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[14123] 【コジマ】汚染患者ホリックヴァイパー!【オリ主・オリ展開】
Name: B=s◆60f16918 ID:0246ef06
Date: 2020/01/21 02:27
 読みに来た方々へ、どうも初めまして。または何時もお世話になっております。作者です。
この話は元々作者がつい衝動的に書いた厨二なリリなの×メタルマックス2の話でしたが、他の話もと追加した結果こうなってしまいました。

 また、作者はゴミナント(※誤字ではない。能力的な意味で)であるため話の傾向としましては、憑依オリ主+アーマードコア等のネタの話になります。
その他にもフロム・ソフトウェア作品、メタルマックス2(主にドラム缶)ネタを入れる傾向が非常に高いですのでその点はご了承下さい。

 尚、この作品はコジマ粒子に汚染されたネタが多く含まれますので、精神的コジマ汚染に注意して下さい。

また、誤字・脱字等がありましたら指摘を頂ければ幸いです。
最近、表現や描写の加筆訂正中です。



[14123] 男と親子
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 02:37
 第97管理外世界のとある島国の夜。高台にある建物の一角にあるプール──露天風呂と呼ばれるものだ。に男──ヴァイパー=D・クライス二等空尉は浸かっていた。

「……温泉は良いものだ」

 彼は夜空を見上げつつ独りごちる。何故管理局員の彼が管理外世界にいるのか。答えは彼の勤務にあった。
航空戦技教導隊に所属する彼の19年間の勤務態度は良い方だ。
しかし彼の去年に置ける1年間の勤務時間は2920時間(1日8時間勤務、祝日・休日等を控除した場合)を遥かに越える6570時間(1日18時間勤務、〃)に及ぶ超々過勤務であり、また以前から彼個人の有給休暇消化率が少ない。
その為教導隊長並びに教導隊内医療担当者は彼に強制的に1週間の休暇を与えた(本来は3ヶ月だがヴァイパー本人が働きたいと駄々を捏ねた為1週間に短縮された)。
つまり彼がとんでもないワーカホリックであるが故に起きた事である。

(……しかし何であそこに高町一尉がいたんだ? 彼女も相当な勤務だが私より遥かに少ない勤務時間だろうに)

 高町なのは……現航空戦技教導隊第5班戦技指導官。以前古代遺物管理部機動六課、通称“奇跡の部隊”に1年間出向し、同フォワード部隊スターズ分隊長を勤め、J.S事件解決の立役者の一人でもある彼女は、何故か私と一緒に転送ポートにいた。
一尉曰く“任務”と言っていたが恐らく私と同じ強制休暇を食らったのだろう。脇に小さな女の子を連れていたのを覚えている。

(まぁ、私の方が異常なだけだ。取り敢えず休暇中に出来る仕事は全て片付けた。休暇も残り2日だし、残りは海鳴市で過ごすとしよう)

 ヴァイパーは温泉から上がり、着替えて施設を後にすると、駐車場に停めていた一台の車に乗りこむ。車のアクセルを踏み込んでエンジンを唸らせ、道を南へとひた走る。

「I'm a Thinker♪ フンフンフンフフン♪」

 彼は鼻歌を歌いつつ、とある土手に車を止めた。近くの橋から辺りを見渡す。──一帯を見渡すと車に戻り、運転の傍ら音楽プレイヤーのスイッチを入れる。

『Hey hey what do you say!』

 陽気なメロディーと男の歌声を聴きつつ、彼は満足げに車をかっ飛ばす。

(変わっていないな……違う人生とは言え私が住んでいた辺りだ)

 そう、ヴァイパーは憑依者であった。生前は変哲もない大学生で、死因はサバイバルゲーム中の水没による溺死。その時の彼はゲーマーでもあってかナニカと水に縁はあった様だ。

(さて、昔話はいい。後少しで海鳴だ)

 彼の運転する車は海鳴市に入り、その速度を遅くした。


「……なのはママ、何でママのお家に行かないの?」

 高町なのはの愛娘、高町ヴィヴィオは母親のなのはに寝る間際に質問した。何故ママの実家ではなくこのようなホテルなのか。本当に5日前あのおじさんに言ったようにお仕事でここに来たのだろうか? わからない。ヴィヴィオには全然わからない。

「ヴィヴィオ、ママの実家には明日ご挨拶に行くよ。だから今日は我慢して、ね?」

 なのはママに頭を撫でられた。そして明日はママのパパやママにご挨拶に行くと聞いた。だから今日は早く寝よう……じゃないとママを困らせちゃう。ヴィヴィオは母の言葉に安心し、ベッドに潜り込んだ。なのはは隣でそれを笑顔で見つつ、独り呟く。

「明日は母さん達に会いに行くのかぁ……最後に顔を見せたのはいつだろう?」

 なのはは、自分が最後に家族の所に顔を見せたのはいつだろうか、と思い出そうとしてはいた。だが、襲ってくる睡魔には勝てず、そのまま眠りに就いた。それからしばらくして。

「……もう、押せないよ……」

 幼い頃からの親友、八神はやてが視た夢の話を聞いて以来、なのはは夢の中でデスクルスのドラム缶を押す様になった。……その寝顔は何故か恍惚とした表情で。かなり精神的に来ているかと言えば、そうでもないのが現実である。


「──やっとこさホテルに着いた。全くどうなってる」

 ヴァイパーは予約していたホテルに着いた。何故彼は悪態を突いているかと言えば、燃費の悪い大排気量の車の為ガソリンスタンドを探して市内をちょこまかと走っていたのだ。早速チェックインして部屋へ向かう。
408号室、とドアに付いているプレートから目的の部屋と判断。そのまま中に入った。

「……さてと、ベッドとダンスだ!」

 とても懐かしい、地球のベッド。ベッドに倒れこむと、スプリングが効いてて実に宜しい。シーツに茶色の小さなシミがあるがこの位はノー・プロブレムだ。さぁ寝るとしよう。
彼がベッドに倒れこんでから眠るまで、約20秒の話であった。


──翌朝、先に起床したのはヴァイパーだった。彼はかなりの早起きで、普段は3時頃に起きるのだが今日は6時半に起きた。

「……むぅ、寝坊してしまった」

 そのまま顔を洗い、一階の食堂へと向かう彼。その一方では……

「ヴィヴィオ、起きて。朝だよ」
「むにゃむにゃ……」

 気が付けば寝てしまったなのはは起きると、何故か自分に抱きついているヴィヴィオを起こした。幾らか寝呆けているようだが、仕方あるまい。

(レイジングハート、おはよう)
【おはようございますマスター 昨夜はお楽しみの様ですね】
(うん、かなり楽しめたよ)

 頼れる相方、レイジングハートと念話で昨夜の話をする。ドラム缶を押していたおまけに、雨が降り注ぐ中軍艦と恐竜が融合した様な生物と一戦交えたのだ。結果は相討ちだったが、また会えるかもしれない。
そんな事を考えつつ、なのははヴィヴィオの服を着替えさせて食堂へと向かった。


「……あれは、もしかして」

 食堂の入り口でヴァイパーは二つの人影を見つけた。背後から気配を断ち接近する。人影まで後2、3メートルの所で栗色のサイドポニーが翻り──

「……ヴァイパーさんでしたか」

 人影──高町なのはに笑顔で気付かれる。流石にヒトであるなのはに気付かれる筈が無く、首にぶら下げている宝石の付いたペンダント……スタンド・バイ状態のレイジングハートに察知されたと考える。
まぁ、遊びでやったから問題は無かろう。そう思っていたら……

「おじさん! おじさんだ!」

 足元に子供がいた訳で。

「おや? 君は確か高町一等──ゲフンゲフン、高町さんの連れ子だったね……ってナニシテルノカナァ?」

 ヴィヴィオに戯れ付かれ少し困り気味のヴァイパー。それをただ笑顔で見ているなのは。3人は近くのテーブル席に座ると、料理を取ってくる、と言って別のテーブルにヴィヴィオは走っていった。

「それで、何でまたこちらに?」
「私は只の休暇でしてね」
「そうですか……わたしもまた隊長に休暇を貰って……」

 二人は何故ここにいるかを互いに聞いた。ヴァイパーはなのはが来た理由を知り、なのはもまた、彼が来た理由を知った。つまり二人が来た理由は、休養が理由であった。

「ヴァイパーさんはどこに行ってきたんですか?」
「私はある県の田舎の温泉だ。中々良いものだった。君は?」
「わたしはこの子と一緒に色々な次元世界を転々と」

 なのはとヴァイパーはヴィヴィオが取ってきた料理を食べる傍ら、互いにどう過ごしていたか話をしていた。少し夢中になっている二人にヴィヴィオが割り込む。

「おじさん、ヴィヴィオはね、ママのお家に行くの!」
「へぇ、ママのお家はこの街にあったのか。良かったじゃないか」
「うん!」
「もう……ヴィヴィオったら」
「いえいえ、私も暇を持て余してましたし」

──そう言って笑顔で答える彼。わたしはそんな彼に少し安心した。普段の彼を見るかぎり、とても笑った事がある様には見えない。
わたしも自分の教導が厳しい方だとは思っていたけど、彼の方が遥かに凄かった。
以前の演習で教導風景を見せてもらった事があったが、彼の教導内容はとんでもないもので、参加した部隊の半数が脱落していた。
鬼教官とか、そういったものではなく地獄がまともに見えてくる位だった。

「……どうしました? 上の空になって」

い、いけない。ついつい考えちゃった! ダメだなわたし……

「にゃはは……少し考えちゃった」


──そう彼女は言う。まぁそれは構わんが、戦場や道路じゃそれはアウトだ。最も、食堂が戦場と化す光景はとてもシュールだろうが。
武器は皆コーンスープが入ったお皿と硬いパン、これで殴り合いなんてギャグ漫画でもあるかないかのシュールさだ。
下手をすればテレビを視るより愉しいに違いない……おや、時間だ。そろそろ出なくては。

「すまないが高町さん、私は時間なので失礼するよ」
「おや、もうですか? これからどちらに?」
「ちょっと海を見に。その後土産でも買ってミッドに帰りますよ」

──彼は海を見に行くと言い、席を後にした。私はこれからヴィヴィオと一緒に実家に顔を見せに行く。まぁ今の時間帯なら皆と言わなくとも母はいるだろう。


『…Everybody jam!』

 音楽プレイヤーは何時も通りにヴァイパーの好きな曲を流す。彼の好みは些か古めの曲で、西暦にして1970年代~90年代の曲が好きだと言う。これは以前の人生から変わらずにいる。

「別の曲をかけるか……」

 私は運転の傍ら、音楽プレイヤーのボタンをカチカチと右手の人差し指で操作する。やがて気に入っている曲が流れ始めた。

『Amen amen. gospel amen...』

 何処か哀しげなメロディーに、何かに祈るような歌声。そんな曲をBGMに、車は海に辿り着いた。
車を降りて、海をしばらく眺める…………数時間が経ったのだろうか、すっかりお昼だ。
車に戻って何か土産物を買おうと市内を走り回る。すると一つの喫茶店を見つけた。近くの駐車場に車を停め、喫茶店のドアを開ける。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「サンドウィッチとコーヒーを。サンドウィッチはタマゴとトマトで」
「畏まりました」

 近くの席に座りコーヒーとサンドウィッチを注文する。

「お待たせしました、サンドウィッチとコーヒーになります」

サンドウィッチを少し齧る。タマゴサンドはしっかりと且つ、しかしきつくはない味付けで、トマトサンドはトマトの瑞々しさが良かった。コーヒーもまた、香りが良くはっきりとした苦味の中に他の味を感じた。
これだけのものはそう作れない。一体どのような人がこれだけの軽食を作れるのだろうか。
彼はそう思う。何処かで見たような栗色の髪をした女性がカウンターにいるが、恐らく人違いだろう。

(そうだ、メニューを見ればケーキがあるな。これを買って帰るとしよう)

そう思うや否や、彼はケーキを3つ注文して、ミッドに帰る事にした。代金を支払い、店を後にしようとする彼を呼び止める声。

「ヴァイパーさん、どうして……」
「高町さん? 成る程、そういう事で」

振り返ってみれば、高町さんがいた。恐らく彼女の両親がこの店を経営しているのだろう。

「その……何でわたしの家族の店に」
「何、大したことじゃありませんよ、只私がこちらに寄ってお土産を買っただけです。では、また」

 そう言って彼は、海鳴市の雑踏に消えていった……


 2日後、わたし達がミッドに帰ると、フェイトちゃんに私を置いてかないでと泣き付かれたりしたけど、それ以外にこれと言った事はなかった。
それからしばらくして、ヴァイパーさんに会う機会が幾つかあったものの、相変わらず元気そうだった。
 ドラム缶を押す。辛い時には仲間や友達、ドラム缶がきっと助けてくれる……と信じている。ヴァイパーさんはきっと厳しい教導を今でもしているだろう。そうなのはは思った……


NG編:もしも曲を間違えたら……

「別の曲をかけるか……」

 私は運転の傍ら、音楽プレイヤーのボタンをカチカチと右手の人差し指で操作する。やがて気に入っている曲が流れ始めた。

『兄貴♪ 兄貴♪ 兄貴と…』

──曲を間違えた。ボタンを押して曲を変える。

『シリヲカソウ的な言葉が…』

 また間違えた。一体どうなってるんだこのプレイヤーは。またボタンを押して曲を変える。

『How do you like me now!!』

 ついには入れた覚えが無い音声が……ダメだこりゃ。ヴァイパーは音楽プレイヤーのスイッチを切って運転に専念する事にした──

追記:なのはさんの夢の結果等を色々修正しました。



[14123] 男と英雄
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:02
 とある訓練場の一画にて、整列された集団──50人くらいだろうか──とその前に女性と男が1人ずつ。若々しさが残る声が辺りに響く。

『教導官に対し、敬礼!』

集団は姿勢を正し2人の人物に敬礼をする。女性が集団に敬礼で返すと集団は姿勢を正した。2人は喋り始める。

「航空戦技教導隊の高町なのは一等空尉です。三週間の間だけどよろしく」
「同じく航空戦技教導隊のヴァイパー=D・クライス二等空尉だ。本来高町一等空尉が貴様等の担当だが、諸事情により私も担当となった。よろしくな」

 二人は集団──武装523隊の前に立っていた。微笑えんでいるなのはと真面目な表情のヴァイパー。二人の紹介ついでの挨拶にはい! と威勢よく返事するも、何処か不思議な表情だ。
なのははそれを内心疑問に思いつつ、教導の内容を再確認する。


 武装523隊への教導内容は、質量兵器の構造についての理解及び対策である。今までは部隊員個人の経験や教育隊の教育段階での対策を行ってきたが、J.S.事件後方針を改め、専門の教導官を派遣する事となった。
しかし管理局と言わず次元世界の大半は質量兵器の構造について詳しい者が少ない。第97管理外世界出身のなのはですらあまり詳しいとは言えない。そこでヴァイパーの出番である。
質量兵器対策班に所属している彼は、本来経理が専門だ。しかしその専門である経理仕事に彼を廻すと途方も無いオーバーワークをやらかしかねない。
その効率は普通の事務官が一週間分の仕事を平均一週間で終わらせるのに対し、彼の場合残業どころか他部署の仕事を強奪してまで三ヶ月分を終わらせてしまう程。その件で何度もいざこざが起きたとか。
その為最近教導官資格を取得した彼をそこそこ成果を上げているなのはと組ませ、今に至るのだ。

「よし、じゃあ訓練を始めようか。何か質問はあるかな?」

なのはの質問にはい。と言う声と共に一人の空士が手を挙げ、内容を告げる。

「何故二尉も我々の担当なのでしょうか」
「それは貴様等がこれから受ける教導の内容が、質量兵器の理解と対策だからだ」

 ありがとうございます、と空士は礼を言い姿勢を正す。その後なのはは他に質問が無いかを確認すると、自分とヴァイパーとの模擬戦を15分後に開始すると523隊の一同に告げた。
一同は驚愕の視線を二人に送り、彼は威圧感を以て視線に答え、なのはは笑顔で視線に答える。
彼女は訓練場の上空に飛び上がり、訓練場全体が見渡せるビルの屋上へと着地し、訓練場をセッティングする。やがて集団は複数のバディ(二人組)を組んで散り散りになり、辺りはヴァイパーとセッティングを終え、戻ってきたなのはだけとなった。
全てのバディが配置に着いた時になのはは放送をかける。

『これより模擬戦を開始する。終了条件は二尉とわたしの頭部又は胸部に二発以上被弾させるか、制限時間終了まで生存する事。制限時間は30分。それでは、状況開始!』

なのはの放送を聞き、それまで目を閉じ自然体で構えていた彼は、目を開き一言呟く。

「ROZ、出力20%セット」
【Rajah. The power supply is begun...】

彼の腰に付いているウエストポーチ状の形をしたデバイスから甲高いモーターの様な回転音が鳴り響く。数秒して、静かになると同時にバリア・ジャケットを展開し始める。
ヴァイパーの首から下を左腕を除き灰色を基調とした市街地戦用迷彩をした装甲が覆い、その隙間や間接部分は黒い水着の様な、ライダー達が着るバトルスーツに似た質感の装甲が覆う。
そして装甲と同じ配色の、バイザー部分が金色のオフロード用のフルフェイス・ヘルメットに似た形状のヘルメットが頭を覆い包む。
しかし、左腕は右腕とは全く違う形状であった。
縦長の長方形の様な、だが曲線を多用した形状の大きな肩部に、それとは対象的に長方形と四角形を駆使した形状の凄く華奢そうに見える長い腕。
まるでロボットの様な形状の腕に持つのは、小柄な拳銃。それをそのまま構え、彼は叫びながら行動を開始する。

「OK...Let's Partyyyyyyy!!」


「レイジングハート、行くよ」
【了解しました マスター】

なのはもまた、自身のインテリジェント・デバイス、レイジングハートを立ち上げ、バリア・ジャケットをアグレッサー・モードで展開し、ヴァイパーとは別方向に飛行を開始する。

「さぁ、始めるよ!」


──一体何だってんたあの教導官は、と零す同僚。無理も無い。部隊の皆は揃って空のエース・オブ・エース、高町一等空尉“だけ”が相手だと思っていたのだ。
それなのに野郎も追加とはヒデェ。と悪態混じりに彼はデバイスを構え、周囲を警戒する。別方向を警戒していた同僚が念話を傍受したらしく、傍受に集中している。しばらくして、同僚は悪態をつきはじめた。

「畜生、 三班がやられた」
「待て、幾ら何でも速い。砲撃でも食らったのか?」
「いや、只の射撃の様だ。くそったれめ!」

まだ開始して7分だぞ、三班がやられたってヨォ……彼が驚愕していた時、念話を終え警戒していた同僚が叫ぶ。

「──来たぞ!」

 即座に射撃魔法を撃ちだす二人。様々な色の弾幕を展開し走ってくる人影を迎え撃つ。だが人影は右へ左へと避ける。
人影が遮蔽物に身を隠した所に砲撃魔法を撃ち込もうとしたところ、紺色の魔力弾が三発飛来。避け切れずに直撃。……しかし痛みが無いようで、すぐ反撃に移ろうとする彼に念話が入る。

(貴様は撃墜判定だ。眠ってろ)

念話と同時に飛んできた三発の魔力弾を食らいそのまま仰向けに倒れる彼を尻目に、同僚は即座に撤退し他の班に合流しようと牽制射撃をする。が無駄だった様で、二人とも仲良く撃墜判定を食らってしまい、その後、全ての班が撃墜された。

……開始から22分の事である。


 その日の夕方、なのはは模擬戦を終え、訓練場のリセッティングをしていた。その表情は何処か心配そうである。と言うのもヴァイパーは四徹明けで、睡眠不足の筈なのだ。
しかしその表情には隈一つ無く、至って健康そうに見える。本当ならドクター・ストップをかけられ病院で眠っているべきだが、入院しても早くて数時間、遅くとも八日で退院してしまう為焼け石に水と言った状態だ。
最も、ヴァイパーの行動は過去に第97管理外世界で起きた世界大戦の枢軸国側にいたとある戦車撃破王……某所で「閣下」 「魔王」 「破壊神」等々、畏怖と畏敬の念で呼ばれる佐官がモデルだが、ミッドチルダに知る者はいないだろう。

なのはが作業を黙々としている間にヴァイパーはゆっくりとやって来た。彼女はヴァイパーが隣に来た時に彼に初めて気が付いた。彼はそれを気にも掛けず報告する。

「高町一尉、模擬戦データ収集完了しました」
「ありがとうクライス二尉、彼等はどう?」

彼女の質問に、一尉殿との模擬戦はまだ無理ですね、と肩を竦め答えるヴァイパー。それを聞いたなのはは少し膨れっ面をしつつも、二尉の教導よりまだマトモだと思うんだけどなぁ、と苦笑する。二人は暫く話を続け、分かれ道で脚を止める。

「──後は座学と言う事だね」
「そういう事です」
「まぁ、頑張って行きましょう。それじゃあ二尉、また明日」
「では一尉、また明日」

二人はそれぞれ別の道を歩き始める。ヴァイパーは自身の車に、なのはは523隊の隊舎へと。


『─♪──♪』

 今日の音楽プレイヤーは、珍しく静かな雰囲気の曲を再生している。いつもは陽気なテンポの曲をかけるヴァイパーだが、今日は何となく静かな曲を聴きたくなる時だ。
人は皆、夕陽が綺麗な日には落ち着いた曲を聴きたくなるもので、彼もまた例外ではなかった。彼の運転する車はやがて一つの裏路地へと進む。男が裏路地でする事と言えば……“抱く”事だ。
ある場所に車を停め、そのまま待ち続ければ女が勝手に寄ってきて、値段交渉の始まりだ。

「ハァイお兄さん、あたしとお酒でも飲まない?」

そらきた。しかし彼女は私の好みではないのでお断り願おう。

「いや、人を待っててな……どうも此処じゃないようだ」

ヴァイパーはそう言って女の誘いを断り、車を走らせる。女が何かと叫んでいるが気にする事はない。西に二、三ブロック走っただろうか、また車を停め少し待つ。


……数時間後、彼は一人の女とホテルのベッドを共にしていた。しばらくシャワーを浴びた後、ベッドで気を失いかかってる彼女に覆いかぶさった。

さぁて、ラウンド2の始まりだ──


──一方なのはは、はやてとたわいもない話をしていた。

「──へぇ、シグナムさんが、ねぇ……」
「そうなんよ、うちも驚いたわ。シグナムがあんな事言うなんて……そう言えば、ヴィータはどうや?」
「ヴィータちゃんは元気だよ。教導隊ウチのやり方がとても気に入ってるみたい」
「そうか、ならええんや。せやけど、やっぱクライス二尉は相変わらずなんか?」
「うん……あの人はプライベートじゃいい人なんだけど、仕事中は何処か機械的で。それに、わたしあの人に事務で借りがあって……」
「事務で?」

 そう、事務で。と言うなのはちゃんの言葉である事を思い出す。以前、機動六課を立ち上げた時になのはちゃんを教導隊から借りた訳なんやけど、解散までなのはちゃんの分の仕事をクライス二尉が代わりにこなしていたそうなんや。
しかもつい最近までは他の部署の仕事を強奪してまで事務仕事をやろうとしてたんやって。
そのせいかどうかは知らんけど、なのはちゃんは彼に苦手意識がある様なんや。どう接していいかわからないみたいで、少し困っているみたいなんや。
せやけど、うちには何もしてあげる事はあらへん。弱ったなぁ…………


「──ちゃん、はやてちゃん?」
「……あかん、少し寝てもうた! ごめんな、なのはちゃん」

少し眠ってしまった事を謝るはやて。なのはは笑顔で、大丈夫だよ。と答える。

「それじゃ、色々纏める事があるから……」
「そやな。ここらでお開きや。ほなお休み、なのはちゃん」
「お休み、はやてちゃん」

なのはは話を終え、教導資料の作成へと着手し始めた。ヴァイパーの持つ質量兵器の知識はとんでもない量で、資料化しないと後に響きそうだと彼女は判断した為だ。結局、その日はかなり遅い就寝であった。

──日は流れ、なのは達の教導が終わりを迎えようとしていた。ヴァイパーの補佐のおかげか教導は順調に進み、なのははまた一つ、自身の教導に活かせそうな事を見つけた。訓練用魔力弾の仕様変更である。
基本的にヴァイパーの訓練用魔力弾は余り痛くない。当たってもおもちゃの銃で撃たれた程度だが、撃たれた跡が紺色に着色されるという特徴がある。

それに比べ、なのはの訓練用魔力弾は痛い。理由としては痛みを感じさせる事で回避の重要性を認識させる為だ。
何故彼の魔力弾は自分とは正反対なのだろうか?
その理由をある日彼に聞くと、「撃たれた時には既に死んでいる事が多いから痛み等無用と考えましてね、更に模擬戦後スクランブルがかかって殉職した時に自分の訓練用魔力弾が殉職の遠因だなんて言われたくないですから」と言っていた。
全くだ。自分が行った模擬戦が原因で死をもたらすとは言語道断である。

機動六課時代に模擬戦でティアナ・ランスターを撃墜した事があったが、その直後に彼女が襲撃されていたら……ぞっとしない。
つまりこれからは被弾=即撃墜判定とすれば良い事だと気が付いたのである。
なのははそう分割思考の一つで考えつつ、523隊の面々の前にヴァイパーと共に立っていた。

『教導官に対し、敬礼!』

523隊の一同はなのはに敬礼し、なのはは見渡すようにと返礼する。それを聞き一同は姿勢を戻した。そこへ何故か笑顔のヴァイパーが口を開き言葉を紡ぐ。

「よくやった。貴様等の頑張りは現場できっと、役に立つ。……と言いたいところだが、貴様等は頑張りを別の方向に向けていたようだな。まぁ、次から気を付けろよ」
『は、はっ!』
「いい返事だ。私からは以上だ」

 何があったのかわたしにはわからないが、きっと彼等の行動の中でクライス二尉の機嫌を損ねる事があったのだろう。そうなのはは思いつつ、自分の言葉を皆に伝える。

「皆、よく頑張ったね。わたしも皆の頑張り様にちょっと感心しちゃったな。これからもその調子で頑張って頂戴」
『はっ!』
「それでは只今をもって教導を終了する。皆、お疲れ様!」
『はい!』

 なのはは教導を終了した旨を伝え、一同は隊舎へと入っていく。やがて、二人以外誰もいなくなり、二人はそのまま何も言わず、車まで歩いてゆく。


「クライス二尉、何故そんなに無理をするのですか?」
──なのはは、帰りの車内でヴァイパーに問いを出していた。それに対し彼は言う。

「私は仕事をこなしているだけです。ただ、それがちょっと多いだけですよ、一尉」

 で、それがどうかなさいましたか? と逆に切って返される。なのはは「貴方の場合“ちょっと”が多過ぎでしょう。何故私達に仕事を任せないんですか」と返す。


──全く、少し煩い御方だな。ヴァイパーはなのはをそう見ていた。実際彼は四徹だろうが五徹だろうが疲れを全く感じない。だからそれを活かしひたすら事務仕事に打ち込んでいるだけなのだ。
自分の身体はドウカシテイルと思ってはいるが、だからと言ってその程度の事で驚いてもいられない。世界には彼よりドウカシテイル人は一杯いるのだ。

 例えば、片足を吹っ飛ばされても空を飛び続けた破壊神を彼は知ってるし、とある大国には身体の何倍もでかい戦車を投げ飛ばしたり、上昇中のスペースシャトルに捕まって宇宙に行き、無事帰ってきた大統領も知っている。
更になのは自身だって魔力量は自分の数百倍もある。もっとも、回復速度ではヴァイパーが数百倍も差を付けて勝ってはいるが、その点を差し引いても上はいるものである。

 だから彼は何とも思わない。自分がイカレていようが周りがイカレていようが知った事ではない上、仕事をちゃんとやっているのに何故その事で言われなければならないのだろうか?
ただの誹謗なら圧力をかけて左遷させるなりすればいいのにそれが出来ないとは……呆れたものだ。と彼は考えていた。


──おかしい。彼は明らかにドウカシテイル。
 なのははそう考えていた。何でそんなに疲れていないの? スバルやギンガ、ナンバーズの様に戦闘機人だったらわからない訳でもない。けど彼は左腕を除き普通の人間だ。
しかもわたしの質問に呆れているようだし……ヴェロッサ・アコース査察官がいたらいいけど、生憎わたしは彼との面識はあまり無い。
はやてちゃんなら比較的に彼と仲がいいけど、はやてちゃんと真剣に事を構える程深刻ではない。だから困った。

(……せめて、お話をさせて欲しいのに……待って、お話? そうだ! その手があったね!)

 なのはは何かいい事を思いついた様だ。しかしそれが彼にとって良い事かはともかく、帰ったら実行に移そうと考えているようであった……


──後日、ヴァイパーは大変面倒な目に遇い、なのはは頭を冷やす羽目となる──



[14123] 男と模擬戦
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:17
「──なんだって、本気かなのは?」

 教導隊舎の食堂でヴィータは疑問の声を上げた。相手はなのはである。と言うのも、来週行われる総合演習と併催される航空祭の模擬戦で、なのははヴァイパーを相手にすると言い始めたのだ。
 それは明らかに公私混同じゃないか。とヴィータは言うも、なのはは大丈夫だよ、隊長も許可してくれたし。と答える。
 既に話はそこまで進んでいたのか……と呆れるヴィータになのはは出来ればヴァイパーをグラーフアイゼンでぶん殴り気絶させて欲しい。後はわたしがバインドで彼を部屋に軟禁させるから……と物騒な事を言い始めた。

「お前……頭大丈夫か?」
「冗談だよヴィータちゃん。でも、あの人にちゃんとした休みを取らせないといつか倒れるだろうし、人事部の人達がね……」
「確かに連中が黙っちゃいないな……」


 確かにクライス二尉は休まない。だって既に仕事は全部こなしているのに残業なんかするから全く呆れてしまう。更によく五徹する為人事部の連中とは仲が悪い。ついこの間も連中がやってきたが、二尉に押し出されていったのを覚えている。
少し気になったからあたしは聞いてみたんだ、「クライス二尉。二尉は何故そんなに働くのですか?」と。
すると彼は言ったんだ。「ヴィータ二尉、私が人一倍働くのは陸の人々に申し訳ないからだ。彼等は我々本局より少ない予算で我々より良く働き、頑張っている。それに、窓際の部署だからか皆さぼっててな、私が代わりに全部やっているのさ」って。
その気持ちはわからなくも無いが五徹をしてまでやる事か、それは。そこがあたしにはわからない。
なのははなのはで、恐らく昔のティアナに似たものを彼から感じたのだろう。だからそれを止める為に今回の模擬戦の相手に選んだに違いない。
そこに至るまでを考えるに、恐らくなのはは本人と話したが、本人は無視した。と言ったところだろう。「話を聞かない子には、自分がどんな事をやらかしたのかを、痛みを以て理解させる」 なのはの悪い癖で、以前ティアナにした事だ。
しかし今回の相手は大の大人、それもMr.ワーカホリックで質量兵器主義者のクライス二尉だ。果たしてそれが通用するかどうかははっきりしない。

「だけど……勝ち目はあるのか? 相手はひよっことは違うんだぞ?」
「大丈夫、わたしはあの人に負ける気は無いよ」

 わたしは、今回の模擬戦でヴァイパーさんの事をシャマル先生に頼んで少し調べて貰った。すると情報があまり無く登録時のデータから彼の魔力量は4万2千ちょいと言う事しか分からなかったそうだ。
おかしい。4万2千じゃそこらの事務局員と変わらない。なのに彼の魔導師ランクは空戦AAだ。となるとレアスキルか何かで補っている可能性がある。どちらにしろ少し手が掛かりそうだ。なのははそう思い、ヴィータと雑談をしていた。


「全く、まんまとしてやられた」

 ヴァイパー=D・クライスはぼやく。来週行われる模擬戦のカードに自分の名前が、しかも相手は高町なのは一等空尉である事に気が付いた。
薄々何かしらしてくることを解ってはいたが、警戒をしていなかった。やはりあの時から彼女の動きを警戒すべきだったのだ。
警戒しなかった事を悔やんだものの、決まった事は仕方ない。そして今後からは、彼女を排除すべき敵として見なければなるまい。

 彼女の主治医のシャマル医務官が何かと動き回っていたことから、恐らく高町一尉が彼女に依頼し私の事を調べていたのだろう。
全く、面倒な事になってきた。そちらもその積もりなら、こちらも調べねばならない。名前と情報が解っている敵の情報を調べないのは能無しかひよっこかのどちらかだけだからな。

 私は彼女について調べ始めた。過去の戦績データや、そこから使用した術式、主に使用してくる術式の特性や弱点とそれらを併用した戦術。
彼女自身の身体能力、人間関係とそれに追随するゴシップ等々……調べられる範囲で調べた。あくまでも模擬戦である為、ゴシップの類は使わないが、脅威としての不確定要素を極力排除する事は良いことだ。調査の最中、面白いものを見つけた。

 内容は、機動六課時代のある模擬戦データで、とある陸士のバディが高町一尉の教導を無視した結果被撃墜に至ったというものだ。これを観るかぎり、撃墜された陸士の一人……ポジションはセンターガードだったか。
もしかして彼女は撃墜したセンターガードと私を重ねて見ているのか? だとすればこれは面倒な事だ、私と彼女じゃ年季が違う。
彼女は短期間だが、私は入局してからずっとこのやり方でやってきた……と言っても、現場で働いていた頃はもっと頑張ったが。

それと、彼女が使う魔法の中で最大級の収束型砲撃魔法、スターライト・ブレイカーの術式を入手する事に成功した。これは大変便利な物で、魔力量の低い私でも扱える。唯、彼女の式をそのまま使う訳にはいかないので幾つか改変を加えるとしよう。


「──そう言えば、今何時だ?」
「もう10時になる」
「……ザフィーラ、お前さんか」

 ヴァイパーの呟きに答える声。彼が振り返ると、そこには男が一人。そう、盾の守護獣の二つ名を持つザフィーラである。ザフィーラは腕を組みこちらを見ていた。

「今度の模擬戦、相手はなのはだと聞いたが」
「ああ、そうだ。だからと言って、変更は無しだ」

 ヴァイパーの言葉にふっ、と笑い、それは良かった。と返すザフィーラ。ヴァイパーはそれを聞き、席から立ち上がると部屋を出る。ザフィーラも彼に続き、一緒に廊下を歩いていく。


「頑張っている様だな」
「なに、それほどでもないさ」

 ヴァイパーとザフィーラは屋内訓練場で格闘を繰り広げていた。魔力を使わない純粋なものだ。
──ザフィーラの右足から放たれた蹴りをヴァイパーはブロックし、カウンターにと左フックを放つ。
ザフィーラはそれを左手で受け止め、掴んで投げようとするが、ヴァイパーは体を捻って避け、逆にザフィーラを掴み投げ飛ばす。
しかしザフィーラも中々のもので、即座に受身を取って衝撃を逃がし立ち上がる。二人は間合いを取り直す為離れる。
ザフィーラは体を中腰に構え、ヴァイパーは体を自然体に構える。しばらくして、二人は駆け出しそれぞれ顔面に右ストレートと回し蹴りを放とうとした時仲裁が入る。

「二人共、そこまでにしてもらおう」
「シグナムか」
「…………」

 桜色の髪の女性──シグナムが二人の間に割って入る。何故来たかと言えば、ザフィーラを探しに来たらしく。

「二人が何やら揉めてそうだったのでな、止めさせて貰った」
「……すまないなシグナム、だがヴァイパーと喧嘩していた訳では無い」
「私は、ただザフィーラと組み手をしていただけだ」

それぞれ弁明する二人にシグナムは納得する。彼女はヴァイパーの顔を見てふむ……と唸り口を開く。

「そうか、貴官がクライス二尉か」

如何にもそうだが。と返すヴァイパーにシグナムはザフィーラが何時も世話になっている。と言う。時刻は既に11時半を過ぎており、三人はヴァイパーの部屋に戻った。

「すまないなヴァイパー、何時も世話になる」
「何、私とお前さんとの仲じゃないか」
「それどころか私の分まで……かたじけない」

 私はザフィーラと共に夜食をご馳走になっていた。夜食の内容はそば飯で、少し焦げたソースの香ばしい匂いが、食欲をそそって止まない。
手渡されたスプーンで掬って一口含むと、飯の旨みと、ソースの甘味が私の舌を優しく包む。一方ザフィーラは何も言わず、唯無心に食べている。彼は何時もこんな物を食べていたとは思いも寄らなかった。

「美味しいな……」
「そうか、それは良かった。何分ザフィーラは料理の感想を言わないものでな。少し悩んでいた所だった」
「そうなのか、ザフィーラ?」
「……言葉にしないだけだ」

 ザフィーラはむっ、とした表情でこちらを睨んでいた。しかし、こうもご馳走になっていると恩を返さねばなるまい。
私はそう思いつつ、続けて出された煎茶を啜る。嗚呼、これも悪くない……なのはや、主はやてが入れたものには劣るが、しかし程よい渋味と風味が、私を何処か心地よい気分へと誘ってくれる…………


 シグナムはお茶を満喫している様だ。我は我で、何時もの飯を食べてヴァイパーと話す。腕を上げた様で、この前までは大分押していたのが今では徐々に押されてきている。
いずれ我を越えるかもしれないが、まぁそれはそれで、負ける訳にはいかない。ヴァイパーは自身の左腕を外して、何かの改造をしているようだ。

「また左腕の改造か。お前の働き様には負けるよ」
「何言っているんだ、お前さんもお前さんで、ヴィータ二尉と“Rウルフ”なんてもん組みやがって」
「それとこれとは規模が違うだろう。それより例の物は出来ているのか?」
「勿論出来ているさ、だがお前さんはシグナム二尉を起こしたらどうかね?」

 ヴァイパーに言われ振り返ると、シグナムが寝ていた。彼女を起こすと、今テスタロッサと良い所だったのに、と言っていた。全く、彼女は夢の中でライバルとバトルとは。
最も、我も彼と組み手をしている時があったり、一人で“エレファント”を組んでいるから人の事は言えないのだが。その後彼から“例の物”が入った包みを受け取り、シグナムを連れ部屋を後にする。その帰りに、シグナムが聞いてきた。

「ザフィーラ、その包みは何だ?」
「これの事か。これは今度の奴に必要な物だ」
「……まあ、それは良いが早く帰らねば。主はやてが待っている」
「うむ、急がねばな」

二人は駆け出し、主の下へと急いだ。その後、二人は主に「もう……何しとるんや!」と怒られたそうな。

 日は流れ、航空祭の日が訪れた。模擬戦は午後からの開催で、観客席は満員である。ヴァイパーは控え室で、最終確認を行っていた。

///////
main system booting...ok!

Colored Beast ROZ OPERATION SYSTEM [Ver. 1.03 DELTA]
     Made In Colored Beast.corp
C:>css

now loading...

        -settings menu-
>>1.Combat system settings 2.Environmental settings

     -Combat system settings-
>>1.Barrier jacket settings 2.Memory quota settings

     -Barrier jacket settings-
>>1.Form type select 2.Additional armor settings

       -Form type select-
1.Normal 2.Gleditsia 3.President >>4.Kerberos 5.L.A.H
  
       -Kerberos Assembly-    
     Head:    [CR-H97XS-EYE]
     Core:    [CR-C98E2]
     Arm:     [YA10-LORIS]
     Leg:     [CR-LH89F]
     Booster:   [CR-B83TP]
     R Arm Weapon:[XMEL-02]
     L Arm Weapon:[WL14LB-ELF2]
  
C:Combat_system_settings/Barrier_jacket_settings/Form_type_select/>exit
Message:Is the assembly changed before it returns though it returns to the settings menu? [Y/N] N

C:¥>exit/s
Message:Rajah.shifts to the Stand-by mode.

Stand-by mode is shifting...
///////


「……ふう。終わった」

 私はアセンブリの確認を終え、待機していた。後は模擬戦を待つだけだ。そんな時に、誰かが控え室のドアを2回ノックした。とりあえずナックルダスター片手にドアを開けると、ザフィーラが入ってきた。

「大丈夫か?」
「まあな。それより私の所に来て良いのか? 八神二佐が黙っているとは思えんが」
「その点は心配するな。主の護衛はシグナムが代わってくれている」
「そうか。後は模擬戦開始のアナウンスを待つだけだ」
「ああ、そうだな。それじゃ、またな」

 ザフィーラは去っていき、私はまた暇になる。少し仮眠を取ることとしよう……。

──一方、なのははと言えば……


「なのはママ、大丈夫?」
「大丈夫だよ、ヴィヴィオ。なのはママはちゃんと元気だよ、だから、フェイトママと一緒にいてね」
「うん!」

 ヴィヴィオをフェイトちゃんに預けて、わたしはレイジングハートと話をしていた。

「レイジングハート、今回の模擬戦大丈夫かなあ?」
【大丈夫ですマスター 私達は共に頑張って来たではないですか】
「そうだね。今まで通りに全力全開で行けば、大丈夫だよね!」
【その意気込みです マスター】

 なのはの愛杖たるインテリジェント・デバイス、レイジングハートは主人の疑問に、励ましを以て答える。後は、私達の力を彼にぶつけて行けば良い事だ。そう彼女は思い、主人と共に頑張って行こうと思うのであった。
……そして、アナウンスが流れる。

──これより、特別公開模擬戦を開始します。高町なのは一等空尉、ヴァイパー=D・クライス二等空尉の両名は直ちにステージに出頭して下さい。繰り返します……


『──遂に始まりました特別公開模擬戦。実況は私、DNNのピーター・マクドナルドがお送りしております……』

 何だか不安な実況を聞きながら、特設ステージに二人は立ち、それぞれを見ている。なのははいつもと変わらぬ教導隊の制服を身に纏っているが、ヴァイパーは違った。
グレーのツナギの上に、耐Gスーツを纏い、更にフライトジャケットを羽織っていた。足はブーツで締めて、正に戦闘機パイロットと言った風貌だ。

「クライス二尉、貴方には少し休んで貰うよ」
「…………」

 なのはの呼び掛けに対し無言で返すヴァイパーは、何故か視線を下に向けたままだ。なのはは彼の異常行動に目を疑うも、気にしてはいられない様だ。

『それでは、両名共バリア・ジャケットを展開して下さい!』

放送を聞きなのははレイジングハートを立ち上げる。ヴァイパーは依然としてそのままだ。バリア・ジャケットを展開し、身構える。しかし彼に動きは無い。更にアクセル・フィンの術式を展開して待機するがやはり彼に動きは無い。
もしかして寝ているの? と疑問の念が浮かんだ時、彼に動きがあった。顔を上げ目を開く。それと同時に彼を光が包み、バリア・ジャケットを一瞬で展開する。彼のバリア・ジャケット姿は見る者全てを驚愕させた。無論、なのはもだ。

 その姿は、まるでロボットの様だった。頭部は直線的な形状の装甲のヘルメットに覆われ、レンズの様なカメラ・アイが顔の部分に一つだけ。
体は胸と背中の部分が前後に伸びた、蒼とダークグレーに塗装された装甲に覆われ、先端部の少し下に機銃らしきものが一つ。背中部分に飛行機の様な部分がある。脚は刺々しい形状の、しかし胴体と頭に似た直線的な形状の装甲に覆われた物になっていた。
腕は以前の教導の際見た左腕と同じだが、右腕も同じ物になっていた。更に右腕には巨大としか言い様が無い銃らしきものを構え、左腕の脇に何かくっついていた。
そしてカメラ・アイに暗緑色の光が点り、音声が聞こえてくる。日本語で、しかも──

【戦闘システム 起動】

──なのはと同じ声で。それが模擬戦の始まりの合図となった。

 わたしは驚いた。何故ヴァイパーさんの方からわたしの声が聞こえてくるのか? いつの間に彼はわたしの声をサンプリングしたのだろうか? しかしそうのんびりしていられない。
ヴァイパーさんが右腕の銃らしきものをこちらに向けるのを見たわたしは、即座にアクセル・フィンで距離を取るも魔力弾が三発飛んできた。
二発避けたが最後の一発は避け切れず、咄嗟にシールドを展開して防御する。しかし一発当たっただけなのにシールドはボロボロになってしまった。
何て威力だ。これで空戦AA? 明らかにオーバーSの威力だ。一体何をしたんだろうか? カートリッジを使った?
いや違う。カートリッジの排莢音が聞こえない。魔力をシールドに供給し修復しつつレイジングハートからの報告を待つ。

「レイジングハート、弾種の特定は出来た?」
【マスター 彼が使用している弾種はシュートバレットです】
「シュートバレットでこれって……何て威力なの」

 なのはは驚いた。威力が高いのに弾種はシュートバレットだけだと言う。……このまま地上にいれば、確実にやられる。なのははそう判断し高度を上昇、上空に逃げる。


「──全く、何を驚いているんでしょうかね」

 一方ヴァイパーは冷静になのはを捉えていた。先程三発撃ってみたが、威力は十分の様だ。向こうからの反撃に備え遮蔽物に身を隠す。視界に表示されるレーダーを見るとなのはの高度は上、すなわち上空にいる様だ。しかし……

「む……?」

 耳を澄ますと音楽が聞こえてくる。──この曲はまさか、“The Justice Ray”か? それも鋼鉄の咆哮版。どうやら音響に好き者がいると見える。彼女のイメージと合っているから良いとして。
上空から飛んできた魔力弾を避け、ヴァイパーは反撃する。


「くっ……!」

 なのはは彼の実力に驚きの連続であった。何故か予測進路上にシュートバレットが飛んでくるし、接近すれば左腕から赤色の魔力刃が出て斬り掛かってくるし……待って、それ以前に彼の魔力光は紺色だよね? 何で赤色の魔力刃が出るの?
……まさか、質量兵器?

「ねぇ、左腕のそれって……質量兵器かな?」
「残念ですが一尉、これはただのストレージ・デバイスですよ」
「そう、良かった……貴方の事だから質量兵器の一つや二つ位持っていそうだもの」
「それは心外ですな、一尉。まぁ、あながち外れでは無いですが」

 なのはとヴァイパーは互いに言葉を交わしながら射撃戦を展開していた。なのははディバイン・シューターを三斉射し、ヴァイパーはそれを左右、上空へと三次元機動を用い回避しつつ、反撃にと右手の巨銃を撃つ。

「何でまた、こんな事を?」
「まだ教えられないなあ、貴方には」

 なのはもなのはで、それを右にローリングして回避すると、右手に魔力を籠めつつ急接近してヴァイパーの頭部を殴る。追い打ちにと左膝蹴りを腹部に叩き込もうとするも、逆に巨銃を左肩に叩きつけられ落とされる。
墜落する彼女を追い降下する彼になのはは振り向きショート・バスターを放つ。

「捉えたっ!」
「──!」

 彼女の反撃に避け切れ無いと咄嗟に判断し胸部を巨銃で庇うヴァイパー。ショート・バスターは巨銃に着弾しその銃身に大きな罅を生じさせる。

【Warning. It became impossible to use the right arm weapon due to damage.】
「Shit!」

 彼は兵装の状態に悪態を付きつつ巨銃を離し、代替兵装に切り替える。黒く角張った形状のそれは、俗に言う短機関銃に分類される物で、MAC10の愛称を持つ。
勿論、今回の模擬戦に合わせ魔力弾を撃つ仕様となっており、面影があるのは外見だけである。それを両腕に装備しなのはへ向け乱射する。

「待て待て待てぇい!!」
「にゃああ?!」

 アクセル・フィンで高速低空飛行する彼女を、背中から青白い炎を噴射して、脚部との接触面から火花を散らし追い掛ける彼。
しばらく追撃を受けつつ、なのはは高度を上げ反転するとスフィアを6つ展開、クロスファイア・シュートを放つ。
彼はそれを見て急制動をかけ、両腕のMAC10で魔力弾を迎撃する。しかし2対6では部が悪く、数発被弾する。

「埒があかんな……EO起動!」
【Rajah. Exceed orbit is started.】

 ヴァイパーの背中にあった飛行機の様な部分が外れその場で浮遊し、高速で魔力弾を撃ちだしてゆく。なのははその光景を見て少し驚くも、自身もブラスター・ビットがあることを思い出し内心苦笑する。


「さてと。今のうちに……行くよっ!」
【行きましょうマスター 彼を止めに!】

 ヴァイパーが魔力弾の迎撃に夢中になっている内になのはは距離を離しカートリッジを2発ロード。スターダスト・フォールを発動して彼の注意を引く。
彼が警戒している内に更にカートリッジを3発ロードしディバイン・バスターのチャージを開始する。

「そう、そのまま大人しくしてなさい……」

 ディバイン・バスターのチャージが進むに連れなのはが纏う雰囲気も徐々に暗く、どす黒いものとなっていく。以前ティアナを撃墜して以来、彼女は時々どす黒い雰囲気を醸し出す様になっていた。
──その様は、まるで魔王の様に。

「……ディバイン……バスター」

 普段の彼女とは全く異なる、低く、しかしはっきりと透き通る様な声色でトリガーワードを呟く。その直後、レイジングハートから桜色の、一筋の魔力砲が放たれる──

「──! しまっ……」

──私は迎撃に夢中で、彼女を見失っていた。その為、“それ”が来た時には既に遅かった。

「ぬおぉ─────っ……」

私の視界を、桜色の光が埋め尽くしてゆく。そう、これがディバイン・バスターである。暴力的なまでの光の前に、装甲が為す術もなく爆発し、全身を徹底的に、破壊的に、容赦無く衝撃が襲う。


「これでお仕舞い……だね」

 なのははヴァイパーが光に飲み込まれてゆく様を見つつ、今度は残りのカートリッジをフルロード。第二射のチャージを開始する。

「ぬあっ、とととっ……」

 取り敢えず一発目は何とか耐え切った。バリア・ジャケットを失い左腕は使い物にならないが、まだ行ける。既に位置はわかったのでそちらを向きある詠唱を始める……


……噴煙が晴れると、そこにはバリア・ジャケットを失い、満身創痍のヴァイパーさんが。更に左腕を破損し、無惨な姿だがその体からは怒りと、闘志が湧き出ており諦める事を知らぬ様で、こちらに気付いた様だけど、もう遅い。

「さあ、頭を冷やしてお休みなさい。ディバイン……」
【Buster】

フルチャージされ、放たれた桜色の第二射を何やら詠唱中の彼は避けることをせず、桜色の光が飲み込んでゆく。彼を蹂躙しようと、屈伏させようと、休みに就かせようと襲い掛かる。

「……終わったね。レイジングハート」
【いえ……そうでもないようです マスター】
「──神は言った、“ガチタンこそが、神の使途だ”と」

 いきなり聞こえ始めた彼の声に、撃墜したと思っていたなのはは驚愕に顔を歪める。そんななのはを尻目に、彼の声は続く。

「また、“ガチタンを越える者は、魂を持つ者だけだ”とも言った」
「な、何なの……一体?」

 なのはは驚愕のあまり、力が抜け何も出来ない。更に彼の声は続く。

「そして、怒りはある者を呼び出す。ある者の名は……」

──Vice president!!

