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[14058] 化物語SS こよみハーレム 【完結】
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2010/01/07 20:45
 去年、化物語上下巻を買いハマり。今年アニメを見てまたハマり、その勢いのまま、傷物語、偽物語上下巻を買い更にハマり、つい先日、DVDのオーディオコメンタリーを聞いてそろそろ我慢出来なくなって書きました。


 現時点で放送されていない部分のネタバレ、アニメだけ見た人では分からないような表現描写等、ありますので注意して下さい。
 



[14058] こよみハーレム1 (神原編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/11/19 11:21
001

 神原駿河は言うまでもなく、僕の可愛い後輩だ。
 ちょっとどころではなくエロイのと、BL好きなのと、変態なのと、レズで僕の彼女を愛していることを除けば、そりゃもう、可愛い可愛い後輩だ。

 そして同時に数少ない僕の友人でもある。
 これはそんな神原後輩と、ただの友人です。と言えなくなったある日の話、怪異も何も関係ない、ちょっとした日常の話だ。



002

 リュックサックを背負った幼女を見付けた場合の対処法。なんて本を書かせたら日本一と言っても過言ではない僕、阿良々木暦だが、それは昔の話だ。

 いくら僕と言えど、そう何度も何度も、阿呆のように毎度毎度、八九寺を見付けたからと言って後ろから抱きつくような真似をする訳がない。僕はもう十八歳だ。大人だとは言わないが、子供でもない。基本外見も内面も幼女である八九寺にいつまでも構っている余裕は皆無なのだ。

 そもそも僕は今受験生、気分転換という名目でプラプラと散歩をしている途中だ。そんな受験生の貴重な休憩時間を、幼女に構って失う訳にはいかない。ああいきません。

 と言うことで、僕は前を歩く巨大なリュックサックを一別し、ニヒルに笑いながら、あばよ八九寺。とクールで伊達な男を気取って反転しようとして、いや、実際に反転して、何故か、どうしてか、どうしてだか、反転したままムーンウォークよろしく、後ろ向きのまま歩き始めた。

 なんだこれは、どういう怪異だ。八九寺の奴め。そんなに僕と遊びたいか。折角迷牛から二階級特進して浮遊霊になった癖に、僕と遊びたいが為に新たな怪異となったのか、今度は人を迷わせる怪異ではなく、自分から離れられなくする怪異という訳だ。

 いいだろう。八九寺。お前がそこまでして僕と遊びたいというのなら、僕の時間を少しだけお前の為に割いてやるのもやぶさかではない。とは言え、僕は以前の僕とは違うのは前述通り、ここはクールな大人として、よう、八九寺。暇してるなら遊んでやっても良いぜ。なんて上から目線で言ってみるとしよう。

 そうと決まれば。
 僕は後ろ歩きを止め、改めて八九寺の背中を向き直ると、その場で屈伸運動を行い、準備を整えてから、軽く挨拶をする為に。
 全力で走り出した。

「はっちくじー! この野郎、久し振りだなオイ」
 後ろから彼女の両脇目掛けて、手を差し入れるとそのまま取りあえずの挨拶代わりとして、青い果実を揉みしだいた。

「きゃーっ!!」
 相変わらずの可愛らしい悲鳴を聞きながら、僕はそのままスカートに手を伸ばす。

「ほんと久し振りだなー。このぅ、会いたかったぞ。会いたかったぞ八九寺ー! 相変わらず可愛いなぁ。なんだー八九寺。パンツの色が僕好みじゃないぞー。僕と会う時はちゃんとしとけって言ったじゃないかー。まぁいいか。それ、もっと見せろ、触らせろ、寧ろ嗅がせろー!」

「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
 兎にも角にも先ずはパンツだ。と持ち上げたスカートの中に顔を入れようとして、僕の耳はそれを捕らえた。

 普段であればこの後、八九寺の反撃があり、それを僕が押しとどめて、その後ようやくいつものあの可愛らしい、思わず恋してしまうほど可愛らしい、噛みまみた。を含む名前間違い挨拶へと移行するのだが、今回ばかりは例外というか、それどころではなくなってしまった。

 それに僕が気付いたのは、その常軌を逸した速度の足音がドンドンと僕らの方に近付いてきているせいだった。

「ここに幼女がいるのだな! 阿良々木先輩!」
 と聞き覚えのある声と共に、僕の目の前にショートカットの可愛い女が現れ、僕の八九寺を横から掻っ攫っていった。

「うわっ。と神原!」
 その見覚えのある後輩の名を僕は呼んだ。

「分かる。私には分かるぞ。阿良々木先輩。ここにいる幼女がどれほど可愛らしいのか。ああ、見えてきた気もする。リュックを背負っているな!」

「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
 まだ八九寺のパニックは持続中のようだ。それもそのはずである。見えていないはずの神原は野生の勘なのか非常に的確に、八九寺の胸を、お尻をなで回し、その勢いのまま、スカートの奥に隠れた少女の大事な部分を……

「待て! そこは僕の場所だ。神原!」
 それは流石にさせない。
 腕を押さえつけ、神原を八九寺から引きはがす。

「何なんですか阿良々木さん。この方は!」
 荒い呼吸のまま、八九寺は神原を指差した。
 あ、僕の名前間違えずに言った。なんかつまらないな。

「ああ、こいつは神原。僕の後輩で……と言うか前に話したことあるだろ? それ以前見たことあるはずだ。お前を轢き掛けた女だよ」

「むむ、朧気ながら見えてきたぞ。この幼女、八九寺ちゃんか。ツインテールだな!」
 僕に押さえつけられたまま、神原は八九寺を指差した。こいつ本当に気合いで見えるようになってる。恐ろしい奴だ。
 いや、八九寺の外見の説明くらいはしたかも知れないから、まだ断定は出来ないが。

「流石阿良々木さんの後輩さんですね。変態レベルが半端じゃありません」
「いやぁ。阿良々木先輩。幼女に褒められると、こう、何かむずむずしてこないか? 主に股間が」
 声まで聞こえている。やはり気合いなのか。流石神原。

「股間言うな! それと神原、褒められてはないからな」
「何を言う阿良々木先輩。私にとって変態というのは褒め言葉だとあれほど言ったではないか」

「とにかく! 阿良々木さんも、神原さんも、あっちに行って下さい。私、貴方たちのことが嫌いです」
 母の日に出会った時のように、八九寺はそう言った。

「おいおい八九寺。今更初期設定のキャラに戻らなくても良いんだぞ? お前はもう蝸の迷子じゃなくて僕専用の撫で回し幼女なんだから」

「ずるいぞ阿良々木先輩。私にも撫で回させてくれ。いや、寧ろ嗅がせてくれ」
 同じことを考えてしまった。神原と同レベル。と僅かに凹んでいると、八九寺はふんっと大きく鼻を鳴らして腕組みをした。

「いつから私が阿良々木さんの撫で回し幼女になったんですか。八九寺Pにそんな口聞いて良いと思ってるんですか? 第二期が無くなってしまいますよ」
「お前にそんな権限はない! 大体こう言うのは一期一会だと言っただろう。二期なんかいらん」

「何? 阿良々木先輩それは困る。第二期が来ないと私が阿良々木先輩の妹さんと知り合えないではないか」
「お前までメタ的なこといってんじゃねーよ」

「何を言う。そう言う阿良々木先輩だって、本当は二期が来ないと困るだろう? 火憐ちゃんとの歯磨きプレイが出来ないではないか。それでもいいのか?」

「僕は本編でしっかりやってるから別に……って、今はまだ偽物語に入ってない。具体的に言うと忍が僕の影に住むようになって数日って感じなんだぞ。まだ僕は火燐ちゃんに歯磨きプレイをしてないんだ。そう言えば一期一会もまだ言って無いじゃないか。僕にまでメタ的なことを言わせるな!」
「いや、それは勝手に阿良々木さんが言ったんですよ」

「いやー。私の教えた知識が阿良々木先輩の役に立って私は本望だ。ところで阿良々木先輩はいつになったら私に歯磨き緊縛プレイをしてくれるのだろう?」
「ずっとしねーよ。さり気なくバージョンアップさせてんじゃねーよ」

「私はMだから、縛られながらだともっと興奮するのだ」
 両手を腰に当てながら胸を張る神原は非常に誇らしげだ。相変わらずこの後輩はぶっ飛ばしている。ブレーキ? 何それ、おいしいの? と言わんばかりの勢いだ。

「とにかく私は変態達に構っている暇はありませんのでここで失礼します」
「何だよ八九寺、冷たいじゃないか。もっと仲良くしようぜ?」

「そうだぞ。八九寺ちゃん。もっと物理的に仲良くしようではないか。くんつほぐれつ的な意味合いで」

「結構です。そもそも私がこれまで阿良々木さんに構ってあげたのは、話を進行させるという大事な役割を果たす為だったんです。それ以外の時に阿良々木さんと仲良くする意味など皆無です」

「そう言えば忍を見かけたって言ってきたのは、お前だったな……ってことは何? 僕とお前の間にあったのは友情じゃなくて、物語の進行なんて言うビジネスライクなものだったのか!」

「ええ、話を進行させるバイトです」
「しかもバイトだった! 僕の数少ない友人が! 人間強度が下がった今の僕では耐えられない!」

「しっかりしろ阿良々木先輩! 私の裸を見て元気を出してくれ!」
 などと言いながら、神原が服に手を掛けた辺りで、ようやく落ち着いた。

「いや、それは遠慮しておく」
「なんだ。脱ぎ合いっこして見せ合う約束はどうなったんだ。私はそれも今か今かと待っているのに」
 忍を捜していた夜、電話した時の話だ。覚えてやがった。

「……あのう。阿良々木さん?」
「ん? どうした八九寺、揉ませてくれるのか?」

「いえ、それはないです」
「ならば阿良々木先輩、私のを揉めば良いではないか!」
 またも声を張り上げながら胸を強調して僕の前に現れる神原。

「今わかった。神原。お前がいると話が進まない。少し黙ってろ」
「思いの外本気の口調だ。仕方ない、言われた通り黙って放置プレイに勤しむとしよう」
 ここで勤しむな! と言うとまた脱線しかねなかったので、無視して八九寺を見る。

「さっきのは嘘ですからね。そんなアルバイトはしていません」
「いや、流石に気付くよそれは」
 本気な口調で何を言うかと思えば、苦笑して告げると八九寺はそれなら良いのですが。と顔をやや赤くしながら言った。

「その顔はあれだな。僕が本気にして、怒るのを恐れた顔だな」
「な、何を言うのですか、阿良々木さん如きに怒られようと嫌われようと、私は一向に構わん! と言う奴ですよ」

「ははは。かぁーわぁーいーいー。やっぱり抱きつかせろー」
「きゃーっ! ……うげっ!」
 抱きつきに行った僕のタックルを躱し、八九寺はそのまま何か呻き声のような声を上げたかと思うと、掛け出し挨拶もなく離れて行ってしまった。

 珍しい。
 曲がり角の向こう側に消えてしまった八九寺にやれやれと、頭を掻きながらさっきから異様に異様すぎるほどに神原が静かなことに気が付いて、僕は後ろにいるはずの神原を振り返った。

「かん、ば……る!? うげっ!」
 振り返ったその先で、神原は上下とも下着のみと言う服装になっていた。

「む、阿良々木先輩。放置プレイはもう終わったのか? 私はこの通り、放置プレイと自己裁量で露出プレイも試させて貰っていた。今から下着も取ろうかと思っていたところだ。グッドタイミングだな」

「なななな何をやってるんだ。神原! 服を着ろ!」
「だが断る! まだ誰も通りがかっていないんだ。折角だから、何だアイツ、頭おかしいんじゃねーの? と言う蔑みの視線に晒されたい」

「僕が見てやる。僕が蔑んでやるから、早く服を着ろ!」
 何故だが、この変態な後輩の裸を他の男には見せたくないという、奇妙な独占欲が湧いてきた。自らが僕の所有物を連呼しているせいで僕も僅かばかりその気になってしまったのだろうか。だとすれば、繰り返しというのは意外と恐ろしいものだ。

「阿良々木先輩がそこまでいうのなら仕方がない。歯磨き緊縛プレイをしてくれるのなら着よう」
「する! 今からする。一緒に僕の家に行って、歯磨き緊縛プレイをしよう! そうしよう。だから早く服を着てくれーっ!」
 僕の叫び声は天までも届いただろう。

「本当か!? ならば露出放置プレイはここまでだ。秘技、蒸着!」
 瞳を爛々と輝かし、その場に落ちていた衣服を身に纏い始めた神原に僕はとんでもないことを言ってしまったのではないか。と己の浅はかさを悔やんだ。

 しかし、時間は戻らない。流石体育会系と言わんばかりの早着替えを披露し、普段着姿に戻った神原は、以前あの神社に行った時のように僕の手を取るとこれもまた例によって指を絡める恋人繋ぎで、腕を組み、太陽のように明るく笑うのだった。
 ちくしょう。可愛いじゃねーか。

「さあ行くぞ。いざ阿良々木先輩宅へ!」
 と言いながら神原は僕と腕を組んだまま率先して歩き出す。そうかコイツ僕のことストーキングしてたし千石の件で実際に家に来たから、僕の家を知ってるんだった。
 意気揚々と歩き出す後輩の横顔を眺めながら、僕は思いきり息を吐いた。

「そう言えば神原。お前、日曜の昼下がりに何してたんだ? 何か用事があったんじゃないのか?」
 本日日曜日、現在昼下がり、戦場ヶ原に勉強を見て貰うはずが、何やら用事が出来たとドタキャンされ、僕はやる気が出せずに勉強を放棄して散歩をしていた訳だが、神原一体何の為に外にいたのだろうか。

「ん? 阿良々木先輩の家に向っていたに決まっているではないか」
 おかしなことを聞く。と言わんばかりに首を傾げる神原。
「何か用事か? 丁度今日は、戦場ヶ原が用事あって勉強が無くなったけども基本的に僕は受験生なんだ。遊びに来るとかだったら前もって言って貰わないと対応出来ないぞ?」

「うん。それは戦場ヶ原先輩から聞いている。と言うよりも、私がお願いして、戦場ヶ原先輩に休んで貰ったんだ」
「はあ? そりゃまたなんで」

「それは、着いてのお楽しみという奴だ。まあ、そのお楽しみも歯磨き緊縛プレイの後だがな」
 鼻歌交じりに言う神原。ここで止めておかねば。

「待て神原。確かに僕はお前とは磨き緊縛プレイをすると約束してしまったが、どうだろう? 歯磨きプレイだけに妥協しないか?」

 流石に緊縛が入ると僕も我慢出来るか危うい。恋人である戦場ヶ原ともまだキスしかしていないのに、何故に後輩と先にしなくては……待て待て、先にじゃないだろう阿良々木暦。お前は戦場ヶ原ひたぎ一筋ではなかったのか? 大体戦場ヶ原にそんなことを知られてみろ。いくら神原に甘い戦場ヶ原でも、キレる。先ず僕がそして神原も殺されてしまう。
 何その第三者による無理心中。したくねぇ。

「阿良々木先輩ともあろう者が何を情けないことを言っている。阿良々木先輩ならば寧ろ歯磨き緊縛プレイだけじゃ物足りない。もっとマニアックなプレイを付け足すものだとばかり思っていたが」

「前々から言おうとは思っていたんだが、僕はお前が思っているほど変態レベルが高い訳じゃないからな!」
「またまた。謙遜は阿良々木先輩の特技のようなものだが、私といる時はそんなに謙遜しなくても良いのだぞ?」

「だから何で付き合っているっぽい言い方をするんだよ」
 そんなやりとりをしながら僕らは家に向って歩き出した。




[14058] こよみハーレム2 (神原編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/11/20 12:57
003

「む、妹さん達は留守か、偽物語前にフライングで会っておきたかったのだが」
「だからそう言うメタ的な発言は……と言うか神原。まだこの手は繋いだままなのか?」
 僕たちは現在誰もいない(両親もいつの間にか何処かに出かけていた)家の中にいた。
 神原が僕の部屋に訪れるのはこれで二度目だ。未だに戦場ヶ原は来たことがないのに。

「無論だ。手を繋いだまま、緊縛プレイに移行しようではないか」
「手を繋いだままでは、緊縛プレイなんて出来ないし、そもそもいつの間にか歯磨きが抜けている!」

「阿良々木先輩が言うから妥協したのだ」
「歯磨きプレイだけに妥協して貰いたかったのだが」
「それはさておき阿良々木先輩。やはり先に私の用事から済ませても良いだろうか」
 そう言うと、神原とその場に正座した。

 あの家で育ったから当然と言えば当然だが、神原の正座は異常に綺麗だった。
「ああ、別に良いけど」
 その畏まった神原の様子に、多少の違和感を覚えながら、神原と向き合う。手を未だ恋人繋ぎにしているせいで、距離が制限され、かなり近い。こうしてみると、コイツ本当に綺麗な顔してるな。
 うわ、顔ちっちゃい。首細っ。

「改めて聞くが、阿良々木先輩は戦場ヶ原先輩とキスをしたのだな」
「あ、ああ。そうか、戦場ヶ原から聞かされたんだったな」
 忍を捜してくれるように電話をした時、神原は五時間ぶっ通しで戦場ヶ原から自慢話を聞かされたと、言っていた。

 話とはそのことだろうか。神原は元々、戦場ヶ原のことが大好きなのだ。それが原因で僕を殺そうと悪魔の手に願ったこともある。そんな彼女が、愛する戦場ヶ原から長々と自慢話を聞かされたと言うのなら、怒りを感じていてもおかしくはない。
 ふと気が付いた。神原が僕の手を握っているのは、左手だ。

 試しに手に力を入れてみた。
 手が外れるどころか、微動だにしない。
 超怖い。このまま手が握りつぶされても何の不思議もなかった。

「何を怯えているんだ? 阿良々木先輩」
「いや、取りあえず手を離してから話をしようじゃないか。神原後輩」
「いや駄目だ。手を離したら、逃げるかも知れないからな」
 逃げるようなことをする気だ。この後輩は。

「では阿良々木先輩」
「お、おう」
 取りあえず覚悟を決めて応えてみる。神原の瞳が真っ直ぐに僕を射貫いていた。

「キスをしよう」
 直球だった。そして理解不能だった。
「戦場ヶ原先輩から、色々と聞き及んではいたが、私にはやはり此方の方がしっくり来るな」
 一人でうんうんと頷いている神原に、僕はまだ殆ど働いていない頭をフル回転させて聞いた。
「何がだ」

「ん? 戦場ヶ原先輩の場合はあれだろう? キスをしますから始まって、キスをしましょうでキスをしたのだろう?」
「そこまで話したんだ」

「私も同じようにしようかとも思ったが、やはりいつか阿良々木先輩に言われたように、私は私にしかなれないからな。私なりのやり方で行かせて貰う。だから阿良々木先輩、キスをしよう」
 再び直球を投げ込んできた。

「神原……僕はお前に幾つか聞きたいことがあるんだが」
「んん?」
「それは羽川の返し方だ。それはともかく、神原、お前は戦場ヶ原とキスした僕のこと、憎いんじゃないのか?」
 そう言うと神原は呆れたように、首を振った。

「憎いなどと。私が敬愛する阿良々木先輩を憎むことなどあろう筈がないだろう。私にとって阿良々木先輩と言うのは山より高い尊敬と海より深い感謝、そして大宇宙と同等の愛情を抱いているのだぞ」
 最後の奴が重すぎる上に、あっさり嘘をついた。超憎んでたじゃん。何回も殺し掛け……何回も殺したじゃん。
 思いはしたが、昔の話だ。蒸し返すのは良くないとそれは口にはせずにおいた。

「次の質問だ。僕のことを憎んでいないのは良い。分かった。だがどうしてそれで僕とお前がキスをすることになるんだ」
「私が阿良々木先輩のエロ奴隷だからだ」
「僕は認めてねえよ!」

「そして同時に私は戦場ヶ原先輩の所有物でもあるからだ」
 エロ奴隷だといった時同様に胸を張り、自信満々に言ってのける神原。そう言えば戦場ヶ原の言っていた自分のあげられるもの全部。

 その中に可愛い後輩と言うカテゴライズで神原が入っていた。あの時は満天の星空に目を奪われ、隣にいる戦場ヶ原と良いムードになっていたから、敢えて何も言わずにおいたが後輩を自分の物扱いする戦場ヶ原も、その戦場ヶ原に所有物扱いされて喜ぶ神原も恐ろしいこの上ない。

「で。それが何の関係があるんだ……キスと」
 何度も何度も、キスキスと口に出すのは些か恥ずかしい。

「うん。本来ならば身体をそのまま差し出すところなのだが、戦場ヶ原先輩が、やっぱり自分がまだ出来ないのに、私に阿良々木先輩の童貞を奪われるというのは癪だ。と思い直したらしくて、最低限戦場ヶ原先輩がリハビリを終えるまで、阿良々木先輩のキステクを向上させておいてくれ。と頼まれたのだ」

「童貞って言うな! そして戦場ヶ原も何言ってんだよ。神原! お前まさかとは思うが戦場ヶ原のリハビリとやらに参加しているんじゃないだろうな? 後キステクって何だよ!」

「律儀なツッコミだ。流石は阿良々木先輩。残念ながら片手が塞がっている為出来ないが、そうでなければ賞賛の言葉を口にしながら拍手しているところだ」
「手を離して良いから、拍手して良いよ」

「それは出来ない。キスするまでは外さないと決めたのだ。さあ! さあ!」
 グイグイと身体を前に出しながら神原は僕に顔を近づけた。
 その距離約十センチ。

「待て待て! 神原。お前はそれで良いのか、そもそもキステクを上げる為にってことはお前、練習台にってことだぞ、お前少なくとも男とは初めてのキスだろ? そんな簡単に」
 僕の言葉に神原は動きを止めた。

「簡単?」
 神原の眉がピクリと動く。

「心外だな阿良々木先輩。私はこれでも乙女だぞ。いくら戦場ヶ原先輩の頼みとは言え、キスをしろと言われれば誰とでもする訳ではない。他でもない、私の愛する阿良々木先輩だからこそ、私は了承したのだ」

「か、神原?」
 いつになく本気めいた神原の声に、僕の声は上擦ってしまう。なんだ、何が起きている。何で……

「逆に言えば、阿良々木先輩が相手だからこそ、練習台になろうとしているのだ。練習台ならば阿良々木先輩も気を病む必要はないだろう? 私は練習台でも構わない、だから、だから……阿良々木先輩!」
 俯き、彼女らしからぬ消え入りそうな声で、言いながらやがて神原は顔を持ち上げ強い力を込めた瞳で僕を見た。

「は、はい」
 その迫力に押され、思わず頷いた僕に、彼女はしっかりとした声で言った。
「キスを、しよう」
 だから何で、僕の後輩は、神原駿河は、こんなにカッコ可愛いんだ。
 思わず僕は開いている片手を使って、神原を抱き寄せた。

「神原」
「何だ? 阿良々木先輩」
「練習台なんて言い方するなよ。僕はそんな気持ちじゃお前とキス出来ない」

「でも、それでは戦場ヶ原先輩に」
 それ以上続きは言わせないと、僕は神原の左手から、自分の手を抜いて、両手で彼女を抱きしめた。

 戦場ヶ原にばれたら、何を言われるか分かったものではないが、言ってきたのが向こうで相手が神原なら、まあギリギリ大丈夫だろう。
 ギリギリ命がある。程度のギリギリだとは思うが。

「戦場ヶ原は今は関係ない。だってお前は僕のエロ奴隷なんだろう?」
「阿良々木先輩……ああ!」
 僕の言葉に、大きな瞳を何度も瞬かせた神原はやがて笑顔で頷き、目を瞑った。
 本当に戦場ヶ原になんと言えばいいのか。そんなことも頭を過ぎったけれど、今は取りあえず良いだろう。今は目前で目を瞑りながら、長い睫を振るわせている、このエロ可愛らしい僕の後輩のことだけを考えよう。

「神原」
「阿良々木、先輩」
 互いに名前を呼び合って僕らはそっと唇を合わせた。



004

 後日談。と言うか今回のオチ。
「ううむ。凄いものだなキスというのは」
「そうか?」

 キスをした後、暫く惚けていた神原が、再起動をした後の第一声がそれだった。
「何というか、こう。とてもムラムラしてきた」
「それは一般的な女子の感想じゃねーよ!」
 神原は何処まで行っても神原だった。

「そうか? どうだ阿良々木先輩、この勢いのまま、私と性行為に及ぶというのは」
「超、遠慮しとく」
 そこまでやって日には完全に戦場ヶ原に殺されてしまう。
 僕は彼女を人殺しにはしたくない。

「む、それもそうだな。それでは阿良々木ハーレムの規約に違反することになるな」
「なんだよその阿良々木ハーレムって、いつの間に出来たんだよ」

「戦場ヶ原先輩を正妻として出来た阿良々木先輩を囲う女の子のことだ。私は勿論、羽川先輩、千石ちゃん、阿良々木先輩の妹二名、忍ちゃん。ああ大丈夫だ、八九寺ちゃんも当然入っている、後は忍野さんが残っていれば完璧な布陣だったのだが」

「お前以外誰一人として了承を得ていないハーレムを勝手に作るな。ツッコミどころ多すぎるだろう! 妹と、最後の奴絶対いらねーし」
 チラリと僕は自分の影をのぞき見た。忍が僕の影の中で生活するようになって数日、この会話も忍は聞いているのだろうか。それとも今の時間はまだおねむか。
「大体、規約って何だよ」

「細かなことは沢山あるが、取りあえず大前提として戦場ヶ原先輩を正妻においている以上、何人たりとも、戦場ヶ原先輩を追い抜かしてはならない。つまり戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩と性交渉しない限り、誰も行為に及ぶことは出来ない。よって性交渉をした後ならば、私も大手を振って阿良々木先輩と行為に及べるという訳だ」
 うんうんと頷きながら語る神原に、僕は盛大にため息を吐いた。

「神原。僕は少し疲れたから寝るよ」
 色々と考えることは多いが、それは夢の中でしよう。それぐらい精神的に摩耗していた。 そう告げた僕を前に、神原は不思議そうに首を傾げるのだった。

「何を言っているのだ。阿良々木先輩。この後まだ歯磨き緊縛プレイが残っているではないか」
「って。そっちもやんのかよ!」

「当たり前だ。行為にさえ、行為にさえ及ばなければきっと戦場ヶ原先輩も見逃してくれる筈だ」
 ジリジリと神原が僕に近付いてくる。

「嫌だ。僕はもう疲れた。寝るんだ」
 ベッドに倒れながら、僕は布団を手にして、それを頭から被った。

「ふふ。今夜は寝かせないぞ」
 布団はあっさりと引きはがされ、代わりに息の荒い神原が更に距離を詰めてくる。拙い逃げ場がない。

「息が荒い! 行為に及ぶ気満々じゃねーかよ!」
 ついさっき自分で言った癖に。
「キスによって昂ぶった私を止められる者はいない。さあ阿良々木先輩。磨き合おう、縛り合おう、脱ぎ合い、見せ合い、突き合おうではないか!」

「増えてる!」
 僕に向って飛びかかってくる神原。その神原に律儀にツッコミを入れながら僕は、やはりこの可愛らしい後輩はこうでなくっちゃ。と思い、少しだけ笑うのだった。




 神原が一番好きです。次は戦場ヶ原さんの話になる筈。



[14058] こよみハーレム3 (戦場ヶ原編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/11/25 10:29
005

「許可します」
 例によって戦場ヶ原の家で、受験勉強に勤しんでいた僕に、突然一人で休憩に入ってお茶を飲んでいた戦場ヶ原が、唐突に口を開いた。

 取りあえずこれだけはそこそこ出来る数学の参考書を解いていた手が止まり、隣に座っている戦場ヶ原に目を向ける。

「えーっと。それは、何がだ? 戦場ヶ原」
「何を卑屈な物言いをしているの? 何か、やましいところがある男の目だわ。それは」
 それは、と言いながら、目にも止まらぬ速さでお茶を置き、ボールペンを僕の右眼球すれすれまで持ってきた戦場ヶ原の瞳は異様に冷たい。

 正直、やましいところがある男である僕は、ゴクリと唾を飲んだ。当然、もう手に持ったシャーペンは動きを止めている。

「何よ。僕にやましいところなんてある訳無いだろ。僕は戦場ヶ原一筋さベイベー。とか言わないの? あの日のように」

「言ってねーよ。似てねーよ」
 まだボールペンが眼球前から移動しない為、強くものをいうことが出来ない僕を前に、戦場ヶ原は嬉しそうに歪んだ笑みを見せた。

「あらそう。私渾身のモノマネだったのに残念だわ」
 ノック式ボールペン。まだペン先は出ていない。と言うより、出たら眼球に突き刺さりそうな位置だ。ボールペンを握る戦場ヶ原の親指を見る。まだ上端に掛かっていない。頼むぞ。そのまま動かないでくれ。ノックされたが最後、僕の眼球が。

「ところで阿良々木くん。一つ聞きたいことがあるのだけれど。良いかしら?」
「何だよ。ぼ、僕にやましいところなんて」
 無いぞ。と言い切れないのが悔しい。まさか、神原が戦場ヶ原に報告するとは思えないが……

「神原のことよ」
 いや、報告しない方がおかしいのか。
「か、神原? あー、そう、神原、神原。どうしたんだ。最近会ってないけど、元気なのか?」

 声は上擦り放題、つっかえ放題。あ、これ拙い。
 戦場ヶ原の笑みが広がってるし。いや待て、まだ確定した訳では。
「セカンドキッスは何味だったかしら?」
 確定した!

「な、何の……」
「あら嘘をつくの? なるほど、怪異に関して隠し事や嘘をつかないと約束したけれど、それ以外のことに関しては、隠し事も嘘も平気でついてやるぜ。へっへっー。と言う訳ね」

 冷静な口調がまた恐ろしい。僕の身体はすっかり逃げるという選択肢を忘れてしまっている。いや、だが待て阿良々木暦。これは戦場ヶ原の罠という可能性はないか。そもそも神原がキスを強請って来たのは、戦場ヶ原に許可を得てと言っていた。それにそうだ。さっき戦場ヶ原は、許可します。とも言っていた。つまりこれは彼女特有のジョークであり、僕がボールペンで眼球を刺されることはない。そうだ。そうに違いない、その証拠に戦場ヶ原の親指は、ノックの気配すら。

「えい」
 可愛らしいかけ声と共に、彼女はボールペンをノックするのではなく、そのまま前進させた。

「ぎゃーっ!」
「煩いわね。隣に住んでるニートに迷惑でしょう」
 右目を押さえてのたうち回る僕を見下しながら戦場ヶ原は言った。

 隣にはニートが住んでいたのか。初めて知った。のたうち回りながら、そんなことを思った。



006

「改めまして、許可します」
「それは神原とのことって意味か?」
 やや時間を置いて回復した眼球で戦場ヶ原を見ながら言う。その声は当然小さい。

「それに関してもそう。勿論。あれは私が阿良々木くんにあげたものの一つだもの。どう扱っても良いのよ。私より先に進まなければ」
 神原の言っていた奴か。だとすれば何故僕は眼球を刺されたのだろう。

「嘘をついたからよ。ペナルティー、当然でしょ?」
「お前もテレパシーを受け取れるのか?!」
「当たり前でしょう神原が出来るんだもの。私に出来ないはずがないわ。だって私、阿良々木くんの、その……彼女だもの」
 頬を赤らめる僕の彼女。

「超可愛い!」
 思わず口走る僕に、戦場ヶ原は、一瞬で頬の赤らみを消して頷いた。
「それも当たり前よ」
「自信満々だ!」

「それはともかく、私が何で二番手に出てきたか分かる?」
「二番手?」
 何の。と問う前に戦場ヶ原は言った。
「こよみハーレムの、二番手」

「タイトルを把握している!? 戦場ヶ原、お前もか」
 お前までメタなことを。がっくりと肩を落しながら、僕は気が付いた。彼女が口にした言葉の意味。こよみハーレム。それは神原が語っていた戦場ヶ原を頂点に置いた、羽川やら神原やら、何故か千石やら僕の妹×2やら僕の影の中にいる金髪金眼ロリッ子吸血鬼やらで構成されているという、神原の脳内にしか存在しないものだ。それをまるで既に存在しているかのように、そして、その存在を許容しているかのように、戦場ヶ原は語ったのだ。

「戦場ヶ原?」
 その言葉の真意を探ろうと落した肩を持ち上げて、戦場ヶ原を見ると、彼女は相変わらずの無表情を貫いていた。

「何よ阿良々木くん。そんな捨てられてボロ雑巾のようになった、汚らしい野良犬みたいな目で私を見ないでよ。汚れちゃうじゃない」
「お前、犬嫌いだったのか?」

「いいえ、犬が嫌いなんじゃないの。阿良々木くんが嫌いなの」
「ショックだ!」
「嘘よ。そんなはず無いじゃない。好きよ。大好き」

「ツンドラが溶けた!」
「偶にはデレっておかないと、私の属性が勘違いされてしまうから」
「まだツンデレのつもりだったのか」
 などと、例によって例の如くやりとりをして、僕は改めて、戦場ヶ原を見た。

「戦場ヶ原の言うところの許可って言うのは、どういうことなんだ?」
「私の質問に答える前に、自分から質問をしてくるなんて、どう言うつもりなのかしら。飼い犬に手を噛まれるとはこの事ね、阿良々木くん如きが私の手を噛もうだなんて、恐れ多いを通り越してるわね」

「ああ、悪い。お前が何で二番手で出てきたか。だったか? ……正直さっぱり分からない」
「でしょうね。貴方が理解出来るほどの知能を有していたら、今年の大学受験成功するもの。そんなことは絶対無いから、結果分かるはず無いものね」

 毒舌は絶好調らしい。本当に僕を罵倒している時の戦場ヶ原は楽しそうだ。そんな時でないと、楽しそうなところが見えないというもの、何とも普通の彼氏彼女の関係とは思えない。
 そもそも僕たち自体が、普通から外れているのだから仕方が無いとも言える。

「僕の一浪は決まってるのかよ! だったら僕は何で今勉強してるんだ」
「来年、再来年、再々来年の受験の為に決まっているでしょう?」
「何年浪人するの!?」

「大丈夫よ。安心して、私はちゃんと大学で待っててあげるから、何回一年生をやり直すことになっても、阿良々木くんを待っているわ。そして阿良々木くんは私が留年を重ねる度に、学費を出してくれるお父さんに冷たい目で見られることになるのよ。君のせいでうちの娘は何回留年するんだね。とか言われるの」

「舅との関係が最初から最悪に!」
 ついノリで。
 ついノリで、言ってしまった言葉に、戦場ヶ原は反応した。

「舅、舅か……へぇ? 阿良々木くん、家に婿に来てくれるんだ。そうなの」
 実に楽しそう。と言うよりは嬉しそうな戦場ヶ原。そんな笑顔を見せられては、ノリで。なんて言えっこない。しまった。回り込まれてしまった。

「いや、あの戦場ヶ原?」
「でもそれは困るわ」
 何とか弁明しようとした、僕の言葉を遮って、戦場ヶ原は僕を見た。

「困るって。それは……」
 もしかして、となんとも説明しがたい奇妙な気持ちが心の中に浮かび上がってくるのを感じた。

 戦場ヶ原が困る。この意味は二つに分けられる、一つは僕と結婚する気がない。ので困るという、僕にとってかなり凹む意味。けれど自惚れではないけれど、それはきっと無いだろう。無いと嬉しい。

 となるともう一つ。僕が婿になるのが困るのは、戦場ヶ原がその、何というか、モノローグでも言い辛いのだが。

「阿良々木家に嫁に行きたいのでは。でしょう? モノローグくらいしっかり言いなさい。本当に愚図ね」
 テレパシーを使われた上に罵倒された。もはや僕にはモノローグで思いのままに思うことすら許されないのか!

