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[10584] 魔王になった正義の味方 (Fate×ネギま)
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/29 11:05
―――――――――――――――――――――――――

はじめまして、観月と申します。


このたび、「Fate/stay night」と「ネギま」のクロスオーバーで、
とある弓兵の物語を書いていこうと思っています。


基本はギャグを目指すつもりですが、
やっぱりある程度シリアスな方が面白いですよね?


そんな感じで、新参者ですが、一つよろしくお願いします。





(誤字・脱字や、何か問題・不具合な内容を発見されましたら、お手数ですがメールを送っていただけると幸いです)

-----------------------------------------------------------
2009/07/28 「-1話」・「-2話」・「1話」の誤字を修正と一部改訂(初出2009/07/26)
2009/08/01 「-2話」・「-1話」・「0話」・「1話」・「2話」のフォントを改訂
2009/08/02 「最初のページ」の内容を追加
2009/08/06 「-2話」・「-1話」・「0話」のルビを修正・一部改訂
2009/08/13 「4話」を一部改定(初出2009/08/06)
2009/08/14 「6話」の記述を、日本語の修正に伴い一部改訂(初出2009/08/13)
2009/08/27 「6話」を指摘に伴い前・後編に分割
2009/08/27 「7話」の誤字を修正(初出2009/08/18)
2009/08/29 「6話・後編」「8話」の誤字を指摘に伴い修正(8話 初出2009/08/27)



[10584] 魔王になった正義の味方 -2話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/06 15:48


―――全てが終わった、最後の夜明け。


 終わりはただ速やかに浸透し、この時代に現れた私の体を透かしていく。
 存在は希薄。
 薄れゆく手に実感はなく、風になびく赤い外套は端から所々が裂け、その鎧もひび割れ、損傷のない所など見付からない。
 そこに、かつての見る影などないだろうな。
 限界など、既に過ぎていた。
 稀人として呼ばれた聖杯を巡る戦いは終幕を過ぎ、また私の戦もここに幕を閉じようと、体はその足元から消え始めている。

 思えばそれがどれほど長かったのかなど、もはや判らない。
 ただ今この時、遥か遠く昇る明けの光を見る私の表情にはきっと、
 永遠に自己を縛り付けるであろう積年、それを感じさせる影はないだろう。

「アーチャー……!」

 呼びかける声に、視線を向ける。
 走る余力などないだろうに、主であり戦友であった少女――凛が息を乱して駆けてくる。

 それを、私は黙って見守り、私の元まで駆け寄った少女は、乱れた息のまま私を見上げてくる。

「アー、チャー……」

「残念だったな。そういう訳だ、今回の聖杯は諦めろ凛」

「―――――アー、チャー……」

 最早、言うべきことは私にはない。
 だからこそ、口をつくのはそんな言葉だ。
 この場においては、本当にどうでもいいことだけだ。

「アーチャー……」

 私を見上げる少女の目に、力が籠もる。
 だが、それだけだ。
 何を言うべきか、何を言いたいか、……きっと、彼女の中で定まっていない。
 肝心なときはいつだってそうだ。
 ここ一番、何よりも大事なときに、この少女は機転を失うのだ。

……ああ、本当に…

「く―――」

「―――な、なによ!こんな時だってのに、笑うことないじゃないっ」

「いや失礼。君の姿があんまりにもアレなのでね。
 お互い、よくもここまでボロボロになったと呆れていたのだ」

 口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

 ああ……そんな事は、初めから知っていたさ。
 私にとって、君のその不器用さこそが、何より懐かしい思い出だったのだから。
 最後に、それが見られただけで十分だ。

 だからこそ、

「―――凛」

―――未練などない。

(あの馬鹿)を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな」

―――遺す言葉も、私のためには必要ない。

「君が、支えてやってくれ」

―――別れに告げる言葉としては、これで十二分だろう。











……ああ、時間か。

 終わりを迎えた体が感覚を失い、その存在を薄れさせる。
 もはや五感は役割を終え、少女の声も既に耳に聞こえてはいない。
  

 ただ、
 それでも私の目に写る全てだけは、未だ鮮やかで。

 だからこそ、少女の伝えようとする全ては、声は聞こえなくても私に届いた。



―――今からでも、自分を許してあげなさい



 ―――ああ、そうだな。
 私にとって君のその強さが、どれほどの救いになったか。
 だから―――


「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」



 ざあ、という音を最後に。
 私は、オレの戦いに幕を閉じた。









――――――――――――――――――――――――――――――――――――








 そうして現世を離れてから、どれほどの時間が経ったのか。
 一瞬か、百年か、それとも過去に遡っているのか。
 輪廻の輪より外れ、時間という概念を脱した英霊の身だ。
 確かな時を刻む指針がない以上、経年の感覚に確信は持てない。
 いや、私が肉を持たない霊体であることを考えれば、全ての感覚に確信を持てないと言って過言ではないでろう。

 今の私は全てがあやふやだ。
 聖杯戦争による現界を終え、ただの霊魂の状態に戻っている。
 しかし、逆に、だからこそ、
 今の私には、「確かだ」と言えることが唯一つだけあった。
 唯一つ、




「―――何故私は『座』に還っていないのだ…?」








 私は今、ただただ深く暗く昏い、そして膨大な魔力に満たされた空間に浮かんでいる。
 いや、もしかすると沈んでいるのかもしれないが、どちらにせよここが『座』では無く、確たる昇降の感覚が無い以上、言葉の意味は同じことだ。



 どういうことだと、自問する。
 私は現世から『英霊の座』に還ったのでは無かったのか?
 聖杯戦争を終え、歪んだ目的を捨て、誇りを取り戻し―――答えを得て、そして『座』に還ったのではなかったのか?

 深く、暗く、昏いこの空間に澱む泡沫のように、私の疑問は浮かんでは沈み、沈んでは浮かび、疑問に対する答えを何一つ見出ない。
 思考と実行の行き止まりだ。
 私の疑問はループし、空転し、そして、



―――よう、アンタ……何がしたい?



―――声が聞こえた。



[10584] 魔王になった正義の味方 -1話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/06 15:49


―――よう、アンタ……何がしたい?


「―――――ッ!」

 後ろから聞こえた声に、私は慌てて振り返る。
 この空間に浮んでから初めての私以外のモノとのコンタクトだ、警戒を胸に油断なく視線を背後に向け、

「よう、ハジメマシテ。
 いきなりで何だがアンタ、何がしたい?」

「―――――――は?」

 私は絶句した。










 率直に言おう。
 今、私の目前には衛宮士郎がいる。
 正鵠を射るなら、"衛宮士郎の外見をした何か"がいると言った方が恐らく正しいのだろうが……

「何者だ、貴様」

「いやいや、アンタまずオレの質問に答えろよ。
 質問に質問を返すのは不実だぜ?」

「なるほど。
 では、私は今、色々と思うところのある衛宮士郎(みじゅくもの)の顔を問答無用で叩き割りたい気分なのだが……どうかね?」

「オーケーすいません調子コキました、オレ、アヴェンジャーって言いますどうぞヨロシク!」

 「投影・開始(トレース・オン)」「うっわマジ怖ええー」と、投影で作った干将を鼻先に突きつけた途端、態度を急変させた"衛宮士郎"を冷ややかに見つつ、私は思考を働かせる。
 
 私の目前にいるこの男は、"衛宮士郎"であって衛宮士郎ではない。明らかにサーヴァントの気配をまとっている。
 外見こそ同じだが、服装はどこかの民族衣装のようであり、赤い腰布を除けば上半身は裸。
 頭には腰と同じ赤のターバンを巻き、肌は私と同じく浅黒い。
 そしてなにより、全身を覆うように隈なく刻まれた刺青が文様のように走り、明らかに本物の衛宮士郎とは異なっている。
 恐らく刺青は古き原呪術の一種なのだろうが……いや、今はそんなことより先ほどこの男が口走った台詞の方が聞き捨てならない。

「貴様が、アヴェンジャー…だと?」

「あん?そう、オレが『復讐者』(アヴェンジャー)。アヴェンジャーの元サーヴァントだ。かつてはアインツベルンのサーヴァントとして冬木に呼ばれた英霊で、間違いなく英霊史上最弱の存在って訳さ」

「…………最弱?」

「おいおい疑うなよ、感じ悪ぃなー。オレは最弱だぜ、最弱。
 世界中の伝承を見渡してもオレより弱い英霊は存在しねえよ」

 「ただし、オレは人間が相手なら世界最強だがねー。ひひひ」と、明らかに衛宮士郎の顔で、明らかに衛宮士郎ではない笑みを浮かべるアヴェンジャー。それに私は「なるほど」と頷いた。

「お前がアヴェンジャーだというのは―――まあ、認めよう。
 それで?ここはどこかね?……まあ、お前という存在がいるという時点で大方の予想はついてはいるが」

 私は呆れ半分、そしてこのシステムを作り上げた者達に慄き半分とで肩を竦める。
 目の前のアヴェンジャーは「その心は?」なんてニヤニヤしているが、成る程、衛宮士郎の顔でニヤつかれることがこれほど腹立だしいとは。後で締めると心に誓って答えた。

「―――聖杯。
 それも大聖杯と呼ばれる、聖杯戦争の基部の中だろうアヴェンジャー」

「ご名答、大正解!ひひひ、今なら特別に殺害対象外認定証をプレゼン――「いらん」――あっそ」

 小躍りしながら定規で書かかれたような脅迫状めいたメモを渡してくる馬鹿を片手であしらい、私は改めてアヴェンジャーに向き直る。衛宮士郎の殻を被ったアヴェンジャーは飄々として素知らぬ振りを決め込むつもりのようだが、ふん、ならば私から聞くだけだ。
 そう、私が聞きたい事は一つ。

「さっさと言いたい事を言ったらどうだアヴェンジャー。
 何故、消滅するはずだった私をここに招くような真似をした?」

 そう、ただこの一点。
 それだけが疑問だった。









「ひひひ、オレがアンタを呼んだ理由か?
 知りたい?知りたいっ?」

 何が楽しいのか、始終ニヤニヤしている馬鹿を殴りたくなるが一先ずは我慢。
 相手の目的がわからない以上、感情に走るのは早計だ。

 ……ここに来てからやけに私の感情の振れ幅が大きくなっていないか?
 外見が同じというだけでこの有様か。
 答えを得て理想を取り戻そうと、やはり衛宮士郎と私は相容れないようだ。
 私はこめかみを押さえる。

「………そうだな。私がここに存在する理由だ、知りたくない訳があるまい」

「素直じゃないねー……ま、いいけど。
 知りたいってんなら教えてやるよ」

「――――」

「アンタをここに呼んだ理由はだなー」

 「げふんげふん」などと、わざとらしく咳をつくアヴェンジャー。

 既に彼を見る私の視線には殺気が籠もっている。
 相手は『復讐者』(アヴェンジャー)、聖杯そのものとなった悪意のサーヴァントだ。
 その在り方そのものが悪意に満ちたアヴェンジャーの言う理由だ、事と次第によってはここで斬り捨てると身構え、続く言葉を待つ。



―――だが、放たれた言葉は私の予想を遥か斜め上を行く内容だった。
 それは、



「―――アンタに世界を救って貰おうと思ったからさ。なあ、正義の味方」












「―――は?」

 本日二度目の絶句だった。
 は?世界を救ってほしい?正義の味方?
 まさかそんな言葉がアヴェンジャーの口から出ようとは、思わず頭を抱えたくなる。

「………どの口がほざくか、たわけ」

 だから、ようやく搾り出せたのは、そんな言葉だった。
 恐らくは困惑やら疑念やらが多分に含まれた響きだっただろうが、アヴェンジャーは特に気にした様子もなく、右手で頭を掻いている。

「いや、それが冗談でもなくてなー」

「貴様が正義などと言っている時点で十分笑えん冗談だ」

「うわひっで」

 大仰にのけぞる馬鹿に、私は思わず手で顔を覆った。
 ―――食えん男だ、道化を気取っているのかいないのか。

「けどさー」

 そこでアヴェンジャーの口調が変わった。
 表情も改まり、少なくともおどけた道化のような姿ではない。
 
「アンタにすれば笑えねえ冗談かもしれないけど、マジなんだよなー。いやホント。
 既にここは一杯一杯なんだよ、判るだろ?」

「ふむ」

 言われて私は周囲に気を向ける。
 相変わらず、浮んでいるのか沈んでいるのか定かではない空間だが、膨大な魔力に満たされているという私の感想は、ある意味では確かだったか。

 だか、おかしい。
 ここが聖杯の中だと言うなら、明らかにおかしいだろう。
 何故だ、

「何故、ここにある魔力が無色なのだ……?」

「気になるかい?」

「………ああ」

 アヴェンジャーは言外に「自分は知っている」と言っている。
 それが罠かブラフか。疑念はあるが、放っておいても消滅する私を罠にかけるメリットはあるまい。

「簡単に言えばここの魔力を穢してるのはオレ自身だからー、オレが形を取ってるって事はー、その穢れが一箇所に集まってるって事なワケ。
 ま、本来はこの聖杯そのものがオレな訳だからな。
 だから、オレがこうしてアンタと話してる限りはここは穢れる以前の聖杯と変わらないのさ」

「ふむ」

 原理は水の濾過(ろか)と同じか。
 そう考えれば一応の筋は通っているが、

「―――何が目的だ」

「あん?」

「お前が私の前にわざわざ姿を現し、「世界を救ってほしい」などと言う理由が聞きたい」

「―――ハ、さっきも言ったろ?
 オレはアンタに世界を救ってもらいたいのさ。
 厳密に言やあ、ここに溜まった魔力を消費して欲しいのさ」

「な、に?」

「判らないか?
 思い出せよ。第四次と第五次の聖杯戦争はどうやって終結した?
 聖杯の破壊による戦争の終結だろ?
 つまりそれは溜まった魔力を、消費することなく終わったって事だろ?
 アンタを含めて、第四次と第五次で送られてきたサーヴァントの数は都合12体。
 それだけの魔力の塊を収めて、飽和しない訳がねえだろ」

「―――――」

 言葉がない。
 それは、言外に聖杯の原動力がサーヴァントだと言っているのか?
 いや、待て!それ以前に「飽和する」という事は、

「まさか、貴様が現界すると言うことか!?」

「そう、さっきも言ったろ?―――聖杯は一杯一杯だ。
 聖杯(さかずき)に許容量を超える魔力(みず)を注げば、待ってる結果はオレの現界(中身が零れる)だけだ。
 ―――自分で言うのもなんだが、オレが産まれるってのは最悪だぜ?地獄だぜ?

 だからさー、ここは何か奇跡をいっちょパアっと叶えて魔力を消費してくれんのが一番なんだよ。
 聖杯(オレ)がアヴェン(オレ)ジャーとしているんだ、今ならまさしく聖杯は願望機だぜ?
 だからさ、願えよ正義の味方―――」

 嘲笑するように、アヴェンジャーが私を見据える。
 衛宮士郎の顔で、エミヤシロウを見据える。











  
「―――アンタはナニガシタイ」



 ―――――私、は




 私の意識は、そこで途切れた。



[10584] 魔王になった正義の味方 0話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/06 15:49


 意識を浮上し、私が最初に感じたのは何かに引き寄せられる感覚だった。
 強引な力、 圧倒的な引力。
 なぜか経験した覚えがある気がしてならないのは、気のせいか?

 目を開ける。
 視界に見えるは闇、宵闇。
 全天には星が瞬き、煌々とした明かりが夜を飾る、紛う事なき夜の闇だった。

 私はそれを全身で味わい、眺めている訳だが……、
 ふむ、一つ情報を付け加えようか。

 『眺める夜の空は、加速度的に私から離れていっている』

 加速度的に。
 そう、加速度的に離れていく。
 つまり、私は今落ちている。無論、頭から。

 ………

 成る程、どおりで経験があるわけだ。

 視線を空から外し、下――落ちていく方――に向けると、目に見えたのは屋根だ。
 典型的なログハウスの屋根が視界に写り、それが加速度的に近づいてくる。
 この速度なら、衝突まであと数秒と言った所だろう。

 あー……



「…………私はアレか。落下と屋根に激突がデフォルトなのかね」

 ため息混じりに吐息が漏れ、間を置かず屋根に激突した。










「………ふむ」

 パラパラと屋根から降り注ぐ木片(はかいのあと)を肩から払いながら立ち上がり、周りを見回す。ここは……居間、だろうか。部屋中に縫いぐるみやら人形やらがあるため何ともいえないが、ソファーにテーブルがある所から見れば、居間なのだろう。
 まあ……

「見るも無残、……といった有様であるがね」

 思わず苦笑してしまうくらいに、居間は滅茶苦茶になってしまっていた。
 上をみれば、私が突き抜けた屋根に冗談のような『人型の穴』が開いているし、
 床を見れば、私が埋まっていた場所はクレータのように陥没している。

 ………家としては再起不能なのではないか…?

 いやな汗が背中を流れるが、ふむ。
 かなり大きな衝突音をたてたはずだが、未だ家人が出てこないところを見るに、どうやら今この家は留守のようだった。
 念のため気配を探ってみたが半径200m内には熊や狼以外に大型の動物はいない……って熊!?

「………ここは、どこなんだ……凛の家ではないようだが」

 思わず米神を押さえて、冷や汗を拭う。
 どうやら時間軸をループして再び凛によって聖杯戦争に呼び出されたという訳ではないようだが……む?
 情報が送られてくる?
 何故だ、私は既に聖杯戦争にかける目的も、呼び出しに応える理由も無い――



  『ひひひ、そういう訳でアンタの願いは叶えたぜ。
    さあ、君の戦いを続けよう、エミヤシロウ。
     ――――今度こそ、君の願いを叶えるために』



 ――――……………。
 アヴェン、ジャー?
 いや、確かに彼は聖杯そのものであった訳ではあるが、『願い』だと?
 私が何を願ったと言う、いや、それ以前にこの状況は一体……

 と、そこまで逡巡し私は自身の異常に気がついた。
 むしろ何故今まで気づかなかったのか、どれほど混乱していだ――と、言いたくなる程にそれは異常だった。
 なにせ、

「――――受肉している、だと」

 私は体を持って現界していたのだから。











「――解析・開始(トレース・オン)

 受肉のショックから立ち直った私は、まず自身に対して解析を行った。
 紡ぐ言葉の響き投影と同じだが、私にとって意味が違えばその効果は違ってくる。

 解析の眼が、裡側(うちがわ)に向く。
 瞬時、目蓋の裏に展開されるのはエミヤシロウの設計図。
 私はその情報を一つ一つ読み取っていく。



 ―――エミヤシロウ
 ―――身長:187cm、体重:78kg、
 ―――身体年齢、ほぼ全盛、
 
 ここまではいい。
 私がサーヴァントとして凛に召喚された時とまったく同じコンディションだ。
 だが、

 ―――魔術回路、27本正常稼動に加え、外部回路が稼動中、
 ―――魔力量、最盛期のおよそ17倍、大源(マナ)からも取り込みなおも増大中、
 ―――霊体化、受肉により不可

 これは一体どういうことだ?
 私は英霊として聖杯に取り込まれた、ならばそれが受肉を果たすなどありえない。
 考えうる可能性としては『第三魔法』だが、そう都合よく『魔法』が顕現するなど―――……あの聖杯(アヴェンジャー)ならやりかねん。「確実に否定できる」要素がない。

「アレは………一体何がしたいんだ……」

 膝から力が抜け、崩れるようにソファーへと倒れこんだ。
 
―――認めよう。
 アヴェンジャーの目的はわからないが、どうやら私は受肉を果たしアヴェンジャーによってここに召喚された。
 そして、

「な、何事だコレはー!?」

「――――む?」

 肩を怒らせ玄関から突入してきた少女と、今ご対面しているという訳だ。



[10584] 魔王になった正義の味方 1話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/01 21:52



≪Sight――Evangeline.A.K.McDowell≫


「ふぅーー……学園長じじいめ、人使いが荒いにも程がある。帰るぞ茶々丸」

「はい、マスター」

 警備員としての仕事を終え、茶々丸をつれて麻帆良まほらの街を家へと帰る。
 夜分にいきなり入ってきた仕事だった。電話では結界を越えて学園に入り込んだモノの処理だなんだと大層な事を言っていた割に、いざ現場に行ってみればいたのは小物の妖怪が数匹だ。この程度の事なら適当な魔法先生れんちゅうに任せればいいだろうに。逃げ回るだけが能の相手に、わざわざ私を呼びつける必要がどこにあった?

「……私を誰だと思っているんだあの学園長じじいは…」

 ため息混じりの声を漏らし、街を覆う夜空を見上げる。
 時刻は深夜。月齢から言えば今夜は上弦の月だったんだろうが……どうやら既に沈んでしまったらしい。冬の月は夜に映えるというのに、惜しいことだ。

「へ…へ、へくちゅんっ」

「ああ、マスター――鼻水が。風邪ですか?」

「ああ……そうらしい。くそ……さっさと家に帰るぞ。
 まったく忌々しい…なぜ真祖の私が風邪などひかねばならないんだっ」

「この季節にイブニングドレスに外套一枚で出歩くからだと思いますが」

 なにか言ったかこのボケロボ――と睨みながら、茶々丸に任せて顔を拭われる。

 真祖が風邪をひくなど、いい笑い話だ。恨むべきはナギの馬鹿か。
 本当、アイツにはどれほどの恨みがあるか。こんな能天気な学園に縛り付けてくれよって。だいたい……何が卒業する頃には帰ってくる、だ。死んでしまってはどうしようも無いではないか。……バカめ。

「マスター?」

 こちらの顔を覗き込む従者に「なんでもない」と返し、再び夜の空を見上げる。

 視界に広がるのは雲の無い星空。
 地上の明かりに遮られながらも光を届ける星を眼に写し、なおさら沈んでしまった月が悔やまれる。
 雲の無い冬の空だ。こんな日はさぞ月が綺麗だったろうに―――

「帰るぞ茶々丸」

 黒い外套を翻し、15年を過ごした我が家へ足を向ける。
 と、くしゃみがまた一つ。まずい、これは本当に風邪をひいたかもしれない。
 さっさと帰って茶々丸のれたお茶で一服するのが一番か。
 ぐずる鼻を右手でこすりながら、私は慣れ親しんだ我が家へと足を歩みだして、






  ―――――瞬間、空気が変わった


「――ッ!? 何事だ!」

 私は突如生じた気配にまず己の感覚を疑った。
 冗談ではない、鬼神か何かか、とにかく馬鹿でかい魔力をまとった存在がこの学園に召喚されたのだ。
 この学園には地下に眠る低級の鬼神などを封印している結界があり、それが効果の一端として私の魔力を極端に制限している事実がある以上、結界が解けて鬼神らが勝手に動き出したなどどいう訳ではないはず!

「くっ……、
 気配は―――私の家の方か!」

 方向を探り、捉えた事で更に柳眉が逆立つ。


―――成る程、誰が召喚者かは知らんが狙いは私か。


 今でこそ極東のぬるい空気に浸って延々中学生をやっている私だが、15年前までは『闇の福音』ダーク・エヴァンジェルの名で世に恐れられていた存在だ。相応に恨みは買っていよう。
 ならばコレは私への挑戦とあたりをつけ――




―――響く衝突音、そして森の中にあがる白煙




――確定、いい度胸だ。

 外套に魔力を通し、使役する蝙蝠コウモリ共を我が羽とする。
 魔力と魔法薬しょくばいの残量に不安はあっても、逃げるなど―――私の矜持が許さん。

「………いかがしますか、マスター」

 茶々丸が問う。
 どうするかだと?
 フフフ、答えるまでもないさ。

―――膝に力を込め跳躍、
 バッ!と羽蝙蝠の外套を開いて宙に舞い、見据える先は森の我が家だ。

「いくぞ、茶々丸!
 少々お痛たが過ぎる輩に―――私の名前を刻み込んでやろう…!」















………で、

「な、何事だコレはー!?」

 我が家に突入し、私が最初にあげた声がコレだった。

……ああ、
 正直に言うと、私は今困惑していたのだった。





 街からここまで、文字通り一直線に私は帰ってきた。
 吸血鬼の代名詞とも言える蝙蝠の羽を広げ、街の空を滑るように進む私にとってはこの程度の距離などたいした問題ではない。真実、瞬きの間だった――と言えるだろう。
 だが森を抜け、家を視界に収めた時点で騒ぎが無いのを不審に思った。
 地面に降り立ち、私が家に近づいてても敵意が無いのに疑念を抱いた。

 いや、この時点で十分困惑していたと言える訳だが、
 最後に家に入って、そこで私は完全に混乱した。


 ああ、私が15年を過ごした丸太組みの我が家ログハウスはしかし、
 今や天井に穴が開き、床にクレーターを持ち、そして壊れた人形が散乱するという、一種の異界ぜんえいげいじゅつと呼べる世界を形成していたのだった…!



 ………


 ……なんだこれは、新手のドッキリか何かか?



 この15年で色々と毒された私の頭にぎるのは、そんないらんテレビの知識だが、いやいや、落ち着け私。現実逃避はよせ。
 混乱の極めつけはそこではないだろう?
 そう、現実を直視しろ。



―――私の目前、広がる瓦礫の異界ほうかいしたわがやには、
 我こそが主人だと言うかの如く、白髪・褐色肌の男がソファーに尊大な態度でふんぞり返っている―――



 これこそが極め付けだろうに……。










「あー………」

 痛む米神を押さえて私は空を仰ぐ。すると眼に入るのは天井に開いた穴、それも漫画でしか見られないような見事なまでに『人型の』穴だ。加えてその真下の床には隕石落下地点のようなクレーターがある。

 ………これだけ状況証拠が揃って、一体何を疑えと?

 正直、頭が痛い。
 だが頭を抱えているだけでは事態は何も変わりはしないのだ。
 私は痛む頭を振って強引に誤魔化し、ここに至って未だ一言も発さぬ目前の男に私は視線を合わせる。そしてとにかく万感の思いを込めて言った。

「――――何者だ、下手人」












≪Sight――Emiya≫


 さて……この状況をどう説明したものか。

 私の目前には、先ほど息を切らせて「何事だコレはー!?」……と部屋へ飛び込んできた少女が、今は右手で顔を覆って宙を仰いでいる。
 恐らくはこの家の家人なのだろう。
 表情は顔を覆う手に隠れて私からは見えないが……顔の向きが天井に開いた穴と床のクレーターを交互しているところから推して知るべし。
 そして、対する私はこの惨状のほぼ中心に位置するソファーに身を預けてそれを眺めている。

 図らずも沈黙が場を覆った訳だが……ふむ。



――飛び込んできたのは少女だった。

 外見は、長く豊かな金髪をもつ整った容姿に、あおい瞳が宝飾の如く映え、
 体には肩や太腿の露出した丈の短い黒のイブニングドレス、その上に直接同色の外套を重ねている。
 一見すればフランス人形のような――いや、この表現は少々はまりすぎだが――とかく可愛らしい容姿の少女だ。
 そんな、見た目は恐らく身長は私の半分ほどしかない少女なのだが、

(………………人間ではないな。魔力は感じるが、随分と弱い……吸血鬼――死徒か…?)

 外見から推測した安直な予想だが、恐らくは当たりだろう。
 私はこの少女から、微弱だが『人ならざる物』が持つ独特の気配を感じ取っていた。


(……ふむ)

―――どうしたものか。

 正直に言えば、私は今の状況をほとんど理解出来ていなかった。
 分かる事いえば、「私が受肉を果たして現界している事」と、それがアヴェンジャーが言うには「私が聖杯かれに願った結果」だ、という二つだけ。
 幾つかの情報は聖杯アヴェンジャーから送られて来たが、

(送られて来たのは「ツンデレ」だの「フラグ立て」だの何の役に立つのか判らない知識のみ。
 まともな情報は何一つ無い。………一体アレアヴェンジャーは私に何をさせたいと言うのだ…!?)

 とにかく、今この場で役に立つ情報は何一つなかった。
 ああ――何一つなかったとも……。

 故に私は黙して少女が動くのを待っていた訳だが……


 やがて何か覚悟を決めたのか。
 少女は敢えて宙に逸らしていたであろう顔を私に向け、
 視線――は、完全に半眼だったが――を私に合わせ、その口で沈黙を断った。





「――――何者だ、下手人」













「ハ―――第一声がそれかね」

………なんなのだろうな、この既視感デジャ・ヴュは。
 つい最近、似たような台詞を聞いたような覚えがあるのは私の気のせいか?

 あまりと言えばあまりな言葉に、私の口元が苦笑に歪む。
 それは初対面の相手に向けるべき表情では無いのだろうが―――仕方あるまい、内から湧く感情を抑えようとする方に無理があるというものだ。
 ここは不可抗力という事にして貰いたい。


 しかし私が何者か――か。言いえて妙だな。

「ふむ―――ならば質問に質問を返すようで悪いが、答える前に二・三質問がある。いいかね?」

 片目を閉じながら右手の人差し指を立て、私は少女に語りかける。
 が、返されたのは沈黙。それと冷ややかな視線だけだ。これには思わず苦笑する。

「やれやれ、意外に狭量なのだな君は」

「……フン。交渉のセオリーを無視して質問を返す輩が何を言う。
 だいだい貴様は侵入者インベーダーだろうが、
 ―――本来、問答無用で排除するところを侵入者キサマに言葉を交わす猶予を与えているだけ寛容だと思うがいい」
 
「ほう――これは失礼した。
 しかし君の問いに答えたいのは私も山々なのだが、生憎と情報がいくらか欠落していてね。
 その齟齬を埋めるために幾つか聞きたいと、先の言葉はそういうつもりだったのだがな」

「……む」

「それとも何か、君はそれすら判らぬ見た目どおり子供なのかね?」

「ほざけ若造!
 歳ならば私は百歳を越えているっ!」

「ほう、ならば妖婆か」

「誰がオバハンか貴様ぁあっ!」

……いや、「妖婆」から「オバハン」は曲解が過ぎるというか些か反応が過剰ではないか?――と思うが、ガァー!と眉を立てて憤慨する様は見た目歳相応の少女だった。
 ふむ、成る程、こういうのを「打てば響く」いじりがいがあると言うのだろう。
 いや全く……

「ク―――」

「何が可笑しいかぁー!!」

「いやいや何も、気のせいではないかね?」

「ならば貴様の顔に浮んでいる、その薄ら寒い笑みは何だっ!?」

 さあ、なんだろうな?――と私は肩を竦め、憤慨し気炎をはく少女を軽くあしらう。無論、口元は吊り上ったままだ。「こ、殺す…!灰も残さず殺してやる…!」などと物騒な台詞が聞こえなくも無いが、きっと空耳だろう。くぐもった笑いを噛み殺す。
 ああ、だが……


―――しかし、そろそろはっきりさせないと、な。


「――冗談はさておき、本題に入ろう」

 私は笑みを消し、居住まいを正す。

「先程の続きだが……君に聞きたいことは幾つかあるが、答えて欲しいのは―――正直一つだけだ」

「――何?」

 私の雰囲気が変わったことを察したか、少女の気配が静まり冷える。
 成る程、彼女は真っ当な魔術師か。
 基本となる自己の支配は徹底出来るようだ、私はその姿を静かに見据え、




―――告げた。






「―――問おう、君が私を招きしマスターか」







[10584] 魔王になった正義の味方 2話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/01 21:51
 


「―――問おう、君が私を招きしマスターか」

 粛々と私は告げた。
 紡ぐ言葉に、様々な思惑を乗せて。
 理想に敗れ、磨耗し、記憶を削りながら戦い続けた私が、なお失わなかった『彼女』の言葉。

 それを今、
 私は、『私の言葉』としての重みを乗せて告げ―――














「―――はあ? 何を言っているんだ、貴様は」

「いや、すまん。忘れてくれ」


 (……まあ、そうだろうな)

 思いっきり胡乱うろんなモノを見る眼を向けられた私は、苦笑を浮かべるよりなかった。







 わざわざ場を仕切りなおし、「本題」とやらを切り出そうと雰囲気を変えた男に私は身構えた。

―――と言っても、態度には微塵も出さんが。
 私は『闇の福音』ダーク・エヴァンジェル、600年の時を生きる真祖だ。そう易々と若造に弱みを見せてやるつもりはない―――と、この男にいいようにあしらわれていた先程までの己はなかった事と自己偽装する。私は断じてオバハンなどではない!真祖だっ!……自己防衛は速やかに行われ、私は男に気づかれないよう外套の内に手を伸ばす。
 伸ばした先にあるのは試験管。魔力の少ない私が魔法を使うために用いる魔法薬しょくばいだ。
 目の前の男からは正直……敵意を微塵も感じないんだが(……これが私が困惑していた一番の原因だが…)、それでも警戒するに越したことは無い。

―――目前の男から感じる魔力、そして圧力は絶大――

 今の私はともかくとして、男の持つ魔力の絶対量は全盛の頃の私でさえ優に超えるだろう。圧力にいたっては「存在の密度」が違う――と、言った方がいいか。鬼神や大型の竜種を無理やり人型に押し込めたような、何百万の魔法使い達の視線を一斉にびせられたような、そんな超大な重圧プレッシャーだ。久しく感じていなかった『本物の戦場』の気配を、この男は敵意も無くぶつけてくる。―――フン、悪くないな。

 誰がこの男を召喚したよんだのかは知らないが、わざわざ私の住処イエを狙いすましてこんな奴を襲撃させたんだ、それなり以上には腕が立つんだろう。……まあ、上位の悪魔は召喚され契約に縛られても、ある程度の自由意志を持つと言うしな。この男から敵意を感じんのは、つまりはそういう事か――と当たりをつける。
 ならば、これからこの男コイツが口にするのは主命か。フン……面白い。だが、内容次第ではその場で殺す――と、指に魔法薬にかけつつ内心ほくそ笑み、




「―――問おう、君が私を招きしマスターか」




 ……………はあ?
 いきなり何を言い出すんだコイツは?

