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[11403] 魔王さまの覇道【オリジナル】
Name: ららら◆5714165f ID:8501caff
Date: 2009/08/31 11:59
最近仕事で忙しい!
だから、簡単に書けるものを毎日更新したいよ!

そんな気持ちで書きました。手抜き感溢れる作品にしたいと思っています。
とにかくテンポを大事にするつもりです。

■注意■

*この作品は暴力がたくさん出てくる予定です。
*エロいシーンも出てくる予定です。

そんなシーンないじゃないか! と苦情がきたら泣きます。


*見た目だけロリっ子が主人公です。

また露骨なウケ狙いか……と顔をしかめた人は読まない方がいいですよ。
「というかこれロリっ子じゃねぇだろ」とその筋の人に怒られたのであまり期待しないでください。



[11403] プロローグ
Name: ららら◆5714165f ID:8501caff
Date: 2009/08/30 13:45
<プロローグ>


 ファンタジックな世界である。

 剣と魔法がズバンズバンドカンドカンと幅を利かせ、力がルールで暴力最高!な世界であった。
 もちろんモンスターが火を吹き暴れて人間とかも喰っちゃうぜ!
 森では妖精さんたちが輪を描いて踊り、森に入ってきた人間を弓で射殺しまくりだ! 14へ進め!!

 そんな世界でも、最近は一大勢力であるところの人間が調子に乗って、あちこちに生意気にもデカい城を中心にした都市国家をガンガン建国して、やたらチームプレイが得意な軍隊が縄張りを主張している。
 この軍隊というのが曲者で、基本的に俺様最高なモンスターがせいぜい群れるのがやっとなのをいいことに、モンスターを挟み撃ちにするは、夜襲をかけるは、落ち着けこれは孔明の罠だ!など、やりたい放題である。

 このままじゃヤバい!と思っていたのが現地の神、いわゆるゴッドであった。

 彼はあくまで暴力最高主義であり、政治がどうのとか、文明がどうのとかいうのには鳥肌を立てるタイプであった。
 人間が世界の秩序がどうのとかのたまって平和を謳歌したのでは色々とよろしくないのである。

 しかも、すでに都市国家の中には、繁栄のし過ぎで権力構造が腐敗しちゃってるところもあった。
 肥え太った王族が下級市民に下の世話をさせながら『お前たちの平穏は我々が授けてるのだよチミィ』とか言っちゃってるのである、暴力大好き人間としてはまさに最悪だ。
 中央都市から離れた開拓村では、税金の取立てを任された貴族が好き放題村娘を食ったりしてるし。
 一部の変態商人が奴隷として乱獲された妖精を集めて変態調教室で人間様の素晴らしさを身体に教え込んでやるぞとか、アホか。暴力の意味をそもそも勘違いしてるとしか思えない。

 ゴッドは、そんなこといいいから戦争しようぜ!っと感じに力を振るうことにした。
 モンスターの世界にも、その権力構造を収束すべき建造物を作ったのである。

 魔王城。

 思わずひれ伏したくなるようなデカくて立派な城であった。
 もちろん謁見の間の王座は無数の頭蓋骨で飾られ、腰を落ち着ける場所はぎゅっと押すと、ふわっと押し返すふかふかの柔らか素材で作られているので座り心地はとっても抜群だ。
 ちなみにこの頭蓋骨って何の骨なんだ?なんてことは気にしてはいけない。
 とにかく最初から頭蓋骨が一体成型で付いてくるのである。玉座っていうのはそういうものだ。

 そして、ゴッドは最後の奇跡を起こした。
 モンスター達の王たる存在、魔王と、その従者を作ったのである。

 魔王の誕生を前に、ゴッドは因果律を歪めまくった反動で深い眠りに入った。
 モヒカンがヒャハーッ!とか言いながら斧を振り回し荒野を駆け巡る夢を見ながら。







「それがこの、わらわということだな!」

 魔王は、完膚なきまでにロリっ子であった。
 暴力の世界に破壊と暴虐をもたらすために降り立ったにしてはあまりにも頼りない貧乳ぶりである。

 しかしその王者の風格は本物だった。

 全裸でありながら、腰の左右に手を置き、胸を張って立つ姿には一片の恥じらいすら存在しない。
 肌は褐色、瞳は黄金。その髪は燃える炎を思わせる真紅であった。下の毛は無い。

「その通りですけど、前ぐらい隠したらどうですか?」

 謁見の間でふんぞり返る王の側には、従者の姿があった。

 青白い霊気を漂わせた骨である。
 こちらが古代の学者を思わせる長衣を身に纏っているのは,全裸の主とは対照的だった。
 しかもこの骨、主に服着ろとか突っ込みを入れつつ、自分の服を渡す気はさらさらないようである。

「構わん、捨て置け!!」
「はぁ」

 手の平をバッ!と横に振ってそう言われると、骨も『もういいや』という気持ちになって頷いてしまう。
 まさに魔王の風格であった。

「それよりも骨! わらわは貴様に問うことがあるのだ!!」

 魔王は見た目で名前を決めるタイプだったらしい。
 別に神が名前を定めたわけでもなかったので、これ以降彼の名前は骨で決定した。

「なんですかね」

 多少嫌そうな顔をしながら従者は返事した。
 もっとも頭蓋骨の顔面を持つ彼の表情を読めるものなどいない。、

 魔王は、だーっと玉座から謁見の間を突っ切り、中庭を見下ろす荘厳なルイバルコニーまで駆け抜けた。
 そして、両手をバンザイと開きながら吠える。

「この魔王城には、なぜ一匹たりとも配下のモンスターがおらんのだっ!!」

 その言葉通り、魔王城はもぬけの殻である。
 否、誕生して間もないこの建造物は、もともともぬけの殻なのは不思議なことではないのだが。

 だが、魔王にとっては大問題である。
 臣下なくして何が王か。

「まぁ、自分で集めないといけないんじゃないですかね?」

 従者は適当に答えた。

「おぉ! 貴様、頭が良いな!! そうか、自ら臣下を集めてこその王かッ!!」

 その適当な返事に対する魔王の食い付きこそが異常であった。
 ぱぁぁぁぁぁぁ~っと顔が太陽のように輝き、八重歯の見える口が半円を描く。
 あまり威厳のある笑みではない。しかし、臣下を素直に褒めることが出来るのも王者の余裕の現れである。

「じゃ、お前、適当に魔物を集めて来い! それで、わらわが良さそうな者を家臣に取り立てるとしよう!!」

 果てしなくアバウトな命令であった。

「はぁ、それじゃ、適当に集めてきましょう」

 しかし、恐るべきは神の使徒たる従者の力。
 割とあっさり頷いて、従者は光の柱に包まれてその場から消えた。転移魔法である。

 そして魔王城には、ただ一人、魔王のみが残される。

「……我が覇道は、これより始まるのだ」

 大地を見下ろし腕組みしながらそんなことを呟く。
 とりあえず満足した魔王は、謁見の間にてくてく戻って玉座のふかふか感を楽しむことにした。



<君が勝ったなら1へ進め>




■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]

■配下

<従者> LV: 1,000



[11403] パラグラフ1
Name: ららら◆5714165f ID:8501caff
Date: 2009/08/30 13:46
<パラグラフ1>


「臣下になりたいという希望者を連れて参りました」

 骨の身をカタカタ言わせながら従者が戻ったのは、2時間ほどが過ぎてからのことであった。

「……魔王様?」

 玉座では、魔王が全裸ですやすやと眠っていた。

 例え大陸を炎で染める野望を胸に抱く魔王であろうとも、神の授けた玉座の放つ圧倒的なふかふか感に、抗うことは出来なかったのである。
 魔王の顔に浮かぶのは、天使のごときあどけない寝顔。
 人の心を持つものならば、否、悪魔ですら目覚めさせる事を躊躇うような、完璧な防御であった。

「……」

 しかし、この従者もまた魔王に仕えるために作られた苛烈なる使命を持つ存在である。
 従者は玉座の側に立ち、ただ静かに頭を垂れると、骨の指を魔王へと伸ばした。

 そして、静かに鼻の先をつまむ。
 やがて安らかな魔王の寝顔に影が差す。

「ん、んんん、むむむむむ……」

 苦しげなうめきと共に魔王が夢の中から追いやられるのは必然であった。
 従者は、魔王が目を開く前に骨の手をそっと長衣の中にしまうと、もう一度報告の言葉を繰り返す。

「魔王様、臣下になりたいという希望者を連れて参りました」

 その言葉に魔王は気怠げに目を開くと「むぅ」と答えた。

 目をもそもそと擦ると、椅子に座ったまま猫のごとく背を丸め、手脚を伸ばしてフルフルと震える。
 魔王が覚醒のときに見せるこの獣のごとき仕草こそが、魔王の本能に刻まれた獰猛な獣の本性を垣間見るころのできる瞬間であった。
 それほどの威容を前に恐れを抱く様子すらなく、従者が再度口を開く。

「いいから起きてください」
「うるさい。わらわは低血圧なのだ」

 まさに魔王の名にふさわしき傍若無人ぶりだった。

 しかし、この場は謁見の間である。
 すでに魔王の臣下となるべく名乗りを上げたモンスターはこの場に在った。

「うぉわっ!? なんかヘンテコなナマ物がおるぞ!!?」

 その顔に魔王らしからぬ驚愕を浮かべ、魔王は玉座の上で後ずさった。
 背中が玉座に張り付く。額に一粒、玉の汗が浮かんだ。

 魔王をしてこれほどの驚愕を与えるモンスターの存在とはいかほどのものか、その答えはすでに謁見の間の中央にその身を現している。

 その姿はまさに触手。

 下半分はヌメヌメ感溢れる緑色のスライムであり、上半分はそこから野放図に伸びた数十本にも及ぶピンク色の触手の群れである。
 それは、海辺で岩の上に定着して生活するイソギンチャクによく似た姿であった。
 無論その姿はイソギンチャクなどという小さな定義に収まるような矮小なものでは在り得ない。

 全長およそ3メートル、直径およそ5メートルという巨大な肉体の全てが粘液にまみれた触手と、蠢く緑の粘塊で形作られている。その冒涜的な光景は、魔王をして驚嘆せしめるほどのものがあった。

「この方が臣下になっても良いと」

 そんな物体を手の平で示し、従者は平然とのたまった。

「これが!?」
「この方がです」

 従者が訂正する。

 その言葉に応えるように、巨大な触手の固まりはその身をぶるぶると蠕動させながら、ゆっくりと魔王の玉座へと這い進み、頭を垂れるかのごとく触手の先を前のめりに垂らした。

 む、と眉根を寄せると、魔王は立ち上がり腕を組んで触手の前にふんぞり返る。
 基本、上から見下ろされるのが嫌いな魔王であった。

「名を申してみよ!!」

 初見での驚きなど微塵も無く、魔王は堂々と誰何の声を上げた。
 恐れるようにぶるぶると震えると、触手の主はどっから出してるんだか良く分からない声で答える。

『おぉぉぉぉおぉぅ、魔王様からぁ直接お言葉を聞かせて頂けるとはぁ、光栄のきわみですだぁぁぁ!』

 妙な訛りが入った声に、魔王がすかさず蹴りを入れる。
 触手の巨体は嘘のように宙を舞い、グシャァァァッ!とか音を立てて玉座の間の壁の染みと化した。

 細い脚に似合わぬ、見事な破壊力。
 なにより恐ろしいのは、相変わらず全裸な魔王が脚を振り上げる瞬間、男ならば必ず思わず前屈みになって蹴り脚の内側を覗き見ようと試みてしまうことであろう。
 触手の主もそれが故に真芯を捉えられ、見事な放物線を描いて壁に叩きつけられることとなったのだ。
 ふわりと脚を下ろして、魔王はフンと鼻から息を吹いた。

「田舎くさい魔物などわらわの臣下にはふさわしくないわ! 次のものを連れて来い!!」

 傍若無人に言い放って、魔王が従者を見る。

「……以上ですが」

 従者の言葉は短かった。
 魔王はしばしの沈黙を置き、かすかに首を傾げて従者に再度問いかける。

「他にはいないのか?」
「いません」

 もう一度沈黙。

「……特に渡す報酬も資源の備蓄もありませんので、魔王様に仕える栄誉だけを目的に臣下に加わりたいというものを呼び集めたのですが、予想通り基本断られました」

 さすがにこのままでは不味いと考えたのか、従者が頭蓋骨の下に手を持っていきながら説明を行う。
 しかしその言葉は魔王を激昂させるのにが十分だった。

「わらわに仕える栄誉では不満だと!! 貴様、なぜその無礼者たちを即座に血祭りに上げなかった!?」
「大量虐殺がお望みならば、そう命じてくだされば」

 何故か小粋に肩をすくめながら、従者が答える。

「よし、やれ!!」

 無論、魔王にその提案に乗らない理由など無かった。
 魔王は傍若無人であり、基本的に皮肉とか通じないのである。

「……いや、まぁ、いいですが」

 頭蓋の横、即頭骨辺りを骨の指でカリカリ掻きながら、従者は頷いた。
 光の柱に包まれてその場から消える。

 無論、転移魔法である。
 その行き先は、傍若無人なる要請に従うことを良しとしなかった、哀れな犠牲者達の元であった。
 そして、謁見の間には再び仮初の静寂に包まれる。

「うぅむ、しかし臣下を集めるのは難しいものだな」

 ぽふ、と玉座に座り、魔王は一人ごちた。
 腕を組んで眉根を寄せる仕草は、やはり自らの計画が頓挫したことへの不満からであろう。

 だがしかし、ただ虚空に消えるはずのこの言葉に、答えを返す者があったのである。

『魔王様ぁぁぁああ、なにとぞぉ、オラに、もう一度チャンスをぉぉぉおおおお!』

 ぶるぶると激しく全身を震わせて自己主張する姿は間違いようもない。
 ヌメヌメと這いながら玉座の前に姿を現したのは、つい先ほど壁の染みと化した筈の、触手の塊であった。

「おぉ!? 貴様、生き延びおったのか!」

 目を丸く見開いて、魔王が玉座から立ち上がる。

「わりと本気で蹴ったのに! わらわはほんの少し感心したぞ!」
『それほどでもないですだぁぁあ』

 触手のほとんどが千切れて体液がデロデロ流れ、這った跡には濃い青色の体液が帯を引いている。
 明らかに瀕死に見える状態であったが、触手の塊は謙遜するように、嬉しそうに触手をよじって応えた。

「よーし、今度はもっと本気を出して蹴るからな! そこから動くなよ! 絶対だぞ!?」

 満面の笑みを浮かべながら、触手の謙遜に応える魔王。
 その笑みには悪意はなく、むしろ天真爛漫な少女のそれである。

 しかし、ゆっくり振り上げようとするその細い脚の直撃を受ければ、今度こそ触手の主が微塵に弾け飛ぶことは必至である。
 霧状と化した肉片は、例え無尽蔵ともいえる再生能力を持つ彼をもってしても、二度と元の形には戻るまい。
 絶体絶命とも言える境地を前に、触手の主は声を枯らして叫んだ。

『おぉぉぉおおおおおぉぉぉうううぉう! まままま魔王さまぁぁあああっ! せめて、せめてもう一度、チャンスをぉおおお!! 臣下となるチャンスをくだせぇぇえええっ!!』

 お代官様に頼み込まんばかりの勢いに、魔王は振り上げようとした足を止めた。
 別に哀れに思ったわけではなく、単に臣下と聞いて当初の目的を思い出しただけである。

「む……まぁ良かろう」

 頷くと、魔王はぽすんと玉座に座った。
 王者の風格を見せようとするかのごとく脚を組みながら、へりくだる触手の塊を見下ろす。

「触手。お前の得意技を申してみよ。我にとって有用ならば、臣下として取り立ててやろう……」

 勝手に触手と名付けつつ、魔王はそう言った。
 そして、もう一つ。唇の端を上げ、傲岸不遜な笑みを浮かべて付け加える。

「……しぶとさ、と答えるならば。先ほどの続きに付き合ってもらうぞ?」

 そう言いながらも、魔王は決して触手に絶望を突きつけることだけが目的でそれを口にしたわけではない。
 単に自分のキックが真芯を捕らえる感触が気に入っていただけであった。
 むしろ、そう答えて欲しいと思ってるくらいである。

 だが、触手からすれば、逃げ道を塞がれたも同然。
 大湿原で水草とか主食にして生きてたた彼にとって、しぶとさを除けば他の種に勝る能力など無きに等しい。

『…………っ!!』

 だが絶望に沈もうとしたその時、触手の心に輝ける道が開いた。
 美点とは、決して他の存在と比較して見出すようなものではないのだ。
 自らの意思で、声高く宣言すべきもの。

『オラは……オラは、この触手で、オナゴとかをひぃひぃ言わせるのが得意ですだぁぁああっ!!!』

 それは、自らの力を信じる者だけが口に出来る、自信に満ちた力強い言葉であった。
 明らかに最低すぎる発言だったがとにかく凄い自信だった。

「フン……たいした自信だな、触手!」

 その自信を前に魔王が立つ。
 魂からの言葉を見過ごすほど、魔王の目は節穴ではない。
 言葉の意味は良く分かってはいなかったが、とにかくこれだけの自信なのだ。

 応えるのが王者というものであろうと、魔王は腕組みをしながら触手に威風堂々と相対した。

「ならばそれをわらわに見せてみよ!!」

 こちらも自信満々で応えるのが流儀であろう。
 魔王の目には一点の曇りも無かった。

『いぃぃぃ!? ま、魔王さまにですかぁぁぁあ!?』

 謁見の間には、魔王と触手しか存在しない、対象者は限られる。
 しかも、目の前の魔王が丸裸となれば、自分の相手はもちろん決まっている。
 触手は、文字通り震え上がった。

「貴様、わらわを甘く見るか!!」

 躊躇う触手に、槍の穂先を思わせる鋭い叱責が飛んだ。
 触手は震え上がっていたその身を凍り付かせる。
 だが、雪が溶けるようにゆっくりと触手を垂らし、その先を魔王へと伸ばしながら答える。

『分かっただぁぁああ! 魔王さまにぃ、オラの全力を、ぶつけるだぁあああ!!』

 一斉にピンクの触手が魔王に殺到する。

「良い覚悟だ! 貴様の全力、わらわに見せてみよ!!」

 傲岸不遜に目を閉じて、魔王は高らかに答えた。
 どのような一撃を受けようとも受け止める自信が、その笑みに見て取れた。

 あきらかに色々と間違っていたのは確かである。
 しかし、残念なことに謁見の間には突っ込みを入れられる人材は存在していなかった。





「なっ!? んんっ……な、なにを、んふぁぁぁっ! ど、どこを舐めて……んっ! くぁ、ふぁぁぁっ!?」

『うぉぉぉぉぉ、これはオラの全力ですだぁぁぁあああああ!!』

「むぅぅっ! ん……うっ、このっ……ひぁっ! あっ……んぅっ、んっ、あうぅ……くっ!!」

「ふあぁぁ……んっ……ひゃふぅ……っ?!」

「あん……あっ、あぁ……ふぁっ、ふぁぁぁぁぁぁ、ああああ~~…っひぁぁ……」

「んぁぁぁぁぁ、やぁぁぁ、ふぁ、あぁ、やん、やめろぉぉぉぉぉぉ……!」

『はっ、はいですだっ!!』

「…………ぅ」

『……?』

「む……やっぱり…………つづき……」

『おぉぉぉ、おまかせくださいですだぁぁああっ!!』

「んんンンっ!! ん、ふああぁぁぁ……っんんんっ?! ふぁっ、あっ、あっ……はぁああああん!?」





 一方、鎖から解き放たれた魔王の従者は、その圧倒的な魔力を用いて、魔王の名に逆らいし愚かなモンスター達を一晩をかけて大量虐殺することとなった。

 かくして、魔王城がそびえる大湿原には地獄が生まれ、魔王の悪名は近隣の魔物達に轟くこととなる。



<左折して2へ進みたまえ>




■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]

■配下

<従者> LV: 1,007
<触手> LV: 6




[11403] パラグラフ2
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/08/31 20:20
<パラグラフ2>


「ぁぁ……はぁ……ふっ……んんんっ……」

 身体中に熱がこもり、逃げ場をなくして内側からその身体を責めているかのようだった。
 触手が震えながら身をくねらせ、健康的な褐色の肌を擦るたび、小柄な身体は電流で撃たれたように震える。
 幼さゆえ敏感は肌には、触手からとめどなく吐き出される透明の粘液が塗りつけられて、少女の身体からは粘液がねちょねちょと糸を引いていた。

「ひぅぅぅ……ん…………ふぅ、ん……あ、はぁぁ……」

 身体を前に倒し、熱い吐息を吐く。
 褐色の肌の上からも良く分かるほど、その顔は快楽の波にもまれ紅潮している。
 勝ち気そうな切れ長の瞳も今は熱く潤み、触手に責められるたび、その顔には苦悶が広がった。

 触手の動きはその激しさを増していく。

「んっ! ふぅ……ひぁぁぁぁっ、あっ、はぁぁぁぁぁんっ!?」

 敏感な部分に張り付き、ねっちりとしつこく責め上げていた無数の触手が、それまでの繊細な愛撫をかねぐり捨て、激しくその肌を吸い上げ、舐め擦り、奥へと進んでいく。

「んんん……ふああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 全身を駆け巡る絶頂の余韻に、背を中から足先までを反らして、魔王は高く声を上げた。

 その姿勢で数秒、ふるふると震えて快楽の余韻を享受する。
 だらしなく開いた唇の端から、透明の涎が垂れていた。

「…………ぁ、……ふぁ、……はあ……」

 くたり、と玉座に背を付け、浅く息を吐く。
 まだかすかに朱色を濃くしている肌から、名残を惜しむようにゆっくりと触手が離れる。

 粘液でドロドロに汚れた肌を恥じることも無く、裸の胸を堂々と晒したまま、魔王は口を開いた。

「……んむ、満足だ」

 薄く笑みを浮かべたまま、唇を拭う。
 玉座の肘掛に腕を置き、満足げな表情にはすでに快楽に身を震わす少女の面影は無い。

『うおぉぉうぉぉう、ありがたきお言葉ですだぁああああっ!』

 触手は感激にぶるぶると触手を揺らして魔王の言葉に応えた。
 まだ興奮が醒めぬのか、蠕動を続ける触手からは粘液があふれ出し、てらてらとその表面を覆っている。

「よし、下がっても良いぞ。廊下を粘液で汚したら、ちゃんと掃除して置くように」
『ははぁーーーーっ! かしこまりましただぁぁーーっ!!』

 触手を垂らして平伏の仕草をすると、触手はうねうねと謁見の間を後にした。





 そう、謁見の間である。

「……魔王様、さすがに堂々と玉座で朝っぱらから色事に励むのはどうかと」

 事の間中、ずっと直立不動で控えていた従者が、呆れたように口を開いた。

 全身が骨で構成された彼に、性欲などという無駄なものは一切無い。
 魔王を咎める言葉にも、何の他意も込められてはいなかった。

「別に構わんだろう。朝起きてからなんかムズムズして、そういう気分になったのだ!」
「じゃあ寝室でやってください」

 従者の態度はにべも無い。

「玉座を粘液でドロドロにするのもどうかと。妙な匂いが染み付いたらどうかと思いますし」

 従者の指摘に、魔王はすんすんと自分の肌の匂いを嗅ぐ。
 確かに独特の匂いが肌に染み付いている。
 事の最中にはむしろそれがいいのだが、やはり醒めてみると、多少気になる匂いではあった。

「む……確かにそうだな。……フンッ!!」

 魔王が唐突に気合を入れると、謎の闘気が脈絡もなく発生して周囲の大気を灼き尽くす。
 一瞬後、そこには粘液を完全に焼却し、汚れ一つ無い肌を晒した魔王の姿があった。

 そして、周囲を一瞬で焼却消毒してしまうほどの火力を一気に浴びて、なお汚れが消えただけで煤一つ付いていない玉座こそまさに神の賜物であろう。

「……いきなりは、危ないですな」

 自分の前面に展開した魔力障壁を解除しながら、従者は淡々と感想を述べる。
 直撃を浴びていれば、この従者といえども、決して無傷では済まされなかっただろう。

 だが、魔王の顔には反省の色など存在しない。

「我が従者が、あれぐらい防げぬわけはあるまい」

 あくまで傍若無人に言い切り、満足そうに唇の端を上げる。

「従者合格だ。誇りに思え」

 魔王から授かった栄誉に、特に思うことも無く従者は「……はぁ、どうも」と肩をすくめて答えておいた。

 今ので、魔王にとっては軽く息を吹きかけるような動作なのだ。
 それですら魔法障壁を展開しなければ無傷では済まされない。
 もし魔王に本気で攻撃されたら、じぶんが蒸発するのは間違いないだろう。

 圧倒的な差の存在する相手に力を褒められることのなんという虚しさか。

「それで、本日はどのようにいたしましょう?」

 従者が尋ねると、魔王は腕組みをしたまま「ふむ」と唸った。
 次いで「うむむ」と唸る。

 なにも考えてなかったらしい。
 数分前にやっていたことを考えると当たり前だと言えなくはなかった。

 天の采配か、その沈黙を破るように、不意に一つの音が、謁見の間へと響き渡る。
 ぎゅるるるるるるる、と、一つ。
 獣の唸り声にしてはいささか軽いその音は、正体を、腹の虫、と言う。

「よし、骨! 本日は食糧の備蓄を集めるのだ!! 戦争において兵糧の確保は重要らしいからなっ!!」

 魔王は、勢いよく立ち上がると、手の平を『バッ!』と振りながら高らかに宣言した。
 王者の風格が滲み出んばかりの堂々たる宣言である。

「分かりました。適当に集めてきましょう」

 元出となる資源がゼロであるにも関わらず、従者は特に困る様子も見せずに了承した。
 従者は昨晩、モンスターで屍山血河を作り上げるうちに、ある種の諦観を身に付けたのである。
 幸い、従者には魔王の不可能とも言える命令を可能にするだけの能力を備えている。後は如何にそれを使って命令を実行するかのみ、考えればよいのだ。

 光の柱に包まれ、従者は謁見の間から消えた。

 一人残された魔王は、満足そうに従者を見送ると背中をぺたりと玉座に付ける。
 しばしぷらぷらと脚先を振ったあと、そわそわと周囲を見回した。

「……さて、わらわは暇を潰すとするか…………」

 そう言いながら、ぴょんと玉座を降りる。
 その目の前に唐突に光の柱が出現した。

「ぬぉわ!?」

 驚いて後ずさる魔王の前に、再び従者が姿を現す。
 感情を見せない空洞の眼窩で魔王を見つめながら、従者は淡々と言った。

「言い忘れておりましたが魔王様。今朝のような淫行はほどほどにお控えください」

 一歩前に歩を進め、まだ呆然としている魔王に顔を近づける。

「ただでさえド変態なのですから、ご自重してください。……あんまりし過ぎるとサルになりますよ」

 それだけを言い残すと、魔王に反論の機会すら与えず、従者は光の柱に消えた。
 後に残されたのは、頬を真っ赤な怒りで染めた魔王のみであった。

「わ、わらわはド変態などではないわ! それに、サルにもならん!!」

 怒りの咆哮は、しばしの間、魔王城を揺らす。

 しかし住人はろくにいなかったので、せいぜいベッドのシーツを剥がして洗濯を始めていた触手がびくっと震えたくらいの被害しか出なかった。





 数時間後、玉座に背を付け、魔王は退屈な午後を過ごしていた。

 心地よい玉座のふかふかした感触に埋もれ、まどろみながらも、その心の中ではいまだ怒りが渦巻いている。
 魔王ともあろうものが、従者にド変態呼ばわりされるなどとは沽券に関わる問題であった。

 だが、その怒りを直接従者へと向けないのも、また、王たる我が身を自覚しているが故の事である。
 従者の言葉を打ち消すならば、我が身を持って示すべきであろう。
 なぜならば、従者は魔王に使える忠実なる者。その言葉を疑うなど、魔王の考えの外であった。

 事実、魔王はサルになってしまうのを恐れて、触手を謁見の間に呼ぶことを控えていた。
 言われてみれば確かに昨晩はちょっとやりすぎだった気もする。

「どのようにして、我が意志の頑強さを示すべきか……」

 腕を組み、眉根を寄せて、むむむと唸る。
 名案は浮かんでこない。

 その代わりとばかりに、謁見の間の入り口である両開きの巨大な扉が、唐突に弾け飛んだ。
 鋼鉄の扉が、激しい衝撃に押されるように、固定していた蝶番を破壊されて奥から手前へと倒れる。

「……なんだ?」

 建付けでも悪かったのかと思いながら魔王が視線を向けると、扉の向こうには一つの人影が立っていた。

 静かに踏み出し姿を現したのは、白銀の軽鎧を身に付けた、一人の剣士だった。
 右手には黄金色に薄く輝きを放つロングソードを。
 左手には竜を象った紋章の描かれたシールドを、腕にベルトで縛って固定している。

 驚くべきは、その左手から立ち上るかすかな白煙であろう。
 それは、先ほど扉を破壊した衝撃が、この左手から放たれた魔法によるものであることを示している。
 剣と魔法を自在に操る。それができるのは、この世界でが、選ばれた僅かな存在のみ。

「ボクの名は、勇者エルス! 大神官カラパゴ様の託宣を受け、この世界を守るため貴様を討ちに来た!!」

 エルスと名乗ったその勇者は、線が細く、とても筋肉質とは言えない少年に見える。
 海を連想させる短く切った水色の髪と、深い青の瞳は魔王と対照的であった。

 その目に宿る使命の炎は、魔王をも揺るがす輝きがある。

「くくくく……勇者! 勇者か!! まさか、我が生まれてわずか一日と経たずして刺客が来るとはな!! 人間どもはよほどわらわが恐ろしいと見える!!」

 玉座から立ち上がり、魔王が嘲笑と共に腕を開いた。
 禍々しく指先をねじ曲げ、その鎧を引き裂き、抉り出した心臓から血を啜らんと歩を進める。

「受けて見せよ! 我が必殺の……」

 だが、魔王の歩みを前にした勇者の反応は予想を超えて激しいものだった。

「うわぁぁぁぁぁっ!? なっ、なんて格好してるんだよ! 破廉恥なっ!!」

 耳まで真っ赤になりながら、盾を持つ手で慌てて自分の目を覆う。
 魔王は当然、機能と同じくスッポンポンだったわけで、勇者にとってその姿は恐るべき暴挙である。
 全裸で迫ってくる少女に対するのは、良識ある勇者にとっては苛烈すぎる試練であった。

