<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ゼロ魔SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[12372] ハルケギニアの舞台劇(1章、2章) 
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/11/29 01:10
 私の稚作、『ハルケギニアの舞台劇』も、かなりの量になり、表示が重いとのご指摘があったので、2つに分けることにしました。

 ここには1章『ガリアの影』と、2章『ガリアの闇』を載せます。

 1章は『影の騎士』と呼ばれる主人公、ハインツ・ギュスター・ヴァランス個人の物語で、彼の復讐が果たされるところまで。

 2章はガリア王家の抱える闇を主軸にした物語です。

前書き

 以下の内容が受け付けないと言う方は遠慮したほうがいい内容となっています


 ・ゼロ魔世界でオリジナルキャラが主人公の「オリ主最凶もの」(誤字ではありません)です。

 ・オリジナルキャラクターが多く出てきます。
  
 ・原作のキャラクターの性格が大きく変わっている場合があります。

 ・一部原作キャラに厳しく当たっている表現があります。

 ・一部残酷、残虐、悪辣、非道な表現があります(すべて主人公がやります)

 ・独自設定、独自解釈が多いです。

 ・1章のころの主人公は性格に傲慢さが目立っています。

 ・3章・最終章のURL
  http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=10059&n=0&count=1

 ・外伝、設定、小ネタのURL
  http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=14347&n=0&count=1






[12372] 第一章 ガリアの影 第一話   転生
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:31
第一話   転生
 
 ふと気がつくと、そこは森の中だった。

 どうやら自分は地面に横たわっているらしく、上には木の枝と晴れ間が見える。

 とりあえず外傷や打ち身などはないので、まずは起き上がり、辺りを見回してみる。その際に違和感を感じたが、今は考えないでおく。


「ここは、・・・・・どこだ?」


 辺りは全く見覚えがない場所であまり木が密集はしてはいない、散策用の森のような感じだった。


 一体どうしてこんなところにいるのか、サッパリ訳がわからない。

 いや、そもそもどうして俺は生きているのか。

 確かに俺は死んだはずではなかったか?

 家族や「彼女」とは確かに別れを遂げたはずだ。


 他にも違和感がある。


 まず服装、こんな服を俺は持っていないし着たこともない。大体、日本でこんな服は大都会の特殊な服を扱う店ぐらいにしか置いていないだろう。


どう考えても「エリザベス」などの中世ヨーロッパを舞台にした映画やもしくは「ロード・オブ・ザ・リング」のような剣と魔法の世界を舞台にした映画の撮影に用いられるような服装だ。
 

 そして風景、一見普通の森のようにも見えるが何か違和感がある。よくよく観察してみるとそれがわかった。木だ。日本には存在しないはずの木がたくさんある。


たしか高校の卒業旅行で行ったヨーロッパ観光ツアーで案内人の人が懇切丁寧に教えてくれた。日本とは木の種類が違っており、中世ヨーロッパにおいては森の恵みはとても重要であったのだとかなんとか、やたらと長かった。


まあそんな思い出はどうでもいいが、日本には存在しない木があるということは、ここは日本ではないのだろう。だが、ヨーロッパの植物と比較してもまだ違和感がある。何かが微妙に異なるというか、言ってみれば「気配」や「雰囲気」といったものが違っているような印象を受ける。


 そして何よりも最大の違和感。

視線が異様に低いのだ。

自分は確かに立っているはずなのに辺りがやけに低く見える。視線だけではない。手足が短いし細い。これではまるで子供の様だ。というよりも実際に子供の体だ。

何が何やらサッパリ訳がわからないが、どうやら自分は何故か子供の体になっていて全く

見知らぬ異国の土地に一人でいるらしい。


 ふむ、考えれば考えるほど「何も分からない」ということだけが分かっていくという実に奇妙な状況だ。まあ座右の銘は「何時いかなる時でも冷静に」なので、それに習って冷静に考えてはみるのだが、まるで状況がつかめん。


とまあ、そんな不毛なことを考えていると、向こうの方から馬蹄のような音が聞こえてくる。どうやら次第に近づいているらしい。待っていると二人の人間がそれぞれ別の馬に乗って現れた。


正直、ホッとしている。自分一人では何も分からないが、俺の事情を知っている人間がいればその人に聞けばいいし、例え俺を知らない人間であっても、ここがどこかぐらいは知っているだろう。


「ハインツ様!お気づきなられたのですか!」


 年老いた男の方が馬から降りながら話しかけてくる。かなりの年だ、70近くにはなっているように見える。もう一人の男の方も馬から降りようとしているが、こちらの男はわりと若い。せいぜい30歳ぐらいだろう。

 だがそれよりも。


 ハインツ?

 それは俺の名前か?


 ハインツ。ハインツ。

 聞いたことがあるような。常に聞いていたような。まるで聞いたことが無いような。そんな不思議な感触だ。何か思い出せそうな気がするのだが、上手く頭が働かない。

 「ええと、あなたは誰ですか?」

 名前を聞けば、何かを思い出すきっかけになるかもしれないと思い訊ねてみる。

 「ハインツ様? まさか私をお忘れになられたのですか? ドルフェにございます! 

ヴァランス家に長年お仕えさせていただいておりますドルフェにございます!」

 ドルフェ?
 ドルフェ。ドルフェ..........ドルフェ!!


 「ドル爺!? 執事兼世話係のドル爺!?」


「はい。ドル爺にございます。どうやらご怪我もとくになさそうで、安心致しました。ハインツ様に万一のことがあっては、旦那様に合わせる顔がございませぬ。」


 そう、この人はドルフェだ。俺(ハインツ)が生まれたときから世話係として常に傍にいてくれた人だ。

 そして俺は。

「ハインツ。 ハインツ・ギュスター・ヴァランス。 それが俺の名前。」

 そう、これが俺のこの世界における新たな名前だ。

 この世界?

 あまりに自然に「この世界」というフレーズが頭に浮かんだが、どういうことだ?ここは地球ではないのか?

 だめだ、まだ頭が混乱している。情報が足りていない。


 「ドル爺。俺はどうしてここに? いったい何があったんだ?」


 とりあえずドル爺に現在の状態を訊いてみる。

「ハインツ様。 何も覚えておられないのですか? まあ、あの衝撃ならば致し方ないかもしれませぬ。」

 そう言うとドル爺は少し考え込むような素振りをしながら話しだした。

 「最初からお話しますと、まず、ハインツ様がいつものように森に行きたいと仰られまして、私と共に馬に乗ってこのアカイアの森に来られました。」

 アカイアの森・・・確か屋敷から一番近い森の名前だったか。

「馬から降りた後、ハインツ様は森に散策に入られ、私は馬の手綱を木に結び付けておりました。結び終わった後、私はハインツ様を追ったのですが、ハインツ様の足が想像以上に速く、不甲斐無くもハインツ様を見失ってしまったのです。」

 そうだ、俺が乗った馬の足の速さは俺の予想も超えていた

「しばらく探し回っていると、突然馬の嘶きとハインツ様の悲鳴が聞こえました。私はすぐに『フライ』を唱えハインツ様と馬を追ったのですが、私が追いついた時にはハインツ様は落馬されており、地面に体を打ちつけられたご様子でありました。」

 よく死ななかったな、普通の幼児は死んでる。よほどの強運と言えるだろう。少し背筋が冷たくなる

「話しかけてもハインツ様は目をお覚ましにならず、一応『治癒』(ヒーリング)を試みたのですが、ご存知の通り、私は風メイジでありまして水系統はさほど得意ではありません。ハインツ様をすぐに屋敷へ運ぶことも考えたのですが、むやみに動かしてはかえって危険かと思い、薬師のアンリを連れて参ったのでございます。」

ドル爺はこれだけ長いことを一気に語った。たぶんそれだけ俺のことを心配してくれていたんだろう。その献身には頭が下がる思いだが、俺自身はそれどころではなかった。今の話で聞き捨てならないキーワードがあった。

 『フライ』
『風メイジ』
『治癒』(ヒーリング)

 この言葉を聞いた時、俺の頭の中で何かが「カチッ」とはまるような感覚があった。

そう、これこそが俺がいた地球とこの世界の最大の相違点。

この世界は魔法が実在する世界であり、

俺、東城慶幸(とうじょう よしゆき)は

『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』として、この世界に転生したのだ。



続く。

/////////////////////////////////////////////////////////

初めまして、イル=ド=ガリアと申します。

ssを書くのは初めてなのでかなり拙いところが多いです。

精一杯頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。



 追記 8/31 一部修正



[12372] ガリアの影  第二話    前世
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:32
この章は基本的に読み飛ばしてくださって大丈夫です。
 主人公の前世について延々と語っていくだけです。
 主人公が高いレベルの医術を持っていて、他人の本質を漠然と理解することが出来、主人公の前世は穏やかで満ち足りたももであった。ということが書いています。




 俺の前世について、話しておこうと思う。

 あくまで前世であって、ハインツ・ギュスター・ヴァランスとしての人生との接点がある訳はないのだが、ハインツという男の行動理念・性格・能力において、前世は、切っても切れない関係にあるのだ。





第二話   前世






 まず、生まれた家は普通の家だ。

 父は大企業に勤める会社員で、部長の一個上ぐらいの地位だった。

働き者だったが家族サービスにも力を入れる人で、小さい頃から様々な所に連れて行ってくれたし、

夏休みの自由工作なんかでは手伝うと言いながら、俺よりも張り切って作るような人だった。



 母は普通の優しい人で、大学で父と知り合い、僅か2ヶ月で電撃的に結婚したらしい。

母曰く。「運命を感じた」とのことらしい。

俺はこの人が子供の前で泣くところを、生涯を通して一度しか見たことがない。

例えどんなに疲れていても子供の前で弱音を吐くことはなく、常に俺たちを見守ってくれた理想といえる母親だった。



 それから、弟と妹が一人ずついた。



 弟の賢治はとても元気で活発な奴だ。

俺とは2歳ほど離れていたが上級生だった俺の友達に混じってサッカーやバスケをやるような奴だった。

賢治曰く「同級生だと相手にならない」らしかった。

特にスポーツにかけては万能で、中でも、サッカーを得意としていた。高校サッカーにおいても1年生ですぐに有名になるほどだった。

性格は一言で言える。「わんぱく小僧」。こいつの周囲ではいつも笑顔と問題が尽きない、そういうやつだった。



 妹の麗華は俺とは5歳離れており、弟とは正反対でとても大人しい子だ。

家事にかけては万能といってよく、小さい頃からよく母さんを手伝っていた(俺も手伝っていた、賢治は当然手伝わない)。

自分よりも小さい子を世話することに天才的な才能があり、麗華自身も小さい子が大好きで、将来は保母さんになりたいと小学校5年の頃から言っている。

正に天職であろう。



 とまあ、これが家族構成、簡単にいえば理想の家族像。

これに尽きる。我ながらよくぞここまで良い家族に恵まれたものだと思う。

父さんと母さんが喧嘩したとこなど見たことがなかった(息子の前で互いにキスしたり惚気たりはあった。

賢治や麗華の前ではやらないよう心がけていたそうだが、なぜか長男の俺には見せつけるのだ。

なお、かつては家族5人が同じ部屋で寝ていたのだが、本能的に何かを察したのか、

それとも単に遊びたかっただけなのか、9歳の俺が「麗華の面倒は俺がみるから子供だけの部屋で寝たい」

と言い出し、両親が俺の前で無防備になったのはそのあたりからだったような気がする)。

そして、兄弟3人の仲も良く、俺にとっては幸せを結晶にしたような家族だった。




家族の話はこれぐらいにして、俺自身の話に移ろうと思う。

俺自身の性格を語るのは難しいので割愛する。まあ、特に変なところもなく、人並みだろうとは思う。

小学校から中学校までは特に語ることもなく平凡に過ぎた。能力的には高く、

学力や運動においては高い水準を維持してはいた。ただ、真剣になれる事柄がなかったのも事実だった。

高校になって、剣道部に入った。この先生が特殊で、ある流派の師範であり、

生徒の前で真剣を使った訓練を行うような人で、最終的についていけたのは俺一人だった。




そして、大学は医大に入った。外科医志望であったが、どこぞのブラックジャックよろしく、他の科の知識や技術に関しても貪欲に学ぼうと躍起になっていた。

何で俺があそこまで医学に力を注いだのかは今でも分からない。

ただ、「彼女」はその理由に気付いていた節があった。(のちに俺もその理由に気づくことになる)



 まあ、そんな訳で、外科の知識と技術は当たり前として、内科、整形外科、形成外科などに関しても医師免許取得に必要な部分以外の専門的な知識に関しても学んでいたし、果ては遺伝子学や薬物学にも手を出した。


 ちなみに、座学での成績はトップだったが、これは俺にとって特に誇れることではなかった。

いってみれば何かに突き動かされるように知識を吸収したことの付属効果みたいなものだったし、

何よりトップというのはあくまで相対的なものであり、どんな所にも必ずトップはいるものである。



 だが、俺の外科的技術に関して言えば、相対的なものではなく、絶対的なものだった。

ただの研修医に過ぎないはずなのだが、その技術はベテラン医師顔負けと言われた。

何でそんなに腕がいいのか俺自身にも分からなかったし、あえて深くは考えなかった。


 そして、東城慶幸(とうじょう よしゆき)という人物について語るには最も重要な要素となる人物がいる。


 それが、西城夏鈴(さいじょう かりん)。俺の彼女であり、のちに妻となる女性だ(とっても美しい)。


 夏鈴とは小学校1年の頃からの付き合いである。

最も当時から恋人だった訳では当然なく、恋人として付き合いだしたのは中学卒業のころからである。

 夏鈴の性格を一言で言うのは非常に難しいが、あえて言うなら「姉さん」である(「姐さん」とは違うのがポイント)。

物腰は穏やかで、言葉遣いとても丁寧、簡単に言えば「淑女」と言えるのかもしれない。

ただ、「淑女」という言葉はそれを聞くだけで、どういう人かを想像できるので、夏鈴を表す言葉にはふさわしくないと思う。

夏鈴と直に接した人は、皆例外なく彼女を「不思議」と評した。

夏鈴は、相手が同世代、果ては年上が相手であっても、相手の全てを見透かしているかのように話す。

相手にとってはまるで夏鈴が自分を昔から知っているかのように、つまり「姉のように」感じられるそうだ。

ただ、夏鈴自身にとってはそのように接しているつもりはなく、「自分らしく接しているだけ」なのだそうだ。

それは俺にとっては納得できた。

俺にとって夏鈴は昔から「夏鈴」以外の何者でもなく彼女を姉のように感じることは特に俺にはなかったからである。



 とまあ、長々と語ってしまったが、要約するとそれまでの俺の人生は「勝ち組」だったのだと思う。

家族の仲は良く、自分は医大の首席、そして、万人に自慢できる彼女(近いうちに結婚を考えている)がいた。

ちなみに夏鈴は精神科医を目指しており、二人揃って医大で研鑽を積んでおりました。



 だが、世の中そうそう順調にはいかないもので、ある日俺は体調を崩した。

 医師の卵として、自分の健康管理には細心の注意を払っていたつもりなので、これは、ウィルス性の病気かと思い、自分が在籍している大学病院の最新の人間ドックで調べてもらった。



 結果、癌だった。



 癌とはいえ、状態は最初期だったので、現代の医学なら98%完治可能だと言われた。

検診をしてくれた先輩によれば、


 「癌だろうが早期発見できれば恐るるに足らず。ていういい実証になるんじゃないか、将来、俺は自分の癌をあっさり治したんだって、患者に自慢してやれよ。」

などという実にありがたいお言葉を頂いた。



 ところが、そんな風に笑っていられたのも僅かの間だった。



三日後、これからの治療方針を具体的に決めるため、現在の癌の状態を確かめる検査を簡易的に行ったところ、癌は初期状態を遙かに上回るレベルに進行していた。


こんなに進行が速い癌など今まで一度も報告されておらず、すぐに大学病院の名誉教授クラスの人たちに伝わり、全国の癌治療の権威達が集い、癌の発生原因の究明とその治療に乗り出した。


が、その努力を嘲笑うかの如きスピードで癌は進行し、何とか原因を究明できた一月後には、既に癌は各臓器、全身のリンパ節に転移し、末期状態となっていた。



 そして、癌の原因と共に、余命3か月という宣告を受け取ることとなった。




 癌の原因は遺伝的疾患、ただしそれは自然の交配の過程で発生したものではなく、ある外的要因によってもたらされたものだった。

 理由は至極単純。

 まったくの偶然だが、俺の父方の祖父も、母方の祖父も原子力発電所に勤めていた。

そして、父も母も両祖父が遅くして出来た子供であり、そのころにはすでに祖父たちは軽度の放射能汚染にあっていた。

 彼らが気づかぬうちにその遺伝子に刻まれた爪痕は二代を経て、一種の隔世遺伝の形で俺の代で発現した。

それゆえに既存の癌とは異なり、放射能汚染のメカニズムを遺伝子に含んだ新種の変異細胞が、既存の抗癌剤などの干渉を一切うけず、常識破りの速度で転移していった。ということらしい。



 その話を聞いた時、俺が考えていたことは、驚きでも悲しみでもなく、全く違うことだった。
 
それは、「医者は決して患者の心を理解することはできないな、理解できるのは同じ患者だけだろう」

ということだった。



 この感想についての話を帰ってから夏鈴にしたら、「あなたらしい」と微笑んでいた。どんな状況にあっても相手の気持ちを察した対応ができるのが西城夏鈴という女性なのだった。

 そう、俺は別に彼女が悲しむ顔が見たいわけではない、それが彼女にとってどんなにつらい話であっても彼女にはいつでも微笑んでいてほしかった。夏鈴はそんな俺の心情までも正確に読んでくれていたのだった。



 それからの俺の生活は特に変わることもなかった。

 それまでの人生があまりにも幸せで順調だったせいか、余命3か月と言われても、「ああ、釣り合いが取れてるな」
と感じてしまうのだ。

もし、本当に人が平等であり、等しく幸せになる権利があるなら、俺の人生はこれぐらいの長さで丁度いいのかもしれない。などと考え、特に悲嘆に暮れることもなかった。



 そんな俺に対して、家族は泣きながらもっと生きてくれと訴えてくれたが、夏鈴だけはいつでも変わらず微笑んでいてくれた。



 ただ、生活内容自体は特に変化がなくても、俺の世界に対する認識は大きく変わった。



 まず、あらゆることが尊く感じられるようになった。朝起きて挨拶をする。といった極当たり前のことであってもそれがあと数十回しかできないと考えると、とても貴重で素晴らしいことのように感じられた。

 あと、他人に対する印象が変わった。その人物を見ただけで、その人の本質や中身などといったものを感じ取ることができるようになった。


自分の寿命はあと僅かと知って以来、人への直感とでもいうものがやけに鋭くなっていったのであった。

そして、夏鈴が他人に会った時に感じ取るものも同じものなのだと理解した。そう思うと、彼女がいつも微笑んでいられる理由も何となく察することができるようになった。



 変化がないこともあれば、大きく変わったこともあった。それは夏鈴と正式に結婚したということである。こうして彼女は西城夏鈴から東城夏鈴となった。(西が東になっただけ)



 また、様々な人々が俺たちを訪ねてくるようになった。


俺のこの病気が現代の日本人の原爆症への認識に大きな変化を与えたらしく、社会が大きく動いていた。俺たちはその中心の一つにされた訳である。


 そうした中で俺が書いた「患者になった医師」という現代の医者と患者の在り方について纏めてみた本は空前絶後のベストセラーとなった。

社会や医療制度の変化に合わせて順次続刊を出す予定で、その役は夏鈴に任せた。



 そうこうするうちに3か月はあっという間に過ぎ、俺は最期の時を迎えた。

 だが、死ぬ一週間前に、とても素晴らしいことが分かり、同時に、俺にとっての心残りができた。


 夏鈴が妊娠していた。現在3ヶ月で、あと7か月近くで子供が生まれるという。

 できることなら子供の顔を見てみたかったものだが、それは不可能だ。

俺が死んでも俺が生きた証が残るということが知れただけでも十分すぎるほどに幸せというものだろう。

 最後の瞬間、俺の目の前に光が現れ、俺の中の何かが抜けていくような感覚を覚えた。

 そして、父さんと、母さんと、賢治と、麗華と、友人たちと、そして我が最愛の人である夏鈴に見送られ、俺の25年の生涯は終結した。




 相対的に見れば短い人生と言えるのかもしれないが、

 好きな人と、家族と、友人たちと共に生き、そして、彼らに見送られて死ぬという、

 誰でも当たり前に得られるはずであり、

 俺にとってこれ以上はあり得ないほどの幸福に満ちた人生だった。



 続く。


追記  8/31 一部修正




[12372] ガリアの影  第三話    現状把握
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:38
 この章から、オリジナル設定がかなり入っております。
 そういうものが苦手な方は避けたほうがいいと思います。





俺が『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』であり、前世は東城慶幸であったことを自覚してから約一週間が経った。

その間に得た情報はかなり量で、正直、自分の中で整理するにはかなりの時間を要した。



第三話   現状把握





まず、俺が転生したこの世界は「ハルケギニア」と呼ばれている。

正確に言うと、ハルケギニアとはこの大陸に存在する、緩やかな弧を描いた巨大な半島を指す言葉であり、地球でいう「ヨーロッパ」にあたり、また、文明のレベルも中世ヨーロッパに近似している。

しかし、地名や地形にも地球との類似点が多く、まるで地球とこの世界は、歪んだ鏡で互いを映し合っているかのようである。

実際、ハルケギニアに存在する国家はそれぞれ「トリステイン」・「ゲルマニア」・「アルビオン」・「ロマリア」・「ガリア」といい、地球の古代ローマや、中世のヨーロッパの地名と一致している。


その中で、俺が生まれたのはガリアの公爵家で「ヴァランス」という家だ。

公爵とは、王家における王太子以外の男子が新たな家を興す際、もしくは、女子が貴族に降嫁する場合などに名乗る爵位である。

つまり、俺にも王家の血が一応流れているということであり、しかも、王家の血が入ったのは割と最近であり、現在でもヴァランス家は王家との繋がりは深く、領土も広大で、「ガリアの六大公爵家」等と言われる大貴族の一角であるそうだ。




そして、この世界には魔法が存在する。

しかし、誰でもが無条件に扱えるというわけでもなく、扱えるのは王族と貴族、そして、その血を受け継ぐ者に限られてしまうそうだ。(何かずるい)

この魔法は人類の起こりから存在したものではなく、「始祖ブリミル」という人物が6000年前に編み出し、その血族に伝えたものを起源とするらしい。

そして、始祖ブリミルの3人の子供がそれぞれ「魔法」という力を持って「ガリア」・「アルビオン」・「トリステイン」の王国を築き、弟子のフォルサテが始祖の墓守として「ロマリア」という国を建国した。

よって、の三国の王家は始祖ブリミル直系であり、その魔法を使える王家の血縁者が「貴族」として君臨し、魔法を使えない人間を「平民」として支配する。という構図ができあがり、この体制はなんと6000年間変わっていない。

まあつまり、「魔法」とは貴族という特権階級のみが扱える力であり、かつ、その力は強大。

強力なメイジならば、一人で数十人の人間を殺すことも簡単であるそうだ。





この魔法には5種類の属性がある。「土」・「水」・「風」・「火」の基本となる4属性と、始祖ブリミルのみが使用したとされる。「虚無」である。が、「虚無」は現在では失われている。

各々のメイジにはそれぞれ得意な属性があり、また、同じ属性を足し合わせて強力な魔法を使ったり、異なる属性を掛け合わせることなどもできるらしい。

このあたりは地球のファンタジー系の小説などに登場する設定と大差ない。

まあ、これは人間が力にルールを定めようとすれば、異世界であっても大体似通ってくる。ということなのだろう。

この、足し合わせることができる属性の数によってメイジのランクは決定する。


ランクはそれぞれ「ドット」・「ライン」・「トライアングル」・「スクウェア」であり、意味は考えるまでもない。


「ライン」で平均、「トライアングル」は軍でもかなり少なく、「スクウェア」は騎士団長クラスらしい。

ただし、このランクにはさっき言った王家との繋がりや、血統が大きく関係してくる。

すなわち、魔法の能力は生まれもった資質よるところが大きく、王家に近い血統ほど、「スクウェア」や「トライアングル」のメイジを輩出する可能性は高くなり、逆に、爵位を持たない下級貴族などはせいぜい「ライン」が限界となるそうだ。

また、貴族と平民の間に子が生まれた場合、その魔法の才能は子の世代では100%伝わるが、孫の世代では二分の一となる。





この現象は遺伝学そのままである。


例を挙げると、純粋な貴族である父はAAの遺伝子を持ち、平民の母はBBの遺伝子を持つとする。

このAが魔法を発現させる遺伝子であり、生まれた子供はABの遺伝子を持つ。

この子供がBBの遺伝子を持つ平民と結婚し、子供ができた場合、その子供はABかBBの遺伝子をそれぞれ50%の確率で持つことになる。

ただし、同じABの遺伝子であっても、異なるAとの配合がない限り、徐々にAの遺伝子は劣化していく。

父は「スクウェア」の才能でも、子は「トライアングル」になり、孫は「ライン」、曾孫は「ドット」という感じで劣化していき、やがて、魔法の能力はなくなる。



これが、ABとABの結合だと話は変わってくる。


例えば、「トライアングル」相当の才能をもつABと、「ライン」相当の才能を持つABが配合した場合、最も高い確率で「ライン」相当の才能をもつABが生まれる。

また、低い確率で「スクウェア」や「トライアングル」相当の才能を持つAAが生まれる場合もあるが、その場合のAAは、純粋なAAと比べると僅かにBの要素も含んだ劣化遺伝子となっている。

そして、かなり低い確率でBBの遺伝子をもつ平民が生まれるが、このBBも、純粋なBBとは異なりAの要素を含むため、「トライアングル」と「ライン」の配合ならば「ドット」程度の才能は有している。

これが「ドット」のABと「ドット」のABの配合の結果、BBが生まれた場合、その子は魔法を使えない。

このように、魔法を使える遺伝子Aは魔法を使えない遺伝子Bに対して優性遺伝子であり、その優性の度合いは魔法の才能に比例する。

つまり、「ライン」程度の下級貴族であっても、「スクウェア」相当の血統を持つ大貴族と結婚すれば、その子はより強いAに引きずられるように「スクウェア」か「トライアングル」の才能を持って生まれる可能性が高くなる。

これを二世代も繰り返せば、魔法の才能だけならば「公爵」や「侯爵」と肩を並べることも可能となる。


逆に、「スクウェア」相当の遺伝子であっても、純粋な平民と結婚した場合、その子は100%の確率で、劣化した遺伝子を持つことになる。よって、貴族にとって、平民との結婚はタブーとなる。


こうした中で、最も純度が高く、優秀な遺伝子を保持しているのが王家である。

王の妃となる女性はほぼ100%「スクウェア」相当の遺伝子を持つ大貴族であるため、王家の魔法の血統は劣化することなく、高い純度を保ち続ける。

よって、代を重ねるうちに、才能が「トライアングル」相当に劣化した名家があった場合、王家の血を取り入れることで魔法の才能を「スクウェア」相当に戻すことも可能となる。






このような理由から、ハルケギニアでは王家が絶対とされ、その統治が6000年も続いてきたらしい。


だがしかし、中世レベルの科学水準であるハルケギニアにおいて遺伝子工学が発達しているわけはなく、様々な配合において生まれてくる子供の傾向を、数千年の経験則から学び、伝えたものらしい。


とまあ、そういうわけで、俺が生まれたヴァランス家は公爵であり、王家の血も混ざっている以上、俺の魔法の才能は「スクウェア」であることは間違いない。

ただし、どんなに才能があったとしても、それを引き出す努力を怠れば、結局「ドット」や「ライン」のメイジになるそうだ。

現実、大貴族の家に生まれたにも関わらず遊んでばかりのボンクラ坊ちゃんには、「ライン」程度の魔法しか使えない者も多いという。

だが、逆に言えば、才能の無い者はどんなに努力しても「ドット」や「ライン」止まりということであり、ここに、下級貴族と大貴族の格差というものが絶対的になる。


ちなみに、ハルケギニアには人間以外の種族も大量に生息しており、そいつらの中にはメイジとは異なる魔法を使う者たちも存在し、それらを「先住魔法」と呼び、それに対してメイジの魔法を「系統魔法」と呼ぶそうだ。






とまあ、このあたりが、俺が生まれた場所の背景である。


俺自身の事情については、まず、俺が前世の記憶を継承したまま生まれたのは間違いないらしい。

俺が赤ん坊の時、立って歩いたり言葉を覚えるのは異常に早かったらしく、現在5歳でありながら既に初歩のコモン・スペルを習得しており、彼のオルレアン公に匹敵する才能のではないかと将来を期待されているようだ。

ただ、ドル爺によると、言葉を話し始めた際に言った言葉が、「カリン」、「トウサン」、「カアサン」、など、ハルケギニアの言語には存在しない単語だったそうだ。




つまり、赤ん坊の段階で既に前世の記憶を持ってはいたらしい。

ただ、赤ん坊の脳では「それ」がどんなものであるかは明確に分からず、脳に大量の情報が「銘記」され、「保存」はさせていてもそれを自在に引き出して理解する「再生」と「再認」ができていなかったのだと考えられる。

前世での専門は外科だったが、こういった脳の分野の専門書なども読んでいたので、大体の予想はつく。

そして、落馬のショックで脳の回路が開いたのか、前世の情報が一気に流れ込んできた。ということだろう。

落馬の際に俺が長く気を失っていたのは、落馬による傷や衝撃ではなく、脳がぼうだいな量の情報の整理に専念していたからであり、それが終わって、「俺」が目覚めたのだろう。


よって、目覚めた当初の俺は、『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』としての5年間の記憶(子供の脳が得た知識なので鮮明ではない)がありながら、ついさっき自分(東城慶幸)が死んだような奇妙な感覚の中にいたわけだ。





こういう状況で俺は今、ハインツとしてここにいるわけだ。

ハインツにとっては、ここは紛れもなく自分の家であり、ハルケギニアは自分が住む世界だ。

東城慶幸にとっての世界とは地球のことではあるが、それはもう終わったことだ。


そう、終わったのだ。


東城慶幸という男の人生は地球で始まり、地球で終わったのだ。

どういう訳か転生したこの世界においては、ハインツという赤ん坊に備わった「東城慶幸という男の人生」という名前の「知識」に過ぎない。

ゆえに、その「贈り物」は最大限に活用しつつ、『ハインツ・ギュスター・ヴァランス』としての新しい人生を思う存分に歩いてみよう。




特に、前世の人生は誰でも得られるはずの幸福に満ちた、まあ、最後に多少のハプニングはあったが、大局的にみれば、どこにでもあるような平凡な人生であったと思う。


ならば、今回の人生はできる限り、スリルと興奮に満ちた楽しい人生にしたいものだ。

ましてそれが、魔法が存在する、前世で言うところの「ファンタジー世界」ならばなおさらだ。



続く。





[12372] ガリアの影  第四話    人生の方針
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:38
俺がハルケギニアで「覚醒」して約一カ月。

現在俺は、夜な夜な魔法の明かりの下、ひたすらに書を綴る。という、どっかのネクロノミコンの著者のような真似をしている。




第四話   人生の方針





 何でこんなことをしているかというと、色々と理由がある。


 まず、前回の人生とは異なり、今回の人生では明確な目標をもって生活しよう。ということに決め、その目標に、

「自分がやりたいことをやる。自分が在りたいように在る」を掲げてみた。


これは例えば、平民を家畜のように扱い、生かすも殺すも貴族の自由とか考えていたり、女性を攫っては暴行するような奴がいたら、とりあえずぶっ飛ばし、助けたい人は助ける。

といった感じでいこうという目標であり、要は、自分の良心にだけ従って行動しようということである。


まあ、こんな行動理念の人物が騒動を巻き起こさない訳がないだろうし、こんな生き方で安全で幸せな人生を送れるはずもない。

 だが、そこはそれ、既に平凡で幸せな人生を満喫した身だ、今更、安全や幸せにこだわる理由もない、それよりも精一杯楽しく生きてみようという気持ちの方が上だ。






 とまあそんな訳で、生き方の方針は定まったのだが、それには力が必要だった。

 古来より、人間世界において我を通すためには「力」が必要不可欠だ。

 それは権力、財力、暴力と様々ではあるが、やはり、折角のファンタジー世界なのだから、「魔法」という力で生きてみたい、という願望があった。

 公爵家に生まれたのだから、財力や権力といった選択肢もあるが、それは自分自身の力ではなく、他人から与えられただけのものだ。

 自分で稼いだ金や、築いた地位というなら話は別だが、やはり、自分の生きる道は自分の手で切り開いてこそだろう。





 そこで、もう一つの俺の能力、すなわち「医療技術」も最大限に活用しようと考えた。

 このハルケギニアに比べ、地球の科学は圧倒的に進んでおり、様々な知識はハルケギニアで生きていく上で大きな助けとなるだろう。

 その中でも医療関係の知識は俺が専攻し、技術を培い、手に入れたものだ。そして、この医療技術はハルケギニアにおいては、まさにオーバーテクノロジーといってよく、大きなアドバンテージになる。




 そう考え、「魔法」と「医療」の二つをとりあえずは極めようと思い、ドル爺に相談してみた。

 なお、俺の両親は基本的に子育てには一切かかわらず、もっぱらドル爺を代表とする使用人に一任している。

 父であるリュドヴィックの関心事は、現在ガリアの王子である、第一王子ジョゼフ、第二王子シャルル、この両名のどちらかに味方して恩を売り、王になった暁にはガリアを裏で牛耳ろうということにしかないようだ。

 母のエドリエーナの方も、父とは政略結婚だったため、そこに愛情はなく、現在は愛人との逢引に夢中のようだ。

 父は母の愛人のことなども知っているが、母の血筋と、その結晶である俺さえいれば十分らしく、特に何の感慨もないようだ。


 ちなみにこれらは彼らが赤ん坊だった俺の前で直に話していたことであり、二人もまさか自分の子供が不完全だったとはいえ、大人の知識と経験を持っていたとは夢にも思うまい。


 というわけで、父は普段ガリアの王都リュティスにある別荘に住んでおり、宮廷陰謀劇に興じている。母は愛人の家を泊まり歩くような生活なので、滅多に屋敷には戻らない。

 結果、5歳の俺が屋敷に一人残され、その世話役と、屋敷の維持管理用に使用人達が残されている。というわけだ。
我ながら素晴らしい家庭環境だと思う。地球風に言うなら海外単身赴任の夫と、愛人の間を渡り歩く妻と、家政婦と一緒に家に残される子供、といったところだ。

正直、俺に前世の知識がなければ、まともな大人に育ちそうにない家庭環境だ。

これで、国と民のことを第一に考える立派な貴族に成長したら奇蹟といえるだろう。





閑話休題。





とまあ、ドル爺や薬師のアンリぐらいしか相談相手などいないため、ドル爺に聞いてみたわけだ。

 「ねえドル爺、俺はもっと本格的に魔法を学びたいんだけど、教えてくれるかな?」

 「ハインツ様、ハインツ様は既にそのお年で魔法をお使いになれます。それだけでも十分すぎると思います。」

 「それに、魔法というものは高度の集中力を必要とします。ハインツ様のお年でそれ以上に高度な魔法を使うということには、正直賛成できかねます。」

 と、ドル爺は答えた。




 ドル爺が言っていることは正論である。

 魔法を使用する際にはメイジが「精神力」と呼ぶ力が消費され、その発動にはかなりの集中力を要するという。

 この精神集中が子供には難しいらしく、貴族の家庭であっても、魔法の教育を始めるのは10歳を過ぎてからが普通であり、15歳ぐらいまでは「ドット」なのが一般的だそうだ。

 そして、最初は苦労しても、一度自転車の乗り方や泳ぎ方を覚えれば次からは意識しなくてもできるように、成長期を経て、精神が成熟したころに魔法を一度覚えてしまえば、魔法の発動はそれほど困難なものではなくなるらしい。

 ただ、小さな子どもは親が『フライ』や『レビテーション』を使うのを見て、自分もやりたがるため、とりあえず簡易的な杖との契約を済ませ、試しにやらせてみる。

 そして、上手くいかない子供に対して、「大きくなれば自然とできるようになるよ」と言い聞かせるのが一般的なのだそうだ。





 ところが俺は5歳で『フライ』や『レビテーション』を使うことができた。

 これは俺が天才だった訳ではなく、大人である「東城慶幸」の知識を持つが要に、その精神集中が容易だったからだろう。


 「でもドル爺、俺はもっとたくさんの魔法を習って、立派なメイジになりたいんだ。それに、シャルル王子様も子供の頃から魔法を使ってたそうだよ。」

 とはいえ、そう簡単には引けないため、例を出して説得を続ける。

 シャルル王子が子供の頃から魔法を使っていたのは有名であり、5歳で「ドット」、7歳で「ライン」、10歳で「トライアングル」、12歳で「スクウェア」になったという。

 いくら王家の血が優秀とはいえ、あまりに出鱈目だ。数百年に一度の才能と呼ばれている。

 とはいえ、前例があるのは事実であり、王家の血と蒼い髪を持つ俺にもできないはずがない。という論理が一応成り立つ。

 「シャルル王子ですか。 う~む・・・。 確かにシャルル王子が幼くして多彩な魔法を操ったという話は有名ですが」

 「ですから、ハインツ様が魔法を使うことも不可能ではないでしょう。 ですが、しかし・・・」

 ドル爺はなおも悩んでいるようだった。




 ここで俺は一気に畳みかける。

 「大丈夫、ドル爺が教えてくれれば危険なことなんてないよ。ドル爺が言うことはちゃんと守るし、それに、ドル爺がいないところでは魔法は使わないようにするから。」

 と、こちらから条件を提示する。

 それに、魔法を教わるならドル爺以上に適任はいない。

 ドル爺は風の「トライアングル」であり、他の三属性においても「ライン」相当の魔法を使える。

 そして、若いころはヴァランス家の諸侯軍の指揮官として、戦場に立っており、幾度もの戦いを経験した実践者でもある。年を重ねて軍務がきつくなってからは引退し、それ以来は、この屋敷にずっと仕えてくれている。


 「う~む、 わかりました。 そこまでおっしゃるならば、微力ながらこのドルフェめがお教えいたしましょう。」

 「ですがハインツ様、くれぐれもご無理はなさらぬように。」

 と、ドル爺は渋々ながらも了解してくれた。






 このような経緯で、俺はドル爺に本格的に魔法を教わることになった。

 なお、治療系に関しては、水の「トライアングル」である薬師のアンリにお願いした。

 こちらの方は、魔法よりも、秘薬の種類や効能、調合の仕方を覚えるといった、座学的な内容が中心となるため、特に反発もなく受け入れられた。



 こうして、魔法はドル爺に、ハルケギニアの医療技術はアンリに習うことになった。

 そして、俺が最初にドル爺に教えてくれるように頼んだのは『固定化』と『錬金』だった。


 というのも、当然ながらハルケギニアには地球の医療書など存在しない。

 よって、俺が今覚えている医療知識を忘れてしまえばそれまでなので、まだ「覚醒」して間もなく、全ての医療知識やその他の様々な科学知識や数学知識、地球の知識で有用と思えることなどを、紙に写しておかねばならない。






 しかし、ここで問題がある。

 ハルケギニアにおいては製紙技術があまり進んでいないため、紙と本というものは基本的に高価なのである。

 活版印刷機はあるようで、手書きの写しに比べれば人件費が安いので、庶民がまったく買えないほど高級品ではないが、子供が大量に購入するには無理がある。

 その上、俺の知識を余さず書けば、間違いなく数十冊、下手すると百冊を超えるかもしれない。


 という訳で、紙を自給自足する必要がある。

 そこで、『錬金』を使って、木から紙を錬金し、出来上がった本に『固定化』を掛けて、保存しておくことにしたのである。





 とはいえ、ここに記すのはハルケギニアではありえないような事柄ばかりなので、もし誰かの目に触れたばあい、最悪、異端の書として燃やされかねない。

 ここハルケギニアにおいては「ブリミル教」という宗教が各王国の国教となっており、その特性は地球の中世におけるキリスト教とよく似ている。

 すなわち、唯一神を崇める宗教であり、キリストと同じように、開祖であるブリミルが神聖化されており、また、異端審問や聖戦といったところまで似ている。

最近では腐敗した寺院に反対して実践教義を説く「新教徒」なる宗派もできてきているらしく、これも地球で言うところの「ローマ・カトリック」と「プロテスタント」の関係にそっくりである。

しかも、地球でのイタリア半島にあたるアウソーニャ半島にブリミル教の中心地としてのロマリアがあり、そこに君臨する「教皇」は形式的にはハルケギニア諸王の上位にいるという。

 ここまで似ているともはや笑えてくる。

 そう言う訳で、下手に魔法に依らない医療技術について記した本などを書けば、神に叛く異端者として異端審問にかけられかねない。

 そこで、俺以外だれも内容が理解できないように日本語を使って書くことにした。これならば、例え誰かに見つかっても問題ない。


 見つかっても問題なくはなったが、ドル爺やアンリに見つかれば、どこからこんなものを見つけてきたのか問い詰められそうなので、夜中に秘密裏に書き、とりあえず今は書庫に隠している。

 もう少し他の土魔法を学んだら、地下にでも秘密の保管庫を作って、壁を全部チタン合金製にでもして、固定化を掛けておこうかと考えている。

『錬金』の魔法の最大の利点は、『錬金』で変化させた物質はしばらくすると、残留していた『精神力』言ってみれば『魔力』のようなものがなくなり、普通の物質になるところだ。

そうなれば、『固定化』などの他の魔法を併用することもできるようになるのである。


 こういった理由から、昼はドル爺やアンリに魔法を習いつつ、夜には紙の錬金と製本作業と固定化に勤しむハインツ・ギュスター・ヴァランス5歳であった。




[12372] ガリアの影  第五話    日常
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:38
俺がハルケギニアで「覚醒」して早一年。

 月日が経つのは早いものである。





第五話   日常






 「ハインツ様。 ハインツ様。 朝です。 お起きになってください。」

 「うーん。 あと5分。」


 俺を起こそうとする声が聞こえるが眠いので定番の言い訳をしつつ惰眠を貪る。
 

 「駄目です。 先ほどもそうおっしゃいました。 起きてください。」

 とはいえ相手もさる者、なかなかあきらめてはくれない。

 「大丈夫、俺がいなくてもハルケギニアは平穏無事だから」

 と、理屈になってない理屈をいい、現実逃避を試みる。

 「例えハルケギニアが無事であってもあなたを起こせなければ、私は職務怠慢となり減給される可能性が出てきます。ですから起きてください」

 理屈に理屈で返された。しかも俺の健康などではなく自分の給料を理由にしてだ、なかなか侮れない。


 「始祖ブリミル様が夢の中に現われて神託を下されたのです。今日は早起きしてはならぬ。寝ていなさい。と、敬虔なブリミル教徒である私はそのご神託に従うのみです。」

 こうなれば神だのみ、神様仏様ブリミル様である。

 「私も今朝、ブリミル様から神託を受けました。今日は何としてもハインツ様を早起きさせるのだと、そう言う訳で、あなたの夢に現われたのは始祖の名を騙る偽物であり、それを信奉するあなたは異教徒となります。」

 そう言うと同時に何かを取り出すような音がする。

 「よって、ここに神の名の元に異教徒、ハインツを火刑に処します。」

 「わあーーー、待った!待った!待った!!!」

 俺は飛び起きる。その速さたるや風の幻獣にも匹敵しよう。

 「おはようございます。ハインツ様。本日も爽やかなお目覚め、お喜び申し上げます。」

 と、完璧なメイドの礼をしながら実に皮肉なセリフを吐いてくる暴力メイドがここに一人。

 「おはよう、カーセ。 いつも起こしてくれてありがとう。」

 「いいえ、どういたしまして。」


 俺、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの朝は、いつもこんな感じで始まる。






 俺がハルケギニアに転生してから約一年が経ったが、日常はこんなもんである。

 とりあえず俺の周囲に大きな変化はなく、父はいつも通り王都リュティスで政争に明け暮れ、母は愛人の元に入り浸りとなっている。相変わらず素晴らしい両親だ。

 とはいえ、普通の子供ならいざ知らず、前世の知識持つ俺にとっては特に寂しい等といった気持がある訳はない。

 むしろ、人格的にとても尊敬できるとはいえない両親と離れて暮らせることのほうが僥倖だろう。

 それに、この屋敷に残っている人数はそれほど多くはないが、皆いい人で俺にとっては満ち足りた日々である。


 例えば、先ほど起こしてくれたカーセ、メイドであり、今年で確か16歳になると言っていたが既に6年近くこの屋敷で働いているらしい。
 なんでも、村が野盗に襲われ、家族は彼女以外殺されたのだそうだ。そこに、ドル爺が率いるメイジによる討伐隊が派遣され、野盗は残さず討ち取られた。

 その戦場跡でドル爺が唯一見つけた生存者が彼女であり、それ以来ずっとこの屋敷に仕えている。

 俺にとっての育ての親がドル爺であるように、カーセにとっても、両親を失って以来、ドル爺が親代わりみたいなものだそうだ。

 という訳で、ドル爺を親のように慕っているという点で共通点があるため、俺とは結構仲がいいのだが、カーセにはもう一つ他の使用人と違う点がある。





 それは、彼女が魔法を使える点だ。


 彼女の両親は普通の農民だったそうだが、どうやら母方と父方、両方の祖父が、下級貴族だったらしい。

 下級貴族と平民の組み合わせでは、その子供は100%魔法が使えないが、その子供同士がくっついた場合、遺伝学的に考えると、おそらく、256分の1ぐらいの確率で、魔法が使える子供が生まれる。


しかも、その組み合わせの場合、全ての遺伝子が魔法よりでなければ発現しないと考えられるので、祖父たちの魔法遺伝子を足し合わせた魔法の才能を備えることになる。

 よって、カーセは、祖父が共に「ドット」ランクの下級貴族で、祖母は両方とも唯の平民であったが、「ライン」相当の魔法の才能を持って生まれてきた。

 カーセが家族の中で唯一助かったのも、魔法のおかげだったそうだ。村が襲われた際、彼女は家の掃除を手伝っていて、偶然、祖父の形見の杖を磨いていた。


 そして、夜盗達が村の家々に火をつけてまわり、人々を殺していく中、カーセは杖を手に持ったまま、無我夢中で逃げた。そして気づくと、枝が一本もない朽ちた大木の頂上に一人でいたらしい。

彼女は無意識のうちに『フライ』を使用していたのだろう。そして、野盗を殲滅したドル爺に発見され、保護されたそうだ。





 そんな彼女の属性は「火」であり、彼女は現在、火の「ドット」メイジなのだ。

 よって、先ほどの彼女の「火刑」発言は冗談でも何でもなく、現に寝起きの悪い俺は幾度となく、カーセの魔法技術の向上に力を貸すことになってしまっている。

 しかし、仮にもガリアで有数の大貴族であるヴァランス公爵家の御曹司である俺を容赦なく燃やすのだから、恐ろしい限りである。度胸の据わり方が半端じゃない。

 とはいえ、辛い人生を送ってきたのは間違いないだろうし、なぜそんなに泰然としていられるのか疑問に思い、訊ねてみたことがある。





 「ねえ、カーセは辛くないの?」

 「何がでしょうか? ハインツ様。」

 「いや、カーセの事情とかドル爺から聞いてはいるんだけど、何でそんなに辛いことがあったのにカーセは笑うことが出来るのかがわからなくて。」

 「なるほど、そのことでしたか。」

 カーセは少し考え込むような素振りを見せてから答える。

 「確かに辛くないと言えば嘘になりますし、今でも時々両親や弟が生きていた頃を思い出して悲しい気持ちになります。ですが、このような目にあう人間が私だけという訳ではありませんし、そこで絶望していても何も始まりませんし、何の得にもなりません。」
 
ここでカーセは一旦区切り、続ける。
 
 「ですので、嘆いている暇があったら自分が幸せになれるよう努力したほうがましですし、私が泣いてばかりではそれこそ家族の死を無駄にするようなものだと思うのです。」

 と、カーセは事もなげに言う。




 正直、仰天した。

 カーセの人生でよくそんなに前向きな思考を持てるものだと感心してしまった。

 と、呆けてると、カーセはそのまま続けた。

 「とはいえ、私とて最初から割り切れたわけではありません。この屋敷に来てから一年余りはそれこそ塞ぎこんでおりました。」

 「ですが、お爺さんが私を救ってくれました。私を本当の孫のように慈しんでくださり、生きることの楽しさを教えてくれました。」

「それだけで、私は、私の生に意味を見い出すことができるようになりました。」

 と、カーセはまるで心の中の宝物を披露するように話す。

 俺がドルフェを「ドル爺」と呼ぶように、カーセは「お爺さん」と呼ぶ。その呼び方には感謝や親愛など、様々な感情が込められているのだろう。

 「そう、ドル爺のおかげなんだ。ドル爺はすごいな。この屋敷にいる人でドル爺の世話になってない人間なんていないんじゃないかな。」

 この屋敷にいる人間は全員がカーセのようにドル爺の推薦や口利きで雇われた者たちだ。皆、ドル爺には感謝しているのだろう。

 「左様でございますね。ですので、この屋敷の人間は皆、ハインツ様に忠実なのだと思います。あなたはお爺さんの大切な孫、なのですから。」

 と、最後にそのような言葉を返された。





 このような事情のためか、他の使用人も、カーセ程ではないが、似た様なものである。

 当主も、夫人も不在のため、一応この屋敷の家主は俺ということになる。よって、皆一応「ハインツ様」とは呼ぶが、その扱いは割と普通であり、「雇い主である主人の息子」ではなく、「恩人であるドル爺の孫」に接するように、温かみが籠っている。


 ただ、あくまで「割と普通」なのは、普通ではないからだ。


 というのも、あえて幼児の振りするのも億劫なので、俺は基本的に、12~15歳ぐらいの子供のノリで日常会話をし、行動している。

 なので、6歳にしては身長が高く、大人びた雰囲気の容貌ではあるが、どんなに贔屓して見ても外見は10歳が限界であり、実年齢は6歳の俺がそんな反応をするのはどう考えても異常である。

 しかし、皆それぞれに壮絶な人生を歩んできているヴァランス家本邸の使用人達は、適応力が半端ではなく、「そんなこともある」的なノリで、俺の反応に対し、普通に接するのである。

 カーセのノリにいたっては、せいぜい2~3歳年下の弟に接するような感じだ。だが、彼女は例の襲撃で5歳年下の弟を失っているので、そこにも様々な思いがあるのだろう。


 普通に考えれば不思議なのだが、そもそも俺が普通でないので、変な人の周りにはそれ相応なのが集まるのかなぁ、という感じで、とりあえず深くは考えないことにしている。

 そもそもの原因の一つに、大貴族に仕えるに相応しい血統書付きの使用人は全員、父が別邸に連れて行くか、母が付き人として連れて行ったことが挙げられる。

 結果、ドル爺の推薦とかで雇った平民上がりや、身元不明の者だけを、ドル爺に俺ごと押し付けたらしい。





 このように、両親の素晴らしい愛のおかげでこんな生活になっているわけだが、この点に関しては、両親には非常に感謝している。

 貴族におべっかを使い、例え家柄が立派でも、貴族に隷従せねば何もできない使用人よりも、彼らのような逞しい人達の方が頼りになるし、人間的に付き合っていてとても面白いからだ。

 また、前世で俺が死ぬ3か月前ぐらいから得た、会っただけでその人の性質や本質といったものを察するという能力(むしろ直観とでも言うべきか)は、転生した今でも健在であり、俺はこれを「心眼」と呼んでる。

 その「心眼」で彼らを見ると、その在り方がとても真っ直ぐでしっかりしてるのだ。

 直感的なものなので上手く表現はできないが、自分の人生をしっかり生きている人は「輝いて」見えるのである。

逆に、金や権力があったり、政治家だったりしても、歪んだ生き方をしている人は「翳って」見える。

要は、自分の人生の在り方を、他人に誇れるかどうかである。

 だがまあ、まだ会ったことはないが、もし、重大な罪を犯した人間であっても、その人自身がそれを心の底から罪と感じておらず、自分の人生を良しとしているならば、その心は「輝いて」見えるのかもしれない。





閑話休題





 いつものようにカーセにたたき起こされて(ひどいときは燃やし起こされる)目覚めた俺は、魔法で空気中の水分を凝縮して作った水で顔を洗った後、食堂へ向かう。

 ちなみに、俺の寝起きが悪いのは、夜遅くまで起きて製本作業に勤しんでいたことが主な原因である。

 製本作業自体は約半年をかけてなんとか終了し、地球の知識を保存することには成功したのだが、半年も夜遅くまで起きてると、体がそのサイクルに馴染んでしまった。

 なので、現在でも夜には『錬金』で様々な薬品を製造する工程を研究していたりする。

まあ、これが原因でカーセに燃やされることになるのだが、地球では化学工場や研究室などでしか精製できなかった薬品が、個人で簡単に精製することができるのだから、夢中になっても仕方がないと思う。

ただし、薬品の成分割合は非常にデリケートなので、ちゃんとしたものを錬金するにはかなりの手間がかかる。しかし、一度成功するとあとは割と簡単に再現できるのがこの『錬金』という魔法の特徴である。

 そう言う訳で、夜遅くまで起きている習慣は変わることがなく、カーセに燃やされる習慣もまた変わることなく現在に至っている。






 食堂では、料理人のダイオンが用意してくれた料理を、ドル爺、アンリ、カーセや、他の使用人と一緒に皆でとる。

 「おう、坊主、おはようさん。今日もカーセの嬢ちゃんにたたき起こされたか、まあ、冷めないうちに食っちまいな。」

 と、陽気に話しかけてくるのが料理人のダイオンである。

 この屋敷で唯一、俺を「ハインツ様」ではなく、「坊主」と呼ぶ人物であり、このことももう慣れっこなので、今更誰も注意はしない。

 このダイオンも並の人物ではなく、何でも、元はリュティスにある貴族専用の魔法学院で働いていたらしいのだが、貴族のどら息子の一人が、厨房で下働きをしていた女の子を手籠にしようとして、口実作りに料理に文句をつけてきたそうだ。

 ダイオンはその男の頭をまな板でぶん殴り、激昂して杖を抜いた男に対し、熱した揚げ物用の油をぶちまけたあげく、火傷した顔面に、からしに近い強力な香辛料を振りかけたそうだ。

 そして、そんな真似をすれば首はおろか、打ち首にされかねないので、その日のうちに夜逃げして、リュティスから約650リーグも離れたこのヴァランスまで逃げて来たんだそうだ。





 この屋敷はそんな豪傑や根性の据わった人の溜まり場ともいえるような場所なので、貴族と平民は一緒に食べてはいけないだとか、くだらない御託を並べる馬鹿は一人もおらず、皆で楽しく食事をとるのが、我が家での日常となっている。


 朝食が済むと、ドル爺との魔法の訓練を始める。最近では「ドット」ランクの魔法は大体使えるようになってきた。

 どうやら俺は「水」と最も相性が良く、「風」、「土」がそれに次ぎ、「火」はやや苦手としている。

 なので、得意な属性は特に何もしなくても年齢と共に伸びていくようなものらしいので、苦手を無くす方針で練習している。

 また、薬師のアンリにハルケギニアの医療について学んでいるが、こちらはすこぶる順調である。

何といっても医大において首席だった自負がある。魔法と水の秘薬を除けばせいぜい中世程度の文明水準であるハルケギニアの医療を習得するのはかなり容易であった。

アンリ曰く。

「こと、秘薬の調合や分析にかけてハインツ様は天才です。間違いなく、いずれはハルケギニアで一番の薬師となれるでしょう。」

なのだそうだが、若干の間違いがある。






調合が得意なのは地球での医療知識があるからで、天才というわけではない。むしろ、俺の本領は調合などの薬学系ではなく、外科技術にこそある。

だが、まさか6歳の子供にメスを握らせるわけもなく、また、このハルケギニアにおいては水の魔法や秘薬が発達しているためか、外科技術はかなり遅れている。

地球では古代エジプト時代から、既に外科手術が行われていたそうだが、杖を振ってルーンを唱えるだけで傷を塞げ、病気を治せるハルケギニアでは、発達する余地がなかったのだろう。


そして、二人の授業がそれぞれ終わると、後は、体力作りに走りこんだり、書庫で色んな文献を漁ったりしている。

体力づくりに関しては、カリキュラムとして、高校生時代に部活でやっていた剣道を主体としているが、医学的な面から見ると、幼年期に必要以上に鍛えるのは後に故障の原因になったりすることが多い。

だがそれはあくまで地球の常識であり、水系魔法によって筋肉や骨格系へのダメージを緩和できるハルケギニアならば、多少の無理は効くと考えられる。

が、そんなに徹底的に鍛える必要もないので、ここは安全策を取って、成長期に入るまでは肉体的鍛錬はほどほどにしておくことにしている。






そこで、知識を得る方に今は力を注いでいる。

何しろ体は子供だが、俺には前世の記憶がある。

そして、脳の細胞自体は子供でも大人でも大差はなく、それらを繋ぐシナプスなどが徐々に複雑かつ頑丈になっていくが、俺の場合、膨大な知識と記憶があるので、既に大人の脳とほぼ同等の能力を発揮していると予測できる。

体は子供なのにこんなに複雑な思考が可能なのはそのためだろう。

そのアドバンテージを最大限に生かし、ヴァランス家が所蔵する大量の本から、様々な知識を得ている。

特に面白いのはハルケギニアの歴史書だ。

なにしろ、6000年間も同じ国家が存続してきた世界であり、地球と根本的な部分は似通っているのに、「魔法」や亜人や幻獣など、異なるものも多くあるパラレルワールドだ。

そんな世界が一体どのような歴史を紡いできたのかを知ることはとても面白く、また、この世界の背景を詳しく知る上でも、貴重な情報源となるのであった。

 





 こんな感じで、俺の日常は過ぎて行ったが、将来については今から色々と考える必要があった。

 何しろ、今のところ俺に兄弟はいないことになっており、ヴァランス家の後継者は俺一人である。

 よって、このまま俺が成長すると、ヴァランス家の家督を継いで領主になるという方向に人生が定められてしまう。



 これは何とか回避したい。

 領主になることが特に厭という訳ではないのだが、生まれによって人生が決まってしまうというのが厭なのである。

 とはいえ、貴族の子供として何不自由ない暮らしをして置きながら、職業を自由に選びたいだの、家督を継ぎたくないだのと喚くのも身勝手な話だ。

 このハルケギニアのおいては、平民は貴族の搾取を受けるが、自分の人生を選ぶ権利はあり、恋愛や結婚も平民同士なら、基本的に自由である。

逆に貴族は平民から搾取を行い、様々な特権を保有しているが、自分の人生を自由に選ぶことはできず、恋愛や結婚にも大きな制限がある。

驚いたことに現在のハルケギニアには、貴族と平民の階級制度こそあるが、奴隷階級や、農奴階級が国家の制度としては存在しないのである。

各屋敷や領地において、平民が奴隷同然の扱いを受けることは多々あり、建前として国家はそれを認めてはいないものの、ロマリアなどに難民は多くおり、娼館などへの人身売買なども日常茶飯事ではある。

 しかし、他人の「所有物」であることを前提とする「奴隷」や「農奴」の存在は国家の法として定められてはいない。

 その点に関しては地球の中世時代よりも余程文明的であるといえるだろう。






 つまり、様々な特権と豊かで安全な生活の代償に、人生の自由を失い、民や国を守るという「義務」を負うのが貴族なのである。

 正直御免こうむりたい。

 何しろ日本の三大義務といえば「教育」・「勤労」・「納税」であり、「基本的人権」の中には「自由権」・「法の下の平等」・「社会権」などがあり、「思想の自由」、「学問の自由」、「奴隷的拘束及び苦役からの自由」や「生存権」などが憲法によって保障されていたのだ。

 そんな日本での人生記憶を持つ身としては、「貴族」として生まれたからといって、人生が定まってしまうというのにはどうにも納得しがたいものがある。


 だが、特権だけ享受しながら「義務」を果たさないのではそれこそゴミ以下だ。

 なので、日本でいうならせいぜい小学生の間、つまり、12歳ぐらいまでは仕方がないとしても、その後の人生を自由に選ぶとしたら、その時点で貴族としての生き方を捨てるしかないだろう。

 そうすれば、後は平民として、自分の才能と能力のみで生きる道を切り開いていくだけだ。





 しかし、これには大きな問題がある。

 大貴族であるヴァランス家の後継ぎは俺一人の為、俺をヴァランス家が手放すはずがないのだ。

 一応、俺には3歳年上の兄がいるらしいのだが、それは母が浮気相手との間に設けた子らしく、正式に父の子としては認定されていない、というかその浮気相手が父の末の弟らしく、伯爵の爵位を持つ貴族なため、そっちの嫡男ということになっているそうだ。

 と、他にも様々な利害関係が絡んでいるので、俺の将来の自由は今のところ真っ暗である。

 最善なのは、これから父と母の間に蒼い髪を持った弟が生まれることだ。

 そうなれば、俺が12歳で家出したとしても、弟がいればそれほど追及の手も伸びないだろう。

 ただし、追手は当然かかるだろうから、それまでに相応の技能や処世術を身につけておく必要はある。




 だが、今の父と母の関係を考えるとその可能性はかなり低い。

 愛があろうがなかろうが、子供が出来るときはできるので可能性がないとはいえんが、別居中では皆無に等しい。

 なので、このままいくと俺の家出はヴァランス公爵家を全面的に敵に回すことに繋がる上、多大な迷惑がかかるため、協力者を作ることもできない。

 その上、俺の身に流れる王家の血を利用しようと、よその貴族や、下手すると外国までもが干渉してくる可能性すらある。

 こと、自由に生きたいという目標に対して、王家の血というものは、邪魔にしかなりえないものだったりする。

 


 しかし、こう生まれたからには仕方ないと諦める気は毛頭ないので、いざとなったらエルフが住むというサハラや、東方(ロバ・アル・カリイエ)に逃げてでも、自由を手に入れようとは考えている。


とりあえず現段階では打てる手もないので、屋敷での皆との生活を楽しみつつ、魔法の訓練や医療技術の習得に勤しみながら、この一年が過ぎたわけだ。



ところが、ある一つの知らせから、状況は大きく変化していくことになる。



「ハインツ様! ハインツ様! 一大事でございます!!」

 ある日、いつものようにドル爺との魔法の訓練を済ませた後、アンリと秘薬の調合を行っていると、ドル爺がものすごくあわてながら飛び込んできた。


「ドル爺。どうしたんだい、そんなにあわてて。 国王陛下が亡くなりでもしたのかい?」

と、もし役人に聞かれた日には不敬罪でとっつかまりそうな台詞ではあるが、この屋敷では当たり前なジョークを交えつつ先を促す。


「国王陛下はご健在でありますが、それに近い一大事でございます!!」

と、まだ慌てた様子でドル爺は繰り返す。

「もう、一体何があったんだい、そんなに慌ててたら分かるものも分からないよ。 とりあえず落ち着いて、ゆっくり話してみなよ。」


俺はドル爺を諭すように言ってみる。これではいつもと立場が逆だ。


「も、申し訳ありませんハインツ様。 私としたことがつい取り乱してしましました。 左様ですな、まずは私が落ち付かねば何も始まりません。」

と言いつつドル爺は深呼吸を二三回繰り返す。このあたりの切り替えの早さは流石だ。

やがて、落ち着いたドル爺が居住まいを正しながら、それでも眼光は厳しいままで俺を見据えて言う。


「それではお伝え致します。 どうか、お取り乱しにならぬように。」


さっきまで取り乱していたのはドル爺なのだが、とりあえずは突っ込まずに頷いておく。

そして、ドル爺は少し苦しそうに、だが、しっかりとした口調で伝えた。


「先ほどグリフォンによる緊急連絡がはいりました。その知らせによりますと、旦那様と奥方様がお亡くなりになったそうでございます。」




[12372] ガリアの影  第六話    ヴァランス家
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:38
 現在、俺の部屋に数人の人間が集まっている。

 ドル爺がもたらした知らせについて、今後のことを話し合うためだ。





第六話   ヴァランス家






 使用人たち全員が集まっているわけではなく、居るのは、俺、ドル爺、アンリ、カーセ、ダイオンの5人だ。

 下手に人数が多いと混乱することになるし、使用人の中にはヴァランス家の内情をよく知らない者たちもいるので、事情に詳しい彼らだけを集めた。


 そこで、まずは俺が切り出す。

 「それでドル爺、まずは父上や母上の死因や、その状況について教えてくれ」

 「わかりました。できる限り簡潔にお話しいたします」

 そう言いながらドル爺は息を大きく吸い込む。

 「まず、旦那様と奥方様の死因ですが、お二人でこの屋敷にお帰りになられる徒中に、盗賊に襲われお亡くなりになったそうでございます。状況ですが、どうやらお乗りになられていた馬車ごと焼き尽くされたそうです」

 「馬車ごと焼きつくされた。か、死体はおろか骨さえ残っているかも怪しいな。まあ、それはどうでもいいけど、それより、その馬車はお忍び用の馬車だったのか?それとも公用のヴァランス家の家紋が入った馬車だったのか?」


 馬車に家紋が入っていたかどうかで事情は大きく変わる。

 無銘のお忍び用だったならば、中に誰が乗っているかは分からず、ただ単に獲物として狙っただけとなる。

 まあ、獲物から何も取らず、馬車ごと焼き尽くす時点で盗賊ではあり得ないのだが、犯人が快楽殺人者という可能性も否定できないので、そこは別の問題だ。

 だが、馬車に公爵家の家紋が入っていたのならば、それは間違いなく公爵を狙った暗殺者だ。

 このガリアにおいて、王族や大貴族を襲う盗賊など存在しない。

 そんなことをすれば、王家や貴族社会そのものに喧嘩売るのに等しく、間違いなくガリアでまともに生きていくことは不可能になる。


 つまり、そんな暴挙を行う者といえばただ一つ、同じ大貴族や王族から依頼された暗殺者だけだ。

 「リュティスの別邸にいる者からの報告によりますと、旦那様と奥方様がお乗りになっていた馬車は、公爵家の家紋入りの公用車であったそうにございます」

 「なるほど、つまり、盗賊でもなんでもなく、誰かが雇った暗殺者によって、父上と母上は殺された。ということだね」


 この事実はほとんど予想していたことだ。

 父と母が殺されたわけではあるが、そのことに対して特に感慨があるわけでは無い。

 何しろ三回会っただけのほとんど他人に等しい人たちだった上、父上の方は今の地位を得るために何人もの人間を陥れ、殺してきた人だ。

母上の方も、殺されるほどの罪人とは言えないかもしれないが、若くて美しい使用人を妬んで殺したこともあるらしく、日本の法律で考えれば終身刑は間違いないほどの悪行を重ねている身だったのだ。


 正直、「因果応報」以外に送る言葉はない。


 「となると、一体誰が暗殺者を差し向けたか、が問題になってくるなあ」

 まずはそこからだ。

 「そこで皆、先入観にあまりとらわれず、色んな可能性を考えていこうと思うんだけど、俺とドル爺の話に何か違和感や疑問点が出てきたら、遠慮なくその場で質問して欲しい。その質問の中から、新たな可能性や事実が浮かび上がってくるかもしれないから」


 と俺がアンリ、カーセ、ダイオンを見ながら言うと、皆それぞれ頷いてくれた。


 「さてと、まずは外堀から埋めていこうと思う。ドル爺、ゲルマニアやロマリアといった諸外国がガリアの国力を削いだり、ガリアの貴族間に疑いの種をまくために仕掛けてきた。という可能性は考えられないか?」

 相手は何もガリア内部とは限らない、諸外国にもそれぞれ思惑があり、何かを仕掛けてこないとも言い切れないだろう。

 「はい、その可能性も無いわけではありませんが、現在の情勢を考えますとその確率は極めて低いでしょう」

 ドル爺が答える。さらに続けて

 「と申しますのも、現代ガリアはロベール5世陛下の下、基本的にまとまっており、君臣の間に亀裂があるわけでもなく、貴族間に表面だった争いがあるわけでもございません。また、陛下はまだ55歳であらせられ、まだまだ現役でご活躍中ですし、第一王子のジョゼフ様は御年31歳、第二王子のシャルル様は御年29歳であらせられ、後継ぎにも事欠いておられません」

 2人の王子がともに暗愚であるとは聞いていない。まあジョセフ王子のほうには少し変わった事情があるが。

 「このようなガリアに対し下手に暗殺や陰謀を仕掛けることは、失敗の恐れがあるばかりか、万一証拠を掴まれた場合、ガリアに侵攻する口実を与えることにも繋がります。なので、将来はいざ知らず、現在において、他国がヴァランス家に干渉してくることは無いと考えられます。」


 

 なるほど、確かに状況を考えると他国が今のガリアに干渉してくるとは思えない。

 「そうか、ならその可能性は破棄するとして、次だけど、王家からの粛清の可能性はひとまず置いといて、ガリアの貴族たち、特に六大公爵家が関係してる可能性はあるかな?」


 王家からの粛清の可能性もあるが、これはある意味論外だ。

 というのも、王家から粛清だったらそれはヴァランス家の取りつぶしを意味し、ここで議論しようがしまいが、もはやどうにもならない状況になっているということなのだから。


 「はい、他の貴族たちと申しましても、外部の貴族でヴァランス家に暗殺などの直接的な手段に出れるものとすれば、やはりそれは六大公爵家に限られましょう」

 と、ドル爺は答える。

 六大公爵家とは、ガリアに存在する公爵家の中でも強大な実権を有する貴族たちの総称だ。

 単に「公爵」とはいっても、王家の血さえ入っていれば公爵を名乗る権利はあり、その後、権力争いに敗れ、領土や実権を失った結果、爵位だけが残る場合も多い。

 よって、爵位だけはあっても、実際の領土は侯爵や伯爵よりも小さい「名ばかり公爵」も結構いたりする。

 そういった家は、家柄だけが取り柄なので、実権がある侯爵や伯爵、あるいは将来性のありそうな子爵などに娘や息子を差し出すことで、陰謀渦巻くガリアの宮廷を生き抜いている。


 だが、それらとは別に、貴族の中でも最大級の領土を持ち、王家との繋がりも深く、経済力や軍事力においては小国を凌駕し、「公国」と称してもおかしくないほどの公爵家が複数存在する。

 これがガリアの六大公爵家であり、この数は定められているわけではない。時代によって七大公爵家になったり四大公爵家になったりと変化し、現在6つ存在するというだけである。



 ガリア北西部、トリステインとの国境であり、ラグドリアン湖湖畔一帯を所有するオルレアン家。


 ガリア北方の大森林地帯、シュヴァルツヴァルト一帯に広大な領土と森林資源を有するウェリン家。


 ガリア北西部、ゲルマニアとの国境地帯にあり、強大な城砦を要するサルマーン家。


 ガリア南部、ロマリアとの国境地帯にあり、街道を守護するベルフォール家。


 ガリア中西部、領土の大きさと領民の数ならば、ガリア最大を誇るカンペール家。


 そして、ガリア南西部、火竜山脈に連なる広大な土地を所有し、大量の鉱物資源を産出する鉱山都市群を抱えるヴァランス家。



 この6つの家が、さながら地球における神聖ローマ帝国の選帝侯のごとき権力を持っており、王位継承の際には、これらの家をどれだけ味方にできるかが大きな要因になってくるのである。

 そういった理由から、六大公爵家は互いに警戒し合っており、隙あらば互いに蹴落とそうと虎視眈眈と狙い合っている。

 なにせ、ライバルである他の公爵家が減れば、それだけ自分が擁する王子を王位につけやすくなり、ひとたびそれがかなえば、王を補佐しつつ、大きな権力を握ることが叶うのだから。

 「ですがハインツ様、他の公爵家が旦那様を暗殺する可能性は低いかと存じます。なにしろ、旦那様はジョゼフ王子の義理の兄にあたられる方であり、ジョゼフ王子の最大の支援者でございました」


 そう、俺の父は第一王子ジョゼフの義理の兄である。


 というのも、既に亡くなってはいるそうだが、ジョゼフ王子の妻は父の妹であり俺の叔母にあたる。よって、その叔母とジョゼフ王子の娘であり、現在3歳のイザベラは俺の父方の従妹となるわけだ。


 しかし、シャルル王子側とも血縁がないわけではない。

 シャルル王子の妻であるオルレアン公爵夫人マルグリットは、俺の母の姉にあたる方なのだ。

 よって、シャルル王子と公爵夫人の子供であり、現在1歳のシャルロットは俺の母方の従妹というわけだ。


 何ともややこしい血縁関係ではあるが、王制国家の大貴族と王家の関係などこんなものだ。

 事実、日本の平安時代においての天皇家と藤原家の関係も似たようなものだろう。



 「現在の六大公爵家においてジョゼフ王子を擁しているのは旦那様だけでございました。シャルル王子には味方が多うございます。旦那様がいなくなればジョゼフ王子は孤立してしまいましょう」

 現在のガリアにおいて、シャルル王子はオルレアン公を兼ねており、既に自身が六大公爵の一人でもある。そして、ウェリン公、カンペール公の二名はオルレアン公と繋がりが深いことで知られている。

 他の二名、サルマーン公とベルフォール公は今のところ中立であり、実質、1対3の割合だった。

 しかし、父は中立派の二名を味方に入れようと積極的に動いていたらしく、かなりの金銭もばら撒いていたそうだ。

 一見、オルレアン公派にとっては排除したい相手に見えるが、ことはそう単純ではない。

 「ですので、こうなってしまってはシャルル王子は他の公爵家の力を借りずとも、自力のみで王位に就くことが可能となりましょう。そうなってはシャルル王子に恩を売りたい者たちにとっては損にしかなりません」


 つまり、オルレアン公にとっては邪魔な相手かもしれないが、それを支える者にとっては必要不可欠な存在なのだ。

 俺の父がジョゼフ王子を擁し、残りの公爵家を味方に入れようと画策しているからこそ、それに対抗するために、オルレアン公派の貴族たちの重要性は大きくなる。

 彼らにとっての理想は3対3の接戦をオルレアン公が制することであり、それはさすがに負ける危険が大きすぎるので、4対2ぐらいに持ち込みたいと考えていたのだろう。

 最後に決め手となるのは王の決定のみなのだが、王がどちらを後継者に選ぶかにおいて、どれだけの貴族の支持を得ているかが大きな要素になるのが通例となっている。



 「だけどドル爺、それはあくまでシャルル王子に味方している者たちの話で、中立派にとっては話が違うんじゃないのかい」

 と俺は聞いてみるが、実際、中立派にも父に死んでほしくない理由がある。

 俺とドル爺の問答は現状の再確認という色合いが濃く、それを他の3人に理解させるためにあえて分かり切った質問をしているのだ。


 「中立派にとっても旦那様に亡くなられては困るという点では同様でしょう。なにしろ、陛下がまだまだご健在であられる現在において、勢力の拮抗が続くことこそが中立派の利となるのです。ですから、旦那様がいなくなれば、一気にシャルル王子が有利となり、王位継承における勢力バランスが崩壊してしまいます」



 つまりはこういうことだ。

 ジョゼフ王子の最大の支援者であった俺の父が死んでしまってはジョゼフ派に参加するのは難しくなる。とはいえ、今更優勢となったオルレアン公派に属しても、所詮、新参者扱いであり、発言力は大きく低下してしまう。

 中立派にとっては、勢力バランスが崩れないように手をまわし、最後の最後に自分が味方することで、その陣営の勝利を決定づける。これこそが理想の形なのだ。

 当然、そのことはオルレアン公派も承知であり、その上で自分の利益を最大限にしようと策謀を巡らすのだが、こと、ヴァランス公に死なれては困る。という点では利害関係が一致するのだ。

 「そうか、シャルル王子に味方する家も、中立派の家も父上に死んでもらっては困る。か、じゃあドル爺、シャルル王子自身はどうなんだい。 父上が死んで一番得するのは彼のように思えるけど」


 これは正論ではあるが、それ以前の問題で論外なのだ。


 「それはありえないでしょう。何しろシャルル王子は誠実な人柄とそういった陰謀を嫌うことで知られた御方です。そのシャルル王子が政敵を抹殺するために暗殺者を送り込むとは到底考えられません」

 シャルル王子は陰謀嫌いで知られる人格者だ。

 彼が犯人である可能性はロマリアの教皇がエルフと和解するぐらいありえない。


 つまり父は、そういったシャルル王子の人柄を計算に入れた上で立ち回っていたのだ。

 あえて、劣勢のジョゼフ王子に味方し、その味方をさらに増やすために派手に活動する。

 そうすることで逆に自分を殺せなくし、唯一自分を殺す動機があるシャルル王子はその人柄ゆえに自分に手が出せない。

 そうするうちにジョゼフ派を構築し、劣勢を覆し、ジョゼフ王子を王位につけることができれば、その権力は王に匹敵するほど強大なものになる。

 実に野心家の父上らしい行動ではあるが、その半ばで予想外の襲撃によって命を落としたわけだ。


 「だがそうなると、六大公爵家の中にも犯人はいないということになるなあ」


 そうなれば残る可能性は一つ。


 「つまり、犯人は身内の中、ヴァランス家に属する者たちの中にいる。そういうことだね」

 「そういうことになりますな」

 犯人は身内の中、そう言う結論に至るわけだが、確認しておくこともある。

 「そうだドル爺。父上達はここに向かう途中に殺されたらしいけど、一体何で二人揃ってここに来ようとしてたの?」


 そう、今まで別居してた二人がいきなり揃ってここに来るなど不自然にも程がある。


 「それですが、どうやら宮廷内で夫婦仲の悪さがかなり評判になっていたそうでございまして、それを耳にした身内の誰かが、たまには夫婦揃って子供のところに帰ってどうかと進言した。という話を聞いております」

 「つまりは一応夫婦であるという建前を取り繕うために帰ってきて、その途中で殺されたってわけだね。なるほど、その進言したという身内は犯人じゃないだろうな」

 「そんなあからさまな証拠を残す訳はないし、たぶんそれとなく犯人から宮廷内での噂とかを聞かされて、純粋な忠告のつもりで言っただけ。つまりは利用されただけということだろう」

 この線から犯人を絞るのはほぼ不可能だ。

 誰かを唆すだけならいつでもどこでもできるし、そういう理由で本邸に戻るのなら間違いなく公爵家の家紋入りの馬車を使用するだろうから、標的を探すのは誰でもできる。

 「なるほど、確かにその可能性が高いですな。となると後は有力者の中から消去法で絞っていくしかありませんな」


 ドル爺も同じ結論に至ったようだ。


 「だね、まずは暗殺方法から考えてみようか」

 俺は少し考えてから続ける。

 「えーと、まず、これは間違いなく計画的な犯行だ。しかも、結構長期的に練りこまれたんだろう」

 そう考えるのが妥当だ。

 「犯人が行ったことは主に3つ」

 自己確認も込めてみんなに言う。

 「1つ、夫婦関係について悪い噂を宮廷に流すと同時に、そのことを善良そうな身内に教え、父に、母と共に帰郷するように促す。
  2つ、リュティスを出発した父たちの動向を探り、暗殺を行う予定の場所に街道警備隊だのもしくは目撃者などが来ないように根回し をする。
  3つ、強力な火系統のメイジを雇い、暗殺を実行させる。間違いなくトライアングル以上のメイジを雇ったんだろう」

 言いながらも俺はさらに考えをまとめる。

 「これらの条件を満たすには、平民や下級貴族には不可能だ。あと、仇討ちとかの怨恨による犯行じゃあないと考えられるね。もし復讐とかなら、こんなに時間をかけて回りくどい真似はしないだろうし」


 そこまで言って、一呼吸置く。


 「だから、この犯人は領地持ちの封建貴族。しかも、一定以上の権力、財力、実行力を備えている人物に絞られる。そうするとドル爺、何人ぐらいに絞られるかな?」

 と、ドル爺に確認してみる。

 「左様ですな。それらのことを全て実行可能な身内と申しますと、・・・・・およそ4人に絞れましょう」

 やはりそうだろう。

 俺も同じ結論に達している。

 「すなわち、旦那様のすぐ下の弟であられるエドモント伯爵、奥方様の兄君であらせられるファビオ伯爵、旦那様の末の弟であり、奥方様の浮気相手でもあるアンドレ伯爵、そして、旦那様の伯父君にあたられるヴィクトール侯爵」


 と、ドル爺は告げた。

 いずれも身内であり、全員がヴァランスの姓を名乗ることが許されている分家の当主だ。


 「その4人でほぼ間違いないだろうね、あとは動機か。まあ、その4人が真っ先に欲しがりそうな物といったら一つしか浮かばないけど、間違いないかな?」

 俺はこの4人に会ったことがある。俺の誕生会とやらが行われ、ヴァランスの姓を持つ者達をはじめ、近隣の貴族などが招待されたのだ。

 たとえ子供に愛情がなくとも子供が小さいうちは誕生会などを開き、周辺の貴族を集めるのは大貴族の習慣というか、定まったシステムのようなものだ。

 俺はその場で「心眼」で色んな人を観察していたが、大体どれも似たり寄ったりで、濁った感じをしていた。

 例の4人は特に欲深そうな印象を受けたが、そのうち一人だけは、欲だけではなく、「凄味」のようなものも感じた。


 「ですな。彼らならば狙うものは恐らく一つ、ヴァランス本家の当主の座でありましょう」

 「そうなると、二人は排除できるかな。ファビオ伯とアンドレ伯。この二人が当主になりたいなら母上まで殺すのはおかしい」

 「でしょうな。その二人ならば奥方様を殺害するのは不利としかなりません。むしろ、そのために奥方様を殺したようにも感じられます」



 ファビオ伯は母の兄で、アンドレ伯は母の愛人で子供まで居る。

 どう考えても二人にとっては母が生きていて、父だけ死んだ方が都合いいに決まっている。


 「となれば残りは二人、エドモント伯とヴィクトール侯だけになるね」

 「はい、しかしどちらでありましょう。共に野心と強欲で知られる人物にございます」

 ドル爺は考え込む。


 「うーん。もう一つの動機を考えれば、たぶん分かるんじゃないかな」

 「もう一つの動機。ですか?」

 「うん。そもそも、父上を殺すなら。何で今になってなのか、というところに疑問が残る。もし父上を殺して自分が当主になりたいならもっと前、少なくとも嫡男である俺が生まれる前に殺していなければおかしいだろう」


 ドル爺は驚いた顔になる。

 「たしかにそうですな。ハインツ様がおられる以上、旦那様を殺してもその後継ぎはハインツ様となってしまう」


 「そう、つまり、父上を殺さなければいけない理由ができたのは、俺が生まれた後。ここ数年のことになる。ここ数年のヴァランス本家の動きとして最たるものいえば、父にとっては姪にあたるイザベラの誕生。その血縁関係をもとにした、ジョゼフ王子とヴァランス家の繋がりの強化だ。そして、それこそが分家にある種の危機感を抱かせた。何しろジョゼフ王子は劣勢だ。このままではシャルル王子が王位につく可能性が高く、そうなるとヴァランス家は取りつぶしの危機となる」

 現在の情勢の表面のみを見ればそうなる。

「本家が潰れれば当然分家にも被害が及ぶ。最悪、将来の禍根を断つために一族尽く殺されかねない。何しろ父上はジョゼフ王子を全面的に支援していたからね」


 ここまで告げて一呼吸置く。


 「だから、それを恐れた者が、自分が当主になりたいという欲望とも合わせて、父上を殺した可能性が高いと俺は思う。それは裏返すと、父上の暗躍や策謀を察知できなかった。単純に今の状況だけを考えて、今後の情勢の変化などを考えずに行動した。とも言えるわけだ。その条件に当てはまるのは一人のみ、エドモント伯しかいないだろう」

 と、俺は断言する。


 「確かに、ヴィクトール侯はその条件に当てはまりませんな」

 と、ドル爺も頷く。

 「ヴィクトール候は老獪な怪物だ。もう70近いというのに未だに侯爵家の当主に君臨し続けている。このガリアをそんなに長い間巧みに生き続けてきた人物が、こんな短絡的に動くわけがない」


 その他に、もう一つ理由がある。


 「あとさ、その証拠というのも変だけど、俺が父上に会う機会は少なかったけど、そういう席にはヴィクトール候も必ずいたんだ。そして、そういう場にいても、父上は常にヴィクトール候を警戒していたように感じられた。だから、父上が陰謀を察知できずにあっさり死んだという事実そのものが、ヴィクトール候が犯人ではないという証明になると思うんだ」


 父は子供に対する愛情を持ち合わせてはいなかったが、「心眼」でみると、「覇気」のようなものを感じた。

 つまり、非常に頭が良くて陰謀などに長けていたのだろうが、それ故に凡人を顧みることがなかったのだろう。


 だから、ジョゼフ王子を全面的に支援することがヴァランス家の滅亡に繋がると、分家の凡人達が短絡的に考えてしまうことを読めなかった。

 逆に、父の思惑を読んだ上でヴィクトール侯が何かを仕掛けてくることを警戒していたのだろう。

 その結果、エドモント伯の陰謀によって、あっけない最期を迎えることとなった。

 「なるほど、そのような考え方もできますな。しかしハインツ様、驚きましたぞ、まさかこれらの情報だけでそこまでお読みになるとは」


 と、ドル爺は半ば呆れたかのように言う。

 まあ、俺には前世の知識があるが、今回に限っては、ハルケギニアに来てからの知識が大いに役立った。


 「そんなに難しいことでもないと思うよ、ドル爺。なにしろ、ハルケギニアの歴史を読んでくとこれと同じようなことが頻繁に起きてるんだ。ある意味進歩がないというか、名前だけ変えれば同じ内容が繰り返されているだけのような部分すらあったからね」

 ハルケギニアの歴史を紐解くとこんなことは正に日常茶飯事だ。

 陰謀・暗殺・権力争いとまるで絶えることがない。




 「とまあ、一応犯人の目星はついたわけだけど、問題はこれからどうするかだね」

 と、俺は新しく切り出す。

 「そうですな、何しろ証拠が全くないわけですからな、王政府に告発するわけにも参りません」

 「まあそうだね、それで、今後の方針なんだけど、とりあえずは静観に徹して、特に何もしないのが一番だと思うんだ」

 と言いつつ見渡すと、皆驚いた顔をしていた。


 ドル爺が皆の思いを代弁するように言う。

 「しかし、ハインツ様。私どもはともかくハインツ様はこのままでは危険なのではありませんか?」

 「まあ、普通に考えればそうなんだけどね。でも、今のヴァランス家の状況を考えるとむしろ安全だと思うんだ」

 と、ここで一呼吸おいてから続ける。

 「まず、現在の状況だけど、エドモント伯が父上を殺した結果、ヴァランス家の当主の座は当然空席になっている。ここで問題なのは、分家の中で特に強力な権力を持った者がいないということだ。一応、爵位ではヴィクトール候が一番上だけど、領土の広さと資金力ではファビオ伯の方が勝っている。そして、前当主との血縁という点でいうと、実の弟であるエドモント伯かアンドレ伯ということになる」

 名実ともにNo2となる者は存在しない。

 「つまり、父上が死んだ今、ヴァランス家内部の権力はこの4人にほぼ均等に分かれてしまっている。だから誰が当主になろうとしても、他の3人はそれに反対するから内部分裂はどんどん広がっていく」

 4人が手を取り合うということは絶対にありえない。


 「そうなると、最悪、王政府に取り潰されたり、他の公爵家からの干渉を招きかねない。普通だったら父上を殺したエドモント伯もこうなることは予測できるはずなんだけど、多分、兄に任せていたらヴァランス家は滅亡してしまう。ヴァランス家を救えるのは自分だけだ。とかいう考えが先行して、その後のことを深く考えてなかったんだろうね」


 まあ、そんな穴だらけの陰謀だったからこそ父は予測できなかったわけだが。


 「まあそんな訳で、誰かが当主になることは無理だから、そうなると選択肢は一つしかない」



 これに対してドル爺が答えた。

 「つまり、ハインツ様を後継者として祀り上げ、自分はその後見人になり、実質的な当主代行として権力を振るう。ということですな」

 「正解。つまり自分の権力と地位の為に、全力で俺を守らなければならないわけだ」

 慣習に依れば、俺が15歳になったときに正式な当主とし、それまで俺は次期当主という立場になる。その間空位の当主は後見人が代行する。

「でも、ここで注意する点がある。当主ではなく、俺の後見人に相応しいのは4人のうち誰か、という点だ」



 ドル爺がハッとした表情で答える。

 「次期公爵家当主であるハインツ様の後見人となるのですから、当然、爵位、年齢などの点で最も上位の者ということになります。しかし、それでは」

 「そうだね、たぶんこうなることを予測しつつわざと見逃し、エドモント伯に父上を殺させ、自分は俺の後見人として権力を得る。あの御老体が考えそうなことだ」

 皆深く考え込んでいる様子だが、俺はそのまま続ける。


 「こうなった以上はそれにあえて乗るのが一番だろう。ひとまずはヴィクトール候の庇護の下でこれまで通りに過ごしつつ情報を集め、状況の変化に応じて臨機応変に対応していく。これしかないと思う」

 と結論を告げる。




 しばらく皆考えていたようだが、やがてドル爺が言った。

 「確かに、こうなってはそれが最善でしょうな。ですがハインツ様、本当に何もせずともよろしいのでしょうか?」

 「もちろん。何もしないとは言ってないよ。そこで皆にやってもらいたいことがあるんだ」

 俺は、皆を見ながらさらに告げる。

 「おそらく、これからは月に1、2回のペースで、ヴィクトール候の屋敷に晩餐会か何かに呼ばれるようになると思う。その時には皆にもついてきてほしいんだ」


 「そこで、まずカーセ」

「あ、はい」


 と、いきなり呼ばれたカーセが、びっくりしたように答える。


 「使用人というのは基本的に貴族の噂話が好きなものだろう」

 「そうですね、確かに貴族の噂話はよく耳にしますし。この屋敷以外のところでは、主人の陰口などもかなり頻繁に言っているようですね」

 「やっぱりそうか、そこでカーセには、ヴィクトール候に仕える使用人たちから、色んな話を、どんな小さいことでも構わないから集めて欲しい。 それと、ダイオン」

 「おう、なんでえ坊主」


 と、今まで一言も話さなかったダイオンが答える。


 「屋敷に仕える料理人も、女性の使用人ほどじゃないにしろ似たようなものだろう。だから、ダイオンには厨房で話される貴族に関することを、出来る限り集めて欲しい」

 「確かに、おしゃべりでは女には敵わんが、貴族に不満があるのはどこでも変わらんだろうからな。わかった、やってみよう」

 と言いつつダイオンは腕を振り回す。別に締め上げて吐かせろと言ってるわけじゃないんだけど。


 「次に、アンリ」

 「はっ」

 と、まるで軍人のようにアンリが答える。

 「貴族の屋敷に仕える薬師には秘薬のルートとかで横の繋がりがあるだろう。それを最大限に利用して、ヴァランス家に限らず、色んな貴族の家の情報を集めてみてくれ」

 「解りました。薬師というのは自分の主人に関してのことは一言も漏らしませんが、他のことにかけては案外口が軽うございます。ですので、意外と有力な情報が流れてくるかもしれません」

 アンリは少し考え込むようにしながら答えた。


 「最後に、ドル爺」

 「はっ!!」

 こっちは完全な軍人の動作で応じてきた。

 「ヴァランス家に何の縁もない人を何人か雇って、例の4人のことを可能な限り調べさせてくれ。人選は任せる」

 「それは構いませんが、リュティスの別邸には旦那様に仕えていた者たちが多くおります。わざわざ新しい者を使わずともよろしいのでは?」

 「いや、そういった者たちのことはヴィクトール候も当然把握しているだろう。だから、こっちが使っているつもりで逆に使われて、こちらの動きを知られる恐れがある」

 「それに、父上を殺す際に使用人の何人かはヴィクトール候やエドモント伯に情報を流しているだろう。誰が黒で誰が白なのかこっちには判断ができない」

 「だから、ヴァランス家に何の関係もない者を新たに使った方が、余程安全だと思う」

 「なるほど、そういうことでしたか。分かりました。このドルフェ、全身全霊を掛けて探って見せましょう」

 と、ドル爺は深く礼をしながら言った。



 「皆、よろしく頼むよ。本当は俺も動けるといいんだけど、ヴィクトール候がそれを許さないだろう」

 あの老人に寛容さを期待するのは愚の骨頂。

「俺が信頼できるのはこの屋敷にいる皆だけだ。また、敵の間者が屋敷の皆に接触することもかなりあると思う。そういうときは否定も肯定もせず適当に話を合わせて、後で俺かドル爺に知らせるよう、今日ここで話し合ったことと併せて皆に伝えておいてくれ」


 「わかりました」 とカーセ。

 「了解だぜ坊主」 とダイオン。

 「心得ました」  とアンリ。

 「はは!!」    とドル爺。



 こうして、俺の平穏な生活は割とあっさり終わりを迎えた。


===================================================


追記  8/31 一部修正




[12372] ガリアの影  第七話    警戒的平和
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:38
 今現在、俺ことハインツ・ギュスター・ヴァランスは、皆が集めてくれる情報を整理しながら今後の立ち回りについて色々と構想を練りながら日々を過ごしている。

 父と母が死んでから、早2年が過ぎ、俺は8歳になっていた。




第七話   警戒的平和






 父と母が死んで割とすぐ、ヴィクトール候主催の下、親族会議が開かれた。

 他の3人を含め、ヴァランス家に名を連ねる者は全員出席し、血縁関係にある家などからも偵察や状況把握のために、多くの貴族が参加していた。

 会議は、あらたなヴァランス本家の当主を誰にするかで揉め、俺達の予想通り、俺を後継者として、俺が成人するまでは俺の後見人が当主代行となることが決まったそうだ。


 誰が後見人になるかを決める際、エドモント伯、アンドレ伯、ファビオ伯が立候補し、互いに相手をけなし合い続けるという茶番劇を演じたそうだ。

 だが結局は、良識を備えた貴族たちから、爵位、年齢共に最上位であり、今回の会議の主催者であるヴィクトール候こそが良いのでは、という推薦が上がり、ほぼ満場一致に近い形で決定したらしい。

 3人の伯爵は見事にヴィクトール候の手の平の上で踊り、哀れなピエロと化したわけだ。





 そういう経緯を経て、一応俺はヴァランス家の正式な後継者に指名され、成人するまでの間はヴィクトール候の庇護化に置かれることとなった。

 だが、本家の屋敷でこれまで通りに暮らすことに変化はなく、一応建前の責務を果たすため、せいぜい御老体の屋敷に月に1、2回招待される程度である。

 もしこれが伯爵の誰かだったら、使用人を全て解雇した上、俺を自分の屋敷に連れ去るような阿呆な真似をした挙句、他の親戚たちに攻撃されて、後見人の役を降ろされていたのだろう。


 しかし、ヴィクトール候はそんな間抜けではなく、あくまで後見人として俺の成長を見守る役に徹して、当主代行としての権限もほとんど使わなかった。

 なので、伯爵たちも特に口を挟むことができず、傍観に徹するしかなくなってしまった。

 だが、それはあくまで表の話、裏では様々な策謀を巡らし、障害である三人を排除すべく暗躍していたそうだ。





 そうして時が過ぎ、ある日、ドル爺が雇った者たちが貴重な情報をもたらした。

 「ハインツ様、配下の者より報告が来ました。どうやら、最初の生贄が出たそうです」

 と言いつつ、ドル爺は書類を渡してくる。

 「ファビオ伯か。なるほど、母上が死んで以来、彼はヴァランス家とは縁が薄くなっていたからな。今やヴァランス家の代表である御老体にとっては最も潰しやすい相手だな」

 ファビオ伯は母の兄だ。

 母が死んでしまえばその繋がりは薄く、発言力も小さくなる。



 「しかし、どうやって彼を潰したんだ。確か彼は金山を幾つか所有していたな、その財力は侮れないものがあったと思うが」

 とドル爺に聞いてみる。

 近頃になると、俺の口調からも大分幼さが抜けてきて、肉体年齢そのものは8歳に相違ないのだが、身長は既に150cmに達しており、顔つきも大人びているためか13歳かその位に見られることが多い。


 「はっ、そのことですが、どうやら古典的ですが、有効な手を使ったそうでして」

 と言いつつ、ドル爺は別の資料を渡してくれる。

 「何だこりゃ、こんな手に引っ掛かったのか? 馬鹿の鏡というか何というか」

 そこに書かれていたのは実に下らない手段だった。

 「はい。なにせファビオ伯は奥方様の兄君であらせられますから」

 それを聞いて妙に納得した。

 何しろ俺の母も愛人をとっかえひっかえしては浪費を続けていたらしい。

 しかし、オルレアン公夫人マルグリットは母の姉であり、良妻賢母の鏡のような人らしい、同じ兄弟姉妹であってもずいぶん人格に差が出るものである。



 「まあ要するに、女に騙されて財産を全部奪われたわけだ。こんなことを公表されたらヴァランス家の恥になるから親戚会議においても彼を除籍することに反対意見は出ないだろうな」

 ヴィクトール候はあくまで当主代行であるため、そういう重要な要件は親族会議の承認を得る必要がある。

 だが、こんな失態を晒したアンドレ伯を庇う者は皆無だろう。


 「でしょうな。まあ、この女というのが調べてみるとヴィクトール候に縁のある人物でして、アンドレ伯の騙し方を予め教え込まれていたのでしょうな」

 なるほどねーと思いつつ資料を読み進めていく。


 「ハインツ様、今回のことで特に我々が警戒する必要はあるでしょうか?」

 と、読み終えた頃にドル爺が聞いてきた。

 「うーん、御老体に関しては特に必要はないとは思う。ただ、他の2人に関しては注意が必要だな、次は自分の番かと怖がって暴走する危険がある」

 「解りました。そっち方面の者たちに警戒するよう伝えておきます」

 「ん、任せた」

 というやり取りの後、ドル爺は退出していった。

 何か最近、教育係と御曹司というより、主人と執事みたいな感じになってきてる気もする。

 まあ、父が死んだ以上、俺が主人でドル爺が執事という構図は間違いじゃないのだがどうもしっくりこない。




 などと考えてると、今度はカーセが入ってきた。

 「ハインツ様。面白い話を聞きました。心の妖精のお話でございます」

 といいつつカーセは懐から手紙を取り出す。

 どうやらカーセの主人を燃やす武勇伝はヴァランス家の各地に広まっているらしく、各屋敷の女性の使用人の期待の星ともいうべき存在となり、尊敬を集めているらしい。

 何しろ、一応次期当主である俺の直属のメイドであり、今や「ライン」クラスの火のメイジである。

 相手が貴族だろうが堂々と文句を言い、相手が脅しに杖を抜けば相手の髪に『発火』を掛けて応じるという豪傑ぶりだ。

 相手の貴族もまさかメイドにやられたことを自分から話す訳にもいかず、泣き寝入りというわけだ。

 そんな訳でカーセに憧れるメイドは多く、カーセに色んな知らせを届けてくれるらしい。



 「心の妖精か、分かった、聞こう」

 心の妖精というのは民間伝承で、浮気を司る存在だ。

 つまりこの場合、母の浮気相手であったアンドレ伯を指す比喩表現となる。

 俺達は念のため、こういった暗号めいた表現を幾つか使用している。


 「はい、ある日、心の妖精はお花畑に蜜を集めに行きました。ですがその妖精が大好きな花には別の妖精が群がっていたそうでありまして、花を独占しようと心の妖精は喧嘩を仕掛けたのですが、結局のらりくらりとかわされ、逃げられてしまったそうです」

 「その上、花の方もそっちの妖精を気に入ったのか、心の妖精に蜜を出してはくれず、心の妖精は泣く泣く家に帰って不貞寝をしたそうでございます」

 とまあ、実に分かりやすい表現で説明してくれる。

 要は、アンドレ伯の浮気相手が別の男を作っており、始末しようとしたら見事に逃げられた。そして、その無様を浮気相手に見られ、棄てられたという訳だ。



 「うーん。ついさっき似たような話を聞いたばかりな気がするんだが、俺の身内はこんなんばっかりなのか?」

 と、思わずため息をでてしまう。

 なにせ、ファビオ伯は女に騙され、アンドレ伯は浮気相手に棄てられたときたもんだ。

 仮にもヴァランス家の当主の座を狙う身なら、もう少し真面目にやれと言ってやりたい。


 「まあ、妖精さんたちもストレスが溜まっているんでしょう。何しろ悪い老竜が住み着いて悪事の限りを尽くしている訳ですから」

 とカーセは言うが、確かにその通りではある。




 俺の父は身内同士の権力争いや見栄などといった細かいことに頓着する男ではなく、常にガリア全体を含んだ国家単位、もしくは諸外国も含めたハルケギニア単位での勢力争いをやっていたのだ。

 なので、父が当主であるときは、彼らは好き勝手できたわけで、威張り放題だったわけだ。

 しかし、現在では地元に無関心な当主ではなく、腹黒く狡猾な当主代行と親戚会議によって事が決まるので、普段の素行がかなり影響してくるようになった。


 権力のために、ここ二年間は我慢してきたようだが、そろそろ限界が来てるようだ。

 むしろ、それを予期していたからこそ、ヴィクトール候は特に動かずにじっとしていたんだろう。


 「なるほど、それで、その悪い老竜が心の妖精に対して、何か企んでるような気配はあるか?」

 「いいえ、今のところはなさそうです、ですが、これからもそうとは限りません」


 「分かった。ありがとう。それと、話は全く変わるけど、あと二三時間もしたら、魔法の訓練をしようと思うから、準備しといてくれ」

 「はい、かしこまりました」

 と言った後、カーセは退出していった。





 「ふむ、アンドレ伯の不祥事に対して、御老体がどう動くかだな」

 と呟きつつ考える。

 確かにチャンスとも考えられるが、もう少し決定的な事件を起こすまで泳がすか、または起こすようにテコ入れをする可能性はある。

 他の3人の伯爵は目的が分かりやすいので、それに沿って考えれば行動が予測できるのだが、ヴィクトール候は目的が分かりにくい。

 あの御老体の特殊なところは自分以外信用しないという点だ。

 たとえ家族であっても彼は信用せず、全ての権力は彼だけに集まり、陰謀は全て彼から発する。

 なので彼が何を求めているかは彼にしか分からず、それが不気味であり厄介でもある。

 
 だからこそ、あの父があそこまで警戒していたのだろうが、結局は、エドモント伯を利用して父を排除したわけだ。


 だが、ヴィクトール候が何を目的に父を排除したのかについては、正確なところは何も分からないのだ。

 「まあ、分からないことを悩んでいても意味はない。とりあえずやれることをやっておこう」





 と呟きつつ、アンリを呼ぶ。

 ちなみに方法は簡単で、俺が紐を引くと、使用人の控え室にある、屋敷にいる人間の名前が書いてある札が動いて音を出す。そして、そこにいた誰かが、動いた札の人物を俺の部屋に呼んでくれる。という方式だ。

 しばらくすると、アンリがやってきた。

 「お呼びですか、ハインツ様」

 と礼をしながら尋ねてくるアンリ、相変わらず真面目で礼儀正しい。

 「ああ、ちょっと頼みたいことがあってな」

 「はい、何でございましょう」

 「カーセからの報告によると、ヴィクトール候が動く可能性が出てきた。エドモント伯とアンドレ伯の方はドル爺に警戒してもらってるから、ヴィクトール候の方をアンリに頼みたい」

 「それは、かなり急を要するのですか?」

 「いや、それほど急という訳じゃない、少なくともあと数日は動きはないと見てる。だから、割と長期的に考えて、あせらずに動向を探ってみてくれ」

 「分かりました。それでは、現在の仕事を片づけた後、明後日にでも取りかかります」

 「ああ、それで構わない、よろしく頼んだ」

 そうして、退出していくアンリ。





 このように、ドル爺やアンリに色んな仕事を頼めるようになったのも、俺の魔法訓練が、一段落したからである。

 今の俺は「ライン」クラスであり、「ドット」の魔法で使えないものはない。

 ここまで来れば、後は地道に練習を繰り返して、魔法の精度を上げることと、精神力の容量を増やすことに専念すればいいそうだ。

 「トライアングル」や「スクウェア」の魔法も、結局は「ドット」の魔法を如何に組み合わせるかであり、その感覚に関しては個人でかなり差があるため、下手な助言は誤った先入観を植え付ける結果に繋がりかねないらしい。

 よって、基礎である「ドット」の魔法を覚え、それぞれの特徴を理解するまでは教師は大きな意味を持つが、それ以降においては、座学的なものはともかく、俺が求める実践分野ではそれほど重要ではない。


 そういった理由から、最近では俺の魔法の訓練はカーセに付き合ってもらい、ドル爺やアンリには、情報集めに専念してもらうことが増えている。


 彼らには他にも仕事があるので、彼らが動けない時には、ダイオンやカーセにも動いてもらっている。

 俺自身が動ければ手っとりばやいのだが、ヴィクトール候の庇護下にある以上そういう訳にもいかず、情報のまとめ役と、計画立案に徹しているわけだ。


 だが、苦手というわけでもないのだが、やはり俺はデスクワークよりも自分で行動するほうが好きなタイプなので、自由に動き回りたいとは思っているのだが、なかなかそうは上手くいかないものである。






 そうこうするうちに一ヶ月が経ち。

 「ハインツ様、二人目の生贄が出たそうです」

 という報告をドル爺が持ってきた。

 「アンドレ伯だろ。それしか考えられない」

 「はい、お察しの通りでございます」

 と言いつつ書類を渡してくれるドル爺。

 「ファビオ伯が正式に処分されたのが確か三週間ぐらい前だったな。それから考えるとずいぶん早くに二人目が出たな」

 「はい、ですが他にも事情があったようでして、何でもエドモント伯がオルレアン公派の公爵家と結びつこうとする動きを見せているとか」

 「なるほど、見せしめも兼ねている。という訳か」





 現在、ヴィクトール候はヴァランス家の当主代行として、ヴァランス家をまとめているわけだが、王子二人に関しては、サルマーン公、ベルフォール公と同じく、中立を保っている。

 何でも、ジョゼフ王子に敢えて味方しないことでオルレアン公派を油断させ、中立派の三家が一気にジョゼフ王子につくことで、一発逆転を狙ってるとかいう噂もあるが、真偽は不明だ。

 とりあえず言えることは、ヴィクトール候は現在のところは中立路線で行く構えであり、エドモント伯のオルレアン公派に与しようとする動きは、反逆とも言えるわけだ。


 「しかし、エドモント伯も何を考えているんだか、現在の状況でオルレアン公派に与したとしてもせいぜい外様扱いされるだけだろうに」

 「まあ、そこが彼の御仁の器というものでしょうか、将来よりも目先の安全と権力のほうに手が伸びるのでしょう」


 と、ドル爺が何気に辛辣なことを言っているが俺は大して聞いていなかった。

 なぜなら、俺を心底呆れさせる内容が書類に書かれていたからだ。

 「なあドル爺、これは冗談か、こんなことをやらかしたのかあの馬鹿伯爵は」

 「はい。ヴァランス家の恥さらし以外の何者でもありませんが、事実だそうにございます」




 何でも、例の浮気相手の浮気相手についに切れ、街中で決闘を申し込んだ。

 その結果、完膚無きまでに負けた上に、肥料を運んでいた荷馬車にぶつかり糞まみれになった。

挙句、マントが馬具に絡まり、衝撃に驚いた馬が暴走し、街中を糞まみれで馬に引きずられていったらしい。

 ここまで来ると、見事!と言ってやりたくなるぐらいだ。




 「で、実力がそんなにも違う相手に挑んだのかその馬鹿は」

 「いいえ、どうやら馬鹿は相手をドットメイジだと認識していたようでございます」

 「なるほど、決闘のときだけ入れ替わったのか、それとも実力を隠していたのか、要は完全に嵌められた。ということだ」

 「で、多分その浮気相手とやらが、実はヴィクトール候の縁者だったりするんだな」

 「はい、御察しの通りでございます」

 「というか前回とほぼ同じ手口だな、他人の失敗を教訓にするということを知らんのかね、貴族ってのは」

 つくづく呆れさせてくれる親戚だ。




 「ですがともかく、これで残るは一人だけ、ということになります」

 「エドモント伯か、素行の方はどうなんだ」

 「お世辞にも評判が良いとは申せません、旦那様が亡くなられて以来、徐々に悪化しているそうでございます」

 「縛るものがなくなって、好き勝手やりだしたということか。だがまあ、そういうことならしばらくおとなしくしていそうだな。何しろ今度はあの御老体に睨まれているわけだ」

 「ですな。となるとしばらくはこの状態が続くことになるのでしょうか?」

 ドル爺の問いに俺はしばらく考えたあとに答える。

 「そうなりそうだな、エドモント伯はそう簡単に尻尾を掴ませるほど馬鹿じゃないし、ヴィクトール候にしても既に二人を排除した状態で立て続けに手を出すとは考えにくい」



 つまり、ひとまずは権力争いも小康状態を迎えそう、ということだ。



 「そういうことでしたら、ハインツ様家出計画を練るには丁度いい期間になるやもしれませぬな」

 と、ドル爺は少し笑いながら言う。

 「その名前は何とかならんのか、せめて自立計画とかのほうがましなんだが」


 俺が計画してる家出に関しては、既に屋敷の人間全員に伝えてある。

 俺が自分の好きな道を歩みたい、と言った時も、皆は全面的に賛成してくれた。

 だが、ことはそう単純じゃないばかりか、徐々に複雑さを増している。




 ヴィクトール候は次期当主である俺の後見人として、権力を振るっているわけだから、当然俺を手放すはずは無い。

 それに、この状態で俺がいなくなれば、最悪領土内で内乱が起きる可能性もあり、そうなると領民に多大な迷惑をかけることになり、それだけは認められないことだった。

 なので、俺が自立するためには、その辺の後始末をしっかりする必要があるのだが、自分の命を守るために次期当主の座が必要な現状では、かなり遠いというしかない。

 そんな俺に対して、ドル爺はいつも応援してくれる。

 「ははは、どちらも大して変りないではありませんか。ですがハインツ様、われら家臣一同、全力を持って、ハインツ様の家出を実現させてみせます」

 「ですので、期待して待っていてくだされ」

 と実にうれしいことを平然といってくれるのだ、この人は。

 「ありがとうドル爺、そうだね、皆がいればきっと何だって出来るさ」

 そして、そういうドル爺に対するときには、口調に幼さが出てくる俺なのだった。











とまあ、紆余曲折を経ながらも、いわゆる「警戒的平和」が続いていったのだが、それもまた、唐突に終わりを迎えることになる。








 それは、ある日のことだった。

 「ハインツ様。配下の者から緊急連絡が参りました」

 と最近のドル爺には珍しく、切羽詰まった様子であった。

 「どうした。何があった」

 こちらも心の中では身構えつつ冷静に問いかける。

 「我々が思いもしなかった事態が起こったようでございます」

 と、ドル爺は俺の目を見据えながら言う。


 俺はただ無言で先を促す。

 

 「ヴィクトール候が病で急死したそうでございます」


 「何だって!?」






[12372] ガリアの影  第八話    誤算
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:41
 いつものごとく俺の部屋に、いつもの面子が集合している。

 議題は勿論、ヴィクトール候の突然の死についてである。






第八話   誤算






 「それでドル爺、ヴィクトール候の死因は、本当に病死で間違いないのか」

 俺に限らず、この情報に関しては皆、半信半疑のようだ。

 何しろあの怪物が死んだというのだ。

 正直、両親が死んだという知らせのほうが、よほど簡単に受け入れることができた。




 「はい、俄かには信じ難い情報ではありますが、確かな情報です」

 と、ドル爺はやや困惑気味にしながらも答える。

 それに対し、薬師のアンリが尋ねる。

 「しかしドルフェ殿、ヴィクトール候が何か持病を患っていたという話は聞いたことがありません。何者かに毒を盛られた可能性などはあり得ないのですか」

 アンリの疑問も尤もだ、あの怪物が病気で死んだよりは、毒殺されたほうがまだ信じられる。

 「ですが、その可能性はあり得ないのです。というのも彼の老人は普段から非常に用心深く、全ての食材に『ディティクト・マジック』をかけることは当然として、貴族でありながら自分の食事は自分で用意するほどの徹底ぶりだったそうでございます」




 その話にアンリは息をのんだ。

 俺も似たような気分だ、そこまで他人を一切信用しないのは、最早用心深いを通り越して、異常、もしくは呪いとでも形容すべきものだ。

 そんな精神状態にあるにも関わらず、常に冷静で現実的な判断を下し続けたあの老人がどれほどの怪物であるかは、最早常人の想像の域を超えているといっていいだろう。

 だが、そんな怪物ですら、寿命には勝てなかった。

 確かに、いきなり病死というのは不可解なものではあるが、あの老人の年齢と、生活環境から考えると、脳出血や心筋梗塞などで、急死したとしても、地球の医学的に考えれば、それほど珍しいと言えるものではないだろう。

 「まあつまり、皆色々な感想はあるだろうが、結論は一つだ」

一呼吸置いて続ける。

 「あの御老体は死に、俺の後見人と当主代行の地位は空席となった。そして、それを巡って、残った親戚たちが
また権力争いを始める。ということだ」

 俺はそう告げる。




 それに対して皆は一様に頷いた。


 「さて、そうなると問題は、誰が新たな後見人になるかだが、今のところ候補は一人しかいないだろう」

 「確かに、ファビオ伯、アンドレ伯が失脚し、ヴィクトール候が死んだ今、残っている有力者はエドモント伯のみとなりますな」

 ドル爺が答える。

 「そのとおり、ヴィクトール候の手の平の上で踊っていただけとはいえ、一応父上を殺したあの男が俺の後見人になるのは間違いない」

 もう彼一人しか残ってないのだから、必然的に彼になるという訳だ。何だかんだで運が良いともいえるのだろう。



 「旦那様を殺したあの男がハインツ様の後見人ですか、正直、胸糞が悪くなる話ですな」

 ドル爺は嫌悪感を顕わにして言う。

 ドル爺がこのような言い方をするのは珍しいが、ドル爺はもう数十以上ヴァランス本家に仕えてきた大功臣だ。

 俺の父も生きていた頃はドル爺を蔑ろにすることはなく、むしろ、リュティスでの政争に専念するために本邸を任せていたほどだ。

 分家の中でも男爵や子爵程度の者たちよりは発言力や影響力もある。

 ドル爺にとってはエドモント伯などできの悪い小僧にしか見えず、そんな小僧が当主を殺し、さらに今、俺の後見人になろうとしているのは、分不相応にしか思えないんだろう。

 逆に言えば、そんなドル爺よりも長くヴァランス家に存在し、ドル爺が唯一敵わない相手と言えるのが、彼の御老体、ヴィクトール候だった訳だ。


 「ドル爺の気持ちも分かるが、状況がこうなっては仕方がない。一応俺は8歳の子供に過ぎないわけだから、後見人が必要なのは当然だろう」



 俺のこの言葉に、皆が苦笑いをする。



 「まあ、皆にとって俺が8歳の子供に思えないのは分かるけど、とりあえず、公式の場ではそういうことになっているから、そっちに合わせて考えていこう」


 「まあ、そう言われりゃそうなんだけどな、どーしても俺にはお前さんが8歳と言われてもピンと来ねえよ」

 と言うのはダイオンだ。

 ダイオンは最近では俺を「坊主」ではなく「お前さん」と呼ぶようになっている。

 ダイオン曰く。

 「もう、お前さんを坊主、と呼ぶわけにはいかねえな」

 だそうだ。

 まあ、気持は分からなくもない。




 「ですがダイオン、ハインツ様が8歳なのは間違いありませんし、私にとっては今でもかわいい弟のようなものですよ」

 と言うのはカーセ、ダイオンを呼び捨てにする女性の使用人は、カーセ一人だ。

 よくまあ、こんなごつい大男を呼び捨てにできるものだが、それこそがカーセがカーセたる所以だ。


 「左様。このドルフェにとってハインツ様は、今も変わらず孫にございます」

 「ええ、私にとってもハインツ様は未だに一番弟子ですよ」

 ドル爺とアンリが続けて言う。

 医療関係の知識については、俺には地球の知識があるぶん、既にアンリより勝っているが、治療系の魔法や秘薬の調合においては、未だにアンリには及ばない。


 「皆、徐々に論点がずれてきてる。俺が何歳かが問題じゃなくて、向こうが何をしてきて、それにどう対応するかが問題なんだ」

 議論が変な方向に向いてきたので、軌道修正を図る。





 「申し訳ありません。ハインツ様、確かにそうでありますな」

 と皆を代表してドル爺が謝る。

 ヴィクトール候を相手に議論していた時はこんなぐだぐだになることは無く、もっと緊張感があったんだが、やっぱり少し気が抜けているみたいだ。

 まあ、ヴィクトール候とエドモント伯ではあまりに格が違いすぎる。気が緩むのも仕方ないかもしれない。


 「と言っても、そんなに考えることもないんだが、エドモント伯が後見人になったら、間違いなく俺を立派な当主に教育する。とか言って、自分の屋敷か、もしくはリュティスの別邸にでも引き取ろうとするだろう」

 「はい、おそらくそうなるでしょう。その場合、リュティスの別邸の方が可能性は高いでしょう。流石に自分の屋敷に引き取るのでは他の親戚たちも反発するでしょうし、エドモント伯とてそこまで分からないわけはないでしょう」

他の皆の顔を見ても、ほぼ同じ意見のようだ。





「すると、後はこちらがどう動くかだが、どう立ち回るべきだと思う。皆」

と、皆に意見を求める。

何しろ俺の行動計画は全てヴィクトール候を相手にすることを前提に考えていたので、今のところ白紙になってしまっている。

皆しばらく考えていたようだが、やがてドル爺が口を開く。


「要求を呑む必要は特にないと思います。ヴァランス家当主は代々この屋敷で育ってきたわけですから。まあ、現在当主がいないため、当主の責務や振る舞いなどを教えられないなどと言い訳してくるかもしれませんが、そこも心配はいりません」

 ここまで言ってからドル爺は少し胸を張り、

「何しろ、旦那様にヴァランス家当主としての振る舞いなどをお教えしたのはこの私ですからな」

と、少し誇らしげに続けた。

「成程、たしかにそれなら向こうが何を言ってきても正当性がまるでない。当主代行とはいえ、重大決定には親戚の同意が必要だし、ヴィクトール候ほどの権力を持ってないエドモント伯ではごり押しもできないだろう」

というかあの怪物の真似は誰にもできないだろう。


「では、そういう方針で参りましょう。こちらが向こうの要求を突き返せば必ず親戚会議を開いてくるでしょうから、その場で私が親戚一同を説得して見せます」

ドル爺が自信満々に言う。




今までの親戚会議にも本家代表としてドル爺に出てもらっていたが、発言はほとんどしなかったらしい。

何しろ会議の主催者はヴィクトール候、言ってみれば敵陣だ。そこで味方もいない状態で発現するのは危険すぎた。


だが、主催者がエドモント伯ならば話は別だ。

ヴィクトール候に公然と刃向かえる者は一人もいなかったが、エドモント伯に敵対しているものは数人いる。

敵の敵は味方ということで彼らと協力することも可能であり、他の貴族にしても特にエドモント伯に協力する理由はないはずだ。




それ以上に、ヴィクトール候はこちらに一切要求をしてこなかった。


 つまり、本家代表であるドル爺にヴィクトール候と敵対する理由がなく、本家=ヴィクトール候 とでもいうべき構図が会議において形成されていたそうだ。

 それこそがヴィクトール候の老獪なところだ。

 あえて本家に干渉しないことで周りの非難を封じ、当主代行としての権力を最大限に発揮していたわけだ。


 だが、後見人とドル爺が敵対すると話は変わる。本家代表であるドル爺と下手に意見をぶつけ合うと、当主代行は本家の意見を尊重していない、次期当主の後見人には相応しくない。

