6月8日 PM14:40―風芽丘学園 教室―
色々大変だった5月から、月が変わって6月。
ここ、風芽丘学園3年G組の教室では1つの議論が決着しようとしていた。
「それじゃ、今年の学園祭の出し物はこれに決定、文句はないわね!!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
「「「「「「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」
委員長の言葉に…男子からは雄叫びが、女子からは黄色い声が上がり、パチパチパチパチと盛大な拍手が起こる。
「うぅ…何だ?」
机に突っ伏して眠っていた凌は、その声と音に反応して目を覚ます。
ずっと寝ていた為、何が起こったのか…まるで状況が掴めていない凌は、事態が飲み込めずに首を捻る。
「あ、やっと起きた。さっきまで今度の学園祭の出し物を決めてたのよ。」
「ん、くあぁぁ。そういや、そうだっけ。」
そんな凌に、後ろの席に座っている忍が今の状況を説明する。
大きな欠伸をしながら首をゆっくり回し、眠気を飛ばす凌。そして漸く、寝る前に何を話し合っていたのか思い出す。
「で、結局…今年は何をすることになったんだ?」
「うん、今回は喫茶店だって。」
「へぇ、定番だな。」
ぐ~っと伸びをしながら答える凌。
「まぁ、ただの喫茶店じゃないんだけどね。」
「ただの喫茶店じゃない?………なぁ!?」
凌がその言葉を聞いて忍の方を見ると、忍は指で黒板を指差した。
そして、その黒板には―――
『学園祭!出し物決定!!【執事&メイド喫茶】目指せ売り上げ一位』
―――と、デカデカと書かれていた。
三十一話「準備」
「で、どうなんだ?」
「んぅ?何が?」
放課後、鞄に教科書を仕舞いながら、後ろの席にいる月村に話しかける。
「そりゃ、出し物の事だよ。やっぱり、月村はメイドやるのか?」
「う~ん、多分…だって料理できないし。藤見君は執事だよね。」
「まぁ、翠屋でウェイターしてるし。」
「そっか、でも…執事だよ?」
「え?………何か違うのか?」
俺、普通に執事服を着て接客するだけだと思ってたんだけど。
普通の接客と何か違いが有るんだろうか?
「私もよくは知らないけど…やっぱり執事なんだし、『お帰りなさいませお嬢様。』とか言うんじゃないの?」
「え”、そうなのか?拙いな…つい癖で普通に接客しそうなんだが。」
「あー、1年生の頃から翠屋で働いてるんだもんね。」
いや、でも…所詮は学園祭の出し物なんだし、それ位は許容範囲内…か?
そう…だよな?別に本格的な店じゃないし、それ位は………
「あら、それはダメよ。」
「うおっ、吃驚した~。藤代さん、いきなり声を掛けないでくれ。」
いきなり俺の横に藤代さんが現れ、声を掛けてきた。
それにしても、普通の接客はダメなのか。学生がやる店なんだし、それ位は多目に見てもらえるような気がするが。
その事を藤代さんに伝えると……
「それはそうかも知れないけど…やるからには徹底的にしたいじゃない?」
……などと言われてしまった。
その後も藤代さんの言葉は続く。
「それに、特に藤見君はねぇ……我がクラスの美男子3天王の一人だし。」
「ちょっと待て、何だその突っ込みどころ満載の肩書きは。」
聞くところによると…俺、高町、赤星で3天王らしい。
しっかし、3天王って…中途半端な。せめて後一人くらい何とかならなかったのか。
そもそも俺、高町や赤星と違って美男子じゃないし。
「ま、そんな訳だから…練習しっかりねー。」
言うだけ言って、藤代さんは機嫌良さげに教室から出て行った。
残されたのは、他数名の生徒と俺、月村だけ。
「練習とか…どうしろと。」
翠屋で事情を説明して練習するか?いや、出来るわけがない。第一、桃子さんがこの事を知ったら悪ノリするに決まってる。
家でやろうにも、執事に対する知識不足で無理。
「そんなお困りの藤見君に忍ちゃんから提案があります。」
どうするか悩んでいると、今まで会話に参加して来なかった月村が話し掛けてきた。
「おぉ、月村…お前居たのか!!」
「酷っ!?」
取り敢えず話を聞かずにからかってみる。
「てか、ずっと目の前に居たのにその反応は有り得ないでしょ。」
「冗談だ冗談。それで、提案ってのは?」
「うん、明日って…土曜日じゃない?」
「…そうだな。」
「だから授業は昼までな訳だ。」
「……だな。」
「それで、明日…学校が終わったら家で練習しない?一緒に。」
「………何??」
つまり、それはアレか?