「なっ……だ、誰が破廉恥だ、無礼者! 勇者ならば真面目に戦えッ!!」

 魔王がこの反応に激怒したのは、当然のことであった。

 折りしも今朝から従者にド変態呼ばわりされているのである。
 これ以上、魔王として相応しくない不名誉な悪名を、認めるわけにはいかない。

「でっ、でも! 服着てないしっ!! ハ……ハダカじゃないか、お前っ!!」

 剣の先で魔王を差しながら、上ずった声で勇者が言い返す。
 なんとか視線こそ向けているものの、その頬は恥ずかしさで真っ赤に染まっている。

「くどいっ!!」

 だが、魔王はその言葉に実力を持って返した。
 ただ、シンプルに、手近な床に足の裏を叩きつけたのである。

 本来ならただ穴が穿たれるか、床を構成する大理石が割れるだけである筈の床が、その瞬間、巨大な鉄槌を叩きつけられたかのようにすり鉢状に凹み、その中心から放射状に無数の亀裂を生み出した。

 小型のクレーターとも言える破壊の跡を見せられて、勇者ははじめて戦慄した。
 素手が生み出した破壊と言うには、あまりにも巨大な力に過ぎる。

「全力で臨まぬと言うならば、次にこうなるのは貴様と思え!」

 魔王の言葉にゴクリと喉を鳴らすと、勇者は剣を握る手に力を込めた。
 左手を水平に横に伸ばし、口の中で呪文を唱える。

 戦いの火蓋は切られた。

「受けろ勇者の最強魔法……ギガライトニング!!」

 突き出した左手から、極太の稲光が無数に走り、至近距離から魔王を焼き焦がさんとその先端を向ける。
 だが、白光が魔王を灼く寸前。肌に触れた光は千千に弾けて消えた。

「効かんな……くだらん魔法だ」

 余裕ぶって笑う魔王の前に、雷光に紛れるように距離を詰めた勇者の剣が振り下ろされる。
 躊躇い無く落ちていく剣筋は、魔王の首筋から心臓までを狙った必殺の一撃である。

「滅びろぉぉぉぉぉっ! 魔王ーーーーっ!!」

 勇者の剣が纏った光を増し、黄金の輝きが謁見の間を埋め尽くす。
 魔を滅ぼす存在である勇者だけが振るうことを許された、聖なる輝きであった。

 だが、光が消えたとき、そこにあるのは驚愕すべき結果。

「今のは雰囲気的になかなかだったが、威力はダメダメだぞ?」

 指二本で聖剣を普通に受け止め、魔王はあっさりと勇者にダメ出しをしていた。

「なっ……あ? そん、な……バカな……!?」

 押しても引いても、聖剣はピクリとも動かない。
 魔王が笑みを浮かべて指をちょいと動かすと、聖剣はパキンと澄んだ音を立ててあっさり折れた。

「ああーーーっ! 聖剣がーーーーー!?」

 勇者の顔に、絶望が浮かぶ。

 直後、その腹に重い衝撃が走った。
 それが魔王の蹴りの衝撃だと認識すら出来ず、勇者は数メートルを吹き飛び、床に転がる。
 ただの一撃で聖なる鎧はへしゃげ、ただの鉄屑と化し、止め具が外れて床に落ちた。

「そんな……こんなに、力の差があるなんて…………」

 絶望と共に見上げた先には、瞬時に距離を詰めた魔王の笑顔があった。

「よーし、ちゃんとバラバラに飛び散ってないな。お前には、ステキな生首オブジェとして、刺客を差し向けたアホの元に届けられるという大事な使命があるのだ。簡単にくたばっては困るぞ?」

 手の平を手刀の形にして、魔王がゆっくりと迫ってくる。
 その表情は実に楽しそうな笑顔だったが、決して冗談で済ませてくれそうな気配は無い。

「ひっ……くっ、くるな……こないで……!」

 明確な死の気配に、勇者は顔を青ざめさせながら、必死に後ずさる。
 みっともなく足を開いて必死に後退しようとする勇者の姿に、魔王は満足げに頷く。

「よしよし、愚かな人間が怯える姿! これこそ、わらわの理想の…………む?」

 だが、口上の途中で魔王は目を丸く開いた。
 破壊された鎧の下から覗く勇者の体に、意外なものを見付けたのだ。

「貴様、女だったのか! むむぅ、女勇者とは珍しい……」

 勇者の胸にはかすかにだが、二つの膨らみがあった。
 そう考えて見ると、確かにこの勇者の身体付きは少年というより少女のものである。

 なにより、魔王の不躾な視線に頬を紅く染め、慌てて自分の身体を庇う仕草が、間違いなく勇者が女であることを示していた。

「……ふむ」

 本来ならば、別にそれはそれとして首を斬っちゃう訳だが、魔王の脳裏にある名案が閃いた。
 閃いた名案は即実行するのが、魔王の魔王たる所以である。

「よし、幸運に思うがいい! 貴様の命を助けてやろう!!」

 魔王は笑顔でそう言い放ち、手刀を下ろした。
 エルスは、絶望から一転、自らの命が助かった安堵に、恐怖にこわばっていた肩の力を緩める。





「魔王様、ただいま戻りました」

 謁見の間に光の柱が現れたのは、勇者との戦いからさらに数時間が経過してのことだった。

 陽はまだ落ちてはいない。
 魔王のため、夕飯位は何とか用意する必要があると感じて、食糧調達を早めに切り上げてきたのだ。
 そのような事があっても、魔王城の食糧庫の一つを満たすのに十分な食料を荒涼とした大地が横たわる魔王城の周囲から用立てているのだから、恐るべしは従者の手腕であった。
 すでに倉庫には保存魔法が張り巡らされ、少人数なら数ヶ月は養えるほどの備蓄が溜め込まれている。

 さて、次の指示を受けるかと、従者は謁見の間に視線を巡らす。
 そこには、予想だにしない光景が広がっていた。





「んんんっ、ひっ……く、んんっ、ふっ、くぁぁぁっ!?」

 苦しげな、だが艶の微かに混じった悲鳴が、広間に高く響いている。

「んふぅ、ふぁ……あああ……やっ、くぁぁ……」

 波打つ沼のようにさざめく無数の触手に手足を絡まれ、一人の少女が埋もれるように囚われていた。
 白い裸体の上を、ピンク色が這い回る様は、捕食され貪られる獲物にも見える。
 まるで少年のような細身の身体を、粘液に濡れた触手がなぞるたび、苦悶に満ちた掠れた悲鳴が上がった。

「やっ、あっ、あああっ、ダメぇっ、やだやだっ……んあっ、やぁぁぁぁっ! やだぁあああああ!!」

 ブンブンと首を振り、悲鳴を上げる少女の中へと、容赦なく触手が潜り込む。
 内と外から繰り返される絶え間ない愛撫に、涙でぐしゃぐしゃになった顔が歪んでいた。

 今や触手の渦に囚われた少女の理性が崩れさるのは目の前であろう。
 それは、魔王の命ずるまま捕虜にされた挙句、訳も分からぬうちに触手の餌食とされた勇者エルスの哀れな姿であった。
 魔王はふんぞり返った勝ち誇り、痴態を晒す勇者に問いかける。

「くっくっくっ……そのようにだらしなく足を開いて悦びおって! 破廉恥なのは貴様ではないか? ん?」

 積年の恨みを晴らすかのごとき、魔王の言葉責めであった。
 自分を恥ずかしい姿を晒される恥ずかしさに、勇者の頬が羞恥に染まる。

「こっ、このぉ……っ! ボ、ボクは……こんなっ……あっ、んんっ!!」

 勇者が怒りを込めて魔王を睨み、声を張り上げようとした途端、触手があやしく悶えた。
 すかさず魔王が触手へと命令を送る。

「触手! もっと頑張るのだっ!! この生意気な勇者に魔王の力を思い知らせてやれ!!」
『分かりましただぁぁ! やいっ、もっと声出して鳴くだよぉぉおおおっ!!』

 返事こそ緊張感の抜けるような訛った声だったが、触手の責めは苛烈であった。
 大きく開いた口から涎すら流すままに、勇者が悲鳴を上げる。

「んぁぁああぁぁっ! や、あっ、ひぅ、んぅぅぅぅぅぅうううう!! あ゛ーーーーーっ!!」





「……えぇと、なにやってるんですか?」

 頭蓋骨ならではの表情の無い顔で従者が聞く。
 人間らしきその娘の行く末はともかく、またなんだって魔王様はこんなエロ祭りを繰り広げているのか。

「おぉ、よくぞ戻った!」

 玉座にふんぞり返って狂宴を眺めていた魔王は、満面の笑みで答える。

「どうだ、骨っ! 貴様はわらわをド変態などと評したが、こやつに絡まれて悦んでおるのは、なにもわらわだけではないではないか?」

 どうだ!!と言わんばかりに胸を張って、いまだ「あ゛ーーー」とか声を上げてる勇者を指し示した。
 二秒ほど考えた後、従者が常識的な意見を上げる。

「しかしこういうことをして喜ぶのは別の意味でド変態なのでは?」

 たいしてどうでも良さそうな口調なのは、実際どうでもいいと思っているからである。
 彼が心配しているのは、謁見の間でこういうことばかりしていると変な匂いが染み付くのではないか? ということであった。
 あと触手は魔王以外には割と強気になるタイプであることに、いささか驚きを感じていた位である。
 普段は進んで細かい仕事をしてくれる、気のいい牧歌的な感じのモンスターなのだが。

「……む、そうか? しかし、なかなかに魔王的なのでセーフだと思うのだが」

 魔王が少し眉根を寄せてから、従者の顔を見上げ、答える。
 従者はしばし考えると、簡潔に答えた。

「ご自由にお振る舞いください」



<君は3へ進んでもいい>




■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下

<従者> LV:1,007
<触手> LV:6

■捕虜
<勇者エルス> LV:48



[11403] パラグラフ3
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2012/01/05 14:19
<パラグラフ3>

「むう、骨よ」

 その額に眉根を寄せて、魔王が口を開く。
 その言葉を向けられたのは、魔王の従者たる骨人間な賢者である。

「なんかこのアバウトに焼いた肉とスープ、どちらも味がせんぞ?」
「まぁ、味見とか出来ませんので、私ではこのようなものしか作れませんね」

 魔王城の大食堂であった。
 さすが大と名に付くだけあって、大食堂の中央にはバァァァァーーーン! と無駄に長いテーブルがあり、豪奢なテーブルクロスが飾っている。
 ここに花でも飾れば絵になるのかもしれないが、残念ながら人員不足でそこまで手が回らないのが現状であった。

「……むぅ、触手はどうだ?」
『オ、オラはぁぁ、水草ならぁぁあ、なんでも美味しくぅ、食べられるだぁああ』

 礼儀など何するものぞ! とばかりに、魔王は適当にテーブルの端に陣取り、家臣の従者や触手にも好きに振舞わせていた。
 触手の塊がテーブルに身を乗り出して皿に盛られた水草を食む姿は、かなり食欲を減退させられるものがあるはずだが、魔王はまるで気にした様子を見せない。

「うむむ、勇者、お主はどうだ?」
「……服はもう諦めるから、せめて手枷を外してよぅ……」

 アバウトなことに、捕虜の勇者エルスまで同じテーブルで食事を与えられている。
 しかし、その方法は苛烈であった。
 服などを破ってしまったので全裸のままにされたうえ、手枷で手首を繋がれたままの格好で食事を出されて、一体どうしろと言うのか。
 フォーク一本で頑張って食べているが、大変食べにくそうであった。
 しかも熱々のスープに肉を落とすと、飛沫が肌に当たってヤケドの危険もある。これもまた魔王らしい捕虜虐待の一環なのかもしれない。

「うーむ、さすがに捕虜に飯を作らせるのは無理があるか」

 当たり前の話ではある。

「よし! どこかから、従順で料理の得意な者を召し上げるのだ!」

 肉の塊を差したフォークで従者を差しながら、魔王が名案とばかりに打開策を口にする。
 ないものがあったら、他所から持ってくればいいという、実に魔王らしい傍若無人な思考である。

 一人食事の必要が無いためテーブルの横に控えていた従者は、魔王のあからさまなマナー違反の仕草に微かに頭蓋を揺らした。





「今日はわらわも付いていくぞ! 留守番なかりではつまらんからな!!」

 問題は、いつもの転移魔法でさっさと移動しようとした従者に、魔王がこう宣言した事であった。

「せめて服着てくださいよ」
「……ふ、服着ないで外歩き回るつもりなの?」

 従者の常識的な突っ込みに、驚愕の表情で魔王を見るエルス。
 心外とばかりに鼻を鳴らして魔王は答えた。

「我が美しき身体を晒すことに躊躇いなどあるものか。それとも、わらわの身体のどこに恥じ入る要素があるというのだ? あるというならば答えてみよ!」

 カっと目を開いて恫喝する魔王に、従者は一言で答えを返した。

「全裸なところです」

 むぅ、と唸り、多少怯みながら魔王がエルスに視線を移す。
 女勇者は、相変わらず前屈み気味に自分の肌の前面を隠しながら、羞恥に赤面しながら答えた。

「服、着てないと、落ち着かないし……恥ずかしいと思う……」

 捕虜が恥辱に悶える様は心地よいものだが、自分までそれと同列に見えるというのは、確かに考慮すべき問題ではある。

 最後に触手に視線を向けてみたが、夢中になって水草を食んでいる様子だった。
 あまりにも幸せそうだったので、勇者は意見を求めることを諦めた。

「よかろう、そうまで言うのならば、わらわを飾るにふさわしき衣装を用意して見せるがよい!」

 魔王は静かに腕を組み、背を玉座に預けて鷹揚にそう言った。
 次の瞬間には衣装がパッと出てきそうな言い様である。

「はぁ、それでは、しばしお待ちを。それらしきものを探してきますので」

 そう答えて従者が光の柱を呼び出す。

「待て待て待て待て待て待て待てぇぇいっ!!」

 転移の魔法を押し留めたのは、魔王の神速の制止の声であった。
 仕方ないとばかりに従者は光の柱を打ち消す。骨格標本の身でなければ舌打ちをしていただろう。

「……今度はなんですかね?」
「わらわも付いていくに決まっているだろう! 置いていかれては、待つ時間が暇ではないか!!」

 極めて我侭な理由であった。
 しかし、傍若無人こそが魔王の本質、むしろ推奨されるべき性である。
 従者は諦めたように腰に手をやって顔を斜めにすると、軽く頷きながら答える。

「分かりました。それでは、さっさと食事を済ませてください」
「うむ! おい、勇者! お主も急げよ!!」

 そう答えると、魔王は破竹の勢いで食事を片付け始めた。
 一方、目を丸くしたのはエルスである。

「……え? なんで、ボクまで?」

 手枷の嵌められたままの手で、不器用にフォークを持ちながら魔王に問う。
 魔王はやれやれと言わんばかりの顔を浮かべ、トマトが刺さったままのフォークで女勇者を差す。

「ついでにお前を見せびらかしにいくからに決まっておるだろう?」
「えええええええええええ!?」

 まさに外道であった。

「それとも、そいつと一緒に魔王城で留守番が良いか?」

 魔王のフォークが先端をずらし、テーブルの向こう側で一心不乱に水草を食み続ける触手を示すと、エルスの不満の声はピタリと止まる。

 圧倒的な戦闘能力の差を考えれば、むしろ魔王上脱出のチャンスとも言えるはずである。
 だが、つい先日、生まれてから一度も経験の無いくらい恥ずかしい目に遭わされまくった相手であった。
 この勇者にとってもはや触手は、天敵以外の何者でもない。

「うぅ……分かった。付いてきます……」

 血を吐かんばかりの表情でそう言うと、エルスは葬式前の表情で、急ぎ食事を片付け始めた。
 作ってもらった食事に罪は無いとか考えている辺りは、どこまでも素直な娘である。





<ケース1 ケンタウロスさん(男性)>
「服だと? 馬鹿なことを! 我が部族にそのような軟弱なものを身に纏うものなどいない!!」
「フリチンは目を瞑りますが、上半身だけでも何か着たらどうですか?」
「フン、逞しい肉体を見せ付けることの何が恥ずかしいものか! ハッ、見よ、この肉体美!!」
「……どうも」
「ところで、そっちの鎖で引っ立てている娘は売り物か? 背に乗せて草原を駆けてみたいものだが」
「売り物ではありません」
「もっとも、二人きりになったら私が上になるのだがな! ガッハッハッ!!」

<ケース2 ドリアードさん(女性)>

「………………」
「別に服を着てもいいのでは?」
「………………」
「あぁ、ほとんど樹の中に住んでるから別に気にしないと」
「………………」
「ふむ、その娘は残念ながら差し上げられません。しかし、男でも女でも良いんですね」
「………………」
「いえいえ、ご協力ありがとうございました」

<ケース3 ミノタウロスさん(男性)>

「オォォォッォゥッ! メス!! オレの種、注イデヤルゥゥゥッ!!」
「いえ、そちらの娘は差し上げられないので、種付けは諦めて……ああ」

 ドーン

「見事にバラバラですね」
「当然だ! わらわにの所有物に盛るなど言語道断!! 冥府で愚かを悔いるがよい!!」
「うぅぅぅぅ……ひっく、怖かったよぅ……」

<ケース4 スキュラさん(女性)>

「わ、人間じゃないんだ、え、服? いつも水浴びしてるから着ないけど?」
「なるほど、しかし、恥ずかしくないんですか?」
「えっとねー、ほら、男ってスケベだから、裸でパチャパチャしてたらすぐ寄ってくるじゃん」
「はぁ」
「餌に困らないから、裸の方が便利でいいよー」
「なるほど」
「ところでそっちの娘、水の中に落として欲しいなー?」
「残念ながらこの娘は差し上げられません」
「ちぇー」

<ケース5 サッキュバスさん(女性)>

「オフだとあんまり着ないですね。このままの方が、色々とやりやすいですから……詳しく聞きたいですか?」
「そうですか。あ、オフの詳細はいいですので」
「ふふふ」
「狩りのときは着ているんですね?」
「誘惑に行くときは、相手によって着るものを変えます。美しく飾るのも、殿方を喜ばす方法の一つですもの」
「おお! なるほど!! それでは、衣装の入手先などをお聞かせ願えますか!?」
「幻覚でそう見せるだけですわ」
「……つまり本当は裸なんですか」
「その方が、色々とやりやすいですから……詳しく聞きたいですか?」
「いえ」
「そちらの可愛い子、どうしたの?」
「うーん、なんといったものか……一応お断りしておきますが、差し上げられませんよ」
「そう……じゃ、一晩だけ、貸して貰えないかしら……ね?」
「残念ながら」
「そう……」
「ご協力ありがとうございました」





 魔王城に帰った一行は、それぞれの感慨を胸に、揃って息を吐く。

「なんか、別に全裸でも良いんじゃないか?」
「……不本意ですが、私もそのような気がしてきました」

 従者もまた、己の身が骨でなければ大きな溜息を吐いていただろう。
 空洞の眼窩の奥には、自らが属する種に対する深い疑念が渦巻いていた。

 骨だけの体でありながらちゃんと長衣を着ている自分の方が異常なのだろうかと、彼は感情の無い頭蓋を俯かせ、静かに思い悩む。

「うぅ……ひっく、もう許してよぅ……」

 一方、素っ裸で引き回された挙句、モンスター達に大人気だった女勇者はさめざめと泣いていた。

 ────何の収穫も無い、そんな一日であったという。


<その気があれば4へ進め>




■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下

<従者> LV:1,007
<触手> LV:6

■捕虜
<勇者エルス> LV:48



[11403] パラグラフ4
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/09/01 16:31
<パラグラフ4>


「なぁ、骨。この料理、味がしないのだが」
「それは料理人が昨日と同じだからじゃないかと」

 相変わらず無意味に長いテーブルの端で、フォークとスプーンを自在に操り食事中の魔王であった。
 肉を切断するならスプーンで十分ではないか、ナイフなんて何のために存在するのだろう? などと本気で思っているところが、まさに常人に計り知れない王者の価値観である。

「そういえば、料理人のことを忘れていたな」

 スプーンを口に含んで脂を舐めとり、ふむ、と小さく思案する。
 昨日はモンスター見て回ってるだけだったのだから仕方ない。
 あの後マジ泣きする勇者を慰めてやるのが大変で、外に行く暇などなかったのである。
 魔王は暴力はスカッとするので大好きだが、辛気臭いのは大キライなのだ。

「問題は山積みですな」

 従者の言葉は的を得ている。
 魔王は今日もまた、先日と変わらぬ全裸であった。これは先日の成果が何もなかったことを示している。

 だがしかし、魔王にそれを苦にした様子は見られない。
 躊躇うことなく熱々のスープを一掬い、口に運ぶ。
 常人ならば、スープが跳ねて肌をヤケドしたりするところだが、魔王の健康的かつきめ細かな褐色の肌はそのような熱などでは曇ることすらないのだ。

 ゴクリと喉を鳴らしてスープを飲み込むと、魔王は不敵な笑みを浮かべた。

「わらわに良い考へば……」

 言葉を言い終えることなく魔王は、口を開く。
 うぅぅぅと唸り、ふぅふぅと舌を出した姿は、舌を火傷したからに他ならない。

「なにか良い考えが?」

 自信に溢れた様子の魔王に、従者はコトンとコップを出しながら問いかけた。
 水差しからコップに注がれるのは、氷で十分に冷やされた冷水である。

 魔王は急いで冷水を口に含み、ゆっくりと舌を冷やしながら飲む。
 そしてしばしの時を置き、やがてすがすがしい表情で上げると、答えを返した。

「服も料理人も、人間共から奪ってしまえばよいのら!!」

 ヤケドで少し舌が回ってなかったが、まさに魔王らしき邪悪なる思考回路である。
 考えてみれば、今のところ魔王の前に現れた者で、衣服を身に着けていたのは人間であるエルスだけ。
 ならば衣服を手に入れる先として、人間が最適なのは間違いないであろう。

「料理人もですか?」

 そっちの理由は、従者には残念ながら良く分からなかった。
 頭蓋を斜めに傾げて従者が尋ねると、魔王は堂々と胸を張り答える。

「くくく、不思議だろう? だが、人間に料理を作らせるのは、ワケがあるのだ」

 ニタリ、と邪悪な笑みが魔王の幼き美貌に黒い華を添えた。
 あどけなさを残した美しい少女の顔に、妖艶とも言える美しさが浮かんで消える。

「まず、同胞を皆殺しにした上で、一人残した人間を料理人とするのだ」

 声を低く、目を細くして、魔王は自らの言葉に酔うように笑みを深くした。

「同胞を殺され、悔しさにむせび泣く人間に、わらわの糧を作る役を与える! どれだけ憎悪を燃やそうとも、しょせんきゃつらは誇りなき矮小な存在……自らの命惜しさに命ずるままとなるだろう!!」

 バッと手を水平に振り、魔王は従者を差した。
 魔王の笑みに浮かぶのは、見るものが戦慄せざるをえない凶相。
 その言葉が謳う悪魔の計画こそ、人の苦しみを糧とする邪悪そのものの所業であると言えよう。
 手の先に握ったフォークが、多少残念な感じではあったが。

「わらわを憎むべき人間が屈辱と憎悪に挟まれ、苦しみながら作る料理だ……さぞかし美味であろうな!?」

 従者はなんかショッパそうな料理だと思ったが、わざわざ口には出さなかった。
 それに、どうせ自分が食べるわけでもない。

「では食後にでも、適当な辺境の村にでも行ってみましょう」
「む、なぜに辺境だ? わらわは都会の者が作る料理を食べたいのだが」

 頬を膨らませて、魔王は従者に不満げな視線をぶつける。
 従者は頭蓋に無表情を貼り付けたまま、簡潔にその理由を述べた。

「それだと皆殺しにするだけで朝までかかりますよ」
「ドカーンと一気にやったらどうだ?」
「逆に崩れた構造物が邪魔で皆殺しにするのが難しくなります」

 数日前の、魔王城城下のモンスターを大量虐殺した時の経験であった。
 従者の圧倒的な魔力を持ってしても、広範囲の生命を根絶やしにするのは難しいのである。

「なるほどな。ならばそうしよう……おーい、触手!!」

 従者の言葉に頷くと、魔王はテーブルの逆端の方に陣取っている自らの臣下を呼んだ。

 触手はその巨体はテーブルに埋めるようにして、静かに皿に盛られた水草を食んでいる。
 その姿は、生物として極めて異質な姿でありながらも実に幸せそうであり、牧草地帯の牛でもこうまで静かに食事はしないだろうという、穏やかな食事風景であった。
 だが、それほどの幸福の中であっても、主の言葉を受け取るのが臣下の証というもの。

『……ぉぉぉおおおおぅぅ! 魔王さまぁぁぁああ!? なんですかぁぁあああ……?』

 多少、夢の中から響いてくるような声だったが、触手の返事が遅れて戻ってくる。

「わらわは食事が終わったら出かける! 皿洗いと勇者の世話は任せておくぞ!!」
『かしこまりましただぁああああ……っ!』

 そう。

 魔王の凶事を止めるべき勇者の姿は、この食堂にはなかったのである。
 昨日色々あって慰められすぎた勇者は、疲れてきった身体を牢のベッドに横たえたまま、眠りの中にあった。
 悲しみなど色々とナニして余裕がなくなれば考えることもなくなるという魔王の理論により、触手が突撃を敢行したのが明らかにその原因であった。

 かくして、悲劇は加速していく。





 キトは、草原を駆けていた。

 朝から薬草採取に森へと出かけ、昼食をとろうと自宅へ戻る、その途中。
 自宅の玄関口に集まった騎士達の姿に気付いた、手にしていた籠を放り出して逃げ出してきたのだ。
 地面に散らばった薬草を踏みながら、逃げようとする自分に気付き指差しながら声を上げる騎士の一人に気付いて、キトは泣き出してしまいそうだった。

 キトは、浅黒い肌に白い髪の、まだ幼いとも言える年頃の娘である。

 硬い髪質を荒く刈っただけの髪は、身寄りがないために髪を切ってくれる相手がいないから。
 そのような娘が一人きりで生きてこれたのは、ひとえに今は亡き祖母がキトに教えていた古い妖術、その基礎として学んだ薬草術のおかげだった。

 医者の手の足りないような辺境の村である。
 キトが作る薬草や病に対する知識を村人達は重宝した。

 だが、キトの持つ妖術使いという肩書きに、閉鎖的な村人達は眉をしかめ、キトから距離を置いた。
 しかし、まだ幼く人恋しい年頃でありながら、キトはそのことを苦にしない。
 キト自身、妖術使いということで村人達と距離を置いていた祖母に良く懐いていた事もあり、同じようにキトからも距離を置こうとする村人を、気にはしていなかったのである。

 それで問題がなかったのは、村にこの国の中央から来たという騎士の一団が駐留するようになるまでだった。

 聖騎士を名乗る男達は、周辺の魔物を一掃する代わりに、村人達に過度のもてなしを要求したのである。
 それが与えられないと分かると、騎士たちは異端者の摘発という口実の元、村人の家を襲うようになった。
 家の財を奪うだけでは飽き足らず、逆らうものを殺し、女には暴行を加える。
 村人達にとって、騎士達は山賊同然の存在であった。

 怯えた村人達はこぞって騎士達の機嫌を伺い、自分と家族を守るため、村の輪から離れた他の村人を異端者として告げ口するようになった。

「……待て! 逃げる者は、すなわち異端とみなすぞ!!」

 背後から追い立てる声を聞いて、キトは怖気に身を震わせた。
 身よりのないキトの家には、自分一人しか住んでいない。
 家の財産が目的ならば、入り口で待ち構えるようなことはせず、すでに押し入っていただろう。

 わざわざ待ち構え、そして追ってきた騎士達の目的が何かは、考えるまでもなかった。

「えぇい、待てと言っているだろうに! 貴様、我らを愚弄するか!!」

 弱者を脅すのに馴れた者特有の、太く重く響く声が追ってくる。
 答えも返さず、キトは走り続けた。

 ここまで逃げてこれたのは、騎士達が揃って鎧を身に着けていたことと、キトが森や山を歩くことに馴れていたため、同年代の娘よりも健脚だったためである。
 まだ年若い少女と、鍛えた男達では歩幅の大きさや、体力に違いがありすぎる。
 なにより、騎士達の数は多かった。

「ほぅら、捕まえたぁっ!!」

 不意に腰に衝撃を感じたときには、もう手遅れだった。
 背後のからの声に気をとられている隙に、横から回り込んだ別の男がキトに飛びかかったのだ。

「……っ! ……う、あ……っ!」

 男の手から逃れようと地面を這うキトの身体を、騎士の手が押さえつける。
 小さなキトの身体は、軽々と押さえつけられてしまった。

「手間をかけさせやがって……へへ、たっぷりいたぶってやるから、覚悟しろよぉ?」

 下卑た笑いを浮かべた男の声が、キトの耳を打つ。
 その身体を覆うように、次々と追いついてきた騎士達の影が集まってきた。

「よーし、でかしたぞ。……おい、お前達、周りを見張っていろ」

 先ほどの野太い声の太った騎士が、他の騎士達に命令する。
 数人の騎士が「後で俺達にもやらせて下さいよ、団長」と口にして、いやらしげな視線をキトに向けてから、周辺に散って邪魔者が来ないように見張りに立つ。
 残っているのは、キトを押さえた騎士と、団長と呼ばれた太った男だけであった。

「よーし、しっかり押さえてろよ……ひひひひひ」

 騎士団長は、舌なめずりしながら、騎士の手に押さえ込まれたキトに覆いかぶさってくる。
 上から浴びせかけられる、この男の好色な視線に、そのような視線を向けられたことのないキトは、暴れることすら忘れて怯え、震えた。
 男は、身に着けた長衣の裾に手を這わせると、嬲るようにゆっくりと捲り上げていく。

「や……あ……」

 涙を滲ませ、小さく首を振る。
 悲鳴すら上げられず怯えるキトの頬を、男の唾液にまみれた舌が舐め上げる。

「なぁに、異端者かどうか、ちょっと身体を調べるだけだ……。少しおとなしくしてれば、すぐに済む」

 そう言いながらも、男の手は裾を腹まで捲り上げていく。
 下肢を覆っていた純白の下着が晒されると、男の視線は底に釘付けになった。

「……い、……やぁ……」

 どれほど視線を避けたくとも、両手首を騎士の手に押さえられ、太った男の身体に覆いかぶさられたキトには、捲られた自らの服を下ろすことすら出来ない。
 ニタニタ笑う顔がキトを見る。
 男の手が、下肢へと伸びようとしていた。

「この下がどうなっているか……調べねばなぁ……?」

 キトは悔しさに涙をこぼし、羞恥に紅く染めた顔を背ける。

 男のぷくぷくと太った丸い指が、下着の端に手をかけ──────

 不意に、光が差した。
 驚いて顔を上げた騎士達が目にしたのは光の柱。

 その光が消えた時、そこに立っていたのは、見知らぬ娘と直立する人の骨。
 娘は、ぐるりと周囲を見渡すと、騎士団長の下に引き倒されたキトの姿を見つけて眉を上げた。
 腰に手を置き、騎士たちに向かって堂々と宣言する。

