遠く奥深い次元空間に、それはあった。時空管理局本局の一角──艦船用ドックに現在停泊中のXV級次元航行艦『クラウディア』の一室にて、三人の男女が話し合いをしていた。
「──それで、肝心の相手なんだけど……」
「うん」「一体誰なんだ?」
「それがね……」
三人の中の一人──緑色の長髪の男──ヴェロッサ・アコースが二人の男女──クロノ・ハラオウンと、その義妹のフェイト=T・ハラオウンに説明していた。
内容は今度行われる戦技披露会に向けての打ち合わせである。
アコースが指をぱちん、と鳴らすと二人の前に空間スクリーンが展開、情報が表示されたそれを見て、二人は目を見開く。
「航空戦技教導隊の第5班と質量兵器対策班……」
「と、言う事はまさか」
「そう。なのはちゃんと、ダッジ兄さんなんだよねぇ……」
アコースの言葉に溜息をつくクロノ。と言うのも、相手が両者共に少し手強いタイプの人間だからだ。
と言うのも、相手である高町なのはは極めて高い魔力量を持ち、もう一人の相手であるヴァイパー=ダッジ・クライスに至っては魔力切れを起こさない事を知っていたのだ。
──二人に勝つには少し策がいるな、クロノ・ハラオウンよ。クロノは一人、自問していた。
その一方でフェイトはと言えば……
(今度の相手はなのはかぁ……何年振りになるんだろう?)
相手は親友であるなのはと、ちょくちょく一緒に仕事する事があるヴァイパーさん。なのはの手の内は今までの戦いの中である程度掴めているけど、問題はヴァイパーさんだ。
彼の戦闘スタイルについては何も知らない。お義兄ちゃんは何か知っているみたいだけど……
フェイトが思考していたその時、彼女が手に持っていた金色の台座──「閃光の戦斧」 バルディッシュ・アサルトが彼女に話し掛ける。
【主 少し話したいことが】
「……? どうしたのかなバルディッシュ」
【彼……クライス氏のスタイルですが、奇襲を旨とする傾向が有るようです】
「どこでそんな情報を?」
【はい 彼のデバイス……ARGYROSがそう言っておりました また、交戦対象の情報収集も行うとの事です】
意外な事に、バルディッシュが彼の戦闘スタイルについて僅かだけど情報を提供してくれた。奇襲戦法を仕掛けてくるとなると、警戒が必要かな。
更に私やお義兄ちゃんに関する情報収集をしているみたいだし、これは手強そうだ。少なくとも、暫らくは家に帰れないね。
ヴィヴィオにメールを送らなきゃ……フェイトは分割思考の一つでそう考え、もう一つの分割思考でクロノ達の会話を聞いていた。
「──これにて教導を終了する。諸君、ご苦労だった」
『お疲れ様でした!』
──ヴァイパーは自身が受け持っていた部隊の教導を終え、廊下を歩いていた。
その途中、一緒に歩いていた部隊の小隊長が自分の小隊はどうだったかと問われ、ヴァイパーはそれに少しきつめの評価を下していた。
「貴小隊は些か質量兵器を甘く見ている節が見受けられる」
「──はぁ。それで、どのような所が悪かったのでしょうか?」
「うむ。特に小型の質量兵器──拳銃やナイフ類、手榴弾に対する反応が良いとは言えなかったな」
「……ご指摘、ありがとうございます」
何か含みのある言い方で小隊長は言い、踵を翻し去って行く。ヴァイパーは彼の背中を眺め、あの様子なら大丈夫だろう。と判断し駐車場へと足を運ぶ。
車の方に歩くと、ドアを開けて乗り込み、エンジンをかける。キュルキュルとセル・モーターが廻り、手が入り調律された8.4リットルV型10気筒エンジン──1200馬力のモンスター・マシン──に火が入る。
最近ヴァイパーは車を乗り換えた。……とは言っても、以前乗っていた車──2002年式ダッジ・バイパーGTSから、2010年式の最終・競技専用モデル──ダッジ・バイパーACR-Xにだが。
以前乗っていた車はどうしたかといえば、車を欲しがっていたコルドバにそのまま譲り渡し、数年前に購入したこの車をガレージから引っ張り出したのだ。
今乗っている車のカラーリングは、日産・R34型スカイライン用のベイサイドブルー・メタリックを基調に、フロントバンパーからトランクにかけてホワイトのストライプが描かれている。
因みにヴァイパーが乗っているグレード──ACR-Xはごく少数しか生産されなかった上、公道走行が不可能なレース専用車の為か希少価値が高かった。
当然ながら地球では公道を走る事は不可能だが、ここはミッドチルダだ。よって、地球の法律は関係ない。
//////
─┬>脳内再生BGM「Autobahn」再生
└>実行許可 脳内再生BGM「Autobahn」 再生開始……
//////
私は車の運転の傍ら、その脳内ではいくつもの作業を処理していた。とても爽快感溢れるBGMを聴きつつ、報告書と教導資料の作成。
更に今度行われる戦技披露会に向けての情報収集と打ち合わせを高町一尉と行う事になった。
その為、彼女と待ち合わせををする事にした。今、その待ち合わせ場所に着いた訳なのだが……遅れたのだろうか。
待ち合わせ場所に着いたヴァイパーが車内で体を伸ばし楽にしていると、何者かが助手席の窓をこつこつ、と叩く。
ヴァイパーがドアを開けて身を乗り出すと、栗色のサイドポニー──高町なのはがファースト・フード店の物らしき紙袋を持って立っていた。
「待たせましたかな?」
「いえいえ、わたしも今着いたばかりです」
「そうでしたか」
ヴァイパーは助手席の方に身を乗り出しドアを開けると、なのははそのまま乗り込み色々と眺めた後、ヴァイパーに言う。
「新しい車に乗り換えたんですか?」
「ええ、ちょっと訳ありですが」
「……この車、レーシングカーですよね」
「ご名答」
ヴァイパーさんが車を乗り換えた。それも、レーシングカーに。そして今、わたしはそれを深く実感していた。……身を以て。
エンジンと排気管からの轟音が車内に響き渡り、その音量になのはは耳を塞ぐ。それを見たヴァイパーはドアに後付けした小物入れから耳栓を取出し、なのはに渡す。
それを受け取ったなのはは耳に装着すると、ヴァイパーに念話で話し掛ける。
(何でまた、レーシングカーなんかに?)
