ネギま 第二章《福音編》カーニバルその②(2)
吸血鬼の弱点は、伝承では数多い。
最もポピュラーな物が日光と白木の杭。
その他、十字架であったり炎であったり、あるいは銀の弾丸が通用することもある。
例えば鏡に映らないし、招かれなければ中に入れない――そんな性質も持つ。
そして、同じく致命的な弱点とされる物が――流水だ。
◇
向かって来るまき絵相手に――手加減はしつつ、しかし容赦はしない。
低く、床を這うように繰り出された一撃を飛んで回避するまき絵に、アキラは槍を旋回。
同時に、握力をほんの少し緩める。
勢いのついた槍は――遠心力で、握っていた柄をスライドさせる。
グルリーと、アキラの手の中で、槍が回る。
順手から、逆手へ。
回転した長物の先端は――渦を巻く。
槍の軌道は河と化し――。
アキラは、片手首で槍を回すようにふるう。
宙にいるまき絵に向かって、槍では無く。
目の前に生み出した水の渦を、投擲するように。
ズオオ――と、流れる波頭を、まき絵は両手両足で防ぐが。
そのワンアクションの間に、彼女はまき絵の側面へと回りこんでいる。
軌跡は波濤となり――。
烈風域は、まき絵を取り囲み――そして。
「P-rz」
『了解デス』
コンソールが、明滅し。
機殻が、割れ。
彼女の掛け声とともに――その性質を発動させる。
◇
2-ndGの世界法則は簡単だ。
『名前は力を持つ』――それだけの世界。
必殺技を叫べば発動し、名字と相応しい加護を与えられ。
両親の上司、色々と世話になったお婆さんは月光の担い手で、家族思いの開発主任と歌のセンスが壊滅的に無い剣の神は――まさに日本神話の神クラスの力を使っていた。
そして――。
「私の名前は――大河内アキラ。簡単な話だよ」
名前に大河を冠しているのだ。
この概念化では――流水を操れて、当然だろう。
ならば、この大槍は。
P-rz……プリズンと名付けられた、白き塊の性質は。
堅牢にして、鉄壁堅固――『固定(プリズン)』である。
◇
「捕獲、完了――ってことで」
ふう、と息を吐くアキラである。
鮮やかな、手並だった。
流れる流水は、凍ることなく――浮かび上がり。
性質のままに、止まっている。
それは流水。それも大浴場の莫大な水によって構成された、牢獄だ。
虜囚となっているのは、佐々木まき絵。
正直、心苦しい部分もあるが――しかし、解放してやるわけにもいかない。停電終了までのあと三時間少々を、頑張って貰おう。
とにかくも、次は亜子を起こす必要がある。
「助かったよ。アキラ」
声を掛けてくる明石裕奈に。
「ううん。こっちも遅れてごめんね」
そう言って、謝った。
「途中で、大浴場が危険だって、聞いたんだよ。それで、急いで。ね」
「聞いたって……誰に?」
その言葉に。
「都市伝説の――《不気味な泡》。……ううん、クラスメイトに、ね」
◇
大河内アキラが――風呂場での現状を知ったのは、概念を展開したすぐ後のことである。
展開したのが彼女だった理由は――無論ある。
彼女の両親が――変態……いや、せめて変人と言おう。変人ぞろいの技術部に所属しており、試作段階の技術を貸与させて貰ったことであったりとか。
概念石の加工技術に、天才的なまでの才能を発揮したことであったりとか。
あるいは、幼いころに一時期、母親が入院しており――病室のすぐ傍で、ダン・原川の母がいて、ちょくちょく遊びに行ってことがあったりだとか。
そんな理由が重なり――彼女は、概念発動に関しては、かなりの技術を持っていたのだ。
それが、果たして良いことだったか悪いことだったかは、今はまだ、判断が付かないが。
本来ならば。
小学生の頃の『全竜交渉』最後の戦い、あのクリスマスの一大決戦にも参加する予定はなかったのだ。
だが、自分自身の技術で、才能で――少しでも、皆の助けになれるのならと。
そう言って参戦した。
まあ、今はそれは――長くなるので、おいておこう。
愛用の概念兵器『P-rz』を使い。
展開して、自室に戻る途中で――出会ったのだ。
《死神》に。
アキラも――女子中学生だ。噂は知っていた。
人間が最も美しい時に、やって来て殺していく――口笛を吹く死神の都市伝説。
それが、実在したことは……まあ、驚かなかった。
都市伝説の伝説の部分はともかく、少なくともその《死神》は――おそらく『統和機構』を相手にして活動する謎の存在であろう……そのくらいは、UCATとて把握できていたからだ。
だが、何よりも驚いたのは。
その《死神》が、クラスメイトだった事だ。
「今晩は。アキラ」
「彼女」は――帰宅途中の、アキラに声をかけ。
「大浴場が危険だからね……早く行った方が良い」
そんな風に、言ったのだ。
