「でりかしーのない、おにぃさま。なのです」

ふだん気にしたこともないデリカシーなど持ち出して、その鼻を抓んだのだから。

ネコ目に限らず、多くの動物にとって鼻は急所である。盾の守護獣として頑健な肉体を持つザフィーラとて例外ではない。

たいして強く抓まれたわけではないにしろ、怯むには充分。そのうえで、

「つぎは、みみをかんでさしあげます」

などと言われたザフィーラは、あゆには逆らうまい。と誓ったとか誓わなかったとか。


「たった100ページ!何人か蒐集すればすぐ埋まるっ!」

「ヴィータ」

テーブルを叩いて吼えるヴィータを、はやてが意外に冷静な声音でたしなめる。

「そうです。
 ひとさまのりんかーこあなど むりやりうばわなくとも、なんとでもなります。
 それとも、びぃーたおねぇちゃんは、きょだいせいぶつからしゅうしゅうするのは めんどくさくて、おいや。なのですか?」

「そんなワケねー!」

なら、いいのです。と強引に話しを締めくくったあゆを、怪訝げにシグナムが見やっていた。




****




海鳴市は、日暮れの早い土地である。

卯月も半ばのこの時期、7時ともなればもう真っ暗だ。


住宅街を音もなく歩くのは狼形態のザフィーラである。馬でもあるまいに、かなりの速度を常歩ですたすたと。

いや、いまは馬なのか。

背中にあゆを乗せているのだ。


歩けなくなって、あゆは外出が減った。それまでとて頻繁に出歩いていたわけではないが、少なくともはやてが出かけるなら着いて行かないことはなかった。

それが、遠慮するようになったのだ。

ヴォルケンリッターの誰かなりが抱きかかえてやると言っても、1度や2度では首肯しない。

結局はやての強権発動でさらわれるように連れ出されるのだが、そのときの表情はたとえ朴念仁のザフィーラでも容易に読み解けたであろう。



そこで散歩である。

「散歩に行きたいのだ。付き添ってくれ」

真顔――狼の真顔が区別付くかどうかはさておき――でそう言われたあゆは、リビングを横断中だったはやてに視線をやった。

「どないしたんやー」と目顔で応えて、でもそれだけ。車イスは慣性の法則にしたがってキッチンへと去ってしまう。

シャマルは……。ダイニングのテーブルでクラールヴィントと何か作業をしていて、こちらに背を向けている。いつもと座る位置が違うようだ。

「びぃー」「あたいは願いさげだ。そんなの連れて出歩けるか」

ヴィータはテレビでやってる海外ドラマ【殺アイスクリーム事件】に釘付けで、振り向いてもくれなかった。時代劇とかミステリーがお気に入りらしい。



そうして今、あゆはザフィーラの背で揺られているのである。

「すまんな、付き合わせて」

周囲に気配がないことを確認して、青き狼が口を開く。

「いいえ……。
 
 ……ありがとう。なのです」

「なんのことだ」

「つきが、きれいだと……はじめて しりましたから」

それはザフィーラへの向けたわけではなかったのだろう。アンテナのように引き回した耳で声の指向性を聞き取って、狼は口を閉じた。

少しでも気分転換になってくれればいい。とザフィーラは思う。このところ、あゆは働きすぎだ。麻痺の進行度合も気になる。

【瞳】のおかげで、少なくとも魔力についての心配がなくなっていたことにザフィーラは感謝した。


「すげー!」
「でっけー!」
「おおかみ?おおかみか!?」
「うわっ、オレも乗りてぇ!」
「いいなー」

駆け寄ってきたのは両手に余る人数の子供たち。背丈はバラバラで男の子が多いが、女の子も何人か。

「こら、お前たち。走り込みの途中で寄り道するんじゃない」

「しぐなむねぇさま?」

ポニーテールを揺らした人影が、シグナムの声で子供たちに注意したのだ。袴姿のシルエットが凛々しい。

 「シグナム先生の妹?」          「シグナムせんせー。おおかみ、かってるの?」
  「にてねー」             「先生、乗ってもいい?狼、乗ってもいい?」
   「きっと複雑な家庭事情なんだよ」       「あ、いいなー。僕も乗りたい」
    「かっけー!」            「しっぽ、ふっさふさ。ほしー」
     「どっちが?狼?家庭の事情?」      「せんせー、狼どこで獲ってきたの?」
  「はじめまして、シグナム先生の生徒で、ムサシって言います」 「あっ、おれコゴロー」
「これはどうもごていねいに。やがみあゆ、なのです」
  「かわいいよう!おっ持ち帰りぃ♪」               「キバ、すげー!」
 「よさんか」                    「……おお、かみよ。えぃめん」
「せんせえせんせえ、おおかみこわい……」         「よ~わむし~!」
 「むむ……胸毛の返しがない。すわ新種か!我が名が、ついに学名に!」  「ふかふかー♪」
  「おおかみさん、おおかみさん。お名前は?」       「…じんぎすかん?」
 「……」                    
「先生先生、うちのチョビとで仔を取りましょう。儲けは折半で」    「ツメもすげー!」

なかなかにカオスである。

シグナムはこめかみを押さえるばかり。


ざふぃーらにぃさま、よろしいですか?と、唇をほとんど動かさずに落とされた小声は、カリカリとアスファルトを掻く音で返された。


ぱんぱんと手を叩いて注目を寄せたあゆは、人差し指を高く掲げる。

「いっとうしょうで どうじょうについたひとを、のせてあげるのです」

いつもより高い声音と、溌剌とした口調。

今からのこの場に治めるにふさわしい性格を、演じてみせる。


再びぱんと、両手を打ち鳴らす。

「まずは ねんしょうぐみさん。ほいくえんのこ、ようちえんのこ。なのですよ。
 いちについて、よーい。
 どん!なのです」

「おー!」
「きゃー!」

たちまち駆け出す年少組。走るというより、ころころと転がっているような印象だが。

「つぎは、しょうがっこう ていがくねんさんですよ。よういはいいですか?」

「おぉー!」
「はやくはやくっ!」

はんでは?と向けられた視線に、「30秒だな」とシグナムの応え。

自身の心拍数を把握しているあゆは、多少なら遡って時間を計測できる。

「では……、6・5・4・3・2・1・ごー!なのです」

「やったらー!」
「あいたっ」

慌てるからだ。と転んだ男の子をシグナムが起こしてやると、泣きもせず途端に駆け出した。

「つづいて、しょうがっこう ちゅうがくねんさんですよ。
 おいぬくときは こえかけて、ぼうがいとか、きしどうにはんするこういは ゆるしませんよ。
 あーゆーれでぃ?」

「いぇー!」

なかなかののりなのです。と満足げに頷くあゆ。

「4…50秒だな」

並んだ顔触れを見て、シグナムが宣告。


「では、5びょうまえ」
「5秒前!」

手を突き上げ、手のひらを広げて見せると、中学年たちが付き従う。

「4」
「4!」

突き上げた手の、指でもカウントダウン。

「3」
「3!!」

「2」
「2!!!」

「1」
「1!!!!」

「げーへん!なのです」

 ……

「あ、行かなきゃ」
「あ、そっか」

カウントダウンすることに気を取られて、出遅れるのはどうだろう?中学年たちよ。


「そして、しょうがっこう こうがくねんさんですよ。
 のる。いがいのこうしょうごとも、いっとうしょうじゃないと うけつけないので、あしからず」

「えー!」
「よーし!完全勝利で、おっ持ちかえりぃ♪」
「させるかー!」

こめかみを押さえて、「1分だ」シグナム。

「……では、ごー!   と、いったら はしるんですよ?」

「あたあたあた……」
「フェイントずっけー!」

「といいつつ、ごー!なのです」


     「……」


「ほんとですよ?」

「わぁぁぁ!」
「性格悪ぃ!ホントにシグナム先生の妹かよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

ドップラー効果である。

「次は3分だな」

「さいごに、ちゅうがくせいさん。……なぜ、そんなに やるきまんまんなのですか?」

残った2人は、実に念入りに準備体操していた。

「ふふふ、我が名が学名に。永遠に刻まれるのだ!」
「1匹30万として、180万。半分でも90万……。40万でもいけるか?」

あゆに応えたわけではないのだろう。ぶつぶつと声が小さい。

「あゆ、やっぱり4分だ」

「せんせー!そんなゴムタイヤ」
「むむ、旧態依然たる学会の抵抗勢力か!?見損なったぞシグナム先生」

それでも準備体操を止めないところがまた……。



「はい、10びょうまえ、なのです。げっとせっと」

気合充分なクラウチングスタイルが2つ。

「れでぃー、ごー。なのです」

「なんぴとたりとも我が前は走らせーーーーーーーーん!」
「おっ金、お金♪おっ金だっけが人生よ♪」

その調子っぱずれの歌で、なぜあんなに速く走れるのだろう?


はぁ。とシグナムの嘆息が重い。

「ひじょうきんこうし、おつかれさま。なのです」

「いや、散歩のところをすまん。助かった」

「いえ。けっこうたのしかった。なのです」

嘘ではない。本当に少し、楽しかったのだ。同年代の子供たちと戯れるということが。

笑顔のあゆのその頭を、「そうか」とシグナムがくしゃくしゃに。

「では、ゴールの判定をしに行ってくる」

「はい」と、あゆが応える前に駆け出したシグナムは、あっという間に見えなくなった。「なんだ、そのへっぴり腰は!」と怒声が聞こえてくる。


「我らも、ぼちぼちと向かうとしよう」

「はい」

ゆるりと歩き出すザフィーラの背で揺られ、あゆは自分についてくる月を見上げた。今宵は、寄り添うように月が近い。



あゆの預かり知らぬことであるが、あゆと面識のない目撃者の間で、あゆは【サン】と名付けられ、都市伝説化していくのであった。

もし知ったら、「3ではなくて、54だったのです」とでも反論しただろうか?






















そうそう、優勝者コメントをどうぞ。



 「……おおかみ、こわい……」



[14611] #11.5 静夜の捧げ物[IF]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/02/04 11:30



「縛れ、鋼の軛」

ぽつりと洩らされた詠唱に、反応できなかった。



白い魔力光とともに現れた板状の枷に囚われたのは、猫である。塀の上で箱のようになっていたところを突然に四肢を縛められて、啼くことも暴れることも忘れて瞳を丸くしている。

 ≪ Fesseln der Magie ≫

「ふむ、たしかにただの猫ではなさそうだ」

猫の正面、同じ塀の上に立っているのはシグナム。

「ええ、魔力封印にしっかりと手応えが」

右手にシャマル。ジュエルシードを5つ引き連れている。

「面倒かけさせんじゃねぇぞ」

グラーフアイゼンを担ぎ上げて、ヴィータは左手に。

「……おかしな真似をしたら、」

背後に現れたザフィーラは、それ以上何も言わず、ただ戒めを締め上げた。




****




あゆは、リビングから見える塀の上に時折、猫が居ることに気付いていた。歪つな訓練教育の結果、妙なところで常識を知らない――図鑑で見たケーブライオンがまだ存在すると思っている――あゆは、その猫の毛並みや毛色が有りえないとは知らなかったが。

だがしかし、一度だけその猫が歩いているところを目撃した。その跡で、掃いたように魔力素が消えているのを見たのだ。

今ではそういう存在を知っている。兄姉と慕う、他ならぬヴォルケンリッター達だ。魔力レベルの高い魔導師や騎士は、移動しながら魔力素を取り込んでいくので、そうした痕跡をしばらく残す。

その特徴を読んで、誰が何時どう通ったか、あゆは把握できるようになっていた。




****




「さて、お前が何者か、吐いてもらおうか」

シグナムに摘まれるようにしてリビングに引き立てられてきた猫が「にゃあ」と啼く。

「いまさらごまかせると思ってんのか、なめんじゃねぇぞ」

グラーフアイゼンの尖った杖先を突きつけ、ヴィータの声は低い。

それでも猫は「にゃあ」と。

「てめぇ!」

振り上げた鉄槌は、しかし「まってください」あゆの声で止められた。

「そんな けんかごしでは、はなせるものも、はなせなくなるのです」

ソファから床に下りようとするあゆを、ザフィーラが抱きかかえてくれる。そのまま、猫の傍へ。

「それに、こんな きゅうくつなかっこうでは。
 まほうもふういんして、ふうさりょういきも てんかいされているのでしょう?
 にげようがないのですから、このいましめを といてあげてください」

ねこさんも、くるしいでしょう?と笑顔で問いかけられて、思わず頷き返してしまった猫は、自分がただの猫ではないと言ってしまったも同然だということに気付いていない。

「ああ、こんなにあとがついて。いたかったでしょう」

消えた戒めの痕を撫でながら、あゆは眉根を寄せた。

「にぃさまたちは ちょっとらんぼうで、ほんとうにごめんなさい。なのです。
 ねこさん。……えぇと、おなまえは?」

「リーゼロッテ」と答えてしまってから、ロッテはその口を塞ぐ。猫の骨格では無理なその仕種もアウトなのだが。

「リーゼロッテ、か。使い魔だな。
 そのまま我が家を監視していた理由も素直に吐いてくれる……気は、なさそうだな」

睨みつけてくる猫に嘆息を返し、シグナムは壁に背を預けた。

「で?どうすんだこいつ?」

グラーフアイゼンをペンダントに戻し、ヴィータはあゆの正面に座り込んだ。

「一番手っ取り早いのは、このまま始末してしまうことだが」

ザフィーラはあゆの背後で仁王立ち。

「それだと、背後関係が掴めないわ」

ダイニング側に離れて立っているシャマルは、なにか淹れるべきかと思案中。

「始末しちまって、様子を見に来た後続を捕まえるって手もあんだろ?」と、ヴィータが提案した途端だった。人間形態に姿を変えたリーゼロッテが、その左手をあゆの喉にかけたのは。

「動くな、動けばこの子のノ」

全てを言い切る前にその手首を掴んだのは、当の、人質にしようとしているあゆの左手だった。そのまま手首を引きながら、折り立てた右肘でロッテの左肘を押さえつける。

なんて稚拙な擒拿術。とロッテは内心で嗤う。一瞬驚きはしたものの、体術を得手とするロッテに、こんな初歩的な技が通用するものか。

だが、その一瞬で充分だった。

背後から髪の毛を掴まれたロッテはそのまま床に叩き付けられ、全身これでもかというほどの枷で縛り上げられ、その顔のぎりぎりを掠めて床を打ったハンマーを見せ付けられた。

「少々くつろいだ姿を見せただけで」

その髪の毛を掴んだまま、シグナムはリーゼロッテを牽き摺る。あゆから引き離すために。

「あたいらヴォルケンリッターを出し抜けると思われるたぁ」

グラーフアイゼンを再びネックレスに戻し、その小さなハンマーでリーゼロッテの額を打つ。

「なめられたものだな」

あゆを抱きかかえてザフィーラが一歩下がる。「怪我はないか」との問いに、「はい」との応え。

「まったくです」

得体も知れない相手と接触するのだ。全員にパンツァーガイストクラスの防護魔法がかけてあった。もちろん隠蔽付きで。

あゆがリーゼロッテの気を惹かなくとも、あっという間に取り押さえられていたであろう。

さらには、ロッテは気付かなかったようだが、――使い魔はその素体となった動物の姿が基本であり、人間形態ではその保持だけでも魔力を使う――ジュエルシードによる魔力封印を受けたリーゼロッテでは変身するのがやっとで、その動きはいつもの精彩を欠いていた。

「どうやら、死にてぇらしいな」

容赦なく牽き立てられたリーゼロッテの前で、ヴィータが仁王立ち。

「まってください。
 りーぜろってさん、あまり てあらなことは したくないのです。
 おねがいですから、すなおにおしえてください」

嘘ではない。

取調べの基本として、鬼役、仏役を割り振っていたのは確かだが、はやての気持ちを考えるとむざむざ被害者を出したくはないのだ。

しかし、今は若い女性の姿をしたリーゼロッテは、首を縦にも横にも振らない。

「その覚悟やよし。と賞賛したいところだが、我らもあるじの平穏のために譲れん一線がある」

任せた。とシグナムは、リーゼロッテをシャマルのほうへと突き出した。その名を呼ばないのは無用な情報を与えないためだ。近々接触しようと考えている魔導師たちとは危険度が違う。

「安全の保障は致しかねますけど」

その右手首に4つのジュエルシードを周回させたシャマルが、リーゼロッテの額に手のひらを添える。

 ≪ Gedankenentzug ≫

それは、対象の記憶を強制的に読み出す術式。

相手の記憶を読み取れるレアスキルを持つ者が稀に居るが、その魔法版であった。

「貴女は何者です?」

もちろんリーゼロッテは答えない。しかし、そのことを考えないようにするのは難しい。

「……リーゼロッテ。てっきり偽名だと思っていましたが」

ジュエルシードを通じて見えた情報を、シャマルが口にする。

「そして、ギル・グレアム時空管理局顧問官の使い魔、ですか」

「時空管理局か!」

正直、シグナムは時空管理局を脅威と思っていなかった。特に、このような辺境世界では。しかし、こうして【闇の書】の転生先を突き止めたとあっては、その認識を改めるべきだろう。

「では、目的は?
 
 ……八神はやての監視、【闇の書】蒐集の進捗度確認、ね」

ロッテは、懸命に考えないようにする。頭の中を美味しそうなネズミで一杯にするが、その程度でジュエルシードの術式から逃れられるはずもない。

「管理局なら、【闇の書】を見つけた時点で確保しようとするのではないか?
 一体、何を企んでいる?」

浮かんだ疑問をシグナムが口にすると、遺失術式はそれをも律儀にリーゼロッテの脳髄から引き摺り出す。

「……!」

思わず息を呑んだシャマルに、「どうした?」と、ザフィーラが一歩。

「……【闇の書】の転生を防ぐために、はやてちゃんごと永久に凍結封印するつもり、だそうです」

 ……

「なんだと!」とヴィータが詰め寄るよりも先だった。シグナムの肩に手をかけて乗り出してきたあゆが、リーゼロッテの喉元を締め上げたのは。

「!……」

その、後先考えない行動に慌てたのはザフィーラだ。あゆの体を取り落とさないよう抱え直す。

「……おねぇちゃんが、いったいなにを したっていうんです!」

ジュエルシード越しに何を見たのか、シャマルが目を見開いている。

「えいきゅうにひとりぼっちで とじこめられなければならないような、そんなわるいことを おねぇちゃんがするわけ、ないでしょう!」

がくがくと揺さぶられるが、ロッテは応えない。それはもちろん尋問時の正しい対処法ではあるが、それだけではないのだろう。リーゼロッテの視線が逃げた。

その有様を盗み見て、シャマルは何か納得したかのように今は床に落ちている【闇の書】を視界に入れる。リーゼロッテに掴みかかった時に、あゆが落としていたのだ。

「わたしは……、わたしは あなたをゆるしません。
 わたしのたいせつなおねぇちゃんに ひどいことをしようとする あなたを、ぜったいにゆるしません!
 ……わたしにちからがあれば、いますぐ ひきさいてやるのに」

あゆは理解していた。自分が体術において、この使い魔の足元にも及ばないことを。さきほど関節を極めようとしたときに見せ付けられた、その反応だけで鳥肌が立った。その気配だけで体が萎縮した。がんじがらめの今の状態でもこの使い魔は、あゆをいなしてみせるだろう。

みずからの無力さを噛みしめて、でもだからといって何もせでは居られず、ただただあゆはリーゼロッテを睨みつけた。視線で人が殺せるものなら、そうなっていたであろうほどに。



ざわりと胸元が締め付けられるような感覚をおぼえて、ロッテはあゆに向き直った。

何か、得体の知れない力が圧し掛かって来るのを感じるのだ。気を確かに持てば抵抗は難しくないが、全身にたかられた蟻に、その顎を突きつけられているような不快感が拭えない。ロッテは、第13管理外世界での任務でレム・コンドリアと呼ばれる原生生物に触れたことがあった。魔力で構成された人型形態だったから致命的な結果にはならなかったが、そのときの、細胞を1個1個奪われていくような喪失感を思い出して身震いする。


「もういいだろう。
 こいつにはまだ使い道がある。私に任せろ」

シグナムが置いてくれた手の重みで落ちたかのように頷き、あゆはそのまま俯いた。まばたきすることすら忘れていて、目が痛い。悲しくもないのに涙がでてくるのだ。


「さて、ギル・グレアムとやらは何処に居る?」

とっさに口を大きく開いたロッテが噛んだのは、自分の舌ではなくグラーフアイゼンの柄尻だった。

「楽に死なせてもらえるだなんて、思ってんじゃねぇだろうな?」

相当な勢いで突っ込まれたにもかかわらず、リーゼロッテには傷ひとつついていない。あるじの優しさを思い出さねば、その前歯の一本もへし折っていたであろうに。

「てめぇに噛ませるにゃあ勿体ねぇが、わざわざ雑巾もってくんのもメンドくせぇ、感謝しろよ」

 ≪ Zu Meinem Bedauern ≫

すまねぇ。と呟くヴィータに、≪ Unvermeidbar ≫と鉄の伯爵が応えた。

……

アイコンタクト。シャマルが頷くのを見たシグナムは質問を続ける。

「どうやってここに辿り着いた」
「偶然だと?信じると思うのか?」
「ギル・グレアムは元々この世界出身?
 休暇旅行中に素質のある人間を見つけて、スカウトのための素行調査でか?」
「その企みに関わっているのは何人だ?」
「ギル・グレアムと使い魔がもう一匹だけか?
 そいつらの能力、特技、弱点は?」
「永久封印など、どうやって行うつもりなのだ?」
「専用のデバイスを開発中?
 いつ完成する?」
「あと数ヶ月か。
 間に合わなかったのではないか?」
「覚醒はもう少し後の予定だった?
 ああ、収奪される魔力量からだいたいの時期を推測していたんだな。
 それに、必要になるのは魔力の蒐集が終わった直後……か」
「待て、そのデバイスの開発者は関係者ではないのか?」
「依頼しているだけ、か。
 では、その他に我々のことを知っている者は?」
「居ない?
 ではもう一匹の使い魔の居場所は?」
「つまり、今は一緒に居るはずか。
 そこの見取り図と、侵入経路も考えてもらおうか」
「侵入に際しての注意点は?」
「なるべく秘密裏にことを済ませたい。
 その2人を静かに制圧するなら、どうする?」
「その際、お前という人質は有効だと思うか?」
「この街に居る魔導師、あれは管理局と関係があるか?」
「では、このジュエルシードはどうだ、管理局で把握しているか?」
「この近辺に管理局の部隊が展開してないか?」
「知っている限りの展開状況を思い出せ」


リーゼロッテの頬を涙が伝うが、それを拭う者は居ない。




****




フローリングの床の上に倒れ伏しているのはリーゼロッテ。今は猫の姿に戻っている。

【闇の書】に魔力を蒐集され、精も根も尽き果てたのだ。

蒐集を実行したのはヴィータで、シャマルはそれを克明に記録した。後々役に立つだろう。


「あゆ、私たちはギル・グレアムともう一匹の使い魔の始末をつけてくる」

ソファに座らせられているあゆは、顔を上げもしない。

「お前が思うように、私もこいつらを殺してやりたいが、面倒が多すぎる」

「それに、はやてちゃんも悲しみますしね」

シグナムの言葉を継いだシャマルが、リーゼロッテを抱え上げた。

「バレなきゃいい……ってもんでもないよな。
 はやての未来を血で汚したく、ないもんな」

「その通りだ」

そっぽを向いたヴィータの肩を、そっとザフィーラが叩く。

「……わかっています。
 ぶじに、かえってきてください。
 だれかをきずつけることより、そちらのほうが おねぇちゃんにとってたいせつ。なのですから」

やはりあゆは、顔を上げない。何を思うてか、床を睨みつけたまま。

「ああ、無論だ」

ヴォルケンリッターの全員が、その言葉を合図に騎士服を展開する。

「では、行ってくる」

 ……

「ご武運をって、言ってくんねぇのか?」

「ヴィータちゃん」


「……ごめんなさい。……」

「……気にするな」

ザフィーラの声を最後に、ヴォルケンリッターの姿が掻き消えた。




「……ごぶうん を、……」

言葉は届かなかっただろう。ではその気持ちは、どうであったであろうか。




****




原因不明の疾患で倒れたギル・グレアムが意識を取り戻したのは、新暦65年も半ばを過ぎた頃のことだった。

3ヶ月間ほど、昏倒していたことになる。

おそらくギル・グレアムが倒れたことで魔力の供給を絶たれたためだろう、ほとんど普通の猫となっていた2匹の使い魔も順次回復を見せた。

本人も2匹の使い魔も、ギル・グレアムが倒れた前後のことを覚えておらず、過労によるリンカーコア蓄積不全、それによる循環器の合併症、付随する脳疾患と医者は診断する。

これを機にギル・グレアムは隠居を決意、各方面に惜しまれつつ引退した。




                              おわり



****




 ――私としましてはグレアム達に対しては「気付いたら全て終わってた」が一番の罰になると思い、最終的にそのようにこの作品を構成しました。
 しかしながら、なかなかに猫姉妹の人気は高いようなので、当初あったプロットを元に、ねこ姉妹が監視していたらどうなったかを、本編に影響が出ない程度に修正してテクスト化してみました――



[14611] #12 それは小さな出会いなの(前編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/04/01 07:23



夜の海を臨む公園に、5人の男女の姿があった。変身魔法で姿を変えたヴォルケンリッター+1である。

はやては、彼らがここに居ることを知らない。遠くの世界へ巨大生物を狩りに行く。と聞かされていた。

「びぃーたおねぇちゃん。はじめてください。なのです」

「おぉ、まかせとけ」

黒髪の大男に抱きかかえられた金髪の少女に促されて、黄色い髪の少女が愛杖グラーフアイゼンを構える。

「グラーフっアイゼン!」

≪ Jawohl.Gefangnis der Magie ≫

即座に封鎖領域を張る姿は、いつもの赤い騎士服ではない。変身魔法で上書きされ、騎士服はおろか髪の色も瞳の色も異なっていた。

「では、しゃまるねぇさま」

あゆから手渡された【瞳】を掴み取って、シャマルが慎重に魔力を込める。

「どちらがさき、でしょうか?」

「あたいは白い方にシングルな。ワッフルコーンで」

どっかりとベンチに座り込んだ黄色い鉄騎が、金髪の少女を見上げる。

「では、わたしはくろいほうに」

「じゃあ、わたしは白い方です」

赤い湖の騎士は、さしずめラグーナ・コロラダか。「ふらみんごのいるみずうみだと、おねぇちゃんがいってたのです」と、あゆはなにを連想したのやら。

「ざふぃーらにぃさまは?」

「黒い方にしておこう」

今は黒き狼だからだろうか?

「シグナムはどうすんだ?」

「アイスなど賭けん」

「バニラアイスみたいに白いくせに」

「関係ないっ」

バニラアイスというよりは燃え尽きた灰のような、石灰の将である。

「来ましたよ」

シャマルに指し示された方に、白いバリアジャケットが見えた。

「いい、ひまつぶしでした。
 かけは わたしのまけ。なのです」

「よっしゃ!」

飛行魔法を解除して着地した白い魔導師は、一応警戒しているのか少し距離を置いている。

「あのー、すみません。
 そのジュエルシードは危ないですから、渡して欲しいんですけど」

「はじめまして。なのです」

「あっ、はい。はじめまして。高町なのはです」

ふかぶかと。しつけに厳しい家庭のようだ。おかげでもう、あゆのペースに。

「この【じゅえるしーど】はきけんな しろものなので、だれかれかまわず さしあげるわけにはいきません。なのです」

ええ、あの……でも。と、あたふたするなのはの肩に、イタチの使い魔が登ってくる。

「そのジュエルシードは、僕が発掘したものなんです」

「しゃべるいたちとは めずらしいのです。
 ほねっこ、たべますか?」

ザフィーラ用のおやつを出されて面食らったイタチは、気を取り直す時間も、反論のために口を開く機会も与えられなかった。

「つまり、このぶっそうなものを ここにまいた ちょうほんにん。なのですね?」

詳しい事情など知らないし、状況証拠からの決め付けに過ぎなかったが、イタチは押し黙る。駆け引きは、弱みを見せたほうの負けだ。

「そのことに責任を感じて、ユーノ君はここに来たんです」

「それはみあげた こころがけ、なのです。
 それで。なんこ、かいしゅうされたのですか?」

その……。と、高町なのはと名乗った魔導師も口を濁す。

ほかならぬ自分たちがほとんど回収してしまったことなど百も承知のうえで、あゆは善意の第三者の仮面をかぶる。

?・?‥?…と、期待の眼差しを浴びせかけられたなのはとユーノが、縮んでいくようだ。

『なあなぁ。あたい、あのタカマチなんとかってのが可哀想になってきた……』

『言うなヴィータ。取引を有利にするためには致し方ない』

『あゆちゃんの言ったとおりでしたね』

『ああ、我らはこうした駆け引きはどうもな……』

出来ないことはないが、性に合わない。とまでは言い切らなかったが。

そうしろと言ってはおいたものの、黙して語らないヴォルケンリッターに何を感じたのか、あゆは視線をザフィーラに。

「……」

ついた嘆息は、はたして何に向けたものか。

「たかまちなのはさんと、ゆーのさん。なのでしたね」

なのはとユーノが、首を縦に振る。

「ちゃんと かいしゅうしようとした。その こころいきにめんじて。
 わたしのてもちの【じゅえるしーど】を、おわたししても いいのです」

ほんとに!と、なのはが上げようとした声を、しかし金色の閃光が撃ち墜とす。

2人の間を穿った魔力弾は槍状で、なのはとヴォルケンリッターには見憶えがあった。

「ジュエルシードを、渡して下さい」

見上げる先に、黒衣の魔導師。輝く球雷を続々と増やしていっている。

「私が相手になろう」

腰を落としたシグナムが鞘ぐるみのレヴァンティンに手をかけた途端、その姿が掻き消えた。



「剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。
 よく見切った。
 お前の名は?」

抜き打ちにされたレヴァンティンを斧様の杖で受け止め、黒衣の魔導師が押し返す。

「フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ」

「テスタロッサ、それにバルディッシュか」

弾きあうように距離を取るや、フェイトがバルディッシュを振る。

 ≪ Photon Lancer ≫

「撃ち抜け!ファイア」


 ≪ Panzergeist ≫

「魔導師にしては悪くないセンス」

鴇色の光を全身にまとったシグナムが、フェイトの放った魔力弾を跳ね返しながら肉薄。

「だがベルカの騎士に1対1を挑むには、」

振るったレヴァンティンはバルディッシュで受け止められる。が、これもシグナムが受け止めさせたのだ。「まだ足りん!」狙いはがら空きの胴へ叩き込む、蹴り。

「っく」

吹き飛ばしたフェイトを、シグナムが追って跳ねた。



手の内をさらしたのみならず、名乗り上げるわデバイスの名前まで教えるわで、変装した意味がない。と、あゆは溜息を漏らす。

まあ、手筈どおり、引き離してくれたのでよしとしましょうと、白い魔導師のほうへ向き直る。

「あちらは、まかせておけば いいでしょう」

なのははフェイトに未練があるようだが、あの2人の戦闘に割って入れるはずもない。

「さきほど、【じゅえるしーど】を おわたししてもよいといいましたが、じょうけんがあります」

あゆに促されて、ザフィーラがなのはに歩み寄る。

「条件……?」

はい。と頷いたあゆが、なのはの胸元を指差した。

「あなたの【りんかーこあ】から、まりょくを しゅうしゅうさせてほしいのです」

「リンカーコア?」

そんな単語を知らないなのはは首を傾げる。しかし、

「きっ君は何を言っているのか判っているのか!」

言葉の意味と行為の結果を、イタチは理解したのだろう。声が荒い。

「そんなことをしたら、なのはの魔導師生命……いや、最悪命に関わる可能性だってあるじゃないか!」

「えぇっ!」

思わず胸元を庇ったなのはが、一歩後退る。

「もちろん、ばんぜんのたいせいをしくと、おやくそくするのです。
 わたしたちは、いくつかの【りんかーこあ】をもつ せいぶつでためして、きけんをさいしょうにできるように しらべてきました。
 それに、おれたほねがふとくなるように、【りんかーこあ】もつよく、おおきくなるようですから、けしてりすくばかり。というわけではないのです」

「しかしっ!」

噛みつかんばかりの勢いで身を乗り出すイタチを身振りでとどめ、あゆは自分の胸元に手を当てた。

「もし、よろしければ。
 わたしがさきに、あなたがたの めのまえで、まりょくのしゅうしゅうを うけてみせるのです」

【闇の書】への代理供給を行っている以上、最後の手段にしたいし、そもそも魔導師でないあゆからでは碌にページも埋まらないだろう。だが、そうも言っていられない。

そのけっかをみてから、きめてくださっても かまいません。と、あゆはなのはの目を見る。

そこに割り込めないものを感じたか、イタチが視線を往復させた。

「ひとつ、訊いて……いいかな」

「なんでしょう?」

「どうしてそこまでして、魔力を蒐集してるの?」

なのはの問いは、いっそ淡々としていたといっていい。すくなくとも相手が交渉しようとしてくれている。話そうとしてくれている。その事実がなのはの、心のどこかに引っ掛るのだ。

「ひとつには、この うごかなくなってしまった あし。なのです」

ぺちぺちと己の脚を叩いて見せたあゆは、しかし大して興味はない。とばかりに視線を戻す。飽きた玩具を見る子供のようだと、なのはは感じたかもしれない。

「うごかなくなってしまったことに みれんはないのですが、うごくようになるなら、それにこしたことはない。なのです」

さきほどの印象を裏付けるような言動。けれど、なのはが驚いたのは、その直後にあゆが見せた目、その力強さだった。

「なぜ、まりょくをあつめるのか。
 それは、このよで いちばんたいせつなひとを、まもるため。なのです」

見やれば、黒髪の男も、赤い髪の女性も、座ってたはずの少女もいつのまにか立ち上がっていて、頷いていた。


ゆずれないものが、あるんだね。と俯いたなのはは、「もうひとつ、訊いていいかな」と表情を見せない。

「こたえられることなら、いくらでも」

俯きを深くしたなのはの肩の上から、まるでなのはの代わりとでもいわんばかりにイタチが睨んでいる。いや、ただ真剣に見つめているというだけで、そこに憎悪があるわけではないのか。

「もし私がイヤって言ったら、どうするの?」

「あきらめるのです」

「にゃ?」

あまりにもあっさりした言いように、顔を上げたなのはが奇声。

「おねぇちゃんは、ひとにめいわくをかけることを いちばんきらいますから、じしゅてきに ごきょうりょくいただけなければ しかたない。なのです」

そうは見えないだろうが、これは駆け引きではなかった。

他人の犠牲の上で完治してもはやてが喜ばないことを知っているあゆに、無理矢理とか、問答無用で力ずくといった選択肢はない。意図的に、隠すことはあっても。

「【じゅえるしーど】も、もうふようですし、おかえしするのです」

懐から無雑作にジュエルシードを取り出したあゆは、シャマルから受け取ったものと合わせてなのはに差し出した。

思わず受け取ってしまった9個のジュエルシードを、なのはもユーノも呆然と見下ろす。

それでは。とザフィーラごと下がろうとしたあゆの袖を思わず掴んで、なのはは「待って」と踏み出した。

「?」

首をかしげるあゆの前で、なのはは言葉を探していた。自分の気持ちを、己の願いを、この目の前の少女に届ける言葉を。


「友達になろ」

「へ?」と、今度はあゆが奇声を発する番だった。「珍しいものを見た」と、あとでヴィータがシグナムに自慢するほどの。

「私と友達になろう?」

訊ねるように上げられた語尾は、なのに否やを受け付けるようには聞こえなかった。

「友達なら、助けてあげられるの。
 ジュエルシードとの交換なんかじゃなくて、友達のためなら」

「ともだち、……なのですか」

友達という言葉も、その意味も知っている。しかし、

「ともだちというものが どういうものか、よくわからないのです」

「……。
 お互いに、相手のことをよく知って、知ってあげようとする。
 相手のことを考えてあげて、いつでも助けてあげる。
 だけど間違っていたら止めてあげる。それが、友達かな……?」

にゃはは。と笑って、「私もよく解かってないんだ」と、なのは。

「それは、かぞくではないのですか?」

あゆが知るものの中で、あゆが実感できる範囲の中で、なのはの説明はそれが一番近かった。

「一緒に住んでない、血の繋がってない家族かも知れないね。友達は……」

なのはの代わりに答えたユーノが、なのはに向き直って笑顔を見せる。イタチの笑顔は判りにくいが。

「わかるようなきが するのです」

でも……。と、あゆは視線をふせる。

「わたしは、ともだちのなりかたを しらないのです」

はやては、強引に家族になってくれた。問答無用で家族にしてくれた。家族のなり方など知らないあゆは、だからこそはやてと家族になれたのだ。

「簡単だよ」

目を細めて、笑顔のなのはがそこに居る。

それだけはよく知ってる。と、なのはは胸を張って、「名前を呼んで」と呟いた。

「はじめは、それだけでいいの
 君とか貴女とか、そういうのじゃなくて。ちゃんと相手の目を見て、はっきり相手の名前を呼ぶの。
 わたし、高町なのは。なのはだよ」


「なの は……?」

敬称をつけるべきかどうかを、なのはの様子で推し量って、あゆが初めての友達の名を呼ぶ。

「うん、そう。
 じゃあ、あなたの名前を教えて?」

はい。と応えたあゆはしかし、口篭もる。

変装中のこの姿のために、偽名は用意していた。

しかし、初めての友達に名乗るのが、そんな名前でいいのか?はやてが付けてくれた大切な自分の名を、隠したままで?友達に?その友達の、目を見ながら?

……

いまは金色に見える髪の毛を摘んで見せたあゆの意図を読み取って、シャマルは変身魔法を解く。

「やがみ、あゆ。なのです」

あゆたちの色彩がいきなり変わったことに一瞬だけ驚いて、しかし、なのははにっこりと笑った。

「あゆちゃん。これでもう友達だね」



[14611] #13 それは小さな出会いなの(後編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:21



「力を抜いて。
 抵抗しないで下さいね」

「はい」

ベンチに腰かけたなのはの背後に、シャマル。なのはの肩に、クラールヴィントを展開した右手を置いている。

なのはの正面にヴィータと、ザフィーラに抱きかかえられたあゆ。

シグナムは、追い払ったフェイトが戻って来ないか見張るためと称して上空で待機している。


≪ Narkose ≫

「その術式は?」

なのはの様子を見逃すまいと、ユーノは今、ヴィータの帽子の上に乗せてもらっていた。

「麻酔の魔法です。物理的な苦痛も、魔法的な苦痛も和らげるんですよ」

物質に瑕疵をもたらさない非殺傷設定で生命体を気絶させられることから解かるように、魔法的なダメージも苦痛として認識される。魔力の枯渇を疲労と感じたり、魔力の収奪が麻痺を引き起こしたりと、直接物質に関わらないはずの魔力は、生命活動――なかでも脳神経系――には影響を与えるのだ。

シャマルが使ったのは神経伝達信号を自在に制限する術式で、物理的・魔法的、局部麻酔・全身麻酔、さらには苦痛の種類まで細かく設定できる優れものである。

癒しと補助が本領の、湖の騎士の名は伊達ではない。

「それでは参りますね」

一体これから何をされるのかと固唾を呑むなのはの背後で、シャマルが【闇の書】を取り出す。

ちらり。と、あゆはユーノの様子を確認する。

今回あゆがここに居るのは、交渉役を務めるためだけではない。それだけなら、多少の不得手があってもシグナムなりシャマルなりで充分――もちろん、子供同士のほうが交渉しやすいだろうとの思惑はあったが――だ。

本当の理由。それは、万が一に備えた保険であった。もし、交渉相手が【闇の書】を知っていた時に、ヴォルケンリッターを率いていたのがあゆだと、【闇の書】の所有者だと誤認させるために。

だが幸いなことに、ユーノは反応を見せなかった。【闇の書】の知名度がどれほどのものかは知らないが、すくなくとも見ただけで判る程ではないらしい。


「!」

いきなりなのはの胸元から生えて来た手に一番驚いたのは、ユーノだっただろう。

当の本人はと云うと、意外と平然としていた。麻酔のおかげか痛みも何もないし、なにやら頭がぼーっとしている。自分の胸元から他人の手が生えたという実感が、ぜんぜん湧かないのだ。

つんつんと、つい突付いてしまう。

「しまった、外しちゃった」

突き出した掌の中に、何もない。

「……しゃまるねぇさま」

あゆの向けるじっとりとした視線に、「だってわたし、初めてなんですもの」と言い訳すると、大事な手術の最中に執刀医が「あっ」と呟いたのを聞いた患者のような顔をして、ユーノもシャマルを見る。

「ごっごめんなさい」

やはりイタチの表情はよく判らないが、シャマルは何故か理解したらしい。

こんどこそ。と、いったん引っ込んだ手が、今度は小さな輝きを押し出してきた。

あれが、【りんかーこあ】。と、あゆは自分の胸元に手を当てる。ここにも、あれと同じ物があると教わっていた。だからこそ身代わりになれたのだと、いずれ自分も魔法を使えるのだと、聞いていた。

「蒐集開始」

 ≪ Sammlung ≫

ぱらり、ぱらり。白紙が術式で埋まるたびに、なのはの胸元の光が小さくなっていく。

はらはらとユーノは見守るが、本人は至って平気な顔をして、なんだか眠くなってきた。などと思っている。

ばたん。と音をたてて【闇の書】が閉じるのと、なのはのまぶたが落ちきるのが同時であった。

「なのはっ!?」

「大丈夫。疲れて眠っているだけです」

慌てるイタチに微笑みで応え、ベンチに座り込んだシャマルがなのはを膝抱きにする。


「レイジングハートさん、なのはちゃんの治療に使いたいのでジュエルシードをお貸し願えませんか?」

 ≪ …… ≫

ベンチに立てかけられていた魔法の杖が、無言でその宝玉を明滅させる。その意味するところを悟ったらしいユーノが「本当にジュエルシードを使いこなせるんですか?」とシャマルを見据えた。

「はい」

「…」

あまりに気負いのない返事をどう解釈したものか、鳥を見た砂ネズミのようにユーノが固まっている。

「まだ疑ってんのかよ」

言葉の内容の割に、口調はきつくない。頭の上に乗せてやったことといい、紅の鉄騎はこのイタチのことが気にいったのだろうか?

「いや、そういうわけじゃ……」

それはユーノも感じていたのだろう。それに、今の状況ではどのみち抵抗のしようもない。

「レイジングハート、頼む」

 ≪ All light.put Out ≫

ありがとうございます。と微笑んだシャマルが、レイジングハートの上で円を描くジュエルシードたちに振り子水晶を差し向けた。

「クラールヴィント、2番をお願い」

 ≪ Ja ≫

クラールヴィントがその2個の水晶で円の端を挟みこむと、ルーレットが止まるようにゆるりと回転が止まる。

 ≪ Energie versorgen der Magie ≫

クラールヴィントの管制を受けて、ジュエルシードが魔力を放出。光の帯と変えて、なのはの胸元へ注ぎ込む。

「ホントに使いこなしてる……」

呆然と――やはりイタチの表情はよく判らないが――呟くユーノを、あゆが無表情に盗み見ている。

「まずは、失った魔力の補充を」

ミッドチルダ式にディバイドエナジーという術式があるが、デバイス間で魔力を遣り取りするもので、直接リンカーコアへの魔力供給は不可能だ。魔法を使う分には充分だが、失った魔力の回復とはならず疲労も取れない。

ジュエルシードの中で眠っていたこの術式は、直接リンカーコアへ魔力を供給し、疲労の回復も促す。【闇の書】経由でなのはの魔力の詳細を得ているシャマルはさらに、なのはのリンカーコア特性に合わせて魔力素を調整してみせた。あゆやはやて相手に、使用済みの術式であることも手伝っているが。


「超回復の分も見込んで、少し多めにしておきました」

魔力素構造体である以上、リンカーコアの回復や成長には魔力を必要とする。それを見越しての処置。


「18……、いいえここは17ね」

目盛りを刻むように、ジュエルシードの輪が5個分ほど進む。

ジュエルシードに刻まれた術式は、その9割方が共通だ。だが、それでも個性、得手不得手はある。

 ≪ Wiege Traums ≫

「半日ほど、楽しい夢の中で眠って貰いましょう」

回復が早くなるように、精神状態を良く保ったままで休ませるのだ。

これもジュエルシードの中に眠っていた術式。【闇の書】の中によく似た術式があることをシャマルは知っていたが、もちろんそれを使う気はない。


「12番……だけでは力不足ですね。2番の力も借りましょうか」

輪の中央に寄り集まったジュエルシードが見えない太陽を巡る彗星群のように舞い、てんでに元の軌道へ戻る。先ほどまでとは順列が異なるようだ。その上で、2つのジュエルシードがクラールヴィントの間で止まった。

 ≪ Fesseln der Magie ≫

「最後に、2日間ほど魔法を使えないよう封じさせてもらいました」

魔法を封じる方法はいくつもあるが、リンカーコアに直接働きかけ、指定した用途外の魔力運用の規制まで可能なものは知られていない。

シャマルは、なのはのリンカーコアの魔力を自己治癒と防御魔法以外には使えないように設定した。

「なのはちゃんのリンカーコアは今、水でふやかした高野豆腐みたいになっています」

「コーヤドーフ?」

どうやらユーノは高野豆腐を知らないらしい。と気付いて、シャマルが言葉を探す。花どんこだのフカヒレだの増えるワカメちゃん1個連隊だの、どれも異界のイタチに通じるとは思えないが。

「干物を水に漬けて戻すように、魔力を搾って縮んだリンカーコアを、魔力に漬けて戻そうとしている。で、解かります?」

もっとも、遺跡調査で探検行の多いユーノにとって、食料の保存方法と食べ方は基礎知識だろう。

頷くユーノに満足げな微笑みを向けて、シャマルは続ける。

「この状態のリンカーコアは、脱皮したてのエビ……甲殻類みたいに脆弱ですから、この時期に無理したり魔力ダメージを受けると、最悪死に至るわけです」

その代わりに、この時期を乗り越えればそのリンカーコアは一回り大きく、強く、頑丈になるだろう。シャマルの万全のケアが、その回復と成長を後押しする。


ああ、念のために。と再びクラールヴィトを構えたシャマルは、「2番と4番を」その振り子水晶の間に、ふたつのジュエルシードを止めた。

 ≪ Schleier der Magie ≫

「念のために、対魔力防御を付与しておきました。1週間ほど保ちます」

ベルカ式ミッドチルダ式を問わず、術者が維持せずに継続する術式はほとんどない。魔力がいくらあっても足りなくなるからだ。

これらジュエルシードに眠っていた術式は、どれもその莫大な魔力量を背景に長時間継続するものが多かった。

逆を言えば、だからこそ廃れたのだといえるかもしれない。


さて。と、なのはを抱きかかえたままで立ち上がったシャマルに、ヴィータが歩み寄る。頭の上のイタチのために歩み寄ってやった。が正解か。

「やはり、ジュエルシードの制御方法は教えてもらえませんか」

それは再度の懇願ではなくて、事実の再確認に過ぎない。

「いずれは」

赤い帽子の上で項垂れるイタチに応えたのは、あゆ。

「でも、いまは それをかいしゅうすることが さいゆうせんで、つかうことはないのでしょう?
 おわたしした じょうたいでも、けんきゅうには ししょうがないでしょうし、いまは わたしたちもいそがしくて、せいぎょほうほうを おわたしできるかたちに せいりするじかんが とれないのです」

嘘ではない。現状でジュエルシードの制御はシャマルとクラールヴィントの共同作業なのだ。デバイス部分はともかくとして、術者負担部分はまとめるのに時間がかかるだろう。

だが、それだけとも言い切れない。もちろん、ジュエルシードが無闇に使われないようにする意図もあった。いま渡した9個もパラメータを全て初期化し、いくつもの安全装置やパスワードを組み込んである。

「確認しただけです」

にゅっ。と伸びてきた手が、イタチの首根っこを掴んだ。

「うざってぇな。そのうちきっと教えてやんだから、いまは我慢しとけ」

ひょい、と放り出されたのは、シャマルに抱きかかえられたなのはのお腹の上。

「ありがとうございます」

扱いこそ乱暴だったが、不快な感じはしなかったのだろう。むしろ嬉しそうにユーノは頭を下げた。

「シャマル。さっさとそいつら送ってこいよ」

「ええ。
 ユーノさん、空間座標を教えてもらえますか?」

はい。と応えたイタチとの間で、しかし、なにやら空間座標以外のやりとりが始まった様子。

どうやら、体調診察用の魔法を教えているらしい。シャマルが家族の健康管理用に編んだ術式で、身長・体重・体脂肪率・代謝率・血圧・血流量・脈拍・脳波・心電図・各種ホルモンバランスに脳内分泌系・魔力保有量にその収集効率まで調べ上げる代物だ。

1日1回、お風呂上りに「はか」られるからと、はやてがヘルスメーターと名付けていたが。


ようやく術式の伝授が終わったか、シャマルの足元に緑色の魔法陣が開く。

「それでは行ってきます」と、シャマルたちの姿が掻き消えた途端、ぽたり。と音がした。

誰もそれに気付かなかった。ヴィータも、ザフィーラも、当の本人でさえも。

「どうした、あゆ」

最初に気付いたのは、上空から降りてきたシグナムだった。

「なんで泣いてんだよ」

騎士服と封鎖領域を解除しようとしていたヴィータが、一歩。傍に寄る。

「ともだちが、できました」

その場に居合わせていたのだ。今更聞くまでもない。

それどころか、ヴィータも無理矢理なのはの友達にさせられた。何度か名前を言い損ねて、しばらく言い争ったりしていたが。

念話で聞いていたシグナムも状況は理解している。しかし、あゆがなぜ泣き出したのか、さすがに思い至らない。

「ともだちが……。
 はじめてのともだちが、できました」

ひくっ、としゃくりあげて、いまさら懸命に涙をこらえようとしている。

「でも、はじめてのともだちが できたときには、もう、うらぎっていたんです」

あゆの認識では、友達とは家族同然だった。ユーノに言われたたとおり、一緒に住んでない家族であると。もとより血のつながりなど知らないあゆには、ユーノの言いようがひどく素直に胸に落ちたのだ。

あゆは想像する。はやてが自分を家族として受け容れてくれたあとで、その人が自分が暗殺せねばならない対象だと知ったとしたら。と。その時点で自分が暗殺者として完成させられていたら。と。

ザフィーラの胸にしがみついて懸命に声を押し殺すあゆの傍で、「あたいも、そうなんだよな」とヴィータがグラーフアイゼンを、そこに収めてある10個のジュエルシードを睨みつけていた。




[14611] #14 招待、そして謝罪なの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:35





「こんばんは」

「いらっしゃいませ。なのです」

八神家の玄関でなのはを出迎えたのは、車イス姿のあゆであった。

「どうぞ、おあがりください。なのです」

手配していた車イスが、つい先日届いたのだ。レンタル品だから手動式なのだが、あゆは苦にした様子もなくリビングへと先導する。

「あゆちゃん……?」

あゆの表情が妙に硬く見えて、思わず声をかけたなのはだったが、続きを口にするには廊下が短すぎた。

「良く来た、高町なのは」

「いらっしゃい、なのはちゃん」

「……来たか、なのは……」

「歓迎する」

ヴォルケンリッターが総出である。珍しいことに、ザフィーラが人間形態だ。

「こんばんは。お招きくださってありがとうございます」

「こちらこそ急に呼び立てして済まなかった。
 どうしても話したいことがあってな」

話したいこと、ですか?との問いに「うむ」と応えたシグナムはしかし、「その前に我が家のあるじを紹介しよう」と、なのはの背後を指し示した。

夕食の下拵えの手を止めて、はやてがキッチンから現れたところだったのだ。

「はじめまして。あゆの姉で、八神はやて言います」

車イスを寄せたはやてが、ちょこんとお辞儀。

「はじめまして、高町なのはです。
 そして、こっちがユーノ君」

はじめまして。とリュックから顔を出したイタチに挨拶を返しながら、「おお、ほんまに喋っとる」と、はやてが内心で独り言ちる。

「あゆと友達になってくれたそうで、ほんま、ありがとうなぁ。
 うちとも友達になってくれると、嬉しんやけど」

はやての差し出した手を両手で握り返して、なのはが満面の笑み。

「もちろんなの♪
 よろしくね、はやてちゃん」

「よろしゅうな、なのはちゃん」

にっこりと笑顔を返したはやてが「ああ、もちろんユーノ君もな」と指先を差し出す。

「はい。よろしくお願いします」

ええなぁ。と、このまま指先を挟む肉球の感触に癒されていたいはやてだったが、そういうわけにもいかない。

「そしたら、おふたりさん」

はやての身振りに釣られて振り向いたなのはは、思わず身構えてしまった。

あゆとヴォルケンリッターが、揃ってフローリングの上で正座していたのだ。なのはを迂回して合流したはやても、ザフィーラに手伝ってもらいながらやはり床の上に正座した。


ごめんなさい。と、まず頭を下げたのはあゆであった。

ペリカンのように途惑うなのはを置いてけぼりにして、ヴォルケンリッターが、そしてはやてが頭を下げる。

「わたしたちが かくほしていた【じゅえるしーど】は、ほんとうはぜんぶで19こ、あったのです」




****




いつまで経っても泣き止まないあゆを、しかたなくヴォルケンリッターはそのまま家に連れ帰ることにした。

そして、はやてに全て話したのだ。

巨大生物からの蒐集は効率が悪すぎること。保護生物が多くて、それさえもままならないこと。

なのはと接触したこと。友達になったこと。ジュエルシードを引き渡したこと。詐術を用いて、確保しているジュエルシードが9個であると思い込ませたこと。リンカーコアから魔力を蒐集したこと。なのはの回復に2、3日かかるだろうこと。


全てを聞いて、しかしはやては怒る気になれなかった。怒ってないわけではないが、はやてとて泣く子と地頭には勝てない。

ヴィータまでもが、下手に突付いたら泣き出しそうな顔して唇を噛んでいるのだ。

「なんや、罰はもう受けとるような気ぃするで」

むしろ、泣き止まないあゆをどう慰めるか、そっちの方が急務のような気がしてならないはやてであった。

「まあなんや、悪いことしたんなら謝らんとな」

そういうわけで、なのはが完全復活したとユーノから念話を受けた今日、こうして2人を招いたのである。

「やっぱり、スパイラル土下座やろか?」




****




「つまり、あの黒い魔導師とも取引するためにジュエルシードの数を誤魔化してたんですか?」

一通りの事情を聞き、ジュエルシードの解析結果を聞き、ここに至る経緯を聞いて、ユーノがそうまとめた。

「はい。そうなのです」

赦すから土下座は止めてくれと、なのはたちがむしろ懇願して、今は車イスの上のあゆである。

車イスの上でも正座しようとして、「子供の謝り方じゃないの」と却って怒られたが。

「ちょう、さかしかったか」と、反省中のはやても自分の車イスに、ヴィータとシャマルはなのはたちの斜向かいのソファ、シグナムとザフィーラはそれぞれ車イスの後ろに立っていた。

「あのときに接触してたなんて……」

臨海公園でのフェイトの襲撃の時、それを撃退するように見せて、シグナムは取引をもちかけていたのだ。

圧倒的な実力の差を見せつけた後だから、交渉自体はすんなり進んだ。とはシグナムの弁である。

条件はなのはたちと一緒だったが、決定権がないからとフェイトは一度出直してくることになったのだ。

「さくや、いまいちど こうしょうのばをもうけたのですが、9こでは たりないといわれたのです」

拭いきれてなかった涙を、あゆが拭いなおす。赦してもらった時に思わずこぼれた涙は、止まるまでに多少時間を要した。

「ジュエルシードが9個もあって、足りない目的って……」

骨格の構造上イタチには出来ない筈の腕組みをして見せて、ユーノが首をひねる。ぽくぽくぽく……。と、なにやら木魚でも叩きかねない風情だったが、仏鈴の音は付き従わなかった模様。

「残念ながら、目的については話してくれなかった」

「と言うより、あの子自身も知らされてないように見えませんでした?」

「シャマルもか?
 あれさぁ、口止めされてるっていう口ぶりじゃなかったよな?」

「使い魔は逆上するしな」

ヴォルケンリッターの言葉に「使い魔?」とユーノが反応する。

「ああ、我と同じく狼型のやつがな。
 アルフ……と言ったか。
 主人思いのいい使い魔だが、直情径行にすぎる」

「いいくみあわせでは、あるようにみうけられたのです」

ザフィーラの補足と寸評に、あゆが感想を追加した。

「もっとも、あの にたものしゅじゅうは すなおすぎて、【じゅえるしーど】を ひみつりにかいしゅうできたとは おもえませんが」

「そんなに似てたかぁ?」

小首を傾げるヴィータに、あゆが頷いて見せる。

「はんのうのしかたは ぜんぜんちがいましたが、なにに はんのうしたかがまったくおなじ。なのです」

「ああ、確かに」とシャマル。何か思い当たる節があったらしい。

「目的を訊ねた時に、口篭もるか激昂するかで反応は違いましたけど、それで誤魔化そうとして、誤魔化せた気になっているところとか似てますね」

あのおふたかたも わかりやすいですけど。と、あゆはなんだか溜息をついたように見えた。

「むこうがだしてきたじょうけんも たいへんわかりやすくて、ないじょうがまるわかりなのです」

「内情?」「条件?」と、なのはとユーノはそれぞれ別のところに興味を惹かれたようだ。

「あいては、いま【ふぇいと】をうしなうわけにはいかないから、すこしまってほしい。と、じょうけんをだしたのです」

よく解からない。と云う顔で首を捻ったなのはは、「こちらは、まりょくをしゅうしゅうさせてほしいとしか、もうしでてないのに」妙に力の篭ったあゆの言葉に、反対側へと首を捻る。

「今失うわけにはいかない。と云うことは、用が済めば失ってもいい。と云うことだろう。
 こちらは別に、彼女の身柄や命が欲しいと言ったわけではないのに。な」

憤懣やるかたない。と全身で表現して、シグナムの体から陽炎が昇るようだ。

「そんな……、」

続けて何を言わんとしていたのか、なのははしかし、あゆの様子に気付いて口を閉ざした。

「なにがもくてきかは しりませんが、ろくでもないことか、しゅだんをまちがえているにちがいないのです」

滔々と推測した内容を語りだすあゆを横目に、なのはは「ねぇねぇ、はやてちゃん」と声をひそめて顔を寄せる。

「なんや?なのはちゃん」と応じたはやてだが、言葉とは裏腹に何を訊かれるか判っている様子。

「あゆちゃん、もしかして怒ってる?」

「うん、かなりな」

おかげでまあ、元気にはなってくれたんやけど。と独り語ちたはやてが、あゆをちらりと。

あれ以来、ふさぎこみがちだったのだ。


「あのじょうけんを つたえさせられた【ふぇいと】さんは、そのことを どうおもわれたのでしょう?」

暗殺者などというものは、基本的に使い捨てだ。そのことはハッシッシの昔から変わりがない。

あゆの同期でも、脱落者などがその処分を兼ねて自爆テロに使われていたし、そうでなくても必要があれば駆り出され使い棄てにされていた。いつか朝市で見た爪楊枝のように。

いつかは、ああなる。あゆはずっとそう思っていたのだ。

フェイトと言う少女の境遇は推測するしかないが、他人のような気がしないのだろう。


「これは、なのはちゃんのおかげかな?」

「にゃ?どして?」

「あゆが、家族以外の人のことこんなに気にするようになったんは、なのはちゃんが友達になってくれてからや」

そんな。と反論しかかったなのはは、ぷにぷにと頬を押す肉球の感触に気付いた。

「なに?ユーノ君」と問うまでもなく、指し示された方を見ると、


「だからわたしは、あのひとのために、なにかしてあげたいのです」

なにが「だから」なのか、なのはは聞き逃してしまったようだ。

「それで、あんな提案をしたのか?」

「はい、しぐなむねぇさま」

あゆは、フェイトに対して逆にジュエルシードを要求するとともに『完璧にジュエルシードを操作できる技術者の貸与』を申し出た。いくつかの遺失術式のリスト、サンプルをつけて。


相手がジュエルシードの種類ではなく数に固執していることから、あゆは先方が手段を間違えているか、ろくでもないことをしでかそうとしている可能性に思い至っていた。

ここしばらく魔法やジュエルシードに接してきたあゆは、「魔力量と魔法の利便性・可用性に、関連性はない」と結論付けている。砲撃魔法しか使えない魔導師がどれだけ魔力量をふやしても砲撃の威力が上がるだけだし、治癒魔法にどれほど魔力を費やしても死者は甦らない。

然るに相手は、ジュエルシードの数に拘っている。つまり目的の達成を、未知の技術ではなく、既知の技術の威力増大、もしくは単純に魔力の強大さで叶えようとしているのだ。

単に力だけを集めてそれで叶えられる願いに、どれだけまともなものがあるだろう?テロかクーデターか独裁か弾圧か、あゆが思いついたかぎりでは、なにひとつ碌なものがなかった。


「まずは あいてのもくてきをしること、なのです。
 きいたところで おしえてくれないでしょうから、むこうから はなしたくなるようにしてやったまで、なのです」

「向こうから、話したくなるように……か」

なのはの呟きを、ユーノだけが耳にし、ユーノだけが理解した。あの封時結界の中、なのはがフェイトと初めて出会った時に、居合わせていたのは彼だけなのだから。

「そうだよね、ただ訊いただけで話してもらおうなんて……」

けれど、その落ちる視線はユーノでも支えてあげられない。


「…ちゃん。なのはおねぇちゃん?」

「にゃ!?お姉ちゃん?えぇ?」

「なのはおねぇちゃんは、おねぇちゃんのともだちで、わたしのともだちだから、なのはおねぇちゃんなのです」

よく解からない理屈に疑問符を増やす一方のなのはだったが、つまりあゆにとって友達とは家族と同然なのである。そういうふうに、認識されてしまっていた。すなわちユーノが悪い。

「どうか、されたのですか?」

「ううん、なんでもないの」

とてもそうはみえませんでしたが。とは口に出さず、あゆは視線を巡らせた。何を見つけたのか何も見出せなかったのか、結局なのはの、その肩の上に視線を戻して「そういえば」と、小首を傾げて見せる。

「ゆーのさんのことを、どう およびしたらよいでしょうか?
 ゆーのおにぃちゃん?」

「ゑ!?」

「むっ……」

一体何を言い出すのか。と問い返すよりも先に、ユーノは強烈な眼光に射貫かれた。

あゆの背後に、般若が居るわけではない。いつもどおりのポーカーフェイス、いっそすずしげに。しかし、その視線だけが雄弁に「お前を獲って喰う」と宣言している。

はっはっははっ…。と湿度0%で笑ったユーノは、「目を逸らしたら喰われる。目を逸らしたら喰われる」と唱えながら、パラパラのようなよく解からない手振りで意思を示そうとしている。八つ裂き光輪でザフィーラを真っ二つにしたかったのなら、フィニッシュは右腕だぞ。

「……いや、その。お兄ちゃ… ぴっ! ……は、ちょっと…。
 その、普通に呼んでくれれば……」

途中の壊れた笛みたいな音は、眼光の出力が倍増したためだ。イタチには汗腺がないはずなのに、滝のような脂汗を流している。

「そうですか……、
 それでは、いたちさん」

「僕フェレットだよっ!?」

随分弱くなっていたとは云え、思わず眼光を撥ね退けたユーノが、跳び上がらんばかりに。

「フェレットってなんだ?」

「いたち。なのです」

ヴィータの質問に、即答。

フェレットなんだよぅ……。と肩の上で頽れたユーノを、なのはが懸命に励まそうとしている。落ち込んでいられなくなったらしい。

「じょうだんはこのくらいにして、ゆーのさん」

へんじがない。ただのしかばねのようだ。

「ゆーのおにぃ……」「なんでしょう!」

びしっ!と音が出そうな勢いで直立不動になるフェレット。コンマ5秒で鋼の硬さ!とは、このことか。

「【じゅえるしーど】をおかしいただくけん、よろしいですか?
 そのかわり。というわけではないのですが、すべてがおわったあかつきには、21こ、みみをそろえて おかえしできるのです」

立ち会わせて貰えるんだよね?との質問に頷いたあゆが、視線をなのはに移した。

「もういちどいいますけど、こよい0じに かいとういただけるよう、ふぇいとさんと おやくそくしてるのです。
 じょうきょうによっては そのまま あいてのきょてんにおもむいて、【じゅえるしーど】をつかうことも そうていない。なのです」

なのはがちゃんと聞いていることを確認して、あゆは続ける。

「なのはおねぇちゃんに おねがいしたいのは、
 しぐなむねぇさまたちといっしょに、こうしょうばしょまで いってもらうこと、
 ひつようにおうじて、【じゅえるしーど】をかしてほしいこと、
 できるだけ、ごじぶんとゆーのさんのみは じぶんでまもること、
 ばあいによっては、ふぇいとさんをまもること。なのです」

あゆが一本ずつ立てて数えてみせた指の、最後の小指を見ながらなのはは首を傾げた。

「フェイトちゃんを守るの?」

自分を一撃で昏倒させるほどの魔導師を、逆に守る。ということが、少し実感できないらしい。

「むこうにとって、ふぇいとさんはつかいすててもおしくない、しょうもうひんであるかのうせいが たかいのです」

消耗品であれば、複数居るかもしれない。いや、複数居るからこそ、消耗品扱いなのでは?

相手の戦力は不明だが、その尖兵たるフェイトやアルフでさえ侮れない実力者である。それと同等か、それ以上の相手が複数出てくるようだと、ヴォルケンリッターでも手加減している余裕がないかもしれない。

足手まといになることをおそれて、今夜はあゆもついて行かないのだ。

「いざというとき、みすてられるかもしれないし、めいじられて てきたいするかもしれません。
 そのときは、なのはおねぇちゃんが まもってあげてください」

「うん。頑張る」

フェイトの境遇を再確認して表情も硬く頷くなのはを、心配そうにユーノが見上げていた。


約束の刻限まで、まだ遠い。



[14611] #15 なまえをよんで
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:35





リビングのソファで寝ていたはやてとあゆは、床の上に現れた魔法陣の輝きで目を覚ました。この時間帯では珍しいことに、あゆも寝入っていたようだ。

朝まだき。カーテンの隙間が、かろうじて明るい。


一緒に転移してきたアルフがフェイトを抱きかかえていたので、すわ負傷か。と訊けば、違うと言う。

「フェイトちゃん、お母さんに酷いこと言われたの」

自分のことのように辛そうな表情で、なのは。

「フェイトぉ……」

力なく耳を伏せ、今にも泣き出しそうなアルフを、今は誰も慰めてやれない。




****




「先方の、プレシアさんの願いは、死者蘇生でした」

はやての淹れてくれたコーヒーを一口啜って、シャマルはそう語りだした。



交渉場所に現れたフェイトとアルフの前に張られた空間モニター。そこに映し出された女性がプレシア・テスタロッサと名乗ったそうだ。

「死者蘇生は可能か?」と問うプレシアに「状態に拠る」とシャマルが答えて、その拠点である【時の庭園】に招かれたらしい。

見せられた遺体は最高の状態で保存されており、ジュエルシードの力なら蘇生可能。とシャマルは判断した。

死者蘇生が難しいのは、死んだ時点から肉体が急速に損なわれていくことと、脳神経系から失われた活動電位などの情報を回復する手段がないからである。生き返らせること自体は可能でも、意識が戻らなかったり理性を無くしたり記憶を失ったりと不如意も甚だしい。

人の精神活動が紙に描かれた絵だとすれば、死は、それを拭い去る消しゴムであろう。長期記憶や癖といったものは油性ペンで描かれた線のようなもので消しゴムでも消せないが、それも紙そのものが朽ちる――脳が腐る――までの命だ。

ところが、そこにはこの遺体の生前時に録った脳電図と脳磁図および、死亡直後にプレシアが記録した脳電図と脳磁図が揃っていた。

もちろん、それだけでは充分ではない。死後に録ったものは痕跡として希薄すぎるし、生前に録ったものは死亡時との脳構造が――成長によって――異なっているためにそのままでは適用できないのだ。

そこを補強するためにシャマルが目に付けたのが、魔力の痕跡だった。

物理的な干渉を一切封じられた非殺傷設定魔法が生物に影響を与えることを、指向性を与えられた魔力が人体内の魔力と反応して苦痛を与えることを、癒しを本領とするシャマルは熟知している。

その遺体に宿る魔力、特に脳神経系に残された魔力を計測・シミュレートすることで、過去と現在に未来からのベクトルを加えることができるはずだ。

絵を描いた時の筆圧を頼りに、鉛筆でこすってその筆致を浮き上がらせるようなものか。魔力素を直接視認し解析する才能を間近で見たシャマルの、それが自分なりの応用の仕方。


重要なのは、魔法でも、魔力でもない。死亡直前の遺体の――わけても脳波や神経細胞の発火――状態を再現できるか?その構築力であった。


シャマルは、18個のジュエルシードを並べる。

魔力の操作に長けた2番。治療が得意な5番。計算能力に特化した9番。自己フィードバック機能が持ち前の10番。崩壊と再構築術式を兼ね備えた13番。シミュレーション機能と現実化能力を追い求めた20番。魔力調整と術式精度の補強を特質とする21番。

これらを、支配と制御能力を持つ4番と、判断、分配能力が特徴の11番でまとめてネットワークを構成した。残りの9個はそれぞれのバックアップ、動作チェック用だ。

それらを、3基のデバイスたち――レイジングハートとグラーフアイゼンの補佐を受けたクラールヴィント――が統括する。

ジュエルシードを『祈願型デバイスの原型』と見做し、なかでもその演算能力だけに着目して組み合わせ、巨大なリソースを持つ仮想デバイスとして構築したのだ。


シャマルはまず、遺体の脳神経系をスキャンさせ、仮想空間でモデリングする。遺体の保存状態はほぼ完璧だから、死亡直後の脳の状態を再現できただろう。

次に、生前時に録った脳電図と脳磁図と死亡直後のそれとの差分を算出して、記録当時の脳構造も再現。

さらに現在の脳神経系に残された魔力を計測して、その強弱・ベクトルを時差補正、そこから死亡当時・生前記録時の推定値をたたき出した。

それぞれの情報をそれぞれで補完・フィードバックすることで補強して、得られたのは生前記録時の脳神経系の仮想モデルとその脳波や神経細胞の発火状態のシミュレーションだ。

最後に生前記録時と死亡直後の脳組織の差分を取って、生前記録時の脳波と神経細胞の発火状態を死亡直後の脳組織へコンバートしてやれば、死亡直後の脳波と神経細胞の発火状態が再現できる。

まるで多色刷りの浮世絵か、それともクロスワードパズルか。赤青緑と光の三原色が照らし合わさって白色光となるような、シミュレーション結果。


ここまで終わったところでシャマルは、5番に命じて遺体の心臓に除細動を実施、心室細動の開始を確認した上で心肺機能を監視調整させた。

全身に血流が巡り脳への酸素供給が十全になるのを待って、シミュレーション結果を脳組織で現実化する。魔力で擬似的に活動電位や脳波、伝達物質を再現し、意識回復の呼び水、セルモーターとするのだ。

 ≪ Einfugen die gehirnnerv ≫

本来なら記憶疾患やアルツハイマー、認知症などの治療に使われるこの術式が、今回唯一のジュエルシード固有魔法の行使であった。


クラールヴィントに任せて、ヘルスメーターの術式を展開。予後の監視を行う。

再現した脳波や神経細胞の発火状態が定着するまでが勝負だった。



「その少女の、アリシアちゃんの蘇生は成功しました。短期記憶に欠落はあるでしょうけれど、意識が巧く定着してくれました」

魔法の素質が極端に低かったのも成功の要因のひとつでしょう。とシャマルは言う。

リンカーコアの能力が低かったおかげで、体内の残留魔力に変化が少なかったからだ。これが魔力保有量が多くて魔法を良く使う魔導師だったら、体内の魔力変移が激しくて、魔力の追跡調査による過去の体内状態の推測などという裏技は成立しなかっただろう。



プレシアの娘アリシアの蘇生は成功し、意識も――すぐに眠ってしまったが――取り戻した。

問題は、先方が確保していたジュエルシードを引き渡してもらった後のことだ。



「「それでは約束どおり、フェイト嬢を預かる」そう言った私に、ヤツはこう言ったのだ。
「もう要らないから、好きにしなさい」……と」


なんだと?と詰め寄るシグナムに、眠るアリシアを抱いたプレシアはもう一度口を開く。

「それは、この子の身代わりの人形。
 そっくりなのは見た目だけで、ちっとも使えない役立たず。
 そんな出来そこないのガラクタ、欲しければ持っていきなさい」

「貴様!」

シグナムは殴りかかりたかった。しかし、背後にいる少女の気持ちを考えると、勝手な真似は出来ない。

そうして欲しいと頼まれたなら、はやてになんと言われてようと斬り捨てただろうに。




「……」

思えば、ガラスシリンダーに浮かんだ少女の姿を見たときから、嫌な予感はしていたのだろう。

フェイトは、自分をそのまま幼くしたような少女の存在が示すものを、考えないようにしていたのだ。

しかし、

「母さん……」

事実は、他ならぬ母と慕っていた人の口からもたらされた。

「私をそう呼んでいいのはこの子、アリシアだけよ」

「アンタっ」

彫像のごとく固まってしまった主人に代わってプレシアに殴りかかろうとしたアルフは、しかしザフィーラに止められた。

「放せよ!アタシゃ、コイツが赦せない!」

ザフィーラとて不本意だ。だが、あるじとの約束がある。




「どうして……」

事情は判らない。経緯も知らない。だからと云って今抱いている感情を棚上げにできるほど、なのはは大人ではなかった。

自分だって、家族とうまく行っているとは言い難い。わだかまりがあるし、微妙な距離があると解かっている。

幼い頃に放置された記憶が、今も壁となって立ちはだかっていることを自覚している。

忙しかった家族に迷惑をかけたくなくて、いい子であることを自彊してきた。いまさら本当の自分など晒せないほどに心を鎧ってしまってることすら、おぼろげながらも理解している。

だからこそ家族たちが、自分を扱いあぐねていることも。


それでも、家族の間であんな言い方はしない。されない。

本当の家族じゃないらしいはやて達だって、あんなに仲良くやっている。

それなのにこの人は、フェイトを否定するのだ。

「フェイトちゃんは、お母さんのために頑張ってたのに!」

「それがなに?
 アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。
 時々わがままも言ったけど、私の言う事をとても良く聞いてくれた。
 アリシアは、いつでも私に優しかった」

フェイトの助けになってあげたいのに、どうしていいか判らない。

「やっぱりそれは、アリシアのニセモノよ。
 せっかくあげたアリシアの記憶も、それじゃ駄目だった」

なのはの視界の端で、シャマルが何か反論しようとしたようだった。けれど、その口は閉ざされてしまう。

シャマルに向けた視線をフェイトに戻して、プレシアは酷薄に口の端を吊り上げた。

「未練があるようだから、良い事を教えてあげる。
 貴女を作り出してからずっとね、私は貴女が大嫌いだったのよ」




****




「ごめんね。お願いされてたのに、フェイトちゃんを守れなかった」

ソファに座らされているフェイトの隣りで、なのはが涙をこらえていた。

「せいしんてきなこうげきまでは、そうていがいでした。
 それに、あやまるようなことではないのです」

自分も行けばよかったかと考えたあゆは、しかしすぐにそれを振り払う。その場に居たところで、とっさにいい方法など思いつくはずがない。



「なあ、なのはちゃん?」

車イスをフェイトの前に持っていきながら、はやてが、なのはに声をかけた。

「?」

視線ももらえずに名前を呼ばれて、なのはは首をかしげる。

「なのはちゃんのお母さんって、どんな人?」

えぇと……。と、なのはは一旦フェイトを横目に見て、はやてに視線を戻す。しかし、はやてはフェイトを見つめたまま。

その……。と、フェイトとはやての間で視線を往復させるが、一向に視線をもらえない。

「話せへんのやったら」と口を開こうとしたはやてを「待って」、なのははなぜ止めてしまったのだろう。

  「……」

自分でも判らないまま、なのははうつむいた。

「……私のお母さんは、」

ぽつりと、搾り出すように。しかしはっきりと。

「私の大好きなお母さんは、
 料理が得意で、
 パティシエで、
 だからお菓子作りはもっと得意で、
 なかでもシュークリームは絶品で、」

なぜだろう。

話し出すと、堰を切ったかのように母親のことが口を付いて出てくるのは。止まらないのは。もっともっと、母だけでなく、父のことも、兄のことも姉のことも話したくなるのは。

「お店の切り盛りをしていて、
 いつもお父さんと仲がよくて、
 お姉さんと間違われるくらい若くて、」

なのはちゃん。と、フェイトから視線を外さないままはやてが呼んだ。

「なに?」

なのはも、視線を上げない。

「お母さんは優しい?」

「……うん」

「お母さんは厳しい?」

「ちょっとだけ」

「お母さんは、いつもなのはちゃんのこと心配しとる?」

「たぶん」

答えるたびに、なのはの声が震えを増す。

「でも、それを口に出したりはしないんかな?」

「そうだね」

「それは少し寂しい?」

「少し、……じゃないかな?」

「そぉか。
 きっとお母さんもそない思ぅとるよ」

「そうかな?」

「訊いてみんと、話してみんと、解からんことは多いんやで」

「そう……だね。
 訊いてみたことなかった。話したことなかった。
 話しを聞かせてって言ったこともないのに、話してくれない。って、私すねてたんだね」

シャマルからハンカチを奪い取ったヴィータが、そっぽ向きながらユーノに渡した。

受けとったものの、ユーノとてとても差し出せない。

「うちは、両親を早ぅに亡くしたからよぉ解からんけど、いいお母さんやな」

……うん。と声にならず、なのははただ頷いた。


「フェイトちゃんのお母さんは、どぅや?」

息を呑んだのは、いったい誰か。

しかし、


「 かあ さん は……、」

焦点は定まらず視線はさまよって、フェイトの声は口の中から出て来ない。

うん?と優しく、はやては聞き返す。

「なのはちゃんに負けとったら、あかんで。
 ほら、言うたりぃ。自分のお母さんのこと」


「……私の 母 さん は」

抱えた膝を、締め付けるように。

「花の……冠を、作って くれた」

一度止まった視線のぶれはしかし、先に倍して揺れ始め……

「……けど、けど、けど、それは、そ れは、そ れ は……、」

私の記憶じゃない?と、口からは洩れない。

「他には、ないか?フェイトちゃんの、お母さんのこと」

「……母さんは、母さんは、かあさんは、かあ さん は、私に笑いか けてくれた」

でも、でも、で も……。と、フェイトは声を震わせる。

「これは私の記憶?誰の記憶?あの子の記憶?」

「うちは、フェイトちゃんのお母さんは、良いお母さんやったんやろうなって、解かっとるんやけど」

えっ!!と思いがけない大声をあげたフェイトが、初めてはやてを見た。

そんなはず、あるわけない。と呟いたアルフは、はやてから視線を逸らしたが。

「自己紹介がまだやったな。うちは八神はやてや」

フェイト・テスタロッサ。と、フェイトの名乗りは手短で口早に。

「これで友達や。よろしゅうな」

差し出された手を掴んだフェイトは、振るのではなく、引き寄せた。はやてが「うちの家族と友達を紹介しような」と言おうとしたのを、そうして止める。

「……教え て」

握った手の力を強くするフェイトに、「答え、自分で言うとるんやけどな」と、内心で頭を掻き、はやてはその手を握り返してやった。

「フェイトちゃんの名前、誰に付けてもろうたん?」

「……。…… 母 さん?」

知識でなく記憶でなく、推理で辿り着いて。自分に、プレシアから貰ったものが有ったことに驚く。

「いい名前やね。
 そんなにいい名前をつけてくれた人が、悪い人のはずない」

「いい……名前? 私 の、名前 が?」

そうや。と、握っていた手を一旦放し、フェイトの掌に「FATE」と書いてやる。

「FATEって言ぅんはな、『from all thoughts everywhere』の頭文字なんや」

ミッドチルダ語と英語はよく似ているが、フェイトはとっさにその言葉の意味を理解できなかったのだろう。聞いた言葉が心の裡を空回りして、ほどけてしまう。

「その意味は、『遍在するすべての思いやりから』」

「思いやり……?」

命名者にそんな意図はないだろうと思いつつ、はやては頷いてみせた。ちらりと視線をやったサイドボードの上には、元ネタとなった本が置いてある。「うちも腹黒ぉなったなぁ。あゆの影響やろか」と内心で呟いて、しかし微妙に嬉しそうだ。「姉妹なんやから、似てて当然やな」


「しかも、世界中のありとあらゆる全ての。やで」

思いやり、ありとあらゆる思いやり。と、言葉はフェイトの口の中で消え、それを外へ押し出さんとするかのごとく繰り返される。


「いいなまえ、なのです」

「せやろ」

「わたしのなまえほどでは、ありませんが」

はやての耳に届くか届かないかの小さなささやきに、苦笑。


フェイトはまた動かなくなってしまったが、視線だけはしっかりと、前を向いて揺るがない。

「シグナム。フェイトちゃんとアルフさんを客間に案内してくれるか?」

もう大丈夫と判断して、背後に立つシグナムに預ける。

「はい。お任せください」

フェイトを抱きかかえたアルフがリビングを後にするのを見届けて、「みんなも、少し休もな」と、はやては微笑んだ。




*****




朝からずっとリビングのソファに座りっぱなしだったフェイトを、あゆは散歩に誘った。

八神家に運び込まれてきた時のことを考えればずいぶんマシな状態になってはいるが、まだ、母親から捨てられてしまった衝撃から抜けきれてそうにない。

自分が散歩に連れ出してもらったことを思い出して、いささか強引に連れ出してきたのだ。

すこしでも気分転換になればと、あゆは願うのである。



フェイトに車イスを押してもらって、信号待ちしている時だった。

「痛っ!」

振り向けば、母親らしき女性に抱かれた乳飲み子が、その小さな手でフェイトの髪の毛を引っ張っている。

「あっ、ごめんなさい。こら、お姉ちゃんの髪の毛、放しなさい」

抱き慣れてないのだろう、両手を使って乳飲み子を抱いた女性は、手も出せずにただおたおたしていた。

車イスというものに慣れないフェイトは、手にしたグリップを放していいものか判らず、されるがまま。

「ふぇいとおねぇちゃんの かみのけは、きれいですからね。
 ほしくなっても、しかたないのです」

車イスの上で体勢を入れ替え、あゆが手を差し上げる。

「でも、むりやりは よくないのですよ」

いとけない手を優しく開いて、フェイトの髪を開放した。

ごめんなさいね。と頭を下げつつ横断歩道を渡り始めた女性を見て、信号が青になっていたことに気付く。

「わたりましょう。そこのこうえんのさくら、まださいてるんですよ」

「……うん」

押される車イスの挙動が安定しないのは、押してるフェイトの視線が動いているからかと、あゆは推量する。おそらくは、あの女性。そしてあの、乳飲み子。

 ……

さまざまな種類の桜を植えてあるこの公園には、ザフィーラに何度か連れてきて貰ったことがある。

月明かりに見上げる夜桜は幻想的で、無粋なあゆをして美しいと溜息をつかせたのだ。

陽光に照らされた桜は、夜闇で見せる妖艶さこそないものの、清々しく生き生きとしていて、それもまたよいとあゆに思わせた。


「うらやま……しいな」

落ちてきたのは、呟き。何が羨ましいかなどと、訊くまでもない。

「うらめに、でましたか」とは口に出さず、敢えてあゆは「なにがですか?」と訊いた。接ぎ穂を探すには、それしかなかった。それがたとえ墓穴でも。

「……さっきの、親子」

「さっきのおやこ?」

わかりきった応えになると知りつつ、さらに水を向ける。

「……あんなふうに普通に産んでもらって、普通に生まれてこれたら、
  何を求められるでもなく、全てを求められるのかな?」

「なぜ、うらやましいのです?」

車イスが、止まった。まだ咲き始めの姥桜の前で。

「私は……、普通に産んでもらえなかった、普通には生まれてこなかった。
  ……求められたことに応えられなかった。求めることを許されなかった」

すすり上げる音を頭上に聞きながら、あゆは覚悟した。

「そうですか。うらやましいですね」

「そ……、え? ……羨ましい?私が?」

……最悪、フェイトに嫌われることを。

「ええ、うらやましいのです。
 わたしは、5ねんよりまえの きおくがありません。
 じぶんが だれからうまれたのか、どうやってうまれたのかも、しりません」

風に吹かれて舞い落ちてきた花びらを、その掌に受ける。

「わたしは、ふつうにうまれてきたのかもしれません。
 けれど、もとめられることも、もとめることも、だれも、だれにも、できないのです」

それは、本当であり、しかし嘘だ。

今のあゆには、はやてが居る。実の親は知らないが、求めてくれて、求めさせてくれる、お姉ちゃんが傍に居るのだ。いまさら実の親などどうでもいい。

「ふぇいとおねぇちゃんには、もとめてくれていたひとが、もとめたいひとがいるではないですか。
 てをのばせばまだとどくのに、もう あきらめたのですか?」

私は!と、フェイトが湿った声を荒げようとしたその時だった。「ああ、居た居た。さっきはごめんねぇ」と、先ほどの女性が現れたのは。

「やだ!もしかしてさっきの、やっぱり痛かった?」

パタパタと駆け寄ってきた女性は、乳飲み子を連れていなかった。その代わりに、なにやら平べったいバッグのような物を提げている。

「ほんとごめんねぇ。痛かったよねぇ」

フェイトをぎゅっと抱きしめ、その頭を撫でる。牛乳とはちょっと違う、生臭いミルクの匂いがほんのりと。

いえ……その……。とフェイトは離れようとするが、お構いなしだ。

「髪の毛、痛んでないかしら?綺麗な髪なのに、ほんとごめんねぇ」

フェイトを一旦開放し、先ほど乳飲み子が引っ張った一房を念入りに手繰り始める。

「あ……あの、本当に大丈夫、ですから」

「そう?そうならいいんだけど」

でも、ね。と女性は手にしたバッグを開いた。それは、二つ折りにされた取っ手付きのトレイとでも云えばいいのだろうか?

開いた内側に、所狭しとさまざまなアクセサリーが並んでいた。

「私ね。アクセサリーのデザインとか、してるの。専門は七宝焼きとクレイシルバー。
 さっきのお詫びに、ひとつ好きなのを選んで?」

「え……、そんな。いただけません」

思わず一歩退いたフェイトを追いかけるのは、その女性の笑顔。

「そう言わないで。あなたみたいな子がどんなのを選ぶか、そのリサーチだと思ってくれればいいから」

「でも……」

「せっかくの ごこうい、なのです。
 ことわるほうが しつれい、なのですよ」

そ、そうなの?と困惑するフェイトに「そうそう」と女性が頷いてる。

「じゃあ……」

視線をめぐらせたフェイトが指差したのは、「……これを」サボテンのような形をしたブローチだった。金色の枠をした七宝焼きで、根元のほうは黒く、先端に向かって青へとグラデーションしている。

「七支刀ね」

幹の左右から交互に6本、枝葉を伸ばした大木のごとき剣。実在しても、実用には耐えられまい。

「……ななつさやのたち?」

フェイトの疑問に「ええ」と応えながら、女性がトレイからブローチを外す。

「雷を象徴していると云われる剣よ。私、こうした神話モチーフ大好きなの」

はやてが貸し与えた深い緑色のワンピース。その胸元を走るオレンジのラインにブローチをつけてくれた。

「黒から青に変わっていくのは【水生木】と言って、雷の力の源と成り立ちを意味しているのよ」

うん、なかなか似合うじゃない。と満足げに頷いて、女性がにっこり。

「ありがとう……ございます」

「ああ、気にしないで。そもそもお詫びだし、綺麗なコに着けてもらえるのは嬉しいし」

それじゃ、ね。と立ち去りかけた女性を、しかしフェイトは呼び止めた。

「あの……。
 赤ちゃん、かわいいですか?」

いきなりの質問に面食らった女性は、しばし考え込む。

「ん~と、ね。
 子育てって、ホント大変なの。寝る間もないくらい。うるさいし臭いしメンドウだし。
 本っ気で殺意覚えることもあるんだよ」

たはは……。と苦笑して、「こんな小さい子に何言ってんだろうね、私」と自嘲。少なからず疲れているのかもしれない。

「あの子は私の実の子じゃないから、なおさらかな」

そのお腹をさすって、少し寂しそう。

「……でも、やっぱり可愛いの。
 笑いかけてくれると疲れなんか吹っ飛ぶの。
 殺したいって思った瞬間に笑いかけられて、泣いちゃったこともあったなぁ」

思い出したのか、ちょっと涙目。
 
「可愛さあまって憎さ百倍なんて言うけど、
 母親やってると、愛憎って表裏一体なんだって実感するのよ。
 ホント、簡っ単にひっくり返っちゃう」

愛憎は、……表裏一体。と呟くフェイトを見て、女性が我に返る。

「あ、ゴメンね。変な話になっちゃって」

「いいえ……、ありがとうございました」

手を振りながら去っていく女性に頭を下げて、フェイトは目尻の涙をぬぐった。


見上げたのは空。花びら舞う青空。

力を篭めたのはこぶし。涙ぬぐった握りこぶし。


「……まだ、届くかな?」

「ふぇいとおねぇちゃんが あきらめないのなら、わたしたちが とどかせてあげるのです」



[14611] #16 繕われた過去と現在となの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:41




「はじめまして、ありしあちゃん」

「なっ!」

驚いて声を上げたのは、その母親だった。

声をかけられた本人は、きょとんとして見上げている。

「貴女たち、いったいどうやって……」

プレシア・テスタロッサの驚きも当然だ。

【時の庭園】は遺跡も同然の古い移動庭園だが、けして見掛けどおりの無防備な岩塊ではない。歴代の所有者によって追加更新されてきたセキュリティに加え、今はプレシアの魔法と技術を注ぎ込まれた一種の要塞である。

招かれざる客が、気軽に立ち入れる場所ではなかった。


しかし、プレシアに油断が無かったか?と云えば、そうではなかったと答えるしかないだろう。

ジュエルシードを20個も従えた魔導師を、一度とはいえ無警戒に招き入れたのだから。その魔導師が何らかの仕掛けを残していくかもしれないことを、考慮にも入れず。

さらに、慢心もあっただろう。

フェイトやアルフのことなど些事と、なにひとつ対策を行わなかったのだから。各種認証もセキュリティパスも、一切更新されてなかった。

そうでなければ、警戒網を潜り抜けて直接転移をゆるし、警報どころか前兆もなく目前まで乗り込まれることなどありえない。

もっとも、当のシャマルは悪意があって仕掛けを残していったわけではなかった。純粋にアリシアの予後が心配で、遠隔診断できるように措置していただけだ。


「だぁれ?」

プレシアの攻撃の手を止めたのは、他ならぬその愛娘であった。この侵入者たちを始末するのは簡単だが、アリシアに見せたいものではない。2人の内1人は見憶えのある顔で、もう1人は子供。胸元に抱いた本は魔導書のようで気にはなるが、慌てて排除するほどの危険はない。と庭園の主人は判断した。

「やがみあゆ。なのです」

こちらは、ざふぃーらにぃさま。と、自らを抱きかかえてくれている盾の守護獣を紹介する。最近は慣れてきて、片手一本であゆを抱きかかえられるようになったザフィーラであった。

「ありしあちゃんと、おともだちになりにきました。
 わたしと、おともだちになってくれますか?」

「うん、なる!」

差し出された手を握り返して、あゆの目からは小さなフェイトとしか見えないアリシアがぴょんと跳ねる。


庭園内に設けられた阿舎。見える青空は映像で、広がる草原は人工物だろうか。

先行したアルフによって、プレシアとアリシアがティータイム中であることが判っていた。

「ありしあちゃんは、しゅーくりーむは おすきですか?
 みどりやのしゅーくりーむは、せかいいち。なのですよ」

「しゅーくりーむ?」

どうやら、ミッドチルダにシュークリームはないらしい。

「とくにおねがいをして、ぷろふぃとろーるを つくってもらいましたが、きっと つうじませんね」とは、あゆの心の声である。

プロフィトロールとは一口サイズの小さなシュークリームのことで、心付けという意味があった。翠屋のメニューには無かったようだが、この日のために予め打診しておいて、なのはに持ってきてもらったのだ。

「おいしいのですよ」

手提げ式の紙箱を開けてテーブルの上に置いてやると、アリシアが歓声を上げる。

もしかすると、ミッドチルダではバニラの香りも馴染みがないのかもしれない。

「たべてもいい?」

「もちろん。なのです」

「かあさま?」と、アリシアからプレシアに送られた視線が、プレシアからあゆへとバトンタッチされる頃には変質している。「どくなど、いれてませんよ」との意味を篭めた視線はプレシアで塞き止められた。

「アリシア、お客様が先ですよ」

紙箱を押し出されて、あゆはシュークリームをひとつ摘む。摘む直前でもう一押しして、こちらが選んだものを外させるあたり徹底している。

躊躇うどころか、むしろ進んで口に入れたあゆを見て、プレシアはさしあたっての警戒を解いたのだろう。本日のお茶請けが乗っていたであろう小皿に、シュークリームを乗せてやった。

「いただきまぁす」

ひとつ摘んで口に入れ、アリシアが幸せそうに頬を押さえる。


「かけても?」

プレシアの向ける猜疑の篭った視線を華麗にスルーし、空いている椅子を視線で示す。

「好きになさい」

では、おことばにあまえて。と、あゆはザフィーラから下ろしてもらう。この阿舎に席が3つしかないことの意味を漫然と推測しながら、「もうしわけ、ないのです」と、腹話術めいて呟く。

気にするな。と、こちらもほとんど口を動かさない。


「おいしいでしょう?」

シュークリームを食べ終わったアリシアが、もの欲しそうに人差し指をくわえていた。

母親を見上げるアリシアに、プレシアの微笑み。

「あまり食べ過ぎては、いけませんよ」

「はい」と元気良く返事をして、アリシアが2個目を頬張る。

おいしい。と顔はおろか体全体で表現するアリシアに、プレシアが目を眇めた。それでも、牽制の視線を寄越すことを忘れない。

いったい何の用か?と、何度も寄越される視線。ちらりずむ。

あなたにようじはないのです。と、返しもされない視線。しらんぷりずむ。

そう、あゆの目的はアリシアだ。とりあえずは。

3個目、4個目と平らげ、満足そうに口元を拭っている。


さて。と手を叩き、あゆはアリシアの気を惹いた。

「きょうは、ありしあちゃんに、おねぇちゃんを かえしにきました」

「?」

「なっ!」

あゆが指し示す先、テーブルを挟んだアリシアの正面に、フェイトの姿があった。まるで、ずっとそこに居たかのような佇まいで、しかし、今忽然と現れた。

隠蔽と幻術・妨害に長けた18番のジュエルシードは、使いこなせばプレシアクラスの魔導師の目すら欺く。

「ありしあちゃんに、そっくりでしょう?だって、ありしあちゃんのおねぇちゃん、なのですから」

フェイト・テスタロッサ。と、自己紹介はさせてもらえなかった。

円筒状の魔力壁がアリシアを隠し、降りそそいだ稲光が視界を真っ白に染め、轟いた雷鳴が声を掻き消したのだ。

だが、誰にも被害はない。白い魔法陣が電光を防いでいた。

とっさの防御魔法でプレシアの攻撃をしのいだのは、盾の守護獣の面目躍如。しかし、雷と相討って防御魔法が消滅した途端に撃ち込まれた光弾までは手が回らない。

 ≪ Defenser ≫

フェイトは、バルディッシュが守る。

「くっ……」

ザフィーラは、持ち前の頑健さで耐える。

「えっ?」

あゆは、眼前で掻き消えた光弾に目を丸くしていた。

まるで、露天風呂に降った雪のように、ほどけ、消えたのだ。

「なっ?」

驚いたのはプレシアもだ。

怒りと急拵えゆえにたいした威力ではなかったが、突然霧散するような柔な構成のわけがない。

高濃度の魔力減成力場でも、ここまであっさりと魔力結合を解くことは出来ないだろう。

「おのれっ!」

練り上げられる魔力、先ほどとは比較も出来ないほどの雷。

 ≪ schutzmauer ≫

しかし、今回ザフィーラが張った防護陣は小揺るぎもしない。

見れば、その指間に輝きがあった。防御においては他の追随を許さない4番のジュエルシード。

デバイスを用いないザフィーラが、どうやってジュエルシードを使ったのかと云えば、もちろんからくりがある。予めパラメータを設定済みで、1術式限定なのだ。


 ≪ Friedhof der Magie ≫

より強大な2撃目を招来せしめんと、プレシアはコウモリめいた意匠の杖を手元に呼び出す。しかし、組んだ術式に魔力を流し込めない。

「魔法を封じさせてもらいました」

どこからともなく聞こえてくる声に、聞き憶えがあった。アリシアの蘇生を主導した魔導師だ。

魔力操作に長けた2番。拘束を得意とする12番。崩壊と再構築術式を兼ね備えた13番。調整能力に指向した14番で組み上げられた、魔力封鎖の檻。4つのジュエルシードの大魔力には、プレシアとて抗し得ない。


「あれ?」

きょとんと、アリシア。両手にシュークリーム。

プレシアの魔力が途絶えたことで、隔離していた結界が解けたのだ。

こころなしか、紙箱の中のシュークリームが随分と減っているように見受けられる。

「いま、おおきな かみなりが、おちたのです。
 ありしあちゃんのおかあさんが、みんなを まもってくれたのですよ」

あゆの口から出任せに、一番驚いたのはプレシアだろう。アリシアが寄せる憧憬の眼差しに、すこし居心地が悪そう。

真に受けることはないだろうと思いつつ送った「これで、かり1つなのですよ」との視線は、やはり無視されたようだ。


≪ nice to meet you.Alicia ≫

驚いたことに、話の接ぎ穂を持ち出してきたのは黒い杖であった。普段寡黙なバルディッシュにしては珍しいが、フェイトに忠実なこのデバイスにとっては当然のことであったかもしれない。

「はじめまして。えーと……?」

「閃光の戦斧バルディッシュ。私はフェイト・テスタロッサ」

「はじめまして、バルディッシュ。
 それと、フェイトおねえちゃん?」

そうですよ。と、あゆ。

「ありしあちゃんは、じぶんのおからだのこと、きいてますか?」

「はい。アリシアはびょうきだったので、ずっとねむっていました」

思ったとおりの誤魔化し方。と、あゆは内心でほくそえむ。アリシアの死後、どれだけ時間が経っているかは知らないが、その間にプレシアとて変化・老化していることだろう。目を覚ましたアリシアの最初の質問がそれだったことは想像に難くない。

「ありしあちゃんの びょうきをなおすために、ふぇいとおねぇちゃんと ばるでぃっしゅは、ずっと たびにでていたのです。
 だから ありしあちゃんは、ふぇいとおねぇちゃんたちと あったことがなかったのですよ」

そうなんだ。と驚いたアリシアは跳ねるように椅子を降り、テーブルを回りこんで走ってくる。

「フェイトおねえちゃん、バルディッシュ、ありがとう!」

勢いもそのままに抱きついてきたアリシアに、フェイトはどうすればいいか判らない。

≪ You're welcome ≫

「……どういたしまして」

デバイスに教えられるありさまであった。



「さて、ぷれしあ・てすたろっさ」

あくまで笑顔のままで、しかしあゆの声音は低い。

「げんじゅつまほうで、わたしたちのこえは、たわいのないかいわに ぎそうされているのです。
 はらをわって、はなしましょうか?」

アリシアは、フェイトとフェイトが今呼んだ――ことになっている――なのはとはやてに気を惹いてもらっている。少し離れた場所に座り込んで、お話ししていた。

幻術魔法での吹き替えは、シグナムがプレシア役、ヴィータがあゆ役という処に一抹の不安を感じるあゆであったが。

「ぎそうしているのは、こえだけなのです
 そんなにこわいかおをしていると、ありしあちゃんが しんぱいするのですよ」

新しく出来た姉や友達と会話が弾んで、アリシアは楽しそうだ。いくら敬愛する母親とは云え、2人きりでは詰まらなかっただろう。

「わらいかたが、わからないのですか?

      にぱー♪

 こうするんですよ。
 では、りぴーと、あふたみー。 にぱー♪」

どうやればこんな声音で満面の笑みを浮かべられるのか、むしろ、ケンカ売ってるとしか思えないザフィーラであった。

「のりのわるいおかた。なのです」

だがしかし、相手は稀代の魔導師プレシア・テスタロッサである。腹芸ごときお手の物。

「何を企んでいるの」

慈母の微笑みを浮かべて、氷点下の声音であった。ケルビンで表記したほうが早そうな。

「たくらむだなんて、ひとぎきが わるいのです」

胃壁に防御魔法をかける方法を真剣に検討しだしたザフィーラだったが、少なくともあゆは腹芸はここまでにするようだ。声音が元に戻る。

「ただたんに、ふぇいとおねぇちゃんを、かぞくに むかえいれてもらいたい。ただそれだけ、なのです」

「あんな出来そこないの人形を、家族にですって!」

笑いながら怒る人という芸があったなあ。などと思い出した、あゆ役のヴィータは、あたいにゃ真似できねぇ。と妙な関心をしている。

もしその表情を見ることが出来たなら、プレシアは雷のひとつも――比喩でなく――落としたことだろう。

「そのことについては、しゃまるねぇさまから しつもんがあるのです」

「シャマル?」

「姿を隠したままで失礼します」

アリシアの蘇生を行った魔導師か。と声で判断するものの、位置の特定は難しい。魔法を封じられた今ではなおさら。

「フェイトさんは、アリシアさんのクローンですか?」

そうよ。と、即答。「出来損ないだけど」と、一瞬仮面がはがれた。

「アリシアさんの記憶を移植しようとした?」

「ええ。ほとんど欠落したわ。
 それだけならまだしも、よりによって名前を留めなかったのよ、とんだ欠陥品だわ」

たぶん……。と言いよどんだシャマルは、「まずもって……。いえ絶対に」と言い直す。

「成功しません」

プレシアは特に反応しなかった。つまらなさそうな視線を一瞬フェイトに向けたのみ。

「同一の遺伝子を持つとは云え、成長の仕方が違えば脳構造は変わるんですよ。
 そこに記憶を移植したって、うまく定着するはずがありません」

「そんなことは判っているわ」

良い喩えではないが、ヒトの頭脳とは「自ら配線を変化、成長させるワイヤドロジックのコンピュータ」みたいなものである。ハードとソフトが同義で、分かち難い。

これが現在一般的に使われているストアードプログラムコンピュータなら、ソフトもデータも自由にコピーできるし使えるだろう。

しかし、ハードソフト一体のワイヤドロジックではそうはいかない。別のハードが実現している動作、保持しているデータを得るには、ハードそのものを改変しなくてはならないのだ。

ヒトが新しい能力を得るためには、反復した練習が必要なように。


「そこを乗り越えるのがプロジェクトFの目的であり、精髄よ」

「でも、うまくいかなかった。なのですね?」

やはりプレシアは反応しなかった。アリシアが戻ってきた今、どうでもいいことなのだ。

「ならば、ふぇいとおねぇちゃんは できそこないではないのです」

ぴくり。とプレシアの眉がひきつる。

「うまくいかないほうほうで つくったものは、できそこないになって とうぜんなのです。
 とうぜんのけっかなら、それは ただしいことなのです。なるべくして なったのですから」

例えば、ガラス細工を壁に叩きつければ壊れるだろう。ガラス細工が壊れたことは悪いことかもしれないが、叩きつけた以上ガラス細工が壊れることは必然だ。なって当然のことをして、相応の結果を得たのだから、その結果に間違いは無い。と、あゆは言う。

うまくいかない方法で生み出されたのだから、フェイトはいまのままで正しいのだと。中途半端にアリシアの記憶を持つフェイトは、だけど当然なのだと。

「まちがっているのは、うまくいかない ほうほうで、つくろうとしたほうなのです。
 ふぇいとおねぇちゃんを できそこないとよぶのなら、うまくいかないほうほうで わざわざ できそこないをつくったあなたが、そもそものできそこないなのです」

幻術魔法で吹き替えしてもらっているのは、もちろんアリシアには聞かせられないからだ。

だが、それ以上にフェイトに聞かせたくなかったのであろう。結果は、手段を正当化しない。一度は嫌われることを覚悟したあゆだったが、だからといって嫌われたいわけではない。

「できそこないが、できそこないをつくった?
 できそこないだから、できそこないしかつくれなかった?
 どっち、なのですか?

 できそこないどうし、にたものおやこなのですよ!!」

「詭弁をっ!」

言葉と共に振り抜かれた掌が、あゆの頬を打った。いや、打たせたと云うべきか。あゆを庇おうとしたザフィーラを後ろ手に牽制したのだから。



「かあさま?」

母親のこんな形相を見たことが無かったのだろう。すこし離れて、アリシアが立ち尽くしていた。その向こうで、はやてが片手を挙げて謝っている。

「ありしあちゃん、ごめんなさい。
 わたしがとても おぎょうぎわるくしたから、しかられただけなのです」

「そうなの?かあさま」

えっええ……。と、プレシアは思わずその掌を背後に隠してしまう。

「あゆちゃん、ダメだよ。
 とってもやさしい かあさまを、あんなにおこらせちゃあ」

「はい。ごめんなさい、なのです。
 ありしあちゃんのおかあさんにも きちんとあやまりたいので、ふたりだけに してくれますか?」

叱られるときに、傍で他の人に見られていたくない。そのことはアリシアもよく解かっているのだろう、「うん、むこうでおねえちゃんたちといるね」と、踵を返した。

アリシアを出迎えたはやてに目顔で「もうすこし、ひきはなしてください」と伝え、あゆはプレシアに向き直る。

「きべんで けっこうなのです。
 でも、いいすぎました。ごめんなさい」

アリシアがこちらの様子を窺っているのは判りきったことだったので、頭も下げておく。謝意は嘘ではないが、頭を下げるほどのことはないとあゆは思っていた。

もとから怒らせるつもりだったのだから。

「私は謝らないわよ」

「あなたに あやまってもらっても、わたしには いちもんのとくにも ならないのです。
 ですが、ひとこと いわせてもらっても いいですか?」

逸らした視線を了承の意ととって、あゆは実に静かに口を開く。

「あんなにおこったということは、じかくがあったのでは ないですか?」

「……」

プレシアは口を閉ざす。

このうえ何を言っても言い訳にしかならない。

さすがにそれは彼女のプライドが許さなかった。


special thanks to jannqu様。誤字報告、ありがとうございました。



[14611] #17 ここは湯のまち、海鳴温泉なの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/12/14 10:34





フェイト・テスタロッサの新しい習慣は、朝に次元通信をすることである。

「もう、起きないと、ダメだよ……」

テーブルの上で開かれた空間モニターの中にアリシア。にゃむにゃむと目元をこすっている。

「……フェイトおねえちゃん……、おはよう」

フェイトは、あゆが勝手に姉呼ばわりしたことを今更くつがえしようがなくて、本当に姉ということになっていた。

「おはよう、アリシア」

妹がきっちり目を覚ましたのを確認して、「それじゃあ」と通信を終わる。

「もっと色々話さな」などと、はやてが焚きつけてはいるのだが、「今は、これで……」とフェイトは満足そう。




****




八神家に、家族が増えた。

フェイトとアルフが下宿することになったのだ。




「あんなに おこったということは、じかくがあったのでは ないですか?」

その言葉は、なぜか吹き替えられなかった。アリシアには聞こえなかったようだが、フェイトの耳は捉えた。


「何をしに来たの……」

プレシアの横に立ち、フェイトはあゆを睨む。

「……あゆ、貴女には感謝している。
 でも、母さんに仇なすなら、赦さない」

「消えなさい。もう貴女に用はないわ」

すげないプレシアの言葉にも、フェイトは怯まない。親子というものはそう単純なものではないと知っている今、重要なのは自分がどう思っているか、自分がどう感じているかだ。

一歩、前へ歩み出る。

「私は、貴女を護る。
 私が貴女の娘だからじゃない。貴女が私の母さんだから」

フェイトの背後で、息を呑む気配。

「どんなカタチででも私を産んでくれた。私を育ててくれた。
 だから……」

プレシアのそらした視線の先に、アリシア。心配そうにこちらを見ていた。

「すっかりアリシアを手懐けてしまったようね」

話しを逸らしたように見えるのは、プレシアの抵抗だろうか。

間近のフェイト、遠目に見えるアリシアと往復した視線は、最後に鋭くあゆに。

「私のアリシアを人質にとるなんて、本当に容赦のない子ね」

「ひとじちとは、ひとぎきのわるい。
 わたしにとっては おともだちで、ふぇいとおねぇちゃんにとっては いもうと、なのですよ」

ふん。と鼻を鳴らしたプレシアが、フェイトのほうへ視線を寄越す。フェイトに、ではなく、あくまでフェイトのほうへ。

「貴女はどう?アリシアのこと」

「え……?」

まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかったのだろう。フェイトがあたふたと。

「……その、よく解かりません。
  よく解かりませんけれど、あの……、可愛いかと……」

そう。と視線を落としたプレシアがテーブルの象嵌を目で追う。行き着いたのは「翠屋」と書かれた紙箱。残り少ないシュークリーム。

「……正直、どうしていいか判らないわ。
 貴女にぶつけた言葉は今でも私の本音で、偽りのない気持ち」

ぷれしあ。と咎めだてしようとしたあゆを手振りでとどめ、プレシアは額を押さえた。

「でも、嬉しそうに貴女に懐いてるアリシアを見ていると、それも良いかと思ってしまう」

自分と、リニスと、アリシアで過ごした日々を思い出してか、その視線はあゆの座る椅子に。


「……今は無理。だから時間を頂戴」

搾り出すような声音はかすかに震えて、プレシアの葛藤を僅かに垣間見せるか。

「そういうことならば、しばらくふぇいとおねぇちゃんを おあずかりしましょう。
 さいわい、きゃくまは あいているのです」

事後承諾になるが、はやては反対すまい。

「ありしあちゃんには、……そうですね。
 ふぇいとおねぇちゃんは、たびのとちゅうでうけた しごとが のこっているので、しばらくかえれない。とでも ごまかしましょうか」

リンカーコアからの魔力の蒐集の件があるので、あながち嘘でもないところが悪辣というか、考えた人間の性格が知れるというか。


「フェイト……、ご……………」

呑み込まれた言葉は、とうぜん聞こえない。しかし、届くものはある。

「母さん。 ……気にして、ませんから」

まだ、そう呼んでくれるのね。とプレシアは顔を伏せた。

「ぷれしあさん。
 わたしが おねぇちゃんにおそわったことを、あなたにも おしえてさしあげるのです」

プレシアは顔を上げないが、耳は傾けているだろう。

「じぶんをすきになれなくては、ひとをすきにはなれない。なのです」

先ほどまでの話の流れと合わせて遠回しに、プレシアが嫌っているのはフェイトではなく、フェイトを作り出してしまった自分自身だろう。と言っているのだ。フェイトを産み出してしまったこと自体がアリシアを見限ったことになるとプレシアは気付いているだろうが、あゆは敢えて言及しなかった。そこまで追い詰める必要はなさそうだし、追い詰めすぎて自暴自棄になられても困る。

「まずは、じぶんをすきになること。
 わたしは、そのことについてだけは せんぱいのようなので、えらそうに いわせてもらうのです」

ザフィーラに抱えあげてもらいながら、あゆは遠目に見えるはやてに視線をやった。

自分でも出来てないことを賢しげに言う。と、当の本人はさらに自分のことが嫌いになったようだが。




****




「フェイトぉ。アリシア、起きたのかい?」

「うん」

転がるようにリビングに駆け込んできたのは、オレンジ色の仔犬である。八神家にはすでにザフィーラが居ることを考慮して、アルフが仔犬フォームを開発したのだ。

「みんな準備はじめてるよ!フェイトも早くぅ!」

「今、いくよ」

フェイトのリンカーコアからの魔力蒐集を行ったのは、一昨日の晩だった。

当然しばらくは安静。……の筈なのだが、今から皆でお出かけである。

なのはが、温泉旅行に誘ってくれたのだ。




****




「ひっ!」と、息を呑む音を、ザフィーラは自分の左肩付近に聞いた。温泉宿に車イスは持っていけないから、あゆを抱きかかえたところだったのだ。

見れば、自分以外のヴォルケンリッターの面々が緊張している。

『例の屋敷の連中だ』

なるほど、ワゴンの運転席から降りてきた男、かなりできる。と値踏みしたザフィーラは、『そいつもすごいけど、そいつじゃねー』とヴィータにつっこまれた。

『リムジンの2列目の窓際の男性と、その隣りの女性。
 さらに後ろの乗用車の運転席の女性。その3人です。ですが……』

『ああ…』

シャマルの言葉を引き取って、シグナムは固唾を呑んだようだ。

『さらに、今ワゴンから降りてきた男。そのワゴンの中の女。リムジンの中に、もう一人か?』

『はい』

実力差はあるだろうが、かなりの使い手が6人も来た。しかもそのうち3人とは因縁がある。ザフィーラには、これを単なる偶然とは言い切れなかった。



『………………………………………………………………………』

八神家を代表してシャマルが挨拶をしているが、内心の動揺が無言の念話で伝わってくるようだ。




「では、子供たちはあちらのリムジンへ」と促すと、車イスの女の子と金髪の女の子がそちらに向かった。

しかし、赤い髪の女の子と、特に小柄な女の子を抱きかかえた男性は動かない。

「おや?その子、随分と顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「ん、ああ」と、これは女の子を抱きかかえた男性。

「お嬢ちゃん、だいじょうぶかい?」

声をかけても、女の子はこちらを向かない。その視線はさっきからずっとある一点を、どうやらバニングスさんのリムジンに乗る自分の息子に向けられているようだった。

そこに篭められた恐怖と忌避は、かつて荒事に身を染めていた自分には見憶えがありすぎた。「いったいこの子に何をしたんだ」と内心で、喫茶店「翠屋」店主にして地元少年サッカーチーム監督兼オーナー、永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術正当継承者である高町士郎37歳既婚――未だに熱愛真っ最中――3児のパパは、自分の息子を糾弾していた。


「貴方がたは一体、何者なのだ」

今まで口を開いてなかった鴇色の髪の女性の言葉に、士郎は我に返る。

見た目には穏やかな微笑を浮かべているが、士郎には臨戦体勢であると丸判りだ。ただ、真っ向から立ち向かう必要がなければいなせると判断したため、とくに構えたりはしない。

「いや、一介の喫茶店の店主なんですけどね」

この女性の態度といい、あの女の子の様子といい、何らかの因縁。ないしは行き違いがあるのだろうと推量する。こういう時に過敏に反応してはいけないと、優れた政治家を間近に見てきた士郎は知っていた。




****




「いや、濡れ衣が晴れてよかった」

「すまなかった。赦してもらえると嬉しい」

「ごめんなさい。なのです」



高町恭也は、生きた心地がしなかった。

いきなり父親に呼び出されてワゴンの後部座席に放り込まれ、走り出した車内で「お前、一体あの子に何をしたんだ」と、詰問されたのだから。

対面式の後部座席には、2列目にストロベリーブロンドの女性。3列目にはハニーブロンドの女性とアッシュブロンドの男性が居て、恭也を睨んでいた。

男性に抱きかかえられた少女は、まるで深夜にホッケーマスクの怪人にでも出遭ったかのような「恐い、けど目を離すのはもっと恐い」と言わんばかりの視線で恭也の一挙手一投足を見張っている。

一度咳払いをしたときなど、こぼれ落ちるんじゃないかというほど目を見開いて、がたがたと震えだす有様だった。

一緒についてきてくれた最愛の女性でさえ、この状況に「恭也、一体何をしたんですか?」と言わんばかりの視線を隣りから送ってくる始末だ。

父親が運転中で、眼前に居ないことが唯一の救いだった。


「身に憶えがない」とは言うものの、少女の恐怖は本物で、言えば言うほど疑いが増えかねない。いや、事実増えたし。

一体どうすればいいんだ。と内心のみならず頭を抱えた恭也が無実の弁明を許されたきっかけは、他ならぬその少女だった。

「……わたしも、ころしにきたのですか?」

全てを諦めきった。と言わんばかりの表情は、その年頃の女の子が浮かべていいものではないだろう。瞳に、まったく光が映りこんでいない。

「どうして俺が、君を殺さなくてはならないんだい?」

さっきの、たった一言で喉を渇したか、少女が固唾を飲む。

「あなたは、わたしのどうきを、きょうかんたちを ころしたのです。
 にげのびたわたしを、しまつしに きたのでは ないのですか?」

「君の同期と、教官を?」

少女が何を言っているのか、理解したのは隣りに座っていた恋人だった。

「あなた。もしかして、暗殺者として養成されていた子?」

そう言われて恭也も思い出す。今年、まだ梅が咲くか咲かないかという頃合に、子供を集めて暗殺者として養成していた施設を潰したのだ。

そこから先の、話は早かった。

施設を潰し、抵抗する者の中には死んだ者も居るが、少なくとも子供は全員無事に保護したことを伝えたのだ。

「もちろん、君を殺すつもりもないよ」

「そうなの……ですか」

そうして冒頭の、無罪宣告となるのであった。



「わたしは、いきていて いいのですね?」

「むろんだ」と、応えたのは少女を膝に乗せた男性で、「むざむざと殺させたりなどするものか」とは目の前の女性だ。

そういえば、お互いに自己紹介も済ませてない。

「わたしが、おねぇちゃんのやくに たっているから?」と、それは小さな呟きだったが、ハニーブロンドの女性はゲンコツを落とした。

「わたしたちは家族でしょう」

…はい。と頷いた少女が、すぅ。と深く息を吸う。その湿った音はもちろん前兆で、頬を伝った涙はあれよあれよという間に量を増し、それはもうぼろぼろと流れ落ちた。なのに少女は、一切声をあげない。

「ああっ!ごめんなさい、そんなに痛かったですか?」

慌てて少女の頭をなでる女性に、かぶりを振ってみせている。

「わたしは、いまが おわるとおもいました。
 おねぇちゃんとの、
 ざふぃーらにぃさまとの、
 しゃまるねぇさまとの、
 しぐなむねぇさまとの、
 びぃーたおねぇちゃんとの、いまが」

目前の女性の眉根が微妙に寄ったところからすると、もしかしてこの人がヴィータさんなのだろうか?