【The start code is confirmed. System and the L.A.H. start!】
「Last American hero!!」

そこには左腕を除き新たなバリア・ジャケットを展開したヴァイパーが。その巨体からは、闘志と得体の知れないナニカが湧き出ており、それがなのはを戸惑わせる。彼には、それだけあれば十分だった。

「──! まだ戦……えっ?!」

 気が付けば、なのはは宙に浮いていた。ヴァイパーが一瞬で間合いを詰め、彼女を掴み投げ飛ばしたからだ。即座に姿勢を修正しようとするが、何だか体が物凄く重く感じる……

「はにゃ! な、何コレ?!」

いつの間にか両手に彼が最初に構えていた巨銃がバインドで固定されていた。あまりの重さに彼女は体を動かすことすらままならず──

「Freedom is dead!」

 上空に飛び上がった彼が、背中のコンテナから取り出したもの──マジック・マイクロミサイルランチャーのトリガーを引き、大量の、正に飽和攻撃と言っても良い程の数のミサイルが──なのはを吹き飛ばす。

「ンムフハハハハハハハ……」

しばらくして、独特の笑い声を上げながら、噴煙の中心に近づくヴァイパー。その様は、いかにも悪人であった……が。

「──やはり、ここで終わらないですか、一尉?」
「当たり前でしょ……クライス二尉」

 噴煙の中、なのはは立ち上がる。既にバリア・ジャケットはアグレッサーからエクシード・モードへと換装されており、その美しい表情は、彼を哀れんでいる様であった。二人の間に、暫しの沈黙が流れ、それを破ったのはなのはだった。

「──ねえ、何で皆の言う事を聞いてくれないのかなあ……」
「言う事?」
「皆、貴方に休みを取ってほしいって、言っているんだよ?」
「休みなら、もう十分に──「違うっ! 貴方は何時もそうやって誤魔化している!」……何ですって?」

 彼女の叫びに私は思考する。彼女が私をバインドで拘束して、何やら喋っているが無視だ。私が自分の意志でやってきている事を、彼女は否定している。それは聞き捨てならない事だ。私は誤魔化してなどはいない。ただ、頑張っているだけなのだ。
それを彼女は否定した。皆が言っている? 冗談じゃない。彼らが私を心配した事があるか? 彼らが私の仕事を肩代わりしてくれた事があったか? 答えは全て、Noだ。
私を心配してくれるのは母と、“あの人”と、隊長と、ザフィーラの奴と、彼女の5人しかいない。否、5人“も”いる。別に悲しい事でも、嬉しい事でもない。だが、誤魔化していないものを誤魔化していると言われ……

「だから──頭、冷やそうか」

……頭を冷やせだと? この言葉で遂にカチンと来た。頭を冷やすべきは彼女の方だろう……!

「ROZ、リミッターリリース!」
【Rajah. Limiter release. The release limit time is 180 seconds.】

//////
──>-left arm unit settings-

>>cd:The left arm unit change. The change is requested to the type "Gaia".
message:Rajah. The unit "Gaia" is developed. It shifts to the equipment sequence.

[SYSTEM ERROR] [LIMITER RELEASE]
//////



 スターライト・ブレイカーをチャージしていた時に、ヴァイパーさんはいきなり叫ぶ。すると無かったはずの左腕の位置にあるものが接合する。紺色の魔力に包まれたそれが、姿を現す。
それは、とても人が持てそうに無い程巨大な、正に艦砲の様な大砲だった。

【マスター、クライス二尉から膨大な電力の放出を確認! 左腕の大砲に収束していきます!!】

レイジングハートからの報告と共に彼の足元に魔法陣が展開される。何処かで見た様な気がしないでもない……って!

「あ、あの術式はまさか……!」
【そのまさかの様です マスター……あれは、スターライト・ブレイカーの術式です】
「いつの間に覚えたと言うの?!」

 まさか彼がわたしのスターライト・ブレイカーを使ってくるなんて……だけどこっちが先にチャージを終えた! 今だっ!!

「今度こそお休みなさい! スターライトォ……ブレイカァ─────ッ!」

 膨大な魔力流が、彼に襲い掛かる。しかし彼の怒りは、スターライト・ブレイカーを持ってしても止める事は出来ない。何故なら……

「──President Spirits!」
「なっ……そんな!」
「How do you like me...now!!」

……そう、何故なら彼は、人間戦車だからだ!


──ヴァイパーさんの反撃に、わたしは避ける事が出来ずにプロテクションを展開して防御する。しかし、あれ程強固に構築した筈なのに、一瞬でプロテクションが破壊され魔力流をそのまま受け止め、視界が白く染まっていった……


【……スター……】
「うう……」
【マスター!】
「レイジング……ハート?」

 気が付けば、医務室のベッドの上にわたしは寝ていた。と言う事は……

「ママ──!」
「ヴィヴィオ……ごめんね」

 駆け寄ってくるヴィヴィオを抱き締めつつ、わたしは思う。何故彼はスターライト・ブレイカーを放つ事が、出来たんだろう。ティアナには教えたけど、彼に教えた覚えは一切無い。そんな風に考えていたら──

「ふふふ……だーれだっ?」
「う~ん……フェイトちゃん!」
「当たり!」

──ストレートの金髪の彼女……フェイトちゃんに目隠しされた訳で。更に……

「なんや、先についとったんか……」
「その様ですね、主」
「早くしないとアイス溶けちゃうぜ……」

 はやてちゃんと守護騎士の皆が見舞いに──ってあれ? ザフィーラさんは……どこ?


なのはが親友達の見舞いを受けている頃、ザフィーラはと言えば……


「テォ──リャァ──ッ!」
「ヨイショォ────ッ!」

 何時もの様に、ヴァイパーと組み手を行っていた。……何故か両手にネコとカエルの形をした腕人形をして。対するヴァイパーも、杭打ち機の様な物と、ブルドーザーを小さくした物を両腕の脇に取り付けていた。
組み手をする二人を見つめる二つの影……それが誰であるかは、皆の妄想に任せるとしよう……



[14123] 男の過去
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:18
 それは突然の事だった。冷たい川の底に、ナニカが沈んでゆく。そう、男だ。彼は必死に浮き上がろうとするも只々沈んでゆく。
サバイバル・ゲームの策略の為にと水の中に潜ったはよいが、予想以上に川の水深が深く、また四肢が激痛に襲われたのだ。

「────!」

 言葉を発したつもりが、水中にいるせいか言葉にならない。じたばたと暴れたくても体は重装備と激痛のお陰か動かない。つまり、このまま行けば溺死は免れない。彼は内心呟く。

(馬鹿な……これが私の最期だと言うのか? 認めん、認められるか……)

 薄れゆく意識の最中、彼は自分への罵倒を繰り返す。それが無駄な事と何処か悟りつつも、只罵り続ける。やがて、彼の視界に光が見えてきた。

(……視界か……ラひカリ……GA、逆りュウすRU───)


────目を開くと、彼の前には見知らぬ女性の顔が。もしかして助かったのだろうか。彼はぼっとしてはっきりしない頭でただただ彼女の声を聞く。

「この子まだ生きてるわ! 急いで病院へ!」

 彼は担架に乗せられ病院へと運ばれる。頭を動かすと、周りは医師だらけだ。
……そう言えば、何で左腕の感覚が無いのだろう? 彼は未だはっきりしない頭のまま、視線を左を向けた。
──そこにあるべき“モノ”。すなわち左腕が肩から、ごっそり無くなっていた。しかし、無くなったお陰で生じる筈の痛みが全く無い。
どういう事だ。もしかしてアドレナリンが過剰分泌でもされてるのか? と漸くはっきりしはじめた頭を使い思考する彼。
そんな事とは梅雨知らず、必死に担架を押す医師達。やがて周りの風景が変わり手術室の様な場所に着くと、右の二の腕の辺りに注射を打たれる。注射のお陰か、どこか気だるい眠気に襲われた。


 彼が再び目を覚ますと、ベッドの上に寝込んでいた。そのまま辺りを見渡そうとするも、全身に縛られているような違和感を覚える。
ナンダコレハ。もしかして固定されてるのか。まぁ良いか、たまには休むのも良い。だがナニはともあれ状況を知る事は大切だ。
彼はそう考え右腕を動かす。よし、右腕は動く。ただ長さが短いだけだ。左腕は死んだから次に両足を動かす。
これも動く。そして長さが短いだけだ。つまり背が、身長が縮んだと言う事だ。身長が縮んだと言う事は、生まれ変わったかナニカサレタかの二つだが、恐らく前者だ。
何せ容姿が以前と全く違う。まぁ、それも有り……な訳が無い。しかし、何はともあれこうして生きているんだ。今はただ、休もう。彼はそう考え、のんびりと休んでいた。


──私は驚いた。何故、彼は、この少年は、左腕を失っても苦痛に表情を歪む事無く、吐き気に襲われる事なく傷口を凝視出来るのか。
ただ意識が朦朧としているだけなのだろうが、その点を差し引いても異常だ。医師は、彼の反応を見て異常だと考えた。
仕方ないのかも知れない。事実彼は自分がマトモな人間であるとは考えていない。この考えは彼が“死ぬ”前からもそうで、その事に彼は何とも思わず、自然体であった。
そんな事は知らない医師はただ彼に驚愕し、畏怖の念を抱くしかなかったのである。


 幾つか日は過ぎ、彼はこれからの身の置き方でどうしようか迷っていた。今の自分に“両親”がいればそれで良いが、いなかった場合は……
しかし、彼の迷いは杞憂に終わった。というのも“両親”が見舞いに来たのである。一先ず安堵する彼だが、自分の名前を覚えていない事に気が付く。
まぁ、いいか。名前など、忘れたなら聞けば良い。彼はそう考え、母親の押す車椅子の背もたれに、その身を預けた。


──僕が引き取られて、幾つかの年月が経った。僕……ヴァイパー・クライスは学校に通っている。
ただ、名前からするに僕は日本人では無い。それどころか地球の人間ですら無い。僕が住むのはミッドチルダと言う世界。

(……水没して死んじゃったから、アーマード・コアの世界と思っていたんだけど、全然違った……何この騙して悪いが)

そこは、科学の代わりに魔法と呼ばれる技術が発達していた。当然、学習する事も魔法に関する事である。
しかし魔法と言ってもその実態はプログラムであり、デバイスと言う一種のコンピュータを通して具現化し、行使する。
そして自身の左腕を失った原因は魔法である事をつい最近知った。RPG-7や、M72 LAW等の無反動砲や、GAU-8 アヴェンジャー機関砲等実弾兵器なら左腕を失っても仕方ないと考えてはいたが、魔法などと言う兵器として見れないものに自身の左腕を失った。
これに対し僕は頭にきているが、今はそれより朝食を摂り、学校に行かねばならない。

「さて、学校に行くかな」

朝食を食べ終わった彼は学校へと歩いていく。行かなければ面倒な事になる。魔法学校は中々楽しいもので、新しい魔法や、この世界の歴史等彼には新鮮な物ばかりだ。

「は~い皆さ~ん、今日は社会学習の時間ですよ~!」
『は~い!』

 本日の授業は社会科学習らしく、時空管理局の警邏隊。つまりパトロール部隊の見学らしい。訓練風景を見学していて頑張っているのは確かだが、何か物足りない気がする。

「何か足りないなぁ……」
「ダッジ君、どうしたの?」

僕の呟きにクラスメイトが反応する。彼の父親は管理局員で、このパトロール部隊の関係者らしい。更に僕は話を続ける。

「お巡りさんの訓練が何か物足りない気がして……」
「いや、いつもあれ位なんだってパパが言ってた」

 ふーん、そうなんだ。と適当に相槌を打ちながら僕は考える。何でこの世界には拳銃とか、突撃銃とかが無いんだろう? 後で調べてみよう。そう思い、訓練風景を只々、眺めていた。


 放課後、僕は何故拳銃や突撃銃等の武器が無いか、母との待ち合わせとの序でに、図書館で調べてみた。

(先ずは歴史から漁ってみよう。何か解るかもしれない)

 図書館──無限書庫と言うらしい──の歴史コーナーを浮き進み(何故か内部は無重力なんだ。でも収容されてる書物の量からして当然なのかも知れない)、手頃な本を見つけて取り出す。
“年刊ミッドチルダ──第40号”……つまり僕が産まれる6年前の書物だ。これを手頃なテーブルまで持って行き早速開く。
向かいの席のお姉さん──緑色の髪がとても綺麗な人だ──が何やら驚いた様な表情をしていたが気にしない。
数分程流し読んだ後、本を閉じ元の場所に戻す。読んでいる途中にふと思ったことがあったからだ。

(──何だろう、質量兵器って?)

 疑問は調べる。そんな単純な思考を基に歴史コーナーの隅々まで調べてみる。次に手に取った本は“質量兵器と魔導兵器”と言う本だ。
これをその場で開き読み始める。魔導兵器についてはアルカン・シェルと言う時間経過による空間湾曲と反応消滅で対象を消し飛ばす魔導砲があるという事が判った。次に問題の、質量兵器についての項目だが……

「はぁ? 何この認識、可笑し過ぎるだろコレ?!」

 その内容に、思わず大声を出さざるをえなかった。しかしここは図書館。静寂こそが常の場所で、大声を出す事はタブーである。
彼は恥ずかしさに赤面しつつ、ページを捲る。ページを捲るたびに彼の全身は震えに震えた。無論、震えていた理由は怒りである。肝心のそこには、こう記されていた。

『──質量兵器には、危険な物が多い。特に、拳銃は僅かな衝撃で爆発する』
(この子……少し面白いわね……)

 リンディ・ハラオウンは驚いた。向かいの席の子供──息子のクロノとは4~5歳位歳上だろうか──が手にとっている本は“年刊ミッドチルダ”だ。
中々難しい本を読んでいるなと思っていたら、本を畳み元に戻す。面白いと思い後をつけたら彼の叫び声が聞こえた。

「──可笑し過ぎるだろコレ?!」

 そんな彼が読んでいる本は……“質量兵器と魔導兵器”だ。一体何が可笑しいのだろうか? そう思い彼に話を聞こうと思ったが、彼は帰ってしまった。残念ね……と彼女は思いつつ、自分の調べ物に戻る事にした。
一方彼は母に連れられ帰宅すると、蓄めに蓄めた怒りを発散しはじめた。

「全く、ばかにしてる馬鹿にしてるバカにしてる! 誰だあんなふざけた文章を書いた間抜けは!! 拳銃が僅かな衝撃で爆発する? 何処の硝酸エステル類だよ全く! 寝言は夢の中で書くんだ! この(只今聞くに聞けないスラングと、その2乗の量に及ぶ罵倒の嵐が巻き起こっております。彼の熱暴走が落ち着く迄暫くお待ち下さい)──め……疲れた」
「……ヴァイパー、大丈夫?」
「か、母さん。今の皆聞いてたの?」
「勿論。ただお前が、何処の世界の言葉で叫んでいたのかは解らないけど」

 全て母さんに聞かれていた……でも、日本語で叫んでいたから内容がバレなくて良かった。でも、これっていい事なのかなぁ──

「──夢か……また、随分と懐かしい夢を視たものだ」

 ミッドチルダの北部にある自宅の二階、自室のベッドでヴァイパーは独り語ちる。自分がこの世界の人間に生まれ変わり、質量兵器について叫ぶまでが内容の夢である。
模擬戦で高町一等空尉を撃墜してから早二週間。彼女は意識を取り戻したそうだ。
それと彼女には悪いが彼女の名前で一ヶ月の休養申請を出した。まぁその間の彼女の分の書類は既に終わらせ、私は有給休暇を使ってのんびりと休んでいる訳だ。

 自室で休む傍ら、私は考える。もう帰れない……生まれ変わる前の家にはもう、帰れない。
友人との喧嘩も、教師とのやり取りも、懐かしい家族の団欒も、皆過去の記憶の出来事でしかない。
その事実から逃げたいが為にただひたすら仕事に打ち込んだら、彼女の妨害にあった。当然の行為なのかもしれないが、止めて欲しかった。
これが下らない不幸自慢だとわかっていても、せざるにはいられない。例え私がドウカシテルと言われても、私の本質が訴えている事なのだから。

「……悲しい事は考え続けるものではないな。さあ仕事だ!」

 ヴァイパーは一階に降り白のツナギと帽子をロッカーから取出して着替え、靴を履き替えてガレージのドアを開けた。
その表情は、とても明るいものだった。
 本局の居住区の一角、とある部屋に二人の女性がいた。片や白髪の、片や綺麗な緑色の髪をした女性だ。二人は何やらお茶を飲みつつ、談笑している。


「──それで、どこまで話したかしらね。リンディさん」
「ええと、ヴァイパー君が何か叫んでいた所まで。でしたね、ダッジさん」
「そう、そこからね」

 あの子が何か叫んでから更に数年が流れ、あの子は9歳になっていた。就業年齢が低いミッドでは、あの子も例外ではなく就職するか否かの悩みにぶち当たったのよ。
この時、私達は既に離婚していた。養育権は管理局員の私にあり、私と二人で生活していた。どうするかあの子は悩んだ末に管理局へと入局する事となった。
本局を希望したあの子だけど、空戦Dの判定を受けており(因みに陸戦はAA、その為総合ランクはAランク、魔力量は僅か四万二千!)本局入りは絶望的だったね。
しかしあの子は諦めなかった。「空を飛べないなら、飛べる様に身体を作れば良い」と言ってトレーニングをしはじめたの。
 筋力トレーニングとしてクランチ200回4セット、2.5kmジョグ3セット、懸垂25回5セット、シャドーボクシングに、座学として簡単な物理学と、危険物の確認。
そして金属の性質を勉強し更に対G訓練や、飛行魔法の再構築及び最適化に尽力した。とか言ってたわね。
ホルモンバランスはどうなのかと言えば、ミッド人は比較的身体の成長期にむらがある様で、問題無くすすめる事が出来た。
そしてBランク航空魔導師試験を受け、合格。更にあの子は飽き足らず、デバイスマイスター資格を取得。天才等と呼ばれるようとなったが、あの子は何故かその扱いに不満だったわ。

「成る程……そうなんですか。でも、何でヴァイパー君は不満だったのですか?」
「ええ、何でも──」

──何でも、あの子が「天才と呼ぶに値するのは“世界を騙したハロウィンのカボチャ”や“チェスの自動人形”と思っている」と言ってたわ。
その為あの子はそれに遠く及ばない自分を天才と呼ばれる事に静かに怒っていたみたい。
そしてあの子は以前より魔法について「魔力量はさほど関係ない。問題はその回復速度と消費効率である」と考え、それを元に一つのデバイスを設計し、製作に取り掛かった。
デバイスの動力には魔力素ではなく大気中の水素を使い、如何に高出力を確保するか。そして魔力の増幅をする事が出来るか。と頑張ったものの、魔力の増幅に失敗。
しかしその代わりに膨大な電力を得る事が出来た、……と言うよりあの子は初めからそれが目的であり、電力を魔力に変換してしまえば高い出力の砲撃魔法を撃つ事が可能だと考えていたみたいね。

「──そしてその結果が、先の模擬戦で墜とした例の……高町一等空尉だったかしら? の術式よ」
「…………」

 私の言葉に言葉を失い沈黙する彼女。でもあの子はまだ、私には喋っていない事がある。
最近全然休んでいないなんて話聞いていないわよ、全く。そんな事をヴァイパーの母、コルト・ダッジは考えていた。


一方、先程から沈黙しているリンディはと言えば……

(流石コルトさん、ヴァイパー君についてわかってらっしゃる……でも何で、緑茶にミルクやお砂糖がついてこないのかしら?)
「……そう言えば。あの子と買い物をしていた時に言っていたのよね、『緑茶はリンディ提督の様な飲み方をするものではない。あれは大変失礼な飲み方だ』って」
「まだ私は何も……」
「諦めなさい、今の貴女の心の中は私でも読めますよ」
「うぅ……」

 二人が漫才の様なやり取りをしている頃、その息子はと言えば……


「──沈みたくない♪ 沈みたくない♪ まだ何もして~な~い♪」
「……はぁ」
「どうしたんだ、ヴァイス?」
「いや、何分疲れてましてね。しかし、なのはさんを墜とすとは……」
「お前もか。我もそんな事だと思ってたが」
「よく言うよザフィーラ、お前さんも同じ事聞いてきたくせに……」

 男三人で何をしてるかと言えば、ヴァイスのバイクの整備をしている訳で。
皆それぞれツナギに身を包みメガネレンチやらラチェットハンドルを片手に、それらをカチャカチャと動かしてボルトを緩め、どす黒い液体がネジ穴から流れ出るのを見て面食らった様な顔をしながらも作業の手を休めない。

「──よし、ここらで休憩にしよう」
「賛成です旦那!」「賛成だ」
「今日の飯は、焼きうどんだ」
「旦那の飯か……」
「……そう言えば、ヴァイスは初めてだったか」


 キッチンへと向かったヴァイパーの背中を見つつ、ヴァイス・グランセニックとザフィーラの二人は、彼の料理について話し合う。
しばらくして、焦がしネギの香ばしい匂いとソースの匂いが漂ってきた。その旨そうな匂いに二人は、ゴクリと喉を鳴らした。


「──今日は、どうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」

 リンディは自宅に帰る事にした。そろそろ息子達が帰ってくる時間帯だ。それにヴァイパー君の事をもっと知る事が出来た。
でも、彼はまだ何か隠している様だ。でもいいや、私には可愛い孫達もいるし。それに今日はレティと呑みに行こうと思っているもの。


相変わらず気楽なリンディが家路に就こうとしてる頃、高町家では──


「何で、何で休みになっているの……」
「どうしたのなのは? ……なのは?」
「フェイトちゃん……ううっ」

 なのはの様子がおかしい。帰宅したフェイト=T・ハラオウンは何故かパジャマ姿の彼女──高町なのはの異変に気付いた。
何だかアルコールの匂いがする……辺りを見渡すと、一升瓶が彼女の足元に置いてある。一升瓶の中身は確か……沖縄の泡盛だったはず。

「(……ま、まさか)……なのは、ソレ……呑んだ?」
「ん……あぁ、これ。呑んだよ」
「──!」

 フェイトは彼女の表情に驚いた。明らかにナニカサレテル。某名前が2月な企業や、香水な名前の企業が彼女を標的にしたのか? それとも泡盛を呑みすぎて光が逆流してしまったのか?
とにかく、目が虚ろだ。そして虚ろな目のまま、こちらに歩み寄って来る。その様が、物凄く畏い。

「フェイトちゃ~ん……」
「な、何。なのは?」
「遊・ぼ・う・♪ ……なのっ!」
「──えっ、ちょっと何?! 何をする気、や、止め……」
「にゃはは……♪ わ・た・し・の・時・間…………なのっ!」

 そのままなのはに背中を押され、お風呂場へ……後の事は覚えていない。
ナニカがあった気がしたけど、多分気のせいだ。気が付けば、リビングのソファーの上だったから、多分気のせいだろう……

「ハッハー! まだまだいけるよフェイトちゃ──ん! なのっ!」
「ま、まだ続いてたの?! 夢なら覚め」

──この後、高町なのはの手により、フェイト=T・ハラオウンの精神は、深刻な出血を強いられる。
魔人戦車とすら呼ばれた彼女は……いや、ここからは皆の妄想に任せるとしよう……私が語るべき物語ではない。


追記:ヴァイパーとフェイトの名前の綴りを修正しました



[14123] 男と銀
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:48
「イィ──ヤッフゥ──ッ!」

 その日、ヴァイパー=D・クライスは大喜びだった。何故なら、何時も身に付けているウェストポーチ型のブースト・デバイス、「ROZ」の量産品──型番「Device G-03P G84P」が遂に各部隊に配備される事となったのだ。
(※因みにROZの型番は「Device XR-01Z ROZ」である)
しかし量産品が開発された為、彼は少し複雑な気分でもあった。

「遂に、お前とお別れか……悲しいな。だけど、お前のAIは引き継がせてやるからな、ROZ」
【…………】
「寡黙なAIと言うのも、悪くはないが……次は冗舌なAIにしてみるかな?」
【It is the one pardoning it. The president】
「はははっ、そう来たか!」

 ROZの反撃に笑うヴァイパー。中々面白い事を言ってくれるよ、全く……流石は私の相方だ。む、そろそろ時間だ。始めるとしよう。

「それではROZ、メインシステムをコンバートモードに」
【Rajah. It shifts to the system and the change mode.】

ヴァイパーがROZにコンバートモードへの移行を命ずると、その脇にROZより一回り大きなウェストポーチの様な物を置き、ポケットから取り出したケーブルを接続する。

//////
───>-Device XR-01Z ROZ-

Message:It is changing now...

───>-Device XA-02D *******-

Message:Present... when being receiving the data.
//////

 ヴァイパーが作業に没頭している背後から、忍び寄る二つの影──影がヴァイパーの2メートルほど後ろに近づいた時、ヴァイパーは振り向き右手に隠し持っていた拳銃──ハイスタンダード・デリンジャーを発砲する。
その発砲音と、発射炎に人影はへなへなと崩れ落ち驚きの表情でこちらを見ていた。

「──いい加減にしてもらいますかね、お二方?」
「だって、だってえ……」
「貴方のデバイスが面白そうな物で……」

 はぁ、と溜息をつくヴァイパー。発砲音を聞いたのか、二人の女性──高町なのはとフェイト=T・ハラオウンが駆け付けてくる。

「──何で……」
「私のプライベートを邪魔しようとした結果ですよ、これは」
「だからって……」

 わたし達はヴァイパーさんが出したお茶を啜りつつ、話を聞いていた。ヴァイパーさん曰く、二人──マリエル・アテンザ技官とシャリオ・フィニーノ執務官補佐──マリーさんとシャーリーはこの間の模擬戦の辺りからヴァイパーさんの周りをうろちょろしていたらしい。
この間のわたしが病院のベッドから目覚めた時、ヴァイパーさんはザフィーラさんと組み手をしていたとか。その時も、二人が見ていたらしく、彼はわたし達の差し金かと疑っていた様だ。
そして今回の事態である。ヴァイパーさんが用事をこなしていた時に二人が侵入、これを敵襲と勘違いした彼が護身用の拳銃(ハイスタンダード・デリンジャーと言うらしい)を発砲。二人が管理局員である事を振り向き様に気付いた彼は咄嗟に近くの壁に発砲した。
そこにわたし達が駆けつけ、今に至るそうだ。

「でも、何をしていたんですか?」
「二人が食い付く位だから、デバイス関連の話でしょうけど……」
「その通りです。ハラオウン執務官。私はここでデバイスの更新作業をしていた所ですよ」

 いつの間にか出された焼きうどんを食べているなのは。私も焼きうどんを食べその美味しさに内心舌鼓を打ちながら、彼はキッチンへと向かう。一方マリーさんとシャーリーの前には、「あなた方にはこれが似合いだ」と何も具が無いスパゲティが盛られた皿が置かれた。
よく見ると、輪切りの唐辛子が乗っており、食欲をそそる香りが漂ってきた。

「なのは、この匂いって……」
「大蒜の匂いだね、フェイトちゃん」

 隣のなのはに聞くと、彼女はたこ焼きを手づかみで食べていた。何故か鼻の頭にカスタード・クリームを乗せて。

「……なのは、たこ焼きは手づかみで食べるものじゃ……」
「違うよフェイトちゃん。これはたこ焼きに見えるけど、シュークリームだよ」
「えっ?」

 試しにたこ焼き? を一つ手に取り一口食べると、カスタード・クリームのとろけるような甘味が、私の舌を包む。なるほど、確かにシュークリームだ。
しかし、これは一体どういう事だろうか? 私は疑問に思った。このたこ焼きみたいなシュークリームの上には、ソースと青海苔がかかっている様に見える。
よく見ると青海苔の色が緑茶色……と言うより母さんが飲んでいるお茶に近い色をしていた。更にソースの部分も何だかチョコレートの様な気がする……ひょっとしたらこれは──

「そう、抹茶チョコとビターチョコレート・ソースだよ、フェイトちゃん」
「やっぱり?」
「うん。やっぱり」

 更にヴァイパーさんは何かが入っている容器を持ってきた。容器を置いた後、今度はコップを持ってきて、コップに容器の中身を次ぐ。容器の中は黄色い液体で、何だか爽やかな香りがした。


「──甘酸っぱい……」

──そう言って口を窄めるフェイトちゃん。何だか可愛いなぁ。そう思いつつわたしも口に含む。柑橘類特有の甘酸っぱさが、わたしの胃を爽やかにしてゆく。
オレンジでも、グレープフルーツでもないこの味は、多分沖縄のシークゥァーサーだろう。……待って、何でヴァイパーさんはこんなに詳しいの? 日本に住んでいないのに。
しかも、転送ポートは海鳴にしかない。海鳴に住んでいるリンディさんでも沖縄には行った事は無いし、ある県の田舎に温泉があった事など、地元の人位しか知らない。
更に運転している車も、自分の名前と同じ名前だし、言葉はミッド語だけど、時々日本語を解している様にも。あの人は、一体……?

「──なのは?」
「……な、何? フェイトちゃん」
「良かった……」
「???」

 気が付けばフェイトちゃんがわたしを見ていた。何故か少し怯えた表情で。

「……流石ですね高町一尉、皆当ててしまうとは」
「──えっ? にゃはは……」

 呆れた表情のヴァイパーさんに、マリーさんとシャーリーがこちらを見ている。辺りを見渡せば、何故かキッチンに立って冷蔵庫を開けていた。わたしはどうやら無意識の内に動きだしてしまった様だ。
でも、夢遊病にかかった覚えも、二重人格になった覚えもないんだけどなぁ……


──彼女が急に動きだした時、私は少し驚いた。恐らく、私の料理の内容に気が付いたのだろう。彼女はキッチンへと向かい冷蔵庫のドアを開け、そのままぼっとしていた。
まぁそれはどうでもいいことだが、何かに気付いた様だ。──おっ、そろそろ作業が終わる時間だ。行かなくては。


 その場を何も言わずに去るヴァイパー。不審に思ったなのは達は彼の後を追う。先ほど銃声が聞こえた部屋に向かうと、彼が何やらケーブルを外していた。

「ヴァイパーさん、それは……」
「ハラオウン執務官。これが私の開発した新しいデバイスです。そちらが、今まで使っていたデバイスですよ」
「ああ──っ! これって今度配備される最新鋭ブースト・デバイスじゃない!」
「G84Pだっけ、今度の奴って!!」
「こらシャーリー、ダメだって……」
「マリーさんも……」

 何かと騒ぐ二人をニヤニヤとした表情で見ているヴァイパーさん。わたしには、彼のニヤニヤ笑いの理由が判っていた。

「残念。騙して悪いがこれはG84Pじゃないんですよ」
「えっ?!」
「じょ、冗談じゃ!」
「──ROZ、でしたよね。ヴァイパーさん」
「ご名答です。一尉」

 なのはの言葉に、二人は驚く。じ、じゃあこのデバイスは何なんだ! と言う二人に彼は試作機だと答える。試作機であの性能だ。彼の技量もあるが、製品版は更に高性能に違いない。
当然、二人は欲しい欲しいと騒いだ訳で。そして、それを彼は蹴った。しかし、今度はそれをどうするか。と聞けば、私かなのはにあげると言い始めたのだ。
なのはは断り、私も断った。私達にはいらないものだからだ。しかし、彼が私のバルディッシュを見た時、ある事を言った。

「カートリッジ・システムですか、悪くないですな。ちょっと失礼」

展開状態のバルディッシュを手に取り、色々と見る彼。一通り見た後、バルディッシュを返してくれた彼は言う。

「最近、電気を使いましたか?」
「ええ……」
「電気が原因で一部の部品に過負荷がかかっているみたいですね。──この部品です。後で該当部品の交換か、自動修復をおすすめします」
「へ? あ、はい」

──わたしは驚いた。何でヴァイパーさんは見ただけでデバイスの状態が解るの? わたしのレイジングハートも少し見てもらおう。

「ヴァイパーさん、わたしのレイジングハートもお願いします」
「わかりました、ではちょっと失礼……」

 そういうと彼は、待機状態のレイジングハートを手に取り、左手の上に乗せ目を閉じる。……ちょっとした後、レイジングハートを返してくれた彼は言う。

「マリエル技官、あなたは何を組み込んでいるのですか?」
「へ?」
「彼女が余計なものを組み込んでいたので、起動に少し時間がかかっています。それを訂正しましたので、試してみて下さい」

ヴァイパーさんに言われたまま、レイジングハートを起動する。なるほど確かに起動からバリア・ジャケットの展開のスピードが以前よりかなり早くなった。
彼にお礼を言うと、「いえいえ。こちらこそ勉強になりましたよ」と言っていた。そろそろ帰らないとヴィヴィオが心配すると思うので、帰る事にした。

「どうもご馳走様でした」
「いえいえ、お気になさらずに。また暇な時が有りましたらどうぞ寄ってください」
「ありがとうございます。では、また」


──彼女達が帰った後、私は新しいブースト・デバイスの最終調整をする。新機能を搭載し、重量が10倍程に増えてしまったが、以前より行動の自由が利くはずだ。

「そうだろう、“ARGYROS”?」

主人の問いに、ROZより一回り大きなウェストポーチ型のデバイスは、そのボディをキラリと光らせた。

あとがき:執筆時間1日、新デバイスの正体は言わずもがな。
追記:ヴァイパーとフェイトの名前の綴りを修正



[14123] 男と友情
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 02:23
「──何で今更……」

 高町なのはは呆れていた。何故今も模擬戦の結果をマスコミは報道しているのか。結局わたしは彼に撃墜され、気が付けば休養中になっていて、先日彼の自宅に行った所だ。
休養中になった事を知った日は、ショックの余りやけ酒したのを覚えているが、翌日目が覚めると何故か全裸のフェイトちゃんに抱きついてて、その事で彼女に怒られた。
さっきヴィヴィオを学校に送り、テレビを眺めていた所だ。そして今に至る。テレビは次のニュースを伝えていた。何でも、現場に新しいデバイスが配備されたと言う。
恐らくヴァイパーさんが使用していた「ROZ」の量産機だろう。映像を見たところ大きなデザインの変更がない。問題はコストだがカートリッジ・システムを使わないブースト・デバイスの為か安価である事を謳っている。
更に“設計者”ヴァイパーさんの話曰くどんな過酷な環境下でも、更に整備を欠いていても確実な動作が出来るそうだ。
更にこのデバイスは魔力量が少ない人の底上げや、リンカーコアそのものが無い人も魔法を使う事が出来る様になるらしい。実際設計者のヴァイパーさんも魔力量が異常な程少ない人だ。
評論家のI・O氏も「このデバイスは凄いですよ」と太鼓判を押している以上、このデバイスは高性能なのだろう。
更に新型デバイスに設定されているバリア・ジャケットの強度は非常に高く、わたしのバリア・ジャケットとまでは行かないが従来品より高強度だと言う。
またバリア・ジャケットの構成を部分単位で変更が可能らしく、今まで危険だった環境でも即時対応が可能になったとか。

「全く凄いものだね……わたしも驚いたよ」
『全くや、せやけどあの人のお陰で多くの陸士部隊も大分楽になったんちゃうかな?』
「だといいんだけど……」
『なのはちゃんも使ったらどうやろか? 多分これからの教導で必要になってくると思うんやけど』
「考えてみるよ、はやてちゃん」
『ほな、また今夜』

 親友の八神はやてとの通信を終え、ソファーに座るなのは。そのままのんびりしていると呼び鈴が鳴る。はっとした彼女が玄関のドアを開けると、相手はハウスキーパーのアイナ・トライトンだった。

「あら、なのはさん。今日はお休みなんですか?」
「はい、そうなんですよアイナさん……」


 にゃはは……と笑うなのはさん。その表情は何か悩み事がある様なものだった。だけど、私には彼女を手助けする事は出来ない。
管理局の現場で働いた事が無い私に、彼女の悩み事を理解する事はかなり難しい。フェイトさんとか、八神部隊長(六課時代の名残でそう呼んでいる)なら彼女の悩み事を理解し立ち向かえるだろう。
しかし彼女の性格からしてそれも難しい。何故なら彼女はあまり悩み事を打ち明けない事が多い。ある意味美点ともとれるが、今回はそれが足を引っ張っている。今私に出来る事はただ、彼女をそっとしておく事しかないだろう。

「──イナさん、アイナさん?」
「ごめんなさい、少しぼっとしてました……」


 そう言いあはは、と苦笑するアイナさん。何を考えているのかわたしにはわからないけど、それもまた悪くないよね。さてと、家事をしなくちゃ。

なのはは立ち上がり、そのまま脱衣場へと歩いていく。それを見たアイナは彼女の行動の意図を察し、掃除機を取りに行く。


二人がそれぞれ洗濯と掃除に動きだしたその頃、ヴァイパーはと言えば──

「──これより、戦技教導隊隊別対抗模擬戦を開始する。開始に際しては……」

 上級将校の方々が演説をしている。長い演説には慣れており、問題は無いが私に対する視線が多い。無理もない、前回の模擬戦で高町一尉を墜とした張本人がここにいるのだから。
腫れ物扱いされる事には慣れているが、周りの人間が巻き添えを食らうのもどうかと思う。まぁそれはそれで、構わないが。

「──それでは対戦相手を発表する。クライス二等空尉はワサリア一等陸佐が、ヴィータ二等空尉はスニカ三等陸尉とだ」
「了解した……」
「同じく了解しました」
「同じく了解」
「了解!」

 それぞれが散り散りになり、配置に着く。今回はバディではなく一人、つまりサシ、タイマン等と呼ばれる一対一の勝負だ。私の相手──ワサリア一佐だが、パワー型……つまり高火力によるごり押しを主体とする。
一方ヴィータ二尉の相手のスニカ三尉は高機動力を活かしたタイプだ。
つまり高町一尉とフェイト執務官を相手どっている様なものだ。二人のデバイスは勿論「G84P」だが、恐らくチューニングとバリア・ジャケットアセンブリを施しているはずだ。

(クライス二尉、そっちはどうだい?)
(……私の方は問題ない。むしろ貴官の方が心配だ)
(ご心配ありがとう)
(いえいえ……)

 ヴィータ二尉と念話を交わし身構える。相手は先にセットアップを済ましており──砲塔と化した両腕、直線的な形状のコア、艦の様な形状の脚部、烏帽子の様な形状の頭部と円形の部品、そして背中の巨砲──まさか-雷電-を使ってくるとは。
体格と声から何となく、ある人物をイメージしていたが……

『クライス二尉、バリア・ジャケットを展開してください!』

 いかんいかん、ぼっとしてしまった。まぁ相手が-雷電-ならこちらの選ぶフォームは……TYPE-2だ。


──私の前には、“あの”エース・オブ・エースを墜とした彼がいる。あの日から私は彼との闘いを待ち望み、そして今それが叶ったのだ。新型デバイスを受領し機種転換訓練に勤しんだ私だが、相手はその新型デバイスの設計者だ。
果たして勝てるのだろうか? 否、今は勝敗など関係ない。全力で撃ち合うまでだ。

「陸戦教導隊ワサリア一佐、雷電だ」

士気を上げる為、私は名乗りを上げる。

「空戦教導隊ヴァイパー・ダッジ二等空尉、Gleditsia」

すると彼は名乗りを上げて返す。それと同時に彼を紺色の光が包みバリア・ジャケットを展開する。光が収まり、バリア・ジャケットを展開した彼の姿を見る。
白を基調としたカラーリングの装甲、角張った形状のまるで積木を組み合わせて製作したかの様な腕部に、参胴船の様な形状の胴体、戦車の様な形状の脚部、そして私の-雷電-と同じ烏帽子の様な形状の頭部……違うのは頭頂部にある部品の存在。
そして左肩の部分に浮かび上がるエンブレム。それを見て納得する。成程、頭頂部のあれは甲虫をイメージしたのか。
更に彼の周囲に武装が出現し、それらが装備されていく。右腕には大砲──私の背中の老神よりは小さい──が装備され、左前腕部に複数の砲身を束ねた──第97管理外世界のガトリング砲と言われる質量兵器だ──が装備され、背中にも左腕と同じ……いや、左腕より大きな口径になり、その分砲身数が減った物が二つ折りになって装備される。
あれが-Gleditsia-なのだろう。

「何故貴官はそれを選んだ? 高町一尉を墜とした時の様に、空中戦を展開すれば良いものを……」
「それは、私の一佐に対する敬意からです」

──ほう、私に対する敬意とは。108のギンガ・ナカジマ陸曹もそうだが、最近の若い局員は名前に「~さん」付けで呼ぶ。最近の出世頭たる八神二佐も彼と同じタイプの人間だ。案外、悪く見るものでもないな。
……まぁ、結局は私の拘りに過ぎんのだが。

「そろそろ、始めるとしよう……」
「ええ……」
「正面から行かせて貰おう。それしか能が無い──」


──マッハでボコボコにしてやんよ! 俺っちがハンマーを持った赤いゴスロリの女の子──ヴィータ二等空尉に言い放った台詞だ。
俺っちは何時もこの台詞を口癖に頑張り、そしてしっかりとその内容をこなす。それが俺っちのスタイルだ。てめえの発言を実行に移せない奴は笑われちまうか、嫌われちまうだろ? だから今回も俺っちはしっかりとこなす、そのはずなのに……

「ちょっ、待っ……」
「どうした、てめーの発言はハッタリか?」
「危なっ……」

……逆に攻められている始末だ。畜生。だけど俺っちは諦めねえ、俺っちは“Mr.ビッグマウス”だ。ワサリアのおっちゃんの相手の様な“Mr.ワーカホリック”たぁちげえ。
出来るビッグマウスってなあ大抵誰にも好かれる良い奴で、イカす奴で、カッコいい奴だ。俺っちはそういう奴に憧れてんだ。それにウチのカワイイワンコ共や、更にカワイイマイハニーが俺っちの活躍に期待している。だから負けらんねぇのさ。

「へっ、脇ががら空きだ! 行くぜサベージ!」

【アイアイサー!】

「──ちっ!」

 スニカがヴィータの隙を見付け、それを突く様に背中のランチャーから大量の誘導弾を発射する。それをヴィータは舌打ちしながら持っているアームド・デバイス、「鉄の伯爵」 グラーフアイゼンをバトン・トワリングの要領で振り回し、それらを弾き飛ばす。
それに驚いたスニカに生まれた隙を逃さず、カートリッジを1発ロードしグラーフアイゼンをラケーテン・フォームに変形させる。

「ラケーテン……ハンマァ────ッ!」
「ちょ、待っ……」
「ちょろちょろしてねーで大人しく食らいやがれぇ────っ!」
「だあっ! やっぱり俺がボコボコかぁ……」

 ヴィータのラケーテンハンマーをもろに食らい、行動不能に陥るスニカ。

(俺っち負けちまった、済まねぇハニー、そしてカワイイワンコ共……)

意識が朦朧とする中、彼は謝る。愛しのマイハニーと愛犬達に……


──一方、ヴァイパーは言えば……

「中々……やるではないか」
「一佐……こそっ!」

──むぅ、彼も私も疲弊している。互いに全身から火花を上げている位だ。かなり消耗していると見て間違いは無いだろう。私はまだ魔力弾を撃てるが、彼は既に撃ち尽くしたみたいだ。

(──このままなら私に勝機があるが……ぬぅ?!)

 彼は驚いた。-Gleditsia-が……ヴァイパーが……背中の装備を破棄し猛烈な急加速を以てこちらに突貫してきたのだ。彼はヴァイパーの急加速の正体を知っていた。
バリア・ジャケットの背面部に内蔵された緊急加速用大型ブースター、オーバード・ブースト。通称OBを起動させたのだと。
この猛突進を避けるだけの体力は、既に残っていない。だが、迎撃する事は出来る。そう思い両腕から魔力弾を撃ち出すも彼はそれを被弾しつつ強行突破。そして……

──ハッハー! まだまだ行けるぜメルツェェェェェル!!──

……そんな声が一瞬脳裏に聞こえ、その一瞬後に殴られたかの様な衝撃と共に激痛が襲い掛かった。見れば、バリア・ジャケットの胸部前面の装甲が完全に破壊されている。
そして正面には、破損したバリア・ジャケットを解除した彼が。

「……私の負けですね、一佐」
「いや、引き分けだろう。バリア・ジャケットの装甲を削りきるとは、この化物が……」
「化物なら、もっと安全な手をとりますよ」
「ははは……よく言うではないか。気に入った」
「気に入られて光栄です」

 私はこの男が気に入った。彼となら、上手くやって行けそうだ。親睦を深める為、私はある提案をした。彼はそれに大いに喜び賛同してくれた。

「ダッジ二尉、麺類は好きかね? 貴官さえ良ければこれから行こうと思うのだが」
「はい、喜んでご一緒させてもらいます。ワサリア一佐」
「ヴィータ二尉、貴官もいかがかな?」
「えっ……は、はい!」
 ワサリアとヴァイパーの間に信頼関係が生まれ、ヴィータを交えて三人で食べに行く事となった、その頃……

「ただいまー」
「お帰りなさい、ヴィヴィオちゃん」
「あれ? アイナさんなのはママは?」
「なのはママはお出かけするって言ってましたよ」
「ふーん……」
「大丈夫だヴィヴィオ、我もいる」
「ザフィーラ! ザフィーラだぁ……♪」

 ヴィヴィオが帰宅すると、彼女が大好きななのはママはいなかった。何でも外出したと言う。でも代わりにザフィーラが来ていて、更にフェイトママも帰ってくると聞いたヴィヴィオはそれほど悲しくはなかった。


「──大丈夫かなぁ、はやてちゃん」
「大丈夫やなのはちゃん。気にする事やないから」
「ならいいんだけど……」

 なのはちゃんは悩んでた。私が昼間通信したのも、相談が理由や。なのはちゃんの悩みは至極単純で、ヴィヴィオの育て方の事やった。私も、リインの事を育ててきたからその気持ちはわかる。
なのはちゃんの悩みも解決したみたいやし、うどんでも食べようか……

「──やて! はやてじゃないか!」
「おぉヴィータ! なんやこっちに来たんか? ほら、おいでおいで」
「うんっ!」

 私を呼ぶ声にふと振り向くとヴィータがいた。早速呼んで隣の席に着かせる。なのはちゃんもヴィータに気付き喜んでいる。

「ヴィータちゃん、今日は一人で?」
「いや、誘われてな。それで一緒に来たんだ」
「へえ、誰がヴィータを誘ったんや?」
「はやてのう・し・ろ」
「後ろ……?!」
「我々だよ、八神二佐」
「高町一尉じゃありませんか……」
「わ、ワサリア一佐ですか?!」
「ヴァイパーさんも……」

 ご一緒しても構わんかね? との声にはやて達はどうぞ、と譲る。彼らが席に着くと、ヴィータが料理を注文し、なのはがワサリアの巨体に驚き、ヴァイパーとはやてが挨拶を交わす。
彼女達の席は賑やかになり、ヴァイパーとワサリアの間に確固たる友情が生まれ、互いに呼び捨てで呼び合うまでになり、ヴィータがはやてに今日あった出来事を話しては、なのはがヴァイパーに何があったかを聞く。

そんな幸せな時間は、あっという間に過ぎて往くのが世の常で。五人はそれぞれ、帰る時間となった。なのは、はやて、ヴィータの三人は迎えに来たフェイトの車に乗り、ヴァイパーとワサリアはタクシーを拾って帰路に就いた。

なのはは明日からが忙しくなると思い、フェイトは帰ったらなのはに襲われないやしないかと内心怯え、はやては膝枕しているヴィータを見つつ、悩みを解決する手助けが出来て良かったと満足し、実は限界であったヴァイパーとワサリアは、自宅の玄関で眠りこけた。


……因みに、スニカはどうなんだと言えば、大好きな愛犬達と、ハニーに癒されていた。何だかんだ言っても、彼は幸せ者であった。




[14123] 男と料理
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:55
「──な、何だよアレ……」

 質量兵器対策班に書類を届けに来たヴィータは、その光景を見て手にしている書類を落としそうになった。
彼女の視界の中心──多数の空間モニターを見つつ複数のキーボードのキーを高速でタイプする男──ヴァイパー=D・クライスが。その光景にヴィータは動けなかった。
な、何だってんだよアレは。タイプ速度が早すぎる……あたしやなのはじゃあんなスピードは出せねぇ……クライス二尉は化けモンか?

「──ヴィータ二尉、そこでつっ立っとらんで仕事をしてくれ」
「は……はい!」

 班長に怒られ気を取り直したヴィータはヴァイパーの机まで行く。机に書類を乗せるついでに話し掛けると、「何かご用件でも?」と言われた。その言葉に感情は籠もっておらず、何処か機械的である。
ヴィータは「書類を届けに来た」と伝えると「了解」と短く返事し、それ以降は全く返事をしなくなった。
帰りの廊下にて、ヴィータは待ってくれていたなのはにある問いをした。

「なのは、クライス二尉は何時もああなのか?」
「仕事中はね。だがプライベートの時のあの人は違うよ」
「はぁ……」

 一体どうしたらああなるんだ……アレがMr.ワーカホリックか……ヴィータは只々驚くしかなかった。


──よし、次の奴は何だ……? 施設修繕と備品購入の予算申請? 許可。人事部から私の休暇申請? 却下。カートリッジ補充申請? 却下。医療機器の更新? 許可。
昼食代の請求? 却下。デバイス調整設備と治具の購入申請? 許可。人事部から私の休養申請? 断固却下だ。

 ヴァイパーは書類仕事に忙殺されていた。何故か二件ほど自身の休暇や休養申請書が混じっていたが、両方とも却下し更に書類を片付けていた。

──広報への要望書? 広報に回せ、ウチに回すな。ハラオウン執務官から自家用車の車検代の請求? 却下、私だってやりたい事だそれは。外泊代の請求? 隊長からだと? 却下だ。砂糖の購入予算申請? ふざけないでくれ。
廃棄物の処分費用の請求? 許可。人事部から有給休暇の申請? 却下だ……ん?