俺が月村の家に行って、執事の練習をするって事か?
月村と一緒に?
「マジか?」
「うん、マジマジ。」
「具体的には何をするんだ?」
「んー、内緒♪」
「おい。」
「まぁまぁ、私に任せなさい!」
何なんだろう、月村のこの自信は。
もしかして、ノエルやファリンちゃんに主人に仕える際の心構えとか聞くんだろうか。
………いや、そんなものが喫茶店やる上で必要なのかは知らないけど。
真面目に練習するのか、という意味では激しく不安だが………
ま、面白そうだから行ってみるか。
「オッケ、じゃあ明日はお前の家に行くことにするわ。」
「ん、分かった。じゃ、帰ろっか。(よしっ、フィッシュ!)」
話が片付いた俺たちは、それぞれの鞄を持ち、教室を出て行った。
6月9日 PM14:48―隆宮市 月村家 玄関前―
で、翌日の放課後。
俺は一旦家に帰り、昼食をとってから月村家へと足を運んでいた。
でもって現在、俺の前にはメイド服を着た月村が立っていたりする。
「…………………………」
「…………………………」
「……………」
「…………いや、何か喋ろうよ。」
「…スマン、どんな反応して良いのか分からなかった。」
いきなり月村に「お帰りなさいませご主人様♪」と言って出迎えられたらそりゃ驚くよ。
あまりの出来事に一瞬思考がフリーズした。
「う~ん、似合ってないかなぁ。」
「いや、似合ってる。凄い似合ってるけど…その…何だ、いきなりは驚く。」
「ほんと?良かった~。あ、入って入って。」
月村が着ているのはノエルたちが着ているのと同じメイド服だったが、似合っている。
まぁ、月村くらい美人だと何を着ても似合いそうだが。翠屋の制服も普通に似合ってたしね。
俺は内心のドキドキを悟られないようにしながらその事を伝える。
嬉しそうに顔を綻ばせながら安堵の息を吐く月村。
そして、俺はそのまま月村に連れられて、屋敷の中へ入っていった。
「お邪魔しまーす。」
「お帰りなさいませご主人様ー♪」
「いや、それはもういいっての。」
ノリノリでメイドに成り切っている月村。
多分純粋に楽しいんだろうなぁ、月村って当主としてのプライドとか薄そうだし。
「とまぁ…冗談は置いといて、着いて来て?部屋に案内するから。」
「部屋?」
「そ、藤見君の執事服が置いてある部屋に。」
「何ぃ!?」
おかしいだろ、メイド服は分かるけど…何で執事服まで有るんだよ。
てっきりこのままの服装で練習するんだと思ってたのに。
「何事もまずは形から入らないと。」
「俺には似合わないと思うんだが。」
「そんな事ないと思うけど…大体そんな事言ったって、当日には絶対着ることになるんだし…今のうちに慣れといた方が良いと思うよ?」
「……ですよねー。」
世の中諦めが肝心って事ですね、分かります。
俺はそのまま月村に着いて行き、やがて部屋の前に辿り着いた。
「じゃ、ここで着替えて?余りのんびりしてると、覗いちゃうかもよ?」
「普通は、男が女の着替えを覗くもんじゃないか?」
「ほほう、それじゃあ藤見君は私の着替えを覗きたかった…と。」
「っっ!ば、バカ言え、覗かねーよ。じゃ、着替えてくるわ。」
俺は月村と軽口を言い合った後、その部屋に入る。
そして、部屋全体を見回した。相変わらず広いよなぁ、高町家の庭くらいはあるんじゃないか?
