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[10029] (旧題)ネギま・クロス31 叙事詩・少年と世界  第二章完結
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/21 20:56


 ※次回から、新しいレスに移動します。



 作者・宿木の注意書き


 以下の注意点を読んだ上で、お読みください。
 気に食わない場合はお戻りください。

 この話はネギまの二次創作です。

 クロス作品です。漫画・ライトノベル・アニメ・ミステリーなど31作品です。すべて知っている人を作者は尊敬します。

 ネギ君は原作からクロスした影響で、微妙に過去が違っています。
 そして3‐Aは原作以上に普通ではありません。また一部のキャラの性格の崩壊にもご注意ください。要は魔改造物です。

 作者の妄想が爆発していますのでご理解ください。

 クロスしている作品のメインキャラは、どっかに出したいと思っています。

 オリジナルのアイテム・魔法・技能はあります。ご注意ください。

 作者はこれが処女作です。遅筆ですが楽しんでいただくために、更新速度含め頑張りますので、良かった点・改善点などをお願いします。また、間違いの指摘もお願いします。

 質問も受け付けます。もしもあるのならば『感想と一緒に』お送りください。ただ、作者的に答えられない質問にはそう返答させていただきます。まあ、ばればれだと思いますが。


 更新履歴

 7月3日  注意点投稿(4日に修正済み)
      プロローグその一投稿(4日に修正済み)
      プロローグその二投稿(4日、7日に修正済み)
  4日    第一章その一・前編投稿(4日に修正済み)
      プロローグその三投稿(6日に修正済み)
  5日  プロローグその四投稿(7日に修正済み)
  6日  第一章その一・後編投稿(14日に修正済み)
      プロローグその五投稿(9日に修正済み)
  7日  世界情勢その一投稿(14日に修正済み)
      第一章その二・前編投稿(15日に修正済み)
  8日  プロローグその六投稿(9日に修正済み)
  9日  第一章その二・後編投稿(15日に修正済み)
      プロローグその零投稿(9月10日に修正済み)
  10日 第一章裏舞台・表投稿(17日に修正済み)
      第一章裏舞台・裏投稿(17日に修正済み)
  11日 世界情勢その二投稿(15日に修正済み)
      第一章その三・①投稿(17日に修正済み)
      第一章その三・①(裏)投稿(18日に修正済み)
  12日 第一章その三・②投稿(18日に修正済み
      世界情勢その三・投稿(15日に修正済み)
  13日 第一章その三・②(裏)投稿(18日に修正済み)
      第一章その三・③投稿(18日に修正済み)
      第一回元ネタ辞典・投下(9月18日に修正済み)
  14日 第一章その三・③(裏)投稿(20日に修正済み)
  15日  第一章その三・④投稿(9月10日に修正済み)
  16日 世界情勢その四・投稿(9月10日に修正済み)
      第一章その三・④(裏)投稿(9月10日に修正済み)
  17日  第一章その三・番外編投稿(9月10日に修正済み)
  18日  元ネタ辞典(人物編)・投稿(9月10日に修正済み)
  19日 嵐の前・その一(表)投稿(9月10日に修正済み)
      嵐の前・その一(裏)投稿(9月10日に修正済み)
      嵐の前・その一(闇)を組み入れ・後に削除。
  20日 元ネタ時点(組織・生徒・教師編)(9月18日に修正済み)
  21日 嵐の前・その二(表)投稿(9月18日に修正済み)
  22日 嵐の前・その二(裏)投稿(9月18日に修正済み)
      世界情勢その五・投稿(9月18日に修正済み)
  23日 チラ裏から移転
      嵐の前・その三(表裏)投稿(9月18日に修正済み)
  24日 世界情勢その六・投稿(9月18日に修正済み)
      第二章序章・投稿(9月18日に修正済み)
  25日 第二章その一(昼)・投稿
  26日 第二章その一(夜)・投稿
      狭間の章・壱 投稿
  27日 世界情勢その七・投稿
  28日 第二章その二(昼)・投稿
  29日 第二章その二(夜)・投稿
  30日 第二章その三・投稿
      狭間の章・弐 投稿
  31日 第二章その四(昼)

 8月1日 第二章その四(夜)
  2日 世界情勢その八・投稿
  3日 第二章その五(表)・投稿
  4日 第二章その五(裏)・投稿
  5日 第二章カーニバル(準備)・投稿
  6日 第一章その4・修正
  15日 第二章カーニバル・表舞台①・投稿

 9月2日 第二章カーニバル・表舞台①(2)投稿
  7日 第二章カーニバル・表舞台①(3)投稿
  8日 第二章カーニバル・裏舞台① 投稿
  10日 第二章カーニバル・表舞台②・投稿
  11日 第二章カーニバル・表舞台②(2)投稿
  13日 第二章カーニバル・表舞台②(3)上・投稿
  14日 第二章カーニバル・表舞台②(3)下・投稿
  15日 狭間の章・参 投稿
  16日 第二章カーニバル・表舞台②(4)投稿
  17日 第二章カーニバル・裏舞台② 投稿
  21日 タイトル変更
     第二章カーニバル・表舞台③ 投稿

 10月1日 第二章カーニバル・表舞台③(2) 投稿
  11日 第二章カーニバル・表舞台③(3) 投稿
  15日 第二章カーニバル・表舞台③(4) 投稿
  16日 狭間の章・肆 投稿
  18日 第二章カーニバル・裏舞台③ 投稿
  20日 第二章カーニバル・表舞台④上 投稿
  23日 第二章カーニバル・表舞台④中 投稿
  26日 第二章カーニバル・表舞台④下 投稿
  28日 第二章カーニバル・表舞台④(2) 投稿

 11月3日 第二章カーニバル・表舞台④(3) 投稿
   6日 第二章カーニバル・表舞台④(4) 投稿
   8日 第二章カーニバル・裏舞台の舞台裏 投稿
  10日 第二章・宴の後① 投稿
  11日 第二章・宴の後② 投稿
  14日 第二章・宴の後③ 投稿
  18日 第二章・宴の後④ 投稿
  21日 第二章 福音は誰が為に




 ご要望がありましたので、クロス作品の題名を載せたいと思います。
 ただし、名前だけの登場でなく、物語において明確に登場した順番です。
 なお、『らぶひな』はご指摘をいただきましたのでクロス作品として数えます。
 

 現在28作品

 
 『R・O・D』(原作)
 『終わりのクロニクル』
 『戦闘城塞マスラヲ』及び『レイセン』『お・り・が・み』
 『Fate/stay night』及びシリーズ全般
 『ラブひな』
 『消閑の挑戦者』
 『スパイラル~推理の絆~』
 『ブギーポップ』シリーズ
 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズ
 『とある魔術の禁書目録』
 『コードギアス』及び『ナイトメア・オブ・ナナリー』
 『魔法少女リリカルなのはStrikerS』
 『Missing』
 『されど罪人は竜と踊る』
 『Rozen Maiden』 
 『封神演義』(WJ版)
 『EME』シリーズ
 『BLACK BLOOD BROTHERS』
 『吸血鬼のおしごと』及び『吸血鬼のひめごと』
 『薬屋探偵妖奇談』
 『レンタルマギカ』
 『D-Grayman』
 『ウィザーズ・ブレイン』
 『ハヤテの如く』
 『ラグナロク』
 『サクラ大戦』
 『夜桜四重奏』
 『東方シリーズ』




[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその① 魔法教師の場合
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/08 23:32

 「失礼します。校長」

 扉を開けて中に入ると、最初に目につくのは特徴的な瓢箪頭だ。本当に教師なのかもっと別の仙人やあるいは妖の頭領ぬらりひょんではないか、と彼自身、幾度も疑ったことがある。が、それを顔には出さない。

 「……のお、お主なんか今余分なことを思ってはいなかったかのう?」

 「気のせいでしょう。……校長、何の御用で?」

 タカミチ・T・高畑は目の前の老人、近衛近右衛門に訊ねる。

 「うん……まあ、いろいろじゃな。きな臭いことが起こりそうな――違うの、確実に起きるであろうことが、わかっての。ちょいと長くなる。とりあえず座っとくれ」

 珍しくもふぉふぉふぉ、というバルタン笑いを無しにそう言って、近衛近右衛門、ここ麻帆良学園の校長は部屋の一角に置かれたソファを指し示した。
 ……どうやら、結構真面目な話らしい。出張から帰って来たばかりで大分疲労がたまっていたタカミチであるが、そこはプロ。気を入れなおしてソファに座る。
 近右衛門が反対側に座った所でお茶が運ばれてくる。どうぞ、と渡してくれたしずな先生に一礼をして、タカミチは受け取った。香りといい味といい、日本最高級の緑茶であるが――堪能する前に、仕事の話だ。


 プロローグその一~老魔法教師と壮年魔法教師の場合~


 「さて……今は六月。もう一か月もすればネギ君が卒業する。……問題は、つまりはそこからじゃ」

 湯呑を机に置き、近衛右門はタカミチを見た。好々爺した顔だが、その眼光は鋭い。狸だの遊び心が過ぎるだのと言われることが多い爺であるが、伊達や酔狂でこの魔帆良を統括しているわけではないのだ。タカミチ自身、まだこの老人を超えることはできていない。

 「お主も良く知っておろうが――『立派な魔法使い』の修業は、卒業証書に浮かび上がる。大半は自動でじゃ。まあ、占いや縁結びの延長線上にある魔法じゃからな。その本人にとって、おそらくは最も成長できるであろう導が現れる……ことになっておる。
 ――『魔法世界』での、ネギ君への期待が多くての……いくら秘匿しようとも情報は漏れるわい。まあ十中八九、仮にウェールズの校長やその一派が完璧に監視していいたとしてもじゃ、彼の証書には手が加えられると思ってよい。そして今の彼では、下手に向こう側に行ってしまったら……利用される。まず間違いなく。それも正義の味方などというありきたりな……そして徹底的に間違った方向にの」

 タカミチは頷いた。自分はもはや、期待されても大して背負うことはない。気にすることもない。自分の仕事であり、そして何より、世界では無く自分が正しいと思った事をやるべきだということを、あの伝説たちに教わっている。
 だが実際は。今ですら、タカミチへの期待は大きい。極一部を除き『赤き翼』の伝説を、『魔法世界』の住人は期待している。そして信じたがっている。英雄という、ありはしない存在を夢に見ているのだ。
そしてネギ・スプリングフィールドという少年には、それがおそらく、最も顕著に表れる。
 当のタカミチですら、彼に時折、彼の父親を重ねてしまうほどなのだから。

「いくらリカード君が元老院におり、セラス総長やテオドラ殿がいてもじゃ。
『赤き翼』のメンバーならばとも思ったがのう……少なくとも、子供をきちんと育てる環境には程遠い。六年前のあの失われた村のこともある。安全で、なおかつこちらの目が届き、そして彼を育成し、良くも悪くも現実と世界を認識させる場所が必要じゃ。
 だからこそ……こちらから証書に手を加え、彼をここに呼ぶ。悪と言われようとも、本末転倒だとしてもじゃ。まあ……こちらが手を加える前に、できたばかりの卒業証書を確認したら、やはりもう改竄されておっての。念のために、元々彼に表示されるはずだった試練を確認してみたらのう。面白いことに、ワシ等が書こうとした『 A TEACHER IN JAPAN( 日本で先生をやること )』と出おった。彼の人生は、いずれにせよここに来るということなのじゃな。まあ、結局ワシはそのままにして、あらゆる魔法改竄を無効化する魔法をありったけかけてきたからの。
 ……これも運命なのかもしれんのう。明日菜ちゃんといい、エヴァンジェリンのことといい、じゃ」

 そこまで言って、近衛右門はお茶をゆっくりと飲んだ。

 「校長」

 タカミチは未だ、視線が鋭かった。

 「それは……前にも一度話しました。ですが……そこに関連して、まだ何かあるのでしょう?
 わざわざ、僕を呼んだくらいです。単刀直入に、お願いします」

 「……まあ、のう。確かに、本題はここからじゃよ」

 近衛右門は重い溜息を吐いた。

 「つまりじゃ……。ネギ君がここで教師をやることははっきりした。そしてそれが既に各地に、あまり大っぴらではないが広がっておっての……『敵対している』そこそこの組織ならば問題はないのじゃ。…それで済ませられないレベルの組織もいくつかあるのじゃが、まあ彼らも滅多なことでは早々に手は出さんじゃろ。ここが簡単に入り込める場所ではないことも知られておるし、それが簡単にできるレベルの敵は、最初から侵入などというまどろっこしいことはせん。学園の敷地外で行動するからの。それよりも問題は」

 「敵対していない組織。……ですか」

 「そうじゃ。君に受け持ってもらっているあのクラス――クラスの大半が……ほとんど全員が、敵対していない組織と何らかの関わりがある――あの2-Aの関係者がの、色々と言って来るようになっての。『IAI』……別名を『UCAT』に始まり、『八百万機関』や『神殿協会』。『大英博物館』。財政支援面では『三千院』財閥を筆頭とした三大財閥もそうか。直接言ってはこないが、両手両足では足りない組織が揺れ動いておる。……敵も味方ものう。その予感が、杞憂では終わらない気がするのじゃよ」

 「それで、学園長。一体どうするおつもりで?」

 「うむ。先日、ネギ君について……一応、各勢力、組織と全員集まっての会談を開いたのじゃよ。それぞれ実態では無かったがの。
 議長は『交渉人』の佐山君じゃった。
 雪広グループに共存している『カンパニー』の葛木女史。
 学園警備と世界樹の関係で世話になっておる『八百万機関』の巽女史。
 麻帆良大図書館について世話になっておる『大英博物館』代表はMrジョーカー。
 警備員の教導役、京都神鳴流師範代の鶴子君。
 魔法関係の装備を供給してもらっておる『魔殺商会』が伊織家の当代。
 霊脈土地基盤として世話になっておる『神殿協会』の枢機卿。
 その他、幾つかの大きな組織に……ああ、『三千院』からは頭首の代わりに執事長とメイド長が出てきておったの。
全くもって疲れる会談だったわい。……まあ、そこで出た結論じゃがの」

「はい」

多少緊張した面持ちでタカミチは聞く。

 「基本線としては様子見じゃ。基本希望は通ったという所じゃな……かなり変則的ではあるがのう」

 「……具体的には」

 「第一に、ネギ君を麻帆良に入れる。そこは同意してくれておった。修業の場としては一番ましであろうと。まあ、彼を教師とするべきか生徒にするべきかで多少の意見交換はあったがのう。早めに現実を分からせるのが一番の近道であろうとなった。そのためにも、なるべく大人の世界の方が良い――とな」

 もともと、卒業証書にも教師をすることが修行として表れるのだから、そこはまあ良い。いや、良くはないのだ。本当ならば。
 ネギ・スプリングフィールドは子供だ。問題はそこでは無い。子供であるがゆえに純粋で、そして何よりも、自分の力に責任が付随することが理解できていない――そこが問題なのだ。
 考えがそこまで至らない、と言うべきか。
 本当ならば。
 彼の卒業はもう二年は後だった。魔法学校を卒業するのは、小学校と同じ十二歳。十二歳ならば、まあ社会を見ても早すぎることはあるまい。本格的に労働させられた昭和の初めや戦時中とは時代が異なっているが……とはいえ、小学校卒業生ならば世間の評価も違う。
 だが彼は優秀だった。才能だけは持っていた。
 それゆえに精神は未成熟なくせに社会に関わることとなってしまった。
 精神と、その中にある未熟さと、そして才能と技術のバランスがとれていない。
 技術は優秀であるが、責任が付いて回ることを『知って』はいても理解できていない。
 そして何より、世界の大きさを――そして、汚さを彼は知らない。
 良い意味でも悪い意味でも、彼は純粋なのだ。
 そしてそれは、たとえ彼自身に悪気が無くとも、問題の引き金となるだろう。

 「第二に……彼は仮研修の後、正式な先生をしてもらう。クラスは現在の2-A。そこの――担任じゃ」

 「っ! 学園長!」珍しくもタカミチが声を荒げた。本国でも高い評価を得る『赤き翼』の弟子は、それにふさわしい目付きになっている。だがその視線を正面から受けとめ、学園長は続ける。

 「お主の言いたいことは分かるわい。わしとて不満じゃよ。当初の予定では、高畑教諭、お主に担任、お主の友人ということでネギ君を副担任に据える予定じゃった。それならば明日菜君やエヴァンジェリンとも交流が持てる。お主の――言い方は悪いが監視のもとでネギ君を行動させることがでできる。ネギ君としてもその方が過ごしやすいであろうし、『魔法』関連の色々にもあそこは四天王を始めとして関係者が多いからの……彼らと切磋琢磨できる上に、見聞を広めることができる。それが理想だったのじゃがな」

 ハア、と溜息を吐いた近右衛門である。どうやら本当に面倒くさい会談だったらしい。

 「Mrジョーカーがこう言ったのじゃよ。


 『そもそも皆さん。ネギ・スプリングフィールドはそこまで優秀なのですか? いえ、利用価値ではなく個人の『魔法使い』として見た際、我々が彼に何を期待するのかということです。確かに才能は有るでしょう。認めます。ですがまだ子供。 学園長のお話では彼を修行としてこちらに呼ぶということです。
 修行ということは未熟であることの証明ですからね。
 我ら『大英博物館』が麻帆良に協力しているのは、ご存じの通り『図書館』を筆頭とした貴重品が存在するからです。ですから、『図書館』に関しては協定を結ぶのは当然です。私たち『大英博物館』にある程度の古書・魔導書を閲覧する権利を与える――という見返りゆえに、あの図書館を私たちは密かに守護しています。司書としてね。
 まあこちらもそれなりに悪いこともする組織です。ですから、自分の火の粉は自分で振り払うし、あなた方と同盟を結んでいる以上、施設を守るためにこの学園の存続に関して協力するのも構いません。
ですが……一つお聞かせ願いましょう。
 彼の少年を狙ってくる組織……そこに対して私たちこの同盟が出る、メリットとは何でしょうか?
 かの少年を大事にしたい……その学園長のお気持ちはわかります。ですが……『大英図書館』も善意の奉仕団体ではありません。ネギ少年がやってくることで私達に、どのようなメリットがあるのでしょう?
私が言いたいのはつまりはそこです。ここにいる皆さんは良くも悪くも自分たちの 『組織』を守らなければいけない身。個人的に彼のことを助けたいというのと、公人としての意見は相いれませんのでね。
 彼にメリットが無いのであれば、彼を呼ぶことは即ち余計な波並を立てるということです。確かに常日頃から色々と始末したい敵対組織は皆さんあるでしょうが……しかし、今は上手くいっている。それに元々は皆さん、一対一でなんとかなっていたのです。そして同盟、もとい休戦協定のおかげで上手く『学園』をカバーできている。多少の軋轢はありますが、まあまあ理想の状態でしょう。それをわざわざ崩す以上、こちらとしてもある程度のメリットが欲しいのです』


 ……とまあ、こういう風にの。
 言ってることは事実じゃしの……わしとしてもそこはネックになると考えておった。
 本来ならば確かに、『あちら側』でネギ君が『正義の味方』に祭り上げられようとも彼らには知ったことではないわい。彼らは自分たちの利益、あるいは共存関係としてここを選んだのであり、無償で動く団体ではないからの」

 例えば『神殿協会』はこの日本の大霊脈地に意味を見ている。つまり大切なのは  『土地』であり、一応協会なので無辜の民も大切であるが、別に『麻帆良学園』がどうなろうと知ったことではない。
 『八百万機関』通称『EME』は組織としては『世界樹』が大切なのであり、同時に彼らは『民間企業』なのだ。つまり、利益が上がればそれで良い。
 それは『魔殺商会』も同じで、彼らはきちんとこちらが料金さえ払ってくれるならばどうでも良く、三千院の大財閥に至っては――確かに縁戚の鷺ノ宮家という日本有数の古い、同時に優れた陰陽師の家系もあるが――別に魔法云々すらもどうでも良いのだ。彼らはただの出資者である。『公人』としては、世界の神秘よりは日常における科学技術。つまりはここの新技術を優先しているにすぎないのだから。

 「……それで、学園長。結末を」

 「まあ、今のでほとんど終わりじゃよ。覚悟はしておったが……わしに非難が集まっての。まあ非難というよりかは今後への懸念のほうが大きかったようじゃがの。そこで佐山君がまとめたのじゃ。


 『諸君。非生産的な話をしていても仕方が無い。そこの妖怪なご老体の話によれば、どうやら少年が『麻帆良』に来るのは確定事項らしい。卒業証書からしてそう示しているのだからね。今更言っても仕方が無い。
 確かに私としてもジョーカー君とは同意見だ。だがそこを責めてもはじまらない。
 つまりはメリットを示せれば良いのだろう?
 ならばこの私から提案しよう。
 ネギ・スプリングフィールドを、現在タカミチ・T・高畑が担任を行っているあのクラスの担任とする――これでどうかね?
 そうだね……一年間だ。そこで、我らがかの少年を観察する。
 彼の少年が、一年間でどれくらい成長するのかを見届ける。
 仮に彼が、あの傍若無人な『伝説』に匹敵することが把握できれば、この一年間は先行投資となる。
 そうでないならば、彼を『麻帆良』から出す。後はどうなろうと知ったことではないが……その場合でも一年間ここで過ごせば多少は世界というものが理解できるだろう。
 観察するだけならば数ヶ月でも問題はないよ。だが……彼の経歴を見るに、どうやら真面目すぎるようだからね。一年間くらい、生徒、しかも女子のだ。彼女達と良い思い出を作ってやっても構わないだろう。
 いきなり本番というのも大変だろうから――二、三か月の準備期間の後、一年間だ。
 来年の四月からで良いだろう。
 ――――どうかね?』


 で、彼が周りを押さえてくれての……結局その意見が採用じゃ。
 本当に……久しぶりに疲れたわい」

 学園長は再び、ふう、と息を吐き、そして湯呑のお茶を飲む。
 タカミチは学園長の言葉を反芻し、

 「要するに――彼を支援することで得られるメリットを……将来性も含め把握するため、彼を3-A 担任とし、そして一年間で判断する、ですか」

 そうまとめた。

 「そういうことじゃよ。まあ、一年間というのも表向きで……佐山君には、まず他の狙いもあるじゃろうな。一年間もの間、不確定要素が入り込んで何も起きないはずはないからのう」

 この場合の不確定要素とは、勿論ネギ・スプリングフィールドのことだ。
 『赤き翼』の影響は、少年自身が知らないだけで、イギリス王室にまで及んでいるのだから。
 一年は長い。それこそ、均衡状態を打ち破るのには十分な期間だ。女子生徒との思い出云々はおそらく建前であり、何かしらの策謀を巡らしているであろうことは確実だろう。それが、果たして敵対なのか、そうでないのかは今はまだ判断できないが。

 「いずれにせよ……もう決まったことじゃよ。ここでわしが動くと、さらなる混乱を呼ぶ。ネギ君はあのクラスの担任となる。……ならば、他の手段じゃな。わしらの目的は、ネギ君を英雄の息子ではなくネギ・スプリングフィールドとして育てることじゃ。そのためにはやれることはやらしてもらうでの」

 後日、タカミチはその時の学園長を思い出すたびに連想するのだ。
 まさに飄々とした仙人としか言いようのない顔だった、と。


 「幸いにも心当たりはあるのじゃよ。この世界のどの組織にも属さず、それでいてこちらの関係者であり、なおかつ有能な人材がの」



 校長室で、学園長とタカミチが少年について話してからおよそ二日後――麻帆良学園に新しい教師と転校生、そして女子寮の管理人がやってきた。
 教師は紫色の瞳に細身の美男子で、数学教師兼麻帆良学園女子中等部2-Aの副担任となる。
 転校生は若草色の髪に金の瞳の大人びた美少女で、2-Aに転入することとなる。
 寮の管理人は、ベージュのスーツに赤色の玉をあしらったネックレスをかけ、しかも小学生くらいの娘を連れた優しげな美女だった。


 かくして、老魔法教師の策謀により。
 かつて別世界において魔王と呼ばれた青年。
 魔王の共犯者である灰色の魔女。
 そして彼らがここへとやってきた『原因』――その世界では知らない者のいない、管理局の白い悪魔が物語に参戦することとなる。
 彼らが果たして、学園長の思惑通りに動くかどうか……それはまだ、誰にもわからない。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその② 魔眼王の場合
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:00
 一台の車が走っている。ランボルギーニ・ディアブロ、果たして誰の趣味なのか、黒く塗られた数千万円のイタリア製の高級車である。間違っても運転している人間の趣味ではないだろう。これを送り付けてきた人間の仕業だ。
 運転しているのは細身の、黒スーツにサングラスをかけた男性。助手席に座るのは、こちらもスーツ姿の女性。そして車の後部座席にシートベルトに固定された、ノートパソコン。車の中にいるのはつまり二人……否。

 「ますた~っ!マスターが、あの悪徳社長の高級車に乗っているのは、まあ百歩譲っていいとします。でも、なんで」

 三人目、ノートパソコンの画面から飛び出してきた、黒のシックな、ヒラヒラな衣装に体を包んだ少女は言う。

 「なんで、この婦警が一緒なのですか~っ!?ウィル子は聞いてませんよ!せっかくのマスターとの仕事だというのに……」

 「な、だって仕方がないでしょう!上の方からの通達なんです!警察と宮内庁の合同だなんて前代未聞の上、普段から仲が悪いんです!私とヒデオさんの仲は気が付いたら両方で噂になってますし!断れるわけがないでしょう!そもそもそんな噂を流したのはあなたのはずです!」

 彼女の顔が紅潮しているのは気のせいではあるまい。

 「だからってなぜマスターが運転なのですかっ!婦警が前で運転すれば良いでしょう!私は久しぶりに天界の仕事から解放されてこっちに来たっていうのに、一人だけ後部座席だなんて横暴ですよっ!」

 ギャーギャーと騒がしい車内の中で、運転席の男――川村ヒデオは内心で溜息を吐いた。ことの始まりはおよそ二週間ほど前である。



 プロローグその二~魔眼王と電神と婦警の場合



 「ヒデオ君さあ、魔法世界についてどれくらい知ってる?」

 そう尋ねたのは、長谷部翔香――宮内庁心霊班副長、つまりヒデオの上司にして、剣の師匠である。剣といっても、ここに配属されておよそ半年……その間にようやっと基本が一通りできただけであるが、ともかく師匠。まあ剣や上司云々よりも、あの大会で出会った勇者の姉だというのが一番わかりやすい。

 「魔法世界……ですか」

 思い出すのは、勝手にライバル宣言された青年と、そのパートナーの魔神の姫。確か彼女は、魔導書を開いて魔法を使っていた。そう言えば今でも時々連絡をしているあの吸血鬼もそんなような力を持っていたかもしれないし。いずれにせよ宇宙人や人魚もいたあの大会であるので驚きはしないが。

 「詳しくは……」

 「そう、じゃあまあ、簡単に説明してあげるか」

 そこからの彼女の説明は、普段の怠け姿からは考えられないほどの饒舌ぶりだった。
 曰く、魔法を使える人間達は基本的にコミュニティを作っていて、その究極系として別次元にある『魔法世界』と呼ばれる世界を作っている。曰く、魔法によって人民を救うことを目的にしているが、基本的に存在は秘匿されている。曰く、現実でもその魔法世界でも魔法使いたちによる派閥争いがあり、数十年前までは戦争が起こっていた。曰く、その戦争を終結させた英雄たちは今なお伝説として歌われている。曰く、魔法使いたちの日本最大のコミュニティが埼玉県の――

 「麻帆良学園都市、と言うわけ。わかった?」

 「……ええ、まあ」

 学校の名前くらいは聞いたことがあるヒデオである。もっとも、さすがにそこが非日常一歩手前の学園だったことは驚いていた。……感情が表に出ないのでわかりにくいが。

 「それで、仕事とどう関係が」

 「うん。ヒデオ君、一年くらいそこに行ってきて」

 …………。
 …………聞き間違いだろうか。

 「あの、一体何が」

 「だってさあ、睡蓮ちゃんはなんか本家の家督相続と、あとほら、……最近の、お姉さんの方で今手が離せないし」

 いや、それは知っていますが。
 それに、精霊工学の事件もあるのに。
 もしかして体よく飛ばされるのだろうか、自分。

 「大丈夫。そっちにも顔出してもらうし。それにねえ、あの睡蓮ちゃんに教師が務まると思う?」

 常に居丈高で、たち振る舞いに異様に隙が無く、周囲を睨んでいて、生真面目を通り越して堅物で、ちょっと触ろうものならば反射的に投げ飛ばし、意外と非常識で、指摘されると怒り、しかもそれで自分から謝ることはない――うん、無理。
 いや、そうではなくて。

 「あの、今、教師と」

 「ああ……うんもう説明すんの面倒くさいからいいや。これ」ばさりと書類の束を机の上に投げ出し、「読んどいて」

 「……わかりました」

 どうやら自分に拒否権はないらしい。わかっていたことだが、なぜこの仕事を選んでしまったのか、自分に疑問を覚えるヒデオであった。


     ○


 「一応再確認しておきますが、そもそもの発端は、ナギ・スプリングフィールドという男から始まります」

 車の中、書類を呼みあげるウィル子である。彼女は一応神なので、三半規管がない。つまり車酔いをしない。そう言う部分は、正直少し羨ましいヒデオだった。

 「『魔法世界』で起きた大戦期、その破天荒さから邪魔者扱いされ、イロモノばかり集められた厄介払いの部隊隊長として活動していました。ところが彼らは腕だけは超一流で、結果、彼らが大戦の戦況を塗り替えてしまい、大戦終結後に魔法世界の政府から掌を返されたように英雄として担ぎあげられたらしいです」

 なるほど。異端はいつの時代も弾かれるか、利用される。そういうことだろう。

 「ですが、彼らは幸いにも欲や権力に溺れず、気ままに活動していたようです。一応、現実世界ではNGO組織《悠久の風》の一員として。グループ名を《赤き翼》となっていたようですね。今でも語り草で、子供たちの憧れだそうです……ここまで、なにか質問は?」

 「……いや、次へ」

 「はい。で、およそ十年前、ナギは突如失踪します。あまりにも唐突過ぎたため理由は今でも不明。死亡説が流れました。彼が行方をくらます前、すでに《赤き翼》メンバーは少しずつ自分の進む道を見つけて別れ始めており、今現在の『魔法世界』でも消息が表だってはっきりしているのは三人だけ。一応ウィル子はプラス四人で七人まで見つけました」

 《赤き翼》メンバーの基礎知識はヒデオも記憶している。資料の借りられる時間が限られていたらしく、ほぼ強制的に頭に叩き込まれたともいうのだが。揃いも揃って、ヒデオとはレベルの違う、まさに『英雄』というプロフィールだった。
 その数、およそ十二人。

 「ちなみに、誰を」

 「はい。京都の魔法組織《関西呪術協会》の会長、近衛詠春。これから行く麻帆良学園の広域指導員でもあるタカミチ・T・高畑。彼は当時はまだ、弟子の様な位置づけだったらしいです。それと、『魔法世界』の魔法学校で講師として活動しているリン・遠坂。この三人は普通に有名ですね。
 で、ウィル子が見つけたのが『魔法世界』の辺境で隠遁生活を送っている傭兵のジャック・ラカン。同じく『魔法世界』の旧友達を助けている便利屋の……えーと『正義の味方』という謎の人物がいまして、これはたぶんアルトリア・E・ペンドラゴンです。あと、麻帆良に封印されている、吸血鬼の《始祖》。《福音》のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

 エヴァンジェリン……たしかナギ・スプリングフィールドが力を最小限まで封印して、学校を守らせている……だったか。意外と、えげつない事をする。

 「後の一人は、誰ですか?」

 助手席、彼女も事前事項を頭の中で反芻していたらしい女性が尋ねた。
 北大路美奈子――とある大会、出会い頭に十手で殴打されて以来の仲であり、一応今のヒデオとは、まあ、それなりの付き合いの女性である。

 「ますた~?」なんだかウィル子がジト目なので頭の中の考えを一回忘れることにする。

 「……続きを」

 「……まあ、いいです。最後の一人はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ドイツのシュヴァルツシルト――黒の森の中で実験場を作り、引き籠ってた少女ですね。表向きは失踪扱いですが、一応《赤き翼》メンバーは彼女の居場所を知っているようです。
 残念なことに、死亡が確認されていない他の三名。アルビレオ・イマとゼクト、間桐桜の三人は見つかりませんでした……書類の続きにいきます。
 当然と言えば当然ですが好意的な評価だけではなく、戦争の相手からは『赤毛の悪魔』として恐れられていたようです。『連合の悪魔』のくせに赤色で、速さも強さも三倍どころか三十倍だったらしいですよ」

 「……面白いけれど、脇道にそれないように」

 「はい……で、およそ六年前、そのナギの生まれ故郷、ウェールズの小さな村が悪魔の大群に襲撃されるという事件が起こってます。おそらくは、大戦期に彼に恨みを持つ者の仕業です。村はナギを慕い、相当の実力者がそろっていたらしいですが、ほぼ全員が石化。生存者はたったの三人。ナギの姪であるネカネ・スプリングフィールド。運良く魔法学校に通っていて被害を免れたアンナ・ユーリエウナ・ココロウァという少女。そして――」

 「……息子、と」

 「はい。ネギ・スプリングフィールド。今年でちょうど十歳です」

 車内に沈黙が下りる。ヒデオには想像もできないレベルの過去だった。まあ、彼も実は、意外と修羅場をくぐってきているのだが。しかし、四歳の時にそんな体験をして見れば、それはトラウマの一つにでもなるだろう。

 「ええと余談ですが……母親は、不明ということになっています。ただ、一部の人間は知っているようですね。そんな雰囲気がします。ウィル子でも簡単には入り込めませんでした。セキュリティは楽勝なんですが、魔法製の電子精霊達がうざったくて。
 また後日、侵入してみます」

 それは有難いけれど、何かあったら困る。ほどほどにしておいて欲しい。

 「その少年が麻帆良に来る……だからといって宮内庁や警察まで秘密裏に協力することになるなんて……裏に何かありますよね、ヒデオさん」

 「…………」

 美奈子の言葉に無言で頷き、ヒデオは車を高速道路から下ろす。普通にETCを通り右へ曲がる。麻帆良の敷地まではもう少し掛かるだろう。

 「えーと、資料によれば彼はもう一か月ほどで卒業し、そこで麻帆良に来る事を教えられるそうです。一人前となるための試練だそうですが……どうも『魔法世界』側で、彼を利用する魂胆があるようです。で、彼を助けるのが仕事――と」

 「……ウィル子。僕と美奈子さんの頼んでおいた、調査は」

 「婦警の方はめんどくさかったですが――両方ともできてますよー。聞きますか?」

 「……君の中で、優先順位の高そうなものから頼む」

 「私にも聞かせてくださらない?」

 突然。
 車の後部座席に、少女がいた。
 黒い服に身を包んだ、四人目の乗客。

 「……影の中では、聞き辛かったですか?……闇理ノアレ」

 心の裡ではだいぶ驚いているが、表には出さないヒデオである。

 「いーえ。普通に聞こえていましたわ。でも車の中の話がとても『面白そう』だったので出てきました。……さ、続けていいですわよ《最新の神》」

 「むー、あの錬金術師といい、霧島レナといい、婦警といい、闇といい、こんなマスターのどこが良いんでしょうか。理解に苦しみます。まあ良いです、続けます。……マスター?何へこんでるんですか?」

 「……別に、気にしないで良い」

 さりげない毒舌は彼女の十八番である。なにせ超愉快型極悪感染ウイルス、それが出会ったころの彼女だったのだから。

 「そうしますね。ええとまず、ネギ・スプリングフィールドの来日に伴って、《関西呪術協会》の一部が隠密に行動を開始しています。大戦期に西洋魔術師にコテンパンにされた逆恨みが大半のようです。ちなみに近衛詠春は、彼らを一網打尽にするために麻帆良学園長で、舅でもある近衛近右衛門と秘密裏に連絡し合っているようです。
 同じように、秘密裏に動き始めている組織……詳しい説明は長くなるので名前だけあげます。大戦期に《赤き翼》と敵対していた秘密結社『完全なる世界』。彼らと提携を結んだ、同じく魔法秘密結社『螺旋なる蛇(オピオン)』ですね。えーと、あと警察の上層部が鳴海清隆からの要請を受けて動いているのと、『人類最強』こと哀川潤とその友人ですか。あとはまあ、しばらくは影響しないと思うので割愛します」

 ……この世界では伝説とも言われる、『人類最強』こと『赤き征栽』『砂漠の鷹』まで動いているとは。赤色で結ばれた奇縁でもあるのだろうか。

 「……じきに到着するから……次」

 「えーと、これは婦警からの質問です。ウィル子が最大限に努力して調査しましたのですよ~?ありがたく思ってください。『ネギ・スプリングフィールドが担任とさせられるであろうクラスについて』」

 チラリと助手席を見る。彼女は自分よりもよほど優秀だ。身体能力も、追跡、尾行、逮捕、操縦技術なども。正直言って、ウィル子と仲が良ければ最高なのだが。いやいや、考えてみれば、外交渉を霧島さんに任せ、情報担当はそのままウィル子で、後方と遊撃をアカネ・インガルス・天白・ブランツァールに担当してもらい、前衛をノアレと彼女、ついでに何かと英雄を邪険に扱う名護屋河睡蓮に中衛でも頼めば、後は何もせずに悠々自適な引きこもりライフを送れ――――

 「ま~す~たあ~?」またしても睨まれたので考えを飲み込むヒデオだった。

 「……まあ、良いです。で、クラスなんですが……たぶん、現在はタカミチ・T・高畑が担任をしている女子中等部のクラスになると思います。どうも訳有りの生徒ばかりが集まっているようでして――なにせエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも在籍していますので」

 「……数百歳の、吸血鬼が」中学生とは、一体どこまでえげつないのだろうナギ・スプリングフィールドとは。

 「というかですねマスター、このクラスは異常すぎます。異常というか、人外魔境ですよ。私が調べるのに、一時間以上かかるほど裏社会に関わっている人間が二十人以上ですから。ああ、ちなみにクラス人数は今の時点で三十四人です」

 「…………。」

 「それは……私も入ってみましょうかしら?」

 ノアレがにこやかに言う。
 ……それはさすがに、やめてください。

 「ところでヒデオさん。私たち、一体何を教えれば良いんでしょう?」

 …………聞かないでください美奈子さん。僕も基本知識を入れるだけで精一杯だったんですから。というか、たぶん目つきの悪さからして危険人物扱いされるような気がすごくする。

 「まあマスター、頑張ってください。聖魔杯の時も、行き当たりばったりで何とかなりましたし」

 …………まあ、それは確かにそうだった。

 「一回死にましたけどね」

 ………………やっぱり、今から帰っては、いけないのだろうか。
 車が麻帆良の大橋へと差し掛かった。入口の係員に身分証明書と学園長からのサインが書かれた書類を見せ、ランボルギーニは中へと入っていく。ウィル子とノアレは、いつの間にか隠れていて、さすがは二体の神。
 このときはまだ、川村ヒデオは、三度、自分の人生を熱く燃え上がらせる物語に巻き込まれるとは思ってもいなかった。


 ――かくして、物語に、《魔眼王》川村ヒデオとその一行が記されることとなる。
 彼が再び未来を幻視するのは、いつのことだろう。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その一・前編
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/06 19:10
 [今日の日誌  記述者・朝倉和美

 風の噂であるけれども、新しく先生が赴任してくることを聞いた。
 クラスのみんなは知らなかったようで(多分だ。エヴァちゃんを始めとした何人かが表情を変えたことに気が付いた。知りあいかもしれない)教えたら盛り上がっていた。新田先生に怒られたのは愛嬌と言うものだろう。
 ここ一年間、女子中にやってきた先生は、皆個性的だ。
 自慢ではないが私は、学内有数の情報通だと思っている。
 四月にやってきた音楽の鳴海先生。
 六月後半に唐突に表れた数学のルルーシュさん。
 多分カップルの、社会の川村先生と国語の北大路先生。
 果ては九月の井伊先生。
 その私の勘が、皆、教師以外の何かをやっているような雰囲気がすると訴えている。
 まあ、誰にも話していないけれど、何か秘密があるとは思っているし、クラスのほとんどがなんとなく気が付いている。
 誰も言わないけれど。
 ねえ委員長、何か聞いてたりするんじゃない?

 ところで、新しい先生は三日後。月曜日に来るらしい。
 今度の先生はどんな人だろうか。
 とても楽しみだ。
 この休みを利用して、少し調べてみることにする。]


  第一章 《教育実習編》その一・前編


 サラ・マグドゥガルは非常に寝起きが良い。
 これも世界中を父親・瀬田記康に連れられて生活していたおかげかもしれない。あの親は自分の研究には熱心だが、下手をすると寝食を忘れて没頭してしまう。
 おかげで、というべきかそれとも、けれどもと言うべきか。
 彼女は実に健康優良児に育った。寝起きが良いのはそのせいだ。悪い環境のせいで生命力が強くなったとも言えるかもしれない。
 勿論、瀬田のことは好きだし、とても楽しい思い出だ。
 でも、今のこの生活も中々悪くないと思っている。
 日向荘の面々と一緒に生活できないのは寂しいが、今生の別れでもないし、それに意外と身近にいたりする。しのぶとか。距離的にも、それほど遠いわけでもないし。
 制服に着替えて下に降りると朝食と置手紙が用意されていた。準備したのは景太郎で、添え書きを書いたのはなるだろう。
 今の保護者は二人だ。瀬田と、それに付き合う浦島はるかは未だに世界中を回っている。

 「……ふぁ」

 欠伸をしながら手を伸ばし、卵のサンドイッチを口に入れながら読む。


 『今日は二人とも朝から忙しいので先に出ます。お昼はお弁当を作っておきました。帰りは早い予定です。あと、帰りに卵と食パンと牛乳を買ってきて BYなる』


 牛乳で流し込み、食器を流しに入れて時計を見る。
 八時二十五分を少し回ったところだった。

 「…………アレ?」

 サラ・マグドゥガル。
 麻帆良学園女子中等部・二年A組、出席番号二十八番。
 現在十二歳だが様々な騒動の末、学園長からの許可により中等部に在籍中。
 運動神経はクラス平均より少し上。頭脳は学年数十番くらい。特技はジークンドーとフィールドワーク。苦手な者はホラー。
 現在の保護者は、麻帆良大学の地質学研究所に出張しており、学園長に頼まれて中学校の理科を外部講師として教えている浦島景太郎と、その妻で東大所属教育実習生の浦島なる。……いや、正確にはまだ夫婦ではないが、もう何年かしたら確実に結婚するだろう。だから浦島なるだ。サラの周囲の人々もそう認識している。
 この家は家庭を持つ教職員専用の物件であり、特別遠方にあるわけではない。学園長が気を利かせて提供してくれたものだ。
 問題は相当の俊足の持ち主でも女子中学校正門まで二十分程はかかるということ。これは以前実証済みだ。最寄りの駅まで五分、電車内で十分、そこから正門まで五分強。いや彼女の教室まで含めるのならば駅から十五分弱と言った所か。
 現実をよく認識する。
 寝起きは非常に良いが、それが朝に強いことに直結するわけではない。

 「ヤ、やばいっ!」

 正門に入る刻限は八時四十五分。
 つまることろ、彼女は完全無欠に寝坊していた。

     ○

 麻帆良学園。
 日本・埼玉県麻帆良市に開かれた超巨大な学園都市である。
 西洋風の街並みの中には幼等部から大学部・大学院まで、およそ教育に関してはあらゆる物が集まっているといっても過言ではない。
 生徒の数は数万人とも十万人以上とも言われており、教師の数はおよそ、その十分の一。ただし、外部講師や警備員、各施設の管理人なども多くおり、不自由を感じることは無い。
 部活・同好会・サークル活動も活発。その数二百以上。何をするのかよく分からない同好会や、麻帆良だからこそ成立する珍しい同好会もある。
 もちろん名所も多く存在し、特に有名なのがシンボルでもある巨大な大樹《世界樹》と、湖に浮かぶ巨大な図書館――人呼んで《図書館島》を始めとする歴史ある建物の数々だ。
 さらに、広大な敷地と膨大な人数を保有するが故に、凄まじい才能を持つ生徒や学園内の有名人や名物教師もおり、ファンクラブも多数存在している。
 そしておそらく。
 学園内において最も異常な、それこそ瓢箪頭の学園長がノリで作ったのではないかと関係者各位から揶揄されるクラスがあった。
 幽霊に始まりピエロで終わる、混沌の壺ともいえる色々な意味で問題児ばかりが集まった――集められたクラス。
 その数三十五人。
 辛うじて一般人の範疇に入る生徒から世界最強クラスの怪物まで揃った魔窟。
 それが麻帆良学園女子中等部二年A組である。

     ○

 「みんな注目!」

 教室で声を上げた少女がいる。
 中学生にしては発達したプロポーションの持ち主だ。髪を後ろで束ねて散らす、まるでパイナップルを彷彿させるような型をしている。

 「噂にはなっていましたが、今日から新しく先生が来ます!」

 おそらくは故意にだろう。芝居がかかった口調である。

 「さすが朝倉!」「情報が早い!」「確認したの?」

 「しました」

 きっぱりと言いはなった朝倉和美に、乗りの良い面々が追従する。

 「年齢は?」「性別は?」「いや、それは男だって話してなかったっけ」「若いってどこかで聞いた気もするけど」「頭良いらしいよ?」「そう言えば高畑先生からいいんちょがハーバードとかなんとかいう話を聞いたとか」「オックスフォードじゃなかったっけ?」「じゃあイギリスの人?」「なんで麻帆良に?」

 そんな喧騒をパンパン、と両手を打って沈めると、朝倉は今朝入手した情報を開示する。

 「まず名前はネギ・スプリングフィールド。イギリスのウェールズ出身だね。調べた所によると、まだ十歳だけれどもオックスフォード大学……イギリスの超名門校を卒業していて日本には教師をするためにやってきた。確定はできないけれど、どうやらお姉さんがいるみたいだね」

メモすら見ずに語る朝倉である。

 「趣味は紅茶と骨董品を集めること。高畑先生とは古くからの知り合いで、なんでもネギ君のお父さんと先生が知り合いだったみたいだね」

そんな彼女に質問が飛ぶ。チアリーダー三人のストッパー、釘宮円だ。

 「ねえ朝倉、いつも思うけどさ。個人情報ギリギリのそんなこと、どうやって調べんの?」

 「うーん、企業秘密……と言いたいけれど、まあ良っか。
まず高畑先生と学園長に聞いてみたの。『新しく入ってくる先生のこと教えてくれませんか?』って。名前とか年とか、最初の情報はその辺からだね。学園長は何と言うか、のらりくらりと交わされたけれどね。だから次はしずな先生に聞いてみた。
 『学園長が呼んだ、ネギ先生ってどんな人だか知っていますか?って』。ここで具体的に質問を尋ねるのがポイントね。そうしたら、『あまり詳しいことは知らないけれど、オックスフォードを出た天才だ』って職員会議で言われたらしいんだ。ちょうどいいんちょが高畑先生から言われた、っていう噂もあったし、ここは確認した」

ふんふん、と頷くクラスメイト達である。

 「で、次。お姉さんがいる、とか、ネギ――先生でいっか――の趣味とかは、ちょっと別の方向からアプローチした。
 そもそも、オックスフォードを出た天才少年が何故麻帆良に来るのか?って考えると、ここで先生をやらないか?って誰かに言われたんじゃないかと思ったんだ。それが誰かはさすがに判らなかったけれど、きっと学園関係者だよね。それで超に頼んで、教師と生徒含め『イギリスに渡航経験のある人』を調べてもらったり、『スプリングフィールドという名前に聞き覚えは?』って取材して調べたの。ちなみに、二時間で約四千人分の情報を聞いたけれど――私の質問で反応を見せたのは瀬流彦と、ウルスラ学院の高音先輩、それと――エヴァちゃん」

 ざっ、と一斉に教室の片隅に視線が集まる。
 机の上に何冊もの厚い洋書が置かれており、その内の一冊、もはや何語かもわからない言語で書かれたページを、不機嫌そうな顔で捲っている小柄な金髪の美少女がいた。

 「私が聴いたら何か機嫌が悪くなってね、睨まれたけれど『高畑に聞け』とだけは言ってくれたんだよね。丁度、超の調べた海外渡航経験の中で高畑先生もあった。しかも、五年くらい前に数ヶ月間イギリス・ウェールズに滞在してる。これで狙いを定めた。ここまでは良い?」

感心して聞く皆である。

 「高畑先生は最初接触した時にはここまで教えてくれなかった。でも、おそらく先生がネギ先生をこっちに呼ぶか、あるいはそう誰かに頼んだんじゃないかと思った。
 だから、ネギ先生を調べるなら、高畑先生の行動の内、関係ありそうな物を調べようとおもった。旅行滞在先、日数、電話、学園長との会談。でもどれも違ってね。そこで思いついたんだ。例えば――誕生日とかどうだろう?って」

 簡単そうに語る朝倉だが、そう簡単なことではない。
 相手は広域指導員の《死の眼鏡》である。

 「高畑先生の性格なら、絶対ネギ先生に贈り物をする。ネギ先生はイギリスの人だし、まだ十歳だ。高畑先生も外国の血が入っているからね。そこで、ちょっと頑張って調べてみた。
 そうしたら、毎年一回、ウェールズの村に贈り物をしている。しかも一つじゃなくて複数ね。中身の確認はできなかったけど、去年、一昨年と『陶器と紅茶の葉』とか『骨董品と紅茶の葉』って輸出目録には記載されてた。それでいて、ネギ先生に贈るには少し分量が多すぎると思った。
 だからきっと、ネギ先生に贈るのと一緒に、保護者にも贈っている。ネギ先生とは友人と呼べる関係を築いている。贈り物から察するに、まだ十歳のネギ先生は骨董品や陶器が好きなんだろう。だから趣味には骨董品や陶器や紅茶がある。
 保護者がお姉さんっていうのは…なんとなくかな。もしもお兄さんなら、もっとカッチリしたイメージの物が入ってると思うんだ。服――は無いにしろ、腕時計とか」

 「朝倉……よくそこまで」そう言ったのは柿崎美砂である。

 「まあね。で、その上でもう一回高畑先生に聞いてみたの。『ネギ先生と高畑先生は親しいみたいですが、どこで知り合ったんですか?』って。そうしたらネギ先生のお父さんが知り合いだった、って情報をゲットしたってわけ」

 おお~、とどよめきが上がる。

 「朝倉凄い!」「さすが」「探偵見たい!」「パパラッチ!」「です~」

 騒がしい中、少し胸を張った朝倉は。

 (でもね)

 内心で、訝しく思う。

 (オックスフォードに在籍していたアウルスシティの知人は、ネギ先生の事を知らないんだよね)

 欠片も表情を変えないが、頭は普段以上に働いている。
 ヨーロッパ南部・ウォリスランド共和国にある、その名を『混沌の街』アウルスシティ。
 果須田裕杜という一人の天才が作り出したその街で朝倉和美の両親は出会った。両親の言葉を借りるなら、取材と出張とが生んだニアミスから生まれたラブロマンスである。
 無論、そこの研究施設に駐留できるほど、彼女も、彼女の両親の頭脳も優れてはいない。あくまでも一時の出張と取材だ。だが、知人の何人かはできた。娘を合わせる程度には仲の良い友人もだ。彼らはそれこそ世界に羽ばたけるレベルの頭脳の持ち主たちだ。
 朝倉には数分間ではあるが、彼らと肩を並べることができる特殊な才能がある。
 それゆえに、彼女自身も、多少の情報を得られる程度には仲が良い。
 オックスフォードで教鞭をとる、とある知人の女性が言うには、ここ五年間十歳の天才少年など在籍してはいないという。

 (全部が全部嘘ってわけじゃないんだろうけどね)

 理性が警告を発している。近づくとやばいことになりそうだ。
 この手の勘を、彼女は滅多に外さない。
 しかしそれでも。記者の魂が欲している。学園に隠された秘密を。
 人間の中の最大の悪魔・好奇心。それが蠢いている。

 「よおし、セーフッ!」

 息を切らせながら教室に駆け込んでくる少女、サラ・マグドゥガルを見ながら朝倉は選択した。サラの後ろからは神楽坂明日菜と近衛木乃香も入ってくる。
 十歳の少年が、他のやってきた正体不明の教師達のように完璧に偽装できるわけが無い。

 (ちょっと……久しぶりに頑張って探ってみようかな)

 始業のチャイムが鳴る。一時間目は社会だったか。
 異様に目つきの悪い、薬物中毒患者にしか見えない黒髪細身の青年教師である。
 噂のネギ先生が来るのは、おそらくは二時間目だろう。


 麻帆良学園女子中等部2‐A・出席番号三番・朝倉和美。
 彼女は、混沌の町と天才の催した最高峰のゲームを知る、学園最強の記者であった。


     ○


 さて、サラ・マグドゥガルが何故間に合ったのか、それを少々触れておくことにしよう。


 麻帆良には多くの設備・施設がある。もちろん人気スポットも存在する。
 当然といえば当然だが、校舎と寮との間の移動は列車が中心であり、そう簡単に『ちょっと歩いて』往復することはできない。できるだろうがやる人間はあまりいない。長身細目の忍者だったり、年齢不詳の銃使いの巫女さんだったり、白い羽を持つ剣士だったり、そんなレベルである。彼女らにしても面倒くさいことに変わりは無いだろう。
 そのため、寮の駅の周辺、あるいは校舎最寄りの駅周辺にも多少の店舗が並んでいる。
 どちらかというと小物品であったり、嗜好品や雑貨品であったりが殆どでコンビニよりも少々品揃えが専門的なレベルである。

 「ちっくしょー」

 そんな麻帆良学園中央駅の一角で、セリフを吐く影が一人。
 白い肌に金髪が目立つ美少女、サラである。
 寝坊して、走って、頑張って電車でやって来たものの、現在は八時四十二分。もう三分ほどで女子中学校正門はタイムアウトである。それなりに体力に自信があるサラではあるがここから三分で行けるとは思えない。
 体力馬鹿の異名を持つ明日菜ですら五分以上かかるのだから。
 ところが。

 「確か、サラ…だったか?」

 そんな彼女に声を掛けた人物がいた。
 登校ラッシュを過ぎたメインストリートには生徒の数は少ない。周囲を見渡す彼女に

 「こっちだ」

 車道から声をかけた人物がいたのである。
 国産乗用車の助手席、長身の女性が窓から顔を覗かせている。アスリート体系というのだろう。しなやかな体つきの人だ。運転席にいるのは眼鏡を掛けた、口をへの字型にした男性だ。顔見知りだった。
 「ああ……えっと、高町…さん」

 普通に呼び捨てにしてしまい、慌てて付け加えたサラである。

 「亮子でいいよ。女子寮の管理人さんと紛らわしいから」

 機嫌を害した様子もなく、彼女はそう言ってサラを招き寄せる。
 サラの知人である彼女は高町亮子。そして運転席にいるのは言わずもがな、彼女の同居人・浅月香介である。
 どうやら大学に向かう途中、彼らがバイトをしている小物店――確か《ブラウニー》だったか――に寄ったらしく後部座席には幾つかの袋が置かれていた。

 「門限まで時間が無いんだろ。ついでに乗せて行ってあげるよ」

 おい運転するのは俺だぞ、という香介を無視して彼女はそう言った。
 サラが車に飛び乗ったことは言うまでもない。


 とまあ、こんな経緯があってサラ・マグドゥガルは間に合った。
どう考えても法定速度を破っていたとか、正門を残り十秒ほどの所で通過したとか、正門どころか女子中学校の昇降口まで送ってきてもらったとか、かなりの運転だったけど全然平気なのはかつての瀬田カーや今の浦島カーのおかげかなあ、とか色々と思うところはあるが、とりあえず彼女は間に合ったことに感謝する。
 廊下でなにやら不機嫌そうな明日菜と、いつも通りの木乃香に合流した。明日菜は『あのガキ』とか『なんで子供が』とかブツブツと呟いていたが、気にしないことにする。
 教室でなにやら朝倉が情報を公開しているのを聞きながら、自分の席に向かう。
 そういえば、新しい先生が来るとか言うことを景太郎が言っていたなと思いだし、鞄を置いた。
 彼女の席は窓際の棟の最後尾。早乙女ハルナの後ろである。
 席に付き、隣人に言う。

 「理緒」

 「はい?」

 綾瀬夕映の後ろ。真ん中の棟の最後尾。喧騒を眺めていた小柄な少女が振り向いた。

 「さっき、亮子さんに会って送ってもらった」

 サラの隣人、出席番号十八番。竹内理緒。

 「そうですか。間に合って良かったです」

 にっこりと笑って彼女はそう返答した。

     ○

 関係者では有名な話であるが。
 麻帆良中央駅前のアクセサリーショップ《ブラウニー》は裏の顔を持っている。
 緊急時における避難場所や連絡場所でもあり、同時に『ちょっと特殊な』裏の物資を扱っている店舗であるからだ。
 ここが開かれたのは昨年の四月。
 可愛らしい内装と清潔な店内、そして値段も手頃なオリジナル商品という、学校帰りの女子学生を対象としたお店だった。それなりに繁盛しているし、定期的に出る新作は予約も多い。
 店長は年齢不詳のお姉さん。個人で切り盛りしているようだが、バイトは何人か雇われている。
 不機嫌そうな顔の若い音楽教師、鳴海歩が店長を見て珍しくも動揺したというのは有名な話であり、どうやら恋愛関係にあるのではという噂も密やかに流れている。
 2‐Aの中では、竹内理緒がそこでアルバイトをしていること。そしてどうやら、店長さんとは知人であるらしいことが朝倉の調べではっきりしている。
 店長の名が結崎ひよのといい、鳴海歩とは高校が同じでそれなりに親しかったということも。
 だが……さすがに店舗の地下。
 お得意様はガンドルフィーニ教諭と龍宮真名。
 日常生活とは無縁の、銃器や火器や特殊武装が販売されていることはトップシークレットである。


 鳴海清隆は陰で暗躍する。
 彼の目的は、未だ明かされてはいない。


     ○


 一時間目。
 2‐Aの教室において、外見だけは怖い川村英雄の淡々とした、しかし非常に効率の良い公民の授業が始まったころ。
 校長室に一人の少年がいた。
 少年の名を、ネギ・スプリングフィールドという。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその③ 《神》と子供達の場合 
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/12 00:46
 アイズ・ラザフォードという人間を、どう評価するか。
 世界的に有名な、ピアニストというのがその大半だろう。
 かつては天才少年として。そして、今でもなお、少年が青年へと変化しただけで、世界有数の実力を持つピアニストというのは変わらない。
 だが、事情を知る人間にとっては、違う。
 彼は……そして彼の兄弟たちは、忌み嫌われている。
 何よりも、『悪魔』の血を引いているのだから。


  プロローグその三~神と天使と悪魔の子供たちの場合~


 「……アユムが?」

 成田空港の一角で、アイズは話をしていた。日本公演も終わり、これから三週間は久しぶりの休暇である。

 「ええ。清隆の知人でもある『冥界返し(ヘブンキャンセラー)』とかいう医者の伝手でね。病院を移ったの」

 電話の相手は土屋キリエ。
 『悪魔』水城刃という、人間にして人間を超えたイレギュラー。そこに関わる人間である。最も彼女自身は組織の中にあって研究は専門外で……彼の血を受け継ぐ、通称を『刃の子供達』を観察する《ウォッチャー》であり、今現在も生き残っている『子供達』の連絡役を担っていた。

 「それに伴って手の空いているチルドレンで、歩君に近い人材は清隆に召集されたのよ。香介も亮子ちゃんも、理緒も。アイズ君には?」

 「いや……連絡はもらっていない。二週間ほど前に一回連絡は来たが、何も言っていなかったな」


 『子供達』。それこそが忌避される対象だった。
 『悪魔』の呼称の通り、天才的な才能と頭脳、そして強運を超えた天運を身に持っていた水城刃――その実の子供達。
 彼の才能を引き継ぎ、誰もかれも一芸以上に秀で、そして彼の子供達の証拠として――左肋骨が一本欠けている。無論アイズもそうだ。


 「そう。まあ、また何か考えてるんでしょうね」

 「……水城火澄が死んで、もう二年以上になる。アユムの調子はどうなんだ?」


 ――水城火澄を語ることは難しい。
 アイズを始めとする『子供達』の、遺伝子上では叔父にあたる人物で――鳴海歩の、鏡となる存在。
 『悪魔』と呼称された水城刃に対応する『神』鳴海清隆がいるように。
 『神の弟』たる鳴海歩に対応する、『悪魔の弟』。
 本人の性格は、善か悪かで言うならば善人だった。だが、あらゆる悪意を撒き散らす『悪魔』の血族――それも、ある一艇の年齢に達した時、初めて悪意を持って行動するようになる、最強最悪の『トロイの木馬』を宿す者。
 そんな、水城刃の血を引く子供達。
 だからこそ水城刃が死んだ、否、鳴海清隆に殺された後に、組織は分裂したのだ。
 『チルドレン』をどうするのかと処罰を巡り。
 あくまでも人知を超えた存在として、水城刃、そしてその子供達を擁護し研究をする崇拝の一派と。
 子供達が本当に『悪魔』の血によって、彼と同じような存在になるのかを見極め、その後に判断しようとする保留の一派と。
 『悪魔』の血が覚醒してからではどうにもならないからこそ――それこそ鳴海清隆のような、同レベルに人知を超えた存在でない限り――今の内に、始末してしまおうという処分の一派と。
 三つに分裂した。
 どれも、間違ってはいないのだ。
 そして、どの勢力からも対象の筆頭として見られたのが……刃の弟たる水城火澄であった。


 「……まあ、何とか回復してるわ。相も変わらない車椅子だけど……体調は悪くなっていない。左腕も使えるし。少しずつ細胞も活性化しているみたいだしね。寿命も延びてきてはいるらしいわ」


 その火澄は、歩が清隆の『計画』を打ち壊したことで自ら死を享受した。同じ境遇の歩の為に命を差し出したのだ。
 『計画』――結局のところ、その清隆の全貌は、アイズにもはっきりと把握できているわけではない。
 どうも『子供達』の全データを網羅した通称『ミカナギファイル』――紆余曲折を経てそれを鳴海清隆が入手した所から『計画』は始まり、『子供達』や水城火澄、そして最終的には清隆自身も死ぬつもりだったらしいが――結局それは鳴海歩によって阻止された。

 『本当に世界がそうにしかならないなら――それが間違っていることを、俺が証明する』

 決して終わらぬ螺旋の道――それが、歩の決意だったそうだ。
 『悪魔』が覚醒するのと同様に、歩が死ぬのも必然であると、清隆は考えていた。
 盤上の必然。『悪魔』と『神』とその弟たち。
 全ての後には、盤上にはなにも残らない。誰も彼もが死に、何もないままに終わる。それが清隆の信じる――否、悟っていた世界の在り方だった。
 だからこそ……歩が死ななければ『悪魔』の呪いに打ち勝つことも可能なはずだと、歩は清隆に言い。
 そして歩が清隆に示した通り……何人のチルドレンは残念なことに『悪魔』の血に覚醒して悪意をばらまき、そして死んでいたが……幸いにも、まだ歩は生きている。
 予定では、もう数年前に彼が死んでいてもおかしくはないというのに。
 その歩を助けるために――水城火澄は命を差し出した。

 「……皮肉なものだな」

 ……水城の血に、一番近いはずの血族によって、血を受け継いだ者たちが救われるとは。
 内心でそう呟いた言葉を、果たしてキリエがわかったのかはともかく、彼女はそうね、と返事をしただけだった。

 「それで、土屋キリエ、アユムが送られた病院はどこだ?」

 「ええ。それなんだけれど……え、と…これね。記録だと麻帆良大学病院ね。知ってるでしょ?あの埼玉の」

 「ああ。内部が妙に発展した学園都市だったな。神木とかいう樹が中央に立っていた」

 「そこよそこ。数年前に壊滅しちゃった場所不明の『学園都市』に似てるらしいわね。こっちは位置がしっかりしているけれど。そこで治療しながら、ついでに教師やるってさ」

 「……あいつがか」

 鳴海歩という人間は、知能も運動能力も高い。顔もそこそこは良い。意外と家事も得意だし、芸術の感性はそれらのどれよりもずば抜けている。……が、いかんせん、性格は悪い。教えるのはそれなりに得意かもしれないが、人付き合いや愛素、丁寧さは皆無だ。
 およそ、教師には向いていない。それこそ芸術家や音楽家、あるいは研究者や探偵のような俗世間から一歩離れた仕事に向いている。

 「あいつがよ。清隆からの話によるとそこの学園長が割と酔狂な人物なんだってさ。鳴海歩、って言う一流の天才ピアニストが病気で入ってくるのを知って、治療費も生活費も全部負担するから音楽の教師・だめなら講師として教えてほしいって頼んだらしいわ。
 まあ清隆の提案には、歩も色々と考えて許可出した見たい。なんでも、治療のためには幾つか世界の階層を潜るとかなんとか……」

 「…………。」

 世界の階層。アイズもそれは知っている。いつだったか聞いた話だ。
 カノン・ヒルベルト――彼の口からだった。


 カノン・ヒルベルトとアイズは親友だった。
 最終的に彼は、水城刃の血、そして彼自身の優しい性格がせめぎ合い、結果として鳴海歩と対決し――やっぱりここでも彼だ。気に入らない――そして負けた。
 負けた後、監禁され、そして水城火澄に殺された。
 まあ、それは置いておこう。
 カノンはチルドレンの中でも取り分け運動能力が高く、覚醒する前は清隆の指示のもとで幾つもの潜入工作や暗殺を行っていた。
 仕事についての話こそ少なかったが、潜入経路をどうするのか、あるいはセキュリティをどうやって破るのか――そんな会話は多かった。アイズも、それなりに楽しんでいたと思う。それは年頃の少年達が、仮想の敵を作りだし、それを倒すために野山をかけるのと、同じようなものだったのだろう。ただ一点、命が掛かっていたということを除けば。
 そんな幾つもの仕事の中で、唯一、カノンが失敗した仕事があった。
 いや、その表現は正確では無い。
 暗殺を命じられたカノンが、標的に到達した時、すでに標的は死んでいたのだ。そしてどんな運命か、その部屋には標的を殺した人物がいた。
 名前をそう……石凪、とかいったか。その少年はわざわざカノンに対して自己紹介をしたという。
 それだけなら良かった。室内でその石凪という名の暗殺者とニアミスしたところで、カノンの仕事は標的を殺すことであり、そしてその人物はすでに死んでいるのだから。
 まあ、お互いに会話を交わさず、何も見なかったことにしてそのまま別れれば、軋轢を生まずよかったのだが。
 別れることはできなかった。


 それがなぜかといえば、もう一人やってきていたからだ。


 カノンと、石凪というサイズを持った――馬鹿馬鹿しいが事実だ。彼の一族は、暗殺の獲物は必ずデスサイズと決まっているらしい――少年の前に、もう一人。
 天井裏から女性が下りてきた。
 カノンとその少年が気が付いたのか、それとも彼女の方が様子をうかがっている気配を悟り、降りてきたのかはわからないが。
 ともかく、一か所に勢力の違う三人の侵入者が介してしまった。
 女性は便利屋と探偵の中間の仕事らしく――標的の持つとある研究データが狙いだったらしい。そして部屋の中で対峙するカノン達を見て大体の状況を把握し、降りてきたという。
 女性は《炎の魔女》と名乗り――そこまできて彼らは互いの事情を、簡単ではあるが説明した。敵対しなかったのはおそらく、互いが互いに力量を感じ取り、話し合った方が無難と感じたからだろう。
 カノンの目的は標的の暗殺であり、すでにそれは石凪少年によって完了していること。
 石凪少年の目的も標的の暗殺であり、ついでに男の研究データを持ってくること。
 《炎の魔女》の目的は、石凪少年も狙う研究資料であるが、暗殺までは考えていなかったこと。
 幸いなことに。《炎の魔女》の持っていた小型の端末で研究データが複製できたので争いに発展せずに済んだらしい。
 そしていざ脱出しようとしたところで、ようやっと施設内の非合法な警備員が状況を把握し――おそらくデータの複製と説明が長く時間のかかった原因で、彼らがかけつけたのだろう――しぶしぶとも、三人で協力して逃走することにした。
 アイズは拳銃で、石凪少年はデスサイズで、《炎の魔女》は蹴りと拳で……薙ぎ払い、穿ち、刈り取り、逃走した。死者が果たしてどれほど出たのかは不明だが――最終的に建物は崩壊した、ということははっきりしている。
 後日。それらの責任は、《炎の魔女》と石凪少年が被ったため――カノンの評価は何も変化はなかったそうだ。


 『僕達は勢力こそ大きいですが、人数はそれほど多くないのです。あなた方『チルドレン』の関係者の方が、きっとずっと人数は多いのですよ』

 脱出して一息入れた後、石凪少年の放ったその言葉を聞いてカノンは臨戦態勢に入ったが……《炎の魔女》に止められたそうだ。

 『落ち着け。……どうもお前達は詳しい事を知らされていないようだから言っておくが――水城刃という存在は、色々と有名なんだ。そしてその血を受け継ぐ子供達もな』

 《炎の魔女》も水城刃という存在とそれに連なる者のことは把握していたらしい。だが、彼女も興味が無いようだった。

 『興味が無いというよりは……領域が違うのですよ』石凪少年は言ったそうだ。

 『あなた方の祖である水城刃という存在は非常に珍しい。私達にとってみれば青天の霹靂でした。突然変異……のようなものでしょうか。
 水城刃は、なんの変哲もない普通の家系に生まれました。そして、あのような人知を超えた存在となった。まさしく『悪魔』という異名が付くほどの存在に。
 水城刃と同じレベルの存在は、私達もよく知っています。山ほど……ではありませんが、両指の数位はまあ、僕でも知っています。ですが、彼らは皆、人工的……いえ、違いますね……しいて言うならば、脈々と歴史を重ねてきたが故の成功例です。
 カノンお兄さん。あなたは知らないようなので教えて差し上げましょう。僕達『石凪』と同じく、殺人を生業とする稼業は結構多いのです。そして独自のスタイルとスタンスを持っています。歴史が古い……とまでは行きませんが、ある程度の家系であることは確かです。ですが――』

 『水城刃という人間は、その歴史をすっ飛ばして出現したからな』《炎の魔女》はそこでカノンの手を離すと、誰かに連絡を取りながら――おそらくは彼女の協力者だろう――言葉を引き継いだ。

 『何代も血を重ねて、『暴力の世界』に相応しい家系を作り上げたのに、第一階層『学問の世界』の突然変異体がそれと同格になってしまったからな。有名になるのも無理はない。
 水城刃の研究施設が『ER3』や『アウルスシティ』の研究所にあったことは知っているだろう?
 当然と言えば当然なんだ。あそこは世界の学問の最果てにして総本山だ。
 学問によって人間を超えることを目的にしている施設にしてみれば――手を貸すのも当然だ。
 踏み入れることの少ない、他の世界に喧嘩を売らなくて済む』

 『まあ、そういうことですよ』

 石凪少年は笑ったという。

 『あなた方のトップ……鳴海清隆、ですか。彼も水城刃と同じ、そういう領域の人物です。彼ならば、ある程度は私達のことも把握しているでしょう。
 四つの世界のことも、僕達一族のことも……そちらの《炎の魔女》――霧間凪さんのことも』

 『知っていたのか?』

 『ええ。まあ。……あなたも意外と有名ですしね。お会いできて光栄でした。……それでは、また縁があったらどこかでお会いしましょう』

 『……まあ、君も知らないことが色々あるという事だ少年。鳴海清隆にでも聞いてみろ。意外と世界が広いことを教えてくれるだろうさ』



 「―――と、―――っとアイズ!」

 そこまで回想して、アイズは現実に引き戻された。

 「何をぼんやりしているの?……疲れてるんじゃないでしょうね」

 「いや……なんでもない」

 そう、チルドレンの極々一部と、アイズ、カノン、それ位しかこの話は知らない。電話の向こうの土屋キリエですらもだ。
 カノンは清隆に尋ね、そして少々の話を彼から聞き――それをカノンと、当時から付き合いのあった何人かに話したのだから。
 世界が一つでは無いことを。
 麻帆良という土地が少々異常な地であるということも。

 「それで」アイズは尋ねる。「清隆は三人を何に?」

 「そう、本題はそのことよ!亮子や香介は別に問題はないの。ちょうど大学生だし、麻帆良は大学レベルも高いし。でもね、あいつ理緒に何頼んだと思う?生徒よ生徒!」

 「……何が問題なんだ?あいつの体格なら高校生でも十分問題ないだろう?」

 「そうじゃないのよ!」

 土屋キリエは一呼吸置いたのち

 「中学生として入れたのよ!」

 ………。
 アイズが沈黙したのも、無理はないだろう。

 「……聞き間違いか?今、中学生と聞こえたが」

 「残念なことに間違いじゃないの。『刃の子供達』の生存メンバーが一、『爆裂ロリータ』『荒れ野の妖精』こと竹内理緒は麻帆良学園女子中等部に転入されました」

 「……それは、また。――大変だな」

 そういえば、妙にキリエの機嫌が悪いのはそのせいなのだろうか。以前見たく、雑用で走っているのか。どうやら清隆とは個人的に連絡を取れる立場にいるらしいし。
 とりあえず、不倫にならないようには注意していてもらおう。

 「それで……キヨタカの行動にも理由はあるんだろう?」

 「そこなのよね……。清隆は何か知ってるっぽいのよ。こっちも独力じゃ無理があるけれど――なんか権力使って宮内庁と警察に圧力掛けて合同で秘密裏に麻帆良に派遣を要請してる。そのせいで、もう数週間すれば警察・宮内庁で珍しくもチームが派遣されるらしいのよ。
 それに、あの土地を狙ってなんかキナ臭く動いてる組織があるの。ここ三カ月くらいね。それも私的な闇組織だけじゃなくて公権力もなのよ。さっき言った警察や宮内庁、あと大英博物館。玖渚機関とER3。『ふぉーちゅん・てらあ』と『IAI』。三大財閥と雪広家。その他色々。どれも探るのに命が必要よ」

 …………。
 …………なるほど。
 アイズは納得していた。
 カノンの話した世界の在り方――キリエの言った組織こそ表の面を持つ物ばかりだが……それがつまり、一堂に会している。それこそ、カノンと遭遇した殺人・暗殺一族も関わっていてもおかしくはない。都市ほどもある巨大な学園とは、良くも悪くもそういう場所だ。
 麻帆良という学校に何があるのかはわからないが……つまり、それだけの組織が集うにたる理由が、それも相当に深い理由があるのだ。そして、鳴海清隆はそこに。


 一枚自分達を噛ませた――。


 おそらく、理緒であった理由もあるのだ。香介や亮子でもなく、理緒を差し向けた理由がある。体力や運動能力で劣る彼女を選んだ理由。
 そう例えば……チルドレンの中で最も重火器の扱いに長けていること、とか。
 となれば、必然的に、そういう人間が多く集まるクラスに入れさせるだろう。大きな学園の中、学園の裏の顔を知る生徒――そんな人物が集まるクラスに。
 ここまでは、情報さえあればたどり着ける。
 そしてキリエの言った、理緒が入学させられるクラス――それはどうやら、中学校らしい。
 一応、アイズはキリエに聞く。

 「アユムの受け持ちはどこだ?」

 彼女が理緒の情報を手に入れたのがここ数日ならば、おそらく、まだそこまで気が付いていない。

 「え?……ああ、ちょっと待って。えーと…女子中学校になって」

 キリエも悟る。本々、頭の回転は非常にいいのだ。
 アイズの思ったとおり。つまり最初からお膳立てされているらしい。

 「……偶然、じゃないわよね」

 「ああ。……土屋キリエ、理緒の転入するクラスを調べてみろ。きっと、面白いことがわかる。教師も含めてな」

 「……そうさせてもらうわ」


 ――その後。とりとめのない会話を数分続け、アイズは電話を切った。
 空港の天井、否、その上に広がる空を幻視しながら彼は言う。

 「キヨタカ……何を考える?」

 返事は無い。

 「お前が何をしようとしているのか、俺にはわからない」

 返事は無い。

 「アユムには世界についてを説明したのか?」

 返事は、無い。

 「……まあいい。またいつか、近いうちに会うだろう」

 アイズは空港の――彼のすぐ後ろで風船を配っていたきぐるみに声をかけ、去っていく。
 その姿が見えなくなった後、きぐるみのなかで苦笑がした。


 「やれやれ、まったく。鋭いな」



 かくして。
 かつて《神》と呼ばれた者の手で、盤面は少しずつ整えられて行く。
 盤の名は麻帆良学園。
 キングの名はネギ・スプリングフィールド。
 ゲームの参加と観賞代は、はたして何なのだろうか。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその④ 《必要悪の教会》の場合 
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/07 23:15
 七月。
 イギリス・ロンドンが一角。中心部から僅かに離れた聖堂がある。
 聖ジョージ大聖堂。
 歴史こそカンタベリー寺院よりは劣るものの、その建物の『価値』を近代の魔術師で知らない者はいない。
 なぜならばこの場所こそイギリス最大の魔法コミュニティにして、ヨーロッパ、否、世界全域で最も恐れられる――『処刑組織』だからだ。
 ロンドンにある総本山『協会』が――つまりは『魔法世界』の一大拠点が司法・立法と世界に膨大に存在するNGOやギルドを管轄する中、断罪の役目を担う戦闘組織。
 組織の名を『必要悪の教会』――ネサセリウス。
 信仰信者ではローマ正教に劣るものの、とある一人の魔法使いにより近代科学とも密接に結びついた組織は、戦闘能力で言うならば世界最高峰。
 それこそ技術力でならば、日本の複合企業『U-CAT』の疑似空間隔離技術と空間法則改変技術。あるいは『ふぉーちゅん・てらあ』の古代技術の応用。そして『ER3――大統合全一研究機関』の狂気の産物。
 それらとも渡り合えるほど、最先端の技術を持つ、『魔法使いを裁く組織』。
 そのイギリス正教の最大主教……つまるところの最高権力者にして組織の中でも三本の指に入る魔術師、ローラ・スチュアートは。

 「あ~づ~い~の~な~り~け~る~よ~」

 あんた誰、と言いたくなるほどにだらけていた。
 普段から清潔ではあるが散らかっている室内に扇風機が置かれ、しっかりと防水加工された冷却機能付きのウォーターベッドに横になり、しかも口を開けて扇風機に声を当ててビブラートをかけている。しかも肌の露出こそ少ないものの、どう見ても水着姿。
 …………見なかったことにしよう、と神裂火熾は扉を閉めた。

 「あ~か~ん~ざ~き~」

 聞こえない。私は何も聞いていない。これはきっと幻聴で、扉の向こうの上司が声をかけているわけではない。

 「きゅう~か~い~ら~な~くて~?」

 「いります!」

 反射的に答えていた。しかも反応して中に入り扉をきちんと閉め目の前に座るまでおよそ0,2秒。世界に二十人ほどしかいない《聖人》スキルの無駄な使い方だった。
 ちなみに彼女が休暇を欲しがっていた理由というのは、とある縁により知り合いになりしかも色々と助けてもらった少年が、仲間たちと海に行こうという計画を立てていて彼女も誘われたが、仕事を理由に断っていたからだったりする。いけすかないサングラスの知り合いからとんでもない水着を貰っていて、まあきっちりシメたが、彼に見せるにはやっぱりそれなりに拘りたいしとか思っていたりもしたのだが。
 それはともかく。
 彼女のあまりの素早さにちょっと驚いたローラであったが、すぐに気を取り直して神裂に言う。

 「じ~つ~は~」

 「最大主教。扇風機を止めてからお願いします」

 「…………わかったのなりけるよ」


 プロローグその四~最大主教と《聖人》と魔法科学者の場合~


 「まあ『あっち側』のお偉いさんがうるさいのでありけるよ。例の『千の呪文の男』関連で。確かにうちらはあの馬鹿に協力してはいたであろうし、しかもどこをどうやったのかイギリス王室にも承認と交流をとっていたようであろうが、もう十年前の話であらざるに、今さら彼の息子がどうとか、煩わしいことこのうえないのでありんす」

 扇風機を止め、部屋を片付けた後に言った言葉がそれだった。ローラは執務机に。神裂はその前に。

 「…………」

 つっこんだら負けだ、と神裂は思う。この変な日本語はどうやら土御門が教えたらしい。こんな古文単語交じりの技法など、今の日本人でもまず使わない。
 さすがに水着は着替えたらしく、彼女はいつもの、白い法衣に身長の二倍以上もある金髪を止めているスタイルだった。

 「『あちら側』にしてみれば、厄介なあの馬鹿の息子を手取り足取り教えはべり、都合良く利用しようとのことであるましが……。それに私達が協力する必要はないであり、それを伝えたら納得して切りましたでありけるが」

 背後に気配を感じ取る。

 「そうしたら今度は、あちらが勝手に動き出した。つまりはそういうことだ」

 神裂が振り向くと、部屋の一角に一人の男が浮いている。いや、浮いているのではなく、立体映像――ホログラムだった。果たしてそれが、この男の魔術の力なのか、それとも科学の技術によるものなのか、それは判断がつかない。洗濯機すらも苦手な神裂にとって、彼の科学は理解の範疇外だった。

 「二十年前の大戦よりは大分マシになったとは言え、今でもあちらの政府の高官は各魔法結社、魔術組織との癒着が切れていない。くだらないがな」

 男の衣装は緑色の手術着だった。上下逆さまになり、ふわりふわりと宙に浮いている。
 アレイスター・クロウリー。
 およそ魔術師の中では世界最高峰の実力を誇り、しかし科学技術に傾倒した裏切り者。圧倒的なまでのその技術力はもはや魔法と判断ができないレベルに達し。科学と魔術との融合に、世界で最も近いであろう男である。
 なお。
 百五十年ほど前、十九世紀に悪魔討伐において名を上げたヴァチカン直属《黒の教団》という組織においても同名の人物がいるが……彼との関係は、多分無い筈である。

 「別に『赤き翼』や、その後継者たちには興味が無い。政府の奴らには、興味どころか関心もない。だが、彼らと繋がる各組織は、今の立場としては見過ごせないのでな。
 彼の少年に対して標的達が動くということは、それは私たちも動かなければいけないと言う事だ。あの赤毛の大馬鹿者の息子は何も知らないのだろうが……。いずれにせよ、イギリス王室にも無駄に影響力を持っていたあの『伝説』の子なのだ。陛下達は多少の借りは返すつもりでいるようであるし、『必要悪の教会(ネサセリウス)』としても、前々から目を付けていた組織を追い込むチャンスでな。こちらとしても動くのに都合がいいのだ。
 個人的な恨み辛みは別としてな」

 彼がここにいる理由は、さまざまだった。
 数年前に集結した、宗教と魔法を巡る一大決戦の結果でもあるし、その前にローラとアレイスター、彼らが結んだ同盟の結果でもある。決戦の末に、『魔法世界』に存在したもう一つの日本、その『学園都市』における彼の拠点が壊滅したからでもある。
 一時期は『必要悪の教会(ネサセリウス)』として、あるいはたった一人の剣士として、その壊滅に関わった身としては複雑な気分だった。
 彼の本拠地が果たして今どこにあり、そして何を考えているのか、それはこの目の前の二人しかわからないのであるが……ともあれ、今のアレイスターはイギリス正教の客人であり、そして『必要悪の教会(ここ)』のNo2である。

 「まあ、私としても色々と気に食わない思いはあるが……アリアドネの理事長にも多少の借りはあるのでな。結論としては、あの規格外の息子、ネギ・スプリングフィールドという存在を、多少は擁護する。そのために呼んだわけだ」

 ……なるほど。アレイスターの説明を受けて、神裂は頷いた。
 『魔法世界』における、二十年前の大戦――神裂は、それを詳しくは知らない。なにせ、彼女はようやっと二十代なのだから。末期の頃にかろうじて生を受けていたか、否か。その程度だ。
 だが、強大な権力と実力が、そして何よりも拭いようのない業が付随する存在が、どう見られるかは彼女も良く知っていた。彼女が『必要悪の教会』に所属しているそもそもの原因は、そこにあったのだから。

 「それで……私は何をすれば良いのでしょう」

 「うん。そこなのよな。最初は君かステイル辺りにでも彼の少年を護衛してもらおうとでも思わなくもなかったのであらざるが……それよりも大事なことがあるのことよ。むしろ『必要悪の教会』としての、本来の仕事でありんすなる」

 『必要悪の教会』――処刑組織としての、本来の仕事。
 それは、無関係の民に危害を与える魔法使い達の確保であり、そして始末でもある。
 神裂は、彼らの要求を把握する。

 「……わかりました。つまり――『魔法世界』あるいはこちら側において、少年及びその周辺人物に対して、魔法世界政府と癒着しておりなおかつ看過できないレベルの計画を立てている組織……彼らの動きの妨害、あるいは計画の阻止。ですね」

 「理解が早くて助かる。癒着云々は二の次だが、そういうことだ。その方が借りを返した気分にもなれる」

 アレイスターの言葉を聞いて、そのあと気になっていた懸念事項を聞く。
 「それで、最大主教。私の休暇はどうなったんでしょう」

 「ああ、そのことなりけるが」

 「今回行動してもらうのは、君だけでは無い……ということだ」

 アレイスターが口をはさむ。実は内心で、結構彼女のエセ日本語がうっとうしかったのかもしれない。視界に入る口を尖がらせている姿も、無視だ。

 「……つまり」

 「あの一大決戦を終結させた、君の友人たち――彼ら全員に、協力を要請する。その協力を取り付ける役目も一任する。筆頭である、私を殴り飛ばしたあの『幻想殺し』の少年と、勧誘という名目で一日くらい何をしようとかまわん。土御門の送ってきた堕天使なんとか水着を着てみるのも良いだろう。同じ仕事をするならば、一緒に行動する時間も増えるだろうしな。……もっとも、ライバルも増えるがな。そういうことだ」

 水着はともかく。
 神裂は、おそらく、この時初めて、この目の前の男に感謝した。


 「意外と思いやりがあるのでありけるな。アレイスター」

 隠しきれない嬉しさを纏った神裂が退室した後、ローラは男に向かって呼びかける。

 「別に思いやりなどでは無い。『幻想殺し』の少年を動かすには、彼女が一番都合が良い。そして少年と彼女の二人が協力することになれば必然的に他の協力者も現れる」

 上下逆さまのまま、アレイスターは言う。

 「まあ、私も一応は理解したのだよ。彼らは私の計画をことごとく粉砕した。彼らを計画の内にいれ、利用するはずが、万全の状態だったにも関わらず彼らはそれを乗り越えていった。ハードラックの異名の通りな。ならば、きちんと事情を説明した方が使える。――それだけだ」

 「ならば何故神裂にあのレポート用紙を渡したのでありんすかな?
 あれにはあの少年と、その仲間たちの全ての居場所が記されていたであろう?
 それが思いやりでなくて、いったいなんというのでありんす?」

 口元に浮かぶ笑みを、隠さずに訪ねたローラである。
 アレイスターはそれを見ると不機嫌そうに眉をひそめ、パチンと指を鳴らした。


 ――――グゥワイン


 彼女の頭に、どこからか落ちてきた金タライが直撃する。
 衝撃よりも音でダメージを受け、( 彼女が来ている法衣は、ほぼ全てのダメージを無効化する特殊な効力を持つ。かつて『禁書目録』の持っていた『歩く協会』のようなものである。 )少し涙目となったローラが顔を上げた時には、すでにアレイスターは消えていた。

 「まあ……これはこれで、いい関係なのかもしれないでけるな」

 彼女はそう呟き、机の上に再び扇風機を載せた。



 かくして、ネギ・スプリングフィールドを巡り、世界がゆっくりと胎動し始める。
 その流れはまだ緩やかで、殆どの者は気が付いていない。
 だが、確実に動き始めていたのだ。



  [探索、勧誘の参考にされたし Byアレイスター・クロウリー  ]

 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』*現在、『魔法世界』日本に滞在中。

 『禁書目録(インデックス)』*現在、『魔法世界』学園都市アリアドネ図書館に出張中。

 『吸血殺し(ディープブラッド)』*現在、『現実世界』奥多摩山系・城塞都市にて検診中。

 『超電磁砲(レールガン)』*現在、『現実世界』世界各国にて、『妹達』との会合中。

 『妹達(シスターズ)』No10032*現在、『魔法世界』にて『禁書目録』に同行中。

 『一方通行(アクセラレータ)』*現在、『魔法世界』各国を放浪中。最終目撃例は交易都市グラニクス。

 『打ち止め(ラストオーダー)』*現在、『一方通行』に同行中。

 『未元物質(ダークマタ―)』*現在、『魔法世界』日本・裏新宿無限城にて生活中。

 『原子崩し(メルトダウナー)』*現在、『現実世界』米・『ER3』にて研究中。

 『正体不明(カウンターストップ)』*現在、『魔法世界』日本・『学園都市』にて休眠中。

 『背中刺す刃』*現在、『魔法世界』首都メガロメセンブリアを拠点として情報収集中。

 『我が名が最強であることをここに証明す―――――――。


 以下、およそ三十人にわたって記述がなされている。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その一・後編
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/14 22:38
 [今日の日誌 記述者・綾瀬夕映

 新しい先生が来ると言って、朝から教室内が騒がしかったです。
 確かに興味がありますが、月曜日の朝からここまで盛り上がれるクラスはすごいと思いますね。
 何でも、十歳の天才少年とのこと。どこまで期待できるか分かりません。
 ……以前この日誌を渡された時にこれくらいで終わらせたら、『もっと何かありますでしょう?』と委員長が言ってきました。
 そこで、最近の出来事を付け加えます。
 先日、図書館島の探検中に一人の上級生と出会いました。
 ニット帽を被った、両腕が義手の女の人です。大学生位でしょうか。
 なんでも、事故に巻き込まれて亡くしてしまったのだとか。
 フレンドリーな人でそのまま案内してあげました。
 たまには良いものです。
 そういえば、ナンパしてきた大学生位の男を足で蹴りあげて追い払ってくれた時、太ももの辺りに大きなホルスターが見えました。

 そういえば、その日の夜、桜通りで傷害事件が発生したとか。
 噂になってますが、吸血鬼って本当にいるんですかね?
 早く帰った方が良い、と教えてくれた先輩に、感謝したいと思うです。]



 ネギま・クロス31 第一章《教育実習編》その一・後編



 ルルーシュ・ランぺルージの朝は早い。
 彼が住んでいるのは学園都市桜ケ丘四丁目の二十九である。
 住んでいる家主のセンスだろう、品の良いベッドから身を起こすのが六時くらい。自分に抱きつくように眠る魔女を起こさないように抜け出し、下に降りるのがそれから十分後。

 「おはようございます。ルルーシュさん」

 「ああ、おはよう。絡繰」

 一礼と共に出迎えてくれる彼女に返事を返し、朝食の準備を手伝う。
 和食の時は彼女が、洋食の時はルルーシュが調理をする決まりとなっていた。手の空いている方は台を吹き、人数分の食器を配膳し、新聞を取りに行き、庭に水をまく。
 それが終わるころには料理の準備も一段落する。そうしたら次は、二人の魔女を起こしに行くのだ。
 C.C.はルルーシュが。
 エヴァンジェリンは茶々丸が。
 それぞれ大きな子供をあやす気分である。苦労を分かち合う仲と言えるだろう。
 文句を言ったり、言い返したり、不意打ちで色々と精神的なダメージを受ける諸々があったりした後、朝食となる。
 食べ終わったら当然学校に行く準備だ。二人の怠けものと自分の分の鞄を空繰が用意し、その間その怠けものはぐでっとしている。ルルーシュはルルーシュで仕事に使う物を確認しているためいつも彼女に任せっぱなしだ。正直迷惑かけて悪いと思う。
 準備が終わるころ、ようやっと魔女二人が制服に着替える。
 堂々と。俺の目の前で。
 まあ、元々C.C.で慣れているせいか、別に何も感じない。一回男としてどうなんだと言われたことがあるが……まあ、大した問題ではないだろう。
 八時を回る頃、四人で家を出る。鍵は絡繰の当番だ。
 そうして、学校へと向かうのである。



 ルルーシュ・ランぺルージは、自分がここにいる理由がわからない。
 集合無意識の中で長く時を過ごしていたことは覚えている。
 気が付いたらここ、麻帆良の森の中で灰色の魔女と、もう一人、白いコートのような衣装に身を包んだ女性が倒れていた。
 ここの土地の警備員に捕まり、取り調べを受け、そうして交渉の結論としてここの教職を手に入れたのが、およそ八か月ほど前のことだった。
 生きていることを、自分のことを、喜んで良いのかはわからない。
 単純に蘇ったことを喜べるほど彼は幸福な人生を送ってはこなかった。
 だが、灰色の魔女は、口ではともかく嬉しそうにしている。
 ならばそれで良いかと納得している自分がいて、それが少し意外だった。
 もう一つ。
 本当に奇妙なことに、彼の中には記憶が複数存在する。
 世界を統一し、悪逆皇帝と呼ばれた後、親友――と呼べる、彼の手で刺殺された記憶。
 自分と瓜二つの弟・ロロと戦った、ネモという人形が存在する記憶。
 シュナイぜルに左目を抉り取られた記憶も存在すれば、江戸時代でペリーと戦っていたふざけた記憶もある。
 奇妙だと思ったが、理由は判らない。
 本当に、わからないことばかりだ。

 『まあ予想でしかないが……どちらかにどちらかが引っ張られたんだろう。その状態で、あの高町なのはとかいう奴の影響で、二人揃って飛ばされた。……まあ、大方そんなところだろうな』

 エヴァンジェリンという吸血鬼の少女はそう語った。
 ルルーシュ達を最初に発見したのが彼女であってくれて良かったと思う。
 彼女は、C.C.が再生するところを目撃し、そして二人を家に滞在させることを許可した。
 何日か後、齢六百歳を超える彼女と、C.C.は意気投合していた。
 C.C.の具体的な年齢は聞いたことが無いが、少なくともブリタニアという国家が存在しなかったくらい昔の話ならば共通点がある。
 そう思っていたら――


 「灰色。お前の出身はどこだ?」

 「私か?……はっきりとは覚えていないが、ヨーロッパの……そうだな、今で言うフランス、だな。確か『――――』とかいう名前だった」

 「……本当か?」

 「嘘をついても仕方が無いだろう。百年戦争の最中でのことだ。小さい頃に売られたから出身については曖昧だが、たぶん正解だ」

 「……何か覚えていることは?」

 「――?何だ一体」

 「……良いから話せ」

 「――私の家は階級でいうならば最下層だったよ。毎日の食事も苦労したと思う。顔も覚えていないが、父親は…おそらくただの衛兵で、母については何も覚えていない。母が多分病気で死んでから…酒に溺れた父親にはした金で売られた」

 「…………」

 「生まれた場所は――毎日、鐘の音がしたことは覚えている。あと、確か……湖、だな。日が沈む方向に湖の中心がある。真ん中に城が建っていて、そこが領主の城だった。岸からは――」

 「岸からは一本の橋が伸びていて――夜明けとともに城全体が照らされる造りになっている。違うか?」

 「そうだ。……だんだん思い出してきたな。城の名前を、確か、レーベン……レーベンスシュルト、か?」

 「ああ――そうだ。それで、あっている」


 この会話の後、二人は一晩中過去について思いを馳せていた。
 C.C.がエヴァンジェリンと共に学校に通うと言い出したのは次の日からだ。あの学園長と名乗った妖怪にエヴァンジェリンは交渉をし、そしてそれを認めさせた。
 彼女が要求を伝えた数日後、知人だという高畑という教師と学園長が会話をし、許可を得たことを教えられたので、彼らが何を言っていたのかは不明だ。
 だが、身分不明で柵のない身分も、時には必要だということなのだと思う。
 ちなみに、念のためルルーシュ・ランぺルージ、あるいはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという名をこの世界で探して見たが、歴史においても一回も存在しなかった。


 C.C.は今、クライン・ランぺルージと名乗って学校に通っている。
 麻帆良学園中等部2‐A・出席番号は三十四番だ。
 クラインがどういう意味なのかと尋ねたら、王には王冠が必要だろう?とのことだ。
 『王冠ならばクラウンだぞ』というコメントは言えなかった。
 もっと疑問に思ったランぺルージについて尋ねたら。
 ――どうやら俺の妻と言うことらしい。
 C.C.は中学生をしている。実際は結婚可能な十六歳どころかその十倍を超えているが、中学生で籍を入れることは不可能だ。そう思ったら、どうやら『許婚だから同じ姓を名乗っている』という理屈を持ちだした。
 おかげで俺はロリコンという不名誉な謗りを受けることとなる。
 エヴァンジェリンの家に同居しているというのもそれに拍車を掛けた。
 ところでなぜ吸血鬼が中学生なのか、と思ったが、どうやらエヴァンジェリンにはエヴァンジェリンなりの事情があるらしかった。ちなみにその理由が聞けるのは、C.C.が転入してから数ヶ月後のこととなる。
 結局、噂が収束するまで数カ月かかった。



 今、C.C.はどうやら生を楽しんでいるらしい。
 そしてそれは、おそらくルルーシュ自身もそうなのだ。
 あの無意識の中で、全員と触れ、そして会話を交わしたことがぼんやりとだが思い出せる。心残りが無いかと言えば嘘になるが、今の生活を享受する余裕はあるのだろう。
 こちらに来てから半年以上。教職にも支障は無い。

 「今日は――ネギ少年がやって来る日だったな」

 かつてのエヴァンジェリンの盟友にして、最高の敵――その息子。
 かつて魔王と呼ばれた少年は、一瞬だけ両目に凶鳥の紋様を浮かべる。
 エヴァンジェリンからすでに計画は聞いている。
 これから数ヶ月……久しぶりに忙しくなるだろう。学園側からは、どうやらルルーシュもC.C.も彼女の仲間だと思われているらしい。
 結構なことだと思う。

 「見せてもらおうか、少年。君が世界にどう抗うかをな」



     ○



 《日本で先生をやること》

 それが僕の修業内容だった。
 アーニャはできるわけが無いって言うし、お姉ちゃんは驚いて倒れてしまった。
 それでも僕は、諦めるつもりはなかった。
 父さんに追いつくためには、泣き言何か言っていられない。
 あの六年前。助けてくれた実力を思い出すほど、自分が弱いんだと痛感する。
 だから、日本に行って、一人前の魔法使いになるために修行する。
 これは、もはや決定事項だ。
 そう話したら、お爺ちゃんの友人の方が学校の校長先生をやっているらしく、その人の所に行くように手配してくれた。
 日本のサイタマという場所にあるそうだ。
 麻帆良学園と言うらしい。
 父さんの杖を布で巻き付ける。鞄には鉄の鍋を結んで、中には衣服とティーセットと魔法関係の雑貨品を入れる。そしてそれをローブみたいなコートの上から背負う。少し重いけれど、走るのにも問題は無い。
 日本語も話せるようになった。
 六月の晴れた日。お姉ちゃんの見送りで、僕はヒースロー空港からナリタ行きの飛行機に乗った。


 飛行機で七時間半。そこから電車で三十分くらい。
 到着した麻帆良学園は大きかった。
 電車の中でくしゃみをして、突風を起こしてしまったことは反省点だ。
 タカミチからの事前の連絡によれば、僕を迎えに来てくれる人がいるらしいけれど、たぶん学校が始まる時間だったからだろう。すごい人込みで結局見つからなかった。
 時間も迫っていたし、まさか教師が初日から遅刻するわけにはいかない。
 仕方が無いから走っていくことにした。


 その後僕は、出会った赤い髪の女の人に、初対面なのに思いっきり掴み上げられ、さらに怒鳴られることになる。
 日本の女の人はお淑やかだって聞いていたのに。



     ○



 「まあまあ、明日菜。子供の言う事やし、そんなに怒らんときや」

 木乃香が止めてくれるが、私は今機嫌が悪い。
 そりゃあもう、ものすっごく機嫌が悪い。
 初対面の人間に、しかも中学生の乙女に、出会って早々『失恋の相が出てますよ』って。私じゃなくても怒るに決まっている。
 それだけならばともかく、この子供は自分が何故怒られたのかが解っていない。
 それがもっと腹が立つ。
 もしやこのガキは良い事をしたと思っているんだろうか。
 もしもそうならば殴らせてもらう。

 「せめて降ろしてあげな。落ち着きや。どうどう、明日菜」

 今私は、片手で頭を掴んで持ち上げている。私の方がかなり背が高いためこいつの脚は届かない。両手をワタワタと動かしている。木乃香の声もどうどう、どうどう…って、馬かわたしは!