──り返します。ヴァイパー=ダッジ・クライス二等空尉、直ちに医務室まで出頭願います……

「──! 班長、医務室に出頭してきます」
「おう、行ってこい」
「はっ! では失礼します」

 ヴァイパーは席を立ち後にすると何なんだよ一体……と内心思いつつ医務室へと歩く。


「ヴァイパー=D・クライス二等空尉、只今出頭しました」

 しかし、医務室の中は無人だった。辺りを見渡すと、白くてもふもふした猫みたいな生物のぬいぐるみが、兎や狸のぬいぐるみと一緒にソファーに置いてあった。……見ていると癒される。

(母さんやハラオウン総務官ならうぉ──首輪付き────っ! 何て言いつつ抱きついたりするだろうな……)

 そう思いつつぬいぐるみに近付くと突然出現したバインドに四肢を固定される。迂闊だったか……と後悔するヴァイパーに背後から近寄る影。何時もならここで袖の下に隠し持っているデリンジャーが火を噴く所だが、今回は両腕をバインドで固定されている。
後ろに回し蹴りを浴びせたいところだが、生憎両脚も固定されている。更に質の悪い事に首筋に何かひやりとする物を押し付けられている。恐らくナイフ等の刃物か、アームド・デバイスだろう。

「そのまま目を閉じて両手を上げながら、こちらを向きなさい……」

 ドスが効いてはいるが若い女性の声……それも無理に出している様な感じだ。言われるがままに両手を上げつつ目を閉じて声の方に体を向く。

「そう……そのままよ……次は口を開けなさい……」

 声の指示に従い口を開けるヴァイパー。すると彼の口の中に熱いものが入ってくる。──どろどろしたナニカしらの液体とその直後に感じる甘味。……そして僅かな金属の味と食感──ソレを咀嚼せずに嚥下すると、熱いものは彼の口から抜かれ、再び入ってくる。
……どの位時間が経ったのだろうか。熱いものを入れては抜いてを幾度か繰り返し、彼は参っていた。

(いつまで繰り返すつもりだ……?)
「……もう、閉じてもいいわよ……美味しそう」

 声に従い口を閉じた彼の顔に、熱い吐息がかかる。声の主は相当興奮している様だ。また、声の主の目的を彼は理解した。相手は私にキスしようとしている。だが、そう易々とさせてたまるか。

「もはや言葉は……不要か」
「?!」

──敵影確認 接近中──

何故か頭の中で高町一尉の声で警告がされ、その瞬間思考が戦闘用にシフトする。

//////
┬─>敵影との距離……20
├┬>迎撃手段……該当1
│└>迎撃手段の詳細……頭突き
└─>迎撃開始──>次回行動選択予測開始の為バインドブレイク開始……
//////

「ドッスコイッ!」
「キャッ!」

 彼は力任せに頭を前に振るう。するとごつん。と鈍い音と共に頭に衝撃が響く。予想外の彼の反撃に声の主は驚き、怯んだようだ。しかし彼の反撃はまだ続く。

//////
─┬>バインドブレイク完了 敵個体1を確認
 └┬>敵個体名……シャマル
  └┬>追撃手段検索……該当2
   ├>手段1……デリンジャーで射撃
   └┬>手段2……左腕部で殴打
    └>手段2に決定 行動開始──行動変更 追撃中止
//////

「ドォ──リャァ────ッ!」
「!」

 彼は四肢を固定していたバインドをブレイクし、追撃として左ジャブを放つと見せ掛け、声の主──シャマルの腹部で寸止めする。頭を抱える彼女の姿を見て味方と確認し戦闘用の思考を停止する。

//////
─┬>追撃中止を確認 戦闘用思考停止を要請
 └─>戦闘用思考停止プロセス開始……
//////


──私は驚きました。私の作ったお粥を試食してしてもらおうと思ったから、名簿から無作為に彼を選んで呼び出しただけなのにやり方はアレだけどお粥を食べさせ終わった後、感想を聞こうと近寄ったら頭突きされていたんです。
更に痛みに頭を抱えてたら、私のお腹を殴ろうとしていました。でも、彼は相手が私である事に気が付いたみたいで、直前で止めてくれました。
……そして今、私達ははやてちゃんに叱られています。

「──ちゃんと聞いとるんか? シャマル?」
「はい、申し訳ありません。はやてちゃん……」
「申し訳ありません。で済んだら私はシャマルの事を叱っとらんよ? 大体シャマルもそうやけど、クライス二尉もクライス二尉や」
「はっ!」
「なんでシャマルがバインドかけて貴官を縛ったのはわからんけど、何も頭突きするのは無いと思いません?」
「申し開きありません! 八神二佐」

 まぁええわ、貴官のお陰で私の手伝っている部署も事務で助かっとるし。今回は不問にしたる。と彼女──最後の夜天の主こと、八神はやてはヴァイパーに今回の事は不問にすると言い渡した。
その後、シャマルを先に退室させ自分も退室しようとした矢先、はやてに呼び止められる。

「なぁクライス二尉……貴官はシャマルのお粥を食べて何ともならなかったんか?」
「いえ……特に何もありませんが。只、少し甘かったですね」
「そうか……」
「後、脳の負荷が減った様な気がしますね」

──脳の負荷が減った? ナニを言っているんだ彼は。彼の言葉を私は理解する事ができなかった。もしかして、彼の脳にはコンピュータでも入っとるんかな。だとしたら、彼は一体……あかん、SF映画の観過ぎやな。
彼は左腕が義手なだけで、それ以外は何もあらへん。普通の人間や。……彼が普通? 何だかわけがわからなくなってきた……助けてヴィータ……

「う~ん……」

──何やらうんうん唸る様になった八神二佐。何をそんなに考えているのかは知らないが、私は退室するとしよう。

 ヴァイパーはそう思いドアを開けて出ると、何故かシャマル以外の守護騎士達に囲まれてしまった。

「……無事だったか」
「貴官が無事で良かった……」
「クライス二尉、良く生きて還ってこれたな」
「?」

 あたし達は、頭に疑問符を浮かべている彼にシャマルの料理についてみっちり話をした。しかし彼はさほど驚かなかった。「確かに彼女のお粥は不味かったが、それを表に出す程での事では無いだろうに。皆大袈裟なんだよ」と彼は言っていた。
一体彼の神経はどうなっているんだ。シャマルと同類なのか? あたしはザフィーラとシグナムにこっそり聞いたが、寧ろ真逆で彼の料理は旨い方らしい。「流石になのはや、主はやての作る食事には勝てないが」とはシグナムの弁だ。

(初めて会った時から謎が多いクライス二尉だけど、益々謎が増えたな……)

ヴィータはただ、増えてゆくヴァイパーの謎に驚くしかなかった。


──嗚呼忙しい。全くシャマル医務官も面倒な事をしてくれる……ヴァイパーは片手で図面を書きつつ書類をひたすら片付けていた。

(それにしても……彼女のお粥は謎だ。味は確かに悪かったが、食べているうちに頭の負荷が減った気がする。これなら1週間で3ヶ月分の所を4ヶ月に伸ばせるな……)

 彼は気付いていた、自分がマトモではないと。疲れを感じず、痛みも感じず、代わりにそれらが皆脳の負荷となって襲ってくる。だから彼はひたすら徹夜を続け、いつ壊れるかわからない身体で……いや、既に色々と壊れている身体で只働き続ける。
認めたくない事実から逃げる為、職場で誰も助けてくれそうに無い為、陸の人間に申し訳が無い為。だから彼はひたすら徹夜を続け、周りから誤解を受けてもひたすら仕事をする。彼にはそれしか知らないから。
それを止めようとする者を返り討ちにしてまでも彼はひたすら働き続ける。故に彼は止まらない、止まれない。イカレている奴にブレーキなんて素敵な物は無いからだ。


……果たして、彼を止めてくれる人間は現れるのだろうか? それを知るのは、神のみぞ知る──


あとがき:やっと決まった……しかし、ネタの解説ページがいるかどうか気になる所



[14123] 男と石
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 03:59
──某月某日
1210時 時空管理局本局 遺失物保管所

「馬鹿な、足りないだと……?!」

 男は言う。整理作業中にあるモノが無い事に気が付いたのだ。男の所属は、遺失物管理部。ロストロギアと呼ばれる危険物品を管理する部署だ。
男が無いと言っているのは10年以上前に発掘され、当時は現地協力者に過ぎなかった少女……現在は空のエース・オブ・エースこと高町なのはとユーノ・スクライアの二人。
そしてリンディ・ハラオウン提督(当時)が艦長を務めたL級次元航行艦-アースラ-(現在では博物館化)の通信主任兼執務官補佐を務めたエイミィ・リミエッタ(当時)を初めとするアースラクルーの活躍によって解決された事件……P.T事件で争奪戦が繰り広げられたロストロギア、ジュエルシードである。
P.T事件で9個失われ、J.S事件で1個が盗まれ(事件解決後無事返還された)、残り12個のジュエルシードは本来ここにあるべきだ。しかし、それが10個しか無い。一体何処へ消えたのか? 皆目検討がつかない。

 とにかく、急いでこの事を報告せねば。男は上司──何時もは只の変態じじいだが──に報告しに駆け出した。


──2日後
時空管理局本局 執務官室

「何でジュエルシードが?」

──フェイト=T・ハラオウンは驚いた。まさか、三度アレに関わる事となろうとは。
10年以上前、私がプレシア母さんに頼まれ回収しに夜中の海鳴市中を駆け巡り、そして親友たる高町なのはに出会ったきっかけを生み出した、ロストロギア。
そしてJ.S事件でジェイル・スカリエッティが私に対するメッセージとしてガジェット・ドローンIII型に仕掛けられた、“願いが叶う”宝石。

「それで、場所は分かるのですか?」
『いや、それがどうもな……』
「……どうかしたんですか?」
『うむ……実は場所については既に分かっているのだ。しかし、肝心の場所が第97管理外世界なのだよ、ハラオウン執務官』
「──! まさかまた海鳴に……?」
『……そのまさかなのだよ』

 まさかまた海鳴とは。なのはかはやてなら……と思ったけど、別の部署だ。一体どうすれば……

『──執務官? ハラオウン執務官?』
「──はっ!」
『大丈夫かね? まあそれはともかく、貴官にはティアナ・ランスター執務官と2人で行動してもらう。何、楽な仕事だ。休暇と思って行くといい』
「──了解しました!」
『うむ。では、貴官の健闘を祈る』


──1週間後
1234時 海鳴市 翠屋

 そんなやり取りが一週間前にあり、今でも回収作業を続けていた。前回とは違い、ジュエルシードは発動しておらず封印状態を維持しており発見が困難だが、確保については容易であった。
これじゃ本当に休暇扱いですね。とティアナが零していた。確かにそうだけど、こんな任務はそう滅多にあるものでは無い。しかしながら、残りの一つが見付からない。市内にサーチャーを飛ばして調べてみたが反応が無い。
一体何処へ消えたのだろうか……? なのはの母親、高町桃子特製のチョコレートパフェ、“オペレーション・ビターチョコレート”を食べつつ、フェイトは考えていた。

「ティアナ、鼻にクリームが付いてるよ」
「あ……どうも」

 私はケーキを食べているティアナの鼻の頭にクリームが付いている事を指摘する。指摘され鼻を紙ナプキンで拭うティアナ。こうして見ていると、昔のキャロを見ているみたいで、何だか懐かしい。

「そろそろ仕事に戻ろうか」
「はい!」
「じゃあ、私がお会計済ませちゃうから」
「いえ、ここはあたしが……」

 大丈夫だよ。とフェイトは二人分の会計を払おうとするティアナを制止し、会計を済ませる。その際、桃子から気になる話を聞いた。
数ヶ月前の昼過ぎに男が入店して、会計を済ませて出ていった所を気付いたなのはが追い駆けたらしい。その事をなのはに聞いてみたが、はぐらかされてしまったらしい。男について心当たりがあるかと聞かれた。……多分、彼の事だろう。

「──多分、その男の人はなのはの仕事の同僚だと思います」
「ふうん……成る程ね。ありがとう、フェイトちゃん」

 何やら一緒に話を聞いていた士郎さんの表情の下に畏いものが一瞬見えたけど、多分気のせいだろう。

 ……結局今日も、ジュエルシードを見つける事が出来なかった。後一個なのに……フェイトさんの運転する車の中であたしはしょんぼりする。フェイトさんは明日から捜索範囲を広めてみよう。と言う。それもそうだけど、やっぱり見つからないのは嫌なものだ。
車はフェイトさんの実家に着き、あたしは車を降りて入り口で待機する。フェイトさんを待つ為だ。

「ごめん、待たせたね」
「いいえ、大丈夫ですよフェイトさん」

 そんなやり取りをしながら、あたし達は玄関のドアを開ける。アルフとシャーリーさんが迎えに来てくれた。リンディ統括官(未だに恐れ多くて役職名でお呼びしている)は調理中らしい。一体何を作っているんだろう……?


──同日
1935時 T県NS市 とある温泉施設

「──ふぅ。ここの温泉も悪くはないものだ」

 ヴァイパー=D・クライスは一人で温泉に入っていた。本来ならワサリア・ミフカタを連れて二人で温泉めぐりを満喫するはずだったが、彼の孫が遊びに来るらしく行けなくなったと言われた。
すまないな……と彼が自分に一言、謝っていたのを覚えている。

「それにしても、あれから30年以上経ったのか……早いものだ」

 天を仰ぎつつ、彼は呟く。30年以上経っても、未だに認めたくない事実。生前の家族が記憶の中にしかいない事と、生前の世界とは違うと言う事。生前の世界には海鳴市は無く、海鳴市の座標にあるのは関東地方の名の知られていない町の一つに過ぎなかったからだ。
既に色々壊れつつある彼の身体は、温泉を数少ない癒しの一つとして求めていた。彼自身温泉は好きな方だし、それを拒む理由は無い。只々温泉に浸かりつつ、彼は壊れている場所を治療しようとしていた。
謂わば温泉療法だ。海鳴市にも温泉があるらしいが、ここや以前入った温泉には劣ると考えていた。

「……身体でも、洗いますかね」

 浴槽から上がった彼は洗い場へと脚を運ぶ。シャワーで髪を濡らし、備え付けのリンスインシャンプーでごしごしと洗う。リンスインシャンプーにはメンソールの様な強烈な清涼剤が入っており、彼の頭をすぅ、と冷やす。
その爽快感に彼は内心ほくそ笑みつつ髪を洗い流すと、ボディソープをタオルに取りごしごしと泡立てる。左腕で身体の隅々を擦り、シャワーで泡を洗い落とす。
身体を洗い終わった彼は、露天風呂へ向かう。露天風呂は誰もおらず、貸し切り状態であった。湯船に浸かる彼の表情は、何処か気持ち良さそうだった。


──2003時
海鳴市 ハラオウン家のリビング

 あたしがシャワーを浴び終え着替えてリビングへ向かうと、シャク、シャク。ナニカを咀嚼する音が聞こえてくる。ドアを開けるとフェイトさんが皆に林檎の皮を剥いていた。

「ティアナも林檎食べる?」
「あ、はい。いただきます」

 シャク、シャク。皮を剥き終わり、貰った林檎を一切れ口に含むと、口の中に瑞々しさと甘味、そして僅かな酸味が、あたしの舌を襲う。これには顔を笑顔に崩さざるをえない。

「どうだ、甘いだろー? あたしが選んできたんだ」

 林檎はどうもアルフが選んできた物らしい。林檎をよく見てみると成る程確かに甘い。林檎の一切れ一切れに、黄色く半透明な部分がある。蜜の溜まり場だ。それが、物凄く多い事からこれはかなりいい林檎だろう。
シャクシャクと兎の様に林檎を食べていると、シャーリーさんが駆け込んできた。その表情は真剣だ。

「ジュエルシードの反応を感知しました!」
「何ですって? 場所は?」
「目標、海鳴市より1時方向! 距離400キロです!」
「400キロ?! 明らかに隣県じゃないか!」 

 偶々帰宅していたクロノ提督が言う。普段は次元航行艦隊、XV級次元航行艦-エスティア-のベッドか本局の仮眠室で睡眠をとる事が多い彼だが、たまにはこちらの実家に戻っては奥さんや子供達と顔を会わせたりしている。
まぁそれは置いといて、問題は400キロと言う距離だ。この距離だとフェイトさんぐらいの速さでなければ時間がかかる。転送ポートで近くまで転送が可能な為、行く事“だけ”は問題ない。しかし、帰りは大変なのだ。

「状況は?」

転送ポートを経由し現地へと向かう傍ら、長距離念話をかける。無論脚は止めずにだ。

『待って下さい……ジュエルシード暴走体と交戦中の個体を確認! 総数1!』
「詳細データは?」
『魔力保有量以外不明……魔力保有量推定11万です!』
「11万……? 少ないわね。急がないと!」

あたしは急いでいる脚を更に急がせる。結界を展開する為遅れてくるフェイトさんの為にも、応戦している誰かの為にも。

──2015時
T県NS市 温泉施設近くの山中

「──ちっ!」

 ヴァイパーは舌打ちし魔力弾を避ける。彼の相手は、漆黒の機体。自身が展開中のバリア・ジャケット ゙TYPE-4 Kerberos゙と酷似した頭部と脚部、そして直線的な形状の腕とコア。
右腕に銃みたいな物と、左前腕にナンラカの機械。そして両肩に装備された巨大な大砲が彼を付け狙い、頭部のカメラ・アイからは紅い光が彼を睨む。
対する彼は右腕に赤い銃を持ち、左腕のストレージ・デバイス「WL14LB-ELF2」を構える。相手の大砲をどうにかせねばならない。゙TYPE-2゙なら避けるまでも無いが、今回は機動戦に持ち込むしかない。
魔力弾を避けつつ、右腕の銃──「WR04M-PIXIE2」のトリガーを引く。スリー・バーストならぬテン・バーストで撃つ事が出来るこの銃型ストレージ・デバイスは、フルオート射撃が出来ない為弾幕形成には向かないものの、装弾数の高さに定評があった。
それを相手はブースト・ダッシュを模した動きで右に避けつつ両肩の「CR-WB78GL」に酷似した大砲を放つ。それをゆらりゆらりと躱し肉薄。左腕の「WL14LB-ELF2」が形成する紅い刀身を逆袈裟に切り上げる。
その長い刀身が相手を切り裂こうとした時、相手は右腕の銃らしき物を発砲。当然避けようが無く、左肩に被弾するも怯む事なく彼はブースターを吹かし魔力刃での斬撃から自身の質量による体当たりへと繋げる。
体当たりをもろに食らった相手は後ろへと吹っ飛び、彼はそこから距離を取る様にしてPIXIE2を乱射しつつ、後ろへと下がる。


(──埒が、あかんな……)

 後ろへと後退しながら、私は考える。10分前に温泉から上がって夜空を眺めていたら、何やら光が見えたので警戒しつつ向かったらこの様だ。
このデュアルフェイ……いや、-ピンチベック擬き-か? は動きがすばしっこい。お陰で出くわした時に2発脇腹に貰った。痛みは何時もの様に感じはしない。だが、少なからず出血したみたいで意識が朦朧としてくる。

(いかん、像がぼやけてマトモに見えない……戦略的撤退しか無いな……全、く……ダメ、だ。思kouに……まデ、エイ響……しteきタ──)

 ヴァイパーは自身の視界がぼやけ、身体中の力が抜ける様な感覚と共にその場に擱坐してしまう。立ち直った-ピッチベック擬き-がそれを見逃す筈が無く、即座に両肩の大砲を発砲。もろに食らった彼を吹き飛ばし、近くの木に叩きつける。
追い討ちにと第二射を放とうとした矢先、コア背面部に衝撃。何事かと振り返ろうとした矢先に頭部に被弾し爆ぜる。

「遅かった……?」
【いえ かなり危うい所ですが生きてはいる様です 主】

 ティアナ・ランスターは先程まで戦っていた誰かを吹っ飛ばした漆黒の機械……-ピンチベック擬き-を捕捉。
これを敵と見なし即座にインテリジェント・デバイス、「XC-03 クロスミラージュ」を発砲、頭部を失ったせいか敵の位置を見失った様な動きを見せる-ピンチベック擬き-に対し、脚を止めずに回り込む。
接近するティアナに気が付いたのか-ピンチベック擬き-は右腕の銃らしき物で迎撃する。

【主 被弾に注意して下さい】
「わかってる!」

 飛び交う魔力弾を避けつつ周辺の魔力素を密かに、確実に、掻き集めてゆく。時間を稼ぐ為に。相手はこちらの意図に気が付いていない。ならば尚更好都合だ。
相手はちっとも当たらない事に業を煮やしたのか、急加速して接近。左腕──「CR-WL88LB3」に似たナニカ──から橙色の短い光が出現。
ティアナはその場を動かずに、両手のクロスミラージュを前に構える。クロスミラージュの先端に魔力素が満ち、スフィアを2つ形成する。
-ピンチベック擬き-はそのまま左腕を振りかぶり、ティアナを斬る。しかし、彼女の表情は笑顔であった。そう、まるで「まんまとかかってくれたわね。騙して悪いけど……」と言っている様だ。

「?!」

 彼女の笑顔の正体に、気が付く首無しの機械。そう、彼が斬り捨てたと思っていたのはティアナではなく、只の幻影だったのだ。気が付けば多数の幻影に囲まれ、本体の位置が分からない。

「──!!」

──分からないのであるならば、全て消し飛ばせば良い。そう彼は判断し、両肩の大砲を展開。無差別砲撃を開始し始めた。

「──まんまとかかってくれるとは、おめでたい奴ね」
【確かにその通りです 主】
「さあっ、負傷者を助けに行くわよ!」
【了解です 主】

ティアナが-ピンチベック擬き-を巧く騙した一方、ヴァイパーは……


//////
─┬>バリア・ジャケットダメージ90%オーバー 意識維持困難
 └─>状況打破策検索開始──該当1

─┬>状況打破策……脳内BGM 「Metal Fighter」 「兄貴と私」 「The Justice Ray」 の何れかの再生による意識覚醒
 └─>実行許可 脳内BGM 「Metal Fighter」 再生開始──
//////

──ギターの音が、脳内で徐々に大きくなってくる。何処か、懐かしいその音は段々よく分からない音声と他の楽器達の音が交ざって、音楽となり、私の脳内でBGMとなっていく。それと同時に私の視界もはっきりしてくる。

「──大丈夫ですか?」
「……うむ……ぅ……?」

 視界がはっきりしてくると、目の前には女性の顔が。茶髪を短いツインテールにした彼女が、私を揺り起こしていた様だ。

「良かった……無事みたいね。さぁ、一気に方を付けるわよ!」
【勿論です 主】

 彼女がデバイスとやり取りをしている間に私の心はあるもので充たされつつあった。駄目だ、もう止められない……

「貴方はここで休んでいて「その必要は無い!」……へ?」

 怒鳴る様にしてティアナの制止に反論するヴァイパー。しかし今の彼はヴァイパー=D・クライスであって、ヴァイパー=D・クライスでは無い。
では今の彼は何者か? 答えは酔っ払った高町なのはがフェイト=T・ハラオウンを色々な意味で襲う理由や、某国の最高権力者が色々と素敵な御方であるぐらい簡単なのだ。
今彼の脳内で再生されているBGM──「Metal Fighter」は彼が最も好きな自身のテーマ・ソングに相応しい曲であり、大統領な曲だ。そして彼の心に充ち充ちた魂の正体とは……アメリカ合衆国大統領魂!
そう、今の彼は時空管理局本局航空戦技教導隊員のヴァイパー=D・クライスではない! アメリカ合衆国大統領魂を信ずる男、ヴァイパー=D・クライスなのだ!

「Because I am a President of This! Great! United! States! of America!!!」
【The start code is confirmed. The President mode is started!】

 立ち上がった彼は起動コードを宣言すると、その全身を藍色の光が包む。光が止むと、そこには装甲に包まれた巨人がいた。特徴的なカメラ・アイに藍色を主体としたカラーリング。
背部には多角形のコンテナが2つ装備され、コンテナにはアメリカの国鳥たるハクトウワシが塗装されている。
その変貌ぶりにティアナは只呆れるしかなく、クロスミラージュもまた、沈黙せざるをえなかった。

「大丈夫かね?」
「……大丈夫です。多分」
「さぁパーティーの始まりだ! Let's partyyy!!」

 ヴァイパーはコンテナからマジック・ガトリングガンを取出しながらそう言い-ピンチベック擬き-目がけて駆け出す。向こうも彼を認識し両肩のグレネードを撃ち出すも、両手のガトリングで撃ち落とされる。

「───!!!」

後ろに続くティアナがヴァリアブル・シュートを放ち相手にダメージを与える。左腕の魔力刃で接近してきたヴァイパーに切り掛かろうとするが、逆にその腕を捕まれる。

「───?!」
「Yeah!」

 左腕を掴んだままぐるんぐるんと回転し始めるヴァイパー。まるでハンマー投げの選手の様にジャイアントスイングする。それをティアナは安全な場所で見つつ周辺の魔力素をチャージ。
恩師に教わった収束型砲撃術式、スターライト・ブレイカーの発射準備を着々と進める。

「これが……“大統領魂”だぁ────っ!」

ヴァイパーが-ピンチベック擬き-から手を離し、投げ飛ばした先はスターライト・ブレイカーの射線上。

「スターライトォ…………ブレイカァ──────ッ!」

 そしてティアナがトリガー・ワードを言い、クロスミラージュの先端のスフィアから膨大な量の魔力流が放出される。
魔力流はしっかりと目標を捉えて飲み込み、装甲を爆発と共に打ち砕く。その光景は、正にきらきらと輝く星の光である。
フェイトが到着した頃にはジュエルシードは鎮静化しており、これをすぐに封印。事件は解決へと向かい始めていた。

──2038時
T県NS市 温泉施設近くの山中

「──!」
「大丈夫……って、何この傷!」

バリア・ジャケットを解除したヴァイパーはその場に倒れこむ。ティアナが傷口を覗くと、酷い出血であった。

「なに、ちょっと無茶をしただけ……です」
「ちょっとって……?! 明らかに病院に行かなきゃ不味いじゃない!」
「確かにこれは不味いね。だけど、どうしたらいいか……」

 細かい傷に治癒魔法による手当てを施すフェイトも、解決策が見つからず悩んでいた。しかし世の中上手くいく時もあるもので。

『何々……って、大丈夫?!』
「あ、エイミィ……お願いしたいんだけど……転送出来る?」

偶々シャーリーとの通信に割って入ってきたエイミィに頼み事をするフェイト。すると……

『ふふふ……このエイミィ・ハラオウンを舐めて貰っちゃあ困りますねぇ。出来ますよぉ、何処でも!』

 エイミィは何処かの犬好きが言いそうな大口を叩くと、目にも留まらぬ早さでキーボードをタイプし始める。ヴァイパーに視線を戻すと、彼は上半身裸になり傷口に熱したナイフを突き付けようとしていた。

「な、何をする気?」
「何って……止血ですよ」

 そう言うと彼は傷口にナイフを押し当てる。辺りに肉が焦げる匂いと煙が上がるものの、彼の表情には一切変化が無い。ティアナはその光景を直視する事が出来ず、見ていたフェイトも僅かに動揺していた。

「私はこの程度の傷で病院の世話にはなりませんよ。それと今の止血方法は本来、医者がやる事なんですがね」

ナイフを押し当てた跡を見てみると、成る程確かに止血されている。それを何回か繰り返し、傷口に包帯を巻く。

『転送出来ますよ! それっ!』

エイミィが作業を完了させたらしく、真剣な表情で皆に呼び掛ける。それと同時に辺りの風景が移り変わり、気が付けばハラオウン家のリビングにいた。
無事終わった事に安堵するフェイト達だが、ヴァイパーはその場でよろける。それに気が付いたリンディが支えながら話し掛ける。

「大丈夫、ヴァイパー君?」
「何とかですね……リンディさん」

 リンディとヴァイパーが親しげに話す光景を見たフェイトは驚く。何で義母さんと彼は互いに知り合っているのか? まさか、以前から付き合っている? まさかね……

「……テスタロッサ執務官殿、何か疑問の様ですが……」
「ええ、いや、その……」
「大丈夫よフェイト、ヴァイパー君のお母さんには何時もお世話になっているの。だから、貴女が思っている様な関係ではないわ」

 義母に考えていた事を見抜かれ驚くフェイト。そんな彼女を無視し、ヴァイパーとリンディは笑顔で話を続ける。そのまま何時までも話していそうな雰囲気の中、クロノがわざとらしく咳払いをし二人に割って入る。

「……ダッジ、君はまず傷の手当てをした方が良いんじゃないか?」
「む……忘れていた」
「確かにそうね」

 はぁ。と溜息をつき、廊下へのドアに立ち手招きするクロノ。ヴァイパーは彼が言わんとしている事の意味を察し、彼の元へ向かう。

「母さん、ちょっとダッジとシャワー浴びてくる」
「ええ、いってらっしゃい」

 二人がシャワールームへと行くのを見たフェイトとティアナは疑問に思う。手当てをするのに何故シャワールームへ? と。
二人の疑問にリンディは呟く、「女の事の中には男では理解できないものもあるけど、その逆もあるのよ……」と。

──2105時
海鳴市 ハラオウン家のシャワールーム

「──Amen amen. gospel, amen...」
「その歌好きだよな、ダッジは」
「当たり前さクロノ。これはいい曲だからな」

 シャワールームで二人は談笑していた。ヴァイパーは浴槽に浸かり、クロノはシャワーを浴びつつ話す。
片や三十路を過ぎた隻腕の中年の男、片や妻子持ちの二十代後半の男なのに、二人はまるで少年の様に無邪気だ。
そもそも二人の親しげな仲は二人の親が仲良しである事が原因であった。ついこの間もヴァイパーの母の家に遊びに行った程。
最もヴァイパーの母、コルト・ダッジは海鳴に来た事は無いが、昔はレティと三人で呑みあった仲だそうだ。
母親が仲良しであれば、その息子達も同じく仲良くなってしまうのもある意味当然かもしれない。


「──キャンセルされてしまったし、どうしたものかね。コレ?」
「? どうしたんだ、そのチケット」

 風呂から上がったヴァイパーが手にしているチケット──NS市の温泉無料入浴券──に興味を持ったクロノ。
ヴァイパーが温泉の無料入浴券だと説明すると、是非とも譲ってくれとの事。当然ながら彼にそれを断る理由は無く、「愉しんでいけよ」と笑顔で譲った。


──二日後
時空管理局本局 人事部オフィス


「何で俺が……!」

男の前には二人の女性が。

「フェイト=T・ハラオウン執務官です」
「同じく、ティアナ・ランスター執務官です。今回、貴方には遺失物流出の容疑者として我々とご同行願います」

そう、この二人だ。

「じょ、冗談じゃ……! おい誰か助けてくれっ!」
「助けるつもり等元より無い……大人しく捕まるんだな」

助けを求めようとした彼だが、ばっさりと切り捨てられてしまう。二人の麗人に連れられ、彼はオフィスを去っていった……



[14123] 男と事件
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 04:07
「──昇進、ですか?」

 ヴァイパー=D・クライスは自宅のリビングで疑問の声を上げた。何故今更昇進の辞令が下ったのか。
公開模擬戦で高町一尉を墜とした事だろうか? それともこの間の教導隊隊別対抗模擬戦で判定勝ちをした事だろうか? はたまた、-ピンチベック擬き-を足止めした件だろうか?
どれにしても、理由としては不十分だ。そう思いつつ隊長の話を聞く。

「貴官の昇進の理由だが、先日の事故に巻き込まれていたのだよ」
「事故、ですか?」
「そうだ。規模は小さいが、重大な事故に貴官は巻き込まれた」

 成る程、と頷きつつテーブルの清涼飲料水が入ったコップを手に取り口を着ける。ごく、ごく、と液体がゆっくりと喉を通る音が聞こえ、ヴァイパーは自身の喉を潤した。
コップをテーブルに戻すと、隊長は話を続ける。あの時の相手だが、実はロストロギア・ジュエルシードの暴走体だったそうで、人事部の男がわざと第97管理外世界──地球の極東──日本に無作為に投下したというのだ。
ヴァイパーは人事部と言う言葉に眉をぴくり、と動かした。人事部の連中は自分が言いなりにならないからと消しに来たとみたのだ。おのれ連中め……そう悪態を付きつつ、話を聞いていると。

「──悪いニュースを伝えよう。実は貴官が入院している間に、質量兵器対策班の方に査察部による緊急査察が入り、その結果急遽再編される事となったのだ」
「なんですって……本当ですか、隊長?」
「本当だ。そこで貴官には捜査協力に行ってもらう事になった」
「捜査協力?」

 疑問符を上げるヴァイパーに隊長は言う、「貴官には陸の部隊に二ヶ月の間捜査に協力してやってくれ」と。
まだ内容が……と問い詰める彼から逃げる様に通信は切れた。
 一体どういう事だろうか? 陸にはミフカタとザフィーラがいる。恐らくどちらかが私に用があるに違いないだろう。
仕方ない……と思いつつ身支度を始める。捜査協力は明日からだと言うのだ。検査入院中は何も連絡を寄越さなかった事から、何かしらの妨害にあっていたのだろう。
身支度を終えたヴァイパーは仮眠を採ることにした。ミュージックコンポのボタンを押し、音楽を掛ける。ミュージックコンポの画面には「Evening Mist」と表示されており、その表示を見てにやりと笑いながらソファーに横になった。
 数時間後、ヴァイパーは地上本部の地下駐車場で夜食を採っていた。入院中に名前も知らない誰かから送られてきた饅頭を一つ手に取り、口に含む。
饅頭の形はどう見ても輪環な企業の自信作のそれで、中には餡子がたっぷりと詰まっていた。餡子の甘味を堪能しながら、ペットボトルのお茶を飲む。
しばらくして饅頭を食べ終え、口内に残った餡子をお茶で流し込むと、車を降りドアに鍵を掛ける。
鍵を掛けると今度は右腕の時計を見る。時計は朝4時半を示し、丁度夜勤明けの局員が早番の局員と交代する時間帯である。
ゆっくりと歩いて地下駐車場を後にし、入り口前の広場で朝日を眺める。クラナガンは今日も朝日が綺麗で、それを眺める彼の脳にあるBGMを再生させる。

//////

─┬>脳内BGM再生 「The Encounter World」
 └─>「The Encounter World」 再生開始──

//////

 とても爽やかな曲を脳内で再生しながら私は受付へと歩く。何故か受付嬢が私の顔を見て、怖いものを見たかの様な表情をしているが、そこは無視だ。
近くの椅子に座り、誰かが迎えに来るまで待たせてもらうことにした……


──俺は待ち合わせ場所で椅子に座る彼を見つけると、急いで迎えに行く。隣にいたギンガも、彼に気付いたのか付いてくる。
彼は誰かが来るまで椅子でリラックスしている様だった。しかし、俺を見てその場に立ち姿勢を正し敬礼をする。

「地上警備隊第108部隊、ゲンヤ・ナカジマ三佐だ」「同じく108隊、ギンガ・ナカジマ捜査官です」
「本局航空戦技教導隊質量兵器対策班、ヴァイパー=D・クライス一等空尉であります」
「貴官の働きはよく聞いているよ、宜しく頼む」
「はっ!」

 挨拶の感じから、伊達に“Mr.ワーカホリック”の称号を戴いている訳では無さそうだ。これは期待できる人間だぞ……

そんな事を思いつつ、ゲンヤとヴァイパー、ギンガの三人はエレベーターに乗り込み、大会議室へと向かう。捜査協力の内容を聞き損ねたヴァイパーは、何やら大事かと思いつつギンガの説明を聞いていた。

「まず、今回の事件の経緯を説明します。三日前、遺失物流出の容疑で留置場へ連行されたアウストラ・キファ容疑者が殺害されました。現場には携行型実弾兵器の薬莢らしき物が落ちており、犯人は未だ不明です。そこで一尉には薬莢の調査と二ヶ月の間、捜査協力をお願いしたいのです」
「了解したが……陸の対策班にも人員がいたと思うんだがね、ナカジマ捜査官?」
「その件ですが、実は一度ワサリア・ミフカタ一佐と話をしました。一佐曰く自身では分からないそうで、一尉の意見が聞きたいそうです」
「成る程……」

 ミフカタが分からないという事は大方、地球製の拳銃だろう。そんな事を考えていたらエレベーターが止まりドアが開く。
そのままナカジマ三佐の後に付いていく様にして廊下を歩く。しばらく歩いていくと、大きな扉の前で足を止める。
どうやら大会議室の前に着いたようだ。三佐はドアを三回ノックし入室する。私と捜査官も後に続き入室する。

 ……どうやら三人程先客がいた様だ。その巨体と髭面──ミフカタと、ストレートの金髪と紅いルビーの様な瞳……ハラオウン執務官、そして褐色の肌と白髪の男。そう、ザフィーラだ。

「ヴァイパー、よく来てくれた……」「怪我の方は大丈夫ですか?」「……来たか」

 三人がそれぞれ私に挨拶を送り、私はそれに短く返事し席に着く。全員が着席すると、ナカジマ捜査官が会議室の照明を落とし、空間モニターに現場の写真を投影する。
映像中央には血溜まりが映っており、壁にも血が付着している。更に壁の中央部分には大きめの弾痕が付いている。見た感じ、かなり大きそうだ。

「これが、現場より採取された薬莢です」

ナカジマ捜査官から薬莢が入った袋を渡される。手に取って見てみれば……

 袋の中身を見て硬直するヴァイパー。どうしたんだとザフィーラ達が問うも、ただ身体をわなわなと震わせるだけである。やがて、口を開き始めた。

「使用弾薬は拳銃弾どころか、銃弾ですらない……」
「銃弾で無い、と言いますと?」
「ワサリア一佐、ここ最近“陸”に25mm機関砲か、或いは対物狙撃銃が密輸された事案はありますか?」
「そんな物が入ったという情報は無いが……まさか25mm砲弾だと言うのかね?」
「そのまさかですよ、一佐」

 25mm砲弾……? 一体どの程度の破壊力があるのだろうか。生憎ながら私が現場で遭遇したのは9mmの拳銃弾や5.56mmのライフル弾しか無く、25mmと言う大口径弾と遭遇した事が無い。
25mm砲弾は主に第97管理外世界……我が家の御先祖様の出身たる地球で機関砲の弾として生産されているそうだ。
更にその上に30mm、40mm砲弾が有ると言う。一体あの世界はいくつ作るのだろうか? 魔法の概念が無い世界とはいえ、疑問に思う。恐らく地球で生活していなければ理由なんて分からないだろう。
うちの部隊でも装甲車──主に指揮車としか運用していないが、25mm砲なんて物は搭載していない。……いけない、話が脱線してしまった。
とにかく、私のバリア・ジャケットを25mm砲弾は貫通してしまうのだろうか? 常人ならいざ知らず、戦闘機人に効果はあるのだろうか?

 気が付けば、会議は終わりそれぞれ部屋を退出していた。今日は会議だけで、捜査の方は明日からとなる。暇を持て余した私は、フェイトさんと一緒に行動することにした。

──ナカジマ三佐がギンガと一緒に連れてきた人影に、私は驚いた。何で、何で一昨日まで入院していたのに彼が、ヴァイパーさんがこちらに来ているの? そう思いつつ大会議室を後にすると、廊下で彼は誰かと通話していた。
私はギンガと一緒に物陰で通話が終わるのを待つ傍ら、そっと覗き込む。

「──わかった、こっちで用意しておくよ」
『────』
「わかってるって、それじゃまた」

 彼は通話を終えると、こちらを振り向き構えている。明らかに警戒しているようだ。私達は彼の警戒を解く為通路から身を出す。

「……お二人でしたか」
「何時も思うのですが、何故そんなに警戒しているのですか?」
「何分、昔からの癖でしてね」
「はぁ……」

 クライス一尉はフェイトさんに何の用件かを聞く。フェイトさんは何故ここに来たかを聞きたかったらしく、その事情を聞いて呆れていた。
何でも、上司に2ヶ月の間こっちで頑張ってほしいと言われたのだとか。全くはた迷惑な上司だが、彼は嫌な顔を全くせずに受けたそうだ。
流石“Mr.ワーカホリック”と言われる事だけはある。噂では、なのはさんが公開模擬戦で彼を相手にしたのは彼が働き過ぎだから。と聞いたけど、あながち嘘ではないかもしれない。
そんな彼にも噂があった。彼のデバイスは凄く重いと言う噂と、彼は私やスバルみたいに4、5日は寝なくとも仕事が出来ると言う噂。そして実は私や妹達と同じ戦闘機人ではないか? と言う噂だ。真偽を確かめるべく、聞いてみるとしよう。

「クライス一尉、一尉にお訊きしたい事があります」
「何かな、ナカジマ捜査官」

 私が噂の事について幾つか質問すると、はぁ。と一尉は溜息をつき「殆ど事実だが……そんな事を聞いてどうする?」と言う。私は「幾つか一尉の噂を聞き、その事で気になってましてて……」と返す。
更に気になった事がある。彼の右腕の袖の中に何か拳銃らしき物を見つけたのだ。恐らくデバイス登録しているだろうが、気になって仕方ない。

「クライス一尉、右袖の中に何を──?!」
「コレだが?」

 そう言って彼は私の腹部にひやりとするモノを突き付ける。その声色は苛ついている様だった。直後にフェイトさんが「まぁまぁ……」と割って入ったから良かったものの、下手をすれば撃たれてもおかしくなかった。
……彼が“Mr.ワーカホリック”と呼ばれる前は一体どんな事をしてきたのだろうか? 少なくとも言える事、それは……彼はドウカシテイルかもしれない事だ。と言っても、まだ決め付けるには早いけど。

──気が付けば私はナカジマ捜査官の腹部にデリンジャーを突き付けていた。質問攻めにあっていささか苛ついていたとは言え、流石に不味い事だ。これから気を付けねば。そんな事を考えつつ、地下駐車場を歩く。


「──♪」

 車を運転しながら私は歌う、“汚染患者”必聴の歌を。嗚呼、いつ歌ってもいい歌だ。歌う傍らシフト・レバーを手前に1回引き、アクセルを開けてエンジンを唸らせる。
8.0リッターの排気量は伊達ではなく、そこから生み出される膨大な出力を枚数を増やして滑らない様に強化されたクラッチと、最高速用にギア比を調整されたミッションが変速して、車は後輪から白煙を上げつつ加速して行く。
適当にクラナガン市内を流していると、目の前に黒いスポーツカーが見えてきた。スポーツカーの前は信号で、赤信号である。

三車線の幹線道路の為、隣に車を止める。すると向こうの車に見覚えのある顔が……


 バックミラーに見覚えのある車が見えた時、私は戦慄した。
彼……ヴァイパー=D・クライス一等空尉の駆る──濃紺のカラーリングに黒のストライプが2本車体前部からボンネット、屋根、そして車体後部へと続いている車──なのは曰く、“彼と同じ名を持つ車”ダッジ・ヴァイパーが隣の車線へと一時停止した。

「フェイトさん、あの車って……ミッドじゃ見ない車ですね」

 助手席にいたギンガが彼の車を指差し、私に問う。

「そうだねギンガ、あの車は地球製の車だよ」
「へぇ……」


 運転席側の窓から、私は彼の車を見つめる。流線形のボディがとても綺麗だ。あんな車が地球にはあるのかと思うと、少し羨ましくなる。私も車を運転する機会はあるが、車にあまり拘りがなかった。
しかしあの車の排気音は外見とは裏腹にうるさい音で、車に詳しくない為余り言える事は無いが、車検に通っているのか? と疑いたくなる位だ。
フェイトさんは何故か、シフト・レバーを操作しギアを一速に入れ、クラッチ・ペダルを踏んでクラッチを切り、アクセルを吹かしている。
デジタル・タコメーターの目盛りの色と数が普段のアンバーからレッドの部分まで、増えては消えてを繰り返している。それに同調するかの様に車のエンジンが唸り始める。

「……ギンガ、しっかり捕まってて!」
「は、はい!」

 フェイトさんの剣幕に気圧され、私は咄嗟に手摺りを掴む。これから何かが始まりそうだ……!

(ブリッツキャリバー、どうしてこうなったか分かる?)
【……貴女が思考している最中に 車両の運転者とフェイト執務官との間に何らかの勝負事が発生した様です】

 勝負事って……まさかレース?! 幾ら何でもあの車がフェイトさんの車に勝てるはずが無い! そう思いつつ、信号は青に変わる。
その直後、強烈なGが私の身体をシートに押し付ける。Gに耐えつつ、隣のフェイトさんの方を見やると……耳をつんざきそうな爆音が鳴り響き、脇から濃紺の車が追い越して行く。
馬鹿な、あり得ない。フェイトさんの車はミッドチルダ随一の加速を誇る事で有名だ。その筈なのに、彼の車はいとも容易く追い越して行ったのだ。

一体地球の車はどうなっているの? 今度、妹に会った時に地球の車の事を聞いてみよう……とギンガは思うのであった。


──好調だ。流石私と同じ“毒蛇”ヴァイパーの名を持つだけはある。

 そんな事をヴァイパーは内心思いつつシフト・レバーをガコン、と手前に1回引く。ダッシュボードに取り付けたHUD(ヘッドアップ・ディスプレイ)が現在選択中のギアは3速であると伝え、速度は140km/hを超えている。
バックミラーには、黒いスポーツカー。彼女……フェイト=テスタロッサ・ハラオウン執務官が駆る車だ。速度としては、推定135km/hと言ったところだろう。
音楽を掛けないのも難なので、掛けることにしよう。私はシフト・レバーを掴んでいた右手を離し、音楽プレイヤーのボタンをカチカチと押す。

(……「Autobann」は駄目だ、気分的に合わない。「Blind Alley」も良いが──チッ!)
(お先に……!)

 突如入った念話と共に自身の車を抜き去って行くスポーツカー。油断していたか……スポーツカーを見て内心舌打ちし、ランダム選曲のボタンを押して操作を中断、シフト・レバーを手前に引き4速にギア・チェンジする。

「I warn go fall down...」

 ランダム選曲に設定した音楽プレイヤーからある曲が流れ始める……ギターの旋律が、何処か荒野を思わせる曲だ。
その曲は私の心を揺さ振り、またやる気を引き立てる。相手との距離は、約21m。ペダルを踏み込み更に加速、スピード・メーターが240km/hを超えた事を知らせる。
そのまま彼女の車を抜きバックミラーから姿を消す。シーケンシャル・ミッションに積み替えて正解だった。普段の運転には使い勝手が悪いモノだが、こうした事には最高の武器になる。そう思いつつ、彼は運転に集中した。


──臨海区画の駐車場。駐車場の入り口を濃紺のスポーツカーが通り過ぎ、その数分後に黒いスポーツカーが通り過ぎる。
ヴァイパーは潮風を浴び、海を眺めながら缶コーヒーを飲んでいた。糖類等の添加物が入っていない、ブラックコーヒーだ。

「やっと追い付いた……疾いですよ、ヴァイパーさん」
「遅かったじゃないですか……ところで、ナカジマ捜査官は?」
「車でノびています」

 私の言葉にははは、と笑うヴァイパーさん。大したものです。と誉められるが、少し悔しい。そう思っていれば、いつの間にか彼に缶飲料を渡されていた。
缶飲料……無糖のココアのプルタブを手前に引き缶を開ける。潮風の匂いに、ココアの匂いが混じる。缶を呷りほろ苦いココアを味わいつつ、ヴァイパーさんの呟きを聞く。

「教導隊に入って、今年で21年か……」
「21年ですか……?」
「そう、21年」

 ヴァイパーさんは教導隊に入って今年で20年になるという。確かなのはが教導隊に入ったのは13歳の時だから……一体何歳の時に教導隊入りしたのだろうか?

「失礼ですが、ヴァイパーさんは今何歳ですか?」
「私? 今年で32になるが」

 32歳……?! それで21年だから……11歳の時。なのはより早い教導隊入りだ。一体彼は前所属部隊でどんな事をしてきたんだろうか? 気になってくる。そんな事を考えていた私を見て、彼は言葉を続ける。 

「教導隊に入る前は武装隊でね。……あの頃は6徹が日常だったかな?」
「6徹って?!」
「何を驚いているんです? 私が以前いた、武装隊第88部隊は新人で3徹は当たり前ですよ?」
「新人で3徹……」

 私にはもう言う事が無かった。六課時代のハードスケジュールが、お遊びに見えてくる彼の働き様。上には上がいる。それを正に実感した。
そして、彼が“Mr.ワーカホリック”と言われる原因が分かった気がする……でも、6徹なんて常人なら死んでいる。
そんな事をして生きている彼は、ドウカシテイル。そう思いつつ、彼を見ていると何やら物音が。私の車の方から物音がする。その方向に私達は振り向くと。

「──おや、起きた様で」
「うにゅ……」

 ギンガがフェイトの車から降り、よろよろとヴァイパーに歩み寄っていく。その様子を見たヴァイパーは不思議に思いつつ何もしなかった。
ギンガはヴァイパーの前で足を止めると、ヴァイパーにさっきの話は本当かと話し掛ける。それに全て事実だと答えれば、ただ呆れていた。

その後、三人は缶飲料を飲みつつ談笑し、時間は流れて往く。しばらくして時計が午後4時を差した時、ヴァイパーははっと気付く。

「──むぅ、待ち合わせに遅れてしまう」
「待ち合わせ?」
「ええ、それじゃ」

 ヴァイパーは車に乗り込むと、エンジンを始動し、シフト・レバーを前に一回押す。すると車はバックギアに入った様で後退していく。
そのままフェイト達から少し離れた所でシフト・レバーを二回手前に引き、急加速して二人の視界から消えていった。


 その場に残った二人は何処か引きつった表情であった。それは何故か? 彼の仕事ぶりが余りにも常人ならざるものだったからだ。彼の嗜好や、趣味はともかく、やはり問題は彼の仕事ぶりであった。
しかしそうもしていられないのが現実で、二人は何とか気を取り直し車に乗り込む。車内で二機のデバイスは、主人達に内緒で話し始める。

【貴方が仰るように彼は異常ですね、バルディッシュ】
【彼は異常な人物だ それこそ、制御装置を失った機械の様に……】
【なのに、彼は危うい所で制御を維持している……】
【“汚染”のお陰なのかも知れんな】

 “汚染”? 疑問の声を上げるブリッツキャリバーにバルディッシュは答える。彼のデバイス──ARGYROSと言葉を交わした時にヴァイパーが彼女にそう言っていたと言う。
一体“汚染”とは何だろうか? 彼の身体から科学物質等の汚染物質の類は一切検知できない。それなのに、“汚染”されている。
その事から“汚染”は精神的なものと思われるが、一体どのようなものかはっきりしない。先天的なものか、後天的なものか……先程の話から考えるに、彼を病院に入院させてもすぐ退院してしまうだろう。
全く、“Mr.ワーカホリック”と“無限の欲望”程分からない人物はいないものだ……最も、質の悪さとしては“無限の欲望”の方が上だろうが。

 そんな事をブリッツキャリバーは考え、溜息をついた。


──その一方では……


「──みんなー! ノっとるかーい!」
『ノってるー!』
「そうかそうか、ほな行くよ!」
『Yeaaaaah!!!!』

 普段とはうって変わって、ライブ衣裳に身を包んだ彼女──八神はやてが観客に声を掛ける。観客達は皆、ノリノリである。

ヴァイパーはと言えば、父親と食事をしていた。

「最後にお前と食事したのはいつだろうな?」
「2年位前だった気がするよ、父さん」
「そうか……母さんは元気かね」
「元気ですよ、何時も」

 父──コルドバ・クライスは年齢と外見が一致しない事で有名だ。はた目から見れば恐らく青年、下手をすれば少年と間違えられる事もよくある位で、今日も若い女性にモテモテだったそうだ。
こうして食事をしていると、事情を知らぬ人には思春期真っ盛りな少年が父親と食事をしている様に見えるだろう。案外、高町一尉やハラオウン執務官辺りは間違えるに違いない。
そんな父と母を見ていると、何だかあの二人を思い浮かべて仕方がない。そう、“道に迷いし者”と“桜”の二人だ。

 気分転換にステージの方を見ると八神二佐がドラムを叩き、シグナム二尉とヴィータ二尉がギター、ザフィーラがベースを弾き、シャマル医務官がキーボードを操作している。
特にシグナム二尉のギター・ソロは彼女の容姿もあってか、多くの人を魅了している。その様子を見つつ、私達は準備する。

「中々上手だな……」
「ええ、そろそろ準備しますか?」
「そうだな。お前とまたやるのも、悪くはない……」

二人はそう言うと、ある場所へと歩きだした。


──それは、突然やった。私達が「お尋ね者との戦い」の演奏が終わったと同時やった。

「みんなー、おおきにー……?!」

 突如落ちた照明。いきなりの事に皆困惑していると何処からかアナウンスが流れてくる。

『BIGBOXへようこそ。歓迎しよう、盛大にな!』
「な、何だ?」「何だってんだ?!」「何が起こっているの?!」

 アナウンスのお陰で更に困惑する私達。しかし、ザフィーラと観客は何故か期待の表情だ。

(ザフィーラ、何か知っておるんか?)
(彼等が来たのです、主)
(彼等……?!)