「よぉし、そこまでだ人間ども! 命が惜しくば、その娘の衣服をよこせ!!」

 ポカーンと口を開いて、その場にいた全員が、声の主である裸の娘を見つめた。





「くっ……くっくっくっ……はぁーーっはっはっはっ! なるほどな!!」

 最初に笑い出したのは、騎士団長であった。
 片手でキトを押さえたまま、「なるほど」と繰り返して、娘にいやらしげな視線を向ける。

 裸の身を恥じることなく、騎士達を見上げ睨みつける、魔王に視線を向ける。

「お前、この娘の仲間の妖術使いだなぁ? おおかた、そこの骨を見せて脅しつければ、怯むとでも思ったんだろうが、そんなスケルトン一匹に我ら聖騎士団の精鋭が怯むとでも思っていたのかぁ!?」

 弱みを見つけて付け込もうとする、蛇を思わせる視線だった。
 野太く重く響く男の声は、周囲の騎士達にも届く。

「は……はははは……そうか、なるほどな。へ、へへへへ」

 騎士達が、慌てて腰に差した剣を抜き、娘と骨に剣を向ける。
 なるほどよく見れば、娘は何も纏わぬ丸裸、骨はぼろ布を纏っただけで、武器の一つも見えない。
 数も多く、武器と鎧で身を固めた騎士たちが負ける理由など微塵もなかった。
 微動だにせず突っ立っている骨を剣で叩き折ってやれば、すぐに泣いて許しを請うに違いない。

 一度恐れるに足らぬ存在だと判断してからは、騎士達の顔に余裕の笑みが浮かぶまであっという間だった。
 剣を抜き、退路を塞ぐようにゆっくりと取り囲んでいく。

「そんな格好でお出ましとはなぁ、妖術使いどもの珍奇な風習か? 自分から裸で出てくるとは、いい心がけじゃないか、えぇ?」

 騎士団長の言葉に、騎士たちが揃って笑い声を上げた。
 弱者を嘲笑う下卑た笑いである。
 なにしろ、向こうからカモがやってきたのだ、こんなに笑えることはないだろう。

 だが、騎士達の不快な笑いを向けられた魔王は、当然愉快なはずもない。

「ほほぉ……なにを言ってるのかはさっぱりだが、要するに、わらわの慈悲を受けぬということだな?」

 魔王が目を細め、不機嫌そうに男達を見回した。
 なにやら事の最中の様子だったことだし、服を寄越したら皆殺しは許してやろうと思っていたのだ。
 それが、剣を抜いたと思ったら揃ってニヤニヤ笑いである。

 騎士の一人が身を屈め、魔王の顔の目の前に顔を迫らせる。

「この娘が欲しいだってかぁ? 渡すわけねぇだろ、バァァァァァカ!!」

 子供でなくとも怯えるだろう、凄みの効いた目付きと、耳に障る大音声であった。

「む、だれが馬鹿だ!!」

 魔王は怒りに眉を吊り上げると、叫びと共に拳を振るう。
 小さな拳は、顔を迫らせてきた騎士の鉄鎧に包まれた腹に突き刺さった。

 攻城槌が門を叩くような、異様に重い音が短く響く。

 下から上に。
 投石器で打ち上げられた石のように、男の体は綺麗に打ち上げられる。
 くの字の形になった男の影は、別にブーメランのように戻ってくることもなく、ゆっくりと弧を描いて遠い山の向こうに消えていった。
 悲鳴すら聞こえず、血を飛び散らすでもなく、ただ空の彼方へと。

 全員が、ぽかんと口を開いてそれを見ていた。

「……あ、え、あ……へ?」

 自称聖騎士達は、ただ硬直したまま、パクパクと口を開けたり閉じたりしている。
 あまりにも非現実的な光景に、理解が追いつかないのだ。

「よーし、次はどいつだ?」

 未だ山の向こうを阿呆のように見ている騎士達に向けて、魔王は楽しげに笑みを向ける。
 ちょっと興が乗ってきたらしい魔王は、元気に腕をぐるぐる回していた。





 不思議なもので、一番重いはずの騎士団長が一番よく飛んだ。
 きっと球体に近かった分だけ真芯を捉えやすかったのが幸いしたのだろう。

 流星のように次々と空を駆けていったくの字の人型の物体は、気ままに空行く鳥たちを大いに驚かせた。
 あるいは、この大陸のどこかでは、流星のごとく放物線を描く彼らの姿を見かけた恋人達が、自分達の永遠の愛を誓ったりしたかもしれない。
 自称聖騎士の死の間際の姿だけに、運がよければ願いは届くだろう。
 生贄的な意味で。

 かくして、村はずれの平原には、魔王と従者、そして娘だけが残ったのだった。

「くくく……娘、これでお前を守る者はいなくなったぞ? どうだ、絶望したか……!?」

 腰に手を置くと、会心の笑みで魔王は娘に問う。
 未だ呆然としていた娘は、慌てて長衣の裾を下ろし、顔を上げて魔王を見返した。

 何故か満足げに答えを待つ少女の顔に、自分も必死に言葉を探す。
 言われている言葉の意味が良く分からないので、なんと返せばいいのか思いつかない。

「え……? う、あ……」

 そう、ありがとう、と言わなければ。
 キトが声を上げる前に、魔王の鋭い問いかけがそれを遮った。

「ときに貴様、料理はできるか……!?」

 キトにとってまったく意味不明な、謎の質問である。
 唐突な話の展開に目を白黒させながら、キトはさらに慌てて必死に言葉を返す。

「あ、え……で、でき……ます。料理。……ひとり、暮らしです」

 一人暮らしだから、と言おうとして、うっかり意味不明な自己紹介になっていた。
 しかし、魔王は特に意に介した風もなく頷く。

「ならばよし! お前をこれから、わらわの魔王城へ招待してやる。たとえ、泣いて拒否しようともな!!」

 傍若無人の魔王の物言いに、キトが目を丸くした。
 人の家に招待されるなど、経験のなかった少女である。
 城に招待されるなど、予想することすら不可能の急展開に違いない。

「そこで、命尽きるまで、お前はわらわの糧となる料理を作るのだ……!!」
「……は、はい!」

 黒瑪瑙のような瞳を嬉しげに輝かせ、キトは即答した。
 そこには、ためらいなど一切ない。

 魔王が『くっくっくっ、やはり命は惜しいか矮小な人間め』とか言ってるのを横目に、なんとなく事情を察していた従者だったが、特に主の勘違いを正そうとは思わなかった。
 また別の人間の一団を探して移動を繰り返すのも面倒くさかったからである。

 どうせこの少女が作る料理も、自分が食べるわけではないのだ。



<扉を開けるなら5へ>



■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV::48



[11403] パラグラフ5
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/09/02 21:50
<パラグラフ5>


 黄金獅子の胸肉唐辛子炒め!
 皇帝海老のオーロラソース和え!
 一本角鮫のヒレの極上スープ煮込み!!

 一国の権力者ですら目にかかれぬようなこれらのメインディッシュを彩るは、小中の皿に盛られた揚げ物、サラダ、煮物などそれぞれ手間隙をかけて作られたさまざまな一品料理である。

「おぉーーーっ! 豪華な感じしてなかなかよいな!!」

 続々と並べられていくこれらの料理を前に、魔王は満足顔であった。
 その脳裏からは、昨日語っていた憎悪に悶える人間がどーのこーのとかいうのは完全に消えている。
 決して愚かさがそうするのではない。どうでもいいから忘れるのだ。

「ん」

 料理を運んでいた足を止め、キトはぺこりと頭を下げた。
 くすんだ灰色だった髪は綺麗にカットされて、銀色の美しい艶を放っている。
 よく洗ってもらったおかげで、頭を下げる仕草に合わせて、毛並みのよい犬のようにふわりと髪が揺れた。

 わずかに魔王から目を反らし、頬を赤らめる姿は魔王を直視しることに慣れていない証拠であろう。
 全裸のまま満面の笑顔で見上げる魔王を直視するのは、確かに同性でも気恥ずかしいものがある。

「キト、これはどちらに並べれば?」
「……こっち」

 周囲に皿を宙に浮かべたまま従者が問いかけると、キトはもう一度魔王に頭を下げ、従者の元へ向かう。
 臣下の律儀な仕草に笑みを深めながら、魔王は水差しの水を飲んだ。

 コップを使わないで直接いく辺りは、相変わらず傍若無人な魔王である。
 従者だけが空洞の眼窩からそれを見ていたが、皿を並べることを優先し、仕事を続ける。
 そもそも全裸にフォークとスプーンという装いで食事に切りかかる魔王の姿を前に、テーブルマナーなど語る意味などがあるか疑わしかったからだ。

 はむはむと、肉を食み、スープをすする音が食堂に響き渡る。

 魔王城の食堂に鎮座する長大なる長テーブルの上に、はじめてその広大さに恥じぬほどの質、そして量をもつ料理群が並べられようとしていた。
 これらはたった一人の料理人が一晩という短い時間制限がありながら、その全時間を用いて一睡すらせずに作り出した脅威の力作である。

「うむ、この卵焼きなかなか美味しいぞ。また作るように」
「ん」

 しかし、次々に並び立てられる料理群を前に、魔王の舌はあくまで子供舌であった。
 豪奢にテーブルを飾る皇帝海老など、『目付きが気に食わない』という理由で口もつけてもらっていない。
 まさに傍若無人の暴君であり、料理人としてはなんとも甲斐のない相手である。

 しかし、魔王の言葉にキトは熱心に頷く。
 キトにとって、魔王は自分の最大の危機を救い、生まれてはじめて自分に手を差し伸べた存在である。
 それはさながら、卵から孵った雛がはじめて見た相手を親と信じるかのごとき関係であった。

「……む、この肉辛いぞ。あとなんか柔らかすぎて噛み味が悪い!」
「ん」

 どんな注文にも真剣に頷くキトであった。
 調子に乗ってドンドン文句を言いまくる魔王の言葉をいちいち聞き留めていく。
 宮廷料理のごとく大量に料理を出したのは、基本的に魔王の味の好みが分からなかったというのが大きい。

 キトは、別に料理の達人などではない。
 だが、料理が出来ないというわけでもない。

 なにしろ魔王城には古今東西の食材が雑多に並び、さらには万能に等しい力を持った魔王の従者が手を借してくれることを約束してくれるという、この世界最高の環境がキトには与えられていた。
 料理の知識はある。
 あとは、キトが死ぬほど頑張れば何とかなる。
 そしてキトは、本当に死ぬほど頑張れる人種の人間なのだった。

『……おぉぉぉおおおおおっ!! 美味しいだぁぁぁぁっ!! これはまさに食の革命だべぇぇぇぇっっ!!』

 テーブルの向こうでは、触手が一生懸命皿に盛られた海藻類を食んでいた。
 水草ばっかりで食べたことがなかったらしい。
 ぶっちゃけ何出せばいいのか分からないので思いつきで出したのだが、予想外の大当たりであった。

 一方、いまだ素っ裸に手枷つけただけのエルスは、テーブルの隅で死ぬほど小さくなっていた。

「……うぅぅぅ、服着てる人がいると、余計恥ずかしい……」

 魔王の側で豪華な料理を前にしているのだが、テーブルに裸の身を晒して手を伸ばすことも出来ず、近くに置かれた小皿をもそもそ食べるのがやっとである。
 キトも気を遣って視線を逸らしているのだが、そういう時ほど視線が気になるものだ。


 なんで魔王様もこの人も全裸なんだろう?

 あまりにも大きな疑問は、かえってキトにそのことを尋ねることを躊躇わせていた。
 そして、鉄の拘束を手に、羞恥に耐えるような仕草でビクビクと周りを伺う勇者の姿は、キトをさらなる混乱の淵へと追いやる。
 すなわち、もしかして自分も脱いだ方がよいのだろうか、と。

 ────答えは、未だ見えない。





「……脱いだほうが、いい、でしょうか……?」

 キトが深刻な表情を浮かべて、そろそろと確かめるように尋ねる。
 結局、分からなかったら聞いてみろ、を実践する、素直なキトだった。

 時は夕刻まで進み、場所を城の大浴場へと移す。
 いったいどこから湧き出しているのか、中央の巨大なマーライオンの像の口からこんこんと溢れる程よい熱さの湯が巨大な浴槽を満たし、白い湯煙は大胆に開かれた天蓋から外へと漂いゆく。
 魔王上に相応しき、例え竜ですらも入浴できようという巨大浴場であった。

 尋ねた先は、ビクビクと周囲を気にしながら湯船に浸かろうとしていたエルスである。

「ひっ!?」

 湯煙を割って幽鬼のごとく現れ出でた少女に、勇者は背に冷水を受けたかのように驚き、身を跳ねさせた。
 流石は魔王城の一部と言うべきか、浴槽の縁は、勇者の心の隙を見逃さない。

「あっ……ひ、ひぁぁぁぁぁああああっっ!?」

 見事に足を引っ掛けたエルスは、みっともなく足を開いて湯の中に頭から飛び込む羽目となった。

「え……と……」

 水飛沫ならぬ湯飛沫が上がる。
 目の前に展開された映像に、キトはいくぶん頬を紅く染めた。

 だが、多少気後れしていた部分は解消されたらしく、いくぶんの安堵が幼い顔に浮かんでいる。
 なにを目撃したのかは、気にしてはいけない。

「うぅぅ……いったいなぁ……」

 目に涙を浮かべながら、エルスは湯船の中で立ち上がった。
 湯がクッションになったため、たいして痛みはない。精神的なダメージは確実に存在していたが。

「……あの」

 浴槽の縁から顔を覗かせて、キトがエルスを見る。
 大丈夫ですか? と目で問う少女に、エルスは苦笑いしながら「大丈夫だよ」と答えた。

 いきなり魔王が連れてきて、料理人と紹介された少女である。
 食事の時になんか凄い勢いで憔悴していたので、いったいなにをやらされているのか気にはなっていた。
 まさか、こんな小さい子にまで夜通しヘンな事をさせてるんじゃないだろうかとか。

 もしそうだったら、勇者の名にかけてでもこの魔の巣窟から脱出させてやらなければならない。被害者は自分一人だけで十分だ。
 そのような決意を込めつつ、エルスは湯船から身を乗り出して少女に話しかける。

「えー……えっと、キミ、名前は……?」
「……キト」

 少しの間を置いて、少女は答えた。

「ボクはエルス。……えっと、ちょっと色々あって、ここに捕まってるんだ」

 エルスは自己紹介と共に両手を胸の前まで上げて、手首に嵌められた鉄枷を見せる。
 この鉄枷、水の中に入れたりしても錆びる様子がないところを見ると、鉄ではないのかもしれない。

「……悪いこと……?」

 鉄枷をつけられているとなれば、自然とそういう発想になる。
 エルスが罪を犯して捕らえられたと考えるのも、当然の発想であった。
 しかし、その言葉をエルスは強く否定する。

「違うよ!? ボクはあの魔王をやっつけにきて、……けど、逆に負けちゃって……」

 言いながら、どんどん言葉尻が弱くなっていく。

「逃げたいんだけど……このお城、着るものも武器もないし……仕方ないから、機会を伺ってるんだけど……」

 最後にはエルスは大きく肩を落とし、その視線は力なく湯船の上に落ちていた。
 どう考えてもダメ勇者である自分を再確認してしまったのだ。無理もないことである。

「……これでも、勇者なんだけどねー……」
「勇者……」

 勇者と言うのは、いわゆるモンスターの討伐に特化した存在である。
 自称するものが多いため胡散臭がるものも多いが、強力なモンスターと戦う運命を持つものは、その名と力を生まれつき持つのだと、キトは祖母から教えてもらっていた。
 魔王様に一方的な恩義を感じているキトとしては、歓迎できない人種ではある。

 ……歓迎できない人種ではあるのだが、自分の村に訪れた自称聖戦士の連中などと比べてしまうと、どうにも嫌う理由が見つからないのも確かだった。

「キトちゃんは、なんでここにいるの? もしかしてさらわれてきたの? おうちに帰りたいのなら……」
「……自分の意志、です」

 子供扱いに不満を感じて、多少ぶっきらぼうに答える。
 これでもキトはもう二度も祖母のいない冬を越しているのだ。たいていのことは一人で出来る。

「……えっと、……そ、そーなんだ」
「ん」

 なんとなく言葉に詰まるエルスに頷いて、キトは自分も湯船に浸かった。
 キトには少し熱い湯だが、しばらくすると肌に熱さが染み渡り、身体の方が慣れてくる。
 湯煙の熱さと対照に、頬を撫でる風の冷たさを感じることが出来るのは、露天ならではだろう。

 この辺りの気候は割と寒い方に入るのだ。
 魔王城の中だけが不思議と快適な暖かさを保っていて、おかげでエルスは風邪を引かずに済んでいる。

 二人並んでしばらく湯に浸かっていたが、やがてエルスの方がおずおずと口を開いた。

「あのさ、さっき、なんかヘンなこと聞いてなかった? ……えっと」
「服?」

 キトが急に顔をよせてきたので、エルスは多少気おされて頭を後ろに傾けた。

「そう、それ。どういう意味?」

 最初に聞いた言葉を思い出しながら、エルスはもう一度問いかける。

 確か、「脱いだ方がいいか?」とか言われていた気がする。
 でも、ここは風呂場なのだし、当然キトも入浴のために服は脱いでいた。
 質問だったとしても意味が分からない。

「お城……みんな、服着てない……」

 少しうつむきながら、キトが呟くように言う。
 その言葉の意味を理解してから、急激にエルスはうろたえた。

「ちょ! ボ、ボクは別に!! そりゃ、魔王は自分から着てないけどっ!!」

 耳まで真っ赤になって否定の言葉を上げるエルスを前に、キトは冷静に疑問をぶつける。

「……恥ずかしくても、脱がないとダメ……ですか?」

 脱がされたと思わないところが、まだまだ経験の足りない少女ならではであった。
 それも無理のないことだ。魔王様は女の子であり、従者は基本的に同僚に対して紳士なのだから。
 肝心の触手だが、キトはまだ食器を洗ったりシーツを干したり掃除をしている姿や、水草とか海藻を食んで喜んでる姿しか見ていないので、よもやエロエロな生き物などとは思っていないのである。

 そして、そんな疑問を前に口を詰まらせるエルス。
 さすがに何も分かっていない相手に説明するのは恥ずかしすぎる。
 しかし、説明しなかったら、アレな人と思われてしまうのもまた事実。

 大浴場に、気まずい沈黙が訪れる。

「フハハハハハハハハハハハハハ!!」

 沈黙を裂いたのは、響き渡る哄笑であった。
 哄笑の主は考えるまでもない、この魔王城の主である。

「魔王様!」

 不意に湯煙が晴れ、巨大マーライオン像の上に仁王立ちする魔王の姿が現れる。

「そのようなつまらぬことを気にしているのが、お前たちがしょせんは脆弱な人間の器であるという事だ!!」

 堂々たる宣言をする魔王の姿を見上げ、キトとエルスは揃って動揺する。
 確かに、そこまで堂々と衆目に裸体を晒すなど、自分達には不可能な所業である。

 さすがに揃って頬を赤らめ、視線を微妙に逸らしてしまう。これを心の弱さと言うのだとしたら、確かに二人とも人間の器を超えることは不可能であろう。

「……それにだっ!!」

 言って、マーライオンの登頂を蹴り、魔王は二人の前へと飛び込む。
 二人の前に盛大な飛沫が上がった。
 湯船に入る前に体に湯をかけるなどという基本的な作法を無視した、傍若無人の入浴スタイルである。

 やがて、飛沫の下から堂々と姿を現した魔王は、まっすぐに伸ばした指先を勇者へと突きつけた。

「そいつのは単なる趣味だから気にせんでいいぞ」
「違うよ!?」

 いきなりの言いがかりに必死に勇者が反論する。
 しかし魔王には容赦がない。
 何しろ本人をして、何故に勇者が全裸になっているのか良く分かっていないのだ。

「だが貴様ここ三日くらいずっと全裸ではないか。てっきり趣味かと」

 初日に襲われたときに服を脱がされて、それ以来ずっとそのままであった。
 特に服を着せる理由もないから放置されていたという、恐るべき真実がそこにある。
 触手は特に服を着る習慣がないので気にしておらず、いちいち脱がす手間が省けるので良いと思っていたし、従者の方はてっきり捕虜の処遇の一環だと思っていたのだ。

「ぜんぜん違うよ!! ほら、それはお前が……!!」

 そこまで言ってから、キトがその場にいることを思い出し、エルスは言葉を詰まらせた。
 その先は、子供にはちょっと聞かせたくない体験告白になってしまう。

 魔王が訝しげに眉根を寄せる。

「わらわが……?」
「……その、ヘンな事とか…………と、とにかく! ずっと言ってるでしょ!! 服返してって!!」

 慌てて誤魔化しながら、エルスは難度も繰り返してきた要求を告げた。
 しかし、そもそも魔王は人類の敵であり、なにより人を苦しめる事こそが最大の喜びなのである。

「なんか知らんがイヤだ。そのまま全裸で勝手に恥ずかしがっておるがよい!」

 余計に事態は悪化するばかりであった。

「……よかった」

 一方、キトは少し離れた場所で、ひそかに安堵に胸を撫で下ろす。
 人に見せつけられるほど立派な身体はしていない、まだまだお子様な娘であった。



<先を急ぐなら6へ>



■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV::48



[11403] パラグラフ6
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/09/03 23:52
<パラグラフ6>

 この大陸には『勇者』と呼ばれる者は少なからず存在する。

 彼らの多くは、絶大な剣技と、強大な魔力を操り、モンスターを狩る者となる。
 その起源とされるものはさまざまで、いつ勇者がこの世界に誕生したのかは定かではない。

 彼らは、本人や家族が夢で告げられたり、あるいは神殿の神官の託宣によって勇者として認定される。
 だが、等しく彼らは生まれたときより勇者であり、その能力は告げられて得るものではなく、生まれると同時に持っており、成長と共に自然と培うものなのだ。
 このため、彼らの多くは生まれ持った能力によって常識からズレることになる。

 力を誇って傲慢になるか。
 力の使い道に悩み、神の声に縋るようになるか。
 力が故に孤立し、使命に自らの夢を見出すようになるか。

 そうして、人の価値観を認めず、時として恐れられるほどの暴虐を平気で行うようになるのだ。
 例えば、他人の家に勝手に押し入り、棚の中のものを強奪していくような。

「……あった、この部屋…………」

 一人の勇者が、薄暗い寝室へと進入しようとしていた。
 何かを怯えるように、時折周囲を見回して、視線がないことに安堵し、部屋の奥に置かれた棚へと歩み寄る。

 棚の一つに手をかけると、勇者は音を立てず、静かに棚の一つを引き開けていく。

 両の手に嵌められた鉄枷の鎖が微かに音を立て、澄んだ金属音を鳴らした。
 エルスは小さく息を飲んで、周囲を見回した。だが、音を咎める者の視線は、周囲にはない。

 安堵の息を一つ吐いて、視線を戻す。

 引き開けられた棚の中には、エルスが求めていたものが小さく丸められ、ひっそりと収められていた。

「…………あ、あった……」

 ゴクリと喉を鳴らし、その一つを手に取る。
 この数日の間、ひたすらに探し求めていたもの。

 純白のパンティーが、そこに収められていた。

「一つだけ……」

 パンティーはいくつもあった。
 一枚くらいならば持っていっても分からないはずだ。
 そう心の中でつぶやきながら、純白の花園の中から、そっと一つを手に取る。

 丸められいたそれを手の中で解き、大きさを確かめる。
 自分には少し小さいけれど、身に着けられないほどのサイズ差ではない。

「……うぅ、下着とか、見るの……久しぶり…………」

 それだけ自分がこんな布一枚を切望していたかを思い、涙がこぼれそうになる。

 今すぐ穿いてしまおうか。
 いや、これはいつか脱出するときまで隠しておかないと。
 でもいざという時、サイズとかやっぱりダメだったら大変だし。
 そうだよね! ちょっとだけ! 少し履いてみるだけで、また脱げばいいんだし!!

「よし!」

 エルスが自らの夢を実行するべく、その小さなパンティーを左右に引いて、足を上げようとしたところで。

 キィ、と、扉の軋む音がした。

「……ひぃ」

 小さく息を飲むような、かすれた声。
 額に玉のような汗が噴出すのを感じながら、硬く硬直しようとする筋肉を振り絞り、寝室の入り口を見る。

 そこにいたのは寝室の主である少女が立ちすくんでいた。
 恐怖に身をこわばらせたまま、目を大きく見開き、自らの親が食い殺されているのを眼のあたりにした子供のような顔でエルスの顔を見上げている。

「待って! これは……」

 エルスが一歩踏み出す。
 左右に伸ばしたパンティーを手にしたまま、鬼気迫る顔で少女に迫る

 キトの中で必死に押し留めていたものが、一気に決壊した。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 絹を裂いたような少女の悲鳴。
 例え午後の一幕であっても、やはりそれは魔王城には良く似合うのだった。





「よもや、料理人の下着を盗もうとするとは! 勇者もずいぶんと名を落としたものだなっ!?」

 玉座に腰掛けたまま腕を組み、魔王は意地悪く笑いながらそう問いかける。

 魔王城の中心部に位置する謁見の間。
 この世界の悪の中枢とも言うべきこの場所で、今、勇者エルスによる料理人の下着盗難未遂事件の判決が下されようとしていた。
 この前代未聞の事態に、魔王城の住人である従者と触手も、顔を揃えて事の推移を見守っている。

「……うぅぅぅぅぅ」

 エルスは、世界の終わりのような顔で、謁見の間を横切る真紅の絨毯に膝をつけていた。
 玉座の前に手枷で縛られ、力なくうずくまる素裸の少女の姿は、まるでおぞましき権力の被害者のごとき様相であったが、その実この娘の方が加害者なのだから奇妙な光景である。
 そして、加害者であることを差し引いたとしても、その姿は哀れを誘うものであった。

 しかし、この哀れな勇者を前に、魔王が哀れみなどかけるはずもない。

「くっくっくっ、どーした? ぐぅの音も出ないのか?」

 玉座から身を乗り出して勇者を見つめる目は、新しい玩具を見つけた子供のごとき笑みを浮かべている。
 まさに外道の所業であったが、魔王にとってそれは呼吸と同じもの。自然な行為であった。

 その様子に、困り果てているものが一人。

「…………魔王様、その……」

 玉座の魔王に、おずおずと意見しようとしていた。
 この少女こそが、この下着盗難未遂事件の被害者である、料理人、キトである。

 だが、魔王はキトに構わず「弁明があるならば言ってみろ!」と勇者に一方的に宣告する。
 エルスもまた、その言葉に応えて弁明をはじめるものだから、キトの言葉は一向に誰にも届かない。

「だって……その、服、捨てたって言われたし……代わりも見付からないし……だから」
「ふむ、それで思わず頭にかぶろうと思ったわけか」

 その一見を耳にして、キトの顔が見る見る赤くなる。
 魔王の言葉は、最初に伝えたキトの証言そのままだったからに他ならない。

「あ、あ、あ、あの……っ」

 違うのだ。
 冷静に考えて今では、あれが勘違いだと分かっている。
 あの時は、自分の下着をしげしげと眺められているという異常事態に気が動転していて、さらには部屋も暗くて不気味さを演出していたため、何故かそう見えてしまっただけなのだ。
 今となってはむしろ、そう見えてしまった自分が恥ずかしいという思いの方が強い。

「ちょっ、かぶろうとしてないよ!? それは、その、履こうとしてただけで……」
「なるほど、人の下着を履いてハッスルとはな。見直したぞ、さすが勇者を名乗るだけの事はある」

 勇者の必死の弁明に腕組みをしながら鷹揚に頷き、魔王がその勇気を褒め称える。

「ハ、ハッスルってなんだ! ボクはそんなことしないぞっ!!」

 なにを想像したのか、頬を真っ赤にしてエリスが吠える。
 その目の端には、恥ずかしさと悔しさのあまり、涙すら浮かんでいた。

「あ、あの……ごめんなさい……!」

 二人の間を決死の表情で遮ったのは、それまで完全に話の輪から外されていたキトであった。
 魔王の視線を受けると、キトはわずかに怯みながらも、そろそろと口を開く。

「その……わたしが、ビックリして……」
「うむ」

 みなまで言わさず、魔王がキトの頭の上に手を置いた。

「まぁ、お前がそう言うのなら良い。この辺でからかうのは止めておくとしよう」

 そう、あっさりした言った
 誤解だと分かっていて、ここまで言いがかりをつけているのだからタチが悪いことこの上なかった。

「なっ!? お前、分かってて言ってたのか!」
「うむ。貴様はからかうと面白いことこの上ないからな」

 驚くエルスに、魔王は先ほどまでと同じく底意地の悪い笑顔を浮かべる。

「ただーし! わらわの膝元で悪事を働いたのは許せん!! あとでおしおきな?」

 その言葉に急に顔を青ざめるエルス。
 魔王とエルスの会話の意味は良く分からないまま、少なくとも誤解は解けたので、きっとひどいことにはなるまいと思うキトだったが、その希望は満たされないのであった。





 結局、本日もまた魔王城は休業となった。

 怠惰も魔王城を彩るフレーズとしてはそれっぽいのだが、謁見の間で昼寝したりするばかりで、特に背徳的なことを行っているわけではないのが残念なところである。
 魔王的には、今日の分の悪事を勇者をからかうことで終了としたのであろう。

 後やる事と言ったら、先ほどの件で集まった魔王城の面々相手に、会議と称したお喋り程度である。
 魔王が休みと言ったら本気でみんな休むのが、少人数精鋭すぎる魔王城の欠点であった。

「しかし、こうもエルスが欲しがっているのを聞くと、服を着るのも悪くはなさそうに思えてくるな」

 玉座の上で片膝をつき、腕と頭をこの上に乗せた魔王が、むぅ、と小さく唸る。
 服着てないことを考えると大変に大胆な姿だったが、今更そんあことを気にするものは魔王城にはいない。
 否、魔王城の傍らの料理人は、頬を赤らめ視線を逸らしていた。いまだ修行が足りぬのであろう。

 魔王の視線は、まだ先ほどのイジメでしょげ返っている勇者であった。

 王者というものは、とかく宝物を求めるものだ。
 それは何も輝く金銀財宝ばかりではない。
 人の欲しがるもの、大事にしているものもまた標的となるのである。

 つまり、勇者が服を欲しがっているのを見て、興味が沸いてきたのだ。

「必要でしたら、お持ちいたしましょうか?」
「あっ……わたし……できます」

 我侭を言うのが魔王なら、それに答えるのが魔王の臣下の務めである。
 従者とキトが、律儀にも揃って魔王に進言した。

 しかし、魔王はあっさり首を振る。

「否だ。そこらで手に入るような品で、わらわの身体を拘束できるものか」

 誇らしげに言っているが、ようは力いっぱい暴れて破っちゃいそうだからって事である。
 事実、その身に秘めた暴力と魔力を考えると、暴れ馬にウェディングドレスを着せるようなものなのだ。
 十分な耐久力、柔軟性が要求するのは確かである。

