「おめでとう、■■・■・■■■クン。本日を以って君は、【聖王の末裔】として認定されることとなった」
「…………ハァ?」
時空管理局地上本部。
その事務職の砦とも言える事務局で、朝一番に局長からそんな言葉が出てきた。
……うん。とりあえず、耳の掃除をしよう。まずはそれからだ。
「スミマセン。ちょっと耳掃除するんで、そしたらもう一回話してください」
最近忙しくて、耳掃除すらも出来なかったからなぁ~。
事務職は忙しいんだよねぇ?
魔導師よりも危険が少なくて、定時上がりが多いって聞いたから頑張って就職したっていうのに……実際はサービス残業が多すぎて死ねるし。
「あぁ、問題ない。存分に掃除したまえ……事実は変わらんがね?」
何か聞こえたが、とりあえず無視。
耳掃除って、自分でやってもある程度綺麗になるけど、やっぱ理想は膝枕で人にやって貰うことだよね?
それが美人なら尚良し。……って言っても、そんな経験はないんだけど。
「(ポン、ポン)良し、OK。お待たせしました、局長殿!」
「うんうん。ではもう一度言おう。君は今日から【聖王の末裔】として認定された。ついては……」
「局長!!」
「……なんだい?」
「ちょっくら耳掻きカフェに行ってくるんで、早退したいのですが!!」
最近ミッドに出来た新たなジャンルの喫茶店。
その名もステキ、【耳掻きカフェ】。
普段なら胡散臭さが先立つが、現実逃避するには丁度良い。
「待ちたまえ。行っても変わらないし、行くんだったら私も行こう。最近、あの【凪】ちゃんのツンデレがないと、生きていけない身体になってしまってなぁ……」
「……局長。実は常連だったんですか?」
「ふっふっふ……!実はメンバーズカードNo.0001なのだよ、私は……!!」
何か金色のカードが出た。
そこに刻印された【0001】という数字が、何故か痛々しく見えるのは気のせいだろうか?
「もしかして局長なのに外回りの回数が異常に多いのは……」
「……え?もちろん外回りにかこつけて、ソコに行ってるからだよ?」
何言ってんの、コイツ?みたいな視線は止めて欲しい。
「…………まぁ良いでしょう。局長の奇行は、今に始まったことではないですし」
「その間の空きっぷりと、その末に出た結論が全くオブラートに包まれていないあたり、私の人望のなさが透けて見えるな」
「自覚があるなら、さっさと直してください」
「NO!断じてNO!この【アルファー・D・トヨタ】のモットーは、自分の生き方を変えないことだ!!……例えそれが、ダメ人間だという自覚があっても」
最悪だ。
ウチの上司は、自分が思っていたよりも斜め上を行くダメ人間だった。
何でこんな奴が、事務局の局長やってられるんだよ?
「もちろん優秀だからさ♪並みの事務員なら五人がかりでやることも、私なら一人で出来るからね~?」
インテル入ってるんじゃないか。そう噂されている、我が事務局の局長殿。
両手は勿論のこと、さらには両足や口すらも使っての並列作業。
一説には、【一人オーケストラ】も出来るとか。ここまで来ると、凄いを通り越して別の感想すら浮かんでくる。
「局長は本当に生物なんですか?」
「ソコで【人間なんですか?】と聞かないあたり、さりげなく人類から除外されているよね?」
「何を今更。こんなこと事務局のデータバンクを検索すれば、一秒も掛からずに抽出される程のデータですよ?」
「コラ、そこの局員。公のデータを改竄するんじゃない」
「何言ってるんですか、やったのは局長本人じゃないですか?……酔っ払った勢いで」
「あるぇ~~?私、そんなことは覚えてないなぁ~?」
ウゼェ。
心底この生物(?)がウザイ。
しかし相手は上司だ。手を上げるなんてこと、出来るはずもない。
「ま、おふざけはここまでにしよう」
「……ようやく話が一周回ってきましたね」
ちなみにこれまでの会話中にも、局長の手足が止まることはなかった。
つまり会話と平行して、四つの作業をしていたということになる。
……やっぱり生物じゃねぇ。
「それでその――【聖王の末裔】とやらは、一体何なんですか?」
「文字通り【聖王】の子孫だ。君がそうだということが、昨日判明したのだよ」
聖王というのは、ベルカ自治領での領教(国境)である。
何でも遥か昔に、ベルカを統治していた王様の名前らしいのだが……。
まぁベルカの人間以外には、全く良く分からん話なのだ。