 と周りから非難される可能性すら出てくることになる。

 ドル爺もそれが分かっているから、こんなに自信満々なんだろう。


 「分かった。そういう方針で行こう。その時が来たら、ドル爺、頼むよ」

 「了解したしました」

 こうして、今後の対策会議は終了した。








 数日後、予想通り親戚会議が開かれ、エドモント伯が俺の後見人になることが決まった。


 そしてその1週間後、これまた予想通りに、

 「ハインツ様に次期当主としての作法や振る舞いを学んでいただくために、リュティスの別邸に来ていただきたい」

という内容の要求が来た。

 当然、差出人はエドモント伯だ。


 それにたいして、

 「ここはヴァランス家本邸である。当主としての教養を学ぶにここ以上に相応しい場所など存在しない。残る問題としては教育に携わる人材だが、その点に関しても問題は非ず、当屋敷には御先代が残された忠臣が数多くいる故に」


 という内容の返事をドル爺が返した。

 ヴィクトール候亡き今、ヴァランス家で最古参のドル爺の言葉だ、説得力に溢れている。


 この返事に対して、

 「是非を問うために親戚会議を開くゆえ、出席されたし」

 という内容の返事が返ってきた。






 で、現在いつもの面子で会議中。

 「しかし、ここまで予想通りの反応をされると逆に困るな」

 と切り出したのは俺だ。

 「ですがまあ、エドモント伯ならばこんなものでしょう。決して能力が低いわけではないのですが、現在のことばかりを考え、将来の予測をしない悪癖があるのです」

 と、ドル爺が毒を吐く。

「まあ、向こうがこちらの予想通りの反応をしたのですから、いいことではありませんか」

 と、フォローするように言うのはアンリだ。

 「そうだな、ヴィクトール候の時のように常に何を仕掛けてくるかと警戒するのは疲れるからな。このぐらいのほうが楽できる」

 「左様ですな。それではハインツ様、私は予定通りに出発の準備に入ります」





 ドル爺が言う「出発の準備」とは旅行の準備だけではなく、エドモント伯に敵対している貴族への根回しなども含めたものだ。

 「ああ、今回の準備にはドル爺だけじゃなくアンリとカーセとダイオンも手伝ってくれたんだったな。皆ありがとう」

 と、皆に頭を下げる。

 「どういたしまして」 とカーセ。

 「大したことじゃねえよ」 とダイオン。

 「このようなこと苦労にも入りません」 とアンリ。

 こんな受け答えもいつものことだ。


 「それじゃあ、ドル爺、頑張ってきてくれ。ドル爺なら余裕だとは思うが、一応油断はしないようにな」

 「心得ております。決して侮りは致しません」


 そうして、ドル爺は親戚会議へと向かった。

















 だが、このときの判断ミスを、俺は一生後悔することになる。

















 二日後、アンリが不思議な表情で現われた。

 何と言うか、地に足がついていないというか、夢の中にいるようだった。


 「どうしたアンリ、悪い夢でも見たのか、ものすごい変な表情をしているぞ」

 と、俺は不審に思いながらも問いかける。


 「これが、悪い夢ならば、どれほど良かったのでしょうか」

 憔悴しきったような声でアンリが答える。

 その様子から何か凶事があったのだろうと理解し、俺は真剣になって問う。


 「アンリ、何か悪いことが起こったんだな。構わない、話してみてくれ」

 アンリは、しばらく躊躇っていたが、やがて意を決したのか、静かに語る。


 「分かりました。ハインツ様、どうか、どうか、落ち着いて聞いてくださいませ」

 そうして、しばらく沈黙した後、アンリは告げた。


 「ドルフェ殿が、親戚会議に向かう途上にて、何者かを襲撃を受け、亡くなられたそうにございます」


 俺は、目の前が真っ暗になるということを初めて経験した。
















 数分間、俺の思考は止まっていたようだが、やがて再起動した。

 そして、今得た情報を理解し、様々な処理を行った上で俺が発した言葉はこれだった。

 「そうか」

 そしてしばらく沈黙、その間も脳は限界速度で処理を続けている。

 「そうか、そうか、そうかそうかそうか!!  そういうことか!!!」


 「ハインツ様?」

 アンリが驚いたように呼び掛けるが、俺は意に介さない。

 「俺はなんて馬鹿だ! なんて間抜けなんだ! こんなことすら分からんとは!!」

 「ああそうだ! なぜ気づかなかった! 父も同じ失敗をしたというのに!! それともこれは父の呪いか!
血縁の呪縛か! 親子揃って同じ過ちを犯すとは!!!」

 「これは誤算だ! 大誤算だ!! 見誤った!! 侮っていた!!」

 「あの男の馬鹿さ加減を!! 俺は侮っていた!!!」

 ドル爺の死を認められないという心の動きはなかった。

 なぜなら、考えれば考えるほど、ここでドル爺が狙われるのが必然だと理解できてしまうのだから。












 その夜、俺の部屋に皆が集まった。

 だが、いつもより人数は一人少なかった。

 その中でいつものように俺は切り出す。

 「さて、もう皆知っていると思うが、ドル爺が殺された。そのことと今後のことについて話し合おうと思う」


 アンリがそんな俺に対して心配そうに尋ねる。

 「ハインツ様。大丈夫なのですか」

 何がとはアンリは言わず、それが何を指すかは誰もが分かっている。

 「大丈夫だ。知らせを聞いて以来、心の中は灼熱の地獄のようなんだが、頭の中は恐ろしいほどに冷たくてな。今なら絶対に判断を誤らないと断言できる」

 そう、俺の頭は今、かつてない程に冷静だ。

 「何時いかなる時でも冷静に」は前世からの俺の座右の銘だったが、皮肉なことに、この状況においてもそれは如何なく発揮されているらしい。





 「それで皆、まずは状況確認から入ろうと思う。 まず、ドル爺の死因についてだが」

 そういった時にカーセの体が少し震えたが、俺はそのまま続ける。

 「基本的に父上と母上が死んだ状況と同じだ。このことだけからでも断言できる、犯人はエドモント伯だ」

 皆からの驚きは特にない。

 当然だ。そんなことは考えれば誰でも解る。


 「それで、詳しい状況だが、まず、ドル爺は馬車に乗って親戚会議に向かう途中だった。そして、火のメイジの襲撃を受け、馬車ごと燃やされた。これは父上と母上の時と全く同じだ」

 そう、何ひとつとして変わっていない


 「だが、ドル爺は風のトライアングルメイジだ。すぐに襲撃を察し、風の魔法で馬車をバラバラにし、炎から逃れた。しかし、逃れ出たドル爺めがけて大量の矢が降りそいだ。敵は傭兵を30人近く雇っており、確実に仕留めるつもりだったようだ」

だが相手は歴戦の戦士たるドル爺だった。

 「だが、矢をくらいつつもドル爺は怯まず、敵めがけて『フライ』で突進した。そして敵が第二射を撃つ前に敵の真っ只中に飛び込み、白兵戦に持ち込んだ。敵も当然武器を抜いたそうだが、その前にドル爺の魔法で6~7人が一気に殺された。その中に隊長格もいたらしく、傭兵達の指揮系統は混乱した」

 指揮官を狙うのは戦の常道。

 「混乱した敵をドル爺は次々と討ち取り、次々と首を刎ねられる仲間を見て、敵は怯み、逃走を図ろうとした。そのタイミングで、例の火のメイジが傭兵ごと焼き払う大火力でドル爺を攻撃したらしい、その結果、生き残りの傭兵は全滅、ドル爺も炎に包まれたが、風の障壁で炎を最小限に緩和したようだ」

 ドル爺の強さは敵の予想を遥かに超えていたのだろう、だから相手も手段を選ばなかった。

 「そして、強力な魔法を使用した後にできる隙をついてドル爺はそのメイジに突っ込み、『ブレイド』でもって切りかかった。そのメイジは間一髪でかわしたようだが、左腕を失い、『フライ』で逃げていったそうだ」

 魔法の威力だけでなく、戦士としても一流のメイジなのだろう。ドル爺の決死の一撃をかわしたのだから。

 「そして、ドル爺も力尽き、倒れた。もしその場に水系メイジがいれば助かったかもしれんが、あいにく、傭兵の死体しか転がってなかったそうだ」

 ここまで、俺は一気に語った。





 「ハインツ様、そこまで正確な状況が分かるということは、その傭兵達の中に生存者がいた。ということですか」

 カーセが冷静に聞いてくる。

 この状況で冷静になれるのは流石だ。

 「ああ、ドル爺が討ち取った者は全員首を切られていたから死んだが、そのメイジに燃やされたものの中に運良く被害が少なく、その後の状況を見ていた者が一人だけいた。最も、そいつにしても大火傷をしているがな」

 「その傭兵は雇った相手のことを知っていたのですか」



 と、今度はアンリが聞いてくる。

これらの情報はアンリの話の後に届いたもので、こっちはアンリも知らないのだ。

「いや、傭兵を雇ったのはそのメイジらしい、仮面を着けていたらしく、顔も分からなかったそうだ。つまり、エドモント伯がそのメイジを雇い、そいつが傭兵を雇った。ということだ」


「しかし、おそらくトライアングルであろうメイジに30人もの傭兵を一人で相手して、奇襲だったにもかかわらず全員を撃退したって訳か。相変わらずとんでもねえなあの爺さんは」

 と、ダイオンが溜息混じりに言う。

 「ああ、ドル爺はただ殺されたんじゃなく、ほぼ全員を道ずれにしたということだ。だが、例のメイジだけは逃げ延びたようだがな」


 「それでハインツ様。ドルフェ殿の御遺体は?」

 「街道の警備隊が見つけてくれたらしくてな。明日にもこちらにやってくるそうだ」

 「そうですか」

 と言って、アンリは黙り込む。





 「ハインツ様。それで、依頼人はエドモント伯で間違いないのですね」

 とカーセが聞いてくる。

 「ああ、間違いない」


 「しかし、何だってあの糞野郎はドルフェの爺さんを狙ったんだ?」

 それは皆持ってる疑問だろう。普通に考えればここでドル爺を狙うのはおかしい。

 だが、それは普通に考えた場合だ。


 「ああ、その点は皆不思議だろうが、俺達は全員が見込み違いをしていた。侮っていたんだ」

 「侮っていた。ですか?」

 と、アンリが聞いてくる。
 
 「ああ、俺達はあの馬鹿の馬鹿さ加減を侮っていたんだ」

 俺以外の全員がこの言葉に首を傾げる。





 「そもそも、皆が考えているように、ここでドル爺を殺すことはあの馬鹿にとって損にしかならない」

 理由は4つある。

 「一つ目、犯人が分かりやす過ぎる。あの馬鹿が要求し、それをドル爺が拒否した。そのために親戚会議が開かれた。その途中でドル爺が殺された。これでは誰が考えても犯人は一人しかいない」

それくらいの事はそれこそ子供にもわかる。

 「むしろ、あの馬鹿を犯人にしようと誰かが謀ったのかと思えるぐらいだが、あいにく、ドル爺を殺す動機がある者は他に誰もいない」

 本来はあの馬鹿にも無いのだが。

 「二つ目、ドル爺は俺の育ての親だ。他の分家の者達でも、俺がドル爺を慕っていることぐらい知っているだろう。向こうが俺を何も知らない8歳の子供と見ていたとしても、ドル爺を殺した相手に対して俺が好感情を持つ訳がない。俺の後見人として権力を握りたいならば、俺に嫌われるのは大きな障害になる」

むしろ子供だから強い憎しみを持つということもある。


 「三つ目、ドル爺はヴァランス家で最大の功臣だということだ。それを罪があるわけでもないのに簡単に殺してしまっては、他の貴族から反発を招く」

ヴァランス本邸の家臣もそうだ。

 「四つ目、これはあの馬鹿だからこそだが、犯行方法が前当主殺害と似すぎている。これでは、誰もが前当主の事件と結び付けて考えるだろう。」

 そう考えないのは狂人か白痴かだ。

 「そうするとあの馬鹿は、前当主を殺し、その息子の後見人となり、その息子の身柄を押さえるためにヴァランス家最大の功臣すら殺した大罪人である。ということが全貴族に知れ渡ってしまう」

 前当主を殺したことを遠まわしにカミングアウトしたいというならそうだろうが、


 「以上を踏まえると、現段階で、あの馬鹿がドル爺を殺すことは、ありえないように思える。その上、ドル爺を殺しても得るものは何もない。と、普通なら考えられるんだが、生憎と奴は馬鹿だった」

 少しでもあいつに脳があると考えていた自分が愚かしい。


 「あの馬鹿の思考回路で考えると、大きな利益があることになる。」

 と言った俺に対し、アンリが困惑しながら尋ねる。

 「しかしハインツ様、私にはその利益が皆目見当もつかないのですが。」






 「ああ、複雑に考えると分からないんだ。もっと単純に考えてみるんだ」

 思考のレベルをもっと下げてみなければならないのだ。

 「いいか、そもそもの発端を考えてみてくれ、俺に当主に相応しい教育をするため、リュティスの別邸に移す。これがあの馬鹿の理屈だった。それに対するドル爺の返答は、本邸こそが相応しい、人材に関しても問題はない。というものだった」

 俺はみんなを見渡しながら続ける。
 

 「それであの馬鹿は短絡的に考えた訳だ。本邸の使用人は大半が平民上がりだ、あのドルフェさえいなければ貴族の礼儀を教えられる者はいなくなる。とな」

 皆の顔が驚愕に染まった。


 「そ、それではハインツ様、まさか」

 と、カーセが震えるように尋ねる。

 「ああ、そのまさかだ。それだけの理由で奴はドル爺を殺し、ドル爺を殺すことで自分がどれだけ不利になるかを全く考えてなかったんだろう。丁度、俺の両親を殺した時のようにな」


 そう、結局は前回と全く同じなのだ。


 要は馬鹿が深く考えず暴走した。そういうことだ。

 俺の父はそれを読むことが出来ずに死に、ヴィクトール候はそれを全て理解しつつ利用し、ヴィクトール候が死んだ今、馬鹿は再び暴走し、俺はそれを予測できなかった。

 何とも因果な話だ。





 「そして、このことは最大の危険を孕んでいるんだ」

 「最大の危険? そりゃー一体どういうこった」


 「いいか、今回あの馬鹿が起こした事件によって、得をした人間は誰もいないんだ」

 しかも普通に考えれば馬鹿自身が一番損をする。

 「父上と母上が死んだ時は、馬鹿自身も知らないうちにヴィクトール候が操っていた。だから、全ての利益はヴィクトール候に集まっていた。その後のアンドレ伯、ファビオ伯の粛清の際にも、二人の利権はヴィクトール候に渡っている」

 あの怪物の動きは『老獪』の一言に尽きる

 「つまり、ヴィクトール候の陰謀は、全て御老体の利益になるように仕組まれていた」

 そのことは俺たちにも十分理解できていた。

 
 「だが、今回のあの馬鹿の陰謀では、誰も得をしていない。つまり、ヴァランス家全体で考えると、損害があっただけということだ」

 皆その先を察したのか、険しい顔に変わっていく。






 「もし、あの馬鹿の暴走が今後も続けば、それはヴァランス家の弱体化を意味する。そうなれば虎視眈眈と狙う他の六大公爵家がどう動くかわかったもんじゃない」

 当主を失ったにも関わらず、他の公爵家が一切干渉してこなかったのは、あの御老体が当主代行として君臨していたが故だ。

 ヴィクトール候は不気味さに関しては内外問わず、俺の父以上に恐れられていた人物だったからな。


 「ではどうなさいます。直ちにエドモント伯を当主代行の地位から引きずり降ろしますか」

 と、アンリが提案してくる。


 「それはだめだ。ヴィクトール侯が死んでから一月と経っていない上、あの馬鹿が当主代行になってからはまだ半月も経っていない。この状態でまた当主代行を変えては間違いなく他の公爵家に嗅ぎつけられる。その上、爵位・領土・能力的に考えて当主代行になれるものがいない」


そこまで言って、少し雰囲気を軽くする。


 「そこで、だ」

 俺は皆を見渡しながら告げる。

 「俺は、リュティスの別邸に移動しようと思う」

 皆の顔が驚愕に染まる。苦肉の策ではあるが、現状ではこれしかない。


 「あの馬鹿のここまでの無能ぶりは正直計算外だった。このままじゃヴァランス家は支柱を失ったまま内部分裂を起こして崩壊し、混乱は大きくなるばかりだ。俺にとってはヴァランス家がどうなろうと正直どうでもいいんだが、平民はそうはいかない、貴族の権力争いに巻き込まれ、平民が苦しむことだけは何としても阻止せねばならない」

 それをしなければ俺の生き方に反する。


 「次期当主を抱き込めばあの馬鹿の権力は強化される。たとえどんなに無能でも、その状態なら小粒になった親戚たちをまとめることぐらいはできるだろう」

馬鹿の能力の高さではなく、他の者の覇気の無さがそうさせるはずだ。

 「だから、俺はリュティスの別邸に移る。そして、皆は一旦この屋敷から離れてくれ、あの馬鹿がまた暴走して皆を狙わないとも限らない。残念ながら、馬鹿の思考を論理的に予測するのは俺には不可能だ」


 「しかし、ハインツ様、それではたとえ私たちは無事でもハインツ様は人質も同然ではありませんか。それに、エドモント伯が当主代行では結局いつかは六大公爵家が干渉してくるのでは」

 と、アンリが懇願するように言う。
 




 「ああ、これは結局のところ時間稼ぎに過ぎない。せいぜい5年ぐらいが限界だろう」

 それには別のタイムリミットもある。5年もすれば俺は13歳、そろそろ大人の判断ができる頃合いだ。

 そうなれば当然、当主代行はいらなくなるのだから、あの馬鹿はそれを阻止するために俺を暗殺するなどの陰謀を始めるだろう。

 そうなれば完全に終わりだ。ヴァランス家は内部崩壊し、その利権を狙った他の公爵家が壮絶な奪い合いを始め、ヴァランスの領民には多大な被害が出るだろう。

 そもそもそれ以前に、俺は大人しく殺されるつもりなど毛頭ない。


 「だが、腹案があってな。現段階では詳しくは言えないが、その計画を実行できればヴァランス家の継承者争いも、他の公爵家の干渉も一気に解決することができる」

 この計画の実行には時間と準備が必要だ。


 「だから、これからはヴァランス家内部だけじゃなく、ガリア全体を視野に入れる必要がある。そこで、皆には一度ヴァランス家から離れ、他の公爵家の動向を探って欲しいんだ。誰がどこを担当するかなんかは流動的になるだろうから、皆にまかせるが」


 「ハインツ様、それは構いませんが、連絡手段はいかが致しましょう。エドモント伯がハインツ様への手紙は全て握り潰すと思うのですが」

 と今度はカーセが尋ねてくる。





 「それについては心配ない。アンリ、確か君の使い魔は鷹だったな」

 「はい、確かに私の使い魔は鷹でして、名前はイアロスと申します」

 「よし、その使い魔を貸してくれ、俺のペットとしてリュティスに連れて行く」

 「ペットとして、ですか?」


 「そうだ。イアロスなら手紙を届けることができるが、見慣れない鷹が定期的に俺の元に来れば誰でも不審に思うだろう」

 何しろ目立つ。

「だが、最初からペットとして、堂々と肩に乗っていたらどうだ。そして、庭で鷹を飛ばして遊んでいたらどうだ。誰もその鷹を疑いはしないだろう。ましてやそれがアンリの使い魔なら、使い魔の感覚共有を通してアンリはこちらの現状を知ることができる。
 そして、イアロスの耳を通じて、こちらの要請を皆に送ることができる。あとは、イアロスを使って皆が集めてくれた情報を届けてくれればいい」

 アンリは感心したように頷く。

 カーセやダイオンも首肯で返してくれた。

 


 「いいか、もう一度確認するが、これからの方針はこうだ。俺はアンリの使い魔のイアロスと共にリュティスに行く。皆はできる限りガリア全土に分散して六大公爵家の情報を集め、定期的にイアロスで俺に送ってくれ」

 全員が沈黙したまま頷く。


 「よし、それじゃあ、もう夜も遅いし、明日はドル爺の葬儀をしてやらなきゃいけない。解散しよう」

 そうして、会議は終了した。


















 数時間後、ドアのノックする音がした。

 「誰だ?」

 「私です」

 「カーセか。入ってくれ」

 「失礼します」


 カーセがいつものように入ってくる。

 こんな時間にどうしたとは尋ねない。

 目的など互いに分かり切っている。

 こと、このことに関して、俺達に余分な言葉は不要だ。


 「ハインツ様。あの男をどうなさるおつもりですか?」


 「とりあえず暫くは生かしておく、今始末してしまう訳にはいかないからな。少なくとも数年は泳がすことになるだろう」

 「だが、他の問題を全て片付け、何の障害も無くなったときは」

 俺は、誓いとして言葉にする。


 「奴は俺がこの手で殺す」


 「そうですか」

 カーセはその言葉を聞いて、しばらく沈黙する。


 「ではハインツ様、そちらはあなたに譲りますが、下手人の方を、私に始末させていただけませんでしょうか」


 「例の火のメイジか」


 「はい、かつて私の家族を殺した者共は、私の祖父が皆殺しに致しました。その祖父を殺した者は、私の手で殺さねばどうしても気が済みません」

 その目には復讐の火が宿っていた。まるで彼女の属性を象徴するかのように。


 「わかった。そちらの始末はお前に任せる。奴を殺す時には例のメイジについての情報を吐かせてから殺そう」


 「ありがとうございます」











 こうして、俺とカーセの間に誓いが結ばれた。

 己と互いに賭けて誓ったのだ。

 怨敵を必ず抹殺することを。


8/31 一部修正



[12372] ガリアの影  第九話    影の騎士
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:41
深夜。

 遥か高みには、夕焼けのごとくに紅く染まった十六夜の月。

 そしてその月に並んで浮かぶ、氷のように透き通った少し欠け気味の蒼い月がある。

 その下で杖を構え、目を閉じ、微動だにせずに集中し続ける男がいる。

 まあ要は俺のことだ。









第九話   影の騎士










 ガリア王国王都リュティス。

 人口30万人を誇るガリア最大の都市であり、ハルケギニア最大の都市である。

 王政府が整備し管理を行っている主要街道、通称「大陸公路」の出発地であり、終着地となっており、シレ川、ルトニ川、エルベ川の3つの大河が合流するガリア最大の交易地である。

 まあ、いってみれば古代ローマ見たいなもので、ローマ帝国の人口が約6000万人。首都ローマの人口が約100万人で、ガリアの人口が1500万人だから、ちょうど4分の1スケールというわけだ。

 街の東の端には、ガリア王家の人々が暮らすヴェルサルテイル宮殿があり、そこには現国王であるロベール五世陛下と第一王子であるジョゼフ殿下。その娘であるイザベラ王女が暮らしている。

 第二王子であるシャルル殿下はオルレアン公であるため、リュティス北西にあるラグドリアン湖周辺に居を構えている。当然、公爵夫人マルグリット、公女シャルロットも一緒に暮らしている。

 ここの家族仲はとても良いらしく、同じ公爵家でも、親子三人別居状態だったうちとはえらい差である。






 俺は現在、このリュティスにあるヴァランス家の別邸で暮らしている。

 まあ、言ってみれば人質のようなものだが、それを承知の上で来たのだからそのことに関しては特に感慨はない。


 ドル爺の葬式を本邸の皆だけで済ませた後、延期されていた親戚会議が行われる前にリュティス別邸への移動を承知する書状をあの馬鹿(エドモント伯)に送り付けたため、親戚会議は中止となった。

 これによって、一応ヴァランス家は馬鹿を当主代行として名実共に認める形となり、内部分裂は表面上食い止められた。

 俺は本邸を引き払い、カーセ、アンリ、ダイオン筆頭に、屋敷の皆は六大公爵家の情報収集にガリア中に散ってもらった。

 そして、俺はアンリの使い魔、鷹のイアロスだけをお供に、ここにやってきたわけだ。





 リュティスに来てから早いもので既に二年が経った。

ここでの生活は、軟禁とは言えないがそれに近いものはある。

 基本的に何をするにもどこに行くにも監視の者がつき従い、一人になれる場所など自室以外にありはしない。

 ただし、実に古典的な方法ではあるが、俺が欲しがるものは何でも与え、外界に興味を示さないように誘導しようとしてるのがありありと分かる。

 秦の宦官趙高は、二世皇帝を後宮に押し込め、酒と女づけにすることで政治への興味を無くさせ、思い通りに操ったそうだが、それと同じことを俺にやろうとしているようだ。




 まあ、そんな見え見えの手に引っ掛かる訳もなく、表面上は大人しくしといて、深夜になるとこうして屋敷を抜け出し、魔法の訓練を行っている。

 向こうも俺の部屋の監視は当然付けているのだが、それを騙すためにちょっとした小細工をしている。


 自分の血を垂らすことで、自分の姿、能力を完全にコピーすることができる古代の魔法人形“スキルニル”を身代りに置いておくことで、監視の目を誤魔化しているわけだ。




 だが、もう一つ仕込みがある。

 それは魔法の杖だ。

 メイジは、杖がなければ魔法が使えない。

 魔法の杖はどれでもいいというものではなく、自分と契約した杖を使用する必要がある。


 例外として、祖父や父などが用いていた杖の場合、契約を行わなくても魔法を使用できる場合もあるが、やはり、正式に契約をした杖の方が魔法の精度は上がる。

 だが、俺がここに来た当初は8歳であり、魔法の杖を持っていてもおかしくはないのだが、「ライン」クラスのメイジであることを気付かれてはならなかった。

 また、こちらが杖を持っていれば、監視人も『フライ』や『レビテーション』を警戒するだろうから抜け出すことが困難になる。





 そこで、絶対にばれない杖の隠し場所を考えた。

 杖を肉体の中に仕込む。

 というよりも、自分の骨を杖として契約したのである。


 具体的な方法としては、まず、地球の医療知識を用いて麻酔を『錬金』で作り出す。

 成分割合などは頭に入っているし、万が一忘れても例の本に記してあるので問題はない。

 そして、同じく『錬金』で作った注射で左腕に局部麻酔を行う。

 麻酔が効いたら外科手術で左腕の骨を摘出する。当然、メスなども事前に『錬金』で作ってある。

 生物の体は『錬金』や『固定化』に対し強い抵抗力を持っており、自分の体に『錬金』をかけ拳を鋼鉄に変えたり、皮膚に『固定化』をかけて老化を防いだりはできない。

 当然犬や馬と言った他の動物であっても同様であり、『錬金』と『固定化』は対無生物用の魔法なのだ。

 ところが、野菜や果物に『固定化』をかけると鮮度を落とさずに保つことができ、『錬金』で別の物質に変えることも可能である。

 地面に生えている花には『固定化』はかけられず、成長を止めることも、枯れるのを防ぐこともできない。

 だが、一たび摘まれた花は、『固定化』でそのままの姿を保つことができ、『錬金』によって変化させることもできる。



 この特性を利用すると、腕から取り出した骨は既に生物の一部ではなくなっているので『固定化』をかけることが可能になる。そして、『固定化』をかけた骨を魔法の杖として契約を行う。

 この契約には時間が約半日かかるため、途中で局部麻酔が切れてしまうので一旦傷口を塞ぐ。

 ここでポイントとなるのが、一度火の魔法で傷口を焼くことである。


 何でこんな真似をするかと言うと、水系統の魔法は「治癒」に適しているが、最も効果を発揮するのが対極属性である「火」による傷、つまり火傷である。

 水系統の魔法で治す場合、切り傷よりも火傷の方が容易となるのである。

 地球の医学はこの逆で、切り傷は止血して縫合し、細菌の感染や化膿を薬で塞げばとりあえず問題はない。

 しかし、火傷の場合、本人の新陳代謝で新たな皮膚ができるまで待つか、他人の皮膚を移植するなどの大掛かりな手術が必要になる。

 よって、戦場などの過酷な環境で軍医や衛生兵が治療しやすいのは火傷よりも裂傷となるわけだ。



 つまり、地球の医療は裂傷に適しており、ハルケギニアの治療魔法は火傷の治療に適している。

 両方の良いところを合わせ、針と糸で塞いだ傷口をさらに焼いて塞ぎ、その上から軟膏を塗り、水系統の「治癒」をかける。

 こうすることで、手術跡を残さず、水の秘薬も用いず、僅か一時間足らずで完治が可能になる。(軟膏は錬金で作ったもの)

 ちなみに、水の秘薬を『錬金』で作れれば手っ取り早いのだが、この秘薬というのは系統魔法ではなく先住魔法の力を秘めたものであり、『錬金』で生成することはできないのである。





 とまあ、このような方法で自分の骨との契約が済んだら、もう一度左腕を切り開き、骨の『固定化』を解除する。

 『固定化』とは、かけられた時の状態から、あらゆる化学変化を防ぐ魔法ともいえるわけで、この骨にとっては腕から取り出されて直ぐの状態となる。

 なので、腕への再結合は容易であり、各神経系も簡単に繋げることが可能となる。

 これでも地球では天才的な外科手術の腕を誇った身である。片手で腕の神経の接合を行うことなど造作もない。

 そして、神経の接合が終わったら、先程と同様に腕を縫合し、傷口を焼いて塞ぎ、治療する。


 結果、腕そのものを杖として用いることが可能となるわけだ。

 また、同様の手術を右腕にも行った。(俺は両方利きなので左腕の時の同じ要領で手術を行うことができる)




 
 自分の骨を用いた杖は、今までとは段違いに精神力の通りが良くなった。

 メイジは杖を自分の腕の延長だとイメージして魔法を使えというのが一般論ではあるが、俺の場合まさにそのままであるわけだ。


 こうして、俺は杖を持たなくても魔法を使えるようになった。

 よって、杖を持たない俺が魔法を使えるわけがないと思い込んでいる奴らを尻目に、俺は毎夜のように屋敷を抜け出しては魔法の訓練を行っている。






 リュティスはハルケギニア最大の都市だけあって広大だ。道幅も他の都市に比べて格段に広く、しっかりと整備されている。

 参考までに、俺の故郷であるヴァランスの街は人口3万人、ノール=ド=カレー州という地方の圏府であり、州内にある八つの鉱山都市から鉱物資源が集中する交易都市である。

 だが、リュティスと比べれば所詮は地方都市に過ぎず、日本で例えるなら、東京と青森ぐらいの差があるだろう。(別に青森県人に喧嘩を売っているわけではない、あくまで例え)


 なので、魔法を練習できるくらいの場所は探せばいくらでもあり、たまにごろつきの溜まり場になっていたり、犯罪現場に出くわしたりもするが、そういう場合は実践訓練も兼ねてとりあえずぶっ飛ばすことにしている。

 なお、強姦現場に遭遇したことも数回あり、そういう輩は、ドル爺に習って、首を刎ねておいた。


 自分でも少々不思議ではあるが、初めて人を殺したわけではあるが、特にこれといった感慨はなかった。

 相手が相手だったこともあるのかもしれないが、正直、害虫駆除程度の認識しか持てなかった。

 あまり考えすぎるとどつぼに嵌りそうなのでとりあえず割り切ってはいる。このハルケギニアは平和な日本と異なり簡単に人が死ぬ世界だ。

 いちいち気にしていたら生きていくことすら息苦しくなってしまう。





 まあ、強姦魔のこいつらにも愛する人や大切な人がいて、彼らを愛していた人もいたかもしれない。

 だが、それは免罪符にはならない。

 誰かに愛されていれば犯罪が許される等と言う法律はどこの世界にも無いのだ。

 それは俺にも言えることではあるが、俺は許しを請うつもりもないし、責任転嫁するつもりもない。

 全ては俺の意思で決め、俺の心に従って行ったことだ。よって、全ての責任は当然俺にある。





 ドル爺が殺されて以来、俺も生と死、罪と罰、殺人と復讐などについて色々と考えてはみたが、結局、結論は一つだった。

 要は、自分で考えて、自分のすることを決める。それだけだ。

 復讐したければすればいい、したくなければしなければいい、殺したくないなら殺さない、殺したければ殺す。


 実に単純明快である。




 まあ、そんなこんなで実戦経験を積みつつ魔法の修行に明け暮れていると、いつの間にか「トライアングル」になっていた。

 また、リュティスの裏街では、強盗犯や強姦犯を専門に狙う謎の影が噂になっているそうで、将来何らかの交渉材料に利用できるかもしれないので、「影の騎士」という書置きを残すことにした。



 リュティスに「影の騎士」が現れてから約一年が過ぎており、現在では一般市民にも広く知れ渡っているようだ。

 だが、こういうものには便乗犯がつきものである。

 「影の騎士」を騙る偽物が。あらぬ罪をなすりつけてこないとも限らない。

 そこで、実験も兼ねて、他の者には真似できない手口にすることにした。





 つまり、ハルケギニアでは知られていない、地球産の毒による殺害である。

 俺が最も得意とするのは『錬金』と『固定化』だ。

 『錬金』を最大限に応用し、例えば、相手の顔の周りの酸素を硫化水素に『錬金』したり、幻覚作用のある気体を『錬金』したり、筋弛緩系のガス『錬金』して相手の動きを封じたり、トリカブトを『錬金』してばらまいたりなどだ。

果ては、サリンやタブンなどに代表される化学兵器すらも『錬金』によって合成可能なのだ。

さすがに試したことはないが、ウランやプルトニウムすら個人が簡単に『錬金』可能だ。

地球においては巨大な化学プラントか、特殊な研究施設のみで、何千億円のも資金を投入してやっと少量生成できる物質が、このハルケギニアでは、個人で簡単に作れるわけだ。

もし、この『錬金』が地球で可能になったら、核兵器拡散を防ぐことは不可能になるし、テロリストはただ同然で、大量殺戮兵器を入手できることになる。

正直、あっという間に人類が滅亡するかもしれない。






 とまあ、現実逃避はここまでにしておいて、要は俺にしかできない殺害方法を用いることで、便乗犯を封じるとともに、実戦における『毒錬金』の有用性を図っていたわけだ。

 一年をかけて検証した結果、対動物攻撃魔法としては圧倒的な優位性を持っていることが確認できた。


 他にも、夜の街で怪我人を見つけたときとか、盗賊や貴族に家を焼かれて帰る場所も薬を買う金もない人とかに無料で治療したりしながら、医療分野における実践経験も積んだ。

 30万も人口がいれば、必ず貧民街や難民層が構築されるもので、そういった人々専門の無料闇医としても「影の騎士」は活動中だ。むしろ最近はこっちの方が本業になりつつある。


 本来、秘薬を用いなければ、水系統魔法といえど、重傷の治療は困難だ。

 その上、秘薬は希少品で高価であり、『錬金』で量産することもできない。

 よって、水メイジの医者にかかる費用は高くつき、平民に払える額ではなく、貧民難民は論外だ。

 要は貴族や豪商などの特権階級専門の医療技術に過ぎず、平民の病気や怪我で死ぬ確率はかなり高いのだ。






 だが、俺の治療は異なる。

 裂傷には消毒、縫合で対応できるし、使用する薬品は地球産のため、いくらでも錬金で量産可能だ。

 俺の治療は秘薬を用いないので消費するのは薬品を精製する『錬金』と、『治癒』の魔法に使う精神力のみ、つまり元手はタダだ。

 よって、貧民や難民に対して無料で治療を行うことができ、お礼に貰う果物や感謝の言葉で十分に元が取れる。

 その上、本来の目的である医療技術の向上も果たせているのだから、正にいうことなしだ。

 魔法だろうが医療だろうが最も効果的な向上方法は実践あるのみ。ということだ。

 まして、失敗が自分もしくは患者の命の危機に繋がるだから、気を抜いている暇などありはしない。






 結果。

昼は屋敷でゴロゴロしてるか、遊ぶか寝るかのぐーたら坊ちゃん。

 夜は犯罪者を狩るか、貧民、難民の治療に駆け回る「影の騎士」。

 という二重生活の中で、この二年間が過ぎていった。






 だが、俺が行っている活動はそれだけではない。

 まず、ヴァランス家の内情がどうなっているかを調べている。

 この方法は割と簡単で、監視の奴やこの屋敷にときどき訪れる者を捕まえて吐かせているだけだ。

 そして、「尋問」が終わったら、水系統の禁制魔法「制約(ギアス)」をかけておく。

 この「制約」は本来はある条件を満たした時に特定の行動をさせる一種の後催眠なのだが、俺のそれは少々改良を加え、「この数時間で起こったことを全て忘れる」という行動を無条件で取り続けるようにした。

 結果、相手の記憶に一切残らないまま、情報だけを得ることができる。



 唯一の欠点は「スクウェア」クラスの水メイジがより強力な「制約」で「思い出す」という行為を強要した場合、ばれてしまうという点だが、そもそも本人が気付いていないのだから、俺を疑う要素はどこにもない。



 この方法で、ヴァランス家の内情を探っているのだが、どうやら猶予はそれほどないようだ。

 というのも、あの馬鹿は才能のない人間が強大な権力を手にした時に陥る罠にものの見事にハマっているらしく、世界が自分のものになったかのごとくに勘違いし、横暴を繰り返してるらしい。

 そんな当主代行に親戚をまとめる力がある訳もなく、ヴァランス家の内部分裂は徐々にだが確実に進行しているようで、他の公爵家も水面下で活動を開始しつつあるみたいだ。



 六大公爵家の動向は、皆に調べてもらって、アンリを通じてイアロスによって俺に届けてもらっている。

 その情報によると、オルレアン家、ウェリン家、カンペール家のいわゆるオルレアン公派は、今のところ特に動きは無いようだ。

 しかし、中立派であるサルマーン家、ベルフォール家には怪しい動きが見られるとのこと。




 これは大体予想通りの展開だ。

 俺の父が死んで以来優勢になっているオルレアン公派には特にヴァランス家に干渉する必要がない上、今は宮廷内での地盤固めに力を入れる段階だ。

 それに対して、オルレアン公派の敵対勢力がいなくなり、存在価値が低下している二家は、いざとなればヴァランス家を巻き込んで、三家の協力体制のもと、ジョゼフ王子を擁立する必要がある。

 だが、サルマーン家とベルフォール家は仲がいいとは言えず、今のところ互いの足を引っ張り合っている状態だ。

 まあ、そのおかげでヴァランス家は安定を保っていられる訳だが。





 結論として、状況は間違いなく悪化の一途を辿っており、ノンビリしている暇はあまりなく、そろそろ俺も動き出す必要がある。





 「叔父上、叔父上、お願いがあるのですが。」

 と、いつものように別邸来ていた馬鹿に話しかける。

 この馬鹿は大体、月に一回のペースでリュティスに訪れ、普段はヴァランス家本邸に住んでいるらしい。

 次期当主を別邸に追いやり、その後見人が本邸に居座ってることについては親戚からも反発の声が上がっているそうだが、この馬鹿はそれを黙殺している。

 「おお、ハインツ、何か欲しいのでもあるのかね、何でも言ってごらん、私が何でも買ってあげよう」

 と、糞馬鹿はいつものセリフで答える。

 本音を言えば、今すぐこの場で縊り殺してやりたいのだが、それは必死に抑えつつ話を続ける。



 「いいえ、欲しいものがあるのではなく、行きたいところがあるんです」

 「おお、行きたいところがあるのか、言ってみたまえ、何所に行きたいんだい?」

 そして俺は告げる。


 「はい。兵学校に行って、強い魔法を習いたいんです。そしていつかはイーヴァルディの勇者みたいにお姫様を助けたいんです」

 と、正にアホの子みたいなセリフをあえて言う。




 要はこの屋敷を離れるための口実に過ぎないのだが、その場所として、兵学校は最適な場所だ。


 貴族は領地をもつ封建貴族と、官職を得て政府に奉職する法衣貴族に分かれる。

 法衣貴族も大きく分けて文官と武官、つまり、役人か軍人に分かれるが、どちらになるかは本人の意思はほとんど関係なく、親が役人なら役人、軍人なら軍人というケースがほとんどだ。

 よって、そういった下級貴族が軍人になるための養成学校が兵学校であり、俺は、そこに行きたいと言い出したわけだ。

 「兵学校に行きたいのかね、ウーム、少し考えさせてくれたまえ」

 といいつつ思考し始める馬鹿。





 ちなみに、俺がこんなことを言い出してもこの馬鹿が驚かないのには理由がある。

 普段から俺はこの屋敷においては絵本が好きで、特に、「イーヴァルディの勇者」に代表される勧善懲悪ものの物語を好む傾向を見せておいた。

 また、メイドをお姫様役に、男の使用人を悪のドラゴン役にして、俺がそれを退治する王子様ごっこも何度も庭で繰り返し、この馬鹿が屋敷に訪れるたびに新しい本をねだり、馬鹿が新しい本を持ってきてくれるのを楽しみに待っている。

 という演技をこの二年間をかけて繰り返してきたのである。

 全てはこの時のための布石として。



 そして、この提案は馬鹿にとってもメリットがある。

 俺は既に10歳であり、ガリアの貴族の慣習からいっても一応当主になることも可能な年齢となった。

 仮に当主になれたとしても実際には後見人が実権を握るのだが、成長と共にその権限は俺に移っていく。

 ゆえに、この馬鹿にとって、そろそろ俺は邪魔ものになりつつあり、おそらく12歳ごろになったら殺すつもりだろう。

 分家だがヴァランス姓を名乗ることを許されているので、直系が絶えた場合、領地の一部を王家に献上すれば分家の者が本家を継げるのだ。

 男爵や子爵などの小さな家なら取り潰しとなり領地は王家直轄になる。何ていうこともあるが、六大公爵家の中でも最大の領地を持つヴァランス家にそれをやろうとすれば下手すれば内乱になってしまう。内部分裂を起こして互いに武力行使をする様な、最悪の泥沼状態なら取り潰しもあるが。

 こいつも、そういうことだけはしっかりと分かっているので確実に俺を殺そうとする。



 しかし、この屋敷で殺すのは都合が悪い。

 いくらなんでも怪しすぎる上、後見人には次期当主を守る義務があるのだから、その義務を果たせなかったことになってしまう。


 だが、俺が兵学校に入っていれば話は違ってくる。

 兵学校での生活の最中に俺が「不幸な事故」で死んだとしてもそれは兵学校側の責任であり、馬鹿の不利にはならない。

 また、無理やり兵学校に俺を送り込めば非難も免れないが、俺が自分の意思で行きたいと言い出したならば、次期当主の意思を尊重するのは後見人の務めであり、何の問題もない。


 つまり、馬鹿にとってこの提案は渡りに船となり、後先のことを深く考えないこの馬鹿ならば、間違いなく了承するだろう。



 「うむ、良し分かった。兵学校に行くことを認めよう。費用などは当然私が全て出してあげるから心配はいらない。兵学校でしっかりと学んでくるといい」

 そもそも俺がここにいるのは「次期当主に相応しい教育を受けるため」のはずだが、そんなことは頭にないらしい。

 「ありがとうございます。叔父上。きっと立派なメイジになって帰ってきます」




 こうして、俺は屋敷を離れ、自由な活動時間を得ることが出来た。



追記  8/31 一部修正



[12372] ガリアの影  第十話    兵学校
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:42
 早朝。

 学校の敷地内に存在する森の中を『フライ』も使わず走り続ける人影がある。

 既に相当の距離を走っているはずであるがその表情にはまだ余裕があり、呼吸もそれほど乱れてはいない。

 そしてなんと杖も使わずに、走りながら魔法を唱え、周りの木などに向けて放っている。

 例のごとく俺のことである。











第十話   兵学校











 兵学校に来て約1年、俺の生活はすこぶる順調だ。

 兵学校ならば、貴族が早朝ランニングをしていても特にそれほど奇異の視線で見られることもなく、他の様々なことに関しても特に気にする必要はない。

 何しろ別邸での生活では猫かぶっていたため、ボロを出さないように常に周囲の目を警戒し続けていた。

 やっぱり人間は自然体が一番ということである。





 早朝ランニングに限らず、新たな化学物質の『錬金』を試みたり、各種抗生物質の効率的な製造方法を模索したりと、医療分野にかけても研鑽を積んでおり、当然、魔法の訓練も行っている。

 そして、深夜になれば「影の騎士」としての活動を目下継続中である。

 これは実践訓練になるばかりではなく、リュティス中に流れる噂を得ることもでき、俺にとっては貴重な情報源となっている。

 深夜に「影の騎士」として活動し、早朝からトレーニングをしているのでは体がもちそうにないものだが、そこには抜け道がある。




 授業時間を全部寝ているのだ。




 兵学校といっても新入生は10~12歳である。そのうちほとんどが下級貴族出身なのだから、高度な魔法教育など事前に受けていたわけもなく、親も忙しいだろうから、あまり子供に教える時間もない。

 つまり、最初にやることは『フライ』や『レビテーション』といった初歩的な魔法の訓練や、座学においては各系統魔法の特徴などである。

 俺にとっては既に5歳ぐらいでやった内容だ。

 ドル爺は最高の先生だったから、兵学校の教官の教え方はドル爺に比べれば下手糞だ。

 と言う訳で、俺は授業時間を全部睡眠時間に充てることができている。





 その結果、周りからの評価は複雑なものになった。

 何しろ授業は全部サボるか寝てるかのくせに、早朝と夕方には猛トレーニングを自分でしているのである。

 教官たちからも「お前、ここに何しに来たんだ?」と問われることが多い。

 それに対し俺はいつもこう答える。

 「自分の運命を切り開くためです」

 最初に言った時は呆れを通り越してかわいそうな物を見る目で見られ、少々へこんだが、それ以来この問答は日常的になってきている。

 特に嘘を言っている訳ではないのだから。


 また、周りは下級貴族ばかりで、俺だけ公爵家の御曹司ではあるが、これは別段珍しいわけではなく、むしろ一クラスに一人くらいの割合で居る存在だ。

 俺のように親戚間のごたごたに巻き込まれ、厄介払いとしてここに放り込まれるものは毎年何人かおり、俺も公爵という爵位を除けばそのうちの一人にすぎない訳だ。

 これが女子の場合、修道院送りになるわけだから、自分の実力次第で将来の道を切り開ける兵学校はかなりましな方と言える。







 とまあそんな感じで学校生活を満喫している俺だが、もう一つ、今までになかったものを得た。

 それが、

 「おーい! ハインツ! 早ええっつうの! もうチョイ俺のことも考えて走れ!」

 と気楽に話してくる友人たちだ。


 俺が立ち止まると追いつきながらさらに文句を言ってくる。

 「たく、手前は化け物かよ。 どうやらあ『フライ』も使わずにそんなに走れんだか」

 と言いつつ呼吸を整えている。

 どうやらかなり息が上がっているようだ。

 「修行が足りないなアドルフ、そんなざまでは戦場で無様を晒すぞ」

 と、上から声が降ってくる。





 「ああん!なんだとフェルディナン! 喧嘩売ってんのか! つーかてめぇ『フライ』使ってんじゃねえよ!」

 「何を言う。『フライ』をできるだけ長く、速く使用するのは軍人の必須条件だろうが。お前のように『フライ』もまともに使えん落ちこぼれは、地べたを走り回るのがお似合いだろう」

 「おーおー、よく言うな。そういう手前こそ『フライ』に関しちゃアルフォンスやクロードに勝てねえじゃねえか。そんな無様でよく偉そうにいえるもんだぜ」

 「あの二人は風系統だぞ、火系統の俺より速くて当然だろうが、俺とお前は同じ系統で、そして俺の方が上手い。それが事実だ」

 「そうかい。じゃあ競争すっか。ごちゃごちゃ御託並べねえで実際にやってみりゃあ一発だろ」

 と言いつつ杖を取り出すアドルフ。




 さすがにまずいので止めに入る。

 「やめといた方がいいよアドルフ。以前もそれやって思いっきり木に激突して腕折ったばかりだろ。腕一本で済んだからよかったものの、もし首が折れた日には即死だよ」

 「ハインツっ。まあ、確かにそうだけどよ、男には引けねえときってもんがあるんだよ」

 「フェルディナンの方も落ち着いて、大体、風系統の二人はともかく、水系統の俺と比べても君の方が圧倒的に遅いんだから。君も威張れる立場じゃないでしょ」

 「くっ。確かにそのとおりではあるが」

 「はっはー。そうだそうだ。その通りだ。いやーハインツはいいことを言うなあ」

 アドルフはしゃぎながら杖を振り回す。

 正直危ない、火の粉があちこちに飛んでいる。

 「しかし、ハインツ。お前がそれを言っても説得力はないぞ。お前、『提督』と『参謀』より速いだろ」

 「うっせーぞフェルディナン。結局手前がハインツより遅せーことには変わりねえんだからいい訳スンナ」

 ブチッという感じの音がフェルディナンから聞こえた。

 「そうか。やはり貴様とは一度決着をつけねばならぬようだな。『フライ』などというまだるっこしい真似はやめだ。わが炎にて焼き尽くしてくれる!」

 「はっ、おもしれえ! 返り討ちにしてやらあ!!」






 と言いつつ結局は杖を抜いて対峙する二人。

 まあ、こんなのは日常茶飯事なので、俺はあきらめの境地で言う。


 「二人とも―、皮膚や肉はいくら焼いても構わないけど髪だけはやめといてねー、髪だけは水魔法で再生できないからさー」

 と。ほぼ棒読みに近い声で一応警告しつつ近くの石に腰かける。


 「いくぜこらあ! 消し炭にしてやるぜ!!」

 「ふん! それはこちらの台詞だ!」

 そして、二人の盛大な燃やし合いが始まった。


 二人の実力ほぼ互角、なおかつ同じ属性のため長引き、しばらくすると新たに二人がやってきた。






 「ありゃ、ハインツ? お前、結構前に出発しなかったけか」

 「・・・・」

 「おはよう。アルフォンスにクロード。確かに俺達の方が早くでたけどね、例のアレが始まっちゃったから、治療要員として、待機してるんだ」

 「またかよ。よくあの二人もあきねえな。俺達二人の友情を見習えないのかね。なあっクロード」

 「別に、俺とお前の間にそんな幻想が成立した覚えは一度もないが」

 「ひどっ。お前、それが10年来の親友に言う言葉かよ。あの純粋無垢で世の穢れを知らず、無邪気に遊びあったあの頃から長~い付き合いだろ」

 「純粋無垢?空っぽの間違いだと思うが」

 「うぎゅあ~~」

 と奇声を発しつつ崩れ落ちるアルフォンス。

 「クロード。相変わらずアルフォンスには厳しいね」

 「こいつは甘やかすとどこまでも増長するからな」

 と、極めて冷静に返すクロード。






 口調自体はフェルディナンとそう変わらないんだが、性格は大きく異なる。

 何しろフェルディナンは口調こそ丁寧だが、かなり短気だ。彼を侮辱する者がいれば容赦なく燃やし尽すほど激しい気性の持ち主だ。

 まあ、その侮辱する人間の99%はアドルフであり、なまじ同等の実力を有するがために、このような泥仕合が毎回行われるわけだ。



 それに対してクロードはいつも冷静。軽薄な感じのアルフォンスとは対照的だが、この二人は幼馴染であり、このコンビは絶妙といえる。


 「おう。それでハインツ。結局お前はどうすんだ?俺達はこのまま行っちまうけどさ」

 復活したアルフォンスが聞いてくる。

 「俺は残るよ。さっきも言ったけど治療要員は必要だしね」

 「そっか。まあ確かに、火系統の二人だけを残したんじゃ、後に広場で二つの焼死体が発見される。なんてことになりそーだしな」

 「よし、そんじゃあ俺達は行くわ。クロード、こっからは飛ばしていくぜ」

 「了解した」

 そして二人は『フライ』で飛んで行った。

 流石に風系統だけあって速い。






 「さて、あっ、あっちもそろそろ終わりそうだな」

 闘ってる二人の方を見るとそろそろ最終局面に入っている。


 「とどめだあー! くたばれあーー!!」

 と叫びつつアドルフが放つのは「炎球(フレイム・ボール)」。

 アドルフはまだ「ライン」のはずだが、「トライアングル」のごとき大きさと密度である。


 「そうは、 させるかーー!!」

 フェルディナンが放つのは「炎壁(フレイム・ウォール)」。

 「火」と「風」を足した「ライン」スペルであり、まともにアドルフの「炎球」を防ぐのは不可能と判断し、軌道を逸らすことにしたようだ。

 だが、あれほどの「炎球」相手ではそれは難しい。

 何しろ「炎球」は術者の意思でホーミングが可能だから、逸らすのも結局は力技になってしまう。


 「うるあーーー!!!」

 「おおおーーー!!!」

 二人の魔法がぶつかり合い、拮抗し、そして、

 両方とも消え去った。






 「はあ、はあ、また引き分けかよ、畜生め」

 「ぜえ、ぜえ、無念だが、致し方ないか」

 結局、二人揃って気絶した。


 俺は、気絶した二人に「治癒」をかけていく、何しろ二人とも全身あちこちに火傷があり、一部炭化しているところすらある。

 よくまあこんな状態で最後にあんな大魔法を放つことが出来るもんだと感心してしまう。


 純粋な火力に関してはアドルフの方が上なのだが、フェルディナンは操作や調整の面で勝る。そして、精神力の容量、つまり「スタミナ」は二人とも「ライン」というのが信じられないぐらい馬鹿みたいに多いが、双方互角なのである。

 結果、このように精神力が尽きて、ダブルノックダウンというのが通例となっている。





 フェルディナンがアドルフを『フライ』も使えない落ちこぼれといったが、これは正確ではない。

 アドルフは容量と出力にかけては優秀だが、調整を苦手とする。

 つまり、アドルフが『フライ』を唱えると、常に全速力で、方向転換も効かず、吹っ飛んでしまうのだ。

 だが、それで終わらすアドルフではなく、それを逆に利用し、戦いの場では、超スピードの体当たりとして活用している。

 風の魔法より速い速度でメイジ本人が突っ込んでくるという、とんでもない攻撃方法で、シンプルゆえに強力な必殺技となっている。

 だが、弱点もあり、フェルディナンのようにあらかじめその存在を知っている相手の場合、警戒され、もし避けられた場合ブレーキが利かないのでどこまでも吹っ飛び自爆してしまう。

 なので、一発限りの捨て身技なのだが、アドルフには実にピッタリな技とも言える。



 「さて、治療も済んだし、精神力を使い果たして眠ってるだけだろうから、後はほっといても大丈夫だろう」

 そして、俺も『フライ』を唱え、アルフォンスとクロードを追うことにした。








 ランニング(と『フライ』の飛行)を終えた後、「錬水」という空気中の水分を集めるだけの初歩的な魔法で簡易的なシャワーを浴び、「火」と「風」を混ぜたドライヤーによって、乾かした俺は食堂に向かった。


 ここの食堂は大貴族の子弟たちが通う魔法学校などの食堂とは異なり、高級食材は一切使っていない。

 「もし旨いものが食べたければ、自力で出世してその時食べろ」

 というのが学校の方針らしいが、早い話費用を節約するためである。


 ここ最近は外国との大きな戦争もなく、領邦貴族の反乱などもあまり起きていないため、軍隊にはそれほど予算が回っていない。

 必然、軍隊の下部組織ともいえる兵学校はそのあおりをもろに受ける訳で、出費を削減するために、あの手この手を使っているわけだ。

 結果、どうも教育水準というか錬度が低くなっている感があるが、俺は以前の兵学校を知っているわけではないのであくまで俺の感想に過ぎない。




 だが、ダイオンの料理には劣るものの、料理のレベルは決して低くない。

 料理人達は普通の食材であろうとも手を抜かずに料理し、あまり裕福とは言えない下級貴族出身である生徒達は、決して出された食事を余すなどと言う真似はしない。

 下手をすると他人の食事を奪う勢いであり、体調不良などで食事をとれない場合、もしくは寝坊した場合などは、容赦なくピラニアのごとくに全ての料理を平らげていく。




 そんなある種の戦場ともいえる兵学校食堂に入った俺に、聞きなれた声がかかる。

 「おーいハインツ! こっちこっち! 結構早かったな!」

 と、手を振りながら呼んでくるのはアルフォンスだ。

 「アルフォンス。食堂で叫ぶな。別に俺達は大貴族じゃないが最低限のマナーぐらいは守れ」

 年上の貫録でたしなめてるのはアラン先輩。

 俺達の一つ上の学年だが、年は二つほど離れている。


 「無理です先輩。こいつにマナーを守れというのは牛に人間語をしゃべれと言っているようなものです」

 相変わらず毒を吐いているのはクロードだ。


 「クロード先輩。それはちょっとひどいですよ。アルフォンス先輩だってちゃんと事前に注意しておけばマナーぐらいは守ってくれますよ」

 それに対してフォローを入れているのは一つ年下のエミール。

 一応フォローにはなっているが、事前に注意しないと守れないだめな奴だと言っているに等しい。

 「おおー。エミールは優しいなあ。冷たい先輩や幼馴染とは訳が違うぜ、よし、何か奢ってやろう。何でも言え。」

 「えっ本当ですか? じゃあ、牛肉のステーキでお願いします」

 ちゃっかりと一番高い者を要求するエミール。

 「了解。買ってきてやるぜ」

 とそのまま買いに行くアルフォンス。騙されやすいのか優しいのか判断に迷う。





 なお、この食堂では日替わりの定食がでるため、おかわりが欲しい者は自費で料理を購入することになる。

 これが定食の略奪が起こる理由だ。

 何せ、定食はただなので、誰かが食べない場合にはおかわりを無料で手に入れることができる。
 
 無論、壮絶な争奪戦を勝ち抜いた者のみであるが。

 


 「ところでハインツ。アルフォンス達から聞いたんだが、馬鹿二人がまたやらかしたらしいな」

 と聞いてくるアラン先輩。

 馬鹿二人が誰を指すかは考えるまでもない。

 「ええ、いつもの通りです」
 
 「で、お前がいつもの通りに治療に当たったと、『軍医』様は相変わらずご苦労様だな」

 『軍医』とは仲間内のみで言われる俺の渾名だ。

 「まあ、戦いを止めもせず観戦に徹してたわけですから、このぐらいの後始末はしないと友人として義理を欠くというか」

 「えー、先輩方、また決闘をしたんですか。ハインツ先輩。一体どっちが勝ったんですか?」

 エミールが好奇心満々な表情で聞いてくる。




 「エミール。少しは考えてみろ。ハインツがここにいるってことはもう馬鹿騒ぎは終わったってことだ。で、ハインツだけがこの場にいるってことは、結論はひとつだろ」

 アラン先輩が悟りきった表情で言う。

 「ああ、つまり、また相討ちっていうことですか」

 「そうだ。たぶん朝食が終わるまでは寝てるだろうから、普段略奪する者共は、今日は略奪される側って訳だ」


 アドルフとフェルディナンは通常、寝坊組の食糧を奪い取る掠奪者なのだが、さっきのようにダブルノックダウンによって気絶している場合、略奪される側となる。。

 まあ、自業自得なのだが。





 「確かにそのとおりですけど、そういう先輩が今食べてるのは多分アドルフの分ですよね、相変わらず『管理者』はしっかりしてますね」

 「いや、俺はただ単に、食堂にいる人数から考えたら今日は多分余るな。って言っただけだ。実際に確保したのはこっちの『調達屋』さ」

 とアラン先輩に顎で示され、エミールは微笑みながら頷く。


 「ほい。牛肉ステーキお待ち~」

 そこにアルフォンスが戻ってきた。

 二つ持ってるとこから、どうやら自分の分も買ってきたようだ。

 と同時に席を立つクロード。



 「おい、クロード。まさか先に部屋に戻るつもりじゃないだろうな」

 「俺はもう食べ終わったのだから帰るのに何の問題がある?」

 「たくってめーは、皆まだ食べてるんだから待ってるのが人情ってもんだろーがよ」

 「別に俺が待っていても皆の食べる速度は変わらんだろう」

 「ああーーったく。あー言えばこー言う野郎だな」



 などと言い合いながら食堂から離れていく二人。アルフォンスの方はステーキを持って食べながらだ。


 「何だかんだ言いながら結局は仲良しなんだよな。あの二人は」

 「アラン先輩。それを言っちゃお終いですよ」

 それを見送る俺達三人だった。








 朝食の後、俺達は基本的に別々に行動する。

 俺は最近では授業には全く出ず、魔法の訓練や医療技術の開発などに費やしている。



 アドルフとフェルディナンは実技の授業には出て、いつも技を競い合っている。

 座学の方には二人共出席していないが、その事情は異なる。

 フェルディナンは既にこの学校で学ぶような内容は修めてしまっているからであり、アドルフの方は純粋に勉強嫌いだ。



 アルフォンスとクロードは優等生で、ほとんど全ての授業に出席している。

 普通に考えれば授業に出ることは当たり前なのだが、俺達の中ではこれだけで優等生になってしまう。



 一つ下のエミールは当然別行動になるのだが、これもまた優等生とは言えず、よく俺達上級生のクラスに潜り込んでいる。

 下級生のクラスにおいてはそこそこに優等生らしいのだが、上級生のクラスに潜り込んでいるときはやたらと元気にはしゃぎ回る。アドルフも一緒に。(むしろ元凶)



 一個上のアラン先輩はまた別だ。

 この人がこの学校で習うことは既にほとんど無く、飛び級が決定している。そのため、空いている時間を経理の勉強などに充てているそうだ。


 この兵学校は5年制であり、5年かけて魔法の基礎訓練や軍人としての心構えなどを教わった後、さらに3年制の士官学校に入学する。

 この士官学校には陸軍学校と空海軍学校があり、それぞれ進みたい方を選ぶが、「風メイジ」は空海軍が多く、「土メイジ」はほとんどが陸軍で、残りの「水メイジ」と「火メイジ」は大体半分ずつである。

 さらに、飛び級制度が存在し、教官によって既に実力十分と判断された生徒は飛び級を許される。

 しかし、この飛び級制度はもともと、金がなくて5年分の授業料を払えない者たち為の苦肉の策だったのである。

 彼らは学費を少なくするために、専門的な教育を集中講義のような形で受けていたわけだ。


 アラン先輩はそういう事情ではなく、純粋にもう学ぶことがなくなったからである。







 俺が兵学校で得た最高の友人達がこの六人だ。

 友人と呼べる人間は他にはいないが、これには原因がある。


 俺、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの友人になるということは、ヴァランス家の抗争や六大公爵家の陰謀に巻き込まれる可能性があり、最悪暗殺される事態もありうる。

 なので、出来る限り俺と接触することがないように、俺に近づいた者は六大公爵家に消されるという噂を流した。

 その方法は「眠りの雲(スリープ・クラウド)」で強制的に眠らせたあげく、「制約(ギアス)」をかけて、その噂を流すように暗示をかけるというもので、凶悪極まりないが、特に手段は選ばなかった。


 結果、入学から一か月の経つ頃には俺は周囲から完全に孤立していた。

 俺を敬遠する者達の大半は悪人ではなく、普通の人達だった。

「心眼」で視ると、特に濁っているわけでも輝いているわけでもない人達がほとんどで、たまに大貴族の坊ちゃんのような腐った連中もいた。






そんな中で、自分から迷惑ごとに関わりたいと言わんばかりに俺に絡んできた奴らがいた。

それが、アドルフ、フェルディナン、アルフォンスであり、クロードはアルフォンスに引っ張られる形で仲間になった。

そして、トラブルメーカーの集団といえる俺達は当然の如く上級生と揉め事を起こし、その仲裁に入ったはずのアラン先輩がどういうわけかいつの間にか俺達の仲間扱いされており、それ以来、俺達の暴走(主にアドルフ)を防ぐために行動を共にしている。


そんな形で一年過ぎ、新入生が入ってきて、その中に兵学校最大の問題児集団である俺達の中に飛び込んできたのがエミールだ。正直、その度胸は侮れないものがある。


かくして、問題児集団七人が誕生したわけだが、様々な能力をもった奴らが集まっている。




一人目がアドルフ。 アドルフ・ティエール。

代々軍人の下級貴族出身であり、現在11歳の火のラインメイジだ。

両親は共に「ライン」だったそうで、この年で「ライン」というのはかなりの才能を秘めている証で、精神力ならば既に並の「トライアングル」を凌駕している。

性格は豪放にして活発、直感だけで生きているような奴なので、仲間内からは『切り込み隊長』の渾名を授かっており(命名俺)、彼の能力も攻撃に特化しているため、将来は陸軍将校となって前線で暴れたいそうだ。

フェルディナンとは犬猿の仲。



 二人目がフェルディナン。 フェルディナン・レセップス

 アドルフと同じく代々軍人の下級貴族出身であり、現在11歳の火のラインメイジ。アドルフとは実力、才能、実家の経済状況まで似通っており、兄弟と誤解されることもある(彼にとっては超不本意)。

 性格は冷静で礼儀正しく思慮深い。はずなのだが、アドルフと絡むと途端に短気になり、直ぐに決闘に直行する。

 ただ、それはあくまで「私的」なことのみで、「公的」な部分に私情を持ち込むことは絶対になく、それが、常に本能で動くアドルフと合わない理由にもなっている。

攻勢、守勢、状況判断、命令指揮、どの能力にも秀でるため、仲間から「将軍」の渾名で呼ばれており(命名俺)、将来は陸軍総司令官を目指しているそうだ。



 三人目がアルフォンス。 アルフォンス・ドウコウ。

 上二人と異なり、文官の家系の下級貴族だったそうだが、本人の希望によりこの学校に来た。現在11歳の風のラインメイジ。

 両親はアルフォンスが幼いときから強力な魔法の素養があることを察しており、特に異存はなかったらしい。

性格は軽薄で女子へのナンパを好むが、仲間を思いやる気持ちが強く、常に他者への気配りを忘れない。また、クロードとは生まれた頃からの幼馴染であり、常に彼と行動を共にしてきた。

系統の違いこそあるが能力的にはフェルディナンに近い。ただ、発想の柔軟性や皆の士気を上げることに関しては随一である。

風系統であるため将来は空海軍に入り、「艦長」クラスまで出世するつもりのようだ。そのため、仲間からは「提督」と呼ばれる(命名俺)。




 四人目がクロード。 クロード・ストロース。

 アルフォンスと同じく文官の家系の下級貴族出身で、現在11歳の風のラインメイジ。

 アルフォンスとは家が近所で、生まれた頃からの付き合いらしい。

 だが、性格は対照的で常に冷静かつ無口、単独行動を好むが、アルフォンスに対してだけは毒舌になる。

 軽薄でよくしゃべるアルフォンスと鋭く的確なつっこみを入れるクロードのコンビは正に絶妙の一言に尽きる。

 クロードは指揮能力よりも作戦立案や状況把握に長けているので、将軍よりも参謀向きだ。

 彼自身、将来は空海軍に入り「総参謀長」の座を目指す野心家であり、結果、仲間からは『参謀』と呼ばれる(命名俺)。




 五人目がエミール。エミール・オジエ

 エミールは純粋な貴族ではなく、商人の父と貴族の母との間に生まれた子だ。

 エミールの父親は商会を経営しているほどの大商人で、母は伯爵家の長女であったそうだが、諸々の事情で没落し、彼の父の屋敷で働いていたところで出会い、三ヶ月後に結婚したそうだ。

 母の方は伯爵家出身だけあって強力な魔法の才能を持っており、父のほうも商人ではあるがその親の代に大貴族の血を入れていたらしく、「ドット」程度の魔法の素養はあったらしい。

 結果、エミールは純粋な貴族ではないが、最低でも「ライン」、おそらくは「トライアングル」の素養を持っており、俺たちより一つ下の学年で、まだ10歳のため「土のドット」だが、近いうちに「ライン」に昇格できると思う。

 性格は素直で、簡単に言えば「いい子」だ。だが、しっかりものであり、自分の身の回りの管理などは完璧にしている。

 だが、エミールの最大の能力は物資調達だ。

 商人の父を持つためか、エミールの経済的センサーとでも言うべきものは非常に優れており、トリステインのワインやアルビオンの風石や果てはゲルマニアのカノン砲に至るまで調達してくる。

 その様なわけで、エミールの渾名が『調達屋』になったのも至極当然と言える(命名俺)。




 6人目がアラン先輩。アラン・ド・ラマルティーヌ。

 名前から判るように大貴族出身であり、ド・ラマルティーヌ侯爵家の四男だそうだ。

 普通、先輩のような大貴族の子弟は15歳から貴族学校に入るものなのだが、「性に合わない」という理由によって、半ば勘当に近い形でここに入学し、学費も自分で払っているすごい人だ。

 俺たちより一つ上の学年で現在13歳の「土のライン」だが、「トライアングル」まであと僅からしく、その学年では将来を最も有望視されている。

 そんな先輩が俺たち問題児集団に関わったのには様々な事情があり、それ以来、アドルフやアルフォンスの目付け役も兼ねて俺たちと行動を共にしている。

 エミールは調達を得意とするが、先輩は管理・運営を得意とする。よって、『管理者』の称号を贈られている(命名俺)。

 そんな先輩は将来は軍の後方勤務、つまり兵站輜重の責任者を目指しているそうで、既にエミールを副官にしようと画策している。

 エミールが調達してきた物資を先輩が管理・運営してくれるなら、前線の兵士にとってこれほど心強いものはないだろう。





 そして、最後の7人目が俺こと、ハインツ・ギュスター・ヴァランス。

 現在は「水のスクウェア」メイジである。

 彼のオルレアン公を上回ったわけではあるが、王家の血、5歳からの高度な魔法教育、前世の知識、という三拍子が揃っていたので純粋な才能というわけではない。

 また、仲間からは『軍医』の称号を与えられた(命名アラン先輩)。





 俺がこの6人と友人でいれるのにも理由がある。

 それは、彼ら6人が俺の眼には「輝いて」見えるからだ。
 
 兵学校はおろか、このリュティスで出会った人物の中で、彼ら6人は正に別格といえ、将来大人物になることが簡単に分かる。

その上、6人とも例外なくトラブル好きであり、その危険度が増すほど燃え上がる男達だ。

 もし、ヴァランス家や六大公爵家の陰謀に巻き込まれたとしても、彼らなら自分の実力で簡単に切り抜けられるどころか自分から首を突っ込んできそうだ。

その確信があるからこそ、俺は彼らの仲間でいられ、困ったことがあれば遠慮なく頼ることができる。

彼らに出会えたことは俺の人生置いてとても幸運なことだったと言えるだろう。








とはいえ、俺がここでやってきたことは友達作りだけではない。


大きな行動の自由を得た俺は、夜になるとリュティス中を駆け回り、ある計画のための下調べも行っている。

また、カーセ、アンリ、ダイオンからも報告はイアロスを通して送られてきており、それらの情報を総合すると、時間的猶予はもはやほとんどなく、同時にそれは俺の計画の発動の時が近いことも示している。


既に準備は大体済んでおり、後はいくつかの条件をクリアすれば計画発動となる。





しかし、時間が無いことに関してはもう一つ理由がある。

それは俺自身の心だ。

いくら様々な要因が重なったとはいえ、11歳でスクウェアメイジになるには、何か大きな要素が必要となる。


それが「復讐心」であり強大な「殺意」だ。

魔法は使用者の精神状態に大きく左右され、感情が高ぶっている時ならば、ワンランク上の魔法を放つことすら可能になる。

中でも、「嫉妬」・「復讐」・「憎悪」・「殺意」などの負の感情は強大な力を与えると共に、諸刃の刃となる。



ドル爺が殺されて以来、時間と共に俺の「復讐心」や「殺意」は消えるどころか増大の一途をたどっている。

それを何とか抑えるために、仇が頻繁に訪れるあの別邸からこの兵学校に来たわけだが、効果はほとんどなかった。


このままではいつか俺は、復讐のためだけに生きる悪鬼に成り果てる可能性が高い。

故に、俺は仇を討つため以上に、俺が人間として生きるために、奴をできる限り早急にこの手で殺す必要がある。

俺の現在の精神状態は表向き平静だが、裏側では復讐の炎が猛り続けているのだから。






 だが、それもあと僅か。

 計画の実行は最早秒読み段階であり、それが終われば奴を殺すことに何の障害もなくなる。

 また、カーセが殺す予定の実行犯のほうについても既にあらかたの調査を終えている。





 あとは、「その日」が一日でも早く来ることを願うばかりだ







[12372] ガリアの影  第十一話   光の王子
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:42
 
 深夜。

 リュティス郊外の森においてある儀式が行われている。

 「我が名は、ハインツ・ギュスター・ヴァランス。5つの力を司るペンタゴン。我に従いし使い魔を、ここに召喚せよ!」

 俺の目の前に巨大な鏡が現れた。






第十一話   光の王子







 俺は現在、『サモン・サーヴァント』の儀式を行っている。

 本来なら15歳から20歳くらいの年齢で行う儀式だが、そんなものは無視し実行した。


 ついに計画を発動させる条件が整いつつあり、その際には移動用の幻獣が必要となる。

 グリフォン・マンティコア・ヒポグリフなどの風の幻獣を調達する方法もあるが、自分の使い魔として召喚してしまうのが最も効率が良い。

 そこで今、召喚の儀式を行い。俺の使い魔が姿を現した。


 大きなドラゴンだった。

 全長はおそらく15メイルを超えている。

 鋭そうな爪と牙を持ち、鱗もかなり頑丈そうだ。


 特徴から見るに、アルビオン産の風竜や火竜ではなく、火竜山脈の火竜に近い印象を受けるが、少し違う。

 火竜特有の赤い瞳ではなく、蒼い瞳を持っている。その上、翼は風竜のように大きく、鱗は土色をしている。

 様々な竜の特性が混ざったような感じで、どの竜かの特定ができない。



 まあ、とりあえず成功はしたので『コンタラクト・サーヴァント』を行う。

 「我が名はハインツ・ギュスター・ヴァランス。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」

 と唱えつつドラゴンの鼻にキスをする。

 まるで鉄にキスをするような硬い感触だが気にしないで置く。


 しばらくの間ドラゴンは苦痛に耐えるようにじっとしていたが、やがて使い魔のルーンが刻み終わったようでこちらに向き直った。

 どんなルーンが刻まれたのかと確認しようとしたら、驚くべきことが起こった。


《ふむ、お主が我の主殿か、なかなかに凄まじい魔力を秘めているようだな》

という声が聞こえた。

しかも耳からではなく直接脳に響いたかのように。

「今の声は、君か?」

《然り、今主殿に呼びかけたのは我だ》
 
 「使い魔とその主人との間で意思の疎通を行う。つまり君に刻まれたルーンは『同調』もしくは『念話』のルーンだな」


 《然り、主殿はなかなか聡明なようだ。我に刻まれたルーンは『念話』。ゆえに主殿に対して語りかけることが可能になる。》

 「念話ということは、そちらからこちらに話すことはできても、こちらからそちらへ話すことはできないわけか。まあ、主人側には使い魔の感覚を共有する能力があるから、そのラインを利用して意思を飛ばすぐらいはできるか」


 《おそらく可能だろう。このルーンは主への意思疎通能力をもたない種族のためのルーンだ》

 《とはいえ、人間への意思疎通が可能な種族といえば亜人かエルフ、そして韻竜ぐらいのものだ。我とて人間の言葉を理解することはできるが、発音することはかなわぬ》


 「なるほどね、ところで、言葉が通じるなら話は早い。見たところ君は少なくとも千年以上は生きていそうだが、そんな君が20年も生きていない人間の使い魔になることに抵抗はないのか?」

 《それならば特にない。我の前に現れた召喚ゲートを通して強力な魔力を感じた。呼んだ相手が我を使役するに相応しい実力を備えていると理解したからこそ我は召喚に応じたのだ》


 「それはうれしいな。それじゃあ、これからよろしく。ええと、君、名前は何ていうんだ?」

 《名か。我は単独で生きる種ゆえ考えたこともなかったな。好きに呼んでくれ》

 「そうか、じゃあ、うーん・・・」

 考えることしばし。


 「ランドローバルっていうのはどうだ。」

 《ランドローバルか、良き名だ。気に入った。》

 「じゃあ、改めてよろしく、ランドローバル」

 《了解だ。主殿》


 こうして、俺は自分の使い魔を得ることとなった。






 少し後、リュティス上空。

 「そういえばランドローバル、君の種族は何なんだ?空を飛んでいる時点で地竜じゃないのは判るんだが」

 と、ランドローバルの背に乗りながら俺は尋ねてみる。

 《我は地水火風いずれにも偏らぬ無色の竜だ》

 「無色の竜?」


 《然り、竜の属性とは体内に宿している精霊の力の種類によって決まる。火の精霊を強く宿せば火竜に、風の精霊を強く宿せば風竜となる》

 「なるほど、つまりランドローバルは4つの精霊の力を等しく宿しているわけか」

 《然り、我は全ての精霊を宿す故、全ての竜の特性を備える。しかし、各竜の長所においてはそれぞれにおよばぬ》


 竜にはそれぞれ長所と短所がある。

 火竜は強力な炎のブレスを吐くが、水や冷気に弱く、雨の日に飛ぶことはできない。つまり、強力な力を持つ代わりに環境適応力がない。


 風竜は飛行速度では他の竜を圧倒する。だが、膂力や鱗の硬さなどはあまりない。つまり、肉弾戦に最も弱い。


 水竜は水中生活にも適応した竜であり、環境適応力は最も高い、飛行能力は火竜と同等にあるが、炎のブレスを吐くことはできない。ただ、長く生きた水竜は冷気のブレスを吐くという。


 地竜は鋼のような鱗を備え、最も膂力がある竜だ。しかし、炎のブレスは吐けるが翼を持たないため飛行能力をもたない。なので、普段は洞窟に住み、獲物を捕る時意外は地上にでてこない。


 余談ではあるが、「イーヴァルディの勇者」に登場するドラゴンはこの地竜だ。

 地下の洞窟を住処にするのは地竜だけなのである。


 属性によって長所と短所があるのが竜であり、このハルケギニアでは火竜と風竜がポピュラーだ。

 風竜はアルビオンに多く生息しており、ガリアの火竜山脈には大量の火竜が住んでいる

 地竜はロマリアの南部に僅かに、水竜はゲルマニア北方の湖に少数が住んでいるだけだ。


 「なるほど、つまりランドローバルは、火竜ほど強力じゃないけど、風竜や地竜よりは強力な炎のブレスが吐ける。風竜ほど速くはないけど、火竜や水竜よりは速く飛べる。水竜のように水中生活はできないけど、水に潜ることはでき、地竜や風竜よりも環境適応力がある。地竜ほど力や鱗の硬さはないけど、火竜や水竜よりは勝っている。というわけだな」

 《うむ、そのとおりだ》


 「でも、今まで一体どこに住んでいたんだ?そんな竜の話はほとんど聞いたことがないんだが」

 《火竜山脈の高峰だ。如何に火竜山脈とはいえ、数千メイルを越えれば気温は下がり、火竜が生息できる環境ではなくなる。我らはそこに住んでいる》

 火竜山脈の火竜が生息している地域にわざわざ登る者は皆無だし、そのさらに高峰へ登ろうとする者もいないだろう。

 「なるほど」

 といった会話をしながら、俺とランドローバルは学校の寮に帰還した。







 そして翌日、予想より早く状況は変わり、計画を実行に移す時がきた。

 俺はランドローバルに乗って、ラグドリアン湖湖畔にあるオルレアン公邸を秘密裏に訪れた。


「ヴァランス家次期当主として、オルレアン公と内密にお話したいことがあります。近いうちに訪問しようと考えておりますがご都合はどのようになっておりますか」

 といった内容の密書を事前に送ってあり、「これらの時期ならば構わない」といった返事を受け取った上での訪問だ。


 屋敷に着くと、執事のペルスランという人物が応対にでてくれて、すぐに応接室に通され、「しばらくお待ちになってください」といって去っていった。

 おそらく、オルレアン公を呼びにいったのだろう。


 しばらく待っているとオルレアン公が現れた。

 「やあ、君とは初めましてになるかな。ガリア王家第二王子シャルル・オルレアンだ」

 笑顔を浮かべながら握手を求めてくる。

 「お初お目にかかりますオルレアン公、私は、ハインツ・ギュスター・ヴァランスと申します」

 握手に応じながら返事をする。


 「ははは、そんなに堅苦しい挨拶はいらないよ。まあ、とりあえず座って話そうか」

 と言いつつ、ソファーに腰掛けるオルレアン公。


 俺は内心では戦慄を覚えていた。

 「心眼」で視たオルレアン公はすごい輝きを放っている。

 才気溢れるとでも形容すべきか、会っただけで只者でないことが凡人でも理解できよう。

 俺の6人の友人たちも強力な輝きを放っていたが、オルレアン公には遠く及ばない、彼が数百年に一度の逸材と評されるのも納得できる。


 そんな心情を表に出さないように注意しつつ、俺はオルレアン公に問いかける。

 「オルレアン公は、最近のヴァランス家の情勢をご存知ですか?」

 「ああ、噂を耳にする程度にはね、何でもエドモント伯が君を傀儡とし、当主代行として権力を欲しいままにしていると聞いているが」

 本人を前にして言葉を濁さず事実を伝える姿勢は流石というべきか。


 「はい、5年前に俺の父が何者かに暗殺され、ヴィクトール候が俺の後見人となりました。しかし、ヴィクトール候も3年前に病で亡くなり、エドモント伯が俺の後見人となりました」

 オルレアン公の人となりから考え、口調をかしこまったものから普段のものに戻し話を続ける。

 なお、父を殺した人物についてはあえて言わない。


 「ですが、エドモント伯にヴァランス家をまとめる力はなく、たびたび失策を繰り返し、ヴァランス家内部は次第に分裂しつつあります。そして、そこを狙ってベルフォール家やサルマ―ン家が動き始めているようです。」

 最も活発に動いているのはオルレアン公派のウェリン家、カンペール家なのだが、そこは伏せておく。


 「このままエドモント伯が当主代行を続けては、ヴァランス家は他の公爵家に潰されかねません。ですから、オルレアン公のお力をお借りしたいのです」

 「ふむ、力を借りたいと、具体的にはどのような形でかな?」

 オルレアン公が当然の問いを口にする。




 「はい、エドモント伯を暗殺し、俺がヴァランス家の当主となる。その後ろ盾となっていただきたいのです。俺が当主になった暁には、ヴァランス家はオルレアン家を全面的に支援することを約束します」


 それを聞いてオルレアン公はしばらく考え込み、そして口を開く。

 「君は既に次期当主となることが確定している。ならば、エドモント伯を暗殺せずともいずれ当主になれるだろう。そのときに君の手でヴァランス家の建て直しを図ることはできないのかな?」

 これは俺を測るための質問だろう。


 「いいえ、それはできません。後見人が健在ならば、俺が当主になるのにあと4年はかかるでしょう、それでは遅すぎます」

 「それに、エドモント伯が権力を振るえるのはあくまで俺の後見人としてであって、俺が当主となればその権力を失うことになります。であれば、彼が俺をこのまま生かしておくわけはありません。おそらく俺を暗殺しようとするでしょう」

 「そうなれば、たとえ暗殺を逃れたとしても、ヴァランス家を二つに分けた抗争に発展するのは避けられません。そしてそれはヴァランス家の終わりを意味します」

 俺はここまでを告げる。

 つまり、子供が短絡的に考えたのではなく、将来における可能性や他の公爵家の動向など、様々な要因を考慮した上での提案であることを示したわけだ。


 「だが、それだけでは理由とならないだろう。君がヴァランス家の当主となるだけならばエドモント伯を暗殺する必要はない、暗殺とは卑劣な手段であり、他の親戚の反発を招くのは避けられなくなる」

 「それならば、むしろ僕を後見人とした方がいい。君の母君は僕の妻の妹、つまり君は僕にとって甥になるのだから、後見人となってもなんら不思議はない」


 流石に鋭い、そう、俺が当主となってヴァランス家を立て直すことを目的とするならば、エドモント伯を暗殺することは決して好手ではない。

 オルレアン公の後ろ盾のもとエドモント伯を暗殺し、のちにオルレアン家を支援するよりは、オルレアン公に俺の後見人になってもらい、その後、正式な手順によって当主となるほうが効率がいい。


 「君ほど鋭い状況把握能力をもっているならば、そのことに気づかないはずはないだろう。君がエドモント伯を暗殺しようとするには他の理由があるのではないかな?」





 俺はしばらく沈黙し、やがて口を開く。


 「はい、確かにそれだけが理由ではありません。エドモント伯は俺の両親の仇なのです。ですが、オルレアン公が示された方法では彼に罰を与えることができず、昔どおりの存在に戻るだけです」


 「エドモント伯が君のご両親を暗殺したという明確な証拠はあるのかな」


 「いいえ、もしそのようなものが俺の手にあれば、既に高等法院に訴えています。それがないからこそ、暗殺という手段によってしか彼を裁くことができないんです」


 オルレアン公はしばらく沈黙し、そして告げた。


 「君の気持ちは察する、それにヴァランス家を守ろうとする君の姿勢は立派だとも思う、しかし、その動機が復讐という君個人の感情である以上、オルレアン家はそれに協力することはできない」


 それは、明確な拒絶の言葉だった。


 「しかし、オルレアン公。先に俺の両親を殺したのは向こうなのですよ!」


 俺は精一杯の演技でオルレアン公に訴える。


 「その通りかもしれない。だが、復讐をすれば必ずそれに対する復讐が起こり、憎しみの連鎖は果てしなく続いていく、何よりハインツ、復讐によって最も傷つくのは君自身だ。僕は君の伯父として、それを勧めることはできない」

オルレアン公は真剣な眼差しで俺に諭すように言う。

 「いいかいハインツ。復讐とは結局は不毛な行為だ、誰かが得するわけでもなく、ただ悲しみと憎しみが続いていくだけだ。君はそのようなものに囚われるべきではない。それに、君には優れた才能がある。それをもっと領民のためになる方向に使うべきだ。そのための支援ならば僕はいくらでも惜しまない」


 流石はオルレアン公というべき言葉だ、俺の復讐を利用するのではなく、領民のためになる正しき方向へ導こうとしている。

 腐敗していない立派な貴族たちが悉くオルレアン公を支援し、その人柄に心酔しているというのも頷ける。


 俺は長い間沈黙した後、声を搾り出すように告げる。


 「判りました。とりあえず今すぐにエドモント伯を暗殺することはやめます。ですが、これから先も彼を殺さないということは約束できません。奴は、俺の大切な人をうばったのですから」


 俺は内心とは全く異なることを並べ立てる。
 

 「そうか、すぐに憎しみを捨てろといってもそれは無理な話だろう。今はそれで構わない、けどハインツ。これだけは約束してくれ、決して復讐だけに心を囚われるな、それは必ず、君自身を破滅させることになる」


 「はい、この心は決して復讐だけに囚われないよう、ここに誓います」

 これは俺の本心だ。

 俺はそのために奴を殺そうとしているのだから。






 しばらくした後、俺は立ち上がる。

 「戻るのかい?」

 「はい、俺がここに来た用件は全て終わりましたので」

 「そうか、今まで何もしてやれなかったくせにこのようなことを言うのは心苦しいが、何か困ったことがあれば、いつでも頼ってきてくれ、身内としてできる限りの援助をする」

 「はい、ありがとうございます。それでは」


 こうして、俺とオルレアン公の会合は終了した。








 ランドローバルの背で風に吹かれながら、俺はオルレアン公について考えていた。


 確かに彼はあらゆる面で優れている。

 魔法の才能、政治手腕、洞察力、そして何よりも人徳、これほどあらゆる面で非がない人物はいないだろう。


 だが、王族としては致命的な欠点がある。


 彼は優しすぎる。それがいつか彼の命を奪うことに繋がるような気がする。

 先ほどの会合で彼が俺に言ったことは正しい、人道的な面においてあれ以上に優れた答えはないだろう。

 だが、正しいことが常に国益に繋がるとは限らない。


 俺の心や将来のことなどは考えず、国家の安定と王権の強化を第一に考えるならば、俺とエドモント伯を争わせ、それに乗じてヴァランス家を取り潰すほうが効率的であり、オルレアン公ならばその方法をいくらでも考え付けるだろう。

 人道的に許されることではない、という一点を除けば。


 オルレアン公には、両親を殺された少年を地獄に突き落とし、それによって国家の安泰を図るという方法は、たとえ効率的だと理解できても、実行に移すことはできないだろう。



だが、それは予想通りだ。

 ガリア中から集めた情報からは、オルレアン公がそのような方だということは容易に察しがついた。

 だからこそ、俺の計画を実行に移すことができる。


 俺はランドローバルを駆って、約束していたもう一つの会合場所へと向かった。







8/31 一部修正




[12372] ガリアの影  第十二話   闇の王子
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:42
 深夜。

 オルレアン公邸を出発したのは午後三時頃だが、次の会合場所はオルレアン公邸から約400リーグ離れている。

 火竜ならばおよそ時速150km、風竜ならばその倍以上の速度で飛行可能であり、無色の竜であるランドローバルならば、時速250~300kmで飛行可能だが、竜は機械ではなく生物だ。

 それはあくまで全力飛行であり、その速度で飛べるのはせいぜい数分。マラソン選手が一定の速度で42.195kmを走るように、休憩を入れないで竜が長時間飛行可能なのは、全力の25%くらいだ。

 よって、時速50kmで飛び続けた結果8時間かかり、到着したのは夜11時頃となった。





第十二話   闇の王子




 「湖の街」ブレスト。

 リュティスの西約360リーグに位置する人口15万人の大都市であり、バス=ノルマン州の圏府。

 ガリア最大の大河であるシレ川とエムズ川が交差し、各地の大陸公路が集中し、軍港サン・マロンとリュティスの中継点ともなる交通の要衝である。
 



 ここに現在、ある人物が非公式に訪れており、俺はその人物と深夜に秘密の会合を行う約束をしている。

 時間が深夜なのは、明るいうちに話せる内容ではないからだ。


 俺は街の上空でランドローバルから降り、『フライ』によって街に降下する。
 



 「ようこそ、お待ちしておりました。主人の下へ御案内いたします」


 目的の建物にたどり着くと、入り口に控えていた老人が案内してくれる。

 年齢はオルレアン家執事のペルスランとほぼ同じに見えるが、纏った雰囲気がまるで違う。

 歩き方一つにしても非常に洗練されており、隙がない。

 優秀な護衛というよりもむしろその逆、護衛に守られた標的を狙う暗殺者の雰囲気だ。


 まあ、11歳の俺がそんなことを察せれるのも「心眼」のおかげなのだが。





 そして、通された先には、一人の男が待っていた。


 俺はこの時、生まれて初めて「心眼」を持っていたことを後悔した。


 何だこれは? 

一体なんだ? 

これは人間か?

こんなものを人間と呼んでいいのか?

人間というのはここまでの化け物になりうるのか?

そんな疑問だけで俺の頭は埋め尽くされた。


「おおいどうした?そんなところに突っ立っていてはいつまで経っても話が始められんぞ。せっかく人が眠いのを我慢して起きていてやったというのに、時間を無駄にするな」

と、まるでやる気がない声によって、俺は正気に戻った。



まずは気を落ち着かせ、改めてその人物を冷静に観察する。

 外見だけならばオルレアン公に似ていると言える。

 蒼い髪、引き締まった肉体、長身、と、およそ男が自慢できそうな条件を全て備えている。


 だが、纏う空気がオルレアン公とは完全に逆。

 オルレアン公を輝く太陽とするならば、彼は闇、一切の光が届かぬ深海のごとく果てしない深さだけがある。


 俺の「心眼」ではその深さは判らない。

 まるで彼の心が巨大な闇に飲まれているかのように、何も視ることができないのだ。


 そんな心の動揺を悟られぬように細心の注意を払いながら、俺は彼に話しかける。


 「お初お目にかかりますジョゼフ殿下。私は、ハインツ・ギュスター・ヴァランスと申します」


 「丁寧な御挨拶をありがとう。俺は、ガリア王家の出来損ない、ガリアの恥さらし、無能のジョゼフだ」


 こうして、深夜の秘密会合が始まった。








 少しの間互いに沈黙していたが、ジョゼフ殿下の方から話しかけてきた。

 「いやいや、実は俺は相当に驚いているのだぞ、まさかこんな無能者のお忍び中に、彼の『影の騎士』殿が訪ねてきてくれるとは思わなかったのでな」

 「!?」


 影の騎士!? 馬鹿な!?

 俺が影の騎士と知る人物はこの世にいないはず。

 カーセやアンリにも知らせておらず、友人達6人にも秘密にしている。


 「なぜそれを?」


 「なんだ?俺が知っていては意外か?俺は普段リュティスに住んでいるのだぞ、リュティスに住む人間で今やその名を知らぬ人間はいないだろう?」


 「そういうことではありません。私が知りたいのは、なぜその正体が私であることを殿下がご存知なのかということです」


 「何だそんなことか。まあ別に話してやっても良いのだが、その前にその堅苦しい言葉遣いを何とかしろ。友人同士が世間話でもしているような感じで話せ」

 と、まるで関係ないことを話す殿下。

 正直、その真意がまるで読めない。


 「はあ、それでは、殿下、なぜ俺の正体を知っているんですか?」


 「ほお、少しはましになったな。まあ、答えを言うとだ、少々小耳に挟んだだけだ。俺の住む離宮にこの前友人が訪ねてきてな、何でも珍しい花の種を手に入れたらしく、育ててみないかなどと言って来たのだ。うちの花壇はもう十分色んな花が咲いているからと断ったのだがな、それにもめげずリュティスで流行っている色んな噂を話しながらしつこく勧めてくるのだ」

 そして薄く笑いながら俺を見て

「その中でお前の話が出てきた。せいぜいその程度のことだ」


と、ジョゼフ殿下は語る。

何も関係がないことのように聞こえるが、気になる部分があった。


『離宮』、『花壇』、『噂』

それらから考えられることとは。




「殿下、殿下が住んでおられるヴェルサルテイル宮殿にはとても立派な花壇があるそうですね」


 「おおそうだ、実に見事な花が咲いている」


 「はい、ガリア近衛騎士団にはそれらの花壇を冠した名が与えられているとか」

 それぞれの騎士団長はガリアが誇る最強の兵(つわもの)たちだ。

 「すなわち、東薔薇花壇警護騎士団、南薔薇花壇警護騎士団、西百合花壇警護騎士団、ですが、北側だけは花壇が存在しないため、北の名を冠する騎士団だけは存在しない」


 「その通りだ、北側は何しろ日の当たりが悪いからな」


 「ですが、その北側の『花壇』に秘密の騎士団が存在する。という『噂』がリュティスにはあります。そして、貴方が住まう『離宮』は、確かグラン・トロワの北側に存在するとか」


 「なるほど、噂にたがわぬ聡明さだな、流石はあのリュドヴィックの息子といったところか。まあ、息子の方が数倍切れるようだがな」


 「貴方が、北花壇騎士団の団長なのですね」


 それならば俺が「影の騎士」と知っていても不思議ではない。

 北花壇騎士団とはガリアの暗部の中心であり、王家のあらゆる陰謀には必ず彼らが関わっていると聞く。

 ましてやリュティスはその本拠地だ。

 リュティスで起こる事件について、北花壇騎士団の団長が知らぬことなど、何もないのだろう。


 「そのとおりだ、改めて自己紹介をしようか。ガリア王国第一王子にして北花壇騎士団団長を務めるジョゼフ・ド・ガリアだ」


 「改めてこちらも自己紹介を、ヴァランス家の次期当主にして、リュティスにて活動中の『影の騎士』たるハインツ・ギュスター・ヴァランスです」


 俺達は改めて互いに名乗り合った。






 「さて、ややこしい前振りはなしにして、さっさと本題を話せ」


 「分かりました。この書類を御覧ください。これを見れば用件は一目瞭然かと」

 ジョゼフ殿下相手には一切駆け引きは通用しない。

 そう悟った俺は、書類を殿下に差し出した。


 ジョゼフ殿下は、しばらくその書類を読んでいて、やがて、唐突に笑いだした。


 「ははは!これはすごい提案だな!普通ならこんなことは考えぬ!まさかこんなことを考え、あまつさえ実行に移そうとするとは!お前は歴史に残る大策略家か、よほどの大馬鹿かのどちらかだな!」

 面白い茶番劇(バーレスク)を見たとでもばかりに爆笑する殿下。

 まあ、自分でもこんな話を聞かされれば笑い話にしか聞こえないと思う。


 「はい、その書類に書いてある通りのことを提案します。ヴァランス家次期当主として、殿下にヴァランス家当主の座と、その領土の全てをお譲りしたいのです」

 これこそが俺が考えた「計画」だ。


 つまり、ジョゼフ殿下にヴァランス家の全てを差し出し、ヴァランス家の領土を全て王家直轄領とする。

 これにより、ヴァランス家の分家も全ての領土を失い。他の公爵家もヴァランス家の土地に手を出せなくなる。

 何せ王家直轄領に手を出すことは王家への反逆を意味する。

 そんなことをすれば、たとえ六大公爵家といえど一発で取り潰し決定だ。


 その上、ヴァランス家は全ての領土と財産を失うので、俺は名前だけの「名ばかり貴族」となる。

 つまり、厄介な領土に捉われず、自由に行動できるようになるわけだ。


 そして、王政府にとってはいいことばかりだ。

 王家にとって厄介な六大公爵家の一角を、労せず落とすことができ、広大な領土が王家直轄領となるため、王権は著しく強化される。


 逆に、大貴族にとっては厭なことばかりだ。

 法衣貴族にとってはなんの影響もないが、領土をもつ封建貴族にとっては王家直轄領が増えるのは好ましいことではない。

 王家の力が大きくなれば、必然的に大貴族の力はいらなくなり、中央から遠ざけられるようになってしまうからだ。


 つまり、俺の提案は国中の大貴族に喧嘩を売って、王家に魂を売るに等しい。

 だが、構わない、俺には当主の地位に執着など微塵もない。





 「なるほど、こちらにはこの提案を蹴る理由はどこにもないな。だが一つ問いたい、これを実行に移したとして、お前に一体何の得がある?」


 「まず一つ、当主の不在をいいことに、今まで好き勝手にしていた分家共への制裁になります。二つ目に、他の公爵家の干渉を封じることできます。三つ目に、この方法ならば、領民に一切迷惑がかからず、王政府直轄領となるので、税金も安くなります。四つ目に、俺自身が貴族のしがらみから離れ、自由になることができます」


 「ははは!何だそれは、お前にとっては大貴族の当主の座など、厄介事に過ぎないというわけか」


 「ええそうです。俺にとってはそんなものは生まれた時に発生した罰ゲームのようなものです。正直、生まれによって生きる道を決定されるというのが性に合わないんですよ」


 「なるほどな、貴族になるのが嫌なのではなく、生まれというものに縛られるのが嫌だということか」

 そこで殿下の目が真剣なものに変わる。

 「だが、お前は同時に領民の生活にも気を回すのだな」


 「ええ、俺の思いがどうであれ、これまでの11年間は大貴族の次期当主として過ごしてきたわけですから、その分の義務は果たさねば、そして、それが済みさえすれば、俺は晴れて自由の身というわけです」


 「まるで囚人のようだな。まあ、王族や貴族など囚人と大差ないか、面白い、実に面白いな。まさかお前のような考えを持った奴がいるとはな」



 そういいつつ、殿下はこちらを見据えて言う。



 「だが、もう一つ疑問がある。お前はここに来る前にシャルルを訪ねているな。にもかかわらず俺にその提案をしている。その理由は何だ?」


 「その理由、と言いますと?」


 「言葉通りの意味だ。この提案をするならば特にシャルルが相手でも問題は無い、お前の父が俺を支援していたなどという縁はあるにはあるが、お前はそんなものは気にしまい。それにシャルルもお前にとっては伯父にあたる。シャルルは既にオルレアン家の当主であるからヴァランス家の当主となることはできんが、家を売るだけならば問題はあるまい?」


 「その答えは簡単です。オルレアン公では駄目だからです。オルレアン公は貴方に遙かに劣ります」

 俺がそう告げたとき、初めてジョゼフ殿下の表情に僅かに変化があった。

 初めてみる人間のような感情の動きだった。






 「シャルルが俺に劣っているだと?馬鹿な事を言うな、俺があいつに勝てることなど何もない、それは国中の評価からも明らかではないか」


 「いいえ、そうではありません。冷酷さ、非情さに関してならば、オルレアン公は貴方の足元にも及びません。そしてそれは王族には必要な能力であり、かつ、俺の目的を叶えるには、貴方でなくてはいけないのです」


 それを聞いた殿下は、一瞬呆けたような表情になり、そして、弾けるように笑いだした。


 「はっ、ははは!はーはははは! そうか!そうか! 俺は冷酷さと非情さでシャルルに勝るか! 確かにその通りだ、あいつは優しい奴だからな。ああ、なぜ今まで気付かなかったのだろうな。その点ではシャルルは俺の足元にも及ばん!」


 そのまましばらく笑っていたが、やがて笑いが収まった頃に俺に問いかけた。


 「お前は先ほど、俺でなければお前の望みは叶わないと言ったな。それが指すものとはすなわち」


 「ええ、殿下が考えているとおり、復讐です。これだけはオルレアン公に依頼するのは不可能でした」


 「だろうな、あいつはそういうことを何よりも嫌う。ましてそれを行うのが自分の甥では当然だろう」


 「ですが、殿下はお止めにはならないのですね」


 「当然だ。お前は俺にとっても甥にあたるが、別にそのことに感慨は無いし、止めるべき理由も見当たらぬ、せいぜい互いに潰し合ってくれるのを願うくらいか?」


 「ですから、俺は殿下にヴァランス家の当主になっていただきたいのです。殿下は俺の義理の叔父にあたります。ヴァランス家の当主になることに、何の不都合もないのですから」

 そう、家柄、血筋などを考えても、俺を除けば殿下こそが最も相応しい人物なのだ。





 「ははは!復讐するだけなら何時でもできるが、それでは領民に迷惑がかかり、領主としての義務を放棄することになる。なので、領地と財産を全て俺に売り、かつ、無能な分家共に制裁を与えた上で、自分の復讐を完遂する。か、欲が無いようで随分と欲張りなのだな、お前は」


 「ええ、俺の人生の目標は、自分がやりたいことをやる。自分が在りたいように在る。ですので」


 「なるほど、よかろう。お前のその提案、全面的に受け入れることとしよう」


 ごくあっさりと殿下は了承する。


 「ありがとうございます」


 俺は深々と礼をする。


 「だが、一つだけ条件がある。この条件を飲めたらの話しだ」


 「条件とは?」


 「お前はこれより、北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)となれ」





 この条件は予想していた。

 北花壇騎士になるとは考えてなかったが、何らかの形でジョゼフ殿下の手元の置かれることはほぼ確実だった。

 何しろ、ジョゼフ殿下がヴァランス家の当主となれば、勢力バランスは一気に変化する。

 その巻き返しを図るために、ヴァランス家の正統後継者ハインツ・ギュスター・ヴァランスの存在は極めて重要となる。

 そんな爆弾みたいな存在をわざわざ手放すことはなく、最善なのは、ジョゼフ殿下が当主になった後、殺してしまうことだ。


 結局どう転んでも、俺には暗殺の危険が付きまとう。

 ならば、俺の目的と有用性をあらかじめ殿下に示すことで、俺の異なる利用価値を殿下の中に生じさせる。

 そうすることでようやく、俺は生きる権利を得ることが出来るわけだ。


 よって、俺の答えは一つしかない。




 「承りました。これより我が身は貴方の杖となり、王国に全てを捧げることを誓います」


 「心にもないことを言うな。自分の復讐のために利用するだけであろうに」





 ここに、全く信頼がない主従関係が生まれた。

 俺は自分の目的の為に王政府を利用し、ジョゼフ殿下は自分の道具として俺を利用する。

 そして、「互いが互いを利用し合う」ということに関してだけは、互いに信頼している。というわけだ。

 何とも素晴らしい主従関係である。


 結局、王国への宮仕えの身分となるわけだが、そのことに関して不満は無い。

 なぜなら、北花壇騎士となることは自分で考え、自分で実行した計画の結果として、自分が選んで決めたのだから。



 例えそれが他にまともな選択肢がないものだとしても、自分が選んだ道ならば、そこに異論はない。



 あとは精一杯、頑張って生き抜いていくだけである。






 何しろ、俺に利用価値がなくなれば、あっさりと始末されるだろうから。








 追記  8/31一部修正



[12372] ガリアの影  第十三話   状況変化
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 翌日。

 俺はジョゼフ殿下と共にヴェルサルテイル宮殿に赴き、ヴァランス家の家督と領土、財産をことごとくジョゼフ殿下に譲るという書類を現ガリア国王ロベール五世陛下に奏上した。


 宮廷は騒然となり、大臣やそれに次ぐ上級官吏達が大慌てで各方面に連絡し、国中の有力貴族がリュティスに招集される事態となった。








第十三話   状況変化






 宮廷中が大騒ぎになっている中、騒ぎの元凶である俺とジョゼフ殿下はワインを飲みながら離宮でくつろいでいた。



 「ははは、宮廷中が大騒ぎになっているな、普段退屈そうにしていたからちょうど良い娯楽になっているだろうな」



 殿下はワインを飲みながら楽しそうに言う。

 「彼らは退屈だったわけではないと思いますが、一応それぞれが国家を運営するための仕事を割り当てられているんですから」


 「ふん、毎日毎日変わらぬ仕事など退屈以外の何物でもないだろう、第一、同じことの繰り返しならば人間がやる必要すらない、ガーゴイルに任せればいいのだからな」

 魔法先進国と呼ばれるガリアではガーゴイルの技術が他国に比べ発達している。

 「土石」と呼ばれる土の精霊の力の結晶を用いることで、メイジが作り出す魔法人形「ゴーレム」に自律行動能力

を与えるもので、ガリア中で使用されている。


 ただし、複雑なものや大きなものになるほど自律制御は困難になるので、門の開閉や馬車の御者などには良く使われるが、料理や掃除といったことには使用されない。

 もしそれをやろうとすると、やはりメイジがそばにいて指示を与える必要があり、それではゴーレムとほとんど変わらなくなる。


 よって、自律戦闘可能なガーゴイルなどはまだまだ試作段階だったりする。


 「しかし殿下、確かに書類に判子を押すなどの単純な動作ならガーゴイルにも出来ますが、ガーゴイルには書類の間違いを見抜くことはできません。結局最後は人間が確かめることになるのでは?」


 「そんなことは判っている。だが、人間の手が必要ではない仕事も多く存在する。そういって仕事だけでもガーゴルに任せれば使用人の数を大きく減らすことができよう、何しろガーゴイルは疲れないからな、一日中働かせることができる」


 「確かにそうですが、ガーゴイルには人間の温かみがありません。ただ正確に決められたことを繰り返すのみです。それが宮殿中で稼動しているだけではとても寂しい建物になると思いますが」


 「別に構わんだろう。元来宮殿とはそういうものだ。そこに人間らしさなど必要なく、ただ国家の中枢としての機能さえ果たせばよい、豪勢な装飾や大量の使用人などは正に無駄の極みだ」


 「はあ、そういうものですか」


 「そういうものだ。王族が心休まる場所など寝室か愛人の寝床ぐらいで十分だ。あとは欲深で腹黒な貴族共が常に周りに控えているのだから心休まるわけがあるまい」

「ならば、使用人が全てガーゴイルだろうと何も変わらぬ。むしろ、使用人の中に暗殺者が紛れている可能性がなくなるのだから余程安心できるかもしれぬな。ははは!王族にとっては人間よりもガーゴイルのほうが信頼できるというわけだ」


 そう言いながらさらにワインを飲む殿下。

 その心は相変わらず闇に包まれ何も視ることができない。

 今も自分を含めた王族という存在そのものを嘲笑っているが、その心中を察することがまるでできない。


 「ところでハインツ、父上が決断を下すまでにおそらく三日はかかろう。結論はどう考えても一つしかないが、その結果生じる変化に対してどのような手を打つべきか考える時間が必要だからな」

 殿下は楽しそうに言う。

 「その間お前はどうする?別にここにいても構わんがお前がただじっとしているとは思えんのでな」


 「はい、これから数日は、リュティスにあるヴァランス家の別邸に潜もうと考えてます」


 「なるほど、王宮ほど警備が厳しくなく、逆に警戒されるほど警備が甘いわけでもない、暗殺者をおびき出すには絶好の場所というわけか」


 「ええ、暗殺者を捕らえればどこの家が動いたのか正確に知ることができます。簡単には口を割らないでしょうが、精神操作や拷問に関しては心得がありますので」


 「確かにな、状況が動いたのは今日、そして俺がヴァランス家の家督を継ぐ前にお前を殺す必要があるから時間的猶予はせいぜい三日、下手な傭兵などではしくじるだろうし、強力な暗殺者を探して新たに雇う時間もない」

 殿下はさらに楽しそうに告げる。俺が現状をどうするかを楽しんでいるのだろう。

 「となると各公爵家はそれぞれが持つ暗殺者を派遣せざるを得ぬ、それを捕らえて拷問にでもかければ有力な情報を引き出せるだろうな。まあ、その分お前は危険なわけだが」


 「危険だと判っている上に一応これから俺の保護者になる立場なら、護衛ぐらいつけてくれてもいいと思うんですけど」


 「ははっ、何を言っている、お前にそんなものは必要あるまい。悉く返り討ちにする勝算があるからこそお前は行動を起こすのだろう。それに、この程度で死ぬ駒ならばそもそも手元に置く価値はない」


 「とても優しいお言葉ありがとうございます。それでは、俺はそろそろ別邸に向かいます」


 「それはいいが、その前に血を少量置いていけ」


 「血、ですか?」


 「ああ、お前の血を専用の鳥形ガーゴイルに仕込むことで常にお前の元に手紙を送ることが可能になるのでな、以後はこれを使って連絡する。あと、お前が殺された場合は身代わりのスキルニルを作る必要があるからな」


 「ああ、そういうことですか」


 俺は『ブレイド』で腕の先を切り裂き、グラスに血を垂らしてから『治癒』で傷を塞いだ。


 「殿下、また三日後にお会いしましょう」


 「ああ、せいぜい死なぬようにすることだ」

 俺は、『フライ』を唱え、空中でランドローバルに飛び乗った。

 ちなみに、ヴェルサルテイル宮殿の上空で竜に乗る許可は殿下を通して既にいただいている。



 「ランドローバル、別邸に向かってほしいんだが、場所はわかるか?」

 《主がその場所を上空から見たことがあるならばその場景を強くイメージしてくれ、なれば我もその場景を知ることができる》

 「わかった、やってみよう」

 こうして、俺はランドローバルト共に別邸に向かった。








 三日後、ヴェルサルテイル宮殿において、ジョゼフ殿下がヴァランス家の家督、領土、財産の全てを相続することが公式に発表された。

 多くの大貴族は反対したかったようだが、王政府に逆らうこともできず、表面上は反対意見が一切ないまま継承が行われた。


 これによって宮廷における勢力バランスは大きく変わり、ジョゼフ殿下はオルレアン公を上回る領土と財力と権限を得たことになる。

 無論、ウェリン家、カンペール家がオルレアン公を支持しているため、総合力では未だにオルレアン公派が上回っているが、サルマーン家、ベルフォール家の二つがジョゼフ殿下に味方した場合、状況は変わってくる。


 今までオルレアン公派に協力的だった貴族も、いったん中立派となるものが多く出て、かなり複雑な派閥抗争へと発展しそうである。


 その原因となった俺、ハインツ・ギュスター・ヴァランスの立場は基本的には今まで通りということになった。


 後見人はジョゼフ殿下となったが、現ヴァランス家当主がジョゼフ殿下であり、その娘であるイザベラは王家の直系のため、王位継承権が優先される。

 弟も当然王位継承権が優先される上に既にオルレアン公であるため論外、その娘であるシャルロットも同様である。


 結果、ヴァランス家の家督を継承できる資格があり、ジョゼフ殿下の血縁に最も近い者は俺ということになってしまい、「次期当主」は結局俺のままとなった。

 だが、俺が当主となっても、領土と財産は全部王家のものとなっているので、公爵の爵位だけが残る「名ばかり公爵」となる。

 そして、分家もまた、領土や鉱山の採掘権といった財産の全てを王家に没収され、屋敷と爵位のみを残される結果となった。


今頃俺とジョゼフ殿下に殺意を抱いていることだろう。






 「という訳なんだ」

 深夜。

兵学校の寮の談話室において、これまでの経過を俺は友人達に話していた。

皆の顔は驚きと呆れが混ざったような何とも言いがたい表情となっている。



「はあっ、しっかしこんな大騒動を引き起こすとは、とんでもないことをしたなぁ、ハインツ」

というのはアドルフ。


「確かにな、だがそれ以前に方法がとんでもない。まさか領土や財産の全てを王家に無償で差し出すなど誰も考えはしないだろう」

と、フェルディナン。


「だなー、けどさ、相手が考えもしないことをやって意表をつく、てのは有効だよな。実際、誰もこんな事態を予想してなかったからこんなに上手くいったわけだし」

と、アルフォンス。


 「・・・・・」

 無言なのはクロード、皆が集まっている時、クロードは聞かれない限り自分から発言することは滅多に無い。


 「ですかねー、でも、その相手がジョゼフ殿下というのも二重の驚きですよ」

 と、エミール。


 「そうだな、だが一番の驚きは王家と大貴族の力関係がたった三日で変化した。という事実だな」

 と、アラン先輩。


 「そうだね、ヴァランス家の領土と財力がそのまま王家のものになったわけだから、王家と大貴族の関係はこれまで通りとはいかなくなる。つまり、これは六大公爵家だけじゃなく、ガリアの全ての貴族に関係する大問題というわけだ」

 と、俺。


 「問題を引き起こした張本人が傍観者のように語ってんじゃねえよ、まあ、もう起きちまったわけだから、あとはなるようにしかならねえんだろうけどよ」


 「まあ、アドルフの言うとおりだな、問題なのはこれからか。ハインツ、お前はこれからどうするつもりなんだ?」

 と尋ねてくるフェルディナン。


 「基本的にはこれまで通りかな、後見人が変わっただけでここの生徒であることは変わらないね、ただし、北花壇騎士としての任務はやらなくちゃならないけど」


 「北花壇騎士ですかぁ、噂は本当だったんですねえ、しかもジョゼフ殿下がその団長だとは」


 「エミール、判ってるとは思うけど、絶対に他言無用だからね、じゃないと多分俺たち全員ジョゼフ殿下に殺されるから」


 「はーい」

 と元気に答えるエミールだが、本当に大丈夫か少々不安になる。



 「だがハインツ、ここを卒業したあとはどうするんだ?このまま上に進むのか」

 と今度はアラン先輩が聞いてくる。


 「いいえ、ここを卒業次第、殿下の近衛騎士としてヴェルサルテイルで勤務することが内定してますから、まあ、北花壇騎士としてはそのまま継続なんでしょうけど」

 アラン先輩に対して受け答えするとき、俺は自然に敬語になる。


 「なるほど、つまりは飼い殺しというわけか、まあ、お前がそれに異存が無いならそれでいいんだが、それよりもハインツ、ここにいる間に暗殺者が送り込まれる可能性はどのくらいある?」


 「そうですね、俺を殺してもジョゼフ殿下をヴァランス家の当主の座から引き摺り下ろすことは出来ません。なので、俺の口から殿下がヴァランス家を奪ったのだと言わせる必要がありますね」


 「つまり、暗殺よりも誘拐の可能性のほうが高いわけか、そうなるとお前をおびき出す餌として俺達を狙ってくる可能性が高いわけか」


 「そうです。ですから、安全を第一に考えるのならば俺から距離を置いたほうがいいんですけど」


 「はっ、なーに言ってやがるハインツ、俺達がそんな面白そうなことを見逃すわけねえだろうが」

 と、アドルフが口を挟んでくる。


 「俺も同感だな、ここにいるだけでは退屈極まりない、暗殺者を返り討ちにするというのは、いい暇つぶしになりそうだ」

 フェルディナンもアドルフに同意する。


 「そうそう、ところでハインツ、さっきから聞きたかったんだけど、お前が別邸に潜んでいた間に来た暗殺者はどうなったんだ?」

 アルフォンスが同意しつつ質問してくる。


 「えーと、やってきた暗殺者は案外少なかった。傭兵を使って大規模な襲撃とかも無くて、プロの暗殺者が7人くらい別々の依頼主から送り込まれたな」


 「その内訳はどんな感じなんですか?」

 エミールが聞いてくる。


 「まず、カンペール家、ウェリン家、サルマ―ン家、ベルフォール家からそれぞれ一人ずつ、やられた後にこりずにカンペール家とウェリン家からもう一人ずつ、そして、ヴァランス家から一人」


 「自分の家からも送り込まれたのかよ、壮絶な人生だなぁ」

 アドルフが半ば呆れつつ言う。


 「カンペール家とウェリン家は共にオルレアン公派だろう。なぜその二家が協力せずにバラバラに送り込んできたんだ?」

 流石に鋭くアラン先輩が指摘する。


 「その原因ですが、オルレアン公に秘密にして行ったからでしょう。オルレアン公は暗殺や陰謀を何よりも嫌う方です。その彼が俺に暗殺者を送ることを許すわけがありません」

 あの高潔な王子はそういうことを何より嫌う。

 「その上、俺を殺したい理由は王家に力を与えないためなので、このことに関してはオルレアン公派の貴族にとってオルレアン公も敵となりうるわけです」

 実質そう考えるのはカンペール家とウェリン家の一派だけだろうが。


「よって、彼らは秘密裏に行うしかなく、仲間同士で連絡を取り合うこともできなかった。なぜなら、オルレアン公派内部においても派閥争いは存在し、俺に暗殺者を送ったことを互いに密告しあう危険があったわけです」


 「なるほどな、それぞれが個々に行動を起こすしか方法が無かったわけか、でっ、お前はそれを見越した上で、あえて暗殺者が狙いやすいとも、狙いにくいともいえない場所に隠れたわけか」


 「ええ、王宮にいては警護が厳しすぎて暗殺は困難、街の宿などにいては簡単すぎて逆に警戒させてしまう。俺の別邸くらいがちょうど良いところでしたから」


「しかし、相手はプロの暗殺者だろう、それをどうやって仕留めたんだ?」

と、今度はフェルディナンが聞いてくる。


 「ランドローバルに上空1000mくらいに待機してもらってさ、屋敷に近づく怪しいやつを探してもらったんだ。ランドローバルは無色の竜だから地竜の特性も備えている。つまり、蝙蝠以上に正確に暗闇の中を見通すことができるわけだ」

 地竜は普段洞窟に棲んでいるので暗闇を見渡せる能力を持っている。
 
 「そして、使い魔との視界共有能力で相手の位置を正確につかみながら、その辺一帯に無色無臭の筋弛緩系のガスを『錬金』して捕らえたんだ」


 「はあ、あのよくわからねえ危険物質を『錬金』したわけか、そりゃあ相手はご愁傷様だな」

 アルフォンスがやや震えながら言う。


 一応説明したことはあるのだが、生粋のハルケギニア人である彼らには、なかなか地球産の毒ガスなどは理解できないらしく、「謎の危険物質」という認識で通っている。それでもアラン先輩だけはどういうものかをあらかた理解してるようだ。とんでもない人である。


 「で、ハインツ先輩、その捕らえた人達はどうなったんですか?」


 「ああ、自白剤を打って情報を残らず吐かせた後、精神的に弱っているうちに『制約(ギアス)』をかけて、「今後逆らったら自害すること」ていう命令を仕込んだ上でジョゼフ殿下に献上した。北花壇騎士や密偵にでも使ってくださいって」


 「献上って、奴隷じゃないんですから、ていうかその他にもすごい非道なことをやってますねハインツ先輩」

 「鬼だ」 とアドルフ

 「外道だな」 とフェルディナン

 「鬼畜だねぇ」 とアルフォンス

 「悪魔」 とクロード

 「人としてどうかと思うぞ」 最後にアラン先輩


 それぞれの好き勝手な意見が帰ってきた。


 「まあ、本来なら殺されても文句は言えないわけだし、王宮に引き渡しても投獄の上、拷問が待ってるだけなんだから、どうせなら利用しようかなーと思っただけだよ」、


 「そこが腹黒なんだっつーの、まあ、どうでもいいけどよ、ところで、お前もう使い魔持ってるんだよな?」

 アドルフが使い魔について聞いてきた。


 「ああ、無色の竜のランドローバル、頼りになる俺の相棒さ」


 「ああ~、竜かあ、うらやましいな~、俺も欲しいな~」

 駄々をこねる子供のようになった。どうやら竜が欲しいみたいだ。


 「子供かお前は、そんなに欲しければ自分で召喚すればいいだろう。まあ、今の俺達のレベルじゃ無理だろうがな」


 「今の、ってことは将来的には竜を召喚できるんですか?フェルディナン先輩」


 「確証はないがな、ドットのうちに召喚すればその実力にふさわしい使い魔が、トライアングルになってから召喚すればかなり高度な幻獣を召喚することも可能というわけだ」


 「つーことは、できる限りレベルが上がってから召喚したほうがいいってことか?」

 アルフォンスがフェルディナンに尋ねる。


 「そうなるな、何しろ使い魔が生きているうちは新たな使い魔を召喚することはできない、ドットのうちに弱い使い魔を召喚してしまえばそいつが死ぬまで次の召喚は行えない」

 フェルディナンが答えると、そこにアラン先輩がさらに加える。


 「最も、ドットのうちに鳥などを召喚して使役し、自分のレベルが上がったら自分の使い魔を殺し、新たな使い魔を召喚しようとする奴もいる。まあ、メイジ以前に人として問題あると思うがな」


 「そのとおり、暗殺者を王子様に売り払う極悪人と違って俺はそんな真似しません。自分が召喚した使い魔なら例えなんであれ、死ぬまで面倒みますよ」


 「アドルフ、君の意思はとても立派だと思うけど、前半の方は俺に喧嘩売ってるのかな?今度は君を殿下に献上してみようか」


 「嘘!嘘! 冗談だってばハインツ、本気にすんな! お前はいい奴だってほんとに」


 「まあ、既にスクウェアのハインツと違って、俺らはまだラインだからな、『サモン・サーヴァント』をやるのはトライアングルになって、しばらく経ってからにした方がいいと思うぞ」

 アラン先輩は俺とアドルフのやり取りを完全に無視して話を進める。


 「そうですね、たぶんアドルフなら火竜を召喚できると思いますし、ほかの皆もそれぞれ竜を召喚できると思いますよ」

 俺は気をとりなおして言う。


 「既に竜を召喚しているハインツに言われると心強いな、それに、お前の人を視る眼は確かだしな。しかし下級貴族の俺たちがトライアングルになれるかが問題か」

 と、フェルディナンが応じてくれた。




 「ところで、俺からも質問があるんだが」

 今までほとんどしゃべってなかったクロードが突然聞いてきた。

 「ん、なんだいクロード」


 「お前は『影の騎士』という活動をこれからも続けていくのか?」


 「そーだ、そーだ、すっかり忘れてた。おいハインツ、お前俺達に内緒でそんな楽しそうなことやってたんだってな」

 アルフォンスもなぜか割り込んで来る。


 「話したら絶対に「俺達もやる!」って言い出すだろ、例の計画のための情報収集が主な目的だったからさ、秘密裏に行うためには言うわけにはいかなかったんだ」

 まあ、ジョゼフ殿下には完全にバレてたわけだが。


 「だが、今はもうそれほど秘密にする必要もないのだろう、それに、実戦訓練を積むことも目的だったはずだ。ならば、これからは俺達も参加して問題ないんじゃないか?」

 クロードが鋭く指摘してくる。


 「まあね、北花壇騎士としての活動もあるけど、四六時中任務に就いてるわけじゃないだろうから、余った時間は『影の騎士』としてこれまで通りに動こうと思ってたけど」


 「じゃあ決まりだな、これからは俺達も参加して『影の騎士団』になるわけだ、それに、俺達と一緒に夜に抜け出してなんかやっている。という部分だけを学校側に把握させておけば北花壇騎士として動く時のごまかしにもなるだろ」

 流石は『参謀』というべきか、こういった事に関しては随一だ。


 「おお、それいいんじゃねえか。俺達七人で『影の騎士団』か、格好いいな、それに面白そうだ」

 アルフォンスが心底楽しそうに言う。


 「アルフォンス、簡単に言うけど楽しいことばかりじゃない、殺人現場に遭遇することもあるし、相手を殺さなくちゃいけないときもある。そう軽々しく考えるべきではないんだ」

 俺は無駄だと知りつつも一応忠告してみる。


 「それこそ今更だぜハインツ、俺達はどこにいる?兵学校だろ、いつかは軍人になって戦場で人を殺すんだ。そんな覚悟もなしにここにはこねえよ」

「それに、そんな街のごろつきなんかに殺されるようなら俺達は所詮その程度だったってことさ、そんな様ならどうせいつか戦場で死んじまうだろうしな」

アルフォンスが真面目な表情で言う。


こういうところこそが彼らが凡人とは違う部分だ。

普通、兵学校に入ってくる者達は、親が軍人だったから、軍人になるためには入る必要があるから、といういわば惰性的な理由で入ってくる。

当然、10~15歳の子供が相手を殺し、自分も殺される覚悟など持っているはずも無く、ここの五年間では魔法や戦闘の基礎的な訓練を行い、士官学校の3年間で軍人としての本当の心構えを学ぶのだ。

それですら最近では形骸化し、大した覚悟も無いまま戦場にいく貴族が多くなっていると聞く。



そんな中で彼らは違う、異端、もしくは異常といっていいくらいだ。

彼らは特に壮絶な過去があったり、特殊な血を引いているといったわけではない、普通の下級貴族や大貴族に生まれただけだ。

 しかし、アラン先輩は13歳、エミールにいたっては僅か10歳にも関わらず、人を殺す覚悟、自分が殺される覚悟を持っている。

 それはまるで、野生の獣が生まれながらに狩人としての本能を備えているように。



 まあ、世の中には彼らのように生まれつきの天才、というかむしろ異端者というべき存在がいるということなのだが、彼らを見てると、ふと思うことがある。

 俺はどうだったか?

