1.4月22日 夜
side Fate.T
「あんた! さっきはよくもやってくれたね!!」
アルフが、眼下にいる黒い魔導師に向かって叫ぶ。
彼はこちらを見上げたかと思うと、ため息を吐いて視線を横にずらした。
「昼間のことは悪かったよ……まさかいきなりぶっ倒れるとは思わなかったんだ。……あと、降りてきて貰えると非常にありがたい」
そして顔をこちらに向けぬまま、申し訳なさそうにそう言った。
どうやってアルフを気絶させたかはすごく気になるけど、今はそれよりも。
「ジュエルシード……」
彼の左の掌に浮いているその結晶を、今度こそ手に入れなくては。
「そういえば君もコレが欲しかったんだっけか。……時に、降りてきて貰えると非常にありがたい」
「……?」
何が狙いかはわからないが、前回のこともある。
うかつに近づいて彼のペースに飲まれて逃げられることは避けたい。
「あー……一応君にも言っとこうかな。実は俺もコレが必要になるかもしれなくてさ、前に会ったときは成り行きで頂いてったけど、これからは目的を持って集めるつもりだからさ」
言いながら、右手に掴むようにして持っている黒いコートを肩にかける。
「だから……なんですか?」
初めて、男の人の威圧感が増すのを肌で感じる。
「君には悪いが、諦めてもらえるとありがたい」
「フザケんなッ!!」
アルフの周囲にオレンジ色の光球が複数発生し、形成したそれらは橋の上に立つ男の人に向けて全て放たれた。
それに対して、彼はまったく動きを見せない。前回同様、避けるそぶりも魔法の発動の兆候すらみせない。
なのに。
「なっ……」
声にこそ出さなかったが、私もその光景に驚愕していた。
彼に向かって飛んでいたフォトンランサーが、彼に当たる直前に『消えて』しまったのだ。
それはまるで、空間に溶けてしまうかのように。
驚愕は終わらない。
≪Defenser.≫
「え? きゃっ!!」
バルディッシュに組み込まれたオートガード。
その発動に疑問を抱くより前に、まったく警戒していなかった背後からの衝撃に体を揺さぶられた。
「フェイト!! ……な、何だってんだい、今のは!?」
アルフが私の後ろを睨みつけながら叫ぶ。その驚きは当然ともいえる。
私を背後から襲ったのは魔力弾。その残滓の色は、オレンジ。
彼に『当たるはずだった』フォトンランサーだった。
「む、ミスったな。撃ったほうに返そうと思ったんだけどビビって照準が狂ったな」
いきなり飛んでくるんだもんなー、なんて言いながら彼はいまだ最初の位置から一歩も動いていない。
緊張からか、生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「おそらく転送魔法の類だと思う。やりづらいね……」
「でもアイツ、魔法なんか使ってないよ! 魔方陣だって発生しなかったし……」
確かに、そうなのだ。
前回も今回も、彼が魔法を使ってるような素振りは一切見せていない。
にも関わらず、前回は私が、今回はアルフが放った魔法がそれぞれ別の位置に転送された。
それでも。
「あれが魔法かどうかなんて関係ないよ。ああいう力があるってことだけは確かなんだ。今大事なのは、あの人からどうやってジュエルシードを奪うかってことだよ」
とはいえ、それもなかなか一筋縄ではいかなそうだ。
彼はまだ、一度も私たちを攻撃してさえいないのだから。
「アルフ、サポートお願い」
「了解!」
「バルディッシュ」
≪Scythe form Set up.≫
鎌状にしたバルディッシュを構え、彼を見下ろす上空から、アルフと同時にそれぞれ別の方向に飛び出す。
「おら、喰らいな!」
アルフが彼を中心に弧を描く様に飛びながらフォトンランサーをばら撒いた。
彼は、狙いの甘いそれらの中から自身に当たるものだけを今まで同様どこかに転送したようだが、アルフにしろ私にしろ同じ手を食うまいと警戒している。
進行方向から突然現れたフォトンランサーを、アルフは落ち着いた動作で叩き落とす。
撃つ前から極力威力を絞っていれば、何の問題もない。
そして、もともと高くないアルフのフォトンランサーの威力と精度をさらに落としてばら撒いた意味。
彼女のそれは着弾時に炸裂する効果が付加されている。
彼の周囲で魔力の華が咲く。
橋がその衝撃に耐えられず、軋み、崩れ始める。
「うお……っと」
たまらず彼は上空に逃げ出した。
そこを――
「はああああぁぁぁぁ!!!!」
上段に振りかぶったバルディッシュの魔力刃を叩きつける――
瞬間、周囲の景色が変わる。また転送!