「当然よ」
「モノローグと会話するな!」
「あら失礼。でも阿良々木くん、一応言っておくけれど、困る理由はそれではないわ。勘違いしないで」
 テレパシーを使われた上に罵倒されて、更に傷つけられた。

「傷物語ね。私あれ嫌いよ。私が出てこない上、羽川さんがヒロインなんだもの」
「だからメタ的なことは止めろよ。戦場ヶ原」
「あらそう。私が困る理由だったわね。だってそうでしょう? 阿良々木くんが阿良々木くんでなくなったら、私は阿良々木くんのことをなんて呼べばいいのよ。戦場ヶ原くん? 嫌よそんなの」

「普通に暦って呼ぶ選択肢はないのか!」
 そう告げると戦場ヶ原は驚いたように目をしばたかせた。

「暦って……誰? また別の女を引っかけてきたんじゃないでしょうね」
「僕だよ! 僕の名前だよ。え? 何、戦場ヶ原さん、僕の名前覚えてなかった訳? 恋人なのに? て言うか別の女って、一瞬TSの僕を思い浮かべちゃったじゃないか……火燐ちゃんと月火ちゃんそっくりだ!」

「ツッコミが煩いわ。いい? ツッコミは親切丁寧に、あれもこれも拾って言えば良いってものじゃないのよ。精進しなさい」
「だめ出しされた! はあ。もういいや。話を進めようぜ。脱線しすぎだ、お前が二番手。の話だったよな」

 戦場ヶ原との会話がつまらない。なんてことは勿論無い。それは確かに会話を続けていくだけで僕の心に深い傷が負っていくのは確かで、公式で八九寺との会話が一番面白いって言ったり、神原との会話が楽しいって言ったりするし、羽川に何でもは知らないわ、知ってることだけ。と言って貰うと喜んだりするのは否定しないし、千石や……これ以上考えを進めるのは止めておこう。いつの間にか戦場ヶ原との会話がドンドン下位ランクに押し下げられていく気がする。

「ロリコンは違うわね流石ロリコン」
「やっぱり聞こえてた!」

「まあいいわ。確かに話を脱線し過ぎた感はあるから、阿良々木くんの提案を受け入れてあげる。ああ、間違ったわ。阿良々木くん如きの提案を受け入れてあげる」
 如きは絶対必要なのか。

「でも最後に一つだけ」
「何だよ」
 まだ何か僕を傷つけるようなことを言うつもりか。
 多分アニメなら僕のアホ毛が項垂れる描写が描かれているだろう。そんな僕に対し、戦場ヶ原は、いつかのように僕を指差して告げた。

「婿に来てくれるなら嬉しい。嫁に行けるのなら嬉しい。阿良々木くんと結婚出来るのなら、私はとても嬉しいわ」
 いつかの言葉より長く、いつかの言葉より驚き、そして嬉しい言葉を、戦場ヶ原は口にした。



[14058] こよみハーレム4 (戦場ヶ原編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/11/25 23:14
007

「ありがとう、ございます」
 取りあえず、礼を言った僕に、戦場ヶ原は余裕めいた笑みを口元に浮かべながら頷いた。
「良いのよ。偶には夢を見させて上げるのも、飼い主の役目だから」

「僕はお前の犬なのか?」
「いいえ。ペットだけど犬じゃないわ。蟻よ」

「虫かよ、しかも何で蟻?」
「蟻好きなのよ。アリリギくん」
 何故か得意げに戦場ヶ原は言う。

「お前は八九寺か」
 そんな戦場ヶ原に呆れ、ため息を吐いた。
「阿良々木くん。私の前で幼女の話は止めた方が良いわ。大変なことになるから」

「何だよ。大変なことって」
「阿良々木くんが死ぬわ」
 大変過ぎることを大して大変なことでもないように言う戦場ヶ原。

「お前が殺すんだろ!」
 それは嫉妬の類なのだろうか。先程僕が八九寺との会話が一番楽しい。なんて言った。もとい思ったから、嫉妬した。
 だとしたらここは喜ぶべきところかも知れないが、彼女がそれを認めることもないだろう。

「当たり前でしょう? 私が殺す以外に、アイツが、アホ毛生やしたあの野郎が死ぬ訳無いでしょう?」
「何でいきなり九十年代のヤンキー漫画に登場する九代目統領武丸さんの台詞を口にするんだよ。ついでにその台詞の通りだと、僕既にトラックに挟まれて死んでるだろ!?」
 突然マイナーなヤンキー漫画の台詞を口にする戦場ヶ原。お前は千石か。

「だから幼女の話は止めなさい」
「そっちこそ、モノローグを読むのは止めろよ!」
 何かもう、色々と疲れてきた。そもそも何故か僕の周りにいる女子達と会話をしていると話が進まずに脱線することが多い。

「分かりました。これ以上モノローグは読みません。だから、阿良々木くんも幼女の話は止めなさい」
「了解」
 これは独占欲。と言うか嫉妬というか。その類のものなんだろうか。だとすれば嬉しいのだが、疑問が一つ。

 このツンドラ可愛い僕の彼女、戦場ヶ原ひたぎ。今現在言っているように、独占欲がもの凄く強い。だと言うのに彼女は先程、神原が脳内に作り上げた阿良々木ハーレムと言うものを認めるような発言をした。これは一体どういうことなのだろう。本気だとすれば、それはとても戦場ヶ原らしくない言葉なのだ。

「何を見ているの? 言っておくけれど、もうテレパスは使ってないから、思考は読み取れないわよ」
「テレパス!? 戦場ヶ原、お前エスパーだったのか。と言うことは神原も? 僕がサトラレなんじゃなくて、お前達が超能力で僕の思考を読み取っていたのか」
「エスパー幼女ひたぎよ」
「……幼女?」
 これだけ育った幼女がいてたまるか。

「そっちの方がロリコンには萌えるもとい、蕩れるでしょう?」
「結局流行らなかったからって、無理矢理使うなよ。それはこう、僕たちにとって大事な言葉というか、もっと使うべきところがだな」

「何を夢見ているのかは知らないけれど、童貞はこれだから」
 恥ずかしさを押し殺していった言葉を思い切り鼻で笑われた。
「うぐっ」
 ダメージを受けた擬音を口にしていると、戦場ヶ原は更に呆れたように頭を振った。

「そうして夢ばかり見ているから、貴方は童貞なのよ。いえ、既に貴方はただの童貞じゃないわね。夢見る童貞……メンヘル童貞なんてどうかしら?」
「それはお前が自分を指した言葉だろう」

「そうね。そうだったわ。メンヘル処女とメンヘル童貞……あら。お揃いね」
 わざとらしく驚く、戦場ヶ原に僕は何度目かになるため息を吐いた。
「もう最初に何の話をしていたか忘れちまったよ」

「本当にバカなのね」
「お前のせいだよ! どれだけ話を延ばすんだよ。神原だってここまでしなかったぞ」
「では本題に入りましょう。何故私が二番手なのか」

「一気に素に戻った」
 それはそれで拍子抜けというか、何というか。
「ここで出ておかないと、妹さん達を攻略する時には出られないでしょう? 妹さん達を攻略する時は偽物語下以降の話になるのは必須なのだから」

「理由までメタ的理由だった……と言うかな、十歩、いや百歩……やっぱり十歩譲ってハーレムの話はあり得たとしても、僕が妹たちを攻略すること何かねーよ。僕はアイツらが大嫌いだって言ってるじゃないか」

「あんなに大好きな態度を取る大嫌いなんて存在するはずがないでしょう。ツンデレ気取りのつもり? それは私のアイデンティティーなのよ。それを奪おうだなんて阿良々木くんの癖に生意気よ」

「ひたぎニズム! お前はいつの間にガキ大将になったんだ」
「何を突然下の名前で呼んでるのよ。身の程を知りなさい。でも嬉しいわ」
 初デートの時もそうだったが、戦場ヶ原は名前で呼ぶと本気で嬉しそうだ。
 そう言えばなんだかんだで、結局互いに名字呼びだもんな。これからはここぞという時に下の名前を呼んでみるというのも。

「因みにその台詞を最初に口にしたのはジャイアンじゃなくてスネ夫らしいわよ。それと下の名前で呼ばれると、何故か阿良々木くんが偉そうに言っているように聞こえるからここぞという時も呼ばないで」
 テレパス使いやがった。

「話を戻すわ。妹さん達、もしくは例の金髪幼女を堕とすところまで話が進んだら私が出られないから、先に出ておこうと。そう言う算段で私が二番手に来たのよ」
「まあ、何ともな理由だけど。それはいいや。でも戦場ヶ原。僕は一つだけ分からないことがある聞いても良いか?」

「嫌よ」
 ここは素直にうんって言うところだろう戦場ヶ原。
「話進まないだろ!? お願いだから聞いて下さい」
 必死で頭を下げると、戦場ヶ原は、唇の端をキュッと持ち上げる魅力的な、楽しそうな笑顔で頷いた。

「そうよ。最初から、そうしてお願いすればいいの。聞いても良いか。なんて対等な関係でのみ使えるお願いでしょう?」
「僕たちは対等じゃないのか?」

「ペットと飼い主だもの」
「僕を未だアリリギくん扱いするのか!」
「蟻大好き。文房具と阿良々木くんの次に好きよ」

「僕が文房具に負けている!?」
「そのツッコミもね。パターン化してきたから、そろそろ変えなさい。先は長いのよ。後何人堕とすと思っているのよ。その間ずっとそのツッコミだけでやっていけるとでも思っているの?」
 僕はもうメタなことは言わないと決めていたので、敢えてツッコミを入れなかったのだが。

 堕とすは違うよね。漢字間違いだよね。その堕とすはどっちかと言うと神原が好きな方の堕とすだもん。
「実際、神原は堕ちたわ」

「堕ちたの!?」
「私より先にドロってる感じよ」
 神原がドロる……全く想像がつかなかった。
 あの後輩は年中別の意味でドロってるからな。エロ的な意味で。

「それで? 私に何を聞いて欲しいの? 断末魔の悲鳴?」
「話をだよ。何で断末魔の悲鳴を戦場ヶ原に聞かせないとならないんだよ」
「まあ、お願いされなくても、阿良々木くんの断末魔の悲鳴を聞くのは私の仕事なのだけどね」

「それ絶対お前が殺してるじゃん!」
「当たり前よ」
 戦場ヶ原はひたすらに話を進めたくないようだ。僕の話を察したせいなのか。それとも単に僕を罵倒したいだけなのか。

「どっちも違うわ。ただ私はね。この後出番が無くなるから、その前に、少しでも長く阿良々木くんと一緒にいたいだけなの」
 だからテレパスを使うな。と言うべきところだろうが、言えなかった。
 相変わらず、本音の使い方が上手い女だ。戦場ヶ原こそ、ここぞという時に、本音をぶつけてくる。それが毎回堪らなく嬉しい。

「でももう良いわ。話を進めましょう。聞いてあげるから」
 もう少し雑談しようとした矢先にこれだ。
 でも確かに、こうした話は先に済ませて、その後存分に一緒の時間を楽しめばいい。そう思い直し、僕はようやく自分の中の疑問を彼女にぶつけた。

「戦場ヶ原は。本気で良いと思ってるのか? 僕が、そのハーレムとやらをつくっても」
 そんな訳無いでしょう。とそう続けて欲しいところなのだが。戦場ヶ原はあっさりと頷いた。

「最初に言ったでしょう。許可しますってあれは、ハーレムをつくることを許可しますって意味なのよ」
「そうだったのか。神原のことだけじゃなかったんだ。でも、何でまた」
 そう言えばそんなことも言っていた。横道に逸れすぎたせいですっかり忘れていた。
 僕の問いに、戦場ヶ原は少しの間目を伏せて、何か考えるような、口にするべきか悩むような、そんな態度を見せてから、やがて決断を下し、目を開けた。

「一番初めは、神原の時よ」
「神原? アイツがどうかしたのか?」
「神原が、じゃ無くて、神原の時。神原の怪異と阿良々木くんが戦った時よ」
 戦場ヶ原の言葉にああ、と頷きながら、僕は自分の腹に手を当てたここから腸がビロビロと伸びていたことを思い出す。嫌なことを思い出した。

 殴られまくって、死にまくったこともそうだが、仕方なかったとは言え、神原に蹴りを入れてしまったことも嫌な思い出だ。
「あの時、阿良々木くんは死ぬつもりだった。いえ、死んでも良いつもりだった。かしら?」

「それで戦場ヶ原に怒られたよな。そうなったら、自分が神原を殺すって言ってた。あれのおかげで救われたようなもんだ」
 感謝してるよ。そう言う僕を戦場ヶ原は眉を持ち上げて見た。不愉快だ、とでも言いたげな表情だった。

「そう。あの時私はそう言った。のに拘わらず、阿良々木くんはその後も、幼女を助けようとして何だったかしら、蛇? と戦ったり、羽川様……さんを助けようとして、猫に殺されかけたり、その時神原や、金髪幼女がいなければ死んでいたかも知れないそうじゃない」

「お前今羽川様って言わなかった?」
「言っていません」
 いや絶対に言った。こいつ人格更生用プログラムを既に受け始めていたのか。知らなかった。

 って、早速僕がメタなことを思ってどうする。まだそのことは知らないはずだろ阿良々木暦。
「話を続けるわよ。だからこそ思ったのよ。多分阿良々木くんはこれから先も、自分好みの幼女や少女が困っていたらきっと誰でもそれこそ、自分の命も構わずに助けるだろう。ってね」

「いや、別に僕は今まで相手が女だから助けていた訳じゃ」
「何を言っているの? 阿良々木くんにそんなつもりがあろうと無かろうと。これから先、阿良々木くんが怪異と出会う時は必ず、何があろうと、相手は幼女か少女なの。それが普通の男子でそれを阿良々木くんが助ける。そんな可能性は、無いの。ゼロ、なのよ。物語の都合上ね」

「嫌な都合だな」
 もうこれ以上何を言っても仕方がない。と黙って俯いた僕に、戦場ヶ原は珍しく何の毒も吐かずにそうね。と僕に同意した。
 独占欲の強い戦場ヶ原ならではだ。もっともだからこそ僕は戦場ヶ原の言葉に疑問を持った訳だが。

「阿良々木くんはそう言う人なんだって改めて実感したわ。前にも言ったわね。誰彼構わず助ける人だって、でもその結果阿良々木くんが死んでしまうのは我慢ならないの」
「それは分かってる。でも、その話とハーレムがどう関わってくるんだよ?」

「少しは自分で物を考えたらどうなの? そんなことだから、貴方の脳みそは皺一つ無いツルツルなのよ」
 シリアスな話をしている中でも、毒舌は変わらない。

「仕方ないわね……特別に教えてあげるわ。心して聞きなさい」
「一々偉そうなんだな」
「阿良々木くんより偉いのは当たり前よ。寧ろ阿良々木くんより偉くない人間なんていないのよ」

「人類最下層なのかよ!」
「蟻だもの」
「引っ張りすぎだ」
 本当に話す気はあるのか。そろそろ疑わしくなって来た。

「私だけでは足りないかもって思ったのよ」
「……戦場ヶ原?」
 彼女らしからぬ、控えめな物言いだった。何が足りないのか、僕はその時点で何となく分かった。

「阿良々木くんにとって私って言う存在だけでは、命を諦めない理由としては足りないかも知れないって思ったの」
 あの色ボケ猫と対峙した時のことを思い出す。戦場ヶ原の為に死ねないと思った。それは事実だが、それを知らない戦場ヶ原に今の僕がそんなことを言っても説得力はないだろう。今までの行動にがそれを裏付けている。

「言ったでしょう? 私は、阿良々木くんを失うのが怖い。そうならないようにする為なら、ハーレムくらい許可するわ」
 そう言った戦場ヶ原の横顔はどことなく寂しそうだった。生まれて初めて真剣に好きになった人。その人にこんな顔をさせているのは他ならぬ僕自身なのだ。

 独占欲の強い戦場ヶ原にこんな決断をさせて、この言葉を言わせたのは僕自身なのだ。
 僕はなんてバカだったのだろう。なるほど人類最下層だ。
「ゴメンな戦場ヶ原」

「謝罪は良いわ。誠意を見せなさい」
「誠意」
 何を持って誠意とすれば良いんだろう。絶対に死なない。少なくとも生きることを諦めないと約束することか。けれどそんな言葉だけでは誠意にはなりはしない。言葉は形にはならないのだ。

 なら、僕は阿良々木暦は彼女に何をするべきなのか。
 ここでただイエスというのは正しくない気がする。けれど。

「戦場ヶ原、僕は……」
「言葉はいらないと言っているでしょう? せいぜい頑張ってハーレムをつくりなさい。そうして絶対に死なないってそう約束出来るようになった後なら、話を聞いて上げる」

「本当にそれで良いのか? お前は」
 既に神原とキスをしてしまった僕の言えた言葉ではないのだが。そう告げた僕に戦場ヶ原は頷いた。

「当たり前でしょう? 私はね、阿良々木くんと違って、口先だけの言葉は吐かないの」
「ううっ」
 返す言葉もなかった。

「だけど一つだけ。これだけは忘れないで、阿良々木くんの一番は私。私の一番は阿良々木くん。それだけ覚えていてくれるなら、神原や、羽川様、幼女達の気持ちにも応えてあげなさい」
 極々普通に、羽川様。と言っていることには触れない方が良いのだろう。今のこの時間にはそんな言葉は無粋だった。

 今の空気は、あの日の星の下に二人並んだ。あの場所に、よく似ていた。
「戦場ヶ原」
 彼女の肩に手をかけてこちらを向かせると、戦場ヶ原はまだ何処か影のある笑みを浮かべながらも大人しくそれに従った。

「これだから童貞は何かというと、女を求めて……がっついているわね」
 ニヤリと笑うその表情は、いつもの僕の大好きな戦場ヶ原の笑顔だった。
「童貞さ。メンヘル処女相手なら、それぐらいで丁度良いんだろ?」

「生意気なこと、言うじゃない」
 薄く笑った戦場ヶ原が目を閉じた。
 ああ、まったく、色々な意味で大変なことになってしまった。そんなことを思いながら僕は目の前の戦場ヶ原に顔を近づけた。



008

 後日談。と言うか今回のオチ。
 家に帰った僕は、一人でベッドに顔を付けていた。

 大変なことになった。今思い出すととても大変だ。戦場ヶ原に言われるままに、何故かハーレムを作る方に動かされていたが、よくよく考えれば、そんな真似をしなくても、ただ単に羽川は友達として、神原は後輩として、千石は妹キャラとして、妹たちは妹で、八九寺は僕専用撫で回し幼女として、忍は……とにかく、そうしてそれぞれの立場で、もっと仲良くなればそれで良かったのではないか。

 何も落とす……堕とさなくても、元々彼女達は僕が命を諦めない理由になる筈なのだ。
 だと言うのに。僕は一体何を。

 下の階から、月火ちゃんと火燐ちゃんの足音が派手に聞こえて来る。元気に動き回っているらしい。と言うか家の中で何をしているんだアイツら。

 まあそれはどうでも良い。問題は戦場ヶ原の頭の中にあるハーレムとやらにアイツら二人も入っていることだ。妹だぞ? しかも彼氏持ち。その妹達を何故お兄ちゃんが堕とさなければならないのだ。

 もはや意味が分からない。
 もう眠りたい。思い切り息を吐いて僕は目を閉じた。
 このまま眠って全て忘れられたら、どんなに気分が良いだろう。
 そう思っていた僕の瞼裏に浮かび上がってきたのは、凡そ絶望的な物だった。

 選択肢。
 神原……攻略済み。
 戦場ヶ原……攻略済み。
 千石。
 火燐ちゃん&月火ちゃん。
 八九寺。
 忍。
 羽川。

 既に選択肢がスタートしている!
 矢印が上下に動く幻を見ながら、僕は再び思い切り息を吐いた。




 ガハラさんは難しい。口調はともかく、この二人放っておくと一向に話が進まない。
 次は誰にするか。考え中です。



[14058] こよみハーレム5 (間話)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/11/27 17:00
009

 戦場ヶ原の家で話をしてから少し経った本日土曜日、羽川さんとの勉強会の日で僕は今から図書館に行くところだったのだが。
 外に出た僕を待っていたのは、案の定と言うか、神原駿河だった。

「やあ、阿良々木先輩奇遇だな」
 晴れ晴れとした笑顔で神原はそう言った。
「こんな待ち伏せ的な奇遇。僕は知らないな」
「流石は阿良々木先輩だ。あっさり見抜かれてしまったな。そうなのだ。ここで阿良々木先輩が出てくるのを待っていたのだ」
 だろうな。

 この間の件からまだ顔を合わせていなかった為、少し気恥ずかしい。
「で? どうしたんだよ神原。何か用事か?」
 僕は今から、羽川さんと楽しい楽しい勉強会だ。本来ならばあまり時間を割きたくはないのだが。

「そうか。勉強会なのか」
「簡単に思考を読むなよ」
「エスパーM女、神原駿河とは私のことだ」
 自分の胸に手を当ててグッと僕に向ってそのまま胸を張る神原。エスパー幼女とエスパーM女か。それで良いのかヴァルハラコンビ。

「では私は終わるまで外で待っているとしよう」
「また何か用事なのか? 場合によっては羽川に僕から言って休みにして貰っても良いんだぞ?」

「そこまでしていただく訳には行くまい。そもそも羽川先輩との時間を潰すのは得策だとは思えないしな。羽川先輩程の人だ、毎日毎日時間をかけて少しずつ好感度を上げていかないと堕とすのは、いや攻略は無理だろうからな」
 その訳知り顔の後輩に、僕はとても嫌な予感という奴がした。

「神原。まさかとは思うんだが、お前がここに来た理由というのは」
「無論、阿良々木ハーレム作成のお手伝いだ。ゲームで言うところの、攻略の手助けをしてくれるお助けキャラだな。好感度なんかを見抜くのが仕事だ。因みに私の好感度は既に振り切れているぞ」
 戦場ヶ原から話を聞かされて来たらしい。

 僕としてはまだ、そのハーレムとやらを本気でつくる気が無いのだが、これはどうしたものだろう。この後輩にはそのことをしっかり伝えておくべきなのだろうか。
「神原。僕はお前に一つ言っておくことがある」

「ん? 何だ阿良々木先輩。攻略順番か? 早くも私に手伝いをさせてくれるとは、光栄の極みだな。私のお薦めは、八九寺ちゃんだ。出現場所がランダムなキャラは後に残しておくと大変だからな。そうそう、千石ちゃんは最後をお薦めする。何せ私が将来ラスボスと称する子なのだからな」
 ニコニコと明るく楽しい笑顔。何でコイツはこんなに嬉しそうなのだろう。意味が分からない。

 だが、ここでハッキリさせておかないと、神原のことだ。僕が羽川と勉強している隙に、八九寺辺りを捕まえて、外で待っていることぐらいするかも知れない。そうなれば大変だ。主に八九寺の貞操が、それは僕の物になる予定なのだ。

「そうじゃない。僕はそのハーレムとやらをつくることを別に了承した訳じゃないんだ。大体、向こうの気持ちだってあるだろうさ」

 羽川はともかく、他の面子、特に千石あたりは僕のことをお兄ちゃんとしてみているのだ。多少はいやらしい気持ちで見ている。と言っただけで泣いてしまうような、内気な子に兄らしからぬ邪な気持ちをぶつけることは出来ない。
 妹たちや、八九寺も……いや、念のため八九寺は抜いておこう。

 とにかく、向こうにそんな気がないのに、攻略も何もあった物じゃない。
 そんなことを考えていた僕を、神原はその大きな瞳を更に大きく見開き、驚きと言うよりは、驚愕と言っていい目で僕を見つめていた。

「やはりか。知ってはいたが阿良々木先輩がそこまでの鈍感キャラだったとは、しかし、ハーレムを作るギャルゲー主人公なら寧ろそちらが普通なのか」
「僕をギャルゲーの主人公にするな。まだ片目は開いている」
 僕は大抵が前髪が伸びすぎているせいで目が隠れているギャルゲーの主人公とは違うんだ。

「そうだな。分かった。阿良々木先輩の鈍感さに気付いて貰うのは諦めよう。ならばこうしよう。阿良々木先輩にはこれから、みんなと絆を深めて貰うと。それで代用しよう。ハーレム云々は流れに任せようではないか。コミュニティを深め、忍ちゃんの力としよう」

「忍は僕のペルソナじゃねえよ!」
 聞いていたら、怒り狂いそうだ。アイツプライド高いっぽいしな。
「阿良々木先輩の口癖はどうでもいい。だな」

「3の主人公じゃないか。確かに髪型は似てるけど。それって最後僕死ぬじゃん。戦場ヶ原との約束守れねえよ!」
 コイツ、テレビゲームにも精通していたのか。あの汚れきった部屋の中でテレビゲームに興じる神原。中々シュールな絵だ。
 いや、PSPと言う可能性もあるか。

「大丈夫だ阿良々木先輩。戦場ヶ原先輩のことは私に任せ、安らかに眠ってくれ」
「それが目的か!」
 ニヤリと笑う神原に、ツッコミを入れたところで、そろそろ移動しないと拙いことに気が付き、僕は自転車に跨った。

「僕はそろそろ行くけど。神原、お前はどうするんだ?」
「無論着いていく」
 その場でアキレス腱のストレッチを始めた神原。当然神原の脚ならば、着いてくるのは容易だろうが、今日の神原はいつかのあちこち破れているお洒落なジーンズ姿だ。走るには適していないだろう。

「後ろに乗っとくか?」
 後輩女子だけ走らせて自分だけ自転車に乗っている男として見られるのもどうかと思っての提案だ。以前、出会った当初の神原には、恋敵と身体を接触させることを嫌い、断られたが、今はどうだろう。
 触れること抵抗がないのはいつもの(いつものと評するほど毎度やってくるようになった)恋人繋ぎで実証されているが。

「……良いのか?」
 ストレッチをしたまま、ジッと神原は僕を見る。
「当たり前だろ」

「そうか。では、お言葉に甘えさせて貰おう」
 思いの外あっさりと神原は言い、僕の自転車の後ろに腰掛けた。戦場ヶ原や羽川の横座りとは違う。オーソドックスに正面を向いてキャリアを跨ぐ座り方。そのまま僕の腰に手を回した。

 羽川のものとは違い、多少ささやかな感触が何故かグイグイと押し付けられた。
「神原」
「どうした阿良々木先輩」

「何故僕の背中に胸を押し当てる」
 当ててんのよ。とでも言うつもりか。あれはツンデレにのみ許された技だぞ。
「いや、残念ながら私の胸は戦場ヶ原先輩や、羽川先輩より、ささやかだからな。こうして押し当てないと阿良々木先輩も感触を感じ取れなくて、つまらないだろう?」

「いらんお世話だ。今すぐ止めろ」
「そうか。残念だ」
 あ、本当に止めてしまった。くそ、強く言いすぎたか。言うのがルールみたいな物だと言ってしまったのだが、もう少し優しく言うべきだった。

 今はもう押し付けると言うよりは触れるだけ程度になった感触に、僕は僅かばかり意気消沈しつつも、自転車のペダルに脚をかけた。

「よし。んじゃ行くぞ」
「うむ。準備はバッチリだ」
 確認を取ってから、自転車を走らせ始める。目的地は図書館。今からなら約束の時間には間に合うだろう。



010

 自転車を走らせ始めて暫く経ち、僕は妙なことに気が付いた。
 神原が、あの神原が、妙に大人しい。

 先程から僕の背中に手を回し、何も言わずジッとしている。大人しい神原。それはもう神原と言うよりは別の生き物のようだ。未確認生物を見付けた時のような驚きを覚えながら、そう言えばと思い出す。神原は自転車に乗れない、あんな細いタイヤを縦に二つ並べて、それに全体重を預けつつ脚を回転させるなど、怖過ぎる。とも語っていた。要するに例え自分が運転しているのではないにしても今の状態に恐怖を覚えているのかも知れない。

 そう考えれば、バランスの悪い横乗りではなく、普通にキャリアを跨って乗ったのも、あれだけガッシリ僕の腰に手を回し、胸を押し付けていたのも納得出来る。
 すまない神原。

 胸を押し当てているの件はお前の照れ隠し的な物だったのか。否定して悪かった。さあ僕の背中に胸を押し当てんばかりにしっかり捕まってくれ。そう言ってやろうとして、また気が付いた。

 神原は確かに無言だ。無言だが、風の音に混ざって聞き取りづらい物の、何か息遣いのような物が聞こえる。
 それもかなり荒い。

 こいでいる僕ならば、いや、僕でも神原でも多少自転車をこいだ程度で息切れはしないのだが、まだ可能性という意味ではゼロじゃない。だが後ろに乗っている人間が息切れすることなどあるのだろうか。

 まさか僕に気付かれないように、神原は補助輪よろしく、脚を地面に付けて加速を手伝っているのでは。
 けれどチラリと後ろ、と言うより神原の脚を見るが、ちゃんと後輪を挟むように乗せられている。ではこの荒い息はいったい何なのか。

 答えは簡単だった。
 神原ならば、を先に着ければ酷く簡単だった。
「神原。お前今何をしてる?」

「んっ、自転車の振動は中々大した物だな。股間に、直接、振動が、感じられる」
 やっぱり! この後輩僕の自転車で何をしてる。いや、ナニをしてる? いやいや、僕がそんな親父ギャグを考えてどうするんだ。

「今すぐ自転車から降りろ! 神原」
「もう少し、もう少しなんだ! 阿良々木先輩」
 切羽詰まった神原の声には耳を貸さず、僕は自転車のブレーキを思い切り握りしめた。



 次の話に入る予定だったのに、神原と阿良々木さんの絡みは、長く成りすぎる。と言うことでここで切ります。
 多分、神原はお助けキャラという名目でこれからも出ます。いや、神原は使い易すぎる。
 次の話は千石の話になります。



[14058] こよみハーレム6 (千石編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/01 13:39
011

 羽川さんとのいつもの、楽しい楽しい勉強会を終えて、外に出た僕を待っていたのは、僕の自転車を守るように立っている神原とその横に、もう一人。

 八九寺ではなく、そこにいたのは些か予想外の人物。
 僕の姿を見付けて、降ろした前髪の隙間から僕をチラチラと見つめている少女。千石撫子だった。

「神原。お前やっぱりここにいたのか」
 一緒に図書館に行こうと誘った僕に対し、神原にしては珍しく僕の言葉に従わず、頑なに外で待っていると主張していた神原がここにいるのはまあ、予想出来たことだ。

 何がしたかったのかは皆目見当もつかないが、と言うかつきたくもないようなことをしていたのかも知れないが、それはこの際気にしないでおく、今問題なのはその横にちょこんと立っている女子中学生、千石だ。

 本気で拉致って来たのかも知れない。八九寺ではなく、千石なのは何か意味があるのだろうか。最後とか言っていた癖に。

「こ、暦お兄ちゃん。こんにちは」
 相変わらず小声な上、最初にどもっちゃう慌てた様子で千石は頭を下げてきた。

「よう千石。この間はありがとうな」
 先ずは忍の件の礼を言っておく。キチンと礼を言っておくことは大切だ。
 すると千石はブンブンと大きく首を横に振って、俯くとボソボソと言った。

「結局役に立てなくて、ゴメンなさい」
 ペコリと頭を下げる。こっちが礼を言ったのに、何故か向こうが謝ってくる。これが千石クオリティ。

「いやいや。そんなことはないぞ。本当に助かった。ありがとう」
「忍、ちゃん。暦お兄ちゃんの影の中にいるんだよね?」
 言い辛そうに忍の名を呼び、千石は僕の足下、影を見た。確かに忍は現在ここにいる。多分まだ寝ているか、或いは呼んでも出ては来ないだろう。

「ああ、まあ。そんな感じに落ち着いたよ。忍野もいなくなったし、一人であそこに置いておく訳にも行かないしな」
「忍野さんにも、ちゃんとお礼言いたかったな」

「やめとけ。アイツに決めゼリフを言う機会を与えるだけだ」
「ああ、あのセリフは中々奥が深い言葉だ。私も何か考えておこう。誰に対しても言っただけで私が変態だと分かって貰えるような決めゼリフを……」

「止めろ! お前が熟考した変態ゼリフなんて聞きたくない。そんな真似をしなくても、お前なら行動を見ただけで、変態認定されるから心配するな」
「私は、阿良々木先輩の自転車のサドルを使っていやらしい行為を行える女だ」

「言いやがった。僕の忠告も無視して言いやがった。しかも考えないようにしていたことだったのに。神原! 責任もって僕に新しい自転車のサドルを買って来い!」

「安心しろ。阿良々木先輩、サドルを使ってとは阿良々木先輩が考えているような部位の直接的接触では無く、単純に私が見て、想像して、キスしていただけだ。僅かに濡れているのはそのせいだ」

「どっちでもやだよ。座れねえよ!」
「ふふふ。私のセカンドキスは阿良々木先輩の殿部との間接キスだ」

 予想以上の変態っぷりを見せつけてくれた神原だが、ここまでのやりとりの間、千石が無言であることに気が付いて僕がそちらに目を向けると、千石は顔を下に向けたまま、プルプルと小刻みに震えていた。

 例によって笑いのツボに入ってしまったようだ。
 一日中、僕と神原のやりとりを見ていたら、千石の奴呼吸困難で倒れてしまうのではないだろうか。

 と言うより千石、この会話でそこまで笑うのはおかしいぞ。ここは僕と一緒にドン引きするところだろう。
「それで? 千石はどうしてここにいるんだ? 神原に拉致られたのか?」
「ち、違うよ。撫子は偶然ここを通りがかって、それで」

「うん。私が疲れて阿良々木先輩のサドルに顔を押し付けている時に通りがかって、話し相手になって貰っていたのだ」
 千石の後を引受けるように神原が言った。

 あんまり人の通らない道だから良いけど……いや、千石に見つかっている時点で駄目か。
 またもこの奇妙な独占欲だ。本当に他に奴らに見つかってないんだろうな。見られていたら大変なことになるぞ色々と。

「とにかくだ。阿良々木先輩、これで三人目の攻略キャラは決定したな。まあ、最後にと言った手前でだが、阿良々木先輩は攻略難度の高いキャラから攻略する癖をお持ちのようではあるし、丁度良いかもしれないな」
 戦場ヶ原のことを言っているのか。

「こ、攻略キャラ?」
 神原と僕を交互に見ながら慌てた様子を見せる千石。
「だから神原、僕は別に攻略する気なんて……」

「あ、あの!」
 僕の言葉が千石に掻き消された。なんて珍しい、あの千石が人の話を遮るとは、それほど言いたいことがあるのか。と僕が目を向けると、千石は顔を真っ赤にしたまま、両手で帽子を握りしめ、それを深く被り顔を隠すようにしながら口を開いた。

「良く分からないけど、撫子。暦お兄ちゃんになら、攻略されても良いよ?」
「流石は千石ちゃん。私がラスボスと呼ぶ少女だ。大人しそうに見えて、その実大胆な行動だな」
 恥ずかしそうな千石の横で、神原は何やら感心したように頷いている。

 おい神原。僕の妹キャラを勝手にラスボス認定するな。千石は言葉の通り意味も良く分からないまま、僕に何やら恩義を感じて頷いているだけなんだ。そりゃあ、これが千石じゃなかったらその言葉はもはや告白に近い物だったが、千石はまだ子供なのだ。良く分からないまま言ってるに決まっている。

 そこのところをちゃんと理解し解けよ。と言うテレパシーを送りつつ、神原を睨むように見ると、神原は一度瞬きし、大きく目を開いて僕を見つめたかと思うと、ん? なんて言いながら首を傾げて見せた。

 なんて可愛らしい仕草だ。
 こんな時だけエスパー能力を使わないなんて。

「と、ところで暦お兄ちゃん!」
 場の空気が奇妙な方向に行った時、千石がまたも声を張り上げた。何で千石の奴、今日はこんなに頑張っているんだろう。超が付く内気キャラなのに。