 「木乃香」

 「冗談や」

 睨むと笑顔で返された。相変わらず美人だ。あの学園長と本当に血が繋がっているとは思えない。
 まったく。溜息を吐きつつ、毒気を抜かれた私はガキを地面に下ろす。
 ――いや、その前にちょっと待て。

 「アンタ、何でこんな所に来てるのよっ!」

 「あ、それはそうやね」

 木乃香も同意してくれた。
 私達は気が付いたら正門を通り過ぎて昇降口前にいる。
 麻帆良学園は広い。広いということはつまり、警備や大人の目が届きにくい場所もあるという事だ。学園の最奥部が女子の中高エリアなのもそれが理由だ。
 桜通りの吸血鬼ではないが、夜には人通りが少ない場所やオカルトスポットもある。外縁部に行くほどその傾向は強く、逆に中心部ほどガードが固いと言える。

 「ここは女子校エリア。小学校は別の場所!つまりあんたみたいなガキが来て良い場所じゃないの!」

 「小学校は一つ前の駅やで?」

 コイツの困ったような顔を見ていたら何とか私の気も納まった。とっとと小学校エリアに戻らせよう。
 そう思ったら。

 「いやいや、彼は良いんだよ明日菜君」

 上の方から声が聞こえてきた。聞き間違えるわけが無い。

 「おひさしぶりでーす、ネギ君」校舎の二階から高畑先生が声を掛けてくれていた。

 「お、おはよーござい――」

 「久しぶりタカミチー!」

 あああ呼び捨てで呼びやがったこのガキ。っじゃなくて!

 「知りあいなのあんたっ!」

 そう叫んだ私を無視して、このガキは二階の高畑先生と話をしている。

 「無事にたどり着けたかい?」

 「ちょっと人が多くて驚いたよ」

 「そうか。でも、まあ何事も無くて良かった。今そっちに人を送ったよネギ先生」

 「……先生?」

 木乃香がその単語に不思議そうな顔をする。
 そういえば、学園長から新任の先生を迎えに行ってくれと頼まれたが。
 てっきり同じお爺さんだとばかり思っていたけれど。
 まさか。

 「はい。今日からこの学園でお世話になるネギ・スプリングフィールドです」

 ぺこりと頭を下げて名乗りを上げた。
 ……ほんとに?
 ちょっと冷静になった私だった。そうならば高畑先生の手前もあるし、多少は態度を改めなければいけないかもしれない。
 だが。
 そこまでならばともかく、さらに高畑先生から一言。

 「彼は僕に代わって2‐Aの担任になるそうだよ」

 普段ならばメロメロになったであろう爽やかな笑顔と共に吐き出されたそのセリフは、私を完璧に凍りつかせた。


 私たちのクラスの副担任・ルルーシュさん――本当はルルーシュ先生なんだけれど、その容姿はまだ高校生でも通用する位若いため基本的にこう呼ばれている――が降りてきて、その後二階で高畑先生と合流。総勢五人となった私達は学園長室へ向かう。
 このネギというガキと高畑先生はやけに親しそうで、その上、昔話をしているらしい。らしい、というのは日本語じゃなくて流暢な英語で話してたからだ。
 さりげなく私を見て、ちょっと嬉しそうな顔をする。
 は、腹立つコイツ。絶対さっきの仕返しだ。
 木乃香とルルーシュさんが「子供の喧嘩だな」「そうやね」とか話していたが聞こえないふりだ。
 普段ならばほとんど何も感じない数分が、妙に長かった。


 「本当じゃよ」

 学園長先生はきちんと頷いた。

 「まあ、教育実習からじゃがの」

 なんでもこいつは『修行』とかいう理由でやって来たらしい。何の修業なのかさっぱり不明だが、卒業試験とかと似たように考えれば良いんだろうか。

 「で、でもまだ子供ですよ!」

 「いや彼、頭は良いんだ。安心したまえ」

 頭が良いと言われても。大体こいつは英語教師だと言った。英語と言うことはつまり、高畑先生の授業じゃなくなると言う事だ。そりゃあ確かに高畑先生は出張が多いし、教員じゃなくて臨時講師だ。だから理屈は分かる。
 わかるけれど、このガキに教わるっていうのが、何か嫌だ。
 高畑先生が担任から外れるというだけでもダメージが大きいのに、その上接触する機会も減ってしまう。
 そんな風に思っている私の前で、学園長とネギは話を進めていく。


 「ネギ君は、彼女はいるかいのう?どうじゃ、うちの木乃香なぞ」

 「いややわ、もう」

 どこからか取り出されたトンカチがガスッという音と共に後頭部に振り下ろされる、まあお決まりのコントが行われる。


 「紹介しよう。指導教諭のしずな先生じゃ。なにかあったら相談すると良い」

 「あ…はい、よろしくお願いします」

 偶然ではあるだろうが、しずな先生の豊かすぎる胸に顔を埋めている。


 「で、こちらが現在、高畑君の下で副担任をしてくれているルルーシュ先生じゃ」

 「ルルーシュ・ランぺルージだ。よろしく」

 「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 どことなく落ち着きの無いネギと違って、動き一つ一つに余裕のあるルルーシュさん。その美貌と物腰で、どこかの王子様と噂されているのもあながち嘘じゃない気がする。


 そんな一連の会話の後、授業の開始が迫ってきたので私達は教室に帰ることになった。

 「ところで、実はネギ君はまだ泊まる場所が決まっておらん。木乃香、明日菜ちゃん。君たちの所に泊めてやってくれんかのう?」

 出る前にそんな事を言われた。木乃香は良いと言っていたが冗談じゃない!
 確かに外見は可愛いが、でも何回も行っているように、私は子供が嫌いだ。お世話になっている学園長には応えて上げたいけれどもそこまでやってあげる義理は無い。
 私は返事をしなかった。

 「お早うっ!」

 廊下の途中でサラと合う。どうも遅刻ギリギリで入ってきたようだ。
 二年生に進級した時に彼女はクラスに入って来た。なんでも父親が世界中を遺跡発掘で回っているらしい。学園長と彼女の今の保護者の――浦島先生のお婆さんが友人と言う事だ。実年齢はまだ十二歳だが、体つきも頭脳も精神年齢も私達と遜色ない。
 確かに鳴滝ツインズや美空ちゃんと並んでいたずら好きではあるけれど。
 こんな子だったら同居が認められるのに。

 「なあコノカ、なんでアスナ機嫌悪いんだ?」

 「まあ、色々あったんよ」

 「へー」

 サラに続いて教室に入る。
 何か朝倉が情報を公開していた。きっとあのネギ坊主のことだろう。
 まったく。
 ――今日の授業は公民からだったか。
 やくざだのマフィアだの暗殺者だのと言われていた川村先生だ。確かに目つきの悪さは異常だし、普段はあまり表情が変わらない崩子ちゃん――去年の九月に入って来た、おかっぱ頭の日本人形みたいな彼女ですらも、ちょっと怖がっていた眼光であるが、意外と親切な人であると判明している。口数は少ないが、授業はわかり易くまとめられているし、質問や疑問にも丁寧に答えてくれる。現代文の美奈子先生と交際しているらしいし。
 悪い気分を一新するように息を吐いて、準備をする。
 そんな私に、隣人の美砂が一言。

 「明日菜、それ公民じゃなくて国語だよ」

 ………間違えた。



     ○



 「さて。……すまんがルルーシュ先生、外に出ていてもらえるかのう?ちょっとネギ先生と話があるのじゃよ」

 女の人二人としずな先生が退室した後で、学園長先生はランぺルージ先生にそう言った。
 部屋の中にいるのは学園長とタカミチ、それに僕だけだ。
 それで、何を言われるのかは予測ができた。

 「さてネギ君。随分と変わった試験を貰ったのう?」

 学園長は笑顔で言った。

 「メルディアナの校長と……ネカネ教員からも連絡は貰っておる。ネギ君をよろしく頼むとな」

 「お姉ちゃんが」

 「そうじゃ。日本の都会はイギリスとは全く様子が違うしの。――ここを見て、どう思ったかの?……気に入ってくれたかの」

 そういえば、ゆっくり景色を見ることもしていなかった。

 「その様子だと、緊張していて景色を見ていなかったようだね」

 タカミチが言う。

 「あ、えっと、すいません……」

 「いやいや。自分が緊張していると理解できれば緊張は溶ける。これからクラスに向かうのじゃ、余裕を持ってもらわんとのう」

 そう言ってふぉふぉふぉ、と笑う。なんというか、メルディアナのお爺ちゃんとは違った、中国の……そう、仙人、見たいな印象を持つ。 

 「まあ、ネギ君。色々と苦労はすると思うが、自分のできるようにやりなさい。君はまだ若い。失敗してもフォローをする人間はいる。ワシや高畑先生も含めてな。自分の思うとおりにやればよい。教師としてならば、ルルーシュ先生や他の先生にも助けを呼べばよいじゃろう――高畑先生」

 「はい。――ネギ君、これを」

 タカミチが僕に四角いファイルを渡す。表紙には麻帆良学園女子中学校2‐Aと書かれていて、その下には『担任 ネギ・スプリングフィールド』と書かれていた。
 開けてみると、そこには女の人の顔がきれいに並んでいる。

 「これが君の教える生徒たちだ。個性的だけど、皆良い子だよ」

 大人びた顔の人から、小さい子まで。外国人の子も……四人。

 「さて……話はこんな所じゃ。高畑先生。ルルーシュ先生を入れてくれ」

 「はい」

 二人の話を聞きながら、写真の数を数える。
 三十五人。
 それがクラスの人数だった。



     ○



 「さて。……すまんがルルーシュ先生、外に出ていてもらえるかのう?ちょっとネギ先生と話があるのじゃよ」

 そう言われてルルーシュは外に出る。
 学園長室は魔法的には勿論、物理的な意味での防音措置もきちんと取られている。だから何を話すのかはわからないが……まあ、予測はできる。
 大方、学園長と高畑教諭以外には魔法使い――そしてそれに類する存在のことは教えない上で、激励の言葉でも贈っているのだろう。
 かつて。
 ルルーシュは自分の行動を教えなかったことがある。最愛の妹には、自分の犯している罪を見せたくなかった一心で、彼女に隠れて軍を率い、全てを捧げて守ろうとした。
 その自分の心が間違っていたとは思わない。だが、彼女の心を、見れなかった自分がいたことも事実だ。そしてそれゆえに、兄と妹は再び笑うことはできなかった。
 世界の裏を知らされた時、人と人との縁は容易くちぎれる。

 「ネギ・スプリングフィールド」

 かつて。こことは違う日本が蹂躙された時、自分は力を欲した。
 あの少年も同じだ。自分が無力であると知り、そして力を求めている。
 それが悪い事だとは言わない。言う立場にもない。彼を導くのは自分の役目では無いのだから。
 今の自分のスタンスは、何なのだろう。
 自問する。
 かつては優しい世界を目指した。
 あの世界で今、自分がどう呼ばれているのかは知る必要が無いし、知ろうとも思わない。C.C.の話によれば、彼女がルルーシュを呼んだ時は大体彼の死後二百年ほどが経っていたらしいが……そこで、未だに悪逆皇帝なのか、それとも英雄なのか、そんな評価は些細なことだ。
 C.C.は今、属性こそ違えど巡り合った同族――不死者であるエヴァンジェリンと共に生活している。どうやらルルーシュ自身も、まことに不本意ではあるが似たような体質であるらしいし、皇帝となった世界と比較すると異常なほどの能力も身につけている。
 ――彼女は、少なくとも孤独に取り残される心配はしていないのだろう。
 だから、日常を楽しんでいる。
 自分は?
 自問する。
 平和な日常を享受し、その先に自分は何を目的とするのだろう。
 考えていると、扉が開かれた。

 「入っていいそうだよ」

 高畑教諭の声で現実に引き戻されたルルーシュは、いつの間にか二十分近く経っていることに気が付いた。
 中に入ると、ネギ少年が名簿を持っている。先日、ルルーシュが作ったものだ。

 「ルルーシュ先生。そう言う訳で、ネギ君をよろしく頼むよ」

 高畑教諭がそう言う。その言葉のなかに、いくつかの思いが込められていることくらいは分かる。エヴァンジェリン曰く、能天気そのものの神楽坂にも色々と事情があるらしいし。
 本当ならば、彼が最後まで面倒をみたいのだろう。

 「わかりました」

 「さっそくじゃが……職員室に連れて行ってやってくれんかのう。顔合わせと言うこともあるしの」

 「はい。……じゃあ、行こうか。ネギ『先生』」

 俺があえてそういうと、ネギ少年は嬉しそうな顔で返事をする。
 …………いかん。またロロのように感情移入をしてしまいそうだ。



     ○



 タカミチとランぺルージ先生、二人の間に立って職員室へと向かう。
 建物を出て、暖かい陽気の中を歩いている。

 「ランぺルージ先生の出身はどこなんですか?」

 僕の質問に一瞬だけ表情を硬くしたランぺルージ先生だったが、すぐに答えてくれた。

 「親はイギリス系ですが…生まれはアメリカですよ。小さい頃に日本に渡って来て、国際学校に通っていました」

 「英語、上手いですね」

 「ネギ先生も、日本語が上手いですよ」

 タカミチはにこにこと聞いている。
 ランぺルージ先生は英語も上手いし、それと同じくらい日本語も上手い。男である僕が言うのもなんだけれど、紫色の瞳がすごくきれいだ。細い体とも相まって、一つ一つの動きがすごく優雅に見える。

 「あ、っと。ここです」

 しばらく行ったあと、職員室に案内された。いや、職員『室』じゃない。職員『棟』だ。
 驚いたことに、まるごと一つの建物だった。
 中に入って二階に上がる。
 授業中だからだろう、あまり人はいないように見える。簡単に説明されたところによると、この職員室は麻帆良女子中学校の職員室であり、ここだけでも先生は百五十人いるそうだ。二年生の所に僕の席もきちんと置いてある。

 「高校以上になると教科ごとに職員室が分かれるんですが、中学校までは学年ごとにまとまっています。ネギ君の周辺の席は、基本的には2‐Aの受け持ちが多いので、何か生徒のことについて相談できると思いますよ」

 ルルーシュさんは僕を先導した。


 そんな経緯の後、僕は2‐Aに向かっている。
 二時間目は英語らしい。僕一人では心配だろうと、『副担任ならば問題は無いでしょう。授業もありませんし』といって、ルルーシュさんが付いてきてくれている。
 しずな先生も一緒だった。


 先生たちは、皆良い人たちだった。
 出会えた先生は五人。
 国語の、古文という昔の日本語を教えるのが北大路先生。元気そうな女の人。
 同じ国語でも、現代文を教えるのが新田先生。生活指導でもある、厳しそうな初老の先生。
 数学がランぺルージ先生。
 理科の、地学と生物が浦島先生。眼鏡の若い先生で、麻帆良大の研究所にもいるらしい。
 もう片方。物理や化学を教えるのが井伊先生。会えなかったけれど、机の上に、左目が青い女の人との写真が置いてあった。なんというか、普通の人に見えた。
 社会の公民、川村先生は今2‐Aで授業中。
 日本史の先生は近藤先生と言うらしい。茶髪の優しそうな人だった。
 廊下を歩く途中、鐘が鳴って生徒達が出てくる。
 休み時間は十五分だそうだ。広いから移動も大変だというのが理由らしい。
 途中、すごく目付きの悪い怖そうな人とすれ違う。まるで殺し屋かと思ったけれど、ランぺルージ先生は普通に挨拶をしていた。その人が川村先生だと教えてくれた。
 ――そうして。
 僕は名簿を確認する。
 教室の前に立つのは三人。
 僕。ランぺルージ先生。しずな先生。

 「俺が呼んだら入ってきてください」

 そう言って入ったランぺルージ先生は。


 上から降って来たバケツにずぶ濡れにされた。



     ○



 長い人生において――いや、永遠という人生において、避けえない事象は二つある。
 一つは別れ。普通の人間ですらも必ず体感する死者との別離という事象だ。これは、ひいては孤独に通じると言っても良い。
 もう一つは退屈。長く生きていると、生きることの意義を忘れてしまう。八ヶ月前、思わず再開した同胞も、そうだという。
 彼女は不死者。私も不死者。
 歩んできた道は違う。体験も経験も違う。彼女は吸血鬼で私は魔女だ。だが、共通して言えることは、人間よりはるかに長い人生を持つゆえに、最終的に人間に感じること。
 それは、諦観だ。
 いつしか周囲に流され、そして自分を見失う。
 どうせ何も変わらないのだと諦めてしまう。
 そんな私を変えた男――ルルーシュ・ランぺルージは今。


 ずぶ濡れだった。


 このクラスは騒がしい。そして不思議なことに、異常を内包しても、それが壊れないようにできている。隣席のエヴァンジェリンも含めおそらくは人間では無い何人かがいるように、非日常の住人を留めておける。
 転校してすぐの頃、やたら質問してきた朝倉和美に『私はルルーシュの妻なんだ』と冗談めかして言ったら、それが次の日に新聞の一面記事となっていたこともある。言ったのは夕方だった。
 どうやって記事を差し替えたんだ?
 いや、そもそもそれが本当だと一日でよく確認したものだ。
 ――今回のいたずらは扉が開くとバケツが傾き、水が掛けられる古典的な仕組みの物だ。意外と応用が利き、水よりも例えば墨汁や油ならなお効果的である。それ以上はいたずらではなくいじめの範疇となるな。
 新任の、ネギ・スプリングフィールドとやらが標的だったのだろうが――おそらく小さい双子と春日だろう。風香と史伽は、未だに見分けがつかないことがある。

 「おい」

 ああ、これは怒っているな。

 「誰が、やった」

 大きくは無いが、威圧感がある声。さすがは知略と行動と言葉だけで世界の半分を統制した男。教室は一瞬で静かになる。
 よく見れば、両目が一瞬赤く光っていた。大丈夫か?
 それが見えたのか、あるいはどんな抑止力になったのか。教室内のほとんどの人間が一斉に双子を指し示す。春日と双子姉の方は、妹を指す。

 「お、おねえちゃん」「許せ史伽、君の犠牲は忘れないよ」

 一瞬で裏切った態度は見事だが、そんな会話をしている時点でばればれだ。

 「鳴滝風香・史伽。それと春日。――宿題倍だ」

 「げ」「え」「マジ」

 「本当だ」

 宿題倍ですんだのならばましだと思う。私が朝倉に妻だと言った翌日以降、二週間にわたってピザを止められたことに比べれば随分とましな仕打ちだ。
 あの時はピザ欠乏症で学校に行きたくなくなったほどだった。仕方が無いからその時はパン屋で出来合いの物を買うことでなんとか乗り切ったのだ。
 まったく、と言いながら胸から出したハンカチで髪を拭くルルーシュの後ろから、源が入ってくる。しかも白い服で。
 ちなみに言っておくと、トラップは一つでは無い。水の入ったバケツの後、不用意に進むと足を黒い糸に取られ、そのまま地面に置かれたすずり(墨入り)に顔面からダイブし、さらに背後から吸盤付きの矢に射られることとなる。
 そして、三十五人の目の前でそれは完璧に発動した。
 ――もう私は知らん。


 結局、新任ネギ・スプリングフィールドが入って来るまでに、ルルーシュより遙かに恐ろしい、全体的に笑顔だが私すらも恐怖を感じる夜叉が降臨したことだけは伝えておく。


 その後。
 なんとか落ち着きを取り戻した教室で紹介されたネギ・スプリングフィールドは本当に子供だった。十歳だと言うが、未熟すぎる気がするのは、ルルーシュの十歳の頃と比較しているからだろうか?
 殺到する女子達を見ながら、私とエヴァンジェリン、そして最後列に並ぶ闇口崩子と竹内理緒が――まあさらに言うのなら龍宮真名とか桜咲刹那とかザジ・レイニーデイとかもそうなんだが――妙に教室の空気から浮いていたのは気のせいではあるまい。
 当然のように授業にはならず――いや、神楽坂が邪魔をして、雪広と喧嘩をしていたが――終了。失意のままに少年は出て行った。


 少年の歓迎会をやると提案されたのは、昼休みのことである。
 私はルルーシュを連れてこいだとさ、まったく。



     ○



 「はあ……」

 全然授業ができなかった。
 ランぺルージ先生もしずな先生も笑顔のまま怒って消えちゃうし、途中で邪魔は入るし、喧嘩は始まるし。

 「やっぱりタカミチに相談してみよう……」

 それに、あの神楽坂さんが部屋に泊めてくれるとは、とてもじゃないけど思えない。
 お姉ちゃん。僕は初日から降参寸前です。
 そんな風に学園の噴水前でたそがれていると、視界を誰かが横切るのが見えた。
 本で上半身が隠れているが、前髪で顔を隠した――宮崎のどかさん。
 足取りはしっかりとしていて問題は無いかと思ったんだけど、階段を下りる宮崎さんの前方、誰かが捨てた空き缶が転がっているのが見えた。
 状況を認識するとほぼ同時、宮崎さんは缶に足を取られて転ぶ。

 「やっぱり!」

 僕はとっさに杖を出し、風で宮崎さんを助けていた。


 それをまさか、あの神楽坂さんに見られていたなんて。



     ○



 放課後。
 昼休みに提案された、『ネギ先生を歓迎する会』の買い出しの途中、私は偶然にその主役を見つけた。
 見つけただけでなく、とんでもない物まで見てしまった。
 白い布が巻かれた杖を取りだしたネギは、階段の途中で転んだのどかちゃんにそれを振り、落下速度を緩め、地面に先回りして受け止めた。
 固まったとしても無理は無いと思う。
 その後。
 『私』を茂みに引っ張り込んだ『ネギ』に聞いた話によると。
 こいつは魔法使いらしい。
 なんでも、一人前の魔法使いになるためには各自修行を言い渡され、それが出来ないと強制送還の上、多少の制限も受けるのだとか。
 ……正直、どうでも良い話だった。
 だからなんだと言うのだろう。まさか私がそれをべらべらと人に話すと思っているのか。
 大体言わせてもらうが、魔法使いだのなんだのを本気で言う人間がいたら、私はそいつに精神病院に行けとアドバイスをする。
 たとえこいつが本気で、ついでに本物だとしても、それを言って私まで可哀想な人に見られたくは無い。
 そんな内心の想いはいず知らず、ネギは言う。

 「み、見られたからには記憶をなくしてもらいます!」

 そう言って杖を振り上げる。
 ちょっとまずいかと思った私だったが、偶然――そう、偶然だ。

 「おーい、ネギ君」

 高畑先生の声が聞こえた。
 おそらくはそのお蔭だろう。私は記憶を消されずに済んだ。
 まあ、その代わりとして部屋を提供することになってしまったが……このガキ、未熟者のくせに頭だけは良い。
 まあ一生懸命なのは認めるにしても、もうちょっと周りを見てほしいものである。


 そういえば。
 高畑先生とネギ、二人と共に歩きながらさっきの光景を思い出す。
 ネギはのどかちゃんを助けた。それは良い。魔法の風か何かで、落ちるスピードを緩めたのも、まあ良いとしよう。のどかちゃんを支えきれずに地面に潰されたのは、ネギの体格からすれば当然だ。
 でも。
 のどかちゃんの抱えていた本。彼女と一緒に落下した本が。
 まるで地面に落ちるのどかちゃんを、その衝撃から守るように、ネギとのどかちゃんの間、そして地面との間に入り込み。
 まるでのどかちゃんを『本が守った』ように見えたのは――。
 果たして、私の気のせいだったのだろうか。


 まあその疑問も、歓迎会の中の喧騒で忘れてしまうのだが。



     ○



 そして。

 「全員集まりましたわね!」

 雪広あやかの号令が響く。

 「それでは。ネギ先生歓迎会を始めますわ!」


 クラッカーが鳴り、飾り付けられた部屋の中、一斉に言葉が放たれる。

 「「「「「「ようこそ!ネギ先生!」」」」」


 かくして。
 少年は麻帆良に辿り着く。
 『組織』に属す者。
 『組織』に属さない者。
 『組織』に属してもなお、それに従わない者。
 少年は、ただがむしゃらに上を見る。
 彼の元に集まった、三十五人の生徒の内面を、彼が知るのはまだ先のこと。
 教室内での宴の華やかさとは裏腹に、各人の思惑は絡み合う――。 



 「まったく。にぎやかだな」

 「ああ。そうだなC.C.――と、どうだった?エヴァンジェリン」

 「ガキだよ。まだ」

 「確かにな。私もそう思ったぞ、ルルーシュ。ま、今日は何をする必要もない。久しぶりにゆっくりさせてもらう」

 「……いつものあれはなんだと言うんだ?」

 「ルルーシュ様。あれはおそらく――かまってほしいが故の行動ではないかと」

 「……そうなのか?」

 「ちが……ああ――そうだよルルーシュ。ふふ、お前にかまって欲しくてなあ?」

 「おい。茶々丸。C.C.が妙に獲物を見つけた狩人みたいな目でルルーシュに迫っているが……止めなくて良いのか?」

 「問題ないと思われます」


 ――絡み合う。


 「騒がしいですね。あの大会を思い出します」

 「……ええ」

 「えっと……ウィル子ちゃんは?」

 「…天界の。マリアクレセルに」

 「じゃ、じゃあノアレは?」

 「……さて。どこかに居るとは思いますが」

 「じゃ、じゃあもしかして、こ、今晩夕食を作りに行くと、家にふ、ふた、りっきりに」

 「…………………(………困った)」


 「けーたろ、元気だったか?」

 「やあサラちゃん。朝は悪かったね。なるも今日は朝から忙しくって」

 「別にいーよ。あ、そうだ、帰りに卵と牛乳と食パン買ってかないといけねーんだけど」

 「そうか。じゃあ、帰りに一緒に乗っていけば良い。帰りは何時くらいかな?」


  ――――絡み、合う。


 「ねえねえ、歩先生さ、あの結崎さんとの関係はどうなのよ?」

 「……なぜそれを聞く」

 「またまた、理緒ちゃんから聞いたよ?なんでも昔、歩先生の為に命かけたらしいじゃん」

 「な、竹内、お前っ」

 「事実ですよね。それに歩先生も、ひよ……店長の為に命かけたじゃないですか」

 「ふふん?……さあ、先生、しっかり聞かせてもらいましょうか~?」


 「やあ、井伊先生。お疲れ様です」

 「……これはどうも、高畑先生。それに――しずな先生も」

 「どうです?ここに来て半年ですが」

 「元気ですね、中学生は。――高校生の知り合いは居るんですが、中学生はほう…闇口さんくらいですし。僕も中学校、途中で抜けて卒業していませんので。新鮮です」

 「あら。そう言えば井伊先生はアメリカの……ER3に行ってらっしゃったんでしたね」

 「……昔の話ですよ。途中で抜けましたし」

 「そう言えば――奥さんは、元気かな?」

 「ええ。元気ですよ。若い時のテンションがそのままです。……そこが良いんですが」

 「あら」


 ――――――絡み合う、筈だ。
 多分。これから。




[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその⑤ 戯言使いの場合 
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/09 19:23
 「なあ欠陥製品、ちょーっち頼みたい仕事があるんだよ」

 そんな風に、鏡の反対側の自分、つまりは殺人鬼の零崎人識に呼び出された僕こと戯言使いは京都駅付近のとあるホテルにいた。もちろん健全なホテルで、かつて千賀ひかりさん……いやいや、あれが果たして本当にひかりさんだったのかはともかく、兎にも角にも会談した場所よりかは数ランク落ちるものの、待ち合わせにも宿泊にも支障のないホテルのラウンジである。
 本名朝日ちゃんからの自殺事件はまあ、後味はともかく解決し、ちょうど暇になったので僕は平日だというのに出張って来ていた。彼女からの報酬は処々の事情により取れなかったので、零崎からの依頼を受けるのもやぶさかではない。別に金に困ることはないのだが、さすがに友や直さんに頼りっぱなしというのも男として忸怩たるものがある。

 「よお、欠陥製品。相変わらずの面構えだな」

 「そっちこそ、相変わらずの顔だな。人間失格」

 指定時間より数分遅れて、入ってきて早々に僕を見つけた零崎だった。何を考えているのか、顔面の入れ墨は今も昔も変わらない。……ああ、いや入れ墨は一生変わらないのか。
 しかもあろうことか、零崎には女子が同伴していた。

 「あーっと、そうか初対面だな」僕の視線に気がついたのか、零崎はその少女に声をかける。ニット帽に長袖の服を着た、長い手袋の少女。まだ高校生くらいだろう。一体この殺人鬼とどういう関係なのか――

 「こんにちは。はじめまして。零崎舞織です」

 ――考えるまでもなかった。
 零崎と一緒に行動している時点でまともではないと思っていたが、まさか同族とは。

 「こちらこそ」

 とりあえず礼儀として返事をして席に着かせる。やってきたウェイターに舞織ちゃんはクラブハウスサンドを頼み、零崎はと言うと特盛りのチョコレートパフェを頼んでいた。ウェイターの顔が、どう見ても逆じゃないのかと語っていたのは間違いではあるまい。


  プロローグその五~請負人と殺人鬼と赤と青の場合~


 「よし欠陥製品、腹も膨れたところで依頼の話といこう。あんたの手の内の人間で、学生として潜り込め、なおかつ腕の立つやつ、どれくらいいる。ちなみに彼女は」パフェに付いてきた長いスプーンを玩びながら、零崎は顎で舞織ちゃんをしゃくる。「大丈夫だ。生き残ってる数少ない身内だからな」

 そういえば真心に全滅させられていたわけか。零崎と舞織ちゃん、それに友のところの《 街 》―バッドカインド―こと式岸軋騎。それくらいだと聞いていたが。

 「そうだな……崩子ちゃんと、澪標姉妹か。……入り込む場所は?」

 「女子中学校だ。……そこに、妹がいる」

 「……つまり、君の同族。零崎の血脈か」

 「話が早くて助かるぜ。経験的にはこいつが一番若いが、年齢的にいうなら末娘ってところだな。まあそいつはトキの旦那と同じで、殺人衝動を自分で極限まで抑えられるタイプだ。選択できるとも言うな。その上、兄貴が知り合った、あー、『不気味な泡』とかいう俺も話しか聞いたことのない奴の協力で一定の制御下に置かれてるらしいからな、特定の状況下じゃないと発動しない。『基本的に』『学内で』事件を起こしたことはないから安心しとけ」

 トキの旦那というのが誰を指しているのか、いまいち良く分からなかったが、とりあえずは大丈夫なのだろう。学生としてまともに活動しているのなら。

 「一族は全滅したと聞いたけれど」

 「ん……まあ、な。トキの旦那や顔も合わせた事のない兄貴姉貴、ほぼ全員あのオレンジ色に殺られた。生き残りは四人だ。ウチの性質上そのうち増えるかもしれねえがな。一人がやられて、その報復に来た奴もやられて、の繰り返しでな。とっぽい兄貴はトキの旦那が強制的に逃がしたらしい。で、さっきから話している妹ってのは、アクティブとは程遠い性格でな……まあ、トキの旦那やのっぽの兄貴始め、何人かが『絶対に来るな死んでも来るな来たら死ぬから来るな』としっかり言い含めておいたら、本当に来なくて命を拾ったってわけだ。俺とこいつは赤色に逃げて負けてで戦闘不能だったしな。ちなみに、そいつの零崎としての実力は……まあまあ。衝動的に行動すれば化け物かもしれねえけど、基本的に理性的だからな。普段は平均男性よりちょい…かなり下くらいだろう」

 「で、場所はどこだと」

 「ああ……埼玉県の麻帆良学園だ。そこの、女子中等部に通ってる」

 「……うん。それで?」

 「忌み嫌われてる零崎を、この際だから一掃しようとする動きが有るっぽいんだよ……『殺し名』でも『呪い名』でもそれ以外でも。『寸鉄殺人(ぺリルポイント)』『自殺願望(マインドレンデル)』『少女趣味(ボルトキープ)』……名の知れた強力どころは皆死んじまったしな。まあ、『愚神礼讃(シーレムスバイアス)』のとっぽい兄貴はそのうち個人的に名乗って活動再開するかもしれねえが、まだ意識不明の植物人間状態だろ? 
 だからまあ、確かにチャンスと言えばチャンスだ。まあ、俺はどうでも良いんだが……一応、唯一兄貴と思ってた奴に、零崎を頼むって言われちまったしな――せめて高校が終わるまでは日常にも居て貰おうと思ってな。こいつも妹を死なせたくはねえみたいだし――俺も昔はそうだったし」

 ああ、そう言えば汀目(みぎわめ)俊希とか言う名で学校に通っていたんだっけ、こいつは。

 「……依頼はわかった。で、まずはその背景を教えてもらいたいのだけれど」

 「ああ。そいつは……とりあえず場所を移そう。実のところあの真っ赤な最強の方が詳しいんだよ」

 最強の彼女を言う零崎の口調は、忌々しそうだった。


 僕と左に零崎がいる。零崎の左に舞織ちゃんがいる。まあこれは良い。で、僕の右側には崩子ちゃんが、向かいには哀川さ……潤さんがいて、おまけに膝の上に玖渚がいたりする。ここまで来るとわけがわからない。
 以前にも似たようなことがあったような気もする僕である。
 ちなみに場所はホテルからタクシーで十数分。京都タワーの中にある料理店だった。

 「……えーと、一つずつ片付けようか。まず、崩子ちゃん。どうしてここにいるのかな?」

 「お兄ちゃんが女子中学生に関わる仕事を受けたと聞いたので、不肖この私、闇口崩子が手伝いに参りました。どうぞ奴隷として存分に利用してください」

 人形みたいな可愛い顔で奴隷宣言をされても、まあ今更困ることはないが、いかんせん外聞は悪すぎる。これじゃあ僕が崩子ちゃんの一生にして未来永劫の主人みたいじゃないか。……間違っていないけど。

 「えーと、哀川さん」

 「潤だ。殴るぞ?」

 「……潤さん。待ち合わせ場所に来た時、なぜに友を連れて来たんですか?」

 「なに、一応彼女の方がこれから話す内容に都合が良いのさ」

 相変わらずのシニカルな笑顔を浮かべる紅色だった。

 「……友、どうして君は、僕の膝の上に座っているんだい?」

 「いーちゃんが、いーちゃんである限り、いーちゃんの膝は僕様ちゃんの物なんだよ。温かいしね。充電にも丁度いいんだよ」

 そう言って無邪気な笑顔を見せる。相変わらずの、変わらない、真っすぐで純粋で――寒気すら覚えるほどの笑顔を。……戯言だな。友が友であるなら、僕もそれで良い。
 劣性遺伝子から解放されて寿命が元に戻った分、今まで気にして出来なかったアレとかコレとかソレとかを存分に満喫するらしい。
 で、零崎はと言うと。

 「ねえ人識君。愛情って素晴らしいですよね?」「だからどうした」「またまた、この私の愛情を照れて受け取らない人識君。とりあえず今日の夜は一緒に寝ませんか?」「一人で寝ろ」「わかりました。じゃあ一人で寝ますので一緒にお風呂に入りましょう?」「冗談じゃない!」「何言ってんですか。しばらく前は私をお風呂に引っ張り込んで体中くまなく隅々まで洗ってくれたじゃないですか」「両手が使えなかったお前だからな!」

 ……うん、あっちはスルーの方向でいよう。

 「ちょっと待て!」

 零崎は珍しくも感情的になっていた。

 「なんだいぜろりん。妹がいてよかったじゃないか」

 「そうじゃねえ!依頼の話だ!」

 「ならとっとと話に入ってくれ。…………なにを疲れた顔してる人間失格。言いたいことがあるならはっきり言わないと体に悪いぞ」

 「テメエ……ああ、いや、ちょっと……ちょっとまってくれ。今落ち着くから。――――よし、いいぞ」

 玖渚はそのまま僕の膝の上で、ほかのメンバーは各々に、少し真剣な顔になる。

 「あー、殺し名と呪い名、二つ合わせておよそ十三家系あるわけだが、一応こいつらが属している世界は、世界の第四階層……通称『暴力の世界』って話は知ってるな?」

 今でも普通にその世界で現役を張る零崎二人と哀川さんは当然、生まれ育った家系が家系だけに良く記憶している友と崩子ちゃん。僕もまた、かつて萌太君に言われた言葉を思い出す。
 ER3システムら『学問の世界』が第一階層、四神一鏡に三財閥に二大組織の支配する第二階層『財力の世界』、玖渚機関が統一する『政治の世界』こと第三階層、そして零崎や闇口、十三家とその氏族が属する『暴力の世界』……だったか。

 「そうだ。で、しばらく前に面白いことを唱える研究者がいてな――それによると、まあそこの赤色とか、あと橙色とか、匂宮の《人喰い》とか、見ればわかるんだが、俺達『暴力の世界』の連中は、はっきり言うと肉体や性質が変質――してるんだそうだ。生物として」

 ……まあ、納得はできる。少なくとも、喧嘩の余波で清水の舞台を崩壊させるなど、まともな喧嘩ではない。

 「で……だ。つまり、その世界に適した進化をする、というのがその研究者の理屈でな。果須田裕杜とかいう天才少年なんだが、あー、なんつーかな、もう死んでんだけどな」

 「いいさ零崎……私が話してやんよ」哀川さ……潤さんが話を引き継いだ。零崎も決して頭は悪くないが、さすがに人類最強の名を持つだけある。彼女は頭脳の方も一級品なのだ。

 「まずは基本だ……友、情報の世界を現実にフィードバックさせることは可能か?――普通は不可能だと思うがなあ……友くらいならば覚えはあるだろうし、論理もわかるんじゃないのかい?」

 物理法則に真っ向から喧嘩を売る理屈であるが、哀川さんの顔は真面目そのものだった。
 膝の上に座ったまま、玖渚は考え、

 「……うん。普通の人間ならば無理だろうけどね……全盛期の僕様ちゃんなら、多少は可能かな。あくまでも基本理論の骨組みがごくごくごく一部の人の中にあるだけで、現場検証も全くの不可能だから……そうだね、あと百五十年くらいすれば、なんとか基本骨格の論理的な説明が完成するかもしれないね。ER3でも、たぶんそれくらいかかる」

 そう言った。

 「そう。そういう理屈だ。実現させるまで世代が五つ六つ変化するかもしれないが……とにかく、情報で世界は変革できる――が、だ。それが『情報』でなければいけない理由は何だと思う?―――そこの人形ちゃん?」

 突然呼ばれた崩子ちゃんはしばしの間考え「……皆が利用できるためじゃないですか?」と答えた。

 「そうだな。大体そんな感じだよ。まあ多少の制限や手術は必要かもしれないがな……さて、こんな話を聞いたことがあるだろう?未開の部族にライターを見せ、使って火をおこすと、まるで異常だと恐れられた――つまるところ、発展しすぎた科学は、魔法と変わらない……」

 「えーと、つまり」僕は出るであろう結論を言ってみる。「情報から現実に事象をフィードバックさせる現象は科学として、後々、今僕らが思っている魔法と変わらないことができるようになる、と」

 「そう。それが第一段階だよ。『情報制御理論』とでも呼ばれそうだな……さて、さっき『情報』といったが、果たして『情報』が無ければ現実に現象を発生させることができないのか?―――そこの鋏ちゃん、どうだ?」

 鋏、とはどうやら舞織ちゃんのことらしい。武器が鋏なのだろうか。

 「えーと……できそうですよね。呪い名とか、まさにそのまんまな気がします」

 「そうだな。直接的に干渉する――いわばこれが『殺し名』の性質だ。肉体や肉体の一部と化した武器による行動だな。対しての呪い名はあくまでも間接的……自らで行わず、術を用いて、あるいは他者を利用しての行動だ。果たしてこれは科学か?……ある意味ではイエス、ある意味ではノーだ。科学でも説明できない部分がある。心理術や催眠術は、科学の論理で表しにくいのと同じだな。心の中を数式では書き表せない。つまりここで重要なのは――心、あるいは人の働きにより、科学や論理では説明つかない状態で、間接的に現象を発生させることは可能である……これが第二段階だよ」

 哀川さんは、両目をわずかに細めて、僕たちを見ている。獲物を駆る虎のような瞳だ。にやにやと、あのいけすかない超能力者よりも強く、猛々しい笑みが浮かんでいる。

 「さて……これまでをまとめると、つまりこうなる。『世界に干渉し、事象を引き起こすことは可能である( ただし、それを論理的に説明することは玖渚友の見立てで百五十年以上かかる )。そして、『その条件は人間の心理状態に関わっており、心、精神の働きによって発動する』……あくまでも比喩的、例え話的に繋げた理屈だが、別に対して違いはない。……さて、最後、さっきそこの悪ガキが言っていた『進化』の話だ。
 例えば、『情報』を介さず、己の心ひとつで、世界に異常を引き起こせるか?……結論から言おうか。できる。可能だ……というか、そういう奴らが住む世界も、あるんだ。
 世界は大きく分けて四つになるだろ?―――まあ、しばらく前に宗教的な大戦争が水面下で起きていてな、ローマ清教とロシア正教の連合が、イギリス清教と最先端科学の同盟に喧嘩を売ったんだ。以来、区分とすると『宗教の世界』っていう第五階層が一部ではカウントされてたりするんだが、ここでは置いておくぜ?――区分とすると『学問の世界』。ただし、表じゃない。裏も裏、邪道どころか事情を知らない者たちからすれば鼻で笑われる――『魔法』と呼ぶのが最もふさわしい世界だよ」

 …………まあ、なるほど。確かに理屈としては面白い。面白いし、哀川さんが言うんだから、そこまででたらめでもないのだろう。

 「発端はそれこそ自然崇拝や宗教的な神への祈りだったのだろうさ。ところが、いつしかその力が本当になってしまった。『情報』などではない。表す事のできない人の心が、世界に干渉してしまった。『殺し名』よりもシンプルに、しかし『呪い名』よりも真逆の方向にな。祈りの言葉が呪文となり、願いの言葉が異能を表し、そして求める言葉が力となってしまった。そして力なき人間から力を持つ人間へと、まさに『進化』してしまったのさ。第四階層に生まれたモノが、どうしようもなく力に狂ってしまうのと同様に、彼らは『魔法』というその力を扱えるように進化してしまった。それは世界中に広まり、長い年月をかけて発展し、世界の裏で鳴動し、そして今なお存在しつづけている。世界を塗り変える技術――分岐しすぎていて『説明ができない』のさ、発展しすぎた科学のように。そして」

 哀川さ……潤さんは笑った。

 「麻帆良はそんな『魔法』に関わる人間達の、日本最大のコミュニティだということだ。まあ、もっと細かく専門的に話すことができるが……面倒くさいだけだから大まかな説明だったな――なにか、質問は?」

 「『暴力の世界』で……」意外なことに、崩子ちゃんが聞いた。まじめにも手を挙げている。普通に可愛い。「彼らのことはどれくらい知られているんですか?」

 「いい質問だ」潤さんはそう言って話を続ける。

 「まあ、関わったことくらいは普通にあるだろうよ。『殺し名』だの『呪い名』だのの技術、『病蜘蛛(ジグザグ)』だったり『十三階段』のメンツの持っている技術だって、理屈じゃ説明しきれない物もあるんだ。一里塚の奴とか、そのまんまだろ。それがあいつの『空間隔離』だろうと、『人払いの結界』だろうとあまり変わりはしねえよ。それにどう名前を付けるかは個人の勝手だが……まあ、あれだ。大体が相対するときは殺し合いか偶然だぜ?
 前者ならばお互いの手の内は見せない。後者ならば普通はどちらかが死ぬから困らない。戦闘行為に及び、両方とも生き延びたとして、相手の戦闘方法、戦闘技術は覚えているが相手の技の理論はわかっても説明しようとは思わねえよ。次会った時に、『あいつはこんな攻撃を仕掛けてくる』――それが把握できてりゃ何も問題はないのさ。
 裏世界ならば、まあ『殺し名』なんかとは分野が違うし、活動のレベルも違うから中々会うこと自体もないと思うけれどな。…………そうだな、要人警護くらいなら、ニアミスするかもしれないな」

 「えーと、じゃあ」今度は舞織ちゃんだった。黒の手袋に包まれた手を挙げる。
 今気がついたけれど、どうやら両方とも義手のようだった。彼女も色々と波乱万丈な人生を送っているらしい。

 「哀川さ――ぐひゃっ」ドゴガッと、机の陰で見えないが、どうやら足で一撃食らったらしい。

 「潤だっつってんだろ。敵になりてえんだったらそう呼べとも言ったぞ」

 「じゅ、潤さ、ん」お腹を押さえた舞織ちゃんは、それでも言い直した。僕ならば普通に悶絶してしばらくは話せないだろうに。やはりこれも進化した賜物なのか。
 十数秒ほどの後、苦しがっていた舞織ちゃんはなんとか元の体制に戻っていた。

 「えーと、潤さんはその『魔法』という技術を使えるのですか?」

 「無理だな」

 即答だった。

 「まあ、理由は簡単なんだがな」舞織ちゃんだけでなく、零崎や崩子ちゃん、そして僕の視線もなんとなく生温いものになったのを悟って、しかし微塵も動揺することなく普通に理由を説明する。

 「厳密に言やあ、同じ現象は起こせるぜ?舞空術は無理でも、瞬動術や虚空瞬動ならできるしな……ああ、まあ余りにも自然現象に近いのはだめか。嵐を起こすのは無理だ。ただ、嵐が着たのと同じ被害は出せるからな」

 できるのか。さすがは人類最強と言うべきなのか。

 「前にも言っただろ――私は物語から外れてる。自分から世界に関わることはできないし、自分からは事件に入れない。巻き込まれるか、頼まれて代わりに出るかはともかく、世界の法則から外れたバグキャラ……それがこの私だ。物語の中には私はいない。誰かが招いて、そこでやっと物語に関われる――そんな存在が、世界に問いかける呪法など扱えるわけがない。バグキャラは世界の中で反則的な実力だが――同時に、どこまで行ってもバグなのさ。世界の進化には入らない、突然変異――だからこその『人類最強の請負人』ってわけだ……理解したかい?」

 その会話がこの世にも珍しい会談の締めくくりとなったわけだが――その時の顔は、さっきまでのシニカルな笑みではなく、楽しそうな笑顔だった。
 雨の代わりに飴が降って来ても良いかと思ったほどだ。殴られたけど。
そしてやけに、潤さんの説明途中から静かだと思ったら、玖渚は僕の膝の上でいつのまにか眠っていた。丸まって、その矮躯を僕に預けている。

 「まあ、そういうことだ欠陥製品。俺は指名手配だし入れねえ……一応、コネを使って彼女だけ入れる」零崎が舞織ちゃんのことを話しているのを聞きながら、僕は玖渚を見る。

 「まあ、誰を入れるにせよ、護衛……じゃない、一応お前の力を使って、妹二人の学生生活を手伝ってやってくれ。さすがに、最後の末娘くらいの面倒は、兄貴たちに代わって見てやりてえしよ。ああ、そうだ、そいつの名前なんだがな、零崎――」

 これでもプロだ。零崎の話はきちんと聞いている。でも僕はそれに頷いただけで、視線はずっと友を見ていた。
 哀川さんが席を立ち、じゃーなと手を振って去っていく。
 殺人鬼とその妹の殺人鬼も、去っていく。きっと舞織ちゃんの編入を適当に考えるのだろう。
 崩子ちゃんは僕の隣で動かない。
 玖渚は相変わらず熟睡している。
 この寝顔が見れたからか。
 僕は今、とても機嫌がいい。
 零崎から報酬の話は聞いていなかったが、あいつのことだ、たぶんそこそこ良い金額をくれるだろう。

 「さてと、それじゃあ崩子ちゃん……中学校に入る準備をしようか。二年くらい前までいたんだし、大丈夫だよね?」

 「…………それは構わないのですがお兄ちゃん、いーお兄ちゃんはどうするつもりですか?」

 「僕?僕はそうだなあ――」

 玖渚と一緒に暮らしながら、一年くらい仕事として、教師でもやってみようか。

 「……いー兄さん。名前どうするんですか?」



 「……井伊――入識とでも名乗ろうか。妹の苗字に、『人』識をひっくり返して『入』識だ。どうだろう?」

 ――かくして、『戯言使い』とその関係者もまた、物語に参戦することになる。




[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~UCAT編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/14 22:30

 奥多摩の山間に、わかる人間にはわかる施設が築かれている。
 上空から見ればその施設は穴の中に建てられているようでもあり、塞ぐように建てられているようでもある。
 1999年12月24日。
 世紀末を目前としたクリスマス・イヴ。
 表向きは、深さ四キロの地点で発生した震度六の大地震により壊滅したとされている日本UCAT奥多摩本部を、再建設したものである。
 それが、実際は地震などでは無く、リヴァイアサンと呼ばれる巨大な概念兵器によって起こされたものであることを知る人間は少ない。
 巨大な砲撃によって直径直行両者ともに数キロにわたる大穴があき、奥多摩の施設は壊滅した。
 幸いだったのは本部内の人員が予め避難していたため、死者は皆無に等しかったことだろう。うっかり穴に落っこちた樹木に住む天然教師がいたり、愛しの妻と娘の動画でダブっていた物を少々消失した開発員がいたり、愛しの、機密フォルダ内に隠された十八禁エロゲーや施設の秘密扉に隠してあったフィギュアや何やらをごっそりと失った変態ダメジジイがいたりしたが――まあ些細なことである。
 イヴとクリスマス。
 二日間にわたる、世界の命運を掛けた戦いはUCATに軍配が上がり――この世界は消滅を免れた。
 最も、そんな戦いがあったことを知る者はほとんどいない。
 戦いが何をもたらし、何を導き、何を示したのかを知る者も、いない。
 ただ依然としてその戦いは存在し、そして結果、世界は今もなお巡っている。
 隠れた功労者たる、名を『全竜交渉部隊』。
 その担い手、佐山御言は――


 「新庄君?理由を聞きたいのならば執務机にしゃがんでくれたまえ」

 「何する気?」

 「いや。今日も新庄君の尻はマロく美しい、いつもは後ろから見ているが、今日は是非とも前から見たいと思ってね」

 「……それで、その後はどうするの?」

 「ふむ……顔を入れて、白い太腿に頭を挟まれようかね」

 「……そう」

 新庄は執務机に跳び乗り、しゃがむ前に一言。

 「佐山君。ちょっと反対側を向いていて欲しいなあ」

 「ははは、恥ずかしがり屋だね新庄君は、良いとも」

 そのままゆっくりとしゃがみ、窓に自分が写らないようにして。

 「そうそう。で、そしたらそのまま後頭部を載せる」

 「こうかね?」

 「そうそう」

 後ろ手で左右、しっかりと執務机を掴み。

 「おおっ、新庄君の足がわかるよ!」

 腰と足とで勢いをつけ、両太腿で頭を挟み後ろにのけ反るように投げ飛ばすっ!

 「新庄流ニンフィズダンスーッ!」


 後頭部から床に叩きつけられていた。



  世界情勢その一 ~本部長と補佐官との会話より~



 「全く何をするのかね新庄君。こんな昼間からはしたない。顔を太腿で挟んでくれるとは――サービス満点で素晴らしい。できれば夜、布団の中で頼みたいところだね?」

 頭から体重を乗せて落してやったのに、と新庄が心で思う中、、ぴんぴんしているこの男。
 旧全竜交渉部隊の担い手。現UCAT本部長、佐山御言。
 相方。つまり新庄への愛情、そして執着は変態以外の何物でもなく、そして年を経るごとに変態度が増している気がしないでもないが、これでも一応、表に出ていないものの、世界を救った一員でありリーダーである。
 まあ、そんな称号が欲しくてやったわけでは無い、というのがチーム全員の意見だろうが。

 「何じゃないよ佐山君!この命令を発した理由をきっちりと教えてよ!」

 執務室。
 まだ建てられて数年の真新しい建物である。その所々に大城全部長とか、大城全部長とか、飛場竜司とか、出雲覚とか、大城全部長とかを捨てるダストシュートや落とし穴があったりするが、内装は普通に清潔感ある仕様である。
 部屋の片隅で忠実に仕事をする自動人形・八号が、必殺技で散らばった書類を黙々と片付ける中、部屋の最奥部、重厚ではないが実用的な執務机に乗せられた一枚の紙。
 命令書である。
 新庄運切。本部長補佐官の彼女の持ってきたものだ。
 そこには、こう書かれている。


 『麻帆良敷地内以外、又は敷地内での生徒の目が届かない場所において、大英図書館に接敵・接触を受けた場合、表ざたにならなければこれを撃退しても良い物とする――本部長・佐山御言』


 「本気なの!?。そんなことしたら下手すれば戦争が起きるよ!」

 それも大英博物館対UCATという、他勢力が我先にと利権を争う政略戦争だ。

 「まあ、落ち付きたまえ。今から説明する」

 やんわりと新庄を押しとどめる佐山に、もう一人、声を掛ける人物がいた。

 「ぜひお願いしたいものだな」

 ゆっくりと部屋に入ってきた人物がいる。
 細身、黒髪、意思の強い瞳、そして刀。
 彼女は戸田命刻。
 かつての大戦において、リヴァイアサンとノア、それに付随する軍勢を率いた、もう一人の佐山とも言うべき存在である。

 「ふむ。……まあ、良いだろう」

 佐山はきちんと椅子に座りなおすと口を開いた。


 「今現在、UCATは麻帆良に協力している。それは何故だ?」

 「そりゃあ」

 「まて。私が変わろう新庄」

 何につけてもセクハラを受ける――まあ新庄もそれを受け入れている感があるが――彼女ではどうせまた無駄な会話が増えるだけだろう、と判断した命刻は、
 「理由としては複数あるな」遮って返答する。

 「例えば――概念戦争こそ終結してはいるものの、無論UCATという組織の仕事は多い。帰化した各ギアの住民達の問題を始めとしてな。だが、少なくとも次の問題が――世界への問いかけが始まるまで、多少の時間は存在することは確かだ。その間、再び特務機関としての特権を得るまでの間、我々の技術力は他組織からすれば羨望の的だろう。
 UCATという組織の中に――少なくともあの大戦を経験した者は、組織を裏切るような真似はまずしないだろうが――手は伸びてくる。概念空間や概念条文、それに概念兵器はこの組織が独占しているからな。だから、麻帆良に協力することは、他組織に対しての牽制でもある。おそらく日本で最も我々の内情・技術力を要求することが少ない組織である上に――科学技術の側面から見ても非常に優秀だといえる。これが一つ」

 「そうだね。他には?」

 「麻帆良には数多くの人間以外の生物がいる。無論非常に巧妙に隠れており、我々の概念空間内のように自由に原型で動ける訳ではないが――それでも相当に擁護されている。それを知る立場の者もある程度以上は存在している。それはつまり、我々があの地で何らかの理由で秘密裏に動く必要がある時、それに協力してくれる立場の人間が多いという事だ――これが二つ目」

 「他には?」

 「麻帆良という土地は一級霊脈地だ。奥多摩と比較しても遜色はあるまい。土地として見るのであれば、我々が概念空間を展開したり、あるいは何らかの活動をするのにも非常に効率が良いと言える――三つ目」

 「他には?」

 「麻帆良が学園都市であり大半が生徒である以上、他組織に関わりのある生徒もいるだろう。互いに立場を知るか知らないかはともかく、他勢力とも友好関係の糸口になる可能性は僅かでもあがる。つまりは将来的な布石という理由だ。――これが四つ目」

 「他には?」

 「……UCATという組織が六十年前に関西大震災を引き起こした際、発生した孤児たちを引き取ってくれた借りがある。また、IAIの製品を今でも購入してくれてもおり、資金面においても工面してもらってもいた。情報操作にも協力をしてくれたこともあったな。これらの借りを――まあ、あちらも意図している部分はあっただろうが――返す必要があるというのが理由だ。――これで五つ目」

 「他には?」

 「……まだ言うのか?――後は、そうだな。麻帆良の責任者でもある近衛近右衛門から直々に協力要請が来たと言うのもある。妖みたいな食えない老人だが、頭を下げられては無下に断ることも難しいだろうよ。借りも一つは減らせるしな――まあ、頭を下げるだけなら簡単でもあるのだが。――こんな所じゃないのか?」

 「ふむ。……合格だ戸田命刻。あえて付け加えるのならば、UCAT関係者は私と新庄君以外、皆総じて変態だ。そんな変態が一般社会に出ても害悪以外の何物でもないが、異常を異常と感じさせない認識阻害の技術が常に展開している麻帆良の土地では擬態することができるというのもある」

 「佐山君。鏡を見たことは?」

 「あるとも。毎日見ている。私は実にすばらしい造形だよ?」

 「…………それで、大英図書館とあえて対立を深める理由を聞きたいんだが」

 「ほう?まさか解っていないのかね?」

 「まさか。予測はできている。――新庄に教えるためだ」

 命刻はちらりと隣を見て、

 「大方、麻帆良以外でのことを指しているのだろう?」

 「そうだ。アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、中国、イタリア――それらの場所がメインとなる。ああ、無論麻帆良外での日本も含むが。横須賀、出雲などがね」

 「――??、どういうこと?」

 「つまり――大英博物館は、基本的には知の収集が目的だ」

 命刻が言う。

 「そして、そのためならば多少強引な手段を使うことは明白だ。エジプト考古学を始め、歴史が証明している」

 「我々の知る各ギアの世界は――新庄君。君も知る通り神話世界の原型となったものだ。ゲルマン、日本、ギリシャ、アフリカ、ネイティブアメリカン、インド、中国、アボリジニ、ゾロアスター、北欧――それらの歴史の生き証人と言っても良い。そして、大英博物館は当然の如くそれらを求めている」

 「で、でも」

 新庄は疑問を一つ。

 「今まではそんなことが無かったよね。この命令も、やっぱり、えーと……」

 「ネギ」

 「ありがと命刻さん――ネギっていう子が原因なの?」

 「そうだよ新庄君」

 佐山は頷いた。

 「元々。麻帆良の学園長が我々に協力を申し込んできたのは、三年前――全竜交渉終結後、つまり2000年の初めのことだ。交渉が終了し、我々の持っていた暫定特権が失われたことへの配慮。麻帆良に近衛近右衛門の孫・当時十歳…十一歳だったかもしれないが、木乃香嬢がやって来ることが決定し、それに伴い彼女の保有する才能に目を付けた各組織の襲来が予想されるため、そこに対する戦力の意味も存在した」

 「うん。それは知ってる」

 「元々大英博物館図書部門。つまり大英図書館は長い間、麻帆良に存在する大図書館・《図書館島》の貴重書、そして知識を欲していた。そのため、ちょうど全竜交渉が始まる数年前に《紙使い》と呼ばれる特殊能力持ちの派遣員と麻帆良の警備員――昼間は教師でもあるようだね――が戦いを繰り広げてもいた。まあ、その《紙使い》本人は不本意だったようだがね。上の命令には逆らえないということだ」

 「ふんふん。それで?」

 「結果として痛み分けに終わったらしい。その後、大英図書館は麻帆良に介入する機を伺っていた。そこに、全竜交渉を終わらせた我々が、協力を取り付けられた。千載一遇のチャンスではあったが……近右衛門はここで一つの要求を出した。
 それは、麻帆良の図書館司書として大英博物館の特派員の介入を認める代わりに、他組織との対立を止めるというものだ。そして、大英博物館はこれを飲まざるを得なかった」

 「……なんで?」

 「先ほど『結果として』痛み分けに終わったと言っただろう?《紙使い》は公人としては引き分けという結果を持ちこんだが、実際は違ったと言う事だ。なぜならば、その時――麻帆良にはおよそ世界最高クラスの戦力が終結していたからだ。要は完膚無きに《紙使い》は負けていたのだよ」

 「へえ。でもそれはどうして?」

 「詳しいことはUCATでも知らないが――」

 今度は命刻だった。

 「当時、真祖と恐れられた吸血鬼『闇の福音』に懸けた呪いを解こうとしていたらしい。そしてそれは、ナギと『福音』の戦友でもある《赤き翼》の面々によって行われていた。アルビレオ・イマ。リン・遠坂。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アルトリア・E・ペンドラゴンもいたらしい。さすがにその面々では《紙使い》が図書館というフィールドで戦ったといえども不可能だったと言う事だ」

 「そう。ところが近右衛門学園長はそれを引き分けとした。大英博物館が譲られる形となった。その借りを、近右衛門は我々の介入時に引っ張り出したのだよ。
 元々、麻帆良図書館の本を適切に管理するためには、大英図書館の協力が不可欠だと近右衛門は考えていたらしい。ところが、大英図書館に自分から協力を申し出るのはリスクが高い。どこまで介入されるか判ったものではないからね。それで、二十年以上も機会を待っていた。なんとかして麻帆良図書館以外の介入を防ぐためにだ。気が長いことだね」

 「さらに言うのであれば――近右衛門は図書館に侵入する不届き者の監視も依頼した。これはまあ当然引き受けることとなった」

 そこまで言って命刻はまとめる。

 「結果、2000年に我々が麻帆良に協力することになった際、大英図書館は他組織との対立を中断し、麻帆良図書館以外あの土地への介入が不可能になった。全ては近右衛門の要望通りとなったわけだ」

 「へ~」

 新庄の相槌に、再び佐山が口を開く。

 「ところが。今年2003年の二月からネギ・スプリングフィールドという少年がやって来た。そしてその少年を狙って、現実・魔法世界の大小合わせて二十以上の組織が動き始めている。無論、大英図書館も動く。各組織にわたりを付け、中立不介入という立場で知識を欲するだろう。そして――当然その標的には、我々UCATも入っていると言う訳だ」

 「あ…なるほど」

 「納得したかね新庄君。あの命令はそのための布石という訳だ。『接触』『接敵』があった場合と書かれたように――つまり、向こうが何もしてこなければ手を出すなと、伝えたのだよ。
 それに、麻帆良航空技術研究所に参加という名目で、戦力も追加投入しておいた。我ら全竜交渉部隊最強の火力を有する――ヒオ君と原川君をね。
 さて、話は終了だ」

 佐山は立ち上がると、話の最中に八号が持ってきた湯呑を手に取り、お茶菓子を開ける。

 「……ねえ、佐山君」

 新庄はそれを見て一言。

 「このお菓子さあ。何か変な名前なんだけど」

 「うむ。私が掴んだ新庄君の尻の柔らかさを忠実に再現したその名も『尻神大福・十七歳の女の子バージョン』だ。安心しておきたまえ、私以外には食べれないように手配してある。
 おお、この柔らかさ!交渉時代に掴んだ尻の感触そのままだね!さすが開発部!」

 「ねえ佐山君、それをさあ。口に頬張ってみてくれないかなあ?」

 「良いとも!ふぁあ、ふぉふぇふぇふぉうふぁふぇ?(さあ、これでどうかね?)」

 「新庄流アッパーカットーッ!」

 顎を打ち抜かれた佐山がグフッという音を立てて後ろに沈むのを見ながら、命刻は変わらずに書類仕事を続ける八号に言った。

 「なあ八号。お前よくここで仕事を続けられるな」

 「Tes,もう慣れました」

 「そうか」


 世界情勢とは裏腹に、平和なUCATだった。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その二・前編
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/15 01:26
 注・今回、あえて詳しい描写を避け、今までとは違う書き方にしてみました。
   この文体での注意・感想等をよろしくお願いします。
 


 [今日の日誌 記述者・和泉亜子


 なんか放課後の記憶が曖昧や。
 くたびれとるんかな、ウチ。
 ネギ先生が来たことで知らない間にテンションが上がってんのかもしれへんね。
 皆にも体調管理に気いつけるように言っておこう。

 そう言えば保健室の近くのゴミ箱に、変わった物が捨ててあった。
 最初は理科室で壊れでもしたのかと思ったけれど、普通に使えそうな品やったし、それに井伊先生も浦島さんも意外と実験機材には気を使う。
 ポイと捨てておくような人やない。
 そのままにしてしまおうかと思ったんやけど、もし危険物ならこまるし、一応職員室に持ってったんよ。
 そうアドバイスもされたしな。
 ちょうどいた美奈子先生にどちらかの先生に渡してもらう様に頼んだんやけど――あれ、一体どうなったんやろ?
 明日聞いてみよう。]



 ネギま・クロス31 第一章《教育実習編》その二・前編



 「……ふう」

 寮の玄関周りの掃除を終えて高町なのはは一息入れた。
 時空管理局のエースオブエース、白い悪魔と恐れられた彼女であるが、現在は麻帆良女子中学専用寮管理人である。
 八か月ほど前、とある放棄世界で新人達に指導を付けていたことに端を発するちょっとした騒動によって、とあるロストロギアが暴走。威力は全く無かったもののひたすらに空間跳躍を繰り返し、最終的には運悪く無限書庫帰りの養子・ヴィヴィオをも巻き込んで時間ごと世界を跳び、気が付いたらこの地にいた。
 危険が無いと分かっていた分、不覚を取った――いや、何も問題は無いがちょっと困った状況になったといえる。
 どうやら繰り返す途中、鳥の紋章を持ったおかしな遺跡に一回辿り着き、なにやら色々と事情を抱えていそうな青年と女性も巻き込んでしまったことは反省点だ。
 幸いなことに管理局には連絡が取れる。
 かなりの魔力を使ってしまう上、デバイスのメンテナンスも専門的にできる訳では無いので多使用はできないが、それでもフェイト始め何人かには連絡を取れるようにしてある。
 ただ問題が二つ。
 ミッドチルダとこの世界はかなり往復が難しいらしく、それというのも彼女達を此処に跳ばしたロストロギアの影響で、随分と時空が歪んでいて最新鋭の次元航行艦でも困難だというのだ。
 いや、一見普通に行けそうなのだが、『何か』力場のような物があるらしく途中で航行不能になる。もしくはやんわりと押し戻される。
 二か月ほど前の連絡によれば、ロストロギアがあっちこっちに転移した影響で今まで未確認だった新しい世界がいくつも観測されてもおり、『世界がここに来るのをまるで邪魔しているかのようである』――とも言っていた。
 彼女どころか、連絡をくれた皆(フェイト、はやて、ヴォルケンリッターにクロノ、そう言えば謝罪文と共にスバルもくれたか)もそれがどういう状況なのか完璧に理解しているわけではないようのだが……とにかく、はっきりしているのは。
 もうしばらくの間――おそらくこちらの時間で半年以上は――迎えはこないだろうということだ。
 もう一点。
 何週間かたって気が付いたことだが。
 食事はおいしく食べれるし、きちんと運動すると体に疲労も感じられる。魔力も体力も一日寝ればきちんと回復する。どこも奇妙なことは無い――はずだったのだが。
 八ヶ月間、髪は伸びないし身長も体重も変化しない。それどころか…まああれだ。割とキツイ毎月のヤツもない。
どうも彼女の時間が、この世界で体感している時間と切り離されているようなのだ。
 それなのに、ヴィヴィオはきちんと成長している。定期的に床屋にも行っている。
 それでいて、無意識の内からそれが当然であるという意識が湧いてくる。

 「なーんか、変なんだよね」

 そう、まるで――何者かにここに呼び出されたかのような、雰囲気がある。
 時折学園内の侵入者退治に出ることはあるが――身近に危険は無い。
 生活もいたって順風だ。

 「まあ、深く考えても仕方が無いか。休憩終わり」

 そう言って、昨日要望を貰った、明日菜ちゃんの部屋のロフトに生活用具を運ぶ手配を準備し始める。

 「レイジング・ハート。学校の様子はどう?」

 「中等部で問題発生中」

 「問題?」

 「ネギ・スプリングフィールドを含めた何人かの男性教諭を女生徒の大群が追跡中」

 「……?」

 「危険は皆無」

 「そう。なら良っか」



     ○



 始まりは何だったのだろう。
 ネギ・スプリングフィールドがやって来て早々に神楽坂明日菜に正体が発覚したことなのか。
 その神楽坂明日菜が口封じの見返りにネギを脅迫――いや違う。『魔法使いってどんなことができるの?』と質問をし、その答えの中にあった『惚れ薬なら四カ月――いえ、お爺ちゃんが昔くれた七色変身セットを使えばすぐにできますね』という単語に彼女が飛びついたことなのか。
 その勢いについうっかりネギが造ってしまったことなのか。
 その惚れ薬が『魔法世界』においては違反であるとネギが知らなかったことか。
 ネギが、その惚れ薬が結局どう使うのかを十分に把握し切れていなかったことか。
 その惚れ薬が非常に効果が高かったことか。
 惚れ薬の行方を知らなかったことか。
 それともまったく別の、偶然によるものか。
 そのどれにせよ――


 「右だ!」

 鳴海歩が叫び。

 「そこの階段をあがれ!」

 ルルーシュ・ランぺルージが指示を出し。

 「……屋根、へ」

 川村ヒデオが機転を利かせ。

 「――何故、僕が」

 井伊入識が溜息を吐き。

 「わわわわ、来ました~!」

 ネギ・スプリングフィールドが逃げる。
 走る五人の背後には、女子。
 女子。
 女子。
 女教師。
 女子。
 なぜか男子。
 やっぱり女子。
 どう見ても女子。

 「バイオハザードを、したことは?」

 「館の奴はあるけどな!」

 ヒデオの言葉に歩が答え。

 「オ、俺は、運動が」

 「あそこに巻き込まれて、君が一番無事で済むとは思わないけれどね」
 既に息があがり始めたルルーシュに、戯言使いが答え。
 

 要するに、五人は追われていた。
 八十パーセントの女子と十五パーセントの女教師と五パーセントくらいの男子。
 その数百人にも置ける集団に。



     ○



 紅茶を飲もう、と言いだしたのはどちらだったのか。
 午後の二コマの授業も終わり、職員室に帰って来たネギは休憩しようとした。
 それはルルーシュも同じだったようで、ルルーシュか、ネギか。どちらかだったのかは覚えていないが、とにかく休憩をしようとした。
 職員室、ネギの周辺の席。いたのは川村ヒデオと井伊入識、そして鳴海歩。
 新田は生活指導と見回りがあるからと断り、浦島景太郎は今日は大学の研究所で不在。北大路美奈子は授業が伸びているのか、戻って来ていなかった。
 別に他の先生方と仲が悪いわけではないが、席替えをするのならばともかく、ある程度席が近い人たちと仲が良くなるのは教師でも生徒でもある種の必然である。
 誰が出したのかティーカップも五人分出ていた。三時前後、休憩中に別の人が飲んだものかもしれない。ポットの大きさも十分だったので、ネギが持っていたそれなりに高級な茶葉をルルーシュが淹れ、男五人で紅茶を飲む羽目になった。
 ネギとルルーシュ、かろうじて鳴海歩が雰囲気に似合う程度で、他の二人はむしろアンバランスだったのだが。暖かい陽気で、喉が渇いていたというのもある。
 全員が一息入れていると、北大路美奈子が帰って来た。
 彼女は、ヒデオを見て硬直。
 その後何故か、顔が紅潮。
 妙に目を輝かせて、接近。
 弛緩した笑顔に、なんとなく身に危険を感じたヒデオが席を立って後ろに下がると、普段とはまるで違う様子で迫って来る。
 さすがに変だ、と皆が理解した所で――ネギが見つけたのである。
 流しのそば。
 空になった試験管。
 見覚えのあるそれは、今朝ネギが明日菜に渡したはずの物。
 神楽坂明日菜に聞かれ、つい造ってしまった、魔法効果がたっぷりと入った――


 ――惚れ薬を。


 それが魔法製云々と言いはしなかったネギであるが、とにかく強力な薬であり、そして祖父から貰ったものだ(自分で精製したと言ったら、魔法云々についても話す必要がでると思ったからである。間違ってはいないが、罪を被せられたメルディアナの校長には同情を禁じ得ない)と言って、全員が状況を把握し。

 かくして、麻帆良学園の女子中高を巻き込んだ一大鬼ごっこが幕を開けたのである。



    ○



 さて、詳しい描写をしても長くなるので、会話をメインに状況だけを伝えることにする。


 「そ、そもそも。なぜ、惚れ、薬なんぞが、あんな、ところに」

 とある階段下の掃除用具入れ。
 以外と広いスぺースの中で息を整えるルルーシュは言う。

 「――誰かが、入れた。ということだと思います」

 「そんなことはわかってる!」

 戯言使いの冷静な突っ込みに思わず地が出ているルルーシュだった。

 「――問題は、なぜ入っていたか。そして効果はいつまで続くのか。この二つです」

 「……ああ。井伊先生。一応聞きますが、入れた所を見ては?」

 それでも、すぐに冷静になる所はさすがだろう。だてに皇帝と言う職に就いていたわけでは無い。

 「いませんね。ですが、全部の行動を完璧に見ていたわけでは無いですから。まあ、誰にも入れるチャンスは一度はあったと思いますよ。ただ、いずれにせよ不明な点が一つあります」

 「ああ。たしか――っやばい!見つかった!そっちの裏手から抜けるぞ!」


     ↕
 

 「――動機、が」

 「そうなんだ。惚れ薬を入れて得する奴はいない。俺も、川村ヒデオ、あんたも。勿論井伊先生もルルーシュさんもだ」

 二人がいるのは廊下から外にでた二階の屋根の上である。

 「ってことはだ。つまり、あの惚れ薬は、故意に入れられたんじゃないんだ」

 「ええ。――入っていた、もしくは入って、しまった」

 「ああ――げ、おい。いつの間にか梯子持って来たぞ!どっちに逃げる!」

 「――あそこに。せり出した木へ移れば」


     ↕


 「ネギ君かわええな~」

 「うわ~ん。皆さん、どこですか~!?」

 半泣きのネギは木乃香に追いかけられていた。
 まだましな方である。


     ↕

 「――試験官は乾いていました。つまり空になったのは、随分前でしょう」

 「あ、あ。おそらく、俺達が」

 再び息を整えるルルーシュである。
 連携がとれていないのが幸いだった。盲目的に追いかけてくるものの、あちこちに死角ができている。

 「俺達が、来る前から、あの周辺にあった、何かに、惚れ薬は入っていた」

 今度隠れているのは一階・理科室。井伊入識が持っていた鍵で開けたのである。勿論きちんと施錠済みだ。

 「考えてみよう。あの場には何があった?」

 「――ティーカップ、ティーポット、砂糖、スプーン、ロシアンティー用のジャムも」

 「ああ。俺が出した奴だな。それに――っておい!なんで床下から声がする!」

 「ここには下水と繋がる通用口が!普通は生徒は知らないはずなんですが!」

 「どうやって下まで降りたんだ!――ええい!窓から逃げて裏庭から職員棟に回るぞ!」


     ↕


 「ジャムの蓋は空いていたな」

 「ええ。ですが」

 「ああ。俺も違うと思う。ジャムは誰も使っていない。お茶菓子も無かった。とすると、カップかポットだ」

 二人は今度は昇降口近くのゴミ捨て場にいる。

 「しかし、カップもポットも、乾いていた」

 「ああ。そして、茶葉は開けたばかりだった。となると――」

 「候補はひと――逃げましょう。外を迂回するように走れば、直線で、離せます」


     ↕


 「ネギく~ん!」「ねぎせんせ~!」「待って~」「似合うよ~!」

 木乃香にチアリーダー三人娘が加わっていた。
 何と言うか、微笑ましく感じるレベルである。
 

     ↕


 「く、っそ。柄じゃ、ない」

 三度息を乱すルルーシュである。限界は近い。

 「――え、え」

 さすがに戯言使いも息を乱す。

 「残りは、一つだ、な」

 「――ええ」

 「ポットに、お湯を入れたヤカン――その中に、誰かが惚れ薬を入れた」

 「ヤカンはあの時まだ熱かった。だからすぐに沸騰させられて、紅茶の準備ができたのでしょう」

 「ああ――ちいっ、今度はどこに逃げる!」

 「僕はフィアットがありますが――」

 「おいルルーシュ、何をしている?」

 目の前には灰色の魔女がいた。


     ↕


 「ところで、効果は、いつまで」

 「さあな!そもそも『何に入っていたか』っていう思考だって、パニックを鎮めるために考え始めただけだっての!」

 「――車は。駐車場は、もう数十メートルです」

 「冴えてるな、お前!」


     ↕


 「お待ちになってネギせんせ~い!」

 明日菜の活躍によって意識を取り戻した木乃香とチア三人娘の代わりに、ネギは今度は雪広あやかに追われていた。

 「た、助けて下さいのどかさん!」

 ネギのその言葉に、通りがかりの前髪娘、宮崎のどかは――

 「こ、こっちです~」

 彼を図書館分館に案内した。


     ↕

 

 「た、助かったぞC.C.――お前、職員室に何をしに来たんだ?」

 「いや。なに……ピザ部を作ろうと思ってな」

 「――部活動は顧問と五人以上のメンバーが必要だぞ」

 「まあな。なあ、ところでルルーシュ」

 「ん?」

 「なんか……お前から良い匂いがするんだがなあ」

 「……おい、まさか」

 「ふふふふふふ」

 「ほわぁっ、な、お、おい!こら馬鹿、C………」


 ルルーシュ・ランぺルージ。
 捕獲。


     ↕


 ランボルギーニの運転席。

 「――は、あ」

 「大変でしたね」

 「――ええ」

 「追われるのはどんな気分でしたか?」

 「――犯罪は、しないように、したいです。……あ」

 「ヒデオさん。捕まえましたよ?」

 にっこり。
 ガチャリ。


 川村ヒデオ。
 逮捕。


 「――って何をしてますか婦警!」

 いきなりあらわれたウィル子である。最近は妙に影が薄い気がするのはヒデオの気のせいだろうか。

 「ま、まさかウィル子がいないことを良いことに車の中で婦警と犯罪者なんていう設定でいかがわしいことを」

 勢大に勘違いしているウィル子に。

 「――眠らせて」

 とりあえず、美奈子を眠らせることにしたヒデオであった。


 川村ヒデオ。
 逮捕改め、生存。


     ↕


 「いーお兄さん」

 「……崩子ちゃん。……フィアットの後部座席でどうして寝てるんだい?」

 「いえ。実は授業が終わってからお兄さんを探していたら、ここに来るような気がしまして」

 「――ところでいーお兄さん」

 「何かな崩子ちゃん。僕には友っていう細君がいるんだよ?」

 「……安心して下さい。私はいーお兄さんの奴隷ですから。いーお兄さんの意にそぐわないことはしませんよ。その気になるまで待ってます」

 それはそれで愉し――いや、恐ろしい戯言使いだった。


 戯言使い。
 かろうじてセーフ。


     ↕


 「あー、なんつーか、お前も大変だな。鳴海」

 「――ああ。いや、本当に。……助かった、浅月」

 「……まあ良い。効果が抜けるまで乗ってろ」

 「ああ、そうさせてもらう」


 鳴海歩。
 生存。



     ○



 放課後の音楽室。
 合唱部の休憩中。

 「鳴海先生疲れてない?」

 声を掛けて来たのは柿崎美砂だった。2‐Aのチアリーディング三人娘。

 「……ああ。まあな」

 「何があったのかは知らないけどさ、きちんと休んでよ」

 ――お前達に追われて逃げ回っていたんだ!……とは、声に出して言えない歩である。

 「あ、そうそう。帰る前、日直だった亜子からちょっと聞いたんだけどさ。なんでも保健室近くのゴミ箱に、やけに厳重に密封された試験管があったんだって。ゴミ箱空にしている時に愚痴みたいに聞かされたんだけど――先生どうなったか知ってる?」

 心当たりがありすぎる歩だった。

 「それでね。丁度近くを通りがかった人に職員室に持って行くように『言われたんだって』」

 ピクリ、と耳が反応した歩である。

 「……それは、誰だ?」

 「――先生、いきなり機嫌悪くなったね。……まあ、良いけど。その人は――」


     ○



 夕方、帰宅中。ランボルギーニの車内。

 「あ、うっかりしていました」

 助手席の美奈子がそう言った。
 どうやら、惚れ薬の効果でヒデオを追いかけていた時のことはすっかり忘れているようである。岡丸は覚えているかもしれないが何も言わないでいてくれている。英雄としても忘れてくれていた方がありがたい。
 ウィル子は後部座席のパソコンで眠っている。デスクトップにデフォルメされた姿が写っていた。

 「……なにか、忘れましたか?」

 ちなみに、あのまま車で気を失った美奈子の仕事道具はヒデオが全て回収し、車に乗せてある。

 「ええ。実は今日、えーと……和泉さんから面白い物を渡されまして」

 「……何を」

 「ええ。桃色の水が入った試験管です。和泉さんは浦島先生か井伊先生の管轄じゃないか、って言っていましたけれど。ゴミ箱に捨ててあったんで拾って来たらしいんです。きちんと分別して下さいって」

 「…………それで」

 「授業が入っていたら忘れてしまいまして。水だったらすぐ捨てればいい、流しの近くにおいておけば良いと『言われまして』」

 ………………心当たりがあったヒデオは一言。

 「……もう、大丈夫で」

 止まる。

 「美奈子、さん」

 「な、なんですか?」

 「――それは、誰に言われました?」

 自覚は無い物の、あの大会のように、男の表情になる。

 「はい?……ああ、今のですか。和泉さんで」

 「そちらでは、なく。職員室の」

 「あ、そっち、ですか」

 「そうです」

 何故か顔を赤くしてヒデオを見る美奈子は、一人の名前を言った。

 「えっと――――――」


     ○



 夜。
 超包子の一角で一杯飲んでいる教師たち。

 「いや、今日も騒がしかったですねえ、井伊先生」

 「ええ」

 新田先生の声に適当に返事をしつつ、今日の騒動を考える井伊入識こと戯言使い。
 酒にはそれなりに強い戯言使いではあるが、その昔ウォッカを一気飲みして前後不覚に陥って以来、大量に飲むことは少なくなった。記憶にある中で酔っぱらったのは――大学生、あの人間失格と初めて会合した一連の事件ではないだろうか。
 自分の伴侶――と、今なら言える玖渚は、久しぶりに兄、直さんから呼ばれ、今日の午後から里帰りしている。あまり顔を見せない、教師達の帰りの集まりに出たのもそんな理由だった。

 「元気が良いのは良いことです」

 そう言って一杯空ける。

 「そうそう。実はですな」

 喉元を過ぎた酒が胃の中で燃える感触がする。戯言使いは手酌でコップに注ぎ、口元へ。

 「流しに試験管に入った無色透明の液体がありましてな。それをちょうど沸騰していたヤカンに入れてしまったんです。あの中身は井伊先生、水だったんですかね?」

 むせた。

 「グ、な、何故僕に?」

 「いやいや。北大路先生は井伊先生の教室にあったものだと言っていましてな。ああ…浦島先生だったかもしれませんが」

 だいぶ上機嫌になっている新田に、戯言使いはただ一言。

 「――ええ、ただの水でした」

 「そうですか。良かった。いや、実は内心で心配していましてね。それというのもヤカンに入れておけば良いと『言われまして』」

 「――ちなみに、誰に」

 「――ああ。先生も良く知っていますよ。それは――――」



     ○



 その夜。

 「明日菜さん!なんで惚れ薬を職員室なんかに持って行ったんですか!」

 寮。半泣きのネギに動転したのは明日菜の方だった。

 「ええっ。ち、違うわよ!私じゃないって!」

 「じゃ、じゃあ、どうして職員室にあるんですか!」

 「し、知らないわよ!だって私、勢いで手に入れたのは良いけど、そこから先何にも考えてなかったんだもん!」

 「ええっ!そ、そうなんですか?」

 「そうなの!大体、あんな騒動になるなんて判ってたら造ってなんて言わないわよ!」



     ○


 奇しくも。
 異なる時間帯に、同じ単語が出ていた。

 「「「学園長です」」」



惚れ薬騒動の結末は後篇に続く。




[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその⑥ 管理局の白い悪魔の場合
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/19 09:46
 世界というものは妙な所で予想もつかないことを引き起こす。過去で言うのならば、フェレットっぽい物を拾った挙句に魔法少女――訂正しよう、魔砲少女に成り、才能を開花させて悪魔とまで呼ばれるようになった存在が生まれたように。
 偶然か、あるいは必然か――あるいはその両方か。
 そんな問答はともかく。
 いずれにせよ事態は発生したのである。
 JS事件も終わった、三年と少し後のことであった。



 プロローグその六~管理局のみなさんの場合~



 「艦ちょ……提督」

 現ⅹⅴ級次元航行艦クラウディア艦長、クロノ・ハラオウン提督は本局の執務机に座ったまま客人を迎えた。
 珍しくも管理局本局に戻って来たというのに、地球・海鳴市の子ども二人と妻エイミィに会ったのは帰って来た日のみ。なんとか連絡は入れており、数日に一回家には帰っているものの、深夜遅くに顔を出す程度である。
 というのも――

 「なの……高町一等空尉と高町ヴィヴィオが行方不明とはどういうことでしょうか」

 声こそ荒げていないものの、ノックもそこそこ、身分証明もそこそこに慌てて――それでも最低限のマナーはできている。さすがだ――飛び込んできたのは管理局有数のエージェント、執務官にして嘱託魔導士のフェイト・テスタロッサだった。普段の彼女からは考えられない。アースラに居たころの役職で呼び間違えたのがその証拠だ。お兄ちゃんと呼ばなかっただけましかもしれない。
 そう、今現在あの白き魔王は行方不明なのである。
 半日ほど前に、姿を消していた。
 クロノの記憶が正しければフェイトは、執務官として中々にやっかいな仕事を押し付けられて本国にはいなかったはずだが……。

 「フェイト執務官。出張はどうしたのかね?」

 「終わらせてきました。後片付けも全て終わらせています。説明をお願いします」

 「……まあ、良い。八神二佐には既に詳しく通達してあるし、後できちんと連絡を入れておけば、君に話しても問題はないか。――楽にしてくれ」

 「はい」

 返事こそしっかりしているものの、その眼は急いている。行方不明の二人の実力を十分に把握しているとはいえ、それでも予想外の事態に余裕が無くなっているのだろう。
 実際はクロノ本人も心がざわめいているが、上に立つ者として不安は見せない。慌てても仕方が無いことは、経験からよく学んでいる。
 クロノは執務机の一角に置かれていた報告書を引っ張り出すと、それを説明し始めた。
 ことの起こりは、おおよそ一週間ほど前に遡る。


 時空管理局の管理外世界。
 分かりやすく言うならば、とある放棄世界において『それ』は発見された。
 外見だけで言うならばただの杯であり、何の変哲もない骨董品に見えたそれは、しかし凡庸な外見とは裏腹に膨大な魔力を保有していた。
 ロストロギアにしてみればあまりにも古臭い外見をしていた『それ』。
 元々、この世界は科学よりも神秘――即ちオカルトや錬金術と言った方面に進歩をした世界だった。
 どうやら一人の、天才で狂人と呼ばれた科学者が『それ』を作り出し、彼は実験を進め、そして最終的に世界を丸ごと犠牲にしたらしい。
 果たしてそれが、実験の失敗によるものだったのか、それとも科学者の手による人為的な事故だったのか、まったく別のイレギュラーだったのか、天災による運命だったのかはわからない。
 かろうじて解読できる紙媒体の書記には実験の失敗や科学者への罵詈雑言、嘆く声が狂ったような字で書かれているだけであり、結局何があったのかは不明である。
 だが結果として人間と生命は滅び、かろうじて虫や微生物が確認されるレベル。
 生命として見捨てられた土地である。
 その世界において『それ』は壊れることなく原型を留め、そして魔力を保存し続けていた。


 「まあ、発見自体も特殊だったようだ」

 クロノは言う。

 「発見された時は膨大な魔力を保存しているだけだった。むしろこれを参考にすれば、より効果の高いデバイスを開発することができるかもしれないとマリエル技術主任を筆頭に喜んでいたくらいだ」

 ところが……と、クロノは続ける。

 「どうやら発見された代物は魔力を吸収する効力も持っていたらしい。それも少しずつ吸収するのでは無く、一定以上の魔力を感知したときのみ発動し、その魔力に対して発動するしくみだった。おそらく、製作者がストッパーの意味を込めて付けたんだろうな。災害や戦争など、日常では考えられない量の魔力を感知した時にのみ吸収する仕組みにしておけば、知らずに他者に害を与える危険性は格段に下がる」

 高町なのは一等空尉だったからこそ起きた事件だと、クロノは付け加えた。

 「なのは一等空尉が教導官として訓練しているときに、『ちょっと強め』の一撃を撃ってしまってね。それでどうやら、『それ』が反応したようだ。そして、ロストロギアは真の姿を解放した」

 「――本局の技術部が発見できなかったんですか?」

 「いや。時間を掛ければ可能だっただろう。ただ、運悪くと言うか間が悪かったと言うべきか……他の解析にとりかっていた。危険性は無いとして一時保留となっていたようだ――ここまでは問題は無いだろうから、先に進めるが」

 「――はい。お願いします」

 「ロストロギアは――強大な魔力を感知すると、それを吸収するために行動を始めた。災害や事故、戦争による兵器の場合、被害や汚染を食い止めるためには一刻も早い投入が必要とされるという理由でだろう。転移行動を始めた」