そのまま部屋を見回していると、ベッドの上に畳んであった執事服一式を見つけた。
「しょうがない。さっさと着替えるか。」
執事服に着替え、さっきまで着ていた服を折り畳んでベッドに置く。
扉を開け、廊下に出る。
「あ、終わった?」
「おう、どうだ?」
「…………………………」
「…………………………」
「……………」
「…………いや、何か言ってくれ。」
「ゴメン、どんな反応して良いのか分からなくて。」
そうか、そんなに似合ってないのか。
どうやら俺に執事服は予想以上に似合わなかったようだ。
流石に少し落ち込みそうになっていると、月村が笑いだした。
「くすくす、冗談だよ。すごく似合ってるよ、藤見君。」
「はぁ、そりゃどうも。どうせなら聞いたときすぐにその言葉がほしかったけどな。」
「ごめんごめん。でも、お相子じゃ無い?門のとこでの私のメイド服姿を見た時の反応もこんな感じだった気がするけど?」
月村は、その顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺に言う。
う、それは正直スマンかったと思うが…別に狙ってやったわけじゃ無いので勘弁して欲しい。
「すいませんでした。」
取り敢えず頭は下げておこう。
月村的にさっきの発言は冗談のつもりだったんだろうが、今考えると…俺のあの反応は確かに失礼だった。
「もう、お相子だって言ってるのに。」
「いや、あの時は頭が回らなかったけど…今になって思うとな。ああ言う反応されたら多分傷つくと思うし、女性なら尚更じゃ無いか?」
「いや、まぁそうだけど。はぁ、こう言うところは鋭いんだけどなぁ。」
「ん、何か言ったか?」
月村が何か言ったような気がしたんだが、声が小さくて聞き取れなかった。
聞き返してみたが、月村は顔に曖昧な笑みを浮かべただけだった。
「何でもない。じゃあ早速行こっか。」
「行くって…何処に?」
「ん?さくらのとこ。」
6月9日 PM15:10―海鳴市 国守山―
その日の朝、男は妻と子を連れ…ピクニックに来ていた。
昼になると妻の作った弁当を仲良く会話をしながら3人で食べた。
今、男は子供とボール遊びをし、妻はレジャーシートに座ってその様子を微笑ましげに眺めている。
しかし、そんな幸せな時間も…ある存在によって壊されることになる。
「おとーさん、何?これ。」
「お、何を見つけたんだ?」
「これー。」
男の息子が指差したのは、地面に空いた穴から湧き出している水のことだ。
おかしい、と男は思った。
当たり前だ、池や川なども近くに見当たらないし…そもそもにして、こんな地面から水が出ている事自体が異常である。
そう思って、男が息子をそこから離そうとした時だ。
ブシャーーー
その穴から勢い良く水が飛び出し、あたり一面を水浸しにし始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
それは、アッという間に水嵩を増し、その家族の逃げ道を奪った。
そして、最初にあった小さい穴から奇妙な物体が這い出て来る。
ボコボコと水面が泡立ち、そこからソイツは姿を現す。
オクトパスロード―モリペス・オクティペス―だ。
アンノウンは、パニックに陥りロクに逃げることが出来無い3人の元へ向かい、その奇っ怪な腕を使って顔を水面下に沈める。
死への恐怖から、長らく抵抗を続けていた3人も、やがては水に飲み込まれ…溺死していった。
3人が完全に生き絶え、プカプカと水面に漂う死体に成り下がった頃、アンノウンはそこから姿を消し始め、同時に…溢れ出た水も幻であったかのように綺麗さっぱり消えてしまった。
ゲケケケケケケ
不気味な笑い声を残し、アンノウンはその場から完全に姿を消した。
6月9日 PM15:15
月村に連れられ、俺たちはさくらさんに会いに来ていた。
さくらさんは、徒広いダイニングで優雅に紅茶を飲んでいる。
ちなみに、さくらさんの後ろにはノエルが控えている。
「と、言う訳で協力お願い…さくら。」
「取り敢えず、何に協力するのか教えて貰わないと事情が飲み込めないのだけれど?」
「うん、実はね………」
紅茶をテーブルに置き、引き攣った笑みを浮かべながら俺と月村を見つめるさくらさん。
さくらさんにそう言われ、月村は事の始まりを話し始める。
つか、説明してなかったのかよ。流石に呆れるわ。
さくらさんにも都合が有るだろうし了承してくれる訳………
「はぁ、しょうがないわね。協力してあげる。」
「って、良いんですか!?」
何と吃驚。
月村の話を聞いたさくらさんは、意外にもすぐに協力を承諾してくれた。