「おわってしまうとおもって、はじめて おわってほしくないとおもったのです。
 わたしは、いまがしあわせなのだと、しったのです」

拭うことも知らないのか、ぼろぼろと涙を流したままで少女が、ひたと恭也を見る。

「このかたが、わたしにいまを くれて。このかたが、わたしにみらいまで くれたのです」

ありがとうございました。と頭を下げた少女が再び顔を上げたとき、恭也は初めてこの少女の年齢相応の笑顔を見たのだった。




****




最近お風呂が好きなのは、湯船の中なら脚の不自由さを気にせずにすむからか。と、あゆは自己完結した。

こういった広い露天風呂だから実感したことだが。

湯船の向こう岸でなのはたちと姦しいはやても、ふだんより羽目を外しているように見受けられる。さきほどまでは、お姉様方たちへの過剰なスキンシップに勤しんでいたし。


「ゆーのさん、ゆざめしますよ?」

にごり湯の湯面の下で日課のマッサージをしながら、あゆは視線だけを向ける。

「うん、ありがとう。
 でも……あの、話しかけないで。そっとしておいてくれると嬉しい」

あゆの背後、岩陰にフェレットの姿があった。

「わたしに、ともだちにうそをつけと?」

その視線の先に、金髪の少女。なのはの友達――紹介されて、今ではあゆの友達でもあったが――であるアリサ・バニングスは、フェレットの姿を探しているようだ。

「あの……、僕も友達だよね?
 お願いだから匿ってよ」

「たしかに、どうじょうのよちは あるのです」

ざぶざぶとアリサに洗われるユーノの隣で、あゆもなのはたちに磨き上げられたのだ。気持ちは解かる。

「ぶしのなさけ、なのです」

恩に着るよ。とユーノは、よりいっそう小さくなるよう身を丸めるのであった。



「恭也が泣かした女の子って、この子かしら」

「ええ。ひどい話です」と、笑ったのは月村忍である。判っててこう云うやり取りをするあたり、この未来の嫁姑の息は今からぴったりのようだ。


そういえば、たしか……。と、あゆは推量する。

「なのはおねぇちゃんの、おねぇさん。なのですか?」

「あら♪」

「ん?…ああ」

そうよお。と、湯を掻き分けてきた女性が、あゆを抱きしめる。

「……、桃子さん」

シャレになってませんよ。と苦笑しながらの忍の突っ込みは、桃子の胸の中に埋もれたあゆには届かなかっただろう。

「あゆちゃんね?なのはのお友達の」

「はい、なのです」

やさしく引き剥がして、湯温が上がるような温かい笑み。

「プロフィトロールを、その意味も含めてリクエストしてくれた人は初めてね」

昔を思い出して、少し嬉しかったかなぁ。と桃子。

「それに、おかげでプロフィトロールにどんな意味があるのかって、なのはが興味を持ってくれて、それがきっかけで色んなお話ができたわ」

ありがとうね。と手を握りしめる桃子に、あゆは応えを返せない。

「今度はなのは伝てではなくて、直接お店に来て頂戴ね」

はい。と応えるあゆを置いて、「それじゃ、またね」と桃子は湯煙に消える。



……

「結局訂正されませんでした。桃子さん」

いえいえ、プロフィトロールの話が出た時点で気付いてますとも。




****




「あれが、ほうげきまほう。なのですか」

見上げる夜空を、桜色の光が切り裂いた。

先ほどまで射撃魔法で牽制していたヴィータを拘束魔法で捕え、なのはが砲撃魔法に切り替えたところだった。

「びぃーたおねぇちゃん、だいじょうぶでしょうか?
 ちょくげきしていたように、みえましたが」

「高町の魔力は物凄いが、それだけで遅れをとるようなベルカの騎士ではない。
 距離もあるし、ああ見えてヴィータの守りは堅い」

はやてを抱きかかえたシグナムが、「それに」と続ける。

「受けて見せたのは最初だけ、手応えありと思わせておいて」

 ≪ Raketenform ≫

あそこだ。とザフィーラが指差してみせた先に、紅の鉄騎の姿。自分の身の丈ほども直径のある砲撃に、張り付くようにして加速していた。

「ラケーテンっ」

ハンマーヘッドにスパイクとメインスラスターを備え、炎を曳いて突き進む姿はまさしくロケット。

「うおおおぉ!」

 ≪ RoundShield ≫

レイジングハートによって、とっさに張られた桜色の防護陣は、

「ハンマー!」

しかし、ラケーテンフォルムのスパイクの前に砕け散る。

「ど~だ、見たか砲撃バカめ!狙い撃ちだ!」

そのまま、なのはの構えるレイジングハートをも貫くかに思えたグラーフアイゼンは、『そこまでだ』シグナムの宣言に、軌道を捻じ曲げて空を斬った。


「1対1なら負けなしのベルカの騎士っちゅうんは、口だけやないなぁ」

「はい。あるじはやて」

ここから距離はあるが、シャマルが展開している空間モニターのおかげで詳細までばっちりだ。


突進力を遠心力に変換して1回転したヴィータが、にやり。


「これで、あたいの3戦3勝だな。
 ハーケンダックのシングル、ワッフルコーンで。忘れんなよ」

「うぅ~」

なのはが恨み目がましくヴィータを睨んでるが、眉がハの字になっていてむしろ可愛らしい。


【時の庭園】から帰って来たのち――フェイトとアルフを預かるようになってから――、なのはやフェイトとヴォルケンリッターで模擬戦をするようになった。

上には上がいることを知り、より強くなることを願ったフェイトが、ヴォルケンリッターに弟子入りしたのだ。その指導の一環として行われている。

なのはは当初フェイトへの付き合い程度で参加していたようだが、模擬戦でヴィータにあっさり負けてから熱心になった。意外と負けず嫌いらしい。

「シグナム……」

「テスタロッサ、お前はここに何をしに来たのだ」

上目遣いに見上げてくるフェイトをばっさり斬って捨て、シグナムはシャマルに撤収を促す。リンカーコアから蒐集したばかりのフェイトは、魔法行使はおろか運動もさせられない。

「リンカーコアが癒えたら、いくらでもしごいてやる。
 まずはここの温泉で英気を養うことに専念しろ」

「はい……」

フェイトの模擬戦の相手を務めるのは、もっぱらシグナムだ。実体剣と魔力刃では体捌きからして別物だが、その戦闘スタイルは似ている。


「ぜぇ~ったい!目に物見せてあげるんだから!」

「はっはっは!期待してるぜ、高町なのは」

降りてきた2人が、それぞれにバリアジャケットと騎士服を解除して浴衣姿に戻った。


問題は、なのはである。

ヴォルケンリッターには、砲撃魔法の使い手が居ない。古代ベルカ式の傾向としてそもそも少ないのだが、なのはを指導できる人材が居ないのだ。

攻守補とバランスに秀でたヴィータが、近接戦闘に持ち込もうとする仮想敵役として模擬戦を。ジュエルシードの術式を背景にシャマルが魔法へのアドバイスを。接近された時のしのぎ方をザフィーラが教えているが、充分とは言えない。

砲撃魔導師を相手にしたときの叩き合いを経験させておきたいと、シグナムは考えていた。自分と似たタイプの敵を相手にするときは、似ているがゆえに単なる資質勝負、魔力勝負に陥りやすい。なのはは稀にみる才能の持ち主だが、それだけで生き残れるほど戦場は甘くはないのだ。


いずれにせよ、まずは天敵である機動系近接魔導師への対策である。

先に相手を見つけること、そこから相手を近づけさせないこと、できるだけ相手の動きを止めることを前提に現状の戦法があるが、ヴィータと渡り合うには練度も経験も足りない。これが相性最悪のシグナムであれば瞬殺であっただろう。

それでも、間断なく砲撃できるよう術式の改良を進めてはいるが。



「ユーノ。周囲の状況に問題がなければ結界を解いてくれ」

「わかった」

シグナムの指示でユーノが結界を解き、全員で渡り廊下を離れへと向かう。いきなり模擬戦をしたいと言い出したなのはのために、露天風呂を口実に抜け出してきたのだ。


……しかし、

 「寝付かれナいのか?うチのヴィータもそうラしくてな、露天風呂でも行かなイカ?」

 「ハイ。しぐなむSAN。ゼヒ、イキマショウ」

示し合わせて行われた三文芝居を思い出すたびに、はやては笑いがこみ上げてくるのだった。



[14611] #18 決戦は海の中でなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2013/03/31 13:39




魔法陣の光がその結合を失い魔力素に減成するさまを、こんなに見つめていたのは初めてだった。

「あゆちゃん、アリシアのおへやいこっ?」

「そうですね」

いつまでもこんなところで転移魔法の残滓を見ていても仕方ない。と未練を断ち切り、あゆは嘆息する。

「くるまいす、おもくないですか?」

「だいじょうぶだよ!」

切り捨てたはずの未練が後ろ髪を引いて、思わず振り返るあゆであった。




****




「さて、ここでいいだろう」

シグナムが率いる一行がたどり着いたのは、地球のある世界から程遠い次元空間の一角である。

ここなら、たとえ次元震を引き起こしても近隣の各世界に被害が及ばない。

「あゆ、来たがっとったな……」

ザフィーラに抱きかかえられたはやては、ちょっと嬉しくて、ちょっとさびしい。いつものあゆの指定席を奪っているかと思うと、ちょっと後ろめたい。

「あるじはやて、致し方ありません」

「はやてちゃんはこれから魔導師になるけれど、あゆちゃんはまだですもの」

「ここに居ては危険だ」

「あゆもそれは納得したじゃんか」

そうなんやけどなぁ……。と、はやて。

「その代わりにわたしたちが来たんだよ。ね、はやてちゃん」

「うん。この場に立てない……あゆの代わりに」

白と黒の魔導師。なのはとフェイトが、はやての前に立つ。一歩下がって付き従っているアルフの、その肩の上にユーノ。

『しっかしなぁ……』と、これはヴィータの溜息。

『ああ』と応えたのはシグナム。

『いくら自分がこの場に立てないからって』とシャマル。

『……』ザフィーラは黙して語らない。


ヴォルケンリッターの視線の先には、皆の輪から離れて立つプレシア・テスタロッサの姿があった。




****




「【闇の書】を、解析しただと?」

真夜中のリビングである。声が響いた。

「ええ、あゆちゃんが【瞳】の構造探査を終えてから、わたしの解析まで時間があったでしょう?
 その間に、あゆちゃんが【闇の書】の構造探査を進めていたの」

そういうことを訊いているのではない!とシグナムは声を荒げた。

「落ち着け」

「しかしだな、ザフィーラ」と、声も高く振り返ったシグナムは、しかし押し黙る。【闇の書】を抱いたあゆが見つめていたからだ。

「わたしは、このほんが わるいものだと おもっていました。
 おねぇちゃんを、くるしめるものだと」

その表紙の剣十字をなで、同じようにザフィーラの尻尾になでられ、あゆは嬉しそうに口元をほころばせた。

「でも、かぞくをくれました。
 おねぇちゃんに、わたしに」

だから。と、その膝をつねる。

「すこしくらいのふじゆうなど、どうでもよかったのです」

「ちょっと待て、あゆ。
 お前、どこまで麻痺が進んでいるのだ!」

もう、あしには かんかくがないのです。と聞いて、シグナムは絶句する。想像以上の進行具合だった。

「しゅうしゅうをかいししてから、むしろ すすんでいるようなのです。
 まるで、かいすいをのんで、かえって のどがかわいたときのように、まりょくをむさぼられているのです」

「あゆちゃん、抵抗しないし」

本来、無理やり収奪されるのである。無意識にでも抵抗するものなのだ。

「そこに悪意があんだってよ」

「悪意だと?」

ソファに座ってパイントカップをほじくるヴィータは、シグナムより先に説明されて、同じように反応していた。

「【やみのしょ】に、かんせいしようとする がんぼうがあるのは いいのです。
 ですが、もちぬしをせかすように、まりょくのしゅうだつを ふやしていっている」

「下手すれば、完成前に所有者の命を奪いかねない増分量よ」

魔力素を見ることは適わないが、毎日その健康状態を診察しているのである。シャマルにはあゆからどれだけの魔力が失われていっているか、手に取るようにわかっていた。
ジュエルシードを用いて回復させてはいるが、絶え間ない魔力の流出入だけで充分身体に悪い。

だから、あゆが【闇の書】の解析をしたいと言い出したとき。一も二もなく賛同したのだ。

「わかった。話を聞こう」




「まず大切なのは、【闇の書】ではなく、【夜天の魔導書】が正しい名前」

「なんだとっ!」と驚いたのはシグナムばかりではなかった。ヴィータも、そこまでは聞いてなかったらしい。

「……」

驚いたなら、声ぐらい出せザフィーラ。


「本来は、あるじと共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られたものだったのでしょう……」

しかし。とシャマルは続ける。

「【夜天の魔導書】は、一種のデバイス、ストレージでしたから、その時その時のあるじによって改変を受けていたの」

それ自体は、ことさら問題でもなかっただろう。
伝説級の代物とはいえ、その時代ごとの更新、使い手それぞれに合わせたカスタマイズは要る。なによりそのために管理者権限があった。

「最初のきっかけは、復元機能の強化だったらしいわ」

持ち歩き、強い魔力に曝されるデバイスには、自動修復・復元機能が欠かせない。自身が魔力素集積体である魔力構造物にとって、過剰な魔力は毒――氷の管に熱湯を通すようなもの――だから。

記録の劣化や喪失を防ぐため【夜天の魔導書】にも特に強靭な復元機能があったが、それを極限まで強化しようとした管理者が居たらしい。

「なぜ、記録装置である【夜天の魔導書】が、たった666ページしかないのでしょう?」

これでは、偉大な魔導師が多く、未洗練だったがゆえにバリエーションの多かった古代なら、20人と逢わないうちに使い切ってしまうわ。とシャマルはヴォルケンリッターの面々を見渡す。

「その人は、【夜天の魔導書】の機能を、収集と蓄積で分けてしまったの」

蓄積機能を残した本体を安全で安定した次元空間のどこかに隠し、いくらでも再生、複製可能な収集部分を持ち歩いて使い捨てにしていたのだ。

収集部分はページが埋まると、収集した魔力と術式を本体に転送。初期状態の新しい本を管理者の手元に作成し、この時点で劣化が始まっているだろう己自身を滅却してしまう。

この本は……。とシャマルはあゆの元へ、その膝の上の本の元へ歩み寄る。

「【夜天の魔導書】の一部、その影なの。
 もしかしたら、そのころから【闇の書】なんて呼ばれだしたのかも」

いとおしそうに剣十字をなで、しかし「便宜上、本体のほうを【夜天】、こちらを【闇】と呼びますね」と、複雑そう。

「異議アリ!せめて影って呼べ」

こちらには視線を向けず、とうとうパイントカップを平らげてしまったヴィータである。

「すばらしいごていあん、なのです」

「すばらしい……もんか」

意に満たぬか顔を背け、ぼそりと呟く。

「では、【影の書】と」とシグナムに目顔で確認して、シャマルは続ける。

「問題は、この強化された復元機能を、不老不死に利用しようとした使用者が現れたことよ」

つまり、己を【影の書】の一部として登録することで、本と共に再生しようとしたのだ。
収集した魔力にその間の記憶を差分として乗せ、本の再生のサイクルに合わせて己の肉体をリセットしようと目論んだらしい。

「しかし、うまくいかなかった。なのです」

「【影の書】の再生能力を甘く見てたんでしょうね。
 記憶を取り込む機能こそ盛り込めたものの、【影の書】は所有者を再生することなく滅却、結果所有者を失って彷徨い始めたの」

管理者権限の譲渡のないままに所有者を失った【影の書】は、こうして前任者の資質に近い者を探し出して仮の所有者とする遍歴の魔導書となったのだ。

――勝手に現れて憑り付き、魔力を収奪する。それを先延ばしにしようとして蒐集した魔力が666ページに達すると所有者を道連れに滅却、自身はいずこかで新生する――

【呪いの魔導書】と呼ばれ始めたのはこの頃であろうか。

「それでも、何とかしようとした人たちが居たみたいでね……」

【影の書】の呪いを何とかすべく、管理者権限へのアクセスを試みた者は数知れない。そのままでは魔力を収奪されきって衰弱死するか、魔力を蒐集して共に滅却されるかしか道がないから当然だが。


「ひとつは当然、わたし達」

まず、管理者権限のうちからその守護機能の使用権を得ることに成功した。すなわちヴォルケンリッターシステムである。

この時期すでに【呪いの魔導書】扱いされていた【影の書】は、それを理由に攻撃されることがあった――所有者の焦りから、強引かつ乱暴な蒐集が増えたせいだろう――。

その結果【影の書】なり使用者なりが傷つくと、【影の書】は即座に転生を行ってしまう。
それを防ぐために、所有者を守護するヴォルケンリッターシステムを管理者権限なしでも使用できるように切り離したのだ。


「もうひとつは、【影の書】そのものの活動抑止」

次に成功したのは、猶予期間の設定だった。

【影の書】は、転生を実行し次の仮所有者の元に現れた瞬間から容赦ない収奪を行う。
そもそも伝説級の代物である【影の書】は、その維持だけでも大量の魔力を必要とするし、蒐集を始めればその保持のために更なる魔力を要求する。ヴォルケンリッターシステムの発動もそれに拍車をかけた。

乳飲み子の元に現れたときなど、たった3日で縊り殺すように収奪しきってしまったのである。

そこで採られたのが、転生直前に保有した魔力を一部持ち越し、所有者が一定の条件を充たすまで【影の書】が過剰な収奪を行わずように済む措置であった。この時点ではヴォルケンリッターシステムも作動しない。

ただ、この対処方法は相当な苦肉の策だったのだろう。【影の書】本体の改変に至らず、鎖状の魔力供給器を付け加える形でしか実現できなかったのだから。


こうして採られた改変は、もちろんその時々の所有者が、管理者権限を得られないままにあらゆる手を尽くして、さらには前任者の記憶からその遺志を受け継いで行ってきた呪われた運命への反逆である。

もちろん、その所有者たちも転生の輪に轢き潰されて、今は亡い。


「けれど、この【影の書】が、【闇の書】【呪いの魔導書】と呼ばれるようになる決定的な事件が、起こってしまった」

それはいったい、何人目の所有者だったであろうか。
【影の書】のことを知っていたか、前任者たちの記憶を垣間見たか、その所有者は絶望のままに強引な蒐集を行い、転生の直前にテロまがいの暴走をしたのだ。

その記憶が染み付いたのか、それともそれがその所有者の行った改変だったのか、【影の書】はそれから、蒐集が終わると同時に集積した魔力を全て破壊に用いる爆発物と化したのである。

痕跡から推測したにすぎないけど。とシャマル。


「それでは、【影の書】の蒐集が終わっても、あるじはやては……」

「治らないわ。それどころか、自爆して最悪犯罪者扱い」

なんということだ!と空を打ちつけたシグナムが、それでは足らぬとばかりに己が掌を打つ。

「それで、あるじのご就寝時にか」

はやてに打ち明けて以来、こうした話し合いは家族全員で行っていた。今や、あるじへの隠し事などほとんどない。なぜ今回こんな深夜にかと、ザフィーラには不審だったのだ。

「みんな甘いなぁ」

「あるじはやて!」「はやてちゃんっ!?」

「宵っ張りのヴィータやあゆがあんな早うに寝よ言ぅた時点で、疑ってください言ぅてるようなもんやで」

ジョイスティックを押して、はやてが車イスと共にリビングへ入ってくる。それまでは直接車輪を回していたのだろう。

「いつから、なのですか?」

「悪意、のところら辺からかな」

ほとんど全てである。

「春とはいえ真夜中は冷えるなぁ。
 シャマル、なんか温かいもんお願いしてええか?」

「はい、ただいま」

ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに駆け込むシャマルを見送って、はやてがリビングの中央に。

「別に怒ぅとるわけやないんや、みずくそぅないかってだけでな。
 いまさら、ちっとやそっとのことじゃ動揺もできへん。
 うちのことなんやさかい、うちもいれたってぇな」




****




次元空間に踏み入れた一行に、シャマルからジュエルシードが配られた。今はそれぞれの頭頂部あたりを人工衛星よろしく周回している。

次元空間は生命の生存に適さないので、術式を常時発動させて生命維持装置として使用するのだ。

魔導師や騎士には不要だが、不慣れなはやてやなのはが居ることを踏まえて、リソースの開放や魔力源としての活用も兼ねていた。

もっともフェレット形態のユーノはカウント外で、アルフと共用だったが。



「蒐集開始」

 ≪ Sammlung ≫

あと1個蒐集すれば完成するように調整したのは先ほど、【時の庭園】にて。

シャマルが、手元のジュエルシードから魔力を蒐集させて、【闇の書】の666ページがここに埋まる。


ばたん。と閉じた【闇の書】が、シャマルの手元から、はやての目前に瞬間移動。

 ≪ Guten Morgen, Meister ≫

「意外とフレンドリィやね。はい、おはようさん」

「はやてちゃんっ!」

はいはい。とシャマルをいなし、はやてが手を伸ばす。

「我は【影の書】のあるじなり、この手に力を」

その手に収まったのか、その手に押しかけたのか。

「封印……」

ふわりと浮かび上がったはやてを、ヴォルケンリッターが囲む。

   「……解放」

 ≪ Freilassung ≫

その葉間から闇を噴き出し、剣十字を輝かせる。

取り巻いた闇がはやてに染みこむたび、その手足が伸び、肉付きを増していく。一気に伸びた髪は、何の対価か色を失った。

【闇の書】から逆流してきた魔力が、はやてを強制的に成長させているのだ。

その所有者を取り込むプロセスと、これから行使する破壊のための魔力の結実と、管制のための【闇の書の意思】の憑依。それらが渾然となって、戒めめいた衣服をまとうこの姿となる。

≪また全てが終わってしまう いったい幾たびこんな悲しみを繰り返せばいいのだろう≫

まぶたを閉じたまま流す涙は、何を思ってか、誰を思ってか。

≪我は【闇の書】。我が力の全てを、≫

 ≪ Diabolic emission ≫

開かれた紙面が輝くと、掲げた掌の上に黒い雷を押し込めたような球体が生まれた。

≪あるじの願い、そのままに≫

しかし、その開いた口が、違う声音をも紡ぐ。

「うちはそんなお願いしとらんし、そもそもうちは【闇の書】やのうて【影の書】のあるじやしなぁ」




****




「はやてちゃんとヴィータちゃん、あゆちゃんには、ミルクたっぷりのカフェオレですよ」

「子ども扱いすんな」

「そうか、なら私のブラックと替えてやろう」

「よけーなお世話だ」

カフェオレボウルを避難させるヴィータに、意外としつこく迫るシグナム。実はブラックが苦手なのか、ヴィータをからかうのが楽しいのか、どちらであろう。



「そういや、シャマル?」

カフェオレを飲み干して、はやて。

「なんでしょう?」

まずはコーヒーの香りを堪能していた湖の騎士は、そのカップをおろした。

「気になっとったんやけど、本体の【夜天の魔導書】はどうなってん?」

それは……。とシャマルの歯切れは悪い。


結論から云うと【夜天の魔導書】は失われていた。

【影の書】の解析内容から【夜天の魔導書】の空間座標を割り出したシャマルは、そこへ行ってみたのだ。【影の書】の真の管理者権限を得るには、本体たる【夜天の魔導書】にアクセスする必要がある。

しかし、結果は前述の通り。【影の書】が暴走で魔力を使い果たすようになって以来、魔力の供給を絶たれた【夜天の魔導書】は、その構造を保つことが出来なくなっていたのだ。その保管に使われていただろう施設ごと朽ち果てていたらしい。その維持に膨大な魔力を必要とする伝説級の代物には、ありうる最後だった。


「そうかぁ、それは残念やったな」

「まったくです」

本体たる【夜天の魔導書】が失われた。と云うことは、【影の書】の根本的な修復は不可能ということだからだ。

でも、シャマル。と、空になったカフェオレボウルを渡しながら、はやては小首を傾げて見せた。

「なんか、目算はあるんやろ?」

「ええ。【影の書】が完成してから暴走を開始するまでに時間があります。そこに、付け入る隙が」




****




「過去の怨念が残した呪いを、あるじはやての願いと間違うな」

≪ヴォルケンリッターシステム。この時点でまみえるのは久しいな≫

消された術式に向けていた訝しげな視線を下ろし、【闇の書の意思】が正面のシグナムを懐かしげに見た。

「おとなしくしとけよ、いらねぇ手間かけさせんじゃねぇ」

右手にヴィータ。

≪何をするつもりだ≫

「【影の書】の構造解析は終わっています。貴女に施された改変も、修復自体は不可能ではない」

左手にシャマル。

「……」

背後のザフィーラは黙して語らない。ただ、取り出した本をシャマルに手渡した。

「ですが、一時的な修復で【影の書】を復活させても意味はありません」

だからやな?と、【闇の書の意思】の声で関西弁。

「わずかに拾いえた【夜天の魔導書】の残滓と、【影の書】の解析結果から、新たな魔導書を作る」

シャマルから手渡された本を、シグナムが掲げる。
ジュエルシードの無尽蔵な魔力と遺失術式から作られた真新しい本。装丁は【闇の書】と同じ、しかしその色は払い清めた掃天のごとく、蒼い。

「【蒼天の魔導書】、一代かぎり、あるじはやてのためだけの魔導書になるのだ」

突きつけられた蒼い本にたじろぎながら、しかし【闇の書の意思】はひれ伏さない。

≪我を改変しようとすれば、自動防御プログラムが作動する≫

「貴女のマスターは今はうちや、マスターの言うことはちゃんと聞かなあかん」

あるじ……。と、同じ口から紡がれる反論は力ない。

「名前をあげる。
 新しい姿になる貴女に、もう【闇の書】とか【呪いの魔導書】なんて言わせへん。うちが呼ばせへん」

さあ、本を重ねろ。とシグナムが突きつけてくる。

「夜天が迎える朝の、蒼天のあるじの名に於いて、汝に新たな名を贈る」

それぞれにジュエルシードを従えたシャマルとヴィータが、その上に手を置いた。

 「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」


          ≪ ……bekehren…… ≫


12個のジュエルシードが唱和すると、それはまるで賛美歌。共鳴して響く波動は澄んで、鈴の音を光に変えたかのよう。


≪新躯体へのシステム移行完了。新名称リインフォースを認識、管理者権限の使用が可能になります≫

ですが……。と声が続く。

≪旧躯体の自動防御プログラムが止まりません≫

「まあ、なんとかしよ。
 そのための助っ人さんやしな」

視線の向こうに、白と黒と紫の魔導師と、使い魔の姿。

「行こか、リインフォース」

≪はい。我があるじ≫

【蒼天の魔導書】が放った光に、【影の書】――いや、正常部分のデータコンバートによって改変部分だけ残されたそれを、敢えて【闇の書】と呼ぼう――が弾き飛ばされた。

≪分離の直前に、旧躯体の防衛プログラムの進行に割り込みをかけました。数分程度ですが暴走開始の遅延が見込めます≫

「それだけあったら、充分や」

【闇の書】の影響下から抜けて、成長していたはやての体が元に戻る。放出された余剰な魔力をあゆが見ていたならば、後光のようだと評しただろう。

「リインフォース、うちの杖と甲冑を」

≪はい≫

嬉しそうに蒼い本の剣十字がきらめきを返すと、編みこむようにはやての身体を光が覆う。黒地に黄色い縁取りの騎士甲冑と、剣十字の長大な杖。

「蒼天の光よ、我が手に集え。
 祝福の風、リインフォース、セーットアップ!」

放たれた光がはやてに降り積もると、白い帽子にジャケット、夜明け色のサーコートに玄き6枚羽根をまとう蒼天のあるじの姿があらわれた。

「今はまだ夜明け前やから、この色やけど」

右手に杖、左手に魔導書。従うはその雲たち。

「我ら、蒼天のあるじの下に集いし騎士」

烈火の将、シグナムがレヴァンティンを鞘から抜いた。

「あるじある限り、我らの魂尽きる事なし」

12個のジュエルシードを引き連れ、湖の騎士シャマルは静かに口上を述べる。

「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」

こぶしを固め、盾の守護獣ザフィーラはあるじの前へと。

「我らがあるじ、蒼天の王、八神はやての名の下に」

紅の鉄騎ヴィータは、グラーフアイゼンを足元に突いた。

「【闇の書】の呪われた歴史、いま終わりにしたる」

しかし、はやてが剣十字の杖を突きつけた先に現れたのは空間モニターで、

 『 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。
  こんなところで何をしている。話を訊かせてもらうぞ 』

時空管理局の次元空間航行艦船の艦影だった。




[14611] #19 夜の終わり、旅の終わり
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/03/16 05:50



「まさか、こないなことになるとはなぁ」

「まったくです。あるじはやて」

遠目に見えるのは、【闇の書】に乗っ取られた次元空間航行艦船の姿。すわ恐竜戦車か、はたまた怪獣軍艦か。今は薄暗いベールに包まれて、その容を求めるかのように蠢いていた。

「そういや保護指定されてねぇ巨大生物とか、狩ったっけ」

思わずヴィータがとんとんとグラーフアイゼンで肩を叩くと、空気も無いのになぜか「キシャー」と吠え声が聞こえてくる。

「念話も通信も通りませんね」

さすがにジュエルシードの術式でも、複合四層式バリアを貫くことは適わない。いくつもの空間モニターを開いていたシャマルが嘆息。

「しかし、これでは……」

「ああ、人質をとられたようなもの、だな」

「だっせぇ連中」

「ヴィータちゃん……」

ヴォルケンリッター達の会話に苦笑いしか出来ないはやてのもとに、プレシア・テスタロッサが歩み寄ってくる。

「かなりの老朽艦みたいだったから、姉妹艦の情報から艦内構造が推測できたわ」

表示された空間モニターに、模式図。

「時空管理局の連中が無能でなければ、このバイタルパートの中に篭って抵抗しているでしょう」

一回り小さな囲いを示して、紫色の魔導師がシャマルを見た。

「ジュエルシードの術式で、丸ごと転送は可能かしら」

「可能です。ただし、その前に魔力と物理の複合四層式バリアをなんとかしないと……」

なら、話は簡単や。と、はやては手を合わせる。

「こんだけの魔導師、騎士が揃っとるんやからな。
 順番に攻撃してバリアを破って、船の人たちを救けたら後は手筈どおり。
 ええな」

「はい」と、ヴォルケンリッターが応えるや、【闇の書】のベールが弾けた。

次元空間航行艦船を頭部に据えたその威容は、クワガタムシか、サーベルタイガーか。謡うような威嚇の声が、不釣合い。

「来ます」

警告を発した空間モニターを閉じて、シャマルが開戦を告げた。


「さあて、あのウザいバリケードを巧く止めるよ」

「うん」

「ああ」

いったい何処から生えているのか、いくつもの触手や触腕。それらを睨みつけて、人間形態のアルフ。応じるのはその肩の上のユーノと、並び立つザフィーラ。

「チェーンバインドっ」

「ストラグルバインド!」

「縛れ、鋼の軛。でぇぃえ やっ!」

縛り、固め、縊り、引き千切り、薙ぎ払う。枯れ野を炎がたちまち焼き尽くすように、アルフ言うところのウザいバリケードどもがあっという間に切り払われた。




「先鋒はあたいだぜ」

真っ先に飛び出したのは、紅の鉄騎。

「ちゃんと合わせろよ、高町なのは」

「ヴィータちゃんもね」

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!」

差し上げた愛杖の穂先近く、赤いカバーから先がスライドして込められた弾丸が垣間見える。これぞベルカの騎士が用いるカートリッジシステム、一時的に急激な魔力増大をもたらす仕組みだ。

 ≪ Gigantform ≫

ガシンっと、蒸気機関めいた力強さで閉じると、噴き出した魔力と共にグラーフアイゼンが姿を変えた。

大人の掌なら掴めないこともない大きさの両頭のハンマーから、一抱えもあるほどの鉄槌に。

「轟天爆砕!」

それが、ヴィータが振り上げる間にも、

「ギガントっ、シュラークっ!」

振り下ろす間にも、がんがん巨大化していく。


叩きつけられた巨槌は、次元空間航行艦船すら凌ぐ大きさで、その第一の障壁を踏み潰した。



「高町なのはとレイジングハート。行きます」

 ≪ Shooting Mode, acceleration ≫

なのはの掲げる杖、その音叉様の先端部の付け根から、光の翼が3つ羽ばたく。

杖先に集う、桜色の魔力球がまばゆい。

それは、なのはを侮りきったヴィータから、最初の1勝をもぎ取った魔法。ディバインバスターのバリエーション。

「なのはちゃん。力、借してな?」

「うん、はやてちゃん」

すこし離れて降り立ったはやてが、同じように剣十字の杖を掲げた。

その杖先に集うのは、白い魔力球。なのはに較べると、かなり小さいが。

 ≪ Count nine, eight, seven… ≫

「呪いの歴史に、終焉の光を」

見様見真似。なのはのリンカーコアからディバインバスターの術式を得て、この魔法の開発過程を見てきたはやてなら、リインフォースの補佐の上で、なんとか合わせられる。

 ≪ six, five, four ≫

「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

周囲から降りそそぐ魔力光。この魔法の名の由来だ。

 ≪ three, two, one ≫

「貫け!」

「閃光!」

 ≪ Count zero ≫

「ダブルスターライト・ブレイカー!」

2人がそれぞれに魔力球を杖で叩くと、桜色と白、2本の砲撃が2枚目の障壁を削り去った。



「次、シグナムとフェイトちゃん」

シャマルが振り仰ぐ先に、烈火の将の姿。

「剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。
 刃と連結刃に続く、もうひとつの姿」

その鞘をレヴァンティンの柄尻に打ち付け、カートリッジシステムを排莢。

 ≪ Bogenform ≫

大弓に姿を変えたレヴァンティンの魔力弦を引くと、そこに剣めいた矢が番われる。

その足場にした魔法陣すら炎と換えて、上下同時のカートリッジロード。

「翔けよ、隼!」

 ≪ Sturmfalken ≫

放たれた矢は狙いあやまたず、もし今の【闇の書】に眉間があるならそこだろうと思わせる次元空間航行艦船の中心へ。

全体を包むかと思わせるほどの豪炎を伴って、砕け散る3枚目の障壁。



「フェイト・テスタロッサ、バルディシュ。行きます」

「その名を名乗るのなら、これくらいきっちり合わせてみせなさい」

そっけない言葉はしかし、目前に立つ小さな背中を揺るぎなく見据えて。

「はい。……母さん」

「……」

否定の言葉は返って来ない。その事実に一度、フェイトはまぶたを下ろした。


「染み出でて、いやさか湧きあがる。
 わが意に従い、天を隠す。
 そは叢雲。紫電の産屋」

プレシア・テスタロッサが杖を振り上げると、野球場ほどもある巨大な魔法陣が2重に展開された。その間隙に湧き上がるのは、この空間ではありえないはずの雷雲。

そこに発生した雷光が、2枚の魔法陣の中で増幅されていっているのが目に見えて判る。

「望むは電光、願うは雷鳴。求むは覆滅。
 打ち砕け、天雷!」

落雷は、フェイトが掲げるバルディッシュに。

「サンダーレイジ!」

振り下ろした杖から、翔けるは紫電の龍。七つの鎌首を、もたげて。

プレシアが呼び出し、フェイトが放った雷撃が、最後に残った障壁を噛み砕き、完膚なきまでに焼き払った。



もちろん【闇の書】とて、このまま黙ってやられる気はなかろう。

障壁が奪われたということは、足枷無く全力全開で攻撃できる。と云うことでもある。

だが、

「盾の守護獣、ザフィーラ。砲撃なんぞ、撃たせん!」

その各所から生えてきた生体レンズを、ザフィーラの軛が貫いた。



蒼い背表紙を開いたはやての、まぶたが下りる。その脳裏に浮かび上がってくるのは、【夜天の魔導書】から回収した魔法だ。

術式を把握し終えて、見やるは、増えつづける生体レンズ。今はザフィーラが防いでいるが、【闇の書】はその生成速度を早めてきている。

「彼方より来たれ、宿木の枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け。
 石化の槍、ミストルティン!」

開いた魔法陣は6つの光点を連れ従えて輝き、7本の光槍が【闇の書】を、その怪物化した本体を貫いた。

その槍が抉り進むごとに、その周囲の生体細胞を凝固、石化していく。



一時的に攻撃を封じられた【闇の書】の姿に、それは内部への攻撃も然り。とシャマルは判断する。

「行って」

シャマルの目前にあるのは、クラールヴィントがその鎖で形作った円。シャマルとクラールヴィントだけが使える特殊な転移魔法、旅の鏡だ。

普段は離れた場所の物品を引き寄せるのに使うことが多い術式だが、今回は送るのに使う。

送るのは、防御術式に長けた4番、情報収集と発信に適した9番、空間座標把握に特化した20番の、3つのジュエルシード。

送る先は、虜となった次元空間航行艦船。

だが、

「っ痛!」

引き戻された指先が、赤い。たちまち火ぶくれになる。

「なんて強力な防御結界なの」

……しかも、おそらくは1人か2人で。と手応えで推測して、指先に治癒光。

バイタルパートの内壁ぎりぎりで展開された防御結界は、空間制御が完璧で、流石のシャマルも手が出せない。

「でも」

ならば、その外壁ぎりぎりに送り込んでやれば済むこと。

「捕まえ……った」

即座に展開される、侵蝕状態を示した空間モニター。どうやらその内部にまでは及んで無いようだ。

「いきますよっ!」

手元のうちの4つのジュエルシードとリンクさせ、転送させるのは次元空間航行艦船のバイタルパート。重要防護区画だけだ。外装は侵蝕されていて、こちらに転送させるわけにはいかない。

「大質量転送っ」

「目標、ここっ」

ユーノとアルフのサポートを受け、7個のジュエルシードがその力を発揮する。

「転っ、送!」

シャマルの背後に展開する広大な魔法陣。現れた機器と装甲の塊は、張り付くようにして輝く4番のジュエルシードに守られていた。


「はやてちゃん!」

シャマルの呼びかけに頷きで応え、掲げた杖に魔力光が集う。だが、遅い。その間にも【闇の書】は、石化した外殻を破って生体レンズを生み出し始める。

「縛れ、鋼の軛」

ザフィーラが、まず薙ぎ倒した。

「チェーンバインド!」

「ストラグルバインドっ」

アルフが縛り、ユーノが引き千切る。

 ≪ Schwalbefliegen ≫

ヴィータが打ち倒し、

「飛竜一閃!」

シグナムが焼き払う。


しかし、追いつかない。


 ≪ Blaze Cannon ≫

はやてを狙って今にも凶光を放とうとした生体レンズを貫いたのは、露草色の砲撃だった。

「正直、なにが起きているのかは判らないが、あれは放置していいものじゃなさそうだ。
 協力する。あとで事情を訊かせてもらうぞ」

アースラのバイタルブロックの前に立ち塞がるようにして、クロノ。ランタンのような杖頭を持つS2Uに、露草色の魔力光を灯している。

「お、おおきに」

クロノに目顔で促され、はやては【闇の書】へと向き直った。

 ≪ Stinger Snipe ≫

その間にも、「スナイプショット!」クロノの放った魔力弾が縫うようにして生体レンズを打ち滅ぼしていく。


「そは世界樹に隠されたる知識の杯、落陽の逮夜を告ぐる声」

正三角形をなす魔法陣の各頂点に充填された魔力が、対魔、対物、対生物と、それぞれ効果の異なる砲撃と化す。【夜天】の、そしてそれを受け継ぐ【蒼天の魔導書】最大の攻撃砲術だ。

「響け、終焉の笛。ラグナロク!」

3種の砲撃は打ち込まれたその地点で溜まるように膨らみ、巨塊たる【闇の書】を全て包む爆光と化す。

「スターライト・ブレイカー!」

魔力をさらに再回収して撃ち込まれる砲撃と、

「サンダーレイジ!」

増幅され続けていた電光を受けて放たれる雷撃。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!やっ!」

くるりと翻った剣、剣、剣、剣、剣。いったい何十本あるのか、一点に向けて殺到するさまはまるで砲撃。

白、桜、黄金、露草と四色の光が【闇の書】を、その防御プログラムが組み上げた異形を打ち据えた。


 …



息を呑んだのは、クロノ。

「あれは!」

晴れた爆煙の向こうに、露呈した革装丁の書籍の姿。しかし周囲の残骸を取り込んで、もう再生を始めている。

「……第一級捜索指定遺失物、ロストロギア【闇の書】……」

まさかいきなりアースラを呑み込んだ異形が、因縁深い【呪いの魔導書】であったとは知らず、クロノは呻いた。記録映像に見るエスティアとは、侵蝕のされ方が全く違う。

「こんな、ところに……」

ぎりぎりと、音をたてて握りこまれるこぶし。

そうと知っていれば、中から砲撃魔法のひとつもかましただろうに。


「シャマル。
 引導、わたしたってや」

「はい」

はやての呼びかけに応え、シャマルの手元からジュエルシードが跳ぶ。


【闇の書】を中心に据えて、12個の結晶が形作るのは、正三角形と正六角形を組み合わせた切頂四面体。最小の面積で最大の体積を切り取る、アルキメディアン・ソリッドの1つだ。


 ≪ Tur fur ImaginareGebiet ≫

未練がましく再生を続ける【闇の書】の下に、亀裂が現れた。高密度魔力素集積体に付き物の、次元断層である。今は完全に制御されたその空隙の向こうに覗くのは……、

「虚数空間」

ぽつりと呟いたクロノ以外にその領域を垣間見たことがある者は、プレシアぐらいか。

しかし、それは我らが知るところの量子力学的な虚数空間ではなかった。光速度を軸に物理現象が逆転した世界である虚数空間は、せいぜいが各世界単位での【裏】に過ぎない。

クロノが言い、いま闇の書の足下に現出した虚数空間。それは、この次元世界そのものの【裏】。この次元にあふれるのが魔力素なら、この虚数空間に満ちるのは反魔力素。この世界に落ちた魔力は、たちまち反魔力素と結合し、無力化、対消滅して消え去ってしまう。対消滅で発生したエネルギーですら反魔力素に呑み込まれる、それは魔力の墓場。


「……ごめんな、」

はやては一度、瞑目する。しかし、見届けるためにすぐまぶたを上げた。

   「おやすみな……」


いかに呪われた闇の魔導書とはいえ、しょせんは魔力素集積体、魔力構造体である。

虚数空間のなかでは、――山成す重曹に落とされた1滴の王水のように無力に――中和されて消え去るのみ。

いかな魔法行使も効果をなさず、転生も結実しない。それが魔法である以上。

魔力素の対消滅で発生したエネルギーも物理的影響力を持たないから、爆発も発光も震動も韻響も、何もない。

「そんな手が……」

母であるリンディ提督は、アースラのブリッジでダメージコントロールの指揮を取りながらこの光景を見ているだろう。

ギル・グレアムが聞いたなら、なんと言うだろう。次元断層を引き起こして虚数空間に叩き落すだなどと、次元世界の安寧を守るべき管理局員には思いもつかない、思いついても実行できない奇手だ。


「【呪いの魔導書】の最期だよ。アンタも見届けてやりな」

「……」

肩にフェレットを乗せた女の言葉に、クロノは返す言葉もない。せめて一矢報いたなどと、喜ぶ気になれるはずもない。むしろ悔しげに、ただ黙って見詰める。



呪われた魔導書の、静かな最期であった。




****





その足音に、あゆは気付いていた。

硬く響く音は、杖でも突いているのだろうか?実にぎこちない足取りで、アリシアの部屋に近づいてくる。

「ただいまや、あゆ。家族増やして帰ってきたで」

なのはとヴィータに支えられて、しかし自分の足で歩いて見せている。騎士服姿が、とてもりりしい。背後に控えている銀髪の女性が新しい家族なのだろう。


あゆが、にっこりと微笑んだ。

その口から紡がれるのは、以前のはやてが聞くことがなく、この春からは幾度か、そしてこれからは何度も聞くことになる祝福の言葉。


「おねぇちゃん。おかえりなさい、なのです」







                             「八神家のそよかぜ」完



[14611] #19.5 使命の理由
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/02/04 11:34



『前々から思っていたが、君はよくそんなものが飲めるな』

念話で語りかけてきたのはクロノ。今はあゆの正面で正座中。

『おまっちゃに、さとう、のことですか?』

なぜか念話でも舌ったらずなあゆである。こちらも正座中だ。

『ふつうに ぐりーんてぃ、なのです』

茶舗の店頭でリキッドサーバーに掻き回される緑色の液体を、あゆは長らく気にも止めてなかった。スーパーからの帰り道に「今日は暑いなぁ、のど渇かへんか?」と、はやてがそのグリーンティを買い与えてくれるまでは。

『グリーンティというのは確か、冷たくして飲むものではなかったか?』

少なからず糖分が過剰なその飲み物を歓迎しているらしい自身の味覚に、あゆは、自分が甘味を好むらしいと自覚した。

爾来、あゆの好物のひとつである。

『あたたかいぶん あまみがまして、これはこれで おいしいのですよ♪』

『理解不能だ』と首を振るクロノの隣にはリンディ提督。自分の点てたお茶を歓んで飲んでくれるのはあゆだけだから、嬉しそうに抹茶を点てているところだ。


かこーん。と鹿威しが鳴った。

あゆが訪れているのは、アースラの応接室である。

正しくは、アースラのバイタルブロックを流用して仮設された【時空管理局 第97管理外世界辺縁次元空間『時の庭園』臨時出張署】の応接室であったが。

アースラを巻き込んでしまった『闇の書葬送事件』から3ヶ月、その事後処理を引き受けているのは誰あろうアースラクルーである。中央や本局、はては聖王教会とのパイプ役となり、時に調査本部として、時に簡易裁判所として、その乗艦――の重要防護区画だけだが――ともども目まぐるしく立ち働いていた。

『りかいふのうなのは、わたしのほう。なのです。
 なぜ、あなたたちは じぶんのふねをしずめたちょうほんにんたちを かばおうとするのです?』

あゆの言うとおりであった。

不幸な偶然とはいえ時空管理局の艦艇を沈めたのである。本局の中には、関係者全員を冷凍刑にしろと声高に叫ぶ者すら居るのだ。

ところが、これに真っ向から異を唱えたのが、そもそもの被害者であるアースラクルーであった。あくまで事故であり公務執行妨害には当たらないこと、乗務員の救助に最善を尽くしたこと、事後捜査に協力的だったことを上げ、刑の軽減を訴えたのだ。全員の総意であることを示す署名を添えるのみならず、いまも全力ではやてたちのために奔走していた。

『あれは不幸な事故だ。時空管理局は客観的事実を私観で捻じ曲げたりはしない。
 家主が追い出した強盗に警官が刺されたからといって、その家主が罪に問われることなどない。
 緊急避難であり、予測不可能だからな。
 八神はやても君もあのままでは命の危険があった。あの場にアースラが駆けつけることなど知りようがなかった。だろう?』

言いたいことは解かる。しかし、そう言うクロノは、【闇の書】との因縁が深い。その言葉をあゆは、どうしても信じきれないのだ。例えばはやてが殺されたとして、その凶器を誰かが大事そうに持っていたとき、その人物が犯人でなかったとして自分は赦せるだろうか?少なくとも「処分しろ」くらいは言うだろう。

あゆは、彼らの行動が【闇の書】のあるじであったはやてを捕らえるための罠ではないかとの疑念を、拭い去れないでいた。

『君が信じられないのは、やはり僕か』

あゆが逸らした視線の意味を明敏に読み悟って、クロノは確認する。

クロノ・ハラオウン執務官と知り合って3ヶ月になる。その短い時間でも、彼が実直で篤実な人間であることが判るだろう。

だが、それでもだ。

『……ごめんなさい。なのです』

『いや、君の生い立ちと八神はやてとの関係を考えれば、それも当然といえるだろう。
 僕に、【闇の書】に対するわだかまりがあるのは事実だしな』

そうして素直に心胆をさらして見せるところなど、信じてみてもいいのではないかと思わないでもないのだが。

『……』

『ストップだ』

何か言おうとしたあゆを制したクロノは、表面上は何気なしに抹茶を啜った。いつの間に砂糖が盛られていたのか、その眉を少ししかめたが。

『これはずるい言い方になるが……。
 いずれにせよ君たちに、現状を打破する力はない。ヴォルケンリッターは一騎当千の騎士だが管理局全体を敵に出来るはずもないし、権力に至っては言わずもがなだ』

空になった碗を置き、隣に座る母親にじとりとした視線を送っている。

『君たちに出来ることは、せいぜい管理局に協力的な態度を取って心証を良くする位だ』

事情聴取という名目で呼び出されたことになっているあゆだが、実際は自らの意思でリンディ提督に陳情に来ているのだ。

『だからこそ君は、今日もここに来た。違うか?』

母親から茶道具一式を奪い取ったクロノは、手ずから茶を点て始めた。口直しにするのだろう。

『信じろなどと青臭いことを言うつもりはない。
 言葉を尽くすことに意味がないとは言わないが、たとえ百万言を費やしたところで君の疑念が晴れることはあるまいしな。
 僕はそんな無駄なことに労力を割く気はない』

そう言いながら、クロノはいつもより饒舌であっただろう。

『これ以上僕の口を煩わせるなら、師弟の縁を切るぞ』

【闇の書】の影響下を抜けて再び歩けるようになったあゆが最初に行ったこと。それがクロノへの弟子入りだった。

正確には、魔法を教えてくれる人を紹介して欲しいとリンディに頼んで、クロノを推薦されたのである。

兄姉と慕うヴォルケンリッターでは甘えが出るし、魔力量が少ない割りにそのレアスキルから魔力制御に長けると予測されるあゆの師匠として、クロノほどの適任は居なかったのだ。

管理局官給品のデバイスを貸し与えられ、今ではここまで独力で転移できるほどまでになっている。

『わかりました。くろのせんせぇのおせなかを みせていただくことにします。
 ごめんなさい。そして、ありがとう。なのです』

もちろんクロノは応えない。その代わり、点てたばかりの茶をそっと差し出した。



さて。と、まるでその念話を聴いていたかのようなタイミングで、リンディが碗を置く。

「それで、あゆさん。本気で時空管理局への入局を希望されるの?」

「はい。なのです」

あゆは言う。

リハビリ中のはやては、もうじき松葉杖でなら歩けるようになる。そうなれば学校にだって通えるだろう。その貴重な時間を、保護観察などで、管理局への奉仕などで潰されたくない。

なのはやフェイトもそうだ。好意で手伝ってくれただけの彼女たちには本来、この件に関して罰を受ける必要がない。なのに、はやてやヴォルケンリッターの任期が少しでも短くなるならと同様の奉仕任務を希望しているのだ。

そのこと自体は嬉しいが、しかしはやては心苦しく思っているだろう。たとえ学校へ通えるようになったとして、それが友達の犠牲の上に成り立ってると知っていて愉しめるはずがない。

はやての気持ちは当然あゆにも適用されるだろうに、当の本人は度外視している。「かぞくなのですから、たしょうのめいわくなどきになるわけない。なのです」と、いつぞやのはやての言葉を繰り返し、「【やみのしょ】とちがっていのちのきけんがないのですから、きらくなものです」と嘯く有様。


「貴女のレアスキル、うちの技術部が興味を示してるから、取引材料としては有効ですけど……」

リンディ提督はあまり乗り気ではないようだ。就業年齢の低いミッドチルダとはいえ、さすがに5~6歳の子供を従事させることはない。本当は10歳くらいだと打ち明けられてはいるが、それが事実とは思えなかった。

「それに、そちらでたつきのみちが ひらけるなら、わたしとしてもねがったり、なのです」

戸籍のないあゆは、自身にまともな就職は適わぬであろうことを自覚している。捏造した履歴書で済むアルバイトか、素性など問われぬいかがわしい業界か。それらを厭うわけではないが、あゆは胸を張ってはやての傍に居たい。

「めざすは、じりつした いもうと。なのです」

贖罪を兼ねた奉仕任務とはいえ報酬は出る。自らの能力に対価が支払われることを知ったはやては、遺産頼りの家計を改めたいと考えていた。ヴォルケンリッターたちも賛同し、協力を申し出ている。

問題は自分だった。

別にお金など要らない。欲しい物もない。はやての傍でただ暮らすだけなら、さほどの負担にもならないだろう。

しかし、はやてへの誕生日プレゼントくらい、自分の手で稼いだまっとうなお金で買いたいではないか。

先月行われたはやての誕生日パーティ。貰っていた小遣いを使うこともなかったあゆは、それで誕生日プレゼントを用意した。以前知り合った女性に、【蒼天の魔導書】型のブローチを作ってもらったのだ。

はやてはとても歓んでくれたが、なのはのプレゼントを知っていたあゆはあまり嬉しくなれなかった。

「ほら、はやてちゃんの誕生日もうすぐでしょ?手作りケーキを作ろうと思ってるんだけど、その材料費ぶん、お手伝いなの」

翠屋でウェイトレスをしていたなのはが、そう打ち明けてくれていたのだ。


リンディは、それらの話も聞いていた。

だが、どうにも話が極端だと困惑する。あゆはまだ子供で、対するはやてへの誕生日プレゼントとて子供の小遣いの範疇の話ではないか。

それが一足飛びに就職の話となり、生計の話となるのだ。

それに、そもそも気にすべきは金の出所より、プレゼントの用意の仕方のほうだろう。なのはの実例を見ていながら、なぜ手作りするとか手伝いをするとか、そうした子供らしい発想が出てこないのか。

どうにもこの子は素っ頓狂というか、アンバランスというか。手近に置いて、見ていてあげないと危なっかしくてしょうがない。とリンディは内心で溜息をつく。

できれば、八神一家ごと引き取って面倒を見たいぐらいだ。それを為すには自分は忙しすぎるし、聖王教会のほうから来ている引き合いも無下には出来ない。

「貴女の希望は、なのはさんとフェイトさんへの赦免と、はやてさんへの猶予、軽減でしたね?」

「はい。なのです」

当初は関係者全員の赦免を望んでいたのだが、そこまでの価値をあゆは自分に見出せなかった。

だが実際のところ、管理局技術部があゆに寄せる関心は小さくない。ジュエルシードや【闇の書】を短期間で探査してしまったそのレアスキルは各種調査に威力を発揮するだろうし、開発したいと申し出てきた人工リンカーコアは管理局の悲願といっていい。そのうえ魔法の指導を行っているクロノの見立てでは、フロントアタッカー向けではないとはいえそこそこ戦闘の素質もあるという。疑り深く、表面上はともかくなかなか他人を信用しない面があるから捜査官に向いているかもしれないと、そこまでは――それらが現状、自分たちにだけ向けられているとクロノは理解しているから――報告しなかったが。

【闇の書】のあるじであった八神はやてを無罪放免にするわけにはいかないが、その他の2人と合わせて猶予を与えるには充分であっただろう。

その、当の本人たちが拒否しなければ。


「そのきぼうが うけいれられなくても、ひとあしさきに でばいすまいすたーとして にゅうきょくできれば、おねぇちゃんたちの ちからになれるのです」

いま言ったとおり、あゆの希望はデバイスマイスターになることである。同じ職場で肩を並べることは出来ないが、デバイスマイスターなら、はやてたちがどんな任務に就こうとも力になれると考えたのだ。

まずはレイジングハートやバルディッシュ、【蒼天の魔導書】にカートリッジシステムを積めないか。そう想起するあゆであった。

「貴女の希望に添えなくても、入局はすると?」

「はい。なのです」

すごい言質を取ってしまったことにリンディは一瞬めまいを覚える。彼女ら4人を情報的に分断して巧いこと誘導すれば、すぐさま高資質魔導師3人を確保して、そのうえ将来有望なデバイスマイスターを迎え入れられるだろう。濡れ手に粟とはこのことか。

しかしそれをリンディは記憶から追いやった。あとでエイミィに言って、ここの記録も消すことにする。

時空管理局は、子供に守ってもらうために組織されているわけではないのだ。ミッドチルダの就業年齢の低さと魔導師資質を持つ者の少なさからクロノのように子供のうちから前線を張る者も居るが、それはあくまで少数派。

子供は大人が守るもの。大人が子供に守られるなど言語道断。未来を引き換えに過去を守って、なんになるのだ。

しかし、人手不足にあえぐ管理局にとって、彼女らが喉から手が出るほど求めた高資質魔導師であることも事実。今すぐでなくとも、いずれは欲しい。

「あゆさんのご意向は承りました。
 可能なかぎりご要望に沿えるよう微力を尽くしますね」

「はい。おねがい、するのです」

二律背反に葛藤するリンディは、せめて彼女たちの希望に添えるように、できるだけのことをすると改めて誓う。

「それでは先に訓練室に行っていてくれ、すぐに僕も行くからウォーミングアップを念入りにな」

「はい、せんせぇ」

膝を崩して毛氈を降りたあゆが、「しつれいします」と一礼して応接室を後にする。その足取りはしっかりとして、不自然な点はない。



「クロノ、はやてさんは?」

「はい、エイミィから連絡がありました。もうじき着くかと」

あゆの決意が固いことを思い知らされていたリンディは、その意向を可能なかぎり叶えるとともに、対抗策を考えていた。

はやてと謀って、あゆをも、学校に通わせようとしているのだ。もちろん戸籍も取得できるよう準備している。

学校に通うとなれば、たとえ管理局に入局しても専念は出来まい。学業をおろそかにしたら、はやてたちへの猶予を取り上げると脅せば、あゆは逆らわないだろう。

逆に、あゆへの戸籍と入学の手続きは、はやてへの牽制になる。それを条件に、せめて義務教育を終えるまでの就業猶予を呑ませるつもりだった。はやてが受け入れれば、なのはやフェイトも説得できるだろう。


「……なかなか、ままならないわね」

「世界は、いつだって、こんなはずじゃないことばっかりです」

そのことを、この親子はよく知っている。ただ、そこから逃げ出すことも立ち向かうことも自由だと思っている。

それでも立ち向かうために、管理局員を続けている。管理局に入った。


その決意を知る者は少ないが、同じ決意を秘めた者なら大勢居る。だからこそアースラクルーは胸を張って立ち向かう。はやてたちは被害者だと理解し、ならば守るべきと信念に基づいて。

それが時空管理局という集団だ。

「それでは、僕は彼女の指導に行ってきます」

「お願いね。
 どう?彼女は」

毛氈を降りグリーブを履いたクロノは、少し思案。

「なかなかユニークで、しかし剣呑な発想をします。
 前回の講義のとき、自分のレアスキルを使えば対象の体内で冠状動脈血栓を誘発できるのでは?と言っていました。
 魔法を使うまでもなく相手を殺せるかも、と」

まあ。と驚くリンディに肩をすくめて見せる。

「そのことを叱り付けると、では頚動脈を塞いでのブラックアウトなら意識を奪うだけで済む。と来るんです」

実際には、さすがにあゆのレアスキルでもそこまで巧くはいかないだろう。同じことをするにしろ、むしろ相手の脳神経系を直接狙ったほうがいいかもしれない。

「即座に殴りつけて、その危険な思考を何とかしなければ入局などさせん。と釘を刺しましたが」

くろのせんせぇのげんこつは、ようしゃがありません。とは、あゆの弁だ。効率よく敵を殺すために真剣に考えているのに、理不尽だと思っていることであろう。

「魔法も効きづらいし、あれはなかなかの魔導師殺しになるでしょう。
 倫理面さえ何とかなってくれれば、背中を任せられるくらいには」

かなりの高評価。めったに人を褒めないクロノのことだから、手放しの賞賛といっていい。

レアスキルに援けられてはいるが、少ない魔力をいかに巧く利用するか腐心している。クロノが唱えるところの「魔法は応用力と判断力だ」という教えを素直に受け入れて、思いも寄らない魔法を思いもつかない方法で使ったりする。いくら空戦適性が低いからといって、殺傷設定の魔法弾を壁に突き立ててその上を走ってくるのには驚かされた。そのうち、そのまま宙を走ってきそうだ。かといって魔法に頼り切ったりしない。そのレアスキルからして防御に長けているはずなのに、ほとんどの攻撃をただの体捌きで避ける。手加減しているとはいえ、クロノはあゆが防御魔法を使ったところをまだ見たことがないのだ。


【最強のデバイスマイスター】と後に呼ばれることになる八神あゆの、その才能を最初に見出し、育てたのはクロノ・ハラオウン執務官であった。

後年、そのことを尋ねられると、なかなかに複雑な表情をして見せたのだが。




                              おわり



[14611] #19.8 集結?[突発おまけ]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:30


あゆは、慎重に階段を下りた。

定例となった『時の庭園』臨時出張署での魔法講義。それが終わって転移魔法にて帰宅したのだが、階下の様子がおかしい。日が暮れているというのに明かりが灯されてないし、人の気配が押し殺されている。

明かりを点けたりはしない。どんな時でも暗闇だけはあゆの味方だ。

人の気配はリビングに集中している。廊下の、リビングとは反対側の壁に寄り添うようにして、その入り口へ近づいた。

デバイスをスタンバイさせようかと考えて、止める。魔法の存在を喧伝するわけにはいかないし、最後の手段だ。

普段は開け放したままになっている引き戸の取っ手に指をかけて、一瞬の躊躇。中の気配はこちらに気付いている。ならば、と一気に引き開けた。

ぱんぱんぱん。と間抜けな破裂音に、伏せたあゆが転がる。しかし、22口径の銃声かと思われた音はなにも穿かず、点けられた電灯の光があゆのつま先を照らすのみ。

立ち上がって、そ~。と覗く先、リビングには大勢の人影。

はやて、シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ、リインフォース、なのは、フェイト、アルフ、アリシア、クロノ、エイミィ、リンディ、すずかやアリサはおろか、一族の元へ一旦合流しにいったはずのユーノの姿まで。

何の企みかとリビングに踏み込んだあゆに「お誕生日、おめでとう」と大斉唱。

「……たんじょうび?」

松葉杖をついて、はやてが傍に。

「今日がどんな日ぃか、憶えとる?」

きょう?と、あゆは首を傾げる。額面どおり、今日この当日だと思ったようだ。

「1年前の、今日のことや」

はやての苦笑に、あゆは思い出す。全てを与えてくれた人と、初めて出逢ったときのことを。

「そうや。
 だからな?今日があゆの誕生日やで」

もちろん、本当の誕生日など判らない。忍たちは色々と調べてくれているようだが、あゆにとってはどうでもいいことだ。

なら、はやてと出逢ったこの日を、54から八神あゆとなったこの日を誕生日にして何の不都合があろう。

「誕生日ケーキ、自信作だよ」

寄り添ってきたなのはが指し示す先、テーブルの上に大きなホールケーキ。立てられた6本のローソクの意味を、あゆは知らなかったが。

「……これ、みんなからの誕生日プレゼント」

フェイトが差し出したのは、携帯電話だ。青とも緑ともつかぬ深い色合いは、あゆの青鈍色の魔力光によく似ていた。

あゆは預かり知らぬことだが、その色を再現させるのは大変だったようだ。はやてに頼まれたアリサは、業者の選定に八方手を尽くしたらしい。

「みんなの番号とアドレスが入っとる。
 あゆの、家族と友達のんが、全部な」

手にした携帯電話から視線を上げたあゆが、居並ぶ皆の顔を見渡した。誰も笑顔だ。あゆの誕生日を祝福してくれていた。

……

「なんで泣くの」

なのはは思わず、抱きしめてしまう。


あゆは、悲しかった。

皆が祝福してくれているのに、嬉しいと感じられないのだ。

今日が誕生日なのはそれでいい。はやてと出逢えたことを祝いたいとは思う。それは嬉しいことであったし、嬉しさはある。

けれど、それを祝ってもらえてることへの嬉しさがない。祝いの言葉が、あゆの中をすり抜けてしまうのだ。

自らが、まだ壊れたままであることを、再確認してしまった。そんな自分が、はやての妹であっていいのだろうか?



はやては、あゆの気持ちが解かるような気がした。いちばん傍に、いちばん長く居たから、だけではない。去年祝ってもらった自分の誕生日も、素直には喜べなかったと思い出したのだ。

皆に祝ってもらえたのは嬉しかったが、孤独な誕生日の多かったはやては自分の誕生日そのものを喜べなかった。独りであった頃の影をまだ引き摺っていると、吹っ切れていないと自己嫌悪した。

「お互い、まだまだこれからやな。あゆ。
 あの日のうちの言葉、憶えとる?」

頭をなでてくれる手に「はい」と、あゆ。

微妙な行き違いを含んだまま、それでもはやてのやさしさはあゆを癒したことだろう。

落とした涙の、温度まで違うような気がしてくる。

「……ありがとう、なのです」



                             おわり




****


StS篇執筆中
シリアス話が続いてイヤになったから息抜き代わりに書いたはずなのに、なぜかこんなありさまに(苦笑)



[14611] #20 その日、時空管理局本局[おまけ]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:29




               ――  1 Years Later  ―― 




ざわ… ざわ…            ざわざわ…         ざわ ざわ…  ざわざわ…
         ざわざわ…         ざわ ざわ…
   ざわ ざわ…                    ざわざわ…  ざわ
              ざわ ざわ…
 ざわ… ざわ…                ざわざわ…      ざわ ざわ…

 
時空管理局本局は今、ざわついていた。


ひとつには、普段研究室から出てこない新米デバイスマイスターが、かつかつとヒールを鳴らして歩いているからである。

就業年齢の低いミッドチルダでもさすがに見かけない5~6歳程度の少女が、時空管理局の通路を白衣を引き摺るようにして歩いていれば、それは注目されるだろう。


あゆがここに通うようになったのは、半年前のことである。

意図したことではないとはいえ、アースラを撃墜してしまった『闇の書葬送事件』。その結果知られた3人の高資質魔導師と4人のベルカ騎士。さらには行方知れずだった高位魔導師。そして、ロストロギア【ジュエルシード】と【闇の書】の顛末。

その処遇の決着点として採択されようとした、8人への保護観察処分に待ったをかけたのがあゆであった。自身の特殊能力を明かし、研究対象としてのジュエルシードと共に売り込むことで、8人への処分の軽減、もしくは猶予を願い出たのだ。

管理局があゆの能力をどれだけ買ったのかは判らない。しかし、年若い魔導師3人と、病気療養中の高位魔導師への猶予を勝ち取ることはできた。

「あしがなおって がっこうにいけるように なるのですから、おねぇちゃんには すこしでもそれをたのしんでもらいたいのです」と嘯くあゆは、はやてとリンディの企みによって戸籍を与えられ、学校に通うようになることをまだ知らない。


ともかくそういう訳で、あゆはシャマルと共に研究室を与えられ、日々通っている次第であった。

ちなみに、なぜヒールを履いているかというと、小さすぎて見過ごされることが多いからだ。けして大人ぶってるわけではない。わけじゃないったら、わけじゃない。


さて、ざわついている理由の、もうひとつ。

ヒールを鳴らして歩く少女の後ろを窮屈そうについて歩く、巨躯、強面、髭面、角刈りの壮年男性である。

しかも、

「儂には君(の技術)が必要なんだ」

「(せめて)振り向いて(話して)くれ(ないか)」

と、言動が誤解を招くことおびただしい。

対するあゆの返答も、

「しつこいおとこは、きらわれるのですよ」

「あなたのおかおは みあきた。なのです」

なものだから拍車をかける。


しかも、判る人間には判るが、服装からして地上本部の高官だ。はばかって近づく者も居ないから、目立つことこの上ない。

これでざわつくな。と言うほうが無理である。

もっとも、事情を知ってる人間からすれば見慣れた、ある意味ほほえましい光景ではあるのだが。


「頼む、あゆ君」

あゆとしては、このレジアス・ゲイズという男に特に含むところはない。伝え聞く人物像からすると、はやてすら犯罪者扱いしかねない潔癖さ、融通の利かなさらしいが、直に会って話を聞く分には強い正義感で平和を望む好漢であると判る。

それに、彼が本気になれば、所属が異なるとはいえ命令することだって不可能ではないのだ。多少手続きが煩雑になるとはいえ、同じ組織ではあるのだから。――実際、上層部同士の話は既についているという――にもかかわらず嘱託にすぎない一研究者に直接嘆願しに来るところなど、むしろ好感を持てなくもない。

ただ、少々性急なきらいが強い。と、あゆは思うのだ。

「君の研究を、陸にも提供して欲しいのだ」

こうして、まだ研究段階の代物を使わせろと言ってくるのだから。

目的のために手段を選ばないどころか、足を踏み外しそうな危うさとでも云おうか。清濁あわせ呑む度量はありそうだが、その潔癖さと相容れないことは間違いない。

「れじあす」

たまりかねて、あゆは足を止める。呼び捨てなのはミッドではこれが普通だし、本人にもそう呼んで欲しいと言われているからだ。

もちろん所属が違うとはいえ相手は上官で、その上あゆは嘱託に過ぎない。本来なら役職なり階級なりをつけるべきなのだが、あゆは頓着しない。そう呼べと言われたからそう呼んでいるだけである。それがまた、あらぬ誤解を生むわけだが。

「わたしは、なんどもいいました。
 じんこうりんかーこあ【いであしーど】は、まだけんきゅうちゅうだと」

「だからこそだ。
 実地での検証を加えれば精度も上がるし、研究も進むだろう」

だからといって、研究中の代物をいきなり実戦投入などしたら何が起こるか判ったものではない。

「頼む、あゆ君。
 君の研究する人工リンカーコアは、儂の長年の夢なのだ。
 素質のない者にも魔法の力を与える。平和を守る力を与えてくれる」

こぶしを握りしめ天を突きかねないレジアスの様子に、あゆは溜息をつく。この演説を何度聞かされたことか。

「後生だ」

「おくがたも、こうしてくどきおとしたのですか?」

娘が居ると聞いていたのでつい口にしてしまったが、これはあゆの勇み足だっただろう。

「ああ、儂には過ぎたいい女房だった」

「だった?もしや……?
 もうしわけ、ないのです」

相手の表情から全てを察して、頭を下げる。

「気にしないでくれ、もうずいぶん経つのだ」

「それでも、なのです」

頭を上げたあゆは、自分の倍以上あるレジアスを見上げた。

「あなたに くどきおとされたじょせいが すでにいるというのなら、
 わたしが そのふたりめになったとて、ふしぎなことではないのです」

手にしたのは、ジュエルシードに良く似た宝石様の結晶。

「これは、いまげんざい もっともできのよいもののひとつ。なのです」

それは嘘だ。

まず第一に、そんな試作品をほいほい持ち歩くはずがない。特に、休憩がてらに買い物に出掛けるようなときには。

次に、いかにあゆが優れたデバイスマイスターとしての素質を持っていようと、たかが半年で作れるものではない。さらには研修が終わってからなら3ヶ月ほどで、何をかやいわんや。

その結晶は、以前【蒼天の魔導書】を作ったおりに、試しにジュエルシードに作らせてみた人工リンカーコアだった。

あゆは今、それを独力で作れるように研究中なのだ。


だが、そんなことはレジアスの預かり知らぬこと。

おお!と、今にも泣きつかんばかり。

「ですが、これをいきなり そしつのないものに つかわせるわけにはいかないのです」

魔法の素質のない者に突然こんなものを与えたところで、使い方がわかるわけがない。人工リンカーコアの難点は、そこにある。

例えば、人間の背中に翼を移植して、すぐさま飛べるものだろうか。それを使えるようになるまで、おそらくその人が歩けるようになった以上の時間がかかるだろう。

「あなたのぶかなり どうりょうで、まどうしらんくがAいじょうのひとの りすとをおくってください。まりょくらんくは、といません。
 わたしがえらんで、これを かしあたえましょう」

少しは時間が稼げるだろうと、あゆはそっと溜息を洩らす。その人物が信用できるようなら、協力を依頼して口裏を合わせてもらってもいいだろう。

「おお!ありがとう。
 ありがとう、あゆ君」

念願の人工リンカーコアを手に入れられるとあって、レジアスの感激ぶりは並みではない。握りしめた手を振ること3ダース弱。抱えあげ高い高いすること5回。そのままその場で回転すること1260度。抱き寄せ、その髭面で頬擦りすること6往復半であった。

「すぐ送る。すぐ送るからな」と、捨てゼリフめいて去っていくその姿の、地に足の着いてないこと。

これが元でレジアス・ゲイズにはあるあだ名がつくのだが、ここでは敢えて記さない。

「ちょっとうれしくて、かなりめいわく。なのです。
 ちちおやというものは、ああいったものなのでしょうか?」

あゆは踵を返す。当初の目的地だった購買へ、取り置きしてもらっている「隔月刊【世界の名デバイス】」を買いに行くべく。


「いちど、むすめごさんと、おはなししてみたいもの。なのです」

それは、そう遠くない未来に果たされる願いであった。




                             おわり



[14611] 【ネタ】グレアム家の旋風
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:29



ギル・グレアムの住まいは、時空管理局本局の居住区にある。出身世界にも一軒持っているが、そちらはたまの休暇に使う程度だ。


「誕生日、おめでとう」

「おめでとう、はやて」

「おおきに、おおきにな。アリア、ロッテ」

ぽんぽんと魔法の花火が上がる中で、はやては満面の笑顔だ。

バースデーケーキには9本のローソク。テーブルの向かって右にアリア、左にロッテ。向かい側にはギル・グレアム。いつも忙しくてなかなか家に居つかないグレアムだが、誕生日だけは必ず帰ってきてくれていた。

「誕生日、おめでとう」

「ありがとう、グレアムおじさん」

はやては笑顔、なのにどこか寂しそうだ。




「あの、…グレアムおじさん?」

バースデーケーキも食べ、プレゼントも貰った後に、はやて。

「なにかね?」

……あんな。と、きりだしておいてはやては煮え切らない。

「その、お願いがあるんや」

俯いたはやてが、その膝頭をつねっていた。麻痺していて、ほとんど痛くないが。

「なんでも言ってごらん」

ようやく決意したか、顔を上げたはやての、しかし頬が赤い。

「その…、うちな。
 グレアムおじさんのこと、お父さんって呼びたいんよ。
 ……ええやろか」

「それは……」とグレアムは絶句する。アリアとロッテも言葉がない。

4年前、闇の書のあるじとして発見した時に、あまりにも不憫で引き取ってしまったが、この子が自分の企みを知ったら、けしてそんな呼び方はしてくれないだろう。

呼んでくれたとしても、今宵限り。

「……それは、赦してくれないかね」

まさか拒絶されるとは思っていなかったのだろう。「えっ」と、はやてが表情を無くした。

見ていられなくて、誰もが顔を逸らす。

「う、うち。ここに引き取ってもろうて、
 大切にしてもろうて、ホンマに幸せなんよ」

その目尻に溜まった涙が、あっという間に流れ落ちた。

「グレアムおじさんのこと、ホンマのお父さんみたいに思っとったのに……」

「すまない」

アリアとロッテが挟むようにして、はやてを抱きしめる。はやての気持ちも、グレアムの気持ちも、この使い魔たちは両方解かるのだ。

「な…んで、なん…で?
 じゃあ、なんで、うちのこと引き取ったん!
 こんなに優しゅうされて、でも家族やのうて!
 それくらいやったら独りのほうが良かった。引き取ってくれへんほうが良かった!
 なんで?なんで!?」

「……はやて」

終わりの始まりは今夜だ。グレアムは覚悟を決めた。

話したのだ。すべてを語ったのだ。

闇の書のこと。11年前の事件のこと。今のあるじが、はやてであること。脚のマヒは、それが原因だろうこと。闇の書が今宵覚醒するだろうこと。魔力を蒐集せねば、はやてが死ぬこと。蒐集しても死ぬこと。被害を防ぐために、はやてを永久封印するつもりであること。すべてを。

「……うちを、永遠に独りぼっちにするん?」

いや。とグレアムはかぶりを振った。取り出したカードを杖に変える。

「はやて、お前を独りになどしない。
 物足りぬだろうが、私も一緒に封印する」

「私もだよ。はやて」

「はやて、永遠に一緒だよ」

この4年間、グレアムとてはやてのことを実の娘のように慈しんできた。家族を、どうして独りに出来ようか。アリアとロッテも気持ちは同じ。

さきほど父と呼ばせて欲しいと言い出したとき、グレアムがどれほど嬉しかったか。

「……グレアムおじさん?」

涙の温度を変えて、はやてが笑顔。

「なにかね?」

「やっぱり、お父さんってよんでええ?」

目頭に力を込めて、グレアムが振り仰いだ。

「ああ……」

「お父さん、今までありがとうな」

封印される最後の瞬間にグレアムたちを突き飛ばすと決意して、はやての笑顔が晴れやかだった。




****




その後の出来事は、長く管理局で語り継がれるだろう。


管理局職員有志で行われた【愛の献血】ならぬ【愛の献魔力】によって35分29秒03で闇の書を完成させた八神はやては、なんと闇の書の防御プログラムの切り離しに成功してしまったのだ。

絶望に至るなにものも、はやての心にはなかったから。


封印する予定で訪れていた無人世界で遠慮する必要もなく、元はグレアムの乗艦だったという船のアルカンシェルが、闇の書の防御プログラムを消し去った。




****




「おベント、持った?」

「うん、大丈夫や」

「お勉きょ、がんばるんだよ~」

「は~い」


「車には充分お気をつけ下さい」

「わかっとるよ~」

「ご飯粒、ついてますよ」

「ホンマや、おおきに」

「早く帰ってきてなっ!」

「もちろんや」

「……」

(もふもふ)


「いってきま~す♪」

いってらっしゃいの大合唱を背中に、玄関から飛び出してきたはやては、高校の制服姿であった。

あの後、引退を決めたグレアムと共に海鳴市に移住してきたのだ。もちろん、ヴォルケンリッターたちも一緒。

麻痺していた脚も3年で完治して、今はこのとおり走れる。前方に見知った後ろ姿を見つけて、声を上げた。

「なのはちゃ~ん!フェイトちゃ~ん!おはようやぁ♪」

「おはよー!はやてちゃん」

「……はやて、おはよう」

青空が眩しい。今日もいい一日になりそうだ。




                             「グレアム家の旋風」完



********




          ―― StS篇最終回の脱稿を記念して ――

この作品は、オリ主は最後の手段と考えている私の、最初期に作ったプロットの一つをテクスト化してみたものです。アイデアは悪くなかったのですが、なのはやフェイトが出て来れないのでボツに。

そうこうするうちに、闇の書蒐集にジュエルシードを使うアイデアを思いつき、ヴォルケンリッター登場を早めるための手段としてレアスキル【魔力支配】と、その使い手である「あゆ」が生まれました。
オリ主ということで多少悩みましたが、試しに1話書いてみたら予想以上に愛着が湧いてしまったのでそちらを書き進めることになったわけです。

StS篇の方はこれから、ほのぼの話などの肉付けや整合性のチェックなどに入っていきます。早ければ、来月の頭には公開できるかと。

それでは、早めの再会を祈念して Dragonfly 拝 於:2010/01/17



[14611] #66-1 ファースト・ビジット
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/01/31 19:10

――【 新暦66年/地球暦4月 】――



はやては、学校生活を愉しんでいた。

なのはやフェイトとは今年もクラスメイトになれたし、遅れ気味だった学習範囲も取り戻せた。

松葉杖での登下校は楽とはいえないが、通えなかった頃のことを思えば何ほどのこともない。下宿中のフェイトが付き添ってくれるし、なのはも途中から一緒だ。

すずかやアリサは車で送ってくれようとするが、これもリハビリの一環だと断っている。


「ただいまやぁ」

「おねぇちゃん、おかえりなさい。なのです」

玄関まで出迎えてくれたのはあゆだ。この春に入学したこの新一年生さんは、授業がほぼ午前中だけなので先に帰宅していた。

「あれ?ふぇいとおねぇちゃんは、ごいっしょではないのですか?」

「今日は美化委員会があるらしいから、ちょぅ遅うなるみたいや」

そういえば。と、あゆは思い出す。進級して学校に慣れたフェイトが、美化委員に立候補したと聞いていたことを。

「おねぇちゃん。あせ、びっしょりですよ」

跪いたあゆは、まず右の松葉杖の石突を雑巾で拭う。

「今日は結構、暖かかったからなぁ」

次に右足のローファーを脱がし、左の石突も拭った。

「おふろを わかしましょうか?」

最後に左足のローファーを脱がすと、はやてが框を上がり終えてるという寸法だ。

「……そうやなぁ」

最初は自分独りでやっていた作業なのだが、これが意外と手間取る。車椅子はおろか松葉杖もあっという間に卒業してしまったあゆは、この作業にリハビリ効果がないことをシャマルに確認したうえで世話を焼く。「つうがくでじゅうぶんつかれているのに、このうえむだにつかれてもいみがないのです」と、はやての意向は無視。抗いようもなくて、今はされるがままになっていた。


 「あゆ、炭素の生成が過剰」

「しまった。なのです」

奥から聞こえてきたリィンフォースの声に振り返るものの、あゆの表情に緊迫感はない。

「ほっとけーきが、だいなしなのです」

「焼け焦げさん食べたら、あかんえ」

音も無く廊下を歩いていくあゆを、苦笑しながら追いかけていく。碌な育ち方をしていないこの子は、ほっとくと炭だろうが生煮えだろうが口にする。

「たべものさんを、そまつにはできないのです」

言ってることは正しいし、そう教えたが、それがダブルスタンダードであることをはやてはよく知っていた。

「ほうか。なら、うちも戴かんとな」

「だめです!こんなもの、おねぇちゃんにたべさせられないのです」

一足先にキッチンに辿り着いたあゆがフライパンを一振り、ホットケーキを裏返す。実に見事な焦げ具合。シャマル直伝でもあるまいに。

「ザフィーラも、なんか言うてやって」

リビングで鎮座していた蒼き狼は「ふむ」と首を傾げる。

「では、とりあえずその物体は我が戴こう」

胃壁に防御を張る方法が、完成でもしたか。

いや、そやなくてな。との言葉を呑み込んで、はやてはそっと溜息を捨てた。


**


「ごちそうさま」

あっという間に自分の分を平らげたアルフが、くるりと丸くなる。あいかわらず仔犬フォームのアルフがザフィーラの傍に寄り添っていると、なんだか微笑ましい。


目を眇めて眺めていたはやてが、ホットケーキを頬張った。

口の中がしゃりしゃりする。

結局、焦げた部分を出来るだけ削ぎ落とした1枚は4人で分けた。なぜか、リィンフォースまで食べたがったのだ。

メイプルシロップを多めにかければ味はまあ何とでもなるし、あゆはけっこう小器用で――失敗する可能性の高いうちは手を出さないし――こうした失敗は多くないから、はやてはなんだか却って嬉しくなってしまう。

「学校のほうはどないや?」

「いがいと たのしいです」

嘘ではない。

以前にシグナムの教え子たちと戯れたことがあるが、あゆはいくらでも人格を偽れる。自分に悪い評判が付けばはやてをも貶めることになると知っているから、おとなしく目立たず、しかしある程度の社交性は維持している。

幼いクラスメイトたちは気付いてないだろうが、あゆを招くなり誘おうとするなり望んで話しかけると、楽しく会話しているうちに本来の目的を忘れてしまっていることが多い。クラスメイトたちにさほど興味の持てないあゆは、学校以外で時間を取られることを厭うからだ。

だが、相手の機嫌を損ねずに話題を変え、なおかつその目的まで忘れさせるのは難しい。幼稚園児も同然のクラスメイト相手だからなんとかなっているが、はやてやヴォルケンリッター、管理局員たちには当然通用しない。こればかりは人の心を地道に観察していくしかないと肝に据えて、とりあえずはクラスメイトたちを実験材料にくべるあゆであった。


ほうか。と、はやては壁掛け時計に視線をやる。

「それで、……管理局のほうは、どうや?」

「はい。たのしいです」

こちらは心の底から。

なにしろ、こちらの年季奉公は姉と慕うはやてのために望んで行っていることだ。それに、いま進めている研究はいずれ入局せざるを得ないはやての役に立つだろう。そのために出来ることをする。出来ることがある。その幸せを、どこまで実感していることか。


「あゆ、時間だ」

「ありがとう、なのです。ざふぃーらにぃさま」

使い終わった食器を重ねて立ち上がったあゆが、キッチンへ。

「ああ、浸しとくだけでええで、うちが洗とくから」

「わかりました。なのです」

あゆはパートタイマーである。

リンディの意向で学業優先を義務付けられたので、本局で午後3時ごろから7時ぐらいまで勤務している。場合によっては夕食後、日付が変わる頃まで残業することもあるが。

シャマルは同じ研究室でフルタイム勤務。シグナムとヴィータは、それぞれ航空武装隊と本局航空隊で活躍中だ。

デバイス扱いのリィンフォースは対象外、八神家を空けるのは良くないということでザフィーラは稀に応援に呼ばれる程度であった。

「いってきます。なのです」

「気ぃつけてなぁ」

はぁい。と返事を残したあゆが向かうのは、2階奥の空き部屋である。転送ポートを含め、人目に付きたくない機器を押し込めてあるのだ。


「さて、うちも始めるかいな」

遠くにドアの閉まる音を確認して、はやてが向き直る。

「ザフィーラ、リィン。よろしゅう頼むで」

「心得ております」

「はい、あるじ」

「……」

耳だけ動かしたのはアルフだ。手助けが必要なら呼ばれるだろうと丸いまま。


「リィンフォース、封鎖領域だ」

「解かった。 ≪ Gefangnis der Magie ≫ 」

さきほど風呂を入れるかどうか訊かれて迷ったのは、これからの魔法の訓練でまた汗を掻くだろうことが判っていたからだ。

あゆ1人を働かせて、よしとするはやてではない。

少しでも早く実力をつけて学業と両立が出来ることを認めさせ、時空管理局に入局するのだ。

今日は都合がつかなくてただの魔力操作の練習だが、志を同じくするなのはやフェイトと模擬戦をすることも多い。

「では、我があるじ。スフィアの複数生成から参りましょう」

「了解や」

生み出し、浮かべるのは立方体のスフィア。2個、3個と増やすたびに、はやての眉間に皺が寄る。しかし、

「リィンフォース、こっそり手伝うんじゃない」

「……すまん。つい」

あはは。と、はやてが笑うと、せっかく生成したスフィアが消滅した。




****




「おねぇちゃん、じけんです」

「ん?」

「ああいえ、こちらのことです」

「そうか」

今日あゆが訪れたのは、地上本局である。通された応接室で待つこと、しばし、であったのだが。

もののふです。もののふがいます。と内心で唱えながら、あゆは相手がソファの対面に座るのを待った。

「首都防衛隊、ゼスト・グランガイツだ」

「ほんきょくしょくたくの、やがみあゆともうします」

「後ろの2人は、クイント・ナカジマとメガーヌ・アルピーノ。部下だ」

ゼストの背後に控える2人の女性が会釈。

「レジアスから大体の話は聞いているが、……む?どうした」

「いえ、たいていのかたは、まずわたしのねんれいを きにされるものですから」

「そうか?
 君はレジアスからの紹介であるし、年に足りるも足りぬもない。
 確かに少々驚きはしたが、その程度でいちいち狼狽していては地上部隊は務まらん」

背後に立ち並ぶクイントとメガーヌが苦笑いしているところを見ると、それが地上の常識というわけでもないだろう。

「では、たんとうちょくにゅうに。
 こちらが じんこうりんかーこあ【いであしーど】です」

懐から取り出したのは宝石様の結晶、人工リンカーコア。三つある。

うむ。と頷いたゼストを見て、あゆは当初の方針を変えることにした。

「というのは、うそ。なのです」

このゼストという人物はまっすぐな武人で、騙すのは難しくない。一時的に利用するなら、それでもいいだろう。

しかし、人工リンカーコアの研究は、あゆにとっても大切なものだ。その試験運用を託す相手を騙し続けるのは労力が莫迦にならないし、できれば積極的に協力して欲しい。

「……どういうことだ?」

はい。と一礼したあゆは、自らの境遇を話し出す。これまでの経緯を語りだした。自分の目的と、いまの現状も。人工リンカーコアは研究中でまだ形になってないし、持ってきたのはジュエルシードに作らせた代物だ。


「……ふむ」

ゼスト・グランガイツは、狼であろう。

狼を飼い馴らすことは出来ない。できるのは、力を見せ付けて支配することだけか。

もちろん、あゆにそんな芸当は無理だ。

しかし、別の方法を知っていた。喉を見せ、腹を見せ、恭順する。仲間に入れてもらうのだ。


「レジアスに押し切られたか、気の毒にな」

驚いたことに、ゼストがくつくつと笑い出した。どうやら珍しいことらしく、背後の女性たちも目を丸くしている。

「状況は了解した。
 口裏を合わせるから、報告事項の作成はそちらで頼めるか?」

「はい。ありがとう、なのです」

なに、礼を言うのはこちらだ。とゼストは立ち上がる。

「このところいい噂を聞かなかったレジアスだが、俺のところに押しかけて来たときのヤツは10年前の目をしていた。
 君の研究のおかげだろう」

「そうなのですか?」

あゆは首を傾げた。今のレジアスしか知らないのだから当然か。

たぶんな。と立ち去りかけたゼストを呼び止め「おもちください」と、あゆが差し出したのはイデアシード。

「しかし、それは」

「いずれ、まったくおなじものをおわたしするのです。かいはつとじょうのしさくひんも、たくさん。
 いまのうちから、なれておいていただきたい。なのです」

そうか。とイデアシードを受け取ったゼストは、それ以上何も言わず応接室を後にした。付き従ったのは菖蒲色の髪の女性のみ。


「あらためまして、クイント・ナカジマです」

藤色の髪をした女性仕官が、ソファの向かい側に座った。

「やがみあゆです」

あゆが礼を返すと、クイントが電子書類を広げる。

「事務的な手続きとか、連絡方法などを詰めておきましょう」

あゆは「おや?」と思う。貰っていた資料からするとこの人はフロントアタッカーで、見た目の印象から事務仕事向きではないと判断していたのだが。

「よろしくおねがい、するのです」



海と陸の垣根を越えて協力することになるのだ。必要な手続き、書類は多い。それに付随する署名も。

「てくびがいたい。なのです」

電子書類を整理していたクイントは、くすりと笑った。

「私もよ」

ぷらぷらと手首を振って見せている。先ほどまでに比べて、口調が砕けているのは、こちらが地か。

でもまあ。とクイント。

「海と陸の架け橋となり。悲願の人工リンカーコア開発に携われるなら、大歓迎ね」

あれが完成すれば、戦闘機人なんて……。呟きは、最後までは口にされない。

「せんとうきじん?」

「ああいえ、こちらのこと」

笑って誤魔化して、クイントが立ち上がる。

「そうだわ。よかったら今度、我が家に遊びに来てくれないかしら。
 下の子、人見知りするから、お友達になってくれる子が欲しかったの」

クイントは、まだ幼いあゆの姿に何を見たのだろうか。
ただ誤魔化すためだけに、または単なる社交辞令で口にしたようには思われなかった。もしかしたらこれを言いたくて、敢えて残ったのかもしれない。

「はい。ちかいうちに」

何か感じるものがあったのだろう。社交辞令で返すなら、あゆは「きかいがあれば」と応えたはずだ。

退室したクイントを見送って、あゆも電子書類を整理する。
たいした権限を持たないあゆの署名は仮のもので、本局に帰って直接の上司であるロウランなり、管掌責任者であるアテンザなりの決裁が必要であった。転送ポートを降りたら直接そちらへ寄るつもりなので、ここで作業させてもらったほうが都合がいい。

「これでよし。なのです
 それでは、かえりましょうか」


こうしてあゆの初めてのクラナガン訪問は、地上本部から一歩も出ることなく終わるのであった。



[14611] #66-2 特遮二課
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:28
――【 新暦66年/地球暦5月 】――



あゆは残念だった。

「どないしたん?あゆ」

帰宅したばかりのはやてが、一目でそうと判るほどに。

「【けーぶらいおん】が、いませんでした」

「はい?」

「【けーぶらいおん】が、いませんでした」

そういえば今日の遠足、1年生は動物園だったかとはやては思い出す。えらく楽しみにしていたかと思ったら、絶滅動物が目当てだったとは。

「こんどの おやすみには、ちゃんと【けーぶらいおん】がいる どうぶつえんにいくのです」

そうか。と言うものの、はやてはどんな表情をしていいか判らない。




****




自動ドアが開くと、受付カウンターがある。ただし、誰も居ないが。

勝手知ったるなんとやらで、あゆはカウンター向こうのドアを開けた。

「ゆーぅーの、くーん!あっそびーましょー!!」

あゆの知る限り最大の発声法でユーノを呼ばうと、「ましょー!ましょー!ましょー!」と山彦が返ってくる。

見えるのは、底をも知れぬ本棚の壁、壁、壁。ここ無限書庫では、こうでもしないと声が届かないのだ。いや、ここまでしても届くかどうか。

「お願いだから、念話で呼んでよ」

転移魔法で現れたのは、亜麻色の髪をした少年である。貫頭衣ともトーガともつかない独特な服装は、彼らの一族の民族衣装だそうだ。

ながらくフェレットの姿を取っていたこの少年は、『時の庭園』臨時出張署で行われた事情聴取のときにはじめてこの姿を見せたらしい。どうやらなのはも知らなかったようで、隣りの取調室まで「ふぇ~!?」と悲鳴が聞こえてきた。

なんでも第97管理外世界とは魔力素の分布が合わなかったらしく、ユーノはしばらく魔力素適合不全をおこしていたらしい。質量差を魔力に転換できるスクライア一族秘伝の変身術式のおかげで、かろうじて魔法を使えていた。とは本人の弁だ。

「それに、さっきの呼び方、何?」

「くらすめいとに おそわった、ひとをよびだすときの ていけいぶん。なのです」

こうかばつぐんです。と満足げなあゆに、ユーノはげんなりしている。


【闇の書葬送事件】の顛末で、その去就が特に取り沙汰されなかった人物。それが、ユーノ・スクライアであった。

理由は簡単である。彼がすでに就業している登録魔導師であり、いち早く管理局での課役を希望してしまったからだ。

一人前とみなされるユーノに対してリンディが口出しできることはないし、スクライア一族との関係強化を歓んだ管理局上層部の意向もあって、もっとも早く裁定が下っていた。


「頼まれていたジュエルシード関係の文献は、ここからコピーして」と差し出されたのは魔法陣。

「ありがとう、なのです」

あゆは、そこに待機状態のデバイスを載せた。赤い宝玉に見えるそれはレイジングハートのそれによく似ているが、管理局の官給品である。

「あと、似たような存在ってことだったけど、そっちはあまり芳しくない。
 【レリック】ってロストロギアがあるみたいなんだけど、僕の権限じゃ閲覧許可が下りないんだ」

「そうですか。
 わたしの じょうしのほうから はたらきかけてもらったら、どうでしょうか?」

えっと……。とユーノはいったん首を傾げた。

「運用部の、ロウラン提督だったっけ?」

かなり特殊な成立過程を経たあゆの研究室は、レティ・ロウラン提督の直属になっている。危険物を扱うため、防護区画内に設えられた特殊遮蔽内開発研究室に新設された第二課、通称【特遮二課】である。

「多分、大丈夫じゃないかと思うけど、最悪ロウラン提督にここまで出向いてもらうことになるかも知れないな」

「わかりました。おねがいするだけ、してみるのです」

コピーが終わったらしく、デバイスが2度ほど明滅した。

「ありがとう、なのです。
 ぼうえきかんけいの てつづきを おしえてもらえることになったので、こんどは てみやげをおもちしますね」

デバイスを懐に収め、あゆが一礼。

「役に立てたなら嬉しいよ。
 でも、管理外世界からの持ち込みって難しいんじゃない?」

「じゃのみちはへび、らしいのです。
 りんでぃていとくが、いろいろと【のうはう】をおもちだそうです」

ああ、なるほど。とユーノが手を打つ。羊羹だの饅頭だの第97管理外世界の物産品がなぜアースラにあったのか、ようやく得心がいったらしい。




****



「ちょ、ちょ、ちょう!あゆ、痛いて、そこ痛い!」

「よかった、なのです。
 かんかくが、とおってきてるのです」

風呂上りのはやてのマッサージは、あゆかシャマルの役目である。今日はあゆの番らしい。ベッドに横たわったはやての傍に寄り添い、その小さな指をはやての脚に埋めるように。


長年麻痺していたはやての脚は、しかし見た目では判らない程度にしか衰えていなかった。魔力収奪による麻痺は身体感覚をも撹乱せしめたため、却って筋肉が衰えづらかったのだ。

ただし、魔力の影響を如実に受ける神経系はそうは行かない。はやての脚は年齢相応に成長していたが、その神経系は麻痺が始まった頃のままであった。

【闇の書】の影響下から抜けて以来、その遅れを取り戻すかのようにはやての脚の神経系は成長を早めている。それを適正な状態に導くために、日々のリハビリは欠かせない。

いわば成長痛である疼痛も、リハビリの軋むような苦痛も、おそらく相当つらいだろうに、あゆははやての弱音を聞いたことがなかった。


「ちょ、ちょう!そこあかん、あかんてあゆ」

一本一本、神経の末端を探りながら行われるあゆのマッサージは、シャマルの魔法併用のそれと違って容赦がない。

結果的には、あゆのマッサージの方が脚の快復にいいとは解かっていても、今日ばかりはそうと思えないはやてであった。

「ちょちょ、痛い!あかんて、あゆ。
 もしかして、お昼のこと根ぇに持っとらんか?
 堪忍や。謝るさかい、もう堪忍して!」

おひる?と首を傾げたあゆが、「そういえば」と、思い出す。

それは、今日のおやつ時のことだった。



***



「あゆさんは、趣味を持たれたほうがいいと思うの」

手のひらを重ね合わせて、リンディがにっこりと。

手土産に戴いた翠屋のシュークリームを咥えたまま、思わずあゆは「はい?」と応えてしまった。


あゆの本局勤務に対する報酬は、後見人の筆頭であるリンディの管理下にある。新人の嘱託にしては破格の待遇らしいが、その金銭感覚を疑ったリンディは子供の小遣い程度しか使用を認めてくれない。まあ、使う宛てがあるわけではないようだが。

そうした小遣いのミッドチルダ通貨分は自動でIDカードに入金されてくるが、日本円の分はこうしてリンディが自ら手渡しに来るのだ。


「趣味かぁ。ええかもしれんなぁ」

「でしょう?」

リンディがさりげなくはやてに見せたのは、あゆの本局での滞在時間などをまとめた一覧表だ。1日4~8時間と、それほど長くはないが、学校と家に居る時間以外は本局に出向いている計算になる。

技術部から回ってきた資料を逆の意味で使おうとするあたり、リンディもなかなか黒い。

「えーと、しごとをしゅみにされるかたも おおいとおききしますので、わたしも そのひそ……」
「あかん」
「却下です」

挟み撃ちで一刀両断である。

「この辺りで習える趣味の教室とか、カルチャーセンターとかの資料を揃えてきましたから、参考にしてくださいね」

どこから取り出したのか、パンフレット、リーフレット、プリントアウトの山が出現した。

「こっちは、ギターやらオカリナとか音楽関係?
 この『作って弾こうカンカラ三線教室』って、面白そうやなぁ」

「お茶とかお花とか、文化的なのも良くないですか?
 この『日本人よりも日本人!ノルウェー人和尚の日本文化教室』なんて、私が通いたいくらい」

本人そっちのけである。

このままでは自分の意向を無視した趣味を押し付けられかねないと危惧したあゆが、自らも資料に手を伸ばし始めた。


***


結局あゆが選んだのは、七宝焼きの教室である。この近所に、個人で教えている人が居るらしい。

物を作る趣味なら、まだ研究の役に立つかもしれないと考えたようだ。


「かなしいのです。
 あのていどのことをねにもって、しかえしをするようなこに みられていたなんて」

よよよ。などと妙に時代がかった泣き崩れ方をして見せながら、その指先は止まらない。

「いや、そないなつもりは……って、そここちょばい。こちょばいって!」

「このあたりは、みはったつと」

痛いのには耐えられるが、くすぐったいのには弱いらしい。我慢しきれなくなってじたばたと暴れだしたはやてを押さえ込みながら、あゆは淡々とマッサージを続ける。

「ちょ、ちょう。堪忍して!」

心を鬼にするまでもない。はやての快復具合を、噛みしめるように歓びながら、その脚に指を這わすあゆであった。




****

――【 新暦66年/地球暦6月 】――



「あゆちゃん、本当にいいの?」

「はい、なのです」

特遮二課の研究室である。

目立つのは、魔力素からデバイスなどの集積体を作成するインテグレータで、その大きな躯体が部屋の6割方を占めていた。

魔力素を見ることが出来るあゆは、このインテグレータを直接手動で使いこなす。ちょっとしたデバイスの修理などは下準備もせずあっという間に終わらせてしまうので、他の研究室から飛び込みの依頼が来ることも多い。


室内に二つしかないデスクの片方に、ジュエルシードを小さくしたような結晶体がひとつ、置いてある。人工リンカーコアの、試作品第一号だ。

わたしは嬉しいけれど。と困惑しているのは、シャマル。

「こうして しさくひんもできましたし、ほんきょくにも、ここのせつびにもなれました。
 だいひょうしゃとして、せきだけのこしてくれれば、あとはわたしひとりでも やっていけるのです」

あゆが提案しているのは、シャマルの医務局転属である。

シャマルはヴォルケンリッターの中でこそ参謀役で、分析や解析などを行うが、本来研究者ではない。人工リンカーコアを開発するにあたって、最もジュエルシードに詳しかったから特遮二課の代表者ということになったが、それらのデータも本局のデータベースへアップロードが終わっていた。その内容が即時に無限書庫に加わっていて、流石にあゆも驚いたようだが。

「いりょうぶで、けがにんさんやびょうにんさんを いやしてあげるほうが、しゃまるねぇさまには にあっているのです」

「そうね。ありがとう。
 でも、何かあったらいつでも呼んでね」

「はい、なのです」

シャマルがこの研究室に居るのは、あゆが巻き込んだようなものである。そうでなければ、順当に医務局に配属されていただろう。

だからあゆは、少しでも早く開放してあげたかったのだ。




****




担当教諭の後について入室してきた女の子に、あゆは見憶えがあった。

「今日は、みんなに転校生を紹介します」

春休みの間など、フェイトに起こされて寝ぼけ眼をこする姿を毎日のように見ていたのだ。

普段でも静かとはいえない教室が、ときならぬイベント発生に姦しい。いつものこととして女性教諭は気にしないし、1年生などというものはそうしたものだろうが。

「アリシア・テスタロッサさんです。
 自己紹介、出来るかしら?」

「はい。
 アリシア・テスタロッサです。みなさん、よろしくおねがいします」

ちょこんとお辞儀をすると、肩口から金髪がこぼれる。国際色豊かな私立聖祥大学付属小学校に於いて金髪の持ち主など珍しくないはずだが、そこはそれ、憧れる女の子たちの口からは「きれい」と歎声がこぼれていた。

「よくできました。
 みんなも仲良くしてあげてくださいね」

元気よく、「はーい」の大斉唱。発声法のしっかりしているあゆの声は、大きくはないがよく通る。

「あっ!あゆちゃん!」

あゆを見つけたアリシアが、船を見つけた遭難者のように大きく手を振りだした。挨拶はしっかりとこなしていたが、内心ではやはり心細かったのだろう。振る手がけっこう一所懸命だ。

その様子に「おや?」と思ったのはあゆである。てっきり自分以外はグルだと思っていたのだが、あの必死さだとアリシアも知らされてなかったらしい。

「八神さんとお友達?
 それなら、席はその隣りにしましょうか」

あゆの席は、教室の一番後ろ、ど真ん中である。
いざというとき、どちらにでも逃げれるように、クジにイカサマを仕込んで手に入れた場所だ。

開いているのは、あゆの並びに3ヶ所だけだから、転校生ならいずれにせよあゆと同じ並びになろうが。

「八神さん、テスタロッサさんのことをお願いしますね」

はーい。と子供らしい返事をしてみせたあゆが、教室の隅から使ってない机を持ってくる。気付いて椅子を持ってきてくれたクラスメイトにお礼を言い、あゆはアリシアを待った。

「どうやら、おねぇちゃんたちは、わたしたちにないしょにしていたようなのです」

そうみたい。と頷いたアリシアが、「でも、あゆちゃんがいてくれてよかった」と笑顔。


偉大な魔導師を母に持ち、優秀な魔導師を姉に持ったアリシアは、魔法の勉強をはじめているらしい。

マルチタスクで授業を受けながら念話で確認したところによると、クラナガンに入院していたプレシアの病状が回復してきて、転地療養を勧められたらしい。それをどこにするかでアリシアの希望が通り、海鳴市に引っ越してきたのだそうだ。

『はやく、ふぇいとおねぇちゃんたちと いっしょにすめるようになると、いいですね』

『うん』

2人はおろかフェイトもアルフも預かり知らぬことであったが、この地へ転居してきたことがプレシアの決意そのものであっただろう。




[14611] #66-3 Master&Pupil
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:37

――【 新暦66年/地球暦7月 】――




夏の夜空に、花が咲いた。

歓声を上げる一同の中、あゆはそっとはやてに寄り添う。


海鳴臨海公園で行われる花火大会は、近隣地域随一の規模だそうだ。去年の今頃は【闇の書葬送事件】の後始末などで慌しく、はやて曰く「気付いたら終わっとった」である。


「おー♪」

咥えたイカの姿焼きを落としそうなヴィータは、大疋田模様の浴衣姿。城垣のように組み合わされた大判の菱形が、実にいなせだ。


2号玉から4号玉の連発が終わり、プログラムは仕掛け花火に移ったらしい。まずはナイアガラの滝、200メートルほどはあろうか。

「なかなか壮観だな」

「ええ」

シグナムは朱華色の蓮華柄、シャマルは萌葱色の撫子柄の浴衣。それぞれが手にした団扇も、同じ模様。

2発、3発と20号玉が観客の目を天空に惹きつけておいて、続くのは海面での点火。逆さ富士のように、水面に映った下半分と合わせて球形に見せる。

「虚実を併せ見せるか。
 この世界の人間は面白い趣向を生み出すものだな」

「ああ」

銀鼠色の風鈴柄の浴衣はリィンフォースで、応えるザフィーラは飾り気のない着流し姿であった。

今日は、八神一家で水入らずである。飲食店は書き入れ時だからなのはは翠屋のお手伝いだし、夜風潮風はプレシアの体に障るので、テスタロッサ一家は自宅から鑑賞しているはずだ。


海面と夜空を、どどんどんどんと花火が乱れ打つ。上を下へと観客たちは忙しい。


「ん?どないしたんや、あゆ」

ちょっと大人っぽく、はやての浴衣は鉄線蓮の模様だ。松葉杖がちょっと残念か。

「……なんでも、ないのです」

金魚模様の浴衣を兵児帯で締めて、あゆは花火を見ていなかった。

「なんだ?あゆ。
 花火が怖いのか?」

「もう、あぶないでしょ」

竹串を咥えたままで覗き込んでくるヴィータを、シャマルがたしなめる。竹串とイカの姿焼きが入っていたビニール袋を、優しく取り上げた。

「そうですね。
 すこし、こわいかもしれません」

花火はとても綺麗だった。綺麗だけど一瞬にして燃え尽きてしまう。

その儚さが怖かったのかもしれない。




****

――【 新暦66年/地球暦8月 】――



「僕のリンカーコアにちょっかいかけるの、止めてくれないか?」

時空管理局 第97管理外世界辺縁次元空間『時の庭園』臨時出張署のトレーニングルームである。辟易とした表情でS2Uを構えているのはクロノ。相対しているのは、一般武装局員用バリアジャケット姿のあゆだ。官給品デバイスは、これがデフォルトであった。

「じぶんの のうりょくを、さいだいげんに かつようしているだけ、なのです」

あゆのレアスキルは、一定範囲内の魔力や魔力素を他者の支配から解き放ち、自身の支配下に置くものだ。かなり格下の術者であればそのリンカーコア内の魔力すら操作できるし、一足一刀の間合いぐらいの距離であれば他者の魔力回復を阻害することもできるのだとか。

ただ、魔力ランクはCかつかつで、レアスキルを考慮しても魔導師ランクはかろうじてシングルAと目されているあゆでは、ほとんど他者に害を与えられない。今も、クロノにそこはかとない不快感を与えるのみであった。

「僕の魔力回復を若干遅くしたくらいで、模擬戦の間に成果が出るものか。
 魔力が少ないから短期決戦にしたいのは判るが、こんなことに集中するくらいなら魔法そのものに集中しろ」

「くろのせんせぇは、いじわるです」

誰がイジワルだ!と、詰め寄ろうとして、やはり下がるクロノ。近寄ると胸元の不快感が増すのだ。

「わたしのくふうを、ことごとく ひていなさるのです」

「君の工夫は、大概やりすぎなんだ。
 いつぞやだってそうだ。暗闇で戦いたいからといって、いきなり電気系統を破壊するやつがあるか」

あゆは、一定範囲内の魔力素を視認できる。正確には、何処に、どんな状態で魔力素があるか認識することができるのだ。魔力素は質量の多いところに集まりやすいから、あゆは暗闇でも障害物を把握できるし、空気中の魔力素の揺らぎで人の動きなども判る。夜目の鋭さでは余人の追随を許すまい。

「【えんじにあ】のひとに はいせんずをみせてもらうのに、くろうしたのです」

「そんなところに労力を注ぎ込むんじゃない」

それは、あゆの不安なのだが、そこまではクロノにも解からないだろう。

そもそも、暗殺者が標的に姿をさらすこと自体ありえない。それが、互いに顔を知っている相手となればなおのこと。自分の素性が知れていて、こうして相対している時点で、暗殺者としては終わっているのだ。

染み付いた習性があゆの心を縛って、どうにも小細工に走らせてしまう。

もちろんあゆとて、克服しようとはしていた。暗殺者などというものは、一定条件下でしか役に立たない使い捨ての道具だ。1対1で正々堂々と正面から戦える心を手に入れなければ、いざというときにはやてを守ることもできない。


『漫才が終わったなら、そろそろ模擬戦始めない?エイミィさん待ちくたびれちゃった』

「押しかけといて文句言うな!」

この8月を以って、第97管理外世界辺縁次元空間『時の庭園』臨時出張署はその役目を終える。ほぼ1年にわたって行われてきたクロノによる魔法の授業――その総決算としての模擬戦――も今日が最後なので、エイミィどころか大勢のアースラクルーが観戦に来ているのだ。窓外に、ずらり。


ふう。と溜息をついたクロノが、あゆに向き直る。

「始めるとするか。
 ……ああ、言っておくが衆人環視なんだ。精神攻撃は勘弁してくれよ」

「わかりました。なのです」


2回目、いや3回目の模擬戦だったか。ブレイクインパルスを実演して見せるためにクロノは、あゆの胸甲にS2Uを突きつけたのだ。武装局員用のバリアジャケットで最も強固な部位であるから、威力の程を見せるには最適であった。

そこで、あゆがぼそりと呟いたのが「えっち」の一言である。動揺して、クロノは初めてあゆに一撃を貰った。デバイスをそのまま鈍器代わりに使ったので無効になったが。

もちろんあゆは、羞恥を覚えたわけでも、嫌悪を抱いたわけでもない。ただそれが有効な手段であるか、試してみただけだ。

「こうかはばつぐんだ」と心の碑文に刻み込んだあゆは、しかし「くろのせんせぇ げんてい?」と付け加えている。はっきり言って、良心を持ち合わせた相手でなければ効かないだろう。



「始めるぞ」

「はい、なのです」

お互いに下がって、距離を開ける。
これが訓練でなければ、クロノは浮遊して射撃魔法を使うだろう。あゆの空戦適性は低いから、それだけで勝負がつく。

「いきます」

 ≪ Stinger Snipe ≫

駆け込んでくるあゆを、迎え撃つ露草色の光弾。スティンガーレイだと、あゆは射線を読んで体捌きだけで避けてしまうことが多い。

「らうんどしーるど」

 ≪ Round Shield ≫

あゆが展開したのは、その小さな掌に隠れるほどに小さい防御陣だ。飛来した光弾に、添えるようにして受け流す。クロノが、あゆは防御陣を使ったことがないと思っていた時期にも、こうして逸らしていたことが何度かあったらしい。

小さいぶん強固にしやすく魔力も節約できるが、ちょっと手元が狂えばクリーンヒットを貰うことになる。実際、あゆはこれまでに何度も失敗して、痛い思いをしていた。

「その防御方法は考え直せと言ったはずだぞ」

誘導を受け、背後から襲ってきた光弾を、あゆは床に飛び込むようにして避ける。クロノ特製のこの魔法弾は、何度も使い回せるからトータルでは低コストで済む。

「これがかんぺきにこなせれば、しーるどをおおきくして、あんぜんどをたかくできるのです」

一回転したあゆの起き上がりざまを狙う、地に這うようなスティンガースナイプ。

「口だけは一人前だ」

再び防御陣で逸らされた光弾が渦巻いて、上空で魔力チャージに入った。
あゆのレアスキルは、範囲内に侵入した他者の魔法から魔力素の自由を奪う一種のアンチマギリンクフィールドだ。たった3回掠めただけで、予め対策済みのクロノのスティンガースナイプを消耗させ切る。

ここで本来ならスティンガーレイなどで隙を埋めるのがクロノの戦法だが、今回はあゆを迎え撃つ気らしい。

振るわれた杖を、S2Uで受け止める。
デバイスに魔力を篭めて打撃に使うのは魔法近接戦闘の基礎だが、あゆのそれはなかなか侮れない威力を持つ。魔力素を直接認識できるので、こうした魔法ともつかない段階の魔力操作は得意なのだ。

「スナイプショット」

逆落としに頭頂部を狙う光弾を、あゆは押し退けられる魔力素の気配で読む。クロノと鍔迫り合い中の杖を支点に回り込もうとして、しかし弾き飛ばされた。

「そんな雑な運足で、自分より力の強い者をいなし続けられるわけないだろう」

その着地の直前を狙って、スティンガースナイプがあゆの顔面を襲う。空戦適性の低いあゆでは、体勢を崩さずに躱すのは難しい。

のけぞりながら防御陣で光弾を受け流したあゆの踵を、S2Uの杖頭が薙いだ。

いつものあゆなら、受身を取って転がり、距離を取っただろう。しかし、今日はクロノの戦い方が違うのだ。同じことをしていては拙い。それに、これは模擬戦だ。胸を借りて、色々と試さなくてどうする。

「6発だと!」

背中から床にたたきつけられながらあゆが作り出したのは、6発の魔力弾。クロノが驚いたのは、あゆの魔力と能力では処理しきれない数だったからだ。しかも、異様に速い。

スティンガーレイ以上の弾速で迫る光弾を、速度で劣るスティンガースナイプで2発も墜としたのはクロノならではの業前だろう。

「軽い」

威力を落として速度と誘導性能に特化したかと判断して、クロノはラウンドシールドを展開した。1発、2発と次々に殺到した光弾は、防御陣に触れるや、壁に叩きつけられた豆腐のように崩れさる。

「くっ」

しかし、最後の一発だけが射撃魔法らしく弾けて、ラウンドシールドを揺るがした。

爆煙を突っ切るようにして、あゆ。魔力を纏わせたデバイスを、八双に振りかぶって。しかし、

 ≪ Delayed Bind ≫

踏み込んだその足元から這い登ってきた魔力鎖に、囚われる。

「射撃魔法を防御させておいて、その間に接近する。
 そんな初歩的な手が、僕に通用すると思ってたのか?」

「【ばいんど】の けはいが、なかったのです」

あゆのレアスキル効果範囲内で、充分な速度を持って拘束魔法を構築するのは難しい。かといって事前に設置するディレイドバインドは、周囲の魔力素の違和感で見抜く。あゆにバインドは仕掛けづらいのだ。

「僕が対策を考えなかったとでも?」

ある意味、反則ではあろう。あゆのレアスキルを熟知しておいて対策を立てたのだから。

しかし、現場では何が起こるか判らない。注ぎ込む魔力を度外視して、ここまで完璧に隠匿した魔法を使う者だって、居ないとは限らないのだ。そういうことは教えておきたかった。

早くも崩壊寸前のディレイドバインドの上からチェーンバインドを重ね掛けして、クロノがS2Uを突きつける。バリアジャケットを破壊して魔力消費を誘い、ブラックアウトを狙うのだ。そこまでしないと、あゆが負けを認めない。

 ≪ Break Impulse ≫
「ぶれいくいんぱるす」

「ほう」

送り込まれた振動エネルギーをあゆは、逆位相の振動エネルギーで相殺して見せたのだ。固有振動数が事前に判っている自身のバリアジャケットだから、可能な芸当である。相手の足を止めて振動破砕を仕掛けるのはクロノの得意パターンのひとつだから、予め用意していたのだろう。

「上手い。と褒めてやりたいところだが、一歩間違えば相乗効果でダメージは計り知れないぞ」

「かならずできる。と、はんだんしたまで、なのです。
 くろのせんせぇの でしは、そこで へたをうったりしません」

そうか?とクロノは、崩壊し始めたチェーンバインドを掛けなおした。

「あっ!」

気付いた時にはもう遅い。

際限なく送り込まれてくる震動エネルギーの相殺に魔力を奪われて、あゆは意識を失った。

タイミングをきっちり見計らってブレイクインパルスを止めるあたり、クロノはやはり侮れない。



****



あゆが気付いた時、その体は医務室のベッドの上にあった。


「【ぱすふぁいんだー】なのです」

知らせを受けてやってきたクロノの「さっきの射撃魔法はなんだ」との問いへの答えである。

実は、6発中5発は射撃魔法ではなく、探索魔法であった。

魔力量と処理能力に不安のあるあゆが、誘導弾を的確に命中させるために、その先導役として作った術式である。

サーチャーを元に作り上げられたスフィアは、目標を高速で自動追尾し、命中すれば盛大に魔力フレアをあげる。同時に発動させた誘導弾を、スフィアとその魔力フレアに反応するよう設定しておくことで、命中率の底上げ、術者の処理能力軽減を狙ったのだ。

「くろのせんせぇに、あててみたかったです」

今日に限ってクロノが防御に徹したため、不発に終わったのである。弾質が軽いと、即座に見破られてしまったのが敗因だろう。もっと誘導弾の比率を上げるか、単純な防御陣などは回りこむよう制御をかけるか、改良の余地は多そうだ。

「少ない魔力と処理能力で誘導するには、悪くないアイデアだったがな。
 割り切って小型化するか、不可視化するのも手だな」

S2Uに写してきた術式を、そらで検証していたクロノが、そう締めくくる。

「愛弟子が一所懸命考えた術式なんだから、1発くらい当ってあげても良かったのに。クロノ君も大人気ないなぁ」

「あ、れ、は、く、ん、れ、ん、だ!」

一言一言、噛んで含めるように。

「中途半端な方法が通用するなどと誤解させて、どうしようって言うんだ」

額に青筋が見えそうだ。

「武装局員に稽古つけてるんじゃないんだよ?気絶するまで魔力を搾るコトないじゃん」

よしよし、酷い師匠だねぇ。とエイミィがあゆの頭をなでている。彼女はこれまでに、2人の模擬戦を見たことがない。あゆの気が散るからと、クロノに追い払われていたのだ。

「強くなりたいと言ってる相手に、手加減しろと?」

模擬戦の意味がないじゃないか。とクロノは腕を組む。

「それに、使い切れば、魔力量が増加する可能性だってある」

「そりゃ、わかるんだけどさぁ」

眉根をしかめるエイミィに、あゆが顔を寄せた。始めた内緒話はどうやらクロノのことらしくて、本人は面白くない。

「ま、ともかくだ」

なにやら含み笑いまでし始めた2人を止めるべく、クロノの口調は強めだ。

「これを、君にやろう」

差し出されたのは、灰色のカード。待機状態のS2U。

「……」

あゆが、灰色のカードを見る。S2Uは、とても高性能なストレージデバイスだ。官給品などとは比べ物にもならない。差し出すその手を遡るようにして、クロノの顔を見る。灰色のカードを見る。クロノの顔を見る。灰色のカードを見る。クロノの顔を見る。灰色のカードを見る。なぜかエイミィの顔を見た。

「……要らないのか?」

「いえ……、こんな こうかなものを いただく、りゆうがないのです」

ああ。と眉を上げたクロノが、灰色のカードをあゆの手に押し付ける。そうして取り出したのは、白いカード。

「デュランダルと言うんだ。ある人から譲り受けてね。
 ストレージデバイスを複数持っていても仕方ないから、S2Uはお蔵入りになってしまう」

「だから、クロノ魔法学校卒業の餞別だってさ。
 使い古しだけどね♪」

余計なことは言わなくていい。と踵を返したクロノが医療室を後にする。あゆがお礼を言う暇もない。


「そういえば、どうしてさっき私の顔を見たの?」

閉まったドアに向けて深々と礼をするあゆに、エイミィの疑問。

「だんせいに こうかなおくりものをされたときは、したごころがあるので きをつけろ。と、やがみけのかくんに」

こらこら。そんな家訓、いつ出来た。



[14611] #66-4 Sisters&Parents
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:27
――【 新暦66年/地球暦8月 】――



「娘さんを下さいと挨拶に行く男の気持ち」とはこうしたものだろうかと、あゆが珍しく緊張していた。学校に本局勤めにと忙しい割に、ヴィータに付き合って見るTVドラマの数は減ってないようだ。昨晩放映されていた【愛の目盛り】の影響だろう。

もっとも、「娘さんと結婚しましたと事後報告に行く男の気持ち」と表現したほうが正確であるが。


クロノからS2Uを貰った、翌日のことである。

あゆは、本局にあるリンディの執務室を訪れていた。第97管理外世界辺縁次元空間『時の庭園』臨時出張署の閉鎖にあたって、リンディは本局から総指揮を執っているのだ。現地での陣頭指揮がクロノ。

「はい。今月のお小遣いですよ」

接客テーブルの角を挟んで、封筒が差し出された。

「ありがとう、なのです」

地球まで届けに行く時間を作れないかもしれないから、今月は取りに来て欲しいと言われていたのだ。


「……それで、あの。りんでぃさん」

出されたリンディ特製砂糖たっぷり抹茶にも手をつけなかったあゆに、リンディの笑顔。

「S2Uは、もう貰いました?」

あゆの緊張も、その理由も、全てお見通しらしい。

「……はい」

懐から取り出したのは、待機状態のS2U。実はまだ認証を切り替えてないので、杖にできない。

「その子の本当の名前は【Song To You】と言うのよ」

クロノにも教えてないけれど。とリンディ。

「そんぐ とぅ ゆう?」

「ろくに歌ってあげられなかった、子守唄の代わりなの」


あゆがその意味を呑み込むのに、時間がかかった。母親の愛情など、知らなかったから。

しかし、想像はできる。できるようになった。

自らの手の内にあるデバイスを、――どれだけの想いを篭めて息子に贈ったのか、理解しきれるはずはないにしても――自分に貰う資格が無いことだけは、はっきりと。

「あの……」

差し出されたS2Uを手に取って、しかしリンディはそれをあゆの手に握りなおさせる。

「子供はいつか、巣立つものなのよ。
 クロノがこの子を手放したのなら、今がその時ってことなの」

S2Uを握らせた手を、包むようにリンディの両手。

「さみしいことだけど、うれしいことなの」

「……」

あゆには、到底理解できまい。親心なぞ。リンディがくすりと笑っている。

ところで。とリンディは、あゆの座るソファの肘掛まで押しかけてきて、腰を下ろした。

「貴女の後見人になってから、私は貴女の母親のつもりでしたけど」

背後から抱きすくめるように、その手で再びあゆの手を包んでくれる。

「この子を受け継いだ貴女は、私のことをどう思ってくれてるのかしら?」

手の中のS2Uに落としていた視線を上げて、リンディを振り仰ぐあゆ。

ん?と、促すような微笑み。

「……」

一度開いた口をやはり閉ざし、あゆはじっとリンディを見つめた。


 ……

テーブルの上の抹茶が、最後の熱を一筋の湯気に変える。もし、熱量というモノが際限なく失われていくのであれば、あゆが再び口を開くまでの間に抹茶は凍てついてしまったことだろう。

はやてさえ居てくれればそれで充分だったあゆに、ヴォルケンリッターたちが居てくれればそれで満たされていたはずのあゆに、この人はさらに与えようとしてくれるのだ。

はやては、押しかけるようにして姉になってくれた。家族にしてくれた。この人も、家族になってくれると言う。しかし、一歩踏み出せともあゆに言う。

姉よりも、少し厳しい家族に、なってくれると言うのだ。


呼んで、いいのだろうか。

「……」

最後の逡巡を、あゆは呑み下した。

「お かぁ……さん?」

「はい」

その笑顔に、あゆは顔を伏せる。一生口にすることはないはずだった言葉に、ここまで打ちのめされるとは思ってもいなかったのだ。

涙はない。感情が、まだ追いついて来なかった。

「……おかぁさん」

「なあに?」

ぎゅっと、握りしめられるS2U。

「たいせつに、します」

ん。と言葉少なに、リンディ。

ようやく落ちた泪滴が、S2Uの上で照り映えた。


後年にデバイスマイスターとしてマリエルやシャリオと並び称されるあゆは、数多くのデバイスを製作、改良を加えていくことになる。

借り物であった官給品を除いて、あゆの身近にありながら、一切あゆの手が入らなかったのがS2Uであったという。




****

――【 新暦66年/地球暦9月 】――



「おや、スバルのお友達かな?」

玄関に現れたのは中年の男性。

陸士部隊の叩き上げだと聞いていたから、あゆはレジアスやゼストのような偉丈夫を想像していたが、意外に人懐っこい笑顔だ。

「はじめまして。ほんきょくしょくたくの、やがみあゆともうします。
 ほんじつは おまねきいただきまして、ありがとうございます。なのです」

「ああ、これは失礼した。
 陸士部隊、ゲンヤ・ナカジマだ」

それにしてもクイントめ……。と、頭を掻きながらなにやら奥のほうへ文句を言うゲンヤに、あゆは笑顔。

「すばるちゃんと おともだちになりにきたのは、まちがいないのです。
 そのように あつかってください」

「そうか、助かる」

時空管理局では、子供を使うことも子供に使われることも多いから、ゲンヤとて慣れてないわけではない。しかし、さすがに自分の――血は繋がってないにしろ、そういう年頃の子供が居ておかしくはない――下の娘と同じ年頃のお嬢ちゃんを、しかも自宅で、子供の目の前で同僚扱いするのはやりにくかろう。

「まあ、入りなさい」

しつれいします。と一礼したあゆは、ゲンヤに促されるまま靴を脱ぐ。建築様式はミッドチルダ式だが、所々が和風で設えられているようだ。

「クイントは仕事仲間の女の子を招いたとしか言ってなかったから、ギンガもスバルも驚くだろう。
 スバルに至っては、どんなお姉さんが来るのかと今からガチガチだ」

「くいんとさん、らしいのです」

知り合って5ヶ月あまり。業務連絡を含めて数回しか顔を合わせていないが、そのにじみ出るものをあゆは感じ取っていたのだろう。ちょっとお茶目な、気風のいいお姉さんなのだ。

「お客様がお見えだぞ」

ゲンヤに続いてリビングに入ると、ソファに座っていた姉妹が立ち上がった。タイプは異なるが、どちらもクイントに良く似ている。

「こちらがギンガ、こっちはスバルだ」

「ぎんがさん、すばるちゃん、はじめまして。
 やがみあゆです。よろしくおねがいします」

あゆは深々と一礼するが、ミッドチルダの流儀ではない。少し戸惑いながらもギンガが会釈を返す。

「はじめまして、ギンガ・ナカジマです。
 ほらスバル。ご挨拶は?」

「……」

ギンガの陰に隠れるようにして、スバルは顔も見せない。

「ごめんなさい。この子、人見知りするから」

「だいじょうぶ、なのです。
 だれとでも なかよしになれる、まほうのおかしをもってきましたから」

ファンファーレが鳴りそうな勢いで差し上げたのは、ホールケーキを入れる紙箱。翠屋のロゴが入っている。生菓子なので、防疫関係の手続きが多少ややこしくなったのは内緒だ。リンディのアドバイスがなければ、そもそも持ち込めなかっただろうが。

「あらあら、いらっしゃい」

エプロンで手を拭きながら現れたのはクイントである。

「おまねき、ありがとうございます」

そもそもクラナガンと地球では、暦が違う。1年の長さこそ近しいが、1日の長さも1年の日数も異なるのだ。そのうえクイントは不規則な勤務で、前もってはなかなか休暇が取れなかった。

クイントの招きに「ちかいうちに」と返したあゆが、5ヶ月も経ってようやく応じれたのは、そういう事情による。





「……おいしい」

大人しげな見かけに反して、大きなシュークリームをほぼ一口で平らげたギンガがぽつりと。

やはり、ミッドチルダにシュークリームはないようだ。おそらくはバニラビーンズも。

「……」

スバルが無口なのは、人見知りではなくて、食べるのに夢中になっているから。

たくさん食べると聞いていたから、一番号数の大きな紙箱に山盛りで持ってきたのに、もうなくなりそうだ。

「すばるちゃん、ほっぺにくりーむがついてますよ」

身を乗り出してぬぐってやったあゆが、その指先を咥えてにこりと。

「きにいってくれたのなら、またもってくるのですから、そんなにあわてなくてもいいのです」

「……」

よく事態が呑み込めてなかったスバルが、目を見開く。こうも簡単に人を寄せ付けたことがなかったのだ。ギンガを除けば、クイントでさえ半年。ゲンヤにいたってはつい最近のことであった。

スバルは混乱するが、あゆにとっては普段の身ごなしの延長である。相手に警戒させずに内懐に入り込むのは、暗殺者どころか自爆テロ要員の基本だ。

「……ありがとう」

自身の混乱を、警戒すべき相手ではないからとスバルは誤解してしまったのだろう。ぎこちない笑顔を見せている。

「どういたしまして、なのです」

横で見ていたギンガは素直に驚いているが、大人2人は経緯を正確に把握したらしい。すこし表情が複雑だ。それでも、あゆに悪意や底意があるわけではないと判るから、口を出したりはしない。

「すばるちゃんは、どんな おかしが すきですか?」

「……チョコ」

なるほど、チョコレートはミッドチルダにもあるようだ。収斂進化だろうか?それとも、地球との間に密貿易が成り立っている?