 「転移……ですか。ロストロギアが」

 「ああ。どうやら、過去に吸収した魔力をある程度のプログラムに沿って自由に使用できるようだね。そして、高町一尉の砲撃に向かって行った」

 フェイトは想像してみる。あの砲撃に向かって行って無事な物など、この世界にどれだけあるのだろうか。かつてのヴィヴィオが《聖王》であった時ですら、最大解放の上とはいえ最終的には打ち破ったレベルである。解放せずに放たれた一撃ならば、ロストロギアならば耐える可能性はあるかもしれないが……。

 「フェイト執務官が懸念した通りだ。向かって行ったのは良い物の、ロストロギアは魔力を吸収している最中に破損した。高町一尉の砲撃は、貫通力に力を入れて放たれたものだが殆どだ。防御が吸収に間に合わなかったという訳だ。そして破損したロストロギアは――暴走した」

 暴走。只でさえロストロギアはオーバーテクノロジーだと言うのに、暴走は危険以外の何物でもない。

 「攻撃力は皆無で、ロストロギアの暴走による被害はゼロに近い。無限書庫で高町ヴィヴィオと一緒にいたユーノ・スクライア司書長が壁に追突して付き指をしたのと、本局でメンテナンスを受けていたスバル・ナカジマ一等陸士がローラースケートで勢大に、偶然に転移してきた彼女達にぶつかったくらいか。とにかく、高町一尉とヴィヴィオは暴走に巻き込まれ転移した。なぜユーノ君やスバル陸士が一緒に転移しなかったのかはわからない。
 そしてここからは少し補完的な説明になるが――各次元世界において、時間は一定に流れている。その理由が五次的障壁に存在することも知っているな?」

 「はい。基本事項です」

 「観測はされていないものの、予測の上ではそれ以上の障壁が存在する可能性が提唱されていて――時間の逆行は不可能にせよ、遅延は可能である可能性がある。あるいは感知・理解・分析・技術化などの障害はあるにせよ、六次元以上の概念を利用することで超転移や長距離攻撃を可能にするという理論は?」

 「ええ。興味深く読ませていただきました」

 「ならば話は早い。彼女達の転移した理由はそういうことだ」

 「――ロストロギアの跳躍が、その高次元を利用したものである、と」

 「百パーセント確定したわけではない。ただ、あのロストロギアが関わっていることは間違いが無い。
 魔力を吸収したロストロギアは、破損の影響でランダムに空間転位を繰り返した。高町一尉を巻き込んだのは、おそらく彼女の保有する魔力を、砲撃から認識したのだと思う。何故高町ヴィヴィオが巻き込まれたのも――今もって不明だ。とりあえず、これを見るといい」

 クロノはそこまで言って彼女に、机の上の数枚の報告書を手渡す。

 「高町一等空尉と高町ヴィヴィオの転移座標軸を調査したものだ」

 受け取ったフェイトは素早く目を通す。本局を示す座標から相当に離れてはいるが、そこには確かに同一の転移反応が表示されていた。
 問題があるとすれば――

 「……クロノ提督。ここに、世界はありましたか?」

 「いや未発見だ。だが座標が判明したため、高町一尉への迎えも小さい物ではあるが派遣された。おいおい調査すれば良い、という理由でね。だが」

 「……どうなったんでしょう」

 「途中で艦が航行不能になった」

 「――それ、は」

 「原因は不明。無論何らかの不備があったのでは、と次の艦が派遣された。だが、それなりの設備を備えた艦でも途中で航行不能になってしまう。そこで推進力だけを付けた廃棄処分寸前の艦を強引に接近させて見た」

 「――結果は」

 「虚数空間に消えていった。結論だけ言わせてもらうならば、今現在は高町一尉は迎えに行くことはかなり困難だ。少なくとも、次元航行艦では。転移装置でも難しい距離にある」

 フェイトにはそれが死刑宣告のようにも聞こえた。

 「――これはあくまでも比喩的なものなのだが」

 唇を噛み締める義妹に、クロノは続ける。

 「世界を浮島と考え、次元を川とするならば――高町一尉が今いるのも浮島の一つだ。ただ、その浮島は溶岩や酸の中に浮いていて、普通の船で渡ることはできない――とね。ならば方法は二つだ。それに耐性を持つ船を造るか――あるいは航空機で行けば良い」

 ピクリ、とフェイトは反応する。

 「高町なのはと高町ヴィヴィオを跳躍させたロストロギアは、半分程度だが回収されている。今現在、本局で解析中だ。少々時間はかかるかもしれないが――確実に迎えに行ける準備はできる」

 管理局本局が解析に積極的なのは、高町一尉を救出するためではなく――無論それが目的の人員もいるが――時間影響を受けることのない、高次元のシステムを入手できる可能性が高いからだ……とはあえて言わなかったクロノである。
 言っても仕方が無いし、フェイトもそれは知っているだろう。

 「それに、座標が確認できるということは、こちらとある程度の情報をやり取りできるということでもある。幸いにも、両者共にデバイスを保有していたからね。
おそらく、そろそろ君に連絡が届くはずだ」

 「――連絡?」

 「ああ。独断ではあるが――高町一尉には連絡を入れておいた。『現状を速やかに管理局本局に通達せよ。なお、その際フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官及びある程度の人員に多少の追伸は許可する――』とね。送ったのは、フェイト執務官、君がここにやって来る直前だ。そして、つい先ほど、君と話をしている最中に、本局には現状報告の連絡が来た」

 「――つまり」

 フェイトの表情が明るくなる。

 「――さて、話は終了だ」

 クロノはそこで会話を終わらせた。

 「心配することは無い。彼女達を信じろ。あのエースをね」



     ○



 それから三十分ほど後のこと。

 「なのはらしいな」

 フェイトは呟いた。

 「ヴィヴィオと一緒に帰れなくなるなんて」

 でも……どうやら連絡はとれるらしい。
 安心から生まれた喜びが、彼女に僅かに笑みを与える。
 デバイス、バルディッシュ・アサルトにはこう表示されていた。

 『フェイトちゃんへ。
 こっちは安全です。ヴィヴィオとも合流できました。
 レイジングハートとセイクリッドハートも使用可能です。
 幸いにも魔法関係に理解ある場所だったようで、責任者と交渉の上、そちらに帰るまでの生活は問題ありません。
 転移は出来そうもないですが、通信くらいならばなんとか可能です。
 文化的にも違いは余り無いようです。
 定期的に連絡するね』

 気分が紅潮するのを実感する。
 さて、とりあえずこれを皆に見せよう。意気消沈している後輩たちを元気にさせて、提督や母さん達に連絡を入れて、本部に掛け合って。
 おそらくこの連絡は、仲間たちには届いているはず。
 さて、やることは山のようにあるのだ。



 かくして。
 管理局の白き魔王とその娘は物語に参戦する。
 彼女とロストロギアの影響により、ちょうど儀式を行っていた灰色の魔女と魔王も合流することになるが――まあ、これは仕方が無かったのだろう。
 時空管理局の戦いは続く。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その二・後編
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/15 01:27

 [昨日、私は図書館から帰る途中ネギ先生に助けられた。
 ネギ先生は高畑先生の代わりに教育実習として私達のクラスに赴任してきた、十歳の男の子。イギリス人でとても可愛い子だ。
 階段の途中に捨てられた空き缶に足を取られた私は、本と一緒に下に落ちた。
 はっきりと覚えている訳ではないけれども、偶然下にいたネギ先生は、私を受け止めてくれたみたいだ。
 本があったし、怪我をすることはまず無いと分かっていたけれど、助けてくれたのは嬉しい。
 私は男の人が苦手だ。どこか理解できなくて、怖がっている。まともに話ができるのは、お父さんを除けば、高畑先生や学園長先生、それと図書委員会の近藤先生くらい。
 でも、ネギ先生は年下だ。私の方がお姉さんだ。
 もしかしたら、仲良くなれるかもしれない。
 ううん。かもしれない、じゃない。仲良くなろうと思ってる。
 私が、そうしたいんだ。
 『大切なのは自分の心を知ることです』
 私に、昔図書館で出会った女の人は、子供っぽく胸を張ってそう教えてくれた。
 『のどかちゃんも頑張れば大丈夫。きっとできます。あなたは優しいし――本が好きな人ですから』
 コートを着て眼鏡を掛けて、生活の全てを本に捧げていた変わった人だけれど、良い人だったことは覚えている。
 思い出したら、ちょっと勇気が出た。明日から、ネギ先生にもう少し、話ができるよう頑張ってみよう
                   ――――出席番号29番・宮崎のどかの日記より]


 ネギま 《教育実習編》その二・後編



 ああ、これは夢だ。
 高畑先生と話をしていて、あろうことか告白までしている。
 ネギが造った惚れ薬を見破った高畑先生は、それをポイと捨て、そして私に言う。
 ――こんな物は必要ないよ。だって僕は、最初から君の事を……
 高畑先生は私にゆっくりと顔を寄せ――
 そこで目が覚める。

 「はあ。……そりゃ夢だって解ってはいたけどさ……」

 体を起こして天井を見上げる。いつものことだ。もう何回見たのかも覚えていない。

 「……バイト行こ」

 午前五時には配達局に行かなければいけない。
 立ちあがる為に右手を付ける――と、何やら柔らかい。
 ゆっくりと右下に視線を移すと、そこには十歳の新人教師がいた。
 いつの間に潜り込んできたのか。

 「…………」

 その子供は私の右腕にゆっくりとしがみ付き、私はゆっくりと拳を振り上げ、

 「……お、ねえちゃ」

 その呟きが聞こえた所で、手を下した。
 なんだかんだ言ってもこいつはまだ子供なのだろう。十歳の子供が、外国で生活するなんて並大抵の苦労では無い。立派な魔法使いになる為の修業だか何だか知らないが、随分過酷だと思う。

 「……まったく」

 下に降りる前にネギに布団を掛けなおしてやる。ついでにちょっとした意趣返しも込めて、目覚まし時計の音量設定を最大にしてネギの頭の上に置く。

 「…ん~?あすな、ばいと?」

 下に降りて着替え始めた私に、寝ぼけたままの木乃香が声を掛ける。

 「うん。行って来る。朝ご飯――三人分、お願いね」

 「……りょーかいや」

 私の言葉の意味を正確に捉えてくれた木乃香。持つべき物は親友だろう。
 まだ肌寒い初春の朝の空気を感じながら、私は外に出た。



     ○



 女子中学寮管理人室は、意外と広いスペースである。大体、大部屋二つ分の広さ――明日菜や木乃香達が住んでいる部屋の倍より少し大きいくらいだ。
 寝台が置いてある部屋に洋服タンス。もう一部屋にダイニングキッチンが隣接し、ヴィヴィオの机、なのはが仕事をするための机も置いてある。

 「おはよ~ママ」

 「うん。おはようヴィヴィオ」

 起きて来た娘に返事を返し、なのはは朝食の準備を続ける。
 スクランブルエッグにチーズとトマト、上からバジルをかけた一品は、高町家の名物でもあった。クロワッサンと、ヴィヴィオ用に牛乳を出して完了。
 学校に行く準備が完了した所で、二人で席に付き。

 「「いただきます」」

 二人で手を合わせ、食べるのだ。


 ヴィヴィオは小学校に通っている。今の立場は、高町なのはの娘だ。
 高町ヴィヴィオ。麻帆良学園女子小等部。
 そのお蔭で、なのはが一体何歳で産んだんだとか、なのはは一体何歳なんだとかいう噂が流れていたりするのだが、これは些細なことである。
 ヴィヴィオの首からは、外からは見えないがネックレスが架けられており、その先端には丸い、宝石にも似た色の石が付いている。
 デバイス・セイクリッドハート。
 きちんとメンテナンスを受けていたのが幸いしたのだろう。十分に実用に足るレベルである。麻帆良内で何かトラブルがあったとしても、大抵は問題が無い筈。
 ……まあ、何も起こらないに越したことはないのだが。
 そんな風に考えながら食事を終えると、ヴィヴィオは学校へ向かう。
 寮の入口まで見送り、手を振りながら

 「行ってらっしゃい」

 「行ってきます!」

 元気にそう返事が返って来る。
 その声を聞けば、母親も良い物だと実感するなのはである。
 今日も平和だった。
 晴れた空の青い色を見れば、その色は管理局とも、海鳴市とも変わらない。
 管理局やフェイト達親友、あるいは自分を慕ってくれている後輩や仲間には心配を掛けていて申し訳ないと思っているが、仕事が無い文、ちょっと気楽ななのはでもあった。

 「あ、おはようございます、なのはさん」

 「おはよう。明日菜ちゃん」

 ちょうど、アルバイトから帰って来た明日菜に遭遇し、挨拶をする。

 「なのはさん。ちょっとお願いがあるんですが」

 「どうしたの?」

 「えーと、その、昨日から、私達の部屋にネギっていう子供が入ったんですが」

 「うん。聞いているよ。ネギ・スプリングフィールド。英語の先生だってね」

 無論、深夜における警備員としても情報を貰っているなのはであり、どうやら来て早々に彼女には魔法という存在が露呈したようであるが――それを顔には全く出さないなのはである。

 「ええ。それで、学園長からしばらく私達の部屋で泊めるようお願いされまして」

 「明日菜ちゃん、よく許したね。子供は好きじゃないんでしょ?」

 今でこそ仲はそれなりに良い物の、入って来てしばらくは明日菜とヴィヴィオは仲が悪かった。どうやら彼女は、子供は基本的に我儘で自分では何もできない存在である、と定義しているようで、その範疇に入らない人物ならばそれなりに許容できるらしい。
 なのはがそう思って訊ねたら、

 「えっと……まあ、色々あって許さざるを得なくなったと言いますか」

 そんな返答だった。
 ――ああ、これは昨日の夜に何かあったな、と思ったなのはである。

 「それで、私達の部屋のロフトにネギ…先生用の、布団とか用意しないといけないんですが」

 「うん。わかった。放課後までには準備しておくね」

 「はい、お願いします」

 頭を下げて自分の部屋に帰っていく明日菜を見送って、なのはも部屋に戻る。
 さて今日は、大浴場の清掃を業者に依頼した後、アメニティの補給を確認。食堂の衛生管理のチェックをして、部屋の家事をして、お昼は食堂で食べて、蛍光灯の取り換えや生活雑貨の買い出しをして、その後は玄関周りの掃除である。

 「レイジングハート、どれくらい掛かるかな」

 「――大体、午後三時には掃除をできると予測」

 「そう。それじゃあ、頑張ろうか」


 デバイス、レイジングハート・エクセリオン。
 かつて出会ったばかりの頃は魔法少女のステッキそのままであったが、度重なる改良と進化・成長の末、非常に優秀な戦闘補助能力も身につけたなのはのパートナーであり。
 そして今は、なのはの仕事をサポートする優秀なスタッフとなっていた。
 語らぬデバイスは、忠実に雑務をこなし。
 はてさて、何を思うのやら。



     ○



 昨日の晩のこと。
 歓迎会が終わって、結局、僕は明日菜さん達の部屋に泊めてもらうことができた。
 僕は、明日菜さんの記憶を消さない。
 明日菜さんは、部屋を貸す。
 そういう交換条件だった。
 木乃香さんがいない時、明日菜さんに色々と聞かれた。
 魔法使いは普段何をしているのかとか、どんな仕事をしているのかとか。返答は、『総合して言うならば人々を助ける偉大な仕事です』って言った。明日菜さんはなんとなく、変な表情で僕を見ていたのは、多分気のせいだろう。
 話をしている内に気が付いたことだけれど、明日菜さんはどうやらタカミチが好きらしい。
 ついうっかり、惚れ薬くらいなら造れる、と言ってしまい、それに明日菜さんは反応した。それは、反射的な物だったようで自分から打ち消したんだけれど、その勢いに、なんだか必死な物を感じてしまったのは気のせいでは無いと思う。
 普通ならば精製に四カ月くらい時間がかかるんだけれど、ちょうどメルディアナのお爺ちゃんがくれた七色大人変身魔法薬が鞄に入っているのを見つけた。ネカネお姉ちゃんが容れておいてくれたらしい。
 考えてみれば魔法を使ってしまったのは僕だし、それに明日菜さんに泊めてくれたお礼をしたいとも思っていた。
 だから、寝る前にこっそり魔法を掛けて生成して、一晩でしっかりした効果の物を作った。
 翌日、気が付いたら明日菜さんの布団で寝ていたけれど、明日菜さんはいなかった。
 木乃香さんに聞いてみたら、明日菜さんは毎日新聞配達のバイトをしているらしい。すごく優秀な配り手なんだそうだ。
 ロフトの片隅では、きちんと薬ができていた。
 僕はそれを手持ちの試験管に入れる。
 朝食を食べて学校に行く途中、僕は明日菜さんに薬を渡した。
 喜んでくれると良いんだけれど。



     ○



 昼休み。
 なんとなく時間が空いてしまった明日菜は、一人でふらふらと歩いていた。
 ああ、空が青い、などと無意味にぼーっとしてみるが、元々それは彼女の柄では無い。
 周囲に人目が無いことを確認して、惚れ薬を鞄から出す。
 昨日なんとなく欲しそうなそぶりを見せたら、ネギは何を考えたのか、本当に一晩で造って渡してきた。
 頭脳は確かに――教師ということで解っていたことだが――良いのだ。
 だが。

 「どうしろってのよ」

 そう呟く。
 高畑先生に飲ませて、それで好きになってもらっても全く嬉しくは無い。そもそも、そういうことに気が付かないネギは、頭は良いがどっか馬鹿だ。勉強云々以外の問題で馬鹿だ。

 「ほんと、どうしよっか」

 「どうしたのかな?」

 「わあっ!」

 明日菜の隣に、気が付いたら一人の人物がいた。童顔に眼鏡を掛けた、白衣の青年。明日菜達の理科教師、いや教員免許は持っていないから講師の――

 「ごめんごめん。驚かせるつもりは無かったんだけど」

 「う、浦島先生」

 浦島景太郎だった。東大生。麻帆良の地質学研究所や古代遺跡研究会にも顔を出す、フィールドワークの達人にして友人、サラ・マグドゥガルの保護者。奥さんも東大生で今は高校の教育実習生であるとかいう話を聞いたことがある。
 明日菜はふらふらと、気が付いたら中庭の理科室前にいたのである。

 「それで、その試験管は何なのかな?見た所、かなり高い代物だけど中身は何が入っているのかな」

 にこにこにこ、と笑顔のまま尋ねてくる浦島景太郎に、勿論何も言うことはできず、明日菜は普段からあまり使わない頭をフル回転させて言い訳を考えていた。
 惚れ薬なんていう物を学校に持ってきたら、退学云々まではいかないにしろ、彼女の評価は地に落ちると言っても良い。それに、高畑先生にそんなことを知られたら。

 (や、やばいかも。私)

 その様子を、果たして景太郎は何を思ったのか――もしかしたら浪人生時代のかつての自分の様子を重ねたのかもしれないが――困っている様子を見て、

 「まあ、良いよ。神楽坂さん。試験管を始末するなら」

 そう言って、理科室の中、片隅に置かれたゴミ箱を指す。

 「あそこね。何があるのかは知らないけれど、急いで始末した方が良いんじゃないかな。それとも僕が捨てておこうか?」

 「い。いえ。自分で始末出来ますから」

 「わかった。――あ、そうそう。中身はきちんと捨てて来てね。廊下に水道があるし」

 「はい!(こ、これできちんと処分できる)」

 明日菜のその内心の声は、妙に大きな返事となってしまったが、浦島景太郎は特に気にすることも無く、曖昧な笑顔で頷いた。



     ○



 さて、麻帆良の中で最もいたずら好きな人間が誰かと言うと、関係者一同は揃って学園長の名を上げる。
 そのいたずらにもそれなりに意味があり、そして結果を導くということも事実であるのだが、いかんせん学園長が何を狙って行動を起こしたのかは結果が出るまでは悟ることは難しい。
 そんな学園長は、今、校舎をゆっくりと歩いていた。
 古い友人でもある浦島ひなた。彼女の孫である理科の講師、景太郎に彼女からの伝言を伝えるためである。
 その途中、神楽坂明日菜とすれ違う。

 (……む?)

 何やら奇妙な魔力を感じ取り、彼女を見ると、手には何やら怪しげな試験管を持っている。学園長は長い眉の下、視線がどこを向いているのか解らないように注意した上でその中身を判読する。

 (……ネギ君。まさかもうばれるとは)

 わずか一日足らず。ばれることを予測していなかった訳ではないが、あまりにも早過ぎる。学園長の視線の先、神楽坂明日菜は。


 『その中身を全て捨ててしまっていた』。


 (ふむ、惚れ薬か。効果は非常に強力……ふむ、そうじゃな。利用させてもらうかの)

 学園長は食えない表情で、歩み。

 「浦島君。ひなた君からの伝言なんじゃが」

 とりあえず、本来の目的を実行することにした。



     ○



 麻帆良学園女子中等部2-A・出席番号五番、和泉亜子はサッカー部のマネージャーでもあり、保健委員でもある。保健委員は名前の通り、保健室や校内での衛生管理の仕事を行う委員会だ。
 昼休みも終わりに近いこの時間、彼女は保健室での仕事を終え、最後の仕上げとしてごみを片付けていた。
 そんな亜子は、保健室前のゴミ箱を開け。

 「……何でや?」

 一本の試験管を発見した。
 保健室と、試験管を使う教室――つまり理科室は、中庭を挟んで正反対の位置にある。
 ――誰かが捨てたんか?
 試験管は妙にしっかりと口が閉じられており、中身は、見るからに怪しい桃色の液体が入っていた。果たしてこれは、勝手に処分をして良い物なのだろうか。
 そう考える亜子に、声を掛けた人物がいる。

 「おや、確か木乃香のクラスの」

 言わずもがな学園長である。

 「あ、こんにちは学園長先生」

 「はい。こんにちは」

 挨拶をした亜子に返事をし、そして「どうしたのかね?」と尋ねる。何があったのか把握しているくせに、狸だ。
 当然、亜子がそんなことに気が付くはずもなく。

 「実は――、――――」

 ゴミ箱の中で試験管を発見し、そしてどう処分すれば良いのか迷っていることを聞く。

 「そうじゃな、実は浦島先生は今、所用で大学部の方に行っているしの。……とりあえず、職員室にいるであろう、井伊先生に聞いてみてはどうじゃ?
 もしもいなかったら、誰か先生に事情を話して預かってもらえば良いじゃろう」

 亜子がこれ幸いと、学園長の意見に従ったのは言うまでもない。
 そして彼女は、職員室にいた北大路美奈子に、その試験管を渡すこととなる。



     ○



 北大路美奈子は、今現在は麻帆良学園女子中学校の国語教師であるが、本来は警察庁心霊班――要するに警察内部でのオカルト事件専門職員である。
 昨年の六月、どういう理由なのか警察庁と宮内庁にとある指令が下った。

 『麻帆良学園女子中学校で、ネギ・スプリングフィールドを助けるために人材を派遣すること』

 そう命令が下された背景には、美奈子が何回か飲み交わした警察の捜査一課、鳴海まどか警部の夫が、とある思惑によって策動した結果なのであるが――無論それを知るのは命令を受けてからしばらく先の話である。
 宮内庁と警察庁は仲が悪く、当然誰も行きたくはなかったのだが……彼女と、宮内庁神霊班精霊課課長、つまり川村ヒデオにその命令が下ったのであった。
 ウィル子がさり気なく広めた、彼女達二人が親しい友人同士である、という噂が原因らしい。それに不満を持っていいのか、喜んで良いのか、微妙な思いだった。
 聖魔杯でも共に行動した、しゃべる十手・岡丸は、今は彼女の携帯電話のストラップだ。
彼女が古文の教師としてなんとかやっていられるのは、江戸時代、実際に古文と漢文の教育を受けた彼――と言っていいのかは微妙なところだが――のおかげである。

 「さて、四時間目の授業に行きましょう」

 そう言って彼女はティーカップを片付ける。
 特別親しいわけでもないが、それでもやはり女性のコミュニティーとは仲良くなっておいて損は無い。一応彼氏持ち(相手は勿論、彼だ)となっている美奈子は、別段困ることは無く、潜入捜査のように溶け込んでいた。女性教師の皆さんと三時間目、昼休みという事でご相伴に預からせてもらったのである。
 ひょっとしたら、帰って来た誰かがまた使うかもしれない、と洗って乾かすためにカップとポットを食器籠に入れておく。
 彼女が受け持ちでもある2-Aの和泉亜子に声を掛けられたのはそんな時であった。
 試験管云々という事情を聴いた彼女は、勿論それを了承する。
 そして、亜子が授業の為に教室に帰った数分後。

 「やあ、ご苦労さま」

 「あ、これは学園長。何か?」

 職員室の二階、二年生の部屋に学園長が来る理由など、緊急の用事か散歩かのどちらかである。

 「いやいや、散歩じゃよ。健康には注意せんとの」

 そう言った学園長は、そこで彼女がたった今預かった桃色の水が入った試験管を見る。

 「北大路先生、それは?」

 「いえ。なんでも保健室のゴミ箱に捨ててあったとか」

 事情を話す美奈子に、学園長は言った。

 「そうじゃな、特に何も害が無いようなら、そのまま流してしまって構わんじゃろ。一応、浦島先生――は大学部じゃし、井伊先生に聞いてからじゃがの。水道の近辺において置けば良いわい」

 一介の教師であり、組織の上からの命令には基本的に忠実な美奈子である。
 試験管は職員室二階の流しの中に置かれることとなった。



     ○



 時は進んで五時間目の前。
 職員室で、国語教師はちょっとばかりの会話をしていた。

 「ああ、北大路先生。調子はどうですか?」

 「いえ。生徒の元気さに圧倒されますね。良いことです」

 「ですな。若さとパワーを貰いたくなりますよ。……先生はまだ授業ですか?」

 「ええ。最後の一コマが」

 「そうですか。……おや、流しのこれは、一体?」

 「ええ、なんでも、理科室の物であるとか。中身を流しても良いのか、一応確認するということなんですが」

 「……そうですか。ま、とりあえず私はお茶を淹れましょう」

 美奈子が授業に向かい、新田は給湯器を確認する。お湯はどうやら誰かが使い切ってしまったらしく、仕方が無いのでヤカンを火にかけて沸騰させる。

 「やあ、新田先生。ご一緒させてよろしいですかな?」

 そう言って、やはり入って来た学園長であった。


 そして五時間目の終了後、事件は起こるのである。
 紅茶を飲んだ五人の教師を巡る、鬼ごっこが。



     ○



 「それで結局」

 麻帆良女子中学校舎学園長室。空中に浮かびながらお菓子を食べるウィル子である。

 「学園長はどうやって行動したんです?」

 校舎内には、バタバタと駆け回る音が聞こえてくる。追われる音と追う音。歓声と悲鳴と叫び声と怒鳴り声。騒がしいことこの上ないが、防音措置は十分な室内では大した大きさでは無い。

 「なに、簡単じゃよ」

 そう言って、学園長は今日の行動を説明する。


 まず、明日菜が持っていた惚れ薬を確認した学園長は、浦島景太郎に言葉を伝えるついでに、試験管をちょっと拝借する。
 次に、学園長自らが惚れ薬を造る。理科室内の薬品を使えば楽勝であり、そしてネギが造った物よりかなり効果を薄くする。学園長の見たてでは、ネギが造った惚れ薬は、下手をすると恋愛感情を通り越して憎しみまで発生させかねないレベルであったらしい。
 そうして、それを学園長が保健室のゴミ箱に捨てる。いや、別に保健室じゃなくても良い。同じ物を校舎内におよそ十か二十ほど設置し、ついでに発見された場合はそれ以外の試験管の中身は全て分解され大気に消えるように――つまり、ただの空の試験管となるように設定しておく。
 さらに、試験管本体にちょっとした心理誘導系の魔法を仕掛けておく。
 発見された場合、それを見つけた生徒に接近し、それを職員質に持って行くように言う。誘導が掛かっているから学園長の言葉に疑問を覚える可能性は低い。
 今度は、職員室でそれを保管するように言う。多少誘導が薄くても、学園長に逆らう人間はまずいない。
 タイミングを見て、惚れ薬の色を変える。粘性もできるだけ変え、それこそ只の水にしか見えないように細工する。給湯器のお湯を抜いておくのも忘れない。
 後は沸騰したヤカンから給湯器にお湯が移った後、薬をヤカンに入れれば良い。


 「――と、まあ、こういう訳じゃ。別に失敗しても何ら問題は無いしの。あちこちに仕掛けた試験管はすでに廃棄処分が決まっていた物。怪我人を出さぬよう、一定以上の時間が経つと粉微塵に砕けるようにも設定してあるわい」

 「へ~。それだけですか?」

 「いやいや。変だとは思わなかったかの?女子中学校、高校と両方合わせて一万人で収まる数では無い。それが、追いかけられていたのはたったの数百人じゃ」

 「あ、そうですね。……もしかして」

 「そうじゃよ。あの惚れ薬はのう、実は二つの効果があった。そのうちの一つが、《魅了》としての時間の効果じゃ。飲んだ人間を追いかけるのは変わらないが、基本的には三分以上は効果が継続しない。つまり、三分経てば正気に戻るのじゃよ」

 「――はあ、それはわかったのですが」

 ウィル子が言う。

 「それでは木乃香さんの説明が付きませんよ。それにそもそもです。学園長は何のためにそんな事をしたんです?」

 「さてのう。考えてみると良い。ところで電子の聖霊よ、お主のマスターが危険そうじゃが、助けに行った方が良くないかのう?」

 「ええっ!」

 慌てて姿を消し、ヒデオを探すために壁から出ていくウィル子であった。



     ○



 夕方。

 「ただいま~」

 「お帰りヴィヴィオ。今日も楽しかった?」

 「うん!聖堂協会みたいな魔法関係の授業は無かったけれど、それでも自由に勉強できるのは楽しい」

 ヴィヴィオは図書館探検部に所属した。まだ小学生なのでそれほど奥には入れないが、とにかく無数に近い本が並べられている《図書館島》は、彼女のお気に入りとなったらしい。良いことだ。

 「あのさ、女子中学校の校舎に図書館の分館あるでしょ」

 「そうなの?」

 「そう。それでね、私もはっきり知っている訳じゃないんだけれど、中で何かバタバタしてたみたい。本は散らばってたし、しかも扉は蹴りで破られてて鍵は壊れてたって」

 「そうなんだ。ヴィヴィオは見に行ったの?」

 おそらく、今日の夕方の騒動が原因なんだろうな~と予想しながらも、やはり顔には出さないなのはである。

 「ううん。別に分館にしか置いてない本がある訳じゃないもん。――そういえば入口のあれ、どうしたの?」

 鞄を置き、手洗いとうがいを終わらせたヴィヴィオは、部屋の入り口に鎮座する布団を見て尋ねた。

 「これはね。六階に新しく住む、ネギ君の為のもの。これから渡しに行くんだよ。一緒に行く?」

 「うん!ところでママ、今日の夕ご飯はなーに?」

 「そうだね。たまには超包子に食べに行こうか。どう?」

 「行く!」

 ああ、今日も平和で何よりだと思うなのはだった。



     ○



 「それじゃーね」

 「こらヴィヴィオ。おやすみ、だよ」

 「は~い。おやすみなさい。アスナ、コノカ、ネギ先生」

 「はい。お休みな、なのはさん。ヴィヴィオちゃん」

 「なのはさん、布団ありがとうございました。おやすみなさい」

 「うん。それじゃあ、おやすみ」

 「………」

 「…………」

 「………………」

 「……………………ぐー」

 「…………なのはさん達が帰って、木乃香が寝たから、続き言わせて貰うけれど。大体ねえ、ネギ。あんた私に渡した惚れ薬がどうとか言ってたけれど、私は惚れ薬、捨てちゃったのよ?」

 「えええっ!」

 「声が大きい!……本当よ。浦島先生に聞けばわかるわ。あんたの惚れ薬は水に流しちゃった。そりゃ確かに造ってなんて勢いで行った私も悪いとは思うわよ。でも、今日のトラブルの直接の原因は私じゃないわ」

 「そ、そうなんですか?」

 「そうよ」

 「じゃ、じゃあ。今日のあの騒動は一体」

 「それは知らないわよ。それにね、ネギ。年長者として言わせてもらうけれど、きちんと考えてから行動する癖、付けた方が良いわよ。私が言えたことじゃないけどさ。惚れ薬何かで人を振り向かせても、恋愛の意味無いじゃない」

 「あ、ううう」

 「まったく。本当に世話が焼けるわよね…………」



     ○



 「C.C.――それで結局、お前に一体何があったんだ」

 「いや、なに。エヴァンジェリンに聞いたところ、惚れ薬とやらの匂いがプンプンしたそうでな。それに便乗してちょっとお前をからかってやろうとしただけだ。驚いただろう?」

 「ああ。まあな。驚いた。――何故そんなことをした?」

 「なあに、エヴァンジェリンが言うにはな、こうだ。
 『匂いからでしか推測が出来んが、この惚れ薬は効果が二つある――』」

 「ちょっと待て。あいつは薬を匂いで判別できるのか?」

 「知るかそんなこと。あいつに聞け。――続けるぞ。
 『一つは魅了の時間にかかっているもの。要は、効果によって追われる時間を決定しているという事だ。二つ目は――おそらく、選別の術だろうな。惚れ薬は、すでに惚れている相手には効果が無い。さらには、心底に相手に惚れている場合、その異性が何を考えているのかが分かる――そんな感じのものだ』……だそうだ。
 ああそうだ。鳴海歩だがな、あいつは知り合いの車に乗ったまま連行されて行ったぞ。多分行先は《ブラウニー》だ」

 「それで……C.C.お前は何故、こうどっ――――」

 「どうしたルルーシュ。どうしてそんなに赤くなっている?ふふふ、なに、簡単なことだ。私にはお前がどこに行くのかが、なんとなくわかったのさ」

 「そ、それが本当だとして。い、一体なぜ、学園長は、そんな事をした、かだな」

 「必死じゃないかルルーシュ。ふふ――まあ、エヴァンジェリンは、お互いの弱点となりえる存在を探るため、と言っていたな」

 「……あ、ああ。――なるほど、人質か。確かにそれもあるだろうな。――もう一つ、思い付いたぞ」

 「……ほう?」

 「それはな。俺達は単なる道化役で、学園長の狙いは、あのネギ少年に惚れた少女を探すため――ということだ。確かエヴァンジェリンと空繰が結んでいる『契約』という方法は、形式を変えればネギ少年も可能なのだろう?
 ネギ少年がトラブルに巻き込まれるのはもはや偶然ではなく、多少は人為が絡んでいるようだからな。その為の対策も兼ねた情報収集、という点だ」

 「ほお。――だとするとつまり、学園長はネギ先生に惚れた少女を見つけたのか?」

 「さあな。そこまでは判らんよ」



     ○



 [今日は、図書館の中でネギ先生と会えた。
 図書館と言っても、本館では無く女子中学校の分館だ。あまりたくさん置いてあるわけじゃないけれど、それでも本が好きな私には囲まれているととても落ち着く場所だ。
 《図書館島》から借りられて持って来たまま、こちらに返却された本を、機械に検索を掛けてふり分けるのが最近の私の仕事だった。
 放課後はなにか騒がしかった。誰かが追われているみたいな音がずっとしていて、気になった私は外に出た。そうしたら、偶然ネギ先生が廊下の向こうから走って来た。
 なんだか助けを求めているみたいだったから、中に入れてあげた。
 ネギ先生はちょっと怯えていたみたいだったけれど、しばらくすると落ち着いて、話をしてくれた。(なんで私の方を見て不安そうにしていたんだろう。わからない)
 ネギ先生には、夢があるらしい。その夢を叶えるために、日本で先生をしているのだそうだ。丁度同じ部屋になった(ネギ先生が言うには、学園長からの要望で、木乃香さんの部屋に泊まっているという)明日菜さんに少し話しただけらしい。
 私よりも小さいのに、一生懸命なネギ先生を見て、私はちょっとドキドキした。ううん。感心していたのかもしれない。私は夢に向かって真っすぐ進むほどの力も無い。でも、ネギ先生の瞳は、うんと強い意志が見えた。
 もう少しネギ先生と親しくなってみたい。
         ――――出席番号29番・宮崎のどかの日記より]



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 プロローグその⓪ 魔王と魔女と少女の場合
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/09 19:42
 
 プロローグその零(ゼロ)~優しき魔王と不死の魔女と少女の幽霊の場合~


 ただひたすらに白い空間がある。
 上下も、縦横も、床の感覚すらも曖昧な空間に一人の男がいる。
 黒髪に紫の瞳を持った、青年。
 生まれた時はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 学生のときは、ルルーシュ・ランぺルージ。
 世界を相手に戦っていた時は、正体不明の『ゼロ』。
 世界に憎まれようとかぶり続けた仮面は『皇帝』。
 幾重もの仮面を付け、親しかった兄弟も、初恋の妹も、大切な彼女も、歪んだ両親も、親友も、戦友も、最も大切だった妹すらにも敵対し、優しき世界を目指した、孤高の皇。

 ――つまりはこれが、死後の世界……というわけか。

 ぼんやりとルルーシュは思う。
 スザクに胸を貫かれ、どうやらナナリーには計画が全て筒抜けになってしまい、彼女だけならばともかく、カレンや神楽耶、星刻あたりにも悟られてしまったらしい。なんとなく……そう、なんとなく、それがわかる。

 ――ここが、C,C,の言っていた集合無意識だからなのかもしれない。

 ただの白い空間を俯瞰しながら、ルルーシュは思う。
 集合無意識。先代の皇帝、父親シャルルの言葉を借りるのならば『神』。人間の個人というペルソナを剥ぎ取り、人類全体を一つの種として見た時の意識の集合体……だったか。ユング心理学の考えと同じだろう。無意識より奥で、人間は繋がっている――という。
 まだ生きている者の思考の断片が、わずかだがルルーシュに触れていく。
 悪は滅んだと喜ぶ者の中に、ほんの僅か、自分を悼む者がいる。
 普通の人間ならば、死した後は此処に溶けていく。だが、ルルーシュと……おそらくは、何人か。父シャルルと母マリアンヌ、偽りの、だが大切な弟のロロに、あのマオという男。ナイトオブワンのビスマルクにV,V,――彼らはこの空間のどこかにいるのだろう。なんとなく気配がした。

 ――ギアスは人を孤独にする。死した後も、溶けるまではひたすらに孤独。確かに心を歪めた代償として見れば、それも当然なのかもしれない。

 ギアス。
 能力こそ千差はあれど、自然の摂理ではありえない、異能の魔眼。かつてルルーシュはそれによって力を得、そして世界を変えるまでに至った。後悔し、挫折し、それでも歯を食いしばって前に進み、無数の犠牲の上に世界の変革を成し遂げた。
 後世、どんな評価がつくのかはわからない。最も世界の事を考えていた正義の皇帝と呼ばれるのかもしれないし……少なくとも、彼の名は歴史に残るだろう。
 だが、今のルルーシュにはどうでもいいことだった。

 ――とりあえずは……眠ろう。

 長く長く歩んできた足を、ようやっと止めることができたのだから。

 ――おやすみと、どこかで魔女が囁いたような気がした。
 

 そうして魔王は、遠く遠く、別の世界での自分の夢を見る。















 ――――と、ここで終われば話は続かない。
 場所は変わって現実。
 かつてエリア11と呼ばれていた土地で、『灰色の魔女』ことC.C.は一人で佇んでいた。

 「世界は優しくなったよ。ルルーシュ」

 魔女は呟く。

 「お前のおかげだ。……大変だったんだぞ。真実を知った者と、知っていて止めなかった者と……知ることすらしなかった者と。なんだかんだで世界がまとまり、動き出してからもトラブル続きでな」

 魔女は呟く。辺りに漂うのは塩の香り――そして波の音。
 かつて訪れた、神の眠る島。

 「お前が死んで――もう、どれくらいが立つ?
 まず黎星刻が病気で死に。
 黒の騎士団は気が付いたらいつの間にか、レクイエムの共犯者達は精一杯に生きて、そして笑って死に。
 神楽耶やカレンや藤堂が悔いながら死に。
 ナナリーや蒋麗花もまた悔いながら死に。
 あの枢木も、ついにはギアスでもどうにもならないくらいに年を取って死んだよ」

 魔女は呟く。たった一人の、自分に生きる希望をくれた男に向かって。

 「なあルルーシュ……私はな、今幸せだ……」

 わずかに目を細め、吐き出し、しかし。

 「嘘だ。……ああ、やはり時代に取り残されるのは、悲しいよ。お前が『神』を否定してくれたおかげかな――この島が、おそらくはこの遺跡のせいで……認識できくなっている。幻のようにな。まるで世捨て人だよ。今の私はな」

 魔女は……呟かなかった。代わりに、はっきりと、言葉を紡いだ。

 「なあルルーシュ。お前は言ったな。私に生きてくれと。お前の望みは叶ったよ。世界は確かに優しくなった。いずれ崩れる時が来ようとも、お前が死んで、ここまで来るのに百と数十年かかろうともだ。
 なあルルーシュ。私はお前を……止めなかった。あのゼロ・レクイエムの前日、たった一晩だけお前と契った日、私はお前を止めることをやめた。集合無意識でお前と合うこともできると思ったし……何よりも、お前の邪魔を、私はしたくなかった」

 もはやだれも寄り付くことはない神の島で、魔女はただ言葉を重ねていく。

 「でもな……わがままを言えば、私はお前に、生きていてほしかった。二人だけでも良い、不死の身となって、一緒に生きていたかった。孤独の辛さは、お前も良く知っているだろう?」

 魔女は……否、魔女では無い。そこにいたのは、たった一人、愛する者を失った女。

 「だから……だ」

 彼女はそこまで言って、口元に笑みを浮かべた。

 「なあルルーシュ……百年で、皆が逝った。さらに百年待ったんだ。そろそろ叩き起こしても……文句は言わないよな?」

 雰囲気が変わる。かつて魔王に、魔女と呼ばれていたそのままの。
 魔王の騎士が死んでから、およそ百年ぶりの、彼女の本来の姿へと。
 彼女の目前には黄金の杯がある。
 魔女は遺跡の中心で、祭殿で両手を掲げ。



 かくして、神の島の凶鳥の扉が開く。



 ――ねえルル!今日は何を話そうか

 ――なんでもかまわないさ。好きなことを話すといい

 ――会長が卒業する前の、帽子の時のことは?

 ――そうだな……アッシュフォードの思い出で……俺と咲世子が入れ替わってた時の話は……もう、七十三回はしたな。それでも良いのか?

 ――うん。あれが……ルルとの、一番最後の、楽しい思い出だから。一番記憶に残ってるんだ

 ――そうか。なら、それにしようか。……確か、会長が卒業の思い出作りとして発案したんだったな

 ――ルル!確かにそうだけどさ、会長はルルの事本当に好きだったんだよ?でも、私もいた。だから会長は、ああいう方法を取った。ルルがゼロをやってて、咲世子さんが替え玉やっていたから上手くいかなかったのは予定外だったし、アーニャちゃんやジノさんがいたのも予定外だったけど……本気でルルを狙って、でも最後は私に譲ってくれたんだよ……結局、ほんの一週間も、一緒にいられなかったけれどね

 ――……そうだったな

 少女の言葉に、わずかに笑みを含めながら返す。
 果たして、ルルーシュは今自分で、起きているのか眠っているのかもわからない。ぼんやりと少女と話をし、過去を思い出す。それだけだ。
 自分がここに来てから、はたしてどれほど経ったのか。そもそもどれほど眠っていたのか。時間を数える気にもなれず、外の流れを知るのはこちらに来た知人たちの話を聞くしかなかった。
 起きた後に最初に話したのは、自分の手で撃ち殺した義妹。
 その後は、自分を守って死んだ偽りの弟。
 自分を愛してくれた、優しき少女。
 そこからは、自分の過去の記憶を順番こそ違えど眺めているようだった。
 最初に殺した兄。
 戦禍に散っていった、四本目が欠けた三本の剣。
 狂った白猫。
 吸血鬼。
 義兄。
 義姉。
 義弟。
 義妹。
 父と母。
 報道者。
 ――そう。それは、相馬灯だったのかもしれない。
 サムライが来た。
 故国を愛した忠君が来た。
 かつての部下達が来た。
 軍人でもあった教師が来た。
 大国の姫が来た。
 仮初の幼妻が来た。
 赤色の騎士が来た。
 敵対していた姉と、その従者が来た。
 唯一の天敵たる兄が来た。
 帝国最強の一角が来た。
 皮肉屋の技術者と部下が来た。
 忠実な忍が来た。
 悪友と、かつての婚約者と、科学者が来た。
 橙色の騎士と桃色の少女が来た。
 何よりも愛した妹と唯一無二の……おそらくは親友が来た。
 実際にはほんの百年。だが、体感的にはその何倍もの時間で、彼らと言葉を交わし、許し、そして消えていくのを見送った。
 そうして長い長い時間、少年は少女と話をしている。
 もはや起きているのか、それとも眠っているのかもわからない。
 まるで子守唄を聞くかのように、少女の声を聞いている。
 かつて渇望した優しい世界そのままの中で、魔王は浸っていた。
 心のどこかで、この少女との別れも近いという事を悟りながら。
 おそらく、次に目が覚めた時は少女がいなくなっているだろうことを悟りながら。



 魔王の眠りが覚める日は近い。




 ――なあシャーリー。君は何故、消えないんだろうな

 そんな問いを、かつて彼女はされたことがある。
 ふわふわと虚空を彷徨いながら、少女は眠る少年を見ていた。
 その美貌も、髪も、体格も、年齢も、そして存在感すらも――ここに来て以来全く減少してはいない。
 ギアスという名の呪いの代償は、彼を未だに束縛している。

 ――あのねルル、私は待ってるんだ

 ――何をだ?

 ――迎え……かな。私じゃなくて、ルルのね。私はもう、本当は意識の中に消えているはず。ジェレミアさん達より長いんだもん。私には、きっと役目があるの

 ――俺を迎えに来る人間が、いると思うか?

 ――うん

 少女は笑う。優しく、ほんの少しだけ瞳に悲しみを浮かべて断言した。

 ――解ってる筈だよ、ルル

 そんな会話を思い出しながら、少女は心内で呟いた。

 ――ねえ魔女さん。私はルルが好き

 彼女は、少年が眠っている時、魔女と話をしていた。

 だから、魔女の想いも知っている。
 魔女も、少女の想いを知っているだろう。

 ……そうだろうな

 ――ありがとう。長い間待っていてくれて

 ……もう良いのか?私に遠慮はせんで良いぞ。不老不死なのだからな

 ――うん。でもね、さすがにもう限界だと思うんだ。だから、ルルを起こして欲しい

 ルルーシュと別れて逝った人々が、彼女の時間を少しずつ引き延ばし、一時でも少年と長くいられるように、消えるまでの猶予期間を分けてくれたことを知ったら。
 彼は、何を思うのだろう。

 ……あいつのためか

 ――そう。あなたなら、ルルを任せられる

 ……信用されているようだな

 ――だってルルの共犯者でしょ?

 ……まったく。私も甘いな、本当に。お前にあいつを、譲ってしまいそうになる

 魔女は苦笑した。
 接続が切れる。
 そして、恋敵への感情ではなく、かつての――生前のシャーリー・フェネットの魅力的な笑顔そのままの笑顔を浮かべて。


 きっとそろそろ、あなたの共犯者はやってくるよ
 だから、またね。ルル。
 生まれ変わっても愛してる



 彼女はそう言って虚空へと消えた。




 彼女が本当にルルーシュと再開できるのは、もう少し後の話である。



     ○



 『日本政府内機密重要文書

 内閣府より関係者各位に通達します。

 先日、日本南東沖で発生した正体不明の発光現象・及び観測された空間軸の歪曲は、地殻変動で隆起した小島の火山活動によるものと公式発表されます。
 彼の島に接近する人物及び船舶又はそれに類するもの及び国家の介入が無いように、引き続き監視の続行をお願いいたします。
 今後二十年以内には、彼の島はその特殊な遺跡と共に、浸食作用によって海底に沈むことが専門家たちに予想されています。
 よろしくお願いいたします』


     ○


 かくして。
 長い長い夢の中で、かつて出会った人々に別れを告げ、魔王は眠りから蘇る。
 魔女が魔王を呼び起こす、その秘具。
 神に干渉するために用いたその秘宝。
 それが、後に重要な歯車となることは、未だ誰も知らなかった。
 杯は――かつて、キリストと呼ばれた人物が、ゴルゴダの丘で処刑された時、その血を受けた聖なる器。
 その名を――『聖杯』という。



 誰も知りえぬ中で、歴史は再度流転する。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》裏舞台・表
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/14 22:45
 某日深夜。
 麻帆良敷地範囲外から、侵入しようと目論む、とある集団がいる。
 その数およそ二十人。
 珍しいことに――本当に珍しいことに、久しぶりの麻帆良への侵入者たちだった。
 極東最大の魔力保持者・近衛木乃香を狙った西の術者ではない。
 図書館島に収められた貴重な書物を狙っているわけでもない。
 ナギ・スプリングフィールドの盟友、およそ悪名とともにその活躍が噂されている『闇の福音』でもない。
 ――標的はネギ・スプリングフィールド。
 彼らは『魔法世界』の政府高官より彼の奪取を任された、それなりに優秀な傭兵たちである。
 未だ十歳の未熟な少年。その才能を潰すことなく上手に育て、なおかつ多少の強制を加えれば――その恩恵は計り知れない物となる。
 簡潔に言うのであれば、そういうことだ。
 報酬も前金として十分に渡されている。
 『魔法世界』でも名を馳せるタカミチ・T・高畑や『闇の福音』には決して勝てないレベルではあるものの、数分の足止めは可能な実力者であり、そして二十人の内誰か一人でも目的を達成すれば良い――これは、そういう作戦だった。

 無論、結果だけを先に行ってしまうと彼らは全員失敗し、全滅する。
 一人を除き、死ななかったのが幸いという所だろう。



 ネギま クロス31《教育実習編》裏舞台・表



 さて。
 麻帆良学園中央駅。
 深夜、周囲に人影が無いことを確認し、裏通りからアクセサリーショップ《ブラウニー》の裏口へと入る。
 巧妙に隠された地下への階段を下り、パスワードを入力して扉に入ると、そこは非合法品の取扱店だ。

 「やあ」

 入って来た客に、カウンターでショットガン――SPAS12(イタリア製800ミリ、重さ約4キロ。ハリウッドムービーでも有名)を整備していた竹内理緒は笑顔を返す。

 「こんばんは龍宮さん。今日は何を?」

 「いや。買い物じゃないんだ。学園長からの通達でね……。今日の侵入者はあちらが撃退するとさ。臨時休暇と言った所だ。おかげで時間が空いてしまってね。起きているだろうと思って訪ねて来たんだ。……座っても良いかい?」

 「ええ。どうぞ」

 「すまないな」

 置かれた丸椅子に座る。
 部屋の隅に邪魔にならないように置かれたテーブルにはコーヒーメーカーが置かれていた。経験上、これを飲んで良いことは知っている。
 店長の結崎ひよの――本名は理緒達でも知らないらしい――が用意したこれは、非常に美味しく、上の副業・アクセサリーショップでも好評だった。
 カウンターの裏、竹内理緒は素早く、そして正確な手つきで銃を整備している。SPASは終わったのか、今度は別のショットガン、FN-TPS(ベルギー製の最新式・984ミリ、約3キロ)に手を付けていた。
 分解し、拭い、歪みを調整し、摩耗を確認し、油と水銀を差し、組み立てる。

 「良い手際だな」

 思わず呟いた龍宮に、理緒は笑顔で返事をした。

 「ありがとう」

 そんな会話をする二人の耳に、僅かだけ聞こえてくる轟音と悲鳴。
 認識阻害と同じように、音もまた『聴こうと思っていれば聞こえる』ようになっている。
 いまさら人の一人や二人が死んだ程度でどうにかなるような二人ではない。
 外とは対照的に、《ブラウニー》の中は、まるで古い友人同士が話をする喫茶店のような空気だった。
 翌日、教室内で龍宮真名と竹内里緒が、何やら楽しそうに会話をしていたことだけ伝えておこう。はてさて、一体何があったのやら。



     ○



 麻帆良に迫る侵入者の数が二十人であるということはすでに明白だった。
 僕の前方、画面には数十から数百もの、さらに細かな画像が映し出されている。

 「魔法使いはさ、魔法が万能だって思ってるけど、核より大きな被害を与える魔法はどれほどにあるのかな。もしも魔法が魔法じゃなかったら、法則として人の心じゃなくて数式や化学式を利用して放つ呪法もあるのかもしれないね。ね、いーちゃん」

 静かに語る玖渚だが、その指は一瞬たりとも止まることは無い。
 玖渚友。
 かつて、科学の世界でコンピュータが生まれてしばらくしたころ。
 サイバーテロ集団として、その分野において知らない者はいなかった、電子世界を強引に叩き伸ばした、世界最高の伝説の技術集団。
 《チーム》とも、《手斧一本で摩天楼を創る集団》とも言われたその、わずか九人の組織の――当時若干二十歳にも満たなかった彼女こそがトップだった。
 生まれた時からの才能は、僕の妹を犠牲にしてようやっと人間の範疇に収まり、しかしそれでもなお世界の電子技術の頂点に君臨し続け、ついたあだ名が《死線の蒼》。
 僕がER3から帰って来て、ようやっと世界最高の技術者『蒼色』から『青色』となりそこからおよそ――一年と少し。
 様々な事件の後に彼女は劣性遺伝子の呪縛から解放されて寿命が人並に戻り、そして今、僕の隣にいてくれている。
 かつては百と数十を軽く超えるコンピュータを一度に操った才能も、今では辛うじて数台が精々。普通の才能ある、超一流の技術者のレベルだ。
 処理能力は落ちても、宿した技術能力までは劣化してはいない。
 玖渚の視点から見れば落ちているのかもしれない。過去よりも劣っているのかもしれない。だけど、経験と知識と培った技術は未だに彼女を専門家以上の高みに保ち続けている。

 「魔法使いの多くは、魔法が万能だと思ってる。確かに科学よりも優れた点があるのは認めるよ。でも、決して万能じゃない。万能ならば、現実に関わらないで生きていけるんだから」

 麻帆良の敷地内。夜間のみに発動される、無数の監視システムを統べながら友は言う。

 「いーちゃん。先生達に報告。これから侵入者たちの走行経路を送る、そちらの行動は自由裁量に任せるって」

 「ああ」

 麻帆良中央電子制御室。この地のほぼ全てのシステムの中枢とも言えるこの場所で、かつて『歩く逆鱗』とも言われた暴君は、楽しそうな笑顔だった。



     ○



 二十人の侵入者の内、とある七人は命令の他にも思惑を持っていた。
 政府上層部から直々に麻帆良への侵入が命令されたのだ。目的を叶える為に、これ幸いとその命令に乗ることにした。
 彼らは皆、大戦期、ナギ・スプリングフィールドの《赤き翼》に痛い目に合された事がある。《赤き翼》にしてみれば、大国――いや、その背後にいた秘密結社に踊らされる、彼らの息のかかった『戦争屋』達を倒すための行動がほとんどだったのである。が、しかしどうしても戦争だ。人は死ぬ。そしてその怒りと憎しみは《赤き翼》にも向けられる。
 だから、《赤き翼》はそれを受け入れている、いつか自分達が、彼らが殺してきた人間に縁のある恨みを持つ物に殺されることになっても、剣を持った人間の宿命であると、受け入れる覚悟がある。
 タカミチ・T・高畑も、それは変わらない。
 だが――ナギが消息を絶ったからとしても、その息子に恨みを向けて良い理由にはならないのだ。
 感情はわかる。そして、彼らの行動を止める権利を持つ物はいない。
 ならば、こちらも少年を傷つけないためには、彼らを迎え撃つしかない。偽善でもあるが、できるのなら殺すことのないように。
 二十人の侵入者たちは、麻帆良の敷地内に入る瞬間、一つの声を聞いた。


 ・――――人を呪わば、穴二つ――――


 瞬間。
 少年に恨みを向ける七人は、彼らへの怒りや憎しみの分だけ深くなった、巨大な穴に落下していった。



     ○


 
 麻帆良の校舎屋上に一つの影があった。
 闇夜に紛れるその姿は、長身の女性のものだ。

 『概念発動、完了デス』

 彼女は、左手につけられた概念兵器のコンソールに表示されたそれを読む。
 さて、これで残りの侵入者は、死ぬ覚悟のある、良くも悪くもプロの傭兵のみである。後は、先生方に任せておいても問題ないだろう。
 学園長に、メールで連絡を入れる。

 『概念の付与は完了しました。朝になれば自然に消えるよう設定してあります。では』

 それだけを送り、彼女は自室へと戻って行った。

 「……寝よう」



     ○



 夜の敷地内は非常に人気がない。
 これは勿論時間的な意味もあるが、なんとなく外に出たくない……そう思わせる術式が展開するからだ。そして、例え外に出たとしても、彼らの行動はある程度把握できる仕組みでもある。特定の道を通らせるようにするとか、必ず監視の目が行き届く場所をくぐらせるとか――応用すれば、それほど難しくは無い。
 当然、術が展開していることを知っている人間にはあまり効果が無い。
 だが、それでも夜間に出歩く人間は少なかった。何も知らない一般人ならばともかく、知っている立場の人間の、警備員以外の外出は、突発的な事件に巻き込まれても自己責任ということである。
さて、二十人から十三人に減った侵入者はそこで幾つかのグループと、数人の単体に別れた。
 グループは陽動と、できれば警備員の撃破。そして撃破可能だった場合のさらなる進行が目的。
 単体は、施設の把握や監視機材などの裏工作と、ネギ少年の奪取が仕事である。最も、そういった役割の者の殆どは、何者かが展開した概念によって既に戦闘不能に追い込まれているのだが、だからと言ってこの人物の仕事が変わるわけではない。
 元より死の危険は存在する仕事。そんな風に考え、学園内を走っていた。
 音もたてず、気配も極限まで殺し、実に見事な侵入者だった。
 彼――だろう。多分――は、桜通りと呼ばれる、まだ蕾の並木の下にいる。
 そして、視界の前方、ベンチに座る少女を見た。大学生か、高校生だろう。どうやら眠っているようで、彼はそのままそこを通過できると判断する。借りに罠でも、このまま突破できると、そう思った。
 ――そう、思っていた。
 少女は、彼がもう数歩で通り抜けるといった所で、ふと目を覚ます。

 「……うん?」

 侵入者は、まだ覚醒しきっていない少女の。
 ――ニット帽に、義種である両腕を長い手袋と長袖の服で隠した少女の横を通ろうとし。


 「ふあ、……ああ、寝てしまいました」

 少女はよっこらしょ、とベンチから立ちあがる。
 そして自分の足元に広がる血の池と、その真ん中で首と胴体が分かれて絶命している男の死体を見た。

 「ああ。……ごめんなさい。寝ぼけてうっかりしてました」

 少女は、いつの間にか自分の手に握られた、巨大な大鋏の血を払い飛ばす。

 「桜通り……吸血鬼って、もう一回会いたいんですけどねえ」

 結局会えないなあ、と言いながら少女は、うふふふふふ、と長男ゆずりの笑顔を浮かべていた。
 殺人一族・零崎ファミリーの少女、零崎舞織。兄・人識の頼みの下、現在麻帆良学園の大学生・無桐伊織として、日常に生きる妹をこっそり守る、意外と優しいお姉ちゃん。
 無意識の内に侵入者、殺害。


 残り侵入者十二人。



     ○



 タカミチ・T・高畑が魔法を使えないということは、意外と有名である。
 彼は生まれつき呪文詠証ができなかった。自身に宿らせたエネルギーを言葉に変換することができなかったという意味だ。体内に魔力はあるものの、それを運用する機関が、生まれつき欠落していた。
 《紅き翼》の一員として名を連ねていた彼は、厳しい評価に晒されながらも、旧友の別荘を借りて、努力の末に究極技法を身に付けたが――これは今回にあまり関係が無い。
 スラックスのポケットに拳を収め、居合抜きのように放つ無音拳。
 師、ガトウ・カグラ・ウェンデンバーグから授かった技能と、死に物狂いで身につけた体術は本国でも長い努力の末、ようやっと評価されるようになった。
 それも、リカード議員やセラス総長などのさり気無い尽力のおかげだろう。
 本当に、自分は助けられている。
 だから、ネギ君を助けるのは、自分の仕事だ。
 彼に、危害を出すわけにはいかない。
 タカミチが出会ったのは三人ほどのグループだったが、既に二人は倒した。両手両足を折ってある。逃げることはできないだろう。
 時間を稼ぐのが狙いだったのは明白だった。逃亡せずかといって立ち向かって来るわけでも無く、ひたすらに邪魔をしてくる。――が、制御室からのからの連絡によれば、他の侵入者も全員すでに交戦状態になっているらしい。

 「すまないが、さっさと終わりにさせてもらうよ」

 小さくそう呟きながら、攻撃の手をさらに苛烈にしていく。
 相手はどうやら足には自信があるらしく、タカミチの拳撃は避けられている。
 だが……タカミチの狙いは、中てることでは無い。追い込むことだ。
 巧みに追い込む先には、砂利に偽装させた幾つかの宝石が散らばっている。
 それは、戦闘の初めに投擲しておいたもの。
 《紅き翼》の一員。『魔法世界』のアリアドネで特別教師をしている彼女は、魔法が使えないタカミチの為に、毎月二十程度の少量ではあるが、魔法を内在した宝石を送ってくれる。
 発動は簡単。彼が肉声で特定のキーワードを言えば良い。
 魔力を使うことも無く、ただ言葉にすれば、それに宝石は反応する。

 「『発動』――」

 地面の鉱石が光り、輝き、煌き始める。
 侵入者が気が付くがもう遅い。内包する魔力の大きさから判断しても、死にはしないだろう。

 「――『南洋の風』」

 一際大きな発光と共に発動した暴風に、侵入者は蹂躙され、感電し、宙に巻き上げられ、地面に落ちて来た時には半死半生だった。だが、きちんと息はしている。致命傷を負っているわけでもない。さすがだ。

 「――ふう」

 一息ついたタカミチは、ネクタイを緩めると制御室に連絡を取った。
 タカミチ・T・高畑。
 侵入者三名を捕獲。


 残り九人。



     ○



 進軍する集団がある。大きさ、形、色、どれをとっても人間では無い。数は、およそ五十といった所か。
 侵入者の集団の内、二人の後衛型魔術師が協力し合って召還したこの軍勢は、それほど遠くまで進軍できるわけでは無い。範囲は精々が数百メートル。だが、足止めとしては十分な役割。
 無論、術者は身を隠し、居場所を悟られないようにしている。
 誰にも知られることのない、人造の百鬼夜行は直進する――と。
 キメラにも似た集団の前に、一つの影があった。
 おそらくは、少女。
 軍勢達は知能が低い。侵入者たちのここでの目的は陽動であり、瞬間的な強さを持っていれば良いというのが考えだった。

 「――――ォォオオオ!」

 咆哮を響かせ、殺到する軍勢に対して、少女は微動だにしない。
 ただ一言、静かに呟いた。

 「やれ。マーク・ネモ」

 少女の身から何かが生まれ出る。否、産まれている。
 手が長く、足は無く、顔は無く、ただ鳥のような紋章が顔に刻まれたその人形は。
 一瞬で大きな、全高三メートルほどの、黒き人のような姿へと変化し、日本刀にも似た刃を構えて軍勢に突撃する。
 付き、穿ち、切り、刻み、軍団は見る間に数を減らしていく。
 二人の侵入者は、自分達の軍が壊滅することを知り、即座に撤退を始める。見切りは確かに優秀だったのだろう。
 だが。
 およそ、世界を相手取った軍師にとって、軍団の指揮官の隠れる場所など当に把握できていた。

 「――ガウェイン」

 その一言で、魔王の背後。空間から半身を覗かせた巨体が光り、真っ赤な、鮮血のような色の光の柱が二本殺到する。

 「――非殺傷設定だ」

 それは彼らの防御結界を紙の如く容易く破り、二人に直撃した。
 魔王と魔女。
 侵入者二名を確保。


 残り、七人。



     ○



 魔法使いのスタイルにおいて、前衛を他者に任せ、自分自身を後方に置くスタイルを選ぶ者は多い。呪文に専念できるため攻撃から補助、回復も可能であるし、不得意な物が多い肉弾戦をしなくて済むからだ。最も、相手の魔法使いからの『砲撃』は自分で受ける必要があり、それに耐えうる障壁を展開できなければ無意味である。
 その場合の前衛は、相手の魔法に耐えられる防御力に優れており、かつ相手の前衛よりも、相手の後方魔法使いに対して攻撃ができるスピードを持っていると非常に良い。
 侵入者四名、正確に言うならば前衛・後衛のペア二組。他のチームの敗北を知って合流した、典型的な魔法使いの組み合わせであった彼らの不運は、相手をよく知らなかったこと――これだけである。
 彼らの目の前に現れたのは、親子。しかも、まだ若い母親と、小学生くらいの娘だった。
 まあ、母親としては娘を現場に連れてくるつもりは無かったのであるが、娘がどうしてもと頼みこんでいたし、それにこちらにきて半年。デバイスを起動すれば、数発を加えることができる程度には成長もしている。生まれ持った体質もあるし、そうそう怪我はしないだろう。そう判断したのだった。
 過去での戦いにおいて、その恐ろしさは十分に教えてあるのだし。
 四人の目の前で、少女と母は何かを起動させる。侵入者たちは、それこそ魔法少女をその眼で見ているような気分になった。母親は白いコートでも通用するが、特に娘。
 しばらく呆気にとられていた侵入者達だったが、この二人が任務の邪魔になることをようやっと気が付き、前衛は前に出て、後衛は魔法の準備をする。
 ――繰り返して言うが。
 もしも彼女達を知っている者がいたら、ここで一番良い選択肢は降伏することであると教えられただろう。母親の親友二人ですらも、このペアには多分挑まないのだから。
 簡潔に結論だけ言うのならば。
 圧倒的なまでの防御力を誇る《聖王の鎧》を保有し、もう一人の母・フェイトからも指導を受けた高町ヴィヴィオと。
 かつて、そのヴィヴィオの防御すらも打ち破った管理局の白い悪魔、高町なのは。
 この二人に勝てるはずもなかったということ。
 そして、戦闘を見ていた学園各所の人物達が、空に昇って行く光の一撃を目にしたことだけは伝えておく。
 高町なのは、高町ヴィヴィオ。
 侵入者二人×2。
 速攻で撃退。


 残り、三人。



     ○


 その後。
 川村ヒデオ、北大路美奈子、ウィル子の三人により最後の三人も捕縛。
 制御室からの連絡で、この晩に出ていた皆に、侵入者二十人の現状が報告された。
 桜通りにおいて殺害された人物が一人。
 動けないほどダメージを食らった侵入者が四人。
 両手両足を折られた侵入者が三人。
 重傷を折ってはいるものの、致命傷では無い侵入者が二人。
 悪夢にうなされる侵入者が三人。
 そして、気絶していた侵入者が七人である。
 麻帆良の人的被害は無し。
 かくして、この晩の戦闘は終結し、物語は終了した。



 ――――――――本当に終了したのだろうか?





[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》裏舞台・裏
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/17 01:37
 ……時間は、少々遡る。

 何者かによって展開された概念により、侵入者二十人の内七人が穴に落ちた。
 その内、気絶した者は五人。
 落下の衝撃で怪我を負いながらも、這い出してきた人物が二人いたのである。
 片方は、大きな憎しみがあった故に。
 もう片方は、その憎しみが自分で間違いであると知っていて行動していたが故に。
 その二人の侵入者は、体の不調を抱えながらも、再び麻帆良に侵入して行った。
 穴に落ちたのは七人。
 そこで気絶したのは五人。
 這い出したのは二人である。
 だが、一番最後に穴の底で気絶しているのを発見されたのは、七人だった。
 侵入者の内、自分で間違いを知っていて行動していた者は、しばらくの個別行動の後、別の二人と合流し――川村ヒデオの一行と戦うことになる。

 侵入者二十人の中で。
 穴に落下して、気絶をした者が五人。
 タカミチ・T・高畑を始め、五人が捕獲した者が、合計で九人。
 運悪く零崎に殺された者が一人。
 ヒデオ達が相対したのが三人――いや、穴から這い出した一人と、二人。
 では、計算上現れる、最後に穴に追加された二人はどこで何をしていたのだろう。
 その内の片方は、穴から這い出したしぶとい侵入者。
 もう片方は、穴に落ちることは無く、個人で行動をしていて捕まった物。
 彼ら二人は――世界における最強の一角に、出会ってしまった。



 ネギま クロス31 《教育実習編》裏舞台・裏 



 「こんにちは、『億千万の口』」

 ヒデオ達が侵入者と向かい合っている頃、空の上ではそんな会話がされていた。

 「私は、川村ヒデオを媒体に顕現している、『億千万の闇』の端末ですわ。ノアレ、と呼んでくださいな」

 彼女の視線の先に居るのは和装姿の女性だった。高級な京織の着物に黒髪の美女である。

 「そうか、ワシはみーこだよ。よろしくのうノアレ。それで何の用かの。もうすぐリップルラップルやエルシア、他のアウター達も呼んで、大樹地下の白鳥の小僧の場所で会談なのじゃが」

 「ええ。実は、闇に住む同僚が川村ヒデオと話をしたいそうですの。それで、侵入者たち、邪魔なんですね。私がやっても良いのですけれど、一応精霊程度の力しかないので……ここは、川村ヒデオをよく知るあなたにちょっと始末してもらおうかと」

 「図々しいの、ノアレ。確かによく知っておる……お主ら『闇』を還した小僧だからの。だが、見返りはないのう」

 「それなんですが」

 クスッ、と邪悪な笑顔でノアレは笑う。

 「実は、ちょっと暴れてほしい場所があるんです。お仲間と共に、思う存分」

 「……ほう?わし等が全力で暴れても壊れない場所があるのかのう?」

 「ええ。詳しいことは、今度そちらの会談にやって来る《宙界の瞳》の主さんの所で話しますわ。ノアレという存在全てに賭けてお約束します」

 「……相手は、強いのかの?」

 「さあて。数は多いようですが」

 「…………まあ、良いよ。それではさっさと終わらせようかの」

 「あ、川村ヒデオの注文です。殺さないように」

 りょうかいしたよ、と、かつての魔王の側近は笑い、下に降りて行く。
 彼女と出会うこととなった侵入者二人が、その後地獄を見ることとなるが……『闇』のノアレにはむしろ好都合。周囲に響く恐怖の叫び声――《ブラウニー》地下にて楽しく会談する二人にも聞こえたものだ――を聞きながら、嬉しそうに笑う。
 恐怖のあまり失神した彼らは、適当に穴に放りこまれた。



     ○



 鳴海歩がどこで生活しているのかというと、中央駅近くのアクセサリーショップ・《ブラウニー》の三階である。一階が店舗、二階がひよのの管理する工房兼情報室、三階が台所含めた生活施設で、竹内理緒、結崎ひよのの寝室も三階にある。
 最も、理緒は地下の販売店での寝泊まりも多いから、実質的にひよのと歩しかいない。
 兄・清隆から部屋を提供された時、憤然として文句を付けたが笑って言葉を返されただけで全く聞き入れて貰えなかった。何が『避妊はしっかりするようにね』だ、あの兄貴。俺とあいつはそんな関係じゃないっての、と思ったのだが、例の如く、ひよのの言葉と顔に歩は敗北した。学生以来、弱点を全て見透かされているような気がする。
 その三階の自室、明日の授業の準備をしていた歩の携帯が鳴る。

 「……はい、鳴海歩」

 『やあ、元気そうで何よりだ』

 切った。
 再び授業の準備を始めて三十秒後、再び鳴る。

 「……何の用だ、兄貴」

 『機嫌が悪そうだね。疲れているのかい』

 気遣う声も鬱陶しい。手に持っていた書類を机に放り投げ、仕方無く返事をする。

 「……何の用だ」

 『いや。そちらはだいぶ面白そうなことに成っていると聞いていてね。歩、君の体も万全じゃないんだ。心配して掛けただけだよ』

 「………本気か?」

 『ああ。本気だとも』

 歩の体は完全な状態では無い。確かに今は両足で歩けるし、両手も使える。走るくらいまでならば運動もできる。だがそれはここ数カ月のことであり、麻帆良の地に来た昨年の四月はまだ車椅子だった。

 『本気で、面白そうになっているから連絡したんだ』

 そっちかよ。
 ひくっ、と引き攣らせた歩は、それでも今度は切らなかった。

 「……おい兄貴。一つ教えろ」

 『何かな?』

 「兄貴がまあ、俺の体を治そうとしたのは、まあ、認める」

 清隆は、そういうところでは律儀な人間だった。相手が勝手に勘違いをするような言動は言うものの、嘘はほとんど言わない。あえて話さないこともある。だが、彼が偽りを言ったことは、果たしてどれほどあっただろうか。

 「が。兄貴。……何を企んでる」

 「――前にも言ったね、歩。私は……世界を楽しくしたいんだよ」



     ○



 聖魔杯という大会において、川村ヒデオは一回死んでいる。
 敵……という訳ではないが、大会において自身の野望を叶えるため、裏で動いていた『アルハザン』という組織の首領・アーチェスに心臓を貫かれている。
 実は心臓を貫かれたのも、アーチェスの野望を食い止めるためであり、そして自分の最後の一瞬くらい勝って終わりたかったという理由もあったのだが。
 とにかく、川村ヒデオは間違いなく死んだ。分子どころか質量エネルギーまで全てをウィル子に託し、アーチェスが召還しようとした『億千万の闇』という物を送り返した。
 では何故、今彼が生きているのかというと、生き返させられたからだ。
 当の、『億千万の闇』に。
 『億千万の闇』という存在は、人間の感情や『悪』など、概念的な意味まで含めた全ての総称でもあるらしい。別名を『この世の全ての悪』とも言うそうだ。
 その『闇』。ヒデオの元に居るのは、端末のような存在の闇理ノアレという少女であるが、彼女はヒデオの波乱に満ちた一生を楽しく見れれば良いらしい。小悪魔的という形容詞があるが、彼女ははっきり悪魔だった。さすが『闇』から生まれた存在。
 そもそも今現在。ヒデオが死ねるのかどうかも怪しいのである。平穏に生き、死んだら死んだで、また生き返させられることにも成りかねない。
 別に存在としての『闇』を嫌ってはいないが、そう考えると少し鬱になるヒデオだった。
 なぜこんな事を彼が考えているのかと言えば、今現在ヒデオは――生命の危機だったからである。
 彼は今、侵入者の一人に首を掴み上げられていた。
 どうやら、単体行動と団体行動組が合流したらしい。
 そもそも、大会でさえ容姿、ギャンブル、ハッタリ、頭脳、虚を付く戦いで勝利を納めて来たヒデオであり、元々は平均男性レベルの体力すらもない。大会で多少は鍛えられたものの、人外の相手に喧嘩など未だに不可能だ。
 スライムに一撃で倒された実力は伊達では無い。
 視界の片隅では、久しぶりに携帯のストラップから解放された岡丸を握った美奈子がもう一人と切り結んでいる。まあ、リュータとも互角に戦える彼女ならば問題はあるまい。
 ウィル子の方はと言うと、どうやら、個人で動いていたらしい侵入者を空中顕現させた青色の八面体(社会現象を巻き起こしたアニメに出てきた、ラミエル…とでも名付けようか)からのビームで砲撃し、さらに誘導装置付きの弾丸で追い詰めている。
 助けはこない。
 正しくピンチだったが、ヒデオは落ち着いていた。
 息が出来ない状態だが――死への恐怖は、あの大会で通り越している。
 『億千万の眷属』と出会ったこと。嫉妬と憎悪の混じった人間の闇。そして殺されるという恐怖感。それに比べたらこの程度、なんてことは無い。相手は侵入者で、そしてまだ若い少年を狙う傭兵なのだから。

 ――殺すな。できれば、心に傷を負わせるな。『闇』。

 内心でそう呟いた瞬間――ヒデオの影は蠢き、人の形をなし、そして侵入者を飲み込んだ。
 そのまま動き、ウィル子が痺れさせた侵入者と、美奈子の一撃で崩れ落ちた侵入者も飲み込んでいく。

 「……っご、っほ」

 解放され、息を吸う。空気が美味しかった。やはり死んでいるよりは生きている方が良い。あの『闇』の中の唯一の欠点は、変化が無いことだ。
 影から、べっ、と気絶した三人が吐き出される。

 「は、あ。――ありが、とう、」

 ノアレ、と言おうとして。
 固まる。
 ヒデオはその影の形が、間違っても少女でないことに気が付いた。

 「聴こうか、闇を知った君に。闇とは、いつから生まれたものだと思う?」

 ゆっくりと形をとり、地面に広がる影の中から姿を現す者がいる。
 その光景を見ながらも、出された疑問にヒデオは反射的に答えていた。

 「……光が、定義された時、では」

 「そう。君は優秀だね。かつて、神が光あれと言い、光と闇が生まれた」

 影の中から現れたのは、ゴシックロリータに身を包んだ少女では無く――眼鏡をかけた耽美な男性だった。



     ○



 『私はね、歩。世界がつまらない。自慢では無いが大抵のことはできるし、そして知ることを出来る才能がある』

 電話の向こうで清隆がどんな表情をしているのか、容易に想像できた歩だった。
 いつもの食えない笑顔で、困った表情で、そして決して本性を現さずに微笑んでいる。

 『だから、面白くしたいのだ。かつて、世界を巡り、巻き込んだ『チルドレン』の事件のように、今度はあの少年、ネギ・スプリングフィールドという存在に目を付けた』

 「――何故、あいつを」

 『都合が良いからだ。親は英雄と呼ばれる存在。本人も才能がある。学校という大勢の人間が集う場所に居て、そして周囲にいる人材を使えば――数多くの存在を巻き込める』

 「……俺もか。兄貴」

 『いや。歩を利用する気は無いよ。前に一度失敗した。それにまどかにも勢大に怒られる。まあ、治療のついでに私と同じように世界を楽しんでもらおうと思ってね』

 清隆はそれをはっきりと言う。

 『例えば、あの井伊入識と名乗っている教師。彼はね、得難い性質を持っているんだ。『無為式』――と、呼んでいる。それは、物語をいつの間にか狂わせる才能と言っても良い。彼が関わると、予想通りにはいかなくなる。……若い頃ほど大きな効果は無いがね。とても、私は期待している』

 清隆の声は続く。

 『だが、なによりも私が期待しているのはあの川村ヒデオという青年だよ。彼を物語に引っ張り出すために、宮内庁と警察庁に圧力を掛けたと言っても良い』

 「……あいつが?確かに頭の回転は速いとは思うけどよ」

 『歩。物語の終わりは、どこに存在すると思う』

 「……なんなんだ、いきなり」

 さすがにうんざりしてきた歩だった。

 『簡単な話だよ。芝居で言うならばフィナーレ、音楽で言うならば最終楽章。だが、それを世界で知るためには、必然的に必要となる物があり、そして川村ヒデオは……それを呼べる存在だ』

 「……ああそうかよ」

 『投げやりだな、歩。――心配するな、お前はおそらく、私が動かなくてもあのネギという少年と騒動に巻き込まれる』

 「……そっちの方が心配だな」

 『幸いなことに――私と同じ、世界の物語の終焉を見ようとする人物がいてね。協力者と言えるだろう。どうやら、井伊入識とも関わり合いが深いようだ。聞いてみると良い。狐の面を被った、西東天という男だ』

 「……話は終わりか?だったら切るぞ」

 『ふふ、変わりが無くて安心したよ。……終焉に必要な物は、何かなあゆ』

 切った。
 書類仕事をする気は失せた。外に出るなと言われているし。

 「……コーヒーでも飲んでくるか」

 一階まで降り、店の中を通り抜けて裏口に回り、地下の販売店へ行く。
 階段を降りながら、清隆の言った言葉を反復した。
 『世界を終わらせるために必要なこと』
 それは。

 「……世界の始まり、か」

 歩はポツリと言って、扉を開けた。
 中ではたいそう物騒な会話の後、仲の良くなった竹内理緒と龍宮真名がいた。



     ○



 何も聞こえない。ただ、息の音だけが響く。
 その瞬間。
 ヒデオ達三人は、確かに感じた。
 空気が、いや、世界そのものが変化したような気配。
 ノアレとは違う、助けてくれたこの男は、正しく闇である。

 「安心したまえ、ノアレはちょっと所用で出ているだけだよ。彼女とは同僚のようなものだ。彼女が人間の感情を元にしているのならば――私は、より闇に近い存在だがね」

 そう言って笑った青年だった。口元に浮かべた笑みは、ひどく不安を感じさせる。
 わかる。これは、あの少女などよりもよっぽど純粋な闇だ。

 「さて、川村ヒデオ……実を言うと、君のような存在は珍しい。闇という存在を知り、それでいて力に飲み込まれること無く、心を囚われている訳でも無い。おまけにきちんとした社会生活もできている」

 「……それが、何か」

 「いや、『闇』の中に居た私も、偶には人間を見たくなった。魔女や隻眼の魔導師、神隠し達と話すのも楽しいのだがね……。くくくくく、私のことを気が付ける人間も、最近は減って来ているのだよ。――さて、質問の続きといこうか、川村ヒデオ」

 「……ヒデオさん。危険です」「ま、ますた~、やばい感じかかなりしますよ~」

 二人がそう声を掛けてくる。既に顔は蒼白だ。
 ヒデオも十分わかっていた。だが、死んだ時に会った『闇』の、側面とも言える目の前の彼は、自分の影から出ているようなものだ。
 逃げても逃げられるはずが無い。ここから逃げることが出来るのかも不明なのだ。

 「……質問に、応えられなければ」

 「いや。どうもしないさ。……どうするかね?」

 「受けましょう」

 即答する。

 「良い目だ。では、尋ねよう――世界の始まりは何であったか、知っているかね?」

 「……混沌である、と」

 「そう。混沌。それは光も闇もなくただ混ざり合った物だ。では、この混沌は――何から出来ていたと思う?」

 混沌は何から出来ていたのか。混沌とは、光と闇の混ざった物だ。そこにはあらゆる物があると言っても過言では無い。ならば、混沌は――

 「……無、以外の、全てではないかと」

 「……良い答えだ。では、光と闇、どちらが先に世界に存在したと思う」

 光。闇。パズルのピースのように飛ぶその単語を、目の前の男との会話の中からヒントを引っ張り出し、はめ、答えを導き出す。
 光あれ、と神が言った。初めには混沌があり。混沌は全てであり。ならば、光は最初から闇と共にあったのか?違う。光は、神が光だと名付けたから光となったと。ならば。

 「闇、かと」

 「ほう。その理由を尋ねても良いかね?」

 「……混沌の、中において。光の定義は、神が名付けた事です。闇も光も、あり、しかし闇は――名前が、付けられなかった」

 光という存在が定義されたからこそ、混沌の中にも光があったこととされた。その反対である闇も生まれた。そこで初めて、闇は形となった。
 灰色は、黒くこそあれ、白くはならない。
 白という概念があったからこそ、灰色に白が混ざっていることが分かる。だが、色の概念が無かった時、人は灰色をどう認識していたのか。

 「それは、黒を薄めた色。故に、闇が、最初に会った。そして」

 続ける。
 これまでの会話から類推すると、この目の前の男の正体は、ただの闇では無い。
 始まりの混沌のはずは無い。闇として表れているのだから。
 ならば。
 確証があるわけでは無い、ないが。
 おそらく――

 「あなたは……初めて形となった、闇ですか」

 空気が止まった。
 シン、と静まり返り、自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
 沈黙。
 誰も、何も発しない。
 凍結。
 ただ、時間だけがゆっくりと流れていく。
 静寂。
 この空間が原因なのか、それとももっと致命的な何かを犯してしまったか。ウィル子はヒデオの陰に隠れているし、美奈子に至っては腕にしがみ付いている。
 外見上だけは冷静なヒデオも、内心はびくびくしていた。
 しばらくの無音の後。

 「ふ、ふふふ、く、くくくくくく」

 最初は、単なる息の音にしか聞こえなかったそれは――

 「――実に、良い答えだ」

 この青年の笑い声だった。
 その不気味さ怪しさ、不安感は全く変わらないが、しかし恐怖感だけは、少しだけ薄れている。上手く言えはしないが、狂ってしまいそうな心の衝動が納まっている。
 先ほどまでのざわめきが、嘘のようだった。

 「君は闇だ。この私が認めよう。川村ヒデオ――邪魔をした。何かあったら、協力しよう。私を呼ぶと良い」

 そう言って、男はヒデオの影に消えて行った。
 ウィル子と美奈子が脱力し、そうして自分の現状に気が付いたのだろう。
 急いで離れる。美奈子の顔が妙に赤かったのは、ヒデオの気のせいだ、たぶん。

 「……ふ、う」

 息を付き、周囲を見ると、音が戻って来ていた。
 暗く、人気が無いことに変わりは無いが、それでも生命の気配が感じ取れる。
 ウィル子に、侵入者達を捕えた事を連絡させる。
 そして、麻帆良の侵入者が全て撃退されたことを知る。
 学園長からの言葉と、特別手当の話を聞きながら、ヒデオは思った。

 今日の夜のこれは、まるで悪夢のような印象だった。
 目が覚めてしまえば、全て朧げで曖昧なまま残らない。
 ただ、恐怖だけが刻まれる。
 青年は、その身にマントを纏っていた。
 黒よりもなお黒い、あえて言うならばそう――夜色のマント。
 名乗らなかった彼を、しかしヒデオは悟る。
 『闇』の一部。混沌から光が生まれた時、初めて名を与えられた暗黒。
 あれは、おそらく己をこう紹介するのだ。
 優雅に一礼し、口元に酷く不安感を与える笑顔と共に。



 「私の名前は『名付けられし暗黒』――神野陰之だ」と。
 


     ○



 かくして。
 裏の舞台は幕こそ降りたが、決して終わることは無い。
 物語には新たな歯車が入り込む。
 終わらず、続き往くその先の終焉を見る者は。
 狐か、神か、それとも闇か。
 中心に居る少年、ネギ・スプリングフィールドが。
 裏舞台の戦いを知るのは、いつの日か。
 世界は胎動する。




[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~億千万の眷属編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/15 01:29
 深い深い地の底である。しかし、決して暗くはない。周囲には無数の巨大な蔦が張り巡らされ、緑色に覆われている。太陽の光は存在しないが、奇妙なほどに明るく、そして清浄な空気で満ちていた。
 魔帆良の伝説が一つ。
 『幻の地底図書館』と、そこに住む『大司書長』の噂。
 龍の守る門の奥には、最先端の科学と魔法によって守護された空間。そこは『伝説』が一角……アルビレオ・イマの居住空間にして滋養空間でもある。
 学院内の魔法教師はおろか、学園長と彼と、もう二人だけが知る空間。
 しかし本日――その場所には幾人もの客人がいた。いや、その言葉では正確ではない。確かに客ではあったが……客『人』では、なかったのだから。



  世界情勢その二~億千万の魔神達の会話~



 「しかしのう……白鳥の小僧」

 ふわりふわり、と宙を漂う女性が言った。和服に身を包んだ黒髪の美女である。その眼はどこかつまらなそうにしていて、今にも眠りに落ちそうな気だるげな空気を持っている。

 「つくづくここは居心地の良い場所だの。貴瀬の地下迷宮もあれはあれで眠りによかったが……あちらは冬眠。こちらは昼寝じゃの。しかも食事も美味じゃ」

 「……私達が食事をする必要はここではないのだけれど」銀髪の少女が言う。「みーこの趣味はともかくとしても、ここはいい場所。大気中に魔力が多いから過ごしやすいし。魔本が多いから退屈もしない」

 「たしかにそーなの。休憩には良いの。でも」こちらは豪奢な椅子でスウィーツを食べていた少女である。

 「ずーっといるのはもはや休憩じゃなくて引きこもりなの。ニートなの」

 以外と毒舌な少女だった。アルビレオの笑みが、一瞬固まったのは気のせいではあるまい。

 「……手厳しいですね」

 「ちょっとくらい厳しい方が、その人のためなの」

 さらりと流し、少女は再び手を伸ばす。
 仮に。川村ヒデオや北大路美奈子。そして聖魔杯というトーナメントを知る者がいたらわかったであろう彼らは、魔神である。
 魔『人』ではなく、魔『神』。
 神話や伝承において名を馳せた、『人の想いが集まり神へと昇華された』存在達。
 その元となったのはU-CAT所属の各ギア――つまり異なる世界の住人であるが、それらが崇められ恐れられた結果として形となった物が――ここにいる彼らである。
 人間という種族を数千年以上も見て来た彼らは、かつて調子に乗って人類を絶滅させかけたことがある。以来、『円卓』と呼ばれる最高位の魔神と、彼らを統べる魔王によって適当に統制され、何回かの魔王の継承の後、人類を『ほどほどの所』で救う位の活動は行っていた。
 現在の魔王が、『神殿協会』の《勇者》とヒデオであるということは関係者の中では有名な話だ。
 まあ、絶滅云々よりも、長い人生の暇潰しという方が大きな理由なのだが。

 「それで、魔神の皆さま方、何をしにここへ?」

 アルビレオは尋ねる。

 「なあに、ちょっとした暇つぶしだよ」

 答えたのは、和装の女性だった。

 「何、安心せいよ。頭の上に《闇》がいるからのう。しばらくしたら帰るよ。鈴蘭が関わらん限り、俗世に関わり合うつもりは無いからの。そうじゃな……人間世界を眺めるための、情報収集か。マリーチは何やら興味深い対象を見つけたらしく、最近は疎遠での」

 彼女は――通称を『億千万の口』と呼ばれている。
 あらゆる地上を食い尽くす野槌と、天すらも食らう大狼・フェンリルを持つ、現在まともに活動している数少ない魔神の女性だった。

 「『神殿協会』も、最近は、聖魔王…じゃなかった、鈴蘭の下にいる魔人には融和的だもの。世界各国の怪奇現象の討伐ばっかりやっているらしいわ。ゼピルムから逃亡して身を窶した魔人とかね。あの預言者も暇なんでしょう」

 銀髪の彼女は――二代目魔王の娘である。人間という生物を知り、同時にその生命の持つ輝きを見ることを渇望する少女だ。

 「それに、ここならば古い友人も来れるの。同窓会なの」

 金属バットを足元に、相変わらずハグハグとお菓子を食べる幼女は――初代の魔王。過去にはアトランティスとムーを沈めてしまった張本人だ。
 要するに――皆が皆、世界最高峰、真祖の吸血鬼すらとも互角以上に戦える存在達である。

 「……同窓会、ですか」

 「ちょっと違うけど、そうなの。皆、億千万の呼称を辞退した風変わりな奴らなの」

 頷いた幼女の言葉に、笑みを浮かべることの出来無かったアルビレオだった。
 最初に彼女達と出会ったのは、一体いつだったか。
 《赤き翼》として活動している最中に、何回か戦場を交えたこともある。
 彼らは退屈で、そして人間を何よりも見ていた。
 きっと、あの大戦で、《赤き翼》が、一番光っていて、楽しそうだったのだろう。
 彼らが興味を覚えるのは人間の、その意志と想いと――輝きだ。
 だから、『億千万の眷属』あるいはアウター……『常識の外側に住む者』達は、おそらく、当時最も人間として強く輝いていた自分達に接触した。
 勝ったことも、勿論負けたこともある。
 だが、それはまるで戦争では無く、楽しい喧嘩のような光景で。
 ――そして、過去の話なのだ。
 彼女達は――再び、退屈してきている。
 人間の欲望の負の側面を――魔神達とは縁のないそれを見て、少しずつ人間を邪魔に思ってきている。
 一応、今でも彼女達とはそれなりに友好的な関係である。自分に対しては危険が無いと解ってはいる。だから、問題は無い。
 いや、あえて言うならば一つ。
 彼女達が来るたびに食料は一気に枯渇し、菓子類に至っては全て食い尽くされてしまう。療養中で多くを食べる訳では無い物の、片付けるのは彼の仕事なのだ。
 ここを秘密基地か何かと勘違いしているのではないだろうか。

 (……いえ、確かに秘密基地のようなものですが)

 そんなアルビレオの内心を知ってか知らずか。
 『億千万の口』は言った。

 「ちょうど何人かに連絡を取っての。丁度麻帆良の生徒の関係者たちじゃな。ああ、もうじき来るはずだがの」

 「もう来ておるよ」

 ひょい、と。
 いきなり、顔を出した青年がいた。童顔で、左目の下に隈がある。青みが掛った中国系の衣服と靴。まるで見習いの仙人のような雰囲気を持っているが。

 「久しいな――伏儀。いや『指』?」

 「わしはその呼称は要らないと言ったのだがのう。まあ、そちらも元気そうだの、『口』」

 目の前の青年は――伏儀、というらしい。
 もしも本物ならば、古代中国における神仙である。

 (只者では無いことは確かですね……)

 アルビレオは思う。
 彼はいきなり居た。まるで、最初からそこに居たかの様に出現していた。別にそれで驚くほど経験不足なアルビレオではないが、しかしその実力は外見に騙されてはいけないことは分かる。

 「ああ白鳥の小僧。こちらで勝手に話すからの、邪魔でない所にいてくれれば良いよ。いや、せっかくだから聞いて行ったらどうじゃ?昨今の世界情勢が分かるかもしれんからの」

 そう言って彼女は椅子を示す。普通にしていれば良い、ということなのだろう。

 「そちらの西洋の魔法使い、すまんが少々邪魔するよ」

 まさか嫌とは言えないアルビレオである。曖昧な笑顔で頷いた。
 伏儀が、テーブルの上の酒をハイペースで開け始めて数分後。

 「……来た」

 ポツリ、と銀髪の少女が言った。その視線の先、揺らぐ空間がある。
 その中から、突然。
 ぎょろり、と目玉が現れる。
 目玉だけだ。赤い、血の涙のような色の目玉。瞳孔がある。それで、おそらく外見は人間では無いであろうことがわかった。そしてその目玉からは、魔力よりももっとドロドロとした、何か根源的なエネルギーが感じ取れる。

 「―――、―――」

 何かを伝えようとしているらしいが、全く聞こえない。だが、伏儀には伝わったらしい。

 「……そう話すでないよ。《宙界の瞳》の『主』。黙っていて良いよ。指輪の中では話ができる状態でもないんだろうしの。お前の声は何を言っているのか分かりにくくての」

 伏儀の声に、一瞬、瞳孔を細めた――のだろう。おそらく――その眼球はゆっくりと宙に浮いたまま微動だにしなくなった。
 それから、もう十分ほど後。
 桃を食べる伏儀に、洋菓子のクリームが口周りについた幼女、淡々と食べ続ける女性という、一体何の集団なのだかわからなくなってきた頃。

