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[12290] 稀代の陰陽師、麻帆良に《オリ主 習作》新章開始
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2010/12/09 19:27
 初めまして。様々な名作家の方々の作品に影響され、筆を取らせていただきました。

 この話を読むにあたっての注意点とは、

・オリジナル主人公である。

・前世の記憶あり(記憶のみで性格、考え方はリセットされています)

・原作が崩壊します。

・原作キャラとのカップリング有り。

・原作キャラの強さがかなり変動します(特に刹那と木乃香)。

 追加で

・主人公がかなり強キャラになります。最初は違う予定だったんですが、書き進めるうちに、これはどう見ても最強臭くなる、と思いましたので。

・原作キャラの性格が一部変わります(特に刹那)。

 術は基本的に仏教の真言やオリジナルで進めていこうと思います。

 後、オリキャラは主人公一人です。

 プロットは完結まで大体出来ているので、残りは作者の腕次第なので、気合い入れてがんばっていこうと思います。

 感想と、まだまだ未熟だと書いていて痛感いたしていますので、ご指摘・批判など、よろしくお願いいたします。

PS

 恥知らずにも帰ってまいりました。とんでもない期間放って置いて本当に申し訳ありません。リアルが一段落したのでまた投稿させて頂きます。どうかよろしくお願いします。



[12290] プロローグ
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:19
『……万魔拱服ばんまきょうふく!!』

 その幼子にとって夢とは寝物語のようなものだった。夜な夜な現れる化け物を退治する英雄ヒーロー。それはテレビで見るような戦隊ものよりもずっと面白くて、いつも寝るのが楽しみだった。

 紙切れや丸い石がたくさん綴られたものを使って怖い鬼を退治していく。

 幼心にも、これらの登場人物が自分だと気づくのにそう時間はかからなかった。いつも自分が見ているような視点で物事が進み、その時に相手が何を感じているのかが自分にも伝わってきたからだ。

 時に怒り、時に悲しみ、時に喜ぶ。喜怒哀楽を共にその主人公の英雄劇を見ていく。

 誰かに話したかった、誰かに自慢したかった。自分はこんなにすごいことをしたんだ。こんな風に戦ったんだ、と。

 しかし、そんな誇らしい思いも段々と収まっていく。あるときから見るようになったのは、そんな英雄ヒーローの姿ではない。大人だった自分ヒーローは生まれて間もない子供になり、口減らしのために親に捨てられたところから始まる。

 暗く濁った世界、信じられない大人、暴力が正義とされる汚い世界。3,4歳の子供が見るにしてはあまりにも重い世界しんじつだった。

 他人のことになどかまっていられない。今日死ぬか、明日死ぬかわからない世界で必死に足掻く自分ヒーロー。自分たちを蔑んだ目で見る殿上人達を、いつか見返してやる、と一日を生き抜いた。

 永遠に終わることのない闇。足掻けば足掻くほど泥沼にはまっていくような気がして、生きる気力が萎えかけていた自分ヒーロー。そこに一筋の光明と共に現れたのは晴明と名乗る一人の翁だった。

 助けられた当初は、信じることができなくて、疑って、暴れて、逃げた。

 しかし、翁は疑うたびに誠意を示し、暴れるたびに優しく宥め、逃げるたびに暖かい家へと連れ戻した。

 そんな生活が一月も続いた頃だろうか。少年はようやく翁を信じることができ、じいさん、じいさんと翁の後をくっついて回るようになった。翁も当然その少年を可愛がった。それこそ目に入れても痛くない、というほどに。

 そして、その翁はある日言った。

「陰陽師になって、わしの後を継ぐ気はないか?」

 と。

 翁を慕い、翁のする仕事に憧れを持っていた少年は一も二も無く頷いた。

 それから始まる厳しい修行。もとより強靭な精神を持っていて、類稀な見鬼の才を持っていた少年は、乾いた砂が水を吸収するかのごとく、知識を、技を、数々の術を会得していった。

 そうしていつしか少年はこう呼ばれるようになった。

『安倍晴明の唯一の後継』

 と。

 それが少年にとっては嬉しかった、本当に誇らしかった。そうして、祖父に劣るとも勝るともいわないその実力は、ただちに都中に広まった。

 その後、少年が青年になるまでにいろんなことがあった。

 やっかみ、内裏の中で渦巻く陰謀、親友と呼べる男との出会い。そして、祖父の死。

 稀代の大陰陽師『安倍晴明』の葬儀は国を挙げて行われた。

 祖父の死をきっかけに、どこか少年らしい甘えは祖父の死と共に消え去り、少年は青年になった。女を知ったのも、ちょうどこの頃だった。

 青年の女に対する扱いはひどかった。晴明の後継の名に惹かれ、寄ってくる女に対しての愛情は一欠片も無く、ただ性欲を処理するだけの対象としか見ていなかった。

 相手も毎回変わり、未練は塵ほども感じない。中で見ている幼子には、まだ愛とかは分からなかったし、具体的には何をしているのかなんてほとんど分からなかったが、自分が酷いことをしているというのはよく分かった。

 長いものがたりは終わった。すべてを見終えた時、幼子だった彼は物語の初めの、少年ほどの年になっていた。

 彼自身は青年のような不幸なことも無く、唯平穏無事な毎日を送っていた。嫌がる両親に、夢を幾度と無く語って聞かせ、夢を楽しみにして寝る。最早最初の頃のような色眼鏡を通して見ることは無くなったが、それでもこれは自分が辿った人生の道筋だから、と子供らしくない考えで見続けた。

 それと平行して修行をやったりもした。修行法や霊力の使い方は十分に理解している。後は実践だけだった。幸い、自分にもあの青年をも凌駕するほどの才能があったようだ。この調子ならば十年もすれば青年に追いつくだろう、と修行を続けた。彼はこのとき4歳だった。

 しかし、それを見た両親はどう思ったか。子供らしい純粋さと、時折見せる子供らしくない鋭利な表情。背反する二つの顔を持ち、そして、毎日のように理解できない言葉をつぶやき続ける。それらは確実に両親と彼の距離を遠ざけていった。

 彼がその距離に気づいたときにはもう遅かった。両親は遠く離れた手の届かないところにいってしまい、彼は見知らぬ土地に一人取り残された。

 自分が異常だということは薄々感じ取っていた。両親が自分を変な目で見ていることも。だから、置いていかれたときもこんなものか、と醒めた気持ちだった。

 身寄りの無い彼を、引き取ろうと何人かが立候補しようとしたが、実際会ってみて彼の異質さに気づいた者は皆辞退していった。

 そして、いまだに夢に出てくる翁。それにどこか似た雰囲気を持つ老人と、近い未来、彼を変える少女と出会ったのは、そんな時だった。

『ほっほ、君が長原 真治君かね? わしは近右衛門じゃよ』

『このえもん?』

『そうじゃ。わしと一緒に来る気は無いかね? いまなら可愛い孫娘もセットじゃよ』

『……いらないし、いかない』

 青年の女性に対する扱いをみて、彼は女の子が少し苦手になっていた。実際には苦手というよりはどうやって接したらいいか分からない、といった様子だが。

 それに目ざとく気づいた老人は、控え室で待っているであろう孫娘を呼んだ。

『なんや? おじいちゃん』

『このかや、わしは少し用があるので三十分ほどこの子と話していてはくれんかの?』

『なんや、そんなことやったら別にええよ。おじいちゃん』

『そかそか。すまんのう、急に行くところを思い出しての。この子は木乃香、君と同い年じゃよ。ではの、頼んだぞ木乃香』

『うん、任せとき、おじいちゃん……さて、なに話そか』

『…………』

『どしたん? お腹でも痛いん?』

『いや……』

『そか。なら、えーと。そうや! まずは自己紹介や』

『自己紹介?』

『そ。うちは木乃香。近衛 木乃香。6歳やで』

『……長原 真治。6歳』

『真治くん……あ、おじいちゃんがいってたとおりや。同い年なんやなー』

『ああ』

 彼――真治の名前を確認するように呟いた木乃香は、ほにゃっ、と柔らかい笑みを見せた。

『真治くん、うちにうへん? うち、真治君ともっとしゃべりたいわ』

『……それは』

『あっ、今迷おたやろ。そうしよって。……それとも、真治くんは、嫌?』

『うっ……いや、そんなことは、ない』

 上目遣いで恐る恐る確認してくる木乃香に、真治は言葉を詰まらせた。

『えへへー。なら決まりやなー。よろしく、真治くん』

 にこにこと嬉しそうな笑顔で進める木乃香に、真治は肩を落とした。

 と、そこで見計らったかのようなタイミングで近右衛門が戻ってきた。

『ほっほ、遅くなってすまんの。それで、答えは出たかの?』

『……条件がひとつあります』

『ほ? なにかの?』

『俺の話しを聞いて、それでも引き取ってくれるというのなら、その、喜んで』

 真治がちらりと木乃香のことを見たのを近右衛門は見逃さなかった。

『そうか。わかった。話してみるといいじゃろ。それでお主の気が晴れるなら』

『……では―――』


 その日から、真治の後見人の名前の欄に、近衛 近右衛門の名前が載るようになった。




 
 基本的にサブタイトルは付けずにいこうと思います。

 では、感想、ご指摘、批判気が向きましたらどうぞよろしくお願い致します。



[12290] プロローグ2 ほんのちょこっと改正12/15
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2010/12/16 00:20
 近右衛門に引き取られて数週間。真治はやたらと引っ付きたがる木乃香から逃げながらも、平和な毎日を送っていた。夢の青年とは段違いで幸せな自分。平凡とは、平和とはどれだけ尊いものなのかを十分に理解している真治は、この平和を大切にしよう、と心に刻み込んだ。

 そして、近右衛門に呼ばれたのはそんな時だった。

「何のようです?」

「ほっほ、来たかの、真治。木乃香が寂しがっていたぞい、『お話ししたいのになー』とな」

「…………」

 言われると覚悟していた真治は、それでも下を向いた。別に近右衛門は責めているわけではない。それは分かっているのだが、真治は数週間過ごして、まだ木乃香との接し方が上手く掴めていなかった。

 全面的に好意を押し出して接してくれる木乃香に真治は手を焼いていた。なにしろ青年じぶんは、そんな風に近寄ってきた女性に対して酷いことをしたのだから。

 木乃香のいないところでその話しを聞いている近右衛門は、なにも言わずに悩む真治を優しく見守っていた。

「それについては、まだ心の整理がついていません」

 これは逃げだ、と真治は心の中で舌打ちをした。こういう風に問題を先送りにしていては駄目なのに、しっかりと答えが出せない自分が嫌になる。

 近右衛門はそう悩む真治の心中すら見透かしたかのように微笑むと、口を開いた。

「まぁ、それならばよい。今日呼んだのは別件についてじゃ」

「別件、というと……?」

「真治の前世についてじゃ」

 真治の体がびくっ、と強張った。近右衛門は宥めるように手を上げると、そのまま続けた。

「真治は陰陽師……こちらでは呪術師というのじゃが、呪術師はもういないと思っているようじゃが、それはちと違う。今も西、京都を中心にして活動を続けておる」

「…………」

「じゃが、昔の秘術などはほとんど失われてしまっておってのぅ」

「っ!!!」

 それを聞いたとたん、ばっ、と真治は立ち上がり、ドアに向かって駆け出した。

「まあ落ち着くんじゃ「禁!」……っ、なんじゃと?」

 性急に話しを持ち出しすぎたと思い、落ち着かせようと無詠唱で風の一矢を放ったが、一言の言霊で消し去られたことで思わず動きを止めてしまった。

 関東の長である、近右衛門の魔法使いとしてのレベルはかなり高い。それこそ、無詠唱で咄嗟に出したものとはいえ、たった一言の言霊で打ち破られるものだとは思いもしなかった。

「おじいちゃーん、って、きゃぁ!!」

 と、そこでタイミングよく入ってきた木乃香が、ものすごい勢いでこちらに向かってくる真治を見て驚いて叫び声を上げた。

 強引に蹴り飛ばしてでも、と思った真治だったが、木乃香の顔を見たとたんに、足が上がらなく、そのままもつれ込んで倒れてしまった。

「ふぇ? 真治くんどうしたん? おじいちゃんに意地悪されたん?」

 あわてて立ち上がろうとする真治だったが、その姿を見てなにを勘違いしたのか、木乃香は真治を抱きすくめてよしよしと頭を撫で始めた。

 乱暴に跳ね除けようにも木乃香が相手ではそれもできず、固まってしまった真治を見て近右衛門はほっ、と一息ついた。それと同時に、思う。たったあれだけで自分の身に危険が迫るかもしれないと感じ、すぐさま行動に移した真治の動きは近右衛門が見てもかなり早かった。問題なのはそれをしたのがたったの6歳の少年だということ。

 それが彼の前世の話に確信を持たせ、同時にこのような行動を取ってしまうような前世の内容を思い、近右衛門は心を痛めた。

「まずは落ち着くんじゃ、真治。別にとって食おうというわけではないからの」

 その言葉に、いまだ若干の警戒心を持ちながらも真治はそろそろと座布団に座った。中腰で、いつでも動けるように。

「ほっほ、警戒せんでもよかろうに。家族なんじゃから」

「そやで。ほら、ちゃんと座りや」

 くいくいと隣の木乃香に袖を引かれて渋々真治は胡坐をかきなおした。

「それでの、実はわしは魔法使いなんじゃ」

「……へー」

「わー。凄いなおじいちゃん。うち知らんかったわぁ。あ、ならお父様とかもそうなんかなぁ」

「ほっほ、婿殿もそうじゃよ。それでの……………………」

 まったく信じていない真治と、素直にそれを信じて感心している木乃香。近右衛門は木乃香に笑いかけて、そこで不自然に固まった。

「「……?」」

 子供二人が首を傾げる前で、近右衛門はだらだらと冷や汗をかいていた。

「こほん、今のは冗談でな「「嘘だろ/やろ」」……やっぱり?」

 先ほど子供に自分の魔法が破られたショックが尾を引いていたのか、普段なら絶対にしないミスを近右衛門は犯した。

 まったく信じていなかった真治も近右衛門のリアクションで真実だと悟り、内心驚いている。そういえば先ほどかけられた術は妙に構成が甘かった。あれが魔法なのだろうか、いや、手加減してくれたんだろう。

 あれは咄嗟の行動で、心の中では結構近右衛門を信じている真治は自分をそう納得させた。

「あー、じつはの? 婿殿からは木乃香には魔法のことは秘密にしておいてほしいと頼まれておるんじゃが……」

「言っちゃってよかったの?」

「まずいじゃろうなぁ……」

「えっと、なにが駄目なん? おじいちゃん」

 近右衛門はため息をひとつすると、ぽつぽつと語り始めた。

「婿殿とあやつ、わしの娘はの、木乃香には普通の女の子として生を歩んでほしかったのじゃよ」

「? 別にかかわらなければ良いじゃないか」

「……そういうわけにもいかん。木乃香には、絶大な魔力が秘められておる。それこそ世界でも類を見ないほどのな」

「ああ、知ってる」

「ほっ? 分かるのか? 真治」

「まぁな。妖力にも似てるけど、ちょっと違うな。それに、これは大きさで言えばじいさん……安倍晴明の霊力をも上回っているからな」

「そうか……まぁ、そういうわけなんじゃ。魔力の大きい木乃香はいずれ狙われるようになるじゃろう。そのための自衛手段くらいは持たせたほうがよいといったんじゃがの、婿殿は頑として聞き入れなんだ」

「ふーん、でも問題ないだろ? 別に見鬼の才があるわけでもなさそうだし」

「見鬼の才?」

「ああ、例えば、木乃香。そこになんか見えるか?」

 と、真治が指差したのは何の変哲も無い庭先。

「? 強いて言えば庭があるくらい? なんやの?」

「あそこに今女の子が立ってる」

「「え?」」

「今っていうか俺が来てからずっとだな。話を聞いたけど、元々ここに住んでたらしいらしい。病気で死んじゃったけど、いろいろと未練があって成仏できなかったんだと」

「えーと、どうやったら成仏できるん?」

「まぁ、未練の大元である遊園地に行きたかった、っていうのを叶えられれば良いんだが、自縛霊なもんで動けない。まさかここに遊園地を作るわけにもいかないし、諦めてもらったところ。ま、心に整理がついたら成仏するだろう」

 普段はあまり口数が多いとは言えない真治が珍しく饒舌にしゃべってくれるので、木乃香はこれ幸いと話を聞こうとする。

「へー、なら見鬼の才って結局どういうものなん?」

「まぁ、ようするに見えざるもの、異形や鬼、幽霊を見る力だ」

「ちょっといいかの? 真治」

「ん? ああ」

「真治の前世では鬼とは普通の人では見えない存在なのかの?」

「そうだな。徒人には見えないし、出会ったら一瞬で殺されるだろうな。一匹出ただけで都が崩壊しかけたし」

「ほっ? 当時の京都にも優秀な陰陽術師は多くいたじゃろうに」

「ま、な。だけど、ほとんどの術士は役に立たなかった。当時傷を負わせられたのがまだ半人前だった俺とじいさんだけだったな」

「ふ、む。様子を見せてもらっていいかの?」

「? 別にいいけど、どうやるんだ?」

「なに、ただ思い浮かべるだけで十分じゃよ。魔法にはそれを読み取るものもあるのでの」

「そうか。便利だな……いいぞ」

「ほほ、では失礼して…………ふむ、なるほどの」

 そっと真治の額から手を離して、近右衛門は思わず冷や汗をかいた。

 真治の記憶上の鬼とは、こちらでいう鬼神クラスであった。それを様々な術を駆使して戦う晴明と真治は、確かに稀代の陰陽師と称えられるに値する力量を持っていた。

「むー」

「おう、すまんの木乃香。少し難しかったかの」

 ほっほ、と笑いながらむくれる木乃香の頭を撫でる近右衛門に真治は続きを促した。

「結局、なんで木乃香がねらわれるんだ?」

「ふむ、話がずれたの。木乃香が絶大な魔力を秘めているのは話したじゃろ? それを狙う輩がおるのじゃ」

「? 異形の者は見鬼の才を持たないものにはそんなに注意を払わないはずだが?」

「ふむ、これも時の流れじゃのう。……木乃香が狙われる理由はそんなものじゃありゃせんよ。言い方は悪いがの、木乃香の魔力には使い道がたくさんあっての。色々と悪事に働こうとする輩が多いんじゃよ」

「なるほど、な」

「ふぇ? うちどうなるん?」

 少し婉曲した言い方ではあったが、おぼろげに意味を理解した木乃香が、不安そうに真治の服の袖を掴んだ。

 その指先がかたかたと震えているのに気づいた真治は、木乃香の頭を不器用に撫でた。それだけでほっ、と安心したように息をつく木乃香に、何か暖かいものを感じながら慰めた。

「大丈夫。木乃香は、俺が守る。…そう、俺が守るよ、絶対に」

 最初は、思わず、といった感じで口にした言葉だったが、それがやけにしっくり来た。まるで木乃香と出会ってから胸にくすぶり続けていた何かが形になったかのように。

 繰り返し、今度ははっきりとした意志を込めて呟くと、木乃香は嬉しそうに微笑んだ。指先の震えはとうに止まっていた。

「うん」

「ほっほっほ、まぁ、この問題は大丈夫そうじゃの。真治、木乃香を頼むぞい」

 その様子を嬉しそうに、心底嬉しそうに見守っていた近右衛門が真治に言うと、真治は言われるまでも無い、と頷いた。そこに入ってきたばかりのような自信なさげな顔は無かった。

「だが、木乃香には一応魔法を習わせてくれないか、じいさん」

「ひょっ!?」

 近右衛門を『じいさん』と呼んだこと。これは彼にとって特別な意味を持つ。彼の前世が唯一心から気を許した人物を彼はこう呼んでいた。そして、自分もがそう呼んでもらえることを、近右衛門は祖父として、とても嬉しく思った。

 そして、木乃香に魔法を習わせるのも分かる。それに知ってしまった以上、何気に好奇心の強い孫娘から遠ざけておくのは難しいだろう。だが、一応聞いておく。

「こほん……なぜじゃ?」

「なぜって……まぁ、確かに木乃香を関わらせたくないっていうのは分かる。だけど、狙われているのに、狙われているっていう意識すら持たない。持てないっていうのは駄目だ。ありえない」