(父が車を欲しがっていましてね。ガレージに偶々良いのがありましたから、それを選んだまでですよ)
(その良いのがこれって……)
わたしの呟きにははは……と苦笑するヴァイパーさん。全くドウカシテルとしか思えない。
わたしを墜としたあの時といい、普段の勤務時間といい、常人では考えられない事ばかりしている。
……それにしても、脚の辺りが熱い。とんでもない排気量のエンジンの所為だろうか、凄く熱い。そう思い足元を見てみると、流石レーシングカーと言った所かカーペットの類が見当たら無い。
運転席の方を見ても、カーペットは無かった。そうこうしている内に車は打ち合わせの会場である談話室兼ライブハウス──「BIG BOX」に辿り着く。
「BIG BOX」の個室に二人は入ると、席に着く。しばらくして、話を切り出したのはヴァイパーだった。
「今回の件ですが、相手はお互い知り合いです」
「ええ。相手──ハラオウン兄妹の手の内は分かりますか?」
わたしはヴァイパーさんにそう問い掛けると、ヴァイパーさんは持ってきていた鞄を開き、数枚の紙資料を取り出す。わたしはその中から適当に選び手に取る。
「それはクロノ提督の個人データです。それとこちらがフェイト執務官の個人データになります」
「凄い……こんなに情報が記載されてるなんて」
──まだまだ情報が足りないのに、彼女は驚いていた。別にこの程度の情報収集は皆やっている事だと思われるが、何をそんなに驚くのだろうか。
全く、若い世代の人間についてはからきしだな。ヴァイパーは内心自嘲していた。
ヴァイパーは知らない。自身の行動がやり過ぎだと言う事を。故に、ヴァイパーは加減についても知らなかったし、それが他人に異常だと思われる一端を担っている事もだ。
そんな彼となのはが順調に打ち合わせを進めていたその頃、デバイス達は──
【また会いましたね、ARGYROS】
【Only here is a raising heart after a long time】
紅い宝石のペンダント──待機形態のレイジングハートが暗銀色のウエストポーチ──「XA-02 ARGYROS」に挨拶し、ARGYROSもレイジングハートに挨拶する。
傍から見ればボディをぴかぴかと光らせているだけに見えるが、実はこれが二機にとっての会話なのだ。
二機はたわいもない世間話から始め、しばらくしてレイジングハートがヴァイパーの事を話題にする。
【そう言えばARGYROS、あなたのマスターの事ですが……】
【Raven?】
【そう、ヴァイパー=D・クライスの事です】
私はマスターがシャマル女史から聞いた話の一部始終を説明し、ARGYROSの意見を聞いてみる事にした。
【...It is roughly a correct answer. However, the mistake is partially found】
【間違い?】
【Yes. It is also important to place】
肝心な所で……? 一体それはどういう事なのでしょうか? 私はそれを問おうとしましたが、生憎ながらマスターとクライス氏の打ち合わせが終わってしまったようです。
レイジングハートは主人達の打ち合わせが終わった事を悟り、それと同時に会話の終わりを悟った。
それに対し残念そうな声色で──とはいっても変わり無いものだが──ARGYROSと別れ、ふわふわと浮いてなのはの首にぶら下がる。
「それじゃ、また明日」
「ええ、また明日」
なのはとヴァイパーは別れると、それぞれ別々の出口から退出し帰路に就く。別々に帰る訳は記者達を警戒していたからだ。
帰りのタクシーの車内で、なのはは一人語ちる。打ち合わせの結果は中々良い結果に終わり、連携の練習を行なう事から始める事にした。
しかし、レイジングハートは何を話していたのだろうか。ヴァイパーさんがARGYROSを地面に置く時の慎重さも気になる。
そこはレイジングハートに尋くべきか迷ったが、彼女が自分で語るまで尋かない方が良いだろう。なのははそう判断し、窓から見える風景を眺めていた。
「それにしても……漸く復縁か。長かったよ」
【Yes. It is certainly long, Raven】
つい最近、両親が復縁した。二人の息子としてはその事が少し嬉しかったが、三十路を過ぎた男としては何だか複雑な気分でもあった。
ミドルネームにダッジの名を入れたのは離婚した二人の懸け橋になればとの思いからであったが、その願いも叶った。
だからといって、今更名を戻す気にはなれないが。運転の傍らヴァイパーは苦笑し、アクセルを踏み込んで往く。
自身の手が入り調律されたエンジンが野太く、そして力強く咆哮を上げ、市街を毒蛇の様に駆け抜けていった。
崩壊したビル群──廃棄区画兼演習場にて二人の男女が行動していた。男は遠く離れた所にいる女を見やり、女は男目がけ光球を撃ちだす。
男は後退しつつ右手に持っている拳銃の照準をつけ、そのトリガーを引く。銃弾は飛来してきた光球に命中し、消滅させる。
女はそれを見て舌打ちし、男を追う。男は瓦礫だらけの交差点を右に曲がり、女は右手に持つ巨銃を構えなおす。
男は瓦礫に息を潜め、銃の弾倉を取り出して残弾を確認する。残弾数、残り3発。男は残弾を確認すると、男の胴体が光りその形状を変化させる。