 照明が復帰すると同時に彼等は現れたんや……!

「最悪のコンビ、カラード・ビーストのサプライズライブだ。諸君、派手に行こう……!」
『Yeaaaaah!!!!』

 そのまま彼等は歌いだし、ザフィーラがそれに同調するかの様にベースを弾き始める。そのメロディには、何処か聞き覚えがあった。
誰かが、歌っていた様な……?

゙私は堕ちてしまうと言ったのに゙

゙私はこの血を流したいのに゙

゙堕ちて行くのを止められないのに……゙



 う~ん……ダメや、思い出せへん……気が付けばヴィータに連れられ、私はザフィーラを残して控え室で悩む事となった。

 「──いやぁ、久々に楽しめた」
「てめえ……」「あらあら……」「何で……何でなん?」

 はやて達は驚いていた。自分の隣にはシグナムがいる。そして目の前にもシグナムがいたからだ。しかし、目の前にいる彼女は白髪で髪飾りや衣装が異なるとはいえ、やはり彼女達が知っているシグナムにそっくりであった。
シグナムが白髪のシグナムと睨み合いをしている時、控え室のドアが開きザフィーラが誰かを連れて入ってきた。それに気付いたシャマルの表情が強張る。

「やれやれ……見つけましたよ」「やはりな……」
「おおクライス“二”尉、ちっとお話があるんだけどよ……」

 ヴィータの言葉にヴァイパーの態度が冷やかなものになる。彼の態度を不審に思ったはやてがしばらくしてはっと気付き、ザフィーラがやってしまったか……と天を仰ぐ。
二人の反応にヴィータは付いてこれず、頭の上に疑問符を浮かべていた。ザフィーラの反応を見て気付いたシャマルがヴィータに耳打ちする。

(ヴィータちゃん、今の発言訂正した方がいいわよ)
(何でだ、シャマル?)
(今の彼……昇格して一等空尉よ?)

 シャマルが言わんとしている事に気が付いたヴィータは即座に顔を青ざめ、ヴァイパーに自らの無礼を謝る。それに対しヴァイパーは厳しい表情で彼女を見る。
しばらくして厳しい表情を解くと、睨み合いをしている二人の方へと歩いていく。シグナム達は彼に気付かずただ睨み合いを繰り広げていた。
そして白髪のシグナムの背後に回ると、左腕で彼女の髪を引っ掴み手元に手繰り寄せる。その光景に皆唖然とするも、ヴァイパーはそれを無視し彼女に話し掛ける。

「全く、そんな趣味があるから……」
「お前か、すまない……」

 そのまま部屋を後にしようとする二人の進路をはやてが立ちはだかり、退路をシャマルが塞ぐ。どういうつもりですか? とヴァイパーが問えば、それはこっちの台詞や。とはやては切って返す。
貴官の隣にいるウチのシグナムそっくりな彼女は一体誰や。とはやては言い、その言葉にヴァイパーは腹を抱えて笑いだす。
あっはっは……と笑うヴァイパー、それに釣られたのかシャマルも笑いだす。ヴィータは身体をわなわなと震わせ、ザフィーラがそれを宥める。シグナムは未だに警戒を解かず、はやては白髪の彼女に話し掛ける。

「貴方は一体……」
「……ヴァイパー、元に戻ってもいいか?」
「ここらが潮時でしょう……」

 次の瞬間、白髪のシグナムは緑色の光に包まれる。はやて達は光に瞳を閉じ、ヴァイパーはにやりと笑う。光が止みはやて達が眼を開けると、光の発生源に二人はいなかった。
まんまと抜け出す事に成功した二人は、ははは……と笑いながら夜の街へ消えていった。


 私が108隊のオフィスに出勤するとクライス一尉が書類を整理していた。おはようございます。と挨拶すると一尉はおはよう。と返事する。
その後、事件捜査のメンバーが出勤すると、彼は自身にあてがわれたデスクに座り複数のキーボードを高速でタイプしはじめる。
その様を私は見ていると、仕事をしろ! と父さんにどやされザフィーラと共に現場へと駆け出して行く。ワサリア一佐とフェイトさんは各部署と連携を取る為色々と駆け回っているそうで、父さんはカルタス二尉と提出書類を纏めていた。


「こんなところか」

 私が捜査資料を纏め終わった時、時刻は10時過ぎであった。そのまま私はギンガ捜査官の応援に行こうとした時、警報が鳴り響く。

『臨海再開発地区N-42にて緊急通報! 緊急配備発令、各員配置につけ!』

──畜生! 悪態を突きつつオペレータールームに駆け込むとゲンヤ三佐達は配置に着いており、私は出動命令を待つ。既にギンガ捜査官達が現場に急行しているが、こうしている間にも現場は大変な事になっているはずだ。
ゲンヤ三佐が私の顔を見てはっとした表情をする。恐らく私の存在を忘れていたのだろう。カルタス二尉は指揮補佐に専念しており、私に気が付いていない。彼女達が現場へ到着した時、捜査官との連絡と共に警報が再び鳴り響く。
今度はクラナガン北西部の廃棄区画だ。ゲンヤ三佐は私の方を振り向き命令を下す。

「クライス一尉、悪いが出動だ。犯人を捕まえてくれ」
「了解、これより本官は目標確保の為出動します」

──彼の言葉に安堵する。彼の様な人間ならばきっと犯人を捕らえてくれる。そう思いつつ彼に出動命令を下す。本来ならフォワード陣を動かしたいが生憎彼等はクライス一尉より遅い。
ギンガはザフィーラと一緒に別の現場で時間がかかる上、ワサリア一佐は本局の方に出ていてこちらには間に合いそうにないし、フェイトの嬢ちゃんとは連絡が取れない……弱ったもんだぜ。
 そんな事をゲンヤは考えていた時、ギンガ達はと言えば……

「108のギンガ・ナカジマです。……どうなってるんですか?」
「分からん。誰かがここで一暴れした様だが……」

 私は先行していた他部隊の捜査員から事情を聞くも、彼等も分からないそうだ。とりあえず現場に立ち入ってみると、酷い有様であった。
幸い現場に死傷者は出なかったようだけど、代わりに建設現場にあった建設資材のほとんどが粗大ゴミと化していた。
通報した現場作業員から事情聴取すると、西の方から何か光るものが雨の様に降り注いで建設資材を吹き飛ばしたそうだ。ザフィーラに現場の周囲を調査させると、西の廃ビルの屋上に大量のカートリッジ状の物体が落ちていた。
私もウィング・ロードを展開して向かうと、ザフィーラが袋に入れて持ってきてくれた。袋越しに手に取ってみると、大型カートリッジに似てはいるが、魔力を貯められる構造ではなかった。恐らく25mm砲弾の薬莢だろう。
そのまま現場の後片付けを手伝おうとした時、捜査本部から念話が入る。

「こちら"ミルキー"、"ネスト"どうぞ」
『"ネスト"より"ミルキー"へ。急いで北西第二廃棄区画に向かってくれ』
「現場には誰が?」
『現場には"レイヴン"が先行中だ。頼んだぞ』
「"ミルキー"了解」

 私は捜査員に一声を入れ、ザフィーラと一緒に車に乗って新たな現場へと向かう。急がねば不味い。犯人が質量兵器を使うのであるならば、尚更だ。


「待ちなさい!」
「待つつもり等元より無い!」

 フェイト=T・ハラオウンは次元犯罪者を追っていた。昨日まで管理局員の次元犯罪者──バレッター・リムは質量兵器の密輸入で指名手配を受けていた。
今回の事件の捜査線上に質量兵器への関係から名前が挙がり、独自に捜査していたところに向こうから強襲してきたのだ。
そして今に至る。リムは両手に持つ4連装短機関銃をフェイト目がけ乱射し、フェイトはそれをひらりひらりと避け続ける。

「畜生が……!」

短機関銃が当たらない事に業を煮やしたリムは肩に背負っていたマイクロ・ミサイルランチャーを構えフェイトに発砲。
しかしフェイトは周辺にスフィアを展開しプラズマ・ランサーを発射、迫り来る大量のマイクロ・ミサイルを迎撃する。
マイクロ・ミサイルまで以てしてもフェイトを撃退する事が出来ない事にリムは憤慨する。

 畜生が、何であのジャリを落とせないんだこのポンコツミサイルが。使えないじゃないか。そもそもキファの野郎があいつらに捕まったのが悪いんだ。
全く、ふざけやがって。何でキファの野郎がバラされた事でなにが悲しくてこの俺が捕まらなきゃならんのだ。 

「大人しく尻尾を巻いて逃げやがれ!」
「まだ抵抗するつもりですか……仕方ありませんね」

 まだあのジャリは向かってくる。馬鹿にしてくれるがな、俺はまだ捕まる訳にゃいかんのだ。俺はマイクロミサイル・ランチャーの他にもう一つ持っていた武器──ガトリング・ガンを構える。

「──!」

 彼が向けた物──ガトリング・ガンの砲身を見て私は咄嗟に物陰に身を隠す。その直後、低い駆動音と共に大量の弾丸が弾幕を展開してゆく。
危ない所だった。あと少し反応が遅ければ蜂の巣になっていただろう。それにしても、さっきのミサイルと言いあんな武装を用意していたとは。
何処かの誰かさんも袖の中に拳銃を隠し持っているが、流石にあんな大きな物まで持っていない。とにかく、ガトリングガンのお陰で私は動けない。

「さて、どうしたものかな……?」

 フェイトは独り、呟いた。

──こちら"レイヴン"目標確認、交戦する──

 つい数分前に私が"ネスト"に送ったメッセージだ。現在はどうなのかと言えば、ECMによる通信妨害を受けて交信不可能になっている。
その状況から復帰する為に頭部に搭載されたECCMユニットが必死に動いているが、正直芳しくない。
「EYE」の選択が失敗だったか? 電子戦に強い「EYE3」ならこんな事にはならなかったものを……
とにかく、目標がその手に持つ紅い銃から放たれる銃弾を避けつつ、手を考える。


「……野郎!」

 俺は目の前の敵──ヴァイパー=D・クライスに銃を向ける。俺はあの男に恨みを持っていた。と言うのも奴はキファさんを罠にはめて執務官に逮捕させ、自身は昇進なんかしやがる。
何が“Mr.ワーカホリック”だ、ふざけやがって。俺には奴を理解できねぇ。あれが戦闘機人なら分からなくもないが、只左腕を義腕にしただけだろうに。
畜生、バリア・ジャケットも奴に似ているからイライラして来るぜ……ぶった斬ってやる。

「テエェ──ヤアァ──ッ!」
「──!」

 深紅の機体が突貫し、左腕に付いた金色のナニカから青白い光が出現し──ヴァイパーに斬り掛かる。
ヴァイパーは右に避けるも、反応が遅かった為か左腕を切り落とされる。しかしヴァイパーもただ斬られるだけではない。斬り落とされたと同時に「PIXIE2」を乱射し、コア背面にダメージを与え、更に蹴り飛ばす。
そのまま転んだところにヴァイパーは追い討ちにと乱射する。

「有利だからって──調子付くなっ!」
「ちっ……!」

 接近する奴に俺はEOを立ち上げ反撃する。奴がEOに気を取られている内に俺は距離を離し、右肩の砲撃専用ストレージ・デバイス「MWC-LQ/15」を立ち上げる。
砲身の強度の関係上、15発しか撃てないが、奴を仕留めるには十分だ。俺は早いとこ奴を仕留めて、その事をキファさんに報告しなければならないんだ。

「ファントム……ブレイザー!」

 トリガー・ワードを発し遠距離狙撃魔法を放つ。砲撃魔法用のデバイスだが、この術式との相性がとても良く、実質狙撃砲と言っても過言では無かった。そして放たれた緑色の弾丸がEOに気を取られている奴を……?!

「──?!」
「ハァラ……ショォ────ッ!」

 正面から接近し、魔力弾を左肩で受け止めたヴァイパーに腹を殴られる。その直後、二人の間に小爆発が起こりその衝撃波が二人を襲うが、ヴァイパーは踏みとどまり彼だけを吹き飛ばす。

──咄嗟に右手武装を「KB-O004」に換装して正解だった。ヴァイパーは自身の右腕を見やると、何時も持っている「PIXIE2」ではなく、右腕の側面部に巨大な機械が接続されていた。
「KB-O004」と呼ばれるそれは、本来なら最悪の汚染物質──コジマ粒子を使用する物だが、コジマ粒子の代わりに魔力素を使用する事で比較的クリーンな物となっていた。
しかしながら、魔導端末としての威力は過剰なものがあり、しかも作動条件が対象への殴打による接触の為、実際の使用は施設脱出経路確保や施設破壊程度であった。
さて、吹っ飛ばした彼は無事かな……? ヴァイパーはそんな事を考えつつ、彼の下へと向かった。


「──?」

 リムの足止めを食らっていたフェイトだが、掃射が止んだ事を怪訝に思い覗き込む。すると彼の姿が見えない。まさか、逃げられた? そう思いつつサーチャーを展開し辺りを捜索する。

「──見つけた!」

 案の定リムは逃げ出していたが、フェイトの飛行速度は速い。「金色の閃光」の通り名は伊達ではないのだ。
速度を稼ぐため低空で飛行しているとすぐにバイクを運転しているリムを捕捉する。バイクはアメリカン・タイプで速度はあまり出ない物だ。

「畜生っ!」

リムはフェイトの姿を確認すると左手をハンドルから離し4連装短機関銃──通称「FINGER」を発砲する。これをフェイトは避けきれないと咄嗟に判断しラウンド・シールドを展開する。
しかし予想以上の衝撃が彼女を襲い、飛行中断に追いやる。その間に遠ざかって行くリムのバイク。フェイトは飛行を再開しリムを追うと、バルディッシュから提案される。

【……主】
「……どうしたの、バルディッシュ?」
【このままではまた足止めされてしまいます ここはクライス一尉に教えて貰った術式を使うのはどうでしょうか?】

 教えて貰った術式……? あぁ、アレの事だね。フェイトは相槌を打ちながらそれを実行に移す為に詠唱を開始する。

「我を包みしものよ 忌み嫌われ 穢れた粒子もの共の力を得て 我を護る鎧と成せ ……展開!」
【Primal Armor】

 ヴァイパーに教えて貰った術式とは、空気抵抗やガラスの破片等から術者を防護する為にバリア・ジャケットとデバイスの周辺に常時展開されている不可視のフィールドを強化すると言うものだ。
そしてフェイトの全身から金色の魔力素が放出され、彼女自身を覆い尽くす。やがてフィールド全体にある魔力素が圧縮されると同時に輝きだし爆発する。
爆発の直後、圧縮魔力の残滓による噴煙の中から無傷のフェイトが飛び出す。彼女をリムが撃ちだしたミサイルが襲い掛かるも、直前で爆発する。
それを見た彼女は思う。これなら一々足止めされる事もない。全く以て便利な物だ。流石教導隊の人間が考え出しただけはある。

「……でもこの術式、失敗作だって言ってたけど、何処が失敗作なんだろう?」
【……恐らくこの術式を行使できる魔導師が主や高町女史、八神女史位の大魔力量保持者に限定されるからでしょう】
「なるほど……バルディッシュの言うとおりだね」

 そう言えば、昔「教導隊が創る術式や物は色んな人……それこそ、DランクやEランク魔導師でも使えるものでなければ意味が無いんだよ」となのはから聞いた事がある。
もっとも、当の本人は砲撃やバインド以外の術式は余り得意ではなかったが。それを思い出し内心苦笑しつつフェイトはリムを追う。


──畜生何だってんだよあのジャリ、防御を強化して来やがった。おまけに燃料も無くなってきた。全く持ってついてねえ……
リムは燃料切れとフェイトの変化に悪態を付き、銃撃を諦めずに続けていた。しかし、いくら撃っても銃弾が彼女に届かない。いや、射程的な意味では届いている。
しかし、肝心の弾が彼女の前で消滅してしまうのだ。まるで、ナニカに護られているかの様に。その事に恐怖を感じつつ撃ち続けるも遂に弾が切れてしまった。 

「弾が……しまっ!」

 急加速したフェイトが魔力を纏った両腕で殴った直後、リムの全身を電流が襲いマヒして動けなくなる。そこからフェイトは更にバインドで捕縛する。

「管理局員暴行に寄る公務執行妨害の現行犯と、無許可での質量兵器所持、及び密輸容疑で貴方の身柄を拘束します」

 遂にリムを拘束する事に成功したフェイト。これで事件の捜査は大幅に進むだろう。そう思いつつ、捜査本部との通信回線を開く。

「こちら"ライトニング"、"ネスト"どうぞ」
『こちら"ネスト"、今"ライデン"がそちらに向かった。しばらく待機してくれ』
「"ライトニング"了解」

 "ネスト"との交信を終え、私は"ライデン"が来るまで待機する。その傍ら、"レイヴン"達の様子を伺う事にした。

「──で、今に至ると?」
「そ、そうだよっ! 悪いか?」

 ふむ……とヴァイパーは呟く。現在、ヴァイパーは取調室にて取調べを行っているギンガ達の様子を隣の控え室から眺めていた。すると、何やら視線を感じる。振り向いてみるとゲンヤが何やら不思議な表情をしてこちらを見ていた。

「クライス一尉」
「何でしょうか、ゲンヤ三佐」
「どうだ、何か嘘をついてそうか?」
「概ね、嘘はないでしょう。本人のバイタルや口調からして怪しい所はないみたいです」
「そうか。……話は変わるが、今度部隊に来た新型ブースト・デバイス、あれはお前さんが作ったんだってな」

 確かに、私が「G84P」を設計開発しました。とヴァイパーは認める。ゲンヤはその事に感謝の気持ちを述べた。一部隊の隊長として、陸の人間としてではなく、一個人としてだ。
それは何故か? 答えは彼自身が魔力の源、リンカーコアを持たない人間であったからだ。彼の娘達や亡き妻は魔力を持ち、自身の若い時──訓練校時代に魔法関連の事でコンプレックスを抱いていたという。
そのコンプレックスとは今となっては無縁だが、これからのリンカーコアを持たない世代が、魔法を行使する事が出来ると言うのはいい事である。と彼は考えていた。
しかしヴァイパーとしてみては、「幼い頃、自分が制作した超小型水素タービン・エンジンをデバイスとして改造したら、偶々使えた。
じゃあもうちょいマトモな仕様にして量産しよう」としか考えておらず、駄目だった時は代わりに魔力炉か触媒エンジンでも改造して自分専用のデバイスにしようと考えていたのだ。
ただ、今となっては魔力炉のサイズはともかく、重量が自身の腰にあるデバイス──ARGYROSの二分の一程に軽くなってしまったが。
そんな事を分割思考の一つで考えつつ、別の分割思考である事を考えていた。ある事とは、今回の事件の被害者……アウストラ・キファの事である。

(アウストラ・キファ……もしかしてキファ・アウストラリスか? となれば"ライトニング"が確保したのは相方のリムか。二人とも人事部の連中だ)

 バレッター・リム。先ほど質量兵器密輸の他諸々の容疑で"ライトニング"ことハラオウン執務官に身柄を確保された男だ。彼も元管理局員で、何かとヴァイパーの仕事を邪魔していた。
以前から二人に不信感を覚えており、過去を洗ったら二人は人材派遣会社出身であった。管理局関連の派遣会社となれば……あまりいい話は聞かない。
となれば、キファは何か情報を握っていたか、極秘の任務を持っていた……そしてそのどちらかについて口を滑らしたか失敗ったのだろう。
──いささか短絡的になってしまった。まだまだ証拠が足りないと言うのに。ヴァイパーは内心苦笑する。気を取り直し視線を戻すと、先程施設破壊及び管理局員暴行未遂の現行犯で確保した男──名前をオルテ・コーネリウスと言う──の取調べが終わった様だ。
取調べを終えたオルテが出て行くと、回線が開いている事に気が付いた。相手は誰だ……? と調べてみれば、"ライトニング"からであった。

(……"ライトニング"、何か?)
(──! そちらの状況は?)
(こっちは今、取調べが終わったところです)

 ……了解。と少し間のある答えと共に回線を閉じる。何やらこちらの様子を伺っていたようだが……まぁ気のせいだろう。そんな時。

「クライス一尉、探しましたよ!」
「? 何かね、マリエル技官」

 突然の来客に驚くヴァイパー。訳の分からぬままマリエル・アテンザに右腕を掴まれ引っ張られるも、当然の事ながらびくともしない。
引っ張られている事を怪訝に思いつつ、左腕で掴んでいる腕を払おうとすると二の腕から先を斬り落とされた事を思い出し、同時に彼女に引っ張られている理由を悟る。彼女は自分の左腕を修理しようと自分を呼んだのだ。
ヴァイパーは義腕を修理する際ナニカと他人に触られる事を拒む。理由としては、予備も含めて自分で義腕を修理出来るのもあるが、他にも義腕自体に色々と非合法な改造を加えているのもあるからだ。それが見つかると少し面倒な事になる。
その為今回も断りたいと思ってはいたものの、また同時に108部隊の設備に興味を持った為か少し複雑な表情をしつつ、ついて行く事にした。


「──ねぇ、何で皆の邪魔をするのかなぁ……」

 高町なのはの前には多数の男達……何故かパンツ一丁にマスクを付けている彼等は、正に変態であった。
何故彼女は彼等の前に正対しているのか? 理由は実に簡単だ。彼等の起こした行動が、彼女の怒りを呼び起こしてしまったのだ。
彼等の名は嫉妬団、恋人達に対する嫉妬の心が生み出した組織である。しかし、彼等は運が悪かった。相手は空の“エース・オブ・エース”。
だが今の彼女は“エース・オブ・エース”かと言えば、そうではない。では今の彼女は何者か? 答えは思春期の男子が異性の事で色々意識する理由位簡単だ。
そう、今の彼女は“魔人戦車”。ヴァイパー=D・クライスが“Mr.ワーカホリック”の他に“人間戦車”と呼ばれる様に彼女もまた、称号を持つ人間である。
称号を貰ったのは彼女の親友たる八神はやてが彼女の12歳の誕生日を祝った時であった。以来彼女は名乗る際に時々この称号も言う事がある。 
もっとも、大半の犯罪者は名乗る時点で投降してきたが。彼女がレイジングハートを構えた時、隣にいた彼女の愛娘、ヴィヴィオが言う。

「なのはママ、ヴィヴィオも手伝うよ」
「そう……ありがとうヴィヴィオ」
「えへへ……」

 ヴィヴィオを見たなのははにこりと微笑む。ヴィヴィオの姿は何時もの子供の姿ではなく、なのはと同じくらいの年齢に見えた。
そんな二人のやり取りを見た彼等は恐怖の余り一目散へと逃げ出す。だが時既に遅し、彼女達の“主砲”は解き放たれるのは今か今かと待ち望んでいたのだ。

「ディバィ────ン……」「プラズマ……」
「バスタァ──────ッ!」「スマッシャ────ッ!」

二つの砲撃魔法が、彼等を飲み込み、蹂躙し、その多くを屈伏させていった……その後、高町なのはと高町ヴィヴィオはある組織の実動部隊のリーダーとなるが、それはまた別の話である。


「……♪」

 ヴァイパーは古い歌を歌いながら、身体に付いた汗を落とす為にシャワーを浴びていた。マリエルことマリーについて行った後、彼は左腕を修理した序でにARGYROSのメンテナンスを行ったら空調のお陰か思いの外汗をかいてしまった為だ。
因みに歌っている歌は地球の西暦にして1980年代の歌で、当然ながら日本語で歌っている為ミッド人にはナニカを口ずさんでいるのは分かるだろうが、それが歌だとは分からない。
彼はそれを満足げに歌い上げると、タオルを手に取り個室を後にする。そのままシャワールームを出ようと更衣室のドアを開けようとして何者かにぶつかる。しかし彼は踏みとどまり、相手は尻餅をついた。

「大丈夫かね? ナカジマ捜査官」
「あっ……はい……」

相手はギンガであった。そして彼女は何を見たのか赤面している。彼はそれを見て若いな……と思った。異性の裸体を見て赤面するようではまだまだ若い証拠である。その反応を見て意味を悟った彼は、彼女の視界から身を消しタオルを腰に巻く。
流石に自分の“ドミナント”を異性に見せ続ける程彼はイカレてはいない。彼女は尻餅を付いたまま放心状態になっていた。そんな彼女を無視し一先ず下着と制服のズボンを履く。
その後彼女に声を掛けるとまだ全裸だと勘違いしているのかこちらを振り向いてくれない。そのまま問答するのも時間の無駄と感じ、彼女にバスタオルをかけて更衣室を去って行った。


 それから数週間が経った。ヴァイパーのお陰で捜査資料の整理が付き、事件捜査の方も進展があった。今回の事件の黒幕は二人いる事が判明したのである。
一人は、とある執務官補。これについては未だはっきりしていないので逮捕状を取れそうに無い為もう少し泳がせる事にして、もう一人は当然と言うべき人物であった。
リヒーター・ピン。バレッター・リムの父親で、大の管理局嫌いである事が調査の結果、判明している。三日後に108部隊のフォワード陣とザフィーラがこれの身柄を確保しに行く事となり、ヴァイパーとゲンヤは後方待機、ワサリア・ミフカタ一佐が指揮を執る事となった。
因みにギンガは最近各所で発生している連続殺人事件の捜査の方に向かう事となり、メンバーには入っていなかった。
彼女がいない事がフォワード陣には荷が重いだろうが、そうも言っていられないのが現実だ。そしてヴァイパーは捜査主任のラッド・カルタス二等陸尉と雑談していた。

「──そう言えば、私ももう32か……」
「クライス一尉、今年で32歳になるんですか?」
「ああ、そうだ。もっとも数えだと33、だったかな?」
「?」
「……どうも、貴官は数え年を知らないみたいだな」

 数え年についてヴァイパーはカルタスに説明をした。生まれた年を1歳とし、新年を迎えるたびに1歳ずつ加えて数える年齢だと。
それを聞いたカルタスは年齢について新たな知識を得た事に僅かに感謝しつつ、食堂に食事を摂りに行った。
何処か暇を持て余したヴァイパーは、強奪出来そうな書類仕事を探す事にした。108部隊の仕事の方は終わっているし、この前関わった武装523隊の方も仕事は無い。
となれば後は教導隊方面の仕事だが、こちらも無かった。あぁ、暇だ。訓練場で一人組み手か、クランチや片腕立て伏せ、ヒンズー・スクワットでもしようか悩む。

 そんな悩み事をしつつ、彼は訓練場のドアを開けた。


「なんだと……そいつはマジか?!」

 看守から聞いた話にオルテ・コーネリウスは驚いた。キファは既に殺されていたと聞いたのだ。誰に殺されたのか? 少なくともヴァイパーが殺したのでは無い事は明らかだ。
畜生が……キファさんを殺した奴は俺が許さねぇ。あの人は孤児の俺を拾ってくれた、唯一の親だ。今はこんな所で燻っているが、すぐに抜け出して殺した奴を見付けて殺してやる。

「許さねぇ……絶対に、許さねぇ……!」
「小童が、よく吠えるな……」
「……誰だ、てめぇ」

彼がいる拘置所の鉄格子の向こう側に、髭面の巨漢が一人。そう、ワサリア・ミフカタである。彼は、オルテにデバイスの事で聞きに来たのだ。

「ここが良いだろう。さぁ、話せ」

 ワサリアに中庭に連れ出された彼は一体、何処であのデバイスを手に入れたのか? とワサリアに問われる。
彼はその前に煙草を寄越せ、と言うと、ワサリアが制服の胸ポケットから葉巻入れを取り出し、その中から葉巻を一本取り出す。端を切り落として吸い口を作り、手渡した。

「こいつは……葉巻じゃんか! へへへっ、見直したぜおっさん」

葉巻に驚きつつ、火を点けてじっくりと味わう。青空に紫煙を燻らせつつ、彼は話した。
何でも、ヴァイパーの作った水素タービン・エンジンのジャンク品から見よう見まねで作ったと言う。その事をワサリアはただじっと、聞いていた。
今度はオルテの方から何で葉巻をくれたのかを問われる。その事にワサリアはもしかしたらお前がここを出られるかもしれない事を伝える。

「おいおいマジかよ、なら早く出してくれよ」
「慌てるな小童、条件がある」
「条件? 何だよそりゃ」

 ワサリアはオルテに条件を言う。その条件とは──

「遂に始まったな、クライス一尉」
「ええ、ゲンヤ三佐。ところで、バリア・ジャケットの感触の方は如何ですか?」
「ああ、実戦で使うのは初めてだが、悪くない」

 バリア・ジャケット"TYPE-1 Normal"を展開したヴァイパーが同じくバリア・ジャケットを展開したゲンヤに答え、問う。それにゲンヤは右腕に持つ巨銃型のストレージ・デバイス──「MWG-KARASAWA」の銃身を見つめながら答える。

 ゲンヤが展開しているバリア・ジャケット、-Last burning-はとある機体を再現したものだ。その特徴的な形状の頭部は人を選ぶものの、電子戦に於いてはトップクラスの性能を有しており、そこがゲンヤの興味を惹いたのだ。
そしてゲンヤは満足していた。両肩に装備された垂直誘導魔力弾発射機 「MWX-VM20/1」と肩の外側──エクステンションと呼ばれる所に装備された連動型誘導魔力弾発射機 「CWEM-R20」に、左前腕に取り付けられた追加装甲型アームド・デバイス「KSS-SS/863B」。
また、バリア・ジャケットのコンセプトも自分のスタイルと合う。機動力と瞬間火力が高く、更に防御も堅い。よくもまあ膨大な数のサンプル・アセンブリデータの中からこれを見つけだしてくれたものだ。
しかもデバイスの方も「G84P」の上位互換機の「G84P modelD.C」だ。「G84P modelD.C」はクライス一尉が以前使っていたデバイスに近い出力とコンデンサ容量となっている。もっとも、安全性はこちらの方が上らしいが。

「しかし……大丈夫かアレ」

 ヴァイパーがゲンヤから離れた時、ヴァイパーに近づくオルテの姿を見つけた。恐らく、ワサリア一佐の説得に応じたのだろう。
 彼の実力はそこそこある事は認められるが、裏切って逃げ出さないか心配であった。その事についてワサリア一佐は大丈夫だ。と太鼓判を押していたみたいだが……万が一の事があったら後始末を誰かに任せなければならないだろう。

(だが、クライス一尉に任せたら“Dead No Alive”の精神でやるかもしれんな……)

そう考えたゲンヤは、再び溜息をついた。


「よう、Mr.ワーカホリック」
「……今回は味方か?」
「まぁ、そんなとこだ」

 ヴァイパーが作戦目標の再確認をしている時、背後からオルテが声を掛ける。ギンガの時とは違い彼はオルテに銃を向けずにいた。
どうも彼の気分は良い方らしい。呑気に鼻歌を歌っているあたり、かなりリラックスしているようだ。ただ、何の曲を歌っているかは分からないが。
そんな事をオルテは思いつつ、煙草を一本取出し火を付けようとして……思い出すようにその動作を止めた。と言うのもヴァイパーが自分のデバイスを立ち上げていた事に気付いたからだ。
水素タービン・エンジンの周辺で火気を使う事は大爆発の危険性がある。もちろん、対策は施されているがまだ死にたくないとオルテは煙草をくわえるだけにした。

「……賢明な判断だ」
「あぁ……爆死したくないからな。死ぬなら女の腹の上の方がまだマシだぜ」
「だろうな」

 ヴァイパーの返事にオルテはハハハッ、と笑うと中々分かるじゃないか、と言い離れていく。それを見たヴァイパーは肩を竦み、手を挙げた。


 そして時は流れ、作戦開始となった。まずザフィーラがドアを慎重に開ける。続いて108隊のフォワード陣が催涙ガスを充填した手投げ弾を室内へ投げ込んでゆく。
催涙ガスが充満する前に全員がガス対策を行い、全員が一緒に行動を開始する。階段の部分に辿り着いた時、フォワード陣は二手に分かれ、ザフィーラは安全確保の為玄関で待機する。

『"アルファ"より"ネスト"へ、目標は確認できず』
『こちら"ブラボー"、同じく確認できない』
『"ネスト"了解。"ブラボー"、"アルファ"と合流せよ』
『"ブラボー"了解』

 両チームとも目標を発見する事が出来なかった様だ。ザフィーラは何か罠があるのか警戒を続ける。しかしながら罠と呼べるものは無く、ただ時間のみが過ぎて往く。
やがて二階の全フロアの調査を終えた"ブラボー"がザフィーラがいる玄関に戻ってきた。ザフィーラは"ブラボー"に何か証拠となる物は無いかを尋ねる。
"ブラボー"のリーダーが特に何もないと返し、それを聞いたザフィーラと"ブラボー"は"アルファ"と合流する事にした。


(どうだ、見つかったか?)
(ダメだ、見つからない)
(そうか、こっちもだ)

 "アルファ"の二人──センター・ガードとフロント・アタッカーは──地下室を捜索していた。もしかしたら被疑者が隠れているかもしれない。そんな淡い期待を胸にセンター・ガードが捜索していると、相方が何か見つけたようだ。

(おい、こっちを見てみろ)
(何だって……マジかよ)

 フロント・アタッカーの彼が見つけたもの、それは25mm砲弾をはじめとした大小各種の銃弾類であった。早速二人は証拠写真を撮る。写真を撮った後、二人は他の仲間と合流する事に──出来なかった。


「おかしい……誰もいないとは」

 誰もいない事を怪訝に思ったザフィーラは呟く。おかしい。何故これだけの事をして何の反応を示してこないのか。既に逃げられてしまったのか? いや、それにしては数日前から見張っていたからあり得ない。
となれば……その直後、地下室の方から断末魔が響き渡る。それを聞いた全員が断末魔が聞こえてきた方に急行する。
地下室へのドアには鍵が掛かっており、それを打ち破ろうとする"ブラボー"を制止し、代わりにザフィーラが物陰からドアノブに手を付けた途端、無数の銃弾がドアを吹き飛ばす。
反撃にとヴァイパーから事前に渡された閃光手榴弾の安全ピンを引き抜き、投げ込む。閃光手榴弾はそれ自身が持つ強力な爆発音と、膨大な光量の光を瞬間的に放ち、その役目を果たす。
閃光手榴弾が生み出した隙を活かし全員で突入、被疑者を確保しようとバインドをかける。バインドは上手く成功し、被疑者ことリヒーター・ピンの確保に成功する。
ピンの近くには二つの死体があり、死体は二つとも"アルファ"のセンター・ガードとフロント・アタッカーである事が確認された。


「遂に……俺の番か」
「108のラッド・カルタスだ。話を聞かせてもらおうか」
「分かった……」

 数分後、取調室にてピンは取り調べを受けていた。今回の犯行動機から取り調べは始まり、その内容は徐々に進んでゆく。
今回の犯行動機は、ある女の計画に協力する為のものだったと言い、更にその計画にはヴァイパーの暗殺も入っていたと言う。キファがバラまいたジュエルシードも、ヴァイパーがよく地球へ行く事を逆手に取った事だったのだ。
この事から考えるにもう一人の容疑者はヴァイパーの存在を脅威と判断し、潰しにかかってきた事が伺える。

「……これで全てか、まだ言っていない事は無いか?」
「俺から話す事はもう無い」
「そうか。これからお前を留置所に連行する」

 カルタスに連れられ取調室を後にするピン。そのまま留置所に収容されると、放送が入る。
放送を聞き会議室に向かう。会議室には既に全員が到着しており、カルタスの入室を確認するや否や会議が始まる。

「今回の件の理由……皆はどう思うかね」
「ピンだけではどうかと思いますが、彼女と共犯ならば話は別かと」
「俺も同感、いくらあれがドンパチ好きでもあれ一人で動く事にメリットは無いぜ」

 ワサリアが今回の事件について皆の意見を聞いていた。ヴァイパーとオルテは同じ意見を出していた。それを聞いた彼は、同じく来ていたフェイトに問う。

「ハラオウン執務官、貴官は今回の容疑者……ルネッサ・マグナス執務官補を補佐につけたティアナ・ランスター執務官は今回の件に気付いていると思うかね?」

「はい、薄々ながらも彼女は気付いていると思います」
「そうか……ところでナカジマ三佐の姿が見えないが……」
「三佐なら今──」

 カルタスがゲンヤの所在をワサリアに伝えようとした時、爆発と共に警報音が鳴り響く。何事かとワサリアが空間モニターを表示すると「マリン・ガーデン」で大規模火災が発生、更にリムとピンが脱走したと言う。
迫り来る二つの問題。ワサリアは悩んだ果てにフェイトとヴァイパーをリムとピンの追跡に出動させ、自身とオルテは消火作業へ出動する事にした。

「──何だかなぁ……」
「どうした小童、何かあったのか?」

 マリン・ガーデンに急行する2人。その道中でオルテは疑問の声を上げた。疑問の声にワサリアは問えば、彼は何だか嫌な予感がすると言う。
レーダーの方に何か映っていないか。とワサリアに言われレーダーの表示距離を切り替えると、12時方向(前方)に2つの光点が見える。高度は同じで、距離は約1200の位置だ。

「……何か来るぜ!」
「むぅ……よし、ここは砲撃で先手を打つ事にしよう」
「ガッテンだ!」

 2人は足を止めて砲撃の準備に取り掛かる。ワサリアは背中の巨砲型のストレージ・デバイス──通称OIGAMIと呼ばれる物だ──の砲身を展開する。
オルテもまた、自身の砲撃用ストレージ・デバイス、「MWG-LQ/15」の砲身を展開し構える。
2人の足元と砲身に展開される魔法陣。魔法陣は2人のデバイスから供給される電力を魔力に変換し、徐々に砲身へと充填されていく。
充填された魔力は輝きだし、砲身に展開された帯状の魔法陣が回転する速度を徐々に増してゆき、更に魔力が満ち満ちていく。

──砲撃目標捕捉、距離1200。装填仮想弾種、多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)弾。仰角上2.3度、左0.5度補正……完了。OIGAMI発射準備完了。
OIGAMIから送られる情報に彼はにやり、と笑う。これがワサリア・ミフカタが誇る巨砲、OIGAMIなり。
その破壊力は砲戦魔導師として有名な彼女──高町なのはが愛機、レイジングハートと“同程度”である。
だが欠点があり、“同程度”を得る為にヒトがその手に持つには余りにも膨大な重量と製造コストがかかった事と、砲撃以外の他の術式を扱う事が出来ないと言う謂わば“特化機”である事だ。
しかしその点を除けば超高性能機である事に変わりは無く、実に優秀な機体である。
そして彼はOIGAMIの最大の欠点たる重量をバリア・ジャケットに搭載された身体強化機能と、自身の巨体が持つ膨大な筋力と頑強な骨格で克服し、更に堅牢な装甲を纏う事で鈍重さを補っていた。

「距離600……行くぜアステム!」
【了解 マイ・マスター】
「正面から行かせて貰おう……それしか能が無い」

 2人は砲撃魔法のトリガー・ワードを宣言し、2人のデバイスからそれぞれ一筋の光と光弾が放たれる。
光と光弾は目標たる人影へと飛翔し、着弾して爆発を巻き起こす。その光景を見て満足するオルテ。
しかしミフカタは警戒している様であった。と言うのも、手応えを感じなかったからだ。噴煙が巻き起こる中、第2射のチャージを開始する。
その下準備としてか、OIGAMIの砲身後部から大量の煙──圧縮魔力の残滓によるものだ──が放出される。オルテもまた、彼の動きを見て身構える。

「──!」

 第2射のチャージが終わろうとしていた矢先、音が聞こえてくる。その音の正体とは……吸気音。
それに気付いたオルテが右腕の紅い銃型ストレージ・デバイス、「MWG-MG/1000」を煙の方へ構えるも、自身に多数の魔力弾が襲い掛かる。
それに舌打ちし魔力弾が飛んできた方向に発砲するオルテ。魔力弾がナニカに当たり音を立てるも、その間隔は徐々に短くなってくる。
そして煙の中から轟音と共に2つの影が飛び出し襲い掛かってくる。オルテが迎撃にと身体を斜めに構え右腕を突き出す。
その一方でミフカタはOIGAMIを発砲、影はそれを右に避けようとして──爆発。そう、OIGAMIの発射弾体に近接信管機能を持たせていたのだ。
しかし影は止まらずにそのままミフカタに接近、その右腕に持つ杭打ち機──「NIOH」を作動、上半身全体を使って殴り掛かる。

「……ここでくたばりナ!」
「匹夫が……甘いわ!」

 ミフカタはそう言うと、「NIOH」で殴り掛ってきた相手に向かい瞬間的に加速し突進。自らが持つ膨大な質量を用いた体当たりを御見舞いする。
そのまま吹き飛んだ相手に対し両腕のバリア・ジャケット固定武装──「RAIDEN-AW」を発砲する。

「蜂の巣……」
「されてたまるかよ!」

 その一方でオルテは左腕の機械──「MLB-MOONLIGHT」を振り抜く。蒼白い、まるで月の光のような魔力刃を放出する金色のそれは、正に選ばれた者の剣ドミナント・ソードである。
オルテは左腕を振り回し、相手──両手にショットガン型のストレージ・デバイスを持つ相手に切り掛かるも、胴体を狙った斬撃は左腕のストレージ・デバイスを斬り落とすだけに留まる。
斬り落とされた相手も反撃にとストレージ・デバイス──「CWG-GS-56」を発砲、拡散する魔力弾をもろに食らい仰け反る。
だがそのままやられるオルテでは無く、右腕の「MWG-MG/1000」を乱射、相手の左脚から下腹部にかけて魔力弾を浴びせる。

ミフカタとオルテが応戦しているその頃、フェイト達は……

「直ちに停止しろ、発砲するぞ!」
「俺は魔導師を認める訳にはいかんのだ!」

 停止を求めるヴァイパーの声に対しリムは叫ぶ。リムの叫びにヴァイパーは間抜けが、と悪態を付く。その隣を飛んでいたフェイトが先行すると、二人は両手の短機関銃を乱射し弾幕を形成する。

「これじゃ逃げられる……!」
「あれは……マリン・ガーデン?」
「まさか、逃げ込む気?!」

 2人の行く手に見えてきた光景──炎上中のマリン・ガーデン──にリム達は逃げて行くのではないだろうか。だとすれば、面倒な事になる。
消火作業中の火災現場に、興奮状態の犯罪者。起こりうる事態は……最悪と言わずして何というべきか。

「そうはさせんよ」

 そう言うや否や、ヴァイパーは右腕の「PIXIE2」を格納すると、代わりに狙撃銃らしき形をしたナニカを取り出す。実はこれもストレージ・デバイスで、その名を「CR-WR88RS3」と言う。
その長大な銃身は狙撃銃のそれで、生成される魔力弾の威力も高い傾向にあった。ヴァイパーはそれを片手で持って構え、照準を付ける。
本来ならば狙撃は両腕とバイ・ポット(固定用の二脚)で銃身を保持し、観測主と2人で行うものだ。
しかし、ヴァイパーのバリア・ジャケットのヘルメット「CR-H97XS-EYE」に搭載されている高性能カメラ・アイと、両腕の「YA10-LORIS」が持つ極めて高い照準性能が片腕での照準を可能としているのだ。
ヴァイパーの右腕は、リムの頭部より僅かに右に照準を付ける。そしてトリガーを引き、銃身から藍色の魔力弾が飛んで行く。
魔力弾は目標の後頭部に命中。その衝撃と痛みに、リムは悲鳴を上げて姿勢を崩す。

「畜生め──?!」

 リムが姿勢を取り直し再び逃げようとした矢先、彼の首元には金色の魔力刃が。姿勢を崩した隙にフェイトが背後に追い付いたのだ。さしものリムもこれにはどうしようもなく、手を挙げたその時──

「?!」

──ぞくりと来る悪寒にリムから離れ高度を上げたフェイト。その直後、リムの身体が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「……外したか。全く、使えない奴だったな」

 リムを吹き飛ばしたのは……ピン。彼が左肩に背負っていた長大なライフル砲──キファを殺害した物と同じ25mm砲弾を使用する物だ──をフェイトへ向け、発砲したのだ。
恐らくリムごとフェイトを殺害したかったのだろう。しかしその目論みはフェイト本人の直感に敢えなく崩れ去った。
ピンはそのまま、照準をフェイトへ向け発砲するも、フェイトは超高速移動魔法──ブリッツ・アクションを行使する。
ブリッツ・アクションによる加速は一瞬に過ぎないが、砲弾を避けるのには十分だろう。そう接近しつつ思っていた矢先に弾丸の嵐に巻き込まれる。
その殆どを事前に展開していた防壁──プライマル・アーマーで防ぐも、数発程防壁を突破し左足と右肩を掠め出血する。
その状態に小さく舌打ちし、反撃にとプラズマ・ランサーを発射。それと同時にヴァイパーも発砲する。

「クソが、やってくれる……!」
「よく言いますね、貴方は」
「ジャリが……!」

 2人の弾丸を避け、フェイトの余裕げな表情を見たピンは急接近しようとするも、背後からヴァイパーに斬り掛かられる。

「若造が……甘いんだよ!」

しかし斬撃を身を屈み躱したピンはそのままヴァイパーに発砲。

「……くっ」
「コレで終わりだ──なっ?!」

銃弾を腹部に食らった衝撃で尻餅をつくヴァイパーにライフル砲を向けたその瞬間、ライフル砲を青白い魔力弾が吹き飛ばす。
ピンが魔力弾が飛んできた方に振り向くと、上空から大量の魔力弾が飛んできたではないか。それらを後退しつつ迎撃すると今度は魔力弾の弾幕が彼を襲い掛かる。

「畜生、増援か」
「大丈夫か、クライス一尉、ハラオウン執務官?」
「ええ……」「何とか……」

 悪態を付きつつ逃げて行くピン。そしてヴァイパーを助けた白銀と灰色のカラーリングの巨人……ゲンヤ・ナカジマがその身に纏うバリア・ジャケット、-Last burning-である。
彼の救援に事無きを得たヴァイパー達だが、リムは殺され、ピンには逃げられてしまった。

「奴に逃げられましたね……」
「大丈夫だクライス一尉、俺が発信機を打ち込んどいた」

しかしゲンヤはピンが逃げる間際、発信機を打ち込んだという。データをリンクし見てみるとピンはマリン・ガーデン内部へと逃げ込んでいた。
ここは2人で追いたいところだが、生憎フェイトが負傷してしまった。そこでヴァイパーは単独での追撃をゲンヤに打診する。

「ナカジマ三佐、私が追撃します」
「まぁ待てクライス一尉、ハラオウン執務官が怪我しちまってる」
「しかし……!」
「……行かせてやって下さい、ゲンヤ三佐」
「良いのか、ハラオウン執務官?」
「私なら大丈夫です……さっきヘリを呼びました」
「ヘリ?」

 疑問の声を上げるゲンヤの上空を影が覆い尽くす。影の正体──JF704式ヘリコプターだ──がフェイト達の上空に制止している。
ランプドアが開き、ヘリコプターのパイロット、ヴァイス・グランセニックがゲンヤに敬礼する。

「航空武装隊第1039部隊所属、ヴァイス・グランセニック陸曹長であります!」
「陸上警備隊第108部隊、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐だ。……ハラオウン執務官を頼む」
「了解しました!」

 ヴァイパーに肩を貸してもらいフェイトはヴァイスの元へと歩いて行く。フェイトが無事にヘリコプターに乗り込むとゲンヤはヴァイスにハンド・シグナルを送る。
ハンド・シグナルを確認したヴァイスはローターの回転数を上げて離陸する。ヘリが飛んで行くのを見送ったゲンヤ達はマリン・ガーデンへと向かった。


「なんて熱さなんだっ……」

 炎渦巻く施設内部で少年──エリオ・モンディアルは呟く。彼は隣にいる少女──キャロ・ル・ルシエだ──と共に3年来の友人、スバル・ナカジマの所へ遊びに来ていた。
その際、“偶々”一緒にいたもう1人の友人──と言うよりは頼りになる姉に近い──ティアナ・ランスターとも再会し、そして今に至る。
2人は今、防災士長であるスバルの指揮の下、マリン・ガーデンで要救助者の捜索と、屍兵器「マリアージュ」の掃討を行っていた。
エリオはふと思い右腕の腕時計──待機形態のアームド・デバイス、「XS-02 ストラーダ」を見やる。そのままストラーダに外気温は幾つかと問うと、空間スクリーンを投影し外気温は700度を優に越えている事を表示していた。
これはバリア・ジャケットや耐熱服無しではかなり危険な状態である。ストラーダから視線を上げると、隣にいたはずのキャロがいない。

「キャロ、どこにいるんだい?」
「こっちだよ、エリオくん」

 キャロの声がする方へエリオは振り向くと、その方向に駆け出す。キャロの側へ寄ると、彼女はナニカを見つけたのか指差している。

「何だろう……コレ?」
「何だろうね、コレ……」

 2人が見つけたものとは、部屋の入口にぴんと張られたワイヤーであった。ワイヤーは跨いで避けられる高さだが、何故こんな所にワイヤーが張られているのか不思議であった。
とにかく、コレを斬ってしまおう。エリオはそう思いストラーダをスピーア・フォルムに変形させ、ワイヤーに対し振りかぶり──