 真治は一瞬、わかってないのか、と訝しげな瞳で近右衛門を見たが、直ぐに自分の考えを聞いている、ということを見抜き、初めから話し出した。

「俺もそれで昔は苦労させられた。守る側だったけどな。狙われている、って意識が無いやつは自分から進んで罠に引っかかりに行ったりするからな」

 思い出すのはわがままな藤原の姫だった。狙われているといっているのに大丈夫の一言で済ませてしまい、喜んで結界の外に飛び出していくような姫だった。あれは守り難かった。

「それに、学生の時はいいけど、成人して社会人に出た時はやばい。まさか成人してまでボディーガードを付けるわけにもいかないし、なにより木乃香が嫌がるだろう」

 こくこくと頷く木乃香を横目に真治は自分の考えを告げる。

「と、いうわけだ。木乃香ぐらい魔力? があるなら勉強の片手間で修行したって、かなりのところまで行くだろうし、自衛手段は持っとくのに越した事は無い。以上だ」

 ふう、と真治はため息をついて話を切り上げた。隣で木乃香がぱちぱちと手を叩いている様子に、思わず頬が緩む。

 そんな微笑ましい光景を前に、近右衛門はたらりとこめかみに汗をかいていた。

 いくら前世の記憶があるからといい、この洞察力と思考力は脅威である。と、組織の長として考えるのはここまでとする。今目の前にいるのは可愛い孫が二人。片方は知っているとはいえ、裏の顔をあまり見せるものではない。

「ふむ、さすがじゃの。真治。まぁ、真治に任せるにせよ、最初はこちらで護衛をつけさせてもらおうかの。さすがにあれほどの実力はまだあるまい」

「ああ、あれぐらいになるには流石に10年……いや、7,8年はかかりそうだ」

 その早くなった2,3年はやはり目標ができたからだろう。真剣な顔で色々と考えている真治を近右衛門は優しく見守った。 




 

 主人公土台を固める、の巻きでした。
 昼から書き続けていたら、区切りのいいところまで書き終えたので投稿します。

 お分かりかと思いますけど、ヒロインは木乃香とあの子です。二人からは……今のところ、増やす予定はありませんが、どうなるか分かりません。
 あと、時間が結構飛びます。後一、二回飛ぶ予定です。読みにくい方はすみません。

 これにて、大体プロローグは終わりです。次の次あたりに、戦闘を入れたいと思います。



[12290] 第一話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:21
 冬が過ぎ、そろそろ春に差し掛かった頃。

 趣を感じさせる、少し古い洋風のつくりになっている校舎。その中にある校長室で、二人の小学生の男女が一人の翁と向き合っていた。

 頭の後ろが不自然に飛びぬけていて、二人に好々爺然とした笑みを向けているのは近衛 近右衛門。広大な面積を誇る麻帆良学園都市の学園町である。彼は目の前に仲良く並んだ二人の様子に目を細めると口を開いた。

「さて、来月から二人とも中学生になるわけじゃが、どこに行くんじゃったかの?」

 それに、まず残念そうに答えたのは少女のほうだった。肩甲骨よりも少し伸ばしたぐらいの髪は絹のようにつややかで、手触りが良さそうだった。名を近衛 木乃香といい、目の前の近右衛門の実の孫だった。

「んー、明日菜と同じ麻帆良女子中にいこうかと思ってたんやけど、そしたら真治と一緒におられへんしなぁ」
 
 少女の横で少し制服を着崩しているのは長原 真治。鴉の濡れ羽色と評される見事な黒髪を肩よりも少し伸ばしていて、それを首元で一括りにしている。後姿だけを見れば女の子とも見えそうだが、切れ長の涼しげな目元と、意志の強そうな目。その存在感は小学生と馬鹿にはできず、気品すら漂わせている。

「俺は、まぁ木乃香が女子中に行くみたいだから、その近くの男子校にでも行くけど?」

「ふむ、そんな二人に良い知らせと悪い知らせがあってのう」

 にこっ、と笑って告げた近衛門の顔を見たとたん、真治の背筋に嫌な物が走った。あれは何か面倒なことが起きる。主に自分にとって。真治は、思わず後ずさりしかけた足を何とか止めた。

「真治や、この麻帆良女子中がなぜ麻帆良学園の中央にあるかは知っておるかの?」

「……たしか、元々この学校から分校みたいな形で学校が増えていったから、じゃ無かったっけ」

 そう、この女子中はいわば麻帆良学園の雛形。だから学園長室はこの麻帆良女子中にあるのだそうだ。

「それでの、今年から女子中を共学にしようと思っとったんじゃ」

「えっ!? おじいちゃん、ほんまなん? それ」

「おお、本当じゃとも。しかしの、色々とハプニングが起こってしまって、一年遅れるそうじゃ。しかし、真治を驚かそうと思ってとっくのとうに書類を提出したんじゃ。今からではどの学校に入るのも難しくてのう。……おや、真治どうかしたかの?」

 やっぱり、と顔を手のひらで覆った真治に近右衛門はのほほんとした様子で話しかける。自分の隣でのんきに頭に?マークを浮かべている幼馴染が少し憎い。

 真治は顔を上げると、一縷の望みをかけて聞いてみた。

「あー、それで、どこに入れたんだ?」

「悪いがのぅ、どこも引き受けてくれなんだ。すまんが、我慢してはくれんか? 真治や」

「嘘だろ」

 即答だった。これ以上ないほどにきっぱりと言い切った。この狸じじぃは仮にも最高権力者だ。その権力は無駄に使われてきた。主に真治をおちょくるために。

 その権力が、今だけ発揮できないというのはおかしい。このじいさんならば小学生を東大に編入させることも可能かもしれん。

 絶対にこの狸ジジィは権力を間違った方向に使った。そうに違いない。

 だから、真治はいつものように言ってやった。

「こんのくそ爺!!!」

「ほっほっほ、なに、事前にこの旨はきちんと告げてある。だから心配無用じゃ。それに、護衛は常に側にいなくてはならない。君がいつも口にしている言葉じゃぞ」

 彼が本気で怒鳴る姿は、小学生とはいえ、かなり迫力があって少しは怯んでもいいはずなのだが、近右衛門はそんな事はまったく気にした様子もない。

 それに、口から出てきた言葉も確かにいつも自分が言っている言葉だった。

「ぐっ………」

「まぁ、正直に言うと真治の反応を見たかったからなんじゃがな」

「こ・の、狸ジジィ……」

 握り締められた拳がぎりぎりと音を立てている。おちょくりすぎたか、と冷や汗を垂らす近右衛門に救いの手が差し伸べられた。

「えー、真治はうちと一緒の学校になるんは嫌なん?」

 頑なに渋る態度を見せる彼に対し、木乃香はくい、と袖を引っ張りながら上目遣いで見上げる。近右衛門曰く『対真治最終兵器』だそうだ。

「……わかった、降参だ。行けばいいんだろ行けば」

「ほんま!? やったー」

 わーい、と喜ぶ木乃香を見て頬を緩める真治。このやり取りは最早一連の流れになっていた。そして、いつの間にか行く事が決定している事に、真治は気づかない。流石は『対真治最終兵器』だった。

 そんな微笑ましいやり取りをうんうん、と頷きながら見ていた近右衛門はひとしきり真治をいじくって満足したのか、話を次へと進めた。

「さて、それでは次に行くとするかの。実は木乃香、客人が来ておる」

「えっ!? 誰や? お爺様のところに来るって事は魔法関係なん?」

「そうじゃよ。それに、これは木乃香にとって喜ばしいことじゃろうて。……ああ、真治も残って居てくれんかの。真治にも関係のある話じゃから」

 目線で自分はどうするか問いかけた真治に近右衛門は必要ない、と手を振った。

「では、入って来なされ」

「はいっ」

 と、ドアの外でかちかちに固まった返事が響いたかと思うと、ノックの後にドアが開いた。

「あ、あの。木乃香お嬢さ「あっ、せっちゃんや!!」…ひゃあっ!」

 おどおどと入ってきた少女は、入ったとたん、目を輝かせた木乃香に抱きつかれ、目を丸くした。

「ほっほっほ。木乃香は当然知っておるの。桜咲 刹那君じゃ」

「……ふぅ、あ、お初にお目にかかります。桜咲刹那と申します」

 近右衛門の紹介を受けて、ようやく木乃香から開放された少女は一息つくと、自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。隣の木乃香のニコニコした笑顔と送られている視線に居心地が悪そうだ。

「ふむ、そうじゃな。木乃香、お茶を煎れて来てくれんかの。積もる話もあるじゃろうし」

「そやね、十分ほどで行ってくるわ」

「頼んだぞ。……さて、お主らも立って居ないで座るとよかろう」

 近右衛門がそういうが早いか、近右衛門が座っているテーブルの前にテーブルとソファが現れた。

 少女はその光景に唖然とし、真治は慣れているのか、すぐにその席に着いた。

「ほれ、座らんか」

 いつの間にか真治の対面に座っている近右衛門は、何もなかったかのように刹那を促した。

「あ、はい」

 まるで狸に化かされたかのような顔をした刹那がおっかなびっくりと真治の隣のソファに軽く腰掛けた。

「ふむ、久しぶりじゃの。刹那君」

「あ、ご無沙汰しております。学園長。これは長からの手紙です」

「おお、すまんかったのう。……ふむ、確かに」

 近右衛門は刹那から手渡された手紙の中を一通り改めると軽く頷いた。

「あの、それでこちらの方は…?」

「おっと、すまんかったのう。紹介が遅れた。長原 真治。わしの孫じゃよ」

「お孫様……ですか?」

 訝しげにする刹那に近右衛門は笑って頷いた。

「かれこれ……六年になるか。わしが引き取った子での。君と同い年じゃよ。ちなみに木乃香の護衛の筆頭を務めておる。そろそろ真治一人でも十分じゃと思うんじゃが……」

「あほぬかせ。一人じゃあどうしたって限界が来る。俺は男だし木乃香は女、立ち入れない場所だって多い。だから女のボディーガードを……そうか、君が新しいボディーガードか」

「あ、はい。そうですけど……」

 まだ名乗っていないのに見抜かれた刹那はきょとんとしたが、真治は納得したように頷くと刹那の全身をじっと見つめた。

「さっきの様子から木乃香とは親しいんだろう。護衛としては適任だな。実力も、まぁ見た感じ悪くない。……へぇ」

 真治は遠慮なく眺める。別に厭らしい目線ではないので不快にはならないが、どこかくすぐったい。と、そこで真治の目が刹那の後ろで止まる。

「純白の羽。烏族のハーフか」

「っ!!!」

 真治のその驚いたような声に思わず刹那は飛び上がった。

 すぐさま脇においてあった竹刀袋から大太刀を取り出して鯉口を切った。

「大太刀だったのか。てっきり薙刀だと……あー、いや、悪かった。トラウマに触れたのは謝るから殺気を抑えてくれ。もうすぐ木乃香も来る」

 刹那は真治の言葉に、はっ、とすると大太刀を納めて勢いよく土下座した。

「すみませんっ、突然無礼な真似を……」

「いや、軽々しく口にした俺も悪かった。お相子にしておいてくれ」

 顔を青くして謝る刹那に気にしてない、とひらひらと手を振って真治は謝罪を受け止めた。

「ほら、立って。まぁ、良い動きだった。前衛としては俺よりは遥かに上か。うん、流石詠春さん。良い目をしている」

 大太刀をいきなり突きつけられたにも拘わらず、まったく気にもせず、相手の力量を見定めて、尚且つ褒めた。

 そのあまりの胆力と器の大きさに思わず刹那は目を見開いた。とても自分と同年代とは思えない。

「ん? 気を抑えてるんじゃなくて消している? 自分で封印したのか、もったいない」

 思わず呆然としている刹那に構わず真治はそっ、と目に見えない羽に手を伸ばした。

「ひゃっ!!!」

「おお、凄い手触り。やわらかいな」

「………え?」

「あ、っと。すまん。綺麗だったから思わず。でも、いや、すごいな。良かったらまた触らせてくれないか?」

「え、あの、触れるんですか? 一応霊体化させてるんですけど……」

「ん? まぁな。俺には見鬼の才があるから、分かるし、見えるんだよ」

 刹那は、なんともなしに言い切った真治をしばらく呆然と見詰めた後、顔を背けて自嘲した。

「そこまで理解しているなら分かるでしょう? 私は忌み子なんです。今は人に紛れていますが、本当の姿は醜いものなんです。そして、そんな化け物の癖にお嬢様のお側に居たいなんて考える愚か……「あー、そこまで」っ!!」

 俯いて、まるで懺悔をするかのようにとつとつと語る刹那に、真治は声をかけると手を伸ばした。

「っ………」

 何を勘違いしたのか、身を縮こまらせて怯える刹那を見てため息をつくと、目を閉じて呪を唱え始めた。

「我、ここに隠されし物を暴きたり、アビラウンケン」

 ぽう、と刹那の体全体が光ったかと思うと、すぅと何も無かったところから見事な純白に輝く大きな羽が生えてきた。

「ほぉ……」

「へぇ……」

 それは、それまで黙って静観していた近右衛門が思わず感嘆のため息を漏らすほどに美しかった。

 窓から差し込む橙の光を反射し、きらきらと輝く羽はいっそ幻想的というほどだった。

「わぁ……綺麗な羽やな~」

「っ!?」

 ドアのほうから聞こえたその言葉に、刹那は飛び上がって驚くと、あわてて背中を確認し、それから恐る恐る木乃香のほうへ向いた。

「すごい……これ、作り物やあらへんのやろ?」

「……はぃ」

 目をきらきらさせて近寄る木乃香に、刹那は喉の奥で引きつった声を返すと、逃げるように背を向けた。

「お嬢様、私は、私はこのような醜い姿をしているにもかかわらず、お嬢様のお側に……っきゃ!」

 苦虫を飲み込んだかのような顔でなにやら言っている刹那を木乃香は完全に無視すると、丁度自分のほうへと向いている羽に飛び込んだ。

 あ、いいな。と見ている二人は思ったが、木乃香はそんなことお構いなしに柔らかそうな羽に顔をうずめた。

「ふわ~~、すごい、ふかふかや~。天使の羽みたいや、きもちええな~」

 ふにゃ~としなだれかかるようにして羽を満喫している木乃香に、刹那は目を白黒させている。

「あ、あの。お嬢様。この羽が醜くないんですか?」

「ん~? 何でそんなこと言うん? 綺麗やんか~。それに、お嬢様ちゃうて、昔みたいにこのちゃんて呼んでな」

「………ぅっ」

 刹那が両手を顔に当てて、押し殺した呻き声を上げると、男二人を目を見合わせて静かに退出して行った。





「見苦しい姿をお見せして、すみませんでした」

 三十分ほど時間をつぶし、戻って見るとそこにはぎこちないながらも仲良くしゃべる二人の姿が。

 刹那の目はまだ少し赤かったが、それでもすっきりとした顔をしており、きりっ、とした面立ちになっていた。

「いや、荒療治だとは分かっていたが他に方法が思いつかなくてな」

「いえ……他に方法が思いつかなくて?」

「あ、いや……」

 ほっ、と一息ついた真治の口から漏れ出た言葉に刹那は首をかしげた。

 らしくないミスをした真治はがりがりと頭を掻いた後、ばっ、と頭を下げた。

「悪かった。騙すつもりじゃなかったんだが、言い訳にならないな。とにかく、すまなかった」

「え、あ、その、頭を上げてください。何がなんだか」

 頭を下げた真治は、あわててとりなした刹那の言を聞き入れ、頭を上げるとぽりぽりと決まり悪そうに頬を掻いた。

「いや、その。実は詠春さんに言われてたんだ。『刹那君を助けてほしい』って。もちろん、詳しいことは何も聞いていないし、それだけだったんだけど、やっぱ気になってな。木乃香とも仲が良いみたいだし」

「そうですか……ありがとうございます」

 刹那はそこで納得したかのように頷くと、深く頭を下げた。

「私は臆病なので、あのままだとずっとこのちゃんに言い出せなかったかもしれません。ずっと溜め込んで、一人で悩んで。今になっては馬鹿らしいとしか言いようがありませんけど。でも、あなたはそこから救ってくれた。確かに少し強引でしたけど、とても感謝してるんです。だから、ありがとう」

 頭を下げながらそこまで言い切ると、刹那は唖然としている真治にそっと微笑んで見せた。その微笑みは真治が今まで見た中でも、群を抜いて綺麗な笑顔だった。





 ようやく一話目を投稿できました。

 いや、難産でした。何度も消したり直したりして書き上げるのは大変でした。

 今思えば、陰陽師である呪術師が単身で強いっていうのはあまりないですね。まぁこのSSでは、主人公がネギ君クラスの天才としてあることと、そのネギ君とは本編開始時の三、四年のアドバンテージがあるので、初期でいえば飛びぬけるかもしれません。
 闇の魔法習得時には、並ぶか、ネギ君のほうが上にしたいと思います。主人公の特性上早々負けないでしょうけど。

 私の中では、陰陽師とは魔法使いみたいに力技でぐいぐいとやるイメージはあまりないんです。
 結界や五行などを駆使して頭で戦うイメージが強いので、こう魔力全開で敵を薙ぎ払うのはネギ君にお任せしようと思っています。
 剛よりも柔。機転の良さで戦場を引っ掻き回す主人公を上手く書ければと思っています。

 このSSの主人公は、強靭な精神力と冷静な判断力、回転が速く、柔軟な思考を取り柄にしている、という作者泣かせ性格を設定しております。

 自分はまだまだ未熟なのは十二分に理解しております。たくさんの感想をいただいて少し舞い上がった気分になっておりましたが、今回のように躓いたりしますが、末長い目で見守っていただけるよう、お願いいたします。

 ぐだぐだと長文、失礼致しました。



 女子中に捻じ込むあたりを修正いたしました。

 私が未熟なところを、皆様良く見て下さっていて、本当に感謝いたしております。今回の修正も、様々な方からのご指摘と、ある方のアイデアを使用させていただきました。明確な許可を取らずに使用しましたが、それについて不快を感じられたのならば直します。
 



[12290] 第二話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:25
 厚い雲に覆われ、月の光さえ差さない本当の暗闇の中、猛スピードで動き回るいくつかの影があった。そして、影のうちの一つが、懐に手を入れたかと思うと紙のようなものを額の前に持ってきて呪を唱え始めた。

「謹請し奉る!」

 少年の唱える呪が空気を切り裂く。それに気づいたいくつかの異形の影が、遅れながらに少年に飛び掛ったが、遅かった。

降臨諸神諸真人こうりんしょしんしょしんじん縛鬼伏邪ばっきふくじゃ百鬼消除ひゃっきしょうじょ―――急々如律令!!!」

 少年―――真治が掲げた札から物凄い突風とともに、無数の真空刃が打ち出される。その風はいくつかの影を細切れにして止んだ。その硬直の隙を狙ったのか、異形の影は、真治の両脇から襲い掛かった。

 が、それは耳を劈く銃声と鈍く光る剣線に叩き落され、あっけなく討滅された。

「……こんなものか」

 真治があたりを軽く見渡して気を抜いた。式から入ってくる情報でも、各地の戦闘は終わりに近づいたようだ。

「何度見ても違和感を覚えるね。陰陽師が駆け回るのを見るのは」

 と、そこにどこか笑いを含んだ声が振ってきた。

 上を見ると木に腰掛けた褐色の少女の姿が。ふと横を見ると、刹那が微笑みながら近寄ってきていた。

「見事でした。真治さん」

「いや、刹那こそ。刹那が居てくれるととても心強い」

 ご謙遜を、と苦笑いする少女に手を振る。実際、確かに一人でも対処はできなくもないが、助かっているのは本当だ。

 真治の前世の青年は他人を信じることができなかった。それ故に編み出した戦術はどうしても個人プレーが目立つ。それを手本にした真治も、似通ったスタイルになっていた。

「私には何もないのかな? 真治」

「いや、真名も助かっている。ありがとう」

 褐色の少女からの催促に素直に礼を言うと、少女―――真名はニヤッとニヒルに笑った。

 最初龍宮りゅうぐうと呼んで怒られたのはまだ記憶に新しい。今は、中学校の入学式を三日後に控えた春休みだった。

「おや、零時を過ぎたか」

 真名の言葉にふと時計を見ると丁度零時を三十秒ほど回ったところだった。

 聞けば、真名も真治達と同じ学校に入学するらしい。どうせ隠してもその日のうちに絶対にばれると思うので(何せたった一人の男だ)、テスターとして女子中に入ると言うと、嫌悪されるかと思いきや大口を開けて笑われた。流石にあれにはびっくりした。