 前世の時ですら俺は人を切るという行為に抵抗が無かった。

 あくまでそれは手術という前提のものだったが、ベテランの外科医ですら人の体にメスを入れる際には緊張するも

のだという。

 だが、俺にはそれが無かった。

 料理人が自然と魚を捌くように、俺は自然に人を切ることができた。


 そしてそれは、このハルケギニアに転生したあとでも変わらず、『影の騎士』として12歳ぐらいの少女を襲っていた強姦魔などを殺す際にも、緊張は無く、自然と殺すことができた。


 患者を治療するために切ることも、相手を切り殺すことも、俺にとっては等価といってよかった。

 これまであまり意識してこなかったが、俺もやはり「異端者」の部類に入るのだろう。

 だからこそ、俺たち七人は友人でいられるのだろう。

 まあ、「いかれぐあい」は俺が一番なのだろうが。



 「わかった。じゃあ、この七人で『影の騎士団』ってことでいいけど、団長は誰がや」

 「お前」
 「ハインツ先輩」
 「ハインツ」
 「任せた」
 「・・・」
 「頑張れ後輩」

 素晴らしい返事が返ってきた。


 「はあ、まあそれは予想できてたから別にいいけど、あとは具体的な役割分担か、このメンバーだと考えるまでも無いと思うけど、一応決めておこう」

 全員を見渡しながら告げる。

 「まず、怪我人や貧しくて医者にかかれない人の治療要員は俺、これはもう俺にしかできない」

 全員が頷く。

 「次に、白兵戦要員。これは犯罪者とかがいたら真っ先に突っ込んで撃滅する役目だけど、これは言うまでも無く」

 「俺と」

 「俺だな」

 アドルフ(切り込み隊長)とフェルディナン(将軍)が揃って答える。


 「その次、犯罪者を見つける役、つまり探索要員で、もし敵が逃げた場合は追跡要員にもなり、戦闘要員としての役割も求められる」

 「そりゃあもちろん風メイジの俺と」

 「俺というわけだな」

 アルフォンス(提督)とクロード(参謀)が息ピッタリに答える。


 「そして、ぶちのめした犯罪者から金目のものは全部奪う。組織だった場合は組織を潰してアジトごと奪って金に換える。そうして得た金は貧しい人たちに配給する治療薬や食糧に当てる。当然、これらの物資の調達は」

 「僕の役目ですね」

 エミール(調達屋)が胸を張って答える。


 「最後に、それらの資金と物資を管理、運営する役目が」

 「俺しかいないな」

 アラン先輩(管理者)が堂々と答える。


 「とまあ、こういう割り当てになるけど、何か質問ある?」

 全員特に無いようだった。

 この面子ではこれ以外に割り当てようがないから当然ではある。


 「じゃあ、最後に伝えておくけど、この活動は王政府の許可を受けてるわけじゃないから当然違法行為だ。つまり、俺達は犯罪者として追われる立場になるともいえる。でも、だからこそ、弱い者から金や命、時には人の尊厳まで奪うような奴を自由にぶちのめすことができる」

 これは権限が限られた者たちにはできない。

 「俺達は犯罪者を王政府に引き渡さない、俺達が思うままに、俺達の心に従って、やりたいようにやるだけだ。もし引き渡すとしたら、北花壇騎士団に引き渡して拷問にかけるときぐらいだと思う」


 これに対して、アラン先輩が質問してきた。

 「なあハインツ、これをジョゼフ殿下は認めているのか?」


 「ええ、もしこの活動がうまくいって、『影の騎士団』が貧民層の熱烈な支持を受けれるようになれば、俺達はジョゼフ殿下直属部隊だったということになり、ヴァランス家の支援の元、より大きな活動を展開する予定になっています」


 「つまり俺達はお試し期間というわけか、それでうまくいったらヴァランス家の財力と人員を使って、より大きな支援に乗り出すと」


 「そうなります。つまりは、リュティスの貧民層をジョゼフ殿下支持派にするための第一段階というわけです」


 「まあ、別にいいんじゃねえのか、俺達のやることがジョゼフ殿下のためになろうがなるまいが、結局は俺達が楽しめて、貧しい人達の生活が少しはよくなるんなら、それで十分だろ」

 とアドルフが応じた。

 アドルフは普段直情型のようで、たまにこうして本質を突いた意見を言う。


 「まあ、そうだな、俺達は俺達がやりたいようにやるだけだな」

 フェルディナンもそれに応じる。


 「よし、じゃあみんな、そういうことで、今日はもう遅いから解散にしようと思うけど、『影の騎士団』の活動はいつからがいい?」

 「「「「「「 明日から 」」」」」」

 六人が完全にハモった。






 こうして俺達の『影の騎士団』としての活動が始まった。





追記 8/31 一部修正



[12372] ガリアの影  第十四話   初任務
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 『影の騎士団』としての活動を始めてから一週間。

 俺たち七人は夜になるとリュティス中を駆け回り、犯罪者を探してはサーチ・アンド・デストロイの方針で処理して回っている。







第十四話   初任務





 要は俺達の独断と偏見で犯罪者と思われる奴をぶちのめして回っているだけなのだが、当然、状況判断はしっかり行い、冤罪が無いように俺特製の自白剤で真実を吐かせるという徹底振りだ。

 しかし、本人はそう思っていても事実は違ったというケースもこの世の中には多いもので、俺達は第三者の視点で客観的に判断し、その上で犯罪者と思える奴をぶちのめし、金品を強奪する。

 方針としては殺すか、半殺しにして「今後、殺人・窃盗・強姦・猥褻・詐欺等の行為を行った場合、自害せよ」といった内容の『制約』(ギアス)をかけるか、適当に痛めつけて次にやったら殺すと脅す、の3種類のパターンとなる。

 この作業はアドルフ、フェルディナン、アルフォンス、クロードの四人が行い、『制約』(ギアス)をかける場合のみ俺のところに引きずってくるということになっている。

 相手が犯罪者専門という部分を除けばやっていることは強盗そのものであり、王政府の役人に見つかれば即捕まるのは間違いない。


 それと並行して、俺は貧民層の人々の怪我や病気を治療して周り、彼らに配る食糧などはエミールが調達してきて、それをアラン先輩が管理・運営している。


 このリュティスには盗賊団のアジトや人身売買の店、果ては麻薬の売人やそれらを扱う暴力団のような組織も多く存在する。

 ハルケギニアには禁制品として惚れ薬や媚薬なども出回っており、水の秘薬と同じようにかなり高価で取引され、特に快楽を与えるタイプの薬は需要が尽きない。

 つまり、科学による麻薬ではなく魔法による麻薬が製造され販売されており、王政府は当然それを取り締まって入るが、麻薬の売人は貴族に賄賂を送ったりしているためその網はとても粗い。

 それ以前の問題として、麻薬や惚れ薬の大半は水精霊の力の結晶を原料にするため大変高価になり、とても平民に買える品ではないので需要の大半を貴族が占める。


 それだけならば自業自得なのだが、たちの悪い連中は貧民街の者達に麻薬を飲ませ麻薬中毒とし、麻薬を得るために犯罪に手を染めさせ、身代わりにして切り捨てる。

 という卑劣な方法をとる者たちもおり、王政府の役人は犯人が貧民層の麻薬中毒者という時点で追及を止めるので、その結果貧民層の者達は政府に反発し、より犯罪者が増加するという悪循環に陥っていた。


 役人は大半が下級貴族であり、その下で働くのは割りと経済的に余裕がある平民なので、彼らは貧しい者達を蔑んだ眼で見下し、貧民など全て一掃したほうが都市の治安がよくなると考えるものまでいる様子だ。


 そんな中で、俺達『影の騎士団』は貧民層の人々に熱烈な支持を受けている。

 これは俺が一人で『影の騎士』として活動してきた効果もあるのだが、ある事件の影響が大きい。

ろくに調べようともせず貧民街の住民の一人を捕まえようとした役人がいたため、そいつをぶっとばして、自白剤を打って洗いざらいはかせた結果、ある貴族が自分の罪を適当な貧民になすりつけようとしていたのだと判明した。


 そこで、その日の夜のうちにその貴族の屋敷に乗り込んでぼこぼこにした上で、証拠品と一緒に裸で高等法院の前に放置し、屋敷にあった金目のものは全部奪った。

 ちなみにその内の半分は屋敷に仕えていた使用人に分配し、今後の身の振り方を決めるための資金に当てた。

 そして、残った金はそうした貴族や役人の横暴でひどい目にあった人たちに分けた。


 とまあ、このことがあって以来、『影の騎士団』は貧民街の希望の星のような存在になり、そのことの報告と北花壇騎士としての初任務を受けるために、俺はヴェルサルテイル宮殿の北の離宮を訪れた。





 「ハインツ・ギュスター・ヴァランス、ジョゼフ殿下のお召しにより参上しました」

 俺は衛兵にそう告げる。

 「これはハインツ様、ようこそいらっしゃいました。一応規則ですので『ディティクトマジック』をかけさせていただきます」

 と言いつつ衛兵は俺に『ディティクトマジック』をかける。

 これはガリアの王宮に入る者に必ず行われるといっていい検査だ。


 ハルケギニアにおいては『フェイス・チェンジ』と呼ばれる顔を自在に変える魔法や、髪の色を変える魔法薬などが存在するので、別人になりすまして潜入するということは難しいことではない。

 そのため、魔法の反応を察知する『ディティクトマジック』で検査を行うのが通例となっている。


 「問題ありません、どうぞお通りください」


 そして、門が開かれる。

 離宮の内部を一直線に進んでいくと二体のガーゴイルに守られた部屋に突き当たる。

 この部屋がジョゼフ殿下の部屋でありその扉の前に控えるガーゴイルは共に鎧と槍で武装しており槍が交差して扉を封鎖している。

 このガーゴイルは現在のガリアにおける最高水準のガーゴイルであり、自律機能に加え、4,5人の傭兵を同時に相手できるほどの戦闘技術を誇るらしいが、コスト無視の設計のため製造費用が高く、軍隊で使用するのはまだまだ先のことになるそうだ。


 俺が扉の前まで歩くと、二体のガーゴイルは同時に槍を持ち上げ通してくれる。

 ちなみに、普通王族警護用のガーゴイルは杖を持っているものだが、このガーゴイルは平民が扱う武器を持っている。

 これは実用性を重視すると共に、魔法を使えない無能者を守るには貴族の象徴たる杖は必要ないという皮肉を込めているのかもしれない。



 殿下の部屋は広さこそあるがその内装はかなり質素だ。

 ある程度の装飾はあるが広さに比べれば圧倒的に少ない。

 そのかわり等身大の騎士人形やら実験用の大鍋やら、その他様々なマジックアイテムと思われる品がそこら中に転がっており、そして、剣、槍、弓、斧、鎧、火縄銃、マスケット銃、カノン砲、などなどの兵器も揃っている。

 これらの武器は悉く装飾用ではなく実戦用であり、そして全ての武器から血の匂いがする。

 おそらく何十、何百もの人間を殺した武器ばかりを蒐集したのだろう。

 こんな呪われたような武器を自室の飾りに用いるとは、ジョゼフ王子の感性がどれだけ人間離れしているかがこれだけでも容易に想像できる。



 「殿下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス参上いたしました」


 「別に畏まった挨拶はいらんと言っているだろう。まあよい、よく来たな」


 「いえ、俺も報告したいことがありましたから、しかし、それにしてもすごい内装ですね、特にあれらの武器は普通のものじゃない」


 「いいや、価値にすればどうということはないものばかりだぞ、何しろガリアでは平民の武器は野蛮で美しさがないとされている。特にあれらのように血がこびり付いた物はガラクタ扱いだろうな」


 「ですが、武器は実戦で使ってこその武器、兵器は人を殺してこその兵器でしょう。人を殺したことのない兵器などそれこそ存在する意味がわかりません。まあ、争いの抑止力としてのみ存在し実際には使用しないのが理想でしょうが、現実はそうはいかないでしょう」


 「ははは、相変わらず厳しいことを言うなお前は、だが、確かにその通りだ。それに俺は魔法を使えぬ無能者だからな、暗殺者共から身を守る為には武器を用いるしかないのだよ」

 そう言って笑うジョゼフ殿下だが、笑っているようにしか見えないのに笑っているようには見えない、という何とも矛盾した印象を受ける。

 この闇をこれ以上見るべきではないと、俺の本能が警告しており、話を変えることにした。


 「それより殿下、報告したいことがあるのですが」


 「何だ、聞こう」


 「貧民街における『影の騎士団』としての活動ですが、とりあえず出だしは好調です。ですが、貧民街の住人の王政府や役人に対する反感はかなり強いですから、これを取り払うにはかなり長い時間が必要だと考えられます」


 「なるほど、まあ元々お前が勝手にやってたことを利用しただけだからな、別に上手くいかなくとも構わんのだが、お前が言いたいことは別にあるな。つまり、お前達の活動は根本的な解決にはならない、そう言いたいのだろう」


 「ええ、いくら麻薬組織や盗賊団を潰したところで貧民街が存在する限りいくらでも代わりは発生しますし、貴族がその顧客となり人身売買に加担し、役人が麻薬売人と手を組んで利益を得ているのが現状ですから、王政府に巣食う蛆虫を排除しない限りは同じことの繰り返しでしょう」


 「そうだな、お前達はその蛆虫の駆除もやっているようだが、王政府そのものが腐っているのでは蛆虫はいくらでも湧いて出る。つまり、蛆虫が発生しないように環境を整えることが必要だと言いたいわけだな」

 「だが、ことはそう簡単ではあるまい、何しろその蛆虫の親玉には侯爵や公爵すらいるのだからな、害虫駆除を行うためにはそいつらをまず排除する必要があるだろう」


 「はい、北花壇騎士団が害虫駆除係として本格的に機能するためには現状の権力ではまだ弱い、ということですね」


 「流石に聡いな、現状の北花壇騎士団には王政府に害なすものを悉く抹殺する権限は無い、せいぜい貴族共の秘密を探るか、街における噂話を集める程度、または、面倒事の処理や貴族連中から依頼される揉め事の処理だな。まあ、落ち目の貴族に止めを刺すくらいのことはやるが」


 「殿下直属である北花壇騎士団が大貴族であろうとも処理できるようになるためには殿下自身の権力の強化が必須、つまり、俺は殿下を王にするために全力を尽くさねばならない、というわけですか」


 「まあそういうことだ、お前の望みを叶えたければ俺の為に尽くせ」


 「はあ、それしかないということですか」


 「『影の騎士団』とやらの活動はそのまま継続して構わん。根本的な解決にはならんがやらんよりはましだからな、それはそれとして、北花壇騎士としてのお前に任務がある」

 そう言いながら殿下は俺に命令書を投げる。

 正直、命令書を紙飛行機にして飛ばすのはどうかと思うのだが。


 俺は命令書を拾い読んでみるがその内容は凄まじいものだった。

 「殿下、これを俺に行えと?」


 「そうだ、不満でもあるか?」

 俺は少しの間考えてみたが、結論は一つしかなかった。


 「いえ、不満などとんでもありません。殿下のご厚意に感謝いたします」

 命令書にはこう書かれていた。


 ≪ヴァランス家の領土に関しての処分に不満があり王政府に対し反意を抱いているものが多数いる。それらを貴殿の判断で粛清せよ≫


 実に簡潔な文章だ。

 俺の計画によってヴァランス家の分家達は財産のほとんどを失うはめになり、俺と殿下に殺意に近いほどの恨みを持っている。

 このまま放置すれば王政府に対し何らかの陰謀を仕掛けてくる可能性が高いので、その前に処分しろということだ。


 つまり、俺に親戚を皆殺しにしろと言っているのであり、女子供を殺すかどうかは俺の判断に任せるということだろう。

 一応11歳の子供に対する最初の任務としては正気を疑うような内容だ。


 だがこれは俺にとっては最高の条件である。

 ドル爺を殺したあのゴミを俺の手で抹殺することができる。

 しかも王政府の勅命なので、奴を殺しても王政府に対して隠蔽工作などを行う必要もない。


 殿下を俺の心理を完全に把握した上でこの条件を提示してきた。

 ≪復讐に手を貸してやるかわりに、俺の手駒として忠実に働け≫

 殿下はそう言っており、俺はその悪魔の取引に応じたという訳だ。


 「そうか、お前が受けるというのなら渡すものがある」

 と言いつつ殿下は俺に箱を投げてくる。

 普通こういうシチュエーションでは『レビテーション』などでよこしてくるのだが殿下は魔法が使えないのであらゆる行動が肉体行動になる。


 「これは?」

 箱を開けてみると中にはマントが入っていた。

 「〝不可視のマント″という。被れば誰にも姿を見られなくなるという魔法のマントだ。隠密行動や暗殺には最適なのだが、音や気配などは消せないのでな。『サイレント』などを併用する必要がある」


 「これを俺にくれるのですか?」


 「ああ、俺が若い頃に宮殿から抜け出して貧民街や暗黒街に出掛ける際に使用していたものだ。何しろ『フライ』すら使えぬのでな、このようなマジックアイテムに頼るほかなかったわけだ」


 「暗黒街に出入りしていたのですか」


 暗黒街とはこのリュティスにおいて最も危険な場所だ。

 俺達『影の騎士団』が主に活動しているリュティス北西部のゴルトロス街、通称“貧民街”の最深部にある街で、強力な犯罪組織の本部などが存在しており、禁制品や兵器などが取引されている。

 『影の騎士団』の活動範囲にここはまだ入っていない。

 流石に10~13歳の少年に過ぎない俺達が喧嘩売るには相手が悪い連中がごろごろいる危険地帯なのだ。

 だが、敵対こそはしてないがエミールはここからカノン砲を調達したりしており、便利と言えば便利な場所ではある。


 「危険な場所ではあるが面白いものが色々あるのでな、好奇心に負けて一度行ってからはほぼ入り浸っていた。まあ、第一王子として権力を行使できるようになり、欲しいものが簡単に手に入るようになってからは行く必要がなくなったからな。それはもういらん」

 俺は〝不可視のマント″に『ディティクトマジック』をかけてみたが、今までにない反応をした。

 「言っておくが、それの原理は誰にも分からんぞ。一度王立アカデミーに解析を依頼してみたのだがな、訳が分からんという答えが返ってきおった。あと、犬や幻獣には注意しろ、犬は匂いで、幻獣の一部は温度などで察知するからな」


 「なるほど、ところであの趣味の悪い品々は暗黒街から流れたきたものというわけですか?」

 俺は部屋に転がっている怪しげなマジックアイテムや血塗られた武器を指さしながら訊いてみる。


 「そのとおりだ、流石にガリアの王子への献上品にあんなものを送ってくる者もおるまい」


 「そうですか、まあ、くれると言うのならありがたく頂戴しますね」


 「ああ、後もう一つお前に決めてもらうことがある」


 「何です?」


 「偽名だ、ハインツという名前でこれからの任務を行うわけにもいくまい、北花壇騎士4号としての名を今決めろ」


 「今ですか」


 「あと2分以内に決めろ」


 「う~ん」

 俺は少し考え込む。

 所詮は偽名だが、どうせなら俺の本質を表すような名前を選びたい。

 俺の目標は「自分がやりたいことをやる。自分が在りたいように在る」だ。

 これに最も合う名前、もしくはそういう存在といえば


 「では“ロキ”で」


 「ロキだと? 確かそれは妖精の名前の一つだったか」


 「はい、そのロキで」



 ロキとは地球の北欧神話に登場する神のひとりだ。

 巨人族出身でありながら神々の陣営に属し、ある時は祝福をもたらしある時は災いをもたらす。特に理由もなく人を殺し、人を騙し、人を貶めるが、純粋な善意から人助けをすることもある。

 神々の主神のオーディーンと義兄弟でありながら、最悪の怪物であるフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルなどの父でもあり、つまり善でも悪でもない“トリックスター”という存在だ。

 簡単に言うとロキは自分がやりたいことをやるだけの神様なのだ。


 だが、この世界は地球を歪んだ鏡で映したような世界だ。

 この世界では地球での北欧神話やケルト神話に登場する名前は微妙に異なる形で民間伝承などに登場する。

 ギリシャ神話やインドの神話の名前はほとんど無く、中国、日本などに至っては皆無なのはハルケギニアがヨーロッパに対応していることが関係しているのだろう。

 特に北欧神話のルーン文字などはほとんど地球と共通しており、ハルケギニアの公用語であるガリア語はドイツ語とフランス語の中間のような言語体系となっている。


 「ロキか、お前はこれより北花壇騎士4号ロキとして行動しろ。命令書などにも今後はロキという名で送る」


 「わかりました。あと殿下、聞きたいことがあるんですが」


 「何だ」


 「粛清する対象、殺害方法、後始末などは全て俺の一存で行って構わないのですね?」


 「無論だ、流石に他の貴族ならば話も違うがヴァランス家ならば構わぬ。何しろ当主は俺であり次期当主はお前なのだからな、例えどういう結果になろうと結局は俺とお前に帰結するのだ」

 「ヴァランス家内部の情報については俺よりお前の方が詳しかろう。であるならばお前の判断で害虫を駆除した方が余程効率が良い」


 「ありがとうございます。それでは早速向かいます」

 俺は頂いた〝不可視のマント″をわきに抱え、退出しようとする。


 「ああそうだ、最後に一つだけ注文があった」

 という殿下の言葉に俺は振り返って問う。


 「何でしょうか?」


 「できる限り派手に殺せ、これは見せしめなのだ、残酷で残虐であるほどよい」


 「・・・善処します」


 俺は今度こそジョゼフ殿下の部屋を後にする。


 背中には殿下の笑い声だけが響いていた。







[12372] ガリアの影  第十五話   粛清
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 この話には残酷な表現が多数あります
 苦手な方はご遠慮ください










 「や、やめろ、助けてくれ!」

 ザシュッ

 ブシュアァーーー

 ドサッ

 ゴロゴロ

 グシャッ

 上の効果音だけでどういう状況かは簡単に想像できると思うので詳しい状況説明は省くが、現在俺は元人間の頭だったものを踏み潰しており、一人目の粛清を終えたところである。






第十五話   粛清







 最初の粛清対象はヴァリアス子爵と言い、エドモント伯の片腕と言える人物だ。

 彼を最初にしたのはエドモント伯に恐怖を植え付けるためであり、当然、奴の粛清は最後だ。

 おそらく危険を察して逃げるだろうが、どこまでも追って所詮無駄な努力であることを知らしめる予定である。


 このヴァリアス子爵にしてもヴィクトール候が死んで以来好き勝手をしており、こいつの領内の若い女性が10人以上屋敷に連れ去られ、内何人かは既にこの世にいないようだ。

 ヴァリアス子爵は癇癪持ちで、気に喰わないことがあれば自分の子供でも容赦なく暴力を振るうらしく、夫人は子供を守ることに必死で、とても夫の暴挙を止めるどころではないらしかった。

 そして俺の計画発動から約十日、まだ正式には領土の没収は行われていないが既に告知は行われており、それに対して確認を行っている段階らしい。


 何しろヴァランス領とリュティスは約650リーグも離れており徒歩の旅ならば22日近くはかかる距離だ。

 グリフォンやマンティコアといった幻獣を使った場合でも、片道2~3日はかかる距離なのでまだ半信半疑な心理状態だろう。

 何しろ11歳の俺が領土を全て王政府に献上し、ジョゼフ殿下がヴァランス家の当主になるなどという状況は所詮地方の田舎貴族に過ぎない彼らには想像もできない事態なのだ。


 しかし、もしそれらが本当だと解れば彼らがどう動くか、最悪反乱、反乱までにはいたらなくても私兵を使って領内で略奪を行い、金目の物を洗いざらい集めて逃走するといった事態も十二分にありえ、良くても財産を全部持って逃げるといったところだろう。

 俺は一応ヴァランス家次期当主の身なのでそんなことは許さないし、罪もない平民が苦しめられるのを看過するわけにはいかない。

 よって、方針としては領地を持つ貴族は皆殺し、その配偶者が欲深な人物だった場合は同様に粛清、ヴァリアス子爵の夫人のように普通の女性の場合は今後の30年ぐらいの生活を行える程度の財産は残すようにする予定だ。


 何しろ彼女等は貴族としての生き方以外を知らない。


 これは罪ではなく、このガリアの社会制度上の問題だから一個人に対する問題にはならないので、彼らの生活を今後数十年は保証してやらねばならない。彼女たちは悪事をしていたわけではなく、この世界での常識的な貴族の暮らしをしていただけだ。

 平民にとっては納得がいかないかもしれないが、平民には『自分自身の力で生きることを学ぶ機会と時間』が与えられており、貴族は制度に縛られる存在なのでそんな時間は与えられないのだからその点で平民と同等に扱うわけにはいかない。

 貴族には貴族の特権があるが、平民には平民の特権があるのだ。



 そういう理由から、この粛清は時間との戦いとも言える訳で、領地と財産没収の事実を各領主が知って暴走を始め、領民に被害が出る前に全ての領主を殺さなければならない。


 残念なことに、自分のことよりも領民のことを第一に考えるような貴族はヴァランス家の親戚には一人もいなかった。

 これは6歳のときからドル爺、カーセ、アンリ、ダイオンに調べてもらったことからも裏が取れている。


 ちなみに、カーセ、アンリ、ダイオンには今回の計画については既に知らせてあり、各地に潜んでいる仲間に連絡をとってもらい、ヴァランス家本邸に戻ってくるように伝えてある。

 なので、彼らが帰って来る頃には粛清を終えておきたい。



 俺はヴァリアス子爵の死体をバラバラにし部屋中にぶちまけた後、屋敷の内部を堂々と歩きヴァリアス子爵の夫人の元に向かった。


 「夫人、粛清は完了しました。常人には見るに堪えない有様になっているので貴女は決して子爵の部屋に近づかないようにしてください」

 夫人はやや青ざめた顔をしているが、冷静に頷いてくれた。

 彼女がここまで冷静なのは現状を予め説明し、子爵が王政府からの粛清対象になったことを教えているからだ。


 「さて、前もって説明したようにこの粛清はあくまで子爵のみを対象としたものであり、貴女やお子さんには一切追及はありません。しかし、領土、爵位、財産は全て没収ということになります。ですので、今現在この屋敷にあるものだけは引き取ってもらって構いません」


 「ええと、つまり私達はこれからどうなるのでしょうか?」


 「基本的に平民となって暮らしてもらうことになります。ですが、先ほど言ったように現在この屋敷にある貴金属や宝石などはお持ちになって結構ですので、普通の平民として暮らすなら50年は暮らせるでしょう」

 夫人の顔に安堵の色が現れた。

「それから、都市手形を発行しておきましたのでこの手形を持っている限り、ヴァランス家領内のどの都市にも市民として住める権利があるので問題はありません」


 「そうですか、ありがとうございます」


 「この屋敷の使用人は基本的にそのまま残って結構です。あと一週間もすれば王政府から代官が派遣される手筈になっていますので、そのまま屋敷の管理を任せることになります。もし信頼できる使用人がいるならば一人か二人は連れて行っても構いません」

 夫人はコクコクと頷く。

 「というわけで、使用人がこの屋敷に残るか去るかは個人の意思次第となりますので、その旨を説明したいので使用人を一度広間に集めていただけますか」


 そして、この屋敷の使用人を全て集めてもらい、事情を全て説明した。


 「そういうことになりますので、この屋敷に残るかどうかは個人の意思に任せます。ただし、子爵夫人とお子さんを襲って宝石などを奪おうなどとした者は、ヴァリアス子爵と同じ目にあっていただきます」

 使用人全員が息を呑んだ、緊張の色が見える。

 「そして、子爵の部屋は現在血まみれになり、死体が散乱しています。精神的ショックを受けたくなければ見ない方が賢明です」

 さらに緊張が強まる。

「明日、エドモント伯の使者が来る予定になっているので彼が第一発見者ということにしてください。部屋の中には血文字で粛清と残してあるので皆さんが疑われることはありませんし、仮に疑われたとしても数日中にはエドモント伯も死ぬので問題はありません」

 大部分が息を呑んだままだが、執事の老人は理解したようだ。後は彼が采配するだろう。

 「それでは私はこれで、今後のことは派遣される代官に聞いてください」

 という言葉を残して俺はヴァリアス子爵の屋敷を後にした。



 ≪終わったのか主殿≫

 屋敷の外で待機していたランドローバルが念話を飛ばしてきた。

 「ああ、ヴァリアス子爵の粛清は完了した。後始末もできる限りしたから特に混乱は起きないと思う」


 ≪我が言うのも変な話だが、これは主殿に関係がないことではないのか、王政府からの指令は粛清することのみだろう≫


 「確かにな、これは俺が勝手にやってること、言ってみればサービス残業なんだが、ただ殺しただけだったら何が起きたのかも分からないだろうしあの奥さんとお子さんも路頭に迷っちゃうからな、そんなのは後味悪すぎるだろう」

 なにより俺の流儀に反する。

 「それに使用人の誰かが主人殺しにさせられるかもしれないし、屋敷の全員が事情を知ってれば疑心暗鬼になって互いを疑いだすことは避けられる」


 ≪ふむ、つまり主殿は苦労症ということか≫


 「なんかそこはかとなく馬鹿にされてる気もするが、まあ要は自分で納得できるかどうかだよ、俺が出来るのはここまで、この後あの人達がどうなるかは自己責任ということで」


 ≪最後は本人次第、そういうことか≫


 「そうさ、事情は全部説明したし、今後についても教えたからな、その後どう動くかは本人次第さ。まあそういうわけで、ランドローバル、次はルブラン子爵だ、出来る限り急いでくれ」


 ≪了解した、主殿≫

 そして俺達は次の粛清対象が住む屋敷に向かう。




6日後、俺は合計25人の貴族を粛清した。

 どの家も大体ヴァリアス子爵家と同じで、主人が王政府から粛清対象に認定されたと知るや否やあっさりと主人の命を差し出した。

 どれだけ人徳が無いかがよく分かる。


 あとは大体同じ手順で、粛清対象はバラバラにして殺した後、使用人には屋敷に残るか去るかを選んでもらった。

 本音を言えば暗殺における『毒錬金』の有用性を試してみたかったのだが、殿下から「できる限り派手に残酷に」という注文がついているので今回は見送ることにした。



 違う点と言えば夫人が主人に負けず劣らず性格が悪いか、普通の人かというところくらいで、ある男爵の夫人なんかはテレビドラマにでも出てきそうな性悪女で、金に汚く態度が非常にムカついたのでとりあえず首を刎ねておいた。

 「心眼」で見たところでは濁りきっていた女だったので碌でも無い奴だとは思ったが、後に使用人に確認したところ、若い娘に嫉妬し、ごろつきを雇って襲わせ強姦させたりしていたらしい。

ついでにその強姦犯の方は家ごとランドローバルの炎のブレスで焼き尽くしておいた。今頃焼け焦げた家の中から焼死体でも発見されているだろう。


 とまあ、粛清自体は順調に進み、残りは二人を残すだけだ。

 一人はエドモント伯、そしてもう一人はアンドレ伯の息子のフランソワ。


 アンドレ伯とは俺の父の末の弟であり、母の浮気相手であった人物で、フランソワとはアンドレ伯と母の間に生まれた子供で俺にとっては異父兄弟となり、三歳年上の人物だ。

 アンドレ伯は浮気相手の浮気相手に決闘を申し込み、完膚無きまでに負けた上に肥料を運んでいた荷馬車にぶつかり糞まみれになり、挙句、マントが馬具に絡まって街中を糞まみれで馬に引きずられていったことが原因で失脚した。

 その後領土は減ったものの一応息子の相続は認められ、2年前、12歳にときに一応伯爵家を継いでいた。


 しかし、若輩であるため親戚会議には出席しておらず、親戚会議における存在は無いも同然となっていた。


 このフランソワは父のアンドレ伯以上にボンクラで、どうしようもないダメ男らしいが、一応兄弟の誼で粛清順番を最後の方にしてやったのだが、未だに自分の危険に気付かず遊び呆けているらしい。

 ここまでくればもう救いようが無い、いっそ早く殺してやるのが慈悲かと考え俺はフランソワが住む屋敷へ向かった。




 屋敷を外から見渡すとどうも寂れた印象を受ける、まともに管理されてるようには見えない。

 そこで、〝不可視のマント″を被って潜入してみたのだが、そこでは昼だというのに酒宴が開かれ、おそらく執事と思われる人物を中心に使用人達が飲んで騒いでいた。

 テーブルの上に載っている料理も高級品が多く、非常に贅沢な内容になっている。

 つまり、領地の収益を全部自分達の娯楽に使い潰しているわけだ。


 しかし、フランソワと思われる人物が見当たらないので屋敷中を探してみると、離れから麻薬の成分を含んだ酒の香りが漂ってきていた。

 俺は離れの扉を蹴破って中に入った。


 「な、何だお前は、誰の許しが僕の楽園に入ってきた!」

 見ると太った裸の小男が裸の女を抱いていた。

 しかし女の目に光が無い、どう見ても死んでいる。


 「この僕が聞いているんだぞ!早く答えろ!!」

 目の前の豚以下の生命体が何か吠えているが俺は気にせず言った。

 「お前、ここで何をしている?」


 「聞いているのは僕だ!!いいから質問にゲブゥ!!」

 やかましいのでとりあえず顔面に蹴りを入れておいた。


 「き、貴様、僕にこんなことしてただで済むとゲブゥ!!」

 ガス! ゴス! ガス!

 まだうるさいので5、6発蹴りを入れたら大人しくなった。

 「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ゆるじで・・」


 俺はこのつぶれた豚のような顔をする小男を見下しながら告げた。


 「それで、お前はここで何をやっている?」


 「に、人形で遊んでいます」


 「人形? 人形というのはそれのことか、なぜそんなもので遊ぶ」

 かつては生きていた少女、その死体に「固定化」をかけている。このクズはそれを人形と呼んでいる。


 「だって、人間の女は抵抗するし、わめくし、とにかく暴れるんです。だから人形なら泣き叫ばないし飽きたら簡単に捨てられるし」


 「そうか、それで、お前は屋敷の使用人達がなにをやっているか知っているのか?」


 「知りませんよそんなこと、僕にはこの楽園さえあればそれでいいんです。厭なことはないし、おいしい食べ物は出てくるし、酒のあるし、いくらでも新しい人形は来るし、外のことなんか知る必要はありません」


 「そうか」

 俺はゆっくりと近づきながら『ブレイド』を発動させる。

 ちなみに俺は1メイル近くある鉄製の杖と、30サント程度の木製の杖を常時携帯している。

 鉄製の杖は斧が相手でもまともに打ち合うことが可能で、殴るだけで簡単に人間を殺せる凶器であり、接近戦用の武器として使える。


 木製の杖は普段魔法を使う時に使用する。

 鉄製の杖でも魔法は使えるが精神力の通りはこっちのほうがいい。


 だが、この二つは囮であり、本命は腕の骨の杖だ。

 自分の肉体の一部なので、精神力の通りやすさは他とは比較にならず正に最強の杖といえる。

 しかし、普段はあえてそれを使わず、普通の杖を使うことで魔法の上達を図っている。


 ゆえにここでは30サントの木製の杖を使用し、その延長上に風の刃を発動させる。


 「お前のような奴が存在し俺と同じ血が流れていると思うだけで虫唾が走る。死ね」


 「えっ」

 ズバッ

 ブシュアァーーー

 ドサッ

 ゴロゴロ

 グシャ
 
 ヴァリアス子爵のときと同じ効果音、当然やったことも同じ。

 ちなみに、返り血が俺にかからないように左手に持った杖で唱えた風のドットスペル『気流(エア)』で血を逸らしている。

 二つの魔法を同時発動するのは難しいが、同じ属性ならばトライアングルやスクウェアの魔法を使うよう要領で同時に放つこともできる。

 『ブレイド』などは一度唱えれば後は維持にそれほど意識を割かないですむので他の魔法との併用がやりやすい。


 そして、離れから出た俺は屋敷に戻り、全ての窓や扉が閉じられているのを確認してから『錬金』を唱える。

 錬成するのはガス、致死量を遙かに上回る量の即効性の毒ガスを錬成し、屋敷中に蔓延させ、俺はさっさと上空に『フライ』で逃げる。


 「ランドローバル、頼む、お前の炎のブレスでこの屋敷を離れもろとも焼き尽くしてくれ」


 ≪それは構わんが、よいのか?≫


 「ああ、この屋敷はあってはならない退廃の都の小型版だ。こんなものは焼き尽くすに限る」


 ≪承知した≫


 そして、ランドローバルの炎が屋敷を焼き尽くしていく、屋敷内部の人間は毒ガスによって既に全滅しているから逃げ出す者もいない。


 「よし、ここにはもう用は無い、最後の目的地へ向かうぞ」


 ≪主殿の仇か、しかし、危険を察して逃げているのではないか?≫


 「ああ、だが既に潜伏先は突き止めてある、奴の別邸だ。屋敷から逃げる際行き先は誰にも告げなかったそうだが、それで逃げたつもりなんだから笑える話だ」


 ≪それをどうやって突き止めたのだ≫


 「何、身代りに殺されることを恐れた屋敷の使用人が密かに奴を尾行していた。そして奴が逃げ込んだ先を俺に知らせてくれた。ただそれだけのことさ」


 ≪なるほど、全ては人徳のなさ、ということか≫


 「そういうことだ、さあ行こう、これで粛清も最後だ」


 そして俺達は奴が潜む別邸へと出発した。








追記  8/31一部修正
 




[12372] ガリアの影  第十六話   復讐
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 
 夜7時。

 俺はエドモント伯が逃げ込んだ別邸の上空でランドローバルを停止させた。


 ≪それで、どうするのだ主殿、いつもと同じように使用人の説得にいくのか≫


 「いや、ここだけはそういうわけにはいかない、これは北花壇騎士としての任務ではなく俺の個人的な復讐だ。だからこそ任務などという下らない免罪符はいらない、全ては俺自身の手で行う」


 ≪では、我はここで待機しておればよいのだな≫


 「ああ、事が終わったら『フライ』で上がってくるから待機していてくれ」


 俺は仮面を着け、ランドローバルの背から飛び降りた。








第十六話   復讐








 俺は〝不可視のマント″で姿を隠しつつ屋敷を注意深く観察する。

 どうやらエドモント伯は自分がここを訪れているという事実そのものを隠すつもりらしく、特に警備は見当たらない。

 主人が不在の別邸に警備を置く訳は無く、もし警備がいたら主人が滞在していると教えているようなものだ。


 俺は『サイレント』を使用し、自分の周囲の音が外部に聞こえないようにする。

 犬や幻獣が警戒にあたっていないならばこれだけで十分忍び込むことができる。

 しかし、まだ約束の時間になっていないため、俺はその状態でしばらく待機する。


 

 ハルケギニアの月は二つある上に地球のより大きいので、地球に比べ夜でもかなり明るい。

 なので、時計がなくても月の位置から時刻を読み取ることは造作もない。

 都市部では朝6時から夜9時まで30分おきに鐘が鳴らされるが、農村部では太陽の位置と月の位置のみが時刻を知る方法になる。

 魔法で動く時計も存在するが自動で永続的に動くものは貴族しか買えない高級品になるため、普及はしていない。


 俺は太陽と月の位置だけで正確に時刻が分かるので時計は普段持ち歩かない。

 なぜなら時計はデリケートで壊れやすいからだ。




 そしておよそ数十分後、上空の月の位置から時間を測っていた俺は約束の時間が来たのを確認し、屋敷の中に潜入を開始する。



 別邸に仕える使用人は絶対数が少ないので一人当たりの労働時間が長いためか、既にほとんどが自室で休んでいるようだ。

 俺はほとんど誰ともすれ違うことなく、奴の部屋を探して歩く。



 コツ、コツ、コツ、コツ、

 廊下を歩く音が響いているがそれが聞こえるのは本人のみ、『サイレント』を自分の周囲に張り巡らせているのでその音を他人が拾うことは不可能である。

 全身を覆うように〝不可視のマント″を纏っているため、他人に姿を見られることもない。

 そして、ある扉の前にたどり着く。


 3年間。


 ここにたどり着くために要した年月。

 その間にも様々なことが起こり、様々な陰謀を張り巡らし、ガリア内部の勢力バランスを一変させる計画さえ発動させた。

 そして今ここにいる。

 全ては我が復讐を果たさんがために。


 「ラナ・デル・ウィンデ」


 『エア・ハンマー』を唱え俺は扉をぶち破った。


 標的はどうやら机に向って書きものでもしていたようで、突然の轟音に慌てて振り返る。

 俺は標的に次の魔法をぶつける。

 『ウィンド・ブレイク』

 風の塊の一撃によって標的は吹き飛び壁に叩きつけられた。


 「かはっ」

 どうやら呻いているようだが構わず話しかける。


 「その状態ではまともに叫べないかもしれませんが、叫んでも無駄ですよ、既に屋敷は制圧しておりますので」


 「き、貴様何者だ!なぜ私を狙う!」


 「相変わらずの愚鈍ぶりですね、現在のヴァランス家に巻き起こっている粛清の嵐を考えれば答えは一つしかないでしょうに、ああ、あと俺の正体が分からないのは無理ないかもしれませんね、仮面を外すのを忘れてましたから」

 俺はゆっくりとした動作で仮面を外す。


 「お、お前は! お前はハインツ!!」


 「久しぶりですね叔父上、こうして会うのは一年ぶりくらいですか」


 「なぜ、なぜお前がここにいる!?」


 「はあ、どうしてこう貴方は頭の回転が遅いのでしょうかね、まあ、貴方が覚えている俺は頭の悪い未熟児のようなものでしょうから、仕方ないのかもしれませんが」

 俺は近づいてとりあえず蹴りを入れる。

 「グハッ」

 
 「いいですか、その空っぽの頭を使って少しは考えてみなさい、貴方が殺した俺の父リュドウィックはどんな人物でしたか? その息子たる俺が貴方のように愚鈍な馬鹿の訳が無いでしょう」

 さらに蹴りを加える。

 「ガハッ」


 「ふむ、フランソワの豚に比べれば少しはましなようだ。蹴られた程度では命乞いをしないのだから最低減の貴族の意地程度はあるようですね」


 「な、なぜ、なぜそこでフランソワの名前が出てくる?」


 「おや、少しは洞察力というものがありましたか、その答えは簡単です。フランソワを殺したのは俺だからですよ」


 「お前が!?」


 「ええ、フランソワだけではありません。貴方の片腕であったヴァリアス子爵に始まり、ルブラン子爵、ボラキオ男爵、ヘリケーナス子爵、ルシオ男爵」
 
 俺は頭の中の粛清名簿を捲りながら言う。

 「母の兄であり一時は貴方と俺の後見人の座を争ったファビオ伯爵、その息子のヴィクトル、ロシリオン男爵、オズリック男爵、ギャラス男爵、グロスター子爵、ティボルト男爵」

 そのすべての名前の横に(済)マークが書かれている。

 「同じく俺の後見人の座を狙い父と貴方の弟であるアンドレ伯爵、その息子であり俺の異父兄弟でもあるフランソワ、クローディオ子爵、カーティス男爵、ジェロルド男爵、デュメーン男爵」

 脳内名簿に(済)マークが書かれていないのは後一人。

 「完全な爵位こそ持っていませんが、準男爵であり領地や財力ならば男爵家や子爵家と肩を並べるエルナハト、ハイメン、バルト、フォード、フロス、リナルド」

 俺が一番殺したい、いや個人的に俺が殺したかったのはこの一人

 「そして、貴方の長男であるジャン、次男であるジョルジュ」

 貴様だけだ


「粛清された貴族たちが全て同じ殺され方なのは知っているでしょう、それらは悉く俺が首を刎ね、その死体をバラバラにしたのですよ」


 この言葉を聞いてエドモント伯の顔が蒼白になった。

 息子や弟の仇などと思う前に自分がこれからたどる末路を想像したからだろう。


 「そして貴方でヴァランスの分家は絶える。まあ、一族郎党死刑というやつですか、ですが安心してください、女性や小さい子供には基本的に危害は加えてませんので」


 「危害を加えていない?」


 「ええ、正確には各家の当主が家族と使用人に切り捨てられた。と言ったほうが良いのかも知れません」

 これもまた自業自得のひとつだろう。

 「まずその家の当主が王政府の粛清対象になったことを知らせ、当主の首を黙って差し出し家族が爵位と領地を捨てて平民となることを了承すれば殺さない。という取引を持ちかけたんですよ、当然、今現在屋敷にある財産は自由にしていいという条件付きで」

 率先して「自分たちにもやらせてくれ」と言った使用人までいたところもあった。


 「まあ、その結果主人を庇う使用人は誰一人としておらず、夫人も全員夫を見捨てる道を選びました。逆に感謝された場合も幾つかありましたよ、まあ、夫婦揃って悪事を働いていた場合は両方殺しましたが」

 使用人もグルの場合は相応の罰を与えた。


 「つまり、今の俺は王政府が差し向けた処刑人、北花壇騎士4号ロキ、という訳なんですよ」

 エドモント伯は青ざめた表情のまま地面に這いつくばっている。

 もはや反抗する気力は微塵もないということだろう。


 「ですが、貴方だけは別だ」

 俺は殺意をこめて告げる。

 「貴方は俺にとって粛清対象ではなく復讐対象、貴方はドル爺の仇だ、だから殺す、ただそれだけのことですよ」

 そして俺は『ブレイド』を発動させる。


 「待っ、待て!待ってくれ!! ドルフェを殺したのは私じゃない、私じゃない!!」


 「ええ、分かっています。貴方は実行犯ではない、貴方は依頼しただけ、そうですね」


 「そ、そうだ、その通りだ!」

 ここであえて口調を変える。

 「では取引と行こうか、正直俺は貴様などどうでもいい、ドル爺を殺した実行犯こそを殺したいと思っている。だからドル爺を殺した者のことを残らず吐け、経歴、実力、連絡方法、知っていること全てだ」

 声に込める殺意を強めて告げる。


 「わ、解った。そいつはピエール・ブロワという傭兵で、け、経歴は私にも分からんが、当時は“火炎砲”という二つ名を持っていた火のトライアングルメイジだ」


 「当時は、ということは、今は違う?」


 「あっ、ああ、ドッ、ドルフェを暗殺した際に左腕を失ったそうでそれ以来は“隻炎”の二つ名で呼ばれているそうだ、と、とにかく強大な火力で焼き尽くすことを得意としているらしい」

 どもりながらだが真実を話してはいるようだ。


 「それで、そいつと連絡を取る、もしくはそいつと会う方法はあるのか?」


 「あ、ある。 ラ・クロットの街にある“光の恵み亭”という場所にそいつ専門の連絡係がいる。そいつを通して仕事を依頼するんだ。金さえ出せば大抵のことを引き受ける」


 「なるほど」

 俺が事前に得ていた内容と一致する。

 やはり“隻炎のピエール”こそがドル爺の仇で間違いないようだ。


 「御苦労、たった今を持って俺の復讐対象はそいつになった、だからお前にはもう用は無い」


 「そ、そうか」

 エドモント伯の顔が安堵したように緩む。


 「だが、それはあくまで俺個人、ハインツの復讐対象としての話であって、北花壇騎士4号ロキとしてお前を粛清しなければならないということに変わりは無い」


 「え? ひっ、ひい!!」


 「さて、何か言い遺すことはあるかな?」


 「やっ、約束が違う! 見逃してくれると!!」


 「だからそれは俺個人の復讐対象としての話だ。それとも何だ?王政府に対する交渉材料がお前の手元にあるのなら取引のしようもあるが?」


 「わっ、私の領土と爵位を」


 「それはもう没収されることが決定している」


 「ヴァ、ヴァランス家の当主代行としての地位を」


 「それももうお前のものではない、現在のヴァランス家当主はジョゼフ殿下だ」


 「で、では次期当主の後見人としての立場」


 「それもジョゼフ殿下の立場だ。それ以前にお前は間抜けの象徴か?その次期当主は目の前にいるだろうが」


 「あ、あとは・・・」

 俺はゆっくりと『ブレイド』がかかった杖を掲げながら言う。


 「理解したか、もうお前の存在価値は何も無いということだ。いや、元々無かったものがヴァランス家当主の家に生まれたことで余分なものが付いていた。それだけのことだ」


 「ひ、ひい! 助けて! 助けてくれ!!」


 「最後に送る言葉は一つだけですよ、叔父上」




 「死ね」



 サッカーボール大の物体が放物線を描きながら落下し床に転がる。


 『ブレイド』で作られた真空の刃は質量がない故に、エドモント伯の体を簡単に切り裂いた。




 「我が復讐は此処に成就せり、か」


 俺はしばし目を閉じて黙考する。


 「しかし、復讐というものは終わったとき何も残らないというのは本当なんだな、あれほど猛り狂っていた復讐の炎が跡形もなく消えた、まるで心が空洞になったようだ」

 そして俺は目を開け、自分に確認するように続ける。


 「だが、空洞になったのならまた埋めればいいだけのこと、幸い俺にはやることはたくさんあるし、やりたいことはもっとたくさんある」

 そうだ、俺は走り続けるのだ、どこまでも。


「ならば、立ち止まってる暇などない、寄り道はこれで済んだのだから、後はやりたいことをやるだけ、か」


 俺自身の心の整理をつけるために、もうしばらく黙考を続けたが、やがて声がかけられた。


 「ハインツ様、終わったのですか?」


 振り返るとカーセがそこにいた。


 「ああ、こちらは終わった。屋敷の使用人の制圧は済んだか?」


 「ええ、全て完了しました」


 すると、ダイオンがやってきた。


 「おお、坊主じゃねえか、久しぶりだなぁ」


 「久しぶりダイオン、もう坊主とは呼べないんじゃなかったかな?」


 「はは、そういやそうだったな、何しろ爺さんの葬式以来だからよ、俺も細かいことは覚えちゃいねえんだよ」

 そう言うダイオンは薙刀に近い巨大な武器を持っている。


 「ところで、殺してはいないよね?」


 「応よ、こいつは脅しに使っただけさ、一応俺の本業は料理人だからな、人間なんて切らねえに越したことはねえ」

 すると今度はアンリがやってきた。

 「ハインツ様、お久しぶりです。ご無事な姿が拝見できて安心致しました」


 「久しぶりアンリ、君の使い魔のイアロスはとても役に立ってくれたよ、今日のことにしても彼の活躍なしには実行できなかった」


 「ありがとうございます。ところで、屋敷の制圧は既に終えました。あとは王政府から代官が派遣されればヴァランス領の全てが王政府の管轄下に置かれます」


 「御苦労さま、他の皆は既に本邸に向かっているんだったかな?」


 「はい、皆、古巣に帰れると喜んでおりました。やはり、我らが帰る場所はあの屋敷以外にはありませんから」


 「そう言ってくれるとうれしいな、ドル爺もきっと喜んでくれるだろう。じゃあ、後の始末はアンリに任せる。本邸の管理の方も執事として頼む」


 「はっ、お任せください」


 「それじゃあ二人共、俺とカーセはまだやることがあるから、後のことは任せた。カーセ、行くぞ」


 「はい」

 俺とカーセは『フライ』を唱えて上空で待機しているランドローバルの元に向かう。





 「ハインツ様、ハインツ様は竜を召喚したんですよね」


 「ああ、無色の竜のランドローバルだ、カーセが会うのは初めてになるな」

 カーセと話しながら上昇していたらランドローバルが下降してきた。


 ≪以外と早かったな主殿、そちらの女性が主殿が言っていた使用人か≫


 「ああそうだ、と言ってもお前の言葉が通じるのは俺だけだからカーセにとってはさっぱりだろうな」


 ≪こればかりは仕方あるまい、念話のルーンは主殿と意思疎通を行うためだけのルーンなのだからな≫


 「ハインツ様はこの竜と意思を交わすことができるのですね」


 「ああ、ルーンのおかげでな、俺とランドローバルの間だけに念話ができる。だけど、ランドローバルは人間の言葉を理解できるからランドローバルの言葉を俺が通訳すれば一応誰でも会話はできるな」


 ≪それで主殿、次はどこへ向かうのだ≫


 「そうだった、ランドローバル、ラ・クロットの街に向かってくれ、場所は分かるな」


 ≪承知≫


 「ハインツ様、ラ・クロットの街と言えば確か人口二万ほどの鉱山都市でしたか?」


 「ああ、カーセはしばらくグルノーブルにいたんだったか」


 「はい、しばらく離れておりましたので、各都市の名前と位置程度は記憶しておりますが細かい特徴になると少々怪しくなりまして」


 「そうか、ラ・クロットの街の街は人口約一万八千、主要産物は銅と鉄、ここの銅は質がいいからド二エ銅貨の原料に使われてる。鉄の方は大砲や銃などの兵器の原料になるな。まあ、加工されるのはマルティニーク地方の工業都市かイル=ド=ガリアだけどな」


 マルティニーク地方とはヴァランス領があるノール=ド=カレー地方の北にある『鋼の街グルノーブル』を中心とする大工業地帯

イル=ド=ガリアとは『首都リュティス』を中心とするガリア中央府のことである。


 「そうでしたか、つまりその街に仇がいるのですね」


 「ああ、奴の証言で裏は取れた、『隻炎のピエール』それがドル爺の仇だ。カーセ、聞いたことはあるか」


 「『隻炎』ですか、確かに聞いたことはあります。私もここ3年ほどは傭兵稼業を営んでましたから」


 「傭兵か、随分危険な真似をしてきたんだな、3年前と言えばカーセはまだ18歳だろう」

 9歳で『影の騎士』としての活動をしていた俺が言えたセリフではないがここは一般論を言っておく。


 「確かに18歳の女が一人で傭兵になるというのは危険だったかもしれません、ですが、今日のためには必要なことであったと思います。それに、他の皆も似たようなことをしていましたから」


 「やれやれ、危険好きなのは皆変わらずか、だけどカーセ、相手は名の通ったトライアングルメイジだ、実際、君一人で勝算はあるのか」

 俺のこの言葉にカーセはしばらく黙っていたが、やがて告げた。


 「正直、かなり厳しいとは思います、精神力の容量や運用効率では劣るつもりはありませんが、最大出力では太刀打ちできないでしょう。ですが、接近戦に持ち込めれば話は別です、私の二つ名は“炎刃”、火属性の『ブレイド』による近接戦闘が私のスタイルです」

 接近戦か、カーセの気性ならそうだろうな。

「対して相手は“隻炎”、元の二つ名が“火炎砲”だったことからも遠距離戦を得意としていると考えられます、ですので、私でも十分勝機はあるかと」

カーセの位階は「ライン」、これは血筋によって限界が決まるのでどうにもならない。

精神力の容量と運用効率に関しては位階に関わらず鍛えることも可能だが、ラインメイジにはトライアングルスペルが使用できないため最大出力でどうしても劣ってしまう。

 違う属性ならば工夫次第でどうにでもなるが、同じ属性同士がぶつかる場合この差はかなり大きくなってくる。


 「しかしカーセ、それでも不利は否めないだろう。それに敵は百戦錬磨、戦ってきた経歴ではカーセを大きく上回る、仮に同じ位階だとしても勝てるかどうかは難しいところだ」

 この言葉にカーセはまたしばらく沈黙していたが、やがて言った。


 「確かに水のスクウェアメイジであるハインツ様ならば簡単に勝てる相手かもしれません、ですが、この戦いだけは私自身の手で決着を付けたい、ドルフェ・レングラントの仇は私の手で討ちたいんです」


 「そうか、それなら俺は一切手を出さない、それは誓おう、だが、別の形で手伝うことは出来る」

 そう言って俺は注射器とある薬品を取り出す。


 「それは一体なんですか?」

 カーセが不思議そうに訊いてくる。


 「これは“ヒュドラ”といってな、ランドローバルの血液を希釈した液に各種の向精神物質を合成したもので、これを体内に投与すると脳が凄い速度で活性化と沈静化を繰り返す。つまり、興奮剤と鎮静剤を交互に投与したような状態を圧縮するようなものだ」

 製作に苦労したが、現段階で俺が作った最高傑作の薬だ。

 「魔法というのは精神状態にかなり左右される、強い怒りや憎しみといった興奮状態では魔法の威力は増加し、ワンランク上の魔法すら放てることもあると聞く、逆に睡眠時のような沈静状態では精神力の回復がかなり早まる」

 宿屋に泊まるとMPが回復するのがファンタジーの王道、この世界はそれを地でいく世界だ。

 「この二つの状態を脳内で繰り返すと興奮状態でありながら沈静状態、つまり“静的な興奮”となる。この状態では魔法の威力が上昇し、沈静状態でもあるため精神力の回復も異常に速くなるわけだ」


 「はあ」

 カーセは曖昧な返事をする、どうやら説明が難しすぎたようだ。


 「まあ、簡単にいうと魔法の威力が上がり容量も増える、つまり位階が一つ上がるわけだ」


 「では、その薬を飲めばラインメイジはトライアングルに、トライアングルメイジはスクウェアになれる。ということですか?」


 「そうだ、脳の思考速度が上昇するから状況判断力や反射神経なども一時的に強化される。それに五感は全て強化されるし筋力も強化される。これは筋力増強剤なども混ぜてる結果だな」

 そういう効果のある秘薬はこの世界にもあるが、肉弾戦が重視されない世界なので、流通量は少ないし、効果も小さい。

 「つまり一種の超人薬といえるわけで、効果も個人差はあるだろうがおよそ六時間程度は保つはずだ。しかし、当然副作用もある。脳を限界以上に酷使するわけだから薬が切れた時にその負担が一気に襲ってくる」

 ちなみに実験試薬は完成品より副作用が強かった。軽く地獄を味わった。


 「まあ、脳に負担が集中するから痛みを感じる前に意識を失うのが救いと言えば救いだな、その後目覚めたら頭痛と倦怠感と全身の麻痺と筋肉痛に悩まされるだろうし、三日間ぐらいはとても魔法は使えないだろう」


 「ハインツ様は使用したことはあるのですか?」


 「ああ、俺が作った薬だからな、当然自分を実験台にしたわけだが俺の身体はどうも信用なくてな、7歳ぐらいからあらゆる薬や毒の実験台にしているおかげか様々な毒の耐性がついていてな、一応数十回は試して安全性は確認したが副作用がどの程度になるかはかなり個人差があると思う」

 ちなみに俺の体が同年代より並外れて大きいのは、各種人体実験(自分への)の賜物である。


 「そんなに使用して大丈夫なのですか?」


 「正直お勧めはしないな、多分体の器官のどこかが損傷を受けてるだろうから、出来る限り使わないに越したことはないだろう」


 実際、既に影響は出始めている。

 俺は内臓器官や骨格などへの負担を最小限にしているので、代わりにダメージが集中する器官がある。

 つまり、一つの器官をあえて犠牲にすることで、他の器官を生かしているわけだ。


 その器官が生殖器官、成長に必要な男性ホルモンを分泌する機能などは防護しているが、生殖機能や性的欲求を司る脳の部分は既に壊滅状態だ。

 水の秘薬でも治らない。まあ、流通している秘薬より強力なマジックアイテムであれば治るかもしれないが、今のところは治す気は無い。

 その辺は既に前世で十二分に役割を果たしたので、現状、今世においては特に必要ないと割り切っている。


 「だが、カーセが“隻炎”に挑むならこれを使うべきだろう。そうすればカーセもトライアングルになるから互角の戦いが可能になるはずだ」

 カーセは“ヒュドラ”を受け取ってしばらくそれを見つめていたが、やがて言った。

 「分かりました、使わせていただきます」


 「そうか、ただ、言っておくけどそれは飲むものではないからな」


 「え、そうなんですか?」


 「ああ、これは注射器になっていてな、腕に押し付けるだけで針が出てきて体内に薬品を流し込む、その際にちゃんと血管に刺すようにしてくれ」


 「わかりました、腕の血管に押し付ければいいんですね」


 「まあ簡単に言うとそうなるな、あと、もう一つ秘策がある。それはだな・・・」


 そうして俺とカーセは戦う時の戦術を綿密に練りながらラ・クロットの街へ向かった。






追記 8/31 一部修正



[12372] ガリアの影  第十七話   決闘
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 
 エドモント伯の別荘から目的地であるラ・クロットの街まではおよそ80リーグ離れている。

 ランドローバルの飛行速度は最速で時速250リーグが可能で、遠距離飛行ならば時速50リーグで8時間飛び続けることも可能だ。

 ただ、今回はそんなに急いでも意味は無い上、ここのところランドローバルには飛び回ってもらい続けていたので、ここは軽く流す感じで飛んでもらった。






第十七話   決闘








 ランドローバルにはそれほど急がずに飛んでもらった結果が時速25km、こちらの単位では時速25リーグほどのスピードでおよそ3時間かけてラ・クロットの街に到着した。

 ラ・クロットの街は鉱山都市であり、夜になっても坑道内部は変化がないため鉱員はおよそ8時間ずつの3交代制で休むことなく掘り続けている。

 結果、農村部の中心として存在する都市と異なり、夜になっても街の三分の一は機能し続けている。


 時刻は既に深夜12時を過ぎているが、傭兵を専門に相手する店などは夜に開いて朝方5時ごろに閉じるのが普通だから、今はちょうど店盛りといった時間帯だ。


 カーセはいかにも傭兵といった身なりであり、俺は暗殺者らしい暗くて目立たず中に色々仕込めそうな格好をしているので浮くどころか完全に周囲に溶け込んでいる。
 

 しかし、それは格好のみで、カーセは見た目19歳くらいの身長170サント(実年齢21歳)

俺は見た目17歳くらいの身長175サント(実年齢11歳、肉体改造万歳)なので、場違いなのは否めないところだ。

 実際、奇異の目で俺達を見てくる輩は多いが、特に何かしてくるわけでもない、恐らく今の俺達が発している雰囲気を敏感に感じ取っているのだろう。

 俺達はこれから“隻炎のピエール”を殺しに行くのだ、そんな俺達はかなり近寄りがたいオーラを発しているはずだ。


 そうして歩いていると目的の建物を発見した。

 “光の恵み亭”

 ここに“隻炎のピエール”の仲介人がいるらしい、運が良ければ本人がいる場合もあるだろう。

 俺達は無言で中に入った。
 


 “光の恵み亭”の内部は広く、そして席のほとんどが埋まっている、どうやらかなり繁盛しているようだ。


 俺は手っ取り早く済ませるため、金貨が詰まった袋をカウンターに置くと共に店主に切り出す。

 「マスター、“隻炎”に依頼したい仕事があるんだが、どいつに聞けばいいのかな?」


 店主は俺が置いた金貨の量を見てあっさりと店の奥に座る男を示した。


 「ありがとよ」

 そう言って10エキュー程度をカウンターに残し、俺とカーセはその男の元に向かう。


 俺とカーセがその男の元に向かうと、男の方から口を開いてきた。


 「あんたら、“隻炎”に依頼があるんだってな」

 俺と店主のやり取りを聞いていたのだろう、その耳の良さから察するにおそらく風のトライアングルメイジだ。


 「ああ、正確にいうと依頼があるのは俺じゃなくこっちのお嬢さんだ、俺はお嬢さんをあんたのところに連れてくるまでが仕事でね」

 俺はそう言ってその場を離れ店から出る。


 そして近くの建物の陰で〝不可視のマント″を被り、上空500メイルで待機中のランドローバルとの視覚共有を開始する。


 これは俺とカーセの間で事前に決めておいたことであり、俺は陰からカーセを監視し、敵が複数いてカーセを背後から襲おうとした場合などに対処することになっている。


 しばらくするとカーセが一人で出てきてどこかに向かい、俺は片目をランドローバルと共有しながらその後を追った。


 およそ30分ほど歩くと、カーセは坑道の入り口近くにたどり着いた。

 この坑道はおそらくもう使用されておらず、あたりには瓦礫や折れたスコップやツルハシなどが散らばっている。

 なるほど、人通りもなく、街から離れてもいないここは傭兵と依頼人の待ち合わせ場所としては最適といえる。


 そこでさらに20分近く待っていると、一人の男が現れた。

 男の身長は170程度、顔はおよそ40代、格好は一般的な傭兵と言っていい、おそらく皮製のジャケットに厚手の服、日本風に言うなら登山用の装備か、洞窟探検用の服装というところだ。

 ただ、平民の傭兵と違うところはマントを着けているところだ。

 このハルケギニアでは傭兵であっても魔法を使える者はマントを着けることが多い、なぜならマントを着けていることは魔法を使えることと同義、つまり、厄介事を回避できると同時に割のいい仕事にありつきやすくなるからだ。

 しかし、この男はさらに違う部分がある。

 左腕が無い。

 左の二の腕から先が存在していないのだ。


 ハルケギニアには魔法で動く義手も存在しているが非常に高価でありとても傭兵が買える値段ではない。

 最低でも子爵以上の封建貴族でなければ手に入れるのは不可能だろう。


 俺は風のドットスペル『遠聴』を用い、遠くの会話を聞きとる。


 「よう、お嬢ちゃんが今回の依頼人かい?」


 「ええ、私が今回の依頼人です」


 「そりゃあ良かった、じゃあ、とっとと依頼内容を話してくれねえかな」


 「はい、貴方の命を頂きたいのです」

 男の方が沈黙する。

 二人は現在7,8メイルの距離を置いて対峙しているが、男が一歩下がる。


 「ふむ、命を狙われる覚えがないわけじゃねえが、よければその理由とやらを教えてはもらえねえか?」


 「それでは、“隻炎のピエール”、貴方は“疾風のドルフェ”という人物を覚えていますか?」


 ピエールの表情が強張る、どうやらその名前に強い思い入れがあるようだ。


 「ああ、忘れられるわけがねえよ、俺の左腕を奪った化け物みてえな爺さんだ、おかげで俺は“火炎砲”から“隻炎”に二つ名を変える羽目になったからな、その爺さんがどうかしたのかい」


 「その人物の名をドルフェ・レングラントといい、私の名前はカーセ・レングラントといいます」


 カーセは変わらず無表情、それを聞いたピエールは笑みを浮かべている。


 「なるほど、つまり嬢ちゃんはあの爺さんの孫って訳かい」


 「ええ、貴方はただ依頼を実行しただけなのでしょうが、貴方が私の祖父を殺した事実は変わりません。我が祖父の仇、討たせていただきます」


 「かわいいお嬢ちゃんのお願いなら聞いてやりたいのは山々だが、その願いは聞けねえな、いいぜ、かかってきな、世の中の広さって奴を教えてやるよ!」


 ピエールは『フライ』を唱え一気に十数メイル後退する。魔法の発動と判断が速い、やはり実践慣れしている、加えて距離をとったことからも遠距離戦を得意としているのも確実だろう。


 ピエールの杖の先から巨大な炎の球が発生する。

 『炎球(フレイムボール)』

 「火」・「火」・「火」の三乗で作られたであろう大きさだが、アドルフの「炎球」に比べれば少々劣る。

 これはピエールが弱いのではなくアドルフが異常なだけだろう。


 ゴウッ

 「炎球」はカーセ目掛けて飛んでいく、これにはホーミング機能が付いているので避けることには意味がない、まあ、「炎球」を操るのも精神力を使うので無意味ではないが危険が大き過ぎる。

 カーセもまた「炎球」を作り出して迎撃するが、大きさと輝度でピエールの「炎球」に劣る。

 やはり「ライン」のカーセでは出力でピエールには敵わない。


 競り勝ったピエールの「炎球」がカーセに迫り、直前で爆発する、カーセの身体は5メイル近く吹き飛ぶ。

 が、これは演技だ、カーセは爆発の瞬間自分で後方に飛びダメージを最小限にしていた。

 しかし爆発の陰になり、ピエールにはそれは分からない。


 「おおいどうした嬢ちゃんよ、まだまだ序の口だぜ、そんなもんじゃ俺は殺せねえぞ」

 軽口を飛ばしながらも警戒は緩めていない、そこらの二流三流とは格が違う。

 しかし、これがアドルフやフェルディナンだったら爆発と同時に『フライ』で飛び込み、『ブレイド』でカーセを一刀両断にしている。


 そして、地面に蹲るカーセは何かをやっている、おそらく“ヒュドラ”を打っているのだろう。


 「では私、“炎刃のカーセ”もここからは全力でいかせていただきます」

 そういうとカーセは『フライ』で一気に間合いを詰める。

 速い、“ヒュドラ”によってトライアングルになったカーセは先程とは完全に別人だ。


 それに対してピエールは数十もの『炎の矢』で迎撃するが、カーセはその全てを『ブレイド』で迎撃していく、“ヒュドラ”によって反射神経と動体視力が極限まで上がっているからこそ可能な技だ。


 「ちいっ」

 ピエール魔法を変え『炎壁(ファイヤー・ウォール)』を発動させるが、カーセの『ブレイド』はさらに巨大化し、『炎壁』ごと切り裂く。


 「くっ」

 しかし咄嗟にバックステップでかわしたらしく、次のスペルを唱える。

 「ラナ・デル・ウィンデ」

 『エア・ハンマー』、空気の塊が打ち出されカーセを吹き飛ばすが、カーセは吹き飛ばされながらも体制を立て直して身構え、再び飛び込もうとする。

 やはり隻腕であるピエールは接近戦を苦手にしているようで、間合いを詰めて戦えばカーセが有利になる。


 しかし、カーセは立ち止まりルーンの詠唱を始める。


 その原因はあれだ、ピエールの周囲に魔力がほとばしっておりどんどん輝きをましていく、トライアングルスペルの中でも高等魔法、「火」・「火」・「風」で生み出す『炎嵐(ファイヤー・ストーム)』。


 長期戦は不利と考え一気に勝負を決めるつもりだろう。

 だがこれは非常に良い選択だ、カーセは接近戦を得意とするが、『ブレイド』では『ファイヤー・ストーム』は切り裂けない、なぜなら『アイス・ストーム』と違って酸素を燃やし続けるので近づくと窒息してしまう。


 故に、カーセは接近戦をあきらめ迎撃に全ての魔力を注ぐつもりだ。しかし相手は“火炎砲のピエール”、『ファイヤー・ストーム』に指向性を持たせて放つこともできるのだろうし、実際この魔法で俺の両親を馬車ごと焼き尽くしている。


 「燃え尽きな!!」

 怒号とともにピエールが『ファイヤー・ストーム』を放つ。

 それはまさしく“火炎砲”。

 極大の炎が線状となってカーセに向かって進んでいく。


 それに対してカーセが放つのは『炎球(フレイムボール)』。

 どうやら操作性どころか手元から離す機能すら排除し、純粋な炎の塊を作り出してそのまま盾にするつもりだ。


 ドゴオオオオォ

 「火」・「火」・「風」の『ファイヤー・ストーム』と「火」・「火」・「火」の『フレイムボール』がぶつかり、互いを喰らい合う。


 純粋な火力ならばおそらくピエールの方が上、しかし、風の属性を混ぜて遠距離攻撃として放っているピエールと、単純に炎の塊を具現化しているだけのカーセ、それが両者のぶつかり合いを五分にしている。


 「オオオオオオー!!」

 「ハアアアアアー!!」


 そして魔法は対消滅を起こし共に消えさる、両者ともに巨大な魔法を撃ったため互いに僅かの間魔法が使えない。

 しかし有利なのはピエールだ、カーセは目の前で膨大な熱量がぶつかっていたため、全身に火傷を負っている。これまでのように『ブレイド』を振り回すことはできない。

 ピエールもそれを悟っているようでカーセ目がけて突進していく、おそらく一呼吸おいてから『ブレイド』を用い、切り殺すつもりだろう。


 「終わりだ嬢ちゃん!!」

 ドンッ


 しかし、そんなピエールの思惑はたった一発の銃声によって覆された。


 「て、てめえ、まさか銃なんか使いやがるとは」


 「いえ、私は平民です。銃を使って何もおかしいところはありません」


 流石のピエールもトライアングルメイジが銃を使うとは考えられなかったらしい、カーセがもう魔法を使えないと思って突進したピエールは銃の格好の餌食となった。

 加え、弾丸には俺特製の致死性の劇薬が塗ってある。たとえかすり傷でも数分で命を奪える猛毒だ。


 カーセの全ての行動はこのための布石、ドルフェ・レングラントという貴族の孫であり、その仇討ちであると事前に相手に教え、放出系の魔法が苦手のであることを示し、魔法のぶつかり合いで全ての精神力を使いきった。

 そして、止めを刺しにきたピエールを、無警戒の銃で仕留める。全ては計算ずくの行動だった。
 

 「がはっ」

 ピエールは口から血を吐いて倒れた。

 地球産の猛毒であるこれの治療が可能なのはハルケギニアに俺しかいないため彼はもう助からない、このまま一分もすれば死ぬだろう。


 「はは、まったく恐ろしい嬢ちゃんだ、向こうに行ったら爺さんにあんたの孫は凄かったって伝えといてやるよ」


 「どうせならとても美しくなっていた。という言葉も付けておいてください」


 「かかか、ちげえねえな、と、そろそろか、目が霞んできやがった。あばよ嬢ちゃん!せいぜい達者でな」


 そして、ピエール・ブロワという男はこと切れた。

 最後まで恨み事を言わない立派な最後だった。

 カーセの方も気を失っている。

 あれだけの火炎を耐えた後だ、精神力は空になっているだろう。


 しかし、俺はカーセに駆け寄る前にルーンを唱える。

 『エア・カッター』

 カーセ目がけて飛んできた真空の刃を同じ真空の刃で迎撃する。


 「出て来いよ」


 俺は〝不可視のマント″を脱ぎ去り、『サイレント』を解いて告げる。

 すると物陰から一人の男が出てきた、“光の恵み亭”で会った“隻炎”の仲介人だった男だ。


 「いやいや、この“無音のロジェ”を見破るとは素晴らしいですな」

 “光の恵み亭”のときと異なり随分と芝居がかった口調だ、おそらく意図的なものだろう。


 「しかしよくわかりましたな、私の『サイレント』は完璧だった、加えて私のいた場所は死角になっていたはずですが」


 「いや、俺は火のスクウェアでね、人間の温度は大体なら察知できるんだよ」

 俺は嘘八百を並べ立てて時間を稼ぐ、が、正直まともにやっても勝てるだろう。

 こいつはピエールに比べて明らかに格下だ、一応風のトライアングルではあるのだろうがそれ以前の問題だ。「心眼」で視るとこいつは濁っている、ピエールはかなり輝いていたが、こいつはピエールをガラスとするなら石ころみたいなもんだ。


 「なるほど、スクウェアメイジでしたか、確かに貴方からは凄まじい魔力を感じる、私の風を容易く相殺した際にそれはわかっていましたがね、何しろ自分の属性でない風で私の風を防ぐなどスクウェアメイジしかありえない」


 こいつはなおもぺらぺらと口上を続けている。


 「ふむ、となると彼の仇討ちはあきらめるべきですかね、一応長く仕事仲間としてやってきた間柄でしてね、それなりに果たすべき義理というものがあるとは思うのですが、流石にスクウェアメイジは相手では割に合わない」


 “無音”などという二つ名を持っているわりにはよくしゃべる、そして馬鹿な男だ。


 「ですが、貴方はまだ若い。スクウェアと言ってもおそらくなりたてでしょう、その才能には正直感服したしますが、それほど実戦経験を積んでいるとは思えない、問いますが貴方、人を殺したことがありますか?」


 俺は何も答えない、何しろ既に殺した数は50を軽く超えているはずだ、何を今更という話だ。


 「やはりそうですか、そんなことでは私は倒せませんよ、何しろ私は既に16人もの人間を殺している。殺人経験というものは戦場ではとても重いものなのですよ」


 何だ、こいつは俺より殺した数が少ないのか、見た目は40ぐらいに見えるがもうすこし若いのかもしれない。


 「ですから、私が人の殺し方というものを教授して差し上げま、ぐ、うぐぐ」


 おや、どうやら効いてきたようだ。


 「かはっ、か、かかか、い、息、息が」


 「おい間抜け、お前がペラペラしゃべっている間にもう終わってる。さっさと死んでろ」


 「は、はー、はー、はっ!」


 そしてこいつは動かなくなった。おそらく脳の酸素が足りなくなったんだろう。

 ちなみに俺がやったことは至極単純、奴の周囲の酸素を一酸化炭素に『錬金』しただけだ。


 “遅延魔法”といって、予め杖に魔法を溜めておき、意志一つで自由に開放できる。

 しかし、これは普通の杖では不可能で、杖が体の一部であるからこそ可能な技であり、俺は普段から両腕に『錬金』をストックしてある。

 つまり、これでできる魔法は二回だけ、それもせいぜいラインクラスなのだが、このように使い方によっては非常に有効になる。


 あの馬鹿は律義にしゃべっている間にせっせと一酸化炭素を肺に送り込んでいたわけだ、正直自殺願望があるようにしか思えなかった。


 まあ、馬鹿の末路はほっといて、カーセに駆け寄る。


 「カーセ、無事か」

 といいつつカーセに『治癒』をかける、水系統である『治癒』は火傷に対して最大の効果を発揮する。

 それに、アドルフとフェルディナンの決闘で生じる怪我はこんなものではない、皮膚は炭化し、ひどい時は筋肉まで焦げているのだ。


 改めて考えてみると、あの二人はカーセとピエールの殺し合いよりも凄まじい決闘を四日に一度はやっているわけだ、よくまあ死なないもんだと呆れてしまう。


 「う、ハインツ様?」


 「ああ、お前の勝ちだカーセ、銃を撃った瞬間は覚えているか?」


 「はい、そうです、私はあの後、気を失って・・」


 「精神力が空になるまで魔法を使った反動だろうな、まあ、今はとりあえずゆっくり寝ることだ、あと4時間もすれば“ヒュドラ”が切れるからどっちにしろ気絶することになる」


 「そうですか、それでは申し訳ありませんが後のことをよろしくお願いします」


 そう言ってカーセはまた眠った。

 しかし、穏やかな寝顔だ、ドル爺の仇を討ったことでカーセの復讐の炎も晴れたんだろう。


 それに、敵ながらピエールは最高の復讐対象だった。互いに文句なしの一対一の決闘、カーセは祖父の仇を、ピエールは失った自分の腕を懸けて戦い、そしてカーセが勝った。

 おそらくピエール自身、自分が殺した者の身内が復讐にくることは覚悟しており、あの様子から考えると既に何人か返り討ちにしていたんだろう。


 だが、今回はカーセが勝った。ただそれだけのことであり、彼自身この結末に満足していた。



 俺のように仇がゴミ屑ではなく、自分の持てる力を全て出しきり、その果てに紙一重で勝利を勝ち取った。

 この事実こそが本来不毛な行いであるはずの復讐でありながら、彼女に達成感を与えたのだろう。


 その好敵手に敬意を表し、ドル爺の墓の隣にピエールの墓でも後で作ってやろうと思う。

 あの世で酒盛りでもやっててくれれば、いつか俺達もそこへ行けるかもしれない。

 まあ、俺にとっては既にこの世界があの世のようなものなのだが、そこは考えないでおく。


 あいつはおまけだ、森にでも放り込んどけば野獣が勝手に始末してくれるだろう。


 とまあ、そんなことを考えつつ、俺は上空で待機しているランドローバルに合図を送ったのだった。






追記 8/31一部修正



[12372] ガリアの影  第十八話   帰還
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:50
 
 ガリア王国首都リュティス。

 街の中心にはガリア最大の長さを誇るシレ川が流れているが、中国の長江や黄河、エジプトのナイル川のようにばかでかいわけではない。

 そのシレ川を中心とした市街の東端にガリアの王族が住まうヴェルサルテイル宮殿は存在する。

 俺はヴァランス家粛清任務の報告の為に、北花壇騎士団団長ジョゼフ殿下が住む北の離宮を訪れていた。






第十八話    帰還







 「とまあ、大体こんなところです、何か確認しておく点はありますか」


 俺とジョゼフ殿下はテーブルを挟んで対峙するように座り、テーブルの上には大量の資料と報告書が散乱している。


 「いいや十分だ。しかし、思いもよらぬ方法を取ったものだな、まさか粛清対象の家族どころか使用人にすら事前に伝えておくとは、今までにはない発想だな」


 「いいえ、同格の貴族同士が相手を蹴落とすために家族や使用人を懐柔するのは常套手段でしょう、それをただ地方貴族と王政府という圧倒的な格差がある状態で応用したに過ぎませんよ」


 「なるほど、そういう見方もできるな、だが、今までの者達がこんな発想をしなかったのも頷ける。何しろこれでは王政府は損をしているからな」


 そう、秘密裏に粛清を行えば王政府は屋敷も領土も財産も全て没収することができる。

 しかし、この方法では屋敷と領土は手に入るが、現在屋敷にある財産を持ち逃げされたと同じ結果になる。

 つまり、王政府の実入りが減ってしまうことになる。


 「ですが、生き残った家族たちは王政府を恨むどころか寛大な処置に感謝しているくらいです、将来の反逆の芽を事前に絶てたと思えば安い買い物でしょう。何か問題はありますか?」


 反逆の芽を絶つために皆殺しにするという考え方もあるが、これは現実的ではない、我が子を生かすためならば親とはなんでもやる。

 結局何人かは取り逃がし、それが新たな反逆者となっていく、いや、王政府への復讐者といったほうが良いかもしれない。


 「いいやない、女子供を殺さずに済むならそれに越したことはないからな、長い目で見ればお前のやり方のほうがいいだろう」


 「・・・・・」


 「おい、何だその目は、俺がこんなことを言うのはそんなに意外か」


 「ええ、一瞬思考が完全に停止しました。てっきり殿下は快楽殺人者的な資質を持っていると思っていたので」


 「素直なのは結構だがな、お前、俺のことをそういう目でみていたのか」


 「違うんですか?」


 何しろ殿下の心は“闇”だから内部がどうなっているのかまるで解らない、これまで会話を交わしてきた経験からはそういう風にしか思えなかったのだが。


 「阿保が、確かに俺は殲滅だろうが粛清だろうが躊躇わんがな、別に血に飢えた殺人鬼という訳ではないぞ」


 「はあ、つまり公人としての自分と私人としての自分は別物、というやつですか?」


 「まあそんなところだ、大体、王族たるもの冷酷さや非情さも必須だと言ったのはお前だろうが」


 「あっ、そう言えばそうでしたね、ですが、殿下を観察していると例え王族に生まれてなくても非情で冷酷になっていそうな印象を受けたので」


 「まあな、俺の中にそういう部分があるのは否定できん、だからといって弱い者たちを慈しむ心が無い、というわけでもないぞ」


 「そうですか、いやー、やっぱり人間の心というのは複雑ですねえ、一人の人間の中にいくつもの人格があるみたいですよ」


 「過去の事例ではそういう存在もいたらしいがな、ああそうだ、そういった過去のことを知りたいのならば王家の書庫への立ち入りを許可してやるぞ」


 「本当ですか、お願いします」


 「ところで、お前が散々気にしていた領民達の反応はどうなのだ、いきなり王家直轄領になると知らされて動揺はないのか」


 「大きな動揺は特に無いようです。末端の人々にとっては俺だろうが殿下だろうが会ったことも無いという点では変わりませんから、それより、王家直轄領になったことで税率がこれまでより安くなることを告知したら、ほぼ全員がガリア王家万歳とか言ってたそうですよ」


 「やれやれ、現金なことだな、まあ、民衆とは所詮そんなものか、例え王が誰であろうと税が安くて治安が良ければ良い王様、税が高くて治安が悪ければ悪い王様、ついでに戦争に勝てば偉大な王様、負ければ元王様、というわけだ」


 「そうですね、ですから、ガリアに住む大半の人間にとっては殿下とオルレアン公、どちらが王になっても別にどうでもいいんじゃないですかね」


 「ははは!はーはははははは!!そうだな、そのとおりだ、宮廷で何とか権力を得ようと無い知恵を搾っている馬鹿共がひどく滑稽に見えるな」


 「まあ、俺もその一人でしょうか、俺の望みの為には殿下が王になった方が都合がいいので」


 「ああ、腐った蛆虫どもを駆除したい、だったか、しかし、お前がそんなに他人の為に動く人間とは思えんのだがな」


 「ええ、あくまで自分の為ですよ、これは衛生上の問題です。ガリアが自分の住む家と例えるなら、そこに害虫が巣食っているのは気分がよくありません。言ってみれば美観の問題ですかね」


 「ははははは!要はお前が気に喰わない存在だから排除する。そしてそれは他の不特定多数にとっても良いことだから問題ない、そういうことか」


 「まあそうです、いくら俺でも、自分が気に喰わないからといって行動を起こした結果、多くの関係ない人々が迷惑を被るのならやりませんよ」


 「良識があるのかないのかよく分からんな、それで、多くの人間の迷惑にならないならば、殺人だろうが何だろうが一切躊躇しない、か、俺とお前は案外似ているのかもしれんな」


 「それに関してはノーコメントで」


 「まあよい、とにかくこれでヴァランス家の問題は片付いたからな、俺はしばらくヴァランスの本邸に移る、今後の指令は例の鳥型ガーゴイルを通して伝える。何か問題があれば俺のところに来い、何しろお前の実家だろう」


 「わかりました。ですが殿下、質問をしてもよろしいですか」


 「何だ」


 「俺の任務は今後どういうものになるのでしょうか」


 「浮気調査や貴族の坊ちゃんの護衛などという任務はありえんな、幻獣退治ならば通常の花壇騎士にも勤まるうえ、ただ強いだけの者なら北花壇騎士団にはいくらでもいる。となれば、予想はつこう?」


 「つまり、封建貴族同士の争いの調停、宮廷内における貴族の監視、そして粛清、さらには暗殺依頼の執行といったところですか」


 「相変わらず察しが良いな、その通りだ」


 「殿下、一応俺はただの11歳の子供なんですから、もう少し教育に良さそうな任務は無いんですかね」


 「馬鹿な事をいうな、ガリア王政府と大貴族の力関係をたった三日で崩壊させるただの子供がどこにいる。言っておくがお前を11歳といっても誰も信じん」



 とまあ、そんな会話を交わしつつヴァランス家の粛清に関する後始末を終え、俺は兵学校の宿舎に引き返した。






 で、深夜の談話室、『影の騎士団』の面子が勢ぞろいし、今回の粛清任務の顛末を説明した。


 「つまり、とりあえず一件落着、つーことでいいのか?」

 と、アドルフ。


 「そうなるだろうな、ヴァランス家の分家が残らず潰されたなら残っているのはハインツとジョゼフ殿下だけだ。あとは殿下が本邸に入って各地の代官達を掌握すれば、ヴァランス領は名実共に王家直轄領になる」

 と、フェルディナン。


 「でも、そうなると完全にヴァランス家はジョゼフ殿下のものになった。ていうことですよね、そうなると他の六大公爵家はどう動くんでしょうか?」

 と、エミール。


 「おそらく、オルレアン公派は動かないだろう。カンペール家やウェリン家としてはハインツにジョゼフ殿下を殺させたりなどの陰謀を仕掛けたいところだろうが、オルレアン公が認めるわけがないからな」

 と、アラン先輩。


 「ええ、そうなると後はサルマーン家とベルフォール家ですが、サルマーン家の今代の当主は中央での権力争いに興味が無いそうで、中立を保つようです。ベルフォール家は逆に何とか中央の権力を握りたいようですから、俺達に手を出してくるとしたら、ここが一番可能性高いですね」

 と、俺が言う。


 クロードは相変わらず無言だ。


 「けどよハインツ、オルレアン公派が動けない、ていうのはどういう理屈なんだ?」

 アルフォンスが尋ねてくる。


 「えーと、この中でその理由が分からない人、手を挙げて」

 アドルフ、フェルディナン、アルフォンス、クロード、エミールの手が挙がった。

 どうやら分かっているのはアラン先輩だけのようだ。


 「そうか、じゃあ簡単に説明するけど、オルレアン公はとても誠実な人で、その上ジョゼフ殿下とオルレアン公は非常に仲が良い、現在でも一緒に狩猟に出かけたり酒を飲んだりしてるらしい」

 二人の王子は本当に仲がいい。このことに裏はまったく無い。

 「で、ジョゼフ殿下が魔法を使えなくて、オルレアン公は魔法の達人である。という点を除けば、普通に考えれば長男であるジョゼフ殿下こそが王になるべきというのは当たり前の理屈だ。何しろ二人は同腹の兄弟なんだから」

 ガリア王家も当然長子相続が基本だ。

 「そんなわけで、オルレアン公自身はジョゼフ殿下が王になって自分が補佐に回ることに何の文句もないらしい、しかし、周りの貴族はそうはいかない、出来るならジョゼフ殿下には死んでほしいと思ってるくらいだ」

 何しろ魔法第一という観点がこの世界の根底にある。

 「しかし、このガリアにも権力争いよりも国家の安泰を第一とする立派な貴族もいるわけで、そういう人たちは純粋にオルレアン公の人柄に惹かれて、王になってほしいと思って彼を支持している」

 残念なことにそういう立派な人たちに限って爵位が低かったりするのだが。

 「その人達に言わせれば、オルレアン公は陰謀などに手を染める必要はなく正道を堂々と行けばよい、さすれば陛下も時代の王に誰こそが相応しいか分かってくださるはずだ。ということらしい」

 彼らは貴族として立派であるが、魔法第一の貴族の常識のため、ジョゼフ殿下の能力に気づかない。いや、気づけない。

 「この人たちの考えはオルレアン公の性格に最も合うから、必然、オルレアン公派内部において最大派閥となる。ウェリン家やカンペール家はそれを苦々しく思いながら、そんな奇麗ごとを言っていてジョゼフ殿下が王位に就いてしまったらどうするのだ、と危機感を煽りながらなんとか彼らを説得しようとしている。こんなとこかな」

 出来る限り簡潔にまとめてみたが、たぶん分かってくれただろう。


 「なあハインツ、オルレアン公派も一枚岩じゃないってのはわかったんだけど、結局オルレアン公自身は王になりたいと思ってるのか?」

 と、アドルフが聞いてくる。

 「流石にそれは本人にしか分からないだろう。ただ、オルレアン公はとても責任感が強い人なのは確かだから、純粋に自分に王になって欲しいと思う人がたくさんいるなら、出来る限り彼らの思いに答えてやりたいとは考えているんじゃないかな」


 「しかしそのためには仲が良い実の兄と王位を争わねばならない、か、オルレアン公も辛い立場だな」

 と、フェルディナン。


 「あ、だから陰謀なしの正々堂々、てことか、貴族共が何を言おうが結局最後に決めるのは陛下なんだよな、どっちが選ばれても互いに恨みっこなし、てことか」

 と、アルフォンス。


 「そうしたいのは山々だけど、欲深な貴族がたーくさんいるせいでそれもままならない、ていう感じですか」

 と、エミール。

 「しかしハインツ、オルレアン公派がそんな状態だとは一般には伝わっていない、それはつまり表面上は纏まっていることを示している。考えがバラバラな連中を一つに纏めているのはオルレアン公の人徳と政治的才能があればこそ、というわけだな」

 と、クロード。


 「流石に鋭いねクロード、そう、思想がバラバラな連中を一つにまとめ、巨大派閥を維持できるのはオルレアン公の個人的な才能があればこそだ、もし彼がいなくなれば、オルレアン公派は大分裂を起こすだろうね」


 「そんなことになればガリアで内乱が起こりかねんな、そう考えると、ジョゼフ殿下がヴァランス公になった今、一時的に膠着状態になると見るべきだな」

 と、アラン先輩。


 「ええ、思想が異なる者達が手を組む最も簡単な方法は共通の敵がいることです。ジョゼフ殿下の勢力が戻った今、オルレアン公派もまた一つにまとまるでしょうね」


 「つーことは、ガリア全体にとってはいいことって訳か、王位継承の際に国を二つに分けた内乱にさえならなきゃ」

 と、アドルフ。


 「複雑なんですね、ところでハインツ先輩、何でそんな立場なのにジョゼフ殿下とオルレアン公はそんなに仲がいいんでしょうか」

 と、エミールが聞いてくる。


 「ああ、そういえばエミールには話したことなかったっけか、皆も、俺の家系についての話はどのくらい知ってたっけ」


 「俺はお前から一応聞いたことはあるが全部を覚えているとは言い難い、他の奴らも同じような感じだろう、全部把握してるのはアラン先輩くらいだろうな」

 フェルディナンが答えてくれる。


 他の皆を見渡すとアラン先輩以外は似たような感じのようだ。


 「ハインツ、お前から説明してやれ、俺も一応把握はしてるが、やはり当事者のお前が一番よく説明できるだろう」

 と、アラン先輩は言う。

 「わかりました、エミール、結構長くなるから覚悟しとけよ、他の皆は再確認するつもりで適当に聞いてて」


 「はい、わかりました」

 律義に姿勢を正してエミールが答える。




 「まず、事の起こりは先代の王、ロベスピエール三世陛下の御代に遡る。エミール、先王陛下が何をした人かは知っているか」


 「ええと、あのヴェルサルテイル宮殿を建てた人ですよね」


 「そう、先王陛下には何人もの妻がいてな、彼女らの為にヴェルサルテイル宮殿とあの薔薇園を作ったなんて言われてる」


 「そうなんですか?」


 「いや、本当は違うだろう。旧王宮が手狭だったのは確からしいし、新たな宮殿を建てれるほどの土地は市街地のどこにもないからな、必然的に郊外に建てる必要が出てくるわけだ」


 「なるほど」


 「それで、先王陛下には3人の息子と6人の娘がいた、長男と長女は正室が産んだ子、次男と次女と五女の3人は側室が産んだ子、そして三女、四女、六女はそれぞれ妾が生んだ子だったそうだ」


 「あれ、三男は誰の子なんですか?」


 「それなんだがな、正室は公爵家の長女で、側室は侯爵家の長女だったらしい、そして、妾というのは伯爵家や子爵家から人質として差し出される次女や三女なんだ」


 「人質、ですか」


 「ああ、貴族が王家に逆らわないためのな、だが、それには別の思惑もあった。もし自分の娘が王の子供を産むことになればその家は王家の外戚となるわけだ、だから、その後の立ち回りを上手くやれば強大な権力を得ることも不可能じゃない。そういうわけで、貴族にとって娘が王に娶られるのはかなりいいことだった」


 「つまりその人達は権力のための駒として王家に売られたわけですね」


 「まあな、だが何人の妻を娶るかはその王の性格次第だ、ガリア6000年の歴史の中には100人を超える数の妾がいた王様もいれば、正室一人だけの王様もいた」


 「なるほど、それで先王陛下はたくさんの妻がいるタイプだった、というわけですね」


 「そうだ、だが三男だけは違った、三男の母は王宮に仕えていた使用人、つまり平民だったんだ」

 王家に限らず、貴族の世界では使用人に手を出すのはザラだ。


 「平民と貴族の間に生まれた子は必ず魔法の遺伝子が劣化してしまう。まあつまり、三男だけは王位継承権が与えられなかったわけだ、王宮内では劣化品などと呼ばれていたそうだ」


 「はあ、かわいそうな話ですね」


 「話を戻すが、長男はつまり先王陛下で、次男は先代のオルレアン公となった。オルレアン公とはそもそも嫡男ではない男子の為に用意された公爵家の最高位のことだからな」

 だから一応現段階ではジョゼフ殿下が嫡男だ、しかし王の気が変わって廃嫡となり、ジョゼフ殿下が逆にオルレアン公になったかもしれない。俺がヴァランス家を殿下に売ってなければ。

 まあ陛下もどちらを次王にするか正式に決定してないらしく、ジョゼフ殿下の嫡男というのは形だけのものとして認識されている。成人している男子がいるのに嫡子を決めないというのは、王家の慣習として異例となるので。


 「そして、次女はベルカステル侯爵家、三女はカンペール公爵家、四女はウェリン公爵家、五女はシャトール侯爵家、そして六女はヴィクトール侯爵家に嫁いだ」


 「ヴィクトール候、て、先輩の前の後見人だったひとですか?」


 「ああ、ただし、結婚から数年後には六女は病死したらしく、ヴィクトール家は王家からはずれ、ヴァランス家の分家となった。あの怪物がヴァランス家で権力を振るえたのも一時的とはいえ王家の一員だったという事実も関係しているわけだ」

 その間六女との間に子は出来なかった。

 「ウェリン家とカンペール家は言うまでもないな、六大公爵家にはこんな感じで、王家の血が定期的に入るわけだ」


 「王家の女性って、本当に政略結婚の駒にしかされないものなんですね」


 「ああ、王家ってのは貴族の元締めだからな、その血の偏りといったら凄いもんだ」

 自分にも当然流れてる。少し欝だ。

 「とまあ、このように多くの妻がいたわけだが、正室と側室の仲が極めつけに悪かったらしくてな、宮廷内で何度も激突した挙句、それが原因で兄弟の仲も最悪になった」


 「なんか王家のどす黒さがもろに出てるようなエピソードですね」


 「結果、内乱にこそ至らなかったものの、謀略や暗殺が繰り返された挙句、その側室と子供3人は全滅、オルレアン家、ベルカステル家、シャトール家は断絶となった」


 「一家全滅、って奴ですかね」


 「まあ、そういう経緯があるせいか、今の陛下は正室が一人だけ、子供もジョゼフ王子とシャルル王子の二人だけ、そして、“兄弟仲よく”が教訓になったみたいだ」


 「なるほど、それでジョゼフ殿下とオルレアン公は仲が良いんですね。でも、そこに何でハインツ先輩が出てくるんですか?」


 「正室が産んだ長男がロベール五世陛下で、長女も正室が産んだと言ったろ」


 「はい」


 「その長女はな、ヴァランス公爵家に嫁いだんだ」


 「えっ」


 「さっき言ったように、ヴィクトール侯爵家がヴァランス家の分家になったのもそういう縁なんだ」


 「たっ、確かジョゼフ殿下の奥さんってハインツ先輩のお父さんの妹さんでしたよね、それってつまり」


 「ジョゼフ殿下と俺の叔母エリザベートは従兄妹同士で結婚した、つまり俺の父リュドウィックはジョゼフ殿下の従兄弟であり義理の兄になる」


 「近親相姦万歳というか、ものすごくどろっどろですね」

 アラン先輩を除くここにいる彼らは下級貴族の出だ。この階級は一番結婚相手を選択する幅が広い。出世して大貴族の令嬢と政略結婚、同じ階級の娘と恋愛結婚、次男三男なら平民の娘とも出来る。近親相姦とはあまり縁が無いのだ。

 まあ、やってるところはやってるだろうが。


 「一応ブリミル教では従兄妹同士の結婚は禁じていないからな、それに昔は兄妹同士の結婚すら珍しくはなかったそうだ」

 この辺は地球となんら変わらない。

 「まあそれはともかく、ジョゼフ王子に魔法の才能がなく、シャルル王子には魔法の才能が溢れているのは彼らが成人になる頃には既に周知の事実だった、だから各家は自分の娘をシャルル王子の妻にしようと画策していた」

 蟻が飴に群がるが如く。

 「そこを狙って、俺の父リュドウィックは年の離れた自分の妹をジョゼフ殿下に嫁がせた。そして第一公女イザベラの誕生と共に、ヴァランス家とジョゼフ殿下の繋がりは強固になった」

 「まあ結局、ヴィクトール候の策によって父は殺された訳だがな」


 「身内同士で結婚し合い、殺し合いと凄い関係なんですね」


 「まあな、ついでに言うと、俺の母はバステール公爵家という名前はあっても権力は無い家の三女でな、俺の父と結婚すると同時にそのすぐ上の兄もヴァランス家の一員となり、ファビオ伯となった、ちなみに彼は三男だった」

 自分で言っててややこしいよなあと思える


 「それで、俺の母の家も公爵家なんだから当然王家の血を引いている、だから、確率次第で蒼い髪の子が出るわけだが、俺の母は栗色の髪だった」

 俺はその確率に当たったわけだ。ジョゼフ殿下の髪と比較しても遜色ない蒼さの俺の髪、蒼は好きなので気に入ってる。

 「しかし、俺の母の一番上の姉は蒼い髪を持っていて、シャルル王子の元に嫁いだ。王族にしては非常に珍しく恋愛結婚だったそうだ」


 「何かこれまでの話を聞いてると、恋愛結婚がとても尊いものに聞こえてきますね」

 エミールも若干引き気味。


 「そして、シャルル王子の長女にして、第二公女シャルロットが誕生したわけだ」

 「ちなみに、俺の父もその弟のエドモント伯もさらに下のアンドレ伯も蒼い髪は持ってなかった。唯一妹のエリザベートだけが蒼い髪持っていた」


 「てことは王家直系の男子に嫁ぐ女性は蒼い髪を持ってることが絶対条件というわけなんですね」


 「明確な法があるわけじゃないそうだが、慣例的にそうなってるらしい」


 エミールはしばらく考え込むように顔を伏せていたが、やがて顔を上げて確認するように言った。


 「えーと、ハインツ先輩はロベスピエール三世陛下のひ孫に当たるんですよね」


 「そうだ、先王陛下の長女の長男の長男になる」


 「側室の血脈は既に途絶え、残りは妾が嫁いだカンペール家とウェリン家のみ」


 「そうなるな」


 「ロベール五世陛下には正室しかおらず、子供はジョゼフ王子とシャルル王子の二人のみ」


 「その通りだ」


 「そしてジョゼフ王子にはイザベラ王女がいて、オルレアン王子にはシャルロット王女がいる」


 「そう」


 「ということは、現在の王位継承権の一位は当然ジョゼフ殿下、二位はオルレアン公、三位はイザベラ様、四位はシャルロット様、そして五位は」


 「いい勘してる、俺だよ」


 「やっぱりそうなるんですか」


 「もし俺の叔母がジョゼフ殿下に嫁いでなければもうちょっと低かったかもしれないけどな、しかも俺は蒼い髪を持ってる、否応なしに王位継承権が発生してしまうんだ」


 「でも、王家の慣例では直系の場合蒼い髪同士で結婚するんですよね、となると」


 「ああ、とんでもないことだが、このままいくと俺はイザベラかシャルロットの夫にさせられる可能性が非常に高いってわけだ」

 現在イザベラは8歳、シャルロットは6歳、正直そんなことは考えたくもない。


 「うわあ、近親相姦万歳ですね」

 エミールの笑い声が乾いている。


 「まあ、そんな感じでだな、俺を取り巻く血縁関係は大体わかったか?」


 「ええ、大体は分かりました、でも、今回の騒動でずいぶん減ったんですよね」


 「ああ、ジョゼフ殿下の妻であり俺の叔母にあたるエリザベートは既に病気で亡くなってるし、俺の両親はヴィクトール候の策に乗せられたエドモント伯が殺し、そのヴィクトール候も病死した」

 ヴィクトール候の死は意外だった。

 「母の兄と父の弟二人、そしてそれらの息子達は俺が殺したから、かなり数は減っているな」


 「何かそうして聞くとハインツ先輩がやったことも宿業、って感じがしますね」


 「確かに、ここまで来るともう呪いと言っていいな。とまあ、そう言う訳で、俺は周りの貴族から狙われる運命にあるわけだ」


 「そうですね、いくらでも利用方法が思いつきますもんね」


 と、ここで、それまで黙って聞いてたアドルフが口を挟む。


 「なあハインツ、ジョゼフ王子の妻の一番上の兄がお前の親父で、その妻の一番上の姉の夫がシャルル王子なんだよな」


 「ああ、そうなるな」


 「たく頭が混乱するぜ、何でこんなにややこしいんだ?」


 「ちなみに、カンペール家やウェリン家の家系も含めるともっと複雑になるから、説明しようか?」


 「いいやもういい!これ以上加わったら頭が沸騰しちまうぜ」

 アドルフが疲れたように言う。


 「まあ、皆も大体わかっただろう、確かに複雑だが俺達が『影の騎士団』としてやることには何も影響は無い、六大公爵家の干渉にさえ気をつければいいだけだ」

 アラン先輩が締めくくるように言う。


 「そっか、まっ、言われてみればそうだな、俺達みたいな下級貴族にゃ関係ねえ話だ、まあ、頑張れハインツ!友達として応援と協力くらいはしてやるぜ」

 アルフォンスがとても軽いノリで言う。


 「アルフォンス、ありがとう。さて、かなり長く話していたし、今日はもうお開きにしよう、明日は貧民街東部を中心に活動する予定なんでよろしく」


 そして皆それぞれの部屋に帰っていく。









 俺は自室に戻った後、少し考え事をしていた。


 ヴァランス家が完全に王家直轄領となった今、俺はようやく背負うものが無くなった。


 確かにまだ俺には王家の血やこの髪など厄介なものは多々あるが、それによって降りかかる災いはあくまで俺個人に対するもので、俺が守らねばならない民などが存在するわけではない。


 故に、ここからは守勢ではなく攻勢だ。


 俺を狙う全てのものから逃げるのではなく、北花壇騎士団や『影の騎士団』といったものの力で、逆に追い詰めてくれる。





本当の意味で始まった二回目の人生に思いを巡らしながら、俺はハルケギニアの二つの月を眺め続けていた。






あとがき


ここでいったん一章が終了します

二章は原作が始まるまで

三章で終わるつもりです

四章までかかりました。すみません


追記 8/31 一部修正



[12372] 第二章  ガリアの闇  第一話   新たな日常
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 
 暗黒街。

 ガリア王国首都リュティスの北西部に位置するゴルトロス街、通称“貧民街”の最深部にあるガリアで最も危険な街とされる。

ここでは人間を守る法など一切なく、ただ力のみが全てを制し、弱き者はただ強き者の糧となるしかない地獄。


しかし現在。


そんな地獄に似つかわしくない、まるで友人とボール遊びにでも興じているような声が響き渡っている。







第一話    新たな日常






 「はっはー! 燃え尽きろぉ!」

 アドルフが叫びながら『炎槍(ジャベリン)』を放つ。


 ドゴォォォォン!


 直撃を喰らった男は完全に黒こげになっている。


 「フェルディナン!そっち行ったぜ!」


 五人の男が二人と三人に分かれ逃げるが、二人が逃げたその先にフェルディナンが待ち受けている。


 「ふう、やれやれ」

 と言いつつフェルディナンは『炎の矢』を放つ、きっかり十本。

 ヒュヒュヒュン!

 ボムボムボムボムボム!


 二人の体の両肘、両膝、そして顔面、一寸の狂いもなく放たれた矢は確実に男たちを仕留めていた。


 「待ちやがれ!!」

 アドルフが三人の男を追うが既に彼らは狭い路地裏に逃げている。


 しかし彼らはそこで思いもかけないものに遭遇する。


 石の壁が行く手を塞いでいたのだ。


 後ろからも追手が迫っているため、彼らはやむなく『フライ』を唱え、壁を乗り越えようとする。



 しかしそれは愚策、なぜなら空にもまた狩人(ハンター)は存在するが故に。


 音もなく飛来した『エア・カッター』が二人の男の首に命中し、一瞬で絶命させる。


 「ラナ・デル・ウィンデ」


 放たれる空気の塊『エア・ハンマー』が最後の一人を地上にたたき落とす。


 その先には鉄製の槍を構えたゴーレムが待ち受けており、彼がどのような末路をたどるか容易に想像できる。


 ザキュッ!


