<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[12307] 【練習】角屋ブログ -VRMMOSACTRPG始めました-
Name: カルピス◆74a9289a ID:72e80db5
Date: 2009/11/17 19:32
 エレベータに乗ったときのような、奇妙な浮遊感があった。
 その浮遊感はエレベータのそれと同じく一瞬で終わり、足元にはしっかりとした地面の感触。
 真っ暗だった視界が開いていき、徐々に周囲の様子が目に入ってきた。

 目を開けば、俺が立っていたのは昼の光の差し込む聖堂だった。
 中世ヨーロッパ式の建築様式、何様式というのかは知らないが、RPGなどでよく見かける教会の礼拝堂のような場所に俺は立っていた。

「凄いな……こんなにリアルで、これで仮想現実、これがゲームの世界なのか……」

 思わず呆然と呟いてしまう。
 整然と並べられた長椅子、高い天井と天井に描かれた聖堂画。
 石畳の敷かれた足元は踵で蹴ればコツンと音を鳴らす。
 ステンドグラスから差し込む光は色取り取りで美しく、祭壇に祭られた聖像からは神々しさすら感じられた。
 そして何より、視線を落とせば嫌でも目に入る、俺の胸から盛り上がる豊かな双丘。

「なんという見事なおっぱい……これは揉まずにはいられない」

 躊躇無く自分の胸に手を伸ばし、揉みしだいてみる。
 なんという柔らかさ、そしてなんというか、こうむず痒いというか心地よいというか、ぶっちゃけ感じる。
 自分の乳首がぷっくりと勃起してきたのを感じて指先で転がしてみると、エクスターミナルというVRゲームハードが18禁であることを実感せざるを得ない。
 エクスターミナルというよりエクスタシーといった感じだな、なんてアホなことを思いつつ、エクスターミナルのセクシャルフラグ解放のために支払った諭吉さんたちに心の中で敬礼。

 出来ることなら何時までも自分のおっぱいを揉み揉みしていたかったところだが、そうもいかない事情がある。
 業務の一環として、俺はこのVRゲーム【サクト レコンキスタオンライン】のプレイ日記を作成しなくてはならないのだ。
 それが決まったのは、俺と邑上店長の間での何てことない会話の最中のことだった。





/





 -数時間前-

 薄暗いオフィスに若い男女が二人、と言えばなんとなく艶っぽい雰囲気があるかもしれない。
 俺に向かい合っている妙齢の女性が美人さんであればこそ尚更だ。
 しかし現実は非常である。
 そこで交わされる言葉は色っぽい睦言なんかではなくて、単なるお仕事の話なのだった。
 しかもちょっと愚痴混じり。

「――と、まあ今週の売り上げはこんなものですね」
「了解です。じゃあサインしますんで、後は父さ――じゃねえや、社長に報告上げちゃって下さい」
「はい、オーナー。それからこちら、お客様からの要望一覧です」
「はいはい」

 渡されたペーパーの書類にざっと目を通す。
 21世紀も半ばになって、いまどき紙の資料なんて、と思う方もいるかもしれないが、昔ながらのやり方でやっているのがうちの店だ。
 漫画茶房『角屋』――いわゆる漫画喫茶である。
 ネットカフェやら漫画喫茶やらがメジャーになり始めた21世紀初頭から続いているため、老舗店なんて看板をつけていたりもする。
 老舗といっても全国展開しているような大手というわけではなく、地方の県に小規模ながら複数店舗を出しているだけだったりするのだが、まあ一号店開店が1999年だったことを思えば、開店50年、前世紀からの歴史を持つの老舗という言葉の響きもあながち嘘ばかりではない。

 そんな角屋の経営者であるところの角谷栄一氏……その息子であるのが現在大学二年生であるこの俺、角谷直巳(カドヤ・ナオミ)である。
 どこにでもいる大学生だと思ってもらっていい。
 そして先ほどから俺と仕事の話をしている美人さん、彼女は当店舗の雇われ店長である邑上悠子さん。
 邑上店長からは「オーナー」なんて呼ばれているが、ただ単に経営者の息子だからそう呼ばれているだけで、オーナーだなんて呼び名に相応しい仕事をしているわけではない。
 大学を卒業したら父さんの跡を継いで角屋を経営しなくちゃならんので、そのための勉強ということでこうして店に入り浸り、かつ邑上店長から色々報告を受けたりしているが、やっているのは精々それくらいだ。
 ……まあこの店舗、【角屋-戦技研大学駅前店】が書類上だけ俺名義の店になっていたりするのだが、俺がやっていることなんて店長からの報告を受ける以外では、バイトの諸氏がやっていることと本当に大差がなかったりする。
 というか、バイト連中の中には俺が経営者一族の人間だなんてことを知らないやつも少なからずいるだろう。
 別に気にしてないけど。

 まあそれはともかく目の前の書類である。
 お客様からの要望、アンケートの集計結果だ。
 あの漫画を入荷しろ、ドリンクバーのメニューを増やせ、某ブースがいつも満席なのは何とかして欲しい、禁煙席を増やして欲しい、あのゲームを導入しろ……云々云々。
『お客様がだということは、お客様の言葉は神様のお告げに等しい』
 なんてことを以前父さんが言っていたが、そうだとしてもこのアンケートの集計結果を見ると、俺はいつも苦笑をしてしまう。

「んー、相変わらずお客さんたちは好き勝手言うよなぁ」
「いつものことです。別に要望全部に答えなきゃってわけじゃないんだから、そこまで眉をひそめるものでもないですよ」
「そりゃそうだけど……あー、やっぱ【エクスタ】のブース増やせって意見が多いなぁ」
「うちの売りですからね、エクスタって」
「どうにかなります?」
「増やすんならまたどこか本棚潰さないと無理ですね。本棚潰してブース増設するんなら、まずは潰す本棚に収まってる漫画を全部デジコミに替えないと。デジコミのライセンス料、ブース増設のためのパーティション、それからエクスタ本体とソフトのリース、費用がすんごいことになりますね」
「具体的にはお幾らくらいでしょ」
「これくらいです」

 ぺちぺちと電卓を叩いて弾き出された数字に天を仰ぐ。

「そりゃ無理だ」
「ですよねー」

 エクスタ、とは【エクスターミナル】の略称だ。
 体感型ヴァーチャルリアリティゲーム、VRGのハードマシンのことである。
 脳信号によってゲームハードと接続し、ゲームの世界を感覚的にリアル仮想体験するという、半世紀前までは「夢のゲーム」と呼ばれていた類の代物だ。

 それが実際に開発され、売り出されたのは今から2年前だったか。
 開発の成功と一般向けの販売開始のニュースは全世界を熱狂させた。
 あの当時の俺は高校三年生とモロに受験生だったが、そのニュースが流れた直後、受験一色だったクラスメートたちの話題が一瞬で塗り替えられたのは懐かしい思い出である。
 そして価格が発表されたとき、全世界に流れた絶望感も懐かしい思い出だ。
 VRGハード『エクスターミナル』――メーカー希望小売価格780000円。
 桁一つ間違えてんじゃないの、とは全世界共通の感想である。
 とてもではないがゲーム一つに払える金額ではない。

 まあとてもゲーム一つに払える額ではないからこそ、角屋の商売にもなるわけだが。
 その圧倒的な魅力によって、78万円という高額ながら発売一週間で数十万台を売り上げたエクスターミナルだが、やはり78万円という金額は誰にも払えるものではない。
 開発元であり発売元であるメーカー、EXE社もその点は予め了承済みだったらしく、エクスターミナルは公式サイトに法人向けページが用意されていた。
 ゲームセンターやらネットカフェやら、遊興店向けのリース専門ページである。
 このページではエクスターミナル本体とソフトウェアのリースはもちろん、定期的なメンテナンスを含む保守契約の概要が掲載されており、そこに大手のネットカフェチェーンやゲームセンターが群がっていき、我が角屋もそうした業界の流れに乗り遅れまいとした結果、今に至るというわけなのだが。

 店舗運営用の携帯端末を叩いて、店内のブース使用状況を表示させる。
 エクスタのブースは店内に12席用意されているが、それらは当然のように全席が埋まっていた。
 12席中6席は完全予約制を敷いているのだが、その予約状況も三日先まで隙間無くみっちりと埋まっている。

「まあこの盛況振りを見ると、ブースを増やしても元は取れるかなって気はするけど」
「元は取れるでしょうが、先立つものがなければやっぱりブースは増やせませんよ」
「店長、それも含めて社長に報告してもらえます?」
「エクスタブース増設用の予算申請ってことですか。となると店内の整理とか書架の再配置とか、色々と申請書の類の準備しなくちゃなんですけど、オーナー、手伝ってくれるんですよね?」
「それはもちろん。でも、とりあえずはユーザーからの要望があってエクスタブース増やしたいんだけど、それ用の予算って下りますか、って軽く探りを入れるくらいでよろしく」
「それくらいなら家族の夕飯時にオーナーが社長に確認して下さいよ」
「んー、こないだ【サクト レコンキスタ・オンライン】の導入の件でオネダリしたばっかなんだけど……」
「ああ、あのクソゲーですか」

 言って、とても冷たい視線を俺に向けてくる邑上店長。
 気持ちは分かるがそんな目で見ないでもらいたい。

【サクト レコンキスタ・オンライン】とはエクスターミナル用のゲームの一つだ。
 ストラテジックアクションというゲームジャンルの頭文字を取ってSACT、つまりサクトというタイトルらしいのだが、まあこの際名前はどうでもいい。
 大学の友達の熱烈な推薦があり導入を決めたのだが、どうもこのゲーム、あまり評判がよろしくない。
 ゲームバランス(笑)、といったような評価がどこのサイトでも見受けられる。
 どうも恐ろしいくらい死にやすいゲームなのだそうだ。

 これを推薦してきた友達はこのゲームが大好きなようで、太鼓判を押し捲りだったのだが、実際のところ店内エクスタブースの稼動履歴を見ていると、この一週間で【サクト レコンキスタ・オンライン】をプレイした客は10人にも満たなかったりする。
 ぶっちゃけて言おう。
 赤字だ。
 赤字だからこそ邑上店長も言うのだ、クソゲーだと。

 ネットカフェではゲームを一本導入するのにもそれなりに手間が掛かる。
 ゲームの商用プレイライセンスをメーカーに払わなくてはならないし、メーカー公認店舗としてネットカフェプレイ特典をつけてもらうのにも別途費用が掛かる。
 そもそも、現状で漫画茶房角屋のエクスタブースは常に満員御礼で引きが切れない状況なのだから、そこまで金を掛けて新規にゲームを導入する必要はないのではないか、と邑上店長も言っていた。

 そこをオーナー特権でもってゴリ押し導入を進めさせた挙句、この有様では正直俺は立つ瀬がない。

「エクスタブースの増設も必要だけど、サクトの方も何とかテコ入れしなくちゃだよなぁ……」
「オーナーがゴリ押して無理に導入しなければ、そんな風に頭を悩ます必要もなかったでしょうに」
「ぬぅ、申し訳ない」
「まあエクスタのブースがフル稼働している以上、どうテコ入れしたところで、エクスタブースからこれ以上の利益を引き出すのは無理なんですけどね。オーナー、頑張ってテコ入れして下さいね」
「邑上店長はこの件になるとガチで物言いから容赦が消え失せますよね」
「だって、これで赤字増やして評価が下がるのが私なんですもん。容赦なんてしません」
「ですよねー」
「ですよねー、じゃないですよ」

 ぺしんと頭を引っぱたかれ、平身低頭するしかない俺である。
 そんな俺に邑上店長も諦めたようなため息をつくのだ。
 これが地味に痛い。

「これで、せめてサクトの稼働率が他のVRゲーム並であれば、多少の言い訳もできるんですけど」
「サクトのためだけに広告打つわけにもいかんしなぁ」
「そんな予算ないですしね……。お金の掛からない広告、というのもないわけではないですが」
「え、あるの、そんな広告?」
「あるって言えばありますけど」

 ただし、凄く面倒ですよ?
 嫌そうな顔で言う邑上店長に、俺はそれがどんな広告なのかを尋ねたのだが……。





/





 鳴り響くのは荘厳なるパイプオルガンの調べ、教会音楽。
 回想はここまでにして現実に目を向けることにする。

「ブログを使ったプレイ日記ねぇ」

 確かに面倒だわ、と聖堂内で(自分のアバターのおっぱいを揉みつつ)ため息をつく俺である。
 邑上店長の提案したお金の掛からない広告、というのがプレイ日記のことであった。
 店のホームページのトップにブログサイトへのリンクを張って、そのブログで【サクト レコンキスタ・オンライン】のプレイ日記を掲載していく。
 確かにちょっとwebサイトを弄るだけなので金は掛からないだろう。
 ただし、そのプレイ日記が詰まらなければ見向きもされないだろうし、ブログの内容次第では逆にそっぽを向かれる可能性もある。
 面白可笑しく、お客様方の興味を引くようなプレイ日記がお前に書けるのか、などと言われてしまえば、素直にイエスと頷ける自信なんてあるはずもない。

「だってのに、安請け合いしちゃったもんだよなぁ」

 そして、イエスと頷ける自信もないのに、俺は「任せとけ」なんて邑上店長に言ってしまったのである。
 だって、それくらいしか出来ることはないのだ。
 何であれ出来ることがある以上、導入を決定した責任者として、それを試さないわけにはいかない。
 そして為さねばならないことがある以上、いつまでもおっぱいを揉んで悦に浸っているわけにもいかない。

「ま、いつまでもこうしてても仕方がない。とりあえずゲームを進めるか」

 気を取り直し、俺はようやくおっぱいから手を放した。
 聖堂の正面、祭壇の位置には司祭っぽい格好をした女性NPCがいる。
 NPCは頭上に表示されるキャラ名の横に、丁寧に小文字で【NPC】と表示されるから一目両全だ。
 これまで遊んできたゲームのセオリーからすれば、あの司祭はチュートリアル担当か、物語のプロローグを語って聞かせてくれるNPCなのだろう。
 というかだが、今更ながらに聖堂内に自分以外のプレイヤーがいなかったことに安堵する。
 ログインするなり自分のおっぱいを揉みしだいているプレイヤーなんて、変態か童貞の何れか以外の何者でもない。

「おお、新たな戦士よ、よくぞ参られました! 私はディーネ、この【鉄の城塞都市アイゼニア】の結界を守護する司祭をしています」

 祭壇に近づくとディーネと名乗った女性司祭から声を掛けられる。
 しかし近づいてよく見てみるとこのディーネ司祭、ちょっと薄汚れているというか、なんというか若干ボロ臭い感じがする。
 普通こういうキャラって、もっと煌びやかな格好をしているもんなんじゃないのか?

「戦士よ、あなたの名前を聞かせてもらえますか?」

 俺の訝しむ様子に気づかないで話を進める辺りは実にNPCらしい。
 まあ別にNPCが多少ぼろっちくても俺に何か影響が出るわけでもなし、気にすることもないか。

「カドヤだ」
「カドヤ、カドヤですね。あなたの名前はこの祭壇で神の心に刻まれました。戦士カドヤ、まずは私の話を聞いてください。長い話です、忌々しき西の魔王が現れて以来の、このコンクレティア大陸を襲った悲劇の話です」

 そして始まったのはこのゲーム【サクト レコンキスタ・オンライン】の設定のお話である。
 プレイ前に公式サイトを流し読みしてきたからディーネの話す内容は全部知っている。
 かつてコンクレティア大陸には七つの国があり、七つの国は神聖教会の教皇を盟主として仰ぎながら緩やかな連帯を築き、平和を謳歌していたそうだ。
 それが今から五年前、大陸西部の小国【ウェスタヴィア】の地で古の伝承に謳われる魔王が降臨する。
 魔王の軍勢はその圧倒的な物量でコンクレティアの諸国へと侵略を開始し、今では大陸北部のこの国【ノーズテルム】を残して大陸諸国は軒並み滅亡してしまったのだとか。
 そしてコンクレティアに唯一残された人類の王国であるノーズテルムにしても、残っているのはそれぞれ大都市結界で守られた【鉄の城塞都市アイゼニア】、【鋼の王都ベイゼル】、【青銀の聖都サフィラス】の三つの都市のみ。
 ゲームのプレイヤーたちはこの絶望的な状況下から反攻を開始し、コンクレティア大陸全土を奪還するのが目的であるらしい。

 司祭のディーネはそんな内容のことを如何にも仰々しく、ゲームの演出っぽく俺に語って聞かせた。
 尤もそれを聞かされる俺としては、既に知っている内容だったのでかなりいい加減に聞き流していたのだが。

「それでは戦士カドヤよ、大陸奪還を志す貴方に、我らが神【サクト】より守護の祝福を」

 ディーネが手にした錫杖を高くかざす。
 すると辺りにゆっくりと光が満ちていくようなエフェクトが現れ、俺の耳に神の声が聞こえてきた。


 ――【アイゼニア守護司祭 ディーネ】より、サクト神の祝福を授けられました。
 ――【名も無き戦士 カドヤ】は10ポイントのステータス上昇値を入手しました。
 ――入手したステータス上昇値をパラメータに割り振って下さい。
 ――このステータス上昇値は今すぐに割り振らずにプールしておくことも可能です。
 ――ステータス上昇値の割り振りは、リングターミナルのキャラクターステータス画面から行えます。
 ――ステータスの割り振りを終了する場合は、ステータス画面を閉じて下さい。


 神の声というか、単なるシステムメッセージなわけだが。
 とりあえずリングターミナル、右手の人差し指に装備した指輪を弄る。
 指輪にはめ込まれた透明な石が起動ボタンになっているようで、石に触れると半透明のウィンドウが現れた。

 メニューウィンドウにある項目は、【ステータス】【スキル】【バトルセットアップ】【アイテム】【クエスト】【ライブラリ】【システム】の7項目。
 タッチパネル的な操作でステータス画面を開くと新たにウィンドウが立ち上がって、そこに俺のプレイキャラである【カドヤ】のアバターモデルと、各種ステータスが表示された。


---------------
【カドヤ】
 Lv:1 LP:3
 称号:名も無き戦士
 拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
 ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
 所持金:0G
【補正効果】
 なし
【基礎ステータス】
 HP:75 SP:40 MP:10 ☆残りステータス上昇値:10
 EXP:00 NextLvUp:300
 筋力:7
 体力:8
 敏捷:3
 器用:5
 魔力:2
 幸運:5
【総合ステータス】
 近接攻撃:110
 間接攻撃:--
 魔法攻撃:--
 物理防御:120
 魔法防御:20
 クリティカル発生率:5%
---------------


 なるほど、確かにステータス上昇値の項目に10ポイント追加されている。
 このゲームでのキャラ育成は、レベルアップ時とイベントで支給されるステータス上昇値を割り振ることで行われるシステムだ。
 確かレベルアップ時に支給される上昇値が3ポイントだったはずだから、神の守護によって実質レベルが3上がった以上の上昇値が支給されたことになる。

 現在の基礎ステータスはキャラメイク時に与えられる30ポイントを適当に割り振った形だ。
 傾向としては防御型のキャラになるのだろうか?
 このゲーム【サクト レコンキスタ・オンライン】では敵の出現率が尋常ではないとのことなので、防御力に影響を与える筋力と体力に重点を置いてステータスを割り振ってみたのだが……。
 ちなみに初期装備もキャラメイク時に選択する。
 俺が選んだのはワンハンドアクスとライトバックラー、軽鎧のブレストプレートだ。
 剣や槍といった選択肢もあったのだが、斧というごつい装備を細身の女キャラが装備しているというギャップが俺の萌えポイントだったりする。
 筋力と体力に重点を置いてステータスを振っているのだから、キャラ性能的にもミスマッチではないと思うのだが、これが吉と出るか凶と出るかは今のところ不明だ。
 戦闘をしてみないことには何とも言えない。

 さておき、とりあえず今もらった上昇値を割り振るのは止めて置こう。
 まずは街の外で敵と戦ってみて、それから割り振るポイントを決めることにする。
 今ここで振ってしまって、いざ戦いになってからポイント配分に失敗したと後悔するのは悔しいだろう。
 システムメッセージでもポイントの割り振りは今すぐじゃないくてもいいって言ってたしな……。

 ステータス画面を閉じる前に、現在のステータス画面のスクリーンショットを撮っておくことにする。
 プレイ日記をつける以上、こういうのも必要だろうという判断だ。
 スクリーンショットはリングターミナル搭載されているカメラ機能で撮るのだが、このカメラ機能、実は有料の課金アイテムである。
 尤もネットカフェでのプレイであれば、公認店舗でのプレイ特典として無料でカメラ機能を使うことも出来る。
 このことも一応宣伝としてプレイ日記に書いておくかなぁ。

「おや、守護の祝福を使わなかったのですか?」

 ステータスウィンドウを閉じるとディーネ司祭がそんなことを言ってくる。

「与えられた祝福をどう使うかは貴方次第です。確かに無理に今すぐ使う必要はありませんが、なるほど、どうやら貴方は慎重な人物のようですね」

 苦笑するような、実に人間くさい微笑みを浮かべるディーネ。
 これが仮想現実、コンピュータによってプログラム制御された笑顔だというのだから、何とも感心してしまう。


 ――アイゼニア守護司祭ディーネより慎重な人物という評価を受けました。
 ――【名も無き戦士 カドヤ】は【周到なる初心者】の称号を入手しました。
 ――称号の付け替えはステータス画面から行えます。


 そしてまた響く神の声(システムメッセージ)。
 ステータス画面を開いて称号の項目に触れてみると、現在付けられる称号のリストが表示された。
 その数三つ……三つ?