考えてみれば、戴いた給料はミッドチルダ通貨から日本円へ兌換できた。なんらかの交易が成り立っているのであろう。

「それなら、こんどは ももこさんに【ちょこれーとけーき】をつくってもらいましょうか。
 ももこさんのつくる【ざっはとるて】は、とってもおいしいのですよ」

「……チョコポットよりも?」

ふむ、こまりました。と、あゆはこめかみに指先を添える。

「わたしは【ちょこぽっと】というものをたべたことがないので、どちらがおいしいか はんだんできません」

クラナガン訪問は、まだ2度目。今日も地上本局からタクシーで直行であった。

「……それなら、こんどチョコポットのおみせに つれていってあげる」

「ほんとうですか、たのしみです。やくそくですよ」

常識に欠けるあゆはもちろん、クラナガン育ちのスバルも、指きりげんまんを知らないようだ。


**


「おやすみなさい」

クラナガンと日本で、季節が合うはずもない。地球で言うところの乾季に近いらしいクラナガンの夜は、少し早いようだ。時差もあるから、日本ではようやく夕暮れという頃合だろう。

「……おやすみなさい」

それとも、ナカジマ家が厳しいだけか。

「はい。おやすみなさい、なのです」

庭で遊び、夕食を戴き、一緒にお風呂に入って、パーティゲームで盛り上がった。愉しい時間は経つのも早い。

半年近くクラスメイトたちと接してきて、あゆもそれなりに同年代の子供たちとの過ごし方というものを身に着け始めていた。

ゲンヤに付き添われて部屋に下がるギンガとスバルを見送って、あゆは指先をひらひらと振る。


「くいんとさん。ぎんがさんと すばるちゃんは、もしかして……?」

淹れてくれたお茶を受け取りながら、あゆはそう切り出した。

「やっぱり、判る?」

別にあゆとて、透視能力を持っているわけではない。ただ2人の周囲の魔力素の挙動が一般人とも魔導師とも異なること、その立ち回りから意外と重量がありそうなこと、あの年代にしては動作が最適化されすぎていることから推測しただけだ。

「戦闘機人って言うの。
 機械を移植することを前提に調整されて生まれてきた子供なの」

「せんとうきじん、……ですか」

あゆは、初めて会ったときにクイントが漏らしていたその言葉を憶えていた。そのニュアンスも。

「もしかして、いほう ですか?」

「ええ。あの子達は、摘発した施設から保護してきたのよ」

それはおどろきなのです。と、あゆ。あまりにもクイントそっくりだったから、本当の親子だと思ってたと言う。

「ああ、私の遺伝子データを使っているらしいから、親子も同然……。
 いいえ、親子よ」

湯気の向こうに隠れたクイントの顔に、あゆも淹れてもらったお茶を口に含んだ。紅茶とも煎茶とも違う、鼻に抜けるような苦味。

「わたしに なにかさせたくて、ひきあわせたのですか?」

顔を上げたクイントは、かぶりを振る。しかし、その後に紡がれた言葉は、あゆとても意外だっただろう。

「……ごめんね」

「なぜ、あやまられるのです?」

カップをテーブルに置き、クイントは居住まいを正す。ただ、視線は合わせない。

「あゆちゃんの境遇を、聞かせてもらってたでしょう?うちの子たちと似ていると思って……」

「だから、いいともだちになれると、おもったのですか?」

ごめんね。と再び、クイント。

「わたしはかまいません、じぶんがなにものかは わきまえてますから。
 でも、そんな きずのなめあいを ぎんがさんとすばるちゃんに おしえてしまって、いいのですか?」

まさかクイントにそんなつもりはなかったであろう。言われて驚いている。

「いやぁ、興奮してなかなか寝やがらねぇ。よほど楽しかったんだな、ありゃ……。
 ん?どうした?」

ようやく子供たちを寝かしつけたらしいゲンヤがリビングに帰ってきたのは、そんな時だった。





「お前さんも、なかなか容赦がねぇな」

スピリッツらしい酒精をロックで呷って、ゲンヤ。クイントは肴を作る名目で下がらせている。

「もうしわけありません。なのです」

「いや、怒ってるわけじゃねぇ。こっちも、ちぃと考えが足りなかったみてぇだしな」

酒を酌み交わしたら案外愉しそうだと考えるが、さすがに小学生に勧めるわけにもいかない。

「わたしのほうこそ、ふかよみがすぎたようです」

「お前さんはどうやら、子供らしさが足りねぇみてぇだな」

「よく、いわれるのです」

ふむ。と、ゲンヤ。ずいっと身を乗り出してくる。

「それじゃあ、こいつぁ罰だ。
 普通に子供らしく、ややこしいことや理屈は抜きで、うちの子供たちと友達になること。
 わかったか?」

ばつですか。と、あゆは目をぱちくり。

「わかりました。おとなしく おなわをちょうだいするのです」

時代劇を良く見るヴィータの影響だろうか、ときおり言い回しが古い。

「それが子供らしくねぇって言ってんだ」

思わずあゆの額をぺしりと叩くゲンヤ。しかし、しかめ面が長続きせずに噴き出す。

漢というものは誰も、くつくつと笑うものなのだろうかと思いつつ、釣られて頬をほころばせるあゆであった。




****

――【 新暦66年/地球暦11月 】――



その年最後のミッドチルダ訪問がまさか一家総出になるとは、さすがのあゆも思いも寄らなかったであろう。

「お待たせしました」

通された応接室で待つことしばし、現れたのは聖王教会の騎士カリム・グラシアとその護衛、シャッハ・ヌエラである。

これまで通信などで顔を合わせたことはあるが、こうして直に対面したのは初めてだった。

「ああ、はやてさん。無理しないで、お座りになっていて下さい」

カリムが慌てて止めたのは、ソファに座っていたはやてが立ち上がろうとしたからだ。はやてのリハビリは進んでいるが、まだ松葉杖が手放せない。

「ほんなら、お言葉に甘えます」

隣りに座っているあゆがそ知らぬ顔で上着の裾をひっぱって、立ち上がりにくくしてたことに、そこに居合わせた大人のほとんどが気付いていたが。

「グラシアさん。この度はほんまにありがとうございました」

カリムが1人掛けのソファに座るのを待って、はやてが頭を下げた。合わせて、一同も。

「どういたしまして。とは、とても申せません。
 そもそも【闇の書】は古代ベルカの遺失物ですし、それを今まで回収できなかったのは私どもの落ち度です」

聖王教会は、時空管理局とは別口でロストロギアの調査と保守を使命としている宗教団体だ。利害が一致する反面、縄張り争いも多くて、時空管理局との関係は微妙である。

その位置付けをどう捉えるか。にこやかに見えるあゆの、思考が忙しい。

「はやてさん。聖王教会を代表して私カリム・グラシアの謝罪を、受け入れてくださいますか?」

そんな。と顔を上げたはやてとカリムの間で、お礼と謝罪の言葉が繰り返されはじめる。


リンディの手回しによってはやての存在を知った聖王教会の動きは、決して遅くはなかった。早々に管理局上層部と折衝を始め、かなり早い段階でその保護を確約していたのだ。

ただ、【蒼天の魔導書】認定への根回しと、【闇の書】との関連を隠蔽するための工作に時間がかかったのである。

もちろん、時空管理局の次元空間航行艦船を1隻沈めてしまった事件そのものを隠し立てすることは出来ない。聖王教会が行ったのは、【蒼天の魔導書】を【闇の書】を滅ぼすために作られた存在であると認定すること。対する管理局が行ったのは、この事件における【蒼天の魔導書】の出所をぼやかしたこと。その2点であった。

この2者の間にどんな取引が成立したのか、リンディは黙して語らない。
利害の多くが一致した以上、それほど後ろめたい取引は行われてないだろうとあゆは想像している。むしろ、結託してはやてを取り込もうとしているのではないかと、猜疑を強くしているようだが。

ともかくもそう云った根回しが済んで、はやては教会の後ろ盾を得ることが出来た。教会の騎士見習いとして身分を保証され、――内情は変わらないが――誰はばかる事もなく管理局に入局できるだろう。

そうしてベルカ自治領の市民権を貰ったはやてが、ぜひ直接に御礼に行きたいと言い出して今回のミッドチルダ来訪となったのである。


「お2人ともその辺りで」と止めに入ったのは、はやての対面に座るリンディであった。今回の引率役なのだ。

そうですね。と頭を上げたカリムを、出された茶菓子に夢中になっている振りをしたあゆが冷ややかに観察していた。この、まだ15歳にも満たずに教会の一翼を担っている女性が、本気でそう謝罪していることは確かだろう。だが、その言い分が本当ならば、聖王教会は多大な借りをはやてに対して負っていることになるはずだ。

では、それに見合うだけのものがはやてに差し出されたか?ということに、あゆは疑念を抱く。結局、はやてが管理局に入局せざるを得ない現状に、聖王教会の限界か、本気の程を見出してしまう。

「こら!あゆ、てめぇ喰いすぎだ。あたいにも寄越せ!」

「びぃーたおねぇちゃんといえど、ゆずれないのです」

「あゆ、ヴィータ。恥ずかしやないか、もう」

ヴィータと取り合いを演じながらあゆは、聖王教会に全幅の信頼を寄せるわけにはいかないと結論づけていた。



[14611] #67-1 魔法の呪文はじゃんけんなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:26
――【 新暦67年/地球暦1月 】――



「あゆちゃん、そのおおにもつ、なに?」

「いいもの、なのです」

スバルが出迎えてみれば、あゆは大きなリュックを背負っていた。いや、あきらかにリュックのほうが大きくて、背負っていたというより背負わさせられていたと言うべきか。

「おもくないの?」

「みかけほど、おもくはないのです。
 それに、わたしはいがいと ちからもち、なのです」

あゆは、管理局での時間のほとんどを本局で過ごす。多くとも1日8時間、少なければ4時間ほどしか研究時間を取れないのだから当然である。

ただ、試験運用を任せているゼスト隊との折衝もあり、クラナガンへ来ることが増えた。土日などはほぼ1日使えるので、こうしてナカジマ家を訪れることも多い。クラナガン側の休みや時間帯に合わせるのも、すっかり慣れた。

もっとも、最近ではS2Uに任せっきりだが。



リビングに通されたあゆがその妙に安っぽいリュックから取り出したのは、6個組みで連結されたヨーグルトなどの容器を連想させるプレートであった。

それが、61枚。

「これ、なんですか?」

ギンガが目を丸くしている。

「あいすくりーむ、なのです」

「あいすくりーむ!」

きらきらと目を輝かせるスバルであった。

スバルがアイスクリームも大好きだと聞いて、あゆが一度やってみたかったこと。

それは、ハーケンダック全365フレーバーの制覇であった。


ハーケンダックは、フランス資本の老舗アイスクリームフランチャイズチェーンであり、常時365種類のフレーバーを揃えていることを売りにしている。要予約だが、その365種類全てを詰め合わせた商品として、イヤーズプレートセットも販売されていた。

今日あゆが買ってきたのは、さらにフレーバーが+1されたリープイヤースペシャルである。閏年限定の、このスペシャルセットでないと食べられない特別フレーバーがあった。

とはいえ、かなりの高額商品である。早々売れもしないのだろう。いきつけの海鳴店へ予約しに行ったとき、お年玉を注ぎ込む気だと聞いた店長のダイスケさんが感涙に咽んで、特別にリープイヤースペシャルにしてくれたのだ。――ちなみに閏年は来年の話で、ダイスケさんがどんな魔法を使ったのか、あゆは知らない――今日受け取りに行ったときも、店長補のマリアさんがフリード君ぬいぐるみをおまけでくれる始末だった。宇宙合金製だという双頭フックを、あゆはひそかに気に入ったらしいが。


それはそれとして、

「くいんとさん。
 ひょうけつまほうを、かわってほしいのです」

ここまで持ってくる間の重さより、冷蔵のための氷結魔法のほうが堪えたあゆである。転送ポート待ちの間に、ドライアイスが昇華しきってしまったのだ。



「ゲットレディ!」

「セット」

クラナガンにも、じゃんけんはあるらしい。

「やった♪」

「まけた~…」

地球のものと違うのは、魔法になぞらえてあって、勝ち負けが逆なところか。パーそのものの防御魔法は、チョキに似た射撃魔法に勝ち、グーそのもののバリアブレイクに負ける。同様にバリアブレイクは、防御魔法を破って射撃魔法に倒される。射撃魔法は防御魔法に防がれ、バリアブレイクを貫く。

さらに、一度目の勝ち負けの結果を踏まえた2回戦目を行って勝敗を決する上級編もあるそうだ。例えば、防御魔法をバリアブレイクで破られた場合、2回戦目で射撃魔法で勝てれば逆転勝利とみなされる。まあ、少々ややこしいアッチ向いてホイであろう。

あゆはとりあえず、魔法拳と名づけてみた。


「つぎはまけないよ!おねえちゃん♪」

驚いたことに、あのお姉ちゃんっ子のスバルが、真っ向からギンガに勝負を挑んでいた。そもそもギンガは、スバルに好きなのを選んでいいと言ったのに、それを断って魔法拳勝負に持ち込んだのだ。

「あ~!それねらっていたのに」

「ほら、一口わけてあげるから」

「いいの!しょーぶのけっかは げんせいなの」

勝ったほうが先に好きなフレーバーを選ぶ、負けたほうが次に選ぶ。その86回戦目が終わったところだ。

意味を解かって言ってるのかしら?とクイントの苦笑はやわらかい。

「お姉ちゃん離れが進んでいるみたいで、歓ばしいことだけど」

あゆは、クイントと一緒にダイニングでお茶を戴いていた。10回戦までは参加していたのだが、体が冷えてきてとてもじゃないが付き合いきれない。

せいぜいスプーン2~3杯分の小さなカップ入りとはいえ、よくもまああんなに食べられるものだ。

「そろそろ、夕ご飯の支度しなくちゃ。
 あゆちゃんも食べてくでしょ?」

時差――と云うか自転周期差であるが――の関係で、あゆにとってはお昼ご飯になるが、ありがたくご相伴にあずかることにした。

そろそろゲンヤも帰ってくるだろう。現場叩き上げの人間の苦労話を聞くのは、ためになる。


それにしても、クイントが一切心配してないところを見ると、あのアイスクリームを全てたいらげた後で夕ご飯もきっちり食べるのだろう。あの姉妹は。

なんだか、今のうちから胸やけしそうになるあゆであった。




****

――【 新暦67年/地球暦3月 】――



オーリス・ゲイズは、自身の複雑な心境をどう喩えていいか解からない。

ただし、その元凶は明確に形をなしていた。

白衣姿の、少女である。


いま案内しているこの少女のことをオーリスが知ったとき、すでに上司であり父であるレジアス・ゲイズへの心無い中傷とワンセットであった。

部下であり娘であるオーリスとしては、心証が良くなりようがない。


しかし、この少女が研究している人工リンカーコアが海陸揃って管理局の悲願であることは、否定しようのない事実であった。

レジアスが夢中になるのも解かるし、なにより非合法な手段から手を引き始めてくれていて嬉しいのも確かだ。

それに、この少女の境遇も知っている。家族のために押し売り同然に入局してきたところなど、忙しい父親を少しでも手助けしたくて入局した自分と重ならないでもない。


「いかかですか?」

辿り着いたドアを開き、中を指し示す。

「……」

少女の視線がまず、正面に据えられた多機能高級デスクに向けられたのが判る。続いてその手前の本革製ソファとクラナガン杉のテーブルで構成された応接セットに。さらには窓際のマルチドリンクサーバー。最後に行きついた本棚には、今時珍しい紙媒体の資料が所狭しと詰め込まれている。専属の秘書官が配属されてないのが不思議なくらいだ。

広さはともかく、設備的には佐官クラスの執務室レベル。

「おおげさ、なのです」と少女が溜息をつく。本気で辟易としている様がオーリスにも判った。

この少女本人の取扱いについては、各部の折衝の上で行うことが決定している。しかし、その成果物については最初の接触者である海の意向が幅を効かせていた。レジアスの働きかけで試験運用こそ陸が行っている――海や空では事件規模が大きすぎて現場での試験運用は難しい――が、研究が完成し、生産となればその主導権は海がとることになるだろう。今でも優秀な人材は海が持っていってしまうが、それと同じことが人工リンカーコアでも起こるというわけだ。

それでは意味がない。と考えた上層部は、開発者であるこの少女そのものの取り込みを画策していた。ノウハウを手に入れて、陸独自に生産しようとしているのだ。

当初は、本局と同等かそれ以上の設備を与えようとしたのだが、当の本人に断られた。曰く、非効率だという理由で。個人的には、オーリスとしても賛同である。

そこでせめて、陸士部隊との連絡が密になってクラナガンに来ることが多くなった少女のために執務室をという話になったのだ。


「おーりすさん。
 これは わたしのそうぞうなのですが、れじあす・げいずという じんぶつは、こどものたんじょうびに やまほどのぷれぜんとを とどけさせるのでは、ないでしょうか」

「上司のプライバシーに関わることをお話するわけにはいきません」とは言うものの、この少女の推察どおりであった。「届けさせる」というところまでピッタリと。

そうですか。と再び少女が嘆息。

「あのひとのあつかいかたを おしえていただけたら、うれしかったのですが」

そんなものがあるなら、自分が知りたいオーリスであろう。

「しょうじき、かんりきょくのなわばりあらそいには きょうみがありません。
 しかし、それが こういうむだづかいに あらわれるとなると、そしきとしてのけんぜんせいを うたがわざるをえません」

オーリスは応えない。応じられる立場にないのだ。

「てはいしてくださったでしょう おーりすさんには もうしわけないのですけど、このおへやは じたいさせていただくのです」

そこを。と口を開いたオーリスを手振りで止め、少女は続ける。

「わたしこじんを かいじゅうしたところで、けんりかんけいは どうしようもないのです。
 いざというときに うったえられるのは わたしですし、そのときあなたがたが わたしをまもってくれる ほしょうもない。
 しけんうんように おわたししている【いであしーど】をあなたがたが……」

少女が口篭もった内容を、オーリスは知っていた。陸での試験運用は様々な駆け引きの結果、海の黙認の上で進められていることである。その試験運用の最中に、陸がそれを解析することも。

それを口に出すことをためらったということは、この少女が管理局内の確執の深さ、利害関係の複雑さを理解している。と云うことだろう。下手なことを口走れば、責任の追及先にされかねないことも。

「こちらのひとたちにも よくしてもらっていますから、おこたえしたいきもちはあります」

ですが。と続ける少女を、今度はオーリスが遮る。

「この件と、八神さんのお気持ちについては私のほうから上司に伝えておきます。
 本局との高機密専用回線を用意した小部屋に、ベンチをひとつ。では如何でしょう?もちろん、本局の方にも正式に打診の上で」

人工リンカーコアの研究は重要秘匿事項なので、その情報を介するには相応の回線が必要だ。この少女に執務室を与える話が出たときに、オーリスはその希望を聴き取っている。だから、転送ポート待ちなどの空き時間に本局のデータベースにアクセスしやすい環境を欲しがっていたことを知っていた。

贈収賄と受けとられかねない事態への警戒と、余計な物は不要と考えているだろうこの少女の性格も、今知ったところだ。

「べんちを、こうきゅうひんに しないのなら」

「承りました」と応えたオーリスは、この少女が肩肘から力を抜いた姿を初めて見ただろう。

案外、気が合うかもしれない。などとオーリスは思うのであった。




****

――【 新暦67年/地球暦4月 】――



「……」

見上げてくる瞳が、とても真剣だった。

「きたいしてますね」

「……」

あゆを見上げているのは、最近掴まり立ちを卒業した幼児である。

「あゆおねぇちゃんと よんでくれたら、さしあげるのですよ?」

「何を勝手に、人の娘を手懐けようとしているのかしら?」

振り返ると、菖蒲色の髪の女性がいた。

「めがーぬさん」

本日あゆがゼスト隊の詰め所に来たのは、第3世代の試作品を渡すためである。代わりに回収する第2世代の試作品を、メガーヌが取りに行ったその間の出来事であった。


ゼスト隊に限らず、地上部隊の詰め所に幼児が居ることは珍しいことではない。

就業年齢が低いということは、離職年齢が高いということも示し、ひいては一時休職も短いということである。管理局の中でも輪をかけて人手不足である陸では、条件さえ許せば子連れでの執務を認めているのだ。本部内に託児所もある。

「いちど、おねぇちゃんと よばれてみたかったのです」

あゆの周囲で年下となると、メガーヌの娘のルーテシアぐらいだった。

戸籍上ならスバルが1歳年下になるが、ほとんど成長していないあゆの方が背が低くて、お姉さんぶるのは無理がある。それに、スバルにとって姉はギンガだけであろう。そこに割り込む気にはなれなかったのだ。

「……」

じーっ。と、あゆを見つめる愛娘の姿に嘆息したメガーヌは、持ってきたケースを手近な机の上に置く。

「ルゥ、あゆおねえちゃんよ。言える?」

「ぅーねーた?」

おお。と、あゆ。

「けっこう、うれしいかもしれません。
 めがーぬさん、るぅちゃんを わたしにください」

「あなたが私の娘になるって手もあるわよ?」

メガーヌの切り返しに、「むむ」と、唸るあゆである。

「ぅーねーた」

2度目の呼びかけは、多分に非難が篭められていたであろう。

「これはしつれい」と、ルーテシアに向き直ったあゆは、S2Uに命じて格納領域から虫カゴを取り出した。

手渡された虫カゴを覗き込んだルーテシアは、首を傾げる。中には木の枝が一本入れてあるようにしか見えない。

「【おおあし ながえだ ななふし】さんです。
 ちきゅうでは、いちばんながい むしさんなのです」

「おーで?」

ルーテシアに呼ばれた枝が、その歩脚を伸ばした。触角を震わせ、自分を呼ばった者を探している。

「管理外世界の生物を、よくもまあ……」

リンディから防疫関係の手続を教わったあゆは、地球の食品などを持ち込む手筈に慣れていた。

それでも、生き物を持ち込めるようになったのは最近である。シャマル直伝の術式をいくつか使いこなせるあゆは、持ち込む生物の状態把握に長けるし、必要に応じて特定の病原菌だけを狙い殺すこともできた。

昆虫類の召喚を得意とするメガーヌへの手土産としてギラファノコギリクワガタを持ち込んでみたのだが、それを気にいり、なおかつ魔法も使わずに従えてしまったのがルーテシアである。

今も虫カゴからだしたナナフシを頭の上に乗せ、「いーこ」と、ご満悦そうだ。

「ルゥの忠臣がまた増えたわね」

【めがにゅーら】が げんぞんしていたら、よろこんでくれたでしょうか?とは、最近常識を身につけだしたあゆである。



special thanks to sato様。誤字報告、ありがとうございました。



[14611] #67-2 その日、聖王医療院
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/03/16 05:44

――【 新暦67年/地球暦4月 】――



……

室内を沈黙が支配していた。

「りんでぃさん」

焦れて声を上げたあゆを、「まあまあ」とリンディがなでている。あゆは、2人きりの時しかリンディを「おかぁさん」と呼ばない。S2Uの本名は2人だけの秘密だから、その絆も内緒であった。


リンディの執務室である。

応接セットの片方には、あゆ、リンディ、たまたま居合わせたクロノ。

対峙する反対側には、はやて、なのは、フェイト。管理局に入局できるよう、3人揃って直談判に来たのだ。

はやてたちの言い分は簡潔である。去年1年の通信簿を見せて成績に問題がないこと、ヴォルケンリッター達に鍛えられて実力がついてきたことを理由に、学業と就業の両立ができると主張していた。

「あゆさんの気持ちは、考えられました?」

「もちろんです。
 でも、だからやこそ、うちはあゆに恩返しがしたい」

うんうんと、はやての両脇のフェイトとなのはが。

一方リンディとしては困惑である。3人の処遇は決定済みとはいえ、その猶予期間を打ち切ることは可能だ。しかし、人工リンカーコアの研究を契約内容に据えてしまったあゆの就業は、縮めようがない。

「それに、うちは誰かのための力になりたいんです。
 無力やったはずのうちに眠っとった力を、力のない人のために役立てたいんです」

「立派だわ」

「だが無謀でもある」

リンディの賞賛を断ち切ったのは、それまで口を開かなかったクロノである。反駁しようとした3人を身振りで抑え、視線であゆを示す。

「君たちの魔力資質は知っているが、今の君たちでは彼女にも勝てまい」

え?と驚いたのは、はやてたちだけではない。名指しされた当の本人も驚いていた。もっとも、クロノがなにを言いたいかは解かったらしく、口を挟まないが。

はやてたち3人は、直にあゆと模擬戦をしたことがない。本人がものすごく嫌がって、相手になってくれないからだ。しかしながら、ヴォルケンリッターたちとの模擬戦は見たことがある。

その上での――ヴォルケンリッターを含めた――共通認識では、あゆが一番弱かったのだ。なにより、すぐに魔力切れを起こす。


「あゆ。君が八神はやてを斃さねばならぬとしたら、どうする」

「じがい、します」

即答である。クロノが望んだ答えではないが。

「おねぇちゃんを がいするそんざいなど、ゆるすわけないのです」

「……あゆ」

ふむ。とクロノ。

「設問が悪かったか。
 じゃあ、僕ならどうだ?君が僕にしようとしたことを、忘れたとは言わせないぞ」

え……と。と、あゆは困惑する。けして口に出しては言わないが、今ではクロノは「おにぃちゃん」なのだ。

「クロノ、意地悪が過ぎるわ」

よしよしと抱きしめて、リンディがクロノからあゆを隠した。

「こいつが僕にしようとしたことを知ったら、きっとそんなことは言えなくなります」

憮然とも悄然ともつかないクロノの様子に「あの~」と声をかけたのは、はやてである。

「あゆが一体、なにしたん?」

家族であるヴォルケンリッター相手の模擬戦において、あゆは搦め手を用いたことがなかった。
正面からの真っ向勝負では、攻防いずれにせよ、あっという間に魔力を使い果たしていたことだろう。師匠として胸を借りていたクロノにだけ見せた権謀術数を、はやてたちが知るよしもない。

「ああ、こいつはな。模擬戦前に、僕に下剤を盛ろうとしたんだ」

「!……」「なんっ!?」「ふぇ~!?」

あらまあ。と、リンディはなんだか愉快そう。

2回目の、模擬戦前であったか。

「未遂で済んだし、きっちり叱ったからそれはいい」

いたかったです。あゆがぽつりと。

「要は覚悟の問題だ。
 こいつは必要があれば、君たちが彼女を敵と認識する前に手を下してしまうだろう。
 そして、時空管理局の局員が立つ現場とは、そういう場所なんだ」

手をつけずにいたリンディ特製砂糖たっぷり抹茶を飲み干して、クロノが立ち上がった。

「この剣呑な八神あゆが、実に穏当な手段で君たちのために猶予を作ったんだ。
 君たちが入局する頃には、君たちがより強くなれるよう準備をしてるんだ。
 そのことをもう一度、よく考えてみてくれ」

予定があるのでこれで失礼する。と執務室を後にしたクロノに、あゆの感謝の心は届いただろうか。




****

――【 新暦67年/地球暦7月 】――



あゆが箱を開けると、真新しいスニーカーが出てくる。昨日買い物に行ったときに買ってきたのだ。

自分の小遣いで買おうとしたら、「衣食住は、お姉ちゃんたるうちに責任があるんやで」と、はやてが支払を済ませてしまった。

妹にはとことん甘いはやてである。


さて、あゆが八神家2階奥の、通称【転送部屋】にスニーカーを持ち込んだのは他でもない。

今日から、この紺色のスニーカーで本局に通勤するつもりなのだ。

ハイヒールはお役御免である。

もちろん、あゆの背丈が伸びたわけではない。単に、本局の職員たちがあゆの存在に慣れただけだ。

はやての薫陶が篤い――最近ではそれにアリシアも加わりだしている――あゆは、お世話になったハイヒールに手を合わせてから箱に仕舞った。


12年後の9月に、あゆはまたこの箱を開けることになるかもしれないのだが、それは全くの余談である。




****

――【 新暦67年/地球暦8月 】――



ガラス越しに、横たわるゼストの姿があった。


「峠は越したらしいから、あとは意識が戻りさえすればって」

比較的軽傷で済んだメガーヌである。それでも松葉杖姿だが。

ヘルスメーターの術式をシャマルから教わっているあゆは、MICU内の機器が表示している数値の意味を大体理解できた。メガーヌの言うとおり、少なくともゼストが命を落とすことはないだろう。



「ゼスト隊が全滅した」という報せにあゆが出くわしたのは、地上本部への転送後、その詰め所へ向かう道すがらのことであった。夏休みいっぱいを掛けて作り出した第5世代の試作品を思わず取り落としたのは、あゆ一生の不覚か。

オーリスに連絡をとったあゆが全滅どころか壊滅であると知り、聖王医療院に駆け込んだのがつい先ほど。事件の2日後である。


**


意識が戻れば連絡が入るという言葉に納得し、傍に居たからといって何ができるわけでもないと緊急病棟を後にした。メガーヌの案内で、一般病棟へと渡る。

「あゆちゃん!」

ドアが開くなり突進してきたのは、スバルだ。メガーヌがそっと支えてくれなければ、あゆとてもいなしきれなくて押し倒されていたことだろう。

「あいがどおぉ!」

メガーヌに作戦内容を話す権限はないので、あゆはまだ詳しい事情を掴んでない。

「なにごとなのです!?」

感極まって泣き喚くスバルは何を言っているのか判らないわ、視界が塞がれて何も見えないわ、すごい力で締め付けられて痛いわ息苦しいわで、あゆの疑問はほとんど悲鳴であった。

「スバル、あゆちゃんを放しなさい」

駆け寄ってきたギンガがあゆを救出しようとするが、盛大に泣き縋るスバルの耳には届いてない。


**


「大丈夫?」

クイントである。額の包帯に右腕左脚のギプスが痛々しいが、本人はあまり気にしてなさそうだ。今はベッドのリクライニングに上半身を預け、苦笑の成分を多分に含ませた視線を寄越していた。

「もんだいないのです」

あゆを救出したのは、通りがかった烈火の将である。
――要請によりゼスト隊の救援に駆けつけ、その後送を行ったのはシグナムが所属している部隊だったのだ。そのまま事後処理などを受け継いだので、現場と医療院を足繁く往復していたらしい――


「……ごめんなさい」

今はベッドの向こう側で神妙に座っているスバルである。隣りにはルーテシア。医療院に虫は持ち込めないので、微妙に不機嫌そうだ。

聞いたところによるとクイントは、「あゆがくれた御守りが身代わりになってくれたので救かった」と子供たちに説明したらしい。それを極限まで拡大解釈したスバルの感謝の形が、先ほどのベアハッグというわけだった。

「あゆちゃん、……これ」

ギンガが差し出したのは、人工リンカーコアだ。今は艶やかさを失い、割れ砕けた残骸に過ぎないが。

あゆが作った試作品の、最大の欠点がそれだった。
貯蔵した魔力を使い切ると、構造を支えきれなくて崩壊するのだ。第4世代のこれは形が残るだけマシで、第1世代など影も形もなく消え失せていた。

「もくひょうひんの ほうは?」

いつか、それと同じ物を作る。と宣言するあゆの気概を受けて、ジュエルシードから造られた人工リンカーコアのことを【目標品】と名付けたのはクイントである。

視線を向けられた命名者が、病衣の袷からジュエルシード製人工リンカーコアを出して見せた。魔力を使い切って艶やかさこそ失っているが、こちらは健在。

「みちのりは ながそう、なのです」

嘆息を洩らしたあゆは白衣のポケットからケースを取り出すと、第4世代の残骸と引き替えに第5世代を手渡した。

「ああ、よかったら。これ、貰えない?」

そう言いだしたのは、メガーヌである。手にした小さなビニール袋に、やはり割れ砕けた第4世代。

「かいせきが おわったあとでなら、かまいませんけれど?」

第5世代と引き替えに受けとりながら、あゆ。

「記念にね、持っておきたいの。皆、そう言いだすんじゃないかしら」

試作品の作成に慣れてきたあゆが、初めてゼスト隊全員の分を用意できたのが第4世代である。

「そうね。私もお願いするわ。
 供えても、あげたいしね」

壊滅ということは、その損耗率は5割ほど。そのうち死者が何人居るのか、あゆはまだ聞かされてない。

「わかりました」

ゼスト隊全員の顔を知っているわけではないが、手にした第4世代の残骸がそのまま戦死者の姿のように見えてしまう。

もう会えない人が居るという事実を、あゆはどう呑み込んでいいのか判らないでいた。



****



ゼスト隊の作戦内容とその報告の閲覧をあゆが許されたのは、試作品とはいえ人工リンカーコアの有用性が評価されたからである。



      ―― Eyes Only ――


目的:戦闘機人プラント捜査

経緯:突入時の勧告に応じず発砲したため交戦

結果:
 損害
 ゼスト隊 12名中
      死亡者 2名
      重傷者 4名
      軽傷者 6名

 成果
    戦闘機人
     高速格闘型  1名(仮称サード)  逃走
     後方指揮型  1名(仮称フォース) 捕縛
     格闘爆撃型  1名(仮称フィフス) 捕縛

    多脚型戦闘機械(仮称アンノウン)
       27機 破壊
        5機 押収

    カプセル型戦闘機械(仮称ガジェット)
       45機 破壊
       19機 押収

新たに宛がわれた6畳ほどの執務室で、あゆはさらに個人ごとの経過報告を追う。各人のデバイスが自動記録したものを、それぞれに補完、過去のデータなども統合して整理されたものだ。

3体の戦闘機人に対し、ゼスト隊はそれぞれゼスト・クイント・メガーヌで対応。その他の戦闘機械は他の隊員たちが引き受ける。

ゼストが相対したのが、格闘爆撃型の戦闘機人。プロテクターの喉元にⅤと刻印されていたため、仮称でフィフスと付けられていた。格闘戦に長ける上に爆発する投げナイフを使ったらしく、実力伯仲。相討ち同然にかろうじて戦闘不能に追い込んだものの、ゼストの意識はまだ戻らない。

クイントが対峙したのは高速格闘型の戦闘機人。こちらはⅢと刻印されていたので仮称サードである。高速格闘という点でクイントと好カードになると思われたが、空戦能力を有し瞬間移動までこなす相手に防戦、足止めで手一杯。最終的に逃走を許す。

メガーヌが対応したのが後方指揮型と見られる戦闘機人。同じく喉元にⅣとあったためフォースである。戦闘機械を指揮し幻惑能力を有していたが、相手が悪かったためその能力をほとんど発揮できずに捕縛に至っている。メガーヌの負傷は、この戦闘機人直援の多脚型戦闘機械による。


この戦闘で特筆すべきは、カプセル型戦闘機械が発生させたアンチマギリンクフィールドであろう。魔力素結合・魔力効果発生を無効化する力場の中で、ゼスト隊は相当に苦戦したようだ。死者を含め、戦闘機人を相手にした3人以外の重軽傷者は、初撃の防御に失敗した結果であった。

これに対応できたのは、偏に人工リンカーコアの存在による。と報告書に記されていた。AMFでロスさせられる魔力結合を、人工リンカーコアの魔力で補って対抗したらしい――非公式であるため報告書には書かれてないが、ゼスト・クイント・メガーヌはさらに【目標品】も所持していた――。

特に、AMF下にも関わらずメガーヌが召喚魔法をフル稼働できたことが大きかったであろう。対する後方指揮型戦闘機人の幻術も、メガーヌが呼び出した様々な昆虫たち全ての感覚器官を誤魔化すことはできなかったのだ。結果、戦闘機人側の指揮統制を阻害し、仕掛けてきたであろう撹乱を防ぎえたことが最大の勝因である。

最終的に後方指揮型戦闘機人を行動不能にしたことで戦闘機械の活動が止まり――これに前後して航空武装隊第1039部隊が来援――、残存していた高速格闘型戦闘機人に逃走を決意させたことで戦闘の終結を見たようだ。



あゆの座るベンチには、回収してきた第4世代たちが並んでいる。すべて割れ砕けて、無事な物はひとつもない。

それぞれ小さなビニール袋に入れられ、使用者の名前が書かれていた。


第5世代の完成があと3日早ければ、もっと被害を抑えられたであろうか?赤く書かれた2人の名前が、黒字で済んだであろうか?

そこまで考えて、あゆはかぶりを振る。AMFの存在に気付いてなければ、どれだけ魔力量があっても無駄であっただろう。部隊の損耗はほぼ、最初の一撃で被ったものだ。


それにしても。と、あゆは立ち上がる。

「せんとうきじん、ですか」

あゆは、報告書に添付されていた写真を思い返す。


背丈で言えばフェイトと同じくらいの少女の姿をしたフィフスが、ゼストと対等の戦闘力を持つ。

さらにはAMF下にもかかわらず、正体不明のテンプレートを展開して魔法を使ってきたものがいたという。瞬間転移めいたサードの超高速移動と、判別至難なフォースの幻覚がそうらしい。

それら戦闘機人が大量に、AMFとセットで立ち塞がることがあれば、管理局の戦力で対抗することは難しいだろう。

人工リンカーコアによる一時的な魔力量増大などでは、焼け石に水だ。

なにか打てる手はないだろうか。と、あゆはその眉をしかめるのであった。




[14611] #67-3 八神あゆのある1日(前編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/06/24 12:25
――【 新暦67年/地球暦8月 】――



捕縛された戦闘機人の取調べは、捗ってないそうだ。

AMF下ですら魔法を使う相手だ、そのほかにどんな能力を隠し持っているか判ったものではない。幾重にも張られたバインド、ケージ越しでは尋問の効果も薄いだろう。

センサー代わりの監視役としてケガをおしてメガーヌが日参しているが、はかばかしくないと言う。2人とも黙秘を貫き、その本名すら聞き出せてないらしい。



さきほどエントランスで偶然メガーヌに出会ったあゆは、しばらく戦闘機人たちに関する話を聞きながらついてきたのだ。あゆも立ち会いたいのだが、許可が下りなかった。仕方なくゲート前で別れ、来た道を引き返しているところだったのだが。

拘置区画への通路は、脱獄やテロ対策にわざと曲がりくねって作られている。分岐も多く、所々行き止まりすらある有様だ。

そうしたダミー通路のひとつを、あゆが遣り過ごそうとしたその時だった。

「!」

異様な魔力素の気配を感じたのは。

視界の隅で確認した先に、人影はない。しかし、その突き当たり、曲がり角の向こう側へ流れこむように、不可解な魔力素の乱れが存在した。

差し出しかけてた右足の軌道を変え、ダミー通路に踏み込む。それなりの心得のない者には、最初から左折する気だったと感じられただろう。

……5歩、6歩。懐に手を忍ばせつつ、道なりに右へ曲がった先に、壁。行き止まりなのは、予想通り。

しかし、あゆの肌が粟立った。

「……」

あゆは、魔力素を見ることができる。

ところが、その天井の一角は、まるですくい取ったかのごとくドーム状に魔力素の姿がなかったのだ。

もしやこれがAMFかと目を見開くあゆは、そのドームの中心に、人の指と思しきものが突き出ているのに気付いた。先端に、カメラレンズ?

「えす2ゆぅ、【しりんだけーじ】なのです」

 ≪ Cylinder Cage ≫

瞬時に杖形態へと移行したS2Uを構え、手持ちの【目標品】の魔力を注ぎ込んで発動させたのは、円筒形の魔力の檻。一般的なクリスタルケージは形状的に無駄が多いので、あゆ特製の捕獲術式である。状況が許せば、あゆはバブルケージを使いたかったであろう。

非殺傷設定の魔法は、物理的な効果を及ぼさず物理的に阻害されることもない。展開された魔力の檻は、天井深くから床下までを巻き込んで構築された。


天井から突き出ていた指が引っ込んだ。驚いたことに、跡がない。移動系の魔法だろうか?しかし、

「にげられはしませんよ。
 そのまましたに、おりてくるのです」

展開した魔力の檻に、手応えを感じる。つまり、生命体が打ち破ろうとしているのだ。非殺傷設定の拘束魔法は当然人体をも拘束し得ないが、触れれば体内の魔力と反応して痛みや麻痺、神経障害を引き起こす。

「ていこうするなら、こうげきします。
 おとなしく、おりてくるのです」

……

S2Uのランタンのような杖頭を突きつけると、天井から爪先が生えてくる。そのままくるぶし、臑、膝と成長して、すとんと女性が1人、床に降り立った。

報告書で見た戦闘機人たちと同じ、青を基調としたプロテクター付きのスーツ姿。

「ねんのため、こうそくさせてもらうのです。
 せんせぇじきでん、【すとらぐるばいんど】」

 ≪ Struggle Bind ≫

青鈍色に光る魔力縄が、戦闘機人を縛り上げた。こちらは殺傷設定。物理的に拘束する。

「ほばくされた【せんとうきじん】のなかま、ですね?きゅうしゅつにきたのですか?
 でも、なぜこんなところに?」

今この戦闘機人が見せた移動魔法なら、とうに救出し終わっていておかしくないだろうに。

「……」

ちらり。と、あゆは周囲を確認した。

「すなおに こたえるか、このままたいほされて おなじように こうりゅうされるか。
 すきなほうを えらばせてあげるのです」

逡巡が、目に表れている。どうも駆け引きは苦手らしい。

「……私の能力じゃ、魔力障壁は越えらんない」

拘置区画は、内外に設置された魔導炉を動力源とした魔力障壁が多重に張られている。それを越えられないということは、この戦闘機人は同時に複数の魔法を展開できないのだろうか?

「きゅうしゅつは むりだったから、きかんするところ。だったのですか?」

そっぽを向いた戦闘機人は、しかし僅かに頷く。

「きゅうしゅつは あきらめるのですか?」

「諦めるわけないだろ!クア姉もチンク姉も絶対救けて見せんだから!」

噛み付きかねない勢いで吠え立てた戦闘機人が、勢い余ってシリンダーケージに触れる。

「っ!」

「ふむ、ほばくした【せんとうきじん】のなまえは【くあねぇ】と【ちんくねぇ】」と、あゆは心に書き留めた。その事実は、あの2人への尋問の足がかりとなるだろう。

それはそれとして、

「わたしは、やがみあゆです。
 あなたの おなまえは?」

「……セイン」

素直なことである。捕縛された2人とは大違いだ。

「いい おなまえ、なのです」

「……あ、ありがと」

【くあねぇ】や【ちんくねぇ】と比較した結果の感想だと知ったら、セインは一体なんと言っただろう。

「それでは、せいんさん。わたしと とりひきをしませんか?」


**


「あの~ ……」

「セイン?貴女報告もな……」

振り返った紫色の髪の女性が絶句した。

「お客さんを~、連れてきたんだけどぉ……」

白衣姿の男性はなにやら作業中らしく、振り返らない。

「はじめまして、じくう……」

あゆから見て右手のドアが開いた。垣間見えた女性の姿が掻き消え、目前に出現する。

「何者だ」

その右手首から生えた光の翼を突きつけられても、あゆは怯まない。相手が、報告書にあった人物、仮称サードと内心で確認するのみ。

戸口の向こうに、さらに戦闘機人らしい女性の姿。念話か、何らかの警報でも鳴らされたか。

「じくうかんりきょく、しょくたく。
 やがみあゆ。なのです」

「管理局だと」

その瞳孔がすぼまると、突きつけられた光の翼が大きさを増した。あゆの喉元に突き刺さりそうだ。

「あの~トーレ姉?そのぉ、一応デバイスも預かってるし、ね?」

セインがカード状態のS2Uを取り出して見せるが、

「だからといって、ラボに管理局の人間を連れてくる人がありますか」

「ごめん、ウーノ姉」

叱られるのも当然であろう。

【トーレネェ】【ウーノネェ】と心のメモ用紙に書きつけていたあゆは、【クアネェ】【チンクネェ】と並べてみて、正しくは【トーレ姉】【ウーノ姉】【クア姉】【チンク姉】だろうかと補足。姉妹として扱われていて、本人たちもその気なら、情につけこむ隙もあるかもしれない。

「わたしがおどして、つれてきて いただいたのです。
 せいんさんを せめないであげてほしい。なのです」

「黙れ」

ばっさり叩き切ってやるとばかりに、トーレが左腕を大きく引いたその時であった。「なんだか騒々しいじゃないか」と、白衣の男性が振り返ったのは。

「おや?君は誰だい?」

はじめまして。と、あゆが頭を下げるので、トーレが慌ててインパルスブレードを引く。意外に甘い。と、あゆは心の内申書に書き加える。

「じくうかんりきょく、しょくたく。
 やがみあゆ。なのです」

ほぉ?と、白衣の男性の右眉が上がった。

「えぇっと、どくたー?」

「おっと、失礼。
 ジェイル・スカリエッティだ。ドクターと呼んで貰えると嬉しいかな」

わかりました。と頷くあゆに、「それで」とスカリエッティ。

「僕を逮捕しに来たのかい?」

「いいえ」と、あゆは即答。あらかじめ聞かされていたセインと、推測していたらしいスカリエッティは驚かない。そのつもりなら、単独で乗り込んできたりなどしないだろう。

「どくたーに、いくつか、しつもんがあるのです」

ふむ。と、スカリエッティ。

「ちょうど休憩を取ろうかと思っていた頃合だ。
 ティータイムの間くらいなら、付き合ってもいいだろう」

「ありがとう、なのです」


**


通されたのは、研究室と思しき先ほどの部屋からさほど離れてない一室。蹴倒されたであろう椅子の様子に、トーレともう1人の戦闘機人はここに居たのではないかとあゆは推測する。


指し示されたソファに座ると、対面にスカリエッティが腰を下ろす。トーレはあゆの背後に、セインがスカリエッティの背後に立つ。もう1人の戦闘機人――喉元にXとあったので、あゆは仮称テンスとしておいた――はドアの間際だ。

ウーノが出してくれたお茶を、あゆはためらいなくすすった。

それで?と促されて、カップを置く。

「それでは、たんとうちょくにゅうに。
 どくたーは、なんのために【せんとうきじん】や【せんとうきかい】をつくっておられるのですか?」

顎に湯気を当てるようにしてその香りを愉しんでいたスカリエッティが、カップを下ろす。

先ほどの言葉どおりなら、あのカップの中身が無くなった時がタイムアップだろう。それを置いたということは、あゆの質問に興味を覚えたということか。

「僕はね、生命の可能性に挑戦したいのさ。
 より強く、より輝かせる。その研究の成果が戦闘機人なんだよ」

「おっと」質問を重ねようとするあゆを手振りで制して、「あの鉄屑は別だよ」とスカリエッティ。

「あれは僕の作品達がより輝くために、デコイとして使うガラクタさ」

「【あんち まぎりんく ふぃーるど】と、その えいきょうかで こうしできるまほうも、そのせいかなのですか?」

ん?とスカリエッティが茶を一口啜った。

「AMFは発掘した技術でね。
 ISは、もう少し発現形質を制御できるようになりたいかな」

幸い、カップの中身はさほど減ってない。

考えてみればAMFは戦闘機械の機能だった。スカリエッティにとっては、くだらない話題だっただろう。

【IS】【発現形質の制御不完全】と心のメモを取って、あゆは斬り込むことを決意する。説明もなくISという単語を使ったところにあゆは、スカリエッティの性向を見た。素人に喜んで解説するタイプではない。門外漢に踏み込まれていい顔をするタイプではないと。気難しい職人か、はたまた孤高を気取る芸術家か。ここで「ISとはなにか?」などと質問したら、まず間違いなく茶を飲み干すだろう。

ならば、カップの中身があるうちに突き進まなければ。

「せいめいの かのうせいを ぐげんかさせた【せんとうきじん】に ひとをころさせることは、むじゅんではないですか?」

「いやいや待ってくれたまえよ」

意外なことに、スカリエッティはカップに手をつけなかった。

「あれは一種の事故だよ。まさかAMFがあれほどまでに効果的だとは、予想外だったのだから。
 なぁ、トーレ?」

「……はい。
   まさか、一切防御できない者まで出るとは……」

あゆは、あえて振り向かなかった。見るべきは、スカリエッティの表情だ。

「ころすつもりでは、なかったと?」

「もちろんだとも。
 ドローンどもの兵装に非殺傷設定なんて便利なものはないし、防御魔法を抜けてまで足止めできるほどの威力もないしね。
 現にそちらの死亡者はドローンによるもので、私のこころざしを知っている娘たちによるものでは、ないだろう?」

それが結果論に過ぎないことは、あゆには先刻承知だろう。脅威度の高い相手に、実力者が立ち向かった結果なのだから。

「ふこうな じこ、だと?」

「まさしくね。僕としても残念な結果だよ。
 君の言うとおり、大変な矛盾だからね。
 生命の探求者が、いたずらに血を流すだなんてことは」

それが本音かどうか、あゆにはとうとう見破れなかった。しかし、少なくとも建前として持ち出すだけの常識はあるようだ。それはつまり「すすんで殺そうとはしていない」との言質をとったことにもなる。

それに、カップに手をつけてない。不本意かもしれないが、不機嫌ではなさそうだ。

もしかしたら、人を殺すことにためらいを覚えなかった自分より、よほどまともな人間かもしれない。などとあゆは結論付けた。


    「……ゆるしてほしいとは、もうしません」

脳裏の片隅でちらついていた2人の遺影に、あゆは密かに謝罪する。あゆではスカリエッティを断罪できないことを、断罪しようとする意思を保てないことを。

「そうですか」

「僕にも研究者としての矜持という物がある。
 ただ殺すなんて結果は、とても容認できないよ」

それが本音か。

ならば、研究者としてのスカリエッティは信用できるかもしれないと、あゆは覚悟を決めた。

「では、さいごに おねがいがあるのですが。どくたー」

なにかね?と組んだ足の、膝を抱えるようにしてスカリエッティ。

少なくとも、聞いてもらえる程度には機嫌を保てたようだ。


「わたしを、【せんとうきじん】にしてほしい。なのです」



[14611] #67-4 八神あゆのある1日(後編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:36

――【 新暦67年/地球暦8月 】――



「理由を訊いても、いいかね?」

興味を持ったらしいスカリエッティが、組んでいた足を解いて重心を前に。

「わたしはこれでも、けんきゅうしゃの はしくれです。
 めのまえに すばらしいけんきゅうのせいか、みごとなぎじゅつがあれば、それをしりたい、てにしてみたいと、つきうごかされてしまう」

それは嘘ではない。

人工リンカーコアの研究を進めるにあたっては、魔法工学に関わらず広汎な知識を必要とする。なにしろ、あゆの目標は人工リンカーコアを作ることではなく、量産させることなのだから。

その過程で身につけた色々な知識が意外なところで融合変化を起こし進化する様を、あゆは面白いと感じられるようになってきていた。

「いま、わたしのめのまえに、せいめいの かのうせいをぐげんかした【せんとうきじん】がいます」

あゆの視線は、スカリエッティの背後に控えるウーノとセインに。

「これほどのけんきゅうせいかを めのまえにして、それが じぶんのせんもんではないというりゆうだけで しりたくないというのなら、それは けんきゅうしゃでは ないのです」

ふむ。とスカリエッティ。まんざらでもないのか、あごをなでている。

「僕も研究者だからね。君の気持ちはよく解かるよ。
 しかし、では君の願いが「知りたい」ではなくて「なりたい」なのは何故かね?」


あゆは視線を伏せた。伏せて見せた。

「こうして めのまえにいるというのに、わたしは【せんとうきじん】がどういうげんりで うごいているのか、どうやってなりたっているのか、すいそくもできません」

じっと、お茶の水面を見る。そこに何かを見出しているかのように、眉をしかめてみせる。

「もちろん、わたしが もんがいかんということもあります。
 ……でも、いちりゅうのけんきゅうしゃというものは、ほんもののてんさいというものは、じゃんるのかきねなど、きづきもしないうちに またぎこしているものなのです」

上目遣いにスカリエッティを見たあゆは、すぐに視線を戻す。「……でも、わたしは……」と、最後まで言いきらない。

……

黙り込んでしまったあゆを、意外なことにスカリエッティが辛抱強く待っていた。それどころか、「茶が冷めてしまったようだ。ウーノ、頼むよ」と淹れなおさせている。


「どうぞ」

目の前のカップが交換されて初めて気付いたとでもいうように、あゆが顔を上げた。

「もうしわけありません。きちょうなおじかんを さいていただいているのに」

「いやいや、自分の力不足を嘆く気持ちは僕にもよく解かるよ。
 自慢の娘だったのに、ストライカー級とはいえAMF下の魔導師と相討ちだった、なんて聞くとね。
 もっと、してやれることがあったんじゃないかって考えてしまう」

背後で身動ぎする気配。クイントを圧倒したとはいえ終始1対1の状況に持ち込まれ、トーレに戦果はない。仲間を助けにもいけず逃げ出すしかなかった彼女に、今の言葉は少しきつかったのだろう。

「それはそれとして、なぜ戦闘機人になりたいか、その理由だよ」

そうでした。と、あゆ。

「みただけでは けんとうもつかない。おしえをこえる あいてもいない。
 ならば、このみをささげてみるしかないのです。
 たとえ 3りゅうけんきゅうしゃのわたしでも、じぶんじしんが【せんとうきじん】となってしまえば わかることがあるはずです。
 もしわからなくても、けんきゅうざいりょうはじぶんじしん、なのです」

その薄い胸に手を当てて、スカリエッティを見据える目は真剣そのもの。に見える。

「戦闘機人を知りたいから、戦闘機人になる。と?」

はい。と即答。

「そこまでしなくとも、教えてくれと頼んでみればいいのではないかね?」

言われたあゆは、きょとんと。した振り。

「みずからは なにもどりょくせず、りかいする さいのうもなく、ていきょうできる たいかももたない。
 そんなあいてに、おしえてくださると?」

ふむ。とスカリエッティは腕を組む。

「この からだを【せんとうきじん】にしてもらうのなら、すくなくとも りんしょうれいを ひとつ、どくたーにごていきょう できるのです」

「なるほど、僕にもメリットがあるという訳だ」

ぱちんと右手で額を叩いたスカリエッティは、その勢いのままソファに上半身を預けた。はははと愉快そうに笑いながら天井、いや背後の壁を見上げている。

「ドクターが笑ってる……」

セインとて、スカリエッティが笑ったところを見たことがないわけはないだろう。しかし、こうも無邪気な笑いはどうであったか。

ははははと続いていた笑い声がぴたりと治まると、無脊椎動物めいた仕種でスカリエッティが起き上がる。

「そこまで言うのなら、してあげようではないか。戦闘機人にね」

自分を見下ろしてくるスカリエッティの目に、あゆは狂気と愉悦の渦を見たように感じた。



***



セインに送られてきたあゆは今、地上本部の執務室で1人であった。

あの後、各種検査を受けたのだが、残念なことにあゆには戦闘機人の素体としての適性はなかったのだ。

スカリエッティ曰く「適合する可能性はないとは思っていたよ」である。

以前にクイントから話を聞いていたから、人工臓器を受け容れやすくするために遺伝子レベルから調整を行ったりすることは知っていた。だがそれが必ずしもあゆの身体が人工臓器を受け入れられないということを示すわけではないし、スカリエッティの技術に期待したところもある。

  「今のところ、無調整の素体から戦闘機人化に成功した例は聞かないかな。
   もちろん、僕もね。まだまだだよ」

それに、結果に対する反応を見ることで、スカリエッティと言う人物をより見極められただろう。


「じみちに、つよくなるしか、ないのですね」

あゆが戦闘機人になりたかったのは、ゼスト隊の壊滅から判るとおり、AMF下で相対するには危険すぎる相手だからだ。

将来はやてが入局した時には、戦闘機人の数も増え、質も向上しているだろう。それまでにその能力を分析し、対抗手段を構築しておきたかった。


もうひとつには、純粋に強くなりたかったのだ。

はやては、入局する時には危険な任務の多い部署を希望している。そのほうが早く出世できるし、保護観察処分を短くできるだろう。

ただのデバイスマイスターでは、いざという時にはやてを守れない。魔力ランクC、レアスキルのおかげでかろうじて魔導師ランクがシングルAの自分では、オーバーSランクと目されているはやてを守れるわけがない。

だが、そこに戦闘機人の能力が加わればどうか?特に、AMF下で戦闘機人を相手にするときには。


せっかく「脳改造前に逃げ出せた」なんていう言い訳を考えていたのに、使えなくて残念なあゆである。


ただ、あゆの目論みはそれだけではなかった。

あゆは、戦闘機人のような存在を大々的に運用するのは、かなり巨大な組織だと思っていた。だからその組織の目的や規模によっては人工リンカーコア込みで売り込んで、管理局や聖王教会を滅ぼせないかと企んでいたのだ。はやてに貸しのあるこれらの組織を叩き潰してしまえば、はやては返済を踏み倒すことができる。

だが残念なことに、スカリエッティ一味は予想以上にこじんまりとした組織であった。――セインに運ばれていた時間から、あゆはラボの位置をクラナガン郊外と推測している。たとえスカリエッティが大組織の一部だとしても、その研究開発部門を地上本部のお膝元、聖王教会の目前に置いたりはしないだろう――ならば、戦いは数である。AMFと戦闘機人の組み合わせがいかに魔導師殺しであろうとも、あの規模では管理局は打ち破れまい。


**


「ざんねん。なのです」

「ご期待に添えなくて、申し訳ないね」

戦闘機人になれず――さらには利用できる組織とも巡り会えずに――落ち込むあゆを慰めたのは、意外なことにスカリエッティであった。

なにやら上機嫌な様子で、大きなケースを取り出している。

確かにあゆは戦闘機人の素体としての適性を持たなかったが、その身体データはスカリエッティの興味をそそるに充分だったのだ。

暗殺者として養成するための各種の処置、薬品投与を行われたあゆの体は、その基本理念や方法論こそ違えど一種の戦闘機人である。特に薬品による記憶や感情の操作、統制、固定化は、人間味を排除した戦闘機人を設計中だったスカリエッティのインスピレーションをいたく刺激したらしい。

そして、なによりあゆのレアスキル、魔力支配である。その能力に興味を示したスカリエッティは、「いい物を見せてあげよう。君の身体データへの礼代わり。いや、その解析結果はぜひ僕も聞きたいしね」と赤い角柱様の結晶体を見せてくれたのだ。


「【レリック】。戦闘機人のエネルギー源だよ」

あゆは、一目見てそれがジュエルシードと似たような目的のために作られた代物だと判った。

ざっと見た感じでは、ジュエルシードとは異なる4層構造。その中心部に秘密があるはずと凝視したあゆは、しかし、なにも視えなくて狼狽する。何もないのではなく、何も視えないのだ。

あの蠱毒房最後の日以来あゆとともにあった能力が、消え失せてしまったのだろうか?魔導師ランクシングルAですら、なくなってしまったのだろうか?自分を支える大地ごと見失ったか、あゆが平衡を損なう。

「ちょ、大丈夫?」

支えてくれたのはセインだった。

「……はい。ありがとう。なのです」

抱き起こしてもらったあゆは、周囲に浮かぶ魔力素の光を目にして平静を取り戻す。どうやら、能力を失ったわけではないようだ。

「なにが見えたのかね?」

「はい……」

言えるわけがない。見えなかったなどと。

「あの、どくたー?」

「なんだい?」

単なる時間稼ぎのつもりだった。だが、そのとき目に入ったのはスカリエッティの傍に控えるウーノ。そしてトーレ。

「ひかくしてみたいので、かどうちゅうのものがあれば みせていただきたいのですが」

「ふむ。セイン、動力炉に案内して差し上げなさい」

「はいは~い♪」

ウーノが止める暇もあらばこそ、あゆを抱え上げたセインは飛び板上の高飛込み選手のようにぴょんと跳ねた。

「いっきま~す」

3階層分ほども落ちただろうか?コマ落しの映像を見るように、いくつかの施設と一瞬の闇を繰り返して、目の前に【レリック】。ガラスシリンダーに蔽われ、巨大な装置の一部となっている。

「と~ちゃく~♪
 最下層、動力炉で~す♪
 お降りのお客様は~足元にご注~意ください♪」

セインの腕の中から降りたあゆが、ガラスシリンダーにへばりついた。

やはり、【レリック】の中枢部は見えない。しかし、あゆはまばたきすら忘れて睨みつける。この施設全てをこれ1個で賄っているなら、相当なエネルギーを放出しているはず。きっと何らかの動きを見せるはずだ。


「セイン、部外者をそう易々と重要区画に連れてくるな」

「あ、トーレ姉。だってドクターがそうしろって」

「ドクターはあのとおりのお方だから、我々が気をつけねばならぬのだろうが」

じゃあ。とセインがあゆを指差す。

「引っぺがして、連れて帰る?」

「いや、したいなら監視は許可する。だそうでな。
 お前では心許ないから私も来たのだ」

「ひどいなぁ」




ゴンと、音がした。

「うっわ!……痛くないのかなぁ」

【レリック】の内部に動きがあったのだ。思わず身動ぎしたあゆは、自分がガラスシリンダーにおでこをぶつけたことに気付いてない。

いま、第3層の魔力素が1個、不可視領域の中に消えた。その直後に第2層の各種回路が稼働しだす。ぱちぱちと連鎖して輝きを変えていくその様は、観客席のウェーブのよう。

光の脈動が【レリック】第2層を半周すると、潮が退くように回路が閉じていく。

するとまたひとつ、魔力素が不可視領域の中へと消えた。

「しゅつりょくけいは、どちらですか?」

そっち。とセインが指差した計器の位置を確認したあゆは、自分のおでこが真っ赤になっていることを知らないだろう。

ひとつ、またひとつと魔力素が消える度に、あゆの視線が【レリック】と計器を往復する。間違いない。魔力素が不可視領域に送り込まれるたびにエネルギーが発生している。


「……」

あゆは、それを見たことがない。だが、その存在は聞かされていて、その性質も知っていた。


**


「どうだい?何か判ったかな?」

「はい」

セインは惜しげもなくその能力を発揮して、あゆを元の階層に連れ戻してくれた。謝意を述べて、その腕の中から降りる。

「【れりっく】のなかにあるのは【じげんだんそう】。
 とりだしているのは【きょすうくうかん】の【はんまりょくそ】、なのですね?」

「そのとおり!」

出来のいい生徒を見るような目で、スカリエッティがぽんぽんと手を叩く。

「どうりょくろの【れりっく】は、とりだした【はんまりょくそ】を【まりょくそ】と はんのうさせ、【ついしょうめつ】をおこして えねるぎーにかえている。
 ぐたいてきには【でんきえねるぎー】に かえていたようでしたが?」

「まさしく!
 羨ましい能力だね。こんな短時間でそこまで見抜くとは」

わからないのは。と、あゆは眉根を寄せた。

「どうりょくろの【れりっく】は、その ないほうするかいろの1わりもつかってないようでした。
 せいんさんたちの のうりょくや えねるぎーも【れりっく】にゆらいするとしても、まだまだ みかどうぶぶんがあるでしょう」

ふむふむ。とスカリエッティは愉しそうだ。「それはつまり」と水まで向けてくる。

「【はんまりょくそ】をもちいた あらゆるぎじゅつを、ただひとつで じつげんする。
 それが【れりっく】なのでは?」

「すばらしい!
 いやいや、確かに凄い能力だが、そこからここまで洞察する。
 なかなかの研究者振りじゃないか」

あゆは敢えて口にしなかった。おそらく【レリック】は反魔力素を用いた反魔法をこの次元世界上で実現しうる能力を所持しているだろうことを。それらを一部なりと実用化したのが、戦闘機人たちのISであろうと。

それに、対消滅でエネルギーを得られるということは、そのエネルギーから魔力素を生成することも可能であることを指し示している。つまり、それを操って通常の魔法をも使い得るということだ。人工リンカーコアとは別のアプローチで、一般人を魔導師にすることができるかもしれない。

そして、虚数空間に繋がった【レリック】は非常に危険な存在で、間違って反魔力素を1個洩らすだけで大惨事になるだろうことを。

それらは、スカリエッティが知っているか、知らせるべきでないか、言うまでもないか、のいずれかに該当するだろう。いずれにせよ、口にする価値はない。

「出来るなら君に【レリック】を預けて、僕の代わりに研究してもらいたいよ。
 時間が取れなくてね。そこまでは手が回らないんだ」

あゆはその提案をやんわりと辞退した。確かに魅力的な提案だが、罠の可能性が高すぎる。欲を見せたとたんにトーレにばっさり斬られかねない。

それに、次元断層を維持し続ける【レリック】は危険すぎる。虚数空間と繋がっているということは、この次元世界に充満する魔力素と等量の反魔力素が流れ込んでくる可能性だってあろう。すなわち、この次元世界そのものが対消滅で消え去ってしまいかねない。

さすがにそんなものを、おいそれと手元に置いておきたくなかった。


「残念だが仕方ない。
 でも、ときおり君の意見やその能力の力は借りたいかな。
 どうだろう、お互いへの連絡手段を維持しておくのは?」

「こうえいです。どくたー」

あゆとしても、願ったりだ。研究者としてのスカリエッティには一目置いているし、動向をつかめれば対策も立てやすくなる。

教えてもらったのは、戦闘機人への念話の方法であった。各人の専用回線への、発信専用のみ。スクランブルコード付きだ。「受信用は教えられないよ」とスカリエッティ。

スカリエッティ側から連絡をとる場合は、セインでも寄越すつもりなのだろう。


**


そうして早速セインに送ってもらって今、本部の執務室であった。

あゆは端末を開き、猛烈な勢いでタイピングしている。スカリエッティのラボで見た【レリック】。なかでも不可視領域間際の魔力素の構成を、忘れないうちにできるだけ。

次元断層を保持し虚数空間すら押し込めるあの第3層の組成を調べれば、人工リンカーコアの研究は飛躍的に進むだろう。

さらには戦闘機人対策、AMF対策である。根本的な対策は難しいから対症療法的にならざるをえないが、しないわけにはいくまい。

もっと時間が、なにより開発力が欲しい。と切に思うあゆであった。




****




八神宅2階の奥、通称 転送部屋に帰ってきたあゆを待ち構えていたのは、はやてである。

「おねぇちゃん?」

はやてのリハビリは進んでいた。今も両手用の木製の松葉杖ではなく、片手用のアルミ製の松葉杖を突いている。

「いま何時やと思ぉとん?」

「えぇ……と」

見渡すが、この部屋に時計はない。カーテンの隙間から差し込むのは、街燈の明かりのみ。

「夏休みで素行を悪ぅして不良になる言うんは、ホンマの話なんやな」

あぶなげなく松葉杖に体重を預けながら、はやてが一歩二歩。

「小学2年生で午前様やなんて、悪いコぉや」

あゆの目前まで来たはやてが、こつんとあゆのひたいを小突いた。

……

痛かったわけではない。

叱られて悲しかったわけでも、ましてや怖いなんてありえない。

けれど、はやての顔を見てから湧き上がりだしたものがあふれて仕方ないのだ。

「ちょ、あゆ」

とまどうはやてに抱きつき、あゆは嗚咽を噛み殺した。


今日あゆは、違法な戦闘機人を作っている犯罪者の研究室に単身で乗り込んだのだ。クイントを圧倒するほどの実力者を含め、戦闘機人4体のただなかに、丸腰で。

怖くなどなかった。むしろ愉しかったといっていい。とっさの判断で飛び込んだことそのものは、後悔していない。


けれど、もしかしたら二度とはやてに会えなかったかもしれないのだ。今、ようやくそのことを実感した。




一方、はやては困惑である。

なぜこの子は人が叱ろうとすると、逆に慰めなくてはならないのだろうか?と。しかし、その頭をなでる手は優しい。

判別不能な嗚咽から辛抱強く「ごめんなさい」を掬い上げ、「もうええ、ええんやで」と目を眇めるはやてであった。



[14611] #67-4.5 ターニング・ポイント
Name: dragonfly◆23bee39b ID:967ac590
Date: 2010/07/30 09:47
――【 新暦67年/地球暦11月 】――



多重次元転送をピンポイントで決め、湖水色の魔法陣がリビングを照らした。

やがて現れたのは、時空管理局の制服をまとった女性の姿。まばゆく後背を飾る2対4肢の翅と、ビンディめいた額の魔導紋、ポニーテールにまとめられた木賊色の頭髪が特徴的なリンディ・ハラオウン総務統括官である。


魔法陣を畳んだリンディが「あら?」と眉を上げた。双子の使い魔が待ち構えていると思っていたのだろう。

「アリアとロッテなら、外だよ。
 君が来ると知って、敵意をむき出しにするのでね」

なるほど、扉と窓の向こう側に気配を感じる。総務統括官が犯罪者の逮捕などに出向いたりしないことは百も承知だろうに殺気充分で、困ったことだ。

管理局職員としてロストロギア関連情報の隠匿は重罪だが【闇の書葬送事件】の真相が隠蔽された関係で、表立ってグレアムは告発されてない。司法取引もある管理局法上では、引責辞任で充分量刑に値する。

それにリンディは、グレアムが秘密裏に、可能な限り独力でコトを済まそうとした理由に心当たりがあった。公的にも私的にも、グレアムをどうこうする気などない。

「ご無沙汰しております」

魔力翅を仕舞ったリンディが、苦笑の成分をいくぶんか含ませて腰を折る。

「ああ、2年ぶりになるかね」

ティーポットに熱湯を落としたギル・グレアムは振り返らない。後ろ手にソファを指し示し、取り出した懐中時計で蒸らし時間を確認している。

「一応、確認しておくべきだと思うのだがね?」

ティーセットを載せたトレィを手にして、グレアムが応接セットまで。

はい。と微笑んだリンディがソファに腰掛けた。

「そろそろ私も、清濁併せ呑む度量が必要かと思いまして」


**


とっておきのアーリーフラッシュで喉を潤したグレアムの向かい側で、受け取ったデータチップの中身をリンディが空間モニターに投影している。

「やはり、一番上……ですか」

映し出されているのはグレアムが知る限りの、管理局の闇だ。裏取引や違法研究、さらには辿れる限りのその命令系統など。

「【闇の書】のあるじを覚醒前に確保できるとなったら、それをどう悪用するか判ったものではない。
 ですよね?」

リンディの確認めいた疑問に、グレアムは応えない。

それがどんな理由であれ、1人の少女の未来を奪おうとした。そのことに変わりはないのだ。

リンディも敢えて追求しない。山盛り2杯の砂糖を投入し、早摘みの香りを甘くするのみ。


「しかし、本気かね」

リンディが立ち上げたフォルダを見て、グレアムが口を開いた。

「はい。
 【人工リンカーコア】が現実味を帯びてきて、管理局は変わりつつあります。
 これを機に、出せる膿は出し切ってしまうべきです」

「それは理解できるがね」

グレアムが問題にしているのは、そこではない。

「出す前に、すこしは役に立って貰おうと思いまして」

今リンディが見ているのは、管理局高官のスキャンダル。人に言えない嗜好や犯罪の証拠といった裏情報だ。ゆすりたかりのネタはもちろん、社会的に抹殺するに充分なレベルで。


リンディが言うとおり、管理局は変わりつつある。いい意味でも、悪い意味でも。

いい意味では、違法研究から手を引き始めているらしいこと。

悪い意味では、性急になりつつあること。

人工リンカーコアの実現性が見えてきて、管理局上層部はその完成を急かしだした。量産を見越した施策を乱発して人事異動を強行したり、研究者をフルタイム勤務にするようロウランに圧力をかけてきたりするのだ。

それらを押しとどめ、さらには各種の譲歩を引き出すために、リンディは覚悟を決めたらしい。

膿を逆用する。云わば、種痘の施行を。


「止めても、聞くまいな。君は」

まったく、似た者夫婦で困ったものだ。と、これは口に出さず。かつての部下の面影をしのぶのみ。

順当に行けば自分が先に逝く。その時に併せてクライドに謝っておこう。と瞑目したグレアムに、リンディは返す言葉を持たない。


**


「それにしても、たった一人の少女、そのレアスキルでこうまで事態が変化するとは」

飲み干したアーリーフラッシュとは対照的に、グレアムの嘆息は深い。
凍結封印が完璧でないことは判りきっていたことだ。対策ができるようになるまでの時間稼ぎに過ぎなかった。

「私はいったい何をしてたのだろうかね」

おおまかなコトの経緯を聞いただけで引退を決意してしまったグレアムは、【闇の書葬送事件】詳細を知らない。

「偶然に偶然が重なった結果ですわ」

ティーカップを手にしたリンディが、唇を湿らせた。

「瀕死でレアスキルに目覚めなければ、
 暗殺者育成に5年間耐えられなければ、
 自爆テロに使われていたら、
 その組織が月村家と敵対していなければ、
 襲撃時に逃げ延びていなければ、
 力尽きたのが八神邸でなければ、
 レアスキルがヴォルケンリッターの顕現を早めなければ、
 ジュエルシードがばら撒かれなければ、
 プレシア・テスタロッサがそれを狙ってこなければ、
 【闇の書】を解析しようとしなければ、
 どれかひとつでも欠ければ実現しなかったでしょう」

指折り数えるように、リンディ。
わざわざ挙げないが、グレアムの休暇に合わせて行っていたという年2回の定期監視と重ならず、グレアムが何らかの手を打てなかったことも重要な要素である。

「奇跡と言っていい偶然です。
 そんなことを期待していたと仰るなら、それこそ失望いたします」

それこそ小さい子供を叱るかのように眉をしかめられては、降参するしかない。自嘲にゆがめていた口元を苦笑で引き結んで、グレアムの肩から少し力が抜けた。

「どれほどの偶然が重なったのか、ご自身の目でご確認ください」と差し出されたのは、グレアムが渡したものと同規格のメモリーチップ。清濁併せ呑むとの宣言を、さっそく実行する気か。

「いいのかね?」

「コピー不可の、自律消却データですから」

1度しか再生閲覧できない揮発性データで記録されているのは、【闇の書葬送事件】の詳細である。

それを見るか見ないかはグレアムが判断することだが、いずれにせよ苦しむことだろう。

だが、その苦しみこそがグレアムを救うと、リンディは理解していた。

逮捕された逃亡者が却って安堵することがあると、罰を与えられた方が救われることもあると、優しい総務統括官は知っているのだから。








……ちなみに、データ閲覧終了時「なお、このデータは再生後、自動的に消滅する」などとアナウンスされて、双子姉妹を無駄に慌てさせたのは全くの余談である。




                                 おわり


引き続き、あゆの知らない舞台裏話。
クロノがプロジェクトFを追っていた頃、リンディは何をしていたか。ということで対比的に構築してみました。



[14611] #67-5 管理局は危険がいっぱいなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/03/16 05:49

――【 新暦67年/地球暦9月 】――



半ば解体された戦闘機械たちが、所狭しとひしめいていた。ゼスト隊が戦闘機人プラントを強制捜査したときに押収された、カプセル型と多脚型の戦闘機械たちである。

あゆが訪れているのは、地上本部の研究施設。廊下から、高密度ガラス越しでの見学だ。ガラスの位置が高くて、あゆの背丈では見えづらくて困る。

「ありがとう、なのです」

「どういたしまして」

魔法も使用禁止なのでぴょんぴょん跳びはねながら見ていたら、付き添いの――監視とも言う――武装局員が抱きあげてくれたのだ。

せめて取っ掛かりがあれば、懸垂の要領で覗いたのだが。


これだけ沢山あるのだから、1体くらい本局に回してくれれば面倒がないのにと、あゆは嘆息する。本局所属のあゆが地上本部で何かしようとすると、なにかと手続が大変なのだ。

これで、もしレジアスが便宜を図ってくれてなかったらと思うと、溜息の数が増えるあゆであった。


進んだ先の一室で、カプセル型の戦闘機械が浮遊していた。なんでもあれはイオノクラフトだそうで、魔法ではないらしい。魔法だけでもとんでもないのに、このうえ科学技術すら地球のはるか先を行っていると知って、そこはかとない無力感を覚えたあゆである。


目の前で、戦闘機械が展開するAMFに対して、射撃魔法が打ち込まれだした。見学の許可が下りたとき、この実験のある日を選ばせて貰ったのだ。

「ああ、なるほど。なのです」

あゆの目には、AMFの表面で、その構成魔力素を切り刻まれていく魔法弾の状態が良く見えた。AMFは一種の魔法力場で、その範囲内での特定種類以外の魔力結合を許さない。方法は若干違うが、それはあゆのレアスキルによる防御効果によく似ている。

AMFがあくまで魔法であるならば、あゆならそのレアスキルによって阻害できるだろう。もっとも、その強度はAAAランクの魔法に相当するそうで、あゆではその濃度を何割か減衰させるのが関の山だろうが。

ともかくも、射撃魔法がAMFに及ぼす効果、AMFによって魔法弾が切り刻まれていく様子を見逃すまいと高密度ガラスにかぶりつくあゆであった。




****

――【 新暦67年/地球暦10月 】――



『お役に立てなくて、ごめんなさいね』

「いいえ。こちらこそ、もうしわけありませんでした」

閉じた空間モニター。通信の相手は、直接の上司にあたるレティ・ロウラン提督であった。

以前却下された【レリック】に関する資料の閲覧許可を、ダメモトで再度申請してもらっていたのだ。

結果はご覧のとおり、である。

2回目とあって、今度は直々に最高評議会とやらから通告されたらしい。ロウラン提督には悪いことをしたと、あゆは心の中で頭を下げた。


「……」

危険な代物だからと言う理由で却下された閲覧申請をいま一度行ったのには、わけがある。

【思考捜査】というレアスキルとその行使者の存在を、つい最近あゆが知ったからだ。

戦闘機人たちの取調べがまったく捗ってないことに、あゆはそこはかとない違和感を覚えていた。戦闘機人とて人であるのだ。吐かせる手段などいくらでも――魔法も科学も発達したミッドチルダなら特に――あるだろうに、日がな行われているのは悠長にも口頭の尋問だけらしい。そこへ持ってきて、件のレアスキルである。本気で尋問する気があるのなら、とっくに招聘されてしかるべきだろう。

そこであゆが思い至ったのが、管理局とスカリエッティ一味がグルではないか?ということである。例えば、テロを自演して軍備を増強する国家のように、対応困難な犯罪を印象付けることで管理局の存在意義を維持しようとしているのではないかと考えたのだ。

そうして、管理局、スカリエッティ、戦闘機人などと関連する事柄を並べていって、思い当たったのが【レリック】である。

その資料の閲覧許可が下りないのは、本当にそれが危険だからだけだろうかと、あゆは疑ってしまったのだ。ユーノ曰く「探せばどんなことでもちゃんと出てくる」無限書庫の資料で【レリック】を調べたら、知ってはならないことが出てきたりするからではないだろうか?例えば、スカリエッティの名前とか。

ならば、この件について管理局の相当上の部分が関わっているはずとして、あゆは再度申請してみたのである。前回は、いったい誰が却下したのか、などということを気にしてなかったのだ。

「さいこうひょうぎかい。なのですか」

管理局のトップである。予測できなかったわけではないが、流石に気が重い。

あゆは、つい勢いで一線を越えてしまっている。強くなりたい一心で、スカリエッティと接触してしまった。上手く渡り歩かないと、童話のコウモリのごとく身の破滅を招くだろう。

スカリエッティのラボに乗り込んでいったことを、あゆは後悔していない。けれど、自分で自分の体を抱きしめながら少し、反省するのであった。




****

――【 新暦67年/地球暦11月 】――



「おかぁさん?」

はぁい♪と指先をひらひらと振って応えたのはリンディ・ハラオウンその人である。

児童を迎えに来た父兄や使用人に混じって、私立聖祥大学付属小学校の門前で待っていたらしいのだ。あゆの語尾が上がったのも無理からぬことか。
今日は小遣いの支給日ではないし、そうであったにせよ、こんなところで時間を費やせるような暇な人ではないのだから。

「一緒にお茶する時間が、もう少しあってもいいでしょう?」

そう言って掲げた紙箱は、横に長い。

MASTERドーナッツは、香港資本のチェーン店である。バイトの採用にまで総支配人が直々に面接を行う独特の雇用基準を持ち、その人揃え――品揃えではなく――には定評がある。

例えば中丘店の店長はさえない学者にしか見えないのに元SASの精鋭であったというし、藤見店のバイトは空中殺法を得意とするストリートファイターだ。桜台店の店長はセクハラ美少女で、ゴーレムと渾名のある副店長はその被害者である。風芽丘店の店長はOパーツとやらを求めてたまに旅に出るし、そこのバイトにはアイドルレベルの美少女が9人も居た。


「それに、制服姿を一度見たかったですし」

促すように歩き出したリンディの、口元に微笑み。

あゆは今日、本局に直行するつもりだっただろう。はやての帰宅が遅い日などは、大抵そうしていた。

しかし、甘くて香ばしい匂いにふらふらとついていってしまう。

これがホントの、あゆ追従である(嘘)




****

――【 新暦67年/地球暦12月 】――




シャマルと一緒に帰ろうと、医務局に向かう途中である。

「あ、あゆちゃん。丁度いいところに」

「まりえるさん」

特殊遮蔽区画のゲートで行き合わせたのは、特遮二課の管掌責任者でもあるマリエル・アテンザ第四技術部主任であった。

「マリーって呼んでって言ってるじゃない」

「じょうしを あいしょうでよぶのは、どうかとおもうのですが」

レジアスは呼び捨てにしていたくせに、ヘンなところでお堅いあゆである。

ふぅん?と、その丸縁メガネを持ち上げたマリエルが、指先に魔法陣を展開して見せた。

「どうやら、あゆちゃんは、このデータが要らないみたいね」

行政上の上司がレティ・ロウランなら、業務上の上司は管掌役たるマリエルになる。そのため、あゆの権限では閲覧申請できない情報などは、一旦彼女の下に届くのだ。

「せっかく集めたデバイス関係の資料、あゆちゃんに届けに行く最中だったのになぁ」

つーぃ。と指先を高く掲げられると、あまり背の高くないマリエル相手とはいえ、あゆでは手が届かない。

「あゆちゃんはどうするのかな~?盗れるもんなら力づくでもいいのよぅ」

思わず、膝の裏を刈るとか、襟元掴むとか、目の前のみぞおちを打つといった、剣呑な方法を指折り数えそうになったあゆである。だがしかし、ここは子供らしく振舞うのが吉であろう。マリエルは、あゆの来歴を知らないのだし。

「ください、ください。
 でーた、くださいなのです」

ぴょんぴょんと跳ねて、その指先に跳びつこうとして見せた。一所懸命に跳ねてるように見せて、実際はほとんど跳ばないのがコツである。まさかあゆも、学校生活がこんなところで役に立つとは思わなかっただろう。おかげで子供らしい振る舞いの、参考例に困らない。

「おねがいです。
 まりぃさん。でーた、ください。なのです」

おやおやと、なんだかマリエルは残念そう。しかし魔法陣は下ろしてくれる。

「ありがとう、なのです」

魔法陣にS2Uで触れると、あっという間に複写を終えてその宝玉を明滅させた。

にっこりと、笑顔。

「それでは、しつれいします」

「はい、お疲れさまでした」

とことこと駆けていくあゆを、マリエルは見えなくなるまで見送る。


「かわいいなぁ、もう」

どうやら、あゆの跳びはねているさまを、もう少し愛でていたかったらしい。


**


「びぃーたおねぇちゃん」

本局航空隊は、航空武装隊と違って、必要に応じて派兵される航空魔導師の部隊である。

ヴィータの所属する第1321部隊は、出動がなければ本局待機であるから、本局で会ってもおかしくはない。

医務局でなければ、と但し書きをつければだが。

「おう、あゆか」

至るところに包帯を巻いたヴィータが、椅子に腰かけて足をぶらぶらとさせていた。今まさに、シャマルによる治癒魔法を受けている最中だ。

見かけに反して、意外に元気そうではある。

「なにごと、なのですか」

「ああ、それなんだけどな」

ヴィータの説明を要約すると、演習からの帰投中に襲撃を受けたらしい。あゆが気にかかったのは、その襲撃者である。

「はものをそうびした、せんとうきかい。なのですか?」

「ああ、こんなやつ」と見せてくれたのは、グラーフアイゼンに記録させていたらしい映像だ。あゆもシャマルも所属が違うので、本来なら服務規程違反だろう。あゆは気にしないし、シャマルは見て見ぬ振りをする。

「1年くれぇ前から時々魔導師が襲われてたみてぇなんだが、こんなに大規模な襲撃は初めてらしいな」

映像に映るのは、できそこないのキュウリにカマめいた手足を付けた戦闘機械。あゆの予想通り、ゼスト隊が戦った仮称アンノウンであった。

気になるのは、地上本部で付けられている仮称を、ヴィータが知らないらしいことだ。以前、戦闘機人プラント捜査の報告書を見せてもらったときに閲覧のみで持ち出し許可が出なかったのは、あゆが嘱託であるからだと思っていたが、こんな基本的な情報でさえ行き渡ってないとすると他に理由があるのかもしれない。

「わんさか出て来やがってよ。
 こいつがなかったら危なかったかもな」

ヴィータが取り出したのは、人工リンカーコアである。ジュエルシードから作り出したヤツだ。

「貰った時はヴォルケンリッターに、んなモン要らねぇと思ってたけど。
 考えてみれば、カートリッジシステムと同じだもんな。
 いざって言う時に頼りになったぜ、あんがとな」

「いえ、
 つかいこなした けっかなのですから、それは びぃーたおねぇちゃんのじつりょくなのです」

ジュエルシードから人工リンカーコアを作ることを提案し、それを皆に配ろうと言い出したのはあゆであった。ヴィータの言うとおり、ヴォルケンリッターはあまり乗り気ではなかったのだ。だが、この人工リンカーコアは魔力ランクにしてシングルA相当の魔力素収集、魔力蓄積能力を有する。しかも、その魔力を使ってもほとんど疲労しないし、体への負担もない。

「おににかなぼう、でしょうか?」と、あゆは、習ったばかりのことわざを思い出す。「でも、びぃーたおねぇちゃんには もう【ぐらーふあいぜん】がいますから、とらにつばさ、なのです」と、自己完結。

10個作られた人工リンカーコアのうち、6個をヴォルケンリッターとリィンフォースとあゆが、しばらく使う予定のない3個がゼスト隊に貸し出されている。残り1個は、闇の書葬送時のお礼代わりにプレシアに贈っていた。

管理局に知られると自分の値打ちが下がるので、クロノやリンディには渡さなかったことを、あゆは今では後悔している。

「それじゃあ、交換しておきましょうか」

「あっ、あんがと」

シャマルが、その懐から取り出した人工リンカーコアとヴィータのそれとを取り替えた。一度使い切ると回復するまで数日かかるから、こうしてバックアップ陣のそれと交換してしまうのだ。尤も、そう取り決めていただけで、実際に行ったのはこれが初めてであるが。

「しかし、持つべきは優秀なバックアップだよな。
 今回の編成でついてた医療班のヤツら、つっかえなくてさぁ、シャマルのありがたみを思い知らされたぜ」

「あらあら」

ヴィータがかなぐり捨てた包帯を、シャマルがせっせと回収している。あとは棄てるだけだろうに、きちんと丸めてしまうのが彼女らしさか。

さて。と椅子を降りたヴィータが、指の関節を鳴らしながらあゆに詰め寄ってくる。

「ところで、あゆ。
 だれが鬼だって?」

「あれ?わたし、くちにだしてましたか」

ええ。と、これはシャマル。

「アイゼン、お前ぇは金棒だってよ」

 ≪ Widerwille ≫ 

ヴォルケンリッターから古代ベルカ魔法も習っているあゆは、もちろん古代ベルカ語を理解できる。その口調からして「不本意です」と言ったところか。

「びぃーたおねぇちゃんは【くれないのてっき】ですから さしずめ、あかおにさん でしょうか?」

思わずヴィータから視線を逸らしたのはシャマルである。

しかし、あゆの口調には特に含みも、悪意もなかった。むしろ、素敵なことだと言わんばかりに、にっこり。

実は先日、授業の一環として【泣いた赤鬼】というお話を読んだのだ。故にあゆにとって赤鬼とは、力が強くて優しい者であった。

だが、不運なことに、ヴィータはその童話を読んだことがない。あゆの笑顔も、正反対の意味に見えたであろう。

「そうかいそうかい、調子を見たいんで模擬戦しときたかったんだが、お前ぇが相手してくれるってんだな。
 姉貴思いの妹をもって、あたいは幸せものだよ」

ゑ?と目を白黒させるあゆを引っ立てて、ヴィータが医務局を後にする。

ヴィータは、AAA+ランクの空戦魔導師だ。しかも、なんだかやる気満々で、手加減してくれそうな雰囲気がない。

「……あの、びぃーたおねぇちゃん?」

対して、必要がないからランク認定を受けていないが、あゆは陸戦シングルAランクあたりと見られている。

勝負になるはずもない。

「えっと、……あれ?」


学校で習ったばかりの【ドナドナ】を歌いたくなるのは、こんな時かと、引き摺られていきながらあゆは思うのであった。



[14611] #67-5.5[IF]それは不可思議な出会いなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:16f457bb
Date: 2010/06/24 12:35
――【 新暦67年/地球暦12月 】――




入る時には、指紋・掌紋・声紋・静脈認証・網膜照合・耳形判定・魔力計測・各種電磁波による透過解析、ID・パスワードなどと手続きのややこしい区画なのに、出る時は何のチェックもない。

もっとも、たとえ在ったところで、彼女の能力を以ってすれば入る時同様、息をするより簡単に騙しおおせてしまえるのだが。

それでも、あんな醜い連中と同じ空間から出られたという開放感でか、嘆息めいた深呼吸をひとつ、こぼした。

「……」

そんな管理局員姿のお姉さんを見つめていた瞳が、一対。


は!と気づいたドゥーエが見下ろす先に、幼児。

「何でこんなところに子供が」と内心動揺するドゥーエではあるが、そのISはまるで心や性格まで偽れるのだと云わんばかりに笑顔でしゃがみこんだ。

「お譲ちゃん、どうしたの?
 迷子さんかしら?」

「……」

地上本部には託児施設もあるし、事実、幼児はそこのスモックを着ていた。
ゆえに子供が居ることそのものは、ありえない話ではない。この区画周辺は知る人ぞ知る極秘の領域で、おいそれとは辿り着けないことを除いては、であるが。

だからドゥーエは、気を抜いてない。差し出した右手にピアッシングネイルを展開すれば、それだけで小さな心臓を串刺しにできるだろう。

「……」

しかしながら幼児が指差したのは床で、そこにはアリに良く似た昆虫――3対6肢の外骨格生物門というだけで、もちろん別物である――が1匹、宛てどなくさまよっていたのだ。

「……もしかして、これを追いかけてきたの?」

こくん。と頷いた幼児は、昆虫を追いかけてさらに奥へと進もうとする。

「ちょっと待って!そっちはダメ!」

慌てるあまりか語気が荒い。もしや、これが彼女本来の口調だろうか?

「怖いオジサンがいっぱいなんだから!」

思わず抱きしめるように引き止めたドゥーエを見上げる、悲しそうな瞳。

「……」

「……あ、うぅ……」

無言の圧力に視線を天井に逃がしたドゥーエだが、かくんと落ちるように溜息をついた。

「……あのコも一緒なら、いいでしょ?」

「……」

なにやら色々と懊悩して見せた幼児は、しかし自分を抱きとめる綺麗なお姉さんを見上げてなにやら決心したらしい。こくりと小さく頷く。

「いい?内緒だからね?誰にも言わないのよ?」と幼児に念を押したドゥーエが指先を床につけるやいなや、それまで迷走していた昆虫が触角を震わせ寄って来る。

ドゥーエが行使するライアーズ・マスクは、いかなる身体的特徴でも偽装し、あらゆる身体検査を欺くISだ。

当然、体臭を調香することも可能で、その延長線上でこうしてフェロモンを作り出し、限定的ながら昆虫などを操ることができた。

何が役に立つか判らないからと、スカリエッティのライブラリからそうしたデータまでもインストールしてくれた姉に感謝しながら、指先に這い登ってきた昆虫を肩の上に移す。

「……」

これでよし。と内心で自らの上首尾を褒めたドゥーエが、腕の中の幼児の熱い視線に気付いたのはその直後である。

「……」

お天道様の下を歩けないような役割を担ってきた戦闘機人にとって、無垢でまっすぐな憧憬の眼差しはあまりに眩しすぎた。

「……ぅう」

気恥ずかしさと、なにやら説明できない情動で頬を赫らめたドゥーエが呻く。クアットロ曰く「敵には等しく残酷だが、スカリエッティや姉妹達には優しい人格」と評されるドゥーエの、敵でも味方でもない者へ見せる一面が現れているのかもしれない。

つい目を逸らしながら、しかし、今更ここで放り出すわけにも行かず。ドゥーエは幼児を抱きかかえて立ち上がる。

お姉さんはねぇ。と現在の偽名を名乗ったドゥーエが「お譲ちゃん、お名前言えるかなぁ?」と踵を返す。

「……うぅてしあ」

「ルーテシアちゃんね。保育園から抜け出してきたの?」

舌足らずの発音を、体越しに直接検知した振動とライブラリの検索結果から訂正して、ドゥーエが通路を後にする。

生命の息吹など存在しない区画。カツコツと鳴ったヒールの音が無機的に、いつまでも残されていた。


**


「ルーテシアが、また居なくなった」との報を受けたメガーヌが、予想通りの結果に嘆息したのは、その2時間後である。

八方手を尽くして探している最中に、案の定「帰ってきた」と連絡が入ったのだ。

ゼストが不在の今――来月には復帰できる見通しだが――、分隊長であるメガーヌの職責は重い。そのぶんルーテシアとの時間を作れずに、寂しい思いをさせていることは解かっていた。頻繁に託児施設を抜け出すのは、それが理由だろう。


想定外だったのは、女性局員に送り届けられたらしいルーテシアが新たに何種類かの昆虫を従え、口には大きな――柄付きの――キャンディを咥えていたことくらいか。

いったい誰が送ってくれたのか、誰にキャンディを貰ったのかと問いただすのだが、まったく口を割ろうとしない。

この頑固さはいったい誰に似たのだろうかと再び嘆息したメガーヌが、せめて託児施設を抜け出したことを叱ろうとしたその時だ。左手首に巻いたブレスレット――宝玉と、昆虫の翅を思わせる透明なプレートをあしらったそれは、待機状態のアスクレピオスである――が非常召集のアラームを鳴らしたのは。


**


さて、一方その頃。

くちゅん。と意外にも可愛らしいくしゃみをしたのは、ゼスト隊が緊急出動することになった事件の原因となる情報をウーノに送信したばかりの【姿偽る諜報者】である。「風邪かしら」などと戦闘機人らしからぬ言葉を漏らしつつ取り出したのは、これまた似つかわしくないフリルのハンカチ。本物のレース編みだ。


しかし、よもやこの出会いが縁で将来自分がアルピーノ家に引き取られることになるなどと、プロフェーティン・シュリフテンを持ち合わせてないドゥーエに判るはずもなかった。





                                  おわり



special thanks to HALさま。「ナンバーズが偵察に来てハートフル」とのお題でリクエストを戴きました。

偵察ということだったので、当初セイン一択でシチュエーションを考えていたのですが、地球や本局特殊遮蔽内はセインといえど無理があるし、地上本部ならドゥーエで済む。と言うことで、原作でほとんど言及されてないのをいいことに次女の性格とIS、それにアスクレピオスの待機状態などを捏造してみました。

IF話である「#79-1 集結」を前提にしているので、これもIF扱いです。



[14611] #68-1 バレンタイン・デイ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2011/03/16 05:46

――【 新暦68年/地球暦1月 】――




「こちらが、だい6せだいです」

「うむ」

あゆの向かいに座っているのは、ゼストである。チンクとの戦いで失った右目を眼帯で隠しているが、その威風にいささかの衰えもない。


ゼストが意識を取り戻したのは、昨年の九月のこと。作戦から1週間ほどである。

治療とリハビリを続け、退院したのが先月の話。しばらく訓練に明け暮れていたが、先日模擬戦でシグナムを下したのを期に戦線復帰した。来援への礼を述べにゼストが航空武装隊第1039部隊の隊舎を訪れた時から、この2人のもののふには交流があったらしい。


「おそくなりまして、もうしわけないのです」

「いや、俺はほとんど第5世代を使ってない。
 謝るのはこちらのほうだ」

すまんな。と頭を下げるゼストにあゆが慌てていると、ほうぼうから「第5世代は良かった」「充分実用に耐える」と声が上がる。ゼスト隊の面々だ。なかには、新規補充された隊員の姿まで。

「だそうだ」

「ありがとう、なのです」

あゆが頭を下げると、めいめい仕事なり作業なりに戻っていく。

「皆、感謝しているようだ」

左目だけの視線で隊員たちを見やっていたゼストが、あゆに向き直る。その右目も治療するなり代替手段なりいくらでもあるはずだが、あえて残しているのだとか。

「もちろん、俺もな」

ゼストがその親指で指し示したのは、己の胸元。

「つけて くださっているのですね」

「ああ、護ってもらったことへの感謝と、未熟な己への戒めだ」

あゆの視線は、ゼストが指し示して見せたブローチに。ゼスト隊のエンブレムを模した七宝焼きは、その中心に割れ砕けた第4世代が嵌め込まれている。あゆの手作りだ。

「作戦参加章きどりで着けている奴も居るようだが」とゼストが視線を巡らせると、こそこそと隠れるのやら、「そんなことはありません」と反論するのやらが。

割れ砕けたことを利用して人数分以上に作ったので、家族や恋人に渡した者もいるだろう。クイントも、メガーヌもそうしたと聞いている。

「あゆちゃん、そろそろ時間よ」

詰め所の戸口に顔を出したのは、メガーヌであった。

「はい、なのです。
 それでは、ぜすとたいちょう。しつれいします」

「うむ」



***



捕らえた戦闘機人たちの取調べは、捗ってないらしい。

相変わらず黙秘を貫き、反抗的だそうだ。

さもありなん。と、あゆは思う。

局の中には解体してしまえという声もあるようだが、これはレジアスがとどめているらしい。かといって、罪状認否も出来ない、協力的でもない相手を必要以上には庇えなくて、依然本部での拘置が続いていた。

戦闘機人に人権があるのか、抑留期間などの法的根拠は何かということに、あゆは興味がない。


あゆの目の前には、3重のケージと2重のバインドを施された戦闘機人の姿があった。仮称フォース。本名がクアットロであると、あゆは知っているが。

あゆとメガーヌ――および、その召喚虫――が見守る中で本部局員の尋問が進められるが、クアットロは応えない。

『こんにちは、なのです。くあっとろさん』

驚いた様子のクアットロは、しかし瞬時に平静を取り戻している。

『もうしわけないのですが、わたしは じゅしんができないのです。
 ごりかいいただけたら、まばたきを2かい、おねがいするのです』

クアットロの反応を確認して、あゆは続ける。

『どくたーからの でんごん、なのです。
 「かならず、たすけだしてあげるよ。それまで、そのおちびさんと くちうらをあわせて、じかんをかせいでおくれ」なのです』

クアットロが2回瞬きをするのと、早くも本日の尋問をあきらめた本部局員があゆを呼ぶのがほぼ同時であった。

前々から申請していた戦闘機人への面会を、――メガーヌと同様に監視役を兼ねることで――ようやく許可されたのだ。

もっとも、許可の出所がなんだか不透明で、あゆは一抹の不安を拭いきれないのだが。


「こんにちは、なのです」

ちょこんと、おじぎ。

「あ~ら、おちびちゃん。
 お姉さんに何か御用事?」

喋った!と驚いたのは尋問していた本部局員である。慌てて端末を開いている。

「はい。
 わたしは、ほんきょくしょくたくの やがみあゆです」

「あらあら、きちんと名乗って貰ったのって初めてかも~。
 私はクアットロよ」

よろしく、なのです。と頭を下げるあゆを、クアットロが見下ろす格好になる。まあ、たとえ拘束されてなくても頭を下げるようには見えない。とは、はたから見ていたメガーヌの感想であった。

「それでぇ、おちびちゃんの御用事は~?」

『「くあっとろさん」と「おねえさん」では、どちらが こうかんどをひきだせることに なりますか?
 ぜんしゃなら1かい、こうしゃなら2かいで』

「はい。おねえさんたちは【あんち まぎりんく ふぃーるど】のなかでも まほうをつかえるそうなので、そのひけつを おしえてもらいにきました」

「あらあら~、そ~んな重大な秘密、お姉さんが話すと思ってるの?」

『どくたーから、ぎじゅつこーど06985014までは おききしているのです。あとは、くあっとろさんの さいりょうにまかせるとも』

「だめですか?」

「そうねぇ、お姉さん今日はご機嫌だから、ぽろっと口が滑っちゃうかも~」

あゆが戦闘機人への面会を申し出たのは、スカリエッティからの伝言を言付かったからだけではない。

もともと話してみたいとは思っていたし、見返りとしてクアットロから聞き出すことが出来たならどんな情報も好きにしていいと言質を貰っていた。なにより、こうも進展がない以上、管理局上層部に本気で戦闘機人たちの尋問をする気はないだろうと見切ってしまったのだ。

こうして尋問に協力して見せれば地上本部側の情報も手に入りやすくなるし、もちろんスカリエッティ側の動向も読みやすくなるだろう。

結局この日クアットロから聞き出せたのは、ISがインヒューレントスキルの略であるということだけであったが、「これからなのです」とあゆは満足げであった。




****




第6世代試作品の開発に4ヶ月以上かかったのは、レリックの構造を知ったあゆが大幅なアーキテクチュア変更をかけたからである。

だが、それだけではない。

「りぃんねぇさま、おつかれさまなのです」

「いや、疲労はない」

各種検査装置が組み込まれた走査台から降りたのは、リィンフォースである。

より早い研究、より強力な開発を志したあゆが求めたのが、自らの分身とでも呼べる存在の作成であった。あるじを補佐し時には一心同体となる、融合騎だ。

 ……あゆの魔力量では、使い魔は維持できない。

あわせて開発用のデバイスも作成し、その管制人格にする予定である。

見本とする【蒼天の魔導書】作成時のデータはシャマルが保管していたし、融合騎にはリィンフォースというモデルが居るから、作成にそれほどの困難はないだろう。聖王教会の伝手で、ベルカの技術についてもいくらか提供してもらえそうだ。


ただ、問題は資金である。

あゆの個人的なデバイスであり融合騎であるから、どこからも予算が出ない。ロウランに相談して、局員がデバイスを作成する場合の助成金を申請してもらったが、総予算からするとスズメの涙であった。

リンディに掛け合ってこれまでの給料を使わせてもらうことにしたし、戦闘機人の尋問に招聘された関係で手当てが増えているが、それでも足りない。

困っていたところに、昨年本局から打診があった。試作品でいいから人工リンカーコアを供給できないか?と。近年アンノウンの出没が増えていて、局員の損耗が激しいらしい。

そこであゆは、増産のためにデバイスを作成したい旨を伝えた。ただし、あくまで個人用として。

これに対し本局は、一応の完成品と評価できる第5世代試作品の提出を要求。その功績を以って報奨金を支払う事を決定した。その金で勝手に作れということだろう。

そうして先日ゼスト隊に第6世代を渡し、回収した第5世代を本局に提出してきたのであった。

「おおくりしますね」

「遮蔽の外までで構わない」

特殊遮蔽区画は、出るのも入るのも検査がある。ゲストのリィンフォースは、1人では出ることもできないのだ。

「あら、せっかくですから少しお茶にしましょう」

コンソールを閉じて立ち上がったのは、リィンフォースの検査のために手伝ってくれていたシャマルである。時計を見ればなるほど、休憩にはちょうどいい頃合か。

「まちまで、でますか?」

次元空間にある本局は、小さな都市並みの規模がある。歓楽街も、区画ひとつをまるまる使っているのだ。

「ええ、この間ケーキのおいしいお店を見つけたの」

「たのしみです」


あと、あゆが欲しいのは、時間である。

去年のクリスマスに「研究時間が欲しいので学校を辞めたい」と言ってみたのだが、即座に却下されたのだ。

はやてとリンディをどう説得しようか、悩むあゆであった。




****

――【 新暦68年/地球暦2月 】――



そういえば。と切り出したのはあゆである。

「きょうは、くらすの だんしのようすが おかしくなかったですか」

はぁ……。と溜息で返したのはアリシア。

下校途中であった。

「あのね、あゆちゃん。きょうはバレンタインだよ」

「それは ぞんじてますが、それと どんなかんけいが?」

知ってたのか。と、むしろアリシアの溜息は深い。

もっともあゆにとっては、八神家内でザフィーラがもてはやされる日くらいの認識である。はやてが「身内か、身内同然か、身内にしたい男性にチョコを送る日」と説明していたので、ザフィーラ、クロノ、ユーノ、ゲンヤ、レジアス、ゼスト隊男性陣には用意してあった。

「男子たち、だれがあゆちゃんからチョコをもらえるかで、すごかったのに」

「ちょこをもってくるのは、きんしされてませんでしたか?」

1週間ほど前の帰りの会で、担当教諭がそう言っていたはずだ。

「それでも、もってくる子はもってきてたよ」

「ほしいなら、ちょこくらい いくらでもあげますけど」

クラスメイトも一応身内か。などと内心で拡大解釈を済ませるあゆである。

それに、だいたいにおいてはやては甘い姉だ。お小遣いも小学2年生としては多い方だろう。肝心のあゆのほうに、日本円を使う宛てがほとんどないが。

「チョコそのものが ほしいわけじゃないよ。あゆちゃんから わたされたいんだよ」

そこまで言われて、ようやくピンと来るあゆであった。ただし、将来的に味方に引き入れて戦力にしたい男性――身内という言葉の定義に、なにやら根本的な情報錯誤が見受けられるようだ――など、クラスはおろか学校内にも居ないのだが。

「なぜ、わたしなのです?」

「あゆちゃん、めんどうみがいいから、けっこうにんきなんだよ」

そう言われると、あゆとしては心外である。

情けは人の為ならずであるから、出来る範囲でクラスメイトの手伝いなどをしているだけだ。運動は得意な方だから逆上がりの出来ない子にコツを教えてあげたり、魔導師に計算力は必須だから2桁のかけ算の秘訣を教えてあげたりはしたが。

あゆにしてみれば、放課後や休日の付き合いが悪くなる分を補えればと考えての、実に打算的な行動であったのだ。

「そういう ありしあちゃんも、ちょこをあげていたようには みうけられませんでしたが」

「お姉ちゃんいがいに、あげる気なんてないもの」

あゆの嘘を真に受けているアリシアは、ものすごいお姉ちゃんっ子になっていた。「理想の相手はお姉ちゃん」と公言してはばからないから、脈ナシと諦めている男子は多い。それに、思ったことをストレートに遠慮なく言うので、一部男子などからは煙たがられている。そうでなければ、低学年男子の人気を独占していたであろう。

ちなみに、目立たない――ようにしている――あゆはクラスの男子以外に認知されていないので、選外である。

「あゆちゃん、はっぽうびじんだから、ぎりチョコくらいはあげるかと思ってたのに」

「しっけいな。
 そとづらがいいと いってください」

変わんないよ、それ。と溜息をつくアリシアだが「ところで、ぎりちょこってなんですか」と問われて、「あゆちゃんらしい」と、くすくすと笑い出す。

「ぎりチョコっていうのはね」とアリシアは、中元や歳暮になぞらえて説明しだす。この、地球に来て2年にならない少女は、あっという間にこの地の常識を身につけてしまい、こうしてあゆに教えているのだ。


実は、この2人が一緒に下校するのは珍しい。

あゆは授業が終わるなり飛ぶようにして下校してしまうし、アリシアは人付き合いがいいのでクラスメイトと遊ぶなり遊びにいくなりするからだ。

今日はプレシアが定期検診でクラナガンまで出向くので、付き添うためにアリシアも早く下校していた。

そうでなければ、これまでの会話も授業中などに念話で済まされていただろう。クラスやクラスメイトの情報などは――基本的にはアリシアから一方的に――そうして遣り取りしているのだ。


「ふむ、ちゅうりつせいりょくを てなずけておくために、しきんえんじょや【おーでぃーえー】を おこなうようなものですね。
 らいねんどよさんに くみいれるべきか、けんとうしてみるのです」

「なに言ってるかよくわからないけど、わるだくみしているようにしか聞こえないのは気のせいじゃないよね?」

「しっけいな。
 りっぱな がいこうせんじゅつ なのです」との抗弁は、受け入れられなかったようだ。



[14611] #68-1.5 泣いた赤鬼、ふたたびなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/02/24 10:52

――【 新暦68年/地球暦2月 】――



「おには~、そと。なのです」

「こら!あゆ。手加減してんじゃねぇぞ!」

赤鬼が怒っている。

節分豆のおまけに付いてくる厚紙のお面をあみだに被っただけだが、心は立派に赤鬼の、紅の鉄騎であった。

「思いっきりやんねぇと、鬼やらいの意味がねぇだろうが」

そう言われても、困るあゆである。

炒り豆なんて小さい物、いくら力を篭めて投げたところで、そう痛くはならないのだから。



ことの起こりは、2週間ほど前。



    ――【 新暦68年/地球暦1月 】――



その日、あゆは急いでいたのだろう。なにやら大事な予定が入っていると言って、慌しく転送部屋へと姿を消したのだから。

ダイニングに落ちていた2年生の教科書を拾ったのは、はやてである。あゆは、はやて同様に宿題などをダイニングのテーブルですることが多いから、落ちてても不思議はない。

ふと、何を習っているのか気になって教科書を開いていたはやてを、後ろから覗き込んだのはヴィータである。


「泣いた赤鬼?」

何代にも渡って引き継がれる【夜天の魔導書】の守護騎士であったヴォルケンリッターは、言語に対する高い順応性を持つ。さらには覚醒前に、夢を通じて、あるじから基本的な会話や読み書きなどを学びとってしまう。

「……」

短い物語だ。見開きだけでも大体のストーリーは読める。

「……なあ、はやて」

「なんや?」

ん~とな。と、ヴィータは自分の言いたいことを整理する。

「あゆにとって、赤鬼ってなんだと思う?」

「赤鬼?」

そうしてはやては、去年の暮れの出来事を初めて聞いたのだ。

「もし、この御話だけがあゆの情報源やったら、気のええ優しい人ってことかもな」

「……そっか」

俯くヴィータの頭をなで、はやてが嘆息。

「うちが悪かったんやなぁ。節分とか、やらへんかったし」

「節分?」

鬼やらいの行事の話を聞いたヴィータが、「あたいが赤鬼するから、節分やろう。な、はやてぇ」と言い出して、冒頭の話に繋がるのである。


**


「本気で投げろよ!いいな!」

びしっと、あゆを指差したヴィータが、腕を組んで仁王立ち。

どうしたものかと困惑したあゆが、「あまり、とくいではないのですが」と炒り豆を人差し指の腹に載せて握りこんだ。

「ふくは~、うち。なのです」

親指で弾いた炒り豆が、ヴィータの額に直撃した。指弾などと呼ばれる技であろう。

「!……」

額を押さえてヴィータが蹲る。目尻にうっすら涙が浮かんでいた。

当っただけでも上出来だったのに、どうやら、あゆ一世一代の会心の一撃だったらしい。

「赤鬼さんを、ほんまに泣かせたらあかんえ」

「……ごめんなさい、なのです」

                                     おわり



[14611] #68-2 それは小さな願いなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/02/10 08:54

――【 新暦68年/地球暦3月 】――



色々と手土産を持ってきたりするのだが、クアットロはなかなか口を割らない。警戒心が強いというか、猜疑心が濃ゆいというか。

口裏を合わせての世間話しには応じてくれるものの、あゆが知りたい技術的な情報や戦闘機人の能力などの話題ははぐらかされてばっかりだ。


まあいずれにせよ、本日の話し相手はクアットロではない。

「あの男はどうしている」

これまで、あゆに対しても口を開かなかったチンクの、第一声がそれであった。

戦闘機人というものは、体内の機械部品に対しても自動修復ができるそうで、ゼストとの戦闘で機能停止寸前だったチンクも昨年の内に完調にまで復帰していたらしい。拘束服で縛められていて、確認しようもないが。


「ちんくさんと たたかった、ぜすとたいちょうのこと ですか?」

動作少なく、微妙な首肯。

「ちんくさんと たたかった1しゅうかんごに いしきをとりもどし、2かげつまえに せんせんふっきされました。
 みぎめを うしなわれておられますけれど、あえて ちりょうはうけられていません」

なにか、感じ入るところでもあったのだろうか。チンクがその両のまぶたを閉じた。


しばし、そのまま瞑目していたチンクが、すっとあゆを見下ろす。

「……そうか、かたじけない」

位置関係的に見下ろされざるを得ないのだが、なぜかそう感じない視線であった。

「悪いが、クアットロのように器用ではなくてな。
 会話をしながら、話してはならぬことの選別などできん。
 黙秘を貫かせてもらうぞ」

『どくたーから、おふたりのようすをみてきてほしいと たのまれているのです』
「めんかいと、さしいれは させてもらってもよろしいですか?」

「差し入れは不要だ」

『ごしんぱい、なされているのですよ。
 ああみえて、やさしいおかたなのですね』

嘘である。

スカリエッティがチンクたちの安否を気遣っているのは確かだが、差し入れまで用意するわけがない。

「……控えめに頼む」

「わかりました」

この武人気質な戦闘機人から情報を引き出せるなどと、あゆも期待していない。だが、それはそれ、これはこれである。

少しでも気を許してくれれば、つけこむ隙を見出せるかもしれなかった。




****




暗殺者でも、風邪は引くらしい。あくまで候補、どちらかと言えば自爆テロ要員にすぎなかったから当然か。

「なぜでしょう?てんじょうが、たかくかんじるのは」

熱で朦朧とする頭で、あゆはそんなコトを考えていた。

それに、普段はやてとヴィータとの3人で寝ているベッドだからか、やたらと広く感じる。

なぜだか、この世に自分独りのような気がしてくるのだ。

「どうりに あわないのです」と、あゆは独り語ちる。リビングにはザフィーラもリィンフォースも居て、念話で呼べばすぐ来てくれるだろう。昼休みや休憩時間などには、シャマルも顔を見せてくれていた。

なのに、どうしようもなく距離を感じるのだ。


「ただいまやで」と静かにドアを開けたのは、はやてである。今まで気付かなかったとは、あゆの感覚がどれほど鈍っていることか。

「ああ、起きてたんか。
 どないや?調子は」

はやてのリハビリは、順調に進んでいる。いまも手にしているのはステッキで、6年生に進級する頃にはそれも要らなくなるだろうと診断されていた。

「ねつは さがってるよう、なのです」

先ほどまで感じていた自分の体の外は闇しかないような感覚は、はやての出現と共に消えていたから、口にしない。

「あれ?」

けれど、あゆの目尻からは涙がこぼれるのだ。

「おかしいのです。いまはもう、なんともないはずなのに」

ほうか。と歩み寄ってきたはやてが、ベッドの枕元に腰を下ろす。

「寂しかったんやな」

「さびしい?あれが、さびしい。なのですか?」

そうや、ごめんな。と、頭をなでてくれる。

「独りで居ることの寂しさは、よう知っとるつもりやったのにな」

「おかしいのです。
 ざふぃーらにぃさまもいて、りぃんねぇさまもいて、しゃまるねぇさまだって、おかおをみせてくれました。
 わたしは ひとりではなかったのです。さびしいなんてこと、あったはずが ないのです」

はやてが背筋に差し込んでくれた手が、冷たくて心地よかった。ただそれだけのことが無性に嬉しくて、あゆの涙が止まらない。

「人の感情に、理由なんて要らへんのや。
 どれだけ傍に人が沢山居ようと、寂しいときは寂しいもんや」

かつて1人で生きていたとき、風邪を引いたはやてはそれでもスーパーへ買出しに行かねばならなかった。人は沢山居たけれど、何の慰めにもならなかったことを憶えている。

「こんな時くらい、わがまま言うてもええんやで」

むしろ、言って欲しいはやてであった。

あゆの独断で与えられた猶予に、はやてはいまでは感謝している。友達と一緒に通う平穏な学校生活がどれほど愉しいか、実際に体験するまでは実感できなかったのだ。それを、あゆは知りもしなかったというのに、はやてに与えてくれた。

本人は管理局での役務を愉しんでいて学校を辞めたがっているが、それが慰めになるはずもない。


「ねむるまでのあいだ、そばにいてほしいのです」

「おやすいご用や」

布団にもぐりこんで、はやてがあゆを抱きしめる。

「せいふくが、しわになるのです」

「病人は、そないなこと心配せんでええんや」

普段は、そうしたことにうるさいはやてなのであるが。

「おねぇちゃんは いつもあったかいのに、いまはつめたくて きもちいいのです」

「あゆは熱が出とるからな」

ほどなく寝息をたて出したあゆを、はやてはずっと抱きしめていた。


 ……

それは、あゆの知るかぎりで初めての、熟睡であっただろう。




****

――【 新暦68年/地球暦5月 】――



「おや?くろのせんせぇ」

あゆは心の中で「おにぃちゃん」と付け加える。リンディと正式に養子縁組をしたわけではないので、彼女のことを「おかぁさん」と呼ぶのは2人きりの時だけであるし、そのことはクロノにも内緒だ。

「君か」

クロノ・ハラオウン執務官が本局に居るのは珍しい。

「かくしご、ですか?」

「誰のだ!」

しかも、子連れとあってはなおのこと。

「じょうだん、なのです。
 いくらせんせぇでも、こんなにたくさんは むずかしいでしょう」

「当然だ。
 と言うか君は、1人ぐらいなら居てもおかしくないとか思っているんじゃあるまいな?」

まさか。と両手を挙げて降参してみせるあゆである。

「ははは、さすがのハラオウン執務官も、愛弟子にかかっては形無しだね」

「ヴェロッサ、君は黙っててくれ」

クロノに付き従って一緒に子供たちの引率をしていたのは、ヴェロッサ・アコース査察官だ。あゆにしてみれば微妙な相手である。嫌いではないが、かといってあまりお近づきになりたくもない。

もしヴェロッサのレアスキルのことをもっと早く知り得ていたら、あゆはスカリエッティのラボに乗り込んだりはしなかっただろう。スカリエッティが捕まりでもしたら、芋づる式に累が及ぶのだから。

査察官という職務について質問した際に本人からレアスキルのことを聞かされて、あゆは冷汗が止まらなかったものだ。

今だって記憶を読まれる可能性を恐れて、さりげなく立ち位置を変えている。

「ごぶさたなのです。ろっさ」

「うん、ひさしぶり」

あゆがヴェロッサのことをロッサと呼ぶのは理由がある。舌足らずなあゆの発音では「べろっさ」になってしまうので、本人が嫌がったのだ。愛称で呼んでおいて敬称をつけるのもおかしな話なので、呼び捨てになった。


「今日のは自信作だけど、食べるかい?」

「ぜひ」

ヴェロッサがどこからともなく取り出したのは、ホールケーキを入れる紙箱である。

「この子たちに食べてもらおうと思ってね。たくさんあるんだ」

「その件については、歩きながらでいいだろう」

子供たちに視線を向けたあゆの疑問をさらって、クロノが歩き出す。ついて行く子供たちが一切口を開かないのを見たあゆは、かつてのシグナムの生徒たちやクラスメイトたちと比較して、なにやらワケありらしいと納得した。



『君は確か、プロジェクトFを知っていたな?』

『はい、なのです』

かつて【時の庭園】に乗り込んだとき、ほかならぬプレシアから聞かされている。どういう計画かはフェイトとアリシアを見れば見当は付く。

『プレシア・テスタロッサから情報提供を受けた僕は、ヴェロッサと組んでずっとプロジェクトFを追っていた』

『これまでにも、いくつかの違法プラントを摘発してきたんだよ』

『このこたちも?』

『いや』とクロノ。

『残念なことに、時空管理局の研究施設からだよ』

疑問符を浮かべたあゆに、ヴェロッサが説明を続ける。

『プロジェクトFが違法であることを盾にとって、研究素材として集めていたんだ』

『……』

歯軋りが聞こえてきそうな、無言の念話はクロノだ。

『管理局の人手不足を、違法ででも解消しようとした動きがあってね。これもその一環みたいなんだ』

何の気なしに歩きながら、しかしヴェロッサは細やかに子供たちの様子を見ている。

「……」

一方あゆはというと、管理局とスカリエッティの関係の答えをそこに見出して、納得していた。

『地上本部の方は特にそういう傾向が強かったようだが、最近はそうでもないらしいな』

『そうなのですか?』

『クロノはね、君に感謝してるって言いたいのさ。
 管理局からそういうよろしくない動きが消えつつあるのは、君の研究のおかげだろうからね』

『ヴェロッサ、余計なことを喋るな』

おやおやと肩をすくめたヴェロッサが、あゆにウインク。

『それで、このこたちは どうなるのです?』

『とりあえずは、ここの保護施設に預ける』

『里親探しは、聖王教会が全面的に引き受けてくれるよ』

そうですか。と、あゆは、無言で歩く子供たちを見やる。

そこに、かつての自分の姿が重なるような気がして、視線を逸らせないのか、逸らしたくないのか、判らないあゆであった。




****




「ふむ、ずいぶんと からいですね」

あゆが舐めたのは、ミッドチルダの海水である。地球のそれとはずいぶんと組成が違うようだ。

「どないしたん?」

はやてである。その手には松葉杖もステッキもない。

その全快祝いにどこか旅行しようという話になったのは、1ヶ月前のことだ。どこがいいかで、ミッドチルダに決まったのがその1週間後で、皆の予定が合わせられたのがこの週末であった。

「せいめいのしんぴに、きょうたんしてました」

「?」

海水の成分が違うのに、ミッドチルダと地球で人類の姿が同じなのである。収斂進化の凄まじさに、あゆは驚いていた……

「じょうだん なのです」

わけではないようだ。

「ここまでじょうけんが ちがっていて、すがたがおなじになるだけでなく、こんけつまで かのうなはずはないのです。
 そのあたり、どうなのですか?めがーぬさん」

ん?と振り返ったのは、娘ともども波に踝を洗うに任せていたメガーヌである。せっかくだからとゼスト隊にも声をかけた結果、アルピーノ母子とナカジマ母子が日替わりで参加してくれることになったのだ。地球組では、なのはとテスタロッサ姉妹。

クラナガンでの知己をはやてに紹介できて、ちょっと嬉しいあゆであった。

ちなみに今晩は、カリムの手配で聖王教会の宿舎に泊まることになっている。

「ええ…とね。今はない世界が、次元世界の人類の共通した出身地だというのが定説かしら。
 アル・ハザードだとか、アル・カディアだとか、アル・パチーノだとか、いろいろ言われてはいるけれど……」

なるほど。と、あゆ。生存可能な惑星のある世界に、手当たりしだいに進出していったのだろう。


見上げるのは、天文学的にはありえない空。本物であれば、とっくにこの惑星を壊すか落ちてくるかしている大きさと公転軌道を持つ衛星が、しかも2つ。

聞くところによると、あの2つの月は魔力の塊なのだそうだ。太古に作られたと思しき、魔力の集積装置。だから見かけほどの質量もないし、潮汐力も小さい。この地では、本当に月が魔術を支配しているのだ。


だからミッドチルダの海は、干満が小さいのだとか。

「おや?おおきな あめんぼなのです」

水面を滑っていくのは、もちろん地球のアメンボと同じものではない。よく似た生態の外骨格生物というだけだ。

思わず追いかけたルーテシアが波に足をとられて転んだのは、まあ余談である。



[14611] #68-2.5 その日、テスタロッサ邸
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/09 12:33

――【 新暦68年/地球暦8月 】――


後背に控える山麓と、朝陽に開けた海は、風に乗せて何を語らっているのだろう。

駆け降りる颪と吹き寄せる潮風が暑気を払って、海鳴市の夏は涼しい。今日は心なしか日差しもやさしくて、まるで桜のころに戻ったかのようだ。


「療養中のところをすまない。失礼する」

大人形態のアルフの後に続いて、リビングに現れたのはクロノである。

「あらかじめ子供たちの居ない時を尋ねた上で、アポをとってのこと、気にすることは無いわ」

陽だまりの中、安楽椅子に体を預けきったプレシアの微笑みは、最近になってようやく板につきだしてきたようだ。見るものが視れば、ぎこちなさを見出せるかもしれないが。


指し示されたソファに腰を下ろして、「それは当然のことだ」と、クロノ。手土産に持ってきたらしい紙箱をアルフに渡して、「つまらないものですが。と、こちらでは言うらしいな」などと口にするが、間違いである。「お口に合えば宜しいのですが」と言うのが、正しかろう。