 「…  … ……」

 そんな音と共に、ゆっくりと次の客が現れる。
 いや、果たして客なのかどうか。とにかく、まるで霧か霞のよう。どうやらこれは空間を繋いでいるようで、本体は向こうにあるらしい。僅かに塩の香りがする所をみると、本体は海の中なのだろうか。

 「来たかの。クトゥルー」

 「…… ……… …」

 今度は、世界最高峰の邪神の名を出す。
 クトゥルー。深海の底で眠っているらしい、ということをどこかで耳にしたが。確か……『ふぉーちゅん・てらあ』とかいう複合企業だったか。
 まあ、人間形態の四人はともかく、巨大な赤い目玉に、空間を繋いだ霞。果たして次は何が来るのかと思ったアルビレオの目の前に――

 「こんにちは」

 と、少女が現れた。
 黒いゴシックロリータに身を包んだ、暗い笑顔の少女。
 合計で七柱と、一人。
 それが、この場に集った魔神と人間の総数だった。



 会談の前。
 『億千万の口』と、ノアレは、話をする。

 「まず、ノアレ。お主の言った、ワシらが暴れても良い場所とは――どこにあるのかの」

 「ええ。お教えしますわ――《大禍つ式》を、ご存じですか?」

 「……知らんのう」

 宙に浮いた眼球が僅かに反応する。

 「だと思います。ここ数月でやっと発見されました存在です。この世界の住人ではない《宙界の瞳》であれば、どうやらご存じでしょうが、次元の挟間、虚数空間という場所に住む、実態では無く数式、現代風に言うならばプログラムの事ですわ。生物ではありません。
 私も全てを知っている訳ではありませんが――世界は複数存在しますの。この世界も複数ある内のその一つ。あらゆる三千世界を統べる、『億千万の闇』だからこそ把握できますが……それらを管理する、時空の管理人のような組織もあるようですね」

 黒衣の少女は言う。

 「彼らも無論人間であり、世界を何かするほど、たぶん傲慢では無い……はずです。イメージとすると、『魔法世界』と似た感じでしょう。簡単には行き来出来ない、別世界」

 ですが――と、少女は言う。

 「どうも、それが奇妙に変化したようで。歪んだ、と言いますか。どうやら『何か』が、時空と虚数空間にも影響を与えたようです。地上にも何人かその影響でいきなり現れた人もいるんですが――その《大禍つ式》が、ここに来れるように……ここ半年程で変化したらしいです。今まで現れた事のない存在がどうして来れるようになったのか……その『何か』は、まだ解ってはいませんわ」

 「――その『あいおーん』とやらが、相手になる、ということかの」

 平仮名発音で訪ねた『億千万の口』である。

 「ええ。彼らは、要は悪魔みたいなものですの。召喚するにはかなり難しいようですし、莫大な魔力が必要です。召喚方法も不明です。そもそも次元の挟間に住む、この世界どころか別世界のどこにもいないプログラムですので。だから、簡単には現れませんが――実力は、折り紙つきですわ」

 「場所は、どうするのかの」

 「おそらくはこちらに来れるようになった影響でしょうか。登場すると、自然と世界が不可侵の結界のような物で隔離されるようですわ。こちらの理由も全くの不明です。
 『億千万の闇』の本体が言うには『こことは違う世界から来る来訪者だからだ』――と、曖昧な、どこか別の世界で見て来たような言葉を言っていますが。
 何も抵抗出来無いことのないように、どうやら『世界』は、脅威に対しては自然と対応策を発現させるようですわね。あの鬱陶しい『不気味な泡』のように。
 《宙界の瞳》がいた世界では、どうやら彼らはそのような性質を持っていないようでしたので。
 その空間の中でしたら、存分に壊しても良いようです。
 おそらく、UCATの概念空間みたいなものではないかと」

 ――そんな会話だったことを、教えておこう。



 そして。

 「さてと、まあこちらの話は簡単じゃな。最近地上が騒々しい。戦闘行動では無く、陰謀での。鈴蘭曰く、ここの上に住む、《赤き翼》の馬鹿の息子が原因らしい」

 そんな言葉から本来の目的、会談は始まった。

 「そうですね」

 黒い方の少女が頷く。

 「川村ヒデオもそれが原因でこっちに来ました」

 「で、じゃ」

 『億千万の口』は言う。

 「マリーチは現状を教えてくれなくての。こちらで少し調べてみた結果、余計なちょっかいを出してくる馬鹿がおった。目的は――ノエシス・プログラムだの」

 一瞬、アルビレオも含めた全員に沈黙が下りる。

 「前にも一回、要求した連中が東京でおったがの……今度は『魔法世界』の連中じゃな。どっから漏れたのかは知らぬがの」

 ノエシス・プログラム。
 《紅き翼》メンバーは一応、エヴァンジェリンも含めて全員が知っていることであるが、要は世界を律する指針みたいなものである。
 確かに重要で、世界を統べるシステムではあるが。
 世界に強制力を与えるだとか、神や何やらが絡んでくるとか、そんな大層な物では無い。いや、確かに神は出てくるのだが。

 「どうやら、世界を統一できる凄い物らしい……と、広がっておるようでの。おかげで鈴蘭は奔走しておるよ。『神殿協会』も忙しいようじゃ。マリーチの出番があるほど難しくもないから、彼女は何もしておらぬがの」

 「質問だが」

 手を挙げた伏儀である。
 そもそもこの場において、《宙界の瞳》の主やクトゥルーが話せるわけでは無いので、必然的に彼が質問することになるのだが。

 「それによる被害は、どれほどなのかのう」

 「……まあ、さすがに我々に喧嘩を売って来るほど無謀では無いよ。だがの、狙われておる者は心当たりがおる。被害も出ておる。『先読の魔女』セリアーナであったり、うちの鈴蘭であったりの。魔法使いも人間じゃ。良いのもいれば悪いのもおるが――傲慢な者は多いよ。お主らも……まあ、《宙界の瞳》やクトゥルーは人間と関わらぬかもしれぬがの。自分の動くに足る人間に、心当たりはあるだろう?」

 「まあ、のう。元々人間として生きていたこともあったからの」

 伏儀は頷きつつも答えた。

 「大戦の英雄の息子、旗印としては最適だの。そのうえでノエシス・プログラムを利用して世界の統一を図る。――まあ、確かに面白い考えではあるよ。ノエシス・プログラムの正体を知っている者は決して考えないがのう」

 『億千万の口』は呆れたように言う。

「今日の目的はじゃ、別に協力しろとも、共通して倒そうとも言わんよ。だが、そういう状況において、各人が寿命が尽きて死ぬ位までならば、付き追うてやろうと思う人間に……被害を出す事を」

 区切って、言う。

 「――許せるかの」

 そこで。
 会談を静観していたアルビレオは――確かに感じ取った。
 ああ、この『億千万の口』は、ひどく機嫌が悪い。
 下手をすれば――無いと断言できるが――アルビレオも喰らってしまうほどに、機嫌が悪いのだ。

 「連中、人魔を統べているというだけで鈴蘭を狙ってきおったよ。幸いにも軽症で済んだがの。犯人はその場で自殺。黒幕は『魔法世界』の何者か。おかげで、あやつの妹まで飛んで来おった。鈴蘭は怒ってはいないようじゃがな」

 「今の状況は」

 椅子に座り、足をぶらぶらとさせていた初代魔王が言う。

 「状況Dなの。でも、もしかしたら今後、下手をすると状況Aにまで発展する可能性があるの」

 「そうだよ。それを伝えたくてのう。こうやって、円卓や鈴蘭やマリーチが連絡を取れないお主らを呼んだのだよ。ロキの奴も呼ぼうと思ったが……あの龍人の剣豪曰く、未だ今世では姿を見せていないしの――それだけだよ」

 それが、今回の会談の、最後の言葉だった。




 世界が巡る中――魔神達は俯瞰し、そして行動する。
 己の生を充足させるため、勝手気ままに行動する。
 それが、世界に与える影響は。
 誰にも把握は出来ないだろう。




 なお。
 会談が終わり、皆が帰還した後。

 「それで……エルシアさん。なぜ貴方はここにいるのでしょう」

 「……良いでしょう。別に。あなたも退屈でしょうし。アル、あなた一応、私と互角に戦える数少ない人間だから、侍女たちも連れてこなかったのよ」

 「……まあ、そうですが」

 「……本を読んでいるだけよ。邪魔はしないわ。それに、あの『福音』とも、偶には会うのも良いだろうし」

 そんな会話が、されていたらしい。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・①
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/17 01:39
 
 [今日の日誌 記述者・大河内アキラ

 ネギ君は可愛いけれど、でもやっぱり子供だなと思う。
 例えば昨日行われたドッジボールの事件。高畑先生みたいに、高校生の先輩方を止められないのは仕方がないにせよ、魔力の暴走で服を脱がせるのはさすがに問題だよ。
 まあ、幸いにも私達はまだ被害にあっていないんだけれども。
 ネギ君の性格を考えてみると、このままだとクラスの全員にばれるのも時間の問題だね。まあ、それは悪いことじゃないかもしれない。極論だけれど、自分の正体を明かして、それで全員の協力を取り付けた方がやり易い部分もある。フォローできるし。
 それに――このクラスで、本当にネギ君の正体を知らないのは、一体何人いるのかな。
 明日菜さんにばれたことは確実だね。お風呂での事件でも確信した。

 
 ねえ委員長。まだ時間はあるだろうけれど――気が付いた時には手遅れっていう風には、ならないようにね。
 私はあのクラスが好きだよ。
 だから、壊れてほしくない。
 委員長の手腕を、信じてはいるけどさ。
 ……まあでも、今は取り合えず、ネギ君がきちんとした正担任になれるように、勉強しようか。
 図書館島のみんなは、大丈夫かな]


 
 ネギまクロス31 第一章《教育実習編》その三 ①



 「ネギ君おはよ~っ」「お早うネギ君」

 登校中、クラスの皆が僕に挨拶をしてくれる。

 「やっほーネギ君」「おはよ~」

 「お早うございます」

 返事をしながら、明日菜さんや木乃香さんと階段を上がり、職員玄関から中に入る。
 最近、皆僕を受け入れてくれている。毎日楽しいし、先生の授業も上手くいっている。
 この分だと、割と簡単に『立派な魔法使い』になれるかもしれない。
 職員棟は校舎に隣接するように建てられている。入口からはそれなりに遠い。二階や三階とは渡り廊下で結ばれていて、昇降口から入ると手間が少し省けるのだ。
 勿論外からも回れるし、乗用車で来ている先生達は、職員棟裏手の駐車場に車を止めて玄関から上がり、校舎に入る形の方が多い。川村先生や浦島先生がそうだ。
 僕は明日菜さん達と電車で通っているから、中で履く靴は生徒昇降口の近く、職員用玄関に置いてあった。
 内履き用の黒靴に履き替えて職員棟に向かう途中、闇口さんと出会う。

 「あ、おはようございます。闇口さん」

 「お早うございます、ネギ先生」

 出席番号三十一番、闇口崩子さん。
 変わった名字だけれど、本名。実家は結構由緒があるらしい。でも、あまり良い感情は抱いていないみたいでもある。
 黒い髪に、黒い眼。白い肌。全体的に細い体は日本人形みたいな印象を受ける。井伊先生とは小学生の頃からの付き合いだそうだ。奥さんである友さんとも知り合いだと聞いた。

 「職員室ですか?」

 「はい。いーお兄さんに連絡です」

 闇口さんは井伊先生をそう呼ぶ。授業中は先生と呼んでいるけれど、普段はいーお兄さんらしい。
 職員棟二階、二年生の職員室に入る。
 闇口さんも、一礼して入って来る。
 先生方に挨拶をしながら席に向かうと、何人かの先生はもうやって来ていた。
 井伊先生に闇口さんが向かって行くのが見える。

 「おはよう、ネギ君」

 北大路先生は元気が良い。スーツもきちんと着こなしていて、出来る女の人に見える。生徒からも、色々と相談に乗れると評判が良いそうだ。

 「ああ。おはよう、ネギ先生」

 北大路先生となにやら話をしていた川村先生。こちらもスーツは来ているものの、まるで暗殺者かマフィアみたいだ。サングラスでも掛けて夜道に立てば、すぐに警察に通報されると思う。でも、第一印象とは違って、意外と親切な人だった。
 浦島先生とルルーシュ先生――最近、ランぺルージ先生からルルーシュ先生になった――はまだ来ていない。
 ちなみに、ルルーシュ先生はエヴァンジェリンさんとクラインさん。浦島先生はサラさんと一緒に登校してくる。だから彼女達が遅刻をすることは滅多にない。
 席について鞄を置き、今日の授業の準備をする。
 今日は一時間目から授業だ。


 僕が、正担任になる為の試験を知るのは、その日のお昼休みとなる。



     ○



 春も近付き、だいぶ暖かくなってきた頃。
 進級と長期休暇の前に、必ず存在する試練がある。
 学生が、最も己の能力を、現実に付きつけられる。
 その名を、学期末テスト。
 ――なんて深刻に言ってみたものの、正直やる気など全く出ない2-Aである。
 何と言うか、毎回最下位が当たり前の現状に慣れてしまった為に、向上心が全然出てこないのだ。特に、低い方。五人くらいが。
 まあかくいう綾瀬夕映自身もその一人なのだが。
 いくらお昼休み後のホームルームで英単語野球拳などというふざけたイベントが行われたとしても、彼女が服を脱がされたとしてもだ。
 許可をした、ネギ・スプリングフィールドには色々と思う事があるが。
 まだ十歳である。しかも天才とは言えイギリス人。おそらくは野球拳がどんなゲームなのか知らなかったのだろう。怒る気にもなれない。
 ノリの良いクラスの担任は大変だろうと思いつつ、夕映は黒板を見る。丁寧な字で書かれた板書をゆっくりとノートに書き写す。
 鉛筆を削る。
 知識を集めることは好きだ。
 本を読むのも好きだ。
 考えに耽るのも好きだ。
 まだ、鉛筆を削る。
 その時に、ついうっかり自分の性質を出してしまいそうになるが、意志の強い彼女はそれをまだコントロールできている。
 架けられた制約は、外れることは無い。
 離れることは無い。剝がれることも無い。
 気が付くと。
 鋭く、まるで人に刺さりそうなほどに尖らせていた。
 鈍く光る、鉛筆を見る。
 このクラスにいる限り、自分の衝動は抑えられる。
 自分は自分でいられる。
 だから、まだ大丈夫だ。
 私はここで、笑っていられる。
 大事な友達を――――×××しまうことは無い。
 無くしてしまうことは無い。
 亡くしてしまうことは、無い。

 「……まだ、何とかなるでしょう」

 小さく言って、わざと、芯の先端を折った。
 黒板の前で、日本史教師の近藤先生が、江戸時代中期の飢饉について話をしていたが、それをぼんやりと聞き流しながら夕映は外を見る。
 良い天気である。
 青い初春の空を見ていると、心のざわめきが消えていく。
 自分の心が、ゆっくりと平穏になり。

 「……ふぁ」

 欠伸を一つ。
 それで、全て元通りだ。
 教室の中も暖かく、しかもお昼を食べ終わったばかり。
 周囲を見ると、最後尾の半分は眠っている。
 窓際のエヴァンジェリンは厚い、夕映ですらタイトルから解読不能の洋書を抱えて。
 隣人の後ろ、闇口崩子も鉛筆こそ握っているものの寝ていて。
 夕映の背後、竹内理緒は幸せそうな寝顔で。

 (……まあ、大丈夫でしょう)

 彼女達が実はもう中学校課程は終了しており、授業内容などとっくに把握できていることはさすがに知らない夕映は、同じ馬鹿レンジャーの古菲や明日菜、まあ平均点の春日や史伽も眠っているのを確認するとあっさりと誘惑に陥落した。
 

 
     ○



 すでに判っていたことだが、ネギは馬鹿だ。
 麻帆良女子中学生寮大浴場・「涼風」。
 どこの温泉施設だと言いたくなるほどの巨大な浴槽に浸かりながら、明日菜は思う。
 そりゃあ、勉強が出来る出来ないでは、明日菜は圧倒的に負けている。こちらは学年最下位クラス。ネギは、本当かどうかは知らないけれどイギリスの名門大学レベルだ。月とスッポンという言葉の通りの差があるだろう。
 けれども、生徒の頭を良くするために反動で一か月、今度は頭がパーになる魔法を使おうとしたりだとか、すぐに魔法に頼る思考回路は、真剣にどうにかして欲しいと思う。
 そりゃあ確かに魔法は便利だろう。こんなことが出来たら良いな、という願いを叶えることが出来るだろう。一回乗せてもらったが、箒で空も飛べる。そこは羨ましいと思う。
 けれど。
 ネギはきっと『立派な魔法使い』とやらを目指すことが第一目標で、今の自分が先生であるとは、きっと――いや全然自覚していないのだ。
 いくら『魔法使い』として優秀になったとしても、人間として成長できなければ意味が無い。そこまで考えて気が付いたけれど、きっとネギのこの試験は、ネギを人間的な面で育てるのが目標なのかもしれない。……なんとなくそんな気がしただけだ。勿論。

 ――すぐに魔法に頼って、それじゃ先生失格よ!

 英単語野球拳などと言う、悪気は無いにせよふざけた内容のホームルームの後、 そう言ってやったら、ネギは自覚したのか何やら納得していた。
 ……納得して余計な方に走っていかなければ良いんだけど。
 溜息を吐いて湯から出る。
 岩のオブジェに座って髪を拭いていると木乃香の声が聞こえた。

 「お~い明日菜。それと馬鹿レンジャー。そろっとるな~」

 「な~に?」

 返事をしながら見ると、のどかちゃんにハルナもいる。

 「大変やって。実はな、噂なんやけど」

 うんうん。

 「今度の期末テストで最下位取ったクラスは、解散でしかも小学生からやり直しなんやて」

 ………え?

 「まさか、冗談でしょ。そんな無茶苦茶なこと出来るはず無いじゃない」

 「そうそう。私達、基本的にクラス替えしないはずでしょ?」

 丁度近くに居たまきちゃんも同意する。

 「せやけど」

 心配そうに木乃香は言う。

 「なんかネギ君が、今日学園長から通達貰ったらしいんよ。それを見てた桜子とか、くぎみーとかは口止めされているらしいんやけど……。ほら、ウチらいつも最下位やろ?それで、学園長がかなり本気で怒っ取るらしいんよ」

 あの学園長が本気で怒る。
 そんな光景を見たことが無い明日菜であったが、なんとなく想像してみる。
 馬鹿レンジャー達と共に小学校の服に身を包み、ランドセルを背負って仲良く通うその姿――それはかなり嫌な光景だった。なんとなくまき絵に違和感が無いことはスルーする。
 そう言えば。確かに今日のホームルームでもいきなり勉強大会なんて言い出したし。

 「ま、まずいよ。私達がクラスの足ひっぱっているんだもん」

 「ん~」

 「い、今から本気で勉強しても月曜日には間に合わないアル」

 一年生からやり直し云々は間違いの可能性もあるが、最下位から脱出しないと何か危ないようなのは間違いが無い。
 そんな風に悩んでいると、再び声が掛けられる。
 高い、まだ小さな女の子の声。

 「こんばんわ~皆さん」

 ヴィヴィオちゃんだった。
 管理人のなのはさんの娘であるヴィヴィオちゃんは、まだ小学生だ。なのはさんが浴場を使うのは夜遅くになってからが殆どだけれど、ヴィヴィオちゃんは時々入って来る。勿論私達も嫌がることは無い。
 きちんとしつけられているし、礼儀正しい良い子だ。頭も――ネギほど化け物じみてはいないが――かなり良い。ひょっとしたら、私達と同じか、それくらいには。
 いつも出会う時は長い髪をツインテールにしているけれど、ここはお風呂場だ。勿論解いている。大きくなったら、きっと美人に育つだろう。

 「どうしたんですか?集まって」

 曖昧に笑うことしかできない私達に代わって、ハルナが簡単に説明する。さっきの木乃香の話より、微妙に誇張されているのは仕方が無い。
 聞き終えたヴィヴィオちゃんは、一言。

 「……大変ですね」

 それだけを言う。呆れているというよりは、自分が中学生じゃなくて良かったと思っているようだ。

 「それで、どうするんですか?」

 「「「「うーん……」」」」

 ヴィヴィオちゃんに質問されるが、考えても結論が出るわけが無い。

 「こうなりましたら」

 夕映ちゃん。我ら2-Aの馬鹿レンジャーのリーダー・ブラックは、

 「アレを探しに行きましょう」

 そんな事を言った。
 …………アレって何?



     ○



 図書館島。
 明治中期に学園が創立された際、湖の中心に造られた大図書館。
 時代を追うごとに増改築を繰り返し、今では世界最大規模の図書館となっている。
 二度の世界大戦の戦火から逃れるように世界各国から貴重書が保管され、地下へ地下へと広がる書庫はまるで迷宮のよう。全貌を知る者はもはやほとんどいない。
 ――そんな説明を夕映が語るのを聞きながら、早乙女ハルナは裏口を進む。
 図書館島の橋の反対側。
 基本的には探検部しか知らない裏口は、昔は本当に裏口だったんだろう。でも、長い間の増築、改築で比喩では無くダンジョンの入り口になっている。
 湖が近いせいで地面がぬかるんでいる。水溜りに足を踏み入れてしまった明日菜が冷たいと言い、空気の冷たさでネギ君が目を覚ます。現状が解っていないようだ。
 どういう訳だかその服はパジャマで、きっと寝ている間に連れて来られたんだろうと想像する。可哀想に。可愛いけど。

 「えーえーこちらハルナ。のどか、オーケイ?」

 「うん。聞こえるよハルナ」

 そんな風にして、動作の確認を終わらせる。
 私とのどかが連絡要員。地上からトランシーバーでシェルパの木乃香に連絡を入れる。
 彼女が背負うリュックの中には、夜食用のサンドイッチ――これは木乃香が作ったものだ――と、各員が入れたお菓子が入っている。一応、予備の懐中電灯や電池、ロープに着替えも入っている。一見するとまるで登山客だ。
 それでも、女子は制服だった。クーだけは、チャイナ服だった。超包子のバイト帰りだったのかもしれない。
 汚れる可能性はある。が、たぶん精々が擦り傷で大きな怪我は負わないだろう。
 楽観視をしている訳でもなく、普通にそう思う。
 馬鹿レンジャーは体力も運動能力も凄いし、一応責任者としてネギ君もいる。楓さん、クー、明日菜にまき絵がいれば、大抵のことはなんとかなる。
 まあ、ネギ君にはちょっと同情するけれど、それだけだ。誰か一人が付いていれば問題はないだろう。最近明日菜は情が移ったのか、色々不満を言いつつも面倒を見ていることはクラスの周知のことだ。
 ネギ君に微妙に歪んだ愛情を注ぐ委員長も、それはしっかりと解っている。
 地下には盗掘者用のトラップがあって、かなり危険――いや、危険と言うか、先に進む気力が無くなっていくのだが、これも探検部の夕映と木乃香がいれば大丈夫だろう。
 なにやら明日菜が、一言二言ネギ君に教えられて、まるで予想外だったと言う様に叫んでいた。はて、十歳の男の子に何を期待してたのやら。
 とにかく、そんな風にして七人は地下へと入って行った。
 それから、およそ十分後。
 何があったのか、音楽の鳴海先生が地下で合流した――らしい。
 はっきりと連絡があったわけではないが、どうやら資料だか古書だかを探していたようだ。
 生徒の入館は六時まで。委員会所属の生徒も六時半までと決められている。
 でも、普通の教師なら夜の八時までならば自己責任での入管が許可されている。
 だから、別におかしくは無い。
 やっぱり相応の年齢の男性がいると気が緩むのか、賑やかになったらしい一向だった。
 噂好きのハルナである。鳴海歩と言う音楽教師に、どうやら親しい以上の関係を持つ《ブラウニー》の店長である女性がいることは知っているし、それに不機嫌そうな顔だが意外と面倒見が良いことも知っている。
 まあ、心配する必要もないだろう。

 「……こちら夕映。地下三階まで到達しました」

 「りょーかい、っと」

 のどかがその先で休憩するように連絡する。

 「ハルナ、ごめん。ちょっと席外すね」

 返事をして、のどかからトランシーバーを受け取る。
 私にはここで一つの懸念があったが、それを口に出すことは無い。
 現在地図上で地下メンバーがいるのは、第百七十八閲覧室。むしろ地下三階でまだ百七十八とは、やはり一つの閲覧室の本の分量がケタ違いなのだろう。
 休息がとれ、今後のルートの確認もできたのだろう。夕映から返答が入る。

 「その後は、そちらの判断に任せるよ」

 私はそんな風に言う。
 まあ、先陣を切っているのは夕映だ。彼女の判断に従うのが良いかもしれない。
 そう。

 「――ここまでは来れるんだよね」

 静かに言う。
 これも噂――では無くて。
 この図書館には司書がいる。図書館に貴重書や古書を管理する司書がいるのは、むしろ当然だろう。でも、ここの司書は普通の司書じゃない。
おそらくは盗難を防ぐためだろう。ここの司書はむしろ警備員のような物であり、 そして許可なく入る生徒はやんわりとだが強制的に戻らされる。
 司書としてはたった一人。その人が警備員を全員まとめているようでもある。なんでも眼鏡にコートのお姉さんだが、どんなに慎長に入っても侵入者をあっさりと感知するとか。
 朝倉ですらも、過去にあっさりと捕まったことがある。
 トランシーバーの向こうでは、どうやらその司書と地下組が遭遇したらしい。
 司書は仕事であり、こちらにも目的がある。

(通しては……くれないだろうなあ)

 その不安は正しかったようで、会話の末、なにやら強引に押し通ろうと騒動が始まったようである。そんな音が聞こえてくる。

 「ねえ、のどか」

 「…………」 

 返事が無い。
 右を見る。
 地図の上には、さっきまで彼女が照らしていた懐中電灯。
 視線を上げて扉を見ると、それは僅かに開いている。
 間違っても風で開いたものでは無い。

 「はあ、……まあ確かに、懸案事項ではあったけどさ」

 確証があったわけではないが、やはりあの娘は、どうやら司書と知り合いらしい。大方急いで話をしに行ったのだ。
 最初から一緒に行かなかったのは、皆からなるべく自分の持つ力を隠すためか。
 確かに、図書館に入ってしまえば、彼女にとって罠など何物でもない。
 ただ、自分の力を皆に見せることにはなる。それを恐れたのだろう。
 迷っているうちに皆は出発してしまい、そうしてギリギリになって吹っ切れた――そんな所か。
 その原因が――果たして、ネギ君がどれくらい占めているのかはわからないが。

 「好きな人の為なら、体を張るか」

 そう言って、息を吐くと共に、内心思う。
 のどかは普通の子だ。確かに妙に怪我が少なかったり、運に助けられたりすることが多いのは認めよう。
 普段きちんと彼女を見ていればわかる事だ。
 宮崎のどかは――紙に守られている。
 でも、それだけだ。別に隠すような物では無いと思う。隠すという意味ならば、 夕映やクラスの皆の方が、きっともっと危険なのだ。
 力があることは罪では無いのだから。
 そして木乃香も――彼女に自覚は無いが、おそらくは何か力を持っている。
 だから――そう。
 だから、同じように体を張っている彼女に――聞いてみるとしよう。


 「それで、木乃香を追わなくて良いのかな、刹那さん」



 かくして。
 図書館島には動乱が続く。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・①―裏
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/18 00:37
 ネギマ クロス31 第一章《教育実習編》その三 ①(裏)



 およそ、ネギ・スプリングフィールドが通勤する少し前のこと。
 川村ヒデオは、学園長室で思った。
 ……学園長。あなたはいつの間に、ウィル子と仲が良くなったのか。
 超愉快型極悪感染ウイルス(元)にして、いまや『億千万の電脳』と呼ばれる立派な神のはずであるが、自分をからかったりノアレと反目しあう所を見る限り、あまり変化が見られないような気がする。
 いや、勿論スペックがとんでもないレベルになっている事は知っているのだが。
 案外、この二人、性格に何か共通するものがあったのかもしれない。愉快犯的な思想とか。
 どうやら学園長とウィル子は、また何やら目的が捉えられない計画を練っているようであった。

 「それで」

 ヒデオは尋ねる。

 「何の、用でしょう」

 朝早く。いきなり連絡を貰ったと思ったら、学園長室に呼び出される。まあ仕事だから、これについては文句は言うまい。だが。呼び出しておいて、目の前で怪しげな計画を立てるのはどうなのだろう。

 「ふむ、実はのう」

 長い顎鬚を整えながら言う。

 「図書館島で、ちょっと計画を練っておっての。ウィル子君の協力が必要なんじゃ」

 つまり、貸して欲しい、と言うことか。

 「それで――何を」するのだろうか。

 貸すのは、構わない。というか、確かに彼女は自分の相棒だった。だが、聖魔杯が終わり、今の彼女の身は天界だ。信頼できる朋友ではあるが、しかし、ヒデオに許可を取る必要もない。彼女が思った通りに行動してくれれば、それで良い。

 「ちょっとの……大きな人形を動かしたくてのう」

 人形か。

 「大きい、とは」

 「ほんの六、七メートルじゃ」

 「…………」

 七メートルに『ほんの』と付けないで欲しい。

 「簡単に言いますとですね」

 ヒデオの機嫌を感じ取ったのか、ウィル子が言う。

 「ネギ・スプリングフィールドが正担任になる為の試験があるんです。内容が『今度の期末テストで2-Aを最下位から脱出させること』でして――馬鹿レンジャー五人とネギ少年に図書館島で勉強させるつもりでして。そこに必要なのですよ」

 何をするんだ。脅して、強制的に単語ゲームでもさせるのか。

 「ますたー、鋭いですね。そんな感じです」

 そんな感じのようだ。
 ヒデオとウィル子は精神のどこかでリンクしている。そのため、ヒデオの調子が良ければウィル子のテンションも上がるし、ヒデオが不調の時は彼女は全力で動けない。そしてさらに言うのならば――精神リンクのせいか、曖昧ではあるがヒデオの考えていることはウィル子に伝わるのだ。
 逆をやると、膨大な計算量と数式、データの奔流に自分を見失いそうになる為、決してやらないと誓っているが。

 「……わかりました」

 ウィル子はやる気になっている様なので、別にかまわない。

 「ところで。それでは、僕達は」

 何をすれば良いのだろうか。
 五人の面倒はネギが見る。ならばきっと、残ったクラスに普通に授業をしていれば良いのだろうが。それでも一応、聞いておく。

 「後は構わんよ。ネギ君達と一緒に行かぬように普通に先生を続けていてくれれば良いわい。……ああ、これは北大路先生にも伝えてくれるかの」

 「わかりました」

 一礼して退出したヒデオは、ウィル子と学園長が、また大変なことを企んでいることを実感する。
 途中で闇口崩子とすれ違い、彼女が学園長室に向かうのを見て、きっと井伊先生に何か頼むんだろう、と思ったヒデオは、

 ――また、騒がしくなる

 と思いながら溜息を吐いた。
 その空気は、決して嫌な物では、無かったのだけれど。
 自分が得意では無い空気であることも、確かだ。
 微妙に哀愁を漂わせつつ、職員室に入る。

 「お早う、ございます」

 そう挨拶をして――ヒデオの声にもきちんと返って来る、少し嬉しい――席に向かうと、美奈子は岡丸の指導を受けていた。

 「美奈子殿。この文の説明をする時には助詞と助動詞の……」

 「じゃあ、昨日の夜みたいにここを先に説明した方が……」

 折角なので、彼女を眺めながら、岡丸が話し終わるまで待つことにした。
 美奈子が妙に顔を赤くして、体を硬くしていたけれど、何かあったのだろうか。


 ネギ少年が入って来たのは、ヒデオが美奈子に話しかけて数分した後のことだった。



     ○



 闇口崩子。
 名前の示す通り彼女は暗殺一族・闇口衆の出身で、そして井伊入識こと戯言使いを主人とする、暗殺者として生まれ、育てられた生粋の暗殺者な少女である。
 最もその技能は数年前、兄が死んで以来ふるわれることは無くなり、戯言使いも潜入捜査をさせる程度。おかげで腕は衰える一方である。これでも戯言使いを刺し殺しかけたことがあるのにだ。
 学園長から彼女が言われた事はただ一つ。

 『井伊先生に伝えてほしいのじゃよ。ネギ君達に試験を課そうと思っていての……舞台となる図書館島には彼らと共に立ち入ることのないように、とのう』

 それには特に忌憚なく頷いた崩子である。

 「……いーお兄さんを、危険にさらしたくは、ありませんし」

 そんな風に思いながら職員室に向かうと、途中でネギと出会う。

 「あ、おはようございます。闇口さん」

 「お早うございます、ネギ先生」

 ネギ・スプリングフィールド。
 あの赤色によるならば『魔法使い』らしいが、見た目は普通の子供である。
 学園長やタカミチ・T・高畑のような人間が『魔法使い』というのは、わかる。刃物を持った崩子が一対一で正面から戦っても勝てないだろう。
 仮に戦うとしたら、暗殺するのだが。それでも可能かどうかは――微妙なところだ。
 特に、学園長。

 「職員室ですか」

 「はい。いーお兄さんに連絡です」

 そう返す。この手の質問を無難に返すには、正しいことを曖昧なままはっきりと返すことだ。目的や理由を話さないのがポイントである。
 歩いて、着いて、挨拶をして中に入ると、いーお兄さんは机の上でなにやら新聞を捲っていた。どうやらER3関連の記事らしい。気配を殺して覗き見ると、それなりに大きな写真に見覚えのある顔がいる。春日井春日さん。一時、いーお兄さんの部屋に住みついていた、ちょっと変態が入ったお姉さんである。

 「いーお兄さん。お早うございます」

 「うん。ああ、おはよう崩子ちゃん。何かな?」

 理由が無くてもお兄さんの顔を見たかったです、と言ったらどんな顔をするのかと思ったが崩子だったが、今回は学園長の連絡を伝えるだけに留める。

 「そう。馬鹿レンジャーをね」

 「はい」

 頷いたいーお兄さんは、何かを考えていた。

 「とりあえず、もう時期に一時間目の鐘が鳴るからね。教室に戻ったほうが良いよ」

 一時間目は、少年魔法教師の英語だった。



     ○



 昼休み。
 ネギ・スプリングフィールドが学園長から正担任となる為の通達を受けている頃。
 職員室の自分の机で私案をする戯言使いがいた。
 机の上には、今朝の新聞が載っている。
 写真に乗るのは春日井春日。とある事件によって知り合った生物学の権威。常識は無い。彼女について思い出すことと言えば、何らかの薬品投与で巨大化した狩猟犬をけし掛けられたこととか、メイド服で部屋に居候していたこと位だが。

 「ER3……ねえ」

 何やら、本籍こそ置いていない物の最近はちょくちょく顔を出しているらしい。何をやっているのかには全く興味のない戯言使いだったが、しかし居るのならば、ちょっと連絡を取って確認したいことがある。
 数日前。麻帆良に侵入者がやって来た時。
 鳴海歩が彼の兄から貰った連絡に、狐の男が出て来た。
 西東天。
 人類最悪の異名を持つ、世界の終りを見ようとする人物。
 戯言使いの、宿敵と言っても良い。
 二年、いやもう三年前に、大きな犠牲を出しつつも勝利したその対決の後、あの男は色々な所に出没している。ER3もその内の一つだ。
 確かにあそこには想影の施設、西東天の研究機関があったから活動範囲内ではあるのだが。
 『そこ』に辿り着くために、どのような計画を立てているのかはさっぱり分からないが、しかし碌でも無い事は確かだ。
 どうやら、鳴海清隆と言う、歩曰くかなりの危ない人物と同盟を結んだらしいし。友に聞いてみたら、警察庁や宮内庁にも影響力のある天才との事だ。
 その友に頼めば、ある程度まではあの男の行動、情報を掴めるだろうが、しかしさすがに内部情報や活動までは難しい。
 結論とすると――春日井春日に連絡を取って、彼の研究情報を引っ張って来てもらうのが、たぶん一番の近道だ。今でも、彼女の連絡先ははっきりしているし。
 ただし……その代償は、すごく大きい気がする。

 「あー、どうすっかなあ」

 考えても結論は出ない。
 約三十分後。仕方無く戯言使いは、彼女が未だに滞在しているであろう、鴉の濡れ場島に連絡を入れた。


 春日井春日の対価。
 麻帆良図書館島のどっかにあるかもしれない貴重書を手に入れてくれだとさ。

 …………崩子ちゃんにでも頼もうか。

 なにせ、学園長から直々に『図書館島には近づくな』と言われている。
 だったら、人に頼めば良い。単純な話だ。
 そんな風に考えていた僕の記憶の中に、おあつらえ向きの人物が該当した。



     ○



 同じく、昼休み。
 麻帆良女子中学校校舎食堂。
 妙に雰囲気の違う集団が、その一角に座っている。

 「――しかし、意外でした」

 焼き魚定食を食べる川村ヒデオは、目の前の小柄な少女を見る。
 隣に座る美奈子が、妙にぎこちない動きでパスタ口に入れているのは変だと思ったが、おそらく目の前の存在に硬まっているのだろうと予想する。

 「あなたも、食堂で食事をしますか。――ミス・マクダウェル」

 「ん?……ああ、今日は茶々丸がメンテナンスで昨日からいなくてな。昼食が準備できなかったんだ」

 そう言いながらトマトジュースを飲む吸血鬼である。

 「ルルーシュに頼もうとも思ったが、偶には休ませようとも思ってな」

 「……そうですか」

 「ああ。C.――クラインとルルーシュはイタリア系列の食堂に行ったよ。ここに居るのは私だけだ」

 なるほど。それで窓からなんとなく危険そうな雰囲気を感じるのか。
 『闇の福音』という彼女が、どんな行動するのかが不安で仕方のない人間もいるということだろう。自分よりも遙かに鋭敏な彼女自身が、気にしていないようならば、言う必要もない。
 定食の漬物を食べながら、ヒデオはそう結論付けた。
 手元にあったコップが空なことに気が付く。ふと見ると二つ並んでいて、果たして自分のコップはどちらだっただろうか。

 「――それで」

 (……まあ、良いか)

 ヒデオは、適当にコップに水を足しながら簡潔に言う。

 「本題は、一体何の、用でしょうか」

 そのコップを美奈子の前に。何やら赤い顔でお礼を言っているが、別に感謝されるほどのことでも無い。

 「ああ。――良い目をしているな、川村ヒデオ。結論だけ言おうか」

 獰猛な、人間の敵対種である魔の本性を一瞬だけ見せて、『闇の福音』は言った。

 「私の封印を完全に解くために、お前の力を貸して欲しい。《億千万の闇》の眷属」



     ○



 鳴海歩は数年ほど前まで、命を賭けたゲームを繰り広げていた。
 相手は、例えば浅月香介であり、竹内理緒であり、アイズ・ラザフォードであり、死んでしまったカノン・ヒルベルトや水城火澄であったりした。
 雀蜂の群れがいる部屋に入れられたり、どうやっても生存確率が五十パーセントの爆弾を解体したり、ああ、通っていた学校で銃撃戦を繰り広げたこともあったか。
 だからどう、と言う訳でもないが、歩は結構危険をくぐって来た経験が多い。
 元々かなり胆力はあった方だが、おかげで何が起こっても大抵のことは落ち着いて受け入れられる。常に冷静だ。ひよのには老成しているとか言われた。ほっとけ。
 だが、そうだとしても自分から危険に巻き込まれるつもりは毛頭なかった。
 のだが。
 彼は今図書館島に居る。
 放課後前のことだ。
 理科の教師・井伊入識から提案をされた。

 『鳴海清隆の動向を僕がなんとか探るから、図書館島で探してきてほしい物がある』

 井伊入識の奥さん、友さんはどうやら本名を玖渚友と言うらしく、なんでも政治系には非常に影響力を持つ家系の出身ということだ。
 あの晩。兄貴からの電話に出て来た西東天という男とは本当に因縁があったようで、そのためには古書が必要なんだということだ。
 提案としては悪くなかったので、了承した歩である。
 授業も終わり、明日の準備も終え、図書館島に向かい。膨大な本の中にあるであろう、資料を探す。検索を掛けたらきちんと場所が出てくるあたり、誰かがきちんと管理をしているのだろうが――置き場所・地下十数階とか出てきたらどうするのだろう。
 歩が図書館に足を踏み入れたのは、もう七時前のことだった。
 どこの出身なのかも判らないような著者名で、よく判らないタイトルのの資料は、地下四階、又は七階にあると示される。が、そこに至るまでの地図は不鮮明。
 なんとか、地下三階まではルートが特定できた歩は、不安ではあったが各所に仕掛けられた罠を回避しつつ、地下へと降りて行く。
 歩の進行は、スピードこそ無いが確実だ。
 罠の中には、明らかに本に悪いであろう物まであって、歩は呆れた。

 ――広いにも限度ってあるだろ。

 そう思った歩が、なにやら集団が迫って来るのを聞いたのは地下二階でのことだった。
 迫る懐中電灯の光に――

 「な、鳴海先生?」

 「何していらっしゃるんです?」

 そんな疑問と共に架けられた声は、非常に聞き覚えのある声。

 「――こっちのセリフだ。何をしている、お前ら」

 背の高いのが一人。普通のが四人。小柄なのが二人。
 女子が六人で男子が一人。
 視界に入る見覚えのあり過ぎるメンバー達の中に、ネギがいることを確認する。

 「生徒の入館は六時までだろう」

 そう聞くと何やら目線をそらされる。

 ――兄貴、やっぱりあんたの予想は正しいな、まったく。

 トラブルに巻き込まれるのをほぼ確信した歩だった。



     ○



 それから約十五分後の、図書館外、裏口付近。

 「……あ」

 呆然とする桜咲刹那と、顔を青ざめさせる早乙女ハルナ。
 刹那の手には日本刀の一種。野太刀「夕凪」が握られていて。
 そして、その刀を伝って鮮血が地面に染み込んでいく。
 太刀は――二人の間に入ったとある人物の体を、肝臓から腹の半分ほどまでを切断し、、背骨に当たって止まっていた。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・②
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/18 00:38
 
 [今日の日誌 記述者・柿崎美砂


 ネギ先生が妙に必死だった理由がわかった。
 なんでも、私達が学年最下位から脱出できないと首になってしまうらしい。
 それは少し可哀想だ。
 鍵を握るのは、馬鹿レンジャー達だ。
 ――そう言えば、この愛称を考えたのは誰だったんだっけ。
 まあ、とりあえず私も勉強することにした。
 まず桜子に、出るかもしれない範囲を勘で指定してもらう。
 その上で勉強すると、実はものすごく効率が良い。恐ろしく当たるのだ。
 さらに言うのなら、こんな風に聞いてみる。

 『桜子。選択問題で一番正解が多そうなのは、一から四のどれだと思う?』

 返事を聞いて、いざと言う時はそれを書くようにするともっと効率が良い。
 本当に勘に頼っているだけだから、文句を言われる筋合いも無い。
 クラスの皆に、それとなく教えてあげることにした。


 あ、そうそう。桜子がこんなに運が良いのは、なんでも座敷童が憑いているからとかこの前彼女が話していた。
 本当なら、ちょっと羨ましい。
 話を聞いていた近藤先生は、何か過去の体験を思い出したらしく、複雑そうな顔をしていたけれど]



 ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・②



 昼休み。裕奈さんや桜子さんと日直の日誌を持って会話している時だった。
 空気が妙に張り詰めている。全体的に勉強している人が多かったから、僕は二人に聞いてみた。

 「ああ、もうじき中等部の学期末テストだからね~」

 「来週の月曜日からだよ、ネギ君」

 気楽そうな顔で言う。

 「――って、僕のクラスもそうなのでは!?」

 「うん。そうだね。でも大丈夫。ウチの学校エスカレーター式だから成績あんまり関係ないし」

 「それに、うちのクラスは――」

 もしかして、すっごく頭が良かったりするのだろうか。明日菜さん以外には。
 そんな風に少し期待した僕だけれど。

 「ずーっと最下位なんだけどね~。気にしなくて良いよ。だいじょーぶ」

 輝くような笑顔で言われても、それは全然大丈夫じゃないですって!
 廊下を歩く僕は、あるクラスの窓際に飾られたトロフィーを見る。

 「あれは……?」

 「あー、あれは学年でトップになったクラスが貰えるんだよ」

 うちらには縁が無い物だねー、と笑い合う二人を見て、僕はさすがに不味いような気がしてくる。
 うーん、何とかした方が良いのかな……。
 そう悩むネギ。
 先ほど見た薔薇の花束みたいなトロフィーを思い出す。

 欲しいけれど、あれは無理かな……。

 ――無理だなあ。

 現実的に考えて、最下位から最上位はまず無理だ。

 「あ、でも確か、そーいうのに効く魔法があったような……」

 「ネギ先生」

 突然声が掛けられてびっくりする。振り向くと、しずな先生が便箋を持って立っていた。

 「学園長が、あなたにこれをって」

 いつもの優しい顔が、なにやら深刻そうな色をしている。

 便箋には――

 「えっ!僕への最終課題ですか!?」

 今頃こんな宿題がでるだなんて、聞いてない。

 (こ、この課題をクリアしないと、僕は『立派な魔法使い』にも、正式な先生にもなれなくなっちゃうよ~)

 不安で涙目になりながら、開いたネギである。

 (ド、ドラゴン退治とか、攻撃魔法二百個習得とか)

 正式な先生となることを、『立派な魔法使い』になる為の手段として微妙に勘違いしているネギだった。
 開いた手紙に書かれていたのは。

 『ネギ君へ。学期末テストで2-Aが最下位脱出できたら正式な先生にしてあげる』

 「よ、良かった。簡単そうですね」

 内容を見て、さっきまでの裕奈や桜子の様子を思い出すが、まだなんとかなりそうだと少し安心する。

 (い、今どきドラゴン退治は、さすがにないよね……)

 地下に本物のドラゴンがいることなど知らないネギであった。


 その後ネギは、ホームルームで英単語野球拳などという、セクハラ以外の何物でも無い勉強会を開くことになる。
 何故この時ルルーシュがいなかったのかと言えば簡単な話で、イタリア系の食堂でC.C.に付き合わされ、彼女がピザを食べる様子を見て胸やけして休んでいたからである。
 いなくてある意味正解だったのかもしれないが。
 もちろん、ネギは後で明日菜にきっちりと怒られた。



     ○



 何かを考える時、ヒデオは座ることが多い。人によっては歩く場合もあるようだが、彼が何かを思案する時は大体が着席している時だった。
 エヴァンジェリンから協力を持ちかけられたものの、結局返事が保留になってしまったヒデオだった。当のエヴァンジェリン自身が、こちらが返事をする前に出て行ってしまったというのもある。
 協力。
 『億千万の闇』の力を使って、果たしてどうやって彼女が封印を解き、完全な状態になるというのだろう。
 あれはそんな生易しい物では無い。
 強大な力を持っている者ほど――その力の大きさに恐れを抱き、抵抗する気を無くす、そんな存在だ。聖魔杯における紛れもない最強・みーこの口から語られた言葉なのだから間違いでは無い筈。
 特徴として言うならば――それこそ、全宇宙空間レベルのエネルギー(……おそらくは正しい筈だ。物理学的な意味での闇も司っているらしいから)と、異形を食らうことが出来ることだが……。
 カチ、と何かが引っかかる。
 どこか、頭の中の歯車が噛み合い、結論への道が僅かに開ける――が、未だにぼんやりとしていて判らない。
 材料不足だった。

 (……また、考えよう)

 イタリア・ミケランジェロを模した広場。
 ヒデオは、頭の中を整理する際にはここに座っていた。以前は職員室だったのだが、この広場は視界が広くて明るく、その割に人気は少ない。穴場というところだ。
 特に部活動の受け持ちも無いヒデオは、放課後良くここにいる。

 「……あれは」

 目の前を意気消沈した少年教師が歩いていた。

 「……何か、ありましたか。ネギ先生」

 いきなり声を掛けられ、びっくりした様子でこちらを見る。
 どうやら、視界にヒデオが入っていなかったようだった。
 最初に会った時は怯えられた――これはもう慣れた――が、その後はそれなりに親交がある。おそらく、職員室の近席で一番ネギと仲が良いのは美奈子と浦島景太郎だろうが。
 それでも一応年上であるし、声を掛けるくらいならばまあ良いだろう。
 そう思う。

 「えっと、その――明日菜さんに、怒られてしまいました」

 「……何を?」

 ヒデオの前で曖昧に語るには、神楽坂明日菜に中途半端な気持ちで先生をされたらこちらも迷惑だ、と言われたらしい。
 学園長からの通達により、ヒデオ及び関係者一同は、タカミチ・T・高畑を除き、ネギが自分で気付くまで他に魔法世界及び魔法を知る世界の人間達と言う事を教えてはいけないと厳命されている。だから彼に自分達の事を言う事は出来ない。要は、一般人として教えるだけなのだが。

 「……その、通りだと」

 そこは気にすることなく、明日菜に同意したヒデオだった。

 「あう」

 ネギにダメージがさらに追加される。
 そもそも、ヒデオは正義の味方だの勇者だのが嫌いである。英雄の息子?それが?みたいな印象だ。目の前にその英雄がいるのならばともかく。

 思い出すのは、聖魔杯の時のあの勇者。

 (……単純だった)

 ならば。

 「ネギ先生。あなたに、どんな事情があるかは、知りませんが」

 淡々と、表情を変えずに言う。
 学園長曰く、図書館で何やら苦労させるらしいし。ウィル子がいる以上、逐一彼を監視するのだろう。命の危険は無い。無いも同じだ。

 「自分の才能を過信せず、生身で、彼らに接するべきだと」

 ヒデオの言葉に何を思ったのか、ネギが考える表情になる。そして、

 「……そうですよね」

 しばらくの後、そう返事をした。

 「さすがは明日菜さんと川村先生です。安易に考えた僕が甘かった……」

 先程までと打って変わって、いきなり何かを決意した表情になる。

 「相談に乗ってくれて、ありがとうございました!」

 そう言って、杖を持って雑木林の中に入って行った。あえて何をしに行くのかとは尋ねないヒデオである。
 そしてその後、僅かに魔力の波動を感じる。

 (……本当に、単純だった)

 ここまで、上手くいくとは。
 ヒデオは、自分の人を欺く行為に僅かに自己嫌悪を持ちながらも、あの少年に対して思う。
 才能や教育が豊富な分、決して気が付けない物もある。
 何も魔法が使えない状態で、苦労してみれば良いのだ。
 聖魔杯以降、人に勘違いをさせるのが素で上手くなったヒデオだった。



     ○



 「実は、あくまでも噂なのですが……図書館島の深部に読めば頭の良くなる、魔法の本があるらしいのです」

 お風呂場で夕映ちゃんはそう言った。

 「まあ、大方出来の良い参考書だと思うのですが……」

 「アレ」=「魔法の本」らしい。
 本当にそんな物があるとは思っていなかったけれど、一番こういうのが嫌いな明日菜が行こうなんて言い出したもので、私達も行くことを決めた。
 小学生って。確かに私は自分でも単純で馬鹿だと思うけれども、小学生は嫌だ。
 なんとなく明日菜が私に変な想像をしている気がしたけれど、気にしないことにする。
 夕映ちゃんたち図書館探検部の案内でやって来た裏口は雰囲気があった。石造りの壁はひび割れているし、湖に近いせいで湿気が多い。植えられた樹木も、夜の不気味さを増している。
 中に入る前、なんか明日菜がネギ君と話をして、最後には叫んでいた。
 何かあったのかな?


 中に入った時に、何か変な感じがして眼の奥が痛んだけれど、すぐに治まる。
 くーちゃんはゲームのダンジョンみたいだと言って喜んでいたし、楓さんはいつも通り。ネギ君も明日菜も、勿論私もこんな所に来るのは初めてだったので驚いていた。
 夕映ちゃんを先頭に、真ん中をネギ君、最後尾を楓さんとくーちゃんという順番で歩く。
 途中で落ちかけたのを、持って来ていたリボンで支えたり、くーちゃんと楓さんに落ちて来た本棚から助けて貰ったりしながら先に進む。
 ネギ君はなんか、私も凄そうに見てたけれど、そんなにすごいかな。
 休憩する少し前に、鳴海先生と遭遇。
 鳴海歩先生。去年の四月に大学の病院に通うために入って来た所を、学園長が入院費や滞在費の全てに加え、給料も出すという事で音楽の先生としてスカウトしたらしい。何でも十歳くらいまでは神童とも言われたピアノ弾きで、アイズ・ラザフォードという私でもどこかで聞いたことのあるプロの人にはライバル視されているらしいし。
 不平不満を言いながらも、先生は私達に着いて来てくれる事になった。
 休憩中、テーブルに木乃香ちゃんが造ってくれたサンドイッチと各人が持って来たスナックを並べる。和気あいあいとしていて、何か遠足の気分だった。
 でも、出発してから数分後。
 私は、それを間違いだったことを知った。

 「えーと、皆さん。そこまでです」

 休憩を終わらせてから数分後。
 階段を下りた所で、突然、道の先から声がした。


 第一印象は、なんかトロそうな人。
 顔の造りは美人の範疇なんだけれど、黒ぶちの眼鏡や無造作な黒髪はお世辞にも自分の身に気を使う人とは思えないし、厚手のコートも場違いだ。スタイルはすごく良いけれども、それもあまり興味があるようには見えない。年齢は――二十代後半かなあ。

 「あ、あなたはもしかして、伝説の」

 夕映ちゃんが興奮したように言う。

 「司書長では、ないですよ。普通の司書です。最も、ここから先の地下専門の、ですけれど」

 女の人は教えるように話す。なんか、国語の先生にいそうな人だ。

 「読子・リードマンといいます」

 そう言って自己紹介をする。
 なんとなくそれに習って頭を下げた私達に、

 「それでですね。実はここから先は、学園長の許可が無いといけないんですよ」

 そう読子さんは言った。

 「ですが」

 夕映ちゃんは何となく不満そうな顔だった。

 「図書館探検部の活動を、邪魔された事がありません」

 「そうですね。邪魔をしたことはないです。でも、探検部高校班や大学班が入る時は必ず私が選んだ責任者が同行しますし、それに、今のあなた達は活動中では無くて不法侵入ですよ」

 読子さんの理論は整然としている。言い返せない夕映ちゃんは口を閉じる。

 「あー、実はだな。探している本がここより地下にあるんだが」

 今度は鳴海先生の番だった。

 「それで、この子達は俺の手伝いだ。俺一人じゃ問題だろうという事で、ネギ先生もいる。だから、先に通してはくれないか?」

 中々断りにくい理由を出す。なんだかんだ言いつつも、協力してくれる鳴海先生だった。
 でも。

 「あ、じゃあそのタイトルを教えてくれませんか?私が取ってきますよ」

 「……ああ。わかった」

 タイトルを言って、それであっさりと引き下がってしまった。

 「な、鳴海先生!何故!」

 なんか怒っている夕映ちゃんに、鳴海先生は口をへの字にして返す。

 「元々、俺は自分の探している本の為に一緒にいただけだ。学園長から禁止と言われているのに、教師の俺が破ってどうする。それに――」

 「じゃあ、探してきますね」

 読子さんはそう言って、私達から離れて行ってしまった。姿が見えなくなった後。

 「これで先に進めるだろ」

 その言葉に状況を確認し。

 「急ぎましょう!」

 私達は一斉に走り出した。


 「こら、皆さん!走ると本が痛みます!それに先には進ませません!」

 読子さんがそう言って、どうやら鳴海先生が探していた本を片手に、追いかけて来たのは二分後のことだった。



     ○



 小柄な夕映殿は、拙者が抱えて走る。
 普段ほど調子が出ないのか、明らかに遅いネギ坊主は明日菜殿が抱えて走る。
 まき絵殿と古と歩殿は個人で走る。
 逃げて始めてから、三分ほどした時のことだろうか。

 「はあ、……警告します!」

 走りながら、そう読子殿は言ってきた。

 「止まらない場合、仕方無いので実力で止めさせていただきます。止まってください!」

 「……おい。なんで俺まで一緒なんだ?」

 不満そうな歩殿であるが、ここまで来てしまえば連帯責任でござるよ。

 「あ、あの。止まった方が」

 「仕方ないでしょ、ネギ!何とかして手に入れないと大変なことになるんでしょ!」

 その明日菜殿の言葉に、なにやら感動しているネギ坊主。

 「大丈夫です。このままならば振り切れます。次の角を直進です」

 「あい、わかった」

 正直。逃げ切れると思っていたでござる。
 読子殿はそれなりの熟練者であったし、相応の戦場を経験してきたようにも見えたでござる。でも、決して強くは見えなかったでござるよ。
 拙者、山育ち故に世俗には疎いでござるが……『読子殿自身が強い』ようには見えなかったでござる。

 その楓の眼力は、むしろ非常に正しいものだったと言える。
 楓だけでなく、龍宮真名や桜咲刹那なども同じ感想を持つだろう。
 読子自身は決して強くない。それなりに鍛えていると言っても同年代の男性と力比べをして何とか勝てる程度。素手での喧嘩ならば魔力供給をしたネギにも勝てるか怪しいところであり、そもそも肉体的には普通の成人女性だ。
 だが。
 ここは、図書館であり。
 そして彼女は――あらゆる紙に祝福された《紙使い》だった。

 「……わかりました。残念です」

 その声と共に、読子殿が止まる。
 そこからの光景を、明日菜の肩に担がれていたために見ることが出来たネギは、まるでそれこそ魔法を見ているかのように感じた。
 読子が、走りながら、本棚の一番端にあった一つの本を取る。
 隣接していた本は倒れそうで倒れない。
 それに合わせて、さらに別の場所の本を抜く。
 倒れない。
 抜く。
 倒れない。
 抜く。
 倒れない。
 抜く。
 倒れない。
 手に十冊ほどの本が置かれた後……読子は、最後の一つを、抜いた。
 パタリ、と音がして今度は本が倒れる。
 その衝撃は、僅かだったが――およそ十か所の本を一斉に倒し。
 バタン。
 音と共に――図書館島に眠る、トラップを起動させる。
 ガタリ、と本棚が倒れ……そこからは、あっという間だった。
 空中から飛び出す本が、まるで視界を防ぐように降って来る。
 倒れた本棚が、回り道を強制する。
 だが何よりも――本から飛び出した紙が、彼女達の邪魔をする。
 それは栞であり、広告であり、誰かの挟んだメモであり。
 それらが生きているかのように――彼女達に纏わりつく。
 風も吹いていないのに、体を拘束するように動く。
 そうして――

 「チェックメイトです」

 気が付いたら、追い込まれていた。
 皆、息を整えていて言葉を発さない。

 (……拙者、まだまだ未熟者でござったな)

 一人冷静に、楓は思う。
 左右と前を高い本棚に防がれ、しかも一つはゆっくりと動いている。
 背後には既に読子がいて。
 そうして、彼女の持っている十冊ほどの本を、ふらふらと揺れ動く本棚に入れれば――あれは、おそらく倒れてくるだろう。
 完璧に手詰まり。この場では――
 自分の持つ力も、使えまい。

 (ネギ坊主はどうやら、関係者でござろうが……明日菜殿は巻き込まれただけ。古は特別な抵抗力は持たぬし――木乃香殿はまだ自分の才に気付いてはおらぬ。それはまき絵殿も同じ。歩殿は完璧に一般人でござろう。夕映どのは――)

 ふと、気が付く。
 妙に、彼女が静かだった。
 気絶している訳でもない。

 「……リーダー?」

 小声で、聞く。

 「……まだ…い丈夫……です。……抑え……ダメです……我慢……危け……は、無い……ダメ……」

 彼女はじっと、体を抱えて――自身に言い聞かせるように。
 楓に、地面に下ろされた事にも気が付かずに。
 小声で、呟いている。


 あるいは――読子の警告に従って、彼女達が素直に止まっていれば。
 あるいは、もうあと少し、彼女達が早くに捕まっていれば。
 あるいは、読子・リードマンという人間が、基本的にまじめで仕事に手を抜かない人間では無かったならば。
 あるいは、お互いに、もう少しきちんと色々な事を説明し、話し合っていれば。
 あるいは、彼女に架けられた制約の一つが、《攻撃された時》で、無かったならば。
 そしてあるいは――もう少し、彼女達が早くに行動を始めていれば。
 ここでは何も、起きなかったのかもしれないが――しかし。
 起きてしまう。


 「ゆえゆえ!ネギ先生!読子さん!」

 そう言って、この場に現れた人物がいた。
 必死になって走って来たのだろう。汗をかき、息を乱し。
 宮崎のどか。
 地上にいるはずの、夕映の親友。
 彼女の登場は、あっさりと沈黙の降りた状況を破り。
 そして読子の《紙使い》の力と、未熟な彼女の《紙使い》の性質が、干渉し合い――不安定に揺れる、本棚を――倒す。
 のどかは、とっさにそれを、彼女達に行かぬように自分の方へ向け。

 「……あ」

 夕映の目の前で、のどかは――本の雪崩に巻き込まれ。
 それが、我慢の限界だった。
 彼女の枷が、外れる。


 それは、楓ですらも危険を感じて離れるほどに鋭い殺気であり。
 外見は何も変わっていないのに、内身が変わったことを全員に悟らせた。
 経験はともかく、年齢的には末娘。
 麻帆良女子中学校2‐A組・出席番号四番、綾瀬夕映。
 あるいは――

 「それでは、零崎を――始めるです」

 零崎綾織。
 覚醒。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~麻帆良大学部編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/12 17:35

 超包子。
 オーナーを麻帆良の最強頭脳と呼ばれる超鈴音が担当し、おそらく麻帆良有数の料理人である四葉五月がいる、超人気飯店。葉加瀬聡美や古菲、空繰茶々丸がウェイターをしているために、関係者からは超一味のアジトだともこっそり言われているのだが、これがとても美味しい。
 裏世界の先生たちも、美味しいと認めざるを得ないくらい、本当に美味しい。
 入手困難な材料どころか、もはや発見不可能に近い材料まで入っているのだが、どこから手に入れて来たのか気にならなくなる位美味しい。
 何が言いたいのかと言えば、人気が非常に会ってほぼいつも混雑するということだ。
 お昼時などはそれが顕著で、安くて健康に良くて美味しいとなれば女性客も含め非常に人の入りが激しい。必然的に、相席も多くなる。
 この日、超包子ではカップルにはサービス品が付くという事で、おそらくは引っ張って来られた、只の友人や知り合い、あるいは本当にカップルであるペアも多くいた。
 だから彼らが会合したのは、ある意味では当然だったのかもしれない。



 世界情勢その三~麻帆良の大学生達の会話~



 「すいません。相席となりますが」

 「ええ。それで良いです」

 高町亮子は、尋ねて来た、おそらくは機械であると思われる少女にそう返事をして案内してもらう。傍らにいるのは、おそらく彼女が最も信頼する男子、同じ父親を持つ浅月香介だ。不機嫌そうな表情もいつもの事だ。
 麻帆良に来て大抵のことでは驚かなくなった亮子である。ほとんど人間と差異の無い彼女を見ながら、席に付くと、そこではこんな会話が行われていた。

 「は、はらはははん。ほれはほうやっへはべまふほ?」

 「口から出して人の言語でしゃべれヒオ」

 「は、原川さん。これはどうやって食べますの?」

 「落ち着け、そして答える前に一つ聞かせろヒオ・サンダーソン。なぜデザートがこれほど置かれている」

 「い、いえ。だってカップルはデザートが六つまで大丈夫だと言いまして」

 「昼飯はどうする。俺の頼んだ料理はまだ来ていない。これ以上料理は載らない。そしてお前は食べ方のわからない物を頼んだのか」

 「いえ。以前これを風見さんがそのまま口に入れて食べてまして。それが正しいと思ったら苦いだけなんです」

 「ライチは皮を剥いて食え。そしてこのデザートはお前が全部食え。皮を喰いちぎれるあの夫婦を見習うなと俺は前にも言ったはずだ」

 ――なんというか、良いコンビに見える。
 亮子の視線に気が付いたのか、ヒオと呼ばれた小柄な金髪の少女と、原川というらしいハーフらしき長身の男は。

 「――おいヒオ・サンダ―ソン。お前のおかげで俺まで奇怪な目で見られたぞ。どうしてくれる」

 「ヒ、ヒオは原川さんと一緒ならば別にいいですのよっ」

 「セリフは時と場所を考えて言え」

 そんな会話をしていた。
 隣の香介も、良く見ると笑いそうになるのを堪えているようで、微かに震えている。
 メニュー表に目を通し、なるほど、確かに果物やデザートがカップル専用で今日は普段の四割ほどに落ちている。三品頼めば二割引きで、いつもの値段で合計六つだ。
 セットメニューを選び、意外と甘い物が好きな香介の意見も聞いて注文を入れるため、ウェイターを呼ぶ。
 亮子と香介、そして目の前の外人カップルが座っているテーブルは丸く、もう一人座ることができる。今日は一人で来る人間は少ないのではと思っていると、中国人の女の子に案内されて、最後の席に少女がやってきた。
 一応、『チルドレン』の一席でもある彼女にはわかる。
 ニット帽に長袖を着た、キューティクルなメイクの。
 血の匂いがする少女だった。


 「じゃあ、ヒオさんと原川さんは麻帆良の航空技研に?」

 亮子の問いに、

 「ああ。傲岸不遜な友人に行って来いと言われてな。まあ、アメリカよりはましだったから了承したんだが」

 ダン・原川と名乗った青年はそう答えた。
 長身で、肌は黒人か、ネイティブアメリカンの血が入っているのか黒め。髪を後ろでまとめ、サングラスを掛けている。指にタコが出来ているところを見ると、おそらくバイクに乗るのだろう。

 「アメリカですか?」

 「そうなんですの。えーと…伊織さん。ヒオの実家というか、保護者がそちらにありまして。心配してくれるのは嬉しいんですけれど」

 香介の問いに答えたのが、ヒオ・サンダ―ソン。小柄な金髪の少女で、日本語に独特のイントネーションがある。足の筋肉の付き方が亮子とよく似ている所を見るに、おそらくは陸上系が得意なのだと判断する。

 「祖父を何年か前にヒオは亡くしていてな。以来、アメリカの伯父が彼女の保護者なんだ。学生の時は留学生扱いだった。高校を出た後、何度かアメリカに行ってるんだが、その度に、俺はヒオについて地面に叩き潰される」

 「……厳しいんだな」

 香介は感心したように言う。

 「そうでも無い。もう慣れた」

 「……ねえ、今叩き『潰される』って言わなかった?」

 彼女の聞こえ間違え……では、ないだろう。

 「ああ。地面にな。思いきり勢いを付けてベシャリと」

 「ええっ、原川さんそんなことされてましたの!」

 「お前がいない間にな。佐山もそれを知ってここに来させたんだろう。しばらくアメリカに行く必要もなくなる……と、まあ俺達は麻帆良の航空技研にいるわけだ。そっちは……」

 自己紹介が回って来る。

 「ああ。俺が浅月香介。大学の建築課だ」

 香介に続いて、亮子も言う。

 「私は高町亮子。陸上で推薦持っててね。体育課だよ。丁度知り合いが音楽教師として赴任したのもあって、こっちに来た」

 「……音楽ですか?」

 おそらくは義種なのだろう、と判断した亮子であるが、器用に食事をしているためそれを普通にスルー。無桐伊織と名乗った少女に返答する。

 「そう。中学校の受け持ちの鳴海歩っていうんだけど」

 「……どっかで聞きましたの」

 「忘れてどうするヒオ・サンダ―ソン。確か、麻帆良女子中学校だったと思ったが」

 「うん。丁度中学校に友達もいるしね」

 「奇遇ですのね。私達の知り合いも、中学校に通っていますの――って原川さん、これ言ってよかったのですの?」

 ……なるほど、どうやら彼女達も訳有りのようだ。

 「なら聞くな。――すまんが、三人とも忘れてくれ」


 「……ひょっとして」

 香介が尋ねた。不機嫌そうな顔は変わらないが、眼鏡の奥の目はやけに真剣だ。

 「2-Aか」

 しばしの沈黙ののち、原川は。

 「――そっちもか」

 それだけを言う。

 「――ああ」

 返事を聞いた亮子も、嘆息する。
 そりゃあまあ、これだけ多い人間のいる中だ。多少の別組織のニアミスも、時にはあるだろうが。

 「……奇遇ね。五人中四人が関係者って」

 「あれ、あなたたちも関係者だったんですか?」

 ザザッ、と四人の視線を一斉に浴びて、ちょっとのけ反った無桐伊織を見る。
 確かに、彼女からは血の匂いがしたが――亮子は思う。
 一体どれほどの確立だというのだろう。

 「私の妹もいるんです。名前は違うんですけど。――そうだ、ちょっと相談したいことがあったんです。お兄ちゃんに相談しようと思っても連絡が取れませんでして。関係者ならば――話してみても、良いですか?」

 唐突な提案だった。
 何を企んでいるのかとも思ったが、どうやら本気で相談したいらしい。
 目の前の少女の性格が、いまいち把握しきれない亮子だった。
 料理はまだ残っている。食べ終わるまで席を移ることは出来ないだろう。ここで騒ぎを起こせるわけでもない。

 「……食べながらでも、良いなら」

 亮子も、三人も――果たしてヒオさんが完璧に把握できているのかは微妙だったが――しぶしぶ頷いた。

 「ありがとう」

 きちんとお礼を言って、彼女は話し始めた。



 「私の妹は、私に似てるんですよ」

 第一声がそれだった。

 「私はその……何と言うか、とある症状を持っていまして。私の人生に影響は無いんですが、妹はそれで日常を送れないかもしれなくて、お兄さんが、ええと血は繋がって無いんですが……それを抑えるために、ちょっとした心理的な制約、催眠――を架けたんです」

 まあ良くある話かもしれない。勿論、亮子達の世界での話だが。

 「この前、向こうは気が付いていないみたいだったんですが――その妹と遭遇しまして。直接会ったことは殆ど無かったですし、そのこと自体は良かったんです。でも話をしている時に気が付いたんですが、彼女は、昔の私に似ていました。
 日常を愛していて、友達や家族を愛していて。私は今も友達はいますし、家族も、好きです。でも、一回私の人生は、完璧に壊れちゃって、その上で造り上げた物なんですよ」

 神妙な顔で、ヒオさんは聴いている。その手は杏仁豆腐のスプーンが握られているけれど。

 「私はもう、例えば死者には憐憫の情は覚えませんし、他人と相対するとついうっかり傷付けそう――じゃ済まないくらい、行動しそうになります。あ、でも初対面で、会話をしたことのない通りすがりの人とかが一番そういう対象ですので、あなた方は心配しないでも良いですよ?」

 原川さんはサングラスで目元を隠し、表情を見せないで淡々とシュウマイを食べている。

 「私は昔、その症状…というか、性質に、絶望しませんでした。否応なしに発動する性質を、恨みませんでした。この腕を失くした時も、自分を諦めませんでした。昔から壊れていたことをようやっと自覚しただけ…と言いますか、そんな感じで。でも、妹がそうだとは限らないんですよね」

 香介はしかめっ面のまま肉まんを頬張っていた。

 「話をしてみると、どうやら親友がいるらしいですし。妹は割とその、症状を我慢できるといいますか、対象を選べると言いますか、見たいで。きっと妹は、その親友と一緒に居たいだとか、日常を壊さないようにしたいだとか、そういう願いを持っていてくれています。でも、それを壊す相手には、きっとその制約が聞かないようなんです。
 『友達』が『自分が原因』で『傷ついた』時。
 その三つが、彼女の制約が外れる条件です。妹は、そのまま相手を、殺すと思います。でも、それが終わった後に、彼女の日常は、きっと壊れてしまうんですよ。
 妹が絶望して、諦めてしまうことが―――姉として、一番の心配なんですよ」

 そこまで言って、彼女はゴマ団子を口に運ぶ。

 「皆さん……人、殺したことありますよね?」

 「私は――直接は――無いけどね」

 その言葉を、呑み込む。
 亮子は確かに殺していないが、しかし香介が彼女の分まで殺していると――言えるだろう。

 「……それで、何を言えと言うんだ。お前は」

 口の中の肉まんを飲み込んだ香介が伊織さんに言う。

 「いえ――姉として……何をしてあげられるかなあ、と思いまして」

 原川さんは沈黙して答えないし、私達は兄弟姉妹と言う物は、生まれ故に一般常識として語ることは難しい。

 「参考になるかどうか、判りませんけれど」

 ヒオさんが口を開いた。

 「私は昔孤独でしたの。最初は皆優しくて、でも、私の持っていた呪いのせいで離れて行って。御爺様が死んだ後も、私は孤独でした。でも、今は違うんですの。呪いは味方になり、力に成り、そして一緒にその力を持ってくれる人がいますの」

 その人物がこの原川なんだろう、とは、全員が理解していた。

 「ですから、必要なのは…その人が絶望しても、受け入れてくれる人が、いることではありませんの?そしてそれは、きっとお姉さんが一番できますのよ」

 日本語は決して流暢では無かったが――しかし。
 その言葉は、おそらく伊織さんに届いたのだろう。
 彼女は箸を置き、口元を紙ナプキンで拭ってから言った。

 「お兄ちゃんなら」

 私達を見て、

 「きっと、合格です、って言いますね」

 にっこりと笑う。

 「なんとなくわかりました。つまり、お兄さんたちと同じになるだけですよね。とりあえず……覚醒したら、きちんとお姉さんとして挨拶をしに行って、その後で考えます」

 それがどんな意味なのかはっきり解った訳では無いけれども。
 歪んでいる事ははっきりしていた。
 ……本当に、持ったいないと思う。勿論私達が言えた義理ではないけれども。
 もしも彼女の人生を壊した性質が無かったら、きっと彼女はそこそこ平穏に生きられただろう。
 同情でも憐憫でも無く、そう思う。
 けれども、それはもはや無意味な過程で。
 それでも、壊れた自分が孤独にならないように、一生懸命にお姉さんとして生きている。
 それは、悪いことなのだろうか。

 「それじゃあ、ごちそうさまでした。次に会う時は、殺さないように気を付けますね」

 彼女は頭を下げて、席を立ち、去っていく。
 ニット帽は、すぐに見えなくなった。
 なんとなく、四人とも箸を置く。
 テーブルの上の点心はほぼ空になっていた。

 「……どうする」

 原川さんが唐突に言った。

 「何がだ?これからも仲良くしようとか、そう言うことか?」

 「違う」

 香介の言葉に溜息を吐いて、一言。

 「無桐伊織の分の食費は、誰が払うんだ」

 ………あれ?



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・②―裏
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/18 00:41
 
 鳴海清隆や西東天は語った。
 井伊入識には《無為式》という力が存在することを。
 それは、絶無の公式。
 予定調和を完膚無きに破壊し、同時に結果を崩壊させる。
 計画が、たった一点から予想出来無かった方向に転がり、影響し、破綻する。
 彼が――井伊入識が、無自覚なまま学園長の計画を狂わせた行動はただ一つ。
 宮崎のどかと会話をしたことだけだった。


 ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・②(裏)


 「む、う……」

 学園長は、自室で、ウィル子の送って来た画像を覗いていた。
 まずい。
 自問する。

 (……どうして、こうなったのかのう……)

 ――学園長の立てた計画は、こうだ。
 ネギ・スプリングフィールドに試験を課す。
 2-Aが最下位になった場合はペナルティを課すことをそれとなく広める。
 そうして、図書館に安置されているという噂の『魔法の本』を取りに行かせる。
 あとは、ツイスターゲームや地下での勉強会、螺旋階段での練習の後、テストを迎えさせる……はずだった。
 大雑把だったが、十分に行う事が出来る計画。
 それを実行するための手段も、幾通りも考えてあった。実行可能にしていた。
 例えば――『魔法の本』という話が出ないのならば、浴室で高町ヴィヴィオに言わせるように手配をしてあった。
 仮に、ネギ・スプリングフィールドが自分から魔法を封印していても危険が無いように、本当に危険な――盗掘者用のトラップは、全て無効にしてある。
 宮崎のどかがネギ達と行動していなかった場合は――その場合は、読子・リードマンに捕まって地上に戻されるだけだ。
 『魔法の本』を取りに行かなくても同じ。行かないのならば勉強させれば良い。
 地上にいるならば、ルルーシュを始めとした教師達に。
 地下に落ちても、学園長が。
 どちらにせよ、馬鹿レンジャーは勉強をすることになり――そして最下位を脱出させることは可能だった。
 欠席扱いの相坂さよの点を足し。
 ネギへの干渉を見逃す代わりにエヴァンジェリンにやる気を出させ。
 最下位ならば、ネギが首であることを雪広あやかから全員に伝えれば、そこから脱出することは、ほぼ間違いが無かった。
 仮に、それでも最下位が脱出できなかったら――権力を使ってなんとかせざるを得なかったであろうが……それはほぼあり得ないと、踏んでいた。
 だが……この現状はどうだ?
 たった一人。宮崎のどかの行動が予想外だった為に――全てが狂って行く。
 彼女が、途中で内部に入り、そして最も出てきては危険な所で登場してしまった。
 彼女が消えたことから、早乙女ハルナと桜咲刹那との対立もはじまってしまった。
 とにかく――何とかしなければ。

 (なるようにならない最悪……ここまで、狂わせるとは)

 タカミチ・T・高畑は今はいない。
 刹那を止められる数少ない人間の内の一人、長瀬楓は図書館内部にいる。刹那を止められる人材など限りがあるが――図書館島に一番近い人物。

 (……仕方有るまい)

 学園長は電話を取る。
 掛ける先は――

 「……はい、こちらマクダウェル」

 あのクラスの副担任だ。
 

 政治力を統制する玖渚機関。
 人類最強の赤色の請負人。
 彼らに繋がる縁を持っていたからこそ、学園長は井伊入識を迎え入れた。
 だが……あるいは、ひょっとして――それは致命的な間違いであったのかもしれないと、この時学園長は初めて思ったのである。



     ○


 「……誰からだ?」

 家主、エヴァンジェリンの不機嫌そうな声にルルーシュは返す。

 「学園長だ。……どうやら図書館島でトラブルが起きた。内部で綾瀬が覚醒、裏口で桜咲が――」

 「あいつがなんだ?又、お嬢様を思って暴走か?」

 「ああ。止めてくれだという事だ。行って来る」

 「……物好きだな、ルルーシュ」

 C.C.の声に、

 「俺は――教師だからな、今は。精々従ってやるさ」

 口元に歪んだ笑みを浮かべて返す。

 「ああそうだ。茶々丸と合流出来たら一緒に帰って来い。あいつもそろそろ、メンテナンスから帰って来る筈だ」

 C.C.のその言葉に、エヴァンジェリンが反応する。

 「ちょっと待てルルーシュ。ああ……丁度いいな。援軍を送ることにする。幸いにもそう言うのが抜群に得意な奴がいる」

 「そういうの、だと?」

 「――人の心を鎮めることが得意なやつ、ということだ」




     ○



 早乙女ハルナは――別に特別な才能も、背景も無い普通の女子中学生だ。
 コミケに参加したついでに妙に引きこもり風な大財閥のお嬢様に気に入られて、そのまま漫画の参考までに、とちょっとしたスキルを身につけただけである。
 日常生活で、どれほど役に立つのかというと――ほとんど役に立たない。具体的に言うならば、高級品の清掃の仕方とかだ。
 だが……一つだけ確実に手に入れ、そして役に立つスキルがある。

 「刹那さんさ――いい加減、木乃香と話しなよ」

 ――人に付き従っている人間を見分ける眼力だけは鍛えられた。

 「あなたに言われる筋合いはありません。いえ、それよりも――」

 スッ、と身を低くし。

 「早乙女ハルナ――何者です?」

 「ん~普通の女子中学生だよ?」

 「戯言を」

 キッと睨み、

 「ただの人間が、気配を消した私に気が付くはずが無いでしょう」

 「いや、実はホントにいるとは思わなったんだよね」

 これは本当の事だ。いなかったら自分がちょっと気恥ずかしくなるだけである。
 ほとんど脅されている状況に近いが、ハルナは別段、機嫌を悪くはしていない。
 ――木乃香と仲が良い人間ならば、刹那と木乃香が互いに、忸怩たる思いを持っていることは知っている。
 不思議だなあ、位にしか思っていない人間も多いだろうが。
 しかし、朝倉和美に調べさせれば、一発で判明することでもある。
 まあ、そんな細かい事はどうでも良いのだ。

 「……のどかの行動、どう思う?」

 「そんな事よりも」

 鯉口を切り、重心を下げる。

 「質問に、応えてください」

 刹那の目は鋭く、刃物のようで。
 だからこそ、早乙女ハルナは――今度こそ本当に、機嫌が悪くなった。

 「あのさあ、刹那さん」
 今彼女が聞きたいのは――宮崎のどか。彼女の行動についてだ。
 『大切な人間の為に、自分の秘密を打ち明ける行動を、どう思うか』
 まあ、ある意味刹那への痛烈な皮肉でもあるのだが、それは置いておく。
 木乃香をよく見ていれば、刹那と仲良くしたいと思っていることなど一目瞭然。明日菜ですらも気付いている。幼馴染であることもなんとなくは聞いている。
 とにかく、ハルナは彼女の意見を――聴いてみたかった。
 のどかの行動を、どう思うのか。
 それをくだらないというのか、もっと慎重になるべきだとか、最後まで隠すべきだとか、そういう意見を聞きたかったのだ。
 だが。

 「私の大事な親友の話題を『そんなこと』で切り捨てないでほしいんだよね」

 刹那のように行動した、のどかに対して『そんなこと』は、ないだろう。
 確かに自分はノリが軽い。噂話も好きだ。木乃香に、夕映とのどかの三人を巻き込んで騒ぐこともある。それでも彼女達が本気で嫌がることはしないし、意見もはっきり言う。
 そういう親友だと、思っている。

 「あれかな、私が木乃香に何か危害を加えるとでも思ってる?」

 「可能性は、零では無い」

 ああ、なるほど。
 思ってるんだ。彼女は。
 じゃあ聞かせて貰おう。


 「木乃香を思ってそうやって行動するならさあ……なんで私を放って置いて図書館島に行かないの?」

 たぶんその瞬間のハルナの目は――今までの人生で、一番怒りを秘めていた。



     ○



 電話が鳴る。

 「ふぁい、こちら麻帆良大学工学部、葉加瀬です」

 『――私だが』

 「ああ、エヴァさん。茶々丸のメンテなら終わりましたよ?さっきそっちに向かいましたけど」

 『ああ。実はちょっとトラブルでな。綾瀬が「起きた」。三・四番を図書館の地下に送って欲しいんだが』

 「ああ。……まあ、良いですよ。えーと……何月ぶりでしたっけ。前にも一回ありましたよね」

 『忘れた。事情を知ってるやつら以外は、封じて良いぞ。『あの時』あの場にいなかった長瀬と――アスナには、今度私から話してやる。封じるのは佐々木と古菲、あとボーヤだな」

 「ええ、わかりました」



     ○



 『なんで私を放って置いて図書館島に行かないの?』

 そう、女の人は言う。女の人なのか、女の子なのか、自分の目からはよく判断が付かないのだけれど。

 『お前に――』

 ギラギラ光る、嫌な感じの物を見せるもう片方の女の子は、感情をあらわにして。

 『――私の、何がわかる』

 『そうだなあ……わからないけどさ。今の刹那さんが――木乃香の為には動いて無いことくらい、わかるかな』

 『――っ』

 たぶん、それが引き金だったのだろう。
 怖い目をした女の子は、嫌な感じの光る物を抜いて――そこから先は、僕は良く覚えていない
 怖くて、震えていたから。



     ○



 ――ちょっと追い詰め過ぎたかな……。

 失敗したな、と思ったハルナだったが、しかし今更謝るつもりもない。
 体の鍛え方など二流が良い所。喧嘩や格闘技も全然できない。おまけに今の刹那は感情が制御できていないし、しかも真剣だ。
 刀が抜かれたおかげで、居合の用に刃の間合いがわからないことは無いが、しかし彼女に勝てるとは思わない。動きからして只者では無いし、そもそもこちらが真剣で彼女が素手でも、たぶん一撃で終わるだろう。それ位の差があることは分かっている。
 それでも、木乃香の親友、それがダメならば仲の良い友人として譲る気は無い。
 例えば、木乃香がどれ程泣き叫んだとしても、徹底して木乃香の為にハルナやのどか、夕映や明日菜までも排除するならば――それは一つの在り方だろう。許す許さないは別としてだ。
 桜咲刹那が、そこまで徹底して行動出来ている訳でも無い。
 でもそれでいて、異常に警戒をして、こちらに敵意をむき出しにしている。
 彼女だけが、木乃香を大切に思っているようじゃないか、まるで。

 「クラスメイトに、刃を向ける?」

 そう言っても、もはや聞き入れてはもらえないようで。

 「私が傷つくと、たぶん木乃香も悲しむよ?」

 態度はいつも通りに。言葉は軽く。ただし精神だけは張り詰めて。

 「ねえ刹那さん訊くけどさ……仮に私達クラスメイト全員と木乃香のどちらかがしか助けられなくなった時――どっちを選ぶのかな?」

 返事は無い。
 普通の人ならとっくに腰を抜かして、気絶している。
 言っていることに、自分で認めたくないからこそ、黙っているのだろうが。
 それでも。こちらとしても譲れない物の為なら、引いてはいけない場所があることくらいわかる。
 伊達に社会の荒波を経験している訳ではないのだから。

 「それでさ、刹那さん」

 煙草があったら加えているだろう空気で、ハルナは最後の一言を言った。

 「あなた、ホントに木乃香のこと好きなわけ?」

 「!」

 それが、おそらく止めの一言だった。
 銀光が迫り――

 (ああ、こりゃちょっとまずいかな)

 のどかや夕映が悲しむなあ、と思いつつも、これを避けられるほど彼女の身体能力は高くない。
 そして――その一閃は、割り込んだ人物を切り裂いた。



     ○



 私は、かつてお嬢様を守れなかった。
 守れなかった自分には、お嬢様のそばにいる資格は無い。
 お嬢様を守れれば、それで良い。
 笑っていてくれるならば、それで良い。
 お嬢様が皆さんと図書館島に向かい、宮崎さんが途中でいなくなった後――私の存在に、早乙女さんは気付いていた。
 彼女は普通の女子だと言ったが、普通の女子は私には気付かない。
 もしかしたらの、可能性。
 お嬢様の敵は、すぐ傍にいたかもしれないということ。
 それを知った時には、すでに私の体は動いていた。
 意識を集中し、一挙一動を見る。

 「何で私を放って置いて、図書館島に行かないの?」

 そんな風に、言われた。
 その一言は、私の心に直撃する。
 ……行きたくないわけが無い。
 だが、行く事が出来ないのだ。
 頭が、沸騰する。
 理性は極限まで研ぎ澄まし。
 感情を殺し。
 もはや、何も聞こえない。
 気を入れた一撃。周囲に被害を出すだろうが、そんな事よりも――
 夕凪を振るい。
 それが彼女に直撃する瞬間に――
 身を呈した乱入者に阻まれた。



     ○



 音が、戻って来ていた。

 「茶々丸、さん?」

 ハルナが呆然としたように言う。
 庇われたこともそうだが、彼女が何故ここにいるのかの方が、疑問だった。
 奇妙だった。奇妙すぎる光景だった。
 確かに空繰茶々丸は人間では無い。だから、刹那の一撃で腹を半分切られようとも、死にはしない。しないが。
 もう一度言おう。
 彼女は、人間では無いのだ。
 桜咲刹那と、同じように。
 彼女は――空繰茶々丸は。葉加瀬聡美と超鈴音の技術力よって造られたガイノイドであり――そして『闇の福音』の従者であるとは聞いている。相当の実力であるとも、聞いている。
 ならば何故、これほど簡単に刃が通るのだ。
 そして何故。
 彼女は血を流しているのだ。

 「刹那様。ハルナ様に対しての――これ以上の『攻撃』はおやめ下さい。……周囲を、しばしご覧になられては」

 周囲。
 刹那の今の一撃で、膨大な被害が出ていた。
 切り刻まれた石壁。荒れた地面。折れ、千切れた植物たち。
 そして――生まれたばかりの、怯える子猫。野良猫もいるのだろう。何匹かが地面に転がっている。

 「私が――毎日、餌の面倒を見ている猫たちです。彼らに被害が出ると判断しました」

 刹那は――息を、荒げたまま見回す。
 まただ。
 また、やってしまった。
 これは。
 この光景は。
 かつてと同じ。何かがフラッシュバックする。この光景。荒廃した周囲。怯える瞳。叫び声。泣き声。憎む声。恨む声。燃える村。転がる死体。そして、その中心にいる自分。
 この惨状は、自分がやった事だ。
 『自分が』
 『この手で』

 「ぁ、ぁぁぁああ」

 認識し。

 「失礼いたします」

 ドスリ、と。叫ぶよりも早く、茶々丸が鳩尾への一撃で気絶させる。
 刹那の手から夕凪が離れる。地面に落ちた彼女の上に、茶々丸は引き抜いた夕凪を置き――それで、どうにかこの場は納まったのだった。



     ○



 ハルナが連絡を入れた所、地下での騒動はなんとか納まったようで、司書の読子とかいう人の案内で『魔法の本』を取りに行くことにしたようだ。
 何があったのかは全然分からないけれど、どうやら夕映とのどかの事情は、双方の話し合いの末に落ち付いたらしい。良かった良かった。

 「うーんとさ、茶々丸さん」

 「はい」

 子猫達が傷ついていないことを確認しながら、彼女は返事をする。
 この惨状は誤魔化せないだろうが――まあ、何とかしてくれるだろう。先生とかが。

 「さっぱり状況がつかめないんだよね……たぶん皆が戻って来るまで、もう少し時間があるんだよ。三時間とか、それくらいね――事情は、聞かない方が良いのかな?」

 「いえ。……そうですね。どういたしましょう、姉さん」

 茶々丸は、自分の上空へと声を掛ける。

 「良いそうよ?」

 上空から、そんな声が聞こえた。
 夜闇に紛れて良くは見えないが、少女――だろうか。
 ゆっくりと降りてきた彼女は、茶々丸の上で止まり、

 「サトミの許可も、エヴァンジェリンの許可も下りたわ。まあ、あまり彼女は隠匿する気が無いし――この状況では隠しても意味が無いようね」

 黒い服。銀色の髪。そして――黒い翼。
 茶々丸の半分ほどしかない、少女。

 「……そうですか。――では、ハルナ様。簡潔ではありますが、お聴きください」



    ○



 以下、早乙女ハルナが、茶々丸の話をまとめた所によると。
 まず、この世界には魔法使いと呼ばれる存在がいて、彼らは勿論魔法が使える。ところが勿論一人前になるには試験があって、『日本で先生をする』というのがネギ君の試験だった。そこで、彼はこの麻帆良の地へとやって来た。
 ネギ君をよく知る学園長が、精神的な成長を促すため、図書館島にある『魔法の本』をダシに馬鹿レンジャーとネギ君を集めて勉強をさせるつもりだった。
 ところが途中で予期せぬ出来事が起き、ネギ君達に危険が無いように見ていた学園長が一番迅速に動けるエヴァちゃん達に頼み、そのお蔭で魔法を使わずに地下でのトラブルはなんとか回避した。怪我人もいない。こちらでの解決はぎりぎりだった。すまなかった。
 木乃香も実は魔法使いの才能があるが、まだそれを知らない。そのために、こっそりと護衛についているのが刹那だが、少々暴走気味の所がある。地下での出来事もあって早合点した刹那に、ハルナは巻き込まれた。(これは煽ったハルナにも多少の責任はある)
 茶々丸がここにいるのは、メンテナンスの帰りであり、偶然ハルナや毎日餌をあげる猫に危険が迫ったことを知ったから。ちなみに上で(なんと空の上を跳びながら)様子をうかがっているエヴァちゃんとクラインさん、ルルーシュ先生が出迎えらしいく、茶々丸が間に合わなかったら、おそらくルルーシュ先生かクラインさんが間に入っていた。
 学園長、エヴァちゃん、クラインさん、ルルーシュ先生、刹那さん、茶々丸以外にも関係者はいるが、探さないように。不可抗力は許す。
 地下組はネギ先生と明日菜(彼女は事故で知ったらしい)以外魔法使いを知らないが、ネギ君の成長を促すためにも名乗り出ることもダメ。このことを他人に話すのもダメ。言ったらこの場も含めた記憶を消される。この場の惨状はなんとか片付ける。今後も素知らぬ顔でクラスの皆と生活してくれるとありがたい――

 「学園長及び葉加瀬、マスター、ルルーシュさんの意見を総合すると、そんな感じです」

 「うん。まあ、それは解ったんだけれど」

 現実味が無いが、意外とすんなり受け入れたハルナだった。
 陰陽師とか幽霊とか、なんか知り合いにいたし。魔法使いは、いても不思議ではない。

 「茶々丸さん、怪我は大丈夫?」

 刹那の一撃で体が半分ほどちぎれていたはずだが。

 「はい。私は人間ではありません。いえ、無い筈なのですが――」

 そう言って体を見ると、血は止まっているし傷口からは木の破片やコード、歯車が覗いている。どうやらゆっくりと回復しているようでもある。
 ロボットと言うよりも、科学で作った精巧な人形の印象がある。

 「茶々丸は、人間に近くなってるからねえ……私達と同じで」

 そう言ったのは、茶々丸に姉さんと呼ばれていた黒いドレスと羽の少女だった。

 「私の名前は――水銀燈。よろしくねえ」



     ○



 「およそ人間の身におきまして」

 茶々丸さんは、そう言って話し始めた。

 「――マスターでもたどり着けなかった境地に、一人の魔法使いが到達いたしました。人形の製作という面において並ぶ者は無く、未来においてもどれほどの人物が肩を並べるだろうかと語られた、世界最高の人形技師。その人物を――カリオストロ・サンジェルマン。別名を、人形師ローゼンといいます」

 ……歴史のどこかで、聞いたことのあるような名前だった。
 薔薇十字騎士団、だったか。

 「その人形の出来の良さたるや――マスターの盟友であらせられます、イリヤスフィール様やリン様も驚くほどの物であり、詳しくは知りませんが――アオザキと同じレベルだ……とのことです」

 「へー、それで、なんでその凄い人形が話して動いているの?」

 「人形師ローゼンが生み出した最高傑作。それがローゼンメイデンと言い、人間に近い人形です。――アリスゲーム、という戦いがあるそうでして。未完成の人形七体の内、勝ち残った一体が完全な人形、さらには人間になれる……という」

 つまりはサバイバルバトルか、とハルナは納得する。
 そんな事をする真意が、いまいち良く判らないけれど。

 「ところが……葉加瀬は、その人形を七体、全て入手してしまいました。現在、アリスゲームは行われておりません。本来ならば、一体の人形と契約するのにもかなりの負担があるそうなのですが――科学の為ならば、悪魔だろうがなんだろうが魂を売るのが、葉加瀬のポリシーです。彼女は、七体全部と契約しました。なお、何故七体も一度に同じ場所に現れたのかは全くの不明です。ひょっとしたら時空でも歪んだのかもしれません、とのことですが」

 「私達もねえ」

 黒翼の少女が言う。

 「こんな事は、初めてだったのよ。一度に七体、全員が同一の契約者なんてねえ。まあなんでも、お父様曰く――『弟子のジュンもいるし、お前達の活躍を見ることにしよう』とか言ってねえ、なんでもゲームと同じくらい面白そうな、世界なんですって?」

 ……まあ、それほど詳しいわけではないけれど。

 「葉加瀬は、手に入れたその人形たち――カリオストロ・サンジェルマンの技術を科学と、自分の知能によって解析し……超鈴音の保有する技術、そしてマスターの人形技術を総合し、私を生み出しました」

 サラリ、と言っているが、たぶんこれは凄い事なんだろうと推測する。

 「人形師ローゼンの作品ほど人形としては完成されておりませんが、しかし科学技術と組み合わされておりまして――血が出るのも、そう言う理由です」

 ――漫画の世界では割と簡単に行われるが。
 人間の持つ性能全てを造り出すのは、実は非常に難しい。高々原価で一万円と少し。それだけの材料で出来ている人間だが、そのバランスは奇跡的な物。
 全てを人形として作る、あるいは全てを機械として作る、それならばまだしも。
 機械と人形のハイブリッドは――他に仲間もいないのではないだろうか。

 「今の私は人形にして、人にも近い状態です。食事も睡眠も可能です。同時に――体中に武装が入っています。良いとこ取り……と、葉加瀬は言っていましたが」

 そこで少し、彼女は悲しそうな顔をした。

 「完璧な人形でも無く、完璧な機械でも無い。まして、人間である要素は欠片も存在しません。私が人間では無いというのは――そういう意味でございます」

 「私達の事を姉って呼ぶのもそれが理由ねえ。確かに――お父様とエヴァンジェリンは古い友人らしいし……まあ、認めて上げているわ」

 何と言うか。
 人形にも人形なりの苦労はあるんだなと思ったハルナだった。




 さて。
 茶々丸がハルナに事情を説明している頃。
 徒歩で帰宅途中の集団がある。

 「エヴァンジェリン。茶々丸には――まだ、秘密があるだろう」

 「――何故そう思う」

 「ああ。彼女が、人形で――そして、人に非常によく似ている事は解った。近すぎるが故に――血を流し、食事が出来ることもわかった。だが」

 ルルーシュは言う。

 「それが、彼女の肉体が再生した理由には……ならないだろう」

 「やはりお前は賢い――C.C.が気に入るのも理解できる気がする」

 「やらんぞ?」

 「ああ。私の当面の標的はあのボーヤだよ。そしてそこに――さっき桜咲が入った。……それで、ルルーシュ――彼女は、何なんだと思う?」

 「それは、まだわからん。だが……空繰の中にあるジレンマはこう言うことだろう。『自分は人形なのか機械なのか、人間なのかがわからない』と。推論でしかないが――人間だからこそ得られた、あの再生能力を……彼女は、人間では無いのに、手に入れてしまったということか?」

 「……そんなようなものだよ。まあ、切り札と言った所だ」

 「ところで、エヴァンジェリン――」

 「なんだC.C.」

 「怒っているだろう?」

 「ああ。物凄くな」

 「茶々丸の敵か」

 「そうだな」

 「頼みがあるんだが」

 「ああ」


 「大停電の日。桜咲は――私に、相手をさせて欲しい」

 灰色の魔女は言った。




 やれやれ、本当に大変な目にあった。
 助かったのは時々ご飯をくれる、あの人のおかげだ。
 僕は野良猫では無い。きちんとした飼い猫だ。
 家に付き、ご主人に挨拶をする。
 もちろん、尾を元に戻すのも忘れない。
 長い尾は、二つ。これでも僕は、実は意外と長生きだ。
 そして、今日の状況を報告する。
 あの刀の人や、親切な人のこと。

 「大変だったね」

 ご主人は、頭を撫でてくれる。
 そうして、僕の名前を呼ぶのである。

 「ご苦労さま。ビッケ」

 

 かくして。
 図書館島外部の動乱はなんとか納まり。
 物語は内部、そして地下へと続く。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・③
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/18 00:43

 [記述者 春日美空


 明日菜は図書館島でいないしさ、仕方無いから順番飛ばすよ?
 この日誌もずいぶん面白いよね。一番最初に委員長から提案された時は結構困ったけれども、でも気兼ねなく色々書けるのはありがたいよ。
 魔法使いってのは意外と卑怯だと思っている。例えば、魔力を使いながら習得した知識や技能、筋肉なんかは決して落ちないしね。
 まあ、私は魔法なんか基本的な物だけだし、戦闘魔法は使えないも同じ、落ちこぼれみたいな物。
 テストも体力も全部自前なんだけれど、なんかズルしてるような気分になるしなあ。
 だから魔法は余り好きじゃ無いんだけれど。


 最近は世界情勢も物騒だし、とりあえずお世話になったシスターとかに連絡したかったりするんだけど。
 でも、居場所が全然掴めない。
 あの人今どこにいるんだろう。
 飛行船に乗って何所かを飛んでるんだろうなあ]



 ネギま 《教育実習編》その三・③



 「ああ、本当に……久しぶりです」

 ゆっくりと、そう呟く。
 今の自分は綾瀬夕映ではない。
 零崎一族の末娘、零崎綾織だ。

 「……困りましたね」

 目の前、真剣な表情になった読子さんがいる。

 「夕映殿……」

 楓さんが心配そうな顔でこちらを見ている。

 「大丈夫です。ちょっと――目の前の人を、何とかするだけですから」

 そう、何とかするだけだ。
 退かすだけ。
 私の親友を――傷つけたこの人を。

 「下がっていてくれますね?」

 明日菜さんや、木乃香さんや、まき絵さんや、古菲さんや、ネギ先生を、仕事とはいえ捕らえようとして。
 そして、のどかを傷つけた。
 皆がいるから、殺しはしない。
 でも、殺す覚悟で傷つける。
 制服の胸、内側のポケットに入っている本を取り出す。
 いや……本では無い。紙で出来ている訳では無いからだ。紙ほどに薄く、そして本のように厚く重ねられたそれは――鉄の板。
 表紙を掴み、折りたたまれたそれを、引き延ばす。
 外見とするならば、それは――カッターナイフの刃。
 鋏使いの兄曰く、『ゼルエルの腕みたいな物』らしいが、良く意味がわからない。
 伸ばせば刃、縮めれば鉄の板。
 人生の友人を分別する、彼女の想いのカッターナイフ。
 《収集選択》――と、誰かは呼んでいたか。
 殺しはしないが、でも。
 決まり文句は、言わせて貰おう。

 「殺して解して並べて揃えて晒して差し上げます」



     ○



 図書館島を、地下へと急ぐ物体がある。
 その数は二つ。
 大きな、まるでトランクのような物に乗り、その上には小柄と言うには小さすぎる影。
 二つの影は、前を走る薄い青色と緑色の光に案内され、地下へと向かって行く。

 「行くですよ、蒼星石」

 「そうだね、急ごう翠星石」

 ――人形たちは飛翔する。



     ○



 読子・リードマンは、大英博物館図書館部所属の秘密工作員である。
 一応《紙使い》という称号――まあ、これは本人の性質のことを示しているのだが――を貰っており、ザ・ペーパーと言えばそこそこ有名だ。
 彼女自身、基礎的なサバイバル知識や技能、銃器の扱いや多少の体術などは取得しているものの、肉体的な実力ははっきり言うと低い。総合して高めに見積もっても、普通の成人男性より少し上くらいが精々だ。
 だがここは図書館であり《紙使い》の彼女の性質を持ってすれば、この場に収められた全ての本が彼女の味方であり、全ての紙が彼女の道具であり、武器であり、兵隊である。
 侵入者の知覚とて、そもそも紙が反応してくれる。疲れを知らない完璧な兵隊を置くことは、監視カメラなどよりも、古典的すぎて逆に有効だった。
 今回もそう。どうやら学園長の計画らしく、知人である宮崎のどかが一緒に行動しているならば、話の内容次第では『魔法の本』の安置室まで案内しても良いという事になっていたのだが、その彼女はいなかった。
 仕方無く捕まえようとしたら、かなり奥まで逃げられた。
 その上、一番空気が張り詰めた所で宮崎のどかがやってきてしまい、おかげで本棚は倒壊し、のどかの友人であるらしい少女は殺気を向けて対峙中。
 何故麻帆良にいるのか、少し悲しくなって来る読子だった。

 (ジョーカーさんも、あれで中々執念深いですからね……)

 せっかく読子が苦労して、中国の本の収集組織『読仙社』との対立を収めたというのに。麻帆良に貴重な本があるのは十分に、十二分に理解しているが、無用なトラブルまで引っ張って来ないでほしい物だ。
 大英博物館がいくら強い権力を持っているとはいえ、その基盤は精々イギリス国家。
 『魔法世界』という丸々一つの世界基盤を持つ魔法使いや、信者を持つ宗教組織を相手では人材も保有権力も施設も違う。世界中に支部を持つU-CATでもそれは同様だ。
 どうやら、UCATとは抗争の兆しがあるらしいし。
 それでも上からの命令に従わなければならない自分の立場に、辟易する読子だった。

 「――!」

 少女が、向かって来る。
 肉体も未成熟、特別鍛えられている訳ではないが――

 「行きなさい!」

 コートの中、四角く切り揃えられた紙片を飛ばす。それはまるで放たれた猟犬のように少女に殺到し、

 ――パァンッ!