---------------
【名も無き戦士】(称号補正:なし)
 コンクレティア大陸にやってきた新参戦士。
 彼/彼女の戦いはまだ始まったばかり。

【周到なる初心者】(称号補正:器用+2)
 コンクレティア大陸にやってきた慎重な新参戦士。
 石橋を叩いて渡るその慎重さが、この先きっと彼/彼女の助けとなるだろう。

【初級ネットカフェプレイヤー】(称号補正:全基礎ステータス+1)
 サクト-レコンキスタ・オンラインの公認店舗へようこそ!
 貴方の公認店舗でのプレイは1回目です。
 公認店舗でのプレイ回数によってこの称号は強化されていきます。
 次の機会も是非サクト-レコンキスタ・オンライン公認店舗で遊んで下さいね!
---------------


 あー、そうか、そういえばそんなのもあったな、公認ネカフェでのプレイ特典って。
 これはネカフェプレイのプレイ日記的にも、そしてもちろん実用的にも【初級ネットカフェプレイヤー】の称号を付けざるを得ないだろう。
 ということで【初級ネットカフェプレイヤー】の称号を選んでみると、このようにステータスが変わった。


---------------
【カドヤ】
 Lv:1 LP:3
 称号:初級ネットカフェプレイヤー
 拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
 ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
 所持金:0G
【補正効果】
 称号【初級ネットカフェプレイヤー】:全基礎ステータス+1
【基礎ステータス】
☆HP:85 ☆SP:45 ☆MP:15 残りステータス上昇値:10
 EXP:00 NextLvUp:300
☆筋力:8(7+1)
☆体力:9(8+1)
☆敏捷:4(3+1)
☆器用:6(5+1)
☆魔力:3(2+1)
☆幸運:6(5+1)
【総合ステータス】
☆近接攻撃:120
 間接攻撃:--
 魔法攻撃:--
☆物理防御:130
☆魔法防御:30
☆クリティカル発生率:5%
---------------


 なるほど、括弧内の数字が称号による補正効果ってことか。
 HP、SP、MPも基礎ステータスの上昇を受けて向上している。
 総合ステータスの数値も上昇してるし、何気に美味しいな、この特典称号。
 しかも公認店舗でプレイを続けると称号の補正も強化されるというのだから、何気にというか露骨に美味しいような気がしないでもない。
 一応この称号変更後のステータス画面もスクリーンショットを撮っておくか、ということでカメラ機能でパシャリ。

「それでは【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】よ。貴方の戦いは今日この時より始まります。まずは街の道場を周って貴方に合う流派戦闘術を身に付けるのがよいでしょう。貴方の武運長久を祈っております」

 ディーネが胸の前で手を組んで頭を垂れる。
 しかし「【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】よ」って、このシチュエーションでその称号を呼ばれると、なんだかすげぇ微妙な気分だ。
 なんとも言いがたい表情をしているだろう俺の脳内に、またしても神の声が響く。


 ――ランク1クエスト【プロローグと守護の祝福】をクリアしました!
 ――クリア報酬として【500G】と【ライフポーション】【スタミナポーション】【マジックポーション】を
   それぞれ3本ずつ入手しました。
 ――入手したアイテムはリングターミナルのメインメニュー、アイテム画面から確認できます。


 ああ、これイベント――というかクエストだったのか。
 というか最初のチュートリアル(?)がクエスト扱いで報酬ももらえるって、これも結構美味しいな。
 なんて思っていると、先ほどまで鳴り響いていた教会のBGMがゆっくりとフェードアウトしていく。
 クエスト進行時だけ音楽が流れる仕様なのか。
 まあ確かに聖堂内を見渡してもパイプオルガンらしき物体は置かれていないから、そんなものかと思う。

 そしてふと気づいてみれば、いつの間にか聖堂内には複数のプレイヤーキャラが存在していた。
 長大な両手剣を背負った男、長柄武器を杖のようにしてすがりつき、何とか身体を支えている女戦士。
 座り込んでしまっている剣士キャラに回復魔法を掛けている僧侶っぽいキャラもいる。
 他にも俺と同じような格好をした、見るからに初心者というキャラも数名。
 祭壇の方を見ればNPCであるディーネ司祭もちゃんといるが、そこら辺のプレイヤーキャラらしき人物たちはいったい何時の間に現れたんだ?
 クエスト中のイベント時だけ、個別マップ扱いになっていた、ということだろうか。
 となると彼らからしてみれば、俺の方が突然ポンッと現れた感じになるんだろう。

 まあ、どっちでもいいか。
 それより気になるのは、クエスト終了と同時に聖堂の外から何やら妙な喧騒が聞こえてくるようになったことだ。
 教会の壁越しでよく聞こえているが、金属と金属を打ち合わせるような音に混じって、断続的に悲鳴のような声も聞こえてくる。
 いったいなんだ?
 興味を引かれた俺は聖堂の出口に向かって歩き出す。
 簡素というか分かりやすい作りをしているこの聖堂は、祭壇の正面にある大扉がそのまま外への出口になっているらしい。
 扉に手を掛ける。

「――あ! ちょっとそこの君! 聖堂の外に出るなら今はちゃんと装備を――」

 背後から掛けられたそんな声に、俺は反応を返すことは出来なかった。
 何故なら扉を開けた聖堂の外、そこに広がっていた予想外の光景に俺が固まってしまったからだ。







「くそっ、負けるな! 押し返せぇー!」
「雑魚どもがぁ! 鬱陶しいんだよぉっ!」
「うわやばいまじやばい、誰かライフポーション掛けてぇ! 死ぬ死ぬ!」
「ちょ、まwwww うは、ジャイアントオーガさんマジぱねぇwww」
「おい! ジャイアントオーガが櫓タゲってるぞ!?」
「やっば! 櫓の弓使いたち気づいてる!? 気づいてなくない!?」
「櫓ぁ、弓撃てぇ! 盾持ちの近接職急げ! オーガの足止めしろよぉ!」

 ――中央広場が陥落しました。
 ――アイゼニア所属プレイヤーの士気が低下します。
 ――士気低下効果によってアイゼニア所属全プレイヤーのSPが100ポイント低下します。

「ちょ! 中央広場落ちたってマジっすか!?」
「うは、俺士気低下でSP100切ったwwww 一旦下がりますwwww」
「ばっ、おま、お前が下がったら誰がここ支えんだよ! ほれ、スタミナポーション!」
「ヤバスwwww ありがたすwwwwww マジかっけーっすwwww」
「うぜぇ! いいから戦え!」

 ――東弓櫓がジャイアントオーガによって破壊されました。
 ――アイゼニア所属プレイヤーの士気が低下します。
 ――士気低下効果によってアイゼニア市内東街区のプレイヤーのSPが20ポイント低下します。

「やwwwwぐwwwwwwらwww」
「うおおおお! 久々にやべぇぇぇぇ! スタポ、スタポぉぉぉぉ!」
「いいから早く誰かあのジャイアントオーガ潰せよぉぉぉ! もおぉぉぉ!」
「やばいやばい! 雑魚が警戒網抜けた! 聖堂向かってる!」
「聖堂守れぇ! 復活拠点落ちたらマジ洒落になんねぇぞぉ!」
「今向かってるし! っつか誰かほんと、あのオーガ何とかしてぇ!」
「よーし、ここは私に任せて皆は先に行ブベラ!?」
「し、死んだー!?」







「……なんだ、こりゃ」

 聖堂の扉を開けたそこに広がっていた光景は、とんでもない修羅場だった。
 街中に雲霞の如く溢れかえるモンスターの群れ。
 古式ゆかしい名台詞を使えば、「敵が多すぎて街が見えない! 敵が七分で街が三分! 敵が七分で街が三分だ!」というレベルである。
 そしてそんな敵から街を守ろうと奮戦するプレイヤーたち。
 しかし奮戦空しく、街を守るプレイヤーたちはどんどん押し込まれているように見える。

 そして俺の脳裏を過ぎったのは、プレイ前にレビューサイトで見たこのゲームの評判だ。
 曰く、『絶望的なゲームバランス』。
 レビューサイトを見たときはいまいちピンと来なかったが、今はその評価にも納得できる。

 圧倒的な物量で押し寄せる魔王軍、ジャイアントオーガの一撃で呆気なく打ち崩される大櫓、紙の如く破られるバリケード。
 殺しても殺しても終わりが見えない戦い、どんなに頑張っても守りきれず死んでいく仲間たち。
 確かにこれは絶望的なゲームバランスだ。
 ていうかここって、街のマップだよな。
 当たり前のように街を襲ってくるモンスター、というか普通に街がモンスターに落とされそうになっているゲームってどうなんだ。

 魔王軍によって次々と大陸各地の拠点を落とされ、コンクレティア大陸の人類の命運は風前の灯火だという、【サクト レコンキスタ・オンライン】の舞台設定に嘘偽りは全く無いようだった。



[12307] 02 親切なガールと嫌味なヤロウ
Name: カルピス◆74a9289a ID:72e80db5
Date: 2009/10/12 05:57


「そこの新参っ、戦に出んなら道を開けろ!」

 聖堂の外で繰り広げられる戦闘風景に思わず呆然としていた俺にそんな声が掛けられる。
 振り向く間もなく後ろから伸ばされた手が乱暴に俺の肩を掴み、力ずくで俺は押しのけられた。
 尻餅をついてしまった俺が見たのは、押しのけられた俺を一顧だにせず外の戦場へと飛び出していく四人の戦士たち。
 弓装備の軽戦士が三人に、両手剣を手にした修道士姿の男だ。

 聖堂前の混戦……攻め寄せているのは灰色一色のマネキンのような雑な造詣をしたモンスター【レギオン】だ。
 公式サイトにも載っていた、確か魔王軍の尖兵としては最弱クラスながら、ひたすら物量で押し潰してくるというタイプの敵だったはずだ。
 彼らは聖堂を飛び出すとすぐさま正面、聖堂を背負って決死の防衛戦を展開する一団に踊り込んでいく。

「おっと、援軍ktkr?」
「いやすまん、死に戻り組だ」
「櫓で圧死しますた」
「士気落とした戦犯じゃねーか! 後がねぇーんだ、ここで挽回しろよ!?」
「無論だ、そう何度も目の前で拠点を落とされて堪るものか!」

 弓装備の軽戦士たちが四方八方に矢鱈めったら矢を飛ばし、空いた隙間に修道士が切り込んで敵陣の傷口を広げていく。
 敵モンスター【レギオン】の防御力が低いのか、弓の一撃にまとめて数体貫かれて消滅し、或いは修道士が両手剣を振るうたびに数体まとめて斬り飛ばされる。
 まるで荒れ狂う暴風、なんという無双ゲー。
 あっという間に数十体を排除した戦士たちだが、それでもなお敵の数が多い。
 はっきり言えば数十体程度の敵を倒したところで、全く敵が減った気がしないのだ。
 弓攻撃の援護を受けながら包囲されないよう、孤立しないよう巧く立ち回っている修道士だが、囲まれてしまうのも時間の問題のように思える。
 物量差が、戦力差が違いすぎる。

「よく分からんが、大丈夫なのかコレ……」
「まあ率直に言って、かなり不味い状況っすねー」

 意図せず漏れた独り言に返事が返ってきて、俺は思わずびくっとしてしまう。
 気がつけば尻餅ついて座り込む俺の横に、全身を覆うプレートメイルを着込んだ少女騎士が立っていた。
 目が合うと彼女はにっこり笑ってこちらに手を差し伸べてくる。

「立てるっすか? 入り口近くは人の出入りが激しいんで、そこに座り込んでても邪魔になるっすよ」
「あ、ありがとう」
「いやいや、気にしない気にしない。外の戦況が見たいんならこっちがお勧めっすね」

 そう言って俺の手を引いて立たせると、入り口から離れて窓辺に向かう。
 ぬぅ、繋がれたの手の柔らかさと暖かさが凄い。
 しっとりとした若い女の子の肌の感触の再現度がすげぇ。
 この触感系の再現エンジンのレベルの高さは半端ないな。
 ――なんてことを考えつつ内心ウマウマしていると、少女は屈託の無い笑みをこちらに向けてくる。

「あたしはヘザー。ドミビア派修道騎士会所属の後衛職っす。お宅は新人さんっすよね? 防衛戦見るのは初めてで?」

 なんちゃら派騎士会って、確かこのゲームの流派の一つだったか?
 ジョブの代わりに流派を選ぶシステムだったような……まぁどうでもいいか。

「俺はカドヤだ、よろしく。ええっと、防衛戦は初めて、っていうか今日初めてこのゲームにログインしたんだけど」
「うえ、まじっすか!? そりゃまた、すげー凶運っすねぇ」
「強運?」
「いや、大凶の方の凶っす。ついてないっすねってことで」

 マジか。
 つーかそもそも、防衛戦ってなんだよ。
 いや、なんとなく聖堂前の有様を見れば分かるけどさ。

「……ぬぅ。防衛戦って、そんなに珍しいイベントなのか?」
「珍しいってほどでもないっすかね。大体月一、多いときで月二回起きるか起きないかってくらいかな。ああ、ちなみにモンスターによる街襲撃って、別にイベントでもなんでもなく、モンスターどもに設定された標準の行動様式なんであしからず」
「……そうなの?」
「そうっす。ってかキミ、その辺のことまったく調べずにこのゲーム始めたんすか?」

 ヘザーと名乗った少女騎士が呆れたような視線を向けてくる。
 言い返すことが一言もないので「いや、まぁ……」と言葉を濁さざるを得ない。
 だって仕方ないだろ、「事前情報とか前知識とかは少ない方がエンターテイメント性の高いプレイ日記をつけられると思いますよ」って邑上店長が言うんだし。
 確かに前情報がなかったせいで、この防衛戦の有様はかなりショッキングではあったけど。

 ちなみに俺がこの【カドヤ】というキャラクター、女型のアバターを使っているのも邑上店長のお達しだ。
 エクスタをやっているプレイヤーっていうのは、男性の方が比率が高いらしい。
 ゲームという玩具に男女の垣根が無くなって久しいが、それでもこうした玩具、引いては趣味というものに高額な金銭を投じられるのは、やっぱり男性の方が多いのだそうだ。
 で、そんなエクスタプレイヤーの多数派である男性にアピールを掛けるなら、女型のアバターの方が魅力があるに違いない、と邑上店長はそんなことを言うのである。
 私費を投じてセクシャルフラグを解放したのは俺の独断だが、俺に対してもそれくらいのアピールがあってくれないと、こちとらモチベーションが上がらない。
 おっぱい、最高です。

 さておき――。
 俺が事前にゲーム情報を殆ど調べないで始めてしまった事情を説明すると、ヘザーは呆れたような視線を向けてきた。

「はぁ~、なかなか無謀なことをするもんっすね。や、前知識が無い方が云々って理屈は分かるっすけど」
「そう言ってもらえると助かる」
「でも、このゲーム【サクト レコンキスタオンライン】に関しては、そりゃあ失敗だったかもっすねぇ」
「痛感させられてるところだよ。で、ものは相談なんだけど、よければ今がどういう状況なのか教えて――ていうか、解説してもらえないかな」
「ええ? どういう状況って、見たまんまっすけど?」
「いや、防衛戦がなんなのかとか、基本的なことからして分かってなくて」
「んー……、そういうのはチュートリアルのNPCに言え、って言いたいところっすけど、まあそういう状況でもねーですかね? あたしも残機ゼロで暇してるっすから、まあいいっしょ。このゲーム、新人さんには優しくしないと、すぐにプレイヤーがいなくなるっすからね」

 新人さんは貴重っす、なんて言って偉そうに腕を組むヘザー。

「残機ゼロって?」
「ん? ああ、LPのことっすよ。そっちの方が分かり易いってんで、プレイヤーの間ではLPのこと残機って呼んでるっす」
「LPって……確かあれか、LPゼロになるまではデスペナなしっていう」
「そそ。このゲーム簡単に死ねるからデスペナ怖くて。だから今安地に引篭もり中っす」

『つってもここ(聖堂)もいつまで保つか不明っすけどねー』、なんて怖いことを笑顔で言って下さる。
 にしてもLPか、確かそれは公式サイトで見た覚えがあるな。
 LPというのはこのゲームにおけるある意味の救済措置で、LPが0になるまではデスペナ無しで蘇生できるとか、そんな感じだったはずだ。
 毎晩24時にLPは最大値まで自動で回復されるが、それ以外では課金アイテムを使う以外LPを回復する方法はないらしい。

 目の前の少女……ヘザーのLPが既にゼロということは、次に死んだらデスペナが発生してしまうということだ。
 このゲームのデスペナってどんなだったかな?
 経験値ペナルティだったのは確かだと思うんだけど……まあいいか、その辺は後で公式サイトでも見れば分かるだろう。
 それよりも今はこの状況、都市防衛戦というものについて教えてもらいたい。

「んでさ、なんか外すげーことになってるんだけど、アレ、大丈夫なの?」
「外の戦況のことっすか?」
「うん」
「んー、どうっすかねぇ。かなり厳しいことは間違いないっすけど。ほら、これ」

 おお、なんじゃこりゃ?
 少女が示したのはステータス画面だった。
 ただしキャラクターのステータス画面ではない。
 言うなれば、この都市【鉄の城塞都市 アイゼニア】のステータス画面だった。



---------------
【アイゼニア】
 称号:鉄の城塞都市
 防御度:25 文化値:18 経済規模:15 治安:0/100--防衛戦展開中!
 人口:4350 所属プレイヤー:1827 総人口6177
 ログインプレイヤー:382
【施設】
防衛拠点
 城壁:Lv6 城門:Lv8 櫓:Lv4 兵舎:Lv3 武器庫:Lv4
蘇生拠点
 領主館:Lv5 聖堂:Lv3 礼拝堂:Lv1
ギルド拠点
 冒険者ギルド:Lv2 商業ギルド:Lv2 建築ギルド:Lv4 魔術師ギルド:Lv1
道場拠点
 "アブリル流兵科戦闘術"訓練所:Lv2
 "キングストン剣刃会"道場:Lv5
 "護身セルティス流"道場:Lv7
 "ドミビア派修道騎士会"修練施設:Lv3
 "冒険者ギルド・ノーズテルム支部"武芸訓練所:Lv2
 "流派鋼星"道場:Lv1
 "メルヴィル流魔闘術"地下施設:Lv2
 "上派ユルグ流聖法槍術"道場:Lv4
 "下派ロクサーヌ流魔剣術"道場:Lv5
---------------



「おお、なんじゃこりゃ」
「都市ステータスっすよ。メニュー画面のライブラリから選択可能」
「こんな画面があったのか……なんか結構細かく決まってるんだな。つーか防御度は何となく分かるけど、文化値とか経済規模ってなによ」
「文化値はサブクエスト系のNPCイベントの発生率とクエストの内容、店売り商品の品質に影響が出るっすね。経済規模は読んでその通りっす。店売り商品の品揃えと価格、商業ギルド系イベントの発生に影響って感じっすか。クエストの報酬金額も経済規模次第で結構上下するっすね」
「細けぇ……最近のVRゲームってみんなこうなの?」
「いやいや、SACT――戦略アクションは伊達じゃねぇってことっすよ。まあ詳しくはマニュアルやらガイドwiki参照ってことで。んで、都市ステータスからタブで【戦況】を選択すると……」



---------------
【アイゼニア】
 都市防衛戦展開中!(20XX/6/12-17:22開戦 73分経過)
 戦況:劣勢 士気:38/100
 参戦プレイヤー数:293 侵攻モンスター数:22284
 総撃破数:9472
 被撃破数:385 戦死数:47
【施設被害状況】
防衛拠点
 城壁:耐久度15% 城門:破壊 櫓:破壊 兵舎:耐久度40% 武器庫:耐久度30%
蘇生拠点
 領主館:耐久度45% 聖堂:耐久度100% 礼拝堂:破壊
ギルド拠点
 冒険者ギルド:破壊 商業ギルド:耐久度5% 建築ギルド:耐久度25% 魔術師ギルド:破壊
道場拠点
 "アブリル流兵科戦闘術"訓練所:破壊
 "キングストン剣刃会"道場:耐久度60%
 "護身セルティス流"道場:耐久度55%
 "ドミビア派修道騎士会"修練施設:耐久度20%
 "冒険者ギルド・ノーズテルム支部"武芸訓練所:破壊
 "流派鋼星"道場:耐久度55%
 "メルヴィル流魔闘術"地下施設:破壊
 "上派ユルグ流聖法槍術"道場:破壊
 "下派ロクサーヌ流魔剣術"道場:耐久度10%
---------------



 これは酷い。
 思わず笑ってしまいそうだ。
 というか笑うしかないほどに酷い戦況である。
 耐久度100%を守っているのがこの聖堂しかない。
 戦況画面に列挙された施設の破壊状況が都市ステータスに対して具体的にどういう影響を与えるのか、詳しいことは知らないが、知ったら間違いなく後悔するレベルの惨状であることに疑いはない。

「あちゃー、分かっちゃいたけどこりゃ酷いっすね」

 実際ヘザーも苦笑している。
 苦笑してはいるが、その表情に焦りとかそういった様子は見て取れない。
 なんと言うのが一番しっくり来るのか分からないが、言うなればこう、"馴れた感"が見て取れる。

「……なあ、何かやけに落ち着いてるけど、ひょっとしてコレくらいの劣勢って珍しくなかったりする?」
「んなわけないっすよ……いやまあ、このゲームがリリースされた当初は日常茶飯事だったっすけど」
「発売当初は日常茶飯事だったのか……」
「最初はみんなゲームシステムには不慣れだわキャラも装備も脆弱だわで酷かったっすからねぇ。初期都市の三つ全部落とされてゲームオーバーとか、普通にしてたっすから」
「MMOでゲームオーバーって……」

 なんだそりゃと言わざるを得ない。

「笑えたっすよ? 城塞都市も聖都もとっくに陥落してて王都が最後の砦っつー状況だったんすけど、その王都も魔王軍に攻め込まれちゃって。プレイヤー総出で決死の防衛戦の最中に、王城とか聖堂とかの蘇生拠点が全部潰されて士気もゼロ、するとあの無機質なアナウンスが流れるわけっすよ。『矢は尽き、剣は折れ……人類の決死の戦いも空しく、王都ベイゼルは陥落した。ノーステルム王国はここに滅亡し、コンクレティア大陸は魔王軍の手中に落ちたのである……』ってね。そこで視界が徐々にブラックアウトして、目の前に特大フォントで『GAMEOVER』八文字っすよ。あれは正直呆気に取られたっすね、ガチで笑うしかねぇって感じっす。ちなみにゲームオーバーってことでデスペナとは別に全所持品ロスト、倉庫に預けてた品まで容赦なしのスーパーペナルティが炸裂。これで初期のプレイヤーの三分の一がこのゲームを去ったと言われてるっす」
「それは酷い」
「ちなみに一回だけじゃないっすよ? 既にこのゲーム、三回ゲームオーバーしてるっす」
「言葉もないな……」

『ゲームバランス(笑)』の評価に偽りなしと言えよう。
 しかし運営サイドもよくそれでゲームバランスの調整をしようと思わなかったものだ。

「まあ流石に三回もゲームオーバーしてればプレイヤーもいい加減慣れてくるし、最近は落ち着いてきてたんすけどねぇ……まあ今回は、防衛戦に参加してる人数も少ないっすから」

 ほらここ、とヘザーは都市ステータスの都市所属プレイヤー数と、戦況画面での参戦プレイヤー数を示して見せる。

「ええっと……? 都市所属のプレイヤー数が1800超で、今参戦してるのが300切ってるのか。全体の六分の一しか参戦してないんだな」
「いつもだったら1800のフル参戦……とまでは行かなくても、1000人くらいは出るんすけどね」
「何で今回は少ないんだ?」
「防衛戦の時期ってある程度は予測できるんすよ。その予測じゃあ次の防衛戦は明後日、早くても明日ってことだったはずなんすけど、どうも予測が外れたみたいで……」
「予想外に早く攻め込まれたせいで人が足りてないってことか」
「そういうことっす。だいたい都市近隣エリアのモンスター総数が都市総人口の五倍になったら攻め込んでくるってルーチンで、しかもモンスターの増加傾向ってある程度一定のペースがあったっすから侵攻時期の予測も立てられたんすけどねぇ」

 それが見事に外されちゃって、と困った顔をするヘザー。
 なるほどねぇ、と頷いたところで、ヘザーの眉間に更に皺が寄る。
 こういう表情の造詣もリアルだ。

「あちゃー、そろそろ"魔剣屋"が落ちるっすよ」
「魔剣屋?」

 首を傾げると、正にタイミングよくアナウンスが流れる。



 ――下派ロクサーヌ流魔剣術道場が陥落しました。
 ――道場拠点陥落ペナルティが発生します。
 ――道場拠点陥落ペナルティにより、下派ロクサーヌ流魔剣術を流派とするプレイヤーの全ステータスが10%低下します。



「魔剣屋ってのは今アナウンスがあった【下派ロクサーヌ流魔剣術】の道場のことっす。ロクサーヌ流の連中には悪いっすけど、これで多少は持ち直すかもしれないっすね」
「何でだ? 拠点が陥落したんだろ?」
「だからっすよ。その拠点を守ってたプレイヤーが別の拠点の防衛に回れるようになるっす。ステ低下のペナルティは痛いっすけど、蘇生拠点さえ守りきれれば防衛戦に負けはないっすから」
「そういや勝敗条件聞いてなかったな」
「ああ、簡単な話っすよ。勝敗条件はこうなってるっす」



――防衛戦勝利条件
 以下の条件の何れかを達成せよ!
 ① 指揮官である中核モンスターの撃破する
 ② 侵攻軍モンスターの七割を撃破する
 ③ 蘇生拠点を一つでも確保したまま、戦闘開始から三時間経過する

――敗北条件
 ① 防衛戦参戦プレイヤーの全滅
 ② 蘇生拠点が全て陥落する



「――とまあ、こんな感じで。とりあえず蘇生拠点を守って三時間耐え抜けばこっちの勝ちっすから、魔剣屋を守ってた戦力が蘇生拠点の守りに就けばそれだけ勝率は上がるってことっす」
「……簡単な話っていうけど、それ、実際はなかなか面倒なんじゃないか?」
「お、わかるっすか?」

 恐らくだが、ただ防衛戦に勝つだけなら、聖堂なり領主館なり蘇生拠点に戦力を集めて、モグラ叩きの如くただひたすに向かって来る敵を叩いていればいいのだと思う。
 他の拠点がどれだけやられても、蘇生拠点の防衛さえ出来ていれば、三時間耐え抜けば勝ちなのだから。

 しかし先ほどのアナウンスを聞いてみればそんな甘い考えが通じるものじゃあないということにも気づく。
 道場拠点が落とされれば、その道場に所属しているプレイヤーのステータスにペナルティが掛かるのだ。
 ステータスに対してペナルティが掛かるって、はっきり言ってそれは経験値にダメージを食らうデスペナよりも遥かに厳しい。
 だとすればプレイヤーたちは各々の所属する道場を守りたいのが本音だろうし、かといってそっちに傾注すれば蘇生拠点が陥落して防衛戦に負けてしまう。

 それに、どのように戦力を分配すれば効率よく町を守れるのかというのも重要だが、その戦力の分配をいったい誰が、どのような立場でどのような権限の元に行うのか、というのも厄介な問題だろうと思う。
 プレイヤー同士は原則的に平等なはずだ。
 指揮を執るプレイヤーが出るとして、それをどうやって決めるのか、決まったとしてその人選に誰もが従うのか、という問題は非常にデリケートだと感じる。

