「人の栄光を纏いし"覇者"よ…………お前は何故、魔王なんていうものがいるんだと思う?」
「死の間際に、戯言か。意味などないだろう? 貴様らは我々をただ欲望のままにもてあそんでいるだけ。だからこそ、私は今ここにいる」
サウゼラが答えると、女は愉快気に頬を吊り上げ、哄笑する。
「そう、そうさ、私はお前達を虐げる。その理由を考えたことはあるか? そう聞いているんだ」
胴を薙いだというのに、その死は緩やかだった。
これが、魔王か。
殺戮者の首魁の死だというのにこの安らかな表情が不快だった。
美麗にすぎる顔の作り、濃密な存在感と魔力。
その全てが、彼女が魔王たらしめている。
「……欲望のままに力を振るい、我らの故郷を、友を、蹂躙した。その貴様が、それには理由があるのだと? 笑わせるな、頭の血が抜けたか魔王」
「理由があるのさ、本当はね。けど、どうしようか。あえて知らないままの方がいいかもしれないね」
くつくつと掠れた、しかし聞くものを惑わせる声で笑う。
それはただの美ではなく、魔性の美だった。
気を抜けば取り込まれてしまいそうな、そんな美しさ。
最後の悪足掻きで誘惑の魔術でもかけているのかと勘ぐるが、そうした魔力の乱れは無い。
「時間の無駄だ。私は、貴様とこれ以上話すことなど何も無い。まだ外では戦いが続いている。貴様の首を持てば、それも収まることだろう」
「ふふ、せっかちだねぇ。それじゃあ、一つだけ、死ぬ前に教えておいてあげる」
そういって私を嘲笑うようにしながら、言葉を紡ぐ。
「魔王は魔王になるべくして生まれるものではないんだ。みんなみんな後天的さ。もちろん、私も元人間。そして――――」
愉快そうに紡ぐ彼女の言葉を、ぼんやりと聞く。
彼女の胴を薙いだハルバードを担ぎ、続きを促した。
覇者の証たる覇者の剣は、既に形を失い塵となり、そのあるべき場所に戻った。
それは、魔王の死か、覇者の死を意味している。
どちらかがいなければ、誰にも持ち得ない、あれはそんな剣なのだ。
サウゼラは健在。
そして地に伏しているのは魔王。
一目で分かる状況を、それは裏付けしているようなものだった。
だから、世界最高の殺戮者の、最後の言葉くらいは聞いてやろうと、そんなことを思ってしまったのだろう。
気紛れか、それともただの興味だったのか。
それは、サウゼラ自身、未だにわからないことではあるが。
一
魔王を倒し、残党狩りを行い、平和になった。
そう、平和になったはず"だった"。
街の広場に入ると、聞こえたのは醜い悲鳴。
もはや、耳に慣れすぎた音で、それを聞くたびに、胸が軋む。
広場の中央ではトロールや蜥蜴人、つまり魔王に加担していた亜人達が魔術付与された枷を嵌められ、石をぶつけられていた。
時には木の棒で打たれていることもあったし、スコップで身体を抉られていることもあった。
恐らくはその内に過激化して、一時間もしないうちにそうした行為に移行するだろうことはわかりきっている。
亜人の中でも見目が人に近く、美しいものは性奴として売られ、後の亜人はこうした"遊び"や強制労働、又は研究材料や見世物に使われる。
彼らは既に商品、つまるところは物でしかなかった。
この光景を見て、いつも魔王のあの言葉を思い出す。
『人の栄光を纏いし"覇者"よ…………お前は何故、魔王なんていうものがいるんだと思う?』
平和が訪れた次に訪れたのは、権力争いだった。
一致団結していたはずの国々は、元魔王領のどこを取り、どういう権益を得るか。
誰が盟主となるのか。
そうした軋轢が、今度は人の間での戦を生んだ。
国はそうした不満を解消させるべく、こうした見世物を定期的に行い、解消する。
それを見て、行い楽しむものたちを見ると、酷く吐き気がした。
それを是とする施政者達にも嫌気が差した。
だから、サウゼラは早々と、そうした下らない争いから身を引き、野に下った。
元々は、覇者の剣を引き抜いただけの一般人のサウゼラに、居場所など無い。
戦乱の後の英雄など、ただの邪魔者なだけだ。
生まれは集落。
権力とは程遠い場所に生まれ、育ったのなら尚のこと。