「詳しい事は、行けば分かるよ。……急ぐべきだね」
その際に。
まるで、途中で人格が切り替わったかのような奇妙な印象を受けたアキラだったが――まあ、多重人格くらい、言い方は乱暴だが、あまり重大と思わないアキラである。
人格以前に、肉体が入れ替わる人を知っているのだから。
そんな訳で、素直に彼女は忠告を聞いて――まさに「飛んで」きたのだ。
しかし、どうしたって任務はある。
麻帆良の敷地内全部に概念を展開させる必要があり、そこで数分。
UCATからの連絡だの、機竜の先輩たちへの報告や――色々があって。
結局三十分以上も、時間を取られてしまった。
それを言った所で、遅れたのは事実だから、何も言わないアキラであったが。
その辺は、裕奈も組んでくれたらしい。
「アキラ、その《泡》って……誰だったの?」
何も言わずに、そう尋ねて来た。
それ位は――まあ、普通に言っても、良いだろう。
「それはね……」
アキラは――「彼女」の名前を言った。
○
《泡》――ブギーポップ。
その正体は、世界の進化を止め、そして生命としての活動を破壊する『世界の敵』を――倒すための、自動的な意識である。
防衛本能、と言えるのかもしれない。
その発端は――おそらく、世界意思と共にある、人類の集合体であろうし。
あるいは、世界の意思となった、狐の女怪のものかもしれないが。
いずれにせよ、彼は(性別こそ勿論ないが、しかしここでは便宜的に彼と呼ぼう)存在する。
本来は意識だけであるが、しかし。
特定の――決まった人間の場合の肉体を借り。
活動するのだ。
マントに、メイク。電柱の様なシルエット。
都市伝説《不気味な泡》となって。
そして――今現在。
その《泡》となっているのは。
麻帆良学園女子中等部3-A組。
出席番号11番。
釘宮円である。
◇
《福音》が張り巡らせた絃を――ちょいと拝借し。
闇夜の空に、直立する電柱の様なシルエットのままで――。
「ブギーさん」
円は訊く。
「侵入者の内、『世界の敵』は何人いるんですか?」
「一人だね」
その会話は、同じ人間から発されたものだ。
だが、抑揚も、口調も、話している際の顔の表情も――同一人物には、とても見えないだろう。
いわゆる多重人格に近いものであると考えれば――解り易いだろうか。
表は円。
裏が《泡》。
通常ならば、裏の《泡》が出ている時に、表の人格は眠っているのが普通であり――それは、円以外の過去の宿主全員に共通することなのであるが、どういう理由か、彼女は会話が出来るのだ。
それが、中学生の女子であると言うのに――こうやって、それなりに長い関係が続いている理由なのかもしれない。
「なら、確認しますが」
「なんだい?」
「『世界の敵』を排除した後は――クラスメイトの、助けに言っても良いですね?」
末尾に、疑問詞こそついているが、それは断定の形であり。
「構わないよ」
《泡》も頷く。だが、そこに一言付け加える事を――忘れない。
「だから、だ。ならば――なるべくならば早くに始末してしまおうか」
「ええ」
例え、自分の親友や、親類縁者が被害にあっていようとも……この《泡》は、『世界の敵』を倒す事を優先させるだろう。そして、そのために最適な行動をする。
ならば、さっさと『世界の敵』を消してしまった方が、都合が良いのだ。
「――統和機構の合成人間、でしょうか」
「さてね。相手が何であれ、それで仕事が変わる訳では無いよ。今この土地には――どうやら、君の友人、佐々木まき絵――だったかな。彼女を操っているMPLS能力者もいるようだがね。あくまでも標的は『世界の敵』だ。……それを、忘れないでくれれば、それで良い」
「ええ。……はい」
「では、行こうか。……中々、凶悪な力を持っているようだからね。――発動させると、面倒だ」
ヒュオン――と。
円の体で、《泡》は両指に糸を引っ掛け。
一瞬の停滞の後――宙を飛ぶ。
かくして、この狂乱の宴に――都市伝説・ブギーポップが加わった。
○
電子世界は、表現すれば海の様なものである。
世界に構成されたネットワークは大海の名にふさわしい広がりを持ち。
水の一つ一つはデータであり。
泳ぐ魚も、魚の巣も、海草も、岩も、全てが――情報だ。
ザブン――と、人間ならば感じるだろう感覚を持って。
ウィル子は情報の海に入る。
停電時の為に、入り込めない領域が多い。
伸びるルートは、一本のみ。
学園中央電子制御室への、海流だ。
「そして、当然」
目の前には――一枚の、分厚い壁がある。
色は、赤。
セキュリティの、一枚目である。
↕
「来たね……」
中央制御室で。
《死線の蒼》は――微笑みを浮かべる。
