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[1200] 麻帆良に落ちた敗北者
Name: ばきお
Date: 2006/05/13 12:10
 



 ある世界に強大な力を持った赤いドラゴンがいた。








 五百年の時を生き、人々に邪竜と恐れられた最強の赤竜。








 人間はもちろん、あらゆる魔族、魔物、同じ竜族さえ敵に回しても尚、不敗を貫いた。








 しかし、彼は初めての敗北を味わうことになる。








 圧倒的な敗北。








 相手は幾多の世界の管理者、神と呼ばれるもの。








 神との戦いに敗れ、彼はその強大な力と巨大な体を失った。








 神曰く、








「お前の力と姿はもう二度と元には戻らね~よ、バ~カ!」








 との事らしい。








 挙句の果てに、彼はそのまま別世界へ飛ばされてしまう。








 屈辱にまみれたドラゴンは新たなる世界で様々な出会いを果たす。








 これはそんなドラゴンの物語。










[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第一話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 13:35
「ここら辺の筈なんだが……」

 麻帆良学園の学生兼警備員であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは呟く。
 彼女は自分の住むログハウスの近くに突如感じられた異変を探しに、従者である絡繰茶々丸と共に夜の闇を走っていた。

「ん? ここか?」

 一際強く異変を感じる場所に辿り着く。

「マスター、空間の歪みを感知しました」

「空間の歪みだと? ―――な、なんだ、あれは!?」

 エヴァンジェリンの眼前に現れたのは、孔。
 まるで某ネコ型ロボットが乗るタイムマシンの出入り口のように、空間にぽっかりと孔が開いている。

「ゲート……瞬間移動(テレポート)のものとは違う」

「マスター、あの孔から生体反応です。――来ます!」

 茶々丸の発言と共に二人は身構える。
 そして孔から現れた者は

「ぷげっ!」

 顔面から地面に落下した。
 よほど痛かったのか両手で顔を抑えてうーうー唸っている。

「……なんだ、こいつは? 」

 孔から現れたのは短めの逆立った赤い髪に勝気そうなつり目の少年だった。
 その少年の少し可哀想な姿に毒気を抜かれたエヴァと茶々丸。

「一応反応は人間のようです。若干の魔力は感じられますが」

「ぐっ、どこだ、ここは? 」

 少年は顔をさすりながらあたりを見渡す。

「おい、貴様!」

「……なんだ、てめぇ」

 少年は貴様と呼ばれたのが気に入らなかったのか、エヴァへの不快感を隠そうともせず睨みつける。

「……口の聞き方を知らんガキだな、茶々丸! あいつぶっ飛ばせ」

 エヴァの方も明らかに10歳かそこらにしか見えない子供にてめぇ呼ばわりされるのは気に入らなかったらしい。
 エヴァの見た目も少年とそんなに変わらないのだが。

「了解しました、マスター」

 エヴァの命令に応え茶々丸は身構えた。
 普段ならエヴァも茶々丸の援護に入るのだが、生憎と今宵は魔力を回収してきたばかり。
 麻帆良学園に張られた結界により魔力を極限まで抑えられているエヴァは、ある計画のためもあり援護に入らなかった。

「行きます」

「む……」

 茶々丸は一瞬で少年との距離を詰め、右ストレートを放つ。
 少年はその右ストレートを

「へぶろっ!?」

 避けれる訳もなく顔面に受けふっ飛んでいった。

「よ、よわ!? お、お前、こう言う場面ではあっさり避けるなり逆に茶々丸をぶっ飛ばしたりするもんじゃないのか!?」

「な、なに言ってんだ、お前」

 エヴァは何か間違った解釈をしていた。

「ちっ、まぁいい。それでお前何者だ? なんの目的でこの学園に侵入した?」

 なんとか立ち上がり、少し涙目になって鼻血を拭っていた少年にエヴァは聞いた。

「学園に侵入だと? なにを……」

 と、少年は途中で言葉を切り、何かを思い出すかのように首を傾げた。
 4、5秒考えた後、少年はエヴァに尋ねる。

「おい、ここ3日間ドラゴンが暴れたりしなかったか?」

「はぁ? 貴様、突然何を言っている。そんなことが起きる訳ないだろ」

 可哀想なものを見るような眼差しでエヴァは少年の問いに答える。

「クソッ、本当に追い出しやがったな……」

 エヴァの眼差しはあえて気にせず少年は舌打ちをする。

「それよりも早く私の質問に答えろ、貴様は何者で何の目的でこの学園に来た!」

 力を抑えられているとはいえ、彼女は長い時を生きた吸血鬼の真祖。
 その幼い外見からは想像できないほどの迫力をもって、エヴァは少年に詰め寄る。

「ふん、別にこんな所に用なんかねぇ」

 並の者ならば萎縮する程のプレッシャーを向けられても、少年はなんら平常心を崩すことなくエヴァの問いに答える。

「では何故ここにいる? それに貴様が出てきたあの孔。あれはなんだ?」

「……気づいたらここに飛ばされていた。お前が見た孔ってのは出口だ」

「出口、だと? じゃああれは瞬間移動の魔法の類だとでも言うつもりか?」

 エヴァ自身、魔力さえ抑え込まれていなければ影を利用した瞬間移動の魔法を扱える。
 だからこそ、もう消えてしまっているがあれが魔法を用いてなにかを媒介にしたゲート、瞬間移動の類でないのはすぐにわかった。
 故にエヴァは少年が嘘を言っていると確信する。
 ――しかし

「魔法じゃねぇ。まぁ出口ってよりは、見たまんまの孔だな」

 少年はあっさりと魔法の類であることを否定した。

「だからなんの孔だと聞いている!」
 
 少年の定まらない答えにエヴァはイラつく。
 そんなエヴァに少年は面倒くさそうにタメ息をついて答える。

「壁だ。異なる世界同士が交わらないようにしている壁。それに開いた孔だろ」

「異なる世界同士が交わらないようにしている壁? おい、何を言っている」

 少年の訳のわからない答えにエヴァは少し戸惑う。

「推測してみろよ。そんな孔から出てきたオレが何者なのか」

「……異世界の者だと言うつもりか?」

「そういうことだ。多分な」

 普段なら鼻で笑う所だが、エヴァはその異常を目撃している。
 瞬間移動ならすぐにわかる。悪魔等の召喚でもない。ましてや異空間にあると言う魔法の国から来た訳でもあるまい。というよりもそんなものの出入り口が此処にある筈もなく、あんなものである筈がない。
 そもそもエヴァが駆けつけたのは魔力を感知した訳ではない。
 感知したのは異変・異常の類だ。
 そんなものを見た後では、少年の言っている事が真実味を帯びてくる。
 
「……いいだろう、今は貴様のその戯言を信じてやる。その代わりにこっちに従ってもらうぞ」

 エヴァは少年の言葉を全て信じた訳ではなく、とりあえず保留ということにした。

「……動きようがねぇ、か」

 言葉通りに少年には動きようがなかった。
 逃げようとしても茶々丸もエヴァもそれを許さないだろう。
 もし逃げれたとしても、少年にとってここは異世界。
 力無き者が、しかも人間の子供にしか見えない少年が生き抜ける程、簡単な状況ではない。
 元より少年には選択肢は無かった。




 少年がエヴァに連れらて来た場所は麻帆良学園の学園長室だった。

「おい、ジジィ! おもしろいもの拾ってきたぞ!」

「ふぉ!? なんじゃ、ノックもせずに!?」

 エヴァがノックもせずに入った部屋には、それはもう仙人としか言いようが無い老人がいた。

「ん? 誰じゃ、その子は?」

 老人がエヴァと茶々丸がつれて来た少年に気付く。

「だからおもしろいものを拾ってきたと言ってるだろ? 本人の言葉を信じるなら異世界から来たらしい」

「異世界とな? お主がそう言うからには何か理由があるんじゃろ?」

 そう言って学園長はエヴァに視線を向ける。

「あぁ、こいつが出てきた孔……アレは異常だった。瞬間移動の類でもないし、何より魔力を感じなかったから魔法の類でもない。だが確かに空間にぽっかりと孔が開いていた。こいつ曰く異なる世界同士が交わらないようにしている壁に開いた孔らしいが」

「異なる世界同士が交わらないようにしている壁か……ふむ、それに開いた孔から出てきた君は異世界の人間という訳じゃな?」

 そう言って学園長は長い髭を撫でながら少年を見る。

「……まぁ、そういうことだ。信じる信じないはてめぇらの勝手だがな」

「ふ~む、なるほどのう」
 
 少年の答えをどう受け止めたのか、学園長は少し考えこんだ。

「そうじゃ、自己紹介がまだじゃったのう。わしはこの麻帆良学園の学園長、近衛近右衛門じゃ。君の名はなんというのかのう」

「……ファフニールだ」

「大層な名前だな。北欧神話の邪竜と同じ名前とは」

 エヴァの言葉にファフニールは少し驚いた。
 違う世界に自分と同じ名前をもった“ドラゴン”がいることに。
 そしてそのドラゴンもまた、自分と同じように邪竜と呼ばれていることに。

「ほう、この世界にも俺と同じようなドラゴンがいるのか」

 そんなファフニールの言葉にエヴァは引っかかりを感じた。

「ふん、あくまで神話の話だ。それにお前と同じようなだと? お前は人間だろう」

「ッち、今はこんな姿になっちまってるが、元々オレはドラゴンだ」

 もの凄く忌々しそうにファフニールは答える。

「貴様、私を馬鹿にしてるのか? 異世界から来たと言うことも完全には信用できんのに、今度は貴様がドラゴンだと? 戯言もいい加減にしろ小僧!」

 さすがに突然過ぎるファフニールの言葉に我慢出来なくなったのか、エヴァは声を荒げる。

「うるせぇ! 誰が好き好んでこんな姿になってこんな所に来るか!」

 そのことに関してはファフニールも思うところがあるのだろう。
 エヴァに負けじと怒鳴り返す。
 そのまま両者はウ~、と睨み合う。
 はたから見れば微笑ましい子供の喧嘩にしか見えないのだが。

「ま、まぁ、落ち着くんじゃ、二人とも。それでファフニール君、君はこれからどうするつもりなのかね?」

 そんな学園長の問いにファフニールは少し冷静になって答えた。

「……どうするも何もどうしようもねぇ」
 
 どうにかなるのだったらファフニールはエヴァについて来なかっただろう。

「では、しばらくの間この学園で生徒でもやってみてはどうかね? ちょうど明日から新学期じゃしのう」

「……馬鹿にしてるのかてめぇ。オレは人間に教わるものなんざ何もねぇ」

 ファフニールは約500年の時を生きたドラゴンだ。
 口ぶりから頭は少し弱そうに見えるがその知能は人間より遥かに高く、その知識は人間とは比べ物にならないほど広い。

「ふ~む、じゃが君の言う事が本当なら、君にとってこの提案は悪くないと思うがのう? 住む所もこちらで用意するし、君の生活の方も面倒みよう。どうかね?」

 それはファフニールにとって破格の条件だった。

「……フン、とっても、だろうが、人間」

 その破格の条件は遠回しに監視をする、という意味でもある。
 しかし、とりあえずファフニールが生きていくにはその条件を飲むしかなかった。

「それは生徒になってくれるということでいいんじゃな?」

「あぁ」

「ほっほっほ、では決まりじゃな。そこの階段を上った部屋に仮眠室がある。今夜はそこを使うといい」

「わかった」




 エヴァと茶々丸と近右衛門はファフニールを部屋に残し、廊下を歩いていた。

「あいつ一人残してきていいのか?」

「うむ、部屋から出れば直ぐにわかるようになっておるからの。大丈夫じゃろ」

 学園長はほっほっほと笑うが、直ぐに真剣な眼差しになる。

「エヴァンジェリン、彼はお主のクラスに転入させるぞ」

「ふん、私に監視しろと言うことか? まぁ奴には少し興味があるから構わんがな。しかし転入させるといっても女子校だぞ? どうするつもりだ?」

「まぁそこは職権乱用という奴じゃよ。それに監視役はお主らだけではないぞ?」
 
 こうして奇妙な出会いがあった夜は更けていった。






 後書き

 はじめまして、ばきおと申します。

 どうやら自分が投稿していたサイトが閉鎖してしまったようなのでここに投稿させていたただきたいと思います。

 今後ともよろしくお願いいたします。

 感想、批評などがあれば、どんどん言っていただけると幸いです。

 では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 13:52

 ファフニールがこの世界に来てから一夜明け、まだ部活の朝練がある生徒も集まらない時間に学園長である近衛近右衛門、広域指導員の高畑・T・タカミチ、そしてファフニールの3名が学園長室に集まっていた。
 ちなみに今のファフニールは麻帆良学園の男子中学の服を着ている。
 タカミチがファフニールに軽く自己紹介をして、学園長はファフニールに本題を切り出した。

「昨日は時間も時間だったんで聞けなかったんじゃが、君が居たという世界の事を教えてほしくてのう」

「オレの世界? そうだな……色々な種族がいたぞ。人間に魔族、魔物、精霊族、竜族。そんな奴らが2、300の国を作って暮らしてたな」

 これ以上変に勘ぐられても面白くないと判断したのか、ファフニールは気だるそうにだが素直に喋りだす。

「人間の国は英雄と呼ばれた王達。魔族、魔物の国は魔王の位を持つ者達。竜族は竜帝。精霊族は6人の精霊王がそれぞれを治めてた」

 学園長とタカミチは、ファフニールの挙動を注意深く観察しながら話を聞いていた。

「力は他の種族に劣るが一番数が多く、優れた武器や戦略、技術を持つ人間。強大な魔力を生まれ持ち、魔獣達を統率する魔族。魔力こそ魔族に劣るが、他の種族には真似出来ない様々な奇跡を起こせる精霊族。数は他の種族より少ないがどの種族よりも強い力をもった竜族。それが各種族の特徴だな」

 一度二人に頭の整理をさせるためか、ファフニールは一旦話を止める。

「ふむ、昨日の話を照らし合わせれば、君は竜族に属していたということかの?」

 学園長は昨夜、ファフニールが自分はドラゴンだと言っていたことを思い出した。

「……群れにゃ属してねぇがな」

「この世界には、召喚されない限り特殊な生き物は人間しかいないが、そんな様々な種族がいて戦争などは起こらなかったのかい?」

 この世界では今現在でも宗教や思想の違いで人間同士の戦争が起こる。
 タカミチの疑問は尤もな事だった。

「まぁ、もっぱら争ってたのは人間と魔族だ。竜族は争いが必要以上に大きくならねぇ為に監視したりする役で、精霊族は争い事には不干渉を決め込んでたっけか」

 戦争はあるというファフニールの答えは、真偽を探っている段階とはいえタカミチにとって少し悲しい答えだった。

「魔法なんかは普通に使われていたのかの?」

「あぁ、人間なんかは他種族より低い魔力を補うために、科学と魔法を融合させた魔科学なんてもんも使ってやがったがな」

「ふ~む……どうやらこっちの世界のことも詳しく話しておいた方が良さそうじゃのう」

「そのようですね」

 その後ファフニールは学園長とタカミチから、この世界では魔法は隠されるものであり一般人の前では使ってはいけないなど、主に常識の相違部分の説明を受けた。
 しかし魔法を使えない今のファフニールにはそれは問題ではない。
 他には、この世界でファフニールの他への対応の仕方などを話し合った。
 ファフニール達の話が大方終わったところで、学園長室にノックの音が響く。

「おぉ、もうこんな時間じゃったか。うむ、入ってよいぞ」

 学園長にはノックをした者が誰なのかがわかっているようだ。
 返事を聞いて入ってきたのは麻帆良学園の子供先生ことネギ・スプリングフィールドだった。

「おはようございます、学園長先生! あ、タカミチも」

「あぁ、おはよう、ネギ君」

「うむ、おはよう。急に呼び出してすまんかったの」

「いえ、それで用事とは?」

 学園長は事前にネギを呼び出していたようだった。

「うむ、突然ですまんが、君に転入生を預けたくての。こちらが転入生のファフニール・ザナウィ君じゃ」

 ちなみにザナウィとは学園長がファフニールだけでは不自然だからと勝手に付けたものである。

「はぁ、でもその人、男子……ですよね? 僕の受け持ち女子校ですよ?」

 ネギの疑問はもっともだった。
 ネギの受け持つクラスは女子校だ。
 男が、まして自分とそう変わらなそうな年の子が入るのはおかしい。
 それを言えば10歳で教師をやっているネギも十分おかしいのだが。

「ふむ、この子はこう見えてアメリカの大学を飛び級で卒業しておってな。今回は日本の学校を見てみたいと言うので我が学園で預かることになったのじゃが、さすがに初等部の方に入れる訳にもいかんからのう。で、同い年で教師をやっている君の所に預けようと思っての」

 全て作り話である。

「そうなんですか、わかりました。僕はアナタが転入するクラスの担任のネギ・スプリングフィールドと言います。これからよろしくお願いします、ファフニール・ザナウィさん」

「あぁ」

 そんな素っ気無いファフニールの返事にネギは思わず学園長のほうを見た。

「ほっほ、照れ屋さんなんじゃよ」

「誰が照れ屋だ!」

 そうしてファフニールはネギに連れられ自分が通うことになるクラスに向かった。
 ネギとファフニールが出て行くの確認して、学園長が口を開く。

「……どう思うかね、彼の話は」

「異世界、ですか。それも召喚されるもの達が住む場所とも、魔法世界とも違う。……話自体は信じられませんが、挙動に不審な点はありませんでしたし、嘘を話している感じでもなかったですね」

 ファフニールの話はこの世界において典型的なファンタジーそのものだった。
 それを作り話と思うのが普通だろう。
 
「う~む、嘘は言っていない、か」

 しかし学園長やタカミチから見ても、ファフニールが嘘をついているようには見えなかった。

「とりあえず様子を見るしかないですね」

「それしかないかのう」




 道中、ネギは自分と同い年だと言うことで色々とファフニールに話かけたのだが、ほとんどが素っ気無い返事に終わった。

「ではここで少し待っていてください」

「わかった」

 ネギはファフニールを3-Aの前の廊下で待機させ、クラスに入っていった。
 そしてネギが教壇についた瞬間、

「「3年!A組!ネギ先生ー!!」」

 一部を除き、やたらテンションの高い生徒に歓迎を受けていた。

「えと、改めまして3年A組担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。これから来年の3月までの1年間、よろしくお願いします」

「「はーい、よろしくー!」」

「それで突然なんですが、転入生を紹介したいと思います」

 ほんとに突然なネギの話にざわざわとクラスが騒がしくなる。

「では入ってきてくださーい」

 そしてネギに呼ばれて入ってきたファフニールを見て更に騒がしくなる。
 そんな中、エヴァはファフニールに鋭い視線を向けていた。

「……ファフニール・ザナウィだ。この学園には……まぁ、成り行きで来たようなもんだ。以上」

 無愛想この上ない挨拶だった。

「え、えっと、じゃあ、誰か質問ある人いますか? 」

 シュバ!っと数人の生徒が手を挙げた。

「じゃあ、風香さん」

 最初に当てられたのは、双子である鳴滝姉妹の姉、鳴滝風香だった。

「は~い、歳はいくつ? 」

「ごひゃ…10歳だ」

 危うく実年齢を言いそうになり、学園長に言われた歳に言い換える。

「えぇ、ネギ先生と同い年!? なんで中学来てんの? 」

 もっともな疑問を風香がぶつける。

「知らん、学園長って奴に聞け」

 ばっさり斬り捨てられた。
 納得いかない顔で風香は席につく。

「じゃあ、次は朝倉さん」

 次に当てられたのは麻帆良パパラッチこと朝倉和美だった。

「えぇと、多分みんなが疑問に思ってると思うんだけど、……君、男の子でしょ? なんで女子校に来たの? 」

 そんな和美の皆一斉にウンウンと頷いた。

「さぁな、全部学園長って奴が仕組んだことだ。何故と言われても答えようがねぇ」

 ちなみにファフニールは嘘は言っていない。
 そして質問に答え終わってすぐに教員の源しずながネギに身体測定のことを伝えにきて、質問タイムが終わった。

「で、では皆さん身体測定ですので、えと、あのっ、今すぐ脱いで準備してください! 」

 そこまで言ってネギはニヤニヤした生徒の顔を見て自分の失態に気がついた。

「「「ネギ先生のエッチ~!」」」

「うわーん! 間違えました~! 」

 ネギは慌てて廊下に出た。
 が、状況がよくわかってない奴が一人。

「ファフニール君も出てかなきゃダメですよ? 」

 と、雪広あやかが言った。

「? なんで? 」

「なんでって、身体測定は服脱がなきゃダメだから」

「脱ぎたきゃ脱げばいいだろ」

 訳がわからん、とファフニールはあやかに言い返す。

「いや、一応ファフニール君は男の子な訳だし、ね?」

「あぁ、そういうことか」

 やっと合点がいったのかファフニールも教室を出る。
 そして3-Aの面々は、

「なんか、おもしろい子だよね~。あの子」

「うんうん、なんか天然っぽいと言うかなんと言うか」

「ネギ先生とは違った意味でカワイイかも」

「そうかな~、なんか生意気っぽいよ~」

 などと服を脱ぎながらファフニールの印象について話していた。
 人によって印象はまちまちだったようだ。




 身体測定中、吸血鬼話しで盛り上がっていた面々はクラスメイトの佐々木まき絵が保健室に担ぎ込まれたことを聞き、みんなで下着姿のまま保健室になだれ込んだ。
 ネギは一通り慌ててから、まき絵を見て考えていた。
 まき絵から僅かだが魔法の力を感じたからだ。

「ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ」

「あ、はい、すいませんアスナさん」

 一人で考え込んでいたネギと同室の神楽坂明日菜が話しかける。

「まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと。……それとアスナさん。僕、今日遅くなりますので晩御飯いりませんから」

「え、う、うん」

 と、ネギは笑って明日菜に答える。
 そしてネギは吸血鬼事件の犯人を突き止めることを決めていた。



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第三話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 13:54
 ファフニールはクラスメイト達とは別の所で身体測定を受けた後、これから住む場所が決まったと学園長に呼び出された。
 その場所は麻帆良学園学生寮。
 そこまではいいのだが、どうやらそこは女子寮らしく、しかもルームメイトがいるらしい。
 そのルームメイトの名は桜咲刹那と龍宮真名。
 力と姿を奪われても、長年培われてきた野生の勘や経験などは鈍ることは無く、ある程度の気配の察知は出来る。
 そしてルームメイトは普通じゃないと感じた者の内の二人だった。
 ちなみにあのクラスで普通じゃないと思えたのは刹那や真名、ネギを含め約10人程。
 そう考えるとあのクラスは異常たっだ。

「ふん、なにが表と裏の世界だ。めちゃくちゃ混同してるじゃねぇか」

 だがそれよりもファフニールは自分にとって最も重大な問題に悩まされていた。
 それは自分が最早普通の人間と変わりないということ。
 身体能力は今の自分とあまり変わらない体格の歳、約10歳くらいで測ると平均を少し上回る程度でしかない。
 魔力の方も無い訳ではないが、それに等しいくらいしかない。
 それは最強と言われ、約500年の間どんな種族に対しても不敗を貫いた自分にとってこれほどの屈辱は無い。
 生まれて初めての敗北。それで全てを失った。
 力も、姿も、自分が生まれた世界で生きる権利さえも失った。
 奪った者は神。

「まぁ、ある意味自分で招いた結果なんだがな」

 これからどうするものかとファフニールは考えながら、もう暗くなっている道を歩いていた。

「ど、どけぇ! 邪魔だ! 」

「んあ? あびばっ!?」

 猛スピードで突っ込んできた黒い何かに追突され、マヌケな声と共にファフニールは吹っ飛ばされた。

「いっつつ、き、貴様、ファフニール!」

「く、てめ、昨日の!」

 ファフニールに追突してきたのは黒いマントを羽織ったエヴァだった。

「追いつきましたよ! エヴァンジェリンさん!……って、ファフニール君!?」

 エヴァに続いて猛スピードで駆けてきたのはネギ。
 どうやらエヴァを追ってきたらしい。

「ちっ、追いつかれたか……」

そう言ってエヴァは魔法薬を取り出しネギと向き合う。

「ちょ、エヴァンジェリンさん!? 」

 ネギが焦る理由はファフニール。
 ネギはまだファフニールが特殊な存在だということは知らされていなかった。

「フン、安心しろ、ぼーや。そいつはこちら側の人間だ」

「え、じゃ、じゃあ、ファフニール君も魔法使い!?」

「フン、そんなもんと一緒にすんな」

「貴様、また自分がドラゴンだとか言うつもりじゃないだろうな」

 エヴァはファフニールがドラゴンだったという話は信じていない。

「……っち、今はこんな姿だからな、信じる信じないは勝手にしろ」

 エヴァに言い返したい気持ちはあるが、今のファフニールの姿では信じろと言うのは確かに無理な話である。
 悔しいことに今の状態では学園結界により力を抑えられているエヴァ、そしてネギにさえ歯がたたないだろう。

「フン、まぁいい。それよりどうしたんだ、先生? 奴のことが聞きたいのだろう? 私を捕まえられたら教えてやるよ!」

「……本当ですね」

 一人、話についていけなかったネギだが、その言葉をかわきりにエヴァとの魔法戦を始める。

「ラス・テル・マ・スキル マギステル、風精召喚! 剣を執る戦友! 捕まえて!」

 ネギの詠唱と共に様々な剣をもった白いネギが八体、空中へ逃げたエヴァに襲い掛かる。

「ほう……」

 ネギの10歳の見習いとは思えぬ魔力と攻撃に関心しながらエヴァは精霊に魔法薬を放る。
 その攻撃でエヴァは5体の精霊をかき消したが残り3体の攻撃を受け、バランスを崩し地上へ降り立つ。
 しかし尚も3体の精霊の追撃は終わらず、エヴァに突っ込んでくる。

「ちぃ!」

 エヴァはそれを体制を崩しながらも避けた。
 だが、ネギにとってソレはまずかった。

「んなっ!?」

「ファ、ファフニール君!?」

 エヴァが避けた先には巻き添え食わないように端によっていたファフニールがいた。
 精霊は最大スピードで突っ込んでいったため止まれない。
 ファフニールの方も今の状態では避けれない。
 さすがに対魔・魔法障壁を張っていないファフニールが精霊の突撃を食らうのは相当まずい。

「くっ……!」

 これはヤバイと打開策を考えること約0,2秒。
 自分の中にある少ない魔力かき集め、練り上げるのに約0,5秒。
 練りあがった所で口から一気に酸素を取り入れ練り上げた魔力と融合させるのに約0,3秒。
 約一秒も掛かったことに内心舌打ちをし、向かってくる3体の精霊を見据える。
 精霊は目前に迫っていた。
 そして自分の中で融合させた物を一気に吹き出す。
 吹き出された物は、火炎。
 ファフニールが吹き出した火炎は3体の風の精霊を包み込み、やがて消えていった。
 これがファフニールが思いついた打開策であった。

「ちっ、まさかこんな工程を踏まなきゃいけねぇとはな、まぁ出来ただけマシか」

「ファ、ファフニール君!? い、今のは……って、だ、大丈夫だった!?」

「……確かに普通の人間ではなさそうだな」

 ネギは慌て、エヴァはファフニールを警戒する。
 エヴァはファフニールの存在は異常だが、たいした力は持っていないと踏んでいたからだ。
 それが威力は弱くとも炎を吹いたのだ。
 この世界に炎を吹く魔法なんてものは無い。
 そもそも、例え魔法使いでも人間が炎を吹いて気管が無事で済む筈がない。
 それにも関わらずファフニールはピンピンしている。
 
「だかがあれっぽっちの事で警戒してんじゃねぇよ」

 無闇にエヴァの警戒心を高めるのは、今のファフニールには面白くない状況を招きかねない。
 そう考えたファフニールは

「おい小僧。コイツ捕まえるんじゃなかったのか?」

「え、あ! 風花 武装解除!」

 後をネギに託すことにした。

「なっ!?」

 ファフニールに集中しすぎたせいでネギの魔法に対応が遅れてしまい、マントと触媒をすべて吹っ飛ばされるエヴァ。
 キッ、とファフニールの方を向くとニヤニヤと笑っていた。

「これで僕の勝ちですですね。約束通り教えてもらいますよ。なんでこんなことをしたのか、それに……お父さんのことも」

「ふん、お前の父……すなわちサウザントマスターのことか」

「ッ!? と、とにかく!魔力も無く、マントも触媒もないあなたに勝ち目は無いですよ!素直に……」

「……これで勝ったつもりなのか? 」

 そんなエヴァの言葉と同時に空から人が降り立った。

「さぁ、お前の得意な呪文を唱えてみるがいい」

「新手!? く、仕方ない、二人まとめて」

 ネギが呪文の詠唱に入るがそれは一瞬で間合いを詰めてきたエヴァの仲間のデコピンによって遮られてしまう。

「あたた、えっあれ!? 君はうちのクラスの……」

 エヴァの仲間、茶々丸はネギに丁寧お辞儀をしてエヴァの横に戻る。

「紹介しよう、私のパートナー。3-A出席番号10番、『魔法使いの従者』、絡繰茶々丸だ」

「え、な、えぇー! 茶々丸さんがあなたのパートナー!?」

「……オレの顔面にパンチくれた奴か」

 予想外な展開にネギは驚きを隠せない。

「そうだ、パートナーのいないお前では私には勝てんぞ」

「な、パ、パートナーくらいいなくたって!」

 そう言ってネギは呪文の詠唱にはいるが、悉く茶々丸に攻撃され魔法が使えない。
 元々『魔法使いの従者』とは、呪文詠唱中、完全に無防備となる魔法使いが攻撃を受けたりしないように守護するのが仕事である。
 それを理解していなかったのがネギの敗因である。

「申し訳ありません、ネギ先生」

「うぐっ!」

 そう言って茶々丸はネギの上着を剥ぎ、ネギの動きを封じる。
 ちなみにファフニールはこんどこそ巻き添えを食わないよう、安全な所でネギ達のやりとりを見ている。

「ふふふ、これでようやく奴が私にかけた呪いも解ける」

「え、呪い……!? 」

 エヴァはネギの胸倉をつかみながら、

「そうだ! 私はなぁ、お前の父、つまりサウザントマスターに敗れて以来、魔力を極限まで封じられ、も~~15年間もあの教室で日本のノー天気な女子中学生と一緒にお勉強させられてるんだよ!! 」

 ワンブレスで言い切った。

「そんな、僕知らな……」

 そんなネギの主張など知らないとばかりにエヴァはネギの首筋に顔を近づける。

「このバカげた呪いを解くには……奴の血縁たるお前の血が大量に必要なんだ」

 ちなみにファフニールは既に横になってネギのピンチを見つめていた。
 助ける気は無いらしい。

「悪いが死ぬまで吸わせてもらう……」

「うわ~ん!誰かたすけてーっ!」

 そんなネギの助けを聞いて尚、ファフニールはあくびをかましていた。
 薄情なドラゴンである。
 だがエヴァがネギに噛み付く瞬間

「うちの居候に何すんのよーーっ! 」

 猛スピードで駆けてきた神楽坂明日菜の飛び蹴りをくらい、エヴァと茶々丸は吹っ飛んでいった。

「か、神楽坂明日菜!? 」

「あ、あれーっ? あんた達うちのクラスの、ちょ、どーゆーことよ!?」

 茶々丸はそんな明日菜に丁寧にお辞儀をする。

「ま、まさかあんた達が吸血鬼事件の犯人なの!? しかも二人がかりで子供をイジめるような真似をして、答えにによってはタダじゃ済まないわよ!」

「ぐ、よくも私の顔を足蹴にしてくれたな、神楽坂明日菜……覚えとけよ~」

「あ、ちょっと!」

 捨て台詞を残してエヴァ茶々丸に抱えられ飛んでいった。
 明日菜が茶々丸さんって飛べたんだ~、などと思ってると

「うわーん! アスナさーん!」

「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」

 泣きながらネギが抱きついてきた。

「こ、こわ、怖かったですー!」

「はいはい、もう大丈夫だから、何があったかちゃんと話して?」

 明日菜がネギを慰めていると

「よう、小娘。さっきのとび蹴りは中々爽快だったぜ」

 さっきまであくびをかましていたファフニールが明日菜に話かけた。

「あ、あんた転入生! ずっといたならなんでネギを助けないのよ!?」

 正義感の強い明日菜には、目の前で苦しむネギを助けなかったファフニールが許せなかったらしい。

「そんな義理はねぇな。それより、学生寮ってとこに案内しろよ。お前ら全員そこに住んでんだろ?」

 そんな明日菜に悪びれた様子も無く、ファフニールは話を進める。

「な、なんで私が!? 大体私達が住んでるのは女子寮だからあんたが住める訳ないでしょうが!」

 だがネギは住んでいる。

「ふん、文句なら学園長に言え。言ったろ? あいつが全部仕組んでるって」

「だからってねぇ!」

「あ、アスナさん……」

 ネギはまだ泣き止まず、明日菜を見上げる。

「う、もう、わかったわよ! ネギの話しも聞かなきゃいけないし……」

 明日菜はネギの事もあり渋々ファフニールを学生寮の方へ案内する。




「思わぬ邪魔が入ったが……坊やがまだパートナーを見つけていない今がチャンスであるコトには変わりない……覚悟しておきなよ、先生」

 空中で茶々丸の腕に乗りながらエヴァは呟く。

「それにファフニール、大した威力ではなかったが炎を吹くとは……ドラゴンっぽいと言えばドラゴンっぽいが」






  後書き

どうもばきおです。
今回は少しですが初戦闘です。しょぼいですね、すいません(泣
感想や批評などがあれば、どんどん言ってください。
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第四話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 13:59

「んっ……」

 真夜中、もう日付が変わった頃にファフニールは目を覚ました。
 明日菜達に寮まで案内され、指定された部屋に来たまではよかった。
 部屋には龍宮真名の姿はなかったが、もう一人のルームメイトである桜咲刹那が居た。
 そこまではよかったのだが、刹那は常に探るような、そして監視するように彼から視線を外さなかった。
 ある程度の監視は予想していたものの、それが居心地悪くファフニールはさっさと眠りについてしまった。

「まだ何時間もたってねぇのか」

 暗い部屋の中、時計を見て呟き、そして刹那の気配が無い事に気付く。

「……関係ねぇか」

 彼は刹那にあまり良い印象は持っていない。
 誰だっていきなり監視するような態度を取られれば良い印象は抱かないだろう。
 すっかり目が覚めてしまったファフニールは、寝転がりながら先程の戦闘に関して思う。
 情けない、と。
 あの時吹いた炎が今のファフニールに出来る最大の攻撃だろう。
 そんな事を繰り返し繰り返し考えている内に落ち着かなくなったのか、ファフニールは部屋をあとにした。

「この世界でも戦う力は必要だな」

 夜道を歩きながらファフニールは考える。
 ファフニールはこの世界にとって異端の者。
 異端は異端故に確実に厄介ごとに巻き込まれる。
 ファフニールはそれを嫌というほど思い知らされていた。
 その時に戦う力のない今のファフニールでは命を落とす可能性が高い。

「ち、よりにもよって一番脆弱な生き物にしやがって……ん?」

 そこまで言って気付く。元いた世界で人間と戦うなんてことは幾度と無くあった。
 魔力は他種族に劣る。身体能力は魔族に劣る。精霊族のような奇跡を使える者は極一部に居る程度。
 ファフニールの世界で人間という種族は一番脆弱な種族だった。
 しかし、その力は他種族と拮抗している。
 何故か。それは劣る部分を他にはない技術で補っていたからだ。
 それで思い出されるのはいわゆる戦士系の人間達。
 人間とは思えない身体能力、ファフニールの物理的攻撃に障壁も無く耐えうる技法。
 それを可能としていたのは

「気……というやつだったか」

 気、それは魔力とは違う生命エネルギー。
 気を操ることが出来れば今の自分でも戦う力を手に入れられるのではないか、とファフニールは考える。
 かつては強大な魔力があったから興味が無かったが、それを失っている今のファフニールにとって、それはとても魅力的な考えだった。
 そしていつの間にか着いていた公園で精神集中に入る。
 ファフニールはまず、自分の体の中にある魔力以外のエネルギーを探した。
 どれほどの時間探し続けたのだろう。少なくとも1時間は越えている。
 やがて

「……見つけた」

 やっとの思いで見つけた自分の中の気を慎重に練り上げるファフニール。
 だが使い馴れた魔力とは扱い方が異なり苦戦する。
 通常ならば長い年月をかけて修練を積まなければ気を操ることなど出来はしない。
 それをいきなり練り上げる作業までこれたのは長年培った勘、知識のおかげだろうか。

「ハァ、ハァ……なるほど、気は体力勝負ってとこか」

 乱れきった息を整え、もう一度気を練り上げる。

「感じは何となく掴めた……気がする。今度はもっと長く保させてみるか」

 ファフニールは疲れたら休み、少し回復したらまた疲れるまで気を練り上げる、と言う作業を何度も何度も繰り返していった。
 しかし、当然限界は訪れる。夜が明ける頃にファフニールは倒れこんだ。
 そこに二つの人影が掛かる。

「まさか倒れるまでやり続けるとは……」

 その人影は刹那と真名だった。

 刹那はファフニールが寝た後、学園内に進入した妖魔の退治をしていた真名の手伝いに行っていた。
 それが終わり二人は部屋に戻ったが、ファフニールが居なくなっていたことに焦り、急いで探しに行った。
 そして寮からそんなに離れていない公園で見つけたファフニールが、気を練り上げようとしていることに気付いた刹那達は少し驚いた。
 何故そんなことをしているのか、ファフニールの意図がわからなかった二人は、結局ファフニールが倒れるまで様子を伺っていた。

「報酬を貰っている以上仕事はこなすが、学園長はこいつの何を警戒しているんだろうな」

 ポツリ、と真名が疑問を口にする。
 二人から見ればファフニールの気の練りはまだまだ幼稚なものに過ぎない。
 動きを観察してみても、何か武術をやっているようにも見えない。

「さぁ、学園長も監視より侵入者への対応を優先するように言っていたから、大きな脅威ではないと思うが」

「ま、それは私達が決めていいことでも無いか」

 そう言って真名はひょい、とファフニールを担ぎ上げる。
 余程疲れているのか少々乱暴に扱われてもファフニールが目を覚ます様子はなかった。

「あぁ、そうだな」




 昼過ぎにファフニールは目を覚ました。
 辺りを見回して自分が部屋に戻ってきていることに気付く。

「……オレとしたことが限界を見誤るとはな」

 呟き、のそのそとベット降りて、刹那が用意した食事と書置きに気付く。

“目が覚めたら食べてください”

「……どういう風の吹き回しだ?」

 昨日までずっと監視の目を緩めなかった刹那にファフニールは何故? と思う。
 しかし空腹感に耐えられず食事を始める。

「あいつがオレを運んできたのか?」

 実際は真名が運んで来たのだが、真名の方とはまだ面識の無いファフニールは刹那が自分を運んだものだと思っている。
 用意されていた食事を平らげた後、再び気の修練を開始したファフニールは、またも限界を見誤りぶっ倒れ、床に転がることになった。






 後書き

どうも、ばきおです。
今回は修行編です。短いですけど(汗
これじゃ感想のつけようないかも知れませんね(汗
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第五話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:07
ファフニールが気の修練を始めて一週間ほど経った。
 ファフニールは現在、気と平行して体術の修練にも励んでいた。

「そろそろ休憩にするか」

 そう言って、掻いた汗もそのままに近くの木に寄りかかる。
 そもそも何故ファフニールが体術の練習をしているのか。
 気の修練を始めて3日くらいで身体強化まで出来るようになったのだが、さすがにこれだけじゃ戦えないんじゃないか? とファフニール自身が思った為である。
 ファフニールはすぐに図書館島に赴き、色々な格闘技の本を読み上た。
 中でも拳闘、ボクシングと呼ばれるものに強い関心を持ち、まずはそれを習得しようと考え、理論を理解し、身体強化を考慮した練習法を自分で組み立てた。
 その際、学校をサボっていたので寮に戻った時、ネギに説教されたのはまた別のお話し。

「しっかし、実際に殴ってみないと効果あんのか無いのかわかんねぇな」

 学校が終わってから寮には戻らず、あまり人気の無い場所で4時間もの間、延々と型の練習をファフニールは繰り返していた。
 初日は8時間もやっていた。 そんな練習をしているものだからそんな疑問を持つのも仕方が無いかも知れない。

「今度誰かで試してみるか……」

 それは犯罪である。

「そういや、今日は学園全体が停電になるとか言ってたな。……今日はもう終わるか」

 ファフニールが寮に戻る途中で街路灯も家の明かりも全て消えてしまった。

「……遅かったか、まぁいい」

 停電を気にせずそのまま帰ろうとするファフニールだったが。

「!?」

 突然向けられた殺気に足を止めた。

「チッ、まだあんま形になってねぇってのに、初相手が魔物かよ……!」

 ファフニールに殺気を向けてきた相手は金棒をもった2メートル近い大きさの鬼だった。
 瞬時に気での身体強化を済まし、まだまだぎこちない構えをとる。

「―――集中しろ、強化しながらの戦闘は多分5分ももたない……それまでにぶっ倒す!」

 自分に言い聞かせファフニールは鬼と対峙する。
 先に動いたのは鬼の方だった。鬼は飛び上がり、両腕で握られた金棒を振り下ろす。
 ファフニールはそれを横に飛びのいて避け、横からガラ空きになっている鬼のわき腹に左の拳を放つ。
 気で強化されたソレは、普通の人間が食らったら間違いなく肋骨が砕ける威力をもっている。
 しかし、鬼とて普通の存在ではない。ダメージなど無いというようにファフニールに再び襲い掛かる。
 鬼の金棒が斜め上からファフニールに襲い掛かる。それをファフニールは左側へのステップで避ける。
 だがそのファフニールを追うように金棒を振り上げる鬼。

「っちぃ!」

 ファフニールはそれをギリギリの所で屈んでかわした。
 渾身の力で振り上げたせいか鬼はバランスを崩し、その隙をファフニールは見逃さない。
 低い体勢のまま鬼の懐に飛び込み体ごと突き上げるように左の拳を鬼の鳩尾に放つ。
 100キロは超えるであろう鬼の巨体が少し宙に浮く。
 地に足が付いた時には苦痛の為か鬼の体はくの字に折れ、その顔はファフニールの拳が届く位置に来ている。

「食らっとけ!」

 いつの間にか距離を置いていたファフニールは、待っていましたとばかりに渾身の力を籠めた右の拳を鬼の顔面へ叩き込む。
 鬼は鈍い音と共に吹っ飛び、地面に叩きつけられ、そのまま塵になって消えていった。

「ハァ……ハァ……うっしゃあ!」

 この世界での初勝利にファフニールはガッツポーズと共に叫んだ。ここが住宅街だったら窓からなんか投げつけられそうな勢いで叫んだ。
 本来のファフニールなら今の鬼程度なら何万といてもそこらの小石程度の障害にしかならないだろう。
 しかし今のファフニールは、まだほんの数日だが修練をして、やっと今の体で敵を倒すことが出来た。
 それ故に、この勝利はとても嬉しい物だった。
 同時にファフニールにとってそれは初めて達成感を感じた瞬間だった。

「たく、何興奮してんだ、俺は……って」

 気配を感じてファフニールが後ろを振り向くと、そこには今倒した鬼と同等の大きさの鬼が4体居た。

「……戦略的撤退!」

 猛ダッシュでその場を走り去るファフニールを鬼達は追っていく。

「ゼェ……ゼェ……ま、まじぃ、広場に出ちまった……」

 ファフニールが己の失態に気付いたときはもう遅く、鬼に四方を囲まれ、逃げ道は無くなっていた。
 好機と見たのか4体の鬼の内、2体が同時にファフニールに襲い掛かる。
 ファフニールはとっさに構えを取り、一体が振り下ろしてきた金棒を後ろに飛んでかわす。
 しかしもう一体が薙ぎ払ってきた金棒はかわせず左腕でガードをするが、踏ん張りきれずに吹っ飛ばされてしまう。

「ぐっ……!」

 痺れた左腕を押さえながらファフニールは立ち上がる。
 止めだと言わんばかりに鬼がファフニールに突っ込んでくる。だがその突進は2発の銃声によって止められた。
 2発の銃弾は鬼の頭を貫き、鬼は塵になっていく。

「やぁ、大丈夫だったか? ファフニール」

「お前は」

 ファフニールの窮地に現れたのは2丁の拳銃をもった龍宮真名だった。
 真名は残りの鬼の額を寸分の狂いもなく撃ち抜き、ファフニールの方に歩み寄ってきた。

「まったく、停電になるから早く帰って来いと忠告したと思ったんだがな?」

「うるせぇ、帰り道で襲われたんだよ。……借りが出来たな」

 後半ボソッ、と呟いたファフニールらしくない一言に真名は少し驚いた。
 ファフニールと一緒に暮らし始めてまだ一週間程しか経っていないが、真名はファフニールの性格を大方把握していた。
 自由気ままで集団生活なんてなんてその、子供の癖に態度はデカイ、何度注意しても人を小娘呼ばわりする物凄く可愛くない奴。
 しかし何故か刹那のことは名前で呼んでいる。そこがまた可愛くない。
 それが真名が把握したファフニールの性格だった。
 だからこそ、何処か拗ねるように借りが出来たと呟くファフニールは珍しかった。
 珍しすぎて何故か笑ってしまう真名。

「あっはは、まさかお前からそんな言葉が出てくるとはな。ま、返す気があるならその内返してくれればいいよ――後ろ!」

「あ? なっ!? 」

 ファフニールが真名の声に反応したときにはもう遅く、ファフニールの体は大きな何かに挟まれていた。

「馬鹿な、ここまで接近されて気付かなかっただと……!?」

 ファフニールを捕まえているものは先程までの鬼とは別格で巨大な鬼だった。
 金棒こそ持ってはいないが、3メートルほどの身の丈と巨大な腕。
 それだけ巨大な鬼が真名や勘が鋭い筈のファフニールにも気付かれずに、ファフニールの後ろまで回り込んでいた。

「ぐっ、離せ、クソ……!」

 ファフニールがいくら力を込めても、気での身体強化が切れてしまったファフニールではどうしようもなかった。

「この位置からじゃファフニールに当たるか。刹那がいればな」

 無いものねだりをしてもしょうがない、と、真名はこの状況を切り抜ける方法を考える。
 そんな真名の様子を見ていたファフニールは、締め付けられる痛みを無視して鬼の顔の方を向く。
 鬼はその間にも真名との距離を詰め攻撃を仕掛けようとしている。

「くっ!」

「人間に、これ以上、借りは作らねぇ!」

 そう言ってファフニールは大きく息を吸い、自身の魔力を練り上げ、鬼の顔に火炎を吐く。
 いかに巨大な鬼といえども顔面を炎で覆われてはひとたまりもなく、ファフニールを投げ捨て、両手で顔の炎を消そうとする。
 その行動は致命的な隙となった。

「はは、やるじゃないか」

 真名は投げ捨てられたファフニールを受け止め、術の施された弾丸を鬼の急所へと撃ち込んでいった。
 顔面を焼かれ、弾丸で止めを刺された巨大な鬼はやがて動かなくなり、消えていった。