「いかん、そいつには手を出すな!」
「──えっ?!」

──突如聞こえた男の声に、エリオは手を止める。エリオが振り向くと、そこには蒼とグレーの人形が……2人は人形に対し身構えると、人形は喋り始める。

「まぁ待て、私は本局の者だ」

本局の人間と聞き、構えを解くが警戒する2人。人形に対しエリオは質問する。

「貴方にお聞きします。ここに何をしに? そして何故そのような外見を?」
「その事ですか、私は捜査任務でこっちに来た。そしてこれは私のバリア・ジャケットでね」

 答えを聞いても尚人形を警戒する2人。人形は仕方ない。と言う様子で肩を竦め、ヘルメットに手を付ける。ヘルメットを外した人形の素顔に、2人は唖然とする。
中に人が入っていたとは思えなかったのだろう。驚きを隠せない2人に男は正体を明かす。

「本局航空戦技教導隊質量兵器対策班所属、ヴァイパー=D・クライス一等空尉だ」
「辺境自然保護隊所属、エリオ・モンディアル保護官と」「キャロ・ル・ルシエ保護官であります!」
「辺境自然保護隊? 何故ミッドに……まぁいい」

 男──ヴァイパーはその後2人にここで何をしているかを問い、その答えを聞くと、2人の後ろに張られているワイヤーの前に屈み込む。

「クライス一尉、一体何を……」
「いいか、これはブービー・トラップだ。この線に触れるとこいつが……よし」

 ヴァイパーはワイヤーをたどり、卵形の物体をワイヤーから切り離す。その卵形の物体を2人に見せると、これは手榴弾で、ワイヤーを切るとこれが爆発すると言う事を伝える。
2人はそれを聞き戦慄する。ヴァイパーは他にも瓦礫などに同種の罠が仕掛けられているかもしれないから気を付けるようにと言い、何処かへと去っていった。

「一体何が……」
「分からない。分からないよエリオくん……」
「とにかく、今は捜索を続けよう」

 エリオとキャロがヴァイパーと言葉を交わしたその頃……

「バーベキューになりナ!」
「匹夫が、この雷電を焼き付くすつもりか」

 ミフカタはバリア・ジャケットの各所がボロボロになりつつも、戦う事を諦めずにいた。彼にとって戦いとは削り合いであり、また己の強さを活かせる物だと確信していた。
その一方でオルテは相手を斬り捨てていた。ドミナント・ソードこと「MOONLIGHT」に敵は無し、と言ったところか。しかし斬り捨てたは良いが自身も大怪我を負い、戦線を離脱していた。

「にゃかにゃカやるナ。だガ次デ終わりサ!」
「笑わせるな!」

 四つ脚の異形が背中から吸気音を鳴り響かせ──瞬間的に加速する。
それに対しミフカタはOIGAMIを構えると見せ掛け──周辺に魔力を放出。それに気付いた四つ脚が右腕の「NIOH」を振りかぶり、左腕の武器──火炎放射器「NICHIRIN」のトリガーを引く。
「NICHIRIN」から放出される赤い炎がミフカタを包みその身体を焼き尽くそうとする。ミフカタは身体が火に炙られ更にNIOHを打ち込まれ、熱さと激痛に表情を歪めながらもOIGAMIの照準を諦めない。
火炎放射を止めない異形──ユゥルブルム・トランザムはミフカタの様子を見て不思議に思う。何故、こいつは炎に焼かれ、NIOHとっつきを食らいながらも戦意を捨てないのか。
状況は比較的こちらに有利に動いている。それなのに何故この動く棺桶は──

「匹夫が、果てるがよい……!」
「──! まさカッ」

 トランザムが気付いた時にはすでに遅かった。ミフカタはOIGAMIを発射すると見せ掛けトランザムを焦らせ、肉薄させたその時──爆発。
爆発──と言うよりは魔力の急激な活性化に寄るフィールドの自壊現象だ──に巻き込まれ、意識が朦朧としてきた。

「ここデ……終わりカ」
「…………」

 トランザムの言葉に暫し脚を止めるミフカタ。彼は一体何を思ったのだろうか。それを知るのは当人のみである。


「──ここもか。これで13個目だ」

 その一方でヴァイパーは各所に仕掛けられたブービー・トラップを解除しながら、ピンを追っていた。
レーダーの表示を見る限り、ピンはこの先のフロアにいるはずだ。そのフロアまで後20m──

「なっ……?!」

──次の瞬間、ヴァイパーは己の目を疑った。と言うのも、ピンが女の集団に襲われていたからだ。

(これは好都合だが、あれでは……)
「クソが……っ」

 ヴァイパーが物陰から様子を伺っていたその時、ピンが遂に──と言うよりは当然の結果かもしれないが──集団の攻撃に倒れる。
集団はそのままピンを取り囲み、その中の一体の腕がどす黒い液体と化してピンの身体を飲み込んでいく。そしてしばらくするとどす黒い液体は姿形を変えて行き、仕舞には集団の仲間入りを果たす。
その一部始終を見ていたヴァイパーは思う。ナンダアレハ。アレは一体何なのだ。彼を恐怖の念が襲い、彼はそれを認識する。

「"ネスト"へこちら"レイヴン"、応答願います」
『こちら"ネスト"、どうした"レイヴン"?』
「……目標の全員死亡を確認」
『"ネスト"了解した。現地の司令とは話を付けている。貴官はそのまま救出作業に移行してくれ』
「……"レイヴン"了解」

 ヴァイパーがその場を離れようとした矢先、ナニカが背中を突き刺す音が聞こえてくる。そのまま前方にダッシュし距離を取ると右腕の「CR-WR88RS3」で背後に回り込んでいた敵──マリアージュを吹き飛ばす。
ヴァイパーは即座に被害チェックとダメコン(ダメージ・コントロールの略)を開始する。被害は早期に気が付いた為か少なく、EOユニットの破損で済んだ。
しかし先程の行動のせいか、マリアージュの集団に自身の存在を察知されたようだ。この程度の実力なら大した事ではない。しかし数が多ければ話は別である。
自身に訪れた危機にヴァイパーはにやりと嗤う。この程度の数など、ある人物が経験した絶望より遥かにましだろう。数の暴力とはよく言うが、元々自身の戦い方は対複数が基本で、武装88部隊でもそうだった。
今回は偶々、それが帰ってきただけだ。敵は単調な行動しかしないと思われるが、そうでは無いという可能性もまた肯定する。敵はまだ、本気ではないだろう。それならば、本気になる前に叩き潰せば良い。
戦いとは、臆病な位に慎重に、そして時には恥知らずな程大胆に行かねばならないものだ。

「……イクスは、イクスヴェリアは何処にいるか知っていますか?」
「それについて、私が知っていると思うか?」
「……貴方には死んでもらいます」

 マリアージュの問いに啖呵を切るヴァイパー。その答えが、両者にとって戦闘開始の合図であった。
ヴァイパーはCR-WR88RS3を適当に照準し発砲。マリアージュ数体を破壊する。マリアージュ側も斬り掛かるが、ヴァイパーはそれをギリギリの所で避けて行く。

「人で無ければ問題あるまい……ARGYROS、ウェポンリリース」
【Rajah. A part of of all devices function is liberated】

斬り掛かられた反撃にとヴァイパーはある事を自身のブースト・デバイス、「XA-02D ARGYROS」に指示し、左腕の「WL14LB-ELF2」をストレージ・デバイスとしてではなく、本来の姿──レーザー・ブレードとして起動する。
その紅いルビーの様な長い刀身を振り回し斬り捨てて行くヴァイパーだが、やがて異変に気付く。何故だか斬り捨てた者達が爆発してゆくのだ。
これでは、まるでアレではないか。ヴァイパーはある一つの物を思い浮べる。思い浮べた物とは、某2月な企業が寝食を惜しむ程好きなアレである。

「何なんだこいつらは、人でない事は分かっていたが……」
「我らはマリアージュ。ガレアの王、イクスヴェリアより生まれし者なり」
「……マリアージュ、か。成る程、そう言う事──?!」

 次の瞬間ヴァイパーを強烈な衝撃が襲い、その身体を近くの壁面に叩きつける。吹き飛ばされたヴァイパーは複数の壁をぶち抜いて止まる。
彼が起き上がると胸部──コア部分が破損したため、バリア・ジャケットを"TYPE-1 Normal"に換装したというメッセージが表示される。

「──全く、面倒な事になった……」
「クライス一尉?!」「だ、大丈夫ですか?」
「おや? 君達は、辺境自然保護隊の……」
「クライス一尉、一体何があったんです?」

──駆け寄ってきたエリオがヴァイパーに何があったかを聞く。それに対しヴァイパーはマリアージュの集団と交戦した。と答える。
その事に驚く2人。そうも驚いていられない。とヴァイパーは続けて左腕をパージし換装する。

「ARGYROS、左腕部換装。ユニット……"KIKU"だ」
【Rajah. However, do in the accumulation that does Raven and that bombardment very?】
「奴らより速ければいい。やる事は分かるな?」
【Raven indeed that has it by becoming.】

 ヴァイパーとARGYROSのやり取りに感心する2人。ヴァイパーは2人の様子を見て魔力切れを起こしそうな事に気付く。

「2人とも、魔力が切れそうじゃないか」
「えっ、あっ、その……」「ちょっと……」

 恥ずかしげにどもる2人に、ヴァイパーはある事を行う。

「ARGYROS、2人に魔力供給だ」
【Rajah. What percentage of the capacity of the capacitor is supplied?】
「70%でいい」
【Rajah. supply beginning...】

 その直後、エリオ達を藍色の魔力光が覆い隠し、エリオ達の魔力が徐々に回復してゆく。それを見たヴァイパーは2人から離れ、マリアージュの下へと向かおうとした時、2人の声が彼の脚を止める。

「待って下さい、クライス一尉!」「私達も同行します!」
「やれやれ……危なくなったら撤収なさい」
「了解!」

 斯くして3人は、マリアージュ掃討の為にと動きだしたのである。

「テヤァ────ッ!」
「……20体目」
「3時方向から来ます!」

 ヴァイパーとエリオ、キャロの3人がマリアージュの集団に突入してから早3分。ヴァイパーとエリオが前衛、キャロが後方で支援していた。
ヴァイパーは自身の魔力を消費し続けているが、その事を2人は知らないし、彼もそれを気にしない。
やがて視界に映るマリアージュの数が減って行き、仕舞には部屋からその姿を消した。
ヴァイパーはもう大丈夫だろうと判断し、2人と共にマリン・ガーデンを脱出する。しかし……

──マテ!

 後ろから聞こえてくるノイズ混じりの音声に気付き、首を後ろに振り向いたのはキャロだった。

「……?」
「どうしたの、キャロ?」

エリオもキャロの行動に脚を止める。先行していたヴァイパーも2人に気付き駆け寄ってくる。

「どうしたんだ、2人とも?」
「キャロが何か聞こえてくるって……」
「何か聞こえてくる?」

 エリオの言葉に疑問符を浮かべるヴァイパー。ナニカ嫌な予感がする。悪寒を感じたヴァイパーは2人を先に行かせ、自身は右手にある物を持ち、それを構える。

「こんなモノしか使えないのは辛いな……」

ヴァイパーが構えているそれは──彼の前世で「キング・オブ・がっかり」の異名をほしいままにした代物──「YWH16HR-PYTHON」と呼ばれる物だ。
このハンド・レールガン型ストレージ・デバイスは収束型砲撃魔法を僅か一秒でチャージするのが強味だが、チャージ時間が短い分威力も低い為、産業廃棄物とさえ言われる始末であった。

「ARGYROS、供給出力200%でチャージ開始」
【Raven and the setting are dangerous.】
「構わん。もし奴だとすればこれでも足りない位だ」
【...Rajah】

 過剰な供給出力での稼動を命令したヴァイパーにARGYROSは警告するも、ヴァイパーはそれを強行し、ARGYROSは渋々ながらも供給を開始する。
3つの音叉状に配置された加速用レールが供給された魔力を加速し収束、光球を形作る。光球は徐々に巨大化し、その役目を果たすのはまだかまだかと咆哮する。

【The charge rate 200 percent can be launched】
「──来たな!」

 ARGYROSがチャージを終えた事を伝え、またそれと同時にヴァイパーの視界に人影が見えてくる。人影──四つ脚のマリアージュはヴァイパー目がけて急接近する。ヴァイパーはそれに照準を合わせ、「PYTHON」のトリガーを引く。
光球はその形を変え、マリアージュの身体を撃ち貫くがそれでも突進を止めない。しかしこの事態を予測していたヴァイパーは左腕──ユニット"KIKU"を構える。
第97管理外世界の極東に位置し、かつてヴァイパーの前世が暮らしていた島国──日本の国花を名前にしたそのユニットは長大な特殊合金製の杭を加熱し、それと同時に高周波振動によって対象を融解、または塵芥へと還す程の破壊力を有していた。
無論、このような物に非殺傷設定を施す事など動作機構的に不可能であり、施設破壊でも危険過ぎる代物である。

「ワカゾウガ……クタバレ!」
【Raven!】

 身構えていたヴァイパーに両腕を刃物に変形させていたマリアージュが斬り掛かる。ARGYROSが警告するも、ヴァイパーはそれを避けずに左半身ごと"KIKU"を突き出す。
ガシュン、という"KIKU"独特の動作音が辺りに鳴り響き、マリアージュの胸の中心より下──鳩尾を貫くと同時にヴァイパーは腹部を横一文字に斬られる。

「ハァラ……ショォ────ッ!」
「チクショウガ、コウナレバ──」
「──?!」

 ヴァイパーが二発目のKIKUを叩き込んだその時、マリアージュがヴァイパーに抱き付き自爆。

「くっ……ARGYROS、後は任せた……」

それをもろに食らったヴァイパーは吹き飛ばされ、近くの床に叩きつけられる。

【Rajah. The support action begins. Please leave it Raven now.】

薄れゆく意識の中、ARGYROSはヴァイパーから離れその姿を変えて行く──ヴァイパーはそれを見て、にやりと笑いながら瞳を閉じた。


──ティアナ・ランスターは友であり、コンビの相方であったスバル・ナカジマが少女──イクスヴェリアと共に脱出するのを見て安堵した。
更にエリオ、キャロ、そして最近増えたナカジマ家の姉妹──ノーヴェ・ナカジマとも合流し、後は火災を鎮火するだけとなった。……はずだった。
事態の異変に気が付いたのは、ノーヴェであった。

「ん……あれは、お父さん?」
「あっ、本当だ。お父さ──ん……」

 ノーヴェとスバルの2人がゲンヤを見つけ、呼びかけるも当のゲンヤは聞こえていないのかそのまま走り去って行った。
一体どうしたのだろうか。疑問に思い全員が後を追うと、ギンガに出会う。しかしギンガも急いでいるのか皆には気付かずゲンヤの後を追っていった。

「一体何が……」
「分からないわ。でもナニカ起きているのは確かみたい」

 疑問の声を上げたエリオにティアナは答えつつ、走って行くとやがて人だかりにぶつかった。近くには救急のテントがあった。

「追いついた……って何コレ?!」

人だかりをかき分け、ゲンヤの後ろに付いたスバルがその光景を見て絶叫する。スバルの絶叫に、2人は振り向く。

「スバルか……」
「お父さ……三佐、どうなっているのですか?」

言葉使いを職務中のものに改めつつ、スバルはゲンヤに聞く。ゲンヤ曰くここで爆発があった様で、現在1人が重傷を負って応急処置を受けているという。
更に話を聞こうとしたスバルだが、その直後耳をつんざくような音が鳴り響き、誰かが降下してくる。それと同時にティアナ達も追い付く。
ゲンヤはと言えば、彼は降下してきた人物に敬礼している。呆気に取られているスバル達にギンガが敬礼するよう注意する。
最も、ティアナは誰であるかを知っていた様だが。

「ナカジマ三佐、クライス一尉は無事かね?」
「はい、何とか一命を取り留めた様です」
「それは良かった」

 聞き覚えのある名前にティアナとエリオ、キャロはびくり、と身体を震わせる。ミフカタはそれを見逃さず、ティアナに話し掛ける。

「む、貴官は……」
「ティアナ・ランスター執務官であります!」
「やはりそうだったか。……悪いが今は貴官に関わっている暇が無くてな、失礼する」

 ミフカタはそう言うとテントの中に入っていった。一体何が……と思う一同だが、ゲンヤは口を閉ざしギンガは何も知らない、と肩を竦める。
この事について知る権限は自分達に無い事を悟った一同は離れる事にした。その帰り道、エリオは思う。

(それにしてもクライス一尉のバリア・ジャケット、格好良かったなぁ……)
「エリオくん、何ニヤニヤしているの?」
「そうだよエリオ、キャロの事で妄想しちゃダメだぞ?」
「なっ……?! してませんよ!」

 キャロに何故にやけているのかを問われ、そこにスバルが茶々を入れる。それにエリオは必死に反論するも、ティアナに仲裁されるまでスバルにちょっかいを出されるのであった。


「レイヴン……」
「はて、今は面会謝絶の筈だが……」
「!」

 ミフカタはヴァイパーが眠っているベッドの脇に、女性がいる事に気付いた。銀色の髪と緑色の瞳をした女性は、ヴァイパーの事をレイヴンと呼んでいた。
これは一体……? と疑問符を上げるミフカタに女性は口を開こうとして──遮られる。と言うのも眠っていたヴァイパーが起き上がったのである。

「クライス一尉、寝ていなければ……」
「大丈夫ですよワサリア一佐、仕事は待ってくれませんから」

ヴァイパーはそう言うとハンガーに架かっている自分の制服を手に取り、包帯を解いてゆく。包帯を解き、顕になった傷口を見たミフカタは驚愕する。
既に傷口は塞がれ、縫合した所を除き軽いあざになっていたのだ。ヴァイパーは縫合した糸を引っ張って抜糸し、シャツのボタンを閉めてベッドから降りる。
そしてズボンを探す彼に女性が動き、ズボンを彼に渡す。それを見たミフカタは呟く。

「その……隣の彼女は奥さんかね?」

ミフカタの言葉に女性は赤面し、ヴァイパーがそれを否定する。

「いえ、彼女はARGYROSですよ」
「なんと……」

ヴァイパーの言葉にミフカタは絶句する。まさか、彼のデバイスだとは。
何だか新たな彼の一面を垣間見たような気がしてならないな……と思いつつ、ミフカタはヴァイパーが通常のウエストポーチに戻ったARGYROSを身に付け、テントを出て行くのを唯々見守るのであった。


「ARGYROS、今回の機能テストの結果は?」
【The result is a good tendency though the content of the test was done why.】
「テストは上々、と言う事か。そろそろ仕事に戻ろうか」
【Rajah, raven】

 ヴァイパーが消火作業へと復帰するのを手伝いながら、ARGYROSは思う。何故レイヴンは自身の怪我ですら私の機能テストにしてしまうのか。
そして何故、自身の怪我を無視して強引に退院し、仕事に打ち込むのか。その姿勢を始めてもう20年は過ぎているのに、決して変わらない。
彼は一体何者だろうか。“汚染患者”とは何を意味するのだろうか。私には分からない。今も、そしてこれからも。彼が何であるかを教えてくれるまで、ただ待とう……
ARGYROSはそう思い、己の主人の手助けに専念するのであった。


──まさか、ああまでして来るとはな。消火作業の傍ら、ヴァイパーは思う。四つ脚のマリアージュは……ピンだった。まさしくピンだったのだ。
マリアージュに身体を奪われたのではなく、逆にマリアージュを乗っ取ったのだ。何たる執念、何たる願望。
アレがもう少し頭が切れていたらと思うと、ぞっとする。と言っても、戦場に“たられば”は無い。
理由はなんであれ、この事件はその殆どが彼女──ルネッサ・マグナス執務官補の仕業とされ、またこの件をきっかけにティアナ・ランスター執務官の責任問題になりそうだ。

「……イス一尉、そっちはどうだ?」
「ワサリア一佐、こちらは消火完了しました」
「こちらナカジマ。こっちも完了だ」
「こちらザフィーラ、同じく完了」

 そして私達は今、消火作業中である。さぁ、次の場所は……? ヴァイパーは新たな消火対象を探し、駆けていった。





[14123] 銀と心
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2015/06/15 00:02
 本局施設の一角、メンテナンス・ルームで一人の女性がペンダントを預け、部屋を後にする。
女性の名は高町なのは、ペンダントの名は「不屈の心」 レイジングハート・エクセリオン。
なのはが部屋を出るのと入れ替わりに金髪の女性が入ってくる。金の台座に乗った三角形の黄色い宝石らしきものを手にして。
女性──フェイト=T・ハラオウンは手にしている台座──「閃光の戦斧」 バルディッシュ・アサルトを預け、部屋を後にしていった。

部屋に訪れる静寂の最中……2機のインテリジェント・デバイスはぴかぴかとそのボディーを光らせる。

「お久し振りです、バルディッシュ」
「……こちらこそ久し振りだな、レイジングハート」
「あれーっ? 皆いないですかー?」 
「リインフォースか……」
「貴女もメンテナンスですか?」

 2機の会話に割って入る人物。女の子が着せ替え人形と間違えそうな程のサイズの彼女──「蒼天を往く祝福の風」 リインフォース・IIは2機を見つけると、ふわふわと浮遊して着地する。

「──いつ見てもあの子は変わっているですー」
「確かに私もあのデバイスには気になります」
「……そう言えば、レイジングハートは高町女史に似た音声を使われたのだったな」

 あのデバイスとは、現在検査入院中のヴァイパー=D・クライスの愛機たるブースト・デバイス、「ARGYROS」の事だ。
常に彼がその身を離さずに付けており、寡黙な方であるバルディッシュよりも話す事が無い。
しかもメンテナンス・ルームでメンテナンスをしている光景を見た事が無い事から、謎が多いと噂されていた。

「本当、謎が多い子ですー」
「とは言っても、肝心の機体が来なければ話も出来ませんし……」
「……弱ったものだ」

 肩をすくめ苦笑するリイン。レイジングハートとバルディッシュはぴかぴかと光らせるだけだが、その声色は困惑している様だ。
そこにシャーリーが何やらウェストポーチみたいな物をマリーと二人がかりで持ち込んできた。二人の表情は凄く重たそうな顔をしている。

「な、何て重さなの……」
「本当、とんでもない重量……」
「大丈夫ですか? お二方」
「ありがとう、レイジングハート」

 ぜえぜえと喘ぎながらマリーがレイジングハートに礼を言う。一方シャーリーはニコニコとした様子でウェストポーチを眺めていた。
そんな彼女をリインは不思議に思う。二人がかりで持ってくるなんてとんでもない重量なのはともかく、何故嬉々としているのだろうか?

「シャーリー、何故そんなにニコニコしているですかー?」
「エヘヘ……遂に……フフフ」
「聞いてないですか……」

 リインはシャーリーに問うも、彼女は自分の世界にのめり込んでいるようだ。そんな彼女に対し声を掛ける事に諦め、ウェストポーチを見つめる。
中に凄く重い物でも入れているのだろうと見てみれば、角張った部分が多くジッパーやマジック・テープの類が何処にも見当たらない。
その事に疑問を感じつつ見つめると、急に轟音が辺りに鳴り響く。轟音に耳を塞ぐリインとシャーリー達。暫くして、音が鳴り止むとウェストポーチから音声が聞こえてくる。

「Raven...」
「しゃ、喋った!」
「...Do not talk?」
「そ、そんな事はないです……」

 ウェストポーチが喋った事に驚くリイン。レイジングハートとバルディッシュはウェストポーチの正体を知っている様子だ。

「……ARGYROS、ですね?」
「...Yes, though it is so」

 ウェストポーチ──ARGYROSの答えにバルディッシュは何故英語なのかと疑問を抱き、それを問う。

「...The voice in that case becomes it as well as the one of Nanoha Takamachi though it is possible to utter in the Mid-childa language.」
「マスターの声で話されるのは、流石に嫌です」
「……日本語で話せばいいんじゃないか、とリインは思うですよ?」

 リインの発言に、成る程、と相槌を打つデバイス達。会話にすっかり置いてきぼりにされたシャーリーとマリーは翻訳魔法を行使してまで会話に追い付こうとするも、二人の元にそれぞれ連絡が入り、諦めて自分達の仕事へと戻って行く。
再びメンテナンスルーム内は人気が無くなりリインとレイジングハート、バルディッシュ、そしてARGYROSだけとなる。
そしてボディーをぴかぴかと光らせ、何らかの処理を行うARGYROS。レイジングハート達は恐らく言語設定を変更しているのだろうと推測する。

(……この際、色々と話し合ってみるのもありかもしれませんね)

 レイジングハートがそう思っている頃、ARGYROSの持ち主たる男はと言えば……


「──お前は、どうしてそんな無理をするの?」
「無理はしてませんよ、母さん」
「その状態でよく言うわね、全く……」

 ヴァイパーは病室に軟禁されていた。と言うのも、彼は入院しても最短四時間程で脱走し職場に復帰してしまう為このような処置が執られたのである。
最も、今回の入院は二次感染症の検査入院の為、結果が出るまでちゃんと入院するつもりだ。先程看護師に火傷用の軟膏をこの前焼灼止血した傷口に塗ってもらい安静にしていた。
脱走防止にと左の義腕は外され、ベッドに横になって脳に蓄積された負荷を処理していた時に彼女……母親のコルト・ダッジが見舞いに来たのである。
因みに万が一を考えてか、病室の外にはザフィーラが待機している。流石のヴァイパーも友人に護られては動けないのが実情だ。

(今更だが、母さんの声ってあの女(ひと)の声に似ているな……)
「──私の事で何か、考えてるでしょ?」

 あはは……と苦笑するヴァイパー。事実コルトの声質はとある女性のそれと同じであった。桜色の機体を駆る彼女に。
正直な話、彼女を怒らせれば大抵の人間は震え上がり、最悪失神もあり得るだろう。事実ヴァイパーの父親も目の前で何度か失神していた。
訓練校時代に頭に来て少し「パーティー」した時も、対応に問題があった校長を罵倒しストレス性の胃潰瘍と円形脱毛症、更に重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)にさせていた。
魔法に関して彼女の持つ技術が役に立ったのも事実だ。正に師の一人と言っても過言では無い。

最も、“あの人”の教えも大切にしているが。そんな事を考えつつ、親子の一時を楽しんでいた。


「──発声テスト完了、これで宜しいですか?」
「大丈夫ですよー」
「ありがとうございます。リインフォース」
「……それでは本題に入りましょう。何故あの時マスターの声を?」

 レイジングハートは問う。何故公開模擬戦の時に高町なのはの音声を使用したのかと。
その問いに沈黙するARGYROS。答えられないと言うのだろうか? 聞き手に回っていたバルディッシュはそう考える。
ARGYROSはボディーから回転音を唸らせ、ぴかぴかと光りながら答え始める。その様は処理に追われたコンピュータの様だ。

「策略が理由と思われます」
「策略?」
「はい。良くレイヴン──あなた方の言う所のマスターです──は事件や作戦、模擬戦の際事前に対象の情報を収集し、それを基に戦術を組み立てます。今回は私のシステム音声の声質が偶々高町女史の声質に酷似していた為、レイヴンはこれを戦術に組み込みました」
「成る程……それで?」
「彼の目論みは成功しました。貴女が感じた様に高町女史は動揺し、それが彼女を撃墜した要因の一つとなりました」
「…………」
「な……」
「話はまだあります。公開模擬戦で彼女を撃墜した功績が認められ、私の昔のボディ……ROZの量産機の採用が決定されました。そう、G84Pです」
(まさか……)

 私は彼女の、ARGYROSの話を聞き一つの仮説を検討する。一連の流れは全て彼……ヴァイパー=D・クライスの仕組んだ策略だったと言うのだろうか? だとすれば、これはかなりの博打だ。
しかし、分からない点がある。彼の傷に対する態度と、普段の生活だ。その行動は機械や、我々デバイスの様ではないか。
本来ヒトと言わず生物は疲労を回復する為に休息を取り、傷に対する痛みに苦しむものだ。しかし、彼からはそれが感じられない。一体どういう事だろうか……?
レイジングハートとリインフォースは沈黙している。流石にここまで来れば、話のスケールの大きさに言葉を失わざるを得ないだろう……

──バルディッシュは思考に耽っている様ですね……全く、彼女の話には驚かされます。しかし理由は分かりましたが、彼の身体に対する疑問が晴れません。
どうして、スターライト・ブレイカーの術式を彼が使えたのでしょうか? 何故魔力保有量が11万しか無いのにあれ程強固なバリア・ジャケットが構成できるのでしょうか? とにかく、疑問が尽きません。

「ARGYROS、貴女のマスターのヴァイパー=D・クライスは一体何者でしょうか?」
「私も、レイヴンの事をあまり理解しているとは言えませんから、あまりお答え出来ません。ですが、彼は自分がマトモな人とは思っておらず、ナニカサレタヒトとも違うと思っています」
「(ナニカサレタヒト?)つまり彼は……自分はどうかしていると見ているのですか?」
「そういう事です、レイジングハート」

 レイジングハートとARGYROSのお話を聞いていましたが、リインには分かりません。なんでARGYROSのマスターはこんなにヒトとしておかしいですか?
ザフィーラの善き友達の彼は、痛みを感じないし、疲れも感じないそうで、まるでロボットの様な人。
いつもいつも働き続けて、それを心配したなのはちゃんを模擬戦で墜とすだけでなくその状況を利用して新しいデバイスを採用させ、美味しいとは言えないシャマルの料理を食べて倒れるどころか元気になった彼を見て興奮し襲い掛かったシャマルを頭突きした。
そんな彼に掛ける言葉は、外道としか言い様がないかもしれないですけど、こんな事を考える私もどうかしているかもしれないです。

「あれっ? ところでナニカサレタってどういう意味ですかー?」
「ナニカサレタとは、レイヴンが好んで使う言葉の一つで、主に戦闘機人や、外的要因により言動がおかしい人を指す言葉です」
「じゃあ、ヴァイパーさんは違うんですかー?」
「はい。レイヴン曰く「私は“汚染患者”だ」と仰っています。最も、何に汚染されているのかは教えてくれませんが……」

 リインの質問に答えるARGYROS。その声色は嬉しそうだ。リインはその答えに頷きつつ、新たな疑問をぶつけてゆく。
何でそんなに重いのか、何でカートリッジ・システムが搭載されていないのか等々、質問の数がARGYROSの処理速度を越える事は無いものの、いくつかの質問には曖昧な答えしか返さない。そんな中彼女は思う。


(嗚呼レイヴン、私は貴方の役に立っているんでしょうか……)


 ARGYROSの呟きに、答える者はいない……


あとがき:コルトのcvは不明、ARGYROSのcvも不明



[14123] 男達と温泉
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2015/06/09 22:12
──某月某日 1730時
I県HO市北部 温泉施設

「中々良いね、ここの温泉」
「うむ、確かに悪くない」

 露天風呂に浸かる三人の男達……彼等は温泉で疲れを癒していた。三人とも年も背格好もばらばらで、実に不思議な光景であった。
長い金髪をお団子状に結った青年──ユーノ・スクライアがぴしゃり、とお湯を顔にかけ、それとはまた別に塀の向こう側に見える森を二十代半ばの男──クロノ・ハラオウンは眺める。
その一方で、湯槽に浸かり目を閉じる髭面の巨漢──ワサリア・ミフカタは温泉の気持ち良さに熟睡していた。

「ミフカタさん……寝てるね」
「疲れているようだし、無理もないさ」

二人がミフカタの様子を伺い、彼が寝ている事を確認すると、ガラス製の引き戸が開き二人の人影がやってくる。褐色の肌の男と、隻腕の男だ。
ユーノは二人を見て身体を洗い終わったみたいだね、と言い、二人はあぁ、と相槌を打つ。そのまま二人は浴槽に入り、浴槽は一杯となる。

「クライスさんのお陰で、身体が癒えました」
「何、気にする事はないさスクライア君。君も働き者(ワーカホリック)と聞いている」
「いえいえ、貴方には適いませんよ……」
「……二人とも働き過ぎだ」
「僕も、そう思わざるをえない。特にダッジが」

 隻腕の男──ヴァイパーがユーノと互いの仕事ぶりを誉め、褐色の男──ザフィーラとクロノが突っ込みを入れる。
それに対しヴァイパーとユーノがそれを言ったらお仕舞いだ、と笑い一同は笑う。何故五人が集まったのか? その答えは三日前にあった。


──三日前 1900時
時空管理局本局航空戦技教導隊質量兵器対策班オフィス

「──クライス一尉、出向ご苦労だったと言いたい所だが、統幕議長より口頭にて命令を伝える」
「はっ! ……何ですって?」

 班長の言葉にヴァイパーは驚きを隠せずにいた。統幕議長と言えば、本局を纏める「伝説の三提督」の一人、ミゼット・クローベル女史ではないか。

(何故私に……?)
「……貴官の勤労による今日における管理局の発展は多大なるものがある。よって貴官には休暇を命じる、だそうだ。つまり働き過ぎだな。だから、今日は家に帰れ」
「はっ! 了解しました!」

──何だかんだ言って、結局は強制休暇か。心配した私が馬鹿だった……ミゼットからの命令は、彼が一年に何回か食らう強制休暇であった。しかし統幕議長から強制休暇命令が下りるとは、相当なものである。
暇を持て余したヴァイパーはふと思い、無限書庫に脚を運ぶ。無限書庫の内部は二十数年前と変わらずの無重力空間で、大分整理されているみたいだが、まだ未整理のものが多いみたいだ。
適当な本を取り読んでいると、ナニやら話し声が聞こえてくる。それが聞こえる方に視線を動かすと、二人の男が話し合っていた。

「──いい加減、君も休みを取ったらどうだい?」
「と言われても、ちょっと無理そうだよクロノ」

 男──クロノが若い司書長──ユーノにどうも休暇を取る事を勧めている様で、話している感じから、どうも親しい間柄みたいだ。
ヴァイパーはそう思いつつ本を閉じて元に戻し、クロノの背後に接近する。ユーノがヴァイパーの顔を見て驚いた表情をし、クロノが背後に振り向く。

「何をしている、クロノ?」
「休暇の勧告だよダッジ。そこのフェレット擬きが休みを取りたがらないのさ」
「フェレット擬きってまだその話を……。でも、まさかクロノがクライス一尉と友達だったなんて」

 クロノの発言に一部疑問を浮かべながらも、ヴァイパーはユーノが何故自分の名を知っているのかを問う。
かのエース・オブ・エースの名前ならいざ知らず、それを墜とした自分の名前は伏せられているはずだ。思考するヴァイパーに対し、ユーノの答えは実にあっさりしていた。

「なの……高町一尉を墜とした相手と本人から聞きまして」
「成る程、そういう事か」

 ユーノの言葉にヴァイパーはある事を思い出す。そう言えば、彼は彼女と幼い頃からの知り合いだったなと。
その後、ヴァイパーが温泉に行こうかなと呟いた瞬間、二人が食らい付いてきたのが発端である。


「それにしても、ここの効能は何なんだ?」

頭にタオルを乗せたザフィーラが、顔を拭いながらヴァイパーに問う。

「神経痛や筋肉痛、糖尿病等によく効く。それと美容にも効果があるそうだ」
「やけに詳しいな」
「そこの壁に説明があった」

 ヴァイパーが指差した壁に貼り紙がしてあり、近くに行ってそれを見ると、泉質等が書いてある。

「成る程、硫黄か……通りで少し匂うわけだ」
「でも、ここまで肌がすべすべになる温泉は初めてですよ」

ユーノの言葉にもっともだ、と答えるクロノ達。熟睡していたミフカタが目を覚まし背伸びをする。そして六人が風呂から上がり、車に乗り込んだその頃……


──同日 1800時
ミッドチルダ首都クラナガン 高町家リビング

「ふむふむ……成る程ぉ」
「何読んでるの、ヴィヴィオ?」
「あっ、フェイトママ。コレ見て……」

 ナニやら読み物をしているヴィヴィオにフェイトは気付き、声を掛ける。フェイトに気付いたヴィヴィオは自身が読んでいた本を見せる。
本のタイトルは「誰でも出来る! 身体を120%全力全開に鍛える100の方法!! ~コレでアナタもドミナント~」とあり、コルト・ダッジと言う人が書いた本らしい。
肝心の内容はと言えば、かなりハードな事が書いており、出来ないものはないが精神的に厳しいものも幾つか見付けられた。
とにかくコレを何処で見付けたかを尋くと、寝室で見付けたと言う。……なのはが体調管理に必要だろうと買ってきたに違いない。筋肉痛に良く効くマッサージのツボの在処等も載っていたし。

(それにしても、著者の名前を何処かで聞いたような……?)
「んー? どうしたのフェイトママ?」
「えっ? ……ああ、大丈夫だよヴィヴィオ」
「ただいま──って、その本は?!」
「あっ、なのはママ!」

帰宅してきたなのはが、私の持っている本を見て驚きの表情を見せた。私には内緒にしていたのかな。訳は後で聞くとして、寝ながら読むという行為について少し話をしなきゃ……

(にゃはは……ちょっと面倒な事になっちゃったね、これは)

なのはは脚に縋り付くヴィヴィオの頭を撫でながら、これから自身に降り掛かるであろう話に苦笑せざるをえなかった。


──2030時
海鳴市 市内のガソリンスタンド

「やはり変わらんな、この匂いは」
「少し気持ち悪い……クロノは大丈夫なのかい?」
「まあな。慣れれば大丈夫さ」

ガソリンの匂いにユーノが気分を悪くし、クロノは笑う。ヴァイパー達はセルフ式のガソリンスタンドに車を止め、燃料を給油していた。
ミフカタは新聞を読み、ザフィーラは車内の窓ガラスをタオルで拭き、ヴァイパーは給油機のノズルを操作していた。
実に楽しげな車内であったが、ミフカタが新聞から目を上げ、ぽつりと呟く。

「そう言えば、ヴァイパーと高町一尉……何処か似ている様な」

その言葉に皆が動きを止め、数秒後クロノが確かに、と答える。

「なのはとダッジには共通点がある」
「確かになのはは……頑固で良く無茶をするね」
「……むしろヴァイパーが、昔のなのはそっくりと言うべきか」

それぞれ自分の意見を言う男達。ミフカタはただ、聞き役にと徹する。ふと思い給油機の方を見ると、ヴァイパーの姿が見えない。

──これは娯しい事になりそうよ、あなた。

今は亡き妻の声が私に問い掛けてくる。ああ、確かに娯しい事になりそうだぞ、コレは。ミフカタはこれから始まるであろう喧騒に、にやりと表情を崩した。


──2200時
時空管理局本局居住区 第284号室

「久しぶりだな、コルト」
「久しぶりね、コルドバ。それで、何の用かしら」

 ヴァイパーの母、コルト・ダッジは息子の父親であり元夫のコルトバ・クライスの訪問を受けていた。息子と私の元を離れた彼は、一体何の用で来たのだろうか。カネか? それとも──

「──頼む、復縁してくれないか」

──その言葉に、私は年甲斐も無く彼に抱きついてしまった。恥ずかしいが、今は私達以外に誰もいない。
息子の方も、どこでナニをしているのか今となっては知った事ではない。もう成人している彼の事は彼自身が決める事だ。私達がそれを行う時は、既に消え去った後なのだ。
私自身も、彼とやり直す事に不思議と違和感が無い。四半世紀の歳月は、私達に再び夫婦としてやり直す機会を与えてくれたのだ。
今はただ、それを満喫しよう……コルトはコルドバの少年の様な小さな身体を強く、抱き締めた。


あとがき:当初のカオスっぷりが帰ってきた。そして竜退治はもう飽きた。



[14123] 男と無限書庫
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2015/06/15 00:05
「はあ……」
「どうかしましたか、司書長?」
「いや、ちょっとね……」

 無限書庫の司書長席にて青年──ユーノ・スクライアは溜息をつく。それを見た女性司書が尋ね、軽く流される。女性司書は疑問に思いつつ同僚の男性司書の下へと行く。

「ユーノ司書長、何かおかしいよね?」
「あぁ、確かに。一体どうしたのかな?」

──今度来た、仕事の事じゃないっすかね? 二人の話を聞いていたのか、新人の司書が首を突っ込んで来た。それに対し二人はお前は早く仕事をしろ、とあしらう。
新人は渋々と持ち場に戻り、二人も仕事に戻る。そんな時、司書長の前に通信回線が開かれる。
今回もまた、クロノ・ハラオウン提督か、ヴェロッサ・アコース査察官からの依頼に違いないだろう。無限書庫ではよくある事だ。
そう思っていた矢先の出来事、彼──男性司書はユーノの表情に驚く。

『────』
「──はい。ええっ、本当ですか?! ありがとうございます!」

 一体何なのだあの表情は。なぜ喜んでいるのだ。もしや、通信内容は私事だとでも言うのか? 私事と言えば高町一等空尉とよく待ち合わせをしたりする事は周知の事実ではあるが、それはそれでどうでも良い事だ。
となると彼が喜ぶ事は一つ。無限書庫に増員が来るか、私達司書に休みが与えられるかのどちらかである。そう思いつつ仕事をこなしていると、彼が皆を呼び寄せる。

「皆、よく聞いてくれ。実は無限書庫に応援が来てくれるんだ」
『本当ですか、司書長?!』
「ああ本当だ。一人だけど──」

それを聞いた瞬間、多くの司書が肩を落とす。まぁ無理も無いだろう、たった一人じゃ無限書庫の効率は決して良くはならないからだ。

「──あの“Mr.ワーカホリック”が今日一日応援に来てくれるそうなんだ」

しかし、司書長の続けた発言に皆が騒然とする。と言うのも、無限書庫では“Mr.ワーカホリック”を英雄視する人間が多いのだ。斯く言う私も、彼を英雄視する人間の一人だが。

「“Mr.ワーカホリック”って、あの“管理局九大不思議”のあの人がですか?!」
「ああそうさ、彼がこっちに……おや、もう来たみたいだ」

 司書長の呟きを聞いた私は入口の方を見やる。するとドアが開き男が入室してくる。因みに“管理局九大不思議”とは、その名の通り管理局に纏わる九つの不思議の事だ。

「航空戦技教導隊質量兵器対策班所属、ヴァイパー=D・クライス一等空尉だ。司書の諸君、今日一日宜しく頼む」
『はいっ!』
「皆挨拶はそこそこにして、仕事に戻ろうか」

 威勢のいい返事をして私と司書長、そしてクライス一尉を除く司書達は皆持ち場に着く。クライス一尉は司書長と話をしていた。
私もその会話に参加したかったが、今は仕事が優先事項だ。……さぁ行くとしよう、新人に皮肉られるのは気分的に良くないものだ。
男性司書はヴァイパーの方を一瞥すると、自身の持ち場へと戻り書類を整理し始めた。
──その一方で、ヴァイパーは……

「成る程……そういう事で」
「はい。ですからクライス一尉には書物の整理に協力していただきたいのです」
「了解」

──こうして私は司書達に混じり無限書庫の整理作業を手伝っているのだが、その発端は先日の帰り際だった。
と言うのも、帰りの車内でスクライア君がクロノに仕事の量についてやれ多いだの、酷過ぎるだの抗議していた。
私と同じく働き者(ワーカホリック)の彼が言う事だ、相当なものだろう。私はそう思い、先程連絡をつけたのだ。……本音を言えば、休暇に飽きていたのもあるのだが。
そして今に至り、司書達から何故か視線を受けつつ作業をこなしてゆく。そんなことをする暇は……ある。
対策班のオフィスや、この間の事件の際出向した108隊のオフィスとは違い、ここは何処かゆっくりとした雰囲気があるのだ。
仕方の無い事だろう、皆徹夜を経験してはいるだろうが、人数がいる分一人一人が三徹以上した訳ではないのだ。その点、私は一向に構わないが。
仕事があるならそれをこなす、仕事が来るからそれをこなす。ただそれだけの事でないか。それ以上に何があるというのだ。
とにかく、任された仕事を片付けるとしよう……

「クライス一尉!」
「──? どうしたのかね」
「かなりの数の魔法陣を展開している様ですが、お身体の方は大丈夫なんですか?」
「この程度で驚いては、武装隊で働けないぞ?」

 そう答えるヴァイパーの周囲には大量の魔法陣が展開されていた。その数、256個。それだけの数の魔法陣を展開するのは良いが、魔力が枯渇しないのだろうか。
ヴァイパーに声を掛けた司書はヴァイパーの身を案じ、無理しているなら手伝うと言い始めたのだ。しかしヴァイパーはそれを断り、別の場所に向わせる。

(──無限書庫の歴史に、質量兵器と魔導兵器、ACPPを一生楽しむ本か。……む? 何でこんな物があるんだ?)