 そうしたことを言ってみると、ヘザーはあっはっはと笑った。
 なにゆえ。

「いやいや、道場拠点陥落のステペナ(ステータスペナルティ)は永続的なもんじゃないっすから」
「あ、そうなの?」
「そりゃそうっすよ。確かに色々厳しいゲームっすけど、そこまでマゾくないっす。まあ、だからって自分が所属してる道場拠点を落とされるのがいい気分なわけないっすからね。拠点を破壊されると施設レベルが半分まで落ちるっすから、これがまた結構な痛手で。壊された施設を復興させるのも大変っす」
「復興?」
「資材を使って施設のレベルを上げることっす。その辺はまあ、防衛戦が終わったら分かるっすよ。防衛戦が終わって、この街が陥落してなかったらの話っすけど」

 そういえば都市ステータスの拠点欄に「建築ギルド」なんてのがあったけど、それが関係してるのか?
 まあ防衛戦が終わったら分かるって言うなら、今無理して聞く必要も無いか。

 そう考えて次の質問をしようとしたとき、俺たちの背後から新たな声が掛かった。

「ヘザー、ちょっといいか?」

 男、というよりはまだ若い少年っぽい声。
 振り返ってみると、案の定そこには17、8くらいの年に見える槍を手にした少年が立っていた。
 短く刈り込んだ金髪に、神経質そうな性質を感じさせる鋭い目元。
 フレームレスの眼鏡を掛けてはいるが、その眼鏡が神経質そうに見える彼の印象を助長しているように感じられる。

「お、アリオン君じゃないっすか。死に戻りっすか?」
「言ってくれるな。街道警邏クエで王都ベイゼルまで行って、戻ってきたらこの騒ぎだ。ヨウメイと一緒に野良PTだったんだが、組んでた連中がロクサーヌ流でな。話の流れから断りきれなくて道場前でバリケードを組んでいた。たった今、目の前で魔剣屋が陥落するのを見てきたところだよ」
「そりゃまたご愁傷様かつタイムリーなことで……ああカドヤさん、紹介するっす。こちらアリオン君、あたしと同じドミビア派修道騎士会に入ってる槍使いの子っすよ」

 ヘザーの紹介にアリオンと呼ばれた少年はちらりとこちらに視線を向けてくる。

「アリオンだ」
「ああ、俺はカドヤ。よろしく」
「……その装備、新参か?」
「まあ、そうなる」
「本日初ログインらしいっすよ。ろくすっぽ下調べもせずにログインしたもんだから、いきなりこの惨状で度肝抜かれてたみたいっす」
「それでお前が教育係か、ヘザー? この状況でそんなヤツのお相手とは、暢気なものだな」

 そんなヤツて。
 なんかこいつ、感じ悪いな。
 端々からこっちを見下してる感が漂ってくる――というか、実際俺、見下されてるよなコイツに。

「はっはっは、まあまあそう言わず。あたしもう残機ゼロでやることなくて、だからちょうど良かったんすよ。それよりどうしたんすか?」
「ああ。実は後方支援の手が足りなくてな。回復と補助の魔法を使える人間が必要だ」
「うへぇ、出陣要請っすか。あたし次死んだらデスペナ確定なんすけど……」
「関係ないな。ヨウメイは死ぬまで戦ったぞ? 今も戦っている」
「んげ、デスペナ喰らって即復活っすか? ヨウメイ君、男の子っすねぇ」
「こんな状況だ、仕方ないだろう。リアルの時間はまだ19時にもなっていない。社会人連中がログインしてくるのはもう少し先になる。連中が参戦すれば勝ちの目も見えてくるだろうが、そこまで戦線を維持できなければ何の意味もないということだ。デスペナが怖かろうがやってもらうぞ」
「はぁ……まあそういう状況じゃあしょうがないっすかねぇ。死にたかないしデスペナも怖いっすけど、あたしもこの街が落ちるのはごめんっすから。――――武装解放」

 ヘザーが諦観めいた口振りで呟くと、彼女の右手に戦槌、左手には凧盾が現れる。
 ボイスコマンドってやつか。
 ヘザーがやったような装備の交換だとか、所持している特定アイテムを使用だとか、本来ならメニュー画面を通して行う操作を、音声操作で行うというシステムだ。
 他にもアクティブスキルの起動なんかもボイスコマンドで行えるらしい。
 シンクトリガー、思考操作なんてのもあるそうだが、どうやってやるかまでは俺は知らない。
 やっぱりマニュアルくらいちゃんと読んでから始めるべきだったか。

「つーわけでカドヤさん。話の途中で申し訳ないっすけど、ちょっと行ってくるっすね」
「え、ああ、色々教えてもらってありがとう。こっちも助かったよ」
「あは、気にしない気にしない。助け合いが何より大事なゲームっすからね」
「なんだヘザー、そっちの新参は連れて行かないのか?」

 折角教育したんだろうに、とアリオンが口を挟む。
 この野郎、今絶対『教育(笑)』のニュアンスで言いやがったぞ。

「なーに馬鹿なこと言ってるんすかアリオン君。今日始めたばっかの子を連れてってもしょうがないっしょ」
「そっちこそ何を甘ったれたことを言ってる。防衛戦をやるのなんて結局は早いか遅いかの差でしかないだろ。このゲームをやってるんならいつかは巻き込まれることだ。だったらそれが今日の今でも別に問題はないと思うが?」
「だからってこんな、この世界のイロハも分かってない子を戦場に出しても、延々と死に戻りを繰り返すだけに決まってるじゃないっすか」
「だからこそ出すんだろう。レベル10になるまではどれだけ死んでもデスペナは無いんだ、恐れることは何も無い。"世界のイロハ"なんて、死にながら覚えればいいんだ。俺もお前も、このゲームをサービス開始の頃からやってる連中は、そうして覚えてきたんだからな」
「んな乱暴な……それで酷い目見たからたくさんの人が辞めてって、人が減って戦況が厳しくなったからwikiだのなんだの情報共有して頑張って、人がこれ以上減らないようにしてきたんじゃないっすか!?」
「で、そうした出来た『努力の結晶(笑)』とやらにろくろく目も通さず体一貫で飛び込んできた馬鹿がそこのソレなんだろう? そういう馬鹿は身体で覚えたほうが手っ取り早い。それでビビって逃げ出すんならそれはそれだ。そんな根性なし、遅かれ早かれこのゲームを辞めるよ」
「なんつー言い草っすか!? ――って、ちょっとアリオン君!?」
「俺はもう出る。いつまでもそんなのの相手してないで、お前もさっさとしろよ、ヘザー」

 言い残してこちらに背を向けるアリオン。
 その去り際、ちらりと俺に一瞥だけくれて、

「そっちの新参ネカマ君もな?」

 まあ、いきなりの状況で戦場に飛び出す根性があればの話だけどな、なんて言い残して去っていくアリオ――アリ野郎。
 あん畜生め、俺だって好きで女型のアバターにしてるわけじゃないってのに――にゃろう、鼻で笑いやがった。






************

遅筆ですいません。
感想も読ませてもらってます、ありがとうございます。
レスとか出来ないですけど、どうぞご容赦を。




[12307] 03.君が死ぬまで頭に斧を振り下ろすのをやめない
Name: カルピス◆74a9289a ID:72e80db5
Date: 2009/11/17 19:34
「うぉらーっ! 行くぜ行くぜ行くぜぇぇぇぇ!」
「うおお、スゲェ突進! ――って馬鹿、突っ込みすぎるな!」
「みぎゃーっ!?」
「アホすwwwペタアホすwwwwww」
「誰かあのアホ引きずり戻せ! 弓兵、援護だ!」
「よし、ここは俺が」
「待て、ここは俺が」
「いやいや、ここは俺こそが」
「「どうぞどうぞ」」
「上島!?」
「ダwwwチョwwwwwwウwwwww」
「古典はいいから、誰か早く援護してあげて!」
「はいはい、分かってますよ! んーじゃ、おまいら! 流れ矢には気をつけろよ!?」
「流れ矢って、おいおいおい!?」
「ちょ、まさかっ!?」
「行くぜ爆撃! アイゼニアは、赤く燃えているぅぅぅぅ! 必殺、【轟爆雷矢流星群】!」
「上級――」
「――範囲攻撃ぃぃぃ!?」
「やば、みんな退が――――」
「「「どわぁーーーーーーーーーっ!!?」」」



 ――【エレメンタルコック トムたん☆】の撃破数が300を越えました!



「お!? よっしキタコレ! みんな、俺の名乗りを聞けぇ!
 ――『【エレメンタルコック トムたん☆】、敵勢300匹、討ち取ったりぃ!』」



 ――【エレメンタルコック トムたん☆】の勇壮な【名乗り上げ】により味方の士気が上昇します。
 ――士気上昇効果により【エレメンタルコック トムたん☆】の周囲のプレイヤーのHP、SP、MPが20回復しました。



「うはwwwナイス名乗りwwwwwwこれでwww勝つwwるwwwww――とでも言うと思ったかボケェェェ!!」
「つーかコックぅぅぅ! 味方巻き込みすぎぃぃぃ!」
「爆撃厨乙、そして死ね」
「ってかさっき孤立してたヤツ、生きてる?」
「むしろ俺が死ぬわ!」
「半死半生のワータイガーが降ってきたんですけどぉぉぉ!!」
「文句はいいから前衛突っ込め! 巻き込みはともかく今がチャンスだぞ!? ここで巻き返すんだ!」
「はいはい、正論乙」
「正論乙」
「誤爆擁護乙www」
「正論乙wwwwwwだが確かにチャンスはチャンスだ! 行くぞ、俺に続けぇ!」
「正論乙」
「誤爆厨乙」
「正論乙」
「って誰もついてきてねぇぇぇぇぇ!?」
「突撃厨乙」
「よし任せろ、ここは一つ俺が自慢の【轟爆雷矢流星群】で援護を――」
「やめろ」
「糞コックww自重wwwww」
「やめてあげて! 彼の残機はもうゼロよ!」
「無茶しやがって……」





/





 なんというカオス。
 いや、カオスというかアレだな。
 戦闘自体は相変わらず修羅場っているのだが、その戦闘をしているプレイヤーたちがあまりの劣勢におかしなテンションになっていて、そのせいで場の雰囲気が混沌としているといった感じか。
 戦況そのものについては――あくまでこの聖堂前に限って言えば、少し前に比べると好転しているように見える。
 魔剣屋とやらが陥落したせいで、そこの防衛に当たっていた戦力が聖堂前の防衛に就いたことの影響もあるだろうが、何より大きいのはジャイアントオーガとかいう大物がどこか他所に移動してしまったことだろう。
 二つくらい向こうの通りを移動しているようで、建物の屋根越しに頭が見えている。

「あっちは領主館っすね。領主館には防衛用の大砲やら櫓やらがあるんで、もしかしたら誰かが釣って引っ張っていってるのかもしんないっすね」

 ヘザーはそんなことを言いつつスキルを準備している。
 アリ野郎ことアリオンの言い草に安く乗せられた俺が防衛戦に参加する旨を告げたところ、ヘザーはため息混じりに「仕方ないっすね。じゃ、あたしが魔法かけて上げるっすから、そうそう簡単には死なないように頑張るっすよ」なんて言ってくれたのだ。

「というわけで、ますはこれっす――【ハードプロテクション】!」



 ――【正位修道騎士 ヘザー】が【ハードプロテクション-Lv5】を使用しました。
 ――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の物理防御ステータスが50%上昇します。
 ――ハードプロテクションの魔法効果は10分間持続します。



 そして脳裏に流れる神の声。
 補助魔法【ハードプロテクション】は、ドミビア派修道騎士会で教えてもらえる魔法スキルなのだそうだ。
 使用対象の物理防御力をパーセンテージで強化するため、対象の物理防御力が高ければ高いほど効果が得られる仕様であるらしい。
 その仕様のため、闘技場でのPvPではバランスブレイカーと化しつつあるのだとか。

 ちなみにこのハードプロテクションを使用するに当たって、最初に司祭のディーネからもらったサクト神の祝福――10ポイントのステータス上昇値を割り振ることになった。
 物理防御力は基礎ステータスの体力の値に影響を受けるため、予め数値を振って物理防御力を向上させておけば、ハードプロテクションによって得られる恩恵も向上するというわけである。
 割り振りは筋力に5ポイント、残る5ポイントを体力に、といった按配なのだがどう見ても脳筋極振りです。
 本当にありがとうございました。

「続いて行くっす、【ヘビーリフレクション】!」



 ――【正位修道騎士 ヘザー】が【ヘビーリフレクション-Lv8】を使用しました。
 ――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の衝撃慣性が緩和されます。
 ――仰け反り攻撃、吹き飛ばし攻撃を受けても姿勢が崩れにくくなりました。
 ――ヘビーリフレクションの魔法効果は13分間持続します。



 続けて掛けられたのは同じく補助魔法の【ヘビーリフレクション】。
 こちらは神の声の解説通り、被ダメージ時のノックバックなど、被弾モーションが軽減されるという魔法だ。
 ダメージ自体は軽減されないようだが、立ち回りが重要なこのゲームではかなり重宝される魔法であるらしい。
 集団に囲まれてタコ殴りにされている状況でも、高レベルのヘビーリフレクションを受けていれば被弾モーションによる強制ハメ状態に陥らなくて済むためなのだとか。
 もちろん高レベルモンスターによる攻撃だとヘビーリフレクションが突き破られて吹っ飛ばされるなんてこともあるようだが、そこはまあ、巧く立ち回れということなのだろう。
 話を聞く限り、雑魚相手の対集団戦で威力を発揮するスキルであるように思われる。

「トドメにこれっす――【ライフリザベーション】!」



 ――【正位修道騎士 ヘザー】が【ライフリザベーション-Lv4】を使用しました。
 ――魔法効果によって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は生命力が強化されます。
 ――最大HPの70%以上の大ダメージを受けてHPがゼロになった際、一度だけHP1の状態で踏み止まります。



 最後に掛けられたライフリザベーションは高ダメージ攻撃被弾時に備えてのセーフガードである。
 限り少ないLPを温存できる、使い方次第では有用な魔法スキルなのだそうだ。
 とはいえ、踏み止まっても肝心のHPが1では、乱戦中のような状況下では踏み止まったと思った瞬間後ろから雑魚に殴られて結局死亡、なんてこともザラだそうで、殆ど気休めに近いのだとか。
 スキルレベルが上昇すると踏み止まった時のHPも増加していくのだが、運用の都合上スキルレベルを上げにくいそうで、そこまで鍛えているプレイヤーは極少数しかいないらしい。

 俺に三種類の補助魔法を掛け終わったヘザーは、一仕事終えたかのような仕草でフー、と息をつく。
 そして「これで随分死ににくくなったはずっすよ!」と笑顔を向けてきた。
 ありがたい話だ。
 ステータス画面を確認すると表示が以下のように変動している。



---------------
【カドヤ】
 Lv:1 LP:3
 称号:初級ネットカフェプレイヤー
 拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
 ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
 所持金:500G
【補正効果】
 称号【初級ネットカフェプレイヤー】:全基礎ステータス+1
 魔法【ハードプロテクション-Lv5】:物理防御+50%(+85) 残り時間9分16秒
 魔法【ヘビーリフレクション-Lv8】:仰け反り、吹き飛ばし耐性付加 残り時間9分42秒
 魔法【ライフリザベーション-Lv4】:MaxHPの70%(95)以上のダメージを受けて死亡した際、一度だけHP1の状態で持ち堪える。
【基礎ステータス】
 HP:135 SP:95 MP:15 残りステータス上昇値:0
 EXP:00 NextLvUp:300
 筋力:13(12+1)
 体力:14(13+1)
 敏捷:4(3+1)
 器用:6(5+1)
 魔力:3(2+1)
 幸運:6(5+1)
【総合ステータス】
 近接攻撃:170
 間接攻撃:--
 魔法攻撃:--
 物理防御:255(+85)
 魔法防御:30
 クリティカル発生率:5%
--------------



 補正効果の欄にヘザーに掛けてもらった三つの魔法の効果が付け足されている。
 しかし物理防御、85ポイントも上昇ってすげーな。
 変化したステータスの中身を覗き込んで、ヘザーも神妙そうに頷く。

「それじゃあ時間もないから簡単に説明するっすよ。防衛戦に限った話じゃないっすけど、このゲームで重要なのは何よりも立ち回りっす。敵の数が多くて、ちょっとミスるとすぐに周囲を囲まれてフルボッコされるからっすね」

 それは俺も見ていて気づいたことの一つだ。
 事実、つい先ほどもどこかの誰かが敵の集団に無謀な突撃をかけて包囲殲滅されかかっていた。
 最終的に弓兵の範囲攻撃に巻き込まれていたようだったが、果たして彼は無事だったのだろうか。

「今のカドヤさんの防御力なら、敵の主力雑魚【レギオン】の攻撃くらいなら殆どダメージは喰らわないと思うっす。ただ、レギオンの持ってる数少ないスキル、【連鎖自爆】にだけは要注意っすね」
「自爆とはまた剣呑な。どうやって防いだらいいんだ?」
「レギオンの行動パターンは単純っす。殴ってくるか、組み付いてくるか。連鎖自爆は五匹以上のレギオンに組み付かれると発動するっす。組み付いてきたレギオンが白く発光し始めたらスキル準備状態。だから組み付いてきたらすぐに引き剥がす、コレに限るっすね」
「五匹以上ね……じゃあ周囲に五匹もレギオンがいない状況だとどうなる?」
「組み付いて動きを封じてタコ殴りにしてくるっす。これがレギオンだけなら痛くないんすけど、防衛戦だと他にも色々モンスターがいるっすから」

 確かにレギオンに組み付かれて身動き取れなくなっているところに、あのジャイアントオーガとかが来たら即死できるな。
 組み付かれたら引き剥がす、よし、覚えたぞ。

「あとは、レギオンの中に紛れてる他のモンスター……ゴブリンやコボルトの攻撃だと、今のカドヤさんじゃあまともに連中の攻撃喰らえば、四分の一くらいHP持ってかれる可能性があるんで、連中を見かけたら一旦距離を取って仕切りなおすことをお勧めするっす」
「ゴブリンとコボルトね。見た目的にはどんな連中?」
「ゴブリンが背が低くて全体的に茶色っぽい不細工、コボルドはやっぱり背が低いんすけど、小人の上に犬の頭をのっけたって感じのモンスターっすね。どっちも人型なんである意味組し易いと思うっすよ」
「不細工と犬人間か。よし、覚えとく。他には気をつけた方がいいやつっている?」
「レギオンとゴブリンとコボルト以外は全部気をつけるっす」
「……は?」

 なんですと?

「今のカドヤさんの攻撃力だと、その三種類以外にはまともにダメージが通らないっす。全く通らないわけじゃないっすけど、倒すためには最低十発以上当てる必要があるっすね、間違いなく。敵の少ない【緑狩場】とかならそれでもいいっすけど、防衛戦の最中にンなことしてたら囲まれて死ぬっす」
「……その三種以外のやつに出くわしたらどうすんの?」
「逃げるっす」
「逃げられなかったら?」
「そりゃもちろん、諦めて死んでくださいっす!」

 ちろりと聖堂の外の様子に目を向ける。
 聖堂前の広場を死守せんと防衛線を張るプレイヤーたち。
 そんな彼らの防衛線を脅かさんと押し寄せるモンスター。
 なるほど、確かに主力雑魚というだけあってその殆どは全身灰色のマネキンっぽいモンスター【レギオン】だ。
 そのレギオンに紛れて件の【ゴブリン】やら【コボルト】やらの姿も見える。
 しかし、そのゴブコボコンビと同じくらいの比率で、多種多様なモンスターの姿も混じっているのだ。

 えーと、つまりどういうことだ。
 レギオンを倒しつつ、ゴブリンとコボルトに出くわしたら距離を取って仕切りなおし、そんでもってレギオンを倒して、ゴブコボ以外に出くわしたら一目散に逃げて、そしてレギオンを倒し……?
 ぱっと見た感じ、大よそレギオン10匹につき他の種類のモンスターが1匹混じっているくらいの比率だろうか。
 そんな連中を相手にしながら囲まれないように気をつけてレギオンだけを選んで相手しろと……?

「……無理じゃね?」
「だから言ったじゃないっすか……Lv.1で、この世界のイロハも知らないカドヤさんじゃ、出て行っても死ぬだけっすよって」

 ヘザーが呆れたような目で俺を見る。
 悔しいが、反論できない。
 反論できないが、かといってここで反論していても仕方がないのである。
 ヘザーが貴重なMPを消費して俺に補助魔法を掛けてくれたのだ。
 魔法のタイムリミットもあるのだし、ここでヘザーの言い分に反論して無駄に時間を食っている猶予はない。

 このゲーム、この防衛戦――参戦する以上は死なずにやり過ごすのは無理だ。
 参戦すると決めた以上は覚悟を決めるしかない。
 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶというが、この際俺は飛びっきりの愚者で行こう。
 死んで死んで、戦って死にながら戦い方を覚えるしかない。
 この防衛戦が終わるまでに何度死ぬことになるのか分からないが、その死亡回数だってきっと無駄にはならないだろう。
 具体的には――プレイ日記のネタになる。

「…………ぃよしっ!」

 パンと両手で頬を叩く。
 ありがちな気合の入れ方だ。

「こうなりゃもう行くしかない! ええっと……≪武装、解放≫!」

 ボイスコマンドに応えて両手に光が集まってくる。
 そしてその光の粒子が一定の形を成したとき、それは一度大きく輝いて、武器の形を取った。
 ワンハンドアックスにライトバックラー。
 俺が選択した初期装備だ。
 所詮ゲーム、振り回しやすいよう重量値が随分低く設定されているらしく、手にしたそれらはとても頼りない感触しか返してこない。
 だが今の俺には武器防具はこれしかないのだ。
 この頼りない装備に命を預ける。
 そして死ぬ。
 ……いや、出来るだけ死なないようには頑張るつもりだけど。

「行くっすか?」

 呆れた視線は相変わらず、もはや処置なし、とでもいった風情でヘザーが声を掛けてくる。

「うむ、覚悟完了済みだ。女は度胸、死んでくる!」
「ネカマさんが何を仰るやら……しかしまあ、行くと決めたんならこれだけは言わせて欲しいっす」

 ヘザーの視線の色が変わる。
 呆れを含んだそれがどこまでも澄んだ透明なものへと変わった。
 視線のような微細な感情表現さえ可能とするエクスターミナルのエモーションエンジンには、正直呆れる。
 ヘザーはそんな俺の様子に構うことなく、すっと指先を伸ばして右手を額に当てて最敬礼、そして――

「無茶しやがって……」
「……」

 まだ死んじゃいねぇよ……!





/





 聖堂前はちょっとした広場になっている。
 広場といっても本当にちょっとした程度のもので、30m四方くらいのものだ。
 広場には西、北西、南西から三本の道が繋がっており、プレイヤーたちはそこに簡易なバリケードを築いて防衛戦を展開している。
 三つあるバリケードは既に南西側のものが破られかけており、広場の中にも少なくない数のモンスターが侵入してしまっていた。
 南西側を守るプレイヤーたちはバリケードを補修しつつこれ以上敵を通さないよう奮戦中、おかげで広場の中のモンスターには手が出せていない。
 状況的に一番厳しいのがこの南西側で、ヘザーもここの連中に補助魔法を掛けようと、サポートに向かっていった。
 よく見ればアリ野郎ことアリオンもそこにいる……豪快な槍捌きだな、ちょっとかっこええ。

 広場内に侵入してきたモンスターには、手隙の者がちょこちょこ対応してはいるらしい。
 ところがモンスターどもは広場に繋がる道からだけでなく、広場を囲う民家の屋根伝いにも侵入してきているようで、手の空いている人間がバリケード防衛の片手間に相手をするだけではとてもではないが殲滅というわけにはいかないようだ。

 幸い広場の内側にまで入ってしまっているモンスターはレギオンばかり。
 ゴブリンもコボルトも、それ以外のモンスターも見当たらない。
 雑魚中の雑魚であり数だけしか取り得のないレギオン……だからこそ他のプレイヤーたちもバリケード防衛を優先しているのだろう。
 その証拠に、ちょうど今民家の屋根から飛び降りてきた豹っぽいモンスター、そいつが広場へ侵入するのを確認するなり、軽装の戦士が手槍を投げて討ち取っていた。
 ていうか、槍って投げることも出来るんだな。

 さておき、この状況なら俺も安心して戦いに参加できそうだ。
 手強い系のモンスターが広場内に侵入したら他のプレイヤーが倒してくれるようだし、であれば俺はレギオンの動きにだけ注意して立ち回ればいい。
 俺は早速、獲物を構えて手近なレギオンに斬りかかろうと――む?