その一方で女は交差点を曲がり、巨銃の照準を男が隠れている瓦礫に向け、トリガーを引こうとした瞬間──男が飛び出してくる。
女は慌ててトリガーを引き発砲するも、当たらない。次弾を撃とうとしたその瞬間──男が懐に入り込み──顔面と左胸部に衝撃──そして転倒。
「あ痛てて……。負けちゃった」
「何とか勝てた、と行った所か」
そして顔に銃口を突き付けられた女──ディエチ・ナカジマは自身の敗北を確認し、相手の男──ラッド・カルタスの手を掴み立ち上がる。
この模擬戦の発端は、新デバイスの運用テストをしていたカルタスに興味を持ったディエチが声を掛けたのが始まりだった。
結果はカルタスの勝利に終わり、ディエチは顔と胸に付いた塗料を必死に水で洗い落としていた。
……偶々来ていた周りの男性局員がディエチの行動に天を仰ぎ、カルタスが肩を竦める。
カルタスが右手の拳銃をくるくると回していると、男が歩いてくる。カルタスはその顔に見覚えがあった。
ヴァイパー=D・クライス。この間の事件で捜査協力に来てくれた教導官であり、新型デバイスの設計者だ。
彼はカルタスに気付き、右手を人差し指と中指だけ伸ばし敬礼をする。カルタスはそれに敬礼で答えると、ヴァイパーはそのまま歩いていった。
それを見ていた他の局員達がカルタスに問い掛ける。カルタスは質問攻めを巧く避け、ディエチにタオルを渡す。
「あれって……」
タオルを受け取ったディエチは水分を拭き取ると、ある人物を見つける。栗毛のサイドポニー……高町なのはである。
以前“ゆりかご”内部で砲撃勝負を仕掛け、見事に自分を打ち破った“エース・オブ・エース”が何故ここに……?
ディエチが疑問に思っていると、なのははディエチに気付かず先程カルタスが敬礼した相手──ヴァイパーの後を追って行った。
「──でも、あんな使い方があったなんて」
「意外でしたか?」
なのはとヴァイパーは歩きながら会話していた。会話の内容はハンド・シグナルの方法で、ハンド・シグナルで簡単な会話をする方法の確認をしていたのだ。
念話があるではないか、と言う声もあるがAMF環境下やリンカーコアが無い者に念話が出来る訳では無いし、傍受される危険性も僅かだがあるのだ。
特に相手がクロノでは、他の魔導師より厄介だろう。あれは誰よりも私の手を知っている。ヴァイパーはそう捉えていた。
「そう言えば、ヴァイパーさんってクロノく……クロノ提督と仲が良いんですか?」
「……まぁ、彼とは家同士の付き合いもありますしね」
ヴァイパーの交友関係に疑問を持ったなのははそれについて問い、ヴァイパーは渋々と答える。
別に何でもない事なのだが、年下の人間との付き合い、それも異性との付き合いは苦手であった。最も、仕事絡みとなれば話は別なんだが……
そんな自身の情けなさに内心嘆息しつつも、ヴァイパーは次のメニューにとりかかった。
「ほへー……」
──無限書庫の一角にて、金髪の少女──高町ヴィヴィオは呆然としていた。と言うのも、無限書庫の手伝いに来たら、蔵書整理がかなり進んでいたのだ。
そのまま呆然としている彼女に、男性司書が気付き声を掛ける。
「おや、どうしたい嬢ちゃん?」
「あ……うん。何か本が片付いてる気がして」
「実はよ、こないだ英雄(ヒーロー)が来てな」
「ヒーロー?」
そう、英雄がな……と語る男性司書の頭を女性司書ががつん。と殴り付ける。痛てて……と頭を抱えながら持ち場に戻る男性司書。
それをヴィヴィオは不思議に思い、他の司書達に挨拶しながら司書長室で書類を書いているであろうユーノの元へと歩く。扉の前まで歩くと、ユーノが出てくる。
「やあ、ヴィヴィオ」
「おはようございます。ユーノ司書長」
「おはよう、ヴィヴィオ」
二人が挨拶したその時──休憩を告げるチャイムが鳴る。ちょうど空腹を覚えていた二人は食堂へと歩く。
「そう言えばユーノ司書長、ヒーローが来たって聞きましたけど……」
「ああ、クライス一尉の事だね」
「クライス一尉? 確かなのはママを病院送りにした人の事?」
……そうだね。と少し間を置いてから回答するユーノ。恐らく彼の心境はまずい事を喋ったかと言う自責の念に駆られているのだろう。
ぎすぎすしそうな二人の間に、一組の男女が割って入る。
片や白髪の男、もう一人は深緑のショート・ヘアの女性──ユゥルブルム・トランザムとアルピナ・C・ノーヴェンである。
「ちょっト相席してモ良いかナ?」
「あ……どうぞお構い無く」
ユーノ達を見て気付いた二人は一計を案じ二人と同じテーブルに就く。ユーノの脇にトランザム、ヴィヴィオの脇にノーヴェンが座り、食事を摂る。
しばらくして、ユーノから事情を聞いたノーヴェンはくすり、と微笑む。
その様子にきょとんとしたヴィヴィオを見たトランザムが笑い出すに連られ一同は快活な笑い声を上げるようになった。
「──上か!」
クロノ・ハラオウンは天を見上げ、これから来るであろう襲撃に備えていた。その直後、金色の閃光が視界に入り──咄嗟に防御する。
反撃にと右手に持つ杖型ストレージ・デバイス──デュランダルを打ち下ろすも、相手は素早く避ける。しかしそれを予期していたクロノは、バインドを仕掛けるも──
///
cd/s.surgical/d.bind(2000.2000.2000)/set
///
「その手はもう!」
──流石に同じ手は効かないか。クロノは苦笑すると、背後に回った仮想敵──フェイトの腹部に肘鉄砲を叩き込む。