 予想の遥か斜め上をいく言葉に気を抜かれ、私は思わず素の調子で答えてしまっていた。







「いや、すまん。忘れてくれ」

 私は苦笑し、額に手を当てる。確率は半々だろうと踏んでいたんだが……まいったな、これで完全に私は指針を失った訳だ。額に当てた手をずらして目元まで覆い、浮かべた苦笑を深くした。


――簡単に言えば、先の問いは鎌掛けだ。


 聖杯戦争において、サーヴァントとして魔術師マスター召喚されまねかれた英霊が己が現界に際して最初に放つ祝詞のりと―――それが先の言葉だ。
 これは稀人まれびととして現世に招かれた英霊われわれが、その召喚者マスターとこの祝詞ことばを交わす事で両者の繋がりパスを確認し、同時に「世界」に己という存在を認識させるための第一のくさびとする一種の呪文なのだが……それ故にこの場では大きな意味を持つ。


 それは要するに、
 問われて意味が判らなければ、聖杯戦争の関係者マスターではない――と判断出来るのだ。極論だが。


 例外としては、何も知らない未熟者の魔術師が聖杯戦争に関わった場合だろうが、この場においてそれは無いだろう。私の前にいるのは魔術師らしい魔術師だ。彼女は私に気づかれないよう自然な動作で外套の内へと手を伸ばし、何か――恐らくは魔術の触媒か――を指にかけた臨戦態勢で私を警戒していた。いつでも魔術を放てるよう構えていたことからも、不慮に対する「魔術師らしさ」が伺えた。
 まあ、もっとも、

 (―――今は些か、呆けているようにも見えるが、ね…)

 完全に予想外だったのだろう。私の問いに「はあ?」と答えてからというもの、彼女は「アリエナイモノ」を見たような目を私に向けている。……これには苦笑するしかない。

 (参ったな……これは苦笑癖がついてしまったか…?)

 浮かべる思考にすら苦笑しそうになる己に僅かな危機感を抱かないでもないが、一先ずは情報をまとめる方が先決だろうと判断する。

 僅かな会話でも得られる情報は多い。行幸だ。私の現状を誰よりも私が理解できていない以上、得られる情報は私にとって何にも勝る武器となる。
 私の問いが予想外だったのか、彼女が恐らく素の調子で答えてくれた事も幸運だ。
 彼女との会話、返答、そして態度―――、それらを全てが現状を理解するための情報の一つであり、それらを検分し解析すれば私の現状に対する推論は、自ずと立ってくるのだから。


「…………い、……」


―――故に現状、得られた推論は二つ。
 一つは―――「私が聖杯戦争に呼ばれた訳ではない」という事。

 そしてこう推測した理由は明白、
 ―――単純に、彼女が鎌掛けに掛からなかったからだ。


「…………ーい、貴…、呼……い…の…聞こえ…………」


―――聖杯戦争は極東、日本の特に珍しくも無い一地方都市を用いた儀式だが、その知名度はそれなりに高い。要因は恐らく『万能の願望機』という触れ込みだろうが、逆に言えば、聖杯戦争の参加しようという魔術師がその内容――サーヴァントの存在――を知らないはずが無い。
 参加する魔術師があの未熟者の魔術師もどきのようであれば「知らない」可能性もあるだろうが、目前の彼女は真っ当な魔術師、そのような不手際は有りえまい。

 よって、彼女が惚けているのでもない限り、
 ―――私が聖杯戦争に呼ばれた可能性は排除できる、と推測する。


「……ほ、…ぉー……無視か…様…、…いい度…だ…!」


―――二つは、一つ目を踏まえた上での推測だが、
 「恐らくここは冬木ではない、が優れた霊地」だという事だ。
 単純に前者は私が聖杯戦争に呼ばれた訳でないという時点で容易に推測できるが、この場では重要なのはむしろ後者か。


「………うか、…く…でコケ…する………か、貴様…」


―――結論から言えば、
 ここが優れた霊地と推測する根拠は、
 そうでなければ『英霊われわれ』の召喚がまず不可能だからだ。

 聖杯戦争を例にとって見ても、英霊をサーヴァントとして召喚するには、
  「聖杯」と呼ばれるシステム、
  「召喚者」たるマスター、
  「えにし」となる聖遺物しょくばい
 そして、その根底を支える霊地「冬木」―――これらが全てが揃って初めて召喚が行われる。
 ……まあ、中には触媒なしで召喚に臨むものもいたようではあるが、それはあくまで少数だろう。


「………フ、フフ………ロス…」


―――故に、この推測だ。
 全て推測でしかないが、ここは「冬木ではないが、優れた霊地」であり、何があるかは判らないが何か私に所縁ゆかりの物があったために、私が今ここにいるのだろう。そうでなければ不可能だ。―――呟きながら、一つ一つ有り得ない可能性を削っていく。
 一応、私が召喚される可能性の一つに、守護者として世界に呼び出されたと考えることも出来なくは無いが、だとすれば私が受肉している理由が説明できない。―――いや、受肉そのものは聖杯アヴェンジャーによる奇跡だとしても、守護者が呼び出される状況と言うのは既にして地獄であり、渦中そのものに守護者は呼び出される。
 だが、どう見てもここがそのような地獄には見えない――と、私は顔を上げて改めて視線を周囲に巡ら、せ……


 …………


 ……おや?



「………時に、一つ聞いてもいいかね?」

 私は背筋に感じる蟻走感ぎそうかんを堪え、ひしひしと感じる既視感デジャ・ヴュを意志の力でねじ伏せる。

「なんだ?……命乞いなら聞かんぞ」

「……………」

 思わず沈黙、そして視線を逸らす。
 痛いほどの既視感が私を襲い、滝のような冷や汗が流れ、明確に未来が予測できるだけに……言葉が出ない。活路を求めゆっくりと視線を左右に散らすが、恐らく回避は不能、逃亡も不可。逃れるすべは無いだろう。
 ……成程、覚悟を決めろということかね。
 私は半ば諦め混じりに視線を少女に向けた。
 合わさる視線、噴き出す冷や汗。逃げたくなる気持ちを抑えて言うと、

――――私の目前、
 そこには手に触媒を挟んだ少女が限界まで口元を引きつらせて、死刑囚わたしを冷ややかに睥睨へいげいしていた……。







 ―――さあ、どうしてくれようか。
 私を、『人形使い』ドール・マスター『闇の福音』ダーク・エヴァンジェル『不死の魔法使い』マガ・ノスフェラトゥと恐れられたこの私を!……ここまでコケにしたんだ、本当――どうしてくれようか。

「フ、フフ…フフフフ……」

 ああ、今なら――たとえ魔力を封印された最弱状態の私でも、今なら最強クラスの魔法を放てるんじゃないか?フフッ…フフフ…本っっ当ぉぉおに愉快な気分だなぁ!

 私はゆっくりと外套から魔法薬の入った試験管を取り出し、構える。
 指に挟んだ試験管しょくばいがミシミシと悲鳴を上げるが気のせいだろう、男が青ざめた顔で私を見上げているが、きっと、気のせいだろう、ここまで無言を貫き家の外で備えていた茶々丸が、私の背後でオロオロとし初めているが、きっと!気のせいだろう!

 私は静かに目を瞑り、この男に与えられた屈辱を回想する。















「いや、すまん。忘れてくれ」

 あまりに予想外な「君が私のマスターか?」という問い、
 それに呆けた私へ、男は苦笑しながらそう言った。


……一体、なんだというのだ?
 コイツ、自分が誰に召喚されよばれたのか分かってないのか? いや、ならばコイツの目的は何なんだ? どうして私の家を破壊しておいてソファーで寛いでるんだ? なんなのだコイツは?――私はもう完全に混乱し、頭を駆け巡るのは疑問の羅列ばかり。
 男の発言を頭から鵜呑みにするほど私は愚かではないが、ここまで不明瞭すぎると、逆に目的も何も無く、偶然私の家の真上に召喚され落ちてきただけなんじゃないか―――なんて考えまで浮んでくる。

「………おい、貴様」

 どうにもハッキリしないのは性に合わん。こう……モヤモヤした感情を持て余すのは好きじゃないんだ。私はいい加減冷え始めた体の事も思い出して、さっさと面倒は片付けようと、男に声を掛ける。

「………」

 が、返ってきたのは沈黙。

「………おーい、貴様、呼んでいるのが聞こえんのか…?」

「―――」

 沈黙。無反応。

「……ほ、ほぉー……私を無視するか貴様…、…いい度胸だな…!」

「―――――」

 語気を強め、声を大にするが……やはり沈黙。無反応。
 ……徹底して私を無視する腹積もりか?

「……そうか、あくまでコケにするつもりか、貴様…」

「―――――」

 声から温度が消える。もはや脅しの一歩手前といった声音だが、
 それでも返ってくるのは沈黙と無反応だ。あまつさえ、あらぬ方向を向いて「―――不可能だ」とはどういう意味だ…?アレか、私では貴様を振り向かせることも不可能と、そう言いたいのか?
 私など眼中にないと、そういう意味か?
 ……フ、フフフ…… 

「………フフッ…フフフ……コロス…」

 ああ……私をコケにするなんて、本当にいい度胸だ。認めてやろう。貴様は私が消す価値がある。
 外套の内に隠した、私の指先が震える。懐かしい感覚、長らく感じていなかった武者震いだ。私はゆっくりと指に試験管を挟んでそれを取り出し――、



―――唐突に、男と目が合った。



「…………」

「…………」

「………時に、一つ聞いてもいいかね?」

 沈黙を破り、男が問う。
 だが先程までの不遜な態度は鳴りを潜め、顔色は既に真っ青だ。
 額には冷や汗を浮べ、恐怖と諦めがない交ぜになった目をこちらに向ける。
 ……なんだ、なかなかいい表情をするじゃないか。

「なんだ?……命乞いなら聞かんぞ?」

 フフフ……私は妙に愉快な気分だった。
 この15年、退屈と等しい平穏の中ではほとんど感じられなかったこの気分、夜の女王として輝いていた頃を思い出す。


―――さて、どうしてくれようか?

「フ、フフ…フフフフ……」

 なあ、下手人。どうやら今夜の私は絶好調らしいぞ?
 魔力は精神の影響を受けると言うが、こんなに愉快な気分は久しぶりだからな。調子が良過ぎて、ついつい遊んでしまいそうだ!

 僅かしか体に残っていないはずの魔力が内からほとばしり、取り巻く大気の温度が低下する。それに同期してピシピシと大気中の水分が凝固し始める。―――既にこの部屋一帯の空気は私の支配下だ。キョロキョロと逃げ場を探しているようだが、やがて逃げられないと観念したか、

「しょ、正気か君は!?
 ここは君の家だろう、私ごとここら一帯を焦土にする気かね!?」

 男が叫ぶ。見ていてなかなか愉快な慌てぶりだ。―――だが、その心配は的外れだな。

「―――安心しろ、若造。私の属性は氷だ。
 周りが氷山になる心配はあっても焦土になることはないぞ?」

「いや、心配すべきはそこではないだろう!?」

「そう、そのとおりだ!
 貴様が今心配すべきは貴様の身だ―!」

「ぐっ…!君には常識がないのか!?」

 苦虫をまとめて口いっぱい噛み潰したような表情を浮かべる男の姿に、私の溜飲も僅かに下がるのを感じるが、それとこれとはまた別の話だ。やはりコケにされた借りはキッチリ返さないとな!
 触媒を構え、青ざめた顔を晒す男を睥睨する。
 この期に及んで常識?―――貴様にだけは言われたくないわ!
 私は右手を掲げ、哄笑する!そして――
 
「フフフ…フハハハ、アハハハハハハ!
 いいぞ、いい表情だ貴様!そのまま私をコケにしたことを後悔するがいい!
 我が名は吸血鬼ヴァンパイアエヴァンジェリン!『闇の福音』ダーク・エヴェンジェル!!
 最強の名を謳う悪の魔法使いだ!!
 貴様はこの名を耳に刻んで……朽ち果てるがいい!!  『氷神の戦鎚』マレウス・アクイローニス

「――――この、たわけが!投影トレース……!


 文句なし最強無比の一撃を、容赦なく苛烈に叩き込んだ――――!














≪Sight――Chacha-Maru≫


「――お茶をどうぞ」

「すまない」

「………フンっ」

……マスターが魔法を放って居間を崩壊させてから数分後。それまで家の外で待機を命じられていた私は中に入ってお二人の無事を確認した後、マスターの許可の下「屋根と床を破壊した下手人容疑者(仮)」(以下「下手人(仮)」さん)を二階に案内しました。

―――この「下手人(仮)」さん、マスターの魔法を直撃で食らい粉砕された床の破片に埋もれていたはずでしたが、私が掘り起こすまでも無く無傷で立ち上がってきました。かなり頑丈です。
 ですが、マスターが「チッ…!やっぱり魔力が足りなかったか……」と漏らしていたので、単純に魔力不足で威力が出なかったのかもしれません。

「……ほう……これは、結構なお手前で」

「ありがとうございます」

「茶々丸!おかわりだっ!」

「―――はい、マスター」

 そして今。お二人は二階のテーブルに対面で座り、私は急須を持ってお二人の湯飲みにお茶を配り、
 私はマスターの横――「下手人(仮)」さんから見て斜め右――の席に座ました。

「単刀直入に聞くぞ、なんなんだ貴様は?」

 マスター、それは直截すぎるのでは?――とは思っても私は口にしません。

「………同じ言葉を繰り返す事になるが、改めて。―――第一声がそれかね君は」

「フン、貴様のような得体の知れない奴は初めてなんだよ。
 だいたい貴様は――」

 マスターが言葉を途中で区切り、右手で屋根の一部と床を指します。そこには上方からかなりの重量物が落下・貫通したことを示す、いっそ芸術的なまでの『人型の穴』が開いていて、

「―――貴様はアレを作った下手人だろうが。
 普通に考えて、人様の家をぶち壊した相手にまともな対応をすると思うか?茶を出してやっているんだ、むしろ貴様が感謝を述べるところだろう」

「やれやれ……耳が痛いな」

 マスターの言葉に「下手人(仮)」さんは苦笑し、湯飲みでその口元を隠すのでした。

―――改めて私は「下手人(仮)」さんに視覚素子を向けます。
 「下手人(仮)」さんは一目で屈強と判る背の高い全身を黒い幾つかのパーツからなる皮鎧で包み、その上から真紅の外套を羽織った格好です。容姿は、腕や顔などの露出した部分は浅黒い褐色、頭髪は銀に近い白髪で、精悍な顔つきに目はさびた歯車のような鈍色にびいろをしています。身体的特徴からすれば中東系の人間のようだと言えますが、確証は持てません。

 ですが、私でも確信を持って言える事が一つあります。
 この、「下手人(仮)」さんは―――人間ではありません。いえ、人間では有り得ません。
 彼は―――稀人まれびと、恐らくは悪魔や精霊と言われる類です。

「……で、実際のところ、貴様はなんなんだ?」

 間を空けて、再びマスターが同じ問いをかけました。
 ですが先程よりも声は沈み呟くようで、眉間にしわを寄せて戸惑っている事が見て取れます。

「最初は私の家の方に現れた事から、私を狙う魔法使いか誰かがお前を送り込んできたのかと思ったんだが……どうも最初から敵意がなかっただろ。
 ……こういう風に聞くのは自分が無知な餓鬼に戻ったようで嫌なんだが、結局のところなんなんだ貴様は?」

 問われた「下手人(仮)」さんはポーカーフェイスを崩さず、その表情からは何を考えているのか、読み取れる物はありません。ですが、マスターの言葉に「下手人(仮)」さんの眉が一瞬跳ね上がり、すぐに何事も無かったように表情を繕ったのを、私は見逃しませんでした。

「ふむ、私が何者か――か。正直、私が聞きたいところなのだがな…」

「はあ?どういう意味だそれは」

「……なに、言葉どおりの意味だ」

 嘘は言っていない――と、私にはそう言っているように聞こえました。
 「下手人(仮)」さんが言葉を重ねます。

「逆に幾つか聞いておきたいんだが、いいかね?
 正直に言って、今の私は情報が少なすぎるのだ。ある程度その穴を埋めないことには、君の問いにまともに答えを返すこともままならん」

「……ふん、いいだろう。
 私に答えられる範囲なら、ある程度は答えてやる。
 ただし、私が一方的に喋らされるのは気に入らん。私がお前の問いに答えた分だけ、貴様には後で私の問いに答えてもらうが――」

 マスターは一息に言い切り、それで構わんな?――と、湯飲みに口をつけ傾けながら、視線を「下手人(仮)」さんに合わせました。彼もそれが伝わったのか、無言で一つ、頷きを返しました。そしておもむろに口を開き、

「そうだな、ならばまずは……」







「まずは、聞きたい。―――君は『魔法使い』なのかね?」

 私は努めて無表情を装い、最初の質問を問いかけた。
 恐らく相手にとっては取るに足らない質問、されどこれは聞き捨てなら無い。
 正直、私の聞き間違いだと信じたかったのだが―――


「うん? 何をいまさら聞くんだ、当たり前だろう。
 さっき私の『魔法』で木片の山に埋められたのをもう忘れたのか?」

「―――いや、ちょっとした確認だ」

 きょとん、という擬音の合いそうな調子で答えられ、
 私は内心で僅かな焦りと大きな衝撃を感じつつ、苦笑を浮かべて表情を誤魔化した。
 
 だが、これは少しばかりショックが大きすぎた。
 事も無げに答えられてしまったが……私の質問に彼女は『己が魔法使いだ』と言ったのだ、『魔法』使い、なのだと。

 これには絶句するより無い。
 『魔法』――――それは五つしかない奇跡の業、根源に至った証明、全ての魔術師の目標、そして代替技術による再現が出来ない「究極の一」

 恐らく私が受肉した原因は聖杯アヴェンジャーによる第三魔法「魂の物質化」だろうと思われるが、目の前の少女は「己を指して魔法使いだ」と言う。それに加え、言い方は悪いが、先程の氷塊程度を『魔法』と呼ぶ。これはどういうことだ?
 頭の中には既にある一つの仮説が浮んではいるが、これは進んで認めたくは無い。出来ることなら否定できる要素を見つけたいというのが本音だ。

「おい、どうした。
 質問はそれだけか?だとしたら些か以上に拍子抜けだぞ?」 

……どうやら動揺し、考え込んでいる暇は今は無いようだ。
 まあ、思考を巡らせる事は後でも出来る。今は目の前の少女から、情報を聞き出すことが先決か。

「ふむ、そうだな……では次だ。ここは何という土地なのだ?」

「麻帆良だ。
 表向きは総合学園都市として機能しているが、その本質は『関東魔法協会』だな」

「…………関東、魔法協会…?」

 ………………は?

 いや待て、待て待て待て!……関東?
 おいおい、地域の名を冠する程に魔術――いや、魔法――が浸透しているということか!?
 私は内心の焦りを顔に出さないよう必死だが、それがどこまで効果を発揮しているのか。もはや定かではない。既に驚愕はメーターを振り切っている。
 だというのに、

「ああ、日本における西洋魔術師の玄関口みたいなもんさ」

「……………」

 ……開いた口が塞がらんとは、こういうことかね…
 彼女にとっては常識なのだろうが、こうもサラリと言ってのけられると流石にダメージが大きすぎる。
 私は対面に座った二人から視線を外し、眉間に寄ったしわを指で伸ばす。

 ……落ち着け。クール、KOOLになるんだ。こういう時は素数を数えろ…2、3、5、7、11、13……
 ……って待て、COOLなら分かるが、KOOLとはどういう意味だ?何故素数を数えているのだ私は!? これもまた植えつけられた聖杯アヴェンジャーの知識か!?

 何故か草葉の陰でアヴェンジャーが「ひひひ、困ってる困ってる」と、質の悪い笑みを浮かべている姿を幻視したが、ともかく、私は自身の沈静に全力を投じる。と同時に、仮説ではなく事実として、私は私の現状を理解した。
 結局は推論の域を出ないが、これは、

 (………あまりにも共通概念――常識が違う、違いすぎる。つまりこれは、「世界が違う」…と、そういう事か…!)

 五つある魔法の第二、『並行世界の運営』、世界を渡る非常識――という事なのだろう。



 ……本当に頭が痛い。
 なんでもありか、あの聖杯おとこは……







 質疑応答も半ば、「……魔法…魔法」と遠い目で呟きだした男に……コイツ、大丈夫なのか?と、私は僅かに不安の目を向けた。








―――男の提案は私にとってもメリットが大きかった。


 持っている情報が少ないから質問がしたい――そう、男は私たちに提案した訳だが、私はこれに見返りとしてこちらが男に問う権利を得た。これは非常に大きい意味がある、途方も無い旨みだ。

 なにせ―――私が問われた内容と等価の質問を、男は私に答える義務が生じるのだから。

 (自分の目的を果たすために相手の損得まで計算する――なかなか上手いやり方じゃないか)

 交渉のいろはを判っているな―――と、私は観察するように男へ目を向けていた。
 しかし……コイツは一体なんなのだろうか。人間――ではない、それは保有している魔力や放っている圧力から確かに推測できる。たかが人間にここまで桁はずれた力が宿るはずが無い。ナギの馬鹿でもここまでではなかった。
 だが、目の前のコイツは明らかに人間ではない―――はずなのに、どこまで行っても「人」ヒトの枠を外れていないようにも見える…のだ。
 矛盾――この言葉がコイツを表すのに最適だろう。
 だからだろうか。




 正直に言えば、
 ―――私は既に、コイツに興味を覚えていたんだ…




「おーい、大丈夫かお前ー…?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 いや、明らかに大丈夫じゃないだろ―――とは言わない。そこまで言う義理は無いからだ。
 表面上はポーカーフェイスを保っているが、動揺が顔に出ているぞ?

「フン…ならいいが。で、他に質問は?
 無いならこれで話は終わりだ、私は眠いんだけどな」

「………む」

 ふぁああ~と欠伸を一つ、ついでに目も擦っておく。フフフ、どこからどう見ても睡魔に襲われた少女に見えるはずだ。
 無論――ブラフだが。……吸血鬼が夜に眠くなるわけあるまい。
 だが、こういう時にこの体は便利だ。私自身が吸血鬼でも見た目は10歳の少女、夜は眠たくなる――と言っても信憑性がある。
 これで男も「私の確認」や「場所の情報」といった軽い様子見ジャブから、早めに本題を切り出さねばならなくなるだろう。
 老獪?―――誰がオバハンかっ!?

 ………ごほん、それはさておき。

 案の定、男は私の演技を真に受けたか、表情を改めた。
 腕を組んであごに手を当て、二・三度頷き、

「そうか、それは私が悪かった。
 いかに魔術――魔法使いと言えど君は10歳そこらの少女、睡眠時間を削るのは確かに良くないな。
 うむ、子供は早く寝るに限るな、子供は」

「そ、そうだな。私は早く寝たいんだ、だから質問がまだあるならさっさと言え」

 ………自分で誘導しておいて何だが、子ども扱いされると無性に腹が立つな…!
 私は微妙に口元が引きつっているのを自覚するが、私が誘導した以上、男に激昂することは出来ない。
 だからか、

「あの、マスター?」

 横から口を挟んだ茶々丸に、視線で黙れと命じ念話をつないだ。

≪なんだ茶々丸!私は今、コイツとの舌戦で忙しいんだ!大抵の事は後回しにしろ…!≫

 自分でも随分と余裕を失っているなとは思うが、表面上は弱みを見せていないだけまだマシだ。
 だが内面はそうもいかん。感情のままに茶々丸に当たってしまう。

≪いえ、その大変言いにくいのですが……≫

≪なんだっ!? どうでもいいことなら口を挟むな!≫

≪いえ、その……多分ですが…≫

 ハッキリしない茶々丸に僅かに苛立つが、最優先は男との舌戦だ。
 だからこそ、茶々丸の言葉に耳を貸さなかったのだが、

「いやしかし、既に夜も遅い。
 私は睡魔に襲われた子供が、まともに頭が働くとも思えんな。子供は子供らしく、今は寝て話は目覚めてから――という事ではどうかね?」

「フ、フン…!
 私は今日出来ることは今日やる主義なんだ。だいたい話を途中で切るなど、座りが悪くて寝られるものも寝られなくなるだろうが。
 だからまだ何かあるなら聞いてやるからさっさと話せっ!」

 ほう、そうかね――と、真摯に――いや、見た目だけは…だが――こちらの身を案じる発言だけに、逆に困る。これが嘲るようであれば問答無用で激昂できるものを…!
 と、私はピクピクと表情筋を引きつらせ、

 同時、茶々丸が念話で言った。




≪この人は、マスターが吸血鬼だと気づいているかと≫

「なにっ!?」

 私は念話ではなく、現実で驚愕の声を上げ茶々丸を見た。
 茶々丸は眉根を寄せた表情で私を見ていて、その視線がつい、と男を向く。
 私もつられて顔を向けると、



大変だな、子供と言うのは



「あ…あが、あ…」

 私の目前には件の男が、



吸血鬼が夜眠らねばならんとは―――



 腕を組んで褐色の肌を歪ませ、



―――随分と健康的なのだな。なあ、子供の吸血鬼君?



 ニィ…!と質の悪い笑みを浮かべてふんぞり返っていた。 



「き、ききき貴様、気づいててからかっていたなぁあああ!!」

「ク―――さあ、なんのことだろうな?」

 
「…こ、殺す!絶対殺す!骨まで残さず灰燼に……!」

「ああ、マスター!暴れては湯飲みが…!」

「ええい、止めるな茶々丸!私にコイツを殺させろー!!」

「ククククク」

「その薄ら寒い笑みを止めんかー!!」







 こうして今日も、夜が更けてゆきました……




[10584] 魔王になった正義の味方 3話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/01 21:46




―――それからおよそ四時間、
 喧々諤々とした対話の場は、夜が明けてからマスターの「眠い……少し寝る」という発言で、一先ず終了することになりました。












「………ふむ、眠ったようだな」

 東の空が白みだし、船を漕ぎ始めたマスターをベッドに運んで寝入った事を確認した私は、掛けられた声に振り向きました。
 声の主は「下手人(仮)」さん―――改め、エミヤさん。
 湯飲みを片手に座ったまま、テーブルの向こうから私に声をかけたようでした。
 
「―――はい、マスターは仮眠を取られました。
 一時間後に起こすよう言われていますので、それまでお待ち下さい」

「……ああ、了解した。
 しかしアレだな。私が言うのもなんだが……少々警戒心が足りないのではないかね?」

「………」

 私は答えません。それは図らずも、私もエミヤさんと同じ意見だったからというのもありますが、

「エミヤさんの今の立場はマスターの客人です。
 従者わたしは、主人の客へ警戒を見せるつもりはありません」

 私はベッドに入る前にマスターが言われた「一応、最低限の客への対応をしてやれ」という言葉に従い、エミヤさんの対応をしているからでもありました。
 まあ、「警戒するな」とは言われていませんので最低限警戒を「見せない」だけでしたが、エミヤさんは私の言葉に「……そうかね」と苦笑を混じらせた表情で呟き、湯飲みを口にし、ほぅ、と息をついていました。

「―――おかわりはいかがですか?」

 コトンと、湯飲みがテーブルを打つ音に中身がなくなったことを察し、おかわりを勧めます。
 エミヤさんにお出ししたのは都合三杯。これ以上は不要かとも思いましたが、

「いや、いい。
 それよりも私は――少し外へ出ようと思う」

 エミヤさんはスッと音も無く立ち上がり、席ごとこの場を辞すつもりのようでした。

















「――どういう、事でしょうか」

 言って、私はエミヤさんと一階へ続く階段を結んだ線の間に阻むように立ちました。
 ちょうど面と向かう立ち位置ですが、エミヤさんの方が随分と背が高いために僅かに見上げる形になります。

「なに、私が呼ばれた世界というのを少し……先に見ておこうと思ってね」

「それ、は」

「安心しろ。別に君の主に迷惑はかけるような真似はせんさ。
 一時間後に彼女を起こすのだろう? なら、それまでには戻ってこよう」

「…………」

 ―――どうでしょうか。
 私は、このままエミヤさんを外に出していいものか思考します。

 私の思考から言えば、エミヤさんの纏う魔力は絶大であり、不要な揉め事を起こさせないためにここへ留まっていただくのが最善だと判断します。
 ですが、私がマスターから仰せつかったエミヤさんの対応は「お客様」に対するもの。
 である以上、従者が主人の客を引き止めるのは――

「――分かりました。先にマスターが目覚めた際には、お伝えしておきます」

 結局、私はエミヤさんに道を譲りました。
 エミヤさんは通り過ぎる私に「そうしてくれると助かる」と言葉を残し、下へ降りる階段へと向かいます。
 エミヤさんはマスターの客人。ですから、私は立ち去るその背中に、


「行ってらっしゃいませ、エミヤ様」

 小さく、頭を下げ見送りました。



 ………




 ………?





 気配が去らない事を不審に思い顔を上げると、エミヤさんがポカンとした顔で私を見ていました。
 ……何か間違いましたか?

「戻ると、そう仰られましたので―――おかしかったでしょうか?」

 そう言うとエミヤさんは苦笑して外套を翻し、

「いや…。
 ―――行ってくる、茶々丸」

 それと「様」付けは止めてくれと、何度も言ったはすだがな―――、そう言い残して、外へと歩いて行かれました。





















「さて。とりあえず外に出てはみたものの……どうするかな」

 東から昇る早朝の太陽に目を細めて見上げながら、なんとはなしに呟く。






―――朝になるまで私とエヴァンジェリンは、テーブルを挟んで話し合っていた。
 だがお互い、質疑応答の合間合間にいらん言葉を挟んでいたため、結局ほとんど有益な話は出来なかった。めぼしい成果と言えば、名前を交換できた事とこちらの吸血鬼ついて聞けた事くらいか。
 一応、切りどころの難しい切り札カードの一つとして、私が第二魔法で『世界』を渡っただろうという事は彼女に隠したが、

「エヴァンジェリンに絡繰茶々丸、か。……なんだかね」

 正直、世界が違えばここまで違うのか――と、思わなくもない。

 エヴァンジェリンといい茶々丸といい、顔に出しこそしなかったが彼女らとの会話は驚愕の連続だった。
 何が驚いたかと言えば、茶々丸――彼女はロボットであり、エヴァンジェリンは吸血鬼――しかも600年を生きる真祖だそうだ。
 おいおい……こちらの世界には真祖がどこにでもいるのか?――と遠まわしに聞いたところ「既に吸血鬼化する秘伝は失われている」らしい。成り立ちからすれば「この世界の真祖=死徒」という認識か?

 いやそれを言い出せば、完全自律二足歩行ロボというのも考えれば凄まじい事ではないか?
 エヴァンジェリンに聞いたこの世界の西暦は、私の生きていた時代とほぼ大差ない。だがそれにも拘らずこの技術力だ。
 どうやら私のいた「世界」とこの「世界」は明らかに『魔法』の在り方に違いがあり、また科学的な技術力は遥かにこちらの方が優れているようだ。もしかしたら既に、ネコ型二頭身ロボが完成しているのかもしれない。………いや、待てなんの話だ。


 ……ゴホン、



―――要するに私は、
 ここがどういう世界なのか、この目で見てみたくなった訳だ、




 まあ、

「エヴァンジェリンは後で私をここの『学園長』に会わせると言っていたから……別に今すぐ外を見て回る必要は無かった訳だがな」

 私にもまだ好奇心とやらが残っていたか――と、小さく苦笑した。












 さて。

「――――では、行くかッ!」

 声と同時に大地を踏み込み、跳躍。
 取り巻く大気を肩で切り、一息でエヴァンジェリンの家を囲む木々を飛び越える。と、目の前に現れるのは一際巨大な杉の木だ。私はその幹が支える太い枝へ静かに着地し、そこから森を文字通り跳んで走る。

 (………ふむ。受肉したからといって、筋力が落ちる――などという副作用は無いようだな)

 私は視線を左右に散らし、木々の上から見える景色に目を向ける。するとそこにあるのは冬枯れの杉林、遠くには欧州風の街並だ。恐らくはアレが学園都市とエヴァンジェリンが呼んだ街なのだろう。ここからは洋上に浮ぶ島も見え………って、なんだあれは!? ………木? まさか木なのか!? 明らかに木の域を脱した巨大さではないか!?

 (成る程、コレが『魔法使いの世界』か…)

 私の視線の先には、巨大な常緑樹が天をいて屹立している。
 傍目にも樹齢を千単位で経ているだろう巨木だ。神木などと呼ばれているのかも知れない。恐らくは魔術的――いや、魔法的な意味があるのだろうが、それが街のど真ん中にあり、広場まで巨木にあわせて作られている。

―――ゴクリ…と、思わず唾を嚥下する。

 どうやらこの世界は、
 私の想像以上に常識にちじょう『魔法』ひにちじょうが隣接しているらしい。

 (……予想以上だな…これは、先に外へ出てきて正解だった…)

 あまりにも巨大、そしてその存在感が凄まじい巨木。
 もしかするとアレは伝説の世界樹なのかもしれない。葉を持ち帰れば「解呪」や「死者蘇生」が叶うかもしれん……って何の知識だコレはぁあ!?