「あいたっ!? って、クソ! レギオンかよ!?」

 悲鳴が上がったのは北西側のバリケードだ。
 バリケード防衛の後衛に当たっていた弓使いの背後にレギオンが5匹、いや6匹群がっている。

「うっざ……! 間合いが近すぎて弓が使えん! 誰か、援護!」
「アホ抜かせ! レギオン数匹くらい自分で裁けよ!」
「前衛は回せない! 弓メインって言っても何かしら近接武器は持ってるだろ!? 頑張れ!」
「マジかよ畜生! ――≪武装解放、四番≫!」

 おお、弓から槍に武器を持ち替えた。
 これなら大丈夫か……って、あんまり大丈夫じゃなさそうだな。
 近接の間合いに入られちゃってるから、小回りの利かない長柄物じゃ対応し切れていない。
 あっという間に組み付かれてボコスカ殴られている。
 ダメージ自体は殆ど通ってなさそうだが、後方支援の弓使いが雑魚に拘束されちゃあ、バリケード防衛の前衛が不憫だ。

 となれば――よし。
 俺の初陣、連中に決めた!
 弓使いに群がるレギオンの数は【連鎖自爆】の発動条件を満たしている。
 まだスキル準備の状態になっているヤツはいないが、条件を満たしている以上いつ自爆するかなんて分からない。
 助けられる内に、助ける!

「ハァァァァ!」

 地面を蹴り、一気に駆ける。
 狙いは弓使いの右腕に組み付いているレギオン。
 他のモンスターの一切を無視して突進し、その背中に向けてハンドアックスを振り下ろす!



 ――クリーンヒット!



 ドボ――という鈍い手応えと共に、視界の端っこにシステムメッセージが踊る。
 俺が攻撃したレギオンの頭上に浮かぶライフゲージが一気に空になり、レギオンは砂が崩れるように真っ黒な塵に還った。
 それがこのゲーム【サクト レコンキスタオンライン】における撃破エフェクトなのだろう。

 撃破エフェクトが出た、ということは……。
 倒した――んだよな?
 あまりの呆気なさに、呆然としてしまいそうになる。
 しかし俺にそんな呆然としていられる余裕など、あるはずもない。

 視界の端、左手側に別のレギオン、駆け込んできた俺の存在に気づいたようで、ゆっくりとこちらに首を向ける。
 その顔面に盾、ライトバックラーを叩き込んで怯ませると、俺はそのまま一歩下がった。
 下がった一歩を蹴りつけて勢いを付けると、怯んだレギオンにハンドアックスを叩き込む。
 狙いなどつけてはいない、勢い任せに振り下ろしただけだ。
 この一撃は敵の肩に食い込み、そのまま敵の腕を斬り落とすが、それだけでは致命傷に至らないようで敵は塵には還らない。

 斧を手元に引き戻し、更にもう一撃を加えようとして、その刹那、標的の頭が横合いから伸びた槍に貫かれた。
 そしてレギオンは塵に還る。

「後ろだ後ろっ、しゃがめ!」

 それは弓使いの戦士の声だ。
 慌ててしゃがみ込むと、背中に何かが当たる。
 そして頭上を何かが通過する感覚。
 見上げればレギオン。
 背後から忍び寄って、俺を羽交い絞めにしようとしたらしい。
 うおお、危ないところだった。
 そしてそのレギオンの胸板を、またしても槍が貫く。
 この槍、さっきのもあの弓使いのだよな?
 俺が組み付いていたレギオンをやったおかげで自由に動けるようになったらしい。
 助けにきたつもりが助けられるとは……まあレベル1の素人だし、仕方ないよな?

 ――って、このレギオン、塵に還らない。
 つまり、まだ生きている?
 その足元でしゃがみこんでいる俺……ということは、なんだ、この体勢は不味いよな!?

「おわわわわ――ぅおりゃっ!」

 立ち上がりの動作に合わせて、ハンドアックスを斬り上げる。
 斧の刃先はレギオンの股関節を引っ掛け、右足を太ももから豪快に切断した。
 よし、この手ごたえは逝っただろう!

「すまん、助かった――って初期装備っ!? お前新参か!?」
「あ、ああ。今日始めたばっかりだ」

 弓使いの上げる驚きの声に答えつつ、敵から距離を取って彼の方に身を寄せる。
 目の前のレギオン、残るは三匹。

「今日始めた!? 今日初ログインってことか!?」

 ……そこまで驚くことなくね?
 別に新参だっていいじゃん。

「まあそうだけど……何か問題でも?」
「いや、そりゃ色々あるだろうよ、新参に助けられた俺の体面とか……でもまあ、そんなこと言ってられる状況でもねーわな……」
「そういうこと。とりあえずこの三匹は俺がやってみる。あんたはバリケードの防衛に戻んなよ」
「やれるのか?」
「とりあえず防御系の補助魔法を三つほど掛けてもらってあるから。無傷とはいかないだろうけど、レギオンって一番の雑魚なんだろ? 頑張ってみる」
「三種類とはまた豪華だな。でもそれなら……よし、んじゃあここはお前に任せるぜ!」
「おうっ!」

 弓使いの声を合図に地を蹴る。
 三匹のレギオンは横並び並んでいるから、狙うのは左の端側のやつだ。
 踏み込みの勢いを抜かないまま、駆け抜けるようにドテッパラに横薙ぎの一撃を叩き込む。
 その一撃はレギオンのわき腹を深く抉ったが、致命傷には至らないようで敵はまだ塵に還らない。
 それでも敵の姿勢を崩すには十分で、バランスを崩した敵の肩口めがけて更に一撃!
 ――って、まだ死なない!?
 なんだよ、最初のヤツは一撃で倒せたのに!

「カドヤさーん、人型モンスターの弱点は、頭か背中っすよー!」

 遠くからヘザーの声が聞こえてきた。
 そうか、頭か背中か!
 そういえば最初のヤツを倒したときは、敵の背後から思いっきり喰らわしてやったもんな。

「そういう、ことなら――っ!」

 敵の肩口に食い込んだ斧を引き抜いて、改めて頭に向けて振り下ろす。
 ゴス、という鈍い手応えと共に、



 ――クリーンヒット!



 視界の端に浮かぶシステムメッセージと共に塵へと還るレギオン。
 よし、やった!
 なんてガッツポーズを取る暇もなく――、

「FUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 倒したレギオンの背後にいたレギオンから、きつい一発をまともに喰らってしまう。
 ガツンと殴られたのは肩口だ。
 衝撃と痛みはあまりなく、軽くどつかれたくらいにしか感じない。
 視界の下の方に浮かんでいる俺自身のライフゲージも殆ど減ってはいない。
 痛みがあまりないのは結構なことだが、これがヘザーにかけてもらった補助魔法の効果があってのことだったら少し怖いなぁ。
 補助魔法の効果が無かった場合、殴られたり斬られたりしたらもっと痛いですよ、なんてのはご免被りたい。
 ――などと考えつつ、体勢を立て直して殴りかかってきたヤツの頭めがけて片手斧を振り下ろす。

「そぉい!」



 ――クリーンヒット!



 これが巧く決まってクリーンヒット。
 レギオンの頭上に浮かぶライフゲージがぐーんと減って、残り四分の一くらいになる。

 ちっ、クリーンヒットしても一撃で撃破というわけにはいかないのか。
 でもさっきのクリーンヒットじゃない普通の攻撃では、敵のライフゲージの三分の一くらいしか減らせなかった。
 通常の攻撃じゃあ3~4発当てないと倒せないレギオンが、クリーンヒットを当てれば二発で倒せる。
 ならばやっぱりクリーンヒットは積極的に狙っていくべきだろう。

 レギオンの頭にめり込んだ斧を引き抜き、そのまま振りかぶり直してもう一撃頭に叩き込む。
 よっし、倒した!

 だが、まだもう一匹レギオンは残っている。
 残る一匹はのたくさとした動作で、俺に組み付こうと両手を広げて近寄ってくるところだった。
 頭ががら空きだ、クリーンヒット、狙える!

「でぇいっ! ……――って、ちょ、うおおおお!?」

 く、組み付かれた!?
 頭に直撃した! クリーンヒットが決まった!
 でもそれで倒しきれなかったせいで、その勢いのまま組み付かれてしまったんですが!?

「やばっ、引き剥がさないと――!」

 やばい、身体が密着しているせいで巧く斧を使えない……。
 身体を左右に揺すってみるが、結構ガッチリ組み付かれてて引き剥がせない!
 しかも目の前には真っ二つに割れたレギオンのマネキンっぽい顔面! 若干気持ち悪い!
 更に密着しているせいでレギオンの胸板との間で俺の豊満なおっぱいが押し潰されてぐにゅんぐにゅんと形を変えてあはん、なんてこと、服の布地が荒いせいで先っぽが擦れて痛気持ちイイ――ではなく!

 ええい、こうなったら……膝蹴り! 膝蹴り!
 ――チクショウ駄目だ、全然効いてない、ライフゲージが減ってない!



 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】はスキル【我流体術マスタリー】を習得しました!
 ――我流体術マスタリーのスキル効果によって、以後武器を用いない肉弾攻撃で敵にダメージを与えられるようになります。



「このタイミングでスキル習得!?」

 何ゆえ!? ってさっきの膝蹴りか!
 ならばもう一度、膝蹴り! 膝蹴りぃ!

「って駄目だぁー! 殆ど効いてねぇー!」

 一応ライフゲージが減るには減るが、その減少量は微々たるものだ。
 この膝蹴りでライフゲージを削り切るには、あと十発以上の膝蹴りが必要になると思われる。
 今のところ俺自身の周囲には他のレギオンは存在しない。
 とはいえ聖堂前の広場内には、10体以上のレギオンが入り込んでいる。
 いつ連中が俺の様子に気づいて寄ってくるか分からない状況で、膝蹴り十発以上とかそんな時間を掛けてる余裕は……。

「あーもー、だから立ち回りが重要って言ったじゃないっすかぁ」

 突然に、目の前にあったレギオンの頭が吹っ飛ばされた。
 横合いから殴りつけるような、強烈な一撃。
 その一撃でレギオンは塵に還り、俺の拘束も解かれる。

 そこに立っていたのは全身鎧に身を包み、戦槌を構えた少女騎士ヘザー。
 南西側の援護に向かったと思っていたのだが、何時の間に。
 いや、しかし、ともあれ助かった。

「へ、へ、ヘザーか。た、助かった」
「大丈夫っすか、カドヤさん? ちょっと目を離したらいきなりレギオンに熱烈抱擁かまされてて、逆に笑っちゃったっすよ」
「うぐぐ、まさか組み付いてきたレギオンを引き剥がすのがあんなに大変とは思いもよらず……」
「ああいうときはっすね、両手を塞いでる武器を外しちゃえばいいんすよ。ボイスコマンドの武装解放と同じで、武装解除っていうのがデフォルトで登録されてるっすよ? 武装解除すれば両手の装備が格納されるっすから、空いた両手で何とかすればいいっす」
「わ、分かった。覚えとく」

 脳内メモに極太マジックで書きなぐっとくわ。

「あとは、短剣とか持ってればボイスコマンドで装備を変更して、そんで短剣で人型モンスターの弱点である背中を一撃、とかも有効っすね。つーかそれが一番メジャーな対処っす」
「ああ……俺、この戦いが終わったら飛びっきりの短剣、一本買っておくよ」
「死亡フラグ乙っす」

 南無~、と言いつつ十字を切るサクト聖教の修道騎士。
 和洋折衷というか節操ないな。

「とりあえず、あたしはこのまま北西側の援護に入るっすけど、カドヤさん、残りのアレ、やれそうっすか?」

 ヘザーが指差すのは広場内をうろうろしているレギオン、数は10体以上。
 連中の一部は聖堂に近づこうとする動きを見せているが、何故か聖堂の数m手前で立ち往生している。
 なんか結界とかそういうのがあるのか?
 低レベルモンスターを寄せ付けないとか、そんな系の。

「南西側の援護はもういいのか?」
「あっちはアリオンも入ってるっすから、多分どうにか持ち直すんじゃないかとは思うんすよね。一応回復だけはしといたっすけど。だったら前衛が足りてない北西側のがやばげっす」
「あれ、ヘザーって後衛って言ってなかったっけ」
「補助魔法で前衛を強化するんすよ。そのための後衛魔法職っす」

 厳密に言えばこのゲーム、職なんてないっすけどねぇー、などと言いつつ。
 さておき、俺は改めて広場内のレギオンに視線を向ける。
 10体か……やれるのか?
 さっきはほんの三匹を相手にして、一匹に組み付かれてあのザマだった。
 その三倍以上の数を相手にするとか、普通に考えて無理だよな。

 と言っても、それはあくまで俺が生き残ることが前提。
 やられることを容認するわけじゃないけど、死に戻りをしつつ蘇生即特攻のゾンビアタックを掛ければ何とかやれないこともないだろう……というか、そう思わないとやってられない。
 ならば、俺の行動は決まっている。

「んじゃまあ、ヘザーが北西側に行くんなら、俺も"残りのアレ"、行ってくるよ」
「お、勇者Lv.1っすねぇ」
「Lv.1言うな……まあ、ゾンビアタック覚悟で征ってきます」

 とりあえず肝に銘じるのは、どんなに見事なクリーンヒットをブチ込んでも、HPがゼロになっていない限りはレギオンは動き続けるということ。
 頭を潰しても腕が無事なら平気な面(?)して組み付いてくるということ。
 さっきの俺の失敗は、組み付こうと向かってきたレギオンを真正面から迎え撃ったことだ。
 一撃で倒せないなら、一回横にステップして組み付き攻撃の有効範囲から脱し、横合いか後背からクリーンヒットを狙うべきだったんだろう。
 ヘザーは何も言わなかったが、これが立ち回りということなのだと思う。

「それじゃ勇者カドヤ、頑張るっすよ。逝ってらっしゃい!」
「うむ、逝ってきます!」

 その後、レギオン10体を倒すまでの間に、まあ敵のおかわりもあったのだが、結局俺は2回死ぬことになる。
 連鎖自爆、マジぱねぇ。






************

もっとスピード感のある近接格闘戦を描きたいんですが、なんだこのもっさり感。
あとこのゲームにおける補助魔法の偉大さは異常。

感想板で気づいた方もいらっしゃいましたが、このネタの発想の根元はマブラヴです。
あと無双シリーズとか、とかとか。



[12307] 04. 騎士との出会い(笑)
Name: カルピス◆74a9289a ID:72e80db5
Date: 2009/11/07 07:23
「うおりゃーっ!」

 半ばヤケクソ気味な雄叫びと共に叩き込んだ横薙ぎの一撃が、レギオンの首を跳ね飛ばした。
 ううむ、我ながらこれは見事なクリーンヒット。
 ところがこれで安心してはいけないのがレギオンという魔法生物型のモンスターで、この野郎、ライフゲージさえ残っていればこの程度では死んでくれないのだ。
 とはいえ敵のライフゲージは残り僅か。
 先の一撃の衝撃で身体が横に流れているレギオンに、もう一発追撃を入れるのは容易い。
 横薙ぎに振り抜いた片手斧を、振り抜いた姿勢のままググッと溜める。
 一歩を更に踏み出して、溜め込んだ力を裂帛の気合(笑)を込めて袈裟に振り下ろす。

「ちぇすとぉーっ!」

 その一撃は右肩から左脇腹へと駆け抜け、レギオンはザァッと黒い塵に還った。
 よっし、また一匹倒した。
 これで通算何匹倒したことになるんだっけ?
 まだ20をちょいと越えたくらいか?

 周囲の敵の様子を確認し、俺をターゲットにアクティブになっているレギオンは残り7匹、後方確認を怠らないよう気をつけながらバックステップを二つ踏んで距離を空ける。
 こいつらを全部倒し終わればようやく30に届くくらいだろうな。
 ――なんてことを考えていたら、軽快なファンファーレと共に神の声(システムメッセージ)が舞い降りた。



 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】はレベルが上がって【Lv.2】になりました!
 ――レベルアップボーナスとして【HP】【MP】【SP】の最大値が10ポイント上昇します。
 ――レベルアップボーナスとして【ステータス上昇値】を3ポイント取得しました。
 ――ステータス上昇値はステータス画面から【基礎ステータス】の値に割り振ることができます。
 ――レベルアップによって【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の士気が上昇し、HP、MP、SPが30%回復しました。



 おおっ! ついにレベルアップか!
 ……って言ってもあんまり実感がないな、いや、もちろん達成感的なものはあるけど。
 でもステータス上昇値を何も割り振ってないんだから、実感がないのも当たり前か。
 HPとかの最大値が上がったって言っても体感できる類のもんじゃないし、強いて言えば士気上昇でSP(スタミナポイント)が回復したお陰で疲れが多少抜けた気がするくらいか?

 そんなことをつらつらと考えている間にも接近してきていたレギオンの拳を盾で受け止め、がら空きの腹に斧をぶち込む。
 敵のライフゲージを大よそ三分の一ほど減らし、続けざま、クリーンヒットを狙って頭に斧を振り下ろす。
 ――ぬあ、外れたっ!
 直前にレギオンがゆらりと身体を振ったせいで、狙いが逸れて肩口に一撃をかましてしまう。
 これで腕の一本も斬り落とせていれば話は違ったのだが、斧はレギオンの胸側にめり込んでしまっている。
 くそっ、早く引き抜かないと――まずい!
 こいつの奥に居るレギオンも距離を詰めてきて――

 ――――――フッ、と……何か大きな影が差したような気が。





/





「あ――れ?」

 視界が唐突に切り替わる。
 モンスター溢れるアイゼニアの街中の風景が、迫り来るレギオンの集団の姿が、一瞬のブラックアウトの後に宗教的静謐さ溢れる聖堂内の景色に取って代わった。
 その変化は突然だったが、驚くことは何も無い。
 なんてことのない話で、要するに俺こと【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は、また死んだのだ。
 死んで、蘇生拠点である聖堂内に飛ばされたということなのだろう。

 ――このゲーム【サクト レコンキスタオンライン】ではHPがゼロになって死亡した際、システムメッセージにより二択の選択肢が現れ、蘇生する場所を選ぶことが出来る。
 自分が復活場所として登録している蘇生拠点(聖堂、領主館など)か、或いは死亡したその場所での復活かの何れかだ。
 死亡したその場所での蘇生には多少の代償がいる。
 一つは蘇生拠点での復活よりも大きく課せられるデスペナルティ……まあこれはLPがゼロになった場合限定だが。
 もう一つは、誰か別のプレイヤーに蘇生魔法か蘇生アイテムを使ってもらわないと蘇生できないという点だ。

 であれば、死亡した(のだと思う)俺が選択肢の選択もなしにいきなり聖堂内に飛ばされたのはおかしいと思うかもしれないが、これも何もおかしな話ではなかったりする。
 プレイ開始時のデフォルト設定では、死亡した際の復活場所が蘇生拠点に限定されているからだ。
 死亡したその場所での復活が出来るようになるには、アイテムショップの店員に蘇生アイテムについてのチュートリアルを聞くか、誰か別のプレイヤーとPTを組んでみる必要があるそうな。

 さておき、死亡もこれで三回目、残機――LPはとうとうゼロである。
 レギオンに囲まれて連鎖自爆で死んだ一回目。
 もう連鎖自爆はご免だと慎重に立ち回ったが結局組み付かれて連鎖自爆で死んだ二回目。
 聖堂前の広場内のレギオンを粗方片付け終え、それでもバリケード防衛組が防ぎきれずに侵入を許してしまった敵モンスターの相手をしつつ、慎重に慎重を重ねて行動していたのだが……。
 まあ確かに、レベルが上がった直後で、少し気が緩んでいたというか注意力が散漫になっていたという可能性は否定できない。

 出来ないが、それでも今度の死因はさっぱり分からなかった。
 なんだ、俺は何にやられた?
 背後からゴブリンだとかコボルトだとかからのクリーンヒットでももらったのか?
 いや、それにしても殴られたなら殴られたなりに衝撃があるはずだろう。
 それを感じなかったというのはどういうことだ?

「お、また戻ってきたなカドヤちゃん。懲りずに自爆に巻き込まれたか?」

 自分の死因について考察する俺に声を掛けてきたのは、20代中頃くらいだろう容姿をした、皮製の軽鎧に身を包む男性型アバターだ。
 見知った顔である。
 というか、死に戻りで聖堂に舞い戻ったときにお世話になった人だ。

 プレイヤー名は【シンゴさん】、さんまで含めてプレイヤー名らしい。
【冒険者ギルド・ノーズテルム支部】の構成員で、現在は戦闘スキルに平行して【薬品調合】【薬品投与】スキルを育成中なのだとか。
 今回の防衛戦では直接は戦闘に関与せず、この聖堂内で死に戻りで戻ってくるプレイヤーたちの回復に専念しているそうだ。
 死に戻りで蘇生してもHPが全回復されているわけではないので、俺も既に二度ほど彼の世話になっている。
 ついでに言えば、死亡時の蘇生方法二種類の違いについて教えてくれたのも彼だったりする。

「いや、それについて考えてたんだわ」
「あん?」
「連鎖自爆とかじゃなくて、ホントにいきなり死んだから。なんで死んだんだろうって」
「なんか高レベルモンスターから一撃もらったんじゃないか?」

 特に興味もなさそうに言ってくれる。
 まあ最初にヘザーに掛けてもらった魔法効果もとっくに切れているし、当たり所が悪ければ――つまりクリーンヒットをもらってしまえば、ゴブコボコンビの一撃でも死んでしまえるのが俺なわけで、何時の間にか忍び寄っていた高レベルモンスターにやられたのでは、というのが一番納得できる死因ではあるのだが。

「でも、そんな高レベルっぽいの、広場の中にはいなかったと思うんだけど……」
「ふうん……? まあでもカドヤちゃんってズブの素人、本日初ログインの新参じゃんか。気配察知スキルとかもないんだろ? だったら別に、何時の間にやら高レベルモンスターに近づかれてても不審はないと思うけどな」
「いやまあ、そう言われちゃうと返す言葉もないんだけどさ」
「だろ? ああ、でもそういえばついさっき、なんかスゲェ音したな。誰かの高威力範囲攻撃に巻き込まれたとか?」
「ええー? でもそんなの広場の中に向かって撃つか? 広場の中って、俺の認識してた範囲じゃレギオンしかいなかったぜ?」
「なら、敵がすんごいスキル使ったとかかな。まあいいだろ、死因が分かったところでお前のLPはもう戻らないんだ」
「LPは別にどうでもいいんだけど……どうせまだデスペナも無いし、今日はゾンビる予定だったから」

 そう告げるとシンゴさんは複雑そうな顔で呻いた。

「ゾンビる……嫌な動詞だな……それに、頭も悪そうだ」
「ほっとけ!」
「はっはっは。でもま、ゾンビも程ほどにしとけよ? 残機ゼロの状態での死亡って、戦況画面でのカウントが【撃破】じゃなくて【戦死】になるから。戦死者数が増えると全体の士気が下がる」
「えっ!? なにそれ初耳! 聞いてねぇ!」
「……まあそうだろうとは思ったけどよ。それなりに重要なことだから覚えときな。つってもまあ、戦死の士気への影響度はプレイヤーのレベルに準じるって話だからな。Lv.1のカドヤちゃんならそこまで深刻でもないだろ」
「うう、覚えとく――ていうか、今日ログアウトしたらちゃんとwikiなりマニュアルなり目を通しとくわ。このゲームじゃ物を知らないことが命取りになりかねん」

 俺一人の命で済むならそれでもいいかもしれんが、このゲーム、個人の行動が全体に影響する要素がやけに多い気がするんだよ。
 それも含めてストラテジック――戦略ってことなのか?
 ……なんてことを考えていたのだが、どうにもシンゴさんは微妙な顔だ。
 なにゆえ。

「どうしたシンゴさん、なんか微妙な表情をしてらっしゃるが」
「いや……カドヤちゃんが一人でちゃんと勉強するのがそりゃ一番結構な話ではあるんだろうが……」
「うん? 何か問題でも?」
「ああ、いやいや、そのまんま無知でいるってのもある意味ありかなって思って」
「はあ? なんでだよ」