「ん? どうした千石。神原の言ったことなら、気にしなくて良いんだぞ?」
「そ、そうじゃなくて……暦お兄ちゃんは、この後神原さんと用事あるの?」
 神原のことを上目遣いに伺いながら、千石は言う。

 千石、その上目遣いは男には強力な兵器だが、神原相手にもかなりの破壊力を持っているんだ。いらぬ誤解を招くぞ。

「ああ、なるほど。安心しろ千石ちゃん。私はこれから、ちょっと用事があるから行かなくてはならないんだ」
 初耳だ。と言うより明らかな嘘だ。

「おい神原、お前」
「良いんだ。私はこれから用事がある」
 今日は珍しいことが良く続く。千石に続いて神原までもが僕の言葉を遮った。

「じゃ、じゃあ暦お兄ちゃん。これから撫子と一緒に……一緒に……」
 僕との距離を詰めて来る千石。だからその上目遣いは男に対しては無類の攻撃力を発揮するんだ、千石。お前は無意識なのだろうが、僕だから良いようなものの誰にも彼にもそんなことをしてはいけないぞ。

「本当に阿良々木先輩は鈍感だな」
 こんな時だけエスパーになるな。さっきはスルーした癖に。
「一緒に……」

 千石の瞳がグルグルと回り始める。あ、拙いオーバーヒートし掛かっている。これはこちらからフォローしてやらないといけないな。

「千石、お前この後暇なら、僕の息抜きに付き合ってくれよ」
「ふえ? あ、う、うん!」
 目の回転が止まり、代わりに千石は顔を赤くしたまま大きく頷いた。
 どうやら正解出来たようだ。千石はどうやらこの後暇だったのだが、自分から誘うのは恥ずかしくて出来なかったのだ。

 内気レベルの高さは相変わらずだ。
「神原。お前本当に良いのか?」
 相手が神原なら、二人より三人の方が、多分千石的にも良いと思うのだが、僕の問いかけに神原は大きく頷いた。

「勿論だ。私はこの後用事があると言ったではないか。今日は本の発売日なのだ」
 BL本か。
 今出来た理由なのだろう。本当か嘘かは知らないが、実に神原らしい理由だった。

「ではな阿良々木先輩、千石ちゃん。さらばだ」
 何処の時代劇の人物だとばかりに手を持ち上げて挨拶とした神原は、千石曰く宅急動、僕曰く縮地法、本人曰く加速装置を使用して、その場から風のように消え去っていった。

 あのお洒落ジーンズでも、何ら関係はなかったらしい、見事な加速だった。
 去っていく神原の後ろ姿を見つめながら、呆然としていた僕らだったが、やがて僕の方が先に正常状態に戻り、千石を見た。

「よし、じゃあ。行くか千石」
「う、うん。よろしくお願いします」
 遊ぶだけなのに、お願いをされてしまった。

 思い切り緊張しているらしい千石に、僕は軽く息を吐きながら、小さく笑い、さて、どうしようかと、考えるのだった。



012

 神原の話を聞いた後に、自転車に乗るのも気が引けて、僕と千石は自転車は使わずに徒歩で移動を始めた。
 その間、千石はずっと顔を伏せ、下を見つめ続けたままだ。

 もはや会話もままならない。と言った様子だ。
 一体何が彼女をここまでさせるのか、以前、月火ちゃんを交えて三人で遊んでいた頃は向こうからも声を掛けてくれたのに。

 この内気少女は成長と共に内気度まで上がってしまったのだろうか。校門前で僕を待っていてくれたあの時はちゃんと会話出来ていたと言うのに。

「……なあ千石」
「な、何? 暦お兄ちゃん」
 思い切り身体をビクつかせた後、前髪のカーテンの向こう側から、こちらを覗いてくる千石。何故か先程からフラフラと宙を彷徨っていた手が、一緒にビクついて、自分の後ろに回された。

 それはまるで、恋人と手が繋ぎたいけれども、それが出来なくて、何度か様子を伺いつつ、手を近づけているところに声を掛けられて、驚いて手を戻してしまったかのような。そんな動作にも見えたのは、僕の気のせいなのだろうか。

「いや、どっか行きたいところはあるか? そんなにお金は無いから、あまり金の掛かるところは無理だけど」
 僕の言葉に、千石は少しの間、辺りを見回すように首を動かし、考えていたが、やがてまたも前髪のカーテン越しに、上目遣いを駆使して、ポツリと呟いた。

「撫子、植物園が良いな」
「植物園? また、渋い選択だな」
 まあ、千石のことだ。あまり人が多いところは好まないだろうし、植物園というのは、彼女にとって割と良い場所なのかも知れない。

 正直、僕としても、かつてニヒルなキャラ設定時には、植物になりたいと願っていたこともあるほどだし、植物は嫌いじゃないのだが。

「ご、ごめんなさい。つ、つまんないよね」
「いや、良いよ。僕も植物は好きな方だし、千石も好きなのか?」
「う、うん。静かだし人もいないから、い、色々なこと出来るし」

 植物園で出来る色々なこと? はて、一体何があるだろうか。基本的には見る一択、おまけで触るか、嗅ぐ、くらいだと思うのだが。そんな風に思って意識を別の方に飛ばしていると、不意に僕の手に暖かさが触れた。

 目を向けると、千石が僕の手を握っていた、神原のように指一本一本を絡めるのではなく、本当に力も弱く握ると言うよりは、それこそ触れるって感じ。
 その後千石に目を向けると、顔を真っ赤にして、俯いていた。

 うーん。なんて保護欲をそそるんだ。うちの妹ズにも見習わせたもんだ。
 まだまだお兄ちゃんと手を繋いで歩きたい年頃なのだろう。もっともうちの妹連中がやってきても、こんな感動は味わえないのだろうが。
 流石僕の妹たちよりも妹キャラな千石だ。
 となればお兄ちゃんとして、ここでしてやることは一つだ。
 千石の手を一旦離し、僕は自分の方から千石と手を繋いだ。

「こ、暦お兄ちゃん!?」
 ビックリしたように声を上げる千石。顔が真っ赤を通り越して真っ赤っかだ。ああ、本当に可愛いな。

「一応、はぐれないようにな」
 とは言え、大して人通りがある訳でもないのだが、もう少し上手い言い訳を考えるべきだったか。

「う、うん」
 千石が異常に恥ずかしがるものだから、こちらまで少し緊張してしまう。コラコラ阿良々木暦、何を考えている。隣にいるのは僕の妹たちよりも、妹らしい妹キャラ、千石だぞ。
 手、ちっちゃいなー、とか。うわ、肌超ツルツルだ、とか。この暖かさが堪らないな、とか考えてるんじゃねえよ。

 何か変な気分になるじゃないか。他の例えば八九寺や神原など、何も考えなくても勝手にマシンガントークの応酬になる連中と違って、やや口数の少ない千石を相手にすると、どうしても色々と考えてしまう。

 いや、違うんだ千石。僕は決してお前に邪な気持ちを抱いている訳じゃなくてだな。
 とこんな言い訳をテレパシーで送ってみても、残念ながらテレパスではない千石は反応をしてくれなかった。




[14058] こよみハーレム7 (千石編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/04 12:13
013

 植物園は確かに、千石が得意とするフィールドのようだ。
 中に入って三十分ほど経過したが、遭遇したのは年配の老夫婦一組のみ、とても微笑ましい目で見られてしまった。

 この静かさが功を奏したのか、千石は先程からポツポツと話を始めるようになった。
 その話というのが何故か、千石らしからぬマニアックな漫画やアニメの話ではなく、純文学的な小説等の話であったのが印象的だった。

 まるで今日昨日急いで読んで得た知識を今ここで話しているかのような、所々思い返しながら言っているのが実に印象的だった。

 流れのまま、手を繋いだ状態を維持していたのだが、何故だろう。先程から、さり気なく手を離そうとすると寧ろ強く手を捕まれてしまうのは。失礼とは思いつつ、蛇に絡まれているようだ。と言う感想を抱いてしまう。

 そして奥に行くにつれて、段々と会話は減り、今はもう、気まずい沈黙の中に僕等はいた。
「なあ、千石?」
 その気まずさを振り払うように、見切り発車で僕は千石を呼んだ。
「な、何かな。暦お兄ちゃん」
 植えられている植物に見向きもせずに、こちらを見る千石。

「……ハーレムってどう思う?」
「え?」
 何を言うべきなのか、考えた挙句、思わず現在自分の中で一番の悩みの種であったことを口にしてしまった。

 千石は僕の言葉を受けてその場でピタリと身体の動きを停止させた。
 しまった、女子中学生にハーレムはなかったか。この年齢の女子はいやに潔癖と言うか鉄壁と言うか、ハーレムとかそんな言葉をいやらしいとか言って毛嫌いする傾向にあるからな。
 僕がハーレム至上主義だと思われてしまったかも知れない。

「いや、違う。僕じゃない。僕のことを言っているんじゃない。一般的にだ、一般的に見て、ハーレムって奴を千石が見たらどう思うかって話だ」
 自分で言いながら、一般的にハーレムを見る機会なんてねーよ。と自分で突っ込みたいところだ。

 案の定千石も答えに困ってしまったようで、目を白黒させながら、えっと。を連発している。

「いや、無理に答えなくて良い、これは単なる会話の一つであって、そんな頑張って考えるものじゃ……」
「そ、それはえっと神原さんとか、忍ちゃんとか、わ、私とか……」

 何故把握している千石。実はお前もテレパスだったのか、さっき答えなかったのは聞こえなかったからではなく、無視していただけだというのか。

「な、撫子は暦お兄ちゃんが言うなら。も、勿論一人の方が嬉しいけど、暦お兄ちゃんが望むなら」
 何だこれ。どういう状況だ。
 まるで僕が千石が感じている恩につけ込んで、自分のハーレム(未だ僕はそれが出来上がっているとは認めたくはない)に入ることを強要しているようじゃないか。

 違うんだ、千石。僕はそんな卑怯な男じゃないんだ。
 けれど僕の心中の叫びは千石には届かなかった。

「な、撫子は、撫子は……」
 上手い挽回策が思い付かない。それに場所も悪いじゃないか。千石からしたら、僕がこの話をする為に、その為にだけ人があまりいないこの場所に来ることを了承したように思われてしまう。女子中学生に手を出すなんて、ロリコンではない無い僕に出来るはずがないのに。

 いや、それ以前に千石が僕のハーレムに入ると言っているのは、千石が僕に恩を感じているからであって、自ら望んでいる訳では。

「暦お兄ちゃんの、は、ハーレムなら大丈夫」
「待て、落ち着け千石。話を飛躍させるな。別に僕は自分のハーレムに入れって言っている訳じゃなくてだな」
「ハーレムはあるんだ」

 しまった。またも墓穴を掘った。しかし、墓の穴で墓穴って、かなり退廃的な言葉だよな。今度羽川さんに由来を聞いてみよう。またあのセリフが聞けるぞ。やったあ。

 なんて考えている間にも、千石の目は僕を責めるようなものへと変貌していた。
 千石がこんな目をするなんて、拙い、この不穏は拙い。こうしたちょっとした負の感情から始まって最終的には、千石が、僕の可愛い妹キャラの千石が、ゴミを見るかのような目で僕を見て来る様になってしまうのだ。

 そんな視線は戦場ヶ原だけで十分だ。でも何故だろうちょっとだけ背筋がぞくぞくするのは。
 それは神原に冷たくあしらわれたいと言う謎の欲求と同じものだ。

「いや、それは、神原が勝手に」
 言っているだけだ。と言おうとして、口を閉じる。女子中学生に責められて、後輩のせいにする高校三年生が、そこにはいた。となってしまう、そんな不名誉を受ける訳にはいかない。神原のせいにしては駄目だ、こうなったのも全て僕のせいなのだ。僕が戦場ヶ原に心配を掛けてしまうからこそ、こうなってしまったのだ。

「千石」
 名前を呼ぶ。一度は疎遠になってしまったものの、久し振りに会ってなお僕をお兄ちゃんと慕ってくれている妹と向き合った。

「な、撫子は良いの。大丈夫、だって、だって撫子……」
 そう口走った千石は、またも顔を真っ赤っかにして俯いていく。ん? 何かおかしい。
ここは僕を睨むか、罵倒する場面じゃないのか? 千石にそんなことされたら、泣いてしまいそうになるのは事実だが。

「撫子はずっと、暦お兄ちゃんのこと……」
 バッと顔を持ち上げた千石が言う。
 前髪が揺れて、隙間から強い意志を持った瞳が一瞬見えた。

 え? 何だこの感じ。八九寺に出会ったあの日、あの公園で戦場ヶ原に告白されるんじゃないかと思った時と、同じ空気を、感じる。
 あの時は結局、勘違い……後に告白されたことを考えると、あながち勘違いとも言えないかも知れない。だとすれば、何だこれは今から僕はどうなるんだ。まさか告白されるのか。

 妹キャラである千石にか。待て、それは色々と待て。千石!
 果たして、僕の心の叫びは。
「好き、だから」
 聞き入れられなかった。

 千石、今の好きは一体どっちの好きだ? お兄ちゃん大好き。の好きだと僕としても気が楽だというか、むしろ言われてみたいと言うか。
 しかし、僕の心の叫びはまたしても、聞き入れられなかった。

「恋愛のほうだよ、あなた」
 千石がメタ発言をした。それはもうちょっと先だぞ千石。

「せ、千石、これは以前別の奴にも言ったんだけど、お前勘違いしてるんだよ。僕に助けられたって、そう思って恩と愛情をごっちゃに」

「しょ、小学校の頃から、ずっと、好きだったの! こ、告白を断ったのも、暦お兄ちゃんのことが好きだったからだよ?」
 あれ? なんか僕どんどん退路を塞がれていないか?

 絡め取られていると言ってもいい、さながら蛇が獲物を捕らえるように。
 いやいやまさか、千石はただ単に僕の問いに答えているだけじゃないか。

 この話だって僕のほうから振った話なんだぞ。そんなことが計算出来る訳が無い。ここが植物園の一番奥でほぼ誰も来ない場所で、ここに近づくにつれて会話が減ったもの全て偶然だ。そうに違いない。

「こ、暦お兄ちゃん?」
 黙りこんでしまった僕をいぶかしんだのだろう。千石がじっと前髪アイシールドの隙間から僕のことを見た。その顔は真っ赤になったままだ。
 胸の前で組まれた両手が力を込めすぎて、微かに震えていた。

 ああ、本気なんだな。と実感させるその仕草。千石は本気で僕のことを好きなんだ。そう理解して、次の瞬間、自己嫌悪に陥った。

 戦場ヶ原の時もそうだった。あの時は戦場ヶ原の性格上、向こうからあまり女に恥を掻かせるものじゃない。と言われたけれど、今の千石も多分同じことを思っているのだろう。
 あの時だってかなりみっともない態度を取ってしまったんだ。

「千石」
「な、何かな?」
 手の力がさらに強くなった。その仕草に微笑ましさを覚えながら、僕は千石に一歩近づく。

 千石の体に緊張が走る。そうして硬直してしまった千石に対して、僕は腰を落とし、高さを合わせると、漫画やアニメなら、湯気を出すんじゃないか。と言うほど赤くなった千石の顔に手を近づけ、前髪に触れた。

 今日は逃げない。
 触れた長い前髪を横にずらし、僕は露出された千石の顔を見る。ますます赤くなってしまい、そのまま固まった千石を見ながら、僕はそのまま顔を近づける。

 やっぱりだ。
 この、僕を兄と慕ってくれていた妹キャラの、そして僕を男として好きになってくれた可愛らしい女の子である少女、千石撫子は、思ったとおり、とても、とても可愛らしい少女だった。

 瞳が驚きで回る千石。その露出された額に僕はそっと、大切なものを扱うようにゆっくりとキスをした。



014

 後日談。と言うか今回のオチ。
 あの後、恥ずかしさが限界に達し、オーバーヒートしてしまった千石は僕を置いてその場から、あの日、校門前で羽川と遭遇した後のように、凄まじいスピードで立ち去っていった。

 千石らしい、と思うものの後を追って植物園を出てもその姿は無く、携帯を持っていない千石が相手では連絡を取ることも出来ずに結局僕は図書館に自転車を取りに戻った。

 そこには案の定と言うか、僕の自転車のサドルに跨って本を読んでいる少女、神原駿河の姿があった。
 読んでいる本は当然BL本で、微妙に腰が揺れているのが気になるものの、僕は小さく息を吐いてから声をかけた。

「何しているんだ、神原」
「ん? 何だ阿良々木先輩。思ったよりも早かったではないか。今日はてっきりここで夜を過ごすものだと思って、色々と準備をしていたと言うのに」
 準備と言うのは僕の自転車のかごに詰められた多数あるBL本のことだろう。

「何で一夜を過ごす覚悟をしているんだよ。大体わざわざここにいなくても、千石のことが気になるんだったら夜にでも電話をくれれば良かったじゃないか」
 まだ携帯電話を使いこなせないのだろうか。

「いやいや。千石ちゃんとの結果は知っている。てっきり後を追いかけて千石ちゃんの家に向かったものだと思っていた。だからこそ、私は阿良々木先輩の自転車を守る意味も込めてここに待機していたのだ」

「……神原後輩」
「なんだ阿良々木先輩。千石ちゃんの家には今から行くのか? だとしてもキスより先に行ってはいけないぞ」

「何でそのことを知っているんだ? 千石が僕の前から走って逃げたことを、何故知っている!?」
 エスパーM女は、テレパスだけではなく千里眼も持っていると言うのか。だとすれば恐ろしい僕のプライベートは今、完全に死んでしまった。

 僕が毎夜、阿良々木家、と言うより阿良々木暦の宝物なった羽川さんの下着に拝んでいることとかも知られちゃっているのか? 拙い、拙すぎる。誰にバレても拙いことが一番駄目な奴に知られてしまった。

「そんなものを持っていたのか! 流石は阿良々木先輩だ。どうだろう? その宝物の中に、私の下着も加えてくれないだろうか? 無論今履いている使用済の物を進呈するから」

「それは後で話そう。と言うかテレパスによって知られた!? 千里眼で知っていたんじゃないのか?」

「相変わらず否定はしないのだな。しかし千里眼? そんな能力があれば、阿良々木先輩のお風呂タイムや、性欲ライフが覗き放題だな。実にそそられるが残念ながらまだ私はその力を持っていない」

「じゃあ何で知ってんだよ……ハッ!」
 気がついた。と言う意味の擬音を出して気がついた。
 神原の特技を一つ忘れていた。バスケット、二段ジャンプ、宅急道、変態、そしてストーキング。僕のことを気づかれること無くストーキングし続けたその能力は、未だ健在なのだ。

「そうだ。私ともなれば、BL本を購入後、阿良々木先輩の匂いを辿って植物園に行くことも、植物園で植物に成りきって気づかれずに二人の様子を観察することも、可能なのだ」
 何て恐ろしい後輩だ。ある意味千里眼より怖い。匂いを辿ってって、お前は犬か。

「阿良々木先輩のと言う意味ならば、私は雌犬だ」
「胸を張るな! けど、まあいいや。今日のところは別に見られて困る光景でもないしな」
 見られて困る。そんなことを言えばそれは寧ろ千石に対して失礼に当る。そう言った僕に対し神原はニヤリと口元を持ち上げて笑った。

 どこか戦場ヶ原を髣髴とさせるようなその笑みに、嫌な予感が走った。
「にしてもデコチューとは、阿良々木先輩もなかなかやるではないか」
「何がだよ。千石はまだ中学生だからな。一応の配慮って奴だよ」
 そんな僕の言葉にも、神原は笑いを止めない。

「一見すると確かにデコチューは普通のキスに劣ると言うか、子供扱いのような印象を与えるキスだが、私は知っているぞ。阿良々木先輩」
 僕に向かって神原は人差し指を向けた。
 ここでの擬音はビシッだな。

「な、何のことだ?」
「千石ちゃんはスカートを捲られる事よりも、前髪に触れられて素顔を見られることを恥ずかしがる、照れ屋ちゃんだ」
「それは忍野が付けたあだ名だ」
 僕のツッコミを無視し、神原は続けた。

「それはつまり、阿良々木先輩のやった前髪を退かし、素顔を露出させた上、いつも隠しているおでこにキスをするという行為は、千石ちゃんからすれば、スカートを捲られて、その奥に隠れている純白に輝く少女のショーツに向かって顔を突っ込んでキスを落とすことよりも更に上の行為と言うことだ。そして阿良々木先輩はそれを知った上で、千石ちゃんにその行為を強要したのだ」

 どこぞの弁護士か。とツッコミを入れたくなるほど自信満々に、言い切ってみせる神原、けれど僕はそのツッコミを口にはしなかった。
 理由はもちろんある。

「何が望みだ神原」
 そう、僕自身そのことに気がついていながらそうしてしまった。それはつまり、千石基準とは言え、単なるキスよりも先の行為を実施したと言うこと。
 それはつまりどういうことかというと。戦場ヶ原にばれたら、殺されると言うことだ。

「ふふふ。何をおっしゃるかと思えば、この私が、阿良々木先輩のエロ奴隷にして雌犬であるこの神原駿河が、大恩あり、心の底から愛している阿良々木先輩に脅しをかけて見返りを要求することなど、あるはずが無いではないか」

「そうか。ならいいんだ。ああ、それなら」
「だがしかし、まあ、阿良々木先輩がどうしても私のために何かしたいというのなら、それを断るのは、寧ろ、不敬に当ると言うものだ。そうは思わないか? 阿良々木先輩」
 ちらりと流し目で僕を見る神原。

 ああ、神原が、僕を純粋に慕ってくれていた僕の神原が、戦場ヶ原の悪影響を更に受けている。
「カンバルノタメニ、ナニカシタイデス」
 片仮名言葉なんて、戦場ヶ原に使って以来ではないだろうか。

 そんな僕の言葉に、神原は太陽の如き笑顔で頷いた。
「そうか、では阿良々木先輩。私がパンツを進呈するから、代わりに阿良々木先輩のパンツを私に頂けないだろうか?」
 凄まじい笑顔のまま、変態的なことを要求してくる神原。

 この笑顔を前にすると、何故だろう。こんな変態行為さえ可愛らしく……思えねえよ。

 こうして。可愛い妹キャラが可愛い女の子になった日、僕は宝物を一つ手に入れ、下着を一枚、失うのだった。




 千石は無口キャラだから、その分阿良々木さんが良く喋ることになって意外と難しい。 次は多分八九寺だと思います。多分。



[14058] こよみハーレム8 (八九寺編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/08 12:15
015

 戦場ヶ原の家で勉強を見てもらった帰り道、例によって例の如く、僕はその後姿を見つけた。
 大きなリュックと揺れるツインテール。スカートから伸びる細い生足。間違いない。間違いなくその後姿は僕の大好きな幼女のものだった。

 もう僕は隠さない。
 いつもであれば、八九寺? もうあんなロリ卒業したよ。何てクールに言って数ページに渡る言い訳をした後、仕方なく構ってやるみたいな感じになって全力で突貫すると言うのが、まあ最近のやり方だったわけだが。

 もういいじゃないか、とそう思う。ロリが、いや、八九寺が好きで何が悪い。戦場ヶ原と付き合っているが、結婚するなら間違いなく、八九寺を選び、プロポーズまでする僕だ。

 今更隠し立てする必要は無い。
 さあ、声を大にして言おう。僕は八九寺真宵が大好きだ! と言う訳で。

「はぁーちくじぃぃぃぃー!」
 全力を持って走りながら、僕は後ろから八九寺に近づいて、取りあえず今日はお尻から、と臀部に手を伸ばしかけた。

 その瞬間。
 少女、八九寺真宵は振り返った。ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。

「掛かりましたね。いつもいつも後ろから突然抱きしめられる私ではありません。そこに阿良々木さんがいる事はとっくに気が付いていました」
 あ、また普通に阿良々木さんって呼びやがった。と言うか気づいてやがった。

 畜生こんなことがあっていいのか? 八九寺が僕の奇襲に気がつくなんて、こんなことがあっていいのか! これでは八九寺を抱きしめられないじゃないか。

 ってあれ……別にそんなことないんじゃないか?

 自信満々に振り返っているロリ少女の生足を捕まえ、僕はそのまま手を滑り込ませた。

「八九寺ー! 会いたかったぞ。もう、本当にお前可愛いなぁ、わあ、今日は僕好みのパンツじゃないか。くれよ。僕の宝物を三つにさせてくれよー!」

「しまりました! 気づいていても、避けられなければ無意味でした!」
「あははー。ドジっ子かー。いいぞ、いいぞー。それ八九寺、早くそれを脱いで僕にくれよう」

「キャー、キャー、キャー! ぎゃあああああ!」
 最後に一度大きく悲鳴をあげた八九寺は、もう、膝の辺りくらいまでパンツを脱がせに掛かっていた僕の腕に、

「がうっ! がうっ! がうっ!」
 全力を持って噛み付いてきた。

「痛え! 何すんだ八九寺」
「がうーっ!」
 うなり声を上げる八九寺に、あ、ちょっと可愛い。なんて思って一瞬気を緩めた隙を突いて、八九寺はその場から跳躍し、もはやアニメにおいて僕のアイデンティティと化しているアホ毛に向かって噛み付いた。

「痛え! あー、抜けたァ!」
 ぶちぶち。と嫌な音と共に、僕のアイデンティティは崩壊した。

「何するんだよ八九寺。これはアニメにおいて僕の感情を表す大切なバロメーターなんだぞ。僕だ、僕だよ阿良々木暦だ」
 再び噛み付きに来ようとしている八九寺の頭を押さえつつ言うと、八九寺の瞳の色が興奮色から元の色に戻っていった。

「……ああ、雨宮さんじゃないですか」
 元から気づいていたはずだが、いつもの挨拶のためだろう。八九寺は言った。

「お前、四文字苗字なら、何でもいいと思ってないか? しかし八九寺、人を多重人格探偵とは名ばかりですっかり探偵でなくなった漫画の、もう何巻もまともに登場していない主人公のような名前で言うな、僕の名前は阿良々木暦だ」
 相変わらずの名前間違いを指摘した僕に、八九寺はあれ? と言うように首を傾げ(とても可愛い)その後、ああと言うように頷いた。

「なるほど、そちらの雨宮さんに行きましたか。納得です」
「え? 違うの? 僕間違えた?」
 名前間違いを正そうして、元ネタを間違える。
 なんて恥ずかしい真似をしてしまったんだ僕は。

「なるほどなるほど、いやあ、流石は阿良々木さん。戦場ヶ原さんの彼氏さんなだけはあります、中々の趣味をお持ちですね」
 ニヤニヤと笑う八九寺。

「違う。違うんだ八九寺、お前の言うとおり僕は戦場ヶ原に勧められて読んだだけで、自ら率先して読んでいる訳では……と言うか。知っている以上お前も読んでるんじゃねえか」
「てへっ」

「可愛すぎる! ってあれ? おい八九寺」
「なんですか阿良々木さん」
「あれはやらないのか? 噛みましたって奴」

「誰のせいで出来なくなったと思っているんですか。阿良々木さんが盆ミスをしたせいですよ」
 盆ミスと言われた。

「待て、待ってくれ八九寺P、僕にもう一回チャンスを」
「芸能界にもう一回はありません。では阿良々木さん、話を進めますよ」
 見限られてしまった。と言うよりも僕は芸能界入りした覚えは無いのだが、いや大丈夫だ。なんだかんだと言いながら、この僕専用撫で回し揉みしだき幼女は、どうせまた僕の名前を間違えるに決まっている。いつもはスルーするような小さな間違いでも、的確なツッコミを入れれば、まだ可能性はある。

「例の話進行のバイトか」
「ええ、給料が上がって私としてもやる気満々なんです」
 いつの間にか昇給していた。
 大体誰が金くれるんだよ。テレビ局か? それとも製作会社か?

「順調に、阿良々木ハーレム完成への道を進んでいるようで、安心しました。神原さん、戦場ヶ原さんに続いて、また一人堕としたらしいですね」
「何で知っている!? 千里眼使いは神原では無くお前だったのか八九寺!」

「昨日神原さんから聞きました。あの方、阿良々木さん並に私の、胸やらお尻やらを食い入るように見つめてきて、いつ襲い掛かってくるとも知れぬ猛獣を相手にした気分でした」
 ああ、なんとなく想像がつく光景だ。寧ろ神原、良く無理やり襲わなかったな。きっと必死に我慢していたのだろう。
 良くやった良く我慢した神原、褒美に本人を褒めると調子に乗るから、今日は羽川さんの下着の前に、お前の下着を拝んでやるよ。

「この調子で、妹さんやら、忍さんやら、羽川さんを攻略して行ってください」
「おいおい。何でその中に僕の大好きな幼女が入ってないんだよ。おかしいじゃないか」

「何吹っ切って大好きとか言っているんですか。ふん。聞きましたよ新しく攻略した千石さんは、こう胸もちっちゃく、背もちっちゃい、私とキャラがモロ被りの幼女キャラらしいじゃないですか」

 幼女って、千石は一応中学生だぞ。もう幼女ではないだろう。と言うより、あれ? これはひょっとして、あれか? 嫉妬と言う奴じゃないのか? 何て可愛らしいんだ。八九寺の奴、自分以外の幼女っぽいのが攻略されたからと言って拗ねてるんだな。ああくそ。やばい、何て可愛らしさだ。さすが八九寺。僕の愛した幼女だ。

「なんですか阿良々木さん。そのだらけ切った顔は、ただでさえ間の抜けた顔をしているんですから、少しは気をつけたほうがいいですよ」

 ああ、さっきからなんか違和感があると思ったら。そうか。八九寺はテレパス使いじゃないから、僕の考えを読んでいないのか。ここのところ戦場ヶ原や神原が僕のモノローグまで含めて会話にしているから、勘違いしていた。
 今のところで八九寺が心を読んで、別に拗ねてませんから。とか言うのを待ってしまっていた。そうか、やっぱり言葉にしなくちゃ伝わらないことがあるよな。

 うん。と自分に対して一つ頷いて、僕は八九寺に向かって自分の思いをそのまま口にした。

「安心しろ八九寺。如何に幼女キャラや、貧乳キャラが増えようと、僕専用撫で回し揉みしだき幼女はお前だけだ」
「突然何を言うんですか。ドン引きです」

「ドン引かれた! 今のところは、顔を赤くして言うところだろ! 空気読めよ」
「阿良々木さんが空気を読んで下さい。普通、いきなり所有物扱いを受けて喜ぶのは神原さんくらいなものです」

「神原の事はひとまず置いておいてだな。こうなったら僕はお前も攻略する気満々だぞ」
 あれほどハーレムを作ることが気が進まないと言っておきながら、神原に続いて千石にまで手を出した今の僕に、怖いものなど何も無い。

 この勢いのまま、八九寺をこの日夜迷える幼女を僕の影の中に押し込んでやろう。という思いが湧いてきた。テレパスが相手じゃないとモノローグで何を考えてもいいから楽で良いな。これが戦場ヶ原だったら、僕はとっくの昔に文房具によって惨殺死体にされているだろう。

 嬉々として僕を切り刻む戦場ヶ原の笑顔まで浮かんでくるのは、まあ、それだけ僕が彼女のことを理解していると言うことにしておこう。怖すぎる理解だが。

「人と会話をしている時に間抜けた顔をしないで下さい。そんなことだから阿良々木さんはいつまで経っても大人になれないのです」
「それは火燐ちゃんの台詞だ」

「失礼。間違えました」
「お、珍しいバージョン」

「それはともかく阿良々木さん」
 小ネタを挟むのは良いが、まだか、まだ僕の名前を間違えないのか。僕は今そちらのほうを待っているんだぞ。自分から口にしてハードルをあげるような真似はしたくないのだ。
 挽回のチャンスを待っている時に限って、名前を間違えないとは。
 くそう。やっぱりこいつもテレパスなんじゃないのか?