 どこにアンテナを伸ばすか分からない聖杯アヴェンジャーの知識に、思わず私は頭を抱えたくなる。
 だが、しかし、

「――――む」

 何かが近づいてくる気配を感じ、私は無駄な思考を凍結した。















 余計な思考をカットし、周囲の気配を探るのに全てを注ぐ。

「――――下か」

 呟き、そして視線を下げれば、冬枯れした杉林の中に一人の人間が駆けている。
 だがその速度、身のこなしは明らかに一般人のそれではなく、木々の間を飛ぶように走るそれは疾風のようだ。

 ……向かってくるのは魔術師――ではなく――魔法使いか。それも恐らく白兵戦を好む戦士だろう。

 距離はまだ200mほど離れているが、この分なら数秒で私の所までたどり着くだろう。
 エヴァンジェリンの家を出る際茶々丸に「迷惑はかけない」と言った手前、あまり揉め事はおこしたくないというのが本音だが……

 (私に何の用かは知らんが、話してみなければ判らんか…)

 私は逡巡を打ち切り、向かってくる相手に相対すべく幹から飛び降りた。




















 

「――――貴様、何者だ!」

「……ふむ、何者か、か」

 やれやれ……日に同じ質問を何度も繰り返し聞くと流石に気が滅入るな。
 しかも、そのどれもが剣呑けんのんな状況だと言うなら尚更だ…。

 木の上から飛び降り、相手が来るのを悠々と待っていた私は、現れた相手――少女だったことには少々驚いたが――に今抜き身の刀を向けられ恫喝されている。
 軽く目で解析してみたが、向けられているのは野太刀に分類される長大な刀。物質的な損傷はほとんど無く、だがかわりに霊的な傷痕があまりにも多い。
 恐らくは長き時を経つつあまたの幻想を屠ってきた霊刀なのだろうが、それを向けられている私は、

 (……剣呑極まりないな…)

 ため息、そして苦笑。
 どうやら私は、よほど幸運という奴に嫌われているらしい。(LAC値はEだったか?)










「名乗れ、貴様は何者だ!」

 目の前の少女が僅かに殺気を含んだ声で私に問いかける。
 眼光は鋭く、冷たく、研ぎ澄まされた刃のようだ。

 感じるプレッシャーは……成る程、見た目は若いが中々だ。
 剣気――とでも言おうか。ひどく真っ直ぐで鋭利な、構えた刀と混じり合い触れれば斬れるような圧力だ。
 だが、

 (……ふむ、惜しいな)
 
 目の前の相手は―――どうも酷く余裕が無い。
 私はそれを一目で看破する。
 故に、
 
「……やれやれ。
 月並みな物言いで申し訳ないが、人に名を尋ねる時は先に己が名乗るべきではないのかね」

「――――ッ」

――この少女は私の軽口を真に受ける。
 酷く細く、酷く鋭く、それでいて強い気を纏う少女は僅かに迷う素振りを見せ、
 やがて静かに―――その名を紡いだ。














「―――――桜咲、刹那」


















≪Sight――Setsuna≫


「―――――桜咲、刹那」

 私は名乗り、目の前の男――底知れない魔力を感じさせる正体不明の魔法使い――を見据えた。
 正直、名前に関しては乗せられた気がしないでもない。出来るなら名乗らずに済ませたかったが……いや、済んだ事だ。この男は口が回ると判った…そう思えばいい――と、私は警戒し、







「そうか。
 私はエミヤという、よろしく桜咲」







 ……………あ、はい。これはどうもご丁寧に………って、…ッ!!

 あまりに敵意の無い軽い微笑を含めた返事に、張り詰めていた緊張の糸が思わず切れそうになった。























「それで?
 私に何の用かね、桜咲」

「………ッ」

 目の前、私は努めて・・・微笑を浮かべながら問うが、「桜咲刹那」と名乗った少女は答えない。
 否、恐らくは答えられないのだろう。ひどく混乱し、何をどうしたいのかわからない――と、あまりに読み易すぎる表情を浮かべていることから、それが伺える。
 

 (……若いな。まだ駆け引きの経験値が随分と低い…)

 私は桜咲から視線を離さず、小さく口元で苦笑した。






―――例えば、
 戦闘を含めて、「交渉」というものは『綱引き』に良く似ている。

 『綱引き』はルールそのものは非常に単純だが、そこには非常に深い駆け引きがある。
 子供でも、戦い方次第では大人に引けをとらない働きを見せられる高い戦略性が存在し、実力が拮抗していればそうであるほど、駆け引きの重要性は増してくる。

 それ故、交渉・・という相対は『綱引き』とよく似ていると言えるのだが、
 その例にとって言えば、目前の桜咲は余裕が無い。
 つまり――常に全力で綱を引いている状態なのだった。

 これは、相手の一挙手一投足に刹那の反応で応えなければならない世界に生きる人間が、時々陥る典型的な余裕の無さだが、言い換えれば、それは相手の動きにいちいち反応してしまう・・・・・・・という事だ。


 ならば、警戒し綱を全力で引き続けているてきいをぶつけてくる相手に、いきなり綱を手放してやればてきいをそのままながせばどうなるか――



 ――――結果は、勢い良く盛大にコケるひょうしぬけする――ただそれだけだ。




 (……もっとも、相手が駆け引きに弱く、また勝敗に興味が無い場合でもなければ―――普通は実行せん戦術だがな…)

 目の前の桜咲には見えないよう苦笑し、

「それで?
 もう一度聞くが、私に何の用かね」

「………それは」

「答えられんか。
 では質問を変えよう。君はここへ何をしにきたのだ、桜咲」

 詭弁だった。
 単に同じことを別側面から聞いただけだ、この程度では駆け引きとも言えんが…


「あ、……街の方へ何か巨大な魔力が迫って来るのを感じたので……」

「……ふむ」

「私は、お嬢様に害なす何かかと…」

「…………それで危険を感じ、排除しに来たと?」

「―――はい」

「………………あー」

 ……少々真っ直ぐすぎやせんかね、この子?
 まさか、同じことを聞かれた事に気づいてないのか?



 私は僅かに痛む米神を押さえ、改めて桜咲刹那と名乗った少女を見た。

 特徴的なのは髪型。サイドテールとでも呼ぶのか、長い黒髪を左側にまとめて結い上げている。
 格好は落ち着いた臙脂エンジ色のブレザーに、チェック柄のスカート。
 ブレザーの胸元には校章あしらったワッペンが刺繍され、どこから見ても学生――それも、背丈からすれば中学生かそこらか――にしか見えない姿だ。だがしかし、その顔はまだ幼さを残していながらも切れ長の目には力があり、片手で握り私に向けられた野太刀と相俟って、その姿は随分と大人びて見えた。

 総括するに―――それなりの実戦けいけんを踏んでいる…と、そう判断出来る。

 (さて、どうしたものか)

 こちらの世界に呼ばれてから何度目になるかわからない問いを己に投げる。
 本当に…どうしたものか…。
 
「まったく……エヴァンジェリンには迷惑をかけんと、そう言って出てきたのだがな」

 呟き、癖になってしまった苦笑を浮かべる。

 ……思えば茶々丸は渋い顔をしていたな…
 それは、言外に私が外に出れば揉め事になると、そう見越していたのか。
 だとすれば申し訳が無い。
 彼女の予想を裏切らず桜咲に絡まれた私は、苦笑し頭を抱えるよりなかった。














―――だが、アレだな。
 転機というものはどこに転がっているが判らないものだ。


「エヴァン、ジェリン…?――ッ!貴方はエヴァンジェリンさんの知り合いなのですか!?」

「―――む?」

 私の呟きが聞こえたか、桜咲が声を上げた。顔には僅かな焦りの色が見えるが、

「知っているのかね?」

 問うと桜咲は「あ、いえ…それほど知っている訳ではありませんが――」と前置きし、
 なんでもないように言った。

「一応、クラスメートで真祖ですから」













「――――クラス、メート…?」

「はい。同じクラスで二年ほど通っています」

「―――」

 ………なんでさ――もとい、何なのだこれは……開いた口が塞がらん。

 エヴァンジェリンと桜咲がクラスメート?
 それは吸血鬼が日中学校に通っているという事か?

 おいおい……どれだけこの世界は私の想定外なんだ…!?


 ……頭が痛い。
 私は手で顔を覆い、米神を押さえて小さく呟いた。


ゴッド――いやアヴェンジャー、
 ―――それほど君は私を困らせて楽しいのかね……?」




 ―――遠く、
 ひひひ――というタチの悪い笑い声が聞こえた気がした。














「それで貴方は――いえ…。
 エミヤさんはエヴァンジェリンさんの知り合いなのですか?」

 思わず手で顔を覆って空を見上げた私に、桜咲が幾分態度を軟化して問うてきた。
 いまだ警戒されている感は拭えないが、それでも急激な態度の変化だ。どうやらエヴァンジェリンという名はかなり大きな力を持っているらしい。

「そうだな、一応彼女の客人という扱いだ」

「――扱い、ですか?」

「まあな。私にも色々と事情があるのだよ」

 核心に触れない私の答えに一瞬、桜咲の睨む視線が強まるが、そのまま何かを迷うように俯き、しばらく待つと彼女は黙って野太刀の切っ先を下げた。そしてそのまま鞘に納刀すると一礼し、私から顔を逸らすようにこちらに背を向け肩越しに視線を合わせた。そして、

「―――エヴァンジェリンさんのお客人とは知らず、失礼いたしました。
 このお詫びはいずれ」

 ――ダンッ…!という踏み込み音を鳴らせて逃げるように疾駆し、

「あ、おい…!――と、早いな…。もう見えなくなったか……」

 ……引き止める間もなく、杉林の中を走り去っていった。
 本気で走れば追いつけない距離・速度ではないだろうが……いや、

「……そろそろエヴァンジェリンが起こされる頃合だろう。
 開口一番、どこへ行っていた貴様は!――と、癇癪をおこされてはたまらん。戻るとするか」

 呟き、何故か容易に想像できた「憤慨するエヴァンジェリン」の姿に苦笑して、
 私は彼女の家へと、再び木々の上を走り抜けた。


























―――そして、帰り着いた彼女の家。
 瀟洒しょうしゃな造りと外観が味のあるログハウスは、



 しかし、





「遅いっ!どこへ行っていた貴様!
 私を放置して出かけるとはどういう了見だ!?」

「……あ、ああ…マスター、その…」

「うるさい茶々丸!
 さあ、答えろ!貴様はどこへ行っていたっ!?」

「……ああ……あの…」



―――玄関には気炎を吐く金髪幼女が仁王立ちし、
 その背後ではオロオロとお茶くみロボが踊るという、完全な異空間と化していた。












「………ふむ」

 私は視線を敢えて二人から逸らし、彼女らの奥に目を向ける。するとそこに広がるのは昨夜私がぶち抜いた屋根から朝の光が取り込まれた、『人形の墓場』……正鵠を射るなら、破壊された人形群と床に広がるクレーターによる空間芸術はかいのあとだ。その様相はまるで廃墟であり、成る程……であるなら吸血鬼であるエヴァンジェリンには相応しいのかもしれん――と、しばし現実逃避――「おいコラ」――することは許されんらしい。

「………」

 仕方なく私は視線を二人に戻した。
 私の視界、金髪幼女ことエヴェンジェリンはドレスから着替えたのか、先程の桜咲と同じ制服を着込んで(物理的に)上目遣いで私を睥睨するという難度の高い技を披露している。
 その背後、お茶くみロボこと茶々丸は――ロボットとは思えない、人間だと言われても疑問を持てないほど真に迫った―――涙目な表情で、オロオロと両手を宙にさまよわせていた。

 はぁ……と、私は一息。
 これはどういう事か――まあ、一目見れば大体予想はつくが、一応状況説明を求める――と、
 嘆息しつつ視線をエヴァンジェリンに向け――

「…………フン」


   ――ずに、茶々丸へと向け、

「って待たんか貴様!
 今サラリと私をスルーしただろう!?」

「………」

 ではスルーではなく一先ず無視で。

「これはどういう事だ、茶々丸。状況説明をして欲しいのだが?」

「……いえ、あの…」

「コラそこぉお!
 私の頭越しに会話を始めようとするなぁあ!
 だいたいそこは普通、私に聞くところだろうがっ!」

 ――と、憤慨し飛び掛ってきたエヴァンジェリンを私は即座に彼女の制服の襟首を掴み上げて無力化し、そのまま私の顔の高さまで持ち上げ、向き合う。一瞬、彼女は驚愕したような表情を浮かべていたが、すぐさま憮然とし、やがてピクピクと擬音の聞こえてきそうな引きつった笑みをその顔に貼り付けて、言う。

「オイ、貴様……今自分が…何をしているか、わかっているか?」

「……む?」

 言われて、私は改めて自分が何をしているのか、己の体を見下ろした。
 右手には私に襟首を掴まれたエヴァンジェリンがぶら下がっており、左手はあごに当てている。
 右手を動かせば「あ、やめっ…!……揺らすな貴様ぁあ!」と彼女が声をあげ手をバタつかせるが、厳然たるリーチの差で私には届かない。

 ――成る程、この構図はまるで……


「ふむ、小動物の品評をしているようだな」

「―――正解だが言葉を選べこのオオボケが!フンッ!!」

「うごがっ…!!」



 ―――蹴りが来た。顎にクリーンヒットだった。どうやら足は届いたらしい。






















 エヴァンジェリンが見事なサマーソルトキックを放って宙吊りから逃れた後、
 私は痛む顎をさすりながら、彼女に連れられ再び二階のテーブルに座していた。
 座席は夜明け前に話していたときと同じ。私の前にはピクピクと、見るからに引きつった笑みを貼り付けたエヴァンジェリンが腕を組んで対面で座り、お互いの前には茶々丸が淹れてくれたお茶が配られている。その茶々丸はと言うと今は席におらず、エヴァンジェリンの言葉に一階の壊滅した居間を片付けている。ついでにそこでメイド服から制服に着替えるらしいので、二階に上がってくるまではしばらく時間がかかるだろう。
 私は湯飲みを手に取り、茶々丸の淹れたお茶を啜る。と、口内に広がるのは日本茶特有の軟らかい甘さだ。強張った渋みを感じさせない暖かな茶に私は、ほぅ、と一息、

「それで……? 弁解があるなら聞こうか、エミヤ。
 お前ゲストホストを放置して、一体どこで油を売っていたんだ…?」

「やれやれ……開口一番がそれかね」

 ―――同じ意味の台詞を今日だけで何度言ったか、と苦笑する。
 そして私は真摯に――少なくとも見た目だけは、だが――彼女を見据え、

「人を足蹴にしておいてその謝罪が無しとは―――ふむ、碌な大人にならんぞエヴァンジェリン」

「貴様にだけは言われたくないわぁあ!」

 即座に叫び返された。

「完全に自業自得だったろうが貴様は!……って何故そこでお前が私を呆れ果てたように見るっ!?
 からかってるな!?からかってるだろう貴様!―――やっぱりか!ええい、その薄ら寒い笑みを止めろと、言ってるだろうがぁあ!!」

 顔を赤くしてテーブルをバンバンッ!と叩きながらガァーと吼えるエヴァンジェリンに、私は彼女をからかう楽しみを見出しつつある事に苦笑し、落ち着け、茶が零れる――となだめ、これが落ち着いていられるか!――と、吼えられる。
 それに堪えきれずク―――と、私の笑いが漏れれば、それがまた彼女を叫ばせる。
 堂々巡りだった。

 だが………そうだな。彼女の言っていることは正論だった。
 一応は彼女の客人という立場になっている私が、その習いで言えば彼女の許可無く勝手に外に出たのだ、明らかに非は私にあるだろう。ならば説明責任を果たすのは当然だ――と、
 苦笑しながら眼前に右手をかざし、彼女の言葉を止めさせる。

「落ち着け、エヴェンジェリン。誰も説明しないとは言っていない。
 だいたい……先程の君は明らかに冷静ではなかっただろう…。
 私は向かってきたから対処しただけだ、違うかね?」

 ………聞きようによっては自己弁護にしか取れんなと思いつつ、片目を瞑りながら言う。
 出来ればこれで彼女には一度、冷静に己をかえりみて欲しかったのだが、



「ほ、ほぉー…
 お前は人の襟首を掴んで宙吊りにし、小動物だなんだというのが対処だと、そう言うのだな…?」

「………すまん、全面的に私が悪かった」



 ………薮蛇だった。
 私に額にたらり――と一筋、冷や汗が流れ落ちた。









「………フン、まあいい」

 そう言って、エヴァンジェリンは湯飲みを傾け、気炎を収めた。
 恐らくはこちらが常態なのだろう。些か眠そうな半眼ではあったが、そこには幾百年生きてきた怪異としての貫禄があった。

「それでエミヤ、結局お前は外で何をしてたんだ?
 夜明け前まで話し合った結論で、私が仮眠から起きたらお前をここの責任者である学園長じじいの所に連れて行くと言っただろう、わざわざ先に外へ出る理由が私には見つからないんだが?」

「―――ク、正論だな。確かに君の言う通りだエヴァンジェリン。
 理由など特にはないさ、外を軽く見回ってみただけだな」

 ―――何故と、彼女が視線で問うてくる。
 さて、何故だろうな? 私自身、明確な答えは持ち合わせていないが、

「そうだな、強いて言えば……好奇心…そう、好奇心だろうな」

「……好奇心?お前がか?」

「ああ。自分でも可笑しいとは思うがね。
 ―――まあ、単純に。自分が召喚されよばれた世界というものを、この目で見てみたかったというだけさ。後は地形の把握だな」

 私は軽く肩を竦め、言葉を切った。これ以上は今は言う必要もあるまい。
 世界を渡っただけに世界の違いが気になったなどと、今は説明することも出来ないのだしな。
 エヴァンジェリンも、「ふぅん……そういうものか。私にはよく分からん気持ちだな」――などと興味を失ったように小さく呟いているし、後は桜咲刹那と会った事だが……いや、これはいいか。

「まあ、要はそんな所だな。
 街の方にある巨木などには驚いたから、それなりに有益ではあったが」

「……巨木?――ああ、世界樹か」

「…………」

 ……本当に「世界樹」と呼ばれていたのかあの巨木……。
 二つ以上の意味で予想外だった。


「…………まあいいか。とりあえず学園長じじいにはお前が外に出ている間に不法侵入者の件として連絡しておいた。
 お前が戻り次第、連れて向かうと伝えておいたから、今から向かうぞ」

 ―――文句は無いな?と、エヴェンジェリンはイスから立ち上がり――といっても身長が低いのか、立っても座ってもほとんど視線の高さは変わらんが――私を見据えた。

 その姿は尊大にして不遜。そしてそれが常態であるが故の、強者の風格。
 成る程、これが矜持ある魔法使いか――と、私は彼女に一つ頷き、

「無論、もとより君にここのトップへ会わせてくれと頼んだのは私だ。
 それがどのような形であれ、現実にしてもらったのだ。感謝してもし尽せん」

 私も立ち上がり、テーブルを周り、エヴァンジェリンの前に出る。

「え、あ…オイ…?」

 私の突然の動きに彼女が目を白黒させるが、私は彼女と目線の高さを合わせるため膝を折り、彼女の前で片膝立ちとなって目を合わせる。

「正直、この世界に召喚され呼ばれて最初にあった相手が君で助かった。他の人間や魔法使いが相手であれば、最悪戦闘になっていたかもしれん。今のところ平和裏に事が運んでいるのは君のおかげだ」

「……え、あ…と、当然だろう!私はエヴァンジェリン、『闇の福音』ダーク・エヴァンジェルだぞ、それくらい当たり前で…」

「ああ、そうだな。だから言っておこう――」

 一息、
 私はこの世界に来て初めて、苦笑でも作り笑いでもない自然な笑みを浮かべて、感謝の意を告げた。
 
「―――ありがとう、エヴァンジェリン」

















「ふ、ふん…!どうせ不法侵入者に関しては学園長じじいに報告する義務があるんだ、私がしたのはそれを直接会わせるよう仕向けただけだ!
 そ、そら馬鹿なコトを言ってないでさっさと出かけるぞ!私について来いっ!」

 バッ…と制服のブレザーを翻し、エヴァンジェリンは足早に階段を下へと降りていった。
 無論、一人残された私は苦笑しながらそれを追い、居間で茶々丸と合流しつつ玄関の外で赤くした顔を手で仰ぐ彼女に、二人で追いつく。







―――向かうのは麻帆良学園学園長、即ち関東魔法協会の長のもと。

 世界を渡り、明らかに違うルールで敷かれた世界に今いる私は、

 これが最善の判断に続いていることを、今はただ信じるしかない――








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あとがき

 どうも、みなさんこんばんわ。
 拙作を書かせていただいてます、観月です。

 長い上に、進行の遅い拙作を読んでいただいて、ありがとうございます(汗)
 「1話」「2話」とフォントの指定をかけていましたが、「3話」ではずしてみました。どうでしょう?
 多少は見やすくなったでしょうか?

 何分、探り探りな感じで書いていってるので、どのように書くのが最善なのか、次善なのか…

 いろいろ手探りです。
 ええ……(汗)


 えっと、そんな感じの観月ですが、
 拙作「魔王になった正義の味方」は私の力の続く限りがんばっていきますので、
 見捨てず、長い目で見てやっていただければ幸いです。




 それでは。

―――大学試験がようやく終了した夏休みの夜に(09/08/01)



[10584] 魔王になった正義の味方 4話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/13 13:25

≪Sight――Konoemon≫





―――ワシがその魔力に気づいたのは深夜。
 それも、エヴァンジェリンから「仕事は終わった」という報告を受けたすぐ後じゃった――












 麻帆良学園の学園長にして関東魔法協会の長―――それがワシ、近衛近右衛門(このえ このえもん)

 生徒や先生の一部には妖怪だ何だと言われておるが……れっきとした人間じゃ。
 言われるたびにちょこっと傷ついておるが、これは内緒じゃ…。
 
 ……げふん、まあそれは良いとして。

 今夜もワシは多数の生徒を預かる教員たちの長として、夜も深夜となっておったがうず高く積まれた書類とハンコを手に睨み合っておった。

「ひいぃ~~~いくら印を押しても執務が終わらん…!
 た、タカミチや!ちょっとは手伝ってくれんかのー!」

「………学園長、流石にそれは…。
 一応、一教員の僕が見てはいけない書類だったと思うんですが…」

「………むぅ、いけずじゃのう…」

 そういう問題ではないです――と、苦笑いするタカミチ君を半眼で見据えつつ、ワシは一枚一枚書類に目を通して印を押す。
 ぺったんぺったん……いつになったら終わるんじゃろうか。明日の時点で書類整理が終わってなかったら、しずな君に怒られるのはワシじゃし……。
 今夜は寝られそうにないのぅ――と、わずかに煤けた表情を浮かべつつ、ワシは速読して印を押す。

「………忙しいようですし、出直しましょうか?」

 ワシを気遣うようにタカミチは言うが、いや構わん――と苦笑し首を振る。
 忙しいのはお互い様じゃ。ワシはハンコを置き、しばし手を止めタカミチを見た。



―――タカミチ。
 本名、タカミチ.T.高畑――は、魔法使いじゃ。

 一応、呪文詠唱が出来んことから『魔法使い』と呼ぶと少々語弊があるんじゃが、一般の世界を影から守る魔法使い(こちら)側、という意味では魔法使いと呼んでも構わんじゃろう。
 見た目は……まだそれなりに若いはずじゃが生やした髭とメガネ、上下に着合わせたスーツ、そして落ち着いた雰囲気によって、実年齢よりかなり年上に見える。言い換えればオッサン――

「何か仰いましたか学園長?」

「――――いいや、何も?フォッフォッフォッ…」

 メガネをキラーンと光らせポケットに手を突っ込んだタカミチに、ワシは笑って誤魔化す。
 背中には嫌な汗がダラダラと流れておるが、気のせい、気のせいじゃ。威圧感など感じておらん。
 生徒らに『死の眼鏡(デスメガネ)』と呼ばれる由縁を見たような気分になるが……むぅ。




………『デスメガネ』と『妖怪』、生徒に言われるんじゃったらどっちがマシかのぅ…




「………大丈夫ですか、学園長」

「―――おお、すまんの。ちょっと呆けておったようじゃ」

 かけられたタカミチの声に、ワシは意識を取り直した。
 いかん…やはり歳かもしれん。早く曾孫の顔が見たいのー――と、呟けば、普通そこは孫の顔です――と返される。むぅ。

 まあ、そんなツッコミ属性持ちのタカミチじゃが、彼には本校女子中等部の教員をして貰っておる。
 ウチの孫であるこのかの担任も兼ねて貰っておるが、……何分相手は多感な年頃。
 それも彼が担任する「2-A」は一癖も二癖もある生徒ばかりのクラスじゃ。
 相応に苦労はかけておろうし、加えて彼には魔法使いとしての仕事もこなしてもらっておる。
 忙しいというなら、彼のほうがワシ以上に忙しいじゃろう。
 今夜も色々とあったおかげで、彼にはこんな深夜にわざわざ訪ねてもらう事になっておるが、

「すまんのー。昼に呼び出しおいて、結局顔を出してもらえるようになったのは深夜じゃ。
 君には苦労をかけておる」

「……よして下さいよ。僕がやっているのは、僕が出来ることだけです。
 それに呼び出しというと聞こえが悪いですよ学園長。僕が話を聞きにきたのは自分の意思ですから」

「ほ、そう言ってもらえると助かるわい」

 お互い好きで苦労しておるのう――と、頷き二人して苦笑。
 そして、書類はいいのですか――という言葉に、慌ててワシは書類に印を押すのを再開する。
 ……いかん、わずかな限りある(すいみん)時間をロスして(けずって)しまったようじゃ。
 ワシが呼んでおいて、執務をしながら話すというのは不実じゃが、

「すまんのー、これを終わらせんとしずな君が怖いでな…。
 「ながら」での話になるが、それでも良いかの?」

「僕は構いませんよ。しずな先生を怒らせるのは僕も怖いので」

「………お互い苦労しておるのう」

「……全くです」

 二人して苦笑。先ほどとは苦笑の意味が違うが、そこはお互い目を瞑る。
 














「―――それで、学園長。お昼に仰られていた事は本当なんですか?
 ナギの息子……ネギ君がここに教師として来るというのは」
 
 一息、わずかに表情を硬くしたタカミチが問う。それはワシが彼を呼んだ理由。
 そしてネギ君の友人を自認するタカミチにとっては、是非とも話しておきたい話じゃった。
 
「うむ。メルディアナ魔法学校の校長がワシの友人でな、奴が孫をよろしく頼む――と、頼んできたから間違いないわい。
 なんでも、『立派な魔法使い』(マギステル・マギ)になる課題として「日本で先生をすること」と出たらしいのう」
 
「―――それは、また…」
 
 タカミチが苦笑する。いや、苦笑しておるのはワシも同じか。
 
 
―――『立派な魔法使い』(マギステル・マギ)
 『偉大な魔法使い』などとも言われておるが、それは世のため人のため、陰ながら世界を守るために魔法を行使する『魔法界』で最も尊敬される仕事の一つじゃ。
 基本的には国連NGOとして世界中で活動し、影から世界を守るのがマギステル・マギの目的で、目の前のタカミチも『悠久の風』(A.A.A)という団体に所属し活動しておる。と言っても、タカミチ君は先天的に呪文の詠唱が出来ん事からマギステル・マギの資格を持っておらんのじゃが……まあそれは良いわい。
 
 彼の所属する『悠久の風』にはかつて、伝説的英雄と呼ばれた一人のマギステル・マギがおった。
 
―――それが『千の呪文の男』(サウザンドマスター)ナギ・スプリングフィールド、
 ワシの盟友にして件の少年、ネギ・スプリングフィールド君の父親じゃ。
 
 それ故、英雄を父に持つネギ君が父親と同じマギステル・マギを目指すじゃろうというのは予測できておったが、まさかそのための修行課題が「先生をすること」とは……誰が予想できたろうか。
 
「まあ、そういう訳じゃ。
 彼には春休み前に麻帆良に来てもらい、教育実習という形で「2-A」を担任してもらおうと思っておる」
 
 ―――よいかの?と、視線で問うとタカミチ君は苦笑し……というかワシ、今日は彼の『デスメガネ』状態と苦笑姿しか見ておらんのう――と、思いつつワシも苦笑いを浮かべ、
 
「それは、僕は「お役御免」――ということですか?」
 
「形式上はそうなるのう。
 まあ、今まで君は仕事が過密すぎたからの、出張と称して世界中を飛び回ることも少なくなかったじゃろ?」
 
 ええ、確かに――とタカミチが自嘲気味に苦笑いを浮かべる。やはり担任として思うところがあったんじゃろう。担任がネギ君に代わることに関しても、責任感の強い彼のことじゃ、卒業まで自分で面倒をみたいと思っておったんじゃろうが……
 
「ま、すまんのう。君にはこれからネギ君の裏に回ってもらって――」
 
 と、そこまで言って、
 唐突にワシの携帯電話が鳴り響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――と、すまんが報告のようじゃ。出ても良いかな?」
 
「どうぞ、学園長。
 僕はしばらく……そうですね。窓際でタバコでも吸っていますよ」
 
 ……ここ一応禁煙なんじゃが――と呟くと、喫煙者に優しくない時代になったものです――などと肩を竦めながらタカミチは窓へと寄っていった。……しずな君に部屋がタバコ臭いと言われたら、タカミチが犯人だと伝えておこう。
 
 ワシは手にするハンコを邪魔にならない机の端に置き、懐から携帯電話を取り出した。
 「でぃすぷれい」を見れば表記されておるのは……茶々丸君か。ワシは右手で髭を(くしけず)りながら電話を取った。
 
「はいはい、ワシじゃワシ」
 
『ワシワシ詐欺ですか学園長。
 詐欺ですので立件すれば懲役10年以下の刑を求刑されますが、よろしいですね?』
 
「いきなりセメントじゃな茶々丸君!?」
 
 ……予想外じゃ!優れた人工知能なのは判っておったが、ここまで滑らかでセメントな対応をされるとは思っておらなんだ!……しかも驚愕に思わず()いていた指を髭に引っ掛けてしもうた!痛い…!
 
『…………学園長。セルフでコントを展開しているところ申し訳ありませんが、報告です。
 依頼どおり学園内に侵入してきた鬼・妖怪、大小含め合計十四体――殲滅を確認しました』
 
 電話口から無機質な、いつも通りな茶々丸君の声が響く。
 それは、彼女らに何も大事なかったという何よりの証明じゃ。ワシは安堵に軽く息をつく。
 じゃが、……セルフでコントとか言うのは酷くないかのう…。
 ワシ、行動を予測され取るんじゃろうか…?目の前で見てきたように言われると流石に傷つくわい。
 
 はぁ…とワシは嘆息し、苦笑を浮かべるより無かった。
 
 
 
「………あい、判った。他には何かあるかの?」
 
『そうですね、一つ――学園長に朗報が』
 
「……朗報?」
 
『――――はい。マスターが大変にご立腹で、後日「お礼」をしに行くとの事です。
 謹んでお受け取りください』
 
「それ「お礼」の意味が違うぞい!?」
 
 というか君、明らかに意味を判っておいて言っておるじゃろ!?
 ワシはたらり…と額を流れる一筋の汗を拭い、思う。……もしかしたらワシ、この娘に嫌われておるんじゃろうか…?
 
『報告は以上です。それでは学園長―――』
 
「あ…ああ、報告すまんのう茶々丸君。
 ご苦労じゃった。エヴァンジェリンにもそう伝えておいておくれ……」
 
『かしこまりました。
 では―――『マスターが「お礼」に行かれるまで』のご健勝を』
 
「最後までセメントじゃのう!?」
 
 
 
 
 ――電話を切られた。
 ワシ、本気で嫌われておるんじゃなかろうか……。傷つくのう…!
 