はっきりとわかる訳ではないが――これは、久しく失っていた感覚だ。
自分の持っている端末の先に、とんでもない強敵がいる。
戦意が、高揚する。
(本当に、残念だよ)
こうして立ち向かう自分が。
過去のように、全盛期の力をふるえない事が。
それでいて、同じく立ち向かう《チーム》の同志たちが、今なお自分を尊敬してくれて、協力してくれている事が。
たとえ、愛しい人と共に生きるために決めた事だと言っても。
残念で、仕方がない。
スタート地点。
ゲーム開始の、宣戦布告として出した防壁は――とりあえず、あちらの状態の基本確認として作った物だ。
国連レベルのファイアウォール、約十枚分ほどの強さ。
それが、たった一枚になっているが。
それは――。
――僅か0,1秒で、破られた。
(さすが!)
全盛期の玖渚以上かもしれない……。いや、間違いなく、それ以上に成長しているだろう。
だが、相手が機械である以上。
そしてこちらが技術者である以上――対処方法は思いつく。
自分がやられて、嫌なことをすれば良いのだから。
(さあ、第一弾だよ!)
玖渚友は――トラップを起動させる。
《電子世界の神》と戦うことを決めて以来――最も、時間を掛けて準備してきたトラップの一つ。
基本中の基本。
ファイヤーウォールだ。
「さあ、どうするかな?」
↕
真っ赤な(無論視覚的にイメージされたものだ)防壁を破壊した瞬間――ウィル子は、相手側のセキュリティが発動したことを知る。
さっきの防壁が、いわば開戦の合図だったことも、予測済みだ。
(来ますね)
どの程度のものなのかと。
ウィル子は、期待して。
やって来る情報は――大きい。
相当に工夫された、世界最高峰のセキュリティだろうか?
いや、違う。
これは――複雑ではあるが。
間違いなく、先ほどの様な。
「ファイヤー、ウォー……ル」
言葉が――尻すぼみになる。
それは、確かに防壁だった。
ウィル子ならば、おそらく0,1秒で破壊できるであろう、防壁だった。
だが。
呆然、まさに呆然とする。
まさか、こんな方法を取って来るとは。
(こんな、馬鹿馬鹿しい方法で……!)
ウィル子の、盲点を突いてくるとは。
一瞬、呆気に取られたとしても――無理はないだろう。
『あーあー、僕様ちゃん達から生まれた娘へ』
防壁の最初に、伝言が張り付けてある。
『それは僕様ちゃん達の自信作。すっごい時間かかったんだよ。精々頑張ってね?』
にっこりと。
ウィル子のお株を奪うような、天真爛漫な笑みで。
『君が、あの防壁1枚を0,1秒弱で敗れる事は、なんとなく予想出来てたからね。でも、それは逆に言えば――1枚の突破に0,1秒は、最低でも掛かるっていうことだ』
メールは、さらに続き。
ウィル子を挑発するように言った。
『なら、数で押せば良い。その防壁は……君なら多分、二時間半もかからないんじゃないかな?』
ウィル子は、その数を呟く。
防壁の数。
「十三万と、千と七十二……」
アラビア数字にして、――131072。
2の17乗。
そこで、文は終わっていた。
一枚で0,1秒かかるのならば。
仮にそれを100,0000個用意してやれば――単純計算で、百六十六分掛かることになる。
2の17乗もの防壁を突破するには、二百十八分と四十五秒。
数多くの防壁を突破することによる、ウィル子の成長速度を鑑みても――おそらく、二時間以上は、確実に掛かる。
まさに、数の暴力。
突破させないのでは無く。
ひたすらに突破させて、時間を稼ぐ。
単純で、あまりにも馬鹿馬鹿しい手。
誰もやらない――いや、違う。
そんな数のファイヤーウォールを、準備することが出来る人間がいないが故に。
彼女達でしか、やることが不可能な手。
故に――ウィル子ですらも、引っかかった。
「じょ」
ウィル子は――叫ぶ。
「上等ですよっ!!」
ここまで言われて引きさがれるはずがない。
ウィル子は、防壁の群れに突っ込んでいき。
ファイヤーウォールを構成するデータが、まるで紙か泡の様に砕け散る。
――ここに、世界最高の電子戦が、幕を開けた。
○
麻帆良の《福音》ログハウス近く。
森となっているその部分は、彼女の家を含んで数百メートル以上にわたって広がっている。
人知れず、学園内に侵入する者の隠れ家としては絶交のポイントだ。
だからこそエヴァンジェリンはこの地に家を建て、侵入者の監視をし易くしているのだが――今宵は、その彼女は居ない。
即ち、それは行軍が非常にやり易くなる……そう、誰もが思っていたのだが。
麻帆良の教師たちですらも、思っていたのだが。
しかし、それをさせなかった人物がいる。
「ふう。流石に数が多いけれど」
にこやかに笑って、しかし――指を鳴らす。
パチン――!