「なんだよ八九寺」
「ここから先の人たちはどれもこれも一筋縄では行かない人たちばかりですから、気をつけてくださいね。特に忍さんと羽川さんには要注意です」

「いや、八九寺、僕はそれよりも、どうやったらツインテールの幼女を攻略出来るのか、そっちを教えて欲しい所なんだけど」
「本人を前にして、どうやったら、攻略出来るかなんて、聞かないで下さい。私は攻略キャラではありませんし、攻略法も在りません」
 まだ怒ってやがる。

 胸の前で腕組をして、そっぽを向く八九寺に、僕はため息を吐いた。
 どうせならそのポーズは、胸のある人にやってもらいたいポーズだ。例えば……うん、やっぱり羽川さんだな。こいつの多少凸凹があるだけの寸胴ボディでされても、食指は動かないのだ。
 仕方が無い。攻略は自分の力でするとしよう。

「八九寺ちゃん。お小遣い上げるから、僕のものになってくれないかな?」
「キャッホー。今日から私は阿良々木さんの物です! ……なんて、言うと思ったんですか。しかも千円じゃないですか! 初めて会ったときは一万円でしたのに」
 くそ。成長してやがった。財布に千円しか入ってなかったんだよ。

「じゃあ分かった。僕のものになってくれとは言わないから、この千円で八九寺、お前のパンツ売ってくれよ」
 それで妥協してやる。と続け、実は僕が下げたまま、地の分で直したと明記されていない八九寺の下着を指差した。それは今も八九寺の膝の辺りに引っかかっている。
 今日のところは攻略よりも、宝物集めのほうを優先してやるとしよう。感謝しろよ八九寺。さあ、僕にその下着を売ってくれ。

「お断りします。私の下着はそんなにお安くないんです! しかし、もう二千円追加で考えないこともありませんが」
 強く言ってから、けれど僕の手にした千円札を目でチラチラと追う八九寺、金に弱いところはまだ治っていないようだ。
 これならもうちょっとお金を積めば僕のものになってくれるかもしれない。

「ちょっと待ってろ! ATMで降ろしてくる」
 馬鹿な幼女め。物の価値というものを知らないな。たった三千円で幼女の下着が買えるなら世界中のロリコンがここに殺到するに違いないと言うのに。
「ちょっ!本気にしないで下さい。嘘ですよ嘘」
 駆け出そうとした僕を前に、八九寺が慌てた様子で言い、下がったままだった下着を持ち上げた。あ、クソ。パンツ上がっちまった。覗いておけば良かった。



[14058] こよみハーレム9 (八九寺編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/10 12:36
016

「ははは。僕も冗談に決まってるだろ? 僕の自宅にはあの羽川さんと神原の下着があるんだぜ。いまさら幼女のパンツを本気で欲しがる訳が無いじゃないか」
「今、阿良々木さんを舐めたらウソ付いてる味がしそうですね」

「ブチャラティかよ。しかし、なんだかんだ言ってあの特技、ほとんど使われなかったよな」

「ええ。舐めるのは確実性を高めるためで、汗のテカリ方だけでもウソを見抜くそうですから使えそうですけど、そんな初期設定、皆々忘れられていくものですよ。阿良々木さんだってそうでしょう? ニヒルな皮肉屋を名乗っていたあの阿良々木さんはいったいどこに行ってしまったのでしょう。避けるより正しい判断だったろう。とかクールに言っていた阿良々木さんが今では、誰彼構わず欲情し、趣味はと聞かれれば、パンツ集めですと答える……」

「止めろ八九寺! その台詞も僕の中では既に結構痛い台詞に認定されているんだ」
 やれやれとばかりに頭を振ってみせる八九寺を遮って言う。
 まったく誰のせいでこうなったと思っているんだ。

 僕のキャラが崩壊し始めた切っ掛けは間違いなく、八九寺と出会ったからなのだ。あのニヒルな皮肉屋のまま物語を進めていれば今頃は……いや、その場合もしかすると神原のパンツを手に入れることは出来なかったかも知れないな。
 となれば僕はやはり八九寺に感謝をするべきなのだろうか。

「とにかく阿良々木さん」
 また普通に、こいつ意地でも間違わない気だな。

「なんだよ、ようやく僕の影に住む気になったか? 昼間は忍と睨めっこでもして過ごして、夜は僕のベッドの中に入って来いよ。一緒に寝ようぜ」
「シレッと最低な口説き文句を口にしないで下さい。妹さんに千枚通しで穴あけられますよ」

「何でお前が僕の妹の特性を知ってるんだよ。ああ、そうだ。この際だ八九寺。お前に聞いておきたいんだが、月火ちゃんのあの行動。どう思う?」

「どう。とは、主語を明確にしてください。そんなことだから阿良々木さんの偏差値はいつまで経っても戦場ヶ原さんの体重を越えないんですよ」

「何でお前が僕の彼女の体重を知っているんだよ」
 確か四十キロ後半強……え? 僕の偏差値まだ五十越えしてないの? 無理じゃん。大学行けないじゃん。
 しまった! これでは戦場ヶ原の言った通りになってしまう。僕と舅との関係が、あのナイスミドルな声で怒られてしまうじゃないか。

「じゃなくて、月火ちゃんだよ月火ちゃん。あれはどうなんだろう。やっぱりあれはこう、ヤンデレ的な特徴なんだろうか。僕への好意の裏返しと言うか。いや、僕はあいつらのことなんか大嫌いだから別に良いんだよ? 好意を寄せられていようといまいと、どうでもいいんだけどさ。でもまあ知っておいて損はないだろ?」

「阿良々木さん、人に文句を言う割りに、自分も話を進めようとする気がありませんよね。神原さんのことを言えないんじゃないですか?」
「何? ウソつけ、僕はあそこまで酷くないぞ。ちゃんと話聞くよ。話進めるよ? なんだったら八九寺の代わりに話を進めるバイトしても良いくらいだぜ?」

「だったら聞いてください。まったく」
 怒られた。
 小学生女子にまったく、とか言われて呆れられる男子高校生がそこにはいた。と言うか僕だった。

 出来ればこの台詞は八九寺と戦い、勝者の権利としてパンツを見ながら高笑いをしている時に使いたかった。
 世の中うまくいかないものだな。

「仕方が無いので、そちらのほうから、先に言わせてもらいますと、恐らくその要素は無いと思われますよ。少なくとも現時点では」
「思わせぶりなこと言うなよ。何だよ、現時点ではって」

「偽物語下、以降ですとお二人揃って阿良々木さんに惚れている可能性がありますからね。本当の意味でヤンデレになってしまわれるかもしれません。忍さんといちゃつく時は人目を気にして下さい」
 その頃には戦場ヶ原も改心して、そっち系の属性は消えていると言うのに、僕の周りには常にそんな奴が一人は居ないといけないのだろうか。

「忍限定かよ。と言うか八九寺、僕もさっきからツッコミを入れなかったけど、偽物語とか言われても、僕には何のことだかさっぱりなんだからな。メタ発言はいい加減にしろ」

「こちらこそいい加減にしてほしいものです。元々この手の発言は私のみが許された、言わば八九寺Pだけの特権であったというのに、誰彼構わず使われて、すっかり希少性を失ってしまいました。これは他の方々にも釘を刺しておかなければなりません。私は神原さんに行きますから、阿良々木さんは戦場ヶ原さんによく言って聞かせてください」

 相変わらず大してありもしない胸を張って見せる八九寺、戦場ヶ原にそんなこと言える訳ないだろ。あいつはまだツンドラヶ原さんなんだぞ。ツンドロヶ原さんになってからなら言ってもいいが。

 また心の中でメタを使ってしまった。まあいいか。どうせ八九寺には聞こえないんだ。フン。お前こそテレパスも使えないくせに偉そうに。
 と僕が八九寺を見下ろしながら蔑みの視線を向けていると、八九寺はムッと眉を寄せて(とてもとても可愛い)僕を睨み返した。

「なんですかその不快な視線は。噛みますよ」
「名前をか!?」
 待ってましたとばかりに身を乗り出す僕。さあ来い、今度はあんな盆ミスしないぞ。

「……もう結構です」
「諦めるなよ。羽川さんも最近僕のこと諦め始めてるんだから、お前にも諦めらめられたら僕はどうすればいいんだよ!」

「だから、話を逸らすのはいい加減にしてください。いいですか、私の仕事は時給制では無く、回数制なんですから、一回話を進行させる度に給金が発生するのです。ですから阿良々木さんと無駄話をしても、私には何の得も無いんです」

「得も無いとか言うなよ。友情って言うのは、損得勘定じゃないんだぞ」
「友達の居ない阿良々木さんに言われても、説得力は皆無ですね。フン」
 鼻で笑われた。

 幼女に友達が居ないことを馬鹿にされたうえ、更に鼻で小ばかにされてしまった。今のお前にだって友達は僕くらいしか居ないくせに、後はギリギリ羽川さんと神原くらいか、だが流石に思ったことをそのまま口にするような真似はしなかった。
 僕と違って、姿が見える人が限られている八九寺は作りたくても友達を作ることが出来ないのだ。

「その顔は、私だって友達いないだろって顔ですね」
「な、何を言っているんだ。僕がそんな酷いこと考えるわけ無いだろ?」
 こいつもテレパスか? いや、だったらもっと早く僕のモノローグに突っ込みを入れているはずだ。となればこれはただのブラフに違いない。クールだ、クールになるんだ阿良々木暦。あの日の、かつてのあの日のクールでニヒルなお前のように。

「汗、掻いてますよ? 阿良々木さん」
「お前はその特技を多用するつもりか!?」
 うっかり嘘もつけないな。と言うか、声だけで僕の状態を把握する羽川だったり、僕の心を読むテレパスコンビだったり、嘘を見抜く幼女だったり、僕の安息の地はいったいどこにあるんだ?

「それは置いておいて、ちなみにですが私、阿良々木さんよりはお友達居ますよ。同年代の」
「はあ? 嘘つけ。そんな訳無いじゃん」

「まったくこれだから阿良々木さんは。先ほども言ったでしょう。初期設定というのはどんどん忘れられていくものなんです。私が家に帰りたくない人にだけ見えていたのは昔の話、今の私はそう多くはありませんが人によっては姿を見て、話すことも触れることも出来るんです。特に子供は見えやすいっていいますからね。そうですね、流石の私もまだ阿良々木さんの妹さん程では在りませんが、もう両手では足りないくらい、友達は居ます」

「僕より多いだと!」
 僕はどう頑張っても両手が埋まらない。
 なんと言う事だ。人間強度を下げてまで頑張って友達を作ったというのに、女子小学生にあっさり負けるとは、僕の十八年はいったいなんだったんだ。
 打ちひしがれて、その場に座り込んだ僕に八九寺は慌てて声をかけた。

「や、止めてください阿良々木さん。こんなところに座り込まないで下さい。ご近所さんからの目がありますよ?」
「もういいよ。どうせ僕は小学生女子より友達の居ない男なんだ。今更恥じも何も」

「本当に人間強度が落ちて防御力が無くなってしまっています! これは由々しき事体です」

「どうせならもう、いいよ。メタ発言とかツッコミとか、マジどうでもいいよ。今からこの場で逆立ちをしてお前のパンツを覗く勇気を見せてやる」
 そう言って逆立ちをした僕に、八九寺はなおさら慌てた様子を見せながら後ろに下がっていった。

 無駄だ。僕は昨日忍に血をやったばかりなんだ。いつもより身体能力が上がっている僕は逆立ちしたまま、幼女を追いかけるなんてたやすいことだ。

「ちょっと阿良々木さん。それは私の発言ですよ。何で私より先に使うんですか! いくらショックを受けているからと言って許されることと許されないことが」
「幼女に罵倒されても引かない勇気! 寧ろ興奮する勇気!」

「ロリカッケー! では無く、神原さんの影響を受けすぎですよ」
「今なら神原の気持ち、解る気がするよ」

「解らないで下さい! ああ、もう。分かりました。嘘です、嘘ですよ。私にはお友達は阿良々木さんしかいません」
「え? 本当に?」
 逆立ちを止めて、八九寺と目を合わせる。

「はい、ロンリーユーです」
 間違えについては触れないことにしよう。それは無粋だ。相手は小学生なのだ英語をうろ覚えていてもおかしくは無い。決して僕にお前は孤独だ! と言っている訳ではないのだ、オンリーの間違えなのだ。そうに違いない。

「そうか。そうだな。うんうん、やっぱり八九寺には僕しか居ないか。そうか、そうだな。分かった八九寺、じゃあ改めて、結婚しよう」
「ファーストプロポーズが奪われました!」

「どうだ! お前のファーストタッチに続いて、ファーストプロポーズも奪ってやったぞ」
「後に自分で奪うことになるファーストプロポーズすら、先取りするとは、なかなかやりますね」

「それはさておき八九寺、いい加減仕事しろよ。話を進めるんだろ」
「突然素に戻らないで下さい!」
 声を大にして怒る八九寺、一緒にツインテールが稼動していた。相変わらずどういう仕組みなんだよその髪。僕が言えた義理じゃないけど。

「もう結構です。では引き続きハーレム形成頑張ってください。私は身の危険を感じたので帰らせていただきます」
 帰るってお前、どこに帰る気だよ。そういえばコイツ。今はどんな生活しているんだろう。ずっとウロウロしているのは分かったけど、忍野に力を貸してもらって母親の家にただいま出来たはずの八九寺だが、今、例えば夜とかどうしているのか。詳しく聞いたことは無かった。

 聞くのも野暮だと思っていたが、まさか夜通しウロウロしているんじゃないだろうな。
だとしたらやはり僕の影の中に保護してやら無ければならないな、うん。

「八九寺」
 僕に背を向けて歩き出そうとしたその後姿に声をかける。

「はい? まだ何か御用ですか、阿良々木さん」
 まさか最後まで僕の名前を噛まないとは。
「お前、さ」
 けれどそのことを今言う気にはなれなかった。それよりももっと大事な、言わなければならないことがあるような気がしたから。

「何ですか?」
「本当に、その気になったら何時でも僕の影に住んでいいんだからな」

「シリアスな顔で、口説かないで下さいよ。まったく阿良々木さんはいつまで経っても成長しませんね」
「うるさい。結構本気だ。もうメタ発言とか気にせずに言うけど、お前がいなくなっちまう位なら、続編なんか無くていいって言ったのは本気だからな。ずっとこの町をウロウロしてろ。じゃなきゃ早く僕に攻略されろよ」
 僕の言葉に、八九寺は何度か瞬きをし、僕のことをじっと見つめてから、ため息をはいて見せた。

「本当に阿良々木さんは鈍感ですね」
「は? 何だよそれ」
 いつか神原にも言われたな。

「言ったでしょう。私には阿良々木さんしか友達がいません。男の方というならなおさらです。ですから本当に不本意で、阿良々木さんなんか全然タイプではないのですが」
 言葉を切って八九寺は体ごと、僕を振り返って、八九寺と再会したあの日のように、告げた。

「攻略はとっくにされています。ですから、いつか阿良々木さんのところに、ただいまさせて下さいね?」
 そう言って八九寺はニッコリと笑って見せたのだった。



017

 後日談。というか今回のオチ。
 八九寺と別れ、家に戻って勉強をしていた僕は、何か違和感を感じていた。
 何か忘れているような、そんな気がしてならなかったのだ。

「なんだろう」
 参考書を閉じ、考える。
 とても大事なことのような気がする。とても大事なことを忘れているような。

 あの幼女に関することだそれは間違いない。
 いつの間にか僕に攻略されていたらしい僕専用撫で回しもみしだき幼女が僕の影に入らなかったのは残念だが、八九寺が言っていたようにいつかは僕のところに来てくれるだろう。だとすれば気になるのはそこじゃない。

「攻略済み……攻略、ハッ!」
 気がついたと言う意味の擬音を再度使用して僕は立ち上がった。
 なんと言うことだ、こんな大事なことを忘れていたとは。
 もう勉強なんてしている場合ではない、早く八九寺のところに戻らなくては。

「なんだよ、兄ちゃん、帰ってきたと思ったら、また出かけんのかよ」
「お兄ちゃん勉強サボってばっかり」
 靴を履いているところに後ろから、妹たちが声をかけてくるが無視。
 今はお前たちに構っている暇なんか無いんだ、帰ったら遊んでやるから黙ってろ。

「別に遊んでほしくねーし」
「お兄ちゃん、私たちのこといじめるもんねー」
 人聞きの悪いことを言っている妹たちを無視して家を飛び出す。

 吸血鬼パワーのおかけか、僕の八九寺に対する愛のおかげか、八九寺は直ぐに見つけることが出来た。

「はぁちくじー!」
「え? って、スメラギさん?」
「僕を飲んだくれの戦術予報士の様に言うな、僕の名前は阿良々木だ。って今はそんなことどうでもいい」

「あれほど熱望していたじゃないですか!」
「今はだ。今はもっと大事なことがある」
「な、なんですか?」
 身構える八九寺、そんな八九寺に、僕はニヤリと笑いながら距離をつめ、一気に襲い掛かった。

「僕に攻略されたなら、キスさせろー! ついでに抱きしめさせろ、触らせろ、舐めさせろー。ほらほらほら」
「きゃー、きゃー、きゃー、きゃー」
 八九寺の体を捕まえて好き放題弄くり倒す。

 僕としたことがすっかり忘れていた。せっかく攻略したというのに、キスをするのを忘れていた。物語に一貫性を持たせる意味でも、攻略済みキャラにはキスをしなくてはならないのだ。

「ファーストキスが奪われましたー!」
 と言う声が響くまで、さほど時間は掛からなかった。



[14058] こよみハーレム10 (火憐・月火編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/14 22:38
018

 つい先日のことだ。
 ようやく偽物語下、まで時間が進んだ。つまり簡単に言うと、ツンドラヶ原さんがツンドロヶ原さんにクラスチェンジし、忍と和解し、僕はと言うと、京都弁を話す素敵なお姉さんにボコボコにされた。そんな感じだ。

 良かった。これで僕はメタがどうとか気にする機会がグッと減った。肩の荷が下りたような、けれどどこか物悲しいような、そんな曖昧な気持ちを抱きながら、結局のところ気が抜けたと言うか、いくら吸血鬼に近づいていたとは言っても、あんな殆ど人外認定してもおかしくない女性にボコられた僕は、ダメージ回復の名の元に、少し勉強をサボって自室のベッドに寝転びながら本を読んでいた。

 僕と和解し会話するようになった忍がミスドがどうとか、百円セールだとか、ドーナツが食べたいとか、色々と言っている気がしたがそれも無視し続けていると、ようやく忍は影の中に引っ込んで行った。

 今頃涙目でDSでもやっているのだろう。
 涙目の忍、ぜひとも一度見てみたい光景だが、影の中に入ることが出来ない僕は多分見る機会が無いだろう。

 そんな風に惰性に過ごしていた僕に、思いもよらぬ災害が訪れたのは、その直ぐ後だった。勿論今回も怪異も何も関係は無い、僕の愛すべき妹たちが持ってきた厄介事だった。



019

「兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
 互いの呼び方が違う癖にユニゾンしながら、月火ちゃんと火憐ちゃんが入って来た。
 声がピタリと重なるならともかく、文字数の違いで微妙にずれて聞こえて気持ち悪い。

「何だよ。僕は今ちょっと疲れてるんだから休ませてくれよ」
 言いながら二人を見やり、その表情に、ぎょっとして僕は思わず体を起こした。
 殆ど顔面蒼白と言っていい表情の二人が僕の下に近づいた。

「どうした。何かあったのか?」
 またどっかの怪異退治の専門家が来たとか、再び約束を破って貝木が現れたとか、そんなことが先ず頭を過ぎった。

 厄介事でイコール、怪異に結んでしまう辺り、僕もかなり染められているような気がする。この二人の場合、怪異なんかよりも別種の厄介事に巻き込まれることの方が多いというのに。

「大変なんだよ兄ちゃん」
「大変なの、お兄ちゃん」
 もうお前らどっちかだけが喋れよ、耳障りだな。
 僕がそう口にする前に、月火ちゃんは火憐ちゃんを、火憐ちゃんは月火ちゃんをそれぞれ指差し、そしてまたも例のユニゾンで声を揃えて言った。

「月火ちゃんが蝋燭沢くんと」
「火憐ちゃんが瑞鳥くんと」
「別れちゃったんだよ! それも」
「別れたんだって! それも」
「兄ちゃんのせいで!」
「お兄ちゃんのせいで!」

「は?」
 ズイっと顔を近づけてくる二人の妹を前に、僕は間の拭けた声をあげた。
 それぐらいしか出来ることが無かった。



020

 別れた原因は僕にあるだと? 何を言っているんだこいつらは、とうとう頭が沸いてしまったのだろうか。
 僕はその蝋燭沢くんとやらも瑞鳥くんとやらも、会ったことも無ければ、顔すら知らないと言うのに。

「何で僕のせいなんだよ。何でもかんでも人のせいにするんじゃねえよ」
 バカバカしい。心配して損した。

 どれ、そろそろ真面目に勉強でもするか。ツンドロになったガハラさんはともかく、羽川さんはなんだか最近ちょっと厳しいからな。まあ、見捨てられていないと分かっただけで、僕としてはほっとしているところなのだけれど。

「ほら。もういいからさっさと部屋から出て行け、僕はこれから勉強タイムだ」
 まだ僕に顔を近づけながらジッと睨んでくる二人、怖いよ。特に火憐ちゃんが怖いよ。この場で正拳突きを繰り出しそうな恐怖感がある。
 すまん忍、恐怖がお前に伝わっているかも知れないが我慢してくれ。

「兄ちゃんのせいなんだよな? 月火ちゃん」
「お兄ちゃんのせいなんでしょ? 火憐ちゃん」
 互いに聞き合い、そして互いに即座に頷いた。

 何がちょっとずれて来ただよ、ウザったいほど未だに息ピッタリじゃないかよ。
 いつか月火ちゃんの言っていたセリフだ。
 そう言えば会合の結果はどうなったのだろう? いい加減兄としてはファイヤーシスターズなんて解散して欲しいところなのだが、解散会の誘いは今のところ僕の元へは来ていない。

「兄ちゃんがあたしにキスしたせいだ!」
「お兄ちゃんが私にキスしてきたせいなんだからね!」

「……」
 ビシッと揃った二つの指先が僕の眼前に突き出される。その指先を眺めながら、ああそう言えば、そんなこともあったな。と僕は他人事のようにあの時のことを思い出した。

 そう言えば月火ちゃんが、僕のせいで火憐ちゃんと何君だったか、瑞鳥くんか、その間に不協和音が走ったと言っていたが、月火ちゃんもなのか、しまったな。これは確かにフォローが足りなかったかも知れない。

「そうか。すまなかったな。そう言えば僕の方から説明してやろうと思って忘れてた。どれ、じゃ今からでも行って、僕とお前らとのキスは兄妹間のお遊びだって伝えてやろう」

「余計拗れるって。大体、別に兄ちゃんとキスしたことがバレて別れた訳じゃねーし」
「二人ともこっちから別れを切り出したんだもんね」
 やっぱり僕のせいじゃないじゃん。何なんだコイツら。

「だったら僕は関係ないだろ。ほら、さっさと出てけ」
 せっかくのやる気が冷めるだろ。
「だーかーらー。兄ちゃんのせいなんだってば」
「お兄ちゃんのせいなの!」

 マジウゼェ。二人揃っても馬鹿なのは昔からだが、ここまでだったとは。
 物事には順序良く説明しないと分からないことって言うのがあるんだよ。まあ僕もそれを知ったのは最近。羽川に聞いてようやく分かったことだけれど。

「兄ちゃんとキスしたせいで、他の人とキス出来なくなったんだよ」
「そうだよ。責任取ってよね!」

 何故か自信満々に言ってみせる二人。追い出そうとしていた僕の手がピタリと止まった。
 ああ、全く先ほどから馬鹿た馬鹿だと言ってはいたが、それは要するに結局行動面での話で、知能面ではまともだと思っていたのに、この二人本当に馬鹿になっちゃんたんだな。
 こんな一般常識も知らないなんて。

 いいよ、分かった。僕も仮にもお前たちの兄だ。如何にお前たちが馬鹿だろうと兄としてお前のことを見捨てたりなんかしないよ。
 大きくため息吐いてから、僕は二人の頭に手を載せて、ゆっくりと馬鹿な頭にも分かるようにちゃんと説明してやることにした。

「いいか二人とも。よく聞け、日本ではな。兄妹は結婚出来ないんだよ」
 法律でそう決まっているんだ。だからお前たちがいくら責任取ってなんて言っても、無理なんだよ。そう続けてやる。

「知ってるよ! 何で責任イコールいきなり結婚なんだよ! 兄ちゃんの方が馬鹿だろ!」
 何言ってるんだでっかい妹。責任と言えばやはり結婚だろう。かつて、神原に対して責任を取って結婚しようと言った時は向こうに断られてしまったが、それが当然だ。

「……私も知ってるよ。だから、うん、事実婚でいいよ」
「月火ちゃん?!」
 少しの間黙っていたちっちゃい妹が顔を赤くしながら僕に言った。

 何だこれ。どういう状態だ。
 何のつもりだと、取りあえず救いを求めて火憐ちゃんを見ると、何やら火憐ちゃんの方も、顔を赤らめて下を向いてしまった。

 妹たちがデレた! なんということだ。戦場ヶ原か? 戦場ヶ原のデレが伝染したのか。くそう。まだ連れてきてもいないのに、デレウイルスを撒き散らすとは、流石は戦場ヶ原だ。

 これは。紹介するとは言ったけれど、連れて来たら余計に面倒なことになりかねないな。

「さ、さて。僕は今から羽川さんとお勉強会があるから、出掛けないと」
 考える時間を下さい。
 そう言う意味の発言だったのだが。

「翼さんにはあたしから連絡しておいたぜ!」
 親指を立てて、いい笑顔を見せる火憐ちゃん、可愛いじゃないか。でっかいだけが取り柄の妹の癖に。

「お兄ちゃんの彼女さんにも、伝えておいてくれるって」
 後を追うように月火ちゃんも続いた。何で? 羽川さん、それはちょっと厳し過ぎるんじゃないでしょうか。

 羽川さんに面と向かって叱られるのなら、僕はいくらでも甘受するけれど、こんな風に突き放す叱り方はどうかと思う。

 怒っているのだろうか。やっぱり怒っているんだよな。そもそも羽川さん、僕がハーレム作っているの知ってそうだしな。あえて言わないけど、羽川さんが知らない筈ないもんな。今度聞いてみよう。
 またあのセリフが聞けるぞ。やったあ!

「さあ。責任取ってもらうぞ兄ちゃん」
「そうだそうだ」
「いや、待て妹たち。特にお前だ月火ちゃん」

「私?」
「月火ちゃんがなんだよ」
 にじり寄ってくる妹たちを交わし、ベッドの端に移動して距離を取った僕は、空いた空間で、月火ちゃんに向かって手を伸ばした。

 指された本人はキョトンとして首を傾げている。
 短めの髪が揺れる。あれ。ちょっと可愛くないか?

「お前には言っただろ! 僕は妹とキスしても何にも感じねーって。お前たちは僕にとって妹だけど、それ以上になることは絶対に、無い!」
「普通の妹にあんなことはしないと思うけど」
「あんなこと!? 何だ月火ちゃん、兄ちゃんに何されたんだ」

「何もしてねえよ。いい加減なこと言うなよ」
「裸にされて胸凝視されたあげく、足で胸揉まれた」
「そう言えばあたしもブリッジしている時にいきなり胸揉まれたな」

 お兄ちゃん妹の胸触りすぎ! である。言葉にされると僕も結構酷いことしているな、相手が相手ならトラウマだ。いやでも、妹相手ならありだろう。兄妹間のスキンシップとして割とありふれた行為じゃないのか? 僕はずっとそう思っていたが。

「当たり前じゃないし!」
「もしそんなことしてるって学校で知られたら、即刻PTAが動くね」
 む。PTAか、それは拙い。八九寺曰く何の権力も無い一般市民たる僕など指先一つでポイ出来る組織が僕の元に来てしまう。
 そうか。普通の兄妹はそんなことしないのか。うん、勉強になったぞ。

「分かった分かった。もうしないから。ほら、いい加減子供らしくお外行って来なさい」
「ガキ扱いするな!」
「お兄ちゃん、千ちゃんにも手、出してるくせに」

「ば、馬鹿なこと言うなよ。千石は僕にとって大切な妹キャラだよ。お前たちなんかより、よっぽど妹な妹キャラに僕が手を出すわけが無いじゃないか」

 すまん千石。と心の中で謝って置く。千石の家に招かれて、遊んだあの日、ツイスターゲームでちょっとだけ先に進んだのは内緒の話だ。
 完全にどもってしまった僕に、火憐ちゃんがムッとした表情を見せた。

「兄ちゃんの妹はあたし達だけだ!」
 なんか怒ってる。お前どっちなんだよ。責任迫ってきたり、妹を強調してきたり、やっぱりコイツの知能指数はかなり低いと見た。

「よし、分かった。僕の妹はお前たちだけだ。これで良いな」
「分かればいいんだ……って。立ち去ろうとすんなよ! 月火ちゃん!」
「了解!」
 火憐ちゃんの合図で立ち上がった僕の足に月火ちゃんが絡まってきた。

「うわっ」
 バランスを崩しかけた僕に今度は火憐ちゃんが襲い掛かる。
 あっという間に僕は押し倒され、両手両足を押さえつけられてしまった。

 相変わらずスゲー力。僕が本気を出せば外れるかもしれないが、それはちょっとしたくない。

「なんのつもりだ」
 押さえつけられたまま、僕の上でニヤニヤと笑っている妹ズを見上げる。
 クソ。屈辱だ。火憐ちゃんはともかく、月火ちゃんまで見上げる日が来るとは。

「ふふふ。隠そうとしても無駄だぜ兄ちゃん。神原先生に聞いたんだからな!」
「千ちゃんにも聞いたよ」

 あの二人! 神原はともかく、千石までそんな口が軽かったなんて。いや、あるいは神原の仕業か? アイツは妹たちもハーレムに入れる気満々だったからな、千石も神原の頼みならば断らないだろうし、妹たちを焚き付けるためにそんなことを言ったのかもしれない。

 それでなくても最近、八九寺攻略後、あまり進展の無い僕に、神原は少々焦れている様だったし。

「待て。分かった、それは認めよう。神原に聞いたんなら仕方ない、それは本当の話だ」
 この期に及んで否定しては、神原や千石に失礼だ。

「やっぱり」
「三股とか、お兄ちゃん、鬼畜」
 妹に鬼畜呼ばわりされてしまった。

 良かった八九寺のことはまだ知られていないようだ。流石にあれが知られると色々危険だからな、怪異的な意味でも。
 出来れば二人にはこれ以上怪異に関わることなく(月火ちゃんは流石に無理かもしれないが)過ごしてもらいたいからな。

「後、兄ちゃんが小学生を襲っていたって噂も」
「あ、それ知ってる。ツインテールの小学生に襲い掛かる高校生」
 バレてた! この前の時点ではまだ僕だとは判明していなかったのに、とうとう突き止められてしまった。

「翼さんも怪しいよな」
「私なんてこの間お風呂に金髪の幼女を連れ込んでいるところ見た」

「待て、月火ちゃん。それは幻覚だ。そんなことありえるわけ無いじゃないか。痛ッ!」
 突然髪を引っ張られた。二人が互いを見ている一瞬の隙を突かれた。
 忍だ。
 あの金髪金眼ロリめ、何のつもりだ。

 なにやら騒ぎ続ける二人を尻目に僕は自分の影の中に消えた金髪幼女を睨み付けた。当然のように僕の心の中の問いかけに、忍が応えることは無く、影はいつも通り静かにそこにあるだけだった。



[14058] こよみハーレム11 (火憐・月火編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/16 12:08
021

「それで? お前達は何が望みなんだ?」
 忍のことは後回しにして、取りあえず二人に話を聞いてみる。
 僕の両手両足を拘束している火憐も僕が抵抗を止めると力を緩めた。

「だから……責任取れ!」
「そうだそうだー」
「つまり結婚か」

「だから、何で兄ちゃんの責任は結婚一択何だよ、そんなことで責任取るなら、兄ちゃんはいったい何人と結婚しないといけないと思ってんだよ!」
 神原に何を聞いた?
 自身で神原と自分は合うと語っていたように、思考形態が神原と似ているのだろうか。いつかの神原と同じこと言ってやがる。

「そう言う直接的なことじゃなくて、私達が言いたいのは、もっと私達に構えって話」
「そうだ。あたしと兄ちゃんはあの朝を境にちょっと仲良くなったはずだろ?」
 僕の地の文を読み取りやがった。それはどういう能力だ火憐ちゃん。

「あ、その事も聞き忘れてた。二人にちゃんと聞いてなかったけど、結局あれ、何であんなことになってたの?」
 僕だけではなく、火憐ちゃんもビクリと体を震わせた。あの日の朝、あの三本勝負は僕達の中でちょっとした秘密と言うか、月火ちゃんにも内緒になっていたのだ。

「いや、あれは、その……」
「兄ちゃんと勝負してた! 意地と意地、誇りと誇りのぶつかり合う、熱い勝負だった。まあ、結果あたしが勝った訳だけどな」
 胸を張り堂々と口にする火憐。お前の中ではそう言う風に保管されたのか。
 いいけど。

「ふーん。勝負か、ならいいや」
 でっかい方だけかと思ったらちっちゃい方も馬鹿だった。おい月火ちゃん! お前参謀担当だろ。そんな軽いノリで納得していいのか?

「構う、ねえ?」
 両手足を拘束されたまま、ジッと妹たちを見上げる。なんて屈辱的な光景だ。ただでさえ僕は身長の関係上、視界の上下には拘る方だというのに、こんなちっこいのにまで見下ろされているとは。

「兄ちゃん。最近はちょっと回復してきたけど、それでも昔より全然構ってくれなくなったし」
「そうだよね。去年までの方がまだ構ってくれてた」

 苛められてたとか言っていた癖に。
 だが、確かにそう思い直してみると、ここ最近。本当に最近は怪異の影響もあり、この二人の姿が視界の中にチョロチョロ見えていた気がするけれど、それよりさらに前、三年生になった当初の頃など、二人揃って眼中に無かった。

 それほど忙しかったと言うことなのだが、二人の会話から見るに、どうやらそれが気に入らなかったらしい。
 最近になって少し会話するようになったから調子に乗ってこんな行動に出たのだ。

「よし。分かった。じゃあこれから出来るだけ前みたいに構ってやる」
「前みたいにって、それじゃあ苛められるだけでしょ! そうじゃなくて、もっとこう、ラブい感じで構ってよ」
「そうだ! 毎日勝負しようぜ!」

 何が悲しくて妹相手にラブらなければならないのか。
 今の僕にはドロったガハラさんを始め、外に出るだけで元気よく後輩が駆け出して来て、町を歩けば幼女を見つける。更には可愛らしい女子中学生が家に呼んでくれたりするんだぜ。お前達如きとラブってる暇なんかないんだよ。

 そう言ってやろうと、口を開き駆けた途端。
「お前ら……ガハッ!」
 鳩尾に抜き手を喰らった。でっかい妹の仕業だ。

「なんかむかつくこと言われる気がした」
 こいつは勘かよ。本当に僕の意志は様々な方法で周りに伝わっていくな。と言うか息出来ないし! 超痛い。

「そんな風に私達のこと、軽く見てられるのも今のうちだよ。ね、火憐ちゃん」
「おうさ! 月火ちゃん、あれ出して」
「はい」
 そう言いながら、月火ちゃんが和服の内側から出したものは(どこに入れてるんだ)どこかで見覚えのある柄がオレンジ色で毛先が細めの……火憐ちゃんの歯ブラシだった。

 まさか、と血の気が急速に下がっていくのを感じた。
 まさかこの妹達は。
「その歯ブラシを僕の尻に突き立てる気か!」
 恐怖で震える声を出しながら、僕は言う。

 あの日、火憐ちゃんから聞いたちっちゃい妹の伝説、クラスメートの女子につきまとっていたストーカーに加えたという伝説の制裁。それをこの兄にしようというのか!

「何、その発想。お兄ちゃん流石にそれは無いでしょ?」
「変態の発想だ。大体、これあたしの歯ブラシだぞ。兄ちゃんの尻なんかに入れたらもう使えねーじゃん」
 なんて冷たい妹だ。

 まあ、そんなことした後にでっかい妹がそのまま歯ブラシを使ったりしたら、僕は即座に神原を殴りに行くが(その場合うちの妹を変態にしたのは間違いなく神原の悪影響だ)それでも、そんなにはっきり拒絶しなくてもいいじゃないか。

「と言うか! その発想元々、月火ちゃんがやったネタなんだろ! そんな喰らったら確実トラウマの出来事をあっさり忘れてんじゃねえよ!」
 尻に歯ブラシを突き立てられた男子はきっと今でも、コンビニや薬局で歯ブラシコーナーを見るたびに震え上がっていることだろう。

「? そんなことあったっけ?」
「さあ? あたしは覚えてねーけど」
 僕の妹が、二人揃って記憶力を失っていた。火憐ちゃんなんかちょっと前に自分が言っていたことなのに。

「じゃなくて! これはちゃんと本来のやり方で使うんだよ」
「はあ?」
「うん。これで私達が兄ちゃんの歯、磨いてやるからな!」

 捻りも何もあったものじゃない。
 そのまんまじゃねえか。
 僕と火憐ちゃんの勝負そのまま、それなら僕に勝てるつもりか。確かにあの時は僕の負けだったが、残念だったな。今の僕をあの時の僕と一緒にするなよ。

 あの時、火憐ちゃんに負けたのはワザとだ。
 そうしないと話が進まないから、ワザと負けてやったと言うのに。勘違いしやがって。

 そう言えば、話を進めたのに、僕のところには給料が振り込まれなかった。八九寺め。今度会ったら、給料代わりに揉みしだいてやる。

 大体、僕はお前と勝負する以前に、その技を開発した神原プロと熾烈な磨き合い合戦を繰り広げているんだぞ。変態のサラブレッド神原と互角に戦うこの僕が、今更小娘二人相手にしても、勝負にもならんわ!
 と思いはしたが、これもまた良い機会だ。ここは仕方なく勝負を受けたフリをして完膚無きまでに叩きのめし、妹たちを諦めさせよう。
 僕は妹に欲情する変態では無いんだからな。

「何黙ってるの?」
「兄ちゃん顔が怪しい。なんか良からぬことを考えてるな」
「何だよ良からぬことって、まあ良い。妹ズよ。その挑発に兄として乗ってやろうじゃないか。勝負方法は前と同じで良いな? 五分間の三本勝負……」

「何言ってんの?」
「は?」
 不思議そうに首を傾げる火憐ちゃん。その横で歯ブラシを持ったまま、ニコニコと笑う月火ちゃんの笑顔が怖い。

「これ勝負じゃねーし」
「え?」

「お兄ちゃん。これはね、勝負じゃないの。ただ、お兄ちゃんが諦めるまで。私達とラブってくれるって言うまで。私達がずっと磨き続けるだけ。つまりね、勝負は初めからついてるんだよ?」
 中学生相応の可愛い笑顔のはずが、何故だろう。その瞳だけは異常に怖い。

 なんてことを考えるんだ。勝負という奴は特に我慢系の勝負は、後何分、とゴールが決まっているからこそ耐えられる。けれどコイツらはそのゴールを定めないつもりだ。

 これは磨いている方も確かに気持ちいい。それは僕も知っている。けれどコイツらは二人、つまり休みながら交互に歯を磨くことが出来る。
 一方僕は一人。ただ磨かれ続けるだけ。
 しまった! 嵌められた。

「せ、正義の味方がそんな一方的な蹂躙を許して良いのか!」
「これは正義の行使じゃない。兄妹のじゃれ合いだ!」
 胸を張って火憐ちゃんが僕の言葉を遮る。
 くそう。馬鹿の癖に正論を。

「さ、お兄ちゃん。口開けて、まずは私から」
「あたしの番まで耐えてくれよー」
「くそう。やめろ! 妹たち」

「駄目だ!」
「駄目だよ?」
 だから声を揃えるな!



