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[14604] 【習作】執務官の事件簿 (仮面ライダークウガ×魔法少女リリカルなのはSTS サウンドステージX後)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/21 04:40
初めに…
この作品は仮面ライダークウガとリリカルなのはのクロスです。
クウガの設定をなのはでやってみたらどうだろう?という思いつきと、クウガの一条さんって女にしたらティアナっぽくね?…っぽくないかな…みたいな私の倒錯した性的趣向が詰まった感じになってます。
・グロンギの解釈、なのは関連の設定も独自に組み替えちゃったりしてます
・私はForceの方は読んでいないので、そちらの方の設定は一切無視ということでお願いします…
・オリ主モノだったりします。
 だけどキャラ設定はまんま五d…うわ!なにをする!やめldslんvlsんvs

いかにもチラ裏なこんな作品ですが、読んでいただけたら嬉しいです。
誤字脱字など気になる点があるようでしたら、どんどんおっしゃってください

それでは始まります。
時系列は「マリアージュ事件」後です。


<訂正>
12月7日 1話(上)誤字訂正
同じく  タイトル変更

12月17日 1話(下)加筆+修正



[14604] 執務官の事件簿 1話
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/07 21:22
新暦78年 11月某日 AM 11:30 海岸地区 遺跡 最深部

石彫りのレリーフが床一面に敷き詰められた一室、その中央には大きな大人でも丸々入れそうな石棺が鎮座されている。
それ以外には何の装飾品もない、ものさびしい部屋。しかしそこにはしっかりとした気品があり荘厳な雰囲気を醸し出していた。
そこに場違いと思える、デジタル機器類が所狭しと、それも乱雑に並んでいる。
その目の前には数人の人間が忙しそうに駆け回り、モニターの画面と睨めっこをしては、頭を抱え、そしてまた駆け回っていた。

そこをゆっくりと一人の壮年男性が通り過ぎ、中央に鎮座されている棺の目の前で立ち止まる。
「ふむ…」と顎を指でなぞりながら、古代文字がびっしりと描かれている棺の外面を撫でる。
その手つきは埃を取るようにゆっくりと、そして愛しい者を愛でるかのように優しいものだった。
その周囲をしばらくチェックすると、ある程度の情報は確認し終えたのか、顔を上げ、先程までデジタル機器と睨めっこをしていた若者達に目を向ける。
彼らには多少疲れた様子も見えたが、石棺の中身が気になるのか、興奮した様子で皆一斉に頷く。
それに壮年の男性も頷き返すと、懐からポケットレコーダーを取り出した。

日付、場所、研究チーム、自身の名前、使ってる機材、これまでの道程…を口頭で記録していく。
それを全て終えると、いよいよ本番、重く閉ざされた石の棺の蓋に手をかけた。
一人で蓋を開けるのは無理と判断したのだろう、何人かの助手もその作業を手伝った。

堅い物同士が擦れるゴリゴリとした音と、機器から聞こえるピッピッといった電子音以外は何も聞こえない怖いくらいに物静かな空間。
その場にいる誰もが喋ることはおろか、呼吸することすらも忘れていた。

ゴトン、石棺が開かれた…

そこにあるものは…






魔法少女リリカルなのはStrikers-SSX-×空我






11月23日 PM 12:30

そこは湾岸地区のカフェテラス、お昼時ということもあり非常に込み合っている、主に女性で…
そこのオープンテラスのテーブル席で映える橙色、ロングヘアーの女性、ティアナ・ランスターはコーヒーカップをかき回していた。
既に運ばれてから相当に時間が経過したのだろう、湯気など見る影もない。

「遅いわね…」

ポツリと彼女は呟いた。
店内は満席、このオープンテラスの席もどんどん込み始めており、そろそろ店の外では待ちの行列ができそうだ。
このまま長居するのは倫理的にまずいだろう、というか既に店頭で待っている誰かに睨まれている被害妄想すら出てきた。
あと、自分は今私服ではない、黒の執務官服を纏っている。
お忙しい時空管理局の人間が、こんなところにずっと居座っては管理局の品格も疑われてしまうというものだ。

「スバルには待ち合わせ場所の変更メールでも送っておくかな…」

そう呟くと、彼女はバックを片づけ、伝票を持ち、席を立とうとする。
そこに見慣れた影が視界に入った。

「ゴメン!遅れちゃって!」

青髪短髪、明朗快活な女性(…というにはまだ幾分か幼い気もするが…)、スバル・ナカジマがティアナの方に走りこんできた。
姿を見てホッとしたのか、ティアナは軽く微笑み、再び席に着く。

「いいわよ、忙しかったんでしょ?」

そう言いながら、スバルにメニュー表を渡す。
「ありがとー」といつものように元気に礼を返すと、嬉しそうに“本日のオススメメニュー”の項目から目を通して行く。
犬だったらきっと尻尾が千切れんばかりにブルンブルン振るわれていることだろう。

「うん、まぁねー…ちょっとチビっ子達を局内を案内してたら、迷子が出ちゃってさー」

少しメニューを眺めた後、一息ついてから、スバルが口を開いた。

「そういえば今日って子供たちが訪問しに来るって言ってたわね」

「うん、それで案内してたら一人、好奇心旺盛な子がいてね…ヘリとか訓練用具とか…、あぁ、あとは作業機械かな。とりあえず、いろんなの指差して『これ何!?』って質問攻めにあっちゃってさー…」

愚痴っぽい内容なのに、スバルの方は笑顔だ。
子供好きで面倒見の良い彼女にとって、自分たちの仕事に興味を持ってくれるというのは純粋に嬉しいのだろう。
その様子を見てるとティアナの方も自然と笑顔になってくる。

会話も酣、満足いくまで話し終えたのか、スバルがオーダーのために店員を呼んだ。
その注文量にティアナも、そして店員も若干引き気味だったことはここに記述しておく。



「それで…今日は何の要件で来たんだっけ?」

先程運ばれて来たテーブルに所狭しと並べられたメニューを前に、備え付けの水の入った瓶を片手にグラスに水を注ぎながら、スバルが尋ねる。

「この間、この区域で事件があったでしょ?遺跡の探索チームの殺人事件が」

「うん、知ってる。その事件関係で私も現場付近にまで調査で行ったから」

「それの関係で私が連れ出されたのよ。正直、遺跡とか歴史は詳しくないんだけどね」

苦笑いしながらティアナは冷めきったコーヒーに口をつける。
スバルは「へー」と相槌を打ちながらコップの水を飲み干した。

「今朝言い渡された辞令だから詳しいことは聞けてないんだけど、遺跡から発見されたものの輸送するとか…」

「え、でもそれって、本局の専門部署が独自にやることだよね?」

「そのはずなんだけどねー…」

ティアナは溜息をついた。
どこか言いづらそうにしている彼女のまだ少女の部分を残している姿から、執務官になってもまだ齢19歳なのであると再認識させられる。

「ホラ、私…っていうかアンタもだけどさ、機動六課時代になのはさんに徹底的にしごかれたじゃない?それで、その後のゆりかご事件解決にも1枚噛んでたわけだし…」

「あぁ、うん」とスバルは相打ちを打つ。
目の前のティアナの言っていることがイマイチ的を射ない。頭の上に「?」が乗っかっている感じだ。

「あ、あとこの間のマリアージュ事件もか…まぁ、その結果私にはすっかり武闘派のイメージがついちゃってね。
そこで、今回の遺跡の件なんだけど…スバルはどれくらい事件について知ってる?」

「詳しいことはしらないよ。えーと…だからこの付近で発見された地下遺跡に大学の研究チームが調査に向かう。これが、1週間くらい前でしょ?
それで2日前、この調査隊と連絡が取れなくて、大学側の要請で地元の警察が探索に向かったら、最奥部の部屋で、研究チームと思われる人たちが惨殺されていたって話だよね?」

そこまで行ってスバルの動きが止まる。
サラダを口に含みつつ、真面目な顔をしたままフリーズ。他からみれば滑稽なシーン極まりない。

「あ、それで“武闘派”執務官のポジションでもあるティアが…」

「“武闘派”言うな!でも、要するにそういうワケ。研究チームの人たちも何も武器持って行ってないわけじゃないからね。その彼らを惨殺っていうのは、ちょっと脅威でしょ。
それで、結構やんちゃな事件を解決してきた私に白羽の矢が立ったってわけ」

「執務官補佐もいないから下手に担当事件増やせないしね」と最後に付け足して、今度はティアナがメニューを開いた。

「すいませーん!オーダーいいですか?」




「いやぁ、食べた食べた」

「アンタ、何度も言うけど太るわよ、絶ッ対に太るわよ」

店を出た後、膨れたお腹をさすりながら至福に浸るスバルにティアナが厭味を言う。
訓練校時代から何度もあったこのやり取り、決まってスバルはこう返す。

「しっかりとその後に消費するから問題ナシ!!」

「そんなことも言ってられないわよ。私たちももうハタチ手前なんだから、体の作り上、脂肪を貯め込んでくるんだからね」

「ならそれ以上に消費する!」

食事し終えたばかりだというのに、軽くシャドーボクシングをするスバル。
ハイハイと呆れて手を振るティアナ。
今でも変らないやりとりに2人して笑ってしまう。

「それじゃあ、ティアはこれからその遺跡に?」

ひとしきり笑った後、スバルが切り出した。

「うん、そう。ゴメンね、忙しい中呼び出しちゃったりして」

「何言ってんの!ティア!
相棒なんだから、そんな水臭いこと言いっこなしだよ!」

それにティアは、うん、と軽く返事をして車に乗り込む。

「じゃあ行ってくるわね」

「気をつけてね」

手を振るスバルにティアナは手を振り返した後、アクセルを踏み込む。
見えなくなる彼女の車の姿に、スバルは少し嫌な予感を感じた。



PM  14:00

「本件での輸送担当のティアナ・ランスター執務官です」

ID証を係りの者に見せた後、「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープを踏み越え、遺跡内部に入る。
遺跡内の通路は狭い一本道だった。
壁の所々に溝や、出っ張りなど通せんぼのための壁があったであろう形跡を見ると、侵入者が入って来ることがないように作られていたのだろう。

「墓荒らしへの呪い…なんてことはないわよね…」

独り言を言いつつ、少し嫌な顔をするティアナ。
こう本物の雰囲気にあてられると、幼いころに見たホラー映画のワンシーンを思い出す。
怖いけど続きが気になって、兄の背中でビクビクしながらも最後まで見てしまったことや、結局映画のシーン思い出して怖くて寝れずに兄のベッドで一緒に寝たことなど、同時に恥ずかしすぎるメモリーが脳内をちらついた。
一度このようになってしまうと、この手の記憶は湧水のように溢れてくる。
必死に雑念を払いながら、遺跡内を早歩きで進んでいく。
道中、石を思いっきり蹴飛ばしたり、足を壁に思いっきりぶつけたけど気にせずに歩き続けると、開けた広間に出た。

「う…」

ティアナは思わず口を覆う。
それもそうだろう、その広間は壁、天井を含めほぼ赤黒く染まっており、独特の異臭が辺りに満ち溢れている。
何があったのか、よりも誰がやったのか、という思考が最初に来てしまう。
血の跡には、枯れた筆を無理やり押して色を塗った、あの独特のかすれ具合を醸したモノまである。
心底気味悪い空間だ。
慣れるまで手で鼻を覆いながら、人が集まっている棺の前まで歩いていく。
死体(この夥しい血の跡から察すると肉片といった方が正しいのかもしれない)はどうやら片づけられたようで、それ以外は発見当時のまま保管されているようだった。

「お疲れ様です。本局より参りました、ティアナ・ランスター執務官です」

棺に夢中になっている、男たちの背中に向かって凛とした声で挨拶をする。
いくら女性の社会進出が当然になってきた社会とは言え、この業界はやはり男が強い。
女は舐められないように、ある程度鎧を纏っておかないと、本来なら上手くいく捜査、仕事の取り次ぎですら覚束なくなることがままある。
そのためにも第一印象は大切だ。
多少キツく見られてしまっても、「剛」から「柔」の変更ならば、その後で機会を作れば簡単に修正できる。
その逆に「柔」から「剛」の変更は非常に大きい労力を要する。
“柔よく剛を制す”などと言うが、人間関係、特に構築段階にそれは適用されないらしい。

「あぁ、これはわざわざご足労ありがとうございます。私はこの地区の刑事をしております…」

と、小太りの中年男性が頭をかきながら、こちらにお辞儀をする。
どうやら、こちらが思っていた以上に向こうは人が良いようだ。
構えていたティアナは内心で安堵する。
お互いの自己紹介も済み、発見した警官の発見当時の話や被害者遺族への報告の話の説明を受ける。
そして話を本題の今回輸送するモノ、そして遺跡の状況へと移そうとした。

「え~、私からお話しできるのはここまでですね。あとは専門家の方にお願いしますので…では、こちら管轄取り次ぎの書類です。確認をお願いします」

と、目の前の刑事からのバトンタッチ宣言。
専門家も別に連れてきているらしい、こじんまりとしてるが、これほど古びていそうな遺跡だ。やはり興味がわいてしまうのだろう。
などと、考えながら差し出された書類を受け取ると、クリップで止められた書類を捲っていく。
もう何度も慣れた事務的な仕事だ、チェック項目は頭の中に叩き込んであるため、1分も掛からないうちにそれを済ます。
そして書類を封筒に戻しながら「ありがとうございます。確認いたしました」と感謝の意を伝えた。
「はー…早いですなー…流石は管理局本局勤務の執務官さん…」と目の前にいる刑事は目を丸くして驚いている。
自分としては出来て当たり前のことをしているつもりのティアナには、このようなことで持ち上げられると非常にむず痒い。
さっさと話題を変えようと、先程の話に出ていた専門家を呼んでもらおうとした。
すると…

「大体2~30くらいだね…」

「これって土葬ですよね…なんのために…というかどうして壁を一枚隔てた向こう側にこんな空間があったんでしょう…」

と奥の壊れた壁の向こうから2人分男性の声が聞こえた。
一つは年老いた、そしてもう一つは逆に若い声だ。
もしかしたら、自分と同い年かもしれない、とティアナは感じ、そちらに振り向く。

「さあねー…見たところ、古代ベルカよりも古い時代のものっぽいし、儀式だったのかねぇ。まぁ、土葬の中身がないんじゃあ、なんの調べようもないけどさ…
と…おや、執務官さん、もういらっしゃったんですか!お早い到着でしたね」

先に奥から出てきたのは見たところ60歳前くらい手入れをしてないボサボサヘア+白髪に猫背、身長は160センチあるかないかくらいの、いかにもな“おじいちゃん”の風貌をした壮年の男性。
そして続いて出てきたのが、自分たちと同い年くらいの年齢で170センチ半ばくらいだろうか、髪の色は黒、長さはミディアム程度のやや痩せ形の特にこれといって外見に特徴のない男性だった。

「あ、ホントだ。今日はよろしくお願いします!」

こちらに気づいた若い方が礼儀正しく頭を下げる。
このまっすぐな人懐っこさ、ティアナは先程まで一緒に食事をしていた相方を思い出した。
そのまま2人はティアナの前まで歩いてきた、壮年の男性から口を開く。

「今日の輸送担当の管理局本局所属 遺失物保安部 管理取引担当3班 班長のゴリス・カーネルです。で、こっちは付き添いの…」

「同じく、助手のユーリ・マイルズです!よろしくお願いします!」

挨拶が終わると、ゴリスは「それじゃあ、今回移送するものについてお話しますわ」と鞄から端末を取り出した。
それに懐からビニール袋に包まれたメモリースティックを差し、映像をウィンドウに表示する。
そこには、まだ発見されたままの姿であろう奇麗なこの部屋、そして自分たちの目の前にある石棺が佇んでいた。

「動画ファイルじゃないんですがね…とりあえずはこちらで勘弁してください。動画の方は、この後管理局の湾岸部の方で専用の機材をお借りしてそちらで見るつもりですので…」

「はい、わかりました」

またスバルと会うことになりそうだな、と思いつつティアナは応えた。
その間もページが捲られていく。
意味のわからない、古代文字…というか絵。表音文字ではなくて表意文字なのだろうか…

「これが研究チームが辿り着いた直後のこの部屋の様子です。まだこの部屋の奥の壁にも穴なんか空いてなくて、綺麗なもんでしょう…」

きっと嬉しかったのだろう。部屋に入るチーム全員の表情は眩かんばかりに笑顔だ。

「そしてこちらが、この棺を開けている時の絵です」

最初は数名が石棺の蓋を開けようとしている、特に変わり映えのない画だ。
しかし、そこから先のページからこの惨状がどうして起きてしまったのか、その発端が始まることになる。
パラパラマンガのように写真を連続的に見せ状況をティアナに説明するゴリス。
内容はこうだ。
まず、チームの男手数名が棺の蓋を開ける。そこには腰にベルトのようなものを巻いた木乃伊が寝ており、彼らは早速、細菌等のウィルスがないか機材を片手に調査することになる。
しかし、その直後、この部屋を照らしていた照明が消え、辺りは闇に包まれてしまう。
この写真を撮った人間も相当慌てていたのだろう、シャッターを何回も切ってライトを点灯させ、辺りを照らしていた。
やがて非常灯がつくと、奥の壁に穴が開いていた、いや、注目すべきところはそこではないだろう。
石棺の前にたたずむ人の形をしたナニかだ。
顔の細かなディテールまでは把握できないが、額にもかかった長い髪、異様に尖った指先、異様に発達した体中の筋肉、そして静止画からもわかる人間的ではなく獣のような挙動。
それはおとぎ話に出てくる悪魔そのもののような形をしていた。
悪魔は棺の中に手を伸ばし、先程映していたベルトを片手で持ち上げる。しかし、そのベルトを天にかかげた瞬間、彼は苦しみだし、そして忌々しそうにそれを床にたたきつけた。
その直後、研究チームの存在に気付いたのか、悪魔は首だけをカメラ側に向ける。レンズと目が合ったのをティアナは何となく感じた。
一度、体ごと向き直る。
そのページを捲ると、次の写真には鋭い爪によってレンズが遮られているであろう画がうつっていた。

「…!」

突然のことに息をのむティアナ。
その後の写真は全て黒一色。何も得られるものなどなかった…

「まぁ、こんなとこですわ。その後、この壊された壁の向こうにある部屋から、コイツのお仲間が次々と脱走…ですかね?今残っているのは、このベルトのみっちゅう話です」

ゴリスは部屋の隅っこを指差す。
そこでは防菌性能を持つ作業服を着たグループがベルトに様々な端子をつなげ何やら分析していた。
この部屋の異常な光景に入った瞬間から圧倒されていたティアナは今彼らの存在に気付いた。
しばらく、彼らの作業を眺めていると、後ろから

「カーネル班長!言われていた通り、一通り古代文字は記録しました」

とユーリ・マイルズが声をかけてきた。
ティアナがこれまでの話を聞いている間に、彼は壁やレリーフに記された文字を写してきたらしい。
それと同時に、高らかな電子音が鳴る。
どうやらベルトのチェックも終了したようだ。

「カーネル班長、ウィルス検出・および魔力反応値、異常なしでした。どうぞ」

「どうもありがとうございます。悪い、ユーリ持ってってくれ」

「はい!」

ゴリスに頼まれ作業員から、ケースを受け取ろうとするユーリ。
その時、彼の動きが止まる。
それは2,3秒の短い時間の些細な出来事、しかし違和感を持つにも十分な時間であった。

「おい、ユーリ!」

「は、ひゃい!?」

ようやく我に返ったユーリが、動揺の声を上げる。

「どうしたんだ?まったく…ホラ、さっさと受け取らんか!」

ゴリスの怒声に「スイマセン」と苦笑いをしながら、お辞儀をしてケースを受け取った。

「どうかしたんですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ!ちょっとボーっとしちゃったくらいですから!」

初対面のティアナも彼の様子が変だと感じ、ユーリに声をかけた。
それに彼は「大丈夫!」の返答と親指を立てて―サムズアップ―のジェスチャー付きで応える。
その返し方に二の句が継げなくなるティアナ。今、自分が困ってる表情を必死に隠そうとして困っている表情になっているのがわかる。
どう返していいものかと、彼女の頭の中では様々な単語が飛び交い、検索を続けている状況だ。
「えーと…」とやっとの思いでようやく声を絞り出した時、スパーンと高らかな音が室内に響き渡った。
その音に我に返ると、ゴリスがユーリの頭を叩いていた。

「お前は馬鹿か…ここは3班じゃねえんだから、いきなりそんなことされても困るだけだろうが!すいませんね…コイツはホントにおバカなもんで…」

「いえ…」

まだ少しひくつく頬に違和感を感じながら、心の中でゴリスに感謝をする。
このまま彼の助け船(?)がなければ、自分がどのような返答に出たか分かったものではない。
着飾らずに真っ直ぐに自分の心中を見せてくる相手に、自分はどうやら弱いらしい。
小さくため息をついた

「では、湾岸部の方へ行きましょうか!」

「はい」

「ちょっと、おやっさーん!いきなり頭叩くのはないでしょー!」

ゴリスを先導に遺跡から出ていくティアナとユーリ。
ティアナはゴリスの背中を追って真っ直ぐと出口まで直進する。
だが、ユーリの方はどこか後ろ髪を引かれるような…自分はまだここにいるべきなのではないか…そんな感覚を覚えていた。




<あとがき>
というわけで第一話でした。
とりあえずクウガの2話辺りまでは書きあげたいと思っています。



[14604] 執務官の事件簿  1話(中)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/08 04:43
管理局湾岸部への道中のことだ。ふとティアナは後部座席に座っているユーリ、そして助手席に座っているゴリス、2人の関係に関心を持った。
ユーリはゴリスを「おやっさん」と呼び、ゴリスは「ユーリ」と呼び捨てだ。
愛称で呼び合うのは、別段おかしいとは思わない。特に後者に関しては、自分も機動六課時代に上司や後輩からもファーストネームで呼ばれていた。
しかし、前者に違和感がある。
確かに、報告の際には「カーネル班長」とは呼んでいたが、頭を叩かれた後、ユーリはゴリスに付いて行く時に「おやっさん」と口走った。
親戚か何かかしら…会話の少ない車内での話題作りにでもいいか、と思いティアナは聞いてみることにした。

「あの、少しいいですか?」

「「はい?」」

2人が息ぴったりに返答する。まるで今売出し中の双子の芸人のようだ。

「さっき、マイルズさんカーネル班長のことを“おやっさん”って呼んでましたよね?」

「え?あ…出ちゃってましたか…なるべく仕事中は“カーネル班長”って呼ぶようにしてるんですけどね」

膝にケースを大事に抱えながら「まいったなー」と苦笑いするユーリ。
それを見て、溜息をつくゴリス。

「それで、その…お二人は親戚同士なのかなーって思ったんですけど」

「お、さすが執務官さんですね!鋭いです!俺とカーネル班ちょ…今はおやっさんでいいか…おやっさんは遠縁の親戚なんですよ。
子供の頃、内戦地域で両親が亡くなったんです…それで、しばらくは武装隊の訓練校に通っていたんですけど、自分には向いてないなーと気づいてしまいまして…
で、どうしようかー、と管理局に自分に向いている職業ないかなーと思ってたらおやっさんに拾ってもらったんです」

“両親が死んだ”というショッキングな事実をさらりと言ってのけるユーリに少し気後れするティアナ。
しかし、ここで自分が下手に謝ってしまうと会話も終わってしまうし、向こうにも気を遣わせてしまうだろう。
声の調子から行くと、特に両親が亡くなったことに関しては心の傷にはなっていないようだし、このまま会話を続行することにする。

「へー…武装隊の訓練校にいたんですか。もしかしたら私と同期だったかもしれませんね」

「え?執務官さんって年おいくつですか?」

「19歳です」

「うわっ!若っ!俺より1つ年上なのに…
でも、執務官の選定試験って相当ハードなんですよね?法律とか魔法の実技以外にもいろいろあるって聞きますけど…」

「えぇ、そうですね。法律の知識以外にもちょっとした語学も試験範囲ですから」

「へー…すごい…頑張ったんですねぇ」

「いえ…」とティアナは照れ隠しに、車内のミラーを少し弄る。
少し後部座席の方を覗くと、本当に感心した様子で自分の背中を見るユーリの姿があった。
そして、助手席の方を見ると、何か納得いかない感じで溜息をついているゴリス。

「どうかしましたか?カーネル班長」

いきなり声をかけられ驚いたのか、ビクッと肩を震わすゴリス。

「いえね、よく陸戦Aマイナーの分際で“向いてない”なんて言えるもんだと思いましてね」

ねちっこく誰かを責めるようにゴリスが口を開く。
陸戦Aマイナー?え?りくせんえーまいなー?ティアナの中でイマイチ彼のいった意味が咀嚼できない。
誰が陸戦Aマイナーだって?
今日という日は驚きの連続だ…自分の脳が対応しきれていない。
そうしてると、後ろからユーリが微妙に弱弱しい口調で反論を始めた。

「別にいいでしょー。向いてないって思ったんだから!
あのまま武装隊に勤めていても、きっとどこかで限界感じて辞めてたって」

あぁ、やっぱり…陸戦Aマイナーはユーリだったようだ。
後ろに座っているパッと見優男の彼はかなり腕っ節が強いらしい。
確かに、あの重そうなアタッシェケースを片手で軽々持っていたのには驚いたが、まさかAマイナーとは…
人は見た目で判断してはいけないんだなぁ、と改めて思う。
ティアナが物思いに耽る中、口論の内容はユーリの進路変更から昨晩の晩御飯のおかずを取った取らないの話に飛んでいた。

“親子喧嘩”で騒々しい車内、ティアナは思う。


確かにこれは厄介だわ







執務官の事件簿  1話(中)







「では、3階の奥の部屋、会議室Bをお使いください」

湾岸部署に着いた3人は、まず受付で遺跡で録画されたであろう映像ソフトを見るために、会議室の貸し出しを申し出た。
専門の人間でもない自分がこのような物を見ていいものかと、疑問に思いゴリスに自分は席を外すべきではないかと進言したのだが

「ランスター執務官にはこのケースの中にあるベルトを守ってもらわなくてはいけませんからな。このベルトと遺跡に関係する今のところ得られる情報は与えておきたいのですよ。
それに、あの写真に写っていた化け物はコイツに興味があるようでしたしね、もしかした狙っている敵のことも知っておいた方がいいのではと」

と、言い返され、自分もこの場に一緒にいることになった。
会議室に入り、ユーリが再生ソフトを起動している間に遺跡の広間のことを思い出す。
画像で事件が起こる前のあの部屋の光景と、自分が実際に見た地獄絵図はまるで別物だった。
死者を棺に入れ、侵入者が来ないようにまでして、大事に保管されていたあの奥の間。
しかし、その部屋でまるで死者を冒涜するかのような暴挙に出た“怪物”。
もしかしたら彼らの全てが映っているかもしれない…
ティアナは憤りを感じながらも、彼らがどういう存在なのかに興味がわいていた。

「一体どんな奴らなんでしょうね、こんなことしたのって…」

考え事に夢中になっているとティアナの隣にユーリが立っていた。
ソフトの設定が終わり、今は記憶端末をゴリスがつなげている最中だった。
「隣の席いいですか?」と聞かれそれに肯定するティアナ。

「あの部屋、というか遺跡か…俺たちが入る時に遺族の方が入れてくれって何度も警備員さんにお願いしてたんですよ。
入れてあげてもいいんじゃないかな、って外では思ってたんですけど、中に入ってあぁ、入れないでよかったって、そう思いました」

「そうですね。あの光景を見たのであれば、死体を見たことのない一般人はきっと耐えられません。
ショックを受けて倒れ込んでしまう可能性もありましたから」

「死体、なかったそうです。奴らに肉片までもボロ雑巾みたいにされたって、地元の警察の方たちが言ってました」

俯いて両の拳を握るユーリ、それにティアナは「そうですか」と、どのセリフに対してかわからない受け答えしか出来なかった。

「じゃあ、準備終わりましたんで。再生しますよ」

2人がそれに頷くと会議室の明かりが消え、スクリーンに発見された頃の綺麗な遺跡が映し出された。




「思ってた以上にキツかったわ…」

休憩時間をもらい、会議室から出た後、ティアナはアイスコーヒーを自販機で買い、それを頭にあてて冷やす。
熱を出したように頭が重いのが、気分的にだが晴れてくようだ…
映像ソフトの内容は写真から少し録画時間が増えただけだった。
デバイスや武器を持った研究員が怪物に挑む。しかし、怪物の指が少し光ったと思うと、そいつはただの手一振りで彼らを切り裂いた。
そして恐怖に竦んでいる女学生の首をつかみ、上へ持ち上げてから圧し折る。
そこでカメラを支えている脚立が崩れてしまったのか、画面が真っ暗になった。

あとは阿鼻叫喚の断末魔と、柔らかい物が空気とともに潰される音と、大量の水が高い所から零れ落ちる音が何遍も繰り返された。

「そいや、彼、最後まで出て行かなかったわね…」

と、隣にいた青年のことを思い出す。
時々、辛そうに顔をゆがめるが、自分が運ぶものはこの人達の代わりに運ぶもの、しっかりと意志を引き継がなくてはいけないと思っているのだろうか、スクリーンから目を逸らさなかった。
その責任感の強さは感心するが…

「あれじゃあ、武装局員は務まらないわよねー…」

残っているコーヒーを一気に飲み干す。
自分だってあの映像に恐怖を感じていないわけではない、しかし血が出るたびに分かるのだ。
ユーリの呼吸のペースが僅かだが乱れるのが…
紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に捨てる。
そして、会議室へ戻ろうとした時、見知った影が目の前にいた。

「あれ?ティアだ?どして?」

長年連れ添った友人スバル・ナカジマだった。
どうして自分がここにいるのか分からない彼女は首をかしげてつま先から顔まで何度も繰り返し見ている。

「ん、ちょっと輸送の途中に寄っただけよ」

「へー…それはまた、偶然だね」

「そうね、そっちは?仕事はどうしたのよ?」

昔ほどでないにしろスバルはデスクワークが苦手だ。
もしかしたら、5分おきに休憩という名の散歩をしていたのかもしれない。
ティアナはカマをかける。
しかし、スバルの反応は自信満々に胸を張ってのものだった。

「へへーん!もう終わったのだよ!」

「へー、しっかり成長してるのね。少し驚いた…」

「でしょー!これで出動さえなければ定時帰りだよ」

寂しくもあり嬉しくもあるが、スバルもしっかり成長しているようだ。
ここは得意げなスバルを今は持ち上げておこう。
ハイハイ、とよく出来ましたーとスバルに少し拍手をする。

「あ、執務官さん」

すると、今度はスバルの後ろからユーリの姿が見える。
自分の横にある自販機で飲み物を買うつもりだったのかサイフ片手に突っ立ていた。

「あ、マイルズさん。どこに行っていたんですか?」

「えーと…ちょっと屋上まで風に当たりに…」

やはりあの映像に相当ダメージを受けたようだ。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい!もちろん!もう全回復です!」

そう言って遺跡でもしたようにサムズアップをする。

「そうですか、よかったです」

強がっているのだろうが、そこら辺は詮索しないのがマナーというものであろう。

「ねぇ、ティアはこの人は…?」

スバルがユーリを指してティアナに聞いてきた。
いけない、コイツに紹介するのを忘れてた。ティアナが「この人は」と紹介しようとした時に

「あ、俺は管理局本局所属 遺失物保安部 管理取引担当3班のユーリ・マイルズです。
ランスターさんには今回、遺跡の出土品の輸送につき合っていただいています」

と先にユーリに返されてされてしまった。

「私は港湾警備隊・防災課特別救助隊セカンドチーム 防災士長のスバル・ナカジマです。
ティアとは訓練校時代からの付き合いなんです!」

スバルも元気に自己紹介をし返す。
同い年同士、似た者同士息があったのか、2人はティアナの仲介がなくても世間話をし始めた。

「あー、やっぱりそっくりだわ」

一歩離れたところでティアナはしみじみと独り言をつぶやく。
人を真っ直ぐに見て、話すところとかまさにそんな感じだ。

「それで、訓練校の教官にティアがー…」

そうそう、そうやってうっかり口が滑っちゃうところとか…
ん?まて?ティアが?と言ったな?