――でも、これさえも。
「うおりゃああああああああ!!!!」
下から猛烈な勢いで飛び上がってきたアルフの拳が、こんどこそ彼を捉えた。
2.同日 夜
side Nanoha.T
温泉に入る直前にいなくなっちゃったユーノくんから念話で無事を伝えられてしばらく、今度はSOS信号をキャッチ。
わたしの能力では全力疾走にあたる速度で男湯に向かって、茹でフェレットになってるユーノくんを発見したの。
驚いたことに、そのときユーノくんがドザえもんしてた横に浮いてた桶の中に、なんとジュエルシードが転がっていたのでした。
とりあえずまずはユーノくんを助けようとしたのですが、お湯の温度が何故か有り得ないことになっていたので断念。
レイジングハートと相談した結果、ジュエルシードはすでに封印処理が行われているものらしいので、至近での魔法の行使も平気とのこと。
練習中の誘導弾でゆっくり救助してみましょう。一石二鳥、いや一石二イタチですね、とかなんとか。
ユーノくんの念話が途切れてからちょっと経つけどゆっくりで大丈夫なのかな……。
で、無事救助成功したユーノくんが眼を覚ましたのがちょうど晩御飯を食べ終わったころ。
随分長い間寝てたからアリサちゃん達がとても心配していたの。
誘導弾の制御に失敗してユーノくんを天井に叩きつけたせいもあって、わたしもとてもすごく心配していたのだけど、とにかく眼を覚ましてよかったの、うん。
子供組の早い就寝時間の最中、わたしも眠いのを何とか堪えながら昼間会ったお姉さんのことを伝えたり、ユーノくんに何があったのかを聞いていたのだけど、その話を聞いてびっくりして眼が覚めてしまいました。
曰く、あの○Ⅲ機関コスプレさんは魔法使いっぽい力を持ってるけど魔導師じゃないとか。
前会ったときは成り行きだったけど、これからはジュエルシード争奪戦に参加しちゃうとか。
参加表明しておきながら持っていたジュエルシードを一つユーノくんに渡しちゃったとか。
特に最後ので。
それらを踏まえて、ユーノくんが全部一人で背負おうとするのを押しとどめて、これからも一緒にやっていくことを約束しました。
ユーノくんの優しさはうれしいけれど、これはもうユーノくんだけの問題じゃなくなってしまったから。
家族や友達、大事な人たちを守るために。
そして、あの黒い女の子。
あの子に聞かなくちゃならないから。
その悲しい瞳の理由を。
……例の男の人のことはよくわからないけど。
二人で決意を新たにしたその時、今では少し慣れつつあるその感覚が体を通り抜けました。
ジュエルシードの、発動。
ユーノくんと頷きあって、その場所に向かう。
旅館を出て、暗い山道を欠けた月の明かりを頼りに走る。
反応点とはまだ少し距離があるけど、それでも感じる強力な魔力。
それは、これまでとなんら変わることのない波動。
それが強力なものだと知っていて、けれど今では慣れきってしまっていて。
だからこそ、次の瞬間に始まったその恐ろしい変化の前に為すすべもなく飲み込まれてしまった。
最初は何か壁のようなものに勢いよくぶつかったのだと思った。
感情が追いつかないまま、それが正確には魔力を込めて姿勢を制御しないと後ろに吹っ飛ばされそうなほどの魔力波だと、身体が理解した。
さらに一段遅れてそれが形をともなったかのような、底冷えするほどの真っ黒な恐怖そのものだと、心が理解した。
それは、今までとはまるで違う魔力の波動。ジュエルシードのように、ただ強烈なだけではない、まるで周囲を圧し潰して砕くかのようなプレッシャー。
これ以上前に進めないと、身体が告げる。これ以上前に進むべきじゃないと、心が告げる。
根源的な恐怖。
「…………ぁ…………っぁ」
声を出すことができない。息をすることができない。
「ぐっ……ぁ……この、魔力は……ッ」
最後はその解放に引っ張られるように、魔力が強力な風のように、後ろへと吹き抜けていった。
時間にして数秒。
だというのに、その圧力から解かれた刹那、わたしはどさっと膝をつき、荒い呼吸を抑えられず、汗が後から後から吹き出してくるのを拭うことすらできなくなっていた。
「あの人だ……あの、黒い男の人の魔力……」
両手両膝をついて何とか呼吸を整えているわたしにユーノくんが言う。
そんなの、あり得ない。
わたしは魔法を知ってまだ日が浅いけれど、あれは、あんなものは人間が放っていいものじゃないことぐらいわかる。
まるで押しつぶされて、存在ごと自分が無くなってしまいそうな、そんな恐怖。
「なのは、大丈夫……?」
「うん、なんとか……。反応、なくなっちゃったね……」
「うん……」
まだ何も話していないのに、話が通じる相手とは思えなくなってしまった。
もし戦いになったとしても、勝てるとは思えなくなってしまった。
今の、恐怖だけで。
わたしが次にどうすべきか決められない内に、状況が変わってしまったらしい。
ジュエルシードの反応地点にて、魔力の発動を感知したとレイジングハートが伝えてくれた。
≪Apparently, the combat seems to have occurred then.≫
「え?」
レイジングハートの報告に思わず聞き返してしまう。
ユーノくんのお話から考えると、ジュエルシードを封印したのは例の男の人だ。その後、その場で戦闘……?
それはつまり……!!
「なのは!?」
わたしはさっきの恐怖も忘れて駆け出していた。この時ばかりはまるで前しか見えない自分の性格が幸いした。
だって。
「レイジングハート、お願い!」
≪Stand by ready. Set up.≫
バリアジャケットを着装。続いてフライアーフィンを展開。
「飛ぶよ! ユーノくんつかまって!!」
きっと、あの子が危ない。