「ずいぶんと、こちらの流儀に慣れているみたいね」

「妹分が、結構細かくてね。何かと手土産を欠かさないんだ。
 どうも、母やアコース査察官と共々、僕を砂糖漬けにするつもりらしい」

実際には、はやての薫陶の結果であるが、それは此処ではどうでもよいこと。

妹分という言い方に引っかかっていたプレシアは、しかし、すぐにあゆのことだと気づく。クロノに弟子入りしていたことを、聞いたことがあったのだ。

おそらく本人の前では決して「妹分」などとは言わないだろうと、なんとなくそう思いながら、プレシアはアルフにお茶を淹れてくれるよう頼む。「ん」と、言葉少なにキッチンに引っ込んだフェイトの使い魔は、特に不機嫌そうでも、反抗的でもなさそうだった。


「さっそくで悪いが、この前に保護した子供たちの件だ」

「プロジェクトFの、落とし子たちね」

ああ。とクロノが立ち上げたのは空間モニター。映し出されたのは、子供の顔写真入りのリストだ。

「保護したはいいが、あまりにも扱いが酷かったらしく、健康維持に問題が出ているらしい」

逸らしがちになる視線を叱咤するように、プレシアがスクロールを追う。この違法研究に資金を出した親たちの気持ちを、彼女ほど知るものは居ないだろう。その過ちへの、罪悪感もまた。


「扱いと言うよりは……」

それでもなお、厳しく目尻を上げて、プレシアが口を開いた。

「資金不足。いえ、技量不足かしら」

プレシアが言うには、そもそものクローニングに問題があるという。幹細胞の全能性回復やテロメアの処置の精度などに、ばらつきがありすぎるらしい。

例えばこの子とこの子。と、スクロールを止めさせて指差す。

「同じ遺伝子提供者からの、同時期のクローン体だけど、DNA複写の精度が2桁違うわ」

それは、プレシアの経験からすれば、カネに糸目をつけなければ達成できるレベル。そして、作成者の技量次第では乗り越えられる差なのだとか。

「おそらく複数体作成して、一番いいものをクライアントに提供していたんでしょうけれど、そんなやり方をしている時点で高が知れるわ」

クローン技術は、ノウハウの蓄積が肝だ。トライ&エラーの繰り返しで得た細かなデータが、その基礎精度を左右する。

最先端技術というものは、机上の計算よりも実験の積み重ねがモノを言う。そういうところがあるのだ。例えば、ロケットエンジン。火薬に火を点けるだけの固体燃料ロケットと、2種の薬液を混合させながら燃焼させる液体燃料ロケット。実用レベルで実現が難しかったのは、固体燃料ロケットの方なのだ。

「クローニング時点で、と言うことは、……治療は無理か?」

向けられた視線を、プレシアは天井に逸らした。そこには、アリシアが魔法の練習に失敗して作った焼け焦げがある。慌てて結界を張ろうとしたプレシアよりも早く、フェイトが魔法を打ち消してくれたことを、今でもよく憶えている。

「主治医と、医療体制は?」

「ん?ああ……。
 湖の騎士シャマルが主任になって、一室を与えられている。彼女自身も何か目標があるようでね、主導的な役目を買って出てくれた。
 他にも優秀な医者に心当たりがあるし、協会の伝手で聖王医療院でのバックアップも確約がある」

クロノがこうして独力で動いているのは、もちろん理由があってのこと。

3ヶ月前の例に限らず、違法研究に管理局が、その上層部が関わっていることは明白だ。個人的な、信頼できる筋を辿らねば、どこで横槍が入るか判ったものではない。


「……そう」

視線を落としたプレシアが「あの騎士なら、無駄にはしないわね」と展開したのは、データ受け渡し用の魔法陣。

「これは?」

「私が行った、プロジェクトFのデータよ。失敗とやり直しを繰り返した、その積み重ねの記録。
 遺伝子治療の基礎資料としてなら、充分だと思うわ」

待機状態のデュランダルを取り出そうとしていたクロノが、「いいのか?」と動きを止めた。

「期待してなかったなんて、言わないでしょう?」

「それは……、そうなんだが」

プロジェクトF.A.T.Eは無論、違法である。【闇の書】を葬った現場にアースラが乗り込んできたとき、プレシアは当然逮捕されることを覚悟しただろう。

しかし、なぜかそのことは起訴されずじまいだったのだ。

その理由はアースラクルーすら知らないが、上層部に疑いを抱いているクロノには大体の想像がつく。そのうち利用しようと、温存しているだけに違いないと。

だからクロノは、慎重に振舞っている。5月に実施した時空管理局の研究施設への強制捜査も、他の流れをたどった偶然の結果としているし、主犯格である所長の「名声と昇進のために、独断で行った」という供述も特に追求していない。

「湖の騎士には、ご近所付き合いの橋渡しをしてもらったし、この体のことも併せて借りばかりだから、
 質問も相談も、いつでもいくらでも受け付けると伝えておいて」

「すまない」

プロジェクトFを掘り返すことは、プレシアにその罪と後悔と自己嫌悪を突きつけることになる。実刑判決を食らって服役していたほうが、まだ気が楽であるかもしれなかった。

協力に感謝する。と下げかけたクロノの頭をとどめたのは、「それより」と、スクロールを戻したプレシアである。

「……この、電気の魔力変換資質を持つ子」

「ん?……ああ、確かモンディアル家の」

やっぱり。とプレシアは頷いた。モンディアル家はかなり有名な富豪だから、スポンサーに名を連ねていてもおかしくない。

「素性が判っていて、帰してやれなかったの?」

「遺伝子提供者のほうのエリオ・モンディアルは、魔法の才能も魔力変換資質も無かったそうでね。やはり違うと言って、受け取りを拒否された。
 本人のほうも両親に見捨てられた事実から心を閉ざしていて、過剰に接しようとすると暴れだす始末だ」

ホンモノとかニセモノといった言葉を慎重に避けてみせるクロノに、プレシアの目尻が和らぐ。

「対応に、苦慮しているみたいね?」

「ああ。変換資質持ちだからな。
 いざというときに、教護士レベルでは太刀打ちできん」

ん?とクロノは眉根を寄せた。プレシアが考えていることに思い至ったようだ。

「まさか?」

「そうね、できるのなら」

プレシアは次元跳躍攻撃を行えるほどの大魔導師であるし、フェイトは電気の魔力変換資質を持つ。魔力変換資質を持つ者は、それに対する防御も得意とするので、エリオの保護者としてこれ以上の適任はない。

「もちろん、家族の同意を得た上でよ」

「それは当然だし、願ってもないが……」

テーブルに置いた白銀のカードにデータ取り込みを指示して、クロノは少し、居住まいを正した。

「そんなことが贖罪になるとは思ってないし、そもそも自分が家族をしっかり見守れてないのだろうと、嗤ってくれていいわ」

自嘲を口元に浮かべたプレシアに、当代随一と言われる大魔導師の威圧感は一片もない。なのにクロノが身じろぎしたのは、幼いころに盗み見たリンディの背中を思い出したからか。

「私はまだフェイトに謝れてない、アリシアに真実を話せてない」

とてもそんな勇気を持てないの。と、クロノに向けた視線が逸れた。

「プレシア……」

お茶の支度をトレィに乗せて、アルフがキッチンから出てきたのだ。

「貴女も、軽蔑するでしょ」

「……」

意外にも即答しなかった使い魔は、歩み寄ったテーブルにトレィをそっと置いた。

「ワタシ、アンタのことが嫌いだったよ」

跪き、ティーポットを手に淡々と茶を注ぎながら、アルフは顔を上げない。

「でも、アリシアのことを知ってからは、アンタの気持ちも解かるような気がする」

クロノに茶を差し出し、身振りで断られた手土産の焼き菓子はトレィに戻す。代わりにティーカップを手にして、立ち上がる。

「ワタシは使い魔だから有り得ないケド。
 自分のせいでフェイトを失って、取り残されたとしたら……ね」

それがアルフの心の裡だとでも云わんばかりの静かさで、サイドテーブルに置かれたティーカップ。わずかに水面が揺れるのみ。

「今でも、好きとは言い切れないよ」

だけど。と踵を返したアルフはリビングを横断して、戸口で一度立ち止まった。

「軽蔑だけは、しない」

廊下を歩いていくアルフの姿を、プレシアは追いかけたりしない。じっと、窓外を向いたまま。しかし、その肩すじが震えだしたことが見てとれるだろう。


デュランダルを懐に仕舞ったクロノが、ティーカップを手にする。

熱い茶は嫌いではない。

これ以上1度でも温度の下がらぬうちにと飲み干して、衣擦れの音も残さずに辞した。




                             おわり


主人公ではあるものの主役ではなかった無印篇とは異なり、「StS?篇」では、あゆが主役でもあるため、あゆ抜きのエピソードは基本的に無しとしていました。
そのため、事態としては進行していても、あゆが知らなかったために語られなかった事象がいくつかあります。
その代表例ということで今回、エリオが引き取られることになった経緯を書いてみました(オチもないし、微妙に書ききってないような気もしますが、まあオマケということでご寛恕を)。



[14611] #68-3 新たなる力、起床なの!
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2020/08/25 05:09
――【 新暦68年/地球暦9月 】――




八神家がいちどきに全員揃うのは、最近では珍しいだろう。

「さあ、ごあいさつするのです」

「は~い、ですぅ。
 リィンフォース・シュベスタです」

あゆの頭上に浮いている小さな融合騎が、ちょこんとおじぎした。リィンフォースを小さく、幼くすればこんな感じになるだろうか。

「あゆちゃんは、エスタってよんでくれますです」

新しく生まれる融合騎になんと名付けるか、あゆは少なからず悩んだようだ。

2人目ということで、シャマルやリィンフォースからツヴァイという案も出たが、数字の名前はあゆが嫌がった。

結局、姉妹とか妹という意味のシュベスタに決まったのは、当の本人が覚醒する直前である。

「小っちぇえな。
 あたいはまた、リィンフォースそっくりなのが増えるんだと思ってたぜ」

「【せいおうきょうかい】からかりた しりょうに、
 こだいべるかでも こうきの【ゆうごうき】は だうんさいじんぐが すすんでいたとありましたので、それにならってみたのです」

ふうん。とヴィータ。「役に立つのか?」と、にやり。

「しっけいな。
 けいさんのうりょくなら、おねぇちゃんにだって ひけはとらないのですよ」

「エスタの計算能力は、凄い」

エスタがおねぇちゃんと呼ぶのは、リィンフォースのことである。いくつかのデータ継承、姉妹機としてのリンク確立などを行うために、2人にはすでに面識があった。

「ええやんか大きさなんか。可愛らしくて、ええで。
 うちがはやてや、よろしくなエスタ」

「は~い♪
 はやてちゃん、よろしくですぅ」

万歳してぴょんと跳ねたエスタが、ひょいと飛んではやての首っ玉にかじりついた。

「あゆちゃんのおねぇちゃんに、あいたかったですぅ」

「ほうかぁ。
 今日からエスタも家族やで」

「はいですぅ♪」



「それで、それがお前のデバイスか」

シグナムの視線は、あゆが胸元に抱く一冊の本に向けられている。あのころからちっとも成長していないあゆがそうして本を抱いていると、まるで、まだ【闇の書】がこの世にあるかのようだ。

「はい、なのです。
 【へきかいのずせつしょ】なのです」

「碧海?」

「はい。
 うみは、そらのいろをうつして あおいのです。
 【そうてんのまどうしょ】から うまれたこのこは、だから【へきかいのずせつしょ】なのです」

デバイスマイスターを目指すあゆが自らのために作り上げた【碧海の図説書】は、いわばデバイスマイスター用の資料集である。あゆが表紙をめくってみせると、そこにはさまざまな回路図やプログラムソースが記されていた。

「クラールヴィントか?」

とあるページに描かれていたシャマルのデバイスに気付いたのは、ザフィーラである。珍しく人間形態だったのは、エスタへの顔見せのためか。

「はい。このこは、【でばいす】や【じゅえるしーど】のような まりょくそしゅうせきたいの でーたを しゅうしゅうするのです」

もちろん、そのデバイスが記録している魔法術式も蒐集対象だ。それを、あゆが使いこなせるかどうかは別として。

「あとで【ればんてぃん】と【ぐらーふあいぜん】も、しゅうしゅうさせてほしいのです」

「大丈夫なのかよ」とシャマルに訊いているのは、エスタをチビチビとからかっていたヴィータである。きっちりこちら側の話も聞いていたらしい。

「いくつかのストレージデバイスで試したし、クラールヴィントも問題なかったわ」

「なら、いいんだけどよ」

怒っているらしいエスタがヴィータの頭をぽこぽこと叩いているが、効いてないようだ。




****




「……どうしたの、珍しいね」

「ふぇいと おねぇちゃん、おひさしぶり。なのです」

あゆが訪れたのは、テスタロッサ家である。珍しいどころか、こうして1人であゆの方から訪問したのは初めてのことだ。

「……あがって。アリシアも喜ぶよ」

「はい。しつれいします、なのです」



「それで……バルディッシュを?」

「はい、なのです」

リビングに通されたあゆは、【碧海の図説書】のことを説明した。実はここに来る前に翠屋に寄って、レイジングハートを蒐集済みである。

手土産のつもりで買ってきたシュークリームを、エスタがまっさきに食べているのはどうしたものか。

「エスタちゃん、お顔がクリームだらけだよ」

「ありがとうですぅ」

アリシアが拭いてやっているが、すぐまたクリームまみれになりそうだ。


「構わないよ。……バルディシュも、いい?」

 ≪ No problem ≫

「ありがとう、なのです。
 えすた。でばんなのですよ」

「はーい、ですう♪」

テーブルの反対側から飛んできたエスタが、浮かび上がった図説書と合流。

「へきかいのずせつしょ、しゅうしゅうですよ」

 ≪ Sammlung ≫

白紙が埋まっていく様子を見ていたあゆは、リビングからガラス越しに見えている廊下を歩いていく男の子の存在に気付いた。

「ふぇいとおねぇちゃん、あのこは?」

言われて振り返ったフェイトが「エリオ、シュークリーム食べない?おいしいよ」と声をかけるが、振り向きもせずに行ってしまった。

ふう。とフェイトが溜息。

「母さんが……引き取ることにした子なんだけど、酷い目に遭ったみたいで、なかなか心を開いてくれないんだ」

プレシアと聞いてあゆは思い出す。前にクロノたちが連れていた子供の中に、あの赤毛の男の子が居たことを。

「わたし、あの子のこと好きじゃない」

ぷいと横向いたのは、アリシアである。嫌いと言い切らなかったのは、お姉ちゃんの手前だからだろう。

「……ダメだよ、そんなコト言っちゃ」

「だって、お姉ちゃんがあんなに優しくしてあげてるのに、1回だってありがとうって言わないんだよ」

だけどね……。と、しかしフェイトは言葉が続かない。

「ふぇいとおねぇちゃん、ありしあちゃん」

実験動物然とした扱いが、暗殺者教育のそれに劣らないだろうことを、あゆは状況証拠だけで悟った。

そうして、はやてに巡り合えたことがどれほどの幸運であったかを知る。

「おねがいなのです。どうか、あのこに やさしくしてあげてください」

だから、深々と頭を下げるのであった。




****




あゆは、デバイス行脚を続けている。

今日もゼスト隊の面々の協力を得て、大漁であった。


非番で居なかったクイントのリボルバーナックルを蒐集させてもらおうと、ナカジマ家に着いた途端であった。

「お姉ちゃんを返せ!」

気絶しているらしいギンガを抱えて生垣を飛び越えてきた戦闘機人と鉢合わせたのは。

『とーれさん!?なぜ、ぎんがさんを?』

スバルに、トーレと顔見知りであることを知られるわけにはいかないから、戦闘機人向けの念話で。

だが、トーレに応えようがない。あゆとの関係は伏せておいたほうがいいし、かといって受信のできないあゆに念話で語りかけても無意味だ。

「あゆちゃん!?」

生垣を突き抜けてきたスバルから、トーレが素早く距離をとる。

「すばるちゃん、さがっていて ほしいのです」

『わたしの めのまえで、ぎんがさんを つれさられるわけには いかないのです』

「あゆちゃん……」

「だいじょうぶ、なのです。
 わたしに まかせてください」

うん。と、おとなしく下がってくれたスバルに微笑みかけて、あゆはトーレに向き直る。

『どくたーに てきたいするつもりはありませんが、ここは ひいてもらえませんか?』

「……」

一瞬視線をそらしたトーレが、一度だけまばたきした。スカリエッティにお伺いでも立てたか。

『ありがとう、なのです』

どうやらスカリエッティにとって、あゆには利用価値があるらしい。ギンガを攫ってどうする気かは知らないが、その関係を維持することを優先してくれたのだから。

『いったん こうせんしてみせて、すきをついて うばいとる【しなりお】で、よろしいですか?』

今一度のまばたきを確認して、あゆがS2Uと【碧海の図説書】を構える。魔力量が低く、処理能力もさほど高くないあゆの、唯一の取り柄が、ストレージデバイスを同時に使いこなす器用さであった。

「ユニゾンするですか?」

背負ったリュックから出てきたのはエスタだ。今まで寝ていたのだが、【碧海の図説書】の起動で目を覚ましたらしい――生まれたばかりのエスタは、睡眠を多めに必要とする。まるで、ほとんど寝ないあゆと吊り合いを取るかのように、1日19時間あまりほど――。

「やめておくのです。
 わたしのてきせいでは さほど こうかはありませんし、
 えすたは、すばるちゃんに ついててほしいのです」

「はいです」

自分で作り出しておきながら、あゆはエスタとの融合適性が低かった。いや、正しくは自らのレアスキルのせいで、融合騎が力を発揮しきれないのだ。ユニゾン時の魔導師ランクはAA-相当と見積もられてはいるが、その程度なら別々に行動したほうが可用性が高い。


『ほんきにみえるよう、ぜんりょくでいきます』

「せっとあっぷ」

展開された騎士服は、はやてのそれに良く似たノースリーブのジャケットと、前後左右にアンシンメトリーなプリーツスカートの組み合わせ。ただし、飾り気がほとんどなくて、シンプルさではフェイト以上だろう。魔力量に不安があるから、その装甲はかなり薄い。

全体的にあゆの魔力光と同じ、青鈍色で統一されている。
もちろんはやてのデザインだが、髪がポニーテールにまとめられているのは、誰の影響だろうか。


「じくうかんりきょく、やがみあゆです。
 あなたを、りゃくしゅゆうかいようぎで たいほします」

もちろん、嘱託に過ぎないあゆにそんな権限はない。遠巻きに集まりだした野次馬に説明したまで。

「かーとりっじ、ろーど!」

【碧海の図説書】の表紙裏に、スリット状のポケットがある。あゆの言葉にそこから飛び出したのは、一葉のしおり。

書籍型デバイスに弾丸型は似合わぬと、一枚一枚手作りの紙製カートリッジだ。

ひらりと舞い落ちたしおりを、【碧海の図説書】の葉間で挟み取る。

 ≪ Gefangnis der Magie ≫

一時的に増大した魔力を注ぎ込んで、贖うのは封鎖領域。
わざわざこちらの準備を待ってくれた以上、トーレはギンガを返してくれるつもりだろう。だが万一ということもあるし、居るかもしれないセインへの用心でもあった。

『きぶつはそんは まずいので、ふうさりょういきをはりました。
 とーれさんは すどおりできるせっていですが、でるときは こわすふりをおねがいするのです』

口八丁手八丁とはこのことか。もちろんあゆは、ギンガは素通りできないなどとは言わない。さらには、外から様子が見えるよう調整してある。こちらは、心配しているであろうスバルのためだ。

あゆの魔力量では、大規模な封鎖領域は展開できない。しかもいろいろと特殊な設定である。そのためのカートリッジロードであった。

「……」

これは もぎせん、これは もぎせん。と、あゆは自分に言い聞かせる。面の割れている状態で正面切って闘えるだけの毅さを、まだ手に入れてない。

深呼吸をひとつ。

『いきます』

生み出したのは、3発のパスファインダー。重心を前へと崩して、這うような姿勢でトーレに駆け寄る。

牽制に先行させたスフィアが、案の定瞬時にして叩きふせられた。
その軽さは、いわば約束組手であることの宣言だ。トーレは読み取ってくれるだろう。

戦闘機人の中でも大柄なトーレとでは、倍近い身長差。
跳ね飛んだあゆの身体ごと突きこまれたS2Uの杖頭を、トーレは身じろぎだけで避ける。そこから薙ぎ払われた一撃も。だが、空振りで身体を泳がせたあゆがバックブロー気味に振り回した【碧海の図説書】は、その前髪をかすった。

反射的に振るわれたインパルスブレードをS2Uで受け、乗るようにしてあゆが宙に跳ねる。

「ちぇーんばいんど」

 ≪ Chain Bind ≫

伸びた魔力鎖が、トーレの右手首を縛り上げた。
左手はギンガを抱えているのでこれで両手が塞がったことになるが、トーレが驚いたのはそのことではない。

その右手を縛った魔力鎖を、あゆが駆け降りてくるのだ。

ギンガの体を右腕に引っ掛けるように移し、左手のインパルスブレードでS2Uを受ける。そのまま力任せに押し返すが、トンボを切ったあゆのサマーソルトキックを躱しきれなかった。あゆの蹴り脚に押されて、左腕が大きく泳ぐ。

 ≪ Round Shield ≫

空中に張った小さな障壁を足場に、あゆがトーレめがけて逆落とし。
右手は塞がっている。左手は間に合わない。トーレは擦り上げるような蹴りで迎え撃つ。だが、

 ≪ Floater Field ≫

6重に展開したミッド式魔法陣が、3段がかりで蹴り脚の威力を殺いだ。もちろん、その程度ではトーレの攻撃は終わらない。足首のインパルスブレードを最大に広げ、そこから薙ぎ払う。残る3段のフローターフィールドがあゆの速度をも殺してなければ、その首を捉えていただろう。

「えす2ゆぅ」

その右手首を拘束していた魔力鎖が消え、蹴り足の反作用でトーレが重心を崩した。バランスをとるために差し上げられた右腕に、ギンガ。

「りんぐばいんど」

抱えるというより、しがみつくようにしてギンガの身体を確保すると、あゆは自分ごと縛り上げる。あゆの腕力は見かけ以上だが、それでもギンガの身体を保持し続けることは難しい。

 ≪ Pferde ≫

足首から先を魔力の渦動で包んだあゆは、トーレの肩口を蹴り跳んで距離を置いた。空戦適性がなくとも、この程度の跳躍ならこなせる。

重心は、崩して見せていたのであろう。長身の戦闘機人が、足首を捻るだけでバランスを回復させていた。

「……」

そのまましばらく対峙していたが、航空武装隊らしき影を見てトーレが踵を返す。

「IS発動。ライドインパルス」

『あとで、ごれんらくを』

たちまち見えなくなったトーレに念話を送りながら、あゆは封鎖領域を解いた。

「あゆちゃーん!」

突進してきたスバルを、あゆがフローターフィールドで止めたのは言うまでもない。


**


のちにあゆの執務室まで潜入してきたセインによると、昨年のプラント捜査時にトーレと引き分けたクイントの戦闘スタイルに、スカリエッティが興味を示していたらしい。

たまたまギンガやスバルの姉妹に当たる素体を手に入れていたようで、9番目の戦闘機人として開発中なのだとか。

その参考とするためにゼスト隊にアンノウンなどをけしかけていたそうだが、素体つながりのネットワークで手に入れた情報を元にギンガの誘拐――戦力の補充も兼ねて――を企てたらしい。ギンガがクイントからシューティングアーツを習っていたことも、スカリエッティの食指を動かす要因であっただろう。

しかし、さすがにこれは譲れないあゆは、ギンガを諦めてもらうよう念を押すために、スカリエッティのラボに直談判しに行こうとした。

「さるまねなんて、どくたーらしく ないのです」という言葉を、どうオブラートに包もうかと、思案しながら。


だがセインが言うには、スカリエッティはそれほど拘ってないようだ。トーレがあっさり引き下がったことも合わせると、信憑性はあろう。

それに、しばらくは警戒が厳重で、さすがに手が出せまい。

「これで貸しひとつだよ」との伝言を受けたあゆは、「そんなおそろしいかりは、いやなのです」と、蒐集したばかりのリボルバーナックルとローラーブーツのデータをセインに押し付ける。

「期待しないでねぇ」とセインが消えた床を、あゆはしばらく見つめていた。



なお、市街に無許可無資格で結界を張ったあゆは、地上本部から一応の戒告を受けた。誘拐を阻んだ功績との相殺で、処分はなかったが。






おし丸先生(@oshimaru026)にお願いして、あゆの騎士服姿を描いて頂きました。Twitterにて公開してますので、@dragonfly_lynce を覗いてみて下さい。m(_ _)m



[14611] #68-3.4 [IF]第101監視世界の「うだるような暑い」一日【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/12/14 10:39


――【 新暦68年/地球暦9月 】――



コルサ・クーンタッシは不機嫌であった。

身分を隠しての護衛任務に、では無い。

航空隊所属とは云え、将来的には特別捜査官補佐の資格くらいは取得しようと考えているのだから、アンダーカバーぐらい当然である。

……当然ではあるのだが、


「まだ、おやつたべちゃダメだよぅ」   「バルスは、おやつに はいらない……」  「そういういみじゃないよぉ」
「おれ、まっさきにクラナガンオオムササビ見にいくんだ」   「ぼく、ミッドチルダホシワタリ」  「……ゲプンクテットゲーパルト、いるかなぁ」  「ウロコフネタマガイ見られるかなぁ」
「クーンタッシさん、まだ なれないのかしら」   「にらまれた。こわいよぅ」
「どーぶつえんくらいで みんなうかれやがって」   「え~!だって、すいぞくかんも あるんだよう?」
「いちどやったネタをまたやるとか……オーソドックスは ちせいのはかばだと、ユカリせんせいが おっしゃってましたのに」   「こんなトコで さくしゃひはんするなよぅ」
「おべんとはクノーデルとカルトッフェルザラト。おひるまだかなぁ」   「Zzz……もう たべれないよぅ」 
「ただいまじそく26マイル、じゅんちょうにかそくちゅう」   「いまどき、オートクルーズじゃないバスはめずらしいですよねぇ」  「(運転しづらいなぁ……)」
「トンネル、トンネル。トンネルをでたら、ミッドチルダで1ばんながいクラナガンロングゲートブリッジ♪」

貸し切りバスをほぼ満席にするほどの園児たちが無秩序に騒いでいるとなると、コルサ・クーンタッシの機嫌がよくなる要素などあるわけがなかった。


が、しかし。

「盾だ!」

最後部座席の真ん中でほとんどふんぞり返っていた小さなフロントアタッカーは、叫ぶなり通路中央を飛ぶように前へ。

 ≪ PanzerSchild ≫

応えた愛用のデバイスは、胸元に下げられたペンダント状態のままで車外に防御術式を展開する。バスの進路上に現れた赤い魔法陣が、長距離の魔法砲撃と思しき攻撃を弾いた。

突然の事態に状況を把握できない園児たちに出来たのは、ほんの3日前に級友になったばかりの少女を目で追うことのみ。

「速度を落とすなよ!」

運転手に声をかけながら、コルサは最前列の客席横の窓を開ける。通路側に引率の保育士が座っているその列には、園児が居ない。



「!」

驚いたのは、襲撃者である。

音速をはるかに超える砲撃を防がれた上に、逆上がりの要領でバスの屋根に上がったのは、スモックを着た園児にしか見えなかったからだ。



――この一月ほどミッドチルダでは、子供の誘拐未遂事件が頻発していた。
ほとんど未遂か失敗で終わっていて実害がないのも奇妙ではあったが、それにもかかわらず犯人の痕跡が一切残ってないと云う点が異様であっただろう。
管理局を揶揄する愉快犯だと分析されたが、それ以上に現役陸士隊員の子女が狙われたことが地上本部を本気にさせたとされる。
本局へ協力を依頼し、異例の合同捜査を行ったのだ。本局航空隊の一時派遣などもこの流れであるらしい。
この時、本人の希望さえあれば武装隊員であろうとも捜査に関われたと云うから、身内を狙われた地上本部の怒りのほどが知れよう――



「視認できねぇほどの遠距離から砲撃かよ」

防御した時の手応えが異様に軽かったから、非殺傷設定ですらなかっただろうと踏んでいるが、バスを護りながらでは対応が難しいのは変わりがない。

「ちびリィン」

幼稚園に転入する為の偽装も、もう必要ない。鉄槌の騎士ヴィータは騎士服を展開しながら、生まれたばかりの妹の名を呼んだ。
まさか本当に役に立つとは思っていなかったが、この状況なら融合騎の存在は心強い。

「……ちゃんと、なまえでよぶですぅ」

背負ったリュックの中から出てきたのは、眠い目じりをこする小さなユニゾンデバイスであった。

「ユニゾンだ。モードK」

「デバイスづかいが、あらいですよ」

万が一の場合については言い含められていたものの、エスタは動物園に誘われただけだ。その万が一が起きてしまった以上、遠足も中止であろうから、踏んだり蹴ったりである。

とは云え、ユニゾンに遅滞はない。

「リミットブレイク!」

 ≪ Laden Kartusche ≫

ユニゾンインと同時、カートリッジを2発消費して現れたのは、黒い騎士服姿のヴィータだ。シュピールギガントフォルム――いわゆるピコピコハンマー状態――のグラーフアイゼンも展開し終わっていた。


防御特化のザフィーラや後方支援が本領のシャマルに見られるように、ヴォルケンリッターの騎士にはそれぞれに分担した役務がある。
しかし、いざという時の奥の手として、それらの能力配分を変更できる裏技があった。融合騎、リィンフォースである――ユニゾン時に調整可能なのだ――。リィンフォース自身が有能な騎士でもあるため使われることは滅多になかったが、エスタなら過不分がない。

ヴォルケンリッターの中ではバランスに秀でたヴィータは、敢えてそのバランスを崩すことで、最も特殊な状況に対応が可能であった。例えば速度特化時は騎士服がブルーになるし、後方支援特化時はピンクになる。意味は異なるが都市迷彩としてグレーにもなるし、警戒色としてレッドに……それは最初からか。


では、今の黒いヴィータは?

「いくぞ、アイゼン!」

巨大なハンマーを軽々と逆手に握りなおしたヴィータは、その槌頭をそっとバスの屋根に置いた。

 ≪ Jawohl ≫

グラーフアイゼンの柄を目標に向けてから、ジャンプ。

「リュックズィッヒト!」

くるりと一回転してから蹴り抜くように着地したのは、巨大なハンマーの槌頭だ。

――シュピールギガントフォルムは、質量と慣性を再度魔力に還元することを可能とするモードである――

「カノーネ!」

ヴィータの足の下で槌頭ごと折り畳まれた多重の術式が、発生した魔力を、柄に沿って放出した。

すなわち、長距離砲撃である。

黒くフォームチェンジしたヴィータ。それは砲撃戦モードだった。



****




さて、無事に誘拐犯を退けたヴィータであるが、その後、悩み事が増えた。

コルサ・クーンタッシ名義で、ファンレターが山ほど届くのだ。




                                 おわり



没ネタ救済のIF話。
オペルのVitaは日本名だそうで、あちらでの本名(?)はコルサと言うんだとか。なので、ヴィータの偽名ネタは結構前から暖めていました。
そのネタの一環として今回の偽装誘拐事件などもあったのですが、そもそも管轄違いだよな~とか、あれだけのアタッカーに潜入捜査とか有り得ないよな~とか、カムフラージュで誘拐とか却ってヤブヘビじゃね?と云うことでお蔵入りになっていました。
そうこうしているうちに、今回のおまけ↓とキーワードが被って、合わせてupしてIFでネタ扱い程度ならいいかなぁと言い訳してみたり。

それだけじゃなんなんでと登場させてみたパワーアップ策は、本来時期的に無理(エスタの成長度合いとか、ピコハンフォルムの開発はもっと後の時期だとか)なんですが、ディエチの出番にもってこいだったので今回限定で先取りしてみました。ちなみにピコピコハンマーの仕組みを砲撃に使用するというアイデアの元ネタは、某勇者王さん御用達の黄金的鉄槌の超合金トイだったりします。

……つか、無理矢理足さずに別々に書ければ3話分になったんじゃないかとか思わないでもなかったり。性分的に無理なんですが(苦笑)




****




おまけ(しかしながらサブタイトルはこちら対応)



…… 一方その頃、


「これが せんそう、なのですか……」

あゆが見上げるモニター群に映し出されているのは、打ちのめされる兵士たちの姿である。トラップに阻まれ脱落する雑兵の様子や、砲撃魔法で薙ぎ払われる雑魚どもの映像もあった。

「ああ、ライブ映像だ」

隣に立つのは、クロノ・ハラオウン執務官。あゆと異なり、さほど画面に注視しているわけではなさそう。

「第101監視世界の戦争は独特だからねぇ。
 あゆちゃんが面食らうのも仕方ないかなぁ」

クロノの指示に従って各種準備を進めていたエイミィが、苦笑。

「……ええ、まあ」

モニター内では、一定以上のダメージを受けたり頭や背中をタッチされて【猫玉】なる無力化状態になる兵士が山積みになっている。あれが云わば戦死者にあたるらしいから、あゆの表情が複雑なのもむべなるかな。
その能天気さ加減に呆れ果てればいいのか、素直にその平和さ加減を羨ましがればいいのか、珍しくその表情筋の制御を手放しているようだ。

「第101監視世界。
 なかでもこのフロニャルド大陸の戦争は過剰に制度化され、ほとんど様式化されていると言っていい」

そういう意味では、都市間戦争の代償行為ともいえる近代欧州サッカーの感覚に近いのかもしれない。

「管理世界外の話しだし、人道的に問題はないし。
 本来なら、管理局が出張るような案件じゃないんだけどねぇ」とエイミィが上げた視線につられて、あゆもその画面に注目した。

「問題は、【勇者】と呼ばれているピンチヒッターだ」

正確には、その【勇者】を召喚した手段の方である。
魔法陣には一応の注意事項などが記してあったようだが、対象者が読解できるかどうかも怪しい上に、小さすぎて判読すら難しいだろう。

なにより、不可避の状況で展開した時点で略取誘拐で、普通に次元犯罪である。

積極的な他世界への進出を果たしておらず、本来管理外世界扱いであるはずの第101監視世界が特に管理局に監視されているのは、そういった問題のある魔法行使がままあるからであった。

「それでこんかい、くろのせんせぇの しゅつどう。なのですか」

「まあ、表立って。と云うわけには行かないがな」

最悪でも、被害者である【勇者】を元の世界に帰すくらいはできるだろう。とクロノは、介入時期を計るべく情報収集に戻る。


「……」

さて、リンディに頼まれてクロノに届け物をしに来ただけのあゆが微妙に気になっているのは、モニターに映し出されている1人の少女であった。

「なんだか、ふぇいとおねぇちゃんのこえに にているような?」



……そうか?



                                 おわり


今期始まったばかりの新作を微妙にクロスしてみたきっかけは、同一原作者だからでも中の人ネタでもなく、そのタイトルの意味が今回のサブタイトルに化学変化したってからだけだったりします。
つまりは思いつきと勢いだけの、考察も意味もない話なので、クロス先の今後の展開によっては期間限定公開なんて可能性も(苦笑)




[14611] #68-3.5[IF]三人目の使い魔なの!?【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:967ac590
Date: 2010/06/24 12:20
――【 新暦68年/地球暦9月 】――




スクライア一族は、こと遺跡発掘にかけては他の追随を許さぬ集団である。文献調査と変身魔法に長け、発見から発掘までを単独でこなすことも多い。小動物の姿ならすり抜けられる障害は少なくないので、人手を必要としなかったりするのだ。
特筆すべきは、秘伝とされる質量魔力変換変身魔法で、そのサバイバビリティは下手な特殊部隊など足元にも及ばない。なにせ、いっさい魔力素のない世界からでも転移脱出できるだけの魔力を、余裕で生み出してしまうのだから。

かつて、第97管理外世界で魔力素適合不全を起こしたユーノ・スクライアは、その術式によって魔力収集の障碍を克服してみせたという。


身近に、そうした変身魔法のエキスパートが居たことは幸いであった。

「かーとりっじろーど、なのです」

すでにエスタとのユニゾン姿であったあゆが、小首を傾げる。

打ち上がったしおりは形容しがたい感じのオレンジ色で、隅っこに小さく「kyoko」と書かれていたのだ。

作った憶えも貰った憶えもないが、おそらく誰かがくれたのだろう。

【碧海の図説書】のカートリッジは紙製で手軽なので、あゆに手作りのしおりをプレゼントすることが一部で流行している。見知らぬ局員――と、あゆが思っているだけだが――の中には、まるでラブレターでも渡そうとするかのように必死な面もちで来る者や、4コママンガを1コマずつ渡しに来る者もいるから、印象に残りそうなものだが。


「めたもるふぉーず、なのです」

 《 Metamorphose 》

今しがたユーノに教えて貰った術式とコツを元に、エスタの力を借りてあゆが変身したのは、白衣を羽織ったあゆ自身の姿であった。しかし……、

「……あの?なんで……犬の耳なの?」

「ねこのみみ では、ゆーのさんに わるいかとおもいまして。きゆうでしたか?」

いや、そうじゃなくて。とユーノは頬を掻く。

「いぬのみみ なら、ざふぃーらにぃさまと おそろい。と、いえないことも ないですし」とキョロキョロしたあゆは、受付カウンター内側の、立ち上がってないディスプレイを見つけて駆け寄った。鏡代わりに使いだしたが、女の子なんだし手鏡ぐらい携行して欲しい。

ぴこぴこ。ぺたり。ぴしっ、と動かしてみて満足そう。
実は、地味に耳を動かせたりするあゆだが、こんな場面で役に立つとは思わなかっただろう。人間にも耳を動かすための筋肉が存在するのだ。多くは、その使い方を知らないだけで。

「さすがは ゆーのさん、なのです。
 まるで、ほんとうの じぶんのみみのようなのです」

動かしている犬の耳と連動して、自前の人間の耳が動いているがご愛敬だが。

変身魔法は、本来の姿からかけ離れるほど制御が難しくなるから、今回は犬の耳を追加しただけだ。人間の耳は頭髪で隠すなどしておけば充分と判断したらしい。

『……』

実際、先ほどから一言もエスタが喋らないのは、その制御でいっぱいいっぱいだから。

「ゆーのさん、ありがとうございました。なのです」と頭を下げるなり飛び出していってしまったあゆを、手土産に貰ったシュークリーム――翠屋の紙箱入りの――を提げたままユーノが呆然と見送る。

「あの格好のままで……?」


**


「アンタ、……使い魔だったのかい!?」

素っ頓狂な声であゆを呼び止めたのは、狼の耳に狼の尻尾姿が特徴的な妙齢の女性だった。言うまでもない、フェイトの使い魔、アルフだ。あまりの大声に、ロビーで転送ポート待ちしていた人々が、声の主と指差された相手の両方に注目する。中には、あゆが見かけたことのある顔もありそうだ。

「えっ?」と、思わぬ遭遇に驚いたあゆは、しかしその表情をそっくり流用することにしたらしい。一瞬間を置いてから、ゆるゆると両手を頭の上に伸ばす。

自らが生やしたイヌミミに触れて一瞬身体を震わせて見せるところなど、なかなかの名演技。はやてやリンディには通用すまいが、居合わせた人々は勘違いしただろう。うっかりと使い魔であることがバレてしまったのだと。

「そうかいそうかい、それならそうと言ってくれればワタシもアドバイスとか、できたのにさぁ」

満面の笑みで歩み寄ってくるアルフは、観衆の注視をワザと惹くようにあゆが両手でイヌミミを隠したことも気にしない。

「仔犬フォームは見せたことあったよねぇ。
 最近、子供フォームも開発してさぁ、これがいいんだよぉ。ご主人サマへの負担も減らせるし、子供料金使えるし。……って、もとよりアンタには必要なかったか」


契約内容にも拠るが、使い魔は、主人と一蓮托生である。

だから【闇の書葬送事件】では、アルフはフェイトと同じく保留中であった。主人への処分がそのまま自動的に適用されたのであろう。

では、その本人がどう過ごしていたかと云えば、驚いたことにプレシアの看病と付き添いであった。

完全看護を謳う病院は、面会時間外の立ち入りを全面禁止にしていることも多い。しかし、使い魔は例外だ。なのでアルフはプレシアに付き添うことを志願した。含むところはあるが、それが一番フェイトのためになると考えたようだ。

フェイトの使い魔であるアルフが、なぜ病院側にプレシアの使い魔として認識されたのか、あゆはその理由を知らないが。

もちろん――テスタロッサ一家ごと――プレシアが海鳴市に転地療養に来てから、その役目もさほど重要ではなくなっている。だが、フェイトが心置きなく通学できるのは、やはりアルフの献身に負う部分が大きいであろう。

「あるふさんは、これから【むげんしょこ】ですか?」

プレシアの快復に伴って、アルフの自由時間も増えてきている。

そうした空き時間に、ユーノの伝手で無限書庫の手伝いなどしているらしいが、それがつまりは将来時空管理局に入るだろうフェイトのための偵察なのだから、この使い魔の主人思いがどれほどのことか。

「ん?ああ、いや今日はそうじゃなくて」

ぱたぱたと振る手の平に合わせて、その耳もぴこぴこしている。ご機嫌さんなのか?

「クラナガンまでプレシアの診断結果を取りに行った帰りでさ、ココ経由のほうが楽で早いだろ?」

それなら此処で、転送ポート待ちの列に並んでいたはずだ。「あっ!」と声を上げて振り返るが、行列は詰まってしまっている。途端にぺたりと両耳がへたりこんだ。

ふむふむ。と、その仕種を参考にしようとする冷徹な部分と、アルフの帰宅がこれで遅くなってしまうだろうことへの申し訳なさを同居させて、あゆもそのイヌミミをへたりこませる。手の下なので、見えないが。


転送ポートを空港の滑走路に喩えるなら、転送物はチャーター機と云えるだろう。管理局本局はその立地条件からハブ空港同然で、利用者の列が途切れない上に進まない。転送自体は瞬時に行われるが、送り出し側と受け取り側の同調に――受け取り側の転送ポートが存在しない場合はさらに――時間がかかるからだ。

それでも個人による魔法転移や、各世界の転送ポートを乗り継ぐよりは楽で早いのだが。

「仕方ないねぇ」と、向き直ったアルフが告げようとした暇乞いを押しとどめさせたのは、寄り添うように立てられた両のイヌミミである。押さえていた小さな手が、アルフの手を包んでいた。


**


「ヤガミさん、そちらの方は?」

「はい。しりあいの つかいまさんで、あるふさんです。
 こんかい、すこし おちからぞえをいただきまして。これから いっしょにきたく、なのです」

係官に向ける笑顔は、ぴこぴこと動くイヌミミも込みで。

アルフの提示した登録証を確認した係官が、その身元保証人と、あゆの権限とを照らし合わせて問題なしと頷く。


次元世界における司法機関にすぎなかったはずの時空管理局は、さまざまな難局を乗り越えるたびにその権益を拡大し、今では警察と裁判所に軍隊を組み込んだような武断的な組織となりつつある。

だから、一般開放されていない転送ポートも数多い。
軍用滑走路に同居している民間空港が地球にもあるが、イメージ的には同じと言っていいだろう。当然それらは管理局高官か、緊急用か、申請式だったりして、本来は管理局職員しか使えない。

それを、嘱託に過ぎないあゆがほぼフリーパスで――アルバイト扱いであるアルフを同伴させて――利用できるのには理由があった。

少しでも家族と一緒に居させてやりたいリンディと、一刻も早く人工リンカーコアを完成させたい上層部の利害が一致した結果、なのである。

おかげでどうしても研究を進めておきたいとき、あゆは八神家で夕食を摂ったあとに本局に戻ってきて就寝までの時間を使うことができた。

むろん、融通が利くからといってそれを濫用するあゆではない。いずれ、はやてが入局することを考えると、被る猫は――イヌミミだが――大きいに越したことはないのだから。

しかし、今回は特別だ。自分のちょっとした企みにアルフを巻き込んでしまった責任がある。
また、彼女のおかげで効果が倍増しただろうことへのお礼にも、なるであろう。あのまま並んでいるよりも早く、第97管理外世界へ帰れるのだから。
あゆとしては普段より帰宅が早くなってしまうが、それはそれ。ザフィーラを散歩に誘うのもアリだし。


しばしの憩いの予感に頬ゆるませるあゆと、思いのほか早く帰れそうとあって尻尾ぶんぶんのアルフが転送ポートの中で光となって消えるまではいいだろう。

問題は、残された側の人間の方だ。

「あの子、使い魔だったの?」

思わず呟いたのは、あゆ達の転送を担当した係官――モトコ・モビリオ。第35管理世界出身、女性、独身、彼氏絶賛募集中――である。

つい自分の権限範囲内であゆの来歴を調べてしまっても、誰も彼女を責めなかっただろう。元々あゆのことを見知っていて今日見かけたものは誰もそうしただろうし、さまざまな理由が重なって、たいしたことは判らないのだから。

それでも人間であることぐらいは判別するのだが、【八神あゆ使い魔説】はいつまでも管理局内でまことしやかに流布され続けることになる。

存在しないことを証明することは不可能だから『悪魔の証明』などと言われるが、人間であることがはっきりしているのに使い魔ではないかとの疑惑が晴れないのは何と呼べばいいのだろうか?





……魔王の証明?



                               おわり



special thanks to kyokoさま。この話の元ネタと、その際にイヌミミであるべきとご教授いただきました。

感想板での流れを汲んで、自身の肉体的成長がないことの対外的な理由付けとして使い魔であるとの流言を自作自演するあゆを描いてみました。StS篇では登場させなかったアルフとミミつながりで絡ませるために作中の時期が微妙ですし、第一あゆが気にして手を打つとは思えないのでIF。あゆが独断でコトを起こすと碌なことにならないことを再確認しただけのような気がするのでネタ扱いです。そもそもイヌミミよりネコミミの方が好みですし。まあ、そんなわけで、考証や時系列は甘めです。



[14611] #68-4 ファミリーズ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/09 12:28
――【 新暦68年/地球暦9月 】――




はやて1人居ないだけで、こうもベッドが広いものだろうか。

「もうすこし、そちらによっても、いいですか?」

「なんだよ、寂しいのか?」

もぞりと、身動ぎする気配。

「はい、なのです」

あゆにとって、夜闇は光の世界だ。支配の及ぼしづらい他者の体内の魔力だけが見えないから、人の形に闇が見える。明るい世界なのに、誰もが影に見える。だからあゆは、夜が少し、嫌いになった。だから最近、夜にとる睡眠の時間が増えつつるのだろう。

「しかたねぇな、ほら来やがれ」

持ち上げられた掛け布団の下に、あゆが跳び込んだ。

「ありがとう、なのです」

ここまで近づけば、たとえレアスキルの力が邪魔してもその表情が読み取れる。ヴィータは、少し迷惑そうだ。

「暑苦しいんだ、あんまりくっつくなよ」

「いじわる、いわないでほしいのです」

すすき梅雨の頃合である。湿気がまとわりつくような夜であった。

「まあ、お前ぇは体温低いみたいだから、それほどでもねぇけどよ。
 だからってしがみつくな、うっとうしい」

「びぃーたおねぇちゃんは、つれないのです。
 おねぇちゃんがいなくて、さびしく、ないのですか?」

そう言われると否定できないヴィータである。そっと、あゆを引き寄せてくれた。

「いまごろ、おねぇちゃんも おやすみでしょうか?」

「どうだかな。
 なのはたちと、お話しでもしてんじゃねぇか?」

私立聖祥付属小学校6年生は、修学旅行なのだ。今年は北海道だそうで、涼しい所だと聞いたヴィータは羨ましくてしょうがない。

「しかし、お前ぇは本局に泊り込んでくるもんだと思ってたぜ」

言われてみると、なるほどと思うあゆである。

「かんがえも つきませんでした」

本局は不夜城であるし、自分も睡眠はそれほど必要でない。はやてやリンディが怒るから、こうして帰ってきているだけだった。

しかし……、

ただ睡眠のためだけに、こうしてベッドに入っているわけではないと、思えるようになってきたのだ。あの、熱を出して、はやてに添い寝してもらった時から。

はやての傍なら、熟睡することだってあるようになった。一度など、6時間も寝てしまったので、寝過ぎでか頭が痛くなったりした。夢だって見たことがある。はやてと一緒に、お昼寝する夢だが。

「……あふ」

押し寄せてくる睡魔に、あゆはあくびを洩らす。どうやら、ヴィータの傍でも熟睡できるようだ。

「びぃーたおねぇちゃん、おやすみなさ…い……」

見るのは、ヴィータと一緒にお昼寝する夢だろうか?

「おうよ、おやすみ」

とんとんとその肩を叩いてやって、ヴィータもまたまぶたを下ろした。

プログラム体であるヴォルケンリッターも、本来はあまり睡眠を必要としない。迅速な魔力回復を促すために、活動を休止するだけなのだ。

だがヴィータも、はやての傍で眠るときは、それだけではないと思えた。なにもしない、なにもできない時間なのに、大切な人の傍だとなぜか愛おしい。

だからヴィータは、今宵のあゆの寂しさが解かるような気がした。



ちなみに、修学旅行の2日目。富良野のラベンダー畑では雪が降ったそうだ。




****

――【 新暦68年/地球暦10月 】――



もう少し甘えてくれると嬉しいと、リンディは思うのであった。

あゆのことだ。

態度を見るに、懐いてはくれているようである。今も一緒にソファの上で、体重を預けてくれていた。

けれど、よほどの用事がない限り、この子はお小遣い――と言っても本当はあゆの正当な報酬の一部だが――を取りに来る以外ではこの執務室を訪れてくれないのだ。特殊遮蔽内へはリンディといえど気軽には立ち入れないし、そうそう八神家まで押しかけるわけにも行かない。

先月、生まれたてのユニゾンデバイスを紹介しに来てくれたのが、とても嬉しかったリンディである。上層部に働きかけた甲斐があったと言っては、私情が入りすぎだろうか。


「おいしいですぅ」

テーブルの上では、そのエスタが栗蒸し羊羹に舌鼓を打っていた。今日のために、第97管理外世界まで買いに行った白小豆の逸品だ。期間限定だから、この季節しか楽しめない。

「おかぁさん」

「なあに?」

「……」

あゆとリンディの様子を、見上げていたのはエスタである。

さすがに隠しようがないからと、エスタには2人の関係を教えたのだが、もしかしたら本気で隠し子だとでも思われているかもしれない。

「この ようかん、ぜったいに くりのほうが りょうがおおいです」

「ええ、すごいでしょう」

食品の不正表示が相次いで問題になったとき、原材料名の表示順が【砂糖・白小豆・栗・小麦粉・浮粉・葛粉・食塩】だったため、不当表示になるからと百貨店から指導を受けた逸話を持つ。

今では正しく【栗・砂糖・白小豆・小麦粉・浮粉・葛粉・食塩】と訂正されている。

「とっても おいしいです」

頬を押さえながら幸せそうに食べている姿に、思わず抱きつきそうになるリンディであった。




****

――【 新暦68年/地球暦11月 】――



シャマルに言わせると、元祖【闇の書】は散歩好きであったらしい。

だからという訳でもないだろうが、【碧海の図説書】が完成して以来あゆは、ちょっとした合間に周囲を散策することが多くなった。

今日は、家の近くの公園に。季節でないから、桜の樹は丸ハダカだが。

『もうしわけ、ないのです』

『じゅうぶん、たのしいですよ』

応えたのは、リュックの隙間から外を覗いているエスタである。

聖王教会から借りた資料を参考にしたエスタは、フレームを展開することで人間の子供サイズに大きさを変えることが可能だ。

しかしながらロードたるあゆの魔力量の関係で、長時間維持が出来ない。仕方ないので、リュックに隠れている次第であった。

『おいしい【あいすくりーむやさん】がきているらしいので、それでゆるしてほしいのです』

わぁいですぅ。と歓んでおきながら、エスタが首を傾げる。

『こんなにさむいのに、アイスクリームですか?』

『ふゆの【ほっかいどう】の【あいすくりーむ】しょうひりょうは、ばかにならないのだそうですよ。
 しつどがひくくて、のどがかわくから。なのだそうです』

社会科の授業での余談か、それともはやての土産話か。

『へぇ~、ですぅ』

ああ、あそこなのです。と、あゆが指差した先に【じゅりあぁとnoじぇらぁと】と墨痕淋漓に大書されたワゴン車。評判らしく、何人か並んでいる。

「ふぇいとおねぇちゃん」

行列の最後尾で揺れていた金髪に見憶えがあると思ったら、フェイト・テスタロッサその人であった。

「……あゆ、きぐうだね」

『こんにちわですぅ』

『エスタも居るんだ。こんにちわ』

「ふぇいとおねぇちゃんも、あいすですか?」

……うん、ちょっとね。と向けた視線の先に、ベンチ。端っこに座ったエリオから、距離を取るようにアリシア。

「まだ、こころをひらいて なかったのですか」

アリシアはエリオを話題にしないので、その動向をあゆは知らなかった。

「……うん。最近はアリシアまで頑なになってきちゃって。
 お姉ちゃん、失格だね。私……」

ふむ。と、あゆ。境遇の同じフェイトにならエリオも心を開くかと思っていたが、却って頑なになってしまったのかもしれない。

『あらりょうじに なるのですけど、やってみますか?』

『なにする気なの?』

このあゆが荒療治と言うのだ。聞くのが怖いフェイトであった。


**


俯くエリオの視線の先に、影が落ちた。

「みつけたのです」

一切反応しないエリオを見下ろすのは、あゆである。ベンチの反対側に座るアリシアは、事前に念話で言い含められていたので口を挟まない。

「かおを あげるのです」

研究所時代にエリオが身につけたのは、目の前にいる人間の言うことに従うことであった。そうすれば、痛いことが減る。

「あっ」

のろのろと顔を上げたエリオが見たものは、白衣姿のあゆであった。


特殊遮蔽区画内で働くあゆの白衣は、一種のバリアジャケットである。なので、いつでも展開が可能だ。いまはフェイトに借りたリボンで髪を縛り、そのシルエットを変えている。できれば変身魔法を使って大人に見せかけたかったが、あゆの魔力量と処理能力では一抹の不安があった。ただでさえ変身部位を常に意識し続けなければならないのに、体格まで変えてしまっては、身体感覚の把握がとんでもないことになる。

もっともエリオの反応を見れば、そんな手間は不要だったと判るだろう。今までに面識があるなどと、気付いてもいまい。



あゆは、エリオと自分の境遇には共通する点があるだろうと考えていた。そうして思い起こしてみたのは、養成所時代に自分が嫌いだったこと、イヤだったものは何か、ということである。そこを突いて感情を揺さぶれば、そこに道が開けるだろうと。

あゆのそれは、自分たちに薬を処方していた医者だった。

蠱毒房を出た次の日、消毒薬臭い一室に放り込まれたあゆを待ち構えていたのは、白衣の男性である。思い出してみると、スカリエッティに似ていたかもしれない。

自分の名前は?歳は?何処から来た?両親の名前は?親しい友達は?今年の誕生日のプレゼントは?郵便ポストは何色か?犬と猫の違いは?1+1は?と質問を繰り返し、あゆが答えるたび、あるいは知らないと言うたびに一喜一憂していた。

今思えばあれは、個人情報に関する記憶だけを選別消去できたか、確認していたのだろう。

その後も何度にも渡って処方や投薬を受けたが、そのたびに現れるこの医者の、自分を見る目と、その笑い声が嫌だったと思い出したのだ。


くふり。と、口の端を歪めてみせる。

エリオの瞳孔がすぼまったところを見ると、似たようなトラウマを抱えていたのだろう。できれば、あゆも思い出したくはなかった。皮肉なことに、投薬のおかげで忘れていられたのだ。おかげで今後、白衣を着るのが憂鬱になるだろうから。

「こんなところまで、にげてくるなんて。
 さがしましたよ」

にやり。と、今度は嗤ってみせる。妙に似合うから、止めて欲しいと思うアリシアであった。

「あ……、あ……」

「いまなら、ゆるしてあげるのです。
 さあ、もどりましょう」

呻き声をあげ、ガタガタと震えだしたエリオの手を握る。その体に、ぱりぱりと走り始めたのは電撃。魔力変換資質かと思い当たったあゆは、この白衣がバリアジャケットで良かったと内心で胸をなでおろしながら防御特性を調整した。


「……あ、……う」

ふるふるとかぶりを振っていたエリオの、その眉尻が吊りあがったその時だ。

「私の家族に、手を出すな!」

2人の間にフェイトが割り込んできたのは。

「そのこは、だいじな じっけんざいりょう、なのです」

びくり。と肩を震わせ、眉を落としたエリオの目尻に涙。

危ないところであったのだ。あと一瞬でもフェイトが遅かったら、エリオは暴れだしていただろう。エリオがテスタロッサ家に引き取られた詳しい経緯を知らないあゆの読みが、少し浅かった。

「かえして、もらいましょうか」

「違う!エリオは私の家族だ!」

その目の前には、小さくとも頼もしい背中。いつの間に寄り添ってきたのか、傍らにはアリシア。

「そうなのですか?」と、これはアリシアに。

そんなことを訊かれるとは聞いてないが、「そうよ、エリオは私たちの家族よ」と答えざるを得ない。

エリオをこころよく思ってないアリシアにしてみれば、不本意であろう。『あゆちゃん、あとで覚えておいてね』と念話で恨みごとを言うありさま。


少し立ち位置をずらして、エリオを見据えるあゆ。ヘビがカエルを見ているようで怖かった。とは、テスタロッサ姉妹の感想だ。

「もどりますよね?
 このかたたちが あなたのかぞくだなんて、うそでしょう?」

猫なで声に、エリオの震えは酷くなるばかり。

「……あ、あ、あ」

再び、にやりと。

「ほら、ね。
 こたえられもしないのです」

「それでもエリオは私の家族だ!」

あゆが内心で驚いていたのは、意外なフェイトの熱演振りである。もっと、しどろもどろになると思っていたのだ。

「か…、か…」

か?とあゆは、エリオに水を向ける。フェイトが期待に口元をふるわせているのを、あゆだけが見ていた。

「……か ぞ く です」

あゆの視線が、お芝居を忘れてエリオに抱きつきかねないフェイトを牽制する。

「……ほら、エリオもこう言ってる」

「ふむ、いたしかたないのです。
 きょうは、ひきさがるとしましょう」

踵を返したあゆはゆっくりと、実にゆっくりとその場をあとにした。


「……あの、……ぼく」

「いいんだ。無理しなくて、いい」

「言っとくけど、お姉ちゃんはアリシアのお姉ちゃんなんだからね。エリオになんか、あげないんだから!」

いまようやく始まったであろう不器用な家族の声にも、振り返らない。

『いいんですか?あゆちゃん、かんぜんに わるものですよ』

『かまいません、なのです。
 わたしがこううんにめぐまれて、あのこがめぐまれてはならない。などということはないのです』

かつて暗殺者として教育されていたあゆは、別の意味で社交性を身につけさせられようとしていた。無愛想な殺人マシーンなど、誰も寄せ付けてくれないのだから。暗殺者にも自爆テロ要員にも、愛想は不可欠だ。爆弾を隠した花束を抱えた子供は、天使の微笑みで標的に歩み寄るのである。

だが、壊され消された感情を、ニセモノの演技で上書きされきる前に、あゆははやてに出会えたのだ。

「わたしみたいな そんざいが、だれかを しあわせにできたかも しれないのです。
 それでじゅうぶん、なのです」

エスタの危惧したとおり、後々事情をバラした後にもエリオはなかなかあゆに懐かなかった。

当の本人は、まったく気にしてなかったが。


『あいすくりーむを、たべそこなってしまいました。
 ごめんなさい。なのです』

「そんなことはどうでもいいんですぅ!」

思わず肉声で怒鳴ってしまうエスタであった。




****




「工作の宿題なん?」

リビングに所狭しと様々な種類の紙を広げ、ハサミで切り刻んでいるのだからそう見えるだろう。

足の踏み場がなくて、はやてはリビングに入れない。

「【へきかいのずせつしょ】の かーとりっじように、いろいろためしているのです」

実際にカートリッジ化するにはインテグレータなどの設備が要るので、今はただ、しおりの形に切っているだけだが。

「シグナムたちみたいなのんと違って、ただの紙やのに、ちゃんと魔力を貯めれるんやなぁ」

一枚手にとって、しげしげと。

「ざいしつによって ためやすさがちがうので、いがいとおもしろいのです」

「へぇ。どないなん?」

あゆが言うところに拠ると、基本的に魔力は、質量があるほうが篭め易いそうだ。ヴォルケンリッターや一般的なカートリッジの弾芯が鉛なのは、入手しやすさも含めてそういう理由だろう。例外としては、生物由来の素材は軽くても篭め易いらしい。

なので、紙は意外にカートリッジ向きではあった。

それでも、こんな変則的な素材をカートリッジ化できるのは、魔力蓄積ということで人工リンカーコアと相通ずるところがあるからであろう。

「もっといろいろ、ためしてみたいです」

【碧海の図説書】は、あゆ個人のデバイスなので、カートリッジの作成も自腹である。インテグレータの使用は許可が下りているが、あゆの小遣いでは材料費が莫迦にならない。

来年の誕生日プレゼントは、様々な材質のしおりセットがええやろか。と、はやて。

「ひとの ずがいこつとか、ほしくびとか、のうみそや しんぞうの ひものとか、きっと すごいりょうのまりょくを こめられるのです」

「怖いこと、想像させんといてや」

ちなみに、リビングの片隅で「ビーフジャーキーあたりは、どうであろうか?」などと考えていたのはザフィーラである。



[14611] #68-4.5 夜の終わり、夢の終わり【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:38

――【 新暦68年/地球暦11月 】――



「盾の守護獣、ザフィーラ。砲撃なんぞ、撃たせん!」

突き上げた軛が、しかし生体レンズを貫けない。

「!?」

まるでお返しとばかりに放たれた砲撃が、ザフィーラをローストにする。

ザフィーラ!?と駆け寄ろうとしたはやては、しかし足を止めた。

「ざふぃーらにぃさま」

はやてのデザインした騎士服で身を固めたあゆが、ザフィーラを挟んで向い側にいたのだ。

「え?あゆ?なんで?」

【闇の書】攻略にあたって、あゆは置いて来たはずなのに。

「いきますよ!まりょくのもと、なのです」

ザフィーラ目掛けて投げられた物体に、はやての目が点になる。

「なんでビーフジャーキーなん?」

狙い過たず口元に飛んできたビーフジャーキーを咥え、ザフィーラが狼形態で仁王立ち。

「わお~ん!」

 『説明しよう。ザフィーラはあゆ特製ビーフジャーキーを食べるとパワーアップするのだ』

「ちょ!?今の声、誰!?え?ダイスケさん?」

なるほど、ハーケンダック海鳴店店長の宇門ダイスケさんの声にそっくりだ。でも、惜しい。ダイスケさんは山ちゃんのスタンドインだ。

「縛れ、鋼の軛。でぇぃえ やっ!」

ぽこり。とザフィーラの足元に生えてきたのは、白い二等辺三角形だ。随分と小さい。

その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形が生えてくる。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形。その二等辺三角形の前に、やはり二等辺三角形……ええい、うっとおしい!

小さく前習えをするようにずらりと並んだ二等辺三角形たちが、「クビキ、クビキ、クビキ、クビキ、クビキ、クビキ、クビキ、クビキ」と、怪物化した【闇の書】に向けて行進を始めた。

たちまち取り付いて、その先端を突き刺し始める。



「はっ!?」と、はやてが目を覚ましたのは、【闇の書】が爆発してドクロな感じの爆炎を上げた直後であった。

「なんや、夢か」

上半身を起こし、寝汗で貼りついた前髪を掻き上げる。あゆとクロノが珍妙なポーズで勝利を祝うのを見ずに済んだのは、不幸中の幸いだったか。はやての精神衛生的に。

それにしても変な夢を見たものだ。いや、ああして夢ででも茶化してしまえる程度には、はやても【闇の書】のことへの整理がつき始めているのかもしれない。

「それはそれとして」

まずはやては、左隣で眠るあゆの額を突付いた。頭蓋骨だの、心臓の干物だのと言い出したあゆが一番悪い。主犯格につき、有罪だ。

次に、右隣で眠るヴィータの額も突付いた。ことの終わりかけにリビングにやってきて、「そのビーフジャーキー食べたら、魔力が回復するか?」などと言い出したのはヴィータである。

もちろん、ビーフジャーキーなどを引き合いに出したザフィーラにも、あとでお仕置きするつもりだ。

「なんや、目が冴えてしもうたなぁ」

見やれば、時計の針はいつも起きている時間よりいくらか早い程度。今から寝なおすのも却って疲れるだろう。

しゃあない。とベッドを出たはやては、早速ザフィーラを突付くべくリビングへと向かうのであった。


                              おわり



[14611] #68-5 涙、ふたりで
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:40

――【 新暦68年/地球暦12月 】――



「おれいがおそくなって、もうしわけありません。なのです」

「いえ、なかなか時間が取れなくて、こちらこそごめんなさい」

あゆが訪れているのは聖王教会本部である。貸してもらった資料のお礼に、カリムとの面会を求めてから3ヵ月が経っていた。教会騎士としてかなりの高位であるカリムは多忙であるし、地球との自転周期差の関係もあって、なかなか時間が合わなかったのだ。

「こちらが、その融合騎さん?」

「はい、なのです。
 もうしわけありません。このとおり、まだ1にちじゅう ねてることがおおいのです」

テーブルの上に置いたリュックの中で、エスタが寝息を立てていた。ここに着くまでは起きていたのだが、眠気に耐えられなかったらしい。

「かわいい寝顔を見せて戴けただけで、充分です」

それにしても。とカリムは続ける。

「融合騎を生み出してしまうなんて、本当に優秀なデバイスマイスターさんなんですね。
 クロノ執務官が自慢されるはずです」

いえ…あの。と、なぜかあゆはしどろもどろになってしまう。なにやら、ほんのりと頬が赤い。

実は、正面からこうもまっすぐに褒められたのは、知る中で初めてだったのだ。はやてもリンディも無条件であゆを全肯定――いけないことは、たしなめるが――してくれるから、案外そういった機会がなかったのである。

「その……」

わたわたするあゆに、ますます目を眇めるカリム。

「……あぅ」

自分でもよく解からない動揺に、カリムの笑顔を直視できない。

「……りぃんねぇさまがいましたし、たくさんのかたが てつだってくださいましたから」

【蒼天の魔導書】とリィンフォースという見本があり、教会から資料も借りられた。なにより、マリエルを筆頭にさまざまな人が力を貸してくれたのだ。あゆ1人では、たとえ生み出せたにしても、もっと時間がかかったであろう。

あれ?と、あゆは首をかしげる。

「くろのせんせぇ、……ですか?」

カリムとヴェロッサが義姉弟であることは聞いていたから、クロノと知り合いでもおかしくはない。しかし、あのクロノ・ハラオウンがそうそう人を褒めるとは思えなかった。

「ええ、そもそも教会の方に資料の提供を求めてきたのは、クロノ執務官だったんですよ。
 将来有望なデバイスマイスターに、恩を売るチャンスだと」

初耳である。

なんでも管理局と教会はその協調路線を強化しつつあって、その一環になるだろうとクロノが提案してきたのだとか。教会は人工リンカーコアに興味を持っているし、管理局はカートリッジシステムについての本格的な技術供与を打診している。将来の技術提携を見据えての布石に、あゆが適任ではあったのだろう。


「融合騎は古代ベルカの技術ですから、それを復活させられるなら教会としても願ったりでしたし」

恩、売れましたか?と微笑むカリムに思わず「はい」と答えてしまって、内心であゆは諸手を上げた。教会そのものはともかく、どうにもこの人には敵わないような、そんな気がしたのだ。


**


「そんなわけには、いきませんよ」

「ざんねん、なのです」

苦笑であゆを見下ろしているのは、シャッハ・ヌエラである。

カリムの好意でシャッハが送ってくれることになって、あゆはその移動魔法が体験できるかと期待したのだ。


陸戦AAAランクが扱う術式が使いこなせるわけもないが、参考にはなるだろう。空戦適性の低いあゆにとって、移動魔法に長けるシャッハは、一つの理想形であった。

なんでもカリムが時空管理局の理事官に就いてから両者の交流は活発化しだしているらしく、それは現場レベルで顕著なのだとか。その一環でシャッハと模擬戦をしたシグナムからその戦いぶりを聴いていたあゆは、ぜひともお近づきになりたいと思っていたのだ。

とはいえ、前線部隊に居るわけでもないあゆから模擬戦を申し込むことはできないし、教会の騎士であるシャッハたちのデバイスを蒐集させて欲しいとも、あゆの立場では言い出せない。

まずは個人的に友誼を結んでおくしかない。と結論付けたあゆが、シャッハの手配してくれた乗用車に乗り込もうとしたその時だった。

「八神さんは、デバイスのデータを集めていらっしゃるとか。
 私のヴィンデルシャフトで宜しかったら、お貸し致しますが?」

差し出されたその手に載っているのは、2枚の小さなプレート。待機状態のヴィンデルシャフトだろう。

「よろしいのですか?」

「はい、騎士カリムから、私に否やがなければと御下問いただいておりまして。
 将来有望なデバイスマイスターに恩を売っておけば、ヴィンデルシャフトも安泰でしょう?」

そのショートカットを揺らしながら、ウインク。

職務中もあってか硬い物言いが目立つ人だが、根はぐっと柔らかそうだ。

「ありがとうございます。なのです」

エスタを優しく起こしながら、あゆは思う。カリムといいシャッハといい、恩を売るなんて下卑た言葉を、どうしてこうも恵み深く言い換えてしまえるのだろうかと。そうして受けた借りが、スカリエッティの時などとぜんぜん違って、まったく負担に感じずに済んでいるのは何故だろうかと。

人間関係を含め、冷徹に計算することを教育されたあゆには、まだまだ理解しがたいだろう。

どうにもやりづらい。けれど不快に思っているわけではないと、あゆは知らなかった自分の姿をひとつ見出すのであった。



なお、こうして手に入れたシャッハの移動魔法の数々であったが、残念なことにどれも彼女の天稟に拠るところが多くて、あゆには使いこなせなかった。

移動魔法はその速度が増すごとに魔力消費が急増していくので、シャッハの使うレベルではあっという間にエンプティになってしまうのだ。

それでもいくらか参考になる点はあって、あゆはフェアーテなど元々所有していた移動魔法の魔力消費を抑えることに成功したらしい。




****




「おや、ぷれしあではないですか」

「出会い方が悪かったから文句は言えないけれど、なんでも親代わりの人の前のようだし、躾ておこうかしら」

立ち上がるなりムチを取り出すプレシアに、あゆはホールドアップ。ピシっと鳴らされた音からして、実に痛そうだ。

「どうして、こちらに?
 ぷれしあ・てすたろっささん」

今月のお小遣いを貰うべく、リンディの執務室を訪れたところである。最近は何かと要り用で、財政が逼迫しているあゆであった。

そういうのを慇懃無礼というのよ。と、プレシアはソファに座りなおす。

「ファミリーネームは要らないわ」

では、ぷれしあさん。と言いなおしたあゆに、しかし応えたのはリンディだ。

「ご病状が回復されてね。本格的に管理局で働いて下さることになったの」

「その、ご挨拶にね」

なるほど。と、あゆがソファに座ると、いそいそとリンディがお茶を淹れ始める。

「私の専門は次元航行エネルギー駆動炉だから、局の次世代艦艇の設計に携わることになったわ」


魔力素は次元世界のあらゆる場所に遍在するが、質量の高いところに集中するので、物質のない次元空間では希薄だ。

反動推進で移動するには広大すぎるし、魔導炉の効率も良くない。まったく風の吹かない、波もなければ、潮流もない、鏡のような海。それが次元空間である。近隣世界への直接魔法転移を除けば、渡ること能わざる海であった。

その不渡海に、大航海時代をもたらしたのが次元航行エネルギー駆動炉だ。


  ――偏向擬似質量創出という技術が、魔法にある。殺傷設定と非殺傷設定を高度に組み合わせた、主にデバイスの変形や巨大化に使われる技術だ。

この技術で生み出された質量は、術者の意図に従って物理法則への干渉方法を取捨選択することができる。例えばグラーフアイゼンのギガントフォルムは、それを振り回すヴィータには重量も慣性も感じさせず、打撃の対象にのみ質量と慣性による影響を行使するのだ――


次元航行エネルギー駆動炉は、作り出した擬似質量に引き寄せられる魔力素の流れを一瞬だけ殺傷設定に変換することで推進力とする。さらには、その魔力素を魔導炉へ蓄積してしまう。帆船が、帆に受けた風をそのまま風力発電に回してしまうようなものであった。


「【じげん こうこう えねるぎー くどうろ】ですか、【へんこう ぎじしつりょう】の せっていひについて おはなしをうかがえると うれしいのですが」

「貴女の研究は、人工リンカーコアだったわね」

こくん。と頷くあゆである。

現存技術でもっとも人工リンカーコアに近いのは魔導炉なので、その資料を集めたことはあった。次元航行エネルギー駆動炉も然りである。

しかし、あゆの研究する人工リンカーコアとはあまりにもスケールレベルが違って、なかなか応用し切れなかったのだ。まさか、こんな身近に専門家が居たとは。

「エリオの件では世話になったみたいだから、やぶさかではないけれど」

ふむ。と、ばかりに人差し指を鼻筋にあてたプレシアが、わずかばかりの黙考。

一方あゆはというと、母親というものの基準をリンディに置きつつあったので、そういう意味でプレシアをまったく評価していなかった。エスタが起きていたら「ダメダメですぅ」と付け加えただろう。当然そのことが貸しになるとは思っていなかったので、プレシアの態度を意外に感じたようだ。


「基礎的なことから教えてあげられるほど、私も暇ではないわ」

少し前まで暇だらけだったけれど。と展開されたのは、データ受け渡し用の魔法陣である。

「これは、私が初めて実用化させた【ギドラ】の、開発時の覚え書きよ。
 貴女みたいな実践派には、下手な理論書よりも解かりやすいと思うわ」

「ありがとう、なのです」

開発資料そのものは無限書庫にあるだろう。併せて読めば理解も進むに違いない。

「質問は受け付けるけれど、疑問点は明確に、要点を絞りなさい」

「はい。ありがとうございます。なのです」

心からの感謝と敬意を込めて、あゆが頭を下げた。


プレシアは新暦73年に、管理局の次世代大型次元航行船に採用される次元航行エネルギー駆動炉【テュポーン】を完成させる。

その研究に、特遮二課からの技術フィードバックがあったことを知る者は、少ない。




****




私立聖祥大付属小学校は、なにかとイベントが多い。遠足なども含めると、少なくとも2ヶ月に1回は何かしらの催し物がある。

今日はその一環。最近できたばっかりの海鳴臨海水族館へ、学年合同での課外授業であった。


おお。と、意外にも愉しそうな声を上げたのはあゆである。

「ドクターフィッシュ【ガラ・ルファ】」と掲げられた看板の下に、公園の噴水のような親水空間が設えてあった。

そこに手を入れると、小さな魚が指先を突付いてくれるのだ。

「ありしあちゃん、ありしあちゃん。これ、と……」

言葉を呑みこんだのは、受けとってくれる相手が傍に居なかったから。

はやて伝てに聞くところによると、エリオはずいぶんと心を開いてきているらしい。特に、フェイトに対して。それは当然お姉ちゃんっ子であるアリシアにとっては不本意な事態で、その原因たるあゆとも微妙に距離をとっているのだ。

「……」

手先をハンカチで拭いながら、あゆはあてどなく歩き出した。人の流れに身を任せて、館内を半周ほどもしただろうか。

目の前の水槽には、シロイルカ。アクリルパネルの向こうから、つぶらな瞳をあゆに向けてくる。


理屈に合わない。と、あゆは思う。

自分はそもそも、学校になど行きたくなかったはずだ。はやてたちとの交換条件で仕方なく通うことになって、必要だからいい子を演じているに過ぎない。来年にはやてたちが進学してしまえば、その演技に割り振る労力も減らせられるかと期待しているぐらいだ。

はやてとリンディさえ許してくれるなら、すぐに辞めてしまいたいと、研究のために時間を費やしたいと、今でも思っていた。

「……」

いつもなら、シロイルカのこのつぶらな瞳を2人して見ていたことだろう。さきほどのガラ・ルファに一緒に指先を突付かれたことだろう。

あゆにとって、アリシアが特別な友達であることは確かである。相手の事情も解かっているし、あゆの事情も大体知っている。他のクラスメイトには言えない秘密を共有する仲であるし、一緒に居て楽しいのも事実であった。何かとフォローしてくれてることにも気付いていて、そのことへの感謝も嘘ではない。

けれど、研究時間の確保に勝るほどではない。と、あゆは考えていたのだ。たとえ学校を辞めることになって、会える時間が減っても構わないと、思っていたのだ。

授業中、念話で付き合わされるたわいもない話。休憩時間、無理矢理連れ込まれてアリシアを中心としたクラスメイトたちとの、やはりどうでもいい会話。お昼休み、弁当を食べながら繰り返される退屈な話題。

アリシアが傍にいない今、授業時間が長く感じる。休憩時間も、時計の針が進まない。お昼休みも、いつ終わるとも知れぬ長さ。

「わたしはいつのまに、うしないえるものを、えていたのでしょうか?」

今まで意識もしてなかったのに、アリシアという接点を失ってみてはじめて、学校生活というものが自分に与えてくれていたものを知る。

アリシアが与えてくれていたものを、感じる。

暗殺者とは程遠い世界だったから、気付けないでいた。

あゆにとってはやてが幸せの象徴なら、アリシアは平穏な日常の象徴だったのだ。



ごん。と響いたのは、あゆがアクリルパネルに額をぶつけた音。そのまま寄りかかるあゆを覗き込むように逆さになったシロイルカの口から、リング状に、泡。

アクリルパネルに行き当たって崩壊、浮き上がっていく泡々を追いかけて天井を見上げたあゆは、憶えのある感覚に身震いした。周囲に人が居れば居るほど、際立ってくる。

「……わたしは、いま。さびしいのですね」

人の感情に理由は要らないとはやてに教わってなければ、むしろあゆは泣き叫んだだろう。自分の知らない、自らの裡からこみ上げてくるものを恐れて。

「ひとはきっと、さびしいものなのです」

さびしさをしらなかったわたしは、こどくがこわくなかった。さびしさをしって こわくなったわたしは、こわされたものを とりかえしているのでしょうか?

「さびしくて、こわいのです」

見上げる天井のライトが、滲んで歪む。

こんなところで泣いては世間体が悪いと、一般常識を身につけ始めているあゆが、顔を伏せ踵を返そうとしたときだった。

「あゆちゃん!」

一粒、ぽろりと流れた涙が床に落ちきる前に、抱きしめられたのは。

それが誰か、見なくとも、訊かなくとも判る。今ではあゆより頭一つ分背の高いこの友達とは、4年近い付き合いなのだから。

「ごめんね。
 アリシア、いじわるでごめんね!」

大事なお姉ちゃんを、フェイトを奪われて面白くなかったアリシアは、ついその原因たるあゆと距離を置いてしまった。

一度そうしてしまうと、引っ込みがつかなくなって、ずるずるとこうして今日まで口もきけなかったのだ。

エリオが家に来たのも、フェイトを取られてしまったのも、あゆが悪いわけではないと解かっていた。フェイトに感謝の一つもしないと怒っていたくせに、いざエリオがフェイトに微笑むとそれも気にいらない。そんな身勝手な自分が悪いのだと、解かってはいたのだ。

だから、今日も、あゆから目を離せなかった。

「ごめんね」と繰り返すばかりのアリシアは、人目もはばからず盛大に泣く。今や色々とあゆに一般常識を教えている少女は、そのくせいざとなれば世間体など気にしない。

「ごめんなさい、なのです」

「あゆちゃんは悪くないよう」

わんわんと泣くアリシアと、実に静かに泣くあゆの水掛け論は、クラスメイトに呼ばれて担当教諭が駆けつけても続けられたそうだ。




[14611] #69-1 Book's Strike
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/22 05:00
――【 新暦69年/地球暦2月 】――



ごすっ!と聞こえた音が、重い。


「いっ!……」

後頭部を襲った衝撃に、男が頭を抱えた。

「……った~」

かなり痛いらしい。机に突っ伏している。

「……」

服装からして航空武装隊の隊員だろう。ようやく痛みが退いてきた後頭部を撫でながら、椅子ごと振り返った先には。

「……子供?」

水色の白衣を纏った女の子がいた。

その手に持ったブ厚い本が己を襲った凶器であると気付いて声を荒げようとした途端、他ならぬその凶器を鼻先に突きつけられた。

「いまあなたは、【でばいす】を ほうりなげましたね」

ずい、と押し出される角っこに押されて、男がたじろぐ。

「いくら かんきゅうひんとはいえ、じぶんのいのちを あずけることになるあいてに、なんて しうちですか」

いや、しかし。と口にしかけた反論は、振りかぶられた凶器の前に封殺された。言論弾圧イクない。

「あゆ。お前は、こんなところで何をしている」

「しぐなむねぇさま」

事情を説明しようとしたあゆを手振りでとどめ、「言わんでいい、だいたい見当がつく」と烈火の将は額を押さえる。

「済まん。妹が迷惑をかけた。
 お前も謝れ」

あゆの頭に手をかけて強引に頭を下げさせたシグナムが、自らも深く頭を下げた。

「いや、シグナムさん。頭を上げて下さい」

却って慌てた男が「確かに俺も悪かったんで」と恐縮することしきり。
この男に限らず、部隊の垣根を越えてシグナムに助けられた者は多い。その烈火の将にこうまでされて、子供に叩かれた程度のことで騒ぎ立てる隊員はこの隊舎には居まい。

「のちほど改めて詫びに来る」と、あゆの襟首掴んで引っ立てていくシグナムの、「だいたい、デバイスの扱い方を注意するのに、デバイスで叩くのは矛盾しているだろうが」「このこは じょうぶにつくってあるのです。ひとの ずがいこつなどには まけません」「そういう問題ではない、話しをすりかえようとするな」「こころがまえのもんだい、なのです」「それが判っていて、なぜデバイスで叩くのだ」「せいぎのてっつい なのです」「やりすぎだと言っておるのだ」などと遣り取りしながら立ち去っていく姿は、後々までの語り草になったそうだ。




航空武装隊は、各世界に派遣され駐屯する航空魔導師の部隊である。シグナムの所属する第1039部隊はミッドチルダに駐屯しており、常駐する首都航空隊などと協力してクラナガンの治安を維持するのが主な任務であった。


今日あゆがその隊舎を訪れたのは、例によってデバイス蒐集のためである。

「ありがとう、なのです」

「すまんな、ヴァイス」

「いえ、お役に立てたんならいいっスよ。
 姐さんには世話になってますしね」

狙撃銃型のデバイスを使う者が居ると聞いていたあゆは、クラナガンの郊外にあるこの隊舎を訪れる機会を窺っていたのだ。

「おもしろいデバイスですぅ」

あゆの頭の上に寝そべるエスタが、開かれているページを覗き込んでいた。蒐集したばかりの、ストームレイダーの内部構造図である。

「わたしにとっては なじみのふかいこうぞう、なのです」

あゆが言うほど、火薬式のライフルなどと内部構造が似ているわけではない。そもそも物理法則に縛られない魔力弾にとって、長い銃身など飾りも同然なのだ。

単に、遠くを狙うというただ1点の目的に特化した結果、外見が似通っただけである。

それでも、目的のために形状を追求したその姿はあゆにとって受け入れやすかったのだろう。射撃魔法なぞほとんど使わないくせに、拳銃型デバイスに人工リンカーコアを仕込んでみたら使い勝手はどうだろうか、などと考えていたのだから。


「そうなのです」と、あゆ。射撃魔法で何を思いついたのか、S2Uを取り出している。

「このじゅつしき、ばいすさんなら つかいこなせるかもしれないのです」

展開されたのは掌大の魔法陣。魔法のデータなどを簡易に手渡すために使われる術式だ。

「オレに、かい?」

「はい、なのです」

指先で魔法陣に触れ、ヴァイスが空間モニターを立ち上げた。

「ずいぶんと洗練された射撃魔法みたいだが……」

さすがに狙撃手でエースと呼ばれるだけのことはある。術式の目録に付随した概略で、そこまで見て取るか。

「そのあたりは、くろのせんせぇのじゅつしき、なのです」

「……クロノって、もしかしてあのクロノ・ハラオウン執務官かい?」

はい。と、あゆが頷くと、「へぇ~」と興味を引かれたよう。ただし、ニアSクラスが使う術式である。切れ味の良すぎる日本刀のような物で、ヴァイスでは振り回されてしまうだろう。

「おや?ここから記述式が異なるな」

「そこからは、わたしがくみかえた じゅつしきなのです」

魔力量の少ないあゆは、射撃魔法や砲撃魔法をほとんど使わない。すぐに弾切れになって後が続かなくなるからだ。

では、あゆがそれらの魔法を切り捨てているかというと、そうではなかった。

暗殺者として、目的のためにあらゆる物を使い倒すよう教育されたあゆにとって、魔法は道具である。たとえ滅多に使わない道具でも、いや、滅多に使わない道具だからこそ、念入りな手入れが必要なのだ。

「少ない魔力で使いこなせるように機能を絞ったり、割り振りやすいようにカスタマイズしてあるのか」

「はい。なのです」

あゆには、多少ならざるロスでもその大出力でねじ伏せてしまえるなのはのような大魔力もないし、その場その場で微調整して目的に合わせてしまうクロノのような業前もない。

ナタ一本で全てを切り開くような力押しはできないし、筆一本で壁画から米粒への写経までこなすような器用さもない。ということだ。

ならばデザインナイフから斬馬刀まで、ロットリングから木軸筆まで揃えるしかない。

「これは……?」

最後に表示された魔法を、一瞬ヴァイスは理解できなかっただろう。それもそのはず、射撃魔法ではなくて探索魔法なのだから。

「【ぱすふぁいんだー】なのです」

かつて、クロノとの模擬戦で使われた魔法。魔力量と処理能力に不安のあるあゆが、誘導弾を的確に命中させるために、その先導役として作った術式であった。

サーチャーを元に作り上げられたスフィアは、目標を高速で自動追尾し、命中すれば盛大に魔力フレアをあげる。同時に発動させた誘導弾を、スフィアとその魔力フレアに反応するよう設定しておくことで、命中率の底上げ、術者の処理能力軽減を図ったのだ。


ただし、その時のままではない。

「たい【えー えむ えふ】として、さいくできるようにしてあります」

対AMF用パスファインダーは、その結合を解かれようとした途端に魔力フレアとなる。結果クラスター化された魔力素がAMFに殺到して、その魔力減成機能の飽和を狙う。

AAランクには多重弾殻を形成してAMFを突破する射撃魔法も存在するが、魔力量と処理能力に不足があってあゆは使えない。カートリッジを使った上で足を止めて集中すれば使えないこともないが、戦闘機人相手にそんな悠長な真似はできないと、低ランクでも使える対策を模索した成果のひとつであった。

「オレでも、ガジェット相手に誘導弾を当てられるってことか」

「はい。
 おおもとは【さーちゃー】ですから、しょうがいぶつを まわりこませることもできます。
 それに、とちゅうで げいげきされたばあいは 【まりょくふれあ】をあげませんから、ゆうどうだんを むだにせずにすみます」

「こんな魔法、いつの間に作ったのだ」

空間モニターを横取りして、シグナム。

「【ぱすふぁいんだー】そのものは、くろのせんせぇに ゆうどうだんをあててみたくて、いぜんに。
 【えー えむ えふ】たいさくは、えすたのおかげで、つい せんじつなのです」

「えっへん、ですぅ」

あゆの魔法構成を知り尽くしているエスタは、あゆの代わりに魔法術式を開発することができる。クロノ直伝の術式などは時間があったからあゆ自身がやってきたが、【碧海の図説書】完成後に手に入れた術式のカスタマイズなどはエスタの手によるものである。

「これを配布すれば、AMF対策になるか」

一足飛びにそう考えてしまうのは、大抵の術式を使いこなせてしまう高ランク魔導師だからであろう。

「いえ、姐さん。
 確かにオレでも使える術式っスけれど、このままじゃあ使いにくいっスよ」

「わたしように、【ちゅーにんぐ】されてますから」

そうか。と、シグナム。低ランク魔導師の苦労は解かってもらえてないようだ。

「そういうことなら、これの最適化。オレにやらせてもらないっスか」

「頼めるか?」

任せて下さいっス。と待機状態のストームレイダーを親指で弾き、空中で掴み取ってみせる。その仕種に反応したあゆを、シグナムが視線で牽制した。




****

――【 新暦69年/地球暦3月 】――



「おかぁさんは、いろいろとおおげさなのです」

「すごいですぅ♪」

あゆの驚いた顔を見られただけで、リンディは満足であった。

本局のリンディの執務室である。いつもどおり、お小遣いを貰いにきたあゆだったのだが。

「迷惑だったかしら」

正直、よく判らない。よく判らないが、自分のために用意してくれたことが、

「……うれしい、なのです」

泣きそうな顔でそう言われて、少し苦笑のリンディである。


応接セットを飛び越えて、エスタが執務室を横断。

「それで、この おにんぎょうさん、なんなんですか?」

知らずに、すごいと言っていたのか。

「お雛様と言うのよ。女の子の健やかな成長を祈って飾るの」

3段飾りだから小さなものだが、執務室に設えられていたのは雛飾りであった。

きれいですぅ。と、ひな壇上空を周回しだしたエスタに眼を眇めていたリンディが、あゆに向き直る。

「菱餅や雛あられ、金平糖もあるのよ。
 そんなところに立ってないで、こちらにいらっしゃい」

「はい、なのです」

指し示されたソファへと座って、お内裏様を見上げる。雛人形が意味するものを、あゆとて知らないわけではない。

向かい側にはリンディ。とても嬉しそうだ。

何を返せるわけでもないのに、なぜこの人は自分のために色々としてくれるのだろうか?

これが母親というものなのだろうか?


 ―― 何を求められるでもなく、全てを求められるのかな? ――

今になって、かつてフェイトの言っていた意味を理解できたような気がする。すべてを無防備に晒して、ただその腕の中で守られていていいような気がしてしまう。それが幸せなのだろうと、想像できてしまった。

いそいそと白酒を用意するリンディから視線を落として、あゆは金平糖をひとつ、口に含んだ。

優しい甘さが頬を絞って、涙がこぼれそうになる。

「……おかぁさん」

なあに?と見てみぬ振りして、リンディが白酒に投入しているのは砂糖だ。いつもどおり、山盛り2杯。

「ありがとう、なのです」

ん…。と言葉少なに答えたリンディが、白酒を差し出す。


その様子を、微笑ましげに四人官女が見ていたのであった。



……4人?


そこで何をしている融合騎。




****



――【 新暦69年/地球暦4月 】――



「チョコポット。おいしいですぅ」

口の周りをチョコだらけにしてエスタが頬張っているのは、自身の顔ほどもあるチョコレートの塊である。

「たしかに。
 ももこさんの【ざっはとるて】に、まさるともおとりません」

こちらは、一口で咀嚼中のあゆだ。

向かい合わせのベンチには、ギンガとスバル。なぜか、ぼろぼろと涙を流しながらチョコポットを頬張っていた。


出逢ったばかりの頃の約束が、ほぼ3年越しに果たされたのには理由がある。肝心のその店舗が、クラナガン先端技術医療センター内にあるからだ。ここに連れて来れば、そのことを詮索され、ひいては戦闘機人であることも知られてしまうと危惧したスバルは、交わした約束を守るに守れずにいたのだとか。やりようなどいくらでもあろうに、不器用なことである。いや、それが子供、ということなのだろう。

年に2回、ギンガとスバルの2人は、ここで定期検診をうけるそうだ。今回、2人の定期検診に付き添ってくれとクイントから言われたのは去年の10月のことで、そのときの検診後、チョコポットを食べながらスバルが言い出したらしい。

「ギン姉、あゆちゃんには話していいかな」と。

あの誘拐未遂事件以後のことだそうだ。スバルが、ギンガのことをギン姉と呼ぶようになったのは。

「チョコポットのお店に連れていってあげるって約束も、守らないとね」

返すギンガの応えは、それだけだったとか。


そうして今日、2人の検診に付き添い、戦闘機人であることを打ち明けられたのであった。

そのことをとうに知っていたあゆは、2人の担当がマリエル・アテンザだったことのほうに驚いたが。
第四技術部主任であり、特遮二課の管掌責任者でもあるこの年齢不詳の童顔女性は、あゆの知る限りその容姿に変化がない。後年、あゆと2人して「本局技術部の女は歳をとらない」と言わしめることになるのだが、まあ余談である。


「ええと、そろそろ なきやんでくれると うれしいのですが」

「だってぇ~」

そう言いつつ、チョコポットを口に運ぶ手を止めないスバルである。

「……」

口を開かない分、ギンガの方がマシか。



2人の告白を聞き終えたあゆは、一言、こう言った。

「はなしてくれて、うれしいのです」

嘘ではない。

必要に応じて自分の出自などいくらでも話すあゆだが、それは自身が壊れていたからこそ出来たことだと自覚している。

たとえば、はやてにずっと隠していて、いま告白せねばならないとしたら、あゆとて躊躇っただろう。そんなことを今更はやてに知られて、もし嫌われたらと悩むだろう。隠していたことをなじられたらと思うと、怖くて堪らないだろう。だから、2人が自ら告白してくれたことが嬉しかった。


勇気が要っただろうと、褒め慰めたあゆは、お返しにと、自らの出自を語ってみせる。似たような境遇の者が居て、なんとかやっていけてることを知れば、2人の慰めになるだろうと踏んだようだ。他人に打ち明けられるほどに2人が乗り越えた後なら、傷の舐めあいにはなるまい。

まあそこが、まだまだあゆの人生経験の足らなさであろうが。

何人も人を殺したことがあるなどとは言わないが、それでもギンガとスバルの想像以上だったらしい。いつでも2人一緒だった自分たちなどよりはるかに不幸だったと逆に同情される始末で、お陰で目の前では、号泣しながらチョコポットを頬張りつづける姉妹という実にシュールな光景が繰り広げられていた。


あゆにしては陽気にチョコポットの味などを賞賛して見せたのだが、効き目はない。

「ふこうじまんをするつもりでは、なかったのですが」

マリエルもクイントも救援要請に応えてくれないし、エスタはチョコポットとガチで格闘中だ。タイミングを見誤ったかと、後悔するあゆであった。



[14611] #69-2 それは大いなる危機なの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:35

――【 新暦69年/地球暦5月 】――



「ぶかつを、きめた。なのですか?」

「そうや」

夕食はなるべく全員で摂る。それは八神家暗黙の了解であった。その時に、1日の出来事などを報告しあうのだ。

ちなみにここ最近のザフィーラのホットトピックスは、隣家との垣根の間に住み着いた猫が産んだ仔猫の成長度合である。


さて、あゆがまず驚いたのは、この春に進学したはやてたちが部活動などに時間を割くとは思っていなかったからだ。これまでどおり模擬戦や、ヴォルケンリッターを師とした魔法講義、戦術研究などに時間を費やすだろうと踏んでいた。

「そんで、どんな部活はいったんだ?」

非番らしく、今日1日家でゴロゴロしていたらしいヴィータである。シグナムとヴィータは、任務の関係で夕食時に居ないことも多い。

「うちはラクロスにしてん」

その、あまりメジャーとは言い切れない球技の存在をあゆが知っていたのは、つい最近までそれを題材としたアニメが放映されていたからである。

【超時空棒網球ラクロス】であったか。なぜか銀河の中心に室内競技場ごと飛ばされたラクロス部員たちが、宇宙人たちを啓蒙し銀河中にラクロスの素晴らしさを布教してゆく。壮大かつバカバカしい物語である。地上波テレビ放映なのに宇宙人たちのセリフが字幕表示――しかもタイ文字――なのが微妙にあゆの琴線にふれたらしく、記憶に新しかった。


「そんで、なのはちゃんがテニスで、フェイトちゃんがスカッシュや」

次にあゆが驚いたのが、3人が別々の部活を選んだことである。すずかやアリサともども同じ部活を選択するかと思っていたが、そういうベタベタした友情ではないらしい。あまり深く考えずにアリシアに誘われるまま手芸クラブに入ってしまったあゆは、ちょっと反省である。

「なのはちゃんはジョゴルフにも興味あったらしゅうて、ちょぅ悩んどったけどな」

ジョゴルフというのは、一昔前にアメリカで行われていたジョギングとゴルフを足したような競技だ。スコアとタイムの両方を競う。

ゴルフ部があるだけでも珍しいだろうに、ジョゴルフ部のある学校など日本全国探しても私立聖祥大付属中学校ただ1校だろう。

「へんながっこう。なのです」

「せやな」




****




この時期の恒例行事といえば、高町家主催の温泉旅行である。

なのはと知り合って以来、八神家も毎年参加させてもらっているが、今年はあゆの姿がなかった。


理由はエスタだ。置いていくわけにはいかないし、隠して連れて行くのも無理がある。人工リンカーコアを使ってフレームを展開する手もあるが、起きている間しか維持できない。未だに1日18時間は眠るエスタでは、すぐボロが出てしまうだろう。


理由はもうひとつある。今年から参加することになったエリオだ。

あゆたちは例の芝居の種明かしを、エリオにしていない。テスタロッサ家には馴染んできているようだが、まだその時期でないとあゆは判断しているし、それはフェイトたちも――渋々ながら――認めている。ここであの芝居が仕組まれたものだと知れば、エリオはまた心を閉ざしてしまうだろう。おそらくは前よりも酷く。

エリオが、自分のことを慈しんでくれる存在を信じられるようになるまで、そのために打った芝居に込められた思いを素直に受け入れられるようになるまで、あゆはその前に姿を現さないだろう。



では、皆が温泉旅行を楽しんでいる間に、あゆがどこに居たかと云うと、

「おかぁさん。おやすみなさい、なのです」

「おやすみなさい、ですぅ」

「はい、おやすみなさい」

本局の居住区にある、リンディの部屋であった。畳敷きの寝室で、一緒に布団の中である。


あゆは、この機会にぜひ確かめたいことがあったのだ。

あふ。と、あくびを洩らしたのはあゆである。その目尻に涙が浮かぶが、あくびのせいではない。

リンディの傍でも、熟睡できそうだったからだ。

「……おかぁさん」

「なぁに?」

「ごめんなさい、なのです。
 よんでみただけ、なのです」

あらあら、と微笑む気配まで嬉しい。

あゆはまぶたを閉じた。初めて心の底から「おかぁさん」と呼べたことの喜びをかみしめるように。




****




首都航空隊に凄腕の射撃魔導師が居ると教えてくれたのは、ヴァイスであった。

誰でも使えるようにパスファインダーの最適化を進める彼は、多くの射撃魔導師に声をかけて回ったらしい。もっとも、先日に立て篭もり犯を見事撃退したそうで、噂を聞きつけた射撃魔導師から声をかけられることも増えたのだとか。

なんでも、パスファインダーをさらに先導するプリセイドパスファインダーや、ある程度の判断機能を持たせたインテリジェントパスファインダーといった亜種派生形が次々生まれているらしい。障害物を通り抜けておいて探索情報をパスファインダーに送るクリティカルパスファインダーや、要所要所で待機して誘導弾をバケツリレーしてしまうフックアップパスファインダーなどは、むしろサーチャーに逆戻りしている感もあるが。

中にはそれらをサーチャーと組み合わせて射撃管制指揮に特化する魔導師も出始めており、ゆくゆくは指揮官が直々に行ってC4ISR化するなどという計画も持ち上がっているのだとか。

ちなみにヴァイスが作り出したのは、無誘導弾を反射することで無理矢理誘導してしまうリフレクションパスファインダーで、トータルでの魔力消費をさらに抑えることに成功していた。トップヤードとか言う、ビリヤードを立体化したような競技の熟練者だというヴァイスらしい改良といえるだろう。


それらはいずれ熟してから回収するとして、今現在のあゆの興味は、その凄腕射撃魔導師が使うという拳銃型のデバイスだ。蒐集させてもらおうとアポを取った上で隊舎を訪れたのだが、なにやら事件が発生していたらしく、接客ブースで少し待たされていた。

まあ、時おり金平糖などをかじりつつ、端末でデータの整理ぐらいはできるから構わないのだが。


格納領域から一粒だけ取り出した金平糖を人差し指の腹で受け止め、そのまま口に放り込む。何味に当るか判らないところも楽しみのうちだ。

この2週間もかけて作られる砂糖菓子を、あゆは気に入ったらしい。市内の老舗を探したりネット通販に手を染めたりして、はやてを苦笑させていた。「すーぱーで うっているのは、ただの あめだまです」と暴言極まれりである。


「きみが、ヤガミ・アユ君かな?」

端末から顔を上げると、痛々しくも包帯だらけの青年が立っていた。左手を三角巾で吊り、顔など右目と口元以外見えないありさまだ。

「首都航空隊。ティーダ・ランスター一等空尉です」

「ほんきょく、しょくたく。やがみあゆ、なのです」

びしっとした敬礼に、あゆは目礼を返す。敬礼はあまり好きではないらしい。

「ちょっと、つらいんでね。失礼するよ」

応接セットの向い側に腰を下ろし、ふうと大息をついている。治療魔法の使い手は、意外と少ない。かなりの器用さを要求されるからだ。ここ2週間ほどは特にガジェットなどの出没が増えているそうだから、なかなか手が回らないのだろう。

「よろしければ、ちりょう いたしましょうか?」

「たのめるかい?」

見かけ5,6歳にしか見えない少女が治療魔法を使えるとは思っていなかったのだろう。ティーダが眉を上げる。もっともケガに障ったらしく、すぐに顔をしかめたが。

人体について多少の理解がありシャマルの弟子でもあるあゆは、治癒魔法も一通り使える。しかしながら、

「えすた、でばんなのです」

「……はい、ですぅ」

ソファに置かれたリュックから、目尻をこすりこすりエスタが出てくる。実は魔導師ランクシングルA+のエスタは、マイスターたるあゆより治癒魔法に長けるのだ。

「しんさつするです」

ふよふよと飛んでいったエスタが、ティーダの額に手を当てた。融合騎というものを初めて見たらしいティーダが、目を白黒させている。

「は~い、しんこきゅうですよ。いきとめて~、ヘルスメーターですぅ」

いつの間に正式名称になったやら。和製英語だというのに。

 ≪ health meter ≫

あゆの手元の【碧海の図説書】が応える。将来的には切り離す予定だが、エスタはまだ【碧海の図説書】の管制人格で、その一部である。

はい、いいですよ~。と帰ってきたエスタが、【碧海の図説書】の表紙をめくった。

「カートリッジロードですよ」

スリット上のポケットから取り出すのは、自分の背丈に匹敵する大きさのしおり。何が愉しいのか、満面の笑顔で「えい♪」と手動で葉間に差し込んでいる。

「フィジカルヒールですぅ」

 ≪ Physical Heal ≫

外傷に対する治癒魔法は、大別して2種類ある。対象の回復力を促進するものと、対象の欠損した部分や足りない能力を魔法で補うものだ。

一般的に治癒魔法とは前者を指し、今エスタが使ったのもそれである。
後者は対象が回復するまで術式を維持しなければならないので、魔導師が使うことはまずない。魔法集中治療室(Magi Intensive Care Unit)といった重篤患者用の設備として、魔導炉などとセットで大病院などに導入されている程度だ。


「は~い。きぶんはどうですか?」

再びティーダの目の前まで飛んでいって、エスタ。

「ええ……、おかげで痛みがずいぶん退きました。
 ありがとう」

「どういたしまして、ですよ」

リュックに戻るエスタを目で追っていたティーダが、あゆに視線を移す。

「きみにもお礼を言わなくては。
 ありがとう。おかげで命拾いしました」

疑問符を浮かべるあゆに、「パスファインダーですよ」とティーダ。

「今日、逃亡した違法魔導師を追跡したんですけど、これが殺傷設定を振り回す相手で。
 相討ち同然になった最後の攻撃、パスファインダーによる自動追尾でなかったら防御が足りなかったですし、撃墜もできなかったでしょう」

もっとも。と肩をすくめて「墜落した時に受身を取り損なってこのザマです」と笑っている。

「つかいこなせたのなら、それは てぃーださんのじつりょく。なのです」

「まあ、そういうことにさせて貰いましょうか。
 ともかく、僕が感謝していることに違いはない」

そう言ってテーブルの上に置いたのは、拳銃型のデバイス。

「好きにしてください」

「ありがとう、なのです。
 えすた、でばんな……」

あゆが見下ろす先、リュックの中からすうすうと、可愛らしい寝息が漏れていた。



****



あゆの手元には、第8世代の試作品が並んでいる。目標品と比べてもなんら見劣りするところのない出来栄えだ。しかも、第7世代と違って大量生産しやすい構造になっている。

だが、これを時空管理局に手渡さないようあゆは、あらゆる口実を設けて引き延ばしにかかっていた。



物語は、2週間ほど遡る。




――【 新暦69年/地球暦4月 】――



エスタがしっかりと寝入っているのを確認し、あゆは壁を2回叩いた。

「は~い、セインさん登場~♪」

魔力素を見ることができるあゆは、潜伏しているセインの居場所を大体見抜くことができた。その周囲から、魔力素が逃げ出すからだ。

当初、これがAMFかと思っていたあゆだが、ガジェットたちの発動するAMFを直に見る機会があって考えを改めた。AMFはあくまでも魔力結合を阻害する魔法であって、たとえ発生中であってもその範囲内から魔力素が逃げるなどという現象は起こらない。

そこであゆは、IS発動中の戦闘機人は魔力素を反発させる力場を発生させている。と仮説を立てている。

AMF下で発動できるISが、魔法でないことは明確だ。戦闘機人の動力源がレリックである以上、ISも反魔力素がその源となっているのだろうが、この世界で反魔法を使おうとしても、即座に対消滅が起きてしまって発動すら困難な筈である。

だが、答えは最初から見えていた。

IS発動中のセインの周囲からは、魔力素が逃げていくのだ。いや、はっきりと撥ね飛ばされていると断言できる。

周囲の魔力素を撥ね退けることでレリックは、反魔法をこの世界で実現しているのだ。


「ドクターからの通信だよ」

ウエイトレスがトレィでも持つようにセインが掌を差し上げると、その上に空間モニターが開く。

『やあ、ひさしぶり』

「ごぶさた、なのです。どくたー。
 ごきげんはいかか、なのですか」

モニターに映るスカリエッティに、変わりはないようだ。

『うんうん、上機嫌半分、不機嫌半分。
 総じてご機嫌斜めってところかな』

あゆには、とてもそうは見えないのだが。

「きょうは、どんなごようじなのですか?」

『うん、それなんだけどね。
 僕の9番目の娘が目を覚ましたから、性能テストをしようと思っててね』

まさか。と、顔に出ていただろうか?

『ああ、いやいや。
 君にお相手願おうってワケじゃないよ』

なにやら心の琴線に触れたらしい。くつくつと笑っている。

『ISを使わなかったとはいえ、トーレとはいい勝負だったそうじゃないか。
 性能テストのお相手として、不足はないんだけどね』

冗談ではない。暗殺者にとって、正面切って戦うなど愚の骨頂だ。出会い頭に戦闘開始など、手足を縛られて荒波に放り込まれるも同然である。相手が尋常ならざる戦闘機人ならなおのこと。もし対処しなければならないなら、あゆは罠でも騙し討ちでも何でも使うだろう。

『残念なことに、今回の相手は決まってるんだ』

スカリエッティの言葉を受けて、セインが左の掌も差し上げた。開かれる空間モニターに、映し出される顔。

「くいんとさん?」

『そう、ノーヴェの遺伝子提供者であり、その戦闘スタイルの実質上の創始者さ。
 おっと、止してくれってのはナシだよ。君には貸しがあったはずだ。それを今、取り立てるとしよう』

やはり、リボルバーナックルとローラーブーツのデータ程度では恩を売れなかったか。とはいえ、クイントは大事な同僚で、ギンガやスバルのお母さんなのだ。むざむざと失うわけにはいかない。

「しょうじょゆうかいなら まだしも、かんりきょくしょくいんを おそったとなると、ついきゅうのてが そうとうきびしくなるとおもいますが……」

そこまで言ってあゆは、それがスカリエッティが不機嫌だと言ったことに関係するのではないかと思い至る。

「どくたー、なにがあったのですか?」

『……』

モニターの向こうのスカリエッティは、それが本当の感情なのだろう。言葉どおりの不機嫌そうな顔になった。

「こんな、あとさきかんがえない やりかたは、どくたーらしくないのです。
 なにか、こまったことになっていらっしゃるのでは?」

別に、スカリエッティが困ろうが苦しもうがどうでもいい。だが、その結果知り合いが傷つけられるとなれば話は別だ。

『……』

「……」

空間を越えて、視線が交錯する。

いざとなればスカリエッティと完全に敵対することになるから、あゆは真剣だ。

対するスカリエッティはというと、ふっ、と眉から力を抜いた。

『やれやれ、君が見えてるのは本当に魔力素だけなんだろうね?』


不本意そうながらもスカリエッティが語ってくれたところによると、スポンサーに見限られそうになっているのだそうだ。こんな違法研究者がスポンサーから切られると云うことは、すなわち殺されると云うことに他ならない。いかにスカリエッティといえども、のんびりと構えてはいられないだろう。


「しかし、せんとうきじんは すばらしいさくひんなのです。
 すぽんさーとやらも、そうかんたんに きってすてるとは おもえないのですが?」

それは、けしてお世辞ではない。レリックのような危険物を、しかも戦闘用として安定して稼動させているだけで尊敬に値する。地球で云えば、原子力空母や原潜と同質の危険性を持つ存在なのだから。それに、スカリエッティのバックについているのは最高評議会だろうとアタリを付けておきながら「スポンサーとやら」などと、とぼけてもみせる。

『理由はね、こいつさ』

誰か自分を褒めてくれ。と、あゆは内心で悲鳴を上げた。

スカリエッティの手の中にある人工リンカーコアを見ても、平静を崩さなかったのだから。

「それは……」

だが、動揺せずには居られなかったのだろう。どっちつかずの言葉を口にしてしまった。

『ああ、人工リンカーコアという代物さ』

幸いなことに、スカリエッティはそのことに気付かなかったようだ。

『もうほぼ完成しているそうで、あとは大量生産を待つばかり、のようだね』

残念なことに、映像越しでは魔力素を読むことができない。そうでなければ人工リンカーコアの魔力素を読んで、いつ作った代物か、いつごろスカリエッティの手に渡ったか、推測できたのだが。

『確かにこんなものが簡単に大量生産できるんなら、芸術品みたいな僕の作品は要らなくなるよ』

……

あゆは、懸命に考えていた。どうすればスカリエッティと敵対することなく、この場を治めることができるか、クイントを危険にさらさずに済むか。

『……というわけでね、殺されないうちに姿をくらまそうと思っているんだよ。
 でも、その前に娘たちを取り戻したいから、新戦力の実力を確認しておこうというわけさ』


人工リンカーコアの研究者が自分であることをばらす?

 まさか。そんなことを知られれば、他ならぬスカリエッティに殺されかねない。人工リンカーコアごと葬り去られてしまうだろう。


クイントに予め知らせる?

 どう説明するのだ。スカリエッティとは友達付き合いしているとでも?


今この場で、セインを人質に?

 難しい。封鎖領域を張れば逃がさないことはできるが、無力化できる保証はない。そうして完全にスカリエッティを敵に回すことになれば、ただでは済むまい。


クアットロたちの脱獄を幇助する?

 こちらも難しい。セインが居る以上不可能ではないが、言い逃れ様のない罪を犯すことになるだろう。自分はともかく、はやてやリンディに迷惑はかけたくない。


いや、まてよ。と、あゆは思い立つ。

以前、クロノたちが摘発していたように、管理局はスカリエッティを使うだけでなく、さまざまな形で違法研究を行っているようだ。

いや、違法であることを問題にするあゆではない。

だが、自分たちで作ったルールを、自分たちには適用しないことが妙に癇に障るのだ。恣意で違法を容認するなら、逆に合法でも排斥されかねない。いざという時、今のスカリエッティのように切られないとは言い切れなかった。

そんな組織に、はやてを入れていいのだろうか?【闇の書】という弱点を持つ、はやてを。


「……どくたー」

『なにかな?』

あゆは、まっすぐにスカリエッティを見つめた。今の自分はあれと同じ眼をしているだろうと思う。

「ていあんが、あるのです」

その懐から取り出したのは、完成したばかりの第8世代の試作品。いまさら自分ひとりを殺したところで、その開発は止まらない。第7世代までの研究データでも、誰かが完成させられるだろう。

だが逆に、止められるのはあゆだけだ。


「かいぜんの よちありと ほうこくして、かいはつをとめるのです」

口から出任せ。という訳でもない。

プレシアから次元航行エネルギー駆動炉や偏向擬似質量創出についてレクチャーを受けたあゆは、人工リンカーコアの大量生産理論に手を加えようと思っていたのだ。駆動炉や魔導炉は一種の工業製品であるから、参考になる点は多い。

場合によっては、人工リンカーコアの組成そのものを手直しする必要もあるだろう。

「そうおうの、じかんをかせげるはず。
 ですから、……」

敵には回せない。むしろ、敵は共通だ。利害だって一致させられる。

なら、手を組めるはずだ。


「かんりきょくを、つぶすのです」



[14611] #69-3 なまえをつけて
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/09 12:27
――【 新暦69年/地球暦8月 】――



時間稼ぎの一環としてあゆがスカリエッティに提案したのが、他の違法研究の情報リークであった。

時空管理局の息がかかっているかどうかに関わらず、さまざまな研究者や違法プラントの情報を虚実交えて流すことで、スカリエッティに捜査の手が及ぶのを遅らせようという魂胆だ。



今あゆは、66式指揮通信車のルーフデッキに立っている。

見やる先、岩山と森に隠された建物が今回の強制査察の対象だ。抵抗がしぶといらしく、陽が傾き始めていた。

一度、管理局の闇を見ておきたかったあゆは、デバイスがらみの研究がされているらしいという情報を拠りどころにしてゼスト隊に同行させてもらったのだ。


「あゆちゃん、この子お願い」

木立を駆け抜けぬけてくるや、ルーフデッキまで一息で飛び上がってきたのはクイントである。

手渡されたのは、エスタと同じくらいの背丈の小さな女の子。茜色の髪の毛に、翼竜のような翼と尻尾が目を引く。

まとう布の一枚すら与えられてなかったのか、あられもない姿で。

意識はあるようなのに、何の反応も示さないのが気にかかる。

「隊長に言わせると、レプリカじゃない本物の古代ベルカ式融合騎らしいわ」

頼むわね。と言い切る頃には、クイントの姿は見えなくなっていた。


デバイスはデバイスでも、ユニゾンデバイスであったとは。これを蒐集していいものかどうか、あゆはその判断をとりあえず置いておくことにしたようだ。

「えすた。でばんなのです」

「……はい、ですぅ」

足元に置いたリュックから、眠そうな声が聞こえてくる。このクライシスエリアの間際で眠れるのは、ある意味大物かもしれない。

「このこ、どうしたですか!」

「あなたのもうふを、かしてあげて」

はいですぅ。とリュックにもぐったエスタが、ミニサイズの毛布をもって帰ってきた。すぐさま、あゆの掌の上で座り込んでいる少女に掛けてやる。クラナガンは雨季と乾季の境目で、今日は少し肌寒い。

「しんさつ、するですか?」

あゆの頷きを確認して、エスタが少女の額に手を当てた。

「いきますよ」

 ≪ health meter ≫

【碧海の図説書】の声は、足元のリュックの中から。

「ええと……」

確かにあゆより治癒魔法の得意なエスタだが、臨床経験はない。外傷ならともかく、細かな数値の読み方など知らなかった。

「もにたーを、みせるのです」

あゆとて、シャマルのように、というわけにはいかない。それでもエスタよりはマシであるし、毒物や麻薬に対する知識はないでもない。

「とうやくが、いくつか……」

表示された診察結果から、少女の状態を推し量る。何種類かの投薬の跡が窺えるが、重篤な状態ではなさそうだ。

それなりに大切に扱われていたのか、それとも連れてこられてきたばかりなのか。

これを。と、あゆがモニターを指し示した。ハロバイファームと表記されているのは薬品名だろう。

「きょうせいたいしゃ、するのです」

「はいです。フィジカルヒールですよ」

 ≪ Physical Heal ≫

シャマル直伝の術式は、ヘルスメーターと連動させることで、さまざまな調整、いろいろな割り振りができるようになっている。肝機能の強化を、特定の成分に限定することなど朝飯前だ。

あゆが解毒させたのは、地球で言えばブチロフェノン系の抗精神病薬であった。統合失調症や躁鬱病の治療薬であり、ボケ老人の徘徊対策に投与されたりもする。この少女が抵抗しないように処方していたのだろう。


「……あ」

その口から、音が洩れる。

「だいじょうぶ、ですか?」

覗き込むエスタの顔に反応して、瞳に焦点が戻った。

「う……」

「じぶんのおなまえ、いえますですか?」

な…まエ。と、うわごとのよう。

「ナ まえ… なマ え、 アタイのなまえ……」

あ、う……。と、その目尻に浮かぶ涙。

「なまえ、アタイの名前。知んねぇ、判んねぇ、覚えてねぇ!」

抱えた頭を振りたてて、何に吠えるか。

「マイスター!アタイのマイスターはどこだよ!アタイの名前!なンてぇんだよ!」

「おちつくです。おちつくですよ」

エスタがその肩に手をかけるが、振り払われるばかり。抗精神病薬を、いきなり解毒しきってしまったのは拙かったのかもしれない。

「ロード、ロードは!?ロードでもいい、アタイに名前をつけてくれよ!」

「……わたしでよければ、かんがえてあげるのです」

それまで、口を開かなかったあゆの言葉は、ことのほか優しかった。

「ホントか……?」

向けられた視線は、初めて希望の色を含んだだろう。

「わたしも、なまえをなくして。なまえをもらったのです。
 やくそくです。あなたに、なまえを」

だから、いまはやすむのです。と抱き寄せられた胸の中で、小さな少女は今一度だけ泣いた。


**


「よく、ねむってるですぅ」

あゆのリュックは、エスタの寝室である。いまは、少女が寝かしつけられていた。

がりがりと金平糖を噛み砕く音に、エスタがあゆを見上げる。

とても集中している時にそうした仕種を見せることはあったが、今のあゆは、エスタの知らないあゆだった。

「あゆちゃん……」

なまえを、かんがえてあげなくては。と、立ち上がったあゆは、

「たて」

 ≪ Panzerschild ≫

手のひらに貼り付けた防護陣で光弾をはじいた。2発、3発と。

「なにごとですか?」

「はいごからの、きしゅう。なのですか。
 どこかに ぬけみちでもあったか、じかんかせぎの ようどうのつもり。なのですかね」

あゆの意に従って浮かび上がってきた【碧海の図説書】を掴み取り、S2Uを起動させる。見つめる先には、人影が3体。

「えすたはここで、そのこ と、なかのひとたちを まもっていてください」

「はいです」

指揮通信車内のオペレーターたちは魔導師ではないのだ。

「せっとあっぷ」

呟いたあゆが地面に降り立つ頃には、騎士服が展開し終わっている。

「せんとうきじん……なのですか?」

いえ。とあゆは、口にしたばかりの言葉を否定した。

「あんなものを【せんとうきじん】などと よんだら、どくたーに しかられるのです」

のろのろとこちらに向かってくる姿は、形こそ人の姿だが、ただそれだけだ。機械部分が剥き出しのもの。抱えた機器がなければ生存すらおぼつきそうにないもの。腕代わりに狙撃銃らしきものをとりつけられたもの。ただ、その瞳が濁っていることだけが共通点だった。

「じっけんようを、ひっぱりだしてきたのでしょうか?
 いっぱんじんあいてなら、じゅうぶん。なのでしょうけど」

飛来する光弾を防護陣で受け流しながら、あゆはゆっくりと歩き出す。

「かーとりっじ、ろーど」

跳び出した3枚のしおりを、追い抜くように葉間に挟む。

「いまのわたしは、きげんがわるいのです。
 あなたたちに うらみはありませんが、てかげんなど しませんよ」

【碧海の図説書】とS2Uに分散処理させて実行するのは、あゆ最大の攻撃魔法。

「やいばもて、ちにそめよ。うがて、ぶらっでぃだがー・すろーたー しふと」

  ≪ Blutiger Dolch ≫
 ≪ Slaughter Shift ≫

ヒトガタたちが、足を止めた。周囲を、血の色したクナイに囲まれたからだ。

「せめてものなさけに、いちげきで。
 これなら、いたみをかんじている ひまもないのです」

72本のクナイ。
詠唱込みでカートリッジ3枚分、誘導らしい誘導、制御らしい制御を放棄しているにも関わらず、これがあゆの限界だ。本家リィンフォースの術式を、形だけマネした代物にすぎない。

「……」

がんがんと殴られるような頭痛と引き換えに構築した術式を、しかし、あゆは取り消した。

「かーとりっじ、ろーど。
 しばれ、はがねのくびき」

ほとんど機械に置き換えられて、元の素体の面影など微塵もない1体の、目元がクイントそっくりだったのだ。


**


「ぐるか。は、どうですか?」

「グルって、聞こえが悪くねぇ?」

ふう。と、あゆの嘆息が重い。


ゼスト隊の詰め所である。

無事査察を済ませたゼスト隊と一緒に帰ってきたあゆを追い立て急かすのは、目覚めた融合騎の「早く名前よこせ」コールであった。

研究所で押収した情報から「烈火の剣精」という識別コードが判ったので、それにちなんだ提案をしているのだが……、

炎ということで、レッカ、グレン、ホムラ、フレイム、バーニー。カガチ、カグツチ、アペフチ、アポロ、アグニ、スルト、ウリエル、サラマンダー、イフリート、アウナス……etcetc

赤い色ということで、アカネ、スオウ、シンク。ロッソ、スカーレット、クリムゾン、カーマイン、アンスピラスィオン、ヴァレンシア、クレブス。ルビー、ガーネット、カドミウム。マーズ……etcetc

剣ということで、ツルギ、ヤイバ、クナイ、タチ、ザンバ。バヨネット、グラディウス、レイピア、エストック。サクノス、グラムドリング、トツカ、クサナギ、ツムカリ、バクヤ、ゴコウ。ククリ、クリス、バリソン……、今グルカを提案したところであった。

まだ本調子ではないらしく、あゆの頭の上で悄然としているが、名前に妥協するつもりはないようでなかなか首を縦に振らない。


「……」

「いいたいことがあるなら、きちんというのです」

ソファに深く身を沈めたあゆを見つめるのは、ルーテシアである。事後処理を終えたメガーヌが、託児施設まで迎えに行ってきたらしい。

「……」

いや、見ているのはその頭の上の少女か。

「このこは、むしじゃ ありませんよ」

「……」

「わたしのものというわけでは ないので、あげられませんし」

「……」

「だいたい、るぅは りかいして いますか?
 あなたが ほしがるむしを てにいれるために、わたしのおこづかいが かいめつてきであると」

それ以外に、これと言った使い道がないが。

「……」

「だいたいなんですか、このあいだの【うぇた】という りくえすとは。
 あんなきょだいな かまどうま、にゅーじーらんどから わざわざゆにゅうする すいきょうなぎょうしゃなんて あるわけないではないですか」

なんだか、えらく愚痴っぽいあゆである。

「そう思うなら、買い与えなければいいでしょうに。
 エサ代が莫迦にならないって、メガーヌがこぼしてたわよ」

クイントがジュースを持って来てくれたが、ルーテシアは見向きもしない。

「あゆおねぇちゃん」

思わず、頭の上の少女を差し出しかけるあゆであった。

ふう。と再び溜息を置いて、あゆがクイントを見上げる。

「このこの、みぶんほしょうと、じゆういしのそんちょうは だいじょうぶですか?」

「ええ、ゼスト隊長に後見人になってもらったから、文句言うヒトなんて出ないわ」

そうですか。と差し上げた掌に、乗り移る少女。

「しょうかいしますね。
 このこは、るーてしあ。まあ、わたしの いもうとのようなもの、なのです」

体を起こしたあゆは、少女を載せた掌をルーテシアに差し出す。

「このこにも、あなたのなまえを かんがえてもらっても、かまいませんか?」

振り返り見上げてくる少女に「もちろん わたしも、かんがえますよ」と、あゆ。

頷きを確認して、ルーテシアに向き直る。

「るぅに、このこの おなまえを かんがえるけんりを あげるのです。
 そうすれば、おともだちになれるのですよ」

そういうことなら。とクイントが、小さな魔法陣を展開した。

「ルゥちゃんに、これあげるわ」

クイントがルーテシアに渡したのは、ナカジマ家に代々伝わる国語辞典。その、データ化されたものだそうだ。

なんでもゲンヤの趣味は、その国語辞典のミッドチルダ語対訳を作ることなのだとか。


**


執務室まで帰ってきて、あゆはようやく独りになれた。なにかと魔法行使の多かったエスタは、ずっと眠っている。

ベンチの上で、リュックを抱えて、あゆはエスタの寝息を聞いていた。

考えているのは、純正だと言う古代ベルカ式融合騎である少女のこと。ルーテシアは思いつく限りの語彙、見出せる限りのデータから名づけようと頑張っていたが、あの調子ではまだまだ名前は決まるまい。


押収した記録から、研究所に連れて来られたのはつい最近だと判っている。無茶な実験をされた様子はない。名前を憶えてないのは、完成後ロードに引き渡されることなく封印されたからだろうとゼストが推測していた。つまり、そもそも名付けられてないのだろうと。

いわば精神生命体である融合騎にとって、名前が人格の核であることを、エスタを生み出したあゆは知っている。

それを持たぬ苦しみも、解かってやれるつもりだ。

いまあの少女は、「烈火の剣精」という識別コードと、「必ず名付ける」という約束を拠りどころに精神を維持しているのだろう。


そこまで思いをはせて、あゆは本日何度も考えたことに迷い戻った。

  ―― ロードを得られなかった融合騎があそこまで取り乱すなら、ロードを失った融合騎はどうなるのだろうか? ――と。


あゆは、力が欲しかった。開発の助けとなる存在が欲しかった。

だから、知る限りでもっともそれを叶えてくれるだろう存在を作り出したのだ。

生み出される側のことなど、考えもせず。

エスタのことが大好きだと、今になって気付く。力をくれるからではなく、助けになるからでもなく、ただ居てくれるだけでよかったのだ。まるで、はやてのように。

娘と呼ぶには自分の心が幼すぎてしっくり来ないが、その名の通り少なくとも妹ではあったのだ。

こんなに愛おしい存在を作り出したというのに、その動機のいかに利己的なことか。

エスタのロードたる資格が自分にあるのかと問い続けるあゆは、涙だけは流すまいと目頭に力を篭めた。そんな資格すら自分にないのではと、疑って。




****




犬に好かれる人に、悪人は居ないのだそうだ。犬好きに言わせれば。

では、猫に好かれる人はどうであろう?