その音と共に、彼の掌に現れるのは、一つの小瓶だ。
中には、粘性の高い紫の液体が入っており――間違っても飲料用の物では無いだろう。山奥にある怪しげな薬草を煎じても、こうはならないのではないか。
「さて、それじゃあ育って貰おうか」
その瓶を――蓋を開けて。
森の中へと、思いっきり放り投げた。
高く高く飛んだそのガラス瓶は。
空中で、紫の液体を零し――液体は、木々へと降り注ぐ。
そして。
数秒後。
森の中に潜んでいた侵入者の――悲鳴と、絶叫が聞こえた。
「ま、動けないかもしれないけど、死ぬことはないでしょう」
にっこり――と。
まるで、悪戯が成功した時の子供の様な笑みで、彼は笑う。
涼やかな美貌を持つ、このミドルティーンの名前は、深山木秋。
麻帆良の一角で薬屋を営む――れっきとした、妖怪である。
◇
妖怪と言う生き物は――決して、危険では無い。いや、確かに危険な物もいるにはいるが……吸血鬼やら魔人やらと比較すれば、それはたいした物では無いだろう。
さらに言うのであれば――妖怪は、人間と同じように生活をすることが出来る。
会話が苦手だったり、時々一般常識を知らないこともあるが……人間社会に、きちんと紛れて生きる事が出来るのだ。
とは言いつつも、決して楽に生きる事が出来る訳でも無く。
社会に関わる以上、働く必要もあれば学ぶ必要も、さらに言うのであれば日常生活を送る必要がある。
まあ、一応。妖怪が闊歩して生活できる街も――あるにはあるのだが。
まさか全員がそこに行くわけにも行くまいし、出来ない物も多い。
必然的に、都会や田舎で暮らす事になる。
そんな時に、そんな妖怪の為に――生活相談所や、互助組織として開かれているのが「薬屋」である。
麻帆良にあるのが、第二号店で、一号店は――東京の、とある一角にある。
二号店の店長は、秋だ。
本来ならば、一号店を持つのが筋だと思うだろうが……これには、少々理由がある。
過去に秋は、店を、弟子ごと捨てたのだ。
そして、その一号店は――秋が帰って来るまで、泣きながらも弟子が、切り盛りしていたのである。
それゆえに。
今の一号店は。弟子……それなりに鍛えた弟子のリべザルであり。
二号店が麻帆良にあるのには――これまた、色々と利権や利益や人脈や権力を巡る諸々があるので省略するが。
とにかく本来は。深山木秋は、ここの担当であるということだ。
では、何故今日。秋がこんな所で、警備員などという仕事をしているのかと言えば――それは、それなりに長い付き合いである《福音》に仕事の依頼を受けたからであり、あるいは二号店の常連である猫又から話を聞いて、楽しそうだと思ったからだ。
長く生きていると、暇になるのは……魔人でも吸血鬼でも、そして妖怪でも変わらない。
言葉にすれば至極簡単な――そんな理由である。
「しかし、それにしても」
――パチン。
再び、掌の上に瓶を取り寄せる秋であるが、表情は芳しくない。
「これ、効果は大きいけれど、高いんだよなあ。自作するともっと高いし……」
侵入者から、料金泥棒しちゃいけないかなあ、と思いながらも――再度、投擲する。
間違っても、その姿は、人間にしか見えなかった。
○
人形を、自分の背後へと隠し。
その盾になる様に――灰色の魔女は、行動する。
もはや、かつて手慰みに習った格闘技などかなぐり捨てて。
ただ、この戦いに勝利するために、魔女は行動する。
猛攻を、防ぎ。
一歩。
剣嵐を、耐え。
一歩。
乱撃を、制し。
一歩。
悲鳴も、苦痛も押し殺し。