「へー…ランスター執務官さんって昔は結構やんちゃだったんですねー」

「そうですよー。一度暴走しちゃうと中々止められないというk…」

「待ちなさい!!!バカスバル!!
今アンタ何て言った!何についてしゃべった!!!」

「いひゃいお、ひふぃれひゃうひょー!!」

ティアナがスバルの頬を思いっきり引っ張るが、時すでに遅し。
彼女がしみじみと感慨にふけっている間に、自分の恥ずかしい過去の1つがユーリにばらされてしまったようだ。
しかも、彼は目の前の光景に呆気にとられて二の句が継げずにいる。
何を言おうか、フォローしようか、謝罪にしようか、それを迷っていた。

「えと…」

「あの!!」

オロオロしているユーリにティアナが声をかける。
必死な形相&スバルに絞め技をかけているという非常に鬼気迫るものがあった。

「この話は聞かなかったことに…!お願いします!」

「はい!!」

一応、敬語は使っているが「てめぇ、首縦に振らなかったら虚数空間に落とすかんな?」と言いつつ鎖鎌を振り回してる女学生の霊がティアナの背後にいるのを、ユーリは見た気がした。
もちろん彼には首を縦に振ることしかできない。

「ありがとうございます…」

いい返事をもらって安堵したティアナは既に腕の中でグッタリとしたスバルを離す。
スバルは地面にへたり込み「イタイイタイ…」と泣き崩れた。

「アンタねー…話が盛り上がるのもいいけど、そんな風にホイホイ色んなこと口に出すのやめなさい。もう18なんだから…」

「うん…ゴメン…」

「ナカジマさんも18歳なんですか?」

「ふぇ?そうですけど…」

「俺もなんですよ!防災士長なんて肩書だから俺よりランスター執務官と同い歳かなーって思ってたんです!」

「わぁ!年上に見られたの初めてだー!なんか嬉しいなー!
いつも年下に見られちゃうんですよね、私」

同い年仲間がいたことと、初めて年上に見られたことに両手を合わせて喜ぶスバル。
年上に見られたのはアンタの経歴だって…と言いたいことを心に秘めるティアナ。
正反対のように見えて、この2人は本当に仲が良い。ユーリがそれを微笑ましく思っていると廊下の向こうからゴリスの声が聞こえた。

「それでは本局の方へ移動しますので、ランスター執務官、お願いします」

振り向くとケースを重そうに運ぶゴリスがこちらに向かってきていた。
「すいません!もちます!」とユーリはゴリスの元へ駆けて行った。

「じゃあ、ティア気をつけてって、さっきもこんなことあったよね」

「そうね、それじゃあね。定時に帰れることを祈ってるわ」

お互いに健闘を祈ると、ユーリ達がやってきた。

「話せてよかったです!もしかしたら、本局とか任務とかで会うかもしれませんがその時はよろしくお願いします!」

「こちらこそ!楽しかったです!ただ、あまり私に会うっていうのは状況が芳しくないとは思うんですけどね…」

「あ、確かに…」

2人は笑いあってお辞儀をする。中央のエスカレーターから外に出ようとしたときである。
正面出入り口のガラスを突き破って、バリアジャケットを来た男性が1階フロアに突っ込んできた。

「え?」

何のことかと思い呆気にとられるスバル。
一瞬の沈黙の後、1階フロア、エントランスホールが騒がしくなる。ボロボロになった武装局員を担架に乗せ、無駄のない動きで緊急エレベーターで移動していった。
ユーリが辺りを見回す、何が起きたか、この場にいる誰もがわからないらしくデバイスや各々の通信端末で連絡を取り合っていた。

「一体、何が…?」

「わかりません。ただ、もしかしたら…」

ティアナは言い淀む。

「最悪のケースかもしれません…」

「それってどういう!?」

少しの沈黙の後ティアナの口が紡いだ言葉は、何とも抽象的なこと。
スバルは意味がわからずにティアナに聞き返す。

「いい?もしかしたら私たち、映画に出てくるような化物と戦うはめになるわよ」

「何言ってるの?ティア…意味が…」

わからない、そこまで言おうとした時、またも武装局員がエントランスホールに飛び込んできた。
今度は2人だ。2人とも意識は失われており、うんともすんとも言わない。
彼らを庇うようにして、杖を持った武装局員5人が編成を組んで、杖を入口に構える。

「ってー!」

一人の合図により魔法陣が展開。鋭い光弾が外へと吸い込まれ大きな爆発が起こった。
爆発の余波で建物内にも少し煙が流入する。

「終わった…かな…」

ゴリスが呟く。
皆も緊張のために声が出せずにいた。見たところ非殺傷設定は解除されていたようだ。
あれだけの爆発…誰がこの騒ぎを起こしているのか分からないが、犯人もきっともんどりをうっているころだろう…
そう思っていた、期待していた。
しかし…足音が聞こえる。砂利、ガラス片を踏みしめこちらに向かってくる。
煙から人影が見えた。

いや、アレは人なんかではない。

煙から姿を現したのは、蜘蛛の形をした顔、映像で見た奴ほどではないがそれでも常人以上に発達した筋肉、どこかの原住民のように最低限の急所を隠した衣服。

誰が見てもわかる異形の存在。

そう、アレは…バケモノだ。

バケモノは建物内を見回すと呟いた。

「パダゲ…デスドンクウガゾ…」




<あとがき>
1話中編まで書きました!!
ようやくグロンギさん、もといグムンさん登場です。
グロンギ語、間違ってたら本当にごめんなさい…

感想の方、ありがとうございます!
自分で創作活動をして、それを人様に見せるという経験がない自分にとって、もの凄く励みになります!
ストックは今回の分までだったので…ペースは次回からガタ落ちかもしれませんが、これからも付き合ってくださるとうれしいです。



[14604] 執務官の事件簿  1話(後)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/17 15:20
最初に…そういえば私、英語出来ませんでした…
なので、デバイス音声はほとんど日本語となります。
脳内変換で英語でしゃべってる風に感じ取ってくさい…m― ―m







「何…アレ…」

スバルはフロアにいる怪物を見てつぶやく。
それはティアナ達3人を除いて、その場にいる全員が思っていることでもあった。
あまりの異形の姿に、先程一斉射撃を行った武装局員たちも、ただ突っ立ってしまっている。

「ゾグジザ、ログゴパシザ?」

怪物は彼らの数メートル手前に立ち、鼻で笑うかのような首を少し上に傾けた。
もちろん、ここにいる人間が何を言っているのか分かるはずがない。

「え?」

中央にいる指揮をしていた男がやっとのことで状況を把握して声を絞り出す。
しかし、その瞬間、彼は怪物に首根っこをつかまれ、片手で軽々と締め上げられていた。

「あ…!が…!!」

目が大きく見開かれ、大きく口を開けて呼吸をしようとする。
しかし、それ以上の力で気管を握りつぶされているため、肺に息が入ってこない。
魔法を使おうにも、それを編み出す集中力すら与えてもらえず、ただ、喉を握りつぶされる…
体が痙攣し始め、手から力が抜ける。
杖が手元から離れ、カランと乾いた音が辺りに響き渡った。
それを合図に他の武装局員が我を取り戻し、再び己がデバイスを構える。

「隊長を離せ!!」

人質を取られているために、下手な射撃魔法は打てない。かといって、あの身体能力に敵う自信もない。
判断は早く、彼らは一度距離を取ると各々で魔法陣を展開した。

<<<<Chain Bind>>>>

四方向から一斉に魔力の鎖が伸びた。
一瞬、怪物の体に鎖がはじかれたかのように見えたが、取り付ける場所を見つけたのか、それ以後は数秒待たずに怪物の腕、足、首、体中に絡みついた。

「バンザ?」

自分の手足に絡まっている物に不快感をしめし、取り払おうと体を動かす怪物。
しかし、幾重にも重なり絡まった魔力の鎖は、その自由を許さない。

「ザサザダギギ…!」

片手で持ち上げていた武装局員を投げ捨てると、両手で自分に伸びてきた鎖を掴む。

「フン!!」

そしてそれを、自分側に無理やり引いた。
想像以上の力に、鎖に引きずられ、怪物の前に放り出される一人の武装局員。

「な…!」

「ギベ」

不自由ではあるが強力な拳が彼の顔面に直撃する。
コキャという、甲高い音を上げ、受付まで弾丸の様なスピードで吹っ飛んでいく…
吹き飛ばされた局員の首は180度、真逆に捻じれており、それはもう彼の命がないことをしめしていた。
その光景を呆気にとられて見ているスバル。

「言ったでしょ、化物と戦うはめになるかもって…」

背中を壁に預けて、身を隠しながら、ティアナはスバルに冷静に声をかける。

「そうじゃなくて…そういう問題でもあると思うんだけど…ティアはどうしてこの怪物が来るかもって分かってたの!?」

ティアナは未だにパニック状態に陥っているスバルの腕を引き、彼女を自分の隣へ座らせた。

「決まってるでしょ…アイツらの狙いが何なのか予想がついてるからよ…」

「え?それってどういう…」

「その前に…スバルひとつだけ約束して」

今度は向き合い、顔と顔を正面から合わせる。

「この話をアンタに話すわ。このことで、管理局をやめなくちゃいけない羽目になるかもしれないし、懲罰モノになる可能性だってある」

「…!」

「でも、私はスバルに協力してほしい。
それが、今この現状からここにいる皆を救いだせるきっかけになるかもしれないし、もしかしたら、狙われている物も奴らから守り通せるかもしれないから…」

目の前にいる相棒を信頼して、きっと自分に協力してくれるだろうと確信してティアナは言葉を紡ぐ。
自惚れでも何でもない。
しかし、今この場にいることは彼女にとって、長年の夢だったところだ。
その夢を彼女自身の手でぶち壊してしまう可能性すらある…
出来れば、彼女には断ってほしい。
そんな相反する2つの思い、整理のつかない矛盾を抱えながら、スバルを真っ直ぐ見据えた。
しかし、彼女はそんな心配も全て分かっていたのだろう。
スバルは優しく微笑み、頷くと口を開いた。

「何を心配してるの?ティア…私は守りたいから今この場にいるんだよ。大丈夫!絶対何もかもうまくいくって!」








執務官の事件簿  1話(後)







武装局員3人が立ちまわって必死に怪物を抑え込もうとしている。
しかし、それも時間の問題だろう。すぐにバインドは剥がされ、怪物は自由の身になってしまうだろう。
……いや、違う。怪物はもう自由の身になれる。3人を嬲り殺すことができるのだ。
ただ、今は彼らで遊んでいるだけ。
どれだけ必死に命を繋ぎとめようと努力するか、生に執着するか、縋りつくか…それを見て奴は嘲り笑っている。

「……アイツ…!」

しかし、ユーリは憤慨するしかなかった。自分には力がない、戦う術がなく、ここで見ているだけしかない。
苛立って強く壁を叩く。

「おい…」

横から声をかけられ、振り向く。
声の主はゴリスだった。

「お前は進む道を変えちまったんだ…今更喚くんじゃねーよ」

怒りも、呆れもなく淡々と思ったことを告げる、感情のない声だ。
それに何も返せず黙りこむしかないユーリ。
その陰鬱に染まっていく彼の気持ちを、逸らしたのがスバルの発声だった。

「よし!それじゃあ行きますか!!」

スバルが手と拳を合わせパン!と打ち鳴らして立ち上がろうとする。

「え?ちょっと…行くってどこに…」

呆気にとられて何も言えず、スバルを見つめるしかないユーリ。
そんな彼にスバルは彼のようにサムズアップをして応える。

「皆と…そのベルトを守りにですよ!」

「でも!」

「このベルト…調査チームの皆さんが頑張って見つけたものなんですよね!
だから大丈夫!守って見せます!」

やっぱりアイツが狙ってるのはこのベルト…!ユーリはアタッシェケースを見る。
その後ろからティアナが立ち上がり、ゴリスの所まで歩いていく。
そして頭を下げた。

「申し訳ありません。カーネル班長。協力者の理解を得るため、彼女に事情を話してしまいました。
この責任はいずれ負いますので、どうかこの場は…」

「いいよ。執務官さん、責任を一人で背負わなくても。もしもの時は俺が全部背負ってやる。
年寄りに出来ることなんざ、未来ある若者の道を切り開くことの手伝いぐらいだしなぁ…」

「……ありがとうございます!」

もう一度深々と頭を下げ、スバルと並ぶティアナ。
そしてこの建物の設計図をデバイスを通してウィンドウに表示した。

「それでは、脱出のための手順を説明します」



つまらん…怪人は思っていた。
ここにいる連中は自分と同じように“戦う存在”だ。
なのに、なんなのだ…この体たらくは…
4人の内、一人掛けたら、もう先程までの勇敢さは見る影もない。
自分をこの場に縛り付け、攻撃もしてこない。
拍子抜けだ…

手の甲から鋭い爪を伸ばす。

「ガゾヂバゴバシザ」

もう一度鎖を手繰り寄せ、今度は串刺しにしようとする。
その時だった。

「うおりゃああああああああ!!!!」

甲高い、そして勇ましい女性の声が聞こえた。

「!?」

声をした方を向くと、青髪の女、スバルが右の拳に風を纏い、こちらに飛んでくるのが見えた。
挙動が速く、怪物まで瞬間的に肉迫すると彼女は右こぶしを腹部へとめり込ませた。

「グ!?」

怪物は瞬間的に浮く。
驚いた、油断していたとはいえまさかのけ反らされるとは…怪物は自分の考えを改めようとした。
その瞬間

<< cartridge load>>

少女のものではない声が聞こえる。
それと同時に、自分の腹部にかかる圧力が何倍にも増した。

「バンザド!?」

「てええええええい!!!」

そのまま拳を伸ばし、全体重を前身にかける。
零距離からの、カートリッジで威力を倍増しにしたスバルの拳撃。
今度は怪物が吹き飛ばされた。

「よし!」

<<効率のいい、ダメージを与えることができたと思われます>>

「私もそう思う!久々のティアとのコンビだもん!
無様な真似はできないしね!全力全開で行くよ、マッハキャリバー!」

<<All right.Buddy>>



「今のうちにこの廊下を渡ってください。なるべく音をたてず慎重に…!」

バリアジャケットを着たティアナがユーリとゴリスに指示を送る。
2人はかがんだ状態で、一気に出口前へと続く階段へと進んでいった。

『スバル、こっちも行動開始したわ。なるべくアイツを引きつけて!』

『まっかせといて!』

思念通話で指示を出すと、威勢のいいスバルの返事が返ってきた。
強気な相棒の返事に無茶をしないようにと、念を押す。

「こっちも出来るだけのことはしましょうか…!クロスミラージュ!」

<<OK、my master.Fake Silhouette>>

ティアナが魔法陣を展開すると、クロスミラージュの効果によりスバルの姿が何人にも増える。
大体7,8人くらいだ。

『ブーストもないし、長期戦になるかもしれないから、これくらいしかできないけど…あとは頑張って』

『うん!』

通話を切ると、怪物が立ち上がるところだった。
先程自分を殴った人物が何人にも増えているのに驚いたようで、何遍もティアナの作りだした幻影を見ている。

「でええい!」

何人ものスバルが怪物に向かって殴りかかる。
しかし、怪物は避けようともせず、それをガードして直撃を退けながら受け続けていく。
後ろに本物のスバルが、回り込んだ。
その時、怪物の動きが僅かだが強張った。

「もらった…!」

スバルが右腕を振り落とす。真後ろからの攻撃、絶対不可避の拳は奴の後頭部に直撃するはずだった。
しかし

「バレスバ!」

「え!?」

スバルの右腕を後ろを向いたまま左腕で掴み、一本背負いの要領で投げ捨てた。

「うわああ!!」

スバルは勢いよく吹き飛ばされ、上階の渡り廊下の壁が直撃し、そのまま廊下へと体を放り出される。

「ナカジマさん!?大丈夫ですか!?」

その壁の向こうには出口へと移動していたユーリ達がいた。

「私は大丈夫…だから早く行ってください…!」

「でも…」「大丈夫ですから!!」

心配して駆け寄るユーリに、強い語調でしか当たれない自分に嫌気がさしつつ、先程まで怪人がいたところを見る。

「あれ?いない…」

まだ吹き飛ばされてからわずか数秒しか経っていないのだ…そんな遠くへ移動できるはずもない。

「一体どこに…」

そう呟いた瞬間スバルはわき腹に衝撃を感じた。
蹴りあげられたと理解した時にはもう既に遅い…わき腹に相手の足がめり込んでいるのがわかる。
瞬間、その方向を見ると…

「ゴボザ…デスドンクウガ…」

怪人がユーリの持つケースを見つめていた。

「うあ!」

またも壁を突き破り、今度は渡り廊下から1階まで叩き落とされるスバル。

「スバル!」

ティアナは思わず叫ぶ。
本当は今すぐにでもスバルの安否を確認したい状態ではあったが、今はケースを優先するのが先だ。
柱と壁を利用し、渡り廊下まで駆け上がる。
渡り廊下までのぼると、ゴリスを庇いながらユーリが怪人の攻撃を紙一重でかわしていた。

「さすが陸戦Aマイナー…!」

呟き、再び走り出す。

「クロスミラージュ!ダガーモード!」

<<All right>>

ティアナの持っている2丁拳銃の銃口とグリップ側からオレンジ色の魔力刃が伸び、近接用の武器へと変わる。

「はぁっ!」

怪人の後ろから斬り付けるティアナ、しかしスバルの時と同様、常人離れした反射神経でそれを受け止める。

「がっ…」

その振り向く際にユーリの腹部に蹴りを入れたらしく、ユーリが壁際まで飛ばされた。

「マイルズさん!こんの!」

ティアナは立ち位置を変えケースの方へ陣取る、そして怪人と対峙しながらも器用に足でケースの位置を確認すると、それを壊れた壁に向かって蹴りだした。

「スバル!後よろしく!」

腹部を抑えながらも、やっとのことで立ち上がったスバル。
声が聞こえて上を見上げると、ベルトの入ったケースがこちらに向かって落ちてきた。

「ナイスだよ!ティア!」

それを受け止めるため、両手を広げるスバル。
しかし、そのケースが空中で止まる。そして、一気に上へと引き上げられた。
一瞬の出来事、そして光の当たり具合のせいで気付かなかったが、よく見るとケースに糸が絡みついており、その糸は怪人の口から出されていた。

「そんな!ズルっこ!」

まるで子供のように絶望を表現するスバル。
ケースがそのまま怪人の手に落ちる瞬間、今度はオレンジ色の光弾がケースを破砕した。
その衝撃で、1階フロアへと投げ出されてしまった中身のベルト。

「渡すわけないでしょ!」

再びティアナがダガーモードで怪人と向かい合った。




1階へと放り出されるベルトを見てユーリは思う。
あの時、遺跡で作業員の人からベルトを受け取る時…確かに自分は見た。
このベルトを着けた人間―――赤い外骨格のような甲冑をつけた戦士――――が、異形の者たちと戦い、そして倒していった光景を…
白昼夢だとか幻想だとか…そんな風に言われるとどうしようもないが、でも確かに見た、このベルトが刻んだ記憶を。
もしかしたら戦えってことなのかもしれない…

ベルトが地面に落ちる、心なしか自分と目があったように感じた。

「…っ!」

「おい、ユーリ!どこに行く!!」

ゴリスが制止する声も聞かずに走りだした。




「なんとか、大丈夫…まだ、戦える!」

スバルは掌を開いて握る動作を繰り返し、自分の体が安全であるかを確かめる。

「よし!」

そう言って上を見上げた瞬間、何者かが上から飛び出してきた。
未確認!?そう思って身構えたが違う。そう、アレは…

「マイルズさん!?」

反射的に地面に拳を叩きつけウィングロードを展開するスバル。
ユーリの落下地点に階段のように重なり、彼はそこに上手く飛び乗った。

「よかった…」

ベルトを取りに行くのだろう。
彼の安全を確認したあと、再び上を見上げる。
そして、相棒を助けるため渡り廊下へ…



「あった…!」

ベルトには傷一つない、無事なままだ。
あとはこれを…そう思ってベルトの向きを確認していたら、ゴリスが鬼気迫る勢いで階段から下りてきて問い詰めた。

「ユーリどうするつもりだ!」

「着けてみる!」

それに間髪いれずにこたえるユーリ。

「お前!それは!」

ゴリスの制止の説得を全く聞かずベルトを腰に巻くユーリ。
すると、少しした後、ベルトの中央に飾ってある石が激しく輝きだした。

渡り廊下で戦っている2人も、怪物もそして、その場から離れようとしている人間は皆、その光に目がくらんだ。

「…あ…ぐ…!!」

痛みを訴えるような声を出し、ユーリが倒れ伏す。
腹部を見るとベルトなどどこにもなかった、それどころか彼の着ていた上着、シャツ等など腰の部分が消滅してしまっていた。
ベルトを当てたであろう腹部の箇所は火傷をしたかのように赤く染まり、痛々しい後を残していた。
ゴリスは膝から崩れ落ちるユーリを支えようと、手を出すが、その手を怪人に阻まれてしまう。

「ムン!!」

気合いの入った一声とともにユーリは外へ投げ出された。

「…ぐぁ!!」

ユーリは地面に強く体をぶつけ呻き声をあげる。
辺りを見回すと、そこには中と同じように武装局員が倒れ伏していた。
出血からみて、もう亡くなっているのだろう…
それを起こした張本人に激しい怒りと恐怖を感じる。

「ドグギザ…!」

やっとの思いで立ち上がったところで再び首根っこを掴まれ、今度は壁に投げつけられる。
いつもなら受け身の一つも取れるのに、先程のベルトを着けた時の痛みで思うように身動きが取れない。
骨が軋み、世界が揺れる、体中の至る所から警告のサイレンが激しく鳴り響いている。

「殺される…!このままだと…!」

やっとの思いで立ち上がったユーリは何かを確認するかのように、ユーリは拳を恐々と握りなおす。

「ギベ!」

「らぁ!」

怪人よりも早く繰り出されるユーリの一撃。
それは怪人の顎に命中し、仰け反らせることに成功した。
そのままユーリは攻め続ける。
右パンチ、左フック、おお振りならずになるべくコンパクトに、数を与えようと、どんどん打撃を繰り出していく。
すると、右腕から段々と彼の体に異変が起こっていった。
何もなかったところに白の手甲が顕れ、そこから自分の体が黒いスーツ、肌の上から筋肉の様なものに包まれていく。
蹴りを放つ。
今度は足も黒い筋肉に包まれていった。
しかし、そんなことに驚いてはいられない。意識を外したら殺されるのだ。

「あああああ!!!」

無我夢中で大きな一撃を放った。
自分がやったとは思えないほど、怪人が派手に吹き飛び、瓦礫の山へ突っ込んでいく。
足腰がうまく立たない…肩で息をしながら、自分の掌を見る。
変わっている、まるで自分の体じゃないようだ…しかし、自分の思った通りに指は動く。
不思議な感覚を味わいながら、そのままガラスに反射した今の自分の姿を見た…

「これは…一体…!?」

太陽の光にあたり輝く黄金の角
昆虫を彷彿させるような赤い複眼
そして白い装甲を纏った自分自身が立っていたのだった。
変わり果てた自分の姿を見て、ショックで気が飛びそうになる。
しかし、自分が戦っている相手とはどこか違う…禍々しさは抜け、代わりにどこか聖なるオーラを纏っていた。

「クウガ…!」

その静寂を振り払ったのは、先程吹き飛ばした怪人だった。
瓦礫の山を振り払い、尚もその力強さは健在だ。
自分の前にある、障害物を荒々しく蹴飛ばしながらユーリに近づいてくる。

「あれくらいじゃ駄目なのか…!」

姿かたちは変わったとはいえ、さっきまでのダメージは未だに蓄積されている。
悲鳴を上げ続けている自分の体に喝を入れファイティングポーズを構えた。

「ヅボグヂギガブバダダバ」

怪物は戦闘の意志が目の前にいる敵にあると見ると、一回の跳躍で距離を詰めた。

「な!?」

戦いが久々なユーリはそれに驚くだけで、なにも行動が起こせない。
怪物の雄たけびとともに、ラリアットが首に決まる。
喉が取れるような痛みと呼吸困難に倒れ伏すが、身動きができなくなるほどじゃない。
追撃が来る前にユーリは横へ側転し、真上から来る拳を逃れた。
体がだんだんと訓練校にいた頃やっていた組み手を思い出す。
あの頃の自分は、この訓練が好きになれなかった。
訓練とはいえ、人を殴り、優劣を決めるのだ。だから自分はいつも逃げ続けていた。
相手も傷つかず、自分も傷つかない、ただ攻撃を受け流し続ける、中途半端な動きをしていた。
そんな自分が嫌で、訓練校をやめて今の場所にやってきたのだ。
その時の勘が戻ってきていた。

怪物に手首を取られても、スナップを利かせ手首を相手が掴んでいる方向と反対側に回す。
それでも取れなかったら、もう片方の手で相手を押し出し、相手と無理やり距離を取る。

訓練校時代の相手は人間だったために、何度もかわし続けていると、相手に疲れが来るため動きが鈍くなる。
しかし、今の相手はそうもいかない。体力は無尽蔵かと思われるほどにタフだ。
逆にダメージを貯め込んでいるこちらの方が不利だと言える。

「どうにかしないと…」

ユーリの動きに焦りが見え始めていた。



「ちょっとティア!もう1匹増えてるよ!?」

「わかってるわよ!さっきの蜘蛛頭に白いの!?しかも戦ってるじゃない!」

自分達、蜘蛛頭、そしていきなり現れた白い奴、三つ巴の状況でどう行動するのが正解か…ティアナはそれを決めあぐねていた。
見たところ、白い方が押されているように見える。
蜘蛛頭は徹底的に白い怪物を攻める。白はそれを受け流すことしかせず反撃ができずにいた。

「いや、違う…」

反撃する気がないんだ…と考えを改める。
間を取られた時の蜘蛛男には誰が見てもわかる隙が出来ていた、しかしそのタイミングに白いのは攻め込まない。
ただ、体勢を立て直すだけで何もしないのだ。
白いのの動きを見ていくうちに、何か見覚えあるものが目に付く。

「あのベルト………スバル!」

「ん!」

「白い方に味方するわよ!」

「おっけー!そうだと思ってた!」

自分の意見に即肯定してくれるのは嬉しいが、なんでそう思うとスバルは分かったのかがティアナには理解できない。
しかし、今はそれを問う時でもないだろう。

「行くよ!マッハキャリバー!ギアセカンド!」

スバルの下に魔法陣が展開され、魔力が収束される。より速く鋭い機動を実現したモードだ。

「クロスミラージュ、こちらも負けてらんないわよ」

余力はもうない、長期戦は持ちそうにない。
速攻で片をつける…2人は腰を落とし身構えた。

「ぐぁっ!!」

避けきれずについに鋭い打撃を受けてしまったユーリは壁際まで追いつめられる。
相手がその隙を見逃すはずもない。すぐに追撃をしかける。
すんでの所で首を捻って避ける。鼓膜を打ち破るような破砕音。後ろにあるビルの壁が粉々に砕けたのだ。
腰が砕けそうになるのを必死でこらえ、しゃがみ、ガラ空きになった腹部にパンチを決める。
初めて入った強い一撃だ。
拳に残る嫌な感触を確かめながら、再び間を取った。
視界が開け、怪人の他にも回りが見えるようになる。

「あれは執務官さんとナカジマさん!?2人とも無事だったんだ…」

2人の安全に少し気がゆるんでしまったユーリの集中力は途切れ、相手に攻撃の機会を与えてしまう。
空気を切る音とともに蜘蛛の糸がユーリの首に巻き付いたのだ。

「しまっ…!」

蜘蛛頭の怪物は最後まで言わせず自分の糸で、ユーリを振り回す。そして、部署の屋上まで放り投げてしまった。
それを呆気にとられて見るしかできなかった魔導師2人。

「なんつー馬鹿力…!スバル行くわよ!」

「うん!」

<<wing road>>

スバルの履いているローラーブレードの足首に輝くクリスタルが明滅し、青く輝く帯が螺旋状に空へと伸びていく。
二人はそれを確認すると空へと続く橋を全速力で登って行った。


「うわぁ!!」

放り投げられたせいで屋上に叩きつけられるユーリ。
首に巻かれた糸はほどけてくれたが、お陰で蜘蛛頭の影を見失ってしまった。

「どこだ…」

すり足で、なるべく全周囲に注意を払いながら屋上を回るユーリ。
すると一瞬だけ、自分に影が差したような気がした。

「!!」

普段ならば特に注意を払わないことでも、現状では命取りだ。
上を見上げると腕の爪を伸ばした蜘蛛男がこちらに襲いかかってきていた。

「は!」

両手で蜘蛛男の手首を掴むと二人してそのまま転がりこむ。
即死の危険性は回避したが、自分が不利な状況に変わりはない。
体力が有り余ってる相手の方が立ち上がるスピードが早いのだ。
立ち上がろうとするユーリを蹴飛ばし、今度こそ止めを刺そうとする。
この体勢では間に合わない、ユーリは終わりを覚悟した…

「リボルバァアアアア!シュート!!!」

青い光弾が2人の間を駆け抜ける。
思わぬ乱入のせいで、蜘蛛頭は地面にバランスを崩した形で着地する。
蜘蛛頭はすぐに今の攻撃が飛んできたところを確認するがそこには誰もいない。

「バンザ…?」

何が起きたのか分からない蜘蛛頭、この時ばかりはユーリの存在を忘れていた。
チャッ
乾いた音が自分の死角…いや、真正面に聞こえた。
そこ…自分の腹の前には2丁拳銃の銃口を突き付けた中腰の状態のティアナランスターが不敵に笑っていた。
あらかじめビルの遮蔽物に隠してあったヴァリアブルバレッドを蜘蛛頭の周囲に展開させる。

「クロスファイヤー…!!」

低く唸るような声。そこでようやく蜘蛛男はティアナの存在に気づくが、もう遅い。

「シュゥウウウトぉおお!!!」

一斉にヴァリアブルバレッドが蜘蛛男に直撃、その間にも銃口からは何発も魔力弾が撃ち込まれている。

「ガガガガッ……!!!」

蜘蛛男が弾の衝撃で後ろに吹き飛ばされ、ビルの壁にめり込む。
苦しそうに呻く蜘蛛男を見てティナは確信を得た。

「やっぱり、アンタに射撃魔法は通用するのね…最初の何発かは無効化されたようだけど、その後のは気持ちいいほど決まったわ」

ホントはこれで倒れるはずなんだけどねー…と頭をかきながらぼやく。

「ビガラ…!!ボゾグ!!」

頭に血がのぼった蜘蛛頭は一心不乱に油断しきっているティアナに飛びかかる。
彼に、冷静な判断力と、多少のチーム戦の知識が入っていればこのような愚挙には出なかったであろう。
しかし、圧倒的な有利な状況から、ここまで無様な真似をさせられてしまったのだ。
自分のプライドを傷つけた目の前にいるコイツだけは生かしておけない、その一念のみが彼を支配していた。
それ以外何も見れていなかった
懐に迫っていた“黄金”の瞳をもつ少女に…

「振動拳!!!」

スバルの拳は先程のお返しと言わんばかりに脇腹にめり込む。
その攻撃は衝撃波を対象に直接送り込み、共振現象によって対象を粉砕するものだ。
この技には自分にもダメージを与える諸刃の剣だが、現状で効果的なダメージを与えられる術はこの技しかないと判断した。
スバルは自分の体が悲鳴を上げているのを感じるが、一気に押し切り、屋上の貯水タンクまで殴り飛ばす。
爆発音と水しぶきが派手に上がった。
それを見て安心したのか、スバルはその場にへたり込む。

「へへへ…やったよ…ティア…」

「そうね、お互いボロボロだけど」

ティアナもへたり込む。お互い緊張と体力の限界だ…もう何もしたくない…
2人が白い怪物-ユーリ―の方へ眼を向ける。

「アナタもお疲れ様。助かったわ…」

ティアナは安心しきった表情で礼を言う。

「よかった…」

安堵のため息をして、ユーリはその場を去ろうとする。
しかし、

「ガアアアアアアアアアアアアア!!!!」

瓦礫の山から黒い影が飛び出す。さっき倒したと思っていた蜘蛛男だ。
彼はユーリではなくティアナ、スバルへと狙いを定める。
2人が息をのむ、もう自分達には立ち上がる気力もない。
死を覚悟し、目を瞑った。

1秒

2秒

3秒

しかし、何秒待ってもその時が来ない。

2人は恐る恐る目を開く…そこには白い怪物-ユーリ―が凶刃を両腕で掴み止めていた。

「はああああああ!!」

ユーリは気合いのこもった雄たけびとともに爪を持ち直し、一息で押し返す。
押し返された蜘蛛頭はバランスを崩され、後ろへ倒れ込みそうになる。
普段なら追い討ちや止めを躊躇う彼であるが、今はためらっている余裕など、むしろ体が戦えと求めてくるような感じさえ覚えた。
前につんのめる様になりながらも、拳を振り上げた。
何発も的確に、蜘蛛頭の顔面に打撃を当てて圧倒していく。
ティアナは、さっき見た、避けてばかりの戦い方とは正反対の光景に釘つけになる。
蜘蛛頭もやられてばかりではない、拳を受け止め反撃に転じようと、振りかぶろうとするがそれすら許さない。
掴まれた腕をスナップを利かせつつも、体を回転させ振り払うと、回し蹴りを腹部に決め、ビルの端まで追いつめる。
柵に体を預け、体勢を立て直そうとする蜘蛛頭。


―――――――ダメージは余り通っていないようだが、ここまで追いつめた―――――


「あとは!」

ユーリは腰を低く落とし、力を溜めるように構える。
いつまでも、相手が悠長にグッタリしてくれるとは限らない。
顔を上げ、正面に蜘蛛頭を捉えると、右足をツイストし、一気に走りだす。
なにも余計なことを考えられない。
もっと速く!もっと強く!足を踏み出すスピードも音も激しくなる。