 何故か言い辛そうにモジモジし始めるシンゴさん。
 なんだ、若干きめぇ。

「いや、ほらさ……もしカドヤちゃんがその気なら、そーいう無知キャラって、『姫プレイ』的にポイント高いと思うぜって話で」
「……」

 ……。
 …………。
 ………………。

「………………………………」
「って、ちょ、待てっ! 頼むっ! 引くなっ! 引かないでくれっ!」
「いや、だってアンタ、それは……」

 姫プレイ。
 それはVRハード到来以前、MMORPGというゲームジャンルの成立時代から存在する、伝統あるプレイスタイルの一つである。
 女性型アバターにのみ許される特権的プレイスタイルで、具体的には姫自身は殆ど何もせず、金集めも経験値稼ぎも、下手するとアイテム収集やらイベント攻略やらまで姫に傅くナイト君たち(信者とも言ふ)に任せっ切りにして、ひたすらちやほやされまくるという、極めて歪んだプレイスタイルだ。
 そんな姫プレイをやっているプリンセスたちは、その取り巻き連中も含めて世間一般的には大抵嫌われる。
 俺個人の見解としても、ぶっちゃけかなりはた迷惑なプレイスタイルだと思っている。

『えー、だってワタシぃ、回復専門のプリーストだしぃ』
『やだぁ、前衛なんてデキナイよぉ(;;)』
『あ~ん、あのロッドほしぃよぉ! かってくれたらこんやふたりでチャHとか……キャ☆ミ』

 なんというスイーツ(笑)
 しかし困ったことに、このはた迷惑なプレイスタイル、なんと需要と供給が一致した上でしか成立しないという特性を持つのである。

 そりゃそうだ。
 こんな傍迷惑な女、需要が無ければ淘汰されるだけだろうよ。
 正直俺には全くもって理解不能な需要なのだが、こういう頭空っぽ系の女に貢いで持て囃して……そういうことに快感を覚えてしまう男というのが、世の中には存外多いらしい。
 MMOの一人の姫を取り合って、複数のナイト君がゲーム内ではなくてリアルで決闘とか、今でもたまに聞くし。

 ……そこまで逝っちゃうと最早需要とかでなく性癖だよな、性癖。
 姫系の女に貢ぐことで空っぽな虚栄心を満たす……そうすることでしか快感を得られない、そんな特殊な性癖。

「…………(フッ)」
「あ、ちょ、お、待てっ! なんだその優しい眼差しは!」
「いや、うん、いいよ。シンゴさんがどんな趣味の持ち主でも、俺は差別しないし」

 区別はするけどな、区別は。

「待て待て、趣味じゃないっ、断じて俺の趣味なんかじゃないっ! これはあくまで一般的なだな、MMORPGにおけるプレイスタイルの傾向についての話であって――」
「そうだね、うんうん、分かってる。分かってるよ」
「いや、いやいやいや! お前は分かってない、カドヤちゃん、あんたは今俺という人物を誤解している!」
「人と人が理解しあうって難しいよね……だったら誤解も仕方ないよ……」
「否定もしないのかよ!? それ誤解してるって思いっきり肯定しているよな!?」
「いえそんな、誤解なんてしてないですよ。ただ確信しているっていうだけで」
「おおーい! その確信は誤解だと俺は確信してやまない! いや待て、ならばだからこそ! その誤解を解くため! 俺たちには互いに理解し合うための時間が必要だ! な!」
「あ、いえ、そんな、結構です」
「やんわり断られた!?」
「それにほら、今って防衛戦の最中じゃん。理解し合うための時間なんてないだろ。な? それよりほら、HP回復してくれよ。俺早く戦場に戻らなきゃ。そしたら頑張るし、二度とここに死に戻ってこないくらい、俺、頑張るし」
「ドン引きしてるじゃないか! いやいやいや、ホント、マジで誤解だから! だから、そう! この誤解が解けるまで、HPの回復はしてやらん!」
「ええー?」

 きめぇ! なんでここまで必死なんだよ!

「な? いいだろ? この誤解が解けたら全快まで回復してやるよ。だから、な?」

 すげぇ……ほとんど援交の台詞回しじゃないか。
 ……こうなったら仕方ない。
 あまり使いたくない手段ではあるが、奥の手を切るしかないか……。
 奥の手、それすなわち、



「『シンゴくぅん、あたしライフポーション欲しいなぁ~。HP回復してくれたら、いっぱい時間とってあげられるかもぉ☆ミ』」



 姫 擬 態 !
 姫プレイをしたくないがために姫擬態で場を切り抜けようとする俺。
 分かってる、本末転倒というのは分かってはいるんだ。
 つーか、「時間取ってくれたら回復してやる」って言っている相手に「回復してくれたら時間取って上げる」なんて、どんな交渉だよ。

「心得た!」



 ――【見習い薬剤師 シンゴさん】が【ライフポーション+3】を使用しました。
 ――【見習い薬剤師 シンゴさん】の【薬剤投与 Lv4】スキルによって【ライフポーション+3】の回復量が向上します。
 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】のHPが全快しました!



 ええー。

「ってしまったぁー!? ついつい乗せられてしまったぁー!」

 やばい、この人……清々しいほどにバカだな!
 素なのか擬態なのかは知らんが、正直こういうバカは嫌いじゃない。
 まあだからといってこの人を俺のナイト君にするかと言えば、無論そんなことありゃしないのだが。

「あの、orzってるところ申し訳ないけど、HPも回復してもらったことだし、俺、そろそろ戦場戻るね?」
「ええ!? HP回復したら時間取ってくれるって言ったじゃないか!」
「あ、いや、『時間取ってあげられるかも』とは言ったけど、時間取ってやるって確約したわけじゃないし」
「なんという言葉のマジック……! カドヤちゃんのドSっぷりには戦慄を禁じ得ない……! ――ふぅ。いや、すまんかった。ちょっと熱くなり過ぎたな。大丈夫、もう落ち着いたよ。いやしかしそれにしてもやっぱマジでカドヤちゃん、姫の才能あると思うわ。どう? 俺の姫にならない?」
「もう落ち着いたとか言ってる割りには、言ってることが全く変わってないじゃねぇか」

 むしろ悪化してやがる。
 ついさっきまでは「姫プレイなんて俺の趣味じゃない」って言ってた癖に、憚ることなく姫勧誘するとはどういう了見だ。

「……はぁ。シンゴさん、いい人だと思ったのに、残念な人だったか」

 なんて、本人を目の前にして悪態とため息をついた。
 ――ちょうどその時だった。



 ズズゥン――!



 唐突な地響きと、騒音。
 世界が激しく揺れ、聖堂を彩る美しいステンドグラスが粉々に砕け散った。
 ステンドグラスだけじゃない、一部の壁までもが轟音を立てて崩壊する。
 そして崩壊した壁の向こうから、壁を崩壊させた何かが聖堂内に飛び込んできた!

「なっ、なん――っ!?」
「カドヤちゃん、危ないっ!」
「をおおおっ!?」

 危急を告げる声と共にシンゴさんが俺に飛びついてくる。
 突き飛ばされた俺はシンゴさん諸共に聖堂の床をごろごろと転がり、元いた場所から数mの距離をおいてようやく止まる。

「あいったたた……ちょっとシンゴさん、いきなり何すん――」



 ――【ジャイアントオーガ】の【大投擲】スキルが【アイゼニア聖堂】を直撃しました!
 ――大投擲によってアイゼニア聖堂に、施設の一部が崩落する大ダメージが発生しました。
 ――聖堂の一部崩落によって、聖堂内にいるプレイヤーにランダムで最大HPの80%のダメージが与えられます。

 ――アイゼニア聖堂が大ダメージを負ったことにより、聖堂に隣接する【ドミビア派修道騎士会】の修練施設に連鎖ダメージが発生します。
 ――ドミビア派修道騎士会の修練施設が連鎖ダメージによって陥落しました!
 ――道場拠点陥落ペナルティが発生します。
 ――道場拠点陥落ペナルティにより、ドミビア派修道騎士会を流派とするプレイヤーの全ステータスが10%低下します。

 ――WARNING!

 ――アイゼニア聖堂の耐久値が残り30%を切りました!
 ――聖堂が陥落する恐れがあります。
 ――聖堂が陥落すると、陥落時に聖堂内いたプレイヤーのHPがゼロになります、至急非難して下さい。
 ――聖堂が陥落すると、この施設は蘇生拠点としての機能を失います。
 ――アイゼニア市内には現在【領主館:耐久度40%】【聖堂:耐久度25%】の二つの蘇生拠点が残されています。



 床に打ちつけてしまって痛む頭に流れ込むそんなシステムメッセージ。
 そして、どうにか身を起こした俺の視界には、聖堂という蘇生拠点に致命的なダメージを与えたのであろう、床に突き立つジャイアントオーガの巨大な石斧の威容が映っていた。





/





---------------
【アイゼニア】
 都市防衛戦展開中!(20XX/6/12-17:22開戦 102分経過)
 戦況:劣勢 士気:26/100
 参戦プレイヤー数:312 vs 侵攻モンスター数:19427
 総撃破数:12329
 被撃破数:465 戦死数:73
【施設被害状況】
防衛拠点
 城壁:耐久度5% 城門:破壊 櫓:破壊 兵舎:耐久度30% 武器庫:耐久度30%
蘇生拠点
 領主館:耐久度40% 聖堂:耐久度25% 礼拝堂:破壊
ギルド拠点
 冒険者ギルド:破壊 商業ギルド:破壊 建築ギルド:耐久度15% 魔術師ギルド:破壊
道場拠点
 "アブリル流兵科戦闘術"訓練所:破壊
 "キングストン剣刃会"道場:耐久度40%
 "護身セルティス流"道場:耐久度50%
 "ドミビア派修道騎士会"修練施設:破壊
 "冒険者ギルド・ノーズテルム支部"武芸訓練所:破壊
 "流派鋼星"道場:耐久度35%
 "メルヴィル流魔闘術"地下施設:破壊
 "上派ユルグ流聖法槍術"道場:破壊
 "下派ロクサーヌ流魔剣術"道場:破壊
---------------



「んぎゃー! ジャイアントオーガさん戻ってキターーーっ!!?」
「やばいぜやばいぜ! やばくて死ぬぜぇ――ってぬわー!?」
「し、死んだー!?」
「あー、もうこれ無理じゃね? 勝てねーよぜってー」
「諦めてんじゃねぇよバカヤロウ!? こっから俺らのアイゼニア魂の見せ所ってやつじゃねぇか! ビキビキ!」
「ビwwwキwwwwwビキwwwwww」
「西バリケードに人集めろぉ! ジャイアントオーガ来るぞぉ!」
「まずい、さっきの大投擲の余波で何人か死んでる! 瀕死も多い! 回復できるやついるか!」
「あたしがやるっすよ!【ライフリザレクション】!【エリアヒーリング】!――って、あー、すんません、MP切れっす」
「誰か、マナポぉぉぉぉ!!」
「弓職集まれぇ! さっきのダチョウ上島は!?」
「俺の美しい【轟爆雷矢流星群】がお呼びと聞いて歩いてきました」
「走って来い!」
「ノックバック系か吹き飛ばし系のスキルあるよな!? アレの足止め、出来るか!?」
「アホ抜かせ、あんなでかいのどうやって吹っ飛ばせっちゅーんだよ」
「できねーのかよクソコック!」
「うっは、つっかえねー!」
「か・え・れ! か・え・れ!」
「か・え・れ! か・え・れ!」
「か・え・れ! か・え・れ!」
「「「か・え・れ! か・え・れ!」」」
「……俺、泣いてもいいよな?」
「いいからお前ら早よ守り就けやぁぁぁ! あと誰か聖堂行って残機ゼロで死に渋ってるの引っ張り出して来い!」
「俺が行く!」
「俺も行く!」
「じゃあ俺も!」
「俺も俺も!」
「ところがてめーはお呼びじゃねぇ、クソコック」
「上島には所詮汚れ仕事がお似合いってことだ、ほれ、ジャイアントオーガ様がお待ちだぜ」
「……これなんてイジメ?」
「つーか一人でいいんだよ! 何でそんなに行こうとしてんだ! バカかてめーら!」
「バカwwwwってww言ったwww方がwwwwwwバカすwwwwwwwwwテラアホスwwwww」
「なんだとてめーコラ! つーかさっきからその口調うぜーんだよ!」
「うざwwwwいwwとかwwwwwww傷つくwwwwwwwやめwwてwwwwwwww」
「……ったく、マジで馬鹿ばっかだな、こいつら……」
「そこのてめーも一人でクールぶってんじゃねぇよ! いいから戦え!」
「ハ、言われるまでもない。馬鹿に付き合ってられるか。馬鹿同士でじゃれるのも結構だがな、俺の足だけは引っ張ってくれるなよ」





/





 聖堂の崩落と、それに伴うアナウンスに驚いて飛び出した俺とシンゴさんを待っていたのは、ついさっきまでの多少は落ち着いた戦局が嘘だったかのような、またしてもカオスだった。
 というかこいつら、協調性ないな。
 特にアリ野郎、あのヤローだきゃあマジで協調性ゼロだな。

「しっかしマジか……なんでこんな――さっきはもうちょっとは落ち着いてたのに……」
「なんでも何も、アレだろアレ。ジャイアントオーガ」

 シンゴさんが指差す先には、西側のバリケードの奥、巨大な石斧を抱えたジャイアントオーガの姿がある。

「それこそなんでだよ! あいつ、さっき領主館の方に釣られてったはずなのに!」
「そりゃもちろん、釣りに失敗したんだろ。もしくは釣られた先の領主館で散々叩かれて、こっちに逃げてきたってところか。……でも見た感じ前者だな。叩かれて逃げてきた割にはライフゲージが減ってねぇ。黄色くなってはいるが、まだ半分以上残してやがる」
「釣り失敗って……じゃあ、どうすんの、アレ?」
「どうするもこうするも、ここで精一杯足止めするしかないだろうな。領主館の防衛についてる連中で仕留め切れなかったてことは、あっちの防衛にいる連中じゃあアレを倒せるだけの力を持ったプレイヤーがいなかったってことだ」
「こっちにはいるのか?」
「いないよ。いたらみんな、こんなに泡喰っちゃいないだろ」

 じゃあ、どうするって言うんだ。
 どうしようもないってことじゃないのか、それは。

「そういうこと。どうしようもない。だからここで足止めする。聖堂を餌にジャイアントオーガを精々足止めして、時間を稼ぐ。この様子じゃ聖堂は守りきれないだろう。聖堂が落ちたら、ここにいる全員で領主館にダッシュして、そこで防衛線を引き直してまた時間稼ぎだ。防衛戦のタイムリミットは三時間、ようやく100分経過だからあと一時間ちょいか。守りきってお帰り願うしかないな、こりゃ」
「この100分でここまでボロボロにされてるのに、あと80分も耐え切れるのか……?」
「さてなぁ。ま、おいおい社会人連中もログインしてくるだろうから、連中が間に合うと信じて戦うしかないな。援軍の期待できる篭城戦、素晴らしすぎて涙が出るね。ところで――カドヤちゃん」
「ん?」

 改まって声を掛けられ、シンゴさんの方を向くと、彼は俺に向かってライフポーションを差し出していた。

「なんぞ? HPならさっきので全快だけど」
「いや、そうじゃなくてだな」



 ――【+B級冒険者 シンゴさん】に【トレード】を申請されました。
 ――受諾しますか? Y/N



 トレード?
 つーかシンゴさんの称号が何時の間にか変わってやがる。

「えーと、いきなりなに?」
「俺の秘蔵の【ライフポーション+3】だ。50個ある。受け取ってくれ」
「……貴様、まだ俺を姫にするのを諦めていなかったのか!」

 さっきのジャイアントオーガの大投擲のドサクサで綺麗に流れたと思っていたのに!
 見上げた変態だなこの野郎!

「いや、そうじゃなくて……いや、それでもいいけど」
「よくないからな! 俺的にはよくないからな!」
「分かってる、無理強いをするつもりはない。何故なら俺は紳士だからだ」
「変態という名の紳士か……」
「混ぜっ返すな! ……まあ、そういうことじゃなくてさ、真面目に、俺もあのジャイアントオーガ足止め戦に参加してくるから」
「あ、そうなの?」
「ああ。薬剤関連のスキル伸ばしたいから、今日の防衛戦は聖堂の中に引篭もってるつもりだったけど、どう考えてもこりゃ、そんな余裕かましてられる状況じゃないしな」
「まあ、それは確かに」

 確かにそうだろうが、でも、それとこれ(トレード)とは繋がらない。

「カドヤちゃん、まだLv.1だろ?」
「Lv.2にはなった。ついさっき」
「あ、そうだったのか。おめー……じゃなくて、とにかくそんな低レベルじゃあ今のところは正直足手まといだ。ここから先はカドヤちゃんが戦う必要はない。だからライフポーションをやる。こいつを使って、回りのピンチに陥ってる連中を助けてやってくれ」
「ああ、なるほどね、そういうことか――いや、俺は別にいいけどシンゴさん、あんたはいいのか? 薬剤スキル育ててるんだろ?」
「スキルの育成なんて、元々気長にやるもんだからな、気にしちゃいねぇよ。でもこの都市そのものが陥落するのは困る。マナポーションの調合に使う薬剤って、この辺りでしか採れないんだ。一応店売りもあるにはあるんだが……NPCから買うと、高いんだよな」

 ……まあ、他意がないなら受け取ってやってもいいだろう。
 実際、これ以上の戦いは俺には敷居が高そうだしな。
 西側のバリケードから侵攻してくるジャイアントオーガ。
 アレを足止めするために、聖堂前の広場にいるプレイヤーたちは戦力を西側バリケードに集中させようとしている。
 それはつまり北西側と南西側のバリケードの守りが薄くなるということだ。
 その二点の守りが薄くなれば、今まで以上にレギオンやら何やら雑魚モンスターの広場侵入を許すことになるだろう。
 今までのレギオンだってひーひー言いながら凌ぎ切れず死んでいたのに、数が増えたらそりゃあまともに立ち回れずに死ぬに決まっている。
 だったら戦わずに逃げ回って、シンゴさんからもらったライフポーションで味方を回復して回っていた方が、よほど建設的な活躍が出来るだろう。

「わかったよ、なら≪トレード受諾≫だ、シンゴさん――って、あー、そういえばこっちから渡せるものが何もないんだが」
「ああ、そんなの気にしなくていい。受け取ってくれさえすれば、俺にはそれで……」

 優しげに細めた目で視線を送ってくる。
 ……若干、きめぇ!



 ――【+B級冒険者 シンゴさん】からの【トレード】申請を受諾しました。
 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】のトレードボックスは現在空です。
 ――このままトレードを続行しますか? Y/N



 トレード続行、と。



 ――【+B級冒険者 シンゴさん】とのトレードが成立しました。
 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は【ライフポーション+3】を50個と【スキルブック:薬剤投与の『あかさたな』】を入手しました!



 ……って、スキルブック?
 なんぞこれ。

「シンゴさん、スキルブックって、これ何?」
「ああ、そいつを所持した状態でポーションとかの薬剤アイテムを使ってると、既定回数を終えたときに【薬剤投与】スキルを習得できるんだ。あと、それを所持した状態で使えば薬剤の使用効果も若干だが向上する。きっと皆の助けになるだろ」
「へぇ、凄いじゃん! でもいいのか、そんなのもらっちゃって?」

 このゲームにおける物価の相場がどれくらいか知らないが、何しろ持っていて使用するだけでスキルが手に入るという優れものだ。
 高いかどうかは知らないが、決してお安くはないだろう。
 状況が状況とはいえ、殆ど行きずり同然の俺にこんなものをくれるなんて……。

「シンゴさん、ありがとう……」

 ところがどっこい、そんな感謝の念さえ霞んでくるような発言がシンゴさんから飛び出すのである。



「水臭いこと言うなよ。受け取ってくれるならそれだけで満足だよ、俺のお姫様……☆ミ」



 こいつ……ガチできめぇ!






************

シンゴさん……どうしてこうなった!


いつも感想ありがとうございます。
返信はしてませんがちゃんと読ませてもらっています。

レギオンの連鎖自爆をわざと誘って敵を一掃とか、それイイですねっ!
あと主人公は「俺は女性型のアバターを使っているだけであって、決して俺自身がネカマというわけではない」と思っているので演技はしてません。
でもネカマですよね。



[12307] 05.チュートリアル『対象を指定してアイテムを使用(ブッカケ編)』
Name: カルピス◆74a9289a ID:89ed35fb
Date: 2009/11/07 18:14
---------------

【ライフポーション+3】
 所持数:50 品質:平均A 効果:HP回復+400
 カテゴリー:一般消費アイテム
 製作:見習い薬剤師 シンゴさん
――解説――
【見習い薬剤師 シンゴさん】が【薬剤調合】スキルで製作したアイテム。
 品質は高く、高レベルの【薬剤投与】スキルと併用すれば、より高い使用効果と一部のバッドステータスの回復効果が得られるかもしれない。
 このアイテムの生成には三種類以上の素材アイテムと中レベルの薬剤調合スキルが必要そうだ。
 店頭での適正売却価格は分からない。
 このアイテムをより深く理解するには、【鑑定】スキルが必要だ。

---------------



 というわけで、以上、シンゴさんからもらったアイテム【ライフポーション+3】の解説である!
 アイテム欄からアイテムを選択すると、半透明のウィンドウがポップアップして、こんな解説を見られるわけだが――。

 違う、違うんだよ。
 俺が求めていた情報はそんなのじゃないんだ。
 言うなれば、そう、もっと根源的な問題というか、原始的というか、ぶっちゃけ基本的なことと言うか……。

 まあ、簡単に言ってしまえば、アイテムの使い方が分からん、とそういうわけでして。
 とりあえず現状分かっているのは、ボイスコマンドでアイテムを手のひらに呼び出せるということ。
『ライフポーションッ!』と叫べば手の中にライフポーションが現れているという仕様なわけだ。
 アイテムを使用する度にいちいちリングターミナルからメインメニューを呼び出して、メインメニューからアイテム画面を開いて、更にその中からアイテムを探して……なんてまどろっこしいことをしなくていいのは、まあ助かる、よしとしようじゃないか。

 だが問題はそこから先だ。
 俺の手の中にあるガラス瓶に入った乳白色の液体。
 問題は非常にシンプルである。
 俺は瓶を片手に首を捻る。

「えーと、何だコレ、どうやって使うんだ?」

 そう、問題はその使用法である。
 頭っから引っ被るの? それとも飲むの?
 まあ回復アイテムの使い方なんて、大概そのどっちかしかないだろうから、自分に使う場合はぶっちゃけどっちでもいい。

 でもほら、他人に使うときはどうすんの?
 引っ被る系だとしたら、つまりアレか、戦闘中の人の背後から忍び寄って、おもむろに瓶の中身をぶちまけるのか。
 俺だったら喧嘩を売られていると判断してしまうな。

 飲む系だとしたらもっとマズい。
 戦闘中の人の頭を引っつかんで、その口にこの瓶をねじ込めというのか。
 うわあ、それも嫌だなぁ。
 使用対象が女性アバターだったら妙な意味で興奮してしまいそうだ。
 戦闘中の女の子を引きずり倒し! 馬乗りになって、! その可憐な唇に固いものを捻じ込み! 白濁液を流し込む!
 ……最高ですね?
 対象が男性アバターだった場合のことなんて、考えたくもない。

 でもまあ、常識的に考えるならブッカケなんだろうなぁ。
 他プレイヤーに使用するって考えるなら、いちいち他人の口に瓶をねじ込むなんて手間にもほどがある。
 飲み干さないと効果が出ないとかだったら尚更だ、戦闘の最中に一気飲みなんて出来るかって話だ。

 とはいえブッカケ、ブッカケかぁ……。
 この白濁したライフポーションを? ブッカケ?
 なんというロマンチックアイテム。
 だってほら、エクスタのソフトでプレイアブルキャラクターのフリーエディットが可能になっているソフトの常として、女性型アバターというのは大抵図抜けた美女美少女だ。
 このゲーム【サクト レコンキスタオンライン】だってその例に漏れない。

 例えばヘザー、彼女だってちょっと現実には存在し得ないだろうレベルでの美少女騎士だった。
 俺の使っているアバター【カドヤ】はまあ、『親しみの持てる看板娘』がコンセプトなんで、そこまでトチ狂ったレベルの美少女ではないが、カドヤにせよヘザーにせよ、年頃の美少女が白濁液まみれになって『クる! キちゃう! HP回復しちゃうよぉ!」とかお前最高すぎるだろう。
 これをロマンチックアイテムと呼ばずして何とする。
 なんというかこう……胸が熱くなるよな……!
「いやぁん、ベトベトぉ……」とか、「このポーション、すっごく喉に絡むよぉ……」とか、言ってみてぇ!
 言ってみたいし、ヘザーとかに言わせてみてぇ!
 可愛い姫プレイヤーをあえて瀕死に追い込んで、ナイト君で取り囲んでみんなでライフポーションブッカケ祭りとかもうね!
 ああ……確かに姫プレイ悪くないな……俺が姫の立場でさえなければ!