ただ、この目の前にいる雛鳥に――言葉を叩きつけるために。
一歩。
目の前にいる、この小娘に。
この、自分と同じ――同族に。
一歩。
教えてやらなければ、ならないのだ。
彼女の進む道が、魔女の知るあの男と同じ道を行くのならば。
一歩。
膝から下が、消える。
だが、それでも魔女は――諦めない。
諦める訳には、行かなかった。
◇
灰色の魔女は思う。
己の契約者。
ルルーシュ……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、桜咲刹那の違いを。
やっている事には、違いはないのだ。
ルルーシュは妹を守ろうとして。
桜咲刹那は、近衛木乃香を守ろうとした。
守ろうとした相手に、自分自身の行動を教えることなく。
己自身の手を汚し。
そして、修羅の道を歩もうとしていることに――どれほどの違いがあろうか。
違わないのだ。
己の手を汚し、それで大事な人間を守れるのならば、それで良いと――そう思える事に、違いなど無い。
だが、両者が徹底的に違うのは。
ルルーシュは、その汚名をあえて受けるように進み。
桜咲刹那は、その汚名を出来る限り避けようと進んだ。
それだけである。
(本当に、似てるよ)
本当に。
桜咲刹那に、その意識があるかと言えば――おそらくは、無いのだ。
だが、長い間見て来た魔女には、把握できる。
心のどこか、無意識で、そう思っているのは、明白だった。
(根拠も、あるしなあ)
かつてルルーシュが葛葉刀子から聞き出した――暴走の話も、その一つだ。
近衛木乃香を守ることを、自分の一番の目的とし――その為には、どんな汚名を被る覚悟もあると言うならば。
容赦しても躊躇しても良い。
その力の恐ろしさに、震えるのも良いだろう。
だが。
その力を使ったことを、なぜ嫌う。
力を恐れ、しかし――それでも目的の為に使う覚悟を、刹那は持っていないのだ。
ルルーシュは、違った。
かつてギアスという力を手にいれ、それによって行動し。
例え、自分の望まぬイレギュラーを引き起こそうとも、彼は決してギアスを憎まなかった。むしろ、その逆だ。
魔女に感謝すらもした。
ルルーシュは、確かに規格外なのかもしれない。
殆どの人間は、刹那のように、力を恐れて、そして彼女に恨みを向けて――死んで行った。
それを、いけないとは言わない。
だが、魔女は桜咲刹那がそれをすることを――決して許しはしない。
なぜならば。
桜咲刹那の行動原理は――自分の為では無いからだ。
誰かを守ろうとして行動するのならば――その重さを、知らなければならない。
知ってもなお、歩むことが必要なのだ。
だって、そうではないか。
守ってくれと、誰が頼んだのだ。
ルルーシュは守ろうとしたあの『妹』も。
桜咲刹那が守ろうとする、近衛木乃香も。
誰が、守ってくれと頼んだのだ。
学園長か?
木乃香の父親か?
違う。
彼女自身のはずだ。
そうでなければ、あれ程までに――真剣に、木乃香を害する相手に、迎えるはずがないだろう。
かつて、ルルーシュは。
守ってくれと誰が頼んだのか――と。
その、守りたかった本人に、言われたのだ。
だが、それでもなお。
最終的に、自分自身の為に――『妹』でも、笑えるような世界を造ろうと、行動した。(最終的に、成功したかどうか。そして『妹』が――それを、知るに足る人間に慣れたかどうかは、魔女の関与するところでは無い)
どんな悪名でも受け入れようと覚悟をして、それでもなお突き進んだ。
桜咲刹那に――それが、出来るのか?