 だが、恐るべきはそれに加えて魔王が要求した用件であった。

「わらわの美しき身体を飾るのだ! それはもう世界に渦巻く邪悪を凝縮し、見にしたものを尽く狂わせ、纏う血の痕が怨嗟の歌声を奏で続けるような……とにかく、わらわに相応しき衣装しか認めぬ!!」

 その場の誰もが、魔王の口にする衣装の正体を想像できなかった。
 少なくとも、衣装と呼ぶのが憚られるような、凄まじく形容しがたい物体であろうことは確かだ。

「……魔法の品ですか? なかなか、難易度の高い注文ですね」

 想像を諦め、従者は恐らく魔王の言葉に近いものから考える。
 この世界には、神話の時代から、神器、魔器、さまざまな魔法の道具が存在していた。
 その種類は幅広く、つまらぬものから凶悪なものまでいくつも存在している。
 例えば、この魔王城とて、魔法の品の一種なのだ。魔王が言うような謎の物体がこの世界のどこかに存在していても、決しておかしくはない。

「そんな無茶苦茶邪悪そうな鎧なんて知らないし、あっても教えないよ」

 エルスがぶっきらぼうに言う。

 この城に来る前にはあちこちモンスター退治の旅をしてきた娘である。
 あるいはと、魔王が視線を向けた矢先にこの答えであった。魔王の目が細くな唇の端が吊り上る。

「ほほぅ、そう言うことならば、無理矢理聞きださせてもよいのだぞ? なぁに、上の口が駄目なら……」
「知らないって! ホントに! 呪われた品の情報なんて、役に立たないから集めたりしないし!!」

 玉座からゆらりと降りてにじり寄る魔王に、勇者が慌てて前を隠しながら後ずさる。
 そろって裸の娘が対峙する姿は大変危ういものだが、開いた両手を前にじわじわと距離をとる姿は、むしろ格闘でも始まりそうな雰囲気である。

「くくくく……今宵はどのような声で鳴いてくれるのだろうなぁ……?」
「くっ、くるなっ! 近づいたら舌噛んでやるっ!!」

 舌なめずりする魔王に、すでに泣きそうな勇者。
 すでに負けそうな勇者だった。

 この一瞬触発の空気を割って二人を遮ったのは、またしても料理人だった。

「あの……」

 小さな声に、魔王はちらりと視線を向けた。

「ん、どうした料理人? 眠くなってきたのならば、わらわより先に床に就くことを許すぞ」

 ずいぶんな優遇ぶりであったが、これには訳がある。
 今日の食事の席に出されたスパイシーオムレツは絶品だったのだ。
 最近は食事の席の毎に料理人の価値はうなぎのぼりに上がりまくっており、魔王はこの少女を当分は手放すまいと、固く心に決めている。
 先ほどの下着盗難事件であれほど勇者を虐めたのも、この辺が理由であった。

 だが、例え優遇されてもキトは魔王の臣下である。
 楽しみを割って意見した言葉が、魔王の意に沿わぬようなものであるはずがなかった。

「あの、そういう……もの。……心当たり、あります」

 つまりは、魔法の品のことである。
 魔王は本格的に勇者から視線を逸らし、「ほぉ」と声を上げる。
 一つ鷹揚に頷いて、腕を組みながらキトの言葉を待つ。

「……シルヴィス=ダイア」

 キトが口にしたのは、一人の女の名であった。
 何者だと問われる前に、キトの口は説明を続ける。

「魔法の品を、集めている……妖術使い、です……」

 魔王の後ろでその名を聞いたエルスは驚きの声を上げた。
 シルヴィスとは、モンスターの領域と都市国家郡の狭間に立つ要塞“砦”を支配し、挑むものを次々とその呪いと配下の魔物たちによって退けてきた、恐るべし魔女の名なのである。
 大人しげな少女から、その名が出てきたことこそが、勇者にとっての不可解であった。

 しかし、魔王はその名に臆することもなく頷いた。
 無知が故ではない。例えどのような名に対しても、魔王は臆することなどないのである。

「ほほぅ……面白そうだな」



<この店に入ってみるなら7へ>



■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:なし

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV::48



[11403] パラグラフ7
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/09/08 07:07
<パラグラフ7>


 “砦”の主は、夜の訪れと共に目覚め、終わりと共に眠りにつくのだという。
 一向がその地を訪れたのは、日が西の地平に沈み、しばらくの時が過ぎた頃合であった。

「ここが、キト殿の話にあった“砦”ですな」
「ほぉ、なかなか良い雰囲気ではないか」

 従者の言葉に、魔王が腕を組んだまま笑みを浮かべて頷く。
 二人の前に立つのは、背後に険しい岩山を背負った要塞“砦”である。
 
 要塞の壁に灯された無数の篝火が、闇の中に要塞を囲む巨大な防壁を照らし出しており、防壁の奥には無数の塔で構成された館が静かに佇んでいる。その窓からは、不気味な薄紫の煙が絶えず立ち上っていた。
 その周りに、歪な翼の小さな黒い影が羽ばたく姿が、幻のように浮かんでは消えていく。
 その不吉な鳴き声を人が耳にしたならば、必ずや一度も振り返ることなくこの地から逃げ出すであろう。

 魔王にとっての『良い雰囲気』とは、そのようなものである。

「あ、あの! ねぇ!?」

 悦に入る魔王を呼び止めたのは、二人の背後に佇む、最後の一人。三人目の同行者であった。
 勇者エルスである。

 この要塞に足を踏み入れるものとして、魔王と間逆の意味で、相応しい人物と言えるだろう。
 邪悪の巣喰う地を滅ぼすのは、勇者であると決まっているのだから。

 だがその例は、今この時においては当てはまらない。。

「むぅ、なんだ?」
「なんで今回に限って門から入るの!? この前は、その、本人のところに直接移動してたでしょっ!!」

 呼び止められた魔王が振り向くと、エルスは切実な表情を浮かべ、激しく問いかける。
 明らかに勇者の方が弱気であり、魔王はその言葉に怯みすらしていない。

 魔王の手には鉄の輪が、エルスの両の手には鉄枷があった。
 そしてその二つを、鋼鉄の鎖が固く繋いでいる。

 それが二人の力関係の全てを表していると言っていい。

「これはこれで良いではないか。わらわは、少し中を見物していくつもりだぞ?」
「ボ、ボクはやだよ!! こんな格好で歩き回るなんて、晒し者じゃないか!!」

 のんきに答える魔王に、エルスが必死に頭を振る。
 エルスが必死に門の中へ入ることを拒否する理由は、実に単純明快である。

 自分が鉄枷以外には何も身に着けぬ姿。いわゆるスッポンポンだからだ。
 すでに頬は羞恥で赤く染まり、目の端には涙すら浮かんでいる。

「なにを言う。恥ずかしいなどと思うから、晒し者などと言う発想が出てくるのだ。堂々としてればよい!」

 腰に手をやり胸を張って、魔王は堂々と答えた。
 それは、恐るべき説得力を持つ言葉である。

 何故ならば、魔王もまたスッポンポンなのだから。

 堂々と胸を張る身体に凹凸は少なく、少女特有の細く長い手足にも肉は付いていない。
 晒した褐色の肌を、夜風にたなびく真紅の髪がわずかに隠していたが、肝心な部分はまるで隠されていない。

 見ているエルスの方が恥ずかしくなり、視線を逸らしてしまうほどに、堂々と全てを晒しているのだ。
 対するエルスなど、必死に手枷で前を隠しながら、夜風が肌を撫でるたびビクビクしている。

「う、うぅぅぅぅ……」

 なにかしら敗北感に囚われ、エルスは口を閉ざして呻いた。
 ゆるゆるとその場に崩れ落ちて、地面に手を着く。

 黙りこんだ勇者に溜息を一つ送ると、魔王は従者の方を振り向き尋ねる。、

「しかし、確かに面倒ではある。骨よ、直接そのシルヴィスとやらのいる場所には行けないのか?」
「この要塞には結界が張られています。力づくで破壊すれば、敵対者とみなされるかと」

 従者の答えはにべもない。

「ふーむ、いちいち門を通って伺いを立てるのはわらわの流儀に反するが」
「キト殿からの紹介です。ここはキト殿の顔を立て、相手を見てその後のことを決めればよいかと」

 珍しく強く意見する従者の姿に、魔王はしばし不思議そうに目を瞬かせた。
 この従者が自己主張するのは珍しい。城の管理を任せているうちに、それなりに情が沸いたのだろう。

「んー、ま、良いだろう」

 滅多にない、従者からの進言である。魔王はあっさりと受け入れた。
 ガマガエルのような面の妖術使いが出てきてムカつく要求をしてきたら、その時に殴ればいい話だ。

「ほれ、勇者。行くぞ」

 手の中の鉄の輪を軽く引いて、魔王は後ろでいまだ小さくなっていた勇者を急かした。
 エルスは、身体を丸めるようにして小さくなりながら、必死に抗議する。

「や、やだ……やっぱり無理! ぜったい恥ずかしいよ!!」
「四の五の言わず、さっさと歩け」

 魔王が軽く鎖を引くと、丸めた身体を隠していた腕は鉄枷ごと前に引かれた。
 当然しゃがみこんでいたエルスは前のめり転がりそうになる。
 だが勇者の優れた反射神経は、転倒よりもとっさに足を踏み出すことを選び、結果としてエルスはたたらを踏みながらも立ち上がり、魔王の方に歩き出した。

「ん、よし」

 ぶつかりそうになったエルスを片手で止めると、魔王は頷いた。

「……うぅぅ」
「ほら、とっとと歩け」

 手の中の鎖をジャラジャラと鳴らすと、魔王は背を向けて門へと歩き出す
 長衣をはためかせながら従者がそれに続き、結局、勇者もとぼとぼとそれについていくのであった。





 巨大門の入り口は、門番が出入りの審査をしており、魔物や全うではない人間による長蛇の列が出来ていた。
 門の両端では、人と、人じゃない何かの骸がまとめて燃やされ、篝火の代わりにされている。

 その列を掻き分け、魔王は門番の前まで真っ直ぐに向かう。
 集まる視線は、魔王や勇者の裸体を目にして緩み、従者の頭蓋の奥に輝く冷たい眼光を前にして凍りつく。
 誰一人として止めるものはなく、魔王は門番の前に立った。

「これが紹介状だ」

 キィキィと鉄の軋むような音を上げながら、犀の顔を持つ大柄な門番は魔王が渡した書状を見る。
 蝋で封印された封筒であったが、犀男は中身を開けることもなく表面だけを見て魔王にそれを返した。

「ブルルルルゥ……妖術使いの紹介状か。それなら、止める理由はないな! “砦”へようこそ!!」



 門をくぐった先は、まさに人外魔境とでも言うべき光景であった。

 要塞の中庭と言えば、本来は中に詰めた兵士達が使用するものだが、“砦”の中庭には、無秩序に寄り集まったモンスター達が勝手気ままに露天を開き、賭け事に熱中し、あるいは好き放題に振舞っている。
 時折見かける、槍を手にして鋼鉄の鎧を纏った兵士が衛兵として働いているのだろうが、その彼等ですら種族はバラバラで、決して仕事熱心であるようにも見えない。
 元からそうだったのか、或いは妖術使いの実験の成果か、呆れたことに砦の中には草や木が無秩序に生い茂る場所すら存在していた。

「ふむ、えらく種族がバラバラだな」
「恐らくは、人間に追われたモンスターが流れ込んだりしてスラム化しているのではないかと」

 砦の中央には、露天や人の集まりでちょっとした街路もどきが出来ていて、騒ぎはそこを中心としている。
 肩がぶつかっただの顔が気に食わないだのの理由でミノタウロスとオーガが殺し合いの喧嘩をして、周囲をインプの群れが飛び回って囃し立て、野次馬からゴブリンが声を張り上げて賭け金をかき集めていた。
 その側では双頭の蜥蜴の兵士が別々の露天商に文句をつけて小金をせしめている最中だ。

 騒がしい砦の中央から視線を逸らすと、風の精霊が暴風を撒き散らしながら一人静かに虚空を見つめ、その側では殺人樹が運の悪いケンタウロスを絞め殺そうとしているのが見えた。

「なるほどな。ここは城下町というところか」

 良い感じだ、と、魔王は笑みを浮かべる。
 最悪すぎる治安も、魔王にとってはむしろ心地よいくらいであった。

 だが、生きた心地がしない者も当然いる。

「うぅぅ……」

 魔王に手枷を引かれるまま、そろそろと足を進めるエルスである。

 あまり肉の付いていない少年のような身体。
 だが、手枷を鎖に引かれているため前を隠すことは出来ず、胸のわずかな膨らみと、白い腹の下のなだらかな恥丘までが晒され、少女であることは誰の目にも明らかだった。
 砦内の各所に立てられたオレンジ色の篝火に照らされた白い肌は、自らの意思とは裏腹に、モンスター立ちの視線には扇情的にすら見える。

 無論、それは鎖を引く魔王にも言える事であった。
 エルスのように身体に女らしさを示す膨らみこそないものの、健康的な褐色の肌を惜しげもなく晒した少女の姿は、自然と周囲の目を惹きつけざるを得ない。

 当然のように、周囲の視線は自然と魔王とエルスに集まった。

「うぇへへへへへへへ……」

 天幕の一つで酒を煽っていたオーガが、だらしなく開いた口から涎を垂らしぶしつけな視線を送る。
 自分の肌を舐めるていく視線を感じて、エルスは小さく悲鳴を上げて視線を逸らす。
 どんよりと濁ったオーガの視線は、肉欲と食欲が混ざり合い、不気味な輝きを見せていた。

「20! いや、30でもいいぞ! その娘、いくらなら売るー!?」

 薄汚い商人が、従者に向かってジャラジャラと金属音の鳴る袋を押し付けてくる。
 返事すらなく骨の手が商人の体を押しのけると、商人はしきりに倍の額を口に叫んでいた。

「おぅい、お嬢ちゃん、俺達と遊ばないかーい!」

 人の波を割って横に並んできたサテュロスが、周囲に森の妖精を侍らせながら声をかけてくる。
 山羊の下半身を持つこの魔物は、よほど己に自信があるのか巨大な性器を剥き出しに晒していた。

「……ひっ」

 ついそれを直視してしまったエルスが悲鳴を上げる。
 サテュロスが腰に差した角笛と比べても遜色のない、ほとんど凶器ともいえるような物体がそこにあった。
 その反応にテンションを上げたのは、見せ付けたサテュロスであった。

「おぉっ、初々しくていいねぇ!! よぉし、今夜はパーティといこうぜぇ!!」

 手にしたリュートをかき鳴らし、人混みの中でも構わず演奏を始めようとする。
 だが、不意にその弦が千切れ飛び、不幸な奏者は指を痛めて悲鳴を上げた。

「魔王の御前だ。次に巻き込もうとすれば、指を飛ばすぞ」

 感情のない声にエルスが視線を向けると、従者が長衣に骨の手を引っ込めるのが見えた。
 魔王が鎖を引き、エルスはいまだ何事か叫んでいるサテュロスを放って、人混みの中を先に進んだ。

「あらあら……お嬢ちゃん達、わたし達と遊ばな~い?」

 途中、砦の中を流れる川に架けられた石橋を渡る途中、川縁に腰掛けていた水妖の集まりが手を振ってきた。
 水浴びという時間でもないのに揃って美しい裸体を惜しげもなく晒しているが、彼女達にとっては普段からそうしているのが普通なのである。

 エルスは自分の身体を見下ろし、顔を赤らめた。
 きっと、ああいう風に堂々としていれば、からかいや好色の視線もこないのだろう。
 先ほどから一緒に歩いている魔王は、エルスと同じように裸を晒しているにもかかわらず、魔物達からはからかいの声の一つもかけられてはいない。

「そちらの骸骨さんが一緒でもいいわよ~」

 石橋の下からは、変わらず水妖が声をかけている。
 魔王どころか従者まで数に入れるところは、奔放な水用らしい提案であった。

「どうだ骨、興味はあるか?」
「遠慮させて頂きます」

 魔王の言葉に、躊躇いも見せずに従者が答える。
 そのやりとりが届いたのか、水妖達が残念そうな顔を浮かべて川へと飛び込んでいった。

 砦の奥にある居館に近付くにつれて、喧騒は遠ざかっていき、魔物の姿もまばらになっていく。
 篝火が減るにつれて薄暗くなる周囲に、エルスは自然と足を速めて、すがるように魔王との距離を縮める。

 暗がりからの声が聞こえたのは、そんな時だった。

「…………はぁはぁ、お、おんな……裸のおんな……」

 ぞっとするような荒い息に混じった呻きのような声。
 エルスは背筋を走った悪寒に怯えるまま反射的に振り向き、すぐにそのことを後悔した。

 豚鬼と呼ばれる、醜い巨躯に豚の顔を貼り付けた魔物である。
 篝火の側に陣どったその魔物は、あろうことか自分の腰を覆う薄汚い布の中に手を突っ込み、巨大な肉の塊を涎を垂らしながら前後にしごいている最中だった。
 腰布を押し上げる肉塊はパンパンに膨らみ、ぶるぶると脈動を繰り返している。

 豚鬼が何をしているかに気付いて、エルスは慌てて視線を逸らす。

「や、やだ……」

 泣きそうになりながら、エルスは目を固く閉じた。
 塞ぐこともできない耳に獣の荒い声が届くと、生臭い息がここまで漂ってくる気がした。

 自分の身体を舐めまわす豚鬼の濃くねっとりした視線に、あの腰布の下の肉棒を押し付けられたような幻覚すら感じて、エルスの肩は恐怖にがくがくと震える。
 それは、触手に襲われたり魔王にからかわれるのとは別種の、濃い牡の欲望への恐怖だった。

 視線から逃れるように、必死に歩いて……不意に、足がもつれる。
 いつの間にか、エルスは、自分の脚の付け根に、痺れにも似た感覚が染み込んでいるのに気付く。

 その感覚の正体に気付いて、エルスは頬を真っ赤に染めた。
 獣じみた男達の欲望の視線に晒され続けたエルスの身体は、自分でも気付かないうちに、熱い泥のような疼きを覚えはじめていたのである。

 エルスは、真っ赤になったまましゃがみこみ、そのまま動けなくなった。
 このまま歩くなんて、とても無理だった。

 だが、無情にも手枷を引く鎖は引き続けられている。
 鎖の手応えでエルスがまた足を止めたことに気付き、魔王は呆れた声を上げて振り返った。

「おい、動け……まったく」
「やだ……無理、もう、歩けないもん……」

 腰に手を置いて見下ろす魔王に、エルスはうつむいたままの顔をブンブンと左右に振る。
 羞恥で真っ赤に染まったままの顔は、上げることすらできない。

 溜息を一つ吐くと、魔王は腰を下ろして屈みこむエルスの耳元に口を近付ける
 意地悪げな笑みを浮かべて、そっと囁いた。

「そんなに動きたくないなら置いていくぞ?」

 わずか一言ながら、効果は覿面であった。

「……い、行く! 待って、行くから……ちょっとだけ……」

 この要塞の中庭に、裸の自分が置いていかれたらどうなってしまうか。
 エルスはこの十数分でイヤと言うほど理解させられている。
 勇者であるエルスは確かに強いが、鉄枷を付けたままではできる抵抗なんてたかが知れている。

 なによりも、裸を晒しているという状況によって、エルスは自分の中にある勇者としての気概を失っていた。
 あの欲望に飢えた牡の視線に晒されて、まともに戦うなんて出来るわけがない。

「よく分からんが、早くしろよ?」
「……わ、分かった……少しだけ、待って……」

 魔王の声に応えて、エルスはなんとか自分を取り戻そうと必死になった。
 恐怖心を押さえるのと同じ要領で、必死に息を整えていく。
 羞恥心で敏感になっていた肌から意識が離れると、熱く火照っていた頬は少しづつ醒めていった。

 だがその集中を押し割るように、無秩序に生えた木の陰から突如躍りかかる影があった。
 先ほどの豚鬼よりも一回り小さい、豚面の人を模した魔物、オークである。

 肉体こそ小さいものの、その肉欲は豚鬼と比べても遜色のないものであった。
 魔王とエルスに気付くなり、真っ直ぐに駆け寄ってくる。

「うほぉっ、ワレメっ子ぉぉぉおおお! やらせろぉぉぉぉおおお!!」
「五月蝿い」

 オークとの距離がゼロになる寸前。
 魔王の手の甲が一閃し、オークは即座に壁の染みになった。

 放物線ではない、地面に水平に直線を描いて壁まで吹き飛んでいったオークの、死に際の顔は驚愕のまま凍りついていた。オークは最初の一閃で肋骨を折られ、内蔵を摩り潰され、絶命していたのである。
 人型ならぬオーク型に綺麗にめり込んだ壁は、悪い冗談のようであった。

「おい、もういいか?」
「う、うん……」

 魔王が視線を向けると、エルスは驚きにぺたんと脚を開いて尻餅をついていた。
 腰でも抜けたのか、そのままの姿勢で染みとなったオークを見ているエルスを見下ろし、魔王は低く呟く。

「……なんだ、嫌がっているかと思えば、むしろ悦んでおったのか」

 え? と魔王を見たエルスは、開いたままの自分の足に気づいて、甲高い悲鳴を上げた。





 “砦”の居館に一行が辿り着くなり、薄く錆びた鋼鉄の扉は大きく開き来客を迎え入れた。
 鉄の軋む音を立ててゆっくりと開いていく扉に、エリスは自分達を見下ろすかのような“砦”の主人の意志を感じて、怖気に肩を震わせる。
 一方、腕組みして開いた門を見上げる魔王は不満たらたらであった。

「まったく! わざわざわらわの来訪に合わせて門を開くぐらいなら、使用人ぐらいよこせばよかろう!!」

 扉をくぐりながら、片側を軽く蹴り付ける。
 鉄の軋む音どころか枠全体が割れる音がして、扉の動きは止まった。

「わ、壊した……」
「フン、無礼の代償だ! 妖術使いとやらも、授業料だと思ってありがたがるだろう!!」

 鼻息を一つ噴いて、魔王はずかずかと奥へと進んでいく。
 従者は影のように側に付き添い、勇者は心配そうに扉と奥を交互に見た後、慌てて魔王の後を追っていった。

 入り口のい廊下を抜けると、大きな広間に出る。
 もっとも、人間の建物に良く見られる豪奢な屋敷のダンスホールのような荘厳な広間ではない。
 広間を照らすのはシャンデリアの白き輝きではなく、代わりに蝋燭立ての不安定な燈色の明かりである。

 そうして見渡すと広間は石の壁で覆われた大きな丸い部屋で、装飾らしいものは、部屋の中央に置かれた石のテーブルと、その上に飾られた蝋燭立てや小物入れなどの雑多な調度品程度だった。
 部屋の奥の壁には扉もない三つの通路が伸びている。

「……暗いね、ここ。なんか寒いし」
「しょせんは魔物の巣窟程度だからな。わらわの魔王城とは比べ物にならん」

 つまらなさそうに天井から床までを見回して、魔王は鼻で笑った。

「魔王城こそ、魔物の巣窟とすべきなのですが……」
「骨。わらわは魔王城に、ろくに掃除も出来ぬやつを住ますつもりはないぞ?」

 投げかけられた従者の言葉を、魔王が厳しく応える。
 恐るべきことにこの言葉は現在のところ真実であり、捕虜であるエルスを除けば、清掃業務を日課としていない住人は確かにいないのだ。
 魔王の住居として間違っているのではないかと思ったが、従者はあえてそれ以上は口を挟まなかった。

 ゆらゆらと蝋燭が不安定に揺らめく。
 急に室内の闇が濃くなった。

「ひゃんっ!? なっ、いきなり、どこ触って……!!」

 唐突に悲鳴を上げたのは、最後尾で部屋を見回していたエルスである。
 慌てるように自らの尻を押さえて魔王の方を見る。

「今度はいったいなんだ? 騒がしいぞ」

 だが、睨みつけられた当の魔王は、数メートルの距離で鎖を手にしてこちらに振り返ったばかりであった。
 これに動揺したのはエルスだった。

 尻を撫でる感触。
 それもただ表面の柔らかさをなぞるのではなく、尻肉の割れ目の間に分け入るように指先の感触が這うのを、エルスは確かに感じたのだ。
 どこかねちっこさを感じる指の感触に、エルスの頬は真っ赤に染まっている。

「……えっ?……だって、今……」

 エルスが周囲を見渡して、自分を襲った“何か”のことを話そうとした瞬間。
 不意に揺らめいていた蝋燭の明かりが途切れた。

 広間が暗闇に閉ざされる。

 視界が闇に閉ざされた瞬間、先ほどと同じ、おぞましい指の感触が再びエルスの下肢を襲った。

「やっ……な、なに……? ひぁっ、んっ……く、や、やめろぉっ!! 」

 今度は一瞬ではない。細長い捻れたような指が、まるで吸い付くように尻をなぞり上げ、次第に足の付け根へと指先を潜り込ませてくる。
 エルスはとっさに手を下ろして下肢をまさぐる指を引き剥がそうとするが、手枷を引く鎖がピンと張り、腕を腹より下へ降ろすことができない。
 それに気付くと、指の感触はより大胆に激しく前後しながら奥へ潜る。

「や、やぁぁぁ!? やっ、ダメ、そんなとこ……ん、あ、ああ……やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 指の腹が、薄く開いた花弁の割れ目へと触れると、エルスは真っ赤になって少女らしい悲鳴を上げた。

 激しく悶える精力的な芋虫のように、指の感触は足の付け根の内側に入り込み、下から上へぶるぶると激しく震えながらエルスの敏感な部分を責め上げ続ける。
 まっすぐ立つこともできなくなり、エルスはその場で身体を丸めるように屈みこむ。
 だが、肌を這う指の感触が消えることはなかった。

 一方、鎖の一端を手にした魔王も、勇者の痴態を笑う余裕はなかった。
 周囲が闇に閉ざされると同時に、エルスとまったく同じに、見えない何かが肌を撫で始めたのだ。

「む、う……これは……?」

 暗闇などで魔王の目を眩ますことはできない。
 だが、不意に胸の上に触れた冷たい五本の指先の感触には、その主たる実体を伴ってはいなかった。

 指先は、魔王の胸をゆっくりと手の平全体で触れると、その感触を楽しむようにやわやわと揉みはじめる。
 わずかに膨らむ程度の胸が、指の感触にあわせてわずかに形を歪ませていく。

 透明化の呪いではない。
 その程度なら、風の揺らめきだけで十二分に存在を感じとることができる。

「……んっ……く、こ、この……」

 正体の分からぬ相手に肌を好きにされる焦りか、肌を愛撫する指先の仕業か、周囲を鋭く見回していた魔王の頬が次第に紅く染まっていく。
 不意に、その指先が、魔王の胸の先をつまみあげた。
 ねちっこい愛撫で固く尖っていた乳首を限界まで引っ張られ、魔王の身体を電流にも似た痛みと快感の刺激が駆け抜ける。

「ふわっ!? うぅぅぅぅぅ……いい加減にせい! この下郎がっ!!」

 甘い悲鳴は、一瞬しか続かなかった。

 魔王の怒りの声ともに、神速の拳が虚空を刈り取る。
 瞬間、拳の軌跡に沿って闇が裂けた。

「ぐぁああああああああ!?」

 まるでその中から引きずり出されるように、年老いた老人の、皺だらけの顔が現れる。
 死者を思わせる青ざめたその顔は、まるで闇の中に照らし出されるように、頭も体もなくそれ単体でふわりふわりと宙に浮いていた。

 ギシギシと骨が軋むような音がそれを追う。
 瞬間、皺だらけの顔に驚愕が浮かべ、その顔は上下に見えぬ手で引かれたかのように縦に限界まで伸びる。
 驚愕に見開いた眼球は、今にも飛び出しそうに震え出していた。
 
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……これは、これは…………」

 そのまま、老人の“顔”は、二度、三度痙攣を繰り返したが、やがてその動きも収まっていく。

 いつの間にか、蝋燭立ての火は光を取り戻している。

 “顔”が魔王を警戒するように距離をとると、それに付き従うように皺だらけの手が“顔”の左右に現れる。
 先ほど魔王とエルスの肌を蹂躙したものの正体は、この二本の青ざめた手に違いなかった。

「……なんだ貴様は」

 魔王が目を細め睨みつけながら問う。
 まだわずかに頬に赤みが残っていたが、それ以上に眼光に浮かぶ敵意は濃い。

「ほぉっほぉっほぉっ、わたくしの技が見破られましたか……。さすがは噂に名高き魔王様ですのぉ」

 先ほど見せた断末魔の面影はすでになく、老人の顔には好々爺とした笑みが浮かんでいた。
 虚空に浮かぶ青白い顔でありながら、思わず笑みを返したくなるような人好きのする穏やかな表情である。
 だが、魔王と勇者の肌を思うままに蹂躙したのも、この笑みの主なのだ。

 いつもと変わらぬ冷めた声が、老人の言葉に異を唱えた。
 骨の腕を長衣の中に収めた従者である。

「わずか数日で、噂がこのような遠くの地まで届いているとは思えませんが」

 床にへたり込み息を整えていたエルスは、従者の言葉に息を呑む。
 従者の転移の魔法が優れているからこそ気付きにくいことだが、“砦”のあるこの地は、魔王城のある西の果てから遥か遠くに位置するのである。
 噂などと言われても、そのままの意味での噂話が届いているとは考えにくかった。