022

 そんな僕の言葉が発せられる前に、僕の口の中に、歯ブラシが入れられた。
 その段階で思いついた。ああ、口を閉じてれば良かったんじゃないか。もちろん、ワザとじゃない。妹達に弄られることにちょっと興味があって、口ではやめろと言いつつも、抵抗はしなかった訳では、勿論ない。

「む……むぐぉっ!」
 思わず声が出てしまった開始してまだ三十秒程度。火憐ちゃんでも一分ほど経ってからだったと言うのに僕の耐久力が弱いのか? いや違う。この妹、出来る!

「うわー。兄ちゃん気持ちよさそう。月火ちゃんは?」
「……ふえ? あっ、いや、私は別に」
 開始三分程だろうか、月火ちゃんの方も目がトロンとしてきた。馬鹿め。既に経験済みの火憐ちゃんはともかく、初体験の月火ちゃんも初めての経験に戸惑ってやがる。

「……代わろうか?」
 僕の体の動きを奪っていた火憐ちゃんが呟く。
「え?! いや、まだ大丈夫だよ。もうちょっと、もうちょっと……」

 しめた。これはチャンスだ。参謀担当が聞いて呆れるぜ。このちっちゃい妹。あろう事か磨くことを止められなくなっている。いつか僕がタバコで喩えたように、いけないものだからこそ。人は溺れてしまう。

 快感という奴もそれに当たる。いけないと分かっているからこそ。続けたくなる。ギリギリまで、もう少し、もう少し、と思ってしまう。
 今の月火ちゃんの状態はそれだ。

「つ、月火ちゃん?」
 火憐ちゃんがようやく月火ちゃんの状態に気がついたようだ。馬鹿め、もう遅い。お前の妹は快楽に溺れている。

「ふぅ……う、ぅう、……んぐっ」
 しまった。溺れてるのは僕も一緒だった。
 僕を見下ろしながら、ふやけた瞳のまま、一心不乱に手を動かす月火ちゃん。ただでさえ垂れ目の月火ちゃんは更に目尻が下がり、自らもだらしなく口を開けている。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 壊れたように舌足らずに僕を呼び続ける。

 あれ? 僕の妹って可愛くね? ふやけた声が耳をくすぐり、動かし続ける手が口の中を刺激し、可愛らしく惚けた表情が目を奪う。
 いつか、火憐ちゃんが世界一可愛いと思ったことがあるけど、これ、互角じゃね? 月火ちゃんも火憐ちゃんに負けず劣らず、世界一可愛くね?

「お兄ちゃん……いいよね?」
 歯ブラシが一度口から抜けて、月火ちゃんは、そう呟きながら、ゆっくりと僕に顔を近づけてくる。

 あ、キスか。
 そう思って、そう理解したと言うのに、僕は。阿良々木暦は、近づいてくる月火ちゃんを拒むことはせず、頷いて、もう目の前まで迫った月火ちゃんの閉じられた唇に、妹の、いやただの妹じゃない。
 愛する妹の唇に、そっとキスを……

「って! 何してんだ! コラァっ!」
「ふぎゃ!」
 怒声が響き、次の瞬間。間の抜けた声と共に、月火ちゃんの体が横飛びで僕から離れていった。ああ、と思わず離れゆく月火ちゃんに手を伸ばして、あれ? 手が使える。

「兄ちゃんも兄ちゃんだ! 何うっとりしてんだよ」
 月火ちゃんを突き飛ばした火憐ちゃんが肩を怒らせながら僕を睨み付けていた。
 僕ではなく月火ちゃんに攻撃を加えるとは、珍しい光景だった。

「って。うお! 僕は何をしていたんだ。うっとりしながら妹のキスを受け入れるところだったぜ……ってほら、月火ちゃんも合わせろよ。僕とシンクロしながら火憐ちゃんに言い訳する場面だろ?」
「もうちょっとだったのに」
 ベッドから転げ落ちた月火ちゃんは頭でも打ったのだろう、手を当てながら、むっとした表情で体を起こした。
 何でも良いけど、当初の目的忘れてないか? 火憐ちゃん。

「次はあたしの……」
 番だ。と言いながら歯ブラシに手を伸ばす手はずだったのだろう。けれどその前に、動きを取り戻した僕がベッドの上に転がっていた歯ブラシを掴んだ。

 そもそも何で僕の歯ブラシじゃなくて、妹の歯ブラシで歯を磨かれてうっとりしてるんだ僕は。
 いや、それはもうどうでも良い。今は。

「しまった! 兄ちゃんに歯ブラシが」
「今度は僕の番だな。月火ちゃん。邪魔されたお返しだ、火憐ちゃんを押さえつけろ」
「何言ってんだ兄ちゃん。あたし達ファイヤーシスターズが同士討ちなんてするはず……」

「了解!」
「な、なにー! 月火ちゃん、何すんだよ!?」
「何すんだじゃないでしょ! もうちょっとでお兄ちゃんを堕とせたのに、火憐ちゃんが邪魔するから、ペナルティーだよ」
 堕とされはしないけどな。

「うがー! 離せよ」
 身をよじって抜け出そうとするでっかい妹。
「おいおい。ちっちゃい妹にまた暴力振るう気か?」

「うぐっ」
 火憐ちゃんとしても、感情的になって月火ちゃんに手を出したことには負い目を感じているのだろう、抵抗が止んだ。さて、じゃあお仕置きだな。

「ほら、口開けろ火憐ちゃん」
「ヤダよ。それ今まで兄ちゃんの口に入ってた奴じゃんか。汚いし」
 顔を逸らす火憐ちゃん。
 汚いとはなんだ汚いとは。

「実力行使だ! 月火ちゃん、擽ってやれ」
「了解!」

「おわっ、ちょっ。月火ちゃん! 駄目、あっ、ふあ……あ、ああ!」
 擽られてるんのに何で喘いでんだこの妹は。コイツ擽りフェチだったのか?
 まあ、それは良い。そんなことよりも今の僕がしなくてはいけないことは大口を開けている火憐ちゃんにこの歯ブラシをつっこんで間接キスをさせてやることだけだ。

「今だ!」
「む、むぐぐ!」
 口の中に歯ブラシが差し込まれ、反射的に口を閉じようとする火憐ちゃん。その状態で僕は再び、あの日のように、火憐ちゃんの口の中を歯ブラシの先端でもって蹂躙する。

「あふっ……ふぁ……あ、あう、ううん」
 早っ。
 既に僕らのやりとりで高ぶっていたのか、入れて十秒も経たないうちに目から光が薄れ、トロンとなり始める。

「うわー。火憐ちゃん凄い、私もこんなんだったの?」
 押さえている月火ちゃんが少し引いてしまっている程だ。
 なおも僕は磨き続ける。磨かれる方では不覚を取ってしまったが、今更そんな喘ぎ声に似た声だけじゃ、僕は高ぶらないぜ。これも神原との合戦の成果か。

「ふぁ、あ……神原、せんせえ、より……気持ちいぃ……」
 今コイツなんて言った?
「火憐ちゃん。お兄ちゃんの質問に答えてみようか?」
「ふえ?」

「神原とも磨きっこした?」
 僕の問いかけに、火憐ちゃんは顔を赤らめたまま、小さく、けれど確実に頷いてみせるのだった。

 神原ーッ!!
 あいつ、僕の妹に手ぇ出して開発してやがった。通りで墜ちるのが早い訳だよ。今度会ったら、いきなりドロップキックかましてやる。
 いや、それだと喜ばれるか?

「に、兄ひゃん」
「ん?」
 考えごとしていて、手が止まっていた。火憐ちゃんの声に、視線を戻すと。火憐ちゃんは目に涙を貯めたまま、僕に訴えかけるような視線をぶつけてきた。

「もっと、して?」
 潤んだ瞳とふやけた口調、あれ? やっぱり勘違いじゃないよね。僕の妹って可愛くね? これ世界一可愛いだろ。
 火憐ちゃんと月火ちゃんが二人が世界のツートップ。
 二人合わせたら、羽川さんを超えるんじゃ……いやいやいや。何を考えている阿良々木暦。羽川さんは至高だろ? 羽川さん以上の女の子なんて、いるはずが。

「兄ひゃん」
 舌足らずな火憐ちゃんの口調がまた、僕を呼んだ。
 ああ、もういいや。いいだろ? こんな可愛いんだぜ。妹がどうとか、関係無いだろこれは。

「火憐ちゃん……」
 名前を呼んで、今度は僕から、僕の方から火憐ちゃんに口付けようと、体を前のめりに……

「ちょっとー! するなら私が先!」
 僕と火憐ちゃんの間に月火ちゃんが顔を入れた。
「な、何すんだ、月火ちゃん」
「邪魔はお互い様でしょ?」

 なんて珍しい光景だ。妹が、あの気持ち悪い程仲が良いファイヤーシスターズが喧嘩を始めてしまった。兄としてはそう言うのは望ましくない。
 ここは一つ。

「てりゃ」
「ふぎゃ!」
 またも間の抜けた声を上げた月火ちゃんを、今度は火憐ちゃんの横に並べる。
「に、兄ちゃん?」
「お兄ちゃん?」

「僕をなめるなよ。妹達くらい、二人同時に、相手してやらぁ!」
 その言葉と共に、僕は並んでベッドに横になっている妹達に覆い被さって行った。



023

 後日談、というか今回のオチ。
「何してんだ僕」
 色々と暴走した結果か、妹達は揃って僕のベッドの上で眠ってしまった。

 言っておくが、戦場ヶ原を裏切るような真似はしていない。ちょっと過激なスキンシップを取ったが、それだって八九寺と大差無いから、これはセーフ。
 いくら戦場ヶ原がデレたからと言って、裏切るような真似は出来ない。
 ベッドの上で幸せそうに眠りこける妹ズを眺めながら、僕は小さく息を吐いた。

「まったく、コイツらは」
 互いに手を繋ぎ合って眠っている二人、僕の大切な妹達。
 妹である以上、それ以外には見えないと言ったのは今でも同じだ。

 でも、コイツらが、この二人がそうではなく、本当に僕のことを兄以上に見ていると言うのなら、それに応えてやるのもまた、兄としての使命のはずだ。

「兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……」
 寝言だろう。二人が揃って口を開く。
 寝言まで合わせんなよ。本当に気持ち悪いな。

 そんな妹達に苦笑しながら、僕は二人の唇にそれぞれ触れるだけのキスをした。
「おやすみ」
 一声かけて、立ち上がる。

 あれは妹だ。妹達だ。だと言うのに何故だろう。ちょっと、ほんのちょっとだけドキドキしたのは。
 何も感じなかった以前より、僕の心臓は少しだけ早かった。



 と言う訳で火憐ちゃんと月火ちゃん終了。
 後は忍と羽川さん、どっちからにするか。まあ思いついた方から書きます。




[14058] こよみハーレム12 (忍編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/19 23:15
024

 僕の影の中には吸血鬼が住んでいる。
 まだ住み始めて二ヶ月と少々だが、実際に顔を合わせることは少なかった。

 それは生活習慣の違いに寄るところが大きい。夜型(本人が認めたのだから僕は何も言うまい)の忍とごく普通に昼起きて夜眠る昼型の僕では、起きている時間帯が違う。とただそれだけのことだ。
 とは言え別に昼間は必ず眠っている訳ではないし、呼んでもいないのに昼間出てくることもある。

 こちらから呼んでも出てくることは少ないのだが、その日僕は勉強中、小腹が空いて何か食べるものはないかと台所を散策していたところ、それを見つけた。

 安物のドーナツ。忍御用達のミスタードーナツではなく、コンビニで売っていそうな、ちっちゃいドーナツが四つばかり入った子供のおやつのようなドーナッツだ。
 おそらくは母親が買ったものなのだろう。僕はそれを持って、階段を上り、二階の自室へと入った。

 今日は月火ちゃんはいない。つまり千枚通しで穴を開けられる心配がない。だからと言う訳ではないが、勉強の合間に、僕はちょっと忍とコミュニケーションでも取ろうと思い立ったのだ。

「さて、始めるか」
 窓に背を向けて立ち、自分の足下の影を見る。

「おーい、忍。ちょっと出てこいよ」
 声をかけて少し待ってみる。
 返答はない。無視しているのか、或いはまだおねむなのかどちらかだろう。

 仕方ない。
 あまりこれを多用すると味をしめて、これをしないと出てこなくなるから嫌なのだが。
 そんな風に考えながら僕はドーナツを裁縫用の糸に括り付けたものをゆっくりと自分の足下、影に向けて降ろした。

 もしここに鏡があったのなら、相当危険な絵図らを見ることになっただろう。自分の足下に糸を付けたドーナッツを垂らす男子高校生、両親が見たら、勉強のし過ぎで気が触れたと思われるかもしれない。

 影ぎりぎりまで持って行き、その糸を揺らす。
 やっぱり昔やったザリガニ釣りを思い出すなあ。こうやっていると巣穴から赤いハサミが出てきて。
 とそんなことを考えていると白い手が、影の中からぬっと顔を出し、出鱈目に動き始める。ドーナツを探しているらしい。

 それを察し、ドーナツをちょっと持ち上げると、今度は金髪の髪が顔を出し、その後一気に上半身が影から出てきた。

「よう、忍」
 金髪金眼の少女は眠たそうな半目で僕の顔を見てから、すぐに僕の手の先、つまりドーナツを見つけるとそれを素早く手にし、糸を切断して小さな口に運んだ。
 少しの間もぐもぐと租借し、ゴクンと飲み込む。そうしてから忍は再び僕を睨み付けた。

「お前様よ。仮にも儂を呼ぶのであれば、種類は問わんからせめてミスタードーナツにせい」
 相変わらずの憮然とした態度で告げて、けれどなおも忍はドーナツを頬張り続けた。



025

「で? 何の用じゃ、我が主様よ」
 四つ入りのドーナツを僕が一つ、忍が三つ平らげた後、指についた砂糖を舐め取りながら忍は言う。ベッドの上に腰掛けて、下まで届かない足をプラプラと揺らしている様は実に可愛らしかった。

「いや、暇だったから、ちょっと話そうかと思って」
 そう告げると忍はあからさまに嫌そうな顔をした。
 廃ビル時代には見ることの出来なかった表情だ。

「あれか。妹御を二人とも堕として、味を占めたお前様は今度は儂にもその毒牙をかけようと言うことか」
 やれやれじゃな。と続けて首を振ってみせる忍。
 ふざけるなよ。でっかくなった時のお前ならともかく、八九寺以下のちんちくりんのお前に欲情する程僕は終わってない。

 八九寺だって、あれが仮に小学五年生相応の成長しかしていないロリ幽霊だったら僕に取っては何の意味もないんだぜ。
 八九寺をまな板胸とするなら、お前なんかむしろマイナス、えぐれ胸じゃないかよ。まあ、お前の場合成長するとあれになると言うことが確定している点だけは評価してやるけどな。

「何故お前様が怒っとるのじゃ。それはむしろ儂の方じゃろう」
 僕の心の声は聞こえないらしい。そうか公式設定で一番僕の心情が読めそうな忍であるが、それは結局のところ、感情とか痛み、衝撃、などの大雑把なものであって、心の中で何を考えているかまでは読めないのか。

 やるじゃないか忍。これでまた一つ、何も出来ない無能元吸血鬼からパンツの色をリークすることに加え、僕の束の間の安息地としての地位も得たな。
 と言うかお前、なんだかんだ言って一回もパンツの色教えてくれたことねえじゃないか。

 何のために僕が勉強会の時、毎回毎回羽川に、阿良々木君ちょっと近い。と言われるまで接近してると思ってるんだよ。
 お前に羽川のパンツの色を教えて貰うために決まってんだろ。

「おい忍」
「なんじゃ。この間の妹御の様に儂もここに押し倒すつもりか?」
 なんかお前、さっきからむしろ誘ってない? いや、誘われても僕は戦場ヶ原を裏切らないよ。お前が食欲、睡眠欲に続いて三大欲求の一つ性欲も強いのは何となく知っていたけれど、手は出せないんだぜ。残念ながら。

「お前様よ。その締まりのない顔をなんとかせい。仮にも我が主様ならばのう」
 締まりのない顔って言われた。それ、なんかたまに言われるけど、実際どんな顔してるんだ。
 一度見てみたい。

「あれだよ。パンツの色をリークしてくれる話はどうなったんだよ。羽川のパンツの色教えてくれよ」
 一つは見たことがあるし。一つは持ってもいるが、他にどんなパンツを持っているか知りたいというのは健全な男として当たり前の欲求だろう。
 そんな僕の切なる願いに対して忍は、一度首を傾げてから、ああ、と言うように頷いて見せた。

「そんな話もしたかの。忘れ取ったわ」
 この無能元吸血鬼、本当に役に立たないな。

「ってことは何か? お前結局あの後、何度も僕が羽川に接近を試みているのに、そのいずれもパンツは覗いていないってことかよ!」
 あんなに食わせてやったのに。

「うむ。おねむだったのでな」
 おねむとか言ってんな。ちょっと可愛いだろ。

「今日もまたミスタードーナツに連れて行ってくれるのならば、今度委員長に会う時はきちんと覗いてやるのじゃが……どうじゃろう?」
 上目遣いで見んな。
 割と可愛いだろ。

 時計を見る。現在昼三時。ミスドは当然まだ開いている時間帯だ。この時間に忍が起きている(今回に限って言えば僕に起こされたと言う可能性も捨てきれないが)のは珍しい。
 あの後、何回か僕が一人でミスタードーナツに出向き、買ってきたことはあったが、忍はあれ以来店に行っていなかった。

 或いはこんな機会を虎視眈々と狙っていたのかも知れない。
 その為にワザと羽川のパンツを覗かなかったのか、もう一度僕に対する交換条件にするために。なんてセコい奴だ。
 怪異の王とか呼ばれてた頃からは想像もつかないセコさだ。

 だが、しかし。それを差し引いてもまだ、
「よし。んじゃ行くか」
 羽川のパンツの色を知れるのは魅力的だった。

「アホが! 二度も儂の話術に引っ掛かりおったわ」
 相変わらず心の声はただ漏れだった。しかしな忍、今度もし約束を破ったら僕はお前を許さないからな。

「じゃ、さっさと影に戻れよ。また店の前についたら教えてやるから」
「うむ、それなんじゃが。どうやら今日はあまり太陽も出ておらんようじゃ、偶には儂も自ら歩いて行く」

「はあ?」
 確かに今日は曇りだが、何も歩かなくても良いじゃないか。

「前みたいに自転車で行こうぜ。歩きだとちょっと遠過ぎ」
 昼間の世界を見たい。以前忍が僕に要求した結果、僕らはミスドから帰り道、変則的な二人乗りで家路についたことがある。

 本当はこんなに目立つ金髪ロリ幼女と一緒のところを町の人に見られたくはないのだが、殆ど一日中僕の影の中に入っている忍だ。偶に広い世界を見せてやるのは問題ない。

 けれど距離の問題はある。歩いて行くにはあのミスドはちょっと遠い、それだけ時間を食うことにもなるし、そうなると幾ら曇っているとは言え、忍にとってもあまり良いことではないだろう。

「むう。偶には自分足で歩いてみたかったが、仕方ないのう。早くミスドに行きたいことじゃし、妥協してやろう」
 いちいち偉そうに言う奴だな。
 だがまあ忍にとってはこの言葉遣いが、様々なキャラ崩壊を経て唯一残ったアイデンティティだから許してやろう。

「よし、じゃちょっと準備するから待ってろよ」
「うむ。急げよお前様。早くせんと売り切れてしまうかもしれん」
 だからあの手の店の商品は早々売り切れねえよ。
 とは言え、今日の僕は昼に買い物に行っていたこともあり、普通にそのまま出ても問題ない格好だったため、財布と携帯だけ持ち、後は誰もいなくなる家の鍵を閉めてくるだけだ。

 夏と言うこともあり、どの部屋も窓が全開になっている。それらをすべて閉めてから僕は忍を連れて玄関に向かった。

「よし。さっさと行こう。早くしないと月火ちゃん達が帰ってきちまう」
 誰が帰ってきてもまずいのだが、その中でもやはり一番危険なのは月火ちゃんだろう。
 月火ちゃんは何故か忍に対するエンカウント率が異常に高いのだ。

「それは儂も同意じゃな。ところでお前様よ」
「ん? 何だよ」
「こういう話をした後に、実際に遭遇してしまうことを、なんと言うんじゃったか」

「お約束、かな?」
 言いながら、玄関の扉を開ける。

「なるほどのう。これがそのお約束という奴じゃな」
「え?」
 言われ、忍から視線を持ち上げて、玄関の開いたその先を見る。

「ただいまー。ってあれ? その子……」
 そこに立っていたのは、和服姿の僕のちっちゃい妹。月火ちゃんだった。

「え?」
 玄関に手をかけたまま、僕も、月火ちゃんも、忍も動きを止める。
「あの、月火ちゃん?」
 硬直してしまった妹に声をかけると、それを合図にしたように、月火ちゃんが前に出た。
 けれど表情には一切感情が籠もっていなかった。

「……」
 無言のまま更に距離を詰め、思わず身構えた僕だったが、月火ちゃんは何も言わず、何もせず、無言のまま玄関に入り、忍をもスルーして靴を脱ぐと、家の中に入っていった。
 向かう先は真っ直ぐ、台所。

「急げ忍。包丁持ってくるぞ!」
「う、うむ」
 慌てて玄関を飛び出した僕らは自転車を大急ぎで外に持ち出し、忍をカゴの中に詰め込むと、自転車の鍵を開けて、サドルに跨った。
 ガチャ。と玄関が開く音が鳴った瞬間、僕らは勢いよく自転車を発進させた。

 そのまま全力を持って自転車を漕ぐ。後ろを見ている余裕は皆無だった。
 とにかく早くこの場を脱しなければ、殺される。
 それはかなり切実な思いだった。

「おお。本当に包丁を持ってきおったぞ」
 暢気に解説してるんじゃねえよ。くそ、怖くて振り返れない。
「裸足のまま追いかけて来とる。急がんと追いつかれるぞ」
 あの日を境に結構仲良くなった僕らだが、それと引き替えに、月火ちゃんのヒステリックな凶暴性は、以前に増して強くなっているらしかった。

「っ! 曲がれ! お前様よ!」
 突然せっぱ詰まった声を出した忍に僕が急いでハンドルを切って横道に入ると、僕が先ほどまで走っていた道路に、カランと音が鳴った。道路に上にはむき出しの包丁が転がっていた。

 投げつけやがった。
 忍がいなかったら僕の背中にそれが突き刺さっていたのだろう。いや、忍がいたからこんな事態になったんだけれども。
 背中に流れる冷や汗を感じながら、僕の感情が伝わったのだろう。忍と僕は揃えて安堵の息を漏らしたのだった。

「お前様の妹御は相変わらずじゃのう」
「いや、むしろ悪化してる。月火ちゃんは僕の身体のこと知らないはずだからな。あれ、完璧殺すつもりだったぞ」
「ふむ。ぱないの」
 前カゴの中で腰を動かしながら、ようやく良いポディショニングを見つけたらしい忍はふう。と小さく息を吐いて、僕を見上げた。

 お前、それ言いたいだけじゃないのか? こいつこうやって着実に自分のキャラを作っていくつもりだな。決め台詞って奴だ。

 そう言えば戦場ヶ原の蕩れ(ほぼ使われていないのに決め台詞と言っていいかは別として)羽川の何でもは知らないわ、知ってることだけ。八九寺の、失礼噛みました。千石の~以外ないんだよ! 月火ちゃんのプラチナむかつく。等々、なんだかんだでみんな決め台詞を持っているんだよな。特定のが無いのは火憐ちゃんと神原、後は僕もか。まあ神原に関しては全身が決め台詞みたいなもんだから、あんまり気にしないが、いつだか長ったらしい決め台詞も考えてたな。あれは確か。

「私は、阿良々木先輩の自転車のサドルを使っていやらしい行為を行える女だ」
 そうそう。そんな感じ。
 ふと横を見ると全力疾走しているはずの僕と併走しているスポーツ変態少女の姿があった。
 これもあれか。お約束って奴か。

「神原。何故お前がここに」
「決まっているではないか、阿良々木先輩がそこにいるからだ」
 どこだ。どこから付けていやがった。

「それにしても、これはどういう状況なのだ。阿良々木先輩、忍ちゃんをカゴに乗せて対面しているなんて、素晴らしく可愛い光景ではないか! ああ、凄い。股間が高ぶってきた」
 前カゴの忍を見るなり、嬉々として言う神原。
 夏休みに入ろうと、髪を伸ばそうと、変態は変態、神原は神原、変態は神原だった。



[14058] こよみハーレム13 (忍編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/21 17:25
026

「忍。後方確認!」
「妹御の姿はないようじゃ」
「よし、急ブレーキ!」

「忍ちゃんが喋った! ああ、なんて可愛らしい声と喋り方だ。堪らない、堪らないぞ阿良々木先輩!」
 僕の急ブレーキにあわせて、神原も急ブレーキをかける。そのまま走って電柱にでもめり込んでしまえば良かったのに。

 足を止めた拍子にそれまで殆ど真横に流れていた神原の伸びた髪が揺れながら重力に従って垂直に落ちる。本当に女の子っぽくなったなコイツ。後はあの変態さえ治せば……いや、変態が神原である以上それは無理か、治ってしまったらそれは神原ではない別の何かだ。

「久しぶりだな阿良々木先輩」
 髪は伸びても性格的にはこれと言った変化はない、相変わらずのさばさばした口調と太陽のような笑顔で神原は僕に笑いかけた。

「ついこの間会ったばっかりだろ」
 掃除係と言う名目で、神原の家に行くのは既に僕の日常に組み込まれている。つい先日、相変わらず僅かな間で、床が見えない程に物が溜まり溜まった(いつ行っても僕のパンツだけは布団の上が定位置になっているがその理由は知りたくない)神原の部屋を掃除したばかりだ。

「私はお助けキャラとして、毎日でも阿良々木先輩に会いに行きたいくらいだ。そうだ、これから毎朝私は阿良々木先輩宅に出向き、朝一で好感度チェックをしに行こう。ちなみに現在、好感度がマックスに達していないのは、ご存じ羽川先輩と忍ちゃんだ」
 チラと、神原は前カゴの中で退屈そうにしている忍に目を向けた。
 だが当然のように忍は反応せず、むしろ速く走り出せとばかりに僕を見た。

 忍としてはそもそも神原のことなど大して興味もなければ意識もしていない。これは別に神原が変態だからではなく、大抵の人間にさほどの興味が無いだけだ。
 仕方がないので、神原と並びながら、歩き出す。

 上手い具合に忍に影が出来るように気をつけて。

「お前のその好感度チェック。いったいどうやって調べてるんだよ。そんな能力まで身につけたのか?」
「いや、皆々に直接聞いて回っているのだ。八九寺ちゃんは聞き出す前に一悶着あったため少々難しかったがな」

「一悶着?」
 神原と八九寺が? そもそもあまり関わり合いのない二人だけにその言葉に僕は少しだけ眉をひそめた。

「ああ、私が阿良々木先輩の真似をして、背後から八九寺ちゃんに襲いかかったところ盛大に抵抗されてな。怒って話しかけても聞いてくれなくなったのだ」
 この野郎。僕専用撫で回し揉みし抱き匂い嗅ぎ幼女に何しやがる。

 僕専用と言うところが大事なんだぞ。だから八九寺も暴れたんだな。僕以外にはされたくないと。なんて可愛い奴だ。今度会ったらいつも以上に可愛がってやろう。

「それでお前、どうしたんだよ」
「何、仕方がないので四時間程、ずっと八九寺ちゃんの背後を付けて、謝り続けたら許してくれた」
 それ絶対許したって言うか付いてこられることに嫌気が差しただけだ。
 このストーカー。誰彼構わず後付けてんじゃねえよ。僕だけにしておけ。そのうち本当に通報されるぞ。

「阿良々木先輩の妹さん達にもしっかり話は聞いたぞ。それにしてもあれだな、包丁片手に追いかけてくるとは、殺したい程愛されているな阿良々木先輩は」
「そこから見てたんなら、助けてくれよ」

「なに、あれくらい愛情表現の範疇だろう。私同様に」
 さりげなくお前が僕にした行為を愛情の裏返しみたいに言うな。今ならばともかく、あの時点では完全に嫉妬の産物だったろうに。

「火憐ちゃんとも日頃から歯磨きプレイをお楽しみだそうだな。私の歯を磨くのは兄ちゃんの仕事だ。と誇らしげに言っているのを見た時は流石に嫉妬したものだ」
 そこまで日常行為にしたつもりはないが、ん? 何か忘れている気がする。

「そうだ。神原!」
「ん? どうかしたか阿良々木先輩。ああ、安心して欲しい阿良々木先輩のパンツなら神原家の家宝として私が毎日使用させて貰っている。しかしながら、そろそろ匂いが薄れて来たので、どうだろう。今私が履いている下着と交換に、もう一枚阿良々木先輩の下着を頂けないだろうか?」

「勝手に家宝にするなよ! 子孫もドン引きするよ」
「何を言う。阿良々木先輩の下着だぞ。本来ならば、私が死する時に一緒に棺桶に入れて貰いたい物なのだが、そこは私と阿良々木先輩の子供、その孫のために、涙を呑んで残していくと言うのに」

 僕との子供って言われると、なんか生々しいな。と言うより、親の下着なんかを家宝に残されても困るだけだろう。いやしかし、相手はこの変態サラブレッド神原駿河の子供、その子供もまた変態である可能性はかなり高い。或いは喜ぶかも知れない。
 絶対に嫌だが。

「って違う! 僕のパンツはどうでも良くないが、この際どうでも良いことにしておいてやる。火憐ちゃんだ。お前、僕の妹に手を出したな!」
 この前の掃除の時にでも言ってやろうとしたのだが、お祖母ちゃんが居たために、止めておいたのだ。そしてそのまま忘れてしまっていた。

 火憐ちゃんと歯磨き対決の最中浮かび上がった事実。火憐ちゃんを神原に紹介したのはやはり間違いだったのだ。

「それは誤解だ。阿良々木先輩、確かに私は火憐ちゃんが遊びに来るたびに、むらむらしていたのは事実だが、いずれ阿良々木ハーレムの一員となることだし、手を出してはいけないと、己を律し続けていたのだ」
 それは聞いている。あの時は頑張ったなと褒めてやりたくなったものだ。

「だがある時私は気がついた。処女だけ奪わなければ良いんじゃないか。と」
 うん。と大きく頷きながら、笑ってみせる神原に、僕は何の前触れもなく神原の後ろから蹴りを放った。

 自転車を押しながらだったので、ドロップキックとは行かなかったが、それでも感情のままに繰り出した蹴りはそこそこの威力だったろう。
 けれど、そんな僕の蹴りを神原は見もせずにあっさりと避けて見せた。自動回避装置でもついてるのかコイツ。

「阿良々木先輩に、蹴っていただけるというのは、私にとって大変名誉で、かつおそらく一度でも蹴られれば、それだけで達してしまう程、官能的な魅力に溢れているが、それでは戦場ヶ原先輩に申し訳が立たない」
「なんでガハラさんだよ」
 と言うか、蹴りだけでそこまで感じられるお前が凄いよ。Mカッケー……いや格好良くはないな。ただのMだ。

「そんなことをされてしまえば、もう私は我慢出来なくなってしまうからだ。初めてが路上でと言うのもなかなか乙な物だとは思うが、今は忍ちゃんもいることでもあるし、止めておくのが賢明だろう」
 お遊び半分の蹴りがそこまでの事態に発展するところだったのか。正直、神原がマジで僕に迫ってきたら拒めそうにないんだよな、肉体的にも精神的にも。

「と言う訳で、そのお仕置きは次回、私の家に来たときにしてくれ。その手のプレイがしたいというのなら色々と準備しておこう。駿河に駿河問いを掛けると言うのは如何だろう?」
 駿河問いはプレイじゃなくて拷問だろ。僕はお前から何を聞き出せば良いんだよ。

「初夜からSMプレイを強要するとは流石は阿良々木先輩。ほんの少しだけ、甘いドロドロに溶けてしまうような、性行為を想像していた自分が恥ずかしい。そうだな阿良々木先輩の性癖を考えれば、私など戦場ヶ原先輩にはそうしたプレイを出来ないために溜まった欲求不満を解消するエロ奴隷くらいにしか思っておられないのだろう。いや良いんだ。私にはそれがお似合いだ」

「いや。優しくするよ。超ドロドロになるくらい優しくするから、早速今から……なんて、毎回僕が言うと思ったら大間違いだぞ神原」
 以前も似たようなやりとりをした結果僕は神原と歯磨きプレイをすることになったからな。油断も隙もない奴だ。

「それはともかく少し真面目な話をさせて貰うが」
 そのネタ振りは不真面目な話をする時のものだぞ神原。
「なんだよ」

「阿良々木先輩が戦場ヶ原先輩と行為に及んだら、ちゃんと私にも知らせて欲しい。阿良々木ハーレムの一員としてのお願いだ」
 意外と真面目な話だった。

 いや、真面目じゃないか、いやいや、相手は神原だからな、神原にしては真面目な方か。
 曰く戦場ヶ原と僕がした行為以上のことはしてはいけないんだそうだ。厳密に言われれば八九寺とはもっと過激なスキンシップをしているのだが、それはそれ。そこには性的な意図はない、単なるじゃれつき合いだからノーカウントにしておこう。

「では阿良々木先輩。私はこのあたりで失礼させて貰おうと思う」
「ん? なんでだよ。今からミスドにドーナツ買いに行くんだ。一緒に行こうぜ」
 当然そのつもりで歩いていた。

「大変ありがたい申し出だが、辞退させてくれ。忍ちゃんにも悪いしな」
 忍に気を遣っているのか。確かに神原が来てから、完全無言だからな。愛想のない奴だ。
「それに、忍ちゃんがその小さなお口でドーナツを頬張るところなど見てしまったら、私はきっと我慢出来ないと思うのだ」

「さっさと帰れ」
 結局それかよ。
「よし、阿良々木先輩。私はこれからプレイに必要な道具を買いに行くことにする」
「そうか、勝手にしろ」

「ではな阿良々木先輩、阿良々木ハーレムの完成。心待ちにしている」
 最後の最後までいつもの神原らしさを見せつけてから、神原は相変わらずの加速を見せつけて走り去っていった。

 そもそもあいつ、何しに来たんだ。
 内容のない話をつらつらと、話を進めるどころか話を遅らせてるじゃないか。ライバル会社からの回し者か。それとも実は今の会話の中に、オチに対する伏線でも張っていったのだろうか。

「何とも五月蠅いえろ娘じゃの」
 神原の姿が消えてから、ようやく忍が口を開いた。

 お前は神原をそう呼ぶのか。何気にコイツの人の呼び方、忍野の影響を受けてるよな。羽川のことを委員長とか、戦場ヶ原をツンデレ娘とか。その上で百合っ子ではなく、えろっ子を取ったか。最近の神原は百合の要素は結構薄まってエロを前面に出しているからな。当然と言われればそれまでだが。

「余計な時間を食ってしまったわ。お前様よ。さっさと自転車に乗ってミスドに向かうぞ。今のやりとりのせいでドーナツが売り切れでもしたら大変じゃ」
 だから売り切れないよ。
 そう思ったけれど口にはせず、自転車跨ると僕はバランスを取りながらペダルをこぎ始めた。