それこそが、魔女の本音だ。
◇
「なあ、桜咲、教えて、やろう」
ゆっくりと――魔女は、繋がった足で進んだ。
「誰かを守ろうと言うのはな、エゴなんだよ」
魔女は、言う。
「だからこそ、だ。そのエゴには重圧と責任が付く。お前は、それを――背負えて、いないだろう」
それこそが、魔女の抱く――敵意の根幹だった。
「なあ、桜咲。お前が、どんな過去を持っているのかは知らん。精神に、どんな支配を受けているのかも、知らん。だが、近衛木乃香を守れる力があり、それを使う事が出来るのに――何故お前は、それを自分で否定する?」
本当に、彼女が木乃香を守りたいのならば。
良いではないか、暴走しようとも。
ルルーシュだってそうだった。
平和にたどり着く、その寸前で。
最も暴走してはいけない所で、ギアスが暴走して――それで彼の初恋の、優しき義理の妹を殺す事になった。
だが、その運命を呪い。
その、運の悪さを引き寄せる自分を呪い。
だが、それでも。
それでもルルーシュは、力を呪う事は無かったのだ。
「自覚が無いなら、ここで言ってやる。貴様はな、自分自身が持つ、刻まれたその制約も、強制をも、嫌っている。それは構わない。だが――」
耳元で唸る、剣風すらも、聴こえないほどに――彼女は、意識を向けて。
首を掴み、引き摺り寄せる。
魔女は、剣士と視線を交差させ。
「誰かを守ることなど、その程度の覚悟では、出来はしないんだよ!」
だって、そうだろう。
その程度で出来るのならば。
魔女の、あの契約者は。
魔女が知る限りで、嘘つきで、誰よりも優しかったあの男は。
魔女自身が、死からも呼び起こしてまで、もう一度共に生きたいと願うほどに――愛するあの男が。
あそこまで傷つくことはなかったのだから。
あそこまで、覚悟をすることは無かったのだから。
あそこまで――世界から憎まれる事は無かったのだから。
いつしか。
剣撃は――止んでいた。
○
「聞け、桜咲」
腕が、止まっていた。
腕が、動かなくなっていた。
何故だろう。
さっきまで、あれ程までに心が高ぶっていたのに。
動かしてはいけないと――そう思う。
他人の言葉が耳に入らなくなるほどに、狂っていたのに。
先程まで、魔女と呼んでいた――彼女の声が聞こえる。
「お前は、何故ここにいる?何故剣を持っている?それは、木乃香の為か?違うんだ。違うんだよ桜咲。それはな――」
彼女は、言った。
「木乃香を守りたい、お前の為なんだよ」
魔女の声は。
何故だろう、心に響く。
あれほどまでに、聞き入れたくなかったはずなのに。
あれほどまでに、聴くことを拒んでいたはずなのに。
黄金の瞳は、血に染まった彼女の中でも、輝きを失っていない。
「お前が、どうやら重い過去を持っている事は解る。だが、それがどうした?お前の過去がどうであれ、お前はここにいて、そして大事なことがあるんだろ?」
ぼんやりと見える魔女の整った顔。
その左眼は、今は無い。
そうだ。私が――貫き、破壊してしまった。
けれども、残った右目は――私を睨んで離さない。
怯えてしまうほどに、強い光で心を掴んでいる。
「お前は、私の言葉を聞かなかったな。それは、お前が心のどこかで、知っていたからだろう。今の自分が、どうしようもなく間違っている事を。どうしようもなく、弱い事を」
魔女の声は、心にしみる。
私の心を覆っていた熱が、ゆっくりと停滞して。
隠していた闇を、あらわにする。
認めたくないと言う自分の心は――魔女の顔を見て、消える。
彼女の額には、赤い鳥の紋章が浮かんでいた。
その鳥が、心を解いて行く。
――そう。
――そうだ。
私は――弱かった。
その弱さすらも、認められないほどに、弱かったのだ。
だから、あの図書館島で――早乙女ハルナに見破られた時に、激高した。
そして、それすらも。
心に架けられた、強制的な催眠のせいだと言い訳をして。
自分は悪くないんだと――そう言わなければ、自分自身が壊れてしまうほど。
私は――桜咲刹那は、弱かったのだ。
ずっと昔。
お嬢様を助けたいと――だから、強くなろうと、思ったはずだったのに。
「お前は鍛えすぎた。ああ、お前は強い。だがな、お前は――その途中で、柔らかさを捨てたんだよ。――川村が持って来た情報にあったぞ?