月村すずかにとってその答えは、「おとなしい人」である。

猫は騒々しい人や落ち着きのない人を嫌うので、そういった人間には近づかない。

月村家の猫たちにとっての、すずか友人ランキングは以下のとおりであった。

1位 フェイト・テスタロッサ ダントツ。猫たちが山のように押し寄せる。犬の匂いに敏感な子が近づかない程度。

2位 高町なのは       体温が高いらしく、冬場は特に。

同率 八神はやて       脚が麻痺していた関係か、あまり身動ぎしないのが○。犬の匂いに敏感な子が近づかないのはフェイトと同様。

4位 アリサ・バニングス   仔猫には大人気。成猫はあまり近寄らない。犬の匂いが大きなハンデではあるが……。


そういう意味では、目の前のこの少女もはやて程度には人気が出そうなものなのに、猫たちが近づかないのが不思議であった。


「それでは、すずかおねぇちゃん。よろしくおねがいします、なのです」

「ええ、まかせてくださいね」


今日あゆが月村邸を訪れたのは、隣家との垣根の間に住み着いた猫が産んだ仔猫を、すずかが引き取ってくれることになったからである。八神家でも飼うことを検討したのだが、ザフィーラを見て威嚇したまま気絶するので諦めたのだ。

今はこのすずかの部屋を、銘々に探検するので忙しい仔猫たちである。


「どうぞ」

「ありがとう、なのです」

ファリンがドジしないか密かに心配していたすずかは、無事に淹れられたストロベリーミルクティーに内心胸をなでおろす。

美味しそうにお茶を飲むあゆを、湯気に隠れてすずかが眺めていた。


よく解からない子だと、すずかは思う。

初めて会ったのは、なのはたちと温泉に行ったとき。ひどく怯えていたのを良く憶えている。

実は、それ以前に図書館でニアミスしているが。

はやてにとても懐いている割に、彼女についてここにやってきたことはほとんどない。フェイトにべったりで、必ずついて来るアリシアとは対照的だ。

学校の図書室で見かけたときは、あまりにも静かに本を読んでいたので見過ごしたほど。

かと思えば授業中、見下ろしたグラウンドで体育の授業中だったこの子は、速くはないがとてもしっかりとした足取りでトラックを周回していた。クラスメイトに声をかけ、応援までしていた。

そして今は実に落ち着いた所作でお茶を飲みながら、しかし悲しそうで……

悲しそう?

そんな素振りはなかったのに、とつぜん今にも泣きそうな風情だ。

「どうしたの?」

「……すずかおねぇちゃん」

このこが。と落とした視線を追ってテーブルの下を覗き込んだすずかは、あゆの足に頭突きをかます仔猫を見出した。あゆが連れてきたうちの一匹、黒い仔猫だ。

「さっきから、かんだり ずつきをしてくるのです」

わたしは そんなに きらわれているのでしょうか。と懸命に涙を堪えている姿に、すずかはますますこの子が解からなくなる。仔猫に嫌われたと思って悲しいのは解かるが、こんなダムが決壊するみたいに感情を迸らせることもあるまいに。

なんと支離滅裂な子だろうか。

「あゆちゃん」

「……はい」

にっこりと微笑みかけてやって、すずかは立ち上がる。そのままテーブルを回り込んで、あゆの足元でしゃがみこんだ。

仔猫があゆの足に齧り付いたのを見計らって、その鼻面を突付いてやる。噛みグセのあるネコ目動物の躾は、これが一番。

敏感な鼻先に奇襲を喰らって怯んだ仔猫の、襟首を掴んで持ち上げた。

「いくらあゆちゃんが好きでも、あんなに強く噛んではダメですよ」

「……すき?」

呆然と見下ろしてくるあゆに「ええ」と言わんばかりの笑顔を返し、すずかが立ち上がる。

「猫はね、好きな人を噛んだり、頭突きをしたりするのよ」

まだ加減が判らなくて、全力で噛んじゃったのね。と、仔猫をあゆに手渡す。

「ほら、のどを鳴らしてるでしょう。まだ上手くできなくて、かすかにコロコロとしか聞こえないでしょうけれど」

「……すき、なのですか?わたしを……?」

猫に訊いても答えないと思うが、とりあえずすずかは自分の椅子に戻った。

「わたしに、そんなしかくが あるのでしょうか?」

ますます解からない子である。

「あゆちゃん」

あゆが顔を上げるのを待つ。

「あなたに資格があるかどうかは判りませんけれど、その仔があゆちゃんを好きになるのに、資格は要らないでしょう?」

「そうなの……、ですか?」

言葉の後半は、仔猫に向けて。

……

じっと仔猫を見つめるあゆと、その手のひらの上でさかんにでんぐり返しを繰り返す仔猫。マーキングしているつもりで目尻を押し付けて、バランスを崩してそのまま転がっているのだ。あゆが器用に調整してやらなければ、とっくに転がり落ちていただろう。

「……ありがとう。なのです」

感謝の言葉は、まず仔猫に。

「……ありがとう、すずかおねぇちゃん」

そして、すずかに。

「……ありがとう。なのです」

そして、ここではないどこかに向けて。


本当に解からない子だ。

「すずかおねぇちゃん」

「なんですか?」

あゆが仔猫を凝視するので、仔猫が凝固している。後で、猫との付き合い方を教えてあげなければ。

「このこに あいに、たまにあそびにきても、いいですか?」

いつでも大歓迎ですよ。と、すずかは笑顔。

「じゃあ、あゆちゃん。
 その仔に、お名前をつけてあげて」

「なまえ、ですか?」

持ち上げられた視線を、優しく受け止めてあげる。

「そんなにあゆちゃんのことが好きなんだから、つけてあげればきっと喜ぶよ」

……

少し眉根を寄せて、あゆが悩ましげ。なにか名付けにイヤな思い出でもあるのだろうか?

すとんと落とした視線が、仔猫に。

「くろいから、くろ……でしょうか?」

そのまんまやないか。と、はやてに突っ込まれそうである。いや、すずかも心の中で突っ込んだ。

ぶらっく、のわーる、しゅわるつ、へい。やみ、かげ、やてん、よる、ないと、なはと、そわーる。しんげつ、むみょう。……すみ、かーぼん、ちゃこーる。えぼにー、げんぶ、みかげ、じぇっと、こくよう。

くろくろくろ、くろいもの、くろをしめすことば……。と脳内検索を続けていたあゆが「くろの いめーじ、……おにぃちゃん?」と、ぽつり。

おにぃちゃま、あにぃ、おにぃさま、おにぃたま、あにうえさま、にぃさま、あにき、あにくん、あにぎみさま、あにちゃま、にぃや。

そのボキャブラリーはまあいいとして、なぜ黒という単語からお兄ちゃんなんて言葉に結びつくのかが判らない。すずかは、ますますあゆが解からなくなりそうだ。


おや?と、その毛並みに手を這わせて、また噛まれている。しかし今度はしっかり鼻面を押して、躾。

「あなたは、とらねこでも あるのですね」

あゆの言葉によく見てみれば、確かにうっすらと縞模様が見て取れる。

「くろいとら、ぶらっくたいがー?……えび?」

いせ、うちわ、かぶと、しば、さくら、おきあみ。そめのすけ、そめたろー。ろぶすたー、ぷらうん、しゅりんぷ。まろん……は、ざりがにでした。

猫の名付けに、エビはどうかと思う。さすがにすずかが止めようと口を開いた時であった。

「くろでとら?くらいとら?だーくたいがー?」

ふむ。と、あゆが仔猫を差し上げた。そういう抱きかかえ方もよくないと教えなくては。

「あなたの おなまえは、【きょういちろう】です」

これは、すずかにも判った。いま絶賛放映中のドラマ【ソロバン刑事】の登場人物の1人である。闇の虎というコードネームなのだ。

名付け元のネタは判ったが、あゆのことはますます解からなくなったすずかである。



それは、ゼスト隊が融合騎の少女を救出した翌日のこと。

奇しくも丁度そのころクラナガンでは、その少女の名前が決まったところであった。



[14611] #69-4 サモナーズ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/09 12:27
――【 新暦69年/地球暦10月 】――




海鳴市にその店舗を構えるペットショップ「キンイロ」は、知る人ぞ知る昆虫マニアの聖域である。

あゆは、ルーテシアにプレゼントするための昆虫類――クモやサソリといった鋏角亜門なども含むが――の大半を、この店で購入していた。

「いらっしゃい、あゆちゃん」

「こんにちは、なのです。てんちょうさん」

虫カゴや鳥カゴに水槽、はてはタッパーウェアなどに入れられた様々な動物たちが居並ぶラックの奥から、菫色の頭髪をツインテールにした女性が現れる。

「なにか、おもしろいこんちゅう、はいっていますか?」

「ごめんなさいね。
 この季節だと、あまり新規入荷はないのよ」

言われてみて、なるほどと思うあゆであった。冬場に活動する昆虫は少なそうだから、無理に輸入したりするとリスクが大きいのかもしれない。

持ち運びの利便性から卵や蛹での輸入はあるのだが、孵化なり羽化なりさせてから店頭に出すのがこの店の方針であった。

「それでは、どうぶつさんたちをみせてもらっても、いいですか?」

「もちろん。大歓迎ですよ」

それでは。と一礼したあゆが、気の赴くままに店内を巡りだす。

最初はルーテシアに昆虫を買ってあげるために来店していたあゆだが、今ではこうして動物たちを眺めることが気にいっていた。

冷蔵庫の中のタブリエ音泉ペンギンに挨拶し、ウェルシュコーギーにシイタケをあげさせてもらい、タヌキリスに噛まれてみる。

最後に訪れるのは熱帯魚コーナーだ。大きなレッドテールキャットや可愛いらしいオトシンクルス、羽ぼうきみたいなブラックゴーストも捨てがたいが、あゆのお気に入りはトランスルーセントグラスキャットであった。

この柳の葉っぱのような体型のナマズの仲間は、頭以外の全身が透けて見えるのである。それが10匹20匹と群をなしてさざめいていると、なかなかに壮観なのだ。

水面にはサカサナマズやハチェット、水底にはコリドラスやプレコがいて、それらもあゆの目を愉しませてくれる。

はやてにもまだ打ち明けてないが、いずれは飼ってみたいと思っていた。

店長に言わせれば、近年では水槽や浄化槽などの器具も低価格化高品質化が進んで、熱帯魚の飼育もそれほど手がかからないそうだ。それでもあゆの現状では望むべくもあるまい。


「そういえば、ウェタはどうなりました?」

エサの赤虫をくれた店長が、ふと思い出したげに。

「しりあいに、つてがありまして……」

脚立を登ったあゆは、慎重に水槽の蓋をずらして熱帯魚たちへのエサやりを愉しむ。油断するとハチェットやサカサナマズが飛び出すので、気が抜けない。

「てに、はいりそうなのです」

まあ。と驚いたのは店長である。

絶滅が心配される割に現地ではペット代わりに飼育もされているらしいその巨大カマドウマは、扱いが微妙すぎてわざわざ輸入する業者がいないのだ。

「なんでも、じんこうはんしょくに せいこうしたかたが おられるそうで、けんきゅうしきんのたしに、いくらかうってもかまわない とのことでした」

なんだか、身につまされるあゆである。その話を聞いたとき、来年のお年玉まで前借りして、手に入れられるだけ手配してもらっていた。対ニュージーランドドルは円高傾向にあるので、輸入は吉だ。

気候や生態から、ニュージーランドが秋になる3月頃に送ってもらう手筈になっている。何匹やってくるのか知らないが、ルーテシアは歓んでくれるだろう。

「その伝手、私に紹介してくれませんか?」

「いいですよ」と応えておいて、最初から紹介してればよかったことに気付くあゆであった。




****

――【 新暦69年/地球暦11月 】――



「お、あゆの姐御」

歓迎のつもりか、ぽんぽんと花火。

「あねごはよしなさい。なのです」

ええ?いいじゃんかよ~。と抗議するのは、アギトと名付けられた烈火の剣精だ。なにやらミニサイズの白い竜に跨っていた。

「かっこいいですぅ♪」と、これは珍しく起きていたエスタである。

「きゅくるぅ」

ゼストを後見人に持ったアギトは、ゼスト隊の一員として振舞っているそうだ。寝食は主に、名付け親であるルーテシアと共にしているようだが。


「おっと」

勢いをなくした花火を見て、アギトが術式を広げている。あゆのレアスキルの範囲内に入ったのだ。このファイヤワークスの魔法のように、強固な指向性を持たない非戦闘用の術式は影響を受けやすい。

部屋一杯に咲き乱れる花火の中を縫うように、小さな白い竜を駆ってアギトが飛び回る。

「すっごいですぅ♪」

エスタの言うとおり、確かに見事なものだ。炎熱の魔力変換資質を持つというこの融合騎を、いつかシグナムに引き合わせてみたいと考えるあゆであった。


「そうだ姐御、新入りを紹介するぜ」

「しんいり?」

アギトはあゆの疑問に答えることなく、「はいよぉ!フリード」とたずなを絞って詰め所の奥の部屋へと飛んでいってしまう。

「いいな、いいなですぅ。
 エスタも、のりたいですよ」

そうして連れて来たのは、ルーテシアと同じ年頃の女の子だった。

「ほら、姐御に挨拶しな」

「キャロ・ル・ルシエです。
 アギトさんがのっているのはフリードリヒ。わたしの、しえきりゅうです」

桃色の髪の毛を揺らして、頭を下げている。「きゅくるう!」と、白いチビ竜もそれに倣う。

「これは ごていねいに。
 やがみあゆ、なのです」


「……」

あゆが礼を返していると、奥からルーテシア。

見かけだけならあゆも5、6歳ほどであるから、3人揃うとまるで保育園である。あゆの白衣が、実にままごとチックであった。

『それで?』

こんなところに来る子供がワケありでないわけないと、あゆが念話で。

『ん~とな』

要領を得ないアギトの話を整理すると、メガーヌが第6管理世界から連れて来たらしい。

なんでも召喚術の才能というのは遺伝による発現が主で、どの世界でもたいてい少数民族が隠れ里で細々と血脈を繋いでいるのだそうだ。

そうした隠れ里同士の交流は意外と活発で、メガーヌの出身村とキャロのそれもその例に洩れなかったらしい。

族長の意向でル・ルシエの里を表敬訪問したメガーヌに紹介されたのが、キャロだったのだとか。

『ルシエの里って、斜陽の一族なのよねぇ』と、突然念話に割り込んできたのはメガーヌ本人である。

事務仕事に一区切りつけ、出てきたらしい。

『たまたま強い竜に見初められてしまったキャロちゃんを持て余してて、私に相談してきたってわけ。いざというとき対処できないからって』

たしかにメガーヌは一流の召喚術師だから、うってつけであろう。荒事にも慣れてるし、修羅場だって何度も乗り越えている。なにより同じ年頃の娘を持つ母親であった。

『もし私が行ってなかったら、そのまま追放されかねなかったのよ』と、内心の憤懣を完璧に隠しとおしたメガーヌが、キャロとルーテシアを一緒に抱きしめて笑顔。

みならわねば。と内心で反省などしつつ、あゆがちらりと観察した限りでは、キャロに鬱屈したところは見当たらない。今も、力一杯に抱きしめられて苦しいだろうに、嬉しそうだ。生まれ故郷を追い出されてこれならば、メガーヌの元に引き取られた方が幸せであるのだろうと結論付けてみる。自分の例もあることだし、血の繋がりなど家族にとってさほど重要でもあるまいと。


それはそれとして。

「……」

ずっとあゆを見つめつづけていたのは、ルーテシアであった。

出逢った頃にはあゆの半分ほどであったルーテシアが、今はほぼ同じ背丈である。

子供の成長は早いと、戸籍上まだ9歳であるあゆは嘆息した。


さて、それはそれとして。

「……」

ルーテシアである。

「るぅ。
 いいたいことがあるなら、きちんと くちにするのです。
 さっしてあげるほど、わたしはやさしくなど ないのです」

嘘ばっかり。とはメガーヌ。

「……ウェタは?」

よしよし、よくいえました。とルーテシアの頭を撫でている。

「なんとか、てに はいりそうなのです。
 それまで がまん、できますね?」

「……ん。ありがとう」

「おれいは、ちゃんと てにはいってからでいいのです」

待機状態のS2Uに命じて、あゆが翠屋のロゴ入り紙箱を取り出した。

「おやつにしましょう。
 きゃろちゃんも、いっしょに しゅーくりーむを たべませんか?」

「きゅくぅ?」

「フリード」

チビ竜をたしなめているらしいキャロの口調に、フリードがなにを言ったか判ったあゆである。

「ふりーど。
 あなたのぶんも、ありますよ」

「きゅくるう♪」


**


「口裏を合わせるとの約定であったゆえ、口外はしないが。
 理由は聞かせてもらえるのだろうな?」

差し出されたケースを手元に引き寄せ、ゼストの視線は鋭い。

「はい、なのです」

ソファに上で居住まいをただし、あゆは真っ向から視線を受ける。

この執務室の壁は意外と厚そうだ。となりではフリードに乗せてもらっているエスタが歓声を上げているはずだが、その気配すら感じ取れなかった。


「きょくいんの おひとりおひとりはともかく、
 わたしは、じくうかんりきょくそのものは しんじていないのです」

そう言われるとゼストとて返答のしようがない。ここ数ヶ月で査察、検挙した違法ラボ、違法プラントの多くに、何らかの形で管理局が関わっていたのだ。

「わたしのけんきゅうが、いほうけんきゅうしゃに よこながしされて、けっか、はんざいにつかわれるかもしれません」

実際、スカリエッティが手にしていた。他の違法研究者のもとに渡ってないという保証はないだろう。

「けんきゅうをすすめるために、しけんうんようは ひつようなのです。
 けれども、かんりきょくへのぎわくが はれないうちは、しらしめるわけにはいかないのです」


だが、それは口実に過ぎない。

いまゼストに引き渡したケースの中には、第8世代試作品の中でも特に出来のいいものが人数分入っている。いざという時のために、渡しておきたかったのだ。

あゆは、スカリエッティの準備が終わりつつあることを知っていた。




        ――【 新暦69年4月 】――



セインが眉根を寄せているところを見ると、娘から見ても気持ち悪いものなのだろう。スカリエッティの、「ひゃ~はっはっはっは!」という笑いかたは。

『管理局を潰すか、それはいい』

くつくつと笑い方を変えて、スカリエッティが腹を抱えている。

『まさか君がそんなことを言い出すとはね。
 いやはや、これだからこそ人間は、生命は面白い。まだまだ研究の余地だらけだよ』

ひゃ~はっはっは。と、またひとしきり大笑いしたスカリエッティが、仮面を付け替えるようにぴたりと静止した。

『だが、彼我戦力差はきっちり把握しないといけないな』

言われてみてようやく、自分が何を口走ったか理解したあゆである。管理局を潰すなどと不可能事を言い立てたことはもちろんだが、なにより、その管理局にどれだけ大切な人々が居るというのか。

冷静なつもりだったのだが、相当混乱していたらしい。そうと気付いた途端に破裂するような発熱を覚えて、あゆは頬に手をあてた。

『ああ、誰にでも間違いはある。そんなに恥じずともいいよ』

はずかしい?と、内心で繰り返したあゆは、これが「不明を恥じる」ことかと推測する。自分にそんな感情があるとは、思ってもなかったのだ。

それにしても、スカリエッティに諭されるとは。恥ずかしさに朱を重ねるあゆである。


『いやいや、またまた珍しいものを見せてもらったよ。
 君のことは多少理解していたつもりだけど、氷山の一角だったようだ』

再び大笑いしたスカリエッティは、しかし一転『生命の可能性は素晴らしい。まだまだ知らないことだらけだ。もっともっと研究したいなぁ』と笑いすぎで流れたらしい涙を拭いた。


『いや、すまない』と意外にも本気ですまなさそうに謝ったスカリエッティが、『だが、管理局を潰したいという意見そのものには賛同だよ』と、その胸襟を開くかのように両手を広げてみせる。

『いずれ僕も管理局には一矢報いてやるつもりだった。その準備にあと5年と見込んでいたんだけどね』

ところが。と指先で弾き上げているのは、人工リンカーコア。

『管理局は違法研究から手を引き始めている。
 ここに来てリクエストに対する反応が悪くなったし、チンク達も何かと理由をつけて帰してくれない、違法研究者が検挙される例が増えているのも、だからだろう』

これのお陰でね。と再び弾いた人工リンカーコアを中空で掴み取り、差し出してみせる。

「……」

あゆは口を挟まない。

『今の戦力じゃ、一矢報いるなんて真似、とても無理だからね。
 尻尾を巻いて逃げ出そうと思っていたんだけど、……そうかい、時間を稼いでくれる、か』

値踏みするように人工リンカーコアを見やっていたスカリエッティが、おもむろにそれを口に含んだ。そのままころころと、口中で転がしだす。

『【立つ鳥跡を濁さず】なんて言うらしいし、世のために禍根を断っておくのもいいかもしれない』

それはスカリエッティの警告だっただろう。出身世界を知っているぞ。出身地域も判っているぞ。裏切ればどうなるか、解かっているな。との。

いつ知ったかは判らないが、人工リンカーコアの研究者が誰であるかも承知の上で、今日の話だったに違いない。役者が、違いすぎるのだ。

『流石に管理局ごと滅ぼすのは難しいが、私を生み出し、さんざん利用してきたくせにあっさりと棄てようとする最高評議会の連中に、生命の終着点をプレゼントするくらいはやってやろうじゃないか』




****

――【 新暦69年/地球暦12月 】――



あゆが翠屋に来る機会は、多い。

ミッドチルダへ出向く時の手土産にすることが少なくないからだ。

「ありさおねぇちゃん?」

一瞬判らなかったのは、アリサが髪を短くしていたからだろう。

「あら、……
 相変わらずチビっこいわね」

オープンテラスでお茶していたらしいはやての同級生の、歯に衣着せぬ物言いがあゆはけっこう好きである。

アリサが「小っちゃいわねぇ」と言うと、それがなんだか素敵なことのように聞こえるから不思議だ。悪意がまったく無いからであろう。


「ごぶさた、なのです。
【うぇた】のけんでは、おせわになりました」

ん?としかめた眉を、すぐに開いて「ああ、あのカマドウマのことね」とアリサ。はやて越しか携帯電話ばかりだったので、こうして面と向かってお礼をいえる機会がなかったのだ。

「気にしなくてもいいわよ。
 たまたまニュージーランドの別荘の近くに変人が居たってだけで、私は何もしてないから」

実際には、輸出入に関わる手続きなども全て手配してくれていた。そっけないが、情に篤い人なのだろうとあゆは思う。

「それでも、たすかりましたから」

ウェタを渡した時のルーテシアの笑顔を想像すると、今から頬がほころんでしまうあゆである。

「ありがとう、なのです」

はいはい。と軽く受け流したアリサが、はす向かいの椅子を指差した。

「感謝してんならお茶に付き合いなさい。相手が居なくてヒマしてたのよ」

「なのはおねぇちゃんは、いらっしゃらないのですか?
 それに、このきせつに、おーぷんてらすで ですか?」

質問を重ねんじゃないわよ。と、あゆの腕を捕まえて、強引に椅子にかけさせる。

「なのははバイト中だから、話し相手にさせるわけに行かないでしょ」

親指で指差す先は、翠屋の店内。エプロンしたなのはが忙しそうに接客していた。

「そんで私はヨーロッパ暮らしも多いから、オープンテラスのほうが性に合うの」

そういうことなら。と携帯電話を取り出したあゆが時間を確認。「おつきあいさせて いただくのです」余裕ありと判断して椅子に座りなおす。

「やあ、いらっしゃい」

タイミングを見計らって顔を出したのは士郎である。気配を察していたのだろう。逆にあゆはその気配を読めなくて、無駄に心臓を跳ねさせていたが。

「私にお代わりを、この子にも同じ物をお願いできますか?」

「コーヒーをかい?
 あゆちゃんには早くないかな?」

あら?と、あゆに寄越される視線。

「もう4年生ですよ。大人の味を知ってもいい年頃です」

うちのなのはは、まだ飲めないみたいなんだが。と苦笑した士郎は、しかしなにか思い出したらしく「階段を登りたくなる年頃か」と納得顔。

「試してみるかい?」

「はい、なのです」

コーヒーを飲んだことがないわけではないが、八神家では大抵ミルクと砂糖たっぷりだ。

これがもとであゆはコーヒーの味を覚えてしまうのだが、まあ余談である。




****




クラスの、クリスマス会の準備中であった。

「さんたさんは、いますよ」

ゑ?と目を丸くしたのはアリシアである。まさか、あゆが4年生にもなってサンタを信じているとは思ってもなかったのだ。

「会ったこと、あるの?」

このあゆが信じているのだから、それなりに確証あってのことだと思ってしまっても仕方あるまい。もしくは、サタンとでも間違えているか。

「いいえ、なのです。
 わたしは わるいこですから、きてくれるはずが ありません」

アリシアが聞き出したところによると、あゆがサンタを信じている要因ははやてにあるようだった。

なんでもはやては、「サンタはんは居てはるけど、忙しいので、プレゼントを貰えるあてのある子ぉのトコには来ぃへんし、順番待ちや」と説明したらしい。魔導師やロストロギアがあるのだから、それぐらい居てもおかしくないだろうとあゆは納得したのだとか。


「それで、今年のプレゼントはなにをたのんだの?」

「とくにほしいものもないので、きょねんから なにもおねがいしていません」

えー!あゆちゃん変!と、声を上げたアリシアが、なにやら指を折って数え始める。欲しい物がありすぎて困っているらしい。

「あれ?去年からってことは、おととしは何かたのんだの?」

アリシアの疑問に「もう、そのきはないのですが」と前置きして、あゆは色紙を切っていた手を止めた。ついでの練習代わりにハサミを消してみせる。手先は器用なほうなので、クリスマス会の余興に手品でもしようと考えているのだ。

「がっこうを、たいがくさせてほしいと」

「えー!」

あゆがサンタを信じているらしいというくだりから、聞き耳を立てていたクラスメイト一同である。たちまちあゆの周囲に押し寄せてきて、口々に「なぜ?」だの「どうして?」とか「学校きらいだったの?」ときて「やめないで」などと言い立ててくる。なんだか女子の比率が妙に高いようだ。

『これは、なにごとなのですか?』

『前に言ったことなかった?
 あゆちゃん、めんどうみがいいから、けっこう人気なんだって』

『それは、だんしのはなしでは?』

『そんなこと言ったおぼえ、ないけど?』

実際アリシアは、あゆにチョコを渡したがっている女子を何人か知っていた。上級生に絡まれていたところを助けられた子や、プリントをバラ撒いてしまって困ってたところを手伝ってもらった子。勉強を教えてもらったとか、体育でコツを教えてもらった、励ましながら一緒に余計に走ってくれた、などは枚挙に暇がない。中でもピーマンが食べられなくて困っていた子の時のことなど、印象が強すぎて忘れようのないアリシアである。



母親の作ってくれたお弁当の、取り除きようがないほど細かく刻まれたピーマンが混ぜ込まれたピラフを前に、その子は泣きそうだったのだ。お昼休みも、残り少なかった。

通りがかったあゆは、実に自然にその手ごとスプーンを操って、そのピラフを口にしたのだ。

「とっても、おいしいのです。
 おりょうりのじょうずな おかあさんで、よかったですね」

とても幸せそうににっこりと微笑まれて、その子は思わずピラフを口にしてしまっていた。「だって、本当にものすごくおいしそうに食べるんだもの」とは、その子の弁である。今ではピーマンは、むしろ好物なのだとか。



マルチタスクにも限界はあるから、あゆは割り切って、学校に居る間は学校のことを考えるようにしている。とはいえ、あゆにとって、授業や行事などに大した労力が要るはずもない。自然、その有り余った処理能力の矛先はクラスメイトに向けられていたのだ。

学校が楽しいに越したことはないから、トラブルの種や雰囲気を悪くするような要素を事前に摘んでいるのである。あゆにしてみれば巣穴の周りを整備しているようなもので他意はないから、それらのことがこの事態に結びついてると解からない。

本人は、ついでに洞察力や判断力が磨ければ儲けもの、ぐらいにしか考えてなかった。


「八神さんのお姉さんって、中等部だよね?」中には行動力のある子もいて、「あたし、絶対かなえないでってジカダンパンしてくる」などと言い出す始末。おねがいだから それだけはやめてくれと、泣きつきそうになったあゆである。

ぱんぱん。と手を叩いて、皆の注意を惹いたのはアリシアだ。

「はいはい、みんなおちついて。
 あゆちゃんの事情は知ってるでしょう?それに、おととしの話だって言ってたじゃない」

ね、あゆちゃん。と微笑みかけられたあゆが、頷いてみせた。本当は去年のクリスマスにも同じお願いをしようと思っていたが、他ならぬ目の前の親友に、退屈な学校生活も悪くないと思わされてしまったのだ。

「そのとおり、なのです」

安心したらしいクラスメイトたちが、三々五々と元の作業に戻り始める。後ろ髪を引かれまくっているのが何人か居るようだが。

ちなみに、アリシアが言うところのあゆの事情は、そもそもアリシアの創作――口から出任せと言ったほうが正しい――であった。

時空管理局に勤めていることを明かすわけには行かないあゆの本当の事情を知っているのは、クラスではアリシアだけだ。そこで表向きには、八神家が下宿を営んでいるとしたのである。ヴォルケンリッターの説明にもなるし、フェイトが下宿していたからという理由でアリシアとの仲も理由付けできるし、あゆが忙しいのも家の手伝いが大変だからと言い訳ができた。

『学校やめたりなんかしたら、いまの調子でみんな家まで押しかけてくるんじゃない?』

アリシアの脅迫めいた想像に、はふ。と、あゆは溜息をつく。

研究時間を確保するために学校を辞めたい気持ちは、今でもないではない。だが、これではとても無理と、あらためて観念したのだ。

『じんせいは、いつだって、こんなはずじゃないことばっかりなのです』




[14611] #70-1 約束の時へ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2020/09/08 21:26
――【 新暦70年/地球暦1月 】――




念のために、S2Uにいくつかの通信文を用意しておいて、あゆは飾り気のない執務室を後にした。

金平糖を噛み砕く音だけを残して。



地上本部が慌しい。

クラナガンを遠く囲むように、同時に3ヶ所で、ガジェットを引き連れた戦闘機人が暴れているのだ。

新型らしい飛行タイプの戦闘機械が大量に投入されたらしく、首都航空隊も手一杯。航空武装隊への応援が要請されたようだ。


それらが陽動であると、あゆは知っていた。


今頃セインは、やはり新型の戦闘機械を引き連れて拘置区画の仲間たちを救け出していることだろう。その後、3人がかりで最高評議会を襲撃する手筈になっている。


**


「しつれい、するのです」

あゆが訪れたのは、レジアスの執務室だ。

「八神さん、珍しいですね」

出迎えてくれたのは、オーリスである。

「れじあすに、はなしがありまして」

「少将は事態に対応中です。今はご遠慮願えませんか?」

それは、見れば判ること。高価そうな椅子から身を乗り出して空間モニターを睨むレジアスが、なにやら女性士官に命じて、各方面と遣り取りしていた。

動こうとしない少女の肩に、オーリスが手をかけようとしたその時だ。

あゆが、手にしていた【碧海の図説書】を投げつけたのは。


群青色の書籍が弾いたのは、レジアスの傍にいた女性士官。凶悪なツメを伸ばしたその右手であった。

この部屋のドアが開いたときから、あゆは気になっていたのだ。レジアスの斜め後方に控える女性士官の立ち位置が。

「なにものです」

レジアスから距離を取って、本棚の傍へと退いた女性士官を問い質す。


この執務室には、中央に階下への階段がある。

S2Uを構えて歩み寄ると、間に挟んだその階段を軸とするように女性士官がドアの方へ。その間にオーリスがレジアスへ駆け寄っている。


「ドクターに敵対するおつもりですか?」

ん?と思ったときには、女性士官が戦闘機人のスーツ姿になっていた。髪の色も変わっている。

「どくたーの、むすめごさん でしたか」

絶句しているらしい気配が、背後に。

「ドゥーエと申します。お見知りおきを」

戦闘機人に空き番号があることは気付いていたが、ディエチやノーヴェの例から必ずしもロールアウト順でないと知っていたので気にしていなかった。

こんなところに居たとは。

「てっきり貴女も、少将を始末しに来たのだと思ったのですが」

なるほど、どうりであんなタイミングで動いたわけだ。口にすれば決裂を決定付けてしまうから「もしくは、少将の暗殺を妨害に来たか」とまでは言わないようだが。

「あなたという そんざいがいて、れじあすをころすなどという しなりおは、ぞんじてませんでしたよ」

クアットロからの情報収集を、過大評価されていたのかもしれない。

「そうでしたか。では、そこを譲って戴けますか?」

レジアスとオーリスを庇うように立ちはだかったあゆは、声をかけようとしたレジアスを後ろ手に制止する。

「わたしのようじが すんでからなら、かんがえてもいいのです」

「……」

ドゥーエがツメを下ろしたのを見て、あゆは視線をレジアスに。オーリスがなにか言おうとしたのを、手振りでとどめる。

「どくたーすかりえってぃに【じんこうりんかーこあ】をわたしたのは、あなたですか?」

なんだと?と、驚きのあまりかそれは、ほとんど声になっていなかった。

「どくたーは、わたしのしゅっしんせかいを しっていました。どこからもれたのでしょう?」

心当たりがないらしいレジアスは副官に視線を向けるが、オーリスもかぶりを振る。

自分に向けられていたあゆの視線に気付いたオーリスが、毅然と動揺を押さえ込む。

「父さ……、レジアス少将は、違法研究を整理する際に、貴女の情報が洩れることだけはないよう細心の注意を払っていました。怨みを貴女に向けるものが出ないとも限りませんから」

その割に、本局ではえらくおおっぴらにアプローチしてきていたようだが。などとあゆは突っ込まない。

「その証拠に、実に不名誉な噂を放置なされたままでした」

証拠というには薄弱すぎるような気もするが、確かにそうでもなければ「ロリ殺し」などというあだ名を奉られて黙っているような男ではあるまい。たとえそれが、レジアス・ゲイズという人物像の再評価に繋がるとしても。

「いほうけんきゅうを すいしんしてきたのに、ふようになったら きりすてる。それが あなたのせいぎですか?」

それは、スカリエッティがドゥーエという隠し札まで切ってレジアスを暗殺しようとしたことから、推測したに過ぎない。カマをかけてみたまで。答え次第では【碧海の図説書】の角をお見舞いしてやるつもりである。

……そうだ。と頷くレジアスを庇うように「待ってください!」と2人の間に割り込んできたのはオーリスだ。

「あなたの研究が完成しだい、少将は公開意見陳述会で最高評議会を告発するおつもりでした!もちろん、ご自身の罪状も含めて」

止めようとするレジアスを押し退けて、コンソールを操作する。表示されたのは数多くの空間モニターで、そのどれにも最高評議会との接見の様子が映し出されていた。

「こちらからの支援が減少していくことで、違法研究が立ち消えればそれでよし。最高評議会を告発した後でも、逃げる暇はあるだろうと。
 少将と最高評議会の間には微妙な見解の相違がある。告発するまで評議会に睨まれるわけには行かなかった。過剰に捜査に介入すれば、それを理由に罷免されたでしょう!」

睨みつけてくるオーリスの目尻に、うっすらと涙が。

「【じんこうりんかーこあ】のかんせいが、おくれたからだと?」

頷こうとしたオーリスを、レジアスがとどめる。

「いずれにせよ、儂の不明であることに変わりはない」

戦うことを決意した時のゼストの目に似ていると、あゆは思ったことであろう。アギトを救い出したあの日に、一度だけ見ていた。

「もっと、れじあすに そうだんしていれば よかったのですね。
 あなたを しんじきれなかったわたしを、……」

最後まで言い切らず、あゆはドゥーエに向き直る。

「おまたせ、したのです」

では。とツメを構えるドゥーエに、しかしあゆは道を譲らない。

「どくたーに、れんらくをとって ほしいのです。
 れじあすのいのちを、わたしにあずけてほしいと」

口を開こうとしたドゥーエの隣りに、空間モニターが開いた。

『まさか、その男を庇うとはね』

「どくたー。あなたには、かしがあると おもうのです。
 それで、れじあすのいのちを あがなわせて もらえませんか?」

貸し?と首を傾げたスカリエッティは「ああ、あの玩具か」と納得したよう。

『後々の禍根は絶っておきたいところだが、確かに君には借りがある。時間も稼いでくれたしね』

どうだいここは。と大仰な身振りでスカリエッティが顔を上げた瞬間である。

『私の娘と闘って、勝ち取ってみる。というのは!』

セインが、小柄な戦闘機人を抱えて床から飛び上がってきたのは。


『おっと、さすがに3対1はフェアじゃないね。チンク』

はい。と一歩前に出たのは、あゆと頭ひとつ分ほどしか変わらぬ小さな戦闘機人。スーツの上に、特徴的な二重構造の外套――インバネスとも二重回しとも――をまとっている。

チンクを連れて来たセインは、ドゥーエにしがみつくようにして床下へ消えた。

「ちんくさん」

「……」

相手は、あのゼストと互角に渡り合った戦闘機人だ。とてもじゃないが、あゆが太刀打ちできる相手ではない。


あゆは、これまでに闘ったことがなかった。はやての傍で戦うときのために戦闘技術は磨いてきたが、それだけである。


そもそも、暗殺者とは闘う者ではない。

暗殺者は、殺す者である。屠殺場で牛や豚を処理するように、人を殺す。それは作業なのだ。安全なところから手を下す、臆病者に過ぎない。例えば、河などを挟んで狙撃する。例えば、寝室に毒ガスを混入する。例えば、乗り物ごと爆破する。殺す相手が人間だから、なるべく抵抗されないよう手練手管を練り、隙を窺う、なければ作る。ただ、それだけの技術者だ。

何かを勝ち取るために闘う心の毅さも、何か守り抜くために立ち塞がる覚悟も、持ち合わせてなどない。


でも、それではダメなのだ。

あゆが慕う姉は、八神はやては優しい人だ。その友人であるなのはとフェイトも、同じく。

優しいから、何の理由がなくても誰かのために闘える人たちだった。「力があるから、力のない人のためになりたい」と、何の気負いもなく言える人たちだった。

そう聞いたときに、あゆは願ったのだ。強くなりたいと、なによりも、心を毅くしたいと。

はやてたちの傍らに立ちたければ、同じように闘えなければ足手まといになってしまう。だからあゆは、毅い心が欲しかった。技術を磨けば、肉体が強くなれば心も毅くなるかと思って、戦闘機人になることすら望んだ。


視界の中央に、チンクの姿がある。怖くて、目が離せない。

もうすでに相対してしまっている事実に、染み付いた習性が絶望を奏でている。相手がこちらに気付く前に手を下すことも、小細工を弄して動きを封じる時間もない。実力差は月とすっぽん。暗殺者としては、詰んでしまっている状況なのだ。


しかし、今なら闘えるのではないか。と、あゆは自分を信じてみる。今闘わなくてどうする。と、あゆは心を奮う。

あゆの存在を肯定してくれたのがはやてであるならば、あゆの能力を肯定してくれたのはレジアスであった。

本局が魔導師3人の数年分としか評価してくれなかった能力を、声高に求めてくれたのはレジアスだけであったのだ。

「れじあす。
 あなたのために、たたかってみましょう」

その声が、ひどく震えていた。

「待て!儂は殺されても構わん!」

立ち上がろうとしたレジアスを「まもれ、はがねのとりで」光の牙が閉じ込める。寄り添うオーリスごと。

「あゆちゃん」

【碧海の図説書】が使われたことで目を覚ましたのだろう。エスタがリュックから出てきた。周りの様子に驚いてはいるが、しかし、いちいち訊いたりはしない。

ふよふよと浮いた【碧海の図説書】が、あゆの手に収まる。同時に騎士服を展開。

「えすた。いきますよ」

「はいです!」

『ユニゾン・イン』

光球と化したエスタがあゆの胸元へ飛び込んで、その色彩を変える。黒い髪はアッシュブロンドに、青鈍色の騎士服はペールブルーに。まるで、覚悟と決意で青ざめたかのような、死装束めいた姿。

ユニゾンしても、レアスキルのせいでそれほど魔導師ランクは上がらない。AA-が精々だ。それに、可用性も減る。連携さえしっかりしているなら、AとA+の魔導師2人の方ができることの幅が広いのだ。

しかし、このレベルの敵相手では、各個撃破されるほうを心配すべきだろう。なにより、エスタの、幼いがゆえに迷いのない心が、あゆの決心を後押ししてくれる。それが何より、心強い。


見やれば、無数のスローイングダガーを宙に浮かべて、チンクが臨戦態勢。しかし、待ってはくれているようだ。

『クアットロが時間稼ぎをしているからね。存分に闘いたまえ!』

ひゃーはっはっは!と、背骨が折れそうな高笑い。


「かーとりっじろーど」

打ち上がった3枚のしおりを、追いぬくように挟み取る。はやてとフェイトとなのはが、魔力操作の練習と嘯いて篭めてくれたカートリッジ。片隅に描かれた似顔絵が、笑顔であゆを応援してくれているよう。

「ぱんつぁーがいすと、なのです」

 ≪ Panzergeist ≫

エタノールが燃えるような、かげろうのごとき防護フィールド。うっすらと蒼い。

『ふーさりょういき、ですよ』

 ≪ Gefangnis der Magie ≫

エスタが唱えたのは、封鎖領域。こちらはセインとスカリエッティ対策であったが、チンクの傍らに浮く空間モニターに変わりはない。

観客は、少ない方が良かったのだが。

あゆは、その手の内を見られれば見られるほど、知られれば知られるほど、弱くなる。その魔力不足を補うために、奇襲や隠し球めいた戦法が多いからだ。

ため息の代わりに、深呼吸。

『つづいて、やわらかきしちゅう、ですぅ』

 ≪ Weichstutze ≫

レジアスの執務室の床といわず壁といわず、あらゆる面から白い木のような物が突き出してくる。ぷよよんと震えるそれが密生して、視界を塞いだ。


「いきます」

あゆに向けていたスローイングダガーを、しかしチンクは撃ち出さない。白い立ち木が邪魔をして、射線が通らないのだ。這うような姿勢で密林を駆けてくるあゆの姿が、まれに垣間見える程度。

仕方なく、その移動線上に撃ったスローイングダガーたちは、

『ホールディングネット、ですよ』

 ≪ Holding Net ≫

中空に張られた光の網に阻まれた。航空魔導師が使うものより、かなり緻密に編みこまれている。

魔力量に不安のあるあゆは、魔力消費の少ない術式による様々な代用案を模索してきたのだ。墜落時の安全対策として航空魔導師が使うこの術式は、高速で飛来してくる物を優しく受け止めてしまうのに適していた。


『面白い!やるじゃないか』

空間モニターの向こう側で、スカリエッティが耳障りな笑い声を上げている。意外や、本気で愉しんでいるようだ。


あゆは、ゼストと戦ったチンクの資料を見ている。その上で練った対チンク戦術。それが、この密林と霞網の組合せであった。

チンクとの間に射線が通らぬよう、柔らかな障害物を縫うように走り抜ける。先読みで撃ち込まれてくるスローイングダガーは、適宜エスタがホールディングネットで絡めとった。

「……」

なぜ防御魔法でないのか?不審に思ったチンクは、今一度スローイングダガーを投じる。当然ホールディングネットに阻まれるが、「ランブルデトネイター」その場で爆発させた。

爆圧をまともに受けて、あゆが吹き飛ばされる。

「ふ、衝撃を与えねば爆発しないと思っていたか」

追い討ちをかけるべくスローイングダガーを2本、3本と。しかし、身を翻して体勢を立て直したあゆは、支柱の弾力を利用して上に逃れた。

天井から垂れ下がった立ち木の枝を支点に身体を入れ替えて、天井に着地、すぐさま蹴ってチンクに向けて急降下。

「なめるな」

指間に現出させた6本のスローイングダガーを、絶妙な時間差、範囲で投じる。避けるのは難しい、防げば全て受け止めるハメになる。そうして防御魔法を完全に破壊してやれば、かなりの魔力を損なわせることができるはずだ。

「あくてぃぶ がーど」

 ≪ Active Guard ≫

発生した爆風が、スローイングダガーの軌道を逸らし、あゆの落下速度を殺す。相手が任意に爆発させられるのなら、その意図するタイミングをずらしてやればよい。直撃コースに残った1本を、長めに持ったS2Uで弾き飛ばす。少なくとも着発信管ではないことを、チンクが教えてくれたばかりだ。


「かーとりっじろーど」

打ち下ろしたしおりを、着地と同時に挟み取る。

「むっ?」

何の気なしに振るわれたS2Uを、チンクは避けられなかった。あまりにも悠然と、あまりにも殺気がなかったから、却って反応しづらかったのだ。事実、インバネスごしに腕に触れただけで、なんのダメージもない。

「ぶれいく いんぱるす」

 ≪ Break Impulse ≫

それはクロノ直伝の術式。固有振動数を割り出すために接触したまま数瞬の停止が必要だが、最小限の魔力で最大の効果を上げる。まるで、あゆのためにあるような魔法だ。

「くっ」

イヤな予感に体捌きで杖頭から逃れるチンクだが、なびくインバネスまでは逃げ切れない。しかしながら、送り込まれた振動エネルギーが破裂させたのは、その表面のみ。

「シェルコート。その程度では破れん」

ひるがえったインバネスの下から伸びた手が、S2Uの杖頭を掴んだ。捻り上げられると戦闘機人の腕力が角速度で増幅されて、あゆの手から愛杖を奪い取る。

力づくでS2Uを取り上げられたあゆは、勢いに引き摺られてたたらを踏んだ。ように見せた。手にした武器に注意を向けさせ、警戒させ、捨てる。奪わせる。そういう戦法が存在する。

杖を奪えるということは、それだけ接近しているということだ。バランスをとるために踏み出したように見えた足が床を踏みしめたときには、あゆの右掌がチンクの胸元に添えられていた。インバネスに防がれるのなら、直に打ち込むまで。固有振動数の算出も先程より早い。そして今一度の、

「ぶれいく いんぱるす」

 ≪ Bruch Impuls ≫

しかし、

「【えー えむ えふ】!」

見憶えのある魔力素の結合状態に、思わず悲鳴。

送り込むはずだった振動エネルギーはおろか、まとった防護フィールドも、周囲の障害物もみな、掻き消されてしまった。魔法強度の高かった封鎖領域だけが、かろうじて維持できている。

あゆは、気付かなかったのだ。ゼストとの戦闘記録の、その周囲にガジェットの姿がなかったことを。戦闘機人たちの中で、少なくともチンクは独力でAMFを発生させられることを。

「どうも、見縊っていたようだ」

S2Uを放り捨てたチンクがすっと、あゆの右腕を払いつつ身を入れてくる。流れるような動作で叩き込まれるのは、肘。

とっさに【碧海の図説書】を割り込ませなければ、肋骨を全て折られていただろう。

『なるほど、しぐなむねぇさまの きょうぶそうこうは だてではないのですね』

みしみしと悲鳴をあげる肋骨たちに詫びを入れながら、打たれた勢いのままに跳ねのく。

  ――『怖い時ゃあな、嗤うんだよ。なんでもいい、たとえば自分の不運とかな』――

そう教えてくれたのは、ゲンヤだったか。酔うと、現場の心構えを滔々と語りだすのだ。

『いきて かえれたら、まっさーじをふやすのです』と口の端を歪めたあゆが見たのは、自分を取り囲む大量のスローイングダガー、スローイングダガー、スローイングダガー。

「かーとりっじろーど!」

「オーバーデトネイション」

殺到したスローイングダガーが、次々と炸裂する。一度に爆破しないのは、そのほうが体重の軽い相手には効くからだ。


指間にスローイングダガーを呼び出し、チンクは身構えた。この相手のことだ、この爆炎に乗じて突っ込んできかねない。


「……」

風などない室内のこと、爆煙がはれるには時間がかかった。


AMFの範囲外なのだろう。執務室の反対側に白い障害物がいくつかとホールディングネットが残されていた。

「運のいい……。
 いや、狙って跳んだか」

燃え破けた騎士服にかろうじて身を包んだあゆが、受け止めてくれたであろうホールディングネットからずり落ちる。床にくずおれたその体の、いたるところに火傷。額をはじめ、流血が何ヶ所か。とっさにエスタが張ってくれたパンツァーガイストにパンツァーヒンダネス。自ら張ったパンツァーシルトで可能な限り弾いて、このありさま。

『カートリッジロードですぅ!』

飛び出したしおりが落ちてくるに任せて、エスタが唱えるのはシャマル直伝。

『しずかなるかぜよ、』
「だめです」

床に手をついて、あゆが重心を前へ。

【静かなる癒し】は、AAランクの魔法だ。ユニゾン中の2人ならかろうじて唱えられるが、魔力消費と疲労が莫迦にならない。カートリッジだって無限じゃない。

『かなりあぶないのですよ、このままじゃ……』

    『えすた、いいですか……』

「わたしは、だいじょうぶなのです」

よろよろと立ち上がる。勝敗は決したと思ったか、チンクがゆっくりと近づいて来ていた。

「えすたは、どうですか?」

『えすたは、いたくなんかありません!』

エスタの強がりに、くすり。と苦笑。

「じょうとう、なのです。
 しけつだけ、おねがいするのです」

『はいです。フィジカルヒール』

 ≪ Physical Heal ≫


指間に6本。周囲に無数のスローイングダガーを浮かべ、チンクは油断なく近寄ってくる。

「降参しろ。
 お前には恩がないこともない、命だけは保証してやる」

「あんさつしゃ  なら、そのことばに、したがった  でしょう」

応えてみせて、答えてない。調息と自己暗示で痛みを抑え込むための、時間稼ぎ。

「たべもしない  らいおんを、わざわざ  とさつしようとする  あんさつしゃは  いないのですから」

でも。と、あゆは一旦振り返る。白い牙で形作られた、インディアンのテントのような、ちいさな砦。

「いまは、いまだけは、
 わたしは、たたかうひと  なのです」

チンクに向き直り、構えた。火傷が引き攣れるが、稼いだ時間の分だけ痛みは無視できる。

「【ぬー】を  まもるために  たたかう  【もらん】  なのです」

そうか。とチンクがスローイングダガーを投じるのと、あゆが駆け出すのが同時であった。しかし、チンクの予想以上にあゆの動きが鈍い。爆破のタイミングを計りなおした瞬間である。

『フェアーテ、ですよ』

 ≪ Pferde ≫

スローイングダガーの爆破が時限式なら、タイミングをずらせばいい。エスタの唱えた移動魔法は、そのために。

「すてぃんがーれい」

 ≪ Stinger Ray ≫

「なにっ!?」

奪われ、捨て置かれていたS2Uから、光弾が放たれる。むろんAMFに阻まれて届かないが、チンクを振り返らせるには充分であった。

スローイングダガーの爆破が任意なら、その発令者の気を逸らせばいい。


爆発さえしなければ、単なるダガーだ。顔への直撃コースにあった1本を、あゆは【碧海の図説書】の葉間で挟み取る。右肩に突き立たんとしたダガーを半身になって躱し、左脚へのそれは刺さるに任せた。右脚なら騎士服が防いでくれたかもしれなかったが、あゆは気にしない。フェアーテの効果があるうちは、脚はただ、在ればいい。

謀られたと気付いてこちらへ向き直ったチンクの顔に、パームマジックの要領で右手に隠し持っていたダガーを放った。ホールディングネットに絡まっていたのを回収しておいたのだ。

暗器使いは暗殺者の十八番。

さらに今【碧海の図説書】で挟み取ったダガーを、時間差で投げつける。

もしスローイングダガーの爆破が個別で行えなかったとしたら、たとえ再投擲してきてもチンクは爆破をためらうだろう。


最初のダガーを、チンクは危なげなく体捌きで躱した。


懐から金属製のしおりを取り出したあゆが、【碧海の図説書】の葉間に差し込む。

「おぷてぃまむ ろーど」

人工リンカーコアの研究を止めて以来、あゆはずっと戦闘機人対策を模索していた。ギンガとスバルは、その身体データを見せてくれた。

機械部品を内蔵した戦闘機人への単純な対抗策は、電気を用いることだ。質量兵器扱いで違法でなければ、あゆはスタンガンを持ち込んだことだろう。魔法で電撃を招来することは難しくないが、しかしAMF下では効率が悪い。

そこであゆが目をつけたのが、魔力変換資質である。シグナムやフェイトの魔法行使を目にしているあゆは、その効率のよさを知っていた。

目指したのは、魔力変換資質を擬似的に再現する【エンチャントカートリッジ】であったが、たかだか8ヶ月では完成に至らない。

今【碧海の図説書】に読み込ませた【オプティマムカートリッジ】は、【エンチャントカートリッジ】の前段階。特定の魔法に合わせて、その行使に最適な魔力素の組合せを予め蓄積しておく特殊カートリッジである。実は、それすら未完製品。魔力素を感知し、掌握できるあゆだからなんとか充填できる代物だ。


さらに、打てる手は全て打つ。

『ちんくねぇ!うえ!』

それは、戦闘機人向けの念話。

一瞬気をとられたチンクが、かろうじて2本目のダガーを弾いた。その体勢が泳ぐ。


まだだ。まだまだ。

人差し指の腹に落とした金平糖を、親指で弾く。

それがただの砂糖菓子であるなどと知らないチンクは、光壁を展開する。自身のオーバーデトネイションすら防ぎきる防護陣、ハードシェルだが、明らかに役不足。こつんと落ちた白い粒に、身構えていたチンクは「は?」と気を抜いてしまった。


「さんだー あーむ」

 ≪ Thunder Arm ≫

ぱりぱりと電気を帯びた【碧海の図説書】を、あゆは見もせずにチンクの足元に投げつける。

無論、そんな見え見えの攻撃に当るようなチンクではない。あゆがこちらの注意を足元から逸らそうとしていることなど、先刻承知だ。指3つ分つま先を引いて、躱した。……筈だった。

「がっ!」

脳天まで突き上げてきた激痛に身をよじったチンクは、見た。
空振りして床を打ちつけたはずの書籍が、四半回転して自身のつま先を打ち据えているのを。その書籍から伸びた魔力鎖が、あゆの左手に結ばれていることを。

「らいりゅう、いっせん」

あゆの導きにしたがって、【碧海の図説書】がチンクの体表を駆け上がる。その四隅が当るたびに放たれる電撃が、チンクの内部機構を蹂躙すること3回転分。

あごを打ちつけた一撃に平衡感覚を奪われ、続く眉間への一撃で意識を刈り取られたチンクはしかし、くずおれることを許されない。あゆが【碧海の図説書】を操って、その魔力鎖で縛り上げたのだ。


痛みで軋む体を叱り付けて、あゆは左太腿に刺さっていたダガーを抜き取った。

『おっと、そこまでにしてくれたまえ』

刃とチンクの喉の間に割り込んできたのは、スカリエッティが映る空間モニター。

「ひとに いのちをかけさせておいて、
 それは、むしがよすぎませんか?」

『いやいや、仰るとおりだがね。
 私とて愛しい娘を失いたくはないよ』

ここでこちらから動いてはならない。あゆはただ、じっとスカリエッティを見やった。睨む必要はない。蔑む必要もない。正当な報酬を要求する、勝者の目をしていればいい。あゆには今、その権利があった。闘って、掴み取ったのだから。

「……」

ふう。と、溜息をついたスカリエッティが肩をすくめてみせる。

『わかったよ。なにが望みだい?』

「おやくそくしていた きかんの えんちょうを、
 そうですね、80ねんほど」

ん?と首を捻ったスカリエッティが「長すぎないかい?」と眉をしかめた。

「こちらは、4にんぶんの いのちをかけたのです。
 ですから、れじあすと おーりすさんの、よみょうぶん。
 わたしと えすたのぶんは、さーびす なのですよ」

『やれやれ、しかたないね。
 合わせて90年は、ミッドチルダや第97管理外世界近辺には手を出さない。
 これでいいだろう?』

あゆは、空間モニターを突き抜けてチンクの喉に刃を当てる。

「どくたーの むすめごさんの、いのちにかけて ちかってください。
 もし、あなたがやくそくをたがえたら、この えいぞうをみせて、
 『どくたーにとって、あなたのいのちは そのていどでした』と、ちんくさんに いってさしあげるのです」

おそらく、そう言われてもチンクは動じまい。しかし、自分の作品を芸術品と呼んだスカリエッティ本人はどうか。

『容赦がないね、君は。
 わかったよ。チンクの命にかけて、創造者の誇りにかけて誓うよ。
 これより90年間、ミッドチルダや第97管理外世界近辺には手を出さない』

あゆとて、それを鵜呑みにする気はない。話半分。いや、話四半分として、20年ほども猶予が得られれば御の字だろう。その頃までに、戦闘機人への完全な対抗策を見つけてみせる。それがあゆの決意であった。


やくそくですよ。と、エスタに封鎖領域を解かせると、「チンク姉!」待ちかねたようにセインが飛び出してくる。

チンクを引き渡して、その撤収を確認したあゆは、痛む体を叱咤しながらS2Uの下まで辿り着いた。

「あゆちゃん、だいじょうぶですか?」

「……」

ユニゾンを解いたエスタの語りかけに、あゆは応えない。失血と苦痛で、今にも気を失いそうなのだ。

倒れるようにS2Uに手を置き、予め用意しておいた通信文から2つ選んでそれぞれに自動発信手続きを取らせる。相手が受け取るまで、何度でも発信しつづける設定で。

そのランタンめいた杖頭の輝きを確認して、ようやくあゆは意識を手放した。




****




幸い、あゆの昏倒はそれほど長くはなかった。

実は回復を放棄したように見せて、エスタには第8世代試作品を用いた治癒魔法を行使させていたのだ。ユニゾン中であれば、エスタは内部から治療できる。魔法陣の展開も必要ない。

ケガ人と侮って貰えたからこそ、あのチンクに勝てたのだろう。

敢えて残してあった外傷を治療してもらい、点滴や輸血といった処置が済むまでに、さほどの時間は必要なかった。


**


帰宅したあゆを迎えてくれるのは、実に美味しそうなにおい。

「ただいま、なのです」

「ただいまですぅ」

「おかえりや、あゆ。エスタ。もうすぐご飯やよ」

わぁいですぅ。と、はやてに飛びつくエスタの姿に、あゆは頬をほころばせる。


  ねがわくば、このこうけいが すこしでもながく つづきますように。

あゆの、ささやかな願いであった。




****




後日、ミッドチルダと第97管理外世界の一部がどよめいた。

「第97管理外世界辺縁次元空間に停泊していた『時の庭園』が、いつのまにか姿を消していた」という事実が発覚したのだ。


あゆは、心の中でこっそりプレシアに謝ったという。





                        「八神家のそよかぜStS?篇」完


おし丸先生(@oshimaru026)にお願いして、あゆのユニゾンフォーム「雷龍一閃」を描いて頂きました。
Twitterにて公開してますので、@dragonfly_lynce を覗いてみて下さい。m(_ _)m



[14611] #71-1[IF]祝福が芽吹くときなの【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:967ac590
Date: 2011/10/12 09:59
――【 新暦71年/地球暦3月 】――



汽笛が鳴り響くと、蒸気圧が動輪を回しだす。

「おぉ……」

力強く前進しだした機関車は、しかし石炭動力ではない。

あゆの目では、漏れ出た魔力が眩しくてその車体が見にくいことだろう。


第251管理世界は、比較的最近、管理世界入りしたそうだ。
地球で言えば産業革命に当たる時期に、魔法が一般化、工業化を始めたらしい。衛星を持たず、近隣に惑星が無いことが後押しして、地球で言うアポロ計画とほぼ同時期に他世界への進出を果たしたのだとか。

魔導蒸気機関車は、この世界がまだ第774管理外世界だった頃の遺物。地球で蒸気機関車を見かけなくなったように、この世界でも珍しくなりつつあるが、このように興行営業している区間が残っているのだ。


さて、今回あゆが魔導蒸気機関車などを見に来たのは、マリエルの差し金である。と言うか、本人も来ていてキャアキャア言いながら写真撮影などしている。その隣にはシャーリー。こちらはデータ収集に余念がない。

ではマリエルが何故こんな見学ツアーを催行したかというと、理由がある。彼女は3年ほど前に上層部から【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】開発計画を押し付けられて統括しているが、今年の初めにようやくあゆを巻き込むことができた。エスタを生み出したあゆの助力があれば、計画も進むだろうと考えたようだ。

ところが、他の開発を理由に、あゆがほとんど顔を見せない。どうも乗り気でないようなのだ。そのあたりの本音を聞き出すべく、このちょっとした小旅行を企画したらしい。

「あゆちゃん、見た見た!?
 あの素朴な魔力運用!魔導炉への集積ロスで発生する熱量で蒸気作ってるんだよ!」

もっとも、当初の目的はしっかり見失っているようだが。

さて、問われたあゆの方はというと「ちきゅうに【えす える】があって、ここに いわば【えむ える】があるのです。どこかに【える える】は、ないのでしょうか?」などと愚にもつかないことを考えていた。


**


さてさてさて、マリエルが引率した小旅行のトリは第97管理外世界である。金属へら絞りなどの工場見学をした後、八神家に泊めてもらう手筈になっていた。

魔法はもちろん再発見されておらず、科学技術も高の知れている地球ではあるが、職人技、あるいは技術と人の融合という点では見るべき所がないでもないのだ。


「うわぁ、ろくな安全措置もなしに、あんな内燃機関でレースなんかするんだ」

「マルチタスクが使えるわけでもないし、テレメトリを録ってる様子もないですねぇ。いったい、どうやって車体管理しながら走行してるんでしょうねぇ?」

通りがかったサーキットで行われていた2輪の耐久レースに引っかかったのは、ご覧のとおりマリエルである。魔法を使うわけには行かないので、記録の取れないシャーリーは手持ち無沙汰っぽい。

レースにもバイクにも関心が湧かなかったあゆは、フェンスにかぶりつく2人から離れて、少し歩く。

そんなあゆがふと視線を上げたのは、角笛めいた排気音を残して1台のマシンが駆け抜けた直後のことだ。

「……なんでしょう?
 あのこだけ、なにか ちがうのです」

「ほう。
 なにが違うのかね?お嬢ちゃん」

驚いて振り返ると、老人が1人。観客席に座っていた。

もちろん、人が居たことに気付いてなかったわけではない。驚いたのは、自分が思ってたことを、つい口に出してしまっていたらしいこと。それから、それに対してわざわざ話しかけてくる人が居たこと、である。

……ええと。と、あゆは口ごもった。何か根拠があって口走ったわけではないので、言葉にするのは難しい。

「……」

目を眇めて、その様を眺める老人。組んだ指先が火傷だらけで、何らかの職人かと推測できる。

そうこうしているうちにまた、背後をエキゾーストノートが切り裂く。このサーキット、速いライダーなら2分30秒も要らないのだ。

……そうですね。と、あゆは眉尻を下げる。その音色に、何を感じたというのか。

「【しない】のなかに、1ぽんだけ【しんけん】が まじっているような、そんな かんじ でしょうか?」

ふむ。と老人があごを撫でる。
その老人の語るところによると、あのマシンのメカニックはその昔、戦闘機のエンジンを整備していたらしい。

「ころすための、こわすための ぎじゅつを、そそがれてしまったから……でしょうか?
 へいわに いきるには、おもすぎるのでしょうか?」

「お嬢ちゃんには、あれが嘆き声に聞こえとる……か」

ゆるゆると伸ばされた手が、あゆの頭の上に。

「指先を見る限りでは一端の職人のようだが、マシンの声を聞き違えるようではまだまだヒヨッコよ」

「ききたがえて……ますか?」

おうともよ。と言わんばかりにマシンが、その咆哮をあゆの背中に叩きつける。

「あやつは、こんな8時間ほどのレースを目標に生み出されたマシンじゃない。24時間を駆け抜ける心臓を与えられたのだからな」

少し乱雑な撫で方に抗議したのは、くしゃりと鳴った頭髪のみだ。

「なるほど確かにあいつには、殺すための技術、壊すための科学が注がれておる」

ピットインのサインボードが上がったのを見て、老人が立ち上がる。

「だがな、あいつがサーキットで殺すのは危険で、壊すのは限界だ。
 もっとふさわしい舞台を用意しろと、文句を言っとるのさ」

さて、それではな。と老人が歩み去ったことに、あゆはしばらく気付けないで居た。

   きけんをころし、げんかいをこわす。

己がやってきたことを、これからやろうとしていることを表す。魔法の言葉を繰り返し唱えていたのだ。






「毒を以って毒を制す」と、あゆが開き直るのには、もうすこし時間が要るだろう。




                             おわり




魔法産業革命と魔導蒸気機関という考察を書いてみたかっただけなのでネタ扱い。魔法を前提とした古代文明が全ての人類の起源としているので、アメリカ大陸みたいに「再発見」となります。
IF話である「#71-3 虚空からの翼」を前提にしている上に、今さらゲストキャラかと云うことで、これもIF扱いです。

special thanks to hirogo様。話数整理の不備をご指摘いただきました



[14611] #71-2[IF]無限の志望【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/09/28 10:12

――【 新暦71年/地球暦4月 】――



「剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン」

すでにボーゲンフォルムであったレヴァンティンの魔力弦を再び引いて、カートリッジロード。

「番えるは、焔の矢」

 ≪ Brandpfeil ≫

燃え盛る矢じりを持つ、火矢だ。

「喰らえ、ヒクイドリ!」

向けられる先にもまた、炎、炎、炎。火炎うずまく臨海第8空港。

 ≪ Erloschen Kasuar ≫


一瞬で滑走路を横切った火の鳥が、管制塔近辺に渦巻く火勢を喰らっていった。



炎とは、100以上もの化学反応の連鎖である。

燃え広がる過程で様々な燃焼サイクルを確立するため、大規模な火災に発展した場合、それを消し止めるのは容易ではない。

可燃物や酸素の除去、温度を下げたり、連鎖反応を抑制したりすることが困難になるからだ。

しかしながら魔法のある世界なら、第5の消火法があった。

燃焼反応の連鎖に、魔法の炎で割り込みをかけて支配下に置く――今まさにシグナムが実演して見せた――制御消火法である。

「以火制炎、烈火の前に炎なし」

一見、炎と炎が相討ったようにも見えることから、相殺消火法と呼ばれたりもするらしい。

ターミナルを挟んだ反対側の現場でも、そうとは知らず烈火の剣精が同じような消火法を披露しているだろう。


「お見事っすね、姐さん」

ヴァイスの構えるストームレイダーから、魔法弾が3点射2連。こちらは普通に氷結魔法だ。

「私だけでは焼け石に水だがな」

シグナムが、レヴァンティンのカートリッジを詰めなおしたその時である。

 『こちら特別救助隊02、瓦礫向こうから声がした。確認頼む』

要救助者発見の報が入ったのは。

 『こちら指揮車08、位置を確認した。迂回路なし。瓦礫の除去は可能か?』

 『やっている。音響データ解析頼む』

アクティブソナーよろしく、一撃当てて瓦礫の厚さ、強度、突破にかかる時間を計ろうというのだろう。破壊音が続く。

その音を聴くやいなや、シグナムは念話波帯に割り込んだ。

「こちら1039-01、その位置なら救助可能だ」

 『特別救助隊02、支援を待……本当ですか?』

シグナムは地上で消火に当たっている。地下の現場に駆けつけられるとは思われずに、聞き返された。

「事実だ」

一旦レヴァンティンに排莢させ、色違いのカートリッジを籠めなおす。特定魔力素を予め蓄積しておく、オプティマムカートリッジであろう。

『こちら特別救助隊02、正式な支援要請が必要なら手続きを開始するが?』

シグナムの割り込みは越権行為だ。しかし、救助隊員が応えた。

それは、即座に波及する。

『了解しました。指揮車08より1039-01に支援を要請します。
 要救助者1名、解析データはデバイスのほうに?』

頼む。と返答したシグナムが振り向くのは、伏射姿勢のまま氷結魔法を唱えるヴァイスである。

「しばらく、此処を任せる」

「任されました」とスコープから目を離さずさらに3点射を繰り出したヴァイスが、ふと手を止めた。

「お嬢ちゃんのアレ、使わせてみていいっスか?」

「アレか?雀の涙ほども役に立つとは思えんが……、まあやってみろ」

「了解っス」

飛び立つシグナムを見送ることなく、ヴァイスは再び氷結魔法を唱える。

『こちら1039-02より、各位へ。
 おふだカートリッジの使用許可が出た。魔力回復の合い間に使うと効果的らしい。上手く使ってみせろ』

 『了解』

人工リンカーコアの配布も、ミッド式デバイスへのカートリッジシステム搭載も始まっているが、その絶対数はまだ少ない。

そこであゆが開発しているのが、しおり型カートリッジの廉価量産版、おふだカートリッジである。

通常型はおろか、しおり型カートリッジにすら及ばぬ程度の僅かな魔力含有量ながら、どんなスタイルのデバイスでも貼り付けるだけで魔力供給を行えるとあって、一部で期待されているのだ。

専用パーツの組み込みなどが不要な点もあって、さまざまな部隊で試験運用が行われつつあった。




さて、ほどなく空港上空を占位したシグナムである。

手には、大弓形態のままのレヴァンティン。ただし魔力弦は張られていない。

「いくぞ、レヴァンティン」

 ≪ Jawohl ≫

一振りで峰をひるがえすと、内張りで空気を裂くように急降下。
シグナムそのものが鏑矢になったかのごとく、ターミナルビルめがけて。

「捕えよ、かわせみ」

 ≪ Eisvogel ≫

重力加速度が充分に乗った分速88マイルで、シグナムが火箭となって消えた。









……

空港上空、管制塔を挟んで反対側にその姿が。




瞬間移動?

いいや、次元間跳躍である。

一時的に別次元に変位することで、障害物や危険地帯を無効化したのだ。

もし世界を俯瞰して観られる者がいたのなら、カワセミやカツオドリが水中に飛び込んで魚を捕える突入採餌を想起しただろう。

それを裏付けるかのように、閉じた弓弭の間に魔力障壁の多面体。全方位型のパンツァーヒンダネスが。

「……え?」

その中に、少女の姿。



燃料も酸素も熱もなしに魔法で発火、燃焼を維持するのは、質量操作の一種である。炎熱の変換資質を持つシグナムは当然、偏向擬似質量創出技術で決してヴィータに劣らない。

その応用で、慣性制御にも長けた。

音速を超えて飛び込んで、対象物に瑕一つつけず掻っ攫うことも、可能。

「怪我はないか?」

「……はい」

救助した少女をさりげなくお姫様抱っこしながら、シグナムが翔んだ。

「こちら1039-01。要救助者、確保。名前は……」

「フランセス・たま・プリンス。11才になります」

先天魔力ゼロにして陸士訓練校に挑む少女が1人、増えた瞬間だった。




                             おわり


当作でも臨海第8空港火災は起こるわけですが、3人娘は入局前、クイント生存でナカジマ姉妹が出くわす可能性も限りなく低く、イベント性は皆無でした。
ナカジマ姉妹の代わりに救助された少女が居たことにすればお話になるかもと、シグナムの魔改造案その2・その3を投入してみました。シグナムの魔改造案は大抵、弓矢か鳥からの連想が多いです。
因みにこの捕獲保護魔法は、あゆ悪人ルート時に、マリアージュ軍団の只中からイクスを保護するために使われる予定でした。
なお、チラッと出てきた救助隊員は実はヴォルツで、お陰でコールサインに苦労することに。8年以内に司令になれて当時は前線メンバーだったというのを、どう評価したものかと。




****

おまけ




「♪ひぐまっ、ひ~ぐま、ご~っど ひぐま!」

ここで合いの手――拍手を2回――入れてください。

「♪ひぐまっ、ひ~ぐま、ご~っど ひぐま!」

もう1度、拍手を2回。

「♪ひぐまっ、ひ~ぐま、ご~っど ひぐま!」

パパン、と。

「♪ひぐまっ、ひ~ぐま、ご~っど ひぐま!」

これで最後、拍手を2回お願いします。

が~ったぁいだ~♪と、あゆは湯の沸き立つビーカーの中に酸化第二鉄を落とし込んだ。

アルコールランプに蓋を被せ、三脚からビーカーを下ろしたあゆは、試薬ビンからリン酸一水素二ナトリウムを薬さじで2杯掻き出した。

あとは、火傷に気をつけてふうふうと冷ましながら飲むだけである。


自身を一応の科学者の端くれだと認識しているあゆは、インスタントコーヒーの瓶には酸化第二鉄、砂糖の瓶にはリン酸一水素二ナトリウムとラベルを貼るのだ。

ほかに薬品類のほとんどない特遮二課で、どれだけの意味があるのかは判らないが。


ちなみに唄っていたのは、再放送中のアニメ「熊中大帝ゴッドヒグマ」の主題歌である。ツキノワグマ、ホッキョクグマ、ジャイアントパンダが合体する正義のヒグマが、シャケの密猟者などと戦う勧善懲悪の貴種流離譚であった。




それらは、さておき。

今あゆが主に開発しているのは、魔力変換資質を擬似的に再現する特殊カートリッジ【エンチャントカートリッジ】である。

だが、これが容易ではない。仮にもレアスキルなのだから、当然だが。

そこであゆが目をつけたのが、おふだカートリッジである。

しおり型よりさらに簡便に作成される紙製カートリッジを試作に使うことで、開発サイクルを短縮しようというのだ。遺伝の実験で、エンドウマメよりショウジョウバエを、さらにはファージなどを使うようなものか。

今もまた1枚の紙片が、インテグレータにセットされた。


こうして翌年に完成するのが、魔力弾なら1発、付与攻撃なら1撃だけ変換する【インスタントエンチャントカートリッジ】、あゆ呼ぶところの【なんちゃってエンチャントカートリッジ】略して【ナンちゃんとカートリッジ】である。



「♪まにっきゅあ、まにっきゅあ」

身の回りをシンプルに捨て置いているあゆに、音楽プレーヤーの類いを所持するという発想はない。

その代わり。と云うわけではないが、興が乗るとなにかしら口ずさんだりしているようだ。

「♪ま~にっきゅっあ、ま~にっきゅっあ」

今度は、絶賛放映中のアニメシリーズ「2人はマニキュア~maniac@cureless」らしい。救いようのない重度のマニア2人が毎回「ざけんな!」と一般人に怒鳴られるまでのいきさつを描いた迷作である。

「♪ま~っくす ばと~」

おっと、違った。始まったばかりの第2期「2人はマニキュア MAX罵倒」だったらしい。




                             おわり


やっぱり小ネタ集になった…orz
パロディネタはやりすぎると笑えなくなることが多いので、お蔵入りが多いです。



[14611] #71-3[IF]虚空からの翼
Name: dragonfly◆23bee39b ID:16f457bb
Date: 2011/08/31 12:26
――【 新暦71年/地球暦9月 】――



「ここはどこです……?」

空間シミュレータが生み出した蒼穹の中心で、高町なのはの目前に現れた少女は、そう呟いた。

「私は何故、ここにいる?」

焦げ茶の頭髪はショートカットで、瞳は激情を凍てつかせたがごときアイスブルー。

身を包むバリアジャケットは、赤光を闇で染め封じたような、底知れぬ黒。――古色で涅色と呼ばれる色だなどと、なのはは知るまい――


しかし、そのデザインは、手にしたデバイスの形は、なによりその顔は……

「わたし……!?」

『そう、なのです。
 なのはおねぇちゃんの【でーた】を もとにつくりあげた、【くうかんしみゅれーたよう かそうてっき ぷろぐらむたい】の ひとり。かしょう、【せいこうのせんめつしゃ】なのです』

「あゆちゃん、ちょっと待って!」

わかりません……。何も、わかりません。と、つぶやく【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】を前に、なのはが空間モニターに映るあゆに詰め寄った。

『まったなし、なのです。
 だいじょうぶ。たたかいにくくないように、かみがたや、せいかく、【ばりあじゃけっと】のいろは かえてあります』

そうじゃなくて。と抗議するなのはを華麗にスルーして、『あいてのじゅんびは、おわったよう。なのです』あゆが指差す先に、まぶた閉ざした【星光の殲滅者】

「だけど、心は滾るのです。
 眼前の敵を砕いて喰らえと、
 胸の奥から声がします」

『【まりょくりょう】は2ばい。【しゅうそく そくど】は1.5ばい。【ぼうぎょ きょうど】は3ばいに せっていしてあります。
 それでは、ごぶうんを』

告げられた言葉の意味をなのはが呑み込む前に消え去った空間モニターの向こう側から、桜色の収束砲撃が襲いかかって来た。



****



コトの始まりは、その年の5月頃である。

最上級生となってから最初の中間テストを終えたはやて、なのは、フェイトの3人は、その結果を以ってして何らかの手応えなりを得たのだろう。67年にそうしたように、リンディの執務室へ直談判しに現れたのだ。

その顛末として、10月から3人が武装隊第四陸士訓練校に入校したことは以前に述べたとおり。

しかし「勉学が大事なら、中学に進学するあゆは管理局辞めるんやな?」という言葉にやり込められたあゆとて、無条件に白旗を揚げたわけではなかった。


「テスト、やて?」

「はい、なのです。
 わたしのしていする あいてと【もぎせん】をして、そのけっかが じゅうぶんであれば、わたしはもう くちだししないと おやくそくするのです」

「勝たなくても、いいの?」

はい。と、あゆはなのはに頷いてみせる。

「わたしのよういしたあいてと じょうきょうに、どう たいおうされるかで はかりますから」

「チャンスは一度きり……、なのかな?」

いいえ。と、フェイトには頭を振って見せた。

「なんどでも、かまいません」

けれど。と、付け加える。

「くふうのない たたかいかたをつづけるようなら、おこりますよ」

「めっ!ですぅ」

まったく迫力の無いしかめ面をして見せるあゆの隣で、エスタが人差し指を立てていた。いつもあゆの傍に居るこの融合騎は、自らのマイスターが何をするつもりか大体の見当をつけたようだ。


……そうして、あゆの言い出した条件を呑んだ3人がテストの当日に出会ったのが、自分たちの能力を模した【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達だったわけである。




****




あゆが4年に渡って開発してきた人工リンカーコアは、昨年に生産ラインが確立して、今年から本格的な量産が行われている。

そうして当初の契約内容を満了させたあゆは、表向きフリーのデバイスマイスターとして認識されているだろう。色々なところに顔を出して、デバイスを修理したりデバイス扱いの荒い者を成敗するなど、特遮二課の研究室や地上本部の執務室にあまり居ついているようには見受けられないからだ。

だがしかし、【スカリエッティ騒乱】に関わった身として、その保護観察が終わることはない。好き勝手に振舞っているように見えるかもしれないが、さまざまな依頼や課題をこなした結果や、そのついでであったりするのであった。

その一環として完成したコンティニュアルカートリッジやオプティマムカートリッジを含めて、武装局員の魔力ランクの底上げが期待されている。マリエルがミッド式デバイスへの安全なカートリッジシステム搭載を確立したのは一昨年の話で、管理局はかなりの戦力増強が見込めるだろう。


一方、個人的な技術面、組織的な運用面の研究は立ち遅れている。現場主義の根強い管理局では、技術は教わるものではなく盗むものであり、運用は研究するより実践で培っていくものという風潮が強いのだ。

それゆえに人材が払底しているのが、他ならぬ戦技教導隊であった。

個人個人の魔力ばかりが強くなっても、技術・運用が追いつかなければ効果的ではない。そのことを憂慮した上層部が戦技教導隊の拡充案として目をつけたのが、ヴォルケンリッターや融合騎といった魔法プログラム体だ。

数の少ない戦技教導官に代わって、シミュレート空間内でアグレッサーを務める【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】の開発構想が持ち上がったのは、新暦で68年頃のことらしい。


それまでマリエルやシャリオなどが進めていた研究にあゆが関わりだしたのは今年の年頭で、さらにシャマルが加わったのが5月の話である。それぞれ、融合騎を復活させたこと、【闇の書】による蒐集でのリンカーコアへの造詣の深さを評価されての招聘であった。


その結果この9月に生み出された【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】が、なのは・フェイト・はやての3人をモデルとして構築されたのは当然の帰結であっただろう。

当時の【闇の書】――それを一部引き継ぐ【蒼天の魔導書】――が蒐集したことがあるのはなのはとフェイトだけだし、リンクしているのは、そのあるじたるはやてだけだからだ。

もちろん、元々からプログラム体であるシグナムやヴィータをモデルとすることも検討されていたし、そもそもはそういう計画であった。だが古代ベルカの技術で構築されたヴォルケンリッターを解析することは一朝一夕でかなうことではないし、そもそも強力な戦力として重宝されていたシグナムやヴィータに、それにかかずらっている暇があろうはずもない。

それゆえに――リィンフォースを比較的短期間で探査した――あゆの招聘であったのだが、そのあゆが突然なのは・フェイト・はやての3人をモデルにしたいと言い出したのだ。

理由は当然、3人のテストに使うためである。
あゆは憶えていたのだ。以前、シグナムがなのはに「砲撃魔導師を相手にしたときの叩き合いを経験させておきたい」と考えていたことを。常々そう言っていたことを。

自分の得意とする分野で、自分より強い者に勝てるように、勝つ方法を見出せるようになって欲しいと、あゆは願ったのだ。




****




『強いぞ凄いぞ、カッコいい!』

シミュレート空間の中心で、バルディッシュそっくりな斧様デバイスを突き上げたのは、仮称【雷刃の襲撃者】――フェイトをモデルにした【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】――である。毛先に行くほど青みが強くなっていく特徴的な青裾濃の髪の色と、自己陶酔極まりない勝ち名乗りが無ければ、どちらが勝ったか見分けがつかないだろう。


実は、このテストに一番てこずっているのはフェイトであった。当然のことに【雷刃の襲撃者】はその速度に補正がかけられているから、一方的な試合運びになることが多いのだ。

それにしても。と口を開いたのは、モニター越しに見学していたはやてである。

「あの子らの性格、なんとかならへんかったんか?」

「たたかいやすかった でしょう?」

それは事実であった。

はやてをモデルとした【闇統べる王】などは、はやてを「子烏」「小虫」などと挑発し、果てはその場に居ないヴォルケンリッターやリィンフォースまで貶してくる始末。自分のことはともかく大事な家族を悪く言われたはやては怒り心頭で、自分と同じ顔をしているのに一片の躊躇いも覚えてない。

はやては怒りを以って、なのはは共感を以って、フェイトは憐憫を以って、戦う動機を維持できたのだ。

「それはそうなんやけど……」

試しに【星光の殲滅者】と戦ったときや、性格補正を受けてない【闇統べる王】や【雷刃の襲撃者】と対戦してみたときは確かにやりにくかったから、あゆの言っていることは正しいのだろう。

しかし、なんだか割り切れないのだ。「もしかして、うちのこと、あないな風に思とるんとちゃうやろな?」と、一抹の不安をぬぐいきれない。


『……行きます』

テストは2本先取制で行われている。少しのインターバルを置いて、フェイトが再び【雷刃の襲撃者】に立ち向かっていった。

『来ぉい!
 我が太刀に、一片の迷いなーーーしッ!!』

あゆは、模擬戦の様子を見ていない。フェイトと【雷刃の襲撃者】の戦いは常人離れした速度で行われるから、モニター越しとなるとあゆでは追いきれないのだ。実際に立ち会うのなら、大気や魔力素を読んである程度のアタリをつけることはできるだろう。しかし、守勢を保つので精一杯、カウンターも狙えまい。

「それにしても。フェイトちゃんの相手、強すぎゅうないか?」

そうですね。と、あゆは頷く。

「【そくど】は2ばい。【はんのう そくど】は1.5ばい。【まほう はつどう そくど】は3わりげんに せっていしていますからね」

この補正状態の【雷刃の襲撃者】に真っ向から対抗できる者は、おそらく管理局には居まい。むろん、勝てる者は居る。ゼストやクロノにヴォルケンリッター達、メガーヌやリンディあたりなら、速度勝負に付き合うことなく自らの土俵に引きずり込んで瞬殺――あるいは嬲り殺しに――してしまうことだろう。

「勝てるんか?それ」

補正のかかってない――つまりはフェイトと同じ能力の――【雷刃の襲撃者】と戦って一方的にやられたことのあるはやては、速度2倍と聞いてめまいを覚える。

だが、あゆは心配していない。今回はソニックフォームを投入して速度の向上のみで立ち向かっているフェイトだが、クロノに師事するなどして立ち回り方の幅を広げようと研究していることを知っていた。


『砕け散れッ!』

尋常でない速度で繰り広げられた戦闘は、あゆでは見出すことも難しいであろうフェイトのほんの一瞬の隙をついて決着がつきそうだ。

『雷刃ッ滅殺ッ極光ぉ斬!!』

撥ね飛ばされ、体勢を立て直せないフェイトに向けて、ザンバーフォームが振り下ろされる。

『うわーーっ』

作り物の空から叩き落されて、フェイトの悲鳴が尾を引いた。


『そう、僕の勝利だ!』

突き放すように高らかに宣言した【雷刃の襲撃者】が、しかし振り上げたデバイスを力なく下ろす。

シミュレート空間の解体に先立って、今日はもう出番の無い【雷刃の襲撃者】が足元からその構成を失っていった。

『ちぇッ!ここまでか……』


「すこし、かわいそう……かな」

モニターを喰い入るように見つめていて、それまで口を開かなかったなのはが、【雷刃の襲撃者】のつぶやきを拾ったのは当然だっただろう。

「……そうやな」

同意して、はやても頷いている。

「そう おもうのなら、これからも たたかいに きてあげてください。
 かのじょたちの【そんざい いぎ】は、いまはまだ【あぐれっさー】としてしか、ないのですから」

「今は未だ?」

あゆの、ちょっとした言い回しに気づいたのは、やはりはやてだ。

「はい、なのです。
 じかんはかかるでしょうけど、いずれ かならず、かのじょたちを そとのせかいに だしてあげるのです」

それが、スカリエッティ対策として戦力増強の一環になるであろうことを、あゆは言わない。だが、それだけが理由ではないと、傍らに浮かぶ小さな融合騎を見つめる。

やはりプログラム体であるエスタを生み出してみせたあゆが、いずれその宣言を実現することは確かだろう。

「ですから、あのこたちのために おなまえをかんがえてあげてください」

どうもわたしは、なづけるのが にがて、なのです。と、ため息をついたあゆは、一応は考えた名前のリストを脳裏から追い出す。ついつい意味や、連想できる名詞などから有意名をつけようとして、無意味に苦労するのだと自覚しているらしい。
かつて【烈火の剣精】がルーテシアによって名づけられたとき、37案目にして頷いたというその名前に、あゆは嘆息したのだとか。


【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達は、いずれモデルとなったそれぞれの相手から名前を貰うことだろう。いつかは現実世界に生まれ出でることだろう。


だが、この子たちとの出会いが、管理局における戦技教導隊の現状を知ることが、なのはをして戦技教導官を目指す動機になろうとは、それが戦技教導隊を一変させる原因になろうとは、さすがにあゆとて想像もつかなかったに違いない。




                             おわり


special thanks to 「YouTubeなどにPSPの動画をUPして下さっている皆様方」
おかげさまで参考になりました。

なお、ネタ元となったゲームのストーリー自体がパラレル扱いなので、この話もIF扱いで、本作品では【闇の書の残滓】など有り得ないためオリジナル解釈したマテリアル【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】達も本編の流れに干渉しないとしています。



[14611] #71-4[IF] 千尋の谷へ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:16f457bb
Date: 2011/08/31 12:25
――【 新暦71年/地球暦9月 】――



「きょうは、けっこう あぶなかった。みたいですね?」

模擬戦終了後もその構成が失われないことに、青い【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】が疑問符を浮かべること10分。アラート音と共に眼前に現れたのは、彼女たちの製作者の1人、小さな小さなデバイスマイスターだった。

「なんだよ!?
 こんなとこまで来て、説教か!」

フェイトとの模擬戦の後で、性格補正を受けたままの――【雷刃の襲撃者】改め――ラヴェル・テスタロッサの口調は荒い。

そういうわけでは……。と否定しかかって、しかし「まあ、そうですね」と言い直したのは、青鈍色の騎士服に身を包んだ少女である。

「くふうのない たたかいかたをつづけるようなら、おこる。と、おねぇちゃんたちには、いってますからね。
 あなたたちも、おなじ。なのです」

「僕はただのアグレッサーだぞ!
 そんなの、補正率上げりゃいいじゃないか!」

性格補正前なら、さぞ哀切に言いよどんだであろう言葉を叩きつけつつ構えたのは、【初列風切羽】という意味の名を与えられた斧様のデバイスだ。

しかし、対するあゆは、まだ構えない。

「それはすでに、やっていること。なのです。
 きょう、あなたの【ほせいりつ】は、とうしょの ばいほどもあったのですよ」

……え?と、下がった刃先が、こころなしか色を落としている。

これ以上補正率を上げても現実的ではないし、それでも早晩フェイトはクリアしてしまうだろう。絶対的・相対的能力の差を埋められる強さ――ストライカーに不可欠とされるそれ――を、迅雷の魔導師は身に付けつつあったのだ。

「ですから、あなたには……」と言いかかったあゆが、「もちろん、あなたがたも」と、あらぬかたを見上げる。

「ほせいできない ぶぶんで、つよくなってもらわなくては。なのです」

仮想敵機役として生み出された彼女たちだが、けして模擬戦時しか存在できないわけではない。本局メインフレームでの間借りとはいえ意識はあるし、与えられた権限内で各種データベースにアクセスもできる。その気になれば、アポをとってシミュレート空間に人を招き、胸を借りることすら可能だった。

多少の不自由はあるにしても、人や魔法プログラム体と同様に、成長できるのである。

「まあ。くちでいっても、ぴんと こないでしょうし。
 しぐなむねぇさま りゅうに、やいばで おしえてあげるのです」

構えたS2Uと【碧海の図説書】に刃などないが、向けられた殺気に反応したのだろう。ラヴェルがプライマリオスを構えなおした。

『それでは、1ぽんしょうぶ。じかんむせいげん、ですよ』

シミュレート空間に響き渡ったのは、今は制御室で管制を行っている小さな融合騎の声。

『ステン バイ レディ』

エスタの宣言と同時、2人の目の前に≪Stand by ready≫と表示される。

『エンゲージ、ですぅ』

≪Engage≫の表示が消え、最初に動いたのはあゆだ。

「でんこうせっか、なのです」

 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫

ラヴェルの目には、あゆが少し小さくなったように見えただろう。高速移動術式で、まっすぐ後ろに下がったのだから。

「……大きな口叩いておいて!」

肩を震わせた青い魔導師が、一瞬で追い着き、側面へ。すべての補正は、フェイトとの模擬戦のままだ。

「逃げるな!」

振りぬいた一撃が、しかし、あゆを斬り裂けない。怒りで、攻撃が大振りすぎるのだ。

「むりを、いわないのです」

ラヴェルの右前方。一足一刀の間合いにあゆの姿があった。ヴィンデルシャフトから蒐集し、改良に改良を重ねた高速移動術式である。

「あなたに まっこうからたいこうできる すぴーどなど、わたしにあるわけ ないのです。
 うさぎと かめ。どころか、ひかりと ざりがに。なのです」

スタートと同時に逆走する気か。

それでもまあ、瞬間的には速い。
移動距離は無いに等しく、シグナムやシャッハなどと比べればトップスピードは心もとないが、消費魔力の少なさ、その効率の良さだけは折り紙つきの、エスタ渾身の術式だ。

次の一撃を、あゆは体捌きで避けた。もちろん、見えたワケではない。高速移動突入直前の、ラヴェルの視線と動作から予測したまで。

有り余るスピードで強引に斬り返された魔力刃を、今度は高速移動で躱す。


空戦適性が低いはずのあゆが、それを苦にもせず飛び回っているのにはカラクリがある。今はまだ研究中の陸戦用空間シミュレータ用のプログラムが、試験的に組み込まれているのだ。
複雑な計算と膨大な処理能力を必要とする地形や建築物の再現は無理だが、こうして陸戦魔導師と空戦魔導師の対決を演出するくらいのことはできた。


「えす2ゆぅ」

≪ …… ≫

続けざまの高速移動でジグザグに逃げながら、その都度、置いていくように放つのはパスファインダーだ。ラヴェルに向かって、殺到していく。

いちいち術式名を唱えあげていては、いざという時に手の内が見えてしまう。なので戦闘を前提としたデバイスには、術式名を宣告しないサイレントモードや、時には嘘の術式名を唱えるダミーモードなどが用意されている。S2Uは云うまでもなく、アームドデバイスでもある【碧海の図説書】にも実装済みだ。


「あの程度で僕を!」

瞬間移動さながらの勢いであゆの背後に現れたラヴェルが、高速移動で逃れようとするデバイスマイスターに併走して見せる。

「足止めできると!」

「おもってなど いませんよ」

今度は、大振りする気などなかった。モーション少なく石突きを繰り出して、そこから連続攻撃に繋げるつもりだったのだ。

しかし、

「!」

進行方向から襲い掛かってきた青鈍色の魔力鎖が、ラヴェルの手足を縛り上げた。

「バインド?
 そんな……いつ!?」

「せんせぇじきでん、【でぃれいど ばいんど】
 【ぱすふぁいんだー】の はっしゃまえに さいれんとで、なのです」

高速移動2回分の距離を置いて、あゆ。術式だけでなく、優速者を罠に誘い込む戦術も直伝であろう。

「さて」と、さらに距離を置きながら懐から取り出すのは、銀色のしおり。

「あなたが、いかに じぶんのさいのうを つかいこなせてないか、みせてあげるのです」

手足に魔力を籠めてバインドを打ち砕こうとしていたラヴェルが睨み付けてくるが、あゆは気にしない。

「おぷてぃまむ ろーど」

【碧海の図説書】の葉間に差し込んだのは、今年完成した特殊カートリッジである。

「さんだー あーむ ぷらす」

 ≪ Thunder Arm + ≫

ぱりぱりと電気を帯びた【碧海の図説書】は、一見普通のサンダーアームと変わりない。

「あなたなら、なんのたすけもいらずに つかえる じゅつしき。なのです」

「そんな攻撃、僕に効くもんか!」

ラヴェルの言うとおり、電気の魔力変換資質を持つ相手に付与電撃は効果的ではない。

しかし、あゆが手首を返した瞬間、ラヴェルは【碧海の図説書】の行方を見失った。自分のお腹を打ち据えるまでの、短い時間だったが。

「……な!?」

「いっせん、かんつう。なのです」

様々な物理現象を利用して魔力の節約、魔法の多様化を狙うあゆがサンダーアームの改良術式を用いたのは、それを推進力として使うためである。

磁力を発生させ、それによって高速移動を実現するMHD推進だ。

強い磁界で回転しながら飛来する【碧海の図説書】は、さながら【強電磁ヨーヨー】か。電磁波遮蔽が充分でなければ、戦闘機人には追加効果も見込めるだろう。


じつはまだ実用化できてなくて、シミュレート空間内限定のイカサマである。質量兵器にあたるため「ガジェットドローンを1体バラしたい」なんて申請は、あゆの権限では通りがたい。



「そんなぁ……」

バインドから開放された手を、痛むお腹に当てて、ラヴェルが墜ちた。

「つよくなって、ほしいのです」

そう遠くない未来、スカリエッティが帰ってきた時。高速格闘型のトーレに対抗するのはフェイトの役割だろうと、あゆは踏んでいる。その時のために、より強くなっていてもらいたいと願うのだ。

問題は、スカリエッティの帰還時に、トーレタイプの戦闘機人が増えていないか?ということである。

だからあゆは、フェイトと共に、ラヴェルにも強くなってもらいたい。そう思うのだった。




                             おわり


作中、あゆは最強のデバイスマイスターと呼ばれていますが、それは反面で原作前線メンバーには誰一人として及ばないという意味でもあります(オリ主無双が私の好みじゃないってだけですが)。
それでも時折、ストーリーの要請で勝たなければならぬ場面というのもありますので、それぞれ1回くらいなら奇襲戦法や工夫した魔法で出し抜けないこともない。と、しておりました。
本編中のあゆでは開発力不足で使えなかった奇襲や魔法のアイデアなどを2~3回に分けて紹介しようかと存じます。というワケで第1弾は【強電磁ヨーヨー】です。



[14611] #72-1 スタンバイ・レディ
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/07/30 09:40
エピローグ


新暦70年に起こった戦闘機人によるクラナガン郊外破壊活動と地上本部拘置区画襲撃および脱獄、さらに最高評議会三役暗殺を合わせて、スカリエッティ騒乱と呼ぶ。

直後にレジアス・ゲイズ少将により、本人と最高評議会三役による違法研究への関与が発表され、時空管理局は未曾有の混乱に陥った。

伝説の三提督を中心に組織の浄化を推進しているが、まだまだ安定には程遠い。衰えた求心力を時空管理局が回復し、各世界からの信頼を取り戻すにはまだまだ時間がかかるだろう。



――【 新暦72年/地球暦7月 】――




あゆの反対を押し切って、はやて、なのは、フェイトの3人が武装隊第四陸士訓練校に入校したのが昨年の10月のこと。

エスカレーター式の聖祥大付属校に受験勉強は必要ないし、9月までで部活動なども終わるから。と言うのが3人の主張である。すずか、アリサを加えた5人で協力して成績も維持しているから、問題はない。と言い張った。

もちろん、あゆは大反対である。リンディも、あと半年くらい我慢しては?と諭した。

ところが意外な反撃を受けて、あゆが白旗を揚げたのだ。はやて曰く「勉学が大事なら、中学に進学するあゆは管理局辞めるんやな?」である。

これには、リンディも困惑した。

人工リンカーコアは既に量産が始まり、各部隊に配布され出している。それを見越した魔力資質のない者の訓練校受け入れも、72年度から始まるのだ。初めての試みということで、開発者であるあゆ直々に人工リンカーコアの取り扱いについて講義してもらう手筈になっていた。

管理局としても、今更あゆを手放せないのだ。

3人を入局させないためにあゆが入局したはずなのに、今度はあゆを辞めさせないために3人を入局させなければならなくなったのである。

そうして3人が速成コースを卒業したのが昨年12月のこと。そのまま管理局に入局し、それぞれの部署に就いて半年と少しという頃合である。



この8月に、クロノとエイミィが結婚することになった。集まれる者だけで集まって、どう祝うか?と相談するために、本局で待ち合わせ。だったのだが……

「おお!」

私立聖祥大付属中学校の制服の上に水色の白衣をまとったあゆが、わざとらしく頭を抱えた。

「12さいのみそらで、おばちゃんになってしまったようなのです」

「会うなり何を言い出すかな、あゆちゃんは」

「……そうだよ」

だって。と、あゆは、なのはとフェイトの間に立つ女の子を指し示す。3歳くらいであろうか。

「なのはおねぇちゃんと ふぇいとおねぇちゃんに、こどもが」

「なんでそうなるの!?」

「ひどいよ……」

抗議する2人を無視して、女の子の前でしゃがみこんだあゆが、にっこり。

「わたしは、やがみあゆ、なのです。
 あなたの おなまえは?」

「……ヴィヴィオ」

よく言えました。と頭をなでなで。意外と子供には好かれやすいようだ。いや、見掛けは5~6歳だから、警戒されないだけか。



それは、初めてなのはとフェイトが同じ任務に就いた時のことだったそうだ。

フェイトが師事する執務官が内偵した違法研究所に、強制査察に入ったなのはが所属する武装隊が保護したのがこの子なのだとか。

スカリエッティも居なくなり、管理局の支援がなくなっても違法研究の根は絶ち消えないらしい。



「ええっと、それでね」

なのはがおずおずと差し出したのは、待機状態のレイジングハートである。ところどころヒビが入っていた。

「ほほう」

ゆらりとあゆが立ち上がる。


実は、あゆは未だに嘱託である。

失脚した――自ら告発した結果なので正しい表現ではないが――レジアスとの関係が取り沙汰されかねないので、本採用やそれに伴う昇進を辞退したのだ。それに、はやてたちが入局してしまったことで、表向きあゆ本人には管理局に居る理由がなくなった。ここ最近のあゆの口癖は「かんりきょくが きにいらなくなったら、すぐ やめてやるのです」で、対するはやての呟きは「あゆがグレた」である。

その代わりにあゆが手に入れたのが、組織の垣根に関わりなくデバイスの修理や改良に口出しできる権利。通称「直しのライセンス」であった。

はやて達がどんな部署に行こうと、どんなに散ろうとサポートできるようにしたまでであるが、けっこう行きずりでデバイスを修理して回っているらしい。

クラナガンの陸士部隊などでは「任務中にデバイスを破損すると、何処からともなく現れた少女が、護りながらデバイスを修理してくれる」と専らの噂で、なかば都市伝説化している。【青い白衣の少女】で検索すれば、相当数ヒットするだろう。

たまたま作戦行動中の部隊に出くわして、デバイスが壊れた術師を護りながら修理したのは1回だけなのだが。


そういうわけで、レイジングハートのメンテナンスや修理も、あゆが一手に引き受けているのだ。

「かわいそうに、いたかったでしょう」

≪ No problem.I can manage ≫

なのはの手から、いつの間に奪いとったのか、あゆの手のひらの上に赤い宝玉。

「【れいじんぐはーと】は、ほんとうに けなげで、いいこなのです」

よしよし。と、なでている。診断も兼ねてはいるが、その手つきはやさしい。

「ですが、みだりに【りかばりぃ】など つかってはいけませんよ。
 しゅうせききょうどを、そこねますからね。
 あなたも、なのはおねぇちゃんと、そいとげたいでしょう?」

≪……≫

そう言われると反論できないレイジングハートである。

そのね。と後退さるなのはを、あゆが一歩追う。その手に【碧海の図説書】

逃げ出したいのは山々だが、なのはは逃げるに逃げられない。あゆを本気で怒らせたら、レイジングハートを封印されてしまうのだ。重篤な状態のデバイスを守るためにデバイスロックの権限を持っているから、あゆに逆らえる魔導師は多くない。


「なのはおねぇちゃんは、ちょっと あたまをひやしましょうか」

フェイトは、「……見ないほうが、いいよ」とヴィヴィオを目隠ししている。慣れているのだ。と言うか、自らも固くまぶたを下ろしていた。見てると痛みを思い出してしまうからだろう。

「に゙ゃっ!」と、悲鳴らしからぬ悲鳴が上がったのは、その直後のことであった。



                             おわり



[14611] #74-1[IF]Sisters&Sisters【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:8f9dece3
Date: 2011/07/27 09:32

――【 新暦74年/地球暦3月 】――



『参ります。ルベライト』
バインドは囮。本命は、
『アクセルっシュート!』



ヴォルケンリッターは、一騎当千の騎士たちである。

癒しと補助を本領とするシャマルですら、管理局全体から見れば上から数えたほうが早いほどの戦闘力を持つ。

そのため管理局は、彼女たちをなるべくバラバラに配置してきた。その方がヴォルケンリッターの能力を効率よく活用できると考えていたのだ。



『ディバイ~ン・バスター!』
砲撃は壁。退路を断って、
『パイロ……シューター』



確かに通常時、分散された彼女たちはそれぞれの持ち場で活躍した。

しかし、大規模な緊急時。
例えば、71年の空港火災事件でその場に駆けつけられたのは、地理的にも管轄的にも権限的にも、烈火の将シグナムだけであった。
彼女は現場指揮官の1人として、また破壊消防の担い手として力を発揮したが、では彼女の能力が十全に発揮されたか?と問えば疑問が残ったのだ。

もし、その場にヴォルケンリッター5人が揃っていれば、シグナム単独での活躍の5倍以上の成果が期待できたのではないか?と。



『全力全開!スターライト!……』
収束砲撃は誘い。先手を取ろうとした相手にカウンター、
『パイロブラスト』



それを実証するために、様々な組み合わせで模擬戦が行われていたりするのである。



「参ったなぁ。結構自信ついてきてたのに」

「全くです。貴女とのタッグでここまで遅れをとるとは」

さて、高町なのは教導官と、その幼き頃を写し取った高町さいせ教導官補――管理局では姉妹と認識されている2人――が対峙しているのは「ひかりかがやくひとかげ」である。シルエットから若い女性だと伺えるが、全身から光を発していて正体不明。

とは云え、ラツマピックを使うまでもなかろう。

「私とて、1体1では負けなしの、ベルカの騎士の一員だ」

背中から翼を生やす飛行魔法の使い手は限られている上に、それが2対となれば該当するのは1人しか居ない。

「同数の戦いで遅れを取るわけにはいかない」

リィンフォースである。

「相手が誰であろうとも」

『ですよ』と付け加える声。リィンフォースが光り輝いているのは、エスタとユニゾンしているからだ。共鳴して増幅し続ける魔力を、防護膜代わりに展開していた。

「では、今度はこちらから行くとしよう」

闇よここに。との詠唱で、リィンフォースの周囲に魔力球が6つ。ふよふよと展開していく。

『これがわたしたちの、ぜんりょくぜんかいですぅ』

身構えるなのは達に向けて、光り輝く指先が突きつけられた。

「響け!ハウリングスフィア・ジェノサイドシフト」

時間差をつけて叩きつけられる魔力砲撃が、2重に張られたラウンドシールドを揺るがす。

「任せて。さいせちゃんは……」

自分ひとりで防ぎきれると踏んだなのはは、攻撃を引き受けつつパートナーにアイコンタクト……しようとして目を見開いた。

光り輝く人影が、高町さいせにシャイニングウィザード――リィンフォースは女性体なので、できればシャイニングマーガと表記したいところである。尤も、彼女は魔導師と云うよりは騎士であり、騎士であると云うよりは融合騎なので、順当な表記はおそらく……シャイニングユニゾンデバイス――を叩き込んだところだったからだ。砲撃中は足が止まるものだと、思い込みがあったのだろう。

慌ててラウンドシールドを2重展開しようとしたなのはは、しかしためらってしまった。リィンフォースがそう狙って、さいせをなのはの方へ吹っ飛ばしたから。

「そん……な」

さいせの体を受け止めようとしたなのはが同じように魔力付与打撃を喰らったのは、6発目の魔力砲撃がラウンドシールドを砕くのと同時であった。


「この翼、折れようとも」
            『とんでみせる。ですぅ』



こののち、なのははブラスタービットを開発するのだが、それは余談である。



**


さて、この模擬戦を見ていて溜息をついた者がいた。

八神あゆである。

魔力素が見えるという絶大的なアドバンテージを持つあゆにとって、魔力砲撃はそれほど脅威ではなかった。あらかじめ弾道を視ることができるし、前振りに使われるバインドにもまず掛からない。

しかしながら、今のように5発以上ほぼ同時に撃たれるとなると話は別だ。

1発目を避けたところを囲むように3発撃たれ、逃げ場がなくなったところで止めを刺されるだろう。

射撃魔法と違って物理法則への依存が少ない砲撃魔法は、いなすと云うことができない。あゆの魔力量では碌に防御もできずに一撃必倒確実である。

リィンフォースに出来る事なら、ほかの魔導師でも不可能ではあるまい。実際、なのはあたりは何とかしてしまいそうだ。


無理してあれに対抗する手段を編み出すくらいなら、むしろなのは達のパワーアップを支援して自分の出番が来ないように務めたほうがマシだろうとあゆは、前線メンバーとして戦うことを諦めたのであった。




                                        おわり



と云うわけで当作最強ユニットは「グリッターリィン」でした。
エスタが姉妹機であることがここに繋がってくるわけなんですが、StS篇で使い道があるわけも無くお蔵入りに。
さらにアギトも加えてバーニングなトリプルユニゾンも視野にはあったんですが、レアスキル複合同様、姉妹機だからこそ許される裏技であるべきだろうということでそちらは完全なお蔵入りに。
いずれにせよ原作における「なのは撃墜事件」に相当するイベントの相手として、あゆが前線に出ることを諦める出来事としてアイデアだけはあったものの、サブタイトルが思いつかずに手付かずのままでした(苦笑)
当作の設定的に「星光の殲滅者って、なのはの妹だと思われてんじゃね?」と思い至り、ようやく陽の目を見ることになりました。と言うか、お蔵入りネタは大抵サブタイトルを思いついた順に発表していたり(苦笑)




****




おまけ



『往生しいやぁぁぁっ!』

友禅めいた絢爛な装束をまとって、少女が空を駆ける。短めの杖に、山吹色の魔力刃。

『後悔なさってよ!』

迎え撃つのは、中世の姫君が着ていそうなコトアルディに身を包んだ少女。近代ベルカ式なのだろう、構えるのはポールスピアだ。


「おお、結構やるなぁ」

始まった格闘戦に感心しているのは、仮設された観覧席に座る八神はやてである。仕事中に寄ったらしく、管理局の制服姿。

「そうでしょう。
 【いであしーど】か の、しゅせきと じせき ですから」

隣に収まったあゆは、まるで自分が褒められたかのように笑顔だ。こちらは中学の制服の上に白衣。



第3陸士訓練校には、【卒業演習】と呼ばれる独自の伝統がある。

卒業式前後の休暇中に、訓練生たちが自主的に模擬戦を行うのだ。ただし、思い出作りと余興を兼ねて、奇抜なアイデアを盛り込む。

たとえば団体球技の試合形式にしたり、バラエティ番組のゲーム風にしたりする。いま行われているような演劇仕立ても少なくない。

もちろん正式な行事ではないのだが、将来の部下の実力を見ようと足を運ぶ局員が引きもきらなかった。特に今日は、2年前に新設されたイデアシード科1期生の演目とあって、注目度が高いようだ。


「ほなら、シーマ役の子ぉが首席なん?」

「はい、なのです」

手元にポップアップされた空間モニターに、訓練生の一覧が上がってきた。その先頭に『モトコ・スパイク』との名を見出して、はやては唸る。

「先天魔力は計測も難しかったやろうに、今では飛行魔法を使いこなすかぁ」

やるなぁモトコちゃん。との呟きに、あゆは目をぱちくりとさせた。はやての勘違いに気付いたのだろう。

「もとこ くんれんせいは、おとこのこですよ」

第35管理世界は、日本やハンガリーと同じく【姓・名】表記であるから、モトコの方が苗字である。

「えぇ!あないに別嬪さんやのに!?」

「おねえさんに、そっくりなんですよねぇ」


『あたいのシマで、でかいツラすんじゃないよ!』

演習場隅の天幕から現れたのは、旗袍姿の少女だ。長杖を振り上げて、魔力弾を連射しだす。


「まさか他の子も男の子なんて言わんよな?」

「ああ、それはない。なのです」

キャストを決める際に、純粋に実力順で割り振ったという話を聞いている。発案者の狙いがあざとすぎて、あゆは信じていないが。

後は何人か女の子が男装しているくらいと聞いて、はやてが胸をなでおろす。

「ほうかぁ、それ聞いて安心したわ。
 あの別嬪さんたちがみな男の子やったら、女の子のアイデンティティが崩壊してまうところや」


舞台代わりの演習場では、各所からそれぞれの勢力の下っ端役が現れて、三つ巴の混戦へと発展していた。

今回イデアシード科の訓練生が選んだ演目は、魔導を極めた少女たちの血を血で洗う抗争を描いた映画シリーズ【極導の女たち】である。




                                        おわり



観劇というお題を戴いていましたので、何かいい演目はないかと考えていました。
最初は普通に「クラナガンで上演されている【演出に魔法を用いた舞台劇】を見に行く」という風にネタを膨らませていたのですが、それだけでは話にふくらみが出ないのでお蔵入りに。
学園祭とか学芸会なら「観覧者は劇そのものが目当てでないぶんリアクションが引き出せるのでは」と考えたのですが、地球で魔法はご法度なので演目の面白みが減ります。そもそも学芸会というネタは別作品でやったことがあるので、単なる焼きなおしになる可能性が大でした。
と云うわけで、クラナガンにおける学園祭風のイベントとして【卒業演習】なるシロモノを捏造してみました(笑)



[14611] #74-2[IF]ファースト・え~ど【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:967ac590
Date: 2011/05/25 08:22

――【 新暦74年/地球暦8月 】――



太陽が地平線の向こうに落ちても、即座に全てが夜闇に落ちるわけではない。散乱光もあるし、惑星は丸いから、その上空はまだ日光に照らされている。
そうして夜となった地面の上空に、夕日に灼き染められた雲が残る。それを小焼けと、言うそうだ。

海鳴市は後背に山麓を控え、ただでさえ小焼けが見えることは少ない。学校と自宅と本局への往復の日々を送っていたあゆにとっては、なおさらであろう。

だからあゆは珍しく、夜空になりきれない空を見上げていた。


夕焼け、小焼けの……、残念ながらこの世界にはトンボがいないらしい。



「メディーーーック!」

管理局に、そういう役職はない。医官は居るし医療部はあるが、軍隊ではないと言う建前上、専任の衛生兵は居ないのだ。

あゆが、66式指揮通信車のルーフデッキから降りた。無いなら、とりあえず仮称でいいかと冗談半分で提案した役職名で呼ばれているのだ。


本来バックアップスタッフであるあゆが、本局武装隊の強制査察に随行してきたのはワケがある。前線メンバーとして戦うことは無理と、己の能力を見限ったあゆが「アギトを救出した時のような役回りなら?」と考えたからだ。


運ばれてきたのは、おそらくフロントアタッカーであろう武装局員。ポップアップした空間モニターに「キョウコ・タイレル」「34th」などとパーソナルデータが表示された。

「頼む」

「はい、なのです」

現場へと引き返す空戦魔導師を見送ることなく、あゆは運ばれてきたフロントアタッカーの様子を診る。
目立つのは肩口を掠めるような裂傷だ。かすかに呻いているから意識レベルに問題はあるまい。

「だいれくと こんとろーる、はつどう。すべてのじょうほうを【ちゃんねる ぜろ】に、さいゆうせん」

続いてあゆが行ったのは、デバイスの指揮権移譲と、それに伴う情報統御と制御移管だ。
クラッキングなど受けないよう、武装局員のデバイスには使用者認識などの各種暗号化が施されている。作戦中のデバイスに干渉できるのは本来現場の指揮官だけで、あゆの権限は今回限りのもの。故にチャンネルは番外扱いの0で、委譲ではなく移譲であった。

「だめーじぶい しゅうへんの、【たい せんこう ぼうぎょ】かいじょ」

フィールドタイプの防御魔法であるバリアジャケットは、本局武装局員レベルならちょっとした宇宙服だ。ダメージを受けて防御力を発揮できなくなった部位でも、最低限の気密性を保持している。
下手にバリアジャケットを解除すると感染症の恐れが出るため、損傷部位周辺を光学的に透過させて目視確認できるようにしたのだ。


「……ふむ」

打撲と熱傷をコンビネーションクロスさせた傷跡は、あきらかに殺傷設定魔法によるダメージである。もしバリアジャケットがなければ、これに細かな裂傷が加わっていただろう。


「めっきん、なのです」

 ≪ Reinstraum ≫

傷口を覆うように展開されたのは、指定範囲内の大気から特定の分子構造以外の物質を弾き出す、云わば魔法式クリーンルームだ。発想元となった術式からすれば、対細菌用AMFと言ってもいい。
ミッドチルダに動植物や食品を持ち込んでいたあゆの、防疫関連魔法の粋。馴致用に気圧調整も自在で、止血にも流用可能だ。


続いてあゆが白衣の懐から取り出したのは、1本の試験管である。古風にコルク栓で封を施した中身は、ただの蒸留水だが。

「【いきち】や【すいぎん】のほうが、まりょくをためやすいのですが」

【いめーじ】を かんき することのほうが たいせつですから。と、まるで水晶球越しに相手を覗き込む占い師のように、試験管を傷口にかざした。

「はいは、はいに。ちりは、ちりに。かえさるのものは、かえさるに」

試験管に映した傷口を、蒸留水に刻み付けるような、ささやき。

――物質に魔法を籠める。あるいは、魔力で薬効を増幅する魔法薬という概念は、相当に古い。カートリッジシステムにクラスチェンジした【エーテル】を除けば、古代ベルカ時代ですら失伝しかかっていた、魔法黎明期の手法である。
薬効や、魔力の籠めやすさを追求するとキチガイナスビや生き血や水銀に行き着いてしまうから、その研究を迫害されることが多かったのだ――

あゆが敢えて薬効のない蒸留水を使うのは、将来の発展性を見据えただけに過ぎないが。

「つちは、つちに。
 つちは、ひとに。
 ひとは、つちに」

繰り返すは、詠唱。
似て非なるモノを並べ、同一でありながら異なるコトバを連ね、意識の垣根を取り払う。

「ひとは、あだまに。
 あだまは、あだまに。
 あだまは、ひとに」

籠めるは、祈り。
蒸留水のレンズが、あゆのリンカーコアで虚像を結ぶ。傷口のネガ写真は、心の中ですなわち……

「あだまは、あだまに。あだまは、あだまに。あだまは、あだまに」

念じろ!