「ん、今日はここまでだと」

 式が防衛隊の隊長の解散の合図を捕らえた。ぐっ、と背中を伸ばして伸びをすると、ぽきぽきとなんとも言えぬ、癖になりそうな感覚が背筋を通る。

「くっ、はぁっ。帰るか。送るよ、二人とも」

「えっ、いや、そんなにしてもらわなくても……」

「そうかい? それはありがたい」

 夜道は危険だから、と申し出た。

 顔を赤くして遠慮する刹那を遮って、笑顔で真名が話を決めてしまった。

「よし、行くか。夜も遅い」

「ふふふ、自然にこういうことを申し出れるのは良い男の証だよ。なあ刹那」

「あっ、いや、私は別に」

「ほら、何してんだ。日が昇るぞ」

 討伐隊の中でもダントツの最年少チームである三人は並んで誰も居ない夜道を歩いた。

 ふと、夜空を見上げた真治は雲の切れ間にまん丸に輝く月を見た。

「おっ、良い月だ」

「本当だね。綺麗な満月だ」

 真名と刹那も釣られて上を見る。静かな、ゆったりとした時間が流れる。刹那と真名がつい、穏やかな空気に身を任せ、体から一瞬力を抜いた、その時、横の林から何かが風のような速度で突っ込んできた。

「「っ!?」」

 標的にされたのは真名。咄嗟に顔を手でかばう。その前に、いち早く反応した真治が飛び込み、刀印で九字を切った。

「臨兵闘者皆陣列在前―――破っ!」

 真治の眼前で、何者かは見えざる壁にぶつかり、真治の気合と共に弾き飛ばされ、掻き消えた。

「すまない」

「気にするな。……来るぞ!」

 真治が声をかけた途端に十数匹の影が林から飛び出す。

「オン ハンドマダラアボキャジャヤニ ソロソロソワカ!!」

 一斉に飛び掛った黒い影は真治の張った半球状の結界に阻まれ、弾き飛ばされた。

 その隙を縫って刹那が飛び出す。大太刀『夕凪』に気を纏わせて一線。

「神鳴流、奥義―――斬岩剣!!」

 振りぬいた『夕凪』にあっけなく消滅していく影。刹那はたった一撃で前線を構築した。

 真治は刹那に前線は任せると、輪郭がゆらゆらとぼやけ、しっかりとした形が分からない影を見据えた。幸い、速いだけで攻撃力も防御力もそんなに強くない。

 隣の真名は持ち前の神速のクイック・ドロウを披露すると一瞬で影を蜂の巣にしていく。

 なんとも心強い二人だ。真治は心の中でそう呟くと、札を構えなおした。

「二人とも、五秒後に目をつぶれ!!―――謹製し奉る! 来たれ! 闇を切り裂く光よ! 森羅万象に光を灯せ、光神、召還!!!」

 かっ、と真治を中心に極小の太陽が現れたかのような光が溢れる。その光はあっという間に影を飲み込んで吹き飛ばした。

 光が段々と収まり、目を開けられるようになった頃、それまで微動だにせず仁王立ちしていた真治は、かっ、と目を開くと懐からすばやく札を取り出すと、影が出てきた逆の方向の林に投げつけた。

「――――……ぎゃっ」

 闇に吸い込まれるようにして札が消えて行き、一泊の間をおいてから、遠くで、小さく悲鳴のようなものが聞こえた。

 駆け出そうとした刹那を手で押しとどめ、真治はゆっくりと茂みの中に分け入った。

 林の奥には、札を額に貼り付けた中年の男の姿があった。真治は数瞬顎に手を当てて考えると、札をロープに変えながら虚空に向かって話しかけた。

「じいさん、見てるんだろ? 縛っておくから回収は頼んだぞ」

 と、言うが速いか手早く縛り上げ、猿轡を噛ませると、踵を返してさっさと立ち去ってしまった。

 猿轡をされ、ころがされた男の他には何もない闇の中に、老人のため息が響いたような気がした。





「……っ、……っ、……只今を持ちまして、第○○回、入学式を終了いたします。―――気を付け、礼」

 近右衛門や、他数名のお偉いさんのありがたいお言葉を頂き、終了の挨拶が終わると、音楽と共に新入生の一団が動き出す。

 そんな中、回れ右をした真治の視界に飛び込んでくるのは、自分を見つめる目、目、目、目。これでもか、というほどの人数から品定めされるように見つめられ、真治の額には薄く怒りマークが乗っていた。

 それをはらはらと見つめる刹那と、楽しそうに笑う木乃香。すぐ近くにはニヤニヤとこちらを見る真名の姿もあった。

「……だから嫌だったんだ」

「まぁ落ち着きぃや、真治。すぐみんなも慣れる慣れる」

「人の噂も七十五日。辛抱するんだね」

 ぞろぞろと列が動くが、まだ半分も行っていない。真治達が入ったのはAクラスだから出るのは一番最後だった。

「それにしても、三年間の間クラスは変わらないんですね」

「みたいだね。ああ、紹介が遅れたね。私は龍宮 真名。その二人とはちょっとした知り合いだよ」

「あ、これはご丁寧に。近衛 木乃香いいますー。あ、もしかしてあなたが真治の言っていた心強いお仕事仲間さん? 二人のこと、よろしくな~」

「へぇ、君もこちら側を知っているとは。それより、心強い? 他には何か言ってなかったかい?」

 嬉々として話し出す木乃香を止めようかどうか刹那は迷ったが、迷っているうちに木乃香は話し始めてしまった。この先の会話内容に不安を覚えた真治は咄嗟に遮音結界を張った。

「えへへー、えっとなぁ、頼りになるとか、あの銃捌きはとても真似できないとか。いつも褒めてるよ」

 結界を張っていて木乃香を止められなかった真治が、微妙に顔を赤くして、ぷいっ、と顔を背ける。いつもクールで、落ち着いた感じの真治がふと見せる年相応な姿はギャップが激しかった。

 そんな真治を意外そうに見つめる真名。木乃香はぷにぷにと真治の頬を突付いて遊んでいる。

「へぇ、批評の一つでももらっていたかと思ったよ。特にこの前のとか」

「あ、影の奴? でも基本的に真治は陰口なんてまったく言わんよ?」

「……あれは、たまたま俺が視線をずらしたのが運が良かったんだ。まぁ、真名にしてはらしくなかったけど、今思えば真名も中学生になったばかりなんだし、当たり前といえば当たり前の失敗だろ。わざわざどうこう言うようなものでもない」

「……そう、か。ありがとう」

 真治はあまり嘘はつかない。言っていることが本音に限りなく近いのが分かるから、真名もつい照れてしまった。

「むー、いいなー、うちも早く戦えるようにならなあかんなー」

「いや、何がいいのかはさっぱりなんだが。お前は自衛のために魔法習っているのに、わざわざ火の中に飛び込んできてどうするつもりだ」

「んー、でもでもー」

「でもじゃない。……はぁ、お前らもなんか言ってやってくれ」

 強敵モードになった木乃香はやりづらい。横で観戦している二人に助けを求めたが、

「えっと、その、このちゃんがやりたいならそれで良いかと」

「くっくっく、いいんじゃないのかい? 姫を守るのも騎士の役目だろう?」

 刹那は木乃香のおねだりモードにあえなく惨敗し、真名は面白がって焚きつける始末。ふと味方がいないことに気づき、女子中の中なんだからそれも当然か、と苦笑を一つ漏らした。

「ほら、二人もこう言ってるやん。ええやろー」

「だ・め・だ。せめて刹那の手加減した攻撃を裁けるようにならないと許可はできん」

「でもー」

 対真治用最終兵器発動。なみだ目の上目遣いで覗き込まれるが、真治は頑、と譲らなかった。

「ぶー、けちー」

 こうなった真治は梃子でも動かないことは良く知っている木乃香はあっさりと身を引いた。元々本気で言っていた訳ではなく、唯なんとなく構ってほしかっただけなのだ。

 全く、と呆れたため息をつきながらぴしっ、とデコピンをされる。

 むー、と額を押さえてじと目で見上げたが、真治はすでに真名と話し始めていた。

「まったく、女性に暴力を振るうなんて……」

「分かった分かった。これからは紳士的に振舞うよ」

「OK. さすが、物分りがいい」

 そう、一連のやり取りを終えた後に、小さく笑い合う二人を見ると、なんだか胸がむかむかしてくる。隣を見ると、幼馴染で、大好きな親友である刹那も同じような顔をしていた。

 後で話してみよう、と木乃香は小さく決意した。

 そこで、真名としゃべっていた真治がふと顔を上げた。

「お、次はうちのクラスだ。ほれ、戻った戻った」

 いつの間にかすぐ側のB組が動き始めていた。周りの知り合いで固まっていたやつらも自分の席に戻りつつある。

 しばらくして、真治達1-Aは、ぞろぞろと動き出した流れに乗って、割り振られた教室に向かって歩き出した。






 放課後、まるでハイエナのように集って来る好奇心旺盛な生徒からようやく解放された真治は、さすがにげっそりとした表情を見せた。

「疲れた……」

「あはは、お疲れさんやな、真治」

「まぁ、花の園にいるんだ。これくらいの苦労は覚悟していただろう?」

 くっくっく、と口元を押さえて笑う真名を真治は軽く睨み付ける。

「一番煽っていた奴が何を言うか」

「まぁ、細かい事は気にしないほうがいい。体に毒だ」

 睨み付けられても相変わらず飄々とした態度を崩さない真名を見て、真治ははぁ、とため息をついた。

 あれがクラスに馴染むためにしてくれたということは分かっているが、いくらなんでもやりすぎだろう、と。

 真名は一瞬虚を突かれたような表情をすると、声を上げて笑った。

「むー、救い出したうちには何もないん?」

「いや、木乃香もありがとな。助かった」

 ぽん、と軽くたたくように頭を撫でてやると木乃香は嬉しそうに笑った。それにしても、刹那としゃべっていても何も言わないのに、何で真名のときばかり邪魔をしてくるんだ?

 木乃香が自分に好意を抱いてくれていることを真治は自覚しているが、流石に木乃香がせっちゃんと三人で仲良く、と考えているなんて事は露程も気づいてなかった。そもそも、幼馴染に対する好意だと思っているし。

 と、そこでまたこちらを見ている刹那に気がついた。

「ん? 刹那もくるか?」

 と、真治が冗談めかせて手を広げてみると、おずおずと刹那が近寄ってきた。

 半分以上冗談だった真治はぽりぽりと頬をかくと、開き直ったかのように二人を抱き寄せて頭を撫でた。

「えへへー」

「ん……」

 頬を緩ませて気持ち良さそうな声を出す二人に、真治は一瞬どきっ、として、一瞬手を止めた。

 微妙に顔を赤くした真治は、不思議そうに、それでいて催促するかのように見上げてくる二人に慌てると、誤魔化す様にわしゃわしゃと勢いよく二人の髪を掻き混ぜた。

 最高に良い笑顔をした真名が真治《おもちゃ》に話しかけるまであと五秒。





 初の戦闘シーンを入れた二話でした。

 いやー、戦闘、というか真言詠唱とか書いていると勝手にテンションが上がってしまい、短時間で書き上げる事が出来ました。
 感想にもありましたが、自分でも女子中に突っ込むのは無理があるなぁ、と戦々恐々としていましたが、予想以上に反発が無くてほっとしている次第です。
 ヒロインは二人で固定。よっぽどの事が無い限り増やさないと思います。
 また、このような未熟な作品にたくさんの感想をいただいて、恐悦至極でございます。陰陽師好きな人が楽しみにしていてくださっているようなので、頑張って書き上げたいと思います。


 ご指摘にあった人前でのナデポは変更。大勢の前でいちゃつくのは、私が思い描いている主人公像からも外れるような気がするので、手直しをさせていただきました。ご指摘くださった方、確認を取っていないのでお名前は出しませんが、この場を借りて、感謝の言葉を述べさせていただきます。
 たくさんの方に感想、意見をいただいております。PVも予想以上の伸びを見せ、嬉しいことこの上ないです。それらに見合うよう、未熟ながらも精一杯努力していきたいと思っておりますので、皆様、どうか末長い目で見守ってくださると嬉しいです。

 色々と言われているレス返しですが、私は感想のほうへ書き込ませていただいております。大変失礼ながら、書き込んでいただいた方々全員に反しているわけではありませんが、感想、ご指摘について、私がどう思ったか、などと興味がある方は覗いてみてください。



[12290] 第三話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:31
「長原 真治様ですね?」

「ん?」

 面倒くさい授業も終わり、後は掃除して帰るだけ、と適当に箒を動かしていた真治に、クラスメートである絡繰 茶々丸が話しかけてきた。

「マスター、いえ、エヴェンジェリン様がお呼びです。至急お連れせよ、とのことです」

「いや、お連れせよって言われてもな……」

 木乃香は刹那を連れて図書館探検部とやらを見学に行ってしまったし、真名は長瀬 楓と意気投合したのか餡蜜を食べに行ってしまった。確かに付き合いのある人物は皆用事があるようで、特に用事もないので構わないのだが……

「何のようだ?」

「火急の用だそうで、私はお聞きしておりません」

「……そうか、まぁ行ってもいいけど」

「では」

「箒片付けてからな」





 先導する茶々丸にしばらくついて歩くと、学園の郊外に出た。

 静かに流れる小川のほとりを歩き、林を分け入った向こうに、少し開けた広場があった。そこに鎮座するのはアンティークな感じのログハウス。

「へぇ……良い趣味してる」

 良い感じの家に真治が見惚れていると、ドアの前に立つ人物が声を上げた。

「はっはっはっは、良く来た長原 真治。『悪の魔法使い』の棲家にようこそ。歓迎するぞ」

「ああ、マクダウェルか。何変な格好してるんだ?」

「ぐっ、変な格好とは言ってくれるな。しかし、一目で私の擬態を見破るとは。やるな」

 ニヤリ、と笑ったエヴァンジェリンは、一つ指を鳴らして見覚えのある小さな姿に戻った。

「お招きに預かり光悦至極。で、何のようだ?」

「ふん、まぁそう慌てるな。ただ少しお前の血をもらいたいだけだ」

 エヴァンジェリンは素っ気無く言ったつもりなのだろうが、手や頭がうずうずと動いている。

「血、ねぇ。確かに見鬼の才を持つ者の血は人ならざる者にとっては極上だからな」

「……見鬼の才とやらは知らんが、お前の血が極上であるのは確かであろう。今、ここにいるだけでその芳しい香りが漂って来るようだ」

 エヴァンジェリンは、真治を熱いまなざしで見つめると、ほぅ、と極上の美酒で酔ったかのように陶然とした溜め息を漏らした。

「まぁ、血をやるのはやぶさかではない。が……」

「が?」

「見返りはなんだ?」

「見返り、か。……ふふふ、この『闇の福音』に正面から見返りを要求するとは、なかなか肝の据わった男だ。よかろう、考えてやろう。貴様の血にはそれだけの価値がある」

 エヴェンジェリンの態度は、どこまでも尊大だが、あまり気にならない。その身にまとう風格というもののせいか。

「……礼を言う。俺としてはマクダウェルと友誼を結べれば言うことはない。これでどうだ?」

「友誼……? ほぉ、この私と情を交わしたいというのかこの600万ドルの賞金首『闇の福音』と!!」

「ああ。……俺には力が足りない。権力という意味でも、純粋な力という意味でも」

「ふむ。茶々丸に調べさせたところ、お前はその年でタカミチに次ぐ実力者というではないか。それではだめなのか?」

「井の中の蛙になるつもりはない。あいつら・・・・を、守りたい奴らを守るには、どうしようもなく力が足りない」

 ぎりっ、と握りこんだ拳が音を立てる。真治は祖父の話を聞いて知っている。本当の強者の実力というものを。また、それほどの者が行方不明になっているということを。

 前世の自分を見て、また、片手間の修行でそれに達するほどの才能を持って、真治は浮かれていたのだろう。正に井の中の蛙だった。

 どうしようにもない現実に打ちのめされた真治。

 そんなときだった。祖父によって『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、自らのクラスメートの事を聞いたのは。今回の呼び出しはちょうど良かった。

 強くなりたかった。圧倒的な暴力に屈する事のない力が。正義とか、世の中のためとか、そんなのは関係ない。ただこの手に、この目に収まるだけでいい。それを守るためならなんだってやる。

 エヴァンジェリンは、唯ひたすらにまっすぐ見つめてくる真治のその瞳の中に炎を見た。それはエヴァンジェリンをも飲み込みかねない、煉獄の業火に勝るとも劣らない勢いだった。

「……く、くくく、は~っはっはっは。面白い、面白いぞ小僧、いや真治。よかろう、貴様の友になってやろう。ふん、いいだろう。いいともさ。そこまで言うのなら私がお前をその高みまで連れて行ってやる。私の事はエヴァと呼べ。貴様にはそれを許す」

 たかが十年ちょっとしか生きていない餓鬼こどもに呑まれかけた。それはエヴァンジェリンに興味を抱かせるのには十分だった。その目が、その意思が、その体から立ち上らせている覇気が、すべてが気に入った。

「守りたいあいつら・・・・と言ったな。女か。それも複数。まぁ、英雄色を好むというしな。それぐらいの気概は見せてもらわねば」

 くっくっく、と笑うエヴァンジェリンは今、この上なくご機嫌だった。

 奴は死んだ。死んでしまった。そして今は、極東の地に閉じ込められ、会う者全ては腑抜けた餓鬼ども。そんな退屈の境地ともいえる環境は、エヴァンジェリンにとっては煉獄のようだった。

 しかし、それも今日で終わりだ。真治がどれほどの力量かは分からないが、そんなものは関係ない。このエヴァンジェリンが鍛えるのだ。生半可な実力では済ます気はない。たとえ凡人であろうとも、天才を凌駕する努力をさせればいいだけの話だ。

 エヴァンジェリンは馬鹿は嫌いだが、大馬鹿は嫌いではない。そして真治は大馬鹿者の部類に入る。なにせ『悪の魔法使い』と友誼を結ぼうなどと考えるほどだ。

「血については、まぁ貧血にならない程度ならば問題はない。週に一度ほど来ればいいか?」

「何を府抜けた事を言っている? 週五だ。そんな柔な修行で力が付くとでも思っているのか」

「え?」

「ん? 何を間抜けな顔をしているんだ? 言っただろう、『高みに連れて行ってやる』と。言ったからには最初から最後まで面倒を見るさ」

 ぽかん、とした表情を見せる真治に何を言っているんだこいつ? とばかりに言い付けるエヴァンジェリン。

 正直、片手間に見てもらえれば御の字と思っていた真治にとっては寝耳に水だった。何せ相手は魔法世界で見ても五本、いや三本の指に入る魔法使いだ。まさかそこまでしてもらえるとは思っていなかった。

「ふふん、ありがたく思えよ。このエヴァンジェリンの教えを受けれるような幸運な奴は片手の指に満たん」

「……ああ、それはありがたいことこの上ない。恩に着る」

 深々と頭を下げる真治にエヴァンジェリンはふん、と鼻を鳴らすとそっぽを向いた。その頬は少し赤くなっている。

「さっそく見てやる。付いて来たということはどうせ暇なのだろう? 付いて来い」

 きぃ、と音を立ててエヴァンジェリンがドアを開けて真治を招きいれた。





「ふっ、ははははは。どうした、その程度かぁ、真治ぃ!!!」

「くぅ……オンバザラダドバン」

 剣印を組み、真言を唱える。すると、真治の体を光が包み込んだ。『戦いの歌』の真言版だ。

 今、真治はエヴァの言う別荘に来ていた。ここならばエヴァは封印の影響を受けないらしく、本来の力を取り戻すらしい。

「オンクロダノウ、ウンジャック―――ソロソロソワカ!!!」

「甘い! 氷盾レフレクシオー!」

 真治の真空刃を纏った突風とエヴァの氷の盾が激突する。拮抗したかに見えたが、その一瞬後に真治の術が打ち負け、霧散する。

「くっ、玉帝有勅ぎょくていゆうちょく霊宝符命れいほうふめい斬妖ざんよう―――っ!!!」

「遅い!! 来れ氷精ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス 大気に満ちよエクステンダントゥル・アーエーリ白夜の国トゥンドラーム・エト凍土と氷河をグラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ こおる大地クリュスタリザティオー・テルストリス