「ふぅ、まさかあんな隠密性の高い奴が出てくるとはな、お前のあの攻撃がなかったら危なかったよ」

「ふん、これで貸し借りは無しだからな」

「いや、元々お前が捕まったからピンチになった訳だしな、私への借りは消えてないぞ」

「んな!? お前がもっと早く気付けばよかったんだろうが!」

「自分が捕まったことを私のせいにする気か?」

 二人の言い争いはたまたま二人を見つけた刹那によって止められた。

「まったく、二人共いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「「何処がだ!」」

 二人の見事なハモリに刹那は苦笑する。

「たく。おい真名、この学園は毎日あんなのが出入りしてんのか?」

「え、あ、あぁ、今日ほど早い時間に来るのは珍しいが頻繁に侵入してくるな。それを始末するのが私達の仕事だ……?」

 真名はファフニールの問いに何か引っかかりを感じた。
 刹那の方も何か意外そうな顔をしている。
 ファフニールはそんな二人を尻目に何かを思いついたらしい。

「ふむ……うし、オレもお前らの仕事とやらを手伝ってやる。お前らはオレの監視をしやすくなるし、オレは実戦訓練が出来る、一石二鳥だな、どうだ? ……あん、何だその顔」

 ようやくファフニールは二人が驚いた顔をしている事に気付く。
 
「……突然名前で呼ばれたからな」

「いったいどんな風の吹き回しだ?」

 二人が驚いていた理由は名前。
 散々真名のことを小娘と呼んでいたファフニールが突然名前を呼んだことに二人は驚いていた。

「名前? 気にいらねぇなら元に戻すが?」

「いや、名前でいい」

「ならいいだろ。で、オレの提案はどうなんだ?」

「「いや、足手まといだし」」

 驚きながらもファフニールの話はしっかり聞いていたらしい二人。

「うるせぇ! じゃあいい、勝手についてくからな!」

 そう言い放ってファフニールは寮へと向かい、敵もいないので刹那と真名もファフニールについていく。
 道中、真名は何故名前で呼ぶ気になったのかファフニールを問い詰めるが、ファフニールは不貞腐れて答えようとはしなかった。
 3人が寮に戻り一時間程で停電は収まり、それと同時に某子供先生と某吸血鬼の勝負も決まったことは3人は知るよしもなかった。







 後書き

どうも、ばきおです。
今回は初勝利編です。いや、最後は逃げてるんですけどね(汗
次の勝利はいつになることやら……(遠い目)
今回の戦闘シーンなのですが、わかりにくかったりしたら言ってください。
少しばかり自信がないもので(汗
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第六話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:09

 ファフニールが鬼達と戦った夜から数日経ち、修学旅行が明後日に迫っていたころ、ファフニールは修行のため学園内にある山の中にいた。

「……迷った」

 入って30分で迷っていた。

「ま、適当に歩いてりゃ、そのうち街に出るだろ」

 1時間散々歩き回ったファフニールは

「川に出ちまった」

 ますます奥地へと進んでいた。

「おや? ファフ坊ではござらぬか」

「お前は……」

 声の主の顔は覚えがあるが、名前に覚えがなかった。

「そういえばあまり話した事はなかったでござるな。拙者は長瀬楓でござる、ファフ坊はこんな所でなにをやってるでござるか?」

 現れたのはファフニールのクラスメイトで今は何故か忍び装束を着た長瀬楓だった。
 そしてファフニールが普通じゃないと感じた内の一人。

「修行だ。てかそのファフ坊ってのやめろ」

 決して迷ったとは言わないファフニール。

「ん~、まぁ良いではござらぬか。ファフ坊も修行でござるか。拙者も修行でここに来てるんでござるよ」

 ニンニン♪ と、まったく悪びれた様子もなく、楓はファフニールの要望を却下する。

「ぐ、まぁ、いい。それより修行って言ったな。てことは、お前強いのか? 」

 楓のどこか気の抜ける言い方に呼び名の事は諦めて、修行、という言葉にファフニールは興味をもった。

「う~ん、どうでござろうな。まだまだ修行中の身故」

「そうか、まぁいい。組み手でもやらねぇか? 相手がいなくてよ」

 ファフニールは楓も自分の監視の者かと少し勘ぐっていたが、楓からはそのような感じは受けなかった。
 ならばとファフニールは組み手の相手を申し込んだ。

「あ~、そういえば、学校終わるといつも型の練習をしていたでござるな。うむ、拙者でよければ相手になるでござるよ」

「……なんでそれ知ってんだ?」

 まさか自分の修練を見られていたとは思わなかったファフニールは驚いた。

「いくら人気の少ない所といっても、あれだけ長い時間いれば誰かしらには見られるでござるよ」

「ぐ、不覚だな」

 自分が努力している姿を見られるのはファフニールは嫌だった。

「と、ともかく始めるぞ!」

「あいあい」

 そうして、二人の実戦に近い組み手が始まる。
 先に仕掛けたのはファフニール。
 楓との距離は約3メートル。その間合いを一瞬にして詰め、それと同時に左の拳を繰り出す。
 それは常人なら確実に避けられないような速度。しかし、楓は常人ではない。
 ファフニールの攻撃は楽々と避けられた。だがファフニールも避けられるだけでは終わらない。
 初撃よりも速く、左の拳を放つ。

「ふむ、なかなか……」

 しかし、ファフニールがどれだけ手数を出しても楓には悉く避けられる。

「ちぃっ!」

 ファフニールは流れを変えるために、なぎ払う様にまだ使っていない右拳を楓の胴へ放つ。
 瞬間、楓の姿がファフニールの視界から掻き消える。

「まさか気を操れるとは思わなかったでござるよ」

 一旦ファフニールとの間合いをあけて、楓はどこか嬉しそうに言う。

「掠りもしねぇとはな」

 言葉とは裏腹にファフニールの口は笑みを作っていた。
 ファフニールの立場は挑戦者のようなもの。
 それは自分の世界では味わえなかった感覚。
 初めてという感覚をファフニールは純粋に楽しんでいるのだ。

「それに少し変則的な構えでござるが、スタイルはボクシングでござるか?」

「ベースはな。他にも色々と試してる所だ」

「なるほど。では、次はこちらから行くでござるよ」

 言葉を言い終わると同時に、楓の姿がファフニールの視界から消え失せる。
 一瞬呆けてしまったファフニールの延髄に楓の手刀が叩き込まれる。
 ファフニールは意識が飛びかけたが

「ぐっ!」

 なんとか歯を食いしばり耐えるファフニール。
 そのまま倒れるふりをして、低い体勢のまま振り向き、左拳を楓に向けて突き上げる。
 しかし楓の反応は早く、それを後ろに飛んでかわすが、ファフニールは楓が着地する前に右拳を叩き込む。
 さすがに空中ではかわせなかったのか、右拳を腹に受け、吹っ飛んでいく楓。

「はいっ……んな!?」

 楓が吹っ飛んでいった方向を見てファフニールは衝撃の光景を目の当たりにする。

「ま、丸太ぁ!?」

 吹っ飛んでいったのは楓ではなく、丸太だった。

「変わり身の術でござる」

 歌うような声がファフニールの背後から響いてくる。
 楓はそのままファフニール背中に掌底を放ち、今度はファフニールが吹っ飛び、川に突っ込んでいく。
 そのままファフニールは気を失ってしまった。




「ん……んあ?」

 気を失って数十分後にファフニールは目を覚ました。

「お? 気が付いたでござるか?」

 仰向けになっているファフニールの視界に楓の顔が映る。
 現在のファフニールは楓の膝枕で寝転がっている状態だ。
 普通の健全な男子ならば目が覚めたら異性の膝枕で寝てました、なんて状況になったら慌てて飛び起きるなりなんらかのリアクションを取るものだが、生憎とファフニールにまだそんな人間的な思考は無い。
 後頭部から伝わってくる感触が心地いいのでファフニールはもう少しこのままでいることにした。

「ちっ、勝負にならなかったな……」

「そんなことは無いでござるよ。正直、あの手刀で勝負はついたと思ったでござるからな。あの左アッパーから右ストレートのコンビネーションは危なかったでござるよ」

 そう言いながら楓はファフニールの頭を撫でた。
 頭を撫でられたファフニールはむすっとした顔で立ち上がる。
 さすがに人間に頭を撫でられるのはドラゴンとしてのプライドが許さなかった。

「おい、もう一回勝負しろ」

「え? もう大丈夫なんでござるか?」

「あぁ、もう回復した」

「う~む……わかった、付き合うでござるよ」

 そうしてファフニールと楓の2ラウンド目が始まった。
 その後、楓に負ける度にファフニールが勝負を挑み、楓も断りきれず、二人は夕暮れまで組み手を続けていた。
 しかし、さすがに修学旅行が近いということで二人は組み手をやめ、下山することにした。

「ファフ坊は気の修練を始めてどのくらいになるんでござるか?」

「10日ぐらいだな」

「……は?」

「だから、10日ぐらいだ。体術は一週間くらいだな」

「な、あの体術を一週間?」

 楓はファフニールが自分と同じように幼少の頃から修練してきたものだと思っていた。
 それがファフニールの言葉を信じるなら、転入してきたときぐらいから修練をしてきたと言うのだ。
 楓が驚くのも無理はない。

「う、う~む……」

 にわかに信じられない言葉だったが、実際に組み手を繰り返すごとにファフニールの動きが良くなっていくのを楓は感じていた。

「おい、楓」

 考え込んでいる楓にファフニールは声をかける。

「ん、なんでござるか?」

 取り合えず結論のでない考えを中断し、楓はファフニールの方を向く。

「また修行付き合えよ。やっぱ相手がいる方が効率がいい」

「うむ、拙者でよければまた付き合うでござるよ」

 そんなファフニールの言葉を聞き、楓は微笑んだ。

「なんだよ?」

「いや、拙者が三人目かと思って」

「何が?」

「名前で呼ばれるのが、でござる。ファフ坊は真名と刹那しか名前で呼んでおらぬでござろう?」

 楓の言う通りファフニールはクラス内で真名と刹那しか名前で呼んでいない。
 元の世界でも竜族の群れにも属さず一人で生きてきたファフニールにとって、名前を覚えることはあってもそれを呼ぶことなどなかったからだ。
 しかしこの世界に来て、何故か真名と刹那の名前はしっかりと呼んでいた。

「そうだったかね」

「そうだったでござるよ」

 そんな会話をしながら二人は寮へと帰っていく。




「朝からこんな時間まで何処に行っていた」

 帰って早々にファフニールは刹那に睨まれた。
 ファフニール監視の命を受けている刹那にとって、ファフニールが目の届かない場所に行くのは好ましくなかった。
 しかし、そんな睨みに臆する様子もなく飄々とファフニールは答える。

「山ん中に修行に行ってた」

「何故……山なんだ?」

「あん? 修行と言ったら山って書いてあったぞ? 」

「はぁ、いったいなんの本を見たんだ」

 そうして修学旅行は目前に迫る。行き先は京都。
 そこで、この世界で初めての大きな戦いに巻き込まれることを、ファフニールはまだ知らない。






後書き

どうも、ばきおです。
今回は楓との絡みです。
さて、いよいよ修学旅行編に入ります。
これまで以上に力を入れて頑張っていきますんで、よろしくお願いします。
ご感想、批評などあったら書いていただけると幸いです。
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第七話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:14

「車内販売のご案内をいたします。これから皆様のお席に――」

 京都へ向かう新幹線の車内アナウンスが流れる。
 しずなとネギの挨拶が終わり、3-Aの生徒はワイワイと騒いでいた。

「まったく、電車内では少し自重したらどうだ?和泉みたいに腹壊すぞ?」

「そんな軟弱じゃねぇよ」

 そう真名に言い返しながらファフニールは5個目の肉まんに手を伸ばす。ちなみに肉まんは超達から買ったものらしい。
 ファフニールの右隣りには、出発前に肉まんを食べ過ぎて腹を壊していた和泉亜子が、前の席で行われているカードゲームに口を出していた。

「まぁ、普段あれだけ食べていれば、お前が腹を壊すなんてことはないか」

 何処か馬鹿にするように真名は言う。

「毎回一言多いな、てめぇは」

 そのやり取りは傍から見れば姉弟のようなやり取りだった。
 そして早くも6個目の肉まんを袋から取り出そうとするファフニール。
 だがその手に伝わってきた感触は肉まんとは程遠い感触。ファフニールが掴んだものは

「ゲコッ」

 カエルだった。残りの肉まんも全てカエルになっている。

「……焼いて食うのもいいが」

 それも一興と、驚いた様子もなくカエルを袋に戻すファフニール。
 見れば残りの肉まんはすべてカエルになり、車内もカエルだらけになり、生徒達はパニック状態になっていた。

「これは、魔法か?」

 嫌な顔をしつつも真名は取り乱すことはない。
 そんな大量のカエルの内一匹が、怯えていた亜子に襲い掛かる。

「キャーーー!」

 顔を覆って悲鳴を上げる亜子だが、一向にカエルが自分に触れる気配がない。

「ったく、カエルぐらいでピーピー騒ぐなよ」

 亜子に飛び掛ってきたカエルは、ファフニールが掴み取っていた。

「あ、ありがと~、ファフ君」

「ファフ君言うな」

 ベチョ、と亜子の顔に掴み取ったカエルを投げつけるファフニール。

「いや~~~~!」

 カエルの嫌な感触を顔に受けながら、亜子は失神してしまった。

「……何をやってるんだまったく」

「んがっ!」

 さすがに亜子が可哀想だったのか、呆れながら真名はファフニールに拳骨を食らわせる。

「カエルを集めるぞ。お前も手伝え」

「ち、わ~ったよ」

 真名を睨みながらもファフニールはカエルを袋に詰め込みだす。
 ファフニールはある程度真名に心を開いているらしい。
 幸い、このクラスにはカエルを触っても平気な女子が多く、瞬く間に回収作業は終了した。

「あ、それ捨てんなよ。後で焼いて食うから」

「見境無しか!」

 車内に本日2度目の小気味良い音が響き渡った。




「京都ぉー!」

「これが噂の飛び降りるアレ!」

「だれか飛び降りれ!」

「では拙者が」

「おやめなさい!」

「そうかここは飛び降りるために作られてんのか。人間も酔狂な遊びを考えやがる」

 そう言いながら少しわくわくした顔で飛び降りようと身を乗り出すファフニール。

「あなたもです!」

 しかしそれは雪広あやかによって止められた。

「ここが清水寺の本堂、いわゆる清水の舞台ですね。本来は本尊の観音様に能や踊りを楽しんでもらうための装置であり、国宝に指定されています。有名な清水の舞台から飛び降りたつもりで…の言葉どおり、江戸時代実際に234件もの飛び降り事件が記録されていますが、生存率は85%と意外に高く……」

「うわ! 変な人がいるよ!?」

「夕映は神社仏閣仏像マニアだから」

 新幹線内のカエルトラブルを乗り越え、無事に京都・清水寺についた一行のテンションは上がりに上がっていた。
 ちなみにファフニールが食べようとしていたカエルは全て処分されたらしい。

「そうそう、ここから先に進むと、恋占いで女性に大人気の地主神社があるです」

 綾瀬夕映の発言に一同はネギを連れ去って、地主神社の方へ向かっていった。
 みんなが恋占いの石で盛り上がってる所を刹那は影から見つめていた。

「……なんだ? お前、そんなにアレに混ざりたいのか?」

「ファ、ファフニール!? ち、違う、私は任務の為に」

 突然、ファフニールに声をかけられ刹那は少し驚いた。

「任務ねぇ、俺の監視に学園の侵入者の排除だろ? その他にもあるのか?」

 さらりと自分の監視のことを口にするあたり、監視されていることをもうそんなに気にしていないらしい。

「あぁ、お前の監視は本来の任務のオマケみたいなものだからな」

「ふ~ん……お? なんかおもしろいことになってるな」

 ファフニールの視線の先では、あやかとまき絵がカエルだらけの落とし穴にはまり、半泣きで明日菜とネギに救出されていた。

「今はカエルにまみれるのが流行りなのか?」

「そんな訳ないだろう」

 刹那はネギ達から視線を外さずファフニールに突っ込みをいれる。
 その際ネギが刹那達の方を見たが、刹那はさほど気にはしない。
 そして次にみんなが向かったのは音羽の滝だった。

「ゆえゆえ! どれがなんだっけー!?」

「右から健康、学業、縁結びです」

「左、左ー!」

 一斉に左の滝に群がる生徒達。

「恋、って奴か? 俺にはよくわかんねぇな」

 そんなクラスメイト達の様子を見て、ファフニールは呟く。

「まだ子供なんだから、わからなくても良いんじゃないか?」

 どうやら刹那はまだファフニールがどういう存在なのか知らないらしい。

「少なくともお前らの40倍近く生きてるんだがな。ん? なんかみんなぶっ倒れてるぞ」

「……どうやら滝の水が酒に変えられたようだな」

 ファフニールの言葉に気になるところはあったものの、刹那は今までの出来事を分析する。
 今までの一連のトラブルは、親書を西の長に渡るのを良しとしない連中の仕業だと。
 刹那とファフニールの視線の先には、さすがに中学生が修学旅行中、酒飲んで酔いつぶれました、というのはまずいので酔いつぶれていないメンバーが必死に教師に言い訳をしている姿が映っている。

「……仕方ないな」

 そうして酔いつぶれたメンバーをみんなでバスに押し込め、旅館に向かうことになった。

「お前、さっきのカエルといい酒といい、あれを仕組んだ奴に心当たりがあるみてぇだな」

 バスの中で隣に座っている刹那にファフニールは尋ねた。

「……それを聞いてどうする?」

 刹那は鋭い視線をファフニールに送る。

「もしもの時の為だ。情報はあった方がいい」

 ファフニールに話していいものかどうか、刹那は少し迷ったが、結局話すことにした。
 関東魔法協会の理事である学園長からの親書をネギが持っている事や、その親書の届け先である関西呪術協会の一部の者が親書を狙っている事などをファフニールに説明する。
 さすがに、刹那の本来の任務である近衛このかについての説明はしなかったが。

「関西呪術協会、ね」

 ファフニールは戦を予感する。
 そしてその予感は日も変わらぬ内に的中することになる。






 後書き

どうも~、ばきおです。
遂に修学旅行編突入です!その割に短いですね、すいません(汗
これから少し更新速度が落ちるかも知れませんが、見守っていただけると幸いです。
ご感想、批評など、どんどん書いてください。
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第八話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:15
「やっぱりあの刹那って奴の仕業に違いねぇよ、兄貴! 」

 旅館に着き、オコジョ妖精のカモが声を荒げる。
 カモは新幹線で親書を何者かに奪われかけて以来、刹那が関西呪術協会の刺客だと疑っていた。
 そして清水寺での嫌がらせの数々を刹那が影から見ていたこともあり、刹那への疑惑はますます深くなったのだ。

「確かにちょっと怪しいと思うけど……でも」

 ネギは教師として生徒を疑いたくなかった。
 しかし、エヴァンジェリンの事件もあって、もしかしたら、という思いもあった。
 そんな話しをしていると、ネギのパートナーである明日菜が酔いつぶれたメンバーの報告にやってきた。
 ネギはカモに言われて、明日菜に関西呪術協会に狙われていること、刹那がそれの刺客かもしれない、ということを話した。
 そしてクラス名簿を見て、刹那が京都出身であることがわかり、カモの中で完璧に刹那は関西からの刺客になってしまう。
 話し合いはまだ終わっていなかったが、職員は早めに風呂に入れと言われ、話しは夜の自由時間に持ち越された。




「いや、すまねぇ、剣士の姐さん! 俺としたことが目一杯疑っちまった!」

「ごめんなさい、刹那さん……ぼ、僕も協力しますから、襲ってくる敵について教えてくれませんか!?」

 風呂場でこのかが小猿の式神にさらわれそうなり、刹那がそれを助けたことにより、疑いが晴れた。
 そして就寝時刻に刹那を見つけたネギ達は疑っていたことを謝り、刹那に事情を聞いていた。

「……私たちの敵はおそらく関西呪術協会の一部勢力で、陰陽道の呪札使い。そしてそれが使う式神です」

 そんなネギ達に刹那は敵についての説明をする。
 曰く、呪札使いは西洋魔術師が従者を従えているように、上級の術者は善鬼、護鬼という強力な式神をガードにつけていること。
 そして一番厄介なのは、刹那も修める神鳴流が護衛としてついた場合。
 それを聞いたネギ達は慌てるが、刹那が言うには今の時代そんなことは滅多にないらしい。
 刹那に一通りの説明を聞き、このかを守れればそれで満足だという刹那の思いも聞いたネギ達は、関西呪術協会からクラスのみんなを守るため、3-A防衛隊を結成した。

「あ、そうだ、刹那さん!」

 早速外の見回りに行こうとしたネギが刹那に呼びかける。

「なんですか?」

「刹那さんはファフニール君と同じ部屋に住んでますよね?」

 ちなみにこのことはクラスのみんなが知っている。知れ渡った時の刹那や真名への質問攻めは容易く想像できるだろう。

「え、えぇ、一応」

「前にファフニール君とエヴァンジェリンさんが言ってたんです。ファフニール君は魔法使いじゃないけどこっち側の人間だって。後、ファフニール君はドラゴンだとかなんとか。それについて何か知らないかなぁ、と思って」

 初めてエヴァと戦った時、その場に居たファフニールとエヴァンジェリンの会話を思い出すネギ。

「えぇ!? ちょ、ちょっと! なんでそんな大事なこと黙ってんのよ!」

「そうだぜ、兄貴! もしかしたらあいつが関西のスパイかも知れないんだぜ!? そ、それにドラゴンってのはどういうことだよ!?」

 明日菜とカモはネギから聞かされていなかったらしく、驚いた声をあげる。
 刹那の方もファフニールがドラゴンだという話は聞いておらず、驚いていた。

「す、すいません。色々忙しくて、言う暇が無かったんですよ~」

「ネ、ネギ先生、ファフニールがドラゴンだという話は?」

 初めての情報に刹那は少し動揺しながら、ネギに伺う。

「はい、エヴァンジェリンさんは信じてないみたいでしたけど、ファフニール君はこんな姿だから信じる信じないは勝手だって言ってて」

 その時の様子を思い出しながら、ネギは話す。

「つまり真偽はわかんねぇってことか……どう思います、刹那の姐さん」

「……ファフニールについては詳しくは知りません。私も学園長に監視をしてくれと頼まれただけなので……ただ」

 一旦刹那は言葉を区切る。

「ただ?」

「……彼は敵ではないと思います。私の仕事も実戦訓練、とか言って勝手に手伝ってくれますし、私が見ていても怪しいところはないですし。それにもしも敵にまわっても、今のところ対処できない相手じゃないですよ」

 普段、刹那はファフニールにキツく当たっているが、何故かファフニールに対して妙な親近感を持っていた。
 根拠はまだ自分でもわかっていないらしい。

「そうですか……わかりました。ではとりあえずファフニール君の事は保留ということで。じゃあ、僕外の見回りに行ってきます!」

 刹那の話しを聞いてネギは走り去っていく。

「あ、ちょっとネギ!」

「いえ、いいですよ。私達は班部屋の守りにつきましょう」

 ネギが外の見回りに行ったので、刹那と明日菜は部屋の方に戻っていった。

「兄貴兄貴! 杖とカードは持ってるか!?」

「うん、大丈夫!仮契約カードもしっかり持ってるよ」

「うむ、刹那の姐さんの話だと敵はかなり手強い可能性もあるからな。エヴァンジェリン戦の時には言う暇のなかった、そのカードの使い方をきっちり教えといた方が良さそうだ」

「え? 使い方ってどういう……」

 ネギは走りながらカモと話していて、出口にいた従業員に気付かず衝突してしまう。

「あああ、すいません!」

「いえ、こちらこそ申し訳ございませんお客様!」

 衝突の際にぶちまけてしまったタオルを拾い集めて、ネギは見回りの方に戻った。
 そして走り去るネギは見送ってから、従業員の女性は

「入れてくれておーきに、坊や」

 そう、呟いた。

「ほな、お仕事はじめましょか」

 意気揚々と旅館の中に入る謎の従業員こと天ヶ崎千草。
彼女こそが、いままで散々3-Aにいやがらせをしていた関西呪術協会の呪札使いだ。

「おい」

 しかし、入ってすぐに赤髪の少年、ファフニールに呼び止められてしまった。

「な、何か御用ですか? お客様」

「呪術協会、だっけか? 気配くらい消してから侵入してこいよ」

「な、何を言うとるんですか?」

「演技はやめとけ。気配には敏感なんでな、クラスの奴以外の普通じゃないのが入ってくりゃすぐにわかる」

 とりあえず従業員のふりをしてやりすごそうとした千草だったが、ファフニールには通じなかったらしい。

「くっ、猿鬼! このかお嬢様を!」

 ファフニールの意識を逸らす様に、召喚された猿の着ぐるみのような式神がファフニールの横を通り抜けていく。
 ここにファフニール以外の人間がいたらその俊敏さに驚いていただろう。
 しかし、ファフニールは猿鬼に視線を向けることもなく、追う気配すら見せない。

「な、なんで追わへんのや! 普通追うやろ!」

「別にお前が誰を襲おうが関係ねぇ。それに、ここの人間を甘く見ない方がいいぜ?」

 そう言って千草が引いてきた籠を押して、外へ追い出すファフニール。
 ファフニールに予想外の力で押され、千草は外に出てしまった。

「お前は敵だろ? なら遠慮はいらねぇよな?」

 不適な笑みを浮かべてファフニールは構えを取る。

「あんまりウチをなめないで欲しいどすなぁ」

 そう言って千草は札を手に取り何か呟くと、煙に包まれた。
 煙がはれると、何故か千草は熊の着ぐるみに身を包んでいた。

「何の冗談だ?」

「冗談じゃおまへんよ。ほな、さいなら」

 いざ戦うのかと思いきや、着ぐるみを着た千草は逃げ出していた。

「んな!? 逃げんのかよ!?」

 そんな千草をファフニールは追いかける。以外と逃げ足の速い千草だったが、ファフニールの方が僅かに早かった。

「く、しつこい坊ややな」
 
 大きく飛び上がるもファフニールは尚も食らい付いてくる。
 そのまま橋に着地をした。

「く、熊!?」

「あら、さっきはおーきに、カワイイ魔法使いさん」

 着地した先には見回りに出ていたネギとカモが居た。

「おらぁ!」

 そこへ落下の速度を利用したファフニールのとび蹴りが千草に襲い掛かる。

「ち、もう追いついてきはったか」

「ファ、ファフニール君!? 一体どうなってるの!?」

 千草はファフニールの攻撃を紙一重で避けて、ネギはファフニールの突然の登場に驚いていた。

「見てわかんねぇか? 敵だ、敵」

 そう言ってファフニールは千草に攻撃を仕掛ける。
 純粋な術師である千草では、格闘戦ではファフニールには及ばない筈なのだが、熊の着ぐるみのおかげなのか、なんとか対処していた。
 しかし、ファフニールの右ストレートが腹に決まり、吹っ飛んでいく。しかし着ぐるみのせいであまりダメージは与えられなかったが。
 突然繰り広げられている戦いにネギは状況がいまいち把握できずに唖然としていた。

「ぐ、ガキや思うて油断しとったわ……ん? どうやら猿鬼の方はうまくやったみたいやな。余計なもんまで付いてきてるけど」

 千草の目の前に猿の着ぐるみが降り立つ。そしてその腕には、このかが抱えられていた。

「このかさん!?」

「ほな、お嬢様が手に入ったら、長居は無用や」

「お待ちなさい! ラス・テル・マ・スキ……もが!?」

「ちっ」

 やっと状況が飲み込めたネギは魔法で千草を攻撃しようとするが、小さな猿に口を塞がれ、詠唱に入れない。
 ファフニールの方も猿に邪魔をされすぐに追えそうになかった。

「ネギ先生!」

「ネギー!」

 そこに猿の着ぐるみを追ってきた刹那と明日菜がやってきた。

「ごめん! このかを変な猿にさらわれちゃって」

「はい、急いで追いましょう!」

 小猿を排除しつつネギ達はこのかを連れ去った千草を追う。

「ファフニール、何故お前が」

「ふん、変な女に出くわしてな、それを追ってただけだ」

 少しして、ネギ達は千草に追いついた。

「あ、マズイ! 駅に逃げ込むぞ!」

 カモの指摘に、一行は駅の改札を飛び越え、千草が乗り込んだ電車に発進寸前で滑り込む。
 ちなみに駅にも電車内にも千草の貼った人払いの札のせいで人一人見当たらなかった。

「ネギ先生、前の車両に追い込みますよ!」

「そーはいきまへん。お札さん、お札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 瞬間、千草の放った札から水が大量に放出され、瞬く間にネギ達のいる車両は水で満たされる。

「おぶ、溺れるー!」

「くっ!」

「ホホ、車内で溺れ死なんようにな、ほな」

 隣りの車両へと移っていた千草は余裕で笑っている。
 逆に一行は溺れ死ぬのは時間の問題、という所まで追い込まれている。

「(ぐっ、息が……この水では剣も振れない……やはり私は未熟者だ……このかお嬢様……)」

 諦めかけた刹那の脳裏に浮かぶのは幼き頃、溺れて、刹那に助けを求めるこのか。
 そしてそれを助けられなかった自分。
 刹那は目を見開き、気を籠め、夕凪を振るう。
 そのおかげで、隣りの車両への扉が破壊され、水がそちらにも流れ込み、なんとか窮地を脱出できた。
 やがて次の駅につき扉が開いて、水と共にみんな外へと流された。

「み、見たか、そこの熊女。嫌がらせはやめて、おとなしくお嬢様を返すがいい」

「ハァハァ、なかなかやりますな。しかし、このかお嬢様は返せまへんえ」

「え?」

「このか、お嬢様?」

 何故誘拐犯がこのかをお嬢様と呼ぶのか、ネギと明日菜にはわからなかった。
 戸惑っている内に千草は逃げ出していた。

「あ、待て!」

 ネギと明日菜は追いながら刹那に事情を聞く。
 刹那の推論によると、彼女はこのかの力を利用し、関西呪術協会を牛耳ろうとしているらしい。
 まさかそんな大事になっているとは思っていなかったネギと明日菜は驚いた。

「フフ、よーここまで追ってこれましたな」

 駅を出た大階段で千草は熊の着ぐるみを脱いで、立っていた。

「あ、さっきの!」

「熊が脱げた!?」

 ネギは敵が見回りに出たときにぶつかった女性だと気付いた。

「せやけど、ここまでや。強力なんいかせてもらいますえ」

「おのれ、させるか!」

 刹那が札を使わせまいと、千草に切りかかるが僅かに遅い。

「お札さん、お札さん、ウチを逃がしておくれやす。食らいなはれ! 京都大文字焼き!」

 千草が放った札は巨大な大の字の炎になり、刹那の進攻を阻む。

「うあっ!」

「桜咲さん!」

 危うく炎に突っ込みそうになった刹那を明日菜が浴衣の帯を掴んで引っ張り戻す。

「ホホホ、並の術者ではその炎は越えられまへん。ほな、さいなら」

 千草がネギ達に背を向け、その場を去ろうとする。
 しかし、その炎をいとも簡単に越えてきた者がいた。

「は、こんな体になっても、耐性は残ってたみてぇだな」

 ファフニールだ。彼の衣服の所々は焦げているが、ただそれだけ。自身にはなんの外傷もない。
 まったくの予想外なことに、千草は焦るが、熊の着ぐるみ、熊鬼が動き、ファフニールの攻撃を防ぐ。

「ち、またこの熊か!」

 絶好のチャンスを逃したファフニールは一旦距離を置く。
 そのまま戦闘を続行してもよかったが、後ろでネギが魔法を唱えようとしていることに気付いて引いたのだった。

「吹け、一陣の風、風花、風塵乱舞!」

 詠唱が終わると共に、巨大な炎をかき消すほどの風が吹き荒れる。

「な、何やー!」

「うおぅ!」

 敵のそばに居たせいで体重の軽いファフニールはネギの魔法によって吹っ飛んでいってしまった。

「逃がしませんよ! このかさんは僕の生徒で、大事な友達です!」

 ネギは小さな杖と仮契約カード手に、呪文を唱える。

「契約執行180秒間! ネギの従者、神楽坂明日菜!」

 呪文が唱え終わると、明日菜の体が力強い光に包まれる。

「行くよ、桜咲さん!」

「え、あ、はい!」

 ファフニールが炎の向こう側に居たので、全員ネギの魔法でファフニールが吹っ飛んでいったことに気付いていない。

「アスナさん、パートナーだけが使える専用アイテムを出します! アスナさんのは『ハマノツルギ』、武器だと思います! 受け取ってください!」

「武器!? そんなのあるの!? よーし、頂戴、ネギ!」

「能力発動、神楽坂明日菜!」

 ネギがカードをかざし、呪文を唱えると、明日菜の手が光りだす。

「な、何コレー! ただのハリセンじゃない!」

「あ、あれー、おかしいな?」

 光が収まり、明日菜の手に収まっていたものは、到底武器として使い道のなさそうなハリセンだった。

「神楽坂さん!」

「ええーい、行っちまえ、姐さん!」

「もー、しょうがないわねっ!」

 半ばやけになり、千草に切りかかる明日菜と刹那。
 しかし二人の攻撃は猿鬼と熊鬼に阻まれる。

「げっ、コレって動くんだっけ!?」

「さっき言った善鬼護鬼です! 見た目に惑わされないで下さい、神楽坂さん!」

「ホホホホ、ウチの猿鬼と熊気はなかなか強力ですえ、一生そいつらの相手でもしていなはれ」

 千草はこのかを担ぎ上げ、その場を去ろうとする。

「このか! このー!」

 それにいち早く気付いた明日菜はハリセンで猿鬼に一撃を加える。
 その一撃で猿鬼は煙となって消えていく。

「んな!?」

「す、すごい、神楽坂さん」

 その場にいた者全てが驚く。

「な、なんかよくわかんないけど行けそーよ! そのクマ? は任せてこのかを!」

「すみません、お願いします!」

 そう言って刹那は熊鬼を明日菜に任せ、千草に切りかかる。
 しかし
 
「え~い」

「なっ!? 」
 
 鉄と鉄がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。またも千草への攻撃は誰かによって防がれたのだ。

「どうも~、神鳴流です~。おはつに~」

「え? お、お前が神鳴流剣士?」

「はい~、月詠いいます~」

 間延びした喋り方に、メガネをかけたゴスロリの入ったファッション。
 自分の知る神鳴流のイメージとあまりにかけ離れた相手に少し戸惑う刹那。

「見たとこ、あなたは神鳴流の先輩さんみたいですけど、護衛に雇われたからには本気でやらせていただきますわ~」

「こんなのが神鳴流とは……時代も変わったな」

「フ、甘く見てるとケガしますえ。ほなよろしゅう、月詠はん」

「で、では、一つお手柔らかに~」

 そう言って月詠は刹那に襲い掛かる。

「くっ!」

 刹那が自分の背丈と同じくらいの野太刀を使ってるのに対し、月詠が扱うのは標準サイズの刀と短刀。
 小回りが効き、月詠の腕前もあって、刹那は苦戦を強いられる。

「ホホホ、伝統か知らんが、神鳴流剣士は化け物相手用のバカでかい野太刀を後生大事に使うてるさかいな。小回り効く二刀の相手をイキナリするのは骨やろ?」

 刹那を嘲笑うかのように千草は言う。

「ざ~んが~んけ~ん」

「くっ!」

 間一髪避けた刹那の前で轟音が響く。

「さ、桜咲さん!? って、いやー! なんなのよこれー! またおサルがー!」

 熊鬼の相手をしていた明日菜の浴衣を小猿の式神が脱がし始める。
 
「ホホホ、これで足止めはOKや。しょせん見習い剣士に素人中学生やな」

 まんまと刹那と明日菜の足止めに成功した千草は、このかを小猿に運ばせて、逃げようとする。
 しかし、このかを手放したことが千草の最大の隙となる。
 逃げようとする千草の耳に詠唱を始めるネギの声が聞こえる。

「風の精霊11人、縛鎖となりて、敵を捕まえろ!」

「あぁ、しまった! ガキを忘れてたー!」

「もう遅いです! 魔法の射手、戒めの風矢!」

 思い出したのは時、既に遅し。千草を捕らえる為の魔法の矢が千草に襲い掛かる。

「ひぃっ! お助けっ!」

 千草は本能的にか、このかを盾にして魔法を防ごうとする。

「あ、ま、曲がれ!」

 それに気付いたネギが慌てて放った魔法の軌道をそらせ、このかへの直撃を避ける。

「……あら?」

「こ、このかさんをはなしてください、卑怯ですよ!」

「はは~ん、なるほど、読めましたえ。甘ちゃんやな、人質が多少怪我するくらい、気にせず打ち抜けばえーのに」

「いや、まったくその通りだと思うぜ?」

 千草の発言に賛同する者が一人、しかしその者は千草の首根っこをガシっと掴む。
 
「あ、ファフニール」

「わ、忘れてた」

「一体どこ行ってたんですか?」

 三者三様にファフニールの登場に驚く。

「何処行ってたんですかだぁ?」

「あたたっ!」

 ネギの言葉を聞いた途端に千草を掴む手に力が入る。

「てめぇの魔法で吹っ飛ばされたんだろうがー!」

 吹っ飛ばされた時に頭を打ったのか後頭部にタンコブが出来ているファフニール。
 遂に怒りが頂点に達したのか、それはもう綺麗なオーバースローで千草をブン投げる。
 千草はなすすべも無く、このかから手を離し、空中に放られる。

「あひぃー!」

「あ、兄貴、チャンスだぜ!」

「え、う、うん。風花、武装解除!」

 カモに言われ、敵の装備を吹き飛ばすネギ。
 ネギに続き、刹那も己の敵を振り切り、千草に攻撃を仕掛ける。

「秘剣、百花繚乱!」

 刹那の技を受け、千草が吹っ飛んでいく。
 なんとか立ち上がる千草を三人が睨みつける。

「な、なんでガキがこんな強いんや……」

 己の不利を悟った千草は額に2と書かれた猿鬼を呼び出し、月詠と共に逃げていく。

「このかお嬢様! お嬢様、しっかりしてください!」

 刹那はいち早く倒れているこのかに駆け寄り、呼びかける。

「……ん、あれ……せっちゃん……」

 刹那の呼びかけにこのかが目を覚ます。

「あー、せっちゃん、ウチ変な夢見たえ……変なおサルにさらわれて、でもせっちゃんやネギ君やアスナやファフ君が助けてくれるんや」

「よかった……もう大丈夫です、このかお嬢様……」

 刹那がホッとした笑顔を見せる。

「よかったー、せっちゃん、ウチのこと嫌ってる訳やなかったんやなー」

 そんな刹那の顔を見てこのかは少し涙を浮かべて、安心した笑顔を見せる。

「え、そ、そりゃ私かてこのちゃん話し……」

 刹那は途中で自分が素で喋っていることに気付き、慌ててこのかから離れる。

「し、失礼しました!」

「え、せっちゃん?」

「わ、私はこのちゃ……お嬢様をお守りできれば、それだけで幸せ……いや、それもひっそりと陰からお支えできればそれで……あの……御免!」

「あ! せっちゃーん!」

 刹那は大階段を飛んで下りていく。

「素直じゃねぇ奴」

「確かにね。桜咲さーん! 明日の班行動、一緒に奈良回ろうねー! 約束だよー!」

 明日菜の声に刹那は一度振り向いて、そして去っていった。

「大丈夫だって、このか。安心しなよ」

「でも……」

 不安そうなこのかを明日菜が慰める。

「さぁてと、戦いも終わったことだし」

 そう言ってファフニールは指をパキパキと鳴らしてネギに近寄っていく。

「さっきはやってくれたなぁ、小僧!」

「ひぃ~、ごめんなさ~い!」

 ファフニールとネギの鬼ごっこが始まる。
 もちろん鬼はファフニール。捕まったら鬼交代ではなく、ボコボコ。

「まったく、どこにあんな元気があんのかしら?」

「まぁ、楽しそうやし、ええんやない?」

 ネギは全然楽しそうではなかったが、このかには楽しんでると見えているらしい。
 そうして修学旅行で初めての戦いは幕を下ろした。






 後書き

どうも~、ばきおです。
約一週間ぶりの投稿になります。
今回は少し長かったですね(汗
ご感想やご指摘などがあったら書いてください。
では!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第九話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:21
 昼間、奈良公園にファフニールの班が行った時に、ファフニールにとって理解し難い出来事が起こった。
 クライスメイトである宮崎のどかがネギに告白をしたのだ。
 旅館に帰ってきたファフニールは、夕食が終わってからこっそりと旅館を抜け出し、日課の修練をこなしていた。
 しかし、いつもなら確実に3時間以上はやっている鍛錬を一時間程で練習を切り上げてしまった。

「愛、か。なんだ、愛って」

 ファフニールは奈良公園で、のどかがネギに告白していた光景を思い出す。
 どうやらその時のことが気になってしょうがないようだ。

「確実に叶うものでもないだろうに。逆に傷つくことだってあるんじゃねぇのか?」

 ファフニールは知識でしかそういうことは知らない。
 誰かを愛したり、愛してもらったり。
 そんな経験はしたことがないからだ。
 だから、のどかの行動の意味がわからなかった。
 自分で自分を傷つけるかもしれない行動の意味が。

「……この世界に来てから独り言が多くなったな」

 ため息を吐いてファフニールは旅館へと戻っていった。

「……風呂でも入るか」

 またも独り言を呟きながらファフニールが旅館に戻ると、なぜかロビーで長谷川千雨と明石裕奈が正座していた。

「……いや、人の趣味に口出しはしねぇが」

 何か珍しい物を見るような目で二人を見比べるファフニール

「コレが趣味な訳ねぇだろ! 物珍しそうな目でこっち見んな!」

 正座をしながら周りに響かないように千雨は怒る。

「てかファフ君もヤバイって! 外に行ってたのがバレたら新田がうるさいよ!」

 裕奈は新田に見つかる前に早く部屋に戻れと促す。

「あぁ、風呂入ったら戻る」

「入浴時間も過ぎてるっての!」

「うるせぇな、そのくらい……ん?」

 記憶がなくなるくらい殴れば、とファフニールが言いかけたとき、慌ただしくロビーに4人のネギと、まき絵や古達が入ってきた。

 「……」

 ファフニールが無言で1体のネギを殴ってみると、何故か爆発した。

「あ、こら! なんだこの煙は!?」

 騒ぎを聞きつけてロビーに戻ってきた新田であったが、残った3人のネギに膝蹴りを食らって気絶してしまう。

「ネギ君逃げたよー!」

「こーなったらヤケですわ! 追いかけますわよ!」

「何なんだ、一体」

 あやか達が去っていった方を見て、ファフニールは呆れながらロビーを去ろうとする。

「あれ、ファフ君もネギ君たちを追いかけるの?」

「いや、風呂入ってくる」

 そう裕奈達に言い残してファフニールは風呂場へと向かった。
 ちなみにファフ君と言われてもファフニールが何も言わないのは、もはや言っても無駄だと諦めたかららしい。
 ファフニールが風呂から上がって来たらロビーでネギを含めたクラスメイトの大半が新田の監視の下、正座をしていた。

「……流行なのか、それ?」

「「「違う!」」」

 そしてファフニールも新田に捕まり正座をさせられたのは言うまでもない。
 翌日の朝食後、アスナ、刹那、ネギ、カモ、和美、ファフニールの6名が人気の無い廊下に集まっていた。

「なるほど、昨日の騒ぎの原因はその仮契約カードってやつのせいか。ったく、それのせいで足が痺れて大変だったんだぞ」

 そう、ファフニールは昨日新田に捕まったことにより人生で初めて足の痺れに襲われたのだった。
 その時のファフニールが転げまわる姿をエヴァが見ていたら腹を抱えて笑っていたことだろう。

「いや~、ゴメンゴメン。でもファフ君もこういう世界の人だったとはね、普通の人じゃないな、って思ってはいたけど」

「フン、それよりその仮契約カードってのはなんなんだ? 一昨日の戦いでそのバカが使ってた奴だろう?」

 ちなみにバカとはアスナの事である。

「なんだい、ファフニールの旦那、こっち側の人間のクセに仮契約カードを知らなかったのかい?」

「俺の居た所じゃ、そんなものは無かったな」

「そうなのか? まぁ簡単に説明するとだな……」

 そうしてファフニールはカモから仮契約カードについての説明を受けた。

「アーティファクトに小僧からの魔力供給による身体能力の向上ね」

「まぁそういうこったな。お、そうだ姐さんにもカードの複製を渡しとくぜ」

 そう言ってカモはカードの複製をアスナに渡す。

「アーティファクトの出し方は、こう持ってアデアットって言うんだ」

「え~、やだなぁ」

 呪文を言うのが恥ずかしいのか、アスナは渋りながら呪文を唱える。

「わ、ホントに出た」

 自分の手の中に現れたハリセンを手に少し驚くアスナ。

「ま、こんな感じの道具さ。わかったかい、ファフニールの旦那?」

 カモは少し得意気にファフニールを見る。

「大体は分かった。……コレ、俺のも作れんのか?」

「「「「「えっ!?」」」」」

 カモの話しを聞いて中々使えると思い至ったファフニールの問いに、全員が驚いた。

「う~ん、旦那の仮契約かぁ。結構使えそうなカードが出てきそうだなぁ」

「ちょ、ちょっとカモ君!?」

 ネギはカモが何を考えているのか分かったのか慌ててカモを止めようとする。

「いいじゃねぇか、兄貴~。男同士とは言え子供同士だぜ? 兄貴くらいの歳の奴らなら遊びでやったりするさ」

「い、いや、でも」

「え~い、覚悟を決めろ、兄貴! 今は少しでも戦力が欲しい所だろ!」

 そう言ってカモは手際良く魔方陣を完成させる。

「さっ、旦那、この魔方陣の中に入ってくれ」

 ファフニールは言われた通りに魔方陣の中に入り、ネギもカモと面白半分な和美に押され、魔方陣の中に入る。
 アスナと刹那は興味津々といった感じで、止めようとはしない。

「んで? これからどうすればいいんだ?」

「おう、そのまま兄貴とキスしてくれ!」

 カモは最も重大な事を最後の最後にファフニールに告げる。

「……キス?」

 しばしファフニールは考える。

「なぁ、刹那。……キスってなんだ?」

「え、そ、それは……あ、あれだ」

 突然ファフニールに問われ、自身もそういう話にあまり免疫のない刹那は口篭ってしまう。

「なんだよ、あれって」

「だ、だから……」

 刹那は少し頬を染めてファフニールに耳打ちをする。

「唇を重ねる? それだけか、んじゃ、さっさとしろ小僧」

 さぁ来いと言わんばかりに微塵の恥ずかしさも無い、と言うよりキスの意味をまるで理解していないファフニールにネギは戸惑う。

「……ちっ、女々しい奴だな!」

 そう言ってファフニールはネギの顔を両手で挟み、強引に口付けをする。

「んむむっ!?」

「「「「い、いったー!」」」」

 子供同士とはいえ、まだ中学生の彼女達にとってそれは中々過激な光景だった。
 陰から見ていた某図書委員も顔を真っ赤にして釘付けになっていたという。

「よっしゃ、仮契約成立!」

 淡い光と共に、カモの手(前足?)にファフニールの仮契約カードが現れる。

「ぷはっ!」

 それと同時にネギも開放される。

「それが俺の仮契約カードか?」

「おうよ、旦那にも複製の方渡しとくぜ!」

 ファフニールはカモから渡された仮契約カードを観察してみる。
 そこには、傷だらけで、竜だった頃のような真っ赤な篭手を身につけたファフニールが描かれていた。
 そしてそこに書かれた称号は“異界に落ちた敗北者”