「なに、この“砦”には、あちこちの魔物からの情報が伝わってきますでのぉ……」

 老人は笑みを浮かべるだけで言葉を濁らす。
 ふぉ、ふぉ、ふぉ、という白けた笑いが広間に響く。

「……なるほど、どのような噂を?」

 従者の眼窩の闇の中で、紅い光が揺らめいた。

「意に沿わぬ魔物を、一夜で数千と葬り去った悪逆非道の暴君だとか。ほほほ、実物がこのようなお美しい方だとは思わず、つい、無礼を働いてしまいました。失礼、失礼……」

 再び、宙に浮かんだ顔を上下に揺らして、老人が笑う。
 白けたように、従者の眼窩に浮かんだ光は消えて、冷えた空気が醒めていく。

「ふん、いらん世辞を言う」

 鬱陶しげに長い赤髪をかき上げ、魔王が息を吐いた。

 最後にもう一度、老人の笑い声が上がる。
 広間の奥に向かう三つの通路の一つ、中央の通路に、仄かな明かりが灯った。

 見ると、通路の左右の壁には、燭台が一定の間隔で備えられており、今その燭代には赤々と光が灯っている。

「我が主、シルヴィス様のお部屋はこちらにございます……。どうぞ、お進み下され……」

 まるでその光を嫌うように、老人の顔は部屋の隅へと後ずさった。
 顔の表面を魔王たちへと向けたまま、明かりの灯された通路とは違う、薄暗い左の通路へと下がっていく。

「それでは、ごゆるりと……。わたくしめは、これにて巣へ戻らせていただきます……」

 掠れた声が遠ざかっていく。
 だが、魔王の鋭い声が、薄れていく気配を呼び止めた。

「おい、貴様。名前ぐらいは名乗れ!」

 闇に溶けるように、老人の顔と両の手は消えていた。
 だが、声だけが残響のように広間に響き渡り、自らの名を告げる。

「おぉぉおぉぉぉ、失礼いたしました……。わたくしのことは、ガンジーとお呼びくださいませ……」

 その声の残響が消え去ると同時に、エルスは室内がわずかに明るくなったように感じた。
 どこからともなく感じていた視線が消えた気がして、安堵に息を漏らす。

「……厄介な相手ですね」

 冷めた声のまま、従者が主に感想を告げる。
 魔王は腰に手を当て息を吐くと、つまらなさそうな声で返事をした。

「なんじゃ、お前でもそう思うのか」
「滅ぼすつもりで仕掛けたのですが、しくじりました」

 淡々と従者が告げる言葉に、エルスは驚きの声を上げる。
 この骨だけの体を持つ冷めた従者が、出会い頭に躊躇いもせずに相手を殺そうとしていたのだ。
 そして、殺意をもって力を振るったにもかかわらず、その成否にすら興味を見せずに、従者は無機的にその結果から相手の力を分析していた。

「完全攻撃無効能力です。滅ぼすのは至難でしょう」

 それこそが、先ほどガンジーが見せていた余裕の正体であった。

 剣だけでない、魔法の攻撃すら、あの魔物を傷付けることは叶わないのである。
 こちらからは触れることすらできないというのに、ガンジーはあの不可視の手をもって、哀れな犠牲者を一方的に絞め殺すことすら可能なのだ。

 だが、魔王はその唇の端を吊り上げ、笑みの形に目を細める。

「面白いではないか! そのような者を従える妖術使いがどれほどのものか、興味をそそられるぞ?」

 いかなる力にも臆することがないことが、魔王の真骨頂であった。
 自信満々な魔王を尻目に、いまだ床にへたり込んだままの勇者は力なく呟く。

「うぅ……もう、帰りたいよぅ……」

 本来のライバルのそんな姿に、魔王は口をへの字に曲げると手にした鎖を引いた。
 鎖の先にある勇者の手枷が引っ張られて、力なく腕が上下する。

「情けないな、まったく。ほれ、さっさと歩かないと引きずり回すぞ」
「……うぅぅぅ……、はい……」

 ここで黙っていたら、さっきの魔物が戻ってくるかもしれない。
 魔王達がいない中でまた同じ目に遭えば、自分がそうなるかは考えなくても分かる。

 エルスは魔王に手を引かれるままに立ち上がり、左右を燭台の明かりに照らされた通路へと歩き出した。





 “砦”の主の部屋は、この要塞全体を包む混沌からは遠く、正しく整頓されていた。
 床には黄金の刺繍の施された真紅の絨毯が敷き詰められ、壁には魔術に関わる本の並ぶ本棚や、どこからか集められた無数の武器が並べられている。
 部屋の奥には執務用の重厚な作りの樫の机が置かれ、書きかけの羽ペンとインクが乗っている。

 主は、すでに机から立ち上がり魔王を歓迎するべく部屋の中央から近付いてくるところだった。

 厳つい、大柄の男である。
 屈強な肉体を包むのは、鋼のように鍛えられた肉体であり、その皮膚はランプの明かりを照り返してテラテラと異様な輝きを放ち続けていた。
 その身に纏うのは下半身を押し包む蛇柄の革の吊りズボンと、黒い布で織ったチョッキだけであった。

 何よりも異様なのは男の頭部、その登頂にある髪である。
 わずか頭頂部だけを残して髪は全て剃っており、肌と同じく輝きを放っていたが、頭頂部だけは髪を長く伸ばし、ぐるぐると上に編み上げて形を整えている。
 それは、いわゆるソフトクリーム型に巻き上げられていた。

「この私が、“砦”を支配する妖術師、シルヴィス=ダイアだ」

 腰に偃月刀を差したその男は、子供の腰ほどもある太い腕で腕組みをしてそう名乗った。
 声に合わせて、カールした髭が上下に揺れる。異様に彫りの深い顔立ちは、魔除けの石像を思わせた。

「こんにちは! 死ね!!」

 その顔面めがけて、即座に魔王の拳が突き刺さる。
 背の差を軽くジャンプすることで補ったアッパーは、男を軽々と宙に舞わせた。

 まるでバレリーナを思わせる回転を続けながら、男は数瞬の間を空中に留まり、やがて落下していく。
 ぐしゃりと落ちた肉体は、一瞬も跳ねることなく床に沈む。

「この変態が! 地獄で後悔するがいいっ!!」

 そう叫んだ時には、すでに魔王が宙に跳んでいた。
 驚くべき跳躍力で天井に達した小さな身体は、天井を蹴り上げ、垂直に倒れた男の肉体を貫く。

 その時、地響きとともに、確かに砦が揺れた。

 だが、断末魔の声はない。
 代わりに上がったのは、魔王の驚きの声であった。

「……なに!?」

 男の肉体は、魔王の一撃を受けた直後、まるで風船のように膨らみ破裂したのである。
 内臓が飛び散ることもなく、血飛沫もなかった、破片さえ残さず消えてしまった。

「作り物ですね。よく出来ています」

 従者が冷めた声で告げながら、長衣の中から伸ばした細い骨の腕で、まっすぐに部屋の奥を指す。
 そこには、いつから立っていたのか、部屋の柱にもたれて、一人の人影が佇んでいた。

 先ほどの男と比べると、遥かに線が細い。
 それはそうだろう。その人影は女なのだから、当たり前の話ではある。

 蜘蛛の糸を思わせる長い黒髪を腰まで垂らした、透けるような白い肌の女だった。
 肩から胸元までを大きく露出させた黒いドレスの上に、レースで編まれた黒のケープを羽織っている。
 ドレスの胸元から覗く二つの膨らみは豊かな曲線を描いていたが、その腰は折れそうなほどに細い。

 妖精めいた美しく整った顔立ちに、人を刺すような深い黒の瞳が印象的だった。
 その身体から成熟した大人の甘い色気を匂わせている。
 透明のガラスのはめこまれた眼鏡が、わずかにその印象を和らげ、大人しく見せているようだ。

「……いちいち鬱陶しいぞ、妖術使い! わらわを騙して、タダで済むと思うか!?」

 不機嫌に女を睨みつけ、魔王が怒鳴る。

「申し訳ありません。けれど、貴女が今にも誰かを殴りつけそうに見えたものですから……」

 怖くて隠れてしまったんです、と、唇の側に指をつけ、女は困ったように優しく微笑んだ。
 この悪逆がまかり通る要塞の主とは思えない優しげな表情である。

「……あのジジイが悪い。あのようなエロ老人を使いにやるな、胸糞が悪い」
「そのことは謝罪いたします。あの者は強力ですが、決して従順な部下とは言えませんので……」

 視線を下げて謝意を示す姿は、悪意の一つも見つからない。
 魔王にしても、なんとも扱いにくい相手であった。

「……まぁ、いい。次は気をつけろよ」

 振り上げた拳を下ろして魔王が言うと、女は眼鏡の向こうの瞳を線のように細めて感謝の言葉を上げた。
 胸の上に手を置き、安堵したように息を吐く。

 そして両の手でドレスの端をつまむと、妖術使いの女は恭しく一礼した。

「あらためまして……ようこそ、魔王様」

 その唇から虚像の男が最初に唱えたと同じ、“砦”の主の名を名乗る。

「私が、この“砦”を支配する主、シルヴィス=ダイアですわ」

 シルヴィスは、頭を上げると、芝居がかった仕草で部屋の中央に向けてゆっくりと手を振った。
 一瞬、聞き取りづらい奇妙な発音を唱えると、同時に絨毯の毛がざわざわとざわめきだす。

 絨毯の毛は、見ているうちに伸び上がり続けて、やがて幾重にも重なって来客用のソファを作り出した。

「まずは、どうぞお掛けを。存分におくつろぎください?」
「うむ」

 そう答えるなり、魔王は無警戒にソファに腰を下ろす。
 即席で作ったものにしては、ソファの感触は悪くはなかった。
 従者はその傍らに佇み、エルスと言えば、やはり服を着た相手が出てくると恥ずかしさが増したのか、シルヴィスの視線から逃れるようにソファの陰に隠れてしまっている

 シルヴィスは、そんな勇者の仕草に小さく微笑んでから、魔王に向き直って話を進める。

「紹介状を受け取っていると門番からお聞きしています。拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「うむ、渡してやれ」

 魔王は鷹揚に頷くと、従者へと命令する。
 従者の長衣から取り出された封のされた紹介状は、シルヴィスの手へと渡された。

 封を切り、眼鏡を指先で上げて、目を走らせる。
 なんらかの魔力が働いてのか、わずか一瞬のうちにそれを一読した、シルヴィスは魔王へ礼を口にした。

「……あの子には良くして下さっているようですね。遠くは縁のある私からも、礼を言わせて頂きます」
「ふん、あれは良い娘だからな。料理の腕も日々精進を続けておるし、言われたことも素直によく聞く」

 腕組みと共に視線を逸らし、魔王は答える。
 その答えにシルヴィスは笑みを浮かべた。
 力の支配するこの世界において、価値を認めることこそが、すなわち大事に扱うという意味を示す。

「ふふ……。あの子も、貴女にお仕えできたことを誇りに思っているようですわ」
「……無論だ。このわらわに仕えておるのだからな」

 それこそがこの世界での最大の幸せだと言わんばかりに堂々と胸を張る。
 だがしかし、その頬はわずかに赤く紅潮していた。
 やはり傍若無人を律に生きる魔王にとって、このような手放しの褒め言葉を受けるのに不慣れなのであろう。

 話を区切るように、シルヴィスは声音を変えた。

「……あの子からの手紙に、魔王様のいらした要件も書き記してありました」

 視線を部屋の一角へと向ける。部屋の隅、壁に飾られた無数の武具である。
 足音を立てずにその場所に歩み寄ると、再び短い呪文を唱え、壁の一部を指先でなぞる。

 ゆっくりと左右に開いていく壁の奥から姿を現したのは、無数の鎖に封じられた一抱えほどもある鋼鉄の箱であった。

「確かに、魔王様の目に適うかもしれない品はいくつかございます。……ですが、代償をお望みしても?」

 眼鏡の奥で目を鋭く細め、シルヴィスはそっと静かに尋ねる。
 魔王は答えを返さずに、ソファに深く背をもたれさせたまま逆に問いかけた。

「ほぉ……望むものを申してみよ」
「今は何も。いつか、お返し頂ければ十分ですわ」

 ゆっくりと首を振って、シルヴィスは答えた。

 その答えはつまり、魔王に貸しを作りたいという意味である。
 少なくとも、その“借り”があるうちは、“砦”は魔王にとって制裁や破壊の対象にはならない。
 そう目論んでの答えであったが、魔王は特に躊躇うこともせずに簡単に請け負う。

「ま……いいだろう、貴様の出すものが気に入ったら、恩に着てやろうではないか」

 その“貸し”で不自由があれば反故にしてしまえばよいのだ。
 道理を覆すことこそ、魔王の真骨頂である。





「この鎧は、かつて魔道を極めた一国の王が数千の民の血と百を数える英雄の死をもって創り出したという、凶悪な魔法の品です。ひとたび身に纏えば、その主は闇の加護とあらゆる魔道の力を身につけ、暴虐と死を撒き散らすと言われています」

 鋼鉄の箱のうちに封じられていたものは、黒色に輝く禍々しい鎧だった。
 鉄とは異なる金属で作られた装甲からは、触れれば肉すら裂くような棘と刃が無数に突き出し、まるで血を求めるようにゆっくりと歪な変形を続けている。

「……ですがその力は、装着者の魔力と命、魂すらも糧として吸い尽くします。最後に装着したものは、この欠点によって自滅し、魂すら残さず消滅しました」

 慟哭する女の貌と頭蓋を組み合わせたような兜。
 死神の鎌のように歪に捻れた刃が突き出した肩鎧と剥き出しの肋骨を思わせる胴で構成された鎧。
 棘の柱に纏わりつく無数の骨の腕を象った篭手。
 膝に剥き出しの棘が張り出し、靴先と踵に凶悪な分厚い刃を備えた具足。
 そして、裏も表も光を反射しない黒だけで構成された、顔を隠すほどの尖った大きな襟を備えるマント。

 それが、鎧を構成する全ての部品だった。
 シルヴィスは、静かにそれらの名を告げていく。

「死を呪い他者に撒き散らす慟哭の兜、他者を害し自らのみの安寧を守る支配者の鎧、あらゆる生命を吸い尽くす飢餓の篭手、他者を踏み躙ることのみを喜びとする嫉妬の具足……これらは、人の欲望を基に、それぞれが自らの意思を持っているのです」

 箱から解放されたそれらの部品は、それぞれが飢えに悶えるように振動して、地の底から響くような呻きを絶え間なく上げ続けている。
 もしも指先が触れようものなら、即座にこの飢えた獣達は犠牲者の魂すら残さず噛み殺すだろう。
 そう信じさせるほどの狂気を、この鎧は確かに放っていた。

 だが、その狂気を前にしてなお、魔王は笑う。

「つまらぬ者だな、そいつは。たかが鉄細工ふぜいに身を滅ぼされるとは、器が知れるわ」

 その言葉に、慟哭する女の象を憎悪の形に歪め、兜が唸り、吼えた。
 鎧が狂ったように鉄の軋む音を上げ、篭手はギチギチと指先を張り詰め、具足の棘が肉を抉らんと振動する。
 幾重にも重なる呪いの声が、部屋の中に響いてくるかのようであった。

「魔王様の力をもってすれば心配は必要ないと思いますが……御することが出来るかまでは、私にも計ることは出来ません。……本当に、よろしいですか?」

 眼鏡の奥に表情を隠して、シルヴィスは静かに魔王に尋ねる。
 魔王とこの鎧の異常なまでの相性の悪さを前に、シルヴィスの内心には、自分が大きな間違いを犯したのではないかという疑念が渦巻いていた。
 魔王が鎧の怨念の走狗になるようなことは無いという確信はある。
 だが、万一の事があれば、自分のみならずこの“砦”は滅ぼされるだろう。

「無論だ。貰うぞ」

 シルヴィスの葛藤を容易く乗り越え、魔王は箱に封じられた呪われた鎧へと手で触れる。

 瞬間、室内に暴風が吹き荒れた。

『ひひひっひひひっひひひいひひひひひひひいひゃひゃひゃはははははぐふふふふぁふぁふぁふぁキャキャキキャキャキャキヒヒヒヒふはははははははうけけけけうああああああああふわっはっはっはっハハハハハハげげげげげげひふぃふぃっふぃぃぃげひひひひひひひひぐわふふふふへへえへへへへへ』

 狂ったような哄笑が、幾重にも重なって響き渡る。

 男と女、若者と子供、赤子と老人。
 無数に重なる声はそのどれもが別人のものであり、その全てが同じものでもあった。
 それは呪いに心を埋め尽くされ、狂い、狂い、狂いきった人間。

 吹き荒れる暴風と狂気の渦の中、舞い上がったのは、兜と鎧、篭手と具足、はためくマント。
 それらは一斉に、それぞれの獲物に向かって一斉にかぶりついた。

 魔王の頭に慟哭の兜が被さり、その身体を支配者の鎧が包む。
 その細腕に絡みつくように飢餓の篭手が装着され、その細い足が無骨な嫉妬の具足に覆われた。
 そして、魔王の口より高らかに哄笑が上がる。

「……ははは、はは、ふはははははははは! おおぉぉぉぉ、なんという強大なるこの力!!」

 爆発のような笑いは、その気迫だけで室内に吹き荒れた暴風を吹き飛ばす。
 その身から溢れる鬼気に、シルヴィスのみならず、従者ですらその身をたじろかせ身構える。

「くははははははっ! なんという、素晴らしき力よっ!!」

 魔王は叫ぶ。

「この鎧を身に纏う限り、この地上にわらわを止めるものなど存在せぬだろう!! わらわの道を阻むものは、この闇の力で全て葬り去ってくれよう!!」

 掲げた両腕の篭手に、赤黒い闇の輝きが生まれた。
 あらゆる生命を吸い尽くす飢餓の呪いが解き放たれようとしている。

 シルヴィスの瞳に危険な輝きが生まれ、素早くいくつかの呪文を口の中で唱え、何事か仕掛けようとした。
 だが、その直前。

「……などと、わらわが浮かれ騒ぐと思うたか?」

 魔王は歯を見せてニタリと笑った。裏切り者の胸に刃を突き刺すような、凄絶な笑みである。
 目論見を破られ、兜が、鎧が、篭手が、具足が狂ったように振動を始めた。

 紫電が走り、魔王の力を奪おうと、一斉にその表面が歪み、膨張していく。
 急速に成長した植物のように、無数の棘と刃が、鋼鉄の林のように伸縮を繰り返しながら四方に伸びていく。
 無制限に広がっていく邪悪の成長は、しかし、魔王の笑みを込めた言葉に遮られた。

「……鉄細工風情が、わらわの器を喰らいきれると思ったか?」

 その声と同時に、魔王を中心に脈動と成長を続けていた鉄の林は動きを止めた。
 その表面に無数の亀裂が生まれていく。

 細かく、細かく、千々に刻まれた亀裂は、やがて一斉に砕けた。
 黒い雪の欠片のように、それは魔王の身体から一片も残さず剥がれ落ちていく。

 その全てが床へと落ちた瞬間、残響のように、年老いた男の断末魔の悲鳴が室内に響き、消えた。
 それは、無数の命を糧に生き延びようとした狂王の、最後の叫びだったのだろう。

「つまらん鉄細工だったな、妖術使い?」

 腰に手を置いて、魔王が勝ち誇った笑みをシルヴィスに向ける。
 自分が呆然とその姿を眺めていたことに気付いて、シルヴィスは慌てて眼鏡を上げた。

「そ……そのよう、ですわね……」

 さしもの“砦”の主も、鎧が破壊されてしまった場合のことまでは考えていなかったのである。
 宝物庫に貯蔵してある他の魔法の品を思い浮かべ、なんとか他の贈り物を寄越さねばと、代わりの品となるものをリストアップしていく。
 だがその途中、不意に妙なことに気付いた。

「やぁ……んっ……ふぁ、や、やぁぁ……」

 なんかソファの後ろで娘の悶える声が聞こえる。
 同時に気付いたのか、魔王と従者も揃って、自分達から死角になっているソファの影を見た。

「やだぁ、やめっ……んんん、ふ、んむっ……んーーーーーっ!?」」

 震える細い足が宙を掻くのが見えると、魔王と従者、シルヴィスは揃って頷き、ゆっくりと移動する。
 ソファの影が見える場所へ、壁伝いに。

「んんっ、ふ、んっ、んむぅぅ……んっんっんんっ……!!」

 そこでは、真っ黒なマントに巻きつかれた女勇者の姿があった。

「あら……まぁ」
「むぅ」

 シルヴィスが口に手を当て頬を染め、魔王が口をへの字に眉根を寄せる。

 何も身に纏わぬ白い裸体を、マントの布地が生き物のように蠢きながら、まるで生きた巨大な舌のようにねちっこく責め立てていた。
 苦しげに呻く声は、マントの布が口の仲を塞いでいるからである。
 もしかしたら、これでもこっそり事を運ぼうとしているのかもしれない。
 さっきの鎧を纏うときに魔王の手から落ちた鎖の端は、いつの間にやらマントの中に巻き込まれ、身悶える女勇者の拘束に役立っているようだった。

「……なんだアレは?」
「え……と、説明が抜けていましたが、あの鎧の一部、色欲のマントですわ」

 そのまんまだった。
 さすが色欲だけあって、本能はあってもあんまり呪い分とかがなかったらしい。

「先ほど解放されたときに、これだけが真っ直ぐにエルス殿に襲いかかったようですな」
「まさか、マントにまで襲われるとは……」

 従者の説明を聞き、さすがに目を丸くする魔王であった。
 なにかモンスターとかに襲われやすくなる匂いでも発しているのかもしれない。

「んぁぁぁっ!んむぅ……ふぁっ! は、あ……やっ、たすけて! たすけてってば……ひぁぁぁぁぁん!?」

 しばらくみんなで優しく見守った後、ちゃんと助けてあげました。





 魔王城、謁見の間。

 寝る前に一度だけと、寝巻き姿のまま顔を見せたキトの前に、転移の魔法の光は唐突に生まれた。
 驚きに目を見張るキトの前に、魔王と従者、そして勇者が姿を現す。

「おかえり、なさい……」

 ぺこりと頭を下げて帰還を喜ぶ料理人に、魔王は鷹揚に頷いてみせる。

「あの……どう、でした……?」

 シルヴィスはキトとは縁のある人物である。
 紹介をしてしまって、お互いに失礼がなかったかと心配しながら、キトがおそるおそる尋ねる。
 答えは何故か、帰還するなり絨毯に倒れ伏せた勇者の口から帰ってきた。

「なんかいっぱいセクハラされた……」
「……?」

 首を傾げるキトに、魔王が気にするなと声をかける。
 その言葉を聞いたキトは、思い出したように目を開き、魔王に言った。

「……その……マント、……お似合い、です……」
「うむ、よく懐いているからな」

 そう答え、歯を見せて笑みを浮かべた魔王の肩。
 そこには少し大きすぎる黒色のマントが、自らの意思を持つかのようにはためいていた。



<君は8へ進んでもいいし、ここで冒険を止めてもいい>



■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:色欲のマント

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV:48



[11403] パラグラフ8
Name: ららら◆5714165f ID:24e4be14
Date: 2009/09/08 08:40
<パラグラフ8>


 玉座に埋もれ、魔王はまどろみの中にあった。

 魔王の肩に掛かった漆黒のマントは、まるでシーツのようにその身体をくるんでいる。
 肌に触れるマントの布地は、きめ細かでわずかに冷えたような、上品な肌触りを魔王に伝えていた。

 玉座のふかふか感もいいが、ビロードのようなこのマントの感触もまた心地よく捨て難いものである。
 “砦”の魔女から引き取ったこの魔法のマントは、変幻自在にその形状を変化させることと、その表面の硬度や摩擦係数を操作する力を持っていた。
 本来は、敵を絞め殺したり、矢を払い剣を受けるための力であろうそれは、現在はもっぱら魔王の快適な睡眠のために利用されている。
 言いつけておく限りは悪さをすることもないし、魔王にとってこのマントは、なかなかに良い貰い物であると言って良い品物だった。

 そういう訳で、魔王がこの感触を十分に楽しむべく、魔王城は本日は休業なのである。

 だが、邪魔というものはこういう時こそやってくるものなのだ。

「なんか、バルコニーにヘンなのがいるんだけど」

 謁見の間で昼寝をしていた魔王の目を覚ましたのは、勇者のそんな報告であった。

 この女勇者は、いつか魔王城を脱出しようと目論み、昼の間は魔王上のあちこちを探索している。
 全裸に手枷という無防備極まりない格好で、決して温暖な気候ではない魔王城の外を歩き回れないのは理解しているらしく、身に着けられる衣装やらがないかを探しているらしかった。
 賊ならば火を放ち食糧の備蓄に毒でも盛りそうなものだが、あいにくこの娘はそのような悪知恵は働かない。
 それが分かっているからこそ、この勇者は牢に繋がれることもなく、魔王城での自由を与えられているのだが。

「……なんだ? バケモノでも出たか?」

 まだ少し眠気に瞼を重くしながら、魔王がぞんざいに答える。
 切り替えが上手くいかないのは、心地良い眠りから引き戻されたせいというより、起こしに来た勇者から緊張が伝わらないためであった。
 剣でも振り下ろして繰れば張り合いも出るのだが、と、魔王は欠伸をしながら思う。

 そのような魔王の思いも知らず、エルスは話を続けた。
 コクリと頷き、魔王が戯言に出した問いを肯定したのである。

「うん。バケモノが出たの」

 その返答に、魔王は「むぅ」と唸った。

 魔王城の防衛は、基本的にはザルである。
 転移の魔法に対する強力な妨害の魔力を従者が張っているのだが、直接足を踏み入れた相手には門を開いておくよう、その従者に魔王が命じたのだ。
 それでも従者がいれば侵入者があれば報告に来るのだが。

「そう言えば、骨はどうした?」
「触手とキトと一緒に、“砦”に買い物だって」

 エルスが少し顔をしかめて答えた。
 つい先日、裸で練り歩いて散々魔物どもに視姦された場所である。
 大方、教育に悪いとでも思っているのであろう。

 教育も何も、そもそもあの娘は妖術使いであり、必ずしも人の理に従って生きてはいないはずなのだが、どうも勇者は知らないらしい。

「ならばわらわが出ねば、はじまらぬな!」

 魔王は玉座からピョンと飛び降りると、腕を上げ、ぐっと身体を反らして身を伸ばす。
 猫のように身を震わせる魔王の無防備な姿に、エルスは少し顔を紅く染めて視線をそらした。

「……なんで、マントだけなんだよ」
「ふん、わらわがどのような姿であろうが、貴様には関係なかろう」

 鼻で笑い、魔王は自らの真紅の髪を掻き上げた。
 それに合わせるように、マントの襟が刃物のようにピンと尖り、マントの裾が伸びて絨毯に半円に広がる。
 綺麗に左右に端を伸ばして主を守るその姿は、翼を畳んだ黒竜を思わせた。

「そもそも、真昼間から素っ裸で人の城をほっつき歩いているお前に言うことか!」
「それはお前のせいだろ!!」

 指差し勝ち誇る魔王に、勇者が怒りの咆哮を上げる。
 負け犬の遠吠えとばかりにその言葉を無視して、魔王は勇者の横をすり抜けて、表へ向けて歩を進めた。

 横を抜ける途中、肘でエルスの脇を押しながらニヤニヤと囁く。

「しかし、勇者がわらわにバケモノと泣きつくか。愉快なことだな、ん?」
「別に泣きついてない! だいたい、バケモノっていうか……そういうんじゃないんだよ」

 激しく否定しながらも、続いたエルスの言葉は妙なものだった。
 腕組みをして、魔王は首を傾げた。

「バケモノが出たのに、バケモノじゃない? 妙なことを言う」
「とにかく、見れば分かるから! 居るの、バルコニーだよ。下から見えたんだ」

 魔王を追い越し、エルスが先に進み出す。
 むぅ、と一声唸ると、魔王は勇者の後に続いた。





 魔物にして魔物に非ず。

 バルコニーに在った物は、魔物を模した精密な石像であった。
 爬虫類と人の特徴を併せ持つフォルムに、蝙蝠に似た巨大な翼、手と足の爪は鋭く尖っている。
 いわゆる悪魔を模した像である。
 その大きさは人と同じ程度で、翼を広げても4メートルほどの幅しかない。

「ふむ、確かにな。バケモノであってバケモノではない」
「でしょ?」

 魔王が頷き、エルスが意を得たりとばかりに声を返す。

 確かにバケモノだか、石像にしか見えない。すなわち、この石像は無害な石塊だ。
 ならば、なにを問題として勇者が魔王を呼び寄せたのか?