更にそこからチェーン・バインドをフェイトの右腕に掛け、右手に持っているバルディッシュを自身の右足で蹴飛ばすも、そこから生まれた隙を突かれ、魔力を込めた左腕──プラズマ・アームを右足に叩きつけられる。
右足が感電し、筋肉が一瞬痙攣するも、クロノはフェイトを引き寄せその首を刈ろうとして──直前で止める。
「──今日はここまで」
「最後の動き、凄く……お義兄ちゃんらしくないね」
「当たり前だ。これはダッジのスタイルだからな」
「…………」
対戦相手の名を出され、その場で沈黙するフェイト。当然かもしれない、加減を知らない彼の事だ。そのスタイルは激しいものである事も想像を覆しがたい。
だが、このスタイルで来るかどうかははっきりしない。今のバリア・ジャケットを活かしたスタイルで来る可能性が高いが、一応知っておく必要がある。
何故なら相手は奇襲が好き──と言うよりは悪戯好き──な奴だ。しかし、向こうもこちらの事を調べているだろう。
だから厄介なのだ。質が悪いと言う言葉は、母と彼の為にあるようなものだ。だが、場合によってはこちらに勝ちが転がり込む事もある。
「どうしたの、お義兄ちゃん?」
「──っと、すまないなフェイト。考え事をしてたんだ」
「ふーん……でも、何でクライス一尉の事をミドルネームで呼ぶの?」
「ダッジとは昔からの親友だからさ。フェイトとなのはの仲と同じようにね」
──成る程。先程お義兄ちゃんが言った事を私が理解するのに時間はかからなかった。
しかし、今回の戦技披露会は何故タッグ・マッチなんだろうか? この前の披露会は一対一だったというのに。
フェイトの心に新たな疑問が生まれかけたが、即座にそれを揉み消した。今は、相手を知る事の方が大切だ。
──そして時は流れ、戦技披露会当日……
「遂に始まるのかぁ……フェイトちゃんと戦うの、何年ぶりだろう?」
「あいつと戦うのはかれこれ14年ぶりか……」
なのはちゃんとクライス一尉はそれぞれ思いを言い、フェイトちゃんとクロノ君は──
「なのは……」
「ダッジが相手だと気が抜けないな。フェイトも気を付けた方がいい」
──クロノ君達もまた、それぞれの思いを言う。そしてそれを私──八神はやてはモニター室から眺めているという次第や。
缶飲料を片手に隠しカメラのモニターを眺めるはやて。その隣で彼女の家族──「湖の騎士」 シャマルがせっせとに編み物に勤しんでいた。
何故編み物かと言えば、暇潰しと、編み物雑誌に投稿するからと言うのが理由だ。
実際彼女は編み物業界の中ではかなりの有名人で、彼女の作品についての特集が度々取り上げられる程だ。
「おっ……ザフィーラや。どうしたんやろ?」
「えっ、どれどれ……?」
モニターを眺めていたはやてがなのは達がいる控え室に接近する男──「盾の守護獣」 ザフィーラの姿を捉える。
ザフィーラとヴァイパーは何やら話し合っている様だが、何を話しているのか皆目見当が付かない。
気が付けばヴァイパー達が話し合っているその光景に、はやて達は釘付けであったが……
「はやてちゃん、シグナムとヴィータちゃんが……」
「おお?!」
更にフェイト達の元にシグナムとヴィータが訪れる。こちらも何やら話し合っている様だが分からない。
その事に悔しがっていると、何やら二人がこちらを見ている。……クロノとヴァイパーだ。二人はゆっくりと右腕を上げ──
『覗き見とは感心できませんな、……八神二佐殿?』
直後──モニターが砂嵐に変わる。どうやら二人に気付かれたようだった。ちょお惜しかったな、と少し悔しがってはみるも、何処か空しさを覚えるだけである。
「……ん?」
「はやてちゃん。そう我慢しなくてもいいんですよ?」
何だか情けなさを感じたはやての肩をシャマルが軽く叩き、はやてはシャマルの胸に縋り付く。おいおい、と涙を流すも、数分後にはシャマルの胸を揉みしだくのであった。
──やれやれ、はやてにも困ったものだ。
クロノは溜息をつくと、シャワーを浴びてくる、とフェイト達に言いシャワールームに入る。
服を脱ぎ蛇口を捻ると冷水が降り掛かり彼の身体から熱を奪うが、それと引き替えに意識をはっきりと、しっかりと覚醒させてゆく。
「……あまり、歌は歌わないんだが」
取り敢えず即興で思い付いた鼻歌を適当なメロディーで歌い、精神をリラックスさせる。身体が十分に冷えた後、クロノは蛇口を操作し温水で身体を暖める。
十分に身体を暖めた後、タオルで水分を拭き取り下着と黒いハイネックのTシャツとスラックスを着る。
「……準備完了、さぁ行くぞフェイト!」
「うん!」
バリア・ジャケットを展開しシャワールームを出て、先行していたフェイトと合流したクロノは、披露会会場へと駆け出した。
クロノ達が会場に辿り着くと、対戦相手──なのはとヴァイパーだ──が待ち受けていた。
なのははバリア・ジャケットを展開していたが、ヴァイパーは公開模擬戦の時同様、グレーのツナギ姿であった。
「遅かったじゃないか……」
「ああ、待たせたな。それでは、始めるとしようか?」
その前に、バリア・ジャケットを展開してからだが。とクロノは言い、何故か暗い表情のフェイトがなのはに声を掛ける。
「なのは……」
「フェイトちゃん、今は全力全開で相手する事だけを考えようか?」