「予想通り強力そうなカードだな、旦那! さっそくアーティファクトを出してみたらどうだい?」

「ん、そうだな。アデアット」

 ファフニールが呪文を唱えると、ファフニールの前腕にカードに描かれている真っ赤な篭手が装着されていた。

「これは……」

 ファフニールはその篭手から何か懐かしいものを感じた。

「ファフニール? どうかしたのか?」

 神妙な顔で考え込んでしまったファフニールに刹那が声をかける。

「……いや、なんでもない」

「? そうか」

「いやー、それにしても強そうなアーティファクトじゃねぇか、旦那!」

 こうしてネギ一行の修学旅行での戦力は、ネギに少しばかりの心の傷を残すともに整っていった。

 後書き 

 ども、めっちゃお久しぶりのばきおです。
 半年以上も停止してしまって申し訳ございません!
 前のようなペースでの更新は無理ですが、少しづつ書いていきたいと思うので、更新速度に関しては何卒ご容赦を。
 今回の話は少しばかり暴走してますね(汗
 自分でこれはどうなんだろうと苦笑しながら書いてました。
 ご指摘、ご感想などがありましたら、よろしくお願いいたします。

 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:25
 自由行動で訪れたゲームセンターでネギ、アスナと別れた刹那とファフニールは敵の追撃から逃げていた。

「せ、せっちゃん、ファフ君、どこ行くん? 足速いよぉ」

「あぁ、す、すいません、このかお嬢様」

 幼い頃から神鳴流剣士として訓練を受けていた刹那と、気で身体能力を上げているファフニールの走るペースは、普通の学生であるこのかや早乙女ハルナ、綾瀬夕映には全速力でマラソンをしているような状態だった。

「っち、ウゼェ」

 そんな中、ファフニールは見えない場所から投げられてくる棒手裏剣を受け止めている。
 白昼堂々、しかも街中で戦闘を開始する訳にもいかず、刹那達は完全に後手に回ってしまっていた。

「あれ、ここってシネマ村じゃん!? ファフ君も桜咲さんもシネマ村に来たかったんだ~」

 二人は適当に走っていただけで、特にシネマ村に来たかった訳ではない。
 シネマ村は観客を巻き込んで突然芝居が始まったりする、変わった観光地である。
 ここならば人目も多く、敵も容易にはこちらに手が出せない。
 ならばここで時間を稼ぎ、ネギ達の帰りを待てばいい。
 刹那は瞬時にそう判断した。

「すいません、綾瀬さん、早乙女さん! 私、このか……さんと、ファフニールと三人で話したいことがあるんです! ここで別れましょう!」

 班の二人を巻き込まないために、言ってすぐにこのかを抱きかかえ、シネマ村の堀を飛び越える刹那。ファフニールもその後を追っていった。

「な、なんですか、あの二人のジャンプ力は……と言うか金払って入れです」

「うーん、ファフ君にこのかに桜咲さん……てことはまさか、三角関係?」

 夕映は至極もっともな意見を、ハルナはあり得ない方向に勘違いをしていた。




 シネマ村に入った刹那は、ネギ達の方に向かわせた式神との通信を試みていたが、敵の攻撃で式神との連絡が途切れてしまったらしい。
 だが、ネギ達の方にも刺客が向けられていて、例え連絡が途切れていなくても助力を請うのは難しかった。

「連絡は取れたか?」

「いや、……なんだ? その格好は」

 振り向いた刹那の視線の先には、麻帆良の制服を着たファフニールではなく、黒いタキシードを着て、いつもは無造作に逆立ってる真っ赤な髪をオールバックにセットしたファフニールが立っていた。
 ファフニールの場合、外見は確かに10歳程度の子供なのだが、それに反比例する雰囲気を纏っている。
 そのためか、このような格好をしてもませた子供ではなく、どこかの執事のように見えてしまう。

「えへへ~、ファフ君似合うてるやろ~」

「お、お嬢様まで」

 次に現れたのは、着物を着たこのかだった。
 その姿は、まるで一国の姫君のように可憐だった。

「そこの更衣所で着物貸してくれるんえ」

 二人は、刹那が式神で通信を試みている間に着替えていたらしい。
 ファフニールは、このかに無理矢理連れて行かれたみたいだが。
 そんな流れで刹那も着替えるハメになった。
 刹那は何故か男物の扮装で、元の容姿もあってか、美少年剣士のようだ。
 その後は、このかが刹那を笑わせたり、麻帆良とは別の修学旅行生が3人の写真を撮ったりと、割と修学旅行を楽しんでいるようだった。
 その中で刹那は気付く。
 こんな時間こそ、自分が望んでいた時間なのではないか、と。
 だが、そんな時間も無粋な乱入者によって終わりを告げる。
 馬車に乗って現れた乱入者は貴婦人のような格好をした月詠。
 そして、ファフニールと同じく、執事のような格好をした白髪の少年。

「近衛木乃香嬢を賭けて決闘を申し込みます。30分後、場所はシネマ村正門横、日本橋にて」

 白髪の少年はあまり感情を感じさせない声で、シネマ村特有の芝居に見せかけて刹那達に決闘を申し込む。

「逃げたらあきまへんえ~、刹那センパイ」

 月詠はおよそ外見にそぐわぬ、狂気じみた殺気を一瞬だけ刹那達に飛ばして、白髪の少年と共に馬車に乗って去っていった。
 このかは月詠の殺気にあてられたのか、少し顔が青ざめている。

「これで、やるしか無くなったな?」

「あぁ、なるべく周りに被害が出ないようにしないと……」

「フン、一般人に被害が出て面倒なのは相手も同じだろ。気にするほどのことじゃねぇよ」

 刹那とファフニールが話していると、何処かで覗いていたのか、同じ班のハルナや夕映、それに和美やあやかなど3班のメンバーが出てきて騒ぎ立てた。
 そして何故か騒いでいたメンバーも決闘に参加する流れになっていた。




 指定された場所へ行く途中、刹那は小声でファフニールに話しかける。

「ファフニール、戦闘になったらお嬢様を連れて逃げてくれないか?」

 クラスのメンバーがついて来るのはいささか計算外だったが、相手もただの一般人である彼女らに手は出さないだろうと、刹那は考えていた。

「逃げれるとは思えねぇな。あの白髪の奴も普通じゃねぇみてぇだし。大体俺にそんなこと頼んでいいのかよ?」

 刹那にはこのかの護衛の他に、ファフニールの監視も任務の内に入っている。
 それはつまり、学園長の方はファフニールを完全に信用している訳ではないことを示している。
 そんな相手に、大切な存在であるこのかを任せるのは、護衛役として失格なのではないのか。

「……わかっている、彼が戦闘を行わないとは限らない。だが逃げれる状況だったら頼む。……学園長の意思には背くかもしれんが、私個人としてはお前を信用しているから」

 何故ファフニールを信用しているのか、刹那は自分自身でもわかっていない。
 しかし、一緒に生活をしているうちに、妙な親近感を覚えてしまったのだ。
 その理由もいまいちわかっていない。

「……甘い奴」

 ボソリ、と刹那にも聞こえないような声でファフニールは呟いた。

「刹那さん、ファフニール君、大丈夫ですか!?」

「ネギ先生、どうやってここに!?」

 刹那とファフニールの前に現れたのは、頭にカモを乗せたちびネギだった。

「ちびせつなの紙型を使って、気の跡を追って」

「それよりなにがあったんですかい、姐さんに旦那?」

 どうやらネギ達は、自分達の方に送られた式神が消えてしまったことを心配して、刹那と同じように式神を飛ばしたらしい。

「そ、それが……」

「ふふふ」

 刹那が自分達の状況を説明しようとした時、前方から微笑が聞こえてくる。

「ぎょーさん連れてきてくれはって、おおき~。楽しくなりそうですな~」

「……」

 刹那達の視線の先の橋には、月詠と白髪の少年が立っていた。

「ほな、始めましょうか、センパイ……」

「……君の相手は僕がしよう」

 月詠は刹那を、白髪の少年はファフニールを、自分の相手として指名する。

「せ、せっちゃん、ファフ君。あの人達……なんか怖い。き、気をつけて」

 いくら楽天家なこのかでも、前に居る二人が普通ではないことを悟ったのだろう。
 その心は恐怖に侵食されていた。

「……安心してください、このかお嬢様」

 そんなこのかを安心させるように、刹那は優しく微笑む。

 ―――そして

「何があっても、私がお嬢様をお守りします」

 かつて自分が立てた誓いを口にした。

 後書き

 どうも、ばきおです。
 またまた更新が遅れてしまい申し訳ありません(汗
 次回はもう少し早く更新できるように頑張ります。
 ご指南、ご感想などがありましたら、よろしくお願いします。



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十一話~
Name: ばきお◆2eed9427
Date: 2008/01/30 14:25
 月詠が無害だと称するコミカルな妖怪を召喚したことで、戦闘が開始された。
 妖怪達は、刹那達について来たクラスメートに向かって行って何故かスカートを捲るなどのセクハラ攻撃を仕掛けていた。
 確かに月詠の言う通り、この妖怪達が相手なら一般人であるハルナ達が怪我をする可能性も低いだろう。
 精神的ダメージはあるかも知れないが。
 周りには騒ぎを聞きつけたのか、結構な人数のギャラリーが観戦している。

「ネギ先生、このかお嬢様を連れて安全な所へ逃げてください!」

「え、でも」

「見かけだけですが、ネギ先生を等身大にします」

 そう言って、刹那は素早く印を結ぶ。
 すると、カモと同じくらいのサイズしかなかったちびネギが、忍者の格好をした等身大ネギになっていた。
 突然現れたネギに、木乃香は少し驚く。

「申し訳ありません、お願いします!」

「せっちゃん、気をつけてな!」

 刹那はコクンと頷き、月詠の方へ駆け出していく。

「オレも手伝ってやってるんだ。しくじるんじゃねぇぞ、小僧」

 ファフニールは白髪の少年、フェイト・アーウェルンクスから目を逸らさずネギに言う。

「ハイ、ファフニール君も気をつけて!」

 そう言ってネギは、このかの手を引いてギャラリーの方へ走っていく。

「アデアット」

 ファフニールは自身のアーティファクトを呼び出し、構えを取る。
 突如ファフニールの腕に現れた真っ赤な篭手にギャラリーは、手品だなんだと騒いでいるが、ファフニールは気にしない。
 フェイトは、アーティファクトを見ても無表情を崩すことなくファフニールを見据えている。

「―――ッ!」

 どちらが先に仕掛けたのだろうか。
 数mあったファフニールとフェイトの距離が、一瞬で0になり、ぶつかり合う。
 無数に放たれる拳を、二人は自らの拳で打ち落とし、打ちもらした拳は紙一重で避ける。
 フェイトは紙一重でファフニールの拳を避けてはカウンターを繰り出し、ファフニールはそのカウンターを篭手でガードする。
 数手目で互いの攻撃に弾かれるように、二人の距離が空く。
 否。正確には、弾かれたのはファフニールだけで、フェイトはたたらも踏まずにその場に留まっていた。

「うおぉ、あっちの剣士の殺陣もすげぇけど、こっちの少年執事もすげぇぞ!」

「やるなぁ、シネマ村!」

 ギャラリーはまだシネマ村のアトラクションだと思い込み、喚声を上げている。
 能天気なギャラリーとは裏腹に、ファフニールの心中は穏やかではない。
 相手の攻撃に反応しきれなかったが故に、自分だけ弾かれた。
 それはつまり、相手の方が何枚も上手だということ。
 フェイトからしてみれば、ファフニールが思いのほか出来る相手だったから、一つギアを上げたに過ぎない。
 対してファフニールは、ほぼ全力に近い攻防だった。

「もう来ないのかい?」

 フェイトが構えも取らず、悠然とファフニールに言い放つ。

「フン、ぬかせ」

 そう言われて、大人しくしているほど、ファフニールは可愛い性格ではない。
 ファフニール自身ももう一つギアを上げて、フェイトに攻撃を仕掛ける。
 その拳は先程よりも速く、強いものだろう。
 しかし、そんな拳を嘲笑うかのように、フェイトはバックステップと巧みな体捌きで回避していく。
 焦れたファフニールは、渾身の力を込めて右ストレートを放つ。
 常人には、反応することも難しいであろう。
 だが、フェイトにとっては、ただの大振りなパンチに過ぎなかった。
 ファフニールが己の失策に気づいた時にはもう遅い。
 フェイトは、体が泳いだファフニールの腹を蹴り上げる。

「がッ、ハ」

 どれ程の威力があったのか、ファフニールの体が空へと放り出される。
 それを追うように、フェイトも飛び上がり、駄目押しの蹴りをファフニールの顔面に見舞う。
 その蹴りは、かろうじでガードしたファフニールだが、空中では踏ん張ることが出来ず、吹っ飛ばされて橋の下の川に叩きつけられる。

「ファフニール!」

「余所見はあきまへんえ~、センパイ?」

 ファフニールの方へ駆け出そうとする刹那だったが、そんなことは月詠が許す筈がない。

「っく!」

 放たれる斬撃を夕凪で受け止め、鍔迫り合う。
 刹那とて、同じ神鳴流を修める月詠を相手に余裕などないのだ。




「ぐ、っく」

 痛む腹部を抑えて、ファフニールは気の応用で水面の上に立ち上がる。
 前を見れば、フェイトも同じように水面の上に立っている。 
 止めを刺す為にフェイトが動いた。
 咄嗟にファフニールは顔と体幹を隠すようにガードを固める。
 直後にファフニールを激しい衝撃が襲う。それは単発に終わらず、絶え間なく続く。
 フェイトはガードなど関係無いと言わんばかりに連打を浴びせる。
 突きも蹴りも、そのどれもがファフニールのものより遥かに重く、速い。
 それでも歯を食いしばり、足に力を込め、ファフニールは耐えていた。
 いくら気で身体能力が向上し防御力が上がっていても、ガードしている腕がへし折れていてもおかしくない程の攻撃。
 しかし、ファフニールの腕は痺れてはいるものの折れてはいない。
 それはひとえにアーティファクトのおかげだろう。
 並の篭手なら最初の一撃で砕かれるような攻撃を何十発も受けて、ひびが入る様子すらない。
 その異常なまでの防御力が、なんとかファフニールをもたせている。
 しかし、フェイトとて馬鹿ではない。ガードしているファフニールの両腕の肘を低い体勢から真上へと突き上げる。

「なっ!?」

 ファフニールの両腕は抵抗もなく、頭上に弾かれる。
 ガードを壊せないのなら崩せばいいだけのこと。
 無防備となったファフニールの顔面へとフェイトの右拳が打ち込まれる。
 まともに食らってしまったファフニールは、水面で数回バウンドして吹っ飛び、水中へと沈んでいった。
 勝利を確信しているのか、沈んでいくファフニールにフェイトは背を向ける。
 だが

「気に、入らねぇ」

 ファフニールは立ち上がった。セットした髪は崩れ、呼吸も乱れ、左頬は腫れあがり、口の端から血を垂らしながら。

「てめぇ、だけ、殴られるってのは、気に、入らねぇな」

「そう。で、どうするの? 君じゃ僕にかすらせることも出来ないと思うけど」

 フェイトは無感情に事実を述べる。それが酷くファフニールの癇に障る。

「うるせぇよ……!」

 我慢ならないのだろう。別の世界とはいえ、弱体化させられたとはいえ、500と数十年の間最強と恐れられてきたファフニールにとって、何も出来ずに負けることなど。
 腹の底から怒りが湧き上がる。
 その怒りに呼応するように、ファフニールのアーティファクト“エンテイノキオク”から炎が巻き起こる。
 右腕に巻き起こった真っ赤な炎にファフニールは初めてアーティファクトを出した時に感じた懐かしさの意味を理解した。

「これは……オレの、炎?」

 ファフニールが僅かな魔力を練って吐き出す炎とは違う、ドラゴンだった頃のものと同質の炎。

「それが君のアーティファクトの力かい?」

 ただの炎ではないことを悟ったのか、フェイトから余裕が消える。

「あぁ、そうみてぇだな」

 ニヤリと笑みを浮かべ、ファフニールは呼吸を整え構えをとった。

「無駄だと思うけど」

「人間は好きだろ? やってみなきゃわかんねぇってやつ」

 そう言ってファフニールは水上を駆け出す。フェイトの方へ何の工夫も無く、ただ真っ直ぐに。
 フェイトは右腕の炎にのみ注意を払っている。だから、真っ直ぐ向かっていけばいい。
 それがブラフになるのだから。
 ファフニールは一瞬だけ気を抑え、僅かばかりの魔力を練り上げ、炎を吐き出す。

「っ!?」

 よほど予想外のことだったのか、フェイトから驚きの声が上がる。
 だが、その炎はフェイトが纏っている強力な障壁により届くことはない。
 しかし、炎により視界を遮られファフニールの姿を見失ってしまう。
 ほんの僅かな間、自分を隠す。それこそがファフニールの狙い。
 炎が晴れた時には、ファフニールはフェイトの視界から消えていた。
 僅かな間にファフニールはフェイトの左側の死角へと回りこんでいた。
 フェイトが気づいた頃にはもう遅い。
 回避も迎撃も間に合わない距離までファフニールは接近していた。
 ならば、とフェイトは自身の障壁を最大展開させる。
 それと同時に、炎を纏ったファフニールの右拳が障壁と接触し

「な、に!?」

 何もなかったかのように、障壁を突き抜けた。
 そしてそのままの勢いで、フェイトの顔へ右拳を叩き込む。
 直撃を受けたフェイトの体は数十m先の石垣に叩きつけられる。

「ぐ、っ」

 フェイトは水面に片膝をついてファフニールを睨む。ダメージが抜けないのか、立ち上がる様子はない。

「確かに、気に入らないね。殴られるというのは……」

 まるで殴られるのが初めてかの様な言い方をするフェイト。
 そして今まで感情の篭っていなかった瞳に、怒りという感情が宿る。

「相当効いたみてぇだな。そう言いながら立ち上がれねぇってことは」

 フェイトを嘲り笑ってみせるファフニールだが、自身も右腕から走る激痛に耐えていた。
 エイテイノキオクの力は、今のファフニールでは諸刃の剣。御しきれるものではなかったらしい。
 それを隠すためにあえて余裕ぶって見せているだけで、ファフニールにはもう余力が無かった。

「……もうすぐ僕達の勝ちになるみたいだけどね」

 ある城の屋根に視線を移し、フェイトは言った。
 フェイトの視線の先には巨大な弓をネギとこのかに向けている鬼と天ヶ崎千草の姿があった。

「……あの馬鹿が」

 その姿を確認したファフニールは呆れたように悪態をつく。
 屋根の上では風が強いのか、煽られたネギが踏ん張ろうと一歩足を動かした。
 その瞬間、何故か鬼は矢を放った。

「はぁ!?」

「……しまった、命令をもう少し厳しくしとけばよかった」

 矢を放った意味がわからないファフニールと、鬼に動いたら撃てと命令を送っていたらしいフェイト。
 二人が驚いている間に、放たれた矢は幻影であるネギの腕を貫通し、木乃香に迫る。
 しかし、いつの間に移動していたのか、躊躇無く木乃香を庇うように刹那が割って入り、巨大な矢に左肩を貫かれた。

「せっちゃん!」

 たたらを踏んで屋根から落ちて行く刹那を追う様に、木乃香も躊躇無く屋根から飛び降りる。

「ちぃ!」

 それを見たファフニールは今だ右腕に走る激痛を無視して、水面を走り出す。
 フェイトの方はまだファフニールを追える程回復していないのか、追ってはこなかった。
 落下していく中、木乃香が刹那に追いついて抱きとめた時、二人を中心に強大な魔力の奔流が巻き起こる。
 眩い光は落下するスピードは緩め、大怪我だった筈の刹那の左肩、そして近くまで来ていたファフニールのダメージまで完全に治癒していく。

「せっちゃん……よかったぁ」

 ゆっくりと陸地の方へ着地した木乃香は、涙を浮かべて刹那の無事を喜んだ。

「お嬢様、チカラをお使いに……?」

 刹那は自身の傷が無い事を確認して木乃香に問うが、当の本人も夢中で、何をやったのかはよくわからないらしい。

「おい、敵の数が多い。さっさと小僧達と合流するぞ」

 遅れて陸に上がってきたファフニールが刹那に促す。

「そうだな。……どうした? ファフニール」

「どうかしたん? ファフ君」

 ファフニールはジッと木乃香を見つめていた。

「いや、納得しただけだ。狙われてる訳をな」

 事前に軽く説明さえていたとはいえ、このかの魔力の一端を見てファフニールは考えを改めていた。
 そんなやりとりをしていると、上からちびネギとそれに乗ったカモが降りてきた。

「敵の数が多い、ここは一度落ち合おうぜ!」

「それもうオレが言った」

「そ、そりゃないぜ旦那」

 カモ達の会話を尻目に、刹那は少し考えてこのかを抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこという形で。

「お嬢様。今からお嬢様の御実家に参りましょう。神楽坂さん達と合流します」

 そうして刹那達は明日菜達と合流し、このかの実家である関西呪術協会の総本山へと向かうことになった。

 後書き

 どうも、ばきおです。
 やっぱりバトル部分は難しいですな(汗
 自分のネーミングセンス云々はご勘弁してください(汗
 そろそろ修学旅行編もクライマックスです。
 自分の文章力では中々難しい所ですが頑張ります。
 ご指南、ご感想などがありましたら、よろしくお願いします。



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十二話~
Name: ばきお◆2eed9427 ID:c9c87904
Date: 2008/01/31 02:30
「……満足だ」

 ネギ達はシネマ村の戦いの後、刹那に木乃香の実家に案内され、木乃香の父であり関西呪術協会の長でもある近衛詠春に親書を届けることに成功した。
 そして言葉の通り、ファフニールは満足していた。
 開かれた歓迎の宴では出された料理を他人の食い残しすら食い尽くすという暴食の限りを尽くし、誰よりも長く風呂に浸かり、後は着替えて惰眠を貪るだけの状態だからである。

「きゃあぁぁっ!」

「!?」

 そんな普段ならありえない緩みが、侵入してきた敵意に気付く事を遅らせた。

「ちっ」

 悲鳴の聞こえた方へファフニールが向かうと、ハルナ、のどか、和美の三人が石と化していた。

「ファフニール君!」

 ファフニールに少し遅れて、ネギとカモがやってくる。
 
「こ、これは、朝倉さん、パルさん、のどかさん!」

 石になった3人を見てネギは大きく取り乱し、必要以上に自分を責め立てる。

「く、僕の……僕のせいだ。僕のせいでみんなを……!」

「落ち着け」

「ぶっ!」

 そんなネギの眉間に逆水平チョップを見舞う輩が一人。

「こいつらがここへ来たのは誰の意思でもねぇ、自分の意思だ。オレと刹那で撒いてもついてきたんだからな。言っちまえば自業自得だろ。特にコイツは」

 そう言ってファフニールは和美を指差す。

「じ、自業自得って、そんな言い方っ!」

 ファフニールの言い分にネギは憤慨する。

「二人共言い争ってる場合じゃねぇって! 兄貴は取り合えず姐さんにカードで連絡をしてみてくれ!」

 カモはネギを抑えて状況の打開を提案する。

「敵の気配は消えてねぇな。オレは先にバカ達に合流する。場所はさっきの風呂だ」

「あ、ちょ、旦那!」

 カモが呼び止めるのも聞かず、ファフニールは駆け出していた。

「姐さん達が無事かどうかわかってねぇってのに……」




「じゃ、お姫様は貰ってくね」

 明日菜はネギから連絡を受け、木乃香と共に指定された風呂場まで来ていた。
 しかしネギ達に合流する前に白髪の少年、フェイトの襲撃に対応しきれず、木乃香を連れ去られてしまった。

「ちっ、遅かったか」

 そこにタッチの差でファフニールが風呂場へ到着する。

「ファフニール! ごめん、木乃香が……」

「見りゃわかる。てめぇがなんで裸なのかはわからねぇが」

 少し冷めた目で明日菜を見るファフニール。

「し、しょうがないでしょ! アイツの魔法で服だけ石にされちゃったんだから!」

「なんだ、お前。人形みたいな面して変態とかいう奴だったのか? 人間ってのはわかんねぇな」

 今度は哀れな者を見るように、ファフニールはフェイトを嘲り笑う。

「……今、僕の石化魔法を抵抗、いや無効化したよね? アーティファクトの力だけじゃない、どうやったの?」

 そんなファフニールをあえて無視して、フェイトは明日菜に問う。

「は? そんなの知らないわよ、このスケベ!」

 だが、ついこの間までただの女子中学生として生きてきた明日菜に、魔法無効化能力のことなどわかる筈もない。

「そう、なら体に聞いてみるしか……っ!?」

 フェイトが言い終わる前に眼前にファフニールの拳が迫り来る。フェイトはそれを片手で掴んで止めた。

「無視してんじゃねぇぞ、変態」

 ファフニールの不意打ちを受け止めたフェイトは、少し溜息をついてファフニールの腹部へと拳を飛ばす。
 ファフニールはかろうじで残った腕を滑り込ませ直撃は避けたが、威力を殺せず壁へ叩きつけられてしまう。

「わかったかい? 君など取るに足らない存在だ。今は彼女の方が重要なんだよ。それとも、まさか昼間僕に一撃入れたぐらいで勝てるとでも思ってるの?」

「さぁなぁ、可能性はあるかも知れないぜ?」

 咳き込みながらもファフニールは立ち上がり、フェイトを挑発する。

「……なら君から先に始末しようか」

 表情こそ変わらないものの、その声には明らかに不愉快さが滲み出ていた。
 だが、フェイトがファフニールに攻撃を仕掛ける前にネギとカモ、そして刹那が風呂場に到着した。

「あ、明日菜さんッ!?」

 ネギ達は裸で座り込む明日菜の元へ駆け寄る。

「……挑発は時間稼ぎのつもりだったのかい?」

 フェイトは攻撃の姿勢を解き、少しだけネギ達の方へ視線をやる。

「お前が思ったより短気だったから失敗したかと思ったがな。間に合ったからには成功だろ」

 悪戯っぽいような勝ち誇ったような、そんな笑みを浮かべるファフニール。

「……昼間の戦いでもそうだったけど、所々でセコいよね、君」

 フェイトはお返しとばかりに無表情で軽い嫌味を飛ばす。

「フン、戦闘力で劣ってるからな。考えうる手段は使うのが当然だろ? まぁ、これはお前ら人間の真似をしてみただけだがな」

 ファフニールの言葉が引っかかったのか、フェイトがファフニールに問おうとする。
 しかし

「こ、このかさんを何処にやったんですか?」

 先程まで明日菜に状況を聞いていたネギに遮られる。

「みんなを石にして、ファフニール君を殴って、アスナさんを裸にして、先生として、友達として、僕は……僕は許さないぞ!」

 ネギは怒りをあらわにして、フェイトに言い放った。

「……それでどうするんだい? ネギ・スプリングフィールド。僕を倒すのかい? やめた方がいい。今の君では無理だ」

 フェイトは気圧された訳でもなく、ただ淡々と事実を述べて水を利用した瞬間移動で消えていく。
 瞬間移動の類はかなりの高等技術で、さらにフェイトが常に浮遊術を使っていたことから、カモはフェイトが超一流の術者であると推測した。

「アスナさんはここで待っていて下さい。このかさんは僕が必ず取り返します」

 風の魔法で手元まで運んだバスタオルをネギは明日菜に羽織らせる。

「え、う、うん……」

 決意に満ちたネギの表情に、明日菜は惚けながら返事をする。

「とりあえず後を追いましょう、ネギ先生。気の跡をたどれば……」

 刹那とネギが飛び出していきそうになるのをカモが抑え、策を考える為にしばし話し合いになる。
 しかし、カモが提案した刹那とネギの仮契約案も何故か明日菜に反対され、ファフニールの明日菜の能力を利用し、明日菜を盾にして突っ込んでいこう案も却下された。
 結局、短時間では話はまとまらず、無策で追いかける事になってしまった。




「おぉ、やるやないか新入り! どうやって本山の結界を抜いたんや!」

 このかを連れ去ったフェイトは、千草と合流していた。

「ふふ……これでこのかお嬢様は手に入った。後はお嬢様を連れてあの場所に行けばウチらの勝ちやな」

 そう言いつつ、千草の顔は勝利を確信した笑みを浮かべていた。
 そんな千草を見て、札で口封じされている木乃香は不安そうに声を上げる。

「安心しなはれ、このかお嬢様。何もひどいことはしまへんから。さぁ、祭壇に向かいますえ」

 そう言って千草達はある場所へと出発しようとする。

「待て! そこまでだ、お嬢様を放せ!」

 しかしその前に刹那達が立ちふさがった。

「……またあんたらか」

 刹那達の姿を見ても、千草の余裕は崩れない。

「天ヶ崎千草、明日の朝にはお前を捕らえに応援が来るぞ! 無駄な抵抗をやめ、投降するがいい!」

 そんな刹那の忠告を聞いても千草の心が揺らぐことはない。

「ふん、応援が何ぼのもんや、あの場所に行きさえすれば……それよりも……」

 微笑を浮かべながら千草と木乃香を抱えている猿鬼が池の上に降り立つ。

「あんたらにもお嬢様の力の一端を見せたるわ。本山でガタガタ震えてれば良かったと後悔するで」

 失礼を、と千草は木乃香に札を付け、そこから木乃香の魔力を引き出す。

「オン、キリ、キリ、ヴァジャラ、ウーンハッタ」

 千草が呪文を唱えると、水面が光だし、無理やり魔力を引き出された木乃香が身悶える。
 そして水面の光の中から100を超える異形が姿を現す。

「ちょ、ちょっと、こんなのありなのー!?」

「やろー、このか姉さんの魔力で手当たり次第に召喚しやがったな」

 学園に侵入してくる妖魔を退治していた刹那や元がドラゴンであるファフニールはともかく、ただの女子中学生として過ごしてきた明日菜には、100を超える鬼などの妖魔に囲まれるのは恐怖以外の何者でもない。
 
「あんたらにはその鬼どもと遊んでてもらおうか。ま、ガキやし殺さんよーにだけは言っとくわ、安心しときぃ。ほな」

 そう言葉を残し、千草達はこの場を去っていった。

「なんやなんや、久々に喚ばれた思ったら」

「相手はおぼこい嬢ちゃん坊ちゃんかいな」

「悪いな嬢ちゃん達。喚ばれたからには手加減できんのや、恨まんといてや」

 鬼達はその風貌とは裏腹に、どこか人間臭いことを言う。

「兄貴、時間がが欲しい。障壁を!」

 カモの提案に頷いて、ネギは魔法の詠唱に入る。

「風花旋風、風障壁!」

 詠唱が完了すると、ネギ達を中心に巨大な竜巻が巻き起こる。
 そのおかげで、鬼達はネギ達に手を出すことが出来なくなる。

「これで2、3分は時間が稼げます!」

「よし、手短に作戦を立てようぜ! どうする、こいつはかなりまずい状況だ!」

「……二手に分かれる、これしかありません」

 刹那の提案は、刹那とファフニールが鬼を引き付け、ネギ、カモ、明日菜で木乃香を追うというものだった。
 刹那の提案を聞き、今まで黙っていたファフニールが口を開く。

「……おいオコジョ、宴の時に聞いた仮契約カードの機能に従者の召喚ってやつがあったな?」

 ファフニールは事前にカモから仮契約カードの機能を聞いていたらしい。

「あ、あぁ、精々5~10kmくらいの距離だけどな。なんか思いついてくれたかい、旦那?」

 カモはこの中で一番冷静であろうファフニールの意見に期待する。

「あぁ、残るのはオレと刹那、そんでバカだな。取り合えず刹那、小僧と仮契約しろ」

「「「えぇっ!?」」」

 カモは喜んでいたが、残りの三人は驚いてファフニールに抗議の声を上げる。
 そんな三人を抑え、ファフニールは作戦の説明をする。

「まぁ内容は刹那とほとんど変わらねぇが、奪還、逃走は小僧頼みになる」

 その言葉を聞いてカモはファフニールの作戦の意図がわかったらしい。

「なるほど、兄貴がこのか姉さんを奪還後全力で戦線離脱。召喚機能範囲ギリギリで三人を召喚して朝まで身を隠せばいいって寸法か!?」

「そういうことだ。これなら小僧が失敗してもまだ手が打てる」

 ネギが失敗したとしても、ファフニール達を召喚して最大の障害であるフェイトの足止めをすればいい。
 それが例え5分ももたないとしても、勝利の可能性は広がる。

「よっしゃあぁ! そうと決まったらズバッとブチュッといっちまおうぜ!」

 そう言ってカモはネギと刹那の周りに魔方陣を描く。

「す、すいませんネギ先生」

「い、いえ、あの、こちらこそ」

 緊急事態とはいえキスをするのは恥ずかしいのかネギと刹那、そして何故か傍から見ている明日菜まで顔が赤くなっている。
 そしてネギと刹那の唇が重なり、カモの手に刹那の仮契約カードが出現する。

「ネギ先生、明日菜さんのことは任せて下さい、私が守りますから。だから先生は……このかお嬢様を頼みます」

「……はいっ!」

 見つめ合いながら言葉を交わすネギと刹那。

「そこ、何見つめ合ってんのよ!」

 明日菜の言葉に二人は慌てて離れる。

「風が止むぞ」

 ファフニールの声に答え、ネギはこの場を離れる為の魔法の詠唱に入る。
 竜巻の外では鬼達が待ちわびていた。
 そして竜巻が止んだ瞬間

「雷の暴風!」

 ネギ最大の魔法が鬼達を飲み込んだ。






 後書き

 どうも物凄いお久しぶりです、ばきおです。
 こちらの都合により、またもや長らく更新できませんでした。
 今更戻ってくんじゃねぇバイキン野郎!と思われている方々、本当に申し訳ございません。
 一話から全て書き直しているので、お暇がございましたら読んでいただけると光栄です。
 前の方がよかったじゃねぇかウジ虫野郎!と思われる方々がいらっしゃいましたらごめんなさい。
 批評などがございましたら、よろしくお願いします。
 では!

 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十三話~
Name: ばきお◆2eed9427 ID:c9c87904
Date: 2008/02/08 15:15

「ファフニール君ってなんか凄いよね」

 鬼の集団から一人飛び出してきたネギがカモに呟く。

「僕と変わらない歳なのに、こんな状況で冷静で」

「あぁ、あの落ち着きっぷりは相当な修羅場を潜ってきてるに違いないぜ。ドラゴンだって話、案外嘘じゃなかったりして」

 カモは旅館でネギが言っていたことを思い出す。

「ま、なんにせよあの大局を見る目は見習ったほうが良いかもな。どうすれば勝利を手繰り寄せられるかばっちりわかってやがる」

「大局を見る目、か……」

 カモの言葉についてネギは考え込む。
 だが木乃香が連れ去られたであろう場所から感じられる強大な魔力を前に考えを中断する。

「ありゃあ何かでけぇもん呼び出す気だぜ。兄貴、手遅れになる前に!」

「うん!」

 ネギは頷いて、杖を加速させようとする。
 そんなネギに新たな障害が立ちふさがる。

「い、狗神!? 風楯――ッ!」

 空を飛んでいたネギに突如黒い犬が飛んできたのだ。
 ネギは咄嗟に魔法の盾を張るが、防ぎきれずに墜落してしまう。

「くっ! 杖よ……風よ!」

 ネギは狗神に当たった衝撃で手放してしまった杖を呼び寄せ、風の魔法で着地の衝撃を和らげる。

「こんなに早く再戦の機会が巡ってくるたぁなぁ。ここは通行止めやで、ネギ!」

 ネギを撃ち落としたのは昼間結界を張った千本鳥居の中で戦い、ネギと宮崎のどかのコンビに惜敗した狗族の少年、犬上小太郎だった。

「コ、コタロー君!?」

「へへっ、俺は嬉しいでネギ。同い年で俺と対等に戦えたんはお前が初めてやったからな。さぁ、戦おうや、ネギ!」

 ここから先に行くには小太郎を倒すしか手段はない。

「くっ、今は君と戦ってる暇はないんだ! 試合ならこれが終わった後でいくらでも」

「ざけんなぁ!」

 なんとか説得を試みるネギだったが、小太郎は聞く耳を持たなかった。

「コトが終わったらお前は本気で戦うような奴やない。俺は本気のお前と戦いたいんや!」

 ネギが何を言っても小太郎は譲らないだろう。
 それほどまでに小太郎はネギを認めているのだ。

「全力で俺を倒せばまだ間に合うかもしれんで? 来いやネギ、男やろ!」

「……わかった」

 ネギが小太郎の挑発に乗ってしまい、カモは焦る。
 ここで戦ってはどう転んでも木乃香を助け出す時間は無くなってしまう。

「へ、そうこなくっちゃな。来い!」

「いくぞ!」

 互いに駆け出し、ぶつかり合いそうになる瞬間。

「んな!?」

 ネギは全力で空中へ飛び出していた。
 これには小太郎だけでなくカモも驚いた。

「ゴメン、コタロー君! やっぱり君と戦ってる場合じゃないんだ!」

 そう言ってネギはこの場を離脱しようとする。

「こ、この根性無しが! 逃がさへんぞ!」

 見事にネギに一杯食わされた小太郎は、狗神でネギを追撃しようとする。
 しかし小太郎が出した狗神は、突如割り込んできた人の背丈ほどある巨大な十字手裏剣によってかき消されてしまった。

「あ、あれは長瀬さんと夕映さん!?」

 杖を止め、ネギは突如現れた長瀬楓と綾瀬夕映の姿に驚いた。

「詳しい話は後で。早く行くでござるよ、ネギ坊主!」

「で、でも……ぐっ、すいません、長瀬さん!」

 ネギの中では強い葛藤があったのだろう。
 しかしネギはそれを飲み込み、この場を楓に預けることを選ぶ。

「ふふ、成長したでござるなぁ、ネギ坊主」

 楓は飛んでいくネギを暖かい目で見送る。

「邪魔すんなや、デカい姉ちゃん。俺は女を殴るんは趣味とちゃうんやで?」

 ネギと戦うことを邪魔された小太郎が楓を睨みつける。

「コタローと言ったか、少年」

 楓は小太郎と話ながら、自らの分身で夕映を安全な所まで誘導する。

「ネギ坊主をライバルと認めるとは、なかなかいい目をしているでござる。だが今は主義を捨て本気を出すといいでござるよ。今はまだ拙者のほうがあのネギ坊主よりも強い」

 喋りながら楓は気を練り始めた。
 小太郎も楓が只者ではないと悟ったのか、警戒心を高める。

「―――甲賀中忍、長瀬楓。参る」

 十を超える楓の分身が発生し、楓と小太郎の戦いの幕が開けた。




 知らず知らずにネギの成長に貢献していた当の本人は

「てめぇ待てコラァッ! ちゃんと戦いやがれ狐がぁ!」

「キャハハハ、いややー。怖いー!」

 完全に狐女に遊ばれていた。
 今のファフニールは、並の魔物ならば数で押されなければ負けることはないくらいの実力は持っている。
 それが完全に遊ばれているというのは、狐女が召喚された魔物達の中でも別格の存在であることを示している。
 アーティファクトの力を生かし素人とは思えないほどの活躍を見せた明日菜や、退魔を生業とする刹那も他の別格の存在に苦戦していた。
 そんな中、突然遥か前方に光の柱が出現する。

「どうやら千草はんの計画が上手くいってるみたいですな~。あの可愛い魔法使い君は間に合わへんかったんやろか? ま、ウチには関係ありまへんけどなー、刹那センパイ?」

「つ、月詠!?」

 そして明日菜が烏族の魔物に捕まり、神鳴流剣士月詠の登場で最悪の事態に拍車がかかる。

「ぐ……」

 この最悪の事態を打開するために刹那はある力を使おうとする。

「ぐおっ!? ぬおぉ、しまった、新手か!?」

 しかし、その前に明日菜を捕まえていた烏族が何者かに銃撃され消滅した。
 銃撃はそれに留まらず、狐女や刹那を手こずらせていた大鬼にも襲い掛かる。

「らしくない苦戦をしているようじゃないか?」

「え、ええぇぇ!?」

 現れたのは龍宮真名と古菲。
 以外すぎる助っ人の登場に明日菜は驚いた。

「この助っ人の仕事料はツケしてあげるよ、刹那、ファフニール」

「うひゃー、あのデカイの本物アルか? 強そアルねー!」

 真名達を敵と認識した複数の烏族が二人に襲い掛かる。
 銃使いである真名だったが、瞬時にライフルからハンドガンへと持ち替え、瞬く間に烏族の群れを蹴散らした。
 その真名の強さに再度明日菜は驚く。

「古、お前は人間大の弱そうな奴だけ相手をしてくれればいいよ」

「あ、バカにしてるアルね~。中国四千年の技、なめたらアカンアルよ?」

 真名には敵わずとも、小柄な古なら楽勝だと踏んだ鬼達がこっそり古に襲い掛かる。

「よっ」

 しかし、古にあっさりと攻撃を防がれ、逆に古の人間離れした威力の拳撃によって鬼達は吹っ飛んでいく。

「さぁ、もっと強い奴はいないアルか?」

「調子に乗ってるとケガするぞ」

 そんな助っ人の登場を見ていたファフニールだったが、強い気配を感じて光の柱ほうへ視線を向ける。

「……しくじった、か?」

 ファフニールが呟くのとほぼ同時に光の柱から巨大な何かが姿を現す。

「な、何だあれは……」

「あれが連中の目的か」

 この場にいる全ての者が光の柱に視線を向ける。

『姐さん、刹那の姉さん、旦那、そっちは大丈夫か!?』

 突然、明日菜達にカモからの念話が届く。

「トチったみてぇだな、オコジョ」

 ファフニールは仮契約カードを額にあて、カモと話す。

『面目ねぇ、いい所まではいったんだけどよぉ』

「けっ、確実にうまくいくとは思ってねぇ。この場は助っ人が引き受けるらしいから、さっさと喚べ」

 真名達は何も言っていないのだが、ファフニールの中では残ってもらうのは決定事項らしい。

「一つ貸しだぞ? ファフニール」

 ファフニールの言葉から状況を把握し、真名はこの場を引き受けることを了承する。
 
「……オレには何も聞こえんな」

 そんな言葉を残してファフニール達はネギ達の元へ召喚されていった。




「召喚、ネギの従者、神楽坂明日菜、桜咲刹那、ファフニール・ザナウィ!」

 ネギの呪文で三人が召喚された。

「すいません、アスナさん、刹那さん、ファフニール君。僕、このかさんを……」

 自身の限界まで奮闘したのだろう。ネギは疲弊しきっていた。

「わかってる、ネギ。って、ぎゃあぁぁ! 何よあれ!」

 後ろにそびえ立つ高さ30mはある巨大な鬼、リョウメンスクナノカミの姿に明日菜は驚く。
 まだ上半身までしか出ていないにも関わらずこの巨大さである。明日菜が驚くのも無理はなかった。

「落ち着け、姐さん! なぁ、旦那、あれってなんとかできねぇか?」

「いや、無理だろ」

「即答かよ!? 大局を見る目はどうしたんだよ旦那!?」

 かなり無茶なことを言っているあたり、カモも相当焦っているらしい。

「知るか、んなもん! 元のオレならまだしも、この状態であんなもんどうにか出来る訳ねぇだろうが!」

「……何しに来たの、君?」

 出てきて早々カモと不毛な争いをしているファフニールを見てフェイトは溜息をつく。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ」

 付き合いきれないとばかりに、フェイトは魔法の詠唱に入る。

「こ、こいつ西洋魔術師かよ!?」

 突然フェイトが魔法の詠唱を唱えるのを見て、カモは詠唱を止めるよう指示を出そうとするが間に合わない。

「時を奪う毒の吐息を、石の息吹!」

 フェイトを中心に触れただけで石化してしまう毒ガスが広範囲に散布される。
 ネギ達は間一髪で毒ガスを避け、フェイトから距離を取ることに成功した。
 幸いなことに、毒ガスがフェイトの視界を塞いでいてくれている。

「ネギ先生、その手は!?」

「だ、大丈夫、かすっただけです」

 ネギは慌てて右手を隠すが、刹那はその手が徐々に石化している所を目撃してしまった。
 それを見て刹那の中である決意が固められた。

「三人共今すぐ逃げてください。お嬢様は私が救い出します」

「えっ!?」

「お嬢様は千草と共に巨人の肩の所にいます。私ならあそこまで行けますから」

 肩の所と言っても、その高さは30m近くある。
 明日菜はそのことについて疑問をぶつけた。

「ネギ先生、明日菜さん、ファフニール。私、皆さんにもこのかお嬢様にも秘密にしていたことがあるんです……この姿を見られたら、もうお別れしなくてはなりません」

 刹那の言葉に明日菜達は戸惑う。
 そして刹那が力を込めると、その背中から一点の汚れもない純白の翼が姿を現した。

「これが、私の正体。奴らと同じ化け物です。でも誤解しないでください! お嬢様をま「アホかー!」イタっ! な、何をするファフニール!?」

 刹那がとても大事な話をしようとしているのに、全く空気を読まず刹那の頭にチョップを食らわすファフニール。

「そんな隠し球があるならさっさと言えよボケ! そうすりゃもうちょいマシな作戦も考えられたかも知れねぇのによぉ!」

「えっ!? い、いや、驚かないのか?」

 刹那の翼を見てネギや明日菜は驚いているが、ファフニールが驚いている様子はなかった。

「あぁ? なんで人間に羽が生えたくらいで一々驚かなきゃなんねぇんだよ?」

 それは刹那を蔑むわけでも、気遣うわけでもない普段通りのファフニールの言葉だった。
 
「ふ、普通驚くだろう!? 人間では無いのだぞ、私は!」

 刹那にとってこの白い翼は自分が化け物であるという証。
 それ故にか、自分を蔑むような言葉を口にしてしまう。

「羽が生えたからか? 馬鹿だろお前。化け物が自分の姿をみて自分は化け物だ、とか落ち込む訳ねぇだろうが。化け物は自分の姿に疑問なんざ持たねぇんだよ。だからその羽に嫌悪感を抱いてる時点で、てめぇは立派な下等生物である人間だ」