 ――と、シンゴさんを変態扱いなんてとても出来ないレベルの妄想はここまでにしておこう。
 さておき、問題なのは実際ライフポーションの他プレイヤーへの使用方法がブッカケであってるかどうかだよな。
 いきなり誰かに使用して試すわけにはいかないし、シンゴさんはどうやって使ってたっけ?
 少なくともブッカケられた記憶はないが……。

 ……って、そうじゃん。
 俺シンゴさんにライフポーションで回復してもらってたじゃん。
 いかんいかん、あまりにもカルピスライクなライフポーションの驚きの白さに思考停止、もとい思考が暴走で妄想していた。

 とはいえ、ふむ、あの時はシンゴさん、ライフポーションどうやって使ってたっけ?
 ボイスコマンドでライフポーションを手元に召喚してたのは確かだ。
 ただそっから先がよく分からん。
 瓶の蓋を開けていたような気はする。
 で、気がついたら俺のHPは回復していたわけだが……うーん。

 まあ分からない以上、他人に聞くのが手っ取り早いか。
 オシエテ君うぜぇとか思われそうだが、背に腹は代えられないしな。
 というか今更だ。
 ヘザーにしろシンゴさんにしろ、さっきから俺はずっとオシエテ君丸出しだし。
 どこかその辺の、暇そうな人を適当に捕まえて――って、防衛戦の最中にそんな人いるのか?

 きょろきょろと辺りを見回す。
 さて、暇そうな人だが………………うん、実は結構いるな。

 今、聖堂前の広場は結構な数の人で溢れている。
 というか、より正確に言えば、戦線からあぶれた人たちで溢れている。
 数は30人を越えるくらいか?
 これがどういう人たちなのかと言えば、どうということはない話で、ついさっきまで聖堂の中に引篭もっていた人たちである。
 ジャイアントオーガ様の大投擲で聖堂が半壊したため、聖堂陥落に巻き込まれる危険を避けて広場に避難してきたのだ。

 聖堂陥落に巻き込まれると問答無用でHPゼロになるって話だし、となれば残機ゼロで引篭もっていた人は巻き込まれた即戦死だ。
 戦場が危険だからと聖堂に引篭もっていた人たちが、今度は聖堂が危険だからと危険な戦場に出ざるを得ない――まさに地獄、常世の闇に逃げ場なしといった感じだな。

 こうなると最早自ら剣を振るうことによってしか彼らは自身の安全を確保できないのだが、ところが肝心の戦場が彼らの参戦を拒んでいる。
 これもまた理由は簡単。
 主戦場となる領域は広場に繋がる三本の道、しかしこの道、多人数の人間が暴れられるほど広くないのだ。
 道の幅は僅か5m程度、この広さでは互いの得物が干渉し合わずに戦えるのは三人程度が精々だろう。
 実際広場に繋がるそれぞれの道では、横に三人並んだ前衛を二段揃えて防衛線を構築している。
 三人×2の前衛の背後にバリケード、そのバリケードを盾にして後衛が後背から前衛職を援護するという陣形だ。

 つまりだ、そういった形で防衛線が構築されているせいで、聖堂半壊の余波で出てきた余剰の人材を戦線に送り込むことが出来ないのである。
 バリケードの内側から援護が出来る後衛職ならばまだしも、前衛職は今のところ完全に需要がない。
 需要があるとすれば西正面側の道の奥でその巨体を見せ付けているジャイアントオーガ様相手の戦いであろうが、そんな致死率の高そうな戦場、今度は供給がないだろう。
 残機がゼロで聖堂に引篭もっていた人たちなのだ、あんなモン相手にしたかないだろうよ。

 ぐだぐだと話が長くなったが、とりあえず広場には暇そうにしている連中がちょこちょこいたわけだ。
 防衛線から漏れてくるレギオンを如何にも退屈そうに一撃で斬り殺す剣士。
 屋根からの侵入を試みる人型モンスターの、その股間を執拗に狙い撃つ弓使い。
 あろうことか広場の真ん中で座り込んで駄弁っている連中。

 ――誰に声を掛けても恐らく適当に相手はしてくれるだろうとは思うが、少なくともあの広場の真ん中に座り込んでいる連中には話しかけたくないな。
 みんなが頑張って戦っている中でああいう態度、あの手の場の空気を読まない、或いは無視する連中はあまり好きじゃない。

 そんな感じで話しかける相手を選り好みしていると、ふと目に留まった人物がいた。
 崩れかけの聖堂の壁に背を預けて佇むプレイヤーである。
 その人物が俺の目に留まった理由は至極単純、そのプレイヤーが身に包む装備が俺と同じ初心者装備であったこと。
 そして何より、組んだ腕の上に乗っかった我侭な果実、彼女が身じろぎする度にふるふると揺れる堪え性のない柔線形(※造語)――!
 そう、その人物が俺の目に留まった真の理由、つまりはおっぱい、もとい、女性型のアバターだったことである。





/





「なにかご用?」

 こんにちは、と声を掛けた俺に彼女はそう返してきた。
 ご用? という返し方が何か琴線に触れるものがある。
 それに彼女の容姿。
 くりくりとした、しかし眇められた猫目。
 上向きながらも小ぶりな鼻、薄桃色の唇はきゅっと引き締められている。
 作りとしては幼い印象の顔立ちなのに、それをあまり感じさせない。
 これは多分だが目だな、目の強さが幼さの印象を打ち消しているんだ。

 ハニーブロンドの髪は頭の両サイドでツーテールに纏められ、しかしくるくると巻いている。
 背はあまり高くない……というか小柄だ。
 身体は小柄なのに、前述したように胸に搭載されたのは巨峰である、所謂一つのロリ巨乳というやつなのだろう。

 視線はこちらに向けているのに、壁に背を預けたまま組んだ腕は解かない。
 そんな容姿と態度から、何となくだが俺は彼女の"キャラ"を想像してしまう。
 この娘きっと――、

「実はちょっと分からないことがあって、誰かに教えて欲しくて……もしアンタが暇してるなら教えてもらいたいんだけど、今時間いい?」
「……」
「あー……ひょっとして、駄目?」
「――……まあ、駄目ということはありませんけども、少なくとも貴女のソレは、人に物を尋ねる物言いではありませんわね。初対面の人に教えを請う、人に厚意を求めるのであれば、それに適した態度があるとは思いませんの?」

 きっと、どころではない。
 間違いない。
 この少女、疑いようも無く"お嬢様キャラ"だ――!

 ……ってまあ、別にどうでもいいんだけどな。
 エクスタ登場以前のMMOでもナリキリとかロールプレイをやっているプレイヤーはたくさんいたし、ある意味MMOの名物みたいなものだった。
 MMOのメイン層がVRゲーム、エクスタに移って"ナリキリプレイヤーは数を減らした"って聞いたことがあるけど、まあいる所にはいるんだろう。
 今思えばあのヘザーの口調だって、体育会系元気娘のナリキリだと思えば、そう思えなくもない。
 希少な人種に触れ合っているのだと考えればこれはこれで希少な体験だ、プレイ日記のネタにもなろう。

「えーと、あー……スミマセンです」
「……」

 ぺこりと頭を下げる。
 が、お嬢様は無反応、一応まだこちらから視線を外してはいない、つまりは相手をしてくれてはいるようだけど。

「えっと、俺の名前はカドヤです。今日初めてこのゲームをプレイしました」
「……」
「ホントなら色々とチュートリアルとかやりたかったんだけど、ログインするなりこんな状況で、正直このゲームの右も左も分かってないです」
「……フゥン?」

 お、ようやく反応が返ってきたか?
 腕を組んだまま小首を傾げるお嬢様、ううん、その仕草が様になっているというか、馴れた感があるな。
 仕草が自然なんだ。
 ナリキリ――というか、演技のレベルが高い人かもしれん。

「それで、まあ、さっき知り合ったプレイヤーから回復アイテムもらって、そいつで回復係とかやったらどうだって話になって……俺も乗り気だったんだけど、回復アイテムの使い方が分からなくて」
「……貴女に回復アイテムを与えたっていうプレイヤーはどうしたんですの? その方に教えを請えばよろしいのではなくて?」
「シンゴさんはちょっと今、無理で。あそこにいるもんですから」

 そう言って俺が指差すのは対ジャイアントオーガ最前線の西側バリケードだ。
 シンゴさんの姿は……お、いたいた。
 シンゴさんの装備は片手剣に盾。
 つーかすげぇなあの人、道の両側に建っている建物を足場に三角飛びの要領で飛び上がってジャイアントオーガに攻撃をしている。
 他のプレイヤーは……多分ジャイアントオーガの足元でチクチクとやっているんだろうな、モンスターの群れとバリケードのせいで見えんが。
 お陰でシンゴさんの姿ばかりが目立つ。
 やるな変態紳士、なかなか格好いいじゃないか。
 これでジャイアントオーガに目に見えてダメージが入っていれば手放しで賞賛したところだが、現実は非常であると言ったところだ。

「あそこ、西側のバリケードで、ピョンピョン飛び跳ねてる人」
「ああ……あのノミのような戦い方をしている馬鹿ですね?」
「ノミって――まあノミのようではあるけど」

 馬鹿という部分は否定できない、シンゴさんのあんな一面を知ってしまったがために。
 シンゴさん……どうしてああなった!

「まったく、本当に救いようのない馬鹿ですわね……貴女にアイテムを贈った理由が簡単に想像できますわ。相変わらずの姫プレイ、まあリアルじゃなくてバーチャルだからいいようなものを……バカシンゴ」

 苦虫を噛み潰したような声音……というか、実際に親指の爪を噛みながら口惜しそうに言っているお嬢様。
 なんだこの人、シンゴさんのこと知ってる人なのか?
 というか何だコレ、爪を噛むために口元へ運ばれた腕が――その所作の中で豊満な胸がより一層寄せられて、押しつぶされてっ!?
 ぐんにゃりと形を変え――すげぇっ!

「ワタクシ、興奮して参りました」
「は?」
「あ、いや、何でも――ってかアンタ……じゃない、えーと、何で呼んだら?」
「――ああ、こちらが名乗っていませんでしたね。人に向かって態度云々と言っておきながら、礼を失していたものです。私、ベアトリーチェと申しますわ。よしなに」
「よし……?」

 確かよろしくとかそんな意味だったか?
 古風な喋り方、これは気合入ったナリキリだな。

「ええと……それでベアトリーチェ様は」
「さん付けで結構。というか、何故様付けなんですの?」
「や、だってなんか、そんな雰囲気ですよね?」
「ですよね、とか言われても……まあそちらがその方が呼びやすいのであれば様付けでも構いませんが」
「じゃあ様付けで……で、ベアトリーチェ様は、シンゴさんとお知り合いで?」
「まあ、類の友と言ったところですわね」
「類の友?」

 なんじゃそりゃ。
 って、よもやこの人までアレと同じ類の姫プレイ愛好家だとか言うまいな。
 それは正直勘弁して頂きたい。

「リアル(ゲーム外)で付き合いがあるんですの。あの馬鹿に誘われてこのゲームを始めたんですわ、このゲーム、絶対面白いからって。だけどあの馬鹿、ゲーム始めたら私のところに山ほどアイテム持ってきて……」
「ああ……なるほど……」

 この人も姫に祭り上げられそうになった口か。

「そうなるのでしょうね? ただ私、この手のゲームってアイテム集めも含めて自分でやるから面白いと思っている人間で……まあくれるというものを断るのも了見が狭いみたいで体裁が悪いですし渋々受け取ったのですけど、そしたらあの馬鹿『リアルの知り合いに貢いでも面白くない、むしろリアルの顔がちらついてムカつく』とか勝手なことを抜かし始めやがりまして」
「うわぁ……」

 身勝手すぎるだろう、それは……何やってんだシンゴさん。
 というかこの人も今、軽く化けの皮が剥がれたよね?

「『俺は俺の嫁、もとい姫を探しに行く』とか言ってファーストログインの時以来ほとんど別行動ですわ。まあリアルでは嫌でも顔を合わせるから疎遠にはなっていませんけど……それで? 貴女がシンゴの新しいお姫様なんですの?」
「違います」

 それは違います、断じて。

「そ……まあ何でもいいのですけど。ああ、でもそうですわね、何やらドン引きしてらっしゃるようですけど、貢ぎたがりという以外は特に厄介な性癖の持ち主というわけでもないですから、適当に相手をして頂けると助かりますわ、私が。振られたの何のって、管を巻いたシンゴを相手にするのは面倒ですので」
「うわぁ、うざいですねシンゴさん……」
「もう慣れましたわ……でも慣れたからといってそれが苦行じゃないかと言えば、そんなことはもちろんないわけですけど」

 ため息をつきつつ苦笑するベアトリーチェ様である。
 そういう仕草の一つ一つが絵になっているというか、要は自然だ。
 もしかしてこの人、演技とかじゃなくてただ単にリアルでも女性だとか、そういう人なのかもしれない。

「……あの馬鹿のせいで話が脱線しましたわね。それで? 回復アイテムの使い方でしたっけ?」
「あ、はい、そうです、それです」
「別に使い方と言っても、基本は飲むか被るかしかないと思いますけど? 回復アイテム……ポーションでしょう?」
「あー、やっぱりそうなんですか。や、自分に使用するのはそれでいいと思うんですけど、他人に使用するときはどうするのかって、それが分かんなくて。他人の口に瓶ごと捻じ込んだり、ブッカケたりするわけにもいかないじゃないですか」
「ブ――ま、まあ瓶を捻じ込むというのは確かに論外ですけど、その、ぶ、ぶ……ブッカケるのは、間違った使用法ではありませんわよ?」
「え、そうなんですか?」

 だってブッカケですぞ?
 この白濁液を。
 あと、ブッカケで言い淀んだの、ちょっと可愛いな。

「コホン。ええ、もちろんそうする以外にも使い方はありますけど、そうした使い方も出来るという話ですわ。確かに直接掛ける方法だと、対象との距離が離れてると失敗しますしね。だからまあ……基本は栓を抜いて、筒先、瓶の口ですわね、それを使用対象に向けて、『あのプレイヤーに対して使用する』と念じるだけで使えますわ。【シンクコマンド(思考操作)】の一種ですわね。貴女、カドヤさんでしたっけ? メインメニューのシステム画面、シンクコマンドの画面は確認してらっしゃる?」
「シンクコマンドですか……あ、いえ、してないです」
「でしたら一度そこを確認してみるのもいいかもしれませんわね。登録済みのシンクコマンドが確認できますから。まだ何も弄ってないのであればプリセットのコマンドしか登録されていないでしょうけど、画面を確認すれば今の貴女がシンクコマンドで何が出来るのか、それくらいは分かりますから」
「ああ、なるほど……」

 確かにそれは道理だ。
 登録されている内容は今の俺に出来ること。
 後で確認しておこう、今はちょっとそんなことをしている余裕はないし。

「なんでしたら、今からちょっと試してみます?」
「いいんですか?」
「別に悪いってことはないでしょう。生憎私のHPは全快なので効果は得られないでしょうけど、試すだけならそれでもいいんじゃないかしら」
「……そうですね。じゃあすいませんけど、お願いします」
「よくってよ」

 よくってよ(笑)
 ああいや、笑っちゃ失礼だよな。

「それじゃ早速――≪ライフポーション≫!」

 ボイスコマンドでライフポーションを手元に呼び出す。
 そういえばライフポーションってボイスコマンドに登録されているからアイテム名を口にするだけで手元に出てくるんだろうけど、会話の端々でちょっと口に出してしまった場合とか、そういうときにこんな風にまろび出てきてしまうのだろうか。
 だとしたら少し面倒だな。
 なんかこう、システム的にそういうのを回避してるんだろうか。
 それについて聞いてみると、

「手元に出そうとか、使おうとか、そういう意識が篭ってないときは呼び出されないようになってはいるようですわね。ボイスコマンドはあくまでも音声をトリガーにして任意のコマンドを実行する機能ですから、まあそういうものかとも思いますけど」

 そんな答えが返ってきた。

「あ、ちなみにですけど、両手が塞がっている時はボイスコマンドでアイテム名を呼んでも出てきませんわよ。アイテムを使うときは片手は空けるようにしておくことが必須ですわね」
「ええ? じゃあアイテムを呼び出すたびに武装解除しなくちゃいけないんですか?」
「何も武装解除までしなくとも、両手剣なら片手で持てばいいし、剣やら斧やらなら、鞘に収めるなりベルトのホルダーに吊るすなりすればよいでしょう? カドヤさんの得物はなんですの?」
「斧ですけど」
「じゃあ腰のところ……ベルトにフックがあるでしょう? そこに引っ掛けるんですわ」
「フック? ああ、これですか」

 言われてみればベルトに鉤状の部品が引っ付いている。
 ここに斧のグリップを引っ掛けるのだろう。
 ……誤って腕に引っ掛けたりしたら痛そうだな……気をつけよう。

「っと、また話が脱線しましたわね。気を取り直して続けましょうか」
「ういっす」
「返事はハイで」
「ハイ、分かりました」

 なんというか、礼儀とかに細かい人だな。
 そういうキャラを演じてるからか?

「えーと? これの栓を抜いて、筒先を対象に向ける、それで使用することを強く意識する、そんな感じでしたっけ?」
「そうです。そうなんですけど……貴女、それは……」
「はい?」

 ベアトリーチェ様が指差しているのは俺の手の中にある【ライフポーション+3】だ。
 言い直そう、白濁回復汁だ。

「シンゴさんからもらった例のブツですが、これがなにか?」
「何かって、貴女、分かって言っているでしょう……セクハラですよ?」

 ですよねー。
 でも頬を赤らめるベアトリーチェ様はちょっと可愛い。

「いやまあ、悪乗りしたのはすいませんです。でも文句なら女性型のプレイヤーに向かって慈しむような視線でコレを渡してきたシンゴさんに言ってくださいよ」
「慈しむような――あの、馬鹿シンゴ……っ!」

 まあシンゴさんも問題と言えば問題だけど、本当の問題はライフポーションの色をこの白濁に設定した、このゲームの製作陣だよな。
 彼らが何を思ってこの色に設定したのか知らないが、明らかにロマンチック回路が熱暴走している。
 嫌いじゃないけどな、そういう卑猥さ。
 心の片隅にいつもエロスを、ってどっかの誰かも言っていたし。

 というわけでシンゴさんに対する罵声を吐き続けるお嬢様を尻目に、俺はこのエロ汁の栓を抜いてみる。
 キュポンッというコルクの抜ける耳心地のいい音、今の俺にはこのキュポンッさえ厭らしく聞こえる。
 軽く瓶を振ってみる、するとトプンという水の揺れる音。
 この音からお分かり頂けるように、このエロ汁、多少粘度があるようだ……ますますもってこれは酷い。

 そしてその筒先をベアトリーチェ様の横顔に向け――ああっ、このままブッカケてしまいたいっ――が、それをやったら軽蔑されること請け合いだ。
 まあここは大人しく、シンクコマンドで使っておこう。
 このままここで縁を途切れさせなければ、いつか彼女に向かってこの白濁をぶちまける日も来るかもしれないし。

(ええっと……使用対象≪ベアトリーチェ≫……ライフポーション+3、≪使用≫っ!)

 と、そこでベアトリーチェ様が勝手にエロ汁を使おうとしている俺に気づく。

「あのセクハラ馬鹿、今度リアルで躾け直して――って、カドヤさん!? それを使うならもう少し距離を取って――」

 距離?
 しかし、俺が彼女の言葉に不審を覚えるよりも早く、手の中の瓶が軽く震える。
 ――な、なんだっ!?
 そして次の瞬間、ベアトリーチェ様に向けた瓶の筒先から、どこか有機的な雰囲気を漂わせる勢いで、白濁エロ汁が飛び出したのである!
 何と言うかこう、ビュルビュルッ、といった感じで!

「ちょ、きゃ――イヤぁんっ!」

 飛び出したエロ汁はベアトリーチェ様の髪と言わず顔と言わず、全身に降りかかる。
 まるで枯れた大地を覆う白雪のように……なんてことは当然なく、どう見てもブッカケです本当にありがとうございました。
 女性型アバターを使っていて本当によかった。
 ベアトリーチェ様の顎のラインを伝って零れ落ちたエロ汁が、大きく開いたビギナーシャツ(初期装備)の胸元から覗く豊かな谷間に白く濁った水溜りを為す光景など、股間の徳川吉宗が白馬に乗って走り出していたこと請け合いである。



 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は【ライフポーション+3】を使用しました。
 ――スキルブック【薬剤投与の『あかさたな』】の所持効果によって【ライフポーション+3】の回復量が10%向上します。
 ――【堅実なる初心者 ベアトリーチェ】のHPが全快しました!

 ――【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】の所持する【ライフポーション+3】の残量は49個になりました。

 ――スキルブック【薬剤投与の『あかさたな』】の所持効果によって、
   【初級ネットカフェプレイヤー カドヤ】は【薬剤投与 Lv.0】スキルを"暫定入手"しました!
 ――【薬剤投与 Lv.0】スキルは"練習レベル"のスキルです。
 ――練習レベルのスキルを正式に取得するには、スキルブックを所持したままスキルの修練を続けてください。
 ――スキルブックを捨てる、売る、倉庫に預けるなどをすると練習スキルが失われるので注意しましょう。
 ――スキルレベルが1になったらスキルブックは手放して構いません。



 おお、やったースキルゲットだぜー……。
 なんて言ってみたりするが、こ、これは……。

 目の前には俯いて肩を震わせるベアトリーチェ様。
 これはハッキリ言って不味いかもしれない。
 如何にもなお嬢様キャラだし、ここまで話した感じ結構潔癖っぽい印象もある。
 そんな彼女に向かって、あえて言葉を取り繕わずに言えばGANSHA的BUKKAKE。
 セクハラで訴えられても文句なんて言えないんじゃないだろうか……。

「あ、あのー……ベアトリーチェ、様?」
「……」

 くっ――、無言っ!
 いや、しかしめげるな俺っ!
 これは不幸な事故、不幸な事故なのだっ!
 だってそうじゃん、シンクコマンドで使えばブッカケにならないってベアトリーチェ様だって言ってたじゃん!
 それがなんの因果かこうも見事なブッカケになってしまったこと、正直眼福ではあったが故意じゃない。
 言うなれば未必の故意だ!

「あの、いや、ワザとじゃないんですよ?」
「……」
「その、本当に、俺は言われた通りやっただけでして、や、まさかこんなことになるなんて、俺、これっぽっちも思ってな――」
「――……の前に」
「は、はい?」

 お、ようやくリアクションが――、

「言い訳の前に、何か言うべき言葉があるんじゃなくて?」

 毛先から白濁を滴らせつつ、地の底から響くような声音――これは怖い!
 これはもうごめんなさいと謝らざるを得ない恐ろしさだ。
 以前に誤って邑上店長が着替え中の更衣室のドアを開いてしまった時に匹敵する恐ろしさである。
 邑上店長もアレでスタイルがいいからなぁ……怒っているのは怖かったが、思わずごちそうさまでしたと言ってしまうくらいには眼福だったものだ。
 ともあれこのような気合の入った怒気を発している人に向かって謝らないという選択肢はあり得ない。

「ご、ご――、ごちそうさまでした!」

 ナイス顔射! ――ってちげぇ!
 しまった、眼福感の余りつい本音が!