 先に始めたのにも拘らず、真治の詠唱よりもエヴァの詠唱のほうが早く終わった。

 ぱきぱきと音を立てて真治の足元が凍っていく。

「くっ、―――大地よ、母なる大地よ、我に付き纏いし氷の縛めを解け! 急々如律令!!!」

 足元からせり上がって来る氷に慌てることなく、目を閉じて印を組み、呪を唱える。すると、真治の腰あたりまで来ていた氷がみるみる大地に吸い込まれるようにして消えていった。

「ははっ、やるな。―――だが、戦いの途中に目を閉じるのは愚か者のすることだぞ」

「っ!!!」

 ほっ、と息をつく間も無く、背後から聞こえてきた声に、慌てて横に転がる。

魔法の射手サギタ・マギカ!! <氷の17矢rt>セリエス・グラキアリース!! 」

 ひゅひゅんっ、と音を立てて氷の弾丸が真治の耳元を通り過ぎていく。

 背中に冷たい者が走るのを感じながら、真治は札を取り出した。

「 謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除―――急々如律令!!!」

「ふむ、来れ氷精 爆ぜよ風精 氷爆ニウィス・カースス!! 」

 真治の右腕から群れを成して飛び出した光弾は、エヴァの放った爆発にほとんどが掻き消された。

 だが、迂回させていたいくつかの光弾が背後三方向から襲い掛かった。

 しかし、それは舌打ち一つして、無詠唱で作り出された断罪の剣エクスキューショーナー・ソードで一気に両断される。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「ふむ、ここまで」

 エヴァは、一つうなずくと、荒い息をつきながらも、札を構えてエヴァを見据える真治に手を振って休ませた。

 途端にへたり込む真治に、エヴァはニヤリと笑って見せると、評価を口にした。

「ふむ、詠唱速度が少し遅いのが気になるが、戦闘のセンスはまずまず。術式の構成は前世のお前や稀代の陰陽師の安倍清明が組んだものだから問題はないし、気―――お前で言うところの霊力か。量もあるし、その制御に関しては飛びぬけているな。しかし、出力がまったく足りていない。それさえ何とかなれば化けるか。……ま、こんなところか」

「……なるほど」

 とりあえず自分の課題は詠唱速度と出力が足りていないことの二つ。これは自分も薄々感じていたことだった。

「それと、今日はそこまで積極的に攻撃してないからな。この調子では次からは地獄を見ると思え」

「ああ、分かってる」

 驚かせようと悪い笑みを見せたエヴァだったが、相手との力量が、考えるのも馬鹿らしいくらいに離れているのを感じた真治は神妙に頷いた。

 つまらん、と鼻を鳴らすエヴァに、真治は問いかけた。

「なぁ、俺って実際どのくらいの強さなんだ?」

「……ふむ、そうだな。偉大な魔法使いマギステル・マギクラスには適わんだろうが、この学園の魔法生徒や魔法先生なら、ふむ、負けはせんだろう。タカミチは別だろうがな」

 それを聞いて、真治は頷く。大体自分の見立てに合っていた。

「まぁ、魔法世界でいう本国の魔法騎士団団員の中では、中の上といったところか」

「……そうか」

「まぁ、そう気落ちするな。私の見立てでは後二年も修行を積めば、かなりの位階にまで上がることができるだろう」

 自信を持って言い切るエヴァに少し励まされ、真治は頷いた。

「それにしても、失われた秘術、か。私が日本に訪れたときにはすでに廃れていたから、新鮮だな」

 600年の時を生きるエヴァにとって、新しいものというのは非常に珍しい。

 しかし、真治の術はどれもが新鮮で、飽きが来ない。

「しかし、今の呪術師は鬼を呼んで自分は傍観するだけなのに、自ら動き回るとは、斬新だな」

「鬼? いや、あれはそんなものじゃないだろう」

 真治は幾度も防衛に駆り出されているおかげで、何度かこの時代の陰陽師―――呪術師と対峙する機会があった。そして、彼らの操っているものの大半は、雑鬼達が人の怨念で妖魔に成り代わったものだと見ていた。

「ふむ、そうなのか。ふふふ、以前のお前が生きた時というのも興味があるな」

「ん?そのくらいならいくらでも見せてやるが?」

 実際隠すほどのものではない。魔法にはそういうものがある事を真治は知っていたので申し出たが、エヴァはいや、と首を振った。

「興味はあるが、あまり過去を詮索するのは好かんのでな。実物で我慢するさ」

「そうか」

「さて、休憩は十分だろう。一つ講義をしてやろう。ついて来い」

「至れり尽くせり、だな。頼むよ」




 戦闘シーン多めの三話でした。

 本当の強者、これはもちろんナギたちの事です。これを聞いた主人公が覚悟を決める、というものを書きたかったんですが、上手く出来ているでしょうか?

 今現在、真治の力量をラカン表でいうと、300ちょっとです。魔法世界に行くころのネギ君が500あるとのことですが、八巻などの修行終えての数字なので、まぁ初期値としては妥当なところかと。主人公は、基本能力をAAA-(1000)ほどにして、ネギ君のようにブーストさせるものを持たせようと思っています。(これくらいにはしないとどうしても出力負けすると思うので)
 もちろん、序盤は何らかのハンデを負わせようと思います。
 後、感想にあった鬼神に傷を与えられる程度では最強になるのではないか、とのことですが、私は鬼神とは大戦に出てきた鬼神兵よりも少し下程度に考えております。(具体的に言えば2500弱ほど)
 ネギ君が苦戦したリョウメンスクナは伝説になるほどの大鬼神とよばれるほどの存在なので別物です(数字で表すと8000だそうです)。
 結局、何が言いたかったかというと、全体像を見た上での主人公の最終的な強さです。一応、プロットとして流れは組んでありますので、いきなり最強化したりする事は無いと思います。後、ネギ君の強さは原作と変わりありません。

 感想、ご指摘、批判。どれをも糧に出来るよう、がんばります。



[12290] 第四話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:32
 まだ朝日が昇りきらないような時刻。真治は一人起きて、机に着いて大量の和紙と向かっていた。

「ノゥボゥアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ―――ノゥボゥアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ―――ノゥボゥアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ―――ノゥボゥアキャシャキャラバヤオンアリキャマリボリソワカ」

 一目で高級と分かる朱塗りの持ち手をした筆を持ち、霊水で溶いた墨をたっぷりと含ませ、真言を唱えながら達筆な字をすらすらと書いていく。

 今、真治は札を作っている。作り方は、まず富士山の霊水に三日三晩付け、その間ずっと霊力を送り続ける。この送った霊力で札の出来は決まる。その後、札を乾かすと神木の枝を削って出来た筆を使い、真言を唱えながら札を作成していく。見れば、『不動明王』や、『急急如律令』、『軍荼利明王』さらには『鬼子母神』など種類は様々だった。

「ふぁ……なんだ、まだやっていたのか」

 気づけば、もう日は高く上り、昼頃だという事が分かる。作成した札の数は五百枚に上る。

 真治は最後の一枚を書き終えると、伸びをしてからエヴァに向き直った。

「ああ、ようやくまともな札を使える」

「まともな札? お前が今まで使っていたのはなんなんだ?」

「あれは関西呪術協会が使っている札を横流ししてもらったやつだ。今までは集中力が足りなくて、三日三晩は無理だったが、そろそろ出来ると思ってな」

 そう、呪符作成には三日三晩飲まず食わず、不眠不休で霊力を与え続けなければいけない。一瞬でも途切れるとやり直しなので小学生だったころには厳しかった。

 その分、エヴァの別荘は最高の場所だった。人がおらず、集中でき、尚且つ時間をあまり気にしなくていいここは呪符を作るにあたって最適だった。

 関西呪術協会の札は、普通の札に真言やらが込めてあるだけで、ちょっとした助けにしかならないが、この札は念を込めるだけで、魔法の射手の約三十発ほどの威力を発揮する。

 しかし、作り方が困難なのと、札の出来が作った術者によって大きく左右されるので、とうの昔に作り方は廃れていた。

 この札の威力を聞いて目を丸くするエヴァに、真治は苦笑した。

「昔は、一流と呼ばれる術者は皆自分の札を使っていた。札の出来がそのまま術者の力量に反映されるものだからな、自然と力が入っていた」

 思えば、じいさん―――晴明は、札を作るのが上手かった。おそらく魔法の射手七十発分ほどはあっただろう。清明の後継、などと言われていたが、基礎的な部分では何一つ勝ててなかったような気がする。

「なるほど、な。確かにそれは厄介だ」

「いや、さすがに修行でこんなのは使わないさ。今まで通り横流しの粗悪品で我慢するさ」

「そうか。さて、向こうではそろそろ夜だろう。どうする?」

「……そうだな。帰るとするよ。爺さんも待っていることだし」

「そういえば真治はじじぃの義理の孫だったな。囲碁や将棋をするたびに自慢話を聞かされるのにはもう飽きた。……しかし、爺ボケしたじじぃの戯言だと思っていたが、ふふ、なかなか馬鹿には出来んな」

「そうか、じいさんと仲が良いんだったな、エヴァは」

「ふん、戯れに碁を付き合う程度だ」

「それでもさ。じじぃの少ない楽しみだ、って嬉しそうだったぞ」

「……ふん、そんなものはどうでもいい。ん? これは?」

 気恥ずかしそうに顔を背けたエヴァは、山のように積んである札の中でも、異様を発している札を何枚か手に取った。

 黒の墨で描かれてはいるが、見事な絵だった。

「ほう、朱雀、白虎、青龍に玄武か。……ん、これは分からんな」

「お、分かるのか。まぁ、俺の切り札の一つだよ」

 ふと下を見ると、まだ他にも色々な札があった。真治の言う切り札とやらだろう。

「さて、俺はそろそろお暇する事にするよ」

 さっさ、と手際よく札を何枚かずつに纏めると、入れてきた箱に仕舞い、その箱をかばんに入れて立ち上がった。

「そうか、来れる日は来るようにしろ。修行をつけてやる」

「ああ、恩に着る。じゃあな」

 エヴァは、後ろ手にひらひらと手を振って出て行く真治をしばらく見つめた後、自分も立ち上がった。





「あ、真治お帰り~。どこほっつき歩いてたん?」

「お帰りなさい。真治さん。お邪魔しています」

 家に帰り、玄関で出迎えてくれたのは見慣れた二人。流石に女子寮に行くわけにはいかなかった真治は、以前から使っている祖父の家をそのまま使っていた。もちろん、木乃香の部屋もある。

「ああ、ただいま。二人はどうして?」

「学園長に呼ばれまして。一緒にご飯を食べよう、と」

「そやで。待っとったんに真治が中々帰ってこうへんから心配しとったんやで」

 刹那が自然な動作で真治のかばんを受け取り、木乃香は真治の手を掴んで引っ張っていく。

 真治は、甲斐甲斐しい接待をしてくれる二人に微笑むと、木乃香の手を握り返し、刹那の頭を撫でた。





 木乃香と刹那が腕を振るってくれた豪華な食事も終わり、今は各自湯飲みを手に寛いでいた。

 テレビの前の、三人掛けのオードソックスなタイプのソファーに、真治を挟むようにして三人は座っていた。

 今は、図書館探検部に行った、木乃香と刹那の報告を聞いていた。

「そんでな? 地下三階までしか行けへんのやけど、それがすっごいの。な、せっちゃん」

「ええ、簡単な罠とかもあって、軽いアトラクションのようでした」

「そうだったのか。小学校のときは地下には入れなかったから分からなかったな」

 身を乗り出して、真治に寄りかかるようにして嬉しそうに話す木乃香と、肩をくっつけるようにして、穏やかに微笑みながら相槌を打つ刹那。正直、真治は二人に詰め寄られて内心ドキドキしていた。

 ふと、木乃香がしばらく動きを止めたかと思うと、とん、と真治の胸に頭を置いた。

「あ……えへへ。せっちゃん、ちょっとちょっと」

「? なに? このちゃん」

 木乃香に呼ばれた刹那が訝しげにしながらも、木乃香に導かれるように真治の胸に耳を当てた。まるで抱きつくかのような刹那の体勢に、真治の心臓はもう一段跳ねた。

「あ……」

「やろ?」

 ほんのりと頬を染めた二人は、くすくすと嬉しそうに笑い合う。

「そんじゃ―――――やよ」

「―――え、ええ!?」

「やるのなら一緒に、やろ?」

「……わ、分かりました」

 自分が二人にドキドキしてるのがばれた真治は、恥ずかしさのあまり、顔を手で覆いたくなった。せめて自分の前で顔を見合わせるのは勘弁していただきたい。

 いつもならほっほっほと笑いながら見てる祖父もいつの間にか湯飲みごと消えていた。

「「えぃ!!」」

 ふと、意識を他にやった真治の不意を突くような形で、両側の二人が胴に手を回すようにして抱きついてきた。

「えへへー」

「んぅ……」

 嬉しそうな木乃香と艶やかな溜め息を漏らす刹那。二人の、柔らかな感触を感じた真治の胸の奥が、激しくざわついた。

 しかし、自分に抱き突いて嬉しそうにしている二人の顔を見た瞬間、それは嘘のように掻き消え、代わりに暖かいものが湧き上がってきた。

 真治はそれに逆らうことはせず、そっと二人を抱きしめ、ソファの柔らかい感触に身をうずめた。





 近右衛門は、互いに抱きしめ合い、安心しきったかのように眠る三人にそっと近づくと、毛布をかけた。

 そして、二人の少女に抱きつかれて眠る、もはや血の繋がった木乃香と同じように愛するようになった孫息子を見て思う。幸せに生きてほしい、と。

 真治が今何をしようとしているかは知っている。そうなるように焚き付けたのも彼自身だからだ。しかし、ここまで気に入られるとは思わなかった。先ほど彼女から連絡があって、

『あれはしばらく私が預かる。なに、心配するな。私が面倒を見るからには、あれが望む高みを見せてやる。ああ、それと、私の修行には口出し一切無用。真治が泣きつくなら話は別だが、まずありえないだろうからな』

 と、心底楽しそうな笑い声を残して電話は切れた。

 エヴァは、良い子ではあるが、どこか容赦の無い一面も持っている。その彼女が本気になった。思わず、これからの真治の身を案じずにはいられなかった。





「ねぇ、あんた……長原だっけ?」

「ん?」
 
 授業合間の休み時間。寝て過ごした国語の時間に未練は無い、とばかりにただ広げていただけの教科書を鞄に放り込むと、次の数学の教科書を取り出そうとしたところで、声をかけられた。

 声に反応して、顔を上げると、日本では珍しいオッドアイの目と、西洋風の顔立ちをした少女がいた。たしか、木乃香のクラスメートで神楽坂 明日菜だったか。仲が良いようで、昨日かかってきた電話でも、何度かその名前は耳にしていた。

「神楽坂か。何だ?」

「え、あ、うーんとね。いつも木乃香が嬉しそうにあんたの事話すから、話してみたいと思ったのよ。今までは男子っていう事で話しかけ辛かったんだけど」

 なるほど、と真治は頷いた。確かに、女子中で男子が一人だから、若干避けられている感はある。それでも木乃香や刹那、真名とそれつながりで楓、後エヴァと茶々丸、といった風に何気にしゃべる人は多い。

「とはいうものの、何をしゃべるんだ? 特に共通の話題が思いつかないんだが」

「あ……それもそうね。んー、でも、ま、あんたが悪い奴じゃなさそうって分かっただけでも良かったわよ。じゃあね」

 明日菜は軽く手を振ると席に戻っていった。

 真治はそれをしばらく見送ると、教科書を開いて正と負の計算を眺め見た。真面目に予習しているかのように見えて、その実考えているのはエヴァとの修行の事だった。

 この間から何回か修行をつけてもらっているが、いつもぼこぼこにされている。高速詠唱と、それを可能にする魔力の運用。豊富な経験に裏打ちされた戦闘技術。どれをとっても一朝一夕で出来るものではない。エヴァは自分の事を固定砲台と言っていたが、あの近接戦闘術を見せられてはとてもそうには思えなかった。

「いつつ……」

 昨日も学校が終わってから夜までの六時間、要するに六日間修行をつけてもらった。とてもためになるし、自分にとって良い糧にはなるのだが、エヴァは回復魔法が苦手なようで、怪我をしても自分で治すしかなかった。

 今も、自然治癒を高めるお札を服の下に張って何とか誤魔化している状況だ。

「真治」

「ん?」

 と、そこで二の腕に張った札の調子を見ていると、エヴァが近寄って来た。

「悪いが、今日の修行は無しだ。じじぃが何か用があるらしくてな」

「じいさんが? 分かった。今日は久しぶりに帰るとするか」

 どうせまた囲碁でも打つのだろう。真治にも老人の楽しみを邪魔する気は無く、素直に従った。

「む、貴様今失礼な事を考えなかったか?」

「いや、考えすぎだろ」

「そうか。まぁ、というわけだ。今日はゆっくり休むなり遊ぶなりして英気を蓄えておくんだな」

「そうさせてもらうよ」

 と、そこでちょうどチャイムが鳴り響いた。

 騒がしかった教室も少し静かになり、みんな慌しく席に戻っていく。

「ではな」

 周りの新入生らしい反応と違い、エヴァは一人悠々と席に向かっていった。

 600年の時を生きる真祖の吸血鬼、さらには五回目の中学校生活だけあって、流石に貫禄あるなぁ、と見送っていると担当の教師が入ってきたので真治も周りに合わせて立ち上がった。



 甘々な第四話でした。

 やはり、ヒロインの人数が絞られると、王道的なもので言うと、間男を出して危機感を出すとか、ひたすら甘くするかのどちらかですよね、私は間男とかがあまり好みではないので甘く行きます。ひたすら甘く。
 目指すは黒耀先生の『アカシックレコードおいしいです』です。もっとも、かなり難易度高いですが。正直、あの甘々空間は尊敬に値します。

 考えていた魔術兵装のうちの一つが、お札でした。失われた秘術、ということで、基本スペックを大きく上げさせてもらいました。お札装備で100位は上昇を見込んでいます。

 希望がありましたので書きますが、ヒロインは二人で固定してあります。悪戯に増やすと、収集がつかなくなるので。
 エヴァは好きなキャラの一人ですが、あくまで友人、親友ポジションです。期待してくださった方は、すみません。


 プロローグ、プロローグ2と、第四話に出てきた、安倍清明を晴明に修正いたしました。
 同じく第一話に出てきた陰陽師を、ねぎまの呪術師に修正しました。指摘してくださった方、ありがとうございます。



[12290] 第五話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:34
「さて、どうしたものか」

 ふと、放課後に一人になってから、放課後はいつもエヴァの家に行っていた事に気づき、思わず苦笑した。新しく刹那が護衛に着いたからといって安心しすぎだった。

 そういえば、刹那が剣道部に体験入部するから、木乃香が見学に行くと言っていた事を思い出し、足を武道館の方へと向けた。

 麻帆良学園の武道館は凄まじい。何がと言われれば、全てと答える他無いだろう。

 広大な面積に、最新の物で整った設備、武道館にかかりつけの講師もいて、顧問のように素人が教えるのではなく、本職の人をわざわざ呼ぶあたり、かなりの熱が入っている。そこを、小中高、それに加えて大学のサークルが順番を決めて使っている。もちろん、問題が起きる事はあるが、それも些細なものだ。

 と、しきりに感心する真治が右奥のスペース、剣道部が使う板張りの所に目を留めた。そこでは、防具と面を付けた男女とも分からない二人が向き合っていた。

 奥の方の大柄な相手が、ふっと一瞬気を抜いたのが遠目でも分かった。その隙を見逃さず、こちら側の小柄な方が、遠く離れたこちらの腹にまで響く張りのある声を発した。

「面!!!」

 その剣先が一瞬ぶれたかと思うと、次の瞬間には相手の面に気持ち良い音を立てて当たっていた。大柄な相手は、竹刀を握ったまま2,3メートル吹き飛ばされ、大の字になって転がった。