027

「うむ。やはりミスドは最高じゃな。ぱないの」
 また言ってやがる。

 以前同様に、店内でドーナツを食べ(貝木がいるんじゃないかと疑ってしまったが店内はいたって平穏だった)忍の満足と引き替えに札が消えて小銭が増えて重くなった財布を仕舞いながら僕は大きく息を吐いた。

 食い過ぎだよコイツ。これでパンツの色をリークしなかったら、許さない。
 八九寺と交渉すればもっと過激なスキンシップを取れるくらいの金が無くなったんだからな。

「じゃあ帰るぞ。帰りは影の中にいろよ。月火ちゃんが外を探し回ってるかも知れないし」
 包丁片手に彷徨く和服中学生。それなんて都市伝説? 警察のご厄介になってないだろうな。

「その事じゃが、お前様よ。ちょっと寄りたいところがあるんじゃが」
 こちらを見上げながら言う忍。上目遣いが何とも可愛い。何でも言うこと聞いてやりたくなっちまう。

「何だよ。つーか。寝なくて大丈夫なのか? 夜型の癖に」
 そんな気持ちは押し隠しながら言うと忍はうむ。とやっぱり多少眠そうな目をしばたかせてから、大きく頷いて見せた。

「わかった。この際だ。どこでも付き合うよ」
 少し、時間をおきたいのも事実だ。
 具体的には月火ちゃんのほとぼりが冷めるくらい。

 僕が了承したのを確認後、忍は僕から顔を逸らし、別の方角を見た。
 その視線の先にある場所。少なくとも僕と忍が関係している場所で思い当たるところはたった一つだった。

 あの廃ビル。
 僕と忍が少しの間一緒に過ごし、忍野が根城にし、影縫さんたちとバトルを繰り広げたあの廃ビルがある方角を忍は見ていた。



028

 先日、僕と忍が影縫さん斧乃木とバトルしたそのままに、恐らく忍がもっとも長くいた四階の教室、影縫さんが大穴を開けたその場所に僕らは到着していた。

「うわ。こうしてみると凄いな。良く生きていたもんだ」
 天井には僕の型が出来、彼方此方に破壊の跡が見られる教室内を見ながら改めて思う。
「なるほどのう、これだけボコボコにされれば、あの衝撃も納得じゃ」

「ああ、って気をつけろよ忍」
 地面に開いた大穴をのぞき込む忍に声を掛け、僕もその後ろについて行く。にしても忍の奴。今更こんなところに何の用だ? やはり多少なりとも思い入れのような物があるのだろうか。

「これはまだ残っておったか」
 そう言いながら、忍は忍野が使っていた机を繋いで作られた、寝心地が最悪そうな簡易ベッドに目を向け、今度はそちらに向かって歩き出す。
 本当に、なにがしたんいだか。

「懐かしいのか?」
「いや、別段そうした感情は有りはせん。儂の人生から見れはここで過ごした時間など、ほんの僅かに過ぎんからな」

 それはきっと嘘だろう。時間で言えば短くとも、ここで過ごした時間は忍にとってはきっとそれまでのどんな時間より濃い時間だったはずだ。けれど僕はそれを口にはしない。その資格は僕には無い。

「そうか」
 何も言えず、ただ頷いた僕を一瞥し、忍は軽い足取りで机によじ登ると、そこに腰掛けた。

「お前様よ。こちらに来い」
 座ったまま、僕を呼ぶ。

 その手招きに従って、僕は忍に近づいた。と言うか、なんださっきからこの場に流れる空気は。あんまり僕こういうの得意じゃないんだよ。シリアスパートって奴か? どちらかと言えば苦手なんだよな。

「どうかしたのか? 忍」
「うむ。お前様に少し話があってな」
「話、ね」
 深刻な話だろうか。既に日が落ちかけ薄暗い教室の中で、忍の金眼が真剣な色を帯びている。

「あのえろ娘が最後に言っていたじゃろう。ハーレム完成を楽しみにしている、とな」
「ああ、言ってたけど、それがどうしたんだよ」

「その言葉にお前様は何も応えなかった。否定もしなければ肯定もしない。以前のお前様ならば否定していたじゃろうに」

「いい加減、そう言ってもいられないだろ? 僕の感情はどうあれ、戦場ヶ原以外に神原や千石、八九寺に妹達にまで手を出したんだからな。むしろ否定すれば、それはみんなに失礼だ」
 僕が言った言葉に偽りはない。本気でそう思っている。

 神原が初め言ってきた時はともかく、ここまで来てそんな言葉を口にするのは失礼以外何者でもなかった。
 だが、何故忍がそんなことを口にするのか、それが分からない。

 忍が何を言いたいのか。僕に何を伝えたいのか、分からないまま、どうにも空気だけが重くなっていく。

「そうか。お前様がそう思った理由はあれじゃな。あの元ツンデレ娘が言った言葉じゃな。命を諦めない理由が、自分だけでは不足という奴じゃろ?」
「なんで知ってるんだよ。あの時はまだお前、影にいなかっただろ」

「何を隠そう、儂は千里眼の使い手じゃ」
 千里眼の使い手はお前かよ!
 つーかずっと僕のこと見てたのか。じゃあ僕のあんなことやこんなことも。まずい。知らないうちに色々と弱みを握られていた。これからそのネタでずっとミスタードーナツを奢らされる羽目になるかも知れない。

「だからこそじゃ。あの元ツンデレ娘がデレ。後は委員長を堕とすばかりとなった今だからこそ、儂はお前様に言わねばならん」
「だから……」
 何を言いたいんだと。そう続けようとした僕を遮って、忍は言った。

「今度こそ。人間に戻ると言うのはどうじゃ?」
「ッ……その話は、終わったんじゃないのか?」
 一瞬、動揺した。

 いつか、忍とお風呂に入っている時に、話をした。
 今のままでは僕の寿命はどうなるか分からないと。殆ど人間とは言っても、この先どうなるか、寿命は人間と同じなのか、吸血鬼並みなのか、分からない。だからこそ、人間に戻る気はないか。と忍が言った。
 その言葉を僕は断った。当たり前だ。もう僕は選んでいる。忍を殺さないことを選んでいる。

「これが最後じゃ。あの娘御達は、お前様が命を諦めない理由であると共に、共に生きていきたい者達なのじゃろう? その時に、長い寿命は邪魔以外何者でもない、だからこそじゃ。ここで儂を殺し人間に……」
「そこまでだ」

「……」
 これ以上聞く気はなかった。

「ここで頷いてお前を殺しちまう僕を、戦場ヶ原が、神原が八九寺が千石が、火憐ちゃんと月火ちゃんが、好きになるはずがないだろ?」
「……ふむ。確かにそうかも知れんの」

「それに神原も言ってたじゃないか。お前だって阿良々木ハーレムの一員なんだからな」
「勝手な男じゃ」
 そう言った忍の顔は少しだけ綻んでいた。くすぐったそうに。

「話がそれだけなら帰るぞ。実際ここ、いつ壊れてもおかしくないんだから」
「その前に、何かすることがあるじゃろう? 話に一貫性を持たせるためにもせねばならんことじゃ」
 ニヤリと忍は笑う。

「それ、千里眼じゃわかんないはずだろ?」
 その言葉は心の中で思ったんだ。
「何を隠そう。儂は読心術の使い手じゃ」

 無能が売りの吸血鬼の癖に、変な能力ばっかり身につけんな。やっぱりお前も僕の束の間の安息地にはなり得ない様だな。
 仕方がない。と僕は忍の前に立つ。

 机の上に座っていてもまだ僕より低い忍に対し、腰を落とそうとして、その前に忍は僕の前に手を差し出した。
「その前に、お前様よ。後で戻すから儂に血を呑ませてはくれんか」

「何だよ。ちょっと前に呑ませたばかりだろ?」
「このままでは身長が合わんからのう」
 言うなり、忍は机の上に立って僕の首に手を回した。

 僕としてはそのままでも良いんだけど(決してロリのままの方が良い訳ではない)忍がそうしたいのなら、良いだろう。あげ過ぎて不都合がある訳でもないのだから。
 僕が頷くと、忍は僕の首筋にいつものように歯を突き刺した。

「お前様も」
 血を呑みながら呟いた忍の言葉に従い、僕もまた忍の白い首筋に、歯を突き立てる。

 やがて、吸血鬼に近づいた忍が僕と同い年程度のサイズ、影縫さん達とバトった時と同程度まで成長した忍は僕の首筋から口を離し、それと同時に僕もまた忍の首筋から、顔を離した。

 身長差はもう無い。同じ目線に立つ忍と僕は、一瞬だけ見つめ合い、互いとも無言のまま、キスをした。

 口内に僕の血が残り、僕の口内に忍の血が残ったキスは、この上なく、この世の物とは思えない程美味しかった。



029

 後日談。というか今回のオチ。
 いつもの幼女サイズに戻った忍の横に並んで歩きながら、家に向かって自転車を押していた。
 忍はずっと起きているというのに、辺りが暗くなり、夜が近づいたせいかやけに元気で機嫌が良かった。

「のう。お前様」
「ん?」

「あの時の言葉を、今でも言えるか?」
 あの時? そう言われてもピンと来ない。僕が首を傾げていると、忍は盛大に体中で、全開全力でため息をついて見せた。

「お前が明日死ぬなら、という奴じゃ」
 ああ、あれか。
 そうか、今思い出した。オチへの複線は神原ではなく、僕の言葉だった。

 僕にも決め台詞はあったのだ。
 忘れられるはずのない決め台詞を僕は口にする。

「お前が明日死ぬのなら、僕の命は明日まででいい」
 戦場ヶ原との約束には反しているのかも知れないその言葉。だが、戦場ヶ原に言った言葉が本心なら、この言葉もまた僕の本心なのだ。

「うむ」
 満足げに頷いている忍を前に僕は続ける。

「けどな」

 けど、僕は。
「僕はそれでも、戦場ヶ原や、他のみんな。そしてお前と、一緒に生きて行けたらいいって、そう思ってる」
 僕はキメ顔で、決め台詞を口にした。

「そうか」
 神原の笑顔を太陽のようなと評するなら、忍は月のように今まで見たこともないくらい綺麗な笑顔で笑った。
 笑って、くれた。

「その為にも先ずは、月火ちゃんを相手に生き残る術を考えないとな」
「安心せい。儂がしっかりあの極小の妹御に説明してやるわ」
「それ死亡フラグだよ!」
 いつもの調子を取り戻しながら、僕と忍は自然にごく自然に手を繋いで、家路についた。



 珍しく真面目な阿良々木さんになりました。
 後は羽川さんか、一番難しいのが、一番最後に残った感じ。
 



[14058] こよみハーレム14 (羽川編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:6c756c65
Date: 2009/12/25 22:35
030

 羽川翼。委員長の中の委員長。
 あの忍野にして有能過ぎて危う過ぎるとまで言わせた、本物。の少女。
 そして僕の友人にして恩人。

 ご存じ羽川と言えば三つ編みと、眼鏡、頭が怖い程良い。委員長の必須条件とも呼ばれる条件を集めて出来たような、そんな少女だ。
 さて、その羽川だが、こんな言い方をすると、また八九寺あたりに、阿良々木さん、それは私、八九寺Pだけの特権ですよ。なんて言われかねないが、そんなことはもうどうでも良い。

 羽川は化物語下の後、トレードマークだった三つ編みを解き、髪を切って、眼鏡をコンタクトに変える、所謂いめちぇん。
 と言う奴を、しなかった。

 相変わらず、委員長ルックと言うか、委員長を体現しているままである。これが、忍が羽川のことを元委員長ではなく、委員長、と呼んだ理由だ。

 僕からすれば、髪を切ろうとコンタクトにしようと、羽川は羽川、僕にとって戦場ヶ原や忍同様、ある種特別な存在であるのは変わらない。
 それはきっと、いつまでも変わることはないだろう。



031

 何故か妙にシリアスに入ってしまったが、なんと言うことはない。本日も例によって図書館で、羽川さんに勉強を教えて貰う日であり、神原が突然現れたり、八九寺を発見したり、千石に声を掛けられたり、忍が出てくることもなく、要するに何の邪魔も入らなかったので、何となく、大好きな羽川さんのことを考えていただけだ。

 面と向かって言うと色々な弊害が起きそうだから、せめて一人の時、奇妙な能力を持った奴らが傍にいない時くらい、自分の心のままに、感情そのまま、心の中で叫ぼうと、自由な訳だ。

 羽川ー! 大好きだー!

 うん。何となくすっきりした。
 あらゆる人に阿良々木暦の羽川さん好きは異常と呼ばれる僕だ。そう思ったところで不思議なことは何も有りはしない。

 ああ、もう。
 後は面と向かって言えれば良いんだけど。ちょっとまずいよな。意味深というか、今現在の奇妙なバランスが一気に崩れてしまいそうだというか、勿論戦場ヶ原に対する気遣いもあるし。

 そんなことをつらつらと意味の無く考えながら、僕は図書館に到着した。
 いつものように、駐輪場に自転車を止める。

 終わって戻ってきたら、また神原の奴いないだろうな。危険だからサドル持って行こうかな。
 いや、あいつのことだ、サドルがなければ別の物で代用しかねない、ハンドルが舐められて唾液塗れになってるとか。普通にあり得そうで怖い。

 仕方なく、サドルは諦めて、勉強道具を手に、図書館へと向かう。
 よし、羽川と勉強会だ。やったー、うれしいなー。

 こんな風に無理矢理にでもテンションを上げないとやってられない。勉強尽くしで埋まりかけている僕の夏休み。
 描写は少ないが、僕だって何もハーレム作りばかりしている訳ではない。

 僕の日常の基本は勉強勉強、また勉強、で偶に遊ぶ。その遊びが毎回クローズアップされているだけなのだ。

 さて、今日も一日頑張ろう。



032

 とか意気込んだ割には、再び勉強の時間は割愛、現在僕と羽川さんは、休憩という名の元に図書館を出て、ロビーというか受付というか、話をしても大丈夫な場所で二人切りで話をしていた。

「それで結局、月火ちゃんと火憐ちゃんに、ばれちゃったんだ身体のこと」
 身体のこと、と言われて何となくセクハラめいたことを考えてしまったが、多分そんな反応を欠片でもしよう物なら羽川に睨まれるから止めておこう。

「阿良々木くん」
「ごめんなさい」
 そんな反応をするまでもなくばれていた。底冷えする声で名前を呼ばれ、その途端僕は頭を下げていた。

 恐ろしい。流石は羽川、戦場ヶ原に様付けで呼ばれる唯一の女だ。
「ああ、まあ。主題はそこじゃないんだけど」

 忍とちゃんと、と言うか、以前よりもっとと言うか、和解したと言う話をしていたはずなのだが、忍と共に家に帰った後、やはり待ちかまえていた(火憐ちゃんまで一緒にいた)月火ちゃんに包丁アタックを喰らい、その傷が、血を戻し、こちらも戻して貰ったがそれでもいつもより多少吸血鬼に近づいていた僕の回復力によって、傷がふさがるのを目撃され、火憐ちゃんの拷問の様な暴力と、月火ちゃんの心を抉る策略(戦場ヶ原がデレてその手の防御力が落ちていた)によって僕はとうとう、怪異について二人に話してしまった。

 色々な部分は省いたし、忍と僕の関係性についても詳しく話した訳ではない、要するに忍を助けて後遺症として吸血鬼もどきになった。それだけだ。
 月火ちゃんのことも、火憐ちゃんが貝木にされたことも、話していない。なるべく話したくはない。

「そう。忍ちゃんのこと、話したんだ」
「正直迷ったけど、僕の場合ちっちゃい傷とかでもばれる可能性あるし、いつまでも隠してられないしさ」

 横に長いソファに掛けながら僕はジリ、と羽川に近づいた。
 あくまで自然に、違和感なく。

「でも、阿良々木くんは出来るだけ話したくなかったんでしょう? 忍野さんが言ってたもんね、一度怪異にかかわると曳かれやすくなるって」
「それなんだよ。正直、他の連中より、もめ事に首をつっこんでいくタイプのアイツらは、余計に巻き込まれやすい気もするんだよな。そうしゃなくても、もう忍野もいないしさ」

「頼れる人がいない、か。だったら阿良々木くんがなってみたら? 忍野さんみたいに、漫画のキャラみたいなんでしょう?」

「お前は何でも知ってるな」
「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」
 相変わらずの決め台詞。いや、それは良いんだけど、この場合何でも知ってるな。ではなく、何で知ってるんだ。にするべきだったか。その会話は僕と忍野しか知らないはずの会話だ。

 千石の件で力を貸してもらいに行った時、半身半妖の憑き物落としなんて漫画のキャラみたいで格好いいじゃん。と軽い口調で忍野が言っていたがその話は誰にもしていない。

 メタ上等で言わせて貰えば羽川がオーディオコメンタリー等でアニメを見ていることも判明したけれど、それでも千石の話の中でこの会話はカットされたはずなのだ。
 それを何故知っているのか。聞くのは怖いので、羽川だからと言う理由で納得しておこう。

 羽川だから知ってる。うん。なんて説得力のある理由だ。

「それで阿良々木くん」
「ん?」
 羽川にしては珍しく、どこか言いづらそうに、口を開いた。

 聞き返しながら、僕は更に羽川に近づく、もう肩とか触れちゃいそうな距離だ。
 そして何より、上手いこと僕の影が羽川の足下に来ている。
 よし。今だ、行け忍。羽川のパンツの色を調べてくれ。

「……ちょっと、近い」
「ん、ああ。そう、そうか。うん」
 仕方なく、距離を開ける。

 あまり時間は無かったが、忍の奴行けただろうか。

「あ、羽川。僕ちょっとトイレ行ってくる」
「うん。どうぞ」
 よし、何の疑いも持っていないな。

 立ち上がり、僕は急いでトイレに入ると、中に人がいないのを確認、しゃがみ込んで自分の足下に声を落とした。

「オイ、オイ忍、オイってば」
 何度か声を掛けると、ようやく影の中から金色の髪がぬっと飛び出してきた。

「なんじゃ。儂はまだおねむなんじゃが」
 不機嫌そうな顔の忍に、むしろこっちが不機嫌な声を上げる。

「おい。まさか見てないのか! 僕の決死の接近をなんだと思ってるんだ。僕がどれだけ神経を削りながら羽川さんに近づいたと思ってるんだよ」
「知らん。大体椅子に座ったままじゃと影から顔を出しても下着なぞ見えんわ」
 この無能吸血鬼。僕がいったいどれほどの思いでこの瞬間を待っていたと思ってるんだ。
簡単に障子の紙のごとく簡単に約束を破りやがって、本当に役に立たないな。

「この。無能吸血鬼! 何のためにドーナツ食わせてやったと思ってんだよ!」
 声を荒げる僕に、忍はやれやれというように、首を振り。
「お前様」

「ああ?」
「頑張れよ」
 そう言うと、影の中にぬぅと戻っていってしまった。

 頑張る? 何を?
 とにかくいつまでもここにいても仕方がない、さっさと戻らないと羽川に疑われてしまう。
 個室の鍵を開けて外に出る。

 そうして出口に向かい、手洗い場を抜けたところで僕はそれを見た。
 男子用と女子用に別れたトイレ、その女子用のトイレから、ハンカチで手を拭きながら現れる羽川の姿を。

 ちょうど真上にある蛍光灯の光が反射し、眼鏡を光らせているせいで羽川の目が見えない。
 超怖い。

「阿良々木くん。勉強を始める前に、ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
「い、いや、勉強大事だと思うぜ。ほ、ほら。僕の成績では一瞬たりとも気が抜けないって言うか」

「大丈夫。すぐに終わるから、ね?」
 だから超怖いって。
 忍の頑張れはこの事だったのか、僕には全然聞こえなかったが、隣つまりは女子トイレに入った羽川さんの気配でも察知したのだろう。

「いや、違うんだ羽川。あれは忍の方から持ちかけてきた話で」
 誰かのせいにするのが嫌いな僕でさえ、今の羽川を前にしてしまったらそうも言っていられない。
 怒らせるともっとも怖い女。それが羽川なのだから。

「いいから」
 聞く耳を持たないという奴で、僕はそのまま羽川に手を取られ、連行されていく。
 人に迷惑がかからないよう、別の場所に移動するつもりなのだ。
 前を進む、羽川の三つ編みが、左右に揺れているのを見ながら、僕は絶望的な気分を味わっていた。



032

 精神的消耗の後、勉強なんて頭にはいるはずもなく、それでも手を抜かない羽川によって、何かこう、頭を開けられて、その中に無理矢理それこそ、脳みそに勉強という固まりを手で押し込んで、それでも出てきそうだったから、足まで使って無理に脳に詰め込まれた後、僕は図書館と言う場所から、解放された。

 普段の倍以上、疲れた。
 隣の歩く羽川も普段より物覚えの悪い僕相手に教えて、疲れているのか、多少口数が少なかった。
 いつも勉強後、僕と羽川は歩いて一緒に帰る。

 僕としては自転車の後ろに羽川を乗せて(単純にその方が早いと言うだけで何もあの胸の感触がまた味わいたい訳ではない、こともない)例外だったあの時はともかく、自転車の二人乗りは法律違反。と言うことで僕は自転車を押して羽川と並んで歩くのだった。

「羽川はさ」
「んん?」
「まだうちの妹達と」

「火憐ちゃんと月火ちゃんと」
 妹と呼ぶといつもこうだ。別に良いじゃないか。妹達でも、一緒くたにする時にいちいち名前なんか言わなくても。
 でもこの場合、言うまで何度でも繰り返すからな羽川は。

「火憐ちゃんと月火ちゃんと、まだ交流あったりするのか?」
「んー。まあ、結構ね、うん。あるよ、メールとか、電話とかする」

「そっか」
 正直、僕は羽川とアイツらをあまり仲良くさせたくはないのだ。羽川は色々な意味で特殊な奴だ。アイツらのような偽物じゃない本物。その本物に憧れるアイツらの気持ちは分かるが、それが元で羽川に憧れ、羽川のようになろうとして、無茶をしないか、羽川に迷惑を掛けないか、それが心配だった。

 勿論それは、羽川に言わせれば妹の交流関係に兄が口を出しては駄目。と言うことなんだろうけれど。

「あんまり歓迎してないみたい」
「それは、そうだな。アイツらと羽川が組んじゃったら、僕の知り合いの中では多分最悪の組み合わせだからな」

「最悪って」
 そう言って苦笑する。

 けれどそれは冗談でもない。あの二人が事件を見つけ、羽川さんが調べ、答えにたどり着き、二人が解決に向かう。
 それはつまりどんなことがあっても事件には巻き込まれてしまうと言うことだ。

 必ず解決できるほどの力が、ファイヤーシスターズにあればいいが、残念ながら僕の知る限りアイツらにそれを求めるのは無理だろう。

 結果危険な目に遭う。この前のように、アイツらに正義の味方を止めろとはもう言う気もなくしたが、それでもアイツらは僕にとって大切な妹達だ、最近なんかちょっと妹以上にも思えてきたくらいだ。
 あまり危険な目にあって欲しくないというのが一つ。

 そして何より、月火ちゃん。
 一生知らないまま過ごすのは或いは無理かも知れない。だが、月火ちゃんが自分のことを知るのはまだ少し早いと思う。

 だから、あまり無茶はして欲しくない、けれどそれを羽川に上手く月火ちゃんの怪異を隠して説明することは出来ない。そんなことをしたって、すぐに僕のちぐはぐな説明の矛盾点から、正解を導き出してしまうんだろう。
 だから僕は何も言えず口を閉じた。

「でもなんだか最近、二人とも阿良々木くんのこと、良く話すようになったよ。仲良くなったんだ阿良々木くん」
 良かった。なんて羽川は言う。

 確かに以前の空気当然に扱っていた頃に比べれば多少は視界に入る機会も増えたし、スキンシップの回数も増えた気がするけれど僕としては、基本的なスタンスは変えていないつもりなのだが。

「どうかな。本当はあんまり良くないんだけどな、家でも遊べ遊べって煩くて、勉強出来ないし」
 照れ隠しを多分に含んだ僕の言葉は、当然羽川さんならあっさり見抜いてしまうだろう。照れ隠しだ。なんて言ってくれるかも知れない。
 そう思った僕に対し、羽川は眼鏡の奥で何度か瞬きをして、驚いたような声色で言った。

「阿良々木くん、家で勉強してたんだ。びっくり」
「自分でしろって言ったんじゃないか! 何だよ、僕はそんなに羽川の言うこと聞かない駄目生徒に写ってたのかよ。ちょっとショックだ」

「ううん。違うよ。そうじゃなくて」
 急いで否定してくれる羽川。ああ、やっぱり怖いし、勉強は厳しいけどこう言うところは優しいな。流石僕の二人目の母親。

「勉強して、あれってことは、根本的に計画を練り直さないといけないなって」
「やっぱり厳しすぎる! 僕だって頑張っているよ! 羽川の眼球を舐めるために! 後大学に受かるためにも」

「後者をメインにしなさい」
 僕の前に羽川さんの指が差し出される。
 八九寺の時みたいに、めっ、ってしてくれないかな。と思ったが、残念ながらしてくれなかった。
 あの歌のお姉さんみたいな感じで叱って欲しかったのに。

「それで、ね。阿良々木くん」
「ん?」
 あたりに人のいない道。

 このあたりは元々人通りも少ないが、今は夕方と言うこともあって更に人は少なかった。
 その道にさしかかったところで、羽川は口を開いた。またも何故か言いづらそうに。

「火憐ちゃんに聞いたんだ」
「聞いた? 何を」
 僕の問いかけに、羽川はすぐに答えようとせず、うん。と一言漏らしただけだった。
 しばらく間が開く。その間羽川は自分の三つ編みに手を掛け、意味もなくそれを弄り始めた。

 この沈黙と、夕日の赤さが何とも不安な気持ちにさせてくれる。
 これから何が起こるのか、羽川が何を言おうとしているのか、さっぱり想像付かないが、どう考えても、いい話ではなさそうだった。

「阿良々木くんがね」
「ぼ、僕が?」
 声が震えてしまう。

「彼女がいるのに、神原さんとか、千石ちゃんとか、謎の小学生、これ真宵ちゃんだよね? みんなに手を出してて、ハーレム作ってるって、それで自分たちもそこに入ってるんだって……これ、本当?」
 ジッと、僕を見つめる羽川。

 あの駄目巨大愚妹。よりにもよってなんてことを、なんて人に言いやがるんだ。羽川だぞ。あの羽川さんだぞ。

 真面目で、真面目すぎる程真面目で、それこそ普通ならその程度のこと問題ないだろって言うちっちゃな、例えば信号無視はいけないとか、自転車の二人乗りは駄目とか、公園内に自転車で入っちゃ駄目とか、そんな小さなことでも許さない真面目な羽川さんに、なんてこと言うんだ。

 羽川からすればハーレムなんてとんでもない。妹に手を出すなんて人として間違ってる。そう思っているに違いない。

 あ、僕の人生ここで終わったな。

 夕暮れの中、足を止め、僕を見つめている羽川を前に、僕の視界がぐらりと歪んだ気がした。



[14058] こよみハーレム15 (羽川編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:040b51be
Date: 2009/12/29 18:32
033

 僕の態度から、もう認めた物と判断したのだろう。
 羽川は、話があると言って僕を連れ出した。

 その際に手際よく、火憐ちゃんに連絡を取り、お兄ちゃんの帰りが遅くなる、と伝えているあたり、羽川らしいと言えば羽川らしいが、今の僕にはどうでも良いことだった。

 色々とあったけれど、まあ楽しいと言われれば楽しい人生だった。
 そんな風に考えながら、僕は羽川に導かれるまま、移動を繰り返し、たどり着いた場所は。

「何で高校?」
 僕らが通う私立直江津高校の校門前に、僕達は立っていた。

 夏休み中であることと、基本的に進学校であり運動部に力を入れていない為(例外はやはりバスケ部だ)学校内は静かだった。
 校庭に人影もなく、僅かにいるであろう生徒達のためにか、開いたままになっている校門をくぐって僕達は中へと入っていった。

 どこだ。僕はいったいどこで抹殺されるんだ。
 先ほどから無言の羽川さんが怖い。
 手を引かれるまま、緊張で手が汗ばんで来た。羽川にそれが伝わっているかと思うと、心苦しいやら、何となく興奮するやら。

 そんなことを考えながら、僕達、と言うか羽川が向かった場所は、体育倉庫だった。
 なる程、確かにここは僕と羽川のと言う意味なら、一番の思い出の場所だ。ちなみに戦場ヶ原との思い出の場所というなら、やはり戦場ヶ原を受け止めた、あの階段になるだろう。

「良かった。開いてる」
 安堵したような声に、僕は少しだけ不審を覚えた。

 普通の人間ならばそれは当たり前の言葉、開いているかどうか分からない状況下で発するのは当然の言葉だが、相手はあの羽川だ。僕の出席日数から、参考書を合計でぴったり一万円にすること、失った記憶を再構築することまで、あらゆることを予想し、計算する頭の良すぎる少女。

 そんな羽川が口にした言葉にしては珍しく不確定。以前、あのブラック羽川になる前の、猫耳羽川さんが僕を呼んだあの時なら、動揺のためか、確実な計算ではなく賭に出た。みたいなことを言っていたが、今は動揺する理由もない。

 いつか羽川と二人切りで入ったときとは別の緊張感が辺りを包む。
 ああ、ちくしょう。忍に決め台詞を吐いたばっかりだって言うのに、早くもこれか。

「うわ、懐かしいね阿良々木くん」
「ああ、そうだな。僕はここでお前に救われた」

「また、そんな言い方して」
 そう言って羽川は苦笑した。

 羽川がなんと言おうと、僕が羽川に救われたのは事実だ。羽川がいなければ、僕はあの地獄のような春休みから生還出来なかっただろう。

「助けるのは当たり前じゃない。だって私達友達でしょ?」
 友達のために死ねないのなら、私はその人のことを友達とは呼ばない。この場所で羽川はそう言った。
 それが当たり前であるかのように。

 正直あの時僕は、若干引いてしまったが、今なら分かる。今なら、僕は多分羽川を、羽川定義で友達だと言えるだろう。
「ああ、友達だよ」
 恩人で友達。それは変わらない。

「友達……か」
「ん? なんだよ羽川」
 ハーレムを作ったこの僕を、やっぱり友達認定したくないのか。そんな風に思った僕だったが、違っていた。

「ねえ阿良々木くん。いつか私が言った言葉覚えてる? ほら、本当の私を知ったら幻滅するって」
「覚えてるよ」
 ドン引きはしたけど幻滅はしなかった。

 羽川は意外と嘘つきだってことはもう知った。何が私くらい自分のことしか考えてない奴はいないだ。お前くらい、人のことばっかり考えている奴を僕は知らないよ。
 それを言ったらまた、羽川は否定するんだろうけれど。
 と言うか、またシリアスってるな。だから僕はこう言うの苦手なんだって。

「だからね。今から言うこと、覚悟して聞いて、確実にドン引きしちゃうから」
「おお、なかなかのフリだな。そう言ってから僕をドン引かせたら大したもんだよ」
 ここまでのやりとりは死亡フラグなのか生存フラグなのか。
 僕としてはそっちの覚悟の方が重要だった。

 たとえ羽川が何を言ってきても僕はドン引かない確信があった。何を言ってきたとしてもだ。これ、前フリじゃないからな。

「私、ね。髪切らなかったんだ」
「……」
 まだだ。まだ突っ込んじゃいけない。相手は羽川さんだ、きっとこの後、盛大なオチが。
 いやいや、羽川さんはボケじゃなくてツッコミだったか。僕と同じ数少ないツッコミ。やったー。羽川さんと属性が同じだ。と、無理に心の中でテンションを上げつつ、僕は羽川の言葉の続きを待った。
 羽川が言ったように、覚悟をして。

「阿良々木くんにまた、助けて貰った後、切ろうと思ったんだけど、出来なかった」
 それは、僕も知ってる。羽川が盛大な失恋旅行を計画し、尚かつ髪を切ろうとしていたことも、僕は知ってる。その理由も含めて。

「阿良々木くんを、諦めることが出来なかった」
 シリアスな声で、羽川は続ける。
 おい、オチはどうしたんだ羽川。
 全く、お前は本当に、何がドン引きだよ。ある意味オチが付かないことに関しては少しなら引いても良いけどな。

「火憐ちゃんに、阿良々木くんがハーレム作ってるって言われたとき、もしかしたら私もなんて思っちゃった」
 羽川の声が感情的になっていくのを感じた。

 ああ、なるほどな、羽川が何を言いたいのか分かった。
 コイツは本当に真面目な奴だから。
 羽川が許せなかったのは、ハーレムなんて物を作った僕じゃなくて、それを喜んでしまった自分自身なんだ。羽川は本当に、真面目な、真面目すぎる程真面目な奴だから。

「だから、阿良々木くん、私は」
「もう良いよ。そんなこと、どうでも良い」
 羽川の言葉を遮って僕は言う。本当にどうでも良かった。
 勿論幻滅も、ドン引きもしなかった。

「羽川。僕からも一つ、良いか?」
 もういいや。シリアス万歳。シリアス上等。ここからの僕は今までの僕じゃない。この場の空気を読んで、この場の空気に会わせて、シリアスで格好良い男になってみせる。
 真面目すぎて引かれるくらい、真面目に挑んでやる。

「何?」
 もうすっかり日は落ちていた。けれど僕の目には吸血鬼の力を使わなくても、羽川の姿がはっきりと見えていた。

 その羽川に向かって僕は真っ直ぐ近づいていく。
 お前が感じている、その罪悪感は、僕が気にするなと言っても、どんな行動をとって見せても、多分取り去ることは出来ない。
 羽川がそう言う奴だってことは、よく知っているから。

 だったらせめて、僕もお前と同じ罪悪感を背負うよ。それが、僕の恩返し、いや違うか、僕のお前と言う友達に対する定義だ。
 今まで、神原から始まり、千石、八九寺、火憐ちゃん、月火ちゃん、そして忍。そのいずれにも、僕は戦場ヶ原との約束を守ってきた。

 正確に言うと戦場ヶ原ではなく、神原が言った戦場ヶ原を頂点と置いた阿良々木ハーレムの規約を、だ。
 戦場ヶ原が頂点である以上、戦場ヶ原と行った行為以上のことを他の誰にもしない。

 それは戦場ヶ原が言っていた、阿良々木くんの一番は私。私の一番は阿良々木くん。と言う言葉を守ることにもなるからと、幾ら神原が迫ってこようと躱してきた。

 一説によると、八九寺とのスキンシップは既に一線を越えているそうだが、僕から言わせれば、あんな行為は動物とじゃれ合っているような物だ。そこに性的な意味合いは一切無い。

 実際にそう言う意味合いでやるのなら、あんな冗談みたいな風にではなく、もっとゆっくりとじっくりと、時間と手間を掛けてスキンシップと言う名の性的行為に及んでいるはずなのだ。

 だからこそ。今から、僕がしようとしていることは、その大好きな、僕が一番好きな戦場ヶ原を裏切ることにもなるのだ。
 僕は今から、羽川にキス以上のことをする。

 戦場ヶ原は怒るだろうな。またツンドラヶ原さんになるかも知れない。でも、それでも僕は今やらなくてはいけないことがあるんだ。
 大切な友達で、恩人で、大好きな女の子の為に。
 今僕は、戦場ヶ原、お前を少しだけ裏切るよ。

「羽川……僕に、お前の胸を揉ませてくれないか?」

 あの時も、この場所だったな。
 そんなことを思いながら、僕はそう言った。
 勿論、斧乃木ちゃんばりのキメ顔で。

「……」
「胸を……」
「大丈夫、今回もちゃんと聞こえてるから」
 二度目の宣言を遮って、羽川は目線を上に向けた。

「……こんなシリアスな場面でギャグに走るとは思わなかった」
 再び沈黙を空けてから、羽川は盛大に肩を落とした。そのついでにとばかりに、羽川の胸が揺れる。

「ギャグじゃない。これは、どうしても必要なことなんだ」
 僕がお前に応えるために。どうしても必要なこと。
「あの時みたいな真剣さで言われても、困るけど」
「ある意味では、あの時より僕は真剣だ」
 戦場ヶ原を一時でも裏切ろうというのだ。これ以上の真剣さが他にあるだろうか。