 ある意味芸術的なオブジェと化し、最後の男は息絶えた。



 「ありゃ、遅れたか、アルフォンス!クロード!エミール!ちったあ俺の分も残しとけよ」


 「アドルフ先輩、早かったですね。そっちは片付いたんですか?」


 「ああ、フェルディナンの野郎があっさりとな」

 そのとき、石壁が徐々に地面に戻っていく。


 「アラン先輩、援護ありがとうございます。おかげで狙いやすかったっすよ」


 「礼は別にいらんぞアルフォンス。それより、死体を放置しておくと伝染病の媒体になりかねん、さっさと集めて焼いてしまおう」


 「はいはい、おーい!フェルディナン!さっさと来い、ぱっぱと火葬にしちまおうぜ」


 「アラン先輩、火葬が終わり次第ハインツ先輩のところに戻るんですよね」


 「そうだ、ここにいても何にもならないからな」


 彼ら六人は死体の火葬を終えると、暗黒街における『影の騎士団』の拠点“闇の翼”に向かった。






 酒屋“闇の翼”。


 飲食店ではなく酒を仕入れて暗黒街の各店に売っている卸売店だ。


 現在、俺ことハインツ・ギュスター・ヴァランスはそこの地下室において、暗黒街の顔ともいえる男の一人と会談している。


 この男は暗黒街における兵器の流通の大半を支配する武器商人で通称は“ファーブ二ル”。


 「それで、ロキ殿、例の異邦人どもの始末はどうなっているのですか?」


 「先ほど使い魔を通して俺の仲間が全滅させるのを確認しました」


 「何と、相変わらず仕事が早い、八輝星の一人としてお礼をいいますぞ」


 「いいえ、俺達は自分達の流儀に従っているだけですので」


 「そうですか、とはいえ、これで血の気が多い方々も溜飲を降ろされたでしょう。何しろ数日前に流れてきただけの余所者がしきたりも知らずに暴れ回るのは我慢ならなかったでしょうからな」


 「まあ、その辺のことはそちらにお任せします。ですが、今回のことは一応王政府に報告せざるを得ません、この事件で亡くなった方はゴルトロス街の住民だけではありませんでしたから」

 この言葉に“ファーブ二ル”が少し表情を変える。

 「このことを理由として王政府がこの街に介入することは?」


 「いえ、それはないでしょう。宮廷貴族共にとってここは話すのも汚らわしい場所だ。自分たちに害が来ない限りは何もしませんよ」


 「なるほど、確かにそうですな、八輝星にもそのように伝えておきましょう」


 「お願いします」


 「では、私はこれで」


 「また会いましょうファーブ二ル殿、特にエミールあたりは貴方と縁がありますし」


 彼は苦笑いを残して去っていった。









 俺がヴァランス家の粛清を終えてから約半年が過ぎた。

 北花壇騎士としての任務は今のところオルレアン公派の調査や地方貴族の争いの調停などが主で、暗殺や粛清はまだそれほど頻繁ではない。

 よって今は『影の騎士団』の方に力を注いでいる。


 この半年で俺達の行動範囲と影響力は大きくなり、さっきのように八輝星の一人と対等に会談するまでになった。

 八輝星とは、暗黒街における最有力者が集まっているもので、簡単に言えば評議会であり、この暗黒街の意思決定機関といえる組織だ。

 八輝星クラスになると全員が裏だけではなく表でもそれなりの地位を持っているもので、先ほどのファーブ二ルは実はエミールの父親が経営する商会と提携している大商会のトップだったりする。

 当然、宮廷の貴族とも繋がりはあり、仕事がら軍人のお偉いさんとはかなり深い関係のはずだ。


 他にも、麻薬や禁制品の需要は大半が貴族で、それらを扱ってる者達のトップも八輝星にいたりするので、彼らはガリアの貴族に対しかなりの影響力を持っている。


 そんな中で俺達『影の騎士団』は王家直属の治安維持部隊ゴルトロス街担当、ということになっている。

 もし俺達を殺してしまうとそれを理由に軍隊が派遣される可能性があり、実際、軍の過激派には万単位の軍を動員し暗黒街を消し去るべきだ。という意見も根強い。

 八輝星ほどになるとそれがハッタリではなく、事実であることが分かってしまうので、そう簡単に俺達には手を出せなくなる。


もしこれが単なる下級貴族の騎士団なら八輝星もすぐに始末できただろうが、ヴァランス家の次期当主であり王位継承権第五位である俺がいると話が違ってくる。

俺が暗黒街で死んだりすれば、王家の面子が潰されることになり、そうなれば軍隊が派遣されることはほぼ確実になる。

 ジョゼフ殿下がかつて暗黒街に出入りしていたというのも、そういった理由からだろう。



 そういうわけで、俺達は八輝星公認の犯罪者処刑人ということになっている。

 当然犯罪者のトップはその八輝星なのだが、彼らを消すと暗黒街の秩序がなくなり、統制がとれなくなる。

 小悪党を制するには軍隊でも正義の味方でもなく、大悪党を使うのが一番なのだ。


 現在俺達は王政府の猟犬であり、八輝星の処刑人であり、貧民を守る正義の味方でもある。

 どの立場に沿って動くかはケース・バイ・ケース、プラス俺達の気分次第。
 

 八輝星にとっては便利であり厄介な存在というわけだ。



 で、今回の事件は貧民街の住人を守ることと、八輝星の利害が一致したため提携を組んだ。


 “魔の爪”と名乗るメイジのみで構成された盗賊団がガリア北部からリュティスに流れてきて、貧民街で略奪を行い、十五名の死者と数十名の怪我人が出た。


 当然俺達は怒り狂い、俺は怪我人の治療に当たり、他の皆はそいつらの始末に向かった。


 八輝星にしても余所者がいきなりやってきて我が物顔で振舞うのは看過できることではなく、“魔の爪”の潜伏場所を突き止め、俺達に教えてくれた。


 そういうわけで彼ら六人が“魔の爪”を殲滅し、俺は上空のランドローバルと視覚を共有しながら、八輝星の一人であるファーブ二ルと会談を行っていた。


 「ただいまー」

 アドルフの声が響いてくる。

 この地下室には上階の声が全て通る造りになっているからだ。


 ドタドタという音と共に皆が地下に降りてくる。


 「お帰り皆、ランドル―バルを通して見てたけど、なかなかの連携だったね」


 「応よ!俺の炎で焼き払ってやったぜ」


 「馬鹿を言うなアドルフ、お前が倒したのは一人だけだろうが」


 「フェルディナン先輩、そんなこと言ったら僕とクロード先輩は二人で一人倒しただけなんですけど」


 「俺も二人倒したぜ。まあ、アラン先輩のおかげで敵がへぼへぼな『フライ』で浮いてたからだけどな」


 いつものように皆ワイワイ言っているが、そんな中アラン先輩が話しかけてきた。


 「ハインツ、敵は全滅させ後始末も完了した。そっちはどうだった」


 「特に問題はありません。今回の件については完全に利害が一致してましたから、それより、敵の構成はどうでした?」


 「人数が七人というのは情報通りだった。リーダー格がラインで、残り六人は全員ドットだな。錬度は大したことなく、リーダーが死ぬと完全に統制を失い散り散りとなった」

 大体見ていた通りだが、一つ違和感がある。


 「見てた限りでは六人しかいませんでしたが?」


 「ああ、それは最初の一人をアラン先輩が屋内で仕留めたからです。いきなり『ストーン・ランス』で串刺しにした上、地面が流砂になって死体を飲み込んだんですよ。で、それに慌てた残りの六人が出てきたところにアドルフ先輩が炎をぶち込んで、後はハインツ先輩が見てた通りだと思いますよ」

 エミールが補足して説明してくれる。


 「なるほど、じゃああの石の壁もアラン先輩の仕事ですね」


 「そうそう、おかげであの三人は飛ばざるを得なかったからな、そこを俺の『エア・カッター』で二人仕留めた」

 と、アルフォンスが続ける。


 「そして、クロード先輩が最後の一人を叩き落として、そこに僕のゴーレムが槍を持って待っていたわけです」

 エミールが締めくくる。


 クロードは相変わらず無言、アドルフとフェルディナンは向こうで取っ組み合いをやっている。


 「なるほど、皆かなり市街戦や連携に慣れてきたね、もう戦場で十分に通用するレベルだろう」


 「だが、問題は持久力だな。俺や向こうの馬鹿二人はともかく、アルフォンスとクロードは短期戦には強いが長期戦には向かない、エミールはまだ地力が足りんしな」

 アラン先輩の評価はやや辛めのようだ。


 「そりゃ属性ってもんがあるでしょう。土メイジは拠点防衛や持久戦、籠城戦に強いんですから、俺達風メイジは神速を生かした一撃離脱が持ち味ですよ」

 と、アルフォンスが反論する。


 「確かに火は攻撃、土は防衛、風は移動、水は回復となってはいるがな、戦場では風メイジが拠点防衛を命じられることも少なくない、苦手だ何だのとは言ってられんだろう」


 「ぐぅ」

しかし舌戦でアラン先輩に勝てるはずもなくあっさり撃沈。


「アラン先輩、先輩はもう十四歳じゃないですか、僕はまだ十一歳ですよ、仕方ないじゃないですか」

と、今度はエミールが反論。

「ではお前は一年前のアドルフやフェルディナンより魔力があると思うか?」


「うっ」

 こちらもあっさり撃沈。

 アラン先輩が11歳の時どうだったかは誰にも分からないので確かめようがない。

 これが年長者の特権というところだろう。


 ちなみにこの半年の間に俺らは全員誕生日を迎え、俺、アドルフ、フェルディナン、アルフォンス、クロードは12歳、アラン先輩は14歳、エミールは11歳となった。


 そして今、アラン先輩は「トライアングル」メイジになり、エミールも「ライン」メイジとなった。

 他四人は「ライン」のまま、こればかりは血筋がものをいうのでどうしようもない。


 「でも、ハインツ先輩はこの年でもうスクウェアだったんですよね、やっぱり王家の血ってのは凄いんですね」

 エミールが感心したように言う。


 「確かに素材は最高かもしれんが、鍛えなければナマクラのままだぞ。現にガリアの魔法学院では年齢が15~18歳の大貴族の子弟が集まっているのに大半がドット、一部がライン、数名がトライアングル、スクウェアは無し、という惨状らしい」

と、俺は告げる。


 「ものすげー情けないな、まさに才能の無駄ってやつか?」

 アルフォンスが呆れるように言う。


 「まあ、実戦経験の無い貴族の坊ちゃんならそんなものだろう。それに、兵学校とて似たようなものだ、実戦経験があるのは俺達だけだからな」

 珍しくクロードが発言する。


 「でも、その後は3年間士官学校があるんですよね、そこで実践訓練とかがあるんじゃないんですか?」

 エミールが疑問を口にする。


 「確かに、そういう訓練はあるようだが、どの程度真面目にやっているかが問題だな。気を抜けば重傷を負うくらいでなければ実践訓練にはならん」

 アラン先輩が答える。


 「それはつまり、アドルフ先輩とフェルディナン先輩の決闘ぐらいはやらなきゃダメってことですか」

 エミールがさらに聞いてくる。


 「いいやエミール、あの二人の決闘は殺し合いと表現した方がいい、実際、俺がいなかったらもう50回以上は死んでるんじゃないかな二人とも」

 俺はそこを指摘しておく。


 「確かに、あの馬鹿二人のことは例外と考えておけ、俺らが普段やってる魔法の練習くらいで十分だ」

 アラン先輩も同じ意見のようだ。


 「えっ、あれだけでいいんですか?」

 エミールはびっくりした表情になる。


 まあ、常に実戦に身を置いていると、そういう感覚が麻痺するのかもしれないな。


 「そうだ、現にアルフォンスやクロードもよく骨折している。お前なんか腕が切られたこともあっただろう」

 アラン先輩が諭すように言う。


 「あっ、そういえばそうでした。アルフォンス先輩の『ブレイド』で腕を切り落とされたことがありましたね、すぐにハインツ先輩に繋いで貰ったから忘れてました」


 「そういやそんなこともあったな、あんときのハインツと言えば凄かったぜ、針と糸で簡単に腕をくっつけちまうんだからな、しかもその上に『治癒』をかけて傷痕すら残らなかった」

 アルフォンスが感慨深く言う。


 「だが、もしハインツがいなければエミールの腕は無くなっていたかもしれない、アラン先輩が言いたいのはそういうことですね」

 と、クロード。


 「ああ、ハインツがいるからこそ俺達の怪我はすぐ治るがな、普通の感覚で考えれば俺達はとんでもなく危険な練習をやってるわけだ」

 と、アラン先輩。


 「なるほどー」

 エミールの顔がようやく納得した表情になる。


 「なーるほど、そいつは問題だな」


 「うむ、軍人を目指すものとしては看過できない事態だな」


 いつのまにか取っ組み合いが終わったのか、アドルフとフェルディナンが戻ってきた。


 「ようはさ、学校の教え方が温過ぎる、こんなんじゃ実戦で役に立たない、ってことだろ」

 と、アドルフ。


 「まあ、簡単に言えばそういうことだね」


 「うむ、ならば簡単だな」

 と、フェルディナン。

 二人揃って頷いている。


 何か嫌な予感がする。


 「二人とも、一体何を企んでいるのかな?」


 「いや、別に企んでるわけじゃねえよ、企むのはお前だしな。まあ、明日の夜にでも話すよ、今日はもう帰ろうぜ」


 そういえばそうだ、“魔の爪”の抹殺が済んだのだから、ここに留まる理由もない。


 「分かった、それじゃあ帰ろうか、皆、帰る際にはマスターにお礼を言うのを忘れずに」


 ここ、“闇の翼”は酒屋さんだが、地下を俺達のアジトとして提供してくれている。

 まあ、この暗黒街にある酒屋なのだから、彼もまた只者ではないのだが。



 俺達は暗黒街に似合わない陽気さで話しながら、旧市街にある兵学校の宿舎に『フライ』で飛んでいった。







[12372] ガリアの闇  第二話    兵学校制圧
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 兵学校。

 ガリア王国首都リュティスの中心部、“旧市街”と呼ばれる中洲には魔法学院や女学院などが立ち並び、その一角に領地を持たない下級貴族の子弟が通う軍人になるための養成学校である兵学校が存在する。

 ここでは本来、魔法や戦闘技術や軍学を学び、5年かけて軍人になるための基礎を積むための場所である。

 しかし最近ではその質も落ち、戦の役に立たない宮廷貴族に接するときの作法などを教えだす始末だ。


 そんな教官連中に嫌気がさし、俺達七人は完全に授業を無視し、中庭で魔法の訓練を行っていた。






第二話    兵学校制圧





 「うりゃああああああ!!!」

 気合いと共にアドルフが『フレイム・ボール』を作り出す。

 どうやら操作性を無視し、ひたすら威力だけを求めているようだ。


 「よし、撃て、アルフォンス!!」


 「了解!」


 アルフォンスが『エア・ハンマー』を放ち、アドルフの『炎球』をかっ飛ばす。


 そしてその『炎球』の先にはアラン先輩が作った全長およそ20メイルの土ゴーレムがある。


 ドゴォォォン!!


 巨大な『炎球』が着弾と共に炸裂し、ゴーレムの上半身を吹き飛ばす。


 相変わらずとんでもない威力だ。おそらく威力だけならスクウェアに匹敵するだろう。


 「ふむ、アドルフが作った『炎球』をアルフォンスが『エア・ハンマー』で打ち出すとはな、中々面白いことを考えるな」

 アラン先輩が感心したように言う。


 「アラン先輩はトライアングルなんだからラインの俺達じゃ最大出力で及ばない、だったら何とかする方法を考えるのが戦の醍醐味ってもんでしょう」

 「そうそう、でも発案はアドルフじゃなくて俺ですよ」

 二人は笑みを浮かべているが、やがて表情が凍りつく。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、という効果音が出てきそうな感じでゴーレムが復元していく。


「言っておくが、一度や二度破壊された程度では俺の精神力は尽きんぞ、さあ、ここからは根競べだ」


 「はっ、面白れぇ!!」

 「後悔させてやるぜ!!」

 と二人揃って同じようなことを言い、再び『炎球』を作り出す。



 「おいハインツ、そろそろこっちも始めるぞ」

 と、フェルディナンが声をかけてきた、その隣にはクロードもいる。


 「今日は“将軍”と“参謀”の組み合わせか、隙がなさそうだね」

 俺は愚痴るように言う。


 「あっちの二人のように俺達は雑じゃないぞ、せいぜい気張るんだな」

 と、クロードも静かな口調で言う。


 「ハインツ、解ってると思うが『毒錬金』は使うなよ」


 『毒錬金』は対生物戦闘において絶対的なアドバンテージを誇る。

 これを使うと流石に訓練にならない。


 「ああ、通常魔法だけで戦わせてもらうよ」


 「ラナ・デル・ウィンデ」

 ほぼ不意打ちに近い形でクロードの『エア・ハンマー』が飛んでくる。


 俺はそれを避けると同時に反撃に移る。


 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 『ウィンディ・アイシクル』、氷の矢を二十本作り出し放つ。

 「イル・フル・デラ」

 続けて、『フライ』を唱え高速で切り込む。


 「ウル・カーノ・ハガラース」

 『炎壁(ファイヤー・ウォール)』がフェルディナンの杖から放たれ、氷の矢は全て溶け落ちる。

 しかし遅い!


 ドン!

 俺は『ブレイド』でフェルディナンに切りかかるが、横からの衝撃で弾かれる。


 クロードが放った『ウィンド・ブレイク』だ。

 同時にフェルディナンも既に『ブレイド』を構えている。


 俺は不利を悟りいったん引くが、クロードはさらに追撃してくる。


 『エア・カッター』が無数に放たれ、俺は風属性の『ブレイド』で迎撃しながら後退する。

 が、そこに炎の槍が飛んできた。

 フェルディナンの『炎槍(ジャベリン)』だ。

 『ジャベリン』には『氷の矢(ウィンディ・アイシクル)』を巨大化させたタイプと『炎の矢(フレイム・アロー)』を巨大化させたタイプがある。

 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 とっさに『氷槍(ジャベリン)』で迎撃するが、さらに3本の『炎槍』が飛んでくる。


 『氷壁(アイス・ウォール)』

 点での迎撃を諦め、面での防御にシフトする。

 『炎槍』の防御には成功するが、それによってクロードの姿を見失ってしまった。


 戦闘が始まれば俺達は一切無駄口を利かない。唱えるのはルーンのみ、そして常に思考を続け最善の選択をする。


 つまり。

 ガキィ!

 頭上から降ってきたクロードの『ブレイド』を俺の『ブレイド』で弾き、さらに腹に蹴りを入れる。


 「ガハッ」


 後退するクロード、この機会は逃がさない!


 バチバチィ!


 空気が帯電を始める。


 「風」・「風」・「水」のトライアングルスペル『ライト二ング・クラウド』


 殺傷能力に優れたその電撃を容赦なくクロードに叩き込む!


 『錬金』。


 しかしその瞬間、銅製の等身大ゴーレムがクロードの前に出現し、『ライト二ング・クラウド』をアースする。


 「エミール!!」


 「よそ見してる暇はありませんよ!」


 巨大な『炎球』が迫ってきた。クロードの相手をしている間にフェルディナンが作り上げたものだろう。

 大きさこそ先ほどのアドルフのものより劣るが充分トライアングルクラスだ、その上追尾機能まで付いている。


 俺は覚悟をきめルーンを唱える。

 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」


 『氷嵐(アイス・ストーム)』を「風」・「風」・「水」・「水」のスクウェアクラスで放つ。

 ゴオオオオオオ!!


 『氷嵐』が『炎球』を消し飛ばし、近くにいたクロードとエミールも飲み込み、フェルディナンへと迫る。

 が、フェルディナンに焦りは無い。

 ドブッ!

 「かはっ」


 地面から生えた石の槍が俺のもつ杖を弾き、俺の腹を突き破っていた。

 『石柱(ストーン・ランス)』

 エミールは吹き飛ばされる前に既にこれを唱えていたのだろう。


 決闘のルールでは相手の杖を先に落としたほうが勝ちとされているので、まだフェルディナンが杖を持っている以上、向こうの勝ちだ。


 ゴオオオオオオ!

 とはいえ、一度発生した『氷嵐』はそう簡単には消えないため、フェルディナンも飲み込んでいく。






 俺は骨の杖で石の槍に『レビテーション』をかけて引き抜くと、血が大量に吹き出る前に『治癒』で傷口を塞ぐ。


 秘薬も何もないためかなりの精神力を消費した。


 「ふう、やれやれ」


 おそらく『氷嵐』でズタボロになっているだろう三人を治療すべく、彼らの元に歩いて行った。








 で、現在反省会の真っ最中。


 「しかしこの卑怯者どもめ、三対一なんてあり得ないだろ」

 俺は睨みながら呪詛を吐く。


 「ふん、別に二人で相手するとは一言も言わなかったぞ。それにお前はスクウェアなんだ、この程度のハンデは当然だろう」

 と、済ました顔でフェルディナンが言う。


 「それでも多いわ! 俺がスクウェアでもお前ら三人でヘクサゴンじゃないか!」


 「まあまあ、先輩落ち着いて、僕もちょっとこれは卑怯かな~、とは思ったんですけど、戦場では何でもありだとアラン先輩も言っていたので」


 少々納得いかないが、ここでさらに文句を言うのも大人げない。


 「まあいいけど、それはそうとして、エミール、『ライト二ング・クラウド』を銅製のゴーレムでアースするのはよく考えたな」


 「あ、ありがとうございます。以前ハインツ先輩が教えてくれた雷の特性をもとに考えて応用してみたんですよ」


 「それにフェルディナンの『炎槍』の時間差攻撃は凶悪だった。一つを防いでいざ反撃!って思った瞬間に残り三つが飛んでくるのはかなり焦った」


 「そうだな、お前らしくなくクロードに行動の自由を与えてしまっていたな」

 あの場では『氷壁(アイス・ウォール)』で防ぐよりも攻撃を避けつつ、水属性の『ブレイド』に切り替えて防ぐべきだった。

 そうすればクロードに死角に回り込まれることもなかった。


 「あの場でクロードがすぐ来たのは、フェルディナンが『炎球』の準備を終えるまでの間、俺の注意を引き付けるため、そして伏兵だったエミールを最大限に生かすため」


 「そのとおり」


 「俺の『氷嵐(アイス・ストーム)』もフェルディナンの『炎球(フレイム・ボール)』を消すので威力がかなり落ちてたから三人とも傷は大したこと無かった」


 「いや、あれを大したことないと言うのはどうかと思うぞ。確かに内臓や頭はほぼ無傷だったか全身に裂傷があって血まみれだったろ」

 と、フェルディナンがつっこんでくる。


 「そうか?派手に血が出てはいたがそれは皮一枚で特に重傷といえるほど切れてなかったからな、仮にハインツがいなくても俺程度の『治癒』で死にはしないレベルだったぞ」

 しかしそれにクロードが反論する。


 「そうですね。やった本人である僕がいうのも変ですけど、ハインツ先輩は腹のど真ん中に大きな穴を開けられましたからね。あれ、ハインツ先輩でなきゃ確実に致命傷ですよね」

 と、エミールが言う。いや、傷のことのみで言えば俺でも致命傷だ、ただ俺は治せるだけで。


 「確かに、水のトライアングルメイジが秘薬を使ったとしてもあれを癒すのは難しいだろう。それを秘薬も何もなしに治すハインツが異常というべきだな」

 と、アラン先輩が言う。


 だがまあ、これには理由がある。

 『治癒』に限らず全ての魔法には「イメージ」というものはとても重要になる。


 例えば『錬金』を行う際にはメイジは錬金したいものを脳内で強くイメージし、魔法の結果を頭に完全に思い描くことで魔法を完成させる。

 つまり、過程を無視して結果のみを発生させることができるわけだ。


 しかし、俺は人体というものを地球の医学で知り尽くしている。

 よって、細胞分裂の仕組みや、赤血球や白血球の形、各臓器の機能や構造など、全てを知り尽くしているため、『治癒』の過程も簡単にイメージできる。

 よって、俺の『治癒』は通常とは比較にならない回復力をもつ、本人が生きていて、脳に損傷さえなければどんな傷でも治すことはできる。


 これは『錬金』や『固定化』にもいえ、物質の構成や化学変化を理解してる俺の魔法は他のものよりも数段優れている。

 空気中の水分を凝結したり凝固したりするのも、水分子の形や水素や酸素の特性を理解しているほうがやりやすくなるのである。


 彼ら六人が強力な魔法を操れる理由に、俺の知識を最大限に活用していることがあるが、これはとんでもないことだ。


 一度、カーセに発火の原理や分子や原子についての説明をしたことはあるが、カーセは完全に理解することは出来なかった。


 地球人がそういう概念を簡単に理解できるのは小さい頃からそういう常識の中で育ってきたからで、ハルケギニア人はブリミル教の影響下にあるためそういう常識がない。

つまり、神がすべての創造主で、その力の一端が魔法であり、魔法とは“そういうもの”であるという常識が、異なる常識を無意識下で弾いてしまうのだ。



 しかし、こいつらはどういうわけかそういう常識レベルが低い。つまり、どんなことでも起こりうるという考え方を常に持っている。

 だからこそ、異界の知識を拒絶せずにありのままに受け止める。そして、それを自分の魔法に最大限に応用する。アラン先輩の理解が一番早く、次第にほかの5人もほぼ理解してしまっている。


 その結果、「ライン」であるアドルフとフェルディナンが「トライアングル」クラスの『炎球』を作り出すことなどが可能になる。(そもそもの魔力容量が桁外れに多いことが前提条件ではあるが)


 「ところでアラン先輩、アドルフとアルフォンスはどうしたんですか?」

 俺は話題を変えるべく先輩に尋ねる。


 「ああ、二人共精神力を使い果たしてダウンしてる」


 「ありゃ、根比べは先輩の完全勝利ですか」


 「いいや、どちらかというと自爆だな。あいつらの魔力なら一回に打てる最大量を10とすれば7程度で俺のゴーレムを破壊できたはずだ」

 特にアドルフは容量だけならは俺たちの中でもトップだ。

 「しかし二人とも毎回限界以上の魔力を注ぎこんで12ぐらいの威力で放った。結果、精神力が尽きてぶっ倒れたわけだ」


 「はあ、何というか、相変わらず全力疾走ですね」


 「ああ、魔法の威力と精神力の容量に関しては二人とも問題無いんだがな、それを制御するのが下手すぎる。いや、制御できないんじゃなくてしようとしないんだな」


 アドルフの「フライアタック」はその最たる例、アルフォンスも真似して使ってる。


 「そうですね、二人とも実戦ではしっかりペース配分出来てますからね、せめて訓練ぐらいでは思いっきりやりたいんじゃないんですか」


 と、気づけば他の三人がいない、向こうで何かやってる、多分新型の連携でも思いついて検討してるんだろう。


 「やれやれ、向上心豊かなのはいいことだがな、付き合うこちらの身にもなって欲しいな」


 「ですがまあ、俺達の訓練にもなるわけですからそこは諦めましょう。それよりも、明日は一体どんな戦術でくるのか、それを楽しみに待っていましょう」


 「やけに年寄りくさいことを言うなお前は、まあ、これも年長者の努めと思ってあきらめるか」



 俺と先輩は共に芝生で寝っ転がってぼんやりと空をながめていた。














 その日の夜、アドルフとフェルディナンとエミールが俺の部屋を訪ねてきた。


 「ようハインツ、暇か?」


 「特にやることがあるわけじゃないけど、何か用?」


 「おう、ちょっと相談があってな」

 そういえば昨日あたりに何か陰謀めいたことを考えてるようなことを言っていた、そのことだろうか。


 「というわけでだ」


 「アドルフ、何がどうなのかさっぱり分からない。ちゃんと一から説明してくれ」


 「アドルフ、お前は黙ってろ、俺が説明する。それからエミール、勝手に本を読み始めるな」

 と、フェルディナンが切り出す。



 「ハインツ、この学校がまるで駄目だということは分かっているな」


 「まあそりゃあね」


 「それで俺達は自分たちで勝手に魔法の訓練をしているわけだが、最大で七人しかいないから3対4が限界だ」


 「そらそうだ」


 「で、集団対集団の訓練をしたいと思って俺とアドルフでクラスの連中に掛け合ってみた」


 「ほうほう」


 「皆かなり乗り気だった。やはり授業に物足りなさを感じていたのは俺達ばかりじゃないらしい」


 「流石に武功が無いと出世できない身分だけあって皆その辺はしっかりしてるね」


 「それで教官に集団訓練をやらせてくれと言いに行ったんだが、あっさり拒否された」


 「腐りきってるね」


 「ムカついたんで燃やしてきた。それで一か月停学中」


 「最近一度も授業に行ってなかったのはそういう理由だったんだね」


 「で、こうなったら勝手にやろうと思って皆で放課後に集団訓練を始めたんだが」


 「怪我人が出たら危ないとかで教官に禁止されたんだね」


 「ああ、もし今度やったら全員停学一か月ということになってしまった」


 「後がなくなってしまったと」


 「というわけだ、何とかしてくれ」


 「ものすごい無茶なこと言うね」


 俺はしばらく考え込む、アドルフやエミールもいつのまにか一緒に考えている。


 「フェルディナン、アルフォンスやクロードはどうなんだ?」


 「あいつら二人も同じような活動して停学一カ月だ、去年からずっと授業に出てないお前は知らないだろうけどな」

 フェルディナンがやや呆れながら言う。


 「うーん、よし、こうなったら毒喰らわば皿まで、ちょっと待ってて」

 俺は机の下に作った金庫から資料を取り出す。


 「何だそれ?」

 アドルフが聞いてくる。


 「起死回生の秘密兵器さ」

 資料を机の上に置いて俺は切り出す。


 「よし、じゃあいっそ俺達が教官の代わりに魔法を教えて集団訓練をする、ていうのはどうだ」

 皆びっくりした表情に変わる。

 「具体的な方法はこう、俺達が学校公認の特別講師になって、9時から12時までの3時間、14時から16時までの2時間の二回に分けて中庭で実戦訓練を行う。志願者はいつでも自由に参加可能。この訓練に参加するならば授業を休んでもサボりにならない」


 「そんなことを認めるわけがないと思うが?」

 フェルディナンが現実的な意見を言う。


 「大丈夫、そこでこいつらの出番だ」

 俺はフェルディナンに資料を差し出す。


 「なになに、裏金の金額、その使い道、裏口入学、禁制品である惚れ薬の購入、浮気相手の名前」

 「こ、こいつはまさか・・・」


 「そのとおり、学長の他人に知られたくない秘密だ。大体、俺達が毎夜のように宿舎を抜け出してるのは学校側も知っているだろう、なのに何もお咎めがないのは何でだ?」


 「いや、お前がなにか手回ししてるのは知ってたが、まさかここまでやってるとは思わなかった」

 フェルディナンがやや顔を引きつらせる、アドルフとエミールも資料を覗き込んで目を丸くしてる。


 「で、それと同じ用途の資料を学校の教官全員分用意してある。だから、いつでも誰でも脅迫可能だ」


 三人ともしばらく固まっていたが、ややあってエミールが聞いてきた。


 「あの、ハインツ先輩、これらの秘密をいったいどうやって」


 「秘密」


 三人ともものすごく気になりまーすって感じの顔をしてる。


 「じゃあヒント、君達は『影の騎士団』の実行部隊だが、俺は主に八輝星との会合や、暗黒街の様々な人達との折衝を行っている」

 これ、12歳の子供がやることじゃないよなぁ

 「ああいう人達との間に信頼関係を築くには、実際に仕事を依頼して代わりに報酬を渡す、つまり、ギブアンドテイクの関係になるのが一番簡単だ。で、流石に六大公爵家や王政府の有力者の情報を探るのはいくら彼らでも難しいから、このリュティスにおいて手頃な感じで俺が知りたいことを調べてもらったわけだ。特に禁制品や浮気調査、裏金とかに関しちゃ彼らは専門職だからね」


 「・・・・・」

 「・・・・・」

 「・・・・・」


 皆にも大体の事情が呑み込めたようだ。


 「まあ、暗黒街の彼らがどのくらいの情報収集力を持っているのかも確かめておきたかったから、ちょうど良かったんだ」


 「で、何か固まってるけど、結局やらないのかい?」


 「やる」

 「やるさ」

 「やります」

 三人とも一瞬で復帰、この切り替えの速さは流石だ。


 「ところでハインツ、学長と教官達の秘密を握ってるってことは、全員が後ろ暗いことをやってたってことか?」

 アドルフはこういうところに以外と鋭い。

 「その通り。元々ここの教職っていうのは大貴族の三男や四男が親の威光にすがって就く仕事なんだ」

 日本風に言うなら政治家の天下り先企業といったところだ。


 「おいおい、兵学校ってのは未来のガリアを守る軍人を養成するための学校だろう、せめて退役軍人とか使えよ」

 アドルフが呆れ果てている。


 「まあ、その辺の文句は王政府に言うべきかな、正直これは政府が腐ってる証拠のように思える」


 「だが、僥倖でもあるな、そんな連中ならば俺らをどうにかしようとする気概もないだろう。まあ、それは焼き飛ばした際に大体わかっていたが」

 フェルディナンが平然と怖いことを言う。


 「なるほど、そこに腐ってるやつがいたらぶっ飛ばす。『影の騎士団』の基本ですね、何か面白くなってきました」
 
 エミールがとても楽しそうにいう。


 やはりこいつらは真正のリスク・ジャンキーだ。


 「三人共、徐々に趣旨がずれてきてるけど別に教官と戦う訳じゃないからね、とりあえずそこのところは忘れずに」


 何か徐々に異様な盛り上がりを見せる三人を見てると、やっぱ話すべきじゃなかったかな、と少し後悔する俺だった。






[12372] ガリアの闇  第三話    近衛騎士
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 ガリア王国首都リュティス。

 その東端に王家の人間が住まうヴェルサルテイル宮殿は存在し、俺の叔父であり後見人であり上司であるジョゼフ殿下はそこの北の離宮に居を構えている。

 ブリミル歴6234年、四月(本当はハルケギニア流の呼び名があるのだが、めんどいので俺は数字で呼んでいる)兵学校を卒業した俺は兼ねてからの予定通り、ジョゼフ殿下の近衛騎士としてここに仕えることになった。






第三話    近衛騎士






 俺が兵学校にいた期間は2年間、本来なら5年間かかるはずだがこんなに短期間で卒業できたのには相応の理由がある。


 去年の11月頃、俺達7人は学長と教官連中を例の資料で脅し、学校公認の特別講師という役職に就いた。


 特別講師とはいっても中庭で魔法を実演することとアドバイスする程度で、もし、外部から客が来たときなどは、生徒同士が互いに教え合って魔法を鍛える実習なのだと言い含めるように学長達には言っておいた。


 俺が「水」、アドルフとフェルディナンが「火」、アルフォンスとクロードは「風」、アラン先輩とエミールは「土」担当で魔法の実践的な使い方を教えていき、集団戦闘の訓練を行った。


 初期に参加した生徒はアルフォンスやアドルフのクラスメートくらいで、特に「風」「火」「水」は自分より年下に教わることになるので、上級生で参加する人はいなかった。


 しかし、「土」だけは四年生のアラン先輩が講師でエミールはその助手に徹していたため、三年生や四年生も参加しており、そこから噂がどんどん広まり、やがて一年生はほとんどが参加するようになり、二か月も経つ頃には全校生徒の約半分が参加する一大イベントとなった。

 リュティス兵学校には一学年につき約200名の生徒がおり、全校では約1000人に達する。


 よって、250対250の二個中隊同士の戦いを行うことができた。


 東軍と西軍に別れ、メイジの属性配分は互いに 土:水:火:風=2:2:3:3ということになり、俺、アドルフ、クロードが東軍、アラン先輩、フェルディナン、アルフォンス、エミールが西軍となり、ぶつかりあった。


 東軍は俺を総司令官に、出来のいい五年生を五人ほど選び小隊長として各々に20名ずつ指揮させ、アドルフは火メイジ50人を率いてもらい、クロードには風メイジ50人を指揮させ、残りは俺が指揮した。

 西軍はアラン先輩を総司令官に、フェルディナンが火メイジ50人、アルフォンスが風メイジ50人、エミールが土メイジ30人を指揮し、五年生の水メイジ二人がそれぞれ20人ずつ水メイジを指揮し、残りはアラン先輩が直接指揮した。


 勝利条件を総司令官の敗北などとすると、結局俺達七人だけで決まってしまうので、戦闘開始から一時間が経過した時点において自力で立てるものが多かった方が勝ち、ということになった。


 この戦いでは互いの指揮能力を競うため俺達七人は魔法を使わずに戦い、結果、東軍の生き残りは53名、西軍の生き残りは72名で、西軍の勝利となった。


 水メイジの大半が精神力を使い果たしていたため、俺が大半の奴らの治療を行うことになり、結果、“ヒュドラ”を使用する羽目になった。


 とまあ、その第一次大戦(第八次大戦まである)が一月に行われ、それ以来、俺達七人の学校における影響力はより強固となり、アラン先輩とエミールは食堂の改善に乗り出し、予算を勝手にやりくりして食堂の値段を半額に落とすことに成功した。

 それ以来、生徒全員が俺達を支持するようになり、設備や器具など他にも色んなものを整備した。


 『影の騎士団』としての活動も並行して進め、大戦で輝かしい武功をあげた者には褒美として50エキューを渡すと共に、暗黒街での掃討作戦に参加する権利を与えたりした。

 流石に暗黒街へ行ったのは四、五年生の中で最も戦闘センスがある者だけだが、実戦でもなかなかの働きを見せた。


 そして、第二次大戦では参加人数は800人に増え、生き残った者には5エキュー、手柄をあげた者には20エキュー、最も活躍した者達には50エキューと、褒賞金の金額も制定し、より大規模な戦いとなった。

ちなみに、この金はアラン先輩とエミールの二人が捻出した。


 最後の第八次大戦には全校生徒が参加し、三日間もの期限を設け校舎全体を使い、500対500の壮絶な戦いとなり、籠城戦、白兵戦、奇襲、夜襲と何でもありの総力戦となった。

当然、糧道(食堂から前線への通路)を狙ったり、兵站輜重に兵を割いたり、使い魔が既にいる者はそれを利用して哨戒にあたったりと、正に実戦さながらの訓練となった。


対外的には教官達が発案し、学長が認めたことになっているが、一体誰が兵学校の本当の支配者かは既に生徒全員が知っていた。



 とまあ、そんなことをやっていると学長が、

 「君達7人の卒業資格を特例で進呈するから、どうか士官学校に進んでくれ」

 と、涙目になって懇願してきたので、俺達が力量十分と判断した者も一緒に卒業させる、という条件を飲ませた上で了承した。


 結果、俺達7人と、五年生全員、四年生88人、三年生31人、二年生16人、一年生4人が卒業することとなった。


 当然、士官学校は難色を示したが、俺が両学校の学長と偉い立場にいる者たちに、ある秘密文書を送ると手のひらを返したように受け入れた。


 とまあ、そういう経過で、アラン先輩は4年、俺、アドルフ、フェルディナン、アルフォンス、クロードは2年、エミールは1年で兵学校を卒業することになった。


 アドルフ、フェルディナン、アラン先輩は陸軍学校、アルフォンス、クロード、エミールは空海軍学校に進み、俺はヴェルサルテイル宮殿の近衛騎士となった。


 だが、結局皆リュティスにいることは変わらないので、『影の騎士団』としての活動も継続していくこととなった。

 「俺はともかく皆の都合は大丈夫か」と聞いたら「どうとでもなる」という実に力強い言葉がかえってきた。

 おそらく士官学校でもあっというまに頭角を現すことだろう。




 そういう経緯で、俺は今近衛騎士としてヴェルサルテイル宮殿に仕えているわけだが、それは建前で、実際には北花壇騎士4号ロキとして、宮殿に参内する貴族を悉く把握、監視し、その行動をジョゼフ殿下に報告する諜報員である。


 そして、夜になり宮殿の門が閉ざされると俺はジョゼフ殿下の下を訪れ今日一日の報告をする。

 夜になってから非公式に訪れる客もいるが、それらの監視は別のものが行っている。

 正確にいうと俺は監視者というよりも、監視者達のまとめ役なのである。





 「殿下、失礼します」

 今日の仕事もほぼ終わり、俺は最後の仕事をするべく殿下の部屋を訪れる。


 「おお、来たかハインツ、毎日毎日ご苦労なことだな」

 ジョゼフ殿下が資料を片手に答える。


 「それは一体なんですか?」

 俺は気軽に話しかける、騎士たるもの主人のプライバシーに立ち入るべからすなどというものはこの主従の間には存在しない。

 「何、いつもの依頼だ。自分の領地と隣の領地の境目にオーク鬼共が住み着いた、退治してくれという話だ」


 このガリアではよくあることだ、亜人や幻獣が森に住みつき領民に被害が出る。

 領民は当然領主に訴えるが、森に兵を出すのを嫌がった領主が王政府に花壇騎士の派遣を要請する。

 そして、花壇騎士が足りないときや場所がリュティスから遠く離れている場合などは北花壇騎士団にその役目が回ってくることになる。


 「亜人討伐任務ですか、それなら俺の担当じゃありませんね」

 俺は基本的に粛清、暗殺担当だ。

 怪物退治なら他に適任がいる。


 「そうだな、この件は9号か11号あたりに任せるとしよう」

 9号と11号がいかなる人物か俺は全く知らない、それらを把握しているのは団長であるジョゼフ殿下のみだ。


 「それで、本日の報告ですが、大臣たちには特に動きは無く平常どおりです。ですが、封建貴族のほうに少し動きがありました。ウェリン公とアンボワーズ侯が接触を図ったようです、また、カンペール公自身には動きはありませんが、分家筋のティエンヌ伯がベルフォール公と会談の約束をしていたそうです」

 貴族には領地をもつ封建貴族と領地をもたない法衣貴族とに分かれる。

 封建貴族の頂点はいわゆる六大公爵家であり、法衣貴族の頂点は各大臣である。


 公爵家出身でも長男以外は基本的に(長男が子を残さず死んだ場合などは相続可能だが)領地を相続できず、結果、法衣貴族として軍人か官吏になる。長男が子を残さず死んだ場合などは次男三男に相続権が回ってくる。

 そういう者達は下級貴族に比べはるかに出世しやすく、大臣などは大体実家の後ろ盾を受けた大貴族の次男、三男がなる。

 大臣を束ね、時には王の代行をも務める宰相は基本的には法衣貴族が就くが、時に領地持ちの公爵などが就く場合もあり、そう言った場合は王に匹敵する権力を持つことになる。


 「ふむ」

 殿下は俺が差し出した資料を読みながら何やら思考している。


 「現段階ではそれほど気になる動きではないが、対象が大物だけに少し警戒する必要があるな。ハインツ、この二人の動向には今後注意しろ、場合によってはお前に仕事を頼むことになるかもしれん」


 「御意」


 俺は短く答える。こういったやり取りは最近では日常と化している。


 「さて、そちらは良いが、『影の騎士団』の方はどうだ、最近報告を聞いてなかったが」


 「かなり順調ですよ。八輝星を通して暗黒街の無法者は大体管理下に置きましたから、一般市民に危害を加えない限り違法取引を認めることなってるので、堅気に手を出した犯罪者は身内から粛清されるようになりました」


 「お前が言っていた大物に小物を始末させる。というやつか、思ったより上手く機能しているようだな」


 「ええ、これは俺の経験ですが、頭の悪い小物のほうが帰って始末に負えないものです。そういった奴らにはわかりやすい恐怖の方が抑えがききますから、頭の良い大悪党と取引するほうが余程効率的です」


 「なるほど、エドモント伯が頭の悪い小物、ヴィクトール侯が頭の良い大物、という例えか」


 あっというまに気付かれた、この方は一体どこまで俺のことを把握しているのか。


 「そういうことで、貧民街の住人が不当な暴力を受けることはかなり減りました。暗黒街の犯罪者を抑えつけているのがジョゼフ殿下である、という認識も少しずつ広まり始めましたので、第一段階はほぼ完了かと」


 第一段階は、暗黒街の大物を味方につけること。

 第二段階は、ジョゼフ殿下が貧民街の人々の支持を受けること。

 第三段階は、支持層をリュティス全域に広げることだが、これは正直言ってかなり困難だ。


 「よし、活動はそのまま継続しろ、だが、金は出せんぞ」


 『影の騎士団』の活動にあたって俺達は王政府の金を一切使っていない、なぜなら金を使ってジョゼフ殿下の支持層を広げれば、逆に裏金問題で付け入る隙を与えかねない。


 よって、あくまでボランティア活動の一環としてジョゼフ殿下の支持層を広めねばならず、暗黒街では暴力で十分なのだが、貧民街では、地道な草の根活動をしていくしかない。


 「了解しましたけど、第二段階完了には2、3年はかかりますよ」


 「構わん、所詮お前がやっていたことの延長だ。仮に失敗しても王政府に一切損害はない」


 「あのー、俺が死んじゃうかもしれない辺りはどうなんでしょうか」


 「ああそうか、お前は近衛騎士だから損害が無いわけではないな」


 「いや、そういうことじゃなくて」

 俺はもう諦める、まあ、俺が死ぬなどとは微塵も考えていない辺り、信頼されているのだと解釈しておこう。


 「とりあえず報告は済んだので、俺はそろそろ退出します」


 「じゃあな」


 実に王子らしくない言葉で送られ、俺は離宮をあとにした。


 通常、近衛騎士は宮殿内に存在する近衛騎士専用の宿舎に住むのが一般的だが、俺は宮殿外に住んでいる。


 というのも、宮殿内に住むと無断で外に出るのが面倒で、万が一見つかると投獄される危険すらあるからだ。


 よって、リュティス北東部にある宿屋の一室を借りている。


 ここに置いてあるのは純粋な身の回りの品のみで、口外出来ない資料などは暗黒街のアジトを始めとする。リュティス中に存在する情報提供者や協力者が経営している酒場や宿などに保管してある。

 一つの場所に集中せず、各地に分散して保管しているので少し面倒ではあるが、各店のマスターは俺の他のアジトの場所を知らないので万が一裏切っても損害はそこだけで済む。


 逆に、その店に接触したものを洗い出すことで敵対者の動向を探ることが可能で、全てのアジトを把握してるのは俺だけなので全滅することはありえない。


 その上、保管してあるのは全て予備の複製品で、原本は暗黒街八輝星の一人、情報屋の“梟”に預けている。


 “梟”という男は絶対に預かった情報を漏らさないことと、絶対に他者に奪われないことを売りにして八輝星にまで登り詰めた男で、その正体は誰も知らない。


 だが、信頼性は王宮の宝物庫よりある。なぜなら信頼性を失った時こそ彼が命を失う日になるからだ。


 『心眼』で視てみると、彼も輝きを放っており、八輝星ともなる者は全員相応の輝きを放っている。

 暗黒街は完全実力主義の場所なため、そこの頂点に立つには生半可な実力や覚悟では不可能だ。

 正直、血統以外なんの取り柄もない腐った宮廷貴族よりは余程好感が持てる。



 とまあ、そんな感じで徐々にリュティス全域に情報網を広げながら、ジョゼフ殿下近衛騎士、兼、北花壇騎士4号ロキ、兼、影の騎士団団長としての俺の生活は過ぎていった。







[12372] ガリアの闇  第四話    殲滅任務
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 ジョゼフ殿下の近衛騎士になって早二年が過ぎた。

 俺は現在14歳、身長も188サントになり、骨格や筋肉が大体形成されたため、魔法だけでなく武術的な訓練も最近始めている。

 他の北花壇騎士とは面識がないので比較はできないが、『毒錬金』を使わなくとも、騎士団上位の戦闘能力があると思う。

 そんな訳で、今回受けた任務はこれまでとは少々異なるものだった。







第四話    殲滅任務







 「殲滅、ですか?」


 ヴェルサルテイル宮殿の北の離宮、ジョゼフ殿下の部屋において、いつものように指令を受けた。


 「ああ、盗賊団クレイモア。総勢は約200名、それらを全て残らず殺してほしいそうだ」

 殿下はこともなげに言う。
 

 「ということは貴族からの依頼というわけですか、それで、期日はありますか?」


 「特にはないな、説明するのも面倒だからこれを持って行け」

 と言って殿下は資料をよこす。


 「お前の毒ならば簡単に殲滅できるだろうが、『影の騎士団』を動員しても構わん、好きにしろ」


 「了解しました」







という会話をしたのが二日前、現在俺達はランドロ―バルの背に七人で乗ってリュティスから東におよそ550リーグ離れたコルス地方に向かっている。

流石に七人も乗せているので時速40リーグ程度で飛行してもらっており、到着は明日になるだろう。


俺一人でも殲滅は可能だったが、より成功率を上げるためと、最近『影の騎士団』として大がかりな作戦がなかったので皆がやや退屈ぎみだったこともあったので、皆に助力をお願いした。


「で、ハインツ、今回の任務は一体どういう感じなんだ?」

 アドルフが興味津津に聞いてくる。

 大体いつも真っ先に発言するのはアドルフであり、そのへんも“切り込み隊長”の由縁になっている。


 「そうだね、説明するのはいいんだけど、理解するにはまず予備知識が必要だな。ちょっと長い説明になるけど、どうせあと10時間は飛びっぱなしなんだから丁度いいだろう」

 そう前置きしてさらに断りを入れる。


 「多分アラン先輩とクロードあたりならもう知ってると思うから、二人はちょっと後ろに、エミールとアルフォンスはちょっと前に来て」


 ランドローバルの全長はおよそ18メイル、7人でも余裕で乗れるが飛んでる最中は声が届きにくいので少し詰めてもらう。


 「さて、まず最初に、このガリアにおける領地は大きく分けて3種類ある。エミール、分かるかい?」


 「ええと、王家直轄領と、王領と、それから貴族領、ですか?」


 「正解、王家直轄領ていうのは完全にガリア王家の所有物。もし仮にどっかの公爵家に王権を禅譲して国名が変わったとしても、ガリア家の領地として残る部分だ」

6000年歴史の中で、王家が危機に瀕したことは少なくない。


 「それで、王領というのは公的な土地、王政府の役人が行政官や太守として送り込まれて管理してる土地だ。これは各諸侯の頂点に立つ王家として所有してる土地であって、ガリア家の所有物ではない。まあ、この6000年間ずっとガリア家の管轄になってるけど」

 危機に瀕してもそのたびに持ちこたえたガリア王家、ゆえにガリア王家はこの世界最強の王家と言える。


 「そして、貴族領というのは封建貴族が保有している土地だ。この土地の中では貴族には統治権(徴税権・裁判権・不介入権等)が与えられているから、王政府に認められているから存在できる。という点を除けば小さい国家ともいえる」

 つまりこのガリアの国家制度は古代中国における郡国制に近い。

 秦の始皇帝が布いた郡県制は、皇帝が各地に官僚を派遣し地方行政一般を担当させ、官僚は世襲ではなかった。

 郡国制では皇帝の直轄領では郡県制を布いたが、他に幾つかの王国があり、世襲を認めていた。


 「王家直轄領で盗賊や亜人などが出没した場合、花壇騎士が派遣される。今回のように数が多い場合だったら軍隊が派遣されることになる。ちなみに王家直轄領の人口はだいたい100万人くらい」

 国の人口の約7%を有しているのだ。


 「王領というのはほぼすべてが都市か街だ。都市だったら太守、街だったら行政官と呼ばれる人が最高責任者で都市や街を結ぶ街道の管理も仕事内容だから、そこに盗賊とかが出たら討伐する義務がある」

 こうした役につくのが法衣貴族と言われる人たちだ。


 「そのために各都市や街には軍が駐屯している。当然、街や都市の規模によって数は変わる、王領の人口はだいたい500万くらいかな」

 国の人口の三分の一になる。


 「そして、一番問題になるのが貴族領で盗賊や亜人や幻獣とかが発生した場合だ。さっきも言ったように、王領の大半が都市や街ということは、残りの農村、漁村などが貴族領になる。当然、人口は最も多く、全部で900万近くになるが、同時に最も土地が広く、人口密度が少ない」

 人口だけで言えば60%が貴族保有となるのだ。

 「何しろ、一番近くの集落まで徒歩で三日以上かかる村なんてのはあちこちにある。だからそんなところに盗賊などが現れても領主はなかなか手が回らない」


 討伐隊を出しても空振りすることのほうが多い。


 「そういうわけで、王領と貴族領を比較すると圧倒的に王領の方が治安がいい、しかも王政府は大陸公路と呼ばれるガリアの主要街道を全部管轄下に置いてるから軍隊の派遣なども早い」

 大陸公路という名称はまだガリアが現在ほど大きくなく、周囲に多数の国家が存在していた頃の名残だ。

 昔はアルビオンと区別してハルケギニアを単純に“大陸”と呼んでいたらしく、そこに存在する国家間を結ぶ主要街道は“大陸公路”と呼ばれ、それが現在まで残っている。


 「逆に貴族領は自分の領地が攻められたときに道路がしっかりしてると攻めよせた軍の補給が容易になって、防衛する側にとっては不利になる。それ以前に道路を全部整備するには莫大な金が必要な上、管理にも手間がかかる。そういった諸々の事情から、あまり道路が整備されていなくて警備も少ないから、そういった所に盗賊や幻獣が住み着くわけだ」


 ここまで説明して、一呼吸おく。


 「ここまでの説明で分からなかったことはあるかな?」

 四人とも少し考え込むが、アルフォンスが発言する。


 「ようするに、王領ってのは都市と街とそれを繋ぐ街道で、そこはしっかり整備されてるし、軍隊もいるから安全ってことだよな。でも、貴族領は農村とかが主だから、街道もしょぼくて軍隊も少ない。結果、夜盗や亜人や幻獣が増える。そういうことか?」


 「うん、まとめるとそんな感じだな。だからこそ領民の数では貴族領の方が多いけど、王家の方が有利になるわけだ」


 「なるほど、貴族が反乱起こしてもあっさり鎮圧されてお終いってわけか」


 「で、封建貴族も私兵や騎士団を抱えてるわけだけど、錬度や絶対数で王軍に劣るから、下手に討伐に派遣して返り討ちにあったりしたら大変だ。そんなことになれば領主としての義務を果たしてないとかいう理由で領地を減らされかねない」

 格の低い貴族なら最悪取り潰しの口実になる危険がある。


 「そこで、金を払って花壇騎士の派遣を王政府に要請するわけだ。それなら仮に失敗しても領主の責任にはならない、ひどい領主になると盗賊団に金を払って保身に走り、村を見捨てる場合もある」


 「そりゃひでえな」

 アルフォンスだけでなく他三人も神妙な顔をしてる。


 「それで、今回はお前が派遣されたというわけか」

 と、フェルディナンが言う。


 「いいや、実は違う。そういう場合では通常の花壇騎士が派遣されるほうが多い、俺のような北花壇騎士が派遣されるのはさらに特殊場合だ」

 「特殊な場合、ですか?」

 と、エミールが不思議そうに言う。


 「そう、例えばアドルフとフェルディナンが領地を持っていて、しかも隣同士だったとする。普段、アドルフの領地の端にある森に住んでいるオーク鬼の集団がフェルディナンの領地の端にある村を襲った。この場合、どちらの領主が解決すべきか、という問題だ」


 エミールはしばらく考え込む。


 「多分、フェルディナン先輩はお前の領地に住んでいるオーク鬼なんだからお前が始末しろって文句言いますよね。でも、アドルフ先輩にとっては自分の領民が被害を受けたわけでもないのになんでお前の為に退治せねばならん、て言って突っぱねるでしょうね」


 「そう、そんなところに花壇騎士を派遣したとしても、今度は王宮への謝礼をどっちが払うかでまた揉める。花壇騎士というのは基本的に真面目だから自分で咄嗟に判断するのが苦手だ。つまり、こういう臨機応変な対応を求められる任務には向かない」


 まじめ一徹の騎士団は融通は利きづらい。長所もあれば短所もあるのだ。


 「そして、そんな厄介な任務が北花壇騎士団に回ってくるわけだ」


 「なるほど」


 「今回の任務の場合、二つの領地の境目で「土石」の鉱脈が発見され、その採掘権を巡って領主同士が対立したんだ」


 ガリアの貴族に譲り合い精神や調和の心を求めてはいけない。何しろ陰謀と簒奪の国、上が上なら下も下、ということだ。


 「そして、揉めに揉めた挙句、両方とも実力行使に出ようとして傭兵を集めた。しかし、激突する前に片方の家の跡取り息子が平民の女性と駆け落ちするという事件をやらかした」


 話を聞いてた四人がガクッと崩れる。


 「一人息子だったもんで、そっちの家は鉱脈どころじゃなくなった。それで、その鉱脈はもう片方の家のものになったんだが、結局使わなかったから傭兵達に満足な報酬を与えなかった」


 でもヴァランスの分家にはもっとひどいのがいたからなあ。アンドレとかファビオとか。


 「あとは分かるな、その傭兵達が夜盗と化して近隣の村を好き勝手に襲い始めた。村を焼き、女を犯し、財産を奪いとまさに略奪の嵐だ」


 俺たちの流儀による抹殺項目のすべてをやってる。


 「で、困ったそいつが北花壇騎士団に依頼してきたわけだ。何しろ理由が理由だから王政府に訴えることもできない」


 「それでハインツ先輩が派遣されたわけですか」


「そう、俺の任務はその連中の殲滅とその領主の粛清だ。もし可能なら駆け落ちの方も探って来いと言われたけど、そっちはめんどいからパス」

その盗賊たちは強盗殺人、強姦殺人、放火殺人の罪を犯している。

日本の法律ですら死刑は免れない。

……強盗殺人。放火殺人(正確には火葬)なら俺たちもしょっちゅうやってるが。まあ、俺たち全員覚悟の上だ。やったことに対する責任は取る心構えで生きている。誰にも責任は押し付けない。非常に自分勝手だが、それが俺たちの流儀だ。



 「はぁー、北花壇騎士の任務ってのは、そんなんばっかなのか」

 アドルフが溜息をつきながら言う。


 「いや、まだいい方だよ。弟が兄の不正を暴いた上で、兄を殺してくれって依頼してくることもある」


 「はい?」


 「つまり、不正を行っている兄を北花壇騎士が事故に見せかけて粛清する。その結果、弟が新しい当主になって北花壇騎士団に礼金を払う、そういうことさ」


 「あのー、それをハインツ先輩がやったんですか?」

 エミールが恐る恐る聞いてくる。


 「一応な、だがその不正自体、弟が兄を陥れるためにでっちあげたものだったんだ。だから、弟は謎の強盗に襲われて死に、弟が個人的に保有していた財産のうち、ちょうど礼金と同じ額だけ盗まれた」 


 「一応聞くが、その強盗の正体は?」

 フェルディナンが問う。


 「御想像におまかせします」


 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」

 「結果的には良かったんじゃないかな、その兄の方は弟が自分を殺そうとしていたことを知らずに済んで、今でも普通に領地経営してるらしいから」


 「まあ、確かにそうかもしれねえけどな」

 アドルフが微妙な表情で言う。


 「一つだけ言えることがある」

 フェルディナンがはっきりという。


 「何だい?」


 「お前はたぶん碌な死に方をしない」


 「あ、僕もそう思います」

 「俺も」

 エミールとアルフォンスも同意していた。











 次の日、前日に400リーグほど進んだので残り150リーグ、朝早くに出発し、今日中に殲滅は終える予定だ。


 空の旅の間、昨日のように雑談をしていたが、ある時またアドルフから話題が振られた。


 「そういやハインツ、『サモン・サーヴァント』で自分が望む使い魔を呼ぶ方法ってのを調べてくれ、って前頼んだよな」


 「そういやそうだった、完璧とはいえないけど大体わかったよ」


 「おお、流石物知りハインツ! で、どうすりゃいいんだ」


 「簡単に言えば『サモン・サーヴァント』を行う際に自分が呼びたい使い魔を心の中で念じるだけ。だけど、その際に落とし穴がある」


 「落とし穴?」


 「そう、『サモン・サーヴァント』というのは自分に適した使い魔を召喚する魔法だから、貴族学校などでは進む分野を決定するための目印にする。だから、進級試験に用いられる」


 「そりゃ知ってるけど」


 「つまり、特定の何かを願わなければ自分に適した使い魔が呼ばれる。その使い魔と念じた使い魔の属性が違うと、逆に効果を相殺してしまう」


 「んー、つまりどういうこった?」


 「例を言えば、特に何もなければグリフォンを召喚する予定だったメイジがいるとする。グリフォンは風系統の幻獣だからそのメイジは風の適性が最も強いことが証明される。たまに自分の得意な系統がよくわかっていないメイジもいるからね」


 「ふむふむ」


 「で、そのメイジが火系統の幻獣であるサラマンダ―を心の中で念じて『サモン・サーヴァント』を唱える。サラマンダー来ーい、サラマンダー来ーい、という感じで」


 「それじゃ呪詛だな」


 「そうすると、風と火が相殺して、犬なんかが呼ばれたりする」


 「グリフォンから犬か、随分落ちるな」


 「まあ。犬は鼻もいいし、それはそれで使いようはあるけど、もしこれが土系統のジャイアント・モールなんかを呼ぼうとしたら、鼠か虫なんかになる可能性もある。何しろ土と風は対立系統だ」


 「流石に虫は御免だな」


 「ところが、同じ系統の風竜を念じると、風竜を呼び出せるわけだ」


 「なるほど、相殺じゃなくて増幅になるんだな」


 「そう、だから自分の属性が既に分かっていれば、それに会った使い魔を呼ぶことができる」


 「質問」


 「なに?」


 「さっきの例で、梟とか鷹とかを呼ぼうとしたらどうなる?」


 「その場合普通に呼べるらしい、鳥も大別すれば風系統といえるから、ただ、これらはあくまで統計的な記録から推察したものだから完全に間違いないとは言い切れない」


 「ふーん、そんなもんか」


 「アドルフは火竜を呼びたいんだっけ」


 「応よ、やっぱり攻撃力の点で一番いいのは火竜だからな」


 「まあそのかわり雨に弱いとかの欠点もあるけど、それは火メイジ全員にいえることか、フェルディナンはどうなんだ?」

 後ろで黙って聞いてたフェルディナンに尋ねてみる。


 「俺か、鳥などは手紙を届けれたりと日常生活では便利だろうがやはり俺は軍人だからな、やはり火竜が一番良いのではないかと思う。まあ、サラマンダ―でも文句はないが」


 「成程、アルフォンスとクロードは?」


 「うーん、空飛べて足が速けりゃなんでもいいんだけど、そうなると一番速い風竜がいいのかな?」

 と、アルフォンスは考え込む。


 「しかし、体がでかすぎると哨戒などには向かない、鷹や隼などの猛禽のほうが向いているのではないか」

 と、クロードは言う。


 「それもそうか、いや、けどよ、俺達が目指すのは艦長や提督だろ、哨戒とかは部下に任せりゃいいんじゃないか?」

 アルフォンスが反論する。

 「ふむ、そういう考え方もあるか、そうなると艦長たるもの部下に威厳を示すためには」


 「やっぱ風竜かな?」


 「少なくともカラスでは話にならんだろうな」


 消去法で風竜に決まったようだ。


 「アラン先輩とエミールは?」


 「僕達は前から決まってますよ」


 「へぇー、何なんだ?」

 と、アドルフも聞く。


 「土小人(ノーム)です」


 「ノーム?」

 アドルフが分からんという顔をしている。


 「ノームというと、土系統の小人で地面の穴に住む妖精の一種だったか」


 「ええ、ノームは頭が良くて人間の言葉がわかりますし、ちゃんと教えれば人間の言葉も話せるようになるそうです。ですから、僕やアラン先輩みたいな机仕事組には最高のパートナーになってくれますよ」


 「なるほど、ちょっと部屋を留守にした際も使い魔の小人に留守番させとけば使い魔の目と耳を通して用件は聞ける。しかも、言葉が話せるんなら代弁もできるな」


 「鋭いなハインツ。まあ、俺が最初に亜人なんかを召喚出来たら仕事を手伝わせられるなって言ったら、こいつが最適な妖精を探してきたんだ」

 アラン先輩が言う。


 「でも、ハインツ先輩は何もせずにランドローバルを召喚したんですよね、やっぱりハインツ先輩は凄いんですね」


 「ありがとうエミール、確かに、ランドローバルが俺にとって最高な使い魔だというのは間違いない」


 「ハインツは一応水のスクウェアだけど風や土はトライアングル、火でもラインぐらいはいけるからな、要は万能タイプ、だから“無色の竜”が召喚できたんだな」

 と、アルフォンス。


 「確かに、“無色の竜”は破格の使い魔といえるな。だがハインツ、ふと気になったんだが、お前はオルレアン公の使い魔が何か知っているか?」


 「オルレアン公の?」


 「ああ、彼が12歳でスクウェアになり、しかも苦手な属性が無い天才だという話は有名だが、不思議とその使い魔の話は何も伝わっていない。“メイジの力量を測りたければ使い魔を見よ”などと言われているにもかかわらずだ」


 「そう言われてみりゃ不思議だな」

 アドルフも同意している。


 「俺は知っているけど、これは例によって機密だから口外無用で頼む」

 そう前置きはするものの、彼らは馬鹿ではない。

 情報の軽重など特に注意しなくとも理解するし、情報をもらすことなど絶対に無い。


 「オルレアン公の使い魔は、水の精霊らしい」


 「水の精霊?」

 フェルディナンが皆を代表するように眉をしかめる。


 「ああ、オルレアン領はラグドリアン湖のガリア側だろう、そのラグドリアン湖の水の精霊が彼の使い魔だそうだ。まあ、水の精霊というのは集合体だから、正確にはその一部ということになる。極論すると水の秘薬も水の精霊ってことになるから」


 「すまん、よく分からないんだが」

 フェルディナンが顔をしかめる。


 「まあ、これはエルフとかの先住の民の話だが、この世の万物には土、水、火、風を基本として様々な精霊が宿っている。それらとの対話を行って力を借りるのが先住魔法。彼ら風に言うと精霊の力ってやつだ」


 「精霊の力、ねえ、やっぱすげえのかな。まだ見たことねんだよな」と、アドルフが横からつぶやく。


 「“風石”や“土石”はその精霊の力が結晶になったもの、そして、水の秘薬は水の力が結晶になったもの。その中で高密度の精霊の集合体であり、人間と対話できるほどの力を持っているのがラグドリアン湖の水の精霊だ」


 「つまり、水の精霊にとってはとっては全が一、一が全、そういうことか?」

 再びフェルディナンが相槌を打つ。


 「簡単にいえばそうなる、水の精霊の体の一部が最高級の魔法薬の原料になるのはそういうことだ。で、オルレアン公の使い魔は意思を持てるほどの集合体というわけだ」


 「それは、とてつもないな」


 「だが、前例がないわけじゃない、トリステイン王家が水の精霊と繋がりが深いのは初代の王が水の精霊を使い魔にしたからだと伝承されている」


 「なるほど、そういえば、シャルル王子がオルレアン公となって以来、オルレアン領はより豊かな土地になったと聞いたことがあるな。それはつまり」


 「そう、水の精霊の恩恵だろうな、だからこれが公になると、トリステインとの外交問題に発展しかねない」


 「水の精霊の恩恵を横取りしたと難癖つけてくる可能性があるというわけか、しかしハインツ、お前なぜそんなに精霊に詳しい?」


 「ヴェルサルテイルの資料庫にそういう本がたくさんあってな、何しろガリアは古くからエルフと戦争している、精霊について研究するのは当然だろう」


 「確かににそうだな、先住魔法を自在に操るエルフに挑むならばその力の源である精霊について王政府が研究しないわけが無いな」


 「そういうこと」


 この後、話は使い魔から精霊の力に移り、さらなる質疑応答が続いた。











 焼け落ちた村の跡地にその盗賊団は宿営していた。


 数は人間が221人、馬が58頭、そしてグリフォンが1頭、アルフォンスとクロードが『遠見』の魔法で確かめた。


 時刻は1時ちょうど、この時間帯で平然としているうえに見張りすらいない。

 「皆、どうやら情報どおりらしい、一度領主は兵を出して全滅したみたいだ」


 「だからあんなに油断してるわけか」

 と、アルフォンス。


 「で、どう攻める?」

 と、フェルディナン。


 「こういう場合は不意を突いて一気に突っ込み大将を仕留めるのが一番簡単だな」

 と、クロード。


 「だが、そういうわけにはいかねえだろ、何しろ今回は殲滅戦なんだ。こっちの兵力が上で包囲出来るならともかく、この人数じゃ散り散りになった敵を全部仕留めるのは無理があるぜ」

 と、アドルフ、普段馬鹿な彼だが、こと戦略・戦術に関してなら恐ろしいほどに優秀なのだ。


 「とはいえ、ハインツが毒で全滅させるなら俺達がここに来た意味がないな」

 と、フェルディナン。


 「うーん、となるとあえて大将を残してじわじわと敵を減らしていく方法ですかね」

 と、エミール。


 「それが妥当だな。敵の中でメイジは大将だけで、あとは全て平民、火力では圧倒的にこちらが上だからじっくり攻めれば問題ない。ただ、馬は抑える必要があるな」

 と、アラン先輩。馬が58頭もいるのでそれに乗って逃げるのを封じる必要がある。


「そこは俺の役目ですね、馬が大嫌いな臭いを発する香水を調合してぶちまけましょう。そうすれば馬は一斉に逃げるはずです、運が良ければ何十人か戦闘不能にできます」

 と、俺。


 「それでいこう、後は俺達が馬鹿のふりをすれば大丈夫だ」

 と、クロード。


 「馬鹿のふり、ですか?」

 と、エミール。


 「ああ、俺達は向こうからみればガキだ、いくらメイジとはいえ絶対に油断するだろう、それを最大限に利用するためあえて正面から堂々と押し寄せる」

 クロードはエミールだけでなく全員に向けて採るべき戦術を話す。

 「相手の中におそらく熟練の傭兵もいるだろうから、メイジ相手に被害を最小にするには最初から全力で突っ込むのが一番だと分かっているだろう。だから敵は間違いなく突っ込んでくる」


 「そこを一気に返り討ちにすると」

 と、アルフォンスが続ける。


 「そうだ、確実に勝利を得るなら兵力を小出しにして波状攻撃をかけ精神力が尽きるのを待つのが得策だが、それでは被害が大きくなる。傭兵は被害が大きくなるとすぐ逃げるからな、俺達が正面から行けば最初から全力で突っ込む以外に方法はなくなる」

 と、締めくくる、流石は“参謀”だ。


 「つまり最初に大技をぶつける必要があるな、そこはアドルフ、フェルディナン、アルフォンスに任せる。右翼は俺、左翼はエミールとクロード、そして背後はハインツだな」

 と、アラン先輩が包囲の布陣を決める。


 「じゃあ、その方針で皆いいかな?」

 皆の意思を確認するのは俺の仕事になる。


 「「「「「 了解 」」」」」

 声がぴったりと重なった。






 そして30分後、計画通り、アドルフ、フェルディナン、アルフォンスの三人が正面から堂々と押し寄せる。


 「我等は正義によって立ち上がった神の使者なり!! お前たちに天罰を下すために参上した!! 神の力たる魔法の前にひれ伏すがいい平民よ!!!」


 世間知らずで思い上がりの馬鹿貴族のどら息子のような向上を述べるアルフォンス、ちなみに風のドットスペル『拡声』で声を響かせている。


 これに反応して盗賊達に動きがあり、およそ50人が馬に乗り込む。一気に踏み潰すつもりだ。


 ドドドドドドドド!!!


 50騎が突進するがその速度はそれほどでもない、馬が隊列を整えて突進するにはかなりの訓練が必要で、あまり速度が速いと互いにぶつかってしまうからだ。


 しかし、三人に恐れは無い、なぜなら彼らは風上におり、やや盛り上がった丘なので風はふき下ろす形になっている。


 三人が『レビテーション』でアラン先輩が『錬金』で作った壺に満載した俺特製の香水をぶちまける。




 結果、馬は大混乱となり、人を振り落として風下へ爆走していく。そしてその先には残り170人がいる。



 ドグシャアアアアア!!!



 という感じの音を後ろに馬は背後の森に逃げていく、別に馬まで殲滅しろとは言われてないので問題ない。

 人間の方は大半は左右に逃れたが、二十人くらいは巻き込まれたようだ。



 ドゴオオオオオオン!!!


 という轟音にふりかえると、落馬した50人が呻いてるあたりで大爆発が二つ起こっている。


 おそらくアドルフとフェルディナンが作り上げた「火」・「火」・「火」の『炎球(フレイム・ボール)』をアルフォンスが風で飛ばしたのだろう。


 そして間を置かず残りの170人に左右から攻撃が加わる。


 アラン先輩は全長30メイルもの攻城用ゴーレムを作り出し、敵を踏みつぶしていく。


 そして、エミールが小型のウニのような形の銅製の物体を『錬金』で作り、それを大釜に用意した薬液にひたした後、クロードが「風」・「風」・「風」のトライアングルスペル『エア・ストーム』によって広範囲に吹き飛ばす。


 撒き散らされたそれは盗賊達に命中するが、軽く皮を裂く程度で致命傷には程遠いい。

 しかし、徐々に盗賊達の動きが鈍っていく、大釜に満載したのは痺れ薬であり、かすり傷でも十分に行動不可になる劇薬だ。


 彼らにとってはこれでじっくり攻めてるつもりのようだが、盗賊で満足に動けるものは既に半分以下だ。

 そして前と左右を敵がいるため彼らは俺が待機する後方へ逃げようとする。


 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」


 俺は『氷嵐(アイス・ストーム)』を「風」・「風」・「水」・「水」のスクウェアクラスで放つ。


 今回は手加減なしの全力なので、巻き込まれたものは全身がずたずたにされ良くて行動不能、悪ければ死んでいく。


 そしてたじろいだ彼らの後方で悲鳴が上がる。アドルフとアルフォンスが『フライ』で切り込み、『ブレイド』で次々と切り裂いている。

 それを援護するようにフェルディナンの『炎の矢』が正確に盗賊の首に命中していく、相変わらず恐ろしい命中精度だ。


 アラン先輩のゴーレムも一切容赦なく盗賊を踏み潰していく、大砲やバリスタを持たない盗賊達にはこれをどうすることもできない。


 エミールは『錬金』で等身大の鉄製ゴーレムを12体作り出し突撃させる。


 その12体をよく見ると細くて長い鎖で繋がっており、その始点にクロードが『ライト二ング・クラウド』を唱える。

 結果、ゴーレムには何の影響もないが、ゴーレムと戦っていた者達はゴーレムを伝わってきた電撃にやられていく。

 どうやら帯電仕様のようで、電撃はしばらくの間ゴーレムに残っている。

 相変わらず恐ろしい組み合わせを考える。


 その時、一体のグリフォンが戦場から飛び上がる、どうやら部下を見捨て一人で逃げるようだ。


 しかし、上空に待機していたランドローバルが急降下し炎のブレスで焼き尽くす。あらかじめグリフォンの対策は練っておいたのだ。


 頭目の逃走とあっけない死によって盗賊は完全に統制を失い盗賊達は降伏を申し出るが、俺達は容赦なく抹殺する。

 強盗殺人・強姦殺人・放火殺人を筆頭にその他様々な罪を犯した者への判決は死刑以外ありえない。


 あとは特に語ることもなく、20分ほどが経過する頃には盗賊達は一人残らず死体となった。






 アラン先輩が大きな穴を作り、そこにエミールと俺で大量の油を『錬金』し、盗賊の死体を全部放りこむとアドルフとフェルディナンが火を放つ。


 俺達はその炎を黙って見ていたが、やがてアドルフが口を開く。

 「なあハインツ、これで殲滅は終わったけどよ、領主のほうはどうすんだ?」


 アドルフの疑問は尤もだ、俺の任務は領主の粛清もある。


 「いや、その必要はない、領主はもう死んだから」

 しかし、俺はそう答える。


 「つまり、あのグリフォンに乗ったメイジが領主だった。そういうわけだな?」

 クロードが指摘してくる、おそらく彼には予想がついていたんだろう。


 「ああ、彼はあの盗賊達を自分の私兵にするつもりだった。そして盗賊の略奪に見せかけて隣の領地を襲撃するつもりだったんだろう。そして、それを悟られないように自分の領地の村を幾つか犠牲にしたわけだ」

 いかにも腐った貴族らしい考えだ。

 「そして、領民の要請に応える形で王宮に騎士の派遣を依頼し、それを盗賊達にも教えると共に自分もそこにいた。おそらく、盗賊達が切り捨てられることを警戒して領主も迎撃に参加することを条件にしたんだな」


 「しかし、派遣されたのは一人ではなく、スクウェアメイジが一人、トライアングルメイジが六人という予想を遙かに上回る戦力だったというわけか」

 と、アラン先輩が引きついでくれる。


 トライアングルメイジは一人で数十人の平民を相手にできるとされてるので、七人ならば一個大隊でも相手にできる。

 まして俺達は実戦経験が豊富だ。盗賊程度なら1000人が相手でも楽に勝てる。


 「そっか、そんじゃまあ、終わったんならさっさと帰ろうぜ、火葬なんか見てても気分が滅入る」




 アドルフのその言葉に俺達は同意し、ランドローバルの背に乗り込み一路リュティスを目指した。



追記 8/31 一部修正




[12372] ガリアの闇  第五話    副団長
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 
 夏も盛りのある日。

 ハルケギニアにも虚無の曜日という休日があるのだが、宮廷には休日という概念などなく、ヴェルサルテイルで勤務する者は交代で働き続けている。

 それは宮廷貴族を監視する俺もまた休日などというものは存在しないことを意味しているが、流石にガリアの宮殿だけあって建物内は涼しく過ごしやすい。

 ガリアは気候的には温暖であり、北のゲルマニアより暖かく、南のロマリアほど暑くはない。よって、国土全体で考えても過ごしやすい環境といえ、農作物などの育成にも適している。

 それはさておき、俺はいつものように宮殿内に配置されている監視者達の統括をしていたが、昼間にジョゼフ殿下の呼び出しを受けた。







第五話    副団長







 夕方になれば必ず一日の報告に行くのでわざわざ昼間に呼び出されるのは珍しい。

 俺は何か事件でもあったのかと考えながら、殿下の住む北の離宮を訪れた。


 「殿下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス参上いたしました」


 普段は北花壇騎士4号ロキとしての方が多いが、今は昼間なので近衛騎士のハインツとして挨拶する。


 「ハインツ、来たか、呼んだのでは他でもない、一つ頼みたいことがあってな」


 「はい、何でございましょう」


 「暇なのだ、チェスに付き合え」


 「帰っていいですか?」


 俺は呆れつつ普段の口調に戻して言う。


 「そうあせるな、これには目的があるのだ」


 「目的、ですか?」


 「お前が呆れる様が見てみたかった」


 「殴っていいですか?」

 そろそろ殺意が芽生えてもおかしくない頃だと思う。


 「まあ、冗談はこのぐらいにしておいてだ」

 あっさりとスル―する殿下、俺がこの人に勝てる日は来るのだろうか?


 「お前を北花壇騎士団の副団長に任命しようと思ってな」

 またいきなりすごい内容が飛んできた。


 「副団長ですか、今まではそのような役職は存在しませんでしたよね、なぜ今になって?」


 「さあ、なぜだろうな?」


 とジョゼフ殿下は聞き返してくる、どうやら察してみよと言ってるらしい。


 俺はしばらく考えてみる。今までになかった役職を作る理由、北花壇騎士団にこれまで副団長が存在しなかった理由、そしてその副団長が俺である理由。


 それらを総合的に考えると。


 「北花壇騎士団は表向きには存在しない騎士団であり、その仕事は公にできないものが多く存在します」

 俺はここから切り出す。


 「故に北花壇騎士は基本的に単独で任務にあたり、同僚の顔も素性も知らずただ団長からの指令を遂行するだけの存在です。その結果、全ての騎士を把握しているのは団長のみであり、機密保持の点でいえばかなり強固な機構です。しかし、欠点もある」

 ジョゼフ殿下は興味深そうに俺の話を聞いている。


 「全ての騎士を団長一人が把握するためその絶対数は限られる。それゆえ、大量の仕事を行うことはできず、せいぜい宮廷内の粛清と、依頼があった仕事をこなす程度になる」

 乱暴な言い方をすれば便利屋だ。

 「つまり、北花壇騎士団は受動的な組織であり、自分から探り、反乱分子を見つけ出し粛清するといった能動的な行動がとれない。他者を貶めたい貴族がおり、その貴族と王政府の利害関係が一致した際に粛清を行うことが限界」

 現行の北花壇騎士団を軍隊で考えると、司令部も情報部も無い作戦部隊だけの組織というわけだ。

 「よって、北花壇騎士団を能動的な組織に変えるには情報収集に特化した部門を新たに設置し、それらの情報をまとめ団長に報告する責任者が必要になる。それが副団長、ということですね」


 「見事だ、相変わらず聡いな」

 ジョゼフ殿下は満足した表情で手を叩いている。


 「だがあえて問う、それを今になって新設する理由とはなんだ?」


 「その主な理由は二つあると思います。一つ目は、殿下が以前おっしゃっていたように政治にも起伏というものがある、そして数年以内にかなり大きな山が来ることが予想されるため、であると考えます」

 政治にも山と谷があり、大体4,5年くらいの谷があり、そして激動の山が来るのだという。


 俺がこちらで覚醒し、両親が殺された頃がおよそ9年前、そのころも宮廷陰謀劇が活発になっており、山の時期だった。

 その次の山がその5年後、徐々に陰謀が活発になり、俺と殿下の“計画”とヴァランス家の粛清によって沈静化した。

 今はちょうど谷の時期であり宮廷も落ち着いている。俺の周囲に陰謀が伸びてくるようなこともなく、表面上だけを見れば天下泰平といえないこともない。


 しかし、徐々にではあるがロベール五世陛下の体調は悪化傾向にあるという、おそらくあと数年以内に崩御される可能性が高いと考えられるのだ。

 そうなれば今までとは比較にならない山がくる。

 それに備えて北花壇騎士団の情報収集力を上げることは十分に考えられる。


 「もう一つは人材の点でしょうか、もし次の山が王位継承問題となるならば第一王子である殿下は当然政争の中心に置かれることになる。つまり、その間北花壇騎士団団長として動くことは困難となる」

 そのため、団長の代行者が必要になる。

 「情報収集が専門の機関を創設する際最も警戒すべきは裏切りです。もし裏切り者がいた場合その時期に必ず牙をむくでしょう。ですから、その機関の責任者は信頼できる者であることと、仮に離反者がいても殿下の支持なしに粛清できるほどの能力を備えていることが条件になります」

 単独で強力な力を有し、冷酷な判断を下せなければ務まらない役目だ。

 「残念ながらこれまでの北花壇騎士団にはそれをできる者がいなかった。北花壇騎士は与えられた任務を果たす時は有能ですが基本的に個人主義者が多い、つまり、組織作りや運営には向かない人種です。しかし、今はそれらの条件を満たしているものが存在する。『影の騎士団』の団長を務め、暗黒街に多数のアジトと情報提供者を抱え、八輝星と対等に渡り合えるほどの交渉力も備えている人材が」


 「そう、お前だ」

 ジョゼフ殿下がその答えを言う。


 「いや見事だ。まさしくその通りでな、北花壇騎士共は組織運営には向かん、宮廷貴族共ならばこういったことを得意とするものも多いがそういう奴らに限って全く信用できん輩ばかりなのだ。結果、机上の空論のまま今日まできたのだがな」

 拍手する振りをしながら殿下は続けて問う。

 「しかし、そこまで正確に察するには何か根拠があろう、それを聞かせてみろ」


 「いくつかありますが、一番は『影の騎士団』としての活動でしょうか。本来、殿下が俺を北花壇騎士としたのは王位継承権第五位でありヴァランス家の次期当主である俺を手元に置くため、つまり監視下に置くためだったはず」

 本来なら単なる飼い殺しで十分のはず。
 
 「しかし、『影の騎士団』として王政府の監視が最も及ばない暗黒街で自由に活動することが許可されました。ですので、これは俺に何かやらせたいことがあるからなのではと考えました」


 「そして今日それが一つに繋がったか、面白い。では副団長よ、これから情報専門の機関を新設するにあたり腹案はあるか」

 どうやらたった今をもって俺は副団長となったらしい。


 「一応あります、最も、暗黒街での経験をもとに考えたものなのでガリア全域に有用かどうかは試してみなければわかりませんが」


 「構わん、言ってみろ」


 「では、少し長くなりますがご容赦ください。まず、北花壇騎士団を大きく4つの組織に分けます。すなわち、提供者(メッセンジャー)、潜入者(シーカー)、探索者(ファインダー)、執行者(フェンサー)」

 これは八輝星が構築していた情報網を基に考えていた組織体系。


 「メッセンジャーは酒場のマスターや宿屋の亭主、都市部ならあらゆる店の店主や店員、専業主婦でもありです。彼らの役目は情報と隠れ家の提供、自分の生活の範囲内で聞いた噂やここだけの話を伝えるのみです」


 「ふむ、メッセンジャーになるのに特に資格はいらんというわけか、それで、見返りはどうするのだ?」


 「報酬はありません。ですが、末端とはいえ王政府の密偵の一員となりますから、メッセンジャー同士の横の繋がりは得られます。特に農村部に住む人間にとっては都市部に住む人間との繋がりは貴重です」


 何しろ都市の情報が入ってこない農村は仲買人にだまされやすい。


 「何より、退屈な日々の生活に程よい緊張感を得ることができ、他の人と自分は違うという優越感を得ることもできます。ですから、なり手にことかくことは無いと考えます」


 「なるほど、平穏な生活を求めながらも心のどこかで非日常を渇望するのが人間の性というものだ、お前はそこをよく理解しているな」


 「シーカーとは、主に貴族の屋敷や商会の本店などに仕える使用人が担当する役目で、メッセンジャーが平民の噂を収集するなら彼らは貴族の噂を収集します。しかし、危険を冒して主人の話を聞きとる必要はなく、せいぜい怪しい客が屋敷を訪れて、馬車にはこんな形の家紋があった、という程度で十分です。本来使用人が主人のことを口外するのは禁止されているものですが、誰かにこっそり話したいと思うのが人情というものです。そこを最大限に利用して少ない賃金で最大限の情報を引き出します」


 「どれほどの情報を集めるのは本人次第か、しかし世の中には噂好きや秘密好きは多い、頼みもせぬのに探りを入れようとする輩はいくらでもいるだろうな」


 「ええ、その上メッセンジャーとシーカーは連絡網で繋がっています。例えば主人が夜中にどこかへ出かけた際、シーカーは近隣の村に住むメッセンジャーにそれを伝えます。そして、ある村をその主人が通過すると、その村のメッセンジャーが次に主人が訪れるであろう村にそれを伝えます」


 基本的には伝言ゲームの要領だ。


 「これを繰り返すことで、主人がどこへ行ったのかを後を尾けることもなく知ることができます」


 「噂好きの野次馬根性を利用した情報網というわけか、よくそんなものを考えるなお前は。そしてそれの最大の利点は仮にばれたとしても本部には何も影響は出ないということだな」


 「ええ、彼らにとっては自分が聞いた噂話を旅人に話すのと大差ありません。それを定期的に探索者に話しているに過ぎないので彼らは王政府の何の秘密も知りません。ちなみに、メッセンジャーは最終的には十万人ぐらい、シーカーは一万人くらいにできればいいと考えてます」


 「村の平均人口がおよそ2,3百人だかな、一つの村にメッセンジャーが約二人の計算だな」


 「はい、都市部は人口密度が高いので農村部より少なくて大丈夫ですからそんな感じです。そして、それらのメッセンジャーとシーカーから情報を集め、噂を確実な情報に変えるものが探索者(ファインダー)です」

 この役職が情報組織としての要となる。

 「ファインダーは司教区のように一定の区域を担当させ、その区域内にいるメッセンジャーとシーカーの情報を定期的に集め、その中に無視できないものがあればその真偽を探ります」


 「故に探索者、というわけか」


 「はい、他二つとの決定的な違いは自分の仕事との兼業ではなく専業という点です。彼らは王政府の諜報員であり、王政府からの年給で生活することになります。今のところ区域の広さや仕事ぶりによって年給を決定する予定で、300~600エキューを考えています」


 「場合によってはシュヴァリエの年給よりも多いな。しかし、仕事の密度を考えれば妥当かもしれんな」


 「ファインダーは区域を担当してそこに常駐しているわけですから時間が経てば経つほどその土地に慣れ、情報の精度は上がります。現在の北花壇騎士はまず任地の特徴を探るところから始めますが、彼らの支援があれば遙かに簡単になります」


 いままで1から始めて10までやっていたことを、8から始められるとなると非常に効率がよくなる。


 「そして最後が執行者(フェンサー)です。これらは従来の北花壇騎士とほとんど変わらず、団長もしくは副団長の命を受け任務を遂行します。 しかしこれまでと異なる点は、任地においての活動拠点が確保されている点です。まず、あらかじめ知らされているファインダーと接触し、標的の特徴などの情報を得ます」

 よってフェンサーに必要とされるのは純粋な実践者としての力だ。


 「提供者(メッセンジャー)、潜入者(シーカー)、探索者(ファインダー)、執行者(フェンサー)にはそれぞれ身分を現すカードを配布しておき、メッセンジャーが経営する宿屋にフェンサーのカードを持って入れば部屋を優先的に提供してもらえる、といった具合です。ただし、値段は割増です」


 「そこで帳尻を合わせるというわけか、フェンサーはメッセンジャーに迷惑料を支払う訳だ。そして、貴族の屋敷に潜入する場合などにはシーカーが便宜を図り、それにも報酬を支払うという仕組みだな」


 「ええ、フェンサーはその辺を経費で落とせますので躊躇する必要はありません、経費の請求は仕事を終えた後にファインダーを通してとなります」


 「そして、ファインダーからの報告をまとめフェンサーに指令を下すのが本部であり、そこには最も優秀かつ忠実な人員を置くと、そういうことか」


 「はい、それほどの情報を数人で処理するのは不可能です。ですから、メッセンジャー、シーカー、ファインダーからなる情報部、それらの情報をまとめる中枢部、そして、中枢部からの指令によって派遣される執行部といった構成となるでしょうか」


 「しかし、人員が増える以上これまでよりも裏切りのリスクが増大するな、そこはどうする?」


 「メッセンジャーとシーカーは仮に裏切っても何の損害もありません。また、ファインダーもあくまで自分が担当している区域のことしか知らないので、影響はさほどありません」


 「つまり問題は中枢部の者とフェンサー、ということか」


 「その二つの絶対数はそれほど多くないので監視すればある程度は問題ありません。それに、中枢部の者は俺がこの目で判断した者のみを雇用するつもりですので問題はありません」


 「お前の人を見る目の絶対的な自信は大したものだな、しかしそうなるとフェンサーだけは不安が残るぞ」


 「ええ、ですから内部暗殺用の粛清機関を創設するつもりです」


 「やはりそうなるか」


 「はい、その存在を知るのは団長、副団長、そしてその腹心程度、フェンサーは一切知らず、もしフェンサーに怪しい動きがあれば容赦なく抹殺します」


 「だが、その人材の確保は並大抵ではないな」


 「それが必要になるほど北花壇騎士団が大きくなるのはまだ数年先の話です。それまでに何とか人材を探してみますし、それまでは俺が兼任します」


 「ふむ、“毒殺のロキ”には相応しい役職といえるな」


 “毒殺”とは北花壇騎士団における俺の渾名だ。

 やたらと物騒だが俺の暗殺手段は大半がこれになるため広まってしまった。

 互いに面識はないのに殺しの手段だけはなぜか広がっていくのである。


 「よし、お前には副団長として新たな情報収集機関の創設を命じる、全て一任するから好きにしろ」


 「はい、費用はどれほどいただけますか?」

 組織を作るにはやたらと金がかかるのである。


 「そうだな、まずは50万エキューといったところか」


 エキューは金貨で、スゥが銀貨、ド二エが銅貨。

 1エキューは100スゥ、1スゥは100ド二エとなり、都市部の平民一人が一年間に必要な生活費がおよそ120エキュー程度。


 つまり日本円で考えると物価の違いもあるが、水道・ガス・電気代の違いなどから大体月10万円生活と考え(エンゲル係数は高い)、1エキューにつき1万円ほどになる。


 そして、俺の近衛騎士としての年給は800エキュー、流石に殿下直属だけあって高めである。

 日本円に直すと月給66万円ほど。

 しかし、そこにいきなり50万エキューもの大金を好きに使えと言われたのだ。

 つまり50億円ほどの金額をいきなり自由に使えといわれたのと同じことだ。


 まあ、日本の公認会計士が高速道路の工事などで扱う金額はこの程度ではないが、それでも大金には違いない。



 「いきなりもの凄い金額ですね。まあ、組織運営をするなら当たり前かもしれませんが」


 「ガリアの国家予算と比べれば微々たるものだ、気に病むほどではない」


 確かガリアの現在の国民総生産となる額は36億7000万エキュー程、このうち王政府の予算となるのは3割くらい。ヴァランス家の総資産は1億8000万エキュー程だったはずだ(ヴァランス家は財力にかけてはガリアで一番だったりする)、それに比べれば確かに微々たるものだ。

 とはいえ、これらはあくまで予算であって、王族や当主が自由にできる金などこの100分の1程度だろう。


 それでも現ヴァランス家当主であるジョゼフ殿下は180万エキュー近い金を個人的に使えるわけだ。

 ならば遠慮する必要はない。


 「了解しました。宮廷の監視はどうしますか?」


 「それは別の者に任せる。お前を使うほど難しい仕事ではないからな、お前はそっちに集中しろ」


 「御意」



 こうして俺は、副団長として情報収集機関の創設任務に取りかかったのだった。





追記  9/2 一部修正






[12372] ガリアの闇  第六話    従兄妹
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 
 俺が北花壇騎士団副団長となってから一年あまり。

 俺が創設した情報収集機関は半年ほど前から本格的な機能を始めており、現在はリュティス周辺の州の情報網の構築は完了し、それをさらに広げる段階に入っている。

 そのため俺に降りかかってくる仕事の量は並大抵のものではなく、流石に俺も少々悲鳴を上げている。





第六話    従兄妹






 組織の構築自体にはそれほど手間はかからなかった。

 『影の騎士団』として活動していた際の経験があったのでメッセンジャーやシーカーを増やしていくのは割と簡単で、それに、八輝星が保有していた情報網を金で一部買収し、それを利用することで一気に諜報員を増やすこともできた。

 暗黒街は既に俺のホームタウンになっているし、貧民街の活動も大体完了し貧民街の住民はジョゼフ殿下の支持層となった。

 そして、『影の騎士団』の他の六人がたった2年で士官学校を卒業したこともあって、貧民街での活動は終了となっている。


 故に、そこから人材を発掘することは容易で、ファインダーの大半は貧民街出身者で構成されており、彼らに心構えや仕事内容を教える役を暗黒街の経験者達に依頼した。

 そして、暗黒街出身者の中で特に有能で忠誠心の高いものは本部勤めとなり、戦闘能力に特化したものはフェンサーとなった。


 そういう過程で現在情報部は順調に機能しており、俺の元には様々な情報が入ってくる。

 俺はそれらを整理し、重要な案件からジョゼフ殿下に届け、殿下の判断でフェンサーの派遣を決定している。


 だが、不安要素もある。


 現在ですら情報処理能力にゆとりがあるとは言えず、しかもこれから情報量は増加していくのである。

 本部に勤めるものは忠誠心も要求されるのでそう簡単に適任者はおらず、中々人員が増やせない。

 俺自身が人材確保の為にガリア中を飛び回りたいのが本音なのだが、それでは情報をまとめる者がいなくなってしまう。


 その上、俺は立案能力には優れている方だが、処理能力はそれほど高いわけではない。

 流石に宮廷の能無し貴族に負けはしないが、俺の本質は机仕事ではなく駆け回る方なので正直向いていないのだ。

 よって、俺はその問題を解決するため、北の離宮に参内した。




 「殿下、相談したいことがあります」

 俺は殿下の部屋に入ると同時に切り出した、忙しくてあまり時間が無いのである。


 「何だ、金なら足りているだろう」

 と、殿下から答えが返ってくる。

 これは少々痛い、この前資金が足りなくなり30万エキュー程融資してもらったばかりなのだ。

 アラン先輩やエミールを北花壇騎士団に招こうかとも考えたが、既に彼らは軍人となり、無能な上官と派手に闘争を繰り広げている。


 こっちが頼むどころか向こうから上官の弱みを調べてくれと依頼が来る始末で、しかし、そいつらが国家を腐らす害虫であるのも事実なので、不正の証拠を集めて高等法院へ届けておいた。

 これと同じような依頼がアドルフ、フェルディナン、クロード、アルフォンスからも来ており、彼らは勢い余って出世の崖から転落し、自力で這い上がるといった複雑な道を歩んでいる。

 言ってみれば出世街道ならぬ出世登山道という感じで、常人には真似できないことをやりまくっているようだ。


 話が逸れた。


 「いいえ、金のことではありません人材のことです。現状では少々厳しいので参謀長なる役職を作ろうと考えているのですが、よろしいですか?」

 現在本部に勤めてファインダーからの報告を整理しているものたちは“参謀”と呼ばれている。

 これは働きぶりがクロードに似ていたので俺が名付けた。


 「今まではお前が兼任していたようなものだったな、つまり情報のまとめ役を別の者に任せ、お前は対外的な活動に重点を置く訳か。しかし、その任は生半可な者には任せられんぞ、一体誰を起用する?」


 ジョゼフ殿下にしては珍しく候補者が分からないようだ。

 まあそれも仕方がない、事実、現在の北花壇騎士団にはそれを任せられるほどの人物はおらず、外部の人間では信頼性に欠ける。

 だが、一人適任者がいるのだが殿下には決して分からないだろう。


 「イザベラ様に参謀長をお願いしたいのです」


 「イザベラ? あれにか?」


 自分の娘をあれと言い切るのは如何なものかと思うが、そこは突っ込まないでおく。


 「はい、彼女の教育内容を見てみましたが、魔法は壊滅的ですね。しかし、帝王学、経済学、統治学、どれをとっても申し分ありません」


 「何を言っているのだお前は、最近は俺も詳しく知らんが確か落第すれすれというところではなかったか?」


 「確かに。ですが殿下、おそらく殿下自身もそうだったのではないですか?」

 一瞬この言葉に殿下の内部が動きをみせるが、すぐにいつもの闇に包まれた。


 「確かにそうだ、俺もせいぜいそんなものだった。優秀なシャルルに比べ俺は出来損ないだった、そんな俺の娘が出来損ないなのは当然というものだ」

 全く感情が感じられない声で告げる殿下、しかし、そこには矛盾点が存在する。


 「それは矛盾しております、殿下がヴァランス領を統治して以来、ヴァランス領の経営は順調そのものです。今までの統治が周囲と比べて良い方だったにもかかわらず、さらなる発展を見せています」


 これは驚異的なことだ、並大抵の才能でできることではない。


 「ですから、殿下の学問は間違っておりません、間違っていたのは教師のほうでしょう。彼らはあくまで既存の方法に最も近い回答、またはそのものを正解とします。殿下がご自身でお考えになられた新たな統治方法がどれほど有益なものか理解できなかったのでしょう」


 殿下はしばらく沈黙していたが、やがて口を開く。


 「お前は人をおだてるのが随分上手いな。まあよい、俺にとっては希望がありそうな話ではあるからな、ここはお前に乗せられてやる。あれを使いたくば好きにしろ、なんなら抱いても構わんぞ」


 「殿下、イザベラ様はまだ12歳ですよ、ついでに俺は15です。それと、俺は人を見る目にかけては絶対の自信を持っています。これまではずれたことは一度もありません」


 「ふん、大した自身だな、戯れに尋ねるが、お前から見てあれはどうなのだ」


 俺は殿下の近衛騎士だがイザベラの警護も何度か経験している、大体勉強している最中が多かったので運良く才能を見抜くことができた。

 まあ、俺は後ろに突っ立っていただけなので向こうが俺を覚えているかは定かでは無い。


 「簡単に言えば、殿下の劣化模造品といったところでしょうか」


 「おいおい、参謀長に推薦するにしては随分な評価だな」


 「これは彼女が劣っているのではなく貴方が異常なだけです。まあ、十分すぎるほどの才能だと思いますよ。それより、書類を早くお願いします」


 「主人への口のきき方がなってないな、主人に催促する奴がどこにいる」


 「俺の幼少時のメイドは容赦なく俺を燃やしましたが?」


 「ああ、例の暴力メイドか、ヴァランス家本邸に派遣した奴らの大半が一度は燃やされたらしいな」


 カーセの暴君ぶりは相変わらず健在のようだ。

 最近は忙しいので帰っていないが、降臨祭の頃に一度帰って皆で騒いだのはよく覚えている。


 「よし、これでいいだろう、持って行け」

 そう言って渡された書類にはイザベラ・ド・ガリアを北花壇騎士団参謀長に任命する旨が、北花壇騎士団団長ジョゼフの名義で書かれていた。


 「ありがとうございます。それでは」


 と言いつつ、俺は急ぎ足で部屋を後にし、イザベラが住むプチ・トロワに向かった。






 現ガリア王ロベール五世陛下はヴェルサルテイルの中心にあるグラン・トロワと呼ばれる宮殿に住んでおり、その宮殿はガリア王族の髪の色にちなんだ青い石材で組まれている。

 そして、このプチ・トロワは先代のロベスピエール三世が側室の為に薄桃色の石材を材料に築いた小宮殿である。


 正直、男が住居とするにはかなりの度胸を有する建物で、殿下が北の離宮を住居とし、イザベラがここを使うのも無理はないと思う。


 入口には当然門番の近衛兵がいるが、すんなり通してくれる。

 事前に訪問することを知らせているのもあるが、ジョゼフ殿下の近衛騎士隊長であり、側近であり、甥であり、王位継承権第五位である俺は顔パスな存在なのである。


 俺はそのまま進み、イザベラの部屋へと入る。


 部屋の作り自体はジョゼフ殿下の部屋とよく似ている。しかし調度品がまるで違う、こっちは正常な王族の部屋だが、向こうは怪しげなマジックアイテムや呪われた武器などが散乱している。

 そして、その中心にはイザベラがおり、壁際には侍女達が控えている。



 「イザベラ様、お願いがあって参りました」

 俺は挨拶もなしに本題から入る。


 「はあ、何あんた、つーか誰?」

 と、実に王女らしくない言葉が返ってきた。この辺はやはり親子なのだと思う。

 ちなみにジョゼフ殿下が第一王子だから正確にはまだ王女ではなく公女というのが正しいが、ぶっちゃけどうでもいい。

 「これは申し遅れました、私はハインツ・ギュスター・ヴァランスと申します。本日はイザベラ様にお願いしたいことがあって参上いたしました」


 「そう、悪いけど私は忙しいの、後にしてくれる」

 と、ちっとも忙しそうに見えない、むしろ暇そうな様子で言う。


 「せっかく俺が忙しい中お願いに来てやったっていうのにそう言うことないだろ」


 「ちょっと待ちな!あんたお願いに来たんじゃないの!?なのになんでそんな上から目線なのよ!?つーかそれが私に対する口の利き方!?」

 イザベラが激昂する、どうやら沸点はかなり低いようだ。


 「はっはっは、何せ俺は年上で君は年下だから、この法則だけは何年たっても崩せないのさ」


 「あんたねぇ、打ち首にしてやろうか?」

 と、出来る限り凄んでいるようだが、暗黒街の八輝星相手に9歳の頃から渡り合っている俺から見ればまだまだ子供。というかまだ12歳だ。


 「できるものならどうぞご自由に。ただ、さっきも言ったと思いますが、俺はハインツ・ギュスター・ヴァランンスですよ?」


 「ヴァランス?それってまさか」


 「ええ、御想像の通りです。この髪の色を見ればお分かりでしょうが、俺は貴女の従兄妹にあたります」


 「そう、従兄妹ね・・・」

 と、一転暗い雰囲気に包まれる、どうやら従兄妹というものにあまりいい感情はないようだ。


 「ははあ、魔法の出来がいいシャルロットといつも比べられて悔しいってやつですか、いいですいいです、青春ですねえ」


 「ってあんた、ぶっちゃけてんじゃないよ!」


 イザベラが顔を真っ赤にして怒る、随分とからかいがいがある。


 「ははは、そういうのは内に溜めず吐き出しちゃったほうがいいものなんですよ、それに、俺から見ればどっちも大差ありません」


 「大差がないって、どういうこと?」


 「ええ、貴女は12歳で未だにドットスペルすら使えない、しかしシャルロットは10歳にして既に『フライ』で空を飛べるという。ですが、俺は10歳のとき既にトライアングルメイジでしたから、俺にとってはどっちも変わらず雑魚と言うことです」

 ブチッという感じの音がイザベラから聞こえた、どうやら完全にきれたらしい。


 「あんたあああああああああああ!!!!! 雑魚ってのなんぎゅべるああああああArrrrrrrrrrr」


 もはや人間の声とは思えぬ奇声を発しながらあたりにあるものを投げつけてくる。その命中精度はかなり高く的確に俺を捉えている。

 しかし、戦場で矢や魔法をかいくぐっている俺にそんなものは当たらず、虚しく背後に消えていく、が、恐ろしいことにナイフを抜いて切りかかってきた。


 「ちょっ、待っ、殺す気ですか!?」

 俺は逃げながら必死に言う。


 「あんたなんか死んでしまえええええええええ!!!!」

 と地獄の悪魔もかくやという怨念めいた叫び声をあげながら迫るイザベラ。


 俺は説得を諦め、とりあえず彼女の体力が尽きるまで逃げ回ることにした。







 で、十分後。


 「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ」

 イザベラは荒い呼吸で地面に座り込んでいる。侍女達はさっき逃げた。まあ、俺が逃げながらこれから王族同士の秘密の話があるから聞いちゃったら消されるよ、って言ったのが原因なのだが。


 「なっ、なんで、ぜえっ、あんたは、ぜえっ、涼しい顔、ぜえっ、してるのよ、ぜえっ」


 言葉が途切れ途切れで分かりにくいが、息一つ乱していない俺が不思議らしい。

 流石に12歳の少女に追い回された程度で息が上がっていては北花壇騎士団副団長は務まらない、それに、三日間寝ずに仲間と共に暗黒街を逃げ回った経験もある。

あの時はまじで死ぬかと思った、あの時ほど自分が水メイジでよかったと思った時は無い。


 「さっきも言ったように俺は年上ですから、年下の少女に負けていては話になりません。それに、こう見えて俺は北花壇騎士団の副団長なんですよ」


 「あ、あんたたしか、私と、数歳くら、うぷ、数歳くらいしか、げほ、げほ」

 流石に気の毒なので杖を取り出して『治癒』を唱えてやる。

 本来は傷を治すのに使用するが、新陳代謝を高める機能などもあり、地球の医学を修めていればかなりの応用がきくのである。

「あ、ああああ~~~~~、きくわ~~~~~~~」

 と、公女はおろか、女の子としてどうかと思う声を上げるイザベラ、まあ、人のことを言える俺ではないが。


 「で、落ち着いたかい?」


 「え、ええなんとか、っていうかあんたが元凶でしょうが!」

 また爆発、凄まじい体力だ。


 「まあそこは置いといて、このままじゃ何時まで経っても話が進まないから」


 「ふん、まあいいわ、で、話ってのはなんなの?」

 とりあえず椅子に座り直しながら問いかけてくるイザベラ。


 「さっきも言ったけど、北花壇騎士団がどういうものかは知ってるよね」


 「随分馴れ馴れしい口調ね、まあ知ってるわ。あれでしょ、王家に刃向かう輩を抹殺する裏の騎士団」


 「そう、俺は11歳の頃からそこに所属していて、現在では副団長を務めている」


 「理由でもあるの、ていうか確か貴方訳ありの塊だったわよね」


 あんたから貴方に格上げされた、どうやら向こうも落ち着いてきたようだ。


 「まあ俺の事情はどうでも良くて、その北花壇騎士団の参謀長になって欲しい」


 「は?」

 しばし硬直するイザベラ。


 「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って、なんであたしがそんなことしなくちゃいけないのよ、ていうかそんなの公女がやる仕事じゃないでしょ」

 焦りながら反論する。


 「いいや、そうとは限らない、副団長の俺は王位継承権第五位だし、団長はジョゼフ殿下だ、だから君が参謀長になってもなんらおかしいことは無い」

 これが事実なのだ。


 「え、父上が団長なの?」


 「当然、何しろ北花壇騎士団は王家に対する反逆者を密かに処刑するための組織、ならばその団長は王族が担ってしかるべきでしょう」


 「た、確かに理屈ではそうかもしれないけど」

 ここで感情のままに反論しないところがこの少女の聡明さを示している。

 先程は感情的になっていたが、落ち着くと俺の言葉から次々に情報を吸収している。

 一を聞いて十を知る、というやつだ。


 「で、でも、私は魔法が使えないのよ、それに・・・」

 言い淀んでいる、自分では言い出しにくいのだろう。

 「自分は一度も王家に相応しいと認められたことが無い、そうですね?」


 「ええそうよ! 父上もおじい様も使用人ですらも! 皆私のことを見下してるのよ!」


 「別にいいではありませんか、他人がどうあれ自分は自分、自分が在りたい在り方を貫き通せばいい、違いますか?」


 「そんなの簡単にできるわけないでしょう」


 「確かに、王家のしきたりや伝統というものは中々に強固で崩しがたい、ですが、不可能でもない、現に俺はヴァランス家の伝統を破壊し尽くしました」

 これも事実である。


 「貴方が壊したの?」


 「ええ、世間ではどのように伝えているかは知りませんが、俺が俺の為にヴァランス家の全てを王家に売り渡しました。そして、北花壇騎士となり、王家への反乱を起こす可能性が高かった分家をこの手で殺し尽しました」


 「全員を?」


 「いえ、基本的に当主のみです。ですが、妻も悪行を重ねていた場合は容赦なく殺しましたし、俺にとって異父兄弟にあたる者も殺しました。結果、ヴァランス領は大きな混乱もなく王家直轄領となり、ジョゼフ殿下の統治のもと繁栄しています。領民に繁栄をもたらすことが領主の義務だとするならば、俺の行動は最善といえるのでしょうね」

 やってることは犯罪者そのものだが訴える者がいなければ裁かれることもない。

 それに俺自身、自分が犯罪者であることに一切ためらいは無い。


 「そう」

 といって黙り込むイザベラ、それは恐怖に竦んでいるのではなく、困惑しているのでもなく、何かを決意しているように見える。


 「一つ聞くわ」


 「何なりと」


 「なぜ私を参謀長に勧誘するの?」


 「貴女にはその能力があると見極めたが故に、俺の人を見抜く目ははずれたことがないのですよ」


 「それは王家の人間としての私じゃなく、あくまで私個人の能力なのね?」


 「その通り、イザベラという人間が持つ情報処理能力、判断力など、魔法とは無関係の力を我等は欲しております」

 イザベラはしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げはっきりという。


 「わかったわ、参謀長とやらになってあげる、そして私は決して無能じゃないということを認めさせてやるわ!」


 「ですがまあ、やることは人殺しの手伝いですけどね」


 「いきなり夢の無いことを言うな!!」


 「ですが、事実ですよ?」

 北花壇騎士団の任務は様々なものがあるが、最も多いのは粛清任務だ。盗賊退治などであっても人殺しには変わらないのだ。


 「そう、そうよ、解ってたわ、どうせ王家なんて血塗られてるって、身内殺しは宿業なのね」

 今度は一転、落ち込みモードになるイザベラ、本当に面白い。


 「身内殺しの先達として助言すると、あまり気にしないことですね、どこかで割りきらないとやってられませんから」


 「はあ、ったく、そういうことは了承する前に言いなさいよ」


 「相手に都合のいいことだけ言ってうまく乗せる、交渉の常套手段ですよ、こんな手に引っ掛かるようではまだまだだな小娘」


 「ってあんたはあああああああ!!!」


 とりあえず逃げることにする。







 で、数分後。


 「はあ、あんたを相手にしてると疲労が溜まる一方だわ」

 心底疲れきった顔でイザベラがぼやく。


 「俺としては楽しい限りですよ」

 俺は満面の笑顔で言う。


 「ところであんた、もし私が断ったらどうするつもりだったのよ」


 「そのときは了承してくれるまでお願いに来てましたね」


 「あんた忙しいんじゃなかったの?」


 「ええ、忙しいですよ。ですから、代わりにスキルニルを派遣します。今日は一人、明日は二人、その次は三人という感じで、一月も経つ頃には一日に三十人の俺が嘆願にくることになりますね」


 「どんな嫌がらせよ!!」


 「いえ、相手が折れるまでねばる、これも交渉術の一つです」


 「そういうのは脅迫っていうのよ」


 「まあそんな訳で、明日からお願いしますね」


 こうして、俺の従兄妹であるイザベラがファインダーを束ねる参謀長として協力してくれることになった。





[12372] ガリアの闇  第七話    アルビオン政変
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 「ハインツ様、六号が任務を遂行したとファインダーから連絡がきました。それから、ロマリア国境のフォンサルダ―ニャ侯爵家が少々不穏な動きを見せているとの報告が入っています」

 「分かった、後で見ておく」

 マルコからの報告を聞きながら、俺は別の任務にどのフェンサーを割り当てるかを考えていた。






第七話    アルビオン政変







 イザベラを北花壇騎士団の参謀長に就くよう脅迫もとい説得してから大体一年が過ぎた。


 この一年で北花壇騎士団情報部はさらに組織としての体裁が整い、人員の質、量ともに申し分ないものへと成長している。


 特に情報の管理を全部イザベラに押し付け、俺が人材確保に動けたのが大きく、ガリア各地を巡って有能そうな人材を片っ端から引き抜いた。

 おかげでランドローバルには多大な苦労をかけたが、文句一つ言わず付き合ってくれた。俺なんかにはもったいないほどに良いやつだと思う。


 まあ、そんなランドローバルの苦労のかいもあり、現在北花壇騎士団の情報網はガリアの八割ほどをカバーしている。

 このペースでいけばあと半年以内にはガリア全土を掌握できるだろう。


 提供者(メッセンジャー)、潜入者(シーカー)、探索者(ファインダー)の連携も今のところ問題なく機能しており、ファインダーからの情報は本部へと送られ“参謀”達によって整理され、その全ては参謀長たるイザベラに集中することになる。

 そして、俺とイザベラで執行者(フェンサー)を送るかどうかの判断を行い、送ると決定した場合、俺が能力と任務の困難さに応じたフェンサーを派遣する。


 メイジの戦闘能力は魔法を使えない者には測りがたいものがあるので、ここは俺がやるしかないのである。


 そして、団長としてジョゼフ殿下が全てを統括している。


 最近ではあまり口を出さずに相談役に徹しているのは、王位継承争いが本格化した際に俺達だけで北花壇騎士団を動かせるようにしておくことが目的だろう。


 というわけで、末端まで入れれば総数5万を超えるかなりの巨大組織に成長した北花壇騎士団だが、その頂点は16歳と13歳というとんでもないことになっている。

 まあ、その大半は兼業のバイト感覚で、北花壇騎士団員としての年給で生計を立てているのはせいぜい400人くらいだ。


 その上。


 「よし、OK、これでいこう。マルコ、悪いが紅茶でも淹れてくれ、かなり濃い目で」


 「了解です」


 俺直属の補佐官であるマルコは現在14歳、俺より2歳年下である。


 もう一人補佐官はいるが、そっちはヨアヒムといい、マルコよりは年上だがやはり15歳、俺の一つ下である。


 この二人の共通点は、共に貴族の庶子という点にある。



 ガリア王国首都リュティスには大貴族の別邸が立ち並ぶ街があり、そこには国中の封建貴族の豪邸が建っている。

 彼らの母は別々の家に勤めていた使用人だったが、主人の手籠にされ子供が出来ると屋敷を追い出された。

 貴族にとって平民との間の子は血を濁らせる忌子という認識が強いからだ。


 そして、ヨアヒムもマルコも貧民街で育ち、母はかなりの苦労をしていたようだが、ある日、夜盗くずれの男達に襲われ死んだ。


 その男達こそが俺が『毒錬金』で最初に殺した男たち(つまり実験材料)であり、『影の騎士』として俺が活動していくきっかけともなった。


 でまあ、二人とも栄養失調でまともに生きていける状態でも無かったので、地球の栄養剤を『錬金』して点滴しつつ、2か月ほどは俺がたびたび面倒を見ていたのだが当時の俺にもやることが多かったので、暗黒街の信頼できる男に彼らを任せた。


 何でそんなところに預けたかというと、彼らは公爵家の血を引いており、庶子とはいえ何らかの政争に巻き込まれる可能性があったからである。そうなった際に自分の力だけで生き抜く力を養うには最適の場所だった。


 まあ、心配ではあったので一週間に一度は様子を見に行っていたが、二人共とてつもなく逞しく、『影の騎士団』メンバーにも劣らぬ腕前をほこり、2年もする頃には『影の騎士団』の活動をサポートしてくれる存在となっていた。


 そして半年ほど前、俺直属の部下として北花壇騎士団に所属することになった。


 二人とも素養はおそらく「ライン」で、マルコは「土」、ヨアヒムは「風」である。


 今は優秀な補佐官として、俺とイザベラの間を文字通り飛び回っている。

 “参謀”にはメイジが非常に少ないので『フライ』で飛べる彼らは貴重なのだ。



 「はい、どうぞ」


 「ありがとう」

 マルコが淹れてくれた紅茶を飲みながら一息入れる、非常に美味である。


 「最近はこうして一息つける程度の余裕が出てきましたね」

 マルコがしみじみと言う。


 「だなあ、ようやく情報網の構築と人材の確保の目処がたったからなあ、ここまでくるのにほんっとに苦労したよなあ」

 ここ2年ほどはマジで過労死するんじゃないかと思うほどに働きつめていた。

 現在でも本部では俺製作の栄養ドリンク「働け、休暇が来るその日まで」が一日に大量に消費されていく。


 俺も一月前は一日5本近く飲んでいた。

 体に悪いので煙草は製造しなかったが、もし作ったら本部は煙でもの凄いことになっていただろう。


 正直、仕事ノイローゼで自殺者が出なかったのが奇跡に近い。


 本部に勤める“参謀”は全て俺がスカウトし、こいつはいける!と思った者のみを採用したのはそうした過酷な労働条件の為でもある。

 こういう職場で一人脱落者が出るとその負担が別の者にかかるので雪崩式に大崩壊を起こしかねない。

 なので全員が一丸となって働き、自分の仕事に誇りを持つ彼らは一人の脱落者も出さずに見事地獄を乗り切った。



 しかし、この経験はとてもいいものになる。

 まさかこの一年近くに及ぶ地獄を共に潜り抜けた戦友たちを、たかが金程度で裏切る者は一人もいない。

 考えられるとしたら仕事に耐えかねての脱走だが、そんな腰ぬけも一人もいない。


 本部に勤める“参謀”36名は正にゴールデンメンバーと呼べる者達なのだ。


 「平和ですねえ」


 「だなあ」


 「そういえば、もうすぐ降臨祭ですね」


 「そういえばそうか、今年は皆でお祝いしたいな」

 去年の悪夢が甦る。

 降臨祭とは新年の最初から十日間続くお祭りで、早い話が正月だ。


 当然、ガリアの王宮では壮大なパーティーが開かれるので王族は全員参加した。


 しかし、そこを狙って謀叛を企んでいる者達がいるという報告がはいったため、俺達は降臨祭を返上して暗躍することになった。

 かなり大がかりな計画だったので、それを潰すにはとてつもなく苦労したが、何とか未然に防ぐことができ降臨祭は無事に終わった。


 だが、その後も主犯の洗い出しや協力者の摘発などにかなりの時間を要し、俺達がようやく休日を得る頃には既に次の月に入っていた。


 ちなみに、その主犯というのはオルレアン公派でもジョゼフ殿下派でもなく、現在政治の中枢から遠ざけられ、王政府そのものに恨みを持っている者達だった。

 そのため、六大公爵家の協力を全面的に得られたのが謀叛を未然に防ぐのに繋がった。


俺達の休日を犠牲として。


 「ですよねえ、今年はあんまりでしたから、流石に来年はあんなことは無いと思いますよ」


 「それもそうか、ガリアの貴族であの大粛清を知らない者はいないな」


 犯人達は当然反逆罪で死刑。

 その親族も皆殺しになりそうだったが、オルレアン公とジョゼフ殿下が揃って助命を嘆願したため、何とか許されることになった。

 まあ、殿下にお願いしたのが俺で、そのかわりに休日返上で後始末に奔走する羽目になったのだが。


 「でも、ハインツ様が忙しかったのは自業自得な気もしますが」


 「仕方ないだろ、罪もない女性や子供を死刑にするのは気が引けるし、国の為に絶対に避けられない犠牲というならともかく、回避できる方法があるなら全力でやらないと後味が悪すぎる」

 要は、俺自身が納得できるかどうかが重要なのだ。


 「ですね、まあ、そんなハインツ様だから僕達を助けてくれたわけですし」


 「副団長!大変でーす!」


 ドタドタドタドタドタ!