「お言葉を返すようですが、家は由緒正しいミッドの人間でして。父も母も、父方の祖父母も、母方の祖父母も……」
昔初等部の時に出た課題で、家のルーツを辿ったことがある。
その結果は言わずもがな、ただの一般人オブ一般人。
先祖には著名人もいなければ、高ランク魔導師もいない。本当にただの一般人だった。
「うん。だが遥か昔に戻ると、君の祖先は【聖王】だったようだ。あまりにも多くの女性に手を付けすぎて刺された、不名誉な王様だったらしいがね?」
それじゃあ、存在が抹消された可能性が大だ。
またはその子どもから、家系図が書かれた可能性も高い。
どちらにせよ、そんな面倒な系譜だったとは……。ラッキーとか思う前に、面倒ごとが押し寄せてきそうだ。
「しかし何でそんなこと、本人にも内緒で調べたんですか?……って言うか、一体何処のどいつが調べたんです?」
「こっからはトップシークレットになるのだが……」
「そのトップシークレットを、何でアンタが知ってるんですか?」
通常トップシークレットなるレベルの情報は、事務局の局長と言えど閲覧は不可能だ。
「蛇の道は竜というヤツだ」
「勝手に捏造しないで下さい」
「そこは重要じゃない。だから今は関係ない」
「……じゃあ、何処が重要なんですか」
局長は目を伏せ、そして両手足の作業を中断した。
ふぅと一息吐いて脚を組むその姿は、流石に局長と呼ばれるクラスの人間である。
威厳もバッチリだった。
「現在聖王教会には、【聖王の器】という少女が居る」
「何ですか、そのゲームにでも出てきそうなネーミングは」
「彼女の正体は、古代ベルカの最後の聖王のクローン」
「!?クローンって……そんなこと、出来るんですか!?」
「出来る。だから彼女は存在し、そして混乱も起きた」
出来るか、出来ないか。
という問題は既に意味を持たない。
事実として存在すれば、その問答は不要だからである。
「混乱……?」
「聖王というのは、教会にとっての神を意味する。神の復活、本来ならば諸手を上げて喜ぶところだが……」
「クローンだから、混乱が起きたって言うんですか?」
「それもある。しかし真に重要なのは、其処ではない。これまでの権力関係が――勢力図が書き換えられるかもしれないことだ」
あぁ、ようやく理解した。
ようは大人の黒い世界の話か。
全く。権力って言うのは、どうしてこう厄介なのかねぇ?
「聖王に近しい存在は良い。だがそれにあぶれた奴らは?」
「焦るんじゃないですか?」
「そう、その通り。だから彼らは探した。自分たちの【神輿】になる存在を――【聖王の末裔】を」
つまり【聖王の器】と同じ位の格を持った神輿を用意し、自分たちがそれを操れば。
そうすれば、あぶれた奴らは権力闘争にまで持っていける。
あとはその正当性を説いて、神輿を勝たせれば良いのだ。
「腐ってますね」
「あぁ、腐っているな」
事務局という立場柄、どうしてもこういった腐った話を聞く機会は多い。
横領や管理局員による犯罪など、例を上げればキリが無い。
「そして連中が探し出したのが――――君だ!!」
「すげぇ嬉しくない【シンデレラボーイ】ですね」
「同感だ。もし私が同じ立場だったら、教会を滅ぼしに行ってしまうよ」
事務員の癖に、SSランク保持の魔導師でもあった局長。
そんな人材、本来なら事務員にはなれない。
しかし局長はなった。お偉方の弱みを握って、【穏便に】推薦して貰うという恐ろし過ぎる手段を用いて。
「そんで自分は、そんな権力闘争に巻き込まれると?」
「いや、心配には及ばない。既に君を見つけ出した連中は、教会の膿として処分された」
「何だ。じゃあ自分には、もう関係ないですね」
「ところがどっこい、ココからが問題なんだよ」
まだあるのか。
もうウンザリしてくるのだが。
「その前に一つ問い掛けをしよう。聖王そのものと、聖王の血脈。どちらも存在するが、選べるのは一つ。しかしその二つを一つしなければ、混乱は収まらない。さて、君ならどうする?」
「どうするって……」
一番危ない手段は、片方を【消す】こと。
しかし流石にそれは使えないだろう。
ならば何がある?
「【消す】以外だとすると、公からの抹消とか……」
「ブッブ~!!ハズレ、ハズレ~!!かすりすらもしないとは……」
「そんなこと言われても。せめてヒントを!」
「ヒントねぇ~?私は最初に言ったはずだよ?聖王の器と呼ばれる【少女】が居ると。それが最大のヒントだったのだが」
【少女】。
オンナ。
……だから?