そこに、未練も無かった。
魔王に生まれた場所のその全てを奪われ、そうして討伐者ギルドに入り、そうしてモンスターの討伐をしているうちに、覇者の剣の噂を聞いて聖剣の街に向かった。
たったそれだけの、今の時代では実にありふれた過程で偶々力を得て、そうして魔王退治に名乗りを上げただけの話だ。
土民の出の自分には、そんな王者の世界は似合わない。
そう思って、元の場所に戻ったサウゼラが見たのは、荒廃だった。
眼に映るものは、そう、荒廃だ。サウゼラはこれらの光景に、酷く幻滅していた。
結局のところ、立場が入れ替わっただけなのだ。玩具と幼児が摩り替わった、そうした光景が、これだ。
魔王を倒して、平和になったと、本当にいえるのか。
あれから五年、毎日のようにサウゼラはそれだけを考えていた。
世界から争いが消えたわけではない。
あちこちで不穏な空気が漂い、もう開戦の火蓋を切っている国もある。
表の奴隷市場の亜人達の中に、人の奴隷が混ざるのも、そう遠くはないだろう。
「…………何故、お前はいたんだ? 魔王よ」
思い浮かぶのは、嘲笑うような彼女の顔。
きっと、彼女は知っていたのだろう、こうなることを。
そして、サウゼラ自身が絶望することも。
物思いに耽っていると、ボロ布を纏った少女が必死な形相で駆けて、目の前で転ぶ。
それを複数の若者が囲んだ。
風体から見て奴隷商だろう。
だとすれば、今の少女は、奴隷か。
若者のうちの一人が、倒れた少女の腹を思いっきり踏みつけるのが見えた。
少女が声にならない声をあげて、うずくまろうとするのを、さらに力を込めて押さえつける
「ガキが。手間取らせやがって。見ろ、汗かいちまったじゃねぇか」
「ぐ…………ぇ…………」
「おい、なんとか言え!」
足を離すと、今度は顔面に蹴りを入れる。
今度は多少の加減はしていた。人に近い少女だから、きっと性奴なのだろう。
褐色の肌に銀の髪。
よくよく見ると、額に二本、小さな角が生えていた。
亜人の種類は多いが、基本的に性奴として使われるのは獣人、翼有人、森人、鬼人。
その分類から考えるまでも無いが、彼女は鬼人の類なのだろう。
「兄貴、顔は拙いんじゃないですか?」
「加減はしてるさ。後で治しゃいい。それよりもこいつ、この俺を噛みやがったんだ、ゆるさねぇ」
今度は鼻を押さえた少女の髪を掴みあげて、無理矢理に顔を上に向かせる。
鼻からはダラダラと鼻血を流していて、酷く痛々しい。
涙を流して怯えながら男を見ていた少女の目が、サウゼラを見る。
恐怖に怯えて、涙を流す少女。
―――そんなものを見るために、私は命を賭けたわけじゃない。
魔王を倒せば、そんなものを見ることもなくなると、そう思ったから、立ち上がったのだ。
パズルのようにバラバラになった死体や、怪物に強姦されて果てた年端もいかない幼子。
皆、苦痛と恐怖にその表情を歪めて死んでいた。
それを見るのが嫌で、そんな世界から抜け出そうと…………そう、そしてその結果が、これなのだろうか。
地獄から抜けた先には、楽園があると、そうサウゼラは思っていたのだ。
だから身を削って必死に戦って、しかし、そうまでして夢見た楽園は、今までとなんら変わらない地獄でしかない。
これならば、被害者であれた以前の方が―――
頭を振る。
そんなことを、思ってはならない。
それは、全てを壊す言葉だ。
拙い方向に向かった考えを振り切って、サウゼラは男達に近づく。
「おい、あんた奴隷商だろう?」
「ん?ああ、見ての通りそうだが。なんだ兄ちゃん?」
「"それ"、商品なのか?」
そう言った瞬間に、少女の顔に絶望が生まれた。
それを見て、サウゼラの胸が軋む。
しかし、顔には出さずに、努めて平静を装う。
「"これ"か? ああ、さっき逃げ出しちまってな、見てくれよこれ。噛まれたんだぜ?」
そういって歯形が残り、血が滲む手を見せてくる。
男の行動や仕草、その全てがサウゼラには不愉快でしかない。
「それは大変だな。丁度私も玩具が欲しかった所でな、それ、いくらだ?」
「へへ、兄ちゃんも好きだね。けど、これでいいのか?もっとマシなのはいくらでもいるぜ?」