「……あ、そ、それまで!!」

 そのあまりの速さに、相手も何が起こったのかほとんど分かっていないのだろう。心配そうに手を差し出した審判を無視して、呆然と刹那の方を見ていた。

 あの剣裁きで分かった。あの小柄なほうは刹那だ。木乃香がこちらに背を向けて観戦している事から間違いないだろう。

 まぁ、それも仕方が無いだろう。それなりに鍛えている真治でさえ、竹刀を間に置いて身を捻るだけで精一杯だっただろう。結果、竹刀は粉砕され、肩かどこかに当たっていたことだろう。

 しかし、あの刹那が一般人相手に―――防具有りで竹刀で気を使っていないとはいえ―――本気を出すのは珍しかった。

 何か理由があるのだろう、と心持ち早足で真治はその場に向かった。





 真治が到着した時、その場には不穏な空気が漂っていた。周りにいた部員達が皆立ち上がり、刹那の方を怒りの混じった目で見つめている。

「て、めぇ……っ」

「なにしやがる! この野郎ぉ」

「主将は試合を控えてるんだぞ。少しは考えやがれ!」

「何を言っている? 先に手を出してきたのはそちらだろう」

 刹那はぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる男達の罵声を涼しく聞き流すと、面を脱いで静まる様子の無い男達を冷ややかに見つめた。

 刹那のような美人に睨まれたら怯んでもいいものだが、男達には逆効果だったようだ。転がっていた男が部員に助け起こされて、ようやく立ち上がった。

 面を剥ぎ取るように脱ぎ捨てた男は、顔をゆがめて刹那に更なる罵声を浴びせた。

「はっ、普通の女子にあんな力があるわけがねぇ。何か薬でもやってんのか?」

「確かに、化け物・・・みたいな力だったよな」

「ばか、みたいじゃねぇ。化け物・・・なんだよ」

 相手にとっては何ともなしに言った言葉だったのだろう。しかし、それはいまだトラウマから完全に脱しているとは言い切れない刹那の心を深くえぐった。

 めき、と刹那の握った竹刀が音を立てる。竹刀には気が纏われており、軽く叩いただけでも一般人は軽くあの世を見る事になるだろう。俯いた刹那の表情は分からないが、明らかに平常心を失っていた。

「ふん、どうせあそこで見ている女もどうる…い……」

 真治が止めに入ろうとしたその瞬間、主将と呼ばれた男は、一番言ってはいけない事を言ってしまった。

 ゆっくりと顔を上げた刹那の顔には何も無かった。能面のような無表情、それでいて目はらんらんと光っていた。

「(まずい!)―――オンアミリテイウンハッタ」

 真治は咄嗟に小声で呪を唱えると、ついこの間覚えた瞬動で、男と鼻先を突き合わせるように移動した。

 刹那は真治が現れるのと同時に竹刀を振り下ろした。

 どすっ、とサンドバックに拳を突きたてるかのような音を立てて、刹那の竹刀が真治の肩にめりこむ。

 めりめりと音を立てる肩を無視して、真治は竹刀がめりこんだ方と逆の手をポケットに入れ、一枚の上等なカードを取り出した。

「警備員だ。何の騒ぎか、聞かせてもらおうか」

「あ……あぁ」

 後ろで刹那が力を抜いたのが分かる。真治の肩骨を砕き、1cmほどもめりこんだ竹刀は、音を立てて転がった。

 痛みを顔に出さないよう、無表情を心がける。

「顧問はあなたですか?」

「あ、ああ……」

「一応、事情を聞きます。代表二名、顧問のあなたと君、それと君と……連れの君。事務室に来るように」

 男は、自分よりも年下の少年が指図する事に憤って口を開きかけたが、真治の有無を言わさぬ迫力に、押し黙った。





「双方に過ちがあったようなので、両方には反省文を来週末までに提出してもらいます。了承したなら、練習に戻ってもらって結構です」

 真治は終始冷静に話を進め、結論を言い渡した。男は一瞬、何か言いたそうに口を開いたが、真治に静かな目で見つめられ、舌打ちをすると顧問と共に練習に戻っていった。

 結局、女子中の練習日を間違えた刹那に、今日使っていた男子高の生徒が絡んだのが原因だったらしい。男子高には花が無いので、可愛い二人にちょっかいの一つでも出したくなったのだろう。そこで、竹刀袋を持っていた刹那に声をかけたらしい。

 刹那が怒っていた理由は、刹那が着替えているうちに他の部員が嫌がる木乃香に無理やり話しかけていたのを、勘違いした刹那が激昂して―――とのことだった。運良く喧嘩両成敗に出来たが、あれが男子生徒に当たっていたら、と思うと肝が冷える。

 ぱたん、と音を立ててドアが閉まると同時に、どっ、と真治がソファに沈み込んだ。

 近くのソファに座って落ち込んでいた二人が慌てて真治に近寄る。抱き起こした真治の額からは大量の脂汗が吹き出ていた。

 木乃香がそっと患部に手で触れてみると、そこだけ見事に陥没していた。木乃香は顔色を真っ青にして、この六年で練習し、それなりに上手くなった治癒魔法を必死に施す。

「プラクテ・ビギ・ナル 汝が為にトゥイ・グラーティアーユピテル王のヨウイス・グラーティア恩寵あれシット ―――治癒クーラ

 ぽう、と優しい光が真治の肩を包む。真治の顔から見る間に苦痛の色が消えていく。

「オンセンダラハラバヤソワカ」

 それに加えて、真治は『月光菩薩』と行書体で書かれた札を取り出すと、肩に貼り付けた。この札には自然治癒力を高める効果がある。

 真治は一息つくと、心配そうに覗きこむ木乃香の頭を軽く撫で、地面に膝を突いて頭を垂れる刹那に向き直った。

「俺は気にして無いから気にするな……と、俺個人の話なら言ってやれたんだがな」

 びくっ、と小さくしていた身を更に縮こませる刹那。

 木乃香は何かを言おうとして、口をパクパクとさせているが、言葉が出てこない。

「あの一撃は、俺が庇っていなければ確実に相手の命が無くなっていた。怒るなとは言わない、楽しむなとは言わない。だが、刹那は木乃香の護衛だ。ここ一番というときはその感情を押さえ込まなくてはいかない」

 今、まさにそれを実践して見せた真治の言葉には重みがあった。ぎゅ、と制服のすそを握り締めて泣きそうに顔をしかめる刹那を真治は抱きしめたい思いで一杯になった。

 それを拳を握り締める事で抑えると、その気持ちを押し殺した。

「……刹那は一週間護衛の任から外す。しっかりと反省する事。以上だ」

 真治はこれで終わり、と刹那の頭を撫でて立ち上がった。

 罰にしては軽すぎるのは分かっているが、刹那を護衛から外すのは正直きついので、仕方ない、と自分の冷静な心を誤魔化した。

「……え? そ、それでは軽すぎます!!」

「ふぇ? 別にいいんとちゃうん?」

「うちは、このちゃんの事を引き合いに出されたとき、自分が抑えられへんかった……あそこで、真治さんが止めてくれなかったら、どうなっとったか、うちにはよう分かる。相手の男の人は、運が良くても半死半生くらいにはなったはずや。うちは、うちは自分で抑え切れへん自分が怖い……」

 自らの体に腕を回し、項垂れる刹那。その様子がどこか、迷子になった幼子が助けを求めているように思った真治は、つい自然と手が伸びた。

「あ……」

「怖がらんでええ。怖がらんでええんよせっちゃん。うちがおる、真治がおる。せっちゃんが手を伸ばせばすぐ届くとこに、いつでもおるから、な? 安心してええんよ」

 怯える刹那を木乃香がふわっ、と抱きしめた。ぽんぽんとあやす様に背中を叩く。

 見事に先を越された形になった真治。しかたなく、しばらく伸ばした手を遊ばせていたが、木乃香に微笑まれてもう一度その手を伸ばす。

「強くなろう、刹那。守れるくらいに、強く。周りに文句を言われるような事が無くなるくらい、心も、体も」

 ぐりぐりと刹那の頭を撫でる。刹那はぶるり、と震えたかと思うと木乃香の腕から抜け出して、真治の胸に飛び込んできた。

「はい……」

 小さく体を震わせて、嗚咽をかみ殺す刹那を抱きしめ、ゆっくりとゆすってやる。そんな刹那に今度は木乃香が手を伸ばし、先ほどの真治のように優しく頭を撫でた。

 ぎゅうぅ、と少し息苦しいほどに抱きしめてくる刹那。いつもよりも素直に甘えてくる刹那に、真治はいろんな意味で胸が詰まる思いだった。

 同じように優しく刹那を見守っていた木乃香とふいに目が合い、小さく微笑みあった。




 主人公が頑張った第五話でした。

 刹那の抜け切らないトラウマを何とかしようと思い、書き上げました。
 本編までには、正式に三人を引っ付けようと思います。しかし、そうしたらネギ君の寝床はどうしよう……
 いくら十歳とはいえ、主人公に感情移入しまくっているので一緒の部屋で寝泊りさせるのはどうも少し抵抗があります。うーん、どうしよう。

 テスト期間が終わり、小説を書く時間が減ってしまいました(今までは昼からずっと書いていたもので)。それに応じて更新のペースが落ちてしまうと思います。ご了承ください。

 誤字修正いたしました。ご指摘くださった方、ありがとうございます。



[12290] 第六話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:43
「リク・ラク ラ・ラック ライラック
   氷の精霊セプテンデキム・スピリトゥス17頭グラキアーレス
     集い来りてコエウンテース 敵を切り裂けイニミクム・コンキダンス
       魔法の射手サギタ・マギカ 連弾セリエス氷の17矢グラキアーリス!! 」

「大地よ、我に迫りし凍てつく氷の息吹を、御身を持ちて打ち破らん、急急如律令!!!」

 エヴァの放つ追尾型の魔法の射手を、真治は土で出来た壁を出すことで防ごうとする。

「甘いっ!!」

 しかし、エヴァは土壁に当たる寸前で軌道を捻じ曲げ、迂回させるようにしてその向こうの真治を狙った。

 が、真治に当たった手ごたえは無かった。それに真治の様子は土の壁に阻まれてよく見えない。確認しようとエヴァが地を蹴ったその瞬間、後方から真治の詠唱が聞こえてきた。

「――――――幾千幾万の数多に存在する精霊よ、我に仇なすものを打ち破らん、急急如律令!」

 エヴァが慌てて振り返ると、目に飛び込んできたのは視界すべてを光で埋めるほどの光弾。その数、ざっと五百。

「行け!」

「な、めるなぁ! リク・ラク ラ・ラック ライラック
         闇の精霊ウンデトリーギンタ399柱!!
           魔法の射手サギタ・マギカ!! 連弾セリエス
              闇の399矢!! 」

 エヴァは振り返り様詠唱を完成させ、真治の作り出した光弾を迎撃する。その詠唱時間、わずか0.5秒。

 両者の放つ圧倒的な質量が、壁のようになってぶつかり合う。小さな爆音が重なり合い、その振動が大きく鼓膜を揺らす。

「くぅっ……」

「ふ、ふはははは。やるな、真治。わずか数ヶ月でここまでの成長。驚嘆に値する」

 三半規管を激しく揺さぶられ、光弾を制御するので精一杯の真治に対し、エヴァはまだまだ余裕があった。数では勝っているものの、魔法の射手一発一発に込められた膨大な魔力に押され気味だった。

 ぐっ、と奥歯をかみ締める。自分の中の霊力がごっそりともっていかれるが、まだだ。まだ自分の霊力には先がある事を真治は知っている。

「は、あぁぁああああああ!!! 喝!!!」

 真治の中に眠るまだ覚醒していない霊力。その一端が引き出されて、強烈なブーストがかかる。

「む?」

 優勢だった自分の放つ弾幕が、一気に押し返されるのを見て、エヴァが眉を寄せた。

「ふん、ようやく少しは使えるようになったか。だが、まだまだだな」

 自分に向かってじりじりと勢いを盛り返してくる壁を見ても、エヴァの余裕はまったく代わりは無い。

 ―――氷神の戦鎚マレウス・アクイローニス―――

 弾幕に翳している右手とは逆の、左手に無詠唱で巨大な氷塊を出現させる。

「それっ!」

 ズガン、と重い衝撃音を立てて氷塊が弾幕にぶつかる。かなりの質量を持つ氷塊は、その容量を急激に減らしつつも、あっという間に前線を盛り返す。

「くっ!? ……我が身は我にあらじ、神の御盾を翳すものなり!!」

 咄嗟に唱えた神呪によって発生した不可視の壁が氷塊と衝突した。
 
 しかし、氷塊によって減らされた真治の弾幕はエヴァの弾幕を押しとどめる事は出来なかった。前線は崩壊し、魔法の射手が真治に殺到する。

 瞬動を連続しながら距離を取り、真治は量産された札を出すと、刀印で五芒星を描いた

「信在りて此処に神在り―――即ち、神のおわす此処は神の御城なり」

 ぽう、と床に真治の霊力で光り輝く五芒星が描かれる。

 全方向から雪崩のごとく襲い掛かった魔法の射手は、真治の描いた五芒星よりも内に入る事は叶わなかった。

 全ての魔法の射手を防ぎきると同時に、五芒星はかき消えた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「気を抜くな、まだ終わっていないぞ」

 横からエヴァの声が聞こえたかと思うと、視界がぐるん、と回った。

 咄嗟に受身を取り、転がるようにして距離をとっていく。そこに追い討ちをかける様に無詠唱の魔法の射手が次々に刺さっていく。

 全身の筋肉を駆使して、跳ね上がるように飛び起きた真治はすぐさまエヴァの姿を探す。

 きょろきょろする真治の後ろで蝙蝠が集まり、エヴァが姿を現した。

「戦場において、敵から目を離すな。見えない状況だとしても何処に居るかは正確に把握しておけ」

 その声の意味を理解するよりも速く、エヴァの膝が真治の背中に突き刺さった。

「ぐっ……」

 みしみしと音を立てる背骨を心配しながらも、真治は振り返って素早く体勢を立て直す。

 瞬動を使って懐に現れたエヴァの抜き手を左手をころの様に回すことで弾き、半歩踏み出すと親指を上に立てた縦拳を突き出した。

 真治の会心の一撃は、エヴァの柔らかい腹に深くめり込んだ。

 近接戦闘で初めて入った有効打は、エヴァの体を軽々と吹き飛ばすと、5,6メートルは転がした。

 倒れて動かないエヴァに、今だ、と追撃を加えようとした真治は、ゆらりと立ち上がったエヴァの目が黒く染まっているのに気がついて、たらり、とこめかみに汗を一筋流した。





 今の季節は秋。今に冬に差しかかろうとしている今の季節は少し肌寒かった。

 そんな中、麻帆良学園の敷地内を歩く三人の男女が居た。

 だるそうにしている少年を、両側の二人が支えながら歩いていた。

「どうしたん? 真治今日はえらい疲れているようやけど」

「いや……」

「もしや、私達の知らないうちに侵入者が……?」

 すぐにそういう可能性に思い至る刹那は護衛としては優秀だった。が、本当の理由がエヴァにぼこぼこにされた、というのはあれなので言わないでおくことに。

 心配そうに見つめる二人に笑いかけると、ぐっ、と足に力をいれて何とか立ち上がった。今日の授業は全て寝て過ごしたのでなんとか歩けるぐらいにはなっていた。

 肩を貸してくれた二人に礼を言うと、自らの脚で歩き出した。

「大丈夫ならいいんですけど……」

「ああ、心配かけて悪かったな」

 正直、魔法の射手899矢はやり過ぎだと思う。それをぼこぼこに食らった後も鉄扇で体中を殴られたし。

 なんとなく、ちょっと誰かに甘えたかったのかもしれない。

 今、目下の所の悩みは、その誰かが複数なところだ。しかも相手は何も言わずに受け止めてくれるのでついつい甘えてしまう。

 最近、こういうことが多くなってきている様な気がするので、自分に気合を入れた。

 ふと、両隣に居る二人が少し不満そうな顔をしているのに気づいた。

「……いや、ありがとう、だな。この場合」

 少し考えた後、言い換えると二人して花咲くような満面の笑みを見せてくれた。

 いつかはこの自分の気持ちに決着をつけなくてはいけないのかもしれない。だけど、決着をつけてしまうと、何かが壊れるような気がして、怖かった。

 だけど、自分のこの気持ちは、少なくとも嘘じゃない、と、そう言い切れる。だからといって許されるわけではないのだが。

 そもそも二人の内どちらかに決めたとしても自分が選ばれるとは限らない。いけない、少し、自惚れていた。

 二人は少なからず好意を持ってくれていると思う……多分。言い切れないのはそれが家族愛なのか、友人としてなのか、それとも異性に対してなのか。恋愛経験が豊富と言える前世での記憶を持っている真治だったが、それは見分けが付かなかった。

「ほら、早く帰りましょう。学園長も首を長くして待っているでしょう。今日は真名も呼んであります」

 何かに悩んでいる真治の気配を敏感に察したのか、刹那が手を取ってにこっ、と微笑んだ。

 その少し冷えた手の柔らかさと、慈愛に満ちた微笑にあてられ、真治の鼓動が一段階速くなった。

「あっ、ずるいせっちゃん。うちも真治と手ぇ繋ぐー」

 二人が手を繋いでいる事に不平を申した木乃香が、手を繋ぐ、と言っているにも拘らず腕に抱きついてきた。それに合わせるかのように刹那もきゅっ、と腕を取って身体を密着させてくる。

 いつもこういう感じだから見分けがつかないんだ、と悩む真治は、二人の頬が薄く染まっている事に気づいていなかった。





 刹那、木乃香に真名を加えた女性陣の手料理を堪能し、いつものように寛いでいると、皿洗いを買って出た真名が手を拭きながら近寄ってきた。

「ちょっといいかい?」

「ん、真名か。何だ?」

「そうだな……ここじゃあれだから真治の部屋に行っていいかい?」

「ん……まぁいいけど」

 じー、とこちらを見つめてくる二対の視線に笑いかけると、立ち上がった。

 ここに居るのは全員魔法を知っているから裏関係じゃないだろうし、本当に個人に対する話なのだろう。

 二階の奥、天窓の付いた部屋に真名を招待すると、ベットに腰を下ろした。

「さて、話というのは他でもない、刹那の事だ」

「刹那の……?」

「ああ、最近毎日のように相談を持ちかけられていてね。そろそろ解決しておいてほしいと思ったんだ」

 それは、やはり自分に関係する事なのだろう。気持ち姿勢を正すと先を促した。

「実は、刹那にどうやったら殿方に好いてもらえるだろうか……と、要に恋愛相談を受けているんだ」

「へ、ぇ……」

 相手を知りたい気持ちと、もし自分じゃなかったらという恐怖。それでいてまだ木乃香のことが頭をよぎる自分に対しての嘲笑。全てが入り混じった顔を見せた真治に、真名は続きを口にした。

「ずいぶんと熱心なようだ。学校指定のジャージや動きやすい服しか持っていなかった刹那が洒落た服を持つようになった数ヶ月前くらい前からだな」

「……そうなのか」

 いい兆候だと思う。いい兆候だとは思うが、その私服を自分は見た事が無い。どす黒い感情が生まれるのを自覚しながら、それをどうにかする方法を真治は知らなかった。

 そんな真治を見て、真名はふふっと微笑んだ。彼女が見せる珍しい表情に、意図は分からなくとも、思わず真治は見惚れた。そろそろ数ヶ月の付き合いだ。最近はこういう表情をよく見せてくれるような気がする。