「阿良々木くん、それは」
「僕はお前のことを友達だと思っているし、恩人だとも思っている、そしてそれと同じくらい、大切な女の子だとも思っている」
 そう、僕が行った途端、羽川は大きく目を見開き、その後僅から口元を綻ばせ優しく微笑んだ。

「ピピピ、ピピピ、ピピピ」
 おっ、ときめいた音だ。懐かしいな、だがな羽川、ときめいているのはお前だけじゃない今僕はお前と同じくらい、ときめいているんだぜ。

「うん。分かった、どうして必要なことなのか、さっぱり分からないけど、いいよ」
「お前でも知らないことがあるんだな」
 この際だ。あの台詞も聞いておこう。

「何でもは知らないわよ。何にも、知らない」
 僕でさえ、一回しか聞いたことがない、羽川の二つ目の決め台詞を聞きながら僕は更に羽川に近づいた。

「えーっと、また下着外した方が良いんだよね?」
「ああ、頼む」
 正直、外して良いと言われても、外し方なんか分からない。

 シリアスな僕の返事を聞き、うん。と頷きながら僕に背を向けごそごそと下着を外し始める羽川を待ちながら、僕は目を逸らしていた。
 どうだ羽川、約束しただろ。お前に僕のジェントルなところを見せてやるって。こう言うときは空気を読んで視線を外す、これが僕のジェントルだ。

「ん。いいよ」
 視線を戻す。羽川はあの時と同じように、僕と向き合った。
 相変わらず、下着を外すと更に大きくなる胸だ。いや、と言うかあの時より大きくない? まだ成長を続けていたというのか。この胸は。

「あの台詞も言った方が良い? 万が一裁判になったときの奴」
 場の空気を軽くしようとしたのか、苦笑しながら言う羽川。この場合、裁判と言うよりは、戦場ヶ原への言い訳用だろう。

 けれどそれは必要がなかった。
 これはあの時とは違う。羽川の方から揉むように誘ってきた。みたいにする必要はない。ちゃんと僕から僕の方から、羽川に頼んだことなのだ。

 だから戦場ヶ原への言い訳も必要ない。
 それを言うのはむしろ僕だ。

「いいよ。大丈夫だ」
 すぅと息を吸い込んだ羽川を手で制し、代わりに僕の方からもう一度、羽川に頼んだ。

「羽川。僕に羽川のノーブラおっぱいをモミモミさせてくれ」
「……」
「お前のその僕に揉んで貰うためだけに、頑張ってそんなにいやらしく育てたおっぱいを、大きさと柔らかさがこれ以上ないいやらしさだと自負しているそのおっぱいを、僕に揉ませて欲しい」
「……改めて聞くと、私、凄いこと言わされてたんだね」
 ああ、あの時は確かに凄かった。僕の生きる意味が、生まれてきた目的が分かった気がしたくらいだ。

「よし、じゃあ改めて、手加減無用!」
 相変わらずの潔さに感心しながら僕は羽川の胸に手を伸ばし、
「あ、その前に」

「……」
 沈黙が多いよ羽川さん。と言うか、唇が「ち」の形になってる。違うよ、チキンじゃないよ。今更止めようとなんてしてませんから、その口止めてください。

「その前に、話に統一性を持たせる意味も込めて、しなきゃいけないことがあるんだけど、先に良いかな?」

 僕の言葉に、聡明な羽川さんは全てを察したらしい。
「ん、んん。うん、いいよ」
 コクリと、羽川が頷く。

 その頷いた羽川に向かって、いや、やっと「ち」の形が解けた羽川の唇に向かって、僕は口付けた。

 この後のことは、ナイショ。どこまでの行為を行ったかも、全部ナイショ。
 プライバシーという奴だ。

 ただ、一つだけ。
 羽川の胸を揉んだ感触は、この世の物とは思えない程柔らかく、羽川の眼球を舐めた味は、これ以上ない程に、美味しかった。



034

 後日談というか、今回のオチ。
 その日の深夜。僕は自分の部屋で電話を掛けていた。
 時間的にまだ起きているか、賭みたいな物だったが、どうしても今日のうちに電話をしておきたかったのだ。

「……ああ、戦場ヶ原。悪い、こんな時間に」
 受話器の向こうの戦場ヶ原の声はいつも通りで、まだ寝てはいなかったのだと知る。

「明日なんだけどさ、勉強の前に、ちょっと話があるから、早めに行っても良いか? うん、そう」
 どうしても今日中に約束を取り付けたかった。

 明日、報告をする約束を。
 そして、ちゃんと面と向かって謝る約束を。

「あ、いや、それは明日話すよ。ちょっとした報告と、お前に、謝りたいことがあるんだ……うん」

 以前、戦場ヶ原と交わしたハーレムを作り、絶対に死なないって約束出来るようになったら、話を聞いてくれる約束。
 そして今出来た、少しだけ、少しの間だけお前を裏切ってしまったことを謝罪する為の約束。
 それを僕は明日果たそうと思う。

 明日は、色々な意味で大変そうだ。
 忍に頼んで少し不死力を上げておこうか。そんなことを考えながら、僕は少しの間、戦場ヶ原と楽しいおしゃべりを続けたのだった。



 羽川さんはやはり難しかった。
 と言うことで多分、次か長くてもその次で終わりです。



[14058] こよみハーレム16 (後日談前編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:a5f38f7b
Date: 2010/01/06 12:11
035

 後日談というか、今回の話全てに対するオチ。

「兄ちゃん、朝だぞ」
「お兄ちゃん、朝だよ」
 僕の布団を引きはがそうとする力に対し、僕は自分に向けて力を拮抗させるように、強く布団を握りしめていた。

 まだ眠い。
 まだ起きたくない、と言う。防衛本能のなせる技というか、殆ど無意識にいつも僕がとっている行動だった。

「今日は彼女さんの家に行くんだろ!?」
「だから早く起こしてって言ってたでしょ!」
 もう少し寝かせろ。そんな意味の言葉をこれもまた無意識に吐いた僕に対して、妹ズの返した言葉に、僕の脳は一気に覚醒した。
 そうだった。

「やばっ」
 慌てて掴んでいた布団ごと、僕は身体を起こした。
「ウギャ」
「キャ」

 二人の妹達は、今まで拮抗していた力が解けて、短い悲鳴を上げながらそのままひっくり返っていった。
 どうでも良いけど、火憐ちゃん、ウギャはないよね。ウギャは、女の子の悲鳴じゃないよ。

 とにもかくにも、そんな二人を無視して、時計を見る。
 約束した時間までまだ結構あった。
 それなりに遠い戦場ヶ原の家でも、自転車を使えば余裕過ぎる時間が残るはずだ。

「なんだよ。こんな早く、まだ時間余裕じゃないか」
 軽くため息を吐きながら、布団を出ようとしてそれに気がついた。
 布団ごと身体を起こした反動でひっくり返り、その上に僕が布団を投げ出したものだがら、二人分の足、合計四本の女子中学生の生足が、布団から飛び出しバタバタと、揺れていた。

 何してるんだコイツら。
 さっさと出ればいいのに。
 あ、僕が布団を押さえているから出られないのか。

「……よし」
 まだ時間はあるんだ。
 コイツらのせいでちょっと早起きしてしまったことだし、ここは少しお仕置きも込めて……足でも舐ってみよう。

「兄ちゃん。さっさと布団離せよ!」
 くぐもった火憐ちゃんの声。
「お兄ちゃん……きゃあ!」
 続けて月火ちゃんが非難の声を上げようとしたが、その前に僕に足を捕まれたことに驚いて悲鳴を出した。
 月火ちゃんの悲鳴は良いな。火憐ちゃんとは大違いだ。

「に、兄ちゃん! 何すんだよ。離せよ!」
「お、お兄ちゃん? な、何しようとしてるの」
「なーに、気にするな。朝の挨拶だ」
 言いながら捕まえた足を僕の元に近づける。

「ちょ、兄ちゃん、ひゃあ!」
「ちょっと、お兄ちゃん、ひゃあ!」
 悲鳴だけが重なり合う。
 阿良々木家の朝の日常風景がそこにはあった。


「妹の足を舐める兄の姿が朝の日常風景があって溜まるか!」
「そうだそうだ」

「ああ、悪い悪い。寝ぼけてた」
 やや時間経過後。出かける準備をしていた僕の元に、再び妹達が現れた。
 火憐ちゃんはジャージ。月火ちゃんは和服。いつもの服装だがそれは家の中にいるときの普段着というよりは余所行き用の服として二人が好んで着る服だった。

「なんだよ。お前らもどっか行くのか?」
 またファイヤーシスターズの活動じゃないだろうな。いい加減止めろよ実際。
 僕の言葉に、二人は顔を見合わせてから、にんまりと笑う。邪悪な笑みだった。

「兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
 だからお前ら微妙に声が揃って無くて気持ち悪いんだよ。

「あたし達を」
「私達を」
 もう何も言うまい。

「一緒に彼女さんの家に連れて行って!」
「一緒に彼女さんの家に連れて行って!」
 珍しく、声がぴったりと揃った。

「却下だ」
 ばっさり切って落とし、勉強道具をいつものようにバッグに詰め込んで僕は入り口を塞いでいる妹達の前に立った。
 退けるつもりはないらしい。

「兄ちゃん。ここを通りたければ、あたし達を倒してみろ!」
「そう言うと思ったよ」

「火憐ちゃん。はい」
「おうさ!」
 呆れの息を吐く僕を前にして、月火ちゃんが取り出し、火憐ちゃんに渡した物。なんのことはない、最近見慣れた例のあれ。
 歯ブラシ(何故か今日は僕の物だ)だった。

「と言う訳で勝負だ!」
 ここのところ、ことあるごとに勝負を挑んでくる二人だ。今のところ戦績はほぼ互角。けれどかなりどうでも良いことに対してまで勝負を挑んでくる辺り、コイツら単に歯磨きしたいだけじゃないのか。という気もしてくる。

「はあ。分かった、いいよ。じゃあさっさとしよう」
 これに対して僕はもう諦めている。何せコイツら勝負を断ると、いつまでも勝負勝負言いながらまとわりついてくるのだ。だったらさっさと済ませた方が良いに決まっている。
 それに、今日の僕は負ける要素が皆無だった。

「よし! じゃあ、いつも通り三回勝負だ!」
「はいはい」
 さっさとベッドに移動する二人。バカめ。お前達に勝ちの目などは有りはしない。今日の僕は今までの僕とはもはや根本から違うのだ。

 羽川さんの眼球を舐めてパワーアップした僕からすれば、今のお前らなんてスライム以下の存在だってことを教えてやろう。
 さあ、来い! とベッドに横になっている二人に、近づきながら僕は気づかれないようにほくそ笑んだ。



036

「うぅ」
「はぁ、ぅ」
 なにやら艶めかしい吐息を付いている二人を前に僕は僅かに乱れた服装を正し、バッグを手にすると部屋の出口に向かった。

「じゃあな、お前ら。約束通り大人しくしてろよ」
 声を掛けるが返答はない。
 相手との力量差も読めないからそうなるんだ。
 バッグを担いで、部屋を後にし、僕はそのまま玄関に移動した。

 まだ時間には結構余裕があったが、やはり自転車ではなく、歩いて行くことにした。言い訳ではないが、戦場ヶ原に昨日のことをどう話したらいいか、少し考えながら行こうと思ったのだ。
 今から歩いていけば約束した時間にちょうどぐらいで辿り着けるだろう。

「よし」
 気合いを入れ、いざ、と玄関に手を掛ける。
 そうしてドアを開いたその先の光景に、僕は言葉を失った。

「良い朝だな、阿良々木先輩」
「おはよう、阿良々木くん」
 敷居の外、ようやく新しくなった家の門柱、その左右それぞれに、見たことのある人物が立っていた。
 と言うか、神原駿河と羽川翼の両名が、にこやかな笑顔で手を振っていたのだった。

「……何してるんだ。二人とも」
「ふふふ。愚問だな、阿良々木先輩がいるところに、私がいることがどこか不思議なところでもあるのか?」
 不思議だらけだよ。
 常に僕の傍にいても不思議がないのは忍くらいだ。

「常に阿良々木先輩のお傍にいれるとは、羨ましいな忍ちゃんは」
 あっさり心を読んでんじゃねえよ。
「そして阿良々木先輩も羨ましいな、いつでもあんなに可愛い幼女と一緒にいれるとは」
 どっちも羨ましいか、相変わらずお前は性的なことに関しては無敵だな。

「神原はいいや、分かった。羽川。お前はどうしたんだ、こんな朝早く」
 今日は普通に戦場ヶ原に勉強を教えて貰う日だ。と言うかまた制服だ。何で、何でお前は私服を着ないんだよ。本当に何かブラックな理由でもあるのか。だったら言えよ。僕が服をプレゼントするから。

「んん。阿良々木くん今から戦場ヶ原さんのところに行くんでしょう? 多分、謝りに」
「む、何か謝らなければならないようなことでもしたのか、阿良々木先輩」
 神原に言っても怒りそうだな。戦場ヶ原との約束を破ったという意味でも、自分を相手にしなかったという意味でも。
 だから僕は神原を軽く無視しながら、羽川にいつものように声を掛けた。

「お前は何でも知ってるな」
「何でもは知らないわ、知ってることだけ」

「おお! これが噂の羽川先輩の決め台詞か、いいな、阿良々木先。輩是非とも、是非とも私にも決め台詞を言わせる機会をくれ。新しいのを考えたんだ。私に向かって、お前は誰だ。と聞いてみてくれ」

 簡単に話題を変えた神原。大きな瞳が爛々に輝いている。言いたくないなあ。返ってくる答えなんて決まっているようなものじゃないか。どうせ変態のエキスパートとか、僕のエロ奴隷とか言い出すに決まっている。

「んで、羽川も付いてくるのか?」
 どうするか。と言われればこうするしかないだろう。スルー一択。

「何故スルーするのだ! 酷いではないか阿良々木先輩!」
「黙れ神原。お前が言い出すことなんて分かりきってる。そんなこと羽川に聞かせられるか!」
 真面目な羽川さんは神原の言葉を信じてしまうかも知れない。そうなると色々と怖い。
 言われたとうの羽川は、私? なんて首を傾げていたが、じきに神原を見て、言った。言ってしまった。

「んー。神原さんは何者なの?」
 何でお前は偶にこんなにもノリが良いんだよ。ほら、神原の瞳が光り輝いているじゃないか。

「よくぞ聞いてくれた羽川先輩。何を隠そうこの神原駿河、阿良々木ハーレムの二人目にして、阿良々木先輩のセカンドキスを奪い、阿良々木先輩の自転車のサドルで自慰行為を行い、家宝に阿良々木先輩の下着を持つ、阿良々木先輩専用のエロ奴隷なのだ!」
 爽やかな朝に、神原の声が木霊する。

 声でけえよ。ご近所さんに不審がられるだろ。つーか、決め台詞も何も今まであったことをただ説明しているだけじゃないかよ。そんな長ったらしい決め台詞を毎度毎度口にする気かよ。
 そして何より。

「……」
 羽川さんの無言が怖かった。
「さ、さて、オチが付いたところで行くか」

「うん。ずっと考えていた決め台詞を言えてスッキリした。長いかとも思ったのだが、私と阿良々木先輩の間にあった大切な思い出とも言える出来事をこれ以上削ることも出来なかった」
 何とかジョークにしようという僕の心を読んでくれ神原。頼むから。

「ん?」
 僕の熱視線を受けて、神原は首を傾げて見せた。だから、こんな時だけテレパスを封印するなよ。使えよ! 後、その首傾げるの可愛いな、おい。

「阿良々木くん」
「はい!」
「戦場ヶ原さんに謝った後、少し話があるから」
「はい……」

「よし! では戦場ヶ原先輩のお宅にいざ行こう! 当然私もお供させて頂くぞ」
 晴れ晴れとした笑顔は、爽やかな朝によく似合っていたけれど、今の僕には全く似合っていなかった。



037

 結局、三人で並んで歩きながら、僕らは戦場ヶ原の家に向かっていた。
 正確には僕と羽川が並んで歩き、その少し前を神原が例の僕の名前を連呼する謎の歌を歌いながら歩いているという図だ。

「本当に懐かれてるんだね、阿良々木くん」
「ん。ああ、そうだな。本当なら僕には分不相応って言うか。神原はあれでも学校のヒーローみたいなところあるからな、多分戦場ヶ原とのことがなければ絶対に関わることがなかったんだろうけど」

「でも、関われて、知り合いになって、慕ってくれてるのが阿良々木くんは嬉しいんでしょ?」
 恥ずかしいことを簡単に聞くなよ。前を行く神原をちらりと見る。おい今、阿良々木先輩じゃなくて、阿良々木変態って言わなかったか? 訂正しろ神原。誰になんと言われようと動じない僕だが、お前に変態扱いされることだけは我慢ならない。

 けれど僕達の会話は聞こえてないようだ。
「まあ、な。悪くはないと思ってるよ」
 神原と知り合えたことも、神原に慕われていることも、分不相応だと分かりながら、それでも悪くはないと思っている。

「本当か! 阿良々木先輩!」
 聞いてやがった! いや、この場合はテレパスかも知れない。
 ご機嫌に歌っていた神原は突如として歌を止め、僕を見た。
 先ほどとは比べものにならない程に、瞳が輝いている。

「まさか阿良々木先輩に、そのように言っていただけるとは、ああ、今日は良い日だ。この日、今日この日を人生最高の日と位置づけても良いかもしれない。いやいや、まだだ。まだ先がある、この先に性交記念日、妊娠記念日、出産記念日、ああ、記念日が目白押しではないか! だが少なくとも、現時点での最高日であることには違いない! 阿良々木先輩。嬉しいから私は一足先に戦場ヶ原先輩の家に行って自慢してくる!」
 一気にまくし立てて、神原はその場から走り去っていった。
 口を挟むことも出来ず呆然としている僕らを置いて。

「神原さんって……」
「言うな! 言わないでくれ羽川」
 既に見えなくなった後輩が消えた先を見ながら呟く羽川を止めて、僕は歩き出した。
 戦場ヶ原に自慢とか、いつかの仕返しのつもりか? と言うか、あれだけのことであそこまで喜ぶとは、そう言われてみれば確かに、ツッコミの為とはいえ、僕は今まで神原に対して好意的なことを殆ど言ったことはない。

 勿論、心の中で本当に罵倒していた訳ではないし、好意的なことを考えているときもある。エスパーM女を自認する神原なら、それぐらい気づいていて当然なのだけれど、言葉にされるとやっぱり嬉しいものなのだろうか。

 そして、残った問題は一つ。
 図らずも羽川と二人切りになってしまった。
 昨日の夜、別れてから実のところまだ数時間しか経っていない。つまり非常に気まずい。

「……よく分かったな、羽川。僕が戦場ヶ原のところに謝りに行くって」
 取りあえず黙っていても仕方がないと、歩き始めた僕に、羽川はうん。と言うように頷いた。

「阿良々木くんの性格を考えれば、まあこうなるだろうなって、予想しただけ。出来るだけ早いうちに、もしかしたら昨日、そのまま戦場ヶ原さんの家に行くかな。とも思ったんだけど、流石に家の人にも悪いって思うだろうし」
 本当に、何でも知ってるな、コイツは。

 それは僕が昨日考えた思考そのままだ。
 頭が良いとこんなことも出来るのか、特別羨ましいとも思わないし、羽川自身そう思われたくもないだろうが。

「だったらやっぱり、私も一緒に謝った方が良いんじゃないかって、思ったから」
「それは……」
 違う。とそう言ってやりたかった。
 あれは僕が勝手にしたことであり、羽川が気を止む必要はないんだと、戦場ヶ原に謝るのも怒られるのも僕だけで良い。

 そう思うものの、そんなことを言って簡単に羽川が納得するはずない。そんなこと思考を読める程の頭がなくても、テレパスを使えなくても、分かる。

「助かるよ」
 だから、それだけ口にした。
 少なくとも、羽川がいれば、僕が戦場ヶ原に殺されることだけはないだろう。僕は戦場ヶ原のためにも死ぬ訳にはいかないのだから。

「うん」
 当然のように僕の考えていることなど、理解しているに違いない羽川は、目を伏せて小さく頷いた。
 再び場に奇妙な沈黙が流れ始めた頃。
 唐突に、突然に、それは僕らの耳に届いた。

「キャー! キャー! キャー!」
 耳に響く、甲高い子供の少女の幼女の声。
 僕がこの声を聞き違えることなどあるはずが無かった。

「八九寺!」
「真宵ちゃん」
 僕と羽川は同時に顔を見合わせ、同時に走り出した。

 八九寺の悲鳴。なんだ、何が起きた。そしてあの悲鳴のトーンがいつかどこかで聞いたことがあるのは気のせいか? 具体的には僕が八九寺とスキンシップをとるときに良く聞いているような気がするのは、気のせいなのか?
 声の聞こえた方向に向かって曲がった後、僕はそれを見た。

「良いではないか。良いではないか」
「キャー! キャー! キャーっ!」
 幼女の手足を押さえながら、その小学生にしては適度に育っている青い果実に顔を埋めている、女子高生が、そこにはいた。
 というか、神原駿河だった。
 だから、それは僕のだって言ってるだろうが!

「神原! その幼女は僕専用だ!」
 感情が理性を超えて、僕の口から言葉が漏れる。
 今、それを口にしてはいけなかったのに、なにせ。

「……阿良々木くん」
 僕の後ろには、真面目すぎる程真面目な、委員長の中の委員長、僕の大好きな羽川翼さんが、いるのだから。

「い、いや。違うんだ羽川。今のは言葉の綾というか」
「何でも良いから、この方を早く退かして下さい!」
 僕が言い訳を始めようとしたその矢先、八九寺の絶叫が轟いた。
 僕とスキンシップしているときとは違い、完全に押さえつけられている現状では、噛み付くことも出来ないのだろう。
 僕も今度ああやってみようかな。

「阿良々木くん」
 釘を刺されてしまった。
 眼鏡が反射して怖い。



 思った以上に長くなりそうなので、ここで一度切ります。
 次回で完結です。



[14058] こよみハーレム17 (後日談後編)
Name: 鬱川◆64b94883 ID:a5f38f7b
Date: 2010/01/07 15:08
038

「まったく、酷い目に遭いました。やはりこの方は阿良々木さんと同類のようですね」
「だから八九寺! 何で、お前は、僕の名前を噛まないんだよ! やってくれよ。なんだかんだで、最近お前さっぱり噛まないぞ。良いじゃないか、テンドン最高。どんどん繰り返していこうぜ!」

「そうだ。私も、私も噛んでくれ。名前じゃなくても良い、むしろ私の身体を噛んで欲しいのだ!」

「……羽川さん。変態が二人もいると大変ですね」
 僕と神原を同類のように扱うなよ八九寺。コイツはMで変態だが、僕はお前が大好きなだけだ。

「あはは」
 羽川、笑ってないで否定してくれ。
 僕は決して変態ではないってこと。

「それはともかく、皆さんお揃いでどちらかにお出かけですか?」
 さりげなく、僕と神原の視線から逃げるように、羽川の傍に近寄る八九寺。おい、隠れるなら僕の後ろに隠れろよ。
 今なら報酬は胸だけで神原の魔の手から守ってやるぞ。

「今から私達は戦場ヶ原先輩のお宅に行くところだ。阿良々木ハーレムのお披露目と言ったところか」
「全然違うよ」

「だがそうなると妹さん達を連れてこなかったのはまずかっただろうか。なんだったら私が今から走って二人を抱えてきても良いのだが、どうだろう?」
「聞けよ。いらないから」

 今から僕はお披露目どころか、謝りに行くところなのだ。兄として、妹達の前で彼女に土下座をする場面など見せたくはない。そもそも神原に連れてこさせたら、僕らのところに戻ってくる前に、妹ズに手を出しかねない。

「そうですか。とうとう羽川さんまで堕としましたか、阿良々木さんの癖にやりますねえ」
「癖にってなんだよ。触るぞ、揉むぞ、嗅ぐぞ、眼球舐めるぞ」

「思った以上の変態レベルです! 全部最悪ですが、眼球舐めるは酷すぎます。人間として頭がどうかしているんじゃないですか」
「……」
 あ、八九寺。羽川さんが無言、無表情で見ているから気をつけろ。

 その視線を僕なりに解釈すると、眼球舐めるのが人間としてどうかしているなら、舐めさせた方はどうなの? と聞きたい視線だぞ。

「舐める方でも舐められる方でも、私は受けて立つぞ、阿良々木先輩!」
 はい、と包帯を巻いた腕を高々と持ち上げてみせる神原。
「神原。お前は黙っていろ」
 その神原に牽制をしながら、けれど僕は心の中で強く思う。

 その話は後でしよう。今は羽川さんがいるし。
 受け取れ。僕のテレパスを受け取ってくれ神原!

「了解した!」
 親指を立てて元気の良い返事を返された。流石エスパーM女。やるじゃないか。

「……もう結構です。私はこう見えてもバイトに勤しむ身でもありますし、阿良々木さんの人間性の破綻については後日、戦場ヶ原さんを交えてキチンと話しましょう。ちゃんと私が戦場ヶ原さんにこんな男で良いのかと、言って聞かせてあげましょう」
「お前は僕の親か!」

「八九寺真宵の魅力の一つは垂乳根えところですから」
「なんだ急に、たらちねってなんだよ」

「あれ。ツッコまないね、真宵ちゃん」
「おかしいですね。阿良々木さんは国語の成績が悪い癖に、この手のボケにはツッコメるというのが唯一の存在意義だと思っていたのですが」
「僕の存在意義、安すぎだろ!」
 ちなみに本当は知っている。

 何せ僕はお前と羽川のオーディオコメンタリーをエンドレスで再生し続けていたからな。あり得ないと分かっていても、羽川が僕を呼び出そうとするたびに、携帯を見て、連絡が来てないかチェックしたものだ。

「で、お前のバイトというと、例のあれか」
「あれです。今回の私の役回りは、共に戦場ヶ原さんの家までついて行くことのようですね。全員揃って行くことで発生するタイプの進行イベントです。ただし妹さん達を除く」
 何気にハブられているぞファイヤーシスターズ。
 確かに、八九寺のことが見えるかも不安だし、忍が僕の影から出てくるところを見られるのも嫌だから、良いんだけど。

「と言うことは後は千石ちゃんか。よし、私が走って連れてこよう」
 ツッコミが面倒くさいから、いちいち立候補すんな。お前だけは絶対に行かせない。

「あ、その必要はないみたい」
 そう言って羽川が指さしたその先に当たり前のように、相変わらず深く帽子を被ったその少女、千石撫子がいた。

 と言うか、偶然にしても集まりすぎだろ。流石最終回だ。僕の予想だと、このままみんなで戦場ヶ原の家に出向いたところで終わりになると見た。

「暦お兄ちゃん……あ、あわ、あわわわわ」
 僕の顔を見ながらぽつりと名前を呼び(あなたから暦お兄ちゃんに戻っているのは何か理由があるのだろうか)その後、神原に目を移し、そして八九寺が見えているのか、視線を下に、そうしてから次いで羽川に目を移した千石は、例によって例のごとく、目をぐるぐると回し、ゲームのステータス異常で言うところの混乱状態になり、なにやら奇妙な声を上げながら、現れた道路から逆走して行ってしまった。

 人見知りの千石にはこの人口密集地帯はきつすぎたか、いつかのように失礼します、すら言わずに消えた千石を見送りながら、羽川がぽつりと呟いた。

「阿良々木くん、私、やっぱり傷ついたかも」
「うん」
 いつかのようなやりとりをしている僕らの直ぐ横を唐突に、一陣の風が通り抜けていった。

「待ってくれ。千石ちゃん!」
 僕以外にこの中で唯一千石と面識のある神原が、千石を追いかけて走り去って行く。
 なんかアイツ、今日はとばしてるな。走ってばっかりだ。

「あれが噂の千石さんですか。なるほど、確かに私はややキャラ被りしていますね」
「どこがだ」
 似ているところなんて一つもねえよ。

「このパターンだと、また千石の悲鳴が聞こえてくるかも知れない。追いかけないと」
 八九寺に続いて千石にも手を出したら承知しないからな神原。僕のテレパシーをもう一度受け取れ。

「うわあぁ!」
 僕のテレパシーの行方はさておき、聞こえてきたのは千石の悲鳴ではなく、何故か神原の方の悲鳴だった。いや、悲鳴というか、どことなく喜んでいるように聞こえるのは僕の気のせいだろうか。

「どうした。神原!」
 二人が消えた道路を曲がりながら、僕は言う。

「あ、あ、阿良々木先輩、見てくれ!」
 先ほどと同じように千石の身体を押さえていた神原が僕の言葉に反応し振り返った。嫌々をするように身をよじっている千石、先ほどまでと違う点は、千石の頭に深く被せられていた帽子が脱げたのか、脱がされたのか、道路に落ちていたこと。
 そして、その千石は僕が遊びに行った時と同じようにカチューシャをして、いつもは長い前髪で隠れた素顔を露出させていたことだった。

 千石の奴カチューシャの上に帽子被ってたのか。なかなか奇抜なファッションだな。
 これで千石が逃げようとしていた原因も分かった。
 素顔を見られるのが恥ずかしかったのだろう。

「どうしよう。阿良々木先輩。千石ちゃんがおデコを晒してくれたと言うことは、私は対価として下着を見せた方が良いのだろうか? それとももっと上級で、下着を脱いで見せた方が良いのだろうか?!」
 落ち着け神原。そんな対価交換は存在しない。

「と言うか神原。八九寺にしてもそうだが、それは僕がこなすべきイベントだろ! なんで今日はお前が先にしてんだよ」
 八九寺とスキンシップをとるのも、千石のおデコについて言及するのも、本来ならば僕がすべきイベントのはずなのだ。
 そう言った僕に対し、神原は全力で言い放ってた。

「阿良々木先輩ばかり、ずるいではないか。私だってもっと色んな女の子といちゃいちゃしたい! 八九寺ちゃんの身体を弄り回したい、千石ちゃんと戯れたい、妹さん達と遊びたい、羽川先輩の胸を揉みたい、忍ちゃんを抱きしめたい抱きしめられたい。勿論、阿良々木先輩と性行為もしたいのだ!」
 どれだけ欲望に忠実なんだお前は。

 そして何故かお前の敬愛する戦場ヶ原さんが入っていないが良いのか。それとも実は僕に隠れて戦場ヶ原とはもっと色んな事してるんじゃないだろうな! だとしたら僕はお前を許さないぞ。



039

 なんだか、色々と収拾が付かなくなりそうだったので、スキル・章変えリセット。
 無事、千石と合流しました。

「千石はもしかしてどこか行くところだったのか? だったら悪いな付き合わせて」
 僕に寄り添うようにピッタリくっついて離れなくなった千石に声を掛ける。
 再び今度は更に深く被った帽子の奥から、千石の瞳が覗く。
 奇妙な光を持った瞳で僕を見上げながら、千石は首を横に振って見せた。

「う、ううん。撫子、今から暦お兄……あなたのところに行くところだったから」
 呼び方が二人称に戻った。
 いや、別に良いんだけど。不自然なところなんてどこにもないんだけどさ。

「もしかして、月火ちゃんのところに行く予定だったのか?」
 だとしたらやっぱり悪いことしただろうか。
 けれど千石は再び首を横に振った。

「ららちゃんとの約束してないし、撫子は、こ、あなたに会いに」
「呼びにくかったら暦お兄ちゃんで良いんだぞ千石」
「う、ううん。大丈夫。慣れないと駄目だから」

「いや、けど」
「い、いいから! 暦お兄ちゃんは、撫子にあなたって呼ばれるしかないんだよ!」
 そうか、そう呼ばれるしかないのか。だったら仕方がない。
 相変わらず千石は消去法主義者だった。

「いやあ。流石のラスボスっぷりだな、千石ちゃんは」
「そうでしょうか? 私としてはやはりラスボスは第一期のメンバーでもある忍野さんを推薦したいところですね。元メンバーがラスボスとして立ちはだかるというのも、なかなか熱い展開ではないでしょうか」

「立ちはだかる、立ちはだかる。なんだか、何度も言っていると、立ち肌けるのように聞こえてこないか? なかなかエッチだ」
 後ろで神原と八九寺が勝手なことを言っていた。

「でも、それはそれとしてやっぱり私、ちゃんと忍野さんにお礼言いたかったな」
「な、撫子もお礼言っておけば良かったな」
 おお、千石が羽川の言葉に同意した。これは進歩だ。大きな第一歩と言えるだろう。
 けれどその内容については同意しかねた。

「止めとけよ。どうせまたしたり顔で決め台詞言われるだけだ」
 そう、アイツのことだから、いつものように火の付いていないタバコを手に挟みながら、助けてない。君が一人で勝手に助かったんだよ。とか何とか(羽川さんの決め台詞と違って、望んで聞きたくない台詞だ)言うに決まっている。

「またそんなこと言って。阿良々木くんの忍野さん好きは戦場ヶ原さんもオーディオコメンタリーで認めているくらいなんだよ。いわば彼女公認」
 ついに、とうとう、羽川さんまでメタなことを言い出した。
 そしてなにより勘弁してくれよ。
 あんな一コマ、一瞬の表情だけでサイケデリックな小汚いアロハのオッサン好きなんて属性を僕に追加しないでくれ。
 神原が喜んじまう。

「阿良々木先輩が忍野さんを大好きだと! それは何とも、そそられる情報ではないか。確かに私も、するがモンキーに置ける最萌えポイントである、阿良々木先輩と忍野さんとの絡み、世話かけるな……。いいよ。あれにはもう、トキメキが止まらなかった!」
 あの時のお前のテンションは、確かに怖い程だったが、仮にも自分が主役の巻で、最萌えポイントをあんなオッサンにして良いのか?