なのはの言葉に、フェイトの表情が改まる。迷いが吹っ切れたのだろう。その顔は明らかに、そして戦意に満ちたものであった。
そしてヴァイパーがバリア・ジャケットを展開する。彼のバリア・ジャケット──先鋭的な形状の装甲に、両腕に持つ銃器。そして何よりも、彼の発言に一同は驚愕した。
『──貴様等には水底が似合いだ』
そして、戦技披露会の幕が切って落とされた。
「流石、ダッジと言った所か!」
クロノは高速で機動する相手──以前の戦いで破損した「TYPE-4 Kerberos」の代わりとなる、「TYPE-4 LAHIRE/Stasis」を展開したヴァイパーと弾を交えつつ思う。
あれの速度は桁違いのものだ。その疾さは義妹のそれに勝らずとも劣らない。だがその反面、装甲が薄い筈だ。
故に、バインド類で脚を止める自分の戦いに何も問題はない。と判断しヴァイパーに接近、右手に持つ杖型のストレージ・デバイス、デュランダルを槍の様にして突き出す。
しかし、ヴァイパーは半身にして突きを逸らし、右手の銃型ストレージ・デバイス──「AR-700」を発砲して牽制する。
「案外、悪くはないな」
「よく言うよ全く!」
何処か余裕げのある声色で喋るヴァイパーに、クロノは苛立ちを覚え始め、「14年前は逆の立場だったのに」と呟く。
14年前、ヴァイパーとクロノは空戦AAAランク魔導師試験の際、模擬戦を行った。
その時のヴァイパーとクロノは、受験者と試験官の間柄であった。そして結果はヴァイパーの敗北と不合格であった。
それ以来、クロノがヴァイパーと戦う機会が無かったと言う訳ではないが、少ない事は確かである。
クロノが苦戦しているその一方で、なのは達は……
「はぁ────っ!」
フェイトが掛け声を上げながら「閃光の戦斧」 バルディッシュ・アサルトを構え踏み込んでくる。
それを見たなのははディバイン・シューターで迎撃、魔力弾が炸裂し視界を煙が覆う。
「貰ったっ!」
「まだだよフェイトちゃんっ!」
煙の中から飛び出してきたフェイト。彼女がバルディッシュを袈裟懸けに振り、なのははそれを自身の相棒──「不屈の心」 レイジングハート・エクセリオンの胴体で受け止める。
『……!』
歯ぎしりし均衡状態に入る二人。互いに状況を打破する隙を探してはいるが、中々見つからない。
ふと、なのはが驚いた表情を見せる。フェイトは隙を見付けたと放電しなのはを感電させる。
感電して動けないなのはの懐に踏み込もうとするフェイトに、魔力弾が襲い掛かる。
寸でのところで回避したフェイトの耳に、若い男の声が聞こえてくる。
「止まって見えるぞ、貴様。それでよくも閃光を名乗れたものだな」
「──!」
(落ち着けフェイト、今はなのはを無視してダッジを狙うんだ。二人で掛かるぞ)
声の発信源──ヴァイパーが左腕に持つ「ER-O705」の銃口が、フェイトを睨み付けていた。
フェイトが距離を取り態勢を持ち直そうとしたが、ヴァイパーの執拗な追撃に苦戦する。クロノもフェイトを援護する為かヴァイパーを追う。
その隙に、なのははある行動を開始した。
『こっちに食い付いて来たか。……"スターズ"、準備を』
("スターズ"了解。"オッツダルヴァ"、時間稼ぎをお願いします)
フェイトちゃんがヴァイパーさんに構っているその隙に、わたしはあるものを取り出す。
白銀色の“それ”は、以前ヴァイパーさんから渡されたものだ。マガジン内のカートリッジをフル・ロードしマガジンを取り外すと、“それ”を代わりにセットする。
レイジングハートが“それ”を装備した事を認識し、紅色のデバイス・コアをぴかぴかと光らせる。
「コードアンビエント、ドライブ・イグニッション!」
【Ignition】
“それ”──拡張ユニット「TYPE-B/GA NSS」 が活動を開始し、辺りの空間を白い光が覆い隠す。
事態の異変に脚を停めるクロノ達。しばらくして光が収まると、そこにはサイドポニーの髪型がストレートへと変わり、銀色の──中央部に蒼色の宝石をあしらった──冠を被ったなのはがいた。
デザインは基本的にアグレッサー・モードと変わり無いが、よく見るとドレスのスカート部分とブーツに冠と同じ色の装甲が追加されており、両肩にも羽らしきものが付いていた。
「さぁ……改めて行くよ、レイジングハート!」
【了解しました マスター】
「──なのは?!」「あれが、なのはだと言うのか?!」
驚くクロノ達にレイジングハートの先端部を向けたなのはは、その形状の変化に気付く。A.C.S.展開時に形成されるストライク・フレームとは違う、新たなカタチ。
それはまるで、銃器の様でもあった。それに少し見惚れていると、ヴァイパーから注意が入る。
『"スターズ"、気を付けて下さい。貴女の現在のバリア・ジャケットはかなり癖が強いです』
「"スターズ"了解。"オッツダルヴァ"、時間稼ぎに感謝します」
『いえいえ』
──こういうカラクリだったのか、クソっ。
隣でお義兄ちゃんが柄にも無く悪態を吐く。私はなのはを見て、彼が悪態を吐いた理由を悟った。
今回の戦技披露会が二対二の訳は、なのは……いや、戦技教導隊の新装備の試験も兼ねていたのだ。となると、今回の黒幕は恐らく技術局。
後で査察部に技術局の捜査依頼を出さなくちゃ。フェイトが分割思考の一つで思考していると、なのはに動きがあった。
真っ直ぐこちらに向かってくるなのはにバルディッシュを下段に構え、クロノがディレイド・バインドを設定する。