 化け物の度合いで言えばスクナ以上の化け物であるファフニールは、心底刹那を人間という種族としか思っていない。

「なっ」

 そんなファフニールの全く普段と変わらない憎まれ口が刹那には何故か嬉しいものだった。

「ファフニールの言ってることはよくわかんないけどさ。このかがこの位のことで誰かを嫌いになったりすると思う? ホントにバカなんだから……」

 明日菜もネギもカモも、刹那が化け物だと思っていない。
 もちろん木乃香もこの姿を見ても化け物だとは思わないだろう。

「行ってください、刹那さん! 僕達が援護しますから!」

 毒ガスの方からフェイトが姿を現す。

「……みなさん、このちゃんのために頑張ってくれてありがとうございます」

 ネギや明日菜の後押しを受け、刹那は笑顔を浮かべてこの場を飛び立ってゆく。

「っ!」

 飛び立つ刹那を追撃しようとフェイトは魔法を放とうとするが、ネギの魔法の射手で防がれる。

「ここからどうしようか、カモ君……」

「こっちの手は出し尽しちまったしな」

 ネギは体力も魔力も限界。明日菜とファフニールではフェイトには敵わない。
 八方塞の中、ネギ達の頭の中に最強の助っ人の声が響いた。
 




 後書き

ども、ばきおです。
大分駆け足で話が進んでしまいました。お見苦しい部分がございましたら申し訳ありません。
いよいよ次回で修学旅行編も完結です。
いや、もしかしたら次の次になるやもしれませんが。
世界の異物、ファフニール君は活躍するんでしょうか?
批評などがございましたら、よろしくお願いします。
でわ!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十四話~
Name: ばきお◆2eed9427 ID:c9c87904
Date: 2008/04/12 13:32

『おい、聞こえるか?』

「こ、この声は!?」

 ネギ達の頭の中に響く声の主は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

『わずかだが貴様らの戦い、覗かせてもらったぞ。まだ限界ではない筈だ。一分半持ち堪えろ。そうすれば私が全て終わらせてやる』

 限界ではない。そうは言われてもネギは魔力も底を尽き、明日菜はネギの魔力供給が無ければ満足に戦えない。
 この中でまともに動けるのはファフニールだけだった。

「……一分半だな? 一秒でも遅れたら燃すぞ? 吸血鬼」

『フン、相変わらず口だけは一人前だな? クソガキ』

 エヴァとの舌戦を繰り広げながら、ファフニールはエンテイノキオクを装着してフェイトの方へ進み出る。

「ち、ちょっと、一人で行く気!?」

「僕達も行きます!」

 ネギと明日菜もファフニールと共に戦おうとするが、ファフニールがそれを止めた。

「魔力切れの魔法使いと魔力供給が無けりゃなにもできん素人なんざ役にたたねぇんだよ。大人しく見てろ」

 言い方はキツイがファフニールの言葉は事実であり、ネギ達は言い返すことが出来なかった。
 明日菜達を黙らせ、ファフニールはフェイトと対峙する。

「……言った筈だよ? 僕にとって君は取るに足らない存在だと」

 フェイトはうんざりした様子でファフニールを見下す。

「はっ、その格下に一発でぶっ飛ばされたのは何処のどいつだっけか?」

 ファフニールの言葉にフェイトは不快そうに眉をしかめた。

「もうあんなことは起こらないよ」

 フェイトにとって言葉の通り、ファフニールは取るに足らない存在。
 そんな存在に一撃をもらってしまったことは、彼のプライドを傷つけていた。

「……甘く見るなよ? 小僧」

 ファフニールが好戦的な笑みを浮かべると、エンテイノキオクから炎が巻き起こった。
 それはシネマ村の時のように右腕だけでなく、蛇のような動きでファフニールの全身に纏わりつく。
 強度・種類に関係なく、あらゆる障壁を破壊する炎。
 その威力をフェイトは身を持って体験している。

「―――ッ!」

 故にフェイトは無意識に警戒心を高め、そのおかげでファフニールの拳を頬に掠らせる程度に済ませることが出来た。
 フェイトの横を通り過ぎる形になったファフニールは、空中で器用に炎を噴出させて崩れた体勢を整える。
 そのまま間髪入れず、面食らっているフェイトへファフニールは襲い掛かる。

「くっ!」

 瞬間的に炎を噴出させ、爆発的な加速に乗せて拳を振るう。
 避けられるたびに大きく体勢を崩すが、炎を小さく連続的に噴出させ無理やり体勢を整え次の攻撃へ移る。
 そこにはファフニールが習得しようしているボクシングのような繊細さはなく、あるのは野生の獣が獲物に襲い掛かるような荒々しさ。
 しかし直接戦っているフェイト、傍から見ているネギ達でさえファフニールのそんな姿が妙に馴染んでいるように見えた。

「す、凄ぇ。なんだあの戦い方」

「でも、なんか凄い苦しそう……」

 明日菜の言葉通り、ファフニールは全身に走る激痛に耐えながら戦っている。
 それは気を抜けばいつ気絶してもおかしくない程のものだった。

「――ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 ガード不能のファフニールの攻撃に防戦一方だったフェイトが動きだす。

「小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ」

 ファフニールの動きにも慣れたのか、攻撃を避けながらフェイトは呪文を紡いでいく。

「その光、我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ、石化の邪眼!」

 避け様にフェイトの指先から光線が放たれ、ファフニールがいる場所を薙ぎ払う。

「チィ!」

 ファフニールはそれを後方へ飛び回避するが、体勢にまで気を回す余裕がなかったのか、受け身も取れず転がっていく。

「ぐっ!?」

 なんとか体勢を立て直したファフニールの視界に飛び込んできたのは、水しぶきの中から11本もの鋭く尖った石柱を空中に携え突っ込んでくるフェイトの姿。
 フェイトが腕を振るうと全ての石柱がファフニールに向かって飛んでいく。
 避けきることは不可能。しかし、今のファフニールの頭の中に避けるという選択肢はなかった。
 ファフニールが大きく息を吸い込む様な動作をすると、纏っている炎がファフニールの口元に集まっていく。
 集まった炎を吐き出すと、人一人包み込むには十分な大きさの火球となり、石柱へと向かう。
 ファフニールから吐き出された火球は石の槍と接触すると、けたたましい音と共に爆散した。

「ぎ、ガッ……」

 だが限界は突然に訪れた。
 強靭な精神力で耐えてきた激痛にファフニールの身体が、これ以上戦うことを拒否したのだ。
 纏っていた炎も消え、ファフニールは荒い呼吸のまま膝をついてしまう。

「その力、君にも多大な負荷を掛けるようだね。厄介な力だけど、一分程度しかもたないようじゃ話しにならないよ」

 黒煙の中から先程のものと同じ石柱を携えたフェイトが姿を現す。
 それを確認しながらもファフニールは動けない。
 ネギ達も手助けをするには距離が離れてしまっている。

「だけど君は後々邪魔な存在になりそうだ。死人を出すつもりはなかったけど、君にはご退場願おうか」

 フェイトは歩みを止め石柱の先端をファフニールへ向けた。

「ッ!?」

 しかし突如フェイトの影から尖った氷柱が飛び出し、フェイトへと襲い掛かる。
 それを後ろに飛んでかろうじで回避するフェイトだったが、その際に背中越しに何かとぶつかった。

「――ウチのものが世話になったようだな、若造」

 威厳に満ちた少女の声を聞いた瞬間、フェイトはとてつもない衝撃と共に湖の上をバウンドしながら吹っ飛んでいった。

「あっ、え、エ、エヴァンジェリンさん!?」

 闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 その最強の助っ人の登場にネギ達は安堵の表情を浮かべる。

「ふん、随分と無様で頭の悪い戦い方だったなぁ、自称ドラゴン君?」

 エヴァは現れるなりファフニールを嘲笑う。
 いつもならここで言い返すファフニールだが、今は睨むだけで精一杯だった。

「言い返す力も残っていないか。まぁいい、一つ貸しだからな?」

 その言葉を聞いたファフニールの表情はエヴァを大いに満足させるものだったとか。
 時を同じくして刹那は木乃香の奪還に成功し、その場を離脱。
 それを確認した茶々丸は結界弾により、スクナの動きを封じ込めた。

「いいか、ぼーや。このような大規模な戦いにおいて魔法使いの役目とは、究極的にはただの砲台、火力が全てだ! 私が今から最強の魔法使いの最高の力を見せてやる。いいな、よ~く見とけよ!」

 自分の戦いをちゃんと見るように念を押し、エヴァは上空へ飛び立つ。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが!」

 エヴァの放つ魔法は周囲の湖ごとスクナを氷漬けにする。

「つ、次から次へと何なんや! あんた何者や!?」

 刹那に木乃香を奪還され、直後に現れたエヴァに千草は混乱していた。

「クククク、相手が悪かったなぁ、女。ほぼ絶対零度、150フィート四方の広範囲完全凍結殲滅呪文だ。そのデカブツでも防ぐこと敵わぬぞ?」

 そんな千草に対してエヴァは高らかに声を上げる。

「我が名は吸血鬼エヴァンジェリン! 闇の福音! 最強無敵の悪の魔法使いだよ、アハハハハ!」

 久々に学園の外に出たせいなのか、明日菜達が呆れるほどエヴァのテンションは高かった。

「全ての命ある者に等しき死を。其は、安らぎ也。おわるせかい」

 魔法の完成と共にスクナは鬼神の力を見せることなく崩れ去って行く。
 崩れ去るスクナを背に、ひとしきり高笑いをしていたエヴァと茶々丸がネギ達の方へ降り立つ。

「凄いよ、エヴァちゃん! 最強とか自慢してただけあるわね、見直しちゃった!」

「す、凄かったです、エヴァンジェリンさん!」

 降りてきたエヴァに対し明日菜は賞賛の言葉を、ネギは尊敬の眼差しを送っていた。

「そーかそーか、よしよし! お前も遠慮せず褒め称えたらどうだ、ファフニール?」

 エヴァはご満悦半分おちょくり半分といった笑顔で、明日菜に抱えられ黙っているファフニールにも自分を賞賛するよう促す。
 そんなエヴァにファフニールは何かをボソっと呟く。

「ん~、聞こえんなぁ?」

 言葉を聞き取るために、エヴァはファフニールの口元に耳を寄せる。

「あんなもん本来のオレなら2秒でカタがつくって言ったんだよ、チビ吸血鬼」

 ファフニールの言葉にエヴァは口の端をヒクつかせる。

「そ、それが命の恩人に対する言葉か貴様ぁ! えぇい、こうしてくれる!」

「て、てひぇ! ひひょがうひょけひゃいひょおひょっへ!」

 エヴァはファフニールの両頬を引っ張り、前後へ激しく揺さぶる。
 ファフニールは抗議の声を上げるが最早何を言っているのかわからない。
 この場面だけ見ているとほんの数分前まで凄まじい戦いをこなしていた二人とは到底思えないだろう。
 そんなことをしている内に木乃香と刹那、それぞれの戦いを終えた真名に古、楓と小太郎、夕映が集まってきた。

「何をしてるんですか、あの二人は」

「なんかエヴァちゃんとファフ君って姉弟みたいやな~」

 未だに頬の引っ張り合いをしている二人を見て、皆がこの戦いが終わったことを再認識した。
 しかし、戦いはまだ終わっていない。
 
「っどけ!?」

 その場に現れた気配に気付いたのはファフニールだけだった。
 残った力を振り絞ってエヴァを押しのけるが、その一瞬のおかげで自身の回避が間に合わなくなる。

「障壁突破、石の槍」

 ファフニールに押しのけられたエヴァは直撃を免れ、回避が間に合わなかったファフニールは床から突き出てきた尖った石柱に腹部を貫かれてしまう。

「が、て、めぇ」

「反応速度は凄いね、君。まとめて始末しようと思ったんだけど」

 現れたのは先程エヴァに吹っ飛ばされていったフェイトだった。
 貫かれた腹部から夥しい量の血が流れ、大量に吐血するファフニール。
 それは明らかに致命傷。
 突然訪れた惨劇に皆が何が起きたのか理解できなかった。

「き、貴様ぁ!」

 いち早く正気に戻ったはエヴァンジェリン。
 エヴァの怒号で刹那、真名、楓がこの場で起きた事を理解した。

「「ファフニールっ!」

「ファフ坊!」

 エヴァはフェイトへと飛び掛り、刹那と真名、楓はファフニールへと駆け寄る。
 魔力を篭めたエヴァの拳は祭壇ごとフェイトの体を吹き飛ばす。

「……相手が闇の福音では分が悪いね。彼だけでも始末できただけでも良しとしておこう」

 しかしフェイトの体は幻影で作られた物だったらしく、水になって消えてしまった。
 そんな様子をファフニールは霞む視界に納め、段々とその意識は深い闇の中へと沈んでいく。
 ファフニールが過去に一度だけ味わった事がある感覚。
 死が近寄ってくる感覚。
 遠くで自分を呼ぶ声を聞きながら、ファフニールの意識は闇に閉ざされた。
 



 あとがき

お久しぶりです、ばきおです。
こちらの事情により更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
まさか2ヶ月もかかるとは……
話しのクライマックスになってくると自分の力の無さが浮き彫りになって辛いですね……
うまく書けるようになりたいものです。
感想や批評などがあったらよろしくお願いします。
でわでわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十五話~
Name: ばきお◆2eed9427 ID:c9c87904
Date: 2008/04/16 17:35

「暗いな……何処だここは?」

 どれだけ辺りを見回しても黒一色。
 自分の手足さえ見えやしない。

「死んだ、のか。オレは」

 これだから脆弱な身体は困る。
 腹貫かれたくらいでくたばるとはな。

「チっ、ほっときゃよかったな、吸血鬼」

“あれは以外な行動だったねぇ。ボクとしても驚いたよ~”

「あんなもんに借りを作りっぱなしは気持ち悪いからな……?」

 ん、オレは誰と話してんだ?
 いや、待て。この不愉快な声は……

「て、てめぇは!?」

“そう、神様だよ~ん!”

 うわぁ、ウッゼー。

「相変わらずのウザさだな、てめぇ」

“酷いなぁ、友達じゃないか!”

「……誰が?」

“キミとボクが”

「頭腐ってんだろ、お前! 誰が自分を殺しかけた相手と友達になんぞなるか! てかオレの力と姿返しやがれ!」

“あっはっはっは、そんな細かい事気にしてたら友達出来ないよ?”

「細かくねぇよ! どう考えても死活問題だろうが! 大体んなもんいらねぇし、気が遠くなるほどの間友達いねぇ奴に言われたくねぇよ!」

“ぐふっ、む、胸がぁぁぁ!”

「えぇ、コラ言ってみろ、どのくらい友達がいねぇんだ?」

“ぎゃあぁぁぁ、やめて、それ以上触れないで、これからの孤独に耐えられなくなっちゃうから!”

 ククク、どうやらこの口撃は想像以上に効いたらしいな。

“く、危なかった、切なさと寂しさに押しつぶされる所だった……それより君、自分がどんな状況かわかってる?”

 チっ、立ち直り速いなコイツ

「死んだんだろ? 手足の感覚もねぇし、ここは死後の世界って所か?」

“その手前の世界だよ。今の君は魂だけの状態。まぁ、だからボクと話すことが出来るんだけど”

「手前? まだ生きてるってことか?」

“そ、残念なことにね。あの人間の娘には感謝した方がいいよ。8割がた死んでた君を蘇生させたのは彼女だからね”

 人間の娘? 近衛木乃香の事か?
 確かにあいつの力なら死んでなきゃ大抵の傷は治せるんだろうが、まだ思い通りに力は使えないだろ。

「しかし、なんだってこんなとこにまで出張ってんだ、オレに何か用なのか?てか、残念ってどういうことだコラ」

“そんなの決まってるじゃないか。ひ・ま・つ・ぶ・し。おっと、もう起きる時間だよファフニール”

「何処までもウゼェなお前! おい待て、話しはまだ終わってねぇぞ!」

“はっはっは、さらばだ我が唯一の友よ!”

「友じゃねぇぇ! てめぇ、いつか絶対ぶっ殺してるからな!」






「待ってやがれ!」

 ガバッ、と勢いよくファフニールは布団から飛び起きる。

「む……」

 差し込む朝日にここが今まで自分がいた空間ではない事に気付き、ファフニールは部屋を見渡す。
 すると、竹刀袋に入った夕凪と私物の入った荷物を持って部屋を出て行こうとしていた刹那と目が合った。

「……よかった、目が覚めたんですね」

 突然起きたファフニールに驚いた顔をしていた刹那だったが、いつも通りのファフニールの仏頂面を見て安心したように微笑んだ。

「ふん、どっかの小娘に助けられたようだな。んなことより、どっか行くのか? お前」

 刹那の持つ荷物に気付き、ファフニールが尋ねる。

「……一応、一族の掟ですので。あの姿を見られた以上ここには居れません」

 そう言って刹那はファフニールから目を逸らし、寂しそうな笑みを浮かべる。

「でもいいんです。お嬢様を守るという誓いも果たし、神鳴流に拾われた私を育ててくれた近衛家への御恩も返すことが出来ました」

 言葉とは裏腹に辛そうな刹那の表情を見て、ファフニールはタメ息をつく。

「アホだろ、お前。この先お前のお嬢様が危機に晒されないとでも思ってるのか? 望む望まざる関係無しに、あの女はこちら側へ足を踏み入れたんだぞ?」

「そ、それは……」

「それとも小僧やらバカやらに守ってもらおうとでも思ってんのか? だとしたら随分と軽い誓いだな、おい」

 ファフニールは刹那を挑発するように嘲笑う。

「そ、そんなことはない! 私は命を賭けてお嬢様を守ると誓ったんだ!」

 それに対し、刹那は声を荒げた。

「だったら貫き通せよ。自分で自分に立てた誓いだろ? 泣きそうな面して逃げ出すくらいなら、その面のまま踏ん張って足掻き続ける方がマシだ、とオレは思うがな」

 ファフニールの言葉が刹那の心に響く。
 珍しく真剣な表情で話しているから?
 違う。そうではない。

「……あなたは、そうやって生きてきたんですね?」

 ファフニールが何を誓い生きてきたのか、刹那にはわからない。
 だが、ファフニールがそうやって生きてきた事はわかった。
 だからこそファフニールの言葉が心に響いた。

「ふん、大体さっきから何なんだ、その喋り方は」

 自分の生い立ちなどを語るのはうまくないと思ったのか、ファフニールは無理やり話題を変える。

「い、いえ、敬意を表してというかなんと言うか」

 どうやら刹那はファフニールが死にかけた事に責任を感じているらしい。

「うわ、キモチワル」

 そんなせめてもの刹那の気遣いをファフニールはバッサリと切り捨てた。
 刹那は反論しようとするが、勢いよく開いた襖によって阻止されてしまった。

「刹那さん、居る!?」

「あ~、ファフ君目覚ましたんやな~!」

 現れたのは明日菜と木乃香だった。
 木乃香は目を覚ましているファフニールを見つけると、突然抱きついた。

「傷が治っても目覚まさへんから、心配したんえ?」

 本当に心配していたんだろう。木乃香は目に涙を溜め、強くファフニールを抱きしめる。
 いつものファフニールなら抱きつかれても振りほどく所なのだが、木乃香に命を助けられた事を知っているせいで強く出る事が出来なかった。
 明日菜も木乃香と同じ気持ちだったらしく、木乃香に抱きしめられて嫌そうな顔をしているファフニールを見て、ホッとした表情をしている。

「あ、そうだ! 大変なのよ、刹那さん! 3-Aに飛ばした私達の身代わりの紙型が大暴れしてるらしいの!」

 用件を思い出した明日菜は慌てふためく。
 外を見れば、ネギ達もホテルへ戻るために集まっている。
 刹那は完全に此処を出るタイミングを失ってしまった。

「なぁ、刹那よ。こんな連中から逃げ出しても意味ねぇと思わねぇか?」

 木乃香から開放されたファフニールが刹那に語りかける。

「……えぇ、本当に……」

 ファフニールの問いかけに刹那は俯いてしまう。
 だが、刹那はすぐに顔を上げる。

「わかりました、行きましょう。お嬢様、明日菜さん!」

 その顔にもう迷いはない。

「あんもー、せっちゃん、このちゃんって呼んでー」

「え、いえそのクセで……すいません」

 幼き頃に立てた誓いを貫くのだと、刹那は新たに自分に誓いを立てた。 






 あとがき

 どうも、ばきおです。
 これにて修学旅行編は終了となりました。
 え、神様とかいらねぇ?
 すいませんネタ切れです(泣
 中身スカスカじゃね?
 すいません、力不足です(大泣
 批評・ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
 でわでわ~
 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十六話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/08/01 18:42

 修学旅行から帰った翌日、ファフニールは学園長に呼び出されていた。
 ファフニールが学園長室に入ると布団の上でうつ伏せになり、腰を氷で冷やしている学園長の姿が飛び込んできた。
 なんでもエヴァを京都に送る為に相当な無理をしたのだとか。

「まぁ、んなことはどうでもいい。オレに何の用だ?」

「……もう少し気遣いとか出来んもんかのぉ。こう、頑張ったねとか」

 自分から聞いてきたくせにどうでもいいと返すファフニールに、年甲斐も無く拗ねてみせる学園長。
 が、すぐに真面目な顔に戻り、学園長は話しを本題へ移す。

「正直な話な、わし等は君のことを疑っておった。異世界から来たと騙り、この学園へなんらかの理由で侵入してきた者ではないかと。
 だが嘘ならもっとうまい嘘をつく筈じゃし、何より君の行動からはなんら不審な点が見つからんかった。
 故に君の扱いをどうするか、答えを出すことが出来んかったのじゃ」

 学園長はファフニールに監視をつけていたことを認める発言をする。
 もっとも最初から学園長にそれを隠す意思は全くなく、ファフニールも最初だけ鬱陶しく思っていただけで、特に気にしていなかった。

「だが京都での戦いでは、何も言わずネギ君達に加勢してくれたことは聞いておるし、エヴァンジェリンを庇い瀕死の重傷を負ったことも知っておる。
 それをふまえ、君を正式に我が校の客人として迎え入れるという答えがでた。君が望むなら元の世界に帰る手段を見つける手助けも惜しまぬ」

 真面目な顔から一変、学園長は柔らかな笑みを浮かべる。
 無論、布団に寝そべったままだが。

「……ま、得体の知れないものに対する対応なんてそんなものだろ。それにオレの待遇は今のままでも構わねぇよ。特別元の世界に帰りたいとも思ってねぇしな」

 ファフニールの意外な答えに学園長は驚く。
 そんな学園長を気にも止めず、ファフニールは話しを進める。

「大体、世界云々に関しては人間如きが、というか事故か神の野郎、あとは竜帝でもねぇ限り壁をどうこうは出来ねぇよ」

「壁とは君がここに来た時に言っていた“異なる世界同士”が交わらないようにしている壁かね? 君には話していなかったがこの世界には、他にも魔法世界と呼ばれる別の世界が存在しておる。
 この世界と魔法世界は扉と橋で繋がっておるんじゃが、それを作る技術を応用すれば君が住んでいたという世界へ道を繋ぐ事が出来るやもしれんぞ?」

 この世界ではファフニール達が現在住んでいる旧世界と魔法使い達が住んでいる魔法世界とで別れている。
 学園長はファフニールの住んでいた世界がまだ確認されていない、魔法世界と同じように隣り合っている世界だと考えていた。
 しかしファフニールはそんな学園長の考えを否定した。

「それは同じ世界内にある世界だから出来る事だ。それにしたって何らかの条件が揃わない限り繋がらねぇだろ?」

「う~む、確かに何処にでも繋げられる物ではないのぉ」

 学園長はファフニールの考えを肯定する。
 さらにファフニールは話を進めた。

「対してオレの世界は違う。隣り合っている世界でもないし、平行世界なんてものでもない。本来なら決して交わる筈のない世界。互いに認知する筈のない世界なんだよ」

 ファフニールの話しを聞いていた学園長だったがある疑問を抱き、話を遮った。

「待て待て、その話が本当だとしたら君はどうやって此処へ来たのじゃ? 事故か神、竜帝でもない限り壁というものはどうにも出来んのじゃろ? それとも君が竜帝なのかね?」

 突拍子もない話に学園長は少々混乱してしまう。

「ふん、あんな爺と一緒にすんな……オレをこの世界へ飛ばしたのが神の野郎なんだよ。ご丁寧に体と力を封じ込めてな」

「神が? それはどういう……ム?」

 ファフニールから詳しい話を聞こうとすると、部屋にノックの音が響いた。

「失礼します、学園長先生……って、あれ、ファフニール君?」

 現れたのはネギと明日菜だった。
 改めて京都での戦いの報告をしにきたのだろう。

「まぁ、今日の話はここらで終わりとしよう。待たせてる奴がいるから、もう戻るぞ」

 切り上げ時と判断したのか、了承の声も聞かずファフニールは部屋を出ようとする。
 そんなファフニールに学園長から静止の声が掛かった。

「……まだ色々と聞きたいことはあるが、これだけは言っておかんとな。君を疑っていた事は本当にすまなかった。そして京都では孫の為に戦ってくれて、エヴァを救ってくれて、本当にありがとう」

 起き上がれないため、頭を下げることは出来ないが、学園長の謝罪と感謝の言葉は十分相手に伝わるものだった。

「……言葉なんぞいらねぇよ。本当にそう思ってんならオレに修行相手の一人でも寄越せ」

 にも関わらずファフニールはそんな言葉を残して部屋を出て行った。

「あれって絶対照れ隠しよね」

「そ、そうなんですか? 割りと本気だったような」





 学園長との話を終えたファフニールは、女子寮にある明日菜達の住む部屋に赴いていた。

「オレの意識が無い間の話、聞かせてもらおうか」

「お嬢様を待たせた分際で、随分偉そうな物言いだな?」

 部屋でファフニールを待っていたのは刹那と木乃香だった。
 ファフニールの言葉に刹那は横目でジロリと睨み、木乃香はそれを笑顔で嗜める。
 ちなみに気持ち悪いと言われ、刹那はファフニールへの敬語はやめたらしい。

「ふん、自分の知らない間に何かされるのは気持ち悪いんだよ。いいからさっさと話せ」

 そもそも何故、今になってファフニールがそんなことを聞きたがるのか。
 事は木乃香の実家での刹那との問答の後、刹那も麻帆良に残る決意をし、いざホテルへ戻ろうとした時にファフニールが貧血で倒れてしまった。
 木乃香の力で傷は完璧に塞がっても、失った血までは戻らなかったらしい。
 そのおかげで、ファフニールの修学旅行の後半は潰れ、ファフニールが一番知っておきたかった意識喪失後の話が聞けなかったのだ。
 
「……まぁいい。では簡単に話すぞ?」

 刹那の話によると、ファフニールは本当に死の一歩手前くらいまで逝っていて、その上ネギの方も石化の魔法にやられ危険な状態だったらしい。
 そこでカモと刹那の提案により、対象の潜在力を引き出す仮契約の効果を利用し、二人に木乃香が仮契約をし、シネマ村で見せた治癒能力に賭けることになった。
 そしてまず一番危険な状態だったファフニールと仮契約をした所、木乃香の力が予想以上に大きく、それだけでその場に居た全ての者の傷を癒した、と言うのが事件の顛末。

「なるほど、まぁ妥当だな。んじゃ木乃香はオレの魔法使いの従者って奴になってんのか?」

「あぁ、お嬢様には気の毒だがな。まぁ、魔法使いではないファフニールじゃ仮契約カードの機能はほとんど使えないらしいが」

 本来仮契約は魔法使いとそれを守護するものが結ぶものであり、魔法使いではないファフニールではその機能を一割も使うことが出来ない、宝の持ち腐れ状態になっている。

「ほんでな、ファフ君にお願いがあるんよ」

 今まで黙って二人の話を聞いていた木乃香がここで口を開いた。

「ウチの……ウチの魔法使いの従者になってくれませんか!?」

 事前に話は聞いていたのだろう。刹那は黙って木乃香を見守る。
 しかし、この世界では一番ファフニールの性格を把握しているであろう彼女には、ファフニールが従者になれと言われて素直に首を縦に振るとは到底思えなかった。

「……それはお前が魔法使いになるという意味になるが?」

 ファフニールに自分の従者になって欲しい。
 それは木乃香がこれからの人生、魔法使いてして生きることを意味している。

「なれば今まで通りには暮らせない。力を持てばそれに釣られて来る奴らもいる。相応の力がなけりゃすぐに潰される。それでもお前はこちら側で生きると?」

 ファフニールは真っ直ぐに木乃香の目を見つめながら問う。
 もしも木乃香が軽い覚悟でファフニールに従者になってくれなどと頼んでいたら目を背けてしまうだろう。

「うん、いっぱい考えたんよ。確かに京都での戦いみたいなんは怖いけど……みんなが傷つくことの方がもっと怖い。
 でもウチにはそれを見ていることしか出来なくて、ならせめてみんなと一緒に傷つきたい。でも傷つくにも力が必要なんやって、だからウチは魔法使いになりたい」

 木乃香は真っ直ぐにファフニールを見つめ返し、問いに答えた。
 答えを聞いても刹那が黙っているということは、彼女は散々木乃香を説得したのだろう。
 それでも木乃香の決意は揺らぐ事はなかったのだ。

「ふん、ようは肩を並べたいってことだろ? その力の一つ目がオレってことか、他人任せも甚だしい」

 ファフニールの痛烈な言葉に木乃香の表情が曇る。
 
「……従者ってのは気に入らんが、まぁいいだろう」

 だが突然のファフニールの了承に、二人は驚いた。

「ほ、ほんとに!?」

「な、なんで!?」

 予想外すぎるファフニールの答えに、刹那は理由を聞かずにはいられない。

「お前がそれなりの力を手に入れるまでだがな。それに知らない間に借りが出来てるのは気持ち悪い。だが勘違いすんなよ? 仮契約をしてやるってだけだ。守るだなんだは刹那にやってもらえ。……まぁ一度くらいは頼みを聞いてやらん事もない」

 ファフニールは人を借りを作ることを極端に嫌う。
 借りを作れば、それをどんな方法でも返そうとするほどにだ。
 そして例えどんなことでも本物の決意というものを尊重する節がある。
 その事を知っている刹那は、やっと納得することが出来た。
 刹那としては断って欲しかったようだが。

「仮契約ってのはあのナマモノがいないと出来ないんだったな。アレが帰ってきたら呼べ」

 話は終わりだ、と置いてあった小さなチョコを数個口に放り込み、ファフニールは部屋を出て行く。

「えへへ、やっぱファフ君はいい子やな、せっちゃん」

「え、そ、そうですね」

 木乃香の言葉に心から賛同は出来ない刹那であった。






 木乃香達との話を終えたファフニールは、自身の修行の場となっている公園に居た。
 修行は休む事にしたのか、ボーっと夕暮れの空を見上げている。
 そこへ一つの人影が現れた。

「……なんか用か、人形」

 現れた人影はメイド服を着た茶々丸だった。

「寛いでいる所申し訳ありません。マスターからの伝言を伝えにまいりました。『話があるから家に来い。拒否は許さん』とのことです」

「断る」

 速攻で断られ、茶々丸は焦った。
 茶々丸にとって、エヴァの命令は絶対だ。ファフニールを連れて来いと言われたらなんとしても連れて行かなければならない。
 必死の交渉の末、茶々丸の手料理フルコースを満足するまで、という条件でファフニールは手を打った。

「随分遅かったな、茶々丸」

 家に入るなりエヴァは不機嫌そうにファフニールと茶々丸を睨む。

「申し訳ありません、交渉に手間取りました」

 丁寧に頭を下げ、エヴァに謝罪する茶々丸。
 見ればエヴァの美しい金髪は少し乱れ、部屋の中も荒れていた。
 なんでもファフニールが来る前に訪れていた明日菜とやりあっていたそうな。
 エヴァの機嫌の悪さはそのこともあるのだろう。

「ん……それで、話ってのはなんだ?」

 エヴァを見た瞬間、ファフニールの心に何か得体のしれない物が渦巻いた。
 それを押さえ込みファフニールは呼び出された理由を問いただす。

「京都での戦い、何故私を庇った。貴様が他人の為に命を投げ出すなど到底思えない。何か目的があってのことだろう?」

 普段のファフニールを見ていれば、彼が他人を庇って死にかけた等とても信じられないことだ。
 故にエヴァがなにか思惑があっての行動だろうと疑るのも無理はない。
 だがファフニールの答えは決まっている。

「……借りを返しただけだ」

 当然だろうという表情でファフニールは言い放つ。

「な、それだけで命を賭けるというのか!? 馬鹿な、そんなこと信じられる訳なかろう!」

 確かにエヴァはフェイトの一撃からファフニールを救った。
 そしてそれを貸しだとも言った。
 だからといって、それだけで親しくもないエヴァを身を挺して庇うだろうか。

「ふん、他人に貸しを作るなんざ真っ平だ。ましてそれが自分の命に関わる貸しなんざ、一分一秒でも早く返さねぇと気持ち悪ぃ。決してお前などの為じゃない。あくまでオレ自身の……ぐ、オレの……」

 言葉が言い終わる前にファフニールは息も荒く、俯いてしまう。

「ん? お、おい大丈夫か?」

 ファフニールの異変に、さすがのエヴァも戸惑ってしまう。

「お、お前の為だったのかもしれねぇな。あぁ、お前の為だったら、命を賭けても惜しくはねぇ」

「……は?」

 瞬間、時が凍りついた。

「今まで何故気付かなかったんだろうな。お前がこんなにも綺麗だってことに」

 凍りついた空気を気にも止めず、ありえない言葉をスラスラと並べていくファフニール。
 あまりの異常事態にエヴァも茶々丸もフリーズしたままだ。

「オレは……お前の全てが欲しくなったぞ、エヴァンジェリン」

 ファフニールの手が頬に当たり、やっと再起動したエヴァは慌てふためいた。

「ななな、な、何を言っている、き、貴様!? ホ、ホレ薬でも飲んだのか!?」

 顔を真っ赤にして、必死にファフニールの手を振りほどこうとするエヴァだったが、今は体格相応の力しか無い為容赦なく気で強化しているファフニールの手は振りほどけない。

「ホレ薬? そんなもの口にした覚えはねぇ。今日は小僧の部屋にあったチョコしか食ってねぇんだからな」

「それだぁーっ!」

 そう、ネギ達の部屋を出る際に口に放り込んだチョコレート。
 それこそがこの事件の発端だった。

「まぁ、そんなこと今は関係ねぇさ」

 ついにはエヴァを押し倒し、顔を近づけていくファフニール。
 あまりの事態に機械である筈の茶々丸でさえ動けないでいる。

「ちょ、ちょ、待て! ほ、ほら今日私は花粉症で鼻水出っ放しだ! 口の周りは汚いぞ、触らんほうがいいぞ!?」

 振りほどけない以上言葉でなんとかしようとするエヴァ。
 普段なら絶対に言わない事を言っているあたり必死さが滲み出ている。
 そんなエヴァの言葉も今のファフニールは止められない。
 上気した顔をニヤリと歪ませるファフニール。

「言った筈だぞ? オレはお前の全てが欲しい、と。鼻水だろうとなんだろうと、お前のものならば喜んで飲み干してやるさ」

 そう言ってファフニールは舌なめずりをする。

「では、イタダキマス」

「ちゃ、茶々丸ー! いつまで呆けてる!? 早く助けんかぁ! ひゃう!?」

 エヴァの叫びでやっと再起動する茶々丸。
 すんでの所でロケットパンチを放ち、ファフニールをエヴァから遠ざける。
 エヴァに夢中でそれをモロに食らい、吹っ飛ぶファフニールだったが、すぐに立ち上がる。

「いい度胸だ、人形。オレの邪魔をするんだな?」

 立ち上がったファフニールの腕にはいつの間にかエンテイノキオクが装着されており、軽く炎も発している。

「マスターの身を守る為です。正気を失っているとはいえ手加減は出来ません。ご容赦を」

「ククク、上等だぁ!」

 各々の目的の為に、二人は戦い始める。
 家の中で。

「外でやれ貴様らーっ!」

 エヴァの悲痛な叫びも空しく、二人の戦いはファフニールが気を失うまで続いたのだった。

 家の中で。




 あとがき

 お久しぶりです、ばきおです~。
 や、やっと更新出来た……
 私生活の方が何かと忙しく、遅くなって申し訳ありません。
 そしてこの暴走気味な話。
 なんだ、このツンデレドラゴンは……
 後半は自分でも訳わかんないテンションで書いています(汗
 見苦しかったらすいません。
 感想などありましたらよろしくお願いします。

でわ~
 


 




[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十七話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/08/20 20:16
「おい、吸血鬼」

 放課後、クラスの女子がネギとクーの仲が怪しいなどと騒ぎ立てている時、ファフニールは隣の席に座っているエヴァに話しかける。

「む、な、なんだ」

 いつも通り無愛想に返事をするエヴァだが、心なしか顔が赤い。
 ホレ薬の所為とはいえ、異性に真正面からお前の全てが欲しい、等と言われれば誰だって変に意識してしまうだろう。
 それはエヴァも例外ではなかったらしい。

「昨日お前の家で話をしていたと思うんだが、どういう訳か途中からプッツリ記憶がねぇ。おまけになんか傷だらけで目を覚ましたんだが、どういうことだ?」

 記憶が無い。その言葉を聞いた瞬間、エヴァの周りの空気が凍りついた。
 勘の鋭い何名かのクラスメイトが何事かと視線を向ける。

「そうか……貴様。私にあれだけの事を言っておきながら記憶が無いとほざくか……」

 記憶の無いファフニールにしてみればエヴァに怒りを向けられるのは理不尽なものなのだが、反論するのはマズイと彼の本能が告げていた。

「ついて来い。やはり貴様には思い知らせる必要がありそうだ」

 氷の笑みを浮かべ、静かな怒りを携えたままエヴァは教室を後にする。
 茶々丸もオロオロしながらエヴァの後をついていき、ファフニールも感じた事の無い種類の気迫に戸惑いながら後を追った。

「な、なにアレ?」

「ただ事じゃないよね、あの雰囲気」

「痴話喧嘩かな?」

「え、あの二人付き合ってたの!?」

「マジ!? でも何気にお似合いかも……」

 残されたクラスメイトは有り得ない方向へ勘違いをしていた。




 ファフニールが連れて来られたのはエヴァの家だった。
 昨日茶々丸とファフニールの戦いで半壊していた筈なのだが、外見は元通りになっている。
 一体どのような魔法を使ったのか。

「オカエリ、御主人。オ、昨日御主人ニ愛の告白シタ小僧モ一緒カ」
 
 家に入るなり出迎えたのは、体長60~70cm程の茶々丸に似た人形。
 エヴァのもう一人の従者、チャチャゼロが顔だけファフニール達の方へ向ける。
 
「あ? 告白だぁ? なんの事言ってんだ?」

 ちなみに昨日、ファフニールとチャチャゼロは言葉を交わしていない。
 そんな暇も無かったからだ。

「ふん、それは後でたっぷり思い出させてやる。とりあえず黙ってついてこい」

 エヴァは乱暴にチャチャゼロの首根っこを掴み、地下へと続く階段を下りていく。

「ケケケ、ゴ機嫌斜メダナ、御主人」

 地下に降りると夥しい数の人形が鎮座しており、それを抜けた部屋には塔のミニチュアが入ったボトルシップのような物が置いてあった。
 エヴァ達がその前に立つと足元に魔方陣が現れ、皆の姿消えた。

「……ここは、異空間? あの模型の中、か?」

 一瞬にしてファフニールの周りの景色が一変した。
 さっきまで薄暗い部屋の中だったが今は青空が広がり、遥か下には海が見える。
 ファフニール達が立っている場所からは、かなりの上空にも関わらず手すりのない橋が巨大な塔まで続いている。

「その通りだ。ここは私が作り出した別荘。外での一時間が此処では一日となり、ここで一日経たねば外に出ることは叶わん」

 そう言ってエヴァは橋を渡り始め、茶々丸とチャチャゼロ、ファフニールもその後を追っていく。

「ここでなら私の力もある程度使うことが出来る」

 塔に着くと、おもむろにエヴァが口を開く。

「つまり貴様如き八つ裂きにするのは容易いという事だ。が、それではつまらん」

 鋭い眼差しでファフニールを睨み、邪悪な笑みを浮かべるエヴァ。

「私の目を見ろ。貴様の真偽を確かめてやる」

「あん?」

 言われたとおりにエヴァと視線を合わせると、ファフニールは何かに吸い込まれるような感覚に襲われる。

「む……これは」

 正常な感覚に戻り、ファフニールは辺りを見渡してみる。
 景色に変化こそないが、そこはさっきまで居た場所ではないことがわかる。

「幻想空間……夢の世界か?」

「ふん、無駄に知識はあるじゃないか。私が存分に力を振るえるのは此処しかないものでな」

 ここでならエヴァは全盛期の力を思う存分に使うことが出来る。
 先ほどのエヴァの言葉から察するに、彼女はファフニールをボコるつもりなのだろう。
 それは今のファフニールにとって死刑宣告に等しいものだった。
 おまけに茶々丸とチャチャゼロまで居るとなれば、どう転ぼうとファフニールに勝ち目など無い。

「あのマスター、いくらなんでもこの状態でファフニールさんと戦うのは……」

 さすがに気が引けるのか、茶々丸はエヴァを止めようとする。

「ケケケ、イージャネーカ妹ヨ。久シブリニ肉ヲ切リ刻メルンダカラヨ。現実ジャネーノハ少シ残念ダガナ」

 カタカタ笑いながら恐ろしい事を言っているチャチャゼロ。その手にはいつの間にか身の丈ほどの剣が握られている。
 彼女は殺る気満々らしい。

「肉塊になるかどうかは、そいつが虚言者かどうかで決まる。なぁ、自称ドラゴン君。ここでならお前の本当の姿が見られると思うのだがなぁ?」

 ニヤニヤと笑いながら、ファフニールの周りを飛び回るエヴァ。
 彼女にとって、ファフニールが嘘をついていようといまいと関係ない。

「……確かに夢の中にまで神の呪いは届かない、か……何とかなりそうだな」

 ファフニールには珍しく興奮した様子で口元を歪める。

「いいぜ、見せてやるよ。オレの本当の姿と力を……っ!」

 瞬間、ファフニールの体が突如現れた炎の竜巻によって包まれる。
 炎の竜巻は天高く伸びていき、徐々に巨大になっていく。
 その様は正に壮観。その場にいる全ての者がソレから目が離せなくなっている。
 やがて竜巻は弾けるように掻き消え、その中から巨大な異形が姿を現す。

「それが、貴様の本当の姿、か?」

 思わずエヴァが言葉を漏らす。
 目の前に現れたのは巨大なドラゴン。
 身に纏う鱗はその一枚一枚がルビーのように赤く、力強い輝きを放ち、開かれた眼はサファイアのように蒼の美しさを放っているが、蛇のように縦に割れた瞳孔が凶暴性をかもし出している。
 その棘々しいフォルムはワイバーンと呼ばれる飛竜に近いが、大きく違うのはワイバーンは二本足であるのに対し、人の物に近い形の四本爪の腕がある所か。
 頭から尻尾の先まで約30m、両翼を広げれば40mはあるだろうか。
 京都で対峙したスクナに比べれば大きさは劣るが、その圧倒的な存在感はスクナ以上の物がある。

「グオオオオオォォォォッ!」

 天を衝く咆哮に何の縛りもない現在のエヴァですら気圧される。
 この幻想の中に赤き邪竜と恐れられた一つの世界の最強が具現した。

「やはり自分の体はいいもんだな」

 エヴァ達の頭の中に低く、威圧感のある声が響く。
 
「ち、とんだ化け物だな。お前の世界にはお前みたいなのがゴロゴロいるのか?」

 エヴァはこちらの世界の竜種と戦った事もあるだろう。
 その彼女をして化け物と言わしめるファフニール。

「取り合えず神の野郎以外には負けたことはねぇな。で、どうするんだ? このまま戦えばいいのか?」

「……そうだな、それもおもしろそうだ」

 言ってエヴァはファフニールと距離を取り、茶々丸、チャチャゼロがエヴァの前へ躍り出る。
 それに応えるようにファフニールの体から炎が噴出す。

 異なる世界の最強と最強がぶつかり合う。




 長い時をエヴァと一緒に歩んできたチャチャゼロ。
 幾度となく主と共に絶望的な戦場を駆け抜けてきた。
 
「コンナモン手ニ負エナイゼ、御主人!」

 従者としても遥か高みに居る彼女とその妹分である茶々丸の二人掛りでもってしても、目の前の脅威には足止め程度にしかならない。

「わかっている!」

 エヴァから17本の氷の矢が飛んでいき、それに合わせて茶々丸もレーザーを放つ。
 その全てが直撃するかと思われたが、ファフニールから吐き出された巨大な火球に飲み込まれてしまう。
 しかしその一瞬の隙をチャチャゼロは見逃さず、ファフニールの首の部分に刃を振るった。

「ウオ、硬ッ!」

 並のドラゴンの首ならば確実に飛んでいただろう。
 だが刃は通らない。障壁も何も無しに、その鱗のみでチャチャゼロの刃を防いだのだ。
 ファフニールは尻尾をチャチャゼロに叩き付け、エヴァに向かって火球を放つ。
 それを五重の魔法障壁で防ごうとするエヴァ。

「何!?」

 全力状態のエヴァの障壁を、しかも五重になっているものを抜ける攻撃などそうそう存在しない。
 しかし、放たれた火球は強力な障壁を簡単に破壊しながらエヴァに迫る。
 急いで回避しようとするエヴァだが、避け切れずに右腕を火球に食われてしまう。

「マスター!」
 
 悲痛な叫びを上げ、エヴァに駆け寄ろうとする茶々丸だが、凄まじい衝撃により吹っ飛ばされた。
 背を見せた瞬間にファフニールが茶々丸を殴りつけたのだ。
 邪魔者がいなくなり、エヴァの元へ飛び立とうとするファフニールだったが、その目標が姿を消していた。

「よくも可愛い従者をふっ飛ばしてくれたな」

 ファフニールの後ろから声が響く。
 再生した右手に五本の冷気の剣を携えたエヴァの姿があった。
 凄まじい魔力を籠めたそれをファフニールの背中に叩きつけ、塔の上層部ごとその巨体を吹っ飛ばした。

「ケケケケ、ソノ可愛イ従者モ巻キ添エニスル気カヨ」

「ふん、お前は可愛くない方だからな」

 大技を決めたエヴァの元に二人の従者が集まる。
 二人共大きなダメージを負っているが、動けない程ではないらしい。

「あー、痛ぇ」

 粉塵が収まり、中から大した傷も負ってないファフニールが現れる。
 背中から血を流してはいるが、致命傷には程遠い。

「アレヲイテェデ済マスノカヨ!?」

「馬鹿げた耐久力だな……」

 並みの相手なら塵も残さない程の一撃でさえ、やっと手傷を負わせる程度。
 
「まだまだだろ? 折角の夢なんだ、もっと楽しませろよ」

 三人の頭の中に愉快げな声が響く。
 ファフニールは翼を羽ばたかせ、三人に突撃していく。

「ふん、こっちの台詞だ」

 言葉と同時に巨大な氷塊を作り出し、ファフニールに放つ。
 それを腕の一振りで打ち砕き、エヴァに広範囲の火炎を吐く。
 エヴァはそれを同じく広範囲の氷爆で防ぎ空中へと躍り出る。
 ファフニールはそれを追い、エヴァは魔法を放ちながら前を先行する。