 ヴァイパーは整理作業をこなす途中、ある本を見つける。それはゲームに関する本で、所謂攻略本と呼ばれる物だ。しかしヴァイパーが見つけた本は攻略本としての価値が低く、おまけとして載っている設定画に資料的な価値があった。
しかも発行した出版社は既に倒産しており現在古本屋市場に出回っているものしかないためか、大変貴重な物であった。
それを見て自身の前世を思い出し感傷に浸るものの、仕事に追われていたため片付ける。数分程して作業を終えるとベルが鳴り司書達は昼食を採りに行く。しかしヴァイパーは昼食に行かずに新たな作業へと入って行った……


「むむむ……負けないっスよ」
「ハハハ、俺二勝てルと思っているのカ?」

 ウェンディ・ナカジマは男と勝負をしていた。男──ユゥルブルム・トランザムはワサリア・ミフカタに破れた後、一通りの取り調べを受けて保護施設に連行され、ナンバーズと仲良く更正プログラムを受講していたのである。
因みに二人が行っている勝負はビデオ・ゲームであり、状況はトランザムが優勢であり、周りでは姉であるディエチ・ナカジマとノーヴェ・ナカジマが記録映像を観ていた。

「……その本、楽しい?」
「ああ……」

その一方ではチンク・ナカジマが彼女──アルピナ・C・ノーヴェンと読書をしていた。二人の読書速度は速く、既に読破した本が二人の後ろに塔としてそびえ立っていた。
ノーヴェンはトランザム同様、オルテ・コーネリウスに回収されて更正プログラムを受講し今に至る。二人の更正プログラムの受講態度は良好で、早期の社会復帰が現実となりつつあった。
……就職活動を除いて。

「やっぱレッドだろ、ディエチ」
「いいやイエローだね、ノーヴェ」

 ノーヴェ達が観ている映像は最近流行りの特撮戦隊ヒーロー物の番組で、三人組の傭兵達が悪の組織に立ち向かうと言うストーリーだが奥が深く、それが二人の心の琴線に響いたのだ。
二人の視線の先にある空間モニターには青、赤、黄色の男達が掛け声を上げながら組織の戦闘員共を蹴散らしていた。
──青色が左手に持つ剣で斬ったかと思えば、黄色が両手の光線銃をぶっぱなし、赤色が掴んでは投げ飛ばす。

『ンムフハハハハハハハ、そこまてだシャノンジャー! これを──』
「レッド、ブルー。いつものアレで行くぜ!」
「おう」
「任せとけって!」

敵の幹部がナニやら言っているが、それを無視し青色と赤色が地面に片膝を付き黄色が二人の後ろに立つと、三人の間に水色の砲身が出現。緑色の粒子が収束され、放出される。
メガコジマスマッシャーと呼ばれる必殺技の発射シーンに、二人の瞳は少年の様に輝いていた。
そんなこんなで楽しそうな生活を送っている一方、ヴァイパーはと言えば──


「──これで終わりか……」

 私の前にあった大量の本も、今や片付けられ、その全てに分別用のタグを付けられていた。そして本に付けたタグを有効にするため、本の題名を端末にひたすら打ち込んでいた。

「クライス一尉、もう終わったのですか?」
「いえ、後はここの全ての本の題名を入力するだけです。スクライア司書長」
「そうですか。……貴方に依頼した仕事はそれで終わりです」

 スクライア司書長が今やっているもので仕事は終わりだという。……仕事が足りない気がするのは気のせいかね。そう愚痴ったら彼は驚いていた。この量では私が出るまでの事は無いと思うのだが……

──僕はクライス一尉の発言に耳を疑った。と言うのも、仕事が足りない、と言うのだ。彼には司書達が三年掛かってこなす量を依頼した訳だが、それを半日で終わらせて尚仕事が足りないと言う。
しかし、彼には悪いが仕事をこれ以上依頼する事は出来ない。司書達は自分の仕事は自分でやるからだ。かといって彼を怠けさせる訳にはいかないし……弱ったなぁ。
ユーノが少し悩んでいたその時、無限書庫に来客が訪れ、来客……クロノ・ハラオウンがユーノ達の所へ歩み寄ってくる。

「ユーノ、どうしたんだ一体? それにダッジも」
「……クロノか。今クライス一尉には仕事を手伝ってもらったんだよ」
「ダッジに?」 

 ああ、とヴァイパーが相鎚を打ち、クロノは頼んだ仕事は終わったのか。とユーノに問う。ユーノは既に終わらせていたのか、にやにやと笑いながら依頼された書類を渡す。
それに軽く目を通しながらクロノはユーノと雑談し、ヴァイパーはその隙に適当な本を手に取り読む。何故か二人の話は長話になると予想していたからだ。彼の予測通り二人の会話は長話となり、時は流れた。

「──おや、もうこんな時間だ」
「あはは……少し話しすぎたね」
「ああ。ところでダッジの姿が見えないが……?」

 ヴァイパーの姿がない事にクロノが気付き、二人は辺りを見渡すもいない。しかし、その代わりに書き置きを見付ける。
ユーノが書き置きを読むと、急用が出来た為帰らせてもらう。と簡潔に書かれていた。急用なら仕方ないな、二人が納得したその時。

「クロノ提督、こんにちはー」
「おや、ヴィヴィオじゃないか」
「こんにちは、ヴィヴィオ」

幼い新人司書──高町ヴィヴィオが二人に挨拶する。今日もまた、なのはと待ち合わせをするのだろう。そう思い、二人はにこやかに笑った。


 ヴァイパーは居住区をひたすら走っていた。と言うのも両親から話したい事があると言う。それを仕事中に伝えてくる位だ、何か大切な事に違いあるまい。

──その後、ヴァイパーが両親から事の次第を聞いて歓喜したのは言うまでもない……



あとがき:蒼パルようやく撃破したぜメルツェェェェェル。それと感想レイヴン再びの登場



[14123] 英雄の一日
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2015/06/15 00:07
「愛無き世界、悲しき願い……」

 高町なのははある歌の一節を口ずさみながら久々の書類仕事をこなしていた。何時も書類仕事を奪っていく元凶も、今はいない。
その為か、彼女の気分はいい傾向である。最も、友人達と談笑したり隊長と教導の在り方について議論する事の方がいいし、当然ながら愛娘との一時が一番なのは言うまでもない。
首にぶら下げた自身の相方──「不屈の心」 レイジングハート・エクセリオンがそのボディをぴかぴかと光らせ、気分が良いみたいですね、と話し掛ける。
それに彼女はにっこりと微笑み、そうだね。と答える。……ふと思い、時計を見ると12時を指している。それと同時にチャイムが鳴り、昼食の時間である事を伝える。

「何だか、お腹空いちゃったな」
【マスター 今日の昼食は何をお食べに?】
「そうだね、今日は……ラーメンにしようかな」

 なのははオフィスから近いラーメン店へと脚を運び、暖簾を潜って中に入る。そのまま壁際のカウンター席に座り、店員に塩ラーメンを注文する。
しばらくして注文した塩ラーメンがやってくると、割りばしに手を付け壁に埋め込まれたテレビ──かなり古い物だ──を見やる。
元々自身の出身世界の物であったそのテレビは、内装こそミッドチルダに合わせた仕様となってはいるが、何処か彼女の心に郷愁の念を抱かせる物であった。
そのままテレビを眺めているとラーメンがのびてしまいそうな事に気付き、割りばしを割って麺を啜る。麺は細めの繋ぎに卵を使った縮れ麺で、それがスープに良く絡んで美味しい。
スープを蓮華で掬って飲むと、鶏ガラと豚足から取られたダシと、塩等の香辛料の味わいが口内を満たし、彼女の舌を旨味が刺激する。それに大変機嫌を好くしたのか、彼女の髪形──サイドポニーがぴょこぴょこと昔程ではないがしっぽの様に──揺れる。
店内は昼間にもかかわらずなのはと店員の他には僅かな人数の客しかいない。しかしそれがなのはを喜ばせた。
と言うのも、彼女は有名人である為どの店に行っても大抵雑誌編集関係者に見つかってしまうのだ。しかしこのラーメン店に限っては誰も来ない為、彼女の中である意味オアシス的な場所と認定された。
無論、このような場所は幾つもあり、その中には時々しか行けない“あの街”も入っていた。


「~♪」

 会計を済ませたなのははオフィスに戻ると、給湯室で丁寧に歯を磨く。これは最近始めた習慣の一つで、愛娘のヴィヴィオと二人で観ている、最近始まった刑事ドラマ物の番組、「爽快ドミナント刑事江波次慧(エヴァンジェ)」の主人公の真似だ。
給湯室で歯を磨く事が仕事の効率化に良いと信じて疑わない主人公のやり方に、ある意味感銘を受けた彼女はそれにあやかり歯を丁寧に磨く様になった。
歯磨きが丁寧になった為か、実際に仕事の効率が三割程良くなっていたのもある。彼女は歯を磨き終わった後、自分のデスクに戻り仕事を再開する。

「はい……」
『────』

キーボードをかたかたとタイプしていると、何やら通信が入る。相手は先週教導を行った部隊の隊長で、教導の件で謝礼したいと言う。

「……いえ、わたしは大丈夫ですので。はい、お気持ちだけ……」

なのははそれをやんわりと断ると、今度は──

『高町なのは一等空尉、至急医務室へ出頭願います。繰り返します……』

──放送が入り医務室に呼び出される。なのはは何だろうと思いつつ、許可をもらい医務室へと歩いて行った。


──はぁ、数週間前とは偉い違いだぜ。

 オルテ・コーネリウスは空を見上げ、ため息を付いた。彼は数週間前職探しの最中、偶々受けたドラマのオーディションで主役として抜擢されたのだ。
無論心境はと言えば、大喜びであった。演技の方も、先輩俳優達に高く評価してもらっていた。

「しっかし、ワサリアのおっさんには感謝しきれねぇな、こりゃ」

 俺は思う。俺が俳優になる切っ掛けを与えてくれた彼に感謝しきれない気持ちがある事を。そして、キファさんに今の俺を見せてあげられなかった事を悔いる気持ちもある事を。
今度、キファさんの墓参りをしよう。そうすれば、彼も天国(あっち)できっと喜んでくれるに違いない。
オルテが煙草を啣え、紫煙を空に燻らせつつ、空を眺めていると……

「……元気?」
「元気カ?」
「んあ? ……おお、ノーヴェンとトランザムじゃないか。職が決まったのか?」
「うん」
「まあナ」

──一度刃を交えた相手──ノーヴェンとトランザムの二人がオルテに会いに来た。ここに来たという事は、どうやら無事就職出来たらしい。
ノーヴェンは無限書庫へ配属が決まっていると聞いたが、問題はトランザムの方だ。何せトランザムの発音は何処かおかしいところがある。
まぁ、面白い奴ではあるが……一体何処に就職したのだろうか? そう思い、尋いてみた。

「なあトランザムよ、お前何処に就職したんだ?」
「オレカ? オレは……February☆ランドダ」
「February☆ランドか、まあ妥当だな……」

 February☆ランドとは数年前から運営されているテーマパークで、珍しい生物や乗り物で有名な所だ。
ドラマの撮影で一度脚を運んだ事があるが、中々面白い場所だった。……何故か共演の女優が恐がっていたが。
つくづく異性の事は分かりにくいもんだ。オルテが二人と談笑しているその頃……


「──魔力素、ですか?」
「ようやく分かったのよ、彼が“汚染患者”と言う所以が」

 わたしはシャマル先生の話を聞いていた。シャマル先生曰く、ヴァイパーさんが自身を“汚染患者”と言う訳は彼自身の身体にあると言う。
彼は幼い時に左腕を失った。それと同時に超高濃度の魔力素に汚染されたというのだ。恐らく、殺傷型魔導兵器の被害にあったのだろう。と言うのがシャマル先生の見解だ。
更に調査の際にリンカーコアがどうなっているのかといえば、一次成長期の真っ只中であった彼の身体が魔力素に汚染された結果、突然変異を起こしたとか言い様が無いらしい。

「私も知らなかったわ……魔力素に汚染されるなんて」
「そんな事って……」
「でも、問題はここから。実は彼、痛覚が無いみたいなのよ」
「痛覚が?」

そう。と相槌を打つシャマル先生。だからだろうか、あの時わたしが放ったスターライト・ブレイカーが直撃しても直後に反撃を貰ったのも。
更にフェイトちゃん曰く、彼が負傷した際に応急手当てをしたらしいのだが、かなり強引な方法で止血をしたらしい。その時も、彼は表情を変える事はなかったという。

「後、魔力汚染の後遺症として──」
「お喋りはそこまでにしてもらおうか、シャマル医務官」
「──?!」
「ヴァイパーさん……?!」

 怒気混じりの男の声──ヴァイパーさんの声だ──がシャマル先生を震え上がらせる。彼は何故かバリア・ジャケット姿でこちらにやってきて、睨んでいた。

「全く、まだ諦めていなかったのか」

ヴァイパー=D・クライスはそう吐き捨てるように言うと、なのはの前に歩み、左腕に持っていたアタッシュ・ケースを渡して去っていく。
なのははアタッシュ・ケースを怪訝に思うも、中身を見て納得する。アタッシュ・ケースの中には封筒とレイジングハート用のマガジンの形状をした物体があり、封筒を開けると隊長からの命令書であった。
命令書の中身は、「今度行われる戦技披露会でそれを装備して参加してくれ」と言うものであった。謂わば新装備の実験配備であり、なのははそれへの参加を命令されたのであった。

「一体何だったの……?」
「とにかく、私が調べていた事はばれていたみたいね……おや、何かしら?」

シャマルが気分転換にとニュースを眺めていると、あるニュースが目に入る。その内容は、映画俳優で実業家のコルドバ・クライスが離婚していたはずの妻と復縁したという。
その事を息子であるヴァイパーにインタビューしようと記者達は奮闘している光景をバックに、二人は固まる。

「ねえシャマル先生、ヴァイパーさんって……まさか」
「そのまさか、よね」

そして二人はある事に気付き、しばらくして驚愕の叫び声を上げた。そう、ヴァイパーの父親が人気映画俳優である事に今まで気が付かなかったのだった。


「ただいま……」

仕事を終えたわたしは暗くなってしまった自宅の玄関に入る。そのままリビングに向かうと、ラッピングされた食器と、その脇に書き置きが。
書き置きの筆跡から、書いたのはヴィヴィオの様だ。それを読み上げると、わたしの為にと料理を作ってくれたらしい。
わたしは書き置きを元に戻すと、娘の部屋へと忍び込む。当然、書き置きを書いた本人は熟睡していた。

「ありがとう、ヴィヴィオ」

なのははヴィヴィオに静かにお礼を言うと、夜食を摂りにリビングに戻る。

「あっ、なのは……」
「お帰り、フェイトちゃん。今帰ってきたばかり?」
「うん……」

リビングに戻ると同じく帰りが遅かったのだろう、フェイトちゃんがいた。彼女は次元航行艦隊に所属している為かあまり帰ってこれないのだ。
ついこの間も、事件の捜査でミッドに来ていたが負傷してしまったという。確かその時はマリアージュ事件の真っ只中だったはず……?

「フェイトちゃん、マリアージュ事件の捜査にいたの?」
「違うよなのは、マリアージュはティアナが担当。私は別件で……」

その後少し吃って「ごめん、これ以上はなのはでも話せないんだ」と謝られたが、わたしには十分だった。
今日はもう遅い。さっさと夜食を食べシャワーを浴びて、眠るとしよう。……その前に、お気に入りの曲を聴いてから、ね。
なのは達が夜食を採っているその頃、彼はと言えば……


「やあ可愛いマイハニー、今日もオトナシク待っててくれたかい?」
「勿論よマイダーリン、オトナシク待ってた甲斐があったわ!」

 部屋にいる男女は大勢の犬達に囲まれてもにやにやと笑い、イチャイチャしていた。
男が他の犬より一回り大きいぶち柄の犬──ブル・テリアの頭を撫でると、ブル・テリアは主人の意を察したのか、他の犬達を引き連れて部屋を出ていく。
それと同時に女が服を脱ぎ始め、男──スニカニ等陸尉──が部屋の電灯のスイッチを切り、そして言う。

「サベージビースト、行くぜ! マッハで楽しんでやんよ!」

 その夜はやけに犬達の遠吠えがミッドチルダ全域に鳴り響いたという……



あとがき:書いた作者の脳内は労働者M状態。働け 働け 働け……
そしてなのはさん主役の話



[14123] 彼女の一日
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2010/05/13 17:33
──それじゃ、お願いします。

 執務室のデスクで私──フェイト=T・ハラオウンは査察部の人間に査察の依頼を出していた。なのはの職場──戦技教導隊に査察依頼をしても良かったが、効果が無いだろうと判断した為だ。
それにしても、新型デバイス──G84Pの成果には目を見張るものがある。配備された部隊の展開効率が段違いに良くなっている。
しかもリンカーコアが無くても、魔法が使える様になる……お陰で犯罪も増えたが。だがそれは、仕方の無い事だと思わざるを得ないだろう。実際、設計者の彼もそれを予期していた様だ。
デスク・ワークを終えた私は、シャーリーと共にメンテナンス・ルームに脚を運ぶ。と言うのも、バルディッシュをメンテナンスに出したのだ。
メンテナンス・ルームに辿り着くと、ティアナ・ランスターがいた。どうしたのだろうか? 私は彼女に尋いてみる事にした。

「ティアナ、どうしたの?」
「あっ、フェイトさん。フェイトさんもメンテナンスですか?」
「そうだよ。……と言う事はティアナも?」

 はい。とティアナは返事し、私は彼女を連れて中に入る。室内は薄暗く、カプセルに入った待機形態のデバイス達がきらきらと輝いている。
そんな中、私はマリエル・アテンザ──通称マリーの姿を探すと、彼女は一つのカプセルの前にいた。カプセルの中には金色の台座──バルディッシュが。
バルディッシュがボディをぴかぴかと光らせ、メンテナンスが終わろうとしていた。私がマリーの背後に近付き声を掛けると、気付いていないのか彼女は笑い声を上げながら部屋を出て行った。

「どうしたんでしょうかね、マリーさん」
「さぁ……?」
「まさか、また──」

シャーリーがはっと気付いたその時、マリーの声が聞こえてくる。──悲鳴だ。
何かロクでも無い事が有ったに違いない。そう判断した私は、ティアナとシャーリーの三人で声の元へと向かった。

 フェイト達がマリーの元へ向かうと、彼女は地面にへなへなと座り込んでいる。彼女の視線の先には暗銀色のウェストポーチが。
それを見たシャーリーがやっぱり。と呟き、ティアナがマリーの体を引き起こす。フェイトが何が有ったのか問いただすと、何やらうわごとの様に呟いている。

「まさか……あり得ない」
「どうしたのマリー? 大丈夫?」
「……フェイト、さん?」

フェイトの声に気が動転していたマリーは落ち着きつつある様で、少しずつ状況を話し始めた。彼女曰く、ウェストポーチ──ARGYROSが女性の姿になったと言う。
別に、デバイスが人の姿をとるのは問題が無い様に思われるが、現行のデバイスでそれを行うのはリインフォース・ツヴァイやアギトと言った融合騎しかいない。
故に、ブースト・デバイスでしか無いARGYROSが行うと言う事は技術的に無駄でしか言い様が無いのだが、デバイス・マイスターであるマリーが驚くには十分であった。

「でも、どうしてそんな事をしたのかな、ARGYROSは?」
【I have successfully maintained itself. So, until we just check feature. Just came back it happened to her.(私は自身のメンテナンスが完了しました。ですから、ただ機能チェックを行ったまでです。偶々そこに彼女が戻ってきただけです)】
「成る程ね……それで、何で英語なのかな?」
【……こちらの方が、宜しいですか?】

 エース・オブ・エースにそっくりの声で回答するARGYROSに、一同は驚愕する。フェイトはあくまでも冷静に唸ってから、日本語での会話を希望する。
それにARGYROSは快く承諾し、会話が再開される。しばらく話し込んだところで、マリーがナニカを思い出したのか駆け出して行く。
彼女が戻ってくると、彼女の手にはバルディッシュとカード状のデバイス──クロスミラージュが。つまり、二人のデバイスのメンテナンスが終了した事を意味していた。
二人はデバイスを受け取ると、ティアナは仕事が有りますから、とフェイト達に言い残し部屋を去って行く。

「それで、何でなのはそっくりの声なのかな?」
【これは高町女史の音声ではありません】
「じゃあ、誰の音声?」
【さあ……? 私には皆目見当がつきません】
【……本当に、そうなのか?】
「バルディッシュ?」

バルディッシュの呟きに疑問の声を上げるフェイト。しかし、ARGYROSはバルディッシュの発言を無視し沈黙する。
沈黙した場をマリーがわざとらしく咳払いをし取り直す。フェイトは自身の仕事がまだ残っていた事を思い出し、執務室に戻ろうとすると、突如回線が開き空間モニターが投影される。

『ハラオウン執務官。悪いですが貴官の仕事はこちらで処理させてもらいました。貴官にはオフシフトの命令が出ています』
「あ、ありがとうございます。クライス一尉」
『それでは』

 通信の相手はヴァイパーで、内容は例のごとく仕事の代行処理であった。その為彼女の仕事は無くなってしまい、上司から帰宅しても良いとの命令が下りたのである。
シャーリーにも同様の命令が下りたらしく、中々得られない貴重な休暇に彼女は喜んでいた。その一方で、ARGYROSはボディをぴかぴかと光らせていた。
暇を持て余したフェイトは取り敢えず高町家へ寄る事にした。バルディッシュのメンテナンスが終了した今、ここにいる意味は無いからだ。
駐車場を歩き、車に近づくとナニやら自分に近づく足音が聞こえてくる。後ろを振り返ると、ティアナが駆け寄ってきた。

「ティアナ、どうしたの?」
「フェイトさん、実は……」

ティアナがナニカ言おうとした時、フェイトは即座にその内容を悟りティアナを制止する。

「……言わなくていいよ。分かったから」
「は、はい……」

フェイトが悟った内容とは、ティアナもヴァイパーに仕事を取られた事だ。しかしながら、執務官の仕事を奪う教導官とは一体何なのだろうか。
フェイトは嘆息しつつ、咄嗟に思いついた事にティアナを誘う事にした。思いついた事──それは、親友の愛娘と一緒に外食に行く事だ。
ふと気が付けば、ティアナが困惑している。どうやら放心していたようだ。フェイトはそれに気付きティアナに自分は大丈夫である事をアピールする。
フェイトは安堵したティアナに、外食の件を持ちかけてみる。ティアナなら乗るはずだ……。そんな予想をするが、彼女の予想に反しティアナは断る姿勢を見せた。

「あたしは用事があるので、これで」
「うん。気をつけてね」
「はい」

 駐車場の出口でティアナはタクシーを拾い、何処へと走り去って行く。
フェイトはそれを運転席の窓ガラス越しに眺めると、タクシーとは別の方向──北へと針路を向け車を走らせた。

「あれれ……?」
「どうしたのヴィヴィオ?」
「うん、ちょっとね……」

 高町ヴィヴィオは友人のコロナと放課後の校舎の廊下を歩いている途中、艶消しの黒色──マット・ブラックのスポーツカーを見付けた。

(確かあの車は……と言う事はもしかして)
「高町さん、昇降口で女の人が待ってましたよ」
「あっ……はい。ありがとうございます、先生」

向こうから歩いてくる女性教師──ヴィヴィオ達のクラスの担任だ──がヴィヴィオを見付けると、女性が待っていると伝える。
ヴィヴィオはコロナと別れ、昇降口に急ぐと、そこには金髪の女性──フェイトが待っていた。ヴィヴィオがフェイトの所に駆け寄ると、フェイトはヴィヴィオの髪を優しく撫でる。
そのまま二人は車に移動し、乗り込む。フェイトがコンソールを操作すると、音楽が流れてくる。
音楽はミッドチルダで流行りの曲で、緩やかな曲調が人気の曲だ。その音楽をBGMに、ヴィヴィオはフェイトに話し掛ける。

「ねぇフェイトママ、今日はどうしたの?」
「お仕事が早く終わったからちょっと、ね……」
「そうなんだ。そう言えば、今日はなのはママも早く帰れるんだって!」
「へえ、なのはもなんだ……」

その後二人は和やかに会話し、車は高町家へと到着する。二人が玄関のドアを開けると、なのはが待ち構えていた。
なのははフェイトを見て驚く。と言うのも、彼女の仕事が終わった事を知らなかった為であった。
既に時間はティータイムには遅く、空が紅くなりつつあった。フェイトはなのはに誘われ、リビングに上がり込む。
夕飯も食べていきなよ。と言う二人の好意もあってか、フェイトはリラックスしていた。
その一方で、彼はと言えば──

「……うむ、今回はここまでとしよう。諸君、ご苦労だった」
『ありがとうございました!』
「いい返事だ。期待しているぞ」
『はい!』

 ワサリア・ミフカタは久々に教導に出ていた。普段は現場ではなく後方で教導官達を纏める立場の彼だが、今日は偶々教導官達が皆出払っていた為、自身が教導を行う事となったのだ。
しかしその体力は現役の教導官程とは行かないが、同年代のそれを凌駕していた。本人もまだまだ若い者には負けんよ。と豪語しているぐらいだ。
ミフカタは資料と報告書を纏めながら、年下の友人の身を案ずる。と言うのも彼は、仕事に関して異常な程の量を要求する。
故に、ミフカタが纏めている書類の大半の出所は彼だ。全く大丈夫なのかね。ミフカタは薄暗いオフィスの中で一人、書類を纏めるのであった。

「ねえ、フェイトちゃん」
「何? なのは」

 薄暗い寝室のベッドで、なのははフェイトに声を掛ける。フェイトはなのはが酒に酔っていないか警戒しつつ、身体をなのはの方に向ける。
するとなのはの表情は真剣で、彼女がナニカ大切な事を伝えたいと言う事が伝わってくる。
何だろうか。フェイトはただ疑問に思い、なのはが言葉を紡ぐ。

「これからもよろしくね。フェイトちゃん」
「こちらこそ、よろしくね」

──二人は笑う。とてもにこやかに。その笑顔は見るものがいたら、どこか心地よいものが感じる事が出来るであろうものであった。

【眠りましたね……】
【ああ、眠られた】
【それでは、始めましょうか】
【そうしよう】

 二人が眠りに就いて数分。二機のデバイスは会話を始める──と言っても、はた目には分からないものであるか。
二機の話題は、それぞれの出会いと歴史である。主達が眠っている間暇な二機は、こうやって時間を潰しているのだ。
故に、二機の主との相性の良さはこうした事が原因の一環となっていたのだ。

【ARGYROSから情報提供がありました】
【どのようなものだ?】
【ARGYROS自身の仕様データです。ただ、この仕様はかなり過激と言うべきか、何と言うか……】
【……?】

 私はレイジングハートから受信した情報を見て、成る程確かに彼女が困惑する訳だと理解した。
と言うのも、ARGYROSの稼働時重量はとてもヒトが素手で持てる筈が無い物だった。数値で言えば、992ld(450kg)も有る。
これでは身に付けるどころか持ち上げる事すら出来ないだろう。例外としてはナンバーズの様な戦闘機人達なら装備する事が出来るぐらいか。
ARGYROSの仕様は明らかに彼だけの専用機と言うに相応しいものだ。それ故に、あまり触らせたくないのも頷ける。
──おや、もう朝か。そろそろ二人がお目覚めになられるだろう。会話の事を悟られる訳にはいかない。

【朝か……そろそろ止めにしよう】
【そうですね、マスター達に心配をかけさせたく有りませんし】

 バルディッシュがレイジングハートに会話の終了を提案し、レイジングハートはそれを了承。
高町家の朝が今、始まろうとしていた……


あとがき:二人がリリウムリリウムしてるかは貴方のエロム脳次第です。



[14123] 男と英雄達
Name: B=s◆60f16918 ID:9aebbd29
Date: 2020/01/21 04:25
 遠く奥深い次元空間に、それはあった。時空管理局本局の一角──艦船用ドックに現在停泊中のXV級次元航行艦『クラウディア』の一室にて、三人の男女が話し合いをしていた。

「──それで、肝心の相手なんだけど……」
「うん」「一体誰なんだ?」
「それがね……」

 三人の中の一人──緑色の長髪の男──ヴェロッサ・アコースが二人の男女──クロノ・ハラオウンと、その義妹のフェイト=T・ハラオウンに説明していた。
内容は今度行われる戦技披露会に向けての打ち合わせである。
アコースが指をぱちん、と鳴らすと二人の前に空間スクリーンが展開、情報が表示されたそれを見て、二人は目を見開く。

「航空戦技教導隊の第5班と質量兵器対策班……」
「と、言う事はまさか」
「そう。なのはちゃんと、ダッジ兄さんなんだよねぇ……」

アコースの言葉に溜息をつくクロノ。と言うのも、相手が両者共に少し手強いタイプの人間だからだ。
と言うのも、相手である高町なのはは極めて高い魔力量を持ち、もう一人の相手であるヴァイパー=ダッジ・クライスに至っては魔力切れを起こさない事を知っていたのだ。
──二人に勝つには少し策がいるな、クロノ・ハラオウンよ。クロノは一人、自問していた。
その一方でフェイトはと言えば……

(今度の相手はなのはかぁ……何年振りになるんだろう?)

相手は親友であるなのはと、ちょくちょく一緒に仕事する事があるヴァイパーさん。なのはの手の内は今までの戦いの中である程度掴めているけど、問題はヴァイパーさんだ。
彼の戦闘スタイルについては何も知らない。お義兄ちゃんは何か知っているみたいだけど……
 フェイトが思考していたその時、彼女が手に持っていた金色の台座──「閃光の戦斧」 バルディッシュ・アサルトが彼女に話し掛ける。

【主 少し話したいことが】
「……? どうしたのかなバルディッシュ」
【彼……クライス氏のスタイルですが、奇襲を旨とする傾向が有るようです】
「どこでそんな情報を?」
【はい 彼のデバイス……ARGYROSがそう言っておりました また、交戦対象の情報収集も行うとの事です】

意外な事に、バルディッシュが彼の戦闘スタイルについて僅かだけど情報を提供してくれた。奇襲戦法を仕掛けてくるとなると、警戒が必要かな。
更に私やお義兄ちゃんに関する情報収集をしているみたいだし、これは手強そうだ。少なくとも、暫らくは家に帰れないね。
ヴィヴィオにメールを送らなきゃ……フェイトは分割思考の一つでそう考え、もう一つの分割思考でクロノ達の会話を聞いていた。


「──これにて教導を終了する。諸君、ご苦労だった」
『お疲れ様でした!』

──ヴァイパーは自身が受け持っていた部隊の教導を終え、廊下を歩いていた。
その途中、一緒に歩いていた部隊の小隊長が自分の小隊はどうだったかと問われ、ヴァイパーはそれに少しきつめの評価を下していた。

「貴小隊は些か質量兵器を甘く見ている節が見受けられる」
「──はぁ。それで、どのような所が悪かったのでしょうか?」
「うむ。特に小型の質量兵器──拳銃やナイフ類、手榴弾に対する反応が良いとは言えなかったな」
「……ご指摘、ありがとうございます」

 何か含みのある言い方で小隊長は言い、踵を翻し去って行く。ヴァイパーは彼の背中を眺め、あの様子なら大丈夫だろう。と判断し駐車場へと足を運ぶ。
車の方に歩くと、ドアを開けて乗り込み、エンジンをかける。キュルキュルとセル・モーターが廻り、手が入り調律された8.4リットルV型10気筒エンジン──1200馬力のモンスター・マシン──に火が入る。
最近ヴァイパーは車を乗り換えた。……とは言っても、以前乗っていた車──2002年式ダッジ・バイパーGTSから、2010年式の最終・競技専用モデル──ダッジ・バイパーACR-Xにだが。
以前乗っていた車はどうしたかといえば、車を欲しがっていたコルドバにそのまま譲り渡し、数年前に購入したこの車をガレージから引っ張り出したのだ。
今乗っている車のカラーリングは、日産・R34型スカイライン用のベイサイドブルー・メタリックを基調に、フロントバンパーからトランクにかけてホワイトのストライプが描かれている。
因みにヴァイパーが乗っているグレード──ACR-Xはごく少数しか生産されなかった上、公道走行が不可能なレース専用車の為か希少価値が高かった。
当然ながら地球では公道を走る事は不可能だが、ここはミッドチルダだ。よって、地球の法律は関係ない。

//////
─┬>脳内再生BGM「Autobahn」再生
 └>実行許可 脳内再生BGM「Autobahn」 再生開始……
//////

 私は車の運転の傍ら、その脳内ではいくつもの作業を処理していた。とても爽快感溢れるBGMを聴きつつ、報告書と教導資料の作成。
更に今度行われる戦技披露会に向けての情報収集と打ち合わせを高町一尉と行う事になった。
その為、彼女と待ち合わせををする事にした。今、その待ち合わせ場所に着いた訳なのだが……遅れたのだろうか。
待ち合わせ場所に着いたヴァイパーが車内で体を伸ばし楽にしていると、何者かが助手席の窓をこつこつ、と叩く。
ヴァイパーがドアを開けて身を乗り出すと、栗色のサイドポニー──高町なのはがファースト・フード店の物らしき紙袋を持って立っていた。

「待たせましたかな?」
「いえいえ、わたしも今着いたばかりです」
「そうでしたか」

ヴァイパーは助手席の方に身を乗り出しドアを開けると、なのははそのまま乗り込み色々と眺めた後、ヴァイパーに言う。

「新しい車に乗り換えたんですか?」
「ええ、ちょっと訳ありですが」
「……この車、レーシングカーですよね」
「ご名答」

 ヴァイパーさんが車を乗り換えた。それも、レーシングカーに。そして今、わたしはそれを深く実感していた。……身を以て。
エンジンと排気管からの轟音が車内に響き渡り、その音量になのはは耳を塞ぐ。それを見たヴァイパーはドアに後付けした小物入れから耳栓を取出し、なのはに渡す。
それを受け取ったなのはは耳に装着すると、ヴァイパーに念話で話し掛ける。

(何でまた、レーシングカーなんかに?)
(父が車を欲しがっていましてね。ガレージに偶々良いのがありましたから、それを選んだまでですよ)
(その良いのがこれって……)

 わたしの呟きにははは……と苦笑するヴァイパーさん。全くドウカシテルとしか思えない。
わたしを墜としたあの時といい、普段の勤務時間といい、常人では考えられない事ばかりしている。
……それにしても、脚の辺りが熱い。とんでもない排気量のエンジンの所為だろうか、凄く熱い。そう思い足元を見てみると、流石レーシングカーと言った所かカーペットの類が見当たら無い。
運転席の方を見ても、カーペットは無かった。そうこうしている内に車は打ち合わせの会場である談話室兼ライブハウス──「BIG BOX」に辿り着く。
「BIG BOX」の個室に二人は入ると、席に着く。しばらくして、話を切り出したのはヴァイパーだった。

「今回の件ですが、相手はお互い知り合いです」
「ええ。相手──ハラオウン兄妹の手の内は分かりますか?」

 わたしはヴァイパーさんにそう問い掛けると、ヴァイパーさんは持ってきていた鞄を開き、数枚の紙資料を取り出す。わたしはその中から適当に選び手に取る。

「それはクロノ提督の個人データです。それとこちらがフェイト執務官の個人データになります」
「凄い……こんなに情報が記載されてるなんて」

──まだまだ情報が足りないのに、彼女は驚いていた。別にこの程度の情報収集は皆やっている事だと思われるが、何をそんなに驚くのだろうか。
全く、若い世代の人間についてはからきしだな。ヴァイパーは内心自嘲していた。
ヴァイパーは知らない。自身の行動がやり過ぎだと言う事を。故に、ヴァイパーは加減についても知らなかったし、それが他人に異常だと思われる一端を担っている事もだ。
そんな彼となのはが順調に打ち合わせを進めていたその頃、デバイス達は──

【また会いましたね、ARGYROS】
【Only here is a raising heart after a long time】

 紅い宝石のペンダント──待機形態のレイジングハートが暗銀色のウエストポーチ──「XA-02 ARGYROS」に挨拶し、ARGYROSもレイジングハートに挨拶する。
傍から見ればボディをぴかぴかと光らせているだけに見えるが、実はこれが二機にとっての会話なのだ。
二機はたわいもない世間話から始め、しばらくしてレイジングハートがヴァイパーの事を話題にする。

【そう言えばARGYROS、あなたのマスターの事ですが……】
【Raven?】
【そう、ヴァイパー=D・クライスの事です】

 私はマスターがシャマル女史から聞いた話の一部始終を説明し、ARGYROSの意見を聞いてみる事にした。

【...It is roughly a correct answer. However, the mistake is partially found】
【間違い?】
【Yes. It is also important to place】

 肝心な所で……? 一体それはどういう事なのでしょうか? 私はそれを問おうとしましたが、生憎ながらマスターとクライス氏の打ち合わせが終わってしまったようです。
レイジングハートは主人達の打ち合わせが終わった事を悟り、それと同時に会話の終わりを悟った。
それに対し残念そうな声色で──とはいっても変わり無いものだが──ARGYROSと別れ、ふわふわと浮いてなのはの首にぶら下がる。

「それじゃ、また明日」
「ええ、また明日」

なのはとヴァイパーは別れると、それぞれ別々の出口から退出し帰路に就く。別々に帰る訳は記者達を警戒していたからだ。
帰りのタクシーの車内で、なのはは一人語ちる。打ち合わせの結果は中々良い結果に終わり、連携の練習を行なう事から始める事にした。
しかし、レイジングハートは何を話していたのだろうか。ヴァイパーさんがARGYROSを地面に置く時の慎重さも気になる。
そこはレイジングハートに尋くべきか迷ったが、彼女が自分で語るまで尋かない方が良いだろう。なのははそう判断し、窓から見える風景を眺めていた。


「それにしても……漸く復縁か。長かったよ」
【Yes. It is certainly long, Raven】

 つい最近、両親が復縁した。二人の息子としてはその事が少し嬉しかったが、三十路を過ぎた男としては何だか複雑な気分でもあった。
ミドルネームにダッジの名を入れたのは離婚した二人の懸け橋になればとの思いからであったが、その願いも叶った。
だからといって、今更名を戻す気にはなれないが。運転の傍らヴァイパーは苦笑し、アクセルを踏み込んで往く。
自身の手が入り調律されたエンジンが野太く、そして力強く咆哮を上げ、市街を毒蛇の様に駆け抜けていった。

 崩壊したビル群──廃棄区画兼演習場にて二人の男女が行動していた。男は遠く離れた所にいる女を見やり、女は男目がけ光球を撃ちだす。
男は後退しつつ右手に持っている拳銃の照準をつけ、そのトリガーを引く。銃弾は飛来してきた光球に命中し、消滅させる。
女はそれを見て舌打ちし、男を追う。男は瓦礫だらけの交差点を右に曲がり、女は右手に持つ巨銃を構えなおす。
男は瓦礫に息を潜め、銃の弾倉を取り出して残弾を確認する。残弾数、残り3発。男は残弾を確認すると、男の胴体が光りその形状を変化させる。
その一方で女は交差点を曲がり、巨銃の照準を男が隠れている瓦礫に向け、トリガーを引こうとした瞬間──男が飛び出してくる。
女は慌ててトリガーを引き発砲するも、当たらない。次弾を撃とうとしたその瞬間──男が懐に入り込み──顔面と左胸部に衝撃──そして転倒。

「あ痛てて……。負けちゃった」
「何とか勝てた、と行った所か」

 そして顔に銃口を突き付けられた女──ディエチ・ナカジマは自身の敗北を確認し、相手の男──ラッド・カルタスの手を掴み立ち上がる。
この模擬戦の発端は、新デバイスの運用テストをしていたカルタスに興味を持ったディエチが声を掛けたのが始まりだった。
結果はカルタスの勝利に終わり、ディエチは顔と胸に付いた塗料を必死に水で洗い落としていた。
……偶々来ていた周りの男性局員がディエチの行動に天を仰ぎ、カルタスが肩を竦める。
カルタスが右手の拳銃をくるくると回していると、男が歩いてくる。カルタスはその顔に見覚えがあった。
ヴァイパー=D・クライス。この間の事件で捜査協力に来てくれた教導官であり、新型デバイスの設計者だ。
彼はカルタスに気付き、右手を人差し指と中指だけ伸ばし敬礼をする。カルタスはそれに敬礼で答えると、ヴァイパーはそのまま歩いていった。
それを見ていた他の局員達がカルタスに問い掛ける。カルタスは質問攻めを巧く避け、ディエチにタオルを渡す。

「あれって……」

タオルを受け取ったディエチは水分を拭き取ると、ある人物を見つける。栗毛のサイドポニー……高町なのはである。
以前“ゆりかご”内部で砲撃勝負を仕掛け、見事に自分を打ち破った“エース・オブ・エース”が何故ここに……?
ディエチが疑問に思っていると、なのははディエチに気付かず先程カルタスが敬礼した相手──ヴァイパーの後を追って行った。

「──でも、あんな使い方があったなんて」
「意外でしたか?」

 なのはとヴァイパーは歩きながら会話していた。会話の内容はハンド・シグナルの方法で、ハンド・シグナルで簡単な会話をする方法の確認をしていたのだ。
念話があるではないか、と言う声もあるがAMF環境下やリンカーコアが無い者に念話が出来る訳では無いし、傍受される危険性も僅かだがあるのだ。
特に相手がクロノでは、他の魔導師より厄介だろう。あれは誰よりも私の手を知っている。ヴァイパーはそう捉えていた。

「そう言えば、ヴァイパーさんってクロノく……クロノ提督と仲が良いんですか?」
「……まぁ、彼とは家同士の付き合いもありますしね」

 ヴァイパーの交友関係に疑問を持ったなのははそれについて問い、ヴァイパーは渋々と答える。
別に何でもない事なのだが、年下の人間との付き合い、それも異性との付き合いは苦手であった。最も、仕事絡みとなれば話は別なんだが……
そんな自身の情けなさに内心嘆息しつつも、ヴァイパーは次のメニューにとりかかった。


「ほへー……」

──無限書庫の一角にて、金髪の少女──高町ヴィヴィオは呆然としていた。と言うのも、無限書庫の手伝いに来たら、蔵書整理がかなり進んでいたのだ。
そのまま呆然としている彼女に、男性司書が気付き声を掛ける。

「おや、どうしたい嬢ちゃん?」
「あ……うん。何か本が片付いてる気がして」
「実はよ、こないだ英雄(ヒーロー)が来てな」
「ヒーロー?」

 そう、英雄がな……と語る男性司書の頭を女性司書ががつん。と殴り付ける。痛てて……と頭を抱えながら持ち場に戻る男性司書。
それをヴィヴィオは不思議に思い、他の司書達に挨拶しながら司書長室で書類を書いているであろうユーノの元へと歩く。扉の前まで歩くと、ユーノが出てくる。

「やあ、ヴィヴィオ」
「おはようございます。ユーノ司書長」
「おはよう、ヴィヴィオ」

二人が挨拶したその時──休憩を告げるチャイムが鳴る。ちょうど空腹を覚えていた二人は食堂へと歩く。

「そう言えばユーノ司書長、ヒーローが来たって聞きましたけど……」
「ああ、クライス一尉の事だね」
「クライス一尉? 確かなのはママを病院送りにした人の事?」

 ……そうだね。と少し間を置いてから回答するユーノ。恐らく彼の心境はまずい事を喋ったかと言う自責の念に駆られているのだろう。
ぎすぎすしそうな二人の間に、一組の男女が割って入る。
片や白髪の男、もう一人は深緑のショート・ヘアの女性──ユゥルブルム・トランザムとアルピナ・C・ノーヴェンである。

「ちょっト相席してモ良いかナ?」
「あ……どうぞお構い無く」

 ユーノ達を見て気付いた二人は一計を案じ二人と同じテーブルに就く。ユーノの脇にトランザム、ヴィヴィオの脇にノーヴェンが座り、食事を摂る。
しばらくして、ユーノから事情を聞いたノーヴェンはくすり、と微笑む。
その様子にきょとんとしたヴィヴィオを見たトランザムが笑い出すに連られ一同は快活な笑い声を上げるようになった。


「──上か!」

 クロノ・ハラオウンは天を見上げ、これから来るであろう襲撃に備えていた。その直後、金色の閃光が視界に入り──咄嗟に防御する。
反撃にと右手に持つ杖型ストレージ・デバイス──デュランダルを打ち下ろすも、相手は素早く避ける。しかしそれを予期していたクロノは、バインドを仕掛けるも──

///
cd/s.surgical/d.bind(2000.2000.2000)/set
///

「その手はもう!」

──流石に同じ手は効かないか。クロノは苦笑すると、背後に回った仮想敵──フェイトの腹部に肘鉄砲を叩き込む。
更にそこからチェーン・バインドをフェイトの右腕に掛け、右手に持っているバルディッシュを自身の右足で蹴飛ばすも、そこから生まれた隙を突かれ、魔力を込めた左腕──プラズマ・アームを右足に叩きつけられる。
右足が感電し、筋肉が一瞬痙攣するも、クロノはフェイトを引き寄せその首を刈ろうとして──直前で止める。

「──今日はここまで」
「最後の動き、凄く……お義兄ちゃんらしくないね」
「当たり前だ。これはダッジのスタイルだからな」
「…………」

対戦相手の名を出され、その場で沈黙するフェイト。当然かもしれない、加減を知らない彼の事だ。そのスタイルは激しいものである事も想像を覆しがたい。
だが、このスタイルで来るかどうかははっきりしない。今のバリア・ジャケットを活かしたスタイルで来る可能性が高いが、一応知っておく必要がある。
何故なら相手は奇襲が好き──と言うよりは悪戯好き──な奴だ。しかし、向こうもこちらの事を調べているだろう。
だから厄介なのだ。質が悪いと言う言葉は、母と彼の為にあるようなものだ。だが、場合によってはこちらに勝ちが転がり込む事もある。

「どうしたの、お義兄ちゃん?」
「──っと、すまないなフェイト。考え事をしてたんだ」
「ふーん……でも、何でクライス一尉の事をミドルネームで呼ぶの?」
「ダッジとは昔からの親友だからさ。フェイトとなのはの仲と同じようにね」

──成る程。先程お義兄ちゃんが言った事を私が理解するのに時間はかからなかった。
しかし、今回の戦技披露会は何故タッグ・マッチなんだろうか? この前の披露会は一対一だったというのに。
フェイトの心に新たな疑問が生まれかけたが、即座にそれを揉み消した。今は、相手を知る事の方が大切だ。

──そして時は流れ、戦技披露会当日……

「遂に始まるのかぁ……フェイトちゃんと戦うの、何年ぶりだろう?」
「あいつと戦うのはかれこれ14年ぶりか……」

 なのはちゃんとクライス一尉はそれぞれ思いを言い、フェイトちゃんとクロノ君は──

「なのは……」
「ダッジが相手だと気が抜けないな。フェイトも気を付けた方がいい」

──クロノ君達もまた、それぞれの思いを言う。そしてそれを私──八神はやてはモニター室から眺めているという次第や。

 缶飲料を片手に隠しカメラのモニターを眺めるはやて。その隣で彼女の家族──「湖の騎士」 シャマルがせっせとに編み物に勤しんでいた。
何故編み物かと言えば、暇潰しと、編み物雑誌に投稿するからと言うのが理由だ。
実際彼女は編み物業界の中ではかなりの有名人で、彼女の作品についての特集が度々取り上げられる程だ。

「おっ……ザフィーラや。どうしたんやろ?」
「えっ、どれどれ……?」

モニターを眺めていたはやてがなのは達がいる控え室に接近する男──「盾の守護獣」 ザフィーラの姿を捉える。
ザフィーラとヴァイパーは何やら話し合っている様だが、何を話しているのか皆目見当が付かない。
気が付けばヴァイパー達が話し合っているその光景に、はやて達は釘付けであったが……

「はやてちゃん、シグナムとヴィータちゃんが……」
「おお?!」

更にフェイト達の元にシグナムとヴィータが訪れる。こちらも何やら話し合っている様だが分からない。
その事に悔しがっていると、何やら二人がこちらを見ている。……クロノとヴァイパーだ。二人はゆっくりと右腕を上げ──

『覗き見とは感心できませんな、……八神二佐殿?』

直後──モニターが砂嵐に変わる。どうやら二人に気付かれたようだった。ちょお惜しかったな、と少し悔しがってはみるも、何処か空しさを覚えるだけである。

「……ん?」
「はやてちゃん。そう我慢しなくてもいいんですよ?」

何だか情けなさを感じたはやての肩をシャマルが軽く叩き、はやてはシャマルの胸に縋り付く。おいおい、と涙を流すも、数分後にはシャマルの胸を揉みしだくのであった。


──やれやれ、はやてにも困ったものだ。

クロノは溜息をつくと、シャワーを浴びてくる、とフェイト達に言いシャワールームに入る。
服を脱ぎ蛇口を捻ると冷水が降り掛かり彼の身体から熱を奪うが、それと引き替えに意識をはっきりと、しっかりと覚醒させてゆく。

「……あまり、歌は歌わないんだが」

取り敢えず即興で思い付いた鼻歌を適当なメロディーで歌い、精神をリラックスさせる。身体が十分に冷えた後、クロノは蛇口を操作し温水で身体を暖める。
十分に身体を暖めた後、タオルで水分を拭き取り下着と黒いハイネックのTシャツとスラックスを着る。

「……準備完了、さぁ行くぞフェイト!」
「うん!」

 バリア・ジャケットを展開しシャワールームを出て、先行していたフェイトと合流したクロノは、披露会会場へと駆け出した。
クロノ達が会場に辿り着くと、対戦相手──なのはとヴァイパーだ──が待ち受けていた。
なのははバリア・ジャケットを展開していたが、ヴァイパーは公開模擬戦の時同様、グレーのツナギ姿であった。

「遅かったじゃないか……」
「ああ、待たせたな。それでは、始めるとしようか?」

 その前に、バリア・ジャケットを展開してからだが。とクロノは言い、何故か暗い表情のフェイトがなのはに声を掛ける。

「なのは……」
「フェイトちゃん、今は全力全開で相手する事だけを考えようか?」

なのはの言葉に、フェイトの表情が改まる。迷いが吹っ切れたのだろう。その顔は明らかに、そして戦意に満ちたものであった。
そしてヴァイパーがバリア・ジャケットを展開する。彼のバリア・ジャケット──先鋭的な形状の装甲に、両腕に持つ銃器。そして何よりも、彼の発言に一同は驚愕した。

『──貴様等には水底が似合いだ』

そして、戦技披露会の幕が切って落とされた。

「流石、ダッジと言った所か!」

 クロノは高速で機動する相手──以前の戦いで破損した「TYPE-4 Kerberos」の代わりとなる、「TYPE-4 LAHIRE/Stasis」を展開したヴァイパーと弾を交えつつ思う。
あれの速度は桁違いのものだ。その疾さは義妹のそれに勝らずとも劣らない。だがその反面、装甲が薄い筈だ。
故に、バインド類で脚を止める自分の戦いに何も問題はない。と判断しヴァイパーに接近、右手に持つ杖型のストレージ・デバイス、デュランダルを槍の様にして突き出す。
しかし、ヴァイパーは半身にして突きを逸らし、右手の銃型ストレージ・デバイス──「AR-700」を発砲して牽制する。

「案外、悪くはないな」
「よく言うよ全く!」

 何処か余裕げのある声色で喋るヴァイパーに、クロノは苛立ちを覚え始め、「14年前は逆の立場だったのに」と呟く。
14年前、ヴァイパーとクロノは空戦AAAランク魔導師試験の際、模擬戦を行った。
その時のヴァイパーとクロノは、受験者と試験官の間柄であった。そして結果はヴァイパーの敗北と不合格であった。
それ以来、クロノがヴァイパーと戦う機会が無かったと言う訳ではないが、少ない事は確かである。
クロノが苦戦しているその一方で、なのは達は……

「はぁ────っ!」

 フェイトが掛け声を上げながら「閃光の戦斧」 バルディッシュ・アサルトを構え踏み込んでくる。
それを見たなのははディバイン・シューターで迎撃、魔力弾が炸裂し視界を煙が覆う。

「貰ったっ!」
「まだだよフェイトちゃんっ!」

 煙の中から飛び出してきたフェイト。彼女がバルディッシュを袈裟懸けに振り、なのははそれを自身の相棒──「不屈の心」 レイジングハート・エクセリオンの胴体で受け止める。

『……!』

 歯ぎしりし均衡状態に入る二人。互いに状況を打破する隙を探してはいるが、中々見つからない。
ふと、なのはが驚いた表情を見せる。フェイトは隙を見付けたと放電しなのはを感電させる。
感電して動けないなのはの懐に踏み込もうとするフェイトに、魔力弾が襲い掛かる。
寸でのところで回避したフェイトの耳に、若い男の声が聞こえてくる。

「止まって見えるぞ、貴様。それでよくも閃光を名乗れたものだな」
「──!」
(落ち着けフェイト、今はなのはを無視してダッジを狙うんだ。二人で掛かるぞ)

 声の発信源──ヴァイパーが左腕に持つ「ER-O705」の銃口が、フェイトを睨み付けていた。
フェイトが距離を取り態勢を持ち直そうとしたが、ヴァイパーの執拗な追撃に苦戦する。クロノもフェイトを援護する為かヴァイパーを追う。
その隙に、なのははある行動を開始した。

『こっちに食い付いて来たか。……"スターズ"、準備を』
("スターズ"了解。"オッツダルヴァ"、時間稼ぎをお願いします)

 フェイトちゃんがヴァイパーさんに構っているその隙に、わたしはあるものを取り出す。
白銀色の“それ”は、以前ヴァイパーさんから渡されたものだ。マガジン内のカートリッジをフル・ロードしマガジンを取り外すと、“それ”を代わりにセットする。
レイジングハートが“それ”を装備した事を認識し、紅色のデバイス・コアをぴかぴかと光らせる。

「コードアンビエント、ドライブ・イグニッション!」
【Ignition】

 “それ”──拡張ユニット「TYPE-B/GA NSS」 が活動を開始し、辺りの空間を白い光が覆い隠す。
事態の異変に脚を停めるクロノ達。しばらくして光が収まると、そこにはサイドポニーの髪型がストレートへと変わり、銀色の──中央部に蒼色の宝石をあしらった──冠を被ったなのはがいた。
デザインは基本的にアグレッサー・モードと変わり無いが、よく見るとドレスのスカート部分とブーツに冠と同じ色の装甲が追加されており、両肩にも羽らしきものが付いていた。

「さぁ……改めて行くよ、レイジングハート!」
【了解しました マスター】
「──なのは?!」「あれが、なのはだと言うのか?!」

 驚くクロノ達にレイジングハートの先端部を向けたなのはは、その形状の変化に気付く。A.C.S.展開時に形成されるストライク・フレームとは違う、新たなカタチ。
それはまるで、銃器の様でもあった。それに少し見惚れていると、ヴァイパーから注意が入る。

『"スターズ"、気を付けて下さい。貴女の現在のバリア・ジャケットはかなり癖が強いです』
「"スターズ"了解。"オッツダルヴァ"、時間稼ぎに感謝します」
『いえいえ』

──こういうカラクリだったのか、クソっ。

 隣でお義兄ちゃんが柄にも無く悪態を吐く。私はなのはを見て、彼が悪態を吐いた理由を悟った。
今回の戦技披露会が二対二の訳は、なのは……いや、戦技教導隊の新装備の試験も兼ねていたのだ。となると、今回の黒幕は恐らく技術局。
後で査察部に技術局の捜査依頼を出さなくちゃ。フェイトが分割思考の一つで思考していると、なのはに動きがあった。
真っ直ぐこちらに向かってくるなのはにバルディッシュを下段に構え、クロノがディレイド・バインドを設定する。

「ディバイン・バスター!」
「?!」

 しかし、藍色の砲撃がクロノを飲み込み、墜落する。砲撃の発射点は──ヴァイパーが左腕に持つ「ER-O705」からだった。
それを見て驚愕するフェイトをヴァイパーが煽り、襲い掛かる。

「何を驚いている、貴様。私とて撃てない事は無い」
「……その口調、とても不快です」
「ふん……」

 フェイトの攻撃を軽々と避けながらヴァイパーは言葉を交わす。なのははその隙にマガジンを装着しカートリッジを三発ロード、その照準をクロノに合わせる。
クロノはと言えば、フェイトの攻撃を避けているヴァイパーにデュランダルの矛先を向けており、なのはに気付いていないようだ。

『捉えたっ!』

 そして、なのはがクロノを。フェイトがヴァイパーに決定打を決めたのはほぼ同時であった。
突如出現したバインドにヴァイパーは為す術もなく四肢を捕縛され、フェイトの斬撃がヴァイパーの背中──メイン・ブースターを斬り捨てる。

「メイン・ブースターがイカレただと?! 寄りにもよって海上で……狙ったか、金色の閃光(ゴールド・グリント)!」
「…………」

 無言で墜ちて行くヴァイパーを見たフェイトは、飛んできた桜色の弾幕を防御しながら回避する。弾幕から距離を取り身構えたフェイトだが、背中に衝撃が走る。
……そう、なのはが背後に回り込んでいたのだ。痛みに耐え、更に強くなった親友にフェイトは感銘を受けた。
もしかしたら自分も、あのバトル・マニアの影響を受けたのかもしれない。フェイトは桜色のポニーテールの彼女を思い浮かべた。


──これでいい。後はクロノと沈めば丁度だ。私は“わざと”クロノのバインドに引っ掛かり、テスタロッサ執務官にメイン・ブースターを斬らせた。
口調の方は余興で、このフォームを使うならと演技したまでだ。彼女には悪いが、私の予想通りに動いてくれた。
勿論メイン・ブースターはイカレてなどいない。"スターズ"こと、高町一尉もこの茶番(ファルス)に気付かないだろう。
最も、クロノはこのつまらない猿芝居に気付いているだろうが。──さて、“沈む”としよう。クロノを道連れにして。
本当の、エース同士の戦いをのんびり眺めようではないか。ヴァイパーはヘルメットの下で一人ほくそ笑む。


「な、何をする気だダッジ!」

 僕はこちらにふらふらと墜ちてくるダッジを避けようとする。……避けようとするが。
次の瞬間、僕は海中に沈んでいた。それを理解するのに時間がかかった。と言うのも、一瞬の出来事であったからだ。
海水の冷たさに耐えつつ、浮上しようとすると、脚を引っ張る感覚。それは何故かと下を見ると──?!