「ああ、それでいい。帰り道に偶々見かけたから気紛れなんだが。あんたんところまで少しあるだろう?現品そのままでいい」
金は腐るほどある。
しかし、だからといって奴隷商人に渡すくらいならば、ドブに捨てた方がマシだとも思う。
その不愉快な行為を行わなければならないというだけで、酷く袋の中の貨幣が惜しく感じる。
「ブルム金貨で一つ、レオリエなら十ってとこだが」
「おいおい、そんだけ痛めつけてるんだ。八つでいいだろう?」
「ケッ、それが目的で見てたんじゃねぇだろうな、九」
「八つとブルムの銀貨で一、これ以上ならいらんぞ」
「しゃーねぇ、けど、本当に現品だからな。後で文句たれるなよ兄ちゃん」
肉体労働者の賃金で考えても、三月か四月。その程度の額だった。
それほど、ありふれた"商品"なのだろう。
両手の枷に付いた鎖を取ると、下衆が、と内心で呟きながら、絶望した少女の鎖を引いた。
こんな場所からは、すぐにでも去ってしまいたかった。
宿の親父が不快気な目線を少女に送りサウゼラを見る。
亜人なんかを連れてくるなということだろう。
しかしそれも、追加の代金を少し多めに渡してやれば、すぐに顔を和らげる。
誰も彼もが、卑しく醜悪で、全てが不愉快に見えた。
部屋を汚さないでくださいよ、という言葉が聞こえて、それもまた酷く不愉快だった。
お世辞にも綺麗とはいえない部屋に入ると扉を閉める。
その音に少女が肩を竦ませる。
成り行きで買ってしまったはいいが、酷く偽善じみたことをしているのは分かっている。
だが、見捨てては置けなかった。
私はきっと、意志が強くは無いのだろう。
「怯えるな。お前に欲情することも無ければ、危害を加える気も無い」
「っ…………」
身体を強張らせてこのボロイが広い、部屋の角へ逃げる。
少しでも離れたいのだろう。そういう世界に彼女が生きてきたという証でもある。
未だに鼻からは血が流れていて、ボロ布のような服に垂れていた。
匂いも酷い。その中に精液特有の匂いがあって、サウゼラは顔を顰める。
こんな幼い子に、することではない。
なるべく怯えさせないようにゆっくりと近づく。
少女は左手で鼻を押さえたまま、右手で身を守るようにその小さな身体を抱いていた。
彼女にはきっと、サウゼラも奴隷商の男も、同類のようにしか映っていないのだろう。
もちろんそういう会話をしたし、そういう名目で買い取ったのだが、そういう目で見られるのは心外だった。
手の内に術式を展開すると、治癒光を現出させる。
簡単な治癒魔術だったが、これを見てさらに少女は身体を強張らせる。
サウゼラはその様子に溜息を吐いて、もがき暴れようとする彼女の両手を一纏めにして押さえつけると、彼女の鼻の辺りから治療を始める。
それを目尻に涙まで浮かべていた少女は、眼を白黒とさせて呆ける。
サウゼラは覇者の剣を得る以前から、高名な討伐者だった。
その才は誰よりも高く、近接戦闘から攻勢魔術から治癒魔術に到るまで、その造詣は広く、深い。
巨人殺しや竜殺しとして名を馳せた、ギルド外にまでその名を轟かせた討伐者。
今代の魔王を倒せたのは、覇者の剣を引き抜いた者だからではなく、彼だからこその偉業だった。
覇者の剣は持ち手を失うたびに砂漠の都、デプウォルタに現れる。
今代の魔王が現れて、魔王に挑んだ覇者はサウゼラを含め八人に昇ったが、その内魔王殺しを成したのは、サウゼラだけだ。
多くのものは魔王討伐を果たした後に力を失ったが、元々が世界に名を残しうる英雄としての力と才能を持っていたサウゼラは、その覇者の力を失って尚、雲ってはいない。
打撲の治癒程度であれば、詠唱や魔道具による補助が無くてもその構成を練りあげ、現出させることができる。
単なる魔術放出によって、自身を痛めつける気だと思っていた少女は、それに困惑する。
痛みが引いていき、傷がいえる感覚。
気持ちの良い感覚とはいえないが、酷くそれは暖かく、落ち着く気がした。
そのまま服の上から見てわかる程度の外傷を治すと、今度はその内の治癒。