 
 
 
 
 
 通話を終え、ツーツー…とだけ音を伝える携帯電話を閉じて懐にしまう。
 と、漏れるのは嘆息。安堵と消沈の混じった溜息じゃ。
 ワシ、何か茶々丸君に嫌われるようなコトをしたかのう――と、髭を梳きながら苦悩し、わずかに俯いた顔を上げればタカミチが窓際で苦笑をワシに向けておる。その視線が言外にご愁傷様です――と、言っておるように見えるのがなんとも言えんわい…。
 
 はぁ――と、一息、
  
「………まあ、そういう事じゃタカミチ。
 エヴァンジェリンの方も無事に『仕事』を終えたようじゃし、これで今夜起こった騒ぎは全て片付いたようじゃの」
  
「……そうですね。今夜の侵入騒ぎ……殆どが低級の鬼や式神による撹乱(かくらん)だったみたいですが、――やはり『西』が…?」
 
「かもしれんし、そうでないとも言い切れん。
 なにせ、『西』との小競り合いは今に始まった事ではないからのう…」
 
 ワシとタカミチ、お互い浮かべる表情は苦悩に満ちておった。
 それはひとえにワシらの『西』との関係を知るが故なんじゃが……むぅ。
 
 
―――ちなみに『西』とは、
 極東(ニホン)をワシら関東魔法協会と共に二分する魔法使いの集団、『関西呪術協会』の事じゃ。
 彼らは京都にその本山を置き、主に西日本の裏世界を担当しておる。
 ……じゃが正直なところ、関東(ワシら)との関係は友好とは言い難いのが現状じゃ。
 今夜のような小競り合いも頻発しておる。向こうの長は一応ワシの身内なんじゃが…、
 
「いい加減、この仲違いもどうにかしたいんじゃがのうー…!
 ―――ええい全く、婿殿も下の者を抑えられんとは何事じゃっ!」
 
 ぷんすかっ!――と、ワシは気炎を上げる。それにタカミチは、詠春さん――婿殿のことじゃ――は苦労性で忙しい人ですから、などとフォローしておるが、現実問題として諍いが起こり生徒に危害を加える可能性がある以上、忙しいというのは言い訳にしかならん。
 ……まあ、婿殿は忙しい事を理由に言い訳などせんじゃろうが、それでも組織をまとめられておらんことは事実じゃ。
 ワシは静かにタカミチを見据えた。
 
「のうタカミチ…、現状のままじゃと強攻策にでる輩が、いつ出るとも判らんぞ?
 予断を許さん――と言うほど切羽詰っておる訳ではないじゃろうが、最悪それは今夜かもしれん可能性はある―――」
 
 ワシの言葉にタカミチが頷く。タカミチもあまたの戦場を越えてきた歴戦の猛者じゃ、
 いまの東西の関係が危うい均衡の上にあることには気づいておるじゃろう。ワシは頷きを返して一息、再び口を開き、
 
 
 
 
 
 
 
 
  ―――――瞬間、空気が変わった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――――ッ!!」
 
「むおっ!――これは、何事じゃ!?」
 
 ワシとタカミチ、二人が同時に感じたのは巨大な魔力の衝撃波(パルス)じゃった!
 恐らくは何か巫山戯た密度の存在が召喚され世界を圧迫し、その反動が大気を波として伝わったのじゃろう!一瞬に突き抜けた(パルス)は絶大にして強烈、じゃが持続的連続的なモノでなかった事からここより離れた場所に召喚され(よばれ)たのじゃと判断できる。
 位置は――、
 
「――エヴァンジェリンの家の方向です。
 ここからでも白煙が上がっているのが見えますよ、学園長」
 
 タカミチが窓の向こう、遥か東の森に上がる白煙を見つめて言う。
 その表情は硬く、鋭く、戦場における戦士の顔じゃった。
 恐らくは先程の圧から敵対する戦力の彼我を測っておるんじゃろうが、
 
「タカミチの勘では…どの程度じゃ?」
 
「―――大型の鬼神、ないしそれに比肩する竜種クラス以上、
 圧は敵意無く放たれたそれだけで、以前少しだけ見た古龍種に近かった―――間違いなく強敵です」
 
「なるほどのう…」
 
 ワシの勘も同様に告げておる。―――これは、強敵じゃと。
 長らく戦線から退いておるワシでさえ総毛立ち、全身の感覚が危険域を訴える。
 
「―――どうしますか、学園長」
 
 タカミチが振り返り、短く問う。
 それは言外に打って出ると言っているようなもんじゃが、
 
「いや……、まずは生徒の安全を確保するのが最優先じゃ。
 幸い、敵はエヴァンジェリンの家の方へ出たのじゃろう?――ならば気の短い彼女のことじゃ、
 遠からずなんらかの行動を見せるじゃろう。全てはそこからでも良い。
 タカミチ、君は魔法先生に連絡を頼むぞい!軽挙妄動を避け、生徒の安全確保を最優先じゃ!何があっても一人で打って出ることはまかりならん!――そう通達しておいてくれ!
 
 
 最悪となれば――ワシが出る」
 
 
「―――ッ、分かりました!」
 
 応え、タカミチが学園長室を出て行こうとする。
 が、ワシはその彼を引きとめ、それと――と付け加える。
 
「侵入騒ぎの直後にこの召喚じゃ、陽動に陽動を重ねた狙いが、このかじゃという可能性が低くはない。
 ―――故に、刹那君にはタカミチからそれとなく伝えておいてくれんかの」
 
 ………孫かわいさのエゴじゃと思う。じゃが、このかを危険に晒したくは無い、晒してはならん
 ――と、祖父の立場(ほんね)長の立場(たてまえ)が両立するのもまた事実じゃ。
 タカミチはワシのエゴと取れる言葉にも無言で頷き、足早に学園長室から出て行った。
 
 
 
 
 
 
「―――さて」
 
 何が起こっておるのか判らん。
 判っておるのはいまだかつて無い危機が学園に迫っておるかもしれんという事だけ。
 強固な学園結界に守られておるこの学園でこれだけの召喚じゃ、術師は相当な実力者じゃろう。
 
 術師の何が目的かは知らぬ。
 じゃが、どうやら今夜は、
 
 
「――――眠れぬ夜に、なりそうじゃのう……」
 
 
 
 森を見据えるワシの口から零れた呟きは、夜の静寂に飲み込まれていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――で、何事も無く、夜が明けた。
     真実、眠れぬ夜じゃった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
「完っ全に予想外じゃ……」
 
「………」
 
 
―――朝日も昇る早朝。
 東より朱の差し込む学園長室には、ワシとタカミチがひたすら渋い顔で二人佇んでおった。
 
 
 
 
 
 
「…………スゥ………………フー…」
 
 ワシらがその存在に気づいてからおよそ四時間。
 各魔法先生に連絡を回したタカミチは学園長室に戻り、いつでも戦闘に踏み込めるよう、タバコを(くゆ)らせ目を閉じて気を保っておる。……既に吸殻が携帯灰皿の許容量をオーバーし、ワシに灰皿無いですか――などと聞いてくるのがアレじゃが、恐らくルーティンのようなものなんじゃろ。タバコ一本で常時 臨戦態勢を維持できるというのは中々じゃ。
 
 ワシは窓越しに外を見つめる。と、広がるのは冬晴れの空を朱で染める朝焼けじゃ。遠く、洋上に浮かぶ図書館島は陽を照り返して輝き、眼下に広がる欧州風の街並みはわずかに人が動き始めておる。
 
 
―――それは、いつもの平和な学園都市の風景じゃ。
 気を張っておるワシらが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、いつも通りの風景じゃった。
 
 
 
 
 
 
「何も……起こらなんだのうー…」
 
「………そうですね」
 
 思わず漏れたワシの呟きに、タカミチが目を閉じたまま応えた。
 
 
 
 
―――結局、夜を明かして先生方は警戒に当たっておったが、確たる動きは何も無かった。
 一度、エヴァンジェリンの家の方で中規模の魔法が行使された気配があって戦闘に踏み込んだのかとも思うたが――それ以後は何の音沙汰もなし。……静かなもんじゃった。
 
「どう思う…タカミチ?」
 
「………判りません。
 エヴァンジェリンが相手を「(ぎょ)した」とも考えられますが……」
 
「戦闘も無しに、か…。
 可能性としては低そうじゃのう」
 
 ―――ですね、と小さく頷くタカミチを視界の端に留めつつワシは息を吐く。……判断が出来ん。
 何か動きがあればそれに対処する方法を考えれば良いのじゃが、あるのは不気味な沈黙。
 こういう状況が一番疲れるんじゃがのうー――と、ワシは作り笑いを浮かべて外を眺め、
 
 
―――また唐突に、ワシの携帯電話が鳴り響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……………」
 
「……………」
 
 沈黙、タカミチはワシに視線を向け、ワシは懐から再び携帯電話を取り出した。
 
「………学園長」
 
「ああ、件の……エヴァンジェリンからのようじゃな」
 
 タカミチに目配せし、通話が聞こえる位置に招き寄せる。
 ワシはタカミチが執務机の前まで来たところで携帯電話をスピーカーに設定し、電話に出た。
 
「はいはい、ワシじゃワ―――」
 
『さっさと出んかじじぃー!遅いわぁあ!!』
 
「むおっ!?」
 
『私が連絡を入れているんだぞ、何を電話を取るのをためらってるんだ貴様はっ!
 大体、何がワシじゃワシ――だ、振り込め詐欺のつもりか!?10年以下の懲役を求刑するぞじじぃ!』
 
「「…………」」
 
 ワシはタカミチと顔を見合わせた。
 どうやら同じ事に思い至ったようじゃ、ワシは小さく頷き、
 
 
「主従は似るもんじゃのう…!茶々丸君と同じ事を言っておる!」
 
「いや、そこが問題じゃないでしょう学園長!」
 
「ふぉおっ!?」
 
 スパーンと、書類の束で頭を叩かれた!
 ふ、不敬じゃないかのうタカミチ…!ワシ、一応学園長じゃぞ!?
 
 
『―――うん?なんだタカミチもそこにいるのか?』
 
 スピーカーモードにしておる事で、向こうにもタカミチの声は届いたようじゃ。
 エヴァンジェリンはワシの横にタカミチがいることに意外そうな声を上げておるが、
 
「あ、ああ、うん…一応、エヴァが昨夜の敵と接敵したハズだからさ。その報告を待ってたんだよ」
 
「不法侵入者に関してはワシに全て報告してもらうところを、どこかの吸血鬼がそれをすっぽかしたからのうー……一晩丸々待ちぼうけじゃ!」
 
『だから今報告してるんだろうがっ!
 こっちはさっきまでお前らの言う「敵」と交渉の形で相対してたんだ、少しは労わんかじじぃ!』
 
「なぜワシ限定で労わねばならん!?」
 
『なんとなくに決まってるだろ!!』
 
「何じゃとー!?」
 
 売り言葉に買い言葉。ワシはエヴァンジェリンと舌戦を広げ、
 
 
 
 
 
「………相変わらず、理不尽だなぁエヴァ」
 
 横では苦笑し呟くタカミチの声が、溜息と共に吐き出されておった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『……まあ、そういう訳だ。
 エミヤが戻ってきたら貴様のところに連れて行く。それでいいな、じじぃ』
 
「あい、わかった。警戒に当たっておる魔法先生方にも伝えておこう。
 君らはまっすぐワシのところまで来てくれ」
 
『ふん、言われずともそうさせてもらうさ。じゃあな』
 
「うむ、―――また後で」
 
 通話を終え、携帯電話をしまう。
 都合数分の報告。正直、エヴァンジェリンからの報告は色々と疑問点も多かったが、いくつか有益な情報も得られた。その内、唯一確実じゃったのは、昨夜の侵入者――エミヤ、と言うらしいのう――が、後ほど学園長室(ここ)に連れてこられるという事じゃった。
 
「学園長、先生たちへはどう説明しておきましょうか?」
 
「そうじゃのう……。一応エヴァンジェリンの客という事にして伝えてくれるかのう。
 彼女の名を使えば、不用意に向かっていく者もおらんじゃろうし」
 
「―――分かりました」
 
 タカミチが部屋を出て行く。と、同時にワシの口から漏れるのは嘆息じゃ。
 ネギ君が来る前にあまり厄介事は作りたくなかったのじゃが……こればっかりは仕方ないかのう。
 
 
「やれやれ……今日は随分長い一日になりそうじゃ」
 
 東に上る紅い太陽を見ながら、ワシは小さく呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「「――――ッ!」」
 
―――そしておよそ一時間後、
 現れた男にワシとタカミチは驚愕し目を見開いた。
 
 ワシらの前に現れた男は長身、筋肉に引き締まった全身を黒の皮鎧で包み、その上に赤い外套を羽織っておった。肌は砂漠に生きる者のように浅黒く、髪は銀に近い白色。そして眼光は鷹のように鋭く、感じる魔力は底知れん。かけられる重圧(プレッシャー)も確かに凄まじい。
 
―――じゃが、その程度ならば覚悟は出来ておった。
 ワシもタカミチも魔法使い、単に強大な者を前にして驚きに身を竦ませるような事はまずない。
 故に、ワシらが驚愕したのはそんな事ではなかったのじゃ。
 
 ワシらが驚愕し、絶句した理由は一つ。
 
 
 
 
 
―――学園長室の扉をくぐり現れた件の男が、
 
 顔を赤くして憤慨するエヴァンジェリンを肩に担ぎ、
 髪や顔を幼女に引っ張られながらの姿で現れ、
 そして、
 
「―――なっ、ぬらりひょんが学園長だと!?
 ここは幻想種が社会的地位を持つ世界なのかエヴァンジェリン!」
 
「妖怪はどうでもいいから私を降ろさんかこのオオボケッ!―――フンッ!!」
 
「しまっ―――今度は膝ガぱッ…!」
 
 鮮やかに弧を描いて振りぬかれた幼女の膝が男のアゴを撃ち抜き、その技のキレに「おお…肩からの変則シャイニング・ウィザード…!」という呟きがワシの横から漏れる。
 撃たれた男は幼女を担いだまま顔から崩れ落ち、それに巻き込また幼女は結局憤慨する。
 
 
 そして、妖怪じゃ「ぬらりひょん」じゃ言われておいて、ワシは皆にスルーされておる…!
 
 
 ―――なんじゃこれ……?
 
 
 予想外、この上ないのう……。
 あとタカミチ、君、ワシと驚愕しておる理由が絶対違うじゃろ……
 
 ワシは密かに、痛むこめかみを押さえるのじゃった。






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 あとがき

 こんにちは。
 拙作を書かせていただいてます、作者の観月です。

 『魔王になった正義の味方』、第四話を読んで下さってありがとうございます!


 ……はい、あいかわらず全然話が進みませんね、冗長・くどいと言われる理由がよく判ります(汗)
 一応、時間軸をこれで説明できたでしょうか?

 第一、第四話は殆ど説明文になってしまっていますね…
 文章の中に上手に説明を組み込めるようになれば成長したと言えるのでしょうが…
 精進します(さらに汗)

 それと一応、この第四話からルビのタグを調整してみたのですが、どうでしょうか?
 IE以外では「( )」つきで表記されているでしょうか?少しでも読みやすくなっていれば幸いです。


 さて、そんな観月ですが、続く第五話も書き溜め・推敲が終わり次第またアップさせていただきます。
 色々至らない本作ですが、頑張って書いていきますので、応援してくださる皆さん、
 見捨てず、長い目でお付き合いくだされば幸いです!


 それでは



 ―――友達とのキャンプから帰ってきた日の夕方に(2009/08/06)




[10584] 魔王になった正義の味方 5話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/08 13:17


≪Sight――Emiya≫
 
 
―――エヴァンジェリンの家を出発し、
 彼女と茶々丸の二人に私が連れてこられたのは、外観が趣のある建物だった。
 
 
 
 
 
 
 
 それはいわゆる煉瓦造りの建物だった。下から見上げれば、窓の数から三階建てだという予想はつくが、この西欧風の街並みに違和感無く馴染んでいては、何の施設なのか判断がつかない。美術館や博物館だと言われても、まず疑う事は出来ないだろう。現に今の私がそうだ。
 私は彼女らにこの学園を統べる魔法教会の長の所へ案内する――と、ここまで連れてこられたが、
 
「ここは……」
 
「―――麻帆良学園、本校女子中等部校舎ですエミヤさん」
 
「そして私が嫌々ながら毎日通っている場所であり、関東魔法協会の長「近衛近右衛門」がもっぱら一日の時間を潰している場所だ。覚えておけ」
 
「………」
 
 ……二人とも。私の心を読んだかのように自然に疑問に答えるのは止めてほしい。……助かるが。
 私は小さく息を漏らし、ついて来いという声を残しさっさと建物の中――いや、校舎か――に入っていったエヴァンジェリンを茶々丸と共に追う。
 しかし、恐らくは二人とも私の呟きが聞こえて答えてくれたのだろうが、茶々丸はいいとして何故君はそれほど嫌そうに言うのかねエヴァンジェリン…。桜咲から聞いて(……耳を疑って)はいたが、六百年を生きる吸血鬼がわざわざ中学校に通う必要など無いはずだ。嫌なら学校など来なければいいだろうに……何か事情があるのか…?
 私は先行く彼女の背を見ながら、思考するのだった。
 
 
 校舎の中も、外観と違わず瀟洒な様相だった。
 恐らくは街の雰囲気に合わせて建てただろう校舎は、廊下の造りも西欧風。
 華美ではなく、装飾も少ないが落ち着いた空気を漂わせている。今が早朝で、まだ生徒が皆無だという事も相乗しているのだろうが――成る程、この雰囲気は悪くない。中にいる者を威圧せず、包み込むような緩やかな空気が流れるこの場所は、道理、学校という施設に向いているのだろう。
 なればこそ、学園長とやらがこの場所を好み、一日の大半を過ごすというのも頷けた。
 
 
 
――と、そこまで思考し、私は件の『学園長』についてほとんど知らない自分に気がついた。
 
「時に、エヴァンジェリン」
 
「なんだ?」
 
「これから私が会う学園長というのは――どういう人物なのかね?」
 
 歩きながら、私は前を行くエヴァンジェリンに問いかけた。
 どうにも抽象的な問いかけだったが、彼女はそうだな――と、足を止めて私に振り返―――ろうとして目に太陽が入ったらしい。あぅ…と小さく声をあげてふらついた体を、私は右手で受け止めた。
 まあ、その、
 
「………色々と、大丈夫かね?」
 
「うう、うるさいわ貴様っ!茶々丸、目薬ッ!」
 
「―――はいマスター」
 
 ババッ…!と、私から顔を赤くして離れ、廊下の端で茶々丸から目薬を()されているエヴァンジェリンの姿を見ると、君は本当に吸血鬼なのかね――と、小一時間問い詰めたくなるが、そこは自重する。
 
 ―――人にはあえて触れてやらない優しさというモノがあるのだ。………私に残っているのか微妙だが。
 
 
 
 ゴホン…と、咳払いを一つ。
 私は目を閉じてこめかみを押さえ、少し待って再び目を開けた。と、そこにいたのは毅然な態度を取り戻したエヴァンジェリンとその背後に控える茶々丸だ。……まあ、若干取り繕った感を感じないでもないが、
 
「――――もう、いいのかね?」
 
「な、何の話だ?私はいつも通りだぞ!」
 
「……そうか」
 
 ……どうやら今のはなかったことにするらしい。
 あらぬ方向へわずかに朱に染めた顔を向けて仁王立ちし、ハッハッハ――と笑って誤魔化す彼女の姿に、私はそう判断する。
 まあ、その姿をからかってもいいのだが、わざわざ藪を突付いて蛇を出す必要もあるまい。
 私は軽く肩を竦め、こちらに背を向けて足早に歩き出したエヴァンジェリンをゆっくりと追う。
 すると、しばらくして、
 
「―――と、話の途中だったな。学園長(じじぃ)がどういう奴か……だったか?」
 
 思い出したように彼女が振り向き立ち止まった。
 ちなみに今度は太陽を直視しないよう、窓と反対側を向いて振り向いていた。どうやら学習したらしい。
 
「―――ク」
 
「……おーいコラ貴様、それは何の笑いだ…?」
 
 おや、思わず含み笑いが漏れていたか…?
 柳眉を立てて引きつった笑みを浮かべるエヴァンジェリンに、私は苦笑を返し誤魔化す。
 
「いやなに、律儀に答えてくれるものだ、と…そう思ってな。
 君の通り名を思うと――ふむ、苦笑が漏れるのも致し方ない事ではないかね?」
 
 取ってつけたような言い訳だな、いやいや私の本心だが、フン……――と、私と彼女は軽口を叩きあう。
 
「……まあ、そういう事にしておいてやるさ。
 どうせ、じじぃの所に連れて行くまでの暇つぶしみたいなモノだしな」
 
 そう言って、彼女はゆっくりと歩き出した。進みながら話すつもりのようだった。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「茶々丸」
 
「はい、マスター」
 
 エヴァンジェリンの呼ぶ声に、並んで歩いていた茶々丸が一歩前に出る。
 このあたりは主従の関係だからだろう、名前を呼ぶだけで何をすべきかは伝わっているようだった。
 茶々丸は私に小さく頭を下げ、歩きながら話し出した。
 
「学園長の名前は―――近衛 近右衛門。
 性別は男性、生年不明で年齢不詳。
 立場としては麻帆良学園都市の総合管理責任者であり、
 また関東魔法協会の長を兼任し国内外の諸機関に知人が多いため、様々な分野で顔がきく人物です」
 
「ふむ」
 
「外見は――」
 
「いや、外見に関してはいい。自分の目で確かめた方が理解が早いだろう」
 
「―――そうですか」
 
 私は茶々丸の言葉を遮り、説明を止めさせた。止められた茶々丸が何故か残念そうな顔をしていたような気がしないでもないが、今は一先ずおいておこう。私は与えられた情報に思考する。
 
 近衛 近右衛門――。
 それは、夜明けまでエヴァンジェリンと話していた際にも何度か出た名前だった。
 この街の総合管理責任者兼関東魔法協会の長、そして横の世界に顔が広いという事は、よほど優れた魔法使いなのだろうと予測がつく。生年不明で年齢不詳というあたりが少々気になるが、エヴァンジェリンが「ジジイ」と呼んでいるあたりから恐らくは老人なのだろう。私の脳裏には典型的な「ローブに杖を持った魔法使い」のイメージが投影されていた。
 
「それで、その近衛老の所に私は今案内されている――と」
 
「そうなります。
 学園長は基本的にこの校舎の学園長室にいつもいますので」
 
「―――成る程」
 
 私は頷き、ありがとう――と茶々丸に礼をする。
 そしてそのまま隣を行くエヴァンジェリンに視線を向けた。見れば彼女はふぁあ…と、大きな欠伸をかみ殺しており、
 
「で、君は従者(茶々丸)に説明を任せて、自分は睡魔と闘っている――と、そう言いたいのかね?」
 
 私の言葉に彼女はうっ…!顔を赤くし、言い詰まっていた。
 
 
 
 
 
 
 
「う、うるさいな!
 今の私は夜でもなければ外見年齢と殆ど同じ体力なんだ、一時間程度の仮眠では眠くてしょうがないんだよ!」
 
「ほう、流石は夜に眠る健康な吸血鬼(こども)は言う事が違うな。
 喜べエヴァンジェリン―――寝る子は育つと言うぞ。安心して眠るといい」
 
「やかましいわっ!!」
 
 叫びと共に彼女の蹴りが私の(すね)を狙って振りぬかれる。
 軸足の運び、蹴り足の振り切り、共に申し分ない鮮やかな蹴撃だ。
 ……が、そこは所詮少女――いや、むしろ幼女の蹴りだ。圧は無く、私はあえて避けずに突っ立っていたが…、
 ゴンッ…!――という音の後に崩れ落ちたのはエヴァンジェリンだった。
 
「―――~~~~~ッ!貴様の体は鉄か何かか!?
 私に膝を折らせるとは本当にいい度胸をしているな貴様っ…!!」
 
「いや、君の自業自得だろう…。私に言われても困る。
 第一、そんな可愛らしい顔で睨まれても威圧感ゼロだぞエヴァンジェリン」
 
「なっ、可愛ら…!くっ、貴様からかっているな!?またからかっているだろう!!
 ………って何故そこで真顔のままなんだ貴様はぁあ!!あの薄ら寒い笑みはどうしたぁあ!?」
 
 ―――いや、わりと本心なのだがな――と呟き、性懲りもなく飛び掛かって来た幼女を私は再び襟首を掴んで吊り上げた。
 ジタバタとエヴァンジェリンが暴れるが、君の手では私に届かない事は既に証明済みだ。
 
「やれやれ……君は学習能力がないのかね?」
 
 私は彼女を吊り上げたまま片目を瞑って肩を竦めた。
 何の策もなく飛び掛かったところで、私に捕まることは判っているだろうに……。
 そう思い彼女に目を向けると、
 
「おいエミヤ……学習能力がないのはお前のほうだろう?」
 
 ニッ…と彼女は不敵な笑みを浮かべて、明らかに私を嘲笑していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――む、どういう意味かね?」
 
「そのままの意味さ。
 この技は既に私に敗れているだろう、一度敗れた技で私を捕まえられると思っているのか?」
 
「…………いや、私は一度も技などと言った覚えは無いのだが…。
 というか君、少年漫画の読みすぎではないかね?」
 
 王道過ぎる悪役の台詞だった。
 ―――が、エヴァンジェリンがその程度で止まるはずも無く。
 
 彼女は吊り上げられたまま、ゆっくりと足を後ろに引き絞り、
 
「フン…!お前に心配される覚えは無い!
 この技の弱点は既に見切っているんだ、さっさと私を離せこの――オオボケがッ…!!」
 
 サマーソルトキック――唯一届く足による下からアゴをカチ上げるように放たれた彼女の蹴撃は、
 しかし、逆を言えばそれ以外届かない以上、私にも読まれている事をエヴァンジェリンは気づいていないのか…。
 アゴに迫る右足を前に私は、
 
 
 
 
 
 
 
 
「やれやれ……ならば私も君に倣って言おう。―――エヴァンジェリン敗れたり」
 
―――彼女の襟首を掴んだまま真上に投げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――なっ!?」
 
 エミヤさんの突然の動きにマスターが驚愕の声を上げます。
 が、既にマスターの足は振り切られ、サマーソルトキック――宙返りの意味を持つその通りに体は掴まれていた襟首を起点に回転しようとしていました。そこをエミヤさんがマスターをそのまま上方に投げたのです。
 当然、起点を上にずらされたマスターの蹴りはエミヤさんの頭上で空を切り、マスターの体も宙に投げ出されて回転し、
 
 
 
「――――ぐぇっ…!」
 
 落下する前にエミヤさんによって捕獲されていました。
 
 しかも今度は左肩に担ぐ形で。
 見ようによってはマスターがエミヤさんに抱きついているように見えない事もありませんね…。
 
 マスターは一瞬何が起こったのかと驚愕していましたが、すぐに自分の状態を理解したのか、
 
「な、ちょっ…待て貴様!なんだこれは!?
 私は米袋か何かか!?止め……降ろさんかぁあ!!」
 
「フッ…人を足蹴にしようとして反省しない君にはこれ位がちょうどよかろう。
 人がいないのが残念だが……なに、このまま学園長室とやらにいけば問題あるまい」
 
「残念って……待て、お前本気か?―――いや、正気か貴様!?」
 
「―――無論。私はいつだって最初からクライマックスだ!」
 
「意味が分からんわ!!」
 
「……すまん。私も意味が分からない……」
 
 アヴェンジャーの知識が…!――と、エミヤさんがなにやらよく分からない事を呟いていますが、
 どうやらこのままの姿で学園長室に行く事は決定のようでした。
 ですので私は、
 
「エミヤさん」
 
「―――む、何かね茶々丸」
 
 呼びかけに振り向いたエミヤさんに向かって、私は努めて(・・・)笑顔を作り、
 
 
 
「学園長室は、この廊下を真っ直ぐ行った突き当たりを右に曲がった先にあります」
 
 エミヤさんに学園長室への道のりを教えて差し上げました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うぉおおい!茶々丸貴様ぁあ!!」
 
 マスターが茶々丸(ブルータス)お前もかぁあ!!と叫んでいますが、
 今の私の第一目的は学園の不法侵入者であるエミヤさんを学園長の前に連れて行くこと。
 ですから、エミヤさんに学園長室の場所をお教えしたのは理にかなっています。
 
―――人工知能の自己偽装は完璧です、抜かりありません!
 
 
 
 
 
「―――ク、感謝するぞ。ありがとう茶々丸」
 
「いえ、どういたしまして」
 
 ニィ…ッ!と、エミヤさんが黒い笑みを浮かべて礼を言い、
 マスターを担いだまま歩き出しますが、私はその後姿を見つめます。
 すると、私と目のあったマスターが、
 
 
「まいてやる……絶対に後で泣くほどまいてやるぞ……」
 
 ――と、なにやら剣呑な台詞を残して、ドナドナの仔牛よろしくエミヤさんに連れられていきましたが、
 私はそんなマスターの姿を見て―――表情を緩めて思います。
 
 
 
 
 
「―――楽しそうですねマスター」
 
 ………とりあえず、一連の流れは記憶ドライブに動画(ムービー)として保存しておくこと決定です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――そうして、
 私は「学園長室」というプレートのかかった部屋にたどり着いた。
 
 
 
 茶々丸に教えられたとおりに進んだ先、私の目前には学園長室と書かれた部屋があった。
 扉には木製の両開きがはめ込まれており、校舎と同じく華美ではないが品のある風格を漂わせている。
 ―――校舎と言うよりは、やはり美術館や博物館のようだと思う。その方がしっくり来る。
 
「ふむ……ここに学園長――近衛老がいるのか」
 
 私は扉を見据え、気配を探る。――と、部屋の中から感じられる気配は二つだ。
 一つは部屋の奥。恐らくは椅子に座っているのだろう、じっとして動かない気配が感じられる。
 もう一つはその隣。先の人物と間を空けて壁にもたれかかっているようだが――ふむ、後者の気配は明らかに戦士のソレだ。
 ……学園長の護衛か何かか。
 成る程、私が訪れる事はこの肩に担いだエヴァンジェリンが先に伝えているはずであるから、立会人とでも捉えておけばいいか。
 
「―――よし」
 
 状況は把握した。後はどう立ち回るか…だな――と、私は覚悟を決め、肩の上で、ええいっ!降ろせと言っているだろうがエミヤッ!私を無視するなっ!――と、体中をジタバタさせ、仕舞いには私の髪を引っ張って暴れる幼女をサラリとスルーし、
 
 
―――静かに扉を、私はノックした。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――うむ、開いておるよ」
 
 扉をノックし、間をあけて返ってきたのは老人の声だった。
 恐らくはこの声の主が近衛老――この学園都市を統べる街の長だ。当然、向こうも魔法使いであることから扉越しでも私の気配には気づいているはずだが、しかし、かけられた声に敵意は感じられ無かった。
 それは、先に連絡したエヴァンジェリンが余程信頼されているのか、それとも、このいまだ見ぬ老人の常態なのか。
 私はかけられた一言から自身のおかれたおよその状況を推察し、一つ頷く。
 
 ―――どちらにせよ、交渉のテーブルにつく余地はある、それが判っただけで今は十分だ。
 
「失礼する」
 
 故に私は、躊躇わず扉を開ける。
 キィッ…と、私を招くように部屋の内側へ開かれた扉をくぐれば、広がるのは絨毯敷きの洋間。
 部屋の中央には応接にも使うのだろう、テーブルとソファーが備えられ、左右の壁にはあまたの書物が収められた本棚が並んでいる。右手には二階があるのか、上へと上がる階段が付いていた。
 私はわずかに逆光となった視界にそれらを収め、目的である学園長は――と、その姿を探し求めて、
 
 
 
 
 
「なっ!?」
  
 ―――絶句した。
 
 いや、この言葉だけでは私の驚愕は決して伝わるまい!
 私はあまりに信じられない光景に瞠目し、あまりに知識と符合しすぎる姿に言葉を失ったのだ!
 
 私の眼前、豪奢な黒檀の執務机の先にいる学園長と思わしき魔法使いの老人は、
 しかし、和装を着込み、明らかに人間離れした長大な頭と耳を持つ姿だった!
 それは―――アヴェンジャーの知識に頼らずとも、私ですら知っている有名な幻想種(ようかい)の特徴!
 ならばここから推察できる事実は一つ――!
 
 
「ぬらりひょんが学園長だと!?
 ここは幻想種が社会的地位を持つ世界なのかエヴァンジェリン!」
 
 
 
 ――叫び、私は担ぐエヴァンジェリンに問いかけて―――もう一度絶句した。そして噴出す冷や汗!
 