 という音を響かせながら、その僕達の片割れである補佐官のヨアヒムが走りこんできた。


 「大変なことが起こりました!」


 「もうそれには慣れた」

 流石に俺ももう慣れている、こういうときは揺るがずに泰然とした姿勢を崩さないことが肝心なのだ。


 「アルビオンで政変あり!アルビオン王弟のモード大公が投獄されたそうです!!」


 「何だって!!!」


 地獄を終えた俺達は今、惰眠を貪っているところなのだがその平和はあっさりと覆された。










 そして現在プチ・トロワ、副団長の俺と参謀長のイザベラの二人で会議中。


 「それで参謀長、具体的な事情は把握できてるのかい?」


 「いいえ、そこまでは無理ね。分かってるのはモード大公が秘密裏に投獄された、そのことのみよ」


 「秘密裏にか、確かモード大公はアルビオン王ジェームズの弟であり、今は亡くなっている前トリステイン王ヘンリーの弟でもあったな」

 プチ・トロワでは従兄妹モードで会話することが多い俺である。


 「そう、その上アルビオンの財務監督官という要職にある上、南部の広大な土地を領土として保有している。つまり王宮内では上位者であり、固有の兵力も備えており、トリステイン王家との繋がりも深いわね」


 「そんな人物を理由もなしに投獄すれば間違いなく反乱が起きるな。かなりの人格者だったとも聞いているから、彼の家臣達は絶対にアルビオン王政府に反発するだろう」


 「そうね、その上トリステインとの外交問題になる可能性すらある、あの老いぼれ何をトチ狂ったのかしらね?」


 ガリアの王族であるイザベラはアルビオン王ジェームズやその息子のウェールズと面識がある。

 残念ながら俺にはない、俺が園遊会に出席する年になる頃には既に北花壇騎士として前線で働いていた。


 「参謀長、君個人の感覚としてアルビオン王ジェームズとモード大公の人となりはどんな感じだ?」


 「うーん、王の方は一言でいえば真面目、少し融通が利かない。息子のウェールズにも言えそうだけどやや軍人気質な感じかしらね、無能ではないし頭は回りそうだけど規則を守ろうとするあまり大局を見誤りそうではあったわ」


つまり堅物ということか。


 「逆に大公の方は一言でいえばいい人。オルレアン公に少し似ていたかもしれないけど、あそこまでの才気は感じられなかったわね。それで、人情に厚い感じがしたから私情で王家の義務を無視しちゃう可能性はあるわ」


 イザベラの洞察力はかなりのもので、うかうかしてると俺の取り柄が奪われそうだ。


 「水と油だな。王は規則を重く見て、大公は人の感情を重く見る。二人の関係が良いうちは最高の組み合わせになるが、一度対峙すれば決して交わらない平行線になる」


 「そうなるわね、そして秘密裏に投獄したということは公にできない事情だということ、何か大公が王族としてやってはいけないことをやったと見るべきかしら」


 反乱などほかの事情もあり得るが、モード大公の人となりからはあまり考えにくい。

 「その可能性は高いな。そしてその通りだったとしたら、これは王の最悪の失策になる」


 「そうね、大公が投獄されたことは貴族の間では既に周知の事実。当然、大公の家臣達はその理由を王家に問い詰めるけど王家はそれに答えることができない、いえ、答えるかもしれないけどそれで家臣達が納得するはずはない」

 適当な理由で納得するほど貴族はお人好しではない。


 「王弟を投獄する程といえば謀反の疑いくらいだが、そういう事実は無い。モード大公の人となりを知っている家臣達は王家が大公を謀殺しにかかったととるだろう」


 「そしてそれは他の貴族にとっても同じことってわけね、王が大公を投獄した正確な理由を話さない限り、王が自分の弟を粛清したのではないかという疑いは当然残る、王と貴族の間に亀裂が走るわ」


 「もしそれが公表できない罪ならば、それは罪を犯していないのと同義だ。ならば投獄という手段は取るべきではなく、あくまで内々に収めるべきだったわけだ」


 それを規則を重く見るジェームズ王は許容できなかった、その結果、逆に貴族の反感を買うことに繋がる。


 「でも、そうなるとモード大公が犯した罪ってのはなんなのかしら?」


 「さてね、王が弟を投獄するほどだからとんでもないことなのは確かだ。しかし、モード大公は虐殺や人身売買をやるような人じゃないらしい」


 「そういうことをやる王族はガリアには腐るほどいるけど、少なくともモード大公は違うみたいよね。となると、王の妃に手を出したとかかしら?」

 ガリアの王族やそれに連なる貴族にそんなのが多いのは悲しいことにヴァランス家で確認済みだ。

 最も、そんなのばっかだったので粛清する羽目になったのだが。


 「それもないな、王妃は既に亡くなられているそうだし、子供はウェールズ王子ただ一人だから王女に手を出したという線もない」


 「でも、貴族には公表できないような罪なのよね、しかも王が弟を庇えなくなるほどの」


 「さっぱりわかんないな」

 二人して考え込むが、答えがさっぱり出てこない。


 「やめましょう、ここで考えてても埒があかないわ。それより、私達がこれに対してどう動くかよ」


 「そうだな、殿下は何と言ってる?」


 「任せる、好きにしろって、どうやら私達を試すつもりみたいね」

 アルビオンで失敗してもガリアの損害にはならない、だからこそ好きにしろということなのだろう。


 「そうか、ここはガリアにとってはいい機会だ、モード大公の投獄理由に公表できない王家の秘密があるなら、それを押さえればアルビオンに対する交渉の切り札にできる」


 「だとしたらそれを調べるための人員をアルビオンに派遣することになるわね」


 まあそうなる。


 「それができそうな人材と言ったら」


 「あんたしかいないわ」


 「やっぱそうなるよなあ」


 「仕方ないでしょ、北花壇騎士団のアルビオン支部を作ったのはあんたなんだから」


 俺が北花壇騎士団の情報部を作る際、いきなりガリアで始めて失敗したら困るので、まずアルビオンで試験的に情報網を作ってみたのだ。

 アルビオンは浮遊大陸だけあって防諜機関がそれほど強くない、よって、一度入り込んでしまえば試験するには好都合だった。


 そして、特に問題なく機能していることを確認した後ガリアで情報部の創設を開始し、アルビオンには支部長を残しておいた。


 今回の報告もその支部長から届いたもので、他にトリステイン、ゲルマニア、ロマリアにも支部はあるが、まだ情報網の構築は始まったばかりでアルビオンに比べればかなり遅れている。

 最も、そのアルビオンの情報網もガリア本国に比べれば数段劣るのだが。


 「マーヴェルも有能なんだけど、流石に現在の規模でアルビオン王家を相手にするには難しいか」

 マーヴェルとはアルビオンの支部長の名前だ。

 アルビオンのファインダーを統括しているが、支部にはフェンサーが存在せず情報部しか存在しない、そのため実力行使に出れないので出来ることに限りがある。


 「でしょうね、荒事になれば支部だけでは対応が難しくなるわ。あんたがいけばフェンサーを10人くらい送り込む以上の効果があるでしょ」

 俺は暗殺と毒殺に特化しているのでフェンサーに最も向いている。

 いざとなればジェームズ王の暗殺とて単独で行うことができる。


 「そりゃそうだけど、こっちは参謀長一人で大丈夫かい?」


 「まあ何とかなるわ、きつい時期はもう過ぎたし“参謀”達も仕事に慣れてきてるしね。だけど、ヨアヒムとマルコは置いて行ってね、あんたの代わりをさせるから」

 あの二人は優秀な上、俺の補佐官なので俺の仕事を熟知してる。

 平常時ならあいつらだけで十分俺の代わりは務まる。


 「あの二人なら俺の代わりも務まるけど、だとすると俺は単身赴任か」


 「頑張ってね、アルビオン王家や貴族に先を越されないようにしなさいよ、そうなってからじゃ情報の価値が半減するわ」


 「やっぱそうなるか。やれやれ、これで俺の降臨祭の休みはまた夢の彼方というわけか」


 「文句言うんじゃないわよ、私だって働いてるんだから。ていうか私まだ13歳なのにこの一年間睡眠時間が一日6時間くらいしかなかったんだけど」


 「大丈夫、俺が13歳の頃は一日あたり4時間くらいの睡眠時間だったから、しかも肉体労働で」


 「・・・よく死ななかったわね」


 「俺も不思議に思う」


 最近は机仕事の比重も多くなったが、睡眠時間は3時間に減った。来年どうなるかは考えないでおこう。


 「はあ、最近は少し楽になったけど、前とは別の意味であの子がうらやましいわ」

 イザベラが溜息をつきながらぼやく。


 「シャルロットかい?確かに、彼女は今頃優しい父と母のもとで楽しく過ごしている、一方君は悪辣な従兄にこき使われる毎日だ」


 「悪辣だっていう自覚はあったんかい」


 「まあな、でも、こういう組織において情報部と執行部が対立するのは何としても避ける必要がある、その面から考えても君は必須だったから諦めて」


 「そういえば、ファインダーの情報ミスがあったときにフェンサーから文句が上がったって話は聞かないわね」


 「ああ、それは俺がフェンサーを一人見せしめに処刑したからだと思う」


 「ぶっ」


 イザベラが飲んでいた紅茶を吹き出した。


 「あ、あんたそんなことしてたのかい」


 「ええ、フェンサーの一人が任務に文句言ってファインダーにあたり散らし、その上、反逆を唆すような言動が見受けられたので、反逆罪で虫蔵の刑に処しました」


 「虫蔵の刑?」


 「暗黒街に伝わる粛清法でして、動物の死骸に卵を産みつけ幼虫のエサにする虫がおりまして、その幼虫を蔵に大量に詰めて、反逆者の舌を切って自殺できない状態にして拘束したまま放り込むんです。哀れ反逆者は生きたまま虫のエサとなります」


 「そ、そうかい、ていうか何であんた口調が変わってんのよ」


 「俺はロキ(道化者)ですから、気分によって口調が変わるんです。とまあそれ以来、フェンサーがファインダーに文句を言うことは無くなったというわけです」

 虫蔵の天井の一部をガラス張りにして内部を覗けるようにしたのも大きい、好奇心に負けて覗いた者は三日間くらい食事を取りたくなくなっただろう。

 俺がその光景を見ながら高笑いしたのもフェンサー達の反逆する意思を削ぐ後押しになったはずだ。


 「そいつはあんたが推薦した奴じゃないんだね?」


 「その通り、俺より古くから北花壇騎士団にいた奴で、俺が副団長であること自体快く思ってなかったようで、殿下に始末していいか聞くと好きに知ろとの答えが返ってきたので好きにしました」


 「で、それをやったわけね」


 「はい、おかげでフェンサー達から“粛清”とか“悪魔”とか“死神”とかの渾名を頂きました」


 あの高笑いが原因なのは間違いない。

 最も、しばらくは“参謀”達からも避けられたが。


 「そりゃそうでしょ」


 「ちなみに虫蔵を調達してきたのはヨアヒムとマルコです、彼らも暗黒街出身なので」


 「あんたの周りには碌な人間がいないわね」


 「いいえ、あいつらは真っ直ぐで素直ですよ。ただ、世の中は奇麗ごとだけじゃ回らないということを理解しているだけです」


 あいつらとて辛い過去がある、それは身を持って経験しているのだろう。


 「たしかに、私達が言えることじゃないけどね」


 「まあ、雑談はこのぐらいで、俺はそろそろアルビオンへ出立する準備を始めるから、後よろしく」


 「急に口調を戻すんじゃないわよ、じゃあね、留守は任せなさい」





 俺はイザベラとヨアヒム、マルコに留守を任せ、一路アルビオンへ向かった。





追記  9/2 一部修正



[12372] ガリアの闇  第八話    テファとマチルダ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 
 シティオブサウスゴータ。

 アルビオン南端にある軍港ロサイスとアルビオン王国首都ロンディ二ウムを繋ぐ中継点であり、街道が集中する交易の要でもある。

 人口はおよそ4万人、周囲を円形の城壁に囲まれた“古都”と呼ばれる観光名所である。

 俺は現在ここに臨時の捜索本部を置き、マチルダという少女を捜索している。






第八話    テファとマチルダ





 リュティスからランドローバルに乗って俺は一直線にアルビオンを目指し北西へ何百リーグも飛行した。

 そして、アルビオンの軍港ロサイスで休息を取り、ロサイス担当のファインダーからの報告を受け取ると、北花壇騎士団アルビオン支部が存在するロンディニウムへと向かった。


 伝書ガーゴイルよりも速く飛んできたのでいきなりの訪問となったが、支部長のマーヴェルは俺が来るであろうことを予測していたようで、モード大公に関する資料を渡してくれた。


 この辺の手際のよさは流石で、やはり彼に支部を任せたのは間違いではなかった。


 そして、その資料から、サウスゴータの太守が貴族の位と姓を剥奪され殺されたことが明らかになり、モード大公も既にこの世にいないことがわかった。

 しかし、それ以前に行方をくらませた者がおり、それが太守の娘マチルダ・オブ・サウスゴータである。


 彼女がおそらくモード大公投獄の秘密を握っていると考え、俺は現在その行方を追っている。

 その証拠に、アルビオン王政府も彼女の行方を追っていた。


過去形なのは現在は追っていない、というか追える状態ではないからである。


 回想するとこんな感じだ。





 ロンディニウムの支部にて。

 「副団長、マチルダという少女を追うのは分かりましたが、王家への対応はどうしましょう?やはりこのアルビオンにおいては彼らの方が有利かと思いますが」

 と、マーヴェルは聞いてくる。


 「それはそうだろう。しかし、彼らに先に押さえられては交渉カードとしての価値が下がってしまう。そこで、王政府を妨害するぞ」


 「妨害ですか、どのような方法で?」


 「まずお前はこれからファインダー、シーカー、メッセンジャーを最大限に駆使し、モード大公に縁の深かった貴族達が今回の処遇に不満を抱き謀叛を企てているという噂をあちこちに流せ、王政府内部でもそういう懸念は上がっているだろうから、それを後押しする形になる」


 「それは実行しますが、それだけでは弱いのでは?」


 「確かにな、だから王家の度肝を抜く方法を別に行う」


 「度肝を抜く方法とは?」


 「俺がハヴィランド宮殿に白昼堂々押し寄せ、ジェームズ王暗殺を決行し、失敗して逃げる」


 こういう荒事はフェンサーがいない支部には不可能なので俺が来たわけだ。


 「王の暗殺ですと!」

 マーヴェルが目を丸くする。


 「あくまで未遂だ、そうすれば俺を探すのに人員が集中するからマチルダ捜索の人員は大きく削られる」


 「確かにそうですが・・・」


 「そして、そのタイミングで今度はウェールズ王子暗殺を決行し、やはり失敗して逃げる。あの王子の性格上、自分で暗殺者を捕まえようとして陣頭指揮に乗り出すだろうからそこを狙う」

 軍人気質のウェールズ王子がそうしないはずがない。


 「その結果、次の襲撃を警戒して王宮に人員を集中しつつ俺の捜索人員はさらに増加する、そこへ貴族の謀反の噂が飛び込んでみろ、俺は貴族が差し向けた暗殺者ということになり王家と貴族達は対立関係になる」

 状況的ににそう考えるのが普通だ。


 「そうなれば王宮内部も融和派と強硬派、俺を捕まえるのを優先すべきと主張する者や先に貴族との問題を片付けるべきだと主張する者に分かれる。しかし容易に決着はつかない、本来それをまとめるべき王族が俺の襲撃を警戒して容易に動けないからだ」

 意見は堂々巡りになり時間だけが経っていき、さらに内部分裂も深まる。


 「後は簡単だ、王宮は混乱してとてもマチルダを追うどころじゃなくなる、俺達はシティオブサウスゴータに捜索本部を置いてマチルダを探せばいい」


 「・・・・・」

 マーヴェルは押し黙る、かなり動揺しているようだ。


 「おい、どうした?」


 「い、いえ、貴方が恐ろしく感じまして」


 「おいおい、天下の北花壇騎士団がこの程度でビビっていてどうする、ガリア本国の陰謀はこの程度じゃないぞ」


 ガリアではこの程度の陰謀は日常茶飯事だ。


 「申し訳ありません。ですが副団長、貴方の力量を疑う訳ではありませんがハヴィランド宮殿に忍び込むのはいささか危険すぎるのでは?」


 「いいや違うぞ、忍び込むのではなく正面突破するんだ」


 「それはいくらなんでも無謀です!」


 まあ普通はそう思う、だがそれこそが狙い目なのだ。


 「まあ聞け、確かに王宮というのは一種の要塞だ。あちこちに『ディテクト・マジック』を発信する魔道具が張り巡らされているから“不可視のマント”などで忍び込もうにもすぐに見破られる」

 ガリアの宮殿も同様、トリステインでもそうだろう。

 「壁にはスクウェアクラスの『固定化』が掛けられているだろうから『錬金』で壁に穴を空けるのも不可能、そのうえ内部には大量の近衛騎士や見張りが置かれているから見つからずに忍び込むのは不可能に近い」


 俺は水のスクウェアだから土のスクウェアの『固定化』は破れない。


 「だが、そこが狙い目だ、王が宮殿から外出する際や夜などは襲撃を警戒しているが、まさか白昼堂々とスクウェアやトライアングルメイジが大量にいる宮殿に単独で押し入る馬鹿がいるはずがないと油断している」

 ガリアの場合は常にガーゴイルが番をしている。先入観なんてものがない無機物ならそんな馬鹿を取り押さえることができる。


 「そこで俺はアルビオンの正騎士の服装で正門に走りこみ、反乱が起こったといいながら走り抜ける。後はほぼ一直線に進めば謁見の間に到達できるはずだ。昼頃なら王は間違いなくそこにいる」


 「・・・・・」


 流石に絶句してる、だが、昼間の謁見の間こそが正門から最も近い位置にあり、かつ、そこまでの障害物が何もない場所だ、近衛騎士が油断してることも考えれば最も安全な方法なのだ。


 「まあ任せろ、お前はお前の仕事に集中してればいい」


 「はい、了解いたしました」


 そう言い残してマーヴェルは退出した。

 文官肌の人間だからこういったことに関する免疫があまりないのだろう。








 そしてその数日後。

 「水」「水」「風」「風」のスクウェアスペルである『フェイス・チェンジ』を使用して顔を変え、髪は魔法薬で紫色に染め、アルビオンの正騎士の衣装を着てハヴィランド宮殿に向かい、念のため“ヒュドラ”を使用しクラスを上げた。

 正門を「反乱がおきた!!!」と『拡声』を使用した大声で叫びながら駆け抜け、衛兵達が混乱しているうちに疾風のごとく駆け抜け謁見の間にたどり着き、扉を『エア・ハンマー』で吹き飛ばした。

 「何事だ!」

 という声に対し俺は大声で答える。


 「反乱です!反乱が起こりました!!」


 「反乱だと!!」


 「陛下を狙う暗殺者が宮殿に忍び込み今陛下の目の前にいます!!」

 と言いつつ『エア・カッター』を放ちジェームズ王の王冠を弾き飛ばす、そしてその王冠に『レビテーション』をかけ手元に引き寄せると同時に俺は逃げ出した。


 背後から叫び声が聞こえたがそれは気にせず走り抜け、邪魔する者は『毒錬金』で二酸化炭素を高濃度で発生させて昏倒させ、まんまと逃げおおせた。


 その後数日間は顔と髪を元に戻して俺を捜索する兵士をやり過ごし、さらに数日後、前回と同じ顔と髪で今度は陣頭指揮に立っていたウェールズ王子の暗殺を決行した(あくまで未遂)。


 近衛騎士が数人いたがそれは『毒錬金』で黙らせ俺はウェールズ王子と対峙した。

 ウェールズ王子の年齢は大体俺と同じくらいだったが、既に風のトライアングルメイジであり、その魔法の切れもなかなかのものだった。

 しかしまだまだ実戦不足、俺の敵ではなく『エア・ハンマー』で吹き飛ばすと戦利品に彼の水晶のついた杖をいただいて逃走した。


 そのすぐ後に支部長マーヴェルの仕事が効果を発揮し、アルビオン王政府は当分の間身動きが取れなくなった。


 まあ、ここまで上手くいったのは降臨祭が近くて兵士が浮ついていたのもあるが、ともかくこうしてアルビオン王家の妨害に成功した俺達はシティオブサウスゴータに移動し、マチルダ捜索本部を立ち上げたのである。






 そして現在、俺はファインダー達が調べ上げたマチルダが潜伏しそうな場所を片っ端から当たっている。

 何でもマチルダは土のトライアングルらしいので平民が接触すれば問答無用で殺されかねない、結果、情報収集は支部の者達に任せ、俺が地道に確認していくしか方法が無かった。



 アルビオンは高度3000メイルに位置するので大陸に比べ気候が寒冷であり、降臨祭の頃には雪も降る。

 そんな中で一人、人里離れた修道院や山奥にある秘密の隠れ家などを渡り歩くのは正直泣けてくる、今頃ガリアでは新年パーティーでもやってるのかと考えると、今の自分が尚更惨めに思えてくるのである。


 それはさておき。

 次の目的地はウェストウッド村というところで、サウスゴータ太守が村単位で経営していた孤児院である。

 サウスゴータ太守が処刑された今、ここに金を送れる人物はいないはずなのだが行商人の話では未だに子供達は普通に生活していたそうだ。

 サウスゴータの有力者の誰かか、もしくは太守の個人的な友人などが援助している線も考えファインダーに調べさせたがそれらしき人物はいなかった。


 ならばその孤児たちを世話している人物は誰なのかということになり、俺はようやく当たりらしい場所を探り当て、そこ目指して歩いていた。



 その途中、森の中を歩いていると一人の少女に出会った。


 見たところおよそ12歳程度、髪は金髪でまるで貴族のように整っている。身体は細く、肌の色は白いが不思議と頼りない感じはしない、彼女にはこの色こそが自然なのだと思わせる何かがある。

降臨祭の真っ最中にもかかわらずこんな森の中にいることを考えると間違いなくウェストウッド村の子供だろう。


 村までの道案内を頼もうと思い近づいたが、聞こえてきた歌声に思わず足を止めた。




 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。
         左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。



 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
                  あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。



 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
                あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。



 そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。



 四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た…






 言葉を失った。

 その歌に込められた内容はガリアのヴェルサルテイル宮殿の資料庫に保存されていた「始祖ブリミルの使い魔達」や「始祖の祈祷書」、「虚無の詠唱」などの6000年前の資料を補完するものだった。


 こんな辺境にいる少女がなぜこのような歌を?


 この歌は一体いつから伝わるものなのか?


 そして何より。


 なぜこの歌を聞いた際、ジョゼフ殿下の姿が脳裏によぎったのか?


 俺は何かとてつもなく危険な予感がして、しばらくその場に立ち尽くしていた。







 どれほど経ったのかは分からないが、少女がこちらに気づいた。

 変な警戒心を与えないためにメイジを表すマントははずし、行商人の格好をしていたのでこちらに近寄ってくる。


 「お兄さんは行商人の人?」

 言葉が重複しているがあえて無視して答える。


 「ああそうさ、この近くにウェストウッド村という子供たちがたくさん住む場所があると聞いてね、この人形や玩具を売ろうと思ってやってきたんだ」

 俺は背負っていた大きなリュックサックから人形を取り出して見せる。

 「へえ、人形や玩具を売り歩くなんて珍しいですね」

 中々鋭い、子供に玩具や人形を与えられる余裕がある平民の家は少ない、よって平民を相手にものを売るタイプの行商人は生活必需品を扱う場合がほとんどだ。


 「まあね、シティオブサウスゴータの人は余裕がある場合でもなかなか買ってくれなくてね、普段俺のような商人が来なさそうな村なら逆に売れるんじゃないかと思って小さな村を巡ってるんだ」


 「そうですか、それは大変ですね。ですが今マチルダ姉さん、ああ、私達の村みんなの世話をしてくれている人がいないんですが」


 マチルダ、その名前が出てきたからにはここで当たりだろう。


 「何時頃帰ってくるかはわかるかな?」


 「多分夜頃になると思いますけど」


 俺は少し考える素振りを見せ。

 「そうか、じゃあ村で待たせてもらっても構わないかな?流石に一度戻って明日またここまで歩くのはキツイんでね」


 「わかりました、案内しますね。それから、私の名前はティファニアと言います、言いにくければテファと呼んでください」


 「ティファニアか、いい名前だね。俺の名前はハインツだ、分かりやすいから略す必要はないと思う」

 少女は微笑みながら歩き出す。

 俺もその後に続いて歩いていく。






 雑談をしながら数分程歩いた後、俺は気になっていたことを尋ねることにする。

 「ところでテファ、さっきから気になっていたことがあるんだけどいいかな?」


 「はい、何でしょうか?」


 「君の耳は人間のものとは少々違うけど、君はエルフなのかい?」


 「えっ」

 ティファニアの顔が凍りつく、どうやら彼女にとっては禁句だったらしい。


 「ごめん、悪かった、今のは忘れてくれ」


 「えっ?えっ?そ、そうじゃないんです!あ、あの、私が怖くないんですか?」

 ティファニアが不思議そうに言う。


 「テファが?どうして?」

 俺は質問に質問で返す。どうやらこの子は勘違いしているようだ。


 「だって、私はエルフなんですよ?確かに私は混ざりものですけど、それでもエルフの血を引いているのは間違いありません。そんな私が貴方は怖くないんですか?」


 「ははは、そんなわけないよ、そもそもエルフが恐ろしいなんていうのは教会や王国が広めた馬鹿な俗説さ、エルフというのは争いを好まない平和な種族らしいよ、戦争好きなのは人間のほうさ」


 「ほ、本当にそう思うんですか?」

 ティファニアはまだ半信半疑のようでそう聞いてくる。

 どうやらハルケギニアの迷信はこの子の中にも深く浸透しているらしい。


 「世間一般がエルフは凶暴で恐ろしいとか信じてるのは確かだけど、俺はそうは思わない。何しろ俺の両親を殺したのは人間だ。俺の親戚を殺したのも人間だ。この世界で一番人間を殺している種族は間違いなく人間だろうね」

 この言葉にティファニアがハッとした表情になる、どうやらそういう考えをしたことが無かったみたいだ。

 ちなみに、俺の親戚を殺した人間というのは他ならぬ俺のことである。


 「まあそういうことさ、オーク鬼やトロール鬼ですら自分と同じ種族の子供や赤子を殺したりはしないし、ましては妊娠してる母なんかは間違っても襲わない。なのに、人間は平然と殺す、子供も赤子も老人も妊婦も家族や他人の区別なく、つまり人間はオーク鬼やトロール鬼以下の存在ということだ」

 人間以上に残虐な種族などこの世に存在しないだろう。

 「そんな人間とエルフを比べること自体が失礼だ。例えるならユニコーンと害虫を同じに扱うようなものだと思うよ」


 しばらくティファニアは沈黙していたが、やがて口を開く。


 「私、そんなに多くの人と会ったわけじゃないと思うんですけど、ハインツさんみたいな考え方をする人には初めて会いました」


 「まあそうだろうね、自分で言うのもなんだが、異常者の部類に入るほどの変わり者だと思う」

 これは間違いない、俺の思考回路は普通の人間とはどこかで致命的にズレている。

 まあ、俺自身がそうありたいと願っている結果なのでどうでもいいのだが。


 「ですがハインツさん、人間というのは皆がそうなんですか?」

 ティファニアが戸惑うように言う。


 「いいや、そこが人間の面白いところでね。確かにたくさん集まって国家なんてものになると碌でもない判断しかしなくなるんだが、個人個人となるとまた別問題でね、さっき言ったようにオーク鬼以下の奴もいれば、エルフ以上に素晴らしい人もいるんだ」

 人間は千差万別、種族としてはともかく、個人ではとても一概には言いきれない。

 「まあつまり、種族としてはどうしようもないのに、個人単位では人それぞれだから、いい人かどうかは自分で判断するしかないわけだ」


 「自分で、ですか?」


 「そう、無関係の子供や赤子を次々に殺すような男がいたといても、自分の子供にだけはとても優しい場合がある。逆に、他人にはとても良くふるまって誰からも好かれるのに、家の中でだけは暴力を振るう人間がいたりする」

 他人に接する態度はそれぞれ異なるのだから当然といえば当然だ。

 「相手によってまるで態度が違うから、ある人にとっては善人、ある人にとっては悪人になる。およそこの世において誰からも好かれる人はありえない、それは多分エルフであってもそれほど変わらないとは思う」


 俺はその最たる例だろう、ある者にとっては命の恩人であり、ある者にとっては大切な人の仇なのだ。


 「うーん・・・」

 ティファニアが悩んでいる、少々難しすぎた。

 「ははは、君にはまだちょっと難しい話だな、あせらずじっくり自分だけの答えを見つけるといい、君にはいくらでも可能性があるんだから」


 「すいません、よくわかりません」


 かなり考え込んではいるが、最初のエルフが怖い云々はもう既に覚えていないようだ。

 これも交渉テクニックの一つで、情報を次々に突き出すことで、最初の内容を意図的に忘れさせるのである。


 そんな感じで俺達はウェストウッド村に歩いて行った。







 ウェストウッド村に着いた後は子供達の相手や夕食作りを手伝った。


 俺は家事全般も人並み程度にはできる。

 暗黒街や貧民街であらたなアジトを作るときなどの経験からいつの間にか覚えていた、酒場のマスターに扮したことも一度や二度じゃないので覚えざるを得なかったのである。


 マルコやヨアヒムがおいしい紅茶を淹れられるのも似た理由からだろう。


 そして、夜になると例のマチルダ姉さんが返ってきた。

 彼女が来るまでにティファニアがマチルダについて色々話してくれたので、大体のどんな人物かは察しがついている。


 「ティファニア、ただいま」


 「お帰りなさいマチルダ姉さん、今お客さんが来てるの」


 「お客?」


 「そう、行商人のハインツさん。あちこちを旅しているそうで色々な面白い話をしてくれたわ、子供達なんかすぐに懐いちゃって」


 俺はどういうわけか子供達に好かれやすい。


アラン先輩曰く、子供と一緒に遊びまわってる時の笑顔と、人間の屑をバラバラ死体に変える時の笑顔が同じらしい。

 なぜそんな危険人物に子供達が懐くのかはおそらく永遠の謎だろう。


 「そうかい、ハインツさんだったね、この子たちの相手をしてくれてありがとさん」

 随分砕けた話し方をする人だ、イザベラ程ではないが彼女も貴族らしくない印象を受ける。


 「いえ、別に大したことはしてませんので」

 と、その時ティファニアが大きな欠伸をしていた、子供達の世話で疲れているだろうにマチルダが帰ってくるまで起きていたのだ。


 「テファ、後は私が話しとくからあんたはもう寝なさい、眠いって顔に書いてあるよ」


 「はいい~、すいません~、それではおやすみなさい~」

 と言いつつフラフラしながら歩いていくティファニア、転ばないかどうか心配だ。


 「大丈夫、あれでなぜか一度も転んだことが無いんだ」

 と、こっちの心配を見透かすかのように声がかかってくる。


 「はあ」

 とりあえす曖昧な返事を返しておく。



 「それで、だ」

 今までとは雰囲気が一変し、刺すような目でこちらを睨んでくるマチルダ。


 「あんたは何者だい、誰に言われてここに来た?」


 「ガリア王からです」

 回りくどいことは無しに本当のことを話す俺、今回の目的は彼女を騙すことではなく彼女と信頼関係を結ぶことなので隠し事はよくない。


 「は?」


 「正確にはガリア王に仕える北花壇騎士団団長の命令という形でしょうか、自分の意思と判断で来たような気がしなくもないですが」


 「ちょ、ちょっと待った! ガリア王ってそりゃほんとかい!?」


 「はい、とても驚きでしょうけど事実です。アルビオン王家とは何の繋がりもありません、というよりアルビオン王家の弱みを握るために来ました」


 これを聞いてマチルダは若干冷静さを取り戻す。


 「詳しく話を聞かせてもらおうか」


 「わかりました、順を追ってお話ししますね」


 そして俺は北花壇騎士団がどんな存在であるかを内情は漏らさずに語り、アルビオン駐在の諜報員からの情報によってモード大公の投獄を知り、その後どういう目的によってこの地にやってきたのかを説明した。



 しばらくして。

 「ってことは、ジェームズ王暗殺未遂犯っていうのはあんたかい」


 「そうです、これがその証拠です」

 と言ってリュックサックからジェームズ王の王冠を出して差し出す。

 人形や玩具と一緒に入れていたので先程までは子供達の遊び道具になっていた代物だ。


 「ミスリル銀製、最高純度の宝石がふんだんに使われてる、極めつけにアルビオン王家の紋章、こりゃ間違いないね」

 軽く手に取っただけでそれらを理解するマチルダ、流石は「土」のトライアングルだ。こういった金属や宝石の鑑定に関しては凄腕と言っていい。


 「それと、ウェールズ王子暗殺未遂犯も俺です。これが証拠の品」

 と言って今度は先端に水晶のついた豪華な杖を渡す。

 これまたさっきまで子供達に振り回されてた代物だ。


 「この水晶は確かアルビオンやトリステインの王族の杖に使われてる希少品だね、非常に魔力の通りがいいことで知られてる」

 俺の個人的意見としては自分の体の一部である腕の骨が最高だと思うのだが、まさか王族がそんな真似はしない、というか多分俺以外やらない。


 「これらは俺がアルビオン王家の手先ではないことを示すのに一番適していると考えて奪ってきました。ただ問題はどこにも売りさばけないことですね」


 「当たり前だよ、こんなもん持ってたら王政府に殺されたいって言ってるようなものじゃないか」


 「はい、ですので俺個人の収集品にでもしようかと」


 「・・・・・」


 「何か?」

 沈黙するマチルダに問いかける俺。


 「いや、私も誇れるほど長く生きてるわけじゃないが、あんた見たいのに会ったのは生まれて初めてでね」


 「そういえばテファも似たようなこと言ってましたね」


 「はあ」


 そして互いに沈黙して時間が過ぎる。

 しばらく経った後、マチルダが気を取り直すように言う。


 「それで、あの子に会ったからには、モード大公の投獄の理由はもうわかったんだろう?」


 「ええ、彼女はモード大公とエルフの妾の間に生まれた子ですね。ずっと隠していたが最近になって王政府に知られてしまった、そう考えれば全てのことに説明がつきます。貴方の父がなぜああなったのかも、貴女がここにいる理由も」


 彼女の耳を見れば全てはすぐに理解できた。


 「そうさ、王家にとってエルフは仇敵。『聖地奪還』を悲願とする王家の者が、こともあろうに『聖地』を始祖から奪ったエルフを妾としていたなんて公表できる訳もない。それでモード大公は投獄され、あの子の母は王家が差し向けた騎士達によって殺された」


 「よくテファは助かりましたね」

 普通に考えれば母子もろとも殺されている。


 「母親が囮になったのさ。その間に私とテファで逃げたんだけど、あの人はそのまま帰らぬ人となってしまった」


 ほぼ真実だろうが、まだ語っていないこともあると見える。

 それはおそらくあの歌に関連することなのだろうが、今は関係ないので置いておく。


 「それで、あんたは私達をどうする気なんだい?」


 「特にどうもしませんね、ここがアルビオン王家に知られておらず、北花壇騎士団だけが知っているという状況、これさえあれば交渉カードとしては十分ですし」


 「そんなんでいいのかい」


 「ええ、元々これは保険でしたから」


 「保険?」


 さて、ここからが本番だ。


 「我がガリアでは近々王が崩御しそうなんですよ。そしてその後を第一王子と第二王子のどちらが継ぐか未だに定まっていない、なので大なり小なりの差はあれ混乱が起こるのは最早間違いありません」

ここ十数年で一番の山がやってくるだろう。そのために北花壇騎士団の増強がされたのだ。

 「その間に他国に干渉されては面白くないので先手を打って北花壇騎士団が保険をかけることにしたんです。既にロマリア、トリステインは完了、後はゲルマニアとここアルビオンでした」


 「そのための交渉カードがあの子ってわけかい」


 「簡単に言えば秘密をバラされたくなかったらこっちに手を出すなってやつですか、それでアルビオンは抑えられますし、ロマリアはガリア王の死の前後に合わせて教皇に死んでいただきます」


 「ゲホッ!ゲホッ!」

 マチルダがむせている、まあ当然の反応だが。


 「きょ、教皇を殺すって、本当かい!」


 「本当です。ブリミル教が普及しているこの世界ではとんでもない考えかも知れませんが、それがガリアの国益になるならば俺はどんなことでもします、それに、これは一番効率いい方法なんです」


 「効率?」


 「ええ、今の教皇は新教徒狩りを始めとする様々な弾圧を繰り返し、異端審問も徐々に増加し寺院の腐敗は広がる一方、それでガリアの農村部にも悪影響が出始めているんです」

 貴族領の農村部は王政府の力が弱いので教会の司教などが代わりに治めている土地もある。教会税というのは農民にとってかなり重要な問題なのだ。


 「その影響を絶つと共に、トリステインに対する足止めにもなります。教皇が死ねば当然次期教皇を選ぶことになり、その最有力候補はトリステインで宰相を務めるマザリ-ニ枢機卿なんです」


 現在ハルケギニアに存在する枢機卿の中で彼以上の人物は散在しない。


 「彼が帰国するにせよ残るにせよ、トリステインの目はロマリアに向くのでガリアに干渉する余裕はなくなります。そうなれば後はゲルマニアのみ、ここは元々皇帝の権威がそれほど強くないので、各地の有力貴族を焚きつけて皇帝の目をそちらに向けさせることは割と簡単です」


 「・・・・・」


 「なので、後はアルビオンをどうするかだったんですけど、そこへ都合よく王家が自爆してくれたわけなんです」


 しばし沈黙。


 「ところで、そんな秘密を私に聞かせていいのかい?」


 「もちろんよくありません、秘密を知った貴女は北花壇騎士団に所属してもらうことになります」


 「脅迫かい!」


 全ては予定調和。


 「予定どおりです、マチルダさんにはアルビオン支部のフェンサーになっていただきます。任務内容はモード大公の息女であるティファニア嬢の護衛と、彼女を探すアルビオン王政府の捜索隊に対する妨害工作という感じでどうでしょう、もちろん、資金提供はいたします」


 「・・・・・」


 「基本的にはテファの傍で過ごしてもらって構いません。王政府に探りを入れるのは情報部が行いますので、貴女には実力行使をお願いします。何せ荒事に向いている人材が少ないので」

 彼女の思惑と利害関係に一致する提案のはずだ。


 「つまり、テファを探す奴らはあんたらが捕捉し、私はそいつらを叩き潰す役、そういうことかい?」


 「そういうことです、見返りとしてここを運営するための費用は全てこちらで出します、どうですか?」


 「あんたらがあの子を王政府に売らないっていう保証は?」


 「これでどうでしょう」


 俺が取り出すのはさっきの王冠と杖。


 「これを貴女に預けますので、いつでも貴女はこれを王政府に突き出して俺の正体をバラすことができます。それと、さっき話したことは最重要機密ですのであれをバラされるとおれの首が文字通り飛びます」

 多分ジョゼフ殿下に殺されるのは避けられまい。


 「・・・・・」


 「いかがでしょうか?」


 ややあって。


 「分かった、受けることにするよ、ていうかそもそも拒否権なんてないじゃないか」


 「まあそうですけど、一応合意に基づいた契約というのは大切なので」


 「でも、一つだけ分かったことがある」


 「何です?」


 「あんた絶対碌な死に方しない」


 「最近決まり文句になってきましたね」



 こうしてアルビオン王家に対する交渉カードを得ることができ、俺のアルビオン出張は終わった。




追記 9/2 一部修正




[12372] ガリアの闇  第九話    崩御
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 ベルクート街。

 ガリア王国首都リュティスの北東部はリュティス市民劇場を中心にし、四方に繁華街が延びている。

 その繁華街の一通りに東西に延びたベルクート街は存在し、そこには貴族や上級市民が訪れる高級店が並んでいる。

その中の一つに調度品全般を取り扱う店グランピアンは存在する。


 そしてその地下に北花壇騎士団本部は存在し、俺達は現在そこでミーティングを行っている。






第九話    崩御







 グランピアンの地下に本部が存在するのには当然理由がある。

 この店は暗黒街の八輝星の一人が表の顔として保有してる店であり、彼の店を王家御用達にする条件としてその地下に広大なスペースを設け、大規模な施設を建設したのだ。


 そのさらに地下には多くの地下トンネルが存在し、リュティス中に存在するアジトの全てに繋がっている。


 機密漏洩を防ぐという点から見ると少々問題があるが、各アジトで“参謀”達はファインダーから情報を受け取るので、そこから毎回本部に向かうのではどのみちばれてしまう。

なので、いっそ全部繋いでしまおうということになり、全てのアジトを地下トンネルで繋ぐことになった。


 トンネルは大体地下30メイルに作られており、交差する場合は片方を10メイル程深い位置に作っている。

 リュティスの建物にも地下室を持つものは多く、貴族の屋敷などには秘密の抜け道も多く存在するのでそれらとぶつからないようにこれほど深い場所に設けたのである。


 ただ一つだけ、地下100メイルという桁外れに深い場所に存在するトンネルがある。


 それがヴェルサルテイル宮殿のプチ・トロワに繋がるトンネルであり、出入り口には「風石」を利用したエレベーターが設置されている。他のトンネルの出入り口にもエレベーターは設置されているが、ここの深さは桁外れなので設置するには死ぬほど苦労した。


 トンネル自体は「土」のラインメイジであるマルコの使い魔の、ジャイアント・モールのクレメンスが掘ったもので、それにメイジ全員で『固定化』と『硬化』をかけまくって作り上げた。


 トンネルの幅はおよそ8メイル、高さは3メイルもあり、かなりの量の物資を楽に運搬できる。

 そのため、砲亀兵に使用する陸ガメの亜種である“土ガメ”という普段は地中に住むカメを配置し、効率的な物資の運送を行っている。


 この“土ガメ”は人間二人、およそ100キログラムを背中に乗せた状態で、時速30リーグほどのスピードで移動でき、馬にはやや劣るが地下トンネルという条件を考えるとこれ以上ない乗り物である。

 その上馬と違って元々地下の生き物なので一年中地下にいてもストレスで病気になったりしない、糞の成分も極めて石に近いので衛生上の問題もほとんど無い、月に一度掃除すれば十分だ。


 他にも様々な工夫や魔法の仕掛けを施し、この北花壇騎士団本部はおよそ3年の月日をかけて完成した。


 そして今、その完成した本部の中枢に本部の構成員が全員集合し、ミーティングを行っている。


部屋中に副団長のスピーチが響き渡る。



 「いいかお前達、いよいよ俺らの存在意義が試されるときが迫っている。その日の為に俺らはあらゆる苦労をしてきた、この本部を設立し、ガリア各地にファインダーを設置し、シーカーとメッセンジャーによる情報網を作り上げ、あらゆる情報を集め、フェンサーを派遣し、ついには外国に支部を設置するまでになった」


 「だが、その全てはその日のためにあったといっても過言ではない、そのために莫大な費用をかけてきた。俺達は過労死寸前まで働いた。これまでに何度「働け、休暇が来るその日まで」の世話になったか最早わからん」


 「逆に眠れなくなって眠り薬(スリーピング・ポーション)を服用する羽目になるのも既に日常茶飯事となった。しかし、誇りを胸にここまであきらめず地獄を駆け抜けてきた俺達は誰にも負けない!必ずや今回の嵐も全員で乗り切れるだろう!!」


 「やるぞ皆!そして有給休暇を勝ち取るのだ!!!」



 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 勝利万歳!!! 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 「阿保かいあんたらはーーーーーーーーーーー!!!!」


 俺達の魂の叫びはイザベラの怒号によってかき消された。






 「まったく! 珍しく全員揃って真面目に集会をやってると思ったら何馬鹿なこと叫んでるのよ!!」


 怒り心頭のイザベラが俺達全員(参謀全員とマルコとヨアヒム)を怒鳴りつける、その背後にはイザベラの補佐官であるヒルデガルド、通称ヒルダが控えている。


 北花壇騎士団本部に勤める者達は全員俺が暗黒街や貧民街から拾ってきた連中である。


 ガリア全土から集めた人材はファインダーとして雇用し、ある程度の実力の者は農村部、有能な者は都市部担当とし、フェンサーはまた別の基準で選んだ。

 しかし、本部に勤める人間は普段リュティスに住みガリア各地からの情報をまとめるので、この街で生まれ育ち、リュティスのことを知り尽くしている人間の方が好ましかったので暗黒街出身者を中心にスカウトした。


 結果、非常に有能ではあるがその気質は『影の騎士団』メンバーと似ており、どうでもいいことで騒ぎまくり、仕事の多さに文句を言い、反骨精神豊かな連中だ。

 しかし、決して弱音は吐かず、文句は言うが仕事そのものに不満を持つこともなく、自分に任された仕事は絶対にやり遂げるプロフェッショナル達でもある。


 だが、しょっちゅうこうして馬鹿な真似をやってはイザベラに怒鳴られるのも半ば習慣と化している。

 ヨアヒムやマルコも基本的に同じ気質なのでイザベラの味方はヒルダ一人となっている。

 “参謀”の中には女性もいるが、そいつらも基本的に馬鹿なのである。


 「まったく、おじい様の崩御が近いっていうこのときに何やってんだか」


 その言葉に俺達は全員表情を引き締める。




 現在はブリミル歴6239年、ティールの月。

 俺は17歳、イザベラは14歳、北花壇騎士団の総勢は既に10万人近くに達し、メッセンジャーだけでおよそ9万、シーカーが約8千、ファインダーが約1000名、フェンサーが86名、そして本部の参謀が36名。


 とはいえメッセンジャーとシーカーは兼業のボランティアであり、たまに収入があったりする程度で、言ってみれば町内の空き缶回収に参加してるようなものだ。


 この他にアルビオン、トリステイン、ロマリア、ゲルマニアの支部にそれぞれ人員がいるが、人員は総勢で1000人程度で、一番多いアルビオンでも3000名くらい。

 ボランティアを除くと20人程度、アルビオンは50人くらいで、ファインダーの担当人数が本国より少ないので仕事も楽である。


 そして、副団長の俺、参謀長のイザベラ、補佐官のマルコ、ヨアヒム、ヒルダの五人が中枢メンバーである。


 現段階では団長であるジョゼフ殿下はほとんど関与しておらず、実質俺とイザベラの二人がトップになっている。


 人員だけでなく設備、人脈、資金など他の要素も充実し、過去の一人の団長と数十人の騎士で構成されていた北花壇騎士団とは全く別物に生まれ変わった。



 その変革を促した原因こそが今直面している大問題、すなわち現王ロベール五世の死である。


 まだ亡くなられてはいないが余命はあと一週間もないと見られており、ジョゼフ殿下も最近はヴェルサルテイル宮殿のグラン・トロワに赴くことが多くなり、オルレアン公も三日に一度は宮殿に参内している。


 そして、未だに陛下はジョゼフ殿下とオルレアン公のどちらを王にするかを公表していない。


 結果、ガリア中の貴族が次代の王がどちらかということに神経を尖らせており、ジョゼフ派とオルレアン公派の貴族の間には一触即発の空気が流れている。


 たとえどちらが王位に就こうとも多少の混乱は避けられず、最悪、国を二つに分けた内乱となる可能性すらある。




 俺達はそれに備えるために北花壇騎士団をここまで大きくしたのであり、もしものときは大量の貴族を粛清することすらありうる。


 そして、ガリア王政府の混乱に乗じて他国の干渉がありうるのでそれに対する手も既に打った。


 ロマリアの教皇を暗殺する計画を立てていたのだが、実行する前に教皇が病死したので結局暗殺は未遂に終わった。

 そしてトリステインのマザリーニ枢機卿はロマリアからの帰国要請を断り、トリステインの国政に集中することにしたようだった。

 これは大体予想通りの結果で、現在のトリステインには王がおらず、マリアンヌ大后は夫の喪に服し王位に就こうとはせず、アンリエッタ王女もまだ14歳のためか王位にはついていない。

 現状、宰相のマザリーニが一人で国を支えているに等しく、ここで彼がロマリアに帰国することはトリステインの終わりを意味する。マザリーニ枢機卿の人となりも調べさせたところ、彼がトリステインに愛着を持っているのは確からしく、教皇の座のために見捨てるとは思えなかった。


 しかし、トリステインのボンクラ貴族共は自分達の無能ぶりを棚に上げ、彼がトリステインの王座を狙っているだのと噂し合う始末で内心マザリーニ枢機卿に同情するが、トリステインが動けないのは間違いなかった。



 ロマリアもまだ新教皇が決定したばかりで、職務の正式な引き継ぎすらまだ終わっていない状況だ。

 枢機卿クラスが独断で干渉してくる可能性もあるが、その確率は低いと見ている。



 アルビオンは例のモード大公の事件の際に俺が広げた王家と貴族間の対立がまだ解消されていないらしく、ガリアに干渉する余裕はない上、こちらには交渉の切り札があるので問題ない。



 唯一警戒が必要なのはゲルマニアで、この国は地球の神聖ローマ帝国のように数十もの領邦国家がより集まってできた国であり、君主である皇帝も選帝侯会議で選ばれるシステムなので皇帝を抑えたとしても有力貴族が干渉してくる可能性が高い。

 よって、現在ファインダーにはガリア各地の封建貴族を徹底的に監視させると共に、ゲルマニア国境付近やゲルマニア内部にも間者を放ち、怪しい動向がないかどうかを探らせている。



 そのような状況下で、本部はリュティスにおけるオルレアン家とヴァランス家を双璧とした六大公爵家の動きに最大の注意を向けており、この数日間というもの本部の空気がかなり重かったのである。


 そこでリラックスさせるために先ほどのミーティングを開いたのだが、ヴェルサルテイルから帰還した大魔神イザベラの怒りにふれ、あえなく中止となってしまった。


 「参謀長、陛下の容体はどんな感じでした?」

 俺は皆を代表してイザベラに尋ねる。


 「そうね、あと四、五日といったところかしら、明日にはオルレアン公も参内するらしいからもうほとんど猶予は無いわね」

 イザベラは苦い表情で答える。


 「それで、そっちの準備は出来てるの?まさかあんな馬鹿なことをやってた挙句準備が済んでないなんて言うんじゃないでしょうね」


 「そこはバッチリ、既にフェンサーを主だった宮廷貴族全員に配置してありますし、リュティスにいるファインダーも全て動員し下級貴族にいたるまで監視させてます。そして、いまだ領地に待機中の封建貴族は情報網を駆使して本部に迅速に動向を知らせる体制が整っております」


 「そう、やれることは全部やったわけね、じゃあ後はおじい様が亡くなった時、どれだけ予定通りに行動できるかどうかが問題ね」


 「まあ、そこは大丈夫でしょう、何せ彼らは歴戦の勇者達です。今更混乱の一つや二つでびくともしません」


 「じゃあ今日はもう解散して休んだ方がいいんじゃない?どうせ葬儀が始まれば寝る暇もなくなるんだから出来るだけ今のうちに睡眠をとっておいたほうが賢明だわ」


 「それもそうですね。よーし皆、当直の奴ら以外は解散していいぞ、用事がある奴は今のうちに済ませておくように」


 俺達は解散し、俺とイザベラだけで作戦本部室に向かった。






 「それで、貴族達の割合はどんな感じ?」


 「8:2でオルレアン公ですね、リュティスの市民層にとっては5:5でしょうけど」

 現在副団長モード継続中である。


 「やっぱり魔法の影響は大きいわね」


 「ですね、貴族にとっては魔法を使えないものが王として自分達の上に君臨するというのは納得がいかないものがあるみたいで、殿下を利用して自分の出世に繋げたい者達以外はやはりオルレアン公を支持する構えです」


 「そう」

 イザベラはそれきり黙りこむ、彼女も魔法がほとんど使えないようなものなのでそこには複雑な思いがあるのだろう。


 「納得いかないかイザベラ?」

 俺は口調を副団長から従兄妹に変えて言う。


 「そりゃそうよ、魔法なんて結局は血統に依存するものよ、その才能を開花させるには相応の努力が必要でしょうけど私みたいにどんなに努力してもどうにもならない者からすれば簡単に認められるものではないわ」


 「悪いな、そこだけは俺には理解はできても共感はできない」


 「当たり前よ。才能がある者は絶対才能が無い者に共感することはできないわ、もしそれで気持がわかるなんて言われたらあんたを殺してるわ」


 これは真理、才能を持ち合わせた者はどんなに誠実で思いやりがある人物でも決して才能が無い者に共感することはできないのだ。


 「ははは、おっかないな、ところで、君個人の感情としては王にはどちらについて欲しい?」


 「そうね・・・」

 しばし考え込むイザベラ。


 「どっちでもいい、っていうのが本音かしら、確かにシャルロットに勝ちたいっていう感情はあるけど王女になったらそれはそれで気苦労も増えるし、この仕事を続けるには少し邪魔だしね」


 「かなり文句言ってたわりには愛着あるんだな」


 俺も同じ気持ちなので共感できる、この北花壇騎士団は結構居心地がよく、中々離れがたい場所なのだ。


 「あれだけ仕事やらされりゃ責任感も出てくるし誇りもあるわ、それに今の段階では参謀長は私かあんたぐらいにしか務まらない、違う?」


 「まあな、ある程度の能力があれば誰でも務まる機構に育て上げるのが最良なんだが、残念ながらまだそこまでには達していない、トップにはかなりの能力が求められる」

 凡人だけでも稼働するシステムが最高だが、北花壇騎士団がそうなるには後20年はゆうにかかるだろう。


 「そうでしょ、だから私が何よりも守りたいのは国家というよりその自負なの、私は無能じゃない、私の力でガリアを守って見せるっていう他人からすれば馬鹿みたいなものだけど、私にとっては絶対に譲れないものなのよ」


 「それでいいんじゃないか? どんな理由であれ君が国家の為に身を粉にして働いてるのには違いない、それが国家への害にならない限り俺はそれを応援するよ」


 自分に誇りを持つのは善悪の区別なくいいことだと俺は思う。


 「だけど、もし国家や領民を損ねるような真似をしたらたとえ従兄妹だろうが容赦なく抹殺する。あんたはそういう男でしょ」


 「正解。俺は俺が在りたいように在るだけだから、俺の思いに反するならだれだろうと容赦しない。それがたとえ王女であろうと、王であろうと」


 「流石に教皇暗殺未遂犯は言うことが違うわね」


 「ついでにアルビオン王と王子もな、まあそれはともかく、四日後もしくは五日後だ、そこが間違いなくガリアの重大な分岐点になる」


 「そうね、常に心は冷静に、この世にありえないなんてことはない。だったかしら?」


 「ああ、その心構えで行こう」








 そしてその四日後、ガリア王ロベール五世陛下が崩御した。


 それはガリアに俺達の想像以上の混乱をもたらすことになり、俺達は見通しの甘さを後悔することになる。







追記 9/2 一部修正




[12372] ガリアの闇  第十話    国葬
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 20:56
 先王崩御から数日後。

 ガリア中から封建貴族達が葬儀に参列するためにリュティスに集結している。

 次の王はジョゼフ殿下に決まったという噂も流れているが、まだ正式な発表はされていないので貴族達はかなり悩んでいる。

 その状態でジョゼフ派とオルレアン公派の貴族が一同に会するわけだから揉め事が起こらない訳はなく、俺達北花壇騎士団の仕事はものすごいことになっている。







第十話    国葬






 「ハインツ様、また一人モグラがでました。アナハイム街です」


 「57号を向かわせろ、ニブルヘイムにぶち込んで構わん」


 「了解」




 「ウェリン方面より連絡あり、ウェリン公の分家筋の者らに多数、狼が見られるとのことです」


 「わかった、23号、44号、78号をそっちに派遣しろ、六大公爵家の動向はこれからも優先的に報告すること」


 「了解」




 「ハインツ様、リュティス南部のアンドリム街にて鼠の活動が活発化しているそうです。いかが致しましょう」


 「そっちはファインダーに任せて構わん、モグラの存在が確認できても一旦泳がせておけ。ただし、葬式会場に近づくようなら排除しろ」


 「了解」




 「ハインツ様、リュティス東部にて貴族同士のいさかいが起こっているようです。王宮からの騎士はしばらくこれそうもありません」


 「アルフォンスに知らせろ、今回の葬式にはあいつらも風竜警備隊として参加しているはずだ」


 「方法は?」


 「高速型のガーゴイルを飛ばせ」


 「了解」




 「ハインツ様、ヴェルサルテイル周辺にてオルレアン公派の過激派が集まっているようです。一応正式な参列客ですが血の気が多そうで何か問題を起こしそうです」


 「ヨアヒム!」


 「はい!」


 「そいつらの対処はお前に任せる。13号と24号と51号と62号を連れて行け」


 「了解しました」




 「ハインツ様!」


 「今度は何だ!」


 「疲れました!」


 「死ね!」




 今日から一週間に及ぶ国葬が開始され、あちこちから絶え間なく報告が届くので本部の混雑は凄いことになっている。

 イザベラがいれば情報の統括は任せて俺はフェンサーを率いる方に集中できるのだが、彼女は王直系の孫なので流石に初日を欠席するわけにもいかずヴェルサルテイルの会場にいる。


 結果、副団長と参謀長を一時的に俺が兼務することになり、ガリア各地からの報告の分析はイザベラの補佐官のヒルダに任せ、俺の方への報告の分析はマルコに任せ、ヨアヒムには実動部隊を率いてもらっている。


 なお、鼠というのは貴族の間者のことで、モグラは貴族が雇った傭兵や暗殺者、そして狼というのは領内で密かに私兵を集めている貴族のことである。


 今回は取り締まる数が圧倒的に多いので八輝星の協力のもと、貧民街と暗黒街にニブルヘイムという収容所を設け、疑わしい者はとりあえずそこに放り込むことにした。


 これは公的なものでは断じてなく、いってみれば悪の組織が拉致監禁用に建造した大規模な施設に放り込むのに等しい、一応存在しないことになっている北花壇騎士団ならではの方法である。

 相変わらず悪者街道まっしぐらの俺達だった。(主犯俺)


 ファインダーは本来諜報員だが、今回は彼らにも動いてもらっており、出来る限りフェンサーのサポートに回ってもらっている。


 また、リュティス中に存在するメッセンジャーやシーカーも全面的に協力しており、怪しい奴らがどこにいるかは彼らの監視網によって捕捉され、専用の連絡手段で本部へといち早く届けられる。


 国葬が始まる直前の今が最も忙しい時期であり、本部の人員は24時間寝ずに働いている。


 流石に体力の限界があるので30分程度の小休止はいれてるが、それ以上の間隔で休息をとるのは不可能になっている。


 もし魔法薬がなければ今頃全員過労死しているだろう。



 「ハインツ様、少し休憩なさったほうがよろしいのでは、ここ三日ほど一睡もされていないのではありませんか?」


 マルコが心配そうに聞いてくるがここで俺が離れるわけにはいかない。


 「そういうわけにはいかん。それにマルコ、お前だってほとんど寝ていないだろう、お前こそ休め」


 「い、いいえ、僕は昨日少し休みましたから」


 目の下に大きな隈を作りながら言ってもまったく説得力がない、おそらく俺に付きあって一睡もしていないなこいつ。


 「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」


 「そ、それ『眠りの雲』! ひきょっ」

 マルコはあっさりと眠りに落ちた、もともと限界だったからだろう。


 「ガーゴイル、マルコを仮眠室に連れて行け」


 壁際に待機していたガーゴイルがマルコをかついで退室していく。


 北花壇騎士団本部では人員不足を補うために最高性能のガーゴイルを予算が許す限り使用している。

 最近のガーゴイルはさらに進歩し、簡単な仕事なら誤動作を起こすこともなくなったので書類運びや荷物の運搬などの雑用はすべてガーゴイルにやらせているのだ。


 「副団長、報告が、あれ、マルコは?」


 「限界がきてたから強制的に休ませた。あれも最年少のくせに無理するからな」


 「いえ、最年少はイザベラ様ですよ」


 「そういやそうだった。まあいい、長くマルコに抜けられても困るから一時間もしたら起こしてやってくれ」


 「了解、それで報告ですが・・・」


 俺達の仕事地獄はまだまだ終わりが見えなかった。









 三日後、自分の出席が必要な祭典はすべて終えたイザベラが戻ってきた。


 「それで、ニブルヘイムにはどのくらいぶち込んだの?」


 「およそ258人」

 予想より少し多い。


 「随分多いわね」


 「多分冤罪もいると思うけどこの際仕方ない、特に暴力は振るってないはずだから後で慰謝料でも払っておこう」


 多少心が痛むがこれはもうどうしようもない。


 「まあ、それしかないわね」


 「じゃあこれ」

 といって大量の書類を渡す。


 「もの凄い量ね」


 「しかも処理していく端から増えていくという怪奇現象、ちょっと別の案件にかかるとあっという間に二倍に増える」

 新手の拷問といえるかもしれん。


 「・・・ヒルダが厳選した上でこの量なのよね」


 「その通り、俺なんかそれに加えてフェンサーへの指示もあったからマジで死ぬかと思った」


 「ったく、やってやるわよコンチクショー!!!」


 と叫びつつももの凄い勢いで書類を消化していくイザベラだった。


 俺の方は少々限界が来ているので30分ほど仮眠を取ることにした。いくら水の秘薬を服用しているとはいってもやはり限界はあるのだ。










 そんなこんなでさらに四日後。

 半死半生ながらも一週間大きな問題もなく国葬は無事終了した。


 「な、なんとか片付いたわね」


 「じょ、冗談抜きで天国が見えそうだった」


 俺達は息も絶え絶えでソファーに横になっている。既に体力の限界はとうに超え、最後には“ヒュドラ”を使用するまでに至った。


 最近では“ヒュドラ”の副作用もかなり抑えられ、魔法が使えなくなることはなくなったが効果が切れた際に気を失わず激痛が襲うようになり、それを利用して眠気を抑える有様だった。


 「あの“ヒュドラ”って薬は確かに強力だけど副作用がとんでもなかったわ」

 ちなみにイザベラも服用した。14歳の少女が耐えられる激痛ではないと思ったのだが鋼の精神力で乗り切っていた。


 「よく意識を失いませんでしたね、歴戦の軍人でもかなりキツイ代物なのに」


 俺も疲れで口調が副団長仕様のままになってる、既に意図的に変えるのも億劫だ。


 「この私をなめるんじゃないわよ、あの程度で意識を失ったりはしないわ」


 「ははは、その根性の一割でも後ろの奴らに分けて欲しいですね」


 「そりゃ仕方ないでしょ、私は途中からだったけど彼らは最初からほとんど休まずに働いていたんだから」


 俺達の後ろは死屍累々の有り様となっており、皆ヤバい表情で意識を失っている。


 時々寝言で「わあ、きれいなお花畑」とか「や、やめろ、書類はもういやだー」とか「まあ、イザベラちゃん、かわいらしいわ」とかあまり聞かない方が精神衛生上に良いと思えることを言っている。


 最後の寝言にイザベラが反応していたが最早立ち上がる気力もないようだ。



 「と、とりあえず第一段階は終了したわね」


 「ええ、次は次期国王の発表と戴冠式ですね」


 まだどちらが王になるかは俺達も知らされてないが、この地獄が終わるならもうどちらでもいい。


 「いつだったかしら?」


 「明後日です。それまでは貴族に動きは無いでしょうから明日は休暇に当てましょう、さもないと俺達全員過労死します」


 「それについては同意するわ」


 その辺で俺たちも限界を迎え、共に夢の世界へ旅立った。








 そして翌日。

 俺は目覚めてすぐにファインダーやフェンサーと連絡をとったが、予想通り動いた貴族はいなかった。

 皆、次期国王が正式に発表されるまでは静観する構えのようだ。


 俺はひとまず安心し、残っていた資料の整理を始めた。



 一時間もするとイザベラが起きてきた。


 「おはようぅ~」


 と、フラフラ歩きながらゾンビのような声を上げるイザベラ。


 バッシャアアアアアアン!


 俺は『錬水』でとりあえず水をぶっかけた後、「風」と「火」を足した『熱風』をドライヤーのようにかけてやる。


 「アアアアアアアァ~~~~」

 と、これまた公女はおろか年頃の娘としてどうかと思う声をあげるイザベラ。


 「おーい、起きてるか?」


 「う~ん・・・・・はっ!」

 覚醒した模様。


 「ってあんた、なにさらしてんのよ!」


 「朝のお目覚め」


 「水ぶっかけることないでしょ!」


 「髪燃やされるよりましだろ」


 「そ、そりゃたしかに」

 カーセの噂を思い出したようだ、俺のメイドは容赦なく俺を燃やしてくれた。


 「とりあえず風呂にでも入ってきたらどうだい、髪がすごいことになってる。それに、ここ三日間くらい風呂に入ってないだろ」


 「そりゃそんな暇なかったからね、ていうか髪はあんたのせいでしょ!」


 「はいはい、とっとと行ってくる」


 「たくっ、それより、貴族の動きはどうなの?」


 「現在特に動きはなし、正式発表までは静観する構えだ」


 「そう、なら今日くらいはゆっくりできるわね」

 そう言いつつイザベラはもう一階地下にある浴場へ向かう。



 本部にはかなり大規模な浴場が完備されており、清掃時間以外なら何時でも入れるようになっている。

 これは疲労回復には風呂に入るのが効果的と判断したのと、本部に泊まり込む人員が多いために設置した。

 ちなみに最近のガーゴイルは清掃作業をできるくらいになっているので本部の衛生的な管理は全てガーゴイルに任せている。



 本部の男女比は全41人中35対6で圧倒的に男が多いが浴場の広さは変わらないのでかなり女性の方が優遇されている、そこは世界の理として男性陣には我慢してもらっている。


 作った当初は男性陣による覗きが頻発し、女性陣からなんとかして欲しいという苦情が出たため、女子浴場に男性が近づくと亜硫酸ガスが噴き出す仕掛けを作ったところ、覗きは激減した。


 この亜硫酸ガスは当然俺が『錬金』で作り出し、定期的に補充している。


 本部ではあまり広くはないが全員に個室が与えられており、女性陣が着替えを覗かれるなどの被害はまだ出ていないが、もしそういう報告が出てきたら噴き出すガスを筋弛緩系に変更して各部屋に仕掛けようと考えている。


 貧民街出身の男達の思考回路は何歳になっても中学生のガキ程度なのである。

 最も、最年長でも33歳という非常に若い構成で、大半は25歳近くなのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 仕事が体力勝負になるのでこの年齢層にならざるを得なかったという悲しい理由もあるが、その中で一応17歳の俺が一番しっかりしてるというのもどうかと思うのだが。



 そんなどうでもいいことを考えつつ資料の整理を続けていると、マルコとヨアヒムも起きてきた。


 「おはようございます、ハインツ様」

 と、マルコ。

 「おはようっす副団長」

 と、ヨアヒム。


 「おはよう二人共、よく眠れたか?」


 「ええ、こんなに寝たのは一週間ぶりだと思います」


 「大体、仕事内容がおかしいんですよ、睡眠時間が一日一時間ってありえないでしょ」

 マルコは素直だが、ヨアヒムの方は不満タラタラのようだ、マルコの性格はエミールに、ヨアヒムの性格はアルフォンスに似ている。


 「ははは、俺なんか一週間で睡眠時間が30分だぞ、それに比べれば十分すぎるほどだ」


 「・・・・・」

 「・・・・・」


 「ほら、突っ立ってないで風呂にでも入って来い、お前たちもずっと風呂はいってないだろ」


 「それはありがたいですけど、副団長は入らないんすか?」

 と、ヨアヒム。


 「俺は昨日入った」


 「嘘です、ずっと仕事してたじゃないですか」

 と、マルコ。


 「ふ、甘いな、俺が昨日“ヒュドラ”を使用したのは知ってるだろう」


 「あ!風の『偏在(ユビキタス)』ですか」


 「正解、ランクが上がれば風のスクウェアも使えるからな、偏在を作って仕事させて本体の俺は風呂入ってた」


 「でもたしか偏在って体力とか精神力とかも分散しますよね、最大出力は変わらないけど容量は半減する」

 ヨアヒムが鋭く突っ込んでくる。


 「そう、一度出した偏在は消しても体力は戻ってこないからあまり効率がいい魔法とは言えない。でも、こういう場合なら多少は役に立つのさ」


 「要はどんな魔法も使い方次第、っていうわけですか」

 と、マルコ。


 「そうさ、ほらとっとと入って来い、帰ってきたら仕事手伝え」


 「了解です」


 「めんどくせ」


 仲よく浴場へ向かう二人、性質は異なるがかなり気が合っている。










 そして10分くらい後、顔を真っ赤にしてイザベラが戻ってきた。


 「おーい、何かあったのか?」


 「何でもないわよ!!」

 もの凄い剣幕で怒鳴るイザベラ、何かあったと語ってるようなものだ。

 俺は少し考えてみるが、簡単に結論は出た。


 「ははあ、どうせ寝ぼけて男湯のほうに入ったんだろ、それで、後から入ってきたマルコとヨアヒムと鉢合わせになったわけだ」

 例の亜硫酸ガスは女湯に近づく男には反応するが、その逆には対応していない。


 「何で知ってるのよ!!」


 「ちょっと考えればそんぐらい簡単に分かる」


 「はあぁ~」

 と言って崩れ落ちるイザベラ。


 「まあそう落ち込むな、今回が初めてじゃああるまいに」


 「それが問題なのよ! つーか何で毎回あの二人なの!?」


 「そりゃあお前の生活リズムと合ってるのがあの二人だからだろ、“参謀”の面子は勤務時間が少し違うからお前が風呂に入る時間くらいには大半が寝てるし、起きてる者も風呂に入るような暇はない、風呂ってのは寝る前くらいしか普段入らないからな」


 風呂好きの貴族ならともかく、本部の人間は常に鉄火場にいるのだ。風呂は疲労回復の手段として使われている。


 「となると時間が合うのは俺達の補佐官のマルコ、ヨアヒム、ヒルダの三人だけ、ヒルダは女性だから問題ないし、残るはあの二人だけだ」


 「あんたは飛び回ってるから完全に不規則だもんね」


 俺はフェンサーの統括もやってるからファインダーをまとめる彼らと違って生活リズムというものが無い、常に臨機応変の生活となる。


 「俺はそんな生活が気に入ってるけどな」


 「あんたが異常なだけよ」


 「まあ、そんな訳でお前が鉢合わせになるとしたらあいつらだけだ、良かったな、せめて同年代で」


 「余計悪いわよ!!」


 確かに、同年代の男に裸を見られるのはある意味最悪かもしれん。






 で、一時間後。


 「さて、これからの問題は明日に迫った次期国王の発表とそれに伴う戴冠式となります」

 俺は副団長モードに切り替えて話し出す。


 「それで、これからの行動予定はこの通りになります」

 そう言って全員の勤務スケジュールと警戒すべき事柄を記した資料をイザベラに手渡す。


 「何か問題はありますか?」


 「ちょっと人員に遊びが多すぎない?」


 「確かにそうですが平常体制ではこの程度です。ですが、何か良くないことが起こった場合は緊急体制に移行します」


 「なるほど、普段はあえて多めに余裕を作っておいて緊急体制に移行する余力を残すのね」


 「はい、常に気を張ってるよりも緩急をつけたほうが精神的に楽なので」


 「分かったわ、この案でいきましょう。そうと決まれば細かい個所を詰めていくわよ、その時に私がここにいられない可能性も高いからね」


 「そういえば、どうやって三日で抜け出してきたんですか?」

 実は少し疑問に思っていたのだ。


 「ああ、それはシャルロットのおかげよ。あの子、おじい様が死んだのが余程ショックだったらしくて最低限の葬式に参加した後すぐ屋敷に籠ったらしいのよ。で、その手を利用して私も今はプチ・トロワで打ちのめされてることになってるわ」


 「なるほど、その手がありましたか」


 「ええ、なまじ心が太い故の盲点ってやつかしらね、おじい様の死でショックを受ける自分なんて想像できなかったわ」


 「確かに、俺達にとっては盲点でしたね、シャルロットに感謝いたしましょう」


 その手は考えてなかった。だが、考えてみれば祖父が死んで孫が悲しむのは当然といえば当然だった。


 「まあそういうわけよ、戴冠式の方は流石に出席しなきゃまずいと思うから、私がいない間も問題なく動けるように今のうちに手順を決めておきましょう」


 「了解」


 そうして一つの難関を乗り切った俺達は次の難関に備えるためにさらなる協議を重ねるのだった。





追記 9/2 一部修正




[12372] ガリアの闇  第十一話    王弟暗殺
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 国葬が終了した二日後。

ヴェルサルテイル宮殿のホールにおいてリュティス大司教が先王の遺言を発表した。


 その内容は宮廷貴族の大半の予想を裏切り、ジョゼフ殿下を次期国王とする、というものだった。


 これによって新王ジョゼフの戴冠式が行われる運びとなり、これからはジョゼフ陛下と呼ぶことになった。






第十一話    王弟暗殺






 ガリア王国首都リュティスはベルクート街に存在する北花壇騎士団本部。

 現在今後の動きについて俺とイザベラで会議中である。


 「ジョゼフ殿下、いや、ジョゼフ陛下に決まりましたか。意外といえば意外でしたね」


 「そうね、宮中の雰囲気からしたらオルレアン公だと思ったんだけど、それに私がおじい様を見舞った時の私に対する態度は次期国王の娘に対するようには思えなかったわ」


 「やっぱり団長も知らされてなかったんですか?」

 もし、ジョゼフ殿下が王となった場合はイザベラが北花壇騎士団団長となることは以前から決めてあったので現在はイザベラが団長と参謀長を兼ねている。

 俺のイザベラに対する丁寧語もこのときが来た場合のための予防線だったりする。


 「ええ、父上からそういう情報はこの一週間何も無かったわ。考えてみれば妙な話ね、王になるとしたら私達に連絡くらいよこしそうなものだけど」


 「そうですね、あの陛下がそういったことを忘れるとは思えない、では何か別の理由があったのでしょうか?」


 「私達に王になることを秘密にしておくことで何か得になることってあるかしら?」


 少し考えてみるが、全然わからない。


 「う~ん、何も思い浮かびません」


 「仕方ない、そのことは一旦保留にしておいて、それより、今後の動きがどうなるかね」


 「はい、ウェリン家やカンペール家には今のところ動きは見られません」


 これは大体予想通りだ。


 「あいつらは所詮自分が権力を握りたいからオルレアン公に付いたに過ぎないわ、父上が王位に就くことが決定した今、オルレアン公のために動くとは思えない」


 「ですが、このままではオルレアン公はともかくウェリン公とカンペール公は宮廷の中心から外れることになります。それならばと一か八かの大博打に打って出る可能性は十分あります」


 「つまり、内乱を起こしてオルレアン公を王位に就けるってわけね。でも、それをやるための最大の障害はオルレアン公自身なんじゃない?」


 オルレアン公自身はそういう方だ、しかしその周りが問題だ。


 「そうですね、オルレアン公はガリアの将来を考えている方ですから、間違っても内乱などは起こさないでしょう。ただ、問題はその最大派閥ですね」


 「オルレアン公派における最大派閥、いわゆるシャルル派ね」


 「はい、彼らは他の貴族と異なり自分の出世のためではなくオルレアン公の人柄に心酔している者達です。それ故に説得も難しく、オルレアン公を王にすること以外考えてはいないでしょう。なにしろ彼らはオルレアン公がガリアの王になることこそが最もガリアの為になると固く信じていますから」


 彼らは悪人ではなくむしろ善人といえる、やってることを考えれば悪人は俺達の方である。


 「そういうのが厄介なのよね、なまじ優秀で人柄も優れている者が多く王国にとっては必要な人材、だから簡単に切り捨てるわけにはいかない」

 俺もそこに続ける。

 「とはいえ放置しておけばその優秀さを発揮してジョゼフ陛下を廃位に追い込むためにどんな行動に出るか分からない、オルレアン公が説得に当たっても火に油を注ぐ結果になりかねない」


 「だけど、彼らを抑えられるのはオルレアン公しかいないのも事実なのよね」


 「非常に難しいところです」

 二人でしばし考え込む。



 「とにかく、父上とオルレアン公が協力して国家を運営していくのが最善というのは間違いないわ」


 「そうですね、自分の出世を考えなければどの貴族もその結論に達するでしょう」


 それはまさに理想の形だ。しかも彼らの関係を考えれば不可能というわけでもない。


 「そして、父上とオルレアン公は仲がいいから二人の間だけなら協力することは簡単なはずよ」


 「そうでしょうね、陛下はオルレアン公を心から信頼しているようですから。となると、我らの役目はそれを面白く思わない貴族達を排除することになります」

 そのための北花壇騎士団だ。


 「その貴族達の筆頭がカンペール公とウェリン公、そして心情的に面白くないのがシャルル派っていうのが皮肉なところね」


 陛下とオルレアン公が連携することで一番割を食うのはオルレアン公を王にしようとしていた者達だ。


 「オルレアン公はガリアの為に自分を慕うものを切り捨てることになりますね」


 「あの方にそれが出来るかしら?」

 イザベラの疑念も最もである、あの方は優しすぎるのが欠点だ、しかし。


 「できるでしょう、私情を国家に優先させる方ではないと思います」


 そこを間違えるほどあの方は愚か者ではない、どこぞのモード大公とは違うはずだ。


 「それじゃあ、とりあえずは現在の布陣を維持したままでいくわ。注意すべきはカンペール家とウェリン家、そしてシャルル派の貴族達よ」


 「了解しました。それと、中立派の貴族達はどうしましょう?」


 「今のところ無視していいんじゃないかしら、今動いても彼らには何の得もないわ」


 それは正論なのだが。


 「たまにそんなことも分からない馬鹿がいてこっちの裏をかく結果になったりします。警戒しておくに越したことはないと思いますよ」


 これは俺の経験則だ。


 俺はそれで過去に育ての親を失った。


 「なるほど、わかったわ、そっちの警戒は貴方に任せるけど大丈夫?」


 「問題ありません」


 今日の会議はここまでにして、俺達はそれぞれの仕事に戻った。









 その翌日。


 「ハインツ様、オルレアン公邸に張り付いてるフェンサーから連絡が入りました。何でも陛下がオルレアン公を狩猟会に誘ったそうです」


 「陛下が?そういう報告は受けていないが」

 俺は一応陛下の近衛騎士隊長でもあるからそういう場合は報告を受けることになっている。


 「さあ、ですがオルレアン公にそういう話が来たのは間違いないそうです」


 「場所は?」


 「リュティスとオルレアン公邸のほぼ中間に位置するシャレーの森です」


 特におかしい場所ではない、王家専用の狩猟場として王家直轄領となっている森だ。

 陛下とオルレアン公が狩猟を行うなら位置的に考えても最適と思える。


 しかし、俺にその話が来ていないということは、それは公的ではなく私的なものだということだ。

 陛下がオルレアン公に何か相談したいことがあるとしても、そのような場所ではなくヴェルサルテイルに呼び出せば済むような気もする。

 俺は何か違和感を感じ、イザベラと相談することにした。






 「そうね、確かに時期を考えると少し不自然かも知れないわね。ただ、父上とオルレアン公はこれまでに何度もシャレーの森で狩猟をやってるわ、戴冠式を迎える前に最後の思い出でも作りたいのかしらね」


 「そうか、戴冠式を終えた後は二人の関係は兄弟ではなく王と臣下になりますから、そういう思い出作りがあってもおかしくはありませんか」


 普通の感覚ならそうかもしれないが何せあの陛下だけに何かしっくりこない。


 「それなら公的じゃなくて私的なものだということにも納得できるわ。ただ、それを今この状況でやるのはどうかと思うけど」


 「むしろ、他にも思惑があるとみるべきでしょうか」


 そう考えたほうが自然だし納得できる。


 「ちょっと待って、父上がシャレーの森に出掛けるならその間ヴェルサルテイルは空になるわ、それはつまり反ジョゼフ派の貴族達にとって絶好の活動機会を与えることになるわ」


 「そうか! 血気盛んな貴族達が千載一遇の機会と見て行動を起こす可能性は十分ありうる」


 そこは盲点だった。


 「しかも、オルレアン公は父上と一緒にいるから犯人さえ捕まえれば彼に謀叛の容疑がかかることはあり得ない。つまり、上手くいけば父とオルレアン公が協力関係となるのを妨害しようとする貴族だけを排除できるわ」


 「そう考えれば陛下の行動も納得できますね。ですが、なぜ俺達に事前に説明がなかったんですかね」


 そこだけ疑問が残る。


 「父上のことだからそれぐらい察してみろと言いたかったんじゃないかしら、悪知恵だけは働く人だから」


 「それは十分あり得ますね、そして、実際に動く可能性が高いのはむしろ中立派の貴族です」


 「中立派?何で・・・・そうか!そういうことね!」


 「気づきましたか」


 「父上がヴェルサルテイルを留守にしている間に何か騒動を起こしそれをオルレアン公派の仕業だという情報を流す、それはジョゼフ派の貴族にとってライバルを落とすまたとない機会だから当然喰いつく、そうなれば彼らは労せずに自分達の地位を上げることができる」


 臆病者で能力が無い貴族が乗りそうな策だ。


 「何せオルレアン公派に比べてジョゼフ派は数が少ないから、オルレアン公派の貴族の穴を埋めようとすれば中立派の貴族も登用することになる。そういうわけね」


 「おそらくは、中立派の貴族の中に一人ぐらいはそこまで頭が回る者もいるでしょう、後はそいつが自分と同じような立場の者を唆し仲間に加えていけばヴェルサルテイルで騒動を起こせる程度の勢力にはなるでしょう」


 「そして、一度それを実行に移そうとすれば、私達は容赦なくそいつらを抹殺できる」


 「多分そういうことなんでしょう」


 行動を起こしてくれるならこちらのものだ。


 「それなら、私はプチ・トロワに戻ってヴェルサルテイルを掌握しておくわ、その際に貴方の近衛隊を借りるけど構わないわね」


 「構いません。狩猟会が私的なものなら近衛騎士の一部は連れて行かれますが大半は残されますから、近衛兵と合わせればかなりの数が使えるはずです」

 私的な訪問なので伴われるのはスクウェアクラスを含む精鋭が数人くらいと相場が決まっている。


 「やっぱりそれを見越して私的な狩猟会にしたんでしょうね」


「俺はここで本部の指揮をとると同時にフェンサーをファインダーと連携させてリュティス中を調べさせ、おそらく協力者が市街に潜んでるでしょうからそれを一網打尽にします」


 ここは俺達のホームだ、どんな鼠も見逃しはしない。


 「わかったわ、あと、念のためオルレアン公派の過激派がそれに呼応しないように見張らせておいて」


 「了解です」


 俺達はリュティス市街とヴェルサルテイル宮殿に分かれて布陣し中立派の貴族を焙り出すことにした。



 しかし、これは後で思えば最大の失策だった。


 よりによってシャレーの森にフェンサーを一人も付けず、完全な無防備状態にしてしまったのだ。








 そして、狩猟会当日。

 この日はシャルロットの誕生日であったそうだが、俺達はそのことは完全に忘れていた。



 そして、“狩り”は順調に進んだ。

 リュティス内部のよりによって暗黒街と貧民街に中立派の貴族が雇った者達が潜伏していたのだ。


 そこはいわば北花壇騎士団員のホームタウンであり、あっさりとそいつらは捕まり残らずニブルヘイムに収容された。


 そしてヴェルサルテイルでも作戦は順調に進み、不審な行動を取っていた貴族十数名が近衛隊に拘束された。

 こちらの読み通りその貴族達は中立派の貴族達で、このままでは左遷されそうな立場の者たちだった。


 流石に実行犯の中に主犯格はいないだろうが、実行犯の中には主犯を知っている者がいるだろうから後は時間の問題である。




 そして、作戦はほぼ終了し、後始末の段階に入った時にオルレアン公邸の監視人達の指揮に当たっていたマルコが恐ろしい知らせを持って本部に帰還してきた。



 「ハインツ様!!大変です!!大変です!!」

 マルコにしては珍しく本当に焦った表情で本部に飛び込んできたため、そこにいた全員が作業を中断し彼に注目した。


 「どうしたマルコ、少し落ち付け」


 「そ、そんな場合じゃありません! 大変なことが起こったんです!!」


 「何が起こった?」


 「お、オルレアン公が何者かに暗殺されました!!」


 時が止まった。





 本部にいた全員がしばしの間完全に硬直していたが、俺はいち早く立ち直りマルコに確認する。


 「マルコ、それは間違いない情報か」


 「はい、間違いありません。実際にオルレアン公が毒矢に射抜かれた瞬間を目撃した騎士の話を聞きましたから」


 「そうか」


 俺はしばし黙考する、マルコ以外のこの場にいる全員は呆然とした表情で未だ固まったままだ。

 こういうときに指揮官が取り乱しては話にならない。



 「ヨアヒム!」


 「は、はい!」


 「お前はこれから特選隊を率いてオルレアン公邸に向かえ、おそらくシャルル派の貴族達が続々と詰めかけるはずだ、その状況を監視し逐一こちらに報告しろ」


 「了解しました!」


 「ただし、彼らがオルレアン公の仇討ちのために決起しヴェルサルテイルへ攻めてくることも考えられる、そうなった場合は兵を集められる前に機先を制せ」


 「それはつまり」


 「オルレアン公夫人とその息女のシャルロット以外の貴族を悉く殺せ、特選隊の戦闘力で不意をつけば十分可能だ」

 特選隊とは暗黒街の八輝星が抱える戦闘部隊のことで、言ってみればマルコとヨアヒムの元同僚だ。


 有事の際には北花壇騎士団の指揮下に入って戦うという協定を結んでいる、ただし有料だが。


 「りょ、了解しました」



 「次に、マルコ!」


 「はい!」


 「お前はこれから全速力でプチ・トロワに赴いて団長にこのことを報告すると同時に本部にお連れしろ、その道中でお前が知っていることは全て説明しておけ」


 「了解しました」


 そして俺は壁際に歩き伝声管を取り上げる。風の魔法が付与されており声を遠くに伝える魔法先進国ガリアならではの魔道具である。

 そしてこの伝声管は本部の全てに声を伝えるためのものなので俺は『拡声』を唱えて声を大きくする。



 「本部全員に告げる! たった今報告が入り、オルレアン公が暗殺されたという事実が確認された」

 ここで一呼吸置く。


 「よって、本部はこれより平常体制から緊急体制へと移行する、仮眠室にいる者は全員たたき起こせ、各自の部屋で寝てる者も同様だ、そして現在手の空いているものはファインダーに緊急体制に入ったことを知らせ、これより定時報告の頻度は倍にするよう伝えろ」


 「そして、一時間後より緊急体制の手順に従って情報収集を開始しろ。特に重要と判断される情報は補佐官を介さず直接団長か俺のところに持って来い」


 「繰り返すが、ここからは緊急体制だ。全員覚悟を決めろ」


 そして伝声管を置き、フェンサーに指令を出すために俺は自分の執務室へ向かった。












 数時間後、ヴェルサルテイルから駆けつけたイザベラと合流し、俺とイザベラとマルコで会議を始めた。


 「甘かった、まさかこのタイミングでオルレアン公が殺されるとは思ってなかった」

 と、俺が口火を切る。


 「しかし、オルレアン公を殺害したのは一体誰何でしょうか?」

 と、マルコ。


 「ガリアの貴族である可能性は薄いと思うわ。まずオルレアン公派はありえないし、中立派は今日陰謀を潰したばかり、そしてジョゼフ派は大体が腰ぬけ、暗殺なんて度胸がある奴はいないから」

 と、イザベラ。


 「ですが団長、中立派のリュティスにおける活動が囮で本命はこちらだった、という可能性はないのでしょうか?」


 「いや、それは無いな。中立派にとってオルレアン公が死ぬのは最大の痛手だ。何しろ彼が死んでしまっては陛下に太刀打ちできる存在がいなくなる。そうなれば元々大した力を持たない中立派は簡単にひねり潰されてしまう」


 基本的に度胸が無いから中立派だったのだ、どちらかに着くのは一蓮托生になる可能性が高い。


 「つまり、現段階でオルレアン公が死ぬことで得をするガリア貴族は一人もいない、そういうことね」


 「オルレアン公派は支柱を失い、陛下は弟を殺して王位を奪った簒奪者と見なされる。何せまだ戴冠式が済んでいないからな、そして中立派は二大勢力の均衡が破れたことで最大の危機に瀕している」


 これが現状だ。


 「そうなると、やはり諸外国の干渉でしょうか?」


 「その可能性が高いわね。最も、正確には外国そのものじゃなくて外国の一部じゃないかしら」


 「おそらくな、現在国家単位で纏まっている国は無い、ゲルマニアの大貴族の誰かか、ロマリアの枢機卿当たりが考えられるな」


 「だとしたら絶好の機会を与えてしまったことになるわね、この時期にオルレアン公が亡くなっては混乱が拡大する一方よ」


 完全にしてやられた形だ、しかしここでそれを嘆いている場合ではない。


 「そういえばハインツ様、シャルル派の動きはどうなっているんですか?」


 「先程ヨアヒムから連絡があった、どうやらオルレアン公夫人が何とか抑えているらしい、だが、いつ爆発するか予断を許さない状況らしい」


 「叔母上には頭が下がるわ、もしあの方がいなければシャルル派は既に決起しているでしょうね」


 「そして、ヨアヒム率いる特選隊に皆殺しにされているな、所詮は戦慣れしてない宮廷貴族、歴戦の実戦部隊に敵うわけが無い」


 彼らは軍人もいるが大半は宮廷貴族だ、魔法は使えても実戦経験がない。

 「下手するとこれからそうなることも在り得るわ、そしてそれは何としても防がないと」


 「とはいえ団長、オルレアン公亡き今、彼らを抑えられる人がいるでしょうか?」


 「・・・・・」


 「非常手段が無いわけではないが」

 俺が一応答える。


 「ハインツ、本当?」


 「ああ、シャルル派はジョゼフ派がオルレアン公を殺したと思い込んでいるはずだ。だからその誤解を解けば何とか鎮めることは可能だと思う」


 「ということは、ゲルマニアかロマリアの真犯人を僕達で捕まえるということですか?」


 「いや、それでは間に合わない。それに真犯人がゲルマニアかロマリアだという証拠も無い上、仮にそうだとしても外国の支部はそれほど人員がいないから陰謀の証拠を掴める確率は低い。それにいきなり外国人が犯人だと言ってもシャルル派の貴族がそれに納得するとは思えない」


 「じゃあどうするんですか?」


 「ヴェルサルテイルで捕らえた中立派の貴族達、彼らをオルレアン公暗殺犯とする」


 これは正直あまり使いたい方法ではない。


 「えええ!!」

 「やっぱりそう」


 「おや、団長は気付いていたのか?」


 「貴方の説明の途中でね、でもそれ、あまりいい手段じゃないわね」


 「ああ、非常手段だからな、策としては下の下だ」


 それが最大の問題だ。


 「あの、ハインツ様? 下の下ってどういうことですか?」


 「いいかマルコ、簡単に言えばこれは罪を着せるだけのことだ、一時凌ぎにはなっても本当の犯人が捕まった場合墓穴を掘ることになる」


 「あ、そうか、暗殺とは別の理由で怒らせることになるんですね」


 「彼らはオルレアン公を失ったショックで一種の錯乱状態になっている、彼らの中では杖を向ける相手と相応の理由さえあれば誰でもいい、そういう危険な状態になっているわけだ」


 「元々血の気の多そうな連中だしね、その策じゃ火に油を注ぐ結果になりそうだわ」


 「やはり駄目だな」


 所詮は下策、この状況では使えない。


 「となると後は、彼らを皆殺しにするくらいしかないんでしょうか?」


 「・・・・・」

 「・・・・・」


 俺達は答えられない、正直彼らを穏便に抑える方法が思いつかない。


 「そう言えば、ウェリン家やカンペール家はどうしてるの?」


 「今のところ動きは無い。しかし、シャルル派が決起すればそれに呼応する可能性は非常に高い、そうなれば中立派のうち将来が暗い者達は一気に反乱勢に加担することになるだろうな」


 「そうなったらいよいよ国を二つに分けた内戦ね、叔母上はそれが分かってるから彼らを抑えてるんでしょうけど、いつまで保つかしら」


 その辺の聡明さは流石オルレアン公の奥方というべきか。


 「ヨアヒムの報告からだとかなり厳しそうだ、最悪激昂した奴が彼女を攻撃することも考えられる。そうなったらもう歯止めは利かない、彼らはシャルロットを御輿にしてどこまでも暴走するだろう」


 「じゃあいっそオルレアン公夫人とシャルロット姫を誘拐して人質にするというのはどうでしょう?」

 と、マルコが提案する。


 「それは悪くないかもしれないわね、完全に対立することは避けられないけど、一気に攻めるべきという強硬派とまずは人質の安全を優先すべきという慎重派に分裂するだろうし、他の公爵家も王族を担がない限りはただの反逆者になるから二の足を踏むはず」


 「彼女達だけをシャルル派が集結しているオルレアン公邸から誘拐するのは簡単ではないが、出来ないこともない。何なら俺がやってもいい」


 「その方向で具体的に考えてみましょう」


 と、話し合いが新たな方向に進んだ瞬間。



 「団長、副団長、陛下から連絡が参りました」


 と、俺達の代わりに情報の整理をしていたヒルダが駆け込んできた。


 「陛下から?」


 俺はヒルダに尋ねる。


 「はい、どうやら勅命のようです」


 そういってヒルダは複数の書類を差し出す、どうやらそれら全てが勅命らしい。


 書類は簡単にまとめるとこう書かれていた。


 “北花壇騎士団副団長兼近衛騎士隊長ハインツ・ギュスター・ヴァランス、汝をヴァランス家当主とすると同時にヴァランス領総督に任命する。その肩書を以ってサルマーン家及びベルフォール家と交渉し国境の警備を固めるよう要請せよ”





 「これ、どういうことですか?」


 マルコが震える声で聞いてくる。


 「つまり、ジョゼフ陛下はガリア国王となるから当然ヴァランス家当主の座は空位になる。その座を俺が継ぎ、さらにこれまで王家直轄領であったヴァランス領を王領として、そこの総督に俺を任命すると、そういうことだ」


 つまり俺にヴァランス領全てを任せると言っている。


 「そしてその目的はゲルマニア国境のサルマーン家と、ロマリア国境のベルフォール家と交渉し、国境を固めさせることにあるらしい」


 「何でそんな回りくどいことを」


 「それは父上がまだ戴冠式を終えていないからよ、今の状況では六大公爵家に勅命を出すことはできないから、父上が己の権限で自由に出来るのは自分が後見人であるハインツとヴァランス領だけだから」


 「そして、六大公爵家であるこの二家に王家からの正式な要請を通すならその交渉役には相応の肩書が必要になる。それが、ヴァランス公とヴァランス領総督というわけだ、この二つがあれば俺は俺の父の時代と同じ権限を持っているに等しいわけだ」


 独立領ではないが、限りなくそれに近くなる。


 「そこまでして国境を固めるということは、やはり陛下もオルレアン公を殺したのはロマリアかゲルマニアと考えている、そういうことでしょうか?」


 「状況から考えるとそうなるわね。とはいえ今王軍を国境に動かせばシャルル派をいたずらに刺激するだけ、だから国境に領地をもち多数の兵力を抱えるこの二つに要請するんでしょうね」


 「それに国境の二家が兵を動かせば、今回の暗殺のことで兵を動かした貴族も、国境の警備にあたらせる予定だったと言い訳することができ、これから王政府に忠誠を誓う代わりに今回のことは不問に処すという妥協点を与えることも可能になる」



 「なるほど、そこまで考えて手を打つということですね」


 マルコは感心しているが、イザベラは難しい顔をしている。


 「団長、どうした?」


 「何か気になるというか違和感を感じるのよ、確かに状況を考えると最善な手だと思うんだけど、まるで貴方をリュティスから遠ざけるために命を下したような印象を受けるのよ」


 「俺を?」


 それは全く考えなかった。


 「ええ、ここからゲルマニア国境とロマリア国境に行くとなるとガリアを縦に往復するわけだからどんなに急いでも三日はかかるわ。その間のどこかで戴冠式は行われるだろうからその間は私もそれほど自由に動けない」


 「それってつまり、一時的に団長も副団長も不在になるっていうことですか?」


 「そうなるわ」


 「それはまずくないですか? オルレアン公が暗殺されたこの時期に頂点のお二人がいらっしゃらなければ北花壇騎士団の行動力は半減してしまいますよ」


 トップ二人が不在でも機能半減ですむなら、下地はあったにしても創設から3年の組織としては上出来なのだが、この状況ではそれでは足りない。


 「しかし、ゲルマニアやロマリアに対する備えをしなければならないのは間違いない、またこの状況下では正規の組織を動かす訳にはいかないだろうからな」


 「この際仕方ないわ、ハインツ、貴方は出来る限り仕事を早く終えて帰って来なさい。その間は私達で何とかシャルル派の暴走を抑えるわ。そして、貴方が帰ってきたら改めてさっきの誘拐計画についても話し合いましょう」


 「了解した。僅かの時間も惜しいから直ぐに出発する、ヒルダ、資料はこれで全てだな」


 「はい、任命状や正式な要請の資料も全て入っています」



 「わかった。じゃあなマルコ、留守を頼むぞ」


 「了解しました。けど、出来る限り早く帰ってきてくださいね、上手くは言えないんですけど、何か嫌な予感がするんです」


 「分かった、速攻で帰って来よう」




 そして俺は本部から出発し、リュティスの上空へと『フライ』で飛び、ランドローバルの背に乗った。


 「ランドローバル、悪いが出来る限り全力で飛んでくれ、一刻の猶予もない」


 ≪了解した主殿。しかし、主殿の体力は持つのか?≫


 「そこは気力でカバーする。それよりも手遅れになる方が余程怖い、自分でやることは何もかも全力で取り組まないと気が済まない性質なんでな」


 ≪前々から思っていたのだが主殿は長生きできそうなタイプではないな≫


 「ははは、つまらなくて長い人生よりは、短くても面白い人生の方が今の俺には合っている」


 ≪主殿は今楽しいのか?≫


 「ああ、楽しいさ」


 ≪主殿の国は現在大変なことになっているようだが≫


 「だからこそさ、大変なことになっているということは何が起きるか分からないということだ、それはそれで面白そうだ」


 ≪主殿は悪趣味だな≫


 「自覚はしてるがな、俺は自分がやりたいことしかしない、故にどんな結果も全て俺の責任だ、だからこそ毎日が面白い」


 ≪その辺はいさぎが良いと褒めるべきなのか?≫


 「是非とも褒めてくれ」


 ≪ふむ、そろそろ本気で飛ぼう、主殿、振り落とされぬように注意しろ≫

 「了解」


 俺とランドローバルは限界速度で飛び目的地へと向かった。








[12372] ガリアの闇  第十二話    血族
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 サルマーン家とベルフォール家との交渉は何とか無事終了した。


 サルマーン公は元々軍人肌の人物で質実剛健を絵に描いたような人柄のため、中央での権力争いに興味がない。


 よって簡単に王政府からの要請に応じてくれたのだが、逆にベルフォール公は中央へ恩を売る機会と見て、かなりの条件を要求してきた。


 何とか国境の守りを固めることを約束させたが、近いうちに粛清する必要がある。


 そして俺はリュティスへと帰還した。





第十二話    血族





 通常、伝達手段としては魔法の割符をあらかじめ持ち、その割符の持ち主の下へ飛んでいく伝書フクロウなどを用いるのだが、もしその割符が別の人間に渡った場合手紙が別の人間に届いてしまう。


 そこで北花壇騎士団では血をガーゴイルに仕込み、その血の持ち主の下へ手紙を届ける方法を採用している。


 しかし、今回の俺のようにガーゴイル以上のスピードで長距離を飛びまわると、手紙が届くのが帰還と同時という状況が生まれてしまう。



 そして今、本部に帰還した俺に驚くべき情報がもたらされた。


 「オルレアン公夫人が陛下に毒を飲まされ、心を狂わされただと」


 「はい、その上オルレアン公爵家は反逆罪により断絶、王位継承権も剥奪され、領土も全て没収され王家直轄領となりました」


 と、報告してくるのはマルコ。


 ヨアヒムの方は現在特選隊を返しに暗黒街へ出かけているらしい。


 「オルレアン公派、というよりシャルル派の動きはどうなっている」


 「動きは無い、というか動くに動けなくなったそうです。何しろ現在オルレアン公夫人はヴェルサルテイルに人質となっているそうです」


 人質か、奇しくも俺達が計画していた内容と同じような事態となっているがその本質はまるで違う。


 これでは反乱を煽るどころか、全てを殺し尽すことが前提となっているようなものだ。


 いや、ひょっとしたら本当にそういうことなのかもしれない。


 「それで、シャルロットはどうなっている」


 「シャルロット様はプチ・トロワでイザベラ様が保護なさっているそうです。オルレアン公夫人も薬を飲まされた後はプチ・トロワに隔離されているらしいです」


 「シャルル派の貴族達が奪還のために乗り込んでくることは考えられないのか」


 「十分にあり得ます。むしろ、あえて踏み込ませて一網打尽にするつもりなのかもしれません」


 「ヴェルサルテイルにあえて敵を踏み込ませるというのか、無謀を通り越してもはや狂人の考えと言うべきか」


 「ハインツ様には言われたくないと思いますが」


 「何か言ったか?」


 「いえ何も」


 一見無駄なやりとりだが、深刻なことを話しているときこそ笑いやユーモアといったものが大事になる。


 本部の人間は全員それを理解しているからこんなときでも軽口が出てくる。


 「とりあえず言えることは一つだ、今の陛下はおかしい、狂っているとしか思えない」


 「イザベラ様も似たようなことをおっしゃっておりましたが、その判断はハインツ様に任せるとのことです」


 「俺にか」


 「はい。自分にはあの人の心が分からないと、そうおっしゃっておりました」


 「そうか」

 俺はしばし黙考し。

 「マルコ、俺は正規の手順でヴェルサルテイルに参内する。状況がこうなっては北花壇騎士団が動く必要もないだろうから平常体制に戻して構わん、情報の収集も従来通りでいい」


 「それでは、内乱の危機はもう去ったと考えてよろしいのですか?」


 「内乱の危機はな、だが、別の危機が出てくる可能性がある」


 「別の危機、ですか?」


 「ああ、大粛清と殲滅だ」


 そして俺はヴェルサルテイルに向かった。











 ガリア王宮ヴェルサルテイル宮殿。


 ここでは二日前に戴冠式が行われたらしいがそれは過去の戴冠式と比較しても異例のものだったという。


 王族の出席は娘であるイザベラのみ、封建貴族の大半も出席しておらず粛清におびえるかのように領地にひきこもっていた。


 そして、逃げることができない法衣貴族のみが戴冠式に参列し、外国からの客もほとんどおらず、大使館に駐留していた者のみが参加したに過ぎない。


 ハルケギニア最大の大国ガリアの王の戴冠式としては正に異例の戴冠式といえる。


 それでも表面上は華やかだったらしいが、貴族の表情はまるで仮面をつけたように薄い笑いだったそうだ。



 そして現在、ヴェルサルテイル宮殿は通常の勤務体制を取り戻している。


 あれほどの混乱がありながら戴冠式の警備やその後の処理を問題なく行えるのは流石に正規の花壇騎士達である。


 そういう公式な行事の警備などに関しては俺達北花壇騎士団は役に立たないので彼らに頼る以外方法が無い。


 それ故、副団長である俺がいなくてもさしたる問題は無かったわけだ。



 俺はヴェルサルテイル宮殿内部をグラン・トロワに向けて歩いていく。


 戴冠式を終え正式な国王となったジョゼフ陛下は現在ここに居を置いており、俺は勅命に対する報告をするという

理由で訪れた。


 しかし、それは阻まれた。


 「申し訳ありませんが、陛下は現在気分が優れないとのことですので、本日はお引き取りください」


 グラン・トロワ内部を陛下の部屋まで進んでいくと現れた女官に止められた。


 年の頃はおよそ20代半ばほど、髪の色はとても深く闇のようなブルネットの長い髪だ。


 身長は女性にしては高く170サント近くはあるだろうか、まあ、190サントの俺よりは低いのだが。


 しかし、何より気になるのはその顔と目だ。


 一見素晴らしい美人のように見えるがとてつもなく鋭い印象を受ける、そしてその目はあらゆる者を射抜くように


ギラギラと輝いている。


 『心眼』で視ると輝いて見えるが、何か一つのことに囚われているような、そういう感じがする。


 こういう相手は厄介だ、舌戦で勝つのは至難の技だろう。


 しかし、一つ気になるのは額を覆い隠すように装飾具を身に着けていることだ。


 女官が顔を隠すことはそう珍しいことでは無いが、額だけ隠すのは何か違和感を覚える。



 「陛下は本日宮廷においでにならなかったとか、そのことと何か関係があるのですか?」


 俺は公用の口調で尋ねる。


 「お答えすることは何もございません」


 取りつくしまもない。


 「失礼ですが、貴女は本当に陛下の女官でいらっしゃいますか?私はかれこれ6年ほど近衛騎士として陛下にお仕えしておりますが貴女を見かけたことはありません」


 「それは当然でしょう。私が女官として登用されたのはつい先日のことですから」


 「それはおかしくありませんか、先日といえばオルレアン公が暗殺されたばかり、その状況で陛下が新たな女官を用されるとは思えませんが」


 「さあ、それはどうでしょうか。陛下の偉大な御心は所詮貴方のような者には理解できない、そういうことではありませんか、私をお疑いのようですがここに証拠がございます」


 と言って女は任命状を見せる。

 なかなかやる、下賤の者には陛下の心は理解できない、それに反論などすれば陛下を誹ることになってしまい、さらにこちらが不利になる。


 「確かに本物のようです、王印も押されていますから間違いはありません。ですが、これが貴女のために作られたという証拠にはなりません」


 「随分と疑い深い人なのですね」
 

 「そうでもなければ副団長は務まりません」

 ここはポイントだ、俺は公式には近衛騎士隊長であって副団長という役職ではない、陛下の女官ならばその程度は熟知しているはずだ。


 「あら、貴方は確か騎士隊長ではありませんでしたか、何時から副団長になられたのです」


 この段階で引っ掛かりはしない。


 「おや、それはおかしい、陛下の女官ともなれば俺が副団長と名乗る理由くらい知っていて当然と思ったのですが、所詮貴女のような者には陛下の御心は理解できないということですかね」


 その瞬間、女の雰囲気が一変した。


 「貴方、死にたいのかしら?」


 「これはこれは、女官殿のお言葉とは思えませんね」


 俺は腕の杖に込めてある『毒錬金』をいつでも開放できるように準備しておく。


 だが、それは不発に終わる。



 「ところで、貴方の来訪理由とは何なのですか? よければ私が取り次ぎますが」


 いきなり態度を変え本質を突いてくる女、なかなかに狡猾だ。


 「私が陛下より下された勅命に対する報告です、こればかりは他人に明かすことはできません」


 「そうですか、しかし、国境に関する案件ならば私を通して構わないと陛下はおっしゃっておられますわ」


 おられます、か、そこにこいつの秘密があるな。


 「そうですか、これがその書類になります、陛下にお渡しください」


 俺も姿勢を変えて書類を渡す、この場ではどうにも不利だ。


 「了解いたしました。確かに陛下にお渡しいたします」


 そして俺はグラン・トロワを後にした。










 俺はそのままプチ・トロワに向かい、イザベラの部屋に直行した。


 「やあイザベラ、愛しの兄君が会いに来たぞ」


 「誰が愛しの兄君よ誰が」


 「なに、この場では団長と副団長よりも従兄妹同士のほうが相応しいと思ってな」


 「あんたは毎回口調が変わるから相手する方は混乱するのよ」


 「そこは許せ、性分だ」


 俺は隣の部屋を指して告げる。


 「オルレアン公夫人は隣か?」


 「ええ」

 イザベラは短く答える。


 俺は無言のまま隣の部屋に足を踏み入れる。


 オルレアン公夫人はベッドに座っていたが俺が部屋に入ると凄い剣幕で詰め寄ってきた。


 「シャルロットを返しなさい!!」


 俺に掴みかかりながら彼女は叫ぶ。


 「貴方という人は、私から夫を奪っただけでは飽き足らず、この私から唯一の娘さえ取り上げるのね、この悪魔!!」


 俺がなにも反応しなくても彼女は構わず続ける。


 「返しなさい!私のシャルロットを返しなさい!」


「イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ」


 俺は『眠りの雲』で彼女を眠らせ、ベッドに寝かしつけるとその部屋を出た。



 部屋を出るとイザベラが沈痛な面持ちで待っていた。


 「あれが、心を狂わせる毒とやらの効果か」


 「ええそう、エルフが調合したとてつもなく高度な毒らしいわ、一体どうやって手に入れたのかしらね」


 「さてな、そんなものは暗黒街でも手に入らない。一体どこからか想像もつかんな、それでイザベラ、いくつか確認したいことがあるんだが」


 「なに」


 「彼女はシャルロットを認識できなかったんだな」

 ここは重要な点だ。


 「ええ」


 「彼女がああいった反応を見せるのは他人が近くにいる場合のみ、違うか?」


 「う~ん、そういえばそうね、誰も部屋にいない状況では静かだわ」


 「そして彼女はその毒を飲んで以来記憶することができない、誰に会ってもそれが誰かは分からずその人物を覚えることもできない」


 ここが最大のポイント。


 「そうね、叔母上がああなってから私は三回ほど会ったけど、毎回別人に会うような反応だったわ」


 「そうか」


 そして俺はしばし黙考する。


 「ねえハインツ、あんたなら彼女を治すことはできる?」


 俺は水のスクウェアで医療関係ならばこのハルケギニアで右に出る者はいない、そして、“毒殺”という渾名が付けられるくらい毒と解毒薬にも精通している。


 しかし。


 「多分無理だな、エルフが作ったということはその毒は先住魔法の技術で作られている、俺には先住魔法が使えないから毒の成分を理解することができないだろう」


 俺の医術はハルケギニアの水の系統魔法に由来する技術と、地球の医療技術を組み合わせたものだ、故に先住魔は専門外、水の秘薬の解析程度ならできるがさらに高度な毒が相手では流石にお手上げだ。


 「以前資料で読んだが、人間と亜人のハーフは古くから存在したそうだが、人間の血が混じった者は先住魔法をえなかったそうだ。おそらく人間としての常識が精霊の力とやらを弾くんだろう、先住魔法を使えない人間にはエルフの毒を理解することができない。理解できない以上解毒することも不可能なんだ」


 「じゃあさっきは何で症状を確認していたの?」


 「毒を打ち消すのには二通りあってな、解毒剤を飲ませるか、毒を持って毒を制すか。つまり、エルフの毒で心が狂わされた彼女に別の毒を飲ませてさらに狂わせる、そうすれば裏の裏は表ということになるかもしれない」


 「なるほど」

 しかしこの方法は諸刃の刃だ。


 「だが、弱い毒ならそれもいけるがこの毒は強すぎる、彼女は他者への恐怖心が最大に高められてる上に記憶能力を奪われている。それに匹敵する毒を別に飲ませては彼女の体がもたない可能性が高すぎる」


 「そう、でもハインツ、他者への恐怖心が高められるってのはどういうこと?」


 「多分、毒を飲んだ時の彼女の精神状態が関係しているんだろう、報告書には彼女がシャルロットの代わりに毒を飲んだとあった。つまり、その時の彼女の最大の恐怖は他者によってシャルロットが傷つけられること、もしくは奪われること、そういうこと何だろう」


 精神系の毒には感情を増幅するタイプが多いが、成分はともかく症状は先住魔法も変わらないようだ。


 「つまり、その時叔母上が抱いていた恐怖が毒によって何倍にも増幅されて、しかも記憶が出来なくなってそのまま止まっているから常にシャルロットが奪われることを恐れている。そういうことなのね」


 「仮説に過ぎないが、それほど間違ってはいないと思う」


 「でも、いくら症状の原因が分かっても解毒する方法が無いんじゃ仕方ないわね」


 「力が及ばずすまんな」


 全く情けない限りだ。


 「別にいいわ、元々そんなに期待してなかったから」


 「それは手厳しい」


 俺は苦笑いを返す。


 「それで、シャルロットはどうしているんだ?」


 俺は話題を変える。


 「あの子なら『ファンガスの森』に送ったわ」


 ファンガスの森と言えば3年前まで合成獣(キメラ)を作る魔法研究所があった場所だ。


 「ファンガスの森? なるほど、そういうことか」


 「これだけで分かるの?」


 「まあな、お前の考えてることは大体想像つく、おおかたかわいい妹のための愛の鞭ってとこか」


 イザベラは基本的に身内に甘い、考えることは分かりやすい方だ。


 「その表現は気に喰わないけど、あの子、あまりのショックで現実を拒絶していたわ。まあ、12歳の子が父を殺されて母が狂わされたんじゃ仕方ないけど」


 「そいつは厄介だな。全てを世界のせいにして怒りを撒き散らすなら矯正のしようもあるが、一度内側に閉じこもったらそれをこじ開けるのは困難だ、下手をすると人生を丸ごと無駄にしてしまう」


 引っぱたいて矯正するより引き籠りを説得する方が困難なのと程度は違えど本質的には大差ない。


 「まあ、この状況で生き抜くことが幸せとは思えないけど、生きてさえいればいつか救われる日もくるかもしれない。でも、全てを拒絶してしまえばその可能性すら失われるわ」


 「だからこそファンガスの森か、確かあそこは現在キメラが跋扈してたな。しかもキメラドラゴンという化け物もいるとか」


 研究所の貴族は自分で作ったキメラに殺され森は封鎖された。何度か花壇騎士が討伐に派遣されてたはずだが、根絶には至っていない。


 「ええ、現実を認識できなくなってるあの子は人間社会から遠ざけて、弱肉強食という一番分かりやすい現実を突き付けるのが一番効果的でしょ」


 「しかしシャルロットが死んでしまうぞ」

 シャルロットは才能こそあるらしいがまだドットメイジのはずだ。


 「そこは大丈夫、3号を派遣しておいたわ、あの子を死なせないようにとだけ命令してあるわ」


 「死なせないように、か、確かに死なせないことだけはできるが、手伝いもするないうことか」

 3号はフェンサーの中でも特に優秀なやつで異名を"地下水"という、その正体はインテリジェンスナイフで本体を手に取った人間を乗っ取る能力を持つ、どんな困難な任務でも私情を抜きにして徹底的に効率を重視するタイプである。


 「ええ、もし何らかの偶然であの子に協力者がいても一切干渉はしないように言ってあるわ、例えその協力者が死にかけててもね」


 「人の死を看取ることも心を強くする条件なればということか、それでシャルロットに恨まれるのはお前、茨の道をあえて行くか」


 それはとても厳しい道だ。


 「北花壇騎士団団長なんて言っておきながら自分の従妹すら守れない無能者には甘過ぎる罰よ」


 「お前は真面目だな、そんなこと言ってたら俺は何回地獄にたたき落とされることになるんだ」


 何しろイザベラを北花壇騎士団に引っ張り込んだ張本人だ。


 「あんたは自分がやりたいことをやってるだけでしょ」


 「まあそりゃそうだが」


 「結局、身内殺しも身内を地獄に追いやるのも私達王族の宿業ということよ」


 「俺は自分で望んでやってるようなもんだけどな」


 「相変わらず狂ってるわね」


 「少しくらい狂ってるほうが人生は楽しく生きられるもんだ」


 俺は自分の生き方そのものを是としてる、だから誰に恨まれようとも構わない、要は自分で自分の生き方に納得できるかどうかが重要だ。



 「そうかしら? その狂ってるあんたは私や弟分のマルコやヨアヒムに随分甘いようだけど」


 「そうか? 過労死寸前まで仕事を押し付けてるけどな」


 「そうなってるのはあんただけよ。主観では寝る間もなく働いているように感じてたけど、ガーゴイルに観測させてみたら一日7時間近い睡眠時間は確保できてたわ。この前にしてもそう、皆は七日間働いたけど私は四日間だったもの」


 「・・・・・」

 なかなか鋭い、起きてる時に「お前も一日3時間睡眠でよく頑張るな」とかさりげなく言うことで錯覚を起こさせていたのだが。


 「だって、“参謀”達は皆25歳ぐらいの男ばかり、そんなのと14歳の小娘が同じ量の仕事ができるわけがないものね」


 「“参謀”には女性もいるが?」


 「彼女たちも同じよ。調べてみたら男に比べてかなり仕事が少ないわ、大体マルコやヨアヒムと同じくらいの仕事量ね」


 「よくそこまで調べたな」


 正直驚きだ。


 「あのね、月に一度来る日には必ず仕事が無いようになってたら誰だっておかしいと思うわよ。てゆーかなんであんたが私のあの日を正確に把握してるわけ?」


 イザベラの顔が怖ろしい。


 「そりゃ医者だからな、毎日顔を合わせてりゃ、徐々に変わる顔色とかからその日を推測するのは造作もない」


 「ったく、観察される方はたまったもんじゃないわよ」


 「大丈夫、成人女性にはそんなことしてないから、世話のかかる妹に対する兄心ってやつだ。何しろお前、自分の体調管理に関してもの凄い雑だからな」


 「大きなお世話よ。で、そんなあんたはもう一人の妹も気にかけてるのね」


 いったいどこまで察してるのかこいつは。


 「どういうことだ?」


 「とぼける気? 叔母上とあの子がヴェルサルテイルに向かう途中シャルル派の一部が強引に連れ出して決起に及ぼうとしたらしいわ。だけど、ヨアヒムの特選隊が彼らを秘密裏に殲滅した」


 「混乱の拡大を防ぐには妥当だと思うけどな」


 「そうね、でも混乱の拡大を防ぐだけならそこで叔母上とシャルロットを殺してしまう選択肢もあったはずよ。そうなればシャルル派は分裂し解体する。混乱は避けられないし多くの死者も出るけど、それ以上に拡大することは避けられるわ」


 本当に鋭い、ここまで肉親の情を排した判断ができるとは思ってなかった。


 「まあ、これから私達が上手く立ち回って混乱を回避できればそれ以上の結果になるけど、より悪くなる可能性もある、そこに労力や資金とかも考えると純粋に効率的なのはどちらかしら?」


 「・・・・・」


 「でも、あんたはそういう方法を採らない。誰よりも冷静に人間の命を天秤にかけれるくせに、天秤の片側に載るものが命以外になれば誰よりも馬鹿になるのよ」



 そう、俺はそういう生き方を是とする。

 あくまで俺の基準で天秤を作り、片側に普通の人間、片側に平民の命を自分の所有物程度にしか考えない貴族や己の快楽のままに村を襲って全てを略奪するような奴などが載っていれば、割合が1:1000だろうが容赦なく後者を抹殺する。


 まあ、これは俺じゃなくても誰でも選びそうだが。


 そして、天秤に載せるものが同じ命だった場合は多い方を優先し、どちらかに親しい者がいればそちらを優先する。


 簡単にいうと、俺は人の命を金貨に置き換えて考える。


 名前も知らないどこかの平民は金貨、軍人だったら銀貨(彼らは命を懸ける代わりに特権を持っているから)、貴族は銅貨(平民から搾取することで生きる者はその対価に危険を負うべきと俺は考えるから)。


 俺が何も知らない人ならそんなものだが、事情を知ったり顔見知りだったり、知り合いの家族だったり厭な奴だったりすれば当然その価値は変動していく。

 これらは全て俺の価値観だから他人が共感できなくても当たり前だ、命の価値は人それぞれなのだから。


 そして、俺にとって親しい人間は宝石となる。価値は様々だが、基本的に金貨よりは高い。


 ある宝石の価値を金貨15枚とすると、もし金貨10枚と宝石1個ならば宝石を選び、金貨20枚ならば金貨を選ぶ。


 俺が他人と比べて異常だとしたら正にその点だろう。


 俺は自分にとって大切な人達を常に金貨何枚分か正確に計算しておき、親しくなるたびにその価値に修正を加えていく、それ故、天秤にかけるさいに迷うことは無い。

 出会う前だったら王族であるイザベラの命は銅貨一枚分以下の価値しかなく、最も簡単に切り捨てられる命だったろうが、今なら最高級の宝石の価値を有している。金貨1000枚と比べても釣り合いはしない。


 とまあ、どこまでも傲慢に自分中心に出来てる天秤なのでとても人に誇れるものではないが、判断を下す時にはこれはとても便利だ。


 どちらかに傾けばそっちを優先し、どちらにも傾かなければ、それはどちらを選んでも変わらないということなので悩む必要はなくなる。直感に任せれば済むことだ。



 しかし、片方に載せるものが命以外となるとこの天秤は意味をなさなくなる。


 俺にとって貴族の名誉だの誇りだのは価値が無い紙屑と同じであり、銅貨一枚とでも釣り合わない。


 今回のケースでは片方にオルレアン公夫人とシャルロットの命、片方に彼女らを生かすことで生じる可能性や労力が載る。


 彼女達の命はかなり高い、イザベラの家族であり、俺が畏敬の念を抱いたオルレアン公の妻子であり、一応世話になってるジョゼフ陛下の身内だ。


 反対側に載る“可能性”などは無価値となる、良くなる可能性、悪くなる可能性、彼女達を生かすことで何人もの人間が死ぬ可能性、逆に何人もの人間を救える可能性。


 挙げればきりがない可能性があるのだから、要はプラスマイナスゼロだ、最も、どんなに考えてもマイナスしかあり得ないような場合は別だが。


 そうなれば後は俺がどうしたいかの問題となり、俺はどんなに手間と労力がかかろうとも生かす方を選ぶ。


 なぜならその方が気分がいいから。


 まあ、この理論全体も矛盾だらけだがそこは気にしない。ある程度で区切らないとやってられない、俺が良ければそれでいいのだ。




 そこらへんが俺の基本的な行動原理であり価値観なのだが、3歳年下のこの従兄妹には見抜かれていたようだ。



 「よくそれが分かったな」


 内心とても驚いている。


 「あんたがいつも言ってるでしょ、俺は自分がやりたいことしかやらないって、それを元に私なりに考えてみただけよ、どうやら図星だったようだけど」


 「まあな、要は俺がもの凄く自分勝手な人間だということなんだが」


 「んなこたあ皆とっくに知ってるわよ、でも、だからこそあいつらみたいな人種があんたに協力するんでしょうね」


 そういえばマルコにも似たようなことを言われた覚えがある。


 「まあ、あんたが最悪の奴という事実は変わらないけど」


 「そこは厳しいのな」


 俺は苦笑いを浮かべるしかない。


 「でも、もうそんなことは言ってられないわよ。だってあんた、公爵様になったんでしょ」


 「まあな、しかも総督のオマケつきだ、名ばかり公爵ならどうとでもなるんだがこれが加わるからな」


 「あんたが自分の家と身内を売って得た自由とやらはたった6年で終わり、また領民を守る義務とやらを背負わされたわけね」


 「最悪の気分だよ、しかもあの状況じゃ断るに断れん」


 「あんたの価値観に反するものね、その辺完全に見抜かれてたんじゃない?」


 「だろうな、全く悪魔みたいな人だ」

 心の底からそう思う。


 「こうなった以上は仕方ないわ、父上の暴走を止めるために最善を尽くすわよ」


 「はあ、俺の自由意思はどこにいったんだか」


 「そんなものどっかにいったわ、それに現在王位継承権第一位は私、二位はあんたよ。このままじゃ私の夫になって次代の王になる可能性が一番高いんじゃない?」


 「いや、ヴァランス家の当主になってるから外戚の台頭を防ぐ上でそれはないと思いたいけど、可能性として十分あり得るな」


 「あら、私はそれならそれで構わないけど」


 「俺は近親相姦は御免だよ、第一これ以上繰り返したら血が濁っちまう」


 「それもそうね」


 イザベラはしばらく目を閉じる、どうやら感情の整理をつけてるようだ。



 「さて、従兄妹同士で感傷にひたるのはここまで、ここからは団長と副団長の時間よ公爵様」


 「了解いたしました王女様」




 そして俺達はジョゼフ陛下の暴走を止めるための会議を開始したのだった。








[12372] ガリアの闇  第十三話    大粛清
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 ガリア王国首都リュティス東端に存在するヴェルサルテイル宮殿。

 その内部に存在するプチ・トロワにおいて俺とイザベラは状況の整理をするとともに、今後に起こりうることの検討とその対策を練るのに頭をフル回転させていた。







第十三話    大粛清







 「それで確認するけど、まず、今の父上はおかしい、ありていに言えば狂っている。これは間違いない?」

 イザベラが切り出す。


 「はい、それは間違いありません。俺はこれでも6年はあの方に仕えてきましたが、このような暴挙にでるような方ではありませんでした」

 俺は確信を持って答える。


 「私はあの人との関係が薄いのよね、普段全然会うことないしせいぜい公的な場で顔を会わせる程度だったから」


 少し陰りがある声だ、あまり確認したくないことではあるのだろう。


 「逆に俺は良く分からない関係ですね、利用し合ってるんだか俺が一方的にこき使われてるんだか」


 「多分こき使われてる方よ」


 「ですかね、まあそれは置いといて、陛下は効率的なら殲滅も虐殺も容赦なく命じますが逆に意味が無いことはしない人でした。そんな陛下がオルレアン公を殺し、公夫人に毒を飲ませるなどという暴挙に出たからにはもはや正気ではないのだと見るべきですね」


 あの人の悪魔的な頭脳が暴走したらどんな惨劇が起こるかあまり考えたくない。


 「父上がオルレアン公を直接殺害したのは間違いない?」


 「あの状況ではそうとしか考えられません。オルレアン公を私的な狩猟会に誘ったのは陛下、そのことに対する北花壇騎士団の動きを正確に把握できていた唯一の人物も陛下、そしてあの場でオルレアン公を殺害可能だったのも陛下です」


 「全部たった一人で仕組んだってことね」


 「はい、恐ろしい方です。駒を用いずに全て自分だけで片をつけたわけですから。それに暗殺方法も陛下が犯人であることを示しています」


 本当に恐ろしい方だ、俺達の動きも全て読まれていた。いや、そう動くように誘導されたと見るべきか、狂ってはいてもあの頭脳は健在のようだ。


 「確か毒矢による射殺だったかしら、メイジにとっては最高に不名誉な死に方ね」


 「その部分が強烈過ぎて見誤っていましたが、オルレアン公ほどの魔法の使い手を仕留めるにはかなりの遠距離から相当強力な弓かもしくはボウガンを用いる必要があります。そしてそういう武器は強力になればなるほど命中精度が下がるものです、騎乗して走っている人間を一発で射殺すのは並大抵の技術では不可能です」


 「なるほど、ちなみにハインツ、貴方なら可能?」


 「止まっている的なら可能ですが動いている的となると自信がありません。まして一発で仕留めるのはほぼ不可能ですね、俺が知る限りでもそんな芸当が可能なのはフェルディナンかクロードくらいですね」


 あいつらは杖を弓に改造し矢に魔法を付与して放つのを得意としている。そんな考えを持つのはあいつらくらいだが効率が良い攻撃方法なのは間違いない、だが、普通は貴族の誇りとかが邪魔して下賤な弓や銃を使うという発想自体が無い。


 「あんたの周りは化け物ばかりね、でもその条件には父上も当てはまるわね。何せ魔法が使えないからそういった技術を極めなければなにも出来なかった。下手したら暗殺者に殺されてるわ」


 「アルビオンのジェームズ王やウェールズ王子のように暗殺者に狙われるのは王族にとって当たり前のことですからね」


 「その場合の暗殺者は貴方だけどね」


 「そこは突っ込まないでください」


 俺が暗殺未遂犯なのは事実だが。


 「とにかく、オルレアン公を毒矢で射殺したのは父上で間違いない。叔母上の方は考えるまでもないわね」


 「そうですね、間違いなく陛下の仕業です」


 ヴェルサルテイルに呼び出したのが陛下で、陛下との会食中に毒を盛られた、これで犯人が分からない方がどうかしてる。


 「全部父上一人の仕業ね。でもそうなると動機はなんなのかしらね?」


 それが一番の謎だ。


 「オルレアン公を毒矢で殺しその妻子を狙ったことから陛下が彼に対して非常に強い憎悪と殺意を持っていたことが窺えます。しかし、それまで非常に仲が良かった弟に急に殺意を抱くというのが不可解です」


 「そうよね、これでオルレアン公が次期王に指名されたというならまだ分かるんだけど、王に指名されたのは父上なのよね。魔法が使えない父上が魔法の達人であるオルレアン公に嫉妬していたというのは分かるわ、何せ私もそうだったから」

 イザベラはやや自嘲ぎみに話す。

 「だとしたら自分が王に指名された瞬間オルレアン公に対して優越感を持つわよね。今まで魔法が使えない故に暗愚だとか無能だとか散々言われてきたんだから、その自分がオルレアン公を差し置いて王になれるのだと知ったら彼に優越感は持っても憎悪や殺意を向けるのはおかしいわ」


 「普通に考えればそうです、となると普通じゃない事情があったということですね」


 「そうなるけど、全然手がかりがないわね」


 「う~ん、俺にも全然わかりません。情けない話ですが陛下の心はまるで闇に閉ざされていたようで何もわからなかったんですよ」


 今思えば何をしでかすか分からない状態ということなのだが、6年間も普通に行動していただけに予想外だった。


 「でも、あの二人の間の確執を知っていそうな人物はもう誰もいないわ」


 「先王陛下とオルレアン公は既に故人、そして公夫人は心を狂わされ、俺達が知らないことをシャルロットが知っているはずがありません」


 「他の家臣が王家直系の二人の内心を知っているとも思えない。後は父上に直に聞きに行くぐらいしか方法は無いわね。でもそれも難しい、あのシェフィールドとかいう女官が誰も通さないわ、王女である私すら通さなかったんだから」


 シェフィールドという名前は知らなかったが間違いなくあの女官のことだろう。


 「ああ、あの女ですか。俺も一度対峙しましたが只者ではありません。しかし、それ以上に不可解なのがどこから現われてどうやって陛下直属の女官となったのかが何も分からないということです」


 「私は父上の周りに詳しいわけじゃないけどあんな女はいなかったわ、にもかかわらずあの女は現在父上に最も近い地位にいる」


 あの女は完全に謎だ、正体も出身も目的も何も分からない。


 「その上あの女は不可思議な力を持っています、あの女が一度俺に殺気を向けた際背後のガーゴイルが反応していました。おそらく人形(ガーゴイル)使いなのでしょうが、杖も用いずにそれを行ったのです」


 「杖を用いずにガーゴイルを操作する? あらかじめ組み込まれていた命令じゃなくてその女の意思に従ってガーゴイルが起動したということ?」


 「はい、あのガーゴイルは人間が扉に近づかない限り反応しないはずですがそれを動かしていました。そればかりではなく、それを行ったあの女自身がおそらくスキルニルか何かで、本体は陛下の傍にしたのだと思います」


 あの女の反応から考えるとそういう結論になる。


 「そんな技術が存在するの!?」


 「どういうわけか存在するんでしょう、あの女の俺に対する反応は全て事前に知っていたというよりも俺に関しての情報を陛下に伺いながら話しているような感じがしました。仮にスキルニルでなかったとしても何らかの手段で常に陛下と意思の疎通が可能と見るべきです」


 全く厄介なことである。


 「はあ、殺害動機も毒の出どころもその女の正体も全部不明、しかもその女は私達に変わる忠実な手駒ということかしら、今の父上にとって私達は邪魔者に過ぎないというわけね」


 「そこはまだ結論を出すのは早いと思います。まず先に陛下がこれから行いそうなことを考えてみましょう」


 結論を出すのは全てを考えてからでも遅くは無い。


 「そうね、狂人の考えを完全に察するのは不可能に近いけど予測ぐらいはしないと。でも、凄く不吉な予感がするのよね」


 「それは同感ですが躊躇している場合ではありません、例えどうしようもない現実を確認するだけになろうともとりあえずやってみなければ」


 嫌な予感はバリバリするが逃げるわけにはいかない。


 「分かったわ。まず、父上の動機は分からないけどオルレアン公への憎悪があるのは間違いない。だからこそ彼の命だけでなく彼の大切な者の命をも狙った、そうなると狂っている父上が次に狙う標的は」


 「シャルロットは我々の管理下にありますから現時点では不可能、そうなればオルレアン公派の貴族達が狙われることになるかと」


 「しかもその場合大義名分すら簡単に作れるわね、オルレアン公は王に選ばれなかったことに不満を持ち王位の簒奪を図った、故にそれに連なるものを悉く抹殺するってとこかしら」


 やはり事態は最悪だ、しかも厄介なことに打つ手がない。


 「戴冠式を終えた陛下は現在正統なるガリア王、その勅命には何人足りとも逆らえません。一度粛清の命が下ればこのガリアに血の雨が降ることになります。女も子供も老人も区別なく、オルレアン公に連なる貴族は皆処刑される」


 「私達は北花壇騎士団。その存在はあくまで王権があればこそ、王の勅命はどうすることもできないわ、例え王女の私でも無理よ」


 「というよりそういう仕事を行う為に我々は存在します。もし、粛清の命令が我々に下れば手心を加えたり殺したと見せて秘密裏に逃がすことも可能です。しかし、もし我々ではない者達にその命が下ったとすれば」


 「私達は既に父上にとって粛清を邪魔する厄介物でしかないということになるわね、自分の意思を持って行動する者達はどんなに優秀でも人形ではない、狂った父上には命令に従うだけの人形の方が手駒にふさわしいのかもしれないわ」



 ちょうどその時。


 カン!カン!カン!