「コリャア、出番ナサソウダナ。トバッチリ食ワナイヨウニ見物シヨウヤ」

 チャチャゼロの言葉に茶々丸も頷き、この人智を超えたドッグファイトを見物することにした。




 空中戦になってから両者に決め手が無くなってしまった。
 エヴァの魔法はファフニールに傷を負わせられず、ファフニールの攻撃もエヴァに届かない。
 この展開にも飽きたのか、ファフニールが動いた。
 炎を噴射させて、爆発的な加速をしてエヴァをその手で掴む。
 その加速に乗せ、エヴァを掴んだまま塔へと叩きつける。
 その一撃で塔は崩れ去り、エヴァとファフニールは瓦礫に沈んでいった。
 
「大丈夫ですか、姉さん」

「オォ、ナイス判断ダ妹ヨ」

 茶々丸に抱きかかえられながら、瓦礫の山を見下ろすチャチャゼロ。
 その中から瓦礫を吹き飛ばしファフニールが上空へ舞い上がる。

「加勢しなくていいのか?」

「ケケケケ、マァ夢ノ中ダシナ。好キニ殺ッテクレヤ」

 チャチャゼロはおよそ従者とは思えない発言をして、茶々丸に此処から離れるよう催促する。
 ファフニールは意識を瓦礫の方へ集中させる。
 するとファフニールの周りで渦巻いている炎が、口元で六亡星の魔方陣と複雑な文字を描いていく。
 一秒ほどで魔方陣は完成し、馬鹿げた量の魔力がそこに収束する。
 
「ッ! 離脱します……!」

 離れた場所で見ていた茶々丸は此処でも危険だと判断したのか、ファフニールよりも遥か上空へ移動する。
 その瞬間ファフニールから瓦礫に向かって一条の光が放たれ、エヴァが居るであろう場所へ着弾、同時に爆発を起こし目に映る建物全てを消し飛ばしていった。
 爆発が収まるれば、そこには塔や小島の変わりに巨大なクレーターが出来上がっていた。

「現実デコノ戦イ見タカッタナ……」

「日本が海に沈みます」

「ケケケケ、ダカラジャネーカ」

 間一髪危険地帯から脱していた従者たちは、クレーターを見ながら好き勝手なことを言っている。
 その様子を見たファフニールは戦いがまだ終わっていない事に気付く。

「来たれ氷精、闇の精」

 何処からとも無く聞こえる詠唱。
 ファフニールは辺りを見渡すが、声の主の姿は見えない。

「闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪」

 キィキィと鳴く蝙蝠の声を自身の背後に感じ、振り返るがもう遅い。

「闇の吹雪ッ!」

 半身を復元させ、至近距離で大魔法を放つエヴァンジェリン。
 直撃を受けたファフニールは、闇の吹雪の威力に押されエヴァから遠ざかっていく。
 エヴァはこの好機を逃すまいと、闇の吹雪を放ちながらありったけの無詠唱魔法をファフニールへと叩き込む。
 驚異的な耐久力を誇るファフニールもこれには堪らず、身動きが出来なくなる。

「ッく。リク・ラク ラ・ラック ライラック」

 だがエヴァの攻撃はまだ止まない。

「契約に従い、我に従え、氷の女王」

 詠唱魔法を放ちながら無詠唱魔法を放ち、それを維持しながら詠唱魔法を放とうというのだ。

「来たれ、とこしえのやみ」

 さすがの彼女もそれほどの魔法行使は辛いのか、額に汗が浮かぶ。

「えいえんのひょうが!」

 それでもエヴァはやり遂げる。
 それは彼女が魔法使いとしてどれ程の高みに居るかを証明していた。
 舞い上がった煙が晴れると、そこには凍ったドラゴンのオブジェが完成していた。
 海から伸びていったかのような氷の中に閉じ込められたドラゴン。
 それは身震いするほどに神秘的な光景だった。

「全ての命ある者に等しき死を」

 だが忘れてはならない。

「其は、安らぎ也」

 これはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという最強の魔法使いが放った最大の攻撃だという事を。

「おわるせ……何!?」

 そしてもう一つ忘れてはならない。

「ガアァァァァァァァッ!」

 彼女が相手をしているのもまた、最強の怪物だということを。
自身を封じた氷を中からを砕き、一層強く炎をその身に纏わせてファフニールがエヴァと対峙する。

「驚いた、今まで戦ったことのある人型じゃ間違いなく最高クラスだな、お前」

 ファフニールは偽り無くエヴァを称える。
 彼が他人を称えるなんてことはそうそう無い。
 
「貴様は私が今まで戦ってきた全ての者の中でも最高クラスの相手だよ」
 
 エヴァも偽り無くファフニールを称えた。
 だがその心中は穏やかではない。
 身体の再生、詠唱魔法を放ちながらの無詠唱魔法の乱射、それを維持しながらの詠唱魔法。
 自身最高の攻撃も目の前の赤竜にはあと一歩、致命傷足り得なかったのだ。
 
「この一撃で最後だ。この幻想空間もそろそろ限界だしな」

 エヴァの言う通りあちこちの空間にひびが入っている。
 彼女は残った魔力全てを冷気の剣へと変える。

「接近戦か? いいだろう」

 ファフニールは渦巻く炎を右掌に集め圧縮させていく。
 やがてそれはファフニールの掌大の太陽のような球体になる。

「……おかしな話だが、今まで貴様にちゃんと名乗ったことはなかったな」

 ふと思い出したようにエヴァが呟く。
 出会ってから約一ヶ月、しかも同じクラスにいながら名乗ってないと言うのはある意味凄い。

「不死の魔法使い、闇の福音。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ、覚えておけ」

 自身の通り名と共に高らかに声を上げるエヴァンジェリン。

「……名乗るってのが好きだな、人間は。赤き邪竜ファフニール、オレの世界の奴等はそう呼んでいた」

 ファフニールは溜息交じりに、しかし何処か愉快げにエヴァに名乗る。

「ふ、いざ」

「尋常に」

「「勝負ッ!」」

 あらゆるものを消し飛ばす断罪の剣と全てを破壊する太陽がぶつかり合う。




「最後ハ置イテケボリデヨクワカンネーンダケド、結局ドッチガ勝ッタンダ?」

「あぁ? オレに決まってるだろうが」

 エヴァの別荘で食事の手を緩めずチャチャゼロの問いに答えるファフニール。

「アホか、決着はつかなかったんだから引き分けだ」

 ワインを片手にファフニールに反論するエヴァ。

「ボケたか? あの時点でお前は限界、オレは余力を残しまくってんだ。明らかにオレの勝ちだろうが」

「抜かせ、私にもまだ切り札あった。だが幻想空間の状況を見てあえて一発勝負をしてやったんだ」

 二人の口論は止まらない。
 と言うのも、二人がぶつかり合った瞬間に幻想空間が解けてしまい、どちらにとってもすっきりしない決着となってしまったのだ。

「お二人共落ち着いて下さい」

 茶々丸は無表情ながらにオロオロして二人の仲裁に入る。

「ふん、そういや結局てめぇが怒ってた理由ってなんなんだ? そこのチビ人形が告白がどうたらとか言ってたが」

 ワインをグイっと飲み干し、ファフニールはエヴァに問う。

「……茶々丸、見せてやれ」

 エヴァはニヤリと邪悪な笑みを浮かべ茶々丸に指示をする。
 茶々丸はノートパソコンをファフニールの前に差し出し、ある動画を再生する。

「これがなん……なんじゃコリャァ!?」

 そこにはお前が欲しいとか言いながらエヴァに迫るファフニールが映っていた。

「う、嘘だ、こんなのオレじゃねぇ……」

「イヤ、ドウ見テモオ前ダ」

 あまりにショックだったのか、パソコンの前でプルプル震えているファフニール。

「さすがに私も驚いたが、まさかお前がそんなに私を想っていたとはなぁ。下僕としてなら飼ってやってもいいぞ? 人間になったドラゴンを置いてみるのも一興だ。アーッハッハッハ!」

 エヴァはファフニールがこんなになった理由を知っているにも関わらず、高笑いをする。
 そんな中、何かが粉砕される音が響く。

「そうか、なるほど。つまりお前ら全員消しちまえばこの事実は消える訳だな?」

 中々にパニくったファフニールはシンプルな答えを出したようだ。 
 その手に赤い篭手を装着し、纏う炎は今までで一番熱く、激しく燃え上がっている。

「ふん、夢の中での決着をつけてやるよ」

 こうして再びエヴァとファフニールの戦いというじゃれ合いが始まった。
 勝敗は……言うまでも無い。







 あとがき

 どうもばきおです~。
 遂にドラファフ登場です。夢の中だけど(汗
 てか人外同士の戦いって難しいですねぇ。
 まだまだ精進が足りません……
 感想、批評などございましたらお願いします。
 でわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十八話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/09/09 16:18
「そういえばファフニール、お前近衛と仮契約をし直したそうだな。刹那が嘆いてたぞ」

 夜の森の中を真名とファフニールが歩く。
 学園に侵入した魔物を退治していたのか、真名は銃が入ったギターケースを持ち、ファフニールは所々に小さい傷を負っている。

「あぁ、魔法使いになりたいとか言い出したからな」

「……命を助けられた恩返しか? 似合わんな」

 ファフニールをからかうように真名は笑う。
 
「はっ、おぞましい借りを返すだけだ。まぁ、ある程度の力がつくまでは付き合ってやるさ」

 真名のからかいも意に介さず、ファフニールは答える。
 これが二人の関係のスタイルらしい。

「しかし、あの状態からよく生き返ったものだ。近衛の魔力も凄まじいが、お前のしぶとさも相当だな」

 こんな言い方をしているが、真名はファフニールがフェイトに貫かれた時に真っ先に駆け寄った3人の内の一人である。
 修学旅行から帰った後も彼女なりにファフニールの身を案じていた。

「ふん、あの人形野郎にも借りは返さなきゃならねぇな」

 ファフニールは忌々しそうにフェイトに貫かれた部分をさする。

「ん? 借りといえば、まだ私への借りを返してもらってないな?」

 真名が言っている借りとは、ファフニール達がネギに召喚される際に殿を務めた時の事だろう。
 戦いが終わってから色々とゴタゴタしていた所為で、そういう事には何故か細かいファフニールですら忘れていた。

「ぐ、余計な事を思い出しやがって……いいだろう、何が望みだ? あんみつか? あんみつでいいんだろ?」

 真名の好物を知っているファフニールは強引にあんみつで手を討とうとする。

「まぁ、いつも通り最高級のあんみつでもいいんだがな。少し聞きたいことがある」

 真名の顔が仕事をしている時のような真剣なものへと変わる。

「知っていると思うが、私と刹那はお前の監視を学園長から依頼されていた。そんな本格的なものではなかったが、先日お前をこの学園の客人として扱うからとそれが解かれる事になった」

「あぁ、そんな事も言ってたな。で、何が言いたいんだ?」

 ファフニールは先日の学園長との話を思い出し、真名に言葉を返す。

「その際お前の正体については何も聞かされなかった。危険人物ではないとだけ言われてな。まぁ、楽な仕事だったが安くは無い報酬も貰えたから別に文句はないさ。けどやっぱり気になるだろう、同居人の正体は」

 どうやら学園長はファフニールの事自体はあまり喋ってないらしい。
 この学園に置いて彼の正体を知っているのは学園長を入れても十人に満たないだろう。

「で、結局お前は何者なんだ?」

 真名は嘘は許さんとばかりに少し睨みを利かせ、ファフニールに問い詰める。

「ファフニールだ」

 そんな真名の威圧にまるで臆する様子もなく、ファフニールは答える。

「……そうか、脳みそをぶちまけたいのか」

 冗談とも取れるファフニールの答えに真名の視線はとても冷たいものになり、いつの間にか取り出した拳銃をファフニールの額に押し当てている。

「まぁ、待て。確かに簡潔に言い過ぎた」

 エヴァを怒らせた時と同じような謎の悪寒を感じ、ファフニールは真名を宥める。

「オレはドラゴンだ」

「……は?」

 そしてファフニールは自分の正体を真名に告げる。
 いきなりのぶっ飛んだ言葉に呆けてる真名を置き去りにファフニールは続ける。

「この世界じゃない、ましてや魔法世界とかいう所でもない、本来決して交わる筈の無い世界で赤き邪竜ファフニールと呼ばれたドラゴン、それがオレだ。な、オレはファフニールだろ? まぁ今はこんな姿だからな、信じる信じないはお前のかっペポッ!?」

 撃たれた。
 それはもう至近距離から容赦なく額を。
 幸いなのは実弾では無くゴム弾だったことか。
 ファフニールは額を押さえて転げまわっている。

「て、てめぇ、オレが親切丁寧に教えてやってんのに、撃ちやがったな」

 別に親切でも丁寧でもない説明だったが、確かにファフニールは嘘は言っていてない。
 だが彼にとって嘘でなくても聞いている真名にとっては嘘にしか聞こえない。
 いや、ファフニールの話を信じろと言うのはかなり難しい。
 ファフニールの話を完全に信じるのは、彼がこの世界に来た瞬間を目撃し、尚且つドラゴンの姿を見ているエヴァンジェリンと茶々丸、そのエヴァンジェリンから話を聞いた学園長くらいだろう。

「ふん、くだらない中二な話は中二になってからしろ」

 なにやら意味不明な事を言って真名はファフニールに背を向け歩き出す。

「あぁ、それとちゃんと最高級のあんみつは用意しとけよ」

 思い出したかのように振り返り真名はファフニールにそんな言葉を浴びせる。
 ファフニールの話に納得がいけば貸しはチャラにするつもりだったのか、元からあんみつを奢らせる気だったのかは定かではない。

「な、撃った上にあんみつだとッ!? なんて図々しい奴だ……わかった、アレだな。つまり、喧嘩売ってんのか、お前。いいだろう売られた喧嘩は必ず買う主義だ」

 あくまで事実を告げているファフニールからしてみれば真名の態度は理不尽そのものだが、話を信じられない真名としてもファフニールは可愛くないが、嘘は言わない奴だと思っていただけに少し裏切られた気分になったのだ。
 愛着が沸いたものに、裏切られるはやはり良い気分ではないらしい。

「あぁ、そうだな。高く買ってくれるなら嬉しい限りだ」

 ファフニールは両手に赤い篭手を装着し、真名は二丁の拳銃を構える。
 悲しい勘違いにより不毛な戦いが始まってしまった。
 
 そんなに大層なものでもないのだが。
 



「ん? 随分と遅かったな」

 朝方帰った同居人に刹那が出迎える。

「って、ファフニール!? こんなボロボロに……今日の相手はそんなに手強かったのか!? クッ、やはり私も行けば……」

 真名におぶられたズタボロのファフニールを見て刹那が慌てる。
 真名も服が所々焦げている。
 ネギの弟子試験に出向いていた刹那は、魔物退治を任されてくれた二人を申し訳なさそうに見る。

「あ~、いやこれは……」

 そんな刹那に何かとても言いにくそうに真名が口を開く。

「この女にやられたんだよ」

 目は覚ましていたのか、真名の背中でファフニールが不機嫌そうに呟く。

「え、なんで」

「う、お前がくだらない嘘をつくからだろう」

 取り合えずファフニールを降ろすと、ファフニールはフラフラと自分の寝床へ向かっていった。

「ふん、人間と一緒にすんじゃねぇ。大体嘘をつく理由なんざオレにはねぇんだよ」

 二人を一瞥し、布団を被ってファフニールは不貞寝してしまう。

「結局二人の喧嘩ということか? くだらない嘘というのは?」

 やっと状況をつかめてきた刹那が、真名に説明を求める。

「ふぅ、お前は何者だと聞いたら違う世界から来たドラゴンだ、とか言うものだからつい、な」

 ばつが悪そうに、真名は事の発端を刹那に話す。
 
「それはまた……そういえばネギ先生もそんな事を言っていたな。エヴァンジェリンさんとファフニールの会話を聞いたとの事らしいが」

 京都の旅館でネギが言っていた事を思い出す刹那。
 
「……まさか本当にドラゴンだと言うのか? 異世界から来た」

「……どうだろうな。異世界云々はわからないが、ドラゴンだという話を聞いたのこれで二回目だ。エヴァンジェリンさんなら何か知っていると思うが」

 二人であれこれ考えるが、結局ファフニールに関しての真偽はわからない。
 もう朝方ということもあり、スッキリしないまま二人は床につくことした。

「まぁ、なんにしてもアイツには何か奢ってやるか」

「えぇッ!?」

 真名の奢ってやる発言に刹那は驚いた。

「……なんだその顔は。今日はさすがにやりすぎたしな、昼飯くらい食わせてもいいだろう。まったく、なんであんなにイラついたのか」

 守銭奴と言っていいほど金にうるさい真名。
 そんな彼女が、ファフニールが大食いであることを承知で奢るというのは、刹那にとって驚き以外の何者でもない。

「明日は雪か……」

「おい、人をなんだと思っている」

 守銭奴、と言う言葉を飲み込んで刹那も自分の寝床へ向かう。
 真名は疲れきった表情で溜息をつく。

「ほんと、何者なんだろうな」

 さっさと寝入っている赤髪の同居人に向かって呟く。
 限りなく真実に近い場所に居ることに少女達はまだ気付いていなかった。






あとがき

ども、ばきおです~
今回は少し短かったですね、申し訳ありません(汗
でも今まで一番の難産だったかも……
木乃香との再仮契約の話も書きたかったんですが、どうにもうまく書けない……
うまくまとまったら、投稿します……かも。
ご感想、ご批評がありましたらお願いします。
でわ~





[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十九話 前編~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/11/08 23:14

 真名とファフニールの不毛な争いから六時間ほど経ち、二人と刹那を加えた三人は気まずい空気の中、遅めの朝食を取っていた。
 
「……ファフニール」

 無言で朝食が終わろうとする中、真名が口を開く。
 呼ばれた本人は箸を休めることなく、真名に視線を向ける。

「いや、その昨日は悪かったな。遂、イラっときてな」

 バツが悪そうに真名はファフニールに謝罪する。
 ファフニールは口いっぱいに入れた飯を咀嚼しながらジト目で真名を睨む。
 傍から見ている刹那には拗ねているようにしか見えない。

「まぁ、そんなに睨むな。でだ、詫びの意味も籠めて、お前に昼食でも奢ってやろうかと思ってな」

 昨日同じ事を聞いていた刹那は完全に傍観者に徹している。
 奢ってやる、そう言われたファフニールは飯の詰め込みすぎでハムスターのような頬になった顔で、固まっている。
 その目はまるで信じられない物でも見ているかのようだ。

「おい、なんだその顔は。私だって大食らいのお前に飯など奢りたくはないんだ」

 まったく、と言って真名も箸を動かす。
 ファフニールは口の中のものを飲み込み、朝食を終わらせて無言で玄関へと向かう。

「……今日は修行で一日空けるから無理だ。だが覚悟しておけ、お前の奢りとあらばオレも本気を出す」

 振り向き様にニヤリと不適な笑みを浮かべてファフニールは部屋を出ていった。

「……仲直り、出来たのか?」

 首を傾げて刹那が真名を見ると

「馬鹿な……一食で米一升食らい尽くすのが、本気じゃないだと……」

 まるで死刑宣告を受けたかのように真名は震えていた。




「ファフニールがお嬢様を連れ出した!?」

 明日菜やネギ達が住む部屋に、刹那の声が響く。

「う、うん、さっきファフニールが来てね、木乃香を借りてくぞ、って。私とネギもすぐ夕映ちゃん達と図書館島行っちゃったから、何処に行ったかわかんないけど」

 明日菜の話を聞いて、刹那は膝をつき項垂れてしまう。
 木乃香を守ると誓っている刹那からしてみれば、木乃香が自分の目の届かない所へと行ってしまうのは本末転倒なのだろう。
 
「く、あの時ファフニールについて行けばこんな事には……」

 最早世界の終わりかのように刹那は言葉を吐く。

「だ、大丈夫ですよ! 木乃香さんもファフニール君もすぐ帰ってきますって!」

 見かねたネギが刹那を励まそうとする。

「そ、そうですよね……い、いやしかし、実はファフニールは敵でお嬢様を誘拐……」

「わぁー! ネガティブはダメですよ!」

 その後ネギ達は、錯乱気味の刹那を夜まで宥める事になった。

「すいません、ネギ先生、アスナさん、カモさん。ご迷惑をおかけしました」

 時間も経ち、落ち着きを取り戻した刹那が宥めていてくれていた三人に頭を下げる。

「いいって、刹那さんにとって木乃香が大切な人だって事は知ってるしね」

「はい、ありがとうございます」

 明日菜の言葉に礼を言って、刹那は自分の部屋へと帰っていく。
 しかし、どれだけ夜が更けてもファフニールと木乃香が帰ってくる事はなかった。




「おはよう、刹那。なんだ、寝てないのか?」

 夜が明け、真名が起きると、気落ちしている刹那の姿が目に入る。

「まぁ、心配なのはわかるが睡眠くらいはとっておけよ」

「あ、あぁ、そうだな」

 真名に返す言葉にも力が無い。
 そんな刹那を見て真名が溜息をついていると、インターホンの音が響く。
 しかも一度でははない。連続で音が鳴り響いている。

「誰だ、こんな朝っぱらから」

「私が出よう」

 そう言って、刹那は玄関へ向かう。

「あれ、エ、エヴァンジェリンさん?」

 扉を開けると、そこには不機嫌顔したエヴァンジェリンが立っていた。

「ど、どうしたんですか?」

「どうしたもこうもあるか! さっさとお前のお嬢様と同居人を連れて帰れ! 三週間付き合ってる私の身にもなれ!」

「お、お嬢様の居場所を知ってるんですね!? 何処に居るんですか!?」

 お嬢様の言葉に反応した刹那がエヴァの肩を掴み、激しく揺さぶる。

「えーい、やめんか! 言われずとも連れて行ってやる!」

 エヴァは刹那の手を払いのけ、怒鳴った。
 その声で我に帰った刹那は慌ててエヴァンジェリンに頭を下げる。
 そんな騒動を聞きつけた、真名が現われてエヴァが二人に事情を説明する。

「まったくあの馬鹿ドラゴン、突然近衛木乃香を連れて別荘を使わせろと言ってきてな、了承も得ぬまま私の従者まで強引に連れて別荘の中へ入るもんだから、仕方なく私もついて行けば今度は近衛木乃香に魔法を教えろとぬかし始めた。
 その時は奴の口車に乗ってしまったが、まさか三週間もぶっ続けで付き合わされるとは……
 あぁ~、何処まで自分勝手なんだアイツは!」

 余程腹に据えかねているのだろう、説明が最後にはファフニールの文句へと変わっていた。
 刹那と真名には三週間の意味はよくわからなかったが、とりあえず木乃香とファフニールの居場所がわかったことに安心する。

「とりあえず、二人を引き取りに行けばいいんだな?」

 真名の言葉にエヴァは頷き、二人はエヴァと共に彼女の家へと向かうことになった。




「プラクテ・ビギ・ナル、汝が為に、ユピテル王の、恩寵あれ、治癒!」

 木乃香が詠唱を終えると、手に持つ杖から淡い光が漏れる。
 その光はファフニールに付けられた無数の切り傷を治していく。

「……どう?」

 自身の体の調子を確認するファフニールに木乃香は不安げに声をかける。

「悪くねぇ、多少でかい傷でもアーティファクト無しでも平気みてぇだな」

 ファフニールの言葉に木乃香は素直に喜んだ。
 彼女はエヴァの別荘に連れてこられ、約三週間の間エヴァに魔法を教わっていたのだ。
 ぶっきらぼうな言い方とはいえ、頑張ってきたことを褒められるのは嬉しいのだろう。
 
「ケケケ、三週間デココマデ出来レバ上出来ダロ」

 木乃香がエヴァのスパルタ教育を受けている間、ファフニールはチャチャゼロや茶々丸相手に実戦訓練を行っていた。
 その際に受けた傷は木乃香に治させていたらしい。
 最初の一週間はアーティファクトに頼っていたものの、現在は魔法だけでそれなりの傷は癒せるほどに木乃香は成長していた。

「ニシテモ御主人モ妹モ何処行ッテンダ?」

「そういえば今日は見とらんなぁ」

 木乃香が首を傾げる。
 
「ま、今日でここでの修行も終わりにするからな。何処に行ってても関係ねぇさ」

 そう言ってファフニールがふと、橋の方を見ると何かが猛烈な勢いでこちら側へ向かってくるが見えた。

「あ、せっちゃんや~」

 親友の姿を確認すると、木乃香は満面の笑みで手を振りだす。
 そんな木乃香とは対照的にファフニールは嫌な予感がし、自らの勘を信じ回避行動に移る。
 しかし、刹那との距離が10mを切った瞬間に刹那の姿が掻き消える。

「この……」

「な、なにぃっ!?」

 掻き消えた瞬間刹那はファフニールの目の前に現れる。

「うつけ者がぁーー!」

「ぷろぱんッ!」

 振るわれた夕凪の一撃を食らいファフニールは遥か上空へ打ち上げられる。

「お~」

「ケケケケケッ!」

 遥か上空に舞うファフニールを見て木乃香は拍手、チャチャゼロは腹を抱えて笑っていた。

「お、お嬢様、ご無事でしたか!?」

「あはは、久しぶりやな~、せっちゃん。別に何処も怪我してへんよ~」

 笑顔で刹那を迎える木乃香。
 そんないつも通りの親友の姿を見て刹那はほっと胸を撫で下ろす。
 
「まぁ、何事も無くてよかったじゃないか、刹那」

 遅れてきた、真名の言葉に刹那は頷く。
 後ろで何かが潰れたような音がしたが、気にかける者はいなかった。




 エヴァから少し遅れて戻ってきた茶々丸を加え、食事を取った後、各自自由に行動していた。
 ある者は親友に覚えた魔法を披露したり、ある者は軽い組み手を行っている。

「しかし凄い物だな、此処は。こういう魔法があるとは聞いた事はあるが、実物は初めて見る」

 真名は素直にこの別荘に関する感想を口にする。
 
「ふん、私くらいの魔法使いになればこういう住みかは持ってるものだ。そんなことより、私に何か聞きたい事でもあるんじゃないのか? 龍宮真名」

 その別荘の主たる吸血鬼はワイングラスを揺らしながら、真名を見る。

「流石に見抜かれていたか。別に大した用件じゃないんだ。うちのとこの同居人について聞きたい事があってね」

 本当に大した事ではない、と真名は少しおどけた仕草を見せる。
 
「ファフニールが何者かって話か?」

 真名が具体的に質問する前に、エヴァに確信を言われてしまう。

「あ、あぁ、アイツはドラゴンだとか言っていたが、どうにも信じられなくてね。刹那があなたなら何か知っているだろうと」

「なんだ、答えはもう得ているじゃないか。まぁ私も最近までは信じていなかったがな」

 あっさりとファフニールの言葉を肯定された真名は少し驚く。
 そんな真名を見て、まるで悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべ、エヴァは一つの案を出す。

「信じられないなら実際に見てみるか?」

 戸惑う真名の返答も聞かず、エヴァはファフニールを呼びつける。

「お前の記憶を覗かせろ」

 エヴァから発せられた言葉に、その場に居た全員が集まってきた。
 やはり得体の知れない赤髪の少年のことには興味があるのだろう。
 呼びつけられたファフニールはチラっと真名を見て、口を開く。

「……まぁオレを嘘つき呼ばわりしている輩も居るから、真実を見せてやるのは別に構わねぇ。だが今のオレじゃ記憶伝達は使えねぇぞ」

 ファフニールは真名に嘘つき呼ばわりされた事をまだ根に持っていたらしい。
 エヴァの提案を承諾するが、今のファフニールでは自分の記憶を相手に見せるといった芸当できなかった。

「ふん、堕ドラゴンめ。私がお前に意識シンクロの魔法をかけるから、お前は強く自分の過去を思い出せ。その後近衛木乃香、お前が私に夢見の魔法をかけろ。興味のある奴は近衛の体に触れていろ。それでコイツの記憶を見れる筈だ」

 エヴァの話が終わると、茶々丸が手早く魔方陣を描き、その中でエヴァとファフニールが互いの額をくっつける。
 背はファフニールが少しエヴァより低いくらいなので段差をつける必要などはなかった。

「じゃ、みんな捕まっといて」

 エヴァに言われた通り木乃香はエヴァに夢見の魔法をかける。
 そしてその場に居る全員の意識がファフニールの記憶の中へと入っていった。






 あとがき

 お久しぶりです、ばきおです。
 更新が遅れてしまい本当に申し訳ありません。
 今回は長くなりそうなので前後編に分けさせてもらいます。
 オリジナルの話なんぞ興味ねぇよ! と言う方がいらっしゃいましたら申し訳ありません(泣
 批評、ご感想などがありましたら、よろしくお願いします。
 でわ~
 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第十九話 後編~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/11/10 23:36

 ある世界で一匹の赤い竜が生まれた。
 
 本来なら多くの同属の中で祝福を受け生まれる筈だったその竜は、一匹の巨大な竜と多くの魔物の死骸に囲まれ産声を上げる。
 
 生まれた時には既に守ってくれる者は存在しなかった。

 竜の死骸を食らい、魔物の死骸を食らい、死骸が腐り食する事が出来なくなれば、虫を、自分より弱い動物を食らい、強い者からは息を殺し隠れ、幼き竜は本能に従い必死に生きた。

 しかし強い力を生まれ持っていた赤竜は、5年も経てば並の魔物など餌にしかならないほどの力を身に付けていた。

 やがて空を飛べるようになり、赤竜は生まれ育った土地を離れ、より多くの獲物のいる森へと移り住んだ。

 人里からそれほど離れていないその森で10年ほど過ごせば、噂が広がった。

 ファーブニルの森に、はぐれドラゴンが住んでいる、と。

 この世界の竜族は調停者と呼ばれ、数こそ少ないが強大な力を持っていた。

 その体は人間達にとっては伝説級の武具を作ったり、自分達の生活を充足させる為の材料となる。
 
 魔族は竜族の心臓を食らえば、自らの魔力を爆発的に上げる事できる為、竜族はこの2つの種族からは喉から手が出るほど欲しい素材だった。

 太古から対立している人間と魔族は、どうにか相手より先に竜族の力を手に入れようと牽制しあっていた。

 しかし、常に群れを成して生活している竜族を捕らえるなど不可能なのだ。

 故に群れに属さない竜族は格好の餌食なのだ。

 最初に動いたのは人間だった。

 森から比較的近い国の軍が動いたのだ。

 一騎当千の英雄こそいないものの、その数は約1000人。

 魔科学を用いた兵器まで使用し、若き赤竜を捕獲しようとするが、瞬く間に壊滅させられてしまう。

 次に動いた魔族は人間の倍の数の魔物を連れ赤竜に挑むが、魔物共々炎に焼かれ返り討ちにあってしまう。

 この戦いで赤竜は世界にその存在を知らしめる事となった。

 その戦いを目の当たりにした人々は、圧倒的な力で容赦なく敵を蹂躙する赤竜をこう呼んだ。


 “赤き邪竜ファーブニル”


 それから赤竜は人間と魔族から執拗に追い続けられことになり、幾度となく戦いを繰り広げることになる。

 そんな生活を数十年も続けていると、次は竜族に目をつけられる。

 竜族は世界が大きな争いが起こらない様に、常に目を光らせている。

 人間と魔族が戦争を起こせば、竜族がそれに介入する。
 
 そうなれば世界は簡単に滅びてしまうだろう。

 それがわかっている為、両者はいがみ合っていても大きな争いが起きる事はなかった。

 しかし、どちらかが竜族という強大な力を手に入れれば、その均衡を崩しかねない。

 もちろん、たった一匹の竜族がどちらかに拿捕されてもいきなり戦争とはいかない。それでも調停者と呼ばれる立場からすれば好ましくない状況になる。

 故に群れに属さぬ者を連れ戻すか、さもなくば始末する為の使者が赤竜の元へと送られた。

 だが赤竜は群れに帰る事を拒否してしまう。

 頑なに使者の言葉を拒むばかりか、力ずくでどうにかしてみろと挑発する始末。

 そして赤竜は初めて同族を手にかけてしまう。

 この瞬間、赤竜は精霊族以外の種族全てを、世界を敵に回した。

 意図したものだったのか、その傲慢さ故に招いた結果なのか、それは赤竜にしかわからない。

 だが赤竜は戦い抜く。逃げも隠れもせず、堂々と空を舞い、大地を闊歩し、何にも頼る事なく。

 魔王の位を持つ、竜族にも引けを取らない力を持つ魔族達。
 
 装備しだいでは、魔王や竜族ですら打倒しうる力を持つ英雄と呼ばれる人間達。

 何度敗れても赤竜の前に現れ、その度激闘繰り広げ、遂には赤竜でも殺しきれなかった青き賢竜と呼ばれる竜族。

 様々な強敵と戦い、それでも赤竜は不敗を貫く。

 やがて名前の呼ばれ方も少し変わり、赤竜を知らぬ者はいなくなった。

 しかし終焉は必ず訪れる。

 竜族を統べるもの、竜帝が直接動いたのだ。

 何千年もの間、竜族を統率していたその力は時空すら操り、竜帝にはいかなる攻撃も届かず、竜帝の攻撃はいかなる手段を用いても防ぐことは叶わないと言われていた。

 竜帝は赤竜を諭そうとする。

 ――赤き邪竜ファフニールよ。我らが竜族の使命を思い出せ。我らは調停者、世界のバランスを保つ事こそ我らの生きる道ぞ――

 圧倒的な魔力、自身の倍はあろうかという体躯を目の前にしても、赤竜は不遜な態度を崩さずに答える。

 ――オレの答えは500年前と変わらねぇ。オレの生きる道はオレが決める。テメェらの使命なんざ知らねぇな――

 赤竜の答えを聞き、竜帝は従者を下がらせる。

 ――我執にとらわれる姿とは、なんとも哀れなものよ――

 最早語ることなどないと言うように、赤竜の体から炎が噴出し、それに応えるように竜帝の周りの空間が歪みだす。

 赤竜と竜帝の三日間に及ぶ凄まじい戦いは、赤竜が炎を纏った腕で竜帝の心臓を潰し、終焉を迎えた。

 赤竜の方も満身創痍。

 人間も魔族も竜族も、それを見逃すほど甘くはなかった。

 我先にと、赤竜へと襲い掛かる。

 だが赤竜は逃げる素振りも見せず、抗い続ける。

 人間の放った一撃を額に受け、三者に少なくない犠牲を出しながらも、遂に赤竜は地に臥すことになった。

 人間にとって至高の素材。魔族にとって至高の力の源。竜族にとってどちらかの手に渡れば世界のバランスを崩しかねない、そして自らの主を屠った忌むべき存在。

 三者が睨みあいをはじめてしまう。

 その時、大気を震わせる咆哮が響き渡る。

 赤竜が立ち上がったのだ。

 蒼の瞳は理性を感じさせない金色の瞳へと変貌し、炎は己の体を焼きながら噴出している。

 血を吐きながら世界を破壊して回る姿をみて、皆が過ちに気付いた。

 アレに手を出すべきではなかった、と。

 抗う者、絶望する者、赤竜は目に映るもの全てを等しく、無差別に破壊していった。

 赤竜が暴走を始めて一日。

 たった一日で世界の人口の半分が、赤竜によって屠られた。

 世界が滅びるのが先か、赤竜が朽ちるのが先か、世界に絶望が色づいた時、赤竜の前に白く光る竜が現れる。

 赤竜は翼をもがれ、白い光で体を貫かれ、白竜に為す術無く蹂躙され、白竜と共に忽然と世界から姿を消した。

 真っ白な世界が赤竜の前に広がっている。

 ――我が管理する世界を壊そうとするとは、なんとも迷惑な輩だ――

 白の世界に声が響く。

 ――このまま死なせてやってもいいが、それでは貴様がやらかしたことは到底相殺できぬ――

 その言葉が紡がれた瞬間、何かが潰れるような生々しい音と共に赤竜の悲鳴が響く。

 ――その脆弱な姿。我もあまり知らない世界にて精々もがき苦しみ、我を笑わせてから死ね――

 赤竜だった者は自分の姿見て喚き散らす。

 ――ちなみに――

 世界の管理者、神と呼ばれる存在。

 “赤髪の少年”は声の正体に気付いていた。

 だからだろうか、神の次の言葉に、少年は唖然とする。

 ――お前の力と姿はもう二度と元には戻らね~よ、バ~カ!――

 突然豹変した気配と言葉に呆然とした少年は、突如現れた黒い孔に抗うことなく吸い込まれる。

 吐き出された世界で少年が初めて出会ったのは、機械の体を持つ従者とその主である美しい吸血鬼。

 赤髪の少年の物語は此処から始まった。




 現実の世界に戻った少女達は暗い表情で、沈黙する。

「こんなもんだな。どうだ、これでオレの言った事は嘘じゃねぇってわかったろ?」

 場の雰囲気も読まず、ファフニールはいつも通りの調子で声を上げる。
 
「……最後に色々とぶち壊されたが、お前は、なんとも思わないのか?」

 ファフニールのあまりに普段どおりな態度に、真名は戸惑いを覚える。
 
「神の野郎か? 確かにムカツクな。ま、いずれぶッ倒すさ」

 真名の言葉をどう受け取ったのか、ファフニールは見当違いな答えを出す。

「違う、そうじゃない! 一人で生きて、世界の全てを敵に回して、挙句に世界を滅ぼそうとした。そんな生き方を選んだことに、何も思うことは無いのか!」

 そんなファフニールの態度に思わず刹那が声を荒げる。

「無いな」

 刹那の問い、この場に居る全員の問いに、ファフニールは即答する。

「基本喧嘩吹っかけてきたのはあいつらの方だし、滅びそうになったのも自業自得だろ。そしてオレがこんな様になってるのもオレの自業自得だ」

 ファフニールの真偽を探ろうと、皆が彼の言葉に聞き入る。

「オレを追っかけまわしてた奴らに怨みはねぇし、その結果滅びそうになったあいつらを哀れむ気もねぇ。そしてオレの生きた道に迷いも後悔もねぇ」

 ファフニールは真っ直ぐに少女達を見据える。

「自分がズレてることくらいとっくに理解しているし、いつか誰かに自分を理解されるなんて思ってもねぇ」

 だが、と、ファフニールは言葉を紡ぎ続ける。
 
「――オレの生きた道は、オレのちっぽけな誇りだ――」

 少女達を見据える黒の瞳に嘘などない。
 少女達に届く言葉に虚栄心などない。
 少女達の前に立つ少年に、いつもの不遜さなどない。
 少年の佇まいに、少女達はかける言葉を見つけられなかった。
 



 話も終わり、皆が寝静まった後、ファフニールは一人浴場に出向いていた。
 別に綺麗好きという訳ではなく、ただ単純に風呂に浸かるのが好きなだけらしい。
 心地よい湯加減を堪能していると、何かが水に浸かる音が響く。

「まったく、人の別荘を我が物顔で使いおって」

 振り返ったファフニールの視界に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ姿のエヴァンジェリンだった。
 
「今更だろうが。何か用か?」

 慌てる様子も無く、ファフニールはエヴァに背を向ける。
 
「……別に用があった訳ではない」

 そう言ってエヴァは背中越しにファフニールに寄りかかる。

「……お前は平穏が欲しいとは思わなかったのか?」

「……思わなかったな」

 背中越しに二人は話す。

「俺達竜族はある程度時が経つと、体の成長が止まる。肉体が魔力で構成されるようになるから飯もいらない。心臓潰すなり、頭吹っ飛ばすなりしなきゃ永久に生き続ける様な種族だ」

 エヴァはファフニールの話を無言で聞く。

「オレはな、オレ達の様な存在は自分で死に際を決めなきゃならねぇと思ってる。平穏が悪いとは思わねぇ。だが、その中にオレの死に際は無い」

 死に向かって生きる。
 そんな当たり前の事が不死に近い為に忘れてしまう。
 ファフニールはそれを嫌がった。

「まぁ、あくまでオレの生き方だ。お前が平穏を求め生きていても、否定する気はねぇよ」

「ふん、知ったような口を。大体そんな生き方たまたま貴様に力があったから出来るようなものだ。今の状態でも同じように生きるつもりなのか?」
 
 力を失った今、例え比較的平和な世界とはいえ、失う前と同じような生き方をすれば命の危険は少なくない。
 実際、京都では一度命を落としかけている。

「変わらねぇな。力があろうとなかろうと、オレが歩んできた道は変わらねぇ。これから変える気もねぇ。変えちまえばオレは、オレの誇りを否定する事になっちまうからな、それだけは出来ねぇ」

「貴様の望む死に際、もしもそこに何も無かったら、どうするつもりだ」

 悠久の時を生きるエヴァは、同じく悠久を生きた頑固者に問わずにはいられなかった。

「そんときゃあ……来世でこんな性格にならねぇよう願っとくさ」

 顔こそ見えないが、エヴァの気に入らない不適な笑みを浮かべているのだろう。
 背中合わせの竜と吸血鬼。
 何処も似てない様で何処か似ている二人の語らいは風呂から上がった後も続いた。






 あとがき
 
 どうもばきおです~。
 昨日の内に投稿しようと思うも間に合わず……
 オリジナル話興味ないお方、誠に申し訳ありませぬ。
 気にしない方でも色々とくどい話と思いますがご了承ください(泣
 批評、ご感想などがございましたら、よろしくお願いします。
 でわ!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/11/20 17:31

 青い海、蒼い空。
 ファフニールの視界には、常夏の楽園が広がっていた。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「ん? なんだ?」

 海ではしゃぐクラスメイトを無表情で見つめながら、ファフニールは刹那に問う。

「なんでオレまで此処に居るんだ?」

「いややなぁ、ファフ君も一緒に来たい言うたからやんか~」
 
 刹那の代わりに木乃香がにこやかに答え、刹那も当たり前のように相槌を打つ。

「修行明けに昼寝して、目が覚めたら此処にいたんだが」

 ファフニールは死んだ魚のような目で海を見つめ、さらに二人に問いかける。

「お嬢様曰く、お前の寝顔が一緒に行きたいと物語っていたそうだ」

「……ふざけんなぁ! 大体なんで水着ってのに着替えさせられてんだ、オレは!」

 どうやら眠っている間に、強制的に水着へと着替えさせられていたらしい。
 そんな叫びを聞いた3-Aのチアリーダー三人娘が、ニヤけ顔でファフニールを見る。

「いやぁ、ファフ君ナニしても全然起きないんだもん。寝顔も以外と可愛いとくれば、お姉さん達としては悪戯せずにはいられないよねぇ」

 テヘッ、と、柿崎美砂がまるで悪びれた様子も無く、悪事を暴露する。
 釘宮円と椎名桜子も、同調するように笑っている。

「テメェらかぁッ!」

 逃げる三人を追いかけるファフニールを見て、木乃香は微笑む。

「あはは、楽しそうでよかったわ~。あ、こけた」

「しかし、こんな強引に連れてきてよろしかったのですか? 魔法まで使って。あ、溺れた」

 どうやらファフニールは眠っている隙に、木乃香に眠りの魔法を掛けられ、眠りを深くされた後拉致されてきたらしい。

「……ファフ君はなるべく一人にしたらあかんと思うんや。誰かに頼ることを知ってくれたら、あんな寂しい終わり方、せんで済むかもしれんやろ?」

 もしファフニールに一人でも信じれる友人が居れば、ファフニールはあんな結末を迎える事はなかったかもしれない。
 だから、クラスメイトでもいい、学校の中の誰かでいい、ファフニールには信じれる人を作って欲しい。
 ファフニールの記憶を見た木乃香は、純粋にそれを願ったのだ。

「そう、ですね」

 刹那は少しだけ、ファフニールに自分を重ねていた。
 禁忌とされる白い翼を持って生まれたが故に烏族に疎まれ、半妖故に人間に疎まれた。
 もしも近衛家に拾われなければ、木乃香に出会わなければ、自分はどうなっていたか。
 嘆き、自ら命を絶っていただろうか?
 全てを憎み、孤独に生きただろうか?
 誰に頼る事なく、世界の全てを敵に回したファフニールの終末は、究極的に言えば自分が辿り着いたかもしれない道だ、と。
 ファフニールに抱いていた妙な親近感。
 その意味を少しだけ、刹那は理解出来た気がした。

 その後、ファフニールがチアリーダー三人娘を砂に埋め晒し首にしたり、ネギが海で溺れたり夜明けから明日菜とじゃれあったりと、楽園での一日は騒々しく過ぎていった。




 エヴァとの修行の後、やけにやつれて帰ってくるネギを不審に思った明日菜は、現在エヴァの家に潜入していた。

「多分、別荘におると思うから着いてきて~」

 潜入と言っても木乃香がネギの修行場所を知っているからと、案内されているだけだったが。
 そして一行はエヴァの家の地下室へと案内される。
 潜入メンバーは、明日菜、木乃香、刹那、夕映、のどか、和美、古、そして。

「おい、またか、またなのか?」

 鎖でぐるぐる巻きにされたファフニールの8人。

「どうせ此処には来るつもりだったんだろ? 問題はないと思うが」

「だったら鎖を外せ、このアホウドリっ! わかってるんならいちいち拉致るんじゃねぇ!」

 ぴちぴちと魚の様に跳ねるファフニールに木乃香と刹那以外の少女達が哀れみの視線を向ける。

「じゃ、みんなこの模型の前立って」

 木乃香の言葉に従い、部屋の真ん中に置いてあるボトルシップの様な模型の前に立つと、景色が一変した。
 突然の出来事に、明日菜達は戸惑う。

「こ、これは、先程のミニチュアと同じ場所ですか?」

 一番早く我に帰った夕映が、木乃香に尋ねた。

「うん、此処はエヴァちゃんの別荘なんやって。ウチも此処でエヴァちゃんに魔法教わってるんや」

「一時間が一日になるって所だっけ? 此処がそうなんだ」

 明日菜は木乃香からある程度話を聞いていたのだろう。とりあえずは冷静だった。
 そして一行は木乃香と刹那に案内され、てすりのない橋を戦々恐々としながら渡り、ネギ達が居るであろう塔の中へと入っていく。
 そして、ある一室からネギとエヴァのものと思われる声がして、明日菜達は隠れながら聞き耳を立てる。

――も、もう限界ですよっ――

――少し休めば回復する。若いんだからな――

――あっ、ダメ……――

――いいから早く出せ――

――ダ、ダメですよ、エヴァンジェリンさんっ――

――フフ、私のことは師匠(マスター)と呼べ……――

――アッー!――

 部屋から聞こえるなんとも淫靡な声に、中でナニが行われているのかを想像した少女達は、顔を赤くする。
 遂に耐え切れなくなった明日菜が部屋へと押し入る。

「コ、コココ、コラーッ! 子供相手にナニやってんのよ!」

 押し入った明日菜の目に飛び込んできた光景は。

「ん?」

「エ、エヴァンジェリンさん、それ以上は~ッ」

 腕に噛み付かれ、エヴァに血を吸われているネギの姿だった。
 それを見た明日菜は壮大にずっこける。

「どーせ、そんな事だろーと思ったわよ!」

「おい、んな事どうでもいいから、さっさと鎖を解けテメェら!」

 ぞろぞろと姿を現す面々に、また騒々しいのが来た、とエヴァは溜息を漏らした。




「プ、プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れー! ……あうー、出ないですぅ」

 一行は別荘のエヴァから別荘の説明を受け、一頻り騒いだ後、ネギに魔法を教えてもらっていた。
 別荘の中は、外よりも魔力が充溢している為、素人でもいきなり使えるかも知れない、という事だったが、今のところその気配は無い。
 四苦八苦するメンバーを見て、明日菜もこっそりと杖を振ってみるが、当然のように何も起こらず、顔を赤くする。

「なぁ~に照れてんの、アスナっち!」

「うるさいわねっ!」

 それを見逃さず和美が明日菜に飛びついてくる。

「そ、そうだ、ファフニール! 興味なさそうにしてるけど、アンタはどうなのよ!」

 古に申し込まれた組み手を終え、休憩していたファフニールに明日菜は八つ当たり気味に問う。
 そんな明日菜を一瞥し、ファフニールは軽く火を吐いて見せる。
 
「はっ」

 それを見て驚いていた魔法出来ない組を思いっきり見下し、ファフニールは浴場のほうへ去っていった。
 その後、魔法の訓練に一層気合が入っていたのは、言うまでもない。

「にしても不思議よね、あんだけ騒いで食っちゃ寝しても、外じゃまだ20分くらいしか経ってないなんて」

「ハハハ、そうですね」

「これこそ魔法の力だな」

 夜も更け、皆が寝静まった後、トイレに起きた明日菜は、一人で訓練してるネギとカモを見つけ、夜空を見上げながら話をしていた。

「あの、アスナさん。ちょっとお話聞いてもらってもいいですか?」

「え、な、何よ、いきなり」

 突然、真剣な表情で話し始めるネギに、明日菜は戸惑う。

「お話しておいた方がいいと思うんです。パートナーのアスナさんには。……僕が頑張る理由」

 そしてネギは、明日菜に自分の記憶を体験させる為に、魔法を掛ける。
 
 明日菜の目に映し出された幼いネギは、おじさんの家の離れを借りてほとんど一人暮らし状態で、まだまだ拙い魔法を練習していた。
 
 姉代わりの女性、ネカネに自分の亡き父親は世界を救ったヒーローだと教えられ、憧れるような何処にでも居るような少年。

 幼き少年は、死の意味を理解出来るはずも無く、自分のピンチには父親が助けてくれると信じていた。

 木から飛び降りてみたり、自分よりも大きな犬にイタズラして追いかけられたり、雪の降る季節に湖に飛び込んだり。

 しかし、どんなに願おうと父親は助けてはくれない。

 遂にはネカネを泣かせてしまい、ネギはもうこんなことはしないと約束をした。

 時は流れ、雪の降る中ネギは歌いながら湖で釣りをしていたが、久しぶりにネカネが帰ってくる事を思い出し、家路につく。

 しかし村に着いたネギの目に映るのは、燃え盛る炎。石にされた村人の姿だった。

 急いでネカネを探しに行くネギだったが、悪魔の軍勢にその行く手を阻まれてしまう。

 戦う術も持たぬ少年は、ガタガタと震え、涙を流し立ち尽くす。

 無慈悲な一撃がネギを襲う。

 だが、それは寸前で止められた。

 ネギと同じ赤毛、現在のネギが持つ杖を持った男によって。

 男は数の不利をものともせず、悪魔の軍勢を蹴散らしていく。

 そんな男の姿に恐怖を覚えたネギは、その場を走り去ってしまう。

 しかし、それも一匹の悪魔によって、行く手を遮られる。

 悪魔から放たれる石化の光線。

 それも割り込んできたネカネと、いつもネギの父親に悪態をついていた老人によって止められる。

 ネカネは石化の始まった足が砕け、老人は全身が石化する前に、悪魔を小瓶へと封印する。

 老人は最後の力を振り絞り、ネギにネカネを連れ逃げるよう言葉を掛ける。

 気絶したネカネを起こそうと、体を揺さぶるネギに、悪魔を蹴散らした男が近づき、ネギ達を安全な場所まで連れて行く。

 ネギはまだ男への不信感があるのか、倒れた男の前に立ち、震えながらも小さな杖を向ける。

 そんなネギの頭を男は撫で、持っていた杖をネギに授ける。

 ネカネの石化を止め、男は宙へと体を躍らせる。

――悪ぃな、お前に何もしてやれなくて。こんな事言えた義理じゃねぇが……元気に育て、幸せにな!――

 そしてネギは、離れていく男が、自分が求め、憧れた父親である事に気付く。

 必死に父親を追いかけ、転び、見上げた空にはもう、父親の姿はなかった。

――お父さぁーーんッ!――

 その後ネギ達は救助され、ネギは魔法学校へと入り、雪の日の夜を振り切る様にに必死に勉強をした。

 自分を助けてくれた、父親のような立派な魔法使いを目指して。

 ネギは言う。
  
 あの日の出来事は、ピンチになったらお父さんが助けに来てくれる、なんて思った自分への天罰ではないか、と。




「何言ってんのよ、そんなことある訳ないじゃん! 何よあんな変な化け物、バッカみたい!」

 最後の言葉で現実へ戻った明日菜が、ネギの肩を掴み叫ぶ。

「今の話にあんたのせいだったところなんて、一つもないわ! 大丈夫、お父さんにだってちゃんと会える! だって生きてるんだから! 任しときなさいよ、私がちゃんとあんたのお父さんに……ん?」

 言葉を言い終わる前に、明日菜はいつの間にか集まっていたメンバーに気付く。
 のどかのアーティファクトで、皆もネギの記憶を覗いていたのだろう。
 ファフニールと人形であるチャチャゼロとロボである茶々丸以外の全員が涙を流していた。

「ファフ君! 君はあれを見てなんとも思わないのかい!?」

 それを見た和美がファフニールを激しく揺さぶりながら、問いかける。

「え、泣く場面があったのか? 最後辺りで小僧が転んだ所はクスッときたが」

「笑った!? おかしい、おかしいよ、それは!」

 眠たそうに答えるファフニールに対して、和美は多少オーバーなリアクションをする。
 和美の言葉に賛同した者達も、同時に首を縦に振る。

「よし、なら何処でそんな歪んだ子になってしまったのか、ファフ君の過去も見せてもらおうか! 君が普通じゃないのはわかってるからね~」

 記者魂に火がついてしまったのか、突然和美が思いもよらぬ事を言い出す。
 
「あ、それ私も興味あるわ」

「ぼ、僕も少し興味あります!」

 和美の悪ノリとも言える提案に、明日菜達も乗ってきてしまう。

「あわわ、え、ええんかなぁ、せっちゃん?」

「え、ど、どうなんでしょう、エヴァンジェリンさん?」

「私に聞くな! 別にいいんじゃないのか? あいつ自身があの過去を隠したいものとは考えてないからな」

 自分の生きた道こそが自分の誇り。
 迷いなくそう言いきったファフニールにとって、自分の過去は進んで語ることはないが、知られたくない過去でもない。

「見たらいい加減寝かせてくれ……」

 さっさと眠りたいのだろう、ファフニールは和美の提案を了承する。
 ネギはファフニールに魔法を掛け、少女達は嬉々としてのどかのアーティファクトへと群がっていった。






 あとがき

 どうも、ばきおです~
 やっとこさ二十話目に来ることが出来ました!
 次回、あの悪魔老人の登場ですね~
 批評、ご感想などがあれば、よろしくお願いします!
 でわ!