少女は自分の手や足といった場所の外傷が治癒されてはいるが、服に隠れた部分、腹部と内股の奥の痛みが和らいでいないことに気付き、怯える。
この男も、自分を"そういう"風に扱うのだろうか。
そのために、気分がよくなるよう、見栄えをよくするために、癒しているのか。
「すまないが、服を脱いでくれ。絶対神教徒じゃないが、さっきも言ったとおり、神に誓ってお前に酷いことはしない」
その様子を見たサウゼラは下らない冗談を、しかし悲しい顔をしながら言う。
酷く不愉快な気分だった。
こんな幼い子供に暴行を加え、無理矢理に交わる。
人はきっと、下を作らねば気がすまない生き物なのだろう。
サウゼラ自身とて、そうした感情がないわけでもない。
他の討伐者を見下したりもしたし、卑しい人間を薄汚いものとしてみている。
以前から、奴隷は勿論いたし、人や亜人が売り買いされるようになったのは遥か昔からずっと続いている。
しかし、最近は少なくとも、奴隷なんてものは大抵の国で禁止されてきていた。
人を物と見る、それは一体どうなのか、と。
あちこちの哲学者や宗教者が言ったのだろう。
少し前までは、そうした風潮もあり、奴隷制度なんていうものを取っている国は野蛮な未開人の国だと言われてきていたのだ。
今時、奴隷商売なんていうのは一部の帝国主義国家と、アンダーグラウンドだけ。
暗い者達だけが、恥を恥とも思わず、それを行う。
もちろん奴隷が奴隷という名前でなくなった、という程度の国もあるが、それでも奴隷は恥ずべきこととされた。
それこそに意味があるのだとサウゼラは思う。
だというのに今は、逆行しているのだ。
魔王を倒したあの日から。
亜人の自由を奪い殺すのも、甚振るのも、恥ずべきことではない。
そうした風潮が、今の世界にはある。
そんな世界こそが、恥ずべきことなのだ。
偽善だろうが、他人を傷つければ―――道理にもとる行為をすれば、皆が裁き、排斥する。
それが文明のあるべき姿なのではあるまいか。
理由に例外をつけて、免罪符を作って、欲望のままに振舞う。
それでは五年前まで世界を蹂躙していた魔王や、未だに世に蔓延る怪物たちと、なんら変わりはしないではないか。
『人の栄光を纏いし"覇者"よ…………お前は何故、魔王なんていうものがいるんだと思う?』
違う、と呟いた言葉に力は無く、音にもならずに口中で霧散した。
それを見た少女が訝しんだが、首を振って、服を脱ぐよう促す。
少し身を強張らせながらも少女は、諦めたように服を脱いだ。
脱ぐと、そこに現れたのはあちこちに残る暴行の痕。
打撲やミミズ腫れが目立って、陰鬱になる。
それを少し撫でると、彼女は身体をビクリとはさせたが、悲鳴をもらすことさえも無かった。
よほど酷いことをされてきたのだろう。
先ほどと同じ要領で傷を治していき、足を開かせて秘部を見る。
もはや完全に諦めているのか、顔を赤くしながらも彼女は何も言わなかった。
そこにも暴行の痕があったが、こちらは行為のたびに治癒はしているのか、それほど酷くはない。
ただ、治癒術者が手を抜いたのか、下手なのか、その傷全てが癒えているわけではない。
幾度この少女は無理矢理に身体を開かされたのだろう。
そんなことが、国、いや世界ぐるみで行われている。
絶望に、底はなかった。
身体を清めさせて、恐らくは縮んでいるだろう胃によさそうな野菜スープを食べさせると、ベッドを使わせる。
治癒は比較的高位な術式で、疲労は溜まる。
夜になったばかりだというのに、軽い疲労感を感じて、毛布を敷いて横になる。
そうして眠りにつこうとした時に、初めて少女の、悲鳴以外の声を聞いた。
「ねぇ、抱くんでしょう? それとも甚振るの? 折角綺麗にしたんだから、使えばいいじゃない。寝てから起こされるの嫌だから、できれば起きてる内がいいんだけど」
「…………私は私の腰ほどしかないガキに欲情するほど堕ちてはいないし、ガキを嬲って喜ぶ趣味もない」
「嘘よ、男色なの? だったら、じゃあなんでわたしを買ったのよ」
「さぁ、気まぐれじゃないか? 私にとってはお前を買うのもパンを買うのも、大した違いはないからな」