 三回鐘の音が部屋に鳴り響いた、これはエレベーターが作動した合図、つまり北花壇騎士団本部から誰かがこちらにやって来たことを意味している。


 「何事かしら?」


 「状況の変化があったと見るべきでしょうね」


 俺達は誰かが現れるのを待つ。


 そして。


 バタン!


 勢いよく扉が開かれ男が急いだ様子で駆け込んできた。


 「ハインツ! 良かった居たか、もしいなかったらどうしようかと思ったぜ」


 「アルフォンス!」


 それは紛れもなく『影の騎士団』の構成員であり俺の親友の一人であるアルフォンス・ドウコウだった。










 「お前に知らせることがあって本部に行ったんだけど、いなかったからマルコの奴に聞いたんだ、そしたらイザベラの所に行ったっていうからすっとんで来たんだ」


 と早口に捲くし立てるアルフォンス。


 こいつに限らず『影の騎士団』メンバーは全員イザベラと面識がある。


 正確には本部の人員全員とあり、本部の連中はほぼ全員が暗黒街や貧民街出身なので『影の騎士団』の顔を知らない奴はいない。


 イザベラを呼び捨てにするのはこいつらぐらいのものだ、普通なら不敬罪で殺されてる。


 そしてこいつらは北花壇騎士団の外部協力者であり、主に軍関係の情報を俺達に流してくれている。


 北花壇騎士団はこいつらからの情報をもとに軍に蔓延る害虫の駆除を行っており、特にアラン先輩やエミールが金銭面での不正を暴き、暗黒街の八輝星とも繋がりがある俺達が証拠を押さえ高等法院に突き出した軍高官はかなりの数に上る。


 そして今も軍の情報を持ってきてくれたのだろうがこのタイミングだとかなり嫌な予感がする。

 イザベラの方を窺うと俺と同じ気持ちのようだ。


 「お前が直接来たからにはそれなりの理由があるな、何があった?」

 俺は不安を隠し努めて冷静に聞く。


 「俺のとこの軍のお偉いさんに極秘の指令が下ったそうなんだ。何かお偉いさん方が真っ青な顔で集まって会議室に消えてったらしくて、クロードの奴がその会議を盗み聞きしたんだ。そしたら何と、オルレアン公派貴族の粛清命令が下されたらしいんだ」


 俺達は思わず天を仰ぐ。

まったくなんというタイミングだ。

 あの人はこの部屋の話を全部聞いていたのかと疑いたくなるほど絶妙なタイミング、陛下の嘲笑う声が聞こえてくるようだ。


 「アルフォンス、極秘命令ということはまだ正式には下されていないんだな?」


 「ああ、だが時間の問題だろう。俺達正規軍を動かす以上、正式な勅令が近いうちに発せられるのは間違いない、あくまでこれはその先駆けだろう」


 相変わらずそういうところに鋭い、まあ、『影の騎士団』に無能なのは一人もいないが。


 「そうなるわ、ということは私達は邪魔者決定ということね」

 イザベラが投げやりに言う。


 「???」

 アルフォンスは当惑した表情だ、まあそれも仕方ない。


 「こっちの話だから気にするな。それでアルフォンス、その粛清はどういう内容だ」


 粛清といっても様々な形があるが、この場合考えられるのはおそらく一つ。


 「殲滅だ。当主は全て処刑、屋敷と財産は没収、その家族や使用人には特に何もないそうだ」


 「正気か?」

 俺は思わずそう問い返す。


 一見家族や使用人に対しては寛大な処置に見えるが実質は悪魔の所業だ。

 もしこれがヴァランス家のときの俺のような暗殺者への指令ならばよい、次の標的を殺しに行かなければならない暗殺者は余分なことをしている暇は無く、当主だけ殺し、後は王政府の役人が屋敷と財産を差し押さえるのに任せるだろう。



 だが軍を派遣する粛清ならば事情が異なる。

 当主の処刑も屋敷と財産の没収も軍が行う、その過程で調度品を盗んだりすればそれは軍律違反となり罰則、もしくは軍の追放、最悪処刑が待っている。


 だが家族や使用人に対する指示が一切ないということは、兵の好きにして構わないということである。

 軍の末端は傭兵上がりや元ごろつきも多く、命令という枷が無ければ容易く暴走するものだ。

 その結果何が起こるかは考えるまでもない。


 アルフォンスが殲滅という表現をしたのも頷ける。


 「ああ、とんでもない話だがそんな指令が来てるらしい、俺達にはこれを止めることはできない。そりゃ自分の指揮下にある奴らは見せしめに一人バラバラするなりして統制も取れるがな、他の隊の奴らを止めるのは不可能だ」


 確か現在のアルフォンスの地位は少佐だったはず、12歳で兵学校を卒業し14歳で士官学校を卒業、卒業してすぐ空海軍の少尉として砲術士官となり、その後3年で砲術長を務めているのだから下級貴族としては異常な出世速度といえる。


 が、他国との戦争でもない限り空海軍は基本暇なので、風竜を駆る空中警備隊として普段は働いている。これはクロードも同様で彼は甲板士官から甲板長になり階級は同じく少佐だったはず。


 このガリアの軍制度は地球の各国のものとは多少異なり、やや前時代的なため完全に役割分担がされておらず細かく管理はされていない、よって彼らみたいに幾つかの仕事や役職を兼ねるケースもそう珍しいものではない。


 だがちょっと待て。


 「アルフォンス、お前確か空海軍だよな、何でお前らに指令が下るんだ、普通こういう任務は陸軍の役割じゃないのか?」

 すっかり失念していたが空海軍に指令が下る時点で既におかしい。


 「それは俺も疑問なんだが、ひょっとしたら王は本気なんじゃないかと思ってる」


 「本気? それってどういうことよ」

 イザベラが問うがその答えは別のところからやってきた。


 カン!カン!カン!

 またエレベーターの稼働を示す音が鳴り響き、新たな人物がやってきた。


 「ハインツ、む、アルフォンスもいるか、どうやら来訪理由は同じようだな」


 そこに現われたのはフェルディナン・レセップス、『影の騎士団』メンバーの一人だった。







 「フェルディナン! お前が来たってことはそっちにも同じ命令が行ったってことか?」

 アルフォンスが確認するように尋ねる。


 「その通りだ、既に内容はアルフォンスから聞いてるだろうから省くが俺達陸軍にも殲滅命令が届いた。まあ、上官に来た指令書を頂戴したのだがな」


 クロードは盗聴したようだがフェルディナンは指令書そのものを盗んだらしい、哀れ盗まれた方は厳罰は免れまい。


 「フェルディナン、その指令書を見せてくれ」


 俺とイザベラはその指令書を受け取り中身を確認する。

 内容はアルフォンスが言っていたことと変わらないが、俺達が注目したのは一点。


 「交差した二本の杖の印、紛れもなく王印ね。これが勅命であることは疑い無いわ、偽物の可能性がないわけじゃないけど鑑定しても意味は無いでしょうし」


 王の印のみならず各貴族は家紋を入れた印を持ち、公式文書にはそれを押すのが一般的だ。


 故に王の勅命にはこの王印が押され、形だけ似せた偽物かどうかを確かめる方法も存在するが、この状況ではやる意味は無い。


 「だが、これが陸軍にも届いたということは」


 事態は最悪の方向へ転がっているようだ。


 「ああ、これは陸軍と空海軍の共同任務ということになるな、ガリアの陸軍は総勢で15万近くになるが進軍速度はそれほどでもないから貴族に逃げられる可能性がある。しかし空海軍の高速艦で移動すればその可能性はなくなる、相手が軍隊ではないから今回は中隊単位で派遣すれば十分だ」

 フェルディナンがそれを的確に示す。


 ガリアの陸軍は分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、師団、軍団の単位で構成されているが今回の任務では中隊単位100~150名を各貴族家ごとにバラバラに派遣すれば片がつく、それに中隊規模ならば一隻の載せることも不可能ではなく運用しやすい。


 「俺もアドルフも現在は少佐で大隊長だ。今回の任務では各中隊ごとに動くだろうから俺達が兵の略奪を防げるのは自分の指揮下の隊だけだ、残念ながら別の貴族の元に派遣される部隊などに対してはどうすることもできん。これがせめて師団長ならば話は別だがな」


 軍隊において命令ではなく指揮官の裁量で兵の略奪を止めるのは難しい、例え彼らが他の指揮官に呼びかけても効果はほとんど無いだろう。


 「まずいわね、いよいよ打つ手が無くなってきたわ、このままじゃオルレアン公派は大粛清の餌食になるわね」


 イザベラも頭を抱えている、軍の動員が決定されたいま北花壇騎士団にできることはほとんど無い。


 東薔薇花壇騎士団、南薔薇花壇騎士団、西百合花壇騎士団に所属する騎士は全員がシュヴァリエの称号を持ち、軍においては少佐以上の軍籍を持ち中隊や大隊の指揮を執ることもある、隊長ならば連隊、団長ならば師団の指揮をとることもあり得るほどだ。


 昔の北花壇騎士は大半がシュヴァリエの称号を持つ騎士だったが(20人程しかいなかった)、現在のフェンサーはそれを持たない者も多い、故に正規軍に対して干渉はほとんどできない。


 元々正規軍の改革や粛清は『影の騎士団』メンバーに任せるつもりだったのでフェンサーは盗賊や幻獣退治に特化した治安維持部隊としての側面を強くしたのがここでは裏目に出た。


 「まずいな、お前達でも打つ手なしかよ、このままじゃガリアはどうなっちまうんだ?」

 アルフォンスは焦った表情で困惑している。


 「さあな、軍人の端くれとしては見過ごせることではないが、無力というのは歯がゆいものだな」

 フェルディナンも苦虫を噛み潰したような表情になる。



 俺も考え込む、ことここに至ってはもはや一刻の猶予も無い、正式な勅令が下ればガリアに粛清の嵐が吹き荒れる。いや、殲滅の嵐というべきか。


 「時間稼ぎに過ぎないが、たった一つだけ方法がある」

 俺は3人に告げる。


 「何?」

 「マジか?」

 「本当なの?」

 それぞれ反応が返ってくる。


 「ああ、余計に混乱を拡大する危険もあるが、こうなっては仕方ない」

 俺は極めて冷静に告げる。


 「どういう方法?」

 イザベラが聞いてくる。



 俺は一呼吸置いてから告げる。


 「グラン・トロワに忍び込んで王印を盗み出す。そしてそれを使って偽の勅令を作り出しあちこちにばら撒く、そうすれば軍は混乱してしばらく時間が稼げる」


 「「「 えええ!!! 」」」


 3人の声が重なった。






 3人共しばらく固まっていたがまず最初にフェルディナンが復活した。


 「た、確かに勅命を覆せるのは勅命しかないが、それがばれたら大逆罪どころの騒ぎではないぞ」


 「そ、そうだぜハインツ、もしばれたらお前の命は絶対にないぜ」

 アルフォンスも続ける。


 「だがこれしか方法が無い、粛清しろという命令とそれは誤りだという命令が届けば司令部は混乱して動けなくなる」


 「そうかもしれんが、また陛下から新たな勅命が下ればそれまでではないか?」

 その疑問はもっともだ。


 「確かにな、矛盾する命令が来たら当然王政府に問い合わせる、そうしたら簡単にバレて新たな勅令が発せられる、それに対してまた偽の勅令を出してもそれほど効果は無いだろう」


 「じゃあどうするんだ?」

 と、アルフォンス。


 「そこで勅命を否定するんじゃなくて微妙に変える、つまりは追加指示に見せかける。そうして一度軍が動いてしまえば陛下といえども簡単には再動員できない」


 「なるほど」


 「内容はこんな感じだ。各貴族家の当主は後に公開処刑とするので投獄しておくこと、屋敷や財産は没収、そしてその家族は罪人の逃亡を防ぐための人質とするので決して危害を加えず屋敷に軟禁しておくこと、その家族の世話のために使用人も逃がさず屋敷に留めておくこと、ただし危害を加えることは許さない、もし破った者はその場で容赦なく処刑せよ、これは王の勅命をどれほど忠実に果たせるかを試すものである」



 「確かにそれなら疑う者はいないな、逆に以前のむちゃくちゃな命令よりは理に適ってるから軍人の心理としてはこっちの命令に従いたいだろうな。それに軍の忠誠心と統率力を試すという理由なら略奪を禁じる理由として申し分ない」

 フェルディナンが頷く、アルフォンスも同様の意見のようだ。


 「そこでお前達に頼みがある、今からすぐに軍に戻って今俺が言った内容を大隊長クラスの指揮官あたりに広めてくれ。本当の勅令の内容を知っているのはまだ師団長や軍団長クラスだけのはずだ、それが噂で広がる前に偽の勅令の内容を現場指揮官達に広めればかなりの効果があるはずだ」


 「分かった、時間との勝負だな、直ぐ向かう」

 と、フェルディナン。


 「こっちは任しとけ、お前もしくじんなよ」

 と、アルフォンス。


 二人は急ぎ足でエレベーターに向かい、扉の向こうに消えていった。






 そして俺とイザベラが残される。


 「どうしました団長、さっきから一言もしゃべってませんが」


 「ちょっと覚悟を決めてただけよ、これが失敗したら死亡決定だからね」


 やはり気付いていたか。


 「そうよね、グラン・トロワから王印を盗み出す。そこまではいいわ、貴方の腕ならそれほど難しいことではないでしょうし、それに王印は二つ存在する。まだ戴冠式から時間が経ってないからおじい様が使っていた王印はおじい様の部屋に残されているはず」


 そこでイザベラは一旦区切る。


 「でも、貴方に出来るのはそこまで、王印には本人以外使えないように魔法が掛けられている、それを使えるのは本人か、もし急にその人が死んだ場合代行となる親か子にしか使えない。王印は両方共同じものだったらしいから片方の継承者が変わるともう片方も変わる。戴冠式の際父上に変わっているからおじい様亡き今それを使えるのは父上か私だけよ」


 これを俗に血縁の呪いとも言う、効果があまりにも強力なため魔法というよりも呪いと称する方が適当なのだ。


 「そしていくら王女とはいえ王にしか許されない王印を用いて偽の勅命なんか発したら間違いなく死刑よ、当然盗んだ本人の貴方もだけど」


 「それを承知の上で貴女はこの計画に協力してくださるのですか」


 「当たり前よ、ここまで来たら一蓮托生、それこそ貴方がよく言う後味が悪いというやつよ」


 イザベラが笑いながら宣言する。



 何と言うか、その笑みは神々しさを感じるほど美しかった。



 「左様ですね、それではガリア最大の犯罪者二人で王に反逆すると致しますか」


 「それはいいけど、犯罪者の格は貴方が上だからあくまで貴方が主犯、私は共犯に過ぎないわよ」


 そして俺達は笑い合う。






 俺達は互いに理解している、この計画はただの時間稼ぎであり陛下が健在である限り根本的な解決にはならない。

 よって、何とか陛下が狂った原因を探りそれを除去して陛下を正気に戻す必要があるが、あいにくとそれを出来る時間もなく戻せるという確証もない。


 故にこの混乱を終わらせる方法はただ一つ、俺達の手で陛下を暗殺するしかない。


 イザベラは父殺しとなる。さっきイザベラが決めていた覚悟とはそのことだ。


 どちらにせよ王印を盗む以上俺達は完全に王に杖を向ける反逆者となる、そうなっては俺達が陛下に殺されるか俺達が陛下を殺すかの二つに一つになる。


 まあ、今陛下に死なれては混乱が広がる一方なので陛下は建前上生きていることにして、グラン・トロワにスキルニルを置いたりすることになるかもしれない。



 だがまあそれは陛下を殺せた後の話、あの謎の女も陛下の護衛として動くだろうから暗殺の成功確率自体それほど高くは無い。


 今は王印を盗むことのみに集中し、陛下の暗殺計画を練るのはそれからの話だ。



 俺は決意を固めるとともに一旦準備を整えるため本部に向かった。





[12372] ガリアの闇  第十四話    闇の胎盤
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03



 ガリア王国首都リュティス東端に存在するヴェルサルテイル宮殿。

 その中心に存在するグラン・トロワに俺は忍び込み、先王ロベール五世陛下の部屋から王印を盗み出すことに成功した。

 これは俺の肩書が未だジョゼフ陛下の近衛騎士隊長であり、グラン・トロワに普通に入ることができ内部を巡回していても全く怪しまれない立場であったことが要因である。


 そして俺は何食わぬ顔でグラン・トロワを出てその足でプチ・トロワへと向かった。







第十四話    闇の胎盤








 「お帰りなさいハインツ、どうやら上手くいったようね」

 イザベラが声をかけてくる。


 「王印の奪取は成功しました。団長はこれから偽の勅命の作成に取り掛かってください、内容はお任せします」

 俺は平静を装いながら告げる。


 「それは構わないけど? 私に任せるってことは貴方には何か他にやることがあるの?」


 イザベラの疑問は尤もだ、偽の勅命が出来るまで俺に出来ることは特にない。


 いや、なかったというべきか。


 「はい、元々はなかったのですが先程できました」


 「先程? まさか、 グラン・トロワで何かあったの?」


 「いえ、何かがあったのではなく、あるものを発見しました」


 俺はその正体を隠しながらいう、俺自身まだ動揺を抑え切れていないのだ。


 「発見した? それはおじい様の部屋ね、一体何を発見したの?」


 「それは今はまだ言えません。俺自身内容が未だ信じられないので。そこで、それの確認をとってこようと思うのです。もし確認がとれれば団長にもお話します」


 今はこれが精一杯だ、正直、イザベラは知るべきではないとも思う。


 「今はまだ話せない、か、貴方がそういう風に言うのは初めてのことね。わかったわ、貴方がそう言うのなら私は聞かない、話せるようになったら話しなさい」


 そんな俺の心情を読んだのかイザベラはそう言ってくれた。


 「了解しました。その時がきたら必ずお話します、ですが一つだけ、もしかしたらこのことは我々にとって起死回生の手になるかもしれません。ですが、逆に絶望への入口になるかもしれません」


 そうして俺はプチ・トロワを後にした。













 目的地はそれほどヴェルサルテイルから離れていないので徒歩で向かうことにし、俺はその途中で先王陛下の部屋から持ち出した資料を読み返しながら回想に耽っていた。





 一連の出来事について不可解なことがもう一つあった。

 それは先王陛下がオルレアン公ではなくジョゼフ陛下を次の王に選んだことである。

 宮廷貴族の反応やイザベラが直に感じたことからは先王はオルレアン公を次の王にしようと考えていたように感じられる。おそらくジョゼフ陛下もそのように考えていたはずだ。


 しかし、選ばれたのはジョゼフ陛下だった。


 もしかしたらそこに陛下が狂った原因があるのではないかと考え、俺は先王陛下の部屋を隅から隅まで調べ上げた。

 そしてある資料を発見し、俺は絶句することになった。



 その資料の内容にも驚かされたが、その資料を先王陛下に送った人物の名が俺にさらなる衝撃を与えた。



 資料の内容はオルレアン公が王位に就くために宮廷貴族に根回しを行っていたこと、そしてウェリン家やカンペール家といった六大公爵家や有力な侯爵家に裏金を送り自分を支持するように画策していたことの証拠だった。

 俺はそれに大きな衝撃を受けると共に自分の無能さと傲慢さを嘲笑った。


 「何が人を見る目には自信があるだ、何が一度も外れたことがないだ、最も重要な点でこれ以上ない勘違いをしているではないか、何たる無様、これ以上の道化がいようか、ガリアで一番滑稽な愚か者は他ならぬ俺自身ではないか」



 そんな思いが心を駆け巡る中その資料の差出人を確認した瞬間、俺はそんな自嘲など一切忘れ、ただ呆然としていた。



 何だこれは? 

一体どういうことだ?

なぜここにこんな名前が出てくる?

なぜ彼が先王にこのような資料を渡せるのだ?



 そのような感想が浮かんだのはしばらく後のことだった。








 リヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵。


 先王陛下の末弟にあたる人ではあるが、先々代のロベスピエール三世陛下と平民の使用人との間にできた子であるため王位継承権は与えられず爵位も男爵程度が与えられたに過ぎない。


 そして王族や貴族にとって平民との間にできた子は血を濁らせる忌子であるという考えが強いため、出来そこないや穢れた血と罵られ蔑まれた。(ヨアヒムやマルコも同様である)


そのため貴族の子女と結婚することもなく、しかし王の血を引いてもいるため野に下ることも許されず、王家に飼い殺しにされたまま生涯を過ごし、そして誰からも顧みられることがないまま老人となった哀れな人物である。



 しかし、そんな地位も権力もない無力な老人に過ぎないはずの人物が、北花壇騎士団ですら探りだせなかったオルレアン公の秘密を知っており、なおかつそれを先王陛下に報告していたのである。


 一体これが何を表すのか、そしてこれがガリアにどんな影響を与えたのか。


 俺はこれまでにないほどの戦慄と恐怖を感じながら、その老人が住む屋敷へと歩き続けた。












 ジェルジー男爵邸。

 貴族の屋敷としては小さい方であり特に目立つわけでもなく周囲に完全に溶け込んでいる。

 しかし、ここに恐らくガリア王家の全てを知る老人が住んでいるのだ。


 俺は物陰で“不可視のマント”を着用し、屋敷の内部へと潜入した。










 内部をざっと回ってみたが、一見これといって怪しいところは無い。


 しかし俺はこれまでに三桁を超える屋敷に潜入し、兵学校時代の学長の不倫の証拠から、公爵の反乱の証拠に至るまであらゆる証拠を隠し部屋や隠し倉庫などから見つけ出してきた。(当然自白剤などの手段も多用したが)


 その俺の感覚が告げていた、この屋敷には何かがあると。





使用人の数は少ないほうで、屋敷を維持するのに必要な最低限の人員しかいないようだった。

特に警戒することもなく探索を続けていると、何か違和感を感じた。



 視線を向けた先にあったのはただの壁だった。



 特に仕掛けのようなものは見受けられない、『ディティクト・マジック』もかけてみたが何の反応もない。

 『ブレイド』を極細で発動させ壁に穴を開けてみるが、向こう側に何かが続いているわけでもなかった。



 俺はただの気のせいだったかとも思ったが、しかし何か違和感を感じるのである。

 言ってみれば念というかむしろ怨念というか、怨念!?



 俺はすぐに『心眼』で壁を注意深く観察した。

 ついさっきオルレアン公の心情を察することすらできなかった愚物であったことが確認された俺の目だが、異なる使い方も存在する。


 俺の目は簡単に言えば視覚と発達した第六感が組み合わさったもので、理屈ではないが相手の魂の輝きのようなものが見えるものだ。

 だがそれは人間に限らず全ての生き物に適応され、特に擬態などで姿を隠しているものを特定するのにも役立ち、かなりの集中力を使うがものに宿った念などもおぼろげに視ることができる。


 よって、俺の目は“不可視のマント”を見破ることも可能だったりする。

 死角にいる人間が発する念を感じ取ることも出来るので潜入時にはかなり役立つ、なので俺は探索しながら無意識に『心眼』を軽く使用するようになっており、それでこの違和感に気づいたのだ。



 『心眼』で注意深く視るとやはり何かを感じる。

 ものに籠った念というよりも、まるで念が物体になったような印象を受ける。



 俺はしばらくこれが何か考えていたが、やがてある一つの可能性に思い至りあるものを取り出す。



 数年前、まだ俺が副団長ではなかった頃、吸血鬼退治を指令されたことがあった。

 特に苦戦はしなかったがその吸血鬼は先住魔法を使い、かつその血には強い魔力が宿っていることを知っていたので、殺した後その血液を全て抜き取り『固定化』で研究用に保存しておいた。

 本当は生きたまま捕らえて暗黒街のどこかに軟禁し、様々な実験を行いたいところだったがそんな時間もなかったのでやむなく血液の採集だけに留めた。


 そしてその血液を利用して作ったのがこの試薬で、先住の力が込められている「風石」や「土石」などに触れると淡く光る、つまり先住の力があるかどうかを確かめることができるのだ。


 そしてその試薬を壁にかけると淡く発光した。


 おそらくこれは先住魔法の『変化』で何らかの動物が壁になっているものなのだろう。


 そう結論付けた俺は『サイレント』を唱えて防音すると『ブレイド』で壁を切り裂き、その先の土壁もどんどん切り崩していった。



 するとそこには地下への階段が存在していた。


 『心眼』で視ると地下からは禍々しい念が漂ってきている、こういう印象は処刑場などに受けるがその密度が半端ではない、まるで何万もの人間がここで朽ちていったかのようだ。


 俺は覚悟を決めてその階段を降りて行った。















 たどり着いた先は腑分け場でも人体実験場でも遺体安置所でも人間処理工場でもなく書庫だった。

 正直そういったものを予想していただけに拍子ぬけではある。


 しかし本棚の書からは何か怨念めいたものを感じる。

 なるほど、一つ一つは大したことなくとも何千冊も揃えばこのようなおぞましい邪念となるのだろう。



 俺は『ライト』で杖の先に明かりを点け、手近な本から調べていった。









 調べ始めてすぐに俺はここが予想通りの場所であったことを知った。


 だがそれは今回の事件の中心というわけではなく俺が知りたいことは別にあったため、やはり本人に伺うしかないと考え出口に向かったとき、誰かが近くに潜んでいるのに気付いた。



 気配は完全に絶っているようでかなりの使い手であることが分かる。

 しかし俺の目は存在を感じ取るので俺から完全に姿を隠すことはできない。


 俺は手っ取り早く片付けるため『毒錬金』を使用した。

 地下室であるため毒ガスは簡単に充満する。


 俺の身体は7歳頃から様々な薬品の試験体として利用してきたのでかなりの毒に耐性がついている。

 無論地球でそんな真似をすればとっくに死んでいるが、ハルケギニアの水魔法と水の秘薬が俺を生かした。

 よって俺が『錬金』するのは俺には耐性があるが常人が吸うと体が麻痺する毒である。




 一分も経った頃、地下室の中から複数の呻き声が聞こえてきた。

 数は5人、そのうち杖を持っているのが3人、全員黒い装束で身を包んでおり正に暗殺者といった風体である。


 「こいつらがジェルジー男爵の手駒なのか」

 と、俺が思わず呟いた瞬間。


 パチパチパチパチパチ


階段から拍手が響いてくる。




 俺がその方向に目を向けると一人の老人が降りてきた。

 外見はおよそ70歳前後か。


 髪も髭も全て白くなり、顔に刻まれた皺の数はこの老人が歩んできた年月を感じさせる。

 しかしその目は恐ろしく深く、まるで奈落の底を覗きこんでいるかのような気分になる。


 そして何よりも感じるものがある。



 闇だ。



 陛下と同じくその心が闇に飲まれているようで何も見えない、いや、この闇こそがこの老人の心そのものなのか。



 俺は直感的に悟った。


 この老人こそがガリア王家の闇なのだと。


 この空間はその闇の胎盤なのだと。


 そして、俺の人生を通して最も印象深いものとなった闇の対話が始まった。













 「いやいや、若年ながら恐ろしい手練れじゃな。こやつらを容易く退けるとは、流石はその年で北花壇騎士団の副団長を務めるだけのことはある」

 と、老人が切り出した。


 「お初にお目にかかります、貴方がリヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵ですね」

 俺はまず確認するところから入る。


 「ほっほ、天下の北花壇騎士団副団長とは言え、わしの様な無力な老人の顔などは流石にご存知ないか。まあそれもいたしかたない、何せわしは隠居の身にて滅多に外に出ることすらないからのう」


 「はい、俺はこれまで貴方の顔などまるで知りませんでしたし興味もありませんでした。ですが、そんな貴方に興味を持たざるを得なくなることがあったのです、貴方ならその内容をお分かりでしょう?」


 「はて、年のせいか最近は物忘れが激しくてのお、良ければわしにその事情とやらを語ってくれんかね」

 老人がとぼけたまま言う。

 俺はそれにあえて反論せず、事情を話すことにした。


 先王陛下の死、次期国王がジョゼフ陛下に決まったこと、オルレアン公が暗殺されたこと、公夫人がエルフの毒を盛られたこと、ジョゼフ陛下の戴冠式、発令された粛清命令、それに対して俺が行動したことなどを時系列に沿って出来る限り詳しく説明した。

 おそらくこの老人はそのほとんどを把握しているのだろうが、中には知らなかったことも含まれていたのかもしれない。



 「いやいや、興味深い話をありがとう、隠居の身では世情に疎くなってのう、お主の話は驚きに満ちておったわ」


 老人が素直に感謝するように言う。

 まるで悪意が感じられない、ひょっとしたらこの老人が言っているのはすべて真実なのかもしれない。


 「じゃが、確かにその状況でわしの名が出てきたらお主が驚くのも当然じゃろうな」


 「はい、非常に驚きました、ですのでこうして来たのです」


 「しかし、それは少々おかしくないかね。わしに聞きたいことがあるのならわしの部屋に押し入れば済んだはず、じゃがお主は先にこの部屋を探り当てた。先住の魔法を用い誰にも見破れないはずの隠し階段を発見しての、お主にはここに来る以前に何か確信があったはず、よければそれを教えてはくれんかね」


 鋭い、やはり只者ではないようだ。

 ここで嘘をつく必要は特にない、俺は俺の推測を語ることにする。




 「始まりは俺が北花壇騎士団の一員となってヴァランス家の粛清を終えたあたりですので6年ほど前、当時まだ殿下と呼ばれていたジョゼフ陛下から王家の書庫への立ち入りが許可されたことがきっかけです。俺は元々あらゆる医療技術に興味を持っており、特に水の先住の力には強い関心を持っていました」


 「ふむ、それは珍しいな、何しろそれを研究することは教会から異端とされておる」


 「実にふざけた教会の戯言など俺は気にしません。そして王家の書庫で過去に行われたであろう先住魔法の研究資料を探したのですが驚くほど少ない量しかありませんでした。まるで誰かが秘密裏に持ち去ったか、もしくは資料そのものがそこに保管されたことがないかのように」


 以前『影の騎士団』に精霊について語ったときはたくさんあったと言ったがそれは他と比較しての話で予想よりは少なかった。それでも精霊に関しての資料は多い方だった。


 「それこそ教会からの批判を恐れたからではないかな? 特にロマリア宗教庁は狂っておるからのう」


 「いいえ、それはありませ。、いくらロマリアとはいえガリア王家の書庫に立ち入れるわけがありませんし、何より“聖戦”を行っていた当時ならば先住魔法について研究することはむしろ奨励されたはず、敵が使う技術や魔法について詳しく知ろうとするのは当然であり、まして何度も負けているならばそれを打ち破るための技術を血眼になって研究するはずです」

 むしろロマリアの方が研究は進んでいたかもしれない。

 悪魔の力で悪魔を制すなど、あの狂った教会なら平然とやるだろう。


 「確かにそれは道理ではあるのう」


 「それに“聖戦”によって最大の人的被害を出したのは東方で国境を接するガリアです、そのガリア王家がエルフを頂点とする先住魔法についての研究を行わないはずがないのです」


 そしてもう一つ理由がある。


 「ではなぜそれが残されていないのかのう?」


 「それはおそらく隠さねばならないもう一つの研究と連動していたからではないかと」


 「もう一つの研究とな?」


 それこそがガリア王家最大の闇。


 「6000年続いた専制君主国家であるならば絶対に存在する研究です。そして同時に絶対に表側では行えない研究」


 「それは?」


 「不老不死の研究です。人の身における地位を極めたものが最後に求めるものは常にそれです、これはもはや人の宿業と言うべきかもしれませんが」


 地球の歴史がそれを示している。

 秦の始皇帝を始めとしてあらゆる為政者がそれを求め、ナチスドイツのヒトラーなども裏で研究させていたという。

 魔法という奇蹟が存在しない地球ですらそうなのだ、まして魔法が存在し、人間以外の知恵あるものが跋扈し、そして人間より遙かに長い寿命を持つエルフが存在するこの世界でそれを古代の王達が求めないわけがない。



 「王の寿命を一年延ばす為に1000人の平民の命を犠牲にしなければならないとしても、それを平気で行うのが王家というものです。王の不老不死の為ならばそれこそこの世で考えられる限りの手段が用いられたはず、特に長い寿命を持ち人間との混血が可能なほど生態が近いエルフは格好の研究対象となったはず」


 それが“聖戦”の裏の秘密。


 「例えば、エルフの血を搾りだして飲むことで寿命を延ばすことができると考えたり、エルフとの間に子を作りその子に自分の脳を移植したり、また、その混血児に先住魔法を使わせ対エルフの切り札にしようとも考えたかもしれません。数え上げればきりがないほどの研究を行ったのでしょう」


 または吸血鬼などもあり得る、俺はその血を先住魔法判定薬に利用したが、寿命を延ばすために利用したかもしれないし、自分そのものを吸血鬼に変えた王も存在したかもしれない。

 何しろ王は老齢になれば滅多に王宮から出ることは無い、つまり日の光が当たらない場所にずっといても問題はないのだ。


 「しかし問題があります。人間の実験材料ならばいくらでも簡単に調達できる、しかしエルフはそうはいかない、エルフ一人で何十人ものメイジに勝てるとさえ言われている、そしてエルフが住む土地はサハラであり人間の土地ではない」


 つまり実験材料の調達ができない、秘密裏に精鋭を送り込んでも返り討ちにあうのが関の山だ。


 「であるならばどうするか、大軍を送り込み数の力で圧倒すればよい、一人のエルフに数百人をぶつければよい、例えその戦いでどれほどの被害が出ようとも王の不老不死のためならば安いもの、その恩恵を受けれるとすれば大貴族も王家に協力を惜しまない。それこそが古代の“聖戦”において数十万近い軍が動員された理由であると考えます」

 過去の“聖戦”において国庫が空になるまで戦い何の成果も無かったにも関わらず古代の王達は次の“聖戦”を起こし続けた。

 ロマリアのような狂信者の群れならばともかくガリアの王族や貴族は利に聡い、そいつらが聖地奪還ごときの為に私財を投入するはずがなく、聖地奪還はあくまで大義名分、そこに裏の目的が無ければおかしいのだ。


 「ですが、どれほどの犠牲を払おうとも不老不死が実現することも、人間が先住魔法を自在に操れることもなかった。当然ですね、俺もいくつか試してはみましたが人間と先住魔法は致命的に相性が悪い、人間の血が混じった存在は決して先住魔法を正しい形で操れることはなかったでしょう」


 「ふむ、それはどうしてかな?」


 ここで老人が久しぶりに聞いてくる。


 「先住魔法とは自然の理に沿うもの、世界に満ちる精霊の声を聴きその力を借りうけることだとか。しかし人間はその真逆、自種の繁栄のためならばあらゆる自然を食い潰し、理を捻じ曲げ、自然界に存在しない毒物をも作り出す。精霊が自然の力の結晶ならば人間はそれを奪って食い潰すことしかできず、その理に沿うことはできない。故に人間はこの世で最も先住魔法と相性が悪い存在なのです」


 地球の科学はその最たる例だ。

 俺が地球から持ち込んだ医学では先住魔法の毒を解析できないのは当然のこと、根本的な価値観が異なるのだ。


 「つまり人間には先住魔法を扱うことはできないと?」

 老人がさらに問う。


 「いいえ、その理すらも捻じ曲げるのが人間というもの、自分が使えないならば使える者を利用する、その子供を捕らえ、脅し、協力させるなどは当たり前、あらゆる手段を使って人間にも使えるように改造するでしょう。ですがそれは似たような効果を持ってはいても既に先住魔法とは言えないものになっているでしょうね、人間に作り出せるのは異形の怪物のみ、決してエルフのように美しい存在を作り出すことは敵わないでしょう」


 人間とはそういうものだ、個々人では良い人間も悪い人間もいるが、国家という単位になると碌でもない考えしかできなくなる。

 これは俺がティファニアに告げた言葉だったか。



 「そして、成功はしなくともその過程であらゆる副産物は生まれたはず、人間を歪ませ自在に操るための外法が6000年の間に蓄えられてきた、その知識の保管庫がこの部屋であり、その管理人が貴方、違いますか?」


 おそらく王家の中でも決して権力の座に就くことができない者が秘密裏に伝えてきたのだろう、王国を支える闇として、そして今代の継承者がこの老人なのだろう。


 「ふむ、凄まじいなお主は、よくぞそこまで正確に洞察できたものよ、何か手掛かりでもあったのかな?」


 「はい、つい最近ですがオルレアン公夫人が飲んだというエルフの毒、あれが手掛かりでした。俺は暗黒街のほぼすべてを掌握しています、あらゆる禁制品は暗黒街を通して流れるものですがあの薬だけは出所が掴めなかった。ですから思ったのです、もしかしてあの薬は王家の外ではなく内からもたらされたものではないかと」


 「それだけを手掛かりにここまでたどり着いたか。それは凄いのお、確かにそのとおりじゃ、あれは数千年も前に捕らえられておったエルフが作らされた毒らしくての、ここに保管されておったものじゃが時折王宮に流れることがあるのだよ、特に身内を秘密裏に始末するときなどにな」


 数千年間保管してあってなお使えるとは恐ろしい毒だ。

 ちなみに俺がこの結論に達したのはこれだけが理由ではない。


 まず一つに俺が地球の価値観を持ち、ハルケギニア人とは異なる視点を持っていること。


 そして何よりティファニアの存在、アルビオンの王族であるモード大公がエルフを妾にできたという事実。

 それが俺にブリミルを頂点とする三王家とエルフの間には聖地を巡る敵同士という関係以外にもう一つ裏の関係があるのではないかという疑惑を与えたのだ。


 そして、地球的な価値観も交えながらもう一度ハルケギニアの歴史を紐解いていくと今まで見えてこなかったものが見えてきた。


 最近は現実の忙しさに追われすっかり失念していたが、エルフの毒がいきなり現われたという事実が俺にそれを思い起こさせた。


 「左様、お主が申した通りここにはあらゆる外法が詰め込まれておる。先程お主が片づけた者達もそれを用いて造ったものでな、名をホムンクルスといい、メイジの死体をもとに改造を施すことで魔法を使えるガーゴイルとするのじゃよ」


 魔法を使えるガーゴイル、それは恐ろしい存在だ、魔法の発現には意思の力が不可欠だからホムンクルスとは完全に自律した思考が可能ということだ。


 「人の脳を用いておる故に自分で考えて行動でき魔法も使える。しかし創造主には決して逆らえぬ、手駒とするにはこれほど便利な存在もおるまい。お主が倒したのはスクウェアが3人にメイジ殺しが2人、わしの手駒の中では最強の者達だったのじゃがな」


 俺の『毒錬金』は生物に対して圧倒的なアドバンテージを持つ、逆にホムンクルスで助かった、俺にとっては完全に無機物のガーゴイルの方が鬼門なのだ。


 「例えばスキルニル、あれもそうじゃ。古代の魔法人形、あれは人間から全ての血を抜き出した死体を大釜で煮詰め、それに水の秘薬を加え、「土石」の結晶に凝縮して作るのじゃ。言ってみれば人間の血の代わりに水の秘薬を注ぎそれを「土石」に詰めたもの、故に人間の血を注ぐことで水の秘薬が全てそれに変化し、「土石」の力で持って人間の形をとるのじゃ。記憶も性格も複製できるが問題は魔法が使えない点じゃな」


 古代の王達はスキルニルを用いて戦争ごっこに興じたそうだ、そのためだけに何十人もの平民の生贄が捧げられたということか。


 「まあ、後は大体お主の想像通りじゃ、元々は“聖人研究所”といって虚無の力を持つ者を人工的に作り出そうという機関であったそうじゃが、いつの間にか目的は変わり王族の不老不死を追求する闇の組織となった。後は語るに及ばす、この研究で殺された平民の数は6000年で数百万ではきかないじゃろう、間接的とはいえ“聖戦”によって死んでいった者達も似たようなものじゃからのう」


 とんでもない量の屍の上に現在のガリア王家は存在しているということだ。


 「犠牲者は他の種族にも及ぶ、翼人、吸血鬼、土小人、コボルト、オーク、トロール、リザードマン、水中人、ミノタウルス、竜、妖精、そしてエルフと、あらゆる種族を犠牲とした研究を行いよっ。、一番滑稽なのはその素体じゃな、亜人と魔法の力が強いメイジを掛け合わせエルフに対抗できる戦士を作ろうとする研究もあったそうじゃが、その為には当然母体が必要となる。一体何を使ったと思うかね」


 メイジの魔法とオークやトロールなどの頑強な肉体が合わされば強力な戦士が出来上がる、理屈は分かるがそのための母体には当然最高純度の魔法の血が求められる、すなわち王家。


 「つまり、政争に敗れた者達の中で女性である者、王女や公女などが処刑されたと公表され、実は母体として“聖人研究所”に送られていた。そしてオークやトロールなどと交わらせられた、そういうことですね」


 「左様、哀れな運命よな。それに比べればシャルロットの処遇など慈悲深い以外のなにものでもないわ、もし生まれた時代が異なればあの少女の運命はオークとの子を産み落とす母体だったのじゃからな」


 恐ろしい、そしておぞましい、俺の髪が蒼い以上、俺にもその血が強く反映されているというわけだ、身内殺しは王家の宿業だと思っていたが本当の闇はそんな程度ではなかったようだ。



 「まあそういうわけじゃが、わしとて全てを把握しておるわけでもない、ここにあるのはその本家であるというだけの話で6000年の間に枝分かれしたものがあちこちにあろう。当然、トリステインやアルビオンにもな」



 つまりは“聖人研究所”の負の遺産はあちこちに存在する可能性がある。誰かがおぞましさのあまり焼き捨てた可能性も高いが、現代まで伝わっているものも幾つかはあるだろう。そして、分家が本家を上回らないという保証はどこにもないのだ。


 「トリステインやアルビオンでは当時そういった研究は行われていなかったのでしょうか?」

 そこに少々疑問が残る。

 王家が考えることはどこも同じだ、ならば当然トリステイン王家やアルビオン王家にも相応の闇が存在するはずなのだが。


 「存在することは存在したのじゃろうな。しかし、その規模はガリアとは比較にならなかった。三王家の中では闇においてガリアは他二つとは別格じゃった」


 その原因は幾つか考えられる、すなわち。


 「まず、ガリアの地が一番サハラと近く、また、先住の民が住んでいる数が最も多いこと、国力においてハルケギニア最大であること、そして何より国家の気質そのものでしょうか」


 ガリアは政争と簒奪に明け暮れる国だが、その原因は6000年ほど以前に遡る。


 始祖ブリミルの三人の子供が三王家を興した(ロマリアはこの際除外する)が建国当時はトリステイン、アルビオン、ガリアの国土も国力も大体同じ程度であったという。


 しかし、黎明期のハルケギニアには多くの亜人が跋扈しており、彼らは正に“先住”の民であった。

 つまりこの地に最初に住んでいたのは彼らであり、我々の祖先は魔法という力によってその土地を奪い取った侵略者に他ならないのだ。


 ひょっとしたらエルフとの戦いで聖地から追い出された民族がエルフよりは弱い先住の民から土地を奪い取って王国を築いただけなのかもしれない。


 そして浮遊大陸である「風のアルビオン」や海沿いの穏やかで亜人の少ない土地にある「水のトリステイン」はかなり早くに国土が安定し統治制度が確立していったそうだが、内陸部に建国した「土のガリア」はブリミル以来の仇敵であるエルフの土地と最も近い上、その国土内やその周辺には多くの亜人が国家単位で住んでいたという。

 中には魔法を用いない人間の国家もあったようで、そういった国や、亜人の国との戦争を繰り返しながらガリアは次第に大きくなっていった。

 その亜人の外見などは人間とほとんど違わなかったそうだが用いる力が違い、彼らは精霊の力を操れる部族でありエルフとの仲も良かったそうだ。


 彼らはガリアにとってエルフに与する仇敵であり、ガリアの年代記では世界を荒らす悪魔のように書かれており彼らを蹂躙する古代の王達は救世主のように崇められている。


 そうして戦争と侵略と殲滅によってハルケギニア最大国家とはなったが、それ故に最も安定せず、政争と簒奪が日常茶飯事となる国家となった。“聖戦”のような狂気を除けば国家が一つに纏まった試しがないというだから笑える話だ。


しかしそれはエルフ以外には一つに纏まるほどの脅威が無かったことも意味しており、ガリアが強大であり戦争に長けていることを示すものでもあった。

大きく強い国家であるが故に纏まることが無いというのも皮肉な話で、逆にバラバラになればガリアに容易く蹂躙されかねないトリステインやアルビオンは国家の纏まりを強くしていった。

故に10倍以上の国土と10倍近い人口の差があるにも関わらず、トリステインとガリアは国境を接しながらも6000年間存在してきた。


 それがガリアの国風であり、他国と比較すると平民の感覚は特に変わらないだろうが、貴族の人生はまるで異なる。


 もし俺がトリステインの封建貴族に生まれていたら魔法学院を卒業するまではのんびりと過ごせただろうし、その後も特に変な野心を持たず王宮に逆らわなければ平穏に過ごせただろう。


 しかしガリアではそうはいかず、封建貴族に生まれることは終わりない政争と簒奪に巻き込まれる人生を意味しており、のんびりと過ごしていれば周りの貴族や王政府に潰されるだけであり、兄弟を殺し家督を奪うなどまさに日常茶飯事である。


 全ての貴族家がそうではないが、全体の六割はそういう家なのだ。


 それゆえにガリアの闇は深い、国が一つに纏まらず互いに争うのだから裏の闘争が活発になるのは必然、それは闇を育む恰好の土壌となる。


 「まあそうであろうな、何せガリアは政争と簒奪の国じゃ、その闇は他とは違うのじゃろう」


 「そして貴方はその闇を管理しているわけですね」


 「わしが知っておるのはあくまでガリア王家に関してのみ、その他のことはお主の方が余程詳しかろう、わしの手駒はホムンクルスくらいなのでな、手が足りんのじゃよ」


 だから彼は王家のことのみ知っていた、故に俺が知りたいことも知っているはずだ。


 「ああ、そう言えばもう一人盟友がおったか、もう亡くなったそうじゃがお主ともあながち無関係ではあるまい、わしの腹違いの妹の夫にあたる人物なのじゃが」


 「ヴィクトール候!!」

 俺は思わず叫んでいた。


 まさかあの怪物の名をここで聞くことになろうとは、いや、逆にあり得るのか、ひょっとしてあの老人は。


 「左様、奴もわしと同じくこの秘密を知っておった、もっとも、奴は権力に近かった故ここの存在は知らんかった。恐らく枝分かれした知識の一部を探り当てたのじゃろう、奴もまた情報を得るために外法を利用しておったはず」


 その怪物が一時俺の後見人だったのか、正直寒気がする話だ。


 「ひょっとすれば奴はお主をホムンクルスにするつもりだったのかもしれぬな。何しろホムンクルスはそう簡単には腐らんし年もとる、操り人形としてこれ以上はあるまいよ」


 奴が一切俺に干渉しなかったのはそのためか、いつでも俺を完全に傀儡にすることが可能だったから。


 「奴が自分以外身内であろうと一切信用しておらなかったのは有名な話、おそらく奴は自分自身がいつまでも生き続けるつもりだったのではないかとわしは思っておる。脳の取り換え技術などは既に確立されておるしの。しかし、それに失敗し急死しよったのじゃろうな、延命術は諸刃の刃、僅かに違えば逆に寿命を縮めることになる」


 そう言いながらどこか含みのある笑いをする老人。どうしてだろうか?


 しかし、俺が助かったのはただの偶然ということか、そしてそれによって助かった子供が今この老人と対峙しているというのは何という運命か。


 「そのお主が今こうしてここにお。ふふふ、何とも因果な話よの。さて、わしの話はこの程度かの、お主の方で何か聞きたいことがあったのではないかな?」


 そうだった、元々俺はそのためにここに来たのだ。


 「そうでした、貴方に聞きたいことがあるのです」


 「ふむ、何かな?」


 「なぜジョゼフ陛下はオルレアン公を殺したのか、その動機についてです」


 王家の全てを知るというこの老人ならばその答えを知っているはずだ。


 「ふむ、ふむ、なるほど、お主はそれを知りたいと願うか」

 老人が笑みを浮かべる、それは何とも形容しがたい異形の笑みだった。


 「よろしい、語って進ぜよう。さてさて、一体どこから語るべきかな」


 そうして、一人の老人の口から一連の混乱の根源ともいえる物語が語られ始めた。













 「そもそもの始まりはジョゼフに魔法の才能が無かったこと、ここからじゃな、これがなければあらゆることが変わっていたであろうな」


 陛下に魔法の才能が無い、それが全ての始まり。


 「そもそもジョゼフに魔法の才能が無いというのはありえないことじゃった。何しろ苦手ではなく全く使えんのじゃ、それこそコモン・スペルすらな、王家の最も尊き血から最低の失敗作が生まれたわけなのだから先王の嘆きたるや凄まじいものであったろうな」


 王家は最も優秀な魔法の遺伝子を保有する一族だ、にも関わらず平民と同じような王子が生まれてしまった。


 「しかし、その嘆きが最も強かったのはジョゼフ自身であったろう、わしだからこそわかる。誰にもジョゼフの気持ちを理解することなどできぬということが、わしとて“王家の恥さらし”だの“穢れた血”だのあらゆる嘲りを受けた。しかしそれには理由があった、わしが平民との子に過ぎんというたったそれだけの、しかし絶対的な理由がじゃ。ジョゼフにはそれが無かった、なぜジョゼフが魔法を使えぬのか誰も説明できなかった」


 「貴方にも分からなかったのですか?」


 「左様、6000年の闇ですらその解答を導くことは出来なかった。解ったことといえばそれはジョゼフが最初ではなく歴代の王族の中にもそういう者がおったということのみ、そして、その誰もが王位に就くことは無く、ほとんどが欠陥品として“聖人研究所”に送られたという事実のみ、その当時は既に虚無研究ではなく不老不死研究となっており風変わりな実験材料という認識でしかなかったそうじゃ、その末路は考えるまでもない」


 それだけが一切の謎のまま、一体ジョゼフ陛下が魔法を使えないのにはどんな理由があるというのか。


 「ある者はジョゼフがわし同様平民との子ではないのかなどと言いおったがな、残念なことにジョゼフの髪の色がそれを否定した。そして、兄と同じ髪を持つシャルルが歴代に類を見ないほどの魔法の才を示すとそういった声もなくなった。王妃の血には何の問題もないばかりかとてつもなく優秀な血であるということが証明されたわけじゃからな」


 そしてシャルル王子が登場する。


 「そして二人の確執が始まったわけじゃ、片や魔法が使えぬ無能者として家臣や使用人からすら暗愚と嘲られる兄、片や天才的な魔法の才を持ち誰からも好かれ皆に認められる弟、対立の根が出来ぬ方がどうかしておる」


 それはそうだろう。


 「しかし、兄弟の仲が悪かったわけではなく、互いに幼少の時はなんのしこりもなく常に一緒に遊んでおった。これは先王の教育によるところも大きいのじゃろう。何しろ我が兄は弟を政争の果てに殺したわけじゃからな、せめて自分の息子達には同じ道を歩んでほしくはなかったようじゃ。その結果ジョゼフとシャルルは互いに心を通じ合える唯一無二の存在となった」


 先王は二人が共に手を取り合うことを望んでいたわけか。


 「二人は2歳ほど離れておったから魔法以外のことはほぼ全てジョゼフがシャルルに教え、ジョゼフはシャルルに優しくシャルルはジョゼフを心の底から信頼していた。ジョゼフを蔑む使用人にシャルルが攻撃魔法を放ちジョゼフが慌ててそれを止めるという事件さえあった。幼い子供であったシャルルにとって優しい兄を侮辱する者は最大の悪であったというわけじゃな」


 陛下はそれを止めたわけだが内心とても嬉しかっただろう、優しい弟が自分のために使用人を攻撃するほど怒ってくれたのだから。


 「しかし、その二人も年月が経るごとに次第に変わっていった。表面上は変わらぬ、愛し合っておったのも変わらぬ、しかしそれに匹敵する負の感情もまた育ちつつあった。何歳になっても魔法が使えぬジョゼフは次第にシャルルに嫉妬するようになり、シャルルはそんな兄を励まし応援し続けた、そんな弟の献身がジョゼフをさらに追い込むことになっていった」


 愛は変わらないのにそれを上回るものが徐々に成長していった。陛下はオルレアン公を愛しながらもどうしても嫉妬の気持ちを抑えることができず、そんな感情を持つ自分自身が許せなかったのだろう。


 「しかし、それはシャルルにもいえることであった、ジョゼフがシャルルに嫉妬したようにシャルルもまたジョゼフに嫉妬しておったのじゃ」


 「オルレアン公が? なぜ?」

 これまでの内容では嫉妬する要素が見当たらないのだが。


 「確かにシャルルはジョゼフには無い魔法の才能を持っておった。しかし、それ以外のことでは何一つジョゼフに勝つことは出来なかった。お主も考えたことはないかな、もし魔法が無ければジョゼフとシャルル、どちらが王としての才能を持っているか」


 「それはジョゼフ陛下です、オルレアン公は確かに有能で非の打ちどころがありませんが、王としては優し過ぎます、王というものは時には家族であっても非情に切り捨てることが求められますから」

 俺はかつて陛下に述べたことを繰り返す。


 「左様、そしてそのことはシャルルも承知しておった。政治学、経済学、帝王学、どれもシャルルの方が優れておったがそれは凡人である教師からの視点での話、なまじ強大な才能を持ち、かつ、兄と最も近しい存在故にシャルルは気付いてしまったのじゃ、本当は一体どちらが優れているかをな。そしてシャルルは兄に勝つためにとてつもない努力を重ねた、しかしそれは残酷な結果に終わった」


 それはつまり。


 「お主が察する通り、シャルルはジョゼフに勝てなかった。ジョゼフは何とか魔法を使えるようになろうとそれしか頭になく他のことは片手間でしかなかったというのに、それにすら努力を重ねたシャルルは勝てなかったのじゃ、それがどれほどの絶望感をシャルルに与えたかはわしには分からぬ」


 「一体陛下は何者ですか、オルレアン公は数百年に一度と呼ばれるほどの才能の持ち主です、それは魔法ばかりではなくあらゆる分野に及んだはず」


 「簡単なことじゃよ、シャルルが数百年に一度ならばジョゼフは数千年に一度じゃった。それがどういうわけか兄弟として生まれてしまったのが最大の不幸であったのかも知れんな」



 本当に皮肉なものだ、もしオルレアン公の才能がもう少し低ければ陛下のとてつもない才能に気付かず優越感に浸っていられたはず、しかし誰よりも優秀であったが故に誰よりも強い劣等感を抱く羽目になってしまった。



 「貴方もその才能に気付かれていたのですか?」


 「まさか、わしにそんな才能はありゃせんよ。わしはただシャルルが自室で一人で嘆いておるのを盗み聞いたに過ぎん、言ってみればシャルルの受け売りじゃな」


 なるほど、オルレアン公自身の感想なのか。


 「そして二人はそのまま20年以上の時を過ごしていった、兄は弟を誰よりも愛しながらも嫉妬し、弟はそんな兄を心から励まし応援しながらも嫉妬していた。どんなに心が近くとも決して重なり合うことだけはなかったというわけじゃ」


 何という運命、二人の心は限りなく近くにあったのに致命的にズレていた。もし歯車が僅かに違えば簡単に分かり合うことができたはずなのに。


 「シャルルはどうしてもジョゼフに勝ちたかった、そしてその為に王になろうとした。シャルルは聡明じゃ、例えどちらが王になろうともガリアは問題なく平和を維持できることを確信しておった。それゆえに王になることに躊躇いはなく、王になるためにあらゆる努力をしてきた」


 「人望、ですか?」


 「左様、シャルルの人柄に惹かれ集まった者は多く、シャルル派と呼ばれる宮廷最大派閥を構成するほどになった。それに他の封建貴族の大半もシャルルを支持しておった、ただ一つの例外を除いての」


 う、そこで俺が出てくるか。


 「まさか知らぬわけではあるまい、シャルルに取っては完全に予想外の出来事が起こった。確かに元々ヴァランス家はお主の父の代からジョゼフ派であったがヴィクトール候の暗躍によって中立派となり、その男の死の後は分家同士で対立する有様となりジョゼフを支持するどころではなかった」


 確かにそうです。


 「しかし、そこでとんでもない事態が起こった、まさか11歳の子供がジョゼフにヴァランス家の全てを売り払いジョゼフをヴァランス公にするなどとは誰も考えていなかった。それによりジョゼフの財力や権力はシャルルを上回ることとなり、さらに巨大な領土を王家直轄領としたことにより王家に対する貢献度もシャルルを上回ることとなった」


 うわーそうだったんですか、ヴァランス家の粛清と復讐で頭が一杯で全然考えてませんでした。


 「さらに追い打ちをかけるようにリュティスの貧民街でジョゼフの手の者が民への奉仕活動を開始し、リュティス全体の治安はかなり改善されることとなり、市民の中ではジョゼフを支持する者が多くなっていった。たかが平民であり貴族にはそれほど影響はなかったが、民の生活を大事にするシャルルにとってこれは看過できることではなかった」


 はい、間違いなく俺達『影の騎士団』の仕業です。


 「そして膠着状態のまま時が過ぎたが、ある時看過できぬ噂がシャルルに元に届いた」


 何かそろそろ聞きたくなくなってきた。


 「その噂によると組織そのものは不明であるが、ジョゼフの娘であるイザベラが王政府の為に働いておるとか、それも13歳でありながら寝る間を惜しむほどの熱心さで民の為に尽くしておるとか、もしそれが王の耳に入れば今代はシャルルの方が望ましいとしても次代はどうか、シャルロットはオルレアン邸で幸せに暮らしており王政府に何の貢献もしていない。まあ、年齢を考えれば当然ではあるのじゃがな」


 彼女を推薦したというか仕事をさせたのは俺です、そうか~、どっかから情報が漏れてたんだね。


 「圧倒的有利であったはずがいつの間にかほぼ五分五分の段階までになっておった。追いつかれる側としてはこれほど恐ろしいことはない。しかしどうしてもシャルルはジョゼフに勝ちたかった、それ故に決してやってはならぬはずの手段に出てしまう、シャルルの唯一の欠点はお主のように陰謀に長けた者を傍に置かなかったことじゃな、シャルルを慕って集まった連中は皆陰謀を嫌うタイプであり、悪く言うと単純馬鹿じゃった」


 確かに、陛下の周りは陰謀に長けた者が集まってる、というか集まり過ぎてる。

 その最たる例は俺だが、ちょうどその頃ロマリアの教皇暗殺計画や対ゲルマニア裏工作などを行っていたので良識派が多いオルレアン公派への警戒が甘くなっていたかもしれない。



 「そしてシャルルは大貴族に裏金を渡し自分を支持するように要請したのじゃ。その結果先王の崩御間近においては宮廷内の大半はシャルルを支持するようになっていた」


 確かに、その頃の雰囲気ではオルレアン公が次の王という感じだった。


 でも、そうなると、オルレアン公を追いつめたのって、俺?


 「しかしそれは決してやってはならぬことであった、その理由はお主ならば解るじゃろう」


 「それはガリアの大貴族に弱みを握られることになってしまいます。即位に際して裏金を送ったなどということがバラされればオルレアン公を廃位させジョゼフ陛下を王にしようとする活動が巻き起こってしまい、オルレアン公にとっては公開できない秘密を他者に握られることを意味します」


 「左様、それだけはこの政争と簒奪の国ガリアの王が決してやってはならぬこと、その事実をわしからの報告で知った我が兄は、ジョゼフを次期国王とすることを決定したのじゃ。何しろジョゼフは大貴族に弱みが無い上、いざとなれば大貴族を全て始末できる手駒を持っておった」


 その手駒って俺のことですよねやっぱり、何? 俺って大量虐殺やらされるかもしれなかったの?


 「そうしてシャルルは王になれなかった。皮肉なことよの、誠実で人格者として知られたシャルルが兄にどうしても勝ちたい一心で犯してしまった唯一の過ちが奴から王の座を奪うことになったのじゃ。何しろ我が兄は普通に魔法が使えるゆえ魔法絶対の思想を持っており、故にシャルルを次期国王にしようと考えておった。しかし、魔法なしではジョゼフの方が優れていることも知っておったため、ぎりぎりまで悩んでおったそうじゃが」


 本当に申し訳ありません、その過ちを犯す原因を作ったのは大半が俺です。

 そしてオルレアン公が過ちを犯したことを知り、ジョゼフ陛下が次期国王に決まった。


 ということは、今の俺って、自業自得?


 「わしが知るのはここまでじゃな。後はおそらく王の臨終の間際、ジョゼフとシャルルのみを枕元に呼んだとき、その時に決定的な何かが起こったのじゃろう、想像するしかないが大体予想はつくのではないかな」


 何かがあって、陛下の嫉妬が憎しみや殺意へと変わったのだ、それしか考えられない。


 「そして貴方はその全てを知りながら、何もなさらなかったのですね」


 そう、この老人は何もしなかった。

 兄弟の仲を取り持つことも、逆に引き裂くこともせず、ただ傍観に徹していた、そして先王に聞かれたことに答えていたのみ、このまま放置すればどんな悲劇が起こるか予想していながら何もしなかったのだ。


 「そうじゃ、何せわしは自他共に認める無能者じゃ。その上年を取り過ぎた。もはやわしの出る幕など何もない、ただ傍観しておることぐらいしかできぬのよ」


 「それが貴方の復讐なのですか?」


 この老人もまた王家に人生の全てを奪われた存在だ、栄光は何一つとしてなく、ただ闇のみを押し付けられた。


 「さてな、いくら闇に染まろうとも人を害せる力がないのではそれは無害ということ、昔は憎悪もあったかもしれぬがそのようなものは年と共に風化してしまっての。時間というのはむごいものじゃ、あらゆるものに関心がなくなり世界の全てが色褪せて見えてしまう」


 そう漏らす老人はまるでいますぐに消え去りそうに見えた。


 「貴方はこの闇の管理者だったのではないのですか?」


 「言ったじゃろう、わしは自他共に認める無能者だとな。時間は有り余っており、ほぼ全てを資料の解析に費やしたにもかかわらずホムンクルスを実用できるまで30年以上かかった、わしの前に使用していたものの覚書があったにもかかわらずじゃ、全く、才能が無いというのはどうしようもないことじゃ」


 つまりこの老人が暗躍を開始できたのは50を過ぎてから、復讐すべき対象は互いに殺し合いほぼ全て死に絶えており、世代そのものが次に移っていた。


 まるでこの老人だけを時代が置き去りにしていったかのように。


 「そういうことじゃ、闇はただ存在するのみ、それを如何に用いるかは人間しだいよ、わしのように用いる力すらないのでは話にならぬ。しかし、闇は強大じゃ、ジョゼフもシャルルも結局は闇に心を喰われおった」


 その笑みは自分を含めた全てを嘲笑っているようだった。
















 「さて、わしの話はここで終わりじゃ、これを聞いてどう動くかはお主次第じゃが、何、気にすることはない、例えお主がおらずともやはり同じ結末になっておったろうとわしは思う。まるで予め結末が仕組まれておったかのようにの」


 そこは痛い限りだが、聞き捨てならないことがあった。


 「仕組まれていた?」


 「うむ、上手くは言えぬのじゃが時代の感覚を今に合わせずもっと俯瞰して見てみるのじゃ、すると自分が歴史の流れにおいてどのような位置づけなのかが見えてくる。そうして見るとの、ジョゼフとシャルルが兄弟として生まれたこと、それがガリアであったこと、そして他に兄弟がいないことなど、あらゆることがよくできた物語のように見えてくる。歴史に英雄の悲劇はつきものじゃろう、この二人が同時期に生まれたならば殺し合う以外に道はないような、そういう印象を受けるのじゃ」


 それは今までにない発想だ、俺は常に今を生きてきた、歴史ではなく現在を俯瞰してみるということは考えたこともなかった。


 「そうしてみると言わばシャルルは時代や国家に殺されたようなものよ、直接殺したのはジョゼフかもしれぬがその原因となったのはこの国が孕む闇そのもの、この闇がある限り悲劇の歴史はどこまでも綴られていくのであろうよ」


 「・・・」


 「そうした中でお主だけは違う、いわば色違い、奴もそう感じていたのじゃろうな。お主はガリアで前例がないことばかりを平然とやりおる、そんなお主がこれからどう動くのか、それは楽しみでならぬ、もっともわしが見届けることはないじゃろうがな」

 奴?ヴィクトール候か。あの怪物は俺を警戒していたのか。
 

 俺は17歳だ、この人とは生きる時代が噛み合わない。


 「それでは、そろそろお暇いたします、やらなければならぬことがあるので」


 「おおそうか、しかし最後に一つだけ頼みを聞いてくれぬかな」


 「頼み、ですか?」


 一体この老人が俺に何の頼みがあるというのだ。


 「何、大したことではない。わしは後2,3日中に死ぬじゃろう、その後のこの屋敷の管理をお主に任せたいのじゃが、引き受けてもらえるだろうか」


 「何ですって?」

 俺は耳を疑った。


 「なに、この年になるとどうも自分の死期というものが分かってくるのじゃ。それで新たな管理人を色々探してはみたのじゃがな、任せられそうな者は他に一人もおらんかった。どいつもこいつも自分の権力の為に利用しそうな輩ばかりでの、それでは面白くない、お主ならばガリア王家を壊すためなどに使ってくれそうなのでな」


 それがこの老人の王家そのものに対する最後の復讐なのか。


 「つまり、ガリア王家を破壊する者であるなら王家の血を引きながら最も権力とは遠い存在、それ故にここの管理者に相応しいと、そういうことですか」


 「そうじゃ、ガリアが滅ぶとすれば自分で生み出した闇に飲まれて滅ぶのが最も相応しいとわしは思う。そして自分にその力が無いのならば可能なものに託そうと考えるのは人情というものじゃろう」


 つまり俺はこの闇そのものの老人に見染められた、そういうことか。


 「ガリアを滅ぼすのは構いませんが、その滅ぼし方がどのようなものになるかまでは約束できませんよ」


 「構わぬ、その頃にはわしはこの世におらん、老人との会話など覚えている価値もあるまいよ」


 闇の老人はあくまで自分は無価値だと笑う。


 「分かりました、この屋敷の管理、お引き受けしましょう」


 「おお、それはありがたい。この屋敷に住むのは皆ホムンクルスでな、創造主の死と共にその活動を停止してしまうのじゃ、そうなればただの死体に戻るゆえ後処理をお願いしたかったのじゃよ」


 「それはまた」


 つまりこの屋敷に住む人間はこの老人一人だった、ここは老人が一人で管理する闇の蓋に過ぎないわけだ。


 「それに、この屋敷の調度品はほぼ全てヴィクトール候から贈られたものでな、縁の深いお主に引き取ってもらえるならばそれに越したことはない」


 「なるほど、そういうことならば特に公的な手続きもいりませんね」


 「そうじゃな、わしの遺言でもあれば十分じゃ、それにこの屋敷のことを気にかける者など誰もおらぬ」


 それは何とも寂しい話だ。


 「それでは、今度こそこれで」


 「さらばじゃ、この闇がお主の福音となることを願っておるよ」



 そうして俺は闇の胎盤を後にした。


 









 数日後、一人の老人が誰にも看取られることなく世を去った。


 その死を知り、気にかける者は王家の闇を知る者以外誰一人としていなかった。












[12372] ガリアの闇  第十五話    闇の公爵 虚無の王
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:04
  ジェルジー男爵邸を後にした俺は北花壇騎士団本部を経由してヴェルサルテイル宮殿のプチ・トロワに向かった。

 ここを訪れるのは俺が知った事実をイザベラに報告すると共にオルレアン公派貴族の粛清状況を確かめるためでもある。

 そしてエレベーターに乗りながら俺は決着の時が近づいていることを肌で感じていた。






第十五話    闇の公爵 虚無の王







 「団長、ただいま帰還しました」

 俺は机に向って座り大量の書類を相手に格闘しているイザベラに話しかける。


 「ハインツ、意外と早かったわね。それで、首尾はどうだったの?」

 イザベラは顔を上げて俺に問いかけてくる。


 「はい、俺が求めていた情報は全て得ることができました。上手くいけば一気に状況の巻き返しが可能でしょう」


 「そう、それは良かった、でも、こっちはギリギリだったわ」


 イザベラが苦笑いをしながら言う、どうやら予想より正規軍への指令が早かったようだ。


 「ギリギリということは、何とか間に合ったということですか」


 「ええ、でも『影の騎士団』の面子が活動してなかったら恐らく間に合わなかった。彼らが戻った時には既に正式な勅令が届いていたの、それで彼らが即座に偽勅令の内容を連隊長や大隊長クラスに吹きこんで回って時間を稼いでいる間に私の勅令が軍団長や師団長に何とか届いたわ」


 それはかなりヤバかった、あいつらがいなければどうなっていたことか。


 「そうなると軍では少々おかしな現象が起こったことになりますね、連隊長や大隊長から新たな勅令の話が広がり、それを裏付けるように軍のトップに勅令が届いたことになる。聡いものならばその違和感に気づくでしょうね」


 「気付かれたとしても問題はないわ、彼らには本物の王印が押された本物の勅令が届いているんだから後の命令に従うことで彼らが罰せられることはない。そうなれば殲滅命令よりもまだましな命令に従いたいと思うのは当然でしょう」


 まあそれはそうだ。


 「それで、王軍は行動を開始したわけですね。オルレアン公派の貴族の中には既に投獄された者も出始めているでしょう、彼らの家族は無事でしょうが正直それもどこまで持つか」


 「そうね、要は時間稼ぎにすぎないわ。投獄された貴族にしてもぐずぐずしてれば公開処刑にされるしその家族だってどんな処分が下されるか分かったものじゃない、父上を何とかしない限り大虐殺を回避することはできそうにないわ」


 やはりそこを何とかしない限り根本的な解決にはならない。


 「そうですね、そこで俺が得た情報が意味を持ってきます」


 それ以上に様々な闇を知ることにもなったが。


 「聞かせてちょうだい。貴方が一体何を見て何を知ったのか」


 そして俺はジョゼフとシャルル、二人の兄弟の物語を語り始めた。













 「そう、そういうことだったの」


 イザベラが思いつめたような表情で搾りだすように言う。

 自分の家族がどれほどの確執と闇を持っていたかを聞かされたのだ、そのショックは相当だろう。


 「はい、それが彼の老人が語った内容です、特に嘘を教える意味もありませんから真実なのでしょう」


 俺はリヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵を王の指令によって王家の人間の動向を裏で探る秘密機関の長であると説明した。

 事実とそれほど離れているわけでもないし、何よりガリアの闇をこれ以上彼女に話すのは躊躇われた。


 自分の祖先が妹や姪をオークやトロールと交わらせていたり、その他あらゆる非人道的な研究を繰り返してきたということは特に今知る必要ではない。


 「父上とオルレアン公、二人の心は決して重なることは無かったわけね」

 イザベラが遠い目で話す、その目は自分とシャルロットを映しているのだろうか。


 「もし運命が違えば私とシャルロットもそうなっていたかもしれないわ」


 だがそうはなっていない、今のイザベラはシャルロットを心から大切に思っている、大切に思うからこそ彼女に厳しいのだ。


 「私がそうならなかったのは貴方のおかげね、もし貴方がいなければ私も間違いなく闇に飲まれていたわ」


 「俺ですか」


 それは少々意外だ。


 「そうよ、貴方は言ったでしょう、“イザベラという人間が持つ情報処理能力、判断力など、魔法とは無関係の力を我等は欲しております”って、あの言葉が私を魔法という呪縛から解き放ったの、そして同時にそれは私にとっての誇りとなった」


 ふむ、要はきっかけしだいということか。


 「そして父上の場合その相手がオルレアン公だったんでしょうね。おじい様やおばあ様も含めて誰もあの人に何の期待もしていなかった。あの人をジョゼフという個人として認めていたのはオルレアン公だけだった」


 そしてそのオルレアン公が魔法の才能に満ちていたが故に、逆にジョゼフ陛下は闇を育むこととなり、それはオルレアン公も同様だった。


 「オルレアン公とてそうだったのかもしれません、彼を第二王子としてではなくシャルル個人として一番身近に接したのはジョゼフ陛下だった。それ故に二人はとても仲が良かった、そしてそれ故に気付いてはならないことに気付いてしまった」


 ジョゼフ陛下は同じ兄弟でありながら決定的に違う魔法の才能に。

 オルレアン公は同じ兄弟でありながら決定的に違う王としての才覚に。


 王としての才覚と魔法の才能、この魔法先進国ガリアにおいて頂点に君臨するものならばどちらも必要なものであり、普通ならばどちらもそこそこあれば十分である。


 しかし二人は互いに類まれな才能を持ちながら兄弟として生まれてしまった。それが最大の不幸だったのかもしれない。


 「本当に皮肉なものね、誰よりも愛する相手に自分の最も醜い感情をぶつけなければいけないんだから。そしてその部分だけは互いに隠し続けた、最も愛する人に知られるのが怖かったから」


 「あの二人が兄弟として生まれてしまった以上このような結末以外になりえなかった、あの老人はそう語っていましたがその通りですね、本当に、ガリア王家は宿業の血族です」


 「政争、暗殺、簒奪、粛清、この6000年間、身内同士でずっとそれの繰り返しね、一体いつまでこんなことを続けなければならないのかしら」

 イザベラが疲れたように言う、彼女は王の子であり王位継承権第一位、最もそれに近い位置にいる。


 「ええ、終わらせなければなりません」

 そのために俺はここにいる、俺とて今や王位継承権第二位だ。


 「行くのね、決着をつけに」

 イザベラが俺に問う。


 「はい、グラン・トロワに赴きジョゼフ陛下にガリアの闇の全てを明かします」


 それはイザベラに明かさなかった部分も含めて。


 「説得、いえ、父上を正気に戻せるならそれに越したことはないわ。でも、そうならない可能性もあるのよね」


 流石に鋭い。


 「ええ、結局、二人だけが先王陛下に呼ばれた際に何があったのかはあの二人にしか分かりません。そしてそれはもうジョゼフ陛下しか知らず、あの方が狂った決定的な理由はそこにあるはず、それが分からない以上ジョゼフ陛下を確実に正気に戻せるとは言い切れません。いえ、正直五分五分くらいでしょうか」


 「そう、そして説得が失敗に終わった時は」


 俺はその後を引き継ぐ。


 「俺がその場で陛下を殺すか、または陛下に殺されるかの二つに一つです。両方共死ぬという結果はありえないでしょうから」

 それ以外にあり得ない。


 「貴方はそうなった場合勝算はどのくらいあるの?」


 「不明です。陛下は俺のことを知り尽くしてますからどんな罠が待ち受けているか分かりませんし、それに例の女のことも気にかかります。俺にとってガーゴイル使いは相性最悪ですから、ですのでどうなるかは完全に予測不可能です」 


 イザベラには言っていないがもう一つ気になっている点がある、それは陛下自身の強さ、陛下の純粋な戦闘能力も決して侮れるものではない上、現在ではさらなる力を得ている可能性が高い。

 正直、7:3で不利と見ている。


 「説得が成功すれば二人とも無事、もし失敗に終われば必ずどちらかが死ぬことになる。そしてどちらが生き残るかも完全に未知数、その上私にできることは何もないのね」


 戦闘、いや、殺し合いになる可能性がある場所に戦闘能力が無いイザベラを連れていくわけにはいかない。イザベラもそれを理解してはいても無力な自分が我慢ならないのだろう。


 「団長、この場面ではマルコやヨアヒムであろうと連れてはいけません。戦闘能力で考えて連れて行けるのは『影の騎士団』メンバーぐらいなものです、それ以外では足手まとい以外の何者にもなりません」

 俺はただ現実を突き付ける。


 「そんなことは分かってるわよ! それでも、ただじっとしてるっていうのは辛いのよ!」


 イザベラが泣いている、何とも珍しい光景だ。


 「おや、団長がお泣きになるのは初めてみますね、これは今まで残業をやっていた苦労が報われたということでしょうか」


 俺はあくまで普段通りに。


 「うっさいわね、私だって泣くことぐらいあるわよ、何せ14歳の小娘なんだから」


 まあ、それもそうか。


 「確かに、3歳年下の妹を心配させて泣かせるようでは兄失格だな、そして陛下は父親失格だ」


 俺は副団長モードから従兄妹モードに切り替える。


 「まったく、何で私の周りにはまともな男がいないのかしら」


 イザベラが溜息をつきながら言う。


 「そりゃ多分運命だあきらめろ。まあ、身内殺しの宿命に比べたらまだ自分の努力次第で何とかできそうだから希望はあるぞ」


 「ったく、あんたはこんなときでもいつもどおりなのね、いい! 絶対生きて帰ってきなさいよ! もし失敗したら殺してやるから!!」


 「やれやれ、随分物騒な激励だな」


 そして俺は歩きだす。

 しばらくそのまま歩いていたが、部屋の出口の近くで声をかけられた。



 「父上をお願いね」


 「任された、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという存在の全てに懸けて」




 俺はプチ・トロワを後にしグラン・トロワへと向かった。











ヴェルサルテイルの中心にあるグラン・トロワはガリア王族の髪の色にちなんだ青い石材で組まれている。その正門には当然トライアングル以上の腕利きの近衛騎士が常に配置されており、その他にも要所には近衛騎士が配置されている。


 何しろヴェルサルテイル宮殿は広大であり、内部に猟場のテーニャンの森などを抱えるほど広く、他にも図書館や聖堂や使用人用の建物など様々な施設が存在しており、よってその警備のために代々衛兵をつかさどるベルゲン大公国出身の傭兵達が数百名駐屯し、その他にも150人近いメイジが宮殿を守護している。


 ちなみにこのベルゲン大公国は一応公国とはなっているがその領地はエルフとの国境沿いにあり、早い話が緩衝地帯として利用するため建前上の独立を許された国である。なのでその領土は六大公爵家よりかなり少なく、財力に至ってはせいぜい総生産で2000万エキュー程度、ヴァランス家の9分の1だ。


 とまあ、宮殿が広大なのでグラン・トロワのみならばそれほど守備兵の数も多くはなく、いざとなれば強行突破も不可能ではない。


 しかし俺は陛下の近衛騎士隊長なのでそんな方法はとらずともいつでも正面から堂々とグラン・トロワ内部に入れる。


 そしていつものように書類を小脇に抱えながら、俺は陛下の執務室であり他の様々な私室に繋がる連絡室ともなる部屋に向かった。





 そしてその前の廊下には例の女がいた、確かシェフィールドとか言ったか。


 「このような時間に陛下の部屋に訪問なさるとは、一体何事でしょうか?」

 こんな時間とはいってもまだ8時ほどだ、それほど遅いわけでもない。


 「ただならぬ情報を入手しまして、急ぎ陛下にお知らせせねばならぬのでまかりこしました。是非とも陛下にお目通り願いたい」

 俺は礼儀深く応じる。


 「申し訳ありませんが陛下は既にお休みになられております。火急の要件といえども今は取り次ぐわけには参りません」

 女は拒絶する。


 「ですが、これは国家の一大事です。何としても陛下にお伝えせねばならないことなのです」

 俺は必死の形相でその女に詰め寄る。


 「それは分かりますが、ではその用件をおっしゃってください、私が明日の朝早くに陛下にお伝えいた」


 ザシュッ。

 ゴト。


 一瞬で女の首が飛び地面に落ちる。

 俺が『ブレイド』を腕の先に発生させ女の首を切り落としたからだ。


 俺は普段1メイル近くある鉄製の杖と、30サント程度の木製の杖を常時携帯しておりそれに『ブレイド』をかけて攻撃することが多い。この杖は割と簡単に大きさを縮めることができ、大体4分の1程度にできるので長い方で25サント、短い方は8サントくらいにできる。


 通常、『ブレイド』というものは杖とその先に作りだすが俺の杖はこの二つだけではなく腕の中にもある。よって長い杖は腰に掛け、短い方はポケットにしまったまま腕の先に『ブレイド』を発生させそれで首を切り落とした。


 まさか杖を手にしないまま魔法を放つとは思わなかったのか、それとも知っていて油断したのかは解らないが、とにかく女は俺の奇襲によりあっさりと死んだ。


 しかしその首は瞬く間に縮み人形の首となる。

 やはりスキルニル、今ではこの人形には人間の死体が材料に使われていると知っているが、だからといって性能が変わるわけではない。



 俺はそれを無視しさらに先へ進む。


 執務室の扉の前に二体のガーゴイルが控えており共に鎧と槍で武装しており槍が交差して扉を封鎖している。

 これは離宮にあったガーゴイルと基本的に変わらないが、あれより6年後に作られた最新型なので戦闘能力も判断力も優れており、かなりの自律思考が可能なのでやってくる者を覚えて怪しい者ではないかの判断もできる。


 「俺は陛下の近衛騎士隊長のハインツ・ギュスター・ヴァランスだ、火急の用で陛下に報告しなければならないことがある、門を開放していただきたい」


 俺がそう告げるとガーゴイル二体は扉の封鎖を解く。


 俺が正式な立場で正式な手順で正当な理由により門の開放を要請したのでガーゴイルはそれに答えたに過ぎない、この辺はまだ改良の余地がありそうだ。


 そして俺は陛下の執務室へと足を踏み入れる。





 俺がこの部屋に足を踏み入れるのは初めてのことになるが、内部構造は北の離宮の部屋やプチ・トロワとそう変るものではない。同じ時期に作られた建物なのだから当然なのかもしれないが。


 そしてその奥には段差があり、その先にあの方がいた。


 豪奢な椅子に腰かけ正に傲然といった風に俺を見降ろしており、その顔には笑みを浮かべている。

 しかし、笑っているようにしか見えないのに笑っているようには見えない。

 その姿はまるで悪魔のように。


 そしてその傍らにはあの女がいる。廊下にいたスキルニルと姿かたちは同じだが格好が異なりあまり見かけない服を着ている。確かあれはまれに東方(ロバ・アル・カリイエ)からの交易商人がもたらす東方の民族衣装ではなかったか。

 そして何より注目すべきはその額、スキルニルと異なり額を隠しておらず、その額にはルーンが刻まれておりその形はまさに。


 俺が抱いていた疑問は今まさに確信へと変わった。



 「来たかハインツ、いつ来るかと待ちくたびれたぞ」

 陛下が言う。


 「申し訳ありません。もう少し早く来れればよかったのですが」

 俺は答える。

 同時に傍らの女からもの凄い視線と殺気が送られるが俺は意に介さない。



 「ミューズ、下がれ、俺はこいつと話がある」


 「陛下! しかしそれは危険ではありませ」


 「下がれと俺は言ったのだ」


 「・・・御意」


 女は頷き退出していく、その際に俺に凄まじい殺気を叩きつけてくれたが。



 扉が閉じ、二人きりになった俺は陛下を『心眼』で観察する。


 違う、今までの陛下とは何もかもが違う。


 かつての陛下は闇だった。

 その心は闇に覆われ何も伺い知ることができなかった。


 しかし今の陛下にその闇は無い、まるでどこかに置き忘れてしまったかのようにあれほどの闇が何もかもなくなっている。


 その心は今や透明なれどそこに輝きはなく、いや、輝きがないというのは少し違う、何も無い。


 心がガランドウと言うべきか、確かに陛下は生きているのに本に込められた残留思念や処刑場に残された怨念のよりもその気配は希薄、死体でももう少し何かしらの念を持っているだろうに。


 その在り方はまさに“虚無”、光でも闇でもなくあらゆる感情を飲み込みそれを無に帰すことで絶対的な力を得る悪魔との契約。


 “虚無の悪魔”


 もしそんな存在がいたとして、それと契約した人間はこうなるといわれれば世界中の人間が納得するだろう。


 それが今の陛下を『心眼』で視たときの印象、最早完全に別人というべきだ。



 「ふむ、久しいなハインツ、確かお前とは10日くらい前に会っているはずなのだが、もう何年も会っていなかったような印象を受ける」


 「そうですか、俺もそんな感じはしますが久しぶりというのは少々語弊があるかもしれません。なにせジョゼフ『陛下』と会うのはこれが初めてとなるのですから」

 これは本音だ。


 「ふむ、陛下か、確かにそうかもしれん、ならば言い直すことにするか」

 そして陛下は俺に言う。


 「初めまして、ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵。ガリアの暗部を統括し、あらゆる者を抹殺する影の処刑人、闇の公爵よ」


 「初めまして、ジョゼフ・ド・ガリア陛下。ガリアの全てを支配し、そして全てを破壊し灰燼に帰す虚無の王よ」


 闇の公爵と虚無の王の対話が始まった。










 「ほう、虚無の王か、俺をそう呼ぶということは既に気付いているということだな」


 「ええ、確信をもったのはつい先程ですが」


 「全く、恐ろしい男だなお前は。俺が42年間、間抜けにも気付けなかったことを容易く見抜くとは、このガリアに生きる者誰もが気付けなかったというのに、いや、ひょっとしたらシャルルだけは漠然と察していてくれたのかもしれんが」


 その時、僅かに虚無が揺らいだ、俺はそこに勝機を見出す、完全な虚無ならば揺らぐことはありえないが陛下の虚無は確かに揺らいでいる。

 ならばまだ戻す術も残されているはず。


 「いえ、俺が気付けたのはただの偶然です、ある森で出会ったある妖精がその道標となってくれました」


 そして俺は歌い出す。



 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。
         左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。



 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
                  あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。



 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
                あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。



 そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。



 四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た…






 これを聞いた陛下は満面の笑みを浮かべる。

 「ほう、その歌を知るか。俺が持つのは香炉ゆえに頭に浮かぶのは言葉のみでな、故に旋律がわからなかったのだが、それが始祖のオルゴールが奏でる旋律というわけか」


 流石、よくこれだけの情報でそこまで察することができるものだ、俺でさえ様々な情報からそこにたどり着くのに1年近くかかったのだが。


 「はい、おそらくは、もっとも陛下が虚無の使い手であると確信した理由はこれだけではありませんが」


 あの老人の言葉もそれを裏付けた。

 “聖人研究所”は元々虚無の使い手を人工的に作り出そうとする機関であり、やがて王族の不老不死を求める闇の機関になり果てたという。

 そしてその6000年の研究でも虚無にたどり着くことは出来なかった。

 まあ、途中から目指す方向が変わったが先住魔法や系統魔法については考えられる限りの研究はされ尽くしたはず、しかしその研究成果でも陛下が魔法を使えない理由は分からなかった。


 ならば答えは一つ、その研究内容とは全く違うものが原因となっているから、これは魔法とは根本からして異なる“科学”という力を知る俺ならではの発想なのかもしれない、魔法世界に生きる生粋のハルケギニア人は自分の常識が邪魔してここまでたどり着くのは困難だろう。


 そして最後の確信が。


 「ミューズというわけか、確かお前は「始祖ブリミルの使い魔達」などの古代文献にも精通していたな。ならばミューズの額をみれば一目瞭然というわけか」

 陛下はなおも笑う。


 「はい、彼女のルーンはミョズニト二ルン、神の頭脳であり虚無の使い魔。ならば彼女がいきなり陛下の傍に現われたかにも説明がつきます、陛下が『サモン・サーヴァント』で召喚したのですね」


 なぜ今になって陛下が虚無に目覚めたのかも予想はある、しかしそれは最も悲しい事実を含んでいる。


 「その通りだ。くくく、本当にお前は面白いな、自分のことを悉く読まれているというのに不思議と不快感がない、むしろ楽しくすらある」

 陛下がさらに笑う。

 その感情は共感できるものがある、俺がイザベラに自分の心を読まれたときも不思議と不快感はなく楽しくすらあった、多分あれと同じなのだろう。自分が異端と認識する故にそれを理解されるのは別に苦痛ではないのかもしれない。


 「ははは、俺の人を見る目も存外に捨てたものではないな、シャルル亡き今、俺を止められる者はお前しかいないと思っていたがまさにその通りだった。いや、シャルル以上かもしれん」


 「それは光栄です」

 これは少し意外だ、まさか陛下の中で俺がそんなに高い場所にいたとは。


 「それで、お前は俺を虚無の使い手だと断定するために来たのではあるまい、俺の暴走を止めに来たのだろう」


 この人は自分が暴走しているという自覚はあったのか、いや、あえて暴走しているのか。


 これは厄介だ、自覚しながら狂っているのは始末が悪い、俺も似たようなものだからわかる。


 まったく、自分を巨大にしてさらに歪ませる鏡を見せつけられてる気分だ。


 「はい、その通りではありますがそれだけでもありません。陛下に仕える北花壇騎士団副団長としてどうしても報告しなければならないことがあるのです」


 さあ、ここからが正念場だ。


 「ほう、何だ、言ってみろ」

 陛下が興味深げに促す。


 「オルレアン公が王位に就くためにウェリン公やカンペール公をはじめとした有力貴族に根回しし、裏金を渡していた事実と証拠を掴みました。これでオルレアン公派粛清の大義が立ちます」


 「・・・・・」


 陛下は沈黙、実に珍しいことだが呆然としている。そして虚無がさらに揺らぐ。




 約1分後。


 「おい、それはどういうことだ」

 陛下が笑いを止め、何も感情がこもらぬ声で問う。


 「うまく使えばオルレアン公の反逆の証拠にもできるかと。オルレアン公が陛下を蹴落とし自身が王位に就こうとしていた証拠ですから、これは粛清の大義名分として十分に利用できます。不穏分子を悉く処刑しようとも特に問題はないでしょう」

 俺は事実をただ突き付ける。


 「シャルルが俺を蹴落とし王位に就こうとしていただと? 馬鹿を抜かせ、あいつがそんなことをするわけがあるか、あいつは俺が王になるのを喜んでいたのだぞ、そんなあいつがそんなことをするのでは意味が分からぬ」

 聡明な陛下ならばその理由にも簡単に思い至るはず、しかしそれを陛下自身が拒絶している、これを何とかしないかぎりこの虚無は晴れまい。


 「ですが陛下、確かに証拠はあるのです、あのオルレアン公が裏金を用い大貴族を懐柔していた動かぬ証拠が。俺は北花壇騎士団副団長である以上これを陛下に報告する義務があります」


 そして俺は『レビテーション』を用いて書類を陛下に渡す。

 陛下は呆然としたままそれに目を通していたがやがて俺に問う。


 「お前はこれをどこで手に入れた?」

 この書類が偽物だとは思っていないようだ、本人しか押せないはずのオルレアン公の印が押されているのだから疑いようがないのもあるが。


 「それをお話することはできますが、その因果関係を話すにはガリア王家の闇を全て語る必要があります。その内容は陛下にとって耐えがたいものになるかもしれませんが、よろしいですか?」


 俺は質問に質問で返す。


 「構わん、話せ」

 簡潔な答え、そして有無を言わさぬ命令。



 そして俺は自分が知るガリア王家の闇を全て陛下に語り始めた。

 あの老人のことも、“聖人研究所”のことも、そして老人が語った二人の関係のことも。




 これは俺の賭けだ。

 陛下の巨大な虚無を打ち破るために、それと同じかむしろ上回るほどの闇をぶつける。


 本来なら光をぶつけるべきだがあいにく俺には闇しかない。

 ならば俺に出来る事をするだけのこと、ガリア王家の闇を全て暴きそれをジョゼフ陛下にぶつける。


 毒を以て毒を制すの典型だがそれ故に効果は大きい。


 結果がどうなるかは陛下次第、鬼が出るか蛇が出るか。


 虚無と闇が相殺されるのが理想だが、そう上手くはいくまい。闇が勝ってくれれば恩の字、全てを灰燼に帰す虚無よりはせめて復讐に狂う闇の方がましである。


 しかし虚無が勝ったその時はもう打つ手なし、勝てるかどうかはわからないが俺の手で虚無の王を殺すしかない。





 そして、俺が全てを語り終えた後。


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

 陛下が狂ったように笑いだした。


 「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! はあっ、はあっ、く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは」

 それは自嘲の笑み。


 「そうか! そうか! そういうことか! 何だ! たったそれだけのことか! 一体俺は何をしていた、何を人のせいにしていた、全ては俺が無能の屑だった、ただそれだけのことではないか、虚無だの闇だのは関係ない、自分のことだけで精一杯で弟が悩み苦しんでいることに気付いてやれなかった、ただそれだけだ」


 陛下は自分を嘲笑い続ける。


 「なぜ気付いてやれなかった。思いあたることなどいくらでもあっただろう、俺は兄だ、あいつより年上なんだ。ならば気付いてやるのは義務ではないか、弟が苦しんでいるなら助けてやるのが兄というものだ。にも関わらず自分のことだけを考えてその苦しみに気付くどころか僅かに考えることすらしなかった。まったく、王以前に兄失格ではないか」


 陛下が泣いている、イザベラに続き陛下の涙を見ることになるとは、今日は凄い日だ。


 「そうだ、父上の遺言を告げた日もそうだった。俺が王に指名された、そしてその時に俺の心を満たしたのは弟への、シャルルへの優越感だった。なんだそれは、本来なら選ばれなかった弟を気遣うべきだろう、どれだけ屑なんだ俺は。そしてあいつはにっこり笑って言った『おめでとう、兄さんが王になってくれて、ほんとうによかった。ぼくは兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。いっしょにこの国を素晴らしい国にしよう』と」


 そして陛下はさらに涙を流す。


 「なあシャルル、その時お前はどんな気分だった?俺にはお前が何の嫉妬もなく、邪気も皮肉もなく本気で俺の戴冠を喜んでいるようにしか見えなかった。俺は気付いてやれなかった、それはお前の精一杯の強がりだったのか?それとも俺に助けを求めていたのか? 王家という闇の牢獄の中でお前は俺に助けを求めていたのか?なあ、どうなんだシャルル」


 俺は何も言わない。


 「そんなお前に抱いた俺の感情は憎悪だった。なぜお前はそんなにも優しいのだ、なぜ俺に無い全てを持っていたのだ、それに比べて、俺はなんて下衆なんだ。なんてクズなんだ。なんて愚かで、無様で、無能で、冷酷で、嘘つきで、残忍で、阿呆で、間抜けで、嫉妬深くて、弱虫で、ちっぽけなのかと、そして俺はお前に殺意を持った、全くどこまで無能なのか、弟の心を察することもできない屑など考えるまでもなく最低ではないか」


 陛下は懺悔する。


 「すまん、すまんなシャルル、全ては俺のせいだ。お前の苦しみを理解してやれなかった俺のせいだ、俺はお前の兄なのにな。にも関わらず俺はお前を殺してしまった、全く見当違いの憎悪でな。ああ、どうすれば俺はお前に償える?」


 そこで俺は意見を述べる。


 「別にそんな必要はないのでは? たとえどんな理由があれオルレアン公が陛下に叛意を持っていた、その事実は変わりません。ならば王国に害なす可能性が高い者として処分するは王の務め、そこに肉親の情を挟むことは許されません。それが情けであれ憎悪であれ、王とはそういうものであり、陛下が王となった今そうとしかなりえません」


 これは事実、王家の家族感情がどうであれ、今のガリアにとってオルレアン公が危険人物であったのは変わりない。


 「ですから、オルレアン公を殺したことで陛下が気に病む必要はないと俺は思います。仮に陛下が殺していなくてもいつか俺が殺していたでしょう、国家に仇なす反逆者として、一度貴族と通じた者がもう一度通じないという保証はない。ならばどんな人格者であれ、陛下の最も大切な人であれ、俺はその人物を容赦なく抹殺します。それがガリアの闇たる俺の在り方なれば」


 そう、既に彼が死ぬことは決定していた、それが早いか遅いか、殺すのが誰かといった違いでしかない。


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! お前は悪魔か、弟を殺したことで悔いる俺にあえて現実をたたきつけるか、あえて闇を吹き込むか、まったく、人でなしとはお前のことだな。断言する、お前は絶対に碌な死に方をせん」


 おお、ついに陛下にまで言われた。


 「ははは、いや全くその通りだな。お前がシャルルの仇になっていた可能性も大いにあるわけか、つまり俺の無能さすら何の意味もない、どうであれ決まっていたものは揺るがないということか、宿業の血だ、まったくもって宿業の血だ、俺もお前も、身内殺しの宿業からは逃れられないと見える」


 陛下の目に光が灯る、そしていまや虚無などという指向性がない殺意と憎悪の塊ではない、殺意と憎悪を叩きつける明確な目標があり、それに向けて凄まじい凶念が放たれている。


 「なあハインツ、シャルルを死なせたのは俺だ、今更そこは変わらん、その原因を作ったのは俺であいつを追いつめたのも俺だ。しかしそれはそれだ、俺が42年間無能者として過ごしたことはシャルルがいてもいなくとも変わらん、ならばその原因はどこにある?」


 これはいつも通り、陛下が問うて俺が答える、これが俺達二人の在り方だ。


 「それは間違いなく始祖が遺した虚無が原因です。そんなものがなければこの悲劇は起こりえませんでした」

 俺はただ事実を答える。


 「そう、その通りだ。そういえばまだ教えていないことがあったな、俺がシャルルを殺した後俺の心はカラッポになった、それ以来心が振るえることがなくなった。それを埋めるためにシャルルが愛した者を壊すことにした、そうすれば心が振るえるかもしれぬと思ってな、まあそれは無駄だったが」


 そういうことだったのか。


 「そして俺は空の心のまま戴冠式に臨んだ、全く意味のない儀式だった、何の感慨もなかった。しかし、土のルビーをはめ始祖の香炉を手に取ったその瞬間、思いもよらぬことが起こった。虚無だ、その瞬間虚無が目覚めたのだ」


 それはまた。


 「分かるか、俺はただシャルルに認めて欲しかった、弟に俺もこんなに魔法が使えるようになったぞと言ってやるのが夢だった。何ともちっぽけだがそれが俺の最大の望みだった、しかしそれは永遠に潰えた。俺がシャルルをこの手で殺したのだ、そして弟を殺した血塗られた手で王冠を手にしたその時、望んでいたモノが手に入った。何という皮肉か、弟を殺したその時に魔法の才能が開花するとは、それを伝えるべき弟はもういないというのに」
  

 そして虚無の王は完成した。


 「俺の心に浮かんだのはただ一つ“今更何だ”それだけだった。もし今のお前くらいの時に目覚めていればそうはならなかっただろう。まだ自分と世界に希望を持っていた頃だ。俺の苦しみはこの時の為にあったのだと狂喜しただろう、だが俺は遅すぎた、既に娘も14歳になっている、人生を一から始めるには何もかもが遅すぎる、そして俺の心は闇に染まり過ぎていた」


 どうだろう、最後の点は俺もたいして変わらない気もする。


 「それからだ、俺の心が本当に虚無となったのは。実に滑稽な話だが効率的でもある、何せ虚無の力の源は負の感情だ、怒り、憎しみ、嫉妬、絶望…あらゆる負の感情が源となる。そしてそれらを全て合わせ虚無へと落ちた時使い手は最強の存在となる。ふ、慈愛に満ち祝福を授ける始祖の系統が笑わせてくれる」


 なるほど、実に効率がいい。

 「つまりこういうことですね、陛下には二つの道しかなかった、弟を殺し虚無の王となるか、弟が王となり一生無能者として過ごすか、土のルビーと始祖の香炉は王以外に触れることは許されない、故にそれ以外の道は無い」


 何という悲しい二択。


 「その通りだ。俺の人生の全てを狂わせた者の為になぜ俺が働かねばならん? 自分の子孫を闇に叩き落とす糞野郎の悲願の為に力を貸す義理がどこにある? 聖地奪還だと? たかが始祖の故郷ごときが何だというのだ、そんなものに何の価値がある?」


 「全く何の価値もありません」

 そこには全面的に同意できる。


 「だから俺は決めたぞ、今決めた。虚無などいらん、まあ、利用できそうなところは利用するがそれは復讐の為に使わせてもらう。俺が滅ぼすものはこの世界だ。シャルルが愛した国と民ではない、ブリミルの糞野郎を神と崇める宗教とこの国家制度、そして奴の血を引いていることを誇りとする伝統そのものだ」


 「とても良いと思います。例え始祖ブリミルの願いと祈りが純粋で尊いものだとしても、今のそれは歴代の権力者に利用され腐り果てた老廃物に過ぎません。ただ在るだけで毒を撒き散らす害悪、文化の発展と融和の可能性を阻害する邪魔者です」


 地球とてそうだ、キリスト教もイスラム教も仏教もその他あらゆる宗教も、開祖は人々が殺し合うことなど望まなかったはず。

 だが現実は12世紀の十字軍を始めとしてあらゆる戦争と宗教弾圧、人を導くための宗教は人を殺すための大義名分として最も頻繁に使用されたのだ。


 このブリミル教はそのダメな部分だけをより集めた宗教だ、魔法のみを絶対なものとしそれ以外は異端として徹底的に排除する、他民族との融和を許さず先住民族は存在そのものが悪、それと仲良くしようものなら異端審問が待っており、新たな魔法技術の開発にすら難色を示し、魔法が使える支配階級が君臨するためだけの宗教。

 よくぞここまで最悪の代物が6000年間も続いてきたものだと感心してしまう。


 「そう、ゴミだな、そんなものが6000年間この世界に巣食って来たのだ。ガリア王家の闇もその腐敗を温床として育ったもの、言ってみれば兄弟だな、ならばそれらを俺の復讐対象とすることに問題はあるまい」


 「是なり、問うまでもなし」


 陛下だけではない、イザベラもヨアヒムもマルコもヒルダもこの世界そのものに弾圧された者達だ、生きることすら許されず闇の中しか生きる場所が無かった、北花壇騎士団本部の連中も似たようなもの、この世界そのものに復讐したいと思っているだろう。

 まあ、『影の騎士団』は別、俺ら七人は生まれついての異常者なだけ、どんな環境でもどんな世界でもやることは大して変わらないだろう。


 「そうか、ならばお前に命じよう」


 その瞬間陛下の姿が消えた。


 「!?」


 気付くと陛下は俺の背後に立ち俺の首筋にナイフを添えている。


 「あの時と同じだ、お前はこれより俺の忠実な配下となり、俺の為に働け」


 それはまさにあの時と同じ、違うのは互いに凶器を突き付け合っていることくらいか。



「承りました。これより我が身は貴方の杖となり、この世界を破壊することに全てを捧げることを誓います」


 誓いの言葉もまた僅かに異なる。


 「大義、その忠誠ゆめゆめ損なうな」



 ここに本当の主従の誓いがなった。

 かつては互いに打算で協力したに過ぎないが今回は完全に心から同意している。



世界を滅ぼす悪魔が二人、虚無と闇の主従がここに誕生した。










 「ところで、それが虚無の魔法ですか?」

 俺は陛下に問う。


 「そうだ、これは加速といってな、虚無の一つだ」


 「加速ですか、ですが陛下の身体能力を底上げしたようには思えない、あれはそういう次元の速さではありませんでした。そんな速度で動けば人間の身体は簡単に燃え尽きます」

 つまりそれは物理法則を無視しているということ。


 「相変わらず聡いな、そう、これは時間を操作しているのだ。正確に言うと俺の体感時間が世界とずれ、俺にとっては停滞した世界の中俺だけは普段通りに動ける、当然体に負担がかかることは一切ない」


 何というデタラメ、御都合主義にもほどがある。


 「時間の操作ですか、さらに発展させれば時間停止や時間旅行も不可能ではないかもしれませんね。人間を若返らせたりすることも可能となるかもしれません、しかもその加速の厄介なところは詠唱を必要としないところですね」


 詠唱がいらない魔法、とんでもないアドバンテージだ。


 「詠唱がいらない訳ではない、しかし加速を行おうとした瞬間に時の加速が始まるのでな、結果的に通常の数十倍の速度で詠唱がなされ数百倍の速度で行動できる、故に詠唱が無いように感じるのだろう。しかし、それはお前も同じだろう、腕に仕込んだ杖による遅延魔法、それならば俺の加速に抗しうる」


 鋭い、遅延魔法はせいぜいライン程度が限界でしかも一回きり、発動させるのにも相応の集中が必要なのでそれほど優れているものでもない、せいぜい詠唱時間の短縮くらいものだ。

 しかし自分の体の一部なら話は別、一瞬で発動させることが可能な上、仕込む魔法が『毒錬金』ならばラインであっても簡単に相手を殺せる。


 「つまり俺達は互いに相手を瞬殺できる手段があり、それを突き付け合ったまま話をしていたわけですね」


 何とも心臓に悪い。


 「そういうことだな、そしてお前は俺の説得が失敗に終われば俺を殺すつもりだったのだろう?」


 「バレテました?」


 「当然だ、だからこそミューズを外させたのだ、俺は良くてもあいつはお前の毒を防ぐ手段がないからな」


 加速を使える陛下は良くてもミョズニト二ルンは別だ、本体が俺の前に姿を見せた時点で既に彼女は詰んでいる。


 「意外と優しいんですね」


 「当然だ、優秀な手駒をわざわざ手放すことはない」


 いつもの陛下に戻ってきた。


 「だが、そうなると一つ問題があるな」


 「問題ですか?」


 何か嫌な予感がする。


 「ああ、お前が先程言ったな、例えどんな理由があれ、王への叛意を抱いた者を捨て置くことはできんと、もう一度それを行わない保証はないと」


 「ハイ、ソウイエバ、ソンナコトヲ、イッタカモシレマセン」


 まずい、非常にまずい、陛下がとてもイイ笑顔をしている、まるで長年望んだ玩具がついに手に入った子供のように。


 「そしてお前は理由はどうあれ俺を殺す可能性があった、つまりそれに対して俺は王としての義務を果たさねばならん」


 陛下が笑っている、それは今まで見たことが無いほど純粋な歓喜の笑みだった。


 「アノ、アナタハ、クニヲ、コワスノデハ」


 「それはそうだが、今はまだ俺はガリアの国王でありここは専制国家だ。故にどんな法律よりも俺の言葉が優先される、ああ、シャルルを殺して得た王権はこのためにあったのかもしれんな」


 立ち直ってくれたのは結構なのだが予想以上だ、まさかここまで吹っ切れるとは思ってなかった。


 「さて、本来ならば極刑だが慈悲深い俺は執行猶予をやろう。これからは俺の為に、俺を楽しませる為に駆けずりまわれ、それが俺に満足を与えるならば恩赦をだしてやることもやぶさかではない。当然だが拒否権はない、もし逃げたらお前の大切な従妹を代わりに狙うとしよう」


 それ貴方の娘でしょ、悪魔だ、本物の悪魔がここにいる。


 「さて、それでは最初の命令を奴隷、いや部下に与えるとするか。なあに、お前なら死ぬような任務ではない、過労死する可能性は大いにあるがな、く、くくくくくくくくくく」






 こうして俺の陛下の忠実な家臣(奴隷)としての活動が始まることになる。



 口は災いの門、策士策におぼれる、という言葉を俺は身をもって知ることとなった。










[12372] ガリアの闇  第十六話    変態疑惑
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 自業自得。

 俺はその言葉の意味を最も理解している人間だろう。


 あの後俺はオルレアン公派粛清の後始末を全部やらされる羽目になった。


 そしてイザベラが共犯であったこともバレバレであり、哀れ彼女もこき使われる羽目になった。


 合掌。







第十六話    変態疑惑







 結果的に言えば大粛清は行われたものの、流血は回避することができた。


 陛下が考える世界ぶちこわし計画の為にはこの段階で潜在的に王政府に不満を持つ者を大量に作っておく必要ががあるらしく、粛清自体は容赦なく速やかに実行された。


 オルレアン公派貴族のうち、シャルル派貴族の当主は全て投獄、領地と屋敷は没収となり、家族は貴族と姓を剥奪され平民に落とされた。

ウェリン家とカンペール家も没落、その分家も同様の処分を受け、本家当主は見せしめの為公開処刑で火あぶりとされた。(やったのは俺)


 その他のオルレアン公派貴族も領地の削減や閑職に回されるなどの処罰を受けた。

 これは仕方が無い、宮廷貴族にとって誰に味方するかの選択を間違えることはそういう運命になることを意味する。命が助かっただけでも儲けものである。


 そしてサルマーン家とベルフォール家を筆頭とする中立派は基本そのままで、少数派のジョゼフ陛下に味方した者達は大いに栄達することとなった。


 宮廷最大派閥であったオルレアン公派が大粛清されたことで王家と貴族のバランスはさらに変わり、封建貴族の3~4割は名前と領地を剥奪され貴族領の多くが王領となった。

 王家直轄領ではないのでその管理は法衣貴族が受け持つことになり、その結果、宮廷では法衣貴族の力が大きくなり、領土を持つ封建貴族はやや劣勢となった。


 とまあ、そういうわけでガリア王宮に大きな変化を与えた大粛清は終わり、王政府の力はさらに大きくなったが血が大量に流れることは避けられた。




 しかし、そのために俺はガリア中を駆け回ることになり、イザベラには粛清対象となった貴族の処分についての書類などがとんでもない量で回ってきてまさに過労死寸前となった。


 もし『影の騎士団』メンバーが粛清部隊の暴走を抑えてくれなかったら俺は過労死していただろう。やはり持つべきは信頼できる友人である。

 もっとも、そのかわりにこの粛清劇において没収した貴族の財産を密かに横領しようとした上官がおり、そいつらを潰すための情報を提供するということになった。おそらく一月後には彼らは中佐か大佐になり、陸軍なら連隊長、空海軍なら副長クラス、そして後方勤務なら副長官クラスになっているだろう。

 早い話がギブアンドテイクということだ。




 まあ、それがあっても今回は10日間で睡眠時間ゼロという新記録を更新した。

 水の秘薬はおろか“ヒュドラ”も複数本使用する羽目になり、俺の寿命が尽きる日は案外近いかもしれん。


 こういうことになったのは全部陛下のせいだ。

 あの人は放っておけばオルレアン公派貴族の家族が不当な扱いを受け、最悪死ぬこともあり得ると知った上でその解決の為に俺以外の人員を割かなかった。


 結果、もし俺が少し休むとその間に罪もない誰かが死ぬかもしれないという状況となり、俺は寝るに寝れずまさに不眠不休で飛びまわる羽目になった。

 ランドローバル一人では限界があったので、アルフォンスとクロードが所属する竜騎士隊から風竜を借りて次々に乗り換えながら飛びまわった。いきなり知らない人間を乗せて飛ぶのを竜は嫌がったが、俺が血走った眼で睨むと大人しく従った。


 “ヒュドラ”を立て続けに使用していた俺は竜を素で圧倒する存在となっていた。(その代償がどのくらいの寿命になるかは考えないでおく)


 そして粛清する貴族の数は俺が全速力で飛び回り、無理に無理を重ねればなんとか犠牲を出さずに済むような数に調整されていた。あの人の悪魔的な頭脳と能力が発揮された結果だ、頼むからもう少し別の方向に発揮してほしい。


 そして俺とイザベラが過労死寸前で働いている時に陛下から手紙が届いたりした、追加の指令かと思って開けてみると中にはこう書かれていた。


 “忙しいか? 忙しいだろうな。 俺は暇だ。 凄く暇だ。 この暇を少しはお前達に分けてやりたいくらいだ。はーはっはっは!      ジョゼフ陛下様”


 などといった非常に人の神経を逆なでしてくれる手紙が送られてきた。


 俺とイザベラはそれを破り捨てるとともに、全てが終わったその時は絶対にあの野郎を殺すと誓った。すまんシャルロット、お前の分は残してやれそうにない。







 そういうわけであの悪魔にこき使われることとなったが、何とかそれも終了し、俺はイザベラの書類仕事を手伝うためにプチ・トロワに戻って来た。


 この10日間何度も残りの貴族の数と領地の場所などを確認するために往復しており、そのタイミングを狙うようにあのふざけた手紙は次々と送られてきたのだった。



 イザベラの執務室に着くとそこに彼女の死体が転がっていた。


 そう表現が出来るほどの状態だった。あらゆる書類は部屋中に溢れ、あちこちに「働け、休暇が来るその日まで」のビンが転がり“ヒュドラ”の注射器まで転がっている。

 その部屋の中央でペンを握りながら机に突っ伏しピクリとも動かないイザベラ。

 どうやら熟睡していると思われるが死んでいるようにしか見えない。

 俺は一抹の不安に駆られながらも近づいて生きているかどうかを確認する。








 結論から言うと彼女は生きていた。

 どうやら彼女の下にあるこの書類が最後であったようで、この書類でオルレアン公派貴族の大粛清に関する全ての案件の決裁が済んだのだろう。

 そしてそれが終わった瞬間、今まで薬で誤魔化していた大量の疲労が彼女を襲った。


 既に燃え尽きていた彼女がそれに抗えるわけもなく、彼女は夢の世界へと旅立った。



 一人であの量を処理するとは恐ろしい能力、そして見上げた根性だ。

 ぶっちゃけ怪物退治などよりこれを相手にする方が余程大変である。


 怪物退治は仮に失敗しても死ぬのは自分一人だが、これは何百人もの人生が懸っておりしかも一度ミスをしたが最後、絶対に取り返しが効かないのだ。


 そんなものを14歳の娘に押し付ける父親は悪魔としか言いようがないが、イザベラはその悪魔の試練を見事一人で乗り切った。兄として誇りに思いたい。


 ちなみにこの部屋がこんなに荒れ果ててるのは最近では侍女が一切寄り付かないからだ。

 ここは北花壇騎士団本部直通でありイザベラが過ごす時間が長いため多くの機密資料がある。

 その部屋を他人に掃除させるわけにはいかないので大まかな部分はガーゴイルが、棚や机の整理などはイザベラ本人か補佐官のヒルダがやっている。


 しかし今はマルコ、ヨアヒム、ヒルダの3人に北花壇騎士団本部の運営を任せているのでここを掃除できる者がいない。この状況で万が一にも書類を紛失するわけにいかないからガーゴイルも使用できず、結果、この惨状が出来上がった。


 俺はそんなイザベラを抱え上げ居室へと運ぶ。寝巻に着替えさせてベッドに寝かしつけねばならん。


 俺は14歳の従兄妹に欲情するほど人間をやめているわけではなく、それ以前に毒の耐性をつけるための肉体改造や各種人体実験によってそういう部分が機能停止している。


 早い話が種なしの不感症ということであり、そういう方面は前世で経験済みなので特に不自由はない。





 しかし、俺はそれでよくとも他人から見るとそうはいかないという事実を失念していたのは俺が10日間不眠不休で働いていたことと無関係ではないだろう。


 また、周囲に対する警戒心が薄くなっていたのも否定できない事実だ、もし普段の俺なら彼女が近づいてきた時点で気付いていたはずだ。


 そしてそれは起きた。



 ドスン!