[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十一話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/11/23 01:46
 ファフニールの過去を見終わった一行は、先ほどのテンションは何処に行ったのか、暗い表情で俯いていた。
 呆然としてる、と言った方が正しいかもしれない。

「んじゃ、オレは寝るぞ」

 それはそうだろう。目の前で欠伸をかましている少年が、此処ではないとはいえ世界を滅ぼそうとした張本人。
 簡単に言ってしまえば、御伽噺の悪の権化のような存在だ。
 作り話にしては鮮明すぎる記憶。
 それが、あの出来事が事実だということを証明している。

「……なんの真似だ、小僧」

 故に、ネギは立派な魔法使いの意思に基き、ファフニールに杖を向けていた。

「ファフニール君は、この世界でも同じような事を起こすつもりなんですか?」

 ネギは行動とは裏腹に、否定してくれる事を願っていた。
 なんだかんだ言って、京都でファフニールは手を貸してくれた。
 その相手に杖を向けるなど、ネギにとっても不本意なのだ。
 
「さぁ、今のお前みたいに世界がオレに敵意を向けるなら、そうなるんじゃねぇか?」

 そんな願いを嘲笑うかのように口元を歪ませ、ファフニールはネギの言葉を肯定する。
 
「な、バ、バカじゃないの、アンタ!? あんな自分勝手に生きて、避けれる戦いも避けないような生き方してれば誰だってアンタの事、敵だとしか見れなくなるわよ!」

「それに力を失ったあなたが、同じように生きられるとも思えません」

 ネギが何かする前に明日菜と夕映が声を荒げる。
 確かに、明日菜達の言う事が正論だ。
 だが、そんな少女達に何故かエヴァンジェリンは僅かな苛立ちを覚えた。

「またその手の話か、くだらねぇ。力がある無いは関係ねぇんだよ。オレがオレである限り、オレはオレの道を変えない。大昔にオレが自分の心に誓った事だ」

 言葉こそ静かだったが、有無を言わさぬその眼光に、ネギ達は押し黙る他なかった。
 皆が何も言ってこないのを確認し、ファフニールは欠伸をしながら自分の寝床へと戻る。
 木乃香と刹那は、複雑な表情でファフニールの背中を見送った。

「お前ら、500年という時間がどれだけ途方もないものか、わかるか?」

 押し黙ったままの一行にエヴァが声を掛ける。

「人間など100年も生きれば良い方だ。その100年の間、どれだけの嘘をつく? 人の間で生きるために自分すら偽り、誤魔化し、他人に嫌われないように、出来れば好かれるように生きる」

 エヴァの言葉に皆が真剣に耳を傾ける。
 
「それが賢い生き方だ、当然の生き方だ、決して間違いじゃない。そう生きるのも悪くないだろう。それに比べてあいつの生き方は愚か極まりない。周りからすれば迷惑この上ない生き方だ」

 エヴァは苦笑交じりに、話し続ける。

「だが、間違っていたのか? 嘘があったか? あいつはただ空を飛んで、大地を歩き、群れから離れて生きただけだ。結局それを良しとしない奴らが戦いを仕掛け、結果滅びを招いただけ。そんなあいつにお前らは杖を向け、全てを否定するのか? 私には到底出来んな」

 エヴァの言葉に苛立ちこそ籠められていたが、嘲りは無い。
 ネギ達の言動は決して間違ってはいないからだ。

「まぁ、子供のお前らにそれを理解しろと言うのも無理があるがな」

 だがエヴァの言葉は確かに、ネギ達の心に刺さる。
 



「あ、刹那。部屋に戻っても食い物無いぞ」

 エヴァの家から出る直前、ファフニールが刹那を呼び止める。

「何? この前買ったばっかだろ?」

「食料が無くなるのは自然の摂理だ、それがまして二日前も前に買ったものなど」

 ファフニールが来てから上がり続けるエンゲル係数を思い、刹那は溜息をつく。

「せっちゃんも大変やな~」

 肩を落とす刹那の肩を木乃香は叩く。
 苦笑しながら刹那は、頭を下げ、ファフニールと共に雨の中を走っていく。

「このか姉さんも刹那の姐さんも、俺達より先に旦那の記憶は見たんだろ? なんだって平然としてられるんだ?」

 明日菜の頭に乗ったカモが、疑問を口にする。
 誰だってあんな記憶を見せられれば、ファフニールに対して良い印象など持ちはしない。
 
「ん~、でもこの世界では何も悪いことしとらんやろ? ならそれでええやん」

 だが木乃香はなんでも無い事のように笑う。
 その理由には彼女の器の大きさもあるだろう。
 それ以上に木乃香とファフニールの間には、確かな絆がある。
 刹那も、真名も、そしてエヴァも同様に絆を築いている。

「まぁ、そうだけどよう……」

 ファフニールを容認するには、カモ達にはそれが足りなかった。
 
 ネギ達と別れたファフニールと刹那は、食料を買い込み家路についていた。

「これで一週間はもつか」

 両手に持った大量の食料を満足そうに見るファフニール。

「私と龍宮だけなら、それで一ヶ月はもつんだがな。少しは自粛したらどうなんだ?」

 傘を持ちながら、刹那はファフニールに呆れた視線を送る。

「ふん、食った分、お前らの仕事とやらを手伝ってやってるじゃねぇか。それでイーブンだろ」

「私や龍宮に助けられるようでは、まだまだ」

「うるせぇ、最近はねぇだろうが」

 とりとめのない話をしながら二人が歩いていると、前方に人影が現れる。

「こんばんわ、良い雨ね」

 声を掛けられた方を見れば、一人の女性が立っていた。
 刹那より頭一つ分高い身長で、年のころは20前後か。
 海を思わせる青い髪は胸の辺りまで伸ばされ、軽くウェーブが掛かっている。
 ファフニールと同じ黒の瞳だが、対照的な柔らかな目つき。
 細身の体に、ジーパンにTシャツというラフな格好。
 同性の刹那から見ても掛け値なしの美人だ。
 ただ奇妙なのはこの雨の中、傘もさしていないのにまったく濡れていない所か。
 ふと気付けば、二人の周りに人の姿が無い。

「……刹那、得物は?」

「不覚だった。部屋に置いてある」

 瞬時に互いの状況を把握し、二人は身構える。 
 気付かぬうちに、目の前の女性が張ったであろう結界に足を踏み入れていたのだ。

「サクラザキ・セツナにファフニール・ザナウィで間違いないわね? ネギ・スプリングフィールドの仲間の」

 女性は浮かべた微笑を崩さず、二人に問う。
 
「だったらどうする?」

 同性が見ても見惚れるであろうその笑みに、刹那は薄ら寒いものを感じていた。

「とりあえず、仲間の方は捕らえとけって依頼だったかしら? まぁそれは後でいいんだけどね。それよりも、そっちの子に用があるの、私」

「オレに?」

 ファフニールは、優しげな笑みを浮かべている女性に高い警戒心を抱いていた。
 
「そう、あなた私が探してる奴にそっくりなのよねぇ。姿形じゃなくて、そう雰囲気とか。あと名前も同じ。フフ、これってどういうことかしら? ねぇあなた、いつ“この世界”に来たの?」

 女性の言葉にファフニールが驚きのあまり目を見開く。
 
「何者だ、てめぇ」

「そうかぁ、やっぱりアナタなのね」

 ファフニールの様子を見て、女性は彼が自分の探していた人物だと確信した。
 一頻りファフニールを眺めると、女性は端正な口元を歪め

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ク、ダ、ダメ、ク、ッハハハハハハハハハッ!」

 狂ったように笑い出した。
 突然涙まで流して笑い始めた女性を見て、刹那とファフニールは唖然とする。

「プ、クッ、ず、随分可愛い姿になっちゃって。わ、私も人の事、言えない、けど。プ、アッハハハハハッッ! ダメ、おかしすぎるっ!」

 文字通り腹を抱えて笑う女性。

「あ~、笑った。こんなに笑ったのって生まれて初めてだわ」

 やっと笑いを抑えられたのか、浮かんだ涙を拭うが、口元の笑みは張り付いたままだ。

「あなたを追ってあの世界から出たのに、あなたより先にこの世界に来るってどういう了見なのかしらね? ほんとムカツクわ、あの引きこもり。フフ、でもやっと会えた。久しぶり、久しぶりね」

 愉快げに、そして愛おしそうに女性はファフニールを見る。

「――赤き邪竜ファフニール――」






 あとがき

 どうもばきおです~
 もうすぐ麻帆良祭編ですね~
 自分の力で書ききれるのか心配です(汗
 その前にオリキャラ出てくる始末。オリキャラ嫌いな方、ご容赦をば(汗
 批評、ご感想などがございましたら、よろしくお願いします!
 でわ!
 あれ、悪魔老人出てなくね?



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十二話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/11/28 21:31

「――赤き邪竜ファフニール――」

 この世界では、ファフニールの記憶を見た者しか知らない筈の呼び名。
 女性の口から紡がれる言葉に、刹那は驚きを隠せなかった。

「貴様、ファフニールと同じ世界の?」

「へぇ、あなた、ファフニールの事知ってるのね? そう、私はファフニールと同じ世界の住人。誰だかわかる?」

 何かを期待するように、女性はファフニールを見る。
 
「……オレを追う為に世界すら越えてきそうな奴なんざ、一匹しかいねぇ。しつけぇなお前、何百年オレを追い掛け回すつもりだ? 青き賢竜よ」

 女性の正体が判ったのか、ファフニールは眉間に皺を寄せる。
 青き賢竜、その名に刹那は聞き覚えがあった。
 刹那が見たファフニールの記憶の中で、何度も彼と戦っていた竜の呼び名だ。

「確か、青き賢竜ティアマトー……?」

「あら、随分詳しいわね? 当たりよ、私は青き賢竜ティアマトー。この世界ではティアマトー・ヒューズレイの名で通ってるわ。よろしくね?」

 自らの名を名乗り、女性、ティアマトーは柔らかな笑みを刹那に向ける。
 
「ファフニールと決着をつける為に、この世界まで来たのか?」

 刹那が見た印象ではファフニールの好敵手だ。
 姿を捨ててまでも、ファフニールとの決着を望んでいるのかと、刹那は驚く。

「決着? そんなものどうでも良いわよ。私はファフニールを手に入れる為にここまで追ってきたの。彼が世界を壊した後にね」

「え?」

 しかし予想とはまったく違う答えに、刹那は呆ける。

「世界を越える代償に、元の力と姿を神の奴に奪われたんだけどねぇ、まぁそんなものは取り戻せばいいんだけど。ムカツクのが飛ばされた先が今より13年も前ってとこよね」

 ティアマトーは不満そうな表情を作ったかと思うと、すぐに微笑を浮かべる。

「まぁ、その代わり、あなたとは埋めがたい力の差が出来たみたいだけど?」

 その一言でファフニールはティアマトーを睨むが、反論はしない。
 その言葉が事実であると、自身の勘が告げていたからだ。

「それより、セツナちゃん? あなたファフニールに名前で呼ばれてたわよね? こっちの事情にも詳しいみたいだし、ファフニールとはどういう関係なの?」

「……一緒に住んでるだけだ。それが貴様に何か関係あるのか?」

 刹那の言葉に、ティアマトーの眉がぴくりと動く。
 
「へぇ、一緒に。私、ファフニールと出会って随分経つけど、一度も名前で呼んでもらった事ってないのよねぇ。……どうやって誑し込んだの?」

「た、誑し込んでなどいない! ファフニールはただの居候で……ッ!」

 刹那はそれ以上言葉を紡げなかった。
 ティアマトーの微笑は崩れていない。
 ただ、その目だけは、一片たりとも笑っていなかった。

「無傷で捕まえようと思ってたけど、気が変わったわ。大丈夫、少しだけよ、少しだけ」

 蛇が浮かべたかのような笑み。
 噎せ返るような殺意が、辺りに満ちる。
 
「――苛めてあげる」

 ティアマトーの足元にある水溜りから、彼女の胸の高さ程の棒が現れる。
 ファフニールと刹那も、それぞれのアーティファクトを呼び出す。

「仮契約カード……セツナちゃんは魔法使いには見えないし……大変ね、他にも苛めなきゃいけない子がいるみたい」

 ファフニールの篭手、刹那の短刀を見て、ティアマトーは楽しげに笑う。
 そして言葉が言い終わると同時に、その姿は掻き消え、消えると同時にファフニールが吹き飛ばされた。

「なッ!」

 声を上げる刹那の顔へ、棒が薙ぎ払われる。
 刹那は紙一重で避け、距離を保とうと後ろへ飛ぶが、それを追って棒は槍の如く突き出される。

「く!」

 それを両の手に持つ短刀で防ぐが、棒の先端に触れた二本の短刀は砕け散り、尚も威力を殺しきれず、刹那も吹き飛ばされてしまう。
 吹き飛ばされる刹那と入れ替わる様に、体勢を立て直したファフニールが飛び出し、一気にティアマトーとの距離を詰める。
 長物相手ならば、拳が武器であるファフニールは懐に潜り込んだ方が良い。
 槍の間合いを潰し、ファフニールの右拳がティアマトーの腹部へと襲い掛かる。
 ティアマトーは、それを短く持ち替えた棒の腹で受け止めた。
 
「っち!」

 舌打ちをしつつも、距離は離すまいとするファフニール。
 殴られた反動で、少しだけ距離を取ったティアマトー。
 ファフニールは追撃しようとするが、頭上から振るわれる一撃に気付き、距離を離さぬように回避する。
 だが、その微妙な距離すら、彼女の間合いだった。
 一流の剣士が振るっているかのような太刀筋に、ファフニールは防戦一方になってしまう。

「突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくもはずれざりけり、ってこの国の言葉よね? どの世界でも、人間の技術には驚かされるものねぇ」

 軽い口調とは逆の猛攻。
 そんな攻めから一転、ティアマトーはファフニールの足を払う。
 それに対応出来ず、ファフニールは地面に叩きつけられる。
 仰向けに倒れるファフニールへと、棒が振り下ろされるが、それを篭手で受けると同時に小さな爆発を起こし、ティアマトーの攻撃を弾く。
 ティアマトが体勢を崩している間に、ファフニールはその場を離れる。
 
「――奥義」

 その隙を逃すまいと、新たに呼び出した短刀を手に刹那はティアマトーに接近する。

「百烈桜華斬――!」

 花びらが舞うように、無数の気の刃がティアマトーを襲う。
 ティアマトーは、それを凄まじい棒捌きで全て迎撃する。
 まさか全て叩き落されるとは思わなかった刹那は、慌てて距離を取る。
 余裕のつもりなのか、ティアマトーは追って来ない。
 
「……まるで本気を出してないな、あの女」

「杖術って奴か、うぜぇもん身に付けやがって」

 自分達が遊ばれているという事実に、刹那は冷や汗をかき、ファフニールは憤慨する。
 そんな二人を気にも留めず、ティアマトーは明後日の方向に顔を向ける。

「あっちはそろそろ終わりみたいね。じゃ、こっちも終わらせましょうか」

 刹那達の方へ振り向き、薄笑いを浮かべながら、棒で地面を軽く叩くティアマトー。
 すると、二人の視界を水の弾丸と氷の矢が埋め尽くす。
 彼女は詠唱すら行なっていない。
 不可避の魔法の矢が二人に降り注いだ。







「君達の勝ちだ……トドメを刺さなくていいのかね?」

 下半身から徐々に消え行く体を横たわらせた老人、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンが、自身を打ち倒したネギに問いかける。
 それを、カモ、木乃香、下着姿の明日菜、裸の上にタオルを羽織ったのどか、夕映、和美、古、ヘルマンを追ってきた犬上小太郎、小太郎に抱えられた那波千鶴が見守っている。

「トドメは……刺しません。あなたは6年前、召喚されただけだし、今日だって人質にそんなヒドイことはしなかった。それに、あなたは本当の本気で戦っているように見えませんでした。僕には、あなたがそれほどヒドイ人には……」

 ヘルマンは6年前にネギが住んでいた村を襲撃した悪魔の一人だった。
 しかも多くの村人を石化した張本人。
 ネギにとっての仇だった。

「あらら、負けちゃったの? 伯爵」

 ヘルマンが何かを言おうとした時、女性の声が響く。
 皆が声のした方へ振り向く。
 そこには今までなかった水溜りがあり、そこから青い髪の美女と。

「せっちゃん、ファフ君ッ!」

 ボロボロに打ちのめされた、刹那とファフニールが現れた。
 木乃香の声が届いても、二人はぴくりとも動かない。
 その様子を見たネギと小太郎、古が身構える。

「おいおい、殺してないだろうね、ティアマトー」

 横目で二人の様子を見たヘルマンが、本当に心配そうにティアマトーに声を掛ける。

「大丈夫よ、きっちり急所だけ外してあるから。まぁ、死んじゃったら、そこら辺の人間捕まえて、反魂の法でも行なえば済む事だし」

「……生きた人間を贄とし、死者を蘇らせ、贄となった魂は完全に消え去るという外法かね? そんなものを簡単に行なえる君もアレなんだが、それでは困るんだがね」

 溜息まじりに話すヘルマンにティアマトーはなんでもないかのように笑う。

「だからもしもの話よ。あ、あなたが消えても報告は私がしとくから安心してね、伯爵。報酬分は働いとかないと」

 そんなティアマトーを見てヘルマンは苦笑し、おもむろに木乃香を指差す。

「コノエコノカ嬢、おそらく極東最強の魔力を持ち、修練次第では世界屈指の治癒術師にもなれるだろう。その力を持ってすれば、あるいは、今も治療のあての無いまま静かに眠っている村人達を治すことも可能かもしれぬな」

 何年先になるかはわからないが、とヘルマンは笑う。

「ふふ、礼を言っておこう、ネギ君。いずれまた、成長した君を見る日を楽しみとするよ。私を失望させてくれるなよ、少年!」

 そしてヘルマンは満足そうな笑い声を残し、消えていった。
 それを見届けたティアマトーは、ファフニールを担ぎ、この場を去ろうとする。

「ま、待ってください、ファフニール君をどうするつもりですか!?」

 ネギが杖を向け、ティアマトーを呼び止める。

「……あなた達、ファフニールの事情は知ってるの?」

 ティアマトーの言葉に、ネギは戸惑いながらも頷く。

「ならいいじゃない、彼がどうなろうと。世界を壊した化け物よ? この世界の魔法使いにとって、彼は居なくなって欲しい存在でしょ? だって、ファフニールが力を取り戻したら、この世界でも同じ事をされかねないものね?」

「そ、それは……」

 ファフニールの過去を見た後、彼に杖を向けたネギに、ティアマトーの言葉を否定することは出来ない。
 口ごもるネギを見て、冷笑を浮かべるティアマトー。
 さらに、言葉で畳み掛けようとするが、足元に魔方陣が描かれているのに気付き、その場を離れる。
 するといつの間にか、ファフニールは木乃香の腕に抱かれていた。

「そう、あなたがファフニールの契約者さんね」

 優しげな声とは裏腹の、底冷えするような笑み。
 魔法の世界を知らなかったとはいえ、それに準ずる強さを持つ古、まだ短期間とはいえ、エヴァンジェリンの訓練を受けているネギ、生きる為に実戦を戦い抜いてきた小太郎をもってしても、足が竦む。
 まして普通の女子中学生として暮らして来た者達は、恐怖に支配されへたり込んでしまう。
 そんな中で、涙目になりながらもティアマトーを睨む木乃香。

「ファフ君は、化け物なんかやない。ちょっと頑固で、不器用な、ウチの大切な友達や」

 怯える心を殺し、紡がれる言葉に嘘は無かった。
 しかし、そんな木乃香を嘲笑うかのようにティアマトーは、彼女に向け棒を振るう。
 随分と怠慢な動きだったが、木乃香には避ける術がない。

「このちゃんに、手出しはさせんッ!」

 間一髪の所で、満身創痍の刹那が、それを受け止める。

「……あなたもファフニールを友達、とか言っちゃう訳?」

 刹那が割り込んできた事に、さして驚いた様子もなく、ティアマトーは問う。

「……ファフニールは、仲間だ。私は、私達は、お前達の世界のように、ファフニールを否定したりはしない……!」

 強い意志を持った瞳に、ティアマトーは溜息をつく。

「予想外。まさか、ライバルが出来そうなんて。でも、うん、それも面白そう、面白そうね」

 少し驚いた後、愉快そうに笑うティアマトーに先程までの恐怖を煽るような気配はない。

「おい」

 いつから目を覚ましたのか、ファフニールがティアマトーに声を掛ける。

「この借りは絶対に返す」

 その言葉にはありったけの怒りが詰め込まれていた。
 
「その言葉を聞けただけでも、今日来た甲斐があったわ。またね、ファフニール。セツナちゃん、コノカちゃんもね?」

 満足げな笑みを浮かべ、水のゲートへと沈んでいく。
 最後にファフニールを愛おしそうに見て、ティアマトーは姿を消した。






「……去ったか」

 世界樹と呼ばれる巨大な木の枝に立つ、エヴァが呟いた。
 隣に立つ長瀬楓と茶々丸も、緊張を解く。
 楓はネギ達が心配で、エヴァは弟子の成長具合を確かめる為に見守っていたのだろう。

「凄まじい殺気でござったなぁ、あの女性」

「ふん、あんなもの戯れだ。わざわざ出さなくてもいいもの出して、反応を見て遊んでたのさ」

 もしもティアマトーが本気で攻め込んできたなら、エヴァの封印を解くしかこの学園に対抗手段はない。
 エヴァは直感的に、それを悟っていた。
 
「ま、そのお陰で死人が出なかったというのもあるがな」

 こうしてネギ、そしてファフニールは、因縁の相手との再会を果たした。
 片方は勝利を、片方は圧倒的な敗北という結果を残して。








 あとがき

 どうもばきおです~
 新たに登場してしまったオリキャラ、皆様の目にはどのように映ったでしょうか?
 作者ガクブルです(汗
 あと、ヘルマンの活躍を期待していたヘルマンファンの方々申し訳ありません(汗
 批評、ご感想などがございましたら、よろしくお願いします!
 でわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十三話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/12/12 20:08

「うわぁ」

「すげぇな」

 修行の為、エヴァの別荘へと訪れたネギとカモは、目の前の光景に目を奪われる。

「危ないから近づいたらあかんよ」

 先に来ていた木乃香がネギ達に声を掛け、刹那と茶々丸が礼儀正しくお辞儀をする。

「巻キ込マレテミルノモ、オモシロイカモダゼ?」

 チャチャマルの物騒な提案をやんわりと断り、ネギは視線を空中へと戻す。
 舞い上がる炎、飛び交う氷柱。
 炎を纏う拳と冷気を纏う拳がぶつかる度に響く炸裂音。
 縦横無尽に走る炎の軌跡。
 やがて、片方が押し負け、塔に叩きつけられて片膝をついた。

「なんだ、もう終わりか? まだ十分も経ってないぞ」

「ハァハァ……老眼か? 何処が終わりに見えるんだよ」

 老眼という言葉に口をひくつかせるエヴァンジェリン。
 消えた炎を出そうと、力を籠めるファフニール。

「ッガ!?」

 その瞬間全身から血が噴出し、ファフニールは地に手を着く。
 それを見たネギとカモは驚いた。
 木乃香と刹那は心配そうにしているが、慌てる様子はない。

「……フン、限界か」

 その様を見たエヴァが木乃香に治療するよう、目で合図する。
 木乃香もそれに従い、ファフニールへ駆け寄ろうとするが、視線をこちらへ向け、首を振るファフニールを見て、足を止める。
 血みどろの体を震わせながら、ファフニールは立ち上がった。

「ガ、アアアアアァァァァァァッ!」

 咆哮と共に炎が立ち昇る。
 
「お、おい、無理をするな。修行で死ぬ気か?」

 エンテイノキオクから発せられる炎が、ファフニールの体に多大な負荷を掛ける事はエヴァも知っている。
 そのエヴァから見て、ファフニールは限界だ。
 故にエヴァはファフニールを止めようとする。

「ハッ、こっちに来て微温湯に浸かり過ぎたからな。気付けには丁度良い」

 いつも通りの不適な笑みを浮かべ、構えを取るファフニール。
 人の忠告に耳を貸すような者ではないことを再認識して、エヴァは苦笑する。

「それに付き合わされる側の事を少しは考えろ、バカめ」

「死の間際になったら考えてやるよ」

 両者は再び、空中へと躍り出る。

「……え、これって修行だよな?」

 カモの呟きに答える者はいない。

 修行が終わり、束の間の静けさを取り戻したエヴァの別荘で、ファフニールは瞳を閉じ一人佇んでいた。
 気を練っているのだろう。その額には汗が滲んでいた。
 結局ファフニールはエヴァとの修行の途中で気を失い、皆が寝静まるまで目を覚まさなかった。
 木乃香の治療を受けたのか、体の傷を消えている。

「……」

 ティアマトーとの戦いから2週間ほど経っていた。
 その間ファフニールは、以前以上に修行に打ち込んでいる。
 学校が終われば別荘に籠もりエヴァ達を相手にアーティファクトを使った修行、土日になれば楓と山に籠もり修行、夜になり学園へ侵入者が現れれば実戦訓練と称して修行、現れなければ刹那や真名を相手に修行。
 そんな中、学校にちゃんと顔を出しているのは、生活面で面倒を見ている学園長へのファフニールなりの義理立てのつもりなのだろう。学祭の手伝いはしていないが。
 
「また修行か?」

 不意にファフニールへと声が掛かる。
 閉じていた瞳を開き、ファフニールは振り向く。
 そこには呆れ顔のエヴァが立っていた。

「そんなにあの女に負けたのが悔しかったのか?」

 嫌味な笑みを浮かべ、エヴァは皆があえて聞かなかった事を口にする。
 
「……あぁ、そうだな。アレには借りを返さなきゃいけねぇ。その為には力が必要だからな。あぁ、人形野郎にもか」

 それに対し、特に気にした素振りも見せないファフニール。

「ティアマトー、と言ったか。お前と同じ世界の者なんだろ? こっちの世界でも名前が知れていたぞ。魔法騎士団に単独で喧嘩売ったり、慈善活動をしたり、意味わからん事して有名らしい。どういう奴なんだ?」

「……その時にそうしたかったからじゃねぇか? 意味ない無駄な事をするのが好きな奴だからな。自分が楽しいってのが大事らしいぞ」

 昔、ティアマトーに聞いた事をファフニールは、そのままエヴァに伝える。
 それを聞いたエヴァは関わりたくない、とでも言うように顔をしかめた。




「祭り、か。何に使うんだ、こんな物」

 ファフニールは周りを見渡し、呆れ顔になる。
 随分と手の込んだ着ぐるみや、巨大な置物、果てはロボットのような物で、外は溢れ返っていた。
 今までうまく逃げ回っていたが、ついに明石裕奈や大河内アキラなどに捕まり、ファフニールもクラスの出し物であるお化け屋敷のセット作りを手伝わされた。
 現在は一段落した隙に抜け出し、外を歩いている。

「力強かったな、あの女」

「お、いたいた。ファフニール君!」

 周りを見回しながら歩いていたファフニールに男性から声が掛かる。
 男性の顔を見て、一瞬誰だったかと頭を捻らせるファフニールだったが、すぐに男性の名前を思い出す。

「高畑、だったか? 何の用だ?」

「覚えててくれたんだね、名前。学園長に君も呼んでくるように言われてね。出来れば一緒に来て欲しいんだけど?」

 ファフニールはタカミチの様子を伺うが、特別警戒する事も無い、とタカミチと共に学園長の下へ向かう。
 タカミチに案内され、世界樹前広場まで来たファフニールを待っていたのは、学園長を含む十数名の魔法先生と魔法生徒だった。

「おぉ、来てくれたか、ファフニール君。急な呼び出しでスマンのう」

「雁首揃えて何の用だ? 知ってる顔も居るが」

 ファフニールはチラっとシスターの格好した少女と、犬上小太郎を見る。
 
「うむ、それは……お、ネギ君達も来たか」

 ファフニールから少し遅れてネギと刹那が広場に現れる。
 メンバーが揃った所で、学園長が魔法先生達を集めた理由をネギ達に説明する。
 学園の生徒達から世界樹と呼ばれる強力な魔力を持った神木・蟠桃。
 世界樹伝説として、学祭最終日に世界樹で願い事をすると、願いが叶うと一部の生徒達に信じられている。
 しかし22年一度、その魔力が極大に達し、世界樹を中心に6ヶ所の地点に魔力溜りを形成し、その膨大な魔力が心に作用し願い事を叶えるという。
 最も、世界征服や金が欲しいなど、即物的な願いは叶わないようだが、告白に関しては確実に成就してしまう。
 それが異常気象の影響で一年早まってしまったらしく、6ヶ所の地点での告白行為の阻止の為に学園長はネギ達を集めた。

「……」

 学園長の話を聞いていたファフニールは、何かを思いつき、大きく息を吸い込み

「オレの元の姿を返せぇぇぇぇぇぇぇ!」

 世界樹に向かって力の限り叫んだ。
 突然の叫び声に、集まった者達は固まり、痛いほどの沈黙が辺りを支配する。

「……ち、魔力で構成されたものならもしかしたらと思ったんだがな」

 何も起こらない事を確認して、ファフニールは学園長達に背を向ける。

「お~い、手伝ってくれるのかの~」

「知ったことじゃねぇな、くだらねぇ」

 学園長の依頼に顔も向けず答え、この場を去るファフニール。
 ファフニールと初めて接する者達は、あまりの協調性の無さに言葉を失う。
 そんな中、学園長はさも哀しげに、ファフニールに聞こえるように呟いた。

「誰が生活の面倒みとるんじゃったかのう……」

 その言葉にファフニールは足を止め、己と葛藤するように拳を震わせる。

「…………視界に入ったら殺ってやる」

 何やら物騒な結論に達したファフニール。
 ファフニールは少しだけ世界樹の方へ顔を向ける。
 風に揺れ、ざわざわと歌う世界樹。
 それを視界に納め、ファフニールは今度こそこの場を離れた。

「以外と義理堅いじゃろ? 彼」

 立ち去るファフニールを見て、学園長は愉快そうに笑う。




「少しいいかネ、ファフニール君」

 夜も更けた頃、修行を終えて帰宅しようとするファフニールに声が掛かる。
 声の主は、ファフニールのクラスメイトである超鈴音。
 クラスメイトといっても彼女とはファフニールは肉まん以外で関わったことはない。
 普通の人間でないことには気付いていたが。

「断る」

 一言で斬って落とし、ファフニールはさっさとその場を離れようとする。
 しかし、麻帆良の最強頭脳と称される超は慌てない。
 
「修行明けで空腹ではないかネ? 話は私の店で料理でも食べながら聞いてくれれば良いヨ」

 超の店、超包子。 
 中学生が作ったとは思えない絶品料理に、学園内で人気を博している屋台だ。
 ファフニールも木乃香達に連れられ行った事があり、その料理の味を知っている。
 超の言葉に足を止めファフニールは振り向く。

「良いだろう、聞くだけ聞いてやる」

 流石は最強頭脳、茶々丸から得たデータでファフニールの扱い方を心得ていた。
 ファフニールは、こちらからなんらかの誠意を見せれば話くらいは聞くだろう、と。

「君のことは茶々丸から聞いているネ。なんでもまったくの異世界から飛ばされてきたドラゴンだとか。私も実際に映像を見た時は驚いたヨ。私が調べた記録に、君の事は記されていなかったしネ」

 今、この場には二人しかいない。
 振舞われた料理を平らげながら、ファフニールは超の話に耳を傾ける。

「実を言うと私もこの世界、というよりこの時代の人間ではない。今よりも遥か未来からやって来た火星人ネ」

 何かとんでもない事を言いながら超はおどけてみせる。
 普通の人間が聞いていたら、思わずツッコミを入れる所だろう。

「ふ~ん」

 しかしそこは普通じゃないファフニール。
 驚く訳でもなく、ましてバカにしている訳でもないリアクションを見せる。

「ム、ここは驚くなり、ツッコミを入れるなりしてくれると嬉しいのだがネ」

「嘘を言ってるとは思ってねぇが、お前が何者だろうと興味はねぇ。問題はオレに何をさせたいのか、だ。さっさと用件を言え」

 出された料理を食べ終えて、ファフニールは超の目を見据える。

「フム、では単刀直入に言おう。私の計画に手を貸してくれないカ? 何、大した事ではない。世界樹を利用して、この世界に魔法の事をばらすだけヨ」

 超は本当に大した事ではないかのように言っているが、この世界にとっては天地がひっくり返るような大事だ。
 この世界の住人の大半は魔法が本当に存在しているとは思っていないし、魔法使い達もその存在を隠している。
 
「その事に何の意味がある?」

「……魔法が認知された方が、より良い未来になるとは思わないかネ? 立派な魔法使いは枷を外され、思う存分その力を使うことが出来て、枷のせいで救えなかった者達を救える可能性が高まる。意味ならそれで十分だヨ」

 確かに超の言う事にも一理あるだろう。
 一時的な混乱は起こるかも知れないが、それさえ越えれば今現在、何処かで起きている紛争や内乱で散る多くの命を救えるかもしれない。
 しかし元々魔法が当たり前の世界で生きてきたファフニールにとって、世界がどう転ぼうが興味がなかった。
 どっちに転んでもあまり変わらない、というのがファフニールの考えだからだ。
 あえてその事を言わず、ファフニールは超の真偽を探る。
 やがて意地の悪い笑みを浮かべ、ファフニールは口を開く。

「お前に何があったかはわからねぇ。変えたいと思い、実際に行動するくらいには耐え難い事だったんだろうな。ただ、消えねぇぞ?」

 ファフニールの言葉に、超は目を見開く。
 それに構わず、ファフニールは話を続ける。

「未来を変えて、目に映る世界が変わっても、お前が歩いてきた道は消えねぇし、変わらねぇ。オレ個人の意見としては、お前のやろうとしてることはまったく無駄なことだ。それでもやると?」
 
 一瞬、超の表情が暗いものになる。
 しかし、超は一呼吸置いて、ファフニールを見据える。

「それでも、だヨ。今までをじゃない、これからを変える為に、私はここまで来たネ。その為に短くない年月を掛けて準備をして来たヨ。今更、止まる気は無い」

 そこに虚勢はない。
 己を貫くと決めた少女の顔。
 それを見て、ファフニールは愉快そうに口を歪ませる。

「ハッ、よく言った人間。良いだろう、手を貸してやるよ。報酬は、ここの料理食い放題な」

「ムム、それは中々高くつきそうネ。では、よろしく頼むヨ、ファフニール・ザナウィ君」

 以外とあっさり手を組んでくれたファフニールに超は少し驚くが、直ぐにいつもの様子を取り戻し、握手を求める。
 差し出された手を少しの間見つめ、ファフニールも手を握り返す。
 
 こうして、世界の運命を左右する祭りが始まった。










 あとがき

 どうもばきおです~
 いよいよ麻帆良祭編です!
 皆様に楽しんでいただけるか、めっさ不安です(汗
 原作9巻の話は吹っ飛ばしてしまいました。
 さよファンの方々には申し訳ないです(汗
 ご感想、批評などがございましたら、よろしくお願いします!
 でわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十四話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2008/12/19 20:22

 麻帆良祭が開催され、あちこちに人の波が出来ている。
 行き交う人々は、様々な仮装等をしていたり、一大テーマパークと遜色無い、むしろ勝ってるんじゃないかと思うほどパレード等で賑わいを見せていた。
 学祭と言うには余りに規模が大きい祭り。
 学園の人間も相当な数が居て、尚且つ外からの来訪者も合わされば、人が溢れかえるのも仕方ない。
 食べ歩きをしながら、ファフニールはそんな光景を眺めている。
 彼は彼なりに祭りを楽しんでいた。
 超の計画に手を貸すことになったファフニールだったが、今の所することがないのだ。

「愛菜、伝えたい事があるんだ。聞いてくれるかい?」

 当てもなく歩き回っていたファフニールの視界に、一組の男女の姿が飛び込んでくる。
 刹那に持たされた機械が、ファフニールのポケットでアラームを鳴らしている。

「……はい」

 男性の言葉に頬を赤らめながらも頷く、端整な顔立ちの女性。
 どうやらファフニールは告白現場に出くわしてしまったらしい。
 しかもこの場所は告白禁止区域の一つだった。

「……視界に入ったらやるって言っちまったからな、しかたねぇ。……ただ止めるんじゃおもしろくねぇな」

 学園長に言った言葉を思い出し、溜息を吐くファフニールだったが、何かを思いつき口元を歪ませる。

「愛奈、俺は、ずっと君の事が……」

 そんなファフニールなど眼中に入ってないのだろう。
 男がいよいよ自分の想いを口にしようとする。

「待て、此処は告白禁止区域だ」

 そんな男の決意など知らぬ、と言うように、ファフニールが男を止めて

「どうしても此処で告白がしたいなら、オレを倒してからにしな」

 なにやら妙な事を言い放った。

「し、四郎……」

 そんなファフニールに怯えるように、女性は男の腕を掴む。

「愛奈、下がってて。こいつ、エースだ」

 男も妙な事を言いながら、女性を下がらせ、ファフニールと対峙する。
 10歳の少年にしか見えないファフニールを油断なく見据えるこの男も存外に変人らしい。

「ほう、やる気か? 移動すれば良いものを」

 関心するようにファフニールも男を見据える。
 男はファフニールの言葉に握り拳を作って答える。

「俺は、勝つ。勝って、愛奈と添い遂げる!」

 声高らかに自らの想いを叫ぶ男。
 その瞬間、世界樹が発光を強めた。
 予想外の出来事にファフニールは驚いたが、面白い事になったとその様子を見守っている。
 やがて、世界樹が発する光と同種の光が男を包む。

「な、なんだ? 力が溢れてくる。これが、これが絶対勝利の力ッ!」

「ふん、世界樹がこいつの想いに応えてるのか。だが、負けん!」

 辺りに張り詰めた空気が漂っている。
 男と一緒に居た女性も心配そうに男を見守っていた。

「「うおぉぉぉぉぉっ!」」

 獣の様な叫びを上げ、二人の男が衝突する。
 それにしてもこの二人、ノリノリである




 世界樹が発光を強めた頃。

「お、お姉さま、世界樹が!?」

 光る世界樹を見て、赤い髪の少女、佐倉愛衣が慌てる。

「そんなセンサーは反応してないのに!?」

 愛衣にお姉さまと呼ばれた金髪の少女、高音・D・グッドマンが手に持ったセンサーを見る。

「ッあの光は? 行くわよ、愛衣!」

 世界樹と違う場所から立ち上る光を見つけた高音は、愛衣と共に駆け出す。
 光が出ていた場所に二人が着いた頃には、大量の人だかりが出来ていた。

「赤髪に1000!」

「熱い奴に1500!」

 しかも何やら賭け事まで始まっている。
 二人は人混みを掻き分け、なんとか最前列まで辿り着く。
 そこでは黒い髪の男性と、赤髪の少年の普通とは思えない戦いが行われていた。
 いや、まるっきり裏の者同士の戦いだった。

「な、なに、これは?」

「あ、あれってファフニール君ですよね? 相手の人って一般人じゃ。なんであんな動きが?」

 目の前で繰り広げられる戦いに、二人は困惑した。
 一般人の目の前でこんな戦いをしているのが信じられないのだ。
 しかも片方は、一般人。
 目の前の光景に二人はただ唖然とするしかなかった。

「倍返しだぁーッ!」

 眼前に迫るファフニールの拳を掻い潜り、男も拳を繰り出す。
 それは絶妙なタイミングのカウンター。
 当たれば男の勝ちだ。

「その目の良さが、命取りなんだよ!」

 しかし、それはファフニールの誘い。
 繰り出した右腕の肘で男が放った左腕をかち上げ、体勢を崩した男の顎へと左の拳を突き上げる。
 避ける事が出来なかった男を吹き飛ばされ、方膝をついて着地する。
 動けない男に、ファフニールは追い討ちをかけようとはしなかった。