「ディバイン・バスター!」
「?!」
しかし、藍色の砲撃がクロノを飲み込み、墜落する。砲撃の発射点は──ヴァイパーが左腕に持つ「ER-O705」からだった。
それを見て驚愕するフェイトをヴァイパーが煽り、襲い掛かる。
「何を驚いている、貴様。私とて撃てない事は無い」
「……その口調、とても不快です」
「ふん……」
フェイトの攻撃を軽々と避けながらヴァイパーは言葉を交わす。なのははその隙にマガジンを装着しカートリッジを三発ロード、その照準をクロノに合わせる。
クロノはと言えば、フェイトの攻撃を避けているヴァイパーにデュランダルの矛先を向けており、なのはに気付いていないようだ。
『捉えたっ!』
そして、なのはがクロノを。フェイトがヴァイパーに決定打を決めたのはほぼ同時であった。
突如出現したバインドにヴァイパーは為す術もなく四肢を捕縛され、フェイトの斬撃がヴァイパーの背中──メイン・ブースターを斬り捨てる。
「メイン・ブースターがイカレただと?! 寄りにもよって海上で……狙ったか、金色の閃光(ゴールド・グリント)!」
「…………」
無言で墜ちて行くヴァイパーを見たフェイトは、飛んできた桜色の弾幕を防御しながら回避する。弾幕から距離を取り身構えたフェイトだが、背中に衝撃が走る。
……そう、なのはが背後に回り込んでいたのだ。痛みに耐え、更に強くなった親友にフェイトは感銘を受けた。
もしかしたら自分も、あのバトル・マニアの影響を受けたのかもしれない。フェイトは桜色のポニーテールの彼女を思い浮かべた。
──これでいい。後はクロノと沈めば丁度だ。私は“わざと”クロノのバインドに引っ掛かり、テスタロッサ執務官にメイン・ブースターを斬らせた。
口調の方は余興で、このフォームを使うならと演技したまでだ。彼女には悪いが、私の予想通りに動いてくれた。
勿論メイン・ブースターはイカレてなどいない。"スターズ"こと、高町一尉もこの茶番(ファルス)に気付かないだろう。
最も、クロノはこのつまらない猿芝居に気付いているだろうが。──さて、“沈む”としよう。クロノを道連れにして。
本当の、エース同士の戦いをのんびり眺めようではないか。ヴァイパーはヘルメットの下で一人ほくそ笑む。
「な、何をする気だダッジ!」
僕はこちらにふらふらと墜ちてくるダッジを避けようとする。……避けようとするが。
次の瞬間、僕は海中に沈んでいた。それを理解するのに時間がかかった。と言うのも、一瞬の出来事であったからだ。
海水の冷たさに耐えつつ、浮上しようとすると、脚を引っ張る感覚。それは何故かと下を見ると──?!
『ンムフハハハ……』
(な、何のつもりだダッジ! 僕を溺死させるつもりか?!)
『悪いなクロノ、お前にはもう少し沈んで貰わないと困るのでな』
(──さては、僕の足止めが目的だったんだな!)
『さぁ、どうだかな? それよりここで眺めようじゃないか。エース同士の戦いを』
クロノがデュランダルを振り回し、嘯くヴァイパーを引き離そうとするが、その左腕が万力の様にがっちりと掴んで放さない。
尚も脚を引っ張るヴァイパーに業を煮やしたクロノは強引に飛行魔法を展開し上昇しようとするが、何故か動かない。それどころか徐々に沈んで行くではないか。
一体どう言う事だろうか? 水に沈むという事は浮力が足りないか、重量があるか……時間が無い。酸欠でやられる前に、何とかして浮かび上がらないと。
水中で戦いが続くその頃、空中では。
──なんて疾さだ、これが新装備の力なのか?
フェイトはなのはのバリア・ジャケットの性能に目を疑った。ヴァイパーや自身のそれには及ばないが、かなり疾い事は確かだ。
だが、なのはは慣れていない様でもあった。そこに自身の勝機を感じ、それに私は賭ける。私となのは、二人が初めて出会った時を思い出しながら……
──流石だね、フェイトちゃん。
ディバイン・シューターとシュート・バレットの弾幕をことごとく回避するフェイトちゃんを見て、わたしは思う。
彼女と出会って早十三年。わたしと彼女、はやてちゃんは今でも仲良しだ……今戦っているけど。
わたしが彼女と初めて出会った時は、わたしの負けだった。色々あったけど、仲良しになった。
そして十年前、わたしは墜ちた。原因は過労による負担と、無茶であった。それから四年が経ち、わたしが戦技教導隊入りを果たした時、彼女は喜んでくれた。
そして三年前、わたしに娘が出来た時、彼女はわたし達親子の後見人となってくれた。そんな彼女だけど、あの時の“決着”は未だついていない。
さぁ、今それをつけよう。わたし達がこれからを進む為に。
時間が経つに連れぼろぼろになり、その機能を低下させて往く二人のバリア・ジャケット。しかし二人の動きに陰りは見えず、中々決定打を決められずにいた。
そんな中、なのはがフェイトに提案をする。
「もう時間も無いし……次の一発で終わりにしようか」
「そうだね。私もそうしたかった所だよ」
「ママ……」
ユーノ司書長と二人でニュースを見ていると、なのはママとフェイトママが戦っていた。ぼろぼろになりながらも、二人の表情は明るいものだった。
何であんなに明るいのだろうか。ユーノ司書長に聞くと、彼は決着をつけたいのだろう。と言う。そう言えば、少し前までおじさんとクロノ提督が戦っていたはずだけど……?