 という大きな音がして俺は顔を上げる。

 床に落ちたものは布に半分包まれたドラゴンの爪だった、その横に小さな足がありシャルロットが突っ立っている。


 壮絶な格好だった。

 赤い上衣はところどころが破れてシャルロットの白い肌がむき出しになっている。乗馬ズボンは血と泥に塗れており、長かったはずの青髪は短く切られていた。



 しかし、俺はそれ以上に壮絶な格好をしている。


 いや、俺自身は普通の格好でありシャルロットのように血や泥で塗れているわけではない。


 だが、ベッドに横たわるイザベラは肌着姿であり、寝巻を着せるためにちょうど手を伸ばした瞬間だった。


 他者から見て俺が何をしているように見えるかは想像に難くない。


 シャルロットも無表情というよりは絶句しているように見える。あのキメラドラゴンの爪もわざと落としたというよりは手からずり落ちたとみるのが妥当だろうか。



 「………」

 「………」


 俺達はしばし無言。


 そしてシャルロットが口を開く。



 「………………変態」


 スタスタスタ。

 踵を返すシャルロット。


 「ちょっと待てえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 俺はその後を追った。









 「何?」

 追いついたところシャルロットが振り返るとともに聞いてくる。

 その声と目は仇に対するというよりまるで汚物でも見るかのように冷たい。


 「ちょっと待て! 盛大な誤解を抱いたまま去ろうとするな! てゆーかお前任務達成の報告とお母さんを引き取りにきたんじゃないのか?」


 「・・・・・そうだった」


 ハッとした表情になるシャルロット、どうやらさっきの光景はこいつに相当大きい衝撃を与えていたようだ。


 「貴方は?」


 「俺か、そういや自己紹介をしてなかったな。俺はハインツ・ギュスター・ヴァランスだ、北花壇騎士団の副団長で団長であるイザベラの従兄妹だ」


 「従兄妹?」


 「そう、この髪を見りゃわかるだろ、ついでに言うとお前とも従兄妹になるな、要は3人とも従兄妹同士っていうわけだ」


 シャルロットが少し思案していてやがて告げる。



 「私の従兄が・・・・・・・・・・変態」


 「だからそれは誤解だっての」

 全然理解してない模様。



 「近親相姦?」


 「どこで覚えやがったそんな言葉、つーかお前まだ12歳だろ」


 恐ろしい12歳だ。


 「家庭学習」


 「マジか?」


 オルレアン家の教育方針では12歳の娘に近親相姦の意味を教えているのか?


 だとしたらオルレアン家は侮れん、王家の闇はこんなところにも出てきているのか。


 俺はぐだぐだになりながらもとりあえず俺の立場やイザベラの立場などをシャルロットに説明した。








 しばらく後。


 肌着姿で放置していたイザベラに寝巻を着せた後、シャルロットにシュヴァリエの任命状を渡し、シャルロットの「母に会わせて」という要望に応え、俺はシャルロットと共に奥の部屋に入った。


 「誰ですか?」

 俺達が部屋に入ったためオルレアン公夫人が反応する。


 「貴方の娘シャルロットをお連れしました、マルグリット様」

 俺は答える。


 「お帰りください、私と娘は決して謀叛など企みません。夫が亡くなったことで既にガリアの内乱の危機は去ったはず、私は何も望みません。ただこの子が無事であればそれでいいのです」

 そう言って彼女は人形に目を向ける。


 「この子は今眠っております、起こさないようにしてください」

 彼女は俺達に頭を下げた。


 「私達は貴方達に決して危害を加えません、御安心下さい」

 俺がそう言うと彼女は俺達を忘れたように無反応となる。



 シャルロットはそんな母を無言で見詰めていたがやがて口を開く。

 「症状が軽くなってる」


 「ああ、完全に元に戻すのは無理だったが何とかヒステリーを抑えることは出来た。もっとも、精神安定剤で一時的に症状を緩和させてるだけだから根本的な解決にはなっちゃいないんだが」

 俺は疑問に答える。


 「貴方がやったの?」

 驚いたように聞いてくる。


 「そうだ、俺は水のスクウェアでな、毒薬の専門家でもある。しかしこの薬はエルフが調合したものだから流石に俺もお手上げだ、せいぜい症状を緩和させる程度が精一杯でな」

 先住魔法を使えない俺では解毒薬を作ることはできない。地球の精神安定剤などで完全に別方向から治療するしかないがこれ以上強力な薬は使えない、彼女の体に悪影響が出る。


 「なぜ貴方が?」

 その疑問はもっともだ。


 「なに、同類に対する気遣いってやつかな、俺もお前と似たようなもんでな、自分の保身と復讐にためにこの北花壇騎士団に入った。もっとも、俺の復讐はとっくの昔に終わったがな」


 客観的に見れば俺とシャルロットの境遇は似ている、だが決定的に違うのがシャルロットは状況に流された結果であり、俺は自分で家と親戚を売り払い自分から入ったという点だろう。


 「まあ、復讐の先輩から忠告するとだ、復讐ってのはさっさと終わらせるに限る。ずっと溜めこんでいてもいいことは何も無い。もし出来そうになかったらとっとと諦めて自分の幸せを探した方がいい、恋とか愛とかそういうの、愛は偉大なりだ」


 「………」

 シャルロットは無言、そう簡単に答えが見つかるわけもないことだが。


 「まあとりあえず出るぞ、ここにずっといても仕方ない」

 俺とシャルロットはその部屋を出る。



 イザベラの部屋に戻った俺は棚から薬を出してシャルロットに渡す。

 「これは?」


 「お前の母さんの症状を安定させる薬だ。一日三回食後に飲ませること、もしなくなったらまた取りに来い、調合してやっから」


 「・・・・・」

 シャルロットは無言で受け取る。


 「さて、俺の用はこんなもんかな。待てよ、もう一つ何かあったような気がするな」


 俺は考え込む。




 「う~ん、そうだ! 名前だ!」


 「名前?」


 「そう、名前名前、俺達北花壇騎士は普段本名を名乗らない、俺は副団長だから特別と思え、俺もただの隊員だった頃はロキという名前を使っていた。別に今でも使わないことはないんだが最近は副団長とかハインツ様とか呼ばれる方がほうが多くなっちまった。まあそれはいい、お前にも偽名が必要ってわけだ」


 最近は“毒殺”、“粛清”、“悪魔”、“死神”などの方が通りが良くなっている。


 「偽名」


 「そうそう、これから自分が名乗る名前になるんだからイカスのにしとけ、俺は“ゴンザレス”ってのを勧めるが」


 「黙って」

 怒られた、どうやらゴンザレスが気に入らなかったようだ。


 シャルロットはしばし考えていたが、やがて告げた。


 「タバサ」


 「タバサ? そんなんでいいのか? 他にもアンドラゴラスとかサノバビッチとか色々あるぞ?」


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 シャルロットが問答無用で『ウィンディ・アイシクル』を撃って来た、だが甘い。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

 俺はシャルロットの『氷の矢』と同じ数の『氷槍(ジャベリン)』を瞬時に生み出しさらに風を加える。


 ドゴオオオオオオン!


 シャルロットの氷の矢は全て砕かれその身体は壁に叩きつけられる。

 「かはっ」


 「理解したか? これが俺とお前の力の差だ、たかが12歳の小娘が死線をくぐった程度で追いつけるほど北花壇騎士団副団長は甘くはない」


 俺はシャルロットを見降ろしてさらに続ける。


 「付け加えると、俺はジョゼフ陛下の近衛騎士団長も務めている。もし陛下を殺そうとするならば俺に勝てぬようでは話にならん、まさに犬死になるだろう」


 起きあがったシャルロットがこっちを睨んでくる。


 「いいか、もし暗殺者としての戦い方を目指すなら殺気は消せ、そして先程のような軽い挑発に乗るようでは論外だ。どんな時でも冷静に、そして容赦なく躊躇なく一息で殺す、威嚇などはするな、攻撃するなら心臓か頭を狙え」


 俺は暗殺者としての最低限の心構えを説く。


 そしてシャルロットは悔しげに答えた。


 「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・変態には絶対負けない」


 「それはもうええっちゅうに!」


 最後までぐだぐだだった。









 シャルロットはオルレアン公邸に帰った。


 オルレアン公夫人を伴っていたので竜籠を手配してそれに乗って帰らせたが事前に準備してなかったので、その費用は俺持ちとなってしまった。まあ別にいいのだが。


 そして俺はイザベラの執務室の整理を終えるとイザベラに書置きを残し、エレベーターから北花壇騎士団本部に戻って自室で思いっきり寝た。実に10日ぶりの睡眠である。






 そして次の日、シャルロットについて報告するため俺はまたプチ・トロワに向かった。


 「おはようイザベラ、どうやら死体状態からは復帰したらしいな」

 今回は従兄妹モードだ。


 「おはよう、随分迷惑かけたみたいね、あんたも疲れてたでしょうにあの子のことまでやらせてしまったわ」

 イザベラが謝罪してくる。


 「いいってことさ、これも兄の努めというやつだ、それにシャルロットには俺からも少し言いたいことがあったからな」


 俺も限界だったのは確かだがやはり17歳で男の俺と14歳で女のイザベラでは体力に大きな差が出る、


 「一体何をいったの?」


 イザベラは興味津々に聞いてくる、やはりシャルロットのことが気になるのだろう。

 俺は手短に昨日の出来事を伝える、ただし変態うんぬんは抜かして。


 「そう、大体わかったけど、あんたのネーミングセンスは最低ね」

 駄目出しされた。


 「そうか? ゴンザレスとか結構いけると思うんだけど」


 「あの子がそんなの名乗るわけないでしょ、そんなに名乗りたきゃ自分で名乗りなさい」


 「嫌だよこんなの、恥ずかしい」


 「ったく、あんた本当にいい性格してるわね」

 イザベラは呆れつつ溜め息をつく。


 「はあ、その話はもういいけど、今回は本当に疲れたわ。あの悪魔、娘を殺す気だったのかしら」


 イザベラが呆れてる、怒りを通り越すと人間の感情はそうなるようだ、もっとも俺も似た気持ちだが。


 「いや、あれは生かさず殺さずじわじわ苦しめる気だな、しかも微妙に国益を含めて完全な私情ではなくしている。故に北花壇騎士団団長と副団長の俺らには断れない、まさに悪魔の手口だ」


 「ったく、あんたのせいよ、正気に戻せとは頼んだけど悪辣さを増幅させろとは頼んでないわよ。以前よりパワーアップしてるじゃないの」


 少々痛い。


 「すまんなあ、まさか陛下がこんなに簡単に吹っ切れるとは思わなくてな、元々ああいう面はあったけど基本的に内に向くというか自嘲的な感じが強かった。しかし今の陛下は外に向かっている、それ自体はいいことなんだが陛下の気質が問題だな。おかげで俺達が玩具にされてる」


 虚無の王はいまや悪魔の王と呼ぶのが相応しい存在と化している。


 「おかげで私はいい迷惑よ、はあ、あんたと共犯になんてなるんじゃなかったわ」

 後悔するイザベラ、巻き込んだ張本人の俺が言えることではないがこれも自業自得である。


 「まあ、過ぎたことは仕方ない、何とか地獄は乗り切ったことだし今後のことを考えよう」

 俺は気持ちを切り換える。


 「そうね、見るべきは過去より未来よ」

 イザベラも気合いを入れる。




 そしていつものように会議開始。




 「それで、オルレアン公派の粛清は済んだけど、それに対する他の貴族の反応はどうなの?」

 イザベラが聞いてくる。

 俺はここに来る前に本部でマルコ、ヨアヒム、ヒルダから情報を受け取り現在のガリアの状況を大体把握している。トップ二人が不在でも平常体制ならば本部は問題なく機能していたようだ。


 「現段階ではそれほど動揺はないそうです、ジョゼフ陛下が王位に就いたのならオルレアン公派が粛清されるのはいわば伝統どおりですから、その規模が少々予想以上だっただけで混乱は特にないそうです」


 彼らもガリアの貴族、政争と粛清は日常茶飯事だ。


 「そう、ひとまず貴族は問題なし、じゃあ諸外国の動きは?」


 「ここも予想通りです。オルレアン公を殺したのはジョゼフ陛下だったわけですから、やはりロマリアとゲルマニアは特に動かなかったようです。各国の支部に確認を取らせましたが間違いはないと、そしてトリステインとアルビオンは自国のまとめに精一杯で他国に干渉するどころではないようです」


 仮に何かやってきても交渉の切り札は確保してあるので問題ない。


 「そこも問題なしと、あとは都市の市民と農村部の平民ね。そっちは?」


 「メッセンジャー、シーカー、ファインダーの情報網を駆使して10日間で村一つ一つまで調査したようですが、リュティスを除けば全く混乱はありません。オルレアン公派の貴族の領土でも治安維持の為に正規軍が駐屯し、軍律違反を犯した者は容赦なくさらし首にしたのでその辺の不安も上がっていません」


 「なるほど、その辺で『影の騎士団』に協力してもらったわけね」


 こうした大粛清において最も警戒しなければならないのが一時的に統治者が不在になることで生じる治安の悪化だ。

 夜盗や人さらいなどは中央やその地方の貴族に何かあったとみるやそれに呼応するように悪事を働きだすのだ。


 当然その対処に北花壇騎士団も動いたが今回のような規模ではフェンサーの総勢86名ではとても対処しきれない。


 なので粛清にあたった正規軍を投獄した当主の逃亡を防止するためにその家族を屋敷に軟禁するという指令を与えあえて駐屯させた。


 そしてその間に代わりの行政官をスムーズに派遣し、行政を滞りなくし治安の悪化を防ぐ、その作業に俺とイザベラはこの10日間寝ずに当たっていたわけで、国の治安も懸っているのでまさに命懸けの作業だった。


 しかし、ミイラ取りがミイラの諺のようにその駐屯してる軍隊が住民に暴行などを働くケースも多い。そこで『影の騎士団』メンバーに協力を頼み、下っ端の略奪は打ち首に処し、上司が横領などを働けば証拠と一緒に高等法院に突き出してもらった。


 ちなみにそいつらはしばらくの間リュティスに留まることになり、金次第で釈放されることが多いが謎の病死を遂げることが決定している。

 これは俺に暇な時間が出来たら実行することになっており、これを条件にあいつらに協力してもらった。それによりあいつらの上の席がいくつか永久に空くことになる。


 その辺での流血はあったが”犯罪者に人権は無い”が我らのモットー、その理論では俺達自身にも人権が無いことになるが、俺達はそもそも法に守られる気などさらさらない、無法地帯の暗黒街で己の力のみで生き抜いてきた連中なのだ、そんなものにすがる奴は一人もいやしない。どこまでも傲慢な集団である。


 「じゃあ、この問題は一段落と見ていいわね。どんな二次被害が発生するか分からないから油断はできないけどこれからの焦点は元オルレアン公派貴族領の治安維持でいいわね」


 「そうですね、外交、内政共に安定してますし、オルレアン公派以外の貴族も特に動きは見られません。政争の大きな山が終わったのですからしばらくは谷に入るでしょう」


 つまりしばらくは治安維持に力を注げるということだ。こういう面で平民を含めた情報網が最大限に力を発揮する。貴族監視用の網では少々専門外なのだ。


 「となると、フェンサーの仕事もしばらくは幻獣退治や夜盗退治とかが中心になるわね、貴族の監視や粛清はしばらく休業ね」


 「ですね、ここ一月でもう充分な血が流れました、しばらくはヴァルハラも一杯一杯でしょう」


 ここ一月で北花壇騎士団が処理した総勢は4桁近くに上るはずであり、その大半が不穏な動きを見せた貴族やその子飼いの傭兵団などである。


 「あの子にとっては丁度いいわ、元々人殺しの任務はやらせる気はなかったけど、村人に感謝される幻獣退治ならあの子の心がすり減ることもないでしょうし」


 「おやおや、随分とお優しいことですね」


 「当然よ、大量虐殺犯はあんただけで十分だわこの殺人鬼」


 「それは事実だけど、いくらなんでも酷くない?」


 俺は従兄妹モードに戻る。人殺しはともかく殺人鬼は無いだろう。


 「酷くないわよ、別にあんたは殺したことを微塵も後悔してないんでしょ、だったらいいじゃない」


 「まあ、そりゃそうだけど」


 「そんなあんたはどうでもいいけどあの子は別よ、あの子の心はそんなに強いわけじゃない。だから必要以上の負担はかけたくないし、何よりあの子だけはこの宿業の血から無縁でいて欲しいわ、私だって結局は父親暗殺未遂だしね」

 イザベラは遠い目になる。


 「ガリア王家は宿業の血族。身内殺しは当たり前か、確かに、誰か一人ぐらいそれとは無縁で幸せになって欲しいもんだな」

 俺も同意する。

 俺自身はこの生き方を好ましく思っているがそんな異常者は『影の騎士団』くらいのものだ、普通の人間には普通の幸せが一番だろう。


 「それに、あの子はこれまで公女としての生き方しか知らなかった。だから一介の騎士として各地を巡るのはあの子にとってとても良いことだと思うわ」


 「確かに、農村部の平民にとっては王がどっちだろうが、中央で貴族が粛清されようがどうでもいい。そんなことより日々の糧を得ることや森の幻獣や盗賊のことの方が余程重要、そういう人間が王国の多数派であるという現実を知るのは良いことですね」


 農村部に限らない、都市部だろうが大半の平民はそういうものだ、しかしそこを勘違いしてる貴族がこの世界には多すぎる。


 「ちょっと待って、そういえば忘れてたけど私もほとんど宮殿以外知らないんじゃ」

 イザベラが素朴な疑問に気付く。


 「いや、そんなことないぞ、お前暗黒街に結構行ってるし貧民街でも『百眼』の渾名で知られてるぞ」

 『百眼』とはイザベラの渾名であり、ガリア情報網の全てを統括するイザベラに相応しい名である。


 「何で天井と底辺しかないのよ、いくらなんでも一応王女が行く場所じゃないわよね」


 「確かに、宮殿での王女としての生活と暗黒街の生活しか知らないというのは稀有な人種だな」

 あまりにも極端すぎる。


 「もし今革命でも起きて私が王女じゃなくなったら、私、暗黒街くらいしか知り合い居ないんだけど」


 ガリアの王女が語る驚きの真実だ。


 「大丈夫、お前なら暗黒街でも立派に生きていける。それにお前ほどの実力なら八輝星が片腕として欲しがるだろうから引く手数多だ。後は徐々に組織を乗っ取って八輝星の一員になったら彼らを一つに纏め上げて暗黒街の女首領として君臨すればいい、お前なら出来る」

 多分イザベラなら10年かかるまい。


 「なんで王女か暗黒街の女首領の二択なのよ、もうちょっと折衷案は無いの?」


 「そうは言われても普通に農家や商人の奥さんやってるお前なんて想像できんし、どっかの有力貴族の秘書とかもしくは魔法研究所の研究員とかならまだイメージできるな」


 俺は私見を述べる。


 「はあ、まあ私も薄々そうなんじゃないかとは思ってたけど、やっぱり現実って厳しいのね、私の青春はどこに消えたのかしら」


 燃え尽きる14歳の図、正直かなり哀れな光景だ。


 「せいぜい苦しめイザベラ、そんなお前を見てると俺は楽しい」


 「はあ、私の周りはあの悪魔やこんなんばっかり、ああ、オルレアン公、叔母上、どうして私とシャルロットを遺して逝ってしまわれたのですか?」

 涙ぐむイザベラ。あとマルグリット様は死んでないぞ、殺すなよ。


 「そりゃ陛下に逆らったからだろ」


 「淡々と事実を述べるんじゃないわよ、つーかまだ謀叛は起こしてなかったでしょ」


 「でも、ガリアにとって危険分子だったのは確かだからなあ、オルレアン公夫人も夫の裏金などを見抜けず止められなかったんだから数年間の幽閉とかなら決してそんなに重すぎる罰というわけじゃない。そこに心を病む薬が加わったのは気の毒だが治らないわけじゃないし」


 これも事実。


 「あんたって本当に薄情ね。その癖、叔母上の為に忙しい合間を縫って薬を調合するんだからほんとにわけわかんないわ、よくこの10日間にそんなことする気になるものね」


 「まあ俺が過労死しそうだったのは確かだが、それと陛下の暴挙を止められなかった責任は別物だ、そうである以上俺はシャルロットのためにもできる限りのことをしなきゃならん、これが俺の流儀だ」

 けじめはつけねばならん。


 「全く自己中心のくせに他人の為に無茶するのよねあんたは。私はそういう風には生きられないしする気もないわ」


 「まあそりゃ賢明だな。俺の生き方が楽しいと感じるのは多分俺だけだ、こんな異常者がたくさんいたら嫌だろ」


 6人程心当たりはあるがそこは無視する。


 「それについては同意するけど、よくあんな地獄を味わって楽しいといえるわねあんたは」


 「まあ、今回は流石に俺もきつかった、やはり上には上がいるということだ、悪魔の上にはより性質が悪い悪魔がいた」

 それは言うまでもなくあの野郎のことだ。


 「確かにね、あれに比べたらあんたの方がまだましかもしれないわ、大きい目で見ればどっちもどっちだと思うけど」


 「でも俺は自分の娘を生理が狂うほど働かせる極悪人じゃないぞ」


 「だから何であんたが私の生理の日を知ってるのよ!!」

 顔を真っ赤にするイザベラ。


 「だから医者なら造作もないと言ったろ、それに数日前お前が寝込んだ時薬湯を煎じたの俺だしな、こっちも忙しかったのにお前の薬も作ってやったんだから感謝しろ」


 オルレアン公夫人の薬を作る際の片手間だったが。


 「随分効果がある薬だと思ってたけどありゃあんただったのね」


 「当然、薬と毒を作らせりゃ俺はハルケギニア一番よ」


 「でも、エルフの毒は解毒できないのよね」


 「ぐはっ」


 崩れ落ちる俺。





 大きな山は去ったが、俺達の日常はいつも通りこんな感じであった。










[12372] ガリアの闇  第十七話    過労死(未遂)
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 オルレアン公派の大粛清も終わり、ガリアの宮廷もようやく落ち着きを取り戻した。

 俺達北花壇騎士団の任務も一段落し、今や地方の治安維持を第一としている。

 俺も地獄の激務から解放され副団長としてフェンサーの統括に専念できる、と思っていた。



 甘かった。



 あの悪魔がこんなに容易く俺を解放するわけがなかったのだ。







第十七話    過労死(未遂)









 大粛清の後始末が終わって数日後、俺は陛下の指示でグラン・トロワに呼び出された。


 どうやら陛下はこの2週間ただ遊んでいたわけではなく、この世界を効率よく破壊する方法を練っていたようだ。

しかも恐ろしいことにたった2週間で大体の青写真が出来上がったらしく、手足である俺やシェフィールドに具体的な指示を出せる段階になったので俺は呼び出されたらしい。


俺は絶望的な予感を抱きながら、絞首台に登る罪人の気分で陛下の部屋に向かった。






 「技術開発局、ですか?」


 部屋に着いて早々、聞きなれない単語が飛び込んできた。


 「そうだ、魔法研究所は実用レベルには程遠い、だから新たに専用の機関を作るのだ。そうでもしなければ永遠に魔法技術は停滞したままだ」


 陛下の言いたいことは理解できる。

 確かに古くからこのガリアには王立魔法研究所(アカデミー)は存在する。

 しかしその研究内容は実用的とはほど遠く、火の魔法で街を明るくしたり、風の魔法で大量に貨物を運んだりなど、当たり前の研究が行われていない。始祖ブリミルから授かった神聖な魔法を平民でもできることに利用するなど下賤ではしたないという価値観が存在するのだ。

 しかも少しでも新たな可能性を探るとすぐに異端のレッテルを張られ研究停止や追放となる。


 系統魔法でこうなのだから先住魔法など存在そのものが異端である。

 これがブリミル教の弊害の最たる例だ。一部の特権階級の利権を守る、それだけのためにあらゆる可能性を潰しそれ以外のものは異端として排除する。こんなものが国の根幹の価値観となっているのだ。

 だからこそ俺は陛下の手足となりこの世界をぶち壊すことに協力することにした。

 ぶっちゃけ俺はブリミル教が大嫌いなのである。


 「なるほど、それは良い考えだと思いますが、人員はどうするのですか?」


 当然異端の研究を行う以上やりたがる者は少ない、だからこそ“聖人研究所”は6000年間闇に潜み先住魔法の研究を続けてきた。ホムンクルスやスキルニルなどその大半は外法以外の何ものでもないが、中には問題のない純粋な技術も存在する。

 下地はあるのだから後は神の頭脳ミョズニト二ルンの協力があれば大量生産にこぎつけるのはそう難しいことではない、しかしその人員が問題だ。


 「当然、お前が集めるのだ」

 陛下がしれっと言う。


 「マジですか?」


 「マジだ」


 「……」

 俺は沈黙する。


 「何、そう難しいことではあるまい。暗黒街には裏の商品を取り扱う者が多い、その中にはマジックアイテムの扱いに長けているものも多かろう、そいつらを引っ張って来い。金に糸目はつけん、何しろ俺は王だからな金はいくらでもある」


 「そりゃまあ確かにそうですが」

 それなら何とかなるかな。


 「それに今はミューズが一人で技術開発をやっているが将来的にはあらゆる先住種族を招き民族を超えた共同研究組織とする。翼人、吸血鬼、土小人、コボルト、リザードマン、水中人などだな。かつて“聖人研究所”にて解剖された連中だ。先住魔法に長けておるのは分かっている、ならば今度は正式に協定を結べばよい」

 陛下は事もなげに言う。


 「しかし彼らがそう簡単に協力してくれますかね?」

 そこが疑問だ。


 「何、共通の大敵というものを持てばどんな種族も手を取り合うものだ、ブリミルの狂信者共という敵をな。奴等は先住種族そのものを異端とする、それ故に狂信者共に同朋を殺されたことが無い先住種族などおるまい。我々の目的が狂信者の根絶だと知れば協力は惜しまぬだろうよ」


 相変わらず考えが凄い、しかしその通りではある。


 「最終的にはエルフの協力を得られるのが理想だがそう簡単にはいくまい。まあ、それらの交渉も全てお前にやってもらうことになるが」


 「やっぱり俺ですか」


 「当然だ、こんな前代未聞なことを出来るのはお前ぐらいだ、適材適所という言葉もある」


 まあそりゃそうかもしれない。ハルケギニアの価値観とは基本的にズレている俺がその交渉に一番向いているのは確かだろう、理屈は合うんだがどうも陛下が俺に仕事を押し付けようとしているようにしか感じない。


 「亜人との交渉は今日明日という話ではない。まずは実験段階から始めるから数か月は先の話だ、頭の片隅にでも入れておけ」


 「了解しました」


 「では本題に入る」


 「これからが本題ですか!」

 今任務を受けたような気がするのだが。



 「ここからはお前にしかできない任務だ、気を引き締めろ」


 「あの、さっきのが俺以外にも出来るならぜひとも別の者にやらせてほしいんですけど」


 「お前を2週間近く前ヴァランス公とヴァランス領総督に任命したな」


 完全に無視。

 俺の意思など顧みられることはなさそうだ。


 「はい、確かに拝命しましたが」

 俺は現在ヴァランス公であり、ヴァランス領総督でもある。


 「そっちで人材が不足している、お前が行ってそれを解消して来い」

 これまたあっさりと陛下が言う。


 「なぜですか? 陛下がヴァランス公であったときから統治は代行の者に任せてましたよね。優れた管理機構と腐敗防止システムがあればトップは誰でも良い、むしろそうあるべきというのが確か陛下の持論でしたから俺もそれに乗っかろうと思っていたんですけど」


 ヴァランス領には有能な人材が多く、しかも適格な部署に配置されている。つまり総督が誰であっても問題なく行政が進むよう陛下が組織を作ったのだ。

 こういったハルケギニアでは革新的な発想が陛下とオルレアン公の最大の差だったのだろう、オルレアン公も非情に有能なのだが現状のシステムを壊すことには性格が向いていなかったのだ。


 「そうだな、確かに有能な人材が揃っていた。しかし王宮でシャルルの旧家臣を大量に切り捨てた、その穴を埋めるためにヴァランス領から人材を引き抜いたのだ。結果ヴァアンス領は人材不足に陥りそれから既に2週間近く、そろそろ行政府の処理能力が臨界に達するだろうな」


 「何でそれを早く言ってくれないんですか!」

 ということは下手すると不況になって失業の嵐が巻き起こる可能性すらある。


 「理由を知りたいか?」

 満面の笑みで問う陛下。


 「・・・遠慮しておきます」

 俺は答えを聞かなかった、どうせ碌でもない答えが返ってくるに決まっている。


 「そういうわけだ、お前の民の生活を守るためにさっさと人材を補充しろ。何、お前の故郷なのだから人脈も豊富にあろう、存外あっさり片付くかもしれんぞ」

 悪魔が笑う。


 「はあ、ヴァランス領には27.1万人もの民が住んでいるんですよね、その生活の全てが俺の双肩に懸っているんですか」

 少し鬱だ。


 「何、俺など1500万人だぞ、それに比べれば少ないものではないか」


 「いや、それは陛下だけじゃなくてあらゆる貴族や官吏が分担して統治してるじゃないですか、この場合まともに動けそうなの俺一人なんですよ」

 この差は大きい。


 「当然だ、そのように仕向けたのだからな」


 「やっぱあんたの差し金か!」


 「王暗殺未遂犯に対する処分としては異例だぞ、せいぜい慈悲深い俺に感謝しろ」


 「………」

 自業自得、その言葉が重くのしかかる。




 「そしてもう一つ任務がある」


 「まだあるんですか!」

 これ以上はまじで死ぬ。


 「お前をこれから宮廷監督官に任じる、そしてある事をやってもらう」


 「宮廷監督官ですか」


 宮廷監督官とは簡単に言えば宮廷貴族の目付け役だ。たまに血の気が多い貴族が宮殿内で杖を抜いたりするので、それを「殿中でござる」という感じで止めたり、宮廷内での派閥争いの様子などを観察し陛下に報告するのが役目。つまり宮廷における陛下の目と耳というわけで、当然宮廷貴族からは疎まれる。


 「そうだ、そしてやることはこれだ」

 と言って陛下は書類をいつものように紙飛行機にして俺に飛ばす、多分これは陛下が自分で考案したんだろう。


 俺は書類を開いて内容を確認する。


 そこには驚くべきことが書かれていた。


 「陛下、これは・・・」


 「俺が考えた新たな国家体制だ」


 それはすなわち根本的な体制の改革、行政機能が完全に生まれ変わっている。


 まず、中央省庁の創設。

 今までもそれに近いものはあったが法でそれが定められていたわけではなく、担当部署程度の認識でその部門における専門家という認識は無かった。その上宮廷の派閥争いや権力闘争によって簡単に部署変えが起こるので法衣貴族が一つの仕事に定着することはなかなか難しかった。


 しかしこの新制度では封建貴族を行政から完全に排して法衣貴族のみで運営し、王領にある都市や街を太守や行政官として預かる者達を地方公務員とし、王政府に仕える者を中央官僚とする。


 そして9つの省を作り、人材の能力に合わせて配置し原則他省への異動はなしとして、これにより仕事に集中させると共に人材を鍛え上げることを可能にする。


 これまでは王政府に仕える官吏は派閥争いにばかり注意しており、仕事は二の次だった。

 これは彼らを責められない。そこを間違えるとあっという間に閑職に回されるか追放されるかしかないのだ、故に誰に付いていくかは法衣貴族にとっても死活問題だった。


 この制度なら王政府が身の安全を保障するので官吏は自分の仕事に集中できる、当然職務怠慢や汚職によるリストラはあるが、不当な免職や左遷は減るはずである。




 「これは、もの凄く革新的ですね」


 「当たり前だ、旧体制を壊すならこのくらいせねば意味が無い」


 確かに、細かい改革を繰り返すよりは一気に大規模な改革をやったほうが効率は良い、オルレアン公派の大粛清が終わった今は改革の好機である。


 「しかし、残りの封建貴族は絶対猛反発しますよ。それに高等法院を始めとした古い法衣貴族の権威共も呼応しそうです、ジョゼフ派の貴族といえどこれには賛成しかねるでしょうし」


 つまり反対するものしかいない。

 これに賛成するとしたら能力はあっても家柄が低いために閑職に回されていた下級貴族くらいだろう。


 「そこをお前が何とかするのだ、さし当たっては老廃物共を黙らせることだが廃棄処分にはするな。あれらにも演じてもらう役割というものがある、そして空いた席に有能な人材を登用しろ、できるだけ若くて家柄が低い者をだ。特に九大卿は国政を担うのだから細心の注意を払え」


 九大卿は新制度の各省のトップ、つまり大臣達だ。


 正式な名前は少し違うが日本風に訳すと各省はこうなる。

 内務省 ・・・ 地方との連携や地方からの情報の管理、制度の維持、そして人事全般。

 法務省 ・・・ 法制度の維持と執行。 (裁判権は高等法院にある)

 外務省 ・・・ 外交、諜報、そして各国への外交官や領事の派遣。

 財務省 ・・・ 国庫の管理運営、課税、徴税。

 国土交通省 ・・・ 都市、道路、港湾、河川などの整備。

 農林水産省 ・・・ 王領における第一次産業の管理と拡張。

 軍務省 ・・・ 軍事全般、軍と行政を繋ぐ懸け橋。

 保安省 ・・・ 軍とは別に新たな治安維持組織(警察)を創設、治安維持専門。

 文部省 ・・・ 既存の貴族専門の学校を上級市民などにも広げその管理運営、最終目標は全国民に対する教育の実地



 地球の先進国の体制には遠く及ばずあちこちに不備がありそうな制度だが、このハルケギニアで考えればかつてない程洗練された行政システムである。

 これから実際に運営していくとして効果を発揮し始めるのは1年、安定するのに5年はかかりそうだ。


 そして各省のトップは軍務卿や財務卿などと呼ばれ、この九大卿に宰相を加えた10人で行政の中枢は構成され中央評議会と呼ばれる。この10人の合議で国家の方針は決まり王の役割はそれの認可とこの10人の対立関係の調整が主となる。



 で、これらの機構の創設に反対する貴族達を黙らせ、しかもこの9人を始めとした新たな官吏を俺が探さなければならないらしい。


 絶対に過労死する自信がある。


 「あの~陛下? 技術開発局の人員を暗黒街で、ヴァランス領の人員をヴァランス領で、そして新機構の人員を中央から見つけ出せと、しかも大貴族達を黙らせながら」


 「そうだ」

 陛下は平然と答える。


 「絶対無理です! 死んじゃいますよ俺!!」


 「死ね」


 何とも慈悲深い一言だった。



 「ですが陛下、ヴァランス領とリュティスは650リーグ近く離れてます、時間的に不可能だと思うんですけど」


 「ならば法則を捻じ曲げればよい、俺の虚無を使えば可能だ」


 「虚無ですか?」

 虚無にどんな魔法があるのかさっぱり不明だ。


 「ああ、ミューズに様々なマジックアイテムを解析させた結果面白いことが分かってな、虚無の力が付与されている魔法具はかなり存在するらしい」


 「そうなのですか?」

 それは意外だ。


 「以前お前に与えた“不可視のマント”あれもそうだ、あれには『幻影(イリュージョン)』という虚無魔法が込められており人間の脳に作用する、本来無いものを見せたり、逆に有るものを見せなくすることができる魔法でな、それを利用して姿を隠す、それ故に犬や幻獣の鼻は騙せぬというわけだ」


 「なるほど、ですがそれを解析できるのは神の頭脳たるミョズニト二ルンのみであるため、これまで誰にも原理が分からなかったという訳ですね」


 「その通りだ、そしてお前は“出入りの鏡”を知っているか?」


 「確かヴェルサルテイルから緊急脱出するためのアイテムでしたか、その鏡をくぐると対になっている鏡から出られるとか」


 「それも虚無が込められている、『時空扉(ゲート)』という魔法でな『瞬間移動(テレポート)』の上位に位置する魔法だ」


 「ゲートにテレポートですか」

 大体効果は想像できるがこれまたとんでもないな。


 「『テレポート』は使用者が望んだ場所へ瞬間移動する魔法だが対象は本人のみだ。しかし『ゲート』は一度開いてしまえば誰でもくぐれる。問題は維持に相応の精神力を消費するという点だが、それもミューズの協力があれば問題ない」


 「陛下はそれを使えるのですか?」


 「ああ、お前をこき使うために心の底から望んだ結果、始祖の香炉は俺の望みに応えた、虚無というのは便利なものだ」


 「・・・・・」

 なんていう最低な動機、そんなものに始祖の秘宝は応えるのか。


 「ヴァランスの本邸は俺も一時住んでいたからあそこに『ゲート』を開くのは造作もない、後はミューズが専用の鏡でその『ゲート』を永続的に固定すれば完成だ。お前は簡単にリュティスとヴァランス領を行き来できる、後はお前の使い魔を向こうに待機させておけばよい。リュティス内部の移動ならば他の手段が幾らでもある」


 つまり俺の退路は全て断たれているというわけか、この悪魔は俺をこき使うために虚無の魔法と使い魔を最大限に利用している。そこに王の権力が加わるのだから最早太刀打ちできない。


まさか物理法則を覆してまで俺をこき使うとは、俺はまだこの悪魔のことを完全に理解していなかったようだ。



 「そういうわけだ、任務達成の為に死力を尽くせ」

 陛下がギロチンの刃を落とす。


 「承りました、命に代えましても、とならぬよう善処します、流石に過労死は御免なので」

 俺は踵を返す。


 「せいぜいあがけ」

 部屋から出る寸前、陛下から素晴らしい激励の言葉が贈られた。






 俺の寿命が尽きる日はそう遠くないかもしれん。






[12372] ガリアの闇  第十八話    悪魔公
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2010/03/14 14:50
 この話には別視点があります

 


 悪魔の勅命が下されてからおよそ3か月。



 俺の地獄は続いていた。



 大粛清の10日間に比べれば時間に余裕はあるが、終わりが見えないほど膨大な仕事量なので精神的にかなりきつい。

 普通だったら仕事ノイローゼで自殺しそうな仕事量である。


 しかし元はと言えば自業自得でもあるので過去の自分を呪うばかりである。








第十八話    悪魔公







 ガリア王国首都リュティスに存在するベルクート街。そこにある調度品全般を取り扱う店グランピアンの地下にある北花壇騎士団本部。

 俺はここで現在の宮廷改革の進行具合を確認している。


 「う~ん、とりあえずは問題ないかな、新規採用した連中も張り切ってるようだし、やはり若いだけあって覇気と野心に満ちている」

 俺は各省に採用した若い下級貴族のリストを見ながら言う。


 「若いっつっても、副団長以上に若い奴なんていないっすよ、最年少は間違いなく貴方です」

 ヨアヒムが突っこんでくる。


 「そこは置いておくとしても確かに若いですね。宮廷貴族って言ったら大体年取ったおっさんばっかなイメージがありますけど、これならヴェルサルテイルに仕えるメイドとかも働き甲斐があるんじゃないですかね」

 マルコは同意してくれる。


 「何よりその若い奴らが九大卿になっているというのが最大の驚きよね、普通に考えたら40~50歳だし60歳以上でもおかしくないわよ」

 イザベラも感想を言う。


 「こいつらを集めるのにものすげー苦労したんだぞ、しかも技術開発局とヴァランス領の人員も探しながらだ、陛下は悪魔だ、間違いない」

 俺は愚痴りまくる。


 「でも副団長、そっち二つは大体片付いたんでしょ、じゃなきゃ今頃死体になってそうだし」


 「とりあえずはな、技術開発局の人員の方は八輝星に手をまわして主にマジックアイテムを扱う商人とかそういうのを探す専門の目利きとか、あとはそれを実際に使う傭兵とかを探してな、北花壇騎士団本部の“参謀”達を雇うときの要領で引き抜いた」


 「ということは僕達の元同僚もいたりするんでしょうか?」

 今度はマルコが聞いてくる。


 「いや、戦闘が目的じゃないからお前達の同僚はいない。先王の国葬の時とかに動員した特選隊の連中みたいに荒事をやらせるわけじゃないからな、そのかわりそいつらに人材を探してもらったが」


 「あんたは他にも仕事があったからね、必要な人材の能力だけ伝えて一旦離れたわけね」


 「そう、俺がやったのはそいつらが集めてくれた奴を面接して採用か不採用か決定しただけだ。もっともそれだけでもかなり忙しかったがな」

 結局200人以上と面接する羽目になったのだ。


 「それで、ヴァランス領の方はどうだったんすか?」


 「そっちも半分は他人任せだったな。陛下が使える奴らをあらかた持っていったから人材を探そうにも探すための人員がいなかった。だけど幸い俺の故郷だからカーセ、アンリ、ダイオンの3人を始めとする俺の昔の家臣達がいてくれた、彼らは暗黒街出身者並に頼りになるし人脈も豊富でな、それぞれが独自の情報網とか持ってたからそれを利用して人員を集めてもらった」


 俺がヴァランスの本邸に帰った時は使用人総出で帰還パーティーを開いてくれた、純粋な感動で涙が出たのはかなり久しぶりだった。

 皆相変わらず元気にやっているようで安心したし、パーティーの後寝過ごし久しぶりにカーセに燃やされることにもなった。


 「ハインツ様が赤ちゃんの頃から仕えているという人達ですよね、そういう忠臣がいるっていうのはいいですね」

 マルコがうらやましそうに言う。


 「そうね、あんたにそういう人達がいるのは奇蹟だわ、悪魔に仕える善人なんてかわいそう」

 イザベラが酷いことを言う。


 「まあ、そういうわけで他二つはそれほど面倒だったわけじゃなかった。当然かなりの時間はかかったが最初から終わりまでの道筋が見えてはいたから精神的に楽ではあった。問題は宮廷だ、完全に初めての試みだからノウハウが全くない、何もかも手探りだから疲労が溜まる一方だった」


 とにかくあれがきつかった、いや、まだ終わったわけではないのだが。


 「ですよね、領土持ちの封建貴族を追い出して、古い貴族もあらかた排除して、新たに省を9つ作ってそこに若くて優秀な人材を配置する、しかも改革に反対する貴族を黙らせながらですもんね、どう考えても一人でやるような仕事量じゃありません」


 「だけど陛下がやれっつうんだから断れるわけないよなぁ、要するに任務にかこつけた処刑ってやつか?」


 「違うわヨアヒム、これは単なる嫌がらせよ。あの悪魔はハインツの能力を読み切った上で無理に無理を重ねるぐらいで何とかギリギリこなせる量の任務を与えるのよ、しかもハインツの周囲の人間が手伝うこと前提で」

 イザベラが顔を顰めながら言う、経験者は語るというやつだ。


 「全く、ほんとに化け物だよあの人は、何であんなのがこの世に生まれてきちゃったんだろうって思うぐらいにな。しかもその能力を俺をこき使うことに費やしやがるからな、もうちょっと他のことに使ってほしいもんだ」


 あれは悪魔だ。


 「でも、陛下だって働いてないわけじゃないんですよね。あの『ゲート』を始めとして色んな虚無魔法を付与したマジックアイテムを研究してるとか、確か“虚無研究所”でしたっけ」

 マルコが訊ねてくる。


 「ああ、シェフィールドの技術開発局と連携しながら運営されてるな。もっとも、人員は陛下とシェフィールドとそのガーゴイルだけなんだが」


 「ミョズニト二ルン謹製のガーゴイルでしたっけ、なんと自律思考機能を備えているらしいっすけど、それってインテリジェンスウェポンの応用なんですかね?」


 「まだインテリジェンスウェポンとまでいってないそうだが、それを目指して研究してるらしい。、そして陛下は虚無魔法と連動してルーン研究をやってるそうだ」


 「ルーン研究?」

 今度はイザベラが聞いてきた。


 「ああ、使い魔に刻まれる様々なルーンだがこれとて元は始祖ブリミルが開発したものだろ、なら同じ虚無の使い手である陛下に刻めない道理はない。まだ試行錯誤段階らしいが最終的には“ガンダールヴ”、“ヴィンダールヴ”、“ミョズニト二ルン”に匹敵するルーン使い(ルーンマスター)を量産するつもりらしい」


 「はあ、壮大な計画ですねえ、しかもミョズニト二ルンはミョズニト二ルンで先住魔法の研究もやってるんですよね。何か技術がとんでもない速度で進歩してますね」


 「それを簡単にやっちまう陛下はホントにものすげえな」

 二人共感心している。


 「そう、そのもの凄い頭脳が俺を虐めることに最大限に発揮されてるんだ、悪夢以外の何ものでもない。もっとも、流石に陛下といえど俺が推薦した若い貴族がどれほどの実力かは実際に使ってみないと判らなかったから、九大卿を任命してからは俺の仕事も少しは役に立った」


 「つまり、その九大卿の有能さがあの人の予想以上だったわけね、よくそんな人材が見つかったわね」


 「いや、これはある程度予想していた」

 俺はそう告げる。


 「どういうことっすか?」

 ヨアヒムが疑問符を浮かべる、他二人も同じようだ。


 「簡単に言うと時代の流れってやつか、6000年間現れなかった虚無の使い手が現れた。まあ実はいたのかもしれんが、歴史に記されていないってことはいなかったのと同義だ。しかもガリアだけじゃない、アルビオンやロマリアでもそれが確認されている」


 ガリアは陛下、アルビオンはティファニア、ロマリアはおそらく教皇、そうでもなければあの若さで教皇になれるはずがない。トリステインはまだ調査中だが見つけるのは時間の問題だろう。


 「つまり今歴史が動いている。6000年間なかった新たな流れが出来ている、こういう時代にはどういうわけか若くて有能でしかも型破りな奴らが大量に登場するんだ、まるで6000年間の停滞の帳尻を合わせるようにな」


 日本で言うなら戦国時代や幕末がいい例、織田信長や坂本竜馬など数えきれないほどの実力者達が一つの時代に生まれた。

 彼らがいたから時代が動いたのか、時代が動いたから彼らのような者が生まれたのか、それは分からないが今のハルケギニアはそういう時代になっている。


 「お前達にしてもそうだ。16歳、15歳、14歳の子供が国家の裏組織の頂点にいる、普通に考えれば異常だ。そして何より『影の騎士団』、あいつらが俺に確信を与えてくれた」


 「あいつらがかい?」


 「お前達や陛下と違ってあいつらは壮絶な過去や家庭事情があるわけじゃない。普通の下級貴族で普通に育っただけ、にもかかわらず国家に弾かれかねんほどの異常な能力と思想を持っている。あんなのが同年代にまとまって生まれたという事実こそが、今が歴史の変わり目だということを示している。いってみれば時代の寵児達ってやつかな、で、あいつらは軍事専門家だから、当然政治専門家も生まれているはずだと思って探してみたら当たりだった」


 なんとなくだが確信めいたものがあった、こういう今を俯瞰するという見方はあの闇の老人が言っていたことだがやってみると本当に色んな事が見えてくる。


 「その人達が九大卿なんですか」

 マルコが問う。


 「ああ、一目見ただけで違うってのが分かった。『心眼』で視るともの凄い輝きを放っていた、流石にオルレアン公には少々劣ったがな」


 内務卿 ・・・ エクトール・ビアンシォッティ   38歳

 法務卿 ・・・ ニコラ・ジェディオン       33歳

 外務卿 ・・・ イザーク・ド・バンスラード    24歳

 財務卿 ・・・ ジェローム・カルコピノ      29歳

 国土卿 ・・・ アルマン・ド・ロアン       29歳

 職務卿 ・・・ ヴィクトリアン・サルドゥー    31歳

 軍務卿 ・・・ アルベール・ド・ロスタン     32歳

 保安卿 ・・・ アルフレッド・ド・ミュッセ    28歳

 学務卿 ・・・ ギヨーム・ボートリュー      27歳



 これがその9人。『影の騎士団』に比べると年齢が上だが政治を担うならばこれでも若すぎるくらいである。


 「なるほど、そんなのが9人も生まれてくるなんて確かに普通じゃないわね。さしずめ『影の騎士団』の行政版ってとこかしら」

 イザベラが感心しながら言う。


 「確かに、あの人達は暗黒街を制圧した魔人、言ってみれば戦争の申し子、俺やマルコなんかじゃ絶対勝てないって肌で分かりましたから」

 こいつらは暗黒街出身者の中でも一番『影の騎士団』メンバーとの関係が深い、それ故にやつらの異常性が感じ取れるんだろう。


 「あれ、だとしたらハインツ様は何なんですか?」

 マルコが素朴な疑問を述べる。

 
「俺か、俺はそういう面白そうな連中が実力を思う存分発揮できるように環境を整える役だ。ブリミル教みたいのが社会にはびこってると土壌を腐らせ、そういう若い芽が上手く育たないどころか枯死させることすらある。だから俺はそういう老廃物を悉く排除する、絶対そのほうが面白いからな」


 地球でも革新的過ぎたがために古い老廃物に殺された者達はいくらでもいる。だからこそ俺はここにいる。俺はそもそもこの世界のイレギュラーだ、だから俺はこの世界に縛られない、いくらでも壊すことができる。その上に新しいものを作るのは九大卿やイザベラやこいつらのような者達に任せた方がいい。


 「あ、それ分かるな、爺がいつまでも居座ってるよりゃ俺達若者で決めた方が絶対面白いに決まってるし」


 「確かにそうです、老人はいっつも慣習だのに囚われて頭が固いから」


 「まあ、その点については全面的に賛同するわ」

 3人からそれぞれの答えが返ってきた。



 「古い伝統やらが俺達に何か利益をもたらしたことは一度も無いんだから、俺達がそれを守る義理はない。せいぜい派手にぶっこわしてやろうと思う、当然、無関係の平民には被害が出ないようにしてその被害は貴族のむかつく野郎に集中するようにした上でだ」


 「ハインツ様らしいですね」


 「当然平民の被害をゼロにするのは不可能だ。だがしかし、最低でも現状の体制を維持することで虐げられる平民の数よりは少なくする。勝利条件は半分以下、目指すは10分の1ってとこか」


 ここはポイントだ。


 「この国の統治構造とか伝統とか宗教とかそれらを全部ぶっこわして新しいものを作るってのに、その際にどうしても出る平民の被害を現状の体制を続けることで馬鹿貴族とかに虐げられる平民の10分の1にするんすか、滅茶苦茶というか傲慢というか理想家というか」

 ヨアヒムが呆れている。


 「当然だ、どうせやるなら目標はでかい方がいい、助けたいやつは助け、気に入らない奴はぶっ飛ばす、昔から変わらない俺の行動理念だから今更変える必要もない。現実的に考えて無理とかいうならその現実をぶっこわしてやればいい、というかその現実を陛下にぶっこわされたせいで俺は過労死寸前になった」


 あの悪魔は俺をこき使うために物理法則まで歪めやがった。

 あの『ゲート』によって俺は本来ありえないヴァランス領総督と宮廷監督官を兼任させられている。


 「あ~」

 「そういえばそうでしたね」

 「経験者が言うと説得力があるわ」


 納得する3人。



 「とまあ、あの悪魔にこき使われてはいるが俺自身がやりたいことと一致してるのも確かでな、あの悪魔はそこまで計算してるんだろうが、仕事量の多さ以外は特に不満はないしな、ってそういえばそろそろ出発しなきゃまずいか」

 別の案件もあったんだった。


 「今度は先住種族への協力要請でしたっけ?」

 ヨアヒムが聞いてくる。


 「ああ、シェフィールドの技術開発局が本格的になってきたからそろそろ先住魔法の講師が必要になってきた。特に「風」の翼人、「土」のコボルト・シャーマン、「水」の水中人、「火」のリザードマンはかかせないな、欲を言えば吸血鬼とか韻竜とかエルフも招きたいとこだが機会があればの話になるな」


 「完全に異端研究ですね。ロマリアが知ったら戦争になりそうです」

 と、マルコ。


 「そんときゃ軍事力で黙らせるまでよ、国力差で20倍近く離れてるんだから勝負にもならないわ」

 と、イザベラ。


 「まあそうだが、悪いが留守を頼むぞ」


 現在北花壇騎士団の運営は団長のイザベラにほぼ任せており、フェンサーの統括はヨアヒムに、俺の事務仕事はマルコに任せている。

 今はまだ谷の時期なので俺がいなくても特に問題はないはずだ。


 「了解、つーか俺も用事あったんだった」

 と言いつつ駆けだすヨアヒム。


 「机仕事は任せて下さい」

 礼儀正しく見送ってくれるマルコ。


 「行ってらっしゃい、過労死だけはすんじゃないわよ」

 一応労ってくれるイザベラ。





 そして俺はランドローバルに乗り、ガリア各地に住む先住の民の住処へと向かった。












■■■   side:イザベラ   ■■■





 そして私とマルコが残される。


 「ふう、相変わらず忙しそうねあいつは」


 私はマルコに尋ねるようにつぶやく。


 「そうですね、でもハインツ様は楽しそうですよ、とゆーかあの方はどんな時でも楽しそうです」


 「そうね、信じられないことだけど」


 父上にも一応人間の心が残っていたようで、オルレアン公派大粛清の後は私に仕事を押し付けてくるようなことはなく、私は現在団長としての仕事に専念出来ている。


 といっても忙しくないわけじゃな。、治安はひとまず落ち着いているが、宮廷に吹き荒れる改革の嵐によって貴族達が動揺している。特に中央から外された封建貴族達の動向には注意が必要であり、今は宮廷貴族に集中しているハインツの代わりに私がそっちの対処をしなければならない。

 そういうわけで最近では私はプチ・トロワにおらず、この本部で生活している。

 まあ、ずっと地下にいるのも嫌なので『フェイス・チェンジ』が付与されたネックレスを着けて外出することもある。

 このリュティスは治安がいいし、夜になると出てくる物騒な連中の元締めが私だ。1ブロックも走ればどこかに北花壇騎士団の構成員がいるので私が持つカードがあれば問題はない。


 プチ・トロワには技術開発局が開発した新型スキルニルを置いてあり、「土石」の高純度な結晶を利用し何年も連続で使用できる上、年もとるという優れもの。

 その上簡単な性格設定までできるらしく、「わがままで世間知らずのお姫様」という実に分かりやすい設定となっている。

 それにはハインツが見つけたという6000年の闇の知識というのが応用されているのだろう、彼は詳しく私に語らなかったが、その事実こそが碌でもなくおぞましい研究であったということを示している。


 彼が「私が知る必要は無い」と判断している以上、私も詮索するつもりはない、まあ、死体を材料にした私の身代り人形が、私として扱われているというのは正直どうかと思うが深く考えないことにする。



 そういうわけで客観的に見たら我儘で自堕落な王女イザベラと、王家にこき使われる可哀そうなシャルロットに見えるんでしょうけど、絶対あの子より私の方が働いているという自信はある。まあ、私が姉なんだから当然と言えば当然なんだけど。




 でも、そんな私とでも比べ物にならないほどあいつは働いている。

 一体いつ寝ているのか分からないほど飛び回っており、ヴェルサルテイル、暗黒街、ヴァランス領の3箇所を一日に何度も行き来するような生活だ。(それを可能にしたのは父上の『ゲート』)

 あいつはそんな生活に愚痴は言っても疲れた表情を見せない上、少しでも時間が空けばさっきみたいに本部に戻ってきて副団長としての職務を果たしてい。、マルコやヨアヒムが代行していて重責に押し潰されないのはあいつがこまめに帰ってきて的確な指示を与えていくからだろう。


 父上は私にとって雲の上の怪物だが、あいつは隣にいる怪物だ。


 まったく、何で私の周りはこんなのばかりなのかしら?



 「ハインツ様は凄いんですよ、本当にどんな時でも楽しそうです、『影の騎士団』のアラン様曰く、子供と遊んでいるときの笑顔と人間をバラバラにする時の笑顔が同じだとか」


 「何でそんな危険人物に子供は懐くのかしらね?」

 本当に謎だ。


 「多分、本能的に分かるんですよ。この人は絶対に僕達を傷つけない、どんな時でも守ってくれるって、子供というのはそういうのにとても敏感ですから」


 それもあいつが変わってる点だ。


 「そうなのよね、あいつ千人以上は余裕で殺してるけど、無力な女子供とかは絶対に殺さないし犠牲にもしないのよね、嫉妬のあげく若い娘を殺すような女とかだったら笑いながら虫蔵に放り込むくせに」

 そしてその女は哀れ生きたまま幼虫に喰われる。

 私も一度見たが三日間は食欲が無くなりそうな光景だった。

 あいつはワイン片手に高笑いしていたが。


 「でも、ハインツ様は無駄なことはしませんよ。一人を見せしめに殺して他の恭順を促すのは古くからの常套手段ですから、宮廷でも同じ手法を使ってましたし」


 「宮廷? そういえばそっちの報告は聞いてなかったわね、あいつはどうやって改革に反対する貴族を抑えたの?」

 私はここしばらく封建貴族の動向と各地の治安維持に専念していたのでそっちはマルコに任せきりになっていた。フェンサーの統括をやってるヨアヒムも似たようなものだろうけど。

 私の仕事はファインダーの統括であってフェンサーは本来ハインツの管轄。私が団長になってからはハインツが忙しいから手伝っているが、やはり実動部隊故にその指揮は実際に動けるヨアヒムの方が向いている。


 「ああ、そういえば言ってませんでしたっけ。ええと、イザベラ様はどこまでご存知ですか?」

 マルコが聞いてくる。


 「そうね、大まかなとこは知ってるしあいつが“悪魔公”とか呼ばれてるのも知ってるわ。でも、その由来とか実際あいつが何をやったかとかはあまり知らないわね」


 「そうですか、簡単に言うと3つの事件があってそれ以来ハインツ様に逆らう宮廷貴族はいなくなったっていうことなんですけど、その手口が凄まじかったので“悪魔公”と呼ばれるようになったそうです」


 「3つの事件ね、私が知らないってことは封建貴族も知らないってこと?」

 封建貴族の監視をしていた私が知らないということはそうなる。


 「多分そうですね、それどころかリュティスの市民も知らないと思います。宮廷に仕える貴族なら知ってると思いますけど、これが噂として広まるにはもう少し時間がかかるかと」


 「へえ、で、何をやったのあいつ?」

 碌でもないことだというのは分かるが。


 「まず最初は公開処刑です。ウェリン公とカンペール公が陛下の勅命で火あぶりの刑となってその処刑人がハインツ様となったのはご存知ですよね」


 「それはね、貴族達への見せしめとしてヴェルサルテイル内の広場で行われたのよね。それは別段珍しくも無いけど処刑人が公爵というのは異例のことね」


 その時私は行かなかった、というかそんな光景を第一王女に見せようとする王家は無い。


 「はい、その異例さも手伝って処刑当日には多くの貴族が集まりました、元々派閥争いとかには敏感な人達ですからこの処刑には何かがあると予感したんでしょうね」


 それはわかる。


 「で、そこで何かやらかしたわけね」


 「ええ、僕とヨアヒムも万が一に備えて警備兵として待機していたんですけど、それはもうどの貴族も想像しなかったことをなさりました」






■■■   マルコの回想   ■■■







 「諸君、本日集まってもらったのは他でもない、王に反逆を企てた愚かものをここに抹殺し諸君らに君臣の自覚を促すためである」


 処刑場の中心にハインツ様が立ち、演説をしている。その両隣には『錬金』で作られたのであろう金属製の2メイルほどの十字架とそこに貼り付けにされたカンペール公とウェリン公がおり、その周囲には木の束が積まれ油がかけられている。


 「私の名はハインツ・ギュスター・ヴァランス。この処刑における陛下の代理人であり、同時にこの処刑におけるあらゆる特権を与えられている」


 この言葉に周囲の貴族にざわめきが走る。


 「つまり、この二人を処刑するも、恩赦を与えて釈放するも全て私に一任されているということである」

 ざわめきはさらに広まる。


 「既にこの二人は高等法院において死刑が確定されている。しかし、およそ人の世界において過ちを犯さない人間などいない、高等法院の参事官といえど例外ではない、そこで彼らに最後の審問を行おうと思う」


 ハインツ様は二人に問いかける。


 「貴公らは王への反逆を試みたということとなっているが、それは真か否か?」


 二人は懇願する。


 「反逆などとんでもございません! それは私共を陥れようとする者達の陰謀でございます!!」

 「左様! 我々は長年このガリアを支えてきた忠臣でございます、ガリア王家には多大な恩こそあれ恨む動機はございません! そんな我等がなぜ謀叛など企みましょうや!!」


 ウェリン公とカンペール公は同時に無実を訴える。


 「やれやれ、貴族の誇りすら失うようでは最低だぞ貴公ら、同じ六大公爵の一人として恥ずかしい。例え私が王の代理人だとしても貴公らよりは若輩であることは変わらない、そんな小僧にそのように懇願するなど恥だとは思わぬのか?」


 ハインツ様は呆れはてながら溜め息をつく。

 「ぐぐぐ・・・」

 「むうぅ・・・」


 「それに、貴公らは無罪だと言うがこのように証拠は上がっておるのだ。見よ、この書類には貴公らの印が確かに押されておる、これをどう説明する?」


 「それは偽物です! 我々はそのようなものを書いた覚えはありませぬ!!

 「我等を貶めようとする者が作り上げたものに違いありませぬ!!」


 これまた同時に言う。


 「ふむ、そのようなことを疑い出したのでは永遠に結論は出ぬ、可能性というものはいくらでもあるのだからな。よし、ここは運命とやらに決めてもらおうではないか」

 ズバッ

 そう言ってハインツ様は剣を抜き、二人の縄だけを切り裂く。


 「貴公らの杖だ、受け取れ」

 呆然としている二人にそれぞれの杖を投げ渡す。


 「貴公らにはこれから私と戦ってもらう。無論2対1で構わん、貴公らが勝てばそれは貴公らが今日ここで死ぬ運命ではないということ、私が勝てば今日ここで死ぬ運命だったということ、実に簡単であろう?」


 周囲の貴族達にもどよめきが起こる。


 「周囲の者らは安心せよ、我が近衛隊が守る故心配はいらぬ。そして貴公らに忠告しておく、『フライ』などで逃亡を図らぬことだ、それは周囲の近衛騎士だけでなく上空の竜騎兵をも敵に回すことになる。杖は貴族の象徴であり魔法は始祖より授かった神の御業なのだろう、ならばそれを使って自分の運命ぐらい切り開いて見せよ」


 「……」

 「……」

 杖を握りただ突っ立っている二人。


 「やれやれ、本当に腰抜けだな貴様らは。よし、ではハンデとして俺は一切の魔法を使わない、剣のみで相手してやる。それでもまだ怖いか?」


 「我等を侮辱するのも大概にせよ小僧が!!」

 「焼き殺してくれる!!」

 そう叫んで魔法を唱え出す二人。


 「はーはっはっはっは! せいぜいあがくがいい虫けら共! ゴミが粋がったところで何の意味もないということを教えてくれる!!」

 そう叫んで剣を構えるハインツ様。


 そして戦いという名の処刑が始まった。






■■■   side:イザベラ   ■■■






 「とまあそういうわけなんですが、どうなったかは分かりますよね」


 「そりゃ、ハインツが勝ったんでしょ」

 そんなものは聞くまでもない。


 「そうです。何せ『影の騎士団』の皆様は、たった7人で暗黒街を掌握した方々です。それはまさしく百戦錬磨、実戦経験がない貴族ごときでは相手になりません」


 「確かカンペール公は「火のトライアングル」、ウェリン公は「風のトライアングル」だったはずだけど」


 それに魔法無しで勝つとはあいつはどんな化け物なんだか。


 「確かにそうですけど所詮は血統に頼っただけの宝の持ち腐れ、いくら魔法が使えてもそれを相手に当てられなければ意味がありませんし、彼らの魔法はド下手糞でどこ狙ってるのか一瞬で分かるうえ詠唱も凄く遅いんです。あんなのが相手なら僕でも魔法無しで勝てますね」


 「そんなに弱かったの?」


 「はい、魔法が使えるかどうかと戦闘技能者であることは完全に別物です。ましてハインツ様は一流ですし持ってる剣も普通のモノではありませんでしたから、何と火を切り裂いたんですよ」


 「火を切り裂いた?」


 「はい、何でも刀とかいうそうで、ハインツ様の前世の世界から流れ着いたものだとか」


 前世、そういえばそうだった。


 「そういやあいつの前世は別の世界の人間だったって言ってたわね、そこの武器ってことね」



 いつだったかハインツが言っていた、自分には前世の記憶があってその時は別の世界の人間だったと。


 それを聞いた時は驚くというよりむしろ納得した、あいつの異常さはそうでもなければ説明できないものだった。

 しかし、その旨をあいつに言うと否定が返ってきた。


 曰く。


 「俺の異常さをそのせいにしたら地球人に失礼だ。俺は向こうの世界でも異常者だった、そこのところは忘れないでくれ」

 だそうだ。


 それも納得、もしあいつみたいのばっかりな世界があったらそんなの考えたくもない。


 まあ、あいつが使う正体不明の毒はどうやらそこのモノらしく、その辺の謎は解けたが後は特に変わるとこはなかった。


 あいつの前世がなんであれ、あいつが常人には理解できない異常者であるという事実は変わりなく、あいつの本性を知る人間でそんなのを気にする者は皆無だった。


 「はい、ハインツ様は前世で刀の扱い方を学んだそうでして、刀というのは本来切る専門の剣であり、切れ味は他を圧倒しますが耐久性はほとんど無く、数人切ると刀身に脂がまわりナマクラになるそうです」


 「実用品を好むあいつにしちゃ変わった選択ね」

 あいつなら何度でも殺せる剣を好みそうなものだが。


 「ですが、それは魔法というものが無い“チキュウ”という世界での話だそうでして、『硬化』で耐久度を上げ、『固定化』で血による腐食などを全て防ぐことで最強の接近戦武装になったとか。そしてハインツ様が学んでいた剣術に実戦経験を加えてより人を上手く殺すための技術として昇華させたと」


 「とんでもない昇華もあったものね」

 例え異世界の技術だろうとあいつにかかれば何でも殺しに応用されるわね。


 「そのために何百人も切ったと言ってました。まだ副団長になる前に幻獣退治や吸血鬼退治の任務とかで遠出した際に、他の村の住民から盗賊退治などを引き受けて悉くバラバラにしたとか、他の魔法との効率的な組み合わせとかも色々試してみたのでもう何人殺したかは覚えていないそうですが。でも、ちゃんと殺す相手は選んでいたそうです、あくまでハインツ様の基準だそうですが」


 「その剣はもう呪われてるんじゃないかしら?」

 そこまで殺せば怨念の一つや二つ平気で宿るだろう。



 「ハインツ様の『心眼』で視たところもう立派に呪われてるそうです、不用意に持つと人を切りたくなるとか。でも、そのかわり魔法とか本来切れないようなものを切れるようになったとか、“チキュウ”で言うところの“ツクモガミ”という考え方に似ているそうですが僕にはよく分かりません」


 多分それは理解しない方がいいものだと思う。


 「はあ、あいつはよくそんなものを愛剣にするわね、どういう神経してるのかしら?」


 「さあ、それは何とも。でも人体実験と解剖が趣味だとおっしゃってましたから、そう医療関係から離れていないんじゃないですかね、治療の際にもよく一度切ってますし、向こうの医術では当たり前だそうです」


 「仮にそうだとしても向こうでもあいつが異常者だったのは間違いないわ、私も何度か異世界の話は聞いたけど、何より信じられないのが」


 そう、これだけは信じられなかった。


 「ハインツ様に奥さんがいて平凡で幸せな生活をして、そして平凡な幸せに包まれたまま生涯を終えたって話ですね」


 「そうよ、あのハインツよ、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“毒殺”、“粛清”、“死神”、あらゆる負の称号を冠したあの男よ、それを愛した女性がいるのも凄いけど、あいつがその女性を愛したというのが一番信じられないわ」


 いったいどんな女性だったのか、聖母とはそういう人をいうのではなかろうか。


 「ハインツ様は言ってました。俺が平凡な人生を送って平凡な幸せに包まれて人生を終えたのが最大の奇蹟だと、全てその人のおかげだと、愛は偉大なりと」


 愛は偉大なり、か、確かにその話を聞くと本当にそう思う。


 「でまあ、前世はそうだったけどどういうわけか二回目の人生があったから、今回は自分の本質に沿って生きてみた結果現在の自分がいるとか言ってたわね。そんな悪魔公が処刑の責任者になった以上、その処刑も首切られて終わり、というわけじゃないんでしょ」


 あいつがその程度で終わらせるはずが無い。


 「そうです、まだ続きがあるというかここからが本番というか」








■■■   マルコの回想   ■■■



 ズバッ

 グシャ


 二人の貴族はハインツ様に杖を切られ蹴りを入れられ、さらに今踏みつけられている。


 「くくく、はーはっはっはっはっは!! どうしたどうしたこの程度か、話にならん、全く持って話にならん。ああ、雑魚とは貴様らのことをいうのだな、たかが剣一本を持った17歳の小僧にすら手も足も出んとは、滑稽だ、非常に滑稽だ、はーはっはっは!!」

 ゲシッ

 ゲシッ

 ゲシッ


 なおも蹴りを入れ続けるハインツ様。


 「だ、助げ、ごぶっ」

 「ゆ、許し、げぶっ」



 「おい、誰が貴様らごとき蛆虫にしゃべっていいと言った。お前らはゴミなのだ、ならば焼却処分が末路というものだろう」


 そして杖を取り出して二人に『レビテーション』をかけ十字架に貼り付けにすると、『蜘蛛の糸』という魔法の縄で縛りあげ、『発火』をかける。


 二人は火あぶりにされ耳を塞ぎたくなる絶叫と肉の焦げる匂いが立ち込める。


 貴族の誰もが目の前の惨事から顔を背けていると、高笑いが響き渡った。


 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! 喚け! あがけ! 醜態をさらせ! ゴミの末路とはこのようなものであると満天下に知らしめよ! いやいや、わざわざ焼いてやっただけでも慈悲深いというべきか、本来なら野犬にでも喰わせるところだからな。いや、それも衛生面で問題があるな、ゴミが散らかっては面倒だ、やはりこれが正しいか、くくく、はーっはっはっは!!」


 と、火あぶりを直視しながら嘲笑を続けるハインツ様、周囲の貴族はそんなハインツ様を恐ろしいもの見るように眺めている。



 そして最後にこの場の全貴族を震え上がらせる一言を告げた。




 「さて、次は誰をどのように殺そうか」








■■■   side:イザベラ   ■■■




 「と、そういうことです」


 「悪魔ね」


 私は断言する、そりゃあ悪魔公なんて物騒な渾名がついて当然だ。

 というか普通そこまでやるかしら?


 「それ以来宮廷でハインツ様に逆らう者はほとんどいなくなり、陰口をする者もいなくなったとか」


 「そりゃそうでしょ」

 誰がそんな血も涙もない危険人物の陰口などするか、そんな命知らずはおるまい。


 「ですがそれは処刑を見てた貴族のみの話で、実際に見ていなかった者達にとっては眉唾だったモノらしく、中にはハインツ様に反抗する者もいたそうです。まあ、全員がもと中立派で自分の決断力のなさから出世できなかった奴らのひがみなんですけど、しかも平均年齢が50歳以上」


 「そんなものかしら」

 私はハインツの本性を知っているからあいつがそういうことを平然とやるということが分かる。

 でも17歳の“ヴァランス公”しか知らない貴族にとってはそうでもないということね、何しろあいつ外見だけなら優しそうだし。

 50を過ぎても中々出世できない奴らにとってみれば許せない若造でしょうね。



 「そこで第2の事件が起こりました。その逆らった貴族達が全員謎の病気に罹って出仕できなくなり、そして彼らの代行として若くて有能な貴族が抜擢されます」


 「一応聞くけどその病気の正体は」


 「病原体をハインツ・ギュスター・ヴァランス、特効薬をハインツ・ギュスター・ヴァランスというそうです。大体5年くらいしたら治してやるとは言ってました」


 「やっぱね」


 「病気自体は無いも同然なんですけど、ハインツ様がヴェルサルテイルの花壇中に植えたある花の花粉と接触すると“あれるぎー反応”というのが出るそうで、もの凄い眩暈に襲われるんです。というわけで自分の屋敷やリュティスで過ごす分には何の問題もないんですけどヴェルサルテイルに参内することだけは出来なくなるんです」


 「もの凄い悪辣ね」

 本人にとってはまるで呪いでも受けてる気分になるだろう。


 「とまあそういうわけで、ハインツ様に逆らう奴等はいなくなって改革がどんどん進められました。一応建前は全部王の勅令ということになってますけど、宮廷内の雰囲気はどう見てもハインツ様の独裁体制だと。、まあ、九大卿を推薦したのがハインツ様ですからそうなってしかりですけど」


 「肩書はあくまで宮廷監督官、王の近衛騎士隊長、そしてヴァランス領総督、宰相でもなければ大臣でもない、だけど裏では王を操り自分の思いのままに人事を決めている。他人から見るとそんな感じね」


 まさか実際は王にこき使われている奴隷だとは思うまい。


 「おまけに公爵で王位継承権第二位ですからね、周りからはそういう風にしか見えませんね、事実は物語より奇なりです」


 ここまでくると茶番劇にしか見えない。


 「ですがまあ、そんな独裁体制が面白くない輩もいるわけで、しかも政争と簒奪が華のガリア王宮では当然です。とはいえ直接あの“悪魔公”に手出しするのは恐ろしい、というわけで九大卿を狙った奴らがいたんです」


 「ああ、それなら知ってるわ、一時期ハインツからフェンサーを九大卿の護衛に回してくれって要請が来たから」


 「彼らにとっては万全の計画だったのでしょうけど、何せ相手は北花壇騎士団副団長、しかも今や6000年の闇の継承者、あらゆる手段と情報網を駆使してあっさりとその陰謀を潰しました」


 「ひょっとして自分で動いたのかしら?」

 だとしたらその貴族達はご愁傷様だ、相手が悪すぎる。


 「はい、その貴族達は暗殺者を雇って内務卿のエクトール・ビアンシォッティ様を殺そうとしたんですけど、ハインツ様が先手を打ってその暗殺者を捕らえたんです。そしてあらゆる手段を用いて彼から雇い主やその背後関係を全て吐かせたそうです、詳しい尋問方法は聞くなと言ってました」


 「その方法は聞かない方が精神衛生上良さそうね」

 あいつのことだから一体何をやったのか、恐喝、拷問、人質、自白剤、いざとなったら何でもやる男だ。



 「それでその貴族達8人が翌々日あたりに宮廷のハインツ様の部屋に呼ばれた訳です」


 「処刑台に上がる気分だったでしょうね」

 悪魔公の部屋に全員が呼ばれる理由など一つしかあるまい。


 「ですがそこには普通の食事が用意されていました」


 「毒でも盛ったの?」

 その貴族達もその発想に至っただろう。


 「いえ、もっと効果的な方法でして、彼らが席に着くと特別料理が運ばれてきたんです」


 「特別料理?」

 もの凄く嫌な予感がする。


 「イザベラ様が予想されてる通りの代物です。例の暗殺者の生首が部屋の中央に置かれ、それぞれの卓には人肉、内臓、手足などがふんだんに使われた特別料理が運ばれてきました、ハインツ様自らが腕によりをかけてお作りになられた逸品です」


 「そりゃそんなもん作れる異常者はあいつくらいでしょうよ」

 相変わらず前向きに明るく狂ってるようね。


 「でもそれを運ぶことになったメイドの子がかわいそうなので、ちゃんとガーゴイルに運ばせたそうですよ」


 「何でそういうとこには気が利くのかしら」

 そういうこまめな配慮は忘れないのよね。


 「で、その貴族達には忠誠の証としてその料理を食べろということでして、嫌なら官職を辞して去れと、全員辞めたそうですけど」


 「そりゃそうでしょうね」

 そんな場所で働きたいなどと誰も思うまい、逆に一刻も早くその悪魔の下から逃げたかったことだろう。



 「まあ、嘘なんですけど」


 「嘘かい!!」

 思わず叫ぶ。


 「いえ、あったことは本当なんですけど、その貴族達は完全にハインツ様にしてやられたわけでして」


 「どういうこと?」

 一体何が嘘なのか。


 「つまりですね、その特別料理が載っていた台がただの台じゃなくて、技術開発局の虚無研究所が新たに開発したマジックアイテムでして、『幻影(イリュージョン)』を付与した装置の試作品だそうです」


 「『幻影』っていえば、無いものを有るように見せたり有るものを無いように見せたりする魔法よね。“不可視のマント”とかに利用されてるとか」

 応用性が非常に高そうな魔法ではあるわね。


 「はい、最終的には戦列艦を丸ごと覆う『幻影』を発生させる装置を作って、さらに『サイレント』を発生する装置と併用することで透明で索敵不可能な艦隊を作るのが目標だそうです。それを『フェイス・チェンジ』のように微妙に変化させて見せることも可能らしくて、その試作品を今回は借りてきたそうです」


 なるほど、そういうことなら想像はつく。


 「つまり、ただの料理をその装置の上に置いて『幻影』を発生させて人体を使った料理に見せたわけね、ハインツが自分で暗殺者の体を材料に使ったと宣言することと“悪魔公”という異名がそれに真実味を与える」


 実にあいつらしい人を小馬鹿にしたような手段ね。


 「実際にはただの料理ではなく、鳥を煮たり焼いたりせず生のままバラシタという代物でして、中央の首は牛の首です、そしてその暗殺者はこの前フェンサーになった91号のことですよ」


 「血と肉があったのは確かなわけね。でも普段自分で料理する平民ならともかく、貴族がそんな匂いの違いに気付けるはずがない。皮肉な罠ね、猟師や料理人といった普段貴族が気にも留めない平民なら気付けるのに、貴族だけは絶対に気付けない罠」

 ついでにその暗殺者を勧誘するという徹底ぶり、万が一にもその暗殺者が生きてることが彼らに伝わることはない。


 「そうです、平民なら降臨祭のときに御馳走を作るため鳥を殺して料理したりしますし、農村部なら腸を使った血のソーセージなども普通に作ってます。この装置は視覚しか誤魔化せないので匂いや味は当然そのままですから、平民だったらちょっと違和感を感じて触ったり舐めてみれば一発で気付きます。ですが、調理された料理しか見たことが無い貴族様には永遠に気付けません。そして彼らは料理を口にすることなく宮廷を去りました」


 「本当になんて茶番劇かしら、よくあいつもこんな真似考えるものね」

 どこまで悪知恵が働くのかしら。


 「それで3つ目の事件が終わりまして、現在ではハインツ様はおろか九大卿に文句を言う者もおりません、ヴァランス公独裁体制は一気に加速中です」

 マルコが締めくくる。


 でもちょっと待って。


 「話を総合すると、結局ハインツが殺したのって王から勅命で処刑を命令された二人だけよね、しかもその二人は裏で様々な不正を行ってた上、自領の平民を結構虐げてたそうだし」


 「美しい少女を勝手に屋敷に連れ帰って手籠にするのは当たり前。逆らった場合は家ごと焼いたりもしていたそうだすし、それを考えれば当然の報いというものですね。むしろそいつらがハインツ様に散々痛めつけられた挙句火あぶりというのも凄い皮肉、いえ、それを狙ったんでしょうね」


 残念ながら貴族領は各貴族の自治権が認められている、故に領主がどんなことをやっても平民からの訴えが無い限り王政府は手を出せない。

 無論そんなやつらに制裁を加えるための北花壇騎士団ではあるのだが、伯爵くらいまでならどうにもなるが侯爵となると少々厳しく、公爵ともなればなかなかそうはいかず六大公爵家ともなれば公国ともいえる存在だ、北花壇騎士団といえども簡単には手だしできない。


 しかしそれは過去の話、オルレアン公派大粛清以降、王政府と封建貴族の力関係は大きく変わり今なら公爵だろうと問答無用で粛清できる。流石に残りのベルフォール家とサルマーン家ならそうはいかないが彼らとてそう好き勝手にはできない。



 「だからハインツはあの二人に全く容赦なかったわけね、そして後は誰も死んでないからハインツはほとんど血を流さずに脅しとちょっとした毒とペテンだけで独裁体制を布いたわけね」

 そんな回りくどい真似をするから過労死寸前になるのに、あいつが抱えている仕事はここだけじゃないんだから。


 でも、絶対にそこで妥協はしない、自分が頑張ることで犠牲者無しで済ませられるなら、あらゆる手段を使いあらゆる努力を惜しまない、それがハインツ・ギュスター・ヴァランスという男なのよね。



 「ハインツ様はよく陛下を化け物だと言いますけど、僕から見たらハインツ様も十分化け物だと思いますよ」

 とマルコは言う。


 そういえば、前からこいつに聞きたいことがあったのよね。


 「ねえマルコ、あんたがハインツを尊敬してるのは何でなの?」


 「尊敬ですか?」

 首を傾げて聞き返してくる、その顔は少しかわいい。


 「そう、北花壇騎士団本部の奴等は私を含めてあいつを気に入ってるけど、あんたとヨアヒムはそれだけじゃなくて尊敬とか憧れとかそういう感情を持ってるように見え。、以前あいつに助けられたってのは知ってるけどどうもそれだけじゃない気がしてね」


 マルコとヨアヒムの態度はまるで親を慕う子供のような印象を受ける。


 「そうですね、簡単に言いますと、ハインツ様は僕らの生きる目標そのものなんです」

 マルコは誇るように答える。


 「生きる目標?」


 「そうです。少し昔語りになりますが、僕等は公爵と使用人だった母との間にできた庶子であり“忌子”です、それ故に母ともども屋敷を追放され貧民街で生きてきました。僕とヨアヒムはそこで出会って全く同じ境遇だったのですぐ打ち解け、母さん同士も仲が良くてどんなことでも助けあっていました。ありていに言えば貧しくても心は温かかったと言うやつです」


 それは知ってるけど改めて聞くと凄い話ね、まあ、私達王族もある意味似たようなものだけど。


 「僕達は4人で家族だったんです。生活は大変でしたがそれでも不幸ではありませんでした、貧民街を毎日一生懸命生きていました。ですが、それはあまりにもあっけなく簡単に崩れ去りました」


 マルコの目が少し暗くなる。


 「ある日の夕方、4人で歩いているといきなり暴漢に襲われたんです、そして狭い空き地に連れてこられ母達は暴行されました、僕達はどこかに売る予定だったのか逃げられないように足を潰された後放置されました。そして夜になってやがて男達は飽きたようであっさりと母達を殺しました。そんなことは当時の貧民街では珍しいことでなく日常茶飯事で、ただ僕達の順番がきた、それだけのことでした」


 それは私には想像もできない世界、そのはずだった、でも今は違う、ハインツに会ったことで私は何も知らない王女じゃなくなった、私はそれを知っている。今では大分ましになったとはいえ暗黒街は今でもそういう危険を孕んでいる。それはとても危ういバランス。


 「そしてその後8人いた男達は僕とヨアヒムをどうするかで揉めてましたが僕達はただじっとしてました。生きる目的もなかったですし、何よりこの世に神様なんていないとその時悟りました、ブリミルが何だ、神が何だと、ありがたい恩寵とやらはどこにもありませんでした」


 でも、そこにあいつが現れた。


 「ですが、そこに一人の少年が現れ男の一人の首をいきなり切り落としました。当時たった9歳だった少年が次々と男達を襲いバラバラ死体へと変えていきました。そしてとても楽しそうな笑顔でした、まるで泥の人形をバラバラにして遊ぶ子供のように純粋で晴れやかでした。一度壊れたはずの僕とヨアヒムの心はもう一度壊れて正常に戻ったようでした」


 それはもの凄いわね。


 「何しろ僕達を襲った理不尽と暴力の塊だったはずの男達が子供の遊び道具のように簡単に壊れていくんです、あれほど滑稽なものはありませんでした。そして僕とヨアヒムは悟りました、この世に神はいないけど悪魔は間違いなくいると、そしてそれは多分こんな姿をしているのだと」


 それは的を射てる気がするわ。


 「でも、その悪魔さんが僕達にはとても優しくて、二ヶ月くらい面倒見てくれましたし、その後の身の振り方も決めてくれたりその後もたびたび様子を見に来てくれて、それに母さん達のお墓も作ってくれました。今でも僕達は月に一度お墓参りに行ってますし」


 その辺は面倒見がいいのよね。


 「だから僕達は思ったんです。ハインツ様みたいになりたいと、何もしてくれない神とブリミルではなく理不尽そのものをぶっ壊す悪魔になりたいと。誰でも平等に愛するから誰も助けない神じゃなくて、自分が気に入った人、自分が助けたい人だけを助けるそんな存在になりたいって、だからハインツ様は僕達の生きる目標そのものなんです」


 なるほどね。


 「って、長話しちゃいましたね、すみません」


 「いいのよ、元々聞いたのはこっちだし」


 「ありがとうございます、それでは僕はそろそろ部屋に戻りますね」


 「そう、何かあったら連絡頂戴」


 「了解しました」


 そしてマルコは団長の執務室を出て行った。









 しばらく私は考えていた。


 マルコの話には続きがあって、ハインツはその後6人の仲間と共に『影の騎士団』という組織を結成し、暗黒街の理不尽そのものに戦いを挑む。


 それはもの凄い戦いであり宮廷の政争とは異なる何の法則も束縛もない自由闘争、その中を彼ら7人はまるで戦争に愛されているかのように戦場を駆け抜けついに勝利した。始めた当初は11歳であり終わったのは14歳、たった7人の子供が暗黒街を掌握したのである。


 実際には様々な駆け引きがあり、暗黒街のトップである八輝星と交渉し大悪党が小悪党を抑えるという機構を確立させた。


 簡単に言えば住民を“弱者”と“強者”とその中間の“独立人”に分ける、“弱者”は“強者”の庇護下にあり、自由が無い代わりにその中では安全を保障される。

“弱者”から自由になりたい者はいつでも“独立人”になれる、しかしそれは全て自分の責任で生きていくということを意味し、油断すればあっという間に死ぬ、そして“独立人”が“弱者”に手を出すこと当然“強者”に始末されることを意味する。

“独立人”と“強者”の間に明確な差はなく、強ければいつの間にか“強者”となる、その中には『影の騎士団』に憧れて“弱者”の為に戦う者も結構いる。


 そして“強者”が“弱者”の尊厳まで奪わないように監視するのをかつては『影の騎士団』が、今では北花壇騎士団が行っている。

 もし“強者”が驕るようならフェンサーが派遣され容赦なく抹殺し、八輝星であっても“弱者”に危害を加えればハインツ自身が容赦なく抹殺に行く。

 つまり暗黒街のトップとは実質ハインツ・ギュスター・ヴァランスであり、“弱者”が身を守る言葉とは「自分はハインツの知り合いである」という言葉だ。


 これがハッタリならば良いが万が一本当だった場合ハインツ・ギュスター・ヴァランスの壮絶な報復が待っている。

 そういった際の彼の制裁は苛烈を極め、虫蔵の刑がぬるく見えるほどであり、狂うことすら許されず犠牲者たちは今もどこかで苦しみながら生かされ続けていると噂されている。


 真偽はともかく彼が暗黒街や貧民街で殺したならず者の数が千を超えるのは確実であり、力無い者達にとっては希望の星に他ならない。



 先程マルコが言っていたこともそう、神も始祖ブリミルも暗黒街や貧民街に生きる者には何も恩寵も与えない、彼らを救ったのは悪魔なのだ。



 間違っても正義の味方ではないことだけは確実である、正義の味方は虫蔵で虫に喰われる人間を見ながら高笑いはしないだろう。






 しかし彼の存在によって多くの人々が救われているのは事実であり、同時に彼によって一般的な倫理で考えれば悪人ではあるが数千人が殺されているのも事実だ。



 何とも訳が分からず、それゆえに面白い人間だ。彼はただ自分の価値観に従って自分が在りたいように生きているだけ。


 善か悪か、これほど判断に迷う人間はいないだろうし、彼にとっては全く意味が無い問題だ。


 何せ彼はロキ(道化者)、善でも悪でもないトリックスターなのだから。





 私はそんなことを考えながら残っている仕事を片付けるために資料とペンを取り出すのだった。






[12372] ガリアの闇  第十九話    反乱
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 さらに半年の時が過ぎ、俺の地獄もようやく終わりが見えてきた。


 先住種族とは対ブリミル教共同戦線という名目で同盟を結び、その友好の証として、先住魔法の講師として各種族から数人ずつ技術開発局へ招いた。

 そしてその見返りに彼らが住む土地を王家直轄領として人間の自由な立ち入りを禁止した。もっとも人間との融和も目指しているのでブリミル教をぶっ壊しガリアの人間の価値観に変化が出てきたら徐々に交流を深めていく予定ではある。


 そして今俺は別の案件にとりかかっている。






第十九話    反乱










 ガリア王国首都リュティスに存在するベルクート街、そこにある調度品全般を取り扱う店グランピアンの地下にある北花壇騎士団本部。


 例によって例のごとく、俺とイザベラで会議中。


 本日の議題はガリアの現状確認とある事件についての対策である。


 「それでハインツ、ヴァランス領の方はもう大丈夫なのね」

 イザベラが先陣を切る。


 「はい、総督代行を始めとしてその他の役員も全員任命しました。陛下が作り上げた統治システムは非常に優秀で必要な部署に適格な人材を配置すればトップが不在でも問題なく機能します」

 組織としては究極形の一つだろう、一度作ってしまえば後は勝手に機能してくれるのだから。


 「そう、でも大半の人材を一度に持っていかれたら流石に機能できないわよね、その穴を埋めるまでの間はあんたが駆けずりまわるしかなかったわけだし、つーか作った本人がそれを見越してあんたを地獄に叩き落としたんだったわ」


 あの悪魔の悪辣な手口だ。


 「そうですね、ですがその人材の補充も済んだので現状では問題ありません。もし何かあった場合は“影”を通して連絡が来ることになってます」


 「“影”の一人を置いてあるんだ、それなら大丈夫そうね。とはいえ、よくあんたあんなものを使う気になるもんだわ」


 “影”とは北花壇団騎士団内部暗殺用の粛清機関のことであり、その全てが俺が作ったホムンクルスで構成されている。

 北花壇騎士団が新体制になってからそろそろ4年近くになり組織の腐敗が始まりだす頃である。ファインダーやフェンサーの中に情報を貴族に漏らし報酬を受け取ろうとする輩も出てきた。(本部にはいない)

 そこで裏切り者を俺が粛清し、その死体をホムンクルスに改造して利用し内部用の監視人兼処刑人とした。

 つまり裏切り者が出るほど監視人と処刑人が増えていくシステムなのである。


 ホムンクルスにしても大して使い道がなさそうな者は見せしめとして“虫蔵の刑”に処したので最近では裏切り者がほとんど出なくなった。

 その結果、副団長はフェンサーとファインダーにとって恐怖の象徴となり、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“毒殺”、“粛清”、“死神”などの渾名がより広まることとなった。



 「外法ではあるけど便利なのは間違いないし、それに北花壇騎士団で裏切りを許さないのは鉄の掟、仲間を裏切る奴に俺は一切慈悲を持ち合わせませんので」


 基本的に単独行動のフェンサーに仲間意識が芽生える余地があるかは微妙だが、そこは考えないでおく。



 「とりあえずそれは置いとくとして、ヴァランス領は問題なしね。で、技術開発局も問題ないのよね」


 「こちらも大丈夫です、対ブリミル教共同戦線、またの名を“知恵持つ種族の大同盟”、他者を排除するしか能が無い野蛮な狂信者共に対抗するため全ての種族が対等な条件で同盟を結びました。一応人間が主宰ですがそれも権力を有するというより場所提供と連絡役という感じですから」


 ちなみにこれらの交渉に当たる際俺は王の代理人ということになっていた。

 公爵であり王位継承権第二位でもある俺はまさにうってつけの人材だったわけだ。


 「加盟してないのはオーク、トロール鬼、オグル鬼、ミノタウルスとかよね、彼らは“知恵持つ種族”とは認められなかったわけね」


 「そうです、人間、翼人、水中人、リザードマン、コボルト、土小人、レプラコーン、ホビット、妖精、ケンタウロス、獣人(ライカン)、巨人(ジャイアント)の12の種族が既に参加していますが、彼らの認識でもオーク、トロール鬼、オグル鬼、ミノタウルスなどは攻撃本能が強すぎて同盟は結べないという結論に達しました」


 彼らは単体で生きる者が多いのも理由である、他の12種族は族長を中心とする一応の統治システムを持っている。


 「コボルトが加わってるのが意外と言えば意外ね」


 「コボルトもシャーマンを中心とした群れ社会を形成してますし、シャーマンなら他種族の言葉も操れますから、しかもコボルトにとってシャーマンの言葉は絶対なのでむしろ人間よりもしっかりしてるんじゃないですかね。たまに村とか襲いますけど一番村を襲ってるのは間違いなく人間ですし」


 そこが情けない現実である。


 「他の種族はどうなの?」


 「グリフォン、マンティコア、ヒポグリフ、ペガサス、ユニコーン、竜なんかも知能が高いですから同盟に加えてはどうかという意見が翼人のシーリアさんから出たんですけど、リザードマンのガラさんから彼らは単体で生きる者達だから種族の枠で縛るのはかえって悪いだろうという意見が出まして。それで群れで生き、かつ、族長が下を統制できる種族のみを同盟の対象として、単体で生きる者達には別の取り組みでいこうという形で話がまとまりました」

 この結果“知恵持つ種族”には認められても同盟に加わらない種族もいる、吸血鬼などもそう、技術開発局には個人的に協力してくれる者もいるが種族として同盟に加わってはいない。


 「結構活発な意見が出てるのね、よくこの短期間でそこまで出来たわね」


 「頑張りましたから。片言とはいえ各種族の言語を何とか覚えて相手の言葉で交渉しに行ったのが好評だったようでして、土下座や泣き落としも駆使しつつ何とか説得に成功しました。まあ、基本的に皆さん理知的で感情論ではなく理路整然と明確な理由を述べれば納得してくれましたから」


 6000年の闇を隠さず話し誠心誠意を込めて謝罪したのも大きい、そこにあった資料によって各種族の言語を学べたというのも皮肉な話だが。


 「それでまた過労死寸前になってたのね、各種族の言語を覚えるために毎日徹夜で勉強してたんでしょ。まったく、そんなんだからあの悪魔に利用されるのよ」


 それは面目ない。


 「それで残るはエルフだけなんですけど、エルフは同盟を結ばなくても単独で狂信者共を撃退できる力を持ってますし、下手にエルフを引き込むことで狂信者共をいたずらに刺激するのも良くないという意見が大半でして、エルフから何か言ってこない限りはこのままでいこうという感じになってます」


 エルフは先住の民の中で最も数が多く最も強大、他の種族が束になっても太刀打ちできないが、人間と違って好戦的ではなく平和を好むのでエルフを嫌う種族は人間だけだ。


 つまり、同盟の中で排他的で仲が悪い種族がいて問題を起こしそうなのは人間だけなのだ、そして人間代表が俺である以上他の種族の人間に対する先入観は薄れる。


 「まあそれはわかるけどさ、あんた絶対他の種族の人達からも変人扱いされてるでしょ。あんたの考え方を人間の考え方にされたらもの凄い誤解が起きる気がするんだけど」


 流石、俺のことをよく理解している。


 「そこは否定できませんね、俺が唱えた“人間最低説”は同盟の象徴になってます。人間がいかに残酷で残虐で好戦的で排他的で身内同士で殺し合って赤子や妊婦でも容赦なく虐殺する救いようが無い種族だということを何時間もかけて力説したんです。そして、この救いようが無い人間を何とか救うために皆さんの力を貸して下さいと土下座して懇願した結果、全種族が苦笑いしながら応じてくれました」


 俺の魂の叫びが通じた瞬間だった。


 「前代未聞の説得ね、そりゃ苦笑いもするわ。要はそれ自分達だけじゃどうしようもないから助けて下さいって懇願しに行っただけでしょ」


 相手の優越感を引き出すのは交渉の基本なのだ。


 「とまあ、そういうわけで技術開発局の件は片が付きました、“知恵持つ種族の大同盟”も特にやることがあるわけじゃなく強いて言えば皆が平和に暮らすことですからその存在意義は現在も果たし続けています」


 “闇の処刑人”たる俺が言うセリフじゃないような気もする。


 「でも、先住種族が暮らす場所が全部王領だったわけじゃないわよね、当然貴族領もあったはずだけど」


 「はい、そこは陛下の勅命で問答無用で領地を削って強引に王家直轄領にしました、こうやって封建貴族をじわりじわりと締め上げて王政府に対する不満を徐々に高め、最終的には大規模な反乱を起こさせる予定みたいですので一石二鳥ですね」


 まさに悪魔の所業。実行犯は俺だが。


 「はあ、相変わらず悪魔ねあんたら。で、技術開発局の問題は片付いたわけね、あとは宮廷内部だけど」


 「悪魔公である俺が独裁者として君臨しているように見える状況は変わりません。他の貴族も大人しくしています、それは団長も御存知でしょう、何せ九大卿をまとめる宰相なんですから」


 今のイザベラは一応宰相である。

 なぜ“一応”なのかというと、九大卿が官吏の頂点なので陛下の承認さえあればよく、宰相は特にいなくても問題ない。

 しかし大国ガリアで宰相なしというのもまずい、とはいえ俺がやると完全に独裁となる。

 そこで“お飾り宰相”としてイザベラが選ばれたわけだが、その本人(の人形)は普段プチ・トロワで好き勝手やっており政治には一切関わらない。


 王も王でグラン・トロワで遊び呆けている(ことになっている)“無能王”なので、“無能王”と“お飾り宰相”が国のトップという凄いことになっており、その下は同格が9人もいるためまとまりが無い。


 つまり今のガリアは中心人物がおらず恐るるに足りず、と、外国からは思われてるだろう。


 しかし。


 「まあね、あの九人の話を聞いてりゃ大体のことは分かるし、あいつらが話さないってことは報告に値しない瑣末事だってことだから必要な事は全部知ってることになるわね。しかしあの悪魔、自分の仕事を全部娘に押し付けるかしら普通?」


 「仕方ありませんよ。虚無研究はあの悪魔、もとい陛下にしかできないことは事実ですし、それに九大卿をまとめられるとしたら団長くらいしかいませんから。もはや運命と思って諦めるしかないですね」


 現実はイザベラが九大卿をまとめている。


 ヴェルサルテイル宮殿には“円卓の間”という部屋があり、現在そこへの立ち入りが許されているのは宰相と九大卿、そして王位継承権二位以内に限られ、そこでガリアの政策は決定されている。


 イザベラが本当に宰相として働いてるのを知るのは宮廷では九大卿のみ、つまり王女であるイザベラが王の仕事を全て代行しているというわけで、九大卿の意見や報告を聞き、承認を与えているのはイザベラである。


 そういった行政関係においてイザベラは俺より数段優れている。また、北花壇騎士団団長である彼女が宰相の仕事もできるのは最近俺の方の地獄が終わってきて、副団長としての本務をこなせるようになったことが大きい。


 そうでもなければイザベラには過労死が待っている。


 「そうは言うけど、最近はあんたが戻って来たけどファインダーの統括だけでも団長の仕事は多いってのに、そこに宰相の仕事までやれってのはどうかと思うんだけど」


 それでもきついものはきついみたいだ。


 「しばらくの辛抱ですよ、今はまだ九大卿も手探りの部分が多いからその調整に団長の力が必要になりますけど、あと3か月もすれば彼らも慣れてくると思いますから。そうなれば団長の仕事は少なくなるはずです」


 「それでもせめて表だって動ければ楽なんだけど、まあ、今の状況じゃ諸外国を油断させるためにもこの方が良いってのは分かるけどさ。それにそうじゃなきゃあんたが生きないし」


 そこがこの方式の上手いところである。

 周りの貴族から見れば九大卿の意見がまとまるはずがないのにまとまっている、ならばまとめている者がいるはず、そしてそれは王位継承権第二位であり“円卓の間”への立ち入りが許されている“悪魔公”が最も怪しい。

 大臣でも宰相でもないあの“悪魔公”こそが裏で全てを操っているのではという疑惑に取りつかれ、真実にたどり着けなくなるという罠。


外国はガリアに中心人物はいないと見て、宮廷貴族は“悪魔公”を怪しいと思い、実際は“お飾り宰相”が九大卿をまとめており、その裏には“無能王”がいる。


 よくぞまあここまで二重三重の罠を張り巡らせるものである、流石は陛下。



 「でもまあ、宮廷貴族は“悪魔公”が抑えてるからいいけど、封建貴族にとっては良い機会に見えるのよね、現に一月半くらい前ベルフォール公が謀叛を起こそうとした」


 「そして粛清された」

 俺が言葉を引き継ぐ。


 「あのボケ老人は宮廷が内部闘争に夢中になってると判断したようだけど、おあいにく様、私が統括するメッセンジャー、シーカー、ファインダーの情報網はガリア全土を常に見張っているわ」

 イザベラが自信満々に言う。


 その反乱を突き止めたのはイザベラ率いる情報部であり、貴族ではなくその周囲の人、モノ、金の動きを把握することで反乱準備をしていることを突き止めたのだ。


 これは俺には無い才能で、行政や経済の動きを知るイザベラならではの判断方法である。俺の場合直に忍び込んでの誘拐と拷問などになってしまう。(朝までには記憶を消すなどして元通りにしておくが)


 「確かに、あれは団長の手際が見事でした。おかげで事前に察知し粛清するだけで済みましたから」

 本当に感謝している。


 「たしか、あえて謀反の証拠を王政府が掴んだことをべルフォール公に流して、彼が必死にその証拠を揉み消そうと動いている間に粛清したんだったわね」


 「はい、早すぎれば証拠にならず、遅すぎれば揉み消しが不可能になり一か八かの賭けに出てしまう。ぎりぎりで揉み消しが可能な段階で情報を流し、揉み消そうと動いている間に粛清し、家もろとも取り潰す、ここは陛下が考えた部分ですね」

 相変わらず恐ろしい人だ。


 「で、ベルフォール公も粛清される危険は察知してたから凄腕の護衛を雇ったんだったわね。確か50万エキューもの大金を払って、“元素の兄弟”とか言ったかしら。まあ、相手が悪すぎたようだけど」


 当然、ベルフォール公ほどの大物を始末するならば最も暗殺に特化した最強の駒を動員するに決まっている。

 要は俺のことだ。


 「なかなか強そうな連中ではありましたよ、暗黒街にも奴等ほどの凄腕はいませんでしたね、まあ、俺の敵ではありませんでしたが」

 楽勝だった。


 「あんた別に戦ってないでしょ、ただ毒盛っただけじゃなかったかしら」


 「当然、俺は“毒殺のロキ”ですから。俺の戦いとは俺の毒を相手が見抜けるかどうかということになります。それにその“元素の兄弟”ってのは6000年の間に枝分かれした“聖人研究所”の落とし子のようでして、体に先住魔法を仕込むような真似も出来てましたから、正面からは戦いたくない相手でしたね」


 そんなのと正面からぶつかる方が馬鹿だ。


 「それで毒殺ってこと?」


 「ええ、彼らの慢心を利用してやりました。長男は「火」、次男は「土」、三男は「風」、長女は「水」に特化しており毒に関しては長女に任せていたようで、系統魔法も先住魔法も熟知してる彼らはこの料理に毒は入っていないと確信し、犬とかに毒見させることもなく料理を口にし、哀れ帰らぬ人となりました」


 仕込んだのは超強力な睡眠薬、本来地球の化学プラントで合成するような代物であり、強力すぎるため脳の機能が停止してしまい二度と目覚めることはない。

 睡眠薬には致死量があるが、その薬は1グラム以下で致死量となる薬なのだ。


 そして俺がエルフの毒を解析できないように、ハルケギニアの人間が全く根本から異なる地球の毒を解析できるわけがなく、彼らは自分達の魔法に絶対の自信を持つが故に毒見という最も原始的な判別法をとらずに死んだ。


 「で、護衛を始末したあんたは悠々とベルフォール公を粛清したと、でも珍しいわね、そんなに強い奴らならあんだが勧誘しそうだけど」


 「確かに強力ではありましたが組織にはいりませんでした。彼らは自分達の目的の為に動いているようでしたから、金次第で簡単にガリアに仇なす者になります。現に今回は我々に刃向かったわけですし、裏切る可能性が高い強力な暗殺者は危険分子にしかなりません、よって抹殺しました。今後も敵対する可能性がありましたので」

 要はガリアにとっていらない存在だった訳だ。


 「なるほど、別に暗殺者が少なくて困ってるわけでもないしね、わざわざ扱いにくい上に裏切るかもしれない奴等を入れる必要もないわね」


 「そうです、これが団長や九大卿や『影の騎士団』だったら話は別ですけどね。団長や九大卿は国家を運営する上でかかせない人材、『影の騎士団』は個々人でも強力ですがその真価は軍隊の指揮、艦隊運用、物資補給など、軍事的な面で絶対必要な指揮官としての才覚です。ですが彼らは所詮暗殺者、暗殺用ガーゴイルでも作れば簡単に代わりは効きます。前者はガーゴイルはおろか1500万人の中でも滅多に代わりはいませんが」


 「そう言われるのはうれしいけど、ただの事実ね」

 イザベラも納得している。


 「ある例えがありましたね、戦争が起こり人々が次々に死んだ時、神から奇蹟の力を授けられた男がいて彼は殺された人を生き返らせることができた。流石の彼といえど力に限界があり1日に数人がせいぜいだったが、彼は多くの命を救った。しかし、有能な外交官が一人いれば戦争そのものを回避し何万人もの人間を救うことが出来た。奇蹟の男には1年かけても数千人しか救えないというのに」


 これが現実。


 「分かりやすい例えね、国家に必要とされるのは奇蹟の力を持つ聖人ではなく、人間世界を知り尽くしそれを効率的に動かす能力を持つ人材、これは虚無の使い魔にも当てはまるかしら」


 流石、少々内容は違うが本質的には同じだ、つまり。


 「ええ、第4の使い魔はともかく、陛下の研究によるとガンダールヴは武器を、ヴィンダールヴは幻獣を、ミョズニト二ルンは魔法具を操るそうですが、前者二つは所詮個人の能力。仮に一つの戦場の形勢を覆せたとしても大局的な戦争はどうしようもありません」


 「だけどミョズニト二ルンだけは違うわ、彼女は国家の技術レベルそのものの底上げを図ることができる。彼女が作った新型兵器を量産して兵士に武装させ前線に送れば最大の効果を発揮する。まあ、権力と財力が無いと何の意味もないけど、ガリア王との組み合わせは最高であり相手にとっては最悪ね」


 「話が少しそれましたがそういうことです。“元素の兄弟”というのは所詮その程度の存在に過ぎませんでしたから、高い危険を冒してまで手元に置いておく利点が何もなかったので始末した、そういうことです。傭兵でしたから自分達が殺されることは覚悟してたでしょうし」


 これが巻き込まれたとかただの客とかいうなら話は別だが、ベルフォール公の護衛として暗殺者を返り討ちにする為に雇われた者達なのだからその逆の運命になることも当然あり得るのだ。



 「とにかくそれでベルフォール公は死んで謀反の証拠も押さえられ、ベルフォール家は断絶、領土は没収、王政府と封建貴族の力の差はさらに開いたわけね」


 「はい、残るはヴァランス家とサルマーン家のみ。とはいえヴァランス家はあくまで俺がヴァランス領の総督をやってるからこその権力でしかもその地位は世襲じゃありませんから、実際には残る有力な公爵家はサルマーン家のみとなりました。この家は中央とは関係が薄かったですから特に問題もありませんでした」



 現状確認はここまで、ここからが本題だ。



 「サルマーン家当主、アレクサンドル・デュマ・サルマーンは64歳、質実剛健を絵に描いたような人柄で領民はおろか周囲の貴族との関係も良好、そして家督を継いで以来40年間一度もゲルマニアとの国境を破らせなかった大人物。“北の守護神”とも呼ばれる封建貴族の鑑だったわね」


 「はい、そしてゲルマニアからは“ガリアの鉄壁”と恐れられていた人物であり、オルレアン公が亡くなった際にゲルマニア国境を固めることに瞬時に同意してくれたばかりか既にその準備をしてくれていたくらいです。例え誰がオルレアン公を殺したのであれ中央で政変が起こった以上国境の守りを固める必要があると判断してくれました」

 俺にとっても恩人といえる人物で、彼の協力があったから俺はあの混乱時に迅速な行動を取れた、逆にベルフォール公は散々条件を突き付けて邪魔してくれたので粛清するのに躊躇いはなかった。


 「そういう貴族らしい貴族が最近では絶滅危惧種なのよね、彼は宮廷での権力争いに興味が無かったから中立派だった。だからオルレアン公派大粛清の際に被害を受けることもなかった、とても賢い人物でもありあんたが尊敬する数少ない人物だったわね」


 俺が見た中で尊敬に値するのはオルレアン公とサルマーン公の二人だった、『影の騎士団』や北花壇騎士団本部の連中や九大卿は若いので尊敬という気持は起きなかった。

 ドル爺やヴァランス本邸にいるカーセ、アンリ、ダイオン達は親愛なので尊敬とは違う。


 ヴィクトール候やジェルジー男爵やジョゼフ陛下は論外、彼らは老獪、怪物、悪魔とかの表現になる。


 「彼が生きている限り、封建貴族が暴走することもないと思ってましたから頼りにしてたんですけどね、やはり寿命というものには勝てませんか」



 今俺達が直面している問題はそのガリア最大の貴族の死である。



 このハルケギニアの平均寿命は平民ならせいぜい60歳くらい、貴族でも70歳くらいでそう大差はない、魔法があるから地球の中世ヨーロッパよりは長いが近代日本よりは短く、サルマーン公のように何度も戦場に出て行った人ならば50代で亡くなることが多く、むしろ長生きできた方ではある。



 「そうね、でも彼の存在が封建貴族の反乱を抑えてくれるという前提で計画は進んでたから修正する必要があるわ、なかなか上手くはいかないものね」

 イザベラも少し戸惑っているようだ、生きていて欲しい人が死に、死んだ方が領民の為になるような愚昧な貴族が長生きする。どういうわけかそういう風に世界は出来ているのだ。


 まあ、その世界をぶっ壊すために俺達は暗躍しているわけだが。


 「しかも更なる問題はその後継者ですね。これもガリアの伝統と言いますか、例の現象が起こったわけですから」


 「流石にうんざりしてくるわ」


 サルマーン公には二人の息子がおり、長男は温和で思慮深い、次男は好戦的で短気、当主に相応しいのは当然長男でサルマーン公も長男を後継者としていたようだが、残念ながらその遺志は果たされなかった。


 「サルマーン家は武門の家であり、ゲルマニア国境を守るガリアの北の要です。その当主には軍人としての実績があり近年では当主代行として諸侯軍を率いていた次男のエドモン・デュマ・サルマーンを当主にしたいと思う者達もおり、彼らが武力で長男を殺しエドモンを後継者としました」


 性格が大きく異なる兄弟の仲が悪かったというのもある。次男は長男の慎重さを臆病ととらえていたようで、常々不満を持っていたようだ。


 「そして今そのエドモンが王政府に無断で兵を集めているのよね、どう考えても反乱を起こす気としか思えないわ。何しろ法的には長男のマルセルこそが当主であるべきであり王政府からすればエドモンは前当主の遺志に背く反逆者、当主となることを認められるはずがないもの」


 暗殺などで犯人不明ならともかくエドモンは堂々と兄を殺してしまった、つまり後は王政府に喧嘩を売るしか道が無い。


 「まあ、それでどうするかを考えてた訳ですが、方法は一つしかありませんね」


 これまで色々言ってきたが結論は最初から一つしかないのだ。


 「ここで私達がエドモンを暗殺して反乱が完全に始まる前に止めるという方法もあるわ。でもその方法では他の封建貴族に対する牽制にならない。これまではサルマーン公が王政府に従う姿勢を示していたから封建貴族は抑えられていたけど、それが無くなった以上新たな力を示す必要がある」


 今の段階で散発的に反乱を起こされては困るのだ。


 「それはつまり反乱を起こしたサルマーン家を王軍が叩き潰すことですね。全封建貴族の中で最大の軍事力を持つサルマーン家が負けて滅びたとすれば、どんなに王政府に不満を持っても反乱を起こす気にはならないでしょう」


 そう、例えば外国の侵略などが重ならない限りは。


 「最終作戦までは封建貴族に反乱を起こされちゃ困るからそれしかないわね、そうなると、私達に出来ることは特に無いかしら?」


 俺達は諜報機関であり暗殺機関でもあるが戦争機関ではない、反乱の鎮圧は畑違いだ。


 「そうですね、ここは王軍に任せるしかありません。ですが、王軍の害虫や老廃物を駆除するいい機会になります、折角ですから最大限に利用してみましょう」


 もう反乱は防げないなら最大限に利用する方法を考える。


 「それに領民に被害が出ないようにすることね、絶対略奪とかが起こるでしょうからそれは何とかしないと」


 特に反乱軍が問題だ。


 「それは俺が対処します、フェンサーを総動員しますし“影”も全員投入します。そして下部組織もできる限り動員して略奪者を皆殺しにしてみせます」


 下部組織というのは簡単に言うと王政府公認の傭兵団であり、今回のように大勢の人員を投入する必要がある任務などに駆り出され代わりに報酬を受け取る。

 普段から北花壇騎士団の情報提供を受けており盗賊退治や幻獣退治を行って生計を立てている傭兵団で、そういった賞金稼ぎ的な傭兵団にとって情報はまさに生命線であり、出向いた挙句既に別の傭兵団や王国の騎士が始末してましたじゃ商売にならないのである。


 つまり普段彼らに貸しを作っておくことで有事の際に格安料金で働いてもらおうという訳で、完全なギブ・アンド・テイクの関係なのでとてもさっぱりしている。

 彼らにとっても確実に仕事を回してくれる北花壇騎士団はありがたい存在であり、本来不安定な職である傭兵が安定した依頼を受けれるのだからいい話ではあるのだ。


 「そう、そっちは任せるわ、私は出来る限り情報を集めてサポートするから好きにやりなさい、宮廷の方は今そんなに忙しいわけじゃないし」


 「了解です」



 イザベラは宰相を兼ねながら団長として、俺はヴァランス領総督と近衛騎士隊長と宮廷監督官を兼ねながら副団長として反乱鎮圧の裏方作業を行わなければならない、本当に忙しいものだ。



 「とはいえ、また“働け、休暇が来るその日まで”の世話になることになるわね」


 「そうだな、“ヒュドラ”の世話にならないことを祈っておこう」


 俺も最後に従兄妹モードに戻して愚痴を言う。










 俺は本部を後にし、こういった反乱鎮圧の専門家ともいえる“あいつら”に協力を要請するため行動を開始した。






[12372] ガリアの闇  第二十話    アンドバリの指輪
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:03
 サルマーン家の反乱は鎮圧され、ガリアに平穏が訪れた。