最後に右足を大きく踏み出し、高く飛ぶ。

「うおりゃああああああああ!!!!!」

右足を付きだし、蜘蛛頭に向けて矢のように自らの体を放つ。
蜘蛛頭は腕を体の前で交叉させ、ガードするがそれに構っていられない。
そのまま勢いを殺さずに、蜘蛛男へと飛び蹴りを放った。
衝撃を殺しきれなかった蜘蛛頭は背中の柵も折られ、そのままビルから真っ逆さまに下っていく…


静寂が辺りを包む、ユーリは静かに立ち上がると肩で息をしながらティアナとスバルを見る。
疲れきっているのか、それとも安心しているのか…2人ともこちらを呆けた表情でこちらを見ている。

「ねぇ…あなた…!」

スバルが口を開く、すると白い怪物は親指を立てサムズアップをした。

「それじゃ!」

そして、そのまま隣の棟に飛び移り、その姿を消す。
スバルは呆気にとられて自分でも親指を立ててみる、しばし逡巡したあと、何か気付いたようにハッと顔をあげてティアを見る。

「ねぇ!ティア!今のって!!」

「さぁね、でも、そういうことなんでしょ」

スバルの閃きを面倒くさそうにあしらうティアナ。
上半身を上げるのも億劫…
ティアナはバタリとこのまま倒れる。さっき壊された柵を通して見える海を見ると、ちょうど夕陽が沈むところだ。

けたたましいサイレン音が聞こえる。
きっと救急隊だろう。この場所にも来てくれるだろうか…などと考えながら静かに目を閉じた。


ホント、今日は厄日だわ…








<あとがき>
えースイマセンでした!
ここまで長くなるとは思わなかったんです!
短い物をポンポン出すつもりだったのに、まさかの1万字越え。
確かめてビックリしましたよ。
こんなに書けるのならもっとレポートもマシなもの書けたな―とか色々思ったりしました。


いかがでしたでしょうか?「執務官のお仕事」1話、これにて終了です。
白い怪物、ユーリの区別が難しく、ゴチャゴチャになってしまうかもしれません。
ここはこうしたほうがいいんじゃないか?などの意見があれば感想の方へお願いします。
もちろん普通の感想もお待ちしております。

仮面ライダークウガもここまでが1話だからとりあえずキリがいいかな、と思いここで区切ってみました。
早速、スバルとティアナに正体ばれちゃってますけどね…
これから色々と展開は考えてるのですけど、あくまでこれは「なのはの世界」なのでグロンギばっか出すのではちょっと違うかなーと…
なので、平凡な日常とか任務なんかもまったり書いていきたいと思います。



[14604] 執務官の事件簿  2話  “変身”  (上)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/11 23:15
11月25日 AM 11:00 時空管理局本局 医療局第7区内 病室

「ん…」

ユーリ・マイルズが目を覚ますと、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
自分の部屋とは思えない綺麗な室内、ふかふかのベッド、窓から見えるは本局の姿…
ベッドの横の戸棚には美しい花を生けた花瓶が置いてある。
やけに重たく感じる体を起こし、自分の今着ている物を確認する。
白基調の綺麗な寝巻だった。寝巻にジャージを利用している彼には、いささか上品な代物だろう。
ユーリは以上のことを頭の中で整理し、寝ぼけた頭で考え込む。
そして、ひとつの結論に至った。

「天国?」

「なんでそーなる」

スパコーンと丸めた雑誌で後頭部から叩かれるユーリ。
驚きながらもゆっくりと後ろを見ると、ゴリスが仁王立ちをしていた。

「ったく…2日間も寝続けるとは良いご身分だな」

厭味ごとを言ってはいるが、声に安堵した表情が出てしまっている。

「2日間?俺そんな寝てたの!?」

「あぁ、あの怪物騒ぎの後、ワシの前に帰ってきたらと思ったらパッタリとな」

“2日間”という単語にキャビネの上に置いてある時計に手をかけ、日時の部分を確かめる。
そこにはしっかりと「11/25 11:09」と表示されていた。
寝ぼけていたのだろう…一度画面から目を外しもう一度見る、しかし、そこには同じ表示しかされていない。

「うそ…」

「ホントよ…」

ゴリスのものではない声に、顔を上げると、そこには黒の執務官服を着たティアナ・ランスターが立っていた。





執務官の事件簿  2話  “変身”  (上)





「え…と、おはようございます…」

どうしてこの人がここにいるんだろう?という表情を隠せないまま、とりあえずの挨拶をするユーリ。

「ええ、おはよう。といっても、もう昼前だけどね」

あぁ、言われてみればもう11時過ぎだっけ…。
昼の奥さま向けのバラエティ番組ももう終わりの時間帯だ。

「それで、どうしてこちらに?」

「いくつか聞きたいことがあってね…」

ティアナはベッドの脇にあった椅子に腰かける。お土産、と言って果物がたくさん入ったバスケットを戸棚の上に置き、ユーリと向かい合った。
彼女の真剣な表情に気圧されながらも、ありがとうございます、と会釈をするユーリ。

「それで…聞きたいことって言うのは…」

少し躊躇っている様子のティアナに、自分からユーリは問いかけた。

「単刀直入に聞くわね。アナタ、蜘蛛頭の化物と…」

「ハイ、戦いました!」

ティアナが全て言い終わる前に、自分からユーリは結論を勢いよく切り出した。
予想外のストレートな展開に目を丸くして、目の前にいる男の顔を見るティアナ。
驚き1割・予想通りの答え2割・呆れ7割でその表情は構成されていた。
そんな彼女の心境なんざいざ知らず、“それがどうかしました?”的な表情を浮かべてティアナが喋りだすのをユーリは待っていた。

「…やっぱりアナタが未確認生命体第2号…」

「え?俺、今そんな名前になってるんですか!?ちょっと言いにくいな~…」

真剣に呟くティアナをよそに、ユーリは自分に付けられたもう一つの名前に関して子供のような感想を漏らす。

「やっぱり、あのベルトが原因?
というか、どうして自分がつけようとしたの!?」

「あの遺跡で俺、幻見たんですよ。あのベルトを着けた人が戦う所を…
それで、その通りにベルトつけたら、こう体に中に吸い込まれちゃいまして」

何だろうなー、あの感覚…と呑気に思い出そうとしているユーリにティアナはいら立ちを隠せない。
語調が強くなる。

「どうしてそんなことをしたの!」

「求められてる気がしたんですよ。あのベルトに、蜘蛛頭の奴と戦えって…
それでつけてみたら、実際その通りでした。俺、あんな姿になっちゃったでしょ?
それで確信したんです。“戦うための体になったんだな”って」

「なんともないの!?アイツと同類になる可能性だってあったのよ!?」

「それは大丈夫だと思います。多分ですけど!」

「そんな根拠のない…」

額を抑え、蹲るティアナ。呆れてものも言えない…物を言わずともそんなことは彼女の雰囲気から悟ることができた。

「そんなことより、執務官さん!」

今度はユーリが口を開く。

「あの蜘蛛頭の化物どうなりました?」

「アナタには関係のない話でしょ」

落ち込むティアナの体がピクリと震え、そこで自然と視線を逸らしてしまった。
それがユーリに答えを与えてしまう。

「やっぱり生きてるんですね」

キッとした表情でユーリを睨むティアナ。

「関係ないと言っているでしょ!
それより…ここを退院したらここへ向かいなさい。私の信用している医療関係者だから」

胸ポケットから手帳を出し、何かを書き込み、そのページを破いてユーリに押しつけた。

「え…ちょっと!?」

ユーリの制止の言葉も聞かず、ティアナは立ち上がる。
扉の前にいるゴリスに「失礼しました」と一礼をしてから扉に手をかけもう一度ユーリに振り向く。

「いいわね?」

そして、彼の答えも聞かずに、扉を閉め出て行ってしまうティアナ。
遠ざかる足音を聞きながら、渡された紙片を見る。

「管理局本局勤め、監察医務官 シャマル…?」

誰?と首をかしげていると、ティアナの座っていた席に今度はゴリスが座る。

「何か迷ってるなー…まぁ、悩みの種は大体想像がつくが…」

自分が未確認生命体第2号ということも知っており、なお且つ、武装隊を辞めた事情も知っているゴリスにはユーリの悩みは粗方分かっているようだ。

「まぁ、お前さんが両親に憧れて武装隊入りしようとしたのは分かるがな…
紛争地域に行って、力ない人々を守って…まさにヒーローだったもんなぁ…」

ゴリスは誰に聞かせるでも独り言をするように思い出話をする。
ユーリは黙り込んだままだ。

「ただなぁ、お前にはやっぱり向いてないんだよ。好きじゃないんだろ?
たとえ嘘でも“戦う”ってことが…」

まだゴリスは話を続ける。

「お前の訓練校の同期にたまに会うんだがな。防御や支援魔法訓練のときは活き活きしてるのに、体術や攻撃魔法になると急に元気がなくなってたって聞いたぞ。
賢しい知恵と野生の勘と運で陸戦Aマイナーを取得したのは凄いとは思うがな…所詮そこまでだったんだよ」

ユーリが苛立たしく、髪をかき乱す。

遺失物保安部(ここ) に入ってから、色んな次元世界に回ったよな。
主に貧しい世界だったけど…そんな中お前はどこで覚えたのか分からねぇ、手品とか、サーカスの業だとかを見せてガキ共を喜ばせてやってよなぁ。
ありゃ、俺らは助かった…子供を味方にすると現地民と交渉がしやすいってもんだ…
お前は誰かの笑顔を見るのが好きなんだもんな。
武装隊よかはよっぽどコッチ側の人間だわ」

「わかってるよ。それに今は俺は武装隊員じゃない、遺失物保安部の人間だ!
おやっさん、何が言いたいんだよ…」

ユーリは開き直っているのか、それとも自棄になったのか、声を荒げる。
しかし、最後の方は声がかそ細くなり、かすれて聞こえない。

「そうさな…俺が言いたいのはただ一つだ…」

ポンとユーリの方に優しく手を置くゴリス。
ユーリはそれに顔を上げ、目を合わせる。

「中途半端はするなってことだ」





PM 12:12 ミッドチルダ湾岸部 高速道路

「…ッ!」

ハンドルを握りながら、脇腹を襲う痛みにティアナは顔を歪めた。
あのノーテンキな表情を思いっきり潰して、呼吸を整える。

「フー…ったくなんなのよ…!
自分が怪物になるかもしれないってのに、それを「大丈夫!」だの「多分!」とかで片づけて…
恩着せがましい言い方したくないけど、コッチはアンタの病室に見舞いに行くのさっきので4回目だったんだからね!」

「絶対にもう行かない!」手持無沙汰に指でハンドルを叩いていた動きがどんどんワイルドになり、最後は掌でバシバシ叩きつけるようになる。
しかし、そんな大きなアクションを取っていると…

「アタタタタタタタ…!」

完治しきっていない怪我が痛むのは当然のことだ。
なにやってんだろ、自分、と少し自己嫌悪を覚えていると、懐にしまってある自分のデバイスもとい、相棒が声をかけてきた。

<マスター大丈夫ですか?本日はもう仕事を休まれた方が…>

「ありがとう、クロスミラージュ。でも、大丈夫だから」

<しかし、先程からブツブツ独り言を言っては、ハンドルにあたりちらし、怪我の後遺症に痛み続けています。
今のでちょうど3回目です。これは何か成人びょ…>

「だ   い   じょ   う   ぶ   だ    か   ら」

ティアナは一言一言を“丁寧に”区切って、クロスミラージュを“窘めた”
これ以上、何もいうまい…クロスミラージュは彼女の懐の中でそう思った。




PM 12:20 時空管理局湾岸部署

昨日騒いでいたマスコミの影も消え、今回はすんなりと臨時駐車場に車を止めることができたティアナ。
スバル用のお土産(アイス)を抱えて補修工事の始まっている1階ロビーを抜け、医務室のある棟まで足を運ぶ。
“医務室”などと軽く呼ばれているが、救助隊が所属しているこの部署には大学病院クラスとまではいかないが相当高度な医療設備が用意されている。
正式名称、高度救命救急センター。
その中の一室に入る。
8人一部屋のタコ部屋(もちろん女性のみ)で、プライベートは蛍光色の遮光性のカーテンで仕切られている。
そのカーテンに取り付けられている、名札を確認して、ノック代わりの声をかける。

「スバルー、入るわよー」

「あぁ、うん!いらっしゃーい!」

中から元気な返事が入ってきたので、お邪魔するティアナ。
右腕をギプスに固め、頬にガーゼを貼られた痛々しい姿のスバルが出迎えた。

「うわー、結構ひどくやられたわね」

「うん、アイツすっごい馬鹿力なんだもん。ホント、シールド張っても追いつかないよ」

ギプスに固められた腕を持ち上げてスバルは溜息をつく。
振動拳のダメージが相当応えたらしく、しばらくは絶対安静とのことだ
その診断結果を聞いた彼女は、当初は確かにへこんだ様子であったが、数分後には「じゃあ左腕を鍛えるしかないよねー」と苦笑いをしながらアスリート用の握力グリップ(60キロ)でトレーニングをし始めた。
メスゴリラの愛称が男性職員の間で密かに浸透し始めているのにスバルは気づいていない。

「まぁ、でもお陰でアイツ…未確認生命体1号の内に大きなダメージを残すことができて、私たちも生き残ることができたんだし。感謝してるわよ」

「まぁねー…」

それでも、どこか納得がいかない様子でスバルはギプスを優しくなぞった。

「あ、それでさ。1階フロアの様子どうだった?」

「んー、やっぱり酷くやられてるわね。現場の人たちが必死に修理してるけど完全に復旧するのはもうしばらくかかりそう…」

「そっか…ホント厄介な“熊”と“不発弾”だったよねー」

スバルが少し意地悪な微笑みを見せる。ティアナもそれにつられて少し笑ってしまった。
マスコミに公開されている湾岸部署での騒ぎ、これは熊と不発弾によるものだとされている。
これは未確認生命体というえも知れぬ恐怖に市民を巻きこまないため、そしてその間に各武装隊に心持だけでも覚悟させるための配慮であるともされている。
また、ユーリ――未確認生命体第2号―――が人間とともに戦って第一号の蜘蛛頭を退けたことは今のところ、全武装隊員へと情報は連絡されておらず、数少ない局員のみが知るところとなっていた。


「そういえば…」

世間話ついでに自分の持ってきたアイスを食べながらティアナは思い出したことがあった。

「ん…?何…!?この!!」

右腕が使えないため、左腕でスプーンを持ち必死に食べようとするティアナ。
中々、力の入れ方が難しいらしくアイスに悪戦苦闘中だ。

「あの時、私が白…じゃなくて未確認生命体第2号の味方をするって言った時あったじゃない?」

「あぁー、そんなこともあった……ね!!よし!」

綺麗にアイスが取れたのかご満悦なスバル。
いつものことだから、もう気にせずにティアナは話を進める。

「あの時、“そうだと思ってた!”って言ってたわよね?」

「あぁ、うんうん」

「なんで?」

スプーンを口に咥えたまま、そのままスバルの動きがフリーズする。
何か考え込んでいるようだ…
しばし、顎に手を当ててうなった後、スバルの出した答えは

「勘…かな…?」

「はぁ?」

ティアナは呆気にとられてスプーンに掬っていたアイスを落としてしまう。

「勘ってなによ?」

「だから勘だよ!
なんて言うのかな―、あの白いのからは蜘蛛頭みたいな悪い感じは全然しなかったんだよね…
オーラが違うって言うのかなー、こう優しそうっていうかさ…」

スバルが左腕をグネグネさせながらしゃべり続ける。
きっと“優しそうなオーラ”というのを体で表現しようとしているのだろう。

「そういえば、そんな子だったわよね。アンタは…」

本日二度目となる額を抑え蹲るポーズ。

「どしたの?ティアナ?」

そして、あっけらかんとしているその元凶。

「あ、そうだ」

元凶、もとい、スバルが

「その白いので思い出したんだけど……」

小動物のように身を萎縮させながらにスバルは左右を確認する。
そして手を口にかざし、ティアナに内緒話をするかのように小さな声でしゃべりだす。
何となく聞くことは予想できるが、耳を傾けるティアナ。

「マイルズさんの様子、どうだった?」

予想通りの質問ありがとうございます、ティアナは心中で礼という名の皮肉を告げると彼が今日目覚めたこと、ベルトが体内に吸い込まれたことなど、をスバルに説明した。

「へー、そっか良かった!良かった!」

「良かった!じゃないわよ…もしかしたら今後何らかの可能性で奴らと同じになる可能性だってあるのよ?」

「でもさ、本人が大丈夫っていってるんでしょ?なら大丈夫な気がするな。
なんていうかマイルズさん、そういうところ絶対に信用できると思うんだ!」

言っていることが抽象的すぎて分からない…似た者同士ということなのだろうか…
それとも自分の経験知不足?露骨に不快感を表情に出すティアナ。
なんにせよ、この話は早く切り上げたいところだ…
すると天から助け、彼女の懐に仕舞われ、だんまりを決め込んでいたクロスミラージュに通信が届いた。

ちょっとゴメンね、といい席を外すティアナ。
病室の外へ出て、通信OKと書かれているソファーが並んでいるフロアまで駆けていく。
この几帳面さ、真面目さが彼女の長所でもあり、また短所でもあるのだろう。

「ハイ、ランスターです。出るのに遅れて申し訳ありません」

音声通信ではなく動画通信のようだ、通話のコマンドを選択しながらも髪を少し整える。

『あ、ティアナ。ごめんね?ちょっと…忙しかったかな?』

そこに写っていたのは、かつて自分が目指した、いや今も追いかけている背中の一人であり、そして数年前まで自分が補佐として仕事を学んでいた人物。

「フェイトさん!?」

フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
美しい金髪と凛々しい容姿を備えた管理局のエースの一人だった。






<あとがき>
ハイ、という訳で2話(上)終了でございます。
お疲れ様でした。

色々考えて椿先生役はシャマルさんかなーと思い名前だけでも出してみました。
いかがだったでしょうか?



[14604] 執務官の事件簿  2話  “変身”  (中)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/15 20:13
11月25日 PM 12:50 時空管理局本局 医療局第7区内 病室

「なんか、やっぱ新品って緊張するなぁ…」

新しく卸されたスーツを着るユーリ。
ティアナが部屋から出た後、彼は早速医者の診察にかかった。
もとから定期健康診断では「超」がつくほど良好とされていた彼だったので、心音の確認や、上気道感染がないかどうかのチェックのみで、退院にOKサインを出された。
ちなみに、彼の着ようとしている新品のスーツは彼の給料から差っ引かれている。

「準備できたか?行くぞー」

ネクタイを締め終えたユーリにゴリスは声をかける。

「ん、了解!」

元気よく、頷くと、この2日間の間に同じ班のメンバーが持ってきてくれた見舞いの品を貸してもらったトランクに仕舞う。
最後に忘れ物がないか、室内を見回す。
するとベッドの横の戸棚に置いてある果物の入ったバスケットが目に入る。

「あ…」

“アナタには関係ないでしょ!”

先程、言われたティアナの台詞にユーリの胸が少し痛む。

「関係ない、か…」

「おーい、早くしろー!」

物思いにふけっていると、ゴリスが早く出ていくように急かされる。
自分の世界が一瞬で消えさる。

「ゴメン!今いく!!」

トランクにロックをかけ、カートを立ち上げ、伸ばした持ち手を片手で握る。
そして、もう片方の手にバスケットを持ち、彼は僅かな時間だが過ごした部屋に別れを告げた。


病院からの帰り道の途中、ユーリはゴリスにいきなり車のキーを渡される。

「?何これ?」

「何って車のカギだよ」

「いや、そりゃ…見りゃわかるよ…流石にこれがインテリジェントデバイスにも見えないわけだし…」

「だったらいいだろ」

「いや、そうじゃなくて!
なんで、俺にこんなの渡すのさ。今日の予定って本局の軽い書類チェックでしょ?おやっさん言ってたじゃない」

ユーリの当り前な反応を見て、「あー、言ってなかったっけ?」と、白髪を掻きながらとぼけた表情をするゴリス。

「葬儀だよ…この間の遺跡の調査団のな。
ワシの知り合いもいたし、お前だって若い奴との交流はあったんだろ?
一応、出ておくのが礼儀ってもんだ」

「うん、そういうことなら…わかった…いつ頃ここを出る?場所は?」

「そうさなー…大体夜の7時頃だ。場所はミッドチルダ西部のスミソニアン教会ってところ。
お前、今日の仕事は軽くしといてやったんだから…少し下見して来い。
ワシ遅れたくねーし」

ユーリはゴリスの背中を見つつ少しだけ苦笑いをする。
若者のような理屈をつけて、自分をこき使おうとするが、ゴリスは自分に「未確認生命体第2号」になったことについて言及しようとしない。
それに、自分の体内に吸い込まれてしまったベルトのことについても、自分から口を開こうとはしない。
保安部の制服は着てるし、通路を通る際のID証明もパスされたのだから、恐らくクビにはなってないだろうが、
遺跡から発掘されたロストロギアが紛失、だなんて責任問題に発展した事件だったでだろう。
ここで、普通に礼を言ってしまうのが、一般人だ。
ユーリ、もとい管理取引担当3班の連中はここで礼は口で言わず、態度で示す。
“ありがとう”なんて口走った日には、照れ隠しに“なんかとがった棒で何回も突かれたり叩かれたりする刑”が待っているからだ。
だからユーリは礼を言わずに

「わかったよ、おやっさん!」

元気よく答えた。







執務官の事件簿  2話  “変身”  (中)








11月25日 PM 14:40 ミッドチルダ西部 セント・カルラエ教会前駐車場

「すいません!遅れました!」

ティアナは車から降りるとすぐに、人ごみを抜け、管理局と警官の制服を着た集団へと入り込む。

「あ、ティアナ…ごめんね!忙しいところに」

彼女の声に反応して、美しい金髪の主が振り向く。
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、数年前まで彼女が執務官のイロハをティアナに教え込んでいた師匠であり、恩人だ。

「いえ、そんな…それで事件と言うのは?」

相変わらず、自分ではなく相手の事を中心に考える人だな、と思いつつティアナは今回呼び出された事件について聞くことにする。
聞かれたフェイトは少し遠慮がちに、そして内緒話をするように声を絞った。

「うん、ティアナは当事者だから知ってるんだよね?未確認生命体のことについて…」

「はい」

「今回の事件の犯人は彼らじゃないかって言われてるんだ」

「え?」

「同じような事件はこれで5回目なんだ。被害者は共通点のない一般市民。
殺害方法は5件全部が体中の血を全部吸うっていう単純なものなんだけど
ほら?ワイドショーで最近やってるでしょ?“吸血鬼再び!”みたいな煽り文句で…」

「あ、そういえば…」

最近、家に帰ってもゆっくりテレビを見る時間なんてなかったので街頭テレビ程度での情報だが、そんなことを言っていた気もする。
被害者の中には牛も混ざっていて、それも血を抜きとられてカラカラに干からびていたとか…

「それじゃあ、なにかの使い魔の可能性も…」

ティアナは一番妥当な線を挙げる。しかし、フェイトは残念そうに首を横に振った。

「うん、私も考えたんだけどね…第3者の魔力の残滓の反応が全くないの。
使い魔っていうのは言うなれば、主の魔力を血肉にして生きている魔力の塊みたいなものだから絶対に残滓は隠せないんだ」

「そう…ですか…」

じゃあやっぱり、とティアナは殺害現場を見る。
駐車場の真ん中にポツンと寂しく置かれた車、その横には発見当時、被害者の方が倒れていたのであろう、白いラインがその形にひかれていた。
自分が映像で見たものではないにしろ、この殺害方法は余りにも酷すぎる。

「それで、ティアナとスバルが遭遇した未確認生命体1号と2号だよね?
彼らに何か吸血をする器官があったかなって思ったんだけど…」

ティアナは少し考え込む。
まずユーリ、ではなく2号については論外だろう。
そして1号について思い出す、独特の機構をしており、頭の形のごとく糸を吐き出す能力を持ってはいるが血を吸うにはどう考えても適していない。

「そうですね…第1号も第2号も口の形状は人間とは異なっていますが、そのようなことを出来る構造ではなかったと思われます」

「うーん、そっか…それじゃあ、光に弱い、なんて習性はあるかな?」

「いえ…そんなことはないですが…どうして?」

ティアナは思ったことを口にする。
そうか…とフェイトは言うと、後ろに佇む教会を見る。

「うん、目撃者がいたみたいなんだけど。その人が“怪物は朝陽を見て逃げ出した”って言ってたものだから」

「となると…第3号…」

ティアナは想像したくない、現実にあってほしくない、しかし一番可能性のある予測を口にする。
それに渋い顔でフェイトは頷いた。
未知の力の恐怖、というよりかは、これからはこんな得体のしれない連中が殺人を始めるのだろうか…その地獄絵図を想像すると表情が暗くならざるを得なかった。

「酷いよね…こんな聖なる場所で、こんな惨い殺し方なんて…」

思ったことがつい、言葉に出てしまったのだろう。自分に言うかのようにポツリとフェイトが口を開いた。

「そうですね」

ティアナも同じように教会を見上げながら、頷いた。
自分の思ったことが口に出ていたことに、ティアナの相槌で気付いたのか、フェイトはティアナを見ると恥ずかしそうに笑った。

「それじゃあ、ティアナ。他にも色々聞きたいからあと少しだけ付き合ってくれないかな?」

「ハイ、もちろん」

この人から、まだ色々勉強しなくちゃいけない。捜査現場からいったん離れる背中をティアナは追った。



11月25日 PM 16:02 ミッドチルダ西部 国道線沿い

14:30頃には書類整理も終了し、ユーリは早引けすることになった。
ここで彼に彼女の一人でもいれば、本局の飲食店で甘い昼下がりを過ごすことができたのだろうが、残念ながらこの朴念仁にそんな相手はいない。
かといって、自分の家に帰ってゆっくりできるほどの時間もない。
いや、家に帰って、色々することはできるのだろうけど、それは制限時間のついたゆっくりであるからして、今彼が求めている物とは違うのだ。
そのため、今夜、葬儀が行われる教会へと出向くことにした。
体が、と言うよりかは筋肉が硬直した独特の痛みを感じたユーリは管理局の公用車を使わずに自分のバイクで行くことを選択。
せっかくゴリスがくれた外でのんびりできる時間だ、外で寄り道しながら気分転換をしよう。
そう思いながらアクセルを捻った。

いまどきナビも使わず、時代錯誤の紙媒体の地図を見ながら目的地探し。
道を間違えてどこか見知らぬ地に出ることもままあるが、それはそれでこの旅(?)の醍醐味というものだ。
スミソニアン教会は簡単に見つかった。
あまり行かない地域なので不安もあったが、簡単に見つかったことに自分の地図読みレベルの高さに少し自己満足するユーリ。

しかし、ここで調子に乗ってしまって

「じゃあ地図とは違う方向で帰ってみよう!」

なんて言い出してしまったが最後、かれこれ今自分がどこを走ってるか分からない状態が続く。

「くそー、ギャンブルに負けたかー…」

公道をゆったり走りながら、何か目印になるものはないかを探しつづける。
時間はまだたっぷりあるが、そろそろ気持ち的に急がなくちゃな…などと思いながら走り続けてると住宅街にはいった。

「お、やった!」

ついに人がいるところまで出てこれたぞ、ユーリは叫びたくなる衝動を抑えつつ、あとは誰かに道を聞いて…と外に出ている住民の人を探す。
すると、3人の女性グループが目に入った。バイクを止め、ヘルメットを外す

「あの!」

と声をかけようとした途端、そのうちの一人が口を開く。

「そう言えば、この近くでもあったらしいよ?吸血鬼騒ぎ…」

その言葉を聞いて、声を上げようとしていたユーリの勢いが止まる。
吸血鬼……なんとなく嫌な予感がユーリに走った。
そう言えば、病院の退院届を出す時、吸血鬼、現代に現る!?とかロビーのテレビでやってた気がする。
映画のCMかなんかだと思ってスルーしていたけど、まさかニュースだったとは…
女性はその言葉を聞いて、顔を少ししかめる。

「うそ…この近所でも起こってるの?怖くて夜中に出歩けないじゃん…」

「これで…5件目…だっけ?」

「そうそう、報道されているので言えば5件目だと思うよ」

「神父様、大丈夫かな?吸血鬼に襲われてないかな?」

「そうねー、心配ねー…」

彼女たちはユーリに目もくれず、その横を通り過ぎ去っていく。
彼はそのままの体勢で辺りを見回した。
遠くの方に大きい十字架を屋根につけた建物が見えた。ここにも教会がある。
しかし、さっき自分が行ってきた教会とは少し作りが違うようだ。宗派が違うのだろうか。
地図とガイドマップを広げてここがどこか確認してみる。

「セント・カルラエ教会…か…へー…」

この西部にはポートフォール・メモリアルガーデンという墓地が集合している施設がある。
葬儀から短い時間と少ない手間でこの施設に埋葬できるように、この周辺には宗教施設は多いとのことだ。
ブロック毎に宗派は分けられており、埋葬方法や、石碑などしっかりと管理されており、彼の両親もそこで眠りについている。

「墓参り…最近行けてないな…」

ここを最後に訪れたのはどれくらい前だろうか…恐らく半年以上前だ。
そうだ、ついでに両親に会いに行こう。彼の心はすぐに決まった。

「その前に」

ユーリは遠くに見える十字架を見据えた。


「失礼しまーす…」

思い立ったが吉日、“吸血鬼”という単語に何処か興味、というか惹かれるものをを感じたユーリは教会へと出向くことになった。
正面から教会に入ろうとした彼ではあったが、残念ながら鍵がかかって中に入ることはできない。
良識ある一般人ならば、そこで引き返して、後日改めて出直すというのが正しい行動ではあるが、今の彼は違った。
まわれ右ではなく、右向け右をすると、何かを確かめるように外壁を時々手で触りながら、教会の周囲をぐるぐると散策し始めた。
少しすると、自分がジャンプをして届くくらいの所に窓を見つけた。
周囲に誰もいないかを左右を見て確認すると、少し助走をつけて飛び上がり、窓の淵に手をかける。
指を窓の横縁に引っ掛け、少し引っ張ると、カラカラカラと軽快な音を立て窓が開いた。

「お、ラッキー」

そのまま窓を全開にすると、ユーリは自分の体を持ち上げ、そのまま教会内へと入って行った。
教会内は物静かで、誰もいないようだ。
普段はシスターや巡礼者など、人がたくさんいるような所が、このように誰もいないと一種の恐怖感というか、自分だけ何処かに取り残されたような焦燥感を覚える。
少し落ち着かず、自然と教会内を早歩きで回っていると、正面に大きいドアがあった。
不審者にもかかわらず礼儀よくノックをして、ドアを開けるユーリ、もちろんここにも鍵なんて掛かってなかった。

「礼拝堂か…」

彼は無神論者ではある。しかし、人間、このような場に来ると遺伝子に植えつけられた性であろうか自らの佇まいを正さなくてはいけないような気になってしまう。
陽に照らされた美しい輝きを放つステンドグラスを見ながら、上着を叩いたり、襟を正すユーリ。
すると、突如、礼拝堂の列席の奥にある扉が乱暴に開かれた。

「え!」

静寂を一瞬でぶち壊した方向を見ると、扉の奥から黒の礼服を着た男がこちらを睨みながら立っていた。
それは、聖職者の雰囲気とはあまりにもかけ離れたもので、ユーリに威圧感を与える。
少し後ずさりをしてしまうユーリ。
まるでスポーツ選手のように、大きく出張った肩、そして耳に金属製のピアスというのも、独特の雰囲気に拍車をかけている。
首元にかけてあるロザリオですら、ストリートファッションのアクセサリーのように見えた。
少し怯えたユーリの様子に、神父は口端を歪め、大股でユーリへと接近しようとする。
しかし

「…グ?!」

唯一空いている2階の窓ガラスから入る陽の光に当てられ、その動きをユーリの2,3メートル手前でとめた。
憎々しそうに、窓を見る神父。
ユーリは訳も分からずに、神父の視線を辿り、窓を見る。どこも変なところなんてない。
その後にもう一度神父を見た。
何にイラついているのか、溜息をというよりかは獣のような低いうなり声をあげている。
視線を下に逸らすと、神父は光さす所のギリギリで立ち止まっており、それ以上こちら側に寄ってこようとしない。
まるで、境界線のようだ、とユーリは思った。

「あの…!ここらへんで吸血鬼騒ぎがあったらしくて…
で、どうしたのかなーって…いや、お元気ならいいんです!失礼しました!」

よく考えると今自分は不法侵入してる状況だ。もしかしたら怒られるかもしれない…
ユーリの頭の中に嫌な未来予想図が首をもたげてきた。
さっさとここから逃げ出そう。彼は自分が来た意図を手短にそして早口でまくし立てると、自分が入ってきた方まで歩いて行った。