「構わない! 阿良々木先輩と忍野さんの絡みのためなら、私など画面に登場しなくても良いくらいだ」
「テレパスを使うな! 勝手にテンションマックスになっているところ悪いが、僕にそんな属性はないからな」

「ツンデレ! 阿良々木先輩は忍野さん相手だとツンデレなのか! それはそれで良い。凄い蕩れるな」
「僕と戦場ヶ原の決め台詞をそんなところで使うな!」

「でも、阿良々木くんは別に忍野さん相手じゃなくてもツンデレだよね。ほら月火ちゃんと火憐ちゃんとかにもお前達なんか大嫌いだとか言うし」
 僕と神原の言い合いをしばらく黙って見ていた羽川が言う。
 勘違いしないでくれ羽川。僕は本当にでっかい妹もちっちゃい妹もちゅうくらい妹も大嫌いなんだぜ。

「ちゅうくらいの妹はいないでしょ?」
「羽川さんがエスパーになった」
「ううん。何となくそう思ってるかなって、思っただけ」

「……な、撫子で良かったらちゅうくらいの妹になっても良いよ?」
 羽川の言葉を受けてか、黙っていた千石が僕の服を引きながら上目遣いに言ってきた。
 ああ、流石は妹よりも妹チックな妹キャラの千石だ。

「言い直そう。でっかい妹もちっちゃい妹も大嫌いだ。ちゅうくらいの妹は大好きだ」
「だ、大好き……大好きって言われた……あ、あなた、撫子も大好き、だよ?」
「あのー、先ほどから私がもの凄く空気なのですが、私は性質上、この手の扱いが苦手なので」
 僕らよりやや遅れて歩いていた八九寺が、半目になって僕らを睨んでいた。

「すまなかった。八九寺」
 そうか。そうだったな。八九寺悪かった。これはお詫びをするしかないな、うん。

「すまなかったな。八九寺ちゃん」
 さて抱きしめてやろうと八九寺に近づこうとすると、同時に神原も前に出た。

「ん?」
 僕がその神原を見ると、神原もまた僕を見て、にっこりと笑う。

「先手必勝!」
「あ、待てコラ。それは僕のだって言ってるだろ!」
 僕より先に八九寺を抱きしめさせて堪るものか。
 駆け出した神原。普段なら無理かも知れないが、今回に関しては八九寺との距離はさほど無い、この場合なら僕の吸血鬼パワーを全開にすれば神原にだって負けはしない。

「はぁちくじー!」
 神原と互角を保ちながら、八九寺に向かう僕達、しめた僕の方が八九寺の正面な分早い。
「キャー!」
 八九寺は悲鳴を上げながら自分の身を守ろうとするが、もう遅い、いざ僕の手が八九寺の華奢な体躯を抱きしめようとして。

「ぐあああぁっ!」
 僕はもう一歩のところで盛大に転んだ。アスファルトの上に倒れ込み、自分の肉がえぐれる音を聞く。
 いやもこれは転んだというあれじゃない。僕は知っている。この感覚を、以前にもこれと同じ痛みを知っている。

「なんのつもりだ! 忍っ!」
 僕の足首、そこを真白い手が掴んでいた。

「ああ、寂しい思いをさせてしまった。安心しろ八九寺ちゃん。私がずっと抱きしめ続けてやるからな!」
 とかやっているうちに神原に八九寺が取られてしまった。

「キャー! どこ触っているんですか!」
 どこ触ってるんだ神原!
 と、僕が八九寺と神原の絡みを目撃しようと立ち上がろうとするのと共に、忍もまた、影の中から顔を出した。

 あの時同様すぐに消えるものだと思っていた僕は八九寺と神原の絡みが見たいという欲求よりも驚きが勝り、忍の方を向き直した。

 眠たそうなジト目で僕を睨みながら、太陽の光を浴びない様にか、僕の足下に出来た影の中にすっぽりと身体を納めている。
 何でコイツ、こんな早起きしてるんだ。珍しいにも程あるぞ。

「なんだよ忍。言っておくがな今日はミスドはセールも何もやってないからな。連れて行ってやんねえぞ」

「お前様よ。儂がいつもいつでも阿呆のように、ドーナツのことばかり言うと思っとったら大間違いじゃ」
 違うつもりなのか。ドラえもんのどら焼きよろしくバカの一つ覚えだと思っていた。

「お前様、儂に嘘を教えたじゃろ?」
 僕の影に隠れる、必然的に僕に寄り添うような姿勢をとった忍が僕を指さす。

「嘘? 何言ってるんだ、僕は嘘なんかつかないぞ」
 羽川さんが意外と嘘つきだと分かった今、嘘つき以外にこの台詞を口に出来る奴を僕は知らないけど。それでも忍に嘘をついた覚えはなかった。

「話をした後に、実際に遭遇してしまうことを、なんと言うんじゃったか、と聞いた儂にお前様はお約束と言ったじゃろう」
 月火ちゃんの時か、そう言えばそんなことも言ったな。

「え? 違うの?」
「阿良々木くん。普通そう言う時は、噂をすれば影、じゃない?」
「噂をすればの後って、影だったんだ。噂をすればでいつも止めてるから知らなかった。そうか、そうだな、普通そうだな」
 確かにお約束はなかったな。で、忍はわざわざこれを言いたくて出てきたのか? しかもこんな時間に。

「で、それがどうしたんだ忍。おねむじゃないのか?」
 頭を撫でながら言ってやると、うむ。と頷きながら眠たそうに目を擦る忍、やばい。超可愛い。

「しかし、一応言ってやらんといかんと思ってな。ほれ、これが噂をすれば、影。と言う奴じゃろう?」
 そう言いながら忍は僕に向けていた手を正面に伸ばした。
 真白い手が伸びた先を僕の目が追う。
 朝と言うこともあってか人通りはないこの道に、聞こえる足音。
 そしてこの田舎町には少しだけ珍しい派手な色。サイケデリックなアロハシャツは見たことがある。

「ん? ああ、阿良々木くん、遅かったじゃないか。待ちくたびれちゃったよ」
 いつものように、見透かしたように、普通に歩いていただけの癖に、待っていたなどと、その男は口にした。
「忍野?」
 僕らに力を貸して、いや助けてくれて、挨拶もせずにこの町を去っていった男、忍野メメがそこにはいた。

「む、本当に忍野さんだ」
「ほうほう、あれが噂の忍野さんですか……と言うか神原さん、いい加減離して下さい」
「あ、お、忍野さん」
「忍野さんっ」

 皆々それぞれ忍野に気がつき、それぞれの反応を見せる。
 しかし珍しいな。羽川が驚いてる。何気に羽川は忍野に憧れていた節があるからな、仕方ないけど。

「なんだい阿良々木くん。阿良々木くんがいつも違う女の子を連れているのは、いつものことだけどさ。今日はまた随分とたくさんの女の子をつれているんだね……全く、ご同慶の至りだよ」

「だからやめろ。人をそんな安いキャラ設定にするな」
 相変わらずの口調で、意味ありげに笑ってみせる。
 しかし、本当にこいつが来るとは、八九寺の言った通りなんじゃないだろうな。だとすれば最悪だ。お前がラスボスかよ。

「で? 忍野、お前何でここにいるんだよ。出て行ったんじゃないのか?」
 挨拶もなしに、とは言わずにおいた。そんなことを口にすればまた神原あたりがツンデレ。とかほざきそうだったからだ。

「はっはー。阿良々木くん、随分と元気が良いねえ。なにか良いことでもあったのかい?」
 二つ目の決め台詞を言わせてしまった。

 そうしてそのまま忍野は笑みを深めてから続けた。
「僕は知っての通り放浪者だからね。一つの場所にあんまり留まらないけど、それでも別に同じところには二度と来ないなんて明確に決めている訳じゃないんだぜ?」
「それはそうかも知れないけど、早すぎだろ。もしかしてまたなんかやっかいなことでも起きてるんじゃ……」

 僕の言葉を遮って忍野は首を振った。
「なんてね。嘘嘘、別にこの町に用がある訳じゃないよ阿良々木くん。忍ちゃんも心配ないみたいだし、本当に単に通りがかっただけさ」
 一度忍に目を向けてから、飄々と告げる忍野。

 そして、忍野はもう話は済んだとばかりに歩き出そうとしていた、言葉の通り、さっさとこの町を出て行くつもりなのだろう。何か目的があったのか無かったのか、それは分からないけれど相変わらず別れの挨拶が出来ない男だ。

「ちょっと待てよ」
 だけどな忍野。僕の方はお前に言ってやりたいことがあるだよ。

「ん? なんだい阿良々木くん。もしかして、また怪異に関わったなんて言うんじゃないだろうね?」
 そうじゃないと、分かっている癖にあえて聞く。羽川風に言うなら忍野節だ。

「違うよ……」
 一度言葉を切ってから、忍野を見て告げる。

「じゃあな。お人よし」
 是非とも言ってやりたかった一言、それを口にした僕を忍野は少しの間、呆気にとられたような表情を見せたが直ぐにまた、意味ありげにニヤリと笑って見せた。

「どうしたんだい急に。本当に元気良いなぁ阿良々木くんは。何か良いことでもあったのかい?」
 再び同じ台詞を口にする忍野。
 そんな忍野を前に、僕は今まで一度も返せなかった言葉を口にしてやることにした。

 そして、戦場ヶ原ゴメン。お前の家に着いて話が終わりって言ったけど、どうやらそうじゃない。
 戦場ヶ原、いつかお前が言っていたように、ツンドロヶ原になったお前の出番は無いらしい。
 割と良い区切りみたいだし、ここで終わりにしよう。

「ああ、ちょっと。良いことがあったんだよ」
 お前に別れの挨拶が出来たから。なんて、勿論神原がいる前では口にしないけどな。

 こうして僕のいや、僕らの怪異も何も関係がない日常の話は全て終わりだ。
 勿論どこかで言ったようにこれで人生が終わる訳でも世界が終わる訳でもない。
 単に一区切り着いた。本当にただそれだけだ。
 ただ、これから先、当たり前に続いていく僕の日常の中に、僕の愛する少女達の登場機会が今までより少し増えて、僕がこれから先何かあった時、死ねない理由が増えた。
 今回の話を一言で言うと、ただそれだけの話なんだ。



 流石に全員出すと思いの外長くなってしまう。
 それにしても書いてみると忍野は以外に難しい。
 化物語はまた書くかも知れないけど、こよみハーレムはここで終わりです。
 これまでありがとうございました。



[14058] こよみハーレム18 (外編)
Name: 鬱川◆1457eb98 ID:713ac1a7
Date: 2010/07/30 17:31
 化物語最終巻DVDを見ました。オーディオコメンタリーを聞きました。
 神原が改めて好きになりました。
 羽川さんが好きになりました。
 そんな話です。


 今回は今まで以上にメタ発言ばかりなので、特に最終巻のオーディオコメンタリーをまだ聞いてない人は読まない方が良いかと思います。
 因みに衝動的に書いているため特に落ちもなく中身もありません。






001

 週末の金曜日。
「はあ」
 家に向かう道の上に僕は何度目かになるため息を落として見せた。

 忍と二人、もはやいつものようにと言って差し支えなくなったミスタードーナツにドーナツを買いに行った帰り道だ。
 そんな僕の露骨なため息に反応してくれるはずの少女、もとい幼女はこちらも既に定位置と化した自転車のカゴの中に僕と対面するようにして座りながらチラと僕を見上げただけで、直ぐにまた小さなお口でドーナツを頬張り始めた。

 ……可愛い。
 ブラック羽川の猫語並に、いや歯磨き中の火憐ちゃん並に、いやいや八九寺並みに可愛いかも知れない。

「オイ忍。お前が可愛いのは分かったら、いい加減僕のため息の訳を聞いてくれよ、これだけ露骨にアピールしてるんだからさ」
 横長いドーナツの箱をカゴとハンドルの間に挟めるように置きながら、地面から浮いた足をプラつかせる幼女の破壊力にノックアウトされる寸前で踏み留まり、とにもかくにも話を進めようと口を開き、ついでに自転車を押していた両手の内、片方を開けっ放しのドーナツの箱から僕の分も一つ。と取り出そうとして、けれどその手は忍の白く小さな手によってはたき落とされた。

「痛った。何するんだよ忍。僕にも一個くれよ」
「駄目じゃ」

「あん? 何でだよ、それは元々僕の金で買ったもんだぞ」
 確かにドーナツに対する独占欲は僕の八九寺に対するそれと似たり寄ったりと噂される忍であったが、それでもいつもであれば僕にだけは一個くらいはくれるものなのだが。
 今日は地味に機嫌が悪そうだ。

 以前千石を睨み付けていた時のような鬱蒼とした半目で睨み付けられて僕は思わず足を止めた。

「とにかく駄目じゃ。良いからお前様は早う家に戻れ。儂はこの後忙しいのでな」
 自転車に乗られていては集中出来ん。と続ける忍に僕は首を傾げる。
「一日中影の中にいる癖に、何するつもりだよ」

「フレンドプラスをプレイしている途中だったのでな」
「あるのかよ! いや作ったのかよ。僕にもやらせてくれよ。帰りにゲーセン寄ってこーぜとか言わせてくれよ!」

「お前様も影の中に入ってくればいつでもやらせてやるがのう。因みに友達のモデルはあの生意気な小僧か不吉な男の2パターンじゃ」
「忍野と貝木かよ! ヤダよ。どっちもやだよ。もっとマシなサンプルはいなかったのか」
 忍野はまだしも貝木とゲーセンに行く様子なんて……普通にゲーセンに行ったらいそうな気もするな。
 その場合また僕から金を巻き上げるのが目的なのだろうが。

「そもそもお前様の周りに男がおらんからじゃろう」
「痛いところ突かれた! 悪かったな友達いなくて」
「その代わり彼女は八人おるがのう。一日交替の曜日制にも出来んな、後一人減らせば七人で曜日制になるのではないか」

「火憐ちゃんと月火ちゃんを一纏めにしよう。それで解決だ……って! そうじゃない」
 思わずノリツッコミをしてしまった僕に対し、忍はドーナツを食べ終えてから、おお。と感嘆の声を上げつつ手を叩いた。

「これがノリツッコミという奴じゃな、お前様も少しずつ成長しておるようじゃのう」
「ツッコミを成長させたくなんかねえよ。いや、だーかーらー。話を進めさせろ! 僕の周りの女子はどうしてこう、人の話を聞かないと言うか、直ぐに脇道に逸れると言うか。まあいい、あれだよ、お前も見てたろあの酷いオーディオコメンタリー」
 思い出したら泣きそうになってきた。

「うむ、お前様が無理矢理儂を引きずり出して一緒に見させた奴じゃな」
 今更じゃと言わんばかりに首を振り、忍は新しいドーナツを取り出すとまたも口に咥えていく。
 なんだかこう、神原じゃないがこの光景は。

「実にエロいな! 阿良々木先輩! 股間が潤ってきたぞ」
「神原。お前は相変わらず期待を裏切らない登場の仕方をするな」
 何の前触れもなく僕と忍を飛び越えて、僕らの前に立ちふさがった手に包帯を巻いた少女、神原駿河は腰に手を当て、いつもの太陽のような笑顔を浮かべながら、忍を見つめて言う。

「うん? よく分からないがお褒めいただいて光栄だ。しかし阿良々木先輩、今はそんなことよりも忍ちゃんの小さなお口でドーナツを頬張る様を共に観察しようではないか。安心しろ我慢出来なくなったら阿良々木先輩のナニは私が頬張らせていただく」
 登場からフルスロットルだった。

「ナニとか言ってんじゃねえよ。それより神原、何でこんな時間にこんな所にいるんだ? 何処かに行く途中か? だったら送って行くけど」
 忍が動ける時間帯と言うことはつまり夜。
 まあ神原をどうこう出来る人間は恐らくほぼ存在しないが、それでも神原は僕にとって大事な人の一人だ。ついて行ってやるくらいは良いだろう。
 露骨に嫌そうな顔をしている忍を見ないようにしながら言う僕に、いや、と神原は首を横に振る。
「阿良々木先輩が悩んでいるような気がして飛んできたのだ」
「……そうか。凄いな」
 忍とは大違いだ。
「ナニを悩んでいるかも大凡の見当はついている」
「ほー。それは本当に凄いな。言って見ろよ」
 読心術の使い手である神原にはそれぐらい簡単なことだろう。
 などと半ば神原が僕の心を読むのが当たり前だと認識している自分に驚きながらも返答を待つ。

「ああ、溜まっているのだろう?」
「違う」
「私と性交渉がしたいだったか?」
「違う」
「よもや忍ちゃんを入れて3Pがしたいのでは」
「違う」

「では皆目見当もつかない」
「他にも色々あるだろ! 何でそればっかりなんだよ!?」

「うん。実は全て私の願望だ。だがこんな夜更けに、こんな所人通りの少ない道を落ち込んだ様子で歩いている阿良々木先輩を察知すればそれ以外思いつけという方が無理な話ではないか! ちゃんとお祖母ちゃんにも今夜は阿良々木先輩と泊まってくると言ってから出てきたのだぞ」
「最悪だ! もう僕にご飯を作ってくれなくなるじゃないか!」

「安心しろ阿良々木先輩。ちゃんと出産を前提にお付き合いしている話はしてある」
「どんな前提だよ!」
「いやしかしだな、結婚は流石に戦場ヶ原先輩に譲らねばならないからな。私は既に日陰の女として生涯を過ごしていく気満々だ」

「そんな決意を固めるな! いや、神原あれだよな? 本当は言ってないよな? 神原お祖母ちゃんに対してはこう変態的な所を隠しているというか、あまり見せないようにしているというか、そんな感じだったよな」

 全裸で電話しているところを見られて凹んでいた位なのだ。きっとこれは冗談に決っている。
 今度また神原の部屋を掃除し行った時には、暦くんご飯食べていく? と優しく聞いてくれるに決っている。
 しかし、そんな僕の期待を余所に、神原はゆっくりと首を横に振った。

 長く伸びた髪が左右に揺れて広がるところを茫然と見つめていた僕に、神原は腰に手を当てたまま自信満々に言い放った。

「いや、この間ちゃんと説明した。自分がどれだけ変態のサラブレッドであるか、阿良々木ハーレムの一員としてどれだけ貢献してきたか、私の阿良々木先輩と戦場ヶ原先輩への思いも一つ残らず語って見せた。どうにも最近、私の変態っぷりが口だけだと言う酷い侮辱を受ける機会が多いのでな。まさか、千石ちゃんや羽川先輩にまでそんな風に思われていたとは思っても見なかった」

「あ。そうだ、それだ!」
「どれだ?」
 相変わらず小首を傾げた神原は可愛い。先ほどのドナーツを咥えていた忍並に、ブラック羽川の猫語並に、歯磨き中の火憐ちゃん並に、そして八九寺並みに可愛いかも知れない。

「……何故他のみんなは、何々の何々というように場面指定なのに、八九寺ちゃんだけそれそのものなのだ? いや、勿論八九寺ちゃんが可愛いのは私も同意するが」
「そう、八九寺はどんな場面でも可愛いからだ。お前もあれだろ? DVD見たんだろ? あの忍を捜すと言って郵便受けを開けているところとか、トキメキメキメキだった」

「阿良々木先輩! それは私の台詞だ。取らないでくれ! と言うか阿良々木先輩、人にメタ発言は止めろ止めろと言う割に自分はあっさり言うのだな」
「ああ、何せ今日僕が落ち込んでいる理由はまんまそれだからな、スバリ化物語最終巻つばさキャット下のオーディオコメンタリーについてだ」

「おお、阿良々木先輩が自らそんなことを口にするとは、驚きだな」
「それぐらい僕の精神は今病んでいる」
「ああ、例のあれか。あれには私も驚いた」

「つい数秒前まで、お前と話している時までは僕の羽川さんだったのに、何でまた急にあんな事に」
 思い出してまた泣けてきた。
 オイ阿良々木。なんて言う羽川さんを僕は見たくなかった。
 あれでは確かに、戦場ヶ原が羽川様と呼ぶのも頷ける話だ。

「確かにな、私もその少し前に失礼なことを言ってしまったことを後悔したものだ」
「ああ、そうだ。それもあった、お前羽川に嫌いだって言ってやがったな」
「ちゃんと最後に否定したではないか。うん。あの方を嫌う事なんて私には出来なかった」
 そんなこと誰にも出来ないよ。
 羽川さんを嫌える人を僕は知らない。



002

「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「本題? 性交渉か? 今日はちゃんと勝負パンツ穿いてきたぞ。勿論私の勝負パンツは、阿良々木先輩と交換した阿良々木先輩のパンツの事だ。最も既にこれは阿良々木先輩のパンツと言うよりは私の匂いしかしないパンツなのだがな」

「そんなこと聞かされたら余計そんな気分にならないよ」
 なにが悲しくて自分のパンツを脱がせなくてはならないのだろう。
 いや、脱がせる気もないけどな。

「話というのは勿論、羽川さんのことなんだが」

「ああ、そうか。うん」
 話を切り出すと、神原のテンションは微妙に下がり、何とも言い難い顔で僕を見た。
 本気で性交渉だと思っていたのだろうか。いや、神原のことだ、本気で思っていたのだろう。実際の所、今の僕達はそうなって別におかしい間柄でも無いのだから。

「今日の昼間、DVDを忍と一緒に鑑賞していたら、突然電話が鳴ってな。それが」
「羽川先輩からだったのか?」
 言おうとした言葉を先読みされた。
 心を読まれたか、エスパーM女の力を使って。

「お前は何でも知ってるなあ……って違う違う」
 思わず対羽川用の台詞を口にしたところで、慌てて思い直し止めようとしたが、それも遅く、神原は瞳を爛々と輝かせると嬉しそうに僕を見上げ、
「何でもは知らない。エロい事しか知らないぞ」
 とキメ顔、いやどや顔で言った。

「止めろ! 僕の羽川さんのキメ台詞を汚すな!」

「それで一体どんな話だったのだ? 勿論羽川先輩程のお人ならば、阿良々木先輩がその時忍ちゃんとオーディオコメンタリーを聞いていたことも知っていておかしくはないだろうが、これもすまない、阿良々木先輩は嫌うかも知れないがメタ的なことを言わせて貰えれば、今私たちがいる世界はとっくに本来の化物語の世界からは外れているし、羽川先輩の気持ちにもまあ形はあれだが応えたことになっているのだろう? あのオーディオコメンタリーを聞いていたからと言って羽川先輩が文句をいう様には思えないのだが」

「いや、普通に勉強の話だったんだけど、流石にそのタイミングだろう? 相手が羽川だって事も含めて何か裏があるんじゃないかと思うと怖くてさ。何かあのDVDを見て羽川さん、いや羽川様に思うところがあったのなら、僕は早めに対策を練らなくてはならないし」

「うーむ。何とか手を貸して差し上げたいのは山々なのだが、うーん」
「何だよ、何かあるのか?」
 積極的に手を貸してくれ。と言うつもりはないが、神原ならば一にも二にもなく、むしろ自分から手を貸してくれると思ったのだが。

 せめて羽川さんが何について話があるのか怒っているのかそうでないのか、それだけでも分かれば、僕としても心構えが変わってくるのだが。

「いや、勿論私は羽川先輩に対し、思うところはないというか。もう戦場ヶ原先輩の敵だから嫌おう。なんて思う訳ではないのだが、最近、どうも妙なのだ」
 完全に空気と化して、ドーナツを次々頬張る忍を一瞬見てから改めて神原を見る。
 神原は眉を寄せ、唸り声を上げていた。

「羽川先輩だけではなく、他の人たち、例えば真宵ちゃんや千石ちゃん忍ちゃんや、妹さん達、戦場ヶ原先輩にさえ、妙な気分を抱いてしまう」
「妙なって、性欲的な意味合いじゃないだろうな?」

「それはいつもだ。そうではないから困っているのだ」
「僕としてはそっちの方が問題だよ。で? どんな気持ちなんだ、その妙な気持ちって言うのは」

「うん……実はこう、何というかだな、いつもではなく、阿良々木先輩と一緒にいるところを見るとこう、こう。もやもやするのだ」
「僕と?」

 確かにここのところ、自分で口に出すのはあれだが、
「口に出すなどと……エロいな阿良々木先輩は」
 お前に言われたくはない。と言いたいが無視しよう。

 うん。阿良々木ハーレムとやらの面子が集まったりその中の何人かを連れて遊びに行くことが多くなった。だからと言って何故それが神原の妙な気分。に繋がるのだろう。
 いっそ他の子達を性欲的な目で見る、ならば分かり易かったのだが。

「うーん。なんだろうな」
「分からないから困っているのだ、そんな訳で今の私では阿良々木先輩の力になどなれそうもない。ああ、阿良々木先輩が困っている時に力になれないとは牝奴隷失格ではないか。嘆かわしい」

「いや、いい加減その奴隷とか何とか言うの止めろよ。お前はあれだろ。一応僕の恋人その二な訳だろう」
 ここで照れたり言葉を濁したりするのはきっと神原にとってもまた他の女の子達にとっても失礼なことだ。

 そう言いきった僕を神原はまじまじと見つめていたけれど、やがて嬉しそうにうん。と一つ頷き、
「それはとても嬉しいお言葉だが、撤回はしない。私は阿良々木先輩の恋人であると同時に阿良々木先輩専用の牝奴隷でもあるのだ。これは私の、変態のエキスパートである私の誇りなのだ」
 と胸を張って言った。

「そうか。ならもう何も言わないよ。好きにしろよ」
 自信満々にそれこそ誇り高く(こんな事で誇られても困るのだが)言ってのける神原を説得することは諦めて、口を閉じた僕はなら他にどんな理由があるのか。と考えるが、答えは出ない。

 二人揃って唸り声を上げる中、場の空気を一変させたのは何とも意外な人物だった。
 と言うか忍だった。
「嫉妬ではないのか?」

「え?」
「え?」
 僕と神原の声が重なる。

 忍がそこにいるのは勿論知っていたし、ドーナツを食べながらでも会話に参加することぐらいは出来るのも当然なのだが、驚いたのはそこではない。
 あの忍が。
 と言うところが重要なのだ。



003

 とは言え忍は神原には視線を送ることもなく、ただ僕を見上げて言っているだけなので、明確に神原に声をかけた訳ではないが、それでも忍が僕と忍野以外に対して反応を示すのは実に珍しい。

 僕以外いない場所でなら、他の人の話、火憐ちゃんや月火ちゃんの怪異に対して話してくれたこともあったが、今回はケースが違う。
 それに言っていることにも驚いた。

 嫉妬。と言ったのだ、誰が誰に? 神原が僕に? ではおかしいだろう、ならば僕ではなく僕と話している他の女の子に対して嫉妬した。と言うことだろうか。
 思わず神原を見ると、神原は大きな瞳を何度か瞬きしながら少しの間フリーズしていたが、やがて大きく手を叩いた。

「なんと! そうか、そう言うことだったのか。通りで以前何処かで覚えがある感情だと思ったのだ」
「そう、なのか?」

「うむ。私が以前戦場ヶ原先輩と話をする阿良々木先輩に対して抱いていた思いとよく似ている」

「ってオイ! それ大分危険じゃねぇか」
 何せ、神原はその嫉妬心が元で僕を殺そうとしたことがあるくらいなのだ。
 しかも未だ猿の手、いや悪魔の手は健在だ。
 神原がもうそんなことをするとは思わないが。

「うん。勿論そんなつもりはない、それにあの時とは状況も違う。あくまで近いと言うだけだ。あー、やっとスッキリした。それにしても忍ちゃん。ああ、以前も聞いたがなんて可愛らしい、声、喋り方、姿。あー、もう、抱きしめたい! 抱かれたい!」

「……お前様よ、儂は少し疲れたのでな、先に戻っている」
 自分の身体を抱きしめるようにして悶えている神原を無視して、忍はカゴの中から抜け出し地面に降りると、僕の影にゆっくりと沈んでいった。

「ああ、了解……ってドーナツ全部食ったなお前!」
 カゴとハンドルの間に置かれたドーナツの箱は空。
 僕の言葉にニヤリと笑みを浮かべつつも沈んでいった忍は最後の最後、金色の髪だけが残った辺りでボソボソと小さく呟いた。

「ん? 何だって?」
 聞き取れなかった僕の問いかけを無視して、忍は影の中に沈み、後は空のドーナツの箱と僕らだけが残された。

「まったくアイツは。それで神原。とにかくもう夜も遅いことだし、家まで送っていくよ」

「ああ、うん」
 神原の抱いていた妙な気持ちとやらの正体も分かり、一応解決したことだ。このまま家まで送っていこう。出来れば神原のお祖母ちゃんの誤解を解きたいところだが、こんな夜更けでは逆に迷惑だろう。
 けれど神原はどこか歯切れ悪く、自分の身体を抱いたまま小さな声で曖昧な返事をした。

「なあ、阿良々木先輩。もう少し、話をしていかないか?」
「でももう遅いし」
「良いから! 頼む阿良々木先輩」
 一度声を張り上げた神原の声は尻すぼみになって消えていく。
 なんとも珍しい。こんな神原は見たことが無い。

「……分かったよ。じゃあ、僕の家……って訳にもいかないか、ここからだとあの学習塾が近いか、そこで良いか?」
 あの学習塾跡に夜中、誰かが溜まったりしないのは以前何日か過ごした時に分かっていた。
 僕の言葉に神原は無言で頷く。



004

 学習塾跡の中は相変わらず静かだった。
 室内は壊れた窓と、影縫さんが空けた大穴から指す月明かりのおかげで割と明るかった。
 神原は相変わらず静かなまま、静かな神原はそれはそれで可愛らしいものだが、やはり僕としては落ち着かない気持ちの方が強い。

「神原、何かあったのか? さっき忍が何かほぞほぞ言ってたけど、それか?」
 明らかに忍が消える直前発した台詞の後から神原の様子はおかしくなった。
 彼女らしくないと言うか大人しくなってしまった。

「忍ちゃんが何を言ってたか阿良々木先輩は聞こえなかったか?」
「ああ、なんかボソボソ言ってたし僕に背を向けてたしな」
「そうか。忍ちゃんはな、次の自分の番だから、さっさと済ませろ。と言っていた」

「何の話だか」
「……分からないか?」
 なんだ、このシリアスな空気。何か奇妙な雰囲気になってきたような……

 いや、止めよう。オーディオコメンタリーで鈍感を連呼され続けた僕だが、この手の雰囲気はもう何度も体験している。それがどんなものであるかぐらい、分かっているつもりだ。

 忍の台詞ではないが、僕だって日々成長しているのだ。
 けれど多分、忍のそして神原が言いたかったことは僕の想像よりもっと深いものだろう。それはきっと、変態のエキスパートを自認する神原ですら口にするのを躊躇うような事。
 僕から言わなくてはならない事。

「神原」
「ん? なんだ阿良々木先輩」
 まだどこか悩んでいる様な神原に僕は言う。

「本当に、今夜泊まってくるって言ったのか?」
「あ、ああ。確かに言ったが」
 神原も僕の言葉から何かを察したのか、口調にブレが生じ始めた。

「そうか。じゃあ」
「しかし阿良々木先輩、流石にそれはいかんぞ。勿論私は阿良々木先輩から求められればいつ何時、どんな場所であろうと、ここであろうと処女を散らす覚悟は出来ているが、流石にそれは拙い」

「何で?」
 神原らしからぬ物言いに、ちょっと意地悪してみたくなってあのブラック羽川。もとい単なる黒い羽川さんのような喋り方で言ってみる。

「いや、だから」
 うろたえる神原。
 あ、ヤバイこれちょっと楽しい。
 オーディオコメンタリーで僕を苛めた羽川さんの気持ちがちょっと分かる。

「いつも言っているだろう? 私は阿良々木ハーレムの一員として唯一にして絶対的なルール。戦場ヶ原先輩が行った行為以上のことをしてはいけないのだ」
 途惑っている理由はそこだったのか。しかしそのルール、あの真面目一辺倒の羽川さんが……いやあれは僕が破らせたのか。
 とにかく既に前例はあるしそれ以上に。

「何だ神原。聞いてないのか?」
「む? 何がだ」
 てっきりいつかの初デートの時のように、電話で数時間、いや今回ならば十数時間くらい自慢していたかと思っていた。
 まあ、今のドロヶ原さんはそんなことしないか。

「いや、言いづらいことではあるし、と言うかあまり言いたいことじゃないけど、僕と戦場ヶ原な、そのー」
「既に行為に及んでいたのか!?」
 いつもであれば心を読むな。と言ってやりたいところだが、今回に限って言えば正直助かった。思った以上に言い出しづらかったからな。

「まあ、そういうこと」
「何故言ってくれなかったのだ! 言ってくれればその場所で私も行為に及んでいたというのに」
「だからだよ」

「ああ、もう。これまでの私の葛藤をどうしてくれる。さあやろう、直ぐやろう、今やろう。戦場ヶ原先輩とした数以上の回数をこなそうではないか」
「無茶言うな!」

「阿良々木ハーレムの二番手として、他のみんなには悪いが二番目の栄誉は私が頂く」
「え?」
「ん?」

「あー、いや。何でもない」
 余計なことを口走るところだった。

 と思ったら、もう遅かった。
「もしや阿良々木先輩。既に他の誰かと行為に……」
「いや無い、それは無いぞ。うん」
 心の中でごめんなさいしておこう。バレると色々と拙いのだ。相手が相手だけに。

「なんと! 羽川先輩かと思えば千石ちゃんだと!」
「だから心読むなよ! あー、もういいや。そう、なんか千石の奴僕と戦場ヶ原のこと知っててな、いつものようにツイスターゲームを二人でやってたらそのまま」
 何故かどうしてか流されていた。今思い出しても何故そうなったのかさっぱり分からない。

 ただ、あの時の千石は非常に、異常に、それこそ八九寺並みに可愛かったことだけは言っておこう。

「流石は千石ちゃん。ラスボスの名は伊達ではないな」
「前から思ってたけど、千石がラスボスって何でだよ。あんなに可愛らしい中学生に対する評価じゃないだろ」

「知らないと言うことは幸せなことだな阿良々木先輩。いや、それは良い。ならば私は三番目か。いざ!」
 言うなり、神原は僕を地面に上に押し倒し、僕の上に覆い被さった。
 痛みを感じるより前に神原との距離の方に驚く、顔が非常に近い。
 髪が伸びて女の子らしくなった神原の整った顔立ちに僕は目を奪われる。

「か、神原」
「……阿良々木先輩。いくら何でもこの場面で神原は無いのではないか?」
 月明かりに照らされて笑う太陽の少女の言葉に、僕は苦笑する。
 確かに、それはそうだ。

「じゃ、駿河」
「うん。それでいい」
「ならお前も阿良々木先輩じゃないだろ?」
 僕に言われ、神原もまた何度か瞬きをして少し考えるようにしてから、うん。と一つ大きく頷いた。

「そうだな。では……らぎ」
「……」

「気に入らないか? ならばらぎ子」
「それは止めろ!」

「冗談だ。では暦、改めて」
「ああ」
 こんな場面でも、変わらない明るさが今の僕はとても愛おしい。
 ニコニコと笑ったまま神原は、いや駿河はそっと目を閉じた。
 近づいてくる彼女に僕もまた少々やりづらくはあったが首を持ち上げて、僕らはキスをした。



005

 後日談というか、今回のオチ。

 朝が来て、元気の塊になったかのような明るく、いつもの数倍は高いテンションの神原と別れ、家路についた僕を待っていたのは誰であろう。
 三つ編み眼鏡の制服姿。
 僕の大好き、羽川翼……さん。だった。

「よ、よお羽川。こんな朝早くから一体」
「あれ? 今阿良々木私のこと呼び捨てにした?」

「あれー? 羽川さん、いや羽川様。ひょっとしていや、勿論僕の勘違いだとは思うけど、何か怒ってる?」
「え? 全然。何でそう思うの? 私は別に、阿良々木が私のことをないがしろにして事もあろうに千石ちゃんに手を出して、その上センター試験までもう少しだって言うのに勉強もせずに神原さんと朝帰りしたからって怒っている訳じゃないよ」

「怒ってるじゃん! 理由まで説明して怒ってるじゃん!」
「だから怒ってないってば。もー、嫌だな、何言ってるのよ阿良々木は」
「あの、その呼び捨てどうにかしていただけませんか羽川さん」

「あれ? 阿良々木は仮にも好きな女子から呼び捨てにされるのなんて嫌なの? へー、そっか。そうなんだ」
「是非呼び捨てにして下さい!」

「さ、今日は一日中勉強だからね。みっちり教えてあげる。膝の上に乗ったまま」
「一日中ですか!?」
 オーディオコメンタリーの時はたったの三十分だった。あれでもきっと筋肉痛になったのだろう。それを一日中続けると、羽川さんは、いや羽川様は言った。

「あれー? 阿良々木は嫌なんだ……」
「よろしくお願いします!」

「うん。よろしくね」
 ただでさえ寝不足だというのに。
 やはりあの時感じた違和感は、正しかったのだ。
 僕に未来予知の能力でも備わったのだろうか。

 僕の手を引いて歩き出す羽川。
 その表情はさっき別れた神原に勝るとも劣らない程晴れやかで、それとは対照に僕の表情は暗く沈んで行く。
 こうして僕の休日は始まると同時に終わるのだった。





 久しぶりに化物語の小説を書くと、会話のテンポが思い出せなくて苦労しました。
 近隣の本屋が全て売り切れだったので、猫物語がまだ読めていません。
 読み終わったらまた化物語の小説を書くと思います。多分全く別の話になるでしょうが。
 その時はよろしくお願いします。


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