「特に用事も無いことだし…それくらいは構わないわよ。」
「そう来なくっちゃ。じゃ、早速始めましょ?」
月村のその一言で、それぞれ練習が始まる。
とは言え、そもそも執事って具体的に何をするのかを知らない為、まずはそこから教えて貰うことになるのだが。
月村の場合は何をするのかは知っているけど、自分でやった事が無いからノエルにその辺の指導をお願いするそうだ。
取り敢えず、さくらさんの正面の椅子に座り…教えを乞う事に。
「じゃ、向こうも始めたみたいだし、私たちも始めましょうか。」
「あ、お願いします。」
椅子10個分くらい俺たちと距離を離した2人は、既に話を始めているようだった。
それに続いて、俺もさくらさんに分からないことを聞いていく。
まぁ、あくまでメインは喫茶店…執事はおまけみたいな物なんでそこまで詳しく知る必要性はない。
要するに喋り方とか物腰とかさえ分かればいいのだ。それで、恐らくは問題ない…はず……多分。
そんな訳で、さくらさんに質問していったのだが………
「そうねぇ、こんなものかしら。」
「成程……大体分かりました。」
…約30分で質問することが無くなってしまった。
一方、月村とノエルの方はまだ終わっていない様だった。
けどまぁ、そうなると、後は必然的に世間話に移行するしか無いわけで…自然と俺たちの話は学校での事など、お互いの話へと変わっていた。
特に学園生活の事とかは、風芽丘学園がさくらさんの母校だったこともあって、会話が弾んだ。
さくらさんも、話している内に昔を思い出したのか、色々なことを教えてくれた。
占いが得意で、良く当たると評判だった事や、1人の時は月村のようにずっと本を読んで過ごしていた事とか。
ちなみに、さくらさんはその頃は帰国子女だった所為もあって、国語が物凄く苦手だったらしい。さくらさん本人が言うには……
「テストで毎回赤点ぎりぎりの点数で、大変だったわね。あの頃の私の漢字知識…多分小学生レベルだったもの。」
……らしい。今のさくらさんからは到底想像出来ないな。
かと言って勉強が出来ないと言うわけでは決して無く、日本語、英語、ドイツ語の3カ国語を話せるトライリンガルだと言うのだから驚きだ。
「何々?何の話してるの?」
暫くそうして談笑していると、月村が俺の隣の椅子に座ってきた。
ティーカップを乗せた盆を持ったノエルもこっちに向かって歩いてきたし、あっちも話が終わったのだろう。
「んー、学園での事とか、さくらさんの高校時代の事とか、そんな事をな。」
「へー、そうなんだぁ。」
「御二人とも、どうぞ。」
「あ、すいません。」
「ありがと、ノエル。」
月村にさっきまでさくらさんと話していた内容をかなり大雑把に伝え…コトッと目の前に置かれた紅茶を飲む。
「あら?」
ノエルが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、さくらさんからそんな声が上がった。
「どうかしましたか?」
「え?あぁ、大学の方から呼び出しのメールが入ったの。だから、今から行って来ないと。」
そう言って、さくらさんは席から立ち上がった。
そして、そのまま静かに部屋を出て行った。
「さて、どうする?藤見君。」
「何がだ?」
「何して遊ぶのかって事。」
「って言われてもなぁ。……ッ!!」
月村との会話の途中…俺は、アンノウンの存在を感じた。
「悪い、月村…今日はもう帰るわ。」
「え、えぇー!?どうして?!」
「ほんっとーにスマン!今日…用事があるの忘れててさ。」
「むぅ…はぁぁ~、しょうがない、か。その代わり、ちゃんと埋め合わせしてね。」
月村は少し不満げな顔をしたが、最終的には引き下がってくれた。
まぁ、埋め合わせに何を要求されるのかは分からないが、月村の事だ…余り無茶な要求はしてこないだろう。
「分かった。じゃあな、月村、ノエルさん。」
「バイバイ、藤見君。」
「はい、お気を付けて。」
そして、俺は扉を開けてその部屋から出て行った。
自分の服が置いてある部屋まで走り、急いで着替える。
執事服を脱ぎ捨てて行くのも抵抗があるし、俺は急ぎながらもちゃんと服を折り畳み、ベッドの上に置く。
玄関扉まで全力疾走し、扉を開ける。
屋敷から出て、停めて置いたバイクに跨る。
俺はすぐにエンジンを入れ、アンノウンが出現した場所へ向かった。
6月9日PM16:13―海鳴市 海鳴警察署―
ピーッ
という音が鳴り、無線機からアンノウンが出現したという知らせが届く。
≪アンノウン出現!G2及びG3システムの出動要請!現場は、原前町 緑公園。≫
「Gトレーラー発進します。」
「恭也、勇吾、出番だよ!」