 急に、自分の部屋に真名が居る事を自覚する。真名のような美少女が居る事でどこか落ち着かなくなる自分を諫めた。

「で、俺にどうしろと?」

「そうだな、有体に言えばさっさとくっ付け二人とも」

「……は?」

 真治は思わず口をあけて固まった。

 いつもクールな真治の珍しい表情を見て、ニヤリ、と真名は会心の笑みを見せた。それはいっそ憎たらしいほどに綺麗だった。

「真治がどう思っているのかは知らなかったからこういった方法をとらせて貰ったよ」

 その真名の言葉に真治ははっ、とした。今まで真名の手のひらの上で踊っていた事を自覚して思わず顔を苦くさせた。

「まぁ、真治が少なからず刹那に好意を抱いていると判断したから話したわけだが、どうだい? 今なら成功率は百パーセントだ」

「…………そう、だな。でも、まだだめだ」

「それは、木乃香のことかい?」

「……知っていたのか」

「いや? でも、普段の真治を見ていると、二人をとても大切に思っているのは伝わってくるからね」

「…………」

「で? どうするつもりなんだ?」

「刹那と木乃香、どちらも同じように大切……いや、好きなんだ。どちらかを選ぶ事は、難しい」

 なんてベタな回答だ、と思わず真治は顔を覆いたくなった。まるでコメディで二人のヒロインに告白されて答えを出せないヘタレみたいじゃないか。

「なぜだい? 木乃香の気持ちを確信しているわけじゃあないんだろう? どちらも同じくらいなら確実に成功する刹那の方に告白したらどうだい?」

「それでも、だ」

「刹那に告白されたらどうするつもりだ?」

「……正直な気持ちを話すさ」

「……損な性格だね、本当に。で、そこで聞いているお二人さん、愛しの君の考えを聞いて、どう思う?」

 ちら、と真名がドアの方を見て言った。

「なっ………!?」

「……すみません、真治さん」

「ごめんなー。せっちゃんがどうしても気になるって」

「ええっ!? このちゃんが見に行こうっていうから……」

 木乃香がナチュラルに刹那をおちょくる場面は、普通なら和んだかもしれないが、この場では少々無理があった。

 二人は呆けたままの真治に向き直ると、頭を下げた。

「ほんと、ごめんな。盗み聞きしんと、何しとるか見て戻るつもりやったんやけど」

「その、真治さんのお話が、気になって」

 見れば、二人の顔は真っ赤だった。それに、どこか興奮しているようだった。

「さて、邪魔者はそろそろ消えようか。―――後は頑張れ」

 真名は最後に何か二人に言うと、部屋を出て行った。

 それをなんとなく目で追った真治は、気まずそうな顔でぽりぽりと頬をかいて、口を開いた。

「……ごめん、刹那。こういう訳だから、答えられない。木乃香も、時間はかかると思うし、迷うと思うけど、答えは出そうと思うから……「待った、それ以上は言わないほうが良い」」

 見れば、二人はまるで捨てられそうな子犬のような目で真治を見ていた。

「……決めんでええんよ」

「は?」

「どちらかを選ぶ必要はありません。私達はその、二人でも、いえ、二人が良いんです」

 涙に濡れ、必死な表情で訴えかけて来る刹那。思わず木乃香を見れば、うん、と頷いた。

「別にどっちかが選ばれるのが嫌やからとちゃうんよ? うちは、せっちゃんも、真治も、同じくらい好きなんや」

「これは、二人で何度も話し合って決めたことです。私も、このちゃんも三人が一緒が良いと願っています」

 真治の目が揺れる。

 二人は勢い良く真治に詰め寄ると、その心情を吐露した。

「うちは、真治が好きや。いつもうちを見守ってくれているんは知ってる。そのために最近何かしてることも。でも、そんなんうちは嫌や。守られるだけやない。守りたいんや」

「私は、このちゃんの気持ちを知ると、最初身を引こうと思っていました。でも、出来ませんでした。どうしても諦められなかったんです。あなたが笑いかけてくれると、胸が一杯になって、何も考えられなくなるんです。それが無くなるのは怖かった。気が付くといつもいつもあなたの事を目で追ってるんです。私も、守りたい。あなたの身を、強いようで実は繊細な心も」

 真治は二人の告白を聞いて、カッ、と頭が真っ白になった。嬉しさと戸惑いが入り混じり、考えが纏まらない。

 とにかく、この気持ちを何か言葉にしようとして口を開くが、何も出てこない。

「俺は……」

「いきなりこんなこと言われて戸惑うんもわかる。やから、今晩じっくりと考えて……きゃあ!」

 少し寂しそうに笑った木乃香と刹那が、少し距離を置こうとしたとたん、真治の身体はすでに動いていた。

 ぎゅっ、と思い切り二人を抱きしめる。

「俺は……自分で思っていたよりも、欲張りみたいだな」

「……じゃあ!」

「二人が好きだ。この気持ちに嘘はない。だから、俺の側にいてくれるか? 二人とも」

「ええ」

「もちろん」

 真治は、抱きしめ返してくれる二人に、ありがとう、と声に出さずに呟いた。 




 真治と、刹那と、木乃香と、私が頑張った回でした。

 中学一年生で付き合うのってそこまでおかしいことじゃありませんよね? 小学生でも付き合うご時世ですから。
 
 あと、少し皆様に聞きたいのですが、私の戦闘の描写はどうでしょう? 以前、投稿図書で読んだ小説の吸血鬼編の戦闘が、あまりにも淡々としていて味気が無かったものなので、色眼鏡がかからない読者の皆様のご意見が聞きたいです。



[12290] 第七話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 07:39
 ファンシーなぬいぐるみがたくさんある、部屋の主にしては少し意外な趣味で統一された私室。そこに真治は招かれていた。

「くぅ……うっ」

「あぁ、相変わらずなんて旨い血だ。高貴な身の娘の処女の血が霞んで見える」

 エヴァは真治の首筋から口を離すと、恍惚とした表情で、今しがた真治から吸い取った血を舌の上で転がした。

 こくっ、と喉を鳴らして飲み込むと今度は右手に、それが終わると左手に、全身から血を少しずつ吸い取っていく。エヴァ曰く、微妙に味が違うのを楽しんでいるらしい。もっとも、一番美味なのが唇だそうだが、それだけは断固拒否した。

 肩を抱きしめてうっとりと余韻に浸かっていたエヴァだったが、身の内から湧き上がる何かを堪える様にぶるり、と震えたかと思うと、不意に顔を上げて笑い出した。

「く、くくく。はははははは……戻った、戻ったぞ!」

 エヴァの全身からぶわっ、と濁流のように吹き出る魔力。別荘の外だが、真治の血を吸い取った後数十分は別荘内となんら変わらない魔力を発揮できるようになる。

 見鬼の才を持つ者の血が異形に好まれた理由の最もたるものがこれだ。その血を一滴でも飲めばものすごい魔力をもたらす。もちろん、血がものすごく美味なのも特徴の一つだ。何故このような事が起きるのか? 見鬼の才を持つ者の血には霊力が宿る。血というものはそれだけで魔法の媒介と成りうる物だ。それに霊力が宿るのだから、ものすごい効果を発揮する。主に魔の者には。

 初めてこの現象が起こった時は困った。咄嗟に結界を張る事は出来たが、その効果が切れたときのエヴァの落ち込みようは、見ていられなかった。

 魔力が封印されているのはよっぽどストレスが溜まるのだろう、切れるのが分かっていても、エヴァは毎回こうして喜んでいる。

 いつもの冷徹な仮面を脱ぎ捨て子供のようにはしゃぐエヴァ。

 真治はやりきれない思いで、同じように見守る茶々丸に後を託すと部屋を出た。彼女は泣き顔を見られたくないだろうから。





 真治は一人で、無駄に凝った装飾が施された廊下を歩く。やがて目的地にたどり着くと、

 こんこん、とノックをして返事を待つ。

「おお、入ってくれ」

 中に人が居るとあれなので、失礼します。と一応声をかけて重厚感のあるドアを開く。広い校長室の中で、一人デスクの向こうに座っている祖父を見止めると、歩いて行った。

「何か用か?」

「まずはおめでとう、と言っておこうかの。真治」

 主語が抜けた近右衛門の言葉を、真治は正確に汲み取り、眉をひそめた。一応、昨日の内に付き合うことになったのは話したはずだ。

「それは昨日聞いた。で、用件は何だ?」

「少しは赤くなるなりしても良いじゃろうに―――実はの、今度の大停電じゃが、高畑先生が出張で居らんのじゃ」

 ぱき、と真治の指が鳴るのを聞いた近右衛門はすぐさま本題を切り出した。

「……正気か? 確か高畑先生の担当は郊外の大橋の方だったはず。それも一人で数kmの範囲をカバーしていたんじゃなかったか? どうやって穴を埋め……そういうことか狸じじぃ」

 真治は答えを聞くまでもなく、学園で一番食えないと言われている祖父の意図を理解した。

 年に二回の大停電。20時~24時の間は結界が弱まり、麻帆良学園を狙う賊や西の刺客の活動が活発化する。そのためいつもの巡回ではなく、戦えるものは全員出動しての一大防衛戦だった。

 そして、近右衛門は真治にあの高畑の代わりを務めろと言っているのだ。

「無論、そのままの範囲というわけではない。他の先生達にも頼むのでな。実際は大橋の周りだけじゃ」

 しかし、援護は望めなく、一人で五時間防ぎ切れ、とのことだった。

「まず一つに、真治の力量を周りに知らせるためじゃな。わしの孫であり、婿殿の娘である木乃香と付き合うのじゃから、それなりの力量がないとまたぐちぐちと言ってくる輩が居るかもしれん。だから、高畑君が居らんうちに真治をNo.2として周りに認めさせよう、と思ったんじゃ」

 なるほど、と真治は頷いた。前から真治は学園内で近右衛門を除くと、高畑に次ぐ実力の持ち主だと噂されていた。その地位を確固たるものにしよう、というのだ。

 実質的な学園No.3になるということがどれほどの期待を背負う事になるのか理解した上で、真治はあっさりと頷いた。

 力はエヴァのところでちゃくちゃくとついている。後はもうひとつの権力《ちから》が足りない。麻帆良において権力を持つ、ということは裏の世界で権力を持つのと同義だ。そしてこれは、それを得るチャンスだった。

「いいのかの? 色々と厄介事も付いてくるぞい?」

「守るためだ。気にならないさ」

 気負った様子もなく言い切る真治。普通なら分かっているのか、と言いたいところだが受けるやっかみや苦労を全部知って、それでも尚頷いたのだろう。真治とは、そういうやつだった。

 近右衛門は、苦労を知って全部背負い込む孫息子に、思わずため息をついた。守るため、力が無い者は虐げられるしかないことを前世で知っているとはいえ、貪欲に力を求めすぎている。誰かに頼ることを知らない真治は、全て一人でやろうとする。そして、なまじ出来てしまうから問題だった。

 礼を言って出て行く真治をため息混じりに見送ると、唯一真治を止めることが出来、尚且つ甘えさせられる二人に連絡を取った。

「おお、龍宮君かの? 今、木乃香がそっちにいっておるはずじゃが……おお、刹那君もじゃ。二人に代わってくれんかの?」





「「お帰り、真治」」

「……あ、ああ。ただいま」

 真治は、居るはずのない二人に笑顔で出迎えられ、一瞬呆けたが、すぐさま立ち直ると、笑顔を返した。

 それに気を良くしたように二人は微笑むと、真治の両方の手を取って歩き出した。

「ちょっと早いけど、お夕飯にしよか」

「私とこのちゃんで腕を振るって作ったんですよ」

 刹那が真治を椅子に座らせ、木乃香は次々に料理を持ってくる。二人が献身的に尽くしてくれるので、嬉しくも思うが、どうしてこんな急に、という疑問も沸く。

「そ、その……私たち、こ、恋人になってから、あまり恋人らしいことしてないなぁ、と思って」

「やから、うちらがおじいちゃんに頼んで今日は真治を貸し切ったんや♪」

 最後の皿を持ってきた木乃香が、お茶目にvサインをして見せた。

 真治は、それなら、と二人の好意に甘えることにした。

 木乃香も食卓に着き、三人は手を合わせて食べ始めた。

「「「いただきます」」」

 焼き鮭に、味噌汁、銀シャリと言われる炊き立ての白米。それに海山の幸を使った豪華な天ぷら。とても中学一年生が作った料理とは思えない。

「……うまいな」

 ご飯が、魚が、いつもと変わらないはずなのに、いつも作ってくれる料理よりもずっと美味しいような気がする。

 思わず、といった感じで驚きの声を上げた真治に、木乃香達は顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。

「えへへ、何が違うか分かる? 特別な調味料が入っているんやよ?」

「………あー、」

 真治は木乃香が願うとおり、ベタな回答をすべきかどうか迷った。

 きらきらと目を輝かせてこちらを見てくる木乃香に根負けすると、口を開いた。

「愛情、か?」

「ぶぶー、惜しいけどちょっと違う」

「………」

 恥ずかしいのを我慢して言ったのだが、外れたらもっと恥ずかしく、真治は押し黙るしかなかった。

 普通の答えを模索し始めた真治に、木乃香に脇をせっつかれて、刹那が答えを言った。

「私と、このちゃんの、あ、溢れんばかりの愛情が入っていますっ!」

「どうぞご堪能あれ♪」

 言葉遊びのような回答に、恥ずかしがった俺が損じゃないか、とも思ったが、木乃香がこの上ないほどに楽しそうにしているので、我慢することに。とりあえず、顔を真っ赤にして木乃香を恨めしそうに睨む刹那をがんばったな、と撫でておく。

「あー、うちもうちも」

「人をおちょくった罰だ。おあずけ」

「むー、……いいもん、それなら。自分で行くから」

 可愛らしく頬を膨らませた木乃香は、ばっと立ち上がると真治のほうへと近寄った。そして、そのまま真治の胸に飛び込むと、ごろごろと胸に擦り寄った。

 箸とご飯を持っていた真治にそれを防ぐすべは無く、慌てて手を挙げて万歳をするしかなかった。

「このちゃん!」

 嫉妬、というよりは窘めるように刹那が声を挙げた。基本的に、この二人の間にそういった感情は生まれない。……らしい。かといって、そういう感情が無いわけじゃなく、真治がクラスメートと二人きりで話してたりなんかしたときには、二人並んでじとーっ、と見て来る。

 真治が別に言うほどのものじゃないし、なにより世間的にまずい。と言ったので、クラスの皆には何も言っていない。ただ一人、早乙女ハルナが何か物言いたげな顔でこちらを見てくるのが気になるが、まだ付き合い始めて一週間ほどだし、なにより真治はそんなそぶりを教室で見せたことは無い。

 しかし、ハルナが、ラブ臭を嗅ぎ取ることの出来る特異体質の持ち主だと知ったらどう思うだろうか。ちなみに、告白の次の日のハルナの思考は―――

(何? このかつて無いラブ臭は。はっ、もしやあの三人!? これは、良い修羅場が見れそう……)

 うふふふふーと、一人笑うハルナは不気味であったと言っておこう。

 さて、話はずれたが、今も真治の胸の中で至福の表情を浮かべている木乃香。真治は一瞬呆けたが、上げていた手を下ろし、茶碗と箸を置くと、木乃香に手を伸ばした。

「ん……ふふふ」

 嬉しそうに、幸せそうに笑う木乃香を見ると、これからすることに少し罪悪感が沸かないでもないが、心を鬼にして実行する。

 頭に伸ばした手を少しずらすと、その小ぶりで形の良い耳を引っ張り上げた。

「あ、いたたたたたた。いたいー、真治、痛い」

 木乃香がなみだ目に訴えると、ぱっ、と真治は指を離す。

 うー、と目尻に涙を溜めて恨めしそうに見上げる木乃香に胸が痛くなる。

 ちょっとやりすぎたかな、と手でさすってやりながら真治は口を開いた。

「乱暴して悪かった。でも、はしゃぎすぎだ」

「うー、でもでもぉー」

「駄々こねない」

 ぴんっ、と指で額を弾くと、最後に頭を撫でた。

 ふぅ、と溜息をついて、喜びたい気持ちと拗ねたい気持ちが入り混じって、顔を面白おかしく変形させている木乃香を促して食卓についた。

 とりあえず真治は、木乃香とのやり取りをずっと指を咥えて羨ましそうに見守っていた刹那を食後にたくさん構ってあげようと決めた。





「ど、どうですか? 真治さん」

「ああ、すごく気持ちいい。後、話し方が戻ってるぞ」

「あぅぅ、ごめんなさ……っひゃ」

「あ~、いい感じ」

 ぐりぐり、と真治は刹那の羽に顔を沈み込ませる。

 今、真治は自室のベットの上で刹那を抱きしめていた。対する刹那は風呂上りのようで、いつもは片方で止めている髪を下ろしている。顔もほんのり赤くなっているが、それは決して風呂上りというだけではないだろう。

 そして、刹那の一番いつもと違うところは、自分を抱きしめている真治を包み返すようにその純白の羽で覆っていることだった。

 今、刹那は真治の胸に手を添えて、なんとか騒がしい鼓動を聞かれまいと必死に頑張っていた。いつもはクールな真治が自分の体に夢中になってくれている。それが刹那には嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。

 そして、どこか卑猥な表現だが、まったくそのとおりであった。

 今、木乃香は風呂に入っている。真治を独占できるのもあと三十分ほどだろう。

「あ~、気持ちいい」

 ふわふわの羽のあまりの柔らかさに魂が抜け出そうだった。真治と木乃香は、この羽の柔らかさを『至高のもふもふ』と命名している。

 ぎゅうぅ、とますます刹那を抱きしめる真治。羞恥心による抵抗を続けていた刹那は、ベットに染み込んでいる真治の匂いと、目の前の真治の温もり。両方に包まれて頭がぼーっ、とし始めていた。

 判断力が薄れた刹那は、胸の奥にある、普段羞恥心に隠された素直な欲求に身を委ねた。

 真治の胸に添えていた手を離すと、そのまま左手は首に、右手は胴に回すと、力いっぱい抱きついた。

 同じように判断力の薄れている真治は、同じように抱きしめ返し、羽から顔を離すと刹那の首筋に顔をうずめた。

 くすぐったそうに身をよじる刹那は、それでも真治を抱きしめて離そうとしない。子供が親を求めるように、恋人を狂おしい程の愛に突き動かされて掻き抱くように、飼い主に甘える子猫のように、刹那は真治に引っ付いて離れなかった。

 木乃香と一緒にじゃれあうのもいいが、やはりこうして二人っきりで居るのもいい。と二人は思った。

 綿菓子を空気に溶かしたかのように甘く、幸せな空間。二人の頭に同時に思い浮かんだ人物がベットに特攻を仕掛けてくるまで後五分。




 色々と詰め込んだ第七話でした。

 黒耀先生織り成す超・絶、甘々フィールドを参考にさせていただきました。どうでしたか? 自分なりに砂糖吐きながら頑張りました。今回は刹那の出番でした。おそらく次回は木乃香かと。

 次は戦闘オンリーになると思います。話の急展開になんじゃこりゃ!? となると思いますが、一応理由はあるので次回の後書きか、二話後の本編で補足したいと思います。真治は基本ワイルドカード。苦戦しつつも、鍵が合えば圧倒的に攻め立てる。こんな展開が大好きなので、若干最強風味になります。ご了承ください。




[12290] 第八話
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2009/10/04 19:41
 夜。まだ八時前の今は、学生がほとんどとはいえ、寮や学校にはまだ電気がついている。

 ふっ、と視界が急に暗くなる。視界が一瞬完全な闇に覆われ、暗闇に慣れた目が意外と明るい月光を拾う。

 それと同時に、真治のいる大橋のすぐ近くに確かに存在していた結界がすぅっ、と薄れた。

 同時に膨れ上がる異形の数。橋の向こうに存在する目、目、目。暗闇の中で赤かったり金に光ってたりする目が鈍く輝いている。その数は、百や二百ですまない。

 それを見て、プレッシャーで真治の肌がぞくぞくと沸き立つ。

 と、同時に出現したのは、寒気すら起きるほどの魔力。その魔力だけで人を押しつぶしかねない強大な魔力は、非常に覚えがあるものだった。

 ちりちりと首筋に感じる何かにしたがって、横転する。そこを数本の魔法の射手が通り過ぎていく。

「……エヴァ!!!」

「ふはははは、良い月だな。真治。こんな夜は、旨い血が吸えそうだ」

 ふわっ、とそれまで真治が居たところに降り立ったのはエヴァ。外では、真治の血を吸うことで限定的にしか封印が解けない彼女が、別荘でのように膨大な魔力をその身に宿している。

 エヴァは真治に艶やかな笑みを見せると、ちらっ、と橋の向こうの異形を見据える。

「無粋だな。これからはここの橋は私と真治で貸切だ。貴様等には入ってくる余地は無い」

 エヴァはふん、と面倒くさそうに鼻を鳴らすと再び浮き上がった。両手を広げ、いつもの笑みを浮かべると、詠唱を開始した。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック
  契約に従いト・シュンボライオン 我に従えディアーコネートー・モイ・ヘー 氷の女王クリュスタリネー・バシレイア
     来れエピゲネーテートー とこしえのタイオーニオン やみエレボス!
       えいえんのひょうがハイオーニエ・クリュスタレ!!」