 音と共に、それらが弾き飛ばされ。
 一瞬後、身を屈めた読子の上を、鉄の板が横切って行く。殺す気満々だ。
 弾き飛ばされた紙は再び少女に向い、それに対して長く振りぬかれる、帯のようなカッターナイフは、紙を纏め上げていく。
 少女は――紙を切ってはいない。
 小さくなればその分だけ様々な用途に使える特性を見抜いたのか、紙を弾く際は面で打ち、なるべく大きなままでしのいでいる。
 読子は紙を追加する。
 今度は、ある程度折った物。紙で作った手裏剣である。
 弧を描きながら飛来するそれに、少女は動き、合わせ、受け流すことで回避する。
 その眼は苛烈。殺気を通り越した、透明な瞳。
 何も無いとしか言え無い――
 唐突に、読子は理解する。
 技術も荒い。決して洗練されてはいない。
 彼女の動きはおそらく。
 勘と本能で――私を殺すという本能だけで、活動している。
 紙の軍勢が殺到する。
 上から、下から、横から、背後から、四変の紙片と十字とが舞い、飛び、弾かれ、戻り、踊り、鈍色の刃が縦横無尽に走り、それらを受け止め受け流し切り飛ばし切り払い、そうして出来た間隙に身を滑り込ませて前進し、再び刃と紙との乱舞が始まりそれが繰り返され――。
 じりじりと、しかし確実に前進する少女に、おそらく本能的に、読子は恐怖を覚えた。
 学園長に、学生は決して殺さぬように厳命されている。

 (……ここは、図書館ですよ)

 図書館で《紙使い》が負けるなど、冗談以外の何物でも無い。

 「――ッ!」

 合図と共に、上空から本が落下する。質量、重量、ともに辞典並のその洋書は頭部に直撃すれば脳震盪を起こすだろうが――
 少女は、危険を察知したのか避ける。

 (その瞬間ならば……)

 軍勢が、一瞬にして巨大な紙と成り、少女を包みこむ――。



     ○


 「う」

 少女はゆっくりと身を起こす。
 本の雪崩に巻き込まれ、その上から巨大な本棚が落ちてきた。
 だが、しかし。
 本が、彼女の周囲には散らばっているものの一つも直撃しておらず。
 彼女の周りに積み重なった本は、まるで本棚を支えるようにして置かれており。
 詰まる所――何も彼女に被害は無かった。
 どうやら、外が騒がしい。

 「出ないと」



     ○



 足も、腕も、限界を超えてている。
 筋肉は熱く、骨は軋み、肉体は酸素を求めて悲鳴を上げている。
 当たり前だ。自分は、普通の――少し特殊なだけの、女子中学生なのだだら。
 殺到する紙片は、視認していたのでは遅い。
 『なんとなく』の感覚で腕を振るい、『なんとなく』の感覚で体を回し、ただ本能に任せることにする。
 限界はもうとうに超えた。それなのに、なぜ自分は動いているのだろう。
 自分の根幹はどこにある?
 自分のこの衝動は、何を拠り所にしているのだ?
 彼女には、それは分からない。
 そんな物は、おそらく存在しないのだ。
 何も無く。
 いるから、殺す。
 あるから殺す。
 それが、零崎。
 何も無い零が。なお殺し、分け、裂く。
 零崎は、そういう生き物だ。
 一瞬――嫌な予感がして、飛びのく。
 自分の頭に本が当たることを予想して、宙を飛ぶ間に――軍勢は、一瞬にして巨大な紙となる。
 それは、そのまま彼女を包みこもうとして。
 《収集選択》を足場の本棚に突き刺しその上に飛び乗り勢いが強いために自分自身の足裏が切られるがお構いなしに跳躍し横にあった本棚を蹴り飛ばして読子に向い指で両目を抉り取ろうとして――


 「もう、大丈夫だよ。ゆえゆえ」

 ふわり、と籠に包まれた。



     ○



 ――なんとか、なったでござるな。
 殺気があっという間に消えていく中、這い出してきたのどかに素早く現状を説明した楓は周囲を確認する。
 まき絵殿は――既に気絶している。
 古は――気を張り詰め過ぎて、解かれた反動でへたり込んでいる。
 明日菜殿とネギ坊主は――ああ、これはわかる。怯えているでござるな。
 木乃香殿は――。

 「……やはり、とんでもないでござるな」

 いつもと変化することは無く、微笑んでいる。
 果たして、彼女が何を思っているのか――それが未だに全て掴みきれない楓であったが、ともかく死者も無し。夕映殿が足の裏を切った位で、他に怪我人もいない。
 安心する。

 「すまんが木乃香殿。地上に連絡を」

 「うん。そやね」

 彼女は、何も口調が変わらずにそう返事をして、トランシーバーを取り出した。

 「あーあー、こちら木乃香や。ハルナ、そっちはどんな感じや?」

 『えーえー、こちらハルナ。ちょっとトラブルがあったけれど実況に問題は無しだよ?』

 「そうか。それなら安心や。もう一回連絡するからな、その時にお願いや」

 そんな会話を聞きながら、今度は夕映とのどかに視線を向ける。
 どうやら二人は紙で出来た籠の中で会話をしているらしく、何を話しているかまでは分からないが――おそらく、大丈夫だろう。
 読子殿は――くたびれた顔で、それでもしぶしぶといった笑みを浮かべていた。
 そんな楓が、気配を感じ取る。
 二つ。決して大きくは無いが、しかし人ではありえない気配。

 (茶々丸殿に……似ているでござるな)

 倉闇の中、視線を向けるとなにやらぼんやりと光る球体と、

 「あ、しまった。見つかった」

 「はやく隠れるですう」

 そんな会話。

 (……ふむ、仕方無いでござるな)

 楓は、

 「古」

 「う――っん」

 軽い手刀で気絶させると、そのまま縮地でネギの背後に回り、こちらも気絶させる。
 明日菜を起こしておくのは、ネギのフォローを任せるためだ。

 「さて、これで良いでござろう?」

 上の方に向かって、声を掛ける。

 「降りて来ても大丈夫でござるよ」

 しばしの沈黙。

 「……どうする?翠星石」

 「ここは、行くですよ蒼星石」

 そんな会話が繰り返されていたのを、楓の耳は聞いていたのだが。
 そうして数分後、しぶしぶと降りて来たのは――双子のアンティークドールだった。



     ○



 私の思っていた日常と言うのは、案外と脆い物だというのを実感した。
 確かに、ネギが魔法使いだというのには驚いたし、それに多少の興味があったことも事実だ。認めよう。
 でも、例えばクラスメイトが本気で人を殺そうとする光景と言うのは、そんなものよりももっとショックだった。
 まきちゃんは気絶しちゃったし、くーちゃんもへばっている。そんな中で平然としていられる辺り、実は木乃香や楓さんも一般人では無かったのかもしれない。
 ふっと視界から楓さんが消え、気が付いたらくーちゃんとネギを気絶させていた。
 楓さんはそのまま上を見て、誰かに呼びかけている。しばらく後に出て来たのは、双子の可愛い人形だった。

 「こんにちはです。翠星石です」

 「こんにちは。僕は蒼星石です」

 ペコリ、と頭を下げる彼女(翠星石は、女の子だった)達は、なんでも夕映ちゃんが暴れ出したのを感じ取って上から派遣されたそうだ。
 一体何が出来るのかと思ったら、翠星石ちゃんは如雨露を、蒼星石ちゃんは鋏を取り出した。

 「私達は、心の木を育てることが出来るです」

 「翠星石の如雨露は記憶を縛り、僕の鋏は記憶を放つんだ」

 つまりどういうことなのかと言うと。

 「つまり僕は――」

 蒼星石ちゃんは、気絶しているネギへ鋏を向ける。
 チョキン、と音がした。
 その後は、まきちゃんとくーちゃんにも同じことをする。

 「これで、さっき見た光景は忘れてしまった。効果は一時的な物だけどね。目を覚ませば、あの中にいる彼女が暴れていたことは、すっかり消えていると思うよ」

 ――便利な能力だ。

 感心した明日菜である。

 「私の力は」

 明日菜が視線を向けると、何やら落ち付いた夕映ちゃんと、本屋ちゃんがいる。でも、その笑顔の中に、私はまだ寒い物を感じた。

 「この如雨露で水を与えて……大事な記憶を呼び起こすです」

 翠星石ちゃんは夕映ちゃんと一言二言の会話の後、水を与える。勿論本当に与えている訳では無いんだけれど、心の中が見えたらきっとそんな感じなんだろう。

 「まったく。これで昔に架けられた制約も、もう一度かかったはずです」

 見ると、夕映ちゃんは確かに元に戻っていた。
 雰囲気と言うか、空気と言うか、とにかくそういうものが戻っていることがわかる。
 結局、どうしてこうなったのかは理解できなかったのだけれど、この混乱が収まったことは理解して。

 「……は、はは」

 私は腰を抜かしてしまった。


 要するに、ネギ以外にも魔法の事を知っている人間はいたということらしい。
 木乃香には『魔法のことだけは』言ってはいけないらしいけれども(彼女は再びトランシーバーでハルナと連絡中だ。図太い以上の何かがあるような気がする)、私達の事情を知った学園長が混乱を収めるためにあの子たちを派遣したとのことだ。
 そのためか、最新式の科学で造られた人形だと紹介していた。なんか二人とも不満そうな顔をしていたのは……たぶん、自尊心を傷つけられたからだろう。
 夕映ちゃんは……あれは、病気みたいな物らしく、親しい友人が危険になると発動してしまうそうだ。
 のどかちゃんや楓さんも『魔法使い』ではないけれども(木乃香がいたためだろう、魔法とかいう単語は出てこなかったが)要するに少々特殊な才能を持っていて、のどかちゃんが無事だったのもそれが理由らしい。
 勿論、基本的に学園長が危険が無いと理解した上でらしいんだけれど、今回は些細な行き違いから事故に発展してしまった、とのことだった。
 まあ、何にせよ皆怪我が無くて良かった。ネギとまきちゃん、くーちゃんは気絶しているけど、楓さんによればすぐに目を覚ますという。
 ――そう思っていたら、すっかり鳴海先生を忘れていた。
 どこに行ったのかと思って周囲を見回すと、本の山の中から一本腕が突き出ている。
 そのあと私達は、本と紙の山に埋もれて窒息寸前だった鳴海先生を引っ張り出し――そこで本来の目的の『魔法の本』へ向かうこととなる。
 なお、実は『魔法の本』というのは真っ赤な嘘で、図書館島の先に進むと基礎問題から応用問題まできっちりじっくり相手をしなければならないと聞いたのは、すでにネギ達が目を覚まし、こちらが口裏を合わせている事を知らないために、先に進むことを決めてしまった後だった。
 ――自業自得なんだろう、たぶん。



     ○



 なんだか、良く覚えていないけれども、夢を見ていたような気がする。
 休憩が終わった後に司書の読子さんに出会って、そして追いかけられて追い詰められた所までははっきりしているんだけれども、その後が妙に曖昧だった。
 明日菜さんの話によると、読子さんは僕達を捕まえたんだそうだ。ところがその時、落ちて来た本で僕とまき絵さん、クーフェイさんが頭を撃って気絶。困っていたところに読子さんの知り合いだったのどかさんがやって来て、なんとか説得してくれたらしい。
 そうして、眼が覚めた僕達を『魔法の本』の安置室まで案内してくれるとのことだ。
 なんだか夕映さんとのどかさんが仲良くなっていたり、明日菜さんが溜息を吐いていたりしたけれど、一体何があったのだろう。あんなに僕の為に一生懸命に本を目指していてくれていたのに。
 ちなみに歩先生は、読子さんから本を手渡され、謝った後で上に戻って行った。上で連絡をしてくれているハルナさんに、トランシーバーもそろそろ通じにくくなるし読子さんもいる。もう帰って休むように伝えてくれるそうだ。
 読子さんはこの図書館を熟知しているらしく、トラップを完璧に排除して進んでいく。仕掛けた人は別にいるらしいけれども、その人から詳細な場所を聞いているらしい。
 そうやってしばらく歩いた後、僕達はいきなり大きな扉にたどり着いた。
 扉を開けた先は、広い部屋だった。
 まき絵さんやクーフェイさんが歓声を上げる。
 僕は、最奥部に置かれたその『魔法の本』を目にして、固まっていた。
 メルキセデクの書。
 ウガルタの聖書『創世記』で始祖アブラハムにカバラ(錬金術に近い物だ)の秘密を授けた人物の書いた魔本。こんなアジアの小国に置かれているなんて。
 僕も、まき絵さんもクーフェイさんも走る。慌てて明日菜さんや、長瀬さんや夕映さんが追いかけてくる。

 「こんな所にはトラップがあるに決まっているでしょう!」

 「そうやで!危険やて!」

 「危険です!」

 なんかそう叫んだ明日菜さんは深刻そうな顔をしていた。
 本の手前、台座に乗った僕はそこで振り向いて、読子さんがのどかさんの肩を掴んで押しとどめているのが見え。

 『全くじゃな』

 そんな声を聞いた。
 ゆっくりと上を向くと壁際の石像が身を起こしている。
 台座の上には僕とクーフェイさんとまき絵さん。それに追いかけて来た夕映さん、長瀬さん、明日菜さんに木乃香さん。
 固まる僕達の前で石像はゆっくりとその大槌を振り上げ――台座を叩き壊す。


 「ネギの馬鹿~!」
 
 明日菜さんのそんな泣き声を聞きながら、僕達七人は地下に落っこちて行った。




 かくして。
 舞台はようやっと麻帆良大図書館の地下へと移る。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 元ネタ辞典(組織・及び生徒)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:04
 
 ご要望がありましたので、現時点で出てきており、なおかつ判明している組織・生徒・教師におきましては整理してみました。
 重要人物・脇役については、もうしばらくお待ちください。
 物語の登場の順番です。あいうえお順では無いのでご注意ください。
 抜けている組織や人物がいたら、ご連絡ください。




 ここから先はネタばれを非常に多く含みます。
 自己責任でお願いします。






 ●組織

 大英博物館図書館部

 『R・O・D』より登場。
 詰まるところの大英図書館。この話においては、知識の収集を理念としており、複数の組織間で中立を取ったりしてかなり動いている。
 現在は、麻帆良学園の図書館島の管理組織でもある。
 図書館島における対立で、どうやらかつて《赤き翼》メンバーに敗北しており、その為に麻帆良で現状を受け入れざるを得なくなっているらしい。
 世界神話の基でもあるUCATとは、各ギアを巡ってなんだか対立気味のようだ。
 Mrジョーカー、読子・リードマンが所属。


 UCAT

 『終わりのクロニクル』より登場。
 表向きはIAIという複合企業なのだが、その実態は世界の崩壊を防ぐための組織。この物語では1999年の12月24・25の大戦によってリヴァイアサン・ノアを倒し、世界の崩壊を救った。ほとんど表には出ていないけれども。
 各位世界の持つ特殊な効果を現実へ展開する《概念》の技術はほぼ独占している。そのためその技術は各組織の垂涎の的であり、色々と苦労が多いようだ。
 この話では基本的に麻帆良の協力組織なので、麻帆良を狙う組織を抑えるのは彼らと上条勢力が中心となる予定。
 なお、所属している人間は皆、揃いも揃って変態・変人のみ。まともな人間は――多分、新庄と命刻に原川くらい。
 佐山御言、新庄運切、戸田命刻、八号、ダン・原川、ヒオ・サンダ―ソン、大城一夫、出雲覚、飛場竜司が所属。


 魔殺商会

 『戦闘城塞マスラヲ』及び『お・り・が・み』に登場。
 物語には未だ出てきていないが、どうやら麻帆良における対魔、対妖、対魔法使いなどの各種装備を供給しているらしい。
 みーこ、リップルラップル、名護屋河鈴蘭、伊織貴瀬が所属。以前は川村ヒデオとウィル子も所属していた。


 宮内庁心霊班

 『レイセン』(『戦闘城塞マスラヲ』最後)に登場。
 ご存じの通り、天皇・皇室関係の事務仕事をする組織。心霊班はその雑務のオカルト現象の始末に追われている。
 この話ではヒデオはここに所属しており、日々しごかれる毎日を送っていたが、鳴海清隆の圧力により、麻帆良へと彼を派遣する。
 長谷部翔香、川村ヒデオ、闇理ノアレ、名護屋河睡蓮が所属。

 
 警視庁神霊班

 『戦闘城塞マスラヲ』(の最後に)登場。

 おそらく、警察内部でのオカルト関係の仕事を行う部署。
 原作でもまだ情報が全然出てきていないが、どうやら宮内庁心霊班とあまり仲が良く無いようである。
 この話では、鳴海清隆の圧力により、美奈子を麻帆良へと派遣した。
 北大路美奈子、岡丸が所属。


 アウルスシティ

 『消閑の挑戦者』より登場。
 南ヨーロッパのウォリスランド共和国の首都であり、果須田裕杜という天才によって設計された研究都市。通称を《混沌の町》。
 ヨーロッパにおけるER3みたいな物だが、基本的には生物学、人類学が中心。
 この話では、ここの一つに水城刃の研究施設があった。
 どうやら、朝倉和美はこの地に関係があるらしい。


 玖渚機関
 
 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 第三世界・《政治力》を統率する機関。
 その影響力はとんでもない。物語には未だきちんとは出て来ておらず、明確には書けないが、凄いということだけは確か。
 井伊入識の妻、玖渚友はここの直系。今の機関長はお兄さんの玖渚直。
 玖渚友、玖渚直が所属。


 《必要悪の教会(ネサセリウス)》

 『とある魔術の禁書目録』より登場。
 イギリスに本拠地を構える『魔法使いを裁く組織』であり、いわば警察で死刑執行官みたいな仕事をしている。
 イギリス正教の所属であるが、名目上は『魔法世界』の旧世界本拠地・ロンドンの『協会』の下に置かれているらしい。
 この物語ではイギリス王室とも関わりのあるナギ・スプリングフィールドを巡り、何やらネギを助ける方向に動いているようだ。
 ローラ・スチュアート、アレイスター・クロウリー、神裂火熾、《禁書目録》、ステイル・マグヌス、土御門元春が所属。


 上条勢力

 宗教戦争を終わらせた高校生《幻想殺し》率いる勢力。
 味方につければ心強いが、メンバーの男女比が異様に偏っていることと、数人を除いて全員がとある一人に惚れている点には注意が必要。
 ちょっとづつメンバーが出てきます。


 ER3

 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 別名を『大統合全一学研究所』といい、入る為にはドイツ語、ロシア語、中国語が必要な超最難関の研究機関で、アメリカ・ヒューストンに置かれている。
 井伊入識は中学校の時からここに入り、大学前までいたこともある。西東天の想影真心の研究施設、水城刃の研究施設もここにあった。
 春日井春日や西東天が今でも時々出入りしているらしい。


 零崎一族

 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 第四世界《暴力の世界》において、最も忌み嫌われる、理由も何も無くただ呼吸をするように人を殺す、流血でつながった殺人家族……だったのだが、井伊入識と西東天の戦いの前哨戦として想影真心にほぼ全滅させられた。
 現在の生き残りは四人。
 零崎人識、零崎舞織(本名無桐伊織)、零崎軋識(本名式岸軋騎)、零崎綾織(本名綾瀬夕映)が所属。


 殺し名

 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 第四世界《暴力の世界》において、その名を轟かす殺人家系七族。
 『匂宮』『闇口』『零崎』『石凪』『墓森』『薄野』『天吹』の七族で、士族まで入れると結構な歴史ある集団。
 肉体的な殺人集団で、はっきりしているのは誰も彼もまともな人間では無いということである。
 零崎一族、および闇口崩子、石凪萌太はここの所属。


 呪い名

 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 第四世界《暴力の世界》において、その名を轟かす殺人集団六家系。
 殺し名の対極とも言われており(零崎の対極は無し)精神を利用して殺す。


 十三階段

 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 西東天が物語の終わり、世界の終りを見るために構成した集団。
 井伊入識と西東天の戦いが終わった後、生き残ったのは十人。
 西東天、一里塚木の実、澪標姉妹、想影真心が所属。


 《ブラウ二ー》

 組織なのかはかなり微妙。
 麻帆良中央駅近辺のアクセサリーショップだが、その正体は鳴海清隆の用意した情報室であり、歩の住居であり、非合法の銃火器の販売店でもある。
 龍宮真名やガンドルフィーニが常連らしい。
 店長は、清隆の古い知人である結崎ひよの。


 『ブレードチルドレン』

 ある意味では組織だろう。これも。
 水城刃、という鳴海清隆が殺した人物の血を引く子供達の事。
 刃の才能を受け継ぎ、非常に優れた複数の才能を保有するが、一定の年齢に達した時にその才能を悪意へと向ける可能性があったために様々な思想の元に混乱が生じていた。
 この事件を解決したのが歩。
 物語の中では、竹内理緒、浅月香介、高町亮子、アイズ・ラザフォード、カノン・ヒルベルトがこれに当たるが、カノンはすでに死亡している。


 人形師ローゼン

 エヴァンジェリンの古い知人。何所かの空間にひきこもって人形制作を続けていいる世界最高の人形師。リンやイリヤ曰くアオザキレベル。
 七体の人形の行く末を、弟子の桜田ジュンと共に見守っているらしい。
 別名をカリオストロ・サンジェルマンとも。


 時空管理局

 『魔砲少女リリカルなのはStrikerS』に登場。
 異なる世界を管理する組織。又、消滅・放棄された各世界におけるオーバーテクノロジー《ロストロギア》の管理回収も行っている。
 この話においてはある意味非常に重要な役目だが、それが出るのは一体いつのことやら。
 高町なのは、高町ヴィヴィオ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン、ヴォルケンリッター、スバル・ナカジマ、ユーノ・スクライアなどが所属する。


 ひなた荘

 『ラブひな』に登場。
 ……組織か?別に説明の必要が無いと思うが、一応出しておく。
 浦島景太郎、浦島(成瀬川)なる、サラ・マクドゥガル、浦島ひなたが所属。


 天界

 ウィル子の今現在の本籍地。ノエシスプログラムと関係あり。
 神がいたり天使がいたりする場所で、《禁書目録》で言う天使とは存在が違う。
 こちらは、いわば生物としての真の支配者のようなものであるが、《禁書目録》では、ガイア理論に基づいた高次元の意思エネルギーのようなもの(だとこの話では設定しておく)。
 《禁書目録》世界での天使の概念は、実はブギーポップなどとも十分に関わりがある――と言う事。



 億千万の眷属

 魔神。魔の存在の中で、神話や伝説のレベルに当たる、最高位のもの。似たような意味として『常識の外側に住む者』(アウター)という言葉が存在する。
 赤き翼と互角に戦えるレベル。――いや、本当は彼らと戦える紅き翼が異常なだけなのだが。
 この物語の中においては、みーこ、マリーチ、リップルラップル、『億千万の闇』、伏犠、クトゥルー、《宙界の瞳》の『主』、ロキなど。
なお。
ネタばれとして言うならば。
 伏犠――青色(深い藍色)が中心の服。片目の下に隈。外見は若者。桃や酒を食べる。非常識。その昔は人間だったことも。(白いカバに乗っていたとか)。
 『宙界の瞳』を持っているのは、ガユスっぽい人間。具体的に言うならば、冷静で、突っ込み役で、相手の感情を読むのが得意で、頭は良くて、不機嫌そうな顔をした、眼鏡の人物。一発ですね。
 ロキは…知人に龍人の剣豪がいる。これだけです。
 
 


 赤き翼

 この物語における最強のチート集団。世界各組織、各国、世界において、名前を知らないのはたぶん『魔法世界』を知らない人だけというとんでもない集まり。
 メンバーは十二人。
 ナギ・スプリングフィールド、アルビレオ・イマ、ジャック・ラカン、近衛詠春、ゼクト、ガトウ・カグラ・ウェンデンバーグ、アルトリア・エミヤ・ペンドラゴン、リン・遠坂、間桐桜、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、タカミチ・T・高畑、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。



 未だはっきりと表に出てきていない組織。

 完全なる世界
 カンパニー
 八百万機関
 三千院財閥
 神殿協会
 ふぉーちゅん・てらあ
 螺旋なる蛇(オピオン)
 黒の教団
 裏新宿・無限城
 『協会』
 統和機構
 


 ●人物

 生徒編


 朝倉和美

 出席番号三番。
 言わずと知れたパパラッチ。この話においては情報収集能力や探査能力、さらには一時的な思考能力の上昇が出来るらしい。
 なにやら、ネギ・スプリングフィールドの正体を突き止めようと早くも動き始めている様子。


 綾瀬夕映

 出席番号四番。
 哲学娘。この物語においては『親友』『自責』『怪我』の三つの条件を満たすと枷が外れて零崎として覚醒する。
 武器は『収集選択』と言い、「ゼルエルの腕」みたいなカッターナイフ。


 神楽坂明日菜

 出席番号八番。
 メインヒロイン……なのだが、どうもネギの面倒見役になって来ている雰囲気がある。
 おそらく、この物語では常識人。
 エヴァが《赤き翼》にいる影響が、これから少しづつ出てくるかも。


 空繰茶々丸

 出席番号十番。
 葉加瀬の入手したローゼンメイデンの技術によってより人間に近くなっており、また超やエヴァの技術も組み込まれている。
 どうやら肉体の再生能力は別に原因があるらしく、自分が人形なのか機会なのか人間なのかで悩んでいる様子。
 エヴァ曰く、切り札の一つらしい。


 近衛木乃香

 出席番号十三番。
 あまり原作とは変化していない。
 異常に胆力が大きい原因は……さて、何なのだろう?
 理由があることは確かである。


 早乙女ハルナ

 出席番号十四番。
 『コミケでとある引きこもり系大財閥のお嬢様に知り合った』ために、日常ではあまり使わないスキルを身につけ、さらには社会の厳しさを知った様子。
 おかげで確かにノリは軽いものの、観察眼は確かで、気分を悪くするとかなり厳しいことを言うお姉さんになっている。
 刹那を煽って死にかけた時、茶々丸に助けられて、ネギの正体を知った。


 桜咲刹那

 出席番号十五番。
 この物語における最不幸キャラ。クロスした(悪)影響を最も受ける人物。
 原作も結構重そうな過去を持っているみたいだが、今回の物語ではそれに輪を掛けて不幸を背負っており、修学旅行までむしろ痛々しいかも。


 竹内理緒

 出席番号十八番。『スパイラル~推理の絆~』から登場。
 鳴海清隆のせいで中学校に入れられた、本当ならば大学生の娘。歩とは以前、命を掛けてゲームをしたことがある。
 『ブレードチルドレン』の内、最も重火器の扱いに慣れていて様々な異名を持つ。意外と狡猾で、本気になれば邪悪にもなる。
 バイト先(と言う事になっている)《ブラウニー》も、そこからとられたんだろう。


 葉加瀬聡美

 出席番号二十五番。
 時空が歪んだおかげで七体のローゼンメイデンを手に入れ、しかも契約をしたとんでもない人。命が良く無事だったなあ。
 おかげで、茶々丸の性能はよりアップし、それがいかなる影響を与えるのかは――いまだ不明。
 夕映が過去に「覚醒」したことを知っているらしい。


 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル

 出席番号二十七番。
 紅き翼の一員。有名だけど、むしろ悪名。
 ナギに登校地獄を掛けられてはいるものの、遠坂やイリヤ、さらには図書館で出会ったアルビレオ達の努力で、ある程度までは解放されているらしい。そのためか、教室内では研究の為の『何語かもよく分からない言語』の厚い洋書を読んでいるらしい。
 同郷のC.C.を気に入っており、またルルーシュとも(おそらくは悪の道を進んだものとして)仲が良い。
 完全に呪いから解放されようと、ヒデオに接触した。その狙いは不明である。


 サラ・マクドゥガル

 出席番号二十八番。『ラブひな』から登場。
 浦島ひなたと学園長の何らかの密約と、日向荘を巻き込んだ騒動が原因で、いまだ十二歳だが転校してきたらしい。
 瀬田とはるかは未だに世界中を回っていて、今は景太郎となるが保護者。
 ハイスペックではあるが一般人なので、むしろ作者としては他のメンバーがちょっと違っている分の穴を埋める日常キャラと言える。
 もちろん、見せ場は作ってあるけれども。


 宮崎のどか

 出席番号二十九番。
 前髪娘だが、この話ではネギへの好意を少し早くに持っている。
 自分の力を隠していたが、図書館島での、親友・夕映とネギのピンチ(?)に駆けつけ、その能力があらゆる紙に好かれる『紙使い』であると判明した。
 読子・リードマンとは知り合いらしい。


 闇口崩子

 出席番号三十一番。『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズに登場。
 外見は日本人形のような、かなりスタイルも良い女の子。井伊入識こと戯言使いの奴隷であり、全てを捧げた暗殺者。さすがに手は出されていない。
 今では実力は衰えてきているので暗殺しようとしても、だいぶ難しい様子。
 戯言使いはどうやら、彼女からクラスの情報を逐一手に入れているようでもある。
 

 クライン・ランぺルージ(C.C.)

 出席番号三十四番。『コードギアス』及び『ナイトメア・オブ・ナナリー』から登場。
 
 ギアスを司る不死の魔女。しかもルルーシュが起きるまで(起こすまで)二百年間ずっと待っていた少女。凄い。
 シャーリーには仲間意識らしきものを持っていたようである。
 どうやらエヴァンジェリンとは同郷だった様子で、過去に思いを馳せることもしばしば。
 ルルーシュの妻(対外的には許婚)であり、親しい人間にしかC.C.とは呼ばせないようだ。
 どうやら記憶が複数存在するらしく、自分からマークネモを産み出すことが可能。刹那には、なにやら苛立たしい感情を持っている。
 大停電の日は……はてさて、どうなることか。



 教師編


 ネギ・スプリングフィールド

 主人公。……なのだが、妙に影が薄い。なまじ生徒のスペックが異常に上がってしまっている分、これからも大変苦労する。
 この子は、当初は原作と全く変えない予定だったのだが、気が付いたら過去が変化してた。その方が物語的にインパクトが出て、結果的には良かったけれども……物語を描く人間としてはどうだろうと思う。


 ルルーシュ・ランぺルージ

 副担任兼数学教師。『コードギアス』及び『ナイトメア・オブ・ナナリー』より登場。
 その美貌、物腰、声、そして頭脳は相変わらずで、学園でもファンは非常に多い。この世界でもダークオーラは巧妙に隠したまま日常を送っている。
 空間からガウェインを出せるようで、またギアスも持っているが、果たしていつ、何処で、誰に使うかは不明。
 実は、この世界に来たのには密接な原因がある。
 集合無意識内での記憶は曖昧だが、どうやら不老不死の体質らしい。シャルルのコードでも受け継いだのだろうか?


 川村ヒデオ

 社会公民教師。『戦闘城塞マスラヲ』及び『レイセン』『お・り・が・み』より登場。
 当初はその眼光から、やくざだのマフィアだの殺し屋だの言われていたものの、極普通の青年であり、どうやら無口だが親切な人間であると今は生徒から思われているらしい。
 その頭脳は主に閃きと推理能力であり、相手の盲点を突く行動は相変わらず。英雄だとか勇者だとかには、結構鬱憤を出すこともある。(ネギとか)
 《億千万の闇》に気に入られたせいで、下手をすれば彼又は彼女を満足させない限り死ねないかもしれない、とか最近は思い始めた。その『闇』の影響で物語に絡んでいくこととなる。
 鳴海清隆やエヴァなど、実力者から目を付けられる体質は相変わらず。


 井伊入識(戯言使い)

 理科教師(物理・化学)。『戯言』シリーズより登場。
 「なるようにならない最悪」こと「無為式」を持つ存在で、西東天には宿敵とされ、鳴海清隆には物語を面白くさせるために期待される。
 現在は請負人をやっており、自分の対極たる零崎人識の頼みによりこの地で教師をすることに。友も一緒である。
 本名は不明だが、妹の苗字の「井伊」に、人識の鏡の反対側が気分と言う事で「入」識とした。


 鳴海歩

 音楽教師。『スパイラル~推理の絆~』より登場。
 体の治療の為に訪れ、そのまま麻帆良に滞在中。普通に運動が出来るくらいにまでは回復した。
 以外と面倒見が良いため、文句を言いつつもサポート役として事件に関わることとなる。
 おそらく、一番原作のネギと近い立場の人間であり、才色兼備ではあるが一般人。別名を巻き込まれ体質とも。


 浦島景太郎

 理科(生物・地学)教師…では無く講師。
 妻・なると共にサラの保護者として麻帆良に滞在中。先生の中ではおそらく最も事件に関わらない人物であるが、言わば彼の役目はネギの教師の見本のようなものである。サラと並んで、日常担当と言っても良い。
 

 北大路美奈子
 
 国語(古文)の教師。
 快活でかっこいい、警察庁に本籍を置くお姉さんだが、ヒデオと一緒に出て来たシーンだけ見ると、なんか一人でラブコメしている雰囲気がある。
 インテリジェンスな十手、岡丸に古文の授業をどうすればいいのか見てもらっている。生徒からの人気も高い。
 なお、清隆の妻、鳴海まどかとは何回か飲み交わした中らしい。
 

 近藤

 日本史担当。本名はここでは言えない。
 茶髪で、優しそうな顔の先生。まだ若いが奥さんもいる。そして座敷童に嫌な思い出がある……そう。知っている人は知っているだろう、あの人です。
 ヒントは一つ。「鈴」――彼の正体は修学旅行までお待ちください。

 



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・③(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:81ce07a8
Date: 2009/07/20 14:47
 

 夜。
 学園内に、一つの曲が流れている。
 深い、何所かその物悲しい音色の名は――。
 ニュルンベルグのマイスタージンガー。
 建物の上、屋根の上に立つ煙突のようなシルエットは――まるで曖昧で。
 不格好なくせに溶け込んでいて。
 まるで、今にも弾けて消えてしまいそうな。
 不気味な泡の、ようだった。


 「ネギ君と一緒に落ちたのは――明日菜、木乃香、のどか、夕映、楓、古菲。七人か……図書館島に、『僕』が行くわけにもいかないし――私が行くわけにもいかない……」

 影は、呟く。

 「君に自発的に協力してもらうのは非常にありがたいんだけれどね――でも、おかげでこうして余分なことにも協力することになる……そう、『僕』は世界の敵を相手にすれば良いんだけれど――そう言わないでほしいな。あの『酸素』曰く、ネギ君に縁が結ばれているんでしょ……まあ、そうだけれどもね。そろそろ頼んだ援軍も来る――ああ、前に言っていたあの人か……そう」

 つながらない、まるで一人二役の会話をしていた影は、しかしはっきりとそう言った。

 「「炎の魔女」」


 ネギま クロス31《教育実習編》その三・③(裏)



 ネギ・スプリングフィールド及び馬鹿レンジャーと近衛木乃香、合計で七名が図書館島で行方不明になった翌日。
 麻帆良中央病院の一室を、龍宮真名は尋ねていた。
 個室。部屋の中で点滴を打たれ、眠るその姿は。

 「愛しのお嬢様に見せないでよかったよな、刹那」

 桜咲刹那は――昏睡状態である。
 医者から聞いた話では、過去に受けた心理的外傷――詰まるところのトラウマのせいだろう、と言う事だそうだが。
 真名にしてみれば、他の原因がありそうだった。

 「立ち入った話をしてやるほど、慣れ合うつもりは無いんだが――お前が前衛だとやり易い。早く出てこい。それで、お前の話を聞かせろ。……近衛が返ってくるまでにきちんと起きろ。それで、あと――早乙女ハルナに、感謝しておけ。お前を運んだのは、彼女だ」

 一応の見舞い品をベッドの机に置き、それだけを言って龍宮は病室を出た。
 扉を閉める前に言う。

 「寝たふりなんか、してないないでな」

 パタン。
 それで、彼女は振り返らない。
 刹那に何があったのかは知らない。易々と聞いて人の心に足を踏み入れるほど、彼女は優しい人生を歩いてきたわけでは無いのだ。
 だが、それでも。
 一応、一緒にここを守っている戦友だ。
 病院を出る。

 「勝手にいなくなられても、寝覚めが悪い」

 そう呟き、自分も甘い部分があるな、と思いながら空を見る。
 良い天気だった。
 本当に。
 今もこの世界のどこかで、かつて自分が救おうとした人間のような存在が――死んでいるのかも入れないが。
 それでも、空を眺めるのも悪くは無い。
 足を引っ掛けて転ばないように、ゆっくりと歩いて寮に戻る。
 その途中。

 「なあ、すまないが」

 そう、声をかけられた。

 「場所が分からないんだが、聞いても良いか?」

 龍宮が振り向いた先にいるのは、女性だった。
 女性にしては珍しい、大型バイクに黒のライダースーツ。身長は高く、龍宮の目から見ても鍛え上げられた肉体で、おそらくは荒事慣れをしているだろう。

 「麻帆良の学園長は、この時間はどこにいる」

 龍宮が用心をしたとしても、それは無理も無かった。

 (……出来るな。相当に)

 負けるとは思わないが、勝てるとも思えない。

 「……たぶん、女子中学校エリアの、学園長室だな」

 「そうか。ありがとう」

 そう言って颯爽と身をひるがえし、再びバイクに乗って去っていく。
 まるで、それは。

 (……炎、見たいだな)

 そう思った。



     ○



 「ネギ先生たち、大丈夫かな」

 「大丈夫でしょ、学園長が監視してるらしいし」

 「うん……」

 『普通に』図書館島から帰る途中、宮崎のどかと早乙女ハルナはそんな風に会話をする。
 普段いるはずの人間が、一人かあるいは二人掛けている。
 それだけで、なんとなく沈黙が下りる二人だった。

 「パルは……気にしてないの?」

 「ん~?何が?」

 「その。……私の《紙使い》のこととか。悪用すると、危険な力だと思わないの?」

 「悪用するの?」

 直ぐにそうやって切り返す。
 宮崎のどかが、果たして過剰な力を持って悪用するかと言えば、答えはノーだ。
 悪い方に使ったら、むしろ罪悪感で泣きわめいて憔悴した後に自殺するタイプだ。

 「……しない、けれど」

 「じゃあ、良いじゃ無い」

 ここにはいない二人の分も込めて、あえて明るく言う。

 「心配してないよ、私は」

 「……そう、ありがとう。パル」

 返事を聞きながら、自分も少し、昨晩のことを思い返す。

 (……ちょっち、言いすぎちゃったかな)

 間違っていたとは言わないが。ひょっとしたら何か言わなくても良い一言を言ったかもしれないし。無自覚の内に彼女の過去を踏みにじってしまった可能性は、零では無い。
 結局、後片付けは上って来た鳴海先生と茶々丸さんが手配してくれたし。
 私がしたことと言えば、気絶した刹那さんを――全然重くなく、むしろ軽くて心配だった――病院まで運んでやっただけだし。
 のどかにも――刹那との一件は話していない。
 軽く話して良いほど、簡単な問題でも無いだろうし。

 (……木乃香を大事にしているのは確かなんだろうけどねえ)

 そこが、わからないのだ。
 彼女が、木乃香を大事にしているのはわかる。だが、何か妙なのだ。
 心が一定では無いというか、縛られているというか。

 (……ん?)

 縛られている?
 その言葉が、妙に彼女にふさわしいような気がして。
 桜咲刹那は――ああ、確証は無いのだけれども、もしかして、何かに縛られているのか。
 強力な暗示や、それに近い物に。
 どうにも奇妙な行動理念だと思ったら、そう言うことなのかもしれない。
 もしもそうならば――

 「――ままならないもんだねえ」

 彼女の責任でもあり、そして彼女の責任ではない。
 最近、どうにも自分が年を食ったように感じる気がするハルナだった。



    ○



 桜台の森の傍に建てられたログハウス。
 本日はそこに――えらく珍しい客がいた。

 「……どうぞ。紅茶です」

 「ありがとうございます。ルルーシュさん」

 絡繰茶々丸は、昨日の事件によって再びのメンテナンス中である。葉加瀬と、彼女を手伝う薔薇の人形たちの文句が聞こえてきそうだった。

 「それで、何を話したいのかな。エヴァンジェリンさん」

 今椅子に座っているのは――高町なのは。
 ルルーシュとC.C.がこちらに来る理由となった異世界の住人である。

 「ああ。単刀直入に言うと、だ――お前の力を、貸してほしい」

 「……何を、するつもりなのかな」

 「私の封印を解く。計画を話したら……川村ヒデオも、納得してくれた」

 「――その、内容次第だね」

 高町なのはは自分が相応の実力があると把握しているが――仮に、この『闇の福音』が完璧に解放されれば、自分に勝ち目は無いと思っている。
 より正確に言うならば――試合ならば勝機は普通にある。
 殺し合いならば、なのはは負ける。
 そう言う事だ。
 無論、砲撃魔法は負けるつもりは無い。対等か、互角以上だと思う。
 が、少なくともエヴァンジェリンの攻撃を『無尽蔵に』耐えられるほど自分の防御は強くないだろうし(もちろん客観的に見てだ。一撃や二撃、おそらく十やそれくらいならば十分持つだろう)何より、エヴァンジェリンは不死身なのだ。死なないし、年も取らない。再生能力も無限に近い。
 どれだけ魔法を直撃させ、分子一つでも残さずにこの世から完璧に消滅させても――それでも、ひょっとしたら生き返る可能性はある。
 彼女の事だ。この建物や緊急時の避難場所に、自分の体の一部を隠して仕込んでおくことくらいは可能だろう。
 そしておそらく、目の前の彼女は――必要だと思ったら、ためらわずにそういうことが出来るのだ。
 そこまで彼女を追い込めば、きっと負けを認めてくれるとは――思っているけれども。

 「……ああ。お前も同じことを言ったな」

 「――それは、つまり?」

 「川村ヒデオもだ。内容を聞かせてくれと言ってきた。条件を言った上でな」

 「……ああ、つまり――聴いたら、絶対に敵対しない、って?」

 「そうだ。『計画を聞いて、断ったとしても、必ず敵対はせずに傍観に回ります』――と言ってな。まあ、事情を話したら頷いてくれたが」

 「うん。良いよ」

 なのはも、頷いた。

 「私もその条件を、誓います――私の、今までの指針に賭けて」

 「良いだろう。その条件をこちらも飲もう」

 他言無用で頼む、そう言った上で彼女は話し始めた。

 「実はな――」

 エヴァンジェリンは、語った。
 彼女の計画を。
 全て。
 それから。
 おおよそ、十五分後。

 「――――こういう、ことだ。どうだ?」

 「……一つ、聞いても良いかな。エヴァンジェリンさん」

 「こちらが答えられることならばな」

 「……その計画は、誰の為?」

 なのはのその問いに――エヴァンジェリンは。

 「自分の為だ」

 そう、即答した。
 視線がぶつかる。

 「……良いよ。協力してあげる」

 そう、頷いたのは、なのはの方だった。

 「礼を言おう。やはり、最近は信頼に足る人間が多くいてくれてありがたい」

 最近は、というその言葉に。彼女は人間という生き物がどう思っているのか、なんとなく想像が出来たなのはだった。
 人間を憎み、呪い、嫌いで嫌いで仕方がなかった時代も、おそらくあったのだろう。
 彼女を知らない人間ならば――あるいは、この計画をどう思うのか。
 吸血鬼という、人類の天敵のやることを。
 表面的に見て、それで反対するのだろうか。
 少なくとも、自分が正義の味方だとは微塵も思っていないなのはは――

 (……また、動乱が起きるね)

 そんな風に、微笑の裏で思っていた。



     ○



 携帯が鳴る。
 放課後、いつもの場所でぼんやりとしていた時だった。

 「……はい、川村」

 『ますたー!』

 その声量に、顔を歪めて耳から離す。
 ウィル子の存在を知るのは勿論非日常の世界を知っている人間だけなので、彼女が連絡をするときは携帯を使わせている。正確には、携帯に直接情報を送らせている。ウィル子ならば携帯など使えずに素でそれが出来るのだ。さすが電子世界を担う神。

 「……もう少し、静かに。それで」

 何があったのか、と聞こうとして。

 『麻帆良の図書館地下にエルシアがいます!』

 沈黙した。
 エルシア。かつてヒデオが聖魔杯で会合した魔神の姫。二代目魔王の娘にして、ファーストコンタクトは受付前に魔法の一撃で吹っ飛ばされたことだった。
 結局彼女とリュータ、二人のペアとは戦うことがなかったが、どうやら彼女とみーこお戦闘が引き分けになった後、リュータが鈴蘭に負けたことで勝敗が決したらしいが。

 『まずいですよマスター、彼女をあの未熟なネギ先生が何とかできるとは思えません!』

 それは、確かに。

 『下手をすると、死人が』

 出かねない。確かに。
 彼女は決して悪人では無いが、ヒデオの知る普通の魔神でもある。行動するときは容赦が無い。人間の魂の輝きを見たいそうだから、まだ若い彼女たちならば大丈夫だとは思うが。しかし。

 「その、情報は。どこで」

 『ノアレです。なんでも最近は『億千万の眷族』の連絡役をしてるみたいで。ちょうど天界から城塞都市に仕事で行ったら、ドクターと会話をしていまして』

 まあ、おそらく暇だから読書でもしているのだろうが。
 想像する。あの大レースの一番最初に、彼女が、目の前の車が邪魔だという理由で発動した魔法の威力を。
 しかも、ヒデオの言葉でネギはいま魔力を封印中……。

 「ウィル子」

 どうにも調子が狂うヒデオは、ウィル子に言った。

 「悪いが、彼女を探して、一言伝言を」

 『今からですか!?』

 ……手遅れになっていない事を、祈ろう。
 学園長が何もしてない事を見ると、おそらくは安全なのだろうが。
 しかし、それがいつ狂うのかもわからない。
 何か、予定を狂わせる存在がいかねないような気がするのだ。
 当然の結果を、出させない存在が。
 只の、予感なのだが。
 手は、打っておくべきだろう。



     ○



 「ありがとうございました、結崎さん」

 「いえいえ。買い物をしてくれる人は、全員お客ですよ」

 朝倉のその言葉に、後ろで髪をまとめた年齢不詳の《ブラウニー》店長、結崎ひよのは笑顔で返した。
 朝倉は確かに調べ物の才能があるし、頭脳も良いだろう。
 だが、結崎ひよのとは経験も年期も潜ってきた修羅場の数も違う。
 ネギ・スプリングフィールドと鳴海歩に何らかの関係性があるのではと突き止めた所まではさすがだと思うが、しかしその周辺情報を漏らすほどに、彼女は甘くない。
 これでも、あの歩ですらもある程度までは騙していたのだから。
 それに、関係性といってもそんなもの直接的にありはしない。
 治療ついでに、歩の兄・清隆が彼に麻帆良で起こる騒動を楽しんでもらおうと投入しただけである。
 鳴海清隆の情報を掴めたのならば、その時は教えてあげても良いかもしれないが。
 彼女が出て行ったあと、注文されたアイスコーヒーを片付けながら、ひよのはさり気なくゴミでも拾うように、朝倉が仕掛けていった盗聴器を発見し。
 そしてそれを『回収しない』。
 ここで回収しては、それは彼女がこの存在に気付いていることを教えることになってしまう。

 「…………」

 ゆっくりと自然を装って周囲を見ると、目立たないように彼女のビデオカメラが壁際に置かれている。ついうっかり置き忘れたと言っても通用する位置に。
 だから。

 「あ、これは朝倉さんの忘れ物ですかね」

 そう言ってそれをしっかりと掴んで位置をずらし。

 「きゃ」

 その上で、わざと、そう悲鳴を上げて、盗聴器の一つにコーヒーを掛けた。
 これで一つ。
 あの短期間で、ひよのがそれとなく注目していたのだから、それほど数は多くない。
 しっかりとカメラも封じた。

 (……甘いですよ?中学生)

 なんとなく楽しいものを感じるひよのだった。


 カメラを気付かれたのち、ブツッ――という音と共に盗聴器の一つにコーヒーが掛ったらしく、オシャカになったことを朝倉は歩きながら知った。
 どうやら、彼女もそう簡単に尻尾は出さないらしい。
 おそらく、あの《ブラウニー》という、コーヒーが美味しいアクセサリーショップには何かあるのだろうが……それを簡単に教えてくれるほど、相手も甘くはないようだ。

 「……やるね」

 小声で、そう言う。
 最初は鳴海歩だった。次が川村ヒデオと北大路美奈子、井伊入識。勿論タカミチ・T・高畑や学園長、ルルーシュ・ランぺルージや高町なのはなどにも接触しているのだが、揃いも揃って見事に尻尾を出さずに、ごく自然に壊される。
 ここまで失敗すれば、それはもう向こうが気が付いている以外の何者でもない。
 だが、その証拠が掴めない。
 想像以上に、あちらは鋭かった。

 「仕方ない」

 朝倉は、標的を変えることにする。
 ネギの周辺人物がだめなら、彼を知っていた人物に狙いを定めればいい。

 (エヴァちゃんは……無理だね)

 勘でしかないが、彼女に手を出せば命が危ないような気がする。
 ネギに近づかないのは、おそらく学園長を初めとした一筋縄ではいかない人物たちが、彼を秘密裏に擁護していることを悟っているからだ。
 さて、ならばどこから攻めるか。

 「……ウルスラ女学院、とか。行ってみようか」

 かくして、朝倉和美。再び策動開始。



     ○



 学園長は、先ほど部屋を訪ねてきた人物が提出した、個人情報に目を通す。
 深陽学園卒。現在は父・誠一の遺産と、合法非合法をを問わない何でも屋によって生活。弟が一人。その他の情報を総合しても、非常に有能であることがわかるだけで、何も問題はない。ないのだが。
 そう考えていた井伊入識が、学園長における図書館時までの計画を狂わせたのだ。

 (……どうするかのう)

 正直なことを言えば、有能な人材は何人いても良い。
 その人物がいつ離反するかを、きちんと把握していればいい。
 そして、この人物は、限りなく白に近い。
 川村ヒデオなどのように、組織に属しているものよりは、よほど。
 しばしの沈黙ののち、結論を出す。


 翌日。麻帆良学園女子中学校の体育の教師が一人増えた。
 勿論、彼女の受け持ちは2-Aであり。

 「霧間凪だ。よろしく」

 そう言って実に猛々しく笑ったという。



 《炎の魔女》――――参戦。 



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・④
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 00:37
 [今日の記述者 絡繰茶々丸

 (本日はメンテナンス及び修復作業中の為、葉加瀬聡美と共に学校を休学です。
 そのため、姉さんに代筆をお願いしています)

 私の体は現在修復中ですが、同時に自己再生中でもあります。
 こんな体になったのは、以前の大雨の日に土砂崩れに巻き込まれた時だったでしょうか。
 よく覚えておりませんが、おそらくはそうだったと思います。
 果たして、その時にどうなったのかを語ることはできないのですが、ともかく、私の現在は人形でもあり機械でもあり、そして人間に近くなってもいます。
 私の姉達は紛れもなく人形です。
 それを、誇ってもいるようです。
 私は、自分のことを誇れるような存在になれるのでしょうか。

 マスターに訊ねた所、お前は気真面目すぎて馬鹿だと言われました。
 答えなど当に出ているとも言われました。
 教えてもくれませんでしたが。
 自分で考えろ、とのことです。]



 ネギま 第一章《教育実習編》その三・④



 波の音が聞こえた。
 滝の音も聞こえる。
 鈍い何かの、駆動音も聞こえる。

 「う……んっ」

 ゆっくり目をあけると、そこは――。

 「そうだ。……僕達、あのゴーレムに落とされて」

 地下であるはずなのに妙に明るく、生えた樹木が天井を支えている。僕達が寝ていたのは砂浜で、そこには波が打ち寄せている。この音だったんだ。
 空間は広くて、どこまで続いているのかはよく分からない。本がぎっしり詰まった本棚が浮かんでいたり、壁が光っていたり、人工の建造物が遺跡のように並んでいたり――ホントに地下だとは思えないくらいだ。

 「うわ、天井があんなに高い……」

 同じように目を覚ました明日菜さんが、見上げて行った。

 「ここは、まさか」

 夕映さんが、ぽつりと言う。何か興奮しているみたいだ。

 「幻の……地底図書室!」

 「幻の地底図書室?」

 「知っとるの?夕映」

 疑問形で尋ねるまき絵さんと木乃香さんに、夕映さんは自慢げに言った。

 「地底なのに暖かい光に満ち数々の貴重書に恵まれたまさに本好きの人間には楽園とも呼べる場所……」

 「……図書館にしてはえらく広いなあ」

 そんな木乃香さんの声も耳には入っていないようで。

 「ですが」

 夕映さんは黒いオーラを放って言う。

 「ここの図書館を見て、生きて帰った人間はいないとか」

 「えーっ!」
 まき絵さんが涙目で叫ぶが、クーフェイさんが、じゃあなんで夕映が知ってるアル?と突っ込みを入れていた。
 その通りだ。存在が伝説とはいえ、別に地面に今までの人間のいた痕跡は無いようだし。きっと脱出経路はあるんだろう。

 「……まあ、とにかく。困難であることは確かです」

 クーフェイさんの突っ込みに答えられなかった夕映さんは誤魔化すことにしたらしい。

 「どうするアルか?このままじゃ期末テストまでに帰れないあるよ?」

 「そ、それに私達このままじゃおうち帰れないんじゃ。またあの石象みたいなのも出るかもしれないし」

 「助けは……たぶん来るわよ」

 明日菜さんは何やら、複雑そうな顔で言う。

 「少なくとも、司書の読子さんと本屋ちゃんは私達の現状を知ってる筈だしね」

 「そうでござるな」

 周囲を伺っていた楓さんもそれに同意する。

 「どこからも登れない以上、救援を待つしかないでござろう」

 魔法が使えない僕では、杖で皆を運ぶこともできない。
 こんな時こそ、担任である僕が皆を勇気付けないと。
 

 僕が大きな声で勉強をしよう言ったら、皆笑って――それで、元気を出してくれた。
 その後僕達は――食料を探しに行って。
 図書館の聖霊に出会うこととなる。



     ○



 ちょうど地下において、とある外見だけは少女の人外の生物が、とある理由において少年たちと会合している頃。

 「な、なんですって~!」

 2-Aの教室においては、委員長が絶叫していた。

 「に、2-Aが最下位を脱出しないとネギ先生が首に!?ど、どうしてそんな大事なこと言わなかったんですか桜子さん!」

 「いや~だってネギ先生に口止めされてたしね」

 ごめんごめん、と言いながら謝る桜子である。
 委員長の声は教室中に響いていたので、全員に聞こえてしまった。

 「ネギ先生が?」「首だってさ」「それはちょっと可哀想やな」

 そんな会話を聞いて、委員長は焦ったように。

 「とにかく皆さん、テストまでちゃんと勉強して最下位脱出ですわよ!」

 特にその辺の普段勉強していない人たちも、と長谷川千雨や釘宮円を指す。

 「皆大変だよ!」

 そう言って駆け込んできたのは――クラス一の情報通。
 朝倉和美だった。

 「ネギ先生と馬鹿レンジャーが……!」

 彼女によって伝えられた情報は――


 教室内にさらなる混乱を巻き起こした。



     ○



 さらに一日の後。
 馬鹿レンジャーがネギの授業を受けているその場所で。
 妙に優雅な雰囲気の一角が地下に置かれていた。

 「……コノカ。紅茶のお代わり」

 「はいな」

 ウチは笑顔のままに慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
 その動きはどう考えてみても、きちんと紅茶の入れ方を習った物の手なんやけれど――それを『図書館島の精霊』は気にしないでいてくれた。
 飲んでみると当然、味は非常に美味しいはずや。満足してくれるやろう。
 ウチは自分で自信がある物しか人に作らんからね。

 「それで、何故こんな所に『図書館の精霊』さんがおるんや?」

 にこにこと、普通に聞いてみる。

 「……別に。別の本を探しに来たら遭遇しただけ」

 「そうなんか」

 納得した。きっと彼女も退屈なんやろう。

 「――ところで、コノカ、あなたの父は、もしかしてエイシュンと言ったりするのかしら」

 「……お父様を、知っとるん?」

 なんと『図書館島の聖霊』さんから、お父様の名前が出て来た。

 「……そう」

 あまり流暢では無いけれども、その後ゆっくりと語ってくれたことによると、何でも昔、お父様が世界を旅行していた時のことらしい。この辺りに住んでいる『伝説の大司書長』とお父様が友人だそうだ。びっくりや。

 「……ただの変な奴よ」

 どうも聖霊さんは『伝説の大司書長』さんとも知り合いらしい。
 今、明日菜を始めとした馬鹿レンジャーは、ネギ君の指導のもと猛勉強をしてる。
 時間の感覚がはっきりしている訳やないけれど、どうやらもう一日以上はたった見たいやな。
 ここには台所も、水道も、電気も、食料も、ついでに勉強道具も揃ってる。まるで誰かに準備させられたみたいや。
 この聖霊さんは、何か人に命令するのが慣れてる雰囲気がする。
 逆らったらいかん気もする。
 だから、ウチが相手をする代わりに、ネギ君達には勉強をしてもらってる。意外なのはその条件をこの人が飲んでくれたことや。
 この人には、ウチらを殺せる力があるような気がしたからな。
 何か、この人なりに思う事があったのかもしれへんね。
 しかも、嬉しい事に。一生懸命に勉強してたら出口を教えてもくれるって言うてはる。
 実は、ウチらの成績が悪いとネギ君が首になることも判明した。明日菜達が一生懸命にやってはる理由はそこにもあるんやな。きっと。
 そんな風にして過ごしていると、何やら滝の方から悲鳴と鈍い音が響いてきた。
 視線を向けると、あの石象が再びやって来ている。
 そして、おそらく水浴びでもしていたんやろう皆が、その石象に追いかけられていた。
 


     ○



 休憩中。
 水を浴びながら私は考える。
 目が覚めて地底にいる時は驚いたけれども、ここ数日の驚きに比べればまだましな方だった。
 人形が動くのならば石象が動くくらいなんてことは無いし。
 落下して死ぬのも、クラスメイトが殺人鬼だったことに比べれば大した事じゃない。
 図書館島に異様なほどのトラップと異様に凄い司書さんがいて、今さらこんな地下で驚くわけにはいかないと思う。
 自分の精神的な耐久度も上がったし。
 ネギは――どうやら、ここに来たことで自分が責任者だと言う事を思い当ったのか、勉強をしようと言ってくれた。学園長のことや夕映ちゃん、のどかちゃんの事は覚えていないようだけれども、少しは自分の立場を理解したのかな?
 木乃香は、私達が真剣に勉強をしたならば出口を教えてくれるという――図書館島の聖霊さん(自称)の相手をしてくれている。

 (……妙に胆が太すぎるけれど)

 それは、今はありがたい。
 水から上がると、そこにはネギがいた。
 なにやら顔を赤くしていたが、別に子供に見られて気にするほどの物でも無い。なんとなく慣れてしまっている自分に悲しみを覚えたけれども。
 そうしていると、悲鳴が聞こえて来た。


 駆け付けた私達は、まきちゃんを掴んでいる石像を見つけた。
 どうやら彼女達も水浴びの最中だったらしく、全員裸である。
 そしてその人形の首裏、鎧の隙間の部分にには――

 「あれは、メルキセデクの書!」

 夕映ちゃんが叫ぶ。
 ちなみに今彼女は楓さんに背負われていて、それと言うのもあの暴走をしたおかげで全身が筋肉痛で動けないからだ。
 ネギには全力で走り過ぎたからと言ってある。

 「こ、こうなったら」

 何やらネギが叫ぼうとしたので、私は慌てて口をふさいだ。

 「アンタ今魔法封印中でしょうが!」

 そう叫ぶ勢いで睨みつけると、伝わったらしくこくこくと頷く。

 「何や?一体」

 まきちゃんの悲鳴を聞いて、木乃香も駆けつけて来た。
 さすがに気が利く。その手には全員分の服を持ってきている。

 「何とかしてまき絵さんを!」

 「任せるアル!中国武術研究会部長の実力を――」

 ネギの言葉に反応したくーちゃんが、地面を踏みこみ、石像に拳を繰り出す。

 「――見るアルよ!」

 ――ゴオンッ!
 直撃を受けた石像の脚は――そんな音と共に砕ける。
 バランスを崩す石像に楓さんが素早く駆けより、背中に夕映ちゃんを抱えたまま、まきちゃんの手を掴み――まきちゃんはリボンで本を奪い取った。

 ――本当に体力と運動神経だけは良いなあ!

 ヤケクソ気味に思いながら、私達は転身した。
 とにかく逃げなければ。
 先頭を楓さんと背負われた夕映ちゃん、次が私と木乃香、ネギ、まきちゃん、くーちゃんの順で走る。

 「こ、木乃香、あの聖霊さんは?」

 走りながら、服を渡してくれる木乃香にそう聞いてみる。

 「それがなあ、なんでももう十分に仕事したから帰るー、いうて」

 どこかに行ってしまったという。

 「や、やくに立たない」

 ネギも魔法を封印してしまっているし。
 なんか迷宮を抜けるには三日とか言っているし。
 まあ、確かにあれも学園長の仕業なのだろうから命の危険はいてないけれど!
 ――と、そこまで考えて思い当たる。
 もしかして、思いきり学園長。
 犯罪していない?
 そこまで考えて。

 「ありました、非常口です!」

 何故か滝の裏にあった非常口を、先行していた夕映ちゃんが見つけた声を聞いた。



     ○



 『問題・海の上に浮かぶ平らな船に一人乗るごとに0・001ミリ沈む。では、仮に一億人もの人間を乗せたとしたら、どれくらい沈むだろうか。なお、服装は全て同じ物だとする』

 「えーと………一が、千で……10メートル?」

 上る。

 『問題・次の言葉を漢字で書きなさい。「こんぱい」』

 「え~と、困惑に、備える心……でしたか」

 上る。

 『問題・時速60キロのスバル君がお姉さんに会うために15キロの道を行く時、どれくらいの時間がかかるでしょうか』

 「十五分!」

 上る。
 いつまで続くのでしょうか。この問題は。

 『問題・ローマ正教を包括する、世界一小さい国家はどこでしょう?』

 「えーと、ヴァチカン市国!」

 扉をあけると、そこには螺旋階段がありました。
 などと文学的に言ってみたものの、状況は芳しくありませんね。
 体力に自信のあるまき絵さんでも息を乱しています。ネギ先生や木乃香さんが良く無事だと思いますよ。
 全身の筋肉痛で動けず、楓さんに運んでもらっている状態の私が言うから、余計に説得力があるでしょう。ああ、ちなみに覚醒状態の記憶は持っていますよ。念のため。

 『問題・次の文を日本語に訳しなさい。[Ahead,Ahead,GO Ahead!]』

 「進軍せよ、進軍せよ、進軍せよ!……ですか?」

 音と共に扉が開く。
 かれこれ一時間は上っていますが――後半に行けば行くほど細かい知識となっていきます。面倒ですね。

 『問題・《約束された勝利の剣》で有名なイギリスの王の名は?』

 「……アーサー王、だったっけ」

 あの『魔法の本』が――何やら効果を持っているのは確かなようです。明日菜さんやまき絵さんまで答えられるのならば、本物でしょう。

 『問題・世界のどこかには、空を飛べて人間の言葉を理解でき算数も得意な温泉好きのカメもいる?』

 「いるアル!昔、中国で見たアルよ!」

 石像は壁を壊しながら強引に上ってきます。しつこいですね。

 『問題・次の文を日本語に直しなさい。[Gun with wing]』

 「つ……翼ある銃、かな」

 「あ、携帯の電波が入りました!出口はすぐです!」

 私の言葉に皆が少し元気になります。

 『問題・軍人相手に無謀にも勝負を挑んだ貴方はコイントスで決着を付けることにしました。この時あなたが選んだ面が出る確率は?』

 「五十パーセント……でござるな」

 「あ、エレベーターです!」

 皆の視線の先には、確かに管理用とレッテルの貼られたエレベーターが。
 俄然勢いが付いた皆の向く先。
 そのランプは光っており、私達が辿り着く前に――開いて。

 「あ、皆さん、お疲れ様です」

 降りて来たのは司書・読子さんでした。


     ◇


 読子さんの話では。
 あの石像は貴重書に反応して追いかけてくる番人のような物で、最新科学の結晶だそうです。二日ほど前もそんな人形を見ましたね。騙せると思っているのでしょうか。納得した振りはしますけれど。
 その当の石像は、読子さんの合図で戻って行きました。途中で階段が崩壊して、地面に落ちて行きましたが……まあ、暴れたあれの責任でしょう。
 そしてこのエレベーターも、貴重書を持っていると動かない仕組みだそうです。

 「ところで、読子さん。あの石像は誰が動かしてるんや?」

 木乃香さんのその問いに、

 「遠隔操作ですが、あのモノアイはカメラですね。確か学園長だったかと」

 「そうなんか。そうかそうか、御爺様は命がいらへんのやな」

 何か木乃香さんが黒いですが気にしないことにします。

 「とにかく、この本は私が預かります。地下で一生懸命勉強をしたようですし」

 皆から嘆く声が聞こえますが、読子さんは知らん顔です。
 ところが、その言葉に一番最初に賛同したのは意外なことにネギ先生でした。

 「そ、そうです!皆さんあんなにやってましたから!本なんかに頼らないでも何とかなりますよ!」

 ええ。どうやらまともな教師としての判断のようですね。確かにこれはずるいでしょう。
 従わないわけにはいかないでしょう。
 その言葉に、皆さん頷きました。

 「では、私はこれを返してきます。皆さんは地上に上がっていてください」

 その言葉で全員エレベーターに乗り込みます。


 私達が地上に付いたのはテスト十五時間前の事でした。
 さて……帰ってのどかに会いましょう。



     ○



 テスト当日。
 結局皆、疲れからか寝坊してしまい、教室に入ったのはギリギリ。2-Aではなくて別の教室で受けることになってしまったけれども、皆は頑張ってくれた。
 正直、ダメかもしれないって覚悟していた部分もあったんだけれども――何と。
 2-Aは、学年トップになれました!
 あの薔薇のトロフィーも渡されて、皆が胴上げをしてくれて。
 それで、先生をしているのが嬉しくなりました。
 この修行でよかったなと思う。


 そしてこれは後で聞いた話になるけれども、図書館島の騒動は、実は学園長が計画したものだったらしい。
 動く石像も、あの勉強だらけの螺旋階段も。『魔法の本』も、複製品でした。

 「実は子供のネギ君が、このままきちんと先生をやれるか見てみたくての……図書館島のトラップにも負けずによう頑張ったわい」

 そう言って話してくれる。

 「合格じゃよ、ネギ君!これからはさらに精進じゃな」

 「あ……はい!」

 明日菜さんも、良かったねと笑ってくれた。
 翌日、しずな先生から正式に渡された。


 『ネギ・スプリングフィールドを正式に麻帆良学園教師として任命する。――――麻帆良学園長・近衛近右衛門』


 そう言えば、なんか明日菜さん達以外の――図書館島に行かなかった人たちが妙に解放された姿が目に付いたんだけれども。
 ルルーシュ先生、一体どんな授業してたんだろう。
 もう一つ。学園長。なんで頭にそんなに包帯を巻いているんですか?



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~仮面の反逆者編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 00:40
 
 「葛葉教諭、お尋ねしたい事があるので――」

 ルルーシュ・ランぺルージが神鳴流剣士、葛葉刀子に質問をしたのは。
 桜咲刹那が暴走し――昏睡状態に陥った翌日の夜ことである。



 世界情勢その四~仮面の反逆者の会話~



 「――応えていただけませんか?」

 超包子の飲み会に珍しくも参加したルルーシュである。
 エヴァンジェリンとC.C.は一般客として料理を食べている。
 彼の目の前にいるのは、学園内の魔法関係者では上位の部類に入る神鳴流剣士・葛葉刀子だった。
 質問の内容は簡単。
 教え子の一人・出席番号一五番。桜咲刹那について。

 「はい。私も――詳しい事を知らされている訳ではありません」

 詠春様が言いますには――と、辛めの酒を片手に前置きをして。

 「ヤタガラス、と言う鳥をご存じで?」

 「確か……この国における神の使いで、三本脚の烏ではなかったかと」

 さすがに日本神話まではそれほど詳しくはない。

 「ええ。ヤタガラスとは元々――神武天皇の日本征討の際、大和と熊野の道の案内人として派遣されたと言われています。実際は三本脚だとは、言われていません」

 「それが?」

 「ええ。――……他言無用として聞いて頂きたいのですが……彼女は純粋な人ではありません。烏族と言い――いわば鳥の一族が妖の一種にいるのですが、彼女はそれと人間とのハーフです」

 「…………」

 「ヤタガラスはいわゆる神獣の一種であり……少なくとも戦国時代まではそれなりに目撃例があったようです。こう言う生物には『EME』という組織が詳しいのですが……」

 「?」

 「――後でまとめて説明いたします。……ヤタガラスは烏族の中では神聖視されています。言わば彼らの先祖であり、そして神とまで呼ばれていますので。
 性質とすれば――太陽神の眷属であり、導き手としての役を担う存在です。
 数代に一回の事ですが……そのヤタガラスの先祖返り――ようは、稀に表れる強く力を受け継いだ者のことです――が現れます。それが刹那でした。ハーフといえども、母親の腹の中にいた時から見られたその兆候は、彼女を『導き手』として、十分に偏見から解き放つだけの効力を持っていました。ですが」

 葛葉は一言区切り、

 「彼女は、先天性色素欠乏症――アルビノでした」

 「それが何か問題が?」

 「はい。――この国の基本理念は、陰陽五行が中心です。そして、両儀の紋に見られるように――色が対極となれば、性質が真逆となる。そういう性質を、日本の妖は保有しています。――烏は、普通は黒い生き物ですから。それが仮に白い体ならば、ヤタガラスの性質もまた真逆となる。神聖のヤタガラスは、一転して邪悪視され。しかも悪い事に――その懸念は、確かに正しかったのです」

 「というと」

 「刹那の才能は、確かに素晴しい物です。もうあと十年、本気で鍛えれば――おそらく本家の青山家、あるいは詠春様と肩を並べるでしょう。それ以上の高みに辿り着くかもしれません。しかし……ヤタガラスは、別名をミサキ鳥とも謂われまして――簡単に言うと、死霊の水先案内人でもあるのです。戦で死んで行った人間を、黄泉へと案内する――そういう意味もありまして。そしてその性質が、彼女には非常に表れる。死線を見切れる……とまではいきませんが、死へ導くために――相手を死者とする為に、手段を選ばなくなり。端的に言うと――戦場では一切の手加減が不可能になります」

 「……なるほど」

 「そこだけならば、まだ良かったのですよ。日常と戦場の明白な区別が可能ならば、いわば戦闘狂の一種で片付きます。ですが」

 「……」

 「自分が何者なのか、そして何故忌み嫌われるのか、何をしたのか、彼女は判りませんでした。母親はどうやら彼女を出産した時に死亡。父親については――詳しくは、不明です。村の辺境で耐えて耐えて耐えて――そして彼女は、ある時爆発しました」

 淡々と語るその顔に、表情は現れない。

 「彼女は――その才能と、何よりも性質によって、自分の故郷を壊滅させました。僅か一桁の少女が、隣人から親族まで一人残らずを『全滅』させました。当時の状況を知るのは、詠春様――と、その彼女を抑えたとある組織だけでしょう」

 「とある組織」

 「はい。先ほども言いました――名称を八百万機関。現在の『EME(エイト・ミリオン・エンジン)』と呼ばれる、非日常専門の民間企業です。平安の時代から存在し、例えば当時日本にいた『上弦』と言う名の吸血鬼とも戦っています。
 彼らは――力を持ち、しかし使い方の分からない幼い子供などを保護し、育てることもあります。刹那と似たような境遇の子も多くおりました。そこならば今までよりも良い生活が出来る――そう判断されたのでしょう。それは正解でした。……半分ほどは」

 「半分、か」

 「はい。なぜならば――『EME』は、数ヶ月後に……とある組織と抗争を繰り広げ、双方共に甚大な被害を出すからです」

 「――……その、組織の名は?」

 ルルーシュの質問に、彼女は一拍置いた後に、答えた。


 「『統和機構』」


 そこで一気に杯を開け、彼女は言う。

 「そういう――どこにあるのかも殆どが不明な、組織です」

 そう言う眼は座っており、危険な雰囲気を持っている。

 「そんな組織があるので?」

 「組織なのかは……不明なようです」

 酔って来たのか、少々顔を紅潮させて。

 「学園長辺りならば知っているのでしょうが――どうやら、中枢に何者かがいて、その人物が組織の幹部をまとめているだけであり……幹部が組織の邪魔にならない限りは、何をしても問題は無いと見ているようです。そして、『EME』に攻め入ったのは、そういった幹部か――おそらくはもう少し下に位置する人物であったと」

 「…………」

 無言で続きを促すルルーシュである。

 「『統和機構』の目的ははっきりと知られてはいません。ただ、何でも普通の人間には無い特殊能力者を保有している――そうで。同じ用に、そう言う子たちを保護していた為に抗争に発展したということらしいです」

 実のところ――と、彼女は言う。

 「刹那が何をされたのか、はっきりしていません。おそらくは催眠措置かそれに近い物だとは思っているのですが……」

 「それなのに、彼女は暴走を?」

 「…………どうやらその抗争の最中に、『統和機構』のエージェントとも刹那は接触し……何らかの精神的な枷を組み込まれたようです。そして複数の枷が絡み合っている――」

 「なるほど」

 再び手酌で酒を注ぐ葛葉刀子である。ほとんどOL見たいだとは、間違っても言ってはいけない。

 「詠春様が引き取った後も……何やら精神的に苦しい体験が多かったようで、その中において木乃香嬢だけが支えになって行った結果――今の状態になったということでしょう」

 再び一気にそれを空ける。

 「彼女自身には罪がありません。只、非常に運が悪かった。彼女のその性質は――他者を引き寄せました。そして引き寄せたものが悪かった。……そういうことです」

 そう言って、彼女は深く溜息をついた。
 そして――後はもう、只の酔っ払いみたいなものである。


     ◇


 帰り道。

 「……なるほど」

 手に入れた情報を、頭の中で反芻しながらルルーシュは考える。
 今日の昼。

 『葛葉教諭、お尋ねしたいことがあるので――』

 そうやって。
 一回、彼女に尋ねてみたところ――返事は芳しくなかった。

 『申し訳ありませんが、詠春様から固く口止めをされていますので』

 そう返され、しかもエヴァンジェリン曰く、神鳴流のように『気』とやらを使う人間はアルコールの分解能力も非常に高まる為に早々に酔う事は無く、口が酒で緩むことは無いという。
 だからまあ――

 『ちょっと、俺の質問に――』

 軽く髪を上げる振りをして――


 『応えてくれませんか』

 
  ――使っただけである。
 絶対遵守の、魔眼を。

 『『はい』。私も詳し――……』

 こんな風にして。
 神鳴流の機密情報だったのだろうが、実に詳細に話してくれた。
 最も、もはや彼女は機密を話したことさえ忘れ――いや。
 ルルーシュがあの場で質問をしたことすらも覚えていないだろう。
 この、ギアスと言う名の魔眼の存在を知っている人間は極僅かだ。
 C.C.は当然だが、彼女以外にはエヴァンジェリンと絡繰茶々丸、それにチャチャゼロくらいだ。一回、家に遊びに来ていた雛苺とかいう、一番トロそうな娘に掛けてみたが――掛からなかった。人形だからだろう。
 だから、ひょっとしたら超鈴音や葉加瀬聡美にも知られているかもしれないが――彼女達と敵対する気は毛頭ない。
 魔法使いは……敵対するだろう。
 そして――魔法使いに掛かるのは、実証済みだった。
 本日、ルルーシュは一滴もアルコールを飲んでいないが。
 傍から見れば普通に酒を飲みながら雑談していたようにしか見えない。
 偽装も完璧だ。

 「――間違っているぞ葛葉刀子。確かに力を得た事には罪は無いが……その力が引き起こしたことには責任が付き纏う。望もうと望まないと、力を持った者はそれに責任が付き纏う」

 自分の意思であろうと無かろうと、事故であろうと偶然であろうと不運であろうとも。
 自分の行動は自身で背負うしかないのである。
 ルルーシュはそれをよく知っている。
 そうやって、生きて来たのだ。
 義妹を殺してしまったあの式典の日や、義理の弟が大切な少女を殺した日に、それを嫌と言うほどに実感したのだから。
 どれほど憎まれようとも、恨まれようとも。
 目的の為に、二番目以降の存在を切り捨てる覚悟は――果たして彼女は持っているのだろうか。
 ルルーシュは、あった。
 だが決して捨てたくて捨てた訳では無い。
 一番大切な目的があったから――亡くしても前に進んでいったのだ。
 彼女にそれが出来るのかどうか。
 既に――手は打ってある。
 桜咲刹那が昏睡から目を覚ましたことは、聞いた。
 学園長が彼女に何も言わないのは――ネギ・スプリングフィールドの期末テストの成績で彼の進退が決まる以上、僅かな懸念でも無くさない方が良いと言うことだろう。彼女一人とはいえ、欠ければそれで平均点は二点下がる。
 彼女が何を考えるのかは――彼女の問題だ。
 自責の念に包まれて引き籠っても、彼女は『近衛木乃香の傍にいなくて良いのか?見える範囲にいるのがお前の仕事だろう?』……そう言えば、どれほど憔悴していようと学校にはやってくるだろう。
 罪悪感と忠義と悔恨に挟まれ、毎晩悪夢を見ようとも、そんなことはどうでも良いのだ。
 クラスメイトや身近な人間を殺しそうになる位の殺人衝動など――ルルーシュも良く、持っていた。
 記憶を取り戻した後の、あの親友や義理の弟の時のように。
 ルルーシュが、龍宮真名の見舞い品と一緒に、副担任として送った学校プリントの中には――一通の手紙が入っている。
 書いたのはC.C.だ。

 『麻帆良大停電の日――お前の大事な近衛木乃香の元へ行く。彼女を大切だと思っているならば、当日は私と殺し合う準備をしてこい』

 そう、書いてある。

 「さて……準備は入念に、だ」

 あの井伊入識と言う存在こそが、おそらくは最大のイレギュラーの原因となるだろう。
 ならば。
 最悪を見越して行動するのが、鉄則だろう。
 どんなことになっても、その場を切り抜ける――閃きを持つ人材は、こちらに引き入れたのだから。
 およそ一カ月と半分の後――《闇の福音》が巻き起こす学園全体を巻き込んだ騒動を想像し。
 それは、まるで祭りのような昂揚感を思い出させ。
 闇の中、両の瞳に赤い不幸の鳥の紋章を浮かべたルルーシュは――。
 実に凶悪な、魔王そのままの笑顔で笑っていた。



 ちなみに。
 本当に余談ではあるが。
 葛葉刀子は霧間凪にきちんと家まで送り届けられたらしい。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・④(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 00:47
 落ちる。落ちる。

 (ちょっと……このスピードは、洒落では済まないでござるよ)

 闇の中落ちる数は、七人。
 それだけならばまだしも、砕かれた破片まで一緒になって落ちてきている。
 ネギ坊主は明日菜殿がかばっている。
 木乃香殿は、困ったなあと言いながら笑顔のまま。
 古は……自力で何とか出来るでござろう。

 (となると)

 問題はまき絵殿と、夕映殿でござろうな。
 周囲。大きめの破片や足場となる物があることを、細い眼をうっすらと開けて確認すると――
 楓は己の能力を解放した。


 結果として、七人全員がさしたる怪我もなく地面にたどり着けた。
 まあ楓も、まさか学園長が砂浜をトランポリンに変化させているとは思わなかったし。
 楓以外の全員が気絶していたせいで、それは知られることは無かったのだけれども。



 ネギま クロス31 《教育実習編》その三・④(裏)



 エルシアという存在は、退屈している。
 日常が暇で暇で仕方が無い。
 魔王の娘として生まれ、何不自由なく育ち、そして才能にもあふれていた彼女に――果たして、不可能なことがあっただろうか。
 ほとんど、無かったと言っても良い。
 だが。
 エルシア達に比較すれば、何百分の一も生きることの出来ない人間を知ることは――未だ、彼女には不可能だった。
 ほんの一瞬の輝きに。
 まるで炎にくべたダイヤモンドのように。
 輝き、身を削ってでも燃えるその姿を――興味深く思った。
 魔神である彼女からしてみれば、足もとの蟻程度の存在の中に――自分をこれ程までに引きつける存在がいる。
 それは――。
 二十年前の《赤き翼》であり。
 リュータ・サリンジャーという復讐者であり。
 そして、望む未来の為に運命すらも引き寄せたあの川村ヒデオであり。
 遍く、人間の可能性だ。
 だから彼女は何もしない。
 《大禍つ式》などと言う怪物退治は、退屈でしかたが無いみーこやその他のアウターに任せておけば良い。
 自分は、ただ面白い人間を――輝くような力を放つ人間を。
 ゆっくりと見れればいいのだから。

 「…………」

 本をから顔をあげて空を見る。
 そこにあるのは大地であり、世界中の根であり。
 図書館島の地下。
 アルビレオが時折暇つぶしに使う図書室で。

 「…………誰か、やってきたわね」

 高速で降りてくる気配に、彼女はそうポツリと呟いた。



     ○



 「よ、読子さん、どうしましょう……ネギ先生達が」

 「大丈夫。全部予定通りです」

 宮崎のどかの心配そうな声にそう返事をして、一緒に落ちて行った石像を思い。

 (……大丈夫でしょう、たぶん)

 大穴を覗きこんだ。
 どこまで続いているのか、読子にはわからない深淵であるが――まあ怪我はするまい。

 「一応……学園長の監視がありますし」

 そう付け加えると、多少は彼女は安心したらしい。

 「それにですね。地下では勉強が待ち構えています。あの皆さんに成績を上げてもらわないと、ネギ先生が困りますしね?」

 そう、確認の意味を込めて尋ねた読子であったが――

 「え?そ、そうなんですか?」

 そんな風に帰って来る。

 「わ、私達は最下位が脱出できないとクラスが解散だって聞いて――」

 何か不安そうに語る彼女に、読子はとりあえず正しい情報を与えて上げることにした。

 「いえいえ、最下位だったらクラスの解散はしませんよ――ネギ先生が解任されるだけですから」


     ◇


 「ところでのどかさん、落ち付きましたか?」

 安置室から図書館司書だからこそ知りえる秘密の通路を歩きながら読子は彼女に訊く。
 正しい情報に混乱したのどかは、そのままパニックになって穴に飛び込もうとしたのである。

 「は、はい。……すみません」

 よほど慌てたのが恥ずかしかったのだろう。

 (最初にあった時もそうでしたからね……)

 思い出す。
 読子・リードマンが宮崎のどかに出会ったのは、今から二年か、三年ほど前の事。
 神保町に帰って着た読子が、久しぶりに周辺の本屋の梯子をしようと回っていた時に出会ったのだ。
 その時の彼女は山のような本を抱えており、なんでも誕生日にクラスメイトから貰った図書券が気が付いたら五万円にもなっていたので思い切り買おうとして、持ちきれなくなってしまったという。
 着払いで宅配便を頼もうか、と悩んでいた所に声を掛けたのが読子だった。自分の失態を見られて顔を赤くするのは女子としては当然だが、彼女の場合はそれがとても態度に現れる。

 (……あの時は、持ったまま数百メートル走ってましたしね)

 そのお蔭で貧血になりかけたのは懐かしい話である。
 まあその時はそれで終了したのだが、後日再び神保町で彼女と遭遇した。
 そしてその時に――知ったのだ。宮崎のどかが自分と同じ紙に祝福されているものだと言う事を。
 彼女の才能は、おそらく大英博物館に知られている。
 正し……その時にはもう、大英博物館は麻帆良に協力せざるを得ない状況であったし、読子自身が彼女を勧誘する気は全く無かったので、流れてしまっているが。
 未だに覚えている可能性はある。
 頭の中の空気を変え、尋ねてみる。

 「そう言えば……随分と慌てていましたけれど、あの殺人衝動の子が、あなたの大事なお友達ですか?」

 「……はい。綾瀬夕映、です」

 何やら申し訳なさそうな顔をしているが。

 「いえいえ、気にしないでください。怪我もありませんし、それに彼女は貴方を想って暴走したわけですし」

 と、そこで思い出す。

 「のどかさん。さっきかなり慌ててましたね」

 「え、……あの、はい」

 もしかして。

 「宮崎さん。夕映ちゃん以外にも、気になる人がいたからですか?」

 「え……」

 その言葉の意味は、明白である。
 しばしの沈黙の後、プシューと頭から湯気が上がり、顔が赤くなる。
 本当に態度にでる娘だ。

 「そうですか……」

 なんとなく、顔が微笑むのが止められなかった。
 苦労は多そうであるが――しかし。
 今は、彼女の成長を喜ぼう。
 そう思って、再び暴走して走り始めたのどかを追う読子だった。