お前と長瀬とは、過去に会っているらしいじゃ無いか。――お前は、その時のことすら、覚えていなかったそうだな」
楓。長瀬、楓。優しい、あの忍者の友人。
そうだ、確かに私は――彼女のことを、忘れていた。
今もまだ、思い出せてはいない。
だが、過去に確かに、彼女と出会ったことは……事実だった。
「お前は強い。だがな、それは脆いんだ。そして、その脆さを隠すために、お前は――周囲から、人を遠ざけた。そして、それをしている自分自身からも――逃げていたんだよ」
全て。
魔女の――言うとおりだった。
「私は……」
強く、なりたかったのだ。
禁忌と恐れられた自分にも、笑ってくれたお嬢様の為にも。
そんな自分を育ててくれた、詠春様や、本家・青山の鶴子様や、師である刀子さんの為にも。
――唐突に。
魔女の瞳を、私は理解する。
(……ああ、そうか)
この人も。
同じだったのだ。
孤独を知り、己の弱さを知り。
それでも、それを抱えたまま生きて来たせいで――一度、逃げたのだ。
おそらく、心を暴かれて。
自分の為に、行動して。
その理由を、仮初の心で覆い隠してしまって。
きっとルルーシュさんへ、致命的な「何か」を――引き起こしてしまったのだ。
「私は」
怖かった……。
この、自分の罪を知られる事が。
それでいて、自分が共にお嬢様といられることが。
何よりも――お嬢様に嫌われる事が。
だから、近くにいる事を避けた。
遠くでも、お嬢様がいれば良いと、思って。
それが――いつしか、歪んでしまっていた。
「人生の先達として教えてやる、小娘」
魔女は――まるで、教室の時の、ふてぶてしい態度で。
「自分が嫌われる程度、大事な人間を守るためには些細なことだ」
それを聞いた時。
心の中で、――私は、声を聞いた。
――カア、というそれは。
カラス。
自分の内に寝むる――災厄を呼ぶ、白い烏。
けれども、今まで思っていたのとは違う。
死を撒き散らす、禍の鳥では無い。
黒の烏が――死への旅路を指す、水先案内人ならば。
白の烏は。
(ああ、なんだ)
私は、悟る。
(……案内をしないのが、普通じゃないか)
導くはずが、ないだろう。
案内をせず、死者の魂を――見守るだけ。
きっと、母の様に優しい、墓守の――使いなのだ。
(自分で、意味すらも――知らなかった、か)
何故だろうか。
心が、穏やかだ。
ここまで、心が静まりかえっているのは――何時以来だろうか。
覚えてすらいない、昔のことの様な気がする。
「さて、決着を、付けようか」
魔女が。
修復された、人形と共に――声を、掛けた。
◇
風が吹く。
桜通り。
そこに対峙するのは、二人の少女だ。
片や、白き烏を身に宿す――私、桜咲刹那。
片や、灰色の魔女――いや。
「せっかくだ、C.C.と、呼ぶことを許してやる。桜咲」
魔女・C.C.。
「では。……私の事も、刹那で――結構です」
「フン。気が向いたらな」
そんな、会話をする。
魔女の前には、一体の人形がいる。それは、まるで獣のようにしなやかで、機械の様に硬質なイメージで、そして。
目の前の魔女の様な、心を感じた。
夕凪を、構える。
これほどまでに静かに構えたのは――果たして何時以来だったのか。
今までとは違う。
刃が、自分の体の一部となったような感覚を、思い出す。
――風がやんだ。
一瞬が、一秒にも、いや、一昼夜にも。
感じ取れた中で、私は――過去、強くなろうと誓って以来、もっとも満足のいく攻撃を生んだ。
過去にさかのぼっても、いや、この先自分で、ここまで満足が行く攻撃をどれほど出来るのだろうかと。
そう思うほどに、完璧な一撃だった。
だが。
(負けた、か)
体に受けた衝撃で、私は敗北したことを知る。
いや、初めから負けていたのかもしれない。
彼女に勝とうとした私は。
私に負ける気が無かっただけの彼女に。
満足だった。
足が崩れ、地面に倒れる寸前。
(お嬢様。……私は、貴方ともう一度)
昔の様に、笑い合っても良いのでしょうか。
桜咲刹那の、それが最後の意識だった。
◇
「ぐ、はあっ!」
刹那が倒れて。
その数秒後に、崩れるように石畳に這いつくばり、息をはいた魔女である。
「し、ん、どい、な」
いくらなんでも、死に過ぎた。
回復に、体が追い付いていない。
回復の為のエネルギーも、もはや空っぽだ。
息が苦しい。
先程までのあれは、只の見栄にすぎなかった。
もはや、体はボロボロ。傷ついていない場所など無い。
服が体を覆っているのが、不思議なくらいだった。
だが、それでも。
「勝った、か」
魔女は、満足そうに笑う。
桜通りの戦いを制したのは――彼女だ。
まだ、《福音》と少年の戦いも。
電子の神と、技術者たちとの戦いも。
警備員達の奮闘も、続いているが。