「ギ……ャバ…グス……ザ」

「ん?」

チリン…何か金属製のものがぶつかる音と、余りに小さすぎて内容までは聞こえなかったが、神父が何か喋ったような気がした。
もう一度さっきまで神父がいたところを振り向く。
そこにはもう誰もいない、それどころかいた気配すら残っていなかった。
まるで、最初から誰もいなかったかのように…
気味の悪さに、首をかしげると、来た時以上の早足で外に出て行った。



「そう言えばティアナのお兄さんの御墓って、このポートフォール・メモリアルガーデンにあるんだよね」

喫茶店でお茶を飲んでいると、フェイトがふと何かを気付いたように口を開いた。
未確認生命体第1号との戦闘の経緯、そして第2号が自分を助けてくれたことについて(もちろん今は正体を伏せておくが…)をある程度話した後、久々に会った2人は世間話をしていた。
そんなに長い時間は話しこめないが、お互い忙しすぎて全然自分の時間が取れない身だ。
これくらいの我儘は許されるべきだろう。
未確認生命体の事について今後起こるべきことを危惧しつつも、次第にお互いの近況について話す割合が増えてきていたのだ。

「はい、そうですね…この事件が早く解決してくれれば久々に兄に会いに行けるのですが…」

恐らくそれは無理だろう…、言葉の節々と彼女の表情からそれは読み取れた。

「そっか…」

フェイトも残念そうに顔を伏せる。

「でも、分かっててこの道を私は選んだんですから、後悔はしていません」

「うん」

フェイトには“うん”しか言えない。ここで下手に「頑張れ」だの無責任なことは言えない。
既にティアナは相当「頑張っている」のだ。
自分の教え子の成長ぶりにしみじみと感慨にふけていると、遠くから窓を通して声が聞こえてきた。

「?」

どこから聞こえて来てるんだろう?
フェイトは辺りを見回した。聞こえる声の一音一音に集中すると、なんとなく「しつむかんさーん」と言っているように聞こえる。
私?とフェイトは思う。しかし、こんな声質の知り合いなんて自分にはいない。
心当たりがあるか、フェイトはティアナに聞こうと正面を見る…

「…………」

ティアナの顔は前髪で隠れて見えない。しかし彼女の手にあるカップに注がれた紅茶はまるで地震に揺られているかの如く、波をうち震えていた。
もちろん、今は地震なんて起こってない。

『執務官さんってば!!』

窓越しにティアナを呼び続ける男性、フェイトは優しそうな人だなと第一印象に持った。
ティアナは腹から唸るように、そして女性とは思えないほど低く怨念のこもった声を出す。

「な………こに…る…よ…!」

『はい?なんですか?』

しかし、窓越しでは彼女が何を言っているか分からずに、恐れ多くも復唱要求なんかしてきている。
部下ではあるはずのティアナの様子を、ビクビクしながら、これ以上何にも刺激されないようにと祈りながら身を縮こまらせるフェイト。
彼女の纏ったドス黒いオーラにも気づかず、男は能天気に店内へ入って来る。

「あの、今はティアナに近づかない方が…」

ティアナに向かって走り寄る男を、フェイトは止めようとする。

「え?」

フェイトの制止の意味が変わらずに、男はフェイトとティアナを交互に見る。
その時ようやく、男はティアナの纏っている雰囲気がいつもと違うことに気付いた。

「えーと…執務官さん?」

「ど  う  し   て  こ   ん   な   と   こ   ろ  に  い  る  の  よ  !?」

指でテーブルを強く叩きながら、リズムに合わせて一文字一文字区切ってティアナが男に問い詰める。

「え…いや…道に迷ってたらのどが渇いたから…寄ったんですけど…」

「は?」

鳩が豆鉄砲食ったかのような呆けた表情に、さっきまでの怨念が全て祓われたような声がティアナから上がった。

「いや、だから…今日知り合い葬儀のやる場所を確認してからの帰り途中に、迷っちゃって、で、その内に喉が渇いてきちゃいまして…
どこかに喫茶店ないかな―、と思ってたらここにたどり着いたんですけど…」

「あぁー…そう…そうよね…」

心底ホッとした表情でティアナは座りなおした。
心に余裕が出来たら思考に余裕が出来てきた。
目の前をみる、そういえば、憧れの先輩とさっきまで楽しいティータイムをしていたはずだ…
憧れの先輩っていうのは目の前にいるフェイトで…
しまった、目の前にいるフェイトが会話からっていうか、この状況から置き去りだ。

「あ…!フェイトさん!!こちら、この間の事件でご一緒した本局所属 遺失物保安部 管理取引担当のユーリ・マイルズさんです」

ティアナは取りつくろうかのように、ユーリの紹介をし始める。
いきなり自分の紹介をされて驚いたユーリだったが、ティアナのペースに飲まれ「よろしくお願いします!」とフェイトに対して元気よく頭を下げた。

「へ?あぁ、うん!私は本局所属のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官だよ。
よろしくね」

その勢いに乗せられフェイトも自己紹介をする。
自己紹介が終わった後、会話が終わり、間が持たなくなる独特の凍った時間が流れる。

「えーと…」

フェイトが苦笑いをする。しかし笑顔で、間が持つというある意味の会話スキルは、一部の人間のみが持つ天性のようなものだ。
確かにフェイトには天性の美貌が備わってはいるが、残念ながらその天性の会話スキルは備わってはいない。
自分がこの中で一番年上だからどうにかしないと、と責任感の強いフェイトは頭の中で、この場面に適した会話パターンを探す。
こんなことならもっとハウツー本とかを読んでおけばよかった、自らの未熟さを呪った。

「あのー、すいません。メニューくれません?」

間の抜けた声が、その空気をぶち壊す。
いつの間にか席に座ったユーリが店員を呼んでいたのだ。
店員がやってきて、彼にメニューを渡す。
メニューを受け取ると、何が良いかなー…と呟きながらページを捲った。
男のくせに堂々とデザートメニューなんて選ぼうとしている。

「お二人に聞きたいんですけど、この店って何がお勧めです?」






<あとがき>
あれ?なんか無駄にユーリが空気読めないキャラになってしまった…
楽しみにしていた方(いるのか?)お待たせしました。申し訳ありません。

とりあえずフェイトさん登場です。
どんなポジションになるかはまだ決めてません!
見切り発車って本当に怖いです。


私信ですが…
仕事の関係と一身上の都合のため、更新の頻度の急激な低下。
そして感想に逐一コメントすることができなくなりそうです…
申し訳ありません。
ですが、しっかりと目を通させていただいて、励みにしております。
皆さまありがとうございます。

感想に複数あった「桜子さんポジション」ですが…まだ、決めかねています。
どうしましょ…



[14604] 執務官の事件簿  2話  “変身”  (中その2)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/20 00:15
「そう言えば、フェイトさん、バルディッシュはどうしたんですか?」

先程の凍りついた空気から一転、自分の好きな甘いお菓子談議になってからは非常に会話弾んでいた。
ユーリは2人の勧めでミルフィーユを頼み、今はケーキを転倒させないよう慎重に、集中して食べているところだ。
そんな中、フェイトが使用している通信端末が彼女のデバイス、閃光の戦斧“バルディッシュ”でないことにティアナは気づいた。

「うん、今ちょっと修理してもらってるんだ」

「え?どこか不具合でもあったんですか!?」

「ううん、違うよ。カートリッジチェンバーにちょっとガタが来てるかもってシャーリーから言われてね。
検査してみたら、ホントにちょっとだけどフレームが歪んでたから…一緒に全部メンテナンスしてもらおうってことになったんだ」

職人ってすごいよね、と笑みを浮かべてフェイトは紅茶を味わう。
少女のような無邪気さもあるし、大人のような気品も持ち合わせている表情。
これに見惚れない男がいるのだろうか…とティアナは思う。
作戦行動中、訓練中はどこまでも凛々しく、黄金の雷を自在に操り、目にも映らぬ速さで敵を圧倒していく一騎当千の武装局員(つわもの)だが、
一度その場を離れればどこまでも優しく、聖母のような暖かさと、時々小動物のような可愛さも併せ持つ女性へと早変わり。
まるでコミック誌から出て来たミスパーフェクトのような存在だ。
そんな彼女に憧れ、彼女のようになりたい!と武装隊に志願する女性訓練生も少なくないのは知っているが、ティアナにしてみれば「アンタたち、あきらめなさい」ってなところだ。
こんなものは訓練校時代の数年間と、その後の職場のスキルアップ程度で身につけられるようなものではない、生まれつきなのだ。
ティアナはそこの所はしっかりと身の程をわきまえていたり、かつて手厳しく“無茶すんな!”と教えられたので、自分らしく成長していこうと心に決めていた。
広域射撃魔法もマスターしなきゃ…なんて自分の将来について考えていたときである。

「このミルフィーユ美味しいですね!」

ユーリの若干興奮した声が優雅に思索にふけっていた時間をぶち壊した。

「でしょ。一回だけど、ここって雑誌に紹介されたことあるんだよ」

「へー…そりゃ、凄いですね」

「あー、フェイトさん…この能天気に付き合わなくていいんですよ」なんてティアナに言えるはずもない。
“有名人”を前に緊張せずに、食べ物についてフェイトと盛り上がれるユーリを見て、このマイペースさは普通に羨ましいと感じる。
というか、初対面なのに…自分とも会って数日しか経ってないのにこの馴染様は何?
まるで、いつもつるむ友人のように扱っていたが、そういえば顔を合わせたのは数日前での仕事でのことだ。
もっとも、過ごした時間の濃度は今まで自分が生きてきた中でトップクラスのものだったが…
ユーリのペースに巻き込まれつつある現状にティアナは少し危機感を覚えた。

「?どうかしました?」

自分の視線に気づいたらしい…ユーリが不思議そうにこちらを見ている。
ティアナは何でもないわよ、と一蹴し、時間を気にし始めた、夕陽がだんだんと落ち始め、辺りは暗くなる。
そろそろ仕事に戻らなくちゃ…と思ったその時である。
ティアナとフェイトのデバイスが一斉に鳴り始めた。
2人とも急いで、通信を開く。

『管理局本局からミッドチルダ西部にいる武装局員へ緊急連絡。
未確認生命体を発見!詳しいデータはデバイスへと転送します。至急向かってください!』

フェイトとティアナが顔を見合わせ頷く横で、ユーリの顔が強張っていた。








執務官の事件簿  2話  “変身”  (中 その2)









「ごめんね!ちょっと緊急の召集があって…!」

フェイトは立ち上がり伝票を持ってその場を立ち去る。
その際に、ユーリを見つめているティアナを一瞥した。
ティアナは立ち上がったユーリの服の袖を強く掴んでおり、何かを言いたそうに彼を見つめている。

「早くね」

それだけティアナに言い残すと、フェイトは会計を済ませにレジへと向かった。
フェイトが遠くに行ったのを確認すると、ティアナも立ち上がり、ユーリの胸倉を掴み、顔をギリギリまで寄せる。

「なんのつもり…」

ティアナの目から、ユーリは目を逸らすことができない。
そんな彼は自分の思っていることを告げる。

「だって、未確認が出ているんですよね…!行かなくちゃ…」

それは着飾りのない、だからこそ無知でティアナを怒らせるには十分な言葉だった。
彼女は眼を一瞬だけ大きく見開くと、女性とは思えないほどの力でユーリを無理やり座らせる。
ドスン、という大きな音に周りにいた店の客はティアナの方を見る。
しかし、そんなことをお構いなしに、再びキスするのではないかと言うほど顔を近づけるティアナ。

「アナタには“関係のないこと”と言ってるでしょ…!これは私たちの仕事!アナタの仕事はもう終わったの!」

叫び散らしたくなる衝動を抑えて、まるで恐喝するかのような剣幕を見せる。
それに何も言い返せず、いや言いたいことはあるのだろうが、今自分がもっとも気にしていることを言われ、ユーリは黙り込むしかなかった。
彼の反応を見て、ティアナは一息つくと出口の方へ走って行った。

「関係ないか…」

一人残されたユーリは、カランカランとドアのベル音を聞きながら、今言われたことを反芻する。
確かに自分は部外者、関係ない人間だ。
しかし、ベルトを付け連中と戦う力を得、その専用の体になってしまった。
掌を握る。
怪物とはいえ、まだあの感触が残る。
骨と肉がぶつかり、お互いに抉りあう、自分の嫌いな感触…
だけど、それ以上に嫌いな感覚があった。
それは、湾岸部署での叫び声だ…
怪物におびえる悲鳴、自分の同僚が殺され涙も流せず、かといって目の前の恐怖に立ちすくんで碌に声もあげれず…
そんな苦しい声を彼は聞いてしまった、だから戦った…

“アナタには関係ない!”

思い出すと、胸がまた痛む…

「ゴメン、おやっさん…少し遅れちゃうかも…」

一人小さな声で謝罪すると、彼も椅子にかけておいた上着を手にとり、勢いよく店を出て行った。


『ティアナ…彼の…ユーリの事はよかったの?何か知ってたみたいだけど…』

現場へ向かう途中、フェイトから通信が届く。
今もなお、応援要請が呼び続けられている通信の音量を小さくするとティアナはフェイトに言葉を返す。

「問題ありません。彼は私達と一緒に未確認生命体に出くわしただけで、あとはただの部外者ですから」

自分でも思わないほど口調に棘が出てしまった…しまった、と思うがもう遅い。
デバイスを通じた音声のみの通話でも、フェイトが辛そうに息をのむ音が聞こえる。
一拍おいて、「そっか、変なこと聞いてごめんね」という通話を最後に通信は切られた。

「……」

ティアナはごめんなさい、と心の中で謝るとアクセルを踏み、スピードをあげた。


ティアナよりも先にフェイトが市街地からやや離れた倉庫街―現場-に着くと、そこは既に戦場だった。
デバイスを起動させ、杖を構えながら未確認生命体を取り囲む警官達と局員数名。
既に何人かその場で倒れ伏しており、出血の状態、そして傷の具合からもう命はないことが見て取れた。
先程、送られてきた未確認生命体1号・2号の画像を確認しながら、目の前の未確認を見る。
獣のように尖った耳、肉以上の物を噛み切れるかのような鋭い歯、瞑られているかのように細い目、そして何より特徴的なのは大きく尖った肘の刃とそこから広がる翼…
確かにティアナとスバルが戦っていたものとは異なっていたようだ。

「あれが第3号…セットアップ!」

確認すると、支給されたストレージデバイスを装備する。
愛着のない、しかもストレージデバイスを力量のわからない相手で使うのは危険極まりないことだが、緊急事態だ、仕方がない。

<stand by ready. SET UP>

いつもとは違うバリアジャケットを纏い、杖を取ると一直線に第3号へ飛翔した。

「はぁあああ!」

杖を勢いよく振りかぶり、第3号に突撃するフェイト。

「ン?」

警官達に気を取られていた第3号はフェイトが振りかぶる直前に気付き、咄嗟に腕でガードする。
片手でのガードではやはり力が入らないのか、少しバランスを崩され、後ろへと引っ張られる。

「ズゴジパ ダボギレゴグダバ…」

ダメージを与えたというのに、嬉しそうに訳のわからない言葉を発しては笑う第3号にフェイトは違和感を覚える。
戦うことが楽しい…?自分が一瞬で飛びこめる間を確認しながら、空へと飛翔する。

「ゴロギロギ!」

第3号は興味深々に上を見あげると、腕のツバサを広げ、予備動作も魔法陣の展開もなしに飛び上がった。

「飛べる!?」

フェイトは戦闘のリズムを崩され、すこし動揺するが、デバイスを持ち直すと第3号を迎え撃つ。
鋭い風切音とともに、目の前の敵から放たれる右の拳撃、フェイトはそれを空中で一回転をし、足でその軌道を逸らし、バランスを崩させると杖を振りかぶる。
後頭部に決める一撃、バルディッシュのサイズフォームではないにしろ、強烈な一打だ。
腹に力を入れ、仕留めるつもりで振り切った。

「!?」

しかし、第3号はバランスなど崩されていなかった。
それどころか、しっかりと両手で自分の攻撃を受け止めている。
デバイスの装甲が第3号の両手で歪められ、ミシミシと嫌な音を立てているのが聞こえる。

「どうして…!」

自分が振りかぶるあの一瞬でバランスを立て直したとしか思えない…
何という運動神経…フェイトは次の行動を考えるが、それを目の前の敵は許してくれない。
両腕で杖を掴んだまま、今度は第3号が上へとフェイトごと振りかぶる。

「ゴサ!」

そして、勢いよく投げられた。
飛行魔法で、落下速度は減衰させることができたが、勢いよく地面に追突し、周囲の者が巻き上がる。
地面に着地すると、そのまま真っ直ぐにフェイトが落下した方へと歩み寄る。

「させるか!」

先程いた警官達がフェイトを守る様に立ちふさがる。
第3号は少し立ち止まって、何かを考えるように指で顎をなぞると再び歩き出した。
それに反応して立ち向かう警官達…
第3号はつまらなそうに、一番最初に向かってきた警官の攻撃を受け止めると、彼を盾にする。
即座に判断した局員が急なブレーキをかけようとするが間に合わない。
盾にされた警官の影から、彼の腹部を殴り、遠方へと飛ばす。
それと一緒に吹き飛ばされる後ろから付いてきた警官。
その拳が出た隙を狙って、後ろから零距離からの射撃魔法を与えようとした局員が近付く。
しかし、狙いをつけてはなった一撃は何か目に見えない壁のようなものに阻まれ、霧散してしまった。
彼が目の前の光景に驚き、前後不覚になっている間に、第3号はお返しとばかりに蹴り飛ばし瓦礫の山へと彼を吹き飛ばす。
その後の警官達もあっという間に退けると、もう一度フェイトの方へ歩き出す。

「…っ!」

フェイトは立ち上がり、杖を構えた。
受け身も取ったし、ダメージも少ない。先程やられて倒れている人たちは意識はないが、生命反応はあるようだ。
呼吸を整えて、いつものデバイスのようにやや崩した正眼で構えるフェイト。
魔法陣を展開、どれだけこのデバイスが持つかは分からないが大技を放つために集中する。
すると、自分の持つ杖から奇怪な電子音と共に、火花が上がった。
それと同時に、魔法陣も消え、バリアジャケットも解除されてしまう。

「そんな…あの一撃で…」

支給品用のデバイスに未確認の一撃を防げるほどの装甲はなかったようだ。
フェイトは壊れた杖を持ち直し、後ずさる。
どうやら、こちらに完全に意識が向いているようだ。
今なら、そう思った彼女は第3号に背中を見せて走り出した。
それを追う、第3号。
しかし、所詮は女性の体、すぐに追いつかれ、投げ飛ばされてしまう。
壁に身を預けながら、それでも何とかしようと打開策を見出そうとするフェイト。
第3号が向かってくる。
その時、数発のオレンジ色の光弾が彼の周りを取り囲んだ。

「バンザ…!?」

それに見惚れるかのように立ちつくす第3号。
その瞬間、一斉にそれらが彼に直撃した。

「グ…!?」

第3号は膝をつき、肩で息をする。
怒り狂ったように、辺りを見回した。
そこで何かの気配を感じ、後ろを振り返る。

「ギダ…」

月夜に照らされて影になっているから表情までは読み取れないが、そこにはティアナ・ランスターが佇んでいた。

「ビザラザ!」

第3号は腕を広げ、一瞬でその距離を縮め、彼女に爪をつきたてる。
腕が彼女を通過し、第3号は笑みを浮かべた。
だが、その笑みはすぐに消えることとなる。
なぜなら…

<Ring Bind>

彼女の姿は光と消え、そしてその代わりに、光の紐が自分を縛っていたからだ。

「グ…!」

腕を思うように動かせずに苦しむ3号、そんな彼をよそに物陰から現れたティアナ・ランスターはフェイトへと近づいた。

「大丈夫ですか!?」

「何とかね…ありがとう、ティアナ…随分成長したんだね」

フェイトは痛みに顔を歪めつつも嬉しそうに差しのばされたティアナの手を取る。
ホッとする2人。しかし、フェイトの顔がすぐに引きつる。

「ティアナ!後ろ!」

「!?」

既にバインドを解いた第3号が、ティアナの背後で腕を振り下ろそうとしていた。
なんとか反応に間に合い。
それをダガーモードで受け止める。

「やっぱり、覚えたての魔法じゃ…駄目ですね。フェイトさん、少し下がっててください」

フェイトはその言葉に従い、ティアナから数メートルほど距離を置く。
その時に少し違和感に気づく。
ティアナは本来ツーハンドのはずだ…しかし、今使っているのは右腕のみ。
何かを隠している風にも見えない…

「まさか!?」

フェイトは少し立ち位置を変えてみる。そして自分の予想が当たっていたことに、暗闇を見た気がした。
ティアナの左腕は左わき腹を抑えていた。
銃形態すら使用できないほどの痛みらしい、彼女の顔は酷く歪んでいる。

「フン!」

そんな状態ではパワー負けするのも必然、ティアナは軽くあしらわれフェイトがいる所まで投げ出されてしまった。
苦しそうに息をするティアナ、しかし目はまだ諦めておらず、真っ直ぐと第3号を見つめていた。
フェイトはティアナを庇うように抱きかかえる。
その時、甲高いエンジン音が遠くから聞こえた。
それは段々と自分に近くなり、バイクと認識するまでに時間はかからなかった。
ティアナとフェイトのすぐそばで立ち止まり、運転手が慌ただしく座席から降りながら、ヘルメットを外す。

「アナタ!」

それは先程追い返したはずのユーリ・マイルズだった
彼はティアナとフェイトを見ずに、一心不乱に第3号に突っ込んでいく。

「うああああああ!!!」

棒立ちの第3号に、パンチやらキックやら我武者羅に決めていくユーリ。
すると、見ている2人の目の前で彼の姿がだんだんと変質していった。
右腕から、左足から…どんどん、その変化は体を侵食していき白い装甲が彼を包む、最後には黄金の角と赤の複眼のマスクが彼の顔を覆った。

「第2号…!」

「あの馬鹿…」

ユーリが第2号へと変わったこともそうだが、ティアナの零した発言に彼女を見つめ、フェイトは目をまるくする。
腕の中のティアナは悔しそうに、歯を食いしばっていた。

「フェイトさん…ありがとうございました…」

呆気にとられているフェイトに、ティアナは一言礼を告げるとヨロヨロと力なく立ち上がり、第3号とユーリの元へ小さく一歩一歩と歩き出した。


「らぁ!やぁ!おりゃああ!」

先程から何回も攻撃をする、しかし第3号に全く効いている気配がない。
確かに、後退はさせているが、全て受け流されているように手応えがないのだ。
何故かはわかる、自分が…この姿が本当の姿ではないから…
そうボンヤリとだが見える、赤い戦士が戦っているのが…古代の戦士が彼らと戦っている様子が見える。
だが、何が足りないのか分からない。どうすれば自分は赤の戦士になれる?
胸中にねっとりと沈殿物のように不安が渦巻く。そんな攻撃が第3号に届くはずもない。

「うおりゃあ!」

最後にもう一撃、大きく脇を広げ、今自分が出来る中で大きな攻撃を放った。
それはみごとに顔面にクリーンヒットし、流石に答えたのか第3号の足が少しふらつく。
確かに効いている、もしかしたら今ここで倒せなくとも退けることは出来るかもしれない、ティアナはそんな希望を持ち、次のユーリの手を待つ。
しかし、彼はそこで動きを止めてしまった。
それどころが自分の手を見つめ、何かに怯えるかのように肩を震わせている。

「やっぱり、アイツ…!」

ティアナは確信した。
ユーリは争うことが苦手なのではない、嫌いなのだ。
しかし、彼は未確認と戦うための力を手にしてしまった、それゆえの義務感で戦っているのだろう。

「誰もそんなこと望んでないのよ!」

この場に戦いたくない人間は必要ない、いてもそんなのは邪魔なだけだ。自分たちでやって見せる。
今なお脇腹が訴える痛みを彼女の矜持で無理やり黙らすと、クロスキャリバーを構え第3号に狙いを定めた。


ユーリが自らの拳に残る嫌な感触に絶望する間に、ゆったりと第3号は立ち上がった。
目の前にいる敵が何を怯えていることに違和感を覚えたが、再び彼は目の前の敵へと歩き出した。
自分が破壊の限りを尽くす…そしてその目標に最適なモノが自分の目の前にある、今の彼にはそれで充分だった。

「くッ!?」

ユーリが気づくよりも先に、第3号は彼の鳩尾に、拳をめり込ませる。
前のめりになりながら、胃の中のものが逆流する感覚を耐えたユーリは何とか体勢を立て直そうとした。
しかし、それよりも早く首元を掴まれてしまう。

「マンヂ デデンパ ボググスンザジョ」

第3号は見せつけるようにユーリの目の前に拳を握ると、そのまま軽く顔面に数発入れる。
一撃一撃が重い…呼吸がその度に苦しくなり、倒れそうになるがそれを第3号は許さない。
最後に、止めと言わんばかりに顎に痛烈なアッパーが放たれ、ユーリはフェイトの方へ吹き飛ばされた。
受け身も取れないまま、背中から鈍い音をして落下する。
そのまま無様に転がり続け、その内に未確認生命体第2号が先程まで喫茶店で談笑していた青年、ユーリ・マイルズに変わる光景にフェイトは口を開けて驚愕するしかなかった。

「う…あ…」

自分の数メートル先で痛みに苦しむユーリを見て、意識を覚醒させるフェイト。
今の自分のやるべきことはこんなところで呆けていることではない。必死にこの場からの打開策を考える。
今の自分に武器もない、それどころか、ティアナもユーリも大した戦力になりはしないだろう。

「そうだ…」

フェイトは何かを思いつくと、立ち上がる。

「ティアナ!少しの間でいい!時間を稼いで!」

そう言うと後ろを振り返り一心不乱に走り出した。
何が起こったのだか分からない第3号はフェイトを追おうと身構えた。しかし、その背中に緩い痛みを感じる。
気だるそうに、振り向くとティアナが銃口をこちらに向けていた。
軽口も叩けないのか、それとも怯えているのか、何も言わずにただこちらを見つめるのみ…
第3号にしてみれば、ティアナはもう遊び終わった玩具のようなものだ。
あとは、殺すのみ…対して興味のわかない存在だ。
だが、しかし、自分の道を阻められたことに納得がいかない。
ギリギリと不愉快な歯ぎしり音をたてるとティアナに向き合った。

「ボゾグ…」

静かに、しかしはっきりと第3号は宣言し、またも鋭利な爪を自慢するかのように顔の前でチラつかせた。

「執務官さん…」

その後ろで必死に立ち上がろうとするユーリ、だがこれまで受けた攻撃と顔面にもらった一撃が重く、立つことすらままならない。
ティアナはなるべくユーリから第3号を遠ざけようと、すり足ではあるが後ろに下がり、彼を誘導する。
その狙いに気付いてか気付かずか、第3号が翼を広げ高く舞い上がった。

「やっぱりそう来る…!」

先程までの局員や警官達との戦いで、空を飛べる人間もいるが、飛べない人間の数の方が圧倒的に多いと学んだのだろうか…
左腕が使えず、誘導可能なヴァリアブルバレットが僅かなティアナにとって、状況はますます悪い方向へ転がっていく。
そのまま第3号は彼女の周りを品定めでもするかのごとく、グルグルと飛び回り始める。
立っているだけでもスタミナを激痛によって消耗する彼女にとって、この長期戦は不利なことこの上ない。
時々、こちらを馬鹿にしたように首を横に振りながら、1周、2周、3周…とティアナの周りを飛び続ける…
周を増すごとにそのスピードは徐々に上がっていき、それもティアナのスタミナを大きく削る一因となっていた。
膝をつくことも、相手から目を話すことも許されずに周囲を確認する作業に、彼女の集中力はついに限界を迎える。
足がもつれかけ、体のバランスを崩しかけてしまったのだ。
しまった、と思うがもう遅い、第3号はこちらに向かって突進してきている。

「ふくっ…!」

左わき腹を抑えていた左腕を銃の上部に手を当てダガーモードの刃で爪による一撃を食い止める。
しかし、直撃は防いだものの、彼の桁違いな突進力を受け流せずに倉庫の壁に強く背中をうちつけた。
あまりの衝撃に声も漏らせず、肺の空気が口から抜けていく音しか出せなかった。
その振動で周りに積んであった、積み荷が崩れ落ちる。
彼女の手からクロスミラージュが零れ落ち、バリアジャケットも解けてしまう。
ティアナはそのまま立ち上がることも出来ずに、気を失ってしまった。

「フフハハハハ…」

卑下た笑みを浮かべながら、倒れ伏したティアナを見つめる第3号…
その時、一筋の光が自分達を照らす。
暗闇に目が慣れていたため、余りに強い光に目が眩む。

「なにを…?」

「アァ……ア…!」

ユーリが何が起こったのかを察知する前に、第3号が苦しそうな悲鳴を上げた。
まるで、光を恐れるかのように何もない所で手を振り払うようにして、苦しそうに悶えている。

「ハ……ァ…!」

体が痙攣し始め、段々とその動きが弱弱しくなり、ついに第3号は虚空へと飛び去っていった…
ユーリには何が起きたか分からずに、飛び去って行った方向を見ていると、後ろでなにかが力強く打ちつけられた音がした。
光りに慣れて来た目で、後ろを見ると、そこには車のドアを閉めたフェイトが自分と同じように第3号が飛び去った方向を見つめている。
ここで、ようやくユーリは光の正体が車のヘッドランプであったことに気付いた。
そして、数秒、何もないことを確認すると…

「ティアナ…!大丈夫!?」

フェイトは積み荷の山をどけると、気絶したティアナを抱きかかえる。
その返事に何も答えることができず、ただ、力なくフェイトにもたれかかるティアナ。
その光景をただ見つめることしか出来ないユーリは自分の不甲斐なさ、そして上手く戦えなかった後悔と、悔しさに苛まれながら倒れ伏すしかなかった。







<あとがき>
という訳で「中 その2」でした。
本当はこの話を「後」として終わらせるつもりだったのですが、自分の至らなさ故、また次回へと伸ばすこととなってしましました。
申し訳ありません。



[14604] 執務官の事件簿  2話  “変身”  (後)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/21 04:51
11月25日   PM 18:43  時空管理局本局 医療局

ユーリは病院の待合室で、ソファに腰をかけ、ティアナに面会できる時を待つ。
本局へ移送する途中で、既にティアナは意識を回復していたのだが、「大丈夫ですから」と未確認の捜査に行こうとしたのを無理やり止められ、無理やり検査をさせられる流れになった。
彼女が、医務室に入った後、フェイトは少し考え込むと「あとよろしくね」とユーリをその場に残し、少し思いつめた表情でその場を後にした。
申し訳なさと、自分が赤の戦士になれなかったことへの苛立ちで、その場にじっと座っていることすら苦痛に感じる。
みっともないと分かっていても、貧乏ゆすりがとまらない。
俯き、整理しようのない感情に頭を悩ませていると、女性が言い争っている声が聞こえた。

「ランスター執務官!駄目です!その怪我では…」

「大丈夫です!それに、ただ調べたいことがあるだけですから!」

“ランスター執務官”という単語にユーリは顔を挙げ、声がした廊下を見る。
廊下の向こうから、上着を整えながら歩くティアナと、若い看護師が心配そうに付き添ってこちらに歩いて来ていた。

「それでも許可できません!回復魔法と身体の治癒能力の経過を見るためにも最低でも明日の午後までは絶対安静に…」

「大丈夫ですから…!」

看護師は何かを言いたそうに口を大きく開けたが、これ以上は無駄なのだろうと、諦めて踵を返してしまった。
トボトボと寂しそうに帰る彼女の背中に、申し訳なさそうにティアナは一礼をし、再び歩き出そうとした。
そこで、彼女の動きは止まる。

「あなた…」

ユーリに気付き、驚くような、少しホッとするような…そんな微妙な表情の後、いつものように凛々しい顔に戻り、彼に構わずに早足で歩いていく。

「なんのつもり?」

突き放すように一言。
彼女の歩く速さに合わせながら、少し後ろからユーリは彼女に声をかける。

「すいませんでした。あの時、俺…上手く戦えなくて」

ティアナはユーリの方を見ようともせずに、エレベーターの下の呼び出しボタンを押す。

「分かったでしょ、あなたは武装局員じゃない。
これからのことは私達に任せて、管理保安部で自分の仕事をしていればいいの」

「でも…!」

ティアナは喫茶店の時同じ、それ以上の力でユーリの胸倉を掴みあげ、壁に叩きつけた。
バシン、という派手な音に、そのフロアにいる人間は皆ティアナとユーリの方を見るが彼女はそんなことには構わない。

「あなたが力を手に入れたと思うのは勝手…でもね、市民や力ない人々を守るのは私達、武装局員の仕事なの!」

「でも…!」

「でも、じゃない!
私、気付いたのよ。貴方が武装局員を辞めた理由が…」

「え?」

「第3号との戦闘中、あなたがアイツを思いっきり殴った時、追い討ちをせずにそのまま引きさがったわよね?
あなた、本当は戦いたくなんかないんじゃないの?」

「…っ」

ユーリが黙り込み、その反応でティアナは確信を得る。
それは今朝、ユーリの病室での出来事とはまるで正反対の状況だった。
少しティアナは悲しそうな、優しそうな表情を一端に見せ、そしてまたいつもの表情に戻る。