     ○



 「ネギ先生と馬鹿レンジャーが!」

 教室に飛び込んできた朝倉は一拍置いて。

 「図書館島で二泊三日・秘密のラブラブ勉強合宿だって!」

 そう叫んだ。

 「……な」

 沈黙が下りた教室内で、一番に反応したのはやはり雪広あやかであり――

 「あああ朝倉さん、それはどういうことですのっ!」

 そのまま一瞬で距離を詰めると首を掴んでガクンガクンと揺らす。
 動きが瞬動並みに速かったのは気にしてはいけない。雰囲気というやつである。

 「な、何って、ちょ、くるし」

 「あやか、朝倉さんが死んでしまうわ。ネギ先生が困るでしょう?」

 その那波千鶴の言葉に正気を取り戻した委員長は、

 「さあ、きりきり吐くのです!」

 今度は朝倉を机に座らせ、まるで警官のように言う。ここが取調室で目の前にカツ丼とスタンドがあれば完璧だっただろうが。
 ここは教室で、灰色の壁の代わりには興味心身のクラスメイト。スタンドの変わりは窓から入る太陽に蛍光灯である。

 「えーと、これはハルナから聞いた話ね」

 朝倉の全員に説明した話はこうだ。

 『昨日の夜、図書館の奥にある『魔法の本』を取りに行こうと馬鹿レンジャーが言ったんだよ。あるかどうか不確かだったんだけど。
 そうしたら、図書館の司書の人に見つかっちゃって。同行していたネギ先生と鳴海先生が取り直してくれたから罰則はないんだけど、それを聞いた学園長が、『魔法の本』が要らなくなる位勉強させることにしたらしいよ。
 あ、でも私も何処で勉強してるかは知らないんだよね』

 普段通りの態度だったらしい。
 ちなみに、その早乙女ハルナは素知らぬ顔で読書中である。

 「まあ、確認は取れたよ。なんでも図書館島にいて、きちんと状況を把握しているみたいだし。……五人が逃げられないように、こっちからもいけない場所らしいんだけど」

 付け加えられる情報は出所も確かであり、そして朝倉の説明は筋道立っており、委員長でも文句のつけようが無い情報だった。

 「まあ、大丈夫でしょ。それより、私達も勉強しないとまずいんじゃないの?」

 「そうでしたわ!」

 勢いよく立ちあがった委員長は、クラスを見渡し。
 ――そこで、何やら不機嫌そうな副担任と目があった。

 「――ああ、説明するよりも早く状況をきちんと理解しているのは素晴らしいが……現状も認識しておいて欲しい物だな。ホームルームは当に始まっているぞ」

 ルルーシュの声に、慌てて席に戻る女子達であった。
 この後、彼女達もまた騒動に巻き込まれることになるのだが――まあ、それは別で語ろう。



     ○



 職員室において、新たに加わった人材がいる。
 霧間凪。別名を《炎の魔女》とも呼ばれる人物で、その腕っぷしの強さは誰もが認めるところ。態度、口調、外見共に――とある人物を彷彿させる。

 「……ほんと、似てるよな」

 呟いた井伊入識こと戯言使いである。
 なんというか、彼の苦手なタイプだ。戯言使いに得意な人間がいるのかと言えば、彼はそもそも人間を相手にすることを苦手としているので正しい言い方では無いのだが。
 否応なしに、彷彿とさせる。
 あの、人類最強の赤色を。
 玖渚に調べて貰った所によれば、何でも探偵と工作員のような仕事をこなしているらしい。
 ますますもって似ている。
 かく言う彼も請負人であるが、しかし彼女ほど優秀では無い。
 請負人にも、大怪盗にも、知り合いがいる戯言使いだったが、だからと言ってあそこまで化け物じみてはいない。

 「どうかしましたか、井伊先生」

 「いえ……」

 話しかけて来た白衣に眼鏡の青年・浦島景太郎に適当に返事をして、視線を向ける。

 「知りあいに……似てまして」

 玖渚と合わなかったら、一生出会う事も無かったであろう知り合いだ。いや、物語の必然として、いつかはどこかで会ったのかもしれないが。
 そもそもあの時、鴉の濡れ場島に行かなかったら、しばらくは会わなかった可能性が高い。

 「ああ、そうですか」

 浦島景太郎は――何と言うか、まともだ。
 時々、家の中でドジをして殴られるような音が聞こえてくるらしいが……おそらく、2-Aの受け持ちの教師の中で、近藤先生と並んで普通の分類に入るだろう。
 妙に体に耐久力があるのが気になるが。
 極普通の、青年に見える。
 少なくとも、今まで殺人事件には巻き込まれた事はないだろう。

 「平穏は、だいじだよなあ」

 そう言った戯言使いは、教室にルルーシュが帰って来るのを見て。
 そして、なにやら不穏当な空気を纏っているのを見て。
 ああ、これはまたあのクラスで何やらあったな、と知り。
 放課後と――そして、今からそこで行われる授業に憂鬱を感じながら教材を取った。



     ○



 しばし、時間は跳び。
 地下において。
 学園長の石像が出現し、ネギ、馬鹿レンジャーと木乃香が地下から脱出した後。
 いつの間にか姿をくらましていた「図書館島の聖霊」は――

 「つ、疲れたのですよ~」

 今までの仮面を取りはらって空中に寝そべった。
 エルシアではなく――変装していたウィル子である。
 本当に大変だった。
 いつものノリではいけないとヒデオに注意されたために、地下から移動したエルシアを真似ていたのだ。
 ギリギリだった。
 ネギ達が落下してくる前に何とかエルシアにたどり着いたウィル子だったが、そう簡単に自分の願いを聞き入れてくれる性格では無い。気絶している彼らが(何か一人くらい起きていたような気もするが)目を覚ます少し前に、ようやっと彼女と入れ替わったのだ。

 「良くあんな態度でいつもいられます」

 あんな態度はウィル子はいられない。そりゃ命令することに慣れてはいるけれど、生粋のお嬢様であるエルシア程当然のようには振舞えない。
 そのエルシアは、ヒデオと《福音》が何やらを企んでいる事を聞き、地上に行った。
 まあ、何とか出来るだろう。
 何かあったとしてもログハウスが吹き飛ぶ程度だ。
 大停電の日の計画は――実は、ウィル子にも重要な役目がある。
 天界のマリアクレセルは『面白そうですね』と言って許可をくれた。きちんと騒動を編集して渡すよう指示されてもいる。なお、それを聞いた城塞都市の面々も見たいとか騒いでいたので――そこは愉快型ウィルスのウィル子。
 《億千万の眷属》に限り、きっちりリアルタイムで見学できるようにしておいた。

 (……祭りは、楽しい方が良いのです)

 それも『魔法使い』からは異端視され、その癖に伝説的な噂を持つ『闇の福音』の大騒動だ。
 彼女自身、どうやら楽しみで仕方が無いらしいし。

 「……さて、ウィル子も久しぶりに、満足できますよね」

 確証はない物の。
 とても、期待しているウィル子だった。
 聖魔杯のように。
 己の魂のぶつかり合いだ。
 それを嫌いな人間には、生きる資格が無いとあの魔神達は言うだろう。
 傷つくのを恐れる人間は、端から見物資格は無い。
 進めない人間には、価値など存在しない。
 《闇の福音》の標的は、あの未熟な英雄の血を引く少年だ。

 「にひひっ、さあ、祭りの準備は入念に行うのですよ~」

 休息を終えたウィル子は、とりあえず、今エルシアが何所にいるのかを尋ねるために、ヒデオの元に向かうのであった。



     ○



 学園長は――一つの懸念がある。
 《闇の福音》に関することであるが、それは彼女に関することでは無い。
 麻帆良と言う土地には無論、魔法使いが多い。それも本国や各国の魔法学校を優秀な成績で卒業し、その上で実践訓練をある程度積んだ魔法使いたちだ。
 未熟な者も生徒の中に入るが、魔法学校の生徒よりは数段上に位置している。
 そしてその中には――少ないが、奢り高ぶる者もいる。
 自分達が正義だと思うのよりもなお厄介な――いや、ある意味では発展なのかもしれないが、つまりここにいる生徒は自分達に守られるべき存在である、と言う思考だ。
 教師が生徒を守ることが間違っているとは言わない。
 助けを求める人間や、その声を上げることもできない人間に、手を伸ばすことが間違っていると言うつもりはない。
 だが――自分の理想と違う事に、納得はしてもらいたいと思う。
 《闇の福音》の存在は――異端視されている。
 かつては、悪逆非道を尽くした《始祖》……そして、《真祖》の名を冠すことを認められた大吸血鬼として。
 現在の大半では――ナギ・スプリングフィールドに心を諭され(学園長にしてみれば二重の意味で笑い話以外の何物でも無いが)大戦を戦った英雄であると言われ。
 麻帆良の関係者からは――ほとんど戦わない存在。力があるのに使わない存在として。異端視されている部分がある。
 重要なのは、彼女が力の使い方を知っている……と言う事では無い。
 関係者たちの中には『何故彼女が力をふるわないのか、そして自分達が力を持つことが当然である』――そんな風に考える者もいるのだ。
 そんな集団が、悪をなす《闇の福音》を、果たしてどう思うのか。
 彼女に危害が及ぶことなど欠片も不安には無いが、しかし彼女の周囲の人間への危害は、容易に『あの』火薬庫に――2-Aのクラスに火をつけかねない。
 無論、そう言う彼らを抑える準備はそれとなくしているものの、だ。
 予定とは狂うためにあるようなものである。

 (……図書館島のように、のう)

 すでに、彼女には許可を出してある。
 いや、出さざるを得なかった。
 期末テストでの彼女が本気にやる条件こそが『ネギ・スプリングフィールドと私に、大停電の日に干渉しないこと』だったのだから。
 学園長も、なんだかんだ言いつつも、彼女を信頼している。
 《闇の福音》が悪であれ、誇りを持ち、そして人格者であることも把握している。でなければ《赤き翼》にいられたはずが無い。
 性格的な欠点はともかく、人間として失ってはいけない大事な部分を、あの集団は、そして彼女は持っている。
 だから――それを忘れているのは、人間の方なのだろう。
 力を得れば、人はそれを振るいたくなる。
 それは事実だ。
 だが、だからこそ力への責任が付随する。
 ネギ・スプリングフィールドにはさらに、もう三つほど。
 自分の立場と、そして何よりも彼が目指す高さの遠さと。
 そしてなによりも――本当の恐怖と挫折を。
 与える必要がある。
 それでいて、彼の心を折ってはいけないのだ。

 (大丈夫じゃと思うのだがの……)

 それでも。
 束縛から百パーセント解放された彼女の行動に、この街が何を思い、そしてもたらすのかが不安な学園長だった。



 全ての思惑が交錯し、紡ぎだされるのは――
 来年の四月のことである。




 「なあ御爺様、少し良いやろか?」

 「なんじゃ、木乃香。図書館島から帰って来たばかりで疲れておるじゃろ」

 「ううん、直ぐに終わるで?あのな、あの石像の画像を、御爺様が見てたって言うんはホントやろうか?」

 「……何の話かのう。ワシは監視はしずな先生に任せておいたぞい?」

 「ほうなんか。それじゃあ、そのコンピューターのの端に映っとる図書館島ファイルーて言うのはなんなんや?」

 「ぬ?……こ、これは違うぞい!悪戯好きな電子ウィルスが勝手に送って来たものじゃ!不可抗力じゃわい!」

 「ほうか、つまり見てた事は事実なんやな?」

 「あ……」

 「お仕置きや」

 その後、とても残酷でお見せできない描写が行われた事だけをお伝えしておく。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第一章《教育実習編》その三・番外編
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 00:52
 
 さて……ネギ・スプリングフィールドとその一行が図書館島でイベントに巻き込まれたり、その裏で何やら皆さんが試行錯誤をしていたりする頃。
 残った2-Aのメンバーもまた、トラブルの渦中にあった。
 最も。
 それは危険は全く無い――ルルーシュ・ランぺルージを始めとする天才系教師による超勉強大会だったのだが。



 ネギま クロス31・第一章《教育実習編》その三・番外編



 そもそもの事の起りが何だったのかと言うと、C.C.の成績がそれなりに良かったことに起因する。
 数百歳以上の年齢であり、各国を巡る生活だった為に英語と日本語は基本。さらには中国語やフランス語など、言語学はかなり優秀。
 高校生以上のレベルならばともかく、基礎数学はナイトメアフレームには必須事項。何も問題ない。
 西洋の過去の歴史ならばともかく、日本の歴史や公民、あるいは科学が苦手なのは、これは仕方が無い部分もある。あるが、学習能力が異常に優秀なルルーシュのお陰だろう。毎晩勉強を見てもらえれば、それは人並には上がる。
 結果としてC.C.――いや、出席番号三十四番クライン・ランぺルージは大体二百数十番前後というクラスの上位に位置していた。
 唯一の問題は。

 『クラインさん、何で成績良いの?』と、前の席に座っていた明石裕奈に、

 『毎日ルルーシュに教わっているからな』

 と返事をして、それがクラスに広まり、ネギの代わりにホームルームをしに来たルルーシュの機嫌を勢大に損ねたということである。
 そこからは、もう売り言葉に買い言葉。
 翌日、朝倉の担当する記事に『2-Aで夫婦げんかが勃発!』とかいう言葉が躍ったりするのだが――それはともかく、機嫌を損ねたルルーシュは久しぶりに魔王ッぷりを露にし。

 『ネギ先生を首にするつもりか?……嫌なら勉強することだ。安心しておけ、きっちり全員の面倒を見てやる』

 そう言って大勉強大会を開催することを決めてしまった。

 『ネギ・スプリングフィールドがいなくなるとエヴァンジェリンの計画が無意味になる。ついでに自分があの桜咲を勢大に虐めることが出来なくなる――そのためにもルルーシュ、お前にはこのクラスの面倒を見てもらわないとな』

 はたして、それがこの灰色の魔女の真意であったのかどうかは、定かでは無い。



     ○



 で、実際のところ。
 2-Aの教師陣は、はっきり言って頭は良い。
 例えば。
 ルルーシュ・ランぺルージ・(数学)の場合――そもそも生前においては世界を相手に、知略と手腕と行動だけで世界の半数を手中に収めその後には皇帝にまで上り詰めた人間であり、正体を隠すために『あえて』クラスの平均点を取るという離れ業を遣ってのけていた頭脳を持つ。勿論今でもその学習能力は健在だ。
 例えば。
 井伊入識・(理科(物理・化学))の場合――一応中学生の段階でアメリカ・ヒューストンにある世界最難関の研究機関「ER3」の、入学試験がドイツ語・ロシア語・中国語という嘘みたいな試験をパスして入ったほどの頭脳を持ち、人間に対しての決して記憶力は良くないが、その知能は非常に高い。
 例えば。
 浦島景太郎・(理科(生物・物理))の場合――過去の偏差値は平均だったものの、今では立派な東大生である。天才では無く努力で掴んだものの、頭が悪いわけが無い。
 例えば。
 北大路美奈子(古典)の場合――本職は警察官であるが、一応厳しい親の教育方針によりかなりの進学校を出ており、ついでに言うならば法曹関係にも十分詳しい。結論として言うならば、早とちりは多い物の頭は良い。
 例えば。
 川村ヒデオ(社会・公民)の場合――出身こそ普通の高校であり大学であるものの、その閃きは自分の望んだ未来すらも引き寄せるほどの回転を誇る。要するに、根本的な所で頭が良い。
 まあ、音楽の鳴海歩とか、最近入ってきた体育の霧間凪とかも実は滅茶苦茶頭が良い。
 ここにはいないネギ・スプリングフィールドが天才だというのは当然周知の事実である。
 何が言いたいのかと言うと、2-Aの教師陣は何でこんな所で一教師をしているのかを尋ねられたら、理由を説明できないくらいに頭が良い人材の宝庫であるという事だ。
 ルルーシュが手配した彼らと、さらには玖渚友とかを加えて――2-Aの大勉強大会は開幕した。
 なお、一番苦労したのはやはりと言うかルルーシュだった。
 なぜならば――頭が良いが故に、何故わからないのかが、わからない人間もいるのだ。特にそれが顕著なのが、井伊入識だった。要するに――
 いや、もはや説明的になってきたので簡潔に言おう。


 要するに、面倒見が良い人間は、余計な苦労を背負いこむことが多いということだ。
 それが生徒の問題であるないには関係が無く。



     ○



 中等部女子寮の大会議室。
 人数分の机が運び込まれ、制服から各々私服やジャージに着替えた2-Aのメンバーが集まっている。自宅があるエヴァンジェリンと茶々丸は不在だ。今頃は魔神の姫と実に邪悪な話をしているだろう。
 今回の大勉強大会の面倒を見る教師は十人。
 ルルーシュ、井伊、ヒデオ、美奈子、景太郎、歩、凪、そして助っ人として参加した玖渚友(戯言使いの浮気防止)と浦島なる(景太郎の不運によるセクハラ防止)。
 銘々、ある程度の集団になって固まって自習し、解らない点が出たらその都度教師に尋ねる。勿論、超や葉加瀬、雪広あやかに教えるのを手伝わせることも忘れない。
 そんな中で――

 「おい、刹那……お前、大丈夫か?」

 龍宮真名に並ぶ机に、座る桜咲刹那である。

 「問題ない」

 彼女は――今日まで、入院していたのである。
 木曜日の夜に早乙女ハルナとの会話で暴走して昏睡に落ち。
 金曜日に龍宮が見舞いに行き、金曜日に教室内でネギが首になる話が出て、その日の夜にはルルーシュが葛葉刀子から事情を聴き。
 そして今日、土曜日から大勉強会が始まるのだ。
 なお。ネギが自分の魔法を封印した時は木曜日の夕方前であり、魔法が解けるのは日曜日の夕方――つまり図書館島で螺旋階段を上っている途中か、ようやっと出てきた頃には使えているはずなのであるが――どうやらすっかり忘れていたようである。あの場では使えなかっただろうし。

 「いや、でもな」

 「問題ないんだ。龍宮」

 はっきりと言われた言葉に、不肖無精に頷いた龍宮だが、刹那が精神的に参っているのは見ればわかる。よらば切るという空気を纏っているせいで誰も話しかけてはこないが、明らかに彼女を見る目に心配そうな物が混じっているのだ。
 それに気付かない彼女でも無いだろうに。

 「……そんなに、あのクラインが近衛に危害を加えることが心配か?近衛は図書館島にいるし、大停電までは動かないとあるぞ?」

 「関係ない」

 ――だめだな。これは。
 内心で思う。
 意固地になり過ぎている。大停電まであと何日あると思っているのだ。一日や二日では無い。ざっと五十日はある。
 気持ちは分からなくもない。図書館島で何かあった時の為に、いつまでも昏睡状態ではいられないのもわかる。早乙女が何を言ったのかは知らないが、少なくとも普通の一般人では言えないことを言ったのも事実だろうし、早乙女に刹那が気が付かなかったことも事実だろうが。
 だが、それでも少し過剰に反応し過ぎだ。
 刹那が相当に難儀な過去を持っているらしいことは分かるが。

 (……精神的な束縛が、一つや二つでは無いのか)

 戦場において、異様に彼女が力を発揮するのは同じ仕事をしている龍宮にはわかる。
 近衛木乃香に、もはや滅私でも言えないくらいに忠誠を誓っているのもわかる。
 だが、それ以外の彼女の枷がわからない。

 (……誰か、何とかしてくれれば良いのだがな)

 薄情だとは思うものの、龍宮には不可能な話であるし、それに彼女は基本的に仕事人だ。
 頼まれてもいないことをやるのには、主義に反する。

 「手が動いていないぞ、龍宮」

 そう声を掛けられる。掛けたのは――
 ルルーシュ・ランぺルージ。
 過去の記録が一切発見できない、身元不明の天才教師。
 そして、あのクラインをC.C.と呼ぶ人間であり――《闇の福音》の協力者だ。

 「……ええ」

 それだけを返して、視線を机に戻す。
 隣の刹那が――視線だけで人が殺せるならばとっくに死んでいるだろう程に彼に感情を向けているが――それをまるで嘲うかのように顔を歪めると、内部の見回りを続ける。
 途中、鳴滝ツインズに質問を聞かれ、答える姿は普通の青年なのだが。

 ――あの人も、相当に重い物を背負っていたんだな……

 勘では無く、戦場で出会った同業者のような空気を背負っているのを感じて。
 龍宮は溜息を吐いた。
 苦労ばかりしている気がする。全く。



     ○



 「久しぶりね《福音》」

 エルシアは、目の前にいる小柄な金髪の少女を見る。
 無論外見だけの話であり、一応、もう数百年の付き合いだ。
 最後にあったのは――《赤き翼》として活動していた時だったけれども。

 「ああ。そちらも息災そうで、ついでに退屈そうだな。姫」

 「そうね。でもまあ、聖魔杯では多少面白い物が見れたわ」

 「それは重畳……。それでどうしてここに――――いや、聞きつけたか」

 「そうね」

 エルシアは無表情に頷く。

 「あなたがあの馬鹿の息子を虐め倒すと聞いて、私も鬱憤でも晴らそうかと思ったのだけれど」

 ナギ・スプリングフィールドは本当に怪物だと言っても良い。人間のくせに実力で『億千万の眷属』を圧倒するなど、異常である。本当に。

 「すまないがアレは私が虐めるんだ。他を当たってくれ。そうだな、タカミチはどうだ」

 さらりと同朋を売るエヴァンジェリンである。

 「殴り合いは趣味じゃないわ。それにガトウの領域にはまだ達していないでしょう」

 「まあな」

 あっさりと同意した彼女は、出された紅茶を一口。
 淹れたのも、控えているのも茶々丸だ。

 「まあ期待してくれて良いと思うがな。あの坊やは一応ナギの息子だ。おそらく強い輝きを放つだろうさ。仮に私達の眼鏡に叶う様な存在で無いならば潰すだけだよ。物理的な意味でも――精神的な意味でもな」

 実に邪悪そうに笑う。

 「そうね。それが良いわ」

 エルシアもそれに同意した。

 「殺すつもりはないのでしょう」

 「ああ。殺しはしない。代わりに、恐怖を味わわせる。あの坊やがどこまで進むことが出来るのかは、私が見極める。だからだ、すまないが姫」

 真剣な目で一言。

 「手出しはするな」

 「――ええ。そうね」

 ごくあっさりと頷いて、彼女も紅茶を一口。

 「ゆっくりと見物させてもらうわ。私も、魔眼の王と電神には興味がある。あなたの協力者の青年と不死者の魔女にもね」

 「ああ」

 その言葉を最後に、二人は――否、今この建物内に人間と呼べる生物はいないのであるが――ゆっくりと午後のティータイムを過ごす。
 そんな彼女が唐突に帰ったのは夕方に近くなったころである。
 滞在場所がアルビレオの場所であると言い残して、去って行った。

 「――茶々丸」

 「……はい、マスター」

 エルシアが去った後にエヴァンジェリンは尋ねる。

 「もう問題は?」

 「ありません」

 「そうか。なら良い」

 計画には不都合が付きものだ。認めよう。
 だが、だからこそ柔軟に――そしてシンプルに行う方が良い。
 『闇の福音』は再び出された紅茶を一口飲み、そして僅かに想いを馳せる。
 この計画は、なによりも自分の為の行動だ。
 一瞬だけ頭をよぎったその人物を――彼女は心にしまう。

 「……なあ、お前が生きていたら、私の行動をどう思うかな――アリカよ」

 その声は、言葉にならずに、湯気と共に消えて行った。



     ○



 「あえて言わせてもらうが、お前達は決して頭は悪くない。勉強しないから悪いだけだ」

 会議室の前でルルーシュはそう言った。
 全員の視線を集めることなど慣れている。気後れするはずもない。

 「反則をしないで高得点を取れば良いのだろう?ならば話は簡単だ」

 ルルーシュはまず、椎名桜子に言う。

 「椎名。夜、これが終わった後でいい。私達教員が一切話していないと証明できるような状況において、クラスの全員にお前の予想したテストの問題を指定しろ。勘で構わない」

 次に、超と葉加瀬に。

 「今までの試験問題の過去問から傾向と対策を打ち出せ。回答傾向や範囲なども合わせてだ」

 次に何人かを指差し。

 「明らかに普段適当に受けている奴、悪いが俺の眼は誤魔化せない。特に長谷川とかな。今回ばかりは本気でやれ。ネギ先生に話して内申を下げられたくなかったらな」

 さらには。

 「この中のだれ一人でも馬鹿レンジャーよりも点数が低かった場合、今後俺の授業においては、全てを英語で実施させてもらう。いやなら精々励むことだ」

 そして最後に。

 「何、簡単な話だ。お前達のせいで学年最下位になったら、ネギ先生は悲しむだろうな。折角日本にやって来たというのに生徒に恵まれなかったという事だ。まだ十歳の少年が、だぞ?そうだろう?」

 その態度は――

 (……本当に、悪役が似合う男だよ)

 演技だと何人が気が付いているか。
 まあ、素の部分でもあるのだが、多少は造っている。
 途中、「頑張っているね」と言いながら夜食を高町なのはが運んできたりもした。
 要は、なんだかんだ言いつつも、一番生徒を見ていたルルーシュであったということだ。
 C.C.はそれを可笑しく思いながら眺めている。

 (……あいつ、実は意外と本職じゃ無いのか?)

 机の上に広がる、社会の教科書の中身は――かつての世界とは違う。
 どこで分岐したのかは分からないが――しかし、ここはあの闘争の渦巻く世界よりは随分ましだろう。
 少なくともここには、手に入れたくても手に入れられない日常が多く残っている。
 中学生という立場はエヴァンジェリンに付き合って入っただけだったものの、意外と楽しい生活だ。
 こう言う風に、学業に普通に打ちこめると言うのも――滅多にあることでは無いのだし。
 妙に視線を向けてくる桜咲刹那を無視しながら、意外と楽しむC.C.であった。



     ○



 結果発表当日のこと。

 「ふむ……なるほど、あの子たちもよう頑張ったの」

 そんな風に考えていた学園長であったが。
 遅刻組を除いたクラス平均は88点という嘘見たいな点数であり。
 実は馬鹿レンジャーと図書館組の点数を入れなくても、平均点が70点を超えて最下位になることはなかったというのは、教職員だけの秘密である。
 どっとはらい。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 元ネタ辞典(登場人物編)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:21
 
 えー、図書館島終了時までの人物です。一回しか名前が出てこなくても、記載してあります。頑張りました。
 組織順になっています。
 ここからは非常に多くネタばれを含むので、自己責任でご覧ください。




 『R・O・D』からの人物



 読子・リードマン

 言わずと知れた《紙使い》。ザ・ペーパーの異名を持つ大英図書館のエージェント。そこそこ強い。図書館ではタカミチでも勝てない。
 黒縁眼鏡にコート、そして大量に持ち歩く紙と本という出で立ちで、顔の造詣もスタイルもかなり良いのに、生活全てを本に捧げているが故に無造作。宝の持ち腐れ。
 今現在は図書館島の司書をしており、のどかとは親しい友人。大英博物館からの訓練された司書達の指揮官兼隊長で、アルビレオと接触した経験もあるようである。
 ただ、どうやら彼女と《赤き翼》の間には抗争は無かったように「見える」ので、彼女の先代・ドニーとの間のことなのかもしれない。


 Mrジョーカー

 現在の大英図書館の代表者。原作では本篇が終了していないので困ったけれども、一番最近に出た話では、彼は責任者なのでここに居座ってもらっている。
 読子の上司で、話し方は軽いが、意外と執念深くてついでに策略家。特別悪い人では無いけれども、この話では何か悪者扱い。組織の立ち位置ゆえに。



 『終わりのクロニクル』からの人物


 佐山御言

 世界は自分を中心に回っていることを素で信じている、傲岸不遜を絵に書いたような人物。ただし、決して愚か者では無い。むしろ自分が悪役であると理解している。今現在はUCATの本部長の椅子に座っている。
 1999年12月24・25の『全竜交渉』の場で軍勢を率いた元隊長であり、別名を交渉人とも。自身の戦闘能力もかなりのものだが、彼の真の能力は軍勢を鼓舞させることである。
 この話においては、似た境遇のネギを興味深く思いながら麻帆良に協力している。


 新庄運切

 佐山の女房役、もといストッパー。そしてその為には意外と手段を選ばない娘。
 『全竜交渉』においては色々な意味で物語に大きく関わっていたが、今現在は佐山の補佐官として仕事をしている。ちなみに常識人に見えて以外と現代常識に疎い。
 なお、彼女の尻は後の世(この話には一切関わらない……かもしれない『境界線上のホライゾン』)において尻神信仰(佐山発案)の、どうやら祭神に祭り上げられている。不憫だ。


 戸田命刻

 『全竜交渉』最後の戦いにおいて、リヴァイアサンとノアの軍勢を率いた「もう一人」の佐山とも言うべき存在。おそらくは常識人。新庄とは同郷。
 その戦闘能力は佐山以上であるが、今は常識人故に苦労を重ねているようである。


 八号

 佐山の本部長執務室で黙々と書類仕事に励む自動人形。主は佐山であると決めている。
 皆に丁寧だが、わずか数人には異常に厳しい。


 ヒオ・サンダ―ソン

 現在は麻帆良の航空技術研究会に所属の金髪娘。伯父がアメリカのUCATにいる。
 常識人っぽいが、何故か原川の前では裸になることが多い。偶然だったりノリだったり天然だったりで。ほとんど夜這いである。
 『全竜交渉部隊』の対機竜戦力にして部隊最高の火力を有し、最強武器はもはや失ったものの機竜《雷の眷属》は今なお彼女と共にある。


 ダン・原川

 ヒオの相棒。ハーフ。おそらくはUCATの中の数少ない常識人。ただ、ヒオに巻き込まれて変態扱いされることが多い。佐山に素で反論を返せる人間でもある。
 ヒオが機竜と同化し、原川が操作する――みたいな感じで操る。


 大城一夫

 UCATの全部長。立場的には凄いのだが、しかし敵味方含めあらゆる生物から邪魔者扱いされる、エロと煩悩に塗れた変態ジジイ。かつて戦場で特攻させられた時、敵も味方も戦闘を中断し万歳三唱を唱えた位の、嫌な方に凄い存在。


 出雲覚

 『全竜交渉部隊』の前線。武器は大剣。無駄に高い防御力をもつ。ヒオと原川の会話に出て来た「暴力カップル」の旦那の方。


 飛場竜司

 『全竜交渉部隊』の対武神(簡単にいえば巨大なロボットで、操作方法はモーションキャプチャー)戦力。美影という彼女がいるものの、出雲と共に煩悩に従った行動をすることが多く、なんか扱いが適当。



 『戦闘城塞マスラヲ』及び『レイセン』『お・り・が・み』からの人物


 川村ヒデオ

 言わずと知れた主人公で、現在は公民教師。体力も並、頭脳も並みだが、眼光だけは歴戦の軍人や吸血鬼すらも退かせる。つまり外見だけは非常に怖い。「元ネタ辞典・教師編」を参照のこと。
 自分の描いた未来を掴むために努力する、その姿を見た《闇》は、彼が確かに未来を見る魔眼の持ち主であると認めている。
 こと勝負になるとその頭脳は恐ろしい閃きを発揮し、敵のフィールドで勝ちを収めることが出来る冴えを見せるほど。それゆえに、聖魔杯では非常に注目を浴びていた。
 《闇》に認められたため、いつでも彼(性別はないが)を呼び出すことが出来る。この話では、大抵ノアレか神野陰之。


 ウィル子

 《億千万の電脳》とも呼ばれる最新の神。情報世界の担い手となることを聖魔杯でヒデオに諭され、現在は地上と天界を往復しながら楽しく生活している。
 元々が超愉快型極悪感染ウイルスで、要は悪戯好きのコンピューターウイルス。以前はヒデオに採り付いていた。
 ドクター曰く、全てをデータに構築し再構成させることが出来るので、理論上は開闢から終焉までのあらゆる物を造ることが可能なのだとか。
 なお、みーこの影響で胃がある。データだけでなく食物を食べると美味しいらしい。


 北大路美奈子

 現在は古典の教師をしている警察官。正義感も強く、良い人なのだが、少々早とちりがある。その為ヒデオは、聖魔杯で出会って早々に岡丸で殴られ、引っ越しで隣人になった瞬間に薬物中毒扱いされた。
 何かどこかでフラグを立ててしまったらしく、ヒデオを相当に意識している。食事を造りに行くならまだしも、実家に合わせに行くとか聖魔杯終了後に言っていたが。


 岡丸

 北大路美奈子の持つインテリジェンスな十手。江戸の生まれらしい。
 礼儀正しく仁義を重んじる武人。侍。美奈子に説教をしたこともある。
 最大の謎は、口が無いのに酒が飲めること。


 《億千万の闇》

 物理的概念的の全て、三千世界の涅槃の彼方まであらゆる意味での闇を司る存在。この話では他に『この世の全ての悪』という名も貰っている。
 聖魔杯において召喚されかけたが、ヒデオとウィル子に送り返された。
 その際に会話をしたヒデオを非常に気に入っており、自分の最強とも言える力(みーこやエルシアすら、抵抗する気が失せるくらいの力)を何時でも使わせる……とか言っているが、当のヒデオは勿論使おうとしない。
 ヒデオの人生を見るため、ノアレを派遣したのもこの存在。話し方からすると、どうやら男性っぽいが、性別はたぶん存在しないだろう。
 ちなみに、過去にもヒデオのような存在とは出会っているらしい。


 闇理ノアレ

 ゴシックドレスに身を包んだ、小悪魔のような外見の、悪魔的な性格の少女。
 ヒデオの人生を面白く見れれば良いらしく、あっちこっちで勝手に表れては事件をひっかきまわしている。
 当の本人は精霊程度の力(初期のウィル子位)の力しかないらしい。


 長谷部翔香

 宮内庁神霊班の副班長で《鬼姫》とかいう異名まで持つ剣の天才。なのだが、その力を振るう事は少ない。長谷部翔希の姉。
 伊織貴瀬とも既知であり、かつてはみーこに喧嘩を売ったこともある。勿論負けたが。
 どう見てもグータラなのだが、これで何とかなってしまう辺り、ヒデオはこき使われていることが分かる。


 名護屋河鈴蘭

 現在、おそらく最も魔神達の支持を集める少女――はちょっと年齢的に過ぎたから女性。
 元々は一億以上の借金を背負った少女だったが、伊織貴瀬と出会ってからは一変。公権力に喧嘩を売り、魔人に喧嘩を売り、神殿協会に喧嘩を売り、天界に喧嘩を売り、最終的には聖女と魔王の両方の力を持っていたが故に聖魔王と名乗ることとなる。
 聖魔杯の主催者で、みーこのパートナーとして出場したが、長谷部翔希に負けた。
 伊織を「ご主人さま」と呼ぶが、名刺には「メイド長兼影の総帥」と書かれている。


 名護屋河睡蓮

 宮内庁神霊班に勤める巫女さんでヒデオの同僚。鈴蘭の妹に当たるが、姉と違って発育は良い。おまけに厳しく育てられた。
 その実力は魔神すらとも互角に戦えるレベル。実際に勝ったこともある。
 最近は色々言いつつも姉が心配なようである。


 みーこ

 『億千万の眷属』にして魔王の側近たる魔神。通称を《億千万の口》。今は鈴蘭の友としてふらふらニートに生活している。
 和装姿の美人であるが、その実力は凄まじい。あらゆる物を喰らい、天すらも飲み干す。
 大体《赤き翼》なら、なんとか対処できるレベル。実際に過去には彼らと戦ったこともあるようだ。そのため、何かある時はアルビレオの地下居住区画に集まっている。


 リップルラップル

 外見だけは少女の、元初代魔王。アトランティスとムーを沈めて、周囲から『人間の数減らしすぎだ』と言われて三日で退いた。
 知能はドクターと同程度以上、実力はみーこと同程度、正真正銘の幻想としての『龍』を召喚することもできる。
 普段の武器は、なぜかミズノのバットであり、特に好きなのが、落とし穴から這い上がる人間の頭を打ち抜いてもう一回穴底に叩き落とすこと。ひでえ。


 エルシア

 妙に出番が多い魔神の姫。二代目魔王フィエルの娘。外見だけは非常に良い。本当に生粋のお嬢様。そのせいで面倒くさがり屋で、雑種には興味が無いらしい。
 ただし、人間の魂の輝きを興味深く思っており、リュータやヒデオなど聖魔杯での幾人かを気に入ってはいる様子。
 魔法の実力は非常に高く保有魔力量も非常に大きいが、それを本によって制御しているため、失うと焦点が合わずに山を溶かすこともある。一撃が核ミサイルレベル。
 なお、魔法のプリンセス、トワイライト・エルシオンという存在が――過去に魔法少女カレイドルビーを見た影響なのかは不明である。


 伊織貴瀬

 悪の組織を率いる精悍な男。鈴蘭が聖魔王になる切欠の始めを作った男でもある。まあ借金の形に体を闇ルートで販売されるよりはマシだったかもしれないが。
 商売人であり、しかも非合法。交渉に銃を用いるのも当たり前。大体は指揮官だが、実は本人もかなり強い。少なくともドライビングテクニックは世界レベル。
 ヒデオのランボルギーニは彼が送りつけたもの。鈴蘭曰く成金趣味。
 麻帆良への非合法品は、彼が社長を務める城塞都市の『伊織魔殺商会』が供給している。


 ドクター

 城塞都市に住む医者。鈴蘭の配下の変態。腕は確かなのだが、患者を実験材料と思っている節があり(女子には優しい)ヒデオもかつては両手にドリルを着けられかけた。
 ただしこれでも本名は《葉月の雫》という『常識の外側に住む者(アウター)』で、世界最高峰の科学者。馬鹿と天才は紙一重というやつだ。


 リュータ・サリンジャー

 聖魔杯においてエルシアのパートナーだった青年。ヒデオとはそれなりに仲が良く、友人となり、開催当初からの顔見知りだった。
 実力は確かだったが鈴蘭に敗退。魔神アーチェスを家族の敵として憎んでいたが、聖魔杯終了後は憎むことはやめてアメリカに帰国した。今でも時々メールが届くそうだ。


 マリーチ

 神殿協会の預言者。《億千万の目》と呼ばれる魔神。みーことは良い意味でも悪い意味でも長い付き合いだった。
 運命を知る『ラプラスの眷属』を持っており『運命は普遍である』ことが彼女の拠り所であった。そのため自分の見た未来の通りに世界を動かそうとしていたが、鈴蘭が聖魔王になった戦いにおいて(『お・り・が・み』のこと)リップルラップルによる不確定性理論によって論破され敗北。今現在は真面目に預言者をやっている。


 セリアーナ

 みーこの知人。狐の小娘。先読みの魔女。何やら不穏な騒動によって怪我をしたらしい。
 詳細不明。


 マリアクレセル

 天界に住む存在。リップルラップルの妹。城塞都市を造ったのは彼女。
 今はウィル子の監督役であり、人間の世界が楽しいのならばそれで良いらしい。


 霧島レナ

 聖魔杯の司会者。ヒデオとは仲が良かったが、結局色々あって、それだけの関係だった。
 気の良い美人で、ヒデオも焦がれていた部分もあったようだが。
 今は城塞都市で再出発している。何所かで出てくるかも。


 アカネ・インガルス・天白・ブランツァール

 聖魔杯の出場者。ヒデオに求婚した娘。
 本人は紅いマントの錬金術師で、相棒は鎧の巨体だった。
 《鋼》の代名詞は、残念ながら付かない。


 長谷部翔希

 神殿協会所属の勇者にして、現在は関東機関の一員。
 鈴蘭の先輩。熱血感で正義感。剣の腕やバイクの腕も超一流で顔もそれなりに良い――のだが、いかんせん根が単純なので鈴蘭や貴瀬、ヒデオにすらあっさりと陥れられる。


 アーチェス・マルホランド

 聖魔杯の裏で蠢いていた結社『アルハザン』の総長。大会でヒデオを殺した張本人。リュータの仇でもある。過去の名はバーチェス・アルエンデ(と言うか、こっちが本名)。
 元々は魔王フィエルの下で司祭を務めていた人物。人間には非常に友好的だが、自分の目的の為ならば躊躇なく殺す性格でもある。
 掴み所が無く――要は、見かけで判断してはいけない色々と危険な男。今では城塞都市で再出発しているはずだが……彼の過去の行いの影響は、何所かに出てくるかも。



 『Fate/stay night』からの人物


 アルトリア・ペンドラゴン

 アーサー王。《赤き翼》の一員にして、世界最高峰の剣技を持つ美少女。
 表向きはナギが《妖精郷》の中に迷い込んだ後、湖で遭遇した……云々、という理由を付けているが、勿論これは大ウソ。凛と一緒にやってきた英霊である。
 今現在はアルトリア・E・ペンドラゴンと名乗っている。名前にEが入っているのには、ちゃんとした理由がある。


 遠坂凛

 《紅き翼》の一員。今はアリアドネの学園都市で特別講師をしている。
 宝石魔法が専門だが、彼女の魔法研究は教授陣も聞きに来るとか。
 タカミチに毎月、小粒ではあるが魔法を内在した宝石を送ってくれている。


 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 《紅き翼》の一員。今はドイツの森の奥で引き籠っている。麻帆良には、エヴァの呪いを解くために何回か来訪している。出番はいつだろうか。
 作者の設定では、かなりの理不尽な設定となっているが、詳細不明。


 間桐桜

 《紅き翼》の一員。現在は行方不明となっているらしい。
 詳細不明。


 衛宮士郎

 ご存じ、正義の味方を目指す青年。
 この話では殆ど出てこないけれど、絶対に出てくると今から断言が出来る。


 蒼崎橙子

 遠坂達のいた世界での世界最高の人形師。まあ、詳しく説明する必要はないだろう。
 果たして、今後出てくるか……?
 仮に彼女が現れたら、両儀式なんかも一緒に出てくるだろうな。



 『ラブひな』からの人物


 浦島景太郎

 現理科の講師。教員免許は無いので講師。日常担当で、ネギの模範。
 普通の青年だけれども、瀬田に鍛えられたために結構強い。
 考えてみれば、東大生で美人の奥さんがいてしかも好きな研究に存分に打ちこめる……って、かなりの勝ち組みな人生では無いだろうか。


 浦島(成瀬川)なる

 ご存じ『ラブひな』ヒロイン。時系列的にはまだ結婚をしていないが、もはや結婚までは時間の問題の為、皆浦島で呼んでいる。住んでいる家も一緒。
 現在は高校教師となる為に教育実習を麻帆良で行っている。出番は少ないはず。


 サラ・マグドゥガル

 2-Aの出席番号二十八番。
 浦島ひなたと学園長の何らかの密約、及び騒動によって麻帆良にやってきた少女。十二歳だが、瀬田のおかげなのか、普通に中学生でもやっていけるだけの精神と頭脳を持つ。
 こちらも日常担当であるが、もともとのスペックが高いので、きっとどこかで活躍するだろう。


 前原しのぶ

 まああえて言う必要もないだろう女の子。現在はM女学院の高校生で東大目指して勉強中。Mって――麻帆良のMなのかもしれない。


 瀬田記康

 サラの父親。眼鏡に白衣の、明日菜が好きそうなおじさん。
現在は彼女を景太郎に預け、世界中を考古学の研究の為に妻共々回っている。
 ちなみに、鶴子と互角に戦えるくらいは強い。


 瀬田(浦島)はるか

 瀬田の妻。サラの義理の母。景太郎の伯母にあたる人物で、キレると普通に銃を撃つ。
 実は彼女も凄く荒事慣れしているが、詳細不明。


 浦島ひなた

 景太郎の祖母。学園長とは古い友人であるので――おそらくさよちゃんとは同級生だったとかそんな感じだろう。
 非常に元気で世界中を浦島可奈子と共に回っている。
 何やら学園長に頼みごとをしているらしい。


 青山鶴子

 現在の京都神鳴流の師範代。勿論裏の世界を知る、神鳴流でもトップクラスの実力者。今の詠春と比較するとどれくらい強いかは本篇をお待ちください。
 修学旅行編で必ず登場します。


 青山素子

 青山繋がりでこちらも。あえて語る必要はないだろう。
 本編で出てくるかは不明。と言うか、今年の四月から東大生だ。時代的に正しく考えてみれば。



 『消閑の挑戦者』からの人物


 果須田裕杜

 すでに死亡しているものの、彼の存在は西東天や水城刃など、多くの人間に影響を与えた。特に生物学方面。彼の《進化》の理論は、重要なキーワードである。
 まさに《天才》に相応しい存在であり、アウルスシティを設計したのも彼。
 話には直接登場しないが、彼の影響は物語の随所に見ることが出来る。


 鈴藤小槙

 果須田裕杜の幼馴染にして、世界最高峰の頭脳を持つ、現在は大学生の少女。ER3に行ったらそのまま《七愚人》になれるかもしれない。
 詳細不明だが、修学旅行編で登場予定。



 『スパイラル~推理の絆~』からの人物


 鳴海歩

 音楽教師。巻き込まれ役。「元ネタ辞典・教師編」を参照のこと。
 《ブレードチルドレン》からは、運命を打ち破る鍵であると見られており、彼が死ぬことは許されない立場にある。
 教師陣の中では、頭が良いだけの一般人。清隆からの束縛も無いので、何かあった時に一番自由に行動できる人物かもしれない。
 結崎ひよのとの関係は……はてさて、どうなることやら。


 鳴海清隆

 世界で暗躍する、通称を《神》。この世界で知らないことはほぼ無いらしい。
 「世界から外れた存在」であり、同時に傍観者。自分の見ている世界を面白くしたいがために彼方此方で各組織と接触している。
 物語を狂わせる、戯言使いの《無為式》を期待しており、どうやら西東天と協力関係にある模様。ただし、それに歩を利用する魂胆はないらしい。


 結崎ひよの

 年齢不詳のお姉さん。現在は麻帆良中央駅前のアクセサリーショップ《ブラウニー》の店長。清隆の知人で、過去は一切が謎である。
 歩とは先輩後輩の仲だったこともあり、彼のサポート役に回っていた。特に情報関係。まあ、つまりその頃から実に見事に歩の手綱を握っていたと言える。


 竹内理緒

 出席番号十八番。「元ネタ辞典・生徒編」を参照のこと。
 《ブレードチルドレン》の一人。拳銃、機関銃から手留弾、地雷まであらゆる銃火器のプロ。《爆裂ロリータ》と清隆に言われたこともある。
 外見は本当に中学生でも通用するくらい小柄。けれども、龍宮並みに銃を扱った経験があるので実は結構過激。おまけに本性は狡猾で邪悪さも持っている。歩を殺しかけたこともある。ここ最近はむやみに殺しはしなくなったけれど。
 歩が生きている限りは、宿命に飲まれないように抗う覚悟を決めたらしい。


 浅月香介

 《ブレードチルドレン》の一人。それなりに何でもこなせるが、要は器用貧乏。突出した技能は無い。現在は麻帆良大の建築課に所属。
 常に不機嫌そうな顔の眼鏡の青年で、髪色が微妙に紫。過去にはサツマイモと呼ばれたこともある。メンバーでの突っ込み役。
 亮子とは幼馴染。彼女に危害が行かぬように、彼女の分まで人を殺している。


 高町亮子

 《ブレードチルドレン》の一人。運動能力は非常に高く、陸上では高校記録を保有してもいる。現在は麻帆良の体育課に所属。
 『殺すくらいなら殺される方がマシ』がモットーだったが、香介が彼女を只管庇っていたため、結局直接的な攻撃にあったことはほとんど無い。


 アイズ・ラザフォード

 《ブレードチルドレン》の一人。世界的に有名なプロピアニスト。
 何やら清隆の動きを追っている雰囲気があるが、直接関わることは少ない。情報を歩達に送る位。


 土屋キリエ

 現在生存している《ブレードチルドレン》の監視役で連絡役。清隆とのパイプも持っている有能でカッコいいお姉さん。
 かなりの常識人だが、それ故に振り回されることも多く、悩むことも多いようだ。


 鳴海まどか

 鳴海清隆の妻。清隆なりに精一杯愛している模様。
 清隆を殴れる数少ない存在で、有能な警察官。捜査一課だが、美奈子とは何回か飲み交わした仲らしい。


 カノン・ヒルベルト

 《ブレードチルドレン》の一人。敵地への侵入・暗殺などが得意。《翼ある銃》。
 アイズの親友だったが、後に敵対。歩に敗北した後に拘束され、最終的に火澄に殺された。
 石凪萌太、霧間凪とは接触経験がある。


 水城火澄

 水城刃の弟。彼の才能を色濃く受け継いだ少年。《ブレードチルドレン》では無い物の、立場的に注目の的であった。
 歩との対決の後に敗北。その後、歩の体を治すため自身の体を提供し、数多くの実験の末に死亡。そのおかげで現在の歩は人並の体に戻っている……が。
 どこかに落とし穴があるかもしれない。


 水城刃

 《ブレードチルドレン》全員の父親。鳴海清隆に殺された、通称を《悪魔》。肋骨が一本欠けており、子供達の全員が同じ共通点を持つ。
 そもそもの諸悪の根源。その才能は確かに優れていたが、ある時それを全て悪意に向けることとなり、そして清隆に滅ぼされた。



 『ブギーポップ』シリーズからの人物


 ブギーポップ

 世界の危機に現れる自動的な意識。この物語では、ガイア理論とかと密接に関わっていたりする。とりあえず、かなり強い。
 都市伝説として有名で、電柱のようなシルエットを持ち、死神とも呼ばれることがある。
 2‐Aの誰かの体に潜んでいるらしいが、詳細は不明。


 霧間凪

 現在は体育教師。教員免許があるかは不明。《炎の魔女》とも呼ばれる(名付け親は九連内朱巳)。父・霧間誠一はそれなりに著名な作家だった。
 苛烈な雰囲気と空気を身にまとい、まるで炎のような印象を受け、生徒からの人気も高い。勿論荒事慣れしており、仕事人として言うならば戯言使いよりも実力は普通に上。
 今現在はMPLSは使えないようであるが……。
 《福音》編で、それなりに役目がある。


 末真和子

 「博士」とも呼ばれる、現在の『統和機構』の関係者。「酸素」が中枢にいることは確かであるが、彼女が次の中枢であり、そのための準備は着々と行われている。
 凪が知る限りで「もっとも頭の良い人物」とのこと。凪や「酸素」など重要人物すべてに関わりを持っている。


 九連内朱巳

 『統和機構』所属。《金曜日の雨》とも呼ばれる。
 凪の同級生で、敢えて言うならば友人と言える人物。その演技力は凪すらも騙し通すことができる。詳細不明。


 オキシジェン

 『統和機構』の中枢に位置する存在。酷く存在感が無いくせに、どこにでも居そうな空気を持ち、さらには「生物を生み出す劇薬」として「酸素」の名前を冠している。
 「博士」を中枢に据えるつもりのようであるが、候補である《金曜日の雨》の前にも現れる。以来、あちこちで目撃される。
 どうやら、世界の《進化》やガイア理論など、さまざまな情報を握っているようであるが、会話がまるで問答で、非常にわかりにくい。


 フォルテッシモ

 『統和機構』最強の存在で、過去のイナズマとの対戦成績は一勝一敗一引き分け。今後出てくる可能性はある。
 詳細不明。


 イナズマ

 何時とは言えないが、これから絶対に出るから、ネタばれとしてここに乗せておく。
 本名を高代亨。名前は、とおる→トール(北欧神話の)→イナズマ、となった。
 雰囲気はまるで侍だが、本人はそれを否定している。最も、霧間凪の友人の一人で非常に戦闘能力が高く、直視の魔眼(呼び方は違うけど同じ物)を持っている。
 「統和機構」とは仲が良くない。フォルテッシモとは宿敵というか天敵同士。



 『戯言』シリーズ及び『人間』シリーズからの人物


 戯言使い(いーちゃん)

 特に付け加えることはない。「元ネタ辞典・教師編」を参照のこと。
 霧間凪は苦手なタイプらしい。彼に得意なタイプがいるのかは微妙だけれど。


 西東天

 人類最悪。戯言使いの宿敵。哀川潤の父親。通称を狐面の男。
 「世界の終わり」「物語の終わり」を見ることを目的とする人物で、未だに戯言使いとの決着を付けていない。現在は鳴海清隆と同盟を結んだようである。
 十三階段と呼ばれる部下を率いている。


 玖渚友

 元世界最高のコンピューター集団《チーム》のトップにして、戯言使いの妻。《青色》とも呼ばれる。《蒼色》は別名を『暴君』とも言われ、その才能を容赦なく使う状態のこと。
 百以上の機械を一度に操るような人間以上の才能は、戯言使いと共に生きるために捨てたものの、過去の技術力や経験は未だに普通に超有能な技術者のレベル。
 麻帆良の中央制御室の場所を知る数少ない人間の一人であり、大停電の日には活躍することが予想される。


 哀川潤

 比喩でも何でもなく『人類最強』の請負人。通称を赤色。戯言使いの知人で、最も頼りにしている人物の一人。修学旅行編で出る(断言)。
 銃で撃たれる、列車に轢かれるとか、そんなレベルではどうしようも無い。走行中の列車を蹴りで止めることもでき、何でも核ミサイルでも死なないらしい。
 ただし「世界から外れている」ため「魔力」や「気」が使えない。
 それでもガチで殴りあったら、たぶんラカンとかそんなレベルでないと負けるだろう。


 零崎人識

 京都で十三人を殺した通り魔にして、零崎一族の鬼子。顔面に入れ墨を入れた小柄な青年。戯言使いの鏡の反対側の存在。過去には汀目俊希と名乗っていたこともある。
 本名は零崎人識で、父・母共に零崎というサラブレッドであり、今は兄から任された妹達の面倒を見ている。
 哀川潤曰く「人殺しの天才」であるが、親しい人間に対しては意外と面倒見がよく、お人よし。少なくとも戯言使いは何回も命を助けられている。
 今は京都にいるらしいので――修学旅行編で出てくるはず。


 零崎舞織

 現在麻帆良大学部の学生。本名は無桐伊織。ニット帽で両腕が義手が特徴。血の繋がった家族は全員死亡しているらしい。
 一番新しい零崎で、この話では夕映の義理の姉。新しい姉と言うのも珍しい表現だ。
 兄から譲り受けた《自殺願望(マインドレンデル)》を足のホルスターに装着しており、寝起き時にはそれを奮って「ついうっかり」相手を殺してしまう事がある。


 零崎軋識

 零崎一族では名の知れた《愚神礼讃(シーレムスバイアス)》とも言われる存在。本名を式岸軋騎。なんと《チーム》の一員でもあり《街(バッドカインド)》とも言われてる。
 現在は植物人間状態。詳細不明。


 想影真心

 西東天の部下……なのか?今は再び西東天と一緒に行動しているらしい。戯言使いの親友。彼の本名を知る数少ない人間の一人。
 哀川潤と互角に戦えるレベルの人間であり、別名を《橙》。『人類最終』とも言われている。
 どこかで出てくる可能性は高いが、彼の相手が出来るのは哀川潤とか、そのレベルだしなあ……。


 闇口崩子

 出席番号三十一番。詳細は「元ネタ辞典・生徒編」を参照のこと。
 闇口は、各人が自分の主人を決めて仕えるスタイルを持つ。彼女の主人は戯言使い。最も彼をナイフで刺した後に決めたので、そのまま戯言使いが死んでしまえば無効だった。
 戯言使いの命令だったならば、どんな命令でも聞かなくてはいけない。どんなものでも。自分から奴隷宣言である。なお、それを知った戯言使いの最初の命令は「わんって鳴いてみて」だった。


 石凪萌太

 闇口崩子の腹違いのお兄さんで、戯言使いとも仲が良かった良い子。
 西東天との戦いの中、二人を守って電車に轢かれて死んだ。
 この話のプロローグで出て来た、カノンと凪と出会ったのは彼のこと。


 澪標深空・高海

 澪標姉妹。十三階段のメンバー。戯言使いの知人。
 詳細不明。


 一里塚木の実

 十三階段のメンバー。空間隔離が得意なお姉さん。
 西東天にぞっこんらしい。


 石丸小唄

 戯言使いの知人の大泥棒で、情報の泥棒も可能。
 性格が悪い哀川潤の天敵で、彼女は性悪な人物。


 玖渚直

 「政治力」の世界を統べる、玖渚機関の機関長。友の兄で、妹をかなり本気で可愛がっている。
 世界で最も多忙な人間の一人に入るらしい。
 原作でも、詳細は不明。



 『とある魔術の禁書目録』からの人物


 《幻想殺し》

 あえて言う必要もないが、上条当麻のこと。
 彼が出てくるのは魔法世界辺なので、そこまで待っていてください。


 《禁書目録》

 インデックス。本名は未だに不明。上条勢力のブレインの一人で、彼にはすでに攻略されている。現在はアリアドネに滞在中らしい。
 《福音》編で登場するはずなので、しばしお待ちを。
 ところで、ローラ・スチュアートとは血の繋がりってあるんだろうか?


 神裂火熾

 イギリス正教所属・上条勢力の一員。「救われぬ者に救いの手を」という意味の名を持つ剣士であり、世界に数えるほどしかいない《聖人》。
 その実力は、天使とも切りあえるレベル。
 インデックスとは親しく、上条には既に攻略されてしまっている。
 世界中を巡り、上条勢力を再び終結させている。


 ステイル・マグヌス

 イギリス正教所属・上条勢力の一員。「我が名が最強であることを此処に証明する」と言う意味の名を持つ、炎使いのルーン魔術師。
 《禁書目録》の護衛中らしいが、詳細不明。


 土御門元春

 イギリス正教所属・上条勢力の一員。「背中刺す刃」という意味の名を持つ風水師。
 現在はメガロメセンブリアを中心に各国に跳び、情報を収集中らしいが、詳細は不明。


 ローラ・スチュアート

 イギリス正教の最大主教。身長の二倍以上もある長い髪と変な日本語が特徴。イギリスの魔法使いの中で十本の指に入る最強クラスの魔術師で、ナギとも知り合い。
 上条勢力をネギに協力させるなど、なにやら色々と考えている様子。


 アレイスター・クロウリー

 元《学園都市》の支配者だった人物だが、今は《必要悪の教会》の№2の人物。
 彼は彼で、なにやら裏で考えているらしいが、今の所は味方である。


 《冥界返し》

 非常に優秀なカエル顔の医者。上条はいつもお世話になっている。
 鳴海清隆などの重要人物とはそれなりに親交があるらしく、歩を麻帆良に行かせたのも彼。


 五和

 上条勢力の一員。槍使いの少女。現在は《禁書目録》の護衛中。彼女と共にアリアドネに。勿論こちらも上条に既に攻略されてしまっている。
 《福音》編には出るはず。お待ちください。


 《一方通行》

 上条勢力の一員。グラニクスで目撃された。
 詳細は不明。


 《打ち止め》

 上条勢力の一員。《一方通行》と共に行動している。
 詳細不明。


 《超電磁砲》

 本名を御坂美琴。上条勢力の一員。上条に攻略された一人。
 世界中を回っているらしいが、詳細は不明。


 《妹達》

 本名は存在しない。ミサカ10032番は、現在《禁書目録》と共に行動しているらしい。彼女は上条に攻略されてしまっている。
 《福音》編で出てくるはず。


 《吸血殺し》

 本名は姫神秋沙。上条勢力の一員で、上条に攻略させられた一人。
 現在は城塞都市のドクターに体質的な問題として見てもらっているらしいが、果たして治ったのか、もっと悪い方向に行ってしまったのかはまだ不明。
 修学旅行編で登場します。


 《未元物質》

 本名を垣根帝督。上条勢力の一人。裏新宿・無限城にいるらしい。
 詳細不明。


 《原子崩し》

 本名を麦野沈利。上条勢力の一人。「ER3」にいるらしい。
 詳細不明。


 《正体不明》

 本名を風斬雹華。上条勢力の一人。学園都市で休眠中。
 詳細不明。



 『コード・ギアス』及び『ナイトメア・オブ・ナナリー』からの人物


 ルルーシュ・ランぺルージ

 数学教師兼2-Aの副担任。「元ネタ辞典・教師編」を参照のこと。
 眉目秀麗で学内に多くのファンを持ち、確かに好印象の人物だが、最近は魔王ッぷりを露にすることが多い。葛葉刀子にもギアスを使い、刹那の過去の一端を聞き出している。
 実は教師が転職かもしれない、とかC.C.には思われている模様。
 「ナイトメア・オブ・ナナリー」の力が使えると言う事は、つまり……。


 C.C.

 出席番号三十二番。クライン・ランぺルージ。「元ネタ辞典・生徒編」を参照のこと。
 若草の髪に金の瞳と言う非常に目立つ外見の、既に数百歳以上の不老不死の魔女であり、周囲からは《福音》の仲間だと思われている。彼女もそれを否定はしていない。
 ルルーシュと言う存在をよく知っているからなのか、前に進むことのできない存在に対しては非常に厳しい事を云う。
 刹那との相対戦を、楽しみに待っていてください。


 シャーリー・フェネット

 作者が考えるに、おそらくギアス世界で最も普通の少女だった。
 集合無意識の中でルルーシュに別れを告げて去って行ったが……どこかで会えるとだけは言っておく。


 『妹』

 ルルーシュの最愛の妹。どの世界においても自分の立ち位置を知り、否応なしに選び、そして進むことを余儀なくされる。
 集合無意識の中で出会えたらしい。


 『親友』

 ルルーシュの最高の親友にして最悪の敵。言葉では言えない仲。
 集合無意識の中で、出会えたらしい。


 マーク・ネモ

 C.C.の中から生まれた泥人形。意思があるのかは不明。
 ただ、彼女の命令には従うようである。C.C.を内部に乗せることもできるはず。
 マーク・ネモとしての実力を発揮するためには、おそらくそれが条件である。


 『義妹』

 ルルーシュが殺した初恋の少女。世界によっては皇帝となる可能性もあった。
 彼女の存在が、良くも悪くもルルーシュと親友の存在を狂わせたとも言える。
 集合無意識で一番最初に出会えた存在。


 『義理の弟』

 本名をロロ・ランぺルージ。ルルーシュを守って死んだ元暗殺者の少年。最初は憎んでいたが、確かにルルーシュが愛した家族。
 集合無意識の中で出会えたらしい。


 『父親』

 ルルーシュの父親。彼ら兄妹を愛してはいたようだが、しかし自分の目的の為に何ら真為を教えることなく日本に送り、そして日本を滅ぼした。
 集合無意識の中で、出会えたようであるが……。



 『魔砲少女リリカルなのはStrikerS』からの人物


 高町なのは

 時空管理局本局武装隊航空戦技教導官。《管理局の白い悪魔》《エース・オブ・エース》とも呼ばれる超一流の魔術師で、何事件を幾つも解決してきた有名人。
 現在は、娘のヴィヴィオと共に麻帆良に飛ばされたため、警備員兼女子寮管理人の職に就いている。
 学園の中でも最強クラスの実力者であるが立派な大人であり、少なくとも、普通の魔法使いよりは世界を理解できている部分がある。力の使い方もはっきりと認識している。
 スタイルは防御が固く、砲撃が強いという典型的な後衛タイプ。
 何やらエヴァンジェリンと密約を交わし、大停電の日の計画に加担しているらしい。


 高町ヴィヴィオ

 高町なのはの養女。JS事件の後に彼女の娘となる。
 なのはと共に麻帆良に飛ばされ、今は小等部に通っている。図書館探検部にも入っているらしい。その性格ゆえに、寮の皆にも人気。
 デバイスを使用するとなのはに似た《聖王》モードになれ、勿論あの反則的な防御力も保有する。最も、あの戦いの記憶も持っているので力に溺れることも無く、そして今もまだ未熟であると自分でも思っているようだ。
 なのはとフェイト、両方から指導を受けていうため、実はかなり強い。


 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン

 時空管理局の一員。なのはの親友で、ヴィヴィオのもう一人の母親。
 非常に優秀だが、今はまだ詳細は不明である。
 

 クロノ・ハラオウン

 時空管理局の一員。XV級戦艦クラウディアの艦長でフェイトの義理の兄。
 久しぶりに管理局本局に戻ってきた時になのはの事件に遭遇し、エイミィや子供に会う時間を削られながらも解決に奔走することになる。


 八神はやて

 時空管理局の一員。なのは、フェイトの親友。
 クロノから、なのは達が飛ばされた事を聞いて、あちこちに手を回している。
 詳細不明。


 ヴォルケンリッター

 はやてを守る騎士のこと。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。
 出てくるとは思うが、未だ出番はない。


 スバル・ナカジマ

 時空管理局の一員。なのはを尊敬する後輩。災害救助が主な仕事。
 転移中のなのは達に、思いきり激突したが、何故か彼女は巻き込まれることは無かった。


 ユーノ・スクライア

 かつて、なのはを魔砲少女にさせた張本人。オコジョもどき。現在は無限書庫の司書長。
 本人は人間形態だと結構可愛い系の青年なのだが、如何せん、オコジョの形体が長すぎたために、なのはからは未だに君付けで呼ばれている。
 カモ君もそれなりに優秀だが、しかしエロオコジョとは比較にならないくらい凄く優秀な小動物である。……過去に一回風呂場を覗いたことはあるけれど。
 アルフと一緒に、そろそろ出てくるはず。


 アルフ

 フェイトの信頼する相方。狼だが、人間形態となるとある程度外見年齢を操作できる。
 格闘戦だけでなく魔法も十分にこなせる有能な存在。
 ヴィヴィオを凄く可愛がっている。そろそろ出てくる……かも。



 『Missing』からの人物


 神野陰之

 耽美な眼鏡の人物だが、正体は《名付けられし暗黒》とも言われる闇の一角。
 初めて光が生まれた時に定義された闇の前、定義されなかった闇。都市伝説クラスの魔神。
 ひどく人間を不安にさせる存在であり、ヒデオが闇の一員であることを認めた。助けを呼べば現れるらしい。


 十叶詠子

 修学旅行編で出る。《魔女》。
 詳細不明。


 空目恭一&あやめ

 詳細不明。《影の人》と《神隠し》。
 修学旅行編で出る。



 『されど罪人は竜と踊る』からの人物

 
 《宙界の瞳》

 指輪のことでもあるが、この話では『億千万の眷属』クラスの能力を持つ、指輪の「中身」のこと。老成したドラゴンとかそんなイメージ。一応話せる設定。
 2-Aの誰か(ガユスっぽい人間)が指輪を持っている。
 なお、さすがに話し方が分からないので、オリキャラみたいな雰囲気で行きます。


 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ

 作者曰く「出る」らしい。それが何時なのかも不明。
 詳細も勿論不明。



 『Rozen Maiden』からの人物


 ローゼン

 世界最高の人形師。カリオストロ・サンジェルマンなどを始めとする多くの異名を持つ。およそ彼ほどの技術を持つ人形師は、おそらく蒼崎橙子くらい。
 現在は弟子・桜田ジュンと共に空間にひきこもり、彼女達の世界での生活や戦いを眺めながらジュンにかなり厳しい指導をしているらしい。


 水銀燈

 第一ドール。一番最初に出て来た。銀髪に黒い翼の人形。
 気だるげで他者を見下している雰囲気を持っているものの、きちんと性格を捉える事が出来れば話が通じる。茶々丸とはそれなりに仲が良い。
 人形であることに誇りを持っており、特にローゼンへの感情はもはや崇拝に近い物がある。故に、壊されることを極度に嫌っている。


 金糸雀

 第二ドール。未だ出番はなし。葉加瀬と気が合いそうだ。
 詳細不明。

 
 翠星石

 第三ドール。蒼星石とは双子。作者も時々間違えるが、ロングにツンデレなのがこちら。
 心の木を育てる如雨露を持っており、場合によっては記憶を思い出させることも可能。
 蒼星石とはすごく仲が良く、おそらくこの二人の間ではアリスゲームは成り立たない。


 蒼星石

 第四ドール。翠星石とは双子。作者も時々間違えるが、こっちがショートの僕っ娘。
 心の木を剪定する鋏を持っており、記憶を放つことが可能。鋏以外にも武器を持っているらしく、人形たちの中ではかなりの武闘派である。

 
 真紅

 第五ドール。未だ出番はなし。
 詳細不明。


 雛苺

 第六ドール。エヴァンジェリンの家で、ルルーシュの「生きている人形にギアスは効くのか?」という実験台にされたらしい。
 詳細不明。


 雪華綺晶

 第七ドール。未だ出番はなし。……というか彼女、肉体は無い筈なのであるが。
 詳細不明。


 桜田ジュン

 一体彼が何故ローゼンの弟子になったのかは謎であるが、とりあえずとんでもない才能を発揮している、とだけは言っておく。
 何所かで、たぶん真紅辺りと一緒に出てくるかもしれない。



 『EME』シリーズからの人物


 巽蒼之丞

 『EME(エイト・ミリオン・エンジン)』の代表。すごい美人。普段は笑顔のまま周囲を虐めたりするが、裏の顔は超有能。
 詳細不明。



 『その他』からの人物

 葛城ミミコ

 横浜にある「特区」の新生「オーダー・コフィン・カンパニー」の代表。そして「乙女」の名を冠する歴とした著名人。
 何故か委員長の家でネギと遭遇したりするが、理由はその時に。
 この話において「吸血鬼」という存在は一般人までは存在が露呈していない。その代わり「魔法使い」やその関係者に知られている。原作の一般民衆の立場に「普通」の魔法関係者がいると思ってくれれば良い。世界がクロスしているが故の影響である。
 具体的な説明は『世界情勢~カンパニーの話~』に出てくるので長くは話さないけれど。
 「特区」には吸血鬼達の居住区が存在し、そして今現在はその土地で共生がされていること。そして人間の敵ではない吸血鬼も存在すること。この二つは「魔法使い」とその関係者には知られていることだけを軽く話しておく。
 勿論、こうなった背景も存在する。
 時期的には原作終了後なので、二回目の「聖戦」は終了し、赤色の吸血鬼ももはや「特区」には存在しない。

 
 伏義

 『常識の外側に住む者』の一角であり、仮に名乗るならば《億千万の指》とも呼称される存在。指揮官・策略家、さらには(もはや止めたが)「人間を導く存在の生き残り」の意。
 青と藍を基調とした服で、外見年齢は若く、片方に隈があるのが特徴。
 まあ正体は太公望なのであるが、この話においては「仙界」は殆ど出てくることはない。むしろ伏義の最大の功績である「現実以外の異空間に世界を構築する」ことが、重要なキーワードとなっている。
 あの物語のヒロイン(……合ってる筈)は、何所かで出てくる。ガイア理論的に。


 クトゥルー

 どこかの海に眠っている、邪神の名を持つ存在。九頭龍とも呼ばれる。
 詳細不明。


 ロキ

 《億千万の脳》とも呼ばれる、おそらくは過去最高の策略家にして謀略家。開発者でもある。ただ単に名前だけが出る訳ではない。しっかりと物語に関わって来る。
 《美徳》の意味を持つ龍人の大剣豪曰く『「完全なる善」と「完全なる悪」を兼ね備えた存在』らしい。


 『三千院』財閥の執事長&メイド長

 えーまあ、あえて名前は言わないけれども、気が付く人は気が付くでしょう。元借金執事とメイドさんのことです。お嬢様は出ていません。
 作者的に彼らは――執念深い、神秘を狙う「元」財閥トップの爺を相手に頑張ってもらう予定。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その一(表)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 00:55
 


 [今日の日誌 記述者・釘宮円

 ネギ君が正式な先生になれて良かったと思う。
 以前は険悪だった明日菜とかも、だいぶきちんと認めているみたいだし。
 これからも、きっと大変な日々を送るんだろうけれど、頑張ってほしいね。


 もう一つ。新しく来た体育の霧間先生について。
 何か凄いと思う。イメージがまるで燃える炎みたいな感じで。
 言われてたけれど、確かに目で見て納得したね。
 あだ名が《炎の魔女》って、ハマり過ぎだと思う。


 さて……もうすぐ春休みだね。
 桜ももうじき咲き始めるし。
 お花見も良いけれど、何か遊びに行く計画でも立てようかな……]



 ネギま クロス31・嵐の前の静けさ・その一(表)



 「お早うございます長谷川さん!」

 声をかけ、神楽坂と共に走って行くネギ・スプリングフィールド。

 「遅刻でも無いのに、何があんなに楽しいんだか……」

 そう言って遠ざかる少年教師を眺める。

 「……まったく、私は普通の生活がしたいって言うのによ」

 呟く。
 長谷川千雨は自分自身を常識人だと規定している。

 〈……本気で言っておるのか〉

 誰が何と言おうと自分は常識人だと思っている。

 〈……我の声を聞いておるくせに〉

 ああ、自分は常識人だとも。
 たとえ偶然入手した赤色の宝石から言葉が聞こえてこようが、それが日本語で聞こえることに驚いたりだとか、どう考えてもこの声が人間の物では無いと解っていてもだ。

 〈意固地だな〉

 (うるさい黙れ!)

 心内で叫ぶ。会話が出来るのも認めたくない現実だと言うのに。

 〈かれこれ十年以上の付き合いでは無いか〉

 (ああ、十年前に露天商で呪いの赤い指輪なんか興味半分で買わなきゃよかったよ!)

 教室に向いながら歩く。
 彼女の意識の向ける先、首元には一つの赤い指輪が鎖で繋がれて掛けられている。

 〈我は前の世界からこちらに来て良かったとも思うがな〉

 教室に入る。今日は三学期の最後の日で、そして終了式だ。
 委員長の号令で講堂に向かう途中、何の因果か入手してしまったこれを思う。


 この指輪の名は――《宙界の瞳》と言う。



     ○



 さて、学園長にネギが改めて紹介され、千雨が一人(と一頭?)で内心で突っ込みを上げている頃。
 静かな寮の中で一人、書類仕事をしている高町なのはである。
 内容は、この前の大勉強大会で使用された大会議室もので――学園長へ提出するためのものだ。学期末には寮の各部屋の使用状況を提出しなければならない。
 ヴィヴィオも今日は、終了式なので半日で帰って来る筈だ。

 (……お昼ご飯は……どうしようか)

 まるきり思考が主婦になっているなのはである。いや母親か。
 毎日勤勉に仕事をしているおかげで、今日は特別することも無い。

 (……そういえば)

 思い出す。
 確か、2-Aが学年トップになったからパーティーをしよう、とか言っていた。鳴滝の双子が出掛けに話していただけだから確定はしていないが、あのクラスならば十分にあり得るだろう。
 仮に実行されるなら同席させて貰おう、と思う。一食浮くし。
 書類を書きあげて、伸びを一つ。――と。

 『マスター、連絡が来ました』

 レイジングハートが胸元から声を上げた。
 
 「わかった、お願いね」

 『了解です』

 この世界での魔法の便利な部分は複数あるが、一つが常時展開型の魔法が低コストで使用できる部分だ。威力はけして高くはないが、戦闘に使用するわけでは無いし。生活の補助には十分すぎるレベルだ。
 レイジングハートの防音用の結界など、なのはの実力ならば、この世界の魔法の仕組みを知ればそれほど発動は難しくなかった。……まあ大半はレイジングハートがやってくれているんだけれども。
 常に展開しているおかげで部屋の中では、関係者以外ならばこの宝石が話していることには気づかない。

 (……便利だよ。そこは認める)

 隠匿することがこの世界では求められている以上、念には念を入れた方が良い。
 実際、この世界の魔法の在り方全てを肯定している訳ではない。それにそもそもパワーバランスなどを考えれば、ミッドチルダ式、あるいはベルカ式の魔法システムは表に出さない方が良いのだし。
 この無音の結界の術は、いつだったか学園長から聞き出したものである。これに関しては――見知らぬ技術に関しては興味深く思っているなのはだったが。
 デバイスから表示された文面を読む。
 その顔は、書類仕事をしていた彼女を笑顔にさせるだけの、十分な内容だった。

 「ただいま~ママ」

 そんな声が聞こえたのは、それからおよそ四十分後のこと。

 「おかえり。ヴィヴィオ」

 満面の笑顔で出迎えたなのはに、ヴィヴィオは少し驚いて。

 「どうしたの?何か機嫌良いね」

 「うん。ヴィヴィオ……こっちに懐かしい人が来るって」

 「懐かしい人?」

 「そう」

 それはね――と言いかけた時。

 「なのはさ~ん」

 部屋の外……いや、下からだ。そこから声が掛けられている。

 「あ、ふーかとふみかだ」

 ヴィヴィオが反応する。鳴滝姉妹とヴィヴィオは仲が良いようで、時々一緒にいることがある。
 窓から顔を出すと、二人は手を振って。

 「お花見会しよ~ぜ~!ヴィヴィオも一緒に!」「学年一位おめでとう会です~」

 どうやら、なのはが先ほど思っていた通りのことになったらしい。

 「ね、ママ」

 ヴィヴィオの視線に、なのはは頷く。

 「行くよ~!」

 そんな風に声をかえすヴィヴィオが、なのはが読んだ通信文の内容を知るのは、もうすぐのことである。


 『なのはへ。フェイトです。
 お義兄ちゃんやはやてが頑張ってくれたおかげで資材と備品とエネルギーの目処が立ち、何とか一回くらいはそちらに転移させることが可能になりました。私も専門的すぎてはっきりとは分かっていませんが、マリエルさん達を始め、皆頑張ってくれました。
 システム的に一回転移させたらしばらくは使用不可になってしまうそうですが、とりあえず援軍や補給物資を送ることはできます。
 今回の転移が失敗することは、おそらくないようです。成功すればその情報から、なのは達が帰ってこれる確率も高くなります。
 ただ、転移させることが出来る大きさが、生き物だと動物一頭が精々だそうです。そこで、小さい状態のアルフと、その上に乗っけたユーノ君を送ります。なのはが返信を送ってくれた後六時間後に始める予定です。
 出現地点は、なのはがいる場所です。レイジングハートとなのはを目標に設定するので、場所とかよろしくお願いね。
 二人にはカートリッジや補助器具も同封させるので有効に使ってください。
 ヴィヴィオが元気そうでなによりです。
 またね』



     ○



 昼間。

 (ああくそっ、ありえねえだろっ!)

 ずんずんと、人目も気にせず不機嫌そうな顔で闊歩する千雨である。
 そもそも、あのクラスは妙におかしいのだ。
 次から次へと増えた留学生。
 妙に小さい幼稚園児みたいなのと妙に大きいの。
 しかも極めつけはロボットと十歳の教師!
 それを奇妙だとも思わないあのクラスにも問題があるし!

 「わ、私の学園生活はどこに行った!」

 そんな風に頭を抱えてみても誰も助けてはくれない。

 〈諦めて現実を受け入れよ。そうすれば私も力を貸してやると言うのにな〉

 いるかそんな危険な物!
 十年前、これに合って以降、ただひたすらにこの《宙界の瞳》はそう言って来る。
 自分がいることを認めて力を貸せば良い……って、どこの魔法少女だ。そりゃ手に入れた当初は驚いて、面白そうだとも思ったとも。力を貸してやろうと思ったのは認めよう。
 だが十年前、それで一回千雨は酷い目にあったのだ。それはもう、とんでもない目に。
 それ以来この指輪の誘惑を、決して彼女は受け入れていない。そして売りはらってもいない。そんな事をして「あんな被害」を出すくらいならば自分で持っていた方がマシだ。
 確かに一回――売りはらおうと思ったこともある。買い取り手は……確か、そう。『ミュージアム』とかいう組織か何かだった。
 邪魔が入って結局売りはらう事は出来なかったのだが。
 この指輪曰く、声が聞こえる人間がいる可能性は零では無いらしいのだ。そして、下手に力を追い求める人間に渡ったら――それを考えたくもない。
 過去に起こしたあの被害を知っているが故に、手放さないだけなのだ。
 発動には相応の道具と才能が必要であり――それを確かに、千雨も保有している。ああ、癪だが認めよう。毎週毎週、クラスのマッドサイエンティスト達に頼んで、弾を必ず八つはきっちり準備しているとも!依然見たく死にかけるよりはマシだからな!
 朝倉に追及されないように、完璧に情報操作まで頼んでいるくらいだ。絡繰の整備現場を見たこともある。
 だが、だからと言って彼女が生徒をしている理由にはならねーだろ!
 ちなみに、使うのは精々が胃の痛みを和らげるくらいであるのだが。

 〈宝の持ち腐れだな〉

 うるさいっての!
 そんな事を思っていると。

 「は、長谷川さ~ん」

 周囲に人影は無かったはずだが。
 いきなり、声を掛けられる。

 「~な、何ですか、一体」

 少年教師を見て、どうしてここにいるんだ、と思った千雨である。帰りの電車には乗っていなかったはずだ。

 (……まさかこいつ、空でも飛んで来たんじゃないだろうな)

 《宙界の瞳》曰く、使う人間によっては空を飛ぶことも可能らしいが。

 (……まさかな)

 すぐに打ち消す。鳥じゃあるまいし。

 「こ、これ」

 そう言って取り出したのは、怪しげな薬。便に髑髏マークが付いているのも気のせいではあるまい。

 「お爺ちゃんから貰った、超効く腹痛薬です……一粒どうですか?」

 ――ああ、確かに彼女は腹痛と言う名目で教室から出て来たけれども。

 (……阿保か、こいつは)

 「結構です。もう治りましたんで」

 そもそも仮病でしかない。

 「あ、えっと、長谷川さんはパーティー行かないんですか?」

 「ええ。あーゆー変人集団には馴染めないので」

 寮の自室に向いながら返事を返す千雨である。
 そうですかね~、などと傾げるネギである。勿論、

 (お前が一番変なんだよ!)

 という彼女の内心の声など知る訳もない。
 苛立ちが増える。腕に震えが走り、爆発しそうになるのは――気のせいではあるまい。
 自然と早足に成り、寮の廊下を走り――

 「長谷川さん。走ったらいけないよ?」

 そのなのは管理人の声で歩きに戻して部屋に向かう。なんとなく彼女には逆らってはいけない気がするからである。

 「あ、ネギ先生。これから私達も……」

 「あ、そうなんで……」

 そんな会話を耳にしながら、自分の部屋に突入し。

 世の中の理不尽さを暴走のあまり大衆に訴える行動を起こし、扉の鍵を閉めていなかったばっかりに追いかけて来たネギに秘密を見られる千雨であった。



     ○



 「マスター、桜は見に行かないのですか?」

 「行くさ……だが、平日のこんなときでも無いと、ゆっくりと話が出来ないからな。土日に連絡するのも面倒だ。学業のせいで夕方まで拘束されている以上……今日みたいに合法的に帰れる日が一番良い」

 「なるほど。……それで、何を?」

 「茶々丸……電話だ」

 「はい。――どちらに?」

 「何……あのボーヤが不在だった三日間、いや四日間で、こちらの戦力は整えた。学園長とも契約済みだ。あとは計画の邪魔をされないように手筈を整えようと思ってな」

 「――とすると?」

 「横浜が海上都市だ。――『オーダー・コフィン・カンパニー』へ」



     ○



 「ん?」

 「おや」

 「ああ」

 「……これは、皆さん」

 「目的は、同じ用ですね」

 桜へと向かう道すがら、ばったり出会った教師陣である。
 順番に、凪・井伊・歩・ヒデオ・ルルーシュだ。ヒデオには美奈子が付いているし、ルルーシュはクライン・ランぺルージが同行している。
 こんな季節に、この時間ならば目的は同じだろう。
 お花見に便乗するのである。全員、生徒から誘われていた。ちなみに、浦島景太郎はすでに桜の下にいる。
 終了式が終わった後も教師陣には仕事が残っているはずであるが、春休みの間にやれば良い仕事を覗いて、大体の目処は立っている。花見が終わった後にやれば良いんだし。

 「ああ、皆さん」

 そこに加わったのは高町なのは。教師達にして見れば、日頃色々とお世話になっている管理人である。あのクラスの受け持ちならば、その大変さは十分に理解できるだろう。

 「にぎやかですね」

 ルルーシュのその問いに、なんとなしに全員が頷く。
 視線の先では、バニー姿の長谷川千雨がネギのくしゃみで服を脱がされ、明日菜に思いきり殴られていた。

 「……何をそんなに集まっている」

 背後、声を掛けたのは、今度はエヴァンジェリンだった。絡繰茶々丸も付き従っている。

 「いや。平和だと思ってな」

 ルルーシュの言葉に、その場にいた教師達が再び同意した。
 晴れた空に桜が映える。
 賑やかなその喧騒を見る教師達。
 彼らは――これがおそらく、嵐の前の平穏であることに気がついていた。


 かくして。
 陰謀は舞台裏へと続く……。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その一(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/10 01:02
 
 [とある世界についての考察


 我々時空管理局の目的の一つにロストロギア(崩壊した次元世界におけるオーバーテクノロジー)の回収があることは明白であるが、その一方で筆者が注目していることに崩壊した世界の行く末である。
 大抵の場合において放棄世界と名がつけられる世界であるが、それらの世界のロストロギアが次元を超え、他の世界に辿り着く可能性はあるのだろうか?
 あの大魔導師プレシア・テスタロッサの事件のように、別世界で発見されたロストロギアが何らかの事故によって別次元に落下することは考えられることであるが、ここで言っている状態は、管理局が介入しなかった場合にそれは起こりえるのか、という――……


 ――――――――中略


 今回注目した世界では科学が非常に発展していたと言える。
 周囲に重粒子を放出。質量定数に干渉することで科学的合成から兵器を生み出すという概念はまさに「発展しすぎて魔法と見分けがつかなくなった」状態であるとも言えるだろう。
 だがそれが世界に影響を与えた事は間違いが無く、あの世界は崩壊していない――……


 ――――――――中略


 それに伴い、あの世界における特殊技術《咒式》の概念と装備が流出した可能性は存在し、それらがどこへ流れ着いたのかは未だに調査が必要である。
 これも未確認の情報であるが、虚数空間および次元空間において対流が存在する可能性は不明であるが、ジェイル・スカリエッティの研究の中には人工的に次元空間に対流を発生させる装置の実験が行われていたことは確認済みであり、仮にそれらが完成していた場合、未知なる領域、次元の挟間においても重要な役割を果たすことが――……


 ――――――――後略。



 無限書庫のとある論文より抜粋]



 ネギま クロス31 嵐の前の静けさ その一・裏



 横浜の沖に――一つの海上都市が築かれている。
 別名を「特区」とも呼ばれるその地は、地図には載っていない。基本、一般民衆には存在が知らされることは無い。
 隠匿の術、視覚誤認、定期的に発生させる霧、情報操作……それらが巧みに情報を隠している。
 無論、人の噂や船舶の目を完璧に誤魔化す事は不可能なので、きちんと調べた場合には幾つかの複合企業が共同で保有する島であり、社屋あるいは工場である、と情報を引き出せるようになってはいるが。
 表向きは――この地を知っているのは『魔法使い』を知る存在とその関係者だけであり、麻帆良のように『魔法使い』が生活するための施設を持った人工都市だ。
 だが――その裏には、二重の意味で隠されている物がある。
 一つ。関係者は関係者でも、むしろ人間にとっては天敵とも呼べる存在もこの地を知っていると言う事。
 二つ。『魔法使い』ではなく――彼ら『吸血鬼』が日々平穏に生活する場所であるということだ。


 普通の『魔法使い』達にとって、吸血鬼とは伝承の中でしかない存在だった。存在することは知っていたとしても、それは所詮数が少なく(例えばそれは《闇の福音》のように、だ)強力な力を持ってはいるものの、決して人間社会を脅かさないのだと――思っていた。
 だが――おおよそ十四年前。
 吸血鬼の存在が――少なくとも国家の裏で鳴動することが可能であり、そして数十もの血統に別れた彼らが密かに自分たちのすぐ隣にいることが判明してしまった。
 『魔法世界』ではない。『旧世界』において、ある程度の年を経た『魔法使い』や戦場を経験したことのある人物ならば――彼らの存在は承知のことだった。実力的にも魔人と同じくらいが精々。弱点に至っては彼らよりも余程明白だったのだから。
 だが……大多数の存在。すなわち『魔法を知らない』一般人たちよりも遙かに大きなアドバンテージを保有していた普通の魔法使い達にとって――そのことは、脅威以外の何物でも無かった。安全だと言われても、安心することが出来なかった(なお、秘密結社のような存在が人々を先導した、という報告もある)。
 結果として、吸血鬼の排斥運動が勃発。激化したそれは、最終的に香港において『九龍ショック』と呼ばれる大戦を引き起こすが……まあ、これは話の本編とはあまり関係が無い。
 結果として言うならば……『魔法使い』にばれただけで良かったとも言える。情報操作も、かなりやり易かった。仮にこの世界に『魔法使い』という存在がいなかった場合――一般民衆にその存在が知られる事となっていたのかもしれなかったのだから。
 ともかく。
 十年以上前に発生したこの騒動において。
 『魔法使い』達にとって、吸血鬼と言う存在は『数が少ない自分達に関係のない生物』から『隣人にいるかもしれない生物』へと変化し、そして『かつては隣人にいたかもしれないが、もはや討伐されている』存在へと移り変わったのである。
 だが――長い歴史を持つ吸血鬼を、全滅させることは無論不可能であり。そして強大な力を持つ彼らを全滅させるよりも、協定を結んだほうがずっと賢い方法であることくらいは『旧世界』の事情を精通する者たちにとっては当然のことだった(なお、この騒動に関して『魔法世界』側の大半の者は静観を決め込んでいる。非公式な文書によれば『旧世界』の事は『旧世界』に任せておけば良い、という発言も出ている)。
 その計画の一端として置かれたのが――吸血鬼達が平穏に生活できる、太平洋上の人工の海上都市「特区」である。
 『魔法使い』の大半は、そこを『魔法使い』が平穏に生活できる場であると聞かされ……そして吸血鬼の存在は巧妙に隠されてきた。
 確かに、かなりの妙案であったことは確かだ。
 血を吸っている部分さえ何とか出来れば――吸血鬼の外見は人間と余り違わないし、そもそも彼らの能力も『魔法』でごまかす事が出来る。「特区」に住む『魔法使い』で直接に吸血鬼を見た人間など、数えるほどだからだ。
 吸血鬼のトラブルを防ぎ、情報を操作し、各国政府や相応の地位を持つ魔法使いと渡りを付けるための組織「オーダー・コフィン・カンパニー」も作られた。
 「特区」は人間社会に溶け込み、吸血鬼もまた「特区」溶け込み、少しずつ時代は流れて――ここでの物語が始まるのは『香港聖戦』から十年の月日が経った後。
 そして、この物語において登場するのは、「特区」での物語が終わってからおよそ三年後と少しの後のことである。



     ○



 「朱鷺籐本部長~何か下から回ってきてますよ~」

 部下からの声を受けて、現「オーダー・コフィン・カンパニー」。通称を単純に「カンパニー」と呼ばれる組織の『調停員』本部長・朱鷺籐サキは溜息を吐く。

 「何が?」

 「え~と、何か半泣きです。あちらさんが社長を呼べとか言ってるらしいんですけれど」

 息を吐く。この手の抗議はそれなりに来るのだ。直接言いに来れば言い物をその度胸が無いからせめて電話越しにとは。

 「良いわ。私が出ます。……こちらに」

 以前よりも随分と固くなった口調を実感しながら、左手で受話器を取る。机の上のコーヒーを右手で掴み

 「はい。お電話変わりました。本部長の朱鷺籐です」

 コーヒーを口元に運び、

 『日本が麻帆良に住んでいる『始祖』の《福音》だ』

 噴いた。むせた。

 「し、失礼――。あ、あの、すいませんが、本当に」

 『ああ。……陣内はもういないんだったな。今はお前が本部長か?』

 「は、はい。朱鷺籐サキと申します」

 『そうか。吸血鬼個人としてではなく《福音》としてそちらに話がある。《乙女》はいるか?』

 いけない。落ち着け。冷静に。一息吸って、

 「――社長は、本日は本土に出張で不在ですが」

 『連絡は取れるのか?』

 「――はい。今から……三十分以内には」

 『……ああ。わかった。本土にいるならば、ついでに「ここ」に来てくれるとありがたいと伝えてくれ。一時間後にまた連絡する。ではな』

 ブツッと。
 電話が切れる。
 ゆっくりと受話器を置いて、そこでようやっと電話の相手を実感したサキだった。
 《始祖(ソース・ブラッド)》にして六百歳を超える《古血(オールド・ブラッド)》の《福音》。
 その体質故に『血族』を持たないが……その性質・能力に限って言うならば――おそらく世界有数の吸血鬼だろう。
 「カンパニー」に協力的な幾つかの血統――特にフランスの《狼王ガルー》とは誕生以来の知人であるらしいとも聞いている。今現在は複雑な経緯を経て、日本の麻帆良に封印されているらしいが――政治的血脈的に非常に長い話になるので、ここでは省略する。
 とにかく「カンパニー」にして見れば、同盟に加わるとはいかなくても、はっきりとした立場を露にしてくれるだけでもありがたい。まさか宣戦布告では無いだろうし。
 連絡を直接にくれた事など、これが殆ど初めてと言っても良いのだから。
 頭を切り替えたサキは、自分の誇れる後輩《乙女》――葛城ミミコに連絡を入れることにした。



     ○



 学園某所のことである。
 

 学園都市の大停電の日。
 玖渚友には、一つの仕事がある。
 学園長も知らない、井伊入識からの頼みだった。
 そのために、彼女は今大型機械に向かい、画面を睨みながらも両手を止めることは無い。
 画面に青色で《死線》と書かれた文字が踊る。

 【皆、いるかな】

 その字に答える数が、およそ六つ。

 【うん。ありがとうなんだね、今さら僕様ちゃんの声にもう一回応えてくれるなんて】

 画面に、今度は緑色の字が躍った。

 (いえいえ、今のあなたは唯の人間ですが、しかしだからと言って価値が無いわけではありません)

 【事実をさらりと言うね、さっちゃん。まあ良いよ。本当は返事が無い可能性も覚悟してたからね。ぐっちゃんとかちぃちゃんとかが居ないのは仕方が無いけど、他の全員集まってくれるとは思わなくてね】

 {それで}

 今度は薄い水色の字が躍る。

 {何の用でしょうか『暴君』}

 その言葉に、玖渚は笑顔で返信する。

 【ちょっと喧嘩をしたいんだよ。このメンバーは人間の中ではおよそ最高クラスの腕だからね。相手は――】

 そこでわざと言葉を切る。

 【電子世界の神だ】

 (!){!}[!]〔!〕〈!〉「!」

 六人の反応に、玖渚は顔を歪める。

 【知ってもいると思うけれども、あの意思を持った愉快型のコンピューターウイルスは今や神のレベルまで成長してしまった。今の管轄は天界だ。だから早々に手出しは出来ないんだけれども……彼女はね、今僕様ちゃんが、いーちゃんと一緒にいる麻帆良の全システムを――掌握する気でいるんだよ】

 (時期は?)