 俺とイザベラは現在その後処理にあたっている。


 北花壇騎士団団長および副団長としての裏の後始末もあれば、宰相と宮廷監督官としての表の後始末もある。


 もし今俺達二人が過労死したらガリアはどうなるんだろうと思わなくもないが、多分あの悪魔にホムンクルスにでもされて死んでもこき使われるような気がする。







第二十話    アンドバリの指輪










北花壇騎士団本部にて。


 ヴェルサルテイル宮殿『円卓の間』で九大卿と俺とイザベラで公的な後処理を決定し、細かい部分は軍務卿のアルベール・ド・ロスタンと内務卿のエクトール・ビアンシォッティに任せ、俺達は本部に引き返してきた。



 「さて、これでやっと二人きりだね、長い夜の始まりだ」


 「阿保なことやってないでさっさと会議始めるわよ。ま、長い夜になりそうなのは間違いないけど」


 イザベラの反応はそっけない。


 「はあ、18歳の公爵と15歳の王女が秘密の抜け道を通って夜の密会をしてるっていうのに、その内容がどすぐろいこと、暗殺と粛清が大半でそうじゃなきゃ政治関係のみ、俺達の青春はどこいったんだろうな」


 「悲しい事実を思いださせるんじゃないわよ。つーか私から青春を奪ったのはあんたでしょうが、あんたが忙しいのは自業自得以外の何物でもないし」


 本当に反応が大人になったものだ、もう精神年齢30歳くらいになっているな。


 「まあいっか、そろそろ始めるけど今回は従兄妹口調でいくぜ、中央評議会の会議でずっと丁寧口調だったから疲れた」

 一応断りを入れておく。


 「いいわよ、私もあんたの前ぐらいは肩の力を抜きたいし」



 そしていつものごとく会議スタート。




 「さて、サルマーン家が滅びてその領地は王領に編入されることになった。先代には申し訳ないと思うが領民の為には最善の選択だったとは思う」

 まあ、領民アンケートでもしない限りはよくわからないが。


 「でも、先代が最悪の事態に備えて手を打っていたのは流石ね、おかげで後処理は簡単に終わったし領民もこの処置には納得できるでしょうし」

 イザベラも同意見のようだ。


 実は死んだと思われていた長男のマルセル・デュマ・サルマーンが生きていて王政府に駆け込んできた、そして公爵位と統治権の返上を申し出るかわりに一刻も早い反乱鎮圧を嘆願した。


 これにより完全な大義名分を得た王政府はすぐに反乱鎮圧の軍を送り込んだのだが。


 「先代のアレクサンドル・デュマ・サルマーンは本当に偉大な人物だった。自家の存続よりも領民を守ることを第一とする正に貴族の鑑、自分が死んだ後次男が暴走した場合に備えても手を打っておくとはな、頭が下がる思いだがそれに対する王軍の不甲斐無さは呆れ果てるものがあった」


 あそこまで恥をさらすとは。


 「私裏方に徹してたからその辺あまり知らないのよね、もの凄い大馬鹿をやったってのは聞いてるけど、一体何をやらかしたの?」

 イザベラが聞いてくる。

 そういやこいつは他の封建貴族や宮廷貴族の監視とかをやってたから現地の情勢については大局しか知らないんだった。


 「簡単に言うと軍のお偉いさんが見栄張って無理した挙句失敗して醜態をさらしたってことさ、サルマーン軍がどのくらいの兵力で反乱を起こしたかは知ってるだろ」


 「7千だったわね、流石に封建貴族最大の軍事力を誇るだけはあるわ。トリステイン王家やアルビオン王家が単独で集められる軍勢より多いんじゃないかしら」


 その意見には賛成できる、まあ、アルビオンは空海軍が主力だからそれほど兵力は意味を持たないが。


 「そう、対するガリア陸軍は総勢でおよそ15万人、諸侯軍なしでこの数だから流石はハルケギニア一の大国、とはいえこれは各地の治安維持軍とかも含めた数で武器や食糧の関係もあるからすぐに投入できるのは3万くらいが限界なんだが」


 武器や食糧の確保はアラン先輩やエミールの仕事、だがあいつらもまだ後方支援部隊の長官じゃないから完全な管理はできていなかった。


 「あれ、陸軍だけ? 確かガリア空海軍は3万くらいいたはずよね、それが総数200隻にもなる両用艦隊でどこにでも派遣できるんだからあっさりと鎮圧できると思ってたけど」


 「それは正しい。だが、愚かなるかな派閥争い、最近陸軍と空海軍のトップの仲が悪くてな、互いに出し抜こうと躍起になってる。それで陸軍が今回は我々だけで片を付ける、空の馬鹿鳥共は引っ込んでろみたいなことを言って単独で鎮圧を行おうとした」


 「なんというか間抜けの極みね」


 イザベラの感想ももっともだ。


 「それで鎮圧軍の司令官がヴァレリー・ジスカール・デスタン中将に決まって4個連隊8千が動員され。、素直に2万くらい連れてきゃいいものを、叛徒ごときに制裁を与えるならこのくらいで十分とか見栄張った挙句敗れて戦死したという体たらく」


 「さらに下があったのね」

 これまたごもっとも。


 ちなみにガリア陸軍の軍隊は分隊8~15人の指揮は伍長、軍曹、 小隊40~70人の指揮は曹長、少尉、 中隊150~250の指揮は中尉、大尉、 大隊450~800の指揮は少佐、中佐、 連隊2000~3000の指揮は大佐、准将、  師団は3~5の連隊で構成され少将、中将が率いて数はおよそ1万から1万5千、 軍団が数個師団で構成され率いるは大将、数は決まっていないが大体15万の軍を5万ずつに分け3人の大将がそれぞれ率いているそうだ。
 

 そして最高司令官が元帥。陸軍では最大二人までとされており司令官と副司令官になる。それ以上いたら指揮系統が混乱するので妥当なところではある。まあ、軍勢がもっと多くなるなら話は別だが。


 あくまで規定であって当然臨機応変で細かい部分はいくらでも変わる、特に戦時中は指揮官が次々に死ぬので軍曹が大隊の指揮を執る羽目になったケースもあるらしい。


 「反乱軍は7千といえどサルマーン公が鍛えた精鋭、指揮系統もしっかりしてるし、



司令官のエドモン・デュマ・サルマーンも軍事に関してはなかなかやるようで戦術面では戦巧者だからな。何より兵士の中にゲルマニア戦役経験者がいるのが大きい、たかが諸侯軍と油断してた王軍が負けるのは当然と言えば当然だ」


 「それで勝ったサルマーン軍が近隣の諸侯も味方につけて一万くらいに増えたのね」

 そこはイザベラも知っているようだ。


 「それで第2陣が編成され兵力は2万となったが、ここでまた大馬鹿をやらかした」


 「またぁ」

 イザベラが呆れ果ててるようだ。


 「司令官に大将が二人立候補したんだ。王軍を一度破り中将を一人死なせている反乱軍を討ちとればその戦功はかなりのもの、次期元帥間違いないってな、何しろ現最高司令官ウィレム・ド・ブロワ・ホーランド元帥は70歳近い高齢で引退間近、次の元帥の座を巡って熾烈な争いとなった」


 「救いようが無いわね」


 「で、その高齢元帥がボケたのか二人共司令官に任命した。一万ずつ指揮させてな、後は何が起こるかは明白、盛大な足の引っ張り合いをやった挙句、互いに相手の陣地の情報とかを敵に漏らして陥れようとして結局失敗。大将二人の居場所は敵がよ~く知っていたので見事討ち取られ、指揮官を失った王軍は半分の反乱軍に敗れて逃げ帰りましたとさ」


 「・・・・・」

 もはや突っ込む気力すら無くなった模様。


 「反乱軍は1万2千にまで増え意気揚揚、このまま一気にリュティスに突き進んで王の首を取るべしと進軍を開始した。しかしこれは下策、地理に精通した自領内での戦いならば彼らは有利だったが侵攻するなら話は別、それにサルマーン軍は本来ゲルマニアへの備えなので迎撃戦を得意とし侵攻戦には向かない。司令官のエドモン・デュマ・サルマーンは局地戦には強くても大局を見る力には乏しかったようだ」


 「なるほど」

 イザベラ復帰。


 「とはいえ大将二人を失った陸軍の混乱も相当なもので、元帥は無能、残り一人の大将は混乱をまとめるのに精一杯、誰がサルマーン軍を迎撃するかも決まらず、つーか皆負けるのが怖くて誰も立候補しない。ここで負けたら全敗戦の責任を負わされるのが身に見えていたからな、だから兵力は残ってても中枢がだめでまともに機能する状態じゃなかった」


 「駄目じゃん」

 また呆れるイザベラ。


 「しかしそこに我等が英雄の登場、若くて無謀で生意気な連隊長二人が司令官に立候補、責任を逃れたい将校達は渡りに船と譲り、反乱軍に対する指揮権は18歳の青年二人に託された」


 「あの二人ね」

 イザベラの目が輝く。


 「陸軍大佐のアドルフ・ティエール連隊長、同じく陸軍大佐のフェルディナン・レセップス連隊長、オルレアン公派大粛清に乗じて上官を排除した二人は少佐から一気に大佐になっていたわけだ。そこの証拠集めとかは俺も手伝ったけどな、まあそれで彼らの連隊2千ずつ、合わせて4千で1万2千の大軍を迎え撃つことになった」


 「一見無謀だけどあいつらなら楽勝ね」


 「そう、あっさり勝った、馬鹿な権力争いや見栄にこだわらず空海軍に支援を求めたんだ。だけど空海軍も何を今更泣きついてくるのかと一笑に付してまともな戦力は貸してくれない、しかしそれに応えた者達もいた」


 ここからが面白いところだ。


 「アルフォンスとクロードね、たしかこっちの二人も大佐になってたわね」


 「戦力は極わずか、二隻の二等戦列艦と十隻の輸送用ガレオン船のみ、一等戦列艦の艦長は将官にしか許されないからこれが限界だったんだがこれで十分、何せ陸軍も4千だからな」


 「役者が揃ってきたわね」

 イザベラも楽しそうだ。


 「そして極めつけ、たかが4千なら長官が出張ることもないという理由で後方支援の責任者はアラン・ド・ラマルティーヌ大佐とエミール・オジエ中佐となった。数は少ないが陸軍、空海軍、後方支援の三位一体がこれで完成した」


 「できすぎ、つーかあんたが仕組んだわね」


 良く分かったな。


 「そこはノーコメントで、後は簡単、敵1万2千をアドルフが堅陣を張って食い止める、この陣地の資材は当然アラン先輩とエミールが確保、そしてほとんど兵力が残って無かった反乱軍本拠地サルマーンをフェルディナン率いる2千の別動隊がアルフォンス、クロードの十二隻で急襲、一気に占領した。この報告を聞いてサルマーン軍は大混乱、今後どうすべきか対策を練るべく指揮官達が集まったところを“切り込み隊長”が本領を発揮し一気に討ち取った」


 「凄い連携ね、当然その突撃にはアランとエミールも加わったわけね」


 「正解、司令官のエドモン・デュマ・サルマーンはアドルフに討ち取られ、それに呼応した諸侯もアラン先輩やエミールに討ち取られ司令部は壊滅。こうなると7千の精鋭から1万2千の寄り合い所帯になっていたのが災いして、反乱軍は混乱し次々に撃破されほぼ1万が降伏した、まあ、途中からフェルディナン率いる別動隊が帰ってきて挟み撃ちになったのが決め手だな、本拠地が抑えられてるから逃げ場すらなかった」


 あいつらは戦争の天才だ、この程度は朝飯前だろう。


 「それでこの反乱は終結したと、他の封建貴族は驚いたでしょうね、連戦連勝の反乱軍がたった3分の1の王軍にあっさりと敗れたんだから。まあ、陸軍や空海軍の無能な将軍達はもっと驚いたでしょうけど」


 「この反乱でいいとこなしのまま若造6人に戦果を独占されたわけだからな。だが、これでその6人の階級は一気に上がった、アドルフとフェルディナンは少将になって師団長に、アルフォンスとクロードも少将になって一等戦列艦の艦長に、アラン先輩は准将で後方主任になってエミールは大佐で後方副主任になった。しかも陛下から直々に指名されての任官、いまや軍であいつらの名前を知らない奴はいないな」


 18歳の下級貴族がこんなに出世した例は過去にない。


 「“烈火”のアドルフ、“炎獄”のフェルディナン、“暴風”のアルフォンス、“風喰い”のクロード、“鉄拳”のアラン、“鉄壁”のエミールか、いまや『影の騎士団』もみんな有名人ね、まあ、団長が“闇の処刑人”、“悪魔公”、“毒殺”、“粛清”、“死神”なんて肩書きを持ってるけど、一人だけ毛色が違うわね」


 俺は別、だって軍人じゃなくて暗殺者だから。


 ちなみに“烈火”と“暴風”は言うまでもなく、“炎獄”は絶対に敵を逃さないことから、“風喰い”とはクロードが得意とする風返しに起因する。相手の風に自分の風を加えて相手に倍返しにするクロードの得意技であり奥義、風メイジでクロードに勝つのは至難の業である。

 そして“鉄壁”はエミールが鉄製ゴーレムを用いた防御壁の構築を得意とするからであり、“鉄拳”とはアラン先輩が近接格闘を得意とすることに由来する、実はこの人7人の中で一番白兵戦に強かったりする。


 「まあ俺のことはどうでもいいとして、後はサルマーン家の処遇だけどあれは問題なかったな」

 実に理想的な形で終わった。


 「そうね、サルマーン領は王領に編入されてサルマーン家は断絶。しかし、マルセル・デュマ・サルマーンは謀叛人エドモン・デュマ・サルマーンを討伐に関し多大な功績があったとして、新たに侯爵の爵位を得てマルセル・バザン・ユルスナールとしてサルマーン領総督を任じられた。つまり領民にとっては名前が変わっただけね」


 まあ、サルマーン公爵家からユルスナール侯爵家となり、領地ではないが総督として大きな権限を持つのは変わらない、世襲でなくなったのが大きく異なる点だが。


 「だけど封建貴族ではなくなった、これでオルレアン公爵家、ウェリン公爵家、カンペール公爵家、ベルフォール公爵家、サルマーン公爵家は悉く断絶ということになる、となると残るは」


 あと一つ。


 「ヴァランス公爵家のみね、宮廷貴族から見たらあんたは最低の極悪人ね。こうなると7年前のヴァランス家を王政府に売り払ったのもこのための布石だったように見えるもの、そしてジョゼフ陛下を王位につけ勅命を発してオルレアン公派を悉く粛清し、ウェリン公とカンペール公も火あぶりにし、宮廷内の人事を全て自分で行い九大卿を任命して権力を独占、逆らったベルフォール公も暗殺して謀反の罪で断絶、そして今サルマーン家までもが潰された。笑うのはあの“悪魔公”のみ」


 こうして客観的に見るとどう考えても陛下を裏で操る極悪人にしか思えない。


 「いやー、俺って凄いな。シャルロットが聞いたら仇は俺だって思うんじゃないかね?」


 「私があの子の立場でこの話を聞いたらそう思うわね。だって、一連の事件で一番得して権力を掌握してるのあんただもの。まったく、真実はあの悪魔にこき使われる奴隷なんだからここまでくると茶番にしか見えないわ」


 イザベラから見ても俺って奴隷にしか見えないようだ。


 「はあー俺にとっちゃ宮廷の権力なんてあってもなくても変わんないんだけどな。だってそうだろ、あの悪魔もとい陛下が俺をこき使うのに俺の権力の有無は一切関係ない」


 実に悲しい事実だ。


 「そうね、まあとにかくこれで計画は修正されたわね、封建貴族はしばらく大人しくしてるでしょうし、“悪魔公”のおかげで行政改革も滞ることなく進んでるわ。いやー古いジジイ貴族共が何も言ってこないってのはやりやすくていいわ、九大卿も張り切って改革に勤しんでるし」


 「お前達みたいな若くて有能な奴等が実力を思う存分発揮できるように、環境を整えるのが俺の仕事だからな。腐敗してボロボロの伝統にすがる無能貴族は悉く俺が排除する、まあ、今の状況じゃ排除する必要もなさそうだけどな」


 例え年を取っていても本当に有能な者達は既に新体制に馴染み始めている、彼らも内心ではこれまでの体制に思うところがあったわけだ、不満を持つのは伝統にすがらなければ何もできない無能な者達、そんな奴は放っておく、そんなのに構っていられるほど俺もイザベラも暇じゃない。


 「じゃあ、しばらくは体制の基礎をしっかり固めることになるわね。土台をしっかり作らないとどんな組織もあっさりと崩れ落ちる、あの悪魔もその辺は理解してるから数か月はこっちに集中できそうね」


 イザベラは北花壇騎士団団長と宰相の仕事に、俺は副団長と宮廷監督官(悪魔公)としての仕事に、ヴァランス領総督と近衛騎士隊長の仕事は特に俺がやらねばならない仕事があるわけではない、俺は責任者であればよく、何かあれば手助けしてやるのが仕事だ。


 「さて、じゃあ、さっさと細かい後始末を終わらせるか」


 「そうしましょう」


 そして俺達は反乱の後始末にとりかかった。












 俺達の予想は大体的中し、数か月くらいはあの悪魔から無理難題を持ち込まれることもなく平穏に過ぎた。

リュティスの一般市民とかの感覚なら忙しくて目が回るといったところかもしれないが、大粛清の時などの地獄を知っている俺達の感覚では平穏そのものなのであった。


 イザベラはたまに時間ができたら『フェイス・チェンジ』が付与されたネックレスを着けてリュティス市街の散策に出かけているらしい。

しかしあちこちで宰相として自分が認可した案件や改革の成果が見られ、それの現状や今後の予想、そしてよりよくするにはどうすればいいか、などを考え込んでしまい、彼女が散策に出かけた翌日は必ず九大卿が“円卓の間”に収集され会議が開かれる。


 宰相としての自覚が出てきたようでなによりだ。


 俺は時間ができるとシャルロットに戦い方を教えてやったりしている。

 シャルロットは「風」が最も得意でそれに「水」を加えた『氷の矢』を主戦力としているので『毒錬金』を使わなければ俺と戦い方は近い。


 なので『氷嵐(アイス・ストーム)』や『ライト二ング・クラウド』などの実演や『ブレイド』を用いた近接格闘の仕方、そして何より戦術研究、これを叩き込んだ。

 戦場では絶対に油断しないこと、相手をよく観察すること、殺す時は容赦なく徹底的に殺すことなどをは戦いの基本なのでこれを忘れるようでは戦場で生き残れない。


 後は毒への対処法、シャルロットは事情が事情だからこれに関しては凄まじい上達を見せた、もはやハルケギニアに存在する毒で彼女に分からない毒は無い。(エルフや俺の毒は別)






 とまあそんな感じで割と平穏な数か月が過ぎたが、ある日陛下にグラン・トロワに呼び出されその平穏は終わりを告げた。







 「陛下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス参りました」


 俺はいつも通りに挨拶する。

 以前皮肉を込めて、北花壇騎士団副団長兼ヴァランス領総督兼王家近衛騎士隊長兼宮廷監督官兼知恵ある種族の大同盟議長、とかあらゆる役職を言おうとしたら途中で矢が飛んできたのでそれ以来こうなっている。


 「来たか、仕事を押し付けられるというのは分かるな?」


 「流石に慣れました」


 どんな無理難題だろうとこちらに拒否権は無いのだ。


 「では内容を伝える、心して聞け」


 「はい」


 そしてしばらく間を開けた後陛下が告げた。




 「アルビオン王家を滅ぼせ」


 「御意」


 俺は即答した。



 「なんだつまらんな、もうちょっと驚け」


 「いえ、それなら何とかなりそうだったので、今までの無理難題に比べれば割と楽かと」


 アルビオンなら王と王子の暗殺を行ったこともあるし、王家と貴族間に亀裂があるのも確認済み(俺が作った)、ガリア内部に比べればそう難しくはないはずだ。


 「ふ、甘いな、相変わらず甘い。俺がただ単に滅ぼせなどと言うとでも思ったか?」


 陛下が笑みを浮かべる、この世で最も恐ろしい悪魔の笑みだ。


 「つまり、複雑な条件があると?」


 「これを見ろ、内容が書いてある」


 と言って陛下が資料をよこす、最近では陛下も『レビテーション』とかが使えるようになったらしいのだが、結局投げてよこしてくる、どうやら紙飛行機作りが好きらしい。



 俺はその書類を読んで、絶句した。



 「あの~、陛下? マジでこれを俺一人でやれと?」


 「俺とて悪魔ではない、ミューズにも手伝わせる、『アンドバリの指輪』を完全に操作できるのはあいつだけだからな」


 そう言って笑う陛下。


 要はラグドリアン湖に住む水の精霊が守る秘宝を盗み出し、その力を虚無だと宣言してアルビオンの貴族を懐柔、そして聖地奪還を目指す貴族連合『レコン・キスタ』なるものを結成し、内戦という過程を経てアルビオン王家を滅ぼし、有力貴族による合議で国政を行う共和制国家を建国するらしい。しかもその後トリステインとゲルマニアとの戦争やその終結にいたる過程まで書かれている。


 「よくここまで綿密に書けますね、とはいえこれで合点がいきました、これは最終作戦の前哨戦ですね?」


 「その通りだ。“虚無の担い手”達のこともあるのでな、物語が始まる前に舞台を整えておきたいのだ。あらゆる可能性が起こり得る舞台があれば、主役たちは思い思いの劇を演じてくれようからな」


 なるほど、陛下が劇作家ならば俺は大道具、小道具、演出、ついでに主演の勧誘など、全部やらされる役目というわけだ。


 どういう虐めだこれ。
 


 「早い話が大体脚本に沿うように進めつつ、細かい部分は主役に合わせて臨機応変、しかも舞台を整えるのは全部俺がやらねばならないと」


 「そういうことだ。組織作りや国家運営方法など細かい部分は全部任せる、お前の好きにしろ、ただし劇場の設備は指示した通りに作れ」


 つまり劇場の資材も設計図も何もなく、ゼロから俺が全部作ると、その上で陛下が要求する機能はしっかり満たさねばならない。


 「悪魔ですか貴方は」


 「さて、神に喧嘩を売るのだからそうなのではないか?」

 しれっと返す陛下。


 「はあっ、まあ全力を尽くしますよ、ところでこのクロムウェルって人はどうなっているんです?」


 「そいつは既にミューズが抑えてある。そいつとミューズと共にラグドリアン湖へ向かえ、まずは『アンドバリの指輪』を手に入れてからだ」


 アンドバリの指輪、先住の「水」の結晶の中でも最大の力を誇ると言われ、死者に偽りの命を与えるという。

 しかし。


 「陛下、要はこれってホムンクルスを一瞬で簡単に作るための指輪ですよね、これを使うってことは」


 「察しが良いな、使えば使うほど『アンドバリの指輪』は減ってしまう。それではもったいない、何せ技術開発局にとっては格好の研究対象だからな、そこでお前だ。最初に『アンドバリの指輪』で死体を蘇らせた後はすぐに解除し、それをお前がホムンクルスに改造しろ、そうすればすり減りは最小限で済む」


 やっぱそういうことか。


 「あんまり無関係の人をホムンクルスにするのは気が進まないんですけどね」


 早い話が死体をこき使ってるだけだからなこれ。


 「何、死者は所詮死者に過ぎん。森の奥深くで人知れず死体が獣に喰われたとしても誰もそれを悲しまん、つまりは生者がそれを知るかどうかだ。そしてそれに憤るのも生者だ、死者は何も語らんし何も思わん、例え死体を操ろうとも死者にはどうすることもできん」


 いや、それはそうなんだけど、一つ問題がある。


 「死者はそれでいいとしても、その生者の怒りを受けるのは全部俺なんですけど、その辺どうでしょう」


 「構わん、俺ではないからな」


 「・・・・・」


 悪魔だ。


 「つまり陛下、その『アンドバリの指輪』を用いずともアルビオンの貴族連中を王家から離反させ、『レコン・キスタ』とやらに組み込み、アルビオン王家を打倒させよと、それを全部俺だけでやれと、そういうことですか?」


 「いや、慈悲深い俺はそんなに仕事を押し付けてはお前が余りに哀れだと思い、王家から貴族を離反させるのをやりやすくする最適のマジックアイテムをお前に与えてやるだけだ、それを使うか使わないかはお前次第だな」


 「与えるといっても、それを取りに行くのも俺なんじゃ」


 「細かいことは気にするな」


 「・・・・・」

 なぜこの人の頭脳は俺を苦しめる方向のみに発揮されるんだろう。



 「何、簡単な話だ、お前が楽をしたければ罪もない人間を死体人形として操ればいいだけのこと。もしそれをしたくないなら過労死覚悟で動き回るしかないだろうがな、はっはっはっはっは!」

 悪魔が笑う。

 結局俺には逃げ場はないようだ。



 俺は全てが終わったらこの悪魔を殺すことを心に誓いながらグラン・トロワを後にした。
















 そして数日後、本部にて。


 「で、これがその『アンドバリの指輪』ってわけね」


 俺はイザベラに全てを報告すると共に手に入れた『アンドバリの指輪』を見せていた。


 「しかしまあその計画も驚きだけど、あの悪魔にあんたの性格は完全に把握されてるわね。その上であんたが自分の意思で過労死寸前まで働かざるを得ないように、上手く計画を進めてる。ここまで徹底されると逆に見事って感じがするわね」

 その気持ちは俺にもある、最早ここまでくると悟りの境地に入れそうだ。


 「まあ、もうあきらめましたけど。そういうわけで俺はこれからアルビオン王家を滅ぼすための活動を開始することになるのでガリア本国の方が少々手薄になりますが、その辺は特に心配ありません」


 今回は副団長モード。


 「アルビオンに単身赴任になるんじゃないのかしら? モード大公投獄事件の時もそうだったから今回もそうなると思ってたけど」


 俺もそう思ってた、しかしあの悪魔はそんなに甘くはなかった。


 「ですが陛下が“親切”でロンディニウム、ロサイス、ダータルネス、シティオブサウスゴータ、レキシントンなどの主要都市とヴェルサルテイルを『ゲート』で繋いでくれたそうでして、向こうで暗躍しながらもこっちに戻ってきて副団長や宮廷監督官としての任務を果たせるよう取り計らってくれました」


 「普通そこまでやるかしら」

 イザベラは頭を抱えている。


 「しかも陛下が『テレポート』を使って一発で各地に転移して、あっというまに『ゲート』を設置したそうで、ゲートを通れば今すぐにアルビオンに行けます」


 虚無の担い手とはいえたった一度の『テレポート』でそこまでの長距離と転移するのは至難のはず、それをどうやったのかと陛下に聞くと。


 「これを成功させることでお前を苦しめることができると思うと力が湧いて来たのだ。この世で不可能など無いと思えるほどにな、全く虚無というのは素晴らしい力だ。くくく、はーはっはっは!」

 という素晴らしい答えが返ってきた。


 聞かなきゃよかったと心底後悔した。


 「逃げ場はないということね、単身赴任が唯一激務から逃れられる手段というのも悲しいけど、あの悪魔はそれさえ封じてきたわ」


 「こうなった以上はやるしかありませんから頑張りますけど、こちらがやや手薄になるのは避けられないのでヨアヒムやマルコと協力して何とかしてください。アルビオンは支部と協力して俺一人でどうにかするんで」


 これも適材適所というのものだ。


 「それは構わないけど、あんたはどうするの? この『アンドバリの指輪』を使って死体を操るくらいあんたなら平然とやるけど、その相手が罪も無い相手なら出来る限り回避しようとするのがあんたの流儀だったでしょ」


 そんなんだから過労死するんだけど、と加えるイザベラ。


 「いえ、それに関しては秘策があります。むかつく貴族とか盗賊団の首領とかそういう奴等なら、容赦なく死体にして操りますが、純粋な軍人とかまともな貴族とかが相手だったら別の方法をとります。まずその人物を新型スキルニルで複製して、その複製の首を別の人物の前で俺が刎ねてそれをクロムウェルが治します、そしてしばらく後で眠らせておいた本人と複製を取り換えるんです」


 「でもそれだと死んだ本人にとっては眠ってただけだからすぐばれるんじゃない?」


 「そこで6000年の闇の外法の出番です。先住の「水」を利用して偽の記憶を植え付ける毒があります、それ使って“自分は一度殺されクロムウェルの虚無で蘇った”という記憶を植え付けます。しかもこの毒は発動条件と終了条件を指定することができまして、目が覚めた時を発動条件にして、クロムウェルが死んだ時を終了条件にすればその時点で偽の記憶は無くなります」


 毒の調合はエルフの毒よりは遙かに簡単で俺でも調合が可能だ、とはいえ“知恵ある種族の大同盟”から派遣された技術開発局の水中人の講師に先住の「水」の特性やそれを利用した薬の調合方法を教えてもらったからである。

 だが、その人ですらエルフの毒はお手上げだった、エルフの技術は他とは比較にならないほど高度なのである。

 ちなみにクロムウェルは殺すこと前提の駒だ。


 「成程、でもその方法だと虚無だと信じさせることは出来ても意のままに操ることはできないから、レコン・キスタ内部の対立関係の調整にあんたが奔走する羽目になるわね」


 クロムウェルはただの傀儡でありそういった能力は期待できない、そしてシェフィールドはそのクロムウェルがポカをやらないようにする目付け役なので、実質俺一人が動き回る羽目になる。


 「まあその辺は慣れてますので何とかします。なにせ俺は“悪魔公”ですからそういった調整は得意中の得意です、恐怖政治になるのは否めませんけど」


 レコン・キスタは使い捨て用の組織だからそこは手段を選ぶ必要はない。


 「たしかにあんたならその辺は大丈夫そうね。しかし“ハルケギニアを統一し聖地奪還を目指す”ねえ、ブリミル教世界の破壊を目指す私達がそんなものを目的とした組織を作るんだから凄い皮肉ね」


 それは俺も同意だ、実際はガリアの国益のために利用されるだけの組織だが。


 「確かにそうですね。ですがまあ共和制国家を一度は作って失敗に終わるのも大切な要素ですから、無駄は一切無いというか徹底的に利用してますね」


 最終作戦のための布石になっているんだから凄い。


 「そういやそうね、でも、一つ気になってることがあるんだけど、あんたの今回の任務はシェフィールドとの共同任務よね」


 「はい、そうですが」

 何か気になることでもあるのか?


 「あの人、最初はもっと棘があったというかもう少し冷たい印象があったんだけど、大粛清の後あたりから幸せオーラを振りまいてるというか若奥様的な雰囲気を纏っているというか。あんたとも仲がいいみたいだし、なんでそんなに変わったのかなあ、って前から気なってたのよ」


 ああそれか。


 「それはですね、彼女の出身に関係する話になりまして、聞くも涙、語るも涙、の感動超大作です」


 「事情は知ってるわけね、知ってるなら教えてほしいんだけど」


 俺の態度から重い話ではないと予想したようで軽い感じで聞いてくるイザベラ。



 「ではお話ししますが、まず彼女が東方(ロバ・アル・カリイエ)出身だというのはご存知ですよね」


 「それは知ってるわ。いきなり父上の『サモン・サーヴァント』で呼び出されて故郷から切り離されたんだから不憫といえば不憫ね」

 久しぶりに陛下を父上と呼んだ気がするな。


 「彼女は神官の家に生まれたそうで、神官の家といっても恋愛禁止というわけでもなかったのですが、彼女には問題がありました」


 「問題?」


 「まずは顔です。彼女は美しいんですがそれはかわいいとは少し違って、やや鋭利な印象を与えます。なので、高嶺の花的な存在感を出してしまうんです。次に能力、彼女は頭が良くて家事も万能で、つまり才色兼備なわけでして、男が逆に腰が引けてしまうわけです。ハルケギニアでは男はどんどんぶつかれ当たって砕けろが文化ですが、向こうでは高値の花には手を出すな的な価値観があるそうです」

 日本に近い価値観だ。


 「こっちとは違うんだ」

 イザベラは興味津津だ、この話はイザベラにも無関係という訳ではない。


 「最大の問題が彼女の身長です。彼女170サントの身長があるので、かなり高い方です。しかも東方では成人男性の平均身長が160サント程度だそうで、彼女は普通の男性より背が高かったんです。母や姉ならともかく恋人より背が低いというのは男にとってはゆゆしき問題でして、そういうわけで彼女に寄りつく男はおらず、彼女は哀れいかず後家決定となり、34歳にして恋愛経験なしという有様になってしまいました」


 「それは哀れね、つーか彼女34歳だったんだ。24くらいに見えるけど」


 「それをいうなら陛下やオルレアン公はどうなりますか。彼らは40過ぎても20代に見えましたからまさに化け物、王家には若返りの秘薬でもあるのかと本気で疑いましたよ」

 オルレアン公とシャルロットを兄妹と勘違いした人がいたというのは有名な話だ。


 「そういやそうね」


 「彼女が辺境育ちだったのも大きいようです。東方にも大きな街は存在するそうですが、あいにく彼女が住んでいたのは辺境の村であり、神官の家という立場柄そう簡単に居を変えるわけにもいかず、家出しようにもあてもなく、まさかいい男探しに都市に行かせてと両親に言えるわけもなく、しつけとしきたりに厳しい両親の下、彼女は暗黒の青春を過ごしました」


 「そうなの・・・」

 イザベラの雰囲気が変わる、今イザベラもその領域に片足を突っ込んでいる。


 「で、そんな彼女にとって世界は灰色に見えていたそうで、希望も何もあったもんじゃなかったわけです。そこにいきなり召喚ゲートが開いたわけですが、東方ではそれが何かは分かりません。しかし彼女は迷わずくぐりました、もうどうにでもなれという気持ちだったのと、もしこの先に別の世界があって理想の男性がいたらいいなとか最後の希望に近いものを抱いていたそうです」


 「半分身投げのようなものね」


 俺もそう思う。


 「そしてゲートの先にあったのはとても美しい宮殿の一室でした。彼女は辺境育ちですが神官として古い家ではあったので厳格な儀式などの際には東方の宮殿に父と共に赴くこともあったそうで。しかし、それとは比較にならないほどヴェルサルテイル宮殿は立派だったそうです」


 「まあ、ハルケギニアでも一番贅沢な宮殿だからね、しかも王が住むグラン・トロワ何だから当然でしょうね」


 イザベラが頷く。


 「しかしそんなものが気にならない程彼女は衝撃を受けました、目の前に長身の美丈夫が立っていてこちらを見ているのです。彼女より背が高く、精悍であり同時に美貌であり、ぶっちゃけ彼女の理想の男性がそこに立っていたわけで、彼女の思考は完全に停止しました」


 「そのあとの展開って」


 「固まってる彼女に陛下は近づきいきなりキスしました。しかもどういうわけか舌を濃厚に絡ませるディープキスだったそうで、彼女の意識は光り輝く世界に行ってしまいなかなか戻ってきませんでした、使い魔のルーンが刻まれて激痛が襲ったはずですが、ファーストキスに夢中になってたシェフィールドさんはそんなものには気付かなかったそうです。自分より背が高い理想の男性に、背伸びさせられながらキスされるのが夢だったと言ってました」


 「それはもの凄いわね」


 まさに愛は偉大なりである。


 「そして彼女は人生で掴んだ千載一遇のチャンスを、なんとしてもものにしようと命を懸けました。故郷のことなど頭に一切なく、なんとか陛下の心を射止めようとあらゆる努力を払ったそうです。何しろ陛下から直属の女官に任命されましたので脈ありとは思えました、後はベッドに呼んでくれる日を待ちながら積極的なアプローチを重ねるのみ」


 「・・・・・」


 「しかし中々陛下は振り向いてくれず、彼女は苦悩しました。それで女官の権限で陛下に近づく者を全て追い返し、陛下が自分だけを見てくれるようにと頑張りました」


 「ちょっと待って!! あの時期あの人が誰も通さなかったのはそういうこと!!」


 今明かされる驚きの真実。


 「そうみたいですね。その中でも貴女は要注意人物だったそうです、陛下の部屋を掃除とか以外で訪れた女性は貴女だけでしたから、恋敵は何としても通すまじです」


 「恋敵って、私あれの娘なんだけど」


 「残念ながら王家で近親相姦は日常茶飯事、中には自分の妹や娘を妾にした王様もいましたからね。そういう知識はミョズニト二ルンの能力を最大限に発揮して書庫であっという間に吸収したようで、本来魔道具を解析するはずなんですけど、恋の力は不可能を可能にするようです」


 王家では近親相姦は当たり前、俺とイザベラがそういう関係なのではと疑う貴族も多いのだ。


 「なんだかなあ」

 微妙な表情のイザベラ。


 「ですが、彼女の努力は全て無駄に終わりました。当時の陛下はオルレアン公を殺したショックで外界に対して無関心でしたから、そんな陛下をすぐ傍で見ていた彼女もそれに気づいて陛下を癒そうとしたそうですが、原因すら分からない彼女にはどうすることもできなかったそうです。しかし、陛下が誰かを待っているということだけは恋する女の勘で察することが出来たそうです」


 「待っている? それって」


 「どうやら俺だったようです。陛下があの時おっしゃってましたから、オルレアン公亡き今陛下を止められるのは俺しかいないだろう。、考えてみればそうです、あの当時陛下を殺してでも暴走を止めようなどとするのは、ハインツ・ギュスター・ヴァランス以外にはあり得ませんでしたから。とまあ、そういうわけで俺は彼女から盛大な嫉妬と憎しみを受けてた訳なんです」


 あの時の彼女の顔は睨むだけで人を殺せそうだった。


 「なるほどねえ」


 「ですが、俺が陛下への説得というかなんというかなことをした晩に、彼女は陛下のベッドに呼ばれたそうです、陛下は吹っ切れてましたからその日は第9ラウンドまでいったそうで、彼女曰く「天に昇る心地だった」そうです、内容は察してください」


 「……」


 イザベラが頭を抱えている、まあ無理はない。



 「とまあ、その日以来彼女は陛下の寵愛を受けれるようになったそうで、彼女にとって俺は恩人になったわけです。とはいえ陛下が俺を虐めるのは止めてくれませんが、それで、あの幸せオーラと若奥様オーラを発散するようになったわけです。ちなみにこれらの話は以前一緒に酒を飲んだ時に14回くらい連続で聞かされました」


 シェフィールドは絡み酒だったりする。


 「・・・つまり、あの時の私達の深刻な悩みはそんなことが原因だったわけね、ガリアの未来を案じてあれだけ悩んだことは凄い無駄だったわけね」

 イザベラが嘆いている。


 「まあ、気持は分かりますが済んだことです、今更どうしようもありません」

 俺は事実を告げる。


 「そうね、とりあえず神とブリミルのせいにしておきましょう、そうでもしなきゃやってられないし」


 「ですね、始祖のクソ馬鹿が『サモン・ザーヴァント』はともかく『コンタラクト・サーヴァント』なんてややこしい儀式を残さなければこんなことにはなりませんでしたから」


 「「 神のクソ馬鹿! くたばれブリミル!  」」

 俺達は同時に口にした、この大作戦におけるスローガンが決定した瞬間だった。




 俺達はとてつもなくしょうもない理由で、ブリミル教を滅ぼすことを新たに誓うのだった。






9/23空白部分修正、ご指摘ありがとうございます。




[12372] ガリアの闇  第二十一話    レコン・キスタ
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:10
 レコン・キスタなる組織を立ち上げアルビオン王家を滅ぼせ。

 簡単に言うとそういう指令を受けた俺はアルビオン来て(『ゲート』を使ったので一瞬)活動を開始した。


 そして情報収集などが終了し、本格的な反乱扇動に入る前にあの二人に用があったのでウェストウッド村を訪れた。







第二十一話    レコン・キスタ









 「あー! ハインツの兄ちゃん! いらっしゃい!!」

 子供達が元気に話しかけてくる。


 「おう! 元気にしてたかお前ら! お土産持ってきてやったぞ!」


 「「「「「「 わーい!! 」」」」」」

 と言いつつ元気に群がる子供達。


 ガリア宮廷で暗殺と粛清に明け暮れる俺にとっては自然の中でのびのびと育つこの子達は貴重な存在で、ぶっちゃけ癒されるのである。


 すると子供達が騒いでいるのに気付いたテファとマチルダもやって来た。


 「あ、ハインツさん、いらっしゃい!」


 「よく来たね、随分久しぶりに会った気がするよ」

 二人とも明るく挨拶してくれる。


 「やあ二人共、元気そうで何より」

 俺も明るく挨拶を返す。


 ちなみにテファにとって俺は未だに“行商人の明るい兄ちゃん”である。

 一応メイジであることは知っているが、珍しい品物を扱っているため貴族達にも顔が利く凄腕の行商人、加えて、マチルダ姉さんの古い知り合い程度の認識でしかない。


 俺達の神を滅ぼす計画にはティファニアは特に必要な要素ではないので、彼女は平穏に過ごすのが一番だと俺は思っている。


 「ハインツ兄ちゃん~、遊んで遊んで!」

 まあ、今はとにかくこいつらの相手をしてやろう。

 俺は元気な子供達の下へ突撃していった。











 そして夜。


 子供達は皆遊び疲れて寝ておりこれからは大人の時間。


 もっとも内容は物騒極まりないものになるのだが。


 「しかしあんたも元気だね、あの子達の相手をあれだけしてよく疲れないもんだ」

 マチルダが呆れている。


 「体力には自信があるのでこれくらいはどうってことありません。さて、今回俺が来たのはいつものように休暇がてらに様子を見に来たのではなく、状況に大きな変化があったからです」


 俺は月に一回くらいはアルビオン支部に用事があり、その度に休暇がてらここを訪れていた、子供達に懐かれてるのはそういった理由である。


 「ふうん、アルビオン王が急死でもしたのかい?」


 「それに近いですね、ガリアがアルビオン王家を滅ぼすことを決定しました」


 「ぶっ!」

 飲んでた紅茶を吹き出すマチルダ、今回の俺の土産の一つだ。


 「正確に言うと、俺がアルビオンで暗躍して王政府に不満を持っている貴族をまとめて反乱を起こさせ、新たな国家を立ち上げるわけですけど」


 「ちょ、ちょっと待ちな、いきなり言われても混乱するから最初から順序立てて話しなよ」

 マチルダが俺の説明を遮って言う。


 「分かりました、では一から説明しますね」



 そして俺は『レコン・キスタ』についての説明を始めた。











 「なるほど、それで王家を潰して共和制国家とやらを立ち上げるわけね、その後は?」

 「アルビオンがトリステインに侵攻して、ゲルマニアも巻き込んで長期戦争状態に突入させ、トリステイン・アルビオン両国を疲弊させます。そして膠着状態に焦れたトリステインをアルビオンに侵攻させ、総力戦で互いに傷ついたところをガリアが一気に叩きアルビオンの広大な領土を頂く計画です。一兵の損失も出さず」


 「悪魔かいあんたらは」


 何しろ悪魔が考えた計画である。

 しかも『レコン・キスタ』を運営する資金はアルビオン持ちだが、立ち上げる為の最初の資金はヴァランス領の金を使うことになっており、王政府には何の損失も無い。


 つまり俺が総督やってるところの領民の税金を無駄にしたくなければ上手く立ち回れ、と言ってるのだあの悪魔は。


 「アルビオン王家が滅ぶのでテファを狙う輩はいなくなります、ということでフェンサーであるフーケさんには別の仕事をお願いしたいんです」


 “フーケ”はマチルダの北花壇騎士団フェンサーとしてのコードネーム、俺の“ロキ”、シャルロットの“タバサ”と同じである。


 「まあ、あの子が安全になったっていうんなら引き受けてもいいけどさ、これから内乱が起こるんだろう?だとしたら傭兵くずれの野盗とかが増えそうだから別の危険がありそうだけど」


 確かに、テファが虚無の“忘却”を使えるのは以前見せてもらったことがあるので知っている(陛下が即位した後)が、それだけで全てが安心とは言い切れないだろう。しかし、今回は問題が無い。


 「それは大丈夫です。サウスゴータ地方を始めとしたアルビオン南部にいる盗賊、ごろつき、亜人などを俺が全部根こそぎ集めて『レコン・キスタ』の兵士として持ってくんで野盗が出没する心配はありません」


 「・・・一応聞いておくけど、そいつらの運命は?」


 「戦場における捨駒、メイジの弾よけ、そんなところですね。まあ、生きててもこの村の子供達みたいな弱い立場の者から略奪するような輩ですから気にすることはありません、言ってみれば不要物の有効活用、彼らにも守りたいものがあるとかの事情があるかもしれませんが、そんなことは俺の知ったことではありません」


 それはそいつらの事情、俺は俺の事情でそいつらを利用して殺すだけ。

 仮に盗賊が略奪することで子供を養っていたとしても俺はそいつを容赦なく抹殺する。その子供の存在を俺が知っていれば後の面倒は当然みるが、知らなければそこまで、俺は神ではないので平等には救わない、悪魔なので不平等に救うのだ、ま、出来る限りのことはするが。


 「相変わらず発想がどす黒いねあんたは、その癖そんな面倒なことをするのは内乱の弊害で発生する略奪を最小限に抑えるためだろ。よくまあそんな厄介な生き方をするもんだね」


 「俺は俺がやりたいように、俺自身が納得するように生きてるだけです、どうも他の人には理解し難いようですけど」

 無理に理解してもらおうとも思わんが。


 「そのやりたいことがアルビオン王家を滅ぼすことってわけかい。まあ、ガリアの為にはなってるようだけど」


 「そうですね、簡単言えばガリアの民、アルビオンの民、ガリアの軍人、アルビオンの軍人、ガリアの貴族、アルビオンの貴族、ガリアの王族、アルビオンの王族、の順番で優先順位がついてます。なので領民を害する野盗などは王族以下の存在となります、領民を虐げる貴族はそれ以下ですけど」


 俺の天秤は簡単にするとこんな感じ。

 俺自身の親しい人は宝石なので別の鑑定手段が必要。


 「そりゃ随分分かりやすいけど、王族はそんなに低いんだね、それならアルビオン王家をガリアの国益の為に生贄にするのは分かるけど、テファや私も低くなるんじゃないかい?」


 「いいえ、俺の判断では王族や貴族とは特権階級の恩寵をどのくらい受けたかで決まります。テファはそんなものを受けたことがありませんし、貴女も育ちはともかくその後全てを失い身一つでこの子達を守って来た、つまり貴女方はもう俺にとって平民と同じです。それに俺の個人的に親しい人なので宝石の価値がついてます」


 ちなみにアルビオンの民よりもガリアの民の方が優先順位が高いので、この内乱によって少なからずアルビオンの民に迷惑をかけるが、それがガリアの国益になるなら気にしないのが俺という悪魔である。

犠牲が最小限になるように努力するのは俺自身の達成感みたいなのが動機なので完全に別の話。

 要は全部俺中心の価値観で俺が望むままにするだけ。


 「はあ、ホントにあんただけの理屈なんだねそりゃ、聞いてみると分かりやす過ぎてさっぱりするね」


 マチルダは感心したような呆れたような表情になる。


 「で、本題に戻りますけど、マチルダさんはアルビオン王政府に顔が知られてますから『レコン・キスタ』には関わらずトリステインで活動してほしいんです」


 「トリステインで?」


 「はい、内乱中に他国の干渉があっては面倒なんですが、干渉してくるとしたら最も友好関係にあるトリステインくらいなので、それを妨害するためにトリステインの馬鹿貴族の目を引きつけて欲しいんです」

 トリステイン支部にはまだフェンサーがいないのでマチルダにやってもらえるとありがたい、ガリアのフェンサーは大体担当が決まって来たところなのであまり他国に派遣したくないのだ。


 「具体的にはどんな方法で?」


 「貴族専門の盗賊をやって欲しいんです。怪盗フーケ参上! みたいな感じで、プライドばっかりが高いトリステイン貴族をおちょくるようにしてくれれば、方法は問いません。それに盗んだお宝は全部マチルダさんもので結構です。ここの運営費はこれまで通り出すので、マチルダさんの結婚活動や支度金にでもあててください、貴女も21歳ですからそろそろいい男を見つけないと」


 「大きなお世話だよ」

 怒られた。


 「大丈夫、34歳にして初めて恋愛をして今や若奥様と化した人を知ってます。これまでは子供達の世話で一杯一杯だったでしょうがあの子達も大きくなってきましたから、貴女もまだまだこれからです」


 「ったく、まあそれは本当かもね、あの子達の自立心を育てるためにも私が離れるのもいいかもしれない」


 「でもたまには帰って来てあげて下さいね、2,3箇所の盗みをやったら一旦帰るくらいのペースで十分構いませんから、テファには俺の紹介でトリステインに行商に行くとでも誤魔化しておいてください」


 「言われるまでもないよ」

 頷くマチルダ。


 「あと、移動用のワイバーンを持って来たので使ってください。ガリアで伝令用に使うためのものですけど、これなら簡単にアルビオンと大陸を行き来できます、定期船とかだと時間がかかり過ぎるので」


 「用意周到だね。ま、ありがたく使わせてもらうよ」



 こうして用事を済ませた俺は、翌日の朝いつものように子供達にまたお土産を持ってくることを約束してウェストウッド村を後にした。















 そして数日後。


 「いいですかクロさん、いよいよここからが本番ですから気合入れていきますよ」


 俺はクロムウェルと共に活動を開始することになった。


 「それはいいんですけど、ミス・シェフィールドは?」


 「彼女なら本国でちょっと手が離せないことがあるそうで遅れるそうです。まあ、今のところは彼女がいなくても問題ないんで大丈夫です。貴方が『レコン・キスタ』の総司令官になってから秘書として動くのが、彼女の役目ですから」


 「そ、そうですか、しかし私なんかが総司令官で本当に大丈夫なんでしょうか?」

 随分腰の低い人である。


 まあ仕方が無い。この人は元々一介の司教に過ぎず、ただの平凡な30代半ばのおっさんに過ぎない。

 それがアルビオン王家に恨みを持っていることと、後は少々変わった技能を持っていることでこの役を押し付けられた。いわば悪魔に捧げられた生贄である。


 「まあ大丈夫ですよ、貴族達をまとめるのは俺がやりますし、傭兵や軍人を懐柔するのは俺がやりますし、盗賊や亜人との交渉は俺がやりますし、行政を運営するための人事とかは俺がやりますから」


 要は全部俺がやるのだ。


 「それなら私はいらないのでは?」

 その疑問も尤もだ。


 「ですがまあそういうわけにもいかなくて、実際に運営するのは俺でよくても象徴として君臨するのは生粋のアルビオン人じゃなきゃ貴族が納得しませんから。俺が話すのはガリア語ですからどうしてもアルビオン訛りを話すのが難しくアルビオン人だと言うには無理があります」


 「確かに、ガリア人には難しいでしょうな」

 納得するクロさん。

 ハルケギニアではガリア語が公用語とされているが、そもそも全国家が同じ言語を使っている。

 地球で言うならイギリスの英語がガリア語、カナダの英語がトリステイン語、オーストラリアの英語がアルビオン語、アメリカの英語がゲルマニア語、といった具合で、一応ガリア語が本家とされてはいるがそれぞれの地方で独特の訛りがあるだけで文法などの言語体系が変わるわけではない。


 しかしガリア語を話す俺にはアルビオン訛りを自然に話すのは難しく、俺を生粋のアルビオン人と思う人間はいない。

 トリステイン語とガリア語はほとんど違いが無いが、アルビオン語は少々独特なのだ。


 そういうわけで生粋のアルビオン人であるクロムウェルを御輿として総司令官に据える必要がある。


 「そういうわけで、貴方はまあ舞台で演技する役者にでもなったと思ってください。舞台衣装の用意や脚本は俺達がやりますし進行もやるので、貴方は台本さえ読んでくれれば大丈夫です。内乱になるので大量の人間が死にますがその辺は全部俺の責任ですので気にしないでください」


 「いえ、そういうわけにもいかないのでは、確かに私は君達に使われているだけですが、それでも私の意思でここにいるわけですから」


 中々いさぎよい人だ、責任転嫁の塊の貴族より余程立派な態度である。


 「そうですか。じゃあこっちも頼りにさせていただきますよ、何しろアルビオン貴族の系図、紋章、土地の所有権とか全部そらで言えるのは貴方くらいですから」


 これがこの人の凄いところ、どういうわけかこの人は一度覚えようとして覚えたことは決して忘れないのである。

 彼自身は円周率を暗記するような感覚で覚えたそうだが、この能力はアルビオンに革命を起こす際おおいに役立ってくれるのである。

 しかもそこに現在陛下がノリノリで執筆中の「レコン・キスタ総司令官教本、これで今日から貴方も皇帝」が加われば鬼に金棒。

 貴族や軍人にこう聞かれたらこう答えろというのがあらゆるケースに対応して書かれている代物なので、クロさんがそれを暗記すれば外面は完璧な司令官が出来上がる。

 実際の能力は無いからそこは俺とシェフィールドでフォローすればいい。


 「はは、司教時代に趣味で覚えたようなものですが、ハインツ君のお役に立てるなら幸いですな」

 クロさんも笑顔。


 「ところで、ハインツと呼ぶのは禁止ですよ、その名前では俺がガリアの手先だとバラしてるようなものです」

 “悪魔公”の異名はアルビオンには届いていないだろうが、現在のガリアで最大の貴族であるヴァランス公の名は知られているだろう。


 「おっと、申し訳ないそうでした、確か、ゲイルノート・ガスパール、でしたかな?」


 「そうです。かつて王の暗殺と王子の暗殺を単独で行い惜しくも失敗した凄腕の傭兵ということになっているので」


 このアルビオンでは俺は技術開発局が開発した最新の変装用マジックアイテムを使用して人相を変えている。

 身長は変わらないが顔と髪と体型が変わり、筋肉質の傭兵っぽくなっている。

 顔と髪はかつての暗殺犯の時と同じなので、もしウェールズ王子やジェームズ王に会えば一発で思い出してくれるだろう。


 「その名声を利用して貴族を唆し、軍人や傭兵を味方につけるのでしたな。いやいや、その気持ちは私にも分かります、あの憎きジェームズ王がたった一人の傭兵に白昼堂々とハヴィランド宮殿に押し入られ王冠を奪われたと聞いた時は胸がスッとしましたからな、さらにその息子のウェールズも杖を奪われたとなれば王家の面目は丸潰れでした」


 ちなみに王冠と杖はマチルダに預けていたが今は俺の手元にある、貴族や傭兵との交渉に利用するためだ。


 王冠と杖を見せれば革命は成功すると思わせるのにこれ以上ない効果を発揮してくれる、しかもその奪った本人がその軍を率いるというのだから期待は高まるだろう。


 後は初戦に勝てば一気に形勢は傾く、それに既に北花壇騎士団アルビオン支部長マーヴェルに命じて軍人を懐柔するための仕込みを進めさせている。


 「その本人が今ここにいるわけですから大船に乗った気でいてください、クロさんにはクロさんに出来ることをお願いします」


 「分かりました、微力を尽くさせていただきます」


 そしてたった二人の革命戦争が始まる。


 しかしまあ、この人に会ってイメージが変わったのでシナリオ通りに使い捨てにするのはかわいそうだと思う。

 最後は両用艦隊に吹き飛ばされることになってるからその時にはスキルニルでも身代りにして彼はガリアに亡命させよう。


 この人の記憶力は得難い能力なのでガリア行政府の事務総長なども務まるはずだ、司教や皇帝なんかよりは余程天職のように思える。

 とゆーかぜひ欲しい人材というのが本音だ。


 こういう一芸に特化した人材を組織に上手く取り入れれば、さらに効率よく行政改革が進むはずなのである。






 俺はアルビオンでの騒動が終わったらガリアの優秀な官吏としてこき使ってやろう、という邪悪な計画を立てながらアルビオン革命運動を開始した。













[12372] ガリアの闇  第二十二話    予兆
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:10
 レコン・キスタを立ち上げてから早一年。

 既に大勢は決したも同然で、首都であるロンディニウムを除くレキシントン、シティオブサウスゴータ、ロサイス、ダータルネスなどの主要都市は悉く貴族派の領土となり、アルビオン南部は完全にレコン・キスタの統治下に置かれている。

 レコン・キスタの軍勢は現在3万、王党派は1万、未だどっちつかずが1万、残りがどちらにつくかがポイントだがあと2か月もして王党派の城が2,3個も落ちれば全てが貴族派に付くのは間違いない。


 要は時間の問題ということである。







第二十二話    予兆









 ガリア王国首都リュティスに存在するベルクート街、そこにある調度品全般を取り扱う店グランピアンの地下にある北花壇騎士団本部。


 今回は俺、イザベラ、ヨアヒム、マルコで会議中、この1年俺が忙しかったのでこの4人が揃うのは滅多になかった。


 こうしてのんびりと会議が出来ること自体がアルビオンでの革命が一段落ついた証でもある。


 「しかし、こうしてハインツ様に会うのもなんか久しぶりな感じがしますね。会うことは会ってましたが、報告を済ませるとすぐにアルビオンに行っちゃってましたから」


 「それは仕方ないだろ、向こうでまともに動けるのが俺だけなんだから。アルビオン支部の連中は情報の収集と管理は出来ても、軍事的な部分や貴族を味方につけたりとかは専門外だ。かといってこっちもこっちでやることがあるからフェンサーを引き抜くわけにもいかないからな」


 ガリア一国ならまだしもハルケギニア全体を操るには人材が足りていない、そこは俺が頑張るしかないのだ。


 「とはいえ最初の戦いの時は俺も参加しましたよ、つーかいきなり呼びだして別動隊を指揮しろとかマジあり得ないでしょ」

 愚痴るヨアヒム。


 「それを言っても仕方ないでしょ、最初の戦いに勝つかどうかで『レコン・キスタ』の今後が決まると言っても過言じゃなかったんだから。あれに勝ったからたった一年でここまでの優位を築けたんだからそのぐらい働きなさい、あんたはハインツの補佐官なんだから」

 咎めるイザベラ。


 「とは言ってもですね団長、人間ならともかくいきなりオークやトロールで構成された亜人軍団を指揮するってのはどうかと思うんですよ、いつ棍棒で殴られるんじゃないかと内心冷や冷やでしたよ」


 「それは心配なかったろヨアヒム、あいつらは俺がしっかりと調教もとい教育しといたから軍の一員としての自覚をちゃんと持っていたはずだ」

 ああゆう奴らには身体に教えるのが一番効果的なのだ。


 「今もの凄い物騒な言葉が聞こえましたけどまあそれはいいとして、ハインツ様、僕はここ一年宮廷貴族の監視に集中してたんでアルビオンの動きは概要しか知らないんですけど、一体どうやってこの短期間で勝利を確実にしたんですか?」


 俺はアルビオンに比重を置いていたので、封建貴族の監視は団長のイザベラに、宮廷貴族の監視はマルコに、フェンサーの統括はヨアヒムに任せていた。

 内政や行政改革は九大卿と宰相としてのイザベラに任せ、俺は“影”を使って内部の粛清と彼らの情報から確認された謀叛人の始末にあたった。(ヨアヒムの担当は治安維持方面)

 本部の“参謀”達も大分経験を積んだのである程度は自分で判断できるようになり、上には後で確認すればいいという感じになっている。


 つまり、北花壇騎士団もようやくトップが無能でも動けるような組織へと成長してきたということである。



 「そうだな、まずは貴族の懐柔からスタートした。3年前のモード大公投獄事件以来、南部の貴族は王政府に強い反発を持っていた、マチルダを探す時間稼ぎのためにその対立を深めたのは俺なんだが、幸運なことにそれが未だに生きてて、特にサウスゴータ地方の貴族は王政府に反旗を翻すことに抵抗はなかった」


 「要はハインツが何年も前からアルビオンに反乱を起こすための準備をしてたってことよ」

 イザベラが茶々を入れる。


 「とはいえ、大体反乱ってのはサルマーン家の反乱のように王軍に鎮圧されて終わる。特にこのハルケギニアに君臨する三王家は6000年間一度も王権を失ったことがない、身内同士の権力争いは死ぬほどあったがそういう場合は別の王族を立てて“正統な王”を用意する必要がある、それが無い限りは結局は失敗に終わるものだからな」

 それが6000年の歴史だ、まあ、色々な裏話はあるが。


 「だから今回は今までに無い大義名分を持たせたってわけっすね、“無能な王家を打倒し有能な貴族の合議制による新たな国家を打ち立てる。そしてハルケギニアを統一し始祖が果たせなかった聖地奪還を成し遂げる”、くくくく、まったく、神に逆らう俺達がそんなもの掲げる組織を作るなんて茶番もいいとこだよなあ」

 ヨアヒムが笑う。


 「だがそのためには象徴が必要でな、王家よりもカリスマがある象徴が、それが“虚無”でありそのためのクロさん、じゃなかったオリヴァー・クロムウェル。彼が聖地を取り戻すために始祖ブリミルから“虚無”を授かったというわけだ、その正体は『アンドバリの指輪』だがな」


 「ペテンですね」

 マルコが冷静に突っ込む。


 「『アンドバリの指輪』には死者を操るだけじゃなく生者を意のままに操る力もある、だから有力貴族を全部操っちまえば簡単なんだが、『アンドバリの指輪』の力は無限じゃない。技術開発局の研究資料としても利用したいからっていう理由でそんなに無駄遣いできない、そこで正攻法で行くことになった」


 要は俺にしわ寄せがきただけだ。


 「貴族を懐柔して反乱を起こさせるのに正攻法って表現もなんか変ね」

 イザベラも突っ込んでくる。


 「まあつまり、“虚無”なんていう信仰だけじゃなく現実の力を見せる必要があった。これなら王軍に勝てるっていう保証をな、それが“ゲイルノート・ガスパール”であり、彼が持つジェームズ王の王冠とウェールズ王子の杖だ、たった一人でこれらを奪うのが可能だったのだから貴族の協力があれば国家を奪うのもわけはない、とな」


 「ゲイルノート・ガスパール、“鮮血の将軍”と恐れられ、レコン・キスタ軍の実質的な司令官。一応傭兵部隊を率いる一将軍とはなっているが、彼を抑えられる者は総司令官オリヴァー・クロムウェルのみといわれ、軍事に口を出そうものなら政治家でも容赦なくその場で首を叩き落とすという。あらゆる魔法を切り裂く呪われた魔剣でもって」

 と、ヨアヒムがその男のことを口にする。


 「しかもその男は残虐非道、効率的な手段であるなら味方ごと大砲で吹き飛ばすのも日常茶飯事、殺した数は敵よりも味方の方が多いとも言われ、軍人だろうが傭兵だろうが貴族だろうが関係なし。しかし強い、誰よりも強い、そして殺すのは彼の指示に従わなかった部下であり、彼の指示を待たず突撃した部隊に彼は容赦なく砲弾を叩き込んだ。逆に彼の指示に従う者はどんな戦場でも生き残るという、故に今では“軍神”とも呼ばれ恐れられている」


 イザベラも続ける。


 「しかし略奪を決して許さず軍紀の乱れも許さない。ある村で略奪を行おうとした小隊を彼はその血塗られた魔剣で悉く切り殺し、その死体を串刺しにして見せしめとして市街地に晒したという。なぜと問われると彼はこう答えた“俺は戦争で勝つために生まれたのだ、戦争とはすなわち殺し合い、その輝かしき戦場を穢すゴミを俺は決して許さん、”それ故に生粋の軍人達からの信頼は厚く、彼を信奉する若い士官も多いという」


 マルコも続ける。


 「そして軍人の高官にとっては希望の星。なぜなら彼だけがいけ好かない政治家共を排除できる、力づくで、軍事に関して口を出し彼に殺された政治家は既に5人以上、『レコン・キスタ』をオリヴァー・クロムウェルと共に築きあげた最古参の人物であるが故に大貴族達も彼には逆らえない。彼は政治には一切口を出さない、しかし政治家が軍事に口を出すことを決して許さない」

 またヨアヒム。


 「よって『レコン・キスタ』の評議会はオリヴァー・クロムウェルを中心とする政治家とゲイルノート・ガスパールを中心とする軍人によって構成される。しかしガスパールは決してクロムウェルには逆らわず、クロムウェルも軍事に関しては一切口を出さないため、『レコン・キスタ』は鉄の結束を誇る、この二人のどちらかが死んだ時が『レコン・キスタ』が王党派に敗れる時となろう。しかし、この二人が健在である限り『レコン・キスタ』に敗北はあり得ない」

 イザベラが締めくくる。


 「で、それってハインツ様のことですよね?」


 「分かっててやってたろお前ら」


 なかなかの連携ではあった、こいつらにはナレーションの才能があるかもしれん。


 「しかし“鮮血の将軍”かあ、“悪魔公”に続く名誉ですね。その呪われた魔剣ってのも有名になりましたし」

 ヨアヒムが笑っている。


 その魔剣とは俺が持つ日本刀であり、『硬化』と『固定化』がかけられているので本来数人切ると使えなくなる日本刀を永続的に人を切れるようにした代物である。

 殺した数がおよそ200を超えたあたりから徐々に魔法とかも切れるようになり、代わりに手に持つと人を切りたくなるようになってきた。

 『心眼』で視ると禍々しいオーラを纏っており、殺せば殺すほどそのオーラは強くなっていく。


 「ところでハインツ様、その魔剣には名前はあるんですか?」

 マルコが聞いてくる。


 「ああ、“呪怨”という。人間を殺すほど強力になっていく剣だからこの名前がピッタリだ、今回の一連の戦いで数百人は殺したから一段と強力になっている。『ライト二ング・クラウド』でも切れるくらいに」


 妖刀『呪怨』、“鮮血の将軍”、“悪魔公”、“死神”、“闇の処刑人”などの渾名を持つ俺が使うのに最も相応しい武器だ。


 これが地球産でしかも手作りの品だからこそこうなったのだと思う、機械による量産品や魔法による品ではなく、
鍛冶師が精魂込めて打った日本刀だからこそ、ここまでの怨念を有するに至ったのだろう。


 「よくまあそんな物騒な武器を使うものねあんたも、私なら絶対に御免だわ」

 イザベラが呆れている。



 「ハインツ様らしいですからそこは問題ないですけど、ところでハインツ様、組織をどうやって作ったのかは大体想像つきました。要は『アンドバリの指輪』の力は極力使わず、名声、金、脅迫、外法、様々なものを利用して組織を作ったってことですよね。ですが、実際の軍事行動はどんなかんじだったんですか?」


 マルコが別の疑問を聞いてくる。


 「そうだな、まず簡単に地理を説明すると、アルビオン南部のトリステインに一番近いところに工廠の街にして軍港ロサイスがある。ここはアルビオン空軍の一大根拠地だ、そして北部の港ダータルネス、ここもロサイスにはやや劣るが空軍にとっては重要拠点だ、そして首都のロンディニウムがロサイスから北に300リーグ、ダータルネスから南に100リーグくらいの所にある」


 アルビオンは空軍が主力なので首都を除けばこの二つが最も重要になる。


 「そしてロンディニウムとロサイスの間ある街道の集結点となる大都市が二つ、シティオブサウスゴータとレキシントン、この5つをどうやって取るかが反乱のポイントだ」


 「確か反乱はシティオブサウスゴータから始まったんですよね」

 マルコが確認する。


 「ああ、王政府から離反した貴族の諸侯軍1万が決起してレキシントンに攻撃を仕掛けた。シティオブサウスゴータからの糧道を考えると、ロンディニウムをいきなり攻撃するのは不可能だったからな。しかし、王政府は当初簡単に鎮圧出来るものと楽観していた。サルマーン家がそうだったように、諸侯軍だけの反乱では空海軍によって簡単に制圧される。まあ、浮遊大陸のアルビオンでは空海軍ではなく空軍だが」


 空から攻撃されては手も足も出ない。


 「とうことは事前に空軍の一部を寝返らせたわけですね」


 「正解、ロサイスにあるアルビオン艦隊総旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号の艦長が協力を約束し、その指揮下にあったおよそ10隻の戦艦が寝返った。そして北方のダータルネスに係留中の艦隊の旗艦『ノビレス』の艦長も離反し、その指揮下の6隻も反乱に加わった。これが勝利の決め手だな」


 空軍を抑えなければアルビオン王軍には絶対勝てない。


 「だけどよマルコ、それだけじゃねえんだ、ここからが副団長の悪魔的な策略の見せどころさ」

 ヨアヒムが口を挟む。


 「そういえばそこまで詳しくは私も知らないわね」

 イザベラも聞いてくる。


 「1万の反乱軍がレキシントンを攻めていると知った王軍は、ロンディニウムに1万5千の兵を集めた。そしてロサイスとダータルネスに艦隊を動員し反乱軍を挟撃せよと指令を出した、それに合わせて1万5千の陸軍も前進し反乱軍を一気に殲滅する計画だ、その通りになればよかったんだがそうはならなかった、謎の亜人の軍勢がダータルネスに進撃したんだ」


 「それを率いたのが俺なんだよ、いきなり副団長に呼び出されて亜人の軍を指揮しろとか言われてマジ参った。何せオーク鬼が250、トロール鬼が150、オグル鬼が100、合計500の大部隊だ。アルビオン北部の高地地方(ハイランド)に住む亜人全部連れてきたんじゃねえかと思ったよ」

 ヨアヒムがその光景を思い出すように言う。


 「どうやってそんな数を集めたんですか?」


 「簡単だ、あいつらは知能がそんなに高くないから強い者に従う。『知恵持つ種族の大同盟』に参加してないから戦争に動員しても問題ないしな、それで群れのリーダーっぽいのを数匹『毒錬金』で殺して、逆らう奴も『毒錬金』で殺した。それで20匹くらい『毒錬金』で殺した後、皆殺しにされたくなければダータルネスに攻め込んで住民を皆殺しにしろと命令した。あと、俺が定めた人間の司令官には絶対服従、もし逆らったら皆殺し、というわけだ」


 「悪魔だ」

 「悪魔です」

 「悪魔ね」


 三者三様の答えが返ってきた。


 「で、そんなわけで王軍は1万をレキシントンに、5千をダータルネスに派遣した。そしてダータルネス救援軍が間に合って亜人軍と正面からぶつかったわけだが、そこで『ノビレス』と6隻の戦艦が王軍に砲弾をぶち込んだ。王軍の司令官は無能じゃなかったから、自軍が挟撃されていることをすぐに悟った。そして素早く決断を下し亜人軍を中央突破してロンディニウムに退却することに成功した」


 その裏切りのタイミングを送るためと、逃げる王軍を追撃しないように命令するためにヨアヒムを派遣した


 「だが、英断のはずの司令官の判断はこの状況では完全に裏目に出る、なぜか分かるな?」


 「その司令官はダータルネス軍も反乱軍であり、亜人軍と共謀し自分達を挟み撃ちにしようとしていると判断しました。しかし寝返ったのはその7隻だけであり、残りの軍は王党派だった。しかも亜人軍の目的はダータルネスの殲滅であり、残された軍や民にとっては王軍が自分達を見捨てて逃げたように感じた」


 それこそが亜人軍を使った理由。


 「そうだ、数は350程に減っていたがまだ亜人軍は健在であり、逆にダータルネス軍は7隻もの戦列艦が離反したことでさらに苦しい戦いとなる。王政府に対する信頼は完全に無くなったわけだ、そしてそこに援軍が現れる。三色の『レコン・キスタ』の旗を掲げたおよそ5千の軍勢が来て亜人軍を殲滅したわけだ」


 この軍隊が俺が南部で集めた盗賊、ごろつき、傭兵の混成軍、数だけは多いが錬度は王軍に遙かに及ばない、しかしダータルネス軍との挟み撃ちならば問題はなかった。


 「そして亜人軍を殲滅した傭兵軍はすぐに反転し一路レキシントンに向かった。王軍1万を挟み撃ちにするためにな、そしてその頃レキシントンでも、王軍と反乱軍との戦いが始まっていた。数は1万対1万と互角だったが王軍は空軍の支援があるとの前提で戦っていた。しかし到着したロサイスの空軍は反乱軍に味方し、『ロイヤル・ソヴリン』と10隻の戦列艦が王軍に砲撃を加えた」


 だがここで指揮官は判断を誤る。


 「しかしここでレキシントンを見捨てては、次々と都市が反乱軍に与しかねないので王軍はなおも留まって戦った。そこにダータルネスの艦隊が現れ王軍は戦意を取り戻すも、それは『ノビレス』と6隻の戦艦であり王軍に砲撃を加えた、空から挟撃された王軍はついにレキシントンを諦めロンディニウムに退却するも、その途中で傭兵軍5千に急襲されさらに大きな被害を出し、ロンディニウムに着く頃には兵力は半減していた」


 こうして最初の戦いは反乱軍『レコン・キスタ』の大勝利となる。


 「その一番活躍した傭兵軍を率いていたのがゲイルノート・ガスパールということですね、そうでもなきゃ傭兵軍がそんなに迅速に動けるわけがありませんし亜人軍なんかと戦えるわけがありません。戦わなきゃ自分達の司令官に殺される、迅速に移動しなきゃ自分達の司令官に殺される。かなり哀れですね」


 マルコが同情している。

 まあ最初から使い捨て用の部隊だったし。


 「王軍は大敗したようだが、実を言うと失ったのは5千の兵、レキシントン、そして合計18隻の戦列艦だけで、ロサイスとダータルネス、そして艦隊の大半は健在だったからまだまだ挽回のチャンスはあった。しかしロサイスとダータルネスが既に反乱軍に寝返っているのではないかという疑惑があり、王軍は次の行動を決めかねていた」


 そうなるように誘導した結果なのだが。


 「そして反乱軍の次の攻撃目標はロサイス、当然ロサイスはロンディニウムに援軍を求めたが王軍は直ぐに援軍を出すべきという者とこれは自分達を誘い出して挟撃するつもりではないのかと疑う者に分かれ、取っ組み合いが起こるほどだった」


 「そりゃあ難しいところだよなあ、もしロサイスが王党派なら見捨てることになるし、貴族派だったら罠にはまることになるし、かといってあんまりのんびりしてるとロサイスが陥落しちまう。でも軍内部で意見が分かれたままだと行動に支障が出ることが多い」


 ヨアヒムが考え込む、もし自分ならどうするかを考えているのだろう。


 「実はその取っ組み合いした二人は、両方共『レコン・キスタ』の内通者なんだ。その二人が意見の不一致で対立することで王軍の派遣を遅らせるためのな。でまあ、結局は援軍が派遣されたんだが途中で例の二人が寝返って貴族派についた、そしてロサイスは陥落し、王軍がまた都市を見殺しにしたことを北花壇騎士団の情報網でアルビオン中に流した、その結果王党派の信頼はさらに落ち、ダータルネスが離反した」


 「そこまでやるかい」

 イザベラが呆れている。


 「その二人は何で寝返ったんですか?」


 「この二人は金で買収した、そしてこの内乱が勝利に終われば相応の地位を与えることを約束したらあっさりと寝返った」

 一番簡単な懐柔だった。


 「自己の利益の為に国家を売るような輩をハインツ様が使うなんて珍しいですね」


 「いいや、その二人は数か月後、命令に従わなかったのでゲイルノート・ガスパールに殺されてる。兵に人気が無かった奴らだからそいつらの部下達は全員ゲイルノート・ガスパールの指揮下に入ることに納得した」


 「すげえこの人、利用するだけ利用したらあっさりポイしたよ」

 ヨアヒムが驚いている。


 「後は特に語ることもないな、ロサイスとダータルネスを押さえれば王党派が大規模な艦隊を動かすのは不可能になるから砦や城を一つ一つ確実に落としていった。そして現在3万対1万にまで形勢は傾いている、残りの貴族が寝返るのも時間の問題ということだ」


 そして俺は一息ついてここにいる。


 「まったく、あんたは本当に容赦ないわね。アルビオン王家に恨みがあるわけでもないのに、よくそこまで悪辣で無慈悲な戦略をとれるわ。この6000年の歴史の中でここまでアルビオン王家に害しか与えなかった人物ってあんたしかいないんじゃない?」


 「やるんなら徹底的にが俺の信条だからな、一度殺すと決めたら2度と俺に逆らう気力がなくなるくらい残虐に残酷に殺した方が効率的だ。まあ、アフターケアも忘れずにだがな」


 どうもアルビオン王家にとって俺は鬼門のようだが。


 「はあ、凄い作戦でした、ハインツ様はよくそこまで考えられますね」


 「いいや、実行したのは俺だがこれを考えたのは俺じゃない、こういう軍略の専門家というか戦争の天才といえる連中をお前らはよく知ってるだろ?」


 「あ!」

 「あの人達か!」

 マルコとヨアヒムが叫ぶ。


 「『影の騎士団』の連中ね、よく考えてみるとサルマーン家反乱のときの作戦とどことなく似てる感じもするわ」

 イザベラは納得している。


 「陸軍の動きはアドルフとフェルディナンが、進軍速度や休息のタイミングなども含めて考えた。空軍の動きはアルフォンスとクロードが。そして王軍がどのくらいの時間で、どの程度の兵を動員出来るかを計算したのがアラン先輩とエミール。彼ら6人が立案した作戦を俺が実行に移しただけ、蛇の道は蛇ということだ」




 3人はしばし沈黙。




 やがてイザベラが口を開く。


 「まあ、これでアルビオンはほぼ片付いたも同然ね、となると次はロマリアの仕込みね」



 次の議題に入ったようだ。



 「正確にいうとガリア国内のブリミル教寺院への仕込みと言うべきかな」

 俺が訂正する。


 「そうだった、確か“悪魔公”がヴェルサルテイルでロマリアの枢機卿を殺したって話でしたっけ」

 ヨアヒムが思い出す。


 「一応病死という形で処理されたらしいけどロマリアとの国交は断絶、戦争じゃないから個人単位の商売や輸出入はとりあえず認められるもロマリアの大使がガリアに駐在することはなくなったそうですね」

 マルコが付け加える。


 「だけどロマリアに駐在するガリアの大使は未だにいるし各都市には領事もいる、一応腰を低くして謝罪する構えを見せているわ」

 イザベラが満足気に言う、この人事は彼女の担当だったからな。

 ちなみに各都市に領事がいるのはロマリアが単一国家ではなく都市国家連合体だからである。

 一応ロマリア連合皇国とはなっているが各都市国家は外交などでロマリアの意向に沿うとは限らない。


 「水と資源に乏しいロマリアにとってはガリアから大量の慰謝料をもぎ取る大チャンス。遺憾の意を示すために、本国から出向しているガリア駐在の大司教などを全て引き揚げさせたのがその証拠、それに対してガリアの大使は“悪魔公”一人の無礼ということにして彼を悪人にすることで何とかロマリアとの国交を回復しようとしている。宮廷での改革についていけず、ブリミル教を中心とした古い慣例に従うしかできない無能者をあえて大使や領事に任命する、流石だなイザベラ」

 これについては絶賛できる。


 「そうよ、彼らにとっては生意気な若造が犯した失態を我等正統の貴族が挽回し、ロマリアとの国交回復をなんとしても成し遂げてみせると思ってるんでしょうし、ロマリアはその気概を利用して出来るだけ大金をせしめようと考えてるわ。まさか、ガリア内部の寺院とロマリア宗教庁との繋がりを絶つためとは考えもしないでしょうね」


 微笑むイザベラ、あの悪魔とは違い悪戯が成功して喜んでいる年相応の少女の笑みだ。


 「これでガリア内部の寺院が腐敗して、平民にどれだけ負担をかけてもロマリア宗教庁はそれを知る術はない。後はその平民の負担をガリア王政府が肩代わりしてあげれば平民の心は次第にブリミル教から離れガリア王政府に寄っていく、そして、最終作戦に繋がるわけですね」

 マルコが言う。

 ロマリアはブリミル教の中心地であるということしか特徴が無い、故にガリアの民の心がブリミル教から離れればロマリアは無力となる。

 後は圧倒的軍事力で叩き潰せばよい、純粋な国力差は20倍以上近く離れているのだ。


 昔のガリアはバラバラだったからそうもいかなかったが、今のガリアならばそれも可能である。


 そのための“最終作戦”だ。


 「そういうわけでお前達二人の役目はしばらくそれだ、マルコ、お前は各寺院の監視、ヨアヒム、お前は『ルシフェル』の指揮だ」


 「了解」

 「了解しました」


 そして二人は退出していく。











 そして俺達二人が残る。


 「アルビオンに続いてロマリアでも活動が始まった、歴史が動いてるわね」


 「ああ、歴史の流れってやつを肌で感じられるようになってきたな」


 今、間違いなく歴史が動き始めている、まだこれは予兆に過ぎないがいずれ本格的に動き出す。


 「アルビオンは『レコン・キスタ』、そしてロマリアは新教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ、どちらも聖地奪還を目指した活動を開始しようとしている、片方は私達の傀儡に過ぎないけどロマリアの方は本気でしょうね」


 「だからこそ最終作戦が意味を持つ、そのための下準備は俺達の役目だからな、気合入れていこう」


 そのための北花壇騎士団だ。


 「下準備ね、つまりそれは劇場を作っているってことよね。そして『レコン・キスタ』を始めとして様々な舞台が出来上がりつつある、となると主演は誰かしら?」


 「ふむ、歴史の流れを俯瞰して見れば虚無の復活、これが最大のポイントだ、となると4人いるという担い手の誰かになるのは間違いないな」


 4人の虚無の担い手、そういう存在があるのが陛下とシェフィールドの虚無研究によって明らかになっている、そしてその使い魔とルビーと秘宝の関係も。


 「そうなるとアルビオンは無いわね。ティファニアという子の気性は聞いてるけど、冒険より平穏を好むタイプでしょ、そのタイプは物語の主役には成り得ないわ」


 確かに、彼女は森で子供達と平穏に暮らすのが一番合ってそうだ。


 「ロマリアの教皇と使い魔は論外だな。確か、ジュリオ・チェザーレとかいったか、聖堂騎士のくせに風竜を誰よりも上手く乗りこなしている時点でヴィンダールヴ決定だが、こいつらは過去に縋るしかできない。未来を切り開く力が無い、こんなのはちょい役にはなっても絶対に主役にはなれない、つーかこんなのが主役だったらそんな物語は糞だな」


 過去の栄光に縋るしか能が無いブリミル馬鹿はこのハルケギニアの老廃物でしかない。

 例え最初がどんなに素晴らしいものでも最早老いたのだ、ならば潔く退場すべき。

 6000年は長すぎる。



 「ガリアの担い手はあの悪魔だからね。どう考えても悪役だわ、最後に打倒される諸悪の根源にはなっても物語の主人公はあり得ないわね」


 「だけど俺達はその悪役の手下2号と手下3号になるな」


 「最悪ね」


 手下1号は当然シェフィールドだ。




 「後は一人しかいないな、トリステインの担い手であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」


 「間違いないのよね」


 「ああ、彼女はトリステイン最大の封建貴族であるヴァリエール公爵家の三女、しかし魔法が一切使えずどんな魔法を使っても爆発するそうだ。どう考えても虚無の担い手、そして現在の歴史という物語の主役だな」


 彼女こそ、この世界を舞台とした壮大な劇の主役。


 「そう言い切れる根拠は?」


 「彼女は来月のフェオの月(4月)にトリステイン魔法学院に入学するらしい、そして同時にシャルロットも入学する」


 「なるほど」


 「それだけじゃない、今現在怪盗『土くれのフーケ』としてトリステインで活動してもらっているマチルダ、彼女も学院長の秘書としてトリステイン魔法学院に勤めるらしい」


 「それはまた」


 「そして極めつけ、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレの母であるヴィットーリアという女性、その人がロマリアから逃れて辿り着いたダングルテール、そこをロマリアとの裏取引したトリステインが焼き滅ぼし、その任務にあたった魔法研究所実験小隊の隊長ジャン・コルベール。その人も教師としてトリステイン魔法学院にいる、おそらく彼が『炎のルビー』を持っていると思われるな」


 これを調べるのには苦労した、ロマリアと裏取引をしたトリステインの高等法院長リッシュモン、そいつの屋敷に忍び込み拷問にかけて知ってることを全て吐かせ、偽の記憶を植え付ける毒で記憶を消しておいた。


 そして上がったのが魔法研究所実験小隊であり、その隊長であったジャン・コルベールという人物は何らかの形でヴィットーリアと関わっていると見るべき。


 このためにロマリア大聖堂とトリステイン王宮に何度も忍び込んだのだ。(俺が)


 「できすぎね、アルビオンの虚無に関係するマチルダ・オブ・サウスゴータ、ガリアの虚無に関係するシャルロット・エレーヌ・オルレアン、ロマリアの虚無に関係するジャン・コルベール、そしてトリステインの虚無であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、全部一箇所に集ってるわけか」


 素晴らしい偶然だ。


 「凄い偶然だな、その偶然によって彼女は知らず知らずの内に他の虚無の担い手との接点を持つようになる。+そしてトリステイン魔法学院では2年生に上がる進級試験として『サモン・サーヴァント』を行う、彼女の気性を考えれば呼ばれるのは恐らくガンダールヴ、その瞬間こそが物語の開始となるだろう」


 そうとしか思えない組み合わせ。


 「あんたが意図的にシャルロットをトリステイン魔法学院に入学させたんじゃないものね」


 「ああ、流石にリュティス魔法学院はまずかったからそれと同等の魔法学院といえばそこになった、ただそれだけ。マチルダにしても俺は特に指示をしていない」


 ちなみにシャルロットを学校に行かせてやろうというのはイザベラの希望だ。

宰相であり北花壇騎士団団長であるイザベラは絶対に学校にはいけない、なのでせめてシャルロットには自由な学校生活を送って欲しいという彼女の願いだ。

 たまにフェンサーとしての任務で抜けることもあるが、イザベラに比べれば時間の自由ははるかに多い。


 イザベラにとってシャルロットは自分には不可能な夢を託す希望なのだろう、6000年の闇の上に成り立つガリア王家においてシャルロットだけが身内殺しと粛清という宿業に囚われていない。


 「となると完全にただの偶然、だとしたらルイズという少女が主役で間違いないわね。あとちょうど一年くらい、そうしたら物語の幕が開ける」


 「その時が来ればいよいよ俺も本格的に活動することになるな、子供が夢見るような英雄の物語を完成させるには裏で骨を折る悪魔が必要だ、もっとも、ただ指示を出すだけの悪魔もいるがな」


 骨を折るのは多分俺だけになる。


 「そうね、開幕の合図を聞き逃さないように注意しましょう、そしてその時までに出来ることは全てやって、万全の状態で茶番劇に臨むとしましょうか」







 俺達はあと一年という準備期間を確認すると共に、それまでになすべきことに思いを馳せていた。




 徐々に近づく開幕の合図の予兆を感じながら。








[12372] ガリアの闇  第二十三話    開幕
Name: イル=ド=ガリア◆8e496d6a ID:7663c1fe
Date: 2009/10/01 21:10
 時はブリミル歴6242年のフェオの月。


 この世界を巨大な舞台とした演劇がいよいよ始まろうとしていた。


 その開演の合図がいよいよ明日となった日、俺は陛下に呼び出されグラン・トロワへと向かった。





 「陛下、ハインツ・ギュスター・ヴァランス参りました」


 「はっは! 見ろ! 人がゴミのようだ!!」


 「そろそろ殺していいですか?」


 「反逆罪で処刑する」


 「ごめんなさい」




 馬鹿なやりとりから入る主従だった。






第二十三話    開幕








 陛下のセリフはとても有名な例の作品のものだ。


 なぜこんなしょーもないセリフを陛下が知っているのかというと、聖地にあると考えられる地球とこの世界を繋ぐ

『ゲート』からは地球の兵器類がときどき流れてくるのである。


 ロマリア大聖堂に忍び込んでその辺の情報は数千年分まるごといただいてきたので、どういう目的でそれらの兵器

がこの世界に流れてくるのかも分かっている。(何人かの枢機卿が廃人となった)


 神の盾であるガンダールヴは右手に大剣、左手に長槍を持っていたというが、剣は自分の守りに、そして槍は遠く

の敵を討つためのもの、6000年前はそれが槍だったが弓、銃、大砲と次第に兵器は進化し、そういった兵器をガンダ

ールヴのために召喚するために始祖ブリミルは『ゲート』を開いたのではないかとロマリアでは考えているようだ。

(馬鹿がうっかり開きっぱなしにしただけではないかと俺達は考えている)


 俺が持つ“呪怨”もその一つでかなり昔の品が暗黒街にあったのである、ロマリアの密偵が聖地付近でそういった

“場違いな工芸品”を集めており、それらの多くはロマリア大聖堂の地下墓地(カタコンベ)に保存されている。何とタイガー戦車まであったのだから驚きだ。(いくつかは頂いてきた)


 もっとも、戦車は中に人が乗っていて彼らが戦車を動かしてガリアの地まで移動したが燃料切れになり、それを聖堂騎士団が回収しただけらしいが。


 そんなわけで最近はガリアでも専用の回収部隊を編成し“場違いな工芸品”を集めたのだが、一番新しいものが日本の警察官のロッカーで、そこにあった拳銃と一緒に漫画や小説もやってきてしまった。


 その中に“天空の城○ピュタ”の漫画版や夏目漱石の“こころ”や銀河英雄伝説全巻などもあり、陛下が読んでみいとか言いだしたので、俺が以前自分で作った日本語翻訳辞典を貸したら1か月くらいで日本語をマスターしていた。


 相変わらず恐ろしい頭脳だが、その頭脳が全て俺を苦しめるために発揮されるのが最大の問題である。


 とまあ、そんなわけで陛下が変な言葉を覚えてしまったのである。




 「しかし陛下、いきなりその言葉で返されたらいくらなんでもひきますよ?」


 「このセリフはお気に入りでな。いつか“ヨルムンガント”が完成した暁には人間を踏みつぶしながら大声で叫んでみたいと思っている」


 「あ、それいいですね」

 “ヨルムンガント”とは現在シェフィールドが技術開発局で開発中の全長25メイルにもなる大型ガーゴイルである。

 通常の攻城用ゴーレムは土製でしかも壊れやすく動きも鈍重だが、“ヨルムンガント”は鉄の鎧を着込んで耐久力を上げ、さらに敏捷さと精密さを兼ね備えた動きを可能にすることを目指している。


 「そうだろう、ミューズが作っている“スプリガン”や“ガエブルグ”に火薬と火種を戦列艦にばらまかせ、艦が爆破炎上する様を見ながら言うのも捨てがたいが」


 「悩みますね」


 “スプリガン”と“ガエブルグ”は既に実用化されている量産型の飛行機能付き戦闘用ガーゴイルだ。

 大きさは人間くらいで通常の「土石」で作るためコストが安く、お買い得である。


 ガリア両用艦隊では全ての艦に配備されており、近接戦闘の主力になれるように効率的な戦術をアルフォンスやクロードなどが考案中である。


 「って陛下、こんなこと話すために呼んだわけじゃないですよね?」


 「半分はそうだが」


 「そうですか」


 この人の話にまともに付き合ってもいいことなんか一つも無いのはこれまでの経験が物語っている。



 「まあよい、呼んだのは他でもない、開幕がいよいよ明日に迫っているのだ、一応準備に抜かりはないのか確認しておきたくてな」


 ようやく本題に入ったようだ。


 「出来ることは全部やったと思います。とはいえアルビオンとロマリアは状況に合わせて臨機応変になりますし、技術開発は陛下とシェフィールドに任せきりですから、開幕までに整えることと言えばトリステインにおける情報網

の構築と魔法学院の掌握ぐらいですけど」


 ガリア本国の宮廷貴族や封建貴族の調整は現段階では主演達となんの関係もない。


 「ふむ、抜かりはないな?」


 「はい、シャルロットが入学してくれたのが好都合で、一応俺はシャルロットの世話役というか後見人というか、マルグリット様は生きてますからその表現は少し違いますが、とりあえず彼女の学費を出してるのは俺なので。その縁で魔法学院に多額の援助をして、そこから根を伸ばして今では学院の経営はほとんど俺の意のままです」


 ヴァランス家の財力はガリアで最大である、トリステイン貴族は見栄っ張りだが学院にそれほど金をかけているわ

けでもなかったので、財力にものをいわせて経営陣を一気に買収したのである。


 「くくく、お主、なかなかの悪よのう」


 「そのネタをまだ引っ張りますか」


 たしか時代小説も混じっていたな。


 「つまりお前が裏の学院長というわけだな、その権力を使えばファインダー、シーカー、メッセンジャーを学院中

に配置するのは造作もないな」


 「しかもシャルロットとマチルダもいるのでフェンサーも充実しています。それにトリスタニアには支部が置かれていますので増援を送ることも容易です。トリステインの情報網の構築は完了してますので、担い手がどのような行動をしても完全な追跡が可能です」


 この1年はこれの構築にかなりの労力を費やした。


 「御苦労なことだ、しかし、そこまでしてそのルイズとやらが担い手ではなかったら完全な間抜けだな」


 「それは無いかと、各地の担い手の縁者がトリステイン魔法学院に集中してますし、それにルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという少女の渾名は“ゼロ”だそうです。魔法の成功確率ゼロからつけられたそうですが実に面白い、これはもう間違いありません」


 どこまでも偶然、故に必然。


 「なるほど、“ゼロ”と嘲られ続けた少女が使い魔の召喚によって大きく運命を変え、やがて本当の自分の属性に目覚め、様々な試練を仲間と共に乗り越え成長していく、そしてついに諸悪の根源を打ち倒すか。典型的な英雄譚(ヴォルスング・サガ)だな」


 「ならばその従者には“イーヴァルディの勇者”が相応しいかと、故にガンダールヴが召喚されると俺は予想しています」


 やはりファンタジー世界の英雄譚には剣と魔法の組み合わせだろう。


 「ふむ、俺はミョズニト二ルン、ロマリアの狂信者はヴィンダールヴ、後は二つか、ハーフエルフの少女とやらは戦闘を好まないのだろう。ならば消去法でそうなるな」


 狂信者とは当然教皇のことだ。


 「あとはどんな人物が召喚されるかですが、俺は地球出身者だと考えてます」


 「でなければロマリア大聖堂に眠る“長槍”はただのガラクタとなるな、後はお前くらいしか使える者もおるまい




 それはそうだが。


 「俺は軍事関係の人間ではなく医療関係の人間でしたからそちらは専門外です。この日本刀は例外ですが、重火器についての知識は全くありません。使えるとしたら地球出身のガンダールヴくらいでしょう。それに、俺は科学兵器をこの世界に持ち込むことには否定的なので」


 これが俺の考え。


 「なるほど、あくまで演劇の大道具でしかないというわけか、そして物語の終わりと共に道具は片付けられる」


 「そうです、世界を大きな舞台とするならこの世界では魔法文明という演目で、地球では科学文明という演目でそれぞれ歴史という劇が行われています。平民が魔法に代わる科学という新しい力を手に入れ革命を起こし、貴族社会を終わらせるというのは俺にとっては最低の悪夢です。だって、せっかく二つの舞台があるのに同じ演目の劇を上演してもつまらないじゃないですか」


 どうせなら別々の劇をやったほうが面白いに決まっている。


 「なるほどな、しかし、異なる文化を取り入れ進歩していくというのも、また人間の歴史なのではないか?」


 「それはそうですけど、絵の具に墨を混ぜても仕方が無いと俺は思うんですよ、赤と青を混ぜれば紫になりますが、赤に黒を混ぜても黒にしかならないので」


 向こうの世界はそういう世界だ、異なる文化というより異形の知識、禁断の知識と言うべき。


 ちょうどクトゥルフ神話における異界の神々の知識と同じ、人間が知るべきではない代物だ。


 「お前がかつていたという世界はそれほどのものか」

 陛下が感心したように言う、実に珍しい。


 「いつものように俺個人の考えに過ぎませんから、これが真理だと言うつもりはありません。俺は自分の考えに沿って行動して、その責任は全て自分で負います。まあ、イザベラに言わせるとそこが俺の狂ってるところらしいですが




 俺を一番理解しているのはあいつだろう。


 「だろうな、責任転嫁を一切しない人間など人間ではない。そいつは生まれながらにどこかが壊れている。しかも、それを嘆くのではなく肯定し、その人生を良しと笑うのが最も異常なところだろうがな、くくくくくっ」


 笑う陛下。


 「あとついでに禁忌感というものも生まれつきなかったみたいですね。最初に人間を殺した時、俺は無邪気に笑ってましたがそんな自分を恐ろしいとは微塵も思いませんでしたから、俺は俺であると、それだけあれば十分でした」


 「純粋な善意で人を助け、純粋な悪意で人を殺すか、まさしくロキ、善でも悪でもないトリックスターだな」


 トリックスターを悪魔が笑う、普通の人間がここにいたらどう思うだろうか。



 「さて、そんなお前が地球とやらはこの世界と混ざるべきではないと考えた、その理由を言ってみろ」


 「陛下は空想科学小説をお読みになりましたよね、ならばその答えは既に判っているのでは?」


 この人がそれに気づかない訳が無い。


 「それは俺の考えであってお前の考えではない、お前の考えを言ってみろ」


 陛下はなおも問う。


 俺が異形の知識ともいえる異世界の本を見せれると思ったのは陛下だけだ、イザベラ達だと逆に危うい、なまじその恐ろしさが理解できてしまうが故に破滅を呼ぶことになるかもしれない。

 これが普通の人間だったら問題ない、そんな世界もある、程度の認識で終わる、考えてはいけない部分を無意識に排除するからだ。

 とはいえ、恋愛小説や官能小説とかなら問題はないが。


 「始祖ブリミルが『ゲート』を開いたのがおよそ6200年前くらいと考えられ、その頃の地球はまだまだ未発達でした。そしてその後4000年くらいは二つの世界に特に違いは無く、魔法や亜人が存在するという部分を除けば文化や価値観もかなり似通っていたはずです」


 紀元前4200~紀元0年あたりまで、四大文明の最初期からローマ時代のあたり、日本では縄文から弥生くらいだ。


 「もしハルケギニアの人間が500年に一度地球を覗けるとしても特に大きな違いは感じなかったはずです。そしてそこからは徐々に地球の進歩の速度が上がっていきますが、500年前まではそれほど大きな違いも無かったはず、文明が進んでいたのはむしろハルケギニアの方でしょう」


 西洋ではローマ帝国の崩壊からカール大帝の時代、十字軍、神聖ローマ帝国、ルネサンスなど様々な出来事があるが文明の根幹にはそれほど変化は無い。


 日本では古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町に至るまで、多少の変化はあれど基本は変わらない。


 西暦1500年の地球とブリミル暦5700年のハルケギニアを比較すれば文明的に進んでいたのはハルケギニアだろう。


 当時馬しかいない地球と異なり、時速150リーグ以上で飛べる竜をはじめとする各種幻獣がおり、医療に関しても水の秘薬と魔法がある分ハルケギニアが進んでいただろう。


 そして貴族と平民という差別はあるが、奴隷階級が既にハルケギニアには無かった、平民は貴族に奉仕するものなれど隷属するものではない、そういう価値観が存在していたのは確かなのだ。


 逆に地球ではその頃から黒人奴隷の売買が活発になっていく、昔からあったことだがそれがさらに加速されていったのである。


 「しかし、西暦0年、500年、1000年、1500年と飛ばして見ていってもそれほど驚かないでしょうが、2000年を見るとその世界は一変します。無論地球全てではなくそのまま残っているところも多くありますが、人間が住む世界は完全に別物になりました。科学技術は狂ったように発達し、何もかもがとんでもない速度で進んでいきます」


 異なる世界を体験すると判る、地球は異常だ。

 ほんの500年前までは一定のペースで文明も人口も進んでいたのに、産業革命のあたりから何かが狂いだしているようにしか思えない。


 中学校や高校でも授業で人口の増え方や人間一人当たりのエネルギー消費量の変化などを教えていたが、地球しか知らなかった頃は特に何も感じなかった。


 しかしこちらに来るとあの世界がどれほど異常なのかが良くわかる。


 「兵器も次々に進化し戦争は大量虐殺の場となり、たった6年の戦争で6000万人が殺されるようになっていき、たった一つの兵器で20万人以上を殺せるようになります。現在ならば人類全てを殺しつくすことも容易です。もし地球最の国家の権力者がかつての陛下のように狂えば、その時が人類の終わりになるかもしれません。というかそういう物語がいくらでも作られております」


 “猿の惑星”や“火の鳥”などがいい例か、人類が進歩しすぎた為に滅びた物語は非常に多い。


 「そしてこの世界は地球にとってまさに物語の世界なんです。物語の中での滅びを簡単に実現できるほどに進歩した地球が、本当の物語の世界と繋がればどうなるか、人間というのは国家という単位になると、碌でもない考えしか出来なくなりますから、その結末は一つしかないと思います」


 滅びるしかないだろう、そうならないかもしれないが、少なくとも俺はそう思う。


 「なるほど、その最たる例がお前だな。お前の『毒錬金』、あれは殺傷性、虐殺性において他を圧倒している、虚無や先住の魔法でもあれには遠く及ばん、あれを誰もが兵器として使用する世界、それが二つの世界が混ざった結果というわけだ」


 その通り、サリンやタブンといった大量虐殺用の毒ガス、ウランやプルトニウムといった核燃料、そういったものが個人で簡単に生成できる世界、実に素晴らしい世界だ。


 単独の自爆テロで数十万人を簡単に殺せるようになる。


 「はい、一言で言えば俺が一般人になる世界です。最低の最悪としか言いようがないと思います」


 「くくく、ははは、はーっはっはっはっは!! 確かにそれは最低の世界だ。なんとも分かり易い例えだな、うむ、実にその通りだ。お前が一般人となる世界など悪夢以外の何ものでもないな、俺にとっては面白い世界になりそうだが、大半の人間にとってはたまったものではないだろうな」


 自分で言ったことだがそこまで賛同されると少し哀しい。


 「まあつまり地球と交流するには遅すぎたということです。それかもしくは早すぎるのか、あと数十年もすれば地球でも『錬金』や『固定化』を科学で実現できるようになっているかもしれません。それこそ虚無の『ゲート』や『加速』すらも科学で再現できる時が来るかもしれません。そうなって地球の方からこちらに接触するならば、そのときは大丈夫だと思います、それに対する対抗策も同時に開発されてるでしょうから」


 「そこは俺達が考えても仕方が無いな、未来がどうなるかなど誰にも分から。、しかし、聖地の『ゲート』をエルフ達は“悪魔(シャイターン)の門”と呼んでいるのだったか、まさにその通りだな」


 俺達もただ待っているだけではなくエルフとの接触を試みている。『知恵持つ種族の大同盟』から人間、翼人、リザードマン、ケンタウロスの4種族でエルフの住むサハラに何度か赴いたことがある。


 エルフは大体好意的に受け止めてくれて交流会も上手くいった、しかしエルフは共和制で議会制の統治体制を取っ

ており、しかも長命な種族なので総意がまとまるのにかなりの時間がかかる、エルフに比べると人間はせっかちなの

だ。


 まあ、あと1年以内には“ネフテス”の総意がまとまると見ている、そうなれば向こうから大使を派遣してくること

だろう。


 「まあそれはともかく、エルフとの交渉も上手くいってますから開演には問題ないと思います、最終作戦までにはエルフの協力も得られるでしょう」


 「あいつらは何事を決めるにも時間がかかり過ぎるのが欠点だな。まあ、俺達とは時間の流れが違うのだから当然と言えば当然か、あいつらにとっては急いでいるのだろうな」


 陛下もエルフには好意的なようだ、というかこの人は誰にでも好意的なのだ。


 「よし、後は開演を待つのみか、開演の後のお前の役割は心得ているな?」


 「はい、彼らを導き英雄に育て上げること。そのために様々な試練を与えること、そのために過労死寸前まで働くこと、ですね」


 どうせそこは変わらない。


 「正確には違うな、過労死するまで働き続けるのだ」


 その上があった。


 「あの~、その後どうするんですか?」


 「お前をホムンクルスにして死んでもこき使うだけだ」


 ひでえ。


 「悪魔」


 「お前もやっているだろう」


 「そういやそうでした」


 これも因果応報というのだろうか。




 「死体をこき使ったり、謀略で国家を転覆させたり、粛清したり、拷問したり、殲滅したりと、悪人ですね俺達」


 悪行を数えればきりがない。


 「収賄、猥褻、強姦、虐待などがないだけましではないか?」


 「それもそうですね」


 妙な納得をする俺。



 「それでは、俺は行きますね」


 「6000年に一度の祭りだ、せいぜい楽しめ」


 「陛下こそ」



 そして俺はグラン・トロワを後にし、プチ・トロワ経由で北花壇騎士団本部に向かった。






















 そしてイザベラにことの顛末を報告し、スケジュールの最終調整中。


 「それでハインツ、もう一回一つ一つ確認していくわよ」


 「了解」


 今回は副団長モード、イザベラが訊いて俺が答えるという確認方法でいく。


 「まず、技術開発局の方はどこまで進んだのかしら?」


 「地上戦闘用ガーゴイルの“カレドウィヒ”と“ボイグナード”は既に量産体制に入っています。そして空中戦用の“スプリガン”と“ガエブルグ”も同様です」


 “カレドウィヒ”は剣や槍を持って戦う近接戦闘型、敏捷性にも優れる。

 “ボイグナード”は主にボウガンや銃で戦う遠距離戦闘型、照準を定めたり弾込めなどの動作も必要になるため敏捷性をやや犠牲にしている。


 “スプリガン”は“カレドウィヒ”に飛行能力が付いたもの、そのため全体的な精度が落ちる。

 “ガエブルグ”も同様、“ボイグナード”に飛行能力を付けたものであり能力がやや落ちる。


 4種に共通してるのはコストが同じこと、一体につきおよそ50エキュー(約50万円)程度である。


 あと何年かすれば様々なアナザータイプが登場するかもしれないが、今のところ量産体制に入っているのはこの4種だけである。


 「戦闘用はそれでいいとして他にも色々あったわよね」


 「監視用の“アーリマン”、伝令用の“リンダーナ”などですね、他にも色々作っていたようですが、正規軍ではまだ採用されていないのでとりあえず考えなくていいですね。後は何といっても“デンワ”これですね」


 “アーリマン”は早い話監視カメラである、しかし記録能力がないので人間がそれを通して監視し続ける必要がある。


 “リンダーナ”は北花壇騎士団で古くから採用してるものをより低コスト化したもの、血を覚えさせることでその対象に手紙を届けるのだ。


 「“デンワ”ね、便利なのは間違いないけど最大の問題があるわよね」


 イザベラの苦悩ももっともだ。


 「これを介することで離れた場所にいる相手と会話できる優れもの、まさに通信手段の革命。しかし問題はその外見、話したい相手をかたどった人形でそれに本人の髪、血、爪などを仕込む必要がある。つまり傍から見ると人形に話しかけるいっちゃってる人にしか見えない、周囲から哀れなモノを見る目を向けられる覚悟が必要です」


 非常に便利だがもの凄く高コスト、一体1万エキュー(約1億円)もするのだ。


 まだまだ特権階級のみの代物である。


 ちなみに“デンワ”を命名したのは当然俺だ。



 「後は“魔銃”と“魔弾”の開発ね、そっちは?」


 「実用段階までは来ました、後はコスト面の問題だけです」



 これがこの世界をぶっこわすためのアイテムその1。


 その名の通り“魔銃”、魔法を込めた“魔弾”を打ち出すマジックアイテムである。


 この発想そのものは6000年前から存在しており、『ゲート』を込めた鏡や、『幻影』を込めたマントもその例。


 『フェイス・チェンジ』を込めたネックレスなど魔法付与の道具はあちこちにある。


 攻撃用の魔法もその例に漏れず、「水」と「風」を付与した拘束具があり、合図に応じて電流が流れる代物。


 また、刺さった相手を一瞬で凍りつかせる“凍矢(アイス・アロー)”などもあるが、全てに共通してることが非常に高いということである。


 “凍矢(アイス・アロー)”は1本で20エキュー(約20万円)もするので割に合わない、軍隊で量産して使用するわけにはいかないものなのだった。

 他のアイテムも同様で、要は一部の特権階級専用の嗜好品に過ぎないわけであり、1年の生活費がおよそ120エキュー(約120万円)の平民には無縁の品ばかりなのだ。


 俺達が目指すのはマジックアイテムの低コスト化、その先駆けがこの“魔銃”と“魔弾”であり、“魔銃”は一丁100エキュー(約100万円)、“魔弾”は一発50スゥ(約5千円)あたりを目指している。


 「火」の魔弾が「イグニス」、「風」に魔弾が「スライサー」、「雷」の魔弾が「ヴァジュラ」、「氷」の魔弾が「セルシウス」と呼ばれており、まだ3エキュー近くするがより低コスト化を目指している。


 これが軍で実用化されれば“魔銃”で武装し“魔弾”を持った平民の兵士が主力となり、メイジは後方支援に専念できる。


 これまでの問題点として、進軍期間が2週間、戦闘期間が3日の場合メイジが魔法を放てるのは3日だけとなる。


 しかし新方式ならば14日間の進軍中に“魔弾”に魔法を込め続けることができ精神力が無駄にならない、“魔弾”に魔法を込めれるのはメイジだけなのでメイジは特権階級ではなくなるが、専門技術を持った技術者となる。


 平民が“魔銃”で戦えるのは後方でメイジがせっせと“魔弾”を作るからであり、前戦で平民が戦うからメイジは作業に集中できる。


 まあ、予め大量の“魔弾”を用意すれば手っ取り早いのだが、それを作る工場にはメイジが必要不可欠なのである




 とまあこのようにメイジが貴族という特権階級ではなく、社会を支える技術者の一員となるのが俺達が目指す新しい社会システム。


 まだまだこれからだが、イザベラや九大卿はこれの実現のために活動しているのである。



 「そう、じゃあそれはいいとして、『虚無研究所』はどうなの?」


 「『ゲート』と『幻影』の魔法具は民間に絶対に必要ではありませんから、そちらはまだまだですね。しかしルーン研究の方はご存知のように着実に成果を上げてます」


 「“身体強化系”、“他者感能系”、“解析操作系”、“精神系”の4つだったわね、よくここまで研究したものね」


 イザベラも感心している、ここはほぼ全て陛下がやった部分だ。



 このルーンがこの世界をぶっこわすためのアイテムその2。


 簡単に言うとメイジとは“魔法系”のルーンを血に刻まれた人間のことであり、平民が使っていないチャンネルを持っているわけだ。


 故に平民にルーンを刻むことで異なるチャンネルを開くことが可能となり、それは4つに大別される。

 当然メイジに刻んでも意味はない、既に別のチャンネルを開いてるので使用不可なのだ。


 “身体強化系”は腕力、脚力、視力、聴力、反射神経などのいずれかの強化、複合ルーンはまだ実現できていない。


 “他者感能系”はランドローバルに刻まれた“念話”などがそう、要は他の生物と交信する機能だ。


 “解析操作系”は物体から情報を読み取り自在に操る能力、あるものに関しては達人になれる。


 “精神系”は使い魔のルーンには必ず含まれる機能、主への“忠誠”や“敬愛”などを植え付けるのである。これを応用すると“狂化”なども可能、意思が無くなる代わりにあらゆる身体能力を限界まで引き上げたりなどもできる。


 ガンダールヴは“身体強化系”の頂点、ヴィンダールヴは“他者感能系”の頂点、ミョズニト二ルンは“解析操作系”の頂点であり、記すことすらはばかれる使い魔は“精神系”の頂点と考えられている。


 しかも、ミョズニト二ルンの例でいうと“魔道具”というカテゴリーなら先住の秘宝でも解析でき、“精神系”の力も持っているのだから、始祖ブリミルがその方面での天才だったのは間違いない。


 現在では単独のルーンが限界で、複合ルーンへの道は遠いそうだ。



 しかしこれが一般に普及すれば、平民がそれぞれの固有の力を持てるのでメイジに頼るだけではなくなる。


 しかも、根源は同じ力なのでメイジを排斥するのではなく、それぞれの能力を専門分野として確立させた社会を作ることも不可能ではないはずだ。


 それの担当は俺ではなく、俺は特権を失うことを恐れてその改革に不平不満を述べる輩を抹殺することが役目である。



 「ですが、一般に使用され始めるには最短でも20年はかかりますね。どんな副作用があるかもまだ分かってませんし、ここは気長にいきましょう、焦ってもしかたがありません」


 「そうね、じゃあ技術関係はそれでいいとして、次は政治関係、『レコン・キスタ』はどうなの?」



 「現在貴族派が約5万、王党派が約1千、あと1か月くらいですか、内戦が終われば神聖アルビオン共和国が樹立され、アルビオン王家は潰えます」


 現在ではゲイルノート・ガスパールの出番はほとんど無い、軍高官の実力を測るためにそれぞれに兵を与えて各拠点を攻略させている。


 「大体計画どおりね、それで、トリステインとゲルマニアの動きは?」


 「トリステインのマザリーニ枢機卿が、ゲルマニアとの軍事同盟を締結しようと動いてるようです。アルビオン王党派が滅べば『レコン・キスタ』が次に狙うのは、トリステインであることは明白。なので先手を打つつもりのようです




 流石はマザリーニ枢機卿というべきか対応が早い、マチルダの妨害がなければアルビオンに干渉してきた可能性すらある。


 「ゲルマニアとしては断る理由はないわね、トリステインと違って一国でもアルビオンに対抗できるから軍事同盟というより軍事援助というべき、だから自国に有利な条件をトリステインに呑ませることができるわ」


 言ってみればソ連が攻めてくるとして、日本がアメリカに軍事同盟を結ぼうと言っているようなものだ。


 「その2国はそんな感じですね、ロマリアには動きなし、始祖の虚無に関すること以外は何にも興味無いみたいですね」


 「そこは予想どおりね。まあ、だからこそガリア国内でブリミル教から人心が離れていってるのに気付かないんでしょうけど、あとは国内ね、宮廷貴族は?」


 「御存知のように万事抜かりなし、改革は着実に進行中、宰相と九大卿のおかげです」


 ここが一番問題なく順調に動いてる。


 「そうね、けど“悪魔公”の活躍もなかなかよ、他国の大使もあんたが裏で操ってるとまでは察してもそのさらに裏までは気付いてないわ、それに、封建貴族もね」


 「その封建貴族の王政府に対する不満も順調に上がってきてます、まだ反乱には遠いですが、次々に特権を削られてますから、爆発するまであとおよそ2年、きっかけがあればもっと早いでしょうね」


 「つまり、そのきっかけを与えてやれば大反乱を私達が望む時に起こせるわ、そしてその時こそが最終作戦になるわね」



 そこまでの道のりはまだまだ険しそうではあるが。



 「後は俺達自身ですが、北花壇騎士団情報網のガリア内部は完璧。アルビオンは『レコン・キスタ』があるので問題なし。トリステインは担い手用に構築完了、ゲルマニアはやや手薄ですがここはそれほど重要ではありませんから、そしてロマリアは今やかつての3倍以上の警戒網を張り巡らせています」


 「結構無茶やったからね、“働け、休暇が来るその日まで”の需要がここ去年の倍以上になったわ。でも、その甲斐あって構築完了、後はほころびが無いように注意するだけ、それも3か月もあれば安定するし」


 ロマリアはイザベラに任せ俺はトリステインを担当した、情報網の密度で言えばガリア、ロマリア、トリステイン

、アルビオン、ゲルマニアの順になる、ただしアルビオンは『レコン・キスタ』があるので実質ロマリア以上。


 「フェンサーも大分増えて152人くらいに増えました。まあ、ルーン使いのメイジ殺しを使えるようになったのが大きいですね、そして彼らに“魔銃”を持たせれば戦力として申し分ありません」

 「何かフェンサーが技術開発局試験品の確かめ係になってる気もするけど、元々裏組織だからちょうどいいかもしれないわね。それに年給の受給額も一定になったし」


 「クラス分けしたのは効果的でしたね、就業意欲が増加したようです」


 現在では北花壇騎士団フェンサーは記号ではなく位階で呼ばれる、


 一位から三十位まであり、こなした仕事の数と難易度、そしてしくじった仕事の数と難易度から俺達二人で決定している。

 三十位は年給500エキューでそこから二十位までは100エキューずつ増収され、十五位までは200エキューずつ増収される、つまり二十位は1500エキュー、十五位は2500エキューとなり、十四位は2700エキュー、十三位は3000エキュー。


 そして十二位から六位の7人は班長であり、基本単独任務だが、時には十二位以下の隊員を数名率いて任務に当たることもある、故に年給は5000エキュー、当然、隊員より腕利き。


 五位、四位、三位は小隊長、といってもやっぱり基本単独任務で、ごく稀に十数人率いて任務を行うこともある、年給は1万エキュー、当然だが班長より腕利き。


 そして二位が副団長、つまり俺であり、フェンサーの統括者であり内部粛清機関“影”を率いる“闇の処刑人”、既に十数人のフェンサーが粛清され“影”を構成する死体人形ホムンクルスにされている。給料を払う立場なので年給無し。


 一位が団長であるイザベラ、戦闘能力は無いがファインダーの統括者でありつまり司令長官、異名は“百眼”、しかしこれまた給料を払う立場なので年給無し。


 ちなみにシャルロットは七位、これは身内びいきなしの純粋な実力である。


 メッセンジャー、シーカー、ファインダーは従来通り、本部の“参謀”36名も変わりなし、そして補佐官のマルコ、ヨアヒム、ヒルダの3人。


 いまや北花壇騎士団はハルケギニア中に情報網を構築しているわけだ。



 「さて、それじゃあやることは全部やったわね。当然これが終わりじゃなくて始まりに過ぎないけど、開演の合図までに必要な部分は間に合ったわ」


 「そうですね。後は劇が始まるのを待つばかり、シャルロットも主演のかなり近いところで重要な役を担ってそうですから」


 ガリアの虚無に連なるのはシャルロットだから間違いない。


 「そうね、今エルフに無理言えば叔母上の解毒剤も手に入るでしょうけど、シャルロットにも役目があるからね。叔母上には気の毒だけどもう少し我慢してもらいましょう、それに、大分症状は緩和できたんでしょ?」


 「ええ、人形をシャルロットと呼ぶのは未だ変わりませんが、シャルロットを王政府の使いでくる小さな子、みたいな認識にはなってますし、怒鳴ることもありません、水中人の人達の協力の賜物です」


 「とはいえ、あの子にとっては辛いでしょうからね、その分くらい私が働いてみせるわ!」


 気合を入れるイザベラ。


 「俺が言うのもなんですが過労死だけはしないように」



 「それは分かってるわよあんたを散々見てるんだから。それよりハインツ、いよいよ開演だけど、もしこの劇に名前を付けるとすればどうなるかしら?」


 「そうですね」


 俺とイザベラはしばらく考え込む。


 そして俺は閃く。


 「いいのを考えたぞ」


 従兄妹モードに戻る。


 「へえ、どんなの?」



 「これは6000年前にその準備がなされ、そして現代に蘇った虚無の担い手達を中心とした壮大な物語。笑いあり、感動あり、勇気ありの王道を行く御都合主義。その主役は公爵家に生まれながら魔法が使えず“ゼロ”と嘲られ続けた一人の少女。しかし彼女は使い魔の召喚によって大きく運命を変え、その使い魔や仲間と共に強大な敵に立ち向かっていく。しかしその敵もまた虚無の担い手であり、強力な使い魔と共に主役達の前に立ちはだかる」



 ここで一旦呼吸を置く。



 「そしてやがて物語はハルケギニア全体を舞台とし、あらゆる人々を観客と同時に役者としながら際限なく広がっいく。そしてその中心で主役は使い魔との絆を頼りに虚無の王とその使い魔に戦いを挑む、これはそんな英雄譚(ウォルスング・サガ)であり恐怖劇(グランギ二ョル)であり茶番劇(バーレスク)」






 俺は大きく手を広げる。






 「故にその題目(タイトル)は」











 ついに物語は開幕を迎える。










 「虚無(ゼロ)の使い魔」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あとがき


 これにて2章は終了となります。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.22246885299683