「全力全開! スターライト──」「雷光一閃! プラズマザンバ──」
二人の周囲に大量の魔法陣が出現し魔力を増幅、加速する。フェイトの上空に雷雲が集まり、レイジングハートから大量のカートリッジが排挟される。そして──
『ブレイカ────ッ!』
──閃光が辺りを飲み込んでいった。
「やっぱり、なのはちゃん達が勝ったか」
「……納得がいかない」
クロノはレストランでヴェロッサと会話していた。その一方でなのはとフェイト、はやてはにこにこと微笑みながら食事を摂っている。
仲良し故に姦しくなりそうだが、流石に三人ともその様な事をする歳ではなく穏やかに話していた。
クロノは溜め息を吐き、フォークをくるくると回してスパゲッティを絡め取ると、それを口に運ぶ。スパゲッティはナポリタンで、ケチャップを主体としたソースの味に何処か安堵感を覚えた。
隣にいたユーノが手にしたバゲットを小さくちぎり、咀嚼する。ヴェロッサは心地好くなっているのか、ゆっくりした動作でカップ・スープを啜る。
何故ユーノとヴェロッサがいるのかと言えば、彼らはなのは達に誘われたのであった。
因みに披露会の結果は相討ちとなり、なのはとフェイトの二人がシャマルの説教を受け、クロノは酸欠で失神。ヴァイパーはザフィーラとどこかへ行ってしまった。
その為レストランにはヴァイパーの姿は無く、実に穏やかな雰囲気となっていた。
「それにしても、ダッジは何を考えているんだか判らないな。あのバリア・ジャケットと言い、言動と言い……」
「もしかして……」
「……? どうしたんだヴェロッサ?」
クロノの言葉にナニカ思い出したのか、呟きだしたヴェロッサ。大分前に、自身のレア・スキル「思考捜査」でヴァイパーの思考を捜査した事がありその際、ヴェロッサは極めて多大な負荷を脳に受け気を失ったが、気を失う数秒前にある単語を見付けた。
その単語に何処か疑問を覚えた彼はその意味を仕事の傍ら調べてみるも、未だに掴めずにいたと言う。
その単語は……“汚染患者”。彼はその事をクロノの発言を聞いて思い出したのだ。
「“汚染患者”ねぇ……」
「そう言えば、僕も気になる記事を見付けたんだ」
「どういう物だい?」
「コレなんだけどさ……」
そう言うとユーノは小型の空間モニターを展開し、それを見せる。モニターに投影されているのは古い一面記事だ。
──新型魔力炉、暴走か?!
某日未明、完成されたばかりの新型魔力炉「ヒュウドラTYPE.M」が試験運転中、突如異常運転を開始。爆発し数十名を巻き込む大事故となった。
大規模な爆発に生存者はいないと思われたが、奇跡的にも見学していた少年(3)の生存が確認された。
現在現場は超高濃度の魔力素に汚染されており、医療局は少年に何か影響が無いか目下検査中。
また、管理局査察部による緊急査察を魔力炉の設計・開発をした「ゴールデン・アシスト・エレクトロニクス(略称GAE)」に行う模様。親会社のゴールデン・アシスト社(略称GA)の対応が気になる所だ。──エド・ワイズ
「これは……」
「新暦49年、今から29年前の出来事だよ」
「こんな事があったなんて、知らなかったな。……で、コレがダッジ兄さんとどう関係が?」
「コレも見れば分かるよ」
そう言うとユーノは空間モニターをもう一つ展開する。その内容を見て、二人は驚愕した。ユーノが見せた物──それは、ヴァイパーの診断書だった。
──Medical Record(診断記録書)
Name des Sachgebietes Diagnose:Viper Clyse.(被診断者氏名:ヴァイパー・クライス)
Diagnostic Inhalt:Heavy bleeding from the left arm loss. Neurological abnormalities magical elements Linkercore particle pollution.(診断内容:左腕部喪失による大量出血、粒子状魔力素汚染によるリンカーコア及び神経異常)
Behandlung:Restore the machine-made prosthetic arm in arm. linkercore, and neurological abnormalities on follow-up is required.(治療方法:左腕部を機械製義腕で復元。リンカーコア、及び神経異常については要経過観察)
「こんな事があったのか……」
「因みにその後、クライス一尉は病院の診察を受けていないみたいなんだ」
「何の話、ユーノ君?」
気が付けば、なのは達がこちらのテーブルに来ていた。ユーノは何でもないよ。とお茶を濁し、クロノ達もユーノに同意する。
なのはの頭の上に疑問符が上がり、首を傾げる。ユーノはその光景に何処か惹かれるも、即座に振り払う。
(ナニを考えているんだ、僕は。彼女とはこのままだろう──)
(……頑張って下さい、ユーノ先生)
(──アコース査察官?!)