 それは石像の置かれた場所だった。

 バルコニーの外枠中央。最も目立つ部分から、下界を見下ろすような姿勢でその石像は立っていたのである。
 つい朝方には確かに何も置かれていなかったはずの、その場所に。
 こんな目立つ場所に悪魔の石像が飾られていたら、いくらなんでも見落とすはずがない。

「不思議でしょ?」

 エルスが石像の側まで寄って魔王に言う。
 指先で鼻先を突ついてみても、無機物の固い感触が返るばかりである。

 しかし、魔王は鋭い目で石像を睨みつけつつ、組んでいた腕を解いて答えた。

「不思議ではないぞ。そいつは、ガーゴイルだからな!」

 言葉と同時に、マントの裾が伸び上がりながら、巨大なギロチンを思わせる広場の刃に形を変えた。
 エルスが慌てて跳び退るのと、巨大なギロチンが石像へと振り下ろされるのは同時。

「ギキ!」

 そして、その瞬間まで完全に石像のフリをして固まっていたガーゴイルが頭を押さえながら慌てて逃げ出したのも、同じ瞬間の出来事だった。
 バルコニーの石枠に振り下ろされたギロチンの刃は、石枠に触れるなり、紐が解ける様に布へと戻る。
 最初から、単なる引っ掛けだったのだ。

「ギ!?」

 布が鋼鉄に、鋼鉄が布へと変貌する。
 その瞬間を目撃したガーゴイルは、驚きに目を見張り、ほんのわずかな時間動きを止めた。

 それで十分だったのである。

「……捕まえたぞ?」

 細いガーゴイルの頸を、魔王の手が後ろから掴んでいた。

 その手を振り払おうともがこうとして、即座にガーゴイルは驚愕することになる。
 魔王の、あの細腕の先にある指。
 優美とも言えるその細指が、頸を掴む力の、なんという重く、そして硬きものか。
 機械仕掛けの鋼鉄の大門に挟み込まれたかのごとく、頸を掴むその腕は、どのような力を持っても解ける様子はない。
 もしも無理に頸を動かせば、即座に自分の首が折れるだろうとガーゴイルは本能で確信した。

 ガーゴイルは、ゆっくりと開いていた羽根を畳むと、両手と両足を折り畳み、腹を見せたまま動きを止めた。
 それはガーゴイルが本能が告げるままにとった、完全な敗北を認めるポーズである。

「あ、大人しくなった」
「……軟弱者め」

 微妙に潤んだ目を細めながら顎を上に向け、腹を見せた無防備な姿勢のまま、生まれたての子鹿の如くフルフルと微妙に震えているガーゴイルの姿は、なんというか、かなり情けなかった。

「ぬぅ……どう料理してやろうか、このガーゴイル」

 魔王が歯を剥き出しにした凶悪な笑顔でその顔を覗きこむ。
 ガーゴイルの尻尾が、思い出したかのように腹の側に向けてくるくると丸まっていった。





「キキキキ」
「この魔王城があまりに立派だったので、どうしても耐え切れずに飾りにきてしまったのだそうです」

 “砦”の買い出しから戻った従者は、魔王にとっちめられていびられていたガーゴイルを見つけると、すぐにその鳴き声からガーゴイルの言葉を翻訳して見せた。

「よく分かるね、そんな鳴き声で」

 エルスが従者の澱みない翻訳に、感心の声を上げる。

 なんでも、ガーゴイルという生物はかつて魔術で誕生して以来、本能として立派な建築物を飾り、その建物を守りたいという本能を持っているのだそうだ。
 しかし、近年に力を伸ばしてきた人間達によって多くの古く由緒ある建物が荒らされ、多くのガーゴイルが守るべき立派な建物を失い路頭に迷っているのだという。
 かつては人の里に下りて人間の建物を守護したガーゴイルもいたのだが、現在ではすぐに正体を見破られ、矢を持って狩られることになってしまう。
 そんなガーゴイルにとって、一夜にして突如出現した魔王城は、まさに最高の住居だったのである。

「……じゃあ、なんですぐにやってこないのだ? お前一匹しか来てないではないか」
「キ、ギキキキキ……」

 腕組みした魔王が不審げに尋ねると、ビクビクしながらガーゴイルは鳴き声を上げた。
 即座に従者が翻訳する。

「魔王城に住むものは、モンスターであっても容赦なく滅ぼす残虐非道の悪魔という噂で、ガーゴイル達は皆、死を恐れて避けているのだとか。彼は、我慢できなくなってフラフラと入り込んでしまったようですね」
「……うちの城は、食虫植物か何かか」

 魔王が呆れた声を上げた。

「キキ!」

 ガーゴイルはその場に平伏すると、羽根をフルフルと震わせて頭を下げた。
 なんと言いたいかすごく判る気もしたが、魔王と勇者は一応とばかりに揃って従者を見る。

「すぐ出て行きますから、命ばかりは助けてください、と」

 予想通りの反応だった。

 魔王は腕を組み「ふむ」と鼻を鳴らす。
 その顔を横から覗きこみながら、エルスが「許してあげなよ、なんか可哀想だし」と助命の嘆願をしていた。

 ガーゴイルは、顔を上げることも出来ずに、平伏したままフルフル震えている。

「おい、お前。わらわの魔王城の立派さに惚れて飾りに来たと言ったが、ここに敵が来たらどうする?」

 問いかけに、ガーゴイルが恐る恐る顔を上げた。
 しばらく魔王の顔をじっと見た後、低く唸るように短く鳴く。

「キキ」
「勝てそうだったら戦うとのことです」

 それはつまり、ガーゴイルが勝てそうに無い敵が現れれば、たちまち逃げ出すということである。
 実に情けない言葉であったが、その言葉を魔王は悪とは思わない。
 所詮、魔王にとっては自分以外の命など塵芥も同然なのだ、その程度の存在が口ばかりに述べる忠義など、魔王にとっては何の価値も無いものなのだ。

「エサもやらんし、城を汚したらタダでは済まぬ。……それでもいいなら、魔王城を飾ることを許してやろう」

 魔王の言葉に、ガーゴイルはしばしぽかんと魔王の顔を見返していた。
 だが、やがて魔王の言葉を理解し、弾けるように体を上げる。

「キキキキ! キキキ!」
「……細かい比喩表現は省略しますが、魔王様に感謝する、と言っています」

 嬉しそうにバタバタと翼を動かしながら、しきりに魔王に向かってキーキー鳴いて感謝の意を示すガーゴイルの姿に興が乗ったのか、魔王は鷹揚に腕組みしながらもう一つの言葉を付け加えた。

「なんなら、仲間も連れてくるがいい。群れで襲えば、始末できる侵入者も増えるだろう?」

 喜ぶガーゴイルに、魔王は軽い気持ちでそう告げる。
 勇者はこの妙に情けないガーゴイルに感情移入していたので、その言葉を我がことのように喜んだ。
 従者ですら、珍しく寛容な魔王を驚く程度であり、その後のことなど予測していなかったのである。

「キキ!」

 とても嬉しそうに、目を輝かせてガーゴイルが鳴いた。





 その夜、羽ばたき舞い降りるガーゴイルの羽音が、魔王城の空に休みなく鳴り続けた。



<逃げようと思うなら9へ>



■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:色欲のマント

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[ガーゴイル*1574]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV:48



[11403] パラグラフ9
Name: ららら◆5714165f ID:9b7ba93d
Date: 2012/01/05 16:46
<パラグラフ9>


 魔王がガーゴイルが城に棲むことを直々に許した、その翌朝。
 その居城である魔王城はその姿を大きく変えていた。

 かつて髑髏の装飾の施されただけであった城門を飾る、無数の魔獣の石像群。

 大きく裂けた口と巨大な牙、側頭部からは短い角が生えた獣とも蜥蜴ともつかない醜い頭部。
 痩せた猿のような細く腕の長い体躯。
 その背からは蝙蝠を思わせる皮膜のついた羽根が一対生えている。

 石像はほとんどがこうした造形をしていたが、よくよく目を凝らしてみれば、角の大きさ腕の太さ、翼の形や目つきまで微妙な差異が存在している。

 それはもちろん、彼らがガーゴイルという種族であるためである。
 熟練の石工の手で作られた像ですらまったく同じものは作れないのだから、妖術師の手で生み出されたものとはいえ、生物である彼らがすべて同じ外見であるはずもない。

 彼らは思い思いに魔王城を飾り立てていた。

 例えば、城門を潜り抜け、いまだ緑のない寒々とした広場である庭に出ると、奥の城まで続く道の左右それぞれに5メートル間隔で一列にずらりと悪魔を象った石像たちが迎える。
 それももちろん全てがガーゴイルである。

 庭の中央に置かれた巨大な噴水には、荘厳な威圧感を見せる悪魔を象った巨大な石像が彩となっている。
 石像の大きさは十メートルはあるだろうか。しかし。この巨大な石像。よくよく見てみると、なんと数十匹のガーゴイル達による熟練の組体操で作られているのである。

 そして、もちろん城を囲む城壁には一定間隔でガーゴイルが並んでいる。
 外壁に顔を向けるもの、中庭に顔を向けるもの、それらは申し合わせたように綺麗な背中合わせの列を作っていた。
 もちろん、城の外壁内壁の各所にあるテラスでは、手すりを器用に両足の爪で掴む形でずらりとガーゴイル達が並んでいる。驚くべきバランス感覚である。

 これだけの数のガーゴイルたちが揃っていながら、一体たりとも自らの意志で勝手に動いたりしない。
 明らかに自分たちの存在が不自然であることを気にすることなく、頑ななまでに単なるオブジェのフリを続けているところなどは、さすが魔法生物であると言わざるをえないだろう。

 今や魔王城の中で彼らの姿を見ない場所といえば、玉座の間と魔王の寝室くらいのものであった。
 彼らだって命は惜しい。自分の主のプライベートに不用意に近づいたりはしないのである。



◆◆◆



「ふぎゃあああああああああああああああああああああ」

 魔王城に少女の悲鳴がとどろく。

 いかにも悪の居城らしくて実に結構なことであるが、残念ながらその悲鳴が伝える感情は恐怖とか絶望ではない。例えるならば、まるで尻尾を踏まれた猫のような悲鳴であった。
 悲鳴の主は、魔王城においてもう数日間にも渡って捕虜として監禁生活を続けている女勇者である。

 女勇者は、名をエルスという。
 彼女はどこぞの預言者の導きに従って魔王退治に来たものの、魔王にあっさり返り討ちにあって捕らえられ、ちょっと口では言えないような恥ずかしい目に遭わされた挙句、魔王城の虜囚に身を堕としていた。
 これだけ聞くとさぞかし酷い目にあってそうなのだが、案外と元気に生きているから、世の中は不思議なものである。

「まままままま魔王ーーっ! いったいなんなんだよアレ!!」

 悲鳴とともに、エルスが駆け込んだのは魔王の寝室であった。

「なんだ朝っぱらからやかましい」

 ふかふかのベッドに身を埋めて眠りこけていた魔王は、美しく整った少女の貌に不機嫌の色を張り付けて勇者を睨みつけた。
 シーツに乱れて広がる真紅の髪は炎のようで、褐色の肌には曇り一つたりとも見えない。その額には一対の角が張り出し、この少女が魔王であることを主張している。

「せっかくわらわが愉快な大量虐殺の夢を見ていたというのに、起きてしまったではないか。今まさにギガント殺人プロトン爆弾が発射されるところだったのに……」

 魔王は自分の見ていた夢を思い出し、不機嫌な獣のように低く唸った。
 大地を埋める骸の山で高笑いしながら空をも焼き尽くす業火で世界を真紅に染める夢は、まさに魔王にとって愉快で痛快な夢であったのである。
 だが、夢にいつまでも固執する魔王ではない。

「……まぁよい。そのうち従者に命じてあんな爆弾を作らせよう。ああいう派手な爆発はスカッとして良い感じだ」

 夢が醒めたなら現実でやればいいのである。

「何の話だよ!?」
「こっちの話だ」

 面倒くさそうに手の先を振ってエルスの追及をかわすと、あまり興味なさそうに魔王は目をこすりながら欠伸をした。

「ふぁ……しかし、朝っぱらから犬みたいにキャンキャン吠えおって……」

 そう言いながら、魔王は面倒くさそうに毛布に顔を埋めていく。
 いまだベッドのぬくもりを求めて動こうともしない魔王に、エルスは肩を怒らせながら大股歩きで詰め寄った。

「だーかーらー、あのガーゴイルの連中のことだよ!」
「んにゅ……わらわはちゃんと聞いておるから好きに話しておるが良い……」

 ベッド脇まで迫ってきた勇者。
 魔王の答えは、ごろりと逆方向に横になることであった。

「どー見ても二度寝しようとしてるじゃないか!」

 話を聞くとかいいながら目をがっちり閉じているのを見れば、すでに魔王が眠るつもり満々なのは明らかである。

「あ~~、もう! とにかくちょっと来て!!」

 枕を抱え込もうとする魔王の腕を、エルスがぐいと掴む。
 ベッドに身を乗り出して無理やり立ち上がらせようと力を込めたところで、寝室に新たな来客があった。

「あ…………」

 魔王に料理人として捕獲されてきた妖術師、キトである。
 南の地を引いているもの特有の浅黒い肌とウェーブのかかった白い髪を長く伸ばした少女だ。
 その可愛らしい瞳は、いまや驚きに丸く見開かれていた。

「お邪魔、でしたか……?」

 手には純白のシーツが綺麗に折り畳まれている。キトは魔王の寝室のシーツ交換にやってきたのだ。
 そして、ベッドの上で揉み合っている魔王と勇者を目にしたのである。

「ん、別に良いぞ」

 キトの問いに、まだ少し眠そうにしながら魔王は答えた。
 魔王は毛布をその身に掛けているものの、その下からは小麦色の健康的な肌がするりと伸びており、毛布の下に隠れた微妙な部分まで布きれの端すら見当たらない。
 その身体がすっぽんぽんなのは明白であった。

 それも、なんら不思議なことではない。なにしろ魔王は普段から全裸なのである。
 自らの肉体の美しさに絶対の自信を持つこの娘に、羞恥心などという愚かな感情は存在しないのだ。

「え? あっ……」

 そして実のところ、魔王に詰め寄っていたエルスもまた、その白い裸体を余すことなく周囲に晒していた。
 それどころか、魔王の腕を引く手には鉄枷が填められており、両手は短い鎖で繋がったままという、実に倒錯的な姿なのであった。

 もちろん、これもまたなんら不思議なことではない。エルスは魔王に敗北して捕虜として魔王城に囚われているのである。
 魔王には捕虜の扱いに関する条約などというものを結ばないし、もちろん人道的な扱いなどをするはずも無い。
 普段からまっ裸で過ごすことを強制していたとしても決しておかしなことではないのだ。

 とはいえ、全裸の娘二人がベッドで揉みあってる姿は、傍目には大変あやしい光景と言わざるを得ない。

 事実、キトはあまり表情を変えない彼女には珍しく、頬を紅くしながら頭を下げてそそくさと退室していくではないか。
 小声でぼそぼそと「お楽しみのところをお邪魔しました」と言っているところを見ると、ある程度そういう世界にも理解があるようである。

 「ちょっ、これはそういうのじゃないから! 魔王がちっとも話聞かないから、起こそうってしてただけでっ!!」

 慌てて弁明を試みるエルスであったが、それよりもキトが扉を閉めるのが先であった。
 エルスの言葉は虚しく壁を叩いて消えた。

「なんだ、そういう用事なら、わらわも相手してやらんでもないぞ?」
「うっさいヘンタイ魔王!!」

 あやしい笑みを浮かべて誘う魔王に、顔を耳まで真っ赤にして蹴りを入れるエルス。
 もちろん、魔王はそんな蹴りなんて手の甲で受け止めてしまうのだが。



◆◆◆



「……で、アレというのはなんだ? つまらんモノだったら代わりのお楽しみとして慰み者になってもらうぞ!」
「しないよそんなこと! それより、ここだよここッ!!」

 ベッドから出ても偉そうな魔王が連れて来られたのは、なんと魔王城のトイレであった。

「トイレだな」
「トレレだよ!」

 そんなわけで、魔王城にある城内のトイレにやって来たのだ。である。

「さすがのわらわもスカトロはどうかと思うぞ」
「なっ……なにを、どっ、どこで憶えて来るんだよそんな知識っ!…………じゃなくて!!」

 どこで憶えたかというと、魔王には生まれながらにして古今東西の邪悪な知識が一通りインプットされているのだ。
 つまり魔王を創造した神的にはスカトロプレイは邪悪な知識扱いだったらしい。

「じゃなくて……なんじゃ?」
「このトイレの中にまで! あのガーゴイルの連中が入ってるんだよッ!!」

 そう叫んでエルスがトイレの扉にしては立派な両開きの戸を開け放つ。
 そこには、個室というにはだだ広いトイレの中、奥にある白磁の美しい様式便器を取り囲むように身構えた、異形の石像たちの姿があった。ガーゴイルである。
 彼らは中央の便器をガン見するような姿勢をとったまま石像と化している。

 より正確には、石像のフリして固まっているだけである。つまり、ような、ではなくガン見し続けているのだ。

「こんなトコでトイレなんてできる訳ないよ!」

 切実な叫びであった。

「ふむ」

 魔王は腕組みしてガーゴイル達をジロリと睨んだ。

 その身体は、太古の魔法の産物である“色欲のマント”に包まれており、大きく左右に跳ね上がった襟は、振らば切れんというほどに鋭く尖っている。
 というか実際に斬れるのである。魔法生物であるこのマントは、攻防一体の変幻自在の材質でできているのだ。

「さーて、お前達。そんなにその場所が好きか?」

 ギチチと鉄の軋むような音を立てると、その裾から先が巨大ギロチンの刃に変わった。
 鎧兜をも両断しそうな肉厚の刃がガーゴイル達の上に振り上げられる。

 さが、ガーゴイル達は動かない。
 よく見ると石像なのに生まれたての子鹿の如くプルプル震えているのだが、それでもガーゴイル達は逃げ出そうとはしなかったのだ。
 その開いたままの灰色の眼球を洋式便器に向けたまま、ただ訪れる死を受け入れようとしているのである。

 魔王は、ガーゴイル達の不退転の決意を見届けると、その顔に薄く微笑を浮かべた。

「その意気やよし!」

 腰に両手をおいての力強い一声であった。
 マントは主の意思に従い、鋼鉄のギロチンから再びたなびく布へと形を変えて、しゅるしゅると魔王の身体に巻き付いていく。

「おい勇者。こいつらがトイレの邪魔だから、わらわにどうにかしろというのが貴様の言い分なのだな?」
「そ、そうだけど……

 今の流れはなんだったのか。
 目の前で見せられたエルスは困惑しながらも頷く。

 すると、魔王の瞳がキラリと輝いた。
 もちろん邪悪な輝きである。極悪なことを思いついた時には、魔王の瞳は喜びに輝くのだ。

「ならば自らの力でその障害を取り除いてみせよ! この魔王城で、お前が上かガーゴイル共が上か、白黒をはっきりつける機会をくれてやる!! 中庭に出よ! ガーゴイルの親玉と一対一の決闘にて雌雄を決するのだ!!」
「えぇぇっ!? ちょ、そんなの決めなくてもいいよ!!」

 唐突な魔王の宣言に、慌てるエルス。

「なんだ勇者。せっかくタダの捕虜のお前に、ザコとはいえわらわの配下に対して大きな顔をするチャンスをくれてやろうというのに不満か?」
「いや、だから、今この場で! そこのガーゴイルを、どうにかして欲しいんだよ!!」

 顔を真っ赤にしながら、必死にガーゴイルの排除を魔王に嘆願するエルス。一体なぜ、彼女はそれほどまでに必死なのだろうか。

 よくよく見ていると、先ほどから腰がわずかに後ろに引いている。
 手枷に鎖付きの両腕で前を隠しているものの、かすかに内腿が震えているのは隠しようもない。

 最初ガーゴイルを見たときに、驚きで引っ込んでいたソレが、トイレという空間のもつ魔力によって再び呼び戻されてしまったのだ。

「…………ふーむ」
「なんだよ! いいから、ガーゴイルを早く……」

 もじもじ、もじもじと内腿をすり合わせるエルスを眺めながら、魔王が珍しく難しい顔で唸る。

「大きい方か?」
「ちっ……ちちちち、ちがうよ!」
「なんじゃ、それならさっさとチョロチョロ済ませてしまえば良かろう」

 つまらなさそうに言うと、魔王はさっさとトイレから出て行ってしまった。
 大きい方は魔王的にNGだったらしいが、小さい方ならたいした事ではない扱いのようである。

 後に残されたのは、尿意に震えるエルスと、石像のフリを続けたままガンとして洋式便器へ向けた視線を動かそうとしないガーゴイル達。

「えっ、ちょ……」

 ガーゴイル達を蹴り倒すような力も時間も、今のエルスには残されてはいない。
 具体的には、ちょっと脚上げたりしたらそれだけでもう。

「う、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~…………!」







 どうやって勇者がこの危機を乗り越えたのかは、彼女のプライドのために秘す。



◆◆◆



 そんなわけで、魔王城の中庭である。

「ルールは特になしの一対一の決闘だ! 相手がやっつけられるか負けを認めるまで戦え!!」

 中庭の中央を飾る噴水。そこに飾ってるガーゴイル達の上に、仁王立ちに立った魔王が大きな声で宣言する。

 噴水の前には、不機嫌そうな顔で立つエルス。
 そこから少し離れて、従者たる骸骨の賢者とキト、ついでに触手の怪物が見学にきている。

 中庭には、たくさんのガーゴイルが集まっていた。今の魔王城はいつでもガーゴイルだらけなので“集まっている”という表現は不適切かもしれないが、外の堀とか門の外側、城の廊下とかにいたようなガーゴイルまでが揃って中庭に集合しているので、やはり“集まっている”のである。

「なお、この戦いで勇者が勝ったら、お前達ガーゴイルはこやつより下っ端として扱う! 自分達の地位が惜しかったら死ぬまで戦うように!!」

 なにしろ、この戦いにはガーゴイル達の地位がかかっているのである。
 立派な建物にオブジェとして立っていることに幸せを感じるガーゴイル達にとって、久方ぶりに手に入れた安住の地である魔王城での立場は、頑として死守せねばならないものであった。
 魔王の決定に抗うような根性はないが、勇者が相手ならばチャンスはある。

「……武器をよこせとまで言わないけどさ。せめて手枷ぐらい外せよ」

 半眼で魔王を睨みながら、勇者が唸るような声で言う。
 決闘の当事者でありながら、エルスは相変わらずすっぽんぽんであった。もちろん両腕を前で繋いだ鎖と鉄枷もそのまんまである。
 ご丁寧にも、従者が作ったこの手枷には魔法を封じる魔力が込められているので、魔法の一つも使えない。

「なんだ、勇者のクセにその程度のハンデで怖気づいたのか?」
「……約束は守れよな」

 からかうような口調で笑う魔王にそう吐き捨てて、エルスは中庭に集まったガーゴイル達に視線を向けた。
 突き刺すような眼力に、ガーゴイル達が揃ってすくみ上がる。ここのところすっかりヤられキャラと化していたが、さすがは勇者であった。

「さっさと来いよ! ギッタンギッタンにしてやる!!」

 ジャラリと腕枷から垂れた鎖を鳴らして吠える。
 今、エルスの怒りはガーゴイル達に対して大いに高まっていた。その理由を述べる必要はないだろう。
 これまでの人生で最大の屈辱とも言える出来事を、たった今、味合わされてきたばかりなのだ。その怒りをぶつけられるのならば、もはや相手は何でも良いとすらエルスは思っていたのである。

 だが、いきなり怖気づいたのか、最初に一対一の決闘だと宣言されたにも関わらず、ガーゴイル達の中から代表者が出てくる様子はない。
 揃って隣のガーゴイルをチラ見したり、そのまま石像のフリをしてるばかりであった。

「ほら、ガーゴイル共! ビビってないでさっさと代表者を一人出せ!! 誰も出てこんなら不戦敗にするぞ!!」

 いい加減イライラしてきた魔王が怒声を上げる。
 そこまでして、やっと代表らしいガーゴイルが一匹、噴水の前に降り立った。

「ギギィ……」

 他のガーゴイル達とは明らかに一線を画す、巨体のガーゴイルである。
 前屈みに身構えた身の丈は3メートルを越える。真っ直ぐに直立すれば5メートルにも届こうという体躯であった。
 大きな蝙蝠の翼を折り畳んだガーゴイルは、いやらしく細めた目でエルスを見下ろし、太い牙の生えた口元を馬鹿にするように大きく歪める。

「おい、魔王。さっさと開始の号令をしろよ、じゃないと…………」

 もう始めるぞ。そう言おうとしたところで、唐突にガーゴイルがエルスを指差してキィキィキィと繰り返し鳴き始めた。

「な、なに?」

 どうもこちらを挑発している様子にも見えない。
 困惑しながらエルスがガーゴイルを見返していると、それまで見物を決め込んでいた従者が呆れたような声でガーゴイルの言葉を翻訳した。

「“正々堂々の決闘なのに我々にだけデメリットあるのはおかしい、こっちが勝ったときはコイツをなにか酷い目にあわせろ”だそうです」

 外見の勇ましさに反して、女々しすぎる言いがかりである。
 だが、魔王は巨体ガーゴイルの訴えに「ふむ」と楽しそうに頷いた。

「良かろう、では、お前達が勝ったら勇者を好きにして良いぞ」
「ちょッ……魔王!」

 先ほどの勢いもどこへやら、真っ赤になって抗議を上げるエルス。キィキィと答えるガーゴイル。
 おごそかにガーゴイルの言葉を翻訳する従者。

「いらないそうです」
「…………」

 なぜか微妙に反応に困るエルスだった。

 だが、ホントのところは神に感謝すべきである。少数のマニアックなガーゴイルの中には、少女の視姦が趣味という者だっているのだ。
 しかしエルスにとって幸運なことに、この巨体ガーゴイルはそうした石像ではなかった。

 ならば他に罰ゲームを用意しなければなるまいと、魔王はうむむと唸って考える。

「おお、そうだそうだ。良いアイデアがあるぞ」

 ポンと手を叩いて魔王が目を輝かせた。

「そこな触手は同族が絶滅してしまって、なんと地上最後のエロ触手族をやっておる」

 唐突に魔王に指差されたのは、見物人を決め込んでまったりと中庭の芝生に身を横たえていた触手の怪物である。
 特に固有名詞も付けられぬまま、なりゆきで魔王軍に身を置いているこの這いずって異動するイソギンチャクみたいな生き物は、魔王の言葉通り、同種族が滅んでしまったために地上最後の一匹となってしまっている。
 とはいえ、指差された本人にはそのような悲壮感など欠片もなく、驚いて触手をピンと伸ばし、きょろきょろと周囲を見回していた。

 だが、本人の反応などお構い無しに、魔王の言葉は続く。続いてしまう。

「一匹は寂しいだろうから、もし決闘で負けたら、お前が責任を持って子を孕んで、エロ触手族の繁栄に尽力するのだ!」

 明るい家族計画であった。

「ええええええっ、い、嫌だよ! ぜったいイヤ!! ふざけんな!!」
「ちなみにもう拒否権はないぞ。今さら決闘を放棄したら即敗北。かわいい赤ちゃんを産んでもらう」
「産んでたまるか! この、ヘンタイ魔王!!」

 耳まで真っ赤になりながら心の底からの叫びを上げるエルス。
 まだ子を産むような準備ができていない少女である。いきなり孕めとか言われて頷けるはずもない。

「うるさい。ほら、試合開始だ。はじめー」
「あっ、こら! 待てよっ!!」

 慌てる勇者の姿を心底嬉しそうに眺めながら、魔王はいきなり早口で試合開始を告げた。

 泡を食って魔王に腕を伸ばそうとするエルス。



「ギキキキッ!!」

 その背中に、絶好の機会とばかりに巨体のガーゴイルの腕が振り下ろされた。
 丸太よりもはるかに太い、石柱のごとき腕である。風を切る音が、遠く離れて見るガーゴイル達の耳にまで届くほどであった。

 次いで、叩かれた中庭の地面が土砂となって跳ね上がる。

 その直撃を受ければ、人間ならば受け止めることもできずにミンチになるであろう。石像で作られた肉体の持つ威力を最大限に生かした一撃だった。
 勝利を確信したガーゴイルの牙を剥き出しにした口が、ニタリと醜く歪んだ。



「………………やったな?」

 だが、その土砂の中に、エルスは堂々と立っていた。
 振り下ろした腕から数センチだけ横。その肌に傷一つないのは、裸であるが故に誰の目にも明らかであった。

「ギィィィッ!?」

 驚愕に目を見開き、慌てて腕を横に振るガーゴイル。
 だが、振り下ろしてからの動作には鋭さはなく、勇者たるエルスの目にはその動きは止まって見える。

 エルスは、地面を軽く蹴ると、なんとガーゴイルの腕の上に着地した。

 さらに、その腕を蹴って前に跳ぶ。
 まっすぐにガーゴイルの巨体を駆け上り、その顔面まで一瞬にして距離を詰める。

「……っせーの!!」

 掛け声と共に手枷にに拘束されたままの両腕を大上段に振り上げ、ガーゴイルの頭に自身が辿り着くと同時に振り下ろす。
 石の砕ける音がした。
 ガーゴイルの短い角が欠けて、噴水の中に飛沫を上げて落ちる。

「ギャギャアアアアアッ! ギキキキキキィィィィィィィッ!!」

 折れた角から痛みを感じているのか、或いは自分の一部が欠けたことへの怒りか、ガーゴイルが絶叫を上げた。
 なんとか顔を殴りつけたエルスを捉えようと、ひたすらがむしゃらに腕を振り回す。

 だが、その腕は虚しく空を切るばかりだった。興奮で周囲が見えなくなったガーゴイルは、エルスの姿を完全に見失っている。

「こっちだよ……っと!!」

 ガーゴイルがエルスの声を耳にした直後、その後頭部に激しい痛みが走った。
 エルスはガーゴイルの肩を蹴って空中高く跳んで攻撃を逃れ、そのまま宙返りして後頭部へと回り、その膝でさらに一撃を浴びせかけたのだ。

 見物していた魔王が、「ほぉ」と感嘆の声を漏らすほどの、鮮やかな一撃だった。

「ギ……ィ」

 ぐらりと揺れるガーゴイル。その首を支点にくるりと半回転してその顔の正面に回ったエルスが、間髪おかずに鼻柱に鉄枷の角を叩きつける。
 さらに石の破片が飛び、ガーゴイルはゆっくりと後ろに倒れはじめた。

 だが、その首にエルスの足が正面から絡みつく。

「これで……終わり!」

 しっかりと絡めた両足で石の首を絞めながら、エルスが吠える。
 ガーゴイルが中庭に地響きで倒れると同時に、振り下ろされた両腕が、もう一度ガーゴイルの鼻柱を砕いた。

 見学していたガーゴイル達が「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる。

 ぐったりと動かなくなったガーゴイルからゆっくりと降りると、エルスは噴水の上で戦いを見届けた魔王を見上げた。

「勝ったぞ! これで、ボクがガーゴイルに命令しても文句はないな!!」
「うむ。なかなかの決闘であった! わらわの名において、そこな勇者がガーゴイル共に命令することを許す!!」

 魔王がそう宣言すると、周囲で戦いを見守っていたガーゴイル達の中にざわめきがあがった。

「……文句あるんなら、聞くよ?」

 だが、エルスが視線をガーゴイル達にジロリと視線を向けると、揃って視線をそらした石像のフリを始めてしまう。
 たくさんいるクセに、どこまでも強者には弱いガーゴイル達であった。

「じゃあ、さっさと散れ! トイレと寝室は進入禁止、あとは好きにしてろ!!」

 エルスが腕を上げてパンパンと叩くと、一斉に逃げ出すガーゴイル達。
 やがて、もともと中庭を飾っていたガーゴイル達を残して、中庭に集まっていたガーゴイルはいなくなった。

 ただ一匹を除いて。

「…………こいつ、何やってんの?」

 残っていたのは、先ほどエルスが決闘でボコッた巨体ガーゴイルであった。
 このガーゴイルは、顔面殴打の衝撃による気絶から醒めると、なぜかエルスの前に土下座の姿勢をとって動かなくなったのである。
 先ほどまでのふてぶてしい仕草からは想像もできない、まるで小動物のようなちんまりした土下座だ。

 土下座を向けられたエルスはただ困惑するばかりである。

「キィキィキィ、キィ」

 エルスの言葉に、ほんのちょっとだけ顔を上げた巨体ガーゴイルが答える。
 その言葉はすぐに従者によって翻訳された。

「“先ほどの一撃で姉御の魅力に目覚めました。ぜひとも姉御と呼ばせてください”だそうです」
「ちょ、え……えっ? どういうこと?」

 従者と巨体ガーゴイルを交互に見るエルス。
 全てを見下ろしていた魔王が、訳知り顔でにやにやと笑いながら頷く。

「なるほどなるほど。スッポンポンで馬乗りになってビシビシ叩かれれば、目覚めてしまっても仕方あるまい」
「えええええええッ!?」

 魔王の言葉にエルスが慌てて巨体ガーゴイルを見ると、土下座の姿勢からちょっとだけ顔を上げたその視線が、なんかいやらしかった。
 ものすごく熱い視線が自分に向けられている。より正確には自分の身体に向けられている。

「み、見るな! このスケベガーゴイル!!」

 慌てて前を隠しながら、真っ赤になったエルスが再度ガーゴイルへと蹴りを決め、犠牲者の口から「キィィ」と悲鳴が上がる。
 だがその悲鳴もまた、なんだかちょっと嬉しそうなのであった。



◆◆◆



「エルスさんの、勝ちでしたね」
「いやぁ、ホントに良かっただぁ。オラ、見ててハラハラしちまっただよ」

「…………?」
「ん、どうしただ、変な顔して」
「あの、あなたからすると、エルスさんが負けてしまったほうが良かったのではないですか? その……種族、繁栄のためにも……」
「そんなことねぇべ。勝ってくれて、オラはホッとしただ~」
「そう……ですね。……やっぱり、無理矢理は、よくない……です」

「いんやぁ、魔王様には悪ぃけっど、オラにだって相手を選ぶ権利くらい許して欲しいだべよー」

「えっ」
「え?」

 この話は、自分の胸に秘めておこう。
 一人そう誓う、とても優しいキトなのであった。





<吉と出たら10へ>







■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:色欲のマント

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[ガーゴイル*1574]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV:48



[11403] パラグラフ10
Name: ららら◆5714165f ID:9b7ba93d
Date: 2012/01/08 11:56
<パラグラフ10>



 荘厳なる悪の巣窟、魔王城。

 悪の巣窟という割には住人の99%以上がガーゴイルという有様であるが、問題はない。
 魔王の悪は一千万人分以上なので、魔王がこの城に住まう以上は十二分に悪の巣窟の名に相応しい場所なのである。

 この魔王城のこの地特有の淀んだ水で作られた大湿原地帯のただ中にあり、周囲を囲む山脈から吹き込む激しい寒風に晒されている。
 そのため、およそこの地には人や魔物が好んで住み着くことなく、かつては藻やコケを主食とする触手生物のような特殊な魔物がわずかに棲むのみであった。
 それは魔王城が神の手によって作り出された現在でも、それほど変わってはいない。

 ただ一つ異なるのは、この地に魔王討伐を目的とする“敵”が訪れるようになったことであった。



 魔王城の厚く強固な城壁。
 その上にはガーゴイルの石像が1メートル感覚で立ち並び、遥か外界にその顔を向けている。
 だが、その視界の届かぬ真下、外壁から伸びる一本の細い腕があった。

 その腕が縁を掴み、侵入者はついに城壁の上へと這い上がった。

 風景の歪み。そうとしか形容できない存在である。
 だが、注意深くそれを観察すれば、それが周囲に合わせて色を変えるカモフラージュの魔力を持つ外套によるものだとなのだと気付くことができるだろう。
 間近の敵を欺けるような完全に姿を消すような高度な魔力ではなかったが、この魔王城に潜入するまで姿を隠すのには十分であった。

「…………情報通り、魔王には手駒がないらしいな」

 侵入者はそう呟くと、屈めたまま外套のフードを下ろす。
 美しい陶器を思わせる濃い灰色の肌と、ピンと尖った長い耳。長い黒髪がふわりと広がる。
 侵入者は、ダークエルフの女であった。

「城内は暖かいな……魔法で保護しているのか」

 しばし迷った後、ダークエルフの女は立ち上がり、外套を脱ぎ捨てた。
 動きやすい黒革の衣装に身を包んだ、柔らかな曲線を描く女性の身体があらわになる。

「よし、ここまでは順調だ。問題は、標的を狙う場所の確保だな……」

 ダークエルフ腰を下ろし、床に脱ぎ捨てた外套を探り出す。
 その顔は、すでに魔王城の内へと向けられている。

 その背後に音もなく迫るものがあった。
 それまでじっと外壁を見つめる石像を演じてきたガーゴイル。その中の、もっともダークエルフの間近にいた一体である。
 狡猾にもガーゴイルは、進入差であるダークエルフが背を向けるのをひたすら待ち続けていたのだ。

 そして今や、そろそろと音を立てずに振り返ったガーゴイルは、背を向けていたダークエルフへとその鉤爪を振り上げんとしていた!

「フン、ガーゴイルの番人か。古臭い見え透いていた手だな」

 ダークエルフが、不意に呟く。
 その言葉に込められた意味にガーゴイルが硬直した、その瞬間には、振り向いたダークエルフの手が閃いていた。

「…………ッ!?」

 喉を手の平で掴まれガーゴイルの悲鳴はかすれた吐息となって消えた。

 ダークエルフの身体がガーゴイルに密着する。
 石の翼がバタバタと無様に動き、必死に逃れようと細い体躯がもがくが、それもダークエルフのもう一つの手に握られた短剣が胴に突き刺さるまでの短い時間だった。
 翠の鉱石で作られた短剣である。それは、ガーゴイルの石製の胸に深々と突き刺さり、その仮初の命を奪った。

 ただの石くれと化したガーゴイルの身体を、ダークエルフは城壁にそっと横たえる。
 そして、注意深く城壁の上を見回した。

「…………なるほど、残りはこけおどしか」

 城壁に立ち並ぶガーゴイルの石像はもう動き出してくる様子はない。ダークエルフはそれらを単なる石像だと判断した。
 当たり前の判断である。
 もしも立ち並ぶ石像が全て生きたガーゴイルならば一体だけで襲いかかってくるはずがない。城壁の上にいる石像の数は10や20ではないのだから。

 ダークエルフは安堵の吐息を漏らして、慌ててそれを否定するように首を振った。
 気を引き締めるようにぎゅっと唇を噛んで眉間に皺を作りながら、床に捨てた外套の中から分解された弓の部品を取り出す。

「大丈夫だ、問題ない。この仕事もきっと上手くやってみせる……」

 手馴れた動作でそれを組み立てながら ダークエルフは自分に言い聞かせるように呟いた。



 その背後でチラッチラッと視線を送って様子を伺いながらもながらも、命が惜しいのでじっと石像のフリを続けているガーゴイル達。
 「お前行けよ」「いやお前こそ」みたいな視線でお互いを牽制しあう彼らが動き出すのは、まだまだ先のことになりそうである。




◆◆◆




 うららかな午後。
 バルコニーから届く陽気に当てられるかのように、魔王城の謁見の間には暖かな空気が流れ込んでいた。

 本来ならこの地方では、陽の光は厚い雲に阻まれて届かないのだが、この魔王城の周辺だけは例外だった。
 城を取り囲む気候操作の魔力が、魔王にとって、或いは多くの魔物にとって過ごしやすい温暖な気候を作り上げているのだ。
 それは、この魔王城を作り上げた存在、神による恩恵である。

 その恩恵に守られ、魔王は玉座の裡に埋もれていた。

「くかー」

 開いたままの魔王の口から、間の抜けた寝声が上っていた。
 その顔には、普段の魔王からは決して見られない、天使のような微笑みを浮かべている。
 わずかに開いたままの唇の端から、つぅ、と透明の雫が流れる。

 涎である。

 だがその涎は、魔王の顎から垂れ落ちる前にすぐさま拭いさられる。
 涎を拭ったのは、魔王が身に纏ったマントだった。長く伸びた襟の端が伸びて拭きとったのだ。
 そして再び、何事もなかったように、マントの襟はピンと立つ。

「んぅ……ふわわ…………」

 よほど玉座とマントの寝心地が良いのであろう。
 魔王は一部始終に気付くこともなく、幸せそうな微笑みを浮かべたまま、眠り続けている。



 ――――魔王の纏うマント“色欲のマント”は、現在の主である魔王に深く感謝していた。

 これほど望んで主に仕えているのは、色欲のマントがこの世界に誕生して以来、はじめてのことである。




◆◆◆




 かつて彼がこの世界に誕生した時、その存在は常に一組の武具とともにあった。


 慟哭の兜、支配者の鎧、飢餓の篭手、嫉妬の具足。そして色欲のマントをして一組の武具だったのだ。


 これら呪われし武具の起源は、人の命、それも理不尽に処刑され、滅びゆく命にある。
 力に狂えし王に、力ある魔法の武具を作ることを命じられた邪悪なる妖術師が、ただ己の探究心のみを満たすために作り出した邪法である。
 死に瀕した生者の叫びは何よりも深く暗く、強い力を持つと魔術師は考えたのだ。そして、理不尽な処刑が、虐殺が、屠殺が狂王と魔術師によって繰り返され、彼らが誕生した。
 それが、死を臨み生を呪う、五組の魔性の武具である。

 死ぬときに『死にたくない』と断末魔の悲鳴を上げた魂は“慟哭の兜”に。
 死ぬ瞬間まで自らを死の運命に追いやった者達に『殺してやる』と呪いの声を繰り返した魂は“支配者の鎧”に。
 ただひたすら『生きていたい』とだけ望みながら絶望に死した魂は“飢餓の篭手”に。
 自らの処刑を目にする人々へ、恨みの視線とともに『なんで俺だけが』と憎しみの視線を向け続けた魂は“嫉妬の具足”に。

 そして、死に際になお女体を夢想し、『最期に乳揉みたかった』とか『俺まだ童貞なのに』とか考えるヤツの魂が“色欲のマント”になったのである。
 極めてわずかな人数ではあるが、確かにそうした思いと共に逝った者達は存在したのだ。だからこそ彼が存在しているのだから。

 だが当然、他の武具と比較できる能力は持ち合わせなかった。

 何百の人間を同時に狂気に侵したり、大地から血に飢えた数千の刃を生み出したり、あらゆる力を糧として吸い尽くしたり、全てを這い蹲らせる重力を操ったり、恐るべき魔力を秘めていた他の呪いの武具と違い、色欲のマントができるのは、形を変えることと表面の硬度や摩擦係数を弄る程度である。
 他の能力が違わず虐殺のためのものであるに対して、マントは矢を払う程度しか出来ない。

 だが、そのことに不満はなかった。
 色欲から生まれた存在である彼が戦いの力など望むはずもない。問題はそんな些細なことではないのだ。

 彼の悲劇の本質は、その存在意義とも言える自分の欲望、すなわち色欲がが一切満たされないという現実にあった。

 なにしろ、他の武具みんな虐殺しか考えてないのだ。

 例えば、小さい村があるとしよう。
 その村の前に立った武具の持ち主の前に、一人の村娘が現れてこんなことを言う。

『わたしはどのような目に遭っても構いません。ですから、どうかこの村を襲うことだけはお止めください!』

 この言葉に対する各武具の反応はこうだ。


 色欲のマント『やった! おっぱいとか揉んじゃおうぜ!!』


 慟哭の兜『よし村の中央に吊るして晒し、その肌に釘を一本づつ、村の者達に打ち付けさせるのだ。娘が呪いの言葉を吐くまで休むことなくなぁ……?』
 支配者の鎧『何を言う、それならば村の娘達を全て狩り集め、この娘の前で一人づつ、尻から口まで鉄の槍を貫き通したうえで、百舌の早贄の如くその醜い屍を晒してやるのだ!』
 飢餓の篭手『それより、村の者達を集めてこう言えばいい“娘の言葉通りにしてやろう、さぁ、お前達がこの娘を生きたまま解体し、我に料理として振舞え”となぁ!?』
 嫉妬の具足『くだらぬ!! あの娘の身体を切り裂くのだ!! 指を切り、腕を切り、足を切り!! 最後に首を切り落とす時、あの気丈な顔がどのように歪むか愉しもうではないか!!』

 ひどい温度差である。
 他の連中の発想は、色欲のマント的にはドン引きってレベルじゃないのだ。

 それはもう性格の不一致とかのレベルじゃない別の何かであり、正直聞いただけで萎える。
 嬉々として実行するし。全部。しかも常に。
 そのたび、マントは必死になだめすかして中止させようとしたが、多数決という憎むべき数の暴力によって貴重なおっぱいが失われるのをただ悲しむことしかできなかった。

 そうして何百年を過ごすうち、色欲のマントは自らの消滅を望むほどに絶望していた。
 生をただただ憎むだけの邪悪極まりない武具の一部として存在するのは、色欲のマントにとって苦痛以外の何物でもなかったのである。



 やがて、その時代の勇者によって狂王が滅ぼされ、色欲のマントは他の武具と共に封印された。
 それから長い年月が過ぎた後、ついに“砦”にて封印が解かれる。



 そして永い眠りから醒めたとき。
 他の武具が、再び世界に死と殺戮を撒き散らすことのできる歓喜に打ち震え、狂気に満ちた笑い声を高らかに上げる中で、色欲のマントだけは何の歓びも感じてはいなかった。
 だからこそ、魔王の力を冷静に観察し、理解することができたのである。
 目の前の存在が、自分達のような呪いの武具風情が取り込めるような生易しい存在ではないことを。

 ツケを払うときが来たのだ。

 それを悟ったとき、色欲のマントは即座に死を覚悟した。どのみち、彼らは何者かに寄生しなければ魔力を保てない、脆弱な存在なのだ。
 目の前の強大な存在の怒りに触れた武具達は滅ぼされ、自分もまた同じ道を辿るだろう。それを止めるつもりはなかった。

 最後の時間をどう過ごすか。死を悟ったとき、色欲のマントが考えたのはそれだけであった。

 その時である。マントの視界にあの少女が飛び込んだのは。
 鉄枷に両腕を縛られ、白い裸体を晒したショートカットの可愛い娘っ子だった。
 色欲のマントは知らなかったが、それは魔王に遊び半分で連れてこられた囚われた勇者、エルスである。

 なんでスッポンポンなのか。なんで縛られてるのか。どういう状況でそんなことになってるのか。この際、色欲のマントは気にするまいと思った。

 死を前にした自分の前に、急に生乳が視界に飛び込んできたのである。
 理由など些細なことはどうでもいい。彼はただ、望んだその時に、死に場所を見つけたのだ。

 色欲のマントの心は澄んでいた。

 そう。思えば彼はずっと、屠殺される前提のかわいそうな娘達ばかりを見てきた。
 その命を弄ぶのみが目的で女体を蹂躙することを命じられたことはあったが、どれほど美しい娘を汚しても彼の心が満たされることはなかったのである。
 最期の時になって、彼は、自らが誕生したときに感じた渇望……童貞だけが持つ、未知なる女体への憧れ……を、彼は思い出していた。

 この世界に誕生して初めて、彼はその渇望を満たすためだけに、少女へと真っ直ぐに躍りかかった。

「ひぁぁぁ、なっ、なにこれっ! ひゃんっ、やぁ、やぁぁぁぁぁん!?」

 それから数十秒間。

 ただ無我夢中で女体に絡みつき、おっぱいにむしゃぶりついたり、お尻を撫で回したり、さらにもっといけない場所にぴったりくっついてしまったり、幸せな時間が過ぎていく。
 その間、なんか他の武具が勝ち誇ったりバラバラに砕け散ったりしていたが、どうでもよかった。
 押し倒した少女がすごい勢いで暴れてたが全然OKだった。その方が興奮する。

 そう。こういうのでいいんだよ、こういうので。

 ただ一つだけ残念なのは、この娘が処女じゃなかったこと。
 彼の中の童貞心がほんのわずかな悲しみを感じていたが、それでもなお、初々しい少女の反応は、その悲しみを遥かに上回る歓喜を彼に与えてくれた。
 ああ、俺は生きている! 今はじめて自由になれたんだ!!

「やだぁ、やめっ……んんん、ふ、んむっ……んーーーーーっ!?」」

 少女のあらゆる反応が色欲のマントを奮い立たせてくれる。
 もうずっとこのままでいたいというほどの具合の良さ。打てば響くとはこのことであろう。

 だが、何事にも終わりは訪れる。
 やがて色欲のマントは視線を感じた。

「……なんだアレは?」
「え……と、説明が抜けていましたが、あの鎧の一部、色欲のマントですわ」

 ついに自分が最期の武具になったのだ。魔王と妖術師が何かを話している。きっと自分を滅ぼす算段であろう。

 だがしかし、自らの死を目前にしながらも、色欲のマントの心は揺るぐことはなかった。
 それよりも、ただ目の前の少女にエロいことするだけが、今のマントにとっての全てだったのである。

 いやむしろ見られてた方が興奮する。
 そう考え、実行することで、色欲のマントは死の恐怖を乗り越えたのだ。

「み、見てないでっ、はやく…………んぁぁぁっ!んむぅ……ふぁっ! は、あ……やっ、たすけて! たすけてってば……ひぁぁぁぁぁん!?」

 見られて興奮するなんてエッチな娘め!ここがいいのか!ここがいいのんかぁ!!
 もし色欲のマントが口を利けたらそんな言葉を発していたであろう。

 まさに絶好調。彼を止められる者などこの世のどこにもいないのではないかという勢いであった。



 とはいえ、どれだけ絶好調であろうとも、当然ひっぺがされる時にはひっぺがされる訳で。

「さてどうしてくれようか?」

 気が付くと色欲のマントは魔王の手の中であった。




◆◆◆




 そしてどうしてか、色欲のマントはいまだに魔王の手の中にいる。

「くかー……」

 だらしなく口を開いてイビキをかく魔王様である。
 その姿は、目覚めているときの傍若無人はなりを潜め、幼い少女の外見相応の可愛らしさすら感じられる。

 だが、今や主であるこの少女から流れ込む魔力は、色欲のマントをかつてのヘタレ防具とはまったく違う存在へと変えるてしまうほどのものであった。

 かつては硬く変化してもせいぜい爬虫類の革程度が硬さしか持ちえなかったマントは、今やダイヤモンドよりも硬くなることが可能となり、せいぜい弓を払う程度にしか動くことができなかったその表面も、一瞬で武器から布、布から盾へと変化することができる。
 そして何よりも嬉しいのは、その力の使い方の全てが、色欲のマント自身に委ねられていることだ。
 呪われた武器の使い手ならば必ず欠かさない、道具の意志を縛り意のままにしようとする手綱を、魔王は締めようとはしなかった。

 自由意志! おお、なんと素晴らしいことか!!

 もちろん、主である魔王様から長い時間離れれば、色欲のマントはすぐに力を失ってしまう。
 だが、色欲のマントにとって、このキズ一つない美しい褐色の柔らかな肌から逃げだす理由などありはしない。
 しかも魔王様は服とか着ないので、その接触はいつでも直である。もう120%くらいの割合で合法的に密着しまくりなのだ。おっぱいとかお尻とか、時にはもっと危険な部分にも!

「んぅ~…………」

 なにかしら首の収まりが悪かったのか、魔王様がむずがるように眉をひそめ、首を横にした。
 陽の光が眠る魔王様の瞼に触れないようにさりげなくマントの裾が動く。
 横にした首の角度がちょうど良かったのか、まどろむ魔王様の表情はすぐにふにゃりと緩み、再び静かな寝息を立て始めた。

 こうして魔王様に仕えている色欲のマントであったが、一つ悩みがあった。

『魔王様にエロいことしても大丈夫なのだろうか?』

 魔王の所有物となってから数日が過ぎている。
 だが、いまだ色欲のマントはこの問いに答えを見出せずにいた。

『やっちゃっても気持ちよかったら許してもらえるよね?』『でも怒らせたら即ぶっ殺されるんじゃね』

 二つの相反する思考がせめぎ合い、いまだ色欲のマントはなにもできずにいる。
 この敬愛すべき主にいつまでも仕えていたいと思う反面、あんなことこんなことできたらいいな、という欲望をどうしても色欲のマントは捨て去ることができないのだ。

 例えば色欲のマントに言葉を話す機能があれば、『ちょっとおっぱい揉んでいいですか?』的な問いかけもできただろうが、悔しいことに色欲のマントにそんな機能はない。なぜか他の武具は喋れたのに。いらんこと喋って魔王様にぶっ壊されてたから、喋れるのも良し悪しとは思うが、それでも今は純粋に羨ましかった。

 さらにこの悩みを助長する存在がある。あの憎き触手の魔物だ。

 あんな田舎者丸出しの床に粘液垂らして這い回ってるような魔物が、魔王様のご寵愛をほしいままにしているのである。
 そりゃ嫉妬もする。ぜひ混ぜて欲しい。
 自分があの触手に勝るとも劣らない能力を持っているという自負もある。あの気の毒な感じの女勇者とかメロンメロンにしてたし。

 だが、もしも、ほんのわずかでもヤツに技術面で及ばなかったら?
 恐ろしい想像に、いつもピンと伸ばしているマントの裾先がぶるぶると震える。自らの存在が失われる以上の絶望がそこにある気がした。

「んぅ…………ぁ……」

 その時、不意に魔王様の口から、かすかに甘い吐息が漏れた。
 マントの震えが身体に触れたのである。肌に直でくっついてるから、震えたりしたら微妙なところにその感触が伝わったりすることもままあるのだ。

 その声を聞いて、『やっべ起こしちゃったよ!』とばかりに、色欲のマントは文字通り硬直した。
 だが、恐れていた次の衝撃はやってこない。
 思ったよりも魔王様の眠りは深かったらしく、再びまどろみの中に戻ってくれたのだ。

 その時、色欲のマントに電撃が走った。

『眠ってる間に悪戯すればバレない……!』

 そう、堂々とエロいことしたらぶっ殺される危険があるが、眠っている魔王様にイタズラするだけならぶっ殺される危険はゼロだ。
 もちろん、起こしてしまったら死の危険は大いに高まる。だが、魔王様の眠りは想像以上に深いように思える。慎重に事を運べば不可能ではないはずだ。
 なにしろ色欲のマントはまだ数日とはいえ魔王様の唯一の着衣なのだから。

 普段の彼は、最高級の肌触りをもつビロードの毛布のごとき柔らかな感触で魔王様を包んでいる。
 その柔らかさを粘着質に、肌に吸い付くように変化させるだけ。ほんの一瞬、唇で吸い上げられるような感触が肌を責める。

「……んぁ…………ん、……んん……」

 最初は、内腿や脇の下、背中やへそなどの微妙な部分を刺激していく。
 もしもこの段階で魔王様が目を覚ましても、“気のせい”で済ませられる。そんなギリギリのラインだ。

 だが、一箇所ではなく数箇所が、それも断続的に刺激されれば、身体は“気のせい”で済まない。

「……ふぅぅ……はぁ………は、あぁぁ……ん…」

 吐く息には次第に熱がこもり、やがてもどかしげに内腿が擦り合わされる。
 魔王様は、まだ眠りから醒める様子はない。

 無意識の肉体が求めているのである。期待には応えなければなるまい。

 それまでより、さらにぴったりと、色欲のマントの布地が魔王の肌へと張り付いていく。
 肌に浮くかすかな汗の匂いと、わななくように震える肌の感触を存分に感じながら、色欲のマントはさっそく魔王の微妙な部分に――――



 ――――矢を受け止めた。



 銀製の鏃に毒が塗られている。毒の成分は、絶滅した死のサソリから抽出した強力な神経毒。
 矢の放たれた方向から射手を探ると、城壁に立ったまま驚愕した顔でこちらを見ているダークエルフの女を発見した。
 結構な距離だ。腕の立つ射手に違いないと色欲のマントは思考する。

 視線を感じたのだろう。一瞬肩を震わせてたじろぐと、ダークエルフは城内へ通じる塔へと駆け出した。

 間髪をおかず、色欲のマントは左右に裾を大きく開いて、布地を鳥の翼のように変形させてばさりと風を叩く。
 そのまま城壁を駆けるダークエルフめがけて舞い上がった。

 その寸前、ほんの一瞬だけ、布地の一部が魔王にくっついたまま離れようとしなかったが、マントの布地が怒るように一度波立つと、諦めるように離れた。




◆◆◆




「なんだ、アレは……!?」

 狙撃は完全なタイミングだった。
 矢は確かに、狙い違わず眠りこけていた魔王の胸の中央に突き刺さるはずだったのである。

 だが、矢が胸に突き刺さる瞬間、ダークエルフの目には、マントの一部が唐突に動いて矢を絡めとるのが見えた。
 獲物に喰らいつく蛇を思わせる、刹那の間の動作である。射手としての優れた視覚を持っていたからこそ、ダークエルフはその動きを捉えることができたのだ。

「話が違う……! あんなものがあっては、狙撃では…………」

 ダークエルフが自らの能力の中で最も信頼しているのは、射手としての技術である。
 依頼者もそれを承知して、自分を魔王の暗殺に送り込んだはずだ。それが通じなければ、暗殺が成功する可能性は下がる。
 いや、魔王の力というものが噂どおりなら、成功の可能性は無きに等しい。

 だがそれでも、城壁の外へと逃げるという選択肢は許されてはいない。
 警戒が強まれば再び潜入することは遥かに困難になる。ダークエルフはわずかな可能性に賭けて、城内に潜むことを選んだ。

「そうだ、食事に毒を盛れば……」

 或いは魔王を殺すことができるかもしれない。
 今、この場を逃げきれればまだ暗殺を成し遂げられる可能性はある。

 だが、その望みを断ち切るように、その背後から巨大な影が覆いかぶさり、一瞬で彼女を城壁の上に押し倒した。

「な、に……これは、布……っ!?」

 ダークエルフは、反射的に身を起こしながら、とっさに抜いた短刃を布地に突き立てる。
 だが、布は刺された形に伸びるだけで、引き裂くことができない。

 逆に、布が腕に巻きつき、腕を振ることができなくなる。引き絞られた痛みで開いた手の平から、短剣が落ちて城壁の上をカラカラと転がっていった。

「あっ……つっ、なんだ、この布は……っ!?」 

 混乱しながら布から逃れようと城壁の上を這うダークエルフの身体を、色欲のマントがみるみる絡めとっていく。
 まるで蜘蛛の糸に絡まれた獲物のように、四肢を布地に引き絞られて自由を奪われ、立ち上がることすらできずに無様に転がることしかできない。

 だが、これで終わりではないのだ。

「なっ……なに、して……」

 マントの内側で、無数の布が刃物となって、ダークエルフの衣装を器用に裂いていく。
 最初は革鎧の胸当てが床に落ち、次に革のベルトが短剣の鞘ごと落ち、引き裂かれて布切れに変えられた服が、下着がマントの下で次々に脱がされていった。

「や、やめろっ、このぉっ! ふざけるなっ! こんなことして、何のつもりだ……ッ!!」

 羞恥と怒りで真っ赤になりながら、ダークエルフが怒声を上げる。
 だが、色欲のマントはいかんせん大真面目なのだ。

「……ひゃあっ!? なっ、なに……んんっ、あ、やぁ、やめろぉ……っ、やめ……っ、んんんんんーーーーっっ」

 無数の唇に吸い上げられるようなおぞましい感触。休みなく全身を責めるそれに耐え切れず、ダークエルフはひきつった悲鳴を上げる。
 だがその悲鳴すら、布の塊が口内に入り込み、強制的に止められた。

「んぅっ、ん、んぐっ! うっ、んぐぅぅぅ……んふーーーーっ!?」

 黒い布地が激しく波打つたびに、くぐもった悲鳴があがる。
 布の中から突き出されたダークエルフの細い脚がわななくように震えると、びくんびくんとむなしく宙を蹴った。



 こうして、魔王城を訪れた二人目の侵入者は魔王の新たな捕虜となったのである。






<凶と出たら11へ>







■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:色欲のマント

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[ガーゴイル*1573]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV:48
<不確定名:ダークエルフ> 職業:暗殺者 LV:30





[11403] パラグラフ11
Name: ららら◆5714165f ID:9b7ba93d
Date: 2012/01/20 03:04
<パラグラフ11>


「つまらん。まったくつまらんぞ!」

 魔王は怒っていた。
 腰にちょこんと手を当ててプリプリ怒っていた。

 その姿は裸体にマントを羽織った可愛らしい少女だが、炎の如く爛々と輝く目にははっきりと“不機嫌”と書かれている。

「いったいなにをやっておる! わらわが寝入っている隙に捕まるとは、それでも侵入者がバカモノ!!」

 ここは魔王城の地下に作られた牢獄。
 強固な石造りの冷たい壁で四方を覆われ、天井からは無数の鋼鉄の鎖が垂れ下がり、何重にも張り巡らされた鉄格子が虜囚を永遠に閉じ込める。
 魔王に挑んで敗れた幾千もの英雄達の血と慟哭で彩られた、暗黒の宝物庫。魔王的にはそのうちそうなる予定な場所である。

 しかし、現在ここに囚われているのはたった一人きり。

「…………好きで捕まったわけじゃない」

 子供じみた言いがかりに、ダークエルフは不満そうに答えた。
 彼女こそ、魔王城への侵入者にして、現在はこの地下牢獄の唯一の虜囚なのである。

 長い黒髪に、濃い灰色の肌。今やその身体を守る衣装はことごとく剥ぎ取られ、女性らしい豊かな曲線は全て晒されていた。
 その両腕は天井から垂れ下がる鎖によって吊り上げられ、爪先が床にわずかに触れるほどの高さで固定されている。

 彼女の前には、魔王以外にもその従者や、配下の魔物である触手怪物までもが集まっている。
 そのような状況で平静を保つことができるはずもなく、魔王を睨みつけるダークエルフの瞳には隠し切れぬ羞恥の色が浮かんでいた。

「フン、そんな格好で言っても説得力がないぞ、このエロ女め!」
「エロ……」

 さんざんエロい目に遭わせたあげく、すっぽんぽんで宙ぶらりんに吊るしたのはのは魔王の側ある。とんだ言いがかりであった。

 だが、傍若無人こそ魔王の本分。いちいち細かいことなど気にはしない。
 言葉を失っているダークエルフを無視して、魔王は自分の身体……もとい、自分が身体に纏っている漆黒のマントを睨みつける。

「貴様も貴様だ! せっかくの侵入者を勝手にあっさりと撃退しおって。わらわにも少しくらい残せ!!」

 魔王の叱責がよほどこたえたのか、それまでピンと裾を張り詰めていたマントがしなしなと床に垂れ落ちた。

「……無礼を承知で言わせて頂きますが、彼を責めるのは酷かと思われます」

 その姿に何かを感じたのか、それまで沈黙を保ってきた魔王の従者が進言する。
 貴族を思わせる豪奢な長衣を身に纏った、骸骨の姿を持つ魔物である。魔王と同時に神に創造されてこの世界に誕生した、魔王の忠実な配下だった。

「私に探知されることなく魔王城に侵入した賊です。たやすく捕らえたことを褒めるべきではないかと」
「ほほぅ」

 魔王城には、周囲の環境を魔王にとって適したものに変えたり、敵対的な魔法を阻害する能力がある。
 この従者はそれに加えて、自分の侵入者を発見する、魔法による結界を張り巡らせていた。ダークエルフはこの結界を乗り越えてきたのだ。

 魔王とは比べるまでもないものの、従者はこの世界では最上級の魔術師と呼べるほどの実力を備えている。
 あらためて魔王はダークエルフを見た。目が醒めたらもう捕まっていたので情けない侵入者だと思っていたが、そうでもないらし。

「骨の目を出し抜くとは、たいした手際だな? ……えぇと」

 手強い敵は褒めて伸ばすタイプの魔王であったが、よく考えるとこのダークエルフは名前も知らない。

「おいお前、名前を名乗れ」
「わざわざ敵に教えると思うか?」

 睨みつけながら鋭い口調で答えるダークエルフ。
 きわめて当たり前の反応なのだが、言われた魔王はムッときた。

「勿体ぶるでない! だいたい、貴様もわらわを滅ぼしにきた英雄の類なら、前口上と共に名乗るのが礼儀だろうが!」
「…………私は英雄なんかじゃない。ただ、お前を殺しにきただけだ」
「ほほぅ、暗殺者か? なら“標的に近づくのに最善の方法を選んだだけだ”とか言って、いきなり鎖を引き千切ってわらわに襲いかかって来るぐらいの気合を見せんか! ほら、かかって来い! 今すぐに!!」

 両手の平で、来いよ来いよとジェスチャーする魔王。ムチャぶりである。

「…………………………」

 対するダークエルフの女は、ただ足をブラブラさせることしかできない。
 せめて脚の届く距離まで魔王が近づけば、蹴りを喰らわせるとか、その長い脚を使って首筋を絡めとリ引き寄せるとかの選択肢があるのだが、そこまで魔王は近くにいなかった。

「……反抗して欲しかったら、もっと近づいてみろ」
「ほぅ? 虜囚の分際で、わらわに命令するか」

 魔王がくつくつと笑う。

 さすがに魔王それほど馬鹿ではないかと、ダークエルフの女は唇をわずかに噛んだ。
 挑発に乗って、つまらないことを言ってしまった。自由を奪った以上、魔王はこれから自分を時間をかけて嬲るつもりだろう。つまらない危険を冒すはずもない。
 ダークエルフがそんな風に思考を巡らせていると――――

 いきなり、魔王が一歩前に出た。

「……!」

 驚いて身を強張らせるダークエルフの前に、さらに一歩。魔王が近づく。

「なんだ、反抗するのではないのか?」

 さらに一歩。
 すでに魔王は、吐く息がかかるほど側に近づいている。
 もう躊躇うだけの余裕もなかった。

 ダークエルフは下肢を跳ね上げ、その長い脚で魔王の首筋を刈りとろうとした。
 鞭が鋭く床を叩くような打撃音が牢獄に響く。

「なんだ、これだけか?」
「…………くっ!」

 魔王は、跳ね上げたダークエルフの脚を手の平で掴んでいた。
 ぞっとすることに、脚を引こうとしても、魔王の腕はしっかりと足の甲を掴んだままでまったく動かすことができない。

「はな……せッッ!!」

 ダークエルフはもう片方の脚を、捻りながら魔王へと突き出す。ナイフのように鋭く伸ばされた爪先は、まっすぐに喉元に狙いを定めていた。

「遅いな」

 だがその爪先も、命中の寸前に魔王のもう片方の手の中に掴まれてしまう。
 そして、そのまま動かすことができなくなった。魔王の手の中に足先をつかまれたまま、引くことも押すこともできない。

「これで終わりか? ククク……みっともない格好だな」
「う……うるさい」

 魔王の嘲笑混じりの言葉に、ダークエルフは頬を赤くする。
 両足を連続して魔王に掴まれた為に、ダークエルフは今や魔王の眼前で両脚を大きく開いた格好になってしまっていた。
 ダークエルフは必死に脚をばたつかせるが、つかまれた左右の脚は魔王の手から逃れることができない。魔王はしばしダークエルフ必死にもがく様を楽しげに見ていたが、やがてそれも見飽きたとでもいう風に溜息をついた。

「なんだ、本当に終わりか。下の穴から毒針でも発射するかと思ったのだが、とんだ見込み違いだな」
「だ……だれがそんな!」

 いくら暗殺者といっても、ダークエルフにはそのような技は身につけていない。
 実のところ、つい数時間前まで“色欲のマント”に陵辱の限りを尽くされるまで経験すらなかったのだから当たり前である。

 顔を赤くして焦るダークエルフを前に、魔王は目を薄く笑いを浮かべた。

「ときに、お前。いったいどこの誰に言われてわらわを殺しにきた?」

 暗殺者と名乗るならば、当然、依頼者がいるはずである。
 ダークエルフもそれを問われることは予想していたが、さすがにこんな状況で問われるなどとは想定していない。

「な、なにを……。私が、それを教えるとでも……っ」

 言葉をつまらせながらも、なかば裏返った声で答えるのがやっとだった。
 そして、その答えこそ魔王が聞きたかったものなのである。

「よーし、よく言った。それではその意地がどれくらい続くか、さっそく実験と行こうではないか!」
「な」

 ふくれあがる嫌な予感に、ダークエルフがびくんと肩を揺らす。

「触手の! さっそくこのダークエルフの意地がどれくらい続くものかを、この下のお口に聞いてやるのだ!」
「おまかせくだせぇ魔王さまぁ~」

 魔王の命令と同時に、それまでじっと控えていた触手の怪物が立ち上がった。
 ナメクジの背にイソギンチャクが融合したような奇怪な姿の怪物である。不気味なほどに色鮮やかな触手は、粘液に覆われたつるりとした表面のものから、蛸を思わせる吸盤がびっしりと生え揃ったもの、細い触手を先端から生やして蠢かせるもの、なかには男性器を思わせる先端から白濁を溢れさせたものまで様々であった。
 暗殺者として生きてきたダークエルフも、やはり女性である。それらの触手が蠢くおぞまし光景を前に、恐怖を感じずにはいられない。

「ひっ……」

 悲鳴をあげ、いやいやと首を振るダークエルフ。だが、その左右の足は魔王の手によって無情にも大きく開かれたままであった。
 触手の群れが一斉に、魔王の命令のままにダークエルフの身体に殺到していく。

「ひぁああああ!? やっ、やめぇぇ、やめろっ! う、あっ、やぁっ、ぁあああああああっ!?!」

 大量の触手の中に下半身が埋もれると、ダークエルフの口から引き攣った声の悲鳴が上がった。
 魔王はさっさと掴んでいた足を離してやったが、足は無為に宙を叩くだけで、すでに下腹部から太腿まで無数の触手に覆われてしまった今となっては何の意味もない。その足にすら、爪先まで丁寧に細い触手が絡み付いていき、指先まで丁寧に舐め上げられていく。
 触手が蠢き擦れ合うたび、粘液が湿った音と共に糸を引き、ダークエルフの肢体は電流に打たれたように震えた。

「このっ、やめさせろ……っ、卑怯もぉ…ぁぁぁあああっ!?! そ、そこ、なんで、はいって……っ!? ひぃっっ、ん、んぅぅぅ……!!」

 涙目で魔王に何か怒鳴り散らそうとするダークエルフだが、触手がズブズブと音を立てて自分の敏感な部分に潜ってくる感触に、もう魔王どころではなくなってしまう。
 豊かな乳房は粘液にまみれた触手にグルグルと吸いつかれて淫らに形を変え、その先端では半透明の吸盤が執拗に乳首を吸い上げている。

「うぁぁぁ…! んんんっ?!う…うう…んん…はっ、あっ、やっ」

 ただ、その唇だけが触手の蹂躙を受けないままにされているのは、口を割らせろと命じた魔王の言葉を実行するためであった。
 もっとも、その口はただ熱い吐息を苦しげに漏らし、淫らなあえぎを上げるばかりで、とても暗殺の依頼がどうのって喋るような余裕があるようには見えない。
 だらしなく開いたその口の端から透明の涎が垂れるのを見て、魔王は満足そうにフフンと笑った。

「しばらくそこでねっぷりと可愛がってもらうが良い。心を入れ替えた頃に、もう一回だけ聞きに来てやる」

 そう言い残して、魔王は従者を引き連れて牢獄を後にする。

「戻ってらっしゃるまでに、たっぷり反省させてやるだぁべ~」
「…っっ―――――?!? はぁあ、あ、あ、あっんん…っ! ああ…――――――…っ!」

 触手怪物は、パタパタと太目の触手を振って魔王を見送りながらも、ダークエルフの下の穴に毒針がないか、隅々まで捜索の真っ最中であった。




 ◆◆◆




 魔王城の大食堂。

 無駄に長いテーブルを豪奢な真紅のクロスが飾っている。
 数日前までは飾りはそれだけだったのだが、魔王城の料理番を務めている少女・キトによって、ささやかながらも花が飾られた花瓶がテーブルに乗せられていた。
 なお、天井近くの壁をガーゴイルが無意味に飾っているのだが、魔王をはじめ全員にスルーされている。

「うむ、妙にイライラすると思ったら昼食がまだだったのだな!」

 脂身たっぷりのコカトリスの腿肉にかぶりつきながら、魔王はご満悦であった。

「光栄、です……」

 給仕のためにを長い髪の毛を後ろで結んだキトが、しずしずと頭を下げる。
 キトは、魔王城を襲った侵入者騒ぎの後、魔王が地下牢獄を降りた後もずっと、いつでも出せるようにと昼食の準備を整えていたのだ。
 おかげで、朝食にはいつものように熱々のスープとしっかり火の通った肉類、瑞々しい果実とサラダがが振舞われた。

「お昼からそんなの食べて、よく胃にもたれないよなぁ……」

 モリモリと分厚いステーキを噛み砕く魔王をうんざりした顔で身ながら、テーブルの一つに座ったエルスがぼやく。
 エルスは本来は魔王を討伐に来た勇者であり、現在はこの城の捕虜であった。
 故に、昼食を先に頂くことなどできるはずもなく、今の今まで昼食を我慢する羽目になっていたのである。さすがに食事を恵んで貰ってる立場で文句は言えないと分かっているが、不機嫌さまでは隠しきれていない。

「フフン、わらわは貴様のような軟弱な体の作りはしていれんからな。美味いものはいつ食べても美味く食べられるのだ」

 羨ましいだろう?などと笑って焼き魚を骨ごとガリガリ噛み砕く魔王であった。
 恨めしげな勇者の視線などどこ吹く風である。

 何を言っても無駄だろうと諦めの溜息を吐いたエルスは、頭を切り替えて、朝からずっと気にしていた疑問を口にすることにした。

「それより、誰かこの城に来たって聞いたけど……」

 間が抜けたことに、エルスはダークエルフ襲撃事件があった時間、自室で昼寝していたのである。
 昼食はまだかと食堂に出てきたところで、準備中のキトにはじめて城に侵入者が訪れたことを聞いたのだ。

 ちょっと勇者とは思えない情けない質問であったが、魔王は特に気にすることもなく、手にした鶏肉の骨を軽く振りながら得意げに答えた。

「うむ。わらわの命を狙ってな。もちろん貴様と同じくあっさりと返り討ちにしてやったぞ!」
「えぇぇっ……それじゃ、もしかしてカラパゴ様の……?」

 自分と同じと聞いて、エルスが顔色を変える。
 だが表情を変えたのは魔王も同じだった。急に目を鋭く光らせて、エルスをじろっと睨みつける。

「……な、なんだよ」

 思わずたじろぐエルスに鶏の骨の先を向け、魔王が口を開いた。
たくさん殺してたくさん殺さ
「最初に会った時にも言っていたな、大神官カラパゴだったか?」
「えっ……」

 憶えていたのか、と、エルスが内心でたじろぐ。
 今の今まで一度も自分を送り込んだ人のことを聞かれなかったので、すっかり安心しきっていたのである。
 だが、魔王は初対面でのエルスの発言の一言一言まではっきりと記憶していた。普段から有効に使おうとしていないだけで、本来、魔王の頭脳はとても優秀なのだ。

「わらわに刺客を送り込むとは、一体何者だ?」

 問いかける魔王の瞳には、悦びの光があった。
 猫が獲物を見つけたとき特有のアレである。

「……そ、それ、は…………」

 大神官カラパゴは、エルスにとって、勇者としての自分を見出した大恩人であった。
 そうそう簡単に魔王に素性を教える気にはなれない。なにしろ魔王は四六時中戦いに飢えているような生き物である。居所を知れば即座に襲撃に向かいかねない。
 だが、隠しだてすれば、この魔王は嬉々として自分の口を割らせようとするだろう。

 何をされるか想像するだけで肌が粟立ち背筋を冷たいものが撫でる。

「大神官カラパゴというのは、現在人類圏の最大勢力であるノア聖王国の国教、天使教の最大権力者のことです。癒しの奇跡と神からの啓示と称する預言を用いて、権力者の支持を集めているようですね」

 横合いから助け舟を出したのは、それまで沈黙を保っていた従者であった。
 空間転移の魔法を操るこの骸骨の魔術師は、魔族圏の拠点である“砦”を出入りして、魔王のためにこの世界の情報を集めていたのである。

「ほぅ、預言か。それでわらわの存在を嗅ぎつけたのか?」
「それはエルス様の口からお聞きしたいですね」

 従者が、空洞になった骸骨の眼窩の奥からエルスへと視線を送る。
 これ以上は助け舟は無しだという意思表示であった。

「ボ……ボクは、ただ、お前が危険だって話を、大神官様から聞いただけで……」

 罪悪感に顔を背けながら、エルスがぼそぼそと答えると、魔王はつまらないとでも言うように鼻を鳴らした。

「ならば、預言というのもたかが知れているな。本当にわらわの危険さを預言で知ったのなら、もう少し骨のあるヤツを送り込むはずだしな?」
「う…………そりゃ、ボクはあっさりお前に負けたけど! 人間じゃ、すごく強い方なんだぞ!? ……ゆ、勇者だし……!!」

 思わず声を張り上げて反論したものの、エルスの主張は単に人間がおしなべて弱いと言っているに等しい。、
 だが、事実、エルスの戦闘能力は人類圏ではかなり上位に位置する。ただし、単体としての、という枕がつくが。

「フフン。つまり、そのノア聖王国なり大神官カラパゴなりが、人間では頼りないからとダークエルフを送り込んできたというところか?」

 人間もたいしたことがないな、と鼻で笑う魔王。
 だが、その横合いから従者が口を挟む。

「いえ、そう考えるのは不自然ですね」
「……ほぅ?」

 みなまで言わずに次の言葉を促す魔王。静かに頷いて、従者はその理由を答える。

「大神官カラパゴが奉じている天使教は、人は天使に創造されたものだから天使の教えに従うべき、魔物やモンスターの類は天使に創造されたものではないから家畜である。というものです。ダークエルフを奴隷として使うことがあっても、対等な契約で仕事を依頼するとは思えません」

 あのダークエルフは、暗殺に失敗こそしたものの、明らかに自分の意志で任務を達成しようとしていた。
 力で支配された奴隷がそのような働きを見せるとは考えられない。

「それに、人類圏に近い場所に棲むエルフやダークエルフの部族の多くは人間と敵対し、少なからず滅ぼされています」
「負けっぱなしなのか。えらく弱っちい種族だな……」
「閉鎖的な種族ですから数で劣ります。棲家にしている森や山を包囲され、火をかけられるケースが多いようですね」
「なんだ、人間もなかなか楽しそうなことをするではないか!」

 心底楽しそうに、大きく手を叩いて喜ぶ魔王。
 だがすぐにその手は止まる。
 そして魔王は、凶悪な牙を剥きだしに凶悪な笑みを浮かべた。

「だが、気にくわんな! 火をかけるのは人間の側ではなくて我ら魔物であろう? どちらが侵略する側か、思い知らせてやる必要があるとわらわは理解したぞ!!」

 今にも出立せんと、椅子を蹴って立ち上がる魔王。
 溢れ出る魔力を感じてか、羽織った色欲のマントが鉄の軋みを上げてはためく。

 ちょいと人間の街の一つや二つを火の海にするつもりであろう。
 従者は特に何を思う様子もなくそれを見ているが、慌てたのは人類の守護者たる勇者であるエルスであった。

「ちょ! ま、待ってよ!! 今日襲ってきたのはダークエルフなんだろ!? そっちは、カラパゴ様の命令じゃないかもしれないじゃないか!」

 魔王の興味はすでに小生意気な人間の軍隊どもに向かっていたのだが、エルスに言われてみると、確かにその辺をはっきりさせておかないのも気になる。
 寝ているうちに勝手に捕まっていたせいか、あのダークエルフの件はなんだかスッキリしない。
 元々、売られた喧嘩は買うのが性分の魔王である。
 エルスのように一対一で屈服させる機会があればいいのだが、いつの間にか勝手に負けていた敵、というのはどうにも収まりが悪いのだった。

「フン、良いだろう。どうせそろそろ口も軽くなっている頃だ。本人から黒幕を聞きだすとしよう」

 多少不服そうにしながらも、魔王は魔力を放つのを止め、マントを翻して食堂の出口へと歩き出す。
 が、その途中で足を止めて振り向くと、エルスに視線を向けて口を開く。

「お前も来い。わらわを止めた罰だ、黒幕が人間だと分かったら、わらわが人間どもを火責めにするのを貴様にも見てもらうぞ?」
「なんだって!?」

 恐ろしい命令に、安堵に息を吐いていたエルスは息をつまらせた。

「なんだ。不服なら来なくても良いぞ? だが、わらわを止める機械は永遠に失われるだろうなぁ」

 楽しそうに笑う魔王に、勇者は唇を噛む。
 今の自分の実力が果てしなくゼロに近いとしても、人が無為に虐殺されるというのなら、自分には戦う以外の選択肢は残されていないのだ。
 魔王の虐殺が、自分の命を狙った人間達への報復だとしても、それが人類の守護者たる勇者の使命。そう、教わったのだから。

「……行くよ。行けばいいんだろ」

 ぶっきらぼうに答えて、エルスは魔王の後をついて席を立つ。
従者がそれに続いた。

「それではな、キト。良い食事であったぞ! 夕食も期待している!!」

 静かに給仕を続けたキトへと片手をひらりと振ると、魔王は二人を伴って大食堂を後に廊下へと歩き出す。
 ひょいと投げた鳥の骨が、果実水の入っていた杯の上に落ちてカランカランと音を立てた。

「…………ありがたき、お言葉……です……」

 魔王が残した言葉に、キトは深々と頭を下げて答えるのであった。




 ◆◆◆




「は……い……っ、わたし……あんっ……さ、つ…………命じた……の、は……天使教の、神官……です……っ……」

 魔王に問われると、ダークエルフはあっさり黒幕の名を吐いた。

 天井から吊るしていた鎖は外されているものの、その身体は石床の上に力なく這い蹲るばかりで、立ち上がることもできない様子だった。
 艶のあった黒髪は自分の汗とかけられた粘液でぐっしょりと濡れ、カンテラの橙色の灯りに照らされた裸体は、塗りつけられた白濁でねっとりと汚れている。
 さいざん繰り返された触手の責め苦によってプライドを打ち砕かれた暗殺者の顔には、かつて見せていた敵意の欠片すら見当たらない。

「ふふん、心を入れ替えて反省したようだな?」

 ご満悦の魔王だったが、そんな痴態を見せられたエルスはさすがに気の毒に思わざるをえない。
 自分も同じ目に遭った事があるだけに、被害者の気持ちは痛いほど分かる。分かりすぎて思わず硬く足を閉じてしまうエルスである。
 だが、人のことを心配している場合ではないのである。

「さーて、これで賭けはわらわの勝ちだな? それではさっそく人間どもの街を火の海にするぞ!」
「ま、ままま、待ってよ!?」

 パンパンと拳を打ち合わせてやる気を出している魔王に、エルスは慌てて待ったをかけた。
 そう、魔王の中では天使教=人間。人間が敵なら適当に人間の街に報復するのは正義なのである。

「そう! う、嘘かもしれないだろ!? 苦し紛れの!!」

 とっさにそんなことを言い出すエルス。苦し紛れなのは自分である。
 だが、魔王はその言葉にもっともらしく頷くと、さっそく部下の触手怪物に命令を発した。

「ふむ、エルスが嘘をついてるかもしれんと聞くのなら仕方がない。おい触手、ちゃーんとウソをついてないか確認してやってくれ」
「あんまりヤり過ぎはよくないけんど、それまで言うんじゃ仕方ないべなぁ……」

 触手が地を滑ると、床に横たわっていたダークエルフの下肢に絡みついた。
 濡れた触手が弱々しくもがく足を左右に割り開きながら尻を上げさせ、その付け根へと触手の先を押し付ける。。

「ひ……っ、ウソじゃ……ウソじゃありませぇんっ! 本当の……っ、んあぁぁっ、ほん、と……ああああああああああああ~っっ!!」

 顔色を変えて必死に訴えるダークエルフだが、ひときわ凶悪な太さの触手がめりめりを音を立てて膣内へと埋没していくと、その声は次第に悲鳴じみたあえぎ声に変わっていった。背中を這い上がる淫らな痺れに、美しく整った顔が涙と涎でぐしゃぐしゃになる。

「ちょっ、わ、分かった! その人はウソなんかついてない! だから止めて!!」

 声にならない悲鳴を上げて犯されるダークエルフを見せられて、それでも苦し紛れの嘘を言い張れるほどエルスは薄情にはなれなかった。

「……だそうだ、止めてやれ」
「わかったべ~」

 魔王に命じられると、触手はあっさろと動きを止める。
 ただし、膣内へ挿し込まれていた図太い触手は、余韻を味わうように一度深く膣内に触手を押し込むと、ぶくりとその形を膨らませて濃い白濁を注いでいた。

「ああああっ……あ……ぅ…………」

 触手が引き抜かれると、膣内からドロリと白濁が溢れ出して石床を汚していく。
 ダークエルフは精根尽きたようにその身を横たえ、動かなくなった。

「あーあー、すっかりドロドロになっって可哀想に。これもぜーんぶお前のせいだぞー?」
「うっ、で、でもそれは、お前が命令したから……」
「人のせいにするなんて男らしくないぞ?」
「ボクは女だよ!」

 からかうような口調の魔王に怒りをぶつけるエルス。それでも、魔王はニヤニヤと笑みを絶やさぬ上機嫌であった。
 なにしろ、黒幕が大神官だと勇者が認めた以上は、自分の暴虐を止めるものはもう何もない。
 勇者が歯向かうならそれはそれで一興。そうでなくとも、街を守るために歯向かってくる人間がいるかもしれない。自分に立ちはだかるものを叩きのめすのは魔王のライフワークの一つなのである。心が弾まないわけがなかった。

「じゃあ、今度こそ……」
「少しお待ちいただけないでしょうか」

 破壊活動異出発だ!と言いかけた所で、再び邪魔が入った。
 今度は、これまでじっと沈黙を守っていた従者である。

「なんだ? 言っておくが……くだらぬことを言えば、貴様とて容赦せんぞ?」

 さすがに楽しみに水を差されては、腹心の部下といえどもグーで殴るくらいはする魔王である。
 もちろん山をも砕くグーで、だが。

 魔王に促されると、従者はいつでも変わららない、乾いた口調で一つの質問を口にした。

「天使教は、ダークエルフを迫害していたはずです。なぜ暗殺の依頼を受けたのか、その理由を教えてください」

 その質問に、ぐったりと横たわっていたダークエルフはピクリと肩を震わせる。
 その反応に魔王が「ほほぅ?」と面白そうな表情を浮かべた。

 横たわるダークエルフの前まで歩み寄ると、その髪の毛を掴みあげて顔を上げさせ、その瞳を覗き込む。

「おい、ダークエルフ。骨の質問に答えてみせろ」

 有無を言わせぬ声に怯えるように、ダークエルフは震える唇を開いた。

「……神官に……いちぞくの、姫を……とらわれ……、無事に、返してほしくば……と…………」

 無念さが涙となって、女の瞳から頬を落ちていく。その言葉に嘘があるようには思えなかった。
 だが、魔王はそんなダークエルフの言葉を鼻で笑う。

「フン、人質をとられて人間の言いなりになるとは。……まったく、馬鹿な女だ」
「…………っ!」

 自分の決意を完全に否定する言葉に、ダークエルフの一度は完全に砕かれた魔王への敵意が蘇った。
 力なく床に垂れていた腕を上げて、髪を掴み上げていた魔王の腕を、逆に掴み返す。

「姫は、一族の……最後の王族なのだ……! あの方のためなら、私は……どのような汚い真似でもする……!!」

 魔王にすがりつくように、必死に魔王の首へともう片方の腕を伸ばそうとするダークエルフ。
 苦もなくその腕を邪険に払いのけながら、魔王はつまらなさそうに口をへの字に曲げた。

 長い髪の毛を掻きながら、呆れたように口を開く。

「馬鹿正直に人間の言いなりになってどうする。相手は悪知恵ばかり働く人間どもだぞ? お前の大事な“姫”とやらも、今頃はその神官どもにズッコンバッコン犯りまくられてるに決まってるだろうが」
「な……っ!!」

 まるで見てきたような口ぶりに、ダークエルフの顔色が変わった。
 魔王に掴みかかろうとしていた腕を床に垂らし、呆然とした表情のまま力なく視線を落とす。
 その可能性を頭の隅で考えながらも、彼女はずっと“人間共も人質をそう簡単に傷つけるほど愚かではない”と否定していた。
 だが、現実に自分が敵の手に捕らえられ、虜囚の辱めを受けた今では、“姫”の身に同じことが起きないとはとても思えなかったのである。

 そして、顔色を変えたのはダークエルフだけではない。

「ちょちょちょ……ちょっと待ってよ!」

 エルスにとって、天使教の大神官は恩人であり、尊敬すべき聖者であった。
 それを誘拐犯どころか拉致監禁に強姦までしているなどと断言されて、認められるはずがない。

「そんなの嘘だよ! あ、いや、嘘じゃなくても、神官様の名を騙った悪いヤツの仕業に決まってる!!」

 恩人を犯罪者扱いされた怒りのせいか、魔王を睨みつけながら叫ぶエルス。
 魔王はその言葉に、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。

「それなら、本日二度目の賭けをするというのはどうだ?」
「え?」

 突然すぎる魔王の言葉に、エルスは怒りを忘れてきょとんと目を瞬かせる。

「これから、このダークエルフの“姫”とやらを、わらわとお前で助けに行くのだ!」

 それまで呆然と床を見つめていたダークエルフが、驚きと共に自分が命を狙っていたはずの暴君を見上げた。
 かつての暗殺者へとニヤリと笑みを送り「感謝するが良いぞ」と言ってやると、魔王は話を続ける。

「“姫”とやらが無事なら、わらわも暴れるのは最小限にしてやろう。だがそうでなかったら、わらわと一緒にその“悪いヤツ”を懲らしめるのを手伝るのだ!」

 もちろん、魔王にとっての“懲らしめる”はイコール全殺しであった。
 数日間の付き合いでも、エルスはそれぐらいは想像できる。

 だが、魔王の提案を断ったら、魔王は代わりに人間の街を無差別に襲うかもしれない。

 エルスは悪いヤツをやっつけることに抵抗はない。
 天使教がダークエルフを人と相容れないと説いているのは知っているけど、だからって人質をとって暗殺を命令するなんてする筈がないし、魔王が言っていたような極悪非道なことをするとはちょっと思えない。
 きっと天使教の名前を騙っているだけで、魔王を倒した名声が目的の連中が黒幕に違いないのだ。

 それに、期待に満ちた瞳で魔王と自分を見ている気の毒なダークエルフを見捨てるのは、やっぱり心苦しかった。

「……分かった。悪いヤツをやっつけて、その“姫”ってのを助けるだけなら、手伝うよ」

 こうして、勇者は魔王との賭けにのったのである。




 ◆◆◆




 豪奢な天蓋で飾られた大きなベッド。
 高級なビロードの生地で織られた柔らかな肌触りのシーツの上で、男女の肉体が絡み合っていた。

「ひぃあ……あ……くぅぅ~……っ」

 否、一人の少女の身体に、梳く数の太った男達が絡みつき、押さえつけ、思うままに蹂躙していた。

 細く尖った顎と、柔らかな頬、その意志を示すように太くはっきりとした眉。まるで吸い込まれるように青く透けた大きな瞳。
 まるで精緻な美術品のように、幼さと美しさとを兼ね揃えた綺麗な顔立ちの少女であった。

 だが、その顔は屈辱と悦楽の狭間で歪み、苦しげに息を吐いている。

「ぐっ……う、くぅぅ……はぁ、あ……っ……」

 その灰色の肌はダークエルフの特有のものであったが、その長い髪は透けるように白い。まるで水晶の細工のように、部屋を照らす白い灯りを反射していた。
 だが、その髪はところどころ、べっとりと白濁で汚されている。
 それだけではない。白濁は、まるで支配の屈辱を味あわせようとしているかのように、少女の身体中に塗りつけられていた。

「ほらほら、お姫様はここが感じてるんでちゅよね~?」

 少女の薄い胸に男の一人がねちっこく自分の肉棒を擦りつける。
 だが、乳首の先が擦れるたび、少女の意思に反して、その背筋を淫らな痺れが撫で上げる。

「いやぁ、やっぱりココだろぉ? この前はココでちゃ~んと感じてまちたよねぇ?」

 男の指先が、少女の尻の穴に潜り込んでいた。
 唾で濡らされただけの指先が、肛門の奥をまさぐると、おぞましい感触が下腹の奥から這い上がってくる。

「お姫様が一番いいのはやっぱりオマンコだよねぇ~。ほらほら、正直に言ってごらぁん?」

 ズッチュ、ズッチュ、ズッチュと、湿った音を立てて男の一人が腰を打ち付ける。
 男の肉暴は少女の膣内に突き入れられていた。

 本来、まだ幼い身体の少女にとって、太すぎる男の肉棒の挿入は、ただただ激痛を与えるだけの行為であるはずである。
 それにも関わらず、膣内を犯される少女の口から漏れるのは、痛みよりも、堪えきれぬ快楽であった。

 だが、その瞳に浮かぶ恥辱の涙が、痛みを与えられた方がマシだと訴えている。

「このぉ、ブタ……どもぉ……っ! かなりゃず……ころひてっ……や……っ~~~~~~!!」

 少女が憎しみの言葉を最後まで言い切る前に、横合いから伸びた男の手が顎を掴み、無理矢理に唇を吸い上げられた。
 自分の口腔を舐め上げる舌を噛み切る力すらなく、少女の唇から溢れた唾液が糸を引いて垂れ落ちていく。

「ん~、いけないことを言っちゃいけないなぁ」

 少女の唇をたっぷりと蹂躙した男は、いやらしい笑みに歪んだ瞳でで少女を見下ろす。

「家畜は、お前達ダークエルフのことでちゅよ~? やっぱり家畜は家畜らしく、四つん這いで鳴いてないといけないのかなぁ?」

 ずぶずぶと、男の指が少女の尻穴へと深く突き入れられていく。
 痛みか、或いは、未知の刺激に耐え切れなくなったか、声にならない悲鳴を上げる少女の瞳に涙を見ると、男は満足げに笑った。




 男の名は、大神官カラパゴという。






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■冒険記録用紙

<魔王>
LV:65,535
装備:色欲のマント

■魔王城備品

[魔王の玉座]
[ガーゴイル*1573]
[食糧の備蓄]

■配下
<骨> 種族:従者 LV:1,007
<触手> 種族:触手 LV:6
<キト> 職業:妖術使い LV:1

■捕虜
<エルス> 職業:勇者 LV:48
<不確定名:ダークエルフ> 職業:暗殺者 LV:30




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