「えっと……ギブの方向で」
「――スマン、君は一般人だったもんな。こんなお偉方や王政が生きてる世界の話を言われても、ピンとこないのも無理はない」
「王政……って、まさか!自分とその少女を……!?」
当代での一体化が出来なければ、次代で出来るようにすれば良い。
つまり婚姻。結婚。
その先にある……子どもの誕生。
「ザッツライト。今教会は、その方法で動いてるらしい」
「何て傍迷惑な!?本人の意思は、何処へ行ったの!?」
「勿論本人の意思を尊重するとは言ってくるだろうが、実質的には脅迫めいてるな」
「どうしましょう!?家にはすぐに人質になれてしまいそうな、父と母が!!」
ミッド郊外の一軒屋で、つましく二人で暮らしてる父母。
大体一日中家に居ることもあって、どう考えても人質予備軍である。
「つか、相手は今いくつなんですか!?少女って言うぐらいだから……」
「うむ。喜べ、■■。相手はピッチピッチの一年生だ」
「高等部のですか?」
「ノン」
「まさか中等部……」
「ノンノン」
「……………………まさかまさかの、初等部なんてことは……」
「オメデトウ。君は今日から立派なロリコンだ。局のデータベースにも登録しておくから、喜んで受けたまえ♪」
「誰が、喜ぶかぁぁぁぁ!!」
パネェ。
ベルカ始まったな。
まさか少女というより、幼女といった年齢に近い存在との婚姻とか。マジありえん。
「しかしこの決定には、当然反対のものも居るからねぇ……十分気を付けたまえ」
「むしろ反対者が常識人な気がしますが」
「その通り。だから君は、彼らからするとロリコン犯罪者だ」
「何でよ!?おかしいから!?向こうで勝手に決めといて、勝手に犯罪者扱い!?」
司法が消えた。
警察と裁判所がグルとか、マジありえん。
「大丈夫だよ。それは管理局も一緒だから」
「……そう言えば、確かにそうですね」
そもそも管理局自体だって、似たような組織だ。
ただ別組織だってことだけ。
「あ、そうそう。もう来てるから、早退は希望通り受理しておくからね?」
「ありがとうございます……って、今余計な言葉が付いてませんでした?」
「余計じゃないよ?ホラ、あそこに……もうお迎えが来てるから」
局長が指した先には、管理局内部だというのに教会のシスターが居た。しかも二人も。
一人は金髪ロングの大人しそうなお姉さん。
そしてもう一人は、小豆色の髪の短髪お姉さん。
「綺麗な人たちですねぇ……。でも何か」
短髪お姉さんからは隠しようのない殺気が。
そして短髪ほどではないにしろ、金髪お姉さんの笑顔からは瘴気が見えそうだった。
「何か……恐ろしいオーラを撒き散らしながら、ガン付けられてるんですけど!?」
「あぁ、彼女たちは良識派でね?つまり君を恨む人たち」
「おかしいでしょう!良識派を名乗るなら、自分が被害者だということすら、簡単に予測出来るでしょうに!?」
「うん。事実さっきまではそんな感じだったよ?」
「……聞きたくないんですが、一応聞きましょう。局長、アンタ彼女らに何を言ったんですか……?」
聞きたくない。
しかし聞かなければ、誤解を解くことすら出来ない。
だから聞いておく。聞かなければならない。
「そんなに怖い顔をしなさんな。ただ事実を話しただけだから」
「……だから何と?」
「勤続五年の間に、女性局員との恋愛は皆無。局員以外の女性ともそんな関係はないから……多分【ロ】の付く人なんじゃないかと」
「ちっげぇぇぇぇ!!前半は事実だからしかたないけど、後半は限りなく捏造だぁぁぁぁ!!」
酷い。
こんな酷い捏造は、広報課の仕事だろう。
「ほぅら。美しいお姉さんたちが、手招きしてるぞぉ?」
「綺麗な薔薇には棘がある。綺麗過ぎる薔薇には、猛毒すら積まれている。これがこの事務局に来てからの教訓です」
「ほぉ、実に真理だ。誰なんだい?君にそれを教えてくれたヒトは……?」
「アンタだ、アンタ!!」
今まで紹介する場面がなかったが、ウチの局長は女性だ。
【アルファー・D・トヨタ】。
蒼いウェーブがかったロングヘアーに、銀色の瞳を填め込んだ【女神】と称される人物である。
「おぉ!ということは、君は私を美し過ぎると思っていたのか!!……明日から気をつけないと」
「その心配は皆無です。普段の態度が、その美点をマイナスまでに落ち込ませていますから」
「言ってくれるねぇ?じゃあ美し過ぎるお姉さんの下で学んだ対応を活かして……いってらっしゃい♪」
ドン、と背中を押される。
もう行くしか道は残されていなかった。
この先にはどんな道があるのだろうか?
そもそも道はあるのだろうか?
……とまぁそんな感じで、自分は美しき羅刹二体の下へ歩いていくのだった。
時空管理局事務局局員【エル・G・ランド】の手記より。