「戦いたくない人間が、私達のそばにいられても迷惑なの!
中途半端にかかわらないで!」

彼女はそう言い放つとユーリを力任せに押しのけ、エレベーターへと入り、問答無用でその扉を閉じる。
下の階へと移る表示灯を見ながら、ぼんやりとだが彼はある一つの事に気がつく…

「もしかして…俺に戦う気持ちが足りてないから…赤の戦士になれなかったのかな…」

まだ輪郭がはっきりと出ないほどに曖昧ではあるが、解は出た。
しかし、そこまでの辿りつき方が彼には分らない。
深い森に一人取り残され彷徨い続けているような、そんな孤独感と絶望感を彼は感じていた。








執務官の事件簿  2話  “変身” (後)








11月25日     PM 19:30    ミッドチルダ西部公道 車中

ユーリは待ち合わせギリギリでゴリスを拾うと、早速、管理局の転送ポートを利用しミッドチルダ西部へ飛んだ。
その後は昼間に彼が通った道を通り、スミソニアン教会へ向かう。
本来、こういった儀式は昼間に粛々と行われ、夜には死者の魂を弔うためにちょっとした会食のようなものを開くらしいのだが、
今回は遺族の都合、そしてなにより、彼らがそんな気になれないのが大きな理由により夜に葬儀を行い、そこで終了という形になっているらしい。
それもそうだろう、あんな無残な形で遺族を亡くしているのであれば、とてもじゃないが呑気に会食なんて出来るはずもない。

(そう言えば、俺、葬儀の雰囲気って苦手なんだよなー…)

むしろ、得意な人間なんていうのは少数だと思われるが、今更ユーリは自分が今から行こうとしているところの確認を改めてしていた。
不思議な感覚だった、今から自分が参加する行事なのにもかかわらず、どこか他人事のようで現実感がなかった。
ずっと“自分に足りない気持ち”というのが分からずに、自身に対してむしゃくしゃしていた先程までの感覚が嘘のようだ。
ゴリスを車で拾う所から既にユーリの心は此処にあらず、といった感じで、車中では、乗車時の

「行き先確認したか?」

「うん」

と転送ポートの利用のための手続き云々の会話しかしておらず、非常に息苦しい空気となっている。
そんな中、教会までもう少し、という所でゴリスが話を切り出してきた。

「どうした、考え事か?」

「え?」

葬儀の礼節を頭の中で復唱している中で、突如飛んできた問いかけ。
それにユーリは少し動揺を見せる。
どうも駄目だ…自分がしっかりと立って歩いている感じがしない、彼はそんな居心地の悪さを感じながらもゴリスの問いに答える。

「考え事っていうか…そうだなー、探し物かな?」

「探し物?」

「うん、自分に足りない物は何かって…ずっと悩んでて」

「へぇ」

へぇ、とは言っているものの、声からは予想通り、といった感情が手に取るように分かる。
むしろ、ゴリスはそれを隠そうとしていない。

「おやっさんはわかる?俺に足りないってところ…」

「んぁ?さぁねぇ…ただ…」

「ただ?」

「足りないって分かってるんだったら、もう1歩なんじゃないのか?
きっと何かの拍子に見つかりもするだろ」

「そか」

「まぁ、しっかり決断しろよ。自分の大切なもんを誤魔化すんじゃないぞ」

「うん」

最後の「大切なもんを誤魔化すんじゃない」の所はよく意味が分からなかったが、ユーリはとりあえず頷くことにする。
自分はそれを聞いてるのに…これじゃあ禅問答じゃないか…
途中で、パトカーとすれ違った。もしかしたら、さっきの第3号との件でいろいろと調査があるのかもしれない。
赤いヘッドランプを見てると、再び自分が白い戦士にしかなれなかった光景が蘇る。
自分の気持ちが中途半端だったから…だということは何となく分かる。
でも、自分はあの時戦おうとした。
アイツらと戦える力を持っているからこそ、今自分がやらなければいけないと思い、第3号に挑んだのだ。

(どうして…)

「おい、そこ右だ」

どうやらまた自分は世界にトリップしていたらしい。
ゴリスに促され、駐車場に入って行った。



「神よ、この者達を生前の苦しみ、恐怖から解放し…」

神父が、死者を弔うお祈りの言葉を告げる。
それを各々のロザリオや、持ってきた花束を胸に抱き、俯き聞き入る参加者達。
やはり、急な死であることもあってか葬儀への参加者は多く、複数の棺の前には人だかりができていた。
彼らもその中に加わり、大人しく神父の言葉を聞いていた。
咽び泣く声や、鼻をすする音、泣くのを我慢しようとし嗚咽の喉を鳴らす音が聞こえた。
神父の祈りの言葉も終わり、胸に十字をきる。
参加者達も同じようにきった後、地中に棺がおかれ、そこに花束が投げ入れられる。
もちろん、ユーリ達もその中に加わっている。葬儀に参加するのが遅れてしまったためか、列の後ろの方になってしまってはいるが…
先頭の人間が花を手向け終わり、もといた場所に帰ろうと、こちらに戻って来る。
よほど親交があったのだろう、ボロボロに泣き崩れ、その瞳に光は見えなかった。
少しの付き合いで、建前上来ている自分達が申し訳なくなるほどにそれは痛々しい光景だった。
それを直視できずに、目を逸らし、横にいるはずのゴリスを見ると、彼は亜麻色の色をした長髪の若い、自分よりも5つか6つくらい年上の男性と話していた。
その姿を見て、ユーリはその男性に駆け寄った。

「ユーノさん!!」

「久しぶりだね、ユーリ。相変わらず元気そうだ」

「ハイ、もちろん!」

ユーリと話している男性はユーノ・スクライア。
管理局本局にある無限書庫の現司書長だ。
無限書庫…簡単に言ってしまえばいくつもの世界の歴史を本といった媒介にして納めてある場所である。
数年前までは、その管理は乱雑に行われ、資料を探すには何年も必要だったとされておりデータベースとして使い物にならなかったが、
それが現司書長の卓越した検索魔法によって今のように機能するようになった。
管理局の第2の頭脳を作ったと言っても過言ではないだろう。
そんな彼とユーリとはゴリスを通して知り合い、ユーリは配属当初の頃から色々教わってきた。
今度仕事で行く遺跡の設立年代や、民族風土、どんなマナーがよくて反対にどれがご法度なのか、などなど…
ユーリは彼を兄のように慕っており、また教え好きのユーノもユーリを可愛がっていた。
ちなみに、ユーリがユーノを現司書長と知ったのは、仲良くなってからだったりする。

2人は最近ユーリが行ってきた次元世界の土産話をしながら、今回の被害者との関係、遺跡で見つかった古代文字の謎云々に話題は移って行った
特に後者では考古学者の家系の末裔であるユーノにとって非常に興味深い題材であるらしく、(不謹慎ではあるが)彼は目を輝かせていた。
そんな中、先頭集団がざわついている声が聞こえた。
何事かと、ユーリは背伸びをする…目を細めると10歳程度の女の子が母親らしき女性の手を振り払い、森の方へ走っていく光景が見えた。
母親は彼女を追いかけようとするが、せっかく花束を手向けに来てくれた参加者を無下にすることはできずに、女の子が走って行った方向をチラチラ見ながらも参加者に礼をしていた。

「あぁ、あれは今回の調査団の教授の娘さんだなぁ…」

ゴリスが列の横からその状況を見て、呟く。

「可哀そうに…娘さん…お父さん子だったっていうしなぁ」

「そう…ですね…」

辛そうに顔を歪めるゴリスとユーノ。
ユーリにとっては自分も理不尽に父親を失うことの辛さは知っているので、決して他人事ではなかった。
女の子が走って行った森を見つめる。木々の影は辛うじて見えるが、その奥まではとてもじゃないが見えない。
近くで大人数が葬儀を行っているとはいえ、女の子一人が入って行くのには危険な場所だろう。

「大丈夫かな…」

父親を失った直後の壊れそうな心、そしてそんな前後不覚な精神状態で森に入っていくことにユーリは少し不安を覚えた。
そうこうしている内に、ついに彼らの番が回って来た。
花束を棺のそばに投げ入れ、目を閉じ黙祷する。その後、涙で顔をぐしゃぐしゃに歪ませた遺族にも一礼をする。

「ユーリ、どうしたの?」

礼の後、その場から動かないユーリを不思議に思いユーノが声をかけた。
その後、列の最後尾の方まで戻るのがマナーではあるのだが、ユーリはやはり森の方へ走って行った女の子の事が気になるらしい。
突っ立って、じっと向こうを見つめている。

「スイマセン…ちょっと先に行っててください…」

「え?ちょっと!?」

こちらの制止も聞かずにユーリが本来のルートとは逆方向、森の方へ走りだす。
こちらを一回も振り返らずに一心不乱に走り去る背中に、ユーノは昔からよく知っているある一人の女の子の事を思い出した。


「たしか、こっちの方だと思うんだけど…」

夜の暗闇、森の中、そして葬儀用の彼女が黒い喪服を着ているために居場所がさっぱり分からない。
パーク内に街灯もあるにはあるが、森の中まではその光は遮られてしまう。

「大声出して探すってのも違うよなぁ…」

もう一度辺りを見回す。
さっきよりも暗闇に目が慣れてくれたせいか、遠くにある木々の輪郭がボンヤリとだが見え始めた。
すると一番遠くに見える木陰にもたれかかる様にして、少し震えている影を見つけた。

(もしかしたら…)

そーっと近づいていく…なんて言葉をかけていいかは分からない。
ただ、「一緒に戻ろう」くらいしか言えないだろう。でも、とりあえずこんなところで一人で放っておくよりかはマシなはずだ。
そのまま、なるべく静かに近づいていく。すると

「どこー!?ルビアちゃーん!いたら返事してー!」!

と、少ししゃがれた女性の声が聞こえる。
その声に少し驚いたのか、ビクっと肩を震わせて、辺りを見回す“ルビア”と呼ばれた少女。
どうしていいかも分からずに声をした方向を向いてオロオロしている。その際に足元の枝を踏んでしまい、何かが弾けたような乾いた音が静かな森の中に響いた

「あ!ルビアちゃん!」

その音で、場所を特定することができたのか、声の主が走ってやって来る。
それは先程まで遺族列にいた、壮年の女性だった。
おそらくはルビアの祖母なのだろう。彼女はルビアを見ると、一目散に駆け寄り彼女を抱きしめた。
抱きしめられたルビアは最初は驚いているようだったが、段々と声をあげ、泣き始める。

「おとう…さんが…おとうさん…」

何度も亡き父親を呼び、祖母の胸の中で泣きじゃくる少女。
きっと彼女も遺族列で参加者に礼をするだけでなく、大声で泣き喚きたかった。
しかし、それを我慢し大人と同じように今までやってきたのだ。
10歳の少女にしては立派すぎる振る舞いだろう。
祖母と自分以外誰もいないこの場所で、我慢などせずにようやく泣くことができる。
祖母の方もそんな彼女の姿を見て、慰める声が震えていた。

そんな光景をみて、ただ力一杯に拳を握り、それを静かに自分の身を隠している木々に叩きつけるしかないユーリ。
ただ、腹立たしかった…今まで中途半端な義務感で戦おうとしていた自分が…
ただ、悔しかった…この泣いている姿をただ見ることができない自分が…
そして、許せなかった…こんな涙を、悲しみを作り出す連中が…

深呼吸をする。冷たい空気が体の中に入り込み、自分の思いあがった熱を冷ましてくれるかのようだった。
そして、前を見つめる。
その瞳に―――――もう迷いはなかった――――




11月25日   AM 4:05  セントカルラエ教会付近 居酒屋街

もう朝も近いというこの時間、ティアナは夜の街を駆けずり回っていた。
彼女には一点、不確実だが、今の情報が少ない現状では信用に値する手掛かりを探して、痛む傷を我慢しながら歩き回っている。
さっきから彼女が探しているのはただ一人の男。
フェイトから聞いた“朝陽をみて逃げ出した”という情報の提供主だ。
身長はないが肩幅があり、口ひげが濃いことも相まってその姿は熊を彷彿させた。
名前はトニー・G・ラリーと言うらしい…あくまで酔った状態で事情聴取したためにこの情報も定かではないらしいが…
さっきから、店に入っては彼が出入りしてないか聞き、そして大した情報も得られないまま店を出るといったことが続いている。

「今日はいないのかな」

そろそろ朝だ。
残念な結果を予想せざるを得ない時間が近付いてきている。
体の疲労もピークということもあり、マイナス思考が頭をちらついてきた。
自動販売機で缶コーヒーを買う。
ブラックの苦みに顔をしかめつつ、それで脳を覚醒させようとしたその時だ。
屋台に一人の男が入って行くのを見かけた。

「もしかして…!」

苦さも忘れ、一気に缶コーヒーを飲み干す。
あとからむせかえる様な香ばしさが鼻をついたが、そんなのを気にしていられない。
屋台まで駆けより、一気に暖簾を捲る。

「トニー・G・ラリーさんですね?」

開口一番、客席に座っている男に声をかけた。
いきなり、自分の名前を呼ばれた男は何事かとティアナを振り返り、彼女の姿を頭からつま先まで何度も見る。
どうやら、彼本人だったようだ。ようやく見つけた手掛かりを目の前にティアナは安堵の表情を見せる。
そして、単刀直入に切り出した。

「怪人を目撃した、という情報を伺いたいのですが…」

それに目の前の男、トニーは目を輝かせる。

「嬢ちゃん、アンタ信じてくれるのかい!」

ティアナがそれに頷くと気分を良くしたトニーは嬉しそうにその当時の事についてしゃべりだした。
余りにも当人の喋り方がべらんめぇ口調だったことと、酒やつまみの注文をするため、色々と閑話休題してしまったために、ここにまとめて記す。

酔っ払い…もといトニー・G・ラリーがいつものようにこの酒屋街で酒をあおった帰りの事だ。
飲酒しているために彼は、少し離れた自宅まで歩いて帰ることにしている。
その通り道にセントカルラエ教会があるらしいのだ。
昨日も、いつものようにその前を通ろうとした時の事、駐車場にあった車がドアを開けたまま止まっていることに気付いた彼は何事かとそこに近づいたのだという。
そこには血の気もなく、水分を吸われたかのようにか細く骨と皮になった女性の死体が転がっていた。
彼はもちろん驚いたが、酔いがさめたショックからか、冷静な判断が出来る状態になったらしい。
すぐに携帯端末を取り出し、然るべき場所に連絡を取ることにした。
その時である、教会の屋根の十字架に誰かが立っているのが見えた。
その姿は、遠目からでも人間のものとは違うということが分かるほどに異形だったという。
その怪物は彼と目が合うと人差し指を指し、腕の翼を広げ真っ向から襲いかかってきた。
車を盾にして隠れ、最初の飛びかかりは難をのがれたが、その時に携帯端末をなくしてしまったらしい。
どこにやったか探していると、いつの間にか、怪物が彼の目の前にいた。
驚くトニーに怪物は何かわけのわからない言葉をつぶやくと、鋭い爪をまるで自慢するかのように彼に見せた後、その切っ先を彼の喉元に向けた。
その時、ちょうど朝日が昇った。
煌びやかに辺りを眩く照らす太陽の光は彼と怪人をつつみこむ。
こんなきれいな朝焼けで死ねたら本望、なんて彼が思うはずもなく、ずっと「助けてください」と神に祈り続けていた。
すると祈りが通じたのか、急に怪人が体を太陽の光から覆うようにして、苦しみ呻きだしたのである。
彼には何のことか分からず、立ちすくむしかなかった。怪人はやがて大きく一声叫ぶと目の前の教会に入って行ったのだという…
彼はその後家に帰り、この時間まで布団にくるまり怯えていたらしいが、アルコールと旨いつまみに飢え、恐怖に耐えながらここまでやってきたとのことだ。
あまりの短絡的思考にティアナは呆れかえるが、そのおかげで今自分はこの情報を聞けたのだ。
礼を告げると自分の車に乗り込み、遠くに控える十字架を見つめる。
静かにアクセルを踏んだ。


ティアナは教会に着くと、すぐにデバイスを起動させバリアジャケットを纏う。
当然、傷が痛む今では銃は片手でしか持てないので、ワンハンドモードで…
入口が開いてなかったので、どこぞの男と同じように裏口から侵入。
同じルートを辿り、礼拝堂まで出る。

夜、誰もいないというのに祭壇にある蝋燭は煌々と燃え盛っており、より不気味さを際立てる。
銃底を左手で固定しつつ、ティアナは周囲を警戒する。
誰もいないが、誰かいたような気配はある。そんな気味悪さを感じながら祭壇の周囲を確認し始めた。
しかし、ティアナは気づいていなかった。
既にこの空間に怪人、第3号がいるということを…


彼はその部屋の天井に蝙蝠のように逆さに張り付きながら、ティアナが自分を探している様を眺めていた。
彼は思う…
あの人間の女はさっき自分が殺そうとした人間だ
もう、壊れた玩具扱いしていたが、まだ自分に立ち向かう気力があるとは…
その滑稽さに不思議と笑みさえ覚えてくる。
少しの物音に過敏すぎるほどに反応し、銃口をそちら側へ向ける様なんて実に愉快じゃないか…
しかし、一度はグムンを退けたとも聞く。
面白い奴ではあると思うが、眉唾ものだな…

第3号は盛った獣のように興奮した吐息を漏らす。
そして、大きくその翼を広げ、ティアナに向かって飛び放った。

「!?」

独特の羽ばたき音を感知したティアナは流石の反応でそれを避けつつ魔力弾を撃つ。
右に横っ跳びというバランスを崩しながらの体勢からだったので、それは目標から軌道が逸れ、一発目は外れ。
今度は外さない!ティアナは仰向けに倒れ込んだ状態で第3号が着地したところで狙い撃つ。
しかし、二発目も、第3号の常人離れした身体能力によってかわされてしまう。
代わりに木製の列席に着弾、当然、その席の背もたれの部分ははじけ飛んだ


「っ!」

しかし、そんなことに構っていられない。
クロスミラージュを持ち直すとすぐに、先程、第3号が着地した所まで駆けより銃を構えた。
いない。
もう一列先をチェックする。
いない。

「どこ…?」

今までに感じたことのない、ホラー映画を見ているような恐怖を感じながら、再び祭壇へと歩を進め、そこに背を預けるティアナ。

クロスミラージュの探知魔法が一切通用しない…

ティアナは焦る気持ちをなだめつつ、深呼吸をする。
先程は確認していなかった天井などにも目を通し、第3号の影がないかを確かめる。
その時、後ろから耳をつんざくような音が聞こえた。
振り向くとステンドグラスをぶち破って第3号が飛んできたのだ。
蝋燭に光が、粉々に砕け散るステンドグラスに反射し美しい放物線を描いた。
しかし、そんな物に見惚れている暇はない。
ティアナは急いで銃口をそちらに向けようとする。が、それよりも早く第3号にその手を取られ、投げ飛ばされてしまった。

「うぁっ!!」

祭壇の上にあった蝋燭ごと吹き飛ばし、ティアナは壁に叩きつけられる。
蝋燭が辺りへ飛び散り、教会へと燃えうつった。
燃え盛る火が第3号を照らし、それがより彼女に威圧感と恐怖を煽る。
が、そんなことに膝を折るティアナではない。再び銃口を構え、魔力弾を放つ。
ワンハンド、それにコンディションは最悪と言うこともあり、誘導弾は3つしか打ち出すことができない。
それを第3号はあえて、防御もせず全身でくらう。

「!?」

予想外の反応に僅かだが呆気にとられてしまうティアナ、確かに第3号は多少のダメージは受けたらしいが些細なものだったらしい。
少しの硬直の後、先程と同じように再びティアナを投げ飛ばした。
勢いよく列席の方に投げられ、ティアナは必死で自分の身を庇うように受け身を取った。
そのままティアナは落下。椅子は真ん中で叩き割られ、無残なオブジェとなってしまう。

「あ…ぐ…っ…!」

ティアナはなんとか息を吐き出し、立ち上がろうとする。だが、自分の手足がそれを許さない。
溜まりに溜まったダメージのせいでついに限界が来たようだ。
体が動くのを拒否している。筋肉が自分の言うことを聞いてくれない。
生まれたての小鹿のように、立ち上がろうとしては倒れ伏してしまう。

「くっ…!」

第3号がティアナを見世物を見るかのような目で見て笑った。

「ラグゴグザグ ヂゾグ デデジャス」

口元をだらしなく開き、舌なめずりをする。

(限界…か…)

もう立ち上がれない、目の前の相手を倒すべき手段もなく、何より彼女の心が折れてしまっていた。
力が入らないどころか入れられない。
その双眸には、なんの感慨もなく、目の前の敵、その先にある死を映していた。

(もうちょっと、優しい言葉で諭せなかったのかな…)

心残りはたくさんある、だが、その中でもついさっき、自分が酷く傷つけてしまったであろう青年の事を思った。
しかし、厳しいことを言わなければ彼はずっと義務感で戦い続けるだろう。
かと言って、病院で自分が放った言葉の針、彼が最も気にする、戦いに対しての気持ちの中途半端さを指摘したことを後悔してもいた。

第3号が口元から涎を流しつつ、こちらに近づいてくる。
そっと瞳を閉じた。

その時、正面の木製のドアが勢い良く開かれた。
聞き覚えのあるエンジン音。
飛び込んできたバイク、スピードを殺さずに突っ込んできたそれは第3号めがけて一直線に飛んでいく。
バイクの乗者はその瞬間に降り、尻から地面に格好悪く着地した。
突っ込んでくるバイクを第3号は寸での所でかわし、バイクは火の中へ放り込まれる。
瞬間、勢いよく火は膨れ上がり、大きな爆発とともにさらなる炎上を巻き起こす。

「大丈夫ですか!?執務官さん!」

さきほど着地した人間がヘルメットを外し、ティアナに安否の確認をする。
その顔を見てティアナは目を見開いた。それは先程、自分が戦うなと念を押したユーリ・マイルズだったのだ。

「あなた!どうしてここに!?」

何とか上半身を起こして、彼がここに来た理由を聞きただす。
第3号が立ち上がり、こちらを見つめていた。
こんな状況でまた戦おうとしているのなら、容赦はしない。彼には悪いがプラズマバレットで強制的に寝てもらう。

「戦います、俺!!」

考えたくないが予想通りの答えが返ってきた。
ティアナはあの喫茶店と同じように再び胸倉を掴み上げた。

「まだそんなことを!!!」

ユーリを叱りつけるように大きな声で強い口調で言い放つ。
しかし、彼はあの時のように動じる様子もない。
それどころか、胸倉を掴んでいる手を振りほどき、ティアナを第3号から放たれる蹴撃から身をひるがえして守った。
そして、いままでのように能天気な声でもなく、かといって揺れ動いている弱弱しい声でもなく、別人とも思えるような雄々しい声で強く言い放つ。

「こんな奴らのために!これ以上、誰かの涙は見たくない!!」

ティアナを第3号からの標的から逸らさせるために、ユーリは彼に立ち向かっていった。
しかし、誰から見ても分かる力量の差。
ユーリは呆気なくティアナのもとに投げ飛ばされてしまう。

「皆に笑顔でいてほしいんです!!

だから見ててください!

俺の―――――変身――――――――!!!」

再びユーリは立ち上がり祭壇まで駆け上がる。
第3号はその様子を黙って見ていた、どうやら面白いことが始まるようだ、そんな表情が見て取れた。

ユーリが大きく手を広げる。
すると、腰部に中央に炎の如く赤く輝く宝石をあしらい、渋く輝く銀色を基調としたベルトが現出する。
両手をそのベルトに一端翳し、右手を左前に掲げ、左手を右腰横にある飾りへと手を伸ばす。


今ならくっきりと見える…赤い戦士の姿が
どのように変身して、そしてどのように戦っていたのかすらも…しっかりと自分の中に蘇ってくる…

ベルトが低く駆動音を鳴らし始める…それとともにユーリの胸の鼓動も早く脈を打っていた。
右手を右前へ、左手をそのままベルト上をスライドさせるように動かしていく。
そして、右手で左手の肘を押し込み、ベルトの左横にある飾りにぶつける。
今鳴っている駆動音よりも一際大きい音が辺りに鳴り響き、ユーリは第3号に殴りかかった。
今までのように中途半端な拳ではない、自分の願い、意志、全てを一撃一撃に込める。
そして、それはいつしか第3号を圧倒していく。
右腕、左腕、右足、左足、自分の体が自分の体でなくなっていく感覚がはっきりと分かる。
しかし、彼の体を纏っていくそれは過去2回とは明らかに違うところがあった。
そう…“赤い”装甲を纏っていたのだ。
体の変化が、腕、足、を包みこみ、体をも取り込んでいく、そしてついに、彼の顔も仮面に包まれていった。

「うおりゃあ!!」

最後に振りしぼって出した雄たけびと同時に、第3号を放り投げる。
第3号は空中でバランスを立て直すことができす、さっきのティアナのように列席に突っ込んでいった。
ユーリは自分の手を見つめ、自身が赤い戦士になったことを確認した。
今までとは比べ物にならないほど、体中に力が溢れているのが分かる。

「変わった…」

ティアナは変身したユーリを見てつぶやく。
第2号…白い怪物とは外見的な意味で酷似しているが、倉庫街の時とは身体的なスペックがまるで違うのがハッキリとわかる。
よく見ると、彼の頭部の黄金の角も第2号に比べると長く肥大化しているように見えた。

「ヌゥぁああ!!!」

燃え盛る火に照らされた赤い姿にティアナが見惚れていると、第3号が瓦礫を押しのけて立ち上がり、ユーリを威嚇する。

「ビガラ グバスビ クウガ!!?」

ユーリには目の前の敵が何を言っているのかは分からないが、彼が自分を指して「クウガ」と呼んでいるのだけは分かった。
ようやく分かった、古代の戦士の名前…
ユーリは嬉しそうに、興奮した口調でその名前を繰り返す。

「クウガ…そうか!“クウガ”か!」

第3号が構える、それに対応しユーリも構えた。
2人はお互いを見つめあい、次の一手がどうくるのか…それに注意を払い間合いを詰めていく。

「ッシャ!!」

先に動いたのは第3号の方だった。
一気に間合いを詰める驚異の脚力、それは第1号を彷彿させ、一度ユーリが痛い目をみた独特の動きでもある。

「ッふ!」

赤い戦士になって反射神経が跳ね上がっているのか、ユーリはそれをジャンプで難なくかわす。
そして着地した瞬間、後ろへ振り向く勢いを殺さずにローキック。
それに反撃しようと無理やり振り向いた第3号の下腹部に周囲の空気が震えるほどの右拳を叩きこむ。

「ッグ…!」

衝撃を殺すことができずに、くの字の体勢で教会の壁に叩きつけられる第3号。
その勢いで天井が崩れ落ちた。
その隙にティアナの肩に手を回し、教会から一跳びで脱出をする。
しかし、先程の一撃でやられてくれるほど第3号は弱くはなかった…
炎中から翼を使い弾丸のように勢いで飛び出て来た。
その際にユーリの首を絞め、そのまま遠くに見える廃ビルの屋上へと飛んでいく。

「りゃぁっ!」

そのままやられっぱなしのユーリではない。
首を掴まれながらも、今度は第3号のわき腹を殴り付け、バランスを崩した第3号と共に廃ビルへと落ちて行った。
脆くなった天井を突き破り、2人して梁のような所に着地する。
普通の人間だったら歩くだけでもすぐにバランスを崩し真っ逆さまになりそうな条件下でユーリと第3号は殴る蹴るの応酬を始めた。
凪ぐように大振りな第3号の拳を捉え、ユーリはミドルキックで彼にカウンターを叩きこむ。
それに、第3号は耐えきれずに錐揉み回転をしながら、地面に落ちていく。
ユーリは追い討ちをかけようと、数メートルもある高所から飛び降りた。
すぐに相手を視界にとらえ、もう一度蹴り飛ばす。
寸前で腕でガードをされたために、後ずさりさせることしかできなかったが、ダメージが溜まっているのか、第3号の構えに力が入っていない。

(いける…!)

そう思った瞬間、後ろからガシャンとなにか固い鉄のようなものがぶつかり合う音がした。
すぐにそれに反応し、音のした方向を振り返ると、第1号が蜘蛛糸を天井に絡みつけ、ターザンのごとくこちらに向かってきていた。
暗闇、そして勢いがあるということもあり、上手く対応ができずに蹴り飛ばされてしまう。ユーリ。

「ぐあっ…!」

受け身を取るが、地面に這いつくばる形になる。
すぐに起き上がろうとするが、第一号が今度は上から爪による刺突を繰り出してくる。
それをユーリはとっさの判断で横に転がり、回避すると、立ち上がろうと、中腰の状態になる。
しかし、いつの間にか回復した第3号が後ろから羽交い絞めをしてきた。

「しまっ…!」

その台詞すらいわせない速さで第一号がユーリの腹に拳を決める。
痛みはある…だが、白い戦士の時に食らったほどのダメージではない…
すぐに体勢を立て直すと、第2発を構えていた正面にいる第一号を思いっきり蹴飛ばした。
その反動を利用し、軽業とも言えるバク宙で第3号の羽交い絞めを抜け出す。
体勢は元に戻ったが、未だに1対2の状況、ユーリに不利なことに変わりはない。
次はどう動くか考えていると、第1号の口から糸が吐かれ、ユーリの腕に絡みつく。
そのまま1号はユーリのバランスを崩しつつ、自分の方まで無理矢理引っ張り込んだ。
それに合わせて、飛び蹴りを入れる第3号。一瞬、それにのけ反るが先程のように再び体勢を立て直す。
しかし、また腕に絡みついた糸を引っ張られ、体勢を崩されてしまう。
たとえ第3号の攻撃を防いでも、第1号の糸がある限り状況は変わらない。

(腕の糸を何とかしなくちゃ…!)

ユーリが第3号と取っ組み合っていると、突如、腕を引っ張る力が消えた。
否、糸が切れた。

「バンザ!?」

上を見ると、梁の上から、ティアナが銃を構えている。
顔を歪めて脇腹を押えながら、銃を構える彼女の姿は痛々しいものがあったが、今は心強いことこの上ない。

「バザザ!」

第1号は再び糸をユーリに吐きかける。しかしそれも彼女の放ったヴァリアブルバレットによって相殺されてしまう。

「グ…!」

彼は上を見上げ、ティアナを視界にとらえる、しかし…

「うおりゃあ!」

その隙を逃がすユーリではない、容赦ない拳を彼の顔にめり込ませ地面に叩きつける。
第3号はそれを後ろから攻撃しよう突撃、しかし…その時、建物の崩れた壁から光が差し込んできた。

「アア…アアアア…!」

昨晩のように苦しそうに呻くと、第3号はそのまま飛び去って行った。

「これで一対一…」

ティアナはそれを確認すると、梁を渡り、地に足を付けた。
そのまま壁にもたれかかり、座り込んだ。

「昨日と言い、今日といい、一生分のゴタゴタ運使い果たしたんじゃないかしら…」

誰に言うでもなく愚痴ると、一人早く眠りに着いた。



そんな中、第1号は屋上へと糸を貼り、そのまま飛び上がっていく。

「逃がすか!」

ユーリは辺りにある壁に手をかけながら、最短ルートで彼を追う。
この筋肉の装甲は自分の身体能力を飛躍的に高めてくれている、超人のような跳躍でビルを昇って行った。
屋上に辿りつくユーリ、しかし、昨日のように第1号の姿はそこにはない。
上からの奇襲も考慮し、辺りを見回す。
その時、彼の体に一斉に糸が巻きついた。

「なに!?」

突然の事に対処ができずに、すぐに糸にからめとられてしまうユーリ。
糸を辿ると、そこには1号が糸束を持ち、獲物を狩った狩人のように高らかに笑っていた。
そのまま、糸を手繰り寄せ、ユーリを蹴り飛ばし、地面に彼を叩きつける。
頑丈な糸で四肢を固定されてしまっているために、自由に動くことができずユーリはされるがままだ。
そのまま胸部を踏みつけられる。

「ぐぁ!」

「ドゾレザ…!」

腕部から爪を伸ばし、止めの構えをとる第1号、思いっきり振りかぶる。
とどめは一瞬で、一撃で…ということなのだろう。
ぎりぎりまで引き絞り、一撃でユーリを仕留めるつもりのようだ。
絶体絶命の状況…しかし、彼は諦める気配を見せない。
必死に糸をちぎろうと、体中に力を込め、引きのばそうとしている。

「フン!」

その無駄な努力を嘲笑うかのように、第1号は一気にその爪をユーリに突き刺そうとした。
間一髪、ぎりぎりのところでユーリを縛っていた糸が千切れ、彼の四肢は解放される。
そのままの勢いで、迫ってくる第1号の右腕を掴みあげ、爪の刺突を避けると、彼の左ももへローキック。
そして、第一号が後ろへ引き下がると、勢いよく立ち上がり左足で、腹部を蹴り上げた。

「!」

だが、それは直撃までもう少しというところで、両腕で受け止められてしまう。

「うおりゃあああああ!!」

しかし、ユーリは右足で飛び上がると、そのまま彼の胸部に一気に右足を叩きつけた。
爆発音と間違うほどの、耳をつんざく音。
それによって第1号は後ろへ吹き飛ばされ、屋上の外壁へと追突する。
その後でややバランスを崩した形で、ユーリが着地した。

「ビザラ…ボゾグ…!」

それでも第1号は、倒れなかった。
尚も諦めずにユーリへと歩を進めようとする。しかしユーリは動こうとはしなかった。

「フ!?」

その歩みがいきなり止まり、蹴られた胸を抑え第1号が苦しそうに呻きだす…

「ボソグ…ジャデデジャス…ボ…ボ、ボソグ!」

胸を抑えていた手を離す、そこには何か印のようなものが残っていた。
その印はしっかりと押し付けられたようで、そこを中心として第1号の体にどんどんと罅が入っていく…

「ビザラ…!!ビザラ…!」

呻きながらも、決して仇敵から目をそむけようとせず、尚も立ちはだかろうとする。
しかし、体を蝕む罅の進行は止まらない…

「ジャデデジャス…ボ…クウガァアアアアアア!!!」

そして罅の進行が、彼らの着けている腰の飾りまで辿りついた時…彼は爆発を起こした。
いや、彼の体内の何かが弾け、粉々になったのだろうか…
ユーリはただ立ち尽くす。彼の右足からは煙が上がっており、最後の蹴撃がどれほどのものであるかを示していた。
第一号のいたそこにも煙が上っている。
もう一度、ユーリは自分の体を確認した、確かに人間のものじゃない…

「だけど…」




「ん…ん…?」

ティアナ・ランスタはゆっくりと目を覚ます。
なんなんだろうか、この何かに揺られてるような感覚は…
確か自分は疲れ切って、ビルの壁に背を預けて眠っていたはずだ。
となるとビルが揺れているのか?それはまずいだろ、命の危機だ。
しかし、ビルの中ではないらしい、だって今、自分は誰かに抱きかかえられているような感覚を覚えているからだ。
じゃあ誰に?