「よぉめいしゅ」

 ≪ Krauterwein ≫

術式として完成しているわけではないから仮称だが、酒と名づけたのは「命の水」を意味する蒸留酒にあやかったから。


「だめーじぶい しゅうへん、じゃけっとおふ、なのです」

試験管の中身の半分は傷口へ、残りは……。

そっと左手を武装局員の首筋に差し込んだあゆは、やさしく持ち上げた頭部の下に自らの膝を滑り込ませた。

「のんで」

滑り落ちた蒸留水が嚥下されたのを確認して、試験管を仕舞う。
自力で飲み下せないようだったら口移しで投与しようと膝枕にしたが、そこまでは必要なかったようだ。

食道を通って胃袋に収められたモノに対しては、ヒトの免疫機構が働きにくい。これを経口寛容と云う。こうして潜り込んだ魔力は比較的分解されにくく、特定組成を保持しやすい。つまり、他者の体内に魔法を送り込む最も簡単な手段が、呑ませることである。

一方、傷口周辺の肉体組織は、にわかに体外からもたらされた魔力を切り崩し、通常よりは若干早い自然治癒を実現はしていた。ただし、それだけでは全治3週間が、2週間に短縮される程度だ。

そこへ、リンカーコアから直に魔力と術式が送り込まれてきた。魔法薬によって、成すべきことを示唆されたのだ。
それまで出血を抑えていた血管も弛緩して、血液を傷口全体に滲出させる。そうしてたちまち共同戦線を張るや、細胞を複製しだした。分裂ではない。コピーだ。

――体内外に分けられた蒸留水は、元はひとつであったため、同一の存在としてお互いを認識する。そうして前線たる傷口と、大本営たるリンカーコアを結びつけてホットラインを形成したのだ。
本来、補給を受けながら前線が細々と積み上げていくようなミクロな自己治癒を、リンカーコア主導の挙国一致体制で一気に治し上げてしまうのである――



治療魔法の使い手は少ない。
適性と医療知識とデバイス性能が揃って、はじめて役に立つ魔法である。充分な適性がなければ、AAAランクでも難しいという。

あゆは辛うじて使えるが、魔力量の関係で連発は無理だ。

そこであゆが目指すのは、治療魔法の低廉化である。
シャマルやクロノが使う治療魔法は高度すぎて、低ランク魔導師では使いこなせないことが多い。その過程を分解して難易度を落とし、魔法以外で補足して消費魔力を下げようというのだ。かつて、クロノ直伝の射撃魔法をカスタマイズした時のように。

魔法薬といった、非効率な概念を試そうとするのもその一環である。まずは低ランク魔導師でも使える治療法を確立して、裾野そのものを拡げるつもりらしい。

古い手法を、運用で新しく。あゆなりのローハイミックスであった。



もちろん、問題もある。
手順が煩雑で、平準化までは長い試行錯誤が必要だろう。さらには傷病者自身の魔力・体力を消費するので、魔導師でないと効果が薄く、即戦線復帰も難しい。


「そうなると、やはり【やっこうせいぶん】を かつようするほうこうせいに いきつきますか」

あゆが多少なりと理解しているのは、地球の毒物や麻薬である。ミッドチルダの医薬品は知識に無いし、取り扱う資格もない。もちろん地球の劇物を入手できる伝手も……無いとしておこう。

「まずは【よもぎ】や【かたばみ】とか【おとぎりそう】などで、ためしてみましょうか」

平然とリストカットして、自分で試したりするから怖い。



「行かな……っ!」

気が付いたらしい武装局員が、体を起こそうとして分厚い表紙の迎撃を受けた。こんなこともあろうかと、その位置に浮遊させておいたのだ。

「!」

間を置かず追い討ちを喰らって、再びあゆの膝の上に沈む。
あゆはどうやら、木工室を通りがかった時に、木槌を2つ持った男子生徒同士の悪ふざけを見ていたらしい。

「まだ、あんせいにしてないと だめなのです」

あゆが【碧海の図説書】の裏表紙に打ち付けたのは、全く同じ装丁の書籍だった。立ち振る舞いの広範化を求めて試作した【碧海の図説書】のツーハンドモード。あゆ名づけるところの【ダブルブッキングシステム】で実体化させた【劈開の打撃書】である――区別をつけるため奥付には【ミンメイ書房】と書かれているとか、いないとか――。


「げんぱくしき ますい、せいこう。なのです」

そっちの杉田玄白は、蘭方医ではなくて乱暴医だぞ。




                                        おわり



ボツネタの救済に、IFで展開するおまけ話。あゆの裏技「番外」篇。その第3弾です。

正規プロットでは「人工リンカーコア+フィジカルヒール」だけの全く面白くないエピソードを、ボツネタ「魔法薬」で膨らませて、やはりボツネタ「ツーハンドモード」で無理やりオトしてみたり。

ミッドチルダ的な魔法医療はどんなカタチが有り得るかということで、MICUと共に妄想していたのが魔法薬でした。ホメオパシーとかメランジなどでネタを膨らませていたのですが、リリカルなのはの魔法では薬を作っても作り置きが難しいんじゃないだろうか?ということでお蔵入りになっていました。仮称術式名はもちろんここだけの冗談です(苦笑)

ツーハンドモードは【超電磁ヨーヨー】ならば本来、2個あるべきだろうということで考えていたネタでした。



[14611] #75-2 機動六課のある試験日
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/03/06 11:04

――【 新暦75年/地球暦9月 】――



ティアナ・ランスターは、兄ティーダ・ランスターを尊敬していた。両親が亡くなって以来、自分を育てながら、とうとう夢であった執務官になった。自慢の兄であり、敬愛する兄である。

残念だったのは、ティアナが入局するより先にティーダが夢を叶えてしまったことだ。少しでも早く負担から開放してあげて、心置きなく執務官を目指して欲しかったのだ。

就業年齢の低いミッドチルダの中でも、管理局はさらに低い。早く独立して兄の負担を減らしてあげたかったティアナが管理局へ入局したのは、ある意味必然だっただろう。


そうしてティアナは、執務官として活躍するティーダに近づくため、その助けにならんとして、今ここに居る。

「ふむ、ちょっと かりますよ」

え?と、思ったときには、目の前からアンカーガンが消えていた。

機動六課のレストルーム。試験前の最後のチェックを行うべく、ティアナが自分の拳銃型デバイスをテーブルに置いた途端のことである。

見れば、自分のはす向かいに水色の白衣を着た少女が座っていた。5、6歳くらいだろうか?ふむふむと、アンカーガンをためつすがめつしている。

ちょっとお嬢ちゃん、それ危ないから返しなさい。と、ティアナが口を開こうとしたときだった。

「てぃーださんのでばいすと、きほん【あーきてくちゃあ】が おなじ。なのです」

「お兄ちゃんを知ってるの?」

ああ。と面を上げた少女が、「いもうとさん でしたか」と納得顔。

「そういわれれば、やさしそうなかおだちが、よくにているのです」

いいですね。と見せた笑顔がなんだか少し寂しそうなのは、ティアナの見間違いだろうか。

「もしかして、これから とうようしけん、なのですか?」

ええ。と答えてからティアナは、素直に応えている自分に疑問を持つ。

「まどうしらんくは、いくつですか?」

Bと答えかけて、あわてて口を閉ざした。レアスキルの詳細情報などとは比べものにもならないが、管理局局員の魔導師ランクも局外秘の秘匿情報なのだ。しかし、

「びー、なのですか」

手遅れだったらしい。

ふむ、まあ なんとかなりますか。と、伸ばされた手が触れたのは、ティアナの胸であった。

「え?」

正確には、胸の谷間、胸骨の上である。

とはいえ、断りなしに触っていい場所でもあるまい。たとえ女同士であっても。どう叱ってやろうかと見下ろしたティアナは、しかし絶句した。

まるで、この胸の内に代え難い宝物があるとでも言わんばかりに、少女の目がやさしかったのだ。

「もっとちからをぬいて、りらっくす するのです。
 りんかーこあの、まりょくのながれを、かんじるでしょう」

それは、今までにない経験だった。胸の奥で魔力が熱く渦巻いているのが、手に取るように解かる。その心地よさに背筋が反り返るのを、押さえきれない。

「そのかんかくを、よくおぼえておくのです」

すっと手を離されると、胸の奥の渦動が薄れて、思わず「あっ」と声を上げてしまう。

急激な魔力の流動に体を支えきれなくなって、ティアナはソファの背にしなだれかかった。魔力を消費したわけではないから一時的なものだが、その過激さにティアナの脳神経系が軽く麻痺しているのだ。

「【まりょくそしゅうせきひりつ】と、でばいすの【あーきてくちゃあ】に、びみょうなそごが みうけられるのです。
 てぃーださんと、おなじにしたいきもちは よくわかりますが、あなたようにちょうせいしたほうがいいのです。
 とりあえず、かんたんにちょうせ……」

少女が何か言っているが、ティアナの耳には届かない。この日のためと己に課してきた特訓の疲労が、ここぞとばかりに襲いかかってきたのだ。


**


「ティア!ティーア!起きてよ、時間だよ」

「ん、スバル?もう少し寝かせて」

聞きなれた声に、ティアナは目頭をこする。

「ダメだよ、登用試験の時間だよ。ティア、起~き~て~よっ!」

ぴくり、とティアナの耳が動いた。

「とーよーしけん?」

「そう、機動六課の登用試験」

がばり。と起きあがったティアナが、周囲を見渡して「あれ?」

「珍しいね、ティアがこんなところで居眠りするなんて」

「スバル、そこに女の子居なかった?」

ティアナが指し示したソファに目を向けるが、スバルは「ううん」と頭を振った。

「夢、……だったのかな」

「そんなことより、もう行かないと、遅刻しちゃうよ」

うそっ。と空間モニターを立ち上げたティアナが、表示された時刻に青くなる。

「大変じゃない!何でもっと早く起こしてくれなかったのよ」

ソファから跳ね起きて駆け出すティアナに、スバルがローラーブーツで追いすがった。

「ひどいなぁ、ティアがなかなか起きなかったのに」

「悪かったわよ」

遺失物管理部機動六課は、バックアップを含めて常駐12名ほどの小さな部隊である。部隊長である八神はやてを除けば、前線メンバーはシグナム、ヴィータ、ザフィーラ、リィンフォースの4人のみ。

もちろんこれでは継続的な作戦行動は難しいため、あらゆる組織、様々な部署から出向者を募っている。OJTとして実戦で鍛えて貰える上に、訓練でも教導隊などの協力を優先して受けられるため、ストライカーへの登竜門とも、虎の穴とも呼ばれていた。半年ほどの出向後は、希望部署への転属も叶いやすいという。

もちろん機動六課へ出向経験があるということは、いざという時にはスカリエッティ対策タスクフォースとして召集されるということであるが、それは公にはされてない。

その出向者は上司推薦の上で希望者を募っているが、こうしてトライアル形式の登用試験でその資質を測っていた。


**


「あれっ……?」

アンカーガンのワイヤーに牽かれるティアナは、アンカー固定術式の手応えの違いに声を上げる。

「どうしたの?ティア」

ううん、なんでもない。と誤魔化すヒマはない。スバルを抱いていた手を離し、いったん別行動をとるのだ。

スバルがガラス窓を破って廃ビル内に突入したのを確認しつつ、ウインチの勢いそのままに屋上へと降り立った。

登用試験そのものは、半年前に受けた魔導師試験とさほど変わらない。会場やコース、ターゲットの配置や数は違って難易度は異なるが、自分たちとて半年前とは違う。


「落ち着いて、冷静に」

ビルの屋上から、隣のビルのターゲットを狙う。

魔力弾を形成しながら、ティアナは先ほどの違和感の正体を悟る。魔力操作の手応えがよくなっているのだ。

今までの魔力操作が井戸で汲んだ水をそのままバケツでぶちまけていたのだとしたら、今は柄杓で狙い打つように撒いているような感触の違いがある。必要な場所に、必要な分だけ。

精度が一段上がった。あからさまにそう感じるのだ。

原因はおそらくあの少女だろう。リンカーコア内の魔力を、ああもはっきりと感じたことが、細かな魔力制御の向上につながっているのだ。

ティアナは引き金を絞る。ほぼ同時にターゲット全てクリア。

今の、7連続の魔力弾生成から照準、狙撃は、おそらく自己最速記録を更新したであろう。

眼下にビルを繋ぐ連絡通路を見つけたティアナは、ショートカットに利用すべく身を躍らせた。

それにしても。とティアナは内心で首を捻る。

「あの女の子、何者なの?」


**


デバイスデータ蒐集のついでにちょっとお節介を焼いた少女の正体をティアナが知るのは、試験終了後のこと。スバルが、試験官をしていた小さな融合騎と始めた近況報告会の途中であった。

「……あれで私と同い年なの?」

さんざんスバルから聞かされていた彼女の幼馴染の容姿が、今でもそのままであると、さすがにティアナは想像もしていなかったのだ。

驚きに上げかけた声を何とか飲み下し、ティアナはこれから改めて知り合うであろう少女との付き合いに、そこはかとない徒労を覚えるのであった。

                                        おわり



ティアナの出番が1行だけというのはあんまりなので、なんとか1話書いてみました。



[14611] #76-1[IF]ここはゆりかご、発掘前線なの【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2010/09/18 08:32
――【 新暦76年/地球暦4月 】――



「しらない、てんじゅう。なのです」

ふたを開けたあゆは、首をかしげた。

休暇を丸々使って付き合ってくれているエスタが「ここの【えびてんじゅう】、おもしろいのですよ」と言うので注文を任せたのだが、重箱の中には敷き詰められたご飯しか見出せなかったからだ。


ミッドチルダと第97管理外世界の、交流は古い。
おおやけになってはいないがおそらくは紀元前、下手をすれば人類の黎明期からであろう。ナカジマ家の例もあるし、仙境に行って帰ってきた少年の記録も文政年間にある。

近年とみに交流が活発化してきていて、いずれにせよこんな飯場のメニューにまで海老天重があること自体は別に驚くほどのことではないが。

「ゆりかごはっくつげんば めいぶつ、ゆりかごふう えびてんじゅう。ですぅ」

なるほど。箸先で掘り返してみると、中ほどに海老天が埋められていた。


**


「てっちゅう。なのですか?」

エスタと2人掛りでようやく海老天重をたいらげたあゆを飯場の外で待ち構えていたのは、この【聖王のゆりかご発掘現場】の責任者だ。と言っても、現場監督ではない。聖王教会から派遣されている騎士で、カリムの部下である。

「はい。正確にはオレィハルカス製の円柱らしいのですが、作業員の間でそう呼ばれているので便宜上【鉄柱】と」

指し示されるままに見上げた先、切り崩された崖の壁面に。

「なるほどですぅ」

金属製の円柱が半ば埋もれて、並んでいた。レリーフのような、浮き彫り状である。

「こんなかんじの【せかいいさん】を、みたことがあるのです」

ヨルダンのペトラ遺跡だろう。


「発掘」現場とは言われているが、真上から下に向けて掘り下げているわけではない。あまり深いと、足場の確保や土砂の始末が莫迦にならないので、横ないし斜め上からアプローチすることがある。
渓谷の多い【聖王のゆりかご発掘現場】は地形の佑けもあってほぼ真横から、切り出すように工事が進められていた。このまま削りだしていけば、ゆりかごの上甲板を露呈できるはずだったのだ。

その行く手を阻んだのが、件の鉄柱と云うわけである。

直径2メートル。掘り出されたのは上下に20メートルほどだが、あとどれほど埋もれているかは現状では不明だ。

ちょうど、あゆたちが遅めの昼ごはんを食べている時に発掘されたらしい。現場に近づくその間にも、4本目が見つかっていた。

「間隔からすると、3千本ほどが【ゆりかご】を取り囲んでいる計算になります」


「【おれぃはるかす】
 げんぶつは、はじめて。なのです」

文献などで、知ってはいたようだ。

これら魔法金属と云われるものは、金属工学的には合理的とはいえない組み合わせの合金に過ぎない。とりわけ貴金属や希少元素が多いわけではないその合金の秘密は、魔法による鋳造と鍛造にあるという。

「【アナライズ】ですぅ」

オレィハルコスは、チタンやジルコニウムを中心に、金や錫、黄鉄鉱にビスマスなどを含有する、冶金学者が聞けば「なんじゃあそりゃあ!」と卓袱台をひっくり返したくなるようなトンデモ合金だ。その特性は、魔力の伝導率のよさと、発現形質の選びやすさにある。太古には魔法攻撃を跳ね返す盾や、空を飛べる鎧などが作られていたと伝承にあった。

それら魔法金属が廃れたのは当然、デバイスという概念が生まれたからだ。臨機応変に魔法効果を及ぼせるデバイスと違って、魔法金属製のアイテムは複数異種の能力を発揮しづらい。

ふむ。と鉄柱に触れたあゆは、魔力素を通じてその流れを視た。

「どうですか?」

朱金の表紙を閉じて、エスタが降りてくる。手持ちの術式では、この鉄柱を探れなかったようだ。

「この【てっちゅう】は、いわば【まりょくの ぽんぷ】なのです。
 かこんだ うちがわの まりょくそを、はいしゅつして いるのでしょう」

ここになのはが居れば、さぞや稠密な収束砲撃をして見せたことだろう。
使い道があるか?と計算しかかって、しかしあゆは思いとどまった。持ち運べるはずもないし、拠点防御用にしても味方の魔力回復を阻害するだけだ。小分けにした時点で能力を失うだろうし、鋳造しなおすだけのコストに見合いそうもない。

「おそらく【聖王のゆりかご】の復活を恐れた勢力が、封印するために打ち込んだのでしょう。発揮していたであろう結界効果は失われていて、現在では単なる障害物に過ぎませんが」

本来であれば、月から降り注いだ魔力を吸い上げて結界を維持していたのであろう。結界効果そのものは破られていて、今は水底の噴水同然だが。

「しかし、困りました」

オリハルコンとも、ヒヒイロカネとも呼ばれるこの魔法金属は、魔力を供給されている限り、信じられないような性能を発揮する。もしこの鉄柱が物理的な防壁としても造られていたなら、この溺れるような魔力素の底で傷つけることは容易ではない。なのはの砲撃であろうと、フェイトの斬撃であろうと。

「撤去自体は難しくありませんが……」

幸いなことに鉄柱は単なる魔力ポンプであって強度はそれほどではないようだし、魔力を遮断する方法はいくらでもある。魔力を供給されてない状態の魔法金属は、色々な面で並みの合金以下だ。

「工期は押してますし、費用も捻出できるかどうか……。
 せめて、こちら側の法面にあるだろう6本だけでもなんとかなってくれれば、現場の工夫で発掘を進められるのですが……」

向けられているだろう視線を、あゆは確認したりはしない。「稀少技能保有者とかスタンドアロンで優秀な魔導師は、結局便利アイテム扱い」だと言う姉の言葉を思い出して、こっそり嘆息を捨つるのみ。発掘の進捗を見学しに来ただけの一介の騎士見習いに現場責任者がわざわざ――しかも丁重に――声をかけてきた時点で、そんなことだろうと思っていたのだ。

この現場にだって、あゆ程度の魔導師は居るだろう。教会なり管理局なりに要請すれば、派遣だって不可能じゃない。

しかし、郊外とはいえクラナガン近辺で殺傷設定の破壊魔法を行使するには許可が要るし、派遣にも時間がかかる。

本局付きの魔導師であるあゆなら短時間で許可が下りるかもしれないと予想した現場責任者は、せめてと自身で執り行なった手続きの、異例な早さと承認者の顔ぶれに驚かされるのだが。


**


「【あまのうずめ】は、どんなきぶん だったのでしょうか?」

あゆの独り言に、【碧海の図説書】からエスタが顔を上げる。これから使うのは、初めて見る術式だ。元は管制人格とはいえ、把握するのに多少の時間が要った。

「【あまのうずめ】って、だれですか?」

矩形に土砂を抉り出された発掘現場は、まるでステージだ。川原の上に渡された足場が臨時の観客席で、南側対岸の崖の上はさながら2階席。びっしりと工事人夫で鈴なりになっていて、これが興行なら大入り袋が出たことだろう。

「おおむかし、うたとおどりで かみさまをひっぱりだした おどりこ。なのです」

「あゆちゃんも、うたいますか?
 【ゆりかご】のほうから、でてきてくれるかもしれないですよ?」

ひっきりなしに掛けられる歓声には、下品なものも野卑たものも多い。あゆの騎士服は結構露出が多いし、胸部装甲もそれなりだ。娯楽の少ないこの環境では当然だろうと、あゆは気にしないが。

かといって、わざわざ煽情する意味もない。
それで本当に【ゆりかご】が出てくるというならあゆはストリップでも何でもやっただろうが、太古の日本と違ってここは「性は生にして正ゆえに聖」なる地ではないのだ。猿田彦だって、道を譲ってくれたりはしまい。

「【えす2ゆう】をふりながら うたったりしたら、かえって【ゆりかご】が ねつきそう。なのです」

せっかくクラナガンにも、ネギがあると設定しておいたのに。


「じゅんび、オーケイですよ」

【碧海の図説書】から顔を上げたエスタが、あゆの頭上へと翔び上がった。

「では、はじめましょう。なのです」

今回、あゆとエスタは融合しない。術式の構築と運用を分担できるなら、2人にとってはユニゾンしないほうが可用性が高いのだ。

「みぎて に【ずせつしょ】……」

ふよふよと浮き上がった【碧海の図説書】を、あゆが右手で掴み取る。

「ひだりて から【だげきしょ】……」

ツーハンドモードで魔力構成された【劈開の打撃書】が、あゆの左手の上に。

「トランスフォームロード、ですよ」

胸元の袷から飛び出したしおりで連結するように、

「がったい」

【碧海の図説書】と【劈開の打撃書】を縦に、積み重ねた。

 ≪ Kettensage form ≫

トランスフォームカートリッジは、デバイスに変形機能を持たせるべく偏向擬似質量創出術式に特化した特殊カートリッジである。
もっとも、デバイスを変形させるつもりなら設計段階から織り込むものだし、そもそもデバイスを変形させようとする術者が少ない。結局これ1枚きりの、試作品であった。


放り上げられた魔導書が、高度と比例するように巨大化する。

「りんてんっ!」

その葉間にずらりと、牙めいた魔力刃が生えた。即座に、歯の浮くような高周波音を響かせて、周回しだす。

「ばっさい!」

エスタが延ばした魔力鎖が魔導書を絡めとった時には、それが何と言われる物を模したか、気付かぬ者は居なかっただろう。

ソー、チェーンソーだ。

「ケッテンゼーゲ、クロイツェン!ですぅ」

横薙ぎに振り払われたチェーンソーが、鉄柱のはるか横、岩肌を捉えた。

狙いを外したわけではない。切り倒さねばならない6本のうち、一番端に立つ鉄柱がその向こうにあるのだ。

「いちげきでクリアー、ですよぉ!」

地層の奥で鉄柱に喰い込んだ刃たちが、エスタの気合に呼応して速度を増す。

「みえた。なのです」

鉄柱は、魔力素を汲み上げるポンプだ。あゆはその流れを読み、その勢いをそのままチェーンソーの回転に乗せる。
もちろん収束砲撃など使えないあゆは、その魔力素をそのまま利用したりできない。

しかし、ポンプの横に、それ以上の能力のポンプを並べてみせることは出来た。

高速回転するベルトコンベアと化したチェーンソーに、吸い込むはずだった魔力素を奪われて、オレィハルコスは強度を失う。慣性を奪われたベーゴマが勢いをなくすように結合力を損なって、たちまち断ち切られた。

犬の断末魔にも似たスタッカートが連なること、6音。


「あゆっ、このバカ」

勢いのままに発掘現場を飛び出したチェーンソーは、そのままなら東側対岸の崖まで切り崩す予定だった。

紅の鉄騎が愛杖、グラーフアイゼンに弾き返されなければ。

「無駄に自然破壊、すんじゃねぇ」

おそらく休憩時間を利用して様子を見に来てくれたのだろう。あるいは、いずこかからの帰投中だったか。
見やれば、姉と慕うヴォルケンリッターは、ギガントフォルムはおろか騎士服すら展開していない。武装隊の、アンダースーツ姿だ。

あまりの格の違いにも、あゆは嘆息ひとつ漏らさない。ヴィータ達が凄いのは、判りきったことである。

それよりも、ゆりかご風海老天重に新しい要素が加わるようなら、また見学に来ようと脳裏でのスケジュール調整が忙しかった。



                                  おわり



ボツネタ救済のIF話。あゆの裏技「番外」篇。その第4弾です。

やはりIF扱い、ネタ扱いで出してみたのはヴィータのツェアシュテールングスフォルムに相当する「ケッテンゼーゲ・フォルム」です。

「超電磁ヨーヨー」にあやかって「ツーハンドモード」があるなら、当然2個合体のこの技もあるべきと夢想したのですが、偏向擬似質量創出がそのまま使えるため(と言うか、そもそもデバイス変形の説明のために導入したオリジナル解釈でしたし)、これと言ったSFネタも仕込めず、特に使い道もなくて、かなり奥の方のお蔵入りネタでした。ところが、
「パンがないなら、肉を飾ればいいじゃない」
「その発想は無かった」
「だからお前は(設定)バカなのだ」
と、脳内の妄想腐敗に罵倒された結果、理想的なカタキ役として「魔法金属」などという黒歴史指定レベルのボツネタを復活させることに(苦笑)前回の「魔法薬」同様、現在のミッドチルダでは廃れきった技術としてありました。



[14611] #76-2 炎と氷
Name: dragonfly◆23bee39b ID:309fc8f8
Date: 2012/08/21 21:33

――【 新暦76年/地球暦8月 】――



「ハンデ。と言っていたのは、この距離か…」

遠く。米粒大にしか見えない対戦相手に目を眇めて、烈火の将は思わず言葉を漏らした。

「いや、まさかな」

しかし、即座に否定する。

多少離れたくらいで優位に立てると侮られるほど、剣の騎士シグナムの武勇は軽くない。と自負しているのだ。

「牽制して、挟撃をかける」

即断即決。距離を置いてきたのなら、詰めればいい。そこに相手の思惑があるにしろ、敢えて乗ってみるのも手――後の先もまた古流ベルカ剣術の神髄――だ。

「いくぞ、レヴァンティン!」

 ≪ Jawohl ≫

応えた魔剣は、すでに大弓形態。

ガシンガシン!と、上下同時のカートリッジロード。ただし排莢はない。

「翔けよ、ハヤブサ!」

 ≪ Sturmfalken ≫

放たれた矢は炎を纏って、たちまち標的へ。

もちろんシグナムは、その着弾を悠長に待ったりはしない。

「捕えよ、かわせみ」

 ≪ Eisvogel ≫


再びのカートリッジロードと同時、空間を潜り抜けたシグナムは見た。

湖水色のミッド式防御陣の向こう、対戦相手の掲げた杖の先に氷の鳥カゴが現れたのを。そこに飛び込んだ炎の矢が、やはり凍りついたのを。

「ハンデとは、その杖ですか?」

「ええ」

砲撃と同時に背後から突撃してきた烈火の将をなんとか押しとどめて、リンディ・ハラオウン総務統括官は表面上は悠然と微笑んだ。




****


あら? と言う声にシグナムは振り返った。

「もしかして、もう終わってしまいました?」

帰り支度をしているのを見て、リンディは勘違いしたのだろう。

「いいえ、テスタロッサに出動要請がかかりまして」

そう言われて思い出したらしいリンディが「ああ、そう言えば」と、頷いている。


たまたまシミュレーションルームの近くを通りがかったリンディが、ちょうどその時に模擬戦が行われているだろうことを思い出して立ち寄った。しかし、折悪しく緊急捜査が重なってキャンセルになっていた。……で、話は終わっていたはずだった。

「りんでぃ とうかつかんも、たまにはどうですか? 【べるかのきし】と1たい1で」

小さなデバイスマイスターが、余計な差し出口を挟まなければ。


****




炎の矢を完全に封じ込めたのを感じ取って、リンディはデュランダルをシグナムに向けた。

途端に強度を増したシールドに、たちまち降りる、霜。

「シミュレーションならではのインチキってところかしら」

本物は当然、息子たるクロノ提督の元にある。仮に現物がここに在ったとしても、調整や慣熟には時間がかかる。

それらを全てまるっと無視してお膳立てして見せたあゆの手際を、リンディはそうおどけて表現して見せた。

「炎に対するに、氷。とは、あいつにしては素直な策です」

ですが。と続けたシグナムの左手には、いつの間にかレヴァンティンが鞘だけ。抜身の本体が、その後背でカートリッジロード。

「絶対零度ごとき、灼き斬って見せましょう」

 ≪ Schlangebeisen ‐ ――

振るわれたのは連結刃。吹き上がる焔が剣速を後押しして、まさに瞬刃烈火。

   ―― ‐ Angriff ≫

が、しかし。押し寄せた刃の群れは、湖水色のシールドに触れることなく跳ね返された。

「なに!?」

驚くシグナムと凍てついた防御魔法を後に、リンディは改めて距離をとる。

「言い忘れていましたけど、この子は氷の杖ではありませんよ」


そう口にしたリンディが思いを馳せるのは、デュランダルの製作者。
凍らせただけで【闇の書】が封印できるなどと、そんな甘い計画を立てる人ではなかった。

だから、封印魔法であるエターナルコフィンが凍てつくのも、ただの副次効果に過ぎない。



「まさか、……【超魔動】か?」

マイナス40℃の世界では、バナナで釘が打てる。
マイナス135℃の世界では、銅酸化物が宙に浮き。
マイナス270℃の世界では、液体ヘリウムが壁を登る。

超伝導や超流動と呼ばれる現象だ。


ならば、魔力素にもそういう状態があるのでは? と問えば、「ある」と答えが返ってくるであろう。

それが超魔動である。

「ご名答♪」


超魔動状態の魔力素で組まれた魔法陣は、そうでない魔力素を拒む。超伝導状態の物質が、磁力を弾くように。

シグナムの攻撃が跳ね返ったのはそのためで、封印魔法たるエターナルコフィンが凍てつくのも、周囲の魔力素が弾かれる際についでに熱エネルギーを奪い去るからに過ぎない。

この宇宙に絶対零度以下の低温すらもたらす、魔導法則下の現象である。



「さあ、デュランダル。貴方の本気を見せてあげましょうね」

 ≪ OK,BOSS ≫


もちろん、常人が単独で為せる状態ではない。

魔力子レベルすら操作しうる繊細さと、それらを大量並列に扱う高速演算が必要で、だからこそデュランダルは単なるストレージデバイスなのだ。



「なるほどな」

一方では、攻撃を跳ね返された時の異様な手応えを思い返して、シグナムが頷いていた。

あのあゆが「火には氷」などと可愛げのある発想をしただなどと詮も無い。……と、苦笑を口元に。



「悠久なる冠氷の下に凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えましょう」

まばゆく後背を飾る2対4肢の光翅は、リンディの本気の証。


「たとえ超魔動状態であろうとも、遣い手が1人である以上、維持には限界があるはず」

そして……。と、烈火の将が再びボーゲンフォルムを掲げた。上下同時のカートリッジロードと、間髪入れぬリロード。

「1対1なら、ベルカの騎士に負けはない」

 ≪ Ja! ≫

番えた矢を放たず、もろとも突進。その炸裂音が推進力とでも言わんばかりの連続カートリッジロードと、共に。


「貫け、火の鳥」

≪ Phonix ≫

「凍てつきなさい」

≪ Eternal Coffin ≫


















……


そう、1対1ならベルカの騎士に負けはない。

しかし、引き分けはあるようだ。




                           おわり


劇場版A'sで残念だったことを1つ挙げるとすれば、シグナムVSリンディが実現しなかったことでしょうか。「もしかしてリンディさんも蒐集されちゃうの?」と思ってハラハラドキドキだっただけにショボーン(´・ω・`)でした。
しかしながら「原作が与えてくれないものを充足してこそ二次創作」であろうと、私なりに一戦でっち上げてみることに。
せっかくなので没ネタやら使ってない設定やら盛り込みましたが、IFやネタではありません。




****

おまけ

――【 新暦68年/地球暦8月 】――


「【とおみ し】には、そらがない。なのです」

歓楽街と思しき路地裏で、あゆはぽつりと呟いた。

見上げる先、ビルとビルの狭間に見えるのも、コンクリート。この辺り一帯に覆いかぶさっている。

「……なんちゃって」

国語の授業で習うか、はやての教科書を垣間見たかしたのだろう。

屋内型テーマパークを、有名な詩になぞらえてみたりしたのは。




****


「【きっざりーな】……ですか?」

指し示されたリーフレットを手に取りつつ、あゆは小首をかしげた。

「そうや。
 アリサちゃんが招待券ぎょうさん持っとって、夏休みの思い出に皆で行こ ゆう話になってな」

ブラウスのアイロン掛けなどをこなしつつ、はやてはちらりとあゆの反応を覗き見る。

「予約の関係もあるから、来週の中頃くらいなんやけど」

「そうですか」

ふんだんに使われている楽しげな子供たちの写真にも特段の興味を見せず「たのしんできてください」と、あゆはリーフレットをテーブルの上に戻した。

やっぱりかぁ……。と、はやては内心で肩を落とす。

子供向けの職業体験型テーマパークなぞに、あゆが興味を惹かれるわけがないと、解かっていたつもりではあったが。

しかし、諦めない。

「あゆも、招待されとるんやで」

「はい?」

はやてたちは時空管理局入りを志望しているし、あゆに到っては現在進行形で勤続中だ。

職業体験なんか、今さらである。

それでも一時、異なる将来像を思い描く余裕くらいはあってもいいだろうと、はやてはあゆを説得に掛かるのであった。


****



キッザリーナでは、子供たちは様々な職業を体験することが出来る。

百姓や工員、店員や役人など一般的な職業はもちろんのこと、Kid's arenaの名が示す通り、現実の【砂被り】として、おおよそ生計の立つ生業なら一通り網羅しているらしい。

その内部はちょっとした迷路になっていて、経験値を稼ぎレベルアップしながら次のアトラクション(職業)にクラスチェンジして行くのだ。

「もえん ふどうみょうおう。かえん ふどうみょうおう。なみきり ふどうみょうおう……」

さて、あゆが口ずさんでいるのは、現役のイタカに伝授されたばかりの呪詛返しである。

「さかしにいこうぞ、さかしにおこないくだせば……」

ユタ・イチコとも呼ばれるそれら斎職の呼び名で、最も人口に膾炙しているのはイタコであろう。

「しほうさんざら、みぢんと、みだれや……」

奥義中の奥義に呪詛の祝直しがあると教わって満足げなあゆではあるが、普通は辿り着けさえしない。

実際、はやてやなのは達は至極まっとうに花屋の店員さんとかパティシエとか保母さんなどを体験中だ。

どこをどう彷徨えば、天井裏に隠されたおせんこみちゃを見出せると云うのか。


他にも【ティルトローター機のストール回復シミュレータ】や、【「ゴーホー」なる商品名のハーブの調合】とか、【善意の第3者から出資金を集める(だけ)の簡単なお仕事】などのキッザリーナ内でもレアな職業を遍歴してきたあゆの、今の肩書きは【ヤクの売人】である。




                           おわり


























【ヤク】偶蹄目ウシ科ウシ属に分類される哺乳動物




[14611] #77-1 それは小さな始まりなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:fae16caf
Date: 2010/06/24 12:22
――【 新暦77年/地球暦11月 】――



おや?と、あゆが声を上げたのは、月1回の定期健診のあと、主治医であるシャマルとお茶をしている最中のことだ。

「どうしたの?」

シャマルは機動六課で勤務しているから、少なくとも月1回、あゆはその隊舎を訪れることになる。

あゆが口元から取り出したのは、乳白色の小さな塊であった。

「は が、ぬけたようなのです」

「はって、歯?」

ええ。と、あゆが掌の上で転がしている歯を、シャマルがどれどれと手に取る。

「乳歯、ね」

下顎乳犬歯であろう。

「はえかわり でしょうか?」

あ~んして。と、あゆに口を開けさせたシャマルが、その口腔を覗き込む。


「……微妙かも」



**


どうも自分は、成長を止められていたわけではなく、成長できない体にされていたらしいとあゆが気付いたのはずいぶんと昔のことであった。スバルやアリシアに背丈を抜かれ始めた頃だから、新暦で67年あたりか。

しかし、どうしようもないこととして当の本人は気にしないことにしたようである。


だが、そのことをあゆよりも早く知り、気にしていた人物がいた。八神家の健康管理を一手に引き受けている湖の騎士、シャマルだ。

【闇の書】の影響から抜けて、あゆに対するヘルスメーターの施術は月1回ほどとなっていたが、1年もデータが蓄積すれば疑いを持つに充分。念のため月村忍と連絡を取ったシャマルは、施設出身の子供たちの追跡データを入手して、あゆが成長できない体になっていることを確信した。あゆの同期たちのうち約3分の1も、同様に成長の跡が見受けられなかったのだ。

シャマルは、その事実を秘した。治療法も打開策もない状態で知らしめるには、残酷すぎると思ったのだろう。

あゆが成長しないことに疑問を持って、シャマルに打診して来た者にだけ事実を明かすようにして、年月が過ぎた。



***



「あゆちゃん。背、伸びたくない?」

夕食後にシャマルがそう切り出したのは、新暦にして76年も暮れのこと。八神家の中にあゆの状態に気付かぬ者など居なくなって暗黙の了解と化してから、何年も後のことである。

「せ?……ですか?」

小首をかしげたあゆが、シャマルの表情を伺った。いまいち真意が伝わらなかったのだろう。固唾を呑んで見守る一堂の前で、シャマルはこほんと咳払いをする。

「あなたの脳下垂体前葉を治療できる、目処が立ったの」

その言葉が沁みこむのに、時間がかかったようだ。あゆは、しばらく身じろぎもしなかった。


「嬉しゅう、ないんか?」

「……よく、わかりません」


これが何年か前なら、あゆは歓んだかもしれない。

いま通っている聖祥大学付属高等学校の制服もそうだが、中学校の時の制服も、あゆは特注になったのだ。大が小を兼ねないことも在って当然だから、服を縫い縮めるにも限度はある。既製品でもっとも小さい140サイズですら、あゆの背丈に合わせるには無理があった。制服を一から仕立て上げるのに幾らかかったか、はやては教えてくれないが、いずれもけっこうな金額だったであろうと推測できる。

中学に進学した時も、高校へ進学した時も、だから人並みの背丈が欲しかったのは事実だった。

しかし、仮に聖祥大学に進学する――させられる――にしても、もう制服はない。今更の話なのだ。

それに。と、あゆが盗み見たのはヴィータである。あゆと同様に、ヴォルケンリッターにも肉体的な成長はない。

ならば、このままでいいのではないかと、いつまでもヴォルケンリッターの妹でいいのではないかと、あゆが作り笑いを浮かべようとした時だ。

だん!と、さながらグラーフアイゼンの一撃のごとくヴィータのこぶしがテーブルを打ちつけたのは。

「……くだんねぇコト、考えてんじゃねぇだろうな?」

けして厳しい口調ではない。むしろ、優しかっただろう。

「びぃーたおねぇちゃん」

「あたいを姉貴呼ばわりするときに、お前ぇは言ったよな。強ぇえんだから姉貴になってくれ。ってよ。
 なんでも、戦闘機人を一体倒したことがあるらしいが。お前ぇは、ちょっと背が伸びるくらいのことで、あたいより強くなれるなんて思い上がってんじゃねぇだろうな?」

ふるふると頭を振って、そのままあゆは視線を落とした。

10年も前に諦めて、その必要もなくなった今になって「成長できるようなる」と言われても、実感が湧かないだけなのだ。自分が成長した姿なぞ、想像もつくまい。

「……」

ふう。と吐いた溜息が誰のものだったかも気付いていないだろう。


「あゆ」

呼びかけてきたヴィータの声に違和感を覚えて、あゆは視線を上げた。妙に、低かったのだ。声音ではなく、声、そのものが。

「……びぃーた、……おねぇちゃん?」

あゆが途惑ったのも無理はない。

「おうよ」

ヴィータの指定席に今座っているのは、年の頃にして20歳前後の、妙齢の女性だったのだ。黒をメインに紅をあしらった騎士服は、色こそ違え、見慣れたヴィータのものに似てはいる。しかし、すらりと伸びた脚線美を見せびらかすかのようにボトムスはタイトミニで、精悍さを加えた顔立ちに合わせてか頭に載せているのは特殊部隊めいたベレー帽だ。

ベレー帽のフラッシュが機動六課のもので、それを留めているクレストが何故かノロイウサギであることに気づかなければ、あゆは途惑うどころの話ではなかっただろう。


「お前ぇに見せるのは初めてだな。リィンフォースとのユニゾン姿だ」

小型サイズの融合騎が、その融合適性の広汎化と緩解、効率化を目指すにあたって手放したもの。それが、融合形態とその割合の選択能力である。例えばエスタは、あゆや、はやてはおろかヴォルケンリッター全員と――果てはリィンフォースとさえ――融合できるが、その代わり外観は融合主から逸脱できない。せいぜいが色彩変化程度。古代ベルカのオリジナルであるアギトなら、騎士服に手を加えるぐらいはしてのけるが。

翻って、等身大サイズの融合騎であるリィンフォースは、融合時の外観をかなり自由にデザインできる。融合主寄り、リィンフォース寄り、どちらでも自在。さらには、同一の融合主との間でも、複数種類の外観を適時選択可能だ。

とは言え、通常時と体格が異なれば、とうぜん身体感覚も違う。リィンフォースとの融合を前提にしているヴォルケンリッターとは云え――ヴィータは特に――、多用はするまい。

どうだ。と、いかにもはやてが揉みたがりそうな胸を張って、ヴィータが脚を組んだ。

「お前ぇが今から成長したところで、そうそうは追いつけねぇぞ」

もしヴィータが成長したとしたら、そうなるであろう姿でふんぞり返っている。

「びぃーたおねぇちゃん……」

そうしてあゆは、初めて気付くのだ。

成長できないことを思い悩んだことがあったであろう人が、少なくとも1人は目の前に居ることを。だから「くだんねぇコト、考えてんじゃねぇ」と言ってくれたということを。

「その、おすがたのときは、びぃーたねぇさまと およびしたほうが よさそうなのです」

「好きにしろ」

とっくにあゆの背を追い抜いたルーテシアが今でもあゆのことを「あゆお姉ちゃん」と呼んでくれるように、あゆもまたいつまでもヴィータを「びぃーたおねぇちゃん」と呼べばいいだけのことなのだ。

ユニゾンを解いて元の姿に戻ったヴィータに向けて、笑顔。

「はい。なのです」



***



あゆに乳歯を返したシャマルは、すこし眉を寄せる。

「永久歯が、生えてきてないワケでは無いみたいだけど」

脳下垂体前葉治療の効果が出始めてアゴ周りの成長は窺えるが、それよりもなにより、乳歯そのものの限界だったようだ。本来の耐用年数を超えて使ってきたのだから、むしろお疲れさまと労わってやるべきだろう。

しかし、歯根のない乳歯をためつすがめつするあゆの様子は、なんだか違う。


「な~に考えとるか、バレバレやで」

ひょい。と、あゆの背後から伸びてきた手が、乳歯を摘み上げた。

足音からはやてとは判っていたであろうが、まさか声もかけずにいきなり乳歯を取り上げられるとは思っていなかったのだろう。空になった指先を見て、あゆが一瞬きょとんと。

「研究資料とか、カートリッジの弾芯にしてみようとか、ロクでもないこと考えとったやろ」

図星である。

「あかんで。
 抜けた歯ぁは、きちんと祀ってやらんと」

上の歯なら縁の下に、下の歯なら屋根に。小学校でそういう話題が出ることも多かったからあゆも当然知ってはいるが、かと云って、では何処に?なのだ。

今すぐというなら機動六課の隊舎の屋上に放置することになるし、海鳴市の家ということなら週明けまで帰る予定がない。

第一、これから何本も手に入るだろうにしても、貴重な試料であることには違いがないのだ。もしカートリッジの弾芯にするなら、特に意味もないが【ファングカートリッジ】とでも名付けてみようかと考えるあゆである。

「さいごのさいごまで、きっちり つかいたおしてあげることが くようになるとおもうのですが」

「一理あるけど、あゆの歯ぁがきっちり生え変わることのほうが大事やからな。
 ともかくや、これはうちが預かっとく」

何か飲み物でも取りに行ったのだろう。はやてが、カウンターに向かう。乳歯が仕舞いこまれてしまった胸ポケットに、未練がましい視線を送っていたあゆだが、ふっと目尻を落とした。

「まったく、【おねぇちゃん】にはかないません」

見守っていたシャマルの笑顔のように、嘆息が、やわらかかった。




……ちなみに乳歯は幹細胞が豊富なため、骨などの再生医療への利用が期待されているそうだ。このとき抜けた乳歯があゆの手元にあったら、第97管理外世界における再生医療分野が躍進したかもしれなかったのだが、まあ余談である。




                                   おわり



**
我が家に白ヴィータ様(ガシャポン)が降臨された記念に何かネタをと考えたのですが、エスタとのユニゾン姿として披露済みなので、StS編IFエンド(#79-1)以降の展開があれば使おうと思っていたリィンフォースとのユニゾン姿を描いてみました。では、その理由をということで、あゆの治療話とセットに。

タスクフォース召集などでアギトが居る場合の八神家攻撃力最強布陣は、はやて+エスタ、シグナム+アギト、ヴィータ+リィンフォースとしてあったわけです。

それにしても、ほのぼので行きたいというのに、油断すると設定に引きずられて暗くなる。



[14611] #78-1[IF]スタンバイ・レティ【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:967ac590
Date: 2010/10/15 09:30
――【 新暦78年/地球暦2月 】――



一言で表すならば、メルヘン。であろうか。

見渡す限りの野原一面に、色とりどりの風船が林立する様は。

「【ばるーんなっつ】が7ぶに、そらが3ぶ。
 【ばるーんなっつ】だらけで、そらが あおくみえない。なのです」

この世界特有だというバルーンナッツは、見た目、地面から生えた風船にしか見えない。細長い茎の先に、大きな種子を1個だけ実らせるからだ。

なんでも、この世界の植物はセルロースに圧縮強度を持たせることが出来ず、子供の背丈以上に成長する草木は珍しいらしい。

その数少ない例外が、このバルーンナッツであった。
発芽時点から備えている袋萼に希ガス類を貯めこみ、得た浮力で茎を支えているのだ。本来1年草なのだが、種子となった袋萼を飛ばし損ねると越冬して更に伸びる。しかも育成状態によって袋萼は刻々と色付きを変える。

したがって今あゆの目の前には、様々な色合いの風船が、思い思いの高さで揺らめいているのであった。


「ひとつくらいなら……」と、つい伸ばしてしまった手を、引っ込める。
その茎を断ち切ってやれば、風船めいた種子はゆるゆると浮かび上がって、風に流されていくことだろう。時には偏西風に乗って、別の大陸にまで届くのだとか。

「もしかして、この【ふうせん】から、【こんにゃく】が つくれたりするのでしょうか?」

それはない。


さて、バルーンナッツは発芽してから3ヶ月ほどで、ヴィータほどの高さまで成長する。種子を飛ばし損ねると、1年ほどかけてザフィーラくらいまで伸びる。
ある理由があってそれより成長しないはずのバルーンナッツが、この群生地ではザフィーラでも手の届かないものがあったりした。

「573こめ、なのです」

その原因だろうモノの分布を、あゆは調査中であったのだ。

風船たちのまにまに垣間見える人造物の球体、オートスフィアである。


『八神さん、どうですか』

念話の送信者は、ティアナだ。

二手に分かれて、このバルーンナッツの群生地を調べていた。

『もんだいない。なのです』

『では、予定通り合流で』

S2Uのランタンめいた杖頭がまたたいて、合流ポイントのデータ着信を教えてくれる。

『わかりました。なのです』

今回の目的は、強制査察前の事前調査だけ。あとは引き上げるのみ、であったのだが。



**


「きゃ!」

「おや、こんな ところに【こ うさぎ】が」

お互いを視認したティアナとあゆが、今まさに合流しようとしたその地点にひょこりと、白い毛玉が躍り出てきたのである。

思わずクロスミラージュを向けようとしたティアナは、しかし思いとどまった。

「……良かった」

特徴的なはずの門歯が、まだ無かったからである。

ボーパルバニーは見た目、地球に居るウサギそっくりの生物にしか見えない。草食性で、性質もそれほど違わない。バルーンナッツの群生地を渡り歩き、その根元に生えるワガトウ草を主食とする。

ただ一点やっかいなのは、ある時期になるとその長い門歯でヒトの首を刎ねに来ることだ。

「ひとなつっこい、なのです」

足元に擦り寄ってきた毛玉を無下にも出来ず、あゆが抱き上げた。防疫関係に強い、あゆならではの無碍さ加減である。


ボーパルバニーとバルーンナッツは、共生関係にある。
繁殖期のボーパルバニーは、バルーンナッツの種子を刎ね飛ばす。そうしてへたり落ちたバルーンナッツの茎を交尾出産の糧にするのだ。一方バルーンナッツは、引っ張り強度の高い茎を切断してもらうことで播種できる。

この群生地のバルーンナッツが異常に成長しているのは、ボーパルバニーが居ないから……の筈だった。

――別件でこの世界に立ち寄った次元航行船からの情報を聞きつけたティアナは、それが今追っている犯罪組織の資金源のひとつではないかと推測した。そうして現地を調査してみれば、大量のオートスフィア。さほど高価くはないとはいえ、これほど大量のオートスフィアを投入できるのは、犯罪か軍事くらいだろう――

「かわいいですよ」と手渡された仔ウサギを若干もてあましながら、ティアナは今一度周囲を確認する。

2人の合流地点は、バルーンナッツ群生地の外れだ。見渡す限り、他に群生地はない。となると、この仔ウサギは、2人が調べていた群生地の、おそらくはその奥から迷い出てきたと推察できた。小さすぎて、オートスフィアが反応しなかったのだろう。

「最近増えてきていた保護生物の違法取引。ボーパルバニーの乱獲現場で、間違いないみたいですね」

つまりは定置網での追い込み漁法である。ハクジラ類のバブルネットフィーディングにも近いが、ありていに言えばボーパルバニーホイホイか。オートスフィアを配置し、渡ってきたボーパルバニーを中心へと追い立てて、あとは定期的に捕獲しに来るのだろう。

「できれば、そのこを おやもとに かえしてあげたいのですが」

それはティアナも同じである。
しかし、千台以上のオートスフィアを相手取るのは難しい。全部まとめて薙ぎ払っていいのならともかく、バルーンナッツだって保護生物だ。

「ひとつだけ、けんとうして ほしいのです」


**


「このてに あずかるは、たがためのうた」

いつもは右手で構えるS2Uを、今回のみは左手で差し出す。

「しゅうせんばんかい、つゆ みちて」

浮かぶ【碧海の図説書】は、その拳を守るように前へ。

 ≪ SpielBogenForm ≫

3連のカートリッジロード。

デバイスに形状変化はない。代わりに騎士服が、あゆの胸元をサラシ布のように締め上げる。

「なのりでよ、あげひばり」

S2Uを捧げ持つ左の拳に添えられた右の指々が、見えない弦を、見えない矢を、牽いた。

 ≪ Stilles Lerche ≫

見えない目標まで、見えない射線が通る。あゆだけが感じ取れる、渦巻くような射線。

『行きます』

タイミングを見計らって念話を入れてきたティアナの姿もまた、見えない。立ち並ぶバルーンナッツに視線を遮られているだけではない。光学的にその姿を隠しているのだ。

駆け出したティアナの歩幅をクロスミラージュからのデータ通信と魔力素の流れで読んで、その5歩目に向けて指を弾いた。

射殺すのは、ティアナの足音だ。

続けざまに6歩目7歩目、次を、次に、その次へ。ピチカートを爪弾くセロ弾きのように、あゆは指先を踊らせ続けた。そうして100メートルほどの不可視の疾走をアシストする。


あゆは、魔法の様々な可能性を試していた。
魔力や能力の限界もあって実現することは少ないが、いずれ誰かの役に立ってくれれば。

今、延々とティアナの足音を消している術式も、そう。

炎を得意とする姉が、その延長で風を操り、さらには音を従える時が来るかもしれないと研究している超音波砲やフォノンメーザーの副産物。発想はブレイクインパルスを中和した時と、さほど変わらないが。

音波相殺による消音魔法だ。



***



結果として、仔ウサギは親元に帰すことが出来た。

中央に在ったコントロールマシンも拿捕、ハッキングして支配下に置けた。それによって得られた情報も多く、強制査察時に役立つだろう。

それはいい。


「……うぅ」

しかし、あゆは半泣きである。

「調査の手伝い。で、同行を許可したはずです」

レティ・ロウランが、そのメガネの位置を直した。執務室で自身の操作卓につき、今も一枚、書類の決裁を済ませたところだ。

「はい」

対するあゆはというと、応接用のソファに寝そべっている。見た目は相応なので、いたずらを叱られた子供にしか見えない。

「2度と、このようなことが無いように」

「はい」

退室しなさいと、レティは言わない。当分動けないだろうと知っているからだ。


クラップという術式がある。
神経系に働きかけて、痛みを直接感じさせることの出来る術式だ。とは云え、たいした威力ではない。つまみ食いした子供を母親が叱る時とか、門限破りの生徒の手に寄宿舎の寮監が鞭を振るう。その程度のノリである。

しかしながら、なぜかレティはこの術式がやたら巧かった。それに当然、今回は手加減無しである。

痛みには耐性があるはずのあゆをして半泣きにさせるのだから、推して知るべし。お尻が痛くて、あゆはしばらく動きたくないだろう。





*おおっと*
サブタイトルが正確ではなかった模様。お詫びして、以下のとおり訂正します。

【スタン・バイ・レティ】




                                  おわり



ボツネタ救済のIF話。あゆの裏技「番外」篇。その最終回です。次回であゆのパワーアップ話は終わり、おまけ更新もひとまず終了の予定です。

さて、やはりIF扱い、ネタ扱いで出してみたのはシグナムのシュツルムファルケンに相当する「シュティル・レルフェ」です。威力があるわけでも、さほど便利なわけでもありませんが、この術式ひとつに元ネタが7つくらいあります。さすがに、これだけネタが詰まっているのは珍しいかも。



[14611] #78-2 [IF]タリーア!?もうひとりのベルカ王なの!
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/04/01 10:59

――【 新暦78年/地球暦9月 】――



  「イクス~!やほ~♪」

呼びかけに振り返った少女が目にしたのは、この阿舎に至る小道を駆け上がってくる、自身の見かけと同じ年頃だろう少女の姿だった。

「聖王猊下」

千切れんばかりに振られた手が、とても彼女らしく感じられて、イクスヴェリアは何故だか頬を弛ませてしまう。

つられて手を振り返しそうになったが、仕込まれた王としてのたしなみが許してくれなかった。

それが、すこし、さびしい。


「イクス♪元気してた?」

少なからぬ距離をあっという間に駆け寄って、しかしヴィヴィオに息切れはない。

「えぇと……」

どう答えたものか迷って、イクスヴェリアはあいまいに頷いた。

「聖王猊下もご壮健のようで、お喜び申し上げます」

「も~!その呼び方やめてよ~」

イクスヴェリアの座るベンチに押しかけるようにして、ヴィヴィオが抗議。

「失礼しました。じゃあ、……ヴィヴィオ」

「失礼とかナイよ。ありがと、イクス♪」

はい。と、今度は迷いなく頷いて、イクスヴェリアは初めて心からの笑顔を見せた。




ヴィヴィオとイクスヴェリア。

2人のベルカ王がこうして仲むつまじく会話するようになったのは、4年ほど前の、ある事件が発端である――


****

――【 新暦74年/地球暦2月 】――



「クソ!クソ!!チクショウめが!!!」

漏れる罵倒を置き去りにして初老の男が駆け抜けるのは、石造りの通廊。時代がかった様式と云い、凝った空気の重さと云い、かなり古い遺跡であろう。

「冥王さえ目覚めさせれておれば!」

『操主。イクスの気配が感じられない。状況の説明を要求する』

背後から聞こえてきた無機質な女声に、男はヒッと喉を鳴らした。たちまち体勢を崩して、石畳に倒れこむ。

『マリアージュは、イクスの花嫁。
 たとえエスコートといえども、勝手にバージンロードを連れ回すことは許されない』

「待て!冥王の居場所なら教える!」

慌てて向き直った男が叫ぶが、マリアージュと名乗った女は関心を示さない。

『眠れるイクスを、花嫁は慎ましやかに待つ。
 開演の時は遠い。許しなく花嫁を連れ出した操主の罪は赦されない。
 左腕武装化。形態、戦刀』

見た目には大柄な女性にしか見えないマリアージュの左腕が、大振りの刃物に変じる。

「うおっ!」

しかし、凶刃は振り下ろされなかった。

男が見たのは、真っ向から刃に噛み付いた黒い犬の姿。半透明の体を緑の燐光に包み、目は赤く輝いている。

「な……んだ?」

男は知るまい。【無限の猟犬】などというレアスキルのことは。

 ≪ Distance Restraint ≫

さらには、動きを止めたマリアージュに襲い掛かる光弾。いや、攻撃ではない。着弾直前ではじけて、クモの巣のように絡みついた。

「時空管理局執務官、ティーダ・ランスターです」

「うおっ!」

この狭い通路を飛行してきたらしいティーダは、制動をかけるなり男の襟首を掴み、引き倒すようにして背後に庇う。

「傷害未遂の現行犯で、貴女を拘束します。抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはあります。
 同意するなら、武装の解除を」

『マリアージュは二夫にまみえず。
 虜囚の辱めを受けることはありません』

何を感じたかマリアージュを放した【無限の猟犬】が、ティーダを守るようにその前に立ちはだかる。

「腕が破裂!?出血?いや、液状化か」

「気をつけろ!爆発するぞ」

 ≪ Oval Protection ≫

男の警告に、防御魔法が間に合った。
表裏を逆転させてマリアージュを囲い込んだのは、遺跡への影響を考慮したからだろう。

「……くっ」

人工リンカーコアの魔力まで注ぎ込んでいるが、爆圧を完全に封じ込めるのは難しい。ティーダの口元に苦鳴が刻まれた。

「おっと」

そろりそろりと後ずさって逃げ出そうとした男の鼻先に、新たな人影。

「トレディア・グラーゼ。遺失物管理法違反容疑で、貴方を拘束させてもらいます」

【無限の猟犬】をさらに2頭引き連れた、ヴェロッサ・アコースであった。



**



【スカリエッティ騒乱】後の、おもちゃ箱をひっくり返したような混乱は収まりつつある。管理局は、その主業務のひとつであったロストロギアの探索と封印を再開しだしていた。来年には遺失物管理部も拡充されるだろう。

ヴェロッサが読んだ最高評議会の記憶と、レジアスやグラハムからもたらされた情報などを元に、関連した犯罪者の検挙も行われだしていた。

コーレル・マクバードやベル・マティラと云った逮捕者との司法取引からトレディア・グラーゼの名が挙がって、こうしてティーダらが駆けつけたのだ。



**



「別件逮捕だ!いや、これは内政干渉だ!」

救けられたことを感謝するでもなく、逃げ出すでなく、むしろヴェロッサに詰め寄るトレディアの眼前に、空間モニターが開いた。

『時空管理局、クラウディア艦長クロノ・ハラオウンだ。
 マリアージュがどんな兵器か、いま貴方が身を以って味わったとおりだ。
 あの戦場にいまさらソレを持ち込んで、貴方の理想は成就するのか?』

「戦いの意味と虚しさを知らしめるには、最適なシロモノだろう?」

言葉が行き違ったことに、クロノが眉根を寄せる。

『革命でもなく?内乱を治めるためでもなく?』

トレディア・グラーゼは、オルセアの革命家として名が知られていた。その目的のためにマリアージュを発掘・研究していると、クロノは考えていただろう。

「たかだが1世界の革命を成し、内乱を治めたところで、ヒト同士の争いは無くなりはしない。
 私は絶望したのだよ。
 どこであろうと争い、傷つけあう、人間に」

たかだが1世界。との言い回しに、クロノが気付かないわけはない。だから次の問いは、誘導尋問である。

『ヒト以外の脅威があれば、ヒト同士が争うことの無意味さが解かると?』

「然り」

それは、つまり。
人工的にヒトの外敵を産み出して、それによってヒトの団結を図る。と云うことだろう。

『……』

トレディアの主張は解かる。
しかし、クロノは一抹の不安を拭いきれない。

もし、外敵が現れてもヒトが争い合うことを止めなかったら……と、そこまで考えて、トレディアの矛盾に気付く。

『絶望したなどと嘘をつくな、トレディア・グラーゼ』

「嘘だと!」

トレディアは初めて、クロノの目を見た。

『そうだ。
 ヒトに絶望したのなら、なぜマリアージュごときでその融和を夢見る。
 それでもお互いに傷つけあう、本当の絶望を味わいたかったのか?』

諸刃の剣である。
斬りつけたクロノもまた、己が心を削っただろう。

『確かにマリアージュは恐ろしい存在だ。
 しかし、それは斃せない相手じゃない』

そもそもが兵器だ。それは、ヒトが管理していたことを意味する。

『早晩、誰かが制御し、ヒトの争いに組み込まれるだろう』

多くの犯罪者を見、違法研究者を見、様々なロストロギアを見てきたクロノだから、断言できた。出来てしまえた。

『ただ単に、ヒトの諍いに新しい種を蒔いただけで、それを「戦いの意味と虚しさを知らしめた」などと言う気ではあるまいな?』

「……」

ついに膝を折ったトレディアを、クロノの視線は追いかけない。

「我々は本来、貴方を逮捕にしに来たわけではありません」

空間モニターを迂回するように、ヴェロッサ。「それだけなら執務官を派遣すればいいだけですからね」と視線を、警戒を続けるティーダに。

「元グラーゼ派革命軍を、再び纏め上げられるのは貴方しか居ない。トレディア・グラーゼ」


『次元航行部隊XV級艦船「クラウディア」はオルセアの内乱調停に着任した』




そして、時は経つ。


****

――【 新暦78年/地球暦5月 】――



「また爆発したぞ!」

マリアージュという兵器は、その性質上、かなりの次元世界に眠っている。これまでにも、いくつも見つかっていた。

「くそっ調査部の野郎どもめが!だから本局を待てと言ったんだ」

当然、時空管理局は、どう扱えばいいか把握している。

しかし、フォルスなどという辺境の地上本部にまで徹底できているか?と言えば、そうではなかったと答えるしかあるまい。

「くそっ!延焼が止まらん」

そのままであれば、遺跡を擁するこの森を焼き尽くす結果になっただろう。

『本局執務官、フェイト・テスタロッサです』

帰投中であった迅雷の魔導師が、偶然居合わせなければ。

指揮車のルーフに陣取っていた部隊長は、魔力反応を確認して空を見上げた。こんな山間部に飛行制限はないから、飛んでくるはずだ。

視界のうちに姿はない。だが、すさまじい速度でこちらに向かっていることが判る。

『協力を要請する』

そのつもりで来ているのだろうが、手続きは大切なのだ。

『了解です。
 まず火を消し止めます。大規模魔法の使用許可を』

「任せた。頼む」

思わず肉声ごと念話を返して、防戦に当たっている部下たちへ新たな指示を出す。地方部隊の彼でも、フェイト・テスタロッサの名は良く知っている。それを信じてフォーメーションを変えるのだ。



「風は雲を乗せ、雲が雨を呼ぶ。
 風雲急を告げ、雨よ嵐を招け」

現場へ急行しながら、フェイトは詠唱を重ねる。

もともと天候操作は得意な上に、基本の術式は母プレシア直伝だ。到着までに多少のアレンジを効かすくらい造作はない。

「我、風となりて雲を引き連れし者なり。
 わが意に従いて、慈雨よ沛然となれ」

 ≪ Cloudburst ≫



//////////////////////////////////////////////////////////////
//////////////////////////////////////////////////////////////
//////////////////////////////////////////////////////////////


「なんだ?この雨」

天の底が抜けたか、とも思える土砂降りが、一撃で炎を駆逐した。

「力が、湧いてくる?」

… ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … … ‥ …
 ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … …
  … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥ … ‥

炎を洗い流せばもう用はないとばかりに、雨脚が弱まる。一転して粉糠雨と化した雨滴に肩を叩かれて、武装局員達は立ち上がった。


ただの火災ならば、ただの雨だけでよかっただろう。

しかし、炎はマリアージュによる副次災害に過ぎない。
森という環境で、あの兵器に対しては、1人の高ランク魔導師にできることは少ないとフェイトは知っていた。

だから、雨は魔力を含んで降りしきり、味方に力を添える。優しく守る。


支援の風、リィンフォースならぬ、援軍の雨、レインフォース。それは云わば、フェイト色の雨だ。




****




――【 新暦78年/地球暦9月 】――



「グラーゼ調停官補」

呼ばれても、気付いた様子はない。スタスタと歩いていく。

「グラーゼ調停官補」

再び呼ばれても、やはり、振り向かない。かなり歩幅が広いようだ。

管理局法には、司法取引がある。
いくつかの情報提供や奉仕活動と引き換えに、トレディア・グラーゼは執行猶予を得ていた。

そうして調停官として尽力した結果、この秋オルセアではおおよそ80年ぶりの総選挙が行われるのだ。

「グラーゼ調停官補」

三度呼ばれて、ようやく自分のことだと気付いたらしい。長身の人影が歩みを止めた。

「あっ、ティアナ・ランスター執務官」

「オルセア総選挙の治安維持に着任することになりました。クラウディアで同道することになります」

周囲に人影が無いことを見て取って「それにしても」とティアナは口調を崩した。

「ルネ、まだ新しい名前に慣れないの?」

申し訳ありません。と目を伏せたルネッサは「どうしても、養父の名としてしか」と、はにかんだ。

執行猶予を無事に終えたトレディア・グラーゼが、ルネッサ・マグナスと正式に養子縁組したのはつい先日のことである。




****




―― 一方、そのころ。

「なんだ。もう帰りよったのか?」

「はい。また来てくださるそうです」

イクスヴェリアの座るベンチに寄り添ったのは、それぞれに色違いの教導隊アンダーウェア姿の少女3人である。

「模擬戦くらい、していけばよかったのにな」

「ミッドチルダでは、もう遅い時間です。良い子はお家に帰らねば」

【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】の少女たちと、モデルとなった少女たちの背格好も、いまでは随分と違ってしまっている。

しかしながら、やはり自分とそっくりな人間が居るということには抵抗を覚えるものであろう。3人とも、立ち居振る舞いが性格補正後に近づいているようだ。

「まあよい。我らが話し相手になってやろう」

「ありがとうございます。しなとさん」

「僕も僕も!
 今日はねぇ、ミッドチルダ港湾警備隊防災課特別救助隊セカンドチームが演習に来てね。なのはも凄かったけど、向こうの防災士長も凄かったぞ。陸戦魔導師なのに、光の道を敷いて空を走ってくるんだ。こうギューンでグルグルって感じで!でもってバーン!」

派手なオーバーアクションで阿舎から飛び出しかねない【雷刃の襲撃者】の襟首を掴んだのは、【星光の殲滅者】こと高町さいせである。

「ラヴェルさん、そんなに一度に話すからイクス殿が面食らっておられますよ」


冥府の炎王イクスヴェリアの目覚めが何時になるか、それは判らない。肉体はやはり、ベッドの上で眠りについている。

されど、シミュレーション空間は、いつも賑やかであった。




                                 おわり




ボツネタ救済のIF話。
StS?篇の第2プロットは悪役ルートだったので、裏の情報網のせいでマリアージュの登場はありえました。
「図らずもマリアージュの操主になってしまったあゆVS管理局メンバー」というシチュエーションを絵面だけでも流用できないか?と考えていたのに、全てのセリフをクロノに取られ、いつのまにかあゆは出番すらないことに。
「六課のメンバーも新魔法で活躍」のはずが、対マリアージュでは役不足ってことでフェイトのみの披露となりました。
トレディアの動機をはじめ、捏造設定山盛りなのでやはりIFです。




おまけ

――【 新暦66年/地球暦2月 】――



「ほんとうに、なにをたのんでも いいのですか?」

「おう。あたいに二言はねぇ。
 お前ぇの誕生日、緊急出動で中途半端になっちまったしな」



ロゥカルポストは、小店舗型のファミリーレストランである。

事の発端は数年前、時の内閣が実施した郵政民営化にさかのぼる。施行前から問題視されていた、採算割れによる地方赤字郵便局の閉鎖が現実問題となったのだ。――これと同じ問題は、やはり国鉄が民営化された際にも散見された。国鉄から第3セクターに下げ渡された路線では、地元ソバ屋の店主がボランティア紛いに駅長を兼ねて細々と維持なんて例すらある――

存続を賭けて様々な打開策を打ちだしたのは、やはり地方の郵便局であった。コンビニを併設する局、老人介護事業に乗り出す局などが現れる中、他業種と合併することで生き残りを図る地方局が少なからずあった。

そうして地元の食堂と経営統合、流通コストを大幅に削減できることを強みにチェーン展開してしまったのがロゥカルポストである。

店舗用地を多く所有しているため、将来的に某コンビニチェーン張りのドミナント戦略を行うのだが、海鳴市にはまだ1店舗しかない。


【見返り美人?】はオカメそば、【月に鴨】は月見鴨南蛮うどん、【ベリーブラック】はイカスミスパゲッティなどと、切手にちなんだメニューが売りであるが、支払いに切手が使えることのほうがトリビアチックに知られていた。

なんでも、定額小為替を使うのが通なのだとか。



「トンガバナナ、お待たせしました」

ウエイトレスが持ってこようとしたのは、バナナが何本も屹立するジャンボパフェである。

問題は、1人で運ぶには少し大きすぎたことだろう。重さに手元を誤ったウエイトレスが、バランスを崩して足を滑らせた。

「おっと、あぶねぇ」

小さな体が、潜り込むようにしてウエイトレスの体を支える。パフェも無事。

「大丈夫か」

「はい、ありがとうございます」

とっさに動いたのはヴィータだ。こういうアクシデントの時、あゆはつい状況を警戒しすぎてしまう。
今も、レアスキルで周囲を監視していたのだ。ウエイトレスを見殺しにして。


席に戻ったヴィータの頬を、あゆの指が撫でた。クリームが付いていたらしい。

「びぃーたおねぇちゃんが、あまいのです」

これが本当の、ラ・ドルチェ・ヴィータである。




                                 おわり



オチから話を考えたシリーズ。
最初は「あゆが手を滑らせてヴィータが全身ホワイトチョコ塗れになる」という、それなんてエロゲだったんですが、使い道のなかったウソ企業ネタと合体して今のカタチに(2月の話しなのは、その時の名残)。
あんな古い映画(邦題:甘い生活)がオチでは、オチてないだろうということで、本編には組み込みませんが。



[14611] #78-3 魔法の呪文は250万Kなの?
Name: dragonfly◆23bee39b ID:16f457bb
Date: 2011/11/08 09:20

――【 新暦78年/地球暦11月 】――




第171無人世界は、武装局員の演習などに良く使われる世界のひとつだ。呼吸可能な大気を有する惑星が多いのに、バクテリア以上に進化した生物が居ないからだろう。

機動六課なども定期的に利用し、部隊長自ら広域攻撃魔法の試し撃ちをしたりする。


今、この無人世界に転移してきたのは、騎士服姿のあゆだ。エスタと、人間形態のザフィーラを伴っていた。

気になるのは、その転移座標。

「いつもの惑星ではないな」

「はい、なのです」

うっすらと張られた防護陣の周囲は、墨汁の中かと疑うような闇。恒星系はおろか、星団すら近傍にない、宇宙の果てだ。

「【こう じゅうりょく げん】の そばでは、せいかくな【でーた】が きろくできませんから」

次元間の魔法転移で重要なのは転移先の安全確認であり、転移位置の指定は些細なパラメータの違いに過ぎない。重力の影響を受けたくないからと、こんな辺鄙な空間を選ぶところが「毒を喰らわば皿まで舐めろ」と言わんばかりである。

「それでは、ざふぃーらにぃさま。
 いざというときの ぼうぎょ、おねがいしますね」

「ああ、ライフスフィアも受け継ごう」

本来バリアジャケットには、術者の生命を維持する機能が備わっている。しかしながら、基本的に前線に立つことを想定していないあゆの騎士服は、その基本魔力量の少なさもあいまってそうした能力が弱めだ。

それを補うために展開している防護陣を引き受けてくれたザフィーラに礼を言い、あゆはエスタが表示させている小さな空間モニターを覗き込む。

「えすた。どうですか?」

「【しゅうへんくうかん】に、はんのうなし。
 【てんいジャミング】かんりょう。
 【ダークマターのうど】も、そうてい いか。
 【じゅうりょくかんしょう】も、もんだいなし。
  オールグリーン。なのですよ」

魔導書を開いて周辺空間をサーチしていた小さな融合騎が、その朱金の表紙を閉じた。【碧海の図説書】の管制人格としての任を解かれた時に与えられた【払暁の交融録】は、魔法術式のほかに融合相手の詳細データなどを蓄えたストレージデバイスで、やはり【蒼天の魔導書】に装丁がそっくり。


「では、はじめましょう」

「はいです」

『ユニゾン・イン』

光球と化したエスタがあゆの胸元へ飛び込んで、その色彩を変える。黒い髪はアッシュブロンドに、青鈍色の騎士服はペールブルーに。

「……」

いっぱしの戦士の顔をする。と思わず目を眇めた盾の守護獣は、【スカリエッティ騒乱】の詳細を知らない。

「えすた、うでをあげましたね?」

『だてに、6か ぶたいちょうの ふくかんはしてないのですよ』

実は、あゆとエスタのユニゾン姿をじかに見たのは、ザフィーラでまだ3人目である。そもそも、これで2回目なのだから当然か。

だから、当時とは胸部装甲の充実度が段違いだと知る者は居ない。その胸元の袷から取り出した銀色のしおりを、差し挟むのは当然【碧海の図説書】の葉間だ。

「ぷれきゃすと ろーど」

あゆの言葉に呼応して、その背中に光が生えた。湖面のきらめきを切り取ったかのような、2対4肢のカゲロウめいた、翅。

【プレキャストカートリッジ】は、使用魔力込みで事前に魔法術式を記録、再現する特殊カートリッジだ。特徴は、籠めた術式の難易度に関わらず、低ランク魔導師でも魔法を使用できる点にある。まだ試作品だが。

ただし、あゆに生えた光の翅が、【プレキャストカートリッジ】に籠められた術式の結果というわけではない。それは序章、これから行使する強大な魔力を制御蓄積するための、云わばコンデンサに過ぎなかった。

転がる鈴を思わせる音とともに展開した魔法陣は、トルマリンを溶かして描いたような湖水色。もちろん、あゆとも、エスタとも違う魔力光だ。


青とも緑ともつかない透明感あふれる魔法陣の中心に、光の翅を伸ばした少女。まるで泉に降り立った妖精。などと形容するには、中身が剣呑すぎるようだが。


「……これは、儀式魔法か」

その通り。しかし、ただの儀式魔法ではない。

本来は、数人がかり。あるいは数週間がかりでやる大規模魔術を、たったの1人で、瞬時に構築できる――おそらくは当代唯一の魔導師――、リンディ・ハラオウンの術式である。

ただし、あゆが母と慕う総務統括官の手助けはここまで。単独・短時間で組み上げる事の難しい大規模魔術を圧縮、短縮するお膳立てまでだ。

「えす2ゆぅ」

呼ばれて杖形態に変じたデバイスが、格納領域からガスボンベをひとつ、吐き出した。一般的に見かける殺虫スプレーなどよりは頑丈そうで、少し大きいか。

それを手にしながらあゆは、管理局法はおかしいとの認識を新たにする。スタンガンのような非殺傷兵器が質量兵器として禁止される一方で、魔法によって加速射出された岩塊などは質量兵器とは見做されないのだから。

「ばぶるけーじ、なのです」

 ≪ Bubble Cage ≫

バルブを開いてボンベ内の気体を吹き込むのは、あゆが目前に展開した泡状の魔力ケージである。殺傷設定で、物理的拘束力を持たせてあるのだろう。

さて、ここからが本番だ。

「われは、もとめ うったえたり」
『われは、もとめ うったえたり』

目の前の魔力ケージに向けてあゆとエスタが唱和しだしたのは、偏向擬似質量創出の術式。かつてプレシア・テスタロッサに教えを請うた時の、成果のひとつ。呪文がやたらと時代がかっているのは、詠唱を長く取って少しでも魔力消費を抑えるためだ。


しかし、数人がかり、あるいは数週間がかりで行う術式を、儀式魔術化するとはいえエスタと2人だけで行おうとは。

「せかいのことわりを ときはなつ、しんえんの ひほうを……」

やはり無理があるのだろう。その額に浮かぶ大粒の珠は、冷や汗か、脂汗か。

「いつわりの いざないに、つどえ。ほしとなれ……」

『ほしとなれ……、ほしとなれ……、ほしとなれ……』と、詠唱が幾重にもこだまして、術式を強化増幅していく。リンディの術式の効果だ。

魔力ケージの中心に、光が煌いた。あれよあれよと膨れ上がり、ケージを破きかねないほどに張り詰める。漏れ出た光子が、四方八方に散っていった。

「なづけるならば、こうでしょうか?」とS2Uを振り上げたあゆは、一息、タイミングを見計らう。

「さんらいと、ぶれいかー!」

その杖頭を叩きつけられた光球が、噴き出すようにしてその光と熱を前方めがけて放つ。明らかに超長距離、高威力砲撃だ。

 ‥……―――――――――――――――――――――――――――――――――

オレンジ色の光線は吸い込まれるように虚空に消えて、その破壊力のほどは判らない。「……、今のは」しかし、ザフィーラは少なくともなのはクラスと踏んだらしい。

「スターライト・ブレイカーか?」

見た目にはそう見えただろう。結果として、見かけの手順が似通った。あやかって、名前も似せた。しかしながら……

「…いまのは【すたーらいと・ぶれいかー】ではない。なのです…」

SLBクラス。すなわちSランクの収束魔力など、あゆに使いこなせるわけがない。ダークマターですら希薄なこんな場所では周辺魔力素も薄くて、威力を出すのはなのはでも苦労するだろう。

では?と問うザフィーラに、「まりょくりょうで、いうなら……」と、あゆは記憶を掘り返す。

「【あくせるしゅーたー】なのです」

「今のが、か?」

へとへとですぅ……。とユニゾンアウトしたエスタを撫でてやりながら、あゆが頷く。『できるだけ魔力を使わずに、どれだけ長距離・大威力攻撃ができるか』の実験であり、あゆ命名するところの【サンライト・ブレイカー】は攻撃魔法ですらない。

そのキモは、バブルケージに吹き込んだ気体だ。

あゆが儀式魔法で、むりやり偏向擬似質量創出の術式を詠唱して見せたのはご覧のとおり。では、それで行ったことは何か。

重水素からヘリウムへの、核融合である。擬似創出した質量を云わば力点にして、そのクーロン力を操作したのだ。

あらゆる物理法則を捻じ曲げる偏向擬似質量創出術式だから、たかだかバブルケージクラスの遮蔽でも可能な芸当と化す。

あの砲撃は、副産物であるプラズマやら放射線やらを、ただ魔力の管に沿わして放出したに過ぎない。

なので、あゆが実際に使った魔力は、通常より強靭な構成のバブルケージとシリンダーケージ、偏向擬似質量創出の最初の1詠唱分だけ。魔力量だけなら確かに、なのはにとってのアクセルシューター1発分くらいだろう。

儀式魔法の維持などにかけた手間と疲労、総魔力量に対する比率は桁違いで、とても連射はできないが。

「しかし、お前が大規模砲撃とはな」

「つかえる ては、おおいに こしたことはないのです」

できれば、電磁波それぞれで位相を揃えたいところである。魔法ならではのインチキで、同一空間から別波長のレーザーを発振できるはずだ。実現できたら【レインボウ・ブレイカー】と――不可視だろうが――名づけようと、あゆは獲らぬ狸の皮算用。

「もんどうむようで なぎはらわねばならないばめんに でくわさないとも、かぎらないのですから」

質量兵器扱いにはならないはずだが、非殺傷設定が仕込めるはずもなく、禁じ手であることには変わりない。それでもいざとなれば、あゆは躊躇わないだろう。

「剛能く柔を断つ、か」

確かに大切なことだが……。とザフィーラは、あゆの頭を乱暴に撫で回す。

「後方も後方、最後方の本局勤務者がそんな手を使うことのないように、我らが居るのだ。
 少しは、人に任せることを覚えろ」

「それはそうですが、わたしは【たてのしゅごじゅう】の いもうとなのです。
 まもるために できることを、ないがしろになんかできません」

あゆの屁理屈めいた口答えに、しかし蒼き狼は「そうか」と、さらにその頭髪をくしゃくしゃにすることで応えるのだった。








……しかし、ザフィーラには豪語して見せたあゆだが、動機はやはり、抜けきれない暗殺者の習性ゆえだろう。

できるだけ少ない労力でなるべく遠くから獲物を屠ってしまおうというのだから、つまりは『対岸からの狙撃』である。もっとも、準備は長いわ隠密性は低いわで、実用には向くまい。


今回試したこの術式の延長線上に、マイクロブラックホールを作り出しての広域殲滅がありえるが、あゆの魔力と技量と防御力では実現できないだろうことが僅かばかりの慰めだろうか?




                                  おわり


意味やオチをあまり気にしない、おまけ話シリーズ。あゆの裏技第2弾。
色々と無駄に設定ばかりしているので、使用してないネタなんかも多数あります。
今回の【偏向擬似質量創出】+【儀式魔法】+【プレキャストカートリッジ】=核融合(さらにはブラックホール作成)などもそのひとつ。

特に【プレキャストカートリッジ】に至っては、設定集でのみの言及でしたので「あれ?」と思われていた方も居られたことでしょう。

たまたま「…今のはメラゾーマでは無い…メラだ…」なんてセリフと脳内融合して、今回このような形でお披露目ということに相成りました。



[14611] #78-4 [IF]機動六課のある出動【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:16f457bb
Date: 2011/03/16 05:48

――【 新暦78年/地球暦12月 】――



「いくぞ!グラーフアイゼン!」

 ≪ Jawohl ≫

ガシンガシン!と、カートリッジロードは2回。コンティニュアルカートリッジと、オプティマムカートリッジ。

振りかぶられたグラーフアイゼンが、費やされる魔力を質量に換えた。

 ≪ Pickel form ≫

小山ほどにも拡大したハンマーヘッドの片方が、スパイク状に。ラケーテンフォルムを単純に巨大化させたようにも見えるが、メインスラスターはない。

「ナーハビルデンっ」

振り下ろす先に、岩を積み重ねて模ったような、亀。大きさだけならアースラ以上。

「シュラークス!」

要塞のごとき岩亀は、その一撃に耐えて見せた。しかし一拍遅れて追従してきた幻影の2撃目、3撃目に押し潰されて、元の岩塊へと還る。

ヴィータとグラーフアイゼンお得意の、偏向擬似質量創出術式で作り出した「慣性を持つ残像」だ。

トータルでの威力はツェアシュテールングスハンマーに及ばないが、リミットブレイクを必要としないため負担が格段に軽い。

「ちっ!AMF下じゃあ、こんなもんか」

先頭の岩亀を叩き潰すついでに、地割れを誘って足留めしたかったようだが、紅の鉄騎が言うとおりAMFが勢いを殺いだ。

群れを成して暴走する巨大な岩亀たちのまにまに、カプセル型の戦闘機械の姿がある。

「岩亀どもを襲っているわけでもなく、連携してこちらに矛先を向けるでもなく、
 推測どおり、探しているだけなのだろうな。レリックを」

ガジェットドローンの動きからそう判断して、シグナムは弦を引いた。




****




アダマンタイマイは、第一級保護指定されている巨大生物の一種である。
主食は岩石――正確には付随する魔力素――で、性質はきわめて温和。見た目は、ブリリアントカットのダイヤモンドを背負った陸亀と言えば、当たらずとも遠からずであろう。ティファニーセッティングそのものだ。

溜め込んだ魔力を本能で魔法のように使うので「生きたジュエルシード」とか「歩くロストロギア」とか呼ばれたりする。

さて、長命で強大な生物に良くあることだが、アダマンタイマイは繁殖力が弱い。見た目は陸亀に似ているが、子煩悩な生態はむしろワニか。


八神あゆの不幸は、卵の窃盗犯と入れ替わるように親の目前に現れてしまったこと。そのアダマンタイマイが掘り起こしてしまったらしいレリックを、野良ガジェットが嗅ぎつけてしまったことだ。




****




「ゴーレムだから手加減しなくていいのは、いいんだがよ」

101匹カメさん大行進を見下ろして、ヴィータがグラーフアイゼンを担いだ。アダマンタイマイが何体カメ型ゴーレムを作り出したのか、正確には判らない。

「寄り集まってくるガジェットが莫迦にならんな」

今シグナムが撃ち込んだ矢は、広域殲滅と一点集中破壊を兼ね備える。しかし濃密なAMF下では、ガジェット数機と岩亀1体を仕留めるのがやっと。

AMFが魔法を弱体化させる上に、生半可な打撃は岩亀で遮られる。連携しているわけでもないのに、厄介な組み合わせであった。


『足留め、ごくろうさん。お待たせや!』

シグナムとヴィータが振り返った遥か先に、人影。リィンフォースとユニゾン済みのはやてだ。
古代遺物管理部の中で、もっともフットワークが軽いのが、はやて率いる機動六課である――ガジェットこそ現れたが、指揮者の存在は確認されず、タスクフォース召集はない――。

『じゅんびが、ととのいました。なのです』

はやての隣には、やはりエスタとユニゾン済みのあゆ。狼形態のザフィーラに横座りである。
通報者であるあゆは、まあ成り行きで。

『周辺にはもう、ガジェットの反応は無いわ。今ここに集まっているので全部』

シャマルの姿は、はやてとあゆの背後に。
万が一の時の回復役であるのは勿論だが、周辺探査と関係各所との調整役である。ここは辺境すぎて、クラナガンからではバックアップできない。

『取り返した卵も、もうすぐ届くわ』

いち早く張られた非常線は、ほどなく卵の窃盗犯を捕らえた。無事に保護された卵も急送中である。


「私がガジェットを打ち払う。ヴィータは一撃して親亀の目を覚ませてやれ」

一度攻撃色で染まったアダマンタイマイは、ちょっとやそっとのことではその怒りが解けないことが知られている。

「わ~った。任せとけ」

再びボーゲンフォルムを構えたシグナムをその場に置いて、ヴィータはひとっ飛び。たちまち岩亀どもの中心に控えるアダマンタイマイの上空を占位した。


『いくで、あゆ』

『はい、なのです』

レアスキル【魔力支配】は、効果範囲内の魔力素を掌握できる。使い方によってはAMFの様に使えるし、あくまで防御魔法に過ぎないAMF以上の効果を及ぼすことも可能だ。

難点は、所有者の魔法資質に左右されること。あゆレベルでは、到底その真価を発揮できない。

ただし、範囲を絞って、その支配力を高めることくらいは出来た。自身のリンカーコアを包める程度にまで圧縮すれば、AAAランクの魔法防御を打ち破れる。

当然その状態では、外部へ効果を及ぼせない。

だが、それに【遠隔発生】と【広域攻撃】を組み合わせることが出来れば?

もちろん、他者のレアスキルを掛け合わせるなど、不可能事である。

しかし此処には、2人の融合騎が居た。はやてのために生まれ変わったリィンフォースと、あゆのために生まれたシュベスタ。世にも希少な、姉妹機として調整された融合騎が。


   ―― 【魔力支配】×【遠隔発生】×【広域攻撃】 ――

『【やがみじくう】に、ひきずりこんでくれる。なのです』

そうして広範囲のカウンターAMFが実現する。
AMFを食い尽くしておいて、その他の魔法行使は阻害しない、対AMFに特化したAMFジャミングが。

あゆの魔法資質がもっと高ければ、それこそ敵の魔法行使だけを妨害できたかもしれない。


「剣の騎士、シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン」

すでにボーゲンフォルムであったレヴァンティンの魔力弦を再び引いて、カートリッジロード。

「番えるは、鬨の声」

 ≪ Pfeifpfeil ≫

現れたのは、U字型の矢じりを持つ、鏑矢だ。

「告げよ、イスカ!」

 ≪ Kreuzschnabel ≫

放たれた鏑矢が、音速を遥かに超える。
一息遅れて轟く怪鳥の啼き声は、切り裂かれた大気の断末魔。結果として定められたガジェットの命運を告げる凶鳥の歌。

さくっ……と、岩塊に突き立つには軽い音がした。

 ≪ Hitze Ende ≫

寄せた波が引くように、鏑矢が突き進んだ空間に向けて大気が殺到する。圧縮抵抗で伴った熱が、U字型の矢じりで集約され更に前方へと雪崩れ込んだ。これぞ伝統の技、モンロー・ノイマン効果(嘘)

「一瀉千里、迷いはない」

シグナム最大の広域殲滅及び一点集中破壊術式。AMFさえなければ100機や200機のガジェット、10体や20体のゴーレム、わけはない。


「出番だ!アイゼン!」

 ≪ Jawohl ≫

ガシンガシン!と、カートリッジロードはやはり2回。コンティニュアルカートリッジと、オプティマムカートリッジ。

振りかぶられたグラーフアイゼンが、費やされる魔力を質量に換えた。

 ≪ SpielGigant form ≫

偏向擬似質量創出は、殺傷設定と非殺傷設定を高度に組み合わせることで物理法則下では不可能な巨大質量の取り回しを実現している。

つまり、完全な非殺傷設定化は難しい。

「殴打っ修正!」

破壊と粉砕だけが身上であった頃の鉄槌の騎士なら、それで良かったであろう。全力全開で、なおかつ手加減する。そんな相反する事態を考慮する必要など、無かったはずだ。

しかし、守りたいものが、必ずしも後ろに居るとは限らないではないか。

「リュックズィッヒト!」

仕掛けはハンマーヘッドの中にある。内部に展開した多重の術式は、目標との接触を契機に折り畳まれ、質量と慣性を再度魔力に還元するのだ。

「シュラーク!」

ヴィータが振り下ろしたのは、ピコピコハンマーである。




                                 おわり




ボツネタ救済のIF話。

StS?篇の最初期プロットは、原作StSが2~3年前倒しになるだけのストーリーラインでした。その最終決戦用に考えていたのが今回のシグナムとヴィータの新魔法+カウンターAMFです。
原作キャラをあんまり魔改造したくないのと、レアスキル複合なんて裏技をやりだしたらキリがないので(預言者の著書×思考捜査とか、無限の猟犬×魔力変換資質とか、広域攻撃×魔力変換資質とか)プロットごとお蔵入りになりました。
今回、ゴーレム+野良ガジェットというシチュエーションを思いついたので、まあこういうアイデアもあったということで本採用ではないネタとして披露することにしました。
ちなみに、オチに使ったピコハンフォルム、シグナム版は吸盤の矢とハリセンでした。使ってくれないでしょうけれど。




おまけ

――【 新暦67年/地球暦11月 】――



「おかぁさん?」

はぁい♪と指先をひらひらと振って応えたのはリンディ・ハラオウンその人である。

児童を迎えに来た父兄や使用人に混じって、私立聖祥大学付属小学校の門前で待っていたらしいのだ。あゆの語尾が上がったのも無理からぬことか。
今日は小遣いの支給日ではないし、そうであったにせよ、こんなところで時間を費やせるような暇な人ではないのだから。

「一緒にお茶する時間が、もう少しあってもいいでしょう?」

そう言って掲げた紙箱は、横に長い。

MASTERドーナッツは、香港資本のチェーン店である。バイトの採用にまで総支配人が直々に面接を行う独特の雇用基準を持ち、その人揃え――品揃えではなく――には定評がある。

例えば中丘店の店長はさえない学者にしか見えないのに元SASの精鋭であったというし、藤見店のバイトは空中殺法を得意とするストリートファイターだ。桜台店の店長はセクハラ美少女で、ゴーレムと渾名のある副店長はその被害者である。風芽丘店の店長はOパーツとやらを求めてたまに旅に出るし、そこのバイトにはアイドルレベルの美少女が9人も居た。


「それに、制服姿を一度見たかったですし」

促すように歩き出したリンディの、口元に微笑み。

あゆは今日、本局に直行するつもりだっただろう。はやての帰宅が遅い日などは、大抵そうしていた。

しかし、甘くて香ばしい匂いにふらふらとついていってしまう。

これがホントのあゆ追従である(嘘)



                                 おわり



オチから話を考えたシリーズ。そのうち本編に組み込みます。



[14611] #79-0.1[IF]アナレタ!?もうひとつの魔法術式なの!【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/03/16 05:46

――【 新暦79年/地球暦2月 】――



その移動も、振るわれた槍も、けして速くはない。

どんなに格闘戦の素養がない者でも、目で追えたであろう。

「フェイトちゃん!?」

なのに、真・ソニックフォームで迂回を試みたテスタロッサ執務官を、フルバックの八神特別捜査官の下まで叩き返した。高町教導官の声が、ドップラー効果で聞こえたことだろう。

牽制の砲撃を乱射していたなのはも、大技を用意していたはやても、思わず手を止めてしまっていた。

「大丈夫か?フェイトちゃん」

「……平気。手加減、してもらったみたいだから」

ここまで吹っ飛ばされながら、手にした2刀を形作る魔力光に綻びがない。
受けきったフェイトの技量もあるが、そもそも相手にその意図が無ければここまできれいに運動エネルギーに転化できなかっただろう。

そないみたいやなぁ……。と見やる先に、塗り忘れたかのような白い影。


「ふむ」

振り抜いた槍の手応えを確かめて、ゼスト・グランガイツが頷いた。全身、漂白されたかのように色がない。驚きの白さ。

「アギトとも異なる感覚だが……」

融合適性が低い上に、レアスキルで融合騎の性能を殺ぐあゆともユニゾン可能なエスタである。適合できない相手は、それほど多くない。ベルカ式の使い手なら、なおさらだろう。

「力と速度と反射と魔力。それに、感覚の増強。バランスの取れた、良い増幅具合だ。
 ここに来て、さらに目指すべき高みを教わろうとはな。
 礼を言うぞ、リィンフォース・シュベスタ」

『ええと……』

小型の融合騎であるエスタは、前線で体を張ることがない。騎士にユニゾンすることを前提にしたアギトとも異なって、格闘戦の素養もあまりない。

槍術主体のゼストを、その方向性を変えずにユニゾンアップさせるだけで、エスタはいっぱいいっぱいであったのだが……

「誇っていいぞ」

ゼストは、少し勘違いしたらしい。


**


さて、一般的な知名度でいえば管理局を代表すると言って差し支えのない若き3人のストライカーが古強者、ゼスト・グランガイツと相対することになったきっかけはたいした理由ではない。

そもそもが、あゆのミス。と言うか、うっかりである。

あやかったからといって【サンライト・ブレイカー】の命名について、なのはに断りを入れようなどとするのは。

「どんな魔法か一度見せて」という話が「せっかくだから威力を試そう」などと捩じれて「どうせやるなら模擬戦にしよう」と化けるのも時間の問題であろう。

もちろん、あゆは嫌がった。
なのははおろか、はやてとだって模擬戦をしたことがないのだ。自身の、なけなしの強さが奇襲にあることを充分に承知しているあゆは、手の内を曝すことを厭う。
師として仰ぎ、己が方向性を見極めるための試金石として胸を貸してもらったクロノを例外とすれば、ヴォルケンリッターとすら数回程度の手合わせしかしていない。

その結果としてあゆは、シングルAランクの陸戦魔導師と見做されているのに、戦力であるとは認識されていなかった。連携が取れず、チームには組み込めないからだ。いざ有事となったらスタンドアロンで戦うことになるが、本人は割り切っている。あゆは、あくまでスタッフであって――以前ザフィーラに言われたとおり――前線に立つのは最後の局面なのだから。

それに、あゆとなのはでは、強くなるための方法論が異なる。地道に段階を踏んで強くさせようと教導するなのはと、強くなりさえすれば反則も禁じ手も違法すらアリのあゆでは、水と油だ。「究めれば、外法も立派な方術」などと考えているあゆの戦い方をなのはに見せたりしたら、どんな教育的指導を受けるか判ったものではない。


それらは、さておき。

なのはに対する、失地回復不可能な失策は、その先であった。

【サンライト・ブレイカー】に非殺傷設定を組み込めないことを、模擬戦を断る理由にしてしまったのだ。

「武装局員が相手取るのは、たいてい殺傷設定を振り回す違法魔導師だよ」

よりによって戦技教導官に、戦技研究と言う名の錦の御旗を渡したのだから。


「シミュレート空間なら大丈夫」「ハンデつけるから」「これっきり、だから。ね?」と、しつこいなのはに根負けし、「なのはちゃんばっかり、ずるいわ」と、はやてに押し切られ、いつの間にかちゃっかりフェイトも加わって、3on3の模擬戦を行うことになってしまったのだ。


**


「ハンデの割り振り、失敗したかなぁ」

はやての呟きは、同時に念話でもある。

『そうかも』

同意を返しつつ放たれたなのはの砲撃を躱しつつ、白ゼストがまたフェイトを弾き飛ばした。


認定は受けていないが、あゆがおおよそシングルA。エスタはシングルA+で、ゼスト・グランガイツがシングルS+。

対するこちら側は、はやてがSSで、なのはとフェイトがシングルS+。

当然ハンデとして、相応の出力リミッターをかけることになった。問題はその割り振りである。【サンライト・ブレイカー】の手順を聞いていたはやて達は、それを見たいなのはの意向もあって射砲撃戦に重点を置いていたのだ。

ところが、てっきりあゆとユニゾンするものと思われたエスタがゼストと融合して、ああして自分達を釘付けにしている。

足止めに専念しているようだが、ちょっとでも隙を見せれば、フルバックであるはやての下まで斬り込まれそうで気が抜けない。


「ゼスト隊長はん、ランク、どれくらいになってはるんやろう?」

『……個人的な能力としては、おそらくSS』

実際に刃を交えているフェイトの評価に「そんなもんなん?」と、はやては首をかしげる。フェイトがぽんぽんと弾き返されているから、もっと強そうな印象を抱いていたのであろう。

そもそもの戦闘力としては、フェイトとゼストでほぼ互角である。技量や経験と身体能力でゼストが優れ、速度や魔力と変換資質でフェイトが勝るといった違いはあるが。

しかし現状、エスタとのユニゾンで常時フルドライブも同然のゼストは、自身の短所を気にする必要がない。

一方フェイトはというと、出力リミッターのせいで防護陣の強度も、移動速度も維持しきれない。だから局面が変わるまでは無理せず、なのはの射砲撃に隙を埋めてもらっているのだ。

『完全に相手のフィールドかなぁ』

放ったディバインバスターは、照準と発射の僅かなタイムラグで避けられてしまった。

ミドルレンジでの会敵時点から始まった上に、こちら側を良く知るエスタが第2の目となることで、ゼストのポテンシャルが遺憾なく発揮されているのだ。

客観的指標は重要なれど、強さはやはり相対的なものである。


それにしても。と、はやては探査魔法の範囲を広げた。

模擬戦開始と同時。ユニゾンした瞬間にゼストの背後に隠れたあゆの行方が、杳として知れないのである。




「そろそろ、みつかる ころあい、でしょうか?」

あゆは、シミュレート空間の端に居た。

もちろん、具体的な戦場設定を行ってないシミュレート空間に、物理的な枠組みはない。単に、メインフレームの演算能力限界まで、はやてたちと距離を置いただけである。


――現実では研究時間が取れなくて、とても実用化できない装備も、仮想空間内なら実現可能だ――

模擬戦開始と同時に取り出した金属製のしおりは【エミュレーション カートリッジ】である。【碧海の図説書】のデバイス特性を一時的に変更する特殊カートリッジで模倣したのは、湖の騎士シャマルがデバイス、クラールヴィント。そのペンダルフォルム。

発動したのは、もちろん【旅の鏡】

本来、あゆでは扱いきれぬ術式だが、【旅の鏡】にのみ特化した【碧海の図説書】が敷居を下げてくれる。


「いつわりの いざないに、つどえ」

そうして隔てた距離と、ゼストに稼いで貰っている時間で、あゆは【サンライト・ブレイカー】の完成形術式を練っていた。

  『いつわりの いざないに……、いざないに つどえ……、つどえ いつわりの……』


「ぶの わるいかけは、だいっきらい。なのです」

上手く行方をくらませられるか、相手が射砲撃戦にシフトするか、ゼスト1人で足止めできるか、持ち込み装備扱いの鉛で質量が足りるか、自分が術式を構築しきれるか。どれひとつ取ってみても、ろくに成算がない。

「はんげんきを ごまかして、【えかげんそ】でも、もちこむべきでしたか……」

周囲への警戒に充てていた思考能力を割り当ててまで、益体のない言葉をわざわざ口にしているのは、緊張をほぐすため、ゆとりを取り戻すため、遠き理想郷に渡りかけた意識を、諧謔に満ちた現世に引きずり堕とすため、であった。


「ほしよ、やみにしずめ」

  『ほしよ、やみにしずめ……、ほしよ、やみにしずめ……、ほしよ、やみにしずめ……』

エスタが居ない上に、さらに難度の高い術式である。
【エミュレーション カートリッジ】による機能特化と【プレキャスト カートリッジ】で底上げしているとはいえ、これが現実なら、脳の血管が切れてもおかしくないほどの緊張を、あゆは維持し続けていたのだ。

――空間シミュレートにはいくつかのグレードがあるが、仮想敵機プログラム体の導入を前提に構築された本局のメインシミュレーターは完全な仮想空間である。参加者の肉体も同様に仮想現実だから試せる無茶であった――


模擬戦は嫌いだが、受けた以上は「全力全開」

それがあゆなりの、なのはへの返答である。

もっともあゆは、勝つつもりも無かったが。




「見つけた!後ろ!?」

リミッターの割り振りと役割の関係で、一番余裕があったのがはやてである。そうして放たれていた白いスフィアが、あゆを見つけたのだ。ゼストが展開していた防衛面の後ろではなく、はやて達のはるか背後で。

中継されて開かれた空間モニターで、なのはとフェイトもそれを確認する。


「ふむ、意外と早かったようだな」

『【なまり】を もちこみそうびあつかいにした せいかが、よそういじょうだった みたいですぅ』

念話で、準備が終わったことを告げられていたゼストとエスタが、全力で飛翔する。なのはとフェイトに背を向け、あゆから離れるために。


「え?えぇ!?」

なのはもフェイトも、もちろんはやても、即座には状況を把握できなかった。それぞれの眼前に展開された映像の中で、あゆがS2Uを振り下ろす。


   「しゅばるつしると、えみっしょん」


バブルケージが弾けた瞬間、なのは達は飛行魔法がキャンセルされたかと思ったことだろう。重力は光速度で伝わるから。

しかし、荷重がかかったのは一瞬のこと。突き放されるような反動と共に襲いかかって来たのは暴力的なまでの光と、さらには衝撃波。

だが、とっさに張ったプロテクションが効果を発揮する前に、なのは達はシミュレート空間から意識を剥がされた。

想定以上の過負荷に、メインフレームがタスク放棄したらしい。

ありていに言えば、ブレーカーが落ちたのだ。


**


偏向擬似質量で核融合を実現してみせたあゆにとって、その延長線上でブラックホールを作れることは自明の理である。

だが、作れたところで使い道がなかった。少なくとも、尋常な攻撃手段としては。

はやてと違って【遠隔発生】の資質に恵まれてないあゆでは、安全な距離を置いて魔法を構築できない。いや、たとえはやてであっても、天文単位での術式構成は難しかろう。

それを、敢えて攻撃に用いるとすればどうか?

自爆、特攻兵器あたりが関の山だろう。

当然のことにあゆは、実用化を先送りにしていた。

7万の軍勢だろうと道連れに出来るが、非殺傷設定を組み込めないから戦略核兵器よりも遥かに使いづらい。いわば、味方パーティまで巻き込むメガンテである。自爆テロ要員として育てられていたあゆには、ある意味でぴったりの術式だったが。


もっとも、単にブラックホールを作っただけで終わらせるほど、あゆは生ぬるくはない。自身の命を引き換えにする以上は、相手が魔王であれ確実に殲滅できねば意味がないのだ。

一定以上に育ったブラックホールは周囲の存在を吸収して勝手に成長するようになるが、物理法則を無視できる魔法なら逃れようがある。もちろん現実問題として、安易にブラックホールなど放置できない。


では、あゆが行ったことは何か?

バブルケージの中でブラックホールを育てていたあゆは、その遮蔽を解くと同時に偏向擬似質量の重力をキャンセルしたのだ。

充分に大きな恒星は、その終焉に超新星爆発を起こす。ならば、それ以上の高重力源たるブラックホールが、その拠り所を失ったらどうなるであろうか?

スーパーノヴァ、ハイパーノヴァ以上の爆発。ウルトラノヴァ、爆誕である。

通常の物理法則下では、ありえないが。


**


さて、模擬戦の結果だが、シミュレート空間の維持不能により、いわば没収試合である。

なのはとしては不本意極まりないが、無茶をやらかしたあゆは意識不明で医務局に搬送されてしまった。もし狙ってやったのであれば、それは「模擬戦はしたくない」という意思表示そのものを模擬戦で表現したのであろう。

それに、あれが宣言どおりに、あゆの「全力全開」であるならば文句のつけようがない。

命に別状はない。とシャマルから連絡を受けて胸をなでおろしたなのはは、自分からは2度とあゆに模擬戦をもちかけないと誓ったとか。


**


なお、行き過ぎた魔法は、えてして余計な付加効果を持つことがある。他ならぬなのはの【スターライトブレイカー+】など、意図せずに【結界破壊】効果を発揮したいい例だ。

あゆの【シュバルツシルト・エミッション】も付加効果を持つ。ありえない物理現象を実現しようとしたそれは、すなわち【シミュレート空間破壊】である。


ちなみに、かつて「理論でなくて、感覚で魔法を組む子はなんとも恐ろしい」と評したことがあるクロノ提督は、このいきさつを聞いて「机上の計算だけでコトを運ぶ子は、もっと恐ろしい。計算が上手く行ったにせよ、そうでないにせよ」と溜息をついたらしい。




                                  おわり



意味やオチをあまり気にしないおまけ話シリーズを、更にIF扱いネタ扱いしてお送りするのは、あゆの裏技「番外」篇。

ただでさえIF扱いの「#71-2 虚空からの翼」を前提にしている上に、空間シミュレータの設定をさらにゲーム寄りに推し進めたのでネタ扱いです。

【サンライト・ブレイカー】の恐竜的進化形である【シュバルツシルト・エミッション】は一見、超絶威力であるかのように描写してますが、あゆの形成できるレベルではさほどでもなかったり。なのはクラスなら、素直にスターライトブレイカーを使っていたほうが取り回しも良く、使いやすいことでしょう。命を懸けるまでもないでしょうし。

なお、「ユニゾンアップ」はユニゾン時の能力アップの方向性というような意味合いで作ってみた造語です。ユニゾン+チューンナップですね。




[14611] #79-0.2[IF]その月、軌道砲架【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2010/08/30 10:39

――【 新暦79年/地球暦3月 】――



「おのれっ塵芥!いずこへ逃げくさった!」

偽りの虚空の中心で、フローライトグリーンの連星が苛烈に瞬いた。

周囲を見渡すたび揺れる頭髪がうずら卵のような鳥の子色でなければ、八神特別捜査官の幼き頃かと勘違いした者も……居ないか。性格補正中の、この口の利き方では。

騎士甲冑の色合いも異なる。
夜明け間近の射干玉に、暁の赤光を加えて、古式に濃二藍と云う。その赤みの強い紫とブルーグレィで染め分けられた騎士甲冑姿は荘厳で、まさしく【闇統べる王】

「玉前から許しもなく退去しおって、無礼者がっ!」

帽子があれば、足元に叩きつけたかもしれない。まさかそれを見越して、騎士甲冑を帽子抜きにしたわけではあるまいが。

「我が手を煩わ……ぬわっ!」

対戦相手を探すまでもなかった。探査スフィアを生成しようとした八神しなとを背後から、多量の砂塵が襲ったのである。


**


「♪す~なの~、あ~らっしに~、けっずっら~れた~」

偏向擬似質量で核融合を実現してみせたあゆにとって、シミュレート空間内で化学反応を再現するのは簡単なことだった。

伏せた漏斗状の魔力ケージ内を駆け上がる砂の姿に、思わず再放送中のアニメの主題歌を口ずさんでしまうほどに。

「♪ぱずすのとう~に、すんでいる~」

シミュレート空間内であゆが降り立ったのは、月である。他でもないこの地球の衛星、月だ。

あゆが目をつけたのは、その土壌に大量に含まれているケイ酸塩鉱物であった。

偏向擬似質量の儀式魔法を触媒代わりに、あゆはケイ酸塩鉱物を還元。そうして得たケイ素と酸素だけを再び酸化させて、その燃焼力をもって噴出させていたのだ。

月の土を推進剤にして飛ぶ宇宙船を【ムーンブラスト方式】と呼ぶ。また、砂の粒を高圧で吹き付けて金属などを切断・加工する技術を【サンドブラスト】と呼ぶ。

今は手加減しているが、その気になれば地球くらいは両断できる局地戦用射出型切断術式【ムーンブラスト・ザンバー】である。



【サンライト・ブレイカー】があって、【シュバルツシルト・エミッション】があるのだから、フェイトに因んだ魔法もあるだろうと気付いたのは、ラヴェル・テスタロッサだ。

――実のところあゆは、ラヴェルにちょっと甘い。モデルとなった執務官同様に言葉数が少なく引っ込み思案な【雷刃の襲撃者】は、そういう意味で最もあゆの手を焼かせた【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】であった。本人自身にやる気はあるが、積極性に欠ける。
ラヴェルには、フェイトにとってのアルフのような存在が居なかった。そう鑑みてあゆは、請われるままに模擬戦のマッチングや術式改良のアドバイスなどをしていたのである――

そのラヴェルに懇願されて、こうして披露する羽目になったのだ。そうでなければ、術式を見せることも模擬戦形式にすることもしなかったであろう。

「どうせなら模擬戦で」と言い出したのは、モデルとなった教導官そっくりな【星光の殲滅者】こと高町さいせであったが、結局指名されたのは見てのとおり八神しなとである。


もちろんあゆに、この術式を実用化する気はない。月が無くては使えないし、大気が邪魔で実際には地球両断など不可能事だからだ。



「♪まきゅうのへいわをまもるため~、3つのしもべにめいれいだ~」

ちなみに3つとは、3体とか3個とか3人とか云った個数をあらわす助数詞ではない。発音記号の位置が違ったようだし。


『見つけたぞ小虫めがっ!』

あゆの傍に、空間モニター。見つけるもなにも、【ムーンブラスト・ザンバー】は直射しか出来ない。

『塵芥らしい、泥臭い魔法よな』

「つきにたよって、ざんげきよ。なのです」

シールドを張っていることをモニター越しに確認して、あゆはムーンブラストの密度を上げた。八神しなとの防御力は良く知っているので、シールドから手が離せなくなるように仕向ける。

さらにはシリンダーケージを小さく振って、ムーンブラストを散らす。【ムーンブラスト・ザンバー】の数少ない長所は、真空中なら射程距離がほぼ無限であることと、散布界がやたらと広いことだ。

『……うぬっ』

全力で防がないと吹っ飛ばされる。ランダムに射線が変更されるので、多少回避した程度ではおちおち術式も編んでいられない。

『おのれ、いつまでこんな下らぬ嫌がらせを!』

いつまで?

もちろん、月が無くなるまでである。


【ムーンブラスト】を直訳すれば「月爆破」であるから当然か。




                                  おわり



あゆの裏技「番外」篇。その第2弾です。

やはりIF扱い、ネタ扱いで。

スターライトブレイカーと太陽、デアボリックエミッションとブラックホールと来れば、最後はジェットザンバーと月でしょう。

【シュバルツシルト・エミッション】は特攻兵器ですし、【ムーンブラスト・ザンバー】は月面でないと使えない超局地戦用術式(しかも、使いすぎると地球環境に悪影響が)なので、結局あゆは実用化しませんが。



[14611] #79-0.5[IF]それは武式な出会いなの
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/08/31 12:25

――【 新暦79年/地球暦4月 】――



「覇王っ」

突き出した拳面と同時。踏みおろした脚が反発力を生んで体内の魔力を押し出す。

「断空拳!」

……筈であった。おとなしく蹴りつけられる定めであった地面が、ほよんと彼女の脚を受け止めなければ。

「フローターフィールド!?」

三重に展開した青鈍色の足場は、それを踏みつけた足の裏よりも小さい。


行き足を引いて構えなおしたのは、年の頃、10代後半の少女。格闘には向かないタイトミニと生地の薄そうなオーバーニーは、つまりそれが魔力構成された防護服であろうことを教えてくれる。

淡く薄い、透けそうな緑色の頭髪は夏虫色で、流麗にその輪郭を縁取っていた。残念なことにバイザーが覆っていて、その目元は見えない。


「3て まえの【ばっくぶろー】が、あごをかすってました。
 そこまで、なのです」

どさりと倒れた対戦相手の向こうに、小さな人影。何気ないそぶりで歩み寄ってきて、街灯の明かりの中に。

背丈は、おそらく変身前の彼女よりも低い。水色のコートタイプの白衣に、ランタンめいた杖頭のデバイス。珍しい書籍型のデバイスが目を惹いた。

「もしかして……」

バックステップで少し、距離をとる。

「【青い白衣の少女】ですか?」

少女と呼ぶには胸部装甲がけしからんことこの上ないが、あやかって格好をまねているだけのようには感じられなかったようだ。

なにより、あの都市伝説は10年前の実話だというし、それでこの容姿というなら、むしろ理解できなくもない。……のか?

「瀕死の重傷を負った管理局員を瞬時に癒し、テロリスト1小隊を纖滅したという?」

噂に、尾ヒレが付きまくりである。生まれ故郷に帰ってきた鮭もびっくりだ。

はぁ……。と、あゆの溜息は重い。
なぜかこの手のエピソードは、子情報、孫情報になるにつれて大げさに、ありえなく誇張されていく。いつのまにか憶測や創作を捕り込んで、「伝説の3提督を救った」などと時系列を無視したニセ情報が大手を振ってまかり通っていたりする。検索エンジンにかからないようなサイトは特に酷い。裏情報だと思われがちで、変な信憑性を持つから始末に負えなかった。

「かすりきずをおった【でばいす】を しゅうりしながら、3にんほどの いほうまどうしの こうげきをしのいだ。だけなのです」

「つまり、本物ということですね?」

少女は構えを改める。

彼女の対戦相手の頭の下にあったのは、先ほどと同じ小さな足場形成魔法だ。倒れた時に頭を打たないようにと、目の前の少女が展開したのだろう。ゆっくりと間隔を狭めながら、やさしく消えていった。

「貴女、強い人ですね?」

身ごなしを見る限り、体術はそれほどでもない。
しかし、状況に合わせて必要最低限度のフローターフィールドを作る腕前と、彼女の対戦相手の状態を把握していた冷徹さ。
なにより、行き足を殺すだけで技を止められると見破った眼力。

「カイザーアーツ正統、ハイディ・E・S・イングヴァルドが挑むに不足なし。
 防護服と武装をお願いします」

「いやです」

即答したあゆがしゃがみこんで、倒れた男性の首筋に手を当てた。
ヘルスメーターを使うまでもあるまい、ただの脳震盪のようだ。動かなければすぐ回復するだろう。

『むりに うごこうとしては いけませんよ』と肉声と念話、さらには空間モニターでのテキスト表示で声をかけていたあゆが、S2Uを横倒しにして体に引きつけた。そのランタンめいた杖頭と石突きに阻まれて、リングバインドが押し止められる。

「やりますね」

避ける、破るではなくて、デバイスを支点に魔力で止めるとは。おそらく、最も効率的なバインドの無効化だろう。

「やはり、挑むに値します」

素直にバインドを受けていれば戦うまでもないと認めてくれたであろうに、つい抵抗してしまった。

失敗したかと観念して立ち上がったあゆが、騎士服姿に。なんでこう、拳を交えないと話を聴いてくれない人たちばかりなのかと溜息を漏らす。

「【くろーずど こんばっと】は、にがてなのです」

あゆが暗殺者候補として武術を仕込まれたのは、ほんの5年ほど。基礎すら積み終わってない年数。もう成長は望めないだろうと、それ以上の研鑽を諦めたのは5年前。

「よわかったからといって、もんくはなし。なのですよ?」

巻き込まないように、倒れた男性から距離をとる。

「お好きな間合いで構いません」

そう言われても、すでに射砲撃戦ができるような距離ではないし、そもそも飛びぬけた資質を持たないあゆに、得意なレンジなどない。守るだけでいいなら遠距離が一番楽ではあるが、裏通りとはいえ街中で、障害物が多すぎる。今から引き離せるほどの速度での機動は、あゆには無理だ。

無言でS2Uを構えたあゆを見て取って、イングヴァルドの重心がわずかに上がる。

「行きます」と、言い終わる前に、その肘が目の前にあった。S2Uを添えて流しつつ、膝から落ちて転がる。

「【かっぽ】とは、おそろしい」

活歩は、脚を動かさずに距離をつめる歩法だ。
魔法ではないから魔力素の流動も最小限。バイザーで視線を読むこともできず、あゆでは初動を掴むことすら難しい。「行く」とイングヴァルドが宣言しなければ、肘に魔力が籠められてなければ、今の一撃で終わっていただろう。

視覚で捉えられないとなれば、あゆはそのレアスキルに頼るしかない。対戦相手体内の、支配の及ばない魔力素を闇と観て、じかに感じるしか追いつく方法がなかった。

中途半端な距離に居ては不利この上ない。だからと云って、

「そこで間合いを詰めてみせますか」

転がっているのでは?と思わせるほど低い姿勢で駆け寄って、懐に入り込もうとするとは。

イングヴァルドにしてみれば、相手の魂胆は見え見えだ。リーチに差があるのを逆用して、張り付くことでこちらの打撃力を削ごうというのだろう。

迎え撃ったローキックは、速度が乗る前に蹴り足に乗られ。打ち下ろした拳は、地に這うようにして打点をずらされた。追いかけるようにしゃがみこんで地面を薙ぎ払った蹴りは、デバイスを突いて宙でやり過ごし、流れのままに連環で放ったバックブローは髪の毛を掠めるのみ。イングヴァルドが蹴り払ったデバイスの反動を梃子に使い、また地面に伏せたのだろう。

一方あゆは、まともに相手する気はない。時間を稼ぎさえすれば人目についてお開きになるだろうと、避けることに専念している。

しかし、その血に眠る覇王の戦闘経験がイングヴァルドには有った。リーチ差を逆用した密着戦術に途惑うのも、数合まで。
低い姿勢のまま体重移動だけのショルダーチャージ、立て膝を倒し込むような膝蹴り、内腕刀と、即座に対応する。

「?」

内腕刀の手応えに不審を覚えたイングヴァルドが見たのは、青鈍色の螺旋だった。

「魔力鎖?」

あゆの四肢に巻きついた魔力のチェーンが高速で渦巻いて、イングヴァルドの攻撃を逸らしたらしい。

「ちぇーんめいる。なのです」

魔力量に欠けるあゆは、魔力消費の少ない術式による様々な代用案を模索している。本来はバインドに使う魔力鎖を防御に使うのも、そのひとつ。もちろん直接の防御力は皆無に近いが、回転させることで攻撃をいなし易くするのだ。

「みたからには、3か いないに かいせきして5にんに みせなければなりません」

刈り込むような振り突きを、チェーンを使った信地旋回で受け流すあゆ。さすがに人間の動きではないから、イングヴァルドも対応しきれない。

「さもないと、【ぼう】に おそわれますよ」

「えっ?」

躱された右拳を引き戻しつつ手刀に変える。が、鋭さが足りなかったのだろう。チェーンを使うまでもなく避けられた。

「もちろん、じょうだんなのです」

電子メール全盛の昨今、書き損じで【不幸の手紙】が【棒の手紙】に化けることはあるまい。もちろん、化けたところで【棒】に襲われたりはしないだろうが。


「……」

低い姿勢では、体格に優る方が不利だ。

ならば自分の得意な体勢で。相手を、そこから引き剥がして。

足先から力を練り上げつつ、拳で突き上げるようにイングヴァルドが立ち上がる。

「覇王流飛翔拳」

放たれた魔法弾が、イングヴァルドの足元に殺到した。そこから逃れるには、

「覇王っ」

彼女の至近、ほぼ密着のゼロ距離しかない。

「断空拳!」

内懐に入ったところを待ち構えている。それは当然、あゆも読んでいた。
掲げた【碧海の図説書】は、アームドデバイスだ。守りに徹すれば姉たちの攻撃すら一撃は耐える。

だから、読み違えたのは対戦相手の力量だ。

「えっ!?」

打ち下ろされた手刀が、無防備な背中を捕らえた。途惑いの声は、さて、どちらのものだっただろう?