 見れば、彼女は担ぐ私の拘束からいつの間に抜け出したのか、
 私の肩に両手を付いて上体を持ち上げた姿で不遜な――いや、引きつった笑みを浮かべて私を見据えていた。
 そして、ビキッ!という何かが切れる音と同時、彼女は全身を使って私の肩を支点に膝を回転させて――
 
「妖怪はどうでもいいから……私を降ろさんかこのオオボケッ!―――フンッ!!」
 
「しまっ―――今度は膝ガぱッ…!」
 
 ―――振り抜いた。
 鮮やかな弧を描き、一切の躊躇無く振り抜かれた膝によって放たれた蹴撃はおよそ少女のものとは思えないほどの衝撃を私のアゴに伝え、ぐらり…と体が揺れる。と同時に聞こえた「おお…肩からの変則シャイニング・ウィザード…!腕を上げたなぁエヴァ……」という呟きに、私は声の方へと顔を向けて、
 
「―――あ、待てエミヤ、耐えろ!あれくらいで倒れるな、耐えるんだっ!
 無理ならせめて私を離して――――うぎゅっ…!!」
 
 なにやら理不尽な台詞を耳に入れつつ――私は顔から床に崩れ落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「貴様という奴はぁあ!!」
 
「あー……すまん、私が全面的に悪かった…」
 
「ぅアホか貴様はぁあ!お前はどれだけ重い体をしてるんだ!
 大体、私を手放すくらいの余裕はあっただろうがっ!!何故私ごと倒れるっ!?」
 
 
 
 
 ……言い訳をさせて欲しい。
 正直なところ、私もまさか少女の蹴り如きで倒されるとは思っていなかった。
 だが事実として倒れた以上、その弁明の機会が欲しい。何故倒れたのか、それは、
 
「いや、軽い脳震盪がだな…」
 
 ――脳震盪(これ)である。どうしても人体の構造的弱点という奴は越えられないようだ。
 
 ……というか、いくらなんでも気を抜きすぎではないか私よ?
 全く警戒していなかったからと言って、一夜のうちに二度もアゴを蹴られるというのは――戦場に立つ者として緩みすぎだろう…。
 
「聞いているのかエミヤ!」
 
「……………ああ、聞いているさ。聞いているとも!」
 
 そして話を聞いていなかった事を見咎められている。
  
 ……これはいかんな。少々趣味(あそび)に走りすぎたか。
 この少女をからかうのはそれなりに楽しいのだが、しばらくは自重するべきか――と、私は、私の腹筋を足場に外套の襟を掴み、ガクガク揺らしながら憤慨するエヴァンジェリンに苦笑を向け―――前言撤回。
 やはりこの少女は面白い――と、私は彼女の襟首を掴んで引き剥がした。
 
「なっ、またか貴様!離せっ!私を誰だと…!」
 
「まあ、落ち着けエヴァンジェリン。君は、一体ここに何をしに来たのだね?」
 
「ぬぐっ…!」
 
 フゥ…と溜息を一つつき、やれやれと私は肩を竦めた。
 これを俗に「開き直り」とも言うが……私が正論を述べている以上、反論出来まい。
 
 私はエヴァンジェリンをその手に吊り上げたまま彼女が落ち着くのをしばし待ち、
 静かになった所で私たちを見つめる視線に振り返った。
 まあ…、その生暖かい視線そのものには随分前から気がついていたのだが……、
 
 
 
 
「やれやれ……ようやく終わったようじゃな。
 エヴァンジェリンが(じゃ)れついておる姿は見ておって退屈せぬが、時と場合を選んで欲しいのう」
 
 
 まったく、困ったもんじゃわい――と、机に片肘を突いてこちらを半眼で見据える老人に、私は口に手を当てて苦笑した。
 
 
 
 
 
 
「んなっ、じじぃ!貴様、誰に口を利いて――」
 
「―――ク、すまない。それについては私から謝罪しよう。
 麻帆良学園学園長の近衛近右衛門殿とお見受けするが、よろしいか?」
 
「待てエミヤ!私を置いて何を勝手に――」
 
「ほ、いかにも。相違ござらん。
 して、そちらは不法侵入者として聞いておるエミヤ殿で間違いないかのう?」
 
「ああ、その通りだ。が、侵入者である私に組織の長が『殿』などとつける必要はない。
 私の事は、そちらが呼びやすいように呼んでくれて構わん、近衛老」
 
「………フ、フフ…」
 
「フォフォフォ、心遣い痛み入る。
 ではワシはエミヤ君と呼ばせてもらおう。よろしいかの?」
 
 無論――と、私は小さく首肯し、口元に薄く笑みを浮かべる。
 流石は妖怪・ぬらりひょん。組織の上に立つだけあって、それなり以上に言葉は通じるようだ。
 
「ククククク…」
 
「フォッフォッフォ…」
 
 ―――老獪、と言うのだろうな。駆け引きにおけるジャブにも満たない社交辞令の交換だが、
 私のような得体の知れない相手に対しても、全く心を騒がせる事無く言葉が出せるというのは中々だ。
 踏んできた場数の質が見て取れる――と、私は薄く口元を歪ませる。
 
 成る程、これならばまともな相対が出来る。私は悪くない相対の場に、頬を歪めたまま口を開き、
 
 
 
 
 
 
 
「―――貴様らは……私の話を聞かんかぁーっ!!」
  
 
 ―――咆哮、
 怒れる幼女の叫びが、朝の学園長室に響き渡った……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
≪Sight――Takamichi≫
 
 
―――なんて言うか、予想外ってこういう事なのかなぁ…。
 
 
 
 
 
 エヴァに連れられ―――いや、エヴァを連れて学園長室に現れた件の不法侵入者は、予想通り桁外れの魔力をまとった無茶苦茶な存在だった。
 何が一番無茶苦茶かって考えると、多分その存在の密度だろうと僕は思う。
 
 今この部屋―――本校女子中等部校舎の学園長室には僕と学園長、エヴァに茶々丸君とそして件の彼、合わせて五人しかいない。にも拘らず僕が今感じている感覚は、満員電車の中に詰め込まれた時のソレに近かった。単純な圧迫感、息苦しさと言ってもいいかもしれない。恐らく学園長もこの感覚を味わっていると思うんだけど、顔色一つ変えないあたりは流石だと思う。
 
 (……やっぱり、密度が違う…。いや、もしかすると魔力の質が違うのかな…?)
 
 僕は左目を閉じてタバコを燻らせながら、煙越しにずっと件の彼を見つめていた。
 無論、それは彼我の戦力差を見極めるためで、同時に彼が善悪どちら側なのか判断するためだったんだけど……、
 
 正直に言えば、今の僕は完全にその気概を()がれていた。
 
 (うーん……流石に、これは予想外って奴かな……)
 
 僕はスーツのポケットから取り出した携帯灰皿にフィルタ近くまで灰になった吸殻をねじ込み、顔に苦笑いを浮かべながら銜えた次のタバコに火をつける。と、立ち上るのは紫煙だ。これを見るたび、僕は師匠やナギたちと共に過ごしていた頃を煙の先に投影して、少なからず昔の事を思い出すんだけど、……まあ、今僕が昔の事を思い出してる理由はきっとタバコのせいだけじゃないと思う。
 
 (……なんて言うか)
 
 僕は見る。視線の先には件の彼、褐色の肌に白髪という日本人離れした風貌を持ちながらエミヤと名乗ったその彼は、不遜な態度で学園長と相対している。ただし、一つだけ補足すると……
 
「ええい、離せエミヤ!お前は私をどこまでコケにすれば気が済むんだっ!
 と言うかお前、私を小動物かなにかだと思ってるんじゃないだろうな!?」
 
「―――――違うのかね?」
 
「違うに決まってるだろうがぁあ!!」
 
 何を真顔で心底意外だという表情をしてるんだ貴様は!!――と、叫ぶエヴァを右手に吊り上げたまま、彼は学園長に向き合っている。その不遜で飄々とした彼の態度と、からかわれて真っ赤になるエヴァの姿に僕は、
 
 
 
「………なんて言うか、アルを思い出すなぁ……」
 
 かつての仲間の姿を思い出し、タバコを燻らせ苦笑した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――そろそろ良いかのう、ご両人。
 時間がそうある訳でもなし、わざわざここに出向いてもらった目的をワシは果たしたいんじゃがのう」
 
「む」
 
「ぬぐっ…!」
 
 しばらくして、僕と同じような苦笑を浮かべて学園長が言った言葉に、二人は動きを止めてこちらに向き直った。と、同じくしてエミヤと名乗った彼が手を離したのだろう、エヴァが床に降り立ち、憮然とした表情のまま中央のソファーに座り込んだ。その後ろに茶々丸君が静かに立つ。
 
「掛けても?」
 
「構わんよ」
 
 言って、彼もまたソファー――当然、学園長と対面の位置だ――に腰掛けた。
 部屋に満ちる沈黙、そして緊張感。
 
 ―――どうやら、場は整ったらしい。
 
 
 僕はもたれていた壁から身を起こし、銜えたタバコを灰皿にねじ込ん―――……しまった、吸殻が一杯だ。
 慌てて僕は学園長に視線で訴えるけれど、灰皿ならないぞぃ――と即座に返された。
 ………仕方ない。僕はタバコを掌に押し付け消火し、吸殻をハンカチに包んでポケットに入れた。
 
 後で洗濯しないとなぁ……。わずかに煤けた表情を浮かべ、僕は静かに学園長の後ろに控えた。
 
 
 
 
 
「―――さて。
 まずは……知っておるようじゃが、ワシがこの学園の学園長をしておる近衛近右衛門じゃ。
 不法侵入者の尋問――という形じゃが、わざわざ来てくれた事に礼を言おう。よろしくのう、エミヤ君」
 
「こちらこそ。私の名はエミヤシロウだ、よろしく近衛老。
 ―――私のような得体の知れない相手に、言葉を交わす機会を与えてくれた事を感謝する」
 
「ほ、ワシは何もしとらんよ。この場を設けたのはそこのエヴァンジェリンじゃ、
 礼なら彼女に言ってやってくれんかの」
 
「そうかね。では改めて礼を言おう、エヴァンジェリン」
 
「フン――」
 
 ―――相対が、始まった。
 
 交わされるのは自己紹介、社交辞令のようなものだ。
 学園長は尋問と言ったけれど、場の印象はどちらかと言えば「対等の交渉」のようだと思う。
 問い詰められる側が彼だというのは変わらない。しかし、彼がそれを気負っているようには見えない。
 
 (……場慣れしている、か。やれやれ……これは手強そうだな)
 
 僕は少し警戒を強めて彼を見る。
 ただ困った事に、どうにも僕は彼に敵意を持てないでいた。
 多分、エヴァをからかう姿にアルを重ねて見てしまったのが原因だと思うんだけど、正直これはやりにくい。
 
「……ふむ、続けるぞぃ。
 それと、こちらはここで先生をしてもらっておる高畑先生じゃ」
 
 と、僕が内心で苦悩しているところに、学園長から矛先を振られた。
 場にいる以上は、素性を知らせておけ――という事かな。
 僕は咳払いを一つ、
 
「―――僕はタカミチ.T.高畑。
 この場では立会人だとでも思ってもらえばいいかな。よろしくエミヤ君」
 
 当たり障りのない言葉を並べた僕に、ああ、よろしく――と、薄く笑みを浮かべて返され、やはり戸惑う。
 ……やりにくい。普通ならここは最大限に警戒し、ある程度の敵意を見せて牽制しておくべき所なんだろうけど、その肝心の敵意を僕は持てないでいる。これが彼の演技だったらと思うとぞっとするけど、そう疑う気概すらエヴァをからかっていた姿を思うと消沈する。
 まいったな――と僕は苦笑を浮かべ、その視線を彼から逸らしたところで、
 
「フン――くだらん腹の探り合いはそこまでにして、じじぃ、さっさと本題に入ったらどうだ。
 コイツを連れてきたのは、何も自己紹介を交わすためではないだろう?」
 
 ―――凛としたエヴァの声が、学園長室に響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 
「………ふむ、そうじゃのうー」
 
 エヴァの豪気な物言いに学園長は髭を梳きながら思案し、僕は苦笑した。
 ……流石はエヴァ、物怖じしない彼女の言葉は常に事の本質を突いてるな――と、彼女に苦笑いを浮かべた顔で視線を向ければ、何が可笑しい――と目で怒られた。
 
「私は別にそれでも構わん。というより、もとよりそのつもりでここに臨んでいる。
 私に答えられる事ならば、この場で答える用意がある。どうかね?」
 
「……そうじゃのう。
 時間も無い事じゃし、エミヤ君も痛くも無い腹を探られるのは嫌じゃろう。本題に入らせてもらうが、構わんか?」
 
 ―――無論、まあ痛い腹しかない訳だが……と苦笑を浮かべる彼に僕は構えた。
 
 正直、こうも手早く話が進むとは思っていなかっただけに、ある程度の戦闘は辞さないと思っていただけに、彼がすんなりと相対を進める事に驚きを感じつつ、僕は学園長の言葉を待つ。
 学園長は、髭を梳いていた右手をゆっくりと下ろし、
 ゴホン…と咳払いを一つついて、では――と前置きして、言った。
 
 
「―――――エミヤ君、君は一体何者じゃ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
「………ふむ、私が何者か…か」
 
 目前、彼は学園長の言葉に二・三度頷き、目を瞑って言葉をためた。
 腕を組んで考え込む彼の姿からは、何を考えているのかは読み取れないが、
 彼が何者なのかはエヴァも聞いていないのか、わずかにソファーから腰を浮かして彼の言葉を待っている。
 そしてそれは、僕も同じ。
 これほど膨大な魔力をまとい、なおかつ人と同じ姿をしている彼は一体何者なのか――この場でそれを疑問に思っていない者はいないのだ。
 故に、
 
「………ふむ、私の本質は非常に複雑な要因が多重に絡んでいるため、
 一言で言おうとすると、多少迂遠で遠まわしな言い方になるが―――それでも構わんかね?」
 
 ―――目を開き、そう言葉を漏らした彼に皆が静かに頷いた。
 それを見届けて、彼は口を開き、
 
「何者か、答えるならば私は――」
 
 一息、
 学園長が身構え、エヴァがソファーから身を乗り出し、僕は唾を嚥下し、茶々丸君が無表情で、
 皆が一様に息を呑み、
 
 ――――彼は言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――――私は、別世界から来た未来人だ」
 
 
 ――瞬間、エヴァが顔から床に転げ落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 あとがき
 
 こんにちは。
 拙作を書かせていただいています、作者の観月です。
 
 毎度、魔王になった正義の味方を読んで下さってありがとうございます!
 いかがでしょうか? 楽しんでいただけていれば幸いですが…。
 
 またですね、……自覚はしていますが、内容を詰めて書いているため話が進みません。
 相変わらず、冗長な文章になってしまっていると思います(汗)
 
 せめて次話くらいでプロローグにあたる学園長らとの対話までは終わらせたいと思っています。
 ……精進します(汗)
 
 さて、そんな観月ですが、大学が夏季休校の間は精力的に物語をアップしていこうと思っています。
 ですから、誤字・脱字、違和感・設定間違いございましたら、メールか感想板のほうにコメント頂けると助かります。また、感想・コメント・アドバイスを頂けると観月は非常に喜びます!
 少々あつかましいですが、応援してくださる皆さんが、観月の活力となっています!
 
 
 ……まあ、そんな色々アレな本作ですが、見捨てず、長い目で見ていただければ幸いです!
 
 
 それでは
 
 
 
 ―――何もないけど蝉がやかましい日の昼時に(2009/08/08) 



[10584] 魔王になった正義の味方 6話・前編
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/27 16:12
≪Sight――Evangeline.A.K.McDowell≫
 
 
「…………君は、何をいきなり椅子から転げ落ちているのかね…?」
 
―――あまりな発言に凍り付いた学園長室の静寂を打ち砕いたのは、場を凍りつかせた張本人の言葉だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――アホか貴様はぁあ!!言うに及んで、何がいきなり未来人だ!
 というかお前、遠回しという言葉の意味を判ってないだろう!?」
 
 私は床から飛び起き、打ちつけて赤くなった鼻を押さえながら、呆れた表情で私を見下ろすエミヤを睨み上げた。
 エミヤの言葉に抱いた感想はじじぃとタカミチも似たようなモノだったのか。
 二人も呆れや困惑の入り混じった表情を浮かべて、エミヤへとその視線を向けている。
 そして茶々丸も……まあ、表面上はいつも通りだったがその視線をエミヤに向けていて、
 都合四対の目が集中する中心に座す件のエミヤは、
 
 
「だから言っただろう。一言で言おうとすると、迂遠な言い方になると」
 
 まあ…こうなるだろうと思っていたがな――と、小さく苦笑を浮かべて呟いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………ふむ、冗談で言っておる訳では……ないようじゃな」
 
 エミヤの呟きに、じじぃが髭を梳きながら片眉を上げて問うように確認する。
 その隣のタカミチも同様。立会人の立場に徹するつもりか、
 言葉にこそ出さないが……エミヤに真偽を問うような目を向けていた。
 困惑と疑念。コイツ何言ってるんだ――という空気が部屋に漂う中、私は一人思考する。
 
 ―――未来人。
 それは未来から来た、ないし未来にいる人間の事(?)で、それ以外に解釈のしようがない直接的な言葉だ。
 ……どこが迂遠なんだっ!?――と、エミヤに聞きたくはあるが、
 まあ……生憎と私は実際に未来から来た人間を一人知っているため、
 未来人と自称するエミヤを頭から否定する気はおきない。
 だが、それでも突飛が過ぎる。
 
「―――正気か貴様。未来人など、冗談だとしても笑えんぞ?」
 
「ク、当然真実だとも。この場においてわざわざ冗談を挟む理由があるまい。
 ―――とはいえ、これは結論から「前提」と「過程」を省いた物言いだからな。
 これで理解しろと言うのは土台、無理があるのは私もわかっている」
 
 冷笑を浮かべた私に、苦笑を返すエミヤ。
 ……わかっているなら言うな!――と言ってやりたいが、結論を求めたのは私たちだ。
 あまり強くは言えないだろう。
 
 場にわずかな沈黙が落ち、各々思うところする黙想する。
 そして、
 
「……説明は、してくれるんじゃろうな?」
 
「ああ。――だが、少々長い話にはなるぞ」
 
「ふむ、時間がある訳ではないんじゃが……背に腹はかえられぬか」
 
 話してくれるかのう、エミヤ君――。沈黙を破ったじじぃの言葉に、エミヤは一つ――頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「まず、前提の話をしよう」
 
 右手の指を一つ立て、片目を瞑ったエミヤが言う。
 
「大前提――私が別世界から来た存在だというところから詰めよう。
 一応聞いておくが、現状における君たち魔法使いの私に対する認識は、エヴァンジェリンとの会話で判断する限り「私が誰かに召喚された存在」と認識している……と、考えていいのかね?」
 
「うむ。君の気配は昨夜、いきなりこの街に現れたでのぅ。
 儀式や召喚陣の気配は全くなかったんじゃが、この学園都市が結界によって魔力を持った者の出入りを感知できるにも拘らず君がいきなり現れた事から、あり得る可能性としてワシらは君が誰かにこの街へ召喚されたのじゃろうと推測しておる」
 
 私はエミヤに答えたじじぃの言に、補足するように言葉を繋ぐ。
 
「ついでに言えば、その学園結界と私はリンクしていてな。
 侵入者に関してはほぼ全てを感知しているんだが、昨夜結界内に侵入した魔法使いはゼロだ。
 そのあたりも踏まえて、召喚者はかなり高位の術師なんだろうと予測してるが……お前の巫山戯た質問や態度から、何か召喚事故が起こったんじゃないかとも考えてる」
 
 そう、思い返しても巫山戯た質問だ。
 「―――問おう、君が私を招きしマスターか」などと、呼び出された存在が主を確認する事など普通ありえん。
 じじぃに侵入者(エミヤ)を報告した際、私と一緒になって首を傾げたのがこの点だった。
 
「成る程――」
 
 エミヤは私たちの言葉に頷き、軽く俯いて腕を組む。
 無表情。その顔から感情は読み取れないが、思考し、与えた情報を整理しているのが判る。
 
 ……この男は恐らく策士だ。それも、相当に頭の回る…。
 この場もまた一つの交渉と捉えているのだろう。
 私はこの場に至るまでにエミヤと交わした言葉を想起し、そう評価を下す。
 
 ならばこそ、
 コイツの言葉には常になんらかの意味がある――と、今先の確認の言葉に私は思考を向けた。
 そこに、顔を上げたエミヤが口を開き、
 
 
 
「―――ではそこから答えよう。私の悪い癖だが、結論から言えば――」
 
 一息、言った。
 
「結論から言えば、私に召喚者は存在しない。
 私は―――君たちとは法則(ルール)の違う、『法則』によって呼び出された存在だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「な―――に?」
 
「……どういう意味じゃ?」
 
 発せられた言葉に、私は耳を疑った。
 召喚者がいない…?馬鹿な、コイツは「自分が自然発生した」とでも言うつもりか?
 じじぃと私は共に視線へ疑念を孕ませ、エミヤを睨む。と、返されるのは、
 
「単純な話だ。この世界にも儀式や術式による召喚・降霊という手法があるのだろうが、
 恐らく私は、君たち魔法使いの知るどの手段とも違う方法によって今この場にいる――という事だ。
 言い換えれば、私は『私の世界の法則』によって―――今この場にいる」
 
 大仰に肩を竦めて苦笑する姿と、魔法理論を根底から無視する物言いだった。
 
 
 
 
 
 私は腕を組み、エミヤの言う『法則』の違いとやらを思考する。
 確かに、「ルールが違うんだ」と言ってしまえば大抵の矛盾は通る。
 二進法と十進法で見た目は同じ数を数えても、一方は「1010」となり、他方は「10」となるようなものだ。
 同じ結果でありながら違うという理は、確かに立つ。
 だが、それは、
 
「違う『法則』……言い訳としては常套だが、それは根拠がなければ無意味な子供の絵空事だぞ。
 当然、論拠があるんだろうなエミヤ?」
 
「無論、今からそれを詰めていくつもりだ」
 
 不遜な笑み。エミヤは口元に浮かべた薄い笑みを崩さず、そう言い切った。
 
 
 
 


 
 
 
 
「私が別世界から来た存在だと言う論拠はいくつかあるが、
 まずは……私がここは私の世界とは別の世界だと確信した論拠をあげる」
 
 私はまぶたを閉じ、一息。
 ―――ここからが勝負、真に相対だ。脳裏にその言葉を焼きつけ、目を開いた。

「問うが、君たちは魔術師か?―――それとも魔法使いか?」
 
 
 
 
 
 
 
「―――はあ?またその問いか?」
 
 と、返すのはエヴァンジェリンだ。確かに、この質問は彼女と最初に相対したときにも聞いている。
 故に、ソファーの肘掛に頬杖をつき、呆れたような態度を私に向けるのは、まあ……順当と言えよう。
 対して、
 
「どういう意味じゃ? ワシらが魔法使いじゃと言うのは承知の上じゃろう、エミヤ君」
 
 近衛老は問いかけに、疑念が多分に含まれた視線を私へ向けていた。
 そして、……西洋魔術師か東洋呪術師かという意味なら、ワシらは魔術師じゃが――と、呟いているが、
 
 ―――私が欲しかったのはその言葉だ。
 
「そう、魔術師で魔法使い。即ち、『魔術』と『魔法』…。
 近衛老……貴方は今、その両者を区別せず使ったが――それがこの世界と私の世界の大きな違いなのだよ」
 
 私は組んだ腕から右手を抜き、指を一つ立てる。
 
「前提、私が見た魔法はエヴァンジェリンにぶつけられた氷の氷塊……『氷神の戦鎚』だったか?
 ――が唯一だが、あれが君たちの認識する『魔法』と考えて間違いないか?」
 
 問いかけ、私は視線を巡らせる。
 と、お主は自分の家でなんちゅう事しとるんじゃ!?…フ、フン、誰にも迷惑をかけていなんだから問題ないだろう!…そういう問題ではないわいっ!――と、エヴァンジェリンが近衛老に問い詰められていた。
 
 ……仕方なしに視線を泳がせれば、私に頷きを返してくれたのは茶々丸だけだった。彼女には後で感謝しておこう。
 
「………まあ、なんだ。そうであるならば、君たちの言う『魔法』とは、
 既存の物理法則を超えた現象を引き起こす手段が『魔法』なのだと、そう言えるだろう」
 
 私は数時間前に己が目にし、そして食らった魔法を思い出す。
 まぶたに浮かぶのは、エヴァンジェリンの手から十数本の試験管が放られ、
 そこからいきなり氷山のような氷塊が現れ私に激突してきた光景だ。
 
 ………碌な物ではないな。
 浮かんだ光景を頭を振ってかき消し、老人と幼女、二人の魔法使いに向かって二本目の指を立てる。
 
「しかしだ、私の世界の分類で言えばあれは魔法ではなく『魔術』だ。
 言い方は悪いが、あの程度(・・・・)で『魔法』と呼ばれることは絶対にありえん。
 なぜならば―――」
 
 一息、
 
「私の世界における『魔術』と『魔法』の認識は、
 科学や技術で再現可能な事象を魔力的神秘で為すのが『魔術』であり、
 たとえどれほどの資金や時間を注ぎ込もうとも、絶対に実現不可能な「結果」をもたらす奇跡を『魔法』と――そう、呼んでいたのだ」
 
 また同時に、そういう『魔法』に至った人物を、我々は尊敬と畏怖を以て『魔法使い』と呼んでいたのだ。
 
「故に、北極にでも取りに行けば手に入る程度の氷塊を作る手段は私の世界の認識で言えば『魔法』ではなく『魔術』であり、それを『魔法』と呼ぶ君たちとはルールが違う―――と、私は確信した訳だ。
 そういう訳で、エヴァンジェリン。君の魔法を「あの程度」と言ったことは謝ろう。
 アレは私の世界で言う『魔法』とは違う、というだけの話だからな」
 
 私は謝罪の言葉を口にする。そして、そのまま彼女へと目を向けて、
 
 
 
「―――だから、触媒を私に向けてそのいい笑顔を浮かべるのは止めてくれないか?」
 
―――私は額から噴出す冷や汗を左手でぬぐい、肩を竦めて苦笑した。
 
 見れば、微妙に白目と黒目の反転した怪異の目で妖艶な笑みを浮かべたエヴァンジェリンが、
 魔法の触媒を手に私に向かって微笑んでいた。
 一応、私の言った『魔術』と『魔法』の説明に理解してはくれたのだろう、彼女は指に挟んだ試験管やフラスコをゆっくりと下げてくれた――が、私を睨む目は鋭いままだ。
 むしろ……フフフ、後でコロスぞ貴様――と、目で語っているのが判り易すぎる。
 
 ………ク、苦笑しか浮かばんな。この視線は死刑宣告と同義かね…。
 
 私は背に流れる汗と、走る蟻走感に体を震わせる。と、
 
「―――ふむ、なるほどのう。確かにその認識はワシらにはないものじゃ。
 ちなみにどういった奇跡が、君の言う『魔法』だったのじゃ?」
 
 しばらく沈黙を保っていた近衛老がおもむろに口を開き、私に向けて問いを言い放った。
 
 
 
 
 
「……ふむ。私も直接魔法使いに会ったことがある訳ではないから、知識からの返答になるが……」
 
 構わないか?――という私の視線に、近衛老はうむ、と頷く。
 ならばと、私は腕を組み、己の知識を思い起こす。
 
「―――私の世界にある魔法と呼ばれた大儀礼は五つだった」
 
「ほう、再現不可能な奇跡が五つか」
 
「ああ。順番は無視するが、無の否定、時間旅行、並行世界の運営、魂の物質化、そして詳細は知らないが「青」と呼ばれる奇跡がそれだ」
 
「……ふぅむ、成る程。確かにそれはワシらでも再現出来ん奇跡じゃのう」
 
 まさに魔法と呼ぶに相応しかろう――と、近衛老が頷く。
 
 ―――だが、
 私は近衛老が、じゃが――と、言うのを聞く。
 
「それは君が別世界から来たと言う前提(・・・・・・・)があってこその認識の違いじゃ。
 それが作り話ではない、君が別世界から来たと言う証明(・・・・・・・)には、少々弱い」
 
 のう?――と、片眉を上げて確認する近衛老に、私は口元を歪める。
 ……狸め、と思う。流石は妖怪だ、論の弱いところを惜しみなくついてくる。
 私は浮かべた苦笑のまま、
 
「その通りだ。まあ、どちらかと言えば次の論拠を理解してもらうため、
 私の知る魔術と魔法の違いを認識してもらう説明をしたに過ぎん――と、言っておこうか。
 私が何者であるのかも含め、次が本題だと言っておこう」
 
 ほ、それは楽しみじゃ――という台詞に私は一つ頷き、一拍をおいて――言った。
 
 
 
「―――君たちは、"聖杯"を知っているか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……むぅ、聖杯じゃと…?」
 
「そう、聖杯だ。知っているか?」
 
 私は髭に手を当てたまま、動きを止めた近衛老を見る。
 
「ふぅむ。知ってはおるが、聖杯と言うと……」
 
 
 
 
 
 
「――インディー・ジョーンズか? 最後の聖戦の」
 
 
 
 ―――答えたエヴァンジェリンを全員が一斉に冷たい目で見る。
 茶々丸含め、向けられた四対の冷たい視線に彼女はビクゥ…!と反応するが、
 
「………このタイミングでその"聖杯"が出てくるあたり、君は本当に素晴らしい知識を持った吸血鬼だなエヴァンジェリン」
 
「ひ、皮肉かっ!?皮肉だな!!微妙にキレがないあたり本気で呆れているだろう貴様っ!!」
 
 ガァーと、気炎を上げ飛びついてきた彼女を私は例によって掴み上げ、近衛老に視線を合わす。
 そしてお互い言いたいことが伝わったか、ゆっくりと頷き合い、
 
 
 
「―――近衛老、貴方は聖杯を知っているか!?」
 
「何、聖杯じゃと!?」
 
「な、何事もなかったかのようにやり直そうとするなそこぉおっ!!」
 
 顔を赤くした幼女の叫びが、再び学園長室に木霊した。
 
 
 
 
 
 
 
 
「話が逸れたな。
 とにかく……聖杯だ、知っているか?」
 
「……ふむ、知ってはおるが……。聖杯――基督(キリスト)教の聖遺物である「最後の晩餐に使われた杯」、
 もしくはキリストが磔にされた際に「その血の受けた杯」の事かの?」
 
「正解だ。――が、この場ではその「聖杯」ではなく、
 中世ヨーロッパの聖杯伝説に見られる聖杯……つまり、『万能の願望器』としての「聖杯」を思い浮かべてほしい」
 
「ああ……アーサー王物語やパルジファルか」
 
 そういえばそんな伝説を書いた物語もあったな……と、呟くのはエヴァンジェリンだ。
 成る程、600年を生きるという彼女にとっては、その成立はまさに彼女の生きた時代か。
 そして私に吊り上げられた過去は無かったことにしたか。
 常時の態度を取り繕う彼女の呟きに私はそうだ――と小さく頷き、
 ゴホン、と咳払いを一つ。調子を整え、言った。
 
 
 
「ではその奇跡を叶える聖杯を、魔法すら可能とする聖杯を魔術によって再現しようとした魔術師の儀式があり、
 私がそれに参加した結果として今この場にいると言えば……君たちは信じるかね?」
 
 私は口元を歪ませ、出来る限りに大仰な口調で言葉を紡ぎ、
 
 
 
 
「「「「―――は?」」」」
 
 向けられた四つの疑問の声に、苦笑した。
 



[10584] 魔王になった正義の味方 6話・後編
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/29 11:03
 
 
 
 
「―――儀式の名は聖杯戦争。
 内容は、あらゆる奇跡・あらゆる願望を叶えるとされる『万能の願望器』たる聖杯を降霊するため、霊地・冬木において聖杯に『聖杯を得るに相応しい』と選ばれた七人の魔術師が、その各人がマスターとなって己の従者として召喚した英霊を従者(サーヴァント)として使役し、聖杯を手にする最後の一組になるまで七人の魔術師(マスター)とペアになった七騎の英霊(サーヴァント)が争いあう生存競争だ。
 
 
 いきなり英霊と言われても理解出来んだろうから説明すると、英霊とは、過去・現在・未来において人でありながら人の域を超えた偉業を成し遂げ、英雄として名を馳せた人物がその死後、人の魂から精霊の域に昇華された存在を言う。彼らはその昇華に即して輪廻の輪――君たちの認識が魂の転生を認めているのかはわからんが、まあ英霊はその(サイクル)から外れ、時間の概念を脱した不変の存在となるため、未来の英雄すらサーヴァントとして召喚することが可能だった訳だ。
 
 ちなみに私が参加した聖杯戦争ではサーヴァントとして呼ばれた有名どころの英霊は私の知る限り、剣士(セイバー)としてアーサー王、槍兵(ランサー)としてクランの猛犬(クー・フーリン)狂戦士(バーサーカー)としてヘラクレス、魔術師(キャスター)として裏切りの魔女(メディア)がいたな。イレギュラーとして最古の英雄王(ギルガメッシュ)も現界していたが……まあ、それはいいだろう。
 
 
 そして私が参加した聖杯戦争だが、回数としては五度目となり、実は随分と歪んだ儀式となっていてな。『万能の願望器』である聖杯はとある呪いを飲み込みそれに穢され、破壊と言う手段でしか望まれた願いを叶えられない歪んだ器となっていた。そのため、経緯は省略するが、聖杯の汚染に気づいたセイバーとそのマスターが歪んだ聖杯そのものの破壊を目指し、結果として聖杯を消滅させ、決着はつかずに終了した……」
 
 私はここまでを一息に言い切り、満面の笑顔を浮かべて言う。
 
 
 
 
「―――とまあ、聖杯戦争とはそういう訳だ。理解できたかね?」
 
「出来るわけが無いだろうがこのオオボケッ!!」
 
 予想通り蹴りが来た。今度は飛び蹴りだった。スカートで飛び蹴りはどうかと思うが……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて……色々言いたいことはあると思うが、何か質問はあるかね?」
 
「「「「………」」」」
 
 返ってくる沈黙に、私はふむ――と、小さく息を吐いた。
 
 
 
 間に質問を入れられては進まない――と、意図的に急ぎで説明した聖杯戦争の概略だが、その反応は様々だった。
 顔を巡らせば、近衛老と高畑と名乗った彼は私の話を吟味しているのだろう。
 先ほどから黙ったまま思考に没し、私の視線に気づく様子も無い。
 対し、茶々丸はロボット故の思考の速さか。
 私の説明を一度で理解したようであり、主の言葉を待っているといった趣だ。
 目線を合わせれば、何かを質問したそうな顔を私に向ける。
 そして最後に、エヴァンジェリンはといえば、
 
「…………で、私に恥をかかせた弁解は…?」
 
「……勘弁してくれ…」
 
 完全に半眼、据わった目つきで私を睥睨していた。
 まあ、原因は彼女の飛び蹴りを敢えてギリギリ、首を移動させるだけで躱したからだろう。
 私の挙動が予想外だったのか、いや、むしろ受け止めるべきだったのか。
 ……彼女は躱した私をそのまま飛び越え、着地に失敗し、床をゴロゴロと転がっていったのだ。
 
「完全に自業自得だと思うのだが……」
 
「うるさいわ貴様!その後に私の襟首掴んでソファーまで猫よろしく運んだのは貴様だろうが!!
 おかげで私はそこの二人にやたら生暖かい目で見られたんだぞ、どうしてくれるんだっ!?」
  
 知らん、そこまで面倒は見きれん――と私は肩を竦め、苦笑しつつ近衛老らに視線を向ける。
 と、苦笑しているのは彼らも同じだった。どこか弛緩した空気が学園長室に満ちていく。
 