ユーノの思考を読み取ったのであろう。ヴェロッサはユーノにエールを送り、ユーノはあたふたと答える。
クロノは呑気にスパゲッティを食べ、フェイトはヴェロッサに話し掛け、はやてはなのはとワインを喫んでいた。
「今ごろママ達はお食事中。そしてわたしは──」
「聖王教会でごゆっくりと、ですか。陛下?」
「うん!」
なのは達が食事を楽しんでいる頃、ヴィヴィオは一人聖王教会にいるオットー・ディード・セインの下を訪れていた。
何でも、前々から三人の所に泊まりに行く事を言っており、今日は二人とも帰れそうに無いから。と予定を変更し実行に移したのだ。
ソファーとベッド、そして小さなテーブルとクローゼットしかない質素な二人の部屋に、ヴィヴィオは新鮮なものを覚えたのは言うまでもなく、セインの部屋との差にまた驚いた。
ソファーに腰掛け、ディードが容れた紅茶とクッキーを楽しむヴィヴィオ。そこにセインが現れ、学校の方はどうなのかと問う。
「順調だよ。それに友達とも仲良くしてるし」
「コロナだっけ?」
「そうだよ。コロナとは仲良しなんだ……」
ヴィヴィオとセインの話を双子はただ静かに聞き、更にシャッハ・ヌエラとカリム・グラシアが部屋を訪れ、窮屈な部屋が更に窮屈になった。
「それにしても、良かったのか?」
「何がだ?」
「クロノ達と食事に行かなかった事だ」
ヴァイパーが運転する車内。騒音の中、助手席で腕を伸ばしているザフィーラにヴァイパーは尋かれた。ヴァイパーはそれに、面倒だからな。と答える。
ザフィーラはそれを聞くと、窓からの風景を眺めていた。車内が再び騒音に包まれ、辺りの風景は自然と化して往く。
そして、再びビルの姿が見えてくる。どうやらぐるりと一周したようだ。車はそのまま市内を走り、中央第4区の公民館に辿り着く。
近くの駐車場で二人は車を降りると、公民館の一室──更衣室に脚を運ぶ。そこで二人は服を脱ぐと、引き締まった男の裸体──ではなく黒いトレーニング・ウェアが姿を現す。
無論、只の伸縮性のある素材でできている訳では無く、金属繊維で出来ている。しかし意外と軽い物で、重量はキログラムで一桁の半分もいかなかった。
「今日は防護服無しか?」
「どうもここじゃ、な」
二人が練習場に移動すると今日は休日の為か、夜間でもストライク・アーツと呼ばれる格闘技の練習をする者が多かった。二人は練習スペースの一角を借り、身構える。
因みに、何時もは訓練場を借りたりするのだが今回は気分的にこちらで行う事とした。
バリア・ジャケット──と言ってもヴァイパーのそれは装甲服だが──を展開しないのは、民間への配慮である。
ザフィーラは身体を中腰に構え、ヴァイパーは自然体でいた。ストライク・アーツの構えとは違うそれに、周りが気付き野次馬となって集まってくる。
「時間は?」ヴァイパーが問い。
「3分でどうだ」ザフィーラはそれに答える。
「了解。それじゃ……君、合図を頼めるかい?」
ヴァイパーが野次馬の一人──リボンの少女に声を掛け、合図を頼む。少女はヴァイパーの頼みを快く承諾し、カウント・ダウンを始める。
「3……2……1……始めっ!」
カウント・ダウンが終わり、先に動いたのはザフィーラだった。ザフィーラは間合いを詰めると、回し蹴りを放つ。
ヴァイパーはそれを後ろに下がって避けると、続けてザフィーラが繰り出してきた肘鉄砲を掴み、叩きつける様にして投げる。
しかしザフィーラも大したもので、ヴァイパーの腕を逆に掴み返し、巴投げの要領でヴァイパーを投げ飛ばす。
ヴァイパーは宙返りせずに打ち身をして姿勢を立て直すと、飛び掛かってきたザフィーラを屈んで避ける。
ザフィーラが前転して立ち上がると、そこには脚を大きく上に開いたヴァイパーが。直後に放たれた踵落としを側転で避け、その勢いを活かして脇腹を殴り付ける。
脇腹を殴られ、よろけるヴァイパーの首を右脚で刈り払う様に動かし──左腕でブロックされる。
ブロックしたヴァイパーはそのまま右腕を突き出し──ザフィーラの脚を殴り付け、強力なショルダー・タックルを放つ。
タックルをもろに食らい、尻餅を付くザフィーラの喉元に右脚を突き出し──寸前で止める。
「ここまで、だな」
「負けたか。皆、迷惑を掛けたな」
あまりの動きに、静寂と化していた野次馬にザフィーラが謝り、辺りは活気を取り戻す。ヴァイパーが少女に礼を言い、少女は若干青ざめた表情で答える。
二人はタオルで汗を拭った後、更衣室で着替え、駐車場へと歩いていた。
「……それで、“汚染患者”の事はまだ話していないのか」
「ああ。だが、大分嗅ぎつけられてる」
「話しても良いだろう? 大した事じゃなかろうに」
「生憎、私はお前さん程彼女達とは仲良く無いのでな」
歩きながら肩を竦めて答えるヴァイパー。ザフィーラは仕方がないな……と諦め、歩いていく。
「…………」
そんな二人を追う影が一つ。影は素早く動き、二人の後を追う。そして影が二人の死角を取った、その時──
「何だお前は」
「ストーカーするとはとんでもない奴だ」
──二人が影を見ていた。影が二人にナニカ言おうとするが、二人は走りだす。
影は二人を追いかけるも、既に二人の姿は見えなかった。影は柄にも無く地団駄を踏むも、その姿は何処か滑稽であった。
「何だったんだ、今のは……」
「さてな。新手のストーカーかもしれん」
車内でヴァイパーは呑気に鼻歌を歌い、ザフィーラは清涼飲料をちびちびと飲みながら先程遭遇した影について話していた。
例の如く、車内はエンジンと排気管からの轟音に包まれていたが。
「ストーカーと言うより、喧嘩師に見えたが」
「どっちにしろ、マトモな人間じゃないのは確かだ」
何も起こらないと良いが……とザフィーラは一人呟き、車は夜の街を駆け抜けて往く。
しばらくして、ザフィーラは車を降りてヴァイパーと別れ、ヴァイパーはまた何処かへと走る。
数時間後にはホテルのベッドにいた。無論、彼の隣には女性の姿。そう、数ヶ月振りのひとときを彼は愉しむ事にしたのだった。