「世界樹の助けがあるとはいえ、ただの人間がここまで戦えるとはな。お前の想い、本物のようだ。良いだろう、後は好きにしろ」

 男に言葉を掛け、ファフニールは背を向ける。

「ハァハァ……良いのか?」

「何度も言わせるな」

 そう言ってファフニールは人混みの方へ歩き出した。
 そんなファフニールの道を作るように、人混みは開く。

「凄かったぞ、坊主!」

「なんの撮影かわかんねぇけど燃えた!」

 去っていくファフニールに拍手喝采が送られる。
 この戦いを撮影等と思ってしまう辺り、麻帆良には非常識な者が多いのかもしれない。

「ありがとう……愛奈、聞いてくれ。俺は……」

 去っていくファフニールを見送り、男は駆け寄ってきた女性に、今度こそ自分の想いを伝えようとする。
 その様子を、今まで騒いでいたギャラリー、本来止めなければならない筈の二人の少女まで、固唾を飲んで見守る。
 そして、ファフニールの後方で大歓声が上がった。
 



「ちょっとどういうつもりですか!? 告白で世界樹の力が働かなかったのは幸いでしたが、一般人の前であんな戦いをするなんて!」

 険しい表情で、高音がファフニールに詰め寄る。
 結局最後は男の熱い告白に見入ってしまった高音だったが、生真面目な性格の彼女からすれば、ファフニールの行動は許容し難いものだったのだろう。

「あぁ? 誰だてめぇ」

 そんな高音に対して、ファフニールはまるで初対面かのような態度を取る。
 それが一層高音の怒りを煽った。

「広場に集まった時に私も居たでしょう!?」

 実際、ファフニールが学園長に世界樹前広場に呼び出された時、高音も愛衣もその場に居たのだが、ファフニールは覚えていなかった。

「知らねぇな。視界に入ってなかったんじゃねぇか?」

「な、なんて失礼なッ!」

 いよいよ高音の堪忍袋の緒どころか、袋が破裂しそうになった時、愛衣の持つ機械からアラーム音が鳴り出した。

「お、お姉さま、センサーが!」

 おそらく近くに告白しようとしている人間が居る筈なのだが、二人が辺りを見回しただけでは見つからない。
 ファフニールと雌雄を決したい高音は、悔しそうに顔をしかめる。

「く……覚えておきなさい! この仕打ちの借りは、必ず返します!」

 ファフニールを指差し、捨て台詞のような宣言をして、高音と愛衣は走り去っていった。
 
「……何だったんだ、アイツら?」

 ファフニールの呆れ声が喧騒に飲み込まれる。








あとがき

 カッとなってやった。ちょっとだけ後悔してる。




 どうも、ばきおです。
 きっと一部の人にしか伝わらない今回のネタ。
 なんだよ、エースって……
 いいのか、麻帆良祭編の始めがこんな話で……
 いいですよね、お祭りですもん(汗
 ご感想、批評などございましたら、よろしくお願いします!
 でわ~

 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十五話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/01/18 18:33


 仮装した高校生の男女が見つめ合う。
 2人は顔を赤らめ、押し黙っていたが、やがて少女が意を決して口を開く。

「先輩……私、前から先輩の事が」

「そぉい!」

 しかし、少女の言葉は、間抜けな掛け声と乾いた炸裂音によって遮られた。

「み、美春、美春ぅぅぅ!」

 音が鳴り響いた瞬間、少女は倒れ、男がそれを抱きかかえる。
 男が周りを見渡せば、そこかしこに男女関係なく倒れている光景が広がっていた。

「はたきまくりやなぁ、アスナ」

「よ、容赦ないですね」

 一陣の風となり、次々と告白者をはたき倒す明日菜を木乃香と刹那は、苦笑しながら見守っている。
 そんな2人に1人の少女が近づく。

「ねぇねぇ、お姉さん。あの人何やってるの?」

 明日菜を見守る刹那のスカートをクイクイと引っ張り、少女は刹那に話しかけた。
 少女の接近に気付かなかった刹那が少し驚いて、少女に視線を向ける。
 歳は10歳程で、白のワンピースに軽くウェーブの掛かった青い髪のポニーテール。
 下がった目尻の端整な顔立ち。
 自身に接近を気付かせなかった、見覚えのある少女に刹那は総毛立つ。
 
「ティアマトー、ヒューズレイ……?」

 確信を持った訳ではなかったが、刹那は油断なく木乃香を自分の後ろへと下がらせる。

「え、何言ってるの? 私の名前はティア、ティア・ウォータルだよ?」

 無垢な笑顔で刹那に自己紹介する少女、ティア。
 その笑顔に、刹那は思わず警戒心を解いてしまう。

「この姿の時は、ね?」

 それに合わせるかのように、ティアと名乗る少女は、含みのある言葉を吐く。
 つまりは、刹那の推測は当たっているということらしい。

「っ、今度は何をしに来た」

 解いてしまった警戒心を先ほど以上に高め、ティアを睨む刹那。

「ん? お祭りを楽しみに来たんだけど」

 いきり立つ刹那に、なんでもないかの様にティアは応える。

「せ、せっちゃん、この子、この前の?」

 怯えを含んだ声で、木乃香が刹那に訊ねる。
 刹那は無言で頷き、どう動けばいいかを考えた。
 
「別に戦いに来た訳じゃないから、そんなに身構えないでよ」

「……信じられると思うか?」

 一度手酷くやられた敵を簡単に信じる事など、刹那には出来ない。

「竜族は嘘なんてつきませ~ん。何よ、たまたまあなた達を見かけたから、話でもと思っただけなのに」

 不信感を露にする刹那に頬を膨らませ、不満をアピールするティア。
 少女の姿という事もあってか、前に出会った時とは随分印象が違うティアマトーに、刹那は戸惑う。

「それよりさ、なんであの子屍の山を築いてる訳?」

 不満を露にしていたかと思えば、ころっと次の興味へと目を向けるティア。
 
「あぁ、あれはね」

「い、いけません、お嬢様!」

 学園側の事情を喋ろうとする木乃香を刹那は慌てて制止する。

「ん~、ファフ君から聞いた通りの人なら、こっちの事情も話とかんと、この人面白おかしく引っ掻き回しそうな気がしてなぁ。それやったら話して大人しくしててもらった方がええと思うんやけど」

「う、そ、それは……」

 否定出来ない、と刹那は言葉を詰まらせる。
 
「因みに、どういう風に聞いたの?」

「「超快楽主義者の愉快犯」」

 打ち合わせたかの様にハモる二人の声。
 褒められた人格は持っていない、ということをファフニールから聞いたらしい。

「うん、大当たり」

 本人も自覚しているのか、にっこりと笑って肯定するティア。

「そっかぁ、ファフニールもちゃんと私の事分かってくれてたんだぁ」

 頬を赤らめ、ティアは体をくねらせる。
 その様子を見た刹那は、彼女が何処まで本気なのか、分からなくなってしまう。

「ふぅ、この辺の告白者はあらかた片付いたわね。あれ? 誰その子」
 
 そんなやり取りをしていると、一仕事終えた明日菜が戻ってくる。

「はじめまして、ティアっていいま~す」

 年相応の笑顔を浮かべ、明日菜の手を取って勢い良く上下に揺らすティア。

「この前学園に潜入してきた敵の片割れです」

「うわ、あっさりと。酷いわぁ、セツナちゃん」

 傷ついた、とでもいうように、泣きまねをしながらティアは木乃香へともたれ掛かる。

「ええい、お嬢様に近づくな!」

 刹那は素早くティアを引き剥がす。

「何よ、同じ奴に恋した仲じゃない!」

 心外だと叫ぶように、ティアは声を上げる。

「な、だだだだ、誰がファフニールなど!?」

 ティアの言葉をどもりながら顔を真っ赤にして否定する刹那。

「誰もファフニールだなんて言ってないけど?」

「え、そうだったん、せっちゃん!?」

「え、ち、ちが、このちゃんまで!?」

 ティアの切り替えしに木乃香まで乗ってきたら刹那に勝ち目などなかった。
 それでも必死に二人の誤解を解こうと刹那は奮闘する。

「ちょ、ちょっと待って! え、この前のって、あの女の人!?」

 理解が追いついた明日菜が声を上げるが、何やら騒ぎ立てている刹那達には届きそうにもなかった。






「ふ~ん、願いが叶っちゃうから、告白の阻止ねぇ」

 取り合えず落ち着きを取り戻した刹那達から、ティアは学園側の事情を聞いていた。

「今更だけど、いいの? コイツってエロじじいと一緒にいた悪い奴なんでしょ?」

 明日菜が紅茶を飲むティアを見ながら、刹那に言葉を掛ける。

「悪い奴とは失礼ね? 私は報酬分の仕事をしただけなのに」

「その依頼人とは誰なんだ?」

 油断なくティアを観察する刹那。
 そんな刹那を前にしても、ティアが笑みを崩すことはない。

「そんな事言える訳ないでしょ? この世界、信用が大切なんだから」

 自分で質問を誘導しておきながら、ティアは刹那の質問を受け流す。
 小さく強張る刹那の表情を、ティアは愉快気に見つめる。

「それにしても告白の阻止だなんて……私がされたらもう、解体ものよね」

 ティアは呆れたような顔で、さらりと恐ろしいことを言う。
 
「でも、好きでもない人と恋人になってしもうたら嫌やない?」

「そんなもの、魔法使いさん達の言い分でしょ?」

 木乃香の最もらしく聞こえる言い分を、ティアはばっさりと斬り捨てる。

「そりゃ、あの木にその効力があると知っていてやれば、阻止する理由はあるかもだけど、そういう訳でもないんでしょ?」

 紅茶で喉を潤しつつ、ティアは話を続ける。

「学祭中にあの木の側で告白すれば、その恋は成就する。そんな迷信に縋ってでも想いを伝えたい。縋ることで想いを言葉にする勇気を振り絞れる。そんな儚い想いをよく平気な顔で踏みにじれるわねぇ?」

 多少の演技に皮肉を交えるティア。

「で、でもやっぱ好きでもない人と恋人になるのは……」

「それで振られたら? 傷がついた心はどうするの? 心なんて案外脆いものよぉ? 一度の失恋でずっと恋が出来なくなるなんて話、ざらにあるわよねぇ。そこは自然の流れだから仕方ないって、あなた達はそう言うのかしら?」

 ティアの言葉に、明日菜は声を詰まらせる。
 
「それに、偽りから生まれたものだとしても、育ったものが真実なら、それで良いじゃない」

 ティアの話は終わったようだが、刹那達は暗い表情で黙りこくってしまう。
 それを見たティアは、意地の悪いを笑みを浮かべ、

「プ、アッハハハハハっ!」

 耐え切れなくなったのか、大きな笑い声を上げた。
 突然笑い出したティアに刹那達は驚いて顔を上げる。

「な~に暗くなってるのぉ? 私が気に入らないってだけの話なんだから、あなた達はやり通せばいいじゃない。お仕事なんでしょ?」

 悪戯が成功した子供のような笑顔を見て、刹那達はやっと理解した。
 自分達はただ弄られただけなのだと。

「ま、これでお仕事する気は失せたでしょ? 暇になったんだから、このお祭り案内してね? 一人は飽きてきた所だったし」

「え、ちょっ」

 刹那の抗議の声を無視して、ティアは3人を強引に引っ張っていく。
 10歳ほどの少女に引きずられていく中学生の少女達の姿は、何処か滑稽だった。






 辺りも暗くなった頃、ティア一行は神社の前に来ていた。
 辺りには4人だけでなく、随分とゴツい男性が多く集まっている。

「くぅ~、あと2点で私の勝ちだったのにー!」
 
 明日菜が悔しそうな声を上げる。
 
「フフ、リベンジはいつでも引き受けましょう」

 それに対して、不適な笑みを浮かべてティアは明日菜を挑発する。
 どうやらシューティングゲームのアトラクションの話をしているらしい。

「あ~、楽しかった。うん、楽しかったわ。でも、あのマンション型のお化け屋敷とか、水に落ちるやつとか平気かしら? 犬とかアヒルを連れたネズミに粛清されなきゃいいけど」

「う~む、否定出来へん所が恐ろしいなぁ」

 心配そうな顔をするティアに合わせ、木乃香も顎に手をやり考え込んだ顔をする。
 最初の緊張感は何処へ行ったのか。随分と3人は打ち解けた様子だった。

「セツナちゃんのお化け屋敷でのうろたえ様も可愛かったしねぇ?」

「なっ!? アレは貴様が余計な手を加えたり、幻術まで使うからだろう!?」

 否、4人は随分と打ち解けた様子だった。
 ちなみにティアがどのような幻術を使ったのかは定かではない。

「随分と賑やかでござるなぁ」

「誰だ、その子は?」

 4人が騒いでいると、楓と巫女姿の真名と古、鳴滝姉妹とファフニールが現れた。

「あ~、こいつは」

 真名の質問に刹那は答えにくそうに言葉を濁す。

「ティア・ウォータルって言います、よろしく!」

 そんな刹那を気にせず、ティアは自己紹介をして、一人一人の名前を聞いて回る。
 
「あなたも、よろしくね?」

 やがてファフニールの前まで来て、握手を求めようとする。

「……何やってんだ、てめぇ。気色悪い」

 心底呆れたような顔で、ティアを睨むファフニール。

「あら? 一目で見破るなんて。やっぱり私とファフニールは運命の赤い糸で繋がって」

「ねぇよ、燃すぞ」








 あとがき

 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。ばきおです。
 今回は再登場のティアマトーメインのお話でした。しかもロリ化。
 なんやかんやで武道会が始まり、この物語も終わりへと近づいてまいりました。
 更新が少し遅れますが、ご容赦ください(汗
 ご感想、批評などございましたら、よろしくお願いします!
 でわ~





[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十六話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/01/24 14:47

「ようこそ、麻帆良生徒、及び学生及び部外者の皆様! 復活した、まほら武道会へ! 突然の告知にも関わらず、これ程の人数が集まってくれたことを感謝します!」

 マイクを片手に朝倉和美が高らかに宣言をする。
 
「優勝賞金は一千万円! 伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金。見事その手に掴んでください!」

 ティア一行とファフニール一行が合流してから程なくして、本来ここで行われる筈だった格闘大会に出るため訪れていたネギと小太郎も一行に加わっていた。
 本来小さな格闘大会が開かれる筈だったのだが、超鈴音がイベントを買収して、賞金一千万という大きな大会に仕立て上げたのだ。
 その事実にネギ達は驚いていたが、超本人の登場と、彼女の言葉に更に動揺を強くする。

「私がこの大会を買収した理由はただ一つネ。表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強が見たい。それだけネ」

 一般人に裏の世界と言っても理解は出来ないだろう。
 精々、極道やマフィアを思いつくのが精一杯だ。
 ざわつき始める会場を鎮めるように、超は声を上げる。

「20年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が力を競う伝統的大会だたヨ。しかし、主に個人用ビデオカメラなど記録機材の発達と普及により、使い手達は技の使用を自粛、大会自体も形骸化、規模は縮小の一途をたどた……」

 超の一言一言にネギ達は息を呑む。
 裏の世界の意味を知るネギ達にとって、超がどれほど危ない発言をしているのかが分かっているからだ。

「だが私はここに最盛期のまほら武道会を復活させるネ! 飛び道具及び、刃物の使用禁止! そして……」

 しかし、そんな彼等の心境を嘲笑うが如く

「――呪文詠唱の禁止! この2点を守れば如何なる技を使用してもOKネ!」

 超はあっさりと、世界のタブーを破った。
 周りとは違う意味で、騒然とするネギ達。
 
「へぇ、革命でも起こす気かしらね、あの子」

「この程度、革命なんて言えるかよ」

 そんな中で、赤の少年と青の少女は愉快気に笑う。
 ファフニールは超の目的に手を貸している。
 ティアマトーは世界は楽しく回ってくれればそれでいい。
 
「面白い大会になりそーネ」

「一千万なら私も出てみるか。なぁ、楓?」

「そうでござるなぁ、バレない程度の力でなら」

 古、真名、楓が大会への出場を表明する。
 まさかの参戦者に、ネギは慌てるが、そこにエヴァとタカミチまで加わり、小太郎も少し慌てだす。

「あ、あの高畑先生が出るなら、私も出ます!」

 そして明日菜も参戦表明。
 刹那も調査の名目で出場を決めていた。
 
「楽しそうねぇ、私も出てみようかな? ね、ファフニール」

「俺に同意を求めるな、気色悪い。大体ルール有りでてめぇ潰しても、何にもならねぇんだよ」

 ファフニールの言葉に不満そうな顔をするティアだったが、一転、何かを思いついたように笑みを張り付かせる。

「あぁ、そっかぁ。この前、二人がかりで何も出来ずに負けちゃったんだもんねぇ? 怖いのは当たり前かぁ。ゴメンねぇ、無理強いしちゃって」

 言葉とは裏腹の噴出すのを抑えるのに精一杯な顔で、ファフニールの肩を叩くティア。
 その完全に挑発だと分かる言葉にファフニールは、ピタリと動きを止める。
 目の前のティアに目線さえ合わせることなく。

「それにぃ」

 ティアは参戦表明していた人間を見回し、小馬鹿にする笑みを浮かべる。

「“弱いもの虐め”して一千万も貰えるなんて、最高の大会よね!」

 何かスイッチが入ってしまったティアは、高笑いまでし始める。
 そんな彼女の行動が、その場が凍りつかせた。

「貴様、何処かで見た顔だと思ったら、確かティアマトーとか言ったか。成る程、ファフニールの言ったとおり、関わりたくない輩だな……」

 眉間を押さえ、口元を引きつらせるエヴァ。
 いや、エヴァだけではない。古、真名、楓まで仄暗い笑みを浮かべている。
 止まっていたファフニールが動きだし、エヴァの肩に手を乗せた。

「オレがやる……きっちりと、公衆の面前で灰にしてやる」

 額に血管を浮き上がらせ、口元に獰猛な笑みを浮かべながら。
 
「本気になってくれた? あなた達も、私とやる事になったら本気で来てね? じゃないと、楽しくないから」

 本性を現したティアと、ファフニール達の間に殺意と敵意が入り混じり、火花が散る。

「コ、コタロー君、胃がキリキリするんだけど。出場やめようかな、ボク……」

「お、俺もなんや腹痛くなってきたわ……」

 その光景を目の当たりにした二人の子供は肩を震わせ怯えていた。




 16名の本戦出場者を決めるための、予選会が始まった。
 
「おおっーと、強い! 麻帆中中武研部長、古菲選手! さすが前年度ウルティマホラ優勝者! 体重差2倍以上の男達が宙を舞うー!」

 まず会場を沸かせたのは古菲だった。
 小柄な少女である古から繰り出される拳撃で、大柄な男達が吹き飛ばされているのだ。
 何より、古の知名度も沸かせる要因だろう。

「A組とB組、E組で何か動きがあったようです。おっ~とこれは」

 朝倉が挙げた会場の周りでは、和んだ笑い声などで包まれていた。

「子供です! 思い切り場違いな小学4、5年生に見える子供! 会場が笑いと生暖かい微笑みに包まれます! これは仕方ない!」

 B組には、超に父の名を出され出場を決意したネギ、E組には小太郎。

「しかもA組には女の子まで参加しています! 何を思って大会に参加したのでしょうか!」

 A組にはティアとファフニールが同じ会場に立っていた。
 そんな色物にしか見えない光景も、ネギが体重差10倍以上ありそうな巨漢を一撃で吹っ飛ばしたことにより、払拭される。
 小学生や女子中学生が参加していることで、胡散臭さ抜群の大会になっているが、彼等の活躍により会場は大いに盛り上がっていく。
 A組ではファフニールが1分もしない内に、半数の参加者を場外まで吹き飛ばしていた。

「フフフ、ファフニール・ザナウィ! 昼間の仕打ち、ここで返します!」

 そんな中で、たまたまファフニールと同じ会場にいた高音・D・グッドマンがファフニールを指差し、声を上げる。

「行き――え?」

 いざ攻撃を仕掛けようとするも、高音は最早動くことが出来ない。
 気付いた時には宙を舞い、腹部に凄まじい衝撃が走ったと知覚する前に、地面へと叩きつけられていたからだ。

「喋る前に手を動かせ、小娘」

 必要無しと判断しているのか、ファフニールは宙を舞う高音に視線すら送らず呟き、ゆっくりと自身のいた会場を見渡す。
 視界に移るのは呻くこともなく倒れている男達と、その中心に立つ己の背丈より長い棒を持った少女が一人。
 
「こ、これは凄い! 並み居る格闘家を全てKOして、赤髪の少年ファフニール・ザナウィ選手、謎の美少女ティア・ウォータル選手、まさかの本戦出場ーッ! おっと? 両選手が歩み寄っています。あ、あれ? もう戦わなくていいんですよ~。ファフく~ん?」
 
 歩み寄る二人に、何か不穏な空気を察した和美は、思わず素に戻ってファフニールを呼び止める。
 そんな和美の声など聞こえないかのように、二人は止まらない。
 二人の間合いが1メートルを切ったとき、ティアが疾風の如く棒を突き出す。
 その神速の突きをファフニールは頬の皮一枚を犠牲にして避け、その捻った動きと連動させて左の拳をティアの端整な顔へと走らせる。

「……人間の体の動かし方、少しは慣れてきた?」

 首を傾げたまま目を細め、ティアはファフニールに問いかける。
 拳はティアに触れることはなかった。

「感謝しろよ? てめぇに借り返すために、ぬるま湯から上がってきてやったんだ」

 だが捻じ込んだ。
 届く場所まで、己の拳を。  
 口元を歪ませ、ファフニールはティアを見据えた。




「ふ~む、田中では相手にもならなかたネ」

 予選会が終わり、まほら武道会の主催者である超鈴音は、薄暗い部屋で光るモニターを見ながら呟いた。
 モニターには少女の一撃で崩れ落ちる、超が設計したロボット兵器、T-ANK-α3、通称田中が崩れ落ちる姿が写っている。

「ティアマトー・ヒューズレイか。魔法世界では知れた名前だな。悪行善行含めて有名だが、まさかお前と同じ世界出身、しかもお前の記憶に出てきてた竜だとはな?」

 壁にもたれ掛かり、真名は頬杖をついているファフニールに視線を送る。

「ムカツク奴だが、正直言って、私は正面からは戦いたくない相手だな。勝算はあるのか?」

「ふん、あれこれ考えてから戦いに臨むのは人間くらいだろ。勝算なんざ戦ってる内に転がってるもんなんだよ」

 因縁の相手との戦いの前にさえ、まったくいつも通りに振舞うファフニールに、真名は苦笑する。

「勝ち負けに関してはファフニールに任せるヨ。印象に残るよう、ド派手に戦ってもらえれば、ネ」

「一般人にとっちゃ、派手になるんじゃねぇか? 死人が出るかもしれねぇけどな」

 そんなファフニール冗談とも取れない言葉に、超は困ったように笑う。

 ――本戦第5試合、赤き邪竜と青き賢竜がぶつかり合う。
 







 あとがき

 どうも、ばきおです~
 今回も短めな話ですね(汗
 次は悩み所な話になりそう……
 感想、批評などございましたら、よろしくお願いします。
 管理人様、お体にはお気をつけください。
 でわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十七話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/02/09 16:37

 ――紅蓮の炎に抱かれる貴方に出会った時の衝撃を、何百年経った今でも覚えている――

 竜帝の子として生まれ、竜族の使命に従い生きていた。
 周りにいる竜達も、親である竜帝も、調停者として生きる事こそ一族の誇りであると信じていたからだ。
 そんな中に生まれ、育った私も使命を誇りと思って生きた。
 その生き方に僅かな疑問と自由という言葉に微かな羨望を抱きながら。
 人間と魔族の争い。
 それを必要以上に大きくさせない為に、私達は常に目を光らせていた。
 次元を操るなんて反則めいた力を持つ竜帝には及ばないが、それでも竜族のなかで私は抜きんでた力を持っていただろう。

 いつからだ?

 それを堪らなく退屈だと感じ始めたのは。

 私の力はなんの為にある?

 何の為に、強い力を持って生まれた?

 そんな疑問を周りの者に聞いても答えは決まっている。
 調停者としての使命を全うする為だ。
 僅かな疑問は膨れ上がり、私の心はグチャグチャに混乱していった。

 そんな時だ。

 同じ竜族でありながら、群れに帰すことを良しとせず、あまつさえ同族を殺めたという愚者の話を聞いたのは。
 この者なら私の疑問を解消してくれるのではないか?
 私では思いつかないような答えをくれるのではないか?
 会ってみたい。
 願望に従い、愚者を討伐するという竜族に同行した。
 初めて見た貴方は若かった。
 竜族の中では若い私よりも。

 それでも、私は魅入られた。

 凶暴で粗暴な蒼穹の瞳に。

 空間を焦がすような破壊的な炎に。

 なんの躊躇いも迷いもなく、その強大な力を振るう姿に。

 紅蓮の炎に抱かれる貴方を見た時、作られた私の世界は粉々に破壊された。
 初めて貴方と戦い、敗れた私の心は安堵で満たされた。
 何も疑問に思うことはないのだと。
 自分の使いたいように、その力を使えばいい。
 私の世界は、私が作っていけばいい。
 
 私は群れを抜けた。

 でも貴方のように強くない私は、世界に追われることは耐えられない。
 だから人間と魔族には知恵を貸していた。
 私の知恵を重宝がった両種族は、私を追い回すことはなかった。
 世界に害をなしている訳ではない、そう判断したのか竜族にも執拗に追われる事はなかった。

 いつしか私は青き賢竜と呼ばれていた。

 するとどうだろう?
 私が知恵を貸した者達は、私の思い通りに動いていた。
 私が予想をした通りに、世界は動いていた。
 それは意図したものではなかったが、とても面白いことだった。
 でも、貴方だけは思い通りにならない。

 それはとても、そう、とても楽しいことだった。

 だから何度も、何度も、何度も、私は貴方の前に立ち塞がった。
 私という存在を貴方に刻む為に。
 やがて私を見る貴方の眼は、有象無象を見るのではなく、私という敵を見る眼に変わった。
 
 どんなに嬉しかっただろう。

 身震いというものを初めて経験した。
 貴方の心に、私の居場所を作ったのだから。
 あぁ、そうだ。
 
 私は貴方を愛している。

 愛し方など知らない。
 愛され方などわからない。

 人間達のように抱き合ったり、唇を重ねたり、支えあったりすればいいの?
 魅力的な考えだ。
 竜の体では叶わずとも、今の体ならば可能だろう。
 だけど、貴方は絶対に望まないでしょう?
 愛なんてもの、貴方が理解する筈ないもの。
 だから私も望まない。

 私はただ、どんな形でも、私という個を貴方に見てもらえるなら、それでいい。




 舞台の上に佇む一人の少女を楓とエヴァ、チャチャゼロが見据えていた。

「おぉ、刹那。古の具合は?」

 そこに刹那が駆け寄ってくる。

「腕の骨折で次に試合は出れないらしい。今はお嬢様の治療を受けている」

 第四試合でからくも真名に勝利した古だったが、その最中に腕を折ってしまったのだ。
 ちなみに楓は苦戦なく一回戦を突破している。
 やがて、ファフニールも舞台に上がり、ティアと対峙する。
 その眼はひたすらに敵を見据え、対するティアは、軽く笑みを浮かべていた。

「……珍しいでござるな。あそこまで敵意を剥き出しにするのは」

 ファフニールの様子に楓は少し驚いていた。
 敵を作る事が多いファフニールだが、彼自身が敵意を向ける事はそうそう無い。
 向かってくるからただ相手をするだけ、というのがファフニールの態度だという事を楓は知っている。

「昔からの敵らしいからな。あいつにとって特別な相手なんだろう」

 楓はファフニールの事情は知らされていない。
 もちろんファフニールがただの子供で無い事は感づいているし、ファフニールと対峙している少女の正体にも気付いている。
 故にだろうか。楓には二人にどんな因縁があるかなど、想像がつかなかった。
 
「お喋りはそこまでにしとけ。始まるぞ」

 エヴァの言葉で、二人は舞台上へ顔向ける。

「子供同士と侮るなかれ! 拳一つで並み居る格闘家をなぎ倒したファフニール・ザナウィ選手! 対するはその愛らしいルックスと小悪魔のような笑顔で会場を虜にする美少女杖術使い、ティア・ウォータル選手! その実力は予選会で証明済みです!」

 和美の煽りに会場が盛り上がる。
 格闘技を見るようなものではなく、子供の試合を見守る柔らかい盛り上がり方だが。

「それでは、第5試合、ファイトォ!」

 和美の声が、マイクを通し会場全体に響き渡る。
 それと同時に百を超える水と氷の魔法の矢が、ティアの周りに現れる。

「ちゃんと楽しませてね?」

 言葉を発すると同時に、構えてすらいないファフニールへと魔法の矢が襲い掛かる。
 前方と左右から次々に打ち込まれ、発光と煙でファフニールの姿は隠れてしまう。
 ただけたたましい音だけが、目標への着弾を観客に知らせていた。

「無詠唱であの数を放つか」

 思わずエヴァが言葉を漏らした。
 一度ティアの戦いを見ているとはいえ、じっくりと観察していた訳ではない。
 改めてティアの戦いを見れば、彼女の出鱈目さがよくわかる。
 無詠唱で二種類の魔法の矢を同時に、しかも合わせて数は百以上。
 そんな芸当を平然としてのける魔法使いなど、エヴァの長い人生でも出会ったことが無い。

「……まだ終わりじゃないだろうッ」

 魔弾の雨に晒されるファフニールを見て、エヴァは苛立たしげに呟く。
 やがて魔弾は降り止み、あまりに非常識な光景を見せ付けられた会場は静寂に包まれる。
 舞台上には煙が立ち、その場所を刹那と楓は不安げに見つめていた。
 瞬間、赤い煌きが立ち上る煙を四散させる。
 しかし、そこにあるのはボロボロになった板だけ。肝心のファフニールの姿が無い。

「――温いなぁ。もう少し本気で撃てよ」

 ティアの背後で声が響く。
 少し驚いた表情でティアが振り向けば、赤い篭手を装着したファフニールが立っていた。
 あれだけの魔法の矢に晒されて尚、その体に傷は無い。

「随分と発光と煙が多いと思ったわ。全部打ち落としたのね」

 素直に関心したようにティアは口を開く。
 一般人には、いつファフニールが移動したかも見えなかっただろう。
 煙で視界が遮られていたとはいえ、ティアですらその姿を見失ったのだ。
 
「言っただろ? ぬるま湯から上がって来たってよ」

 動いたのはファフニールだった。
 一瞬で間合いを潰し、砲弾のような右の拳をティアへと放つ。
 それは当然のように当たらないが、避けた先にはもう一つの拳が迫る。
 ティアはそれすら避けて見せるが、距離が離せない。 
 ファフニールが作り出す拳の弾幕は、そう簡単に逃れる事を許さない。
 上下左右、拳の戻り際から来る後方からの拳撃。
 
 しかし、当たらない。
 
 神業のような棒捌きで拳を逸らし、最小限の動きで拳を避ける。
 彼女には見えていた。その鋭く風を斬る拳が。
 ティアの目からは余裕はあれど油断は消えていた。
 何十、何百の拳を裁ききり、慣れと飽きが来たティアが動く。
 放たれる拳の一つを受け流し、回転しながらファフニールの背後を取った。
 一瞬にして背中合わせになった両者。ティアはそのままファフニールの背中に向けて棒を突く。
 それを勘に従い、横に飛んで避けるファフニール。すぐさま向きを直し舞台に目を向けるが、ティアの姿が見当たらない。

「上かッ!?」
 
 空中から振り下ろされる鉄槌に気付き、転がるファフニール。
 どれ程の威力が秘められていたのか、棒が叩きつけられた床は砕かれ、ビリビリと振動がファフニールまで伝わってくる。
 急いでファフニールが立ち上がると、神速の突きが飛んでくる。
 なんとか篭手で防ぐが、体勢が不十分で吹っ飛ばされてしまう。
 着地すると同時に待っていたのは嵐のような突きだった。
 ファフニールにこれを完全に回避することは出来ない。
 ならばと篭手で致命傷を避け、その凶暴な嵐の中を突き進む。
 無数の掠り傷を負いながら、手の届く場所へ。
 だが繰り出す拳は空を切り、腕を絡め取られファフニールは空中へ投げ飛ばされる。
 逆さまになりながらも器用にティアの方へ体を向けるファフニール。
 追撃しようとするティアを止めたのは視界を覆うほどの火炎。
 ファフニールが吐き出す火炎もティアに届くことは叶わない。
 ティアが吐き出す吹雪に押し止められていたからだ。
 +と-の力の拮抗は長くは続かず、二人の間で爆ぜた。
 煙が風に流され、二人が再び対峙する。
 舞台の外では、和美が試合時間が半分を切った事を告げていた。
 
「この短期間でよくそこまで力をつけたわね。魔法球でも使った? まぁ、どうでもいいけどね」

 攻撃の手を休め、ティアが口を開く。嬉しそうに、物足りなさそうに。
 
「楽しくはあるけど、でもね、まだなの。まだ足りない。少しは取り戻したでしょう? 見せてよ、貴方の炎を」

 手に持った棒をファフニールへと向けるティア。
 一瞬の静けさが会場を包む。
 ファフニールが獰猛な笑みを浮かべた瞬間、紅蓮の炎がファフニールを包み込む。
 主を守るように、慈しむように渦巻く炎が轟々と空間を焦がす。

「言われねぇでも、そのつもりだよ」

 ティアに向かって伸びる炎の軌跡。何かがへし折れる音と共にティアが吹っ飛ばされた。
 それに追いつき尚も殴りつけるファフニール。繰り出される拳を真っ二つにへし折られた棒を重ねて防ぐが、衝撃を殺しきれずティアは床へ叩きつけられた。
 棒も砕け散り、完全に無防備になったティアに無慈悲な鉄槌が振り下ろされる。
 炎を纏ったそれはほぼ一瞬にして何十発と降り注ぐ。
 だが手ごたえに違和感を覚えたファフニールは手を止める。見ればその場にティアの姿は見当たらず、周りを見渡して見つけることが出来ない。
 舞台の周りにある池から、水飛沫を上げてティアが飛び出す。
 ファフニールに放たれる巨大な水球。凄まじい速度で迫るそれを危なげなく回避するファフニール。次々に撃ち出される水球に混じり接近するティア。
 新たに手に持った棒は大気を凍てつかせる冷気を纏い、炎を纏った拳と衝突する。
 その衝撃に耐えられず吹き飛んだのはファフニール。
 滑るように着地をするがその周りを尖った氷柱が取り囲んだ。
 舌打ちをしつつ、払うように腕を振るうとその軌道上に掌大の火球が出現する。
 氷柱とファフニールを巻き込んで爆発を起こし、黒煙が上がった。
 ファフニールに遅れて降りて来るティア。そこへ挟み込むように二つの火球が迫る。
 それを紙一重で飛んで避けるが、衝突した火球は一つに混ざりティアを猛追した。
 ティアは避けきれぬと悟ったのか、冷気を弾けさせて爆破の直撃を防ぐ。
 黒煙と白煙を抜け出る両者。
 より激しく空間を燃やし、より一層大気を凍てつかせながら。
 水と氷、そして炎の円舞曲。幻想的で美しく、怖気がする程凶暴な舞踏に会場中が見惚れていた。

「す、凄い……」

 いつの間にか刹那達の所へ戻ってきていたネギが呟いた。
 一緒に戻ってきたのであろうタカミチや小太郎、古も息を呑む。
 魔法使い同士の戦いとも違う。達人同士の戦いとも違うその戦いに。
 言うなれば洗練された野生の戦い。
 自分の上に立つことなど認めぬと、自分の域に来ることなど許さぬと。決して称え合う事のない戦い。
 
 ――赤き邪竜と青き賢竜の戦いがそこにあった。

 やがて円舞曲は終わりを迎えようとする。
 弾かれるように距離をとり、動きを止める二人。
 和美が試合時間の終わりを告げる為のカウントダウンに入っている。

「試合の結果はメール投票に任せちゃう? そうすれば、貴方にも勝ちが見えるかもよ?」

 所々に出血が見られるが、その傷が瞬く間に塞がっていく。
 障壁が意味を成さなくなるファフニールの炎の対抗策として、ティアは常に治癒魔法を掛けながら戦っていた。
 魔力こそ大きく消費しているが、ティアは余裕を崩さない。

「……はっ、本気で、言ってるのか?」

 対するファフニールは額から血を流し、大きく息を乱している。渦巻く炎の勢いも弱まっていた。
 それでもその不遜な態度が崩れることはない。

「まさか」

 薄い笑みを浮かべるティア。手に持つ棒が水で作られた螺旋に包まれる。
 ドリルのように凄まじく回転するそれをティアはファフニールへと向けた。
 それに応えるようにファフニールは掌へ炎を集める。
 現在出来うる限界まで圧縮した炎は、掌大の太陽のようだった。

「――ッ」

 合図があったわけではない。しかし、二人は同時に駆け出す。
 水の螺旋と小さな太陽がぶつかり、轟音と共に衝撃波が生まれた。
 
「流石、とでも言うべきかしらね? 封印も解かず、別方向からここまで力をつけるなんて」

 拮抗も余裕も崩さず、ティアが口を開く。
 
「でも、まだまだね。貴方も私も、こんなものじゃ無い筈だもの」

 徐々に、水の螺旋が太陽へと食い込んでいく。
 
「……まったくだ、クソッタレ」

 忌々しそうにファフニールが言葉を紡ぐ。
 太陽が食い破られると同時に試合終了が告げられる。
 だが螺旋は止まらない。ファフニールの胸へと届き、床を削り飛ばしながらエヴァ達の居る所まで、その体を吹っ飛ばした。
 









あとがき

どうも、ばきおです。
やっと、やっと、まともなバトルしてるファフニールが書けた(泣
負けたけど……
やはりバトル描写は難しいですね。本格的なバトル書いたのも久しぶりな気もするし(汗
感想、ご指摘がありましたらよろしくお願いします!
でわ!



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十八話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/03/11 18:02

「……ぐっ」

 ズキリ、と走る胸の痛みにファフニールは目を覚ます。
 ぼやけた視界が少しずつ定まり、やがて真っ白い天井を映し出す。

「し……言わない、言わないぞ、オレは」
 
 自然と口から出てきそうになった言葉を、なんとなく意地になり飲み込む。
 痛む胸に視線を向ければ、白い包帯が巻かれていた。
 どれ程眠っていたのかを確かめる為に、ファフニールは辺りを見渡す。

「何を言てるネ」

 ファフニールの目覚めを待っていたらしい超と目が合った。

「……こんなとこに居て平気なのかよ」

「直ぐに戻るヨ。客人も居るからネ」

 そう言って超は掌大の懐中時計、カシオペアをファフニールに見せる。
 この時計、超が作り出したタイムマシンらしい。時間指定に加え、座標指定まで出来るという優れものだ。
 これを使えばある程度の時間は気にしなくてもいいという事なのだろう。
 ちなみに超はこれと同型の物をネギにも渡していた。

「それより具合は大丈夫かネ? 派手にやられたようだたが」

「うるせぇ。安心しろ祭りへの支障はねぇ」

 やられた、という言葉が気に入らなかったのか、超を軽く睨むファフニール。
 
「フム、それなら安心ネ。まぁ、この大会中はゆっくり休むといいネ」

 睨まれた事に苦笑し、超はカシオペアを起動させる。

「それと、ナイスな仕事ぶりだたヨ、ファフニール」

 ウインクをしながらそんな言葉を残し、超の姿は消えた。

「フン」

 別に超の計画の為にティアマトーと戦った訳ではない。結果的に超の都合が良い様に事が運ばれただけの話だ。

「なんだ、目を覚ましていたのか」
 
 そこへ刹那がやってくる。割りと元気そうなファフニールを見て、刹那は安堵の表情を浮かべた。
 超が訪れていた事には気付いていないらしい。

「……なんだその格好」

 そんな刹那の姿を見て、ファフニールは怪訝な顔をする。
 それも無理はない。今の刹那の姿はファフニールの試合前に来ていたセーラー服ではなく、下ろした髪にネコミミ、着物とメイド服を合わせたような服。つまり、普段の刹那からは想像出来ないような格好だったからだ。

「い、いやこれは明日菜さんとの試合で何故か着せられて。そ、それより傷は大丈夫か? お嬢様が治癒魔法をかけたから深くはない筈だが」

「特に問題はねぇ。試合の方はどうなった?」

 実際には波打つような痛みが続いているが、ファフニールがそんな事を言う筈がない。

「あぁ、お前の勝ち負けはメール投票になったんだが、その僅差で、な」

 ファフニールの言葉を信じたのか、刹那は容態に関してそれ以上聞くことはなかった。
 質問には言葉を詰まらせる刹那を見れば、結果は簡単に予想出来る。
 
「ふん、つまんねぇ気ぃ遣ってんじゃねぇよ、気色悪い」

 折角の気遣いを無駄にされた刹那だったが、特に気にした様子は無い。
 ちなみに、ネギはタカミチに辛勝、刹那は明日菜と試合をして勝利を収め、エヴァも快勝している。小太郎はあえなく敗退してしまったが。
 
「もうすぐネギ先生とティアマトーの試合なんだが、お前も見に行くか?」

 時計を見て、刹那はファフニールを誘う。

「……わかりきったもん見てもしょうがねぇ。もう少し休む」

「確かにな。言い難いがネギ先生ではあの女には……」

 ティアマトーはネギよりも、そして刹那よりも遥か高みに位置する実力者だ。
 格上であるタカミチに勝ったとは言っても、それは勝たせてもらったという言葉に等しい内容だった。
 どれだけ強くなったか、成長したか。あくまでもネギを思いタカミチは戦っていた。
 だがティアマトーは違う。彼女にはそんなものは関係無い。
 刹那にはティアマトーに嬲られるネギの姿しか想像出来ない。

「まだまだ判ってねぇな、あいつの事」
 
 顔を顰める刹那を見て、ファフニールは鼻で笑ってみせる。
 どうやらファフニールの予想は刹那とは違うらしい。

「ネギ先生が勝てる、と?」

「まさか、理詰めで賢竜に勝てる奴はいねぇ。100手先まで読める戦いなんざなんの面白みもねぇからな。少しやって小僧に飽きて試合放棄ってとこだろ」

 馬鹿な、と刹那は否定しようとするが、相手はあの超がつく快楽主義者だ。一度つまらないと思えばさっさと手を引く姿は想像に難くない。
 
「よく、理解しているんだな、あの女の事」

 そんなティアマトーの行動を早々に予想するファフニールに刹那は、少し口を尖らせた。

「うぜぇ事に付き合いだけは長いからな。数えるのも面倒くせぇ程戦ってきたし、あいつがどんな事をしてきたのかも見てきた。こんくらいの予想は簡単に出来る」

 ファフニールはティアマトーの事は判っても、刹那の変化には気付かない。
 刹那は少しイラついた様子でベットの横に備えてある椅子に腰を下ろす。
 
「……なんだよ、観戦に行くんじゃなかったのか?」

「私の試合まで時間があるし、ネギ先生の所にはお嬢様がついているからな。此処に居ては迷惑か?」

 ジロ、っと軽く睨まれるファフニールだったが、彼には何故睨まれるのか判らなかった。
 溜息をついて、ファフニールは黙る。好きにしろ、ということなのだろう。
 いつも通りのファフニールに安心したのか、刹那は溜息と共に小さく笑った。
 それと同時に不安もこみ上げて来る。この世界で初めてティアマトーと戦った後の事を思い出すからだ。
 荒れる、という事はなかった。ただ、ファフニールはとことん自分を追い詰めた。
 一人でする事が多かった修行に刹那達を付き合わせ、たまに来る学園の侵入者にはこれ幸いとばかりに襲い掛かる。
 エヴァの別荘ではエンテイノキオクを使いこなす為にかなりの無理をしていた。
 木乃香という完全治癒の力を持つ術者が居なければ、今頃ファフニールがどうなっていたか判らない。
 この一ヶ月、別荘での時間を入れれば四ヶ月以上もの間、文字通り血反吐を吐きながらファフニールは修行を重ねてきた。
 木乃香がいくら止めようとしても、刹那がいくら窘めようとしても、止まることはなかった。
 そして今、また同じ相手に負けたのだ。
 また同じような無茶な修行を重ねるのか。それ以上の事をするのか。刹那には判らない。
 ただ、ファフニールが自分の手の届かない所へ行ってしまいそうで刹那は怖かった。






「ハァ、ハァ」

 ティアマトーとネギの試合が始まって約5分。ネギの顔には恐怖が張り付いていた。
 特別傷を負っている訳ではない。どうしても対処出来ない攻撃をされた訳でもない。
 この5分でネギは持ちうる全ての引き出しを開けさせられ、その全てを完封されただけ。
 練り上げた戦略が、奇襲が、閃きが、全ての行動が読まれた。まるでティアマトーに操られているかのように。
 後はもう我武者羅に突っ込み、ラッキーパンチに縋る他はない。

「ねぇ、もう終わりなの? なんか切り札とかないの? 人間ってそういうの好きじゃない。周りの目が気になるなら大丈夫よ、きっとCGだと思ってくれるって!」

 かなり適当な事をにこやかに言っているティアマトーだが、ネギにはそれすら相手の戦術かと思えてしまう。ネギの思考は泥沼に嵌ってしまっていた。
 ネギは頭が良い。10歳という年齢を考えれば破格と言ってもいい程の頭脳を持っている。
 頭脳だけではない。魔法を操る才能、類稀なる戦闘センス。全ての面で天才と言う言葉が相応しいレベルで備わっている。そしてそれに溺れる事なく努力も積んできた。
 だからこそか、よぎってしまう。我武者羅な特攻さえも読みきられてしまうのではないかと。
 その考えがよぎってしまったら、もう身体は動かない。頭の中では様々な戦略が練られるが、その全てを却下されてしまう。
 ただ淡々と、作業のように勝てる見込みを削られ、勝てないという意識を心に刻み込まれる。
 その薄ら寒い感覚は、ネギが経験したことのない類の恐怖だった。
 
「……つまらないなぁ。もう詰みなんだ」

 ティアマトーの表情からネギへの興味が消え失せる。

「こ、これはどういう事だぁ! ティア選手が舞台から降りてしまいました! カウント取っちゃうぞ~!」

 突然のティアマトーの行動にネギと観客は呆気に取られた。

「これ以上は面白味無さそうだし、私は降りるわ~」

 ヒラヒラと手を振りティアマトーは去っていく。

「……まさかの試合放棄ーーーー! 一体何があったのでしょうか! 圧倒的有利に試合を進めていたティア選手、突然の試合放棄です! よってこの勝負はネギ選手の勝利になります!」

 和美がネギの手を挙げて、勝利を宣言する。そしてそれと同時に観客からブーイングが起こった。

「試合放棄なんて認めるなぁー!」

「白けちまうだろうが!」

「試合見せろぉー!」

「もっと幼女を見せろぉー!」

「危険ですので物を投げないでくださ~い!」

 紙コップやら危ない罵声が飛び交う中、ネギは少し青い顔をして明日菜達の所まで戻ってきた。

「だ、大丈夫? 顔色悪いわよ」

「あ、はい大丈夫です。特にダメージを受けた訳ではないので」

 心配する明日菜にネギは笑って見せる。
 無理しているのは明白だが、深刻なほどでは無い。深刻になる前に終わらせてもらったのだ。

「ぼーや。今の戦い、忘れるなよ。お前のようなタイプには参考になるものだっただろ。それと負け戦とはいえ試合には勝ったんだ。気持ちを切り替えろ」
 
 そんな弟子の落ち込む心をエヴァが引き上げる。
 弟子に取る時こそ文句は言っていたが、中々良い師匠をしているらしい。
 師匠の言葉にネギは頷いて、ざわめく心を落ち着かせた。