 【四月。この学園の大停電の日だね。その日ちょっとしたパーティーがあるんだけれど、彼女はその騒動に思いきり関わるつもりなんだね】

 その言葉に、画面の前の六つの字が、再び止まる。

 【驚いたよ。まさか私達が過去に造ったあの基礎人格を、彼女が取り込んで精神基盤にしたんだもの。いわばアレは私達全員の子供だね】

 そう。確証がある訳ではないが、《億千万の電脳》の行動のパターンはこのメンバー全員のどれかに酷似しているのだ。調査方法、ハッキング、クラッキング、物質構成と解体、プログラミングに総合的な行動まで。何かが誰かに似ている。
 全員の優れた部分だけを集めて作られたかのように。
 個人の人格こそ彼女独自のものだが――まるで彼女から技術を受け継いだかのようにも見える。
 まさに、彼女達があれの原型を生んだともいえる。
 だが……故に、その実力は十分に知っている。

 {この人数で足りますか?}

 【大丈夫。一人、思いっきり優秀な人物を知ってるんだよ。入れるのは気にくわないけれど、私の知り合いだしね。向こうも彼女には興味があるみたいだし、交換条件だよ】

 何せ全盛期と違い、今は二人の人数が欠け、そして玖渚自身は、このメンバーの最低レベルだ。
 いやそもそも、彼女に勝とうとは思っていない。勝てるかどうかと言われれば、おそらくは敗北するだろう。玖渚とてそれは十分に理解している。
 が、それでも。
 戦い方は存在するのだ。
 相手を倒すのではなく――制限時間まで彼女を引っ張れば勝ちだ。
 負けても何もリスクは存在しないのだし。
 がからまあ――自分達が全力を出してぶつかってみるのも、偶には良いかと、想うのだ。
 楽しみたいから、好きなようにやる。
 それは、そもそものこの集団の基本理念だ。
 そう画面越しに語ると――六人は全員了承する。
 色々言いつつも、人間は全力を出して相手と戦う事が好きなのである。
 それは、この世界最高の電子集団《チーム》でも、同じことだった。
 まあ、それでいて尊敬と畏敬の念を集めている辺り、玖渚の過去の実力の片鱗が伺える。
 そこまで話が進んだ所で玖渚は――過去に出会った興味深い存在を全員に披露することにした。


 【名前をね――MAKBEXっていうんだよ】



     ○


 テーブルがある。

 「前から、奇妙だと思っていた事が、あります」

 取り囲むのは七人。

 「中央制御室は、何所にあるのか」

 上に乗せられたのは、麻帆良全域の地図である。
 中央制御室や機械室など、精密機器が存在する場所ははっきりしている。
 外側だけは。
 教員であっても。そう簡単に中には入れないのだが、ヒデオは今日の終了式の最中、学園内の目が手薄な時、ウィル子に忍び込んでもらってある。
 そのウィル子は、聖魔杯の最後の時のような、格式の高い服だった。

 「にははっ、内部は確かにパソコンが置いてありましたがね~、ウィル子にかかればそれが普段どの程度使われているかはわかります。少なくとも一流の機械屋が弄るようなレベルではありません。電源も入っていませんでした。良く見てみたら床と扉の内側に魔力を流した痕跡がありましたよ~」

 おそらくは、転移魔法陣。
 関係者が入った場合、自動的に本物の機械室に転送されるのだろう。
 ウィル子が全力を出せば勿論その場所を突き止めるのが簡単だが――しかし、ここで彼女を使う訳にはいかないのだ。
 エヴァンジェリンの目的は、あの少年を見極めること。
 即ち。
 全力で必死になって抵抗すれば、辛うじて彼女の合格ラインにギリギリに到達できる。
 それが、つまりは本題だ。
 その為には舞台を造る必要がある。
 舞台を造るには、人数が必要だ。
 今からウィル子を使って麻帆良の全システムを手に入れてしまった方が良いかもしれない。だが、エヴァンジェリンがそれを許さなかった。

 『計画するのも、根回しをするのも構わん。だが、実行だけはするな。少なくとも四月に入るまではだ』

 理由を聞いてみたところ、どうやら彼女の級友からの連絡らしい。それしか語ってはくれなかったが。
 仕方が無いので、準備を入念にする。
 その内の一つが、大停電時に使用されるであろう中央機械室はどこにあるのかと言うもの。

 「例えば。学園が大停電の日」

 一席に座る川村ヒデオ。
 黒のダークスーツに身を包んだ、かつて借金取りとして動いていた頃の雰囲気である。妙に煌々と光る眼光が迫力を出している。

 「毎年、結界は、全て落ちます――そうですね?」

 「はい」

 頷いたのは、いつものメイド服では無く、こちらも黒のゴシックドレスに身を包んだ茶々丸だった。

 「そうです。そのため大停電の日は侵入者――もっとも、概念が展開されるために直接人間が入って来る事は少ないですが、少なくともある程度の数は侵入されます」

 「ええ。では――大停電の時間は」

 「四時間です――今年は、いつもより一時間ほど長いと」

 「罠だな」

 机の一角。やはりこちらも黒服に身を包んだルルーシュである。黒髪と相まって、その美貌は総毛立つような寒気を覚えさせるだろう。普通の女子が見たら一発で虜になる。

 「はい」「ええ」

 ヒデオも茶々丸もそれには同意する。

 「……あのネギの坊やが来たことで、エヴァンジェリンが動くことを予見していたのは間違いが無い。だが、エヴァンジェリン曰く『学園長が手を出さないようにはした』とのことだ」

 ルルーシュの隣、これまた黒服のC.C.である。両腕を剥き出しにした黒の上下が、緑色の髪と金の瞳に良く似合う。ルルーシュと並べば、それはさらに顕著だった。

 「――ええ。今回、時間が長い理由は、無論彼女への対策でしょう」

 おそらく、最後の一時間においては、学園側がイニシアチブを取っている。
 それはつまり端的に言うならば――最後の一時間の内、いつでも学園の電力は復旧できると言う事だろう。
 戦闘中ならば、十分過ぎるほどのスキを造るのは間違いが無い。

 「ですが、まだ疑問が残ります」

 エレベーターや街灯が消える。それは分かる。
 病院などの機関が発電施設を持っているのも分かる。
 だが、メンテナンス全てを行うのに、この広大な学園全体を整備するのに――果たして何も機械が使われないことはあり得ない。
 おそらく、学園のどこかに。
 停電中でも動いている、メンテナンスをチェックする機械室がある。
 電力を復旧させるための命令を放つ、機械室が。
 そこがどこなのかを突き止めることが出来れば――それは即ち、時間を気にせずに彼女が少年と相対出来ることに他ならない。
 ウィル子を送れば良いのだから。

 『学園内のどこかに、大停電時にも最低限のシステムを備えた機械室がある』

 これは、おそらく事実だろう。
 ならば。

 「その、電力はどこから」

 発電機を持っている可能性はある。
 病院のような、独立した発電設備が。
 考えてみれば、わかる。
 モーターを利用した発電施設よりも、遙かに効率的で環境にも良いシステム。

 『水力発電』。

 「この、図書館島が浮く、湖の」

 あの中には滝もあった。
 下水道が校舎、いや学園の地下中を巡っている事は、あの鬼ごっこの最中にルルーシュが確認している。
 図書館島で確認したように――学園の地下に広大な空間が広がっているならば。
 あの地下のどこかに、巨大な発電施設を構成し。そこに行くためには転移魔法陣を一つ敷いて置けば整備も問題はないだろう。
 大停電時などの緊急時において――それを使用する。
 病院を始めとした、絶対に電気を落としてはいけない施設に、供給するのだ。

 「ウィル子」

 「りょーかいなのです」

 ヒデオの合図で机の上の地図に、幾つもの線が表示される。
 それは電話線であり、地下のケーブルであり、高圧電線でもあるが。

 「へえ……」

 珍しくも黒いスーツの高町なのはが、感嘆の声を付く。
 巧妙に隠された、地下を通る電線だけを表すと――


 それは奇麗な六芒星を描いていた。

 「予想ですが」

 ヒデオは地図の上、六芒星を指差す。

 「これは、普段の生活でも使用されているものだと思います」

 通称を学園結界。
 学園への侵入者を探知する結界の、基盤がおそらくはこれだ。
 だが、大停電においてはこれが使えなくなる。
 だが、果たして最低限の機能を持たせた機械室を、例えば山の中だとか、湖の中だとか――この六芒星から外れた場所に造るかと言われれば。
 普通の人間は造らないだろう。
 むしろ。
 周囲が全滅しても、牢城も脱出も可能な中央部に造る可能性は、高い。
 この学園が創立されたのは――明治。
 あの動乱の帝国時代であったのだから。
 ヒデオが指をさすのは、六芒星の中心部分。
 
 『世界樹広場』である。

 「ああ。おそらく、それは……正しいな。いや、確定できるわけでは無いが」

 ヒデオの説に一番に同意したのは、以外にもC.C.だった。

 「私の持つ能力に――〈ザ・ランド〉と〈ジ・オド〉と言うものがある。簡単に言うと――物質の構造や地脈を読み取る力と、気配を感じ取る力だ。以前警備員として外に出た時に気が付いたんだが……あの中央部に、何らかの空間があることは間違いが無い」

 「やはり、そうですか」

 「ああ。だが――」

 そこでC.C.は、良いとは言えない情報を口にした。

 「地下の空間は広すぎる。おそらく、地下百から二百メートル……そのくらいはあるぞ。その何所かに機械室があるのは事実だろうが。どうやって探す?」

 「いえ。探さなくても、大丈夫です」

 予想が正しければ、発電施設から供給されるエネルギーは……病院を始めとした何所かに繋がっている可能性が高い。まさか図書館島地下で造られるエネルギーを全て独占してはいないだろう。
 仮に独占していたとしても、この推測が無駄になる訳でも無いし。そもそもこちらにはウィル子だけでなく茶々丸もいるのだ。ならば、大停電の日に動いているシステムがあれば、それの感知くらいは十分にできる。
 感知出来れば、あとはウィル子がそこに接触すれば――そこから彼女ならば電線でもケーブルでも伝って行動が出来る。情報世界に接触できれば、機械室を占拠するのは可能だろう。
 ただし。

 「この案に問題があるとすれば、一つ」

 それは。

 「彼女を押し留める事が出来る存在がいれば」

 そもそも。情報の海に飛び込んだものの機械室を占拠出来ないか、あるいはシステム復旧よりも時間が掛かってしまえば。これは意味が無くなってしまう。
そして、それが「出来そうな」人間に、ウィル子も、ここにいる皆も、心当たりがあった。
 玖渚友。
 警備員をする時に情報を与えてくれる、井伊入識の最愛の人。
 その井伊入識はというと、エヴァンジェリンには絶対に関わらないと言って離脱。エヴァンジェリン自身も、関わらない方が良いとも言っていた。
 だが、彼の話によれば。
 玖渚友はエヴァンジェリンの計画とは無関係に、ウィル子と勝負をして見たいらしい。
 今日の午後。
 エヴァンジェリンが「カンパニー」へ連絡を取り。
 ヒデオとウィル子が機械室の情報を探っている間に。
 ルルーシュとC.C.が行っていた行動が、井伊入識への接触だった。
 玖渚友は、彼女の友人だか部下だかのメンバーを率いて、停電時にウィル子と勝負をしようとしているという。

 「……ウィル子」

 「任せといて下さい!」

 完璧にやる気になっている彼女に、誰も口をはさむことは無かった。
 ヒデオにしても、彼女の能力を十分に知っていたが為に……問題はないと判断していた。
 そして、計画の当日まで……彼女達を相手にすることが簡単では無いと言う事を、結局ここにいる全員が、知ることはなかったのである。



 「ところで、絡繰さん。何で皆黒服なの?」

 「いえ。これはマスターが、こんな恰好で秘密の会議をしているのは、『雰囲気が出る』――と言いまして」

 「その張本人は?」

 「さて……久しぶりに桜通りに行っていますが――なんでも、『以前遭遇した義手の殺人鬼の大学生の小娘に会いに行く』――とのことです」

 「ふーん。……殺す事は?」

 「無いかと。話をしに行くだけのようですし」

 「わかった。……でも、ちょっと悪者風だよね、これ」

 「ええ。マスターのハンドメイドです」

 「そうなの!?――凄いね。……まあ、ルルーシュさんとかクラインさんとか川村さんは似合ってるけどね……あ、絡繰さんも似合うよ」

 「ありがとうございます。高町様もお似合いです」

 「うーん、私は白の方が似合うんだけどなあ。黒は親友が着てるしね」

 「ええ。……ところで、なのは様。ヴィヴィオ様に御説明は」

 「してないよ?」

 「……よろしいのですか?」

 「うん。ヴィヴィオがエヴァンジェリンと正面から向かい合う、って言うなら、私は止めないよ。あの子も自分で決めてほしいしね」

 「そうですか」

 「うん。まあね。……大丈夫だよ。あの子がもしも本気で「殺し合いする」なら止めるけどね。昔の経験もあるし、ヴィヴィオもそこまで馬鹿じゃ無い。力の使い方を知っている良い子だよ。それに、エヴァンジェリンもその辺は解ってるから問題は無いよ。良い経験になるよ。訓練訓練」

 「そうですか。……ところでなのは様。四時間ほど前の事ですが、なのは様から強い魔力を感じたとの報告があったのですが」

 「うん。……夜になる直前のあれかな?」

 「おそらくは。……何か、されましたか?」

 「うん。ちょっと古い友達がね。やって来たんだ。また紹介するよ」

 「…………」

 「今すぐじゃ無くても良いよね?」

 「……わかりました。では、明日にでも」

 「うん。わかったよ」



 吸血鬼の計画は水面下で進行する。
 宴の晩の物語で――踊る表の舞台は現れた。
 裏の舞台の物語は、未だ姿を現す事は無い。
 嵐の前の平和な静寂は――ゆっくりゆっくりと過ぎてゆく。
 かくして――戦場の一つが整えられ。
 電子世界の神は、己の親に出会う事となる。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その二(表)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:25
 

 [今日の日誌 記述者・古菲


 最近は良い天気が多くて運動にも丁度いいアル。
 いつもの通り、挑んでくる若者たちを薙ぎ払っていた時のことでアル。
 手ごたえが無い、そう思っていたら、通りかかった、面白い人を見つけたアルよ。
 赤い髪の、狼みたいな印象の人で……犬歯が特徴的だったよ。
 なんとなく雰囲気で試合うことになってしまったが、強かったアル。
 勝負の決着は付かなくて、時間切れで引き分けだったネ。
 商品という訳では無いアルが、超包子の割引券を渡しておいたアルよ。


 これは、後で聞いた話だが、何でも高町さんの知り合いだそうネ。ヴィヴィオとも仲が良いらしいアルね。
 そういう関係かははっきりと聞かなかったが、特にヴィヴィオを大事にしている事は凄く良く解ったアル。
 私の親、もといあの育ててくれた老師は……今も元気なのでアルかな。
 そんな風に、故郷の地を懐かしく思ってしまったアル。
 センチメンタルは、私には似合わないアルね。
 以上、古菲でした!……アル。



 ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その二(表)



 中等部の一角を私は木乃香と一緒に歩いていた。
 学期末テストも終わり、あの馬鹿も首にならないで済んだし。今は春休みだ。春の陽気は散歩にも良いと思うけれども。

 「全く……あのネギ坊主、どこいったのよ」

 そう、あの馬鹿は自分で学校の案内をしてほしいと頼んだくせに、興味本位で出歩いて逸れてしまっている。この学校は相当に広いから、真剣に探さないとまず見つからない。
 そう困っていると、視界に朝倉が通りかかる。

 「あ、ちょーど良いや。朝倉~!ちょっとお願いが」

 自転車を止めた朝倉に、ネギを呼び出して貰う様に頼む。待ち合わせ場所は展望台の上だ。
 木乃香はピクニック日和だと言っているが、実際私は疲れていて眠い。ここ最近は新聞配達のバイトだけでなく妙にルルーシュさんからの宿題も多かったし。

 (平和ね……)

 思い起こせば三学期だけで色々あったなあ、と思う。
 ネギが魔法使いだということを知ったことに始まり、学園長や、たぶん高畑先生も魔法使いであるということ。確認をしたわけではないけどね。
 図書館島での夕映ちゃんと本屋ちゃんの秘密を知ったりだとか。
 密度の濃い時間だった。本当に。
 自分でもこんなに落ち着いていられるのかが不思議だったけれど、なんというか、意識が順応するのが早い。
 どこかで似たような事を見た事があったのだろうか?
 そんな風にゆっくり丘の上に向かうと、途中でネギを呼び出す放送が入る。
 丘の上で合流した時には、ネギは半泣きだった。そんなに怒らなくても良いじゃん。
 何故かネギだけじゃなくて、凪先生とヴィヴィオちゃんも一緒だったけれど、理由を聞いてみたら途中で合流しただけらしい。
 凪先生――私達が図書館島から帰ってきたら、いつの間にか一人先生が増えていて驚いたのだけれども……この学校ではよくあることなので、皆普通に受け入れていた。
 霧間凪先生。最初は霧間先生で呼んでいたけれど、本人の希望で凪先生と呼んでいる。体育の先生で、さらには広域指導員も兼任しているとか。
 朝倉曰く、時々バイクに乗っている所を目撃されているらしい。似合うけれど。
 一方のヴィヴィオちゃんの肩にはイタチ……いやオコジョが乗っていた。
 名前はユーノ君と言うそうだ。きちんと私達に頭を下げたように見えた。うん、普通に可愛い。頭もよさそうだ。

 「ひどいですよ明日菜さん」

 「ゴメンゴメン」

 そう言って謝りつつ、木乃香と一緒に展望台に連れて行く。
 階段を上りきると一気に視界が開ける。

 「ほお」「わあ~」「うわ~!こ、これは凄いですね~!」

 凪先生やヴィヴィオちゃんも感嘆の声を上げた。
 展望台の上からは麻帆良の地が一望できる。

 「右手の方が住宅街とウチらの住んでる女子寮があって……」

 木乃香は右前方を指差すと、それを左の方にスライドさせながら。

 「こっちから丘の向こうまでが大学施設やら研究所。で、あっちは中等部と高等部の校舎やね」

 左前方には私達の学校が見える。

 「商店街がヨーロッパっぽいのは造る時に学園都市に合わせたかららしいえ。で、遠くに見えるのが図書館島や。ヴィヴィオちゃんの通ってる小学校は……残念ながら見えへんね」

 「ですね……」

 感嘆しているヴィヴィオちゃん。肩のユーノ君も周囲を見渡している。

 「す、凄いや。とても回りきれないです」

 「まあ、実際私達もこの中等部近辺しか知らないもの。無理ないよ」

 私がネギにそう言うと、凪さんもヴィヴィオちゃんも納得したらしい。
 風に当たりながら視線をあちこちに飛ばしている。
 木乃香の携帯に連絡が入ったのはそんな時だった。

 「あれ、お爺ちゃんからメールやわ。明日菜、ウチら二人に用事やて」

 「げー」

 学園長が一体どんな頼みごとをするのかは知らないが、なんというか、子供のお使いと大差ないのだが、割と便利に使われている気もしなくもない。
 お世話になっているし、それは良いのだけれど。

 「あ、じゃあ行ってください。僕は一人で色々探検しますから」

 顔色をうかがったネギが言う。

 「ふむ……少年」

 そこに、ずっと沈黙していた凪先生が口を挟んだ。

 「せっかくだ。私と高町も一緒に行動してもいいかな?」

 「あ、はい。かまいませんよ」

 それは私達にとってもありがたかった。大人の凪先生も一緒ならば、あまり心配はしなくても良いだろう。
 「あ、でも広いしなあ……案内が出来る人がいれば良いんやけれど」

 木乃香がそう心配した時だ。

 「ヴィヴィオ―っ、ネギ先生―っ!」「何してますか~!?」

 丁度良く声が聞こえた。
 こちらに手を振りながら歩いて来る小柄な影が二つ。

 「あ、鳴滝さん達だ。こんにちはー」

 ネギの言葉に気が付いたヴィヴィオちゃんも挨拶する。この子本当に良い子だなあ。なのはさんの躾が良く行き届いている。

 「あ、タイミング良いわね。お願いがあるんだけどさ」

 私は手短に状況を説明する。

 「いいですよー、学園の案内ですねー」

 「それなら僕ら、散歩部にお任せあれ」

 「ネギの周囲をくるくると回りながら双子は同意してくれた。

 「そう。じゃ二人ともお願いね。凪先生、あと任せても」

 「ああ」

 凪さんも私の言葉に頷いてくれた。
 うん。これなら問題は無いだろう。私は木乃香と学園長の方に向かうために、その場所を離れた。



     ○



 風香さんと史伽さんの案内で、僕と高町さんと霧間さんは、学園を巡ることになった。
 散歩が、サハラ砂漠を横断する位にハードなスポーツだったなんて知らなかった――そう思っていたら、霧間さんに二人の冗談だと言われた。
 ……冗談で良かった、本当に。
 最初に案内されたのが体育館。

 「ここは中等部専用の体育館。二十一ある体育系クラブが青春の汗を流しているんだよ」

 言ってくれたのは裕奈さん。バスケットボールの練習中だったらしい。

 「えーと、うちの学校で強いのは、バレーと、ドッジボールだったっけ?」

 ドッジボール……あの、えーと、確か……そう《黒百合》っていう高校生の皆さんのチームって、どうやら本当に強かったらしい。

 「あと、新体操とか女っぽいのが強いです」

 史伽さんのその言葉に、霧間さんも。

 「ああ。確かにバスケはあまり強くないな」

 同意してくれた。
 高町さんは普通に感心して見ていたけれど。

 「スポーツを頑張ってやっている女子っていいですねー」

 僕がそんな風に感想を言ったら、何か高町さんは半目になり、霧間さんは溜息を吐き、風香さんはにやりと笑って。

 「あ、何かオヤジっぽい発言だねー、ネギ先生のお・ま・せ・さ・ん」

 「ええっ!?」

 お、オヤジっぽいって。
 動揺する僕に風香さんはさらにニヒヒと笑って

 「それじゃあ……期待の更衣室探検……行ってみる?」

 何かまき絵さんが僕を見て挨拶してくれていたけれど、トンデモナイ!
 慌てる僕を可哀想に思ったのか、な……霧間さんが場を納めてくれた。高町さんはずっと僕の方を半目で見つめていた。
 何か申し訳ない気分で、次に向かう。

 「屋内プールです~」

 「あ、水泳も強いよ。ウチのアキラが凄いからね」

 そう言って風香さんが指さした先には、髪を結えているアキラさんがいた。
 こちらに気が付いたのか、やって来て。

 「見学かな……?」

 「ああ。鳴滝姉妹に案内させて貰っている」

 そんな会話を霧間さんとしている。髪を止めていた紐を解いていた。
 僕はと言うと、何か水着姿の皆さんに囲まれてしまって、仕方が無いので下を向く。
 やっぱり高町さんはこちらを半眼で睨んでいた。呆れているようにも見える。肩に乗ったユーノ君越しにこちらに視線を向けている。
 次に行ったのは屋外の運動系コート。
 ここでは、今度はチアリーディングの皆さんがやっていて、覗きに来たのかとからかわれた。な…霧間さんは感心しながら観察していて、高町さんはやっぱり僕の方を見ている。……いや、僕なのかは分からないけれど、肩越しに半目だった。

 「あわ、とうとう黙っちゃった」

 「お色気ムンムンだもんね~」

 小悪魔的と言うのか、そんな笑みで僕を見る二人。
 ……や、やっぱり確信犯だったんだ。

 「どーしてそういう所しか見せてくれないんですか~!」

 僕の声にも

 「あわわ、怒ったです~」

 「しょーが無いじゃん、女子エリアなんだしー」

 そう言って逃げられる。

 「……まあ、落ち着け」

 霧間さんがそう言って留めてくれて、全員で外に出た。

 「文化部は、さすがに一日では紹介しきれないです」

 休憩の為に食堂棟に向かう途中で、史伽さんが言う。

 「なにせ、この学校には160個はあるからね~」

 笑顔のままで言われるが、それってすごい事だと思う。
 本当に、どんな学校なんだろう。
 休憩と言う事で、ようやっと高町さんも機嫌を直して歩いていた。

 「少年。一応ここは、私達二人でお金を出してあげるべきだろうな」

 「はい」

 そんな風に話しながら、僕達は歩いて行った。



     ○



 さて。
 川村ヒデオは問題に直面していた。
 ある意味では彼の生殺与奪に関わると言ってもよく、さらに言うのであれば、一生を左右しかねない問題でもあると言える。

 (……困った)

 彼の目の前には北大路美奈子がいる。何やら衣装に気を使ったらしく、普段のスーツや大会の時のような婦警の服装でも無い。シャツにスラックスという、ともすれば男性的な衣装を、ボーイッシュに着こなしている。
 いや、別にこれから求婚しようとするわけでも無い。
 ただ単純に、彼女にエヴァンジェリンの計画を話して、協力して貰おうかと思っているだけだ。
 北大路美奈子という女性は確かに正義感が強いし、真面目だが……しかしこちらから状況と理由を真摯に話せば、きっと協力をしてくれると思っている。
 思っている、のだが。
 昨日の花見会の後。職員室で書類を裁いている時、ヒデオが。

 『美奈子さん。話があるのですが……明日は暇ですか?』

 と聞いたところ、何やら顔を赤くして頷いていた。
 夜。エヴァンジェリンの家で機械室についての話をすることになっていたから、今日の昼に回しただけなのだが。

 『ヒデオさん、そ、それって、もしかして、デー……』

 呟いていたが、デー……何なのだろう。
 データに関係することならばウィル子に任せればなんとかなるのだが。
 なぜか朝起きたら彼女は朝食を作りに来てくれたし、妙に気合の入った服装だし、時間もあったから適当に車でぶらぶらと回ったし……ともかく、そんな風にして今はお昼時。
 食堂棟にいた二人である。

 (……何所に……)

 食堂棟。デザートが美味しいとウィル子が話していたカフェで昼食を取る。あまり口数が多くないヒデオであるが、彼女はそれをしっかりと解っているようで、気分を害した様子もない。
 まあ、そこまでは良かったのだ。
 だが、注文して気が付いた。

 (……財布)

 確かにさっきまでは持っていたのだが。気が付いたら、無くなっている。
 これでもヒデオは、犯罪を起こしたことは無い。本当に。確かにあの城塞都市の中では多少の非合法はやっていたが(自慢では無いが機関銃を乱射したこともある)、それでも一般社会では今の所、犯罪歴は無い。
 つまり、このままでは初黒星である。
 美奈子は、何やら緊張しているようでこちらの声は耳に入っていないようであるし。
 困った。
 そう考えていると。

 「ここですー」「美味しいんだよ~ネギ先生」

 そんな声が聞こえて来た。
 さてどうする。
 ヒデオが悩むのはこれが原因だった。
 注文して食べてしまった以上、払わなくてはいけない。これは当然だ。
 まさか財布を無くしたとは、この状態では美奈子には言えない。そもそもこちらの声が聞こえてはいない。
 しかし、ネギに頼むのも気が引ける。相手は十歳の男の子だ。
 霧間凪に頼むのも……良い判断では無いだろう。なんとなく。

 (……困った)

 そう悩んでいると。
 何かに足を引っ張られる。

 「……?」

 足元を見ると、何やら一匹の小動物。

 (……ここでは、動物の持ち込みはまずい)

 何せ食堂だ――と思ったが。
 口にくわえているそれは、間違いなくヒデオの財布だった。

 (……何故)

 いや、咥えている事よりも。そもそも財布を何処で見つけたのか。
 ヒデオの考えが伝わったのか、そのオコジョはピ、とネギ達の方を尻尾で指す。
 視線を向けると、腕を組んで不敵に微笑む霧間凪と、にっこり笑う高町ヴィヴィオ。
 どうやら彼女達が見つけてくれたようである。

 「……あの、ヒデオさん。どうしました?」

 ようやっと現実に帰って来た美奈子の声。財布と彼女と、二重の意味で安心したヒデオは。

 「いえ……あそこにネギ先生達が」

 そう言って、眼で指し示す。
 美奈子もはっきりと認識したようである。

 「ここでは、話し難いので……場所を」

 何せエヴァンジェリンの標的が彼である。万が一にも聞かれてはまずい。場所を移ろうと言うと、何故か美奈子も頷いた。
 財布を見つけてくれた彼女達に、軽く視線で挨拶を返す。
 どういう訳か、サムズアップで返された。
 ……はて、自分は何か勘違いをされていないだろうか。


 なお、美奈子に話をした時。
 最初は機嫌が悪くなったが、最後はなぜかもっと上機嫌になっていた。

 『あなたは、僕の知る限り。ウィル子と同じくらいに。今この学院で、一番信頼できますので。今後を行動する相方として』

 深い意味はなく、そう言っただけなのだが。
 女心が判らないヒデオであった。



     ○



 僕達五人が休憩と言う事で入った喫茶店では、川村先生と北大路先生が一緒にいた。
 驚いたけれども、そういうこともあるだろう。

 「あーこのマンゴープリンココパルフェ美味しい~」

 「今月の新作です~」

 賑やかに食べる風香さん、史伽さんと、静かにアイスコーヒーを飲む霧間さん。高町さんは服に隠したユーノ君に、何かを渡しているようだ。ビスケットか何かかな?
 そう思っていたら、ユーノ君が素早く地面を走り、咥えていた何かを川村先生に渡して、そして素早く戻って来る。
 机の下を上手く利用したから、他の人は気が付いていない。そのまま、再び高町さんの足を伝ってポケットに潜り込んで隠れてしまった。
 入る時。入り口できっちり全身を消毒されていたが、ここは食堂。動物の持ち込みは、基本的にやめておいた方が良い。それでも、何故か高町さんは彼(名前的に多分あっているはず)を、手放さなかった。
 故郷のカモ君をちょっと思い出す。

 「ほら先生、あーん」

 そう言ってスプーンを差し出す史伽さん。その顔は、僕をからかって楽しもうとする表情で。……本当に、困った。
 でも、他のクラスの皆よりも年が近く感じるためなのか。話しやすい気がする。勿論ここで一番年が近いのは高町さんなんだけれど、彼女は妙に思考が大人びている気がするし。
 故郷のアーニャも、まだこんな感じだった。えーと日本語では……「色気よりも食い気」だったっけ。いや、えーと……。

 「花より団子、か?」

 僕の表情を見たのか、霧間先生が助け船を出してくれた。
 その表情は何か楽しそうだ。先ほどまでは川村先生達の方を見ていたはずなのに。
 僕がそう思ってそちらを向くと、すでに二人はいなかった。

 「何書いてるですか?先生」

 その言葉に意識を戻す。

 「あ、いえ。これは……」

 慌てて誤魔化す。結構色々と見られたくない物が書いてあるし。明日菜さんとか。

 「えーと、じゃ、じゃあこの辺でお開きにしましょうか。そろそろ夕方ですし」

 考えてみれば運動系の部活動を三か所と、道沿いにあった代表的なお店。それに食堂棟だけだったのだけれど、意外と時間を使っている。
 そう思った僕だったのだけれど、二人はさすが双子。そっくりな笑顔で言う。

 「何言ってんのネギ先生!」

 「一番大事な、最後の場所が残ってるです!」

 そう言われて最後に向かった先は――大きな大樹。
 世界樹だった。


 その後僕は、世界中の上で霧間先生(何故か一番ノリノリで登っていた。意外と子供っぽい部分もあるらしい)と話をすることになるんだけれど……うん。何か鳴滝さん達にキスされちゃったし、恥ずかしいから省略!
 夕焼けがきれいで――今日、案内して貰って良かったと思う。



     ○



 夜。

 「ただいまー、あ、帰ってたんだ。お帰りーネギ」

 学園長のお使い。何か商店街のお店まで届け物だったんだけれども、これが意外とあちこちに指定されてて大変だった。《ブラウニー》で結崎さんと理緒ちゃんに会えて、アイスコーヒーを奢って貰えたのは嬉しかったけれど。
 何か薬屋さんとかもあったし。意外なことにそこでエヴァちゃんと遭遇したりとか(ちなみに彼女、妙に私に、視線を向けてたんだけれど。……何か悪いことしたかなあ)。
 そんなんで、意外と遅くなってしまった私達が部屋に入ると、ネギは蜜柑箱で作った机で名簿を開いて、なにやら涙目だった。

 「双子の案内はどうだった~?」

 そう尋ねたら、なんだか妙に動きを硬くする。

 「きり……いえ、凪先生とは、仲良くなれました。はい」

 霧間先生から、凪先生へと呼び方が変わっていた。うん、何故かは知らないけれど、なんとなく良い傾向だと思う。

 「で、ネギ君なんでそんなに名簿をきっちりとにぎってるんや?」

 木乃香の問いに、ネギは顔を赤くしてよりはっきりと固まった。

 「い。いえ、別に。な、鳴滝さん達とは、何も、あ、ありませんでしたよ?」

 ……何かあったわね。これは。
 私が素早く名簿を取ろうとするが、ネギも素早く後ろに隠す。
 そして木乃香にあっさりと取られる。
 ふふん。このコンビネーション!伊達に親友をやっている訳では無いのよ!

 (……さて、中を見せて貰いましょうか?)



 まあその後。
 中身を呼んだ明日菜の怒鳴り声と、木乃香の疑問の声が部屋どころか寮に響き渡り。
 それを風香と史伽がニシシという笑みを浮かべて聞いていたりするのだが。
 表向き、本当に平和な一日であった。


 かくして。
 舞台は裏に続く……。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その二(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:27
 

 「おはよ~ママ。と、ユーノ君とアルフも」

 「うん。お早う」

 「お早うヴィヴィオ」

 「ああ。お早う」

 起きて来たヴィヴィオに、返す声が三つ。
 現在。
 女子寮管理人高町なのは及び娘ヴィヴィオの部屋には、二人――正確には、今現在は二匹ほどの生物が増えている。
 オコジョのようなユーノ・スクライア。
 赤い毛波の子犬、アルフ。
 時空管理局からの援軍であり、両者共になのは、ヴィヴィオの親しい友人である。
 最もそれぞれ、本来は人間型にもなれ――ユーノは、可愛らしい雰囲気の青年で、アルフは、猛々しい雰囲気の赤髪のお姉さんだ。アルフに至っては外見年齢の操作も可能である。
 アルフが現在子犬であるのは、マスター。つまりフェイト・T・ハラオウンの魔力消費量を抑えるためであり、そもそもこちらに来る時に、あまり大きな――それこそ狼のような状態だと転移に支障が出る事が予想されたからである。
 フェイト曰く、現在彼女は仕事が入っていないらしく、アルフが転移してくる直前に休暇を取ったらしいことは、通信にも多少書いてあった。
 一緒に送られてきた通信設備(と言っても通信の効率化が精々であるが)ならば、一日一回は連絡が付くようであるし。フェイトに仕事が入ったら連絡が来ることにもなっている。
 フェイトとも相談した結果、時々ならば彼女を大人モードにしても良いかも、という事になった。フェイト曰く、偶には思いっきり運動いても良いらしいし。アルフ自身が、この部屋や寮内では子犬モードから変化するつもりはないようだが。
 それでも、彼女の許可がおりているのであれば……何か危険が迫った時に本気になれる。

 『今日一日は、アルフも本気で動いて来て良いよ。私はゆっくりしてるからね』

 通信文の最後、彼女の言葉がそれだ。

 それでもなるべく消費量を抑えようとするのは、アルフらしいといえばアルフらしいが。

 「「いただきます」」

 ユーノにはビスケットを。
 アルフには、超包子で貰って来た美味しいお肉を。
 それぞれ適量に渡して、なのはとヴィヴィオも朝食をとる。
 今は春休みで。生徒達の寮にいる時間が長めだからだろう。管理人の仕事はいつもより少々多いが、ヴィヴィオ達は暇である。
 宿題の心配もしていない。

 「何か、予定はあるの?」

 「うーん……あ、じゃあユーノ君とアルフと、学園回って来る」

 うん、それはいい考えだ。
 先日の内に、この世界での魔法関係の事は大体説明し終わっている。特に心配する必要もないだろう。人間形態の時の服装だけ気を付けてくれれば。

 「うん。気を付けてね」

 余計なトラブルは――多分起こさないだろう。
 起こしたとしてもたかが知れている。
 ヴィヴィオも子供では無いんだし。

 (……大丈夫だよね)

 こうして、二人と二匹の朝食は終わったのである。



 ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その二(裏)



 普段。霧間凪の朝は早い。
 早いと言っても五時や六時に起きている訳ではないが、毎日規則正しく目を覚まし、運動の後に朝食を取り、出勤するという。極普通で、なおかつ毎日実行することは難しい日課である。
 今は春休みであるが、その習慣は変わらないはず……だった。
 まあ何かしらの戦場に身を置く者は、彼女や――あるいは高町なのはの様に、生活習慣を乱さないのが原則である。だが、戦場を経験してきた後は別だ。
 体を休めるだけ休めるのも、基本と言えるだろう。
 広域指導員の仕事が面倒では無いが、昨日は長かった。
 おそらくはバイク関係のグループなのだろうが、凪の元にやって来たのである。いや、喧嘩を売りに来たとかそう言うのではない(彼女の腕っ節がどれくらい強いのかはすでに学内で有名である)。
 長いので割愛するが――要は彼女が、大型の単車についてを非常に詳しく、技術や何やらまで彼らに話すことになった……まあそう言うことである。
 ついつい熱中し、終わったのが深夜零時ごろ。
 その会場から帰って来て、シャワーの後布団に入ったのが夜の二時。
 昼間に花見で、生徒達と戯れていたせいで体に疲れが溜まっていたのか、臨時講義に集中していたためか、それとも気が緩んでいただけなのか、本日彼女が目を覚ましたのは八時だった。
 十分普通の部類であるが、凪はしまったと思いつつも手早く着替え、外を走った後に簡単に食事にする。ちなみに、ゼリー型の栄養食品だ。
 と、そこまで行動して考える。

 (……暇だな)

 時計の針は九時を少し回った程度だ。
 何かしたい事がある訳でも無いし、だからと言って家でぼーっとしているのも性に合わない。

 「……よし、学内でも散歩しよう」

 こちらに来てから始めて、何も考える必要もなく過ごせる時間だ。
 彼女を此処に呼び出したあの《泡》が一体どこにいるのかは分からないが、あの存在は凪に何をしろとも言わなかったのだし。
 勝手に行動してそれを怒るほど矮小な存在では無い。
 即決する。
 物があまり多くない部屋(女性・独身教職員用)の電気を消して外に出る。
 ここまでで判る通り。
 彼女が外に出たのは気まぐれであり偶然出会ったのだが――これが、大停電の日に波紋を呼ぶことになるとは、彼女自身も思っていなかったのである。


 外に出て、麻帆良中央へと歩んで行った凪は――そこで人集りを見つけた。

 (……喧嘩、いや古菲か)

 五メートルほどの周囲を取り囲むギャラリーからは、古菲を応援する声。
 野太い声だが、まあ気持ちは分からんでも無い。中学生の可憐……まあ可憐なのかは疑問だが、小柄な少女が自分よりも強いのだから。
 だが。

 (……珍しいな)

 今回は、その相手への注目する声も聞こえている。
 この学園の大半の人間は古菲がどれ程の実力なのかを知っている。凪も勿論、広域指導員で目撃したことはあるので知っている。
 毎回毎回、倒されるために向かっていくような若者たちを介抱するのも広域指導員などの仕事の一つなのだが。
 古菲と向かい合っているのは、赤い髪の野性味を感じさせる女性だった。

 「アルフ、頑張って!」

 観客側から応援しているのは――高町ヴィヴィオ。
 どうやら、彼女の知り合いらしかった。
 赤い髪、アルフと言うらしい女性は重心を落とし、左手を前に出して軽く握っている。足の置き方を見るに、いわば責める型と言えるだろう。
 対する古菲は、半身のまま構える。自分から動くよりも、相手の初動に合わせた防御・カウンター型の型。

 (……慣れてるな)

 アルフ、彼女はおそらく喧嘩慣れしている。喧嘩と言うよりも、一対一での近接戦闘の経験があるのだろう。
 両者共に簡単に動かないのは、タイミングを計っているからだ。
 そう凪が思った時。
 初動を取ったのはアルフだった。



     ○



 アルフが大きくなって同行してくれたのは、大人のお姉さんの方が色々と都合が良いからだ。ユーノくんでも良かったんだけれど、残念なことに彼の服は珍しい。凄く目立ってしまう。ユーノ君だけならば良いけれど、私もコスプレの同類だとは思われたくない。

 (……ヴィヴィオ~)

 ユーノ君の鳴き声を、聞き流す。
 うん。勿論冗談だけれど。……半分くらいは。
 でも、アルフの方が助かるのは本当。
 私とヴィヴィオ君っていう男女のペアよりも、私とアルフっていう方が行動しやすいし。ユーノ君は男の人よりも男の子っていう雰囲気がして、アルフよりも、何と言うか……頼り無い感じがする。これはなのはママも同意してくれるだろう。
 ……まあ、そのお蔭で今、アルフはクーフェイさんと真剣勝負である。
 何でこう目敏いかな。クーフェイさんには、実力者を見破る力でもあるんじゃないかと思う。
 まあ、アルフも思いっきり運動したい見たいだったし、私も良いかと思ってしまった。


 最初に動いたのはアルフ。
 勢いの乗った、握りこんだ右手をクーフェイさんの胸に向けて、振り下ろすようにふるう。アルフの方が背が高いから、どうしても下に向けることになるのだ。
 クーフェイさんは、軽く前進すると、その拳を防御では無く左手を添え、自分が下を潜るようにして受け流す。
 拳を振るったアルフの体は、勿論懐に入られると危ない。
 身を屈めて前進したクーフェイさんは右手でアルフへ一撃を与えるけれど、その一撃が中ったのはアルフの上げた、左の足裏だった。
 アルフはそのままクーフェイさんの右手を押し戻すと、反動で後ろに下がって距離を取る。
 二人の間に空間が出来る。
 次に動いたのは、今度はクーフェイさんだった。
 足を地面で滑らせるように前進すると、腕を体の前面――つまりボクシングみたいな恰好で構えているアルフの右側に回り込むように攻撃する。手の形は、平。握ってはいない。
 クーフェイさんの繰り出した掌を、アルフは拳で受け止める。
 勿論、アルフが中てたのは掌のくぼみじゃなくて、骨のある硬い部分だ。肘が伸びきって、手首が九十度の角度の時、一番衝撃に強い部分。
 そのまま連続で二人は、拳と掌を打ち続ける。
 ある程度の後、再び距離を取って。
 今度はまたアルフが。それが一段落するとクーフェイさんが。
 そうして、何回目だったか。
 距離を取った二人は互いに顔を綻ばせて。
 再び緊張が高まって――。


 「そこまでだ。……もう良いだろう」

 そう言って試合を中断したのは、霧間先生だった。
 手には何やら財布が握られている。
 彼女のものなのか、どこかで拾ったものなのかは気になったけれど――これで試合の空気が崩れたのは本当。
 ざわざわと言いながら、ギャラリーも散っていく。アルフへの声も多い。
 結果は……引き分け、かな。

 「いや~お姉さん強いアルね」

 「いや、お嬢ちゃんも強いよ」

 何か二人は讃えあっている。友情が生まれたみたい。
 そんな風にしていたら、クーフェイさんが。

 「お姉さん。もし良かったらウチの部活に顔出さないアルか?」

 そんな事を言って来た。

 「いや~それは面白いけどねえ、今私はヴィヴィオと一緒だしねえ」

 アルフはそう答えたのだけれど。

 「あ、アルフ。良いよ?」

 私は、別にかまわなかった。
 何と言うか、いつも付き合ってもらっている訳だし。今日くらいは、ゆっくり自由に行動してもらいたい。
 むしろ、クーフェイさんにお願いしたいくらいだ。

 「でもねえ、ヴィヴィオ。一人じゃ困るだろ?」

 「ふむ……」

 状況をなんとなく把握したのか、凪さんが言った。

 「良かったら私が同行しよう。暇だったのでな。連れが出来るのはありがたい」

 「ほら」

 私がそう言うけれど、アルフは随分と迷っている。

 「大丈夫。本当に。ユーノ君もいるんだし」

 そこまで言うと、アルフはどうやら肩に乗っていたユーノ君を忘れていたらしく、思い出た様子の後で。

 「……わかったよ……本当に良いんだね?」

 そう頷いてくれた。

 「うん。大丈夫」

 自信満々で返すと、アルフもどうやら安心してくれたらしい。
 凪さんに頭を下げると、クーフェイさんと話をしながら移動する。
 うん。偶にはアルフにも羽を伸ばして欲しいしね。
 でも、これからどうしようか。
 そう思っていた私達二人の耳に、放送が聞こえて来た。


 『えー2年A組担任のネギ・スプリングフィールド先生。保護者の方が展望台でお待ちです』


 私と凪さんはアイコンタクトの後、渡りに船と思って展望台に向こうこと決めたの。



     ○



 学園長からの頼みは、簡単な物で――幾つかの書類とか小物(……多分だ)を、商店街にあるお店に配達するというものだった。
 結構重くて量もあったので、私達以外に、それこそ業者にでも頼めば良いと思ったんだけれども――届けたお店から、お礼が貰えるらしいし……それに、きちんとバイト代も払ってくれる。お世話になっている以上、無下に断ることもできないのだ。
 《ブラウニー》で、理緒ちゃんと結崎さんにアイスコーヒーを奢ってもらった。途中でシャツにジーンズというラフすぎる格好の歩先生が降りて来て、何くわぬ顔で結崎さんからコーヒーを手渡されていて、やっぱりこの二人って噂されている関係なんじゃないかと思ったのも無理はないだろう。
 その後、いつくかの店の後。最後に向かったのは、一軒の薬屋だった。
 場所としては住宅地に近い。大学部との境目くらいの路地裏にあって、なんとも怪しい事に傍の窓にはこう書いた紙が貼られていた。

 『どんな症状にもあったお薬をお出しします』

 「……怪しい」

 直球で怪しい。もう、なんというか。深夜の学校に幽霊がいるのと同じレベルの胡散臭さだ。

 「お爺ちゃんも、訳判らんお使いを頼むなーほんま。こんな所他の、先生とかにでも頼めば良いと思うねんけどな」

 木乃香の言葉に頷く私である。
 まあ、それでも仕事は仕事。仕方が無いので、扉を開けて中に入る。
 薬屋――なのだろう。何と言うか、駄菓子屋に漢方薬局を合体させたような雰囲気だ。一応棚には、メジャーな医薬品も並んでいるんだけれども……実は、非合法な麻薬とか扱っていても不思議では無い気がする。

 「すいませ~ん。学園長からのお届けものです~」

 あまり広いとは言えない通路を通り、レジの方に行くと――

 「……あん?」

 何故かそこにはクラスメイトがいた。
 金髪に不機嫌そうな表情の、小柄な……エヴァちゃんが。

 「珍しいなー、エヴァちゃんが薬屋なんて。何かあったんか?」

 木乃香の言葉に、エヴァちゃんは不機嫌そうな表情のまま、軽く頷いた。

 「近衛か……いや。――花粉症だ」

 「ほかほか。大変やな」

 ちなみに私は、こんな会話を聞いて呆気に取られていた。
 エヴァちゃんは、普段は殆ど他人と会話をしない。隣席のクラインさんや、茶々丸さん。時々最後列の何人かに、ザジさんや龍宮さん。……要は、クラスで割と一人でいる事が多い面々とは話をしているくらいだ。

 「……仲、良かったの?」

 だから、そう訊いたのも無理はないと思う。

 「いや。――明日菜。近衛と私はこの前の晩に、少し出会っただけだ。気にするな」

 「そうやな。ウチも余り、エヴァちゃんと仲が良いとは言えんね」

 ――何か、二人の間の空気が重い。
 木乃香は妙に黒いし。エヴァちゃんも面白がって虐めている雰囲気がある。
 これ以上は訊かない方が良いだろう。

 「それよりもエヴァちゃん。どうして私だけ名前で呼び捨てなのよ」

 「気にするな」

 いつもそうなのだ。何故かエヴァちゃんは私だけを名前で呼ぶ。しかも明日菜と呼び捨てだ。神楽坂とすら呼ばれたことも無い。

 「お待たせしました」

 そう言って店員さんがやってきたのは、丁度沈黙が下りた時だった。
 まだ若い――高校生くらいの、赤い髪の店員さんである。手際良くカウンターに薬を並べて。

 「えーと、エヴァンジェリンさん。これが頼まれていた飲み薬です。花粉症用です。師匠曰く『効き目は保障する』そうです。えーと、こっちが目薬で、これが喉の薬です」

 説明はお世辞にも上手いとは言え無かったが、それでも一生懸命だった。

 「ああ。わかった。少しは漢字が上達したか?リべ公」

 説明の後、料金を払ったエヴァちゃんはそう尋ねる。どうやらこの店員さん。エヴァちゃんの知り合いらしく、日本人では無いらしかった。
 店員さんは、微妙な笑顔で返事をすると、薬を渡す。
 受け取ったエヴァちゃんは、踵を返してさっさと出口へ向かう――が。

 「ああ――そうだ。明日菜」

 出る前。私に、妙に鋭い視線を合わせて

 「お前の進む道だ。お前が決めろ。だが選択したら戻れないことを忘れるなよ」

 それだけを言って出て行った。

 「……何だったのよ?」

 「さあなー、明日菜を心配してたんとちゃう?」

 意味の分からない言葉に、木乃香が意見をしてくれたが、何かはっきりしない感じだ。

 (……まあ、良いか)

 頭を切り替えた私は、店員さんに学園長からの届け物を渡すことにした。



     ○



 霧間凪は自分の信じた行動を取るのに、躊躇をすることが無いタイプの人間である。
 例えば。
 同僚であるところの川村ヒデオと北大路美奈子が、古菲とアルフの戦いを見物している最中のこと。気を取られている彼の持っていた財布をスリ取った人間を捕まえて、指導するくらいには。
 もっともそれはあっという間の行動であり、大半の人間が試合に集中していた為に気が付いたのは――多分、高町ヴィヴィオくらいだろう。

 (この娘も――鋭いな)

 そんな風に思うものの、別に何等かの危険行為をするわけでも無い。指導する必要も感じない。そもそも――おそらく彼女の母は、本当に厳しい指導をしているに違いない。
 なんとなく、そう思う。
 試合を止めて、川村ヒデオに財布を返そうとしたものの……既にあの二人は見当たらなかった。
 どうやら、デートでもしていたようである。

 (……どこかで見つけて、帰してあげた方が良いだろうな)

 そう思った凪は、アルフと言う赤毛の女性に、高町ヴィヴィオと共に散歩することを提案した。人出が多い方がありがたいのである。
 その後。
 放送を聞いて展望台の上に登り、彼女がネギ・スプリングフィールドと行動することになるのはご存じのとおりである。




 食堂棟で無事に川村ヒデオを発見し、高町ヴィヴィオに頼んでオコジョのユーノ(本当にオコジョなのかは知らない。賢過ぎるな)に、彼の財布を届ける。
 どうやら気が付いてはいた様で、こちらに視線を返していた。わかりにくいが、おそらく感謝をしているのだろう。
 立ちあがった時にエールを込めて合図を出して上げたが――まあ、結果がどうなったのかは凪の知るところでは無い。
 そんなイベントの後。
 昇った……いや、登った場所は大木『世界樹』である。

 「ところで、少年。訊きたいんだが」

 凪は一つ。
 ネギに疑問に思っていたことがある。

 「私の名を呼ばないのには……何か、理由があるのか?」

 なお、鳴滝姉妹はユーノと戯れている。高町ヴィヴィオも一緒だった。
 夕日の差し込む中、凪とネギの会話は……おそらく聞こえないだろう。

 「別に怒っていはいない。だが、理由はあるのかと思った。理由を話せないなら、それでも良い」

 これは凪の本心である。

 「私だけ霧間さん、あるいは霧間先生だろう。凪という名前に、なにか思い出でも?」

 「ええと……その」

 周囲を見回し。
 彼も、彼女と自分しかいないことを認識したのだろう。

 「父さんと……名前が、同じなんです」

 そう、ポツリと呟いた。
 以下。凪が曖昧なままに聞いた話による。
 ネギ少年の父親は、なんでも結構な実力者だったらしい。だが、紛争だか何かに巻き込まれて死亡したのだと言う(確定はしていないらしい。消息不明という奴だ)。ただ、過去に彼は父親らしき人物に会っており、その際に形見の品も渡されている。

 「その……凪さんって言うと、なんとなく思い出してしまって」

 どこかで生きているかもしれないので、会いたい――というのが彼の目標らしい。

 「……少年。君のお父さんは、どんな仕事を?」

 「……多くの人を助けたことは、聞いています」

 その言葉に――僅かに自分を思い返す凪である。
 凪は……自分で自覚しているもののメサイア・コンプレックスを持っている。意味とすれば《救世主症候群》。
 率直に言ってしまえば正義の味方である。
 無論、何処かの世界の赤い髪の青年のような盲目的な物では無い。
 意味合いとするならば――自分の信じた行いをし、他人には決して強制することもない。他者の為では無く、自分の為というものが主眼にあるとも言えるだろう。人を救おうなどとは考えない(目の前で苦しんでいる人間を助けないほど白状では無いが)。ただ、世界の敵と戦う様に歩みを続けている。
 高校生の時。自分自身の性質を巡る大きな戦いを経験したが……結局、彼女は自分の行動を止める事は無い。一生止められないとも思っている。
 この少年の父親は――果たして、何を考えていたのだろうか。
 あるいは、今の自分のように、考えないで思うがままに行動していたのかもしれないが。

 「……あの、霧間さん。僕も一つ、訊いてもいいですか?」

 「ん?……ああ」

 考え込んでいた凪は、その言葉に頷く。

 「なんで、霧間さんは僕を、少年――って?」

 「少年が私を「霧間さん」としか呼んでくれなかったからだ。ちょっとした意趣返しだよ。理由も話してくれたことだし――今度からはネギ先生と呼んであげよう」

 「あ……はい。ありがとうございます」

 凪の言葉に、納得して。
 その後、自分って結構嫌なことしてたんだなあ、と反省したネギである。
 彼が、頑張って霧間さんを凪さんと呼ぶように心がけるのはこれが原因だった。

 「ああ、ネギ先生」

 頭を抱える少年に、凪は言う。

 「君の中で、私とお父さんは似ているかい?」

 ――さて、自分がどんな答えを求めていたのか、自身でもはっきりとは分かっていない。

 「……えっと。強そうな所は」

 ただ、その返事は……凪にとっては悪い答えでは無かった。
 無論のことであるが。
 おそらく、誰に言われた所で、自分自身が納得しない限り――正しいとは思えないだろうし。満足することは無いのだろうが。
 気分とすると、悪くは無い。

 「ネギ先生。……そうだな、お礼をしよう。君が自分の父親のことを話してくれたという、それに対してのお礼だ」

 実際。人の話を聞いて自分の心を満足させるような状態は当に通り過ぎている。
 だからこれは、彼の心の一端を見せてくれたお礼だ。

 「困った時。何かあったら相談してくれ。手を貸そう。どんな難題であってもな」

 「え、……いえ、それは」

 「気にしないで良い。君が困った時で構わない」

 戯言使いが見たのならば、赤色にも似た――と言うかもしれない猛々しい笑みを浮かべ。
 《炎の魔女》はそう約束した。
 

 その後。話が終わったことを聞きつけたらしい双子がネギに対して色々するという事件もあった物の――これが、今日の休暇の終わりだったといえる。
 嵐の前の平凡な一日は――ごく楽しく、一日は過ぎたのだった。



     ○



 その晩。
 夕食が終わり、アルフも子犬状態になっていた時のこと。

 「ママ、ユーノ君がさ。今日何してたと思う?」

 「うーん、何したの?」

 「風香と史伽に案内してもらったんだけどさ。最初が女子の体育館で、次がプールで、その次がチアリーディングだったんだよ。それで、ユーノ君ずーっと女の子見てるの」

 「本当かい?ユーノ」

 「……私が小学生の時もあったよね……温泉で」

 「ち、違うって。ホントだよなのは。だって僕はずっとヴィヴィオの肩に乗っていたんだし、移動できなかったし。見たくて見た訳じゃないよ!」

 「ふーん。つまりユーノ君。――見たんだね?」

 「え、ちょ、待ってよなのは、ね、ねえ待ってってば。なのは。アルフも、そんな怖い顔をしないで、ね、ヴィヴィオも、ちょっ――」

 翌日。
 なにやら妙にぐったりとしたオコジョらしき物が、部屋の片隅で丸まっていたらしい。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~統和機構編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:29
 

 「世界は……今、あの少年を中心に動いている」

 彼女の前に唐突に表れた男はそう言った。
 存在感が希薄で、おそらく彼女以外のこの場の人間には見えていないであろう彼。
 まるでゲゲゲの鬼太郎のような片目を隠した特徴的な髪のくせに、全然目立つことのない存在感である。

 「うん。それでオキシジェン。……あんたまだ生きてたの?――かず……『博士』が中央に納まってるんでしょう?」

 その言葉に。

 「――半分は正しい……私の運命は――消えていないだけだ……彼女が中枢となるまで」

 「まあ、それはどうでも良いわ。彼女が修行中だろうと体験期間中だろうとね。この《金曜日の雨》も――それほど、暇じゃ無いことくらいは知っているでしょうに」

 男は返事をせず、反対側に座った。

 「――君には……話しておこう。世界の構成を……」

 「聴きなさいよ」

 彼女の声も聞こえていない。いや、聞いていない。

 「世界は四つに分化する……」

 「――ええ、それが?」

 もはや諦めた彼女である。

 「――『統和機構』と言う組織は――システムだ」

 「知ってる。判り易く、簡潔に、言って欲しいんだけれど」

 「――人間が人間以上の存在へと進化する……それを目的に世界は動いているともいえる」

 「……?」

 解るようでいて判らない言葉である。

 「《学問の世界》は学問により……《政治力の世界》と《経済の世界》は政治と経済により……《暴力の世界》と《宗教の世界》は……暴力と宗教により……」

 「……ええ」

 「それら世界の中において――抑止力こそが相対する」

 またいきなり飛ぶ。
 男の中では繋がっているのだろうが。

 「………」

 「――あの不気味な泡のように、自動的な存在では無く……世界の脅威を打ち払うべく……」

 そこまで語って。

 「君の友人に教えてあげると良い……狙われていると」

 「どういう事よ」

 大分不機嫌な顔になった女性である。
 男が誰を指しているかなど、良く理解しているが。
 なんで私が行く必要がある。助言など無くても問題ないだけの実力を彼女は持っているだろうに。

 「………あ、ちょっと消えるな!」

 思考で、一瞬周囲が見えなくなった僅かの時間で。
 彼女が気が付いた時には、男はすでに見えなくなっていた。



 世界情勢その五 ~統和機構エージェントの会話~


 
 「何なのよ、一体」

 とある東京の喫茶店。
 『統和機構』のエージェント《金曜日の雨》こと九連内朱巳はそう呟いた。
 元々得体のしれない、しかも神出鬼没な奴だったけれど、今ではそれに輪を掛けておかしくなっている。

 「そりゃ確かに運命だけで動いているからでしょうけれど」

 先程の男は「酸素」――《オキシジェン》と呼ばれる『統和機構』の中枢に位置している――いや、もう時期に中枢に納まって「いた」ことになる存在だ。
 肉体はすでに滅んでおり、己に残された存在目的のみで動いている。存在感が薄いのもそれが理由で、つまり彼と話をする目的が無い人物には、彼が認識できないということである。

 「……つまりあいつは、私に用事があった、と」

 性質的に考えればそうなるだろう。
 頭の中を整理する。先ほど言われた言葉を反芻し、砕き、まとめあげる。伊達に嘘と演技力で今まで生きてきたわけでは無い。頭には自信がある。

 「『統和機構』がシステムである……」

 『統和機構』は、確かに秘密結社のようなものだが、その価値は『存在すること』にあると言っても良い。世界に影響力を与えてはいるが、組織自体の権力はお世辞にも大きいとは言えない。協力者や構成員の権力が大きいために、結果的に大きな権力を有するだけである。
 むしろ存在しているからこそ……他の組織に影響を与えるとも言えるのだ。

 「世界が分化される……」

 世界としての行き付く先の事を、言っているのだろう。おそらくは。
 人間が人間以上の存在へと辿り着く……それは、夢物語では無いと言える。
 MPLSという性質を持った特殊能力者がいる。彼らは、いわば人間の保有する性質を進化させた存在だ。
 そう言えば《暴力の世界》には殺人行動を性質の一部とする家族がいると聞いたことがある。血のつながりは無く、突然に生まれ出る存在だとも。
 零崎一賊は、ひょっとしたらMPLSの一種なのかもしれない、とか馬鹿な考えを振り払い、思考を続ける。
 たとえば、吸血鬼という存在がいる。人間に酷似し、しかし遙かに強力な生物。
 弱点は明白であるものの、生命体としてのレベルはあちらの方が上だろう。彼らを率いるのが、人間から突然に進化する《始祖》という存在であることは把握している。

 「……すまないが、座っても良いか?」

 席の向かいに一人の男がいた。長い髪の、サングラスを掛けた男。店の中が混んでいるとは言い難いが……。
 とりあえず、彼女は頷いた。
 思考を続ける。
 「原石」と呼ばれる存在がいる。彼女としてはMPLSとどう違うのかとも思ったが、何でも『その人間の持つ性質・心境を突然変異的に進化させたもの』がMPLS能力者だが、いわば「原石」とはMPLSを始めとした『普通の人間が持ち得ない能力』に対抗するための抗体なのだと言っていた。
 つまりMPLSは偶発的な突然変異、「原石」はそれに対するワクチンと言った所だろう。
 これは唯の勘でしかないが――つまり「原石」を選ぶ存在もいるのではないか。世界において、人間が一か所に突出して進化して、自滅しない為の抵抗力――それを選ぶ『世界の意思』とも言うべき物が。どこかに。
 たとえば――

 「『ブレードチルドレン』」

 朱巳の前、席に着いた男が言った。

 「鳴海清隆や水城刃……彼らは、明らかに世界の法則から外れていたという。強運では済ませられない天運を持つ者として。その子供達は、天運までは保有していないが……しかし進化を目的とする組織にして見れば興味深い事は確かだろう」

 「……あんたは?」

 朱巳は訊く。見覚えのある姿だ。長い髪に、サングラス越しでも解る美貌。体格に指……確かそう、プロの天才ピアニスト。

 「アイズ・ラザフォードだ」


     ◇


 「……聞きしに勝る天才ピアニスト様が、こんな所にいて良いのかしらね」

 「今は休暇中だ。情報操作も頼んであるからな……表向きは今、休暇でスイスに滞在中だ」

 「……それで、一体私に何の用かしらね」

 「――麻帆良、の地に」

 ピクリ、と一瞬彼女の顔が反応したのを無視して、アイズは言った。

 「俺の友人と兄弟が滞在中だ。……基本は、鳴海清隆の命令でな」

 淡々と、表情を変えずに言う。

 「鳴海清隆は――自分の楽しみの為ならば、周囲の人間を巻き込むのを厭わない。それで情報を集めていたら……一番新しくやってきた教師が霧間凪だ。その名前は死んだ親友からも聞いたことがある。《炎の魔女》という名であり――高校の時代から呼ばれていたこと。その名で最初に呼んだのが、誰なのかという事も。調べたらはっきりした。……少しばかり時間はかかったがな」

 「へえ……」

 感心した朱巳だった。

 「それで、何の用?」

 「ああ。先ほどの『オキシジェン』と言う男の会話は、大体ではあるが聞いていた。だが、事情を知るそちらの方が、意味を把握できていると思ってな……麻帆良の地の情報と、等価交換でどうだろうか」

 つまり……先ほどの『オキシジェン』との会話から導き出した答えを、あの地の情報の代価に教えてほしいというわけか。なるほど。

 「そっちから先に話しなさい。そうね、あの地にちょっかいを出そうとしている組織について」

 「……ああ。良いだろう」

 椅子に座りなおして、彼は口を開いた。

 「何から話すか……そうだな、まず――あの地の図書館を『大英博物館』が管理している事は知っているな?」

 「ええ」

 「数週間ほど前の事だ。その『大英博物館』が、同じ理念を持つ組織と協定を結んだ。条件は、お互いの持っている知識で、相手が持っていない知識の交換。相手の組織は『ミュージアム』だ」

 「……」

 「その表情ならば知っているらしいな。『ミュージアム』は、所謂、古代文明を始めとしたオーパーツ等の収集をしている世界的な秘密結社だ。冗談でも何でもなくな。簡潔に言うのであれば、『大英博物館』のトレジャーハンター版だ。しかもオカルトや都市伝説の要素が十分にある、な」

 「……続けて」

 「ああ。『ミュージアム』の情報を、それほど詳しく持っている訳ではないが……明らかに、現代科学では構成が不可能な武器を保有している。当然のような気もするが――しかし、起こされる現象は明らかに科学だ。何も無い所から炎や氷が出るのは……まだ、判るな?」

 「ええ。MPLSやら『魔法使い』やらがいるもの。彼らにも一応、行使するだけの理論と理屈を持っているわね」

 「そうだ。だが『ミュージアム』の現象は違う。まだ数人しか使用できないようであるが、例えば――TNT爆薬やニトロ等の爆発物を、虚空から構成して使用する。サリンを始めとした猛毒ガスを生み出す。最初は、生物的にそんな生き物を誕生させたのかとも思ったが……どうやら、その兵器を使っているらしい。名前は……『咒式具』と呼ばれていたな。目下のところ、一番危険な武器だ」

 「……」

 「続けるぞ。その『ミュージアム』は組織として大きく行動することはしていない。だが、『大英博物館』に人材を派遣したことは事実だ。……これが一つ」

 「ええ。つまり『ミュージアム』と『大英博物館』が手を結んだ、と」

 「次だ。……今現在、あの地にいる人材を知っているか?」

 「《炎の魔女》と、ネギ・スプリングフィールドという『魔法使い』達の期待の星。それにあなた達《ブレードチルドレン》の関係者の事ならばね。他にもいるのかしら」

 「ああ。他にもいる。例えば――『玖渚機関』」

 「……本当に?動いていた事は把握していたけれど」

 「『玖渚機関』機関長。玖渚直の実の妹が、夫と共に麻帆良に滞在している。何をしているのかまでは不明だがな」

 「……続けて」

 「ああ。例えば『カンパニー』。――こちらは……麻帆良の吸血鬼《福音》に対してのアプローチだろう。本人から連絡があった……らしい」

 「……」

 「魔人達を統率する『神殿協会』や『ゼピルム』の関係者も入り込んでいる。まるで、巨大な世界の縮図を、集めたかのようにな。――先ほどの会話の中で、そんなような事を連想したのでな。……間違っていたか?」

 「……いいえ。正解ね」


 アイズ・ラザフォードに話しかけられながらも、頭は高速で働いていた。
 だから、大体のところの結論は導き出せている。
 直接的・間接的な物があるとはいえ……おそらくあの麻帆良の地が、運命が交錯する場所なのだろう。
 誰が誰を標的にしているかではなく……各人の意識と場所の問題だ。
 アイズとて、情報さえあれば十分にたどり着けるだろう話をする。

 「『統和機構』は……「中枢」と呼ばれる人物がいるものの、実は幹部達に命令を下すことが出来るほどの強権を持っている訳では無いわ。確かにある程度は従ってくれるけれどもね。……この意味は解るわね?」

 「ああ。つまり裏で何をしていても、それが害にならない限りは見逃されると言う事だな」

 「そう。存在することに意味がある組織だから。それで、私は今の「中枢」とも関わりが深いしね。今は――その『裏で何かをしている』人間を調べている。それで解ったことだけれども――」

 一回言葉を区切り。

 「『統和機構』の保有する合成人間の技術を、誰かが横流しした。幹部クラスなのは確かね。そしておそらく……さっき貴方が話した『ミュージアム』や、それこそ生物学研究の最先端である『アウルスシティ』。研究によって人間以上の存在を目指す『ER3』とかにね」

 「……その、人間を進化させる、という概念を詳しく話して欲しい物だな」

 腕を組み、考えるような表情で言う。

 「私も全部を全部知っている訳じゃ無いけれども」

 その言葉に、彼が肯定の意を返すのを確認して口を開く。

 「人間は、いえ、人間も含めた動植物全ては、長い間少しずつ進化をしてきた。これは事実よね?」

 「ああ」

 「……これは『ガイア理論』なんだけれども――つまり、地球も一種の生物として見る事が出来る。ならば、地球も進化が可能なはずよね」

 「……ああ。なるほど。把握した」

 「さすがに頭の回転が速いわね。……つまり、地球という生物が進化するためには、まさか地形や環境をいきなり変える訳にはいかないでしょ。だから、地球に住む生物の進化を促進させて、その影響で自分を変化させる――そういうことらしいわ」

 「……神を信じる訳ではないが、地球が持つ意思のような存在が……自身を進化させるために人間や生物に変化を齎す。それが人間や吸血鬼、魔人という存在であるのか」

 「たぶん、だけどね。――そして過去にあった進化の過程を見れば判明するけれども……進化のバリエーションは無数にある。バージェス、エディアカラの動物、カンブリア紀の大爆発に類人猿の進化までね。いわば、どれが生き残るか判らないが故の実験と言う事かしらね……幾つもの性質・能力を持つ人間がいるのは、たぶんそれが原因」

 「……そして『統和機構』は、その為の基盤。即ち進化させる意思を各『世界』に生み出すシステムであり――そして基盤であるが故に消滅することは無い、と?」

 「ええ。そして実験故に、途中で突然変異が生まれる。多分、あなた達の父・水城刃もその一人だと思うのよね……」

 「なるほどな」

 会話が一段落し、両者共にテーブルの上のコーヒーを飲む。
 しばらくの沈黙ののち、口を開いたのは、今度アイズだった。

 「……今後も情報交換が出来るとありがたい。私に情報を流しても、問題は無いのだろう?」

 「ええ」

 『統和機構』の存続に関わる秘密までは知らないし。そもそも「博士」や「酸素」は、あれで中々私に気を使ってくれている。不必要な時もあるけれども、いきなり攻撃される事は無いだろう。無い筈だ。『フォルテッシモ』とか『カレイドスコープ』がいきなり出てこない限りは。

 「そうか。……では、これが」

 アイズはそう言って、胸元から名刺を一枚取り出した。

 「連絡先の一つだ。ここに繋げば、私に連絡が取れるだろう」

 名刺には土屋キリエと書いてある。おそらくは仲介役のような仕事をしているのだろう。

 「それではな。《金曜日の雨(レイン・オン・フライデイ)》……また会おう」

 「ええ」

 それだけを言って、アイズ・ラザフォードは立ち去った。
 双方にとって、中々有意義な会話だったと言える。
 自分と同じ思考のスピードで話が出来る人間は、非常にありがたいのだ。

 (……さて、それじゃあ情報を流した幹部を探しに行きますか)

 朱巳も立ちあがる。
 『統和機構』の技術を外に漏らすのは、しっかりと禁止と明言されている珍しい規則の一つだ。権力を持っているものほど、それを破る傾向が強い。
 「中枢」の人物。それこそ「酸素」や「博士」のような人材ほど権力に固執しないと言うのは、皮肉以外の何物でも無いだろう。
 だが、その前に。

 「さってと……麻帆良の職員室に掛ければ、繋がるのかしらね……」

 オキシジェンの伝言を伝えておこう。
 あの自分の数少ない友人にして、気にくわない同級生。
 《炎の魔女》に。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その三(表&裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:32


 [今日の日誌 記述者・近衛木乃香


 今日は明日菜に付き合って委員長の家まで行ったんな。
 委員長は全く顔に出さないで、笑顔で迎えてくれはったから、明日菜もネギ君も気が付いていらへんだろうけれど……あの家には、エヴァちゃんがいたんやな。
 気配でなんとなくわかるー、ていうか。エヴァちゃん人間やあらへんもんね。本人が言ってはったし。
 委員長は知ってはるけれど、ウチはネギ君が来る前、桜通りでエヴァちゃんに襲われとる。ああ、血は吸われてへんよ?
 エヴァちゃんもウチを襲うつもりは無かった見たいやし。
 でも、エヴァちゃんは、一緒にいたのどかを狙ったんね。茶々丸さんと一緒に。その時は、丁度ハルナはいらへんかったし。ウチとのどかと、夕映とヴィヴィオちゃんやった。
 夕映はそれで一回暴走した。ウチらを大事な友達の範疇に入れてくれてはるのは嬉しかったなあ。収めるのが難儀だったけどな。
 エヴァちゃんは、どうやらお父様と知り合いらしい。だからやろうか。ウチを襲わんでいてくれて、でもウチが皆を守ろうと庇ったら、凄く怖い目で睨まれたんよ。
 死んでしまうかとも思ったなあ。
 あれに比べれば、絶対にウチらを傷つけない夕映やのどかなんか、大したことあらへんね。
 委員長も苦労しとる見たいやし、ウチも何も訊かへんよ?
 でもなあ、エヴァちゃんが、何かしようとしてるのは判るんよ。


 ウチはまだ、知らへんことがある。何と無くやけどそれはわかる。
 ウチも……自分で決めたい事もあるんやけれどなあ。
 お爺ちゃんも、ウチに秘密を教えたくないからお見合いさせて、それで秘密から逃がそうー、なんて。
 甘いのも構へんけれど、それだけは、少し悲しいな。]



 ネギま クロス31 嵐の前の静けさ・その三(表&裏)



 雪広あやかは、普通の人間である。
 薔薇の人形たちを統べる葉加瀬聡美や、料理の材料を幻想世界の伝手によって調達してくる四葉五月、化け猫を飼っている椎名桜子などよりも、本当にただの人間である。
 サラ・マグドゥガルも同じような普通の人間だが、しかし彼女も非日常には慣れている節がある。銃火器に妙に詳しかったり、スカイダイビングを始めとした数々のアクションを躊躇いなくこなせる胆力からもそれが伺えるのだ。
 身体能力は、確かに武芸百般は納めているものの、護身程度が精々であるし。
 外国に旅行に行った際に実弾を撃ったこともあるが、扱えるとも思わない。
 生粋のお嬢様故に家事や料理も――出来なくもないが、特別胸を張れるほど上手くない。
 頭は良いが、秀才であって天才でも無い。
 全てにおいてそれなりに優秀だが、しかし器用貧乏なのである。
 だが。
 唯一、彼女が他者には無い才能を誇るとすれば。
 超人ぞろいのあのクラスの中で彼女にしかできない仕事。
 「統率する」という、この一点においては――彼女はあのメンバーの誰よりも優れていたということである。
 最もその才能が発揮されるのはこの物語では無いのだが。
 しかし、クラス全員の信頼を完璧に勝ち得ている人物が彼女であることは――誰もが疑問を抱かないのであった。


     ◇


 『海外から転校してきた、神楽坂明日菜ちゃんです。仲良くしてあげてね』

 そう紹介されたのは、今よりも無愛想で無口な、赤味が懸かった髪の少女。
 クラスの皆が元気良く返事をする中で、私は何故だか、その態度が気にくわなかった。

 『ちょっとアナタ、その態度と目付き。転校生のくせに生意気なんじゃないですの?』

 そう言った私の態度も、随分と生意気だったとは思うけれど。
 少女は、私を見て何かを言う。

 『……え、何ですの?』

 耳を近づけた私に聞こえて来たのは

 『……ガキ』

 そんな声で。
 それで不覚にも頭に血が上って、そのまま教室で乱闘を起こしてしまった。
 彼女が私の髪を引っ張って、その痛みは全く感じず。

 「――う、ん」

 それで、眼を覚ます。
 朝だった。

 「全く……あの娘は」

 呟いて、体を起こす。気分が優れないのは――今の夢のせいだ。
 そういう事にしておこう。
 頭を切り替えて、着替えてダイニングへ向かう。一列に揃ったメイド達に挨拶を返し、執事に紅茶を頼む。
 春休みに実家に帰って来ることは別に良いのだ。ただ、それ以外のトラブルがあるのである。予定を思い起こして、憂鬱になる雪広あやかだった。

 「お嬢様。先ほど担任の先生から電話がありまして……」

 紅茶を運んできた執事が、丁寧なしぐさで言う。
 担任。

 「ネギ先生からですか……要件はどんな?」

 「はい。こちらにメモがあります」

 そう言って手渡される。
 内容は、本日家庭訪問にお邪魔させていただきます、というもの。

 「そうですか……」

 嬉しくない訳ではないが、しかし今日は来客の予定がある。都合が悪すぎた。
 彼女にはあまり関係が無い話であるが……しかし、ネギと『彼女』がニアミスしてしまうのは非常に不味い。

 「断れなかったんですの?」

 一応、そう尋ねてみる。

 「申し訳ありません。……実は、神楽坂さまからの連絡でございまして。本日はこちらにネギ少年を送る――と」

 「……そうですか」

 あの赤毛の単細胞は――馬鹿だが、しかし自分のことを、良く知っている。
 今日がなんの日なのかを解っていてこちらにやって来てくれるのだろう。嬉しいのだが。しかし、タイミングが悪い。
 折角――「カンパニー」と《福音》との会談場所がこの家で行われることになったというのに(これは《福音》が直接進言したのである。この地である意味一番信用できる、と。事実ではあるが)。
 それを了承してわざと予定を入れたのも、今日がなんの日であるのかを、思い出さないようにするためだと言うのに。

 「……皆様、ネギ先生と、彼の同行者を丁重におもてなししてくださいませ。……私がきちんと行動すれば、問題は無いでしょう」

 そう言って春の陽ざしに目を細める。
 本日の雪広あやかの戦いは、まだ始まったばかりである。



     ○



 私、神楽坂明日菜には天敵がいる。
 そのものズバリ、クラスの委員長を務めている彼女だ。
 生まれは生粋の財閥家系。クウォーターで金髪。スタイルも良い。成績も勿論優秀で、運動神経も私ほどでは無いけれど高い方。しかもショタな趣味だ。
 私とは全く、これっぽっちも、そりが合わない。
 ネギが麻帆良にやって来て以来、明らかに歪んだ愛情を与えているような気がする。姉心というか、そんなような気持ちを持っているのもあるのだろうけれど、それでも入れ込み過ぎだ。
 今日は――それでも、委員長の家にネギを連れて行くつもりでいる。
 理由は……まあ、言う必要はないだろう。
 別に委員長が可哀想だとか、そんな事を言うつもりはない。けれども、何と言うか――とにかく、ネギを連れて行くことに決めたのだ。
 責任感が強いネギの事だから、委員長の家に家庭訪問しに行けばと言ってみたら、笑顔で頷いた。勿論私も、木乃香も便乗させて貰う。
 偶にはあの無駄に広い家に行ってあげるのも良いだろうし。

 「明日菜は優しいな~、ようするに委員長に、悲しい記憶を思い出させたくないんとちゃうの?」

 木乃香はそう笑ったけれども――そんなんじゃ無い。
 何と言うか……そう簡単に、言葉で言えるような関係では無いと思う。
 友達、よりは付き合いが長いし。喧嘩仲間というのも違う。幼馴染とか、そんな言葉になってしまうけれど……腐れ縁というのが、しっくりくるかもしれない。

 「大きいお家ですね~お城みたいです」

 ネギがそう言った。視界に広がるのは雪広財閥の本宅。無駄に大きな庭といい、整備された庭と言い、練馬区にも似たような大きさの豪邸があるらしいが(以前ハルナが行ったことがあるとか)、こちらも相当に大きい。
 お金ってある所にはあるんだなあ……と思う。
 雪広財閥は横浜沖の経済都市『特区』の成長に便乗してここ十年はさらに急速に発展している。その前は香港の開発に関わっていたという事も聞いた。

 「ネギ先生!ようこそいらっしゃいました!」

 そう言って委員長が出迎えてくれる。顔こそ笑顔だけれど、どことなく無理をしている雰囲気が見える。自慢では無いが、長い付き合いのおかげで感覚的にだが繕っている姿は見えるのだ。困ったことに。

 「いきなりすぎますわね、明日菜さん」

 その声にはいつもの不敵な表情だけれども。

 「……何よ、都合でも悪いわけ?」

 「いいえ。まさかあなたが来てくれるとは、全く思っていませんでしたので」

 ――ああ、なるほど。
 来てくれたことは嬉しいし、感謝している、歓迎もする、でも実は用事もある……と。そんなところか。

 「だってねえ、あんただけをネギと一緒にしておくと、何があるか解ったもんじゃ無いでしょ~?」

 「……明日菜さん――良い覚悟ですわっ!」

 一瞬沈黙した後、委員長は暴走する。
 私も勿論、それに応戦する。
 うん。やっぱり私達はこう言う関係が一番似合っている。
 癪だが、なるべく今日は委員長の仕事の邪魔をしないでやろう。



     ○



 朝の十時。
 ネギ先生と、木乃香さん。そしてやはり明日菜さんがやってきた。自然な笑顔で歓迎して、明日菜さんともお決まりとも言える軽い喧嘩をする。メイドがハシタナイと注意をするが、これは余り気にしない。
 雪広あやかとして素直に喧嘩出来る人間はそうはいないのだし。
 どうやら、こちらの都合も完璧に良いわけでは無いことも、悟ってくれたようであるし。

 「それにしても、広いお庭ですね……」

 「それほどでもありませんわ。ここはまだ前庭ですし」

 本宅へ案内の途中。
 言葉に、笑顔で返す。

 「それで、ネギ先生……本日はどんなご用件でこちらに?」

 「えーと、その」

 そこでネギ先生は明日菜さんを見る。なんというか、予想通りというか。自分の目の前で手を振って否定しなくても良いでしょうに。

 「……今日は、委員長さんと、是非とも仲良くしたいなって思って」

 「まあっ!嬉しいですわね」

 これは本当の気持ちだ。
 だが、如何せん日と時間が悪すぎますわね……。
 普段ならば暴走して、そのままネギ先生を籠絡させるのでしょうけれど――それが出来ない辺り、自分の生まれが恨めしいですわね。
 それから、談笑をしながら暫くの後。

 「ここが、私の個室になります」

 「うわー広いですね~」

 ネギ先生を自室に連れて行く。
 寝台が置かれているけれども、勿論窮屈な印象は与えない。カーペットも椅子もカーテンも絵画も、値段の張る一流のものである。

 「いやー小学生の頃から景色が変わってないわね」

 「勝手にベランダに出ないで下さる?」

 図々しいのも変わっていませんわ。
 ……考えてみれば小学生の頃から家に連れて来た知人なんて、明日菜さん以外しかいませんわね。

 「ところでネギ先生」

 頭の中の考えを振り払って訪ねる。

 「ハーブティーがお好きでしたわね」

 「あ、はい。でもどうして知って……?」

 「お気になさらず」

 笑顔で疑問を防ぐ。指を鳴らして、執事とメイドを呼ぶ。運んでくるのは台車に乗った何十ものハーブだ。
 ネギの為に買収させたハーブ農園があるなど、今この状況で言う必要もない事だ。
 テンションをあげて、それで来客への意識を忘れてはまずいのだ。念には念を入れるべきである。
 その量に微妙に困った表情のネギを認識し、ついでに明日菜の方へ向く。
 それだけで大体の意味が伝わるのだ。困ったことに。

 (……すみませんが明日菜さん。ネギ先生をお願いします)

 (……了解。引き受けてやるわよ)

 本当、腐れ縁と言いますか。

 「ネギ。金持ちバカは放っといてプール行きましょ。折角来たんだしね」

 「そうなんか?」

 「へえー凄いですね!」

 木乃香さんに続いてネギ先生も反応する。
 その光景を見て、呆れたように息を吐くと。

 「……全く。仕方有りませんわね」

 合図をしてメイドを呼ぶ。

 「三人を案内して差し上げて」

 丁寧に返事をしたメイドに頷きを返して、三人を部屋の外に出す。

 (……ここからが勝負ですわよ。雪広あやか)

 時計の針は十時四十五分になる前だ。三十分も話を出来ていないが、しかし。
 あのクラスの進退すらも関わっていると言っても過言では無い。
 十一時。
 それが《福音》と《乙女》が来訪し、そして歓談する時間である。



     ○



 「あれ?委員長さんは」

 プールの中。水が苦手だとか言っていたから、強引に引っ張り込んで競争していると、周囲に彼女の影が見当たらないことに気が付いたネギである。
 私は事情を説明してやる。

 「ああ、なんでもお客さんらしいわね。好きに過ごしてて良いって」

 「そうなんですか?」

 「そうよ」

 ネギからの連絡だったからおそらく断らなかったという事。私がネギをここに連れて来た目的にも気が付いている事。だから歓迎してくれたこと。それらを簡単に説明してやる。

 「やっぱり明日菜さんといいんちょさんって、仲良いんですね」

 「良く見てるもんな~」

 木乃香までそう言う。

 「冗談じゃ無いわ」

 だからきっぱりと、はっきりと言ってあげた。
 水から上がって、説明する。
 小学校の頃からの敵も敵、天敵であること。
 事あるごとに反発し合うし。趣味は合わないし、テストや運動会での妨害は当然、喧嘩をして決着が付いたことは無い。まさに犬猿の仲なのだということを。
 頷きながら聞いていたネギであるが、外を見た時だ。

 「あれ、あの部屋……」

 視線の先にあるのは、たくさんの玩具やぬいぐるみが置かれた、可愛らしい内装の部屋。
 それが誰の部屋なのかは、あえて言うまでもないだろう。

 「ただの空き部屋じゃないのよ、あそこは」

 長い付き合いだからこそ、判ると言うのか。
 あの部屋は、私が入っても良い部屋では無い。
 ネギもそれを感じ取ったのか、黙ってしまう。
 なんとなく重くなってしまった空気を振り払うために、私は言ってやる。

 「さあネギ!もう一回泳ぐわよ!」

 慌てるネギだけど、木乃香もきっちりとホールドしていて逃がさない。
 木乃香もあの部屋の事は知っているのだ。そう言えば。小学校五年生……もしかしたら六年生の時に、木乃香を連れてここに来て、それで話を聞いたんだったか。
 そう言えば学園長が『魔法使い』ならば、ひょっとして木乃香にも『魔法使い』の才能はあるんじゃないだろうか。多分、彼女自身も知らないはずだけれど。もしも知ってて私に隠していたら、黙っていたこと云々よりもその演技力に感心する。
 そんな事を思いながらネギを水中に引っ張り込んだ。



     ○



 雪広あやかがネギ達三人をプールに追いやって、会談の場となる大きな部屋の準備をして数分後。
 測ったようなタイミングで、おそらく実際に測っていたのであろう人物がやってきた。
 しかも空間転位で、である。

 「ふん。邪魔をするぞ委員長」

 傲岸不遜。普段の教室ではまず見られない態度で、ずかずかと席に着く小柄な影。
 おそらく、世界レベルの実力と異名、悪名を持つ大吸血鬼。
 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。
 彼女の正体を知った時には、それはもう勢大に驚いて学園長に抗議しに行ったものだが、しかしきちんと話しをして見ると意外と危なくないことがわかった。
 当初は睨まれ、次に脅され、その後は一回血を吸われたか。
 だが、結局今は彼女の信頼を勝ち得ることに成功している。
 彼女が一体、過去に何をしたのかまでは知らないし、そもそも『吸血鬼』という存在がいることと、その辺りの表向きには出来ない世界情勢を知っているだけである。
 『UCAT』とか『殺し名』とか『ふぉーちゅん・てらあ』とか『魔神』とか『ブレードチルドレン』とか『断章騎士団』とか。
 そして『魔法使い』を始めとした存在も、どんな存在であるかを知っているだけ。
 各勢力も、行動理念やそれがクラスの誰と繋がっているかも大体は把握しているが……しかし、やはり知っているだけである。
 雪広あやか。
 彼女の仕事は――あのクラスを統率することだ。
 そして、幸か不幸か、それが出来るだけの能力と才能がある。
 麻帆良に出資している雪広財閥は、世界の深い事情を知った上で(特に、彼女の両親達は、だ)。あのクラスを巡る利権の裏で行動し、そして大きな富を得ている。
 クラスの裏と言うよりも、おそらく学園長が――問題児や関係者だけを集めたのだろう。
 それと同じように、事情を知り、出資者である彼女の親を黙らせるために、学園長はあのクラスにあやかを入れたのだ。確証はないが。
 本当に、自分の立場が嫌になる。
 学園長からは、何も考えずに楽しく過ごせばいいとも言われているが。
 しかし……それが何時までも続くとは考えていない。
 問題は。彼女自身があの場所を気に入ってしまっている事だ。
 小学校に入って以来、あのクラスのメンバーは時代が移るごとに増え、そして各組織のより深くに関係してくると言っても良い。
 だが、それでも彼女は――あの場を崩したくはない。
 あの楽しく、騒がしく、それでいて決して壊れないあの場を。
 そしてその為には、自分自身で動く必要もあると解っている。
 だから、だ。
 親の目論見通りに動かされている(つまり彼女があのクラスを纏め上げれば、今後における利益や見返りが期待できるということだ。くだらない)気分だが、それでも彼女は耐えて動くのである。
 ありがたいのは、そうした彼女の立場を知っていてくれる人物がいることか。
 エヴァンジェリンも――そうした一人であるし。
 彼女に認めて貰うまでは苦労の連続だったが――あのクラスが大事だという事が一番の念頭にあることを、認めて貰って以来、なんとか良好な関係を持っている。
 まあ彼女と「カンパニー」との会談がこの場で行われるのには、さらに政治的な問題があるのだが――しかしそれは置いておこう。

 「お待たせしてしまいましたわね、エヴァンジェリンさん」

 「……ボーヤが来ているのか」

 「はい。明日菜さんと木乃香さんも」

 彼女は――明日菜の事情までは知らない。木乃香の事情もだ。
 ただ、明日菜も木乃香も『魔法使い』の関係者であり。そしてそれを教えられていないことは、何とか学園長から聞いて知っている。絶対に他言無用だとも。
 明日菜とエヴァンジェリンにも、何らかの関係があるらしいが――しかしそれを聞くつもりもない。
 聞いて、それで今まで通りに過ごせるとは、思っていない。
 無論。ネギについても聞いているが――それだけだ。

 「そうか」

 「はい。……今はまだ、貴方と接触しないように注意をします」

 「苦労するな、お前も……――だが、お前の道だ。頑張ると良い。どうにもならなくなったら多少は力を貸してやらんでも無い」

 「……ええ。ありがとうございます」

 彼女の仕事は――あの場を守ることだ。
 密かに(本当に密かだったが)学園長から頼まれてもいるし、何より、自分がそれを望んでいる。
 それが、エヴァンジェリンにすらも認めさせた自分の志だ。
 その為ならば、全力で足掻かせて貰おう。
 例え相手が親であろうともだ。


 執事が「カンパニー」の相手が到着したと連絡をしてきたのは、その時である。



     ○



 さて、どれほどに泳いだか。
 疲れたネギは木乃香の膝枕で眠っている。少しハリキリすぎたか。この部屋は暖かいし、日の光も丁度いい。無理もないだろう。
 一回だけ委員長がこちらに顔を出し(どうやらお客さん同士で話し合っているため、彼女は時間が空いたのだと言う)ネギが謝っていたが――それはおそらく、気にしていないだろうと思う。
 それからしばらくした後、彼女は戻って行ったが。
 また何か難しいことでも考えているに違いない。
 ネギはまだ存在を知らない、あの機密式の学級日誌に書かれる内容は――彼女以外にしか読めないが、逆に言えば全ての悩みがあそこに書かれているとも言えるだろう。
 私ならば木乃香に話せるが、しかしそれでも話し難い事はある。
 そんな時には、確かに便利だ。あれは。
 そのせいで委員長は苦労するとも言えるのだけれども、それを過去に行ったら『望む所ですわ!』と返された。
 彼女がそれをやると言うならば――こちらが言う事は無い。
 髪を拭きながら見てみると、木乃香は目を細めていた。彼女は時々こんな目をする。考え事をしているときや、何かを思い出そうとしている時だ。
 水分が欲しかったので、近くのメイドさんにドリンクを頼む。
 窓から見えるあの部屋は、玩具が並び、内装もきれいで――それ故に空虚に見えた。
 思い出す。

 『もうじき弟が生まれるんですの!お部屋も作ったし』

 それを、自分はつまらなさそうに見ているだけだった。
 そういえば、どうして私は、昔はあんなに感情表現に乏しかったのだろう。
 あの時の私は――どうして心が動かされなかったのだろう。
 まるで――

 「っ!」

 一瞬、頭の中を何かがよぎった気がしたが――しかし、それが何だったのか判らない。
 嫌な記憶であり、思い出してはいけない記憶でもあり、思い出さなくてはいけない記憶でもあるような気がする。
 けれども、やっぱりはっきりしない。
 ネギが来てから、時々そんな事がある。
 どこか悪いのだろうか。

 (……気のせいよ)

 そうして、再び思い出す。
 委員長がただ只管に泣いていた時の事を。
 嬉しそうな顔を一週間ほど見なくなって、いい加減頭に来たことだけは覚えている。

 『元気出せ』

 そう言って――確か自分は跳び蹴りを、後頭部に直撃させた。
 ……無事で良かったなあ、委員長。

 (いや、そうじゃ無いって)

 それで、彼女は元気になったのだ。怒りで頭に血が上っていただけかもしれないが。
 本当に、腐れ縁だ。


 本日は――彼女の弟が生まれることなく死んでしまった――誕生日だ。



     ○



 会談は昼過ぎには終わっていた。
 途中から彼女は部屋から追い出されていたが。
 大体の話を終え、そのままエヴァンジェリンが昼食に誘い。どうやら場所は彼女の自宅だったようであるが――後片付けと裏工作に追われ、結局全てが終わったのは二時を過ぎた頃だった。
 水着に着替えてプールに向かうと、そこではネギも、そして明日菜も眠っている。
 ただ一人、木乃香だけが正座のまま窓の外を見つめていた。

 「寝てしまいましたか」

 「そうやな。ネギ君も明日菜も……これから、色々巻き込まれるんやろうし。しっかりと眠らせておいても、良いんとちゃう?」

 近衛木乃香は、雪広あやかから見ても十分に聡い。
 おまけになにやら優れた嗅覚と勘を持っていて、気が付いたら事情を把握している節がある。

 「エヴァちゃんは、帰ったんやな」

 ほら。やっぱり。

 「ええ。……帰りました」

 木乃香がクラスの中で決して疎まれないのは――これでいて、自分から顔を突っ込むことが無いからだ。あのクラスの大半がそうであるように……自分の領域を守っている。
 それでいて、有事にはほぼ間違いなく結束する。
 そりゃあ余所から見たら危険で邪魔なことこの上ないだろう。
 おそらく、未だネギは気が付いていない。
 自分の存在が――あのクラスの物語を始めたのだと言う事に。
 彼が来なければ、おそらく平穏だったのであろうが。
 最早――何が原因なのかも不明だが、来てしまったのだ。
 まだ十歳の少年が。ある意味では全てを握っているとも言える。
 亡くしてしまった弟を重ねながら……彼女は、心の中で祈った。