彼女は寝ぼけた頭で必死に現状を整理しようとするが、まとまらない。
少し体を動かし、寝ぼけ眼をこすろうとした。
すると…上から聞きなれた声がした。

「あ、おはようございます!ランスターさん!」

…………ユーリ・マイルズ…
うざったいくらいに元気な声だ…これほど煩いモーニングコールもそうそうないだろう。
というか、なんでお姫様だっこの状態なんだ?
自分がこんなボロボロだというのに…
とは口に出すほどの気力もない彼女は心中で愚痴る。

「なんで…こんなことに…」

ようやく口をでた台詞がコレだった。
それに、彼は笑顔で元気いっぱいに応える。

「まぁ、いいじゃないですか!」

この青空のように晴れ晴れとした表情でそんなことを言ってのけた。

「一生の不覚…」

元上司の侍女騎士のように、端的に自分の気持ちを吐露すると、そのままティアナは黙り込んだ。
どうやら、ユーリはまだ歩くようだ。
ティアナがそろそろ目的地を聞こうとしたその時である。

「お、開いてる」

ユーリが嬉しそうにドアを開けた。
あ、コレ自分の車だ…ユーリはそのまま彼女を運転席に乗せると、シートベルトを着けさせた。

「一応、本局へはクロスミラージュが連絡つけておいてくれましたから」

疲れきって寝ぼけ眼のティアナの顔を見ながらそう言う。
それに、力なく頷くことしかティアナは出来ない。
そのグッタリとした反応に、いままで見て来たティアナ・ランスターとは違う一面を見たユーリは少し笑ってしまう。
そして、最後にもう一度だけで顔を引き締めた。

「ランスターさん、聞いてるか分かりませんけど。
俺…もう、中途半端はしません。関わると決めたらどこまでも関わりぬきますから…
だからじゃんじゃん巻き込んじゃってください!」

その言葉を聞き、最後力を振り絞ってティアナは起き上がろうとする。
何を言うかもまだ分からない、だが、返事を返さなきゃいけない気がしたのだ。

バタン…!

ドアが締められる音がした。その後、元気よく駆けていく足音…

(あの…能天気バカ…!)

心中でだけ元気よく小言を言うと、ティアナは再びその意識を手放した。





<あとがき>
お疲れ様でした!
この休日で一気に書きたいところ(クウガ本編2話)まで書くことが出来ました!!
それも皆さんの感想があっての事です!本当にありがとうございました!


この1日半で一気に描いたので誤字脱字等あるかもしれません。
その場合は感想の方へお願いします…



[14604] 執務官の事件簿  3話  “転機”  (上)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2009/12/29 05:16
新暦78年   11月25日   PM23:00    ミッドチルダ 某マンションの一室

そこは端的に表現すると“綺麗に片づけられた”というのが一番似合う一室であった。
高額所得者が住むような、立派な一室。
家主は相当のエリートということがわかる。
家主である“彼女”にはさほど収集癖はないのだろうか、必要最低限の家具しか置いていない。
かと言って、殺風景と言う訳でもない。
それらの上には家主の家族や親友、昔の仲間達の写真が整然と飾られており、それが彼女がこれまで歩んできた道の証明、そして彼女を支えてくれる大切な存在であることが見て取れた。
そう、殺風景というよりかは質素、シンプルと言った方がいいだろう。
その部屋にはほとんど無駄なものがないのだ。
義理ではあるが、彼女母と兄から

「自分の趣味を見つけろ」

だの

「男は出来たか?」

だの色々と言われるのだが、実際にそこまで夢中になれるというものが自分には仕事しかないのだからしょうがない。
特に後者に至っては余計な御世話だ。
余りに自分の男っ気のなさに一度危機感を感じ、同僚や後輩に協力をしてもらい、“合コン”なるものに参加したことはある。
相手、男連中は開始当初は色々な雑誌などで自分の事を知っていたらしく、色々と話しかけて来てくれるのだが、
自分の仕事内容や、その他得意魔法などに話題が及ぶと、蜘蛛の子を散らすかのように自分の周りから離れ、他の女の子の元に席移動をしてしまった。
よって後半は一人で炒飯やカクテルをひたすら味わい続けるという、ソロバイキング状態になっていた。
後日、幼馴染達にこのことを愚痴るために居酒屋で“3人の会-男が何だ!大会-”を開催したのは記憶に新しい。
だが、彼女の幼馴染達も同じような鬱憤は溜まっているらしい。
乾杯をした後に、自分から愚痴を話そうとした途端、左右の友人がいきなり口を開く。

「勘が鈍ったかなーって思って、収束砲の練習をしたら、男性局員が私をよく避けるようになったんだよねー」

だったり

「私のところの騎士(家族) を恐れて、合コンにすら誘われへんよ」

といった解決するのが難しそうな題目をどんどんあげていく、女同士の友情を改めて再確認。
弱くなった男性を肴に親交を改めて深めたものだ。

――――――――――閑話休題―――――――――――



そんな一室で家主、もといフェイト・T・ハラオウンはシャワー上がりでまだ濡れた髪をタオルで拭きながら、右端をクリップで纏めた紙束を手に取った。
それは、今日の夕方初めて彼女と出会い、そして自分の目の前で未確認生命体第2号へとその姿を変えた青年、ユーリ・マイルズの履歴書であった。
人の人生を数ページで語るなど、ちゃんちゃら可笑しいと鼻で笑う所もあるのだが、どんな情報でもないよりかはマシだろう。
ティアナを本局の医務室に預けた後、彼女の容態が気にはなったが、それよりもまず彼がどうして第2号になったのか…
そして、どうしてユーリ・マイルズ=未確認生命体第2号であることを知っていたのか…それに興味が湧いた。
思い立ったが吉日、ティアナを送ったその足で、人事課に行き、執務官の特権を使って、履歴書の写本を“貸して”もらう。
もしも彼が、未確認生命体第2号が他の未確認と同様に、殺戮繰り返すような人間だったら、絶対にティアナはユーリを信用せず、喫茶店で一緒にお茶を飲んだりするような真似はしないだろう。
そういった理由から、フェイトは一応ではあるが、ユーリに対して信用をおいていた。

「新暦60年…生まれか…」

履歴書に書いてあることを時々口に出し、内容を自分に叩きこむようにして読み込んでいくフェイト。
5歳の時に武装局員である両親が内戦地帯で亡くなる。その後、身寄りのなくなった彼はミッドチルダの孤児院に移り住むことになった。
10歳までそこで過ごした彼は、両親と同じく武装隊入りを志願。訓練校に入る。
魔力資質こそ不足していたものの、持ち前の運動センス、そして勘の良さで15歳の時に陸戦ランクAマイナーを取得。
陸戦Aマイナーなんて、そうそうとれるものじゃない。これだけのランクがあれば本局にも勤められるはずだ。
しかし、彼は武装隊入りを拒否。
今の彼の居場所…管理局本局所属 遺失物保安部 管理取引担当3班への入隊を決意。
管理内外問わず様々な世界でロストロギアを回収…

「今に至る…か…」

フェイトは読み終わると、履歴書をファイルケースに仕舞い、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取りだす。
髪の毛を拭いたタオルを籠に投げ捨て、そのままソファーへと座り込んだ。
ボトルの封を開け、口をつけながら今日のユーリの第2号としての戦い方を思い出す。

確かに、体術の基礎は完成しておりそこに問題はない。
しかし、問題は戦い慣れ…経験とでも言うのだろうか、それと戦う意志だ。
戦闘において土壇場で真価を発揮する2つが彼には明らかに足りていなかった。
これは彼が第2号として戦うこと、もしくは戦うこと自体が不得意の分野であるからして、生まれた直後から第2号になれたという訳ではないと推測できる。
つまり外的要因によって、恐らくは未確認が出現し始めたつい最近、彼は第2号なるための力を得たのだ。
では、ユーリが第2号になった原因は何なのか考えると…恐らく、ロストロギアの回収の際に起こったものであると予想は容易い。
そして、彼とティアナの接点を探していくと、一つの仕事に行きついた。というか、一つしかなかった。

「先日の…湾岸部署襲撃事件…」

未確認生命体第1号、そしてスバル・ナカジマまでもが絡んでくる事件だ…
この時に、何らかのことに巻き込まれて、彼は第2号へと変わる力を得てしまったのだろう。
ティアナが彼の正体を知っているのだから、スバルもその事実について知っている可能性は大きいだろう。
頭が痛くなる…
ここで、もしユーリ・マイルズ=第2号ということを自分が大々的に公表したとする。
すると管理局は大パニックに陥るだろう。
今世間を騒がせている怪奇事件の犯人と同族を匿っているという風評が流れ、管理局の権威はそれこそ地に失墜する。
仮に内部で告発したとしても、彼がどうして第2号へと姿を変えられるのか、そのメカニズムや未確認に対抗するための手段を発見するために
彼は実験台としてモルモットのような生涯を終えることになってしまいかねない…
かといって、自分1人で抱え込むのも非常に重すぎる問題だ。

「こんな時は…」

フェイトは通信端末を手に持ち、アドレスを検索、馴染の番号を押した。









執務官の事件簿  3話  “ 転機 ” (上)








新暦78年    11月26日    AM 9:12  時空管理局本局 医療局

“見ててください!俺の…変身!!”

“俺…中途半端はしませんから…”

「うる…さい…」

どこかで聞いた声が聞こえた。
それと同時に、今まで闇の中にあった自分の意識が明るい陽の光のもとへと持っていかれる感覚を覚える。
自分は今休んでいる最中なのだ、そんな鬱陶しい声を出すな…
願ったおかげなのか、声は止んだ。
しかし、光の方は未だに容赦なく自分を照らし続けてくる。

「ん…?」

ここにきてティアナ・ランスターはようやく目を開く。
その時になってようやく自分が今まで眠っていたのだと自覚した。
明らか自室のものではない、タイルが敷き詰められた天井、そして少しツンと鼻を突くアルコール臭…

(そうか、ここって医務室…)

まだ少し痛む体に鞭を打って彼女は上半身だけを起こした。
手首にかけてある腕時計を見る。

「え、もう9時過ぎ!?」

いつもなら出勤して、本日の予定を提出した後に、現場に向かう頃だろう。
なんという不覚。
慌てて身支度をしようと、ベットから立ち退こうとする。その時…

「あつっ…!」

昨日のように脇腹だけじゃない…体全身に激痛が走った。
再びベッドに倒れ込むティアナ。
ギシ、とマットを支えるフレームが軋んだ。
その音を聞いて、彼女のベッドの周りにかけられていたカーテンが開かれる。
そこから顔を出した女性は安堵した表情でティアナを見つめる。
金髪のショートボブ、少し下がった目じりは彼女の優しい性格を端的に表している。

「ようやく起きたのね」

「シャマルさん!?どうして?」

「どうして…、って私、ここの観察医務官だから…」

そうだ、観察医務官であるシャマルがここにいるのは当たり前ではないか…
では、なぜ、自分はここにいるんだ?ティアナは再び考えなおす。
ようやく冷静になった頭で昨晩の事を思い出してみる。
これまでの記憶にかかっていたうすボンヤリとした靄がどんどん晴れていく。
確か自分は第3号の目撃情報を聞いて、セントカルラエ教会へと出向いた。
教会突入後、奴と戦闘になった。
でも、このコンディションで立ち向かえるはずもなく駄目かと思った時に…悔しいがユーリ・マイルズが自分を助けてくれた。
それで、彼は赤い第2号になって…

「そうだ…第1号…!」

第1号はユーリによって倒された。ならばこの事を報告しなければならない!
ティアナは顔をあげ、急いで自分のデスクに向かおうと、さっきよりも少し緩慢な動作でベッドを下りようとした。

「ハイ、ちょっと待ってね」

しかし、管理局の観察医務官であるシャマルが患者が完全に回復してない状態で仕事に向かうのを見逃すはずもない。
彼女はティアナの肩を掴むと、ベッドへと強制的に彼女を寝かしこませた。

「大丈夫よ、そのことならクロスミラージュがしっかりデータをあなたの上司に報告したらしいから。
もちろんしっかり報告書は書かなくちゃいけないけどね」

「はぁ…」

ティアナはそう言われを懐からクロスミラージュを取りだした。
電灯に照らされて輝く、掌の中の相棒が少し誇らしげに胸を張っているように見えた。

「第1号を倒した未確認生命体だけど、第4号と呼称されるようになったわ」

「そう…ですか…」

第4号=ユーリ・マイルズと知っているティアナにとって、この情報はあまり喜ばしいものではない。
未だに彼は自分達、管理局員にとっての敵と認識されているということでもある。
だが、このことについて大きな声で暴露したいが、そう言えないのも事実。
ティアナのどうも煮え切らない表情に少し違和感を感じたシャマルであるが、そのまま起床後の診察に移る。
診察にかかった時間は早かった。
肋骨にひびが入っていたり、身体に生傷はあるが、普通に生活していればこれが命にかかわる様な傷でもない。
治療魔法と合わせて経過を見ればすぐに元通りになるだろうと診断された。

「それで…なにか悩み事?」

「わゃ!?」

カルテを畳みながら、身支度をするティアナにシャマルはあくまで暖かく問いかける。
いずれシャマルにについて話さなくてはいけないと思いつつも、未だにその覚悟が出来ていなかったティアナは、そのズバリな質問に思わずYシャツのボタンを掛け違えてしまう。
しばし、流れる痛い沈黙の時間…
1分かそれとも10秒しか経っていないのか、ある程度の間の後ティアナから切り出した。

「…なんのことですか?」

「あら、テンプレ通りの誤魔化し方」

決まりの悪そうにしているティアナをふざけながら、それでも優しく見つめるシャマル。
自分が隠し事をしているというのがシャマルには分かっている。
しかし、そんな状況でも自分から言うのを待ってくれているのだろう…
湖の騎士、風の癒し手とはよく言ったものだ、とティアナは思った。

「それじゃあ、まだ話せないみたいだし…とりあえず診断はココまで!」

まだ自分に相談できる内容ではない、シャマルは彼女の気持ちを汲み、このままデスクへと戻ろうとする。
しかし、信用されていないとは思っていない。
六課の絆はそんな簡単に断ち切れるような安いものではないのだ。
絶対安静とは言ったものの、無茶をするティアナのためにいくつか禁則事項の釘でもうっておくか、と考えていた時である。
ティアナが張り詰めた声を出した。

「今は…まだ言えません。ですけど、必ずシャマルさんにも相談しますから…!」

振り向くといつの間にかティアナがベッドから立ち上がっていた。
今は現役の執務官だが、今は六課の頃のように若干幼さが残る表情をしている。

「わかってる。じゃあその時が来るのを待ってるわね」

そのやり取りに懐かしさを感じながら、シャマルはティアナに返事を返した。



新暦78年    11月26日  PM 13:23  管理局本局  会議室

医務室を出た後、自分の体臭の酷さに気付いたティアナは訓練室のシャワーを借りることにした。
確かに、1日2日風呂に入らなくても人間は死なない。
だが、しかし女としてのティアナ・ランスターは死ぬのだ、消え去ると言ってもいい。
決断は早く、いつも通らないような人通りの少ない道を選んで訓練室へと入って行った。
その中で、フェイトに昨日ユーリが第2号へと変身したことの顛末、第4号と同一であること、そしてスバルがそれを知っていることについての報告もしておいた。
この時に既に昨日、倉庫街での一件と独自の調査でフェイトには大凡の見当は付いていたことをティアナは知ることになる。
やはり、この人は凄い…改めて彼女はフェイトの類稀なる洞察力に舌を巻いた。
スバルにも同様の連絡をしておく。
最初、彼女はユーリの無鉄砲さに言葉がでないようだったが、彼なりの戦う理由をティアナから聞くと

「なら、しょうがないよね」

と笑っていた。
やはり、この2人は似てる…ティアナはしみじみと思った。
ようやく、シャワールームに到着。
この時ばかりは仕事を忘れようと、雑念を振り払い、しなやかな肢体をつたい流れ落ちる水音に集中していた。
風呂、もといシャワーは命の洗濯…と髪を拭きながら、ティアナが実感していた時にである、クロスミラージュが本局からの集合命令を彼女に知らせた。
内容は、未確認生命体の今後の対策について。
管理局では責任問題や人材確保、その他決して触れたくない汚い問題等のため、然るべき未確認生命体の専門班の設立が遅れている。
然るべき対策班がない今ではあるが、何もせずにただ時が来るのを座して待つわけにもいかない。
よって、3度の戦闘経験を持つティアナを始め、スバル、フェイト、他十数名の隊長格含む武装局員が会議室へと集められたのである。


「ティア、昨日第3号と戦ったっていうけど大丈夫?」

ティアナがこの会議で使用する資料を読み耽っていると、右隣にスバルが座ってきた。
右腕のギプスや、包帯は既にとれており、健康状態良好ないつもの元気娘が帰ってきた、というところだろうか。

「えぇ、まぁね。こうしてピンピンしてるわよ」

脇腹や傷跡が痛むが、こんなのは気合いで押さえればどうとでもなる。ティアナは涼しい顔でスバルに返事をした。
しかし、スバルは“ふーん”と納得したような返事をしつつもどこかニヤケ顔だ。
椅子を引いたのにも席に座らず、ティアナの視界からその姿を消す。
飲み物をとりにいったのか、ティアナがそう思い。資料の次のページを捲る。
そこには“未確認生命体第2号の行動”という題目と共に、クロスミラージュやマッハキャリバーが提出した画像データも添付されていた。

(未確認同士での戦闘か…)

未だに危険視されている2号ではあるが、人間とではなく、未確認と戦ったという事実はしっかりと上層部に伝わっているらしい。
敵ではあるが、他の未確認以上の脅威となるのか、そこが疑問視されていた。

「そーれ…」

そんなことを考えていると、当然後ろから伸びてくるスバルの手なんて気付くはずもない。
彼女の指は、服の下に青あざがあるティアナの背中を突っつく。

「すdgfvcんskjご;m、;ln………!!??」

声もあげれずに、資料を地面に叩きつけそのまま上半身を机にぶつけるティアナ。
静かな会議室に響く騒音、その場にいる武装局員の誰もが彼女ら2人に注目した。

「………あれ?」

そんなティアナの予想以上の反応にスバルは会心というか…むしろ改心しなければいけない気がしてきた。
謝るべきか、それとも笑って誤魔化すべきか、その2つでスバルが悩んでいると、右下方から殺気を感じる。
見たくはないが、見なければいけない…
「すいませーん」と謝罪しつつ、ちらりとティアナの方を見る。

(見なければよかった、むしろ知らんぷりで席替えすればよかった…)

机に伏せながらも、熊をも殺さんばかりの鋭い目つき、手には殺る気満々の意思表示のデバイス、
そして未確認もかくやというほどの荒い息をしたティアナを前にスバルは後悔をした。

「いや、あの…ティア…その…本当にゴメン」

謝罪なんて通用しないことは分かってる。だって訓練校時代からずっと連れ添ってきたパートナーだから…
しかし、今ここで謝っておけば会議後のおしおきが軽くなるかもしれない。
100を0に出来なくとも100を70に出来るかもしれない…そんな一縷の望みにかけながら、スバルは気持ち土下座をしながらティアナに謝罪の言葉をいれた。
もちろんティアナの目は見れてない、怖いから。
そんな彼女の謝罪を受け取り、ティアナは大きくため息をついた。

(これは“やれやれしょうがないわね”かな!?)

自分の誠意が伝わったのだと、心の中で土下座からガッツポーズを取るスバル。
そして、小さな声でティアナが裁定を下した。

「……あとで話があるから…」

100は100のままだったようだ…
ガッツポーズから一転、一気に白装束を着せられた心の中のスバル。
介錯なんていない、腹が斬られる痛みを死ぬまで感じろ、そんな声が聞こえてくる。
スバルは席に着きながら、目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。
いや、感覚じゃない…本当に暗くなっているのだ。
一斉に室内の電気が落とされ、正面のモニターに映像が表示される。

「それでは会議を始める」

会議卓の上座にいる本会議の進行役と思われる小太りの男性が声をかけた。皆一斉に一礼をし、手元の資料に目を向けた。
スバルも気持ちを入れ替え、急いでその資料に目を通す。

「それでは、この映像を見てくれ」

それは湾岸部署でティアナが見た映像であった。
棺の前に悪魔が佇んでいる。
参加者が一部を除き一斉に息をのんだ…
映像の悪魔は棺の中からベルトを取りだすと、それを地面に叩きつける。
そして、何か叫び声をあげながら、カメラマンに襲いかかった。
と、そこで映像は終わる
そして進行役の男が話し始める。

「未確認生命体にによる武装局員、地元警察への襲撃…既に被害者は30名に以上にも及んでいる。
今のところミッドチルダの区域でしか彼らによる殺人は起こっていないが、各次元世界へとその脅威が飛び火する可能性だってある。
そこで、今回、これまで確認されている未確認生命体の情報について洗い直して行こうと思う。
では、最初のページを見てくれ」

各員がページを捲る音が静かな会議室に響く。
そこにはグラフや何かのパラメーター、そして第1号の写真が並んでいた。

「これは第1号の体組織や体液を回収してサンプリングし、グラフ化したものだ。
君達の中には専門知識がないため、このグラフを見ても何が書いてあるのか分からない者もいるだろうから単刀直入に言う。
未確認生命体第1号は我々、人間と非常によく似た構成をしているということが発覚した」

その発言に会議室に動揺が走った。
訳が分からないにも関わらずグラフを穴が空くほどに見る者、隣の人間と話しこみ、甚だ信じられないといった表情をする者、そして全てを受け入れたのか次の報告をじっと待つ者…
反応は大まかに3パターンに分かれていた。
ちなみにスバルは1番目、ティアナ、フェイトは3番目のタイプだ。

「静粛に…!
まだ、同じ人間と決まったわけではない。ただ、酷似していると言うだけだ」

鶴の一声、ようやく冷静になったのか話を止め、再び会議に集中する局員達。
それを確認すると、今度はスライドに未確認生命体第1号の画像を映した。

「静かになったな。
そこで、先程も言った通り我々が今のところ確認していく未確認の情報を改めて整理していきたいと思う。
では、まず第1号。これは第4号と争って死んだようだ」

「仲間割れかぁ?」

ティアナの正面にいた若い武装局員が、頭を掻きながらこぼす。
それに反応し、彼を見る目つきが少し鋭くなるティアナ。スバルも悲しそうな眼をしていた。
スライドが映る。

「第2号。この画像では不鮮明だが、1号や3号と腹部の装飾品が若干異なるようだ」

スライドが映る。
教会でユーリと第3号が戦闘している画像が表示された。

「第3号…これは第4号と争っている写真だが、両者ともその後の行方は分かっていない。
第4号と第2号は似ているが、体が赤く、また頭部の形状も若干異なっている」

またスライドが映る。
画質が粗く、細かな輪郭までは選別できないが、それは人間の姿ではないということが分かる生命体の画像が2枚、並んで映っていた。

「これが、各地元警察から送られてきた謎の影だ。この2つも未確認生命体と断定。
そして先程映像で見せた者を便宜上第0号と呼称すると、未確認生命体は計7体存在することになる」

こんな奴らが7体…ティアナは思わずため息を吐いた。
身体的スペックや、なんのカラクリかは分からないがAMFのようなものを体中に纏い、そして探知魔法さえ有効でない連中がこんなに…
彼女は机の上に肘をつき、虚空を見つめた。
自分が一人動いてもどうしようもないが、なにか最低限の事でも出来ることはないか…そのことについて頭を悩まし始める。
進行役の男が参加者の反応を見て立ち上がった。

「各公務機関、および管理局からの共通見解を伝える。
未確認生命体についての報道管制は尚も継続。極力秘密裏に各生命体の捜査にあたり、発見次第…非殺傷設定を解除したうえで…抹殺せよ!」

「…!」

ティアナは思わず、立ち上がった。
会議の参加者が全員彼女を見る。その中に驚いているフェイトの顔があった。
思わす体が反応してしまったことに、少し気恥ずかしくなりながら、ティアナは発言する。

「待ってください、第2号と第4号はその対象から除外すべきです!」

「なぜだ」

「私を危機から救ってくれました!」

再び会議室に動揺が走った。

「それは確かか?」

今度はスバルが立ち上がり、発言する。

「そうです!私も一回守られました!」

「私もです」

フェイトも立ち上がり、第2号と第4号が信頼に足る存在だと発言する。
驚いて顔を見合わせている会議参加者とは違い、凛と無一文字に口を結んだまま進行役の男は再び問う。

「証明できるのか?」

「…それは…」

証明…それは第2号と第4号の正体が局員のユーリ・マイルズであると言ってしまえば簡単にできる。
しかし、今のこの状況でこのことを暴露するには余りにもリスクが大きい。
苦虫をかみつぶしたような表情をしながら、ティアナはゆっくりと着席するしかなかった。
同じようにスバル、フェイトも着席をする。
その反応は証拠はないという意味であると判断し、彼は声を再び張り上げた。

「諸君の健闘を切に祈る。会議は以上だ。解散」



会議が終わり、未確認の対策のために新しいユニットを組むべきだとか、訓練メニューの方針について語りながら部屋からでる武装局員達。
そんな彼らとは違い、ティアナ、スバル、フェイトは何も言えず、ずっと席に座ったままだった。

「仕事に戻ろうか…」

スバルは明るい声を出そうとするが、どこか空回って声が裏返ってしまう。
そんな彼女の心境を全て知り、あえて何も言わずに「そうね」とティアナが立ち上がろうとした。
その時、遠くの席に座っているフェイトが2人に声をかけた。

「2人とも…待ってくれないかな」

「へ?」

「はい?」

今までになく、真面目でそしてどこか震えた声。
2人はフェイトに振り向く。
彼女の顔は何処か強張っていた。

「少し付き合って欲しいんだ…」






<あとがき>
申し訳ありません、長期間放置してしまいました…
年末の休みになるべく書きためていきたいと思います。

見切り発車な私ですが、読んで行ってくだされば嬉しいです。



[14604] 執務官の事件簿  3話  “転機”  (中)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2010/01/08 03:02
新暦78年   11月26日   AM 11:02    ミッドチルダ市街

眠っていた街が、その目を覚まし、今ようやく本調子でその機能を活動させている時間…
外気の寒さにその身を強張らせながら人々は仕事や買い物、観光といった各々の目的のためにその中を歩き回る。
一見自由気ままに動いているように見える人の流れではあるが、そこには団体行動と言える法則が存在し、そこから逸脱する者はいない。
理由は簡単だ。
彼らは同じ時を生き、そして誰しもが同じような“倫理”という考え方を“教育”という方法で子供の頃から植え付けられているのだから。
個人差はあるにせよ、それは“常識”というテーブルの範疇を越えない…あっても微々たるものでしかないだろう。
しかし、その中で異質と呼べるような存在が、今ここにいる。

アウトレットモール入口
男がいた。
こんな寒い中にもかかわらず、上には肌の上に皮製のノースリーブのジャケット1枚、首には赤と迷彩色が入り混じったマフラー、だらしなく着こなした枯れ草色のパンツ…
細身であることが彼を見ている人間までも寒くする。
そして、特徴的なのが、その時代錯誤的なアフロヘアと顔の刺青、そして何か狩りをしているようなギラついた目つきだった。
彼の手元には、先程自分を引き止めようとした人間から奪った手のひらサイズの装飾品のような板きれがあった。
あまりにしつこかったので、自分が少し本気を出して殴ったら、まるで武器とも言わんばかりに、手に取り何か呟こうとした物だ。
目の前の男が何をしだすのか…彼にとっては非常に好奇心をそそる事ではあったが、今、この状況でゴタゴタを引き起こすわけにはいかない。
しょうがないので、そのまま大人しく眠ってもらうことにした。
首元を殴った時に、なにか生鈍い音がしたので、そう簡単には起きないだろう。
もう一度彼は後ろを振り返る。
どうやら自分を追って来る人間はいないようだ。
微妙な安堵感と大部分を占める物足りなさに溜息をつきながら、彼はもう一度、先程の人間から奪った板きれを取りだした。
何だったか…さっきあの人間は何を言おうとしたのか…もしかしたら自分がこれを言えば何か分かるのかもしれない。
これくらいならばいいだろう…
ちょっとした楽しみを持ち、しばしの逡巡の後、件の台詞をようやく思い出し、板きれを口に寄せる。

「セ…ト…ア…p」

なにも起こらない…

「ヅラサン…」

落胆したように呟くと彼は、それを放り投げようとした…と、振り上げた手が止まる。

そうだ、あの“落第者”にこの土産をやろう…

彼は面白そうに少し口を歪めた。しかし、それは喜び、嬉しい、といった正の感情ではなく、嘲笑といった方が正しい、そんな笑い方だった。




7丁目交差点付近
そこにも男がいた。
前述の男と似ている格好はしているが、筋骨隆々、髪は短くトップで逆立つように纏められている…その姿はスポーツマンを彷彿させるものであった。
彼は何かを探すように、周囲を睨みつけながら辺りを練り歩いている。
車のクラクションや、エンジン音を聞くたびに、その表情はより激しく憎悪のこもったものとなっていく。
彼の纏っている物は分かりやすく言えば“殺気”だった。
しかし、コミックやゲーム等に出てくる武術に秀でた者が放つ独特のものではない、もっと動物的なモノ。
それに威嚇され、彼の周囲に人は近寄って来ようとせず、そこには彼の空間(縄張り) が出来上がっていた。



遊歩道交差点前
そこにも男がいた。
しかし、前述のような格好はしていない。
肌の上から…という点では変わりないが、銀と黒、2色の斑模様のノースリーブのジャケットを羽織り、黒革のパンツをはいている。
時期が時期ならば、普通に街中で見かけそうな若者向けの服装をしていた。
針のようにツンツンに伸ばした髪の毛は銀色に染まっており、唇は赤黒く塗られておいる。
その唇を愉快そうにゆがめながら、彼は交差点を行きかう人々の「口元」を凝視する。


最近、お小遣いが…、手、つないでいいかな?おかあさんどこ!?午後の講習さぼろう
待ち合わせ時間の変更、管理局ってつまるところさー、どうしよう、今月カード使いすぎちゃったよ…
あー、家に帰りてー、昼ごはん何にする?このタレントって後輩芸人侍らせて宗教活動みたいのしてるよねー
落ちた―、じゃあ車取ってきます!先方との待ち合わせ時間に遅れるぞ!俺だって好きでこんなこと…


交差点を往復しながら、聞こえてくる会話を“見る”。
そして、彼はそれを見終わったら、嬉しそうに舌を伸ばして自慢げに動かすのだった。







執務官の事件簿  3話  “転機” (中)








新暦78年    11月26日  PM 13:23  管理局本局  提督室

「じゃあ、入って」

会議室で「ついてきて」と言ってからここまでの道中、一言も言葉を発さなかったフェイトがここでようやく口を開いた。
いつもは温もりがある彼女の言葉なのに、今の台詞はどこかよそよそしい。
ティアナ、スバルは促された通りに、提督室横にある控室へと入っていく。
初めて入るスバルはもちろんのこと、少し経験のあるティアナでさえも緊張していた。
2人とも借りて来た猫のように、黙りこくり、着席する際の「失礼します」以降、何も喋らずにお上りさんさんの様に辺りを見回している。
部屋のドアを閉め、フェイトは一息つき、机を挟んで2人の正面に座った。
そして「2人とも忙しい中ゴメンね」と一言。
ようやくフェイトにらしさを見た2人は少し安堵の表情を浮かべる。