「はい。」
「了解です!」
2人の返事を聞いたリスティは、手元の赤いボタンを押す。
G2,G3の装甲服を仕舞ってある扉が開き、恭也たちは素早くそれを装着していく。
仕上げにそれぞれの仮面を着けた2人は、専用のバイクに跨りエンジンを入れた。
「ロードチェイサー、続いてガードチェーサー離脱して下さい。」
セルフィは、最初にロードチェイサーのタイヤを固定しているストッパーを解除し、ロードチェイサーが道路を走行し始めたのを確認してから、ガードチェイサーのストッパーを外した。
G2とG3は、緑公園へバイクを走らせた。
6月9日PM16:10―海鳴市 原前町 緑公園―
「行くよ、お父さん行くよー。」
「お、良い球。ストラーイク。もう一球!」
1人の子供と、その父親がキャッチボールをしていた。
子供の投げた球をグローブで受け止め、投げ返す。
「えい!」
「よーっし!良い球、もういっちょ来い!」
子供は一生懸命、父親の構えたグローブ目掛けてボールを投げ、父親はにこやかにそのボールをキャッチする。
しかし、力みすぎたのか…次に子どもが投げたボールは、グローブに収まらずに明後日の方向へ飛んで行く。
「あぁ!ははははっ。」
父親は大らかに笑いながら、そのボールを拾いに行った。
しかし、それが悲劇を呼んだ。
ボールを拾おうとした瞬間、地面から勢い良く水が溢れ出て来たのだ。
水はどんどん範囲を広げ、水嵩を増やしていく。
「うわぁぁぁ、あぁああぁぁぁ。」
恐怖の余り尻餅をつき、近くの木にしがみつく。
それを見た子供は父親の元へ走っていく。
「お父さん!」
「わぁぁあぁぁぁぁ!!」
子供の声は、父親に届かなかった。
水中からいきなりアンノウンが現れ、パニックに陥ったからだ。
「お父さん、お父さん!!」
「祐一!祐一、逃げろー!!」
「お父さーん!誰か助けてー!!」
子供が悲痛な叫びを上げ、父親は水の中に顔を埋めさせられる。
子供は、父親が死ぬ一部始終を、ただ見ているしかなかった。
その数分後G2、G3は現場に到着した。
それぞれの武装をバイクから取り出し、辺りを見渡す。
暫くして、2人は地面に転がる白い物体を見つける。
それは、野球ボールだった。
そして、そのすぐ近く…そこには、ずぶ濡れの男が1人死んでいた。
「ッ!間に合わなかったか。」
「まだこの辺りにいるかも知れない。手分けしてアンノウンを探そう。」
「ああ、分かった。」
しかし、探すまでもなくアンノウンは見つかった。
「うわぁぁぁ!?」
すぐ近くで子供が悲鳴を上げるのが聞こえ、2人は同時に走り出した。
そこには、子供を水の中に引きずり込もうとしているアンノウンの姿があった。
「うわっ!助けて、助けてー!!」
「その子を離せ!」
子供とアンノウンが背中を向け、子供に弾が当たらないのを確信したG3は、アンノウンの頭部にGM-01の弾丸を撃ち込む。
ギィィィィ
不気味な声を上げ、2人の方を向いたアンノウンの腕には子供が抱えられていた。
「くそっ!これじゃ攻撃出来ない!!」
「……神速を使う。俺が仕留められればいいが、もし仕留め切れなかったら遠慮なく弾を打ち込んでやれ。」
「…分かった。けど、無茶はするなよ。」
G2は無言で頷くと、2本のデストロイヤー弐型の刀身を高速振動させ、構えを取る。
そして―――
「(神速!!)」
―――脳と体のリミッターを外し、恭也はモノクロの世界へ飛び込んだ。
アンノウンですらも捉えられない高速で動き、アッという間に目の前まで接近する。
子供を拘束していた腕を斬り飛ばし、子供を自由にする。
そして、アンノウンを蹴り飛ばし、奥義を叩き込んで止めを刺そうと思ったのだが……
「なっ!?」
神速の持続時間を過ぎた時に訪れる倦怠感が身体を襲い、モノクロになっていた視界が普通に戻り、速さも元に戻ってしまう。
「ちぃ!(考えるのは後だ、今は兎に角この子を!)」
G2はアンノウンを蹴り飛ばし、子供を逃がす。
「俺たちがアイツを倒すから、君は逃げろ!」
殺害対象に逃げられた事を悟ったアンノウンは、目の前の障害を排除するのを優先したのか、G3へ襲い掛かって来た。
「諦めが悪いんだよ!大人しく死んでろ!」
頭に生えた触手を伸ばし、攻撃してくるアンノウン。
G3はソレを回避しながら、GM-01を連射し…銃弾を浴びせる。
「高町!」
「ふっ!」
G3とアンノウンの間にG2が割り込み、その鬱陶しい触手を斬り落とす。
その間に、G3はバイクからグレネードユニットを取り出し、GM-01にドッキングさせる。
≪GG-02アクティブ!≫
弾丸をリロードし、発砲。
バァン!!