 どうかこの少年が――最後まで歩み続けられますように。



     ○



 布団の中で、明日菜は今日の事を回想する。
 どうやら眠ってしまった私が、家に帰ったのは夕方だった。
 起きた時は妙に頭が柔らかかく、驚いて見てみたら委員長の膝の上に頭を乗せていた。
 恥ずかしいったらありゃしない。まったく。
 けれども、まあ――委員長はお礼を言ってくれた。

 『今日はありがとうございました』

 まあ、感謝して欲しくてやった訳では無いけれども。
 気が付かれていたのも、なんとなく把握していたけれど。
 それでも、頭を下げる事が出来る部分は、立派だと思う。見習うべき点だろう。
 起きたネギも、委員長に頭を下げていた。

 (こいつ、やっぱり礼儀は正しいのよね……)

 ついうっかりという部分が多いだけで。
 すでに電気は消され、ネギも眠りについている。昼間あれだけ寝たのに――子供だからだろうか。私は逆に、眼が冴えてしまっている。
 今日一日がどうだったのか。
 試しにこっそりと、名簿を覗いてみる。
 小さな月明かりしかないが、何とか文字は読み取れる。
 委員長の欄に書かれたのは一言。


 『明日菜さんの親友』


 (……ま、良いか)

 ネギにはまた今度文句を言ってやることにしよう。
 もうあと十日もすれば、春休みも終わる。
 そうすれば、委員長との関係はいつも通りだ。
 三年生にもなるし。
 イベントは多いし。

 (……寝よ)

 そこまで考えて、彼女も眠りに付くことにした。



 かくして。
 平穏な時間はこれにて終わり。
 少年と少女を巡る物語は、本格的に始動する。
 その物語の幕を開けるのは――


 《福音》という名の吸血鬼である。



[10029] 「習作」ネギま・クロス31 その頃の世界情勢~《乙女》と《福音》編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:36


 「セカンド・オーダー・コフィン・カンパニー」の代表・葛城ミミコ。

 彼女を知らない吸血鬼はいない――そう断言できるほど、彼女は有名人である。
 横浜が海上都市。『特区』で起きた、二回目の『九龍王』の血族による大事件。関係者からは『特区インパクト』とも呼ばれるその事件の後、彼女は代表の座についた。
 幼いころから『特区』での吸血鬼と人間との橋渡し役を目指し、『調停員』として研鑽を積んできた彼女は、今では吸血鬼からも絶大な信頼を勝ち得ている。
 ユーラシア大陸を統べる《真祖混沌》の血族、東西南北を治める四体。
 『特区』に協力するフランスの《狼王》やアメリカの《豪王》。果ては世界でもっとも偉大とも言われる《賢者》まで。
 層々たる顔ぶれが、彼女を評価し、そして認めているのである。
 吸血鬼という大きな力を得て一年経たない《転びたて》と呼ばれる者の中には人間である彼女を軽んじる者もいるが――しかし。彼女の功績を知る者は――決して彼女を低く見る事は無いのである。
 そんな彼女は今。
 麻帆良の地に来ていた。


 
 ネギま クロス31・世界情勢その六 ~《乙女》と《福音》の場合~



 雪広あやかに案内されて葛城ミミコが到着した後。
 部屋の中での話である。
 その彼女は部屋の外だ。今の状況が心配なのだろう。
 それでも、決して中の様子を伺おうとはしないのは、流石である。

 「こうして君に会うのは初めてではないが――多分覚えていないだろうからな……初めてということにしておこうか」

 金色の長い髪を靡かせ、小柄な少女は不敵な笑みを見せる。

 「私の名はエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。《福音》の名を持つ《始祖》であり、そして六百歳を越える《古血》だ。エヴァンジェリンで良い」

 それに対して、彼女は頭を下げ。

 「セカンド・オーダー・コフィン・カンパニー代表の葛城ミミコです」

 視線を交えてそう名乗る。
 吸血鬼の中には、瞳を合わせただけで相手を術中に修める者も少なくはないが……しかし、ここできちんと目を合わせるのが彼女なりの方針の一つだ。

 「この家は――雪広財閥のものだが……この家主は信頼が置ける知人でな。問題ないという事は言っておく」

 「わかりました」

 この会談に、彼女が来た理由は複数ある。
 例えば――この地に展開されている学園結界。吸血鬼の特性である「招かれなければ入れない」という特製故に、内部の許可が無い限りこの地には吸血鬼は侵入できない。それはつまりエヴァンジェリンの許可があれば問題ないのだが、ここは『魔法使い』の世界だ。むやみやたらに吸血鬼を派遣する訳にも行くまい。
 葛城ミミコが日本に滞在中で、しかも丁度予定の都合が付いたことも関係している。
 通常ならば『調停員』の一人が派遣されるはずだが――しかし。
 六百歳――決して最高齢では無いが(なにせ基本的に寿命では死なない存在のため、千歳を超える吸血鬼もいる)、しかし現在生きている《始祖》ならば、話は別だ。
 何よりも血統に重きを見る吸血鬼の社会において。《始祖》という名はそのまま畏敬の対象だ。それが百年や二百年では無く、六百年――おおよそ、フランスでの百年戦争期からの血統であれば、十分過ぎる。
 実際。彼女がこの地にいる前で、しかも《赤き翼》として活動する前には、知人と会うために世界各国に滞在しており、今でも彼女の友人と呼べる吸血鬼は多い。
 ベトナムに住む《南の朱姫》や、フランス《狼王ガルー》の長老、ルイ・マルファンがその代表だ。無論、吸血鬼だけでは無く、魔神にも知人はいる。
 血族こそ存在しないものの――彼女の影響力は大きいと言えるのだ。

 「陣内が現役でいたころ――大体君が三、四歳くらいの頃に一回遭遇している。その時はまさかこれほどの人間になるとも思っていなかったが……ふむ、一回くらい血を吸っておけば良かったな。あの時は《東の龍王》もいて不可能だったが……」

 「そうなんですか?」

 「ああ。――昔の話さ。今の葛城の血を吸うつもりもない。噂では、お前は人妻だろう?」

 「ミミコで結構ですよ。……ええ、息子はいますね」

 「この地には山ほど処女がいる。わざわざ選ばずとも、大抵はそうだ。特に今の私は女子中学生だからな。不自由はしない」

 「――血族を生む必要も……いえ、「心配」もない」

 「……そうだ。良く知っているな」

 「ええ。……有名です。『真銀刀』すらも致命傷になりえない最強の可能性を秘めた《始祖》である、と」

 吸血鬼には《始祖》と呼ばれる存在がいる。
 これらは、何かしらの原因かによって人間から吸血鬼へと変貌した存在だ。
 《始祖》に血を吸われ、体内に血を入れられた人間は吸血鬼へと転化する。この場合の吸血鬼は《血族》と呼ばれる、いわば《始祖》の実の子供だ。
 その《血族》に血を吸われた人間が《三世》と呼ばれる。つまり孫である。
 だが、呼び名があるのは精々が《三世》まで。それ以外の吸血鬼はいわば平吸血鬼である。一応百歳を超えると、歴史を経て来た称号として《古血》と呼ばれるが……しかし、普通の吸血鬼で《古血》となるのは、かなり難しい。
 吸血鬼にも勢力、派閥争いがあるのだ。実力の劣るものから淘汰されるのは自然の摂理である。
 重要なのは――吸血鬼は《始祖》の特性を受け継ぐ。だが同時に弱点も受け継ぐという点だ。

 「日光、銀の弾丸、大蒜などの匂い、流水、炎、白木の杭……これらは吸血鬼の弱点ともいえるものです。血統によって多少の耐性はありますが、しかしどれも影響が無いという吸血鬼は、私はあなた以外には存じません」

 「……まあ大蒜は嫌いだがな。弱点とまではいかない。精々が苦手な程度だ。それに――《真祖混沌》辺りはどうだ。肉体は崩壊している以上、弱点は無いぞ」

 「……まあ、そうですけれど」

 この目の前にいる始祖は――弱点が無い、と言っても良い。少なくとも先ほど上げたような物では弱点にはならない。ほとんどダメージすらも無い。
 そして――『真銀刀』すらも致命傷になりえない。
 あらゆる吸血鬼が、それこそ《始祖》や《古血》ですらも接触しただけで灰になる究極の対吸血鬼材『真銀』によって生み出された剣。
 あるだけで吸血鬼の魔力を減衰させ、動きを封じ、《始祖》すらも消滅させるそれが――彼女には通用しない。
 彼女が《真祖》と名乗ることがあるのはそれが理由だ。肉体が『真銀刀』で消滅した《真祖混沌》本人(精神生命体として生きている)が、その体質を指して言ったことがあるのだから。
 故に、過去には人間の内、彼女をひどく恐れた者もいた。
 弱点が無い。決して死なない。
 どうやって倒せば良いのか、判らない。
 それゆえの。未知なるものに対しての、恐怖だ。
 だが――彼女には最大の欠点がある。

 
 自らの『血族』を生み出す事が出来ない。


 吸血行動を働いても。
 自らの血を注ぎこんでも。
 それが彼女の人形になり、一時的な奴隷となるだけで――決して吸血鬼に「転化」させることが出来ない。
 それは、仮に彼女が死んでも、彼女の性質を受け継ぐものがいないと言う事。
 吸血鬼の社会において、一代限りの突然変異。
 あるいは《賢者》ならば――彼女の性質を手に入れる事が出来るのかもしれないが……しかし、それは未だに行われていない。
 仮にそうならば。
 《福音》に血族が出来るのならば。
 その血統は世界を席巻できるだろうが。
 勝てはするが、殺せない。
 消耗戦になれば、負ける。
 そんな性質を持つ、吸血鬼の中のイレギュラー。
 それが本当に増えた時、世界は混乱に陥るだろうことを、《賢者》も、そして《福音》も知っている。
 故に、絶対に行わない。

 「……それで、エヴァンジェリンさん。本題に」

 「ああ。そうだな。――今から十日後。この学校の春休みが終わった日から、私は満月の晩まで吸血鬼として本格的に活動する。標的はネギ・スプリングフィールドだ。こちら要求は簡単だ……「カンパニー」は外の吸血鬼達への情報統制をしてくれれば良い。――《南の朱姫》や億千万の魔神達には話を通してある」

 「――理由を、お聞きしても」

 「ああ。……何、つまりは自分の為に行動するだけだ」

 「……なるほど」

 考える。
 《福音》の立ち位置は微妙だ。
 吸血鬼の間では親しいか、あるいは畏敬の念によって遠ざけられているかのどちらかである。これは普通の《古血》でも同じことが言えるから、問題は無い。
 だが、人間側から見ればどうだろうか。
 吸血鬼の存在を知り、それでスタンスが揺らぐ可能性のある『魔法使い』――注目すべきはそこだ。それ以外の組織や勢力は考えなくてもあまり問題は無いだろう。
 ここ、麻帆良の地から遠い部分については問題が無い。
 例えば『魔法世界』に住む住人には情報がそう簡単に伝わるとは思えない。伝わったとしても噂というとこで一蹴できる程度だ。これは、日本国外の各国にも言える。
 日本の西――関西呪術協会は……確か責任者が彼女の友人であり、戦友でもある《赤き翼》の近衛詠春だ。関西の『魔法使い』達はそもそも東に対して良い感情を持っていないから――彼女が暴れたことで、便乗して麻帆良の地への侵入者は多少増えるかもしれないが。それでも『魔法使い』と『吸血鬼』の抗争に発展するほどでは無い。
 「特区」内は「カンパニー」がどうにかできるとして……問題は。

 「この地での……『魔法使い』ですか」

 「ああ。個人的に問題が無いと思っている人物はいるが……気に入らない奴らも多くてな」

 この場合の問題ないとは『吸血鬼』が問答無用で悪の存在だとみなす心配が無い『魔法使い』ということだ。
 学園長やタカミチ・T・高畑。エヴァンジェリンが協力を要請した面々。辛うじて合格範囲内に入るのが明石や弐集院、神多良木に葛葉刀子くらいか。後者の場合は――エヴァンジェリン個人の行動を咎める可能性はあるかもしれないが――しかし『吸血鬼』にも人間の害にならない弱者がいると言う事を理解してくれている者たちだ。
 言い方は悪いが――『魔法世界』で育てられた人間ほど、純粋で、つまり頭が固い。
 春日美空や佐倉愛衣の影響で――あるいは悪影響で、シャークティやグッドマン、ガンドルフィーニも以前よりはマシになっているが……しかしエヴァンジェリンに注意しているのは確かだろう。
 一般生徒に至っては、言わずもがなである。恐怖と、下手をすればそれ以上の感情を向けている。
 それでも。今現在エヴァンジェリンが恐れられるだけで何とかなっているのは――彼女が《赤き翼》であり、ここに彼女を封じたのが《千の呪文の男》であり、学園長やタカミチ・T・高畑が問題ないと言っているからだ。
 その彼女が動くとなると――

 「懸念の通りだ。学園内の愚かな『魔法使い』は混乱するだろうな。しかも相手はあのボーヤ……あの《闇の福音》が再び悪に走り、手を染め始めた――などと言われても変では無い。ご丁寧なことに、『自分を闇の世界から救ってくれたナギ・スプリングフィールドを裏切って』などという理屈付きでな。ふざけた話だ」

 「…………」

 その言葉には、返事をせずに曖昧な表情で頷いたミミコである。

 「そこで、だ。……「カンパニー」の中で信頼を置ける人間を一人で良い。派遣してもらいたい」

 つまり、エヴァンジェリンの言いたい事はこうだ。
 自分の行動は外はともかく、内側では混乱を巻き起こす。
 別にそれで彼女が何ら困ることは無いが、しかし彼女が困らせたくはない人間に被害が行く可能性はある。
 だが。学園長やタカミチ・T・高畑。
 そして危険な『吸血鬼』を抑える事が仕事である「カンパニー」の――『調停員』が認めた上でならばネギ・スプリングフィールドに対して監視付きで修業をさせた、というような理屈を捻り出せる。

 「大停電の日の警備シフトは……薬屋の妖怪やこちらの手の者に頼んである」

 あとはミミコが了承しさえすれば――問題は無い。

 「――「カンパニー」としての、メリットは」

 この最後の議論さえ終わらせれば、の話だ。
 「カンパニー」は確かに『吸血鬼』と人間との融和・共存を望んでいる。それは事実だが――しかし無償の奉仕団体では無い。
 ミミコ本人が了承したくとも、きちんとした確約を取り付けなければ公人としてまずいのである。

 「ああ。わかっているさ」

 無論、エヴァンジェリンも良く解っている。
 最初から用意していたのであろう、一枚の文書を差し出す。
 書いてあった内容は――

 「……」

 「…………」

 「………………」

 「……………………」

 「…………………………本当に、これで良いんですか?」

 「ああ。自分の行動に覚悟を持つのは当然だ」

 「……わかりました」

 そこまで強い眼光で言われれば、ミミコとしても了承するしかない。
 「カンパニー」には、悪くない、むしろ非常に好条件だが――しかし。
 エヴァンジェリンにとってはかなりのリスクがある。
 だが、何はともあれ、これで問題はない。

 「――では、葛城ミミコとして確約いたします。本日よりも十日以内に、我が「オーダー・コフィン・カンパニー」の『調停員』を一人この地に派遣いたします。エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの監視をその『調停員』に一任し、その人物の報告によってこちら側は、予め提出された確約に従って行動を起こします――よろしいですか?」

 「ああ。かまわん。《闇の福音》として契約しよう」

 双方の合意が得られれば――これで終わりである。
 なんとなく空気が弛緩し、軽くなる。
 そんな時だ。

 「ああ、葛城ミミコ。昼食はどうする」

 「……へ?」

 「何を意外そうな顔をする。――あの《南の朱姫》も認めた位だからどんな小娘かと思っていたら、普通に見所があるな。だからまあ、ウチに来い。昼食を従者に用意させる」

 吸血鬼は。
 転化した年齢のまま、年老いても姿は変わらない。幻術で誤魔化すことは可能だが。
 そのため、姿に相応しい精神年齢を何時までも保有する部分がある。
 要するに――外見が十歳程度のエヴァンジェリンには、いつまでも子供っぽい部分がある。そういうことだ。

 「ええっと……それじゃあ、お邪魔します」

 それまでのギャップに戸惑い、しかし納得したミミコは、素直に呼ばれることにした。


 彼女の家に行ったミミコが、その家や同居人を見て驚いたり感心したりするのは、また別の話である。



 かくして。
 「カンパニー」より一人の使者が来訪し。
 《福音》の宴に参列する。
 その人物の名は、はたして――――?



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》序章
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:38
 

 序章・吸血鬼の夢




 夢を見ている。
 懐かしい夢。恐れられることもなく、ただ気ままに、楽しく過ごせた過去の記憶。
 少女の人生の、ほんの百分の一にしか過ぎない短く……眩しすぎる思い出。
 かつて自分が、彼らと足を並べて歩んでいたころ。
 孤独を忘れていた頃の、記憶。



 そこは戦場だった。
 味方は僅かに十二人。敵の数は数え切れないほど。だがそれでも歩みを止めず、戦いを止めず――『彼ら』は抗い続けていた。
 恐怖はなかった。死を覚悟するのは当然で、それでも決して諦めはしなかった。
 自身の魔法でも、鍛え上げた肉体でも、自身の体質でもなく。
 信頼などというのも生温い「何か」を――彼らは信じていたのだから。

 『世界最強の十二人なのであろう?』

 そう評した姫がいた。
 そしてその言葉の通り――『彼ら』はどんな死線をも潜り抜け、生き伸び。
 後に『魔法世界』最高の英雄。
 伝説――《紅き翼》と呼ばれるようになる。



 真祖の少女は夢を見る。
 戦場という場で、肩を並べて伝説を生み出したその記憶を。



 「さーってと」

 眼下。崖の上から戦場を見渡したのはまだ成人前の青年である。赤い髪。口元には不敵な笑み。まるで子供のような、それでいて世界を知った眼の光。

 「目の前の奴らを、ぶっ飛ばしちまって良いんだったな?」

 「ああ」

 答えたのは白いスーツに身を包んだ男。咥え煙草が目を引く壮年の男だ。

 「片方は黒幕の息がかかった部隊。もう片方は私腹を肥やす高級官僚の施設部隊だ。部隊の人員も確認済み。無関係な人間は無しだ」

 「つまり……目の前の相手は、殆どが『敵』――ということですね」

 金髪で華奢な体躯の娘が言う。西洋風の豪奢な長剣を腰に差した、高校生ほどの少女だ。その瞳には強い意志を秘めている。

 「はっ。分かり易くて良いじゃねえか」

 銀髪の巨漢がふてぶてしい笑みを浮かべた。周囲にいる者の中では最も背が高く、鍛え上げられた肉体が見て取れる。

 「そういう方がゴチャゴチャ考えないで済む」

 「なんというか……」

 同じく銀髪の、しかしこちらは最も小柄な少女が言った。外見は小学生ほど。長い髪が白い肌に映えるその少女は、巨漢の肩に座っている。

 「らしいセリフだね。ね?」

 同意を求められたのは、ローブの人物だった。顔に欠けたフードの為顔ははっきりと見えないが相当に整っていて、束ねた長髪が端から覗いている。性別の判断も付きにくい。

 「ええ。……まあ、そもそもこの部隊の大半は、考えるのは得意ではないですがね」

 「同意するわ」

 そこに賛同したのは成人前後の黒髪の美女だ。長い髪をツインテールにして縛っており、腰には精緻な細工の宝剣を刺している。

 「確かに楽であることも事実だけど……ね」

 戦況は一進一退といったところだろうか。幾多の咆哮と閃光が乱舞し、粉塵とともに血潮が辺りを覆っていく。片側からは巨大な鬼神兵が降り立ち、それに対して迎え撃つのは艦隊の一斉砲撃だ。互いの余剰戦力はまだ十分にあるのだろう。終わる気配は欠片もない。

 「無意味じゃの」

 眺めていた白髪の少年がいう。

 「戦場に意味を見出すのは嫌いじゃが……ここもそうじゃ。この大戦の大半のように、利権と欲望が渦巻いておる。おかげで人間の想いなぞちっとも見えん」

 訂正しよう。外見だけは少年の、老成した人物だった。

 「くすっ――本当に……闇しか感じませんよ?」

 ポツリ、とそこに付け加える声が一つ。妙に存在感の薄い――否、隠れているような気配の少女だった。優しげな風貌だが、その体と影からは漆黒の『何か』が生まれ、蠢いている。闇を纏っている……そんな雰囲気だ。

 「分かるんですか?」

 集団の中、おそらくは最年少の少年が尋ねた。その身のこなしは年齢に似合わないが……周囲の人間のレベルが違う。おそらくは弟子なのだろう。

 「感覚的なものですよ」

 日本刀を持った細身の男が答えた。細面の眼鏡の、まだ若い青年は、理知的な光を湛えている。

 「雰囲気です」

 「そう。戦場には熱気がある。独特のな」

 集団の最後。黒いドレスの美女が話す。

 「規模はどうであれ、人の思いが集う戦場は思いの力が感じられる。百年戦争しかり、独立戦争しかり、太平洋戦争しかりだ。だがここにはそれが無い。自分の意志では無く、即物的なもので動いているのさ。だから暗い。そして淀んだ空気しか感じられない。……まあ、経験を積めば分かるようになる」

 その眼で人の歴史を見て来た、およそ六百歳の吸血鬼の言葉だった。


 集団の数は十二人。
 もしもここに、およそ十年後の魔法世界の関係者がいたら、眼の色を変えるに違いないであろう面子が――そこにいた。



 「で、どう行動します?」

 アルビレオ・イマ。


 「良いんじゃねえの?いつも通りで」

 ジャック・ラカン。


 「では。そのように」

 アルトリア・E・ペンドラゴン。


 「お互いの技に巻き込まれないようにな」

 ガトウ・カグラ・ウェンデンバーグ。


 「その辺は、各自フォローだよ!……必要ないけどね」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。


 「くすくす――油断しないように、しましょうか」

 間桐桜。


 「じゃのう……」

 ゼクト。


 「ええと、集合場所はどうしましょうか?」

 近衛詠春。


 「うーん……ここで良いんじゃない?」

 リン・遠坂。


 「……えーと」

 タカミチ・T・高畑。


 「まあ、そう気負うな、タカミチ。自分の思う通りに行動すれば良い」

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。


 「っし。それじゃあ――」

 ナギ・スプリングフィールド。


 「《赤き翼(アラルブラ)》突撃!」

 そして伝説は、新たな伝説を作り上げる。




 吸血鬼の少女は夢を見る。
 かつての大戦で、共に歩んだ記憶を思う。
 伝説の血を引く少年と相対する、ほんの数日前の夢。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その一(昼)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/18 20:48
 

 [今日の日誌 記述者・桜咲刹那


 私の中には夜叉がいる。


 生まれた時から、私は孤独だった。
 何故、自分が嫌われるのか、避けられるのか、判らなかった。
 だが、ある時。自分の意識が塗りつぶされた時。
 その理由を知った。


 私の中には夜叉がいる。
 幾人もの人と触れ合い、心を癒され、それでも消えなかった。
 だが、唯一私の夜叉を、鎮めてくれた人がいる。
 木乃香お嬢様。
 詠春様に拾われ、それでもなお孤独だった私に――お嬢様は居場所を与えてくれた。
 あの時。確かに私の中に夜叉はいなかった。
 だが、私自身の未熟さが、それを壊してしまった。
 だからもう、二度と私はお嬢様を傷つけない。
 お嬢様の平穏を壊さない。
 お嬢様を、守ろう。


 委員長。
 伝えたい事はただ一つだ。
 私が居なくなっても、気にしないで欲しい]



 ネギま・クロス31 第二章《福音編》その一



 ――はあっ


 満月の晩。
 暗闇の中を、走る少女がいる。
 桜並木は月光に照らされ、舞散る花弁が光を反射し。


 ――はあっ


 静かだ。とても静かだ。
 まるで、ここだけが別の世界に隔離されてしまったかのように。
 走る音と、息の音とが、酷く大きく聞こえる。


 ――はあっ


 疾駆する少女の背後からは、一つの影が追っている。
 その身を漆黒の衣装で包んだ小柄な影は、宙を滑りながら追跡する。
 鍔広帽からは金髪が零れ、その瞳は黄金色に煌き。


 ――はあっ


 逃げる少女の前方に、人影が見えた。
 あまり会話はしない仲だが、それは確かにクラスメイトだった。
 少女は、追手の存在を教えようと声をあげ。


 ――は、あっ


 顔が見えた時。
 そのクラスメイトがにやりと、罠に嵌った獲物を見る笑みを浮かべた事を、知った。
 ざわり、と肌が総毛立つ。

 「十六番・佐々木まき絵――すまないが少々血を頂こう。なあに、死にはしないさ」

 疑問と疑念と、そして得も知れぬ違和感と恐怖で動きを止めた瞬間――背後に迫る影は、あっさりと追いついていた。
 そこで、まき絵は気が付く。
 この存在は、やろうと思えばいつでも自分に追い付く事が出来たのだと。

 (……ずっと、遊ばれ――)

 スウッと意識が遠くなり。
 カプリ、と首筋に牙が突き立てられたことを悟りながら、彼女は、それが麻帆良の都市伝説で謳われていた存在であると知った。

 (桜通りの、吸血……)

 そこで、意識は途切れた。


     ◇


 「ん?」

 「どうした?」

 首筋に喰い付き、血を吸うエヴァンジェリンの表情が一瞬曇ったのを見て、C.C.は声を掛ける。

 「いや、何かコイツ、変な感じがしてな。旨いんだが、何所か癖があると言うか」

 「……特に問題は無いのだろう?」

 「ああ」

 数分ほどしっかりと血を吸ったエヴァンジェリンは、口を放し、舌で牙の後を舐め取ると――二つの穴は奇麗に塞がってしまう。どうやら唾液には鎮痛作用と凝血作用があるらしい。

 (まるで蚊だな)

 そう思うが、口には出さない。
 彼女が持っていた洗面器と風呂道具を拾い集めると、余韻を味わっているエヴァンジェリンを尻目に、C.C.はまき絵を引き摺り(ここで間違っても抱えないのが彼女である)、近くの桜の木の下に置く。仰向けで、両手を組ませ、洗面用具は枕元に。
 適当に寝かせておいては、貧血や湯当たり、あるいは甘酒でも飲んで酔っ払って寝込んだように見えかねないので――態と、誰かに寝かされたように細工をする。

 「全く……ルルーシュめ――教師である以上、生徒を直接危害を加える現場を見に行くわけにもいくまい。とか言って……。こう言う仕事はあいつこそが得意だろうに……」

 ぶつぶつと言いながらも、ルルーシュの指令に従うのにも慣れている。
 やらないだけで、この手の作業はこなせるのだ。

 「よし。終わったぞ、エヴァンジェリン……魔力を隠蔽は、しなくても良いんだろう?」

 「ん?……ああ。ボーヤに気付かれる程度には残してある。大丈夫なはずだ」

 思考を飛ばしていた彼女であったが、そう返事をして。

 「帰るぞ。茶々丸が夜食を作っている。――太る心配が無いのが、私達の良い所だな」

 「ああ」

 C.C.もまた、同意する。
 どれだけ食べても、自堕落に生活していようとも。すぐに戻ってしまうのが、彼女達不死者の、良い部分でもあり、悪い部分でもある。
 桜並木の下を、二人は歩く。
 通りを抜けた所には、二つの影。
 片方は、異様に鋭い眼光を持つ細身の男。川村ヒデオだ。

 「……御苦労。――お前のその《闇》の力は、便利だな。確か――《無音の円錐(コーン・オブ・サイレンス)》……だったか」

 そのエヴァンジェリンのセリフは――正しくは無い。
 だが、それを訂正できる者はここにはいない。《無音の円錐》では砂の惑星なのだが。

 「……僕では無く、神野さんですが」

 あえて言うならば《無音の領域》だろうか、と思ったヒデオだった。
 ヒデオの今の仕事は、闇の性質を持つ『異界』を顕現させることだ。最も、彼自身が言っているように、ヒデオが使えるのではなく、ヒデオを媒介に現れる(媒介があった方が出やすいらしい)神野陰之が使用するのだが。

 「……怪我は」

 「させていない。ぐっすり眠っているさ。血は吸ってやったが、料金として血液に栄養を送っておいた。明日にはむしろ体の調子が良くなっているはずだ」

 「そう、ですか……」

 元々、彼女のこの行動には異論を持っていたヒデオだが……しかしこれに対しては、彼が自分で折り合いを付けている。今更何か言う事は無いだろう。

 「そちらは何か文句はあるか?『調停員』」

 もう片方は「カンパニー」から送られてきた監視役でもある『調停員』である。

 「いいえ」

 短く返答した声。女性のものだ。
 彼女が「カンパニー」から来たのはつい先日である。真面目だが芯が強く、エヴァンジェリンを見ても怯まなかった。さすがは葛城ミミコの推薦した女性、と言った所だろうか。

 「よし帰るぞ。明日から新学年が始まる以上寝坊する訳にもいくまい。ボーヤの観察もあるからな。帰って夜食を食べて寝る……」

 「ルルーシュがピザを作っているはずだな」

 二人の不死者を見ていたヒデオと『調停員』は、その背後から付いて行く。
 こうして、妙に力の抜ける会話をしながら、新たな被害者を出した「桜通りの吸血鬼」は家に帰って行った。



     ○



 翌朝。
 電車の中で。

 「いよいよ新学期……私達も中学三年生ね」

 「これからも一年よろしくなー」

 そう言った明日菜、木乃香の二人に対して、

 「はいっ」

 と答えるネギ・スプリングフィールドの――画像を見るウィル子である。
 ヒデオから――ついでに目下のところの協力者、エヴァンジェリンやルルーシュからもだが――しっかり彼を見張っているようにと連絡を受けている。
 ウィル子の目の前には、まさに映像が投影されていると言っても良い。
 電脳世界を彷徨っていた時。イギリス清教から侵入したとある場所に、奥深くで発見した技術。
 アンダーライン。
 空気中の微細な粒子自体が情報媒体となり、それを制御することで情報を取得する――現実においては、殆どの人間が知らないであろう技術。少なくとも国家機密以上の代物であることは確かだ。
 蠅程度の大きさの機械に、太陽光発電とカメラを設置した半自動・半永久型の浮遊監視システムくらいならば十分に実用化されているが。
 さすがに、この技術は「ER3」でも試作が出来るかどうかのレベルである。
 出会った男(緑色の手術服で水槽に浮いていた)の持ち物なのだろうが。
 あの科学者。どうやら魔術師でもあったようであるが――しかし。
 幾つもの問題点はあるが――今のウィル子にして見れば、どんな技術であろうと、手に入れられる物は手に入れる。

 (何せ、電子世界の神になる存在ですからね)

 知識がいくらあっても、ウィル子がフリーズする事は無いのだし。
 最も、アンダーラインを現実に作り出すには、ウィル子の物体構成能力を使用しなければならないのであり――おそらく二世代か三世代ほど先の技術であるため、ウィル子であっても数か所に散布し、情報を集める位しかできないのだ。
 つまり麻帆良の土地全てに張り巡らせるほど生み出せはしない。いや、それは正確ではないか。やろうと思えば十分に可能だが、しかしあまり意味が無いと言う方が正しい。必要なエネルギーも莫大な量になるし、時間もかかる。
 学園内の監視システムにハッキングを仕掛けた方がずっと効率が良い。
 だから今は、これだけで十分なのだ。
 視界の中で、ネギがくしゃみをして、突風を巻き起こす。

 (セクハラですね~)

 その光景を、意外と楽しみながら見ているウィル子である。
 元々が超愉快型極悪感染ウイルス。面白ければ、それで良いと考える部分がある。どうやら《チーム》という人間では最高の技術集団と、学園大停電時には戦う事になるようであるし、それは勿論楽しみだ。
 だが、この少年の日常も、見ていて十分楽しい。
 暇潰しには丁度いいレベルだ。
 麻帆良大学部から拝借してきたジャンクデータをパクパクと食べ、笑いながら観察を続けるウィル子である。

 『次は麻帆良学園中央駅』

 そう、車内に放送が入る。

 「よーし走るよ!」

 「ネギ君遅れんでな~」

 電車内の生徒達は、すでにスタート準備が満タンだ。突風を起こして怒られ、涙目になっているネギの準備は――整っているとは言い難い。
 案の定、一斉に降り立った生徒達の波に呑まれ、明日菜達と逸れることとなる。
 そんな時。

 (……あ、桜咲刹那、発見しました)

 近衛木乃香の後ろ。こっそりと尾行するように走る少女が一人。

 (C.C.さんが喧嘩を売った剣士さんですね)

 背中に抱えた袋の中は、間違いなく真剣だろう。白い肌に黒い髪――いや、これは染めているだけか――に整った凛々しい顔。美人であると言えるが。

 (……どうやらだいぶ参ってますね)

 以前に彼女に渡された「犯行予告」の影響は大きいらしかった。エヴァンジェリンも関与せず、送ったのはC.C.と、それに協力したルルーシュの独断らしいが。
 エヴァンジェリンも別に良いと、認めているようであるし。
 大事な人間に危害が行くことが明白になって以来、どうやら気が休まることは無いらしい。眼光は鋭く光っているが、髪の艶も落ちているし、明らかにやつれている。細身の為はっきりとは分からないが、過去の映像と比較すれば一発だ。
 精神的な束縛だか何だかは知らないが……大変そうだと思う。思うだけである。

 (あ、龍宮真名が合流しましたか。寮が同室みたいですし、やはり心配しているようですね~)

 寮の記録をちょこっと見れば、彼女達二人の様子は大体把握できる。ヒデオにも、管理人の高町なのはにも、それはやっちゃいけないと言われたから殆どやっていないが。
 龍宮真名。仕事が絡まない時には、かなり常識をわきまえた親切な人である。なぜ今巫女服を着ているのかは謎であるが。

 (……まあ、桜咲刹那の担当は私ではありませんし。ネギ・スプリングフィールドに集中しましょうかね)

 ローラースケートの超一味や、電車の屋根から飛び降りた長瀬楓、不機嫌そうな顔で何やら呟いている長谷川千雨を視界に入れるが、特に気にすることなくウィル子は監視を続けることにした。
 ネギの顔は笑顔そのものであり。
 今日から始まる《福音》との会合など、知る由も無い。


 (精々楽しませて下さいねっ)

 にははは、と実にアクドイ笑顔を浮かべて、ウィル子は監視を続行する。



     ○



 教室外の表示板を、二年から三年へと入れ替える。

 「「「「「三年A組!ネギせんせー!」」」」」

 (……能天気だな)

 賑やかなクラスの中、教室の後ろでそう考える副担任、ルルーシュである。おそらく同じことを考えているであろう人間は、丁度目の前に座っている。
 右から――エヴァンジェリン、C.C.、闇口、竹内、表情を見るにその前方の長谷川に綾瀬。保護者的な神楽坂も呆れているようである。

 「えと……改めまして。三年A組の担任になりましたネギ・スプリングフィールドです。これから来年の三月までの一年間。よろしくお願いします」

 「はーい!」「よろしく~」

 そんな返事を聞きながら、ルルーシュも前に回る。

 「副担任のルルーシュ・ランぺルージだ……元気なのは結構だが、中学三年の自覚も多少は持つように。――一年だが、よろしく頼む」

 よろしくお願いします~、と返される。まあ悪い気分では無い。
 ネギは名簿を見て、一人一人を確認している。

 (……全員と仲良くなれますように、と言った所か)

 かく言うルルーシュも、全員と親しいわけではないが――それでも、ネギよりは担任の時間が長い。彼女達の大体の性格は把握している。
 ルルーシュの性格ゆえか、一匹狼タイプの生徒との会話が多い傾向ではあるものの……それでも生徒からは、頼りにされることも多い。
 生徒の相談にも明確に答えを返している。普通の生徒とは人生経験が違うのだし。

 (……このクラスでまともな過去を持つ生徒はいそうもないがな)

 常識人かつ一般人でも、非日常に関わっているらしいが。
 むしろ、そちらの方が苦労するに違いない。
 ふと傍らのネギを見ると、なにやら顔を青ざめさせている。
 視線の向く先は、教室の片隅。
 どうやら、エヴァンジェリンが少々脅したらしかった。

 (……ネギ。前から思っていたが、父親を追うのに一生懸命で、エヴァンジェリンの存在も知らないのは問題だぞ)

 いくら悪名高いとはいえ。
 父親と共に活躍した、世界最高峰の面々を知らず――そして調べないのも、問題であろう。
 視野が狭い、ということか。
 かく言う自分も、過去の体験を思い起こせばあまり大きい事は言えないが。
 まあ、今日から苦労するのはネギである。
 ルルーシュはエヴァンジェリンに付いているのだから、手助けするつもりもない。
 そこまで考えた所で、ノックの音がした。

 「ネギ先生、ルルーシュ先生」

 「ああ、源先生」

 入ってきた源しずなは。

 「今日は身体測定ですよ。3-Aもすぐに準備して下さいね」

 「ああ、そうでしたね」

 ルルーシュは頷き、さっさと廊下に出る。
 身体測定は教室内で行われることになっている。
 一方のネギはと言うと。
 どうやら、エヴァンジェリンの視線を浴びて相当に慌てていたらしい。

 「え、ああ、そうでした。で、では皆さん。身体測定ですので、今すぐ脱いで準備して下さい!」

 そんな発言をして。
 笑い声と共に教室の皆から追い出された。
 自業自得である。



     ○



 「ネギ君からかうとホント面白いよね~」

 「ホントそうだねー」

 教室内。下着姿の女子達が並び立ちます。
 本当に中学生か疑問なスタイルの中学生。
 中学生にしか見えない、年齢をごまかす幾人か。
 中学生にも見えない幼児体型。
 男の人にして見れば桃源郷もかくやという光景でしょう。
 ……それにしても身長から体格まで、本当に個性豊かなクラスですね。

 「あれ、今日まきちゃんは?」

 ハルナさんの疑問に、引き締まった獣のような肉体の古菲さんが

 「今日身体測定アルからずる休みしたんと違うか?」

 そう答える。なぜかさらしを巻いている楓さんもそれに頷いています。

 「まき絵、胸ぺったんこだもんね~」

 そう言って、胸を張りながら笑う風香さんです。でも、あなたも平面ですよ。

 「ん?」

 「どうしたですか、お姉ちゃん」

 風香さんが、私の方を見ているようですが。

 「ん~、何か今、嫌な考えを、誰かがした気がして」

 「何かいるですか?」

 史伽さんもそう尋ねます。

 「……たぶん気のせいだよ」

 ……やっぱり、私には気が付いていないみたいです。
 せっかくですから、他の人も見てみましょうか。



 那波千鶴と村上夏美の場合。

 「あらあら夏美ちゃん。その両手用足の錠、取らなくても良いのかしら?」

 「……千鶴ねえ、何か笑顔が怖いよ」

 「そうかしら?――それで、それは?」

 「これは、ほら……枷だしさ」

 「そうね。でもそれで体重計に乗ると、一体何キロ増えるのかしら」

 「……言わないで」

 それにしても千鶴さん。本当に中学生でしょうか。



 運動部四人組(まき絵不在)の場合。

 「アキラのその腕輪の石ってさ、珍しい色だね。青?緑?鉱物っぽいけど」

 「ああ、うん。……大事な物」

 「そう言えば、髪止めにも同じのついとるな。柔らかそう、ていう感じやけど」

 「うん。刻めるんだよ。……色々とね」

 アキラさんと裕奈さんも、かなり締まった体ですね。亜子さんからは、何か良い匂いがします。



 転校生の皆さんの場合。

 「私も怪我の跡は多いですけど、クラインさん……凄いですね」

 「ああ。昔一回、チェーンソーで切られたんだ……竹内、お前は?」

 「これは撃たれました。それと火傷です。似たような物は龍宮さんにもきっとあります……あ、闇口さんは?」

 「骨折は多いですけど、肌に痕跡は、無いですね」

 この人たち、一体どんな過去を持っているのでしょう。



 「あ、そう言えばさ」

 チアリーダー三人組に回ろうとして、柿崎さんがそう言ったのを聞きます。

 「最近噂になってるアレ……どう思う?」

 「ああ、桜通りの吸血鬼ね」

 「……なにそれ?」

 身体測定は名簿順です。柿崎さんの後ろで並んでいた春日さんが反応しました。疑問を出したのは明日菜さんです。
 それに便乗して、皆さん集まってきます。

 「あれ?結構前から噂になってるよ。知らなかったっけ……寮の前の桜並木に、満月の晩に出るんだってさ……」

 そこで一呼吸置き、

 「真っ黒のボロキレに包まれた血塗れの吸血鬼が――」

 「~!」「!」

 雰囲気が出てますね~。溜めの呼吸が凄く上手いです。風香さんと史伽さんは、すでに涙目ですよ。

 「あれ?そうだっけ」

 そこに口を挟んだのはハルナさんです。

 「桜通りの吸血鬼って、大きな血塗れの鋏を持って、居眠りしてるんじゃなかったっけ?」

 何故か視界の片隅で綾瀬さんが転びました。心当たりでもあるんでしょうか。

 「ええ?私が聞いたのとちょっと違うなあ」

 今度は朝倉さんでした。

 「両方ともいて、満月の晩には、吸血鬼と大鋏が殺しあいしてるー、みたいな話だったけど。その証拠に、満月の晩、桜通りに深夜に行くと血が飛び散っているとか」

 ……想像すると、リアルに怖いですね。
 皆さんはほほう、とかへえー、とか頷いていますが、額に汗が浮いているのは気のせいでは無いでしょう。風香さん、史伽さんはすでに泣いてます。宮崎さんも震えていますね。

 「まきちゃん、その噂の吸血生物にやられちゃんたんじゃないかなー」

 桜子さんが、微妙に青ざめています。それと、吸血鬼が吸血生物になっていますよ。

 「まさか、確かにまきちゃん美味しそうやけど」

 そう言う木乃香さんですが、何やら表情は優れません。
 彼女も知っているのかもしれませんね。
 ――エヴァンジェリンさんがその吸血鬼だと言う事を。
 私が知ったのは昨年です。その時に、実はエヴァンジェリンさんが私を見えていたことも知りました。
 なんで一年の時に黙っていたのかは教えてくれませんでしたが――悪気は無かったようです。その時にとある約束をして――今は幽霊ですが、あともう時期で体をゲットできます!楽しみですね!

 「こんなんかなあ?」

 そう言った木乃香さんが黒板に絵を描きます。何やら鳴滝さん二人にレクチャーしているみたいです。完璧に吸血生物になっていますね。

 「チュパカブラ、ですか」

 宮崎さんもそう言って反応しました。意外と詳しいのでしょうか。
 そんな光景を見ていた明日菜さんが。

 「もう……いい加減並びなさいよ。あんな生物が日本にいる訳ないでしょ」

 そう言って取り成します。
 桜子さんにはからかわれていたようですが、そこで何やら明日菜さん、考え込んでしまいました。
 ネギ先生が『魔法使い』という事を、彼女はどうやら知ってしまったらしいです。私はエヴァンジェリンさんに軽く話されただけですが。
 『魔法使い』がいて、私みたいな幽霊がいるなら、確かに吸血鬼がいても不思議では無いですよね。
 明日菜さんが同じ事を思っていた事に気が付いたのか、エヴァンジェリンさんは話しかけます。

 「明日菜。噂ではお前のような生きの良い女の血が好きらしい……せいぜい気をつけろ」

 その言葉に――えーと、何人でしょうか。結構な人数が一瞬だけ反応しましたが、本当に一瞬ですね。気が付いたら今までの空気と何ら変わりがありません。
 このクラスって、実はすごく危険な場所なんでしょうか。もしかして。
 保健委員ということで、一番に測定を終えて機材の運搬をしていた亜子さんが走りながら帰ってきたのはその時です。

 「先生、皆、たいへんや~まき絵が!」

 その言葉に、一斉に窓から廊下に顔を出す皆さん。
 ……下着姿で。ちょっと問題ですね、さすがに。
 ルルーシュさんは一瞬で外を向きましたが、ネギ先生は慌てています。

 「お前達。とりあえず服を着ろ」

 明後日の方向を向いたまま言うルルーシュさんに、全員やっと自分の状態に気が付いたのか、こちらも慌てて扉と窓を閉めると着替え始めました。
 どうやら、エヴァンジェリンさん。本当にまき絵さんの血を吸ったみたいです。
 大方、外をのんきに歩いていたのでしょう。
 私も自縛霊じゃ無かったら、せめて外のコンビニくらいには出歩けるのになあ……。
 校舎の敷地が精々なんですよね、実は。



     ○



 まきちゃんが倒れていたらしいことを亜子から聞いた私達は、保健室に集まっている。

 「ど、どーしたんですか、まき絵さん」

 「桜通りで寝ている所を浦島先生が発見したらしいのだけど……」

 しずな先生はそう言う。
 なんでも、授業で桜の枝でも使おうかと採集に出たら、根元で眠っているまきちゃんを発見したらしい。運んでいる所を奥さんに見られて、誤解されて殴られたそうだが。

 「なんだ、大した事ないじゃん」そう笑う風香ちゃん。

 「甘酒でも飲んで寝てたんじゃないかなー」呟く桜子。

 「暑かったしな、昨日は。……ウチのお見合い騒動もあったから、疲れて休んでたら気い失ったんとちゃう?」

 私も似たような意見だったけれど、ネギは何やら考え込んでいた。
 まきちゃんの周囲に手をかざして唸っている。

 「ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ」

 私が訊いたら、ネギは

 「あ、はいスミマセン明日菜さん」

 意識をこちらに引き戻す。

 「まき絵さんは心配ありません……ただの貧血ですね」

 笑顔のまま言うけれども、その中には若干の疑念が見える。

 「それと、今日僕遅くなるので、夕ご飯入りませんから」

 「え?……あ、うん」

 いきなり言われた言葉に私は一瞬思考を止めるが、木乃香は

 「ええの?」

 と尋ねて、それで話を続けてしまった。

 「はい。……では、教室に戻りましょう」

 私は何所か釈然としない物を感じ取りながらも、保健室を後にした。


     ◇


 夕方。
 まきちゃんは無事に目を覚まし、照れながらも教室に戻ってきた。
 今日の授業は、年間計画やプレゼンテーションやらが大半。先生たちもほとんど変わりが無かったから、結局自由時間が多かった。
 着替えを見てしまったルルーシュさんが、罰という事でクラインさんの椅子にされていた。明日の朝倉の記事に乗っているに違いない。
 目の毒かとも思った。正直、只の惚気にしか見えないし。

 「吸血鬼なんて本当にでるのかなー」

 歩きながらの私の問いに、反応するのはハルナ。

 「さあ……吸血鬼がいる、いないってことまでは知らないなあ。神父の幽霊くらいなら見た事あるけどね」

 「……ほんまに?」

 「うん」

 木乃香の声にも肯定するハルナ。
 実は意外と危険をくぐって来ているのかもしれない。本屋ちゃんの話だと、毎月締め切りに追われて修羅場を体感しているらしいけれど。
 私達は今、図書館島からの帰りだ。
 ハルナ、夕映ちゃん、本屋ちゃん、木乃香、私。それにヴィヴィオちゃん。
 なのはさんからは、図書館探検部がある時はヴィヴィオちゃんを私達と一緒に帰宅させて欲しいと頼まれている。やっぱり心配なのだろう。

 「あ、じゃあ本屋ちゃん、ヴィヴィオちゃん。先に帰っててね。私達コンビニまで行って来るから」

 「はい。皆さん、ありがとう」

 ペコリ、と頭を下げるヴィヴィオちゃん。
 コンビニまで行くと往復で二十分から三十分はかかる。
 だったらヴィヴィオちゃんは先に返すべきだけれど、一人で返すのも問題がある。なのはさんの言葉にも、了承してしまっているし。
 実際、彼女は一人でも結構強いし――くーちゃんも認めている位なんだけど、でも誰か一人は一緒に行った方が良いだろう。なんとなくそんな気がしたのだ。
 話し合いの結果、本屋ちゃんがヴィヴィオちゃんと先に寮に戻ることになった。
 本屋ちゃんも自分の危険くらいは自分で守れることは、図書館島で知っているし――多分大丈夫だろう。……たぶん。

 「ねえ……本屋ちゃん達、大丈夫だよね」

 「大丈夫やって。明日菜も知ってるやろ?」

 「うん……」

 それから数分歩くが、やっぱり何か心配だ。
 ……悩んでいても仕方が無い。

 「やっぱ私も二人と一緒に寮に戻るよ。なんか心配だし」

 そう木乃香に言って別れる。
 こう言う時の勘は、外れた事が無いのだ。
 ごめん、と木乃香達に謝りながら今来た道を掛け戻ることにした。



     ◇



 空には奇麗な満月が懸かっている。
 走る。
 桜の花弁が照らされて、凄く幻想的で。
 走る。
 街灯の明かりも神秘的にぼんやりと光っていて。
 走って、そして。



 ――――音が消えている事に気が付いた。



 「……え?」

 そう呟いた声が、やけに大きい。
 おかしい。
 こんなに音がしないことなどあり得ない。
 ザザア、と桜が唸る。
 風の音も、自分の息の音も、心臓の音すらもはっきりと大きく聞こえるのに。
 耳が痛いほどに静かだ。

 「なに、どうなって」

 ザッ、と靴が音を立てるが、それすらもまるで響かない。
 この空間だけが、まるでいきなり何かに包まれたような、そんな感覚。
 何所も、何も変わらない。
 ただの今までと同じ、さっきまでと同じ世界のはずが。
 どうしてこれほどに、焦燥感を掻き立てる?
 何故、これほどに違和感を覚えるのだ?  わかる。
 わかってしまう。
 ここは、今までの場所じゃ無い。
 ここは、普通の人間がいて良い場所では無い。
 ズキン、と頭に何かが響く。
 ネギが来て以来、時々頭にかかる、霞のような感覚。
 何か、大切なことを忘れている感覚。
 それが、この場で感じ取れることへの疑問。
 視界が揺れる。
 グラリ、と体が傾き。


 「……大丈夫、ですか」

 気が付いて見れば、何も無かった。

 「え?」

 今の空気は何だったのか。
 一瞬だけ感じ取ったあの――古い枯草のような匂いはどこかに消えて、頭痛も納まっている。

 「あれ、今のは」

 先ほどの体験が、まるで夢だったかのように霧散している。
 周囲を見回してみても、違和感も、焦燥感も感じない。
 ただ、いつもと変わらない世界だ。

 「あ、川村先生、今のは」

 自分に声を掛けたのは、川村ヒデオ。

 「……何か?」

 疑問を掛ける彼に、明日菜は

 「い、いえ。……なんでもありません」

 そう返事をして――そこで、思い出す。

 「あ、すいません。本屋ちゃんとヴィヴィオちゃん、追いかけてるんです!」

 「ああ、彼女たちなら。すれ違いました」

 「分かりました。ありがとうございます」

 そう言って、明日菜は再び走り始め。
 そのため、背後のヒデオには気が付かなかった。


 彼女が今の今までヒデオだと思っていた物が。
 グシュリ、とあっさりと崩壊して。
 その闇の中から。
 ひどく不快な笑顔を浮かべる、耽美な男性が生まれていた事を。


 追いついた先。
 彼女が目撃したのは、気絶した宮崎のどかと、ネギ。そして――



     ○



 時は、少々遡る。

 「♪~」

 鼻歌を歌いながら歩く私を見て、

 「のどかさん。何かありましたか?」

 そう尋ねたヴィヴィオちゃん。

 「うん。ヴィヴィオちゃんと二人きりで帰るのは初めてだからね」

 「あ……ありがとう、ございます」

 どうやら照れているらしい。
 図書館島で最初にあった時からなんとなくわかっていたけれど、ヴィヴィオちゃんは凄く本が好きだ。図書館で会わない日は無いくらい。
 探検部のマスコットみたいに思われているみたいで、先輩達からも人気がある。
 仲良くなれて、私も嬉しい。
 ゆっくりと、二人で歩く。

 「桜通り、ですね」

 「うん。前にも一度あったよね」

 しばらく前。
 私とヴィヴィオちゃん。木乃香と夕映での帰る途中、吸血鬼に襲われた。
 正体がエヴァンジェリンさんだったことは驚いた。あの時は夕映が暴走して、血を一回吸われて気を失った私が目を覚まして抑えて、木乃香が庇ってくれて、ヴィヴィオちゃんも怒ったから、他の皆には被害は無かったらしいけれど。
 今回は二人だ。

 「襲われるかもしれないね」

 「その通りだな」

 ヴィヴィオちゃんに話しかけた言葉に、返事が来た。
 ちょっと驚きながら、周りを見ると。
 頭上。街灯の上に立つ、小柄な影が一つ。
 桜通りの吸血鬼。

 「ああ、安心しておけ。宮崎のどか。今回はお前達が標的じゃ無い……ああ、いや」

 そこまで言った彼女は、言い直しました。

 「予定を変更しよう。本当はボーヤを呼び出す囮の役目だけだったが」

 ザザアッという風と共に空中に浮かびあがり。

 「折角ここに来たんだ。だから――吸ってやろうか?」

 にい、と牙を覗かせるその姿は、間違っても人間では無いですけれども。
 この時のエヴァンジェリンさんの表情は、むしろ楽しそうでした。

 「……エヴァさん。やらせると思いますか」

 私の前にヴィヴィオちゃんが立ちふさがる。
 首元にかけていた宝石を、外して掴んでいる。
 それは、一回ウサギの人形に形を変え、すぐに元の方席に戻り。

 「ああ……そうだ。お前がいただろう。高町ヴィヴィオ。今日は満月だ――だから予定を変更させた」

 ゾワリ、と息が苦しくなりました。
 エヴァンジェリンさんから感じられる圧力で、体が震えます。
 怖くて、今にも膝から倒れそうですけれど……ヴィヴィオちゃんは、額に汗をかきながらも睨んでいます。
 凄い。私は、気を抜くと気絶しそうになるのに。

 「なあに、宮崎の血を吸う云々は冗談だ。――吸いすぎて貧血になられても困る。正直な所――高町ヴィヴィオ。お前の力を見たくてな。こう言えばお前は私と戦うだろう?義理とはいえあの高町の娘だ。あのボーヤが来るくらいまでは、持つだろう?」

 その表情を見た時、私は判りました。
 エヴァンジェリンさんの目には、ヴィヴィオちゃんの実力を知りたいと言う欲望が混じった、獲物を見つけた狩人の瞳です。

 「ああ、ちなみに高町ヴィヴィオ。お前が断ったら、宮崎の血を吸う」

 ギッと強い眼光で、ヴィヴィオちゃんもエヴァンジェリンさんをにらみ返しました。

 「分かりました」

 その言葉に満足そうにうなずいたエヴァンジェリンさんは。
 一瞬で消え。

 「寝ていろ宮崎。これ以上は危害を加えん」

 真後ろから聞こえた声を認識した時には。
 咄嗟に展開させた紙の防御もあっさりと破ったエヴァンジェリンさんの一撃が、首筋に当たって。
 それで、意識が途絶えました。



     ○



 保健室でまき絵さんを見た時から、なんとなく嫌な予感はしていた。
 僕以外にも、魔法が使える存在がいるんじゃないかって。
 僅かに残された魔力から感じ取った僕は、一応桜通りに隠れて、何かあった時の為に備えていたんだ。
 でも、その瞬間の事は今でも覚えていない。
 今まで僕が感じたことのない、圧倒的な魔力。
 圧力にも似たそれが、あっさりと呑み込んで、僕は微塵も動けなかった。
 それが解けたのは、衝撃が聞こえて来た時だった。
 「衝撃」が「聞こえる」のも変な話だけど、轟音にも似たそれが、僕に直撃して、ようやっと体の感覚を取り戻した。
 何らかの空間、たぶん結界の中。
 通常空間を隔離する結界とは明らかに違う、まるで偽物のような空間の中。
 杖で急いで駆け付けると、そこは――戦場だった。



     ◇



 ドンッ、と空気に衝撃が走り、魔力の衝突が響く。
 巻き上がった粉塵が視界を防ぎ、とっさに展開させた障壁に《魔法の矢》が着弾する。
 唯の目晦ましとして放たれた術式は、障壁・パンツァーシルトを破ることは出来ないが。
 粉塵から抜け出るように飛翔。方向は下方に。
 ヴィヴィオは、母親ほど高速飛行に多くの経験は持っていないが。
 咄嗟に下がった頭の上を、氷の一撃が無いで行く。質量、冷気、硬度、どれも十分。純粋な魔力攻撃でない分、あれは防ぎきれない。
 かつては黒だった衣装は、今は白。母親と同じ色合い。
 地面を統べるように移動し。
 ヒュオン、と地面から無数の糸が貼られている事に気が付き、上昇。
 そこには、当然のように待ち構えている吸血鬼。
 視線が交錯し。
 お互いの魔力が――着弾!
 再度揺れる空間に、ヴィヴィオの、僅かに軌道がぶれ。

 「――っ!」

 目の前に、金髪の影。
 その一瞬にして空間を渡った彼女の右手が、ヴィヴィオの発動したプロテクションに食い込み。
 罅が入り。
 砕け散る!
 腕が直撃する――寸前、左に旋回しつつ回避。

 「クリス!」

 デバイスに言うとともに、溜めの必要ない。

 「プラズマスマッシャー!」

 砲撃し、しかし機動を落とすことは無いそれを。
 直線のその攻撃を、最小限の動きで避けた吸血鬼は。
 一瞬で周囲に氷の矢を展開し、射出。
 避けきれない数発が、着弾し。纏う鎧の為にダメージは無いが。
 今のヴィヴィオは、かつての様に《ゆりかご》に接続されていない。

 「――っ!」

 凍土によって、僅かに付着した氷が、僅かに動きを鈍くする。
 瞬間、足に数本の糸が絡まり。
 地面へと引っ張られ。
 自分から地上へと加速したヴィヴィオは、絃を切り飛ばす。
 が。

 「《氷神の鉄鎚(マレウス・アクイローニス)》!」

 巨大な氷塊が、落下。
 体を反転させ、仰向けに上昇し。

 「くうっ!」

 デバイスを掲げ、頭から衝突し。
 重い。重い、が――母の砲撃ほどでは無い!
 展開されたバリア・バーストが大質量の軌道をずらし。
 上空へ抜ける――

 「上出来だ」

 背後から聞こえた声に。
 踵を振り上げ。
 頭を下げ。
 踵は吸血鬼の腕をずらし――
 放たれた《闇の吹雪》を、頭の上に掠らせながら――
 彼女の足の下を潜り抜けるように縦に旋回し――

 「プラズマ――」

 背後から――

 「アームッ!」

 拳が。
 直撃!――しない!
 ブワッと無数の蝙蝠に身を変え。
 腰から下、半分ほどが無い吸血鬼が。
 振りぬかれた腕を取り。
 クンッと一瞬で体の重心が崩れ。

 「耐えろよ?」

 その声と共に、遠心力の乗った、再構成された足が――
 直撃する!

 「――ッ」

 ダメージ自体は無い。だが、勢いは――。
 地面に当たる瞬間。
 片足で地を蹴り飛ばし。
 横に回る体のバランスを取り。
 手を使って方向を変え。
 街灯の柱に、足から着地し――
 

 そこで、少年と目があった。



 宮崎のどかは、この世界にはいない。
 《闇》の一角である神野陰之は、この領域。
 『異界』と呼ばれるこの場所を、極限まで人間に害が及ばぬように、展開した。
 無論。普通の人間ならば、いずれ気が狂い、そして形と精神が崩壊するが。
 人間でない生き物は、この領域はむしろ自らの性質が現れ。
 『魔法使い』のような存在ならば、多少は耐えられる。



 空間が戻る。
 壊れていた石畳も、へし折れた桜並木も、凍り付いた花も全てが元に戻り。
 桜の木の下で、眠る宮崎のどかもいる。
 元の輝きを取り戻した満月を背景に。
 笑う真祖の吸血鬼が一人。


 「さて――新学期にもなったことだし、挨拶といこうか。ネギ・スプリングフィールド」


 「私の名は、エヴァンジェリン。《闇の福音》エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルだ」



 かくして。
 第二劇の幕が――開く。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その一(夜)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/26 17:21


 ネギま クロス31 第二章《福音編》その一・(下)



 その場にいるのは四人。
 宮崎のどか。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 高町ヴィヴィオ。
 そして、ネギ・スプリングフィールド。


 僕が現場に着いた時――誰かが地面に叩き落とされる瞬間だった。
 助け様にも、遠くて間に合わない、それを知った僕だったけれども。
 その誰かは。
 衝撃を殺して、姿勢を制御して。
 僕の傍らに立っていた街灯に足から着地して、膝や腰で衝撃を吸収。
 その衝撃で街灯が曲がったけれど――地面に着地した。
 特別に大きな怪我をしているとも思えなかった。
 僕は――。
 正直、どう行動して良いのか分からなかった。
 宮崎さんが気絶している事。
 エヴァンジェリンさんが桜通りの吸血鬼だった事。
 かなりの戦闘をしていたけれど、ダメージを負っているようには見えない女の子が、一体誰なのか。
 そんな風に戸惑う僕に、宙に浮かんだままのエヴァンジェリンさんが声を掛ける。
 気分が良いように。
 良い天気だなとでも言う様に。
 声を掛ける。

 「やあ、遅かったなネギ先生――佐々木まき絵の魔力は感じ取れたようだな。いや……感じ取れなかったらどうしようかと思っていたところだ。そうだな……お前の同室の神楽坂でも狙うか?」

 月の逆光で、瞳だけが怪しく輝いている。
 普段の無口な態度からは一転した……酷く楽しそうな笑顔に見えた。
 こう話したってことは、やっぱりまき絵さんを襲った吸血鬼も――エヴァンジェリンさんなんだろう。
 それも、僕をおびき出すために、彼女を犠牲にしたのだ。
 衝動的に――叫んでいた。

 「な、何者なんですか、あなたは!?何故こんな事を!?」

 その僕の言葉を鼻で笑い、エヴァンジェリンさんは表情を一転させる。
 まるで、獲物をいたぶる様な目つきで。

 「ああ……挨拶代わりに、自己紹介も兼ねて良い事を教えてやろう、ネギ・スプリングフィールド」

 そう言って、右手を上にあげ。

 「この世にはな」

 魔力と共に巨大な氷の塊が生まれ。

 「良い魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ!」

 ――それをこちらに振り下ろした。
 《氷神の鉄鎚》。
 彼女の、明確な敵意に。
 初めて受ける同族からの攻撃に。
 『魔法使い』からの攻撃魔法に。
 あるいは、無詠唱で、これほどの魔法を行使する彼女に衝撃を受けて。
 彼女の口から言われた言葉に衝撃を受けて。
 僕は動けずにいた。
 巨大な質量は頭上から迫る。
 それでも、僕の体は欠片も動かない。
 視界に透明な、薄い青色の球体が落ちてくる。
 その時だ。

 「っクリス!オーバルプロテクション!」

 突然、女の子が表情を変えた。

 『了解しました』

 女の子の声と、その後に響いた不思議な声と共に、地面に魔法陣が描かれる。
 円の中に正方形が描かれた、見たことのない魔法陣が光り、僕と女の子。さらには離れた位置の宮崎さんまで包み。

 「く、うっ!」

 巨大な質量を受け止める。
 空気が圧縮される音。軋む音。
 そして冷気で周囲に霧が立ち込める中。
 ビシッ、と表れた障壁に罅が入る。それでも――

 「っと、氷のくせに、重、い……」

 女の子は、それを受け止めきった。
 氷が砕け、破片が煌いて消える中、こちらに被害が無い程度まで小さくなったの を確認して、彼女は障壁を消す。
 そして、息を荒げ。

 「ミッド式の高レベル防御魔法は、専門外、なの……ママに、教わっといて、良かった」

 呟いて、額の汗をぬぐう。
 その光景を見て、エヴァンジェリンさんは何も言わない。
 やっぱり気が付いたか、という顔をするだけだ。
 しばらくの沈黙の後、女の子は口を開いた。

 「エヴァさん……今、私やネギ先生だけじゃなくて、のどかさんにまで攻撃、しようとしたよね」

 息は荒いけれど、女の子の瞳は鋭い。
 僕でもはっきりとわかる。怒っている。とても。

 「前にあった時に言ったよね。私の友達を傷つけないでって。だからさっき、のどかさんの血を吸うって言ったから、それよりは私が戦った方が良いかって思った」

 「ああ。そうだな。――それで、どうする?」

 「――今日さ、朝出る時にママに言われたの」

 女の子は。

 「自分で考えて、自分で納得できるように行動しなさいって」

 そう、キッパリと言った。

 「意味がわかった。ママは、貴方と私がここで戦う事を、予想してた……ううん。知ってたんだね。――だから私は考えて、決めたよ。エヴァさん。あなたを、のどかさんに謝らせる」

 「ほお?」

 その態度に、エヴァンジェリンさんは面白そうな顔をする。
 僕は一人、蚊帳の外だ。
 女の子の意思を感じ取ったのだろう。

 「――ふん。実力差を知って引かない覚悟は立派だな……良いだろう。母親と同じだな。お前も認めるに足る人間だ。……先ほどの礼もある。宮崎との確約を頭から外した、確かに私の不注意でもあるな……取り合えず場所を変えようか……『着いて来て見せろ』」

 女の子に、そう挑発をして。
 エヴァンジェリンさんは、何かに気付いた様に視線を僕の居る方向に向け。
 パチン、と指を鳴らす。
 その音を合図に周囲から霞が立ち上がる。

 「ちょっと、なによさっきの凄い音は!」

 唐突に。
 明日菜さんが走ってきたのはその時だった。

 「何か変な霧やな」

 木乃香さんも同行している。
 二人が見るのは、僕と。
 桜の木の下で気絶したのどかさん。

 「……ネギ、あんた一体何したのよ」

 明日菜さんの言葉に――ようやっと、そこで現実に引き戻された。
 思い出す。
 どうして僕はここに来たのか。
 それは、桜通りに出る吸血鬼を調べるためだ。
 そして、その吸血鬼はエヴァンジェリンさんだった。
 エヴァンジェリンさんは、僕が固まってしまう位の魔力を持っていて。
 女の子を簡単にあしらう位の実力を持っていて。
 それなのに、まき絵さんやのどかさんを襲っていた。
 魔法使いは――人を、助けるための仕事のはずなのに。
 世の為、人の為に働くのが魔法使いだと、メルディアナの学校の先生たちも言っていた。

 「明日菜さん!宮崎さんをお願いします。気絶しているだけですから!」

 エヴァンジェリンさんと女の子は、霧に紛れて空を飛んで行った。
 今、木乃香さんから見えない位置まで離れれば――きっと、僕のスピードならば、飛んで追いつける。
 明日菜さんが何かを言っていたけれど――僕はその時には、走りだしていた。



     ○



 風が唸る。
 月光の中、夜空を切って進む影が二つ。

 「なるほど……基礎能力はともかく、高速飛行は未熟か」

 そんな声を聞きながら、ヴィヴィオは意識を集中させる。
 空気は暖かく、視界も開けている。
 だが、彼女に付いて行くのがやっとだ。
 彼女――エヴァンジェリンの実力は凄まじい。
 これで、まだ封印の効力が多少残っており――六割程度の実力しか出せないと言うのだから、そのレベルが伺える。
 時空管理局の中で、これだけの高速飛行で、しかも高威力の魔法の両立が可能な人間など、ヴィヴィオとて数えるほどしか知らない。
 もう一人の母、フェイトであったり、ヴォルケンリッターの烈火の将・シグナムであったりだ。彼女達にしても近接魔法が基本と言える。
 少なくともエヴァンジェリンのような、高速飛行かつ遠近両立が高威力で可能な存在に対抗するには――フェイト達ならば強引に距離を詰めて近接戦闘に持ち込み、なのはのようなタイプならば、ある程度、移動範囲を限定させたうえでの広域・長距離砲撃だろう。
 かつて《ゆりかご》と繋がっていた時には、全てのパラメーターが最高レベルに引き上げられていたために、それが可能だった。だが、今は違う。

 「私に一撃、それが条件だ。こちらは変化することも無い。飛行と《魔法の矢》しか使わん……できるか?」

 にやり、と牙を見せるほどに笑う吸血鬼の言葉に――ヴィヴィオは頷いた。
 やってみせろ、と言っている、
 ならば、やってみせる。
 おそらく、この状況を造り出すために――彼女は、のどかを巻き込もうとしたのだから。

 「クリス、いけるね」

 『はい』

 セイクリッド・ハート。
 マリエル主任が、彼女の為にフルチューニングしてくれた専用デバイス。
 期待に答えるべきだろう――!
 ヴィヴィオは、加速する。


 直線での加速は、貫性の影響で旋回に響く。
 だから、急激な方向転換は難しい。
 それを念頭に置き。
 スピードを殺さぬよう意識しながら、発動させる。

 「セイクリッド・クラスター!」

 周囲に展開する魔力弾。
 ホーミング機能を持つそれは、散弾銃のように広がり。

 「ほう」

 感心の声を上げる吸血鬼に迫る。
 二つの軌道の合間。
 彼女の発動した《氷の矢》が全てを相殺し。
 空中に光の花を咲かせ、
 それを壁として、下から接近。
 襲いかかる矢を、スピードを最優先にしたままで、回避。
 顔の寸前を通って行くそれは、通常は当たれば痛いでは済まないが。
 あの母親での一撃ですら、破るのが難しい鎧だ。
 紙一重ですり抜けるその見切りと。

 「ディバイン・シューター!」

 杖から放たれる、円環の砲撃。
 早いその弾道を、吸血鬼はあえて落下するように回避する。
 風に舞う様に頭から下がり。
 ヴィヴィオの加速の軸線上に現れ。
 その瞳に、笑みが見えた。

 「――っ!」

 瞬間。本能的に。
 反射的に上昇する。
 背後から迫っていた物が、足の下を通る。
 《魔法の矢》。それも氷では無く――隠密性に優れた闇属性のもの。
 あのままこれに気が付かなかったら――おそらく背中からの直撃でバランスを崩していた。
 確かに彼女は、今まで氷しか使ってこなかったが。
 氷しか使わないとは、言ってはいない。

 「……良く避けた」

 吸血鬼の機嫌が良い。
 彼女を闇の矢が取り囲む。
 おそらくは、クラスターを相殺した隙に放っていた。
 それを、ぐるりと上空を一周させて背後から。
 こちらに気付かせることも無く。
 技量と技術と繊細さとが伺える。
 そう楽しむ声も、こちらの精神を奮い立たせ。
 先程までとは上下が入れ替わった二人は、麻帆良の空を飛翔する。
 旋回し。
 見切り。
 加速し。
 防御し。
 上昇と下降を繰り返し。
 飛来する矢を避けきれなくなり。
 速度を立て直し。
 息が荒くなり。
 そこに。
 そこまでして。

 「……やっと来たか、ぼーや」

 吸血鬼が、感じ取る。
 ヴィヴィオよりもなお早い速度で。
 迫り、そして追いついた――
 杖に乗って表れた、少年を見る。

 「さあ、仕切り直しだ。二人で協力しても良いぞ?……一撃、それが条件だ!」

 方向を学生寮へと変え。
 夜の競演は、続く。



     ○



 「全く……ネギはどこに行っちゃったのよ」

 木乃香に本屋ちゃんを任せた私は、桜通りを抜けてあの馬鹿を探していた。
 霧に紛れて消えて行った人影を追いかけて行ったんだろうけれど、何所に行ったのかさっぱり分からない。
 仕方無いから、走って探している。
 外階段を使って、とある建物の上に登った時だ。

 「……何を、しているのかな。明日菜さん」

 屋上で、声が――掛けられる。

 「なのは……さん?」

 それは、管理人の高町なのはさん――なのだけれど。
 普段の笑顔は消えていて、真剣そのもの。
 私がここにいる事に、困ったような顔をしている。
 普段の制服ではなく、白のコートのような衣装だ。

 「いえ、ネギと……」

 桜通りの吸血鬼を、と言いかけて、大事なことを忘れていた事に気が付く。
 本屋ちゃんと一緒に帰ったヴィヴィオちゃんは――一体どこに行った。

 「なのはさん!ヴィヴィオちゃんは!?」

 慌てて尋ねた私に――やれやれ、という顔でなのはさんは。
 空を指差して。


 「あそこで、吸血鬼と鬼ごっこしてるよ」


 そんな、とんでもない事を言った。
 言われて意味が分からなくて。
 頭がフリーズして。
 意味を理解した所で、ゆっくりと空を見ると――
 空には、幾つもの光が瞬いている。

 「うーん……やっぱりもう少し、飛行技術を鍛えた方が良いかな……」

 それは決して、星の明かりや花火では無い。
 流れ星のような軌跡が宙を走り、途中で炸裂して消える。
 月に一瞬だけ影が映り、追われる……おそらくは吸血鬼と。追う、なのはさん曰くヴィヴィオちゃんが見える。
 ……いや、ちょっとその前に大事なことを忘れている。

 「なのはさん、魔法使いだったんですか!?」

 「うん。そうだよ?あそこにいるヴィヴィオもそう」

 何をいまさら、といった様子であっさりと肯定し。

 「ネギ先生が気が付くまでは黙っているように、って学園長から言われてるけど――明日菜さん、ネギ先生に教えるだろうし……それに、話しておいた方が後々便利だしね」

 便利、という意味はいまいち良く解らなかったが――どうやら本当らしかった。

 「じゃ、じゃあなんで助けないんです?」

 「だって、『戦闘に手は出さない』って約束もしちゃったからね」

 「……約束?」

 誰とだろうか。

 「あの吸血鬼さんとね」

 サラリ、とさらに重要なことを言った。



     ○



 ネギから繰り出される《光の矢》を軽々と回避する。
 錬度も不十分。消耗した少女の砲撃の方がまだマシだ。
 おそらく、このままではらちが明かないと踏んだのだろう。
 少女が、少年を信頼しているとは思えないが――しかし。

 「協力して下さいっ!」

 そう発言をする。

 「ネギ先生!話はあとです!今は彼女に一撃を入れる事を考えてください!」

 高町ヴィヴィオの声に、なにやら私に向かって叫んでいたボーヤが黙る。本当にあの娘は優秀だな。高町なのはの教育が行きとどいている。
 とくに戦闘訓練は。恐ろしくスパルタに違いない。
 二人が接近し、何やら話し始める。作戦会議と言った所か。

 (……さて、どうする?)

 自慢では無いが――今の自分は最盛期とまでは行かないものの、およそ半分。この学園内の元々の人材で止める事が出来るかといえば、学園長とタカミチが出張っても相当に難しい。
 両者共に素質は十分あるが――とくにボーヤは、自分の置かれている状況を知らない。
 明日菜を襲うというのは嘘だが、あれで追いかけてこなかったら本気で失格にするつもりだったからな。

 (精々、私を感心させて見ろ……)

 本気でそう思う。
 なぜなら――未だあの少年は『己の敵にすらなりえない』。
 相手にする価値すらも無い。
 内包する魔力は莫大。頭脳は明晰。技術も優秀。
 ――だがそれだけだ。それだけでしかない。
 少なくとも、あの高町ヴィヴィオは――魔法がどんなものなのか、そして魔法を何に、何のために使うのかをきちんと理解している。そして、その為の研鑽も積んでいる。

 (あのボーヤは、人の意見を聞き過ぎるくせに――自分で突っ走り過ぎだ)

 吸収するのと、従属するのは全くの別だが――あの少年が、現実においてその違いにどこまで気付いているのかは……微妙なところである。

 (アスナですらも疑問に思う事を……疑問に思っていないようだからな)

 故に、今日からの何回かは――敵に成りえるかどうかの確認だ。
 生徒や無関係な人間に被害が行かぬように、周囲に監視も付いている。
 「カンパニー」の『調停員』。あのどうやら吸血鬼とのハーフらしい金髪の女も、確認している事だろう。
 あえてスピードを落とし、視界の中、飛ぶ二人が――離れる。

 「くくく、作戦タイムは終了か?」

 牙をむき出しにして、笑う。

 「うん……行くよ。ネギ先生」

 「行きます……!」

 二人が左右に分かれ。
 二回戦が始まる。



     ○



 一方。
 近衛木乃香は寮へと向かっている。
 未だ気絶している宮崎のどかを背負うのは――北大路美奈子であった。
 ゆっくりと二人は歩いている。
 寮まではもう数百メートルと言った所か。

 「美奈子先生は――知っとるん?」

 唐突に、木乃香が聞いた。
 その言葉の意味を、美奈子は正確に理解する。
 『エヴァンジェリンが桜通りの吸血鬼であるということを、知っとるん?』――そういうことだ。

 「ええ。……ヒデオさんから、聞きました」

 「そうなんか……」

 それで、再び沈黙が落ちる。

 「それじゃあ」

 しばらくの後、今度も木乃香が口を開いた。

 「美奈子先生は――エヴァちゃんの味方なん?」

 その言葉に。

 「教師としては、生徒の味方です。しかし――正しくは、いいえ、でしょう」

 否定を返す。

 「確かに、彼女が吸血鬼であることは知っていました。そしてヒデオさんからも、エヴァンジェリンさんの活動理由を聞いています。ですが、彼女の味方ではありません。……敵でもありませんけれど」

 そう。
 春休みの後半に、彼女はヒデオから大体のことを聞いている。てっきり告白か何かだと思って身構えて、肩すかしをくらったのは……まあ誰のせいでもあるまい。
 美奈子自身、それなりにデートとして楽しめたから良いのだが。
 エヴァンジェリンの活動の、理由は解った。
 仮に自分があの立場だったら、同じように行動するかもしれない。
 でも、今の彼女は教師だ。教師でなくても、警察官だ。
 自分自身が正義の味方になれないことは、知っている。それほど強くもないことを、あの『聖魔杯』で実感してもいる。精神的な強さならば――ヒデオの方が圧倒的に上なのだ。
 でも、一般市民の――何も知らない生徒に危害を出す彼女には。
 協力は――出来ない。

 (ヒデオさんは……真摯に話してくれましたね)

 確かに、あまり説明は上手くなかったが。
 だから、きちんと彼女の家に言って、頭を下げて断った。
 あの吸血鬼の少女もそれを理解してくれた。そうかと言って、それで何も言われなかった。

 「彼女の計画には参加しません。でも……今の宮崎さんを運ぶのに、理由は要りません」
 ヒデオに、言われたのだ。
 ならば、僕が出来ない事をお願いします、と。

 「……そやね」

 寮の正面に辿り着いた。

 「木乃香さんは……自分の事を、知っていますか?」

 「ううん。知らへんよ。……何も知らん。御爺様やお父様が、ウチに何か隠してるーいうことは解っても、そこから先は分からん。何か、計画してることは解る。――きっとそこにエヴァちゃんも関係あるんやろうけどな。それだけなんよ……美奈子先生は知ってるん?」

 「……すいませんが」

 「そ、か」

 美奈子の、肯定とも否定ともとれるその返事に……木乃香は、何かを考える目付きであり。同時に。
 何故、自分の親たちがそんな事をしているのかを考える表情をした。

 「ん……あ、れ?」

 美奈子の背中で、宮崎のどかが目を覚ます。

 「のどか、気づいたか?」

 木乃香の顔は、いつも通りの笑顔に戻っていた。

 「あ、うん……みなこ、先生?」

 「ええ。運んで来ました……立てますか?」

 のどかは、もぞ、と動いて背中から滑り下りる。

 「あ、エヴァさんに気絶させられて……」

 しばらく頭が働か無かったようだが――やがて、自分の状況を思い出したらしかった。

 「そや。それで、途中で美奈子先生に会うて、運んできてもらったんやで」

 木乃香のその言葉に。

 「えっと、ありがとうございました」

 言葉がはっきりとしていないが――どこにも問題は無い。
 怪我も、意識も大丈夫そうだ。

 「いえ。……今日は休んだ方が良いですよ」

 美奈子のその言葉に、素直に頷いた宮崎のどかは、寮の中に戻って行く。

 「それじゃあ、おやすみなさい。また明日。美奈子先生」「また明日な、先生」

 そう挨拶をして別れた美奈子は――頭上を仰ぎ見る。
 美奈子の視力では、かろうじて夜の空に光る、幾つかの光を捉える程度しかできないが。

 (……本当は、生徒同士の争いは止めるべきですが)

 自分にはそれが出来ない事を、十分に理解している美奈子だった。

 「他の皆に、任せるしか無かろう」

 胸元の携帯電話のストラップ、小さな岡丸がそう言って。
 それに頷いた美奈子だった。



     ○



 追われる者は吸血鬼。
 追う者は二人の魔法使い。
 二人の共闘が開始され、はたして何回目か。
 光が乱舞し。
 魔法が発動し。
 繰り返し、繰り返し、行われ。
 そして――。

 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――《風精召喚》!!」

 「セイクリッド・クラスター!!」

 少女から放たれる誘導弾。
 吸血鬼は周囲を飛ぶ《魔法の矢》の数を増やし。
 殺到する弾幕は――

 (……自爆したか!)

 お互いにぶつかりあい、視界を防ぎ。
 破裂する光の球が、少女の身を隠す。

 「《剣を執る戦友》!」

 少年の号令と共に、八体の風の分身が追いすがり。

 (……なるほど)

 クラスターを防ぐために。
 吸血鬼が周囲に展開させた《魔法の矢》の防壁にぶつかり――
 破砕音と共に消滅――!
 その振動は、吸血鬼の周囲を揺るがし。

 (……そこからどうする!?)

 期待を込めて視る。
 光の爆発の向こう、再び射出された無数のホーミング弾と。

 「《連弾・光の11矢》!」

 少年の放つ矢が――

 「《闇の42矢》!」

 吸血鬼に無詠唱で出されたそれと相殺し。

 「《風花・武装解除》!」

 回り込んだ少年の魔法を――
 ザワリ、と自らマントを切り離し。
 それを少年に投げつけ、視界を塞ぐと共に。
 布となって弾けるのを見ながら――
 吸血鬼は回避する!
 だが。

 「アクセル――!」

 左、吸血鬼の死角から。

 「シューター!」

 二十以上もの砲弾が発射され――
 吸血鬼の魔法の矢と相殺するも――
 追尾性能で逃れた数発が。

 「ちいっ!」

 ほんの僅か――体を掠めて行った。



 宙に止まり、二人を見る。
 予想していたが、やはり相当大変だったのだろう、息を荒げている。
 けれども、その視線は鋭かった。
 長い時を生きて来たエヴァンジェリンにしてみれば見なれた目つきだが。殺意が無いだけましであるが――さっきよりは、そこそこ見れる顔になっている。

 「ふん……降りるぞ」

 返事を聞かずに、ゆっくりと校舎の屋根に乗る。
 気を抜いていた事は確かだが、特別油断をしていたわけでも無い。
 一撃を入れて見せろと言って、実際に、直撃でないとはいえ中てたのだから……そこは認めるエヴァンジェリンだった。
 最も、ネギに対しては……これ以上無理をさせすぎて自分への抵抗心をなくして貰っても詰まらないという気持ちもある。
 屋根の上。
 影一つない暗闇の空の下。
 対峙するエヴァンジェリンと、若き二人の魔法使い。
 そしてそこに。

 「こら!そこの吸血鬼!」

 そう言って屋根に上って来た、神楽坂明日菜と。

 「おつかれさま。頑張ったね」

 そう言って飛んできた、高町なのは。


 合計五人が、集まった。



     ○



 『吸血鬼の狙いはネギ先生だね……今は、中学校校舎の、八階屋上にいるよ。行く?』

 頷いた私を抱えて、空を飛ぼうとしたなのはさんだったけれども。

 『?……レイジングハート、どうしたの?』

 『すいません。マスター。彼女は魔力を打ち消しているようで』

 私は杖から声が聞こえた事も驚いたけれども、なのはさんには、その後に言われた言葉が驚きだったらしい。
 私をほったらかして話し始めてしまった。

 『……じゃあ、彼女に魔法は一切?』

 『はい。マスター。空間に作用する物は判りませんが、少なくとも攻撃・捕縛などはまず通用しないかと』

 『ネギ先生の杖に乗ってたみたいだけど……』

 『あれはおそらく、ネギ・スプリングフィールドの魔力が……』

 云々。
 と、まあそんな感じで。
 何分かの後、要は私を抱えては飛べないと言う事がわかった。
 しかたないから、私は走って向かう事に成り、なのはさんは飛んで行く。
 私が辿り着いた時、その場にいたのは、なのはさんを覗いて三人。
 なにやら真剣な顔のネギ。
 明らかに疲労している女の子で……ひょっとして、あれがヴィヴィオちゃん?
 そして最後。吸血鬼は。
 クラスメイト。私を決して名前でしか呼ばない――エヴァちゃんだった。



 パニックになったネギや、それを見て呆れるエヴァちゃんや、倒れる寸前のヴィヴィオちゃんやら、かなりの騒動だったので。
 一つ一つ説明して行こう。
 女の子は、やっぱりヴィヴィオちゃんだった。
 ヴィヴィオちゃんの体質らしく、彼女の持っている杖を使うと、中学生から高校生くらいの今の体に変化できるんだそうだ。アニメの魔法少女みたいな物である。
 次。なのはさんがネギに直接話した。二人は魔法使いで、ただし、ネギ達が使う魔法とは特徴や性質が違うために、決して大きく表には出たくない。お願いだから黙っていてね?
 そう言った時のなのはさんの笑顔が、那波さん並みに恐ろしかったのは秘密だ。
 次。ヴィヴィオちゃんとエヴァちゃんが、何やらしていた会話。
 どうやら、ヴィヴィオちゃんは桜通りで本屋ちゃんと一緒にエヴァちゃんに襲撃を受けた(本屋ちゃんの血は吸われていないらしい)。実は以前にも本屋ちゃん達は襲われていて、その時から色々と因縁があるらしかった。
 ヴィヴィオちゃんは、本屋ちゃんにきちんと謝って貰おうと思って戦っていたら、ネギが乱入してきた、と。
 結局エヴァちゃんは、きちんと明日、謝ることを約束した。
 ――のだけれど。
 一番長くかかったのは――勿論。
 桜通りの吸血鬼が、エヴァちゃんだったことについてだ。
 特に反応したのが、ネギだった。



     ○



 「エヴァンジェリンさん……どうしてこんな事をしたんですか」

 『お前達は口を挟むな』と、エヴァンジェリンさんがそう言って。
 高町さん親子や、明日菜さんが黙って見る中で。
 僕は、彼女に尋ねていた。

 「ふん。理由?理由か?……なあネギ・スプリングフィールド。理由があればお前は、宮崎のどかや佐々木まき絵を襲ったことに納得できるのか?」

 エヴァンジェリンさんは、僕の言葉につまらなそうにしか反応しない。
 むしろ、僕の心を突いてくる。
 黙ってしまった僕に、エヴァンジェリンさんは追い打ちを掛ける。

 「私は吸血鬼だぞ?……血を吸わなければこちらが困る。お前はあれか?人間に食事をするな、それと同じことを言っているんだぞ?」

 それは――事実だ。
 普通の吸血鬼は、人間の血を吸わなければ徐々に衰弱してしまう。
 最も、彼女にそれが当てはまらないと知ったのは、しばらく後のことだったけれど。
 何も言えない僕に。

 「なあ、先生。教えてほしい物だな。そもそも私がここにいる理由は『魔法使い』が原因だ。私は吸血鬼でもある――世の為、人の為に力を使わなくてはいけない理由はなんだ?」

 彼女の正論。
 僕は、反論が出来なかった。

 「即答も出来んか……お前は父親とは正反対だな?」

 嘲うかのような言葉だったが……それよりも。
 『父親とは』。
 その言葉に――反応する。

 「父さんを知ってるんですか!?」

 その単語に反応した僕に、やっぱり表情を変えない彼女は。

 「ああ。良く知っている。だが――教えてはやらん」

 意地悪そうにそう言った。

 「ちょっと、エヴァちゃ……」

 「明日菜。外野のお前は黙っていろ。口を挟むなよ?こういうな、世間を知らない馬鹿な子供を痛めつけるのが――私の特技の一つなんだ」

 その表情は、とても怖い表情だった。
 殺意はない。けれども、優しさなど欠片も存在しない顔。
 歪んだ口元から覗く牙も、仮に成長したならば絶世と言える美貌も――それを煽る役目しか果たさない。

 「慈悲も憐憫も救済も無く、私はお前を虐めてやろう」

 固まってしまった僕に、ゆっくりと近づき。
 顎を掴んで、視線を合わせる。
 視界の中、蒼い瞳が、金色に染まっていく。
 昔。聞いた話によると。
 高位の魔法生物や吸血鬼は、興奮したり感情が高ぶると瞳の色が変化すると言う。
 最初は、まったく分からなかった。

 「怖がれ、せいぜい。殺しはしない。怖がれるだけの命は残しておいてやるからなあ」

 こえが、耳に響く。
 本能で悟った。
 それが、今僕が動けない理由だと――どこかで知った。
 今、僕の命は。


 紛れもなく、彼女の掌の上にある――。


 「実はなぁ、お前の血を吸おうとも思っていたんだ。だが、ここには高町もいる。努力したヴィヴィオもいる。だから、今日の所は引いてやる。だがその前に――」

 スッと彼女が離れ。
 それでも、震えは止まらず。

 「私の従者と、友人を紹介しよう」

 パチリ、と指をならし。
 ザッ、という音と共に。
 空から、エヴァンジェリンさんの傍らに、二つの影が降り立つ。
 それは。

 「茶々丸さんと――クラインさん……」

 エヴァンジェリンさんの、隣と前に座る二人。
 しっかりとなのはさんに肩を掴まれ、動けなくなった明日菜さんが呟いた。
 そこで僕が、気が付いたけれども。


 ――なのはさんは明日菜さんをさりげなく拘束していた。


 明日菜さんは、微塵も気が付いていないけれども。
 僕がまさかと思って見ると、なのはさんはにこりと笑って。
 口だけで「その通りだよ」と動かした。
 その笑顔は、邪悪でこそないけれども――とても黒い。純真な笑顔では無い。
 その光景を見ていたのかもしれないけれど――エヴァンジェリンさんは、軽く手を振って。無表情のままの絡繰さんと、つまらなそうな顔のクラインさんを示す。

 「紹介しよう。私の「魔法使いの従者」十番・絡繰茶々丸。そして友人にして同朋の――三十四番クライン・ランぺルージ……」

 ニヤリ、とした笑みで。

 「覚えておくと良いネギ先生――私は悪の吸血鬼だ。だが、君が私の敵に相応しくなるまで、君の周囲の人間の血を吸おう。佐々木まき絵や宮崎のどかは吸った。次は……そうだな近衛や明日菜でも狙うか?」

 ゾクリ、と僕の体が震えて。
 その光景を、僕は幻視する。

 「今日のこれは顔見せだよ先生。私の友人たちの紹介も兼ねた、な。……私の敵に相応しくなったら相手をしてやろう。だが」

 再び見せた笑顔は。
人間を戦慄させるような、紛れもない吸血鬼の笑顔だった。

 「その場合は先生の血を狙わせていただくことになる……精々考えると良い」

 風が鳴る。
 その一瞬で、彼女の体には再びマントが生まれていた。
 不敵な笑顔そのままで、彼女は軽く。トッ、と後ろに下がり。

 「それでは、また明日。学校で会おう」

 屋根から飛び降りて、視界から消えた。
 彼女達が去ったことを知って。
 グラリ、と視界が揺れて。


 ――気が付いたら、明日菜さんに介抱されていた。
 屋根の上で、僕は気絶をしてしまったらしい。
 なのはさん達がどうしたのかを聞くと、疲れたヴィヴィオちゃんを背負って帰ったよ、というのが明日菜さんの返事だった。


 僕は、自分より圧倒的に強い、恐ろしい存在を。
 この日知った。


 かくして。
 第一夜は幕を閉じ。
 太陽の下、少年は何を思うのか――。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 狭間の章・壱
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/26 23:04
 


 ネギま 狭間の章・壱



 少し昔話をしましょうか……。
 そう、今から六年前のことです。




 ナギ・スプリングフィールドの故郷が、何者かに召喚された悪魔の大群で全滅しました。
 村の生存者はたったの三人です。
 ネカネ・スプリングフィールド。
 アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。
 ネギ・スプリングフィールド。
 では。
 この中で『当日に村にいたのは』――はたして何人だったのでしょう?



 
 以前《億千万の電脳》が車の中で話していましたよね。
 村が全滅した時の事を。


 『生き残ったのはたったの三人。ナギの姪であるネカネ・スプリングフィールド。運良く魔法学校に通っていて難を逃れたアンナ・ユーリエウナ・ココロウァという少女。そしてネギ・スプリングフィールドです』




 ……《紅き翼》の中における何人かは、魔法を学問として捕える傾向が多い者もいました。
 遠坂凛やイリヤスフィール・フォン・アインツベルンなど。
 ネギ・スプリングフィールドの母親が誰なのかを知っている彼女達が。
 例えば――ナギの故郷を訪れた事があり。
 その時に、彼の息子に会いに行き。
 その才能の片鱗を見て。
 例えば――そう。


 悪魔に村が襲われた日に――少年が来年から入る予定であった魔法学校に……そんな父親の友人と共に、「とある理由」により、幼馴染の少女を訪ねて行っていたとしたら。
 ……どうでしょう?




 《千の呪文の男》(勿論これは大嘘です。彼は精々数えられる程度でしたから)・ナギ・スプリングフィールドに息子がいる事は『魔法世界』では厳重に秘匿されていますが――『旧世界』ではそれほどでもありません。
 あの村に、ナギ・スプリングフィールドの息子がいる事は、それなりに有名でした。
 だからこそ狙われたのか。
 それとも、只の恨みだったのか。
 あるいは《赤き翼》が目的だったのか。
 それは――ともかくとして。
 あの日。
 悪魔が来襲した日の朝。
 村に、直感を持つ一人の剣士からの電話があり。
 それが、少年を魔法学校に向かわせたのかは――定かではありません。
 しかし、連絡があったことは事実。
 そのために、少年と一緒に、宝石の剣をもつ彼女が行動したことも事実。
 そして、その彼女が。
 守れたかもしれない村を、守れなかったことへの罪悪感を得たことも事実です。




 その日の夕方。
 村の状況を知った彼女は、少年を学園に預け。
 走急に駆け付けて――そこで惨劇を目にします。
 宝石の剣の彼女が見たのは、燃える家々。
 一体残らず全滅させられた、積み重なる悪魔の屍。
 強大な魔力によって、破壊された周囲の自然。
 石象にされた、村の住人。
 そして、村外れの丘の上。
 何か巨大な防御結界に守られた、足が砕けた少女。
 それだけでした。




 誰がこの原因を造り。
 誰がこの結果を生んだのか。
 それは予想が出来ました。