「違う! そこは『ごめんなさい』でしょうが!」
「で、ですよねー!」
「ですよねー、じゃありませんわ! なんでそこで『ごちそうさま』なんですの!? ありえませんわ! 貴女、下手するとシンゴ以上にアレな思考回路ですわよ!?」

 シンゴさん以上……だと!?
 確かに変なことを口走ってしまった事実は否定できないが、あの一言でそこまでは言われたくない。

「ちょ、それは心外だ! 幾らなんでもあの人ほど変じゃないと思います!」
「いいえ、互角の勝負ですわ。だいたいシンゴ、あの馬鹿は女性に貢ぐことに掛ける腐った情熱のただ一点を除けば、アレはアレで真っ当な人格ですもの。貴女にはそういう厄介な性癖はないのかもしれませんけど、貴女の思考回路からは確かな腐臭を感じますわ!」
「腐臭!? な、なんて言い草!」
「腐ってやがる……エロ過ぎたんですわ……!」
「この俺が巨チン兵呼ばわりとは!」
「そういうところが腐っている証左でしょうに……自覚なさい!」
「その振りで下ネタを返さないのはむしろマナー違反だろうに!」
「私がエロスだとでも言うつもりですの!?」
「適正は高い……と思う!」
「心外ですわ!」

 しかし『ブッカケ=アダルト』を即等号で繋げて赤面した辺りからも彼女のエロスは確定的に明らかだと言える。
 この娘にとろろぶっかけ蕎麦(商品名)とか食わしてみてぇ。

 ――さておき。
 俺とベアトリーチェ様――いちいち長ったらしいなこの名前、もうこのお嬢様のことはベアでいいや、ベアで。
 というわけで、俺とベアトリーチェ様改めベア様のこの微笑ましくも見苦しい口論は、防衛線(しかも劣勢)の最中であるにも関わらず、大声で飛び交う心持ちエロい単語の嵐に周囲の視線が厳しくなるまで続けられることになる。
 といってもまあ、ほんの数分のことであるのだが。





/





 下らないことに時間を使ってしまった――というのはベア様ことベアトリーチェの言だ。
 無論その言葉には俺も全力で同意する。
 確かに事の発端は俺のイージーミスだ、使用に当たっての注意事項を全て聞く前に勝手に使ってしまったのは、正直すまんかったとしか言い様がない。

 シンクコマンドでのライフポーションの使用、瓶の栓を抜いて云々というやつだが、アレは対象との間に多少の距離――大よそ2m程度らしい――がないと、瓶から飛び出した内溶液がそのまま使用対象にブッカケられてしまうらしい。
 これが適正な距離が空いていた場合であれば、飛び出した内溶液は空中で光のエフェクトと共に消失、使用対象となったプレイヤーの周囲にエフェクトは光としてのみ表れ、回復の効果を与えるとのことらしい。

 この点についてはベア様も、話の途中で他所事に気を取られて肝心の説明が疎かになったことを謝ってくれた。
 といってもベア様が他所事に気を取られる切欠を作ったのも俺で、しかもやらかしてしまった後で謝る前に言い訳をしたり、謝ると見せかけてボケてしまったのもこの俺なわけで、俺たちは口論から今度は頭の下げ合いという新しいバトルに突入することになる――などということは、勿論なく。
 まあ普通に互いの非を詫びて、全ての責任は何も知らない無垢な新人にエロスアイテムをプレゼントしたシンゴさんにある、ということでこの些細な諍いは幕を収めた。

 ちなみにだが、このライフポーション+3という卑猥アイテム、ちまたでは「ライフローション」とか「ラヴポーション」とかいう異名で呼ばれているらしい。
 最早完全にアレでソレですね。
 これを50個も所有しているシンゴさんとか、本当にもう死ねばいいと思う。
 薬剤調合のスキルレベルを上げるために已む無く製造していたと言う可能性も無きにしも非ずだが、そうだったとしてもその上で死ねばいいと思うよ。

「……えーと、まあ色々ゴチャゴチャとありましたが」
「そう、ですわね……とりあえずさっきのことは忘れましょう、お互いのために」
「そっすね……」

 なんとなく、二人揃ってため息を重ねる。
 気を取り直そう。
 ここで二人してため息をついてても話が何も進まない。

「ま、それはそれとしてです。ありがとうベア様、お陰でアイテムの使い方が分かりました」
「ええ、助けになったようで何よりですわ。……行きますの?」
「うん。物が物とはいえ折角回復アイテムもらったわけだし、使い道も決まってるんだからその通りにやってみますよ」
「そうですか……デスペナが無いとっても死なないに越したことはないでしょうし、気をつけて下さいましね」
「ういっす。ベア様はこれからどうするんです?」
「私ですか? 私はまあ、特に防衛線に貢献できることもないでしょうから……聖堂(ここ)が陥ちるまでは、この場所で成り行きを見学させてもらいますわ。防衛線の中途での離脱は市民ランクへのペナルティになるという話ですしね」
「うげ、このゲームってそんな縛りもあるんですか?」
「ログインの際に、事前にログアウト時間を指定してタイマーを掛けておけばペナルティの対象にはならないそうですけど……もともとユーザーフレンドリーとは言えない仕様に満ち溢れているゲームですから、それがルールだと言われてしまえば納得してしまうしかない、そんな感じですわね。あと、関係ないですけど『うげ』は止めなさい、『うげ』は。仮にも女性型のアバターを使ってらっしゃるのだから、下品な振る舞いはみっともないですわよ」
「う……コホン、気をつけます」
「分かればいいのです」

 改めて腕を組みなおし、満足げに頷くベア様。
 しかし相変わらずそのおっぱいは凶器だ。
 こう、ぐんにゃりと形を変えるそれを見ているだけで心が俗に塗れる。

「それではカドヤさん、お気をつけて」
「ベア様もね。やるだけやって無理だなって思ったら戻ってくるし、そしたらその時はまた話し相手になって下さい」
「上品なお話であれば歓迎しますわ――って、さっきのことは忘れるんでしたわよね」
「あはは……まあ上品なお話がどんなのかなんて想像もつかないけど、頑張りますよ」
「期待していますわ」
「じゃ、行って来ます」
「はい、武運をお祈りしていますわ」

 見送ってくれるベア様に手を振り返して、俺は防衛線の最前線であるバリケードに向かう。
 途中一度だけ振り返ってベア様の様子を伺うと、もうこちらには興味がないようで、西側正面のバリケード、ジャイアントオーガ様相手の最前線、つまりはシンゴさんのいるバリケードの戦いに意識を向けているようだった。

 ……なんだなんだぁ? シンゴさんのことをブーたれていた割には結局アレか、アレなのか?
 やれやれだ、そう思ってしまうと二人の関係が微笑ましくも羨ま妬ましい。
 やってられんぜよ、いつかシンゴさんの見ている前でベア様にラヴポーションしてやる。

 まああの二人のことはもういい。
 俺は俺の仕事をするのみである。
 あの二人のことはもういいと言いつつ、俺の仕事というのが件のシンゴさんから頼まれた回復係だというのはちょっと頂けないが。
 気にしたら負けだ、負け。
 ひとしきり負け惜しみを吐き捨て、俺は北西側のバリケードに向かうのだった。






************

カドヤエログ……。
それは「思春期の心」と「小学生並みの躊躇いのなさ」と「大人の身体と性知識」を併せ持つ危険人物のブログである。
嘘である。

さておき、遅筆で申し訳ありません。
どうも巧くまとまりませんで、書いては削り、削っては書きを繰り返す内にこんな遅くなってしまいました。
今回の話はとりあえず繋ぎ的な感じで。
こんだけ時間かけて繋ぎって……orz

そして、たくさんの感想ありがとうございます。
感想のお返事は出来ませんが、皆様の感想を励みに頑張って(?)おります。
遅々として話の進まない作品ですが、これからもよろしくお願い致します。

※2009/11/7-18:14 誤字脱字修正。ご指摘ありがとうございます。



[12307] 06.出会う女性出会う女性みんな美人で胸が熱くなるな……!
Name: カルピス◆74a9289a ID:72e80db5
Date: 2009/11/17 20:08
 さて、聖堂前広場に繋がる道は三本ある。
 それぞれに築かれたバリケードが計三つあるわけだが、ここで問題になるのは果たしてどのバリケードのお手伝いをするのか、ということだ。
 まあぶっちゃけどのバリケードに向かってもやることは同じで、注意点もただ一つ、他人の邪魔をしないように回復役に専念するってだけである。

 そして俺が選んだのは、北西側にあるバリケードであった。
 理由?
 そんなものは適当である。
 とりあえず聖堂正面西側のバリケードだけは御免だ。
 対ジャイアントオーガ様戦線最前線に加わるのは、幾らなんでも荷が勝ちすぎる。
 あっこにはシンゴさんもいるしな。
 あの人俺がスケベポーション(笑)使ったら絶対ブッカケの間合いに飛び込んでくるわ。
 あれはそういう手合い。

 となると残りは北西側と南西側しかないわけだが、北西側ならほんの一瞬のことではあったが面識のある人間がいる。
 俺が戦闘処女を散らしたときに出会った名も知らぬ弓使いの誰かさん。
 ここは俺に任せて先に行け、をやってみたのにリアクションの薄かった彼だ……まあ俺もそれほどリアクションを期待してたわけじゃなかったけどさ。
 さてさて、まだ生きてるかな?

「FUOOOOOOO……」
「COOOOOO……」
「HOOOOOOOOO……」

 ――なんてことを考えている俺の眼前には三体……いや、五、六、七体のレギオン――七体のレギオン!?
 おいおいこれはどういうことだ。
 北西のバリケードに辿り着くには、どうやらこいつらの相手をしなくてはいけないらしい。
 ていうか七体?
 いや、さっきもこれくらいの数を相手にしたことはしたし、何とか勝ちを拾えはしたけど……七体?
 マジで?

「FOOOOOOOO!!」

 うおお、連中すでにやる気満々じゃねーか。
 仕方ない、ここでこいつらを始末しなければバリケードに向かえない以上、俺に連中の相手をしないという選択肢はないのだ。

「≪武装解放≫!」

 ボイスコマンドに応えて手のなかに現れる斧と盾の感触。
 腰を落とし、かかとを上げ、いつでも動ける姿勢を取って待ち構える。

「数ばかり多い連中が雁首揃えて……俺だってなぁ、いつまでもお前たちに組み付かれて爆殺されるばかりじゃないってこと、教えてやるぜ!」

 なんたって、さっきまでと違って今の俺はLv.2だしね。
 さぁ! 掛かってきな!





/





 ――【初級NCP カドヤ】のHPがゼロになりました。
 ――【初級NCP カドヤ】は戦闘不能です。
 ――【初級NCP カドヤ】はLPがゼロのため蘇生できません。
 ――【初級NCP カドヤ】は戦死しました。



 爆殺されました(笑)



 ――戦死によってデスペナルティが発生します。
 ――【初級NCP カドヤ】はの現在レベルは【Lv.2】、【ビギナーランク】のためデスペナルティが免除されます。

 ――Attention!
 ――ビギナーランクは【Lv.10】までの初心者に対する条件保護です。
 ――あなたのレベルが10になった時点で、この条件保護は外されます。
 ――条件保護がなくなると、LPがゼロとなって戦死した場合にデスペナルティが課せられます。
 ――ビギナーランクの間にHP、LPの管理によく馴れておきましょう。

 ――Attention!
 ――あなたが登録している蘇生拠点は【アイゼニア聖堂】――の一件です。
 ――ここで蘇生を選ばずにログアウトすることも出来ます。
 ――今すぐアイゼニア聖堂で蘇生しますか?



 そんなわけで、半ば廃墟と化した聖堂にて蘇生。
 辺りを見渡してみると、サクト神の御神像の前に平然と立っている司祭NPCのディーネの姿がある。
 廃墟の中一人立ち尽くす彼女の姿はホラーじみていてちょっと怖い。
 ――なんてことを思っていると、脳内にシステムメッセージが流れる。



 ――初めてのログインより一時間に満たない時間でLPを全て喪失、戦死したこよにより、新たな称号を獲得しました!
 ――【初級NCP カドヤ】は称号【死に急ぐ無謀者】を入手しました。
 ――称号の付け替えはステータス画面から行えます。



 くっ……屈辱……っ!
 死に急ぐ無謀者とか、別に死に急いだつもりはないし、無謀な行動をした覚えもないっ!
 ――ひょっとして、この自覚のないところが無謀と言われる所以なのか?
 いや、でもそれにしたってこれはあくまでも偶然だ、初めてログインしてみたらそこは戦場でした、なんて、ヘザーだって凶運の類だって言ってじゃないか!
 運が悪かっただけ、運が悪かっただけ……別に俺が無謀だとか死に急いでいるだとか、そういうわけでは決してない……。

 まあそれはどうでもいいとして。
 ハァ……いや実際、無謀だったかどうかはさておき、行けると思ったんだけどなぁ。
 何の話だって言われれば、当然さっきのレギオンとの戦闘の話だ。
 囲まれないように注意してたつもりだったんだが、戦ってる内にまた何時の間にか敵の数が増えてて、そんでもって気がついたら背後から組み付かれて、あれよあれよという内に連鎖自爆を許してしまった。
 ていうかさ、周りにあんだけ人いたんだから、誰か一人くらい助けてくれてもよさそうなもんなのに……薄情者どもめ!
 レベルが上がったからって、俺自身も慢心してたのかな……つーかしてたよな。

 だってよくよく考えてみたら、レベルアップでもらったステータス上昇値、割り振ってなかったし。
 レベルが上がってもステータスに割り振らなけりゃ、そりゃ強くなんてなってない。
 HP、SP、MPはレベルアップボーナスでちこっと向上したかもしれないけど、レギオンの連鎖自爆に耐え切れるほどのもんでもなかったようだし。

 やれやれ、とりあえず筋力に極振りだな。
 これで与ダメの基礎値が向上してくれれば、クリーンヒットでレギオン一撃死を狙えるかもしれんし。
 クリーンヒット瞬殺が出るようになれば、レギオン軍団との戦いも多少は有利になってくれるはず。
 もちろん剣を交えることなく北西側のバリケードに辿り着ければそれが一番いいのだけれど。

 ……というか、北西側のバリケードに拘る必要も無いな。
 西側に行くのは論外だとして、この際南西側のバリケードでもいいだろう。
 北西側と南西側、行くのに楽そうな方に行く、ということで一つ。

 さて、それじゃあ外に出る前にステータス値の割り振りでもやっておくとするか。
 あ、そういえば死に戻ったからHPも半分になってるんだったよな。
 ライフポーションも飲んどくか。
 ボイスコマンドでアイテムを取り出し、現れた瓶の栓をキュポッと抜く。
 さっきベア様にブッカケた忌まわしのエロ汁が瓶の中でとぷんと揺れている。

「……」

 何とはなしに周囲を見回し、人目がないことを確認。
 聖堂内に、今はもうプレイヤーの姿は無い。
 御神像の前にNPCのディーネ司祭がいるが、あれは人としてはノーカウントだろう。

「よ、し――」

 というわけで瓶を咥え、その中身を喉の奥に流し込み……

『あ、イヤぁ……熱い……喉の奥に絡んで……ぇっ!』

 あ……美味しい……。
 とかなんとか、わざわざ瓶の口にれろれろと舌を這わせながらそんなこと呟いてみる俺だった。

 ――……空しすぎるな。さっさとステータスを割り振ろう。
 ちなみにそんな飲み方をしてもHPはきっちり回復したし、ポーションの味自体もネクターとかいう桃のジュースみたいで普通に美味かった。
 さておき、



--------------
【カドヤ】
☆Lv:2 LP:3
 称号:初級ネットカフェプレイヤー
 所属拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
 ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
 所持金:500G
【補正効果】
 称号【初級ネットカフェプレイヤー】:全基礎ステータス+1
☆各種スキル補正:筋力+2 体力+2 器用+3
【基礎ステータス】
☆HP:165 ☆SP:90 ☆MP:25 ☆残りステータス上昇値:3
 EXP:378 NextLvUp:512
☆筋力:15 (12+3)
☆体力:16 (13+3)
 敏捷:4 (3+1)
☆器用:9 (5+4)
 魔力:3 (2+1)
 幸運:6 (5+1)
【総合ステータス】
☆近接武器攻撃:190 (150+40)
☆近接格闘攻撃:150
 間接攻撃:--
 魔法攻撃:--
☆物理防御:195 (160+35)
 魔法防御:30
 クリティカル発生率:5%
--------------



 ステータス画面を確認してみて、その変化に目を丸くする俺である。
 おお? なんか☆マークがいっぱい出てるな。
 えーと……うん、多分だけどこれはレベルアップとかの兼ね合いで、ステータス値が更新された箇所についてるっぽいな。
 つーか筋力と体力、器用にも☆が出てるけどコイツはいったい……って、これか、各種スキル補正。
 というかスキル補正って何ぞ?
 今まで取ったスキルっていうと、薬剤投与のLv.0と我流体術なんちゃらだけのはずだが。

 タブでスキル画面を表示してみると、そこには俺がここまでに取得していたらしいスキルが表示された。



--------------
【カドヤ】
流派:我流戦闘術 位:我流6級
市民レベル:Lv.1
【一般スキル】
☆薬剤投与:Lv.0
【流派マスタリースキル】
☆我流片手斧マスタリー:Lv.1
☆我流盾防御マスタリー:Lv.1
☆我流体術マスタリー:Lv.1
--------------



 おお、片手斧と盾防御のマスタリーが追加されている! 何時の間に!
 で、この画面からそれぞれのスキルを選択すると、その詳細が見られるわけだが……どれ、片手斧マスタリーを見てみるか。



--------------
【我流片手斧マスタリー】
 スキルレベル:Lv.1
 習熟度:4%
 補正値:筋力+1 体力+1
 *****
 既存の流派の技巧に拠らず、己の経験のみで片手斧を扱うスキル。
 今はまだその技術は拙く、流派の担い手たちには遠く及ばない。
 このスキルのレベルを上げるには、ひたすら片手斧を振り続ける必要がありそうだ。
 もしあなたが既存の流派戦闘術を身に付けるのであれば、ここで覚えたことは忘れるしかない。
--------------



 ほほー、この補正値がステータスの値に計上されているわけか。
 他のスキルも確認してみると、盾防御で体力と器用に+1、体術で筋力と器用に+1、薬剤投与で器用に+1の補正が入っていることが確認された。
 あと、我流系のスキルはどうも、正式な流派スキルを身に付ける――要は道場に入門した時点でスキルが失われるらしい。
 ならばさっさと道場に入門してしまった方がよさそうだが、それはとりあえずこの防衛戦が終わってからだな。

 さて、それじゃあようやく本題、ステータス上昇値を割り振るとするか。
 といっても筋力一択で極振りなんだけどな。
 というわけでピッピッピッ、と……。



--------------
【カドヤ】
 Lv:2 LP:3
 称号:初級ネットカフェプレイヤー
 所属拠点:鉄の城塞都市アイゼニア 市民レベル:Lv.1
 ギルド:無所属 流派:我流戦闘術 位:我流6級
 所持金:500G
【補正効果】
 称号【初級ネットカフェプレイヤー】:全基礎ステータス+1
 各種スキル補正:筋力+2 体力+2 器用+3
【基礎ステータス】
☆HP:180 SP:90 MP:25 残りステータス上昇値:0
 EXP:378 NextLvUp:512
☆筋力:18 (15+3)
 体力:16 (13+3)
 敏捷:4 (3+1)
 器用:9 (5+4)
 魔力:3 (2+1)
 幸運:6 (5+1)
【総合ステータス】
☆近接武器攻撃:220 (180+40)
☆近接格闘攻撃:180
 間接攻撃:--
 魔法攻撃:--
 物理防御:195 (160+35)
 魔法防御:30
 クリティカル発生率:5%
--------------



 ――んで、こうなりましたっと。
 最初レギオンとやりあったときと比べれば、既に今の俺はあの時の俺よりも50も攻撃力が上がっている。
 ていうかこのゲーム、ステータスの上昇量が半端ねぇな。
 高レベルかつ高スキルのプレイヤーと、その他プレイヤーの戦力差が尋常じゃなさそうだ。
 これでPvPとかもあるわけだろ?
 なにそれ、大丈夫なの?

 まあそんなこと今考えても仕方ないか。
 とりあえずはこれでもう、クリーンヒットが出ればレギオンくらい一撃だろう。
 んじゃまあ、もっぺん逝ってきますか。





/





 おや、いねぇ。
 何がと言われればモンスターである。
 先ほど俺が爆殺されたときは、広場内にはまだそれなりの数のレギオンがいたのに、ちょっと見渡してみても数匹のレギオンしかいやしない。
 この状態なら北西側の広場へもスムーズにいけそうなもんだが、何となく釈然としないというか、折角攻撃力を強化したのに試し斬り出来なくて寂しいというか。

「随分とお早いお戻りでしたのね」

 そんな感じで「ぬぅ……」とか呟いていた俺をを出迎えたのはそんな言葉であった。
 こんな口調で喋る知り合いは一人しかいない。
 声のした方に目をやれば、当然のようにそこにいたのはベア様である。
 壁に背を預けて腕を組んだ姿勢は先ほどと変わらず、組んだ腕の上に乗っかった重量級豊満物質も相変わらずだ。
 ついさっきまでこの肉プリンがエロ練乳でデコレーションされていたかと思うと感慨深い。

「まあ、ちょっとしたアクシデントが発生しましてね」

 爆殺されたのです。
 いや全く、恐ろしいアクシデントだった。

「レギオンは囲まれたら厄介ですものね。だからこそ、レギオンと戦うときは囲まれないように立ち回る。その立ち回りがこのゲームの基礎の基礎と言われているんですけど」
「うげ、見てたんですか?」
「うげ、は止めなさいと言ったでしょう? まあ見ていたかと問われれば見ていたのですけど」
「つーか、見てたんなら助けてくださいよ」
「確かに見てはいましたけど、背後に組み付かれたと思ったら爆発するまで一瞬だったんですもの。武器を抜いて一分経たずに死ぬとか思いませんわ」
「……すいませんね、情けなくて」
「別に謝って頂かなくても結構ですけど……それより大丈夫なんですの? 一人でバリケードまで辿り着けます?」
「……」

 一人でお使いだいじょーぶ? って聞かれている気分だな。

「こ、今度は大丈夫ですよ、きっと。レベルアップしたときにもらったステータス上昇値、ちゃんと割り振ってきましたから」
「あら、それは……というか、割り振ってなかったんですの?」
「そんな呆れたような目で見ないで頂きたい」
「呆れもしますわ」

 だって割り振ってる時間がなかったんだからしょうがないじゃないか。
 レベル上がったと思ったらジャイアントオーガの大投擲に巻き込まれて死ぬし、死んだと思ったらシンゴさんから姫プレイを要求されるし、かと思えば聖堂が半壊して焼きだされるしで……ごだごだしてる内にすっかり忘れてたんだよ!