「あのー、フェイトさん。それで、私達をここへ呼んだ理由は何ですか?」

この雰囲気にようやく慣れたスバルが小さく手を挙げ、もっともな質問をフェイトに投げかけた。

「うん、そうだな…」

フェイトは少し頷き、腕時計を見ながら少し考えた素振りを見せる
答える気も、そして答えも既に用意してあるらしいが、今が言うべき時期なのか、少し考えている様子だ。

「もうすぐだし…そうだね、2人にはもう言っておこう」

そして数秒の後、意を決したように、まずはティアナに話しかける。


「ユーリの正体を一部の人間には話しておこうと思う」

「え…それってどういう…」

「そのままの意味だよ。ユーリ・マイルズが未確認生命体第2号、そして第4号であるということを話そうと思う」

「ちょっと待ってください!それって…!」

スバルが思わず立ち上がり抗議する。

「マイルズさんの事が管理局内に知られてしまえば、彼がどういう扱いを受けるか分からないんですよ!?」

自分も人ならざる身…戦闘機人であるが故に、未知の人体構造に興味を持つ好事家達の恐ろしさは彼女も分かっているのだろう。
しかし、それはフェイトも同じだ…彼女もプロジェクトフェイトの残滓であるが故に、親友にも相談できないような苦しみを持っていた。
だからこそ、自分が考えうる最善の策をスバルに話すことができる。
フェイトはそのままスバルから目を離さずに自分の考えを告げる。

「わかってる。言ったでしょ?“一部”だって…」

彼女の落ち着いた凛とした雰囲気にスバルの食ってかかる様な勢いが止まる。

「とりあえず、機動六課のメンバー、この中の数人には打ち明けようかと考えてるんだ」

「とりあえず?」

「うん、とりあえずね…
なのはもはやても、そして守護騎士も信用に値する人物じゃないかな?」

「なのはさん達に…ですか?」

確かに彼女達は信頼おける人物だ。なにより、幼いころからの付き合いのフェイトがお墨付きをしている。
疑う余地はないだろう。
納得はしたが、どうしてここで、かつての直属の上司達の名前が出てくるのか、スバルは少し府に落ちない所がある。

「もちろん、勝手に話を進めているのは本当に悪いと思ってるよ。
でも、事態は思った以上に逼迫している。私達が為すべきことは山積みなんだ」

「だからこそ、マイルズに対する現場方面以外でのバックアップが必要なんですね」

ティアナがここに来て、ようやく口を開いた。
彼女の納得している様な口ぶりにスバルは「どうゆうこと?」といった顔を彼女に向けた。
それにしょうがない、といった口ぶりでティアナは説明し始める。

「あのね、まだ未確認に対する有効な対策が出ていないのよ。
だけど未確認は7体も確認されていて今もこの時間に誰かが殺されているかもしれない。
そんな状況になったら、マイルズだったら突っ走って奴らと戦いに行く」

「うん…」

「私もなるべく彼の手助けはするつもりよ。
でもね、私達は現場の人間なの。それに今日の公式見解を聞いたでしょ?
上層部は未確認生命体第2号と第4号を射殺の対象にしてるわ
彼を庇いだてする様な、そんな無茶はそう何度も出来ない。」

「うん…」

「だからこそ、様々なコネクションを持つなのはさんや、はやてさんの力が必要なの。
これから未確認達と戦っていたとする、その度にマイルズは最前線にいるわ。“私達の味方”としてね。
その評判を各方面から回してもらえば、上層部が4号への抹殺命令も取り下げてくれる可能性もある。
それにもしかしたら、現場に来た際にマイルズを援護するような指示系統も期待できるしね」

「あー!」

ようやく納得が言ったのか、スバルが膝を叩いた。

「もちろん、元機動六課のメンバーが揃って“4号”を庇っていたとあっては、どこからか正体を嗅ぎ付けられる可能性もあるでしょうけどね…
まぁ、それについてはコッチでボチボチ進めてるけど」

ふぅ、と一気に捲し立てたティアナが少し疲れた様に溜息を吐く。
スバルは最後の「嗅ぎ付けられるかも」発言に、ティアナの底意地の悪さを感じたのか、少し納得にいかない顔をしていた。
やはり、解説やアドバイスをするのであれば、最後はしっかりと自分達に希望を持たせる締め方にしてほしいのだろう。

「それで、その上層部の一人が僕と言う訳さ」

ようやく温まってきた会話の中、後ろから男性の声がした。

「あ、提督、お待ちしておりました」

フェイトは静かに立ち上がり敬礼する。
一方スバルとティアナはフェイトが口にした「提督」という単語に背筋が凍る。
2人はそのまま勢いよく立ち上がると直立不動になり、フェイトと同じように敬礼をした。
自分達がいる場所が提督の部屋の待合室ということを失念していたことからくる後悔の色を含んだ表情に“提督”と呼ばれた人物は苦笑した。

「いいよ、そんなにかしこまらなくても」

背丈は彼女達よりも頭2つ分は高く、肩幅もあるスーツの似合うモデル体型。
そして、まるでトレンディドラマの主役もかくやという優しい笑顔をティアナ、スバルに向ける。

「お久しぶりです、ハラオウン提督!」

「あぁ、久しぶりだな。ランスター、今は執務官か。
おめでとう、夢をかなえたんだな」

「はい、これも4年前の提督の御助力と御指導の賜物です」

「いや、僕は本当に何もしてないよ。結局は君自身の実力で掴み取った夢なんだ。誇っていい。
それと、そう固くならないでほしい。こちらが呼びたてたんだからな」

「は、恐縮です」

そう言って、どこか懐かしい目でガチガチに萎縮しているティアナを見つめる、ハラオウンと呼ばれた人物。
クロノ・ハラオウン提督、XV級艦船「クラウディア」艦長。
かつての機動六課の後見人でもあり、そして今、この場にいるフェイト・T・ハラオウンの義理の兄でもある人物だ。
今は現場からは退いてはいるがAAA+クラスの猛者でもある。
かつては彼も執務官を夢見て己を研鑽していたこともあり、過去の自分と今のティアナの姿を重ねているのかもしれない。
緊張するなと言っているのに、肩肘を張って気をつけをしている彼女の不器用さには思わず笑みがこぼれた。

「それで、どこまで話したんだ?」

フェイトの隣の席に腰をかけ、クロノはフェイトに話の進捗状況を尋ねる。

「とりあえず、六課の皆に話そうってところまでは」

「そうか、じゃあ僕からこの先は言った方がいいな」

コホン、と咳ばらいをし、クロノは自分の喉の調子を整える。

「早い話、フェイトからユーリ・マイルズの件については伺っている」

ティアナ、スバルは特に驚きもせずに黙ったままだ。
それはそうだろう、この話をしている室内に来た人間が知らないのはどう考えたっておかしい。

「僕も一応階級だけはある身だからね。よって、彼が本当に戦う気があるのなら全力でサポートする気だよ」

その発言を聞いて、正面にいる彼女達の顔に安堵と喜びが混じった色がつく。
バックに高名な現役提督の名前があるのはありがたい、これによってユーリにかかる負担は大きく減ることになるだろう。

「「はい、ありがとうございます!」」

ティアナとスバルは声を合わせて頭を下げた。
しかし、クロノはそれに困った様に頭を掻いた。

「一応、繰り返し言っておくが“戦う気”があるなら…という前提条件付きだ。
フェイトの報告や訓練校時代の評価を調べる限り、彼は戦いを避ける傾向があったと言うからね」

「それは…」

ティアナが上半身を前方に傾けながら口ごもる。
そういえば、ユーリが第4号になった経緯、教会で自分に勢いよく切った彼の啖呵のことはフェイトにもスバルにも話していない。
報告しようとも思ったのだが、クロスミラージュに記録された当時の映像はピントのブレも音声のノイズも酷い物があり、とてもじゃないが見せられたものじゃなかったのだ。
説得するのに良い材料はないか…先程の会議室のようにティアナが押し黙っていると、クロノは穏やかな声で告げる。

「安心してくれ。まずは、彼と直接話をしてみようと思う。
そこで判断していく。もちろん厳しくいくがね」

“厳しく”という形容詞に一抹の不安を感じつつも、クロノにはユーリを助ける意志はあるらしい…
「そうですか…」という気の抜けるような声を辛うじて発し、切羽詰まった顔の緊張をティアナは少し解いて、再び座席に深く腰を落ち着かせる。
手に取るように分かる彼女の表情を見て、クロノは再び「さて…」と場を仕切り直す。

「君達を今日呼びたてた理由はあともう1つあるんだ」





11月26日  PM 18:00 ミッドチルダ廃棄都市区画

ミッドチルダ廃棄都市区画…かつて栄えていた地域ではあるが、現在は新都市開発や大規模な事件によって廃棄された区画の事である。
現在は管理局やその他公務防衛隊の訓練のために利用されているが、1日中そんな状態のわけではない。
一部の区画ではガラの悪い連中のたまり場となり、治安が乱れている箇所もある。
その区域で、女性がたった一人で廃ビルの壁面に体を預け、辺りを見回している。
ホットパンツ、ノースリーブ…身につけている着衣は黒で統一されており、髪は色とりどりの髪留めで数本ずつ纏められている、ドレッドヘアーと呼ぶべきだろうか。
気だるそうに辺りを見回しているが、露出している太ももや二の腕等の筋肉は引き締まっており、モデルのような体型を維持している。
そんな彼女の前に、2台のバイクが止まった。
マフラーを改造しており、けたたましいエンジン音を鳴り響かせたまま、2人はヘルメットを外す。
一人は髭の濃い男性、もう一人は精悍な顔つきをした2枚目の香りがする男性だ。
髭の濃い男性の方がまじまじと女性を眺め、興奮した声を上げる。

「っほー!いい体してんじゃねーの!」

品のない笑いを止めようともせず、そのままバイクを降り、彼は女性へと小走りで駆け寄る。
2枚目の方は“始まったよ…”的な表情でハンドルに体を預け、止めようともせず、呆れた表情でその様を眺めていた。

「なぁなぁ、ここで誰待ってんの?」

顔を女性に近付け、髭の男性は尋ねる。
しかし、彼女の反応は全くない。一応、目はあっている。しかし、その目は自分を見つめてはいるがどこか別の所を見ている様な…そんな奇妙さがあった。
そんなどこか引っかかる彼女の様子に気付きながらも、尚も彼は彼女の気を引こうと言葉をかけ続けた。
しかし、一向にその反応はない。
業を煮やした彼は、ついにどなり散らす。

「オイ!何とか言えよ!」

それすらも彼女は受け流す。

「なんだぁ?ビビってんのかぁ?」

彼は指で彼女の顔を少し持ち上げる。
しかし、女性はそれに抵抗せずに為されるがままだ。
それに味を閉めた男性は、彼女の前に跪く。そのまま、彼女の足を掌で撫でながら、何がおかしいのか笑い始めた。
“また始まったよ”小さな声で呟きながら、2枚目の方も釣られて笑う。
そこで、ふと女性が足を組みかえた。

「ん?」

髭の男性が、疑問の声を上げる。それと同時にバットの芯がボールに当たったような爽快な音が響き渡った。
2枚目の男性の方も女性の方を見たまま、呆気にとられる。
何かがおかしかった。どこか前の光景と、変わっている所ある。
そのまま違和感に気付こうと、その場で固まり続ける2枚目の男性。

「あ」

ようやくその違和感に気付いた後、何かが上から女性めがけて降ってきた。
それは彼女の背丈以上の大きさ、落ちてくる速度もますます上がり、直撃したら即死は逃れられないだろう。
しかし、彼女はその場で軽くステップをすると、その足を高く掲げそのまま振り下ろした。
“それ”は二枚目の男の横を過ぎ去り、ビルの壁面に激突する。
重い物が崩れ落ちる騒々しい音にその方向を彼は見る。

「あ…ア・・・!」

それは先程まで、目の前の女性の太ももを撫でていた、自分の連れであった男性であった。
そう…あの違和感…あれは自分の目の前から急に髭面の男性が消えたことへの違和感だったのだ。
顎を蹴りあげられたのか、口元は大きくひしゃげており、そこからは帯びた正しい量の血がペンキと見紛う程に流れている。
蹴りあげた、そして2発目の踵落としの驚異的な脚力…どう見ても人間のものでもない…

ばけもの……

そう思うが早いか二枚目の男性はヘルメットをするのもおざなり、バイクのアクセルをかける。

「うあああっあああはあああ!!」

そして悲鳴と共に、その場を去る。
その悲鳴を心地よいもののように聞き届けると女性は“その身体(すがた) を変えた”。

「ラズパ ガギヅバ…!」

その姿は豹を彷彿させるようなしなやかな肢体をしている。
しかし、鋭く爪は尖り、肌の色も黒く、顔も人間のそれとは大きく異なる、化物の形だ。
髪型には人間の頃の名残か、ドレッドヘアーのままではありアンバランスな外見をしている。
逆にそれが彼女の姿の不気味さを際立たせていた。
彼女…いや、ソレは準備運動をするようにその場で軽くジャンプし、足首を回す。
そして、男性が去って行った方を見ると腰をかがめ力を溜める。

「…」

何も言わず息を吐き、その貯めた力を一気に解き放った。
その勢いは弾丸と形容するには余りにも荒々しく、そして砲弾と形容するには余りにも鋭いものであった。









<あとがき>
あけましておめでとうございます。
本年も拙作“執務官の事件簿”をよろしくお願いします。
すいません、1週間以上経っているのに、コレはないですよね…
これも全て極魂ファイズAFとGOD EATERって奴のせいなんだよ!!!

いや、ホントに申し訳ありません。

対策室の面々や、みのりポジション等に皆さん関心がおありの様ですので、少しここでネタバレ…といいますか私が今考えている案を掲げてみたいと思います。

まず対策室について
1) 完全新規キャラ(オリキャラ)
しかし立ち位置は原作「仮面ライダークウガ」と同じ様な感じです(五代雄介→ユーリみたいな関係ですね…)

2) 一部の人物に某版権キャラを出そうかと思っております。
これは私の描写力不足の補てん、そして皆さまに簡単にキャラ構造を把握していただくためでもあります。
多重クロスとでも言うのでしょうか?キャラの性格はまんまですが、立場や地位はなのはの世界観に合わせた感じにしようかと思っております。



ヴォルケンズ等を対策室のレギュラーメンバーにしようとも考えたのですが、それでは余りにもティアナとスバル、そしてクウガの魅せ方が難しくなってしまうので、このような形にしました。



みのりポジション
これは上記の2)を流用してみたいと思います。
ちょうどいい、妹キャラを見つけたので…
というか、なんで一人っ子設定にしてしまったんでしょうか、自分…



このような感じで何となくですが、頭の中で纏めています。(実際に書き起こしはずっと先ですが)

ご意見、ご感想お待ちしております。



[14604] 執務官の事件簿  3話  “転機”  (下)
Name: めいめい◆3b0582e4 ID:6ccf35fd
Date: 2010/04/24 00:56
新暦78年   11月26日   PM 15:30    ミッドチルダ市街 喫茶店

「ではこの条件でよろしくお願いします」

黒縁眼鏡、スーツ、丁寧にセットされた黒髪、ステレオタイプなサラリーマンの風体の男は対面にいるゴリスとユーリに一礼をする。
ゴリスは礼を返して苦笑いをしながら口を開いた。

「はい、こちらこそ。色々と我儘を聞いてもらって申し訳ありません…」

「いえ、そちらにはいつもお世話になってますからね。お得意様の些細な我儘くらい聞かないと、こちらの顔が立ちません」

それに笑顔でハッキリと答える男性。
肩幅が広くスーツも似合っている。
モデルのような体型も相まって、この男性は非常に爽やかな印象を纏っている。
自分はこんな社会人にはなれないだろうなー、などという諦観と憧憬の念が混ざった複雑な心境になりながら、ユーリは提出された書類を纏め始めた。
判子や、名前、日付等の確認を改めて済ませる。

「ランスターさんならもっと早く出来るんだろうなー…」

それなりに手際よく済ませたつもりだが、切れ者と評される彼女の事を考えると、自分の仕事の手際が子供だましのように見える。
誰にも聞こえないよう小さく呟くと、ゴリスの横に並び、喫茶店を去ろうとする取引相手のサラリーマンに再度頭を下げる。
店を出ていく際、こちらに気付いた彼は小さく会釈をして出て行った。
それを起立したまま見送る二人、姿が見えなくなると、ようやく大きく一息ついて席に着いた。

「よかったね、この交渉上手くいって」

「まぁなぁ、こっちもそれなりに納期とかでお世話してたしな。
持ちつ持たれつだよ」

そう言い、交渉中一回も口を付けなかったコーヒーをようやく飲み始める。
いつもなら時間をおかれた独特の生ぬるさが嫌いなゴリスではあったが、交渉中ずっと喋り続けていたのだ。
今は喉を潤すものがあるだけでもありがたい。
すぐにカップを空にしてしまう。

「店員さん、コーヒーのお代りお願いできるかな?」

近くを通りかかった、若い女性の店員にコーヒーのお代りを催促し、ユーリの正面にわざわざ座る。
腰を落ち着かせ、腕を組むとユーリに真正面から向き合い、口端を吊りあげた。

「それで、悩みは振り切れたようだな?」

「へ?」

「ほら、葬儀へ向かう途中でワシに聞いてきただろう?ホラ、“俺に足りないモノ”とか…」

「あぁー」

そういえば、そんなこともあった…とユーリは記憶を遡って思い出した。
もう、あの件についての自分自身の心のありようについては片がついた。あとは周辺環境に自分がどう動きだすかである。
未確認生命体の動向次第では自分は今の仕事を離れなければならなくなるだろう。
愛着のある今の職場だ、いざとなったら辞める決心はもう付いているが、ゴリスをはじめ管理取引担当3班の皆にどうやって自分がそのことを伝えようか、それについて頭を悩ませていた。

「うん、この間迷ってたことは振り切ったんだけど…それをクリアしたらまた新しい問題がね」

「ほーう、そうか」

「うん、そうなんだ」

ここで、先程の女性の店員がポットを持ってやってくる。
「失礼します」と一礼をし、ゴリス、ユーリの分のカップも彼女は自分の手前まで引き寄せた。
ポットを取り出し、中身をカップに注ぐという単純で機械的な作業ではあるが、どこか熟練度の技が光るという一連の動きを2人はただ見つめる。
その視線に少し恥ずかしそうにしつつも、彼女は2人分のカップにコーヒーを注ぐと、再び一礼をし、その場を去って行った。
その背中を見つめ、他の接客をし始めると仕切り直しの様に先程のように再びゴリスは腕を組み直し、口を開いた。
それはどこか躊躇いがちで、寂しげだ。

「じゃあ、そうだな…連中と戦う決心はついたってことか」

「………うん」

一瞬の間の後、ユーリは真っ直ぐ答える。
自分が悩んでいたこと、答えを出したことについて、しっかりと見当がついていたことに驚きは隠せなかったが、

「そうか…」

このやりとりだけで、ゴリスは全てを理解した。
ユーリが自分の意思で未確認生命体と戦うことを決意したこと、そして、今の居場所を去ろうとしていることを。
しかし納得したわけではない。
胃どころではない、体中が溶けた鉛に浸かっている様な気持ち悪さを抱えている。
自分の息子を戦場にただ送り出す親の気持ちというのはこんな気持ちなのかも知れない、もしかしたら今なら引き止められるのかも・・・・・・
彼は虚空を見つめながら、ユーリを普通の人間として今まで通りの生活を送れるように説き伏せられるような言葉を探し始める。

「ごめん、よりかはありがとうかな」

ユーリがポツリと口を開いた。
頭を悩ませていたゴリスは我に帰り真正面のユーリを見つめる。
ユーリはコーヒーにミルクを入れ、かき混ぜながら恥ずかしそうに笑ってた。
使っていたスプーンを小皿に置くと、その表情は迷いのないものになり、いつもの穏やかな雰囲気が消える。

「3班を紹介してくれて、ありがとう。でも、すぐに辞めるようなことになっちゃってごめんなさい」

それは正面から告げられた決別の言葉だった。

そうだよな、もう決めちまったんだよな…

声にならない声、ただ溜息しか出て来ずに鬱屈した気持ちを自らの頭を掻き毟ることで発散しようとする。
もちろん、そんなことでゴリスの気持ちが晴れるはずもない。
少し間をおいて、せめてもの厭味事を目の前の相手にぶつけることにした。

「ったく、せっかくワシが紹介してやったのに…!」

「うん、ゴメン…」

それっきり会話は途切れてしまう。
基本的に静かな店内、彼らの間に流れるのはクラシックの名曲だ。
生憎、2人にはその分野の学はないので「いい曲だなー」程度でしか捉えてない。
2人ともただ無言で目の前のコーヒーを飲み続ける。
手持無沙汰という訳ではない、自分の気持ちを整理し納得するために時間が必要なのだ。
クラシックが終わり、今度はジャズが店内に流れる。
曲が変わる数秒の無音の時間、このタイミングでゴリスは口を開いた。

「まぁ、アレだな…しっかりやれよ。ワシもぼちぼち古代文字の解読はしてやるから」

「うん、しっかりやるよ。だからよろしくね」

「おう」

どこか影はあるものの、憑き物が取れた笑顔をしてユーリはいつものようにサムズアップをした。
それに呆れたような、本物の保護者のようにゴリスも釣られて笑う。

「そろそろ戻るか。これで本日の業務は終了だ。この重要な書類仕事はお前に任せられんからな」

ゴリスがユーリの纏めたファイルと伝票を片手に持つと、立ち上がった。

「ひどいな、俺だってしっかり進歩してるよ」

「この間の報告書、誤字脱字箇所が3か所あったぞ。30ページに及ぶ奴だったけど、しっかり仕事しろよ」

「うぇー」

苦笑いをしながら付いてくるユーリにゴリスは今朝聞いた彼の今日の予定を思い出す、振り向いて彼に問いかけた。

「そう言えばお前、これから孤児院に行くんだろ?」

「うん、最近行ってなかったからね。久々に会うの楽しみだなー!」

ユーリは本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、ゴリスの横に並ぶ。
どこまでも無邪気で自分の軸がぶれないユーリにゴリスは少し羨ましさを覚えながら、彼に言うまでもないアドバイスをした。

「しっかり楽しんでこいや」








執務官の事件簿  3話  “転機” (後)








同時刻      管理局本局  提督室

「“未確認生命体合同捜査本部”…ですか?」

ティアナはクロノから渡された書面の中央に大きなフォントでうたれた文字を、そのまま朗読する。
ページを捲ると各機関への協力要請のハウツーや、現在確認されている未確認生命体の写真とその他の情報が書かれていた。

「あぁ、管理局本局を中心とした連中と戦うために新たに組織される部隊だ。
創設の責任者は僕が引き受ける。もっとも部長は僕ではないけどね。もっと適任の人間を今選抜中だよ」

ティアナが早いペースで読み進めるのを眺めながら、クロノは彼女の問いに答える。
一方、彼女の横で座っているスバルもティアナほどではないが、しっかりと読んでいた。
しかし、読むのに夢中でティアナとクロノの会話には耳を傾ける余裕はない。

「それが、今日呼ばれた理由だと?」

ティアナは一端書面から目を外し、クロノを見つめる。
それに彼は無言でうなずき、腕を組みかえた。

「そうだ。これからはこの部隊を中心として、未確認達と戦って行ってもらおうと思う。
各地方の部隊にも“なるべく”指揮権を優先させてもらうように融通をとってもらうつもりだ」

「そうですか…」

「そこでだ。ティアナ・ランスター執務官、君にはここに所属してもらいたいと思う」

特に動揺もせずにティアナはクロノをそのまま見つめる。
第4号の正体を知っており、なお且つ未確認との戦闘経験もある彼女だ。
対策組織が編成されれば、声がかかるのは当たり前の事。

対処法が明確に分かってない未確認に対する道の恐怖もある、しかし“望むところだ”と不思議な高揚感が自身を包んでいるのも事実だ。
戦いに対するものではない。
未確認のみではない、管理局すらも命を狙われている未確認生命体第4号=ユーリ・マイルズをこれから守れる立場に自分が行けるのかも知れない…
いや、もしかしたら、自分の働き次第では第4号が人類の味方だと、証明できる可能性だってあるのだ。
何も見えない、立っているのか堕ちているのかすらも分からない暗闇に、少しだけだが光が見えた気がした。
だからこそ、ここでしっかりと自分の意思を告げる。

「はい。ティアナ・ランスター執務官、この若輩の身に大役とは存じますが、その任お受けいたします」

少し古めかしく儀式がかった口調ではあるが、どこまでもその口調は凛々しいものだった。
クロノはそれに満足そうにうなずき、ティアナの横顔を見つめるスバルに目を向ける。

「そしてスバル。君にも出来れば対策室への所属を願いたいんだ」

いきなり名指しで呼ばれ、スバルは体を萎縮させる。
流れからスバルもスカウトされるのは当たり前の事なのだが、それに彼女は意外そうな顔を見せた。

「え、私…ですか?」

「あぁ」

聞き直すスバルに即答するクロノ。

「どうして…私なんかが…」

ティアナは執務官という立派な立場もあるし、文武にも秀でているから納得は出来る。
しかし、自分なんかが推薦されるのかが分からずに困惑していた。
スバル自身も相当優秀な局員ではあることは、彼女は自覚していないらしい。

「会議で聞いて知っていると思うが、連中…未確認生命体の身体の構造は僕たちとほとんど同じなんだ。
よって対象を共振動によって破砕させる、君のIS“振動拳”は彼らにも有効だと考えられている」

「え…でも、あの時クリーンヒットしたはずのに反撃してきましたよ?」

「あぁ、クリーンヒットしたからこそ、『第2号』の攻撃で第1号は撤退したんだ。
湾岸部署、昨日の倉庫街、そしてランスターが担当した教会での戦闘記録を見ると第2号のスペックは第4号に比べて著しく低いということがわかる。
弱点や相性の関連性も否定できないが、第2号単体のスペックでは第1号を退けることは不可能だったと技研では今のところ考えられている」

「待ってください!それはティアナの魔力弾によるダメージとも考えられませんか?」

思わず、スバルがそれに口をはさんだ。

「確かにランスター執務官のバリアブルシュートによる攻撃も効果的だった。
だが、これまでの武装隊との戦闘記録から言うと、魔力弾や直接攻撃、つまり外側からの攻撃には連中は相当の耐性、回復力があると思われる。
ランスター執務官クラスの魔力弾でも、大きな一撃は与えられてもそのダメージを長時間保たせることは難しい。
しかし、内側へのダメージ…筋肉組織や神経系へのダメージは有効だと考えられるんだ。
魔力弾と比べて、通った攻撃が小さくとも、持続的なダメージを与えることで連中の動きを封じることもできるだろう。
それにその間にデータをまとめ上げ、君が自分の身体を傷つけながらISを放たなくとも効果的な攻撃が出来るような戦略も組めるかもしれない」

「…私の振動拳が…」

「そうだ、君の戦略的にも、戦術的にもISが切り札になる。
もちろん、僕の方から君のIS使用にはある程度の制限を付けるけどね」

湾岸部署での一件、スバルはティアナの射撃が大部分のダメージを与え、自分は思いっきり吹き飛ばしただけだと思っていた。
自分の使いたくない奥の手が連中に効果がないと思って落ち込んだ半面、この技を使わなくてもいいかもしれないということに安堵していた。
このまま、未確認生命体連中のみに対してとはいえ振動拳を使っていたら、いつか人間に対しても同じような流れでこの技を放ってしまうかもしれない恐怖を彼女は感じていた。
それと戦いではない、“破壊すること”に対する慣れも彼女の心を乱していた。

彼女のその葛藤はティアナも十分に分かっている。
スバルの本質は戦うことではない、守ることだ。
救命の最前線、レスキューフォース…彼女が今いる場所と信念は彼女の理想と言える。
そんな彼女が自らの研鑽した力を化物相手とはいえ“戦う”ために使うのはきっと辛いはずだろう。
ティアナはスバルがこの申し出を断ると予想していた。
しかし…

「わかりました…少々時間はいただきますけど…
今の部署での都合もあるので急な移転ということは出来ないとは思いますが、近いうちに届を提出します」

スバルはこの場で自らの口で答えを紡いだ。

「ちょっとスバル!?」

提督室であるにもかかわらず、ティアナは隣にいるスバルを問い詰める。

「アンタ、自分が何言ってるか分かってるの!?今の場所は自分の夢だったんでしょ?
それに、ISを使えって言われてるのよ?
自分がボロボロになってもいいの?」

場所も状況も弁えずにひたすらに親友のために案じるティアナの姿にクロノは自分がいかに残酷な要請をスバルにしたか、改めて自覚した。
何も言わずに、その光景をじっと見つめる。
提督になる、大きな権力を得るということは、この様な決断に慣れることだと皆は言う。
しかし、クロノは真正面からその慣習を否定する。
この罪の意識や、自分が及ぼす影響力、その他諸々全てをひっくるめて背負った上でクロノは自分の理想のために邁進する。
そのためなら塵芥に成り果てる覚悟は出来ていた。
勇往邁進だったか…昔、彼が執務官だった頃に少し滞在した世界で書物を読んでいたら、見つけた言葉だ。
何の気なしに意味を検索し、その4文字に大きな意志の強さを感じ、心震わせたのが懐かしい。
大きな転機を迎える度に、ぶつかる人の感情。もしかしたらそこで絆が途切れ、その関係者とは二度と合わなくなるかもしれない。
それでも…善であれ悪であれ、クロノはそれらを胸に刻み込む。
じっと、2人のやり取りを眺め続ける。
ティアナの心配から来る、叱責をスバルは苦しそうにじっと聴き続けていた。
クロノは自分に何か誹りが来ても、それを受け止めるつもりでいた。
言いたいことは終わり、ティアナは黙り込む。
スバルの言い分もとりあえず聞いてあげる、そんな表情をしていた。
しばらくの間、そしてスバルがゆっくりと口を開く。

「うん、ティアの言うとおり、今の職場は私には夢の居場所だよ。
でも私の本質…っていうのかな…したいことって“守ること”…だと思うんだよね。
今の職場でもそれは出来ると思う。
でも、未確認はもしかしたらその間にも誰かを傷つけて回ってて、もしかしたら私達が助ける以上の人を手にかけてるかもしれない」

少したどたどしく、そして言葉を選びながらだが、その言葉に込められた力は重い。

「たとえ、今の自分の理想の居場所を去ったとしても、私にはとっては誰かが傷つく…
その方がよっぽど嫌なんだ」

ティアナの顔を真っ向から見て、自分の意見を告げる。
昨晩にもこんなこと言われた…ティアナは最近多く感じるデジャヴに少し頭を抱える。

「あぁー…」

そうだった、昔から付き合ってきた目の前の親友は誰かのためにボロボロと大粒の涙を流してしまうような人間だった。
自分の事を蔑ろにして、たとえ自分が馬鹿を見てもそれでも笑うのだろう…
そんな羨ましいほどに馬鹿で純粋で眩しい奴だったのだ。

「ハァ…」

思わず声が出るほどに大きな声が出てしまう。
それを納得の合図と受け取り、スバルがもう一回口を開く。

「それにマイルズさんのことも気になるしね。
あの人、どんな無茶するか分からないもん。なんとなく私に似てるな―って思ってたし」

今度は少し茶目っ気をきかしながらティアナに笑いかけた。

「あーもー、わかったわよ…好きになさい」

それをシッシと犬をはらうように掌をヒラヒラさせて、強制的に会話を打ち切る。

「申し訳ありません、ハラオウン提督。見苦しい所お見せしてしまいました」

ティアナは自分達をずっとクロノが見つめていたのに気付くと、表情を整え、謝罪をする。
もちろんクロノにはそれを咎めるつもりなんて毛ほどにもない。

「いや、構わない。むしろ申し訳ないと思っているのはこちらの方だ。
君達にはいつも迷惑ばかりをかけている…」

「「いえ、そんな!…あ」」

思わず正面に座っていた2人の反応が重なる。
フェイトがその様子を見て嬉しそうに微笑み、クロノもそれに釣られて笑ってしまう。
ティアナとスバルは恥ずかしそうに肩を縮ませて、黙り込んだ。

「君達は強いんだな」

こみ上げて来た笑いを抑えると、クロノは感嘆のため息をもらした。
クロノに言われたことに呆気にとられる二人、きっと彼女達はクロノの心中なんて知る由もないだろう。
目の前にいる未来への芽を守る…クロノは自分の胸が熱くなるのを感じた。




PM  18:53    ミッドチルダ中央区画   フットキャスト駅付近

この時期の陽は短い。午後の4時頃から傾き始め、この時間になるとすっかり陽は落ち、辺りはすっかり暗くなってしまう。
小春日和の温かさも顔をひそめ、刺すような冷たさが辺りを包む。
そんな中、ユーリは階段を一気に下り降り改札を飛び出て、そのままの勢いで歩道を走っていた。
幼少期の彼が過ごした孤児院へと行くためだ。
院長にはおろか、関係者にも今日行くなんて伝えていない、完全なオフレコだ。
急に顔を出したとなれば、きっと孤児院にいる人間は驚くに違いない。
しかし…