それは、派手な音を立ててアンノウンの頭に命中した。
ギャァァァァァァ!!
頭に光の輪を出現させたアンノウンは、苦しんだ挙句に溶けてしまった。
それを見た2人は、ふぅ…と安堵の息を吐いた。
そして、勇吾は疑問に思っていた事を恭也に聞いた。
「なぁ、高町。お前…何であの時驚いたような声上げたんだ?」
「…神速のリミットが短くなってたんだよ。普通なら4秒は持つはずだったんだが。」
「え、2秒有るか無いかだったぞ?さっきの。」
「やっぱりそれぐらいだったか。」
腕を組み、暫く思考する恭也。
少しして、勇吾の方が1つの可能性に辿り着く。
「もしかして、コレ着てるからじゃないか?」
「コレって…G2をか?」
「あぁ。特に、G2の方はG3より身体への負担が大きいらしいからな。」
「成程…言われてみれば確かに、そう考えるのが一番妥当かもな。」
問題が解決し、ホッと一息吐いた2人に、リスティから連絡が入った。
そこでアンノウンが溶けた場所から目を逸らさなければ、危険は回避できたかも知れないのに。
≪おーい、アンノウン倒したんだったら早く帰ってこい。上に報告とかしないとならないんだからな。≫
「すいません、すぐ戻ります。」
「それで、Gトレーラーは何処に?」
≪その公園の近くに停めてます。さっき勇吾くんたちが入った入り口からすぐのところですね。≫
オクトパスロードの溶けた地点に落ちた破片が集合を始める。
集合した破片は、オクトパスロードの頭の形になり、宙に浮いた。
そして、瞬く間に体全体を復元させてしまった。
アンノウンを倒したと思い、油断していた2人は…それに気付くことが出来なかった。
ゲケケケケケ
「分かりました、すぐに……あ、ぐっ!!」
「赤星!?ぐっ…な、にぃ!?」
アンノウンは頭の触手を伸ばし、G2,G3の首に巻きつけた。
完全に無防備になっていた2人は、いきなり背後から首を絞められた。
「こ、のぉ!!」
「ッ!せっ!!」
2人は、苦しみながらも首を締めている触手を引っ掴み、体の向きを変える。
そして、G2はデストロイヤー弐型で断ち切り、G3はGG-02サラマンダーを撃って破壊する。
「げほっ、げほっ!」
「ごほっ!はぁ、はぁ。」
2人は首に巻き付いた触手を捨て、体勢を整える。
G2は腰を落としていつでも斬り掛かれる様に。
G3は残弾1発になったグレネードユニットを取り外して、武器をサラマンダーからスコーピオンへ変える。
「嘘だろ…オイ。」
「まだ生きてたらしいな。」
完全に倒したと思い込んでいた2人は、目の前のアンノウンが今だ健在であることに驚いた。
しかし、いつまでも動揺している訳にはいかないと思ったG3は、目の前のアンノウンに向けて、GM-01を連射した。
パァン!パァン!パァン!パァン!