 ばっ、とエヴァが腕を降ろすのと同時に、橋の向こうに見上げるほどの氷柱が立ち上った。

 それに真治が唖然としているうちにエヴァはさらに詠唱を続けた。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック
  全てのパーサイス  命ある者にゾーサイス  等しき死をトン・イソン・タナトン
     其はホス 安らぎ也アタラクシア
      “おわるせかい”コズミケー・カタストロフェー

 くるり、とエヴァが振り返って指を鳴らす。すると、ガラスを何百枚も同時に叩き割ったかのような音がしたかと思うと、そそり立っていた氷柱が粉々に砕け散った。もちろん、その中にいた異形たちの命は、無い。

「くっくっくっく、あーっ、はっはっはっはっは。いい、いいぞ。実に良い。外で自由に力が使えることがこんなにも痛快だったとはな……」

 わざわざ空中に足場を作り、靴をかつんかつん鳴らしながら、悪の魔法使いの演出たっぷりに降りてくるエヴァ。

 すごい凝った演出だな、と麻痺した思考回路でぼんやりとそう考えた。

「ふふふ、本当にあんな雑魚が相手だと思ったのか? お前の相手は私だ私。あんなものはラスボスの手前にいる雑魚にしか過ぎん」

「……なんで魔力が戻ったかはなんとなく予想がつくから言わないが、今更なんで、いや、なんでもない」

「ほぅ、なぜ? なぜときたか真治」

 明らかに地雷を踏んだことを逸早く察知し、足を引いた真治だったが、少し遅かった。

 エヴァは肩を震わせると、大声で叫んだ。

「十三年だ! 十三年だぞ!? 何度も何度も同じ事を繰り返し、何度やっても終わる事の無い地獄。これがどういうものか分かるか!? いや、分からないだろうな。所詮尻の青い、青二才だ」

 激情に突き動かされるかのようにエヴァは叫ぶ。険の篭った目で睨まれた真治はその迫力に息を呑んだ。呑まれそうになる意識を持ちこたえて、口蓋にへばりついた舌を動かした。

「なら、なぜ俺のところに? このまま学園を出れば良いだろう」

「それは出来ないな。私はこの学園に縛り付けられている。魔力封印はいわばおまけだ。そして、登校地獄そのものを解くには……」

「俺の血、か」

「そうだ。数百ccでは足りん。その生き血を全て吸い尽くし、その身の内にある内腑を貪り食ってやろう。そうすれば、登校地獄などあってないようなものだ」

 だから、と真治に手を翳してエヴァは続けた。

「貴様を殺し、私はこの学園を去る!!」

「……そうはさせるか。生憎、まだ死ねない理由が五万とある」

「抗戦を望むか。良いだろう。卒業試験だ。私を見事殺して見せろ、真治!」

 かつん、とエヴァが最後の一歩を降り切って、足が地面についたとたん、エヴァの姿が掻き消えた。

「今回は茶々丸やチャチャゼロは使わないで置いてやる。というよりは刹那の足止めで忙しいがな。ああ、心配するな、チャチャゼロは血気盛んだから放って置いたら何でも切り刻みたがるやつだ」

 ががががが、と二人の間で拳が、膝が、肘が交差される。しかし、その一秒に満たないやりとりで真治の体はのけぞり、防戦一方だった。

「そらそらそらそら、どうしたどうした? 言って置くが、手加減などという甘い物は期待せん事だ!」

 はっ、とエヴァが掛け声をかけると同時に、エヴァの体が真治の視界から消え去る。

 そして、気づくと地面に叩き付けられ、肺の中から空気が強制的に排出される。

 ごほごほと、悠長に咳き込んでいる暇など無い。眉を顰めた真治の視界に入ってきたのは今にも真治を押し潰さんとするエヴァの膝だった。

 慌てて体を捻ったが、酸欠の体は上手く動いてくれず、隕石のような破壊力を持った膝は肩に突き刺さった。

 ばきばき、と音を立てて砕けた肩の激痛に蹲る真治にエヴァは近寄ると、まるでサッカーボールを蹴るかのように無造作に真治を蹴っ飛ばした。

 腰も入っていない、小学生がやるようなキック。それだけで真治は吹き飛ばされ、橋の上を十数メートルごろごろと転がっていった。

「がはっ、ごほっ、ぐぇえ……」

 思わず胃の中身を逆流させてしまう。

 自らの汚物の隣に膝を突くと、遅れながらにして取り出した札を肩に貼り付けて念じる。

 そうすると、たったそれだけで神事の顔色は見る見る間に良くなり、立ち上がれるほどに回復した。それも当然、真治の使った札はあの真治特製の札である。しかし、心強いはずの札が、目の前の相手を前にすると、霞んで見える。

 これからの戦いを軽くシュミレートして、苦々しい顔をしながらさらに数枚の札を取り出す。

「清陽は天なり、濁陰は地なり。伏して願わくば、守護諸神、加護哀愍したまえ!!!」

 呪を唱え、札を投げつける。札は真治の前で停滞し、次の瞬間起こされる氷爆を完全に防ぎきった。

「―――ほぉ?」

 エヴァが驚いた声を出すのが分かる。この札を使ったところはエヴァにまだ見せていない。エヴァがまだ完全にこちらの技を見極めていない今、畳み掛けるしかない。

 真治は懐から奥の手の札を取り出す。四枚の札を手首のスナップでばっ、と広げる。

 札にはそれぞれ、落ちるように飛ぶ朱雀、とぐろを巻く青龍、丸くなる白虎、蛇に締め付けられる玄武が描かれていた。

「我、此処に願う。東に青龍、西に白虎、北に玄武、南に朱雀を置きて、ここには人ならざる者立ち入ること許されじ。―――四神結界!」

 半分仕留めたと思っているのか、ゆっくり歩いてくるエヴァに向けて四枚の札を投げつける。

 それぞれ、エヴァの四方に配置された札は、描かれている神獣を媒介として強力な結界を張った。それは、並みの妖魔ならば一瞬たりとも存在できぬほどの空間。エヴァ自身、体にかかる重圧を感じながら手を伸ばした。

 その白魚のような白い指が結界に触れたとたん、勢いよくエヴァの指が弾かれた。結界の神気にずたぼろにされた指は、エヴァが一舐めすると嘘のように治った。

 エヴァはふむ、と顎に手を当てて考える。

 その隙に、と真治は畳み掛けるように呪を紡ぐ。

「我が名は光輝! 光輝くものなり! 我が魂との制約を受け、ここに来たれ、八握剣《やつかのつるぎ》!!!」

 真治の有り余る膨大な霊力。その半分近くが一気に無くなった。そして、真治の手に莫大な神気と共に現れるのはシンプルな直刃剣。柄尻からは上品な朱色の紐に括り付けられ垂れる薄桃色の二つの珠があった。

 本来、つばにあたる部分は、鏡のように月光を照らし返し、幻想的な光を出している。

 その剣を見た途端、それまで余裕だったエヴァの表情が一気に崩れた。目を大きく見開き、肩を震わせる。剣を見たときに湧き上がる本能的な嫌悪感にエヴァは吐き気すら覚えた。

「はぁぁあああああああああ!!!!!」

 剣を八双に構え、力強く地面を蹴って駆け出す。

 この剣は出しているだけで膨大な霊力を消費していく。出し慣れていない今では三分と持たない。すぐに決着をつけなければ。

「ちいぃっ!」

 エヴァは慌てて、地を割るほどの魔力を込めた魔力パンチを結界に叩き付ける。結界はそれを受けて境界を大きく弛ませるが、何とか持ちこたえた。

 ところが、エヴァが出鱈目に振り回した腕が、朱雀の描かれた札を打ち抜いた。

 パキン、と音を立てて崩れ落ちる結界。エヴァはその僥倖に感謝すると、慌てて瞬動術で距離を取って、無詠唱の氷神の戦鎚(マレウス・アクイローニス)を真治の頭上に出現させた。

 しかし、真治は慌てることなく、ひゅっ、と八握剣を振り上げた。すると、エヴァの放った氷神の戦鎚が、八握剣の纏う神気のみで意図も容易く切り裂かれた。

「なっ……」

 これにはさすがに声を無くすエヴァ。しかし、この程度のことをしてのけるものは今まで何人も見てきた。

 無詠唱の魔法の射手で牽制しながらエヴァは考える。接近戦は無謀、剣から立ち上る神気にあてられて、一瞬で両断されてしまう。なら……

 ふわっ、と身体を宙に浮かせる。剣が届かない位置にまで来ると、魔法の射手の詠唱を開始した。いつぞや真治に放った899矢だ。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック
  氷の精霊セプテンデキム・スピリトゥス899頭グラキアーレス
     集い来りてコエウンテース 敵を切り裂けイニミクム・コンキダント
       魔法の射……っ!!!」

 ふと真治を見ると、身体を限界まで引き絞って身体を深く沈みこませている。

 矢を番えた弓のようだ、と思ったときには身体が反応していた。

 真治は全身の筋肉をばねのように使い、無音で目の前の空間を切り裂いた。

 それと同時に、身体を捻ったエヴァの肩を深く切り裂く剣線が通った。あえて魔法に当てはめるなら空間婉曲魔法といったところか。

 深く切りつけられた傷は、いつもならすぐに完治するはずなのに、一向に治らない。おそらく剣に込められていた神気が原因だろう。

 飛び続けることが困難となり、どさっ、と大橋の上に不時着する。

「くっ……」

「破ぁっ!!!」

 瞬動術で剣の間合いに飛び込んだ真治は大きく剣を振り上げる。

 真治の残り僅かな霊力を食いつくさんと神剣が霊力を吸い上げる。

 切られれば確実に命は無い。だというのに、エヴァの顔には諦めや怒りではなく、穏やかな色が広がっていた。まだ勝機があると思っているのではなく、死を受け入れた表情。

 一瞬、真治はためらったが、心を殺しきると剣を振り下ろした。

 しかし、その一瞬が命取りだった。

 エヴァの身体に触れる寸前で、神剣の神気が無くなり、八握剣の輪郭がぼやける。

「あっ……」

「……く、ははは、甘い、甘いな真治。殺しに来た相手の身を案じるなど、甘いにもほどがある!!!」

 すっ、と八握剣は何の手ごたえもなしにエヴァの身体をすり抜ける。一瞬の間を置いて、身体に手をあてたエヴァが状況を理解すると、手に無詠唱でエクスキューショナーソード(エンシス・エクセクエンス)を作り出し、薙ぎ払った。

「がぁっ!」

 すぱっ、と真治の手首が切り落とされる。

 途端、噴水のように吹き出る真治の血。エヴァはその血を全身に浴び、啜った。すると、見る間に肩の傷は癒え、消費した魔力は元通りに、いや元を遥かに超える量となってよみがえった。

 エヴァの魔力によって巻き起こる暴風。それに吹き飛ばされ、真治は数メートル吹き飛ばされる。

 真治は震える指で、札を抜き取ると手首に貼り付けた。すると、吹き出ていた血がぴたっと止まった。が、次が続かない。霊力は底をつき、切り札であった八握剣は自らの霊力不足で消えた。

 あまりにも血を出しすぎて朦朧とする視界で自らの血を大量に被ったエヴァを見る。鮮血に塗れて笑うエヴァはどこか哀しそうだった。

 ふと、先日のエヴァの姿が思い出される。そして先ほどのエヴァの慟哭も。一瞬、食べられてもいい、という考えが頭を掠めるが、次に思い浮かんだ考えで打ち消される。

 ここを出たエヴァはどうなる? 祖父の話では、元は人間だったのを無理やり吸血鬼にされ、六百年もの時を狙われながら一人で過ごしたのだという。そして、そんな彼女を闇から助け、ここ、麻帆良ひかりに連れて来たナギ・スプリングフィールド。

 折角闇から抜け出せたのにまた闇に戻ろうというエヴァ。刺激が無く、退屈な麻帆良ひかりに飽きが来ているのだろうが、それこそが幸せだと彼女は気づいていないのかもしれない。ならば止めなければ。今のクラスメートは良くも悪くもあけすけだし、エヴァにとってもいい刺激となっているに違いない。

 震える左手で新たな札を五枚出す。霞がかかる意識を叱咤して、喜んでいるエヴァに向かって神呪を唱える。

「我が身は、我にあらず……」

 身体は重く、今にも膝を突いて倒れこみそうになる。しかし、自分が此処で倒れたら、エヴァはどうなる? それに、あの娘達も。悲しませてしまうかもしれない、辛い思いをさせるかもしれない。そして、何より今の自分のポジションに、自分以外の男が着いていることを想像し、吐き気が出た。

 しかし、今は目の前のエヴァに集中する。あの話を聞いたとき、祖父から頼まれた。『あの子を頼む』、と。それに、負ければどうせこの命は無くなる。ならば使うなら誰かが幸せになるほうに使おう。

 ばっ、と顔を上げると印を組み、くっついかのように動かない唇を動かす。

「我が吐息は神の息吹、我が身に流れる血潮も、御神の物也!」

 なけなしの霊力が無くなっていく。胸が苦しい、足が痛い、頭ががんがんする。やめてしまいたい。今すぐ眠り《にげ》たい。

 でも、できない。できるはずがない。一人で行くといったときの二人の心配そうな表情を思い出すと、自然と顔が綻んだ。

「この身は神の器也。神よ、御身は此処に在り」

 自分の身体の様子を確かめていたエヴァがようやくこちらを振り返る。顔に笑みを浮かべ、余裕を取り戻したのは最早真治が何も出来ないと高をくくっているからか。

「即ち、我が敵は其の敵。神に仇成す者には天罰を与えん……」

 すぅ、と身体から何かが抜けていく。もはや何も見えていない目でエヴァを見据える。

「我は、神の威を借るものなり」

 すっ、と意識が薄れていくのが分かる。それと同時に体に何かが流れ込む。

「今、ここに神は降臨されたり」

 刹那と木乃香。二人の顔を思い浮かべながら、一言『ごめん』と呟き、自らの胸に札を叩きつけた所で、真治の意識は暗転した。




 やっちゃった感が拭い切れない回でした。

 エヴァが原作以上に厳しく、容赦の無い点について。

 エヴァは女子供には基本的に寛容という事になっています。対する主人公は、エヴァが認めた男。友だからといってエヴァが手を抜くのは、なんか変だし、自分が
認めた男ならこれくらい乗り越えて見せろ! と言いそうなのでこうしました。

 主人公が最後に使ったのは、神の威を借りる技で、『神威』と名づけました。
 本来自滅技で、使用した術者の体に神を降ろすという荒業です。当然術者の体は耐え切れず、死んでしまう、という技ですが、当然ご都合主義によってまだ生きております。

 以後、少し小難しい話が続きます。

 主人公が出した奥の手は十種神宝といい、本来の名を天璽十種瑞神寶(あまつしるしめすとくさみずのかむたからという十種の神具の一つ八握剣です。
 鍔は八握剣の対になっている八陵鏡で、柄尻から垂れるのは十種神宝を扱うにあたって必需品の潮満珠と潮引珠です。前世の主人公が使っていた武器で、魂レベルで繋がっているので今の主人公も使えた、という設定にしています。
 本来、十種神宝は石上神社に奉納されている宝ですが、そこは主人公が奥の手として近右衛門に無理を頼んだ、ということで。
 八握剣は凶邪を罰し平らげるもの。という伝聞が残っており、破邪退魔の力が宿っていると考えられます。それ故エヴァは苦手にした、ということで。
 今は八握剣しか所持しておりませんが、原作前には揃わせたいです。とはいえ、真治は神ではないので圧倒的に気の容量が足りず、ひとつ、多くて二つぐらいしか顕現させらず、時間制限もつきます。ここは、まぁ俺TUEEEEEにならないような措置と思ってください。
 



[12290] 第九話 序章完 12/8改正
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2010/12/08 00:13
「ぐっ……うぅ。ぁぁぁぁぁ」

 酷い頭痛で目が覚めた。体の中を何かが駆け巡っている。体は鉛のように重く、指一本動かせない。しかし、この痛みと、両手を包む暖かな温もりが生を実感させてくれる。

 手を握ってくれているだろう二人を見たかったが、それも叶わず、真治の意識は再び闇に落ちた。




 次に意識が覚醒したのは自分の部屋だった。いや、昨晩は目を開けることすらままならなかったので居場所は分からないが。

 未だずきずきと痛む頭を、まるで自分の物じゃないような感覚の手で押さえる。

 痛む頭で自分の身に何が起こったのかが整理しきれない。

「……起きたか」

 ふとかけられた声に振り向くと、そこにはいつも通りのエヴァの姿が。

 少し心配そうに見つめるエヴァの目を見返して、真治は昨夜の記憶を思い出した。

「負けた、のか? いや、ならなんで俺は……」

「いや、実際負けたのは私だ。だが、そんなことはどうでもいい……」

 エヴァはつかつかと真治に歩み寄ると、胸倉を掴んだ。

 重い体では碌な抵抗もできない真治が、床に引き摺り下ろされる。ふと自分の右手を見ると、綺麗に元通りな自分の右手が。

 そのことを聞く前に、エヴァに怒鳴られた。

「あれは何だ! あれは人間の出来る動きの限界を、軽くみっつよっつは超えていた!」

 ものすごい迫力で怒鳴るエヴァに圧倒され、真治は思わず閉口した。

 あの術は真治も知っているだけで実際どうなるかは知らなかったし、禁忌中の禁忌だった。自らの体を媒介に神を降ろす『神威』。使用する者の命はまず無いとされ、生前の自分も一生涯使わなかった術だ。

 あれを使おうと決心したのはエヴァのため。今までのような利害関係で付き合うような仲ではなく、ちゃんとした友達を作って欲しかったから。

 上手く纏まらない頭を何とか駆使し、昨日の思いと、その思いを伝える。

「友だと? 友ならば貴様が居るではないか!」

「こんな、利害関係じゃない。友達のために一生懸命になって、一緒に馬鹿やったりする、暖かいやつだ」

「嘘をつけ! ならば貴様は何だ!? 私のために馬鹿みたいに一生懸命になって、命さえ懸ける。そんな大馬鹿者はほかに探しても見つからん!!!」

 はっ、と真治は頭を上げた。エヴァの身を案じ、エヴァのために一生懸命になる。確かに、自分が言った理想的な友達像の一つである。

 真治は一瞬目を閉じ、開けるとぎしぎしと軋む腕を伸ばした。

「なら、俺たちは友達なんだろう。これからもよろしく、エヴァ」

「……ふん。真治が望むならなってやろう。真治のような大馬鹿者は他には居ないだろうからな」

 エヴァは照れくさそうに頬を掻くと、しっかりと真治の手を握ってくれた。

 と、そこで下から複数の足音が近づいてくる。

 こんこん、とノックの音が響いた後、ドアを開けて見慣れた二人が入ってきた。

 二人は部屋の中に居るエヴァを険悪な表情で睨んだかと思うと、体を起こしている真治を見て目を丸くした。

「や、二人とも。元気そうで何より」

 なるべく湿っぽくならないよう、明るく言ったつもりだったのだが、効果は無かったようだ。二人はぶわっ、と涙を溢れさせると真治に向かって駆け出した。





 一時間後、泣き疲れて眠る二人の頭を撫でていると、いつの間にかエヴァが近右衛門を連れて入ってきた。

 エヴァに今回の死闘は近衛門の暗躍によるものだと聞いているが、それについては何も思わない。力を願ったのは自分。非常になりきってまで自分の成長を願ってくれるこの祖父を恨む気持ちは微塵もなかった。

 はぁ、と溜息を付いた真治は自分の膝の上で不満そうに顔をしかめる二人の頬を撫でる。眠りながらも、そっ、と手を添えて顔を綻ばせる二人に真治は胸が満たされた。

 エヴァは真治に撫でられる二人を見て羨望を覚えた。別に真治の手が羨ましいわけではない。愛するものに愛してもらえるということに羨望を覚えていた。

「……そういえば、この手はエヴァが?」

「ん、ああ。昔手に入れたエリクサーもどきでな」

 さらっ、と口にするエヴァに真治は固まった。エリクサーとは、如何なる病も治すことができる。や永遠の命を得ることができる。さらには死者を呼び戻すと言われている秘薬。体の一部分の欠損を完全に治すほどの出来のものならば、時価数兆円は下らないだろう。