「それに、見た感じ広場の敵も殆どいなくなってるみたいですし……これならいけるでしょ」
「ああ、それは確かに。先ほどあなたがやられた連鎖自爆でほとんど連鎖して爆発しましたからね、広場のレギオン」
「え、それでいなくなってるんですか、連中」
「ええ。結構な爆発でしたよ。広場内にいたレギオンの位置が微妙に数珠繋がりになっていたようで、あなたの元での爆発を起点にしてドドドドンッと。ほら、広場の中央に座り込んでいたプレイヤー、いたでしょう? 彼ら、巻き込まれたようですわね」
「ええっ!?」

 それ、俺やっちまいました系ですか?
 や、系も何も、俺がやっちまったんだよな。
 くはー、やべぇー。
 角屋の看板背負った【カドヤ】なんて名前のキャラで他人に迷惑掛けるとか、これは邑上店長に怒られるかもしれん。
 というかベア様にブッカケしたのがバレた時点で折檻は免れ得んかもしれんと今更ながらに気づく。
 でもあの白濁塗れのベア様はとてもエロ可愛かったので後悔はないな。

「まあそう気になさらないことです。ああいうマナーの悪いというか、場の空気を読まないというか、そういう人たちには似合いの報いだったと思いますよ?」
「いやぁ、それはそうなのかもしれませんけど、巻き込みPKとか、巻き込んだ側としては気分はよくないですよ」

 店長に怒られるかもしれんし。

「ああ、そこは心配なく。死んでは彼らは死んではいませんから」
「へ? だって連鎖自爆に巻き込まれたんでしょ?」
「連鎖自爆は防御力無視のHPダメージですが、レギオンの最大HP分のダメージしか入りません。自爆の効果範囲が重複していれば重複したレギオンの数だけダメージを負うという仕組みですけど、たむろっていた彼らの周りにいたのは精々二、三匹ですから、それほど大きなダメージにはならなかったようですわ。ブチブチと文句を言いながら広場の隅に移動していきました」

 なるほど、効果範囲の重複か。
 レギオンのHPが幾つかは知らないが、仮に100だとして、7匹のレギオンの自爆効果の重複領域にいれば、こちらが喰らうダメージは700、10匹の効果範囲に居れば1000のダメージを喰らうが、逆に3匹程度の効果範囲であれば300程度しか喰らわないということだな。
 もっとも今の俺じゃあ2匹の効果範囲でも十分に死ねるわけだが。

「それでも気にしてしまうというのであれば、今後は十分に気をつければよろしいのでは? カドヤさんはまだこのゲームを始めて間もないのですし、失敗の一つや二つ、しても仕方ないですわ」
「そう言ってもらえると……」

 助かる。
 ついでに例のブッカケの件も仕方ないの一つや二つの内に含めていてくれると尚ベネ。
 嬉しいんだけどなぁ。

「ハァ……まあここで何時までも凹んでてもしょうもないですし、もっかい逝って来ますね」
「本当に大丈夫ですの?」
「ま、大丈夫でしょ。今なら広場内のモンスターも少ないですしね。ていうか、無理って言ったらついてきてくれるんですか?」

 いや、実際ついてきてくれると助かるんだけどさ。
 俺は初心者だし、戦場の空気が読めなくて邪魔をしてしまうこともあるかもしれない。
 回復薬に気を取られるあまり、背後が疎かになってレギオンとかに組み付かれて連鎖自爆を許してしまう可能性だってある。
 そんなとき、俺の背中を守ってくれる、或いは俺の周囲を警戒して注意を発してくれる誰かがいれば、それは非常に助かるだろうと思うのだ。
 とはいえ、ベア様がついてきてくれるなんてことは、まあ無いんだろうが――というくらいの気持ちで言って台詞なのに、何故かベア様は思案顔になった。

「……そう、ですわね」

 およよ?
 これはひょっとしてついてきてくれる流れですか?
 だとしたら非常に、ガチで助かるんだけど……。

「ベア様?」
「そうですわね……私としてはあまり気が進まないのですけど、見知った人、それも始めたばかりの初心者の方をむざむざと戦線に一人で放り出すというのは、やはり気が引けますわね。いいでしょうカドヤさん、あなたのお手伝いのお手伝い、やらせてもらいますわ」
「うおおっ! マジっすか!」
「うおお、とかやめなさい。はしたなくてよ?」
「いやぁんっ! マジですの!?」
「――いや、それも止めて頂けると……」

 ベア様をモチーフにしたリアクションをしてみると、がっくりと肩を落として深いため息をつかれた。
 まあ俺もノリでやっただけなので素直に謝る、ごめんなさい。



 ――【堅実なる初心者 ベアトリーチェ】からパーティ結成の申請を受けました。
 ――受諾しますか?



 さて、ベア様と一緒に行動するということで、一応パーティを組むことになった。
 これはベア様からの提案で、パーティを組むと得られる経験値の多少の共有、どれだけ離れていても声を届かせられるなど、そこそこにメリットがあるらしい。
 今回は他人の回復役である俺と、あくまでその護衛という立場のベア様なので、経験値の共有も声が届くのなんのもメリットと数えるのは難しいだろう。
 まあそれでもやらないよりはマシだろうし、組んでいれば後になってそれが何かの助けになることもあるかもしれない……とのベア様の意見を全面的に受け入れる形でパーティを組むことになったのである。



 ――【堅実なる初心者 ベアトリーチェ】とパーティを結成しました。
 ――現在のパーティメンバーは二名です。
 ――構成員は以下のようになっています。
 ――・【初級NCP カドヤ】Lv.2 流派:我流
   ・【堅実なる初心者 ベアトリーチェ】Lv.7 流派:我流



 ちなみにパーティリーダーは俺。
 俺でいいのか、と聞いてみたが、私はあくまでも護衛ですから、とベア様に固辞されてしまった以上は俺がやるしかないわけで。
 リーダーになったからといって別段やることが増えるわけでもないし、まあこれもブログのネタになるかもだし、とりあえずやるだけやってみよう。

「さて、それじゃベア様。行くとしますか」
「ええ。まあ広場内がこの様子なら暫くは何事もないでしょうけど……いつまでこれが続くとも思えないですしね。あなたの背中、私が守って差し上げますわ」
「ただし相手はレギオンに限る」
「そうそ……って、確かにその通りなんですけど、折角の台詞に水を差さないで下さるかしら」
「あはは、すいませんです。でも頼りにしてるのはホントなんで、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ。さあ、行きましょうか」
「うっす!」

 うっすではなくて、ハイでしょう……とベア様に脇腹を突付かれつつ出発する。
 目指す先は北西側バリケード。
 ベア様を仲間に加えたとはいえ、果たして俺は無事に辿り着けるのであろうか……。



 ――なんて言ってみるが、ぶっちゃけ目と鼻の先だし、行く手を遮るモンスターもいないのだから辿り着けないはずもねぇ。
 俺とベア様の波乱に満ちた旅は数十秒で目的地に達したのであった。





/





 さて、北西側のバリケードに辿り着いてみると何処かで見たような光景が。

「あだっ!? ってクソっ! またレギオンかよ!」

 北西側のバリケードの防衛に当たっていたプレイヤー、後衛の弓使いの一人に数匹のレギオンが群がっている。
 おいおい、あれってさっきの――って、あ!?
 周囲の建物の屋根伝いにやってきたゴブリンが三匹、その包囲網に加わったぞ!?

「やべっ、ゴブリン!? 悪い、誰か援護してくれ! 間合いが近すぎて弓じゃどうにも――」
「るせー! 何度も同じこと言わせんな!」
「前衛は回せない! さっきも何とかなったんだから今度も何とかしろ!」
「頑張れ若黄忠! こんじょだこんじょ!」
「こいつら薄情過ぎる! うおお! ≪武装解放、四番≫!」

 そして得物を弓から槍に持ち替えてレギオンとゴブリンに対し始める弓使い。
 ちょろっと出た"若黄忠"っていうのはあのプレイヤーの名前かね?
 しかしまあどっかで見た光景だ。
 つーかついさっき、俺の初戦闘のときとほぼ同じシチュエーションだな。
 また集られてるのかあの人、リアルラック無ぇな。
 そんなことを思っていると横からベア様の声。

「さて、どうも初仕事のようですわよ、カドヤさん。助けに行くのでしょ?」
「うむ、そうなんですけど」
「ですけど?」

 見た感じ、あの弓使いの兄ちゃんのライフバーはまだマックス近い。
 囲まれてて現状ヤバいのは確かだが、今すぐ生命の危機というわけではなさそうだ。

「あの兄ちゃんが二、三発ぶん殴られて、ライフが減ってからの方がありがたみが出ると思うんだが、どうでしょ」
「出待ちするというんですの? 理屈は分かりますけど……それって、人としてどうなんです?」
「ダメですかね、人として」
「ダメでしょう、人として」

 外道の行いです、と呆れたように言われる。
 やっぱダメか、人として。
 まあ俺も本気で言ったわけじゃないし、この案が駄目だというなら普通に彼を援護して救助するだけだ。

「ベア様、俺はレギオンの方に行く。ゴブリンは任せたいんだけど、いける?」
「対ゴブリンの適正レベルは10からなんですが、こちらに背も向けてくれていることですし、あの程度の数なら今の私でも裁ききれるでしょう。やりますわ。カドヤさんこそ、よろしくて?」
「フッ……レベルアップした俺の実力を見せ付けてやりますよ」
「はいはい、脳筋乙ですわ――……では、話もまとまったことですし、参りましょうか」
「了解」

 そして俺たちは声を合わせて、



「「≪武装、解放≫!」」



 ボイスコマンドに応えて手の中に現れる、相変わらず薄っぺらいほどに軽い盾と斧の感触。
 ベア様に視線を向ける。
 彼女の装備は腕に固定された手甲と一体型の幅広短剣、それを両手に装備している。
 あれも確か初期装備にあったな。
 あんな見てくれだが装備品カテゴリ的には【短剣】ではなく【爪】ということになっていたはずだ。

 名前は確か【ダガークロー】。
 攻撃力は低めだが、それを両手装備による手数と、クリティカル発生率上昇という武器特性によって補う、そんな戦闘スタイルを推奨する武器だったはずだ。
 お嬢様キャラをロールするベア様には似つかわしくない装備に思えるが……。

「何をボサっとしているんですの? 行きますわよっ!」
「って、お、おうっ!」

 んなことを考えている内にベア様がゴブリンに向かって走り出した。
 俺も慌てて足を動かす。
 ゴブリンに向かって一気に距離を詰めたベア様は、その背後を取るとまずは背中に右手のダガークローで袈裟懸けの一撃。
 ベア様の攻撃だからこっちにはシステムメッセージは聞こえないが、ゴブリンだって人型モンスター、弱点が背中と頭であることに違いは無いだろう。
 であればあれはクリーンヒットの一撃だ。
 その一撃で大きく仰け反ったゴブリン、結果的にベア様に向かって突き出された形になる頭に、左手のダガークローによる追撃の一突きが叩き込まれる。
 あれも問答無用でクリーンヒットだ。
 というか、人型をした生き物の頭に、悠々根元まで幅広短剣が突き刺さる光景っていうのは結構グロい。
 その追撃でゴブリンは見事黒い塵に還った。
 すげぇ、適正レベルが10のモンスター……レベル7のベア様からすれば格上モンスターであるゴブリンを一撃!?

「流石ベア様、縦ロールもなしにお嬢様キャラをロールしているのは伊達じゃないな!」

 どうでもいい感想を漏らしつつ、俺もレギオンの背中に向かって手にした片手斧を振り下ろす。
 当然だがこれがクリーンヒットの一撃になり、見事一発でレギオンを塵に還した。
 その結果に堪えようもなく唇の端が持ち上がってしまう。

「よっしゃ、一撃死出た! これで勝つる!」

 続けての動作で別のレギオンの頭を狙って横薙ぎの一撃!
 これも狙い通りクリーンヒットが入り、レギオンを一撃で塵に還す。
 残るレギオンは二匹。
 内の一匹が突然の闖入者である俺に気づきこちらに身体を向けてくるが、俺はあえてその脇を通り抜け、まだこちらに気づいていない――つまりは無防備な後姿を晒しているもう一体のレギオンに向けて間合いを詰め、その隙だらけの背中に向けて片手斧を叩き込む。



 ――クリーンヒット!



 うはははー! いいぞー、凄いぞー、カッコいいぞー!
 ついさっきまで苦戦していたレギオンを相手に、不意打ちで背後から強襲、クリーンヒット狙いまくりとはいえ、一撃死連発で無双状態!
 これは気持ちいい!
 レギオンが一番弱い雑魚であるのは確かだ。
 そんな相手に無双しても俺Tueeee!になんてなっていないのは分かっちゃいるが、この爽快感は異常だ。

 残るレギオンは一匹。
 完全にこちらに身体を向けてはいるが、相変わらずこのレギオンというモンスターの動作は緩慢で、頭部を狙ってクリーンヒットを放つのは容易だろう。
 だが俺はそこであえてクリーンヒットを狙わない。
 胴体を狙って真一文字に振りぬく薙ぎの一撃を放つ。
 クリーンヒットでない素の一撃で、レギオンに対して今の俺がどれだけのダメージを与えられるのか、それを確認しておく必要があると思ったからだ。

「どっせーい!」

 放った一撃はレギオンのライフバーを半分よりちょっと足が出るくらいに削り取る。
 よしよし、これなら素の一撃でも二発かませばレギオンを倒せるな。
 レギオンが苦し紛れに繰り出してきたパンチに盾を叩きつけてやり過ごし、空いた脇腹に向かって更に攻撃を叩き込む。
 塵に還るレギオンの向こうに、ベア様が二匹目のゴブリンの首を跳ね飛ばす姿が見えた。
 これでゴブリンは残り一匹。

「す、すまん! 助かった! ――……って! お前さっきの新参ちゃんじゃねーか!」
「ども、ご無沙汰」
「ぬあああああ! またしても新参に助けられるって! 俺ってやつはぁぁぁ!」
「まぁまぁ、さっきも見たような自己嫌悪はいいから。それよりあっち、ゴブリン。倒すの手伝ってあげてよ。あんたのレベルがどれくらいかは知らないけど、俺たちよりは高いでしょ、きっと」
「あっち? ……ってなにぃ!? あっちも新参!?」
「そゆこと。俺ら二人ともまだレベル10にも届いてないから、彼女もゴブリンの相手、大変だと思うんだよね」
「ぐぬぬ、俺の矜持が……いや、そんなこと言ってる場合でもないか、くそっ! ――≪武装解放、一番≫!」

 弓使いの兄ちゃんは手にしていた槍を本来の得物――獣骨製の長弓に持ち替える。

「そっちの新参ちゃん、離れろ! そいつは俺が射抜く!」
「っ! お任せ致しますわっ!」
「"ますわ"……? っ、お、お嬢言葉だとっ!? ちっ、気になるが、まあいい! 喰らえっ、≪チェイサーアローズ≫!」

 お嬢言葉に反応とか。
 まあそれはいいとして、弓を引く兄ちゃんの右手が光を発する。
 そして放たれた矢は狙い違わずゴブリンの頭を急襲し、しかし、ヤツの頭に突き立った矢の数は三本だ。
 兄ちゃんが放った矢の数は一本だったはずなのに、ゴブリンの頭に刺さったのは三本だと?
 そうか、ボイスコマンドによる戦闘用アクティブスキルってやつだな。
 攻撃を放つ直前に口走った【チェイサーアローズ】という言葉、あれがスキル起動用のボイスコマンドだったのだろう。

「ご無事ですか、カドヤさん?」
「レベルの上がった俺に死角は無かった。ベア様は? ダメージ受けてない?」
「問題ありませんわ。……というか、ダメージを受けていたらどうするつもりだったのです?」
「無論そこは俺のいやらしたくましいライフポーションで」
「何てこと……傷一つ負えない絶対致死の戦場に足を踏み入れてしまったようですわね……!」

 絶対致死て。
 恐れ慄くベア様に俺が微妙な顔をすると「冗談ですわ」と言ってふわりと微笑む。
 うん、やっぱり可愛いなこの人。
 シンゴさんは贅沢者だ、この可愛い人に貢がないで誰に貢ぐよって話「もちろんカドヤさんの発言も冗談ですわよね?(ゴゴゴゴゴゴ」このプレッシャー……!
 無抵抗にコクコクと頷かざるを得ない……!

「で、そちらの弓使いの方も大丈夫ということでよろしいんですの?」
「あ、ああ、そだそだ……なあアンタ、大丈夫か?」
「ぬぅぅ、一度ならず二度までも、一人どころか二人もの新参に窮地を救われるとは……不甲斐ないっ、不甲斐ないぞ俺っ!」
「あー、もしもし? 聞いてます?」
「かくなる上は修行……! 目指すべきは更なる高み……っ! 決して新参どもの辿り着けぬ……! それは領域……っ! それが至高……!」
「大丈夫じゃないかもしれんね」
「なんなんですの、この人は」

 二人して呆れた視線を送ってみるが、弓使いの兄ちゃんはそれにも気づかず何やらブツブツというかざわざわといった感じで呟いている。
 気のせいか、顎と鼻がやけに尖がって見える……気のせいだよな?

「……若黄忠、助けてもらっておいて礼も言わずに何をやっているの、あなたは」

 と、顎と鼻が福本化しつつあった兄ちゃん――どうも名前は若黄忠で決まりらしい――の頭に後方から激しい突っ込みが入る。

「いでぇっ!? って、せ、星花姐さん!? 何すんですかっ!」

 若黄忠氏に突っ込みを入れたのは、褐色の肌に銀髪というなかなか珍しい色合わせの女性アバターであった。
 背は高く、体格はキュッと引き締まった均整の取れたプロポーション、涼しげな目元にちょんと浮かぶ泣き黒子は、確かに"姉さん"ではなく"姐さん"といった感じ。
 こちらもまた、現実ではなかなかお目に掛かれそうにない美女ですな!

「何をする、じゃないわよ全く。守るべき新参の子たちに逆に助けられておいて、その新参の子たちに対して礼も言わない、言おうともしない。あなたのそういうマナーの無さが、うちのギルドの評判の一つ一つを貶めることに繋がりかねないって、そういう自覚がないからあなたはうちでも何時までも新参扱いなのよ」
「ぬ、ぐぅぅぅ!」
「ぐぅの音を出している余裕があるのならさっさと礼を言いなさい」
「ぬぐぐ……す、すまん、正直助かった、新参のお二人さん。改めて礼を言わせてくれ……」
「そんな悔しげに言うものではないでしょう、礼というものは――……はぁ、全くもう。二人とも、私からもお礼を言わせてもらうわ。うちの馬鹿、若黄忠を助けてくれて、ありがとう。私は星花、ギルド【ニュービーズゲート】の副代表をやっている者よ。名前を教えてもらえるかしら」

 すっと手をこちらに手を出してくる星花さん。
 握手ってことだよな?
 俺は斧を腰のベルトに吊るして彼女の手を取る――っ!?
 手のひらまでもが、柔らかいっ!

「ええと、俺はカドヤです。今日このゲームを始めたばっかりで……あ、で、こちらがベア様……じゃねぇ、ベアトリーチェ、俺の保護者です」

 超適当なデマカセ混じりの紹介をしてみると、ニュービーズゲートというギルド名を聞いて目を丸くしていた(可愛い)ベア様がムスっとして俺の脇腹に肘鉄を一発。
 大して痛くもなかったのはともかく、何故か嬉しかった俺はもう駄目かもしれんね。

「誰が保護者ですか、誰が。コホン、はじめまして星花さん。ベアトリーチェと申します。評判高いニュービーズゲートの副代表と知遇を得られて、嬉しく思いますわ」
「そう言ってもらえるのは光栄ね。カドヤさんにベアトリーチェさん、新参の子たちを助けることを目的としているギルドの人間として、将来有望な二人と出会えたこと、こちらも嬉しく思っているわ」

 星花さんとベア様が握手をする。
 ううむ、絵になる二人だな。
 背が高くスレンダーで褐色銀髪の星花さんと、ロリ巨乳で色白金髪なベア様。
 見た目的には対照的な二人だからこそ、こうして一緒にいるのが非常にハマっている。
 この光景は映像として残しておくべきだな……よし、こっそりとスクショだ。
 パシャリ。


「……」

 ……ふと気づくと若黄忠が仲間になりたそうに――ではなく、物欲しげな眼差しでこちらを見ている。
 ああ、なるほど、彼もこの至高の光景を映像として残しておきたい人間か。
 だったら自分でスクショ撮ればいいのに、と思わなくもないが、とりあえずグッと親指を立ててサインを送ってやる。

「……!」

 若黄忠もグッと親指を立ててサインを返してきた。
 まあ後で余裕があるときにでもメールアドレスを交換しよう。

「さて、自己紹介とお礼も済んだことだし……若黄忠、あなたはさっさと戦線に戻りなさい。まだまだ未熟なあなたとはいえ、絶対的に人手の足りていない現状では未熟者とはいえ遊ばせておく余裕はないわ」
「は、はい、了解です!」

 指示を出された若黄忠は、俺に向かって少しだけ視線を寄越す。
 言わんとしていることは分かったので、頷きを返してやると憂いの無い顔でバリケードに戻っていった。
 あいつもどんだけだよな。

「それからあなたたち二人なんだけど」

 と、今度は星花さんの視線がこちらを捉えている。

「あなたたちはすぐにここを離れて広場に戻った方がいいわね。人手が足りないとは言ったけど、まだ初期装備で身を固めているような新参だと、逆に足手まといだわ。ギルドの人間を助けてもらっておいて、こんな言い方をするのは申し訳ないとは思っているのだけど……」
「星花さん、そのことなんですけども」
「?」
「こちらのカドヤさん、この方はとある奇特なプレイヤーからライフポーションを大量に譲り受けていますの。まだレベルは2だしログインしたのも今日が初めてで、とても戦力とは言いがたいでしょうけども、ポーションタンクとしてならお役に立てるのではないかと思うのですが、如何でしょう?」
「回復役……そう、なるほどね。そうなるとあなたはどういう立場なのかしら、ベアトリーチェさん?」
「私は……成り行きですわね。カドヤさんよりは少しレベルが高くて、彼女よりは多少は詳しくこのゲームのことも知っています。レギオンくらいからなら彼女のことも守ってあげられますし……先ほどは否定しましたけど、保護者というのも言い得て妙という気もしますわね」
「無鉄砲な新参の子を守ってくれているというわけね。いいわね、それ。ニュービーズゲートの信条にも沿う立派な行いだと思うわよ。で、カドヤさん?」
「は、はいっ」
「あなたが受け取ったというライフポーション、数は幾つ」
「50個もらいました。二個は使っちゃったんで、後は48個ですね」
「なるほど、数は十分、か。種類は?」
「……+3です」

 一番エロいのです、と答えてやってもよかったが、ここは自重しておく。
 ここでふざけると防衛戦に混ぜてもらえなくなる予感がしたのだ。
 対する星花さんはといえば、+3ですと答えた俺の返事に顔を引きつらせていた。
 なるほど、この反応、彼女も中身とアバターの性別が一致しているタイプと見た。

「! ……あなたにそれを渡したプレイヤーって、男?」
「男ってよりも漢って感じですね。あの煩悩、そして躊躇いの無さ、人として見習いたくはないけど」
「そ、そう……+3のライフポーションか。回復量としては申し分ないし、持ってる数も文句のつけようがないくらいなんだけど……」
「何を心配しているのか嫌と言う分かるのですけど、カドヤさんにはこのポーションを他人に使う上での注意事項は教えておきましたわ」
「重要なのは"対象との距離"だよね、ベア様」
「ええ。不用意に近づいてはいけませんよ、カドヤさん」

 無論だ、可愛い女の子が相手ならともかく、その辺の野郎にブッカケをするつもりはない。
 星花さん相手ならブッカケてみたい気もする(褐色の肌にエロポーションのデコレーションはとても映えると思うのだ)が、仮にも一ギルドの副代表を名乗る人間にそんなことをする度胸はない。
 副代表に対するブッカケ行為に対して組織的な報復が行われたとしたら、俺がどんなエロい目に合わされるか、わかったもんではない。

『ぐはははー、躾のなっていない新参にこのゲームの流儀ってものを教えてやるぜよ!』
『まずはラヴポーションだ、腹ポテになるまで飲ませてやるよ!』
『ポーションの瓶をそのはしたない胸の谷間に挟みな! 全員にエロポーションをお酌するまで帰してやるつもりはないぞ!』
『ほぅら、俺様自慢の品質Sのライフローションだ。どうだ、品質Aのなんかよりもずっとベトベトねっとりだろう?』
『そーら、その締りの悪いケツにもう一発だ! どうだ、そろそろライフポーション+3なしでは生けてはゆけない肢体(残りHP的に)になってきたんじゃないか?」

 俺が報復を受ける側でなければ是非とも現場に立ち会いたいところなんだがなぁ。
 と、そんなことを考えていると、ドスッとまたしても脇腹に肘鉄が入った。
 さっきのよりも、ちょっと痛い。

「ベ、ベア様、いきなり何を……」
「不埒なことを考えている顔をしていました」

 この人エスパーですね?
 上目遣いに睨み付けてくる様子が恐ろし可愛らしい。

「二人とも」

 そんなやり取りをしている俺らに、思案顔でしばし黙っていた星花さんが声を掛けてくる。
 何かを決めた、そんな顔をしている。

「わかったわ。ポーションの種類が種類だけど、使い方を心得ているなら問題ないと判断させてもらう。新参の二人を過酷な防衛戦に巻き込むのは本意ではないけれど、人手が足りない現状、回復役が増えるのは大歓迎だわ」
「それじゃあ……」
「ええ、あなたたち二人を当てにさせてもらうわ。ただ、こちらからのサポートは出来る範囲でしか行えない。最低限は自衛してもらうしかないのだけど、それでもよければ一緒に来て。私たちと一緒に、戦って頂戴」

 その言葉に俺とベア様は顔を見合わせて小さく頷きあい、そして今度は星花さんに顔を向けて、大きく頷いたのだった。






************

相変わらず遅筆ですみません。
書きたいことを詰め込めるだけ詰め込んだせいでよく分からない話になってしまいました。
おかしいな、本来のプロットでは既に回復役として動き始めているはずだったのに、気がつけば今回も繋ぎみたいな話に。

というか主人公が回を重ねるごとにアホになっている気がする。
これはきっと気のせいじゃない。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.06706690788269