弾は確実にアンノウンの体に当たっている。だが、アンノウンは…まるで効いていないとばかりに前進してくる。
精々、弾が当たった時に怯むだけだ。
「何!?効いてないのか!?」
「突っ込む。赤星、援護頼んだ。」
「お、おい、高町!」
2刀を構えたG2は、アンノウンへ向かって一直線に突っ込んで行った。
G3は、弾がG2に当たらない様に細心の注意を払い、アンノウンに命中させていく。
「はぁっ!!」
そして、アンノウンの懐に飛び込んだG2は、両肩を高速振動する刃で斬りつける。
だがしかし………
「なっ!?」
斬れなかった。
少し前に対峙した際にはあっさりと斬れた筈の刃は、浅い切り傷をつけるだけで致命傷とは程遠いダメージしか与えられなかった。
そして、アンノウンだってそのままやられてばかりでは無い。
アンノウンは、腕から伸びた触手を振り回し、G2の唯一の武装であるデストロイヤー弐型を弾き飛ばした。
「くっ!」
アンノウンはそれを好機と見たか、苛烈にG2を攻め始める。
適度なリーチと妙な柔軟性を持っている為、G2はそれを回避しきる事が出来なかった。
上から下から襲い来る触手。それに気を取られたG2は、足で腹を蹴飛ばされ、転倒してしまう。
そこにすぐさま追撃が来る。ガラ空きになったボディをアンノウンは足で踏みつけようとしてくる。
「ちっ!」
それを横に転がることで躱し、起き上がろうとするG2。
そんな隙だらけな状態をアンノウンは見逃さず、思い切り振りかぶった触手を叩きつけてくる。
1撃毎に装甲から火花が散り、ダメージの程を分からせる。
「ぐあっ!」
「高町!コノヤロォ!」
G3も先程から援護しているが、依然としてダメージらしきものは与えられていない。
「(とは言え、サラマンダーを使おうにも残弾1発。これでダメなら本気で拙い。)」
勇吾が迷っている間にも、G2はダメージを喰らっていく。そして、アンノウンはG2の腕を掴み、G3目掛けてぶん投げた。
「なぁっ!?がっ!!」
「うぐっ!?」
激突し、両者の胸部ユニットが火花を散らす。
≪G2,G3、胸部ユニット損傷!≫
≪バッテリー出力は?≫
≪G2が70%まで低下、G3は問題無し。まだ戦えます。≫
セルフィとリスティが、損傷の度合いを知らせる。
G2、G3の損傷自体は大した事無い…まだ許容範囲内だ。
けれど、本人へのダメージは間違いなく蓄積していっている。
何故ならば、今現在2人は首を絞められ、宙に持ち上げられているのだから。
「う”、ぁ。」
「が、はっ。」
暫くそのままの状態が続き、そして…アンノウンは2人を思いっ切り放り投げた。
「うあっ、うぁぁ。」
「ぐ、うぁ!」
地面に叩き付けられた衝撃が2人を襲う。
≪立ち上がれ、2人とも!≫
≪まだやれるはずです!頑張って!!≫
「はぁ、はぁ、はぁ。分かって、ますよ!」
「はぁ、はぁ。これしきの事で、諦めたりしない!」
リスティとセルフィの声援を受け、2人は立ち上がる。
アンノウンは、そんな2人を睨み…そして―――
ギッ!
―――いきなり背後を振り向いた。
そこには、悠然とアンノウンへ歩いて行く金色の戦士の姿があった。
AGITΩ!
憎しみが篭められているかのような声色でその名を呼び、アンノウンはG2たちの事など眼中に無いかのようにAGITΩに向かって走り出した。
ギシャー!
叫びながら触手を振るい、攻撃してくるアンノウン。
AGITΩは、そんな攻撃を軽くいなしてカウンターを喰らわせる。
AGITΩは、足目掛けて振るわれた触手を跳んで回避すると同時に、その横っ面に渾身の右フックをお見舞いした。
面白い様にすっ飛んで行くアンノウン。
一方、AGITΩがアンノウンと戦っている間に、G2とG3もある程度立て直し、アンノウンに向けてそれぞれの武器を構えていた。
G3は再びGM-01をGG-02に変え、アンノウンへと狙いを定めている。
G2は飛ばされた武器を回収して、しっかりと握り、いつでも奥義が放てるようにしている。
ギィィィィイィィ!!!
アンノウンが立ち上がり、AGITΩ目掛けて突っ込んで行くのが合図になった。
「(喰らえ!)」
声も出さず、極限まで集中し狙いを定める勇吾。
G3がGG-02サラマンダーを発砲し、アンノウンの動きを止める。
そこに、すかさずG2が踏み込んで行く。
―――御神流・奥義之参、射抜―――
超高速の突きが放たれ、アンノウンの腹を穿つ。
続けて、剣を引き抜きアンノウンを蹴り上げる。
そして、AGITΩはクロスホーンを展開し、足元に紋章を出現させる。
「はぁぁぁっ!」
両手を広げ、左足を後ろに下げる。
左腕を腰に持っていき、右腕を正面で折り曲げる。
足元の紋章が消え、同時に両足にエネルギーが充填される。
AGITΩは、その場で空中へと跳び上がり………
「はぁぁぁーーーっ!!」
G2に蹴り上げられたアンノウンに向けて、ライダーキックを放った。
ギャァァァァァァ!!!