 しかし、それを使って尚倦怠感が体を包む。霊力を使いすぎたせいか一時的に枯渇して満足に練る事すらもできない。

「なに、自分でやったことだ。気にするな。それより、その場に居たこの二人を説得するほうが骨だったぞ」

 エヴァはなんでもない、というように軽く手を振ると、げっそりとした顔を見せた。

 何でも聞くと、『神威』を発動した真治は素手でエヴァをぼこぼこにしたらしい。しかし、止めを差す前に真治の体に限界が来て倒れた。そこまでは良かったのだが、そこでやってきた二人が、真治の血で真っ赤のエヴァと手首より先が無い真治を見た。

 その先は予想できるだろう。半狂乱になって暴れる二人を押さえつけると真治ごと影の転移魔法《ゲート》でエヴァの家に行き、エヴァの飲ませようとする薬を疑う二人を宥めすかしながら何とか真治に飲ませることが出来たらしい。

 二人が正気を失ったと聞いて、先を心配する気持ちと嬉しい気持ちが湧き上がる。そして、死にたくない、という気持ちが今更ながら沸いてきた。

 そんな真治を見るとエヴァは頷いた。

「そうだ。その気持ちを忘れるな。経験上、生への執着が強いやつ程手強かった。その気持ちさえあればあんな馬鹿な真似はせんだろう。まぁ、何事も経験だ。青二才」

 昨夜の決闘でも同じように聞いた言葉だったが、今回のものには暖かいものがあった。真の意味でエヴァと友になれたことを実感し、笑みが零れた。

「何を笑っている? ……それとな、お前は一日しか経っていないと思っているようだが、あれから二週間は経っているぞ?」

「……なんだって?」

「貴様の容態が安定するまではとりあえず別荘に置いておいたがな、昨夜少し目を覚ました様子だったからここにつれてきたのだ」

 ぽかん、と間抜けな顔を見せる真治にエヴァは気づいてなかったのか、と言い返した。

「そこの二人は片時も離れず看病していたぞ? 見ているこちらが呆れるほどにな」

 エヴァにそうか、と嬉しそうに一言返した真治は、上手く眠れないのか、下でごそごそと動く二人の頭を撫でた。

「あー、見ていられん。じゃあ、昨日ほど容態は悪くないようだから、とっとと寝ろ」

 エヴァは最後にひらひらと手を振ると部屋を出て行った。

 真治はそれを見送ると、軋む体を駆使して二人をベットに引っ張りあげると、そのまま意識を手放した。

 二人は真治が眠ると、むくっと身を起こした。

「せっちゃん」

「うん、このちゃん」

「強くならなあかんな。うちらも」

「うん。真治に甘えてばかりじゃいけない」

「……明日、エヴァちゃんに言ってみよ」

「……そうですね」

 実は、二人とも途中から起きていた。最初は、真治をずたぼろにしたエヴァを快く思っていなかったが、真治が気にしていないのと、親しげな雰囲気に考えを改めた。

 二人はお互いに頷き合うと、真治の体を中央にずらすと、その腕を枕にして目を閉じた。

「「おやすみ、真治」」

 二人は、一時は失うかと思ったその温もりに頬を緩めると、意識を手放した。








 序章、本編前が終わりました。

 初めは、ES細胞やiPS細胞で復活させようと思ったんですが、そういえばこの時代って普及してたっけ? と思いエヴァの倉庫をひっくり返しました。持っていても使いそうにありませんし、彼女。
 とりあえず本編前の物語は終わらせて、次は一年ほど飛んで本編に突入します。

 奥の手を使えばエヴァさえも倒せる主人公。しかし、その身には秘密がいっぱいなので、極力、力は使わないようにしたいです。



PS
 とんでもない時間放って置いて申し訳ありません。恥知らずにも帰ってまいりました。

 12/8少し改正いたしました。



[12290] 第十話 12/9改正
Name: 清明◆fd456053 ID:087dfb27
Date: 2010/12/08 19:14
 ただただ青く、雲ひとつない蒼穹が広がる空。下には分厚い雲が風に流され、漂っている。

 今、真治達はエヴァの別荘に来ていた。真治達がいるのはそんな広大な空間のど真ん中。直径二キロほどの円錐をひっくり返したような物体の上だった。

 そこで真治は木乃香と刹那を相手に模擬戦をしていた。刹那が前衛に立ち、木乃香が援護する形だ。

 刹那はじっと真治を見つめていたが、不意に翼を広げると、三次元の動きを駆使して真治に向かって行った。

 真治は刹那の動きを目で追いながら札を取り出した。それを見た木乃香が牽制に魔法の射手を放つ。

「プラクテ ビギ・ナル
   光の精霊三柱トレース・スピリトゥス・ルーキス
      集い来りてコエウンテース 敵を射てサギテント・イニミクム
        魔法の射手サギタ・マギカ 光の三矢セリエス・ルーキス!!」

 木乃香の前に光が収束し、光弾が出来る。その光弾が真治に向かって襲い掛かった。

「オンバザラ ダド、バン!」

 真治は構えた札をくるっ、と手に巻きつけると手だけを集中的に強化して、魔法の射手を弾き返し、刹那が放つ上からの唐竹割りを瞬動で避ける。

 手に巻きつけた札を解くと、呪をとなえ、地面に投げつけた。

「謹請し奉る、我が槍は土の中に在り。その槍は全てを貫く瞬槍也!」

 唱えた瞬間、地面が隆起し、刹那に襲い掛かった。

 それを上空に舞い上がることで避ける刹那。それに追い討ちをかけるようにして隆起した土の中から目にも止まらぬ勢いで金属の槍が無数に突き出る。

「っ!?」

 不意を突かれた刹那は、くるくると舞い上がることによって襲い掛かる槍の群れを避ける。

 しかし、真治の狙いはそちらではない。後方で詠唱を続けている木乃香に狙いを定めた。

「プラクテ ビギ・ナル
   来たれ光精!!! 闇を切り裂き、照らす光となれ
       雷光一閃!!!」 

 しかし、それは遅かった。木乃香は詠唱を完成させると、つい先日エヴァからもらった発動体である指輪をはめた右人差し指を真治に向けた。

 とたん目を焼く光とともに、一条の光が真治のかざした防御符を容易く破りその肩を貫いた。攻撃魔法が苦手な木乃香がこんな大技を使うとは思っていなかった真治は成すすべなく吹き飛ばされた。

「くぅっ……」

 いや、当たる瞬間、九字を切ってなんとか二重に防御壁を完成させていた。しかし完全に威力を防ぐことは出来なかったらしく、錐揉みしながら上空に向かって吹き飛ばされた。

 そんな真治に向かう刹那。翼がある刹那は360度からの自由な攻撃を駆使して真治を上空にとどまらせ、自分にとって有利な土俵で勝負していく。

 上空にいる真治は、刹那の猛攻を両手に札を巻き付けて何とか防ぐしかない。いくら浮遊術を使えたとして刹那の高速機動の前では焼け石に水だ。

 虚空瞬動で離脱しようとしたところに、止めとばかりに木乃香が魔法を発動させた。

風花 武装解除フランス・エクサルマティオー!!」

 ばしゅっ、という音と共に、真治が手に巻き付けていた札はおろか、真治のポケットからも札や数珠が飛び出した。

「くっ……」

「はあぁっ!!!」

 真治の抗魔用に付けていたアミュレットもなんら効果を示さない。

 驚きに身を固める真治に刹那が振り下ろした峰での強打を、腕をクロスさせて防ぐ。体全身を揺さぶる衝撃と共に、真治の体がまっすぐに墜落した。

 真治はそのあまりの勢いに、受身を取る余裕もなく叩き付けられる。背中を強打したことによってがふっ、と肺の中の空気が強制的に排出された。

 ひりつく喉に手をやりながら、あわてて転がろうとしたが、次の瞬間には真治の喉元に無骨な大太刀が突きつけられていた。

「……お見事。完敗だ」

 2,3度息を吸い、新鮮な空気を肺に入れた後、すっ、と両手を挙げ敗北宣言をした。

「やったぁ! せっちゃん、初勝利やで!!」

「うん、やったね。このちゃん」

 手を取り合って喜ぶ二人に真治は寝転がったまま苦笑した。最初は二対一でも、木乃香が攻撃魔法をなかなか習得しなかったので何とかなったが、闇の吹雪級を持ってこられると、きちんとした札が無いと勝てないほどにまで二人は強くなっていた。

「まったく、だらしないな。真治」

 少しイラついた様子の声に振り向くと、案の定不機嫌なエヴァが。

 大方気に入っている真治が負けたのが気に入らないのだろう。

「まぁ、確かに木乃香と刹那の才能は相当なものではある。……正直なところ、たかが一年とちょっとでここまで上り詰めたその技量には感服する」

 実際、別荘を多用しているので二年近くにはなるんだろうけども、それにしてもかなりのスピードだった。

 それは単にエヴァの効率のいい指導と実践を中心とした魔力運用の叩き込み、後は木乃香自身の意志だろう。強くなりたい、その意志は真治とエヴァの決闘のときからずっと木乃香と刹那が思い描いていることだった。

 木乃香の急成長に目を奪われがちだが、刹那の上達振りも凄い。真治の前世の知識にある、チャクラを使った効率的な気の増幅や運用がきっかけとなり、今でその気の扱いには師である葛葉 刀子ですら舌を巻くほどだ。もちろん、剣術も鍛錬を欠かさずやっているおかげで技のキレと威力が大違いだった。

「本当だよなぁ。まさか二年ほどで追いつかれるとは……」

 しかし、それに対して真治は一つの壁にぶつかっていた。それは決め手の少なさによる決定打不足だった。

 真治の結界は一流どころか超一流と呼んで差し支えないレベルにまで高められている。術の応用性も高く、真治自身のバトルセンスも一流。しかし、決め手となるような技が少なかった。

「何を贅沢な悩みをしている。馬鹿者」

 う~ん、と唸っていると、エヴァにぴんっ、と額を指ではじかれた。

 ん? と見返すと、エヴァが呆れた表情で見返してきた。

「貴様にはあの反則じみた剣やら勾玉やらがあるではないか。何が不満なんだ」

「あれは一回使ったら消耗が激しいからな。もうちょっと連発出来る大技が欲しい」

 エヴァはなるほど、と頷いたが顎に手を当てて頭を振った。

「……ふむ、陰陽術師のことはあまり詳しくないからな。助言できることは少ない」

「ああ、今じゃ知る人はほとんどいないだろうからな」

 師がいない、ということが最大の弊害だった。前世の自分が使っていた技は全部使いこなしている。まぁ、今作り置きしている札が使えるようになればエヴァとも打ち合えるのだが、便利な道具に頼りすぎるのはよくない。

「ま、そのうち何とかするかな」

 十種神宝を使いこなすなりなんなりして何とかしなければいけない。

 目下のところの目標は十種神宝の多重投影だろう。

 ふと、視線を感じ、目線をずらすとそこには目を輝かせた二人が。

「どうした? 二人とも」

「えへへ、あのな、せっかく初勝利したんやし、ご褒美があってもいいと思うんよ」

 隣では刹那もうんうん、と頷いている。

 そんなことを言われても用意なんかしていなかった真治は困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

「そんな立派なものじゃなくても……ただ、最近忙しかったから」

 もじもじしながら刹那の言った言葉に、真冶はああ、と納得した。

 最近、修行ばかりで忙しかったから三人でどこかに出かけたり、ということはあまり無くなっていた。

 真冶は、わかった。と頷こうとしてちら、とエヴァのほうを見た。

 エヴァは顎に手を当てて、期待に目を輝かせた二人と、どこかそわそわしている真冶を見て、頷いた。

「いいだろう。修行も一段落したし、真冶も少し考える時間が必要だろう。二週間……いや、一月ほど遊んで来い」

 その予想外の言葉に三人は色めき立った。もらえてせいぜい三日ぐらいだと思っていたのだ。

 早速デートの計画を立て始める三人にエヴァは苦笑すると、念のために口を開いた。

「言うまでもないと思うが、自己鍛錬は欠かすなよ。それと、私も忙しくなるから家をちょくちょく空けることになる」

 了解、はーい、と返事が返ってくる。浮かれている三人に釘を刺しておくべきか、とも思ったがやめておく。

 ニコニコと話す刹那を見て思う。だいぶ変わったな、と。前は口調も固苦しく、雰囲気もどこか陰鬱としたものを背負っていたが、今はどこにでもいる少女だ。

 エヴァは、そんなところが気に入っていたはずなのだが、今のほうが良い、と思うのは心境に変化があったからか。

 何にせよ、戦うときはきっちりとスイッチが切り替わっているので、特に問題はない、と思考を片付けた。現にここまで慕っている真治をぼこぼこにしていたことだし。

 エヴァは、茶々丸が持ってきた紅茶を飲みながら、話し合いからじゃれあいに変わってきた三人を、微笑ましそうに見つめた。





 事のきっかけは、いつもの馬鹿騒ぎから始まった。

「ええーー!? 彼氏ができたー!?」

 昼、いつものように騒がしい教室で、いつもの二人に加え、最近よくしゃべるようになった明日菜を混ぜてご飯を食べていた真冶は、教室に響き渡ったその声に、一瞬手を止めた。

 声を上げたのは釘宮円。必死にその口を押さえているのは柿崎美砂だった。

 なんやなんやー、とお祭り大好きなA組はクラスにいた大半がそこに向かって行った。当然、お年頃な明日菜や木乃香もそれにつられるように慌しく駆けて行った。

 教室のほとんどが一斉に動く様を見て、同じようにぽかん、とその様子を見つめていた刹那と目が合い、お互いに苦笑する。

「大変だな、柿崎も」

「そうですね。根掘り葉掘り聞かれそうだ」

 特に、ゴシップ好きな朝倉からはしつこい追求が待っているだろう。と、そこで十分ほど騒ぎあっていた団体の目がばっ、と一斉にこちらを向いた。

 たくさんの目に見つめられ、思わずたじろぐ二人。そんな二人など意に介さず、そのお祭り集団は少し顔を赤くした木乃香を押しながら、一斉にこちらに押しかけてきた。

「あー、なんか用か?」

「ねぇ、あんた木乃香と刹那ちゃんの両方と付き合ってるって本当?」

 ものすごい勢いで迫ってくる明日菜を見て、やっぱりか、とため息をつく。視線をずらせば、手を掲げて謝るジェスチャーをする木乃香が。

 ふと周りを見ると、その視線はどれも少し険を孕んでいるように見えた。

 ま、当然だよなぁ、と今の関係を正確に把握している真冶は苦笑する。世間体的に、今の三人の関係はおかしいと言える。そして、真冶は傍から見れば、二股をかけている最低男だ。いや、間違っちゃいないが。

「ま、そうだよ」

 こうなった以上隠し通せるものではないので、あっさりと頷く。

 あっけらかんと頷いた真冶に、周りの人垣からむっ、とした雰囲気が漂ってくる。

 とたん、飛び交う真冶に対する罵声。しんじられない、や最低、といった言葉だが、たくさんの人から言われればそれなりにくるものがある。

 そして、真冶は女性からすればふしだらな男だろうからな、と思い、甘んじてそれを受ける。刹那と木乃香はそれを止めようとするが、周りの勢いにかき消され、誰も聞いていない。

 と、そこでこの喧騒を止めたのは意外な人物だった。

「ちょっと待った」

 そう言って手を上げて周りをどうどう、と嗜めるのは、普段から修羅場が大好き、と言っている早乙女ハルナだった。

「パル?」

 ハルナだと止めるより、むしろ扇動するんじゃないか、と周りは疑問の声を上げる。

 それに、酷いなぁ、と返しながらハルナは口を開いた。

「皆が思っているのは、長原君が二人のどちらかを振って二人が傷つくんじゃないか、って事だよね?」

 うんうん、と人垣が一斉に揺れ動く。

「う~ん、断言はできないけど、それは多分ないと思うよ」

「なんで?」

「私がラブ臭を嗅ぎ取ることができるのは皆知ってるよね?」

 本来存在しないはずの臭いだが、ハルナは普段からそれを連呼しているので、とりあえず周りは頷く。

「で、そのラブ臭の強さ……便宜上ラブパワーとでも言いましょうか。人間が発することができるラブパワーの限界が100とするよ?
 小学生の初々しいカップルが15くらいで、中高生のカップルが30.大学生以上ないし大人な関係を持っているカップルが50っていうのが私が今までの経験上の基準値なの」

 ほ~、と周りは感心する。存在するかわからないもので、大人な関係かどうかまで嗅ぎ分けるとは。もちろん出任せだが。

「んでね、木乃香のラブパワーが、なんと73もあるのよ!」

 ええー、と周りが驚きの声を上げる。すでに、懐疑的だったハルナの特殊体質を完璧に周りは受け入れている。相変わらず対応力の強いクラスだ、と真冶は苦笑した。

「んでもって、刹那ちゃんが74!」

 おおー、と歓声が上がる。もはやそこは、真冶を問い詰める場ではなく、お祭り騒ぎをする場になっていた。

「そんでもって、長原君が木乃香と刹那ちゃん両方にちょうど78のラブパワーを放っているのよ!!」

 とうとう,わー、と歓声が上がり、拍手が巻き起こる。やるじゃん、と鳴滝姉妹にうりうりと脇腹を小突かれる真冶は、机に突っ伏していた。もうどうにでもしてくれ、といった心境だった。

「これは、今まで感じた中でも最も強いラブパワーなのよ! 今までの高畑先生と……あ、なんでもない。とにかく、今までの最高を大幅に塗り替える記録になったのよ!!!」

 ハルナは思わず口を滑らせてしまい、猛烈な勢いで突っかかってくる明日菜を人の壁をうまく利用して避けながら説明を続ける。

「ようするに、長原君と二人は、よっぽどの事がない限り別れる事がない、強いラブで結ばれた関係なのよ! だから、これ以上の詮索は野暮ってものよ。それより、私はエヴァジェリンちゃんがたまにどこか遠いところを見てるときの71の数値が気になるんだけど……」

 今まで騒いでいた一団は、ハルナの後半の台詞を聞いて、次のターゲットへと襲い掛かった。去り際に、ぱちん、とウインクを残していったハルナが眩しく見えた。

 嵐のような一団が去った後には、ぐったりとした刹那と木乃香。机に突っ伏している真冶が残された。

「台風みたいだったな……」

「でも、皆あんなに真冶のこと悪く言わんでもいいやん」

「本当に。真冶も少しは言い返せばよかったのに」

 むー、と膨れる二人に苦笑する。遠くから聞こえてくる「何だ貴様ら? ちょっ、まて、……た、助けろ茶々丸、真冶ー!」という声は笑って聞き流す。

「ま、これで学校でも堂々といちゃつけるからいいんやけどなー」

 とたん、両肩に柔らかい重みがのしかかる。言うまでもない、刹那と木乃香だ。

 学校内でこういうことをするのはあまり好きじゃない真冶は身をよじって逃げようとしたが、幸せそうなため息をつく二人に、あきらめた。

 よっ、と体を起こして昼食を再開する。量が少ないため、すでに食べ終わっている二人は、真冶の邪魔にならないように、すすっと身を寄せてきた。

「……あいつらが気づくまでだぞ」

 それでも少し食べにくかったので、じとめで横を見るも、幸せそうな笑顔を返されて何も言えなくなった。 

 抱きついてくる二人の少し早い鼓動が聞こえてくる。猫のように擦り寄ってくる二人に、ついつい抱きしめたくなってるが、ここが学校だという事を思い出して踏みとどまる。

 顔をこすり付ける木乃香と、肩に顔をうずめて緩みきった表情を見せる刹那。二人といつものようにいちゃいちゃしようとする手を止めるようにするのには相当苦労した。




 あれ? なんか見たことあるぞ?という方はお久しぶりです。なんだこの小説? という方ははじめまして。ありえない期間放り出しておいて戻ってきた清明と申します。今後はさらに甘さを増していく三人のいちゃラブ具合に三倍濃縮ブラック片手にお楽しみください。
 また、ストックが無いまま考え無しに投稿したので更新は不定期とさせていただきます。ご了承ください。

 PS
 いきなりですが少し改正を。
 木乃香が闇の吹雪はおかしいだろ! はい、おかしいです、すみません。いや、何で気がつかなかったんだろう? ということでオリジナル魔法を。

 雷光一閃
 詠唱は闇の吹雪などを転用したもので、威力もそれに追随するもの。むしろ一点突破なので貫通力はかなりのもの。スタングレネードと攻撃を兼ねる何気に便利な技。


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