熟達した格闘家は、間合いに応じて攻撃を使い分ける。至近距離なら、肩や背中での体当たりや頭突き、肘や膝を使うだろう。

逆に、真の達人は間合いも状況も体勢もお構いなしに、磨きぬいた技ひとつで勝利をもぎ取ってしまう。かつて対戦した時、トーレはこの距離で蹴り上げてきた。極めれば「半歩崩拳、あまねく天下を打つ」のである。

自分の間合いに引き摺り込むために強引な射撃魔法を使う相手を、あゆはトーレほどには評価しない。体格差がある上、ほとんど密着したこの状況からならほぼ肘が来ると、そう踏んだのだ。


しかしイングヴァルドは、覇王断空拳を直打と打ち下ろしでしか撃てなかった。


結果、背中をしたたかに打ち据えられたあゆはそのまま地面に叩きつけられ、脳を揺すぶられて意識を手放したのである。陸戦魔導師のバリアジャケットは、重力加速度への対処が弱い。もともと薄いあゆの騎士服では言わずもがな。

「うそっ!?」

思わず武装形態を解いてしまったその姿は、おそらく10歳前後の女の子だろう。

今の頭の打ち方は拙い。
人間は、20センチの高さからでも脳挫傷を起こしうる。防護服がいくらかやわらげただろうとはいえ、とても放っては置けない勢いだった。早く病院に。

だが、伸ばした手を、弾かれた。

「何?」

あゆの手から離れた魔導書から飛び出してきたのは、正方形の紙片。それが4枚。

山折り、谷折り、中割折りと姿を変えていくが、第97管理外世界を知らない彼女は、もちろん折り紙も知らないだろう。

「鳥……さん?」

やがて、羽根開いたのは、折鶴だ。少女の眼前、倒れたあゆの背中を守るように宙に浮いている。

あゆの右手の先には蛇。左手の先には猫が居て、足元には亀が居た。

三角錐を形作って、あゆを囲っているのは【ガーディアン カートリッジ】だ。エスタを【碧海の図説書】から切り離したのちに護身用に作り上げた個人装備で、なのはのブラスタービットを参考にした遠隔操作機の一種である。それぞれに名前もついているが、それを知るあゆの意識は無い。

いざという時にあゆの身を守るように、プログラミングされていた。

なのはのようには大魔力を制御できないあゆがそれぞれに機能を限定し、カートリッジと一体化することで省力化されていて、術者の意識がなくても稼動可能だ。

「あの……?」

一方で判断力などには長けておらず、今はむしろ救けようと伸ばしたイングヴァルドの手を撥ね退ける始末だが。

再武装して強引に攫おうかと身構えたイングヴァルドだったが、背後に呻き声を聞いて思いとどまる。彼女の最初の対戦相手が回復したらしい。

「ごめんなさい」

その姿を見られるわけに行かない少女は、後ろ髪を引かれつつもその場を離れた。

あゆを無理やり病院に運ぼうとしなくて正解である。主人を守りきれないと判断したら、折り紙の守り神たちは自爆したであろうから。




                                  おわり


あゆの裏技第3弾。これでしばらくは投稿終了です。
ネタとして投稿済みのIFカートリッジを除けば、奇天烈カートリッジ(←気に入ったらしい)の代表格としてお蔵入りするはずだった【ガーディアン カートリッジ】です。
使い魔があるんだから式神もOKじゃないかと考えるだけ考えていたら、ゴーレム創成なんて出てきて躊躇う必要がなくなったり(苦笑)完全にネタ扱いするなら、三つのしもべにするところです(笑)

なお、チェーンバインドを防御に使うアイデアは元々チンク戦に使うつもりでした。しかしこれは、チェーンバインドの鎧→チェインメイル→チェーンメール→不幸の手紙→棒の手紙とつなげる、ギャグとワンセットでした。さすがにチンク相手にあんな軽口叩けないので止めることに。

さてvivid連載終了までは、覇王や冥王の扱いを決めるつもりはないのですが、まあこうした邂逅はありえただろうということで暫定的ながらアインハルトに登場いただきました。
色々とパワーアップ(ネタは除く)しているあゆなんですが、どれだけ努力しても原作前線メンバーほどは強くなれないということを示すのにちょうどいいレベルとタイミングのキャラクターだったんですね。

ちなみに、コンプエースを毎号買える様な状況ではないので、2巻の引きで旋衝破を射撃魔法だと思ってました。3巻で反射技だと判明したので射撃魔法ナシに修正しようとしたのですが、アインハルトが空破弾(一文字違うケド)を使ったので、あやかって射撃魔法を飛翔拳にすることにしました。……と云うワケで、活歩は斬影拳で脳内補完推奨です(嘘)




おまけ【ネタ】

「めがあた~っく!ごーごーごー!なのです」
「ん?なんだ?どうした、あゆ」
「いえ、なんでもありませんなのです。ざふぃーらにいさま」
強さの比率が、おんなじくらいかもしんない。

夜の散歩の時のオチ候補。この話の微妙なネタ化に伴って発掘(苦笑)



[14611] #79-1 集結[IF]
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2010/02/26 10:06

――【 新暦79年/地球暦9月 】――



その日、首都クラナガンは闇に閉ざされた。

雲霞のごとく押し寄せたガジェットドローンⅡ型と翼を持つ傀儡兵が、青空を奪ったのだ。いったい何万機あるのか、何万体いるのか、クラナガン野鳥の会が総出でも数えきれないだろう。

地上には、クラナガンを囲むように十重二十重とガジェットドローンⅠ型、Ⅲ型、Ⅳ型がひしめいている。剣や槍を構えた傀儡兵や大砲を背負った傀儡兵の姿もあった。Ⅳ型のカマが、機体によってはショベルやツルハシ、はてはハンマーやクレーンになっているのは、何か意味があるのか。

率いているのは、12人の戦闘機人。クラナガンを中心に、その12方位をそれぞれ占めている。

不安におののくクラナガンの市民は、時ならぬ金属の黒雲に隠された直上上空に浮かぶ岩塊が【時の庭園】と呼ばれていたことを知らないだろう。


『くっくっく……。ひゃ~はっはっはっはっはっはっは!』

唐突に現れたのは、空間モニター。

クラナガン全域に大小いくつも展開されたその画面に、笑いを堪えきれない男の姿。

ジェイル・スカリエッティだ。

『こういう時は何て言えばいいのかね?
 やはり、ただいま。かな?』

何が可笑しいのか、また笑い出す。

『いやいや、失敬失敬。嬉しくてね、笑いが止まらないんだ』

また笑い出した。お目付け役のウーノが傍に居ないから、歯止めが効かないのかもしれない。

『さて、クラナガンの市民諸君』

笑いすぎで苦しそうな呼吸を無理矢理抑え、スカリエッティがずいっと画面に迫った。

『僕はジェイル・スカリエッティという者だ。
 4年前に点火するつもりでいた花火を、9年前に試し撃ちした花火を、今度こそ打ち上げに、帰ってきたよ!』

くっくっく、あ~はっはっはっは。と、まだ笑い足りないらしい。

『さあ、楽しいお祭りの始まりだ』と、スカリエッティが指を鳴らそうとした、その時だ。


    ≪ Gefangnis der Magie ≫

その音声は、首都クラナガン全域に、いや惑星全土に響き渡った。もし衛星軌道に誰か居れば、惑星全体が封鎖領域に囲まれたのを見ただろう。

ガジェットドローンも傀儡兵も戦闘機人も、もちろん【時の庭園】も、位相をずらされ、惑星全土の写し影と共に、魔力が切り取る幻影の空間に押し込められた。

封時結界だと!?と周囲を見渡したスカリエッティの目に映るのは、降りそそぐ数え切れない流星群。

まるで豪雨が障子紙を破るように、あれほど居たガジェットと傀儡兵が撃ち滅ぼされていく。

「なんだ?何が起こっている?」

振り仰いでも、その流星群の出所を見定めることができない。

『広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ。貴方を、逮捕します』

【時の庭園】の最奥、玉座の間に立つスカリエッティの目前に、空間モニター。映るのは、ショートカット姿も凛々しい女性士官だ。

「管理局か!」

ついにこの時が来たかと、八神はやての感慨は深い。



****



それは9年前。新暦で70年の、地球では1月のことだった。

3日間、学校に行く以外はずっと家にいたあゆが、はやての前でかしこまったのは、一片の通信文がS2Uに届いた後であった。

「おねぇちゃん。たいせつなごようじができたので、しばらく おでかけしてきます」

いつ かえってこれるか わかりませんので、いっておきます。と頭を下げたあゆは、「いままで おせわになりました。ごおんは いっしょう わすれません。ありがとうございました」と言い放ったのだ。

止める暇もあらばこそ、その場で魔法陣を展開して転移してしまった。寝ていたエスタを、【碧海の図説書】ごと置き去りにして。

その時のあゆの表情を、はやては一生忘れないだろう。


**


チンクを退けた後であゆが送信した通信文を受けとったのは、ヴェロッサ・アコース査察官であった。

 ―― 下記の場所にて、貴殿の能力の行使を請う。
    1分1秒を争う。仔細は後ほど。 八神あゆ ――

その舌ったらずな口調とは正反対な堅苦しい文面に面食らったものの、ヴェロッサは指定された座標へ向かった。酔狂や冗談でこんな真似をする子ではないと知っているし、連絡をとったクロノからも従うよう要請されたからだ。なんでも、ヴェロッサに協力して欲しい旨、通信が来ていたらしい。

そうしてヴェロッサが発見したのは、床に打ち棄てられた3つの脳髄であった。自分の能力を使えと言われた意味を正確に把握したヴェロッサが保存処置を施し、【記憶捜査】でその中身を読み解くのに2日かかったという。



本局の転送ポートを降りたあゆを出迎えたのは、クロノとリンディである。連れて行かれた会議室で行われた密談の内容をはやてが知るのは、新暦で74年のことである。



****



「遺失物管理部、機動六課。ですか?」

「ええ。貴女はご自分の部隊を欲してましたね?」

はやての目の前には、伝説と謳われる3人の提督が居並んでいた。さらにはカリム、クロノ、リンディ、ロウランの姿もある。

「はい」と慎重に、はやては頷いた。


最高評議会三役の遺体から回収された記憶と、八神あゆの証言――S2Uの記録を含む――と、聖王教会騎士カリム・グラシアの希少技能【プロフェーティン・シュリフテン】でもたらされた預言詩から、ジェイル・スカリエッティの帰還は必至と予測された。

それに対抗するために、管理局海陸空の垣根はおろか、聖王教会まで加わって結成されたのがスカリエッティ対策タスクフォースだ。

その中枢を担うのが、新暦75年に設立された遺失物管理部機動六課である。バックアップを含め常駐12人ほどの小さな部隊で、通常任務はその名称どおりロストロギアの捜索、確保。しかしながら、いざスカリエッティが現れたときには、各部隊から人員を召集してタスクフォースを形成する。

出動根拠はあくまでロストロギアの確保、その不正使用者の拘束で、参集するのは善意の協力者とされることになる、書類上に名の載らない編成であった。


***


くっくっく。とスカリエッティが体を折る。

「なるほどなるほど、歓迎の準備は万端というワケだ。嬉しいねぇ。
 けれど、僕の娘たちは無傷だし、ドローンも傀儡兵もまだまだある」

『ディバイ~ン・バスター!』

それは始まりの合図であり、しかも終わりの鐘でもあった。

空を貫く桜色の砲撃に、撃墜されたのはディエチ。イノーメスカノンを構える暇もなかった。



「今度は引き分けとはいかんぞ」

「ああ、望むところだ」

チンクの前に立ちはだかったのは、ゼスト。



「IS発動、ライドインパルス」

「……スピードなら負けない」

常人の目には留まらぬ戦いに、トーレとフェイトが突入する。



「私から逃げられるとは思わないことです」

「えっとぉ…」

封鎖領域のせいで、何処にも潜れない。

ヴィンデルシャフトを構えたシャッハの前で、ホールドアップするセイン。



「はじめまして、ね。ノーヴェちゃん」

「アンタ、誰だよ!」

「貴女のお母さん。かしらね」

にっこりと微笑むクイントの前で、ノーヴェは困惑するばかり。



「この子たちの眼を騙せるように、なったのかしら」

「ふふん♪同じ手が通用すると思われては心外ですわ。ISシルバーカーテン」

しかし、メガネを投げ捨てたクアットロの目に映ったのは、まるで砲撃魔法のように迫る羽虫の群れだった。

「うそぉん」



「直接戦闘力を持たない貴女が前線に出てくるとはね。
 貴女を確保すれば、最低でもスカリエッティの企みは全て白日のものだ。拘束させてもらいますよ、お嬢さん」

「…」

直援に付いていたⅣ型すべてを長距離からの狙撃で墜とされたウーノの前に、ヴェロッサが進み出る。



「あなたを、逮捕します」

いきなり目前に突き出された槍状のデバイスに、ドゥーエは手も足もでない。エリオの接近に気付けなかった上に、リーチ差がありすぎて反撃の糸口がつかめないのだ。下がろうとしたドゥーエを、銀鎖が縛る。

「逃がしません」

振り向いた先に、若草色の騎士服をひるがえしたシャマルが居た。



事前に判っていた情報を元に、対策できたのはここまでだ。確認できた12人の戦闘機人のうち、能力不明の4人に対しては遊撃に置いたメンバーがそれぞれで対処する。



「縛れ、鋼の軛。でりゃあああ!」
「ストラグルバインド!」

オットーの不幸は、自分以上の結界の使い手2人と出会ってしまったことだろう。科白を話す暇もない。



「戦闘機人にしては悪くないセンス。
 だが、融合騎と共に在るベルカの騎士に戦いを挑むには」

  『猛れ、炎熱!烈火刃!』

その双剣を灼き斬られ、ディードが墜ちる。

「まったく足りん!」



「ラケーテンハンマーを受け止めやがるかよ」

「攻守翔、三拍子揃った自慢のライディングボードっスよ。そう簡単には破れないっス」

ぎりぎりと押し込まれるスパイクを、3重のライディングボードでウェンディが防ぐ。

「やるぞ、ちびリィン!」

『ちゃんと、なまえでよぶです!』

文句は言いつつも、ユニゾンに遅滞はない。

「リミットブレイク!」

「ええ!ドリルっスか!?」

ツェアシュテールングスフォルムに変わったグラーフアイゼンに、ウェンディの悲鳴。

違うな。と、ヴィータがにやり。

「こいつぁアルキメディアン・スクリューだ。
 いくぞ、ツェアシュテールングス!ハンマー!!」



「ISスローターアームズ」

「素直な戦い方で助かる。
 僕の弟子は一筋縄ではいかなくてね。苦労したもんだ」

飛来したブーメランブレードを凍てつかせ、クロノがデュランダルをセッテに突きつけた。



「……僕の娘たちが。
 しかし、何故このタイミングを」

次々に拘束される戦闘機人たちを目の当たりにして、すとんとスカリエッティの身体が玉座に落ちた。

『ろしあんてぃーを1ぱい。じゃむでもなく、まーまれーどでもなく、はちみつで』

よろよろと顔を上げた先に、新たな空間モニター。

『あらゆる ようさいを むりょくかする、まほうのじゅもん。なのです』

もちろん嘘である。

【時の庭園】には、シャマルが施した仕掛けが残されていた。大魔導師プレシア・テスタロッサですら気付けなかったジュエルシードの遺失術式が。

「君か、ヤガミ・アユ」

水色の白衣姿の、あゆ。

『ごぶさた、なのです。どくたー』

「ちっとも変わらないね、君は」

実はそうでもない。身長は23.74ミリも伸びたし、今では胸部装甲もたいへん充実している。

『どくたーこそ、おかわりないようで、なにより。なのです。
 しかし、それもこれも、どくたーのおかえりが はやすぎたから、なのです』

「そうかい?おかしいな?きっちり90年待ったんだけど」

もちろん、クラナガンと地球では9年しか経っていない。

『どくたーが すまわれていたわくせいの、こうてんしゅうきを、おききしても?』

「ん?ああ、クラナガン単位系で426時間だったかな」

クラナガン単位系の1時間は、地球の125分ほどである。

地球時間に換算して37日ほど、地球やクラナガンが1年経つ間に10年過ぎる計算だ。

約束を守ったと、評価していいのだろうか?

「待ち構えていたということは、お互い様でいいんだろう?」

まあ、予想の範囲内である。あゆは軽く眉を上げることで答えた。

それで?と促すスカリエッティ。まさか、ただ旧交を温めるためだけに出張ってきたわけではあるまいと。

『ええ。どくたーに、きんじょうげいかを ごしょうかいしようと おもいまして』

すっと、空間モニター前から退くあゆの向こうに、玉座に収まる10歳ほどの少女の姿があった。

『げいか。どくたーに、おことばをたまわりますよう』

深く頭を垂れるあゆに、ヴィヴィオは困惑顔。

『やめてよ、あゆお姉ちゃん』

『いけません、げいか。やがみと、およびすて くださいますよう』

できるわけがない。小さい頃から、なにかとお世話になっているのだ。なにより、なのはママを魔導書で小突くような相手である。

『おや、どくたー。
 とうだいの せいおうげいかの おんまえですよ。ずがたかいのです』

先ほどからの遣り取りに呆然としていたスカリエッティが、ようやく事態を理解した。先ほどの流星群の出所が、どこか。

「ゆりかごか!」

振り仰いだ先に空間モニターが現れるが、衛星軌道まで捉えられるはずもない。ただ天空を映すのみ。

そうかそうか。とスカリエッティは愉快そう。

「聖王の器ができていたか。
 そして、レリックウェポンにしたか、ヤガミアユ」

『しっけいな。
 そんなまねなどしなくても、ほんにんに じかくがあるなら ゆりかごは こたえてくれます』

スカリエッティが【レリック】をいくつ確保しているかは知らないが、何十個もあるような物が【王の印】であるわけがない。

ゆりかごを起動できたことでヴィヴィオは、非公開ながら聖王として教会から認定されていた。成人を待って正式に公表する手筈になっている。

教会の騎士見習いでもあるあゆが、公式の場でへりくだるのは当然なのだ。けしてヴィヴィオをからかっているわけではない。

そうか。と、やけに徒労感を滲ませてスカリエッティが座りなおした。

「せっかくだ。ヤガミ・アユ。
 僕も、君に紹介したい者が居るんだよ」

不審げに眉を上げたあゆに、にやりとスカリエッティ。

「君の遺伝情報と身体データから生み出した、僕の13番目の娘」

玉座の影から進み出た小さなシルエットが、スカリエッティの差し上げた右腕の下に収まる。

「こうなるはずだった、君の姿。
 無音の暗殺者、トレーディチだよ」

それは、まさしく養成所時代のあゆの姿であった。54であった頃の、八神あゆの姿であった。



『ほほう』

その声音に、傍に居たヴィヴィオはおろか、【碧海の図説書】で叩かれたことのある者全てが後退った。

『どくたーは、わたしに、いもうとを くださると』

なるほど、そういうことでしたか。と、あゆは内心で納得する。科学者としてはこれ以上なく尊敬しているのに、スカリエッティに対して踏み込みきれない隔意の理由が判ったのだ。

『その いもうとに、すうじの おなまえを くださったと』

これはぜひ、おれいをせねば。と振り返ったあゆは、笑顔である。

『せいおうげいか。ほうげきのきょかを、たまわりますよう』

うんうんと、ヴィヴィオは何度も首肯した。何でも言うこときくから、その笑顔でこっち向くの止めて欲しい。

明らかに越権行為なのだが、誰も咎めようとしないのは何故か。

『こんなこともあろうかと、しゅほうに ひさっしょうせっていを くみこんでおいてよかった、なのです』

ゆりかごが、ロストロギア指定されないための処置であったはずだが。

『しんぱいごむよう、なのです。どくたー。
 なのはおねぇちゃんの ほうげきにくらべたら、ぜんぜん いたくありませんから』

クラナガンの一角から上がった非難を華麗にスルーして、あゆが出来たばかりの妹に視線を移した。

『おねぇちゃんが、めを さまさせてあげますね。いたいのすこし、がまんするのですよ』

直後、衛星軌道から撃ち下ろされた虹色の砲撃が【時の庭園】を包み込んだ。


雉も鳴かずば撃たれまいに。




****




――【 新暦70年/地球暦1月 】――



ずいぶんと大仰な言葉を残して八神宅から姿を消したあゆが帰ってきたのは、その日の晩遅くのことであった。


逮捕拘留を覚悟していたのに、これ以上混乱の種を増やしたくない管理局側の思惑――三提督の温情もあろうが――によりクロノの保護観察下で一時帰宅を許されてしまったのだ。超法規的措置にいい顔をしなかったあゆだが、公にすればはやてに累が及びかねないと言われては引き下がるほかはない。いずれ正式に処遇が決まるだろうが、まずは帰ってきたのである。



「失礼するぞ」

「あゆっ!」

クロノに引き立てられるようにしてリビングに現れたあゆにかけられたのは、いつになく厳しい口調のはやての声。ずいぶんと喉が嗄れているようだ。

「この子は!」

どたどたとらしからぬ慌しさで駆け寄ってくる気配に、あゆは身を硬くするのだが。

「あんな言葉を残して消えてしまいよってからに!うちがどれだけ心配したか、解かっとんのか!?」

ぎゅっと、抱きしめられた。とっくに涸れてたであろう滴が、ぽたりと。


「……おねぇちゃん、……ごめんなさい」

ほんまにこの子は。と嘆息を呑み下して、はやては少し力を抜く。

「ほんで、いったい何ごとなん?きちんと説明してくれるんやろな?」

それが……。と、あゆからクロノに受け渡される視線。

「悪いが、現状では話すわけにいかないんだ」

「それはつまり、それだけ大層なことをしでかした。って解釈してええんか?」

「まあ、そうだな」

そうか。と、はやてがこぶしを固めた。


はやてが落とした初めてのゲンコツに、――すでにクロノとリンディから一発ずつ貰っていた――あゆは悶絶したという。




                     「八神家のそよかぜStS?篇」BAD END 完



[14611] #79-2[IF]それは覆いある利器なの【ネタ】 おまけのおまけ加筆
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2012/02/14 20:48
――【 新暦79年/地球暦10月 】――



   ― DSAAインターミドル ―

    予選4組 第1試合 終了

   WINNER! ミウラ・リナルディ LIFE 120
        ミカヤ・シェベル  LIFE 0

選手控え室に戻ったミカヤ・シェベルは、悄然と座り込んでいた。
治療魔法も掛けられてはいるが、瞳に力が戻らない。戦巫女めいたバリアジャケットも、今ではまるで死に装束のようだ。

 ……防御が弱かっただろうか? 抜刀速度が遅かっただろうか? 実体剣に頼りすぎただろうか? 剣速の、ダメージへの転化が甘かっただろうか? 待ちに徹し、当てることのみを考えすぎたのではないか? バスの車体を両断できたぐらいで、収束系魔法打撃と正面から切り結んだのは無謀ではなかったか?

なにより、天瞳流抜刀居合の使い手として、自分は持てる限りのものをあの試合にそそぎこめれただろうか?

否。……だからこそ、この敗北はある。

落とす視線の先、目に見えぬ後悔の文言が錯綜する床の上に、人影があった。

「では……、どうする」

言葉に剣気あり。だから、答えることに躊躇いはない。

「後の先こそ天瞳流抜刀居合の極意。ならば、より早くするのみ」

斬り上げるような視界の先、鴇色の髪をポニーテイルにした女性が佇んでいた。

「今回は、知り合いの応援に来ただけのつもりだったが」

その立ち姿からすると、この女性剣士も自分と同等かそれ以上の剣客だろう。感じとれる剣気は抑えられていて、判断基準にできないが。

「天瞳流抜刀居合、ミカヤ・シェベルと申します」

相手の名を聞くには、まず自分から。

「ああ、八神シグナムだ。古流ベルカ剣術の末席を汚している」

言われて気付く。直接の面識はなかったが、知己を介して知っていた名である。また、自分とは別種の有名人でもある。

「天瞳流と同じく実体剣を使うが、直刀剣術でな。
 抜き打ち技はあるが、当然、居合い術はない」

その言葉からすれば、古流ベルカ剣術と天瞳流抜刀居合は水と油だ。何らかの有益な示唆がもらえるとは思えない。

「だが、常在戦場たる古流ベルカ剣術が、取り入れる努力をしてこなかったかと言えば嘘になる」

見たいか? と引き出されたのは、鞘ぐるみの直刀だ。

「はい」

その素直さに一瞬、遠くを見やったシグナムの、まなざしに苦笑がよぎる。いったい誰と引き比べたのやら。

「1度だけだ」と鴇色の女性剣士は、両手で握りしめた剣を右肩上で振りかぶった。もちろん、鞘に納刀したままで。

「いくぞ、レヴァンティン」

 ≪ Jawohl Schienen Scheide ≫

シグナムが振り下ろす刃の、その軌道を縁取るようにして「鞘」が円弧を描く。シュランゲフォルムのように伸び、変形しながら、ガイドレールのように刃先をリードして。

ぴたり。剣尖がミカヤの鼻先紙一重。


きれいに斬られた空気が、だからそよとも揺るがない。

「落火流慧。我が一刀に斬れぬモノなし」

抜刀居合の利点の一つが、刃を鞘走らせることとその後の手首の返しによる剣閃の高速化である。ならばこの鞘走りを極限――いっそ標的に当る直前――まで延伸すればどうか。さらに、鞘走る刃に接する角度も、手首の返しに合わせて能動的に最適を維持してやれば。

擬似偏向質量を操れるなら、あるいはレヴァンティンのように鞘すら変形できるアームドデバイスを持つものなら、より早い抜き打ちを実現できるだろう。

威力も充分だ。
いまシグナムがしてみせたように、重力と自重を利用する上段からの斬り下ろしが可能で、しかも両手持ちOK。2刀同時もアリだろう。

「走りながらこなせれば、さらにスピードと運動エネルギーを乗せることもできる」

それらは、左手で鯉口をコントロールせねばならない通常の居合いでは再現しがたい。

もし第97管理外世界の示顕流が居合いをするとなったら、まさしくこのような形になるのではないか。

「居合いは苦手で、口ほどには使いこなしてはないがな」

鞘のほうに細工を施すとは云え、そもそも直刀であるレヴァンティンで居合いをやってのけることが尋常ではないだろうに、シグナムの言い草には自戒が含まれているようだ。

それを、ミカヤは異なる意味でとったらしい。

「見たからといって出来ると決まったわけではありませんが、軽々しく見せて頂いてよかったのでしょうか?」

レヴァンティンを待機状態にして「そうだな……、しかし」とシグナムが首元に提げた。

「啐啄という言葉があるそうだ」

「そったく、ですか?」

ミッドチルダには、ぴたりと当て嵌まる成句がない。
だからシグナムは、第97管理外世界で言われてるままに口にしたのだろう。かつて剣道場で非常勤講師をしていた時に、聴いた言葉を。

「ああ。第97管理外世界で、示顕流剣術の先達に教わった。
 いままさに孵化しようとするヒナが内側から殻をつつくのに応じて、親鳥が外から卵を破るように、
 道を往く者が新しい段階に移ろうとする時には、ふさわしい導き手が現れる。ということらしい」

正直ガラではないが、と呟いてシグナムは踵を返した。

「まあ、実体剣の使い手は少ないから、育ってくれるのはやぶさかではない」

そのまま立ち去る鴇色の背中に、いつまでもミカヤは頭を下げていたという。





なお、この出会いがきっかけとなって、次元世界の様々な剣術を統合した一派が成立することになる。

のちの世の「次元流」であるが、余談であろう。




****




   ― DSAAインターミドル ―

   プライムマッチ 第1試合 終了

  WINNER! ハリー・トライベッカ LIFE 1200
       エルス・タスミン   LIFE 0


一見して【風紀委員vsスケバン】の対戦カードは、「御意見無用」で「捨て身上等」な信念が幕を引いた。ある意味見た目どおり、と言っていいだろう。


「今の結界魔導師の子、残念だったね」

『そうだな。
 引きずり込まれた時、冷静に対処するか、開き直ってカウンターを狙えていれば結果は逆転したかもしれん』

インターミドル地区予選とはいえ、プライムマッチともなるとスポーツ報道されたりする。
ローカルトピックスとして映像が流れることもあるし、【熱闘!インターミドル】とか【DSAAダイジェスト】などの番組にも事欠かない。

ちなみに先ほどの中継は、緊急特番【熱闘!インターミドルへの道】であった。


「転送と無機物遠隔操作。AMF下でも問題なしの、良い執務官になれるんじゃないか?」

だから、会場に居なくとも通信中の雑談のネタにできたりするのだが。

『引かば押せ、押さば引け。つまり巻舒自在が、チェーン使いの真髄だ。
 あの決着のつき方は、その点で懸念材料ではあるが……、
 まあ、そうかもな』

評価が、妙にからい。

「? クロノはあまり乗り気じゃない?」

『いや、良い執務官になるだろうというのは同意する。
 ただ、DSAAルールに染まりきったアスリートは、規定ライフ制に慣れすぎていて、体格差や体力差を失念していることがあってな』

魔法の前にはウェイト差など無きに等しい。と、多くの魔導スポーツで規定ライフ制が主流だ。魔法が主導するミッドチルダ文化圏では仕方のないことなのだろう。

だが、管理外世界にも派遣されうる次元航行部隊の提督としては、魔力が尽きる前に体力切れで倒れられてはかなわない。

彼を知らずして己を知らずだから、危なっかしい事おびただしい。と溜息混じりのクロノは、送られてきているデータ量の衰えに気付いた。

『こっちよりも、同じ結界魔導師のよしみで無限書庫に招聘してはどうだ?
 滞りがちな文献回付や書票送達の改善を期待したいが』

「無限書庫の整理が捗らないのは、どこかの提督様が無茶な資料請求をするせいだと思うけどね!」

額に血管を浮かせながら、ユーノは視線すら割り振らない。そんな暇も惜しいのだろう。

『そう言うな。忙しいのはどこもいっしょだ』

文句を続けようとしていた司書長が、しかし口を閉じる。
通信越しに聞こえてくる打鍵音も、やはり途絶えたためしがない。


『まあ、いずれにせよ。勧誘する価値アリということだな。
 それとなく手を回してみても、損はないか』

「具体的には?」

『結界や召喚の得手とコネがあって、比較的自由に動ける知己が1人。居るだろう?』

言われて、ああ。と相槌を打つ。

「珍しいデバイスや魔法に、名目つきで堂々と接触できるとなると喜びそうだね」

『違いない』とクロノはモニターの中で、珍しくその口の端を緩めた。








「へーちょ」

かぜでしょうか? と、あゆは鼻をすすった。

季節の変わり目だから、気をつけないと。

「それとも、かふんしょう でしょうか?」

本局の特殊遮蔽内で、それはないと思うが。

「ねんのために1ど、【えすえーえす】さんに きてもらったほうが いいかもしれません」

SASと云うのは略称で、正式にはスペシャルエアサービス株式会社である。管理局のOBから成る典型的な天下り企業で、本局などの空調設備の保守点検を一手に引き受けているのだ。


ふむ。と、あゆは参考書を仕舞う。
自主的休憩時間に読んでいたようだが、いくらか予定を過ぎていたらしい。牛乳を持ち込んで淹れたカフェ・レ(脱字ニ非ズ)が、すっかり冷めていた。


さて、あゆはシスコンである。









 ……?

なにか間違っているような気がする。


あらためて、

八神あゆにはシスコンの資格がある。









 ……?

やはり、なんだか語弊があるようだ。

短い文章で過不足なく情報を表現するのは難しい。



気を取り直して。

各種魔導機材を十全かつ遺憾なく使用するための手始めに、あゆは【魔力槽取扱資格】を取得していた。【シスターン・コンポーザー】を略して、シスコンと呼ぶ。ゆえに、あゆはシスコンである。QED


ブラコンも、もしかしたら。ミッドチルダにも、ブラウザ技術があるので。

――ちなみに、対義語たるグレイザもある。複数次元で並列処理する魔導情報技術だ――


最終的に【次元航行エネルギー駆動炉取扱資格】の取得をも目論むあゆがその一環として受講しようとしているのが【魔導炉魔力槽間の魔力流調整者技能(マギ・ザップ・コンダクター)】講習、略してマザコンである。




                             おわり


Vivid5巻を読んでて、唐突にシグナム魔改造案の使い道が。
シュランゲフォルムの時とか、鞘も刀身の一部になってたんじゃないかな?とか考えてました。
当作ではチームナカジマなどの存在が微妙なので、やはりIFですが、この方面のネタが拡がるようならスカリエッティ帰還を数年早めてもいいかな。とは考えています。
対するデコメガネちゃんことエルスは当初キャロかユーノかクロノあたりがアドバイスする方向だったんですが、同じ展開にするのも芸がないと一歩引いてみたらこんな形に。AMFに阻害されている気配のなさそうなアルケミックチェーンは対ガジェットにかなり効果的だったのでは?と考えていたので、キャロの戦術考証がてらエルスと引き比べてみたかったのですが。
あと、くしゃみとか資格略称は冗談です。初稿では「へち」もしくは「ぷしっ」でした。因みに、魔力素重荷を利用している当作の次元航行エネルギー駆動炉は、俗にload reactorと呼ばれることがあるという捏造設定が。




****

おまけ(EX-2)




くろがねの伯爵は実にあっけなく、老魔導師を張り飛ばした。

無造作に近寄って、リンカーコアを奪い取る。

ろくに埋らぬ紙面に、知らず口元が歪む。


手応えも、手触りも、手穢さも、まさしく手に取るように生々しいのに、なぜか、手放したかのごとく実感が湧かない。


だから、これが最近見るようになった「夢」であると、紅の鉄騎は悟った。




****



「びぃーた おねぇちゃん」

「おう、あゆか」

振り返った先に、水色の白衣の少女。
つい最近その管制人格たるエスタを切り離したらしい【碧海の図説書】を抱えたその姿は、10年ほど前の、初めて出会った頃を思い起こさせた。



***


「びぃーた ねぇさま。で、よろしいですか?」

シグナムにシャマル、ザフィーラの呼び方が決まって、最後にヴィータの番だった。

背丈はヴィータのほうが高いが、しかしこの家に居た時間はあゆの方が長い。どちらが姉になるかで論争になるかと身構えていたヴィータは、肩透かしのあまりつんのめりそうになる。

「お前ぇが妹で、いいのかよ」

「もちろんなのです。
 どこのせかいに、いもうとよりよわい おねえさんが、いるというのです。
 びぃーたねぇさまのほうが つよいのですから、おねえさんになってもらわなければ こまるのです」

【闇の書】を抱えた少女は、これまで1人でその侵襲からはやてを守っていたという。

疲れきって、緊張の糸を途切れさせて、崩れるように気を失った姿を、ヴィータは忘れられない。レアスキルの佑けがあったとはいえ魔法のことを知りもせず、よくもまあ。

見た目どおりの、ただの小さな少女でないことはヴィータにも判る。
しかし、自分たちヴォルケンリッターなどと比べて、はるかに非力であることは瞭然だ。はやてとは別の意味で守ってやるべき存在なのだと、思う。なにより、敬愛するはやてが妹と呼ぶ存在であり、自分をも姉と呼んでくれると言う。

これからは、お前ぇも守ってやるよ。と心に秘めたヴィータは、なんだか自分が一回り大きくなったような、そんな気がして胸を叩く。

「よし。今からあた……、あたいも、お前ぇの姉貴だ。頼っていいかんな!」

「はい、なのです。びぃーた ねぇさま」

ヴィータが何故、自分のことをあたいと言い直したのか、口にした本人もよく解かってないだろう。しかし、推測はできる。

妹の前で、頼れるカッコイイ姉で在りたいと思ったのではないかと。

「けどよ、『姉さま』なんてガラじゃねぇぞ」

「それでは、……びぃーた おねぇちゃん では?」

まあ、そんなとこだな。と無関心そうにそっぽを向きながら、しかしヴィータのまとう空気はどこか柔らかい。


薫風いまだ微温からぬ早春の――しかし日差しは、うららかな――昼下がりの一幕、であった。


***



「いまから、おかえりですか?」

「いや、第58管理外世界の次元震で、出場待機だ」

そうですか。と、なにやら残念そうなあゆは、しかし何か思い立ったらしく、提げていたリュックからケースをひとつ取り出した。
【ヴィータお姉ちゃん】と油性ペンで書かれた透明なプラスチックケースの中に、弾薬らしきものが幾つか。

「これを、もっていってください」

「ん? コンティニュアルカートリッジか?」

何で今さらと首をかしげたヴィータに、あゆの笑顔。

「びぃーたおねぇちゃん と【ぐらーふあいぜん】ように ちょうせいした、とくべつせい なのです。
 へんかんこうりつは20ぱーせんとあっぷで、ふたんは10ぱーせんとだうん なのです」

「ふうん、……って、まさかこないだのヤツか?」

「はい。なのです」

一ヶ月ほど前だったか、あゆがいきなり胸を触らせてくれと言い出したのは。

はやての悪い癖がついに感染したかとシグナムやシャマルが嘆いたが、実際に触ったのは胸の谷間、胸骨の上だった。そもそも、触るのは手段に過ぎず、リンカーコア内の魔力素分布を視るのが目的だったらしい。接触した上で相手の協力があれば、格上のリンカーコアでも視れるのだとか。

「アイゼンに記録させときゃ、いいんだろ?」

「はい。おねがいします、なのです」

 ≪ Mit Vergnugen ≫

きらりと、ヴィータの胸元でその愛杖が光を撥ねた。その時である。

  ≪≪ 出動要請! 航空隊第1321部隊は直ちに第526ブリーフィングルームに参集せよ。繰り返す、…… ≫≫

「おっと出場か。行ってくる」

「はい。おきをつけて」

災害救助任務だから、あゆは「ごぶうんを」とは言わない。

駆け出したヴィータは、しかし一度だけ振り返る。小さく胸元で手を振るあゆの姿が、10年前と同じだった。



****




魔法プログラム体であるヴォルケンリッターには本来、睡眠そのものが必須ではない。

それこそ文字通りに不眠不休であるじに仕えていたことも有ったと、ヴィータの薄れかけた「昔」の記憶にもある。

けれど、ここに来て、やさしいあるじに出逢えて。
ふかふかの布団で眠ることを教えられた。まどろみの中に、安らぎがあることを知った。そうしていつの間にか、ヒトが見るという「夢」らしきものさえ、見ることを覚えていた。


はじめの頃は、戦うことでしか奪うことでしか何かを得ることができない、少し痛くてつらい「昔」ばかりが訪れてきた。

今では、ここに来てからのことが多い。
ただの家族として迎え入れてくれたはやてと、ノーロープバンジーさながらの無謀さで【闇の書】に抗しようとしてた少女に、出逢ってからのことを。

たとえば、ノロイウサギのヌイグルミを買ってもらったことを。
たとえば、ハーケンダックのアイスクリームをしこたま食べたことを。
たとえば、お風呂でお互いの背中を流し合ったことを。
たとえば、夢の中だというのに、なぜか公園の芝生でみんなで昼寝していたことなどを。



しかし最近は稀に、見憶えのない「昔」のことを見ることがあった。


「それは、あたしの獲物だっ!!」

自分の声に驚いて、ヴィータは跳ね起きた。

そうして、獲物を横取りしかけた味方を攻撃しようとしたことが夢だったと知る。


荒い息が、やけに耳につく。

輪番待機などで独りきりで寝ているときは、なぜだか夢見が悪い。シーツが、寝汗でぐっしょりだ。

 ≪ Bist du in Ordnung? ≫

あるじを気遣う問いかけは、その胸元から。

「ん? ……ぃや、問題ねぇ」

 ≪ Gute Besserung ≫

あんがとよ。と袖口で額を拭う。

夢の中のヴィータは、ヴィータの知らないヴィータだった。ヴィータの憶えてないヴィータだった。かたくなな鉄槌の騎士で、まさしく紅の鉄騎だった。悲しくて、怖くて、イライラしてた。

常に先陣を切って戦っていたヴィータの前には、気付けば何もなかった。
周りのモノも、みんな壊れてくばっかりだった。

誰かに踏み躙られるぐらいなら。と、大切なモノを自ら砕きかねない自分が居た。


「そうか、3つ前か」

ほかの「昔」の記憶と、夢の中の自分の記憶を突き合わせ、そう結論付ける。ほとんど憶えてなかったのは、特に酷いあるじだったことと関係が有るのだろうか。

「あたしの獲物、……か」

手に残る感触を再確認しようとしたヴィータは、覚えた違和感の在りかがそこにないことに気付く。

「“あたい”じゃなくて、“あたし”だったな」

そう気付いてみると「その時」「その時」で、自身の呼び方はおろか性格すら違ってたことがあることに思い至る。

召喚された時期や相手や状況や周囲の環境が異なれば、それに応じて自分も変容していたのだろう。
たとえば、あるじが好きか嫌いか。
たとえば、あるじが男か女か。
たとえば、命令は過酷か穏当か。
たとえば、周囲の人間は冷たいか暖かいか。
たとえば、「前」の自分が、自分の有り様に満足していたかどうか。
そもそも、「それ以前の記憶」を、どれだけ憶えているか、とか。

振り返ってみて、自身の根っこのような部分にブレはないとヴィータは安堵して、「いろんな自分が居た」と、息を漏らした。

そう自覚すると、その「いろんな自分」が降り落ちてきて、積み重なるような気がした。まるで、たくさんのページを重ねて1冊の本ができるように。

ずしりと、重い。ヴィータと云う名の本。あるいは日記、自伝か回顧録、……いや、持て余していた熱気を夜天が放散してくれる――鉄槌の騎士にとっての一番星が輝きだす――までの終わりなき茜空を、あえて【暮れないの履歴書】と呼ぼう。


開かないページも、まだ有るに違いない。

しかしヴィータは「そう言えば」と思い出す。
自らのことを“あたい”と呼んで、ことさらヴィータを年下扱いする若いあるじが居たことを。
ヴィータよりも幼いあるじだった時に、自身を“あたい”と姉貴ぶって呼んでいた時のことを。

「……そっか」


ベッドを降りたヴィータは、仮眠室を後にする。

幸いなことに待機時間はちょうど終了だ。引き継ぎを済ませて、通路へ。

今からなら、特遮二課に寄って、それからクラナガンに帰れるだろう。




                             おわり


このおまけ話がムダに3層の入れ子構造なのは、紆余曲折があったからです。
最初は無印篇5話の1エピソードとして、次にStS篇アフターの#75-1で思い出話として。そうして今回「夢で、憶えてない過去を思い出す」というエピソードを加えてようやく発表に至りました。返信メールで原型を読んで下さった方々には今更ですが、色々と変わっているので再読くださると幸いです。

ヴォルケンリッターを考察し、ヴィータを考察した時、私が気にかけたのは「リインフォースIIが作られる際に、はやてに自分より年下にしてくれと頼み込んだ」という点でした。そこから何をどう考察したのかは省くとして、では「はやての所に来た時点で、自分より目下の人間から姉と慕われたらどう変化するか」の象徴が「あたい」でした(例えばザフィーラは別の人生(?)で「俺」と名乗ってます)。いずれにせよ「原作との差異」が理由なので当然メタで、これまで巧く作中で言及できずに居ました。
Vivid5巻収録の「夢で過去を語らせる話」をヒントに、今回ようやく納得の行くカタチになった次第です(なのはTypeが手に入っていればもっと早く…orz)結果、おまけのほうが重苦しくなってしまったので、本編のほうにことさら軽いオチをつけることに(苦笑

ともかく、これで肩の荷が一つ、下りた心地です。残るは「うち」ですが、その話を一般公開できるカタチに纏めなおせたら、それがこのシリーズのピリオドでしょうね。

なお、このおまけ読後に#5とか#75-2とか#77-1あたりを再読くださると、それぞれ当時の執筆時点でのつながりを感じていただけるかも。




****

おまけのおまけ




「しみじみとおいしい。なのです」

過剰な糖分を歓迎する一方で、食物が本来持っている甘みをありのままに愉しんだりするのも、八神あゆという少女であった。

そういうワケで、彼女のベストスイーツは、

「干し柿さんって、食用の品種じゃないんですよね?」

柿。

別けても、干し柿であった。あんぽ柿なんかも捨てがたいようだが。


「ええ。
 とても くちにできないほどの【しぶみ】を、ほしたりして【ふようか】するのだそうです」

不溶化などと使ったこともないような単語を口にするあたり、偉い人の受け売りに過ぎなさそうだが。


「柿さんも、美味しくてたいへん偉いですけど。
 干して甘くすることを見出した昔の人も、すごいですよね」

もう一口、愉しんで、キャロ。
使役竜であるフリードリヒも当然ご相伴に与っていて、「きゅくぅ」と賛同。

乱暴な言い方をすれば、フラボノイドとかアルカロイドといった成分は、植物がその自衛のために獲得した毒薬だ。
柿に見られるタンニンもそうしたポリフェノールの一種で、それらを制し、むしろ利用するのがヒトの業前と云うものだろう。


「おいしい。は、せいぎ。なのです」

柿も、ヒトのワザも、旨さという口福の前には平等と言わんばかりにあゆが、砂糖たっぷりの紅茶をすすった。

あゆらしい断定を冗談ととったらしいキャロの、口元に含み笑い。

「一応、賛成です」

こんな美味しい正義なら争いも起こりえまい。と云うのは希望的観測が強すぎるだろうが。


さて、弓状列島が原産とも云われる柿はとうぜん次元世界にはなく、伝統的な保存食であることと相まってエキゾチックな手土産として歓ばれている。

とは云え、キャロに干し柿を食べさせるためだけにスプールスに出向いてきたあゆではない。

――機動六課に出向したことのあるキャロは、デバイスのメンテナンスなどに便宜が図られる――

そうしてケリュケイオンのブラッシュアップも終わり、手土産を茶菓に休憩中、なのであった。

「あの~」

なのであった。

「あのですね?」

で、あった。

「僕のこと、忘れてません?」

忘れてません。

やはり六課へ出向経験のあるエリオは、たまたま時期が一緒だったためキャロ――より正確にはフリード――と組んだことがある。

そうして優しい少女に感銘を受け、スプールスの自然保護隊へと転属を願ったらしい。


閑話休題。


「あれ、この男の子、召喚術師なんですか? 二つ名が「バードマスター」となっていますけど」

応接セットのテーブルの上には、空間モニターが浮いている。

管理局からのスカウトの一環としてアスリート達と接触したあゆが、
話のタネにインターミドル大会の参加者リストを表示させていたのだ。

キャロはおそらく、自身と同じ召喚術師かもしれないと期待して注目したのだろうが、相手が男(の子であるが)とあって、エリオは若干落ち着かない。

そうしたエリオを一見冷ややかに眺めていたあゆは、氷点下に見える視線とは裏腹な、微笑ましい心の裡でキャロの勘違いに気付く。

【バードマスター】と云う称号は、そもそもミッドチルダ語ではないし、もちろん【鳥使い】という意味でもない。

「かれの ふたつなは、【べるか こご】なのですよ」

? と疑問符を浮かべる2人にあゆは、一枚の画像データを見せた。フィニッシュブローの決定的瞬間である。

「えええー!?」

話しの流れとして当然、写っているのはその男の子の姿。しかし、その手には……、

「鉄板? いや、斧? ……ですか?」

エリオが見間違えるのも、無理はない。

時代錯誤な応援団が掲げる校旗かと見紛うような大きさの【斧】が、握られていたのだ。


「いおた・あすこな。
 【こりゅう べるか ふじゅつ】の けいしょうしゃ、なのです」

古流ベルカ斧術はその名の示すとおり、シグナムが修めている古流ベルカ剣術と同地域に起源を持つ兵法である。
ただし、先史時代からコールドスリープしてきたような烈火の将とは異なり、細々と一子相伝だったようだが。

それにしても。と、あゆは口元をほころばせる。
目前の少年の姉であり、その隣に座る少女の指導教官の一人でもある流麗な女性の姿を連想したからだ。

「【ばるでぃっしゅ】の【ばるで】は、【べるか こご】の【ばーど】が、ごげん。なのですよ」


そう。「バード」は、ベルカ古語群で【斧】を意味する。しかし、なぜか「マスター」はミッドチルダ語でも今古ベルカ語でも、現代英米語ででも同義であるのだが。




                              おわり


ながらく私は、ミウラのことを男の子だと思ってました。
しかし5巻でスカートを穿いていて「おや?」っと首をひねることに。読み返してみれば3巻の時点で「秘蔵っ娘」と記述が…orz
言い訳ではないのですが、本人もヴィヴィオのことを「兄弟子」とか呼んでいて微妙に紛らわしい。
つかミウラが女の子だと、主な出場選手に男性が居ないことに。
特に言及されてないけど、実はvivid本編中のインターミドルは女性大会なんでしょか? 男性大会は別日程とか? そもそも女性限定とか? そうでもないと、男性の影が薄すぎる。たしかにリリなのは【魔法少女】なんだけど。【魔法少女】だけれども。大切なことなので2度言いました。
と云うワケで、影の薄い男性選手をクローズアップすべくオリキャラを模索、名前はミウラに対してイオタ。姓はヴォルケンと同じメーカーから、スポーツ選手なのでWRCホモロゲーションのある車種を選びました。
さて、前回の引きでキャロの戦術考察を始めようとしたのですが、とある文言に反応してエリオが急に自己主張を始めてしまったので、こんなカタチに落ち着きました。なので、今回のト書きは屋良有作ボイスで脳内変換がデフォルトです。
ちなみに、私の記憶と情報源が確かなら、バードというのはドワーフ語で「斧」という意味だった筈。

あと、なんで「おまけのおまけ」かというと、サブタイトルがかなり難しくなってきていることと、あくまでインターミドルに付随するオハナシだから。



[14611] #84-1[IF]街はなのはがいっぱいなの【ネタ】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:7b9a7441
Date: 2011/10/12 09:56
――【 新暦84年/地球暦3月 】――




石畳の街路に、人影があふれていた。

レンガ造りの壁沿いに、居並ぶ露店商たち。

今日は、何かの市だろうか?


「お姉さん、その薬草ひとつ下さい」

「はいよ。6ドラクエね」

萎びたヨモギっぽいものを指さしていた少女が、ポケットを探りだした。

栗茶色の頭髪は、白いリボンでツインテールにされている。同じく白いドレスは青いラインで飾られて、アクセントは胸元の赤いリボン。手にした杖は、紅玉と黄金の組み合わせ。

「……4、5、6っと。はい、銅貨6枚です」

「はい、確かに。ありがとね~」

お金を受け取った露店商の女性は20歳くらい。
こちらも栗茶色の頭髪を白いリボンでツインテールにしている。やはり白いドレスは青いラインと黒いパーツで飾られているが、胸元に赤いリボンはない。手にした杖は、紅玉と黄金の組み合わせではあるが、とがっていて刺さりそうだ。


「んしょ」

格納領域に仕舞いこんだのか、手元からヨモギっぽいものを消してみせた少女が、通りをとてとてと北上しだした。目指しているのは本日のメイン会場、コロッセウム。もう始まっているらしく、歓声と爆音が聞こえてくる。

「あっ!すごい、映画版だ」

見かけたのは、彼女に良く似た少女の姿。ただし、胸元はリボンでなくてブローチ。

要は、この3人に関わらず、いまこの町に集まっている人物が全員同じような顔で同じような出立ちをしているのだ。

目の色が違ったり、髪の色が変わっていたり、デバイスが長杖でなかったり、バリアジャケットのデザインが微妙に異なっていたりするが、それは誰か?と尋ねれば、100人中100人が「高町な○は」だと答えただろう。



 「フルパワー、フルスロットル!」

 「フォラー、アインザッツ!」

カウントダウンを始めた金髪碧眼の子供な○はに向かって、槍型アームドデバイスを構えた大人な○はが突進していく。

 ≪ Bruch Schieben ≫

 ≪ Stellarator・Breaker ≫

高速突撃砲と収束砲撃が、ほぼ同体。盛大な爆煙が視界をふさいだ。



ミッドチルダには【魔法戦記】というVRMMORPGが存在する。

空間シミュレート技術を最初に導入したオンライン格闘ゲーム【Force】からスピンアウトした、現在一番人気のRPGタイトルだ。

五感中、味覚と臭覚こそ再現されてないものの、触れる仮想空間で、誰でも魔法が使えるとあって好評を博していた。



『3回戦、シューティングアーツファイター・オーキッド対リッヒトドラッヘ。まもなくベット締め切りま~す』

「あれ?天竜姉妹が別行動って珍しくね?」

「個人戦だかんな~。
 規定で、プレイヤーロールのユニゾンデバイスはデバイス扱いされねぇんだ」

「それで、あのオッズか。納得。
 10ドルばかし賭けてみっかなぁ」



もちろん、仮想空間内での姿は自由にデザインできる。
そうなると当然、実在の人物や架空のキャラクターのそっくりさんで溢れかえるのは古今東西変わるまい。

高町なのはクラスの有名人ともなると、1人だけでオンリーイベントが組めるほどだ。


無論、肖像権や管理局部外秘の情報もあるので、まるっきりそのまま、と云うわけでもない。誰も、どこかしらデザイン違いにしたり、本人とは異なる意匠をあしらったりしている。イベント名も伏字で表記される。

と云うわけで、地球暦で3月15日にあたる本日は「な○はDAY」なのであった。



**



さて、当日深夜。


554: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:61:36 ID:Y0xsME1d
で、第六天魔王だれ?

555: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:61:42 ID:8hG53$s1
>>541
オクの話はすんなって言ってんだろドブラ

556: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:62:81 ID:S1saYxc3
公式逝け

557: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:63:92 ID:v25DpcIq
ファブれ

558: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:64:73 ID:1Daq9k%4
558は でぃ~んす されました

559: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:66:98 ID:5g3pV71s
>>554
ユミれ

560: ヒマシ油は日増しに非魔導師 84/9/34 11:67:32 ID:ms6&xaku
ドブラってなんだと前から思ってたので調べてみた……ビヴァークンの方言だったのね

561: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:68:71 ID:vfo1v21k
そこを広げられても困る

562: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:69:12 ID:x33A9LD2
第六天魔王って何?

563: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:70:36 ID:9Ks27fv8
パークロードのVRシアター、受付の子が可愛いんだよね~

564: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:71:59 ID:Al8h4F2I
>ファブれ
Arthropoda-Searchで何しろと

565: 魔導師は惑うし ◆5AS0Te%d 84/9/34 11:73:23 ID:tSA90Ls1
>>554
変な略し方するなよ
>>562
第6天界魔導王のコト
第6鯖での6回目のオンリーイベントに因んで、今回のトーナメント優勝者に対して贈られた称号。ココ発祥なのでヨソでは通じない。価値もない

566: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:75:44 ID:jgF2d&t9
566は でぃ~んす されました

567: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:76:09 ID:Mf3b&3k4
Cicadiniのナッコロ煮でも作れってんじゃね>Arthropoda-Search

568: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:77:85 ID:x33A9LD2
>>565
トンクス

569: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:78:23 ID:KL48j4t1
ちなみに優勝者は、ナシノハナ20さんな

570: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:82:92 ID:G1vB&3o0
パークロードの?普通じゃん

571: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:83:01 ID:P1ei28Es
あ~、あの人か

572: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:84:67 ID:L1Hasy92
荒れた?

573: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:85:36 ID:9Ks27fv8
>>570
お前の目は節穴か

574: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:86:33 ID:pDF12y31
それほどでもなかった

575: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:86:87 ID:K1Fsa03b
なに、有名人?

576: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:87:21 ID:iK86Fda2
576は でぃ~んす されました

577: 魔導師は惑うし ◆5AS0Te%d 84/9/34 11:88:98 ID:tSA90Ls1
>>575
有名人というか、変人。二重人格者?
普段はおとなしい……と言うか奥ゆかしいのに、対人戦闘中とその後しばらくのあいだ黒くなる

578: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:89:09 ID:jg6%fsh3
お前らスレチも大概にしろ
>ID:9Ks27fv8,ID:G1vB&3o0,ID:P1ei28Es,ID:K1Fsa03b

579: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:89:13 ID:pDF12y31
>>575
戦闘中に言動が物騒になるヒト「貴女もさっさとミッドへ帰れ」とか「遊んであげるわ、nut on nerd」とか

580: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:89:81 ID:JKl34h21
今日もヤジに「お前はルクシオンバスターで灼かれて死ね」って怒鳴り返してたな

581: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:90:32 ID:l9&dFr47
あれは、使ってる非実体型ユニゾンデバイスの影響かね?

582: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:90:40 ID:kh6%fUi9
スレチというか、心得違い

583: 575 84/9/34 11:90:41 ID:K1Fsa03b
え?オレなんかした?

584: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:91:02 ID:ld0Os7Yz
今回の優勝コメントなんか「このサーバーにもう興味はない。次のサーバーに探しに行くことにするわ」だしなぁ

585: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:91:38 ID:Nj37hj&1
>>578
DINS指定してスルーしとけよ

586: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:92:52 ID:Kdso9c12
ある意味漢だよな~。あの姿と低ボイスで言うの止めて欲しいケド

587: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:92:62 ID:z0Okssk1
>>581
人格に影響を与えるような仕様はないはずだが、ファナティックやバーサークの一種としてみればアリかもしれん
まあ、ああいうロールプレイか、単なるトリガーハッピーの可能性のほうが高そうだが

588: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:92:78 ID:lk+ca05r
本人か、局からクレーム来たりしないのかね

589: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:93:11 ID:p@8Yd5n2
>>578
ID:P1ei28Esは571へのレスだと思うぞ

590: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:94:33 ID:Jhw70f1m
あんなゲーム気にするほど本人暇じゃねぇべ?局にしたってさ

591: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:94:36 ID:cH74Kwq9
一応、他人の空似ってことになってるしな

592: 魔導師でも暇同士 ◆Zx+1aId 84/9/34 11:94:41 ID:Yfd9Nsa6
ま、あの人はnan0ha-editer組にしては似てない方だし

593: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:95:23 ID:Le1Ha3ex
そういう意味じゃ壮観だよな。どこかが違う人たちだらけ>オンリーイベント

594: 578 84/9/34 11:95:72 ID:jg6%fsh3
あっ、流れ的にその可能性大だな。スマン>>ID:P1ei28Es,ID:K1Fsa03b

595: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:97:11 ID:sDW89iv0
>>593
ちょっ、おまっ!IDレイハさんじゃねぇか!!

596: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:99:36 ID:Dfe93Ms4
596は でぃ~んす されました

597: 非魔導師は暇同士 84/9/34 11:99:98 ID:Nds9M21x
レイハさん降臨キターーーーーーーーw

598: 非魔導師は暇同士 84/9/35 00:00:21 ID:Qlo9D6g2
>>593
レイハさんGetオメ

599: 575 84/9/35 00:00:33 ID:K1Fsa03b
誤解でよかった。キニシテナイゼ>>594

600: 非魔導師は暇同士 84/9/35 00:00:78 ID:T6&5rx78
>>595
気付いたオマエも凄い

601: 非魔導師は暇同士 84/9/35 00:00:79 ID:gP95Asa4
600なら本人降臨

602: 非魔導師は暇同士 84/9/35 00:01:15 ID:Hsa6%30u
レイハさん降臨祭だ~~~~~~~!!



……どこの世界も、さして変わりないようだ。



                                        おわり




機会があれば書いてみたいのがMMOモノです。ネタや構想があるわけでもない上に、そもそもオンラインゲームをしたことがないので書く資格すらないのですが(苦笑)
ミッドチルダにもオンラインゲームはあるだろうし、あの技術力ならVR化も不可能じゃないだろうということで、今回のこのネタでした。

また、掲示板形式も一度やってみたかったものです。普通この手のネタは作中人物がお互いそうと知らずに遣り取りするのが王道なのですが、そんな暇な人居ないだろうなぁと云うことで、全く無関係のモブキャラたちの誰得展開ですが(でも実は、1人だけ)。

なお、人格に悪影響を与えるユニゾンデバイスは、StS?篇悪人ルートプロット時に在り得たかもしれない4人目の融合騎用のアイデアでした。

因みに小ネタに使った通貨単位は、ドラゴンクエスト+ドラクマ=ドラクエ銅貨。ティアリングサーガ+シリング=ティアリング銀貨。伝説のオウガバトル+オーストラリア・ドル=オーガバ・ドル金貨。となってます。




****

おまけ

――【 新暦70年/地球暦4月 】――



なにか、たれている。

八神家の庭先、芝生の上。

べったりと、たれている。

やわらかい日差し、うららかに。

ずいぶん、たれている。

どこからともなく、桜の花びら。

やっぱり、たれている。

たれているのは、少女であった。

まぎれもなく、たれている。

うつ伏せに、腕をひろげて。

かなり、たれている。

黒髪に、水色の白衣。

どうにも、たれている。

あゆだ。

たれきっている。

たれあゆだった。





「……まったく、人騒がせな子ぉや」

見かけた瞬間、倒れているのかと思って駆け寄ろうとしたはやてである。ザフィーラが止めてなければ、ちょっとした騒動になっていただろう。

「で?あゆはいったい、なにしとるん?」

まさか学校でネイチャリングでも流行ってるんやろうか?などと考えつつ、ソファに。

「なんでも、魔力素を大地に還しているのだそうです」

リビングに居鎮まっていた蒼き狼は当然、コトの成り行きを最初から知っている。

「魔力素を?」

振り返るはやてに「はい」と応え、ザフィーラがソファのそばに。

もしここにミッド式でもベルカ式でもない純正の地球式魔導師が居れば、それがグラウンディングと呼ばれる魔導師の責務だと教えてくれただろうが。

「我々魔導師は大地から魔力素を奪っているのだそうで、過ぎれば荒廃を招くと申していました」

ふうん。と、はやて。

そう言われても、ぴんとこないのだろう。
あゆのようなレアスキルでもないかぎり、自身の魔力が何処からもたらされているか、なんてことに実感が湧くはずもない。

吸ってる空気が右から来たか左から来たか、などと気にするようなものなのだから。

「魔導師が8人も暮らすこの家は、植木や芝生からしてみれば沙漠寸前だそうで」

大地の魔力に最も接し、その導き手となるのが植物たちだ。彼らを通さずに魔力をやり取りすることは本来、自然の摂理に反する。

「言い分は解かるんやけど……」

あんなところで倒れられていると、初めて会った時を思い出してなんだかせつないのであった。




「そすうが1ぴき」

クールになるには、ソスーを数える。

「……そすうが2ひき」

単調な作業を繰り返す時の、集中力維持にもいい。

「…………そすうが3びき」

【ソスー】は第19管理世界に生息する、羊のような生き物だ。「びーくーる、びーくーる」と啼く。

「………………そすうが5ひき」

ソスーは、なぜか4匹では群れを作らないから、4匹目を数えないのが慣例である。

「……………………そすうが7ひき」

6匹目も、同様。となると、1匹しか居ない場合は群れとは言えないので1匹目も数えるべきではない筈なのだが、なぜか勘定に入れるのがお約束らしい。

「…………………………そすうが11ぴき」

8匹目、9匹目、10匹目は、新しい群れを作るべく独立するのだそうな。

「………………………………そすうが13びき」

数えると確実にクールになれるが、なぜか眠くもなる。


    「……」

寝息ひとつ、たてないが。




「あゆちゃ~ん」

玄関側から直接テラスに入ってきたのは、シャマルである。買い物帰りらしく、手にはエコバッグ。

「休憩にしませんか?」

ほとんど日向ぼっこで、休憩の要るような作業ではないが。

「しゃまるねぇさま……?」

あゆの顔が少し振り仰ぐ。時速4せんちめーとる。

実際、居眠りしていたのだろう。シャマルのほうを向いてるのに、まぶたが開いてない。

はい。と、あゆの鼻先に置かれたのは黒いアルミ缶だった。

「んにゅ」

うっすらと開けた視界の中に、黄色い果物の意匠。


「……ばななこーら?」


この奇妙な飲み物は、まだ日本に実在していたのです。   ……たぶん




                                        おわり




ほのぼの話をリクエストされていたのに、書いているうちに設定の解説話と小ネタ集に……orz。
使いようのない小ネタとか没ネタが、浮かばれもせずお蔵入りしているのですよねぇ(苦笑)

なお現実のバナナコーラは宝酒造の商品ですが、この世界では殺劫食品公司製品だと思われます。

special thanks to 悠さま。ほのぼの系の話とのお題でリクエストを戴きました。



[14611] #79-ex [IF]思い出は時の彼方なの(前編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:309fc8f8
Date: 2012/02/14 20:45
――【 新暦75年/地球暦5月 】――




「太陽は赤い蟹だと仰ったのは、何処の世界の芸術家さん。だったでしょうか?」


朝はガサガサと這い登り、透明な液体の中を泳いで。

昼にツメを伸ばして、盛んに獲物を突つき回すのだそうです。


しかも此の世界のカニさんは、

「つがいと来てます。暑苦しいコトこの上ないですね」

このバカップルどもめ。早く夕方になって、血を流しながら沈めばいいのに。リア充爆発しろ、なのです。

ああっ! だからと言って南風雲なんかと組んでヤコブのハシゴを下ろさなくたっていいんです。Powを奉じた憶えなんかありませんよ。

ええい、止しなさい。鬱陶しいですね。ハエ雲だけに。


……ふう。

こんな茹だるような暑い日(dog days)は空調の効いたアジトの底で、ウェイリング・ウォール相手に壁紙でも張ってるのが吉でしょう。基地だけに。

今度、ローラ・アシュレイ・ウィルクスにでも行きましょうか。今すぐ風と共に去りたい気分、なのです。


まあ、暑いのは真っ赤なカニカップル達のせいばかりではありません。


視線を戻せば……、


囂々と、焔が逆巻いてます。

滅々と、灼き尽くしていきます。



それでもまだ、地下に到る洞窟にすら辿り着いてません。

こんなことなら、攻城弓の研究でもしておけばよかった。なのです。

ゆっくりとコーヒーで一服、できたでしょうから。


  ……バリスタ違いですか。そうですか。



それにしても、燃え盛る炎を指して『紅蓮』などと言い始めたのは、誰なんでしょうね?

「大毘婆沙論に於ける、八寒地獄の第七。
 或いは長阿含経の十寒地獄中の第十、閻浮提の下にある八大熱地獄の隣り。
 ……だった筈、なのですが」

不完全な戦闘機人化の結果ながら、この舌下神経は回復しました。

なのに……、よく回る舌に気を取られて思い起こすのが、手術台の無影灯の光ではなく、湯煙の向こうの記憶なのは、何故なのでしょう?




****




「ぶしのなさけ、なのです」

恩に着るよ。と異界のフェレットが、よりいっそう小さくなるように身を丸めた時である。

「あゆさん。よろしいですか?」

ほとんど毛玉と化したユーノを背後に庇う形になったあゆに、月村忍が声をかけたのは。

展望風呂から少し離れたこの一角には――無心で花崗岩になりきっているユーノを除けば――、2人しか居ない。

その機会を窺っていた。……と見るのは、穿ち過ぎか。

「なんでしょう?」と小首をかしげるあゆが、あまりにもあどけなく見えて、どうにも忍はその愁眉を開けない。


「……」

何度かの逡巡のあと、弱々しい微笑と共に、ようやく口を開く。

「……例の組織のことで、判らないことがありまして。
 おそらく、ランク付けだとは思われるのですけれど……“S”とか“A”、あるいは“B”や“C”と云った符牒をご存じではないでしょうか?」

月村忍の語るところによると、暗殺者養成施設から押収された資料の中、子供達のカルテにそれぞれアルファベット1文字が書き殴ってあったのだそうだ。
問い質そうにも、生きて捕えた教官たちは大抵下っ端で、書面に手書きされるような非正規の情報などは知らないと嘯いてるらしい――もちろん、自爆テロで使い捨てられる身に過ぎなかった少女が教わろうはずもない――。

しかしあゆは偶然にも、診察中の医師の呟きを憶えていた。

そこから類推できることは、ある。


「ちなみに、わたしの【かるて】には?」

疑問形でありながら、それは単なる確認だ。

いや、そうであって欲しくないとの、願望だったか。


「……」

問われた忍にとって【49-12-54】のカルテ内容は、わざわざ思い出そうとするまでもないシロモノである。
下手に見せないほうがいいだろうと現物は持ってきてないが、「成長ホルモン分泌系破壊時に舌下神経系損傷。要廃棄処分」なんて記述、忘れようがなかった。

「……あゆさんのカルテには、“B”と書かれてました」

あゆとて、もちろんそれだけでは確定できない。

「13の【かるて】、ありましたか?」

それは1度だけ臨時講師に来た、現役No.1スナイパーの番号である。「俺もここで育った」と言っていた。

なんでもこの世界にはジンクスがあって、2と13の数字を背負ったモノは成功する――ちなみに007は乾坤一擲とか背水の陣とか身投げ同然などを示す数字なので、名乗りたがる酔狂者が少ない――のだとか。


「たしか……、」

訊かれるとは思ってなかった数十期前の情報を、しかし忍は憶えていた。

       「……“A”だったかと」


……

そうか……、そうかそうか。

そういうことだったか。と、あゆは得心したのだろう。

能面のように表情筋から力が奪われていくさまを、月村忍はただ見ていることしかできなかった。

「“えす”は おそらく【すまーと ぼむ】という いみ、かと。
 【てろ】などで、こうりつてきな ばしょで じばくできるだけの はんだんのうりょくが ある。と、みなされた こ なのです」

え!? と驚く忍をよそに、あゆはいっそ淡々と。

「【らんく】としては、うえから2ばんめ、ですか」

いや、それがなけなしの感情でも、消さなければ、封じ込めておかねば、耐えられなかったのではないか。


「“えー”は、きっと【あさしん】という いみ。
 あらゆるものを りようし、もくてきをたっせいして、かえってこれると みこまれた こ たち」

カルテに書き込まれた符牒はすなわち、子供たちの能力を見越した上で行われたであろう、使い道の選定――これから屠殺する牛がどれほど美味いかと、食べる前に、やれA-4だ。いやB-5だ。などとランク付けしているようなモノ――だったのだ。


もちろん、目指すべきは生きて還って来て何度でも使える暗殺者、符牒Aことアサシンである。
しかし、そこまで育つのは精々全体の数パーセント。四捨五入どころか二捨三入でも危うい数値で、1人も残らないことだって珍しく、ない。

全く無意味に野垂れ死ぬ前に、せめて自爆テロなどで使い潰すのが慈悲。と云う、度し難く、救いようのない世界の話であった。


「“びー”は【ぶーびー とらっぷ】という いみ、でしょう。
 もくひょうのしゅういに ふりまいて、もちかえらせることで、ないつうさせたり、はかいこうさくをさせたりする こ なのです。
 じりきでは、ごくひりに せんにゅうできない れべる と、いうことなのです」

あゆは今、はっきりと悟ったのだ。
自爆テロで使い棄てられたであろう落ちこぼれとは云え、仮にも暗殺者教育を施されていた自分が何故、はやてのことを無警戒に受け入れられたのか。
どうしてああも素直に、庇護下に入ったのか。

なんてことはない。
好意を向けてくれたものに好意を返すよう、マインドセットされていたのだ。


あゆが殺戮機械として中途半端だから、人として残されたものがまだあったから、はやてを好きになれたのではない。

あゆが自爆テロ要員として仕上げの段階に入っていたから、好意や興味を向けた者に従うようプログラミングされていたから。……だったのだ。


待って! と声を上げかけた忍をやんわりと身振りで制して、しかし、あゆは笑顔。

明らかに作っていると、まるわかりで。


「“しー”は、たぶん【ちぇいさー】といういみ、なのです」

乳白色ににごった湯の下で、あゆはその脇腹をつねっていた。
脚にはもう感覚がないから、ふとももに爪を立てても意味がない。

「はんだんりょくが ほとんどなくて、しじされたものを おいかけるのみ。
 ほとんど【はっしんき】あつかい。
 あるいは、【じらいげん】などを ただ つっきるためにつかわれる こ なのです」

悲しくないかと言われれば、そのとおりだと答えるしかないだろう。
狂おしくないかと問われれば、そのとおりだと泣き叫んだだろう。

今も、脇腹の痛みがなければ、涙を堪えきれたかどうか。




それでも、それでもだ。

人体というものに多少の理解を持つあゆは、――条件反射程度ならまだしも――ヒトの感情や行動様式などを固定し続けることが難しいことを知っている。
薬物で維持していたなら、とっくに代謝できているだろうことを感じてはいた。


だから、だからである。

はじまりこそ薬のせい、ブレインウォッシュのせい、マインドセットのせいだとしても、今は違う。

今はもう違うと、信じられるのである。信じるしか、ないのである。


大事なのは今。
そしてこれからだと、小太刀二刀流の剣士にさっき教えられたばかりではないか。

未来を貰ったばっかりではないか。


「ごめんなさい。
 すいてい できるのは、それくらい、なのです」

先に謝られてしまっては、月村忍に出来ることは殆どない。せめて、と湯を掻き分け、あゆに寄り添おうとした時だった。

「恭也が泣かした女の子って、この子かしら」と、湯煙に人影が増えたのは。




*****




ふ、と意識が引き戻されたのは、過去の湯煙が、目前の硝煙と重なったから。なのでしょうね。

視界内を覆い尽くすのは、泥沼に根を張って艶やかに花開いた、紅蓮の地獄。なのです。


しかしながら、諸経に於ける紅蓮地獄と云うのは、

「そこに落ちれば『酷寒ノアマリ皮膚ガ裂ケ血ハ凍リ、咲キ乱レルコト蓮ノ華ガ如シ』でしたか」

こほんと、握りこぶしの中に、咳払いを捕えます。

「なのに、【紅蓮】が炎を指すようになるとは、生者必滅、会者定離。盛者必衰、有為転変。諸行無常に色即是空。
 なにより、月日は百代の過客。なのでしょうね」


  ……ああ、どうにも独り言が多い。なのです。

それはきっと、改造手術を受け、戦闘機人として目覚めたあの時から。なのでしょう。


「・報告
   操主,ロプノール
   このシャッターで,最後.M-1」

灼き裂いてきた障害の最後のひとつが、炎と化して燃えたマリアージュ達の熱気の向こうに。

「ご苦労様。
 下達。
  その扉を撃ち破ったのち、貴女達はサーバールームに直行してデータの保全に務めなさい。
  そこには、冥王を目覚めさせうる情報があるはず。ロプノール」

「・報告
   理解した.
   -・-・ --・-  -・-・ --・-
 ・報告
   全個体に下達しました.
 ・通達
   命令遂行準備
    左腕,武装化
     形態,滑腔砲
     弾種,徹甲焼夷弾.M-1」

それは、マリアージュの組織液を凝固した砲弾。なのです。

金属はおろかセラミクス類まで灼き尽くす体組織の正体が、一種のバクテリアだと知ったときの驚きを、誰が解かってくれるでしょう?

「・通達
   体表,装甲化
   形態,対マリアージェン・フレア.M-LⅣ」

「・通達
   M-LⅣに同期開始.
   体表,装甲化
   形態,対マリアージェン・フレア.M-CⅧ」

司令官たるM-1の左右1歩前に進み出たのは、ミツバチさん達に喩えるなら働き蜂にあたるM-LⅣとM-CⅧでした。

どうやら体表を装甲化して、炎とか衝撃波、爆風からの盾になってくれるらしい、なのです。


「・具申
   御自身でも,防御を.M-1」

マリアージュ達は群体同然の軍隊なので、個体単位で情報を発信した場合は特定の為に識別番号を名乗って終了宣言とします。
軍隊などの通信で「送レ」とか「over」などと使うようなものでしょうか?

ですから、さきほどから発言の最後に付け加わっているM-1だのM-LⅣだのは、本人のこと。なのです。

「回付。
 身に染みてるわ。ロプノール」

このことに気付かないと、マリアージュ達と正しく意思疎通できないので要注意です。



「・通達
   秒読み,カウント5.M-1」

戦闘機人化を受けて、手に入れたインヒューレントスキル。

     「ザンク」

そもそも魔力素を支配できた此の身に授かったのは、自らのリンカーコアを自在に偏歪させる能力でした。

    「カトーレ」

魔力光は変えられないのに、放つ魔力素の癖だけは変調させられるインヒューレントスキル。

   「ドロワ」

何の役にも立たないIS。でした。

  「ヴール」

しかしそれは、使い方次第でマリアージュをも従わせ得る力、だったのです。

 「アヴィンス」

ガレア神代語のカウントダウンを合図に対閃光防御、対ショック防御を施します。

「デール ファイエーム.M-1」

発射~命中~炸裂~燃焼の過程を見たりなどしません。



……

「・報告
   操主,ロプノール
    目標の破壊完了.
 ・要求
   戦闘評価を.M-1」

真っ赤に灼け落ちた隔壁も、それで最後かと思うと、口の端が吊り上るのを抑えられなくなりそうです。

「下達。
 ミッション・コンプリート。オールオーバー。
 このお祭りも、現時点を以ってお開き。
 貴女達は今後、貴女達の主のためだけに踊りなさい。ロプノール」

「・報告
  操主,ロプノール ……」

……その行動がシナプスに1対1で結節していると思われるマリアージュが言い澱むだなんて、随分と珍しいものを見ました。

「 お言葉を,お借りします.
  御武運を.M-1」

喩え虫でも――越冬するなど長命のモノなどが稀に――親身になって世話した飼い主を見分けることがあると、いいます。

作戦行動能力は昆虫並みと云われる彼女達にも、心ぐらいは在ったのかも、しれないのですね。

「訓令。
 お互い様に、ね。ロプノール」

「・報告
   操主,ロプノール
   了解.M-XⅢ,5,廿伍,Ⅸ,LⅣ,7,世弐,MXⅡ,CDⅧ……」と我先に、マリアージュ達が破孔めがけて殺到していきます。

……あんなに渦巻いて、コリオリフォースが発生しなければいいのですが。






「やあ、ひさしぶり。ヤガミアユ」

跡形も無く灼け溶けた隔壁の向こうに、ドクター・スカリエッティ。

「いや今は、彷徨える魔杖機師、フライングマイスターと呼ぶべきかな?」

ラボの中央に立って、歓迎していると言わんばかりに両腕を開いておられます。

マリアージュ達は指示した通りに彼を無視し、此処を素通りして、更に地下のメインフレームを押さえに行ったのでしょう。

「今はロプノールと名乗っているのは、ご存知のよう。なのですね」

この名を悪名にするわけにはいきませんから、日陰道を歩く身になって以来、偽名は欠かせません。

ウインクはなぜか得意だったので「スティングレイ・プレリュード」とか、見掛けがほとんど変わらないので「レトルト・エージレス」とか、菊かダリアにしか見えない緑の薔薇に肖って「ロサ・キネンシス・ヴィリディフロラ」とか、イチゴを逆さまにしたような赤い実を黒く熟れさせる「ロサ・ガリカ・オフィキナリス」とか、特に意味は無かったのですが「メイクイーン・メークイン・メインクーン」などなど、多岐に渡ります。

昔の名前で出ていません。なのです。

その偽名の数だけ、世界を渡り歩いてきた。と言い換えてもいいでしょうね。

特遮二課と学校と悪巧みの三足のワラジは、パンプスなんか目じゃないほど大変でしたが。


「お前! 戦闘機人にして貰った恩も忘れて、ラボをこんなにしやがって」

割って入ってきたのは案の定、潜行能力をもつセインさんでした。

この人が此処に還って来れるのは、想定の範囲内。なのです。

ウーノさんは勿論最初から居られましたが、三歩下がってドクターの影を踏まず。なお方ですし。


それにしても、セインさん。恩…… ですか?

「そうそう、アユ君と初めて会ったときは、いきなり戦闘機人にしてくれと頼まれて面食らったなぁ」

くっくっく、は~っはっはっはと、ドクターは何時も心底楽しそうにお笑いになられますね。

「さもしい願いでした。なのです」

「それは悲しいな。戦闘機人の産みの親としては」

「出来損ないのクセに」

そう、出来損ない。成り損ない。欠陥品。失敗作。なのです。

予め機械を受け入れ得る素体として産み出されなかったこの体はドクターの腕を以ってしても「戦闘機」人にはなりきれず、そう、云わば「実験機」人と化したのでした。


  ……中途半端な戦闘機人化が、心身ともにどれほど苦しいか。

セインさん。貴方に理解しては貰えない。でしょうね。


ですから、恩など感じよう筈も莫いのです。


  ……尤も、恨みだって在りはしませんが。


「ちくしょー ……」

先ほどから左腕を庇っているのは、きっと其処を損傷しているから。でしょう。

進路上で襲いかかってきた戦闘機人のお姉様方は足留め、乃至は行動不能にしてきましたから。

「……マリアージュなんて、あんな非道なモン使いやがって」

負け惜しみですね? 判ります。

「戦闘機人のお姉様方。
 貴女達はヒト、なのでしょう?
 なら、なぜ成長してないのですか。
 貴女達は行動のオプションや動作の最適解をコンバートしあっているだけで、ちっとも成長していない。
 無駄を省くと嘯いて、自ら経験しない」

ここで視線をずらします。

「獲得形質を遺伝しない生命の選択を無視しておいて、この程度のモノが貴方の仰る生命の可能性ですか? ドクター?」

気に障ったのでしょう。歪めるようにして鼻をお鳴らしに。

「それで、今日は何か用かい?」

話を、お逸らしになりましたか。……まあ、望むところです。

「たいした案件ではありません。
 まずは先の共闘での、結果報告を」

「そう言えば君は、作戦完了直後に此処に来てくれなかったんだったね」

戦闘機人のお姉様方が揃い踏みしている時に、のこのこと出向いてきたりはしません。
敵の溢を避け、散を討つのが常道。なのですから。

「ええ。
 少し、試してみたいことが在りましたので」

「ほう?
 最高評議会の連中を持っていってしまった。その釈明を聞かせてくれるのかな?」

釈明。と云う言い回しが気に障りましたが、ここは素直に「はい」と。

そうして、格納領域から――室内に置くゴミ箱程度の大きさの――ガラスシリンダーを取り出しました。

中に在るのは勿論、評議長「の脳髄」なのです。

「生きて……、居るようだね」

ドクターの視線が、シリンダーの外周にガムテープで貼り付けられたプラスチックケース入りの、装置に。

「もちろん。なのです」

金魚鉢に設えるエアポンプみたいな安っぽい外装ですが、中身は此れ以上無いほど確りとした生体機能代行装置なのです。
どんな天邪鬼でも生き永らえさせてしまう、【パーヴェクト】な逸品なのですよ。


「それで、『試してみたいこと』と言うのを、訊かせて貰っても?」

もう、お解かりでしょうに。
やはり、それでも問い質したくなりますか。貴方はやはり求道者、探求者ですね、ドクター。

「ええ、つまり」と、専用の空間モニターを立ち上げます。


表示されるのは、
        【SOUND ONLY】
                    と、だけ。


そうして聴こえてくるのは、

『 …………光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。 ……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光 在れ。……光在れ。……光在れ。…光在れ。光在れ。…… …光在れ。…光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在 れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。…………光在れ 。……光在れ。………光在 れ。… …光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。光在れ。 ……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。…… ……光在れ。… …光在れ。……光在れ。…光在れ。……光在れ。…光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ光在れ。………光 在れ。… … 光在 れ。……光在れ。…光在れ……光在れ。 …光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。… 光在 れ 。 ……光在れ。……光在れ。……光在れ。… …光 在れ。…光在 れ。…光在れ 。…… 光在れ。… …光在れ。 ……光 在れ。 …光在れ。 光在れ。……光在れ。……光 在れ。……光在 れ。…………光在れ。 ……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。……光在れ。』

呪詛? ……いいえ、「蠱毒」ですね。「孤独」なのです。

それにしても、

『欲するのは光、ですか』

『光在れ……。光在れ……。光在れ……。光在れ……。 光在れ……。光在れ……。光 在れ……。光在れ……。光在れ……。光在れ……。光在 れ……。光在れ…… 。光在れ……。 光在れ……。光在れ ……。光在れ… …。光在れ……。ひ ……か …り・あ … れ……?
 ……い …ま・の・ は ……?』

『光ではなくて、失礼しました。
 どうぞ、ごゆるりとお寛ぎ下さい』

空間モニターを閉ざそうとしたのですが、

『待てっ!』

『……待て?』

『! 待ってくれ! いや、待って下さい! お待ち下さい!
 お願いです! 此処から、此処から出して下さい! 一刻も早く!
 嫌だ。いやだ。イヤだ。此処は嫌だ。
 早く、速く、疾く、はやくハヤクhayaku!
 後生だ! 今すぐ此処から出してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!』

目も耳も口も無く。内臓感覚はおろか、本来、脳の一部であるはずの神経組織まで失って、ヒトは、何処まで耐えられるのでしょうね?

在るのに莫い。そんな偽りの「無」に、生命は慣れ得るのでしょうか?

『出してあげたいのは山々ですが、そこから出したら貴方が死んでしまう。なのです。
 無益な殺生は、どうかお赦し下さい。
 それに、不興を買うのを覚悟でドクター・スカリエッティの復讐から庇ってあげたのです。いのちをだいじに。
 貴方達が苦労して世界を統治していた期間と見合う位には、隠居生活をお愉しみになるのが宜しいかと。
 それでは御機嫌よう』

『待て、待て!待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
 待ってくれ待ってくれ待ってくれぇぇぇぇぇぇえええええっ!
 何でもする。命だって差 …し ……出 … ……す? そうだ! 儂を殺してくれ! 今すぐ縊ってくれ。頼む。死なせて。息の根を止めて! お慈悲を! ああ、いっそ壊して。……ああ、此処には何も莫い。光も闇も、無ですらも。死なんか跡形も、莫い。无い。亡い。ナニモナイ。
 嫌だ。いやだ、イヤだ。此処だけは嫌だ! 地獄に、煉獄に、辺獄に、今すぐ送ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!』

「ふむふむ、なるほど。なのです。
 適宜に希望を恵んでやった方が、永く正気を保ちそう。なのです。
 下手に物狂いに陥られても興醒めですから、独り寝の寂しい夜の話し相手にはいいかもしれません。
 すなわち、アメとムチ。……いえ、パンとサーカス。ですか? 流石は評議長、人民統治の妙法を心得ていらっしゃる」

もう必要が無いので、こちら側からの入力は落としましょう。

『どうか、どうかどうか死を死を、死を! この牢獄に破滅を! この心に終焉を この身に死を! ああっ、なんと甘美な言葉の響き、「死」! そは永劫の救済、「死」! あらゆる呪詛から解き放つ自由の翼「死」! いかなる苦痛をも消し去る究極の癒し、「死」! 死よ、死よ、気ままな羽撃きよ、この指止まれ。 死を忘れるな、死を忘れるな、メメント・モリ。 讃えよ、讃えよ、王も乞食も男も女も老いも若きも強きも弱きも、ヒト皆あまねく死ぬ。死こそ万民の公正明大なる支配者なり。讃えよ、讃えよ。死を措いて讃えざるべきは莫し。神すら死の前にはひれ伏さん。我こそは忠盲なる死の崇拝者なり。
 だ か ら 、』

死なせてくれぇ……。との哀願を、断ち切ります。


「存在が亡くなって、あらゆる懊悩から解き放たれるのが死。なのです」

どんな苦しみからでも、必ず逃れられる末期の場所。しかし、踏み込んだが最後、戻ること能わぬアリ地獄。

それが死、なのです。

行きはよいよい、帰りは怖い。怖いながらも通りゃんせ、通りゃんせ。なのです。


「消滅を許さず、苦痛すら与えられぬ永劫の飢餓地獄。死すら希う無限回廊……」

この人たちには、グレアム提督の計画を陰ながら支援、推進していた虞れがありました。
でなければ、いくら提督とは云え、無限書庫の情報を、あのリンディお母さんやクロノお兄ちゃんから長年に渡って隠し通せるとは思えません。

また、逆に、【闇の書】対策に有益な情報はグレアム提督にさえ渡らぬよう細工されていたのではないかと疑っています。
もし、その事実を知っていれば、永久凍結ごときで封印なんてその場凌ぎを、あのロマンスグレーの小父様が断行するとは考え難かった。なのです。

もし最高評議会達が、お姉ちゃんを害そうとしたり利用しようとしてそうしてたのであれば、それだけでこいつらは、誅すべき罪人でした。
1度殺した程度では、とても飽き足りません。生かし尽くして差し上げます。七生報酷。なのです。

ですから、

「……死刑以上。オーバーキルと、名付けました」


「ヤガミアユ。……君こそが恐怖だ」

それまで呼吸すら忘れていたらしいドクターが、ぽつりと。

「これは命への冒涜だ」

半面を掌で覆い、わなわなと打ち震えておられます。

「僕ですらこんな仕打ち、考えたこともない」


本当ですか?
死ですら生温い苦痛を与えようとか、死を願うほどの責め苦を味わわせようとか、思っていたのではないですか?

そもそも、永劫を生き得る戦闘機人が、あの評議長達とは違うと、ドクターは断言できますか?

「では、襲撃のさなか、最終目的たる最高評議会メンバーを匿ったことへの釈明に、足りましたでしょうか?」

「足りるどころじゃない。
 哀れすぎて、お釣りが出る。
 君流に言うなら、充分以上。オーバーオーダーだ」

可哀相に。と、意外にもドクターはどうやら本気で同情されておられるよう。なのです。
そうと知れば、親同然たる最高評議会の面々も草葉の陰で……、失敬、培養液の中でお慶びのことでしょう。

「僕の娘達を傷つけた事、ラボを破壊し尽くした事は、問わない。水に流そう。
 むしろ、何か他に対価を払ってもいい。
 彼らを、解放してやっては呉れないかね」

「恨みは、もう無いと?」

「お陰様で、とは言わないよ」

アレに同情しなければ、ヒトではない。との呟きは、聞かなかったことにして差し上げます。
商人とは違って、寿命の在る悪魔ではないので、なんでもかんでも言質を取ったりはしません。


さて、ドクターのお墨付きも出たことですし、本題に入りましょうか。

「それでは、そうですね。
 先ほどの続きを、要求いたします。
 ……そう。ただの【犯罪者同士の縄張り争い】ですけれど」

「お前!」

言葉の意味を察したのでしょう。

セインさんが殴りかかって来ます。が、

「お忘れですか、セイン。
 貴女の中にあるレリックが、誰の手に依って調整されたかを」

エナジー供給を断たれたセインさんが、たちまちもんどりうって転びます。

「今の貴女方は、このロプノールの作品でもある。なのです」

おっと。

今のは、足蹴にしたわけじゃありませんよ? 貴女の体を止めようとして、つい足が出てしまったダケ。条件反射、なのです。……本当ですよ?

「創造主に逆らい得る訳、ないでしょう」

これは、ドクターに宛てた皮肉でもあります。


さて、セインさんが人質として役に立つかは未知数ですが、そろそろドクターに引導を……

「そこまでやっ!」

「おねぇ……」

……ちゃん。と、最後まで言い切るワケにはいきませんでした。
ここでお姉ちゃんに情を残していることが知れたら、また在りもせぬ罪科を着せられてしまうでしょう。

「やっぱり……。
 次元間テロリスト、フロンテラ・カデット・ロプノールは、あゆ、あんたやったんやな」

手始めに第97管理外世界で暗躍していたある組織を、その隠れ蓑たる企業グループごと葬り去って以来、此の身はお尋ね者。なのです。

「……」

しかし、肯定も否定もしません。

肯定すれば無用なモノが動き出しかねませんし、否定すれば嘘になります。

「……あゆ」

直援なのでしょう。

狼形態の、ザフィーラ兄様。

「……」

その上に浮いているのはツヴァイと言いましたか、小さな小さな融合騎でした。

シグナム姉様とヴィータお姉ちゃん、それにリィン姉様は……?

ああ、捨て奸に置いて来たマリアージュ達――【損傷して機能不全を起こしても、指一本でも稼動可能なら自爆は控えて出来ることを遂行せよ】と、訓示を垂れてありましたから――の掃討。でしたか。


戦闘機人になって良かったことの一つが、魔力素を見通せる範囲が幾らか拡がったコト。なのです。

レリックの分だけ魔力量が増えて、底上げされているのでしょう。


それにしても、救けた筈の戦闘機人にまで襲い掛かられて、3人とも難儀なことですね。


それはともかく、

「時空管理局、八神捜査官とE-SWATの方々ですか」

探知圏内に居られませんが、フルバックにはシャマル姉様。なのでしょうね。

「役務ご苦労様、なのです」

スカリエッティ対策チーム(Enforcement to anti-Scaglietti Warning and Arrestment Team)は、ほぼ八神家だけで構成された部隊だったはず。なのです。

「しかし、Dr.ジェイル・スカリエッティはこちらの獲物。
 『司法に横取りされた』ならばともかく、『司法に売った』などと後ろ指差されては裏街道を歩けなくなるので、お渡しするわけには参りません」

増援は来ないか、来ても少数です。大部隊では間に合わないでしょうしね。

拙速を尊ぶ。
そう判断したからこそ3人だけで強襲してきたのでしょうが、マリアージュだけがこちらの手札だと思われるのは心外です。

「なぎ」

「……呼んだ? ……」

足元に濃ゆく映る影から湧き出た戦闘機人に、

「ええ。
 ちょっとそこまで、おつかいをお願い」

標的を指し示して見せます。

「可愛い可愛いお人形さんを、此処までご案内して」

もちろん、指で指したりはしません。飽くまでエレガントに、手のひら全体を使って。

『小さな融合騎が、比較的弱い。脅威度評定B。捉えて、盾に取ります。
 主とユニゾンさせると手に負えない。留意して』

「……了解……」

「あゆ、そっくりや……。
 その なぎ? って子、あゆの血縁なん?」

ほなら、その子はうちにとっても家族で、八が「こう見えて、意外と口うるさい子でして」お姉ちゃんの口から離れようとした言葉を、遮ります。

「なので、Naggyと名づけました」

もちろん違います。
Naggyというミッドチルダ語に、偶然「口やかましい」という意味があっただけ。

「私の情報から作られた、単なる戦闘機人。なのです」

なぎこと、元ナンバーズ13番【無音の暗殺者 トレーディチ】は、その数字に踊らされたかのように、ドクターを裏切りました。
そうして何を思ったのか付いてきて、色々と手伝ってくれてたのです。

妹のようなもの、と言っていいでしょう。今、わざわざ口にするようなコトではありませんが。

再び床下へと消えたなぎを警戒して、お姉ちゃん達が防禦フィールドを纏いました。

おそらく、セインさんのディープダイバーのようなISと判断されたのでしょう。

しかし、甘い。

ディープダイバーに見えるよう、「床や壁から消えてみせなさい」と指示していただけ。なのです。


――魔力素を支配できた此の身を映したかのようになぎは、反魔力素を視ることができます。反魔力素を従えることができます。反魔法すら少し使えます。

     【反魔力素を支配する】

それは即ち、反魔力素の世界たる【虚数空間】を渡れる。と云うことなのです――


そうして、その手の内に融合騎の小さな体を捉えました。瞬時にその場を離脱、この背後へと戻ってきます。


「あゆちゃん! なんでですか!」

リィン姉様と違って、そのユニゾンデバイスとは碌に面識がありません。

しかしながら、その馴れ馴れしさが何故か心地よい。むしろ、却って嬉しい。なのです。

「小さな融合騎さん。
 そんなことを貴女に語って、なんになるでしょう」

アーキテクチュアの構築までは、参画していました。だから貴女とはきっと、気が合うでしょうにね。

「フリーズ! なのです」

お姉ちゃんの傍に居るザフィーラ兄様はもちろん、圏外だからと云ってシャマル姉様には油断がなりません。

【旅の鏡】なんか使われては、元も子もない……などと警戒を高めた、その時でした。

 ≪ Eisvogel ≫

大弓形態のレヴァンティンを逆手に構えたシグナム姉様が、忽然と突進してきたのは。




                     後編に つづく







この作品を読んで下さっている皆様に、メリークリスマス。

       ……イヴのうちに投稿するはずだったんですが orz



[14611] #79-ex [IF]思い出は時の彼方なの(後編)
Name: dragonfly◆23bee39b ID:309fc8f8
Date: 2012/02/14 20:46




 ≪ Eisvogel ≫

急降下爆撃さながらの勢いで、シグナム姉様!

さては、次元跳躍で距離を詰めて来ましたね。

まさしく星火燎原。
充分な空間情報を得られるのなら、烈火の将の前に、距離や障害は意味を成さない。……のでしょうが、

「なにっ!」

驚かれるのも、無理はありません。

「マリア、良く防ぎました。上出来です」

その突撃を阻んだのが、紙切れ一枚から組み上げられたカメさんとなれば。

「折り紙だと!?」

「直援の使機紙、【ガーディアン カートリッジ】なのです」

あるいは、紙吹雪の騎紙、【コンフェッティリッター】

「そのコは特に防禦に秀でた、【折り亀型】のマリアちゃん。なのです。
 八神・W・シグナム。
 たとえ貴女でも、「ついで」の攻撃では、墜とせやしませんよ」

勿論ハッタリです。

シグナム姉様の目的は「小さな融合騎の身柄」だったでしょう。

でなければ、5体中で最高の防御力を誇るとは云え、所詮は一遠隔操作機に過ぎないマリアがその攻撃に耐えられたワケ、ないのですから。


「ふふっ」

そうして得られた時間的空白を利用して、城砦のように押し建てるのは、空間モニター。ずらりと。

「よく撮れてます」

そこには【シグナム姉様がカートリッジロードしてから、別次元に潜る迄】が、連続したスチルショットとして表示されています。


先程、魔力素を視てシグナム姉様達の動向を探ったように見えたでしょうが、それは叙述トリックというモノです。

戦闘機人化に伴っての魔力量増大は微々たるもので、探知範囲は2倍にしか増えませんでした。

2倍と云うと凄いように聴こえますが、「距離が2倍」では無くて、「体積が2倍」なので推して知るべし、なのです。

まあ、仮に半径4メートルの球体の「体積が2倍」になったとして、その「半径」がどれだけ増えたか、計算してみてください。立方根は習いましたね? 勿論、「2倍で半径8メートル」ではありませんよ。

ここ、重要です。

テストに出しますよ。


と云うワケで実際には、マリアージュ達――視神経だけが生き残っていたような残骸も含みます――からの報告を基にガーディアン カートリッジの一体、【折り鶴型】の「ファリス」に斥候させたダケ。なのです。

「駒鳥のコマ撮り。なのです。
 可愛らしいこと」

くすくすと嗤いながらシグナム姉様を小鳥扱いするのは、牽制と挑発と、なによりも相手を呑んでかかるための、云わば自己暗示。なのです。

……そうして、密かに合図を送ります。

「居直り強盗に要らぬチョッカイを掛けたらどうなるか、どうやら実地でお教えしてあげたほうが宜しいようで。なのです」


 『……きゃっ!』

さて、シグナム姉様達をマークしていた【折り鶴型】のファリスが、次に何をしていたか。

「なんや? ……シャマル!? どないしたん?」

その成果が、シャマル姉様の位置特定。なのです。



トランプには、ジョーカーが2枚。入ってますよね?

つまり「切り札は2枚用意しておけ」と云う先人達からの教訓なのです。


 『桃花舞い散る銃剣撃――
  おなかいっぱい、ご馳走しますっ!』


嘘です。
ただの、予備ですよね。

でも、もしものための切り札がもう1枚在ったのは、事実。

周囲を徒に巻き込みかねない物騒な時間転送の、やたらと魔力を使うシミュレーションを何度も繰り返してたお姉さんに声をかけた、結果。なのです。


 『……そん、なっ』

「シャマルっ! シャマルっ!? 応答しぃ!」

 『やっぱりわたし、無敵でステキ♪』


そうして、もう1面。

折り鶴から送られてきた映像を、空間モニターに繋ぎます。

「シャマル!!」

「……あれは、 誰だ?」

『ふふん♪
 エルトリアの「ギアーズ」キリエ・フローリアン。よ~ろしくねっ♪』

ザフィーラ兄様の疑問に、律儀に自己紹介して下さりやがりました。

「キリエ。
 そのお方に傷ひとつ、ないでしょうね?」

『あら~? ごめ~んなさ~いねー。
 ちょっと斬らせて貰っちゃった♪』

なん……だと……。と、睨みつけたくなるのを堪えます。

彼女は部下でも仲間でもない単なる協力者ですし、たかだか自動作業機械に過ぎない「ギアーズ」では、闇討ちでもしないとシャマル姉様には勝てないでしょう。
手加減なんて以ての外、なのですね。

『だって、この緑のお姉さん。
 治癒術師は戦闘力弱めって、いろんな世界のスタンダード、無視してくれちゃってるんだもの』

全く悪びれない様子に思わず、【折り鶴】を【手裏剣】に折り換えたくなりましたが、我慢です。忍耐は得意ですとも、ええ。

「まあ、でも。このわたしにかかればチョチョイのチョイ。
 K・B・V!
 キリエ・ビューティフル・ビクトリ~♪」

出身世界は明かすは、本名は名乗るは、かなり迂闊な異世界の復旧機材ですが。と云うのは言わぬが花。ですね。

「致し方ありませんか。
 では、その方を出来るだけ遠い世界に、飽くまでもご丁重に」

『それはいいけど~、本当にシステムU-Dについて教えてくれるんでしょうね?』

 「システムU-D? ……って、なんや?」

……本当にっ! 迂闊な方です……

「この名に懸けて、嘘は申しません」

偽名。なのですけどね。

『判ったわ。それじゃあ、
 キリエ・エレガント・エスケープッ!
 K・E・Eッ!』

逃げ足だけは、一流ですね。


それにしても、本当に迂闊な方です。

まあ、システムU-Dについて知っていることをお話しするくらい、わけはありませんが。

「あゆ! 今すぐシャマルを返しぃ。
 それに、システムU-Dってなんや?」


――

なぎが虚数空間を渡れることを知って、初めて頼んだのが【闇の書】の消息を追わせること。でした。

その結果……、

案の定【闇の書】は、魔力障壁を巧みに調整して、虚数空間で耐えてました。

消耗しきって、崩壊寸前だったそれを――反魔力素を操れる――レリックを使って確保したのは、割と前の話になります。


そうして判明したのは、【闇の書】が抱えていた【闇の書の闇】。さらにそのコアとでも云うべき部分が、システムU-D ――砕け得ぬ闇――と呼ばれるモノだったことです。


話は棒高跳びしますが、なぜ【夜天の魔導書】が【闇の書】になったのか、その明確な原因を、古代ベルカに造詣の深いドクターが教えてくれました。

 ――「政争の具にされたのさ。タカ派とハト派のね。
    ハト派の領袖だった当時の【夜天の主】は、その魔導書に細工を施されたんだよ。
    敵対勢力との調停の場で発動するよう仕組まれた、【砕け得ぬ闇】をね」――

そうして、永き混迷のベルカ戦役が始まったのだそうです。


さて、……では。つまりは、知らぬ間に自爆テロ用の爆発物に仕立て上げられてしまった【夜天の魔導書】に、一体どんな細工がなされたのか。

魔導士であり、自爆テロ要員だった此の身には判ってしまいました。


【砕け得ぬ闇】

それは、魔力を際限なく喰らっていく、云わば【魔導のブラックホール】なのです。

ブラックホールは、その名称とは裏腹に、とても明るい天体です。ネオンサイン瞬く、宇宙の繁華街。なのです。
呑まれる直前の物質が、周囲で盛大に崩壊しますから。

それと同じで、【砕け得ぬ闇】も魔法を使って周囲を、無差別に攻撃します。より多くの魔力を手に入れるために。

云わば、魔法のホーキング輻射。でしょうか?


そうして魔力をただただ溜め込んでいく……、

あれは、稼動させたが最後、2度と止められぬ闇の永久機関。でした。

それに、キリエさんの欲していたエグザミア【永遠結晶】とは、ブラックホールに於ける特異点のようなもので、システムU-Dの外に出すこと自体が不可能事でしょう。

絶対に溶融しないからこそ、【永遠結晶】なのです。

当然、システムU-Dを使って、エルトリアの死蝕を止めるのはムリ。なのです。

そのことも、きちんとキリエさんには伝わるようにしておかねば。



ああ、もちろん。エルトリアを襲っている死蝕とやらについても、見当がついてます。

あれは、おそらく大地や植物から魔力素を奪いすぎたのです。

生命維持に問題がないのに、その空間では生き長らえない。
それは、其処に――命にとって必要不可欠な――魔力素が莫いから。なのです。

水が少ない、あるいは莫いのが沙漠です。生存には、あまり適してませんよね?

魔力素が少ない。あるいは莫いのが死蝕。なのです。やはり生存に適してません。


魔力素を直に視れる此の身だから、よく判ります。


……そうですね。
――どうすれば大地に魔力素を還せるのか―― そのことも、きちんとキリエさんに伝わるようにしておかねば、なりませんね。


何と言ってもキリエさんは、【姉たる戦闘機人達に敵わない妹】と知って、「お姉ちゃんは妹に勝てないって事、教えてあげる」と励まして、下さいましたから。


                            ――

「……」

余談が過ぎた。なのです。


「あゆ! もう1度言うで、
 今すぐツヴァイとシャマルを返しぃ。
 それに、システムU-Dってなんなん? 正直に答ぇ」

「八神捜査官は、どうやら御立場を理解されてない御様子。なのです」

ちらり。と目配せするまでもなく、なぎの左掌に【折り蛇型】ガーディアンカートリッジ。

「えっ?」

驚いたのではなく、状況が呑み込めてない表情で声を上げたのは、狙われた当の小さな融合騎。

「フリーズ!」

制止しようと声を上げかけた面々を、黙らせます。

「同じことを、3度は言わせないで下さい。なのです」

舌っ足らずだったときの名残。なのでしょうか?
同じ言葉を何回も繰り返すと舌下神経が摩滅するような気がして、落ち着かないのです。

それが、お姉ちゃん達に対する仕打ちとなれば猶のこと。


ああ、シュークリーム分が足りない! なのです。

こんな時は、サービス残業に勤しんでいる自分への御褒美として、翠屋のシュークリームを食べるべきです。……じゅるり。

海鳴市はおろか、第97管理外世界にだって行けない身の上、なのですけれども。


「次は、こんなモノでは済みませんよ」

指し示した先では、ヘビの舌先でくすぐられた融合騎がそりゃもう凄いことになってますが……。 まあ、ご想像にお任せします。


「では、八神捜査官、E-SWATの皆様方。
 この先、指一本でも動かせばどうなるか、態々説明させないようにして下さいね」

続けて、

「ドクターも。
 この足の下に、貴方の可愛い可愛い芸術品が1体、組み敷かれていることを努々お忘れなきよう」

ドクターの方に視線なんか遣りません。

【折り猫型】ガーディアンカートリッジが、睨みを効かせて呉れてますしね。

「一応言っておきますが、
 レリックからのエナジー供給の無い戦闘機人の装甲くらいは一撃でクリアー。なのですよ。
 これでも戦闘機人の端くれ、なので」

第一、どうせ視界に収めるなら、お姉ちゃんのほうが断然いいに決まってます。眼福なのです。目のトク。なのです。



……

そのお姉ちゃんが……、湿ったまなじりを上げました。

 ……やっぱりお姉ちゃんは、すごい。なのです。改めて尊敬、なのです。

傷つくかもしれない誰かの為に、自ら十字架を背負える人。なのです。

自慢の、敬愛する姉なのです。大好きです。


さあ、お姉ちゃん……

「次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。
 犯罪者ID,GG-W-85494-D765642137443-11.
 ならびに次元間テロリスト、八がっ!……フ……ロンテラ・カデット・ロプノール!
 犯罪者ID,YA-B-173205-O548141421356-54.
 
 時空管理局法に基づき、貴方達を拘束します。
 抵抗しなければ、情状酌量の余地もある。おとなしゅう投降しなさい!」

「八神捜査官。いまの貴女にうちを捕えることは無理、なのです」

「!」

ロプノールと、偽名で呼ばれたことが哀しくてつい口走った言葉に、お姉ちゃんが反応しました。

お姉ちゃんだけが、反応しました。

大事なことなので2度、云いました。




*****





「うち……?」

家族になったばかりの少女が、聞き憶えのない言い回しに首を傾げた。

「ん、ああ。自分自身のことや。西のほうの言葉でな」

自らを指差して見せたはやては、そういえばと思いをはせる。



はやての両親が亡くなったのは3年ほど前。この海鳴市に引っ越してきて、暫くしてからのことであった。

頼るべき知己もない異郷に独り取り残されたはやては、前後して動かなくなってしまった脚のこともあり、なかば閉じ込められるようにして引き篭ってきたのだ。
会ったこともない後見人が、代理人を通じて全て取り計らってくれた。


このあたりは西の言葉になじみがないらしく、口を開くたびに注がれる好奇の視線もそれに拍車をかけただろう。

それでも、両親から受け継いだ数少ないものである。
寂しさに泣いた夜、はやては噛み締めるようにして父母の言葉を繰り返した。



「うち……か」

あらためて呟いてみると、その当時のことがありありと瞼に浮かんだ。




****




はやてが「うち」という呼び方を知ったのは、西の言葉が薄れかけた頃。
自身を「私」と、こちら風に名乗りだし始めた頃のことである。

言葉の合わぬ土地で身寄りもなしに、独りで生きていけるような、そんな子供は居ない。

せめて奇異に見られたくないと、はやての心が揺れだした。そんな時だった。

――納戸の棚の上に置かれていた手紙の束が、落ちてきたのは――


まだ慣れない電動車イスの操作を間違えなければ、脚の動かないはやてでは気付きもしなかっただろう高さの、紙箱に仕舞われていた封書の数々。

もちろん当時のはやてに、その内容が全て読めるはずもない。ひらがなとカタカナがなんとか追える程度だ。

それでも、その筆跡が母親のものだということは判ったし、それが父親に宛てられたものであろうことも解かった。

可愛らしい小さな文字はやさしくて、しかし焼き締めたかのように芯が強い。

強弱の激しい独特な筆跡は、エンピツでもボールペンでもなく、万年筆。しかもペン先は、楽譜向けのミュージック。

珍しい稲穂色のインクが、目に優しい。


その筆致に母親の面影を見出して、はやては泣いたことだろう。これまでに落とした、泪滴の数を越えて。

そうして知ったのは、母親が自身のことを本当は「うち」と呼んでいたことだった。娘の前では「お母さん」と言っていたのに。

文中の「うちはな」という言葉を母親が口にするさまを想像して、はやては頬をほころばせる。

思い出の中に居る母親らしい、やさしい音だった。


「……うちはな」

実際に口にしてみると、よく似た声音もあいまって母娘であることが胸に沁みる。


「うちはな」

これまではやては、自身のことを「はやて」と呼んでいた。幼い子供が、周囲に呼ばれるままに自身をそう呼ぶように。

しかし、それは自身を周囲から切り取る行為である。
自我を確立していく過程で必要な時期とはいえ、独りぼっちの子供には、あまりにつらい。

なにより天涯孤独になってしまったはやては、もうそう云った意味で子供ではなかった。


「うちはな、おかあちゃんと おとおちゃんのこ、やねんな」

刻み付けるようにしてその全てに目を通したはやては、その手紙たちを元通り箱に収めて、できるかぎり高い棚に戻した。


母親を偲ぶよすがではあるが、両親にとっての大切な思い出であろうそれは、そっと仕舞っておくのがよいと思ったのだろう。




そうして自身のことを「うち」と呼び始めてから、はやては少し外に出られるようになった。

却って臆さずに西の言葉を話せるようにも、なったのだ。




****




「……わたしも、うちと いったほうが よいでしょうか?」

姉妹になるのなら、共通項が多いに越したことはない。
組織に押し付けられた「わたし」という呼び方に思い入れがあるわけもなし。

「気持ちは嬉しいけど、そうするに足る充分な理由があゆの中にあるんやないなら、したらあかんで。
 自身を示す、大切な言葉なんやからな」

「はい」

自身にその、「そうするに足る充分な理由が」在るかどうかは判らない。

あゆに解かったことは、ただひとつ

はやてにとって「うち」という呼び方が大切なものだろうということだけだ。

だから、それは盗るまいと決めた。





*****





「あゆ! あんたは、もしかしてあんたは、あん時!?」

「なんのことでしょう?
 詰まらぬ言いがかりは止して下さい。なのです」

ああ、お姉ちゃん。

あの時の、たったあれだけのことを、ちゃんと憶えていてくれたんですね。

それだけで、あゆは……、うちは、 充分。なのです。



据わりきってなかった覚悟が、今、決まりました。

そうして視線の先、3オングストロームのアイコンタクト。

なぎとは、阿吽の呼吸です。

踏みつけていた足を退けると同時、空いてた左手でセインさんの延髄を掴んで引っ立てました。そのままドクターとお姉ちゃんを同時に牽制できる位置へ、跳躍。

「待って! あゆ、待ちぃ!」

「八神捜査官。貴女の指図を受ける謂れなど在りません」

嘘です。

あゆは……、うちは……、お姉ちゃんの為なら、なんでもします。ホントですよ。


「それでは、八神捜査官とE-SWATの皆様方、ごきげんよう」

こうして会話を続けておいて、後ろ手に撃鉄を起こす。裏で密かに術式を練る。暗殺者としては当たり前の手管。なのです。



しかし、

「あゆっ!」

それは、うちを制止する言葉ではありませんでした。そのことが、とても嬉しい。なのです。

「ヤガミアユ。
 いいえ、敢えて呼びましょうか【ナンバーレス】と」

「そも……そも…、数字の名前など、こちらか…ら願い下げ。……なのです」

気付けば、鋭いツメが白衣から飛び出ていました。痛いじゃないですか。

痛いのは、痛いんですよ。アンドロイドならぬ、戦闘機人の人でも。

「ドゥーエ。
 貴女のISはやはり……、光学迷彩、音響迷彩としても……使えましたか」

もちろん、臭覚、触覚、味覚だって騙せるでしょう。

ライアーズ・マスクとは、そういうISでもあったようです。

「そうとお気付きでありながらこのドゥーエのことを失念されるとは、貴女らしくもない」

「そう……ですね。
 しかし、そう言う貴女は、この白衣がバリアジャケットであることを存じ上げなかったようですね?」

特殊遮蔽内で使うことを前提にしたこの白衣は、感知能力に長け、受けた被害をいち早く報告するセンサーです。
魔法ならではのインチキで、光速より早く届きます。ワープ・ファクター・3くらいでしょうか?

防禦力は金魚掬いに使うポイのごとくですが、その一瞬があれば対抗してみせます。

「……っ!」

魔力還元で消した白衣の下には、チェーン・メイル。鎖の渦。

そうしてドゥーエさんの一突きを二ノ腕と脇腹の間に誘導したチェーン達が、牙を剥きます。

鎖間に刃を生やし、ピアッシングネイルを、ドゥーエさんの右手を、右腕を、そして体を巻き込み、吐き出す。


  ―― 触れたモノに災厄を齎す、不幸の便り ――

うち最大のカウンター攻撃。刃金の歯車、カラミティ・チェーン。なのです。


「ドゥーエ。
 貴女は比較的強力な戦闘機人だったようですが、接触しなければ標的を斃せないのでは暗殺者としては今一です」

ヒトのことが言えた身では、ありませんが。



「さて、ドクター。
 そろそろ参りましょうか、家路の無い、旅へ」

なぎの位置取りは完璧です。

お姉ちゃん達とドクター達を、見事に牽制してました。


よく出来ましたね、なぎ。とてもえらいのです。褒めたげます。

貴女はうちの自慢の妹、なのですよ。うちなどより、よほど強く成れます。

引き際は心得てますね? これからは自分の道は自分で見つけて、自分の脚で歩むのですよ。
うちが、高い高い、宇宙一高い塔から見守ってますからね。


「ウーノ、下がり給え」

「ドクター!?」

ドクターとウーノさんの間で、目配せが2往復。

「すべては、ワークフローの流れのままに。解かってるね?
 あとは任せた。
 ウーノ、君にしか頼めない」

「 は……い、ドク……ター 」

お腹に手を当てたウーノさんが、1歩2歩と後じさります。


一応云って於きますが、戦闘機人さん達の誰一人として、殺めたりはしてませんよ? うちは。


ウーノさんが下がった分、うちは2歩3歩と間合いを詰めます。

「見事なお覚悟です、ドクター。
 それとも、目的の為なら自らの命さえも手段にしてしまえる?」

「生命にとって、生きることはいつでも手段だよ。ヤガミアユ」

至言ですね。

「生きることが大切なのではない。
 生きて、何を為すかが大事なのだ」

仰るとおり、なのです。ドクター。

ですから、うちの命とドクターの命。

何事かを為すために、遣わせて頂きます!

「……」

格納領域から取り出したのは、したたり落ちた水滴のようなカタチの、結晶。

うちの、ロストロギア研究の粋。

【瞳】と【思い出】から生まれた、それは【涙】

遺産の落とし種、Legacy Seed。つづめて、レガシード。なのです。


「S2U。
 貴女もこれで、用済み。なのです」


長い間、ありがとう。


貴女のランタンのような杖頭は、うちにとって文字通りの灯明でした。
 貴女のお陰でうちは、どんな暗夜航路も旅路を見失ったりしなかった。


貴女の無駄のないアーキテクチュアは、幾たびもうちを援けてくれました。
 貴女のお陰でうちは、孤立無援で敵中に在ってもちっとも心細くなかった。


貴女のコード詠唱は、うちにとっても子守唄でした。
 貴女のお陰でうちは、独りきりの夜でも、悪夢に魘されることがなかった。


エルトリアの件、よろしくお願いしますね?


いままで本当に、ありがとう。なのです。

さよなら、Song・2・You.うちの、優しい子守唄。


カード形態のS2Uを、トランプ投げの要領で投げます。
手先は器用な方なので、パームマジックは得意なのです。大根なんかスパッ、です。我に断てぬ大根なし、なのです。

狙い過たず空を切ったS2Uが、なぎに蹴り上げられました。くるくると落ちてくる灰色のカードを、なぎは歯を立てて銜えます。

ああんっ! もっと大切に扱ってください。
両手が塞がっているのは解かりますが、大事な大事なうちの相棒だったのですよ。杖だけに。


それに、おパンツが丸見えでした。
ボーダーの一本一本まで確りと数えられたではないですか。

女の子はエレガントに。
そんなはしたない真似、お姉ちゃんは教えた憶え、ありませんよ!


するな。とも教えてませんでしたね。……至らぬ姉でゴメンナサイ orz



……

閑話休題。……なのです。



ふふっ(笑)益体もないことが思考を占領しようとしているのは、きっとうちも緊張しているのですね。

遠き理想郷に渡りかけた意識を、諧謔に満ちた現世に引きずり堕とすため。なのでしょうね。

ちらりと、お姉ちゃんの姿を心に焼き付けます。


……それでは、終わりを始めましょうか。

 「 ― 偽リノ誘イヨ.偽リノ誘イヨ.偽リノ誘イヨ ― 」

八神はやてが一妹、八神あゆ。一世一代の極大魔法、推して参ります。

 「 ― 汝ノ魂胆ヲ我ハ悉ル.汝ノ魂胆ヲ我ハ悉ル.汝ノ魂胆ヲ我ハ悉ル ― 」

蒙古族が伝えるホーミーの技法を以って、独りでして輪唱を為さしめる。

これがうちの子守唄、なのです。

 「 ― 以ッテ我ハ拒マン.以ッテ我ハ拒マン.以ッテ我ハ拒マン ― 」

こんなこともあろうかと用意していた、うち特製のサンダードーム。2人入って、出るのは1人。なのです。

さあ、全てをこの場から引き剥がし吹き飛ばして、うちとドクターだけに、なりましょう。

そうしないと、お姉ちゃん達を巻き込んでしまいます。

それに、この先のことは、見られたくありません。


 「 ― Temple-Tower In Repulsion ― 」

デバイス無しは……、かなりキツいですね。
今までS2Uに頼りっぱなしだったのが、バレバレです。

ああ、コメカミの血管が、ぷちんと逝っちゃいそうです。

レガシードの制御と術式へのリソースが大きすぎて、それ以外の思考がフラグメンテーションを起こし始めています。熱暴走ならぬ、失熱停止。でしょうか?

身体の制御が覚束なくなって、顔から倒れました。

鼻の奥に鉄サビの匂いがして、しかし即座に感じなくなりました。

鼻腔が詰まって、息苦しいのです。

でも、失うものなんか無いから、へっちゃらなのです。もってけドロボー、なのです。






……

うちにとっては永劫とも感じられた時間を要して、術式が完全な循環参照ループを形成しました。

「    」

……同時に、限界を超えたレガシードが砕け散ってしまいましたが、

「……」

もう、音なんか、届きません。

うちとドクターを震央にして、あらゆるものが撥ね退けられましたから。


擬似偏向質量操作で、重力を制してみせたうちの、最後の最期の斉悟の切り札が此れ。なのですよ。


重力とは正反対の力、すなわち斥力。

ブラックホールが万物を呑み込む重力の井戸なら、全てを拒む斥力の塔。

ブライトタワー。

何物をも寄せつけぬ、白い巨塔。なのです。


その外壁には、光すら取り付かせません。

だから、全くの無明。なのです。



しかし、魔法は違います。
物理法則に縛られぬ魔力素だけは、此処にも在りました。

だから、うちにはドクターの姿が影のごとく視えました。そう、あの時の、パンを独占していた少年のように。

同じようにして、立ち上がります。

ふと鉄サビの味を覚えて、味覚と臭覚が復帰していたことに気付きました。

指先で鼻の下を拭い、そのまま頬に3本、線を引きます。

――「力」は、「血から」産み出されるもの。「3」は、遮り封じ込める数字 ――

施した化粧は、うちに力を与えてくれる援軍の紅、レインフォース・マゼンタとなってくれるに違いありません。


『ドクター。死出の旅路は暗いでしょう?
 夜目の利くうちが、介錯仕りますね』

うちと貴方は、犯罪者同士の縄張り争いの結果として、相討ち、果てる。

誰の経歴も、汚すことなく。


なにより……、

『斥力に身を任せて、肉体が千々に散るのは痛いでしょう』

ただの人間なら、囚われた瞬間にクォーク単位で吹き散らされた筈です。

それに耐えているドクターはやはり、御自身を戦闘機人化してましたか。


……ですから、これは慈悲なのです。

 評議会メンバーの末路を、見ましたね? ドクター。

  あんな目に遭う位なら、死んだ方がマシ。ですよね?


なのに、

『ヤガミアユ!
 僕が君の言いなりになると思ったら大間違いだ。
 生命は、最後の最後まで足掻いてこそ、生なのだから』

途端……、目に映ル、アラユルモノヲ、コワシタクテ、ヤキハライタクテ、キリキザミタクテ、ツブシタクテ、ヤブリステタクテ、タマラナク、ナル。

もちろん、自らが組み上げた術式でさえも。

まさか、コンシデレーション・コンソール? 完成していたのですか!?

『忘れていたようだね、ヤガミアユ。
 君は、この僕が産み出した戦闘機人、レリックウェポンなんだよ!』

ですが……、

『貴方こそ、お忘れなのです。
 うちは、失敗作。なのですよ!』

破壊衝動に突き動かされて伸ばした手は、しかしあくまでゆっくりと、ドクターの胸元へ。

『お姉ちゃんに似てうちは大変優しいので、殺してあげる。なのです。
 苦しまずに逝かせてあげる。なのです』


うちのレアスキルは、【魔力支配】と云うそうです。

とても凄そうな字面ですが、使い手たるうちのランクでは到底真価を発揮し切れません。

 『 ― 汝ガ命運,既ニ我ガ掌中ナリ.最早,風前ノ灯火ニテ,俎上ノ鯉ナリ ― 』

しかし、距離を縮め、範囲を狭めれば本来の威力に近づけられることに、うちは気付いてました。

 『 ― 掛ケタリハ因果ノ爪,即チ逃レルコト能ワズ ― 』


そうしてドクターの心臓、別けても僧帽弁の魔力素を、掌握します。

 『 ― シカシ,抗ガエ.蜘蛛ノ糸ニ囚ワレシ蝶ヨ,籠ノ鳥ヨ,蟷螂ノ斧ヨ ― 』

抵抗力のカタマリのようなリンカーコアなんか、相手にしません。無視です無視、ポポイのポイなのです。

 『 ― ソハ,命ノ権利ニシテ義務ナレバ ― 』

支配するのは、実質、ピンポン球ほどの魔力素。

 『 ― ソウシテ,命ノ儚キヲ汝ハ知ル.尊サヲ悟ル.
   我ガ名ニ怯エ,我ガ力ニ震エ,我ガ赦シニ啼イテ,
    一握ノ砂ト化セ,一撒ノ灰ヘ還レ,一塊ノ土ニ戻レ ― 』

命は、魔法です。逆も亦、然り。

非殺傷設定の魔法だって、痛いのです。痛すぎれば、それだけで人は死ねます。

さあ、

 『 Greifen Herz 』

   循環器系を堰き止められて、冠状動脈血栓でお逝きなさい。

『……ぐっっっっっっっっつ! っがぁぁぁああああ……!!』

……?

   ……あぁっ! しまったことをしてしまった。なのです。

心筋梗塞系の疾患は死ぬほど……、いえ「早く死なせて呉れ」と泣き喚くほど苦しいのでしたね。―― 一命を取り留めた患者が、「なぜ引き戻した!」と当直医に殴りかかる程の苦痛だと、伺った事があります――


ごめんあそばせ、ドクター。

でも、うちが「ないない」していた破壊衝動なんかを暴き立てた貴方がイケナイのですよ、ドクター。プライバシーの侵害イクナイ、なのです。
悪しからず、あらあらかしこ。なのです。


勿論、それだけでは終わりません。相手が戦闘機人では、終わらせて貰えません。ですから……、

『ダイレクト・コントロール、発動。全ての情報を【チャンネル - ゼロ】に、最優先』

心臓発作が齎す苦痛にのた打ち回るドクターから、そのレリックの制御を奪い取ります。

ドクター。うちに、いくつものレリックを調整させたのは拙かったですね。
お陰様で、どのレリックであろうとクラッキングできるアドミニストレーターコードを割り出せてしまったのです。

戦闘機人相手に、戦闘機人として戦ったりはしませんよ。うちは。


『っぐ、う……』

循環器系とレリックと、2つのエネルギー源を止められて、どさり。とドクターが崩れ落ちました。


……

「騎士の情け」なのです。
その瞼を下ろしてあげましょう。……いえ、この場合は「悪女の深情け」でしょうか?


『そうそう、一言、言い忘れてました』

心臓が停止しても、脳神経系は暫く生きているそうですから、聴こえますよね? ドクター? 返事は訊いてない。ですけど。

『一粒の麦。もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。
 死なば、多くの実を結ぶべし。ヨハネ伝 第12章24節』

ドクター。死ぬことも亦、いのち。なのですよ。
ご存知でしたか?
「死に方を見つけてこその生」かも、知れませんよ?


どうせ子宝には恵まれぬ身、せめてお姉ちゃんの為に使い潰してやるのです。
利己的遺伝子万歳、「うちの屍を越えてゆけ」なのです。

妹道と云ふは、死ぬ事と見付たり。なのです。すなわちコノ葉隠ノ術、なのです。霧隠才蔵は伊賀忍者。なのです。











ふう……


『……ああ、すべてが終わりました』

でも、ドクターにはもう一言、伝えてないことがあります。

お姉ちゃんに似てうちはとても優しいので、死に逝く者に鞭打ったりはしないのです。


プレシアの弟子でもあるうちには、プロジェクトF.A.T.Eを悉っているうちには、ドクターが何を企んでいたかまるっとお見通しでした。

ドクター。申し訳ありませんが、その策が発動する可能性は限りなく低い。なのです。

戦闘機人のお姉様方はほとんど、マリアージュに拠って手傷を負わされましたね?

彼女達に殺められた者がどうなるか、ドクターも御存知でしょう?


なにしろ今日連れて来たマリアージュ達は特別製、まさしく地獄の花嫁達。

それに、貴方達がトレディア・グラーゼにどんな情報を吹き込んだか、教えてあります。

黄泉平坂の、奥の奥まで引き擦り込むことでしょう。情念深く、執念深く。たとえ掠り傷であろうとも。

ウーノさんも油断して、セインさんにばっさり殺られること請け合いです。


それにドクターは、戦闘機人1体を維持するだけのエネルギーがあれば、どれだけの人が救われるか、考えたことがおありですか?

 ――瞬間的な出力こそ抑えられていますが、レリックは恒星に匹敵する規模の反応炉なのです――

その恵みで、どれほどの人々が飢えずに済むことか。

オルセアの内乱だって、すぐに終息したことでしょう。


ああ、心配御無用。なのです。

マリアージュ達にお願いして、回収したレリックとその制御法はプレシアに届けられるように手配しておきました。

あの方なら無為無策で管理局に渡すことも無いでしょうから、レリックはきちんと平和利用される筈です。

それで数百億の人々が救われるのですから、戦闘機人のお姉様方も浮かばれることでしょう。




それにしても、戦闘機人ベースのマリアージュ。ですか。

レリック無しにしても、さぞや面白いモノになったでしょうに。

いったい、どんな変化を遂げたのか見届けられないことが唯一の心残り。なのです。











『この際、ダブルデートでもご家族連れでも一族郎党引き連れてでも構いませんから、カニさんが這い登ってきたり、しないでしょうか?』

どうにもやはり、独り言が増えますね。

……益体もない話のついでですが、各地に残してきたうちの定期預金がどうなるのか、少々気懸かり。なのです。

お姉ちゃんが相続できるのが一番、なのですけれど。


『どうせなら、1人しりとりでもしましょうか?』


悪事一つ行うのにも元手と保証が要りますから、銀行に金銭を預け、その金融システムを利用することは必須。なのです。
社会的信用が有るに越したことないですし、マネーロンダリングの勉強にもなりましたし。


『八神はやて。……て、て、て…… ティアナ。……ナ、ナ…… なのは。……は、は、は…… ハラオウン。……終わってしまいました……』


例えば、モリアーティ教授が駐車違反でキップ切られた。なんて話、聞いた事がないですよね?

大悪党になればなるほど、小さな悪事を身から遠ざけるもの。普段は善人の皮を被るもの。なのです。


『それにしても……、しりとりが苦手だったとは今の今まで知りませんでした…… orz』


ですから、品行方正なテロリストであるうちも、雌伏の間はせっせと定期預金などを積み立てて、住宅ローンなんかも組んでました。

『……しりとりを強制的に終わらせる方とか、今やうちの敵。なのですね』

ほとんどはこっそり、アジトの改装に使いましたが。











……ふう、なんだか疲れました。


  ……もう、休んでも、いいですか?


全てを撥ね退ける斥力の塔はその結果、時間すらも退けるのに、疲労を感じるなんて、可笑しいものですね?

だって、中心にして頂上たるうちは、歳を経ることも出来ないんですよ。

この術式は、此の世界の物理法則が変わるまで、つまり此の宇宙の終焉まで続きます。

エントロピーが果つるまで朽ちぬ、慙劫の棺。なのです。


うちは、凍れる時の彼方、遙か高き塔――周囲からは、鏡のような表面の球体としか見えないでしょうけれど――で、氷の女王として君臨するのです。

機会があれば是非、「シヴァ」と名乗ることにしましょう。











  ああ、なんだか……、眠くなってきました。

S2U、子守唄を、

         ……そうでした。……もう、居ないのでしたね。


致し方ありません。自力で賄いましょう。唄なんか、歌ったことない。なのですが……。


すう。と深呼吸。

 『♪ よ せては 返す さざなみの よに よ るのと ばりが まぶたを押 すよ  』

誰が聴いていると云うワケでもないのに、なんだか緊張しますね。

 『  き みよ こ の日を 思い出に 刻み ゆ めの まほろば 朝まで あ そぼ ♪』


途中で寝付いてる筈なのに、意外と憶えているものなのです。

2番はどうでしょうか?