「な? オレの言った通りだろ?」

 そこへ和美の実況を聞いた刹那とファフニールが救護室から戻ってきた。
 次の試合が刹那とエヴァの試合の為だからだろう。

「あんな予想が的中するなんて……」
 
 ファフニールの言葉に刹那は呆れた顔をする。
 戻ってきたファフニールに明日菜が声を掛けようとした瞬間、何かが猛烈な勢いでファフニールに突撃した。

「無事だったのねぇファフニール! 良かった~!」

 飛び込んできたのはファフニールを救護室送りにした張本人だった。
 その姿を見たネギが一瞬震えたように見えたのは、明日菜の気のせいか。
 ティアマトーはさも心配していたかのような態度でファフニールに抱きつき、グリグリとその胸に自身の顔を擦り付ける。

「て、てめぇ、ブッ殺ス……」

 息も絶え絶えにファフニールは声を絞り出す。
 治療されたとはいえ完全には塞がっていない傷を力いっぱい擦られれば、こうなるのも仕方が無い。
 しかも相手は傷を負わせた張本人。つまりはわざとやっているのだろう。

「は、離れろ貴様!」

 慌てて刹那がファフニールからティアマトーを引き剥がす。

「えぇ~、大丈夫よ、このくらい。あ、それとも――」

 ニヤリ、とティアマトーは厭らしい笑みを浮かべた。

「私が抱きついた事が気に入らないの?」

「な、ば、ば、馬鹿な、そんな訳あるか! き、傷が心配だっただけだ!」

 顔を赤らめながら刹那はティアマトーの言葉を否定する。
 慌てふためく刹那を見て、ティアマトーは意地の悪い笑みを濃くしていく。

「ふ~ん、でもトドメ差したのは貴方みたいよ?」

「へ?」

 呆けた顔でティアマトーの指差す方向に目を向けるとピクピクと痙攣して倒れてるファフニールの姿。
 どうやら引き剥がす時にしっかりと傷口に手を当ててしまったらしい。
 刹那は慌ててファフニールを抱き起こし、その様子を見てティアマトーは大笑いしている。

「……フン」

 その慌ただしい光景をエヴァは何処か冷めた目で見つめていた。








 あとがき
 どうも、ばきおです。
 更新が遅れて申し訳ないです(汗
 今回の話は傷口をグリグリされると痛いぞ、というお話でした。
 ご感想、批評などがあったら書いてくれると幸いです。
 でわ~



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第二十九話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/06/09 01:57
2回戦最終試合を行う為、刹那とエヴァが舞台へと向かう。

「修学旅行以来、神楽坂明日菜や近衛木乃香と仲良くなったものだな」

「え、はぁ……」
 
 その短い道中、エヴァが至極つまらなさそうに刹那に声を掛ける。

「特に、ファフニールとは随分距離を縮めたな。いやお前から近寄っていったのか。惚れたのか? あの愚者に」

「んなっ!?」

 エヴァの言葉に動揺したのか、刹那は階段に足を引っ掛け、盛大にこけた。
 刹那の間抜けな姿に会場が笑いに包まれる。
 
「いっ、な、な、何を言ってるんですか、いきなり!?」

 刹那の反応を見たエヴァは、つまらなそうな表情から一転、愉快気に口元を歪ませる。

「ククク、そうかそうか。まぁ、気持ちはわからなくもない」

「え?」

 エヴァの口から発せられた以外な言葉に、刹那は打ちつけた額を押さえながら固まった。

「本気で来い、刹那。少し、苛めてやる」

 そんな言葉を残し、エヴァは刹那に顔を向けることなく舞台の中央へと歩み出る。
 言葉の意図がわからぬまま、舞台の中央でエヴァと対峙する刹那。

「2回戦最終試合、マクダウェル選手対桜咲選手! この試合の勝者が学園最強ベスト4最後の席を埋める事になります!」

 ちらり、と刹那は選手席にいるファフニールを見る。
 そこには元の姿に戻ったティアマトーに抱きつかれたり、傷口をつつかれたりとちょっかいを出され、それをうざそうにあしらうファフニールの姿。
 その光景に心がざわつくが、刹那にはこれがファフニールに異性としての好意を抱いているからなのかがわからない。
 ただ、ファフニールからティアマトーを引き離したいという気持ちがあるのは事実だった。

「私を相手に余所見とは、いくらなんでも緩みすぎではないか?」

 耳元に響くエヴァの声。
 それを聞いた時には、刹那は受身も取れず床へと叩きつけられていた。

「がは!」

 背中に鈍い痛みが走り、息が詰まる。
 それでも立ち上がろうと床に手をつく刹那だが、その手が何かに引っ張られ再び床に額を打ち付けてしまう。
 刹那が引っ張られた手を見ると、そこには極細の糸が絡み付いていた。
 おそらく観客や実況の朝倉にも見えてはいないだろう。
 それが刹那の手足を縛りつけ、身体の自由を奪う。

「人形使いの技能さ。魔力があれば周囲3km、300体の人形を操れる。今の状態じゃ児戯に等しいがな。それでも、試合でなければお前はここで死んでいた」

 キリキリと糸で刹那を締め付けていくエヴァ。
 苦しげな声が刹那の口からこぼれる。

「そんな様で、大切なお嬢様を守れるのか?」

「ッ!?」

 エヴァの言葉で緩んでいた気を引き締め、自身に絡みつく糸を断ち切る刹那。
 その勢いのまま、気で強化したモップをエヴァに振るう。
 しかし、その動きを読んでいたかのように、エヴァは手に持った鉄扇で刹那の攻撃を受け止め、腕を極めながら刹那を床に叩き付けた。
 魔力や気で身体能力を強化している訳ではない。
 弛まぬ鍛錬、悠久の研鑽、確かな経験、それらが完璧に融合したエヴァの純粋なる体術。合気柔術。
 魔力を封じられようとも、エヴァンジェリンは確かに、一つの到達点に立っていた。

「くッ!」

 極められた腕を外し、再度エヴァに攻撃を仕掛ける刹那だが、その悉くをいなされ、逆に投げられてしまう。

「ふん、何故奥義を使わぬ? 使われれば私とて無事では済まん。いや、以前のお前ならば奥義など使わずとも今の私程度なら倒せた筈だ」

 糸で刹那を宙に縫いつけ、言葉で攻め立てるエヴァ。

「幸せか? 大切なお嬢様と和解して。新たな友を得て。特別な存在が出来て」

 エヴァの言葉に刹那は最近の自分を思い返す。
 木乃香や明日菜と笑いあったり、ファフニールの言動にやきもきしてみたり。
 それは以前の自分には考えられないことだった。
 ただ自分が気付かなかっただけで、エヴァの言うとおり、刹那は幸せだったのだ。

「幸せになっては、いけないでしょうか?」

「いかんとは言わん。が、それに浸りきった結果がこのザマだ。イラつくよ、今のお前を見ていると」

 エヴァは蔑むような視線を刹那に送る。

「私と同じ人外、いや貴様は半分だったか。それが、人並みの幸せを手に入れられると思っているのか? 忌み嫌われるものが? クク、御笑い種だ。お前のその翼“白かった”な? その髪はどうした、染めたのか? 瞳はカラーコンタクトか?」

 ズキリ、と隠している筈の刹那の翼が痛む。
 口の中は乾き、唾がうまく飲み込めない。
 冷たい汗が止まらない。

“なんでみんなウチを嫌うん? 何も悪い事なんてしてないのに! ……羽が白いのがダメなん? 髪も目も皆と色が違うから嫌われるん?”

 刹那の頭の中に幼い子供の声が聞こえた。

“……いらない……いらない……いらない、いらない、いらない! こんな羽、ウチは、いらないッ!”

 やがてそれは、悲鳴を上げるかのように声を荒げ、同時に何かを引きちぎるような、不気味な音が響く。

「あ、ぐっ」

 涙を溜め、乱れる呼吸をなんとか整えようとする刹那。
 そんな刹那の姿を見て、エヴァは口元を吊り上げる。

「ん? なんだ、傷口にでも触れたか? 脆いもの」

「くぉらぁーっ! こぉのバカエヴァちんッ!」

 さらに刹那を追い込もうとするエヴァの言葉が、舞台外からの大声にかき消される。

「それ以上なんか言ったら、ブッ飛ばすわよッ! ちょっとでもいい奴じゃんって思った私がバカだったわ! あんたやっぱ大悪人よッ!」

 会場の喧騒をかき消すほどの怒号を上げているのは明日菜だった。
 怒鳴るだけでは足りないのか、舞台上へ上がろうとする所をネギが必死に抑えている。

「ち、外野がうるさいな」

 ギャーギャー騒いでいる明日菜を横目に、エヴァは溜息をつく。

「私の目を見ろ、刹那」

「え?」

 エヴァと刹那の視線が交わると、二人は目を見開いたまま動きを止めてしまった。
 
「これはどういう事でしょう? 両者ピタリと動きを止めました」 

 会場もその様子を見て、どよめき始める。

「フン、幻想空間か。好きだなアイツも」

 状況を飲み込めない会場とは逆に、ファフニールはエヴァが何をしているのかを理解していた。
 自身も同じように、過去に幻想空間でエヴァと戦っているからだろう。

「セツナちゃんがどう苛められるのか、問題はそこよね。私、ちょっと見てくるね」

 ティアマトーも状況を把握しているのだろう。まるで散歩でも行くかのように足元に魔方陣を出現させる。

「おい、オレも連れてけ」

「んじゃ私に抱きついて」

「陣の中に入ればいいんだな?」

 何か言っているティアマトーを無視して、ファフニールは魔法陣の中へ入る。

「あ、ウチも行く~!」

 そこに親友の様子を心配した木乃香も便乗してきた。

「じゃ、夢の世界へごあんな~い!」

 三人が立っている魔法陣が淡く光りだし、景色が歪んでいく。

「おぉ~、夢見の魔法とは違うんやな~」

 歪む景色とゆっくり構築されていく新しい景色を見ながら、木乃香は感心していた。
 歪みが収まると、三人は空の上に立っていた。
 目の前に広がる景色も一変している。

「あれ、ここって……」

 見覚えのある景色に木乃香は辺りは見渡す。

「エヴァちゃんの別荘?」








「……ここは?」

 エヴァと目を合わせた瞬間、刹那の視界が暗転し、気がつくと見慣れた場所に立っていた。
 ファフニールや木乃香に付き合って、刹那も通い詰めていたエヴァンジェリンの別荘。
 見れば刹那の服も烏族の衣装に変わり、手に持った得物はモップから愛刀である夕凪に入れ替わっている。

「白い翼は、タブーとして遠ざけられたそうだな? どんな幼少期を送ったか、容易に想像がつくよ」
 
 突然の出来事に戸惑っている刹那の前に、マントを羽織ったエヴァが現れた。
 
「さぁ、貴様の為にこの場を用意してやったぞ? 余興に過ぎぬとは言え、ここなら人目を気にする事は無い。全力で来るがいい!」

 エヴァの掌に冷気が集束させながら、口元を歪ませる。

「もっとも、ここまでは呪いは届かん。故に、私も全力で行かせてもらうがな?」

「エヴァンジェリンさん……あなたにとってはおそらく塵にも等しい私のような者に、何故ここまで?」

 刹那は身構えながら、疑問を口にする。
 その疑問を聞いた瞬間、エヴァの表情は戯れのそれから、何処か自嘲するような笑みへと変わった。

「……私はな、割りとお前が気に入っている。生まれと鬱屈した立場からくる、触れれば切れる抜き身の刀の様な佇まい。そして、生まれながらに不幸を背負ったお前には、共感を覚える――!」

 言葉を紡ぎ終わる前にエヴァは空を蹴り、刹那に肉薄する。
 振るった腕は刹那に当たることは無かったが、塔の屋上を吹き飛ばし、その衝撃で刹那も宙に放り出される。
 瓦礫が飛び交う中、背後からの気配を察知して、咄嗟にエヴァの一撃を防ぐ刹那。

「それがタダの人間に成り果て、その高い才能を減じてしまう事を惜しく思うのは当然!」

 吹っ飛ばされた所を更に追撃され、刹那は瓦礫の嵐の中から飛び出る。
 一瞬交差したエヴァの眼を見て、彼女が本気で自分の命を取りに来ている事を刹那は悟った。
 半ば反射的にその純白の翼を広げ、刹那は臨戦態勢をとる。

「――そう思っていた」

 しかし、そんなものは関係無いとばかりに刹那の眼前にはエヴァの掌があり、そこから発せられる衝撃波によって刹那は遥か下方の海に叩きつけられた。

「今はな、ただイラつくんだよ。一時の幸せに浸り、中途半端な想いを抱く貴様に、そんな事で本気でイラついている私自身に――ッ!」

 頭上に掲げる手。そこへ膨大な量の水が氷へと変化し、巨大な氷球と成る。

「そう、これはただの八つ当たりだ。天災にでも遭ったと思って」

 人一人圧殺するには十分すぎる質量を持ったソレは。

「付き合え、刹那」

 無慈悲に、刹那の元へ墜落していく。
 轟音を響かせ、高波を立てて着水した氷球だったが、縦に割れそこから刹那が飛び出した。
 その勢いのままエヴァを斬りつける。それは片手間程度に張られた障壁に遮られるが、刹那も慌てる事はない。

「そのイラつきに、ファフニールが関係しているのですか?」

「……なぁ刹那、貴様と近衛木乃香や龍宮真名は、あの記憶を見てから、ファフニールをなるべく独りにしないようにしていただろう。アイツの生い立ちを不幸に思ったか、多少なりとも変わって欲しかったのかは知らんが」

 鍔迫り合いのような形で話しながらも、お互い力を緩めることはない。

「エヴァンジェリンさんは何も思わなかったのですか?」

「思ったさ。アイツと私はほぼ同じ年月を生きている。いや私の方が少し年上か? だからこそ、アイツがどれ程凄まじい道を歩いてきたか、お前達よりも理解しているつもりさ」

 やがて力の拮抗は崩れ、二人は弾かれるように距離を取る。

「だが私はお前達のように、アイツの生い立ちを不幸に思うことはあっても、変わって欲しいとは思わん。アイツはアイツのまま変わらぬ信念を貫けばいい」

「ッ! 何故ですか! あんな生き方、悲しいだけではないですか! 誰の理解も得られず、全ての敵として朽ち行く生き方なんてッ!」

 感情のままにエヴァに迫り、刹那は夕凪を振るう。
 尋常ではない速度振るわれる剣をエヴァは難なく避けていく。

「フン、だから絆でも築こうとでも言うのか? 今のアイツならソレが可能だと? 浅はかだな。確かに絆は築けよう。いや、もうソレはあるのかもしれん。だが――」

 振るわれる剣を掻い潜り、エヴァは刹那の細い首を掴み、そのまま塔の側壁へと叩きつけた。
 ギリギリと首を絞めつけられ、同時に壁に押し付けられる圧迫感に刹那は苦悶の声を上げる。

「――アイツがいつまでも、ここに留まっていると思うのか?」

「っ!?」

 意識が飛ぶ前に夕凪にありったけの気を籠めてエヴァ目掛け振るう刹那。
 ソレを避ける為、再びエヴァは刹那と距離を取る。

「近い内に、アイツはここを離れるだろうさ。お前らとの絆も何もかもを置き去りにしてな」

「グッ、そ、それは」

「最近のファフニールを見ていればわかるさ。言っていただろう“微温湯に浸かりすぎた”と。アイツは口にも態度にも出さんが、ここでの生活は居心地が良かったんだろう。だが、その微温湯から上がった。つまりはそういう事だ。なんの為にか、判るか?」

 エヴァの言葉に刹那は呆然としてしまう。
 刹那が無意識に目を逸らしてきた考え。それを言い当てられてしまった。
 ファフニールが自分の手の届かぬ場所へ行ってしまう。
 ティアマトーに敗北した事が、刹那が考えるよりも、ファフニールにとって重いものだったのか。
 それは、否。

「……神。再び、神に挑もうというのですか。ファフニールは」

 ティアマトーとの事は切欠に過ぎない。
 力を、姿を奪い、異世界へと飛ばしたその借りを、ファフニールが放っておく筈がない。

「ば、馬鹿げてる。あんな存在に勝てる訳がない。ドラゴンの時ですら届かなかったのに」

「だからアイツは力を取り戻そうとしているんだろ? それにアイツにとって届くか届かないかなど関係ないみたいだしな」

 エヴァの上空から神殿の柱の如く巨大な氷柱が無数に現れる。
 それが一斉に刹那目掛け疾走する。
 糸を縫うかのような動きで全てを避けて見せる刹那。

「貴様に出来るのか? そんなネジが吹っ飛んでるような輩と共に居ることが。しかも、他人を守りながら」

「ッ!? グッ!」

 エヴァの手に集まった冷気は、五本の剣と化す。
 膨大な魔力を秘めたそれに、刹那は独鈷を用いた強固な結界術で対抗する。

「――私になら出来るッ! その為の力が、想いが私にはあるからなっ!」

 轟くエヴァの怒声と塔が崩れる轟音。
 結界のおかげで直撃は避けたものの、刹那は大きなダメージを負ってしまう。
 だがエヴァの攻撃はまだ終わらない。
 
「私は見届けたい、アイツの終焉を! 悠久を生きる事、その答えの一つを!」

 傷を負った刹那へ容赦なく降り注ぐ魔法の矢。
 辛うじて切り払い、回避するが、さすがに全ては捌ききれない。

「アイツなら、その答えに辿り着く! その確信がある! だが――」

 魔法の矢を捌く刹那に向け、エヴァは再び巨大な氷球を落とす。
 一つだけではなく、次々に作り出しては、それを刹那へと投げつける。
 まるで、子供が駄々をこねるかのように。

「 15年――どんなに足掻いても、どうにも出来なかったこの鎖が、それを許さんのだぁぁッ!」

 特大の氷球を落とし、とりあえずエヴァの猛攻が止んだ。
 海は波立ち、聳え立つ塔は半壊し瓦礫が舞う。
 額から血を流し、肩で息をする満身創痍の刹那が空中に舞い戻り、エヴァと対峙する。

「お前のお嬢様を守る事に関しては何も言わん。だが、ファフニールの事に関しては諦めろ、刹那。簡単なことだろう? アイツから離れ、神楽坂明日菜や近衛木乃香達と仲良く暮らしていけばいい。アイツとの付き合いだって短いんだ、いずれ忘れる事も出来るだろうさ」

「クッ……」

 エヴァの真っ直ぐな眼差しに刹那は言葉に詰まる。
 エヴァは刹那を試している訳ではない。ただ純粋に、諦める事を勧めているのだ。
 彼女の言っている事は正しい。木乃香を守るのなら、危険を引き寄せるファフニールは傍に居ないほうが良い。
 明日菜やネギ達と共に居るほうが楽しく過ごせるだろう。
 わざわざファフニールを気にかける必要は無い。
 だが、刹那がその考えを受け入れようとすると、キリキリと心臓を締め付けられる。
 今にも泣き出しそうな表情の刹那を、エヴァは無表情で見つめている。

「――!?」

 葛藤する刹那の視界に入ってきたのは、ネギと明日菜の思念体。
 そして魔法陣の上に乗るティアマトーと木乃香、ファフニールの姿。

「――あ」

 ファフニールの姿を見た瞬間、一筋の涙が、頬を伝う。

“なんでみんな、ウチを嫌うん?”

 刹那は知っていた。

“いつか誰かに自分が理解されるなんて思ってもねぇ”
 
 世界に誰一人、自分を受け入れてくる者が居ない苦しみ、悲しみを。

“キレーな羽……なんや、天使みたいやなぁ”
 
 刹那は知っていた。

“ファフニール君は、この世界でも同じような事を起こすつもりなんですか?”

 たった一人でも、自分を理解してくる者が居てくれる事が、どれだけの救いになるのかを。

「……京都で、ファフニールに言われました。“泣きそうな面して逃げ出すくらいなら、その面のまま踏ん張って足掻き続ける方がマシだ”と。その通りでした。あの時逃げ出さなかったおかげで、貴方の言う幸せを私は噛み締める事が出来ました」

 俯く刹那の表情をエヴァが知る事は出来ない。
 
「エヴァンジェリンさん、貴方の言う通りです。貴方やファフニールに比べて、私は力も想いも中途半端で、自分の心も良くわかっていない未熟者です」

 だが、刹那の小柄な身体に気が満ちていくのを感じる事は出来た。

「きっと、守ると誓ったこのちゃんよりも私は弱いのかもしれません。でも、だからこそ、私はあの二人に諦める姿は見せたくない」

 顔を上げ、真っ直ぐにエヴァを見据える刹那に、最早迷いは見られない。

「このちゃんを守ると誓いました。ファフニールに変わってもらうと決めました。それが今出せる、私の答えです」

 答えを出そうとも、絶体絶命の状況に変わりはない。
 しかし、それでも刹那は笑った。

「……本当に、イラつくよ。お前を見ていると」

 言葉とは裏腹に、エヴァも笑う。
 そこには嘲りも自嘲もない。
 
「証明してみせろ。その答えが本物である事を。己が力を以って――!」

 触れれば、この世に留まる事を許さぬ断罪の剣。

「――いきます!」

 神鳴る剣が生み出す、雷光の一撃。











 それぞれの思いを乗せたその刃は、見るもの全てが息を呑む程に











 ただ、只管に












 美しかった









 あとがき

 ダレモイナイ。トウコウスルナライマノウチ。
 お久しぶりです。ばきおです。
 またまたまたまた、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
 富樫病にかかってしまったようです(泣
 次回はもう少し早く更新できるよう、頑張りますのでご容赦を(泣
 感想、批評などあれば、お願いします!
 でわ~
 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第三十話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/10/15 00:49
「”天災にあったと思って、付き合え刹那”だってさ~」

 場所は先程ファフニールは世話になっていた救護室。
 刹那との試合で負傷して、ベッドに腰掛けるエヴァをネギ達が取り囲んでいる。
 その中の一人が可笑しくて堪らない、と笑っていた。

「揚句に肋折られちゃうとか、ップ、クク、ほんと面白いわ~、お嬢ちゃん」

「おい、誰だコレをここに入れたのは」

 エヴァに対してそんな行動を取る者は一人くらいしかいないだろう。
 青筋を立てたエヴァに睨みつけられても、ティアマトーの笑みは消えそうにない。

「いずれ永遠に黙らせるから、今は放っておけ。それより、さっきの戦いで生まれつき不幸を背負った刹那に共感を覚える、とか言ってたな。どういうことだ?」

「ム、変な所に食いつくな、お前は。もっと他にあっただろうが」

 取りあえずティアマトーは無視する方向で話を振るファフニールに、エヴァは呆れたような溜息をつく。

「私も色々言いたい所ですが、そこは私も気になっていました。あなたも不幸を背負っていた、ということなんですか?」

 エヴァと同じように呆れた目つきでファフニールを一瞥する刹那。

「ウチも気になるなぁ~。エヴァちゃんの過去」

 今現在、エヴァを師事している木乃香も彼女がどういう道を歩んできたのか気になっていたらしい。
 
「くだらんな、話は終わりだ、とっとと出て行け、ガキ共」

 三人から顔を背け、シッシと手を振るエヴァだったが、それで出て行くような輩はこの場にはいない。

「そうはいかないわよ。 エヴァちゃんがさっき言った事、許してないんだからね! それを聞かないことには納得いかないわ」

 言い逃げはさせない、と明日菜がエヴァに言い寄ると、ネギもそれに便乗してくる。

「敗者は勝者の言う事を聞かないとねぇ。ねぇ、セツナちゃん、貴方も聞きたいわよね? この子の昔話」

「……そうですね。試合は私が勝ったんですから、昔話くらい」

 勝負の勝ち負けを言われては、エヴァも皆の言い分を無碍には出来ない。
 やがて諦めたように、明日菜達の望みを了承する。

「だが、ぼーやにティアマトー・ヒューズレイ、ファフニールはダメだ」

「え!? なんでですか!?」

「ぼーやに聞かれるのは恥ずかしい。お前はムカツク。そして貴様は特に何も思わんだろう」

「何も思わねぇならいいんじゃねぇのか?」

 意味がわからん、とファフニールは眉を顰めた。
 そんなファフニールの言葉を聴いて、エヴァは今日一番の溜息をついた。

「……それがイヤなんだよ。いいからお前らはさっさと出て行け!」
 
 怒鳴り飛ばし、エヴァは三人を救護室から追い出した。
 
「あらら、追い出されちゃったわね」

「オレが言いだしっぺの筈なんだがな。意味わかんねぇ」

「なんで僕まで……」

 ここに居てもしょうがない、とファフニールは会場の方へと向かう。

「あら? もう目ぼしい試合は無いんじゃない?」

「あぁ? 妙なのが居るだろうが。クウ、ネル、だったか?」

「……居たわね、そういえば。なんであっちの英雄がこんな所にいるのかは知らないけど」

 英雄、という言葉にネギが顔を跳ね上げた。

「ティ、ティアマトー、さん。あの人が英雄ってどういう事ですか!?」

 ティアマトーへの怯えは若干残っているが、それでもネギは彼女に問い詰める。
 あっちの、というのは魔法世界の事だ。
 その英雄といえば、ネギが追い求める父、サウザントマスターに関係があるかもしれないと思ったのだろう。

「そっか、貴方サウザントマスターの息子さんだっけ? 気になるわよねぇ」

 うんうん、首を上下に振り、ネギの関心を誘うティアマトー。

「教えて欲しい?」

 思わぬ所で父親の話を聞けるかもしれないという幸運に、ネギは目を輝かせた。
 ティアマトーへの怯えは、期待の眼差しへと変わり、ネギは彼女の言葉に激しく頷いた。

「じゃあ、いたいけな少年に教えてあげましょう。彼の名前はアルビレオ・イマ。“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”と呼ばれた英雄よ。貴方のお父さんの友人ね」

「小太郎君を倒したあの人が、父さんの、仲間……?」

 ティアマトーの言葉にネギは目を見開いた。
 紛れも無い、父の手がかりがすぐ傍にいるのだ。

「いや、その変なあだ名に疑問を持とうぜ、アニキ……」

 ネギの肩に乗ったカモがティアマトーの発言の不審な部分にツッコミを入れるが、ネギの頭の中はそれどころではないらしい。

「ま、詳しい事は当事者に聞くのが一番でしょう。折角手の届く所に居るのだから、話をしてみたら?」

「そ、そうですね! ありがとうございます、ティアマトーさん!」

 大げさにお辞儀をして、ネギは会場へと走り出した。
 そんな少年をティアマトーは笑顔で送り出す。

「……アレ? あだ名違ってたっけ? ま、似たようなもんよね?」

「知らねぇよ」
 







 会場に着いたネギを待っていたのは、奇しくも目的の人物だった。

「……アルビレオ・イマさん……ですよね」

 一瞬呆然としたネギだったが、なんとか声を振り絞る。
 アルビレオもまさかネギが、自分の事を知っているとは思わなかったのか、深く被ったフードの奥の表情は驚いていた。

「まさか、私の名前を知っているとは思いませんでしたよ、ネギ君。しかし、今はクウネル・サンダースと名乗っていますので、そちらの名前で呼んでくれると嬉しいですね」

 驚いた表情を直ぐに潜め、どこか信用しにくい笑顔でアルビレオは偽名で呼ぶようネギに促す。
 
「わ、わかりました、クウネルさん。あの、僕、クウネルさんに聞きたい事があって! クウネルさんが父さんの友達で、えっと“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”と呼ばれた英雄って本当なんですか!?」

 目の前にある父の手がかりに舞い上がっているのだろう。ネギは纏まらぬ質問をクウネルへと浴びせる。

「……ん? すいませんネギ君。もう一度聞きたいのですが、私が、なんて呼ばれていたって?」

 どうやらネギの発言で、クウネルが聞き逃せない言葉があったらしい。

「え? えっと“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”って呼ばれて、アダっ!」

「おっと、失礼。つい手が出てしまいました。大丈夫ですか?」
 
 ネギの言葉はクウネルの神速の拳骨によって遮られた。
 涙目になったネギの眼に映るクウネルは、気のせいか青筋を立てているようにも見える。

「彼に間違えられるのは、少しばかり心外ですね、まったく」

 指で眉間を押さえ、クウネルは溜息をついた。

「で、君の質問ですが、ここでそれを教えてしまっても面白くありません。そうですね、君がこのまま決勝へ来れたら教えてあげましょう。そして、もう一つご褒美として――」

 一端言葉を区切り、クウネルは軽くネギの頭に手を置き、耳元で呟く。

「――俺と戦わせてやる」

「――ッ!?」

 驚いたネギが声を上げる間もなく、クウネルの姿は消え去っていた。
 いつか聞いた父の声を残して。








 ネギと別れたファフニールは退屈そうに舞台上を見つめていた。
 ティアマトーもいつの間にか姿を消していた。

「怪我はもう平気なんでござるか?」

 大欠伸をかましている少年に、楓が声を掛けた。
 気だるげな視線を楓に送るファフニール。

「もうなんともねぇよ。お前こそ、次の試合は大丈夫なのか?」

「お? 珍しい。他人の心配でござるか?」

 少しからかうように、楓は笑ってみせる。
 そんな楓にファフニールは冷めた視線を送った。

「馬鹿か。あいつ、この世界の英雄級らしいからな。どんくらいやれるのか見ておきたいだろ? その為にはきっちり力を引き出してもらわないとな」

「英雄、でござるか。ネギ坊主の父親と縁の者でござるか?」

 そう次の楓の相手はクウネル・サンダース。
 犬上小太郎に圧勝して勝ち上がってきた、フードを被った男。
 ティアマトーが言っていた英雄、アルビレオ・イマその人なのだ。

「らしいな。“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”ってあだ名らしいぞ」

 英雄と聞き、気を引き締めていた楓だが、その妙なあだ名を聞いた瞬間力が抜けた。

「いや、嘘でござろう、ソレ。あだ名というか、感想でござろう、ソレ」

「……確かにな。情報源が信用できんからなんとも言えねぇが、まぁ英雄っていうのは間違いないらしいぞ」

「ウム、先の試合を見る限り、英雄と呼ぶに相応しい力は持っていると思うでござるよ。出来る限り粘らせてもらうでござるが」

 いつになくやる気な楓に、そうか、とファフニールは口元を歪ませた。
 
「と、拙者小太郎殿にも用があるでござる。ここで失礼するでござるよ」

「あぁ」

 軽くファフニールに手を振り、楓は小太郎の下へ向かった。








 薄暗い一室で、葉加瀬聡美が安堵するように息を吐く。
 
「取りあえず何事も無さそうですね~」

 彼女が見ているモニターに移し出されているのは、ネギに接触するクウネルの姿。
 接触時間も僅かで、彼女達の計画の妨げになるような事は無かったらしい。

「言っただろう。この男の目的は我々の計画とは関係ない、とネ。流石にネギ坊主と接触を図った時には焦たが」

 言葉通り、超の額には少し冷や汗が浮かんでいた。
 万が一最強クラスの使い手が、敵対する可能性の高いネギ達の味方になれば、超達の計画は頓挫しかねないのだ。彼女が焦るのも無理はない。

「むしろ問題は彼女の方ですね。本当に何を考えてるかわからないですから」

 葉加瀬が別のモニターに目を移す。そこに映し出されたのは青い髪の美女。

「ウム。まさかこんな大物まで絡んでくるとは思わなかたネ」

「ティアマトー・ヒューズレイ。アリアドネーの災厄、と呼ばれているそうですね、魔法世界では。刺激しなければ問題無いと、ファフニール君は言ってましたけど……」

 少し険しい表情で葉加瀬はモニターを見つめる。
 ティアマトーはファフニール達と別れ、何処かへ向かっているようだった。
 やがて目的の場所に着いたのか、歩みを止めた。

「ムム、やはり行き先は世界樹カ。マズイな、今世界樹に何かされては――ッ!?」

 超と葉加瀬が同時に息を呑んだ。
 ティアマトーを映していたモニターが突如ノイズ見舞われたのだ。まるで何かのジャミングを受けたかのように。

「超さん!?」

 世界樹は超の計画の要になるものだ。
 そこに要注意人物が監視も無く出向くのは都合が悪い。

「……少し出てくるヨ。問題ない、すぐ戻る」

 彼女にしては硬い表情を浮かべている。
 それが、それだけ事態が深刻だということを葉加瀬に悟らせた。
 時計型タイムマシン、カシオペアの光に包まれ、超はティアマトーの元へ向かう。








 ファフニール達と別れた、というより勝手に抜けてきたティアマトーの目の前に、とてつもなく巨大な樹がそびえ立っていた。
 高さ200メートルを超えるその大木は悠々と麻帆良の地を見渡している。
 その周りの広場にはティアマトー一人が立っているだけで、他に人影は見当たらない。
 世界樹と呼ばれているこの大木を中心に、ティアマトーが人避けの結界を張ったのだ。
 ティアマトーが樹幹に手をかざすと、複雑な術式の施された陣が現れる。

「……なるほど、内部にある魔力は極めて純粋にして膨大。この透明な魔力なら」

 術式を操作しながら、ティアマトーは世界樹の構造を調べていく。

「……ん? 嘘、これだけの魔力を使い切ってる? いや、使おうとしている。何に?」

 不可解な魔力の流れを辿るティアマトーだが、わかったのは、世界樹に集まる魔力が何かに変換されている、ということだけだった。
 誰かに施された陣や術式が存在する訳ではない。

「元々がそういうものなのかしら?」

 疑問を解決しようと、より詳しく世界樹を調べようとするティアマトー。
 だが背後に感じる気配に、動きを止める。

「あまりその樹に触れないもらいたいのだがネ」

「……へぇ、時間制御者も居るのね、この世界」

 現れた超を包む光を見て、ティアマトーが関心するかのように目を向ける。
 だがその視線は決して友好的なものではない。自身の作業を邪魔された苛立ちが籠められている。
 何気なくティアマトーと目を合わせた瞬間、超は肌が粟立つのを感じた。
 ただ純粋に叶わない。そう思わせる圧力がその眼光に宿っていた。
 本能的に目を背けようとするが、それが逆に危険な行為だと理性が告げている。
 
「貴方がこの樹に何かしたのかしら?」

 そんな超の心境などお構いなしに、ティアマトーは口を開く。

「ッ! それはどういうことかナ?」

 だが、ティアマトーの質問は超にとって無視できるものではなかった。
 何故ならば、世界樹に対して超はまだ何もしていない。
 だというのに、何かしたか、という質問。
 
「……まぁいいわ、これだけの願望器ならと思ったけど、これじゃ期待する程の効果はなさそう。使えたらラッキー程度のものだったし」

 が、ティアマトーは直ぐに世界樹にも超にも興味が失せたかのように、転移しようとする。
 それを見た超が慌てて呼び止めるが、その声がティアマトーに届く事はなかった。

「ク……ッ! 世界樹に何か異常が起きているという事カ!?」

 焦燥感を露に超はカシオペアを起動させる。
 二人の姿が跡形も無く消え去った広場には、人々の喧騒が戻っていた。










 あとがき
 
 アスハヘイジツ。コンナジカンナラダレモイマイ。
 お久しぶりです、ばきおです。
 富樫病克服したと思ったら、ヱヴァ破を見て何故か創作意欲が吹っ飛んだ、ばきおです。
 待っていてくれた人が居るかわかりませんが、やっとこ30話目。
 ダラダラやってんじゃねぇ、ヤメちまえ!とお怒りの方、本当に申し訳ないです……もう少しお付き合いください(泣
 批評、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
 でわ~
 
 



[1200] 麻帆良に落ちた敗北者~第三十一話~
Name: ばきお◆6ef4a5fe ID:c9c87904
Date: 2009/11/23 01:16

「これが私の過去だ。満足したか?」

 エヴァの話は終わり、明日菜達はただ押し黙った。
 育ての親に吸血鬼にされ、普通の人間にも、魔法使い達にすら受け入れられる事はなかった。
 魔女と呼ばれ、焼かれ、それでも尚死ぬ事も許されず、ひたすらに歩いてきた彼女に、少女三人は掛ける言葉が見つからない。
 
「似てるん、やね」

 そんな中で木乃香が搾るように口を開く。
 似ている。その言葉に刹那と明日菜の頭の中に、ある人物が浮かんだ。
 刹那が視線を床へと落とす。
 試合でエヴァが叫んだ想い。アレはファフニールの事を理解したうえでの叫びだったのだ。
 似たような道を歩んできたからこそ、エヴァはファフニールという存在を深く理解している。それこそ、この中の誰よりも。
 いつの間にか、自分が歯を噛み締めている事に刹那は気付いた。

「そうだな、アイツと私は似ている。誰に受けいれられる事もなく一人で生き、挙句、人殺しだ。それも数え切れない程の、な」

「……それは違うと思う。だってエヴァちゃんは仕方なくじゃない。こ、殺したっていうのも自分を狙う人達だけでしょ? アイツは、ファフニールは自業自得よ。差し伸べられた手を、アイツが払わなければあんな事にはならなかったんでしょ!?」

 エヴァの自嘲するような言葉に、明日菜は首を振って否定する。
 ファフニールの記憶。それが明日菜の脳裏に強烈に焼きついていた。
 明日菜だけではない。ファフニールの記憶を見た者全てに焼きついているのだ。

「違わないさ。寧ろ、憎しみをもって殺した分、私の方がたちが悪いと思うぞ。少なくとも、アイツは何かを憎み、殺すなんてことはなかった筈だ」

 それを踏まえて、エヴァは此処にいない愚か者を笑った。
 嘲る訳でも、哀れむ訳でもない。ただ、しょうもない奴だというように。
 明日菜には理解できない。何故ファフニールに対してそんな笑顔が出るのか。
 しかし、エヴァの言葉の中に明日菜でも理解出来る事があった。

「エヴァちゃんは、人殺しを罪だって思ってるじゃない。身を守る為とはいえ、罪だって。……ファフニールは思ってないよ、きっと。人間だろうと同族だろうと、殺す事なんてなんとも思ってない。だから……やっぱりエヴァちゃんとファフニールは違うよ」

 明日菜の言葉は確かに、明日菜個人の考えであり、ファフニールが本当にそうだったのか、それはこの場にいる誰もが判らない事だ。
 だが、過去を見せろと言った時、ファフニールはエヴァのように渋る事はなかった。
 早く寝たい一心で皆に見せたのだ。
 あの過去を、そんな態度で見せたファフニールに罪の意識があるとは明日菜には思えなかった。

「……ハァ、もう語る事は無い。お前らも出て行け」

 エヴァは手を振り、三人に出て行くよう促した。
 そして明日菜と木乃香は素直に従い、刹那だけが部屋に残った。

「……明日菜さんの言う事も判ります。確かにファフニールの考えている事はよくわかりません」

「フン、そんなもの私にだって判らん。気になるのだったら直接聞けばいいだろう。何かを殺すに思う事はないのか? と」

 エヴァが得意の意地の悪い笑みを浮かべる。

「そうですね、そうしてみます」

 そんなエヴァに苦笑して、刹那はもう一つ、エヴァに疑問を投げかけた。

「エヴァンジェリンさんは、ファフニールが、その、す、好き、なんですか?」

 予想外の質問にエヴァは言葉に詰まり、質問を投げかけた刹那も顔を赤くしている。
 しかし、刹那はエヴァの答えを聞くまで、退くつもりはないらしい。

「まったく、何を言い出すかと思えば。安心しろ、そんなんじゃないさ。恋だとか愛だとか、アイツへの感情はそんな甘ったるいものじゃない」

 エヴァの答えを聞き、刹那はジッ、とエヴァの瞳を見据える。
 エヴァも、刹那の視線から目を離すことは無かった。
 やがて、そうですか、と刹那は頭を下げ、救護室から出て行った。
 一人になり、寝転がったベットの上で、エヴァは静かに息を吐いた。

「お前に出会う前だったら、また違っていたのかもな。……ナギ」

 ズキリ、と折れた肋骨が痛んだ。






 轟音とと共に、楓が舞台上へと叩きつけられる。
 どれ程強く叩きつけられらたのか、観覧席まで伝わる振動、宙を舞う舞台土台が物語っていた。
 楓の負ったダメージも大きいらしく、膝をついたまま立ち上がれない。
 クウネルと楓の試合は決したのだ。
 舞い散る粉塵の中、両者は何かを話し合い、やがて楓が己の負けを口にした。
 朝倉のコールにより会場は大歓声を上げた。

「もうちょい本気ださせろよ」

 死力を尽くした楓にファフニールは無遠慮な言葉を投げかけた。

「いやいや、あれで精一杯でござったよ」

 そんなファフニールの言葉に楓は気にする事なく応える。
 
「お、楓、惜しかたアルネー」

「ケガは大丈夫ですか!?」

 そこに古とネギが走りより、楓を労う。
 これが普通の対応である。
 
「クウネル殿からの伝言でござる、ネギ坊主。決勝で待つ。そう言っていたでござる」

「……ハイ」

 ネギの顔に決意の表情が浮かぶ。
 決勝まで進めば、進展のなかった父親の手掛かりが掴めるかもしれないのだ。
 今までの全ての努力はそこに賭けていたと言っても過言ではないネギにとっと、それを掴み損ねる訳にはいかなかった。

「……もう見る試合もねぇか」

 そんなネギに興味も示さず、ファフニールは試合表を見ていた。
 クウネルの決勝進出が決まり、後はネギと刹那の試合、そしてそのどちらかとクウネルの試合が残るのみ。
 楓でクウネルの本気を引き出せなかった以上、ネギと刹那、どちらが勝ってもあまり変わり映えのしない試合になるだろう。
 そうなればファフニールが見ておきたい試合は、もうなかった。

「飯でも食うか」

 用が無ければ、此処に留まる理由は無い。
 協力している以上、超の所へ向かうのが筋なのだろうが、ファフニールは己の空腹を満たすことを選択した。
 楓と軽く言葉を交わし、ファフニールは会場を去る。
 顔見知りと出会う事もなく、出口へと辿りついたファフニールだったが、突然背中にドン、と衝撃が走り、倒れこみそうになる。
 何事かと距離を取り、振り向く。

「なんのつもりだ、てめぇ」

「何、蹴りたくなる背中だったからつい、な。気にするな」

 其処に立つのは、ファフニールがこの世界で最も見知った顔の一人だった。
 傍らに仮装させた人形を連れ、何故か不機嫌そうな表情を浮かべているが、そんな顔すら美しい少女だ。

「背中を見たら蹴りたくなんのか、てめぇは。碌な育ち方してねぇな、エヴァンジェリン」

「あぁ、殺し、殺されるような人生さ。碌なもんじゃない」

 ククッ、と自嘲気味に口元歪ませ、且つ悪びれる様子も無く、エヴァは応えた。

「なんだ、案外普通の人生じゃねぇか。どうやったらそんな捻くれた性格になるんだ?」

 溜息をつくファフニールに、エヴァは目を見開いた。
 エヴァの詳しい過去を、追い出されたファフニールが知る訳がない。
 突然に殺し、殺されるような人生と言われ、普通ならばどういう訳なのか尋ねるだろう。
 それもせず、ファフニールは冗談でも、皮肉る訳でもなく、言い放ったのだ。
 血に塗れたエヴァの人生を、普通だと。

「ハッ、ハハッ、アッハハハハハハハッ!」

 こみ上げた笑いを御し切れず、エヴァは掌で目を隠し、天を仰ぎ大いに嗤った。
 通行人の奇異の目も気にすることなく、盛大に、赴くままに嗤った。
 折れたままの肋骨が軋み、激痛が走ろうと、止む事はない。
 長年連れ添った人形でさえ、あまり見たこと無い嗤いだ。

「オイオイ、ドウシタンダ? 御主人」

「クククッ、全く、お前に聞かせないで正解だったな。あの場で普通なんて言われた日には、どうすれば良いかわからん」

 目尻に溜まる涙を拭っても、エヴァの口元から笑みは消えそうに無い
 ファフニールが自分の過去を聞いたとしても、そんなものか、と思われる事はエヴァには目に見えていた。
 だが現実はどうだろう。
 なんの遠慮もなく、エヴァを奇異な目で見ているファフニールは、言うに事欠いて、案外普通などとぬかしたのだ。
 
「来い、ファフニール。どうせ腹減ったとかで、どっか行くつもりなんだろ? 大笑いさせてもらった礼だ、代金くらい担ってやるよ」

「は? 何なんだ急に、気持ち悪ぃ」

 訳がわからんと、顔を顰めるファフニールをエヴァは惚れ惚れするような足払いでこかす。
 突然の事に、ファフニールは素直に尻餅をついてしまう。

「ちょ、放せ、コラ!?」

「さて、何を食べるかな。こいつに上品な代物は似合わんしな」

 ファフニールの抗議を完全に無視して、首根っこを掴み引きずっていくエヴァ。
 愉快だった。きっと詳しく話した所でファフニールの言葉は変わらないだろう。
 案外普通。その言葉が嬉しい訳でも腹が立つ訳でも、まして悲しい訳でもない。
 エヴァは、ただ可笑しかった。
 案外普通。
 この言葉が自分に向けられたと思うと、エヴァは口元の笑みを押さえる事が出来なかった。






 薄暗い部屋に、一瞬光が走る。

「あ、お帰りなさい、超さん。神楽坂さん達が地下の下水道まで来ちゃったみたいなんですけど」

 そう言った葉加瀬が見つめるモニターには明日菜を筆頭とした魔法生徒が数人映し出されていた。
 だが超の様子が少しおかしい事に葉加瀬は気付いた。

「それは田中に任せておば大丈夫ネ。それよりも至急世界樹の様子を調べるヨ、ハカセ」

 お調子者な所はあるが、常に冷静沈着な超が焦っているのだ。
 只事ではないと悟った葉加瀬は頷き、直ぐに作業に取り掛かる。
 しばらく二人のキーボードを叩く音が響き渡る。
 
「う~ん、特に異常は無さそうですよ?」

「……そのようだネ」

 しかし、二人掛りで調べても世界樹に異常を見られない。
 順調に魔力は溜まっているし、何か術式を掛けられている様子も無い。

「…………」

 ではティアマトーにブラフを掛けられたのか?
 もう既に、彼女が世界樹になんらかの仕掛けを施し、超達を欺くためにあんな思わせぶりな言葉を吐いたのか。
 だが、何かをしてここまで痕跡を隠せるものだろうか?
 超達がいくら調べようと、異常は見つからない。
 極めて順調。順調なのだ。
 願いを叶える為に魔力を吐き出したのも、ファフニールが処理したという件、一度だけ。
 最早、超の最終目的、全世界への魔法バラし。その為の地球規模の強制認識魔法を発動させる為の魔力が溜まるのを待つばかりなのだ。

「……様子を見るしか無い、カ」

 別モニターにはネギと、ネギに似た赤毛の青年が舞台上で対峙している。
 まほら武道会も終わりに近づいていた。
 









 あとがき

 どうも、ばきおです~
 バカな……富樫が仕事をするだと……ッ! 信じられん……
 やっとこさ、まほら武道会が終わりました。いや、まぁ相当キンクリしちゃったんですけど(汗
 批評、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
 でわ~
 
 
 


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