「うわー…着く頃には晩御飯の時間終わっちゃってるかなー」

“アイツら”とはもちろん孤児院の子供たちの事である。
腕時計を見ながら彼はぼやく。
なぜ、このような結果になってしまったのか…
要因は2つある。
1つは彼の足である、バイクが昨晩の教会での騒動で大破してしまったこと。
そして、もう1つはどこかの駅の付近で起こった交通事故でダイヤが乱れたために数時間も車内で待ちぼうけを食らわされたこと。
これらによって彼の「サプライズで俺登場、弟妹分達と楽しく遊びながら懐かしの院長さんの手料理に舌鼓を打つ作戦」が破たんしていた。

「これは、もう帰らなきゃ駄目かもなー…」

明日も仕事はある。
しかし、どうも諦めきれない…グダグダ悩みながら、それでも目的地へ走っていると、彼の目の前に一つの看板が目に入った。

「工事中…か…」

孤児院まで行くのに使っていた鉄橋、そこが幸か不幸か工事中であった。
黄色と黒の柵、その前には赤いコーンが並んでおり、とてもその中へと入れるような雰囲気ではない。
この橋を迂回して通るとなると、相当時間をかけなければいけなくなる。
徒歩だと着くのは、何時になることやら…

「なら、しょうがないよな」

ここまで、不運が重なってはしょうがない。
きっと天の神様とか運命司っている人とかが、自分に今日は孤児院に行くな!と言っているのであろう…

「せっかくここまで来たのになー…」

しかし、まだ諦めきれずに、工事の看板に描かれているマスコットキャラを少し恨めしそうに見つめた。
数秒の後、踵を返し、自宅へ戻ろうとした時である。
明らかに改造した具合のあるエンジンの爆音とクラクション、そしてライトがユーリを包んだ。
咄嗟の事に体が竦み、その場にへたり込みそうになるが、武装隊譲りの反射神経と受け身術で横へと飛び退く。
ユーリの数センチ横を、バイクはそのままの勢いで看板へと突っ込んでいった。
まさに奇跡体験、もう少し反応が遅れればユーリはバイクごと看板を突っ切り、橋の中央まで投げ飛ばされていただろう…
彼は自分の呼吸を落ち着けると、バイクの運転手の安否を確認するために柵を越えて中に入った。
タイヤが空回りする音とドラム缶が転がる不愉快な音、ゴムが擦り切れた時の独特の嫌な匂いがした。
ユーリが「大丈夫ですか」と声を上げようとした時、彼の「真上」を何かが通過するのが分かった…
もちろん鳥なのではない、気配だけだが、それよりももっと大きく質量のあるものに感じた。
運悪く、今は月が雲で遮られて視界一帯は暗やみに包まれている。当然、自分の上を通った「何か」の正体なんて分かるはずもない。
目を細めて覚束ない足つきで歩を進めていると、自分の持ち物にライトがあったことを思い出し、ユーリは自分のバックの中を弄った。



その時、男の悲鳴が辺りに木霊した……











<あとがき>
生きてますよ!
とりあえず、一応続いてます兼生存報告・・・という感じでしょうか



[14604] 執務官の事件簿  4話  “審判”  (上)
Name: めいめい◆2f869273 ID:c5a84625
Date: 2012/08/07 23:12
ガラン・・・ガラン・・・という不規則に鳴る鉄が軋む音と叫び声、そして周囲に満ちる埃。これで何も起こってないなんて判断する人間なんていないに等しいだろう。

「大丈夫ですか!誰かいませんか!?」

ユーリはライトの光を辺りに翳しながら、誰かに呼びかける。今しがた起きた事故、大きなモノかもしれないがすぐに応急手当を行えば命は助かるかもしれない。
幸いこの時間帯は交通量も少ないし救急隊が到着するのもさして時間はかかるまい。
「誰か・・・!」ともう何度目かによる呼びかけをした時である。

「た、たすけてくれええええ!」

走る、というよりかは“転げる”といった方が正しい、そんな体を成した男性が埃の中から飛び出してきた。

「だ、大丈夫ですか!?」

ユーリはその彼を両手で受け止め様子を確認する。特に酷い外傷はない。すり傷や切り傷、上着のジャンパーが切れている部分もあるが問題ないであろう。
髪の色や、アクセサリーなどを見るにあまり褒められた人種でないであろうと考えられるが、この際それは置いておくことにする。

「たすけて・・・バケモのがぁ!!」

ユーリの姿に安心したのか男性は彼の体に縋りつく。

「化け物・・・!?」

嫌な予感がして、先ほど男性が飛び出してきたあたりを眺める。街燈で舞う埃に映されたシルエットがうっすらと見える。
息をのむ。
何人もいるとは予想はしていた、しかしまさかこんなに早く会うなんて…ユーリは心中で毒づいた。
誰に聞こえるわけでもなく静かに、だけれども深くため息をついた。
でも、自分がするべきことはもう決まっていた。

「逃げて…!」

「え?」

「逃げて!!!」

珍しく大声で叫び男をこの場所から遠ざける。
緊張と疲労で上手く走れてはいないが、この際しょうがない。とりあえず彼が逃げ切るまでの時間は稼いでみせる。
ユーリは影に向き直った

「ゾグ…ガダサギギ・ゲロボバ」

出てきたソレは女性的なラインを持ちながらも人とは異なる形、そして人をはるかに超える威圧感を備えていた。





執務官の事件簿  4話  “審判” (前)





新暦78年   11月26日   PM 19:20   管理局本局  提督室

「凄い、こんな装備が…!」

スバルが表示されたウィンドウを見ながらつぶやく。

「確かにこの装備があれば陸戦隊の機動力ははるかに上がります。ですが、このスペックを量産するとなりますと…」

ティアナがそれに応じ、クロノに向き直った。

「あぁ、予算が…それに運用するための人員が圧倒的に限られてくる…よってお蔵入りだ」

クロノがため息をつきつつ肯定の意を示す。心なしか笑っているようだった。
――確かに――こんな化け物スペックを持つ機動兵器なんて武装局員でも動かせる人間はそうそういない。よしんば乗れたとしても、逆に制御できずに自爆がオチだ。
兵器というのは安全性があってこそ、スペックお化けになってはガラクタも同然だ。
興奮してウィンドウに表示されたスペックを眺めるスバルを尻目に、ですよねぇ…とティアナが表示を消した瞬間、提督室に無線が入った。
コール音から緊急通信用、穏やかではないことが怒っていることがうかがえる。
さして緊張した面持ちでなく、クロノは通信を開いた。すぐに事務服を着た男性が話し始める。

「ん、どうした?」

『提督、執務中失礼いたします。実は…あ』

男性がティアナとスバルの姿を見て言いよどむ。「構わない」とクロノが告げると気を取り直して報告を再開した。

『未確認生命体第5号がフットキャスト駅付近で発見、未確認生命体第3号と戦闘中に武装局員が到着』

な…!ティアナが息を呑む。スバルも不安な表情を隠さない。
フェイトはいたって冷静な表情を装っているが、腕組みの向きを変える。

『その場で射殺となったそうです』

――――――――――――うそ…でしょ…―――――――――――――――――――






新暦78年   11月26日   PM 19:00   フットキャスト駅付近

「くっ!!」

強靭な脚から繰り出される蹴劇を体に受けて思わず赤い体が周囲の工事用具を吹き飛ばして転がる。
すぐに体制を立て直すために、吹き飛ばされた勢いを利用し横に転がりながら立ち上がる。
息をととのえる暇すら許さず、次の攻撃が赤い体を揺らす。

「ぐあっ!?」

腕を組みガードをしたおかげでなんとか直撃を避けられたが、それでもダメージは残る。
ユーリはその後すぐに変身を行い、戦士クウガへとその姿を変えていた。
自分が初めて求めて手にした力―――いまだに身体的スペックの急激な上昇になれないせいか上手く立ち回れない。

「いや、違うな…」

先ほど自分にキックをかました怪物がこちらに向き直る。女性的ではあるが無駄のない絞られたボディライン、そして豹のような衣装の顔。
外見に違わず素早い攻撃を繰り出してくる相手、それに加えてこの障害物が多すぎる戦場はユーリにとって圧倒的に不利だった。
無論、彼が戦いに不慣れなせいでもあるのだが…

「ドゾレザ…!!」

怪物が腰を落とし、こちらにとどめを刺そうとするのがわかる。
ユーリは身構えてカウンターを狙う、このまま突っ込んでも先ほどのように吹き飛ばされる場合だってある。
少しの静寂の後、怪物が前傾姿勢になった。「来る!」そう思い、右手を前方へ伸ばした瞬間、彼らの周囲を光が包んだ。

『こちらは武装管理局です!すぐに武装を解除し投降しなさい!さもなくば武力を用いてそちらを止めるさせてもらう!』

ライトに照らされ思わずユーリは周囲を見回す。気づけば橋の周辺に武装隊がデバイスをこちらに向けて構えている。
装甲車の周りにはあわただしく人が動き、年配の人間が通信で怒鳴り散らしていた。
上にはヘリ、ゆっくりこちらを観察するかのごとく迂回する様子をみるに有人操作、おそらくはこちらを攻撃するための狙撃要員も配備されているだろう。

「うわぁ…」

戦いに夢中になっていたとはいえ、ここまで戦力が集中するまで気づかなかったとは…
目の前の怪人からも先ほどの自分への殺気は消えうせ、辺りに威嚇をしている。苛立ちを隠そうともせず吠えるその姿は獣そのものだ

「ザボゾロザ…!!」

自分から標的を変え、武装局員に飛び掛かろうとする。

「やらせるか!」

反射的にユーリは怪物にタックルを仕掛ける。

「ビガラ!!?」

思わぬ方向からの攻撃、しかも打撃ではなく捕縛のための掴み技。肘鉄を空いたユーリの背中にぶつけて何とか振りほどこうと怪人が悶える。
困惑したのは武装局員も同じだ、先日の第1号の件で第4号は他の未確認生命体と戦っている情報は知ってはいたが…この行動は余りにも不自然だ。
これではまるで…

「我々を、まもっている…?」

装甲車に乗り、各武装局員に作戦指示をしているオペレーターが通信回線が開いているのにも関わらず思わずつぶやいてしまった。
――――マモッテイル?ミカクニンセイメイタイガワレワレヲ?――――
小さな波紋がまるで大津波を引き起こすように、個人の呟きは周囲に広がり形容しがたい感覚、言うなれば“不安”が彼らを包む。

「バカ者!!何を言っている!!?」

局員のざわめきを感じ取った上官がオペレーターから通信権を剥奪する。極めて迅速な対応であった。

『本部から各員に伝令!非殺傷設定を解除!ターゲットは未確認生命体、総員構え!』

本部からの命令を受け我に返る武装局員。目的を失い惑っている群衆にとってシンプルな命令は非常にありがたい。
自分のが決断し行動する必要などそこにはないからだ。

「り、…了解!」

すぐに手持ちのデバイスを非殺傷設定を解除、目標を眼前で取っ組み合っている未確認生命体に絞る。
「これでいいのか?」という小さな疑問がノイズのように思考を邪魔をするが、それを全て振り切る。これは命令だ、自分に選択の余地などない。そう言い聞かせながら。

『撃て!!』

その発令と同時にいくつもの光弾がユーリ達を襲った。工事用具が吹き飛び、周囲に火花が散る。

「うあああ!!」

思わず叫び声を上げるユーリ、怪人も同じように呻く。殺傷設定の魔力弾は肉を抉りとることはないが、それでもユーリの体に深刻なダメージを与える。
飛んでくる鉄球の直撃を喰らっているような感じであろう。

「グアッ!!」

その中で怪人がひときわ大きな悲鳴を上げた。ふとみると右目がない。どうやら魔力弾が直撃したようだ。

「ビガラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

怪人が吠える。武装局員に向き直り、飛び掛かろうとさらに体の意識を集中させる。

――――どうする?――――
怪人の状況よりかは多少はマシというだけで、ユーリの状況だって決して好転したわけではない。
むしろどんどん悪化しているといっていい。全方位から飛んでくる殺傷設定の魔力弾。
それに加え武装局員と怪人の距離を保たなければならない。

「なにか…ないのか?遮蔽物とか…身を隠せるモノ!!」

息が上がり意識がそぎ取られ視界がかすむ。

――――――――――――――もう限界か――――――――――――――――

その瞬間、腰の宝石が赤から紫色へと変化した。
低く重厚な音が響き、ズシン、と自分の体が重くなったような感覚を覚える。自分が感じた違和感がどういったものか把握するより先にユーリに気づいたことがあった。

「痛く…ない?」

先ほどまで自分の肉体を虐めていた痛みがなくなった。いや、今までに受けたダメージあるのだが、それからの感覚がサッパリ消えた。
まるで綿の弾を投げつけられているかのような軽い痛覚。
その瞬間に砲撃が止み、再び周囲がざわつく。“変わった…”“今度は紫?”というつぶやきが聞こえる。

「紫…?」

自分の二の腕を眺める。今まで赤一色で肉感的な趣だったプロテクター、しかし今は紫のラインまとった銀色のプロテクターのようになっている。

「なんだ…コレ…」

更に割れたガラス片で今の自分の姿を眺めた。その姿は赤のクウガとは異なるものだった。
紫の複眼、先ほどのプロテクターのようなデザインのアーマーが胸部を覆い、肩部の飾りは丸い物ではなく鋭利的な鎧に代わっている。

「アアアアアアアアアアア!!!」

自分が呆けている間に怪人が再び動き出した。右目を手で庇ってはいるが、その獰猛さはいまだに健在。
集中砲撃が止んだ隙に武装局員に襲いかかろうとしている。

「だからやらせないって!!」

橋の向こうへ飛びかかった瞬間、同じようにユーリが怪人に飛び掛かる。横から衝撃を受けた怪人とユーリは橋から転げ落ち、下の川へ真っ逆さまに落ちていく。

『撃て!!逃がすな!!』

我に返った本部が命令を下す。
2人が落ちた周囲をヘリがライトで照らし、そこをさらに魔力弾を集中させた。水しぶきがあがり周囲の沿が衝撃で削り取られていく。
無慈悲な集中砲撃。この布陣で仕留められない敵はいないであろう。
そう、今までの常識の範囲で通じる相手であれば…であるが






~あとがき~
お久しぶりっす…



[14604] 執務官の事件簿  4話  “審判”  (中)
Name: めいめい◆2f869273 ID:43280892
Date: 2012/08/14 23:27
新暦78年   11月27日   AM 7:22   管理局本局  廊下


「なんてこと…!!なんと申し開きすれば!」

私、ティアナ・ランスターは遺失物保安部に向けて歩いていた。本局内なので走ったりはしないが、この年頃の女の子にしてはあり得ない程大股かつ早歩きである。
私がそこに向かっている理由は只一つ、遺失物保安部管理取引担当3班の責任者であるゴリスさんに昨晩の未確認生命体4号の射殺の件の報告だ。
未確認生命体第4号ことユーリ・マイルズはゴリス班長の身内であり直属の上司でもあるが故の用事。
私の直属の部下ではないのだから必要はないのであろうが恐らくは謝罪もするだろう。
どうして第4号は射殺対象から外すようにと武装局員を説得出来なかった、どうしてもっとユーリの行動に注意をしておかなかったのか…次から次へと溢れてくる後悔を払うための自己満足かもしれない。
だけど、それでも私は自分で直接このことについて彼にお話をしなくてはいけない。

「あった…!!」

壁に掛けてあるルームプレートにお目当ての部署が刻印されてある一室を発見、暗い気持ちでインターフォンを押し入室の許可を得る。

「申し訳ありません、こんな朝早くに…」

「いやービックリしましたよ。何か御用ですか?」

こんな朝早くに来たのに笑顔で迎えてくれるゴリスさんを見ると胸が締め付けられる。これから残酷なことをお話ししなくてはいけない…

「いえ、そのマイルズさんの件なのですが…」

「おや、ユーリのことですか?また何かランスター執務官に御迷惑を?すいません、アイツにはコッチに来たらよく言い聞かせておきますので」

この反応…やはり、昨晩の一件は知らないと見える。気が重い。
一回深呼吸をして気合を入れる。よし…!!

「いえ、そうではなくてですね。昨晩の未確認生命体第3号の件なのですが」

本当はもっと早くに、昨晩事件が起こってすぐにお伝えすべきだったのであろうが、各関係者に連絡を取って事実確認を取っていたせいでこんな時間になってしまっていた。

「え、また未確認の連中ですか!?」

「えぇ、フットキャスト駅で目撃されたのですが、そこで偶然居合わせたというマイルズさんが4号になり戦闘。その最中に武装局員が周囲を包囲し、彼らを一斉攻撃」

一気にまくしたてる。相手の反応をうかがってしまうと、最後まで言い辛くなるからだ。

「約5分間による一斉射撃により目標は沈静化。つまり…両者とも射殺されました」

停滞した空気が流れる。重い……暗い……呼吸するのすら辛い。
さて、次に来るのは罵倒か泣き言か…準備は出来てないが覚悟は決めた、どんと来い。
しかし、実際にかかってきた言葉は私の予想したものとは全く異なるものだった。

「いやー…執務官殿も冗談をおっしゃるんですねー」

――――――――――――は?
ハハハ、と苦笑いしながらコーヒーを啜るゴリスさん。

「いえ、これは冗談ではなく、実s…!」

私がくい気味に事実を話そうとしたところで、扉が開く音が聞こえた。

「ゴメンゴメン、おやっさん!着替え持ってきてくれた!?」


―――――――――――――なんで、アンタがここにいる―――――――――――――
そこには昨晩、私が死亡報告を聞いた男が立っていた。

「ぶえっくし!!」

全身びしょ濡れで。






執務官の事件簿  4話  “審判” (中)






新暦78年   11月27日   AM 7:50   管理局本局 遺失物保安部管理取引担当3班オフィス 待合室

「で、それで第3号と取っ組み合っているうちに川に落ちて全身びしょ濡れになったと…」

ティアナがホッとしたような、バカバカしい物を見るような目でユーリに事実確認をとる。
一方、ユーリは先ほどシャワーを浴びて無駄にさっぱりスッキリしていた。
しかし、あのずぶ濡れの姿で電車やら公道やらをつかってここまで来たのだから驚かされる。よく職務質問されなかったものだ、とティアナは心中で安堵を覚えた。
世間一般ではエリートといわれている管理局員があのなりで職質されようものなら変な噂が立ちかねない…
ちなみに、ゴリスはユーリの着物を洗濯するため別室である。

「えぇ、大体そんな感じです。あ、スイマセン。さっきコンビニで買ってきたお弁当たべていいですか?」

どうぞ、と覇気も緊張感もない返答に「ありがとうございます!」といって袋から弁当を取り出すユーリ。
箸を割り、備え付けの調味料をおかずにかける様子を見ていると、とてもじゃないがあの第4号に見えない…

「あ、それでその時にちょっとおかしなことが起こったんですよね」

「まずは口に入ってるもの飲みこみなさいよ」

「あ、すいません………で、そのおかしなことっていうのがですね」

軽い、ノリが軽すぎる…少し痛くなる頭を押さえつつとりあえずは彼の言うことに耳を傾けることにする。

「俺、姿がまた変わったんですよ!!」

「また?」

「えぇ、またです!ほら、今までのは赤いクウガだったじゃないですか!でも今回は紫のクウガに変わったんですよ!」

「は?」

「つまりアレか?お前、紫色の4号に変ったってことか?」

洗濯を終えていつの間にか帰ってきていたゴリスが合いの手を入れた。ユーリが「いや、4号じゃなくてクウガなんだけど…」という呟きをティアナは無視する。

「どういうこと?どんな状況でそうなったの?」

「えぇっと…未確認と取っ組み合ってたら殺傷設定弾撃たれて、なんとかしなきゃ!って思ったら紫になりました!」

「…………」

子供か、とティアナは心中で思いっきりツッコミをした。こんな高純度のボケは自分には裁ききれない。
犯罪者との尋問によるネゴシエーションや長時間の聞き込みでようやく出てきた自信が少し揺らぐ瞬間。
目の前の彼からはふざけている様子など微塵も感じられないのが余計に厄介だ。いや、ふざけた様子で回答してきてたら今持っているホットコーヒーを弁当に流し込んでやったところだろうが。
ティアナがもう一度証言を咀嚼していると再びゴリスが口を開いた。

「するってえと、アレか?その、お前の意思に反応して姿が変わったってことか?」

いた…コレに反応できる人がいた…流石は長年の付き合い、コレを単なるボケと取らずに普通にさばけるとは。
“だけど、私はそこまで行ける自信はないなぁ”
憧憬にも似た諦めを感じている間にも会話は進む。

「そうそう、なんていうのかな…外見をちょっとだけ見れたんだけど、身体の部分々々が鎧っぽくなってたんだよね。目の色も紫色に変わってたし!」

「鎧?紫?たしか赤いのはもっと肉感的なイメージがあったのだけれど」

「はい!でもそれが変わったんですよ!それも一瞬で!」

一瞬でか…この変化の件についてはティアナも情報を仕入れてはいない。おおよそ上層部が公開していい情報かどうかを決めあぐねているのだろう

「まったく…これだから管理職って奴は…」

誰に聞かせるでもなくティアナはため息をついた。そういえば、昨晩お会いした提督はとても立派だった。心の中で「保身に走る」と訂正文を付け加えておく。
ユーリの無事も確認できたのでそろそろ自分の業務に戻るために、ソファから立ち上がったところで思い出したことがあった。
そう、未確認生命体合同捜査本部の件だ。ユーリにはとりあえずこのことは話しておくべきだと思った。しかし、ここではゴリスもいるし場所が悪い。

「あとで、話があるから。出来れば昼に時間空けといてくれない?」

「はい、わかりました!」

いつもの人懐っこい笑顔でユーリはティアナに返す。
“ま、こんな奴だもんね”と一時間前までユーリが死んだなどという誤報に頭の中を支配されていた自分が馬鹿らしくなってこちらも思わず笑ってしまう。
「失礼しました」と一礼し、待合室から出ようとした時である。背後から声がかかった

「あ、あと、ありがとうございました!」

ユーリが笑顔でお辞儀をしていた。

「なんのことよ?」

自分には彼にお礼を言われる覚えなんてない。むしろ言うのはこちらの方か…先日教会で助けてもらったし、その後でお姫様…
と思考が加速したところで強制的に停止をかける。

「だって、今日ここに来たのだって俺のこと心配してくれたからですよね?だからありがとうございました!」

「~~~~~ッ!!」

やりにくい!本当に天然ってやりにくい!どうしてこう時々鋭いところがあるのだろうか!?
ティアナは仕事では極力見せないようにしているお人よしの思考を停止させる。少し紅潮する顔を見られないように、「別にそんなんじゃないわよ」とだけ言って待合室の扉を少し強めに閉めた。




新暦78年   11月27日   ??????????   ????????


「ハァ…ハァ…」

荒い息遣いが下水道に響く。まさか自分がここまでの傷を負わされるなんて。抉れた右目部分に手をかざす。何も見えない、広がるのは暗黒のみだ。
“彼ら”は武器を持ったことは知っていた。だが、ここまでやるとは。
本来ならばこのような状況は自分にとって願ってもないことだ、しかし状況が違った。
あの時はクウガがいた。クウガとの一対一、ここで自分がクウガを倒せば確実に上位の“集団”へと上がることが出来る。
もしかしたら“最後”まで行けるかもしれないのに。

「グッ…!!?ウゥウウゥウ…」

突如右目が痛み出す。
そう、その一対一の戦いに無粋にも土足で入ってきた奴らがいる。それが今の自分の右目を奪った連中だ。
グムンから聞いた話ではそこまでの戦力はないように思えたのに…

「グムン、ブバダダバ」

だから簡単にクウガに殺されるのだ…痛みに耐えながら嘲笑をこぼす。
幸いここは人も少ない。しばらくここで痛みを癒し、そしてまた“始めれば”いいさ―――喘ぐ息を無理やり飲みこみ、ゆっくりと呼吸をする。
まるで自分が吐いた空気とともに闇に溶け込んでいくような、自分たちの存在には似合わないゆったりとした感覚に身をゆだねた。
呼吸が整い始め、さて、次の獲物を…と、この闇の出口を探し始めた時である。
緑色の光の球がふわふわと漂ってきた。
「なんだこれは?」自分たちがいくら封印されてきたとはいえ、目の前の物が自然現象で起こりえないことくらいは知っている。
ゆっくりと手を伸ばした…瞬間、今までの緩慢な動きから一転、それは紐状にかわり自分の腕をへし折らんばかりの力で締めあげてきた。

「!?バンザ!?」

痛みよりも突然のこの状況への驚きで戸惑っていると「かかった!」「こっちだ!」などという男たちの声が聞こえる。
なるほど、どうやら自分は連中の罠にかかってしまったようだ。
しかし残念だな、私は「生」の為にひたすらに暴れる獣と違う。

「ククク」

右腕の罠をあえて外さないまま声のする方へ向き直る。
やれやれ、この時代は本当に面白い…



新暦78年   11月27日   AM 12:30  ミッチルダ中央区画  某定食屋


「わざわざ呼び出して悪かったわね。さ、入って」

「はい、失礼します」

昼時にティアナと本局で合流し、連れてこられたのはミッドチルダの定食屋である。
わざわざ昼飯なら本局の食堂ですればいいじゃないか、とユーリが理由を聞こうとしたとき、突然念話通信が入った。
相手は目の前のティアナである。

『通信、出来るわよね?』

目の前でここの魚料理が結構おいしくてね、などとこちらにメニューを見せてくれる外とはまるで別人のまじめな声。
ユーリも『一応…簡単な暗号通信程度なら』とメニューを受け取りながら答える。

『上等よ。わざわざここにしたのは、本局だとどこで聞き耳立てられてるかわからないからね。ちょっと場所を変えさせてもらったわ』

『なるほど…』

『ここだと通信傍受系の探査魔法やジャミングとかをされる心配も少ないし、それにここの料理長さんの使い魔がそういうのに敏感だからすぐに教えてくれるのよ』

さすが執務官、カッコイイ。などと緊張感のかけらもない感想を持ちながら水にユーリは口をつけた。
いつも通りのマイペースに慣れてきたティアナはそんな様子を流して話を進める。

『今度、時空管理局に未確認生命体の“未確認生命体合同捜査本部”という未確認対応の特別班が出来るわ。』

―――――思わずユーリ動きが止まった。

『未確認の特別班ですか?それってもしかして…』

『えぇ、未確認を“倒す”目的で編成される特別のチームよ。私、スバルはそこへの転属が決まってる』

あえて、“殺す”という表現は使わなかった。だが、ユーリにもその真意はわかったであろう。
顔が明らかに強張っている。『ナカジマさんも?』と聞き直してくるその声も心なしか震えているようだった。

『えぇ、まぁ、詳しいことは省くけど…単刀直入に言うわ。アナタ、この班に配属されなさい』

「はぁ!!?!?」

縮こまっていたユーリの身体が跳ね上がり、思わず大声で聞き返した。すぐに自分の行動を顧み、周りに「スイマセン」と苦笑いしながら着席する。
ティアナにしてみればこのボリュームは確かに驚いたが反応は予想通りだった。そりゃ、いきなりそんなこと言われたら驚くに決まっている。

『いや、でも…なんで?』

『今、管理局にはアナタの別の姿を知る人間が私を含め4人いるわ。私、スバル、アナタも先日会ったフェイト・T・ハラオウン執務官、そして――――クロノ・ハラオウン提督』

『提督!?なんでそんな人が…』

『あぁ、ハラオウン提督はフェイトさんのお兄様なのよ。それに、今回の未確認の件、最初に対策に動き始めた方でもあるからね』

『なるほど…でも俺、武装局員じゃなくて基本事務方ですよ?クウガになって戦おうにもオフィス勤務じゃ出来ませんし、それに・・・』

ユーリが挙げるいくつもの懸念事項は確かに現状では未確認生命体合同捜査本部に彼が加わることはおよそ不可能なように思えた。
しかし、ここである一つのピースをはめることでこのパズルはその光景を180度変える。

『簡単よ、アナタが私の補佐になればいいの』




新暦78年   11月27日   AM 14:20  ミッドチルダ中央区画

ユーリに自分の考えている今後のプランを打ち明けた後、ティアナは未確認生命体第3号の捜査に、そしてユーリは自分の職場へと戻っていた。
今、ティアナは第3号とユーリが取っ組み合っていた橋の付近で現場検証に立ち会っている。

(非殺傷設定の雨あられ…これだけの量やられると最早「面」単位での攻撃よね)

橋の表面は一面えぐれ、所々に穴が開き、彫刻の出来損ないのような様相を呈していた。

「また作り直しでしょうね」

痛々しくデコボコに歪んだ看板を横目にティアナはこちらに向かってる市警の人間に一礼をした。

「時空管理局より派遣されました執務官のティアナ・ランスターです」

「お話は伺っています。ランスター執務官は未確認との戦闘経験もあるとのことですので、是非お力を貸していただければと」

やってきた男も一礼を返し、自分の手に握られてるカード型のデバイスを操作する。
ウィンドウが表示され、そこには未確認生命体第3号と思しき姿が映っていた。しかし、ピンボケが酷く画像ではそのシルエットがいまいちハッキリしない。

「これは…?」

「えぇ、ウチの職員が目撃したんですが…異常なスピードだったようでして、動画でも姿をとらえられてるのはほんの一瞬でして…」

「そうですか」と簡単に返事を返し、目が痛くなるような画像を検めて眺める。
異常なスピードとの証言と(ぼんやりとではあるが)このフォルムからして、きっとこの第3号もユーリや第1号とはまた異なるタイプであろう。

「第1号や第4号とはやはり姿や特性も違うように見受けられます。他に何かわかっていることは?」

「いやー…それが…凄い速いということと、女性的なフォルムらしいということしか判明しておらず…あ、ですが、昨晩の戦闘で第3号に手傷を負わせた際の血痕を採取しました!
 今、鑑定にかけておりますので、分析が終われば何か手がかりになるものが出てくるかもしれません!」

つまり現状手がかりはほぼナシに等しいということだ、とティアナは心中でシビアに結論づける。
こうしている間にも未確認生命体は凶行を繰り返しているかもしれない…焦る気持ちをなんとか宥め、現状で打てる手を模索する。
人海戦術?アウト、市警の方に協力してもらおうにも戦力の分散は連中相手では危険すぎる。
捜査範囲に支援魔導師による探索魔法や結界の展開?アウト、中央区画でこんなことをしたらパニックになりかねない。そもそも現状市民への未確認生命体の公表に渋い顔をしている上層部が許可を出すはずがない。
あとは、あとは…めぐる思考は出来もしない夢のような一手ばかり。奴を補足して追いつき倒す。それが最も効率的で周囲に被害を出さずに解決できる方法だ。
頭を悩ますティアナ、遠くから目の前の男を呼ぶ男が聞こえる。
必死の形相でこちらに駆け寄ってきた。息も切れ切れに報告を始める。

「警部!!第3号が!第5区画の下水道内で!!」






新暦78年   11月27日   AM 15:30   管理局本局局員専用通路

「いやー、参った…まさか執務官本人から“補佐になれ”なんて言われるなんて」

管財課に今度使う機器類の申請をし終え、その帰り道にユーリはポツリと呟く。
幸いにもこの時間帯に通路でたむろしている局員などほとんどいない。いたとしても、何やら口論に夢中になっていたり、余程疲れているのかベンチで仮眠をとっていたりで自分に注目している人間はいない。
この誘いが来るまで、ユーリの中では管理局を辞めてフリーターをしながらクウガとしてティアナ達に協力するつもりでいた。
その証拠に彼の制服の胸ポケットには辞表が収まっており、近いうちにそれを上司に提出する準備は出来ていたのである。
危なかった…と仕舞ってある場所を軽く叩きながら安堵のため息をつくユーリ。

「まぁ、おやっさんもこの話には満足してくれてたみたいだしいい感じにまとまったのかもな」

足も軽く自分のオフィスに戻ろうとした時、後ろから「ちょっといいかな?」と呼び止められた。
声だけ聴けば若い男性の声だ。しかし自分の周囲の人間にはそのような声を持つ人間はいない。

「はい?なんでしょう?」

なんの気なしにユーリは振り返る。
そこにはスーツを着ていてもわかる屈強な身体でありながらも理知的な雰囲気を纏っている、およそ彼とは似ても似つかぬ人生を歩んできたことが一目でわかる――――要するにいかにもキャリアマンな男性が立っていた。
あれ?そういえばこの胸章…とユーリがなにか気づく前に目の前の男性が口を開く。

「ぶしつけですまない、僕はクロノ・ハラオウン。一応、提督という立場で管理局に身を置いているものだよ」




<あとがき>
クウガといったらTRCS(BTCS)!!
やっぱり出したかったので無理くり登場させることにしました。


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