 『♪ 欠 けては 満ちる 月影の よに きょうのこ の日が さよなら告げ るよ  』

下手だからと云って、笑わないで欲しいのです。
 
 『  あ すの約束 指きり交わ せば な ごり惜し んで 流れ星 ひとつ ♪』

ああ、やはりS2Uの声で、お母さんの歌声で聴きたいのです。自分の為だけに歌うのは、寂しいのです。歌えば歌うほど寂しいのです。

S2Uの隠し機能だった子守唄の歌唱を発見したのは、…… …パサンカユのケシ畑をヤきハラったとき…、
……だったでしょうか? どうもうまく、オモいダせ…ない。なので…す……。

   … …  ………   …  …  …………,…… …   カユ ……… … ……    …,
……        …    うま ,…… … …  .なので…す…….






















































 ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい


……おねぇちゃん

わるい いもうとで ごめんなさい なのです……


『どくをもって、どくをせいす』ために あゆは わるいこにならなくては ならなかったんです

『どくたー』を こえる どくに ならなくては ならなかったんです 『どく』たー だけに

ほかにも ては あっただろうと はんせいは しています

でも こうかいは してません

けれど ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい

いくら あやまっても あやまりたりませんが ごめんなさい なのです


そして さよなら おねぇちゃん

いまは いっぱい かぞくがいますから もう あゆがいなくても だいじょうぶ ですよね

いらなくなったら そういってほしいと やくそく しましたよね


あゆは やくそくをまもります

すこぅしだけ ほんとにほんとに すこぅしだけですけど えらいですよね?

だから さいごに1かいだけ おねぇちゃんだけのものを くちにだして つかわせてください 

こころのなかでは なんども なんども なんども なんども つかってた おねぇちゃんとおなじ なのりのことば











                 うち と











「うちは、やがみあゆ。なのです
 
 ココニイル。なのです
 
 みなさま、どうぞ おみしりおきを
 
 いっきくのなみだを たまわれれば、さいわいです」





                               「八神家のそよかぜStS?篇」-TRUE BAD END- 終演 あるいは終焉













―― 一応の最後に ――

無印篇での最初期プロットは「はやての身代わりとして、グレアムの下であゆが進んで氷漬けになる」でした。
これに、StS篇の第2プロットであった「あゆ悪人ルート」と、その遠因となる隠しエピソードを2つ加えて、IFではありますが「八神家のそよかぜ」最終回とさせていただきます。

さて、本当ならこのエピソードを発表した時点で「八神家のそよかぜ」完全完結と言いたかったのですが、ゲームの新作も出てるので、もし触発されたら何か書きます。つか2度も最終回やっておいて、これまでもダラダラと書いてますしね(苦笑


なお「魔杖機」と云うのは、デバイスを指す造語です。



 ――2年前に連載を始めたこの月に我が家に来た、小さな[くれないの鉄騎]より―― ←と書きたかったけど、出来ませんでした(苦笑)

                2011年12月吉日 Dragonfly 拝






















































「あゆっ!」




……?


 ……なんでしょう?



  なんだか……、あたたかいのです。




     なにやら、……やわらかいのです。





        なぜか、懐かしい匂いが……するのです。



此処には、何も莫いと云うのに。


   とうとう、うちも心が保たなくなって……、来たのでしょうか?


 ……天罰ですよね。



でも、ありがたいのです。

  ……狂気は、絶望に効くクスリ。なのです。

万金丹です。エリキシルです。ウィスケベサです。ヨーメイシュ、なのです。


ああ、ようやく瞼を上げれました。

「……」

うちの狂気は、お姉ちゃんの形をしてるのですね。こんな罰なら、こんな狂気なら、……大歓迎。なのです。


  ……うれしいなぁ。


神様なんて信じてませんでしたが、こんな粋な計らいが出来るお方だと知っていれば榊のひとつもお供えしましたのに。

余生は、感謝の祈りで過ごしましょうか?


 「……」

今一度、お姉ちゃんの姿を網膜に焼き付けます。

自決にすら倦み疲れてたうちですが、これで後10年は戦える。なのです。


「しっかりしぃ、あゆ!」


……え? なのです。

「……お…ねぇ……ちゃん?」

「そうや。八神あゆの姉、八神はやて。此処に在り、や」


霞む視界の向こう。お姉ちゃんの肩越しに、大勢の人影。


「なにものも辿り着けない場所、……なのに」

「うちを誰やと思とるんや?」

ぎゅっと、強く抱きしめられました。

「最後の夜天のあるじ、やで」

ああ、あの穂先はレイジングハート。あの斧頭はバルディッシュ。

「どんな無理も魔力で推し通して、道理なんか叩き伏せたる」

レヴァンティンに、グラーフアイゼン。デュランダルに、ヴィンデルシャフトも。

それに、見覚えはあるけど、名前が思い出せない槍型のデバイス2本を始めとして、様々なストレージデバイス、インテリジェントデバイス、アームドデバイス、ブーストデバイス、ユニゾンデバイス。

イノーメスカノンやライディングボードなどの、固有武装まで。

それと、あれは確かヴァリアントザッパー、と言ったでしょうか? エルトリアが復興、したのならいいのですが。

さらには、両腕を滑腔砲にしたシルエットが、ずらり。



それらの向こうには、白天王とヴォルテール。フリードリヒもちゃんと、居ますね。


なにより、彼らより巨大で ――長い―― 龍。

あれも、誰かの使役龍。……なのでしょうか?
アースラを始めとするABLISの艦隊が、時の庭園が、聖王のゆりかごが、オモチャに見える。なのです。



……

あははっ♪

何をかも拒む斥力の砦塔を、魔力尽くで吹き飛ばした。のですね?

お姉ちゃん達、らしいのです。

道理も物理法則も、うちのちっぽけな思惑すらも、みんな問答無用で張り倒されたのですね。

あはははっ♪


…あは♪

 ……あれ。おかしいのです。

こんなに愉快なのに、視界が滲んでしょうがない。なのです。


……

そう……、そうでした。

「……私は、咎人。なのです」

  こんなに大勢の方にお出迎え戴くような……。と、最後まで言わせて貰えませんでした。

「あかんなぁ、あゆ」

優しく体を引き剥がしたお姉ちゃんが、うちの唇をそっと人差し指で押さえたのです。

「自分のことは正しく呼ばんと、“めー”やで」

自分の、ことを? ……

「うちは仏様とは違ゃうねんから、2度目は赦さへんよ」

    …… 正しく? ……?

「さあ、やりなおしぃ。もう一度、な?」


それは……、

  ……つまり…

   …… ……いいので、
             しょうか?

「……」

だって、
    お姉ちゃんの、
           ……大切なものでは?


「うちはこう見えて、けっこうイラチやねん。早よ、しぃ」

♯桁マークが、ちょっと怖い。なのです。

「……」

ふふっ。まったく、お姉ちゃんにはかないません。


「……うちは、」
      「家族水入らずのところをすまない」

よう言えたな。と再び抱きしめてくれたお姉ちゃんの向こうに、クロノ……お兄ちゃん。

またさらに背が伸びた御様子。なのです。


「八神あゆ。
 君には黙秘権と、弁護士を呼ぶ権利がある。
 以後の発言は裁判で不利な証拠と成り得るので、留意すること」

「……はい」

カードに戻したデュランダルを懐手にしつつ、歩み寄って来られます。

「なお、君の事情についてだが、重要な証人が名乗り出ている。
 彼らの証言に耳を傾けて、迂闊な言動は厳に慎むことだ」

「……証人。ですか?」

ああ。と背後に流された視線の先に、ドクター・スカリエッティと、見知らぬご老人が立っておられました。


ドクターは、……ああ、戦闘機人のお姉様方が無事なのですから、例の策が発動したのでしょうね。

案外マリアージュ達と交渉が成立したか、或いは本当のあるじが目覚めたかしたのでしょう。


さて、もうひと方。 恰幅のよいご老人は、はっきり言って異相です。

中肉中背、目尻に皺の多い優しげな好々爺に見えますが、額より上はドーム状のガラス容器で、中に納まった脳髄が丸見えです。

……もしや、

「察しがついたか。
 その通り、【元】評議長閣下だ」

「新暦体制は改められて、最高評議会は解体されたからな」

老人そのものの外見に似合わず、颯爽と大股で。

「戦闘機人化技術……。
 君たちの世界ではサイボーグ化、あるいは改造人間化と言ったほうが通りがいいみたいだね?
 ……まあ、僕の技術を持ってすれば、無い肉体を与えるなんて容易いことさ」

ドクターは、その場に立ったままで。

「無論、普段は仕舞っておる」と、元評議長が御自身の脳髄を指差されました。

「己への戒めとしてな。
 時おりこうして、眺めて居るよ」

……

こほん。との咳払いは、クロノお兄ちゃん。

「とにかく、今は各世界間の利害調整を担う調停官として活躍されておられるんだ」

うむ。と、評議長。……いえ、調停官。「あとの2人も、それぞれに、な」と、口元をほころばせて居られます。

「さて、八神あゆよ。
 儂が此処まで出向いてきたのは他でもない」

長いあごひげを撫でるさまが、とても愉しそう。なのです。

「当時の状況を鑑みて、
 おぬしの行動は全て、姉と己を守る為の正当防衛であり緊急避難ではないかとの意見が大勢を占めておる」

「……」

「さらに、まさしく何も莫いこの斥力の牢獄での4年半は、軌道拘置所での禁固刑800年に値するとの分析結果も報告されておる」

でも……。と差し挟もうとした口を、今度はお姉ちゃんの手のひら全体が閉ざします。

「無罪放免とは行くまい。
 しかし、執行猶予、保護監察程度で済むだろう。と、見解の一致をみた」

「もごもご、むぐー」
「黙っとり」
「……」

「まあ管理局法が牽強付会に過ぎるのは、儂の債だな。
 それもまた今回の判例が取り沙汰されれば、向後に改められるだろうて」

すっ……と、額を撫でる、仕種。

いつの間にかそこには、白髪頭が。

「きちんと、まっとうに生きるのはいいぞ。八神あゆ」

踵を返して、やはり颯爽と歩み去っていかれます。

 「儂も、罪滅ぼしが済んだら命の本分を全うする。
  おぬしも、生きてる間にしか出来ないことをすることだ」

「なんなら、元の体に戻してあげるしね」と、ドクターが追いかけざまに。

 「司法取引の材料に、なるよねぇ?」

「一考の価値はある」

即答したクロノお兄ちゃんは、しかし苦虫を何匹も噛み潰したよう。なのです。

……あはははは♪

あは…は……

「……なんだか、うちはもう、いっぱいいっぱい。なのです」

「まあ、ゆっくり考えたらええ」

せっかくお姉ちゃんがそう言って下さったのに、目前の床から浮かび上がる影が。

「……貴女のことも姉と呼べと、はやて姉が。許可を……」

「今は、【八神なぎ】ですか?」

……そう……。と、動作少なく微妙な首肯。

「なら、貴女のしたいようにやりなさい。なぎ」

「……解かった。
   ……では、あゆ姉。受け取って……」

差し出されたのは、灰色のカード。待機状態のS2U。

「……」

受け取っていいものか迷って、傍らのクロノお兄ちゃんを見上げます。……が、知らんぷり。されました。


 ≪ あゆちゃん、私は還って来ました ≫

会話機能? ……いえ、ただの記録音声ですね。


 ≪ あなたは、どうですか? ≫

「……」


それしか出来ることがなかったので、

                 ……そっと手を、伸ばします。



  「ただいま……、なのです」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 おかえりなさい 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」







      ――【 新暦79年/地球暦9月 】――


                                       「八神家のそよかぜStS?篇」-TRUE END- 劇終




まあつまりは、ボツネタのほとんどが「あゆ悪人ルート用」だったワケですね(苦笑
あと、空白行が54行あったりするのは、仕様です。

























































[14611] エイプリルフール冗談企画
Name: dragonfly◆23bee39b ID:309fc8f8
Date: 2013/04/01 00:00
【冗談】街は危険がいっぱいなの?




「おそかった。なのです」

その未登録世界に居合わせたのは、偶然でした。

とある管理外世界へ渡るための、ショートカットのつもりだったのです。

しかし、異様な魔力反応を放置できずに躊躇している間に、ソレは発動していました。




 !

一瞬でがらりと変わった周囲の環境を、しかしうちのレアスキルはしっかりと把握してくれました。

目に見える地表は、先ほどまでとは違う世界、異なる惑星のもの。
陰側に出現してしまったらしく、背後には夜天。衛星は確認できません。


「みしらぬ やてん、なのです」


高度は、おそらく1万フィートほど。騎士服でなければ凍えていたでしょう。

ちなみに自由落下中です。

わざわざ重力加速度を稼ぐ必要もないので、手足を広げて見様見真似でスカイダイビングを試みます。

「あいきゃん、ふらーい」

軽口が叩けるのも、騎士服のお陰。
さもなくば風圧に負けて口も開けないでしょう。あるいは、開きっぱなしで閉じれなくなるか。


1.スレイプニール
2.フェアーテ
3.フライアーフィン
4.フローターフィールド
5.柔らかき支柱
6.ホールディングネット
7.アクティブガード

さて、どうやって着地しようかと指折り数えてた時でした。

おそらくは典型的なカルデラ地形であろう外輪山の向こう側に、街の灯りを見出したのは。




****




それでは、問題です。

結局、うちはどうやって着地したでしょうか?

解答は番組の後半で。なのです。



そうしてうちが降り立ったのは、規模だけなら何処にでもある地方都市クラスでした。

ただし、インフラは一級品。
魔法を抜きにすればクラナガンに匹敵しそうな設備が目白押しで、規模に見合わないこと夥しいです。


さらには、人っ子一人、居ません。

夜間とは云え、これだけの街並みでは在り得ない事ではないでしょうか?

ゴーストタウンと云うワケでもなさそうです。
街灯やビルの航空障害灯は点いてますし、路肩に止められた自家用車のボンネットはまだ温かったのです。

それとも、都市レベルでのメアリー・セレスト号事件、でしょうか?


「おねぇちゃん、じけんです」

ありえないことだと思っていたからか、それとも当たり前すぎたからかは判りませんが、無意識にスルーしていた事実がありました。




         【仙石原 10km】




道路標識に書かれていたのは、明らかに日本語です。
つまりここは第97管理外世界で、なおかつ地球で、さらには弓状列島のどこか、らしいのです。


第97管理外世界とはまるっきり別比重の未登録世界からここまで飛ばされてきたとなると、イスカンダル→地球間一発ワープもびっくりの魔力が要るはずなんですが……


まあ、悩んでいても始まりません。現在位置を確認して、海鳴市に向かおうとしたその時でした。


お腹に堪えるような地響きが、都市全体を襲ったのは。

地震とは明らかに違います。何か重いものが墜落したような、しかもそれが連続して2回、3回と重なります。


取り出したS2Uを、しかし杖形態にすることなく仕舞いなおしました。

「ニィやーん、どこ居ん……おやぁ? お嬢ちゃんも、迷子ぉか?」

背後に、人の気配がしたので。

振り返れば、自動で開いたらしい分厚い防爆ドアの向こうに女の子の姿。おそらくは小学2年生くらい、でしょうか?

「ウチんくのニィやんも迷子ぉでなぁ……、クぅロいジャージ着た中学生、見ぃひんかった?」

うちという呼び方や言葉の端はしが、なんとはなしにお姉ちゃんを彷彿とさせますが、イントネーションが結構違います。

もしかして此処は、関西の地方都市なのでしょうか?

ん~、しかし、うちの記憶が正しければ、近畿地方にカルデラ地形は無かったはずなんですが。

「どないしたん? 大丈夫かぁ?」

ええ。と、応えられませんでした。

地響きが近づいて来ていますし、なにより足元、地下深くに巨大な魔力塊が出現したのです。

うちのレアスキルは魔力素を感じ取れますが、それは精々、バスケットコート1面くらいの空間内に限られます。

しかし、今発生した魔力塊は、かなり深い。

それは、すなわち。
うちがこれまで接してきたどんなロストロギアよりも遙かに巨大で強大で高濃度の魔力源。ということなのです。

ランクにすればSSSを遙かに越えて、SSSSSSSSS……これでも足りないでしょう。

「これ、地震やないよなぁ」

応じる余裕なんか、ありません。今まさに地下の魔力塊が、地上へと……!

「ひかりの……きょじん……」

うちは莫迦ですか! あんな強大な魔力源を視たり、したら!


ひっ!

目がっ!目がぁ……っ!

網膜に灼きついた光の巨人の姿が、眼底を殴りつけるようです。

うちのレアスキルは、魔力素を直接視認しているわけではありません。
ですが、光を束ねればレーザーになるように、強大すぎる魔力がうちの視覚野全体を打ちのめしたのでしょう。

「ちょっ! 大丈夫か?」

「あれが怖いん?」

「大丈夫やで、きっとあれは味方や」

「だって、向こうに見えとる黒いんのんが悪玉に違いないもん」

「とりあえず、うちが出てきたシェルター行こ?」

矢継ぎ早に声をかけながら、袖を引っ張ってくれます。

今のうちは、真っ白に塗りつぶされた魔力素の視界のせいで、通常の視覚すら役に立ちません。

情けなくて、涙が出そうです。いえ、あまりの痛みに、とっくに涙ぽろぽろなのですが。

それでも、背後への警戒を疎かにしたりはしません。音だけでも、大体のあらましは掴めてました。

ですから、袖を引いてくれている女の子に抱きつき、S2Uと【碧海の図説書】に命じます。

「りんぐばいんど、でんこうせっか、なのです」
 ≪ Ring Bind ≫
 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫
 ≪ Flash Move ≫

高速移動術式の連続使用はきついですが、こうしないと短時間で距離を稼げません。

 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫
 ≪ Flash Move ≫

上へ上へ、上空へと逃れます。今のうちでは、下手に左右へ避けたらビルとかにぶつかりかねませんから。

「な、な、なんやぁ~」

文句は取り合いません。そんな余裕、あるわけない。なのです。

「かーとりっじろーど」
 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫
 ≪ Flash Move ≫

飛び出した栞を、追い越しざまに捕えます。

 ≪ Blitzschnelle Fortbewegung ≫
 ≪ Flash Move ≫

体感で50メートルほど上昇した頃でしょうか? 足元を盛大な破壊音が通り過ぎて行ったのは。
まるで、高層ビルがまるごと移動したような騒ぎです。

……間一髪、でした。


「な、なあ……。なんでウチら、飛んでるん?」

「10さい ですけど?」

「絶対ウソやぁ!」

本当の年齢を言っても信じて貰えそうにないからサバを読みましたが、それすらも信じて貰えませんでしたか…… orz


「ちぇーんばいんど」

ドップラー効果満載で遠ざかっていく破砕音とは逆の方へ、魔力鎖を伸ばします。

行き当たった物にくっ付けて、巻き戻すことで移動しようとしたのですが、その前に視界が戻ってきました。

目についた信号機に鎖端を固定して、長さを調整しながらブランコの要領で距離を稼ぎます。

「ひゃぁああああ~、これがお父んの言ってた絶叫マシンってのんか~~~~~~~!?」

先ほども、こうして地上に降りました。なんのことはない、ティアナさんの真似っこ、なのです。


「きゅうう……。うち、前世紀に生まれんで、ホント良かったわ~」

今はお姫様抱っこ状態にしている女の子を、見下ろします。

50メートル上空から地上すれすれまでの最速降下曲線はどうやら三半規管に良くなかったらしく、目がぐるぐるぐると。

「……」

さて、困ったことに、管理外世界の、文明のある惑星の、さらには知的生命体に魔法使用を目撃されてしまいました。

当然、管理局法に触れます。

品行方正な嘱託としてはあまり有り難くない汚点。なのです。


思わず救けてしまいましたが、死人に口無し、詩人に梔子と言いますから、ここは口封じに……

『…何故』

ヒトの気配など無かったのに、視界のぎりぎり端っこに人影がありました。

中学生くらいの少女の姿をしていますが、油断は出来ません。

瞳孔はおろか、虹彩まで紅い人間なんて、少なくともうちの知る次元世界には居ないはずですから。

『…何故』

それに、今の声は思念通話……に、近いナニか。なのです。少なくとも一般人ではないでしょう。

ともかく、意思の疎通が出来るのなら、話してみるに越したことは無い。なのです。

『わたしがここにいるりゆう。ということなら、だれかがおこなった【くうかん てんい】にまきこまれた けっか。でしょう。
 すなわち、じこ。なのです』

『…そう。じゃ、さよなら』

……言葉が通じると云うことは、しかしながら会話が成立することとイコールではないのですね。

お姫様抱っこしていた女の子を優しく下ろし、それとなく背後に庇います。うちが対峙している相手が、この子の味方かどうか確証が持てなくなりましたし。

「ええと、おおきに……?」

「どういたしまして、なのです」

一般人を救けるのも、管理局員としては当然の義務。なのです。それが、名前も知らぬ次元世界の住民であっても。

『かえりたいのは やまやまですが、……』

空間座標が判りませんから、跳ぶための魔力が足りるかどうか見当もつきません。

『…問題ない』

指差す先に、光芒の十字。ナニか巨大な魔力源が、解き放たれ切れずに形作って。

『あれを、つかえと?』

確かにアレだけの魔力があれば、四の五の言わず絶対空間座標だけを目印にして帰ることが出来るでしょう。

しかし、理論上可能であることと、実際にそれを行えるかどうかの間には、深くて冷たい河が流れているのです。アムール河もびっくりの規模で。

『…そう。よかったわね』

「なあ、どないしたん? 顔色、良ぉないで?」

そうですか? そうでしょうね。
ジュエルシードもかくやという魔力を注ぎ込まれ、脳裏を探られて勝手に転移術式を発動させられようとしているのですから。

それに、やはりあの少女の姿は見えてないようですね。その事実もまた、うちの顔色を悪化させていることでしょう。

「じつは、わたしは【ちきゅう じょう】では3ぷんかん しか、かつどうできないのです」

「へ?」

とりあえず、適当に誤魔化しておきます。

「いいですか? わたしのことは、だれにもはなしては いけません」

言っておきますが、口封じに殺そうなんて、考えてませんでしたよ? 本末転倒ですからね。

「さもないと、またあのかいぶつが このまちをおそうことになりますよ」

「そんなアホな……」

もちろん、口から出任せです。

ですが、いま展開している転移魔法のテンプレートを見れば、妙な信憑性があることでしょう。

事実、否定し切れなくて女の子が口を閉ざしました。

「それでは、ごきげんよう」

「あ、ちょぅ待って」

そう言われても、うちはただ跳ばされる身。どうしようもありません。

なので反対側、得体の知れない少女を見やりますが……

『…こういう時、なんて言えばいいか判らないの』

大丈夫です。期待はしてませんでした。

「うちは鈴原ナツミや。嬢ちゃんは?」

少し考えますが、本名を名乗ることのデメリット、偽名を使うことのメリット、共に無さそうです。

「わたしは、やがみあゆ。なのです」

視界は瞬転して、見慣れた転送部屋になってしまいましたが、はっきりと見ました。

ナツミと名乗った女の子の口元が「おおきに」と動くのを。




              あゆのあゆによるあゆのための補完? おわり




あくまで、冗談です。





*********





おまけ

 【注意:劇場版A's特典ディスクのネタバレあり】















――【 新暦66年/地球暦6月 】――




「ほけんの先生、いないみたい」

そうですか。と答えたあゆにとっては、ドアを開ける前から判り切っていたことであろう。

「すこし、よこになる?
 ベッド使っても、だいじょうぶだと思うよ」

「そうさせてもらいます。なのです」

仕切り用のカーテンを引き出してくれるクラスメイトを横目に、あゆはベッドに潜り込んだ。

「先生、さがしてくるね」と身をひるがえそうとした少女を、いつの間にか掴まれてた袖が引き止める。

「それにはおよばない。なのです。
 よこになるだけで ずいぶんらくになりましたから、かぐらいさんは きょうしつにおもどりください」

そお? と小首をかしげる級友に「はい」と応じ、袖を放す。

「それじゃあ、ゆずこ、教室もどるね」

「つきそい、ありがとう。なのです」

「ううん、へいきだよ」

小さく手など振りながら保健室を後にした少女の、気配が充分に遠くなったのを見計らって、あゆは窓側のカーテンを開けた。



仮病を使い、保健係に付き添ってもらってまで保健室に来たのにはもちろん理由がある。

教室からでは覗えない方角での魔法使用に気付いたからだ。


からからと無造作っぽく窓を開けて、あゆは外廊下に。
保健室は建屋の隅に位置するから、かなりの視角を確保できた。

そうやって見やるのは市街地方面、海鳴市にいくつかある電波塔のひとつ。通天塞。


「くろのせんせぇ、でしたか」

タワー先端に立つ人影をシルエットで見分けて、あゆは教室へ向けて歩き出す。ここからなら中庭を横断したほうが早い。

――【時の庭園】が至近にあるために、周辺の空間が不安定になるかもしれないことは、聞かされていた。

それらをアースラクルーが処理するのは職務の内だし、執務官たるクロノが来たとなれば――魔法を覚えたての自分に出番はないと判断したのだろう。

外廊下の段差を2段ほど降りたあゆは、しかし踵を返した。


「くつ、わすれた。なのです」

ベッドに横になるときに、脱いだっきりである。




                           おわり



劇場版A'sのDVD発売を記念して、特典ディスクの内容から「神楽井ゆずこ」「通天閣(と思われるタワー)」「靴忘れた」で三題噺を仕立ててみました。
「通天かく」が「通天さい」なのは仕様です。



[14611] 母の日企画
Name: dragonfly◆23bee39b ID:309fc8f8
Date: 2013/05/12 11:11


――【 新暦67年/地球暦5月 】――


『あゆちゃん、あゆちゃん。【母の日】って知ってる?』

授業中である。おしゃべりは念話で。

『【ははのひ】ですか? いちおうは』

町中いたるところにキャンペーンやらセールなどの告知が溢れているのだ。あゆとて気付かないはずはない。

もちろん八神家に【母】は居らず、スルーされたであろうイベントである。

『かあさまにカーネーションおくるのは当然なんだけど、それだけじゃさびしいかなってアリシア思うの』

ふむ、【かーねーしょん】いがいのおくりもののそうだん。でしょうか? と、あゆが考えるのもむべなるかな。

『せっかくだから、かあさまだけじゃなくて、フェイトおねえちゃんやアルフにも!って思って調べたのね』

それでねそれでね。とアリシアのおしゃべりは止まらない。

『【姉の日】はあったんだけど、【使いマの日】はないんだよ。どうしたらいいと思う? あゆちゃん』

この世界では使い魔が実在するとは知られていないから、【使い魔の日】がないのは当然か。

『【あねのひ】は、あるのですか?』

『うん。12月だって。
 でも、プレゼントとかはしないみたい』

ジョン・ワナメーカーのような商魂たくましい人物に恵まれなかったらしい【姉の日】は、巷間に流布しているとは言い難いだろう。

その辺りの事情は、海鳴市近辺でも変わりがない。


『ふむ……』

ほぼ慣習化している【母の日】と、マイナーにすぎる【姉の日】に、存在すらしていない【使い魔の日】。それらを引き比べて、あゆは少し考え込む。

【姉の日】は捨てがたい。しかしながら、まだ半年以上も先の話だ。

ならば、まずは目前の【母の日】に集中するのが吉か。

『とりあえず、ぜんぶまとめてしまってはどうでしょう?』

こうして海鳴市の一部で、少々変わった【母の日】が催行されることになったのである。




――【 新暦69年/地球暦5月 】――




  ≪ Sammlung ≫


リィンフォースは【蒼天の魔導書】の管制融合騎であるから、【闇の書】時代の機能や術式を再現できた。

もちろん今となっては制約も多く、リソース不足もあって効果も限定的で、ほとんどは実用に耐えない。



さて、その手に捧げ持つのは、一輪の花。
最近生まれた妹が、海鳴市の一部でしか通用しない【母の日】追加ルールに則って、姉たるリィンフォースに贈ってくれたカーネーションである。

もっとも、切り花の命は短くて、とうに萎れ、枯れ果てていた――これまでの人生で花を贈られたことのなかった彼女には、残念なことに押し花やドライフラワーに関する知見もなかったから――。


ぱらぱらと、風にあおられるように捲れていく【蒼天の魔導書】の頁。

「二度はないと、誓いましょう……」

【闇の書】時代に由来する術式には、思うところもあろう。

だから、今回限り。と自分に言い聞かせている。


  ≪ Wiedergeburt ≫


目前の魔法陣に囚われた枯れ花が、光の粒子となって霧散し、直後にカーネーションとして青花の時を取り戻した。
魔力還元後、再構成されたのだ。

【リィンフォース】が【カーネーション】に掛けたのは、【リィンカーネーション】の術式。
すなわち【闇の書】の再生力、および転生の根源である。




                           おわり

【母の日】でネタ出しして【姉の日】に行きついてしまうのがdragonflyクオリティでしょうか?(苦笑)






おまけ




――【 新暦79年/地球暦10月 】――




選手控室は、ひっそりと静まり返っていた。
スタジアムとは隔壁、魔力障壁あわせて数枚隔てているから当然である。

しかしながら、そこはかとなく観客席の熱気が伝わってくるような気がするのは、チャンピオン相手に善戦した少女への称賛ゆえ、であろうか?


≪ …みゃぁあ ≫

「おとなしくしてないと、メっ。ですぅ」

近頃ではフレーム展開して子供ほどの大きさを維持している融合騎の、膝の上にアスティオン。

雪原豹を模したぬいぐるみ様の外装を動かす魔力もないのに、≪みゃぁ…≫と再び。

「……」

どうしたものかと困惑するエスタが、顔を上げた。近づいてくる人影に気付いたのだ。

「わりぃ【でばいす】は、いねがぁ。なぐ【でばいす】は、いねがぁ」

出刃包丁の代わりにS2U、桶の代わりに【碧海の図説書】を掲げた、デバイス界のなまはげこと、八神あゆである。

杖頭に灯る魔力光が、鬼火めいて、ゆらり。

「あゆちゃん。こわいですよ」
≪みゃぁあ…≫

アスティオンはともかくとして、元は【碧海の図説書】の管制人格であったエスタまで引く有様。

「むりをする【わるいこ】には、もんどうむようで【でばいすろっく】。それが、わたしのせいぎです」

≪…みゃぁ≫

「さあ、お前の罪を数えろ」とばかりに【碧海の図説書】を突きつけられても、チャンピオンを前に一歩も引かなかったアスティオンが臆すわけもない。

しかし、

「まりょくが こかつした【しゅじゅう】が いっしょにいては、おたがいのかいふくを そがいします。
 さびしいでしょうけれど、がまん、するのです」

≪……≫

理非を説かれては、さすがに引き下がるしかなかったようだ。

「いいこですね。
 ごほうびに【がんえん】をあげましょう。なのです」

取り出したのは、もちろん本物の岩塩ではない。外見を塩の結晶体風にアレンジした【おふだカートリッジ】である。

近年、セイクリッドハートなどのマスコット的な外装を持つデバイスが増えてきたので、それらのモチーフに似合いそうな【おふだカートリッジ】をそれぞれに試作していたらしい。

いま差し出した岩塩型を始めとして、ニンジン型、包帯型、補修テープ型、リングピロー型、砥石型、メガネ拭き型、etcetc……

あゆのポケットは、さながらおもちゃ箱であった。




                           おわり

Vivid9巻の個人的萌えポイントは、やはりアスティオンでしょうか。ティオかわいいよかわいいよティオ。
原作でツヴァイと二人っきりになってたのをいいことに、おもわずあゆの出番を捏造してしまいました(苦笑)
なお、岩塩は某作品へのオマージュで、現実の虎や豹などの大型ネコ亜目動物が特に塩気を好むということはないようです。



[14611] 独自設定、オリジナル解釈、お遊び設定等【本編補完資料】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:d314d7ca
Date: 2012/08/21 21:32
独自設定、オリジナル解釈、お遊び設定等【本編補完資料】

****************************************************************
           【独自設定】
****************************************************************



 ―― レアスキル【魔力支配】 ――

一定範囲内の魔力や魔力素を他者の支配から解き放ち、自身の支配下に置く希少技能。支配下に置いた魔力・魔力素は淡い光として視認でき、量や状態によっては地形などを把握するのに利用できる。

支配下に置けない魔力・魔力素でも接触できるほどの至近であれば認識でき、それによって魔力を帯びた物体、もしくは魔力素で構成された存在の構造を把握することも可能である。

効果範囲とその支配力の強弱は反比例し、スキル行使者の意思によって増減、加減することができる。

このレアスキルによって発揮される魔力への支配力は、同じ魔導師ランクの術者による砲撃魔法を完全に防ぎ、至近であれば3ランク下の術者の魔法行使を完全に無効化することができる。5ランク下の術者に対しては、そのリンカーコア内の魔力すら自由にできる(格上の相手には不快感を与える程度)。

またこのスキルの特性から、スキル行使者の周囲にいる魔導師は魔力の収集効率が下がる。これを意図的に行うと、2ランク上までの術者の魔力回復を完全に阻止できる。

なお上記の基準は、対象の魔力ランクによっても変動する。

デバイスマイスター八神あゆが所持していたと噂されているが、このレアスキルを所持していて魔導師ランク未認定はありえないので事実ではないと思われる。



 ―― 人工リンカーコア【イデアシード】 ――

新暦70年にデバイスマイスター八神あゆが作り上げた自動的に魔力素を収集し蓄積する人工結晶体。ゼスト隊による4年間にわたる運用試験の末、完成した。当年度中に先行量産が行われ、翌年度より本格的に量産が始まっている。

理性で認識することによってのみ至れるとされるイデアにあやかり、手に入れた力に振り回されぬよう願いをこめて【イデアシード】と名付けられた。

元になった【ジュエルシード】と違い、祈願型デバイスとしての機能は組み込まれず、純粋に魔力の供給源として作られている。これにより、魔法適性の一切ない人間でも1~2年ほどの訓練を受ければ魔法を使えるようになる。その際、魔力ランクはBに相当するが、本人の資質と所持するデバイスの性能によって魔導師ランクとしてはAA+まで伸びた例がある。なお、大量生産品ではなく、八神あゆが自ら手作りした物の中には魔力ランクAに匹敵した物もあったらしい。

【ジュエルシード】同様、すべてにシリアル――ただしアラビア数字――が打たれており、所在位置報告機能と所有者認識機能を持つ。

また魔法適性のない人間ばかりでなく、生得の魔導師にも支給され、暫定的に魔力量を増やして任務に宛てることもあった。

なお、特殊遮蔽内開発研究室第二課の代表者が湖の騎士シャマルであることや、管掌責任者がマリエル・アテンザ第四技術部主任であったため、これらと製作者を混同している資料、報告書が存在しているが、誤りである。こうした誤記が見られるのは、当時の上層部が八神あゆの関与を隠蔽するために行った情報操作の結果らしい(◇要出典)




 ―― デバイス【碧海の図説書】 ――

新暦68年にデバイスマイスター八神あゆが作り上げた自分用の書籍型デバイス。群青色の装丁に剣十字があしらわれている。

【蒼天の魔導書】をモデルに作られたが、収集するのはデバイスやジュエルシードなど、魔力集積体の構造とそのプログラム、保有術式で、守護騎士システムもない。ちなみに、実際に並べて見ないと判らない程度に【蒼天の魔導書】より微妙に小さい。

書籍そのものの外見からでは想像もつかないがアームドデバイスとしても作られており、しおり型のカートリッジシステムを搭載している。形状変化はないが、ブックバンド状の魔力鎖を展開してモーニングスターのように振り回すことも可能。デバイスマイスター八神あゆは、これをヨーヨーで遊ぶかのごとく使いこなしたと伝えられる。

本局で八神はやての悪口を言った者やデバイス使いの荒い者は、必ず【碧海の図説書】の角っこの洗礼を受けた。スナップの効いた一撃はかなり痛いが、被害者が怒ったり訴えたりすることはなかったらしい。

【碧海の図説書】を用いた八神あゆの得意技は、葉間での【真剣白刃取り】と【狼の散歩】。前者は模擬戦で一度だけ、出力リミッター付きだったとはいえ烈火の将シグナムの攻撃を挟み止めたことがあり、後者は標的の身体を足元から駆け上がりながら何度もその角をぶつけていく荒業。地味に痛い。しみじみと痛い。【狼の散歩】には電気や炎を纏わせた【雷龍一閃】や【火龍一閃】といったバリエーションがあるが、元になった【飛竜一閃】を見た目真似しているだけで、同一の攻撃方法という訳ではない。


【碧海の図説書】で特筆すべきはその拡張性と冗長性で、デバイス用のさまざまな機構(後述)のテストベッドとして終生八神あゆの手元にあった。


管制人格も【蒼天の魔導書】同様にユニゾンデバイスとなっており、モデルとなったリインフォースの妹としてリインフォース・シュヴェスタと名付けられている。ただし、人間大のリインフォースと違って、手のひらに乗るサイズであった。残念ながら八神あゆは融合適性が高いほうではなく、戦闘などではヴォルケンリッターと融合することのほうが多かったようだ。

製作者の影響か、舌足らずな上に取ってつけたような敬語を用いるが、差異化のためか語尾は「ですぅ」「ですよ」である。

製作者による愛称は「エスタ」だが、紅の鉄騎ヴィータなどは「ちびリィン」と呼んだ。




 ―― 特殊カートリッジ【クラシフィラーカートリッジ】 ――

新暦69年に完成した(注:量産化はされていない)、特定の魔力素を選別して集積する特殊カートリッジ。後述する【オプティマムカートリッジ】や【エンチャントカートリッジ】の前段階として試験開発された物で、これ自体に特殊な能力はない。
ただし、魔力変換資質と組み合わせることで、その効率をさらに高めることが可能である。


 ―― 特殊カートリッジ【オプティマムカートリッジ】 ――

新暦71年に完成した、特定の魔法に合わせてその行使に最適な魔力素の組合せを予め蓄積しておく特殊カートリッジ。
このカートリッジの使用により、平均して術者の魔導師ランクより2ランク上の魔法を使うことができる。用意した術式に限るなら、後述する【エンチャントカートリッジ】より効率がいい。
71年の臨海第八空港火災では、人工リンカーコア【イデアシード】と氷結呪文の得手との組合せで、その威力を発揮した。


 ―― 特殊カートリッジ【エンチャントカートリッジ】 ――

新暦74年に完成した、魔力変換資質を擬似的に再現する特殊カートリッジ。
このカートリッジの使用により、そのカートリッジが供給した魔力を使い切るまで魔力変換資質と同様の効果を得ることができる。術者の腕前次第では【オプティマムカートリッジ】より汎用性があり使い勝手はいい。


 ―― 特殊カートリッジ【コンティニュアルカートリッジ】 ――

新暦70年に完成した、特殊な調整を行った人工リンカーコアを弾芯にした特殊カートリッジ。これ1発で、6回カートリッジロードを行える。排莢せず、装弾数が少なめのデバイス――グラーフアイゼンなど――向けに開発された。


 ―― 特殊カートリッジ【プレキャストカートリッジ】 ――

新暦79年に完成した、魔法術式そのものを記録再現する特殊カートリッジ。
事前に高位術者によって魔法術式そのものを記録させることで、低位の術者にその行使をなさしめることが出来る。簡易な祈願型インテリジェントデバイスとして調整された特殊な人工リンカーコアを弾芯としているためカートリッジとしては非常に高価。しかも、この技術フィードバックによって祈願型インテリジェントデバイスが低価格化したため、結果としてほとんど普及しなかった。
ただし、高位の術者が弟子や親しい者に、高度な自動防御術式を篭めてプレゼントする風習をクラナガンに生んだ。




 ―― 【魔力素】 ――

この次元世界の、ありとあらゆるところに存在する複合粒子。
基本的に物理法則を無視するが、生命体内に残留し、リンカーコアとして結実することがある。
リンカーコアを持つ存在はこれを収集蓄積し、魔法として使用、物理法則を捻じ曲げることができる。



 ―― 【魔力子】 ――

魔力素内部で魔法相互作用を伝播する素粒子。
この魔力子の状態によって魔力素はその性質を変える。ただし、魔法行使に際して影響は無い。これは原子における同位体(アイソトープ)の存在に近しいと云えるだろう。

魔力素内部の魔力子は3種あり、便宜的に色価を赤・青・緑と割り当てられ区別される。それぞれベクトル違いで状態が変わり、それぞれ反赤・反青・反緑となるので、魔力素の状態は2の3乗で8種類となる。

魔法行使に際して影響は無い魔力素の状態ではあるが、【ジュエルシード】といったロストロギアや【デバイス】にとってはそうではない。一定の法則で魔力素を組むことで魔力素そのものに魔力素を扱わせることができるからである。

【インテリジェントデバイス】の中には、仮想データを元に随時魔力素を組んで魔法を発動できるものが近年登場しだしたが、魔力素による魔力素(および魔力子)の操作技術が確立されてきたからである。

なお、こうした、場合によっては事前登録のない術式すら使用可能な【インテリジェントデバイス】を【インタプリタ】あるいは【可変式】。従来の、事前に登録しておいた魔法以外は使えないものを【コンパイラ】または【固定式】として区別しているマイスターも存在している。



 ―― 【反魔力素】 ――

虚数空間に充満する、魔力素と対になる複合粒子。魔力素と対消滅を起こすが、そもそも魔力素も反魔力素も物理的影響力を持たないので、その対消滅も物理的な影響は及ぼさない。
ただし、発生した状況や発生量によっては連鎖反応によって擬似的な魔法、及び反魔法が発生し得るので、結果的に物理的な影響力を発揮することもある。




 ―― 【偏向擬似質量創出】 ――

殺傷設定と非殺傷設定を高度に組み合わせた、主にデバイスの変形や巨大化、次元航行エネルギー駆動炉など(後述:オリジナル解釈)に使われる技術。

生み出した擬似質量の、物理法則への干渉方法を取捨選択することが可能。ただし、非常に微細な調整を必要とするため、一般的な術式としての行使は難しい。
儀式魔法かアームドデバイスなどのフォームチェンジなどで使用され、創出した擬似質量の重量や慣性を任意の時点で非殺傷設定から殺傷設定に切り替えることにより、人力ではありえない巨大質量の取り回しを可能にする。




 ―― 【非殺傷設定】 ――

原作アニメStrikerSでの非殺傷設定とは、物質は破壊できるが人体は一切傷をつけず、しかしながら気絶させることは可能と描写されています。

この作品では単純化を図るため、物質には一切影響を与えない設定――ただし、体内の魔力と反応するためショックで生命体を気絶させることは可能――としている。基本的には魔力ランク・魔導師ランクが高いほうが抵抗力が強い。

このため、たとえば非殺傷設定の砲撃などは障害物を破壊せずに通り抜けることが可能である。ただし、密度の高い障害物は内包する魔力も多いため、相応に減衰はする。結果、殺傷非殺傷にかかわらず壁貫きに必要な魔力はほぼ変わらない。




 ―― 【生命・人類】 ――

この作品では、上記【非殺傷設定】の説明として、生命そのものが魔法で生み出されたためとしている。当作の設定上、高質量物体は魔力素を高濃度で集積するので、偶然に魔法が発動する可能性がある。具体的には、地球サイズ以上の星なら生命を発生させてしまう魔法を発動させうるとしている。つまり、単純な物質と生命の違いは、その構造や仕組みが、魔法によって維持されているか否かである。
もちろん、生命発生の魔法が発動しても、その星がその生存に適した状態でなければ存続はしない。ゆえに、環境が過酷すぎる恒星や、恒星から適した距離にない惑星や衛星では、たとえ生命が発生してもほぼ定着しない。

また、各次元世界の人類がほぼ同様の姿をし、混血も可能らしい事実から、人類の祖は、太古に栄えたある次元世界出身とした。作中では、それがアルハザードではないかと推論されているが、それよりも古い可能性もある(そもそも、150億年程度しか歴史のない第97管理外世界とかよりも、古くから存在した次元世界はあっただろう)。
なお、現在の人類が、純粋にその人類の祖の子孫であるか、それとも作り出された人造生命体のたぐいであるかは、今回は決めないこととした。

いずれにせよ生命体は魔法で作られ維持されているため、物質に干渉しないはずの【非殺傷設定】に反応し、またカートリッジ化可能なほど魔力を集積できるのである。

ちなみに、本作では(幽霊や妖怪、地脈とかUFOといった)オカルト現象のたぐいを、人間の強い意思や自然に存在する魔力が偶然発動させた魔法として十把一絡げに扱った上で、アダムスキー型円盤や地縛霊など、ほとんどのオカルト現象が時間的・空間的に偏ることへの傍証とする。
なお、御神流の剣士といった強い精神力を持った人間などは、技術や修練の延長上でそうと知らず魔法を発動させている可能性がある。さらには、そうした血族などが、精神鍛錬の一環で魔力量増大の技法を生み出し受け継いでいってしまっている可能性すらある(≒なのはは、なるべくして魔導師になったのかも)。




 ―― 【暦法】 ――

原作アニメでは「新暦」「旧暦」といった暦法が設定されており、おそらくクラナガン(のある惑星)の公転周期を基準にしていると思われる。しかしながら同一軌道にない2つの惑星の公転周期が同じになることは考えにくいので、当然、地球とは1年の長さが異なるものと思われる。

しかしながら「StS?篇」突入に伴っての、進級進学といった地球側の時系列を表すべく西暦との併記は、いたずらに混乱を招くもとであるし、整合性を保つための労力が莫迦にならないと判断(また、あまり公転周期差を強調すると、「IF#79-1 集結」でスカリエッティが使った手のネタバレになりかねませんし)。

そこで当作では、『ご都合主義全力全開』でクラナガンと地球の1年の長さはほぼ同じ、とした。ただし(わずかばかりの抵抗として)自転周期である1日の長さは異なり、当然1年の日数も異なるとしている。
なお、クラナガン単位系の1時間は、地球IS単位系の125分30秒ほど。1日は12時間で、地球IS単位系の25時間ほどである。1年の日数は349日で、閏年は5年に1度であると設定している。
ちなみに、2つある月の軌道計算と、それに伴う文化発達史の想定は私の手に余るので、クラナガンの1年が何ヶ月であるか、1ヶ月が何日であるかは設定していない(低軌道にある=公転周期が短いので、1ヶ月の日数は少ない。月が2つあるので、その最小公倍数で月数が決まる可能性がある。なお、2つの月の公転周期に差がありすぎる場合、長いほうの公転周期を「月」、短いほうの公転周期を「週」として定義している可能性もある)




 ―― 【リンカーコア寄生体】 ――

生命体のリンカーコアに寄生する、魔法生命体の一種。
アルハザード時代のバイオマジカルウェポンとも、ユニゾンデバイスの素体とも云われるが、事実であるかは不明。
基本的に強い魔力を持つリンカーコアを好むが、本人が魔導師であれば防疫は比較的容易(魔力を制御できれば簡単に餓死させられるため)で、現代では絶滅危惧種。
宿主を即死させるものや逆に宿主の魔力を増大させるもの、レアスキル級の特殊技能を恩恵として与えるものなども居たとされるが、これらは現代では確認されてない。



 ―― リンカーコア寄生体【マリアージュ】 ――

これといった特殊能力を持たず、侵襲しても宿主の存命中は活動しない、いわゆるスリーパータイプのリンカーコア寄生体。基本的には無害。
マリアージュは宿主の死後、そのリンカーコアを使用して繁殖を行う。このとき周囲に生きたリンカーコアが無いと、次の宿主を求めて死体を操ることが稀にあるので、動死体関連の怪奇伝承の基になったとされる。ただし、この死体の操り方には差異――ただ動くだけのもの、生前同様に振舞うもの、分子レベルで分解しスライム状となって活動するものなど――があり、亜種とされる。
なお、ここ数世紀にわたって侵襲例が無いため、絶滅種認定中。
ちなみに種名【マリアージュ】は「婚姻・融合」を表す古ガレア語から来たとされる。当時のガレアでは「死は冥王との婚姻」との考え方があり、一方で死から蘇った(様に見える)宿主は、三行半を突きつけられた「出戻り」「嫁かず後家(*注:古代ベルカ語は分散離集の歴史が長く、同一単語が全く逆の語彙を含むことは良くある)」と皮肉られたためである。


 ―― レアスキル【保護】 ――

自身とは異なる他種の生物に働きかけて保護意欲を引き出すことの出来るレアスキル。
対応する生物ごとに一つのレアスキルであり、例えば【保護(狼)】の場合、狼以外の生物には一切影響を及ぼせない。亜種・変種を含む場合もあるが、家畜種(この場合イヌ)は含まれない場合が多い。さらに狭い例では、文化圏の違うカラスには効かなかった報告がある。

なお、「保護」の概念と方法がその生物の認識下、能力下で行われるので、必ずしもレアスキル保持者の益にならないことがある。例えば【保護(ライオン)】の場合、群れのオスが世代交代した時に殺されかねないし、【保護(カラス・和歌山語圏)】の場合、保護したヒトの子に人間を近づけさせなかった。




 ―― 【第3陸士訓練校 イデアシード科】 ――

新暦72年設立。
人工リンカーコアの貸与を前提に、魔力資質を持たない者を受け入れて教育・練兵を行う練科。
陸士訓練校としては長期間となる2年制で、1年次に魔法学校初中等部7年分の魔法教育が行われる。2年次は通常の陸士課程とほぼ同じ。

人工リンカーコア習熟課程の講師として、またデバイスのアドバイザーとしてデバイスマイスター八神あゆが就任している。あだ名は「こども先生」

1期の首席卒業者は、第35管理世界出身の少年モトコ・スパイク。
名前の由来は、おそらくホンダ(日本の自動車メーカー)の「モトコンポ」と「モビリオ・スパイク」と思われる。

同じく次席卒業者は、ミッドチルダ出身の少女フランセス・たま・プリンス。
名前の由来は、おそらく「中島飛行機製作所」が生産(開発は海軍航空技術廠)した大日本帝國海軍陸上爆撃機「銀河」の連合軍コードネーム「Frances」と、「立川飛行機」の後身企業「たま電気自動車」及び「プリンス自動車工業」と思われる。




NEW! ―― 【超魔動】 ――

8種類の魔力素をプランク体積以下に封じ込めたときに、外部からの魔力素(およびその波及効果)を撥ね退ける現象。

魔力素は内部の魔力子の状態によって8種類に分類されるが、どの状態の魔力素もいずれかの魔力素を退ける(排斥効果)ため、自然条件下で一定範囲内に全ての魔力素が出揃うことはない。

だが魔法などで8種類の魔力素をプランク体積以下に封じ込めると、互いの魔力子を複数同時に交換し続けることで魔力素間力を平衡させる(マルチトレード現象)。
この状態が、傾斜角が変動する周回軌道を高速で移動している(魔力素連環状態)ように観察されるため超魔動と名付けられた。

超魔動状態の魔力素はそれ以外の魔力素およびその魔力素間力の侵入を拒む(マギスナー効果)ため、この状態の魔力素で魔法を組めれば外部干渉による解呪の可能性を減じることができる。

また、マギスナー効果により跳ね返った外部魔力は、周囲の物質の運動エネルギーないし熱エネルギーを奪う(魔力素シフト冷却)。重力下などで充分な質量(および付随する魔力素)がある場合、外部魔力は熱エネルギーを伝播し続けるため超魔動状態の魔力素の周囲は低温化する(リレー冷却効果)。

なお、超魔動状態の強度は集積した魔力量によって変動するが、いずれの場合も一定以上の外部魔力によって消失する。


****************************************************************
           【オリジナル解釈】
****************************************************************




 ―― 【虚数空間】 ――

この次元世界そのものと対を成し、反魔力素に満ちた世界。【虚数空間】に送り込まれた魔力素はすべて対消滅を起こして消え去る。対消滅の結果発生したエネルギーもこの空間内では反魔力素に取り込まれてしまう。

故に【虚数空間】で魔法は効力を発揮しない。
これは逆に、次元世界に反魔力素が紛れ込んだ場合でも同様である。

ただし、反魔力素を利用した魔法を虚数空間内で使う分には使用は可能とされている。もっとも今現在までに、反魔力素を収集蓄積できるリンカーコアを持ち、それを行使できる魔導師は存在していない。




 ―― ロストロギア【ジュエルシード】 ――


太古に作られた『一般人を魔導師にするためのアイテム』の試作品群。魔力素収集機能、魔力蓄積機能、魔法行使機能を持ち、湖の騎士シャマル曰く『人造リンカーコア』であり『祈願型デバイスの原型』。

当初、全ての機能を兼ね備えた【ジュエル】が作られたが、携帯には不向きな大きさとなったため、これを分割して再構成して作られた。ゆえに【ジュエルシード】と名付けられた。

大元になった【ジュエル】を便宜上0番とし、1から21までのシリアルを振られた【ジュエルシード】は、それぞれ得意な能力、魔法術式を持つが、基本的な部分は同一である。

肝心の「人の願いを読み取り、適切な手段をとる」機能が未完成で、各種テスト状態のまま残されていたため、不用意に使用すると暴走・暴発する。

【ジュエルシード】各個個別の機能・術式の傾向は以下の通り。なおナンバーのあとの呼称は、後世で便宜的につけられた固有名詞。

1 魔術師   翻訳・変換・通信・素粒子操作
2 女教皇   魔力操作・検索・減少化
3 女帝    成長・延長・耐劣化・豊穣・音波操作・図形描画
4 皇帝    支配・制御・防御・相殺
5 教皇    治療・豊穣・広範囲化
6 恋人達   他者精神操作・自己精神操作・異種結合
7 戦車    補助・強化・外部破壊・統合
8 力     外部破壊・内部破壊・自己精神操作
9 隠者    計算・情報収集・情報発信・内部破壊
10 運命の輪  ワークルーチン構築・強化・ランダマイジング・均質化
11 正義    判断・分配・結界・味覚操作
12 吊された男 拘束・液体操作・術式収集・補助
13 死神    外部破壊・構築・停止
14 天秤    調整・管理・制限
15 悪魔    攻撃・増加・他者精神操作・五感操作
16 塔     天候操作・重力操作・外部破壊・妨害
17 星     思考操作・物質転送・情報分析
18 月     隠蔽・幻術・妨害・警戒網構築
19 太陽    物質生成・固体操作・エネルギー操作
20 審判    シミュレーション・空間操作・物質生成・プラズマ操作
21 世界    魔力調整・補強・移動・結界




 ―― ロストロギア【闇の書】 ――

古代ベルカにて作られた書籍型のストレージデバイス。主人とともに旅をして各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られた。正式名称は【夜天の魔導書】。

特に強靭な復元機能を当初から持つが、それでも破損・損耗は避けられないため、割と早い時期の管理者により蓄積部分の本体【夜天】と、収集部分の【梟】(注:意訳)に分けられた。

この改変者は自分で術式の転送等を行っていたが、数代後の管理者により手続きが自動化されている。これにより【梟】はページが埋まると、収集した魔力と術式を【夜天】に転送。初期状態の新しい【梟】を所有者の手元に作成し、己自身を魔力還元で消却してしまう。


【闇の書】と呼ばれるようになる最初の転機は、【梟】の転生機能を己の不老不死に利用しようとした管理者の登場による。

この人物は【梟】の情報の一部として己を登録し、ページが埋まるたびに肉体を刷新しようとした。その間の記憶は転生時に一時的に【夜天】に転送し、その後新しい肉体に上書きするようにしていた。

この試みは当初うまく行っていたが、蒐集開始時点と終了時点での脳構造の変化と増加する一方の記憶が、次第にこの管理者を記憶障害へ追いやった。幻覚と狂気に苛まされたこの管理者はなんとか自身の転生機能を停止させたが、滅却・記憶転送・記憶の上書きについては手付かずのまま発狂死した。


これによって管理者を失った【梟】は、管理者と資質の近い者を探し出して仮の所有者として魔力の供給元とするようになる。

これ以降の仮の所有者は管理者権限を得られず、【梟】が現れた途端に与えられる他人の記憶――脳構造の違いでほとんど転写されないが――に悩まされ、【梟】が要求する魔力の供出に苦しみ、蒐集してもその維持のための魔力提供に苛まされ、蒐集が終了すると記憶を吸い取られた上で魔力還元され消滅することになる。

この時期の所有者たちは最初から【梟】を完全に「闇の書」「呪いの魔導書」として認識しており、その記憶と恐怖が数代にわたって転写された結果、【梟】自体が自身を【闇の書】と認識するようになった。


この【呪いの魔導書】に対抗しようと管理者権限へ割り込みをかけた最初の成功例がヴォルケンリッターシステムの使用権獲得である。これによって仮の所有者でもヴォルケンリッターによる護衛、使役を受けられるようになった。

もっとも、【梟】の制御はもともと管制プログラムと防御プログラムで二分されており、【梟】の防衛のために防御プログラムを改変することは比較的容易であっただろう。

ただしこの改変によって、防御プログラムは完全に管制プログラムの制御下から外れることになってしまった。そのためヴォルケンリッターは【梟】の状態を正しく認識できず、転生を跨いでの記憶の保持もほとんど出来なくなっている。


次に行われた改変は、【梟】の活動開始遅延である。この所有者は、その先代の被害者の近親者であり、その有様を目にしていた。

ただし、能力的に管制プログラムへの直接の改変は適わなかったらしく、苦肉の策で外部追加されたのが【鳥カゴ】システムである。

【鳥カゴ】システムは【梟】の転生直前に【夜天】に送られる魔力を掠め取って、転生後に鎖状となって現れる。仮の所有者の代わりにしばらくの間魔力を供給することで、過剰な搾取を押さえることが目的であった。供給する魔力に組み込まれた術式が防御プログラムへ割り込みを掛け続けるため、【鳥カゴ】が稼動している間はヴォルケンリッターシステムも発動しない。


【梟】が「闇の書」「呪いの魔導書」として広く知れ渡ったのは、【梟】で不老不死を実現しようとした管理者と、非常に近しい資質を持つ仮の所有者の出現による。

この所有者は件の管理者と非常に近しかったため、その記憶と終末時の狂気をほぼそっくり受け継いでしまった。しかし、同一ではないから管理者権限は得られない。

所有者は管理者の記憶を元に【梟】への改変を行おうとするが、狂気に突き動かされ幻覚に苛まされ、己を解放するのではなく、誤って破滅の道を書き込んでしまう。

すなわち、全ての魔力を使い果たすまで暴走することである。


ここに今現在【闇の書】【呪いの魔導書】と呼ばれる【梟】の姿が完成した。

この結果、【梟】から魔力が転送されてこなくなった【夜天】は魔力の枯渇により機能停止、経年劣化の末に失われてしまう。

こうして失われた【夜天】だが、後年八神はやて旗下のヴォルケンリッターにその残滓が発見された。魔力素の追跡によって過去の状態を推測する技術によって、その機能の一部が再現されている。


また【梟】が魔力を使い果たすようになったことにより、【鳥カゴ】システムも機能不全を起こし、転生後の【梟】による魔力の収奪をほとんど防げなくなっている。

最終、八神はやての元に転生した【梟】は、八神はやての手によって新しい躯体【蒼天の魔導書】を与えられ、正常部分をコンバート、その他の部分を虚数空間に落とされて消え去った。

この【蒼天の魔導書】は、その躯体をロストロギア【ジュエルシード】から提供された魔力で構築し、【夜天】からサルベージされたデータと、【梟】からコンバートされたデータで構成されている。そのページ数は増減が可能な上に分冊も行えるため一定しない。




 ―― ロストロギア【レリック】 ――

太古に作られた『虚数空間から反魔力素を取り出して利用するための機構』を詰め込んだ結晶体。
主な機能は、魔力素と反魔力素を対消滅させることでエネルギーを発生させる『対消滅炉』、発生したエネルギーから魔力素を生成する『魔導炉』、反魔力素を源泉とする反魔法をこの世界で行使せしめる『反魔法デバイス』の3つである。
虚数空間と直接繋がりを持つため、最悪この次元世界の魔力素を全て消滅させかねない危険性を秘めている。状況によっては世界の一つや二つは軽く消し去ってしまう可能性はあるが、対消滅で発生させたエネルギーが駆動源であることと、第1層と第3層の構造そのものが次元断層を維持しているため、物理的、魔法的に破壊しても暴走はしない。
71年に臨海第八空港で起きた火災もレリックが原因であるが、中途半端な封印作業のために反魔力素を抑える機能に障害が起きたためと推測されている。事実、洩れた反魔力素によって封印魔法が破れたあとは、それ以上の反魔力素流出は起こっていない。




 ―― 【戦闘機人】 ――

広義では、機械を埋め込むなどして戦闘能力を高めた人間。あるいは人の形をした戦闘機械を指す。

狭義では、機械を埋め込むことを前提に遺伝形質から操作した人間。その機械化された個体を指す。

さらに狭義では、レリックを埋め込まれることによってほぼ無尽蔵のエネルギーと、反魔法(インヒューレントスキルと呼称される)の行使を可能にした機体群を指す。




 ―― 【次元航行エネルギー駆動炉】 ――

偏向擬似質量創出技術(前述)により作り出した無質量擬似質量の重荷で、魔力素を招来し、利用する技術群の総称。
重荷の偏向により、特定方向から魔力素を招来せしめ、一瞬だけ殺傷設定を持たせることで推進力として利用する。結果運動エネルギーを失った魔力素は、魔導炉へ蓄積し、魔導推進や転移その他の魔法へ利用可能。




 ―― 【魔力集積衛星『ローズ』『セラヴィ』】 ――

魔力を集積、備蓄する機能を持つ衛星。太陽のような巨大な魔力源からの魔力収集を効率よく行うことができる。惑星を守護するために太古に作られ、特定の手続きを踏むことでその魔力を利用することが可能。また【プロフェーティン・シュリフテン】などのある種の希少技能も、一定条件下でこの衛星の魔力を利用できる(預言などといった特殊すぎる魔法は、このクラスの魔力源があってようやく発動できるとしている)。
次元世界ミッドチルダの首都クラナガンのある惑星の衛星軌道を巡る2つの月、『ローズ』および『セラヴィ』は、主にロストロギア【聖王のゆりかご】への魔力供給を目的として作られたとされている。




 ―― 【質量魔力変換変身魔法】 ――

スクライア一族でも、一部の者しか使えないといわれる秘伝の変身魔法。この術式を使いこなせる者は、どれだけ幼くとも単独での調査発掘行を許されるらしい。
その最大の特徴は、元の体格から小さくなった場合の質量差を、ほぼロスなしで魔力へ変換し保持できる点にある。

一族の英俊ユーノ・スクライアは第97管理外世界に赴いた際にしばらく、当地の魔力素分布が合わず魔力回復に支障をきたしたが、フェレットの姿をとることで魔力を維持、大規模な封時結界を幾度も展開して見せたという。

この術式はそもそもの難度が高いうえに、変換して得た魔力を回復できないと元の姿に戻れない危険があるためスクライア一族が外部に漏らすことは無い。




 ―― 【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】 ――

数が少なく多忙な戦技教導官に代わって、空間シミュレータ内で仮想敵機(アグレッサー)を務めるために作り出されたプログラム体。基本的にシミュレート空間内でしか存在できない。

事の始まりは新暦68年、デバイスマイスター八神あゆが作成した人工リンカーコア試作品の本局提出に遡る。一応の完成品と評価できる第5世代試作品の出来栄えに、その量産化を確信した上層部―― 一説には最高評議会――が、その有効利用の一環として、当時入局していたヴォルケンリッター、および八神あゆが復活させたユニゾンデバイスの複写大量生産を計画した。
しかし、古代ベルカの技術の粋である騎士達を複写することは容易ではなく、また人工リンカーコア開発に携わっている八神あゆを招聘することは本末転倒である。
そのため、実体化プログラム体より構築しやすいと思われた、シミュレート空間内プログラム体として開発されるべく計画が縮小されている。この下方修正に地上本部のレジアス・ゲイズ(当時、少将)の関与があったとされているが、詳細不明(◇要出典)

しかし、当時の空間シミュレーション技術は未発達であり、まずはその改良から始める必要があった。そこで起用されたのが、後に陸戦用空間シミュレータを完成させることになるシャリオ・フィニーノ(当時、本局通信士 兼 デバイスマイスター。三等陸士)である。開発全般を管掌するマリエル・アテンザ(当時、第四技術部。主任)の後援を受け、様々な設定を盛り込める高精度の空戦用空間シミュレータが完成したのが、新暦71年初頭である。

これに前後して招聘されたのが、前年度に人工リンカーコア開発を終えていた八神あゆであった。当然、ユニゾンデバイスを復活させた実績を買われての起用であるが、意外なことにこれよりほぼ半年、この計画には進展らしい進展が見られていない。当時開発中であったオプティマムカートリッジを優先させたためと言われているが、正式な記録は無く不明である。

そうして一旦は遅滞を見せた当計画だが、その5月に八神あゆの要請で湖の騎士シャマル(当時、特殊遮蔽内開発研究室第二課責任者 兼 医務局主任)が招聘され、モデルを当時無名だった高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやてに変更することによって急展開を見せた。
ユニゾンデバイスを復活させた八神あゆの手腕と、【闇の書】に蒐集されたリンカーコア(注:八神はやては異なる)の記録に通じたシャマルの見識と、シャリオ・フィニーノのシミュレート空間構築技術の融合により、9月に3人の【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】が生み出された。

しかし、投入した資金や人材に比して効果は薄く、3人居れば充分と判断され、これ以降の製作は行われていない。

なお、八神あゆ、湖の騎士シャマル、シャリオ・フィニーノは他の開発と平行して研究を進め、新暦80年/地球暦1月21日に彼女たちの実体化に成功している。それまでに数多くの局員に対して仮想敵機役を担ってきた彼女たちの実体化に際して、寄せられた祝福は多かったと記録にある。

ちなみに新暦84年に管理世界間で公開された映画『From 97 The MOVIE 1st』(管理局のプロパガンダ映画であるとの論争は編集ノートへ◇)では、それぞれのモデルの少女時代を演じた。外見年齢を自在に変えられる彼女たちは、予定されている続編でも出演を望まれている。



 ―― 【雷刃の襲撃者『ラヴェル・テスタロッサ』】 ――

フェイト・テスタロッサをモデルに、最初に生み出された【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】。頭髪とバリアジャケットに青色が多く虹彩が赤いこと以外は、外見や能力はほぼ同じ。ただし、最初に生み出されたためか性格は若干異なり、自らを「僕」と呼び、口が軽くはきはきとよく喋る。また「飛ぶ」ことに思い入れを見せ、「本物の空を飛びたい」と熱望し、3人の中で最も実体化に協力的であった。
仮想敵機役を担うためシミュレート空間内では能力補正・性格補正を受けることが多い。

フェイト・テスタロッサが最初のモデルに選ばれたのは、彼女が一番最後(とはいえ、高町なのはと合わせて2人だけだが)に【闇の書】に蒐集された被検体であり、もっとも記録が詳細であったから。

【雷刃の襲撃者】は、フェイト・テスタロッサから自身の名と対になるような『解きほぐす・解明する』という意味の「ラヴェル」という名を貰い、実体化後はテスタロッサ家の一員として迎え入れられている。なお、バルディッシュそっくりなデバイスの、「プライマリオス」という名前は紆余曲折の上で本人が決定した。「飛ぶ」ことに思い入れがある彼女にとって無くてはならないものだろうと「鳥類の初列風切羽を意味するprimaries」という単語を提示したのは八神はやてであり、それを多少もじった結果であるらしい。


 ―― 【星光の殲滅者『高町さいせ』】 ――

高町なのはをモデルに、続いて生み出された【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】。焦げ茶色の頭髪はベリーショートで、虹彩がブルー、バリアジャケットが赤黒いことを除けば、外見も性格も能力もほぼ同じ。【雷刃の襲撃者】同様、能力補正・性格補正を受けることが多いが、補正されていても高町なのはと性格が変わっていないという意見もある。

その命名は3人中もっとも混迷し、最終的に本人が選んだも同然の「さいせ」とは、『歳殺(さいせつ)』という金星の精の名前をもとにしており、本来は不吉。当初、八神はやてが挙げたリスト上にあった歳殺をそのまま名乗ろうとしたが、高町なのはとの模擬戦で負けた結果、高町なのはが提示した妥協案の「さいせ」で落ち着いた。レイジングハートとは色違いになる「ルシフェリオン」は、明けの明星を示しており、総じて金星をイメージしたらしいと判る。

こちらも実体化後は、高町家(注:クラナガン郊外の方)に引き取られた。


 ―― 【闇統べる王『八神しなと』】 ――

八神はやてをモデルに、最後に生み出された【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】。頭髪が灰色で虹彩はグリーン、バリアジャケットに黒と紫色が多いことを除けば、外見も性格も能力もほぼ同じ。他の2人と同様、能力補正・性格補正を受けることが多いが、3人中もっともモデルからかけ離れた性格になると評判。製作者は「【闇の書】が蒐集したデータでは無かったため」と説明しているが、それが事実か、そもそも本気でそう言っているかどうかは不明である。ただし、その居丈高で傍若無人な態度に反して、意外と人気があったらしい(性格補正の必要がないのにリクエストされること多数と、記録にある)。

八神はやてによってあっさりと命名された「しなと」という名は、『罪や汚れを吹き払う風』という意味で、「科戸」と書く。デバイスの「ゾンネンクライスクロイツ」も同様に八神はやての命名で、日輪の十字という意味だが、「ゾンネンクライス」「ゾンネンクロイツ」と略されることが多い。

なお、書籍型のデバイスを使用しているように見受けられるが、ゾンネンクライスクロイツの一部であり、独立した魔導書ではなかったらしい。

こちらも実体化後は、八神家に引き取られている。




 ―― 【プロジェクトF.A.T.E】 ――

本作中で八神はやてがフェイト・テスタロッサの名前に対し、(実在する)とある本から引用して強引に意味づけを行っている。
もちろんフェイトの名がプロジェクトF.A.T.Eから採られたことは明白で、当作品内のプレシアも、やはりそうしたであろう。

ただし、そうであるとすると、では何故そのプロジェクトがF.A.T.Eと名づけられたか不明であるため、本作では
「Fabricate of
 Absolute for
 Takeover or takeback Specific-person by
 Enchantment-ergonomics(魔法人間工学による、特定個人を継続もしくは奪還せしめる純然たる構築)」の頭文字をとったとした。
(云うまでもないが、この手の頭文字が文法的に正しいかどうかは、追求しないのがお約束である)



 ―― 【魔導紋】 ――

刺青やビンディのように皮膚に定着させることで、リンカーコアの臨界を越えた魔力を放散する機能を持つ一種のデバイス。単なる調整弁のようなシステムで、術式記録や魔法行使機能などは持たない。
リンカーコアの満タン後も魔力素を収集してしまう障害者のための医療用デバイスで、魔法出力を制御できなくて暴発させてしまう疾患対策の出力リミッターと起源を同じくする。
管理局が魔導師ランクの調整に流用、開発したため簡便安価となった出力リミッターと異なり、施術が難しく高価。

なお、リンディ・ハラオウンの額にある菱形の文様は、4つとも魔導紋である。
リンディはカートリッジシステムに類似した魔力集積機能を持つデバイス――排莢・交換は不可――を所有しており、魔導紋によって放散させた魔力を一定量蓄積している。その備蓄魔力はリンディオリジナル術式である魔力翅を展開することで、本人の基本魔力量を超えた大規模術式に使用することが可能である。




 ―― 兵器【マリアージュ】 ――

古代ベルカ、ガレアの王族イクスヴェリアを中枢とし、屍兵器【マリアージュ】で構成された兵器システム。

「人語を解するのに作戦行動能力は昆虫並み」と言われる兵器【マリアージュ】の誕生は、全くの偶然であったとされる。
古代ベルカ、ガレアの王族イクスヴェリアがレアスキル【保護(マリアージュ)】を保持していたのだ。
リンカーコア寄生体(前述)であるマリアージュは、そもそも個体数が少ない上に基本的に無害であるため、このレアスキルは注目されなかった。

しかしある時、急死した王宮付きの女中の死体が、イクスヴェリアに近づく者を攻撃し始めたのである。生前、マリアージュに寄生されていたのだ。
制圧後の調査で、イクスヴェリア周辺ではマリアージュの生態が変化することが確認された(繁殖に成功した個体が死亡しない。イクスヴェリアの魔力を受けて何度でも繁殖する。死体のリンカーコアへも繁殖する等)これらはマリアージュがリンカーコア寄生体であることを最大限利用して、種の繁殖よりイクスヴェリアの保護を優先しようとしたためとされる。

当時劣勢であったガレアが、これを兵器転用しようとしたことは当然の帰結であっただろう。人造魔導師化される筈だったイクスヴェリアのレリックウェポン化プランをマリアージュを前提にした――魔導師化するとマリアージュが死滅するため――物に変更した上に、大幅に前倒ししたのだ。

だが、これが失敗する。
永続的な戦力化を目指して行われたイクスヴェリアの長命化が安定せず、不定期かつ不特定期間の仮死状態に陥るようになった――本来、成人してから行われるべきレリック移植に、幼い肉体が耐えられなかったと見られている――

そこで開発されたのが、イクスヴェリアのリンカーコア特性を模倣することでマリアージュを指揮する【操主】システムである。
イクスヴェリア周辺で【生産】したマリアージュを、リンカーコア整形した影武者を使って戦場まで誘導するのである(本来レアスキル【保護】を完全にコピーする計画であったが、下方修正された)

また、同時にマリアージュ側の改変も一定の成功を見る。材料となる死体の事前加工――脳神経系に強力な刷り込み――を行うことによって、操主の命令をある程度、受容できるようになったのだ。(便宜上このマリアージュを馴致化・それまでを野生種と呼び分けていたらしい)

これによって一時ガレアが優勢に立ったとされるが、事実か不明。
はっきりしているのは、この時期に生産されたマリアージュが――最初に急死したメイドと同じ姿をしたまま――かなりの世界で眠りについていることだけである。

なお、イクスヴェリアが【冥府の炎王】と呼ばれるのは、兵器化されたマリアージュの嫁ぎ先(前述)として認識されたためであるとされる。中世ガレアにはリープイヤープロポーザル――閏年に女性からされた求婚を相手は断れない――の習慣があったが、「マリアージュ」に【押しかけ女房】と云う意味が付加したのはこの故事に拠ると云う。
 
ガレアの皇統譜に幼少期の記録がなかった彼女は、本来継承権10位(X)の庶子(ガレア神代語peliaもしくはベルカ古語veriar.諸説あり)であったと云われるが事実不詳。因みにエックス・ベリアル(女悪魔)が語源であるとする民間伝承は、対ベルカ戦線が行ったネガティブキャンペーンであり後付けであることが近年証明された。(対ベルカ戦線の功罪論争は該当頁の編集ノートへ◇)

マリアージュは、近年では新暦59年オルセアにて革命家トレディア・グラーゼが発見、解析されていた。その4年後ジェイル・スカリエッティと接触したグラーゼはイクスヴェリアも発見、併せて解析を進めていたが、完全な復元は無理と、新暦73年に方針を変更したと供述している。
なお、トレディア・グラーゼは自身の操主化にはほぼ成功していたようだが、半野生化していたマリアージュを支配下に置けなかったらしい。(TGメモの真贋論争は該当頁の編集ノート◇で行うこと)

一方、イクスヴェリアはグラーゼの証言から発掘され、時空管理局に保護されたとされているが、未確認である。


****************************************************************
           【お遊び設定】
****************************************************************



 ―― 【messo rabbit(メソラビット)】 ――

老舗アパレルメーカーであるウミナリヤ・インターナショナルが展開する女児向けブランド。気弱なウサギがトレードマークの、ポップでガーリーな正統派スタイル。男児向けブランドに【Sun show waR】がある。

・mezzo piano
・ナルミヤ・インターナショナル
・ぱにぽに



 ―― 【eternal blue】 ――

ギリシャに本社を持つ子供向けアパレルメーカー。星座や神話をモチーフにしたデザインとドレープなどを用いたデコラティブなシルエットが特徴。特に低年齢層向けに自分で折畳めるようにデザインされ、専用収納ボックスとセットになった「ひとりでできるモン」シリーズが高い評価を受けている。
年齢別にブランド分けを行っており、2~3歳児向けがブロンズ、4~6歳児向けがシルバー、7~9歳児向けがゴールド、10~12歳児向けがゴッドとなっている。

・angel blue
・聖闘士聖矢
・ひとりでできるもん



 ―― 【NACOLULU】 ――

各地の民族衣装をモチーフとしたデザイナーズブランド。ディアンドルといった伝統的な民族衣装そのものも扱っており、「ハイジスタイル」として定着した。
各大陸別にブランド分けを行っているが、今期より月面生活をモチーフにした架空の民族衣装ブランド『第六大陸』を立ち上げている。
マスコットキャラは、鷹と狼を従えたコロポックルの少女。

・COCOLULU
・サムライスピリッツ
・小川一水「第六大陸」



 ―― 【Castolibarjack(カストリバージャック)】 ――

バッドでワイルドなテイストの子供向けブランド。もともと男児向けの商品だけだったが、一部の女の子が好んで着用し始めたことから女児用のラインナップが加わった。
男児向け主力商品は、野生馬のエンブレムと甲冑を意識したデザインラインで構成された『DeNN』シリーズ。
女児向け主力商品は、敢えて女児向けのアプローチを廃しつつ、ワンポイントでハートマークをあしらうなどした『KoYoMi』シリーズ。

・castelbajac 1st step
・銃夢
・カストリ雑誌、カストリ焼酎




 ―― 【殺劫(シャチェ)食品公司】 ――

中国系の新興菓子メーカー。「美味しさのあまり死んでしまう」をキャッチコピーに「熊に襲われた登山者がとっさに喰わせて美味せ殺す」テレビCMで有名。「美味せ殺す」は昨年度の流行語大賞にノミネートされた。
トレードマークは「○の中に殺の字」で、必ずパッケージの裏側に大きく印刷されているため、社名を「マルサツ」「サツマル」「マルシャ」「シャマル」などと勘違いしている人は多い。
強烈なフレーバーの製品が主力で、現在の最新ラインナップは「宇宙お好み焼きシュールストレミングin〆鯖バーガー味チップス」。好事家の間では、この製品が「〆鯖バーガー味の宇宙お好み焼き味」なのか「宇宙お好み焼き味の〆鯖バーガー味」なのかで激論が続いている。
なお、今期からキャッチコピーに「あまりの美味しさに、皆殺しにして独り占めしたくなる」が追加され「追い詰められたオレンジ色の袈裟の僧侶が、一口食べた途端に緑色の服を着た集団を皆殺しにしてしまう」テレビCMが始まった。

・魔法少女リリカルなのはA's 先達FF多数
・安能務「封神演義」
・ケロロ軍曹
・シュールストレミング
・GS美神 極楽大作戦!!
・エレファントマンライフ「タマリンド水」




 ―― 【ハーケンダック】 ――

フランス資本の老舗アイスクリームフランチャイズチェーン。創始者は日本人。フランス国内に直営店を合わせて616店舗、日本には94店舗展開している。
双頭のフック付きロープ【ドッペルハーケン】を構え、一見マフラーに見える【繁盛力ストール】に身を固めたアヒル【ハーケンダック「フリードくん」】がトレードマークで、販売しているアイスクリームの材料は全てこの【フリードくん】が冒険の末に手に入れた希少品ということになっている。その功績を認められた【フリードくん】は公爵号を授けられていると公式ホームページに記載されている。
テレビCMなどでは、この【フリードくん】が無限に広がる大宇宙をバックに踊るので、【スペースダンサー】という愛称(注:非公認)もある。


【ハーケンダック】は常時365種類のフレーバー(閏年は366種類)を販売し、全種類制覇キャンペーンを頻繁に行っている。特に売れ筋なのは金柑味の【ゴールドラック】。

都市伝説では、その店のフレーバーが営業時間中にどれか一つでも売り切れになると、その深夜、店頭を独りで通り過ぎた人間が、看板に備え付けられたフリードくん人形のフックで釣られ、アイスクリームの材料にされると言われている。
これを踏まえてインターネット巨大掲示板【兄ちゃん寝る】などで「【お前の血は】○○店の○○を食べ尽くして夜は店頭で肝試し【何味だ】」などのイベントが提唱され、何度か実行されたことがある。なお、このイベント時に指定されるフレーバーは「ザクロ&ストロベリー」が定番とされている。

・ハーゲンダッツ
・レイダース
・UFOロボ グレンダイザー
・Goldorak



 ―― 【アカギ乳業】 ――

名峰赤城山の山頂に拠点を構えるアイスクリームメーカー。乳業とあるが乳製品は扱っていない。

主力製品は有機農法トマト100%のアイスキャンデー【ワシズさんのトマトバー】。真っ赤なアイスキャンディーにはアカギ乳業のマスコット【サダチュー君】その愛刀【小松五郎義兼】【左向きの雁】【赤城山】【灰まみれのうどん】のうちどれか4つ――重複もある――が刻印されている。

また、従来の「あたり」とは異なる特殊な販売方法を採っており、俗に【ワシズチャンス】と呼ばれている。
【ワシズさんのトマトバー】はそのパッケージの4分の3が透明で透けて見えている(透明でない部分の位置はそれぞれ異なっており、パッケージは4種類あることになる)。この透明部分からは真っ赤なアイスキャンディーに刻印されたキャラクターたちが3つが見えており、購入者は見えない部分に【サダチュー君】が居るかどうか宣言し、当れば購入代金はタダになる。
またこの時、居るかどうかではなく、その愛刀【小松五郎義兼】【左向きの雁】【赤城山】【灰まみれのうどん】のどれかを宣言して当ると、もう1本貰える。
まれに同じキャラクターが4つ刻印されたものがあるが、宣言して当てると3本貰える。

ちなみに刻印されているキャラクターのうち【左向きの雁】――メーカー説明によると西向き――は、【サダチュー君】のペットで【雁雁くん】と呼ばれている。

今期から新製品として、同様の販売方法の【サポーターたちのコーラバー】が発売された。

・赤城乳業、ガリガリ君
・国定忠治
・アカギ~闇に降り立った天才~




 ―― 【シネマ・アレスタ】 ――

海鳴市郊外にあるショッピングモールに併設されたシネマ・コンプレックス。500人収容できる大ホールから20人までのミニシアター、寝ながら見れるスカイシアターにアイマックスまで備え、地域随一の規模を誇る。

・魔法少女リリカルなのは StrikerS
・アレスタ



 ―― 【12人のイカしたビリー・カーン】 ――

1957年に上映された名作のコメディ版リメイク。
名優ヘヴンリー・本田が1人12役をこなす

・12人の怒れる男
・24人のビリー・ミリガン
・餓狼伝説




 ―― 【養蜂家の店 蜂蜜のフジタ】 ――

海鳴市中丘町にある蜂蜜の直売店。
飼育、定着化の難しいニホンミツバチの蜂蜜を扱っていることで有名。
かりんの蜂蜜漬けや蜂蜜シャンプーなど関連商品の開発製造も行っており、通信販売にも対応する。
店番はQ首長国からの留学生が1人でこなしており、その怪しげな日本語と笑顔で人気を博している。

・養蜂家の店 蜂蜜の藤田
・ギャラリーフェイク




 ―― 【中丘町スィート・パームス】 ――

紅の鉄騎ヴィータが所属したゲートボールチーム。
全員が女性――心が女なら医学的には男性でも可――で構成されている。
監督の高柳真理子(旧姓:広岡)は【海鳴トム・アプローズ】の高柳邦彦監督とは夫婦であり、その夫婦喧嘩が【中丘町スィート・パームス】の設立理由となった。設立2年目。
前年度の市民大会では【海鳴トム・アプローズ】を下して優勝している。
応援歌は「はばたけパームス!ポロンの翼は一炊の夢」

・メイプル戦記
・メイプルタウン物語~パームタウン編~
・おちゃめ神物語 コロコロポロン



 ―― 【海鳴トム・アプローズ】 ――

海鳴市を本拠地とする名門ゲートボールチーム。
ゲートボールが子供向けの競技だった頃から存在し、現役メンバーの中にはその当時からメンバーだった者も居る。設立当時は弱小チームだった。
市民大会での優勝は数知れず、全国規模での大会でも13回優勝してる強豪。

・メイプル戦記
・キャットルーキー
・劇団四季「キャッツ」「アプローズ」




 ―― 【Oliverソース】 ――

関西の老舗ソースメーカー。商品名も同名。
煙室扉の部分に人の顔がついた黄緑色の機関車【11 Oliver】がトレードマーク。
キャッチコピーは「鉄壁のうまさ」

・オリバーソース
・機関車トーマス
・オリバー・カーン




 ―― 【海外ドラマ『殺アイスクリーム事件』】 ――

アメリカのホィールドテレビシリーズ【Masters of mystery】のうちの1話。
【Masters of mystery】は1話完結のオムニバスドラマであり、現代の推理小説家たちの短編からドラマ化されている。

【殺アイスクリーム事件】は当代随一と評される推理作家Tom Bombadilが珍しくコメディ調で披露した【アイスクリームはなぜ殺されなければならなかったのか。――融けたら美味しくないから――】の初映像化である。

・Mastars of Horror「アイスクリーム殺人事件」
・指輪物語




 ―― 【隔月刊『世界の名デバイス』】 ――

ミッドチルダの出版社【aTe Coslini】が刊行する分冊百科。量産品から一品物まで様々なデバイスの解説に待機状態の実物大模型、各状態の3Dデータが付属する。量産品や、所有者の許可がある場合は、制御プログラムや保有術式のデータが付属することもある。
もっとも、この本に掲載される程度のデータは、デバイスマイスターであれば閲覧可能か、コネでそれ以上のデータが入手可能なため完全なコレクターアイテム。また、「最新のデバイス=現役時空管理局員のデバイス」であることが多いため基本的に旧式の「伝説の名機」ばかり掲載されるので、やはりコレクターアイテム。
ただし、様々なデバイスの成立過程を整理、図示した【デバイス系統樹】のページは高い評価を受けている。

新暦66年現在で72号まで発行されており、最新号の特集は旧暦460年代の管理局標準ストレージデバイス【MK5】。

・De Agostini S.p.A.
・MajiでKireる5秒前




 ―― 【TVアニメ『超時空棒網球ラクロス』】 ――

地球共鳴能力によって銀河の中心に室内競技場ごと飛ばされたラクロス部員たちが、宇宙人たちを啓蒙し銀河中にラクロスの素晴らしさを布教してゆく、壮大かつ荒唐無稽な物語。スタッフの合言葉は「バカバカしいことをマジメにやる」
地上波テレビ放映にも関わらず、宇宙人たちのセリフがタイ文字での字幕表示で物議をかもした。
しかしながら、26話(事実上の最終回)でいきなり人型に変形して巨大宇宙人たちと試合を始めた室内競技場のインパクトは相当のものであり、後発の【機甲早食猤モスバーガ】【祈祷宣士乙おがんだる】などに影響を与えたと云われている。

当初4クール52話で企画されたものの、スポンサーの都合で2クール26話で製作された。しかしながら意外に好評であったため急遽1クール13話を追加されている。このむりやり追加された【異次元進出編】は、次の番組と劇場版制作のためスタッフが揃わず、ほぼ別物といっていい作品となってしまった。視聴率も振るわず、ファンの評価も低い。

後番組は【超時空噺家ヨーガス】。制作会社が変わったため作画のクオリティが格段に上がり、本格SFとしても見ごたえがあったため根強いファンも多い。
なおシリーズ3作目にあたる【超時空演歌歌手サザンカホテル】の放送途中にスポンサーが倒産したため、人気があったにもかかわらず打ち切りの憂き目に遭っている。

・超時空要塞マクロス
・超時空世紀オーガス
・超時空騎団サザンクロス
・地球少女アルジュナ
・あにゃまる探偵キルミンずぅ
・機甲創世記モスピーダ
・機動戦士Zガンダム
・超人キンタマン




 ―― 【トライマッチ(魔法拳)】 ――

地球のじゃんけんに類似した、クラナガンにおける3すくみ式の勝敗判定方法。
使うのは掌を広げた【防御魔法】、手を握りしめた【バリアブレイク】、手を拳銃型にした【射撃魔法】の3種。ときおり、手刀型にした【魔力付与攻撃】や、鷲掴み状にした【捕獲魔法】、両手を拳銃型にした【砲撃魔法】を使う者、地域があるが、基本的に反則である。

これら【防御魔法】【バリアブレイク】【射撃魔法】は三すくみの関係にあり、【防御魔法】は【射撃魔法】に勝ち、【射撃魔法】は【バリアブレイク】に勝ち、【バリアブレイク】は【防御魔法】に勝つ。両者共に同じ手を出した場合は引き分けとなるが、【射撃魔法】で引き分けた場合はダブルノックアウトとして勝負そのものを流してしまう特別ルールを採用する場合もある(テレビ番組などで、出演者がトライマッチで勝負する時に、ダブルノックアウトなら賞品が視聴者プレゼントになるケースがあった)。

【トライマッチ(魔法拳)】には、1回戦目の勝敗を踏まえた2回戦1セットで勝敗を決めるルールも存在する(こちらもテレビ番組の1コーナー用に考案されたもので、一般的にはほとんど使われてない)。

1回戦目の勝者は、その時の勝ち手と同じ手で2回戦目も勝てば3ポイント取得できる。その他の手で勝てば2ポイント取得できる。1回戦目と同様に、両者が同じ手を出した場合は引き分けであるが、1回戦目の勝者は1ポイント手に入れる。1回戦目の勝者が2回戦目で負けた場合はどちらもノーポイントで引き分けとなる。この際、相手側が特定の技で勝てば逆転とみなされて2ポイント手に入れられる。

1回戦目の勝ち手   ブラックアウト(3) 相手の逆転手(2)
【防御魔法】    【防御魔法】     【バリアブレイク】
【バリアブレイク】 【バリアブレイク】  【射撃魔法】
【射撃魔法】    【射撃魔法】     【防御魔法】




 ―― 【室内競技『トップヤード』】 ――

地球のビリヤードを立体化したような競技。魔法で無重量状態にした直方体の魔力ケージの中のボールを棒(キュー)で突いて競技を進行させる。
一説には、地球のイギリス出身の管理局員が持ち込んだビリヤードをモデルにしたと言われている(◇要出典)




 ―― 【ペットショップ『キンイロ』】 ――

海鳴市にその店舗を構える総合ペットショップ。犬猫はもとより熱帯魚や爬虫類、両棲類など幅広く取り揃えているが、もっとも品揃えが豊富なのが昆虫類をはじめとする節足動物門であり、昆虫マニアからは「聖域」と呼ばれている。

・虫姫さま
・堤中納言物語
・新世紀エヴァンゲリオン
・インターネットラジオステーション<音泉>
・カウボーイビバップ
・風の谷のナウシカ




 ―― TVドラマ【企業化戦史タイプムーン】 ――

とある同人サークルの結成から、企業化、上場までを描いた青春群像ドラマ。深夜枠1クールでの放映であったが、ドラマ内で作成されるゲームやアニメのクオリティが高く人気を博した。
「月に祟って、惨劇よ」の名セリフで有名な「憑絞(つきしめ)」を始め、スピンオフ多数。

・美少女戦士セーラームーン
・TYPE-MOON
・月姫




****************************************************************
           【おまけ再録】
****************************************************************

「あゆ印のビーフジャーキー魔力風味」ですね、判ります。今なら5箱以上購入で魔力の封入者をザフィーラ・ゼスト・グレアムの中から選択できます。殺劫食品公司から絶賛発売中。本当にあ(ry

**

リンディがドアを開けると、そこには枕を抱えたあゆがちょこんと。期待と不安を綯い交ぜにして「おかぁさん、おとまりにきました」と言うあゆが。

**

「【すとらーだ】は【ぶりっつあくしょん】の じどうこうしを しこんでおくと、とりまわしがよくなるのです」
「距離を詰めるなら、ソニックムーブのほうが良くありません?」
「きしゅうされたときに【すとらーだ】じしんに ぼうぎょさせられるようになるのです。じょうきょしだいでは、ぼうぎょまほうより こうかてき、こうりつてき なのです」
「なるほどですねー♪忙しいですねー♪楽しいですねー♪」
「おや?えりおでは ないですか」
「……」
「しんぱいしなくとも(にっこり)【さいきょう】のでばいすに してあげるのです」
「……」

**

我が名はウパパラギ。歴戦の戦士である。
「きょうの おそなえものは【かかお】80ぱーせんとのちょこれーと、なのです。げんだいに【ちょこらる】はないので、これでおゆるしください」
我が名はウパパラギ。名誉の戦死を遂げ、干し首となった。
お土産代わりに大英帝国へ連れ去られ、何処とも知れぬ異界に流されたが、戦士の心を知る巫女に見出され、こうしてひっそり祀られておる。
我が名はウパパラギ。メイド服など着てくれると、甘酸っぱいモノを思い出せるのだが。

**

「トリック オア トリート!」
「ああ、きょうが【はろうぃん】でしたか」
チャイムの音に玄関を開けた途端、あゆは子供の群れに取り囲まれた。それぞれに魔女だの幽霊だの骸骨だのと、思い思いの扮装に身を包んでいる。
「ちょっと まっててください、なのです」
いったん引っ込んだあゆの姿に、引率役の高校生が2人、首をひねる。
「この家に子供居たっけか?」
「リストには、【訪問可】としか書いてないね」
トラブル防止もあって、事前に町内会から回覧板が回っているのだ。
「ヒトっけ、なさそうだな」
八神家のほとんどは六課の隊舎暮らし。本局勤めのあゆも、下手すると帰ってこないことがある。
「鍵っ子なのかな?かな?」
「おまたせしました、なのです」
両手にお菓子を抱えて戻ってきたあゆに、子供が詰め寄せた。
「うちの班じゃねぇけど、仕方ねぇ」
お前も来い。と男子高校生が掴んだのは、お菓子を配り終えたあゆの腕だ。
「予備に持ってきてたネコ耳、貸したげるね」
まさか自力で生やせるなどと言えるハズもなく、固辞するのもなんだか大人気なく、促されるままに同じくらいの背丈の子供の群れに放り込まれてしまう。

「とりっく おあ とりーと」
この班に、お菓子をやりあぐねてはいけない。

**

♪ちゃらりらりらりら♪ちゃらりらりらりら
その術式の根幹は、青鈍色に伸びた魔力刃ではない。
「あゆ、すたてぃっく!」
どこからともなく高らかに聞こえてくる、宙明節だ。
「その曲は何だ?」
レヴァンティンであっさり受け流して、シグナム。
「それと斬撃前の、意味のない振り付けは?」
「ようしきび、なのです」
あのチンクをして躱わし損ねた、一振りなのだが(嘘)

というワケで、八神時空と対のネタ(笑)

**

「しゅーてぃんぐ ふぉーめーしょん」
幾本もの魔力縄が、ワイヤーフレームとなって虚空にあゆの姿を描き出した。
突きつける指先の上に、ちょこんとアースラ。
「あるく・あんしぇる」
放たれるのは7色7発のレーザー。
【サンライト・ブレイカー】の発展術式【レインボウ・バースト】は、アルカンシェルをその名のとおり、虹にするのだ。

**

「みぎて から【ずせつしょ】ひだりて から【だげきしょ】、がったい」
 ≪ Wurfel form ≫
デバイス変形の技術を以って作り出されたのは、さまざまなお題が書かれたサイコロであった。
「まずは、てぃあなさんから、どうぞ。なのです」
「どうぞって、【恋の話】とか【失敗した話】とか【ヒトには言えない私の秘密】とかって、こんな話題をしかもダイスで決めて提供しないとダメなんですか?」
「それがお約束ってモノらしいよー?ティアー」
「……えとえと」恋という単語が出たあたりからワタワタしっぱなしなのは、キャロだ。
「あゆお姉ちゃん……細工は?」
「そんな ぶすいなまねは しないのです」
そう。と無造作にサイコロを取り上げたルーテシアが、あっさりと放る。
「コイバナー♪」
なんだかずいぶんと嬉しそうに、アリシアが黄色い歓声を上げた。
女の子が集まってお泊りするとなれば、始まるのがパジャマパーティだ。
あと数年経てば、ジャージ宴会になることだろう。


**


何もかも懐かしい(笑)と言うか、中の人つながりでこういうことを↓やれと?

「カートリッジロード!」
くるりと翻ったクロノの胸元から、実包めいたカートリッジが6個跳ね上がる。
「しまった」
しかし、カカカンと音を立てて空しくS2Uに弾かれるのみ。
「カートリッジシステム、搭載してなかった」
デュランダルにも無いけどな~。

……ありゃ?うまく行かないな?じゃあ、キャロで ……変わらん(苦笑)

**


「ここは、なめたほうがいいのでは?」
「いったんひいて、【へきかいのずせつしょ】といっしょにパンすべきですぅ」
「お前ら一体ナニやってんだ」
あゆとエスタの前に浮かぶ空間モニターの中には、一糸まとわぬ姿のあゆ。
「てぃあなさんから、【げんじゅつまほう】のじゅつしきをもらいましたので、」
「へんしんバンクをつくってたのですよ」
そんなメタな真似したって、作中じゃ「、」でしか表現しないぞ。
「なにやってんだか」
あきれて去ったヴィータを尻目に、編集作業は続く。変身時の起動キーや名乗り上げをどうするかなど、詰めるべき案件は多い。
 『ぴりっと ぱれっと ぽぽれは ぷかろん』とか、
 『たたかうあいの、あーばんれじぇんど。やがみあゆ なのです』などなど。

あゆのことだから、目くらましとか時間稼ぎに使おうとか考えているのだろうが。




[14611] 七夕企画 #18 決戦は天の川でなの【ルート分岐】
Name: dragonfly◆23bee39b ID:c9f5e6e5
Date: 2013/07/07 11:27


―― 以下は、お蔵入りにした別設定を元に無印編「#18 決戦は海の中でなの」を再編した【ルート分岐】です ――



****




魔法陣の光がその結合を失い魔力素に減成するさまを、こんなに見つめていたのは初めてだった。

「あゆちゃん、アリシアのおへやいこっ?」

「そうですね」

いつまでもこんなところで転移魔法の残滓を見ていても仕方ない。と未練を断ち切り、あゆは嘆息する。

「くるまいす、おもくないですか?」

「だいじょうぶだよ!」

切り捨てたはずの未練が後ろ髪を引いて、思わず振り返るあゆであった。




****




「さて、ここでいいだろう」

シグナムが率いる一行がたどり着いたのは、地球のある世界から程遠い次元空間の一角である。

ここなら、たとえ次元震を引き起こしても近隣の各世界に被害が及ばない。

「あゆ、来たがっとったな……」

ザフィーラに抱きかかえられたはやては、ちょっと嬉しくて、ちょっとさびしい。いつものあゆの指定席を奪っているかと思うと、ちょっと後ろめたい。

「あるじはやて、致し方ありません」

「はやてちゃんはこれから魔導師になるけれど、あゆちゃんはまだですもの」

「ここに居ては危険だ」

「あゆもそれは納得したじゃんか」

そうなんやけどなぁ……。と、はやて。

「その代わりにわたしたちが来たんだよ。ね、はやてちゃん」

「うん。この場に立てない……あゆの代わりに」

白と黒の魔導師。なのはとフェイトが、はやての前に立つ。一歩下がって付き従っているアルフの、その肩の上にユーノ。

『しっかしなぁ……』と、これはヴィータの溜息。

『ああ』と応えたのはシグナム。

『いくら自分がこの場に立てないからって』とシャマル。

『……』ザフィーラは黙して語らない。


ヴォルケンリッターの視線の先には、皆の輪から離れて立つプレシア・テスタロッサの姿があった。




****




「【闇の書】を、解析しただと?」

真夜中のリビングである。声が響いた。

「ええ、あゆちゃんが【瞳】の構造探査を終えてから、わたしの解析まで時間があったでしょう?
 その間に、あゆちゃんが【闇の書】の構造探査を進めていたの」

そういうことを訊いているのではない!とシグナムは声を荒げた。

「落ち着け」

「しかしだな、ザフィーラ」と、声も高く振り返ったシグナムは、しかし押し黙る。【闇の書】を抱いたあゆが見つめていたからだ。

「わたしは、このほんが わるいものだと おもっていました。
 おねぇちゃんを、くるしめるものだと」

その表紙の剣十字をなで、同じようにザフィーラの尻尾になでられ、あゆは嬉しそうに口元をほころばせた。

「でも、かぞくをくれました。
 おねぇちゃんに、わたしに」

だから。と、その膝をつねる。

「すこしくらいのふじゆうなど、どうでもよかったのです」

「ちょっと待て、あゆ。
 お前、どこまで麻痺が進んでいるのだ!」

もう、あしには かんかくがないのです。と聞いて、シグナムは絶句する。想像以上の進行具合だった。

「しゅうしゅうをかいししてから、むしろ すすんでいるようなのです。
 まるで、かいすいをのんで、かえって のどがかわいたときのように、まりょくをむさぼられているのです」

「あゆちゃん、抵抗しないし」

本来、無理やり収奪されるのである。無意識にでも抵抗するものなのだ。

「そこに悪意があんだってよ」

「悪意だと?」

ソファに座ってパイントカップをほじくるヴィータは、シグナムより先に説明されて、同じように反応していた。

「【やみのしょ】に、かんせいしようとする がんぼうがあるのは いいのです。
 ですが、もちぬしをせかすように、まりょくのしゅうだつを ふやしていっている」

「下手すれば、完成前に所有者の命を奪いかねない増分量よ」

魔力素を見ることは適わないが、毎日その健康状態を診察しているのである。シャマルにはあゆからどれだけの魔力が失われていっているか、手に取るようにわかっていた。ジュエルシードを用いて回復させてはいるが、絶え間ない魔力の流出入だけで充分身体に悪い。

だから、あゆが【闇の書】の解析をしたいと言い出したとき。一も二もなく賛同したのだ。

「わかった。話を聞こう」




「まず大切なのは、【闇の書】ではなく、【夜天の魔導書】が正しい名前」

「なんだとっ!」と驚いたのはシグナムばかりではなかった。ヴィータも、そこまでは聞いてなかったらしい。

「……」

驚いたなら、声ぐらい出せザフィーラ。


「本来は、あるじと共に旅をして、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究するために作られたものだった……」

しかし。とシャマルは続ける。

「【夜天の魔導書】は、一種のデバイス、ストレージでしたから、その時その時のあるじによって改変を受けていたの」

それ自体は、ことさら問題でもなかっただろう。
伝説級の代物とはいえ、その時代ごとの更新、使い手それぞれに合わせたカスタマイズは要る。なによりそのために管理者権限があった。

「最初のきっかけは、復元機能の強化だったらしいわ」

持ち歩き、強い魔力に曝されるデバイスには、自動修復・復元機能が欠かせない。自身が魔力素集積体である魔力構造物にとって、過剰な魔力は毒――氷の管に熱湯を通すようなもの――だから。

記録の劣化や喪失を防ぐため【夜天の魔導書】にも特に強靭な復元機能があったが、それを極限まで強化しようとした管理者が居たらしい。

「なぜ、記録装置である【夜天の魔導書】が、たった666ページしかないのでしょう?」

これでは、偉大な魔導師が多く、未洗練だったがゆえにバリエーションの多かった古代なら、20人と逢わないうちに使い切ってしまうわ。とシャマルはヴォルケンリッターの面々を見渡す。

「その人は、【夜天の魔導書】の機能を、収集と蓄積で分けてしまったの」

蓄積機能を残した本体を安全で安定した次元空間のどこかに隠し、いくらでも再生、複製可能な収集部分を持ち歩いて使い捨てにしていたのだ。

収集部分はページが埋まると、収集した魔力と術式を本体に転送。初期状態の新しい本を管理者の手元に作成し、この時点で劣化が始まっているだろう己自身を滅却してしまう。

この本は……。とシャマルはあゆの元へ、その膝の上の本の元へ歩み寄る。

「【夜天の魔導書】の一部、その影なの。
 もしかしたら、そのころから【闇の書】なんて呼ばれだしたのかも」

いとおしそうに剣十字をなで、しかし「便宜上、本体のほうを【夜天】、こちらを【闇】と呼びますね」と、複雑そう。

「異議アリ!せめて影って呼べ」

こちらには視線を向けず、とうとうパイントカップを平らげてしまったヴィータである。

「すばらしいごていあん、なのです」

「すばらしい……もんか」

意に満たぬか顔を背け、ぼそりと呟く。

「では、【影の書】と」とシグナムに目顔で確認して、シャマルは続ける。

「問題は、この強化された復元機能を、不老不死に利用しようとした使用者が現れたことよ」

つまり、己を【影の書】の一部として登録することで、本と共に再生しようとしたのだ。
収集した魔力にその間の記憶を差分として乗せ、本の再生のサイクルに合わせて己の肉体をリセットしようと目論んだらしい。

「しかし、うまくいかなかった。なのです」

「【影の書】の再生能力を甘く見てたんでしょうね。
 記憶を取り込む機能こそ盛り込めたものの、【影の書】は所有者を再生することなく滅却、結果所有者を失って彷徨い始めたの」

管理者権限の譲渡のないままに所有者を失った【影の書】は、こうして前任者の資質に近い者を探し出して仮の所有者とする遍歴の魔導書となったのだ。

――勝手に現れて憑り付き、魔力を収奪する。それを先延ばしにしようとして蒐集した魔力が666ページに達すると所有者を道連れに滅却、自身はいずこかで新生する――

【呪いの魔導書】と呼ばれ始めたのはこの頃であろうか。

「それでも、何とかしようとした人たちが居たみたいでね……」

【影の書】の呪いを何とかすべく、管理者権限へのアクセスを試みた者は数知れない。そのままでは魔力を収奪されきって衰弱死するか、魔力を蒐集して共に滅却されるかしか道がないから当然だが。


「ひとつは当然、わたし達」

まず、管理者権限のうちからその守護機能の使用権を得ることに成功した。すなわちヴォルケンリッターシステムである。

この時期すでに【呪いの魔導書】扱いされていた【影の書】は、それを理由に攻撃されることがあった――所有者の焦りから、強引かつ乱暴な蒐集が増えたせいだろう――。

その結果【影の書】なり使用者なりが傷つくと、【影の書】は即座に転生を行ってしまう。それを防ぐために所有者を守護するヴォルケンリッターシステムを、管理者権限なしでも使用できるように切り離したのだ。


「もうひとつは、【影の書】そのものの活動抑止」

次に成功したのは、猶予期間の設定だった。

【影の書】は、転生を実行し次の仮所有者の元に現れた瞬間から容赦ない収奪を行う。
そもそも伝説級の代物である【影の書】は、その維持だけでも大量の魔力を必要とするし、蒐集を始めればその保持のために更なる魔力を要求する。ヴォルケンリッターシステムの発動もそれに拍車をかけた。

乳飲み子の元に現れたときなど、たった3日で縊り殺すように収奪しきってしまったのである。

そこで採られたのが、転生直前に保有した魔力を一部持ち越し、所有者が一定の条件を充たすまで【影の書】が過剰な収奪を行わずように済む措置であった。この時点ではヴォルケンリッターシステムも作動しない。

ただ、この対処方法は相当な苦肉の策だったのだろう。【影の書】本体の改変に至らず、鎖状の魔力供給器を付け加える形でしか実現できなかったのだから。


こうして採られた改変は、もちろんその時々の所有者が、管理者権限を得られないままにあらゆる手を尽くして、さらには前任者の記憶からその遺志を受け継いで行ってきた呪われた運命への反逆である。

もちろん、その所有者たちも転生の輪に轢き潰されて、今は亡い。


「けれど、この【影の書】が、【闇の書】【呪いの魔導書】と呼ばれるようになる決定的な事件が、起こってしまった」

それはいったい、何人目の所有者だったであろうか。
【影の書】のことを知っていたか、前任者たちの記憶を垣間見たか、その所有者は絶望のままに強引な蒐集を行い、転生の直前にテロまがいの暴走をしたのだ。

その記憶が染み付いたのか、それともそれがその所有者の行った改変だったのか、【影の書】はそれから、蒐集が終わると同時に集積した魔力を全て破壊に用いる爆発物と化したのである。

痕跡から推測したにすぎないけど。とシャマル。


「それでは、【影の書】の蒐集が終わっても、あるじはやては……」

「治らないわ。それどころか、自爆して最悪犯罪者扱い」

なんということだ!と空を打ちつけたシグナムが、それでは足らぬとばかりに己が掌を打つ。

「それで、あるじのご就寝時にか」

はやてに打ち明けて以来、こうした話し合いは家族全員で行っていた。今や、あるじへの隠し事などほとんどない。なぜ今回こんな深夜にかと、ザフィーラには不審だったのだ。

「みんな甘いなぁ」

「あるじはやて!」「はやてちゃんっ!?」

「宵っ張りのヴィータやあゆがあんな早うに寝よ言ぅた時点で、疑ってください言ぅてるようなもんやで」

ジョイスティックを押して、はやてが車イスと共にリビングへ入ってくる。それまでは直接車輪を回していたのだろう。

「いつから、なのですか?」

「悪意、のところら辺からかな」

ほとんど全てである。

「春とはいえ真夜中は冷えるなぁ。
 シャマル、なんか温かいもんお願いしてええか?」

「はい、ただいま」

ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンに駆け込むシャマルを見送って、はやてがリビングの中央に。

「別に怒ぅとるわけやないんや、みずくそぅないかってだけでな。
 いまさら、ちっとやそっとのことじゃ動揺もできへん。
 うちのことなんやさかい、うちもいれたってぇな」




****




次元空間に踏み入れた一行に、シャマルからジュエルシードが配られた。今はそれぞれの頭頂部あたりを人工衛星よろしく周回している。

次元空間は生命の生存に適さないので、術式を常時発動させて生命維持装置として使用するのだ。

魔導師や騎士には不要だが、不慣れなはやてやなのはが居ることを踏まえて、リソースの開放や魔力源としての活用も兼ねていた。

もっともフェレット形態のユーノはカウント外で、アルフと共用だったが。



「蒐集開始」

 ≪ Sammlung ≫

あと1個蒐集すれば完成するように調整したのは先ほど、【時の庭園】にて。

シャマルが、手元のジュエルシードから魔力を蒐集させて、【闇の書】の666ページがここに埋まる。


ばたん。と閉じた【闇の書】が、シャマルの手元から、はやての目前に瞬間移動。

 ≪ Guten Morgen, Meister ≫

「意外とフレンドリィやね。はい、おはようさん」

「はやてちゃんっ!」

はいはい。とシャマルをいなし、はやてが手を伸ばす。

「我は【影の書】のあるじなり、この手に力を」

その手に収まったのか、その手に押しかけたのか。

「封印……」

ふわりと浮かび上がったはやてを、ヴォルケンリッターが囲む。

   「……解放」

 ≪ Freilassung ≫

その葉間から闇を噴き出し、剣十字を輝かせる。

取り巻いた闇がはやてに染みこむたび、その手足が伸び、肉付きを増していく。一気に伸びた髪は、何の対価か色を失った。

【闇の書】から逆流してきた魔力が、はやてを強制的に成長させているのだ。

その所有者を取り込むプロセスと、これから行使する破壊のための魔力の結実と、管制のための【闇の書の意思】の憑依。それらが渾然となって、戒めめいた衣服をまとうこの姿となる。

≪また全てが終わってしまう いったい幾たびこんな悲しみを繰り返せばいいのだろう≫

まぶたを閉じたまま流す涙は、何を思ってか、誰を思ってか。

≪我は【闇の書】。我が力の全てを、≫

 ≪ Diabolic emission ≫

開かれた紙面が輝くと、掲げた掌の上に黒い雷を押し込めたような球体が生まれた。

≪あるじの願い、そのままに≫

しかし、その開いた口が、違う声音をも紡ぐ。

「うちはそんなお願いしとらんし、そもそもうちは【闇の書】やのうて【影の書】のあるじやしなぁ」




****




「はやてちゃんとヴィータちゃん、あゆちゃんには、ミルクたっぷりのカフェオレですよ」

「子ども扱いすんな」

「そうか、なら私のブラックと替えてやろう」

「よけーなお世話だ」

カフェオレボウルを避難させるヴィータに、意外としつこく迫るシグナム。実はブラックが苦手なのか、ヴィータをからかうのが楽しいのか、どちらであろう。



「そういや、シャマル?」

カフェオレを飲み干して、はやて。

「なんでしょう?」

まずはコーヒーの香りを堪能していた湖の騎士は、そのカップをおろした。

「気になっとったんやけど、本体の【夜天の魔導書】はどうなってん?」

それなんですけど……。とシャマルがちょっと、遠い目。


結論から云うと【夜天の魔導書】は見つからなかった。

【影の書】の解析内容から【夜天の魔導書】の空間座標を割り出したシャマルは、そこへ行ってみたのだ。【影の書】の真の管理者権限を得るには、本体たる【夜天の魔導書】にアクセスする必要がある。

しかし、結果は前述の通り。
その保管場所にこそたどり着けはしたが、【夜天の魔導書】本体を見い出すことはかなわなかったのだ。


「そうかぁ、それは残念やったな」

「まったくです」

本体たる【夜天の魔導書】を確保できない。と云うことは、【影の書】の根本的な修復は不可能ということだから。

でも、シャマル。と、空になったカフェオレボウルを渡しながら、はやては小首を傾げて見せた。

「なんか、目算はあるんやろ?」

「ええ。【影の書】が完成してから暴走を開始するまでに時間があります。そこに、付け入る隙が」




****




「過去の怨念が残した呪いを、あるじはやての願いと間違うな」

≪ヴォルケンリッターシステム。この時点でまみえるのは久しいな≫

消された術式に向けていた訝しげな視線を下ろし、【闇の書の意思】が正面のシグナムを懐かしげに見た。

「おとなしくしとけよ、いらねぇ手間かけさせんじゃねぇ」

右手にヴィータ。

≪何をするつもりだ≫

「【影の書】の構造解析は終わっています。貴女に施された改変も、修復自体は不可能ではない」

左手にシャマル。

「……」

背後のザフィーラは黙して語らない。ただ、取り出した本をシャマルに手渡した。

「ですが、一時的な修復で【影の書】を復活させても意味はありません」

だからやな?と、【闇の書の意思】の声で関西弁。

「わずかに調べえた【夜天の魔導書】の片鱗と、【影の書】の解析結果から、新たな魔導書を作る」

シャマルから手渡された本を、シグナムが掲げる。
ジュエルシードの無尽蔵な魔力と遺失術式から作られた真新しい本。装丁は【闇の書】と同じ、しかしその色は払い清めた掃天のごとく、蒼い。

「【蒼天の魔導書】、一代かぎり、あるじはやてのためだけの魔導書になるのだ」

突きつけられた蒼い本にたじろぎながら、しかし【闇の書の意思】はひれ伏さない。

≪我を改変しようとすれば、自動防御プログラムが作動する≫

「貴女のマスターは今はうちや、マスターの言うことはちゃんと聞かなあかん」

あるじ……。と、同じ口から紡がれる反論は力ない。

「名前をあげる。
 新しい姿になる貴女に、もう【闇の書】とか【呪いの魔導書】なんて言わせへん。うちが呼ばせへん」

さあ、本を重ねろ。とシグナムが突きつけてくる。

「夜天が迎える朝の、蒼天のあるじの名に於いて、汝に新たな名を贈る」

それぞれにジュエルシードを従えたシャマルとヴィータが、その上に手を置いた。

 「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」


          ≪ ……bekehren…… ≫


12個のジュエルシードが唱和すると、それはまるで賛美歌。共鳴して響く波動は澄んで、鈴の音を光に変えたかのよう。


≪新躯体へのシステム移行完了。新名称リインフォースを認識、管理者権限の使用が可能になります≫

ですが……。と声が続く。

≪旧躯体の自動防御プログラムが止まりません≫

「まあ、なんとかしよ。
 そのための助っ人さんやしな」

視線の向こうに、白と黒と紫の魔導師と、使い魔の姿。

「行こか、リインフォース」

≪はい。我があるじ≫

【蒼天の魔導書】が放った光に、【影の書】――いや、正常部分のデータコンバートによって改変部分だけ残されたそれを、敢えて【闇の書】と呼ぼう――が弾き飛ばされた。

≪分離の直前に、旧躯体の防衛プログラムの進行に割り込みをかけました。数分程度ですが暴走開始の遅延が見込めます≫

「それだけあったら、充分や」

【闇の書】の影響下から抜けて、成長していたはやての体が元に戻る。放出された余剰な魔力をあゆが見ていたならば、後光のようだと評しただろう。

「リインフォース、うちの杖と甲冑を」

≪はい≫

嬉しそうに蒼い本の剣十字がきらめきを返すと、編みこむようにはやての身体を光が覆う。黒地に黄色い縁取りの騎士甲冑と、剣十字の長大な杖。

「蒼天の光よ、我が手に集え。
 祝福の風、リインフォース、セーットアップ!」

放たれた光がはやてに降り積もると、白い帽子にジャケット、夜明け色のサーコートに玄き6枚羽根をまとう蒼天のあるじの姿があらわれた。

「今はまだ夜明け前やから、この色やけど」

右手に杖、左手に魔導書。従うはその雲たち。

「我ら、蒼天のあるじの下に集いし騎士」

烈火の将、シグナムがレヴァンティンを鞘から抜いた。

「あるじある限り、我らの魂尽きる事なし」

12個のジュエルシードを引き連れ、湖の騎士シャマルは静かに口上を述べる。

「この身に命ある限り、我らは御身の下にあり」

こぶしを固め、盾の守護獣ザフィーラはあるじの前へと。

「我らがあるじ、蒼天の王、八神はやての名の下に」

紅の鉄騎ヴィータは、グラーフアイゼンを足元に突いた。

「【闇の書】の呪われた歴史、いま終わりにしたる」

しかし、はやてが剣十字の杖を突きつけた先に現れたのは空間モニターで、

 『 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。
   こんなところで何をしている。話を訊かせてもらうぞ 』

時空管理局の次元空間航行艦船の艦影だった。









しかし、クロノの写し絵に立ち塞がるように、さらに空間モニターが立ち上がる。

 『 クロノ……か、大きくなったな 』

 『 ?……っ! 』
 『 あなたっ! クライド…さん 』

一瞬認識が追い付かなかったクロノの背後からリンディが叫んだように、空間モニターの中にはクライド・ハラオウンその人の姿があった。

 『 リンディ、変わらないな君は 』

 『 …… 』

リンディにとっては11年振りの、二度とありえないはずの逢瀬である。こみ上げるものが、言葉にならない。






さて、さきほど【夜天の魔導書】は見つからなかった。と語ったが、それは言葉のあやである。

正しくは「【夜天の魔導書】は【夜天の魔導書庫】と呼ぶべき規模で現存。しかしながらその中枢にはたどり着けなかった」であったから。


――魔導書庫という言い回しから想起できるように、【夜天の魔導書】は無限書庫の一種だった。蒐集した情報量に応じてその占有地を拡大していく、空間圧縮結界型のロストロギアである――


予想に反して健在であった【夜天の魔導書庫】には、しかし、問題が生じていた。

【闇の書】からの魔力供給が滞ったためだろう。追架、加棚、増床などの設備拡幅機能が停止していたのだ。

結果として、棚といわず通路といわず蒐集した魔力と情報が書籍の形で詰まっていて、足の踏み場はおろか、フェレットの仔一匹入る隙間も無い状態であった。

遺跡探索のエキスパートたるスクライア一族の少年をして、「中枢部への最短発掘ルート開拓ですら、十年単位の作業が要る」と言わしめる規模と密度で。






 『 2人とも元気そうで何よりだ 』
 
二重の画面越しに詰め寄る妻子を、クライド・ハラオウンは身振りで押しとどめる。

 『 積もる話は後でじっくりとしよう 』

不幸中の幸い――ある意味当然であったが――と云うか、【夜天の魔導書庫】入口の最も新しい一冊には、11年前の経緯を知悉した時空管理局の職員が蒐集されていた。

事情聴取の対象者として、アドバイザーとして、【闇の書】を葬るにあたっての立会人として、ジュエルシードによる人格エミュレーションを施されたのは当然の帰結であっただろう。

 『 緊急事態につき、貴艦の協りょ……、即時総員退艦を要請する 』

協力と言いかけたのを訂正したのは、その間に事情が変わってしまったからだ。



この後、【空間シミュレータ用仮想敵機プログラム体】の開発とその実体化が成功するまでに十数年を要したが、クライド・ハラオウンはその家族の元へと帰還した。




        【#19 夜の終わり、旅の終わり】に(一応)つづく




【夜天の魔導書庫】というアイデアは初期からあったのですが、それを全てはやてが受け継ぐと魔導士ランクがとてつもないことになりますし、結果【闇の書の闇】すら制御できるようになるとフルボッコシーンも不要になります。
当然としてクロノ達の出番もなくなりStSへの繋ぎが一切なくなるのでお蔵入りでした。

一方、七夕をお題にネタ出ししようとして、真っ先に浮かんだのはリンディ・クライド夫妻をなんとかして再会させられないか?という願いでした。

そんなこんなで劇場版A'sのDVDを何度も観ている(通天閣が本編にも出てるかどうか確認のため)うちに、当作のPSPゲームに対するオリジナル解釈と組み合わせたら「クライド復活できんじゃね?」と気づきました。

そこで、大勢に影響のない範囲で18話の修正に挑戦。11年振りの2人の逢瀬を演出してみました。
ただし正式に入れ替えると初見の方に不親切なので、クリア後に解禁されるルート分岐扱いで別添えすることに。お好みでどうぞ。




****


おまけ


――【 新暦69年/地球暦7月 】――




「さ~さ~のは~、さ~らさら~」

近年では、笹を飾る家庭は珍しいだろう。

「の~きば~に、ゆ~れ~る」

しかしながら、八神家では最近、こうした年中行事が大切にされている。

「お~ほしさ~ま~、き~らきら~」

七夕のこの日も、願い事の書かれた短冊が笹の葉と共に揺れていた。

「き~ん~ぎ~ん~、す~なご~」


「あゆは願い事、書かんかったんか?」

吊るされたばかりの黒い短冊を手に取って、はやては小首を傾げる。

伝統に則って緑・紅・黄・白・黒の短冊を用意したので、筆ペンも黒・白・赤と揃えてあった。

なのに、黒い短冊には黒の筆ペンで書いた痕跡すらない。

「ちゃんと、かきました。なのです」

つまり【魔力素で】と云うことだろう。

「お姉ちゃんに隠し事とか、ほんまにあゆは悪い子や」

反抗期やろか?と、そのぷにぷにのほっぺを突くが、双方ともに笑顔。


――あゆが短冊に込めたのは【願い】というより【誓い】だったので、実際には本当に何も書いてないのだが――

まあ、筆を動かしはしたので、エアー筆と呼べないこともなかろう。



さて、環境問題などに厳しい昨今、川などに笹や短冊を流すのは難しい。

なので、

「かーとりっじろーど、なのです」

しばらくの間、あゆの使うしおりカートリッジは【アイスクリーム腹いっぱい】とか【一意専心】などと書かれた五色の短冊や、押し花めいて乾燥させた笹の葉そのものになるのであった。



                      おしまい



[14611] あゆの騎士服
Name: dragonfly◆23bee39b ID:838af4c9
Date: 2020/09/08 21:30
――【 新暦66年/地球暦8月 】――


「騎士服のデザイン…かあ」
「はい。せっかくだから、おねぇちゃんにおねがいしようと、おもいまして」
う~ん。と両腕を組むはやて。
「あゆも、もう立派な魔導師になるんやなぁ」
感慨深げである。
「りっぱかどうかは、おいといて。まんがいちには、そなえておかなくては」
「そやな。…で、デザインやけど」
う~ん。と、今度はあゆが唸る番。
「きほんは、おねぇちゃんとおなじで、しんぷるにけずる ほうこうで」
「え~! せっかくの騎士服やのに、つまらんやん。もっとフリルとかドレープとかで飾らんと!」
「かんべんしてください。【まりょくりょう】が、もちません」
騎士服やバリアジャケットは魔力で構成するから、術者の魔力量に左右される。
「う~ん。じゃあせめて、豪華な刺繍を!」
「それもかんべんしてください。【りそーす】を、さきたくありません」
騎士服やバリアジャケットは魔法で構成するから、術者の力量にも左右される。
はやてはヴィータのような豪華な騎士服をデザインしたいのだろうが、あゆの基礎魔力量ではムリだ。
「おねぇちゃんと【おそろい】で、しんぷるにおねがいします」
「お揃いかぁ…、それは嬉しいけど、でもなあ…」
はやてはまだ、諦めきれてないようだった。

                  おわり


おし丸先生(@oshimaru026)にお願いして、あゆの騎士服姿を描いて頂きました。Twitterにて公開してますので、@dragonfly_lynce を覗いてみて下さい。m(_ _)m

ユニゾンフォームも描いて頂きました。ヽ(*´∀`)ノ♪


****




【おまけ】

「はやて~。スイカバー買って~♪」
「水河馬? ……ああ、西瓜バーか。ええで、持ってきぃな」
「やった~♪ はやて大好き~♪」
「あるじはやて、あまりヴィータを甘やかしては…」
「ええやんか、アイスくらい」
それにしても、数多あるアイスの中で、なぜスイカバーなのか、はやては黙考……。
「なつの【ふうぶつし】なのです」

                  おわり

#リリカルスイカバー2020


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.6242098808289