 ……が、これはこれで困る。話が進まない。
 
「どうかな、近衛老。私に何か質問は?」
 
「………どうじゃろうな。ワシは一先ず、他の者の意見を聞きたいといった所じゃ。
 茶々丸君はどうじゃ? なにやら聞きたそうにしておったが」
 
 はい――と、近衛老の言葉に応じて茶々丸が私に向いた。
 ふむ、理解の早い茶々丸だ。どういう質問が来る?――と私は彼女に気を向け、
 
「お聞きします、エミヤさん。あなたは自身を未来人だと言われ、また、その…冬木の聖杯戦争に参加したと言われましたが、そこからまとめるに――エミヤさんは英霊、サーヴァントだったのですか?」
 
 茶々丸は言った。直球、ど真ん中の質問だった。
 
「―――ク、流石に頭の回転が速いな茶々丸。その通りだ」
 
「では、やはり…」
 
「そう、私は未来に英霊となり過去に召喚された、
 そして聖杯戦争を最後まで残り、その終焉を見届けた弓兵(アーチャー)のサーヴァントだ」
 
 一息。
 
「故に、私が何者かという問いに「別世界から来た未来人」だと答えた意味――判ってもらえてだろうか」
 
 
 
 
 
 
 茶々丸の問いに頷き、答え、そしてそれに反応したのは高畑と名乗った彼だ。
 
「待ってくれエミヤ君!君の話が本当なら、君はその…本当に英雄なのか!?
 アーサー王やケルトの大英雄(クー・フーリン)に並び称されるような偉業を、未来で成し遂げた…!」
 
「それは、随分と答えにくい質問だな……」
 
 わずかに焦燥を滲ませ問う彼に、私は苦笑を返す。
 
「彼らの偉業に並ぶかと言えば、私が行ったことはどれも大したことは無いだろう。
 大きな武勇伝があるわけでもないし、国を滅ばす魔物を狩ったわけでもない。
 世界を滅ぼす悪を討ったわけでも、また神から与えられたような試練を超えたわけでもない。
 ただ――」
 
 一息つき、
 
 
 
 "――救えない運命にある者を救えることが英雄の条件ならば、私は真実、英雄だったのだろう――"
 
 
 
 ただそう呟き、私は苦笑する。
 それがどういう効果があったのか、彼はぐっ…と言葉を飲み込み、黙り込んだ。
 
 ……彼の言葉に、私は思う。
 
 ―――英雄。
 私が自身を英雄だと言えるようになったのは、答えを得たからだろうか。
 理想を取り戻し、追い求めた誰もが傷つかない世界を夢見ることが出来る今だからこそ、
 私は自身を英雄だと言えたのだろうか。
 
 私は思考に没し、彼の言葉を最後に、再び場が静まり返った。
 ……嫌な沈黙だ。
 
 誰もがいたたまれない静寂の中、
 
「―――ふむ、筋は通っておる。そして冬木という霊地もワシの立場でありながら聞いたことが無い。
 君が別世界からきたというのも、信憑性を増してきたと言えるのう」
 
 ―――やはり沈黙を破ったのは、近衛老だった。
 
 
 
 
 
 
 
「ほう、私の言が信用を得てきたかね?」
 
「………まあのう。
 流石に今の表情を見れば、君が嘘を言っていない事くらいはわかるわい。
 である以上、聖杯戦争とやらが実際にあったのじゃろうと暫定的な信用も出来る」
 
 ………私の表情による信用というあたりが微妙な評価基準だと思うが、
 信用され始めているというなら、私に問題は無い。
 しかし、信用するという近衛老の雰囲気が変わりはしなかった。
 それは恐らく、まだ私という存在に対する疑問があるからだろう。……私は待つ。
 
 この場において、私と近衛老以外は既に観客と化していた。
 故に、言葉を発するのは舞台にいる者。近衛老だ。
 
「しかしのう、エミヤ君。
 君の言を信用するならば、君は英霊と呼ばれる霊であり、この世界とは違う世界の住人――
 ――と呼ぶのは語弊がありそうじゃが、とにかくこの世界以外の場所に本来いるべき存在じゃろう。
 それが何故この世界にいるのか、まだ説明してもらっておらん。
 ワシの信用を得るというならば、そこからじゃ。―――どうかな?」
 
 至極、尤もな言葉だった。
 私は頷き、
 
「その通りだ。
 故にこれから話すのが私の最後の論拠、私という存在を近衛老に認識してもらうための最後のカードだ」
 
 答えた。真実、これが私の持つ最後の切り札(カード)だろう。
 
「私が何故ここにいるのか。それを一言で言ってしまえば―――」
 
 視線が私に集まる。疑念・期待・わずかな畏怖、そこに含まれる感情は誰のものか。
 私はそれらを受けて、苦笑し――言う。
 
 
 
 
「―――私は聖杯によって願いを叶えられたのだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――待てエミヤ!それはおかしいだろう!?」
 
 エヴァンジェリンが叫ぶ。
 
「お前の言が正しければ聖杯戦争は勝者なく、セイバーとやらが聖杯の器を破壊して終了したのではなかったのか!?
 いやそれ以前に、聖杯は歪んだ願いしか叶えられないのではなかったのか!?」
 
 私の説明を理解したからだろう、聖杯に願いを叶えられたという私の言が持つ矛盾をついてくる。
 故に私は偽り無く、彼女の言葉に頷く。
 
 
「君の言う通りだ、エヴァンジェリン。確かに聖杯は歪んだ方法でしか願いを叶えられないまがい物だった。
 それ故にセイバーが聖杯を破壊した、間違いは無い」
 
 
 この場にいるものは皆頭がよく回る――と苦笑し、だが――と、私は続ける。
 
 
「―――聖杯戦争にはどうやら魔力を集める聖杯と、システムの基盤となり先の聖杯が集めた魔力を回収する聖杯があったようでな。便宜上前者を小聖杯、後者を大聖杯と呼ぶすると、セイバーが小聖杯を破壊し全てが終わった後に現界を保てなくなった私は、その大聖杯に回収されたのだ」
 
 
 目を閉じ思い出す。全てが終わった最後の朝を。
 そして凛と別れ、何一つ確かな感覚の無い空間で漂っていた己を。
 
 
「現界――簡単に言えば体を保つことだが、それが出来なくなった私は霊魂に戻り、大聖杯に回収された。
 極論、聖杯が奇跡を起こす原動力は我々サーヴァントだったのだろう。英霊とは精霊、純粋にして最高位の魔力の塊だからな。聖杯戦争が最後の一組になるまで争いあう必要があったのは、単純に聖杯を起動させるための魔力を、サーヴァントが魔力になる事によって満たすためだったのだろうと思う」
 
 
 私はそこで一旦、息をつく。
 そして一つずつ、自分の考えをまとめながら言葉を紡ぐ。
 
 
「大聖杯に回収された私は、膨大な魔力が渦巻く聖杯の中で漂っていた。霊魂の私には何一つ確かな感覚の無い空間だったが、そこにある魔力の巨大さだけは感じ取っていた。
 そしてその空間を漂っていた時に、私は聖杯の中身に出会った」
 
 
 中身?――という小さな声が、誰かから漏れる。
 応じるように、私は想起する。
 
 
「言っただろう、聖杯はある呪いを飲み込み穢されていたと。私が聖杯の中で出会った相手、それが呪いの正体だった。名をアヴェンジャー、聖杯に取り込まれ、聖杯そのものとなった……過去に呼び出された英雄とも呼べぬ、神の名を持つだけの英霊だ。
 私はアイツ(アヴェンジャー)と出会い、会話し、わずかばかりの願いを託され、そして言われたのだ。
 『お前の願いは何だ』――と」
 
 
 静かだった。私の言葉に返す者は無く、また私もそれでいい――と、言葉を続けた。
 
 
「同時に彼は言った。
 聖杯を穢した原因がアヴェンジャーであり、彼の魔力が聖杯に広がって(を汚染して)いるからこそ聖杯は歪んだ形でしか願いを叶えられないのだと。ならば、彼がその広がった魔力を一箇所に集めていれば――言い換えれば、聖杯の中で彼自身が一つの形として成していれば、聖杯は正しく『万能の願望器』として機能する、と。
 言葉どおり彼は私の前で一つの姿を取り、聖杯は正しく願望器として機能した。
 そして――」
 
「ふむ、濾過……のようなものかのう。
 そして……、どうなったんじゃ?」
 
 応じた近衛老に、私は苦笑を返す。
 
「―――面目ないが、気がつけばエヴァンジェリンの家の真上だ。
 私は彼女の家に落下し、起き上がったところでアヴェンジャーの声で一言、
 「アンタの願いは叶えた」……と、そう伝えられたのだ」
 
 本当に面目ない話だがな――。
 私は肩を竦め、目を閉じた。
 
 
「私が何を願ったのか、それは――正直なところ、自分でも判っていない。
 だが、結果として私は(聖杯)に願いを叶えられたのだ。
 聖杯による願いの成就……万能と謳われた聖杯が、真実なしえた奇跡によって、私は今この場にいる。
 具体を詰めれば、私の何とも判らない願いに対し、聖杯は並行世界の運営と魂の物質化、
 その二つの奇跡(魔法)を聖杯の魔力で成就したのだろう。
 アヴェンジャーが何を思い、何を考え、何を私に見たのかは判らない。
 だが、アヴェンジャーは奇跡を成し遂げた。私の願いに奇跡を成したのだ。
 
 故に、言おう。
 私は聖杯(アヴェンジャー)に願いを叶えられたのだ、と」
 
 
 閉じていた目を開き、息を吸う。
 言うべき事、伝えておくべき私という存在については、もはや語ることは無い。
 いくらか誤魔化した事はあったが、嘘は無いのだ。
 故に、
 
「―――これが、私の最後の論拠だ」
 
 私はそう、言葉を締めくくった。
 
 
 
 


 
 
 
 
 ―――ワシは、ここにきて判断に困っておった。
 
 最後の論拠――そう言い切って言葉を締めたエミヤ君に、ワシはタカミチと目を合わせて念話を繋ぐ。
 
 ≪―――どう思う、タカミチ?≫
 
 問いは抽象的。じゃが、これだけでワシの言いたいことはタカミチに伝わっておった。
 
 ≪少なくとも嘘は言っていないと思います……
 それに彼の浮かべた表情から彼が生徒に危険のあるような悪人には、僕は見えませんね…≫
 
 ≪ふむ、タカミチもそう思うか…≫
 
 ワシは思い出す。救えない運命にある者を救えることが英雄の条件ならば、私は真実、英雄だったのだろう――そう言って薄く笑ったエミヤ君の表情を。
 
 正直なところ、彼の言った説明はいくつか誤魔化されておった部分も多く、信用に値するかと言えば微妙なものが殆どじゃった。魔法にしても聖杯戦争にしても、多くの部分が誤魔化されておるのじゃろう、交渉としてみるならば及第点ギリギリラインの情報提示。普通ならば、話にならんと言って切り捨てるかもしれん……そんなレベル。
 
 ―――じゃが、
 そういった彼への微妙な信用も、彼の浮かべた表情から読み取れた感情を思えば些細な事じゃと、ワシはそう思えた。
 それほどに、彼の浮かべた笑みは、澄んでおった。
 
 これこそが英雄と呼ばれた者の微笑か――、ワシがそう思うほどに。
 
 どれほどの地獄を越えてきたのか、英雄と呼ばれた者が見る世界とはどんなものじゃったのか。
 何一つ確かではないが、恐らく彼の言には、誤魔化しはあっても嘘は無い。
 
 ……だからこそ、どうしたものか。
 彼を信用すると言ってしまうのは簡単じゃ。万が一があったとして、全力で彼を無効化しワシが責任を取ればいいだけの話じゃ。しかし、それをネギ君というこの世界の英雄の息子を迎えるに即し、不要な面倒を抱き込みネギ君の修行の妨げになっては意味が無い。
 逡巡は迷走し、結論は出ぬ。
 
 ならば仕方ない――と、ワシは彼に一つ問うことにした。
 
「………のう、エミヤ君。
 君は、ワシらに君が何者か説明してもらった訳じゃが……これからどうするつもりじゃ?」
 
「………これから、とは?」
 
「言葉どおりじゃよ。
 ワシがこの場で君を認め、この世界を自由に歩く権利を得れば――君はどうするつもりじゃ?」
 
 君の目的は何じゃ?――と、ワシは暗に問う。
 世界を渡った未来の英雄は、この世界で何を為そうとするのか。
 全ての結論はこの問いの答えで判断しよう――と、ワシはエミヤ君の答えを待つべく、彼に目を向けて、
 
「そうだな――」
 
 彼が呟く。続くのは彼の出した答えか――。
 ワシが、エヴァンジェリンが、そしてタカミチと茶々丸もが彼に目を向けて、彼の言葉を待つ。
 そしてこの場にいる皆が彼の動きを待つ中、エミヤ君がゆっくりと口を開き、
  
 
 ―――苦笑を含めて、言った。
 
 
 
「―――再び『正義の味方』でも目指そうか。
 今の私なら、救える人もまた多くいるだろう――」
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 ―――言って、
 
 
「「「「……………」」」」
 
 返って来た沈黙に、私は背中を流れる汗を感じて四人から目をそらした。
 
 
 
「………あー」
 
 ……やはり、今更私が『正義の味方』などと言うべきではなかったか。
 似合わない台詞を吐くものではないな……。
 小さく苦笑し、私は頬を掻いて視線を宙に泳がせる。
 
 ちょっとした現実逃避だ。
 私は壁の本棚に収められた本の背表紙を、目でそぞろに追いかけて――
 
 
「―――フ、フハハ…アハハハハハ!」
 
 ――耐えかねたように、エヴァンジェリンが唐突に噴き出した。
 
 
 
 
 
 
「―――む」
 
 いきなり笑い出したエヴァンジェリンに、私は真っ直ぐ顔を向けた。
 哄笑――いや、これは爆笑と言ったほうがいいか。口を は、の形に大きく開き、目の端に涙を浮かべて彼女は笑う。
 ………流石にこれは笑いすぎだろう?
 
「―――何か、おかしかったかね?」
 
 問い、エヴァンジェリンがさらに笑う。
 
「フ、クク……いや、まさかお前の口から『正義の味方』……なんて言葉が出てくるとはな…
 ガチガチの現実主義者(リアリスト)かと思っていたが…なんだ、随分な夢想家(ロマンチスト)じゃないか!
 見事に予想の斜め上をいく答えだったよ!アハハハハハ!」
 
「……皆まで言うな、自分でも似合わないことを言ったと――穴があれば今すぐ入りたい気分だ」
 
 口端を歪ませ、私は肩を竦めた。
 そして聞くのは、ふむ――という声だ。
 
「確かに予想外の言葉じゃったが、むしろ飾らぬ本音が聞けたとするべきじゃろう。
 のう、タカミチ?」
 
「そうですね。下手に具体的な目的を言われるより、余程信用できる言葉だったと思いますよ」
 
 これならば信用しても良いじゃろう――と、頷き合い私へ微笑を向ける二人の声に、場の空気が弛緩していく。
 ……おいおい。
 
「待て。……私が言うのもなんだが、君たちはそれでいいのか?
 『正義の味方』――だぞ、怪しいと思わんのか」
 
 私は言う。自分の言葉を否定する物言いだが、流石に今の言葉は失敗だろう。
 そう思い、言葉にするが、
 
「うむ、怪しさ満点じゃのう。これ以上無いほど怪しい人間の台詞じゃわい」
 
 なら!――という私に対する近衛老は小さく苦笑し、しかし、
 
「じゃから君の判断は保留し、出来る限り近くで監視する事とする。
 君のような怪しい存在を下手に学園の外へ放り出すより、内に取り込んで監視したほうが余程安心できるというもの。
 これがこの地を預かる長としてのワシの判断じゃ」
 
 一息。
 
「―――という事にしておけば問題ないじゃろ?」
 
 のう、エミヤ君?――と、苦い笑みを微笑に変えた。
 
 
「それは、つまり……」
 
「うむ、認めようエミヤ君。ワシは関東魔法協会の長として、君の存在をここに認識する。
 立場上歓迎する訳にはいかんが、………まあ、一人の人間としてなら許されるじゃろ――」
 
 呟き、近衛老は咳払いをついて正面から私を見据え、そして、言った。
 
 
 
 "―――ようこそ、この世界、そして麻帆良の地へ。
  ワシは君を、この世界の者として歓迎しよう。のう、英雄・エミヤシロウ殿――"
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 右手で顔を覆い、ハァ――と、私は短く嘆息する。
 つまりこの相対は――微妙に納得しがたい形ではあるが、私が望んだ結果を得た訳か…?
 
 ―――浮かぶのは苦笑。
 私は肩を竦めて、頭を振る。
 同時、聞こえてくるのは、エヴァンジェリンと近衛老の会話だ。
 耳に届くのは――エミヤは私が預かる、構わんが何故じゃ?、これほど面白い存在を手放す手は無いだろう?、なるほどのう――そんな内容だ。
 ……私は珍獣か何かかね?
 
「ま、そういう訳だ―――エミヤ!」
 
 そして呼びかけられた声に、私は顔を向ける。
 目の前にあるのは、不遜な笑顔で仁王立ちする幼女の姿だ。
 
 苦笑する。……この流れだ、何を言い出すかはだいたい予想がつく。
 
「――フ、分かっているようだな!」
 
「……ちなみに拒否権は?」
 
「あると思うのか?少なくともお前は、私の家を破壊した借りがあるだろう」
 
 苦笑。私は降参した――とばかりに両手を挙げる。
 流石にそれを引き合いに出されては弱い――と、浮かべた苦い笑みのまま立ち上がり、
 
 そして、
 跪き、告げるのは一言だ。
 
 "―――問おう、君が私のマスターか――"
 
 
 
 
 
 
 
 
「―――喜べエミヤ、今日から私がお前のマスターだ。
 従者としてこき使ってやるから覚悟しておけよ!ハハハハ!!」
 
 笑う彼女に苦笑し、ここに私の立場は決まった。
 形だけの、何の力も無い口約束。だが確かに―――ここに契約は果たされた。
 
 腰に手をあてて哄笑する新しい主の姿に、私は跪いて頭を垂れたまま苦笑し、
 そして視線を周りに巡らせれば、皆似たような表情を浮かべている。
 
 (………参ったな…)
 
 前途多難――言葉にするならこの一言に尽きるだろう。
 少なくともこの街における存在権を得たと思えば、従者としての立場に確定だ。
 
 そして、
 それもまた悪くは無いか――、と、そう思う私がいるのだ。
 
「―――ク」
 
 小さく声を漏らし、私は目を閉じる。
 と、目蓋に映り、脳裏に浮ぶのは私の過去、取り戻した理想、そして――続く未来だ。
 私はこれから始まる生活に思いを向けて―――
 
 
 
 
 
「全く……本当に、前途多難だな」
 
 ―――やはり小さく、苦笑した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------------------------------
 
 あとがき
 
 みなさんこんにちは。
 拙作、魔王になった正義の味方 第六話を読んで頂き有難うございます。
 作者の観月です。
 
 はい、長いですね(汗)
 申し訳ないです、論拠をまとめようとしてまとめきれず、この長さです。
 精進します……(汗)
 
 一応、キャラマテ・wikiを頼りに設定を組んだのですが、どうでしょう?
 設定間違い・解釈の違和感等ないでしょうか?
 これはおかしいだろ――というご意見、誤字・脱字ございましたらメールかコメントを頂けると助かります。
 ちゃんと勉強しなおして、訂正しますので……(さらに汗)
 
 
 さて拙作、ようやくプロローグにあたる位置が終わりました。
 次からは本編として、「ネギま!世界」に入ったエミヤの話が始まります。
 今まで冗長・くどいと仰りながらも、付き合ってくださった皆さん、ありがとうございました!
 
 次話から、物語として普通に楽しんで頂けるよう努力し頑張っていきますので、
 色々アレな本作ですが、長い目でのお付き合いをして頂ければ、観月として幸いです!
 
 
 
 それでは
 
 
 
 
 ―――冷房直射にお腹を壊した日の昼方に(2009/08/13)
 
 
 



[10584] 魔王になった正義の味方 7話
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/27 16:17
 
 
≪Sight――Takamichi≫
 
 
 
―――主従となった三人が学園長室を離れてより数分、
 
 
「―――行ったかの…」
 
「そうですね……彼の、あの巨大な気配も遠ざかりましたし」
 
「……そうか」
 
 答え、頷き合い、―――僕と学園長はほとんど同時に溜めていた息を吐き出した。
 
 
 
 
 
 
「ふぃ~…すまんのうー、タカミチ……相対の場に立ち合わせて。
 君も担任としての仕事があるじゃろうに、すまんかった」
 
 いや、参った参った――と、嘯き額に浮んだ汗を拭う学園長に、僕は目を閉じて苦笑。
 そして、よして下さい、自分の意思ですよ――と答える自分の声に思っていた以上の疲れがにじんでいるのを感じ、
 僕はさらに頬の歪めを深めた。どうやら今の相対は随分と気力と体力を使うものだったらしい。2-A を預かる身として、これは参ったな――と、そう思う。
 
 僕はエヴァたちが出て行った学園長室の扉に顔を向ける。
 と、追うのは図らずも彼の気配、ここから離れたにも拘らず大きな存在感を感じる彼の魔力だ。
 授業に向かうエヴァたちと別れたのか、彼の気配は屋上の方へと向かっているみたいだけど、
 
「ふむ、やはり気になるかの?」
 
「……気にならないと言えるほど、僕は豪胆な精神力をしてませんよ」
 
「――そうか。まあのうー…君の気持ちは判るわい。彼の言葉はどれも主観的事実からの言に過ぎず、
 客観という観点から見れば完全に眉唾物の話じゃったからのう。怪しむ気持ちはワシも判る」
 
 フォフォフォ――と。
 なんでもないように言われた言葉に、僕はハッとし息を詰めた。
 
 
 ――それは、少なからず僕も思っていたことだ。
 
 彼の言葉は、その全てを鵜呑みにすれば確かに筋は通るし理解できる。矛盾も殆どないだろう。
 けれど、彼の言う『この世界』の住人である僕からすれば、彼の言葉はどうしてもその具体的信憑性には欠けていた。
 だからこそ僕は彼への警戒を捨てきれず、今も無意識に気配を追っている訳だ。
 
 しかし、
 学園長は僕と同じように考えていながら、それでも彼を信用すると言う。
 何故だろうか、疑問―――だから聞く。
 
「………学園長、それでも彼を信用すると決めた理由は?」
 
 言外に、何故彼をこの街に置くと決めたのですか――と、僕はそう聞く。
 僕の問いに学園長は神妙な表情でゆっくりと頷き……
 
 
 
 
 
 
「だって、そのほうが面白そうじゃろ?」
 
「……―――よし頭出して下さい殴って整形して差し上げますから…!」
 
 僕はポケットに手を突っ込み、そこから抜かれた高速の拳を目前、学園長(ようかい)の頭に叩き込む!
 居合い拳と呼ばれた、無音の一撃だ。
 衝撃は一瞬、ズゴンッ…という鈍い音が室内に響き、ぬぉお…!という悲鳴が木霊する。
 
「じょ、冗談じゃよ!茶目っ気、茶目っ気じゃ…!
 ……あと、流石に不敬じゃないかのうタカミチ!?これ滅茶苦茶痛いんじゃが…!」
 
「なら真面目に話してください!!」
 
 ひぃいい~~鬼がー、デスメガネがー!――と、叫ぶ老人に、全く――と、僕は嘆息する。
 
 しかし、それは呆れからではなく、――感謝から。
 多分学園長は思考が深みに嵌り迷走しだした僕を気遣って、気持ちを変えられるようにおどけた台詞を言ったのだろう。
 ………若干、本気で言っている気がしないでもないけど。そんな事はないはず。…多分。
 
「………で、学園長。実際のところはどうなんですか?」
 
 問いかける。
 と、今度は真面目な表情でそうじゃのうー――と髭に手を当て呟く学園長の姿がある。
 
「事の真偽はともかくとして、ワシが彼をこの街において置く理由ならいくつかある」
 
 一息、
 
「一つは実際に監視の意味じゃな。
 あれだけの魔力をもつ存在は、その性質の善悪を問わず放置するのは危険じゃろう」
 
 僕は頷いた。それは学園長の言を理解しているからだ。
 彼は膨大な魔力をまとった存在、この街の外にいれば遠からず何かの揉め事に巻き込まれるだろう。
 「力は力を引き寄せる」――それは一つの真理だからだ。
 
 僕の頷きに学園長は髭を梳いて応え、さらに言う。
 
「二つ、これはエヴァンジェリンのためじゃ」
 
「……エヴァの?」
 
 予想の外から来た言葉へ声を返した僕に、学園長はうむ、と頷く。
 
「この15年、彼女はこの学園に登校地獄の呪いで縛り付けられておるじゃろ?
 学園結界がある以上外に出ることも出来んし、延々この街で中学生を繰り返しておる」
 
 ――しかもナギの奴がテキトーに膨大な魔力で縛った術式のせいで解呪もできん、と学園長は一息、
 
「それ故、彼女はクラスの誰とも歩み寄ろうとしておらん。
 卒業も出来ず、どうせ繰り返すならば――と、無駄な関係を作らんよう拒絶しておるんじゃ。
 ワシは、それが少々悲しくてな」
 
 ――光に生きろと言ったナギが、今のエヴァンジェリンを見ればどう思うか、
 
「それは――」
 
 彼女の担任としてクラスを見ている僕には、痛いほどにわかる言葉だった。
 流石に600年を生きる吸血鬼が15年も中学生をやっていればそうなるのかもしれないけど、
 僕はエヴァが時々ひどく冷めた目でクラスを見ている姿を目にする時がある。
 拒絶と退屈―――、冷たい感情を宿したそんな姿だ。
 それを、僕は何とか出来ないかと思って、何も出来ない自分が無力だと思った事が幾度もある。
 だから、学園長が思う気持ちは、痛いほどわかる。
 
 けれど、
 そこに僕は学園長が、じゃが――と繋げるのを聞く。
 
「じゃが、タカミチも見たじゃろう。
 エヴァンジェリンはエミヤ君に随分懐いておった」
 
「………単純にからかわれていただけだった様な気もしますが」
 
 僕は苦笑、表情に困った笑みを浮かべて、
 
「そうじゃとしても、じゃ。
 ワシは彼女が大口を開けて叫ぶ姿を見るのなど、数年ぶりじゃった」
 
 確かに――、僕は頷いた。
 あんな楽しそうなエヴァを見るのはいつ以来ぶりだったか……
 
「―――最後に彼を自分の従者……まあ口約束ですけど、それに迎え入れるとまで言ってましたしね」
 
「いや、それはアレじゃ。
 自分が興味を持ったモノが他所へ行かんようじゃれついておるだけじゃろう。
 基本的に素のあ奴の思考は小学生レベルじゃからのう」
 
 ……エヴァに聞かれたら問答無用で殺されますよ?何…バレなんだら問題ないわい、そういう問題ですか……
 返される言葉に苦笑する。
 
「まあ、二つ目の理由としてはそんなところじゃの。
 そして最後の理由じゃが…」
 
「最後の、理由…」
 
 僕は復唱するように呟き、待つ。
 それは、見える学園長の表情から、この最後の理由が最大の理由なのだろうと予想がつくからだ。
 だから待つ。僕は静かに学園長の言葉を待って、―――言った。
 
 
  
「うむ、まあ極論、―――なんとなくじゃ」
 
 
 
 
 
 
「………」
 
「………」
 
「……とりあえずもう一発殴っておきましょうか、学園長…?」
 
「ふぉっ!?いや待てタカミチ!
 今度は巫山戯ておらん、巫山戯ておらんぞワシ…!!」
 
 ―――目を光らせて「キュピーン…」とかそんな効果音はのーせんきゅーじゃっ!――とわめく老人に、
 僕はポケットに手を突っ込んだ姿で、じゃあ説明してもらいましょうか――と、威圧する。
 ……恫喝?――ゴメン、そんな言葉は知らないなぁ。
 
「す、すまん。ワシの言い方が悪かったようじゃ…訂正しよう。
 最後の理由は、結局『ワシの勘』じゃ」
 
「勘、ですか?」
 
「うむ。経験則から得た『人を見る目』じゃと、言い換えてもいい。
 彼の言葉自体は怪しい部分もあったが、ワシは彼を信用するに足る――と判断したという事じゃ」
 
「それは――」
 
「タカミチ。お主はワシが言わんとしている事を、既に判っておると思うんじゃがのう」
 
 ……僕は黙った。
 だが、学園長はそれを見越した上で言葉を並べる。
 
「エミヤ君の言葉が真であれ偽であれ、彼は真実『英雄』と呼べるだけの気風を持っておる。
 この世界の英雄であるナギのアホとは違う――というより正反対と言ってもいい気質じゃろうが、
 それでも信用に足るだけの人格なのじゃろうと、ワシには感じ取れた」
 
 それに――と、続け、
 
「もうじき来るであろうネギ君が、英雄である父親の背中(サウザンドマスター)を追うというのであれば、
 身近にある英雄の背中というのは、何かしらの影響を与えるじゃろう。
 そして――」
 
 
 ――英雄の背中に追いつこうとする男の子は、何もネギ君だけではあるまい。のう…タカミチ?
 
 
 
 
 
 
「学園長……」
 
「ほ、悩むのなら一度ぶつかってみるのもアリじゃと…ワシは思うがのうー」
 
 ほれよく言うじゃろ、男の子は喧嘩して仲良くなるものじゃー…と――漏らし、背を押してくれる学園長に苦笑を返す。
 
「学園長、それはせいぜい中学生までですよ?」
 
「……男子は永遠の14歳じゃとも言うぞぃ?」
 
 ……それはまた別の問題です。僕は黙った。
 まあ、でも、
 
「そうですね。悩み込むのは性に合いませんし、とりあえず今は――自分の生徒の顔を見てきますよ。
 色々考えるのは、その後にします」
 
 言って、歩みだす。
 朝の日差しが差し込む学園長室を、学園長を背に、歩む。
 そして、
 
 
 
「―――この学園におる者はみな、ワシの生徒のようなものじゃ。
 後ろは気にせず、やりたいようにやってみるといい。どういう答えを出すのか、期待しておるぞぃ」
 
 足を止めた。………本当にこの人は。
 フォッフォッフォッと耳に聞こえる声を背中に、僕は――
  
 
 
「―――ありがとうございます、学園長」
 
 扉を開けて、学園長室を後にした―――
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
「ふむ、どうやら……主人の命を守って、戻ってこれたようだな」
 
――地に降りた私は立ち上がり、辿り着いた瀟洒なログハウス――エヴァンジェリン宅を前に呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
―――エヴァンジェリンを主人に戴き、私が最初に与えられた命は、
 
 ……例によって『掃除』だった。
 
 このあたり、何かの呪いがあるのではないかと真剣に疑った。
 召喚→屋根激突→部屋掃除という流れは、私のデフォルトか何かかね?
 ……当然、答えてくれるものは誰もいない訳だが…。
 結論として、私は彼女にしぶしぶ従い今この場にいる訳だ。
 
 ちなみに、彼女の言はこうだった。 
 
「お前がぶち抜いた主人の家を、お前が片付けるのは当然の話だよな?
 出来ないとは言わさんぞ、反論も許さんし、私が帰るまでに任せたからな!」
 
 ――……これを非常にいい笑顔で言い切られては、私に反論できるハズがあるまい……。
 
 まあその後に付け加えられた言葉も含めた実際のところは、
 ―――他と比べてあまりにも超大な魔力を持つ私が下手にうろちょろしていれば勘の良い――
 言い換えれば『魔法』の素質がある一般人に悪い意味で影響を与える可能性があるかもしれないから家でじっとしていろ、
 ついでに部屋も片付けておけ――という意味だったようだが、
 
「―――裏を返せば、
 それは誰にも見つからずにこの家に帰り着け――という命令と同じだろうに」
 
 とんだスニーク・ミッションもあったものだ。
 私は蛇か。流石に核搭載二足歩行型戦車を破壊した経験は無いぞ………って、またどこから来るのだこの知識はっ!?
 