まともにそれを喰らったアンノウンは、断末魔の叫びを上げて爆散した。
アンノウンを倒したAGITΩは、G2とG3に背を向け、その場から去っていく。
「待ってくれ!教えてくれAGITΩ…お前は何者なんだ。アンノウンとはどういう関係なんだ。」
G3…勇吾がその背中に呼び掛ける。
しかし、AGITΩは一瞬足を止めただけで、またすぐに歩みを再開し、見えなくなっていった。
後に残された2人は、唯それを見送ることしか出来なかった。
(おまけ)
「てやー!よしっ、またまた私の勝ちー!」
「あぅ、姉さん強い。」
2人は現在ゲームで対戦していた。
アリシアだって流石に庭園内を駆け回っているだけでは飽きてくるし、フェイトは暇になったら魔法の練習をしてしまうから、息抜きに…とプレシアが通販で取り寄せた物だ。
でもって今やっているのは対戦ゲーム。
好きなタイプの魔導師を選んで、戦うというものである。
例えば砲撃ONLYだったり、速さ命だったり、他にも色々……
まぁ、そんなこんなで戦っているのだが、フェイト…今のところ全戦全敗だったりする。
「フェイト弱いよー。」
「うぅ、違うもん。姉さんが強いだけだもん。」
相性の問題もあるのだろうが、フェイトの使っているキャラは攻撃力がイマイチで速さに特化したタイプなので、強さはプレイヤーの腕に掛かってくるのだが……
「ボタン押し間違えて思った技が出せないんだよね。」
「うん、ピンチになると焦っちゃって。」
コンコン
ゲームをしながらそんな会話をしていると、ドアがノックされた。
「どーぞー。お母様?」
「ボクだよ。」
「あー、クロくんかぁ。久しぶりー」
「……姉さん、誰?」
「んー?クロくん。」
「クロくん?」
「うん、いっつも黒い服着てるからクロくん。」
「そっかぁ。」
ゲームの方に集中力を割いて、ロクに闇の力の方を見ない姉妹。
熱中しているから会話の内容も薄っぺらいものである。
「へぅ、また負けた。手加減して欲しいよ、姉さん。」
「ふっふっふ、勝負の世界は厳しいんだよフェイト。あ、ところでクロくん…何のようぅぅぅぅう!?!?!?!?」
背後を振り向き、アリシアは物凄くびっくりした。
それもその筈、闇の力は以前よりも成長し、肉体年齢で言えば15,6歳になっていたのだから。
「………………るい。」
「?」
「ずるーい!!」
「み、耳が痛いよ…姉さん。」
至近距離でアリシアの大声を喰らったフェイトは、若干涙目だ。
しかし、そんなフェイトの姿も目に入らないとばかりに、アリシアは闇の力にガンガン文句を言いまくる。
「ずるいよクロくん!一人だけそんなおっきくなって!私…フェイトのお姉ちゃんなのに年下だから結構気にしてるのに!!」
「アリシア、まず落ち着こう。」
「これが落ち着いていられますかーーー!!!」
アリシア大爆発。
結構、姉なのに妹より年下という事実を気にしていたようだ。
「い、いい子いい子。」
「ほにゃー。」
まぁ、フェイトが頭を撫でれば速攻で落ち着くのだが。
「落ち着いた?姉さん。」
「うん、落ち着いたー。」
フェイトが後ろから抱きしめ、頭を撫でるとアリシアはすぐに落ち着いた。
何と言うか、ふにゃっとした顔をしている。
「と、言う訳でそこまで成長出来る方法を教えなさい、クロくん。」
「手の甲の紋章に祈れば良い。」
「……………えと。」
「…………………」
「…………それだけ?」
「それだけ。」
案外簡単でした。
「むむむむーー」
「姉さん、頑張って。」
「むー!」
ぽんっ!
そんな擬音と共にアリシアの身体が煙に包まれた。
そして、煙が晴れたそこには……
フェイトと同じくらいの背になったアリシアの姿が。
「やったー!フェイト、同い年だよ♪同い年!」
「良かったね、姉さん。私も嬉しいよ♪」
こうして、アリシアはフェイトと同じく8歳になった。
ちなみに闇の力はと言えば…アリシアに助言した後、また地球にへと転移した。
「よーし、それじゃあ、早速。」
「うん、姉さん。」
「ゲームだー!」
「今度は負けない。」
………8歳になっても、行動は全く変わりませんでした。
おしまい。
後書き
学園祭の時期は分からなかったので自分の高校を参考にしてます。
ノリと勢いでこんな出し物にしたけど…実際に行った事ないので、喫茶店の描写は短めになるかも。
アリシアの年齢を無理やり8歳にするという暴挙を起こした理由は、無印突入時に6歳は幾ら何でも無理じゃね?と思ったからです。
何回も書き直したけど、結局前半がgdgdになってしまった感がある。