『ンムフハハハ……』
(な、何のつもりだダッジ! 僕を溺死させるつもりか?!)
『悪いなクロノ、お前にはもう少し沈んで貰わないと困るのでな』
(──さては、僕の足止めが目的だったんだな!)
『さぁ、どうだかな? それよりここで眺めようじゃないか。エース同士の戦いを』

 クロノがデュランダルを振り回し、嘯くヴァイパーを引き離そうとするが、その左腕が万力の様にがっちりと掴んで放さない。
尚も脚を引っ張るヴァイパーに業を煮やしたクロノは強引に飛行魔法を展開し上昇しようとするが、何故か動かない。それどころか徐々に沈んで行くではないか。
一体どう言う事だろうか? 水に沈むという事は浮力が足りないか、重量があるか……時間が無い。酸欠でやられる前に、何とかして浮かび上がらないと。
水中で戦いが続くその頃、空中では。


──なんて疾さだ、これが新装備の力なのか?

 フェイトはなのはのバリア・ジャケットの性能に目を疑った。ヴァイパーや自身のそれには及ばないが、かなり疾い事は確かだ。
だが、なのはは慣れていない様でもあった。そこに自身の勝機を感じ、それに私は賭ける。私となのは、二人が初めて出会った時を思い出しながら……

──流石だね、フェイトちゃん。

 ディバイン・シューターとシュート・バレットの弾幕をことごとく回避するフェイトちゃんを見て、わたしは思う。
彼女と出会って早十三年。わたしと彼女、はやてちゃんは今でも仲良しだ……今戦っているけど。
わたしが彼女と初めて出会った時は、わたしの負けだった。色々あったけど、仲良しになった。
そして十年前、わたしは墜ちた。原因は過労による負担と、無茶であった。それから四年が経ち、わたしが戦技教導隊入りを果たした時、彼女は喜んでくれた。
そして三年前、わたしに娘が出来た時、彼女はわたし達親子の後見人となってくれた。そんな彼女だけど、あの時の“決着”は未だついていない。
さぁ、今それをつけよう。わたし達がこれからを進む為に。

 時間が経つに連れぼろぼろになり、その機能を低下させて往く二人のバリア・ジャケット。しかし二人の動きに陰りは見えず、中々決定打を決められずにいた。
そんな中、なのはがフェイトに提案をする。

「もう時間も無いし……次の一発で終わりにしようか」
「そうだね。私もそうしたかった所だよ」

「ママ……」

 ユーノ司書長と二人でニュースを見ていると、なのはママとフェイトママが戦っていた。ぼろぼろになりながらも、二人の表情は明るいものだった。
何であんなに明るいのだろうか。ユーノ司書長に聞くと、彼は決着をつけたいのだろう。と言う。そう言えば、少し前までおじさんとクロノ提督が戦っていたはずだけど……?

「全力全開! スターライト──」「雷光一閃! プラズマザンバ──」

 二人の周囲に大量の魔法陣が出現し魔力を増幅、加速する。フェイトの上空に雷雲が集まり、レイジングハートから大量のカートリッジが排挟される。そして──

『ブレイカ────ッ!』

──閃光が辺りを飲み込んでいった。

「やっぱり、なのはちゃん達が勝ったか」
「……納得がいかない」

 クロノはレストランでヴェロッサと会話していた。その一方でなのはとフェイト、はやてはにこにこと微笑みながら食事を摂っている。
仲良し故に姦しくなりそうだが、流石に三人ともその様な事をする歳ではなく穏やかに話していた。
クロノは溜め息を吐き、フォークをくるくると回してスパゲッティを絡め取ると、それを口に運ぶ。スパゲッティはナポリタンで、ケチャップを主体としたソースの味に何処か安堵感を覚えた。
隣にいたユーノが手にしたバゲットを小さくちぎり、咀嚼する。ヴェロッサは心地好くなっているのか、ゆっくりした動作でカップ・スープを啜る。
何故ユーノとヴェロッサがいるのかと言えば、彼らはなのは達に誘われたのであった。
因みに披露会の結果は相討ちとなり、なのはとフェイトの二人がシャマルの説教を受け、クロノは酸欠で失神。ヴァイパーはザフィーラとどこかへ行ってしまった。
その為レストランにはヴァイパーの姿は無く、実に穏やかな雰囲気となっていた。

「それにしても、ダッジは何を考えているんだか判らないな。あのバリア・ジャケットと言い、言動と言い……」
「もしかして……」
「……? どうしたんだヴェロッサ?」

 クロノの言葉にナニカ思い出したのか、呟きだしたヴェロッサ。大分前に、自身のレア・スキル「思考捜査」でヴァイパーの思考を捜査した事がありその際、ヴェロッサは極めて多大な負荷を脳に受け気を失ったが、気を失う数秒前にある単語を見付けた。
その単語に何処か疑問を覚えた彼はその意味を仕事の傍ら調べてみるも、未だに掴めずにいたと言う。
その単語は……“汚染患者”。彼はその事をクロノの発言を聞いて思い出したのだ。

「“汚染患者”ねぇ……」
「そう言えば、僕も気になる記事を見付けたんだ」
「どういう物だい?」
「コレなんだけどさ……」

 そう言うとユーノは小型の空間モニターを展開し、それを見せる。モニターに投影されているのは古い一面記事だ。

──新型魔力炉、暴走か?!

 某日未明、完成されたばかりの新型魔力炉「ヒュウドラTYPE.M」が試験運転中、突如異常運転を開始。爆発し数十名を巻き込む大事故となった。
大規模な爆発に生存者はいないと思われたが、奇跡的にも見学していた少年(3)の生存が確認された。
現在現場は超高濃度の魔力素に汚染されており、医療局は少年に何か影響が無いか目下検査中。
また、管理局査察部による緊急査察を魔力炉の設計・開発をした「ゴールデン・アシスト・エレクトロニクス(略称GAE)」に行う模様。親会社のゴールデン・アシスト社(略称GA)の対応が気になる所だ。──エド・ワイズ

「これは……」
「新暦49年、今から29年前の出来事だよ」
「こんな事があったなんて、知らなかったな。……で、コレがダッジ兄さんとどう関係が?」
「コレも見れば分かるよ」

 そう言うとユーノは空間モニターをもう一つ展開する。その内容を見て、二人は驚愕した。ユーノが見せた物──それは、ヴァイパーの診断書だった。

──Medical Record(診断記録書)

Name des Sachgebietes Diagnose:Viper Clyse.(被診断者氏名:ヴァイパー・クライス)
Diagnostic Inhalt:Heavy bleeding from the left arm loss. Neurological abnormalities magical elements Linkercore particle pollution.(診断内容:左腕部喪失による大量出血、粒子状魔力素汚染によるリンカーコア及び神経異常)
Behandlung:Restore the machine-made prosthetic arm in arm. linkercore, and neurological abnormalities on follow-up is required.(治療方法:左腕部を機械製義腕で復元。リンカーコア、及び神経異常については要経過観察)

「こんな事があったのか……」
「因みにその後、クライス一尉は病院の診察を受けていないみたいなんだ」
「何の話、ユーノ君?」

 気が付けば、なのは達がこちらのテーブルに来ていた。ユーノは何でもないよ。とお茶を濁し、クロノ達もユーノに同意する。
なのはの頭の上に疑問符が上がり、首を傾げる。ユーノはその光景に何処か惹かれるも、即座に振り払う。

(ナニを考えているんだ、僕は。彼女とはこのままだろう──)
(……頑張って下さい、ユーノ先生)
(──アコース査察官?!)

 ユーノの思考を読み取ったのであろう。ヴェロッサはユーノにエールを送り、ユーノはあたふたと答える。
クロノは呑気にスパゲッティを食べ、フェイトはヴェロッサに話し掛け、はやてはなのはとワインを喫んでいた。

「今ごろママ達はお食事中。そしてわたしは──」
「聖王教会でごゆっくりと、ですか。陛下?」
「うん!」

 なのは達が食事を楽しんでいる頃、ヴィヴィオは一人聖王教会にいるオットー・ディード・セインの下を訪れていた。
何でも、前々から三人の所に泊まりに行く事を言っており、今日は二人とも帰れそうに無いから。と予定を変更し実行に移したのだ。
ソファーとベッド、そして小さなテーブルとクローゼットしかない質素な二人の部屋に、ヴィヴィオは新鮮なものを覚えたのは言うまでもなく、セインの部屋との差にまた驚いた。
ソファーに腰掛け、ディードが容れた紅茶とクッキーを楽しむヴィヴィオ。そこにセインが現れ、学校の方はどうなのかと問う。

「順調だよ。それに友達とも仲良くしてるし」
「コロナだっけ?」
「そうだよ。コロナとは仲良しなんだ……」

 ヴィヴィオとセインの話を双子はただ静かに聞き、更にシャッハ・ヌエラとカリム・グラシアが部屋を訪れ、窮屈な部屋が更に窮屈になった。

「それにしても、良かったのか?」
「何がだ?」
「クロノ達と食事に行かなかった事だ」

 ヴァイパーが運転する車内。騒音の中、助手席で腕を伸ばしているザフィーラにヴァイパーは尋かれた。ヴァイパーはそれに、面倒だからな。と答える。
ザフィーラはそれを聞くと、窓からの風景を眺めていた。車内が再び騒音に包まれ、辺りの風景は自然と化して往く。
そして、再びビルの姿が見えてくる。どうやらぐるりと一周したようだ。車はそのまま市内を走り、中央第4区の公民館に辿り着く。
近くの駐車場で二人は車を降りると、公民館の一室──更衣室に脚を運ぶ。そこで二人は服を脱ぐと、引き締まった男の裸体──ではなく黒いトレーニング・ウェアが姿を現す。
無論、只の伸縮性のある素材でできている訳では無く、金属繊維で出来ている。しかし意外と軽い物で、重量はキログラムで一桁の半分もいかなかった。

「今日は防護服無しか?」
「どうもここじゃ、な」

 二人が練習場に移動すると今日は休日の為か、夜間でもストライク・アーツと呼ばれる格闘技の練習をする者が多かった。二人は練習スペースの一角を借り、身構える。
因みに、何時もは訓練場を借りたりするのだが今回は気分的にこちらで行う事とした。
バリア・ジャケット──と言ってもヴァイパーのそれは装甲服だが──を展開しないのは、民間への配慮である。
ザフィーラは身体を中腰に構え、ヴァイパーは自然体でいた。ストライク・アーツの構えとは違うそれに、周りが気付き野次馬となって集まってくる。

「時間は?」ヴァイパーが問い。
「3分でどうだ」ザフィーラはそれに答える。
「了解。それじゃ……君、合図を頼めるかい?」

 ヴァイパーが野次馬の一人──リボンの少女に声を掛け、合図を頼む。少女はヴァイパーの頼みを快く承諾し、カウント・ダウンを始める。

「3……2……1……始めっ!」

 カウント・ダウンが終わり、先に動いたのはザフィーラだった。ザフィーラは間合いを詰めると、回し蹴りを放つ。
ヴァイパーはそれを後ろに下がって避けると、続けてザフィーラが繰り出してきた肘鉄砲を掴み、叩きつける様にして投げる。
しかしザフィーラも大したもので、ヴァイパーの腕を逆に掴み返し、巴投げの要領でヴァイパーを投げ飛ばす。
ヴァイパーは宙返りせずに打ち身をして姿勢を立て直すと、飛び掛かってきたザフィーラを屈んで避ける。
ザフィーラが前転して立ち上がると、そこには脚を大きく上に開いたヴァイパーが。直後に放たれた踵落としを側転で避け、その勢いを活かして脇腹を殴り付ける。
脇腹を殴られ、よろけるヴァイパーの首を右脚で刈り払う様に動かし──左腕でブロックされる。
ブロックしたヴァイパーはそのまま右腕を突き出し──ザフィーラの脚を殴り付け、強力なショルダー・タックルを放つ。
タックルをもろに食らい、尻餅を付くザフィーラの喉元に右脚を突き出し──寸前で止める。

「ここまで、だな」
「負けたか。皆、迷惑を掛けたな」

 あまりの動きに、静寂と化していた野次馬にザフィーラが謝り、辺りは活気を取り戻す。ヴァイパーが少女に礼を言い、少女は若干青ざめた表情で答える。
二人はタオルで汗を拭った後、更衣室で着替え、駐車場へと歩いていた。

「……それで、“汚染患者”の事はまだ話していないのか」
「ああ。だが、大分嗅ぎつけられてる」
「話しても良いだろう? 大した事じゃなかろうに」
「生憎、私はお前さん程彼女達とは仲良く無いのでな」

 歩きながら肩を竦めて答えるヴァイパー。ザフィーラは仕方がないな……と諦め、歩いていく。

「…………」

 そんな二人を追う影が一つ。影は素早く動き、二人の後を追う。そして影が二人の死角を取った、その時──

「何だお前は」
「ストーカーするとはとんでもない奴だ」

──二人が影を見ていた。影が二人にナニカ言おうとするが、二人は走りだす。
影は二人を追いかけるも、既に二人の姿は見えなかった。影は柄にも無く地団駄を踏むも、その姿は何処か滑稽であった。

「何だったんだ、今のは……」
「さてな。新手のストーカーかもしれん」

 車内でヴァイパーは呑気に鼻歌を歌い、ザフィーラは清涼飲料をちびちびと飲みながら先程遭遇した影について話していた。
例の如く、車内はエンジンと排気管からの轟音に包まれていたが。

「ストーカーと言うより、喧嘩師に見えたが」
「どっちにしろ、マトモな人間じゃないのは確かだ」

 何も起こらないと良いが……とザフィーラは一人呟き、車は夜の街を駆け抜けて往く。
しばらくして、ザフィーラは車を降りてヴァイパーと別れ、ヴァイパーはまた何処かへと走る。
数時間後にはホテルのベッドにいた。無論、彼の隣には女性の姿。そう、数ヶ月振りのひとときを彼は愉しむ事にしたのだった。



[14123] 男と老人
Name: B=s◆60f16918 ID:5a0bdbc5
Date: 2010/05/21 23:30

「何とかして逃げ出さねば……」

 病棟の一画、厳重に施錠された病室がある。その病室は極めて異常であった。そして、その中に男──ヴァイパーはいた。まずドアだが、金属製のそれは分厚く、とても重い。
次に壁。一見すると何も無いように見えるが、その壁面には監視カメラと睡眠ガスの噴出口が隠れている。
天井にも監視カメラとガス噴出口、そしてベッドには重い──といってもあまり重くはない──鎖に繋がれた手枷が右腕に取り付けられていた。
更に、腹部は合金──魔力を遮断する効果のあるものだ──製のベルトでベッドに固定されていた。
何故こうなったか。答えは単純で、仕事を片付けた直後に過労で倒れたのだ。しかも例の如く左腕は外され、ARGYROSもメンテナンス中だ。
幸い日時は分かるが、前より凶悪な病室に入れられた為か、脱出出来る可能性は低い。壁を打ち破ろうにもガスにやられてしまう。
となると食事を運びに来た時か、仮病でドアを開けさせるしか手は無い。しかし心拍数等のバイタル・サインの類はモニターされているだろう。
だが、それは却って好都合になり得る。それは何故か? 何故なら彼は大統……ではなく、汚染患者だからだ。

「F-22号室からナースコールです!」
「F-22? あそこなら行かなくてもいい。どうせブラフだ」
「でも、様子が」
「どれぇ……」

 看護士の男が渋々と手元のキーボードをかたかたと打鍵し、固定モニターに表示させる。するとF-22号室のカメラが、胸を掻きもがき苦しむヴァイパーの姿を捉えた。
男はじっと冷静に観ていると、画面の中のヴァイパーはやがてその動きをぴたり、と止めてしまった。それと同時に異常な動きをしていた心拍数のグラフが波を打たなくなり、平行線を引いていた。
ピィ──と電子音が鳴り響き、青ざめた表情をする看護婦。看護士は畜生、と悪態を吐き駆け出す。行き先は無論、F-22号室。
F-22号室の厳重に施錠された鍵を担架に載せて持ってきた特大の金切り鋏で切り落とし、ドアのハンドルをひたすら廻す。
疲労感を覚えながらもドアを押し開け、担架を蹴飛ばして入室する。即座にベッドに駆け寄り、蹴飛ばした担架を引き寄せてベルトと鎖を外す。
続いてヴァイパーの身体を持ち上げ、担架に載せてマスクを付け部屋の外に出し、廊下を遅れてやってきた看護婦と共に走る。
そして手術室のドアを開けたその時、ヴァイパーに異変が生じる。なんと起き上がり、担架から飛び降りたのだ。

「ご苦労様。騙して悪いが健康体なんでね」
「野郎、ハメやがったな!」「あわわ……」
「時間が無いので失礼させて貰うよ」

 そのままヴァイパーは逃走し、看護士が追い掛けてゆく。看護婦はと言えば、腰が抜けてしまったのかへなへなと座り込むのであった。
病院内を駆けるヴァイパー。それを看護士達が追い掛けて行く。ヴァイパーはこれじゃまるで自分が犯罪者か、或いは精神病棟の患者の扱いではないかと内心憤慨しつつ、退院書類に記入してゆく。
無論、処理は手を動かさずに分割思考での処理だ。その一方で、ヴァイパーはある風景を思い出す。

──青と赤のメタル・ボディの男が、オルガンとサックスの旋律をBGMに綺麗なフォームで街中を駆け抜ける。
途中で男の後ろに巨大な飲料水の缶が現れ、驚いた男はたったった……と全力疾走する──と言うものだ。
ヴァイパーは自分が置かれている状況はまさに彼と同じなのでは無いだろうかと分割思考の一つで思いつつ、目的地──受付まで到着する。
そのまま受付の女性に書類を提出し、女性は退院処理を行う。女性がお気を付けて、と事務的に言い、ヴァイパーは晴れて退院と相成った。

「また逃げられたか、畜生!」

 徐々に小さくなっていくヴァイパーの後ろ姿を憎々しげに睨む看護士。しかし、その本心はと言えば、表情とは真逆のものである事を彼女──受付の女性は知っていた。

 それから二日が経った。青々とした草原に囲まれた道を、一台のミニ・クーパーが走っていた。深緑色のミニは、でこぼことした砂利道をゆっくりとした速度で走っていた。
ミニは坂道に差し掛かると、低い唸り声の様な音をエンジンから上げて坂道を登っていく。途中で前輪がスリップするも、坂道を登り切る。
やがて、坂道を登り切ったミニの行き先に手入れが行き届いている小さな庭園と、一軒の家が見えてきた。
ミニはその手前で止まると、ちょうど花の手入れをしていた女性と眼鏡の老人の二人がミニに気付く。
老人は立ち上がり、女性がゆっくりとミニに近寄る。ミニから男が降りると、女性は降りてきた男に挨拶をする。

「あら、ダッジじゃない。13年ぶりね」
「お久しぶりです。リーゼ・アリア、Mr.グレアム」

 ミニから降りた男……ヴァイパーは第97管理外世界、地球は英国のとある地方へ人を訪ねに来ていた。無論、ミニはレンタカーだ。
そんな彼が訪ねたのは、かつて「歴戦の勇士」の通り名を持っていたギル・グレアムと、彼の使い魔であるリーゼ・アリアとリーゼ・ロッテの二人だ。

「おお、ダッジ君か。久しぶりだね。さあ、こちらにかけなさい」
「お言葉に甘えて」

 ヴァイパーはグレアムに勧められて席に着くと、アリアが家の中へと消える。
しばらくしてトレイにスコーンと二人分のティー・カップを載せ、更にティー・ポットをそれぞれ片手に持って現れる。
アリアが二人のテーブルにティー・カップを置くと、器用な手付きでティー・ポットの中身をカップに注ぐ。
明るいオレンジ色の液体がカップに満たされて行くと同時に、バラの様な薫りが辺りに漂う。時間はちょうど、アフタヌーン・ティーにはぴったりであった。

「君の仕草を見ていると、アリアの言う通り、君が本当に何人か分からなくなるよ」
「ははは、よく言われます」
「なんだか、ダッジは日本人っぽく感じるんだけどなぁ……」

 ヴァイパーはロッテの呟きに苦笑する。と言うのも、ある意味的を射ていたからだ。彼の本質はあくまでも日本人のそれで、29年が経った今でも変わらずにいるのだ。
気分直しに液体を口に含むと、独特の苦味と薫りが口内に広がる。液体は紅茶、それもディンブラの茶葉を使っている事が分かる。
紅茶の味を満喫していると、ロッテがナニカ言いたげにしているのに気付いた。

「そう言えば、教導隊(そっち)の方はどうなってんの?」

 ロッテは、しっぽをゆっくりと動かしながら尋ねた。

「相変わらずですよ。数年前に高町さんに娘さんが出来て私の仕事が増えた以外は、ですが」
「……! はやてから話は聞いてはいたが、本当だったのか」
「それは初耳ですね。……ご存知なら何故教えて下さらないのですか、父様?」
「へぇ……となると、相手はユノっちかな?」

 はやての親友に娘が出来た事に驚く三人。その一方でヴァイパーはのんびりとした動作でスコーンを口に含む。
スコーンは外側がかりかりに焼けており、表面のさくさくとした食感と、それに相反するかの様に内側のふわふわとした食感を楽しむ。
ほのかな甘味と、彩りとして交じっていたレーズンの甘酸っぱさがヴァイパーの舌に心地よい快楽を与える。
ロッテはと言えば、目をぎらぎらと輝かせ、長いしっぽをくねくねと蛇の様に動かしていた。彼女の視線の先には、一個のスコーン。
ヴァイパーはロッテの視線に気付くも、表情を変えずに紅茶を飲む。アリアはやれやれと肩を竦め、家の中に再び歩いていく。
グレアムはロッテを見て微笑み、ヴァイパー同様、紅茶のカップを持ち上げる。

「そう言えば、君は何日位こちらに滞在するつもりかね?」

 グレアムは紅茶を一啜りし、カップを皿に戻した。

「明日の夕方にはミッドですよ」

 ヴァイパーはのんびりと紅茶を飲みながら答える。

「なるほど。それで、用件は他にもあるだろう?」

 丁度そこに、スコーンのお代わりを焼いてきたアリアが戻り、それを見たロッテのしっぽがくねくねと曲がる速度を増す。
待ち望んでいたスコーンのお代わりがやってきたロッテは、にこにことした表情でスコーンを食べる。
アリアがロッテに食べ過ぎ無いよう注意を促し、それにロッテが膨れっ面をして答える。グレアムもまた、スコーンを一つ手に取りクロテッド・クリームと呼ばれる、脂肪分が高い牛乳を弱火で煮詰め、一晩置いて表面に固まる脂肪分を集めて作ったクリームとジャムを付けて食べる。
そんな中ヴァイパーはふと思い、空を眺める。青々とした空が、とても綺麗だった。

「……それで、貴方にお渡したい物があります」

 時刻は夕方、夕陽が沈み往く中、ヴァイパーは地平線を眺めていた。
 その隣にいるのは、グレアム。何やら不思議そうな表情をしていた。ヴァイパーはそのままグレアムの方を向き、一つの封筒を手渡す。

「……これは、一体?」

 封筒を受け取ったグレアムは、怪訝な表情をしていた。グレアムの問いに、ヴァイパーは首肯する。
 開けてもいいですよ。と肯定の意と取ったグレアムは、封筒を開ける。封筒の中には、一枚の便箋。

「おや、これは──!」

 折り畳まれているそれを開くと、それは結婚式への招待状であった。しかもイギリス英語で自分と娘達の名前が書かれている。新郎の名前はコルドバ・クライス、新婦の名前はコルト・ダッジと書いてあり、日時は二日後だ。

 やれやれ、ダッジ君にも困ったものだ。こんな隠居にまで招待状を届けてくれるなんて。お陰様で娘達が大喜びしている。
娘達──特にロッテがにゃんにゃんとはしゃいでいる。まだまだ若いな、君は。そう思い、私はダッジ君の方を向くと、そこに彼の姿は無かった。
それにしても、まだあの二人は結婚式を挙げてなかったのか。正直驚いたよ。……タキシードの用意をしなくてはならないな。
 今まで何処か遠い目をしていたグレアムは、ロッテを宥めて家に入って行った。家に入る時の彼の目には、かつての輝きが戻っていた。

「いい歌だ……」

 すっかり夜になり暗いミニの車内で、ヴァイパーは独り呟く。車内のカー・ラジオからは、カルチャー・クラブの「カーマ・カメレオン」が流れていた。
 ハーモニカのメロディーとベース、ボーカルの歌声は、ヴァイパーの好みの曲の一つであり、故に、彼は上機嫌であった。

 ミニは、夜の草原を走る。颯爽と、軽やかに。まるで、ミニそのものが生きているかの様に。そのまま、ミニは夜の地平線に消えていった。……かに見えた。

「なっ、オーバーヒートだと?!」

 ミニはしゅうしゅうと湯気をエンジン・ルームから上げて速度を下げていき、やがて停止する。
 ヴァイパーは舌打ちし、ミニから降りて黙々と押す。
ミニを路肩に停めると、ヴァイパーはミニの中で体を伸ばし、仮眠を摂り始めた。……結局、ミニは数時間後に走る事が出来る様になり、ヴァイパーはレンタカー会社にクレームを付けた。


「──おや? 手紙だ。宛名は……母さん宛か」

 帰宅したクロノ・ハラオウンは、自宅のポストに手紙が投函されている事に気付いた。宛名は母の名前になっている。
 一体なんだろうか。疑問に思いつつ、クロノは母に手紙を届けにリビングのドアを開けるのであった。


あとがき:まさかのグレアムさんとリーゼ姉妹の登場、そして次回はあの二人の結婚式。



[14123] 夫婦と結婚式
Name: B=s◆60f16918 ID:9b22335c
Date: 2019/08/02 00:44
 暗い寝室。ベッドの淵に男は腰掛けていた。
 男は、近くのテーブルに置いてある角張ったボトルとロック・グラスを手に取ると、ボトルの液体をグラスに注ぐ。
液体を注ぎ終えると、今度は小さなバケツに入っている氷を大きめに砕き、グラスに入れる。男は氷を入れ終わると、グラスを呷る。
──旨い。それが、男が液体を呑んだ感想だ。液体の正体は、第97管理外世界の酒の一つ──スコッチ・ウィスキーで、男はウィスキーをオン・ザ・ロックで呑んでいた。
本来オン・ザ・ロックは、氷を先に入れるものだが、男はそこまで拘っている訳では無かった。続けてグラスを呷り、ウィスキーのフルーティな甘味を愉しんでいた。

「う……ん。何呑んでるの、コルドバ?」

 男の背後から、女性の声がした。

「ウィスキーさ、コルト」
「ウィスキーですって? なら、私にも呑ませて……」

 男──コルドバ・クライスはつい先程までベッドで寝ていた女性──コルト・ダッジの顔を覗き込みながら答える。
 皺が無く、妙齢の女性のそれに匹敵するその美貌の前には、酔いなど吹き飛んでしまうだろう。そして、その魔性の魅力の虜になりかけた自分……。
私はただただ呆れるばかりであり、そして彼女を逆に虜にした自身を秘かに自賛していた。……最も、肝の太さでは息子に負けるが。
私はそう思いつつ、コルトにウィスキーのグラスを渡す。自身もそうだが彼女もまた酒に強く、知人達にザルとまで言わしめたことがある。
因みにどこでウィスキーを手に入れたかと言えば、息子のヴァイパーが土産にと買ってきたらしい。彼は第97管理外世界に詳しい。時々休日を取っては、その都度遊びに行く位だ。
しかし、どこでその情報を知ったのかははっきりしていない。コルトの友達で、今は亡き“相棒”の妻であるリンディ・ハラオウンが第97管理外世界に移住したのは13年程前になる。
しかし息子はそれより前に第97管理外世界に旅行に行っている。そこでナニをしていたんだか、私には皆目見当が付かない。付かないが……。

「まあ、旨い酒も二人で呑めるし、悪くはないかな」
「そうね。それに、明日は──」
「──結婚式、だろ?」

 コルトの言葉をコルドバが遮り、二人はその可笑しさについつい笑ってしまう。
 やがてウィスキーのボトルが空になり、二人は眠りに就く。二人の表情は、とても明るいが、少し赤みが差していた。


「まさか、礼服を着るとは思いもよらなかったわね」
「僕もですよ、母さん」

 リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンは義妹のフェイト=テスタロッサ・ハラオウンが運転する車の中で呟く。
 因みに車には、クロノの妻であるエイミィ・ハラオウンも同乗していた。無論、フェイトの車は大変窮屈になっていた。
ハラオウン一家を乗せた車は今回のイベント会場──ホテル・アグスタに辿り着く。ホテルの入口近くの停車スペースでフェイトを除く全員は降り、入口で暫く待つ事にした。

「そう言えば、フェイトは一度ここに来たんだっけか」

 クロノは、フェイトの方を向きながら問う。

「そうだね。でも、仕事だったし……」

 フェイトはそれに、髪の毛を少し気にしながら答える。

「なのはちゃん達と綺麗なドレスを着た状態で、と聞いたけど?」
「エイミィ、それは!」

 エイミィとフェイトのやり取りにふふふ、と笑うリンディ。フェイトは恥ずかしさに顔を赤らめ、クロノは目を閉じて頷いていた。
 一同が受付に行くと、何処かで見覚えのある様な気がする顔の男性がいた。一番先に男性の正体に気付いたのは、クロノだった。

「本日はお招き頂き、ありがとうございます。ご両親の結婚、おめでとうございます」
「どうも、ハラオウン家の皆さん。本日はご来訪頂き、ありがとうございます。会場と席はあちらとなっておりますので、よろしくお願いします」
「ど、どうも……」

 礼服に身を包んだ以外は何時も通りなヴァイパーの右手の平に指し示された通りに進むと、会場のホールの入り口が見えてきた。
一同がホールの席に辿り着き、立食パーティーとなった時、フェイトは見覚えのある姿を見付けた。

「なのは、ザフィーラ!」
「フェイトちゃん?!」「テスタロッサか」
「何で二人も?」
「わたしの所にも招待状が来て、それでね……」「我も、なのはと同じだ」
「なるほど。……あれ?」

 フェイトは、なのはとザフィーラの後ろの方に二人の人影を見付けた。……特徴的なしっぽと、猫耳。その内の一つはひょこひょこと活発に動いていた。
 何処かで見た気がする。フェイトはそう思っていた時だった。

「──イトちゃん、フェイトちゃん?」

 なのはは、フェイトの顔の前で右手をひらひらと動かしていた。と言うのも、上の空になっている彼女に気付いたなのはが、反応するかどうかで確かめていたのだ。
 無事フェイトが思考の海からこちらの世界に浮上した所で、二人はザフィーラの姿を見失った。

「あれっ……、なのは、ザフィーラは?」
「どこに行ったんだろ。……えっ?! ふぇ、フェイトちゃん、ミフカタ一佐だよ!」
「本当だ。──な、なのは、こっちにはグレアム元提督が!」

 なのは達は、何気ない様子で式場の片隅で仲良く談話しているミフカタ・ワサリアと、ギル・グレアムの姿を見付け、更にそこにザフィーラが近づいていくのを見付けた。
 意外な人物、それも隠遁生活を送っているはずのグレアムが、何故このホテルに来ているのだろうか。二人は疑問に思っていると、エイミィの呼ぶ声が。二人は彼女の所へと向かった。

「なのはちゃん、お久し振り!」

 二人がエイミィの元へ向かうと、彼女がなのはに手を振っていた。

「エイミィさん……、お久し振りです」

 なのははエイミィとの再会に喜ぶと、リンディが私もいるわよ? とアピールする。フェイトはそんな彼女に苦笑し、クロノはロースト・ビーフを食べていた。
(……凄い人の数だ。やっぱり、ダッジの父親の影響力は強いな)

 クロノはロースト・ビーフを食べつつ、辺りを見渡すと、かなりの人がいた。よく見ると、人混みの中にはワサリア・ミフカタの姿があった。
 クロノは料理を乗せた皿をテーブルに置き、代わりにワイン・グラスを手に取ってミフカタに歩み寄る。

「おや……? おお、クロノ提督か、久し振りだな」

 クロノがミフカタとの距離を大分縮めた所で、ミフカタが彼に気付き挨拶する。

「この間はどうも、ミフカタ一佐。貴方もダッジに?」
「まあ、そんな所だよ。しかし驚いたな、グレアム氏も来ているとは」
「えっ?」

 ミフカタはワイン・グラスをくいっ、と呷りながら答え、クロノは意外な人物の名を言った彼の言葉に驚く。
 グレアム氏は今も、イギリスで隠遁生活を送っているはずだ。クロノは困惑の表情を浮かべていた。ミフカタはそれを見て悟ったのか、ゆっくりとグレアムのいる場所へと歩きだす。
クロノも、ミフカタを追うように歩きだす。すると、彼の視界に懐かしいものが入る。白く細長いしっぽと、猫耳。そして、ロースト・チキンをくわえた顔……
 
「おお、クロすけ! また随分と大きくなったじゃないか!」
「リーゼロッテ、何で君がここに……」
 クロノは、困惑した表情でロッテの顔を見つめ、その背後から、一つの影が忍び寄る。

──僕がロッテと話していた時、背後から何かがやってくる気配を感じ取った。誰だろうか。そう思った矢先、呼び掛けられる。

「ダッジか。受付はもう大丈夫なのか?」

 背後の気配はダッジだった。彼は普段通りの表情で、水の入ったグラスを持っていた。

「ああ、無事終わったよ。それより来てくれ、手伝って欲しい事がある」
「? いいが……」

 ダッジの頼みを聞く為、僕は彼について行く事にした。
 彼曰く、コルドバとコルトの二人に“ちょっとしたサプライズ”がしたいらしく、その為の人員が不足しているそうだ。
僕は他に誰がいるのかを尋ねると、ザフィーラしかいないと言う。ここで、“ダッジは何をしたいのか?”と言う疑問が生まれた。

「ダッジは、何がしたいんだい?」

 控え室の室内、部屋の片隅でクロノは腕を組み、右手を顎の下で止めていた。

「サプライズの内容の事か?」

 クロノの問いに、ヴァイパーは水を飲みながら答える。
クロノはヴァイパーの言葉に頷くと、ヴァイパーは近くのクローゼットからあるものを取り出し、投げ渡す。
クロノはそれを受け取り、見てみると、ナニカの衣装であった。一体何に使うのだろうか。そう思ったクロノは尋ねる。

「一体何に使うんだ、コレは。内容からして、ある程度予測できるが……」

 クロノは袋から衣装を取り出し、怪訝な表情でそれを眺める。

「うむ。クロノさえ良ければ、それに着替えてもらって、な。……勿論、強要はしないさ」

 ヴァイパーは、服を脱ぎながらクロノの問いに答える。

「やっぱりそれだったか。君の頼みさ、勿論やらせてもらうよ」

 ヴァイパーの回答に、クロノは喜んで賛同した。その時、ヴァイパーは既にライブ衣装に着替えていた。
手際の良さにクロノは半ば呆れ、ヴァイパーは笑った。


「リンディさん、やっぱりクロノがいないよ。一体どうしたんだろ……?」
「そう、どこ行ったのかしらね……?」

 ハラオウン家の面々は、いなくなった長男を捜していた。家族の一人がいない事に気付いたのは、他ならぬエイミィだった。
 先程まで、ミフカタと会話していた筈のクロノは、一体どこへ行ったのだろうか。もうすぐ新郎と新婦がケーキに入刀すると言うのに。

『それでは、新郎新婦のお二方、ウエディング・ケーキへの入刀をお願いします』

 それぞれウエディング・ドレスとタキシードに身を包んだコルトとコルドバの二人が、巨大なウエディング・ケーキに入刀していた。
 リンディ達は、それに盛大な拍手を送っていた。そんな中、なのはは、背後から接近する気配を捉えた。
気配の方へとなのはが振り向くと、ロッテとアリアがなのはの前にいた。しかし、なのはと言葉をかわす訳でも無く、手を振って去っていった。


『──これを祝辞の言葉とさせて頂きます』

 ミフカタ一佐とリンディさんが祝辞を送り、式は終わりになろうとしていた。わたしは、それをただただ見ていた。

「どこに行ったんだろう……」

 傍らにいたエイミィさんが呟く。クロノ君はまだ見付からないみたいだった。そして、いよいよ新郎のコルドバさんと、新婦のコルトさんが動きだそうとしたその時だった。

「──!」

 会場の照明が落ち、辺りは暗闇と化す。わたしの目が暗闇に慣れ始めたその時、スポット・ライトが点灯する。

『最悪のユニット、カラード・ビーストのサプライズライブだ!』

 男の人の声が、辺りに響く。
 わたしは、声の主を知っていた。そう、ヴァイパーさんだ。彼が、ライブ衣装に身を包んでいたのだ。
そして、声を上げて華麗な手さばきでベースを弾き始めた。

「I'm a Thinker──」

 その歌声に、誰もが虜になった。わたしはヴァイパーさんの周りに二つの人影を見付けた。
二つの正体──ヴァイパーさんと同じ衣装姿のクロノ君と、ザフィーラであった。

「ねえなのは、ヴァイパーさんって歌が上手いんだね」
「そうだね、フェイトちゃん。後で尋きに行こうか」
「それにしても、義兄ちゃんのあの表情を見るのは何年振りかなぁ……」

 そして、わたしとフェイトちゃんは、ヴァイパーさんの歌声に半ば呆れにも似た感情を抱くのであった。

 クロノとヴァイパーは廊下を歩いていた。先程歌を歌った為か、クロノは上機嫌の様子だ。外へと歩く途中で、ザフィーラが追い付いてきた。

「ダッジ、ご両親が泣いて喜んでたぞ」

 ザフィーラはそう言いつつ、二人に缶飲料を渡す。二人は缶飲料を受け取ると、プルタブを手前に引く。

「まったく還暦過ぎてから結婚式を挙げて、三十路過ぎた息子の歌で泣くとは。──旨いなこれ」
「あの容姿で還暦……?! ナニカの冗談だよな、ダッジ?」

 ヴァイパーの独白に、クロノはザフィーラに手渡された缶飲料──野菜ジュースを思わず吹き零しそうになる。
ヴァイパーは顔をクロノの方を向けて、何を驚いているんだ、と言う。ザフィーラがそりゃ驚くだろうに、と肩を竦める。
クロノの反応も、当然なのかもしれない。何故なら、ヴァイパーの母親はどう見てもなのは達と同じか、それより少し年上に見えるくらいだ。
更に彼の父親に至っては、義妹のフェイトが保護した子供達と同じ位にも見えるのだ。しかし、彼自身はスポーツを趣味としてる三十代のそれであった。
 そんなヴァイパー達が入り口に差し掛かると、グレアム達に遭遇した。グレアムの脇にいたリーゼ姉妹は、ザフィーラを見て驚き、ザフィーラもまた、グレアムの顔を見て驚く。

「何で、あなた方がここに……」
「私達も、ダッジ君に招待されてね。ところでダッジ君、中々良かったよ」

 グレアムはヴァイパー達の歌を聴いていたらしい。ヴァイパーは恥ずかしいのか頭を掻いていた。

「なるほど、それでこれからどうする積もりで?」
「私達は、このままイギリスに帰るつもりだ。……それと、父親になったと聞いたが、子供達の名前は?」
「カレルと、リエラです。カレルが男の子、リエラが女の子です」

 クロノは、珍しくにこにことした表情を見せ、懐からロケットを取り出して見せる。グレアムはそれを見て、驚きの表情を見せた。

「二人とも、目の色がクロすけそっくりだ。……可愛いなぁ」
「時が流れるのは、案外早いものね……」

 ロケットの写真を見たリーゼ姉妹はそれぞれの感想を呟き、グレアムが感嘆する。ザフィーラも興味があったのか、写真を見ていた。
ヴァイパーはと言えば、呑気に野菜ジュースを飲んでいた。


──ヴァイパーが三本目の野菜ジュースを飲み干した時、リンディが駆け付けてきた。リンディが駆け付けてきた時には、グレアム達と別れており、クロノとザフィーラが暇潰しにと腕相撲をしていた。

「クロノ、ここにいたのね」
「母さんか。皆はどうしたんですか?」

 クロノは腕相撲を止め、リンディの方を見た。

「皆はコルトさんと話しているわ。貴方も来る?」
「分かった、そっちに行くよ。それじゃ、ダッジ」
「ああ、仕事があったら呼んでくれ。私は本局に戻る」

 ヴァイパー達はクロノと別れ、駐車場へと向かい、クロノは母親と合流した。

「あらあら、クロノ君じゃない」
「お久し振りです、コルトさん」

 十何年振りになるだろうか。それが僕がコルトさんの顔を見た時に思った感想である。彼女はダッジの母親で、とても綺麗だ。
しかし、それと同時に彼女から母さんと同じものを感じ取っていたのもまた事実だった。……同じものとは、年齢不詳と言う事である。
実は彼女だけでは無い。ダッジの父親──コルドバおじさんの方も、色々とおかしい人だ。経歴はともかく、一番おかしいのはその容姿。
と言うのも、彼の容姿は実年齢から余りにもかけ離れており、その差はなんと、半世紀近くにもなる。
そんな二人の息子は、またどうしようもないワーカホリックで、今から仕事だと意気込んでいた。まったく、仕方の無い奴だ。

「クロノ君、息子はどこかな?」
「彼なら、仕事に……」
「まったく、あのどら息子め……」

 コルドバおじさんが、ダッジの不在に舌打ちする。恐らく家族だけの時間を過ごしたかったのだろう。
そう言えば昔、はやてが機動六課を立ち上げた時、なのはの仕事を代わりにこなしていたと聞いた事がある。その時、年末の休暇が無くなった、とぼやいていたのを思い出した。
今年もそろそろ末になる。例年では、ダッジは決まって有給休暇申請をするはずだ。

「多分、ダッジは年末に休みを取るはずです」
「年末、ねえ……。あの子の家を訪問するには十分だな」

 コルドバおじさんがナニカ企んでいる一方で、コルトさんの話を聞いていたなのは達が驚きの声を上げる。
うるさいな、一体ナニを驚いているのだろうか。僕はなのはに何故驚いているのかを尋ねた。

「なのは、一体何を驚いているんだ?」
「だってクロノ君、コルトさんが離婚してた理由が……」

 なのはの表情は軽いショックを受けたのか、惚けていた。

「理由?」
「私達が離婚した理由は、下らない口喧嘩よ」

 コルトさんがにこり、と笑って答える。口喧嘩で離婚など、マスコミがバラエティー番組の離婚特集で、よくある離婚の理由として挙げる程度のレベルではないだろうか。
そんな風に高を括っていたが、その詳細を聞いて唖然とした。と言うのも、口喧嘩の内容が結婚式をどの様にして挙げるか、と言うものだったからだ。
それでは、なのはが惚けていたのも頷ける。……何だか、巻き込まれたダッジが可哀相に見えてきた。

「そう言えば、高町さん達の映画の試写会があると聞いたけど、本当かしら?」

 コルトは、なのはの方を向いて問い掛ける。

「あ、試写会ですか? そう言えばと思いまして、チケットを用意させていただきました。こちらです」

 なのはは微笑みながら、コルトにチケットを渡す。よく見ると「特別席」と書いてある。つまり、彼女なりのプレゼントと言う訳なのだろう。
それを受け取ったコルトはコルトで、男を悩殺させかねない笑顔を周りに見せている。何故かリンディも、負けじとアピールしていた。
場の雰囲気についていけないと判断したエイミィが、不安そうにクロノの左腕に捕まり、場は混沌と化し始めていた。


「仕事、か。何で、途中から仕事に行くんだ、お前は」
「別に構わないだろう? 既に親と一緒にいる年齢は過ぎているんだ、いても迷惑なだけさ」

 オフィスで仕事の傍ら、うそぶくヴァイパーにザフィーラは肩を竦め、書類の山がうず高く積もっていく。
仕方なしに未処理の書類の束を持ってきて積み上げるも、仕事の速さにまるで激流の様だ、と思う。また同時にこの速さを出すには、自分では到底無理だと言う事も理解していた。
ヴァイパーは歌を歌いながら仕事をこなし、ザフィーラはため息を吐きつつそれを手伝う。班長もザフィーラがいる事を気にせず、書類の決済をしていた。

 そう言えば、だ。──書類の決済をしていた班長が、突如ナニカを思い出したかの様に呟く。彼の呟きにザフィーラは手を止めるも、ヴァイパーは気にせず仕事を続ける。

//////
─┬>脳内再生BGM「Autobann」
 └─>「Autobann」 再生開始……
//////
─┬>脳内再生BGM共有 目標個体名:ザフィーラ
 └─>目標捕捉 再生BGM共有開始……
//////

「──! 何だ、この音楽は? む、頭が……!」

 ザフィーラは耳をぴくぴくと動かし、自身に起きた異変は何かと調査し始める。だが、彼の耳はその原因を導きだす事は無かった。
しかし、耳の代わりに彼の経験は答えを導きだす事に成功した。その答えであり元凶──ヴァイパーの方を睨むと、ヴァイパーはばれたか、と両手を挙げ苦笑する。

──苦笑するダッジを見て、ふと思い出した。何故この男の仕草は我が主と同じ、日本人に近いのだろうか、と。
大分昔に行われた考察。そして、その理由を考えている内にある結論に至った。
その結論……ヴァイパー=ダッジ・クライスと言う人間は、闇の書にある意味“近い”存在であり、また確実に違う存在でもある、と言う事だ。
何故“近い”のか。それは闇の書の転生機能に彼が似ている様な気がするのだ。まるで、彼が日本人として生活していたかの様な錯覚すら覚える時もある。
最も、それについて本人が否定していないと言うのはどうかと思うが。……とにかく、彼には謎が多い。

「ふと思ったんだが……ダッジよ、お前は結婚しないのか?」
「どうしたんだザフィーラ。私は結婚なんてする気は無いぞ? お前さんじゃあるまいし」

 ザフィーラの奴、結婚なんて話を持ちかけてくるとは、母さんが手を回したのか? 私は思考する。無論、仕事しながらだ。
そうしなければ、私が仕事をしに来た意味が無くなってしまう。私は結婚を考えない理由、それは私自身がある意味“結婚”しているからだ。
ただ、私の場合は「誰と?」と言うよりは、「何と?」と言った方が良いかもしれない。つまり、そう言う事なのだ。
因みに、ザフィーラは主である八神二佐に内緒で結婚するらしい。肝心の相手は、ハラオウン執務官の使い魔だとか。
まったくクロノと言い、ザフィーラと言い、何で私の周りの人間は家族持ちになるのかね。身を固めるのは正しい事だが、私には到底無理な事だ。
惚気話にうんざりする程、短気では無いが、仕事の邪魔にならない範囲でならの話だ。仕事の邪魔をするならお引き取り願う。ただそれだけだ。

「クライス一尉、仕事を……、ってザフィーラじゃんか。どうしたんだ?」
「ヴィータか。今、話していたところだ」

 教導隊の制服に身を包んだ、赤毛の少女──ヴィータが、書類を持って現れる。ヴァイパーはヴィータから書類を受け取ると、それらに両手にペンを持ってすらすらと記入していく。
ヴィータは暇を持て余しているのか、ザフィーラに結婚式の様子を尋ねていた。若干熱の籠もった声色で喋るヴィータに対し、ザフィーラは淡々と語る。
 ヴァイパーはその様子を見て、やはり異性にとって結婚とは重大なイベントなんだろうな、と思う。しかし、自身には無縁な事だと切り捨てて仕事に臨む。
頑張らなくては。頑張って働いて、再来月の末──年末と、来月の最初の週を休暇にしなくてはならないのだから。
身体はミッド人だが、本質は日本人の彼は、年末年始に休暇を取らないとしばらくの間仕事の能率が大幅にがた落ちしてしまう。
しかしミッドチルダには、新年を祝う行事が少なく、当然ながら、クリスマスも無い。故に、ヴァイパーはそれを狙って有給休暇を取っている。
そして取った休暇で、本質の故郷たる、関東地方の北の方にある町にわざわざドライブしにいくのだ。
これだけは誰にも邪魔されたくはない。それが、例え親でも。さあペースを上げるとしよう。徐々に、確実に。

「すまんがヴィータ二尉、書類を持って来てくれないか。仕事が足りないんだ」
「は、はい!」

 ヴァイパーに指示されたヴィータは、ザフィーラとの雑談を止めて駆け出す。その姿は何処か、外見相応のものに見えた。
その光景に、思わずザフィーラが吹き出し、笑いだし、班長もザフィーラに釣られてか笑いだす。その光景は、正しく愉快だった。


その一方で、彼女は……


「……なあリイン、何で私はシャマルと一緒に雑誌のインタビューを受けているんやろな?」
「さぁ? でも、たまにはこんな事も良いじゃないですか、はやてちゃん」

 クラナガン市内にある喫茶店「まざーうぃる」のテーブル席。そこで八神はやてとその融合騎「蒼天を往く祝福の風」 リインフォース・ツヴァイは「湖の騎士」 シャマルと共に雑談の取材を受けていた。
リインは幸せそうに「ぶいおーびー☆サンデー」なる物を食べ、シャマルはシャマルで「ふらじーる☆ケーキ」と言うレアチーズ・ケーキを食べている。
因みに、はやては「ANNRサンド」と呼ばれるよく分からない形のサンドイッチを食べていた。

「ザフィーラ達は何してるんやろ。……形の割には意外と美味しいなぁ」

 はやては、サンドイッチに舌鼓を打ちながら窓から見える風景を只々見上げるのであった。




[14123] 番外編:テーマパーク職員の一日
Name: B=s◆60f16918 ID:9b22335c
Date: 2010/06/29 21:50
 ミッドチルダの月が沈み、地平線の彼方から朝日が昇り始める少し前。とあるマンションの一室の中、ベッドの上でもごもごと蠢く物体が一つ。