 私は二つの意味で痛い頭を押さえ、宙空へと顔を上げた。
 
 
 
 
 
 
――まあ、結果から言えば難なく戻ってくることが出来たと言えるわけだが、その過程は中々に大変だった。
 
 まず第一に、場所が悪かったといえよう。
 話し始めたのが早朝の誰もいない時間帯であり、学園長室で話し込んでいたため不覚にも失念していたが、
 ……あそこは女子中等部校舎。つまり、時間になれば多くの学生が登校してくる場所だ。
 そして残念な事に、私がエヴァンジェリンの形だけの従者となり、彼女らと共に学園長室を出た時刻が……どうやら登校時間と重なってしまっていたらしい。私は登校してきた一般人の人目を避けるため、屋上へと追われるように駆け上がる羽目となったわけだ。
 故に仕方なく、私は屋上で学生たちが登校しきるのを待った。そして簡単な『視線を私から逸らさせる認識阻害の魔術』を用いた後に、屋根を飛んでエヴァンジェリン宅のログハウスまで戻ろうとしたのだが……、
 
 ここで、第二の問題だ。――この学園は、勘のいい者が多すぎた。
 特にそれが顕著なのがエヴァンジェリンの周りにいる人間――恐らくは同じクラスの子達だった。
 まあ、吸血鬼の彼女が学校に通っているという点からしてこの学園は謎だったのだが、彼女のクラスはさらに謎だ。
 普通の人間ならば私が視界に入っても気づかないように(・・・・・・・・)なるはずだが、エヴァンジェリンの近くにいただろう子達からは少なくとも三つは視線を感じた。クラスメートだと言っていた桜咲もそこに含まれているのだろうが、それ以外にもうち一つは完全に私を捉え、あまつさえ手を振ってくる余裕すら持っていた。
 ……謎だ。完全に謎だ。この学園に通うのは殆どが一般人だったのではなかったのか?――本当に謎だ。
 
 ………このあたりについては、エヴァンジェリンが帰ってきてから聞くこととして記憶する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そうして今ここに至り、私はログハウスの玄関扉を開いて居間を見下ろしているわけだが、
 
「………改めて見ると、凄惨……だな、これは…」
 
 私は右手で頭を掻きつつ、嘆息を漏らす。
 言葉どおり、改めて己が作った惨状に目を向ければ―――口端に浮ぶのは煤けた笑みだ。
 
 朝に茶々丸が片付けにかかっていたため多少マシにはなっているが、目前、私の前に広がっているのは『人形の墓場』。
 床には私が墜落・衝突した事によって作り上げたクレーター、その周りには砕け壊れ撒き散らされた人形の破片たちが瓦礫のように広がり、そしてそれらによって作り上げられた異界は下手な恐怖劇(グラン・ギニョール)の与える畏怖を遥かに上回る存在感をもって――かつての居間に君臨している。
 
 軽く解析の目を向ければ……幸いクレーターの影響は家の基部までには及んでいないようだが、屋根…人型に貫通痕・一階の天井(二階の床)…同じく貫通・一階の床…大破及び陥没と、私がぶち抜き家に与えたダメージは甚大だ。
 その全てを直すとなると、正直建て直した方が早いのではないかとすら思う。
 だが、
 
「…………全てが木製なだけ、遠坂邸の修繕よりはマシ…か」
 
 まあ、何事も捉え方次第で少しは気楽になるものだ。
 砕け散った人形たち――は流石にどうしようもないが、抜けた床や天井ならば材質は構造の簡単な木材、
 私の投影で代わりを作ればすぐにでも直せるだろう。
 まあ、そのための労力は当然私が払うことになる訳だが…
 
「……仕方ない。これは自業自得、になるのかな……」
 
 苦笑、
 私は慣れ親しんだ呟き(呪文)を声に、片すべき魔境に足を踏み入れた―――
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
≪Sight――Evangeline.A.K.McDowell≫
 
 
―――麻帆良学園本校女子中等部校舎・屋上
 
 風は無く、冬の弱く暖かな日差しが真上から注ぐ過ごしやすい陽気の中…
 私は屋上に一人、陰となった壁に背を預けてまどろみながら―――授業をサボって怠惰に暇を潰していた。
 
 
 
 
 
 
「………昼は、眠い…」
 
 呟き、口から漏れるのはふわぁ…という大きな欠伸、抗いがたい眠気と共に来る生理現象だった。
 やはり睡眠時間が足りなかったか、今日はいつもより酷く眠い――と、
 私は欠伸に口へ手を当てかみ殺し、目の端に浮んだ涙を指で拭う。
 呪いと結界によって外見年齢相応の体力しかない今の私にとって、睡眠不足はかなり上位に位置する悩みだ。
 
 
 ……そして今の時刻は昼、昼休みの時間だった。
 耳を澄ませばお気楽中学生たちが外に出ているんだろう、ワイワイと騒ぐ声が屋上まで届き、
 意識を遠くまで伸ばせば校舎内である学食の喧騒までもが、この耳に届く。
 
 騒がしい――とは思うが、昼休みは学生にとって一番長い休み時間。
 授業をサボっている私には関係の無い話だが、勉強に縛られる生徒らにとってはこの時間が一番気が緩むんだろう。
 分からないでもない。
 
 と、そんな益体の無い事を考えていると、欠伸がまた一つ。
 加えて、同時に屋上の扉がギィという音を立てて開かれた。
 
 (―――と、屋上で昼を食べようとする連中でも来たか…)
 
 状況からそう判断して、私は腰を上げる。
 流石に、人がいて騒がしい中で一人ボケーっとしている気にはなれないな…。
 この時期に屋上へ出ようとは、私以外に変わった奴もいたものだ――などと思いながら、
 私は欠伸する口に手を当てたまま立ち上がり、
 
 
 
「――――ここにいましたか、エヴァンジェリンさん」
 
「……ふぁぅ…?」
 
 呼ばれた声に、私は欠伸をかみ殺したまま振り返った。
 と、視界に入るのは髪を左側で纏め上げた半デコの見知った顔、―――桜咲刹那がそこにいた。
 
 
 
 
 
 
 
「なんだ……桜咲か。私に何か用か?」
 
 意外な人間が現れたことに私は少々驚いたが、そのまま立ち上がってスカートについた埃を払う。
 現れたのはそう接点があるわけではないが同じクラスの人間、常に能面、竹刀袋を背負う姿の桜咲だ。
 私はそれを視認し、そして桜咲に向き直れば目の前の半デコは頷きを一つ、
 
「はい、高畑先生も探していたようなので、伝言を預かっています。
 なんでも『今日、別荘に行くから、授業が終わったら職員室に来てくれ』――だそうです」
 
「『別荘』に?―――……ふぅん、んー…」
 
 タカミチが『別荘』を使う、か…。
 私は顎に手を当て、眠気に半分侵食された頭で思考する。
 まあ、タカミチが何を考えているのか大体は予想がつくが……ふむ。
 ………私もアイツの実力を見るいい機会か。
  
「成る程な…。伝言確かに受け取ったよ、桜咲」
 
 首肯、私は頷き桜咲に応える。
 と同じくして私は口端を歪めて、
 
「―――それで?
 タカミチ『も』、というお前は、私に何の用だ?」
 
 ――聞いた。
 そして変化は中々に急激だった。
 
 私の問い返しに、桜咲は無表情だった顔に影をのぞかせ俯き、咳払いを一つ。
 そして、いえ…あなたにとっては大した事ではないのかもしれませんが――と前置き、
 
「今朝の、巨大な気配の男の事で少し。
 ―――あなたなら知っているかと」
 
「……ああ、そういう事か」
 
―――護衛熱心なことだ、……私の感想はそれだった。
 
 
 
 
 
 ―――改めて、桜咲刹那
 
 コイツについて私が語るべき事があるとすれば、桜咲が『近衛木乃香』の護衛だという事か。
 
 単純にして明快、近衛木乃香は――まあ、名前を聞けば判るだろうが、学園長であるじじぃの孫。
 そして当然、魔法使いの血を引く者として多大な魔力を有している……が、少々その量が異常な存在だ。
 その潜在値だけで言えば、私をこの地に封じたアホ(サウザンドマスター)すら凌ぎ、であるにも拘わらず親の方針とやらで魔法使い(こちら)側に関わることなく生活させらている。
 
 そのため近衛木乃香には私たち魔法使いと関わる要因を作らないよう、近衛木乃香の親たちがつけた護衛がいるのだが―――それが、この桜咲刹那だ。
 
 簡単に言えば、性格は生真面目、遊びが無く、普段はそれなりに頭が回るわりに近衛木乃香の事となると猪突猛進と化す近衛お嬢様第一主義、……でありながら影からお嬢様を守るという立場に徹し、生まれからの負い目か決して己は表に立たない苦悩者だ。中々に私好みに歪んだ性格だな。
 まあ、そのため近衛木乃香に対してはいくらか過保護な面があるんだが…、
 
 (……巨大な気配の男――というとエミヤの事だろうな。
 朝の屋上から飛び立った気配に気づいたんだろうが……近衛木乃香に連なる危険としていきなり排除しようとしなかった事や、タカミチやじじぃではなくわざわざ私に聞きに来たというのは―――フフ、面白いな)
 
 恐らくは朝の時点で、屋上から飛び立ったエミヤに反応しなかった(・・・・・・・)私の反応から、
 エミヤについては私が知っていると踏んだのだろうが、
 
 (……目先の情報に踊らされない、状況を俯瞰視する力をつけたか…。
  成る程、少しは成長しているようじゃないか)
 
 私は口元を歪めて薄く笑い、目前の桜咲に対する評価を少し改める。
 ついでに、その分少しくらいはサービスしてやろうかという気分にもなった。
 
「なかなか目端が利くようになったじゃないか、桜咲刹那。
 お前の言う男――"エミヤ"について、私が知っているというのは当たりだよ」
 
「―――エミヤ…。
 やはりそうでしたか、エヴァンジェリンさん」
 
「ああ。それで、エミヤについて何が聞きたい?
 今の私は気分がいいからな。ある程度なら答えてやるぞ、桜咲」
 
 右手で肩にかかった髪を払い、私は腕を組む。その様は不遜。
 私のほうが桜咲よりも身長が低いため少々格好がつかないが、どちらが上位かはハッキリさせる。
 そして一息、視線を合わせて見据えれば、桜咲が口を開き、
 
「私が聞きたいのは一つです。
 その…エミヤさん、ですが―――彼は何者ですか?」
 
 眉を寄せた表情から漏れたのは、そんな言葉だった。
 それに私は思わず笑う。苦笑だ。
 
「―――ハ、えらく抽象的な問い方だな。
 『お嬢様に害する敵か?』…と、そう聞かんのか?」
 
「………」
 
「無言か。クク、いい度胸をしているよ」
 
 私は笑う。が、それは苦い笑みではないく今度は微笑だ。
 この退屈で緩い麻帆良において、覚悟と意志をもって己を律している桜咲を祝福する私の笑みだ。
 
 ………コイツの在り方は私とって好ましい。
 再確認。故にここからは、コイツを好む私からのちょっとしたサービスだ。
 
「悪くないな、桜咲。お前のその態度は中々好ましいぞ。
 だから、その度胸に免じて答えてやろう、―――エミヤは私の従者だ」
 
「……従者、ですか?」
 
 私の言葉に一瞬、眉が跳ね上がったが無視する。
 
「ああ、そうだ。アレは私の従者だよ。
 故に、お前が心配するような『エミヤが近衛木乃香を襲う』というような事はまずあり得ない―――私の名において誓ってやるよ」
 
「――――」
 
「フフ、私の名前だと信用できないか?」
 
 闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の名だぞ?――と、冷笑すれば、いいえ、十分です――と返し、
 
「その言葉、信じてもいいんですね?」
 
「愚問だよ。私を誰だと思っているんだ、小娘?」
 
「………そうですね。失言でした、エヴァンジェリンさん」
 
 失礼しました――と一礼、
 桜咲はそのまま身を翻し、初めから終わりまで殆ど表情を変えず私に感情を読み取らせる事なく、
 開け放ったままだった屋内に通じる扉から校舎内に消えていった。
 
 
 
 
 
 
 私はその背を見送り、苦笑。
 そして、小さく、誰にも聞こえない程度に呟いた。
 
「………フフフ、面白いな。
 猪突猛進を絵に描いたような堅物だった桜咲が、中々面白い成長を見せ始めているじゃないか」
 
 
 一息、
 
 
 
「少々、―――いじめたくなってきたな」
 
 ――と。
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
―――エヴァンジェリン宅・屋根上
 
 
「………まあ、こんなところか」
 
 私は投影した金槌をその手から消し、たった今修理し終わった屋根を立ち上がって見下ろす。
 出来は上々。修理されたログハウスの丸太屋根は、
 私がぶち抜き修理した部位が多少真新しく見える以外は周りとの差異を見受けられない。
 これなら雨が降っても水が漏れることは無いだろう――と私は小さく頷き、そのまま顔を西へと向けた。
 
 と、目に入るのは、そろそろ沈もうかという夕焼けの太陽だ。
 ログハウスの修理に集中していたため時間を気にしていなかったが、いつの間にか夕方となっていたらしい。
 冬の陽が短いことを考えれば、そろそろ時刻は五時になろうといったところか。
 
 私は眉の上に手をかざし、沈み行く太陽を眺める。
 思うのは受肉した今と昔とでは、何か見え方が違うのかという事だが……苦笑、何も変わらなかった。
 変わったのは、そんな無駄な思考が出てくるようになった私の方らしい。
 心に余裕が出来たと、そう言い換えておこうか。
 
 (………たった一日で、私も随分と緩くなったものだな…)
 
 浮ぶのは苦いのか快いのか、判断しづらい部類の笑み。しかし、不快ではなかった。
 私はその表情を消すことなく、しばらくそのまま夕陽を眺める。―――と、この家に近づく気配に気づいた。
 
 私はそれに目を向ける。千里眼と呼ばれた視力ゆえか、
 向こうはまだ私に気づいていないようだが、私はその姿をしっかりと捉えた。
 
 目前200m程、この家へと続く道を近づいてきたのは――いや、帰ってきたのは、私の主人たちだった。
 
 
 
 
 
 私は屋根から飛び降り、家の玄関前に降り立つ。
 せいぜいが5~6m程の高さだ。跳躍は一息に、着地した私は口端を歪めて腕を組む。
 そしてしばらく待てば、現れるのはエヴァンジェリンたちだ。
 私は一礼、
 
「………ふむ。
 ここは、お帰りなさいませご主人様……とでも言うべきかな?」
 
「うむ、出迎えご苦労……
 と言いたいところだが、お前の口からそんな言葉を聞いても薄ら寒いだけだな、止めろエミヤ」
 
 ク、確かに――と、お互い軽口をたたき合って苦笑。
 そしてそのまま苦笑を緩い笑みに変えて、
 
「では改めて。
 おかえり、だ―――エヴァンジェリン、茶々丸」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ああ、ただいまエミヤ」
 
「ただいま帰りました、エミヤさん」
 
 
 まさか私が誰かに帰りを出迎えられる日が来るとはな――と、笑うエヴァンジェリンと、
 掃除のほうは終わりましたか――と問う茶々丸に私は苦笑いを返す。
 私自身、誰かの帰りを待つ日が再び来るとは思っていなかった。
 口端に歪めた笑みを浮べ、私は扉を開いてエヴァンジェリンたちを家へと招き入れる。
 
 そして、私は振り返り、
 
 
「―――お待たせして申し訳ない」
 
 
 最後の一人へと向き直った。
 恐らくはエヴァンジェリンに客として連れてこられたのだろう。
 私は再び一礼し、視線を合わせる。 
 
「君には「いらっしゃいませ」と言うのが、従者としては正しいのだろうな」
 
「……一応はそうなるかな。こんばんは、エミヤ君」
 
 
 返された言葉にああ、と頷き、私は苦笑する。
 目前、私の前に主人の客としているのはスーツに髭・眼鏡が特徴的な男、
 
 
「こんばんわ――高畑教諭」
 
 
 ―――朝に高畑と名乗った彼が、タバコを銜えて佇んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------------------------------
 
 あとがき
 
 みなさんこんにちは。
 拙作、魔王になった正義の味方 第七話を読んで頂き有難うございます。
 作者の観月です。
 
 
 今回の第七話は、今現在登場している人物のスタンスを確立するための話でしたが、
 いかがだったでしょうか?
 感想・コメントをびくびくしながら待っていますので、よろしくお願いします…。
 
 そして進行は相変わらず、少しだけ話が動き出した感じですが、まだ実質一日も経って
 いないというこの遅さ…。ぐだぐだにはならないように頑張りたいのですが…
 
 このあたりは精進し、改善していくのでどうか、長い目で見てやってください…!(汗)
 また、誤字・脱字がありましたら、メールかコメントを頂けると助かります!
 
 
 と、そんな感じの観月ですが、次はエミヤとタカミチの殴り合いの話です。
 色々アレな本作ですが、楽しんで頂ける物を書くことを第一義に努力しますので、
 長い目でのお付き合いをして頂ければ幸いです!
 
 
 
 それでは
 
 
 
 
 ―――剣道のOB会でしごかれた翌日の昼方に(2009/08/18)
 
 
 



[10584] 魔王になった正義の味方 8話・前編
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/27 19:56
 
 
≪Sight――Chacha-Maru≫
 
 
―――誰かに帰りを出迎えられるという経験は、中々に表現しにくい感覚でした。
 
 
 
 
 
 
 帰宅し、エミヤさんに出迎えられたマスターと私は、家へと招き入れられました。
 
 私が製造されてから今日までの約二年を慣れ親しんだマスターのログハウスは、
 しかし、誰かに帰りを出迎えられるというだけで、何故いつもと変わって見えるのでしょうか?
 私は人工知能らしからぬどこかむず痒いという感覚を得つつ、けれどそれは不快という訳ではなく、
 表情筋が自然と緩む感覚を捉えながら、私はマスターに付いて玄関へと入りました。
 
 
 
 
 
 室内に入って私が最初に感じたのは、「暗い」という感覚でした。
 日が沈むまでは――と、エミヤさんは部屋の照明を入れていなかったのでしょうか?
 今、窓から入り込んでいた朱の光が薄れ行く室内は周りが森だけに暗く、私の視覚でも部屋が闇に呑まれその全体を見渡せません。
 
 (……エミヤさんもマスターの従者となったのなら、
 主人が帰る前に電灯はつけておくべきだったのではないでしょうか……)
 
 同僚(?)となったエミヤさんの不手際とも言える部屋の暗さに小さく嘆息、
 私は失礼します――と一言、マスターの頭越しに壁に付いた電灯のスイッチに手をかけました。
 と、パチンッという音と共に天井のシャンデリアに光が灯り、暗かった部屋を照らす光に私とマスターは部屋の全景をその視界に入れて――
 
 
「―――ッ!」
 
「なんだと…!?」
 
 ―――同時に絶句し目を見開きました。
 
 
 
  
 マスターと私が驚愕した理由は一つ、それは目の前の光景が信じがたかったからでした。
 何が信じがたかったか――それは私の目前、朝は見るも無残な状態で『人形の墓場』とも呼べた居間が、
 何故か今は綺麗にクレーターごと修繕され、本来の姿を取り戻していた事でした……!
 
 ……これには驚愕としか言いようがありません。
 
 確かに、マスターが学園長との相対後にエミヤさんへ「家を片付けておけ」という言葉を伝えていたのは私も聞いてはいましたが、それはあくまで「散らかった部屋を掃除しろ」という意味であって、まさか家の損傷そのものをエミヤさんが片付けるとは誰が予測できましたか?
 
 今、私の目の前には以前のように大量のぬいぐるみや人形こそ無いものの、家具や装飾は全て修繕された状態で居間のそれぞれに配置され、天井を見れば殆ど修復の痕がわからないほど巧妙に貫通痕が修繕されていました。
 他にも窓やテーブルなどを見れば、千々に細切れていたカーテンやテーブルクロス、ボロボロになっていたカーペット、真ん中から折れていたソファーも修繕され新しいものに代えられています。
 
 ……ただし、代えられた布類が全て赤と黒のチェック柄になっていたのはエミヤさんの趣味でしょうか?
 判りませんが、センスは悪くはないと思われます。マスターのゴシック趣味にも合うでしょう、まあ及第点です。
 
 
 
 ―――と、マスターと私が玄関口で固まっていると、エミヤさんも高畑先生を連れて家に入ってきました。
 
 入ってきたエミヤさんは、口を開けたまま固まったマスターの姿を訝しげに眺めていましたが、
 すぐになにか合点がいったのか、弱ったような苦笑いを浮かべて一つ頷き、
 
「……ああ、すまない。出来れば私が壊してしまった人形たちも直してやりたかったのだが、
 生憎と修復の魔術が既に効かなくなっていてな……。
 同じものを用意しようかとも考えたが、それぞれ思い入れもあるだろう。
 贋作を用意するよりかは供養してやったほうが良いだろうと、壊れた人形たちは地下の空いていたスペースに入れておいた。
 申し訳ないが、後で確認してくれると助かる」
 
「いや、縫いぐるみと人形が無くなっていた事に絶句していた訳ではないからな?」
 
 そうなのか?――と首を傾げるエミヤさんにマスターは苦笑し、
 いまいち事情が読み取れていない高畑先生が、何かあったのかい?――と、私に顔を向けますが、
 
 ……私は首を横に振るより他ありませんでした。
 
 
 
 そうして四人が、マスターの家の玄関であるこの場に集まる形になりました。
 するとエミヤさんが、立ち話もなんだろう――と、一歩家へ踏み込んで一息、
 
「ふむ……すまないが茶々丸、私に話があるらしい高畑教諭を案内してもらっても構わんか?
 私はその間に紅茶の準備をしてこようと思うのだが」
 
「あ……はい、それは構いませんが……
 それくらいでしたら、私が用意しましょうか?」
 
「いや、構わんさ。この場は私に任せて欲しい。
 というよりも、これは――」
 
 一度は主人に、自分の淹れた茶を飲んでもらいたいという我侭だよ――と、
 
 エミヤさんが小さな苦笑を浮かべて言う台詞に、私も思う所があったため一礼して引き下がりました。
 マスターにお茶を入れて差し上げるのは本来私の仕事ですが……任せても大丈夫でしょう――と、
 そのまま私はマスターたちに振り返って、
 
「……では、私が二階の方に案内させて頂きます。
 よろしいですか?マスター、高畑先生」
 
 と、お二人に尋ねてみれば、
 
「んー……いや、予想外だったが居間が直っているんなら、別に一階で構わん。
 相手はどうせタカミチだしな。コイツに今更応接の礼を尽くす必要も無いだろ」
 
 家に来るのが初めてという訳じゃないんだからな――と、マスターは私へ後ろ手に肩を竦めて手を振りつつ、つかつかとソファーに向かって歩き出し、
 
「………という事らしいから、僕は居間で構わないよ」
 
 マスターが残した台詞に高畑先生は苦笑を浮かべながら、じゃあ…案内してもらえるかな――と言って、私に向き直りました。
 どうやら、応接の場は居間となることに決まったようです。
 
 私は頷き、高畑先生をマスターとテーブルを挟んで対面になる位置の椅子へと案内します。
 するとちょうどエミヤさんが、話は決まったか――と呟き、キッチンへ消えていく所でした。
 
 ……。
 
 
 私はその後ろ姿を眺め、思うことは一つです。
 
 
「エミヤさん……
 何故貴方は勝手知ったる我が家という雰囲気を、既にまとっているのですか……?」
 
 
 
 ……謎でした。
 気にしても疲れるだけだ、諦めろ――というマスターの声が、やけに耳に残りました。 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
―――タカミチが椅子に付いてよりしばらく経ち、
 エミヤが二組のティーセットを乗せたシルバープレートを片手に、キッチンから戻ってきた。
 
 淀みない動作でテーブルを回り、音もなく私とタカミチの前にティーソーサーを並べて、ポットから茶を注ぐ。
 カップに満たされるのは紅褐色の液体、甘く芳醇な香を立てる紅茶だ。
 
「―――さて。
 どうぞ、エヴァンジェリン(マスター)。そして高畑教諭も」
 
 配り終えたエミヤが下座に立ち、茶を勧める。淹れたての湯気を燻らせる茶だ。
 目を細めてカップに視線を落とせば、水面に映るのは私の顔。取っ手を掴み、揺らす。
 
 と、空気に触れた水面が酸化し、強い香を立てる。
 茶葉がしっかりと開いている証拠だった。
 私はしばらく香を楽しみ、カップを口へと運んで一口啜る。
 
 (………ほぅ)
 
 すると内心、漏れるのは感嘆の息だ。
 茶を含んだ瞬間、口の中には程よい渋みが広がり、砂糖などでは作れない茶葉本来の甘みが舌をうつ。美味しい。
 茶を淹れる事に関しては茶々丸の右に出る者はそうそういないと思っていたが、これは認識を改めても良いだろう。
 
 エミヤの淹れた紅茶は、コイツの評価を上方修正させる程に美味かった。
 視線をカップ越しに前に向ければ、タカミチも驚いたように頬を緩ませている。
 
「―――どうかね?」
 
 カップをソーサーに置くと、エミヤが尊大な態度で私に問いかけてきた。
 顔には口元を歪めた笑みを貼り付け、腕を組み、聞くまでもなかったかな?――なんて呟いている。
 それが従者になった人間の態度かっ!……と言いたくなるような(サマ)だったが、
 
「ああ、悪くないな。
 どんな出涸らしを飲まされるのかと冷や冷やしていたが、これなら及第点だ」
 
 まあ、茶が美味かった事は事実だ。
 珍しいことだが、私をして手放しに褒めてやる。
 と、
 
「―――ク、
 そうかね、それは――それは重畳だ」
 
 ――私の言葉に手を口元に当て、エミヤが耐えかねたようにくつくつと笑いを漏らしていた。
 
 
 
 
 
「……うん? 何がおかしい?」
 
「いや、別に他意はない。
 不快に思ったのなら、それは謝ろう」
 
「……含みのある言い方だな。何が言いたいんだお前は?」
 
 わずかに眉を寄せて、問う。
 が、エミヤはなおもシニカルな笑みを浮かべて、喉を鳴らしたままだ。
 
 なんなんだ……と、私は思うが、気にしても疲れるだけか――と、思考を打ち切る。
 そしてカップを手にして再び口をつければ、
 
「えっと……エヴァ、
 気になるんだったら後ろを振り向いてみると分かるんじゃないかなー」
 
 (……後ろ?)
 
 エミヤが何を言いたいのかタカミチには分かっているのか、
 苦笑を浮かべて言うタカミチの提案に、私は後ろへ振り向いた。
 
 と、背後では茶々丸がいつもの無表情で鏡を手にし、こちらに向けていた。
 アンティーク調の、額縁が付いた飾り鏡だ。
 その鏡面には眉の垂れた非常に緩い表情でティーカップに口をつける金髪の幼女が映っており、額縁とあいまって一枚の絵画のようなその姿は、誰が見てもその幼女が多幸感に包まれているのだろうと感じ取れ――……鏡?
 
 ……。
 
「―――っ!」
 
 馬鹿な、コレが私だというのか!?
 
 思わず私はたじろぐ。
 と同じくして、鏡像の金髪幼女が椅子から仰け反った。
 その動きは完全にシンクロし、ならばこれが私だという事は確定なのかっ!?
 
「嘘だ、こんな……こんな縁側で丸まって日向ぼっこしている猫みたいな表情を浮かべているのが私のハズが……!?」
 
「あー……これ以上ないくらいピッタリな表現かな、それ」
 
「ククク、全くだな高畑教諭。
 そして及第点でこの表情だと言うのだ、満点の茶なら私の主人はどんな表情を浮かべるのだろうな?」
 
 タカミチが私の言葉に答え、エミヤがそれに応じる。
 私は振り返り、無駄に熱くなった顔でキッと二人を睨み上げるがまるで効果はない。
 二人は弱ったような笑みと皮肉気な笑み――どちらがどちらの物かは言うまでもない――を浮べて私を見据える。
 そして、
 
「私の分析ですが……
 恐らくマスターは満点の紅茶を口にすると、恍惚とした表情を浮かべた後に酔うのではないでしょうか。
 それこそ―――『猫にマタタビ』の如く」
 
「「ああ、成る程」」
 
「何故そこで納得するんだ貴様らはーっ!!」
 
 裏切り者(ユダ)はやはり、私の一番身近な従者だった。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
―――エヴァを落ち着かせてしばらく、
 茶々丸君が地下に降りて静かになった居間で、最初に口を開いたのはエミヤ君だった。
 
 
「さて、それではそろそろ本題に入ろうか」
 
 言って、エミヤ君が精悍でいながら老練さを窺わせる表情で僕に向き直った。
 腕を組み、胸を張るその姿は不遜。
 視線は鷹の如く、威圧は鬼の如く。
 常態にしてこの存在感、英雄と呼ばれるに相応しい気風を漂わせている。
 
 僕は彼の言葉に頷き、眼鏡の奥、目をわずかに細めて彼を見る。
 と同時に、感じ取れる彼の雰囲気から僕はその立ち位置を計る。
 
(……うん、やっぱりエミヤ君はこちら側かな)
 
 思案、そして判断。
 まだ色々と怪しい部分のある彼だけど、それでも確実な事はいくつかある。
 その一つが、
 
 ―――彼が戦士だという事。
 
 それも相当な死線と戦場を越えてきただろうって事は、
 彼の――有体な言い方をすれば――血と硝煙の臭いが染み付いた雰囲気から読み取れる。
 だからこそ、
 
「うん、そうだね……」
 
 彼の性質は、善良なのか悪徳なのか、
 彼の実質は、安全なのか危険なのか、
 
 そして、
 彼の本質は、英雄なのか災厄なのか―――僕は、それを見極めておく必要がある。
 
 
 
 懐から取り出したタバコに火をつけず銜え、僕は両肘をテーブルにつけて顔の前で手を組む。
 視線は変わらずエミヤ君に、意識は変えず部屋全体に。
 そして僕は少しだけ口元を歪めて、言う。
 
「―――エミヤ君。
 一つ、僕と手合わせしてもらえるかな」
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ふむ、手合わせ――か。私と戦いたいと?」
 
「別世界で英雄と呼ばれた存在と、拳を合わせられる機会なんてまず無いからね」
 
「成る程。私の言う魔術と魔法の真偽を確かめ、ついでに実力も見ておこうという訳か」
 
 言って、笑う。
 僕は微笑を、彼は苦笑を。
 エミヤ君は腕を組んだまま右手を顎に当て、片目を瞑って口端を吊り上げる。
 と、頬を歪めたそのままに口を開き、
 
「―――で、本音は?」
 
「うん、正直怪しさ満点な準・危険人物の性質を計るのが目的かな。
 場合によっては制圧も含めて」
 
 答えた瞬間、エヴァが横で紅茶を噴き出してたけど、とりあえず無視。
 
「――ク、
 聞いておいてなんだが、そういう本音は普通隠しておくモノではないかね?」
 
「普通はそうだろうね。けど君の場合、建前を言ったところでその裏を読み取るだろう?」
 
 なら読まれる本音を隠したところで意味は無い――と、僕は口元に苦笑を浮べ、タバコに火をつける。
 
「それに僕は学園長や君ほど口が立つ訳じゃない。どちらかと言えば、交渉には向かない人間だ。
 無駄な化かし合いで時間を浪費するよりかは、こちらの目的を明確にして君の言動を制限する方がよほど意味がある」
 
「――成る程、型破りだが悪くない手だ。
 朝は立会人に徹し、今度は尋問官として私の前に立つかね」
 
 これでは私も、迂闊な言動をする訳にはいかなくなったな――と、シニカルな笑みを浮かべて言う彼に、
 よく言うよ――と、僕はタバコを燻らせ苦笑する。
 
「しかし、だとするならどこを戦場とする気かね。
 君たちが魔法をどう捉えているのかは知らんが、少なくとも一般人に対する守秘義務はあるのだろう?」
 
「それは当然。
 僕たち魔法使いは、影から表を守る存在だからね。
 魔法が一般人にバレないように、細心の注意を払ってる」
 
 ではどうするのかね――と、エミヤ君が視線で訴える。
 僕はそれを受けて頷き、
 
「うん、だからこそ――ここだ」
 
 ―――言い切った。
 
 僕は銜えていたタバコを胸ポケットの携帯灰皿にねじ込み、椅子から立ち上がる。
 そして視線をエミヤ君に合わせ、
 
「誰にも迷惑がかからず、かつ誰にも察知されない場所が、この家にはある」
 
 一息、
 目前のエミヤ君が僕に向ける怪訝そうな顔に苦笑し、――言った。
 
 
 
「今から僕らは、エヴァの別荘に行こうと思う」
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
―――エヴァの別荘、頂上部・オベリスク前広場
 
 
「いや――ここに来るのも随分久しぶり、かな?」
 
 僕は両手を頭上に組んで伸ばし、暫くぶりに足を踏み入れたエヴァの別荘へと視線を巡らせた。
 
 
 
 ―――エヴァの別荘は一言で表すなら、南国のリゾートだ。
 
 僕たちが今立っているのは塔状の別荘、その頂上部にある円形広場だ。
 広場の中心には大理石のオベリスクが象徴として据えられ、石床にはそれを囲むように魔方陣が刻まれている。
 エヴァの別荘はここを中心に四方を海で囲まれた空間で、水平線まで余計な物が何も無い。
 日は既に沈んでしまっているけど気温は高く、空は昇る月に照らされ澄んだ闇色を覗かせている。
 耳には波が砂浜を打つ音が届き、緩やかに吹く夜風が冬物のスーツを着込んだ僕には心地よい。
 
 
 (うん、ホントにリゾートだなぁ……)
 
 思わず顔に浮ぶのは苦笑。
 そして振り返れば、
 
「……………いや、魔法という時点である程度覚悟はしていたが、
 こう……サラリと空間転移を実体験すると言葉も無いな……」
 
 額に大きな冷や汗を浮かべたエミヤ君が感慨深げに呟き、呆然とした趣で佇んでいた。
 
 
 
「驚いたかエミヤ?」
 
 と、心なしか上機嫌に声をかけたのはエヴァだった。
 
「……ああ、流石にこれは予想外だった。
 ログハウスの地下に案内された時点では地下に広大な空間でもあるのかと思っていたが、
 まさか空間転移の魔法でこんな所に連れてこられるとはな……正直、驚愕で空いた口が塞がらん」
 
「フフフ、それは結構。
 ここは私が随分前に魔法で造った「別荘」でな。
 しばらく使ってなかったんだが昼にタカミチから頼まれたんで、先ほど茶々丸に掘り出してこさせたんだ」
 
「……ああ。
 茶々丸君がさっき、一人地下に降りてたのは「別荘」を準備するためだったのか」
 
 エヴァの言葉に僕が頷くと、そういう事だ――と、エヴァが応じる。
 彼女の後ろにいる茶々丸君も同様に頷いてることから、どうやらそういう事らしい。
 
 と、僕らが納得していると、一人事情を理解していないエミヤ君が眉をひそめ、
 
「掘り出してきた――と言うと、ここに来る前に触れたボトルシップのような形状のアレの事かね?
 ……言われてみれば、アレの中に入っていた塔のモニュメントとここは良く似ているが……」
 
 転移のための道具か何かだったのか?――と、僕らに向かって問いかけた。
 
 まあ、ここに来たのが初めてならその反応が普通か。
 どう説明するのが一番か――と、僕が思案しているとエヴァが笑みを浮かべて一言、
 
「ああ、その認識でだいたい間違いではないぞ。
 正しくは、ここが『アレの中』だというだけだしな」
 
「―――は?」
 
 
 あ、エミヤ君が口をあけて固まった。
 
 
「……エミヤさん。簡単に説明すれば、ここはマスターが造った圧縮空間です。
 エミヤさんが触れたボトル状の器にこの別荘を空間ごと圧縮し、そこにエミヤさんは転移してきているかたちになります」
 
 と、茶々丸君が絶句し固まるエミヤ君を見かねたのか、簡単な解説を入れる。
 それを聞いたエミヤ君は右手を顔にかざして宙を仰ぎ、
 
 
 
「………魔法と言うのは、何でもアリなのかね……」
 
 呆然とした表情で呟かれたエミヤ君の言葉に、僕は小さく苦笑した。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 広場の中央より南、
 オベリスクが立つ中心から互いに数mを空けて、エミヤとタカミチが対峙する。
 
 向き合う二人の姿はある意味で対称。
 タカミチは既にスーツのポケットに手を入れた状態で佇み、
 対するエミヤは――それがエミヤの臨戦体勢か、両手を自然体で降ろしている。
 
「―――それじゃあ準備はいいかい?」
 
「ああ、私の方はいつでも構わん」
 
 互いに言葉と視線を交わし、確認し、静かに笑みを浮かべる。
 
 ……餓鬼かお前らは。
 
 私は二人がいる広場の中央から離れ、茶々丸と二人、円形の広場を囲う塀へと向かう。
 そこは丁度、向き合う二人を底辺とした二等辺三角形の頂点に当たる位置だ。
 二人の挙動を漏らさず全て見通せる位置であり、観戦するならば絶好の場所。
 
 私は片膝を抱えるように塀へと座り込み、隣に茶々丸が立つ。
 と、エミヤが口を開いた。
 
「さて―――お互い実力を知らぬ者同士、手加減もハンデも無しでいいだろう。
 君の目的が私の審問であり、私の目的が……まあ、この世界の質を問うつもりである以上、
 お互い全力でやりあうのが好ましいだろうからな」
 
 姿勢を変えず、口元だけでエミヤが笑みを作る。
 この一日で随分見慣れた、あの皮肉気な笑みだ。
 タカミチは苦笑を浮かべて頷き、応じて、
 
「まあ、同感かな。
 けど一応『手合わせ』だから、ルールを設けておこうか。
 戦場での見敵必殺――って訳じゃない、試合としての手合わせだからさ」
 
「ふむ、それは助かる。
 私としてもこの場で命の取り合いをする気は更々無いのでな」
 
 10分でどうかね――という提案に、
 
「ん、了解。―――勝敗は?」
 
「わざわざ私に問う意味があるのか?
 お互いそれが解らないほど、若くはあるまい」
 
 エミヤが苦笑し、それもそうか――と、タカミチも苦笑を濃くする。
 そしてわずかにその身を前屈させ、
 
「じゃあ――」
 
「ああ――」
 
 互い、苦笑を顔に、頷きを返して、
 
 
 
 
 
「「―――始めようか」」
 
 
 戦端は唐突に開かれ、先に動いたのはタカミチだった……!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------------------------------
 
 あとがき
 
 皆さんこんにちは。
 拙作、魔王になった正義の味方 第八話・前編を読んで頂き有難うございます。
 作者の観月です。
 
 今話は少々長くなりすぎたので、前・後編に分けさせて頂きました。
 よければ、後編も読んでやって下さい。
 
 「あとがき」はまた、そちらで。
 
 
 
 それでは
 
 
 
 ―――あとがきを後編に引っ張った日の夕方に(2009/08/27)
 
 
 



[10584] 魔王になった正義の味方 8話・後編
Name: 観月◆79eae13c ID:fa55238f
Date: 2009/08/29 11:07
 
 
≪Sight――Takamichi≫
 
 
 ―――僕は見る。
 
 彼我の距離は目算でおよそ7m、既にして間合いの中。
 対するは英雄を名乗る男、隆々たる褐色の肉体に黒の皮鎧を着込んだエミヤ君。
 実力は未知数。
 けど攻撃が通らない訳じゃないのは、朝のエヴァが放ったシャイニング・ウィザードが照明済み。
 つまり、肉体的な構造は僕と同じだろう。顎などの急所を突けば、意志を無視して肉体を制圧できる。
 故に、
 
(――行くよ、エミヤ君。
 まずは挨拶代わりだ……!)
 