「パン扱い、よっぽどお金持ちなのね。ああ、もしかして男色ですらなくて、勃たないとか?」
「品がないやつだなお前は。私は大人の女しか相手にしないだけだ。嫌なら出て行けばいいだろう、鎖は外したんだ」
少女が黙る。
本当に、気まぐれなのかすら、分からなかった。
この少女を助けたところで、同じようなものはそれこそ星の数ほどいる。
だからといって、見てみぬそぶりが出来なかった。
要するに偽善なのだろう。
全てを救うつもりなどないのに、その場の気分でそれを決めた。
無駄なことだというのは分かっているのに、だ。
自分の行動にも苛立って、眼を瞑る。
「……行く場所なんて、あるわけないでしょ? 街に出れば石を投げられて、輪姦されたあとに殺されるのがオチだもの。ねぇ、そんな分かりきったこと聞いて、楽しい?」
「………………」
「ああ、もしかして、そういうのに興奮するの? いいよ、慣れてるし、痛いよりもいいもの。それでご飯が食べれるなら、いくらでも」
嘲るように、少女が言う。
狂ってる、と、そう思って、狂わせたのはこの世界なのだと、内心で反吐を吐く。
「飽きたら殺せばいいでしょう? 幸い親もあなたたちに殺されたし操も既になし。失うものなんてないから、別に怖くないわ。それにお兄さん、凄く強そうだもの、わたしなんかあっという間に―――」
「五月蝿いやつだ。一つ聞くが、そこまで言うならなんで、お前は逃げたんだ? 外に出ても死ぬのは分かっている。希望もない。ならなんでそんな無駄なことをした?」
「…………そ……れは」
「お前が私を縋ったから、気まぐれを起こしただけだ。お前にそこまで覚悟があるなら、潔く囚われていればよかったろう?」
「………………」
「半端に斜に構えたお子様はこれだから嫌いなんだ。誰だって痛いものは嫌だし、貶されて喜びやしない。稀にそうじゃないやつもいるが、それは置いといてな。お前はそれが嫌だから逃げて、縋って、ここにいるんだろう? わざわざ私を試さなくても、飯は食わせてやるし世話もしてやる。出て行きたいならいつでも好きな時に出て行けばいい。言えば路銀くらいは持たせてやるさ」
「…………なんで?」
「だから言っただろう、気まぐれだ。お前は今日のあの時間に逃げ出して、たまたま私という幸運を手にした、それだけのことだ。行きたい場所があるなら連れて行ってやるし、したいことがあれば程度によってはさせてやる。子供は子供らしく自堕落に生きろ。お前は、誰かに助けて欲しくて、だから逃げ出したんだろうが」
そういうと部屋が静かになって、暫くすると啜り泣く声が聞こえてくる。
こんな子供が世界中のいたるところで栽培されているのだ。
自然に生えるのではなく、栽培されて、生まれているのだ。
世界は、醜い、美しい。
欲望という色が世界に満ちていて、汚れた万華鏡のようにその姿を変える。
見ようによっては美しく、見ようによっては醜く映る。
魔王を殺して、配色を変えてしまいたかったのだ。
世界が醜く見えていた。それを変えようと思ったのに、だというのに世界はもっと醜くなった。
自分だけにそう見えているのだろうか。
他の人間が見れば、違ったように見えるのだろうか。
いつでも幸福の椅子は限られている。
いつでも、そこに座れないものはいる。
それを少しでも少なくしたいと、そう思った。
魔王を輪から外してしまえば、椅子が空くと思ったのだ。
その分多くの者が椅子に座ることが出来るだろう。
そう思って、次の回が始まれば、今度は何故か椅子に座る者に偏りが出た。
前回までは人も亜人も、皆が満遍なく椅子に座れていたのに、今、ここに座っているのは人だけだった。
椅子は確かに空いたのに、これでは酷く不公平だ。
次は、何をどうすればいいのだろう。
何をすれば、満遍なく皆が椅子に座れるのだろう。
座れぬものは、仕方がない。
しかしこれでは、これでは、これでは。
皆が椅子に座れる世界なんて、ありはしない。
だからこそ、皆が正々堂々と、ルールを守って――――
いつの間にか、すすり泣きは寝息に変わっていて、外の喧騒も止んでいた。
そうしてそこで、いつもの女を見ることとなった。