『アサダヨ! アサダヨ! アサダヨ! アサダ──』

物体から手が伸び、うるさい雑音を出す目覚まし時計の頭を引っ掴む。そして、それを物体の中に引きずり込むと物体──布団がばさり、と宙を舞う。

「……朝、カ」

 ユゥルブルム・トランザムの朝は早い。まだ太陽が朝日の光を注ぐ前に、彼は起きる。
February☆ランドに就職した彼の一日は、可愛らしいデザインの目覚まし時計を叩きつけて止める事から始まる。
起き上がった彼は、頭上に落下してきた布団をベッドから転がり落ちる様にして降りると、起きたばかりの為かよろよろと立ち上がり、洗面所で顔を洗う。
顔を洗った次に、クローゼットを開け、中からジーンズとパーカー、そして薄手のジャンパーを取り出して着替える。着替える途中、適当にニュース番組を聞き流す。

『──続いて芸能ニュースです。俳優兼実業家で知られる、コルドバ・クライスさんが……』
「ふむふム……、なるほド」

 ニュース番組を見て頷くと、トランザムは部屋から出る。ドアを閉め、鍵を掛けると一直線に駆け出す。
その頃には太陽が姿を見せ始め、注ぐ日光が街に目覚めを与え始める。暦は既に冬、ミッドチルダと言えども、気温は低い。外気の寒さに震えつつ、雑踏を小走りで駆け抜ける。
その脚で向かうは、一軒の喫茶店。そう、「まざーうぃる」だ。彼がテーブル席に着くと、ウェイトレスがトーストとコーヒーをテーブルに置く。

「いつもありがとウ」

 トーストを食べ終わったトランザムはコーヒーのカップを口に運び、礼を述べる。ウェイトレスは彼の言葉に頬を紅潮させ、トランザムは彼女の反応にはにかんでみせる。
飲み終わった彼がそのまま会計を済ませ、レール・ウェイの駅へと走り去って行く後ろ姿を、彼女は見て想う。……ああ、何て素敵な方なのだろう、と。
つまり、彼女は彼に対し想いを馳せていたのだ。恋せよ乙女、とは誰が言った言葉だろうか。とにかく、今の彼女にはその言葉が相応しいだろう。
無論、彼が彼女の想いに応じたのは後の話となるが、どのようにして到ったかは語る事ではない。


「Februaryノ動物は可愛いヨー……」

 オレは、歌を歌いながら飼育動物のAMIDOの小屋を掃除している。このAMIDO、物凄く人気があるのだが、如何せん小屋の掃除が大変なのだ。
と言うのも、AMIDOは強酸性の体液を吐く習性がある。小屋はアルカリ性のコンクリートで出来ているから、体液で中和されるどころか溶けだしてしまうのだ。
無論、人の皮膚も侵す事もある。それが理由で掃除の度に命を懸けるなんて、そんなバカな話があってはならない。
そこでオレの出番だ。魔導師のオレなら、AMIDOの酸をバリア・ジャケットで防ぐ事が出来る。だから、この作業はオレがやる事となっているのだ。
それに、可愛らしいAMIDOを間近で見続けられるのもあってオレは大変気に入っている。正に天職とも言えるだろう。
 バリア・ジャケット姿のトランザムが、左腕に構える「NICHIRIN」──中身を燃料から洗剤とセメントの混合液に置き換えたものだ──から混合液を吹き付け、右腕に持つブラシで床をごしごしと擦る。
酸で溶けかけていたコンクリートの床は綺麗になり、修復されていく。続いて壁をブラシで擦っていると、お昼を知らせるチャイムが鳴り響く。

「んー……。大分綺麗になったシ、飯にするカ」

洗剤を水で洗い流しバリア・ジャケットを解除したトランザムは、職員専用の食堂へと歩きだす。辿り着いた時には既に食堂は混雑していた。
そのあまりの混雑具合にトランザムは嘆息し、近くの売店で菓子パンを購入する。そして人気の無い広場へと移動し、菓子パンの袋を開ける。

「そう言えバ、あれから半年が経つのカ……」

 菓子パンを食べつつ天を見上げ、半年前を振り返る。煙草の一つでも吸いたいが、飼育生物の為を思うと吸えないのである。しかし、それでも煙草は吸いたい。
そこで彼はポケットから筒状の物体を取出し、それをくわえる。──口内に広がるミントの、爽やかな風味。禁煙は難しいと考えた彼なりの判断であった。

「こうなったのモ、ミフカタさんのお陰、カ……」
「私が何だって?」

 寝転がるトランザムの独白に答える声──はっと気付いた彼が、筒を取り落としつつ起き上がると、そこにはポロシャツにスラックスといった私服姿のワサリア・ミフカタが。
ミフカタはのそりのそりと歩み寄ると、トランザムは体をぶるりと震わせる。

「ど、どうモ。ミフカタさン」
「ふむ……、その様子なら大丈夫そうだな」

 ミフカタは安堵の表情を見せ、トランザムは溜息を堪え、つい取り落とした筒──減煙パイプを拾う。
それを見たミフカタは「何だ、まだそんな物を吸っていたのか」と呟き、トランザムは恥ずかしさに赤面する。

「そう言えバ、どうしテオレの所ヘ?」
「お前の経過観察と、孫の付き合いだ」

 ミフカタはぽつりと答え、天を仰ぐ。空は雲一つ無く、青々と晴れていた。はっと気付いたトランザムはミフカタに礼を告げると、急いでAMIDOの飼育小屋へと戻る。
AMIDOの飼育小屋に戻った彼は、バリア・ジャケットを展開、再び混合液を吹き付ける作業へと戻る。
彼の後を追っていたミフカタは僅かにそれを眺め、独り納得したのか孫の元へと帰っていった。

「ねーママー……」
「何、ヴィヴィオ?」

 ハイウェイを走る一台の車。その車内で、高町ヴィヴィオは緑茶を飲みながら母であるなのはに疑問の声を上げた。一体、何処へと向かっているのだろうかと。
なのはは愛娘の質問に微笑み、「秘密だよ」と答える。彼女の答えにヴィヴィオはぶーぶーと不平を言うも、なのははにこにこと微笑むばかりである。
そんな親子が乗る車の進路には、ある施設が見えて来るのであった……


──よし、仕事を戴いたぞ。

 本局の一画、戦技教導隊オフィスから男──ヴァイパー=ダッジ・クライスが、両手に大量の未決済書類を持って現れた。
彼の表情は、常に掛けているサングラスのお陰か分かりづらい。しかし、彼の声色は彼が喜んでいる事の証左である。
偶々近くでそれを見かけたヴィータは「またか……」と諦観の様子で見ており、ヴァイパーは上機嫌で走り去って行った。

「ヴィータ、クライス一尉って何時もあんな量を?」
「そうでもねーよテスタロッサ、何時もはあれの半分くらいだ。……でもまあ仕方ねーな、テスタロッサはクライス一尉の仕事風景を見た事ねーし。最初はあたしも驚いたけど、もう慣れた」

 この日、用事があってオフィスに顔を出していたフェイト=テスタロッサ・ハラオウンが驚きの表情を見せていた。
「……でも、なのはの話じゃ三年前の方がもっと酷かったと聞いたな」と休憩中のヴィータは、そう言葉を続けながらぽりぽりと箱入りのスナック菓子を食べていた。


「なんて野郎ダ、まったク」
「ち、畜生……っ」

 バリア・ジャケット姿のトランザムは、その前脚で男を強く押さえ付けていた。と言うのも、男がAMIDOを攫おうとしていたのだ。
それを見付けたトランザムが激怒し、鬼神の如く猛撃した果てにその身柄を取り押さえたのだ。そして、事態の異変に何事かと駆け付けて来た人影が二つ。
そう、なのはとミフカタだ。二人は、現場にいた管理局員としてこの事態に駆け付けたのだ。二人と合流したトランザムは、男を連れて事務室へと入る。

「──本来ならば、警邏隊が行うことなんだが……仕方あるまい」
「でも、はっきりと答えてくれそうですよ」

 二人のやり取りに、男は絶望した。何故この場に、“エース・オブ・エース”と“戦略自走砲”の二人がいるのだ。
そして、何で自分は二人の事情聴取を受けねばならないのだ。コレでは馬鹿を見たのは自分では無いか。
この扱いはあまりにも酷すぎる。死んだ方がまだマシではないだろうか。
ここには珍しい動物が飼育されていて、その中に闇市場で超高価で取引されると言うAMIDOがあると聞いたから盗みに来たのだ。
そして後一歩というところでこの様だ。全く、ついていない。これだったら大人しく万引きでもしてれば良かった。
男は自分の犯した罪を悔いるどころか、別の事を考えていた。それを見抜いた二人は表情を険しくする。
トランザムもまた、機嫌を悪くしていた。外は、夜の帳が降りており、月が昇っては星々が煌めいていた。
事情聴取がある程度進んだところで、近隣地区の警邏隊員が男の身柄を引き取りに現れる。
彼は二人の姿を見ると敬礼し、二人もまた返礼する。彼は二人と二、三言言葉を交わすと、男を連れていった。

「わたし達も、帰りましょうか」

 なのはの一言に一同は首肯し、トランザムもまた、上司から帰宅を許された。
その帰り道、冷たい夜風が服の隙間から肌を撫で上げる。白い吐息を吐きながらトランザムは、こつこつと歩いていく。
煙草をくわえつつ、ふと空を見上げると、曇りが無く二つの月がとても綺麗に輝いていた。

「──? 何ダあれハ?」

 くわえ煙草に火を着け、夜空に紫煙を燻らせていると、目の前の電灯の上を何者かが飛んでいくのが見えた。目を凝らして見たところ、女性の様だった。
こんな時間に一体何事だろうか。しかし、トランザムは自身には関係ないと判断し帰途へと就こうとした、そんな矢先であった。
女性がトランザムの顔を見つけると、飛び掛かって来た。驚いた彼は避けるも、くわえ煙草の先端の火が消されていた。

「──貴方。そう、そこの貴方に様があります」
「オレに、何ノ用があるというんダ。……それ二、オレはお前二用など無いゼ?」

 女性はトランザムの前に立ちはだかるが、彼はそれを無視するように脇を擦り抜けようとする。女性がその肩を掴むも、邪魔するなと剣幕を立てて振り払われる。
女性はトランザムの剣幕に気圧されるも、追いかけようとする。その対応に業を煮やしたトランザムはポケットからライターを取出し、地面に強く叩きつけた。
直後、二人を煙が覆い隠しその隙にトランザムは駆け出す。その際、いくらか煙を吸い込み咳き込むも気にせず駆け出す。
煙の中から女性が脱出した時には既にトランザムの姿は無く、代わりにライターの残骸が残されていた。


『──ハハハ、大変だった様だなトランザム。それじゃ』
「まったク、散々ナ一日だったヨオルテ。……またナ」

 自室に帰ったオレは、今オルテと話し込んでいた。俳優になったヤツはどうも親身になって接してくれる為か、気が楽になる。
通信を終えたオレは、何気無しに壁に掛かった時計を見ると、今日が昨日になる少し前だった。すでに晩飯を摂ったし、シャワーも歯磨きも済ませた。
さっきのオンナはナニが目的かは知らないが、それよりも明日だ。明日も早い、そろそろ寝なくては、AMIDOの為にも寝坊はしたくない。

 トランザムは照明のスイッチを切り、ベッドに倒れこんだ。


あとがき:感想レイヴン主役の話 そろそろ本編を進ませねば……



[14123] 男と銀細工
Name: B=s◆60f16918 ID:9b22335c
Date: 2011/03/02 08:05
 負荷、処理、仕事、思考。負荷、処理、仕事、思考……
 この単語のループを聞いたとしても、多くの人は理解できないだろう──ヴァイパーは片手を頭にかざし、もう片方の手で暗闇の中かたかたとキーボードを打鍵しながら、苦笑う。
 彼の頭の中では大量の……まさに、濁流の様な大量の情報を一度に処理していた。
だが周りには、彼を手伝う人間はいなかった。と言うのも、周囲は無人で、夜勤の人間がたまに顔を見せに来ては、持ち場に帰って行くと言った次第だ。
無論、誰にも手伝わせる気は本人に無いのだが。

 そのまま幾時間が過ぎたのだろうか、何時も通りに出勤してきた隣の席の同僚が背伸びをした時だった。ヴァイパーはそれを見て一声かけると動きだし、慣れた手つきでタイム・カードを差し込む。
ばちっ、と言う音と共に引き抜いたヴァイパーのタイム・カードには、[11/23 04:45-12/23 11:45]と打刻されてある。つまり、彼は一ヵ月の間オフィスから外出していない事になる。
そんな彼の一ヵ月間の総労働時間は702時間にも昇る。無論、衣服の洗濯等は替えがあり、更にはシャワー・ルームも完備されている為、衛生面においては何も問題なかった。
当然、人事部のレティ・ロウラン提督は頭を悩ませているだろうが。と更衣室で私服に着替え終わったヴァイパーは、廊下を歩く直前に腰のウエストポーチ──ARGYROSを撫でる。
しかし、ARGYROSから高熱を感じ取り、更に異音が聞こえ始めた。
【WARNING! The turbine blades are abnormal overheating. At this rate there is a risk of explosion engine unit.】
「何、オーバーヒートだと?」
【Yes. Master engine unit proposes emergency stop.】
「やがて来るとは思ってはいたが……、緊急停止の準備だ。強制冷却用カートリッジ装填、放熱器展開準備開始」ヴァイパーは片手を握り締め、反対の手でサングラスを押し上げる。
ふと何かを思い出したのか、ヴァイパーは言う。「……何とかして、2分だけ持たせろ。停止可能な場所に移動する」
【Rajah.】ARGYROSは何時もと変わらぬ、落ち着いた口調で答えた。
 ARGYROSが訴えた異常事態に、ヴァイパーは渋々廊下を駆け始める。その行き先は──屋外。
と言うのも、屋内でエンジンユニットの緊急停止を行えば、放出される高熱の水蒸気で火災報知器が誤作動を起こす事となる為だ。故に、ヴァイパーは時間稼ぎをする様ARGYROSに指示したのだ。
 廊下を駆けるヴァイパーの姿を見た者は皆、彼の背中をただただ眺めていくだけで、それを咎める者はいなかった。
無論、迂闊に妨害しようものなら弾き飛ばされて壁に叩きつけられ、医務室でうんうん唸る羽目になる事は明白だったからだ。
また、彼の持つ独特の威圧感がそれを阻んだ理由の一つなのは言うまでもない。
(この分なら飛び降りた方が早いな……、ならば!)
 ヴァイパーは脚を止め、近くの窓を開ける。窓は地上から三階の高さであったが、それに臆する事なく飛び降りる。
「あれは……きゃっ!」
 いきなり飛び降りたヴァイパーに、偶々その場にいた女性──なのはが悲鳴を上げるも、着地したヴァイパーは気にせずARGYROSを取り外し、近くの噴水に投げ入れる。
噴水の真下にある池にARGYROSは沈むと、池の水が蒸発し大量の水蒸気が立ち込める。それを見たなのはは投げ入れたヴァイパーの方を見やるも、彼は気付いていないのか噴水へと近寄る。
「緊急停止完了」降り注ぐ水しぶきにびしょ濡れになりながら、納得できない表情でヴァイパーは呟く。「……一体何が原因なんだ?」
 それをなのはは物陰から聞き取っていた。ヴァイパーはなのはに気付かずにARGYROSを拾い、屋内へと駆け込んでいった。

「何だったんだろう、一体。──あっ、綺麗な虹……」
 わたしは物陰から姿を出すと、噴水の辺りに見える虹を眺める。ユーノくんと待ち合わせをする為に来た所だ。
休暇中のわたしの姿は、着崩した白いワイシャツと水色のネクタイの上に、グレーのカジュアル・ジャケットにスラックスとボーイッシュな服装。
また、髪は下ろしてストレートにした上、顔には伊達眼鏡をかけているから、別人に見えるだろう。これらの選択は全てフェイトちゃんからのアドバイスだ。
たまには、いつもと違う服装をしてもいいだろうと言う彼女なりの提案だった。娘のヴィヴィオの評価も、「何だかいつも以上に格好いい」と好評だ。
……最も、提案してくれた本人は生憎仕事だが。
「遅いなあ、ユーノくん……」
「──ごめん、待たせたねなのは」
「ううん、わたしも今来た所だよ、ユーノくん」なのはは待ち合わせの相手──ユーノの登場に表情を崩す。
 彼もまた、薄緑のトレンチ・コートにジーンズと私服であった。
 二人はどこへ行こうかと言葉を交わす。しばらくして二人はタクシーを拾い、市街地の中心部──映画館へと行き先を告げた。
「なのは」タクシーの車内でユーノは呼んだ。
「何、ユーノくん?」なのははユーノの方を向く。
「実は、僕……ううん、何でもない」ユーノは発言を取り消す。
「変なユーノくん」なのはは笑い、ユーノも笑った。その時の二人は、何処か楽しげな表情であった。

 本局の技術部、メンテナンス・ルームで、ヴァイパーは腕を伸ばした。彼の前方には台があり、その上には高熱の影響だろうか、色々と融けかかっているARGYROSがあった。
「どれ、始めるとしよう」
 ヴァイパーはぽりぽりと頭を掻きながら、工具を手に取る。工具──大きめのラチェット・ハンドルにソケットを装着し、かちゃかちゃとARGYROSの外装を取り外してゆく。
外装を取り外したARGYROSの内部は、冷却水の配管や制御ユニット等の電子機器の類がびっちりと配置されていた。
また、取り外した部品を置くたびにごとっ、ごとっ、と重いものが落ちたかのような鈍い音がした。
「ここまできてるのか……」しばらくして、分解していたヴァイパーの手がぴたりと止まる。「酷いな」
 その時、既にARGYROSはその核心たるタービン・シャフトが露出していた。よく見ると、タービンの羽根の一部が融け落ちていた。その一部が、内部を傷つけていたのだ。
これでは、ユニットごと交換する他に手はないと判断したヴァイパーは、慎重にタービンと一体式になっているシリンダー・ユニットを取り外す。その傍ら、電子機器類に異常が無いか検査機器のスイッチを入れた、その時だった。

「おやクライス一尉、どうしたんです?」ドアが開き、白衣の女性が入ってくる。「デバイスを分解している様ですが」
 ヴァイパーは自分の方にやってくる彼女をちらりと見、また検査機器の画面を見て、ふとある事に気付いた。──交換用のシリンダー・ユニットが無い事に。
しかも、シリンダー・ユニットは特注品の為自宅にしか予備がない上、車は現在車検中で手元に無い上、手持ちの金額も乏しい。転移魔法などもっての他だ。故に、ここは彼女に任せて部品を取りに行くべきだ。
だが、彼女にARGYROSを任せて大丈夫なのだろうか? しかし片付けて行くには余りにも部品点数が多い。
──ええい、この際彼女に任せるしかあるまい。
「マリエル技官」一瞬だけ葛藤した後、ヴァイパーは女性──マリエルの方に顔を向けた。「貴官に頼みたい事がある」
「何でしょうか、クライス一尉」マリエルは、ARGYROSを色々な角度から奇異の目線でじろじろと眺め、指差した。「もしかして、これの事でしょうか?」
 ヴァイパーはそれに頷いた。彼の左手は、台の上に散らかった工具を片付けていた。反対に右手は、電子機器に接続されたケーブル類をコネクタを摘んで外していた。
マリエルが快諾すると、ヴァイパーは駆け足で部屋を後にしていった。
 ヴァイパーの姿が見えなくなって、マリエルは思った。なんて、器用な人なんだと。
 Mr.ワーカホリックはデバイス・マイスターでもある事は知っていたけど、ここまで器用な人とは知らなかった。
しかも両手はそれぞれ別の事をしているのに、彼は顔をこちらに向けたままどちらにも視線を動かさずにこなしていた。
視覚情報無しで二つの作業をこなすとは、最早器用と言うより異常である。……彼は常識を当てはめる対象ではないのかもしれない。何しろ人の仕事を奪う程なのだから。
 とにかく、今はこの子をじっくり見回すとしよう。嬉しくて嬉しくて仕方ないんだから。シャーリーが聞いたら、どう驚くかしら?

「お昼の天気予報です。午後のミッドチルダは……」
 私ことアインハルト・ストラトスは、教室で何気なく見ていた空間モニターから視線を動かした。モニターの中では女性キャスターが午後からの天気を伝えていたが、私にとっては只の雑音に過ぎなかった。
また、周りのクラスメイト達が休み時間である事を良い事にきゃぴきゃぴと騒いでいる話題も、その内容も、私には興味が無かった。
そんな私が興味を持った出来事は、最近“聖王”オリヴィエの複製体と“冥府の炎王”イクスヴェリアの存在が確認された事。
そして、自身の前から逃げた二人組の男の事だった。少なくとも一人は、誰かの使い魔である事は分かっている。
しかし、もう一人の男──深いブラウンの髪の方は強さこそ分かれど、その正体は不明のままだった。
「アインハルトさん、お昼一緒にいかがです?」顔見知りのクラスメイトの一人が、私に声を掛けてきた。
「良いですよ、どこですか?」私は、机の上の荷物を纏めていた。
 彼女は中庭を指差し、私はそれを見て小さく、静かに頷く。私の返事に喜びに表情を歪めた彼女は、私の手を取って引っ張っていく。
二人が中庭に辿り着くと、クラスメイトの友人達がベンチを占拠していた。彼女が手を振ると、友人達も手を振って返す。
「さ、アインハルトさんも早く」彼女は、私を誘う。
 たまには、このようなひとときを過ごすのも良いかもしれない……。そう思った私は、彼女の元へ歩み始めた。


 ヴァイパーは走っていた。とにかくひたすら、息が切れるまで。
 彼はとにかく自宅へと向かっていた。走り込み、辺りの風景が自然に包まれてても、そのペースを緩めることなく走り続けた。走り続けたのだが……。
 遂に左足が言うことを聞かなくなってしまった。──無理もないだろう、一ヶ月間無眠で働き通し、常に重量物を身に付けていたからだ。
「くそっ」あまり動かない左足を一瞬睨み、膝の辺りをぴしゃりと叩く。左足の麻痺は一時的なものだろうが、彼を焦らせるには十分であった。
彼は、仕方なしに左足を引き摺る様にして歩く。かれこれ数十キロは走り込んだが、まだ自宅には程遠い。そう思いつつ、左腕に付けているミリタリーウォッチを見やる。
ミリタリーウォッチ──米国ルノミックス社製の特殊部隊用モデルで、マット・ブラックに焼付塗装されたステンレス系合金製の丈夫なボディが中々気に入っている品だ──の文字盤は、2時半を指していた。
 最悪でも、5時には戻らねばならない。その5時まで、残り2時間半。早く自宅に着かなければ……、自宅にならアレがある……。と文字盤から視線を上げたその時だった。
(……? 背後から何か、近づいてくるな……)
ヴァイパーは背後から接近するナニカに気付き、右袖に隠しているデリンジャーを取り出す。
事実、ヴァイパーの背後から何者かの影がゆっくりと忍び寄って来ていた。影はヴァイパーに襲い掛かる。
「──なっ、父さん?!」
 襲いかかってきた影の正体にヴァイパーは驚き、反応が遅れる。その隙に影──コルドバがヴァイパーに擦り寄る。父の奇襲にヴァイパーはバランスを崩し転ぶ。
起き上がったヴァイパーの手をコルドバは掴み、近くに止まっている車──2002年式ダッジ・バイパーGTSまで引っ張る。
「車……しめた!」ヴァイパーはにやりと笑い、運転席のドアを開けた。
「ん? 車がどうかしたのか?」コルドバは息子の行動に怪訝な顔をしながらも、助手席に乗り込んだ。
 ヴァイパーはコルドバが助手席のドアを閉めたのを確認すると、差しっぱなしのエンジンキーを捻りエンジンを始動させた。
8.0リッターV型10気筒エンジンが咆哮し、伝達された動力が後輪を空転させる。ヴァイパーは慣れた手つきで、シフト・レバーを手前に引きギアを一速に入れた。
クラッチ操作のいらないシーケンシャル・ミッションだからこそ、左足が動かない今のヴァイパーでも運転できたのだ。

 車は何事もなく自宅へ着くと、二人は車を降りる。ヴァイパーが玄関の鍵を解錠し、ドアを開ける。
コルドバは玄関から見える風景に感心していたが、ヴァイパーは急いで部品がある部屋のロックを解除する。
「何処だ……? あった、これだ」部屋の中にある箱を見つけたヴァイパーは呟いた。「これで直せるな」
部屋に入ったコルドバは疑問に思った。「さっきから、一体何を探しているんだ?」
「部品を取りに来ただけですよ、父さん。何分デバイスが壊れましてね」
 ガレージに向かったヴァイパーは父の問いに答えつつ、ガレージへ足を運ぶ。
ガレージの中には車──1968年型ダッジ・チャージャーR/T──十数年前まで乗っていたものだ──が止まっており、それに乗り込む。
製造されたのは60年代といった、余りにも旧式すぎる車だが、購入直後に行ったレストアとチューニングの成果もあってか、今でもそこらのスポーツカーに引けをとらないマッスル・カーだ。
「……このメーター周り、懐かしいな」ヴァイパーは黒光りするハンドルを握った。「買ったばかりの頃は、よく部品を作ったりして直してたものだ」
「ひょええ、よくもまあこんな古そうな車を……父さん驚きだ」運転席のドアから、中を覗き込んだコルドバが言った。
「それじゃ父さん、時間が無いからこれで」
 シャッターを開けたヴァイパーはそういうと、コルドバに鍵を渡し、アクセルペダルを一気に踏み込んで車を急発進させる。
そして去って行く車を尻目に、コルドバはその少年の様な顔つきをにやりと歪めた。

「──クライス一尉は一体、何をしているんでしょうか……?」
「すまないマリエル技官、時間を掛けさせてしまったな」
 メンテナンス・ルームで待っていたマリエルにヴァイパーは謝る。その時、時刻はぎりぎり5時になる前であり、丁度退勤時間となっていた彼女は何やらにこにこした様子で帰っていった。
ヴァイパーは彼女の様子に怪訝な表情をするも、すぐに本来の目的──ARGYROSの修理に取り掛かった。この時左足の麻痺は回復し、動くようになっていた。
 しばらくして、ARGYROSの修理を終える事ができたヴァイパーは工具類を片付け、メンテナンス・ルームを後にした。
腰にARGYROSを取り付け、その重量を確かめながらクラナガン市街への転送ポートへ足を運ぶ。
 ヴァイパーがクラナガンの街に出た時には既に空は暗く、夜となっていた。彼は近くの駐車場へと歩き、車に乗り込んだ。
 車は走りだす。その後ろにナニカを連れて……

──遂に見つけた。あの車だ。あの車に彼は乗っているに違いない。
 影は、気配を殺しつつ街を走る一台の車を追っていた。車は、今までミッドチルダで見た事の無いものだった。
何処か古めかしいものを感じるその形状は、明らかにクラナガンの街中では“浮いた”存在であった。
そんなものを乗り回すのはきっと、彼に違いない──。影は確信していた。そして、本当に彼なのかを確かめるために追っていた。
(速い……このままでは引き離されてしまう……)
 引き離される事を予想した影であったが、予想に反し車は交差点を左折すると、近くの公園の駐車場に止まった。
影は、これを好機ととらえた。これで、車の運転手が彼か否かを確かめる事が出来ると。

──またお前か。懲りないものだな。
 ヴァイパーは自身の後を尾行けてきた影に内心溜息を吐く。その表情には、何も見えてはいないように見えるが。
彼は車のドアを閉めると、各部の間接をこきこきと鳴らしながら、公園内へと歩いていく。影は彼を追い公園内へと進入する。
「ここなら問題有るまい」ある程度歩いた所でヴァイパーは背伸びをした。「……出てこい、尾行けてきたのは分かっている」
「漸く、戦う気になってくれましたか」影が問う。「貴方とは拳を交えたかったのです」
「戦う? これはただの準備運動だ」しかし、彼は影の言葉を否定した。
彼の言葉に、影は身構えた。彼の言葉は最早聞いて“いない”と言う事である。その一方でやれやれと彼も身体を右足を前に出し構えた。
公園──公園と言うよりはグラウンドだが──内は芝生だが、それほど滑らなそうだった。しかし、彼の足元には深く足跡がついていた。
 身構えた二人の内、先に動いたのは影の方であった。
「──!」
 その速い身の運びにヴァイパーは少し驚いたが、次の刹那には平常通りに反応していた。彼は、影がまず手始めにと打ち出した左拳を右手で内側から弾き、半円を描く様に下に流す。
そこから右手で影の右肩を押し、左手で影の右腕を押さえようとして──距離を離される。
 影が、反撃に移った。
影は、ヴァイパーの両腕をバインドで固定し、そこから一瞬で距離を詰め、肋骨の少し下──鳩尾を殴り付ける。
そのまま後ろによろける彼に、追い討ちにと蹴りを放った。その衝撃にさしもの彼も背中から倒れこまざるをえなかった。
しかし、影は彼の身体に触れた時に違和感を覚えた。何だろうか、この異常なまでの重さは。まるで水が入ったタンクやコンテナの類を無理矢理蹴飛ばしたかのようだ──
「どれ、起動シークエンスは終了した。次は、バリア・ジャケットのテストと行こうか」
「テスト……」
 ヴァイパーは起き上がり、バリア・ジャケットを展開するが……
「……なっ?!」
「それでは、始めるとしようか」
──光が止んだその時、影の前には異形の存在がいた……


「あはは……楽しかったね、ユーノくん」
「そうだねなのは、僕も楽しかったよ」
 高町なのはとユーノ・スクライアは笑っていた。二人は、映画を観た後ショッピングモールに買い物をした。そのせいか、ユーノは荷物を抱える形で歩いていた。
そんな二人だが、歩いている途中に公園に差し掛かった。ふと思ったなのはは公園へと歩いていく。公園のベンチで一休みする事にしたのだ。

──な、何アレ……。
 それに気付いたのは、なのはだった。「黒焦げになってるみたいだけど」
「何だろう、ちょっと調べてくるよ」ユーノは抱えていた荷物を降ろした。
 ユーノが真っ黒焦げの物体──辛うじて人型のナニカと見受けられる──に近付くと、ナニカが動きだす。
その動きにユーノはびくり、と身体を震わせ、身構える。黒焦げのナニカは立ち上がると、ぼろぼろとその外装を落としていく。
外装が落ちていくにつれ、見覚えのある体格が露になっていく。それを見たユーノは勿論、なのはも驚きの声を上げた。
「やはり"Fragile"は脆すぎだったか」ナニカの中から出てきた見慣れた体格──ヴァイパーは言う。「……おや、スクライア君に高町さんじゃないですか」
「く、クライス一尉?!」「ヴァイパーさん?!」
「どうも、お二人さん。それ程驚くことじゃないでしょうに。私はAMIDOかナニカですか?」驚く二人にヴァイパーは肩を竦めた。
 幾ら何でも、公園の真ん中に真っ黒焦げの物体があれば驚くと思うのが普通だと、なのはは思った。
しかし、彼は異端ともとれる存在。彼からすれば問題ない事なのかもしれない。それはともかく、何故真っ黒焦げになっていたのかを朝の行動と共に尋ねた方がいい気がする。
「それで、何で真っ黒焦げに?」
「久々に魔法の練習とデバイスのシェイクダウンをしていましたら、失敗しましてね」

──魔法の練習とデバイスのシェイクダウン? 何だか嘘を吐いているような、吐いていないような……?
 なのははヴァイパーの発言に疑問の念を浮かべた。見たところ、地面には幾つか穴ぼこが出来ており、一人でこの状態にするには難しいものがあった。
もっとも、ここは公式に魔法練習場として利用されている為、本人の証言に嘘は無いだろう。
──何を疑っているの、わたしは。ヴァイパーさんの発言に何も問題は無いのに……。
 なのはは、自身の思考を否定した。今はもっと他にするべき事があるはずだと、思考の対象を切り換える事にした。
その一方でヴァイパーは、ぎこちない足取りで駐車場へと歩いていく──血痕を残して。それに気付いたユーノが、声を掛けた。
「クライス一尉、左足から出血しているじゃないですか!」ユーノはヴァイパーに駆け寄る。
「──? ……ああ、怪我していたのか。道理でふらつく訳だ」ヴァイパーは怪我していた事に気付いていなかったのか、左足を見た。
 ヴァイパーの左足は血だらけであった。ユーノが治癒魔法の詠唱を始めたその時、ヴァイパーはズボンのポケットから小瓶を取り出した。
一瞬動きを止めたユーノだったが、ヴァイパーはお構い無しに近くの水道で傷口を洗う。傷口は切創であったが、見た目に反してそこまで深いという訳では無い様だった。
ヴァイパーは傷口を洗浄すると、小瓶の中身を患部に塗り、その上から透明なフィルムを巻き付けた。ユーノはその一連の動作を見て疑問に思った。何故、治癒魔法を使わないのだろうかと。
確かに彼が行った方法は、一部の管理世界でも実践されている方法だ。自身も幼少の頃、遺跡の発掘作業中に怪我した際この療法を受けた事がある。
だが彼はミッドチルダ式魔導師であり、故に治癒魔法を習得しているはずである。──待てよ?
「クライス一尉」ユーノは呼び掛けた。
「何だね、スクライア君」ヴァイパーは振り向いた。「私は自宅で休みたいのだが……」
ユーノは言葉を続けた。「あなたは何故、治癒魔法を使わないのですか?」
ヴァイパーは苦笑し──「少ない魔力を使う面倒が省けるからさ」──そして、車に乗り込んだ。

 去りぎわに言い放ったヴァイパーの言葉に、ユーノは何処か違和感を覚えつつも、なのはと一緒に休む事にした。
 夜風が寒いけど、それもまた悪くはないね。……特に、なのはが隣にいる時は。
それが僕の──ユーノ・スクライアの感想だ。流石に幼子の様にうぶな反応をする歳では無いものの、彼女が傍にいるだけで何処か癒され、足りないものが満たされる様な感覚を覚えるのだ。
それに初めて気が付いたのは、新暦65年のある日──彼女が墜とされた日の事だった。彼女が墜とされたその時、僕は病院で定期検診を受けていた。
そして傷つき倒れた彼女を見た僕は気付いたのだった。
「──ねえ、どうしたのユーノくん?」
……独り言なんてらしくないな、全く。本当にらしくない。疲れているんだ。ユーノは自身にそう言い聞かせ、なのはに何でもないと謝る。
なのははなのはでユーノの態度に疑問を抱くも、あまり踏み込まない事にした。彼だって、何か考えているのだろうと。それより、ヴィヴィオは何をしているのだろうか……?

──アレは一体何だったのだろうか。
 街路灯に照らされる車内でヴァイパーは語ちる。車のオーディオからは「grid room」が流れていた。ベースが奏でる旋律に聴き惚れていたヴァイパーだが、ふと思い操作する。
「ARGYROS」ヴァイパーは言った。「アレの正体は掴めたか?」
「いいえ」助手席に座る女性──ARGYROSが否定した。「何も掴めませんでした」
ヴァイパーはオーディオを操作していた。「そうか。とにかく、"Fragile"の使用は危険過ぎるな」
「ええ、いくら何でも悪ふざけが過ぎたかと……」ARGYROSは片手で、長い銀髪を後ろに纏めながら言った。「……出来ました」
「ほう」ARGYROSを見やったヴァイパーは感嘆の声を上げる。「中々似合うな。……そっくりだ」
 ヴァイパーの言葉に、ARGYROSはバックミラーを見た。銀髪のポニーテールに、緑色の瞳をした女性がこちらを見ている。はて、誰かとは……?
彼女が思考しようとした矢先、ヴァイパーは言った。「髪の色こそ違えど、まるでシグナム一等空尉ではないか」
「成る程、確かに彼女にそっくりですね」ARGYROSは微笑んだ。
「まあそれは、それとしてだ。──?!」
 異変に気付いたヴァイパーが、ブレーキ・ペダルを踏み急制動をかける。車は停止し、ヴァイパーは車を降りる。
そのまま車の前に歩き、地面に屈み込む。ARGYROSがヴァイパーの元へ向かうと、彼はナニカを拾っていた。

 ヴァイパーが、左手に拾ったナニカ──銀色のペンダント──を強く握り締めていた。一体何事だろうか? ARGYROSは疑問を抱き、尋ねた。
「レイヴン、それは一体……?」ARGYROSはヴァイパーの背中越しに見た。
「おや」ヴァイパーは驚いていた。「私のペンダントではないか」
「貴方の、ですか?」ARGYROSは身を屈める。
「ああ。どうやら昼間引きずられた所のようだ」ヴァイパーはペンダントを傷が無いか調べ、首に付けた。「無事のようだし、帰ろうか」
ARGYROSは言った。「そうですね、お父上に鍵を渡したままですし」
 ARGYROSの言葉にヴァイパーはある事を思い出し、車に駆け込んだ。──急いで父を止めなければ。家の中をあれこれと悪戯されては、堪ったものではない。
助手席にARGYROSが座るのを確認すると、アクセルを全開にした。
──気化器で燃料と混合された空気が燃焼室へと入り、ピストンで圧縮されて爆発──エンジンが咆哮し、タイヤから白煙を上げる。その様はまるで、発進するロケットの様だった。

──アレは一体、何だったんだろう。
 人気の無い、どこか寂れたロッカールームの前で、少女──アインハルト・ストラトスはいた。彼女は、先程までの記憶を思い起こしていた。
 自身の前に現れた、異形。黒く、そして極端な迄に横に伸びた身体に、これまた極端に細身の腕と脚。そして異形の象徴たる頭。
よく見れば、辛うじて人の姿形を取ってはいるものの、異形と呼ぶに相応しい造形であった。
 そして、その動きの速さもまた彼女の認識を凌駕するものであった。まさに異端。アレがバリア・ジャケットとはドウカシテイル。
……最も、その脆さには呆れたが。一蹴り浴びせただけで奇声を上げて炎上したくらいだ。あんなものを強そうだと追っていた自身が恥ずかしく思える。
弱者を倒しても、己の拳……覇王流の強さの証明にはならない。そんな事よりも、問題は失敗を次の経験に活かせるか否かだ。
 明日は学校も休みだし、もっと技を研かねば……。
 アインハルトはロッカーの扉を閉め、ロッカールームを後にした。

「──で、なんで母さんまで?」ヴァイパーは溜息を吐き。
「あら良いじゃない。今まで私達は家に来た事無いのよ?」コルトは腕を組み。
「……それは分かりました。それでは、何故冷蔵庫の中を覗いているのか、説明願いたいのですが」
「そ、それはだな……」コルドバが頭をぽりぽりと掻く。
 ヴァイパーは自宅のキッチンで、冷蔵庫を覗いていた二人を問いただしていた。冷蔵庫の中には、僅かばかりの保存食しか入っているだけであった。
ヴァイパーは仕方がないのかもしれない、と思った。自分の場合、一ヶ月は帰らないのだから。
それを心配するのは良い事かもしれないが、歳が遅すぎだろうに。それと、些か過保護ではないだろうかと思うのだが……。
(何か、隠れているな……)
 ヴァイパーはドアの辺りに気配がある事を察知した。何時もの袖の下にあるデリンジャーではなく、冷蔵庫の脇の隙間から大型のライフル──バレット社製の対物狙撃銃──M82A3を取り出すと同時に左腕で照準をつけた。
そのままボルト・ハンドルを右手で操作し初弾を装填したヴァイパーは、ドアの向こう側に声を掛けた。
「隠れても無駄だ。素直に出て来た方が、身の為だぞ」
 息子の突然の行動に二人は驚き、何も出来ずにいた。ドアの向こう側にいた影は、観念したのか姿を現した──と同時に向けられているものに気付き、へなへなと座り込んでしまった。
「何だ。貴方だったのか」ヴァイパーは銃を片付けた。
「ちょお、その歓迎はないと思います……」へなへなと座り込んだ影──八神はやては抗議の声を上げた。
「あら、八神さんのことを忘れていたわ」コルトは苦笑した。

「──何故、八神さんが私の家を?」デザートの皿と日本茶を出しながらヴァイパーは尋ねた。「どうぞ、菓子と粗茶です」
「おおきに」はやてはお茶を啜った。「私は──」

 はやては、ヴァイパーに何故自宅にいるかを話した。話を聞くに連れ、ヴァイパーは彼女と母親の間に白と赤の花畑が見えてきた様な気がした──



あとがき:何かダレカとダレカがリリウムリリウムしてる様な気がするけど気にしない。





[14123] 男の日常
Name: B=s◆60f16918 ID:9b22335c
Date: 2019/08/02 00:27
──新暦79年 1月4日 10時30分
第97管理外世界「地球」 極東地区・日本

 日本は関東地方に位置された小さな村にある、小さな一戸建ての居間でヴァイパー=ダッジ・クライスは、炬燵でのびのびと体を伸ばしていた。炬燵の天板の上には、空になった木製の器と、大根の漬物が盛られた皿がある。
──ぽかぽかして心地が良い。やはり、年始の休暇は大切だな……。
 ヴァイパーは欠伸をしながら、窓ガラスの向こう側を眺める。外との温度差に、窓は少し曇りはっきりとは見えないが、それが故郷らしい。
そんな事を思いつつ体を起こすと、ぽりぽりと漬物を食べ始める。途中で器を片付け、代わりに急須と湯呑みを持ってくると、お茶を容れる。
居間には自身の他にブースト・デバイス──ARGYROSしかなく、そのARGYROSもいつものウエストポーチの状態だ。居間は炬燵の他に暖房器具と呼べるものはなく、肌寒いがそれがまた良い。と思っていた。
「明日から仕事か……そろそろ出よう」
 ヴァイパーは炬燵から立ち上がると、タンスがある部屋へと歩く。タンスから幾つかある服の一つ──グレーのジーンズとトレーナーを着込む。
【Raven.】聞き慣れた電子音声──ARGYROSが言った。【I think in the early?】
「そうでもない」ヴァイパーは言った。「むしろ休み過ぎたぐらいだ」
──Really? ARGYROSが問うが、ヴァイパーはそれに答えずにARGYROSを腰に付けて、玄関の引き戸を開けると、外へ出た。

 ヴァイパーが銀一色の道──雪に覆われた田んぼと雑木林に囲まれた道──を歩いていると、前方から三人組の男達が歩いてきた。男達はヴァイパーを見ると、睨み付けるような目線を向けた。
彼らからすれば、喧嘩を売っているつもりなのだろう。しかしヴァイパーは彼らに気をかけず、その脇を通り過ぎようとした。
「痛っ」──三人組の右端の男──高校生位だ──が右肩をぶつけてきた。「おい、何肩ぶつけてんだよ? 痛てえんだけど」
 しかし彼らの言葉を無視し、そのまま去っていくヴァイパーに、男達はそれぞれ身構えた。その中の一人は、ポケットからリングをくっ付けた形状の物体──ナックルダスター、……通称メリケンサックに指を通していた。
ヴァイパーは、男達が後を追っている事に気付いていた。そして道が木々に囲まれたその時、男達がヴァイパーを取り囲んだ。
ヴァイパーの背後に回った男が、ヴァイパーの左肩をぽんぽんと叩いてから言った。「やいてめえ、舐めたマネしやがって。上等だ!」
それが合図となったのか、男達が一斉に襲い掛かってきた。
──まったく、馬鹿な奴らだ。
 ヴァイパーは背後から襲い掛かってきた男──ナックルダスターを持っている奴──の攻撃を左足を引き半身にして受け流し、その後頭部を左腕で力強く──本人からすれば“優しく”──押した。
すると、まるでバスケットボールをドリブルするかの様に、男の頭は──融雪剤で雪が解けつつある地面に叩きつけられた。
 他の二人の男もそれを見て、少したじろいたが、次の刹那には動きを完全に止めた。──と言うのも、ヴァイパーが倒した男の後頭部を踏み潰す様にして足を押し付けていたのだ。
「お前たち、こうなりたいか?」ヴァイパーは呻き声をあげる男の後頭部を右足で強く踏み付け、左手の親指で指しながら言った。すごくドスの効いた声色だった。
「な、てめえ……!」二人の片割れ──金髪のロングヘアーの男が言った。「化けモンか?!」
「答えは二つ」ヴァイパーは足に体重を掛けた。呻き声が大きくなり、地面が深紅に染まり、ナニカが軋むような音を立てた。「イエスか、ノーかの二つ、だ」
 ヴァイパーの行動に暫し、辺りは沈黙した。
 そんな中、金髪の男は思った。
 何でおれ達はバカな事をしちまったんだ、も少し相手を選ぶべきだった。相手は喧嘩慣れしている。それも凄腕の奴だ。
 奴を見捨てて逃げよう。今は自分の身を守る事が大事だ。
「う、うわぁ────っ!」ヴァイパーに気圧されたのか、もう一人の男は逃げていった。それに釣られ、男も逃げる事を選択した。
 金髪の男が逃げようとした矢先、その背中にヴァイパーが先程まで踏み込んでいたモノ──ナックルダスターを持った男が投げ付けられ、男達はドミノの様に倒れ込んだ。
「やれやれ、この様か」ヴァイパーは歩き、倒れた二人の背中を避けながら吐き捨てた。「……次は無いからな」

──4月2日 11時30分
時空管理局本局

──で、ここが人事運用部だよ。
 そう言うと、高町なのははドアを指し示した。それをノーヴェ・ナカジマの隣にいるチンク・ナカジマが頷いていた。
当のノーヴェは、なのはの髪を見ていた。と言うのも、彼女の髪の毛の一部──サイドポニーの先端──がちょこちょこと動いているのだ。
本人には申し訳ないが、見ていると可愛い。唐突に触りたくなったほどだ。しかしながら触るのもなんだろうし、気付かれるのもそれはそれでマズい。
そう思いつつ意識をドアへ向けると、中から何やら男女の音声が聞こえてくる。その騒がしさから、口論中と思われる。
「なのはさん」ノーヴェが言った。「ここに立っているのは、少しマズいんじゃないですか?」
「そ、そうだねノーヴェ。何かありそうだし……」
 なのはが苦笑いしながら言った矢先、ノーヴェの強化された聴覚は、足音がドアへと近づいてくるのを感じ取った。音の間隔から、その速度は少し急いでいる様である事が分かる。
 丁度チンクがドアの前から離れた時、ドアが開き、中から大柄の男──ヴァイパー=ダッジ・クライスが姿を現す。
当の本人は苛ついている様子であったが、チンク達には何故苛ついているのか理解できなかった。最も、なのはは一人納得した表情であったが。
 そんな様子のなのは達に気付かずにヴァイパーは去っていく……かに見えたが、倒れこんでしまった。
それを見たなのはが駆け寄ろうとするも、彼の腰に付いているウエストポーチ──ARGYROSが光りだし、人の姿を取り始めた。
そのまま女性の姿になったARGYROSは、驚くなのは達の唖然とした視線などお構いなしに、ヴァイパーの肩を担ぎ、去っていった。

──13時03分
時空管理局本局 医務室

──ERROR!
 私の視界にそれが現れたのは、丁度人事運用部の部屋を後にした時だった。その時私は、仕事に飢えていた。
 と言うのも、何時もこの季節は新人の教育や研修で彼らに仕事を教えるから、私に回される仕事量が少なく、同じ理由で仕事を強奪する事が出来ないからなのだ。
故に、私は仕事が無いと人事運用部に掛け合うも、仕事は無いと断られ、苛ついている所にさっきのエラーだ──とヴァイパーは、医務室のベッドにうつ伏せで、彼に負けず劣らずの巨漢──十数年来の付き合いの医務官相手に経緯を愚痴っていた。
「──それで、ここに運び込まれたのか。……それにしてもこいつは酷ぇ」しゃがれ声の医務官──シオトナ・メルカヴァは贅肉の少ない、筋肉だらけのヴァイパーの背中にのしかかった。「ここまで酷いのはお前が初めてだ」
「そうですか、医務官」ヴァイパーは頭を動かした。「そこまで酷いですか?」
「酷いも何も、腰周りの骨がメチャクチャにズレてやがる。こんなにズレてて、痛くなかったのか?」
 ヴァイパーの腰を力強く揺らすシオトナ。揺らす度に鈍い音がヴァイパーの腰から鳴り響くも、本人は何故かけろりとしている。
その表情を怪訝に思いながらも、さすったり、撫でるような仕草でズレている腰の骨を一つ、一つと元の位置に戻していく。
「生憎、痛みは感じないものでしてね……」ヴァイパーは苦笑する。「昔からこうなんですよ」
「そうか、昔からそうだったな、お前は。……よおし、終わりだ」シオトナは、ヴァイパーの腰から両手を離した。「ほれ、治してやったから、もう身体をぶっ壊すなよ。少しは身体を大切にしろ」
「ありがとうございます、医務官」ヴァイパーは身を反転し、起き上がった。「よし、元通りだ。足も動く」
 足を動かし、その動きに異常が無い事を確認したヴァイパーは、上機嫌で医務室を後にした。
 ──結構キツいやり方で治してやったのに、ぴんぴんしてやがる。今まで色々な奴を診たが、あまり相手にしたくはない。……が、嫌いではないな。シオトナはそんなヴァイパーの背中を見てやれやれ、と肩を竦めた。
「シオトナさん」ベルカ訛りのあるお淑やかな印象のある声が、背後から彼を呼んだ。「どうしたんですか? 肩を竦めて」
「何でもない」シオトナは声の方に振り向き、かぶりを振った。
 声の方には、プラチナ・ブロンドの髪をボブカットに切り揃えた、医務官の制服に白衣の女性がいた。
「知人を治してやっただけだ。シャマル医務官」
「知人、ですか?」白衣の女性──シャマルは首を傾げた。
「そうだ。古い知人をな……」
 そう語るシオトナの声には、何か含みがあった。シャマルは暫し思考した末に、自分にはきっと分からない事なのだろう、と結論付けた。
「……で、どうしたんだ?」シオトナは椅子に掛けてあるタオルで顔を拭った。「俺の所へ来るぐらいだ、何か用件があるんだろ?」
 シオトナの言葉に、シャマルはふと思い出したかの様に言った。「ええと、14時からの会議の件なんですが──」
「──分かった」シオトナは言った。「丁度、奴の調査がまとまった所だ」
「奴?」
 人差し指を頬に付け、疑問の表情を浮かべたシャマル。そんな彼女の仕草を可愛らしいなと内心思いつつ、シオトナは言った。
「今出て行った“汚染患者” >の事だ。さあ、さっさと会議と洒落こもうじゃないか」
 胸ポケットから煙草──地球産のキャスター・ワンを取出し、口にくわえたシオトナを見つつ、シャマルは納得した。
 ああ、奴とは即ち“汚染患者”。つまり“彼”の事だったのね……。と言う事は、シオトナさんは彼と知り合いみたい。…… この臭いは?
そして、シオトナの行動に気付いた彼女は、口をへの字に歪めた。
「……シオトナさん、ここは禁煙ですっ!」
 怒ったシャマルに、くわえていた煙草を取り上げられ、シオトナはくわえていただけなのに……、としょんぼりした。
 その後、彼が煙草の事でしばらく引きずっていたのは言うまでもない。




あとがき:遅れてしまい申し訳ございません。


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