ともかく、自分の目的は――達したのだ。
目を瞑る。
春の風が、優しかった。
今が停電だと言う事も忘れて――このまま、眠ってしまいたかった。
だが、しかし。
魔女は――強制的に、覚醒させられる。
視界の天井部。
上空数百メートルの所で。
大きな閃光と、轟音が――聞こえた。
○
停電は、終わらない。
宴は、ますます加速する。
誰も、予測もしていなければ、油断もしていなかった。
だが、しかし。
それは、起きたのだ。
まるで、ガラスが砕け散るかのように――音が響き。
大浴場。
「割れた?!」
唐突に。
まき絵を覆っていた水の牢獄は、破壊された。
「何で?!」
まき絵は――あの《泡》、いやクラスメイトの言動を信じるならば、吸血鬼の弱点を付けるはずだった。
そして、それはおそらく正しいはずだ。アキラが戦った時にも、そう感じた。
理由は不明だが、まき絵は吸血鬼としての弱点を持っていた。
その奇妙さに。
エヴァンジェリンに支配されている訳では無いのに。
そもそも支配されたとして、エヴァンジェリンが流水を弱点とはしていないのに。
いや、「受け継ぐこと」自体――ありえない筈であるのに。
今のまき絵が、それを恐れていることの奇妙さに――この時は、彼女はまだ気が付いていなかった。
いや、正確に言えば。
気が付いていたが――後で考えれば良いと、先延ばしにしたのだ。
それゆえに。
(何か、見落としでも……!?)
頭の中に疑問が浮かび。
(と、にかく)
もう一回――彼女を、閉じ込めなければ。
そう思ったアキラの視界に、見なれた影が映る。
脱衣所から、出て来た姿は――和泉亜子のもの。
だが。
「……違う」
呟く。
アレは――亜子では、ない。
亜子の形をした、別のものだ。
それが、理解できてしまう。
(何が、起きて……!?)
何が起きていると言うのだ。
心が焦る。
パニックになりかけた頭を。
(……落ち着け!)
――理性で押し留め。
だが――混乱は、そこで終わらない。
とにかく、この場を何とか納めなければいけない。
「裕奈!」
アキラは、自分の背後にいる彼女に。
「手伝っ……て……」
声を掛けて。
アキラは、そこで気が付いた。
明石裕奈が――動きを止めていた事に。
彼女は。
「――嘘」
小さな声で呟いていた。
呆然と。
まるで、見た物が信じられないと言う様に。
「……何が」
あったのか、と尋ねたアキラに。
――ゆっくりと。
裕奈は、空を指差す。
その指先は、震えている。
アキラもまた、その指先を追い。
そして。
彼女もまた――目を疑った。
「そん、な」
言葉は、声にならなかった。
月明かりの中で《雷の眷属》が――堕ちていた。
○
カーニバル・経過時間――一時間十五分。
《福音》勢力
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
絡繰茶々丸――健在。
チャチャゼロ――健在。
ルルーシュ・ランぺルージ――健在。
C.C.――(辛うじて)健在。
川村ヒデオ――健在。
ウィル子――健在。
高町なのは――健在。
《福音》対抗勢力
ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
神楽坂明日菜――健在。
霧間凪――健在。
学園防衛戦力
近衛近右衛門――健在。
タカミチ・T・高畑――健在。
明石裕也――健在。
葛葉刀子――健在。
ガンドルフィーニ――健在。
神多羅木――健在。
シャークティ――健在。
弐十院満――健在。
高音・D・グッドマン――健在。
佐倉愛衣――健在。
夏目萌――健在。
龍宮真名――健在。
玖渚友――健在。
零崎舞織――健在。
北大路美奈子&岡丸――健在。
高町ヴィヴィオ――健在。
ユーノ・スクライア――健在。
アルフ――健在。
深山木秋――健在。
その他
明石裕奈――健在。
大河内アキラ――健在。
釘宮円&《不気味な泡》――健在。
竹内理緒――健在。
超鈴音――健在。
葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
長谷川千雨――健在。
鳴海歩――健在。
石丸小唄――健在。
敵対勢力
フェイト・アーウェルンクス――不参加。
《王国》ツェツィーリア――不参加。
ツェツィーリアの僕×3――健在。
「時宮」本体――健在。
「佐々木まき絵」――健在。
「和泉亜子」――健在。
?????――健在。
「世界の敵」――健在。
脱落者
レレナ・パプリカ・ツォルドルフ
桜咲刹那
ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
停電終了まで、あと二時間四十五分。