 ――行った。
 様子見の……されど全力の一撃。僕はポケットから拳を抜き放って大気を撃ち、「居合い拳」と呼ばれた拳を放つ。
 それは無音の拳圧、純粋に「見えないほど早い」打撃だ。
 
 狙いを顎に絞った一撃は、下から掬うような直線軌道。
 それは誤ることなくエミヤ君へと向かい、無音・不可視のままに打ち出された拳圧は、吸い込まれるように下から彼の顎を打ち据え―――ず、空を切った。
 
 僕の見えない拳は、首の位置を右にずらしただけのエミヤ君に躱された。
 
「―――!」
 
 驚き目を剥くが、逆に手は止めない。止めてはいけない。
 二、三…四、五、六撃――と、続けて連打を顎へと向ける。――が、結果は同じ。
 バックステップを踏んで頭の位置をずらす彼の前に、全ての拳が空を切る。
 
「……ほう、自然体から拳の連打か。
 油断していた訳ではなかったが――これは少々驚かされた」
 
 と、事も無げに言う声が聞こえた。無論、声の主はエミヤ君だ。
 手を止め視線を合わせれば、表情には感心したような笑みを浮べ、その目は確かに僕のポケットを捉えている。
 つまり、
 
「見切られてる――って事かい?」
 
「ああ、悪いが眼は良い方でね。
 拳の出始めから再び収めるまでが、私の眼には見えている」
 
 鷹の目は伊達ではないのでな――と、嘯く彼に、僕は思わず苦笑し頬に一筋の汗が流れる。
 それは要するに、「気」で強化し射速を限界まで高めた僕の拳ですら、捉える動体視力がその眼にはあるという事か。言葉は悪いけど、化け物じみた視力だと正直思う。
 
「参ったな、そうあっさり躱されると自信を喪失するよ」
 
「――フ、謙遜はよせ。
 今のはどれも様子見だろう? あわよくば一撃で倒れてくれという顎狙い、連打とは言えほぼ同軌道のそれは、言外に対処してくれと言っているようなものだ」
 
 その通りだった。
 が、それは見えないことに自信があったために、どう防御するのか見ようと思っていたのだという方が正しい。
 見切られ、完全に避けられるとは思っていなかった。
 
 様子見とは言え、常態で最大までに力を込めた拳を躱すエミヤ君。
 少なくとも、『手合わせ』とは言え本気でかからないと相手にすらしてもらえないらしい――と、判断。
 
(……ま、やっぱりこうなるよな)
 
 僕は苦笑を顔に、両手をポケットから引き抜いた。
 


 
 私は息を飲んでいた。
 わずか数秒の交差だが、タカミチの拳はほぼ不可視、回避不能に近い高速の連打だ。
 「気」で肉体の強化はしているが打ち出されるのはただの拳圧であり、察知は非常に困難。
 故に、隙の無い攻撃としてタカミチが師から教わった技らしいが――それをエミヤは躱す。
 どういう眼をしてるんだ――と、言いたくなるような反応で、だ。
 
 そう思うのはタカミチも同じか。
 顔には苦笑を浮かべ、両手をポケットから抜いた姿で、
 
「やっぱり、全力でいかないとな。
 ―――左腕に「魔力」、右腕に「気」を……」
 
 合成――と呟き、「魔力」と「気」、相反する二つの光をまとった両手を合わせる。
 と、爆発的な光がタカミチから生じ、発せられていた威圧感が強まり、その存在感が肥大化する。
 
 ―――それは、本来同極の磁石のように反発しあう気と魔力を一つに融合し、強大な力を得る『咸卦法』と呼ばれる戦闘技法だ。同時に、これがタカミチが本気で戦う時のスタイルであり、
 
「……成る程、それが君の本気か。感じる圧が段違いだな。
 先ほどまではやはり様子見で、力をセーブしていた……といったところか?」
 
「ちょっと違うけど、……まあ、そんなところだよ。
 宣言どおり、ここから全力でいかせてもらう」
 
 言葉と共に笑みを浮べ、タカミチが再びポケットへと手を収める。居合いの「待ち」だ。
 対し、エミヤはそうかね――と、小さく呟き、いつの間にか手に双剣を携えていた。
 白と黒の中華風の短剣、かなりの魔力を感じ、恐らくはかなりの古刀であり儀杖としての側面あるだろう二本の剣。
 
「……アーティファクト、とは違う……か?
 それが君の得物かい、エミヤ君?」
 
「そうだ。――と言っても、生憎私は造る者であって剣士ではないのでな。
 基本的に得物は選ばん。これは、数ある兵装の中で好んで使うというだけだ」
 
「達人は得物を選ばない――って事か。
 じゃあ遠慮なく――」
 
 言って、タカミチが床を踏みしめ、
 
 
 
「―――行かせてもらうよ……!!」
 
 拳を抜いた!
 直後。大気の爆発音とともに、広場の石畳が大規模に弾け、エミヤが吹き飛んだ。
 戦闘が再開する……!
 


 
 吹き飛んだエミヤ君に追い縋るように僕は間合いを詰める。
 瞬動と呼ばれる気や魔力を用いた移動法だ。一息に数mを跳び、連続して走る。そこで思うのは一つ、
 
(射程を外すために、居合い拳を利用された……!)
 
 この一点だ。
 居合い拳の射程はおよそ10m。それなりの範囲を誇る戦闘技術だけど、明確に射程を測られれば対処法はいくつかあるだろう。事実、エミヤ君は咸卦法から打ち出した僕の全力、『豪殺居合い拳』を手にした双剣を盾に受け止め、同時、その威力を利用して後方に大きく飛び退いた。恐らくは威力を測ることと射程から退く事が目的だ。
 その証拠に、
 
「―――成る程、早くて重い。
 忌々しいが、ランサーの突きを思い出す……!」
 
(……やっぱりダメージはゼロかっ!!)
 
 獰猛な笑みを浮かべて着地し、即座に向かってくる彼に連打を叩き込む。
 出の早い通常の居合い拳と、強大な威力を持つ豪殺・居合い拳を混ぜた連打だ。
 肩・心臓・腹・顎・鳩尾と、緩急をつけ、躱しにくい正中とその周囲に拳圧を飛ばす。
 
 ――が、彼は躱す。見えないからこそ牽制になるはずの居合い拳が眼に捉えれているからか、
 飛ぶ拳圧を双剣で受け止め、流し、豪殺居合い拳を大きく旋回して走る。その先には僕だ。
 
(速い……!)
 
 一足に5m超を跳び、彼が目前に迫る。
 右肩を前に、横薙ぎの軌道で右手の白い短剣が振りぬかれる。
 僕は急ぎバックスステップ、空いた間合いに連打を叩き、剣の腹を下に打ち落とす。
 と、独楽のようにエミヤ君が右足を軸に旋回し左の黒剣が逆袈裟に振り降ろされ、
 近すぎる!――と、僕はポケットから拳を抜いて目前の顎に向かって右ストレートを撃つ。
 
「チッ――」
 
 当然躱されるが、その動作によって空いた一瞬の間にスウェーの動きで黒剣をやり過ごし、
 後ろに倒れこむ力を利用して左足を下から蹴り上げる。が、紙一重で首をずらし顔の真横を足が掠め躱される。ならばと、そこから無理やり体勢をもどしてかかと落としに繋げ、振り降ろす。
 
 入る――という確信があった。
 目前の彼は右手の白剣を上から打ち抜かれ、黒剣を流した状態だ。体勢は崩れ、対処は出来ない。
 絶好の隙だ。
 僕はそのまま、全力を込めた蹴撃を落とし、
 
 
 
「―――甘いわ、たわけ」
(―――なっ!?)
 
 足を、打ち落とした白剣を捨てた右手(・・・・・・・・・・・・・・)で掴まれた。
 
(馬鹿な、武器を捨てた!?)
 
 驚愕は二重に。
 彼が自分の得物をためらい無く捨てた事と、咸卦法で強化した僕の足を素手で止めた事に僕は一瞬思考が止まる。先に彼が言った「得物を選ばない」というのは、拳でも戦えるとそういう事か!?
 まさか剣から体術に戦法が変わるとは予測できなかった。
 ならばマズい、この体勢は防御が出来ない――と思考し、
 
(いや待て、違う!彼の得物は――)
 
 ―――双剣!
 思い至ると同時、左の黒剣が来た。
 僕の左足を右手で頭上に掴んだまま、彼が僕の胴を薙ぐ軌道で剣を振るう。
 マズい、これは躱せ無ければ死ぬという予感……!
 僕は咄嗟に残った右足で地を踏み飛び上がり、掴まれた左足を時計回りに無理やりねじって回転、そのまま右足を蹴り降ろす。飛び上がる力に回転を加えた全力のかかと落としだ。咸卦法をまとう今の僕なら岩盤程度は踏み砕く――と、力を乗せれば、躱せないとみたか、エミヤ君が掴んだ左足を引き、そのまま後方に投げられた。
 
 
 
 
 
 僕は空中で体勢を整え、着地。立ち上がれば、振り返ったエミヤ君と視線があう。
 
「……全く、無茶をするな君は。
 今のは、下手をすれば足の健を断絶するような動きだぞ?」
 
 呆れたような笑みを浮べ、諭すように言う彼に、
 
「あはは、一応咸卦法で守られてるから、そういう怪我はまず無いんだ。
 痛みは――多少あるけどね」
 
 僕は苦笑し、応じる。
 事実、無理やり回った左足は捻ってはいないが、小さく痛みを訴えている。
 だけど――と、僕は言葉を繋ぎ、
 
「それくらいの無茶をしなければ今のは死んでいた、――違うかな?」
 
「ふむ、明確に死線を感じられる力量はやはりあるようだな。
 尤も――私に君を殺す気は皆無なのだが」
 
 最初に言っただろう――と、肩を竦めて笑い、先程手放した白剣をエミヤ君が拾う。
 
 その姿を前に、厄介だなと僕は思う。
 
(ホント、厄介だなぁ……)
 
 苦笑する。何が厄介か――、それはこの状況を楽しんでる僕がいることが、だ。
 少々場違いな感情かもしれないけど、僕はこの状況がどこか懐かしく楽しい。
 言い換えれば、このどうにも目の前の彼を制する糸口が見つからない感覚が、
 師匠やナギと手合わせしてもらっていた頃と被って昔に戻ったような気になっているのかもしれない。思わず笑みが漏れる。
 だからか、
 
「なあ、エミヤ君」
 
「なにかね?」
 
「君は、何故強くなろうとしたんだ?」
 
 僕は問いかけた。
 ある意味、これが最後の問答になる――と、確信して。
 
 ここに来る前に、彼には「君を推し量る」みたいな事を僕は言ったけど、正直に言えばここまでの数合でもう十分だった。
 実際に拳――厳密には拳と剣だけど――を合わせてみればすぐに判る。
 エミヤ君の剣には嘘が無い。
 実直で無骨、そして華がないと断じられるような剣だった。
 恐らくは才能も無い。
 
 だが、それでいて彼の剣は強い。凡夫の剣でありながら非凡の強さを持っている。
 恐らくはひたすらに、強くなるために剣を振り続けた結果が、彼の剣だ。
 だから、聞く。
 何故、英雄と呼ばれるほどに強くなろうとしたのか、と。
 
 
 
 エミヤ君は僕の言葉に頷き、神妙な表情をうかべ、
 
「そうだな、それは――」
 
「それは?」
 
「――君が私に勝ったならば答えよう」
 
 ……。
 
「……ずるくないかい、それ?」
 
「気のせいだろう」
 
 ニッ…とシニカルな笑みを浮べて肩を竦めるエミヤ君に、僕は半目になって睨む。
 が、効果は無く、どちらともなく苦笑を浮べる。
 とりあえず、
 
「じゃあ、決着――つけようか」
 
 そうだな――と、エミヤ君が頷く。
 直後、僕らは同時に動いた……!
 


 
 同時に動き出した二人は、ともに彼我の距離を一足で埋めました。
 クロス~ショートレンジのエミヤさんとミドルレンジの高畑先生、互い間合いの違うお二人ですが、先手を打ったのは高畑先生でした。
 瞬動で間合いを詰めた高畑先生はポケットに手を入れると、直後に豪殺・居合い拳を打ち落とし、水平の二連打で射出。打ち下ろした一撃が床を打ち砕き、粉塵が舞う中を水平軌道の一撃が空気の爆発音を響かせて進み、エミヤさんに向かいます。ほぼ全力で撃たれたそれは、通常の居合い拳とは違う意味で回避不能な巨大な打撃で、巻き込まれた広場中央のオベリスクが"轟"という音を立てて吹き飛びマスターが「あーーー!別荘がーーー!!」と悲鳴を上げますが、対するエミヤさんは、
 
「大きければ良いという物ではないぞ、高畑教諭!」
 
 地上スレスレ、ほぼ床に這うような低い姿勢で頭上に豪殺・居合い拳をやり過ごして駆けだし、
 と同時にサイドステップ、避けると読んでいただろう高畑先生の見えない拳を躱し、
 手にする黒の短剣を投擲しました。
 
「―――ッ!?」
  
 自身に向けて投げられた黒剣に高畑先生は驚愕したように眼を向けますが、即座に迎撃を判断。
 回転しながら飛来する剣の腹を打ち上げるように居合い拳で二打し、背後に飛ばします。が、その分反応が遅れ、目の前に迫るは残された白の短剣による刺突。刃幅が軽く10cmを超えるだろう短剣が高畑先生の喉に迫り、
 
「――ぐっ……!」
 
「ほう!これも捌くか……!!」
 
 咄嗟にポケットから抜いた右拳をアッパーの動きで放って剣を弾き、頬をわずかに斬られながらも躱しきった高畑先生にエミヤさんが感心したように声を上げます。
 エミヤさんは流された剣を肘から回転させ引き戻し、
 
「今の、間違いなく殺す気だっただろ!?」
 
「気のせいだ!!」
 
 クロスレンジでは居合い拳は使えないのか、
 左・右・左と、顎・心臓・肝臓を狙う鮮やかなコンビネーションを放ちながら叫ぶ高畑先生に、
 エミヤさんは一本となった白の短剣と左手で拳を撃ち、弾き、捌きます。
 そして放たれた左拳を剣の柄で打ち上げれば、
 
「しまっ……」
 
「そら、脇が甘い!!」
 
「―――ガッ!?」
 
 蹴撃――、芯の入ったミドルキックは脇腹を容赦なく打ち抜き、高畑先生が先程打ち落とした黒の短剣近くまで弾き飛ばされて片膝を付きます。が、そこで止まるお二人ではありません。
 エミヤさんは追撃とばかりに高畑先生に向かって疾走し、
 対し高畑先生は吹き飛ばされ距離が開いたのを好機と、ポケットに手を入れ豪殺・居合い拳を放とうと立ち上がります。そして、足元に転がる黒の短剣を越えてエミヤさんに向き直れば、
 瞬間。
 
 
 
 
「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)
 
 高畑先生の足元から爆発が生じ、その姿が炎に飲み込まれました。
 


 
「がああぁぁああ……!!」
 
 唐突に起こった爆発に、僕の口から漏れるのは苦悶の声だった。
 咸卦法による恩恵でダメージが抑えられているとは言え、爆発の威力は体の内に伝わり、与えられた衝撃に肺の中から全ての空気が吐き出される。加えて、瞬間的な呼吸困難とともに一瞬視界がブラックアウトする。
 爆心は……不可解だけど、僕の真下だ。魔法の発動や魔力の流れは感じなかったけれど、生じた爆発からは膨大な魔力の放出を感じ、不可解さが増す。
 が、――思い当たることが一つ。
 
(そうか……『魔法』の発動は感じなくても、『魔術』はどうだ……!?
 彼は『魔法使い』ではなく『魔術師』だと、自分で言っていただろう!!)
 
 思い当たること、それは――彼の言っていた『魔術』だ。
 剣と拳を合わせる内に失念していたけど、彼は僕と違って魔法の使えない戦士という訳じゃなく、
 恐らくは魔術と剣を組み合わせて戦う、『魔法剣士』に近いスタイルだ。
 「得物を選ばない」という言葉は、恐らく彼の言う『魔術』すら兵装の一つと、そういう意味か……!
 
 僕はすぐに立ち上がる。
 まだ戦闘は終わっていない。まだ僕は戦える。そして、そう考えているのはエミヤ君も同じだろう。
 だから立つ。――と、足元に転がるものがある。
 見ればそれは、砕けた剣の残骸。僕が弾き、爆発の直前に踏み越えた黒の短剣だ。
 それは爆発に巻き込まれてすでに命を終えたのか、エミヤ君の手にあった時のような魔力を感じず、風化するように砂となって消えた。
 
(―――?)
 
 そこにわずかな疑問を感じたけど、今は気にしている場合じゃない。
 僕は粉塵にまかれ、爆心ゆえにほぼ視界ゼロの世界で気配を探る。
 敵はエミヤ君、少なくとも彼は容赦が無い。下手にこの煙の中から飛び出せば、狙い撃ちされるだろう。
 ならば、僕は気配を探り、「後の先」を取る――!と、緊張を高め、
 
 
 
「―――全工程、完了(トレース・オフ)
 
「上か……!!」
 
 聞こえた声に振り向き、僕は即座に咸卦の密度を上げて周りの粉塵を弾き飛ばす。
 と、視界には月明かりの夜空を背景に空を跳躍するエミヤ君の姿が映り、
 
「―――なっ!?」
 
 同時にその手にするモノを認識し、僕は絶句した。
 頭上、僕の視線の先にいるエミヤ君はシニカルな笑みを浮べて、受け取れ――と一言、
 
 それを振りかぶって――言った。
 
 
 
 
 
 
「―――ロードローラーだッ!!」
 
 
 
 


 
 瞬間、
 
「馬鹿な!?
 それは彼以外、吸血鬼の真祖である私にしか使えな……うむぅっ!? な、何をする茶々丸!止め……!!」
 
 何故か危機を感じた私はマスターの口を封じました。
 私の目前ではエミヤさんによって投げられたロードローラーが高畑先生に迫り――
 


 
 僕は驚愕に一瞬体を硬直させるけれど、踏んできた経験から対処を優先し、拳をポケットへ。
 迫るロードローラーは"轟"と唸りをあげて飛来し、しかし、ただの魔力も篭らない機械の固まりなら敵じゃあない……!!
 僕はポケットへ収めた拳に咸卦の気を乗せ、抜き放ち、
 
「豪殺・居合い拳……!!」
 
 投げたエミヤ君ごと打ち抜くつもりで、全力を込めた一撃を放つ。
 文字通り全力全壊、僕に出せる最大の威力によって打ち出された豪殺・居合い拳は誤る事無く目標に衝突し――
 
「なっ! 張りぼて……!?」
 
 ―――ズバンッ…!という音を立てて居合い拳の威力に破裂、
 ロードローラーだったモノは細かい破片となって降り注ぎ、僕の視界を完全に覆う。(ブラフ)だ!
 僕は失策に舌打ち、降りかかる破片を肩から払う。――と、それらはどこかで見たように砂となって消えて、
 
 ……。
 
「―――まさか」
 
 嫌な予想が立ち、冷や汗が僕の頬を流れ落ちる。
 と同時、ズドッ…!と、ロードローラーの破片とは一線を画す鋭い音が僕の足元に響く。
 見れば、それはエミヤ君が手にしていたもう一方の剣、中華風の白い短剣だ。
 恐らくはロードローラーの影に隠して投擲したのだろう。
 
「ヤ、バ……」
 
 僕は背に走る蟻走感に従い、一刻も早く白剣から離れようと一歩後ろに引き退いて――
 
 
 
 
 
 
「―――フ、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)
 
「………やっぱりかっ!!」
 
 変化は劇的、呟かれた一節の呪文に、白剣が光りだす。
 と、剣の内側から漏れ始めた光が臨界点をこえた原子炉のように膨れ上がって、――爆発。
 即座に顔の前で腕を組んで身を固めるけど、焼け石に水、生じた衝撃に僕は打ち上げられて、
 
 
 
 
 ―――根元から折れた、オベリスクの台座に打ち付けられた。
 


 
 終わってみれば、二人の模擬戦はエミヤの設定した時間の半分しか経っていなかった。
 
「ジャスト5分だ。いい夢は見れたかね?」
 
 投影・開始(トレース・オン)――と呟き、折られたオベリスクの台座に打ち付けられて座り込むタカミチに歩み寄って、新たに創りあげた白剣を突きつけて言うのはエミヤだ。
 が、とりあえず、それはお前の台詞ではないだろうと私は言いたい。
 
「……ぐ、げほっ…その剣は……」
 
「ああ。君の予想通り、これは私の魔力で編まれた一つの『魔術』だ。
 言っただろう――私は『剣士』ではなく『造る者』だと」
 
 突きつけられた剣を見て苦しげにタカミチが声を出し、エミヤが皮肉気な笑みを顔に貼り付け種を明かすように答える。じゃあ、やっぱりあの爆発は――と、見た目がボロ雑巾のようになったタカミチの問いかけにエミヤは、ああ――と頷き、
 
「お察しの通り、この剣に込められた魔力を爆弾として開放したものだ。
 私はこれを『壊れた幻想』と呼んでいる」
 
 尤も、本来はもっと膨大な魔力を含んだ剣を爆弾とするのだがな――と、苦笑を浮べながら言うエミヤの言葉に、私は二人から視線を切って広場全体に視線を向けた。
 
 私の前に広がる光景は、……正直、筆舌にしがたい。
 広場の中央、別荘の象徴としてあったオベリスクは根元から折られて端のほうに転がっているし、
 広場の床は、どこと言わず爆発に焦げ付き、穴が開き、罅が入り、岩盤が一部砕け崩落している。
 
 ……空襲でもあったのかと、言って憚らない惨状だ。
 
「………なあ、茶々丸」
 
「なんでしょうかマスター。
 今の戦闘データでしたら、余さず全て記録済みですが」
 
 無論、その際壊れ行く別荘にマスターが叫んだ回数も含めてですが――と、完璧な礼をしてボケた事ぬかす従者を私は華麗に無視し、
 
「いや、それはどうでもいい。
 とりあえず――」
 
 一息、聞く。
 
「これ、どうすればいいと思う?」
 
「―――……」
 
 なぜそこで無言になるんだ、この従者は。
 私は胡乱になった目つきで顔を横に向け、問いに答えない従者に眼を合わせる。
 と、茶々丸は珍しく悩んだような仕草を見せて一つ頷き、
 
「―――とりあえずお茶でも飲んで、忘れておけばいいのではないでしょうか?」
 
「………そーだな」
 
 あまりな物言いに私はガックリと項垂れ、フラフラと覚束無い足取りで別荘の中へと歩き始めた。
 
 ―――あ?
 あの二人はどうするのかだと? ……知らん、広場の中央で中学生かと突っ込みたくなる三文芝居を展開し始めたアホ共など、放っておいてもどうせ後からついてくるだろう。
 
 私は大きなため息を一つ、どうやって別荘を修理しようかと頭を悩ませつつ――
 
 
―――円形広場を後にした。
 
 


 
 
「―――さて、立てるかね?」
 
 『手合わせ』という名の模擬戦が終わり、私は手にした莫耶を消して高畑教諭へと声をかけた。
 目前、壊れた「モニュメントだった台座」に身を預ける彼は、爆発といくつかの切り傷で見た目ボロボロの有様だ。私の声に立ち上がろうと力を入れるが、
 
「ん……ちょっと無理、かな。
 悪いけど肩を借りてもいいかい?」
 
「ああ」
 
 爆発の衝撃が体の芯に届いたか。
 力が入らないと言って頬を歪める彼の手を取り、私は肩を貸して立ち上がらせる。
 
「―――ふぅ……僕の敗北か」
 
「ああ――そして私の勝利だ」
 
 ともに呟いて、苦笑。
 数日前に、逆意の言葉を言っていたかと思うと、さらに頬の歪みが深くなる。
 と、肩を貸した高畑教諭が懐から取りだしたタバコを銜え、口を開く。
 
「なあ、エミヤ君」
 
「何かね高畑教諭」
 
「君は何故、そこまで強くなったんだ?」
 
「……いきなりだな。
 その問いには、君が勝てば答える約束ではなかったか?」
 
 浮かんだのは苦笑、肩を貸したまま顔を向けて、
 
「いいじゃないか。
 言ってみればこれは、君を推し量りに来た男の尋問だよ?」
 
「む」
 
 軽い笑みを浮かべて、サラリと言われた言葉に私は黙り込んだ。
 
 何故――、か。
 その答えは考えるまでも無く、私が英雄として契約した理由と同じだろう。
 即ち――誰も傷付かない世界を目指して。誰かの涙を止めるために。救いの手を差し伸べたかったから。
 究極、私の目的はそれだけだった。それだけのために強さを求めた。
 
 故に、今となっては少々、言葉にするには恥ずかしいモノだ――と苦笑し、
 
「やれやれ……君も存外、口が立つではないか。
 自分は交渉に向かない――などと言っていたのは誰だったか」
 
「まあ……学園長の相手をしてれば、少しはね。
 あの人はあの人で、言葉の裏を読み取らないとならない人だからさ。――で、答えてはくれるのかい?」
 
 ん? と、意地の悪い笑みを見せながら言う高畑教諭に、
 流石に誤魔化されてはくれんか――と、私は浮かべた苦い笑みのまま笑う。
 次いで、仕方ないなと一息、
 
「君の問い答えるとすれば……そうだな、
 私が強くなったのは、私にも"願い(ユメ)"があったからだ。
 そのために私は力を求め……強くある事を望み、強くなくてはならなかった。それだけだ」
 
 そのまま口にするのはやはり恥ずかしい――と、言葉を言い換え誤魔化す。
 高畑教諭は私の言葉に一つ、二つと神妙な表情で頷き、
 そして、
 
「"願い"か……。君は何を願ったんだ?」
 
「ああ、それはだな――」
 
「それは?」
 
「―――いずれ、君が私に勝てたならば答えよう」
 
 と、私は肩を竦めつつ口端を歪めて、言った。
 
 
「……やっぱりずるくないか、それ」
 
「気のせいだろう。高畑教諭」
 
 当然、じとっ…と半眼になった目で彼が睨んでくるが、私は視線を逸らして肩を竦める。
 
 無言の圧力と言う名の沈黙が場を支配し、一秒…二秒…三・四・五秒……と時間が経てば、
 耐えかねたように、どちらともなく息を漏らして苦笑し、笑い声が交差する。
 そして、
 
「―――タカミチ」
 
「む?」
 
「僕の事はタカミチで良いよ、エミヤ君。
 君が追った"願い"を聞くには、どうやら長い付き合いになりそうだしね」
 
 高畑教諭なんて、長くて言いにくいだろ?――と、高畑教諭……いや、タカミチが苦笑しながら言う。――確かに。
 私はそうかね――と、頷いて応え、
 
「では私の事はエミヤ君と呼び続けたまえ。
 ――異論は認めん」
 
「………そこは「では私の事も好きに呼ぶといい」とか、言うところじゃないかなぁ?」
 
 冷や汗をかいて言う姿に苦笑、
 
「冗談だ。エミヤで構わんさ、タカミチ」
 
「ん、じゃあそれで。
 よろしく――って言うところかい?」
 
「……ク、そうかもしれんな」
 
 互い、肩を組んだまま声にして笑う。
 
 私は思う。
 確たる予想も何も無いただの予感だが、きっと彼との付き合いは長くなるだろう――と。
 私は肩に身を預けてずり落ちようとする彼の腕を引き、口元に小さな笑みを浮かべる。
 そして――
 
 
 
―――広場を後にするエヴァンジェリンたちを追って、タカミチと共に歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------------------------------
 
 あとがき
 
 皆さんこんにちは。
 拙作、魔王になった正義の味方 第八話・後編を読んで頂き有難うございます。
 作者の観月です。
 
 えー……まず最初に、実生活で色々あった為に更新が遅くなりました。
 夏休みの間は精力的にアップしていくと言った矢先、申し訳なくです。……はい。
 
 さて、今回の第八話はタカミチが主人公(?)のお話でしたが、いかがだったでしょうか?
 戦闘を描写してみたのですが、荒く読みにくくはなかったでしょうか?
 
 感想・コメントを楽しみにしつつ戦々恐々と待っていますので、よろしくお願いします。
 また、誤字・脱字がありましたら、メールかコメントを頂けると助かります!
 
 と、そんな感じの観月ですが、次回は研究者としてエヴァとエミヤの話になるかと。
 色々アレな本作ですが、楽しんで頂けるよう努力していきますので、
  長い目でのお付き合いをして頂ければ幸いです!
 
 
 
 それでは
 
 
 
 
 ―――ようやく手に入れた盆休みの夕方に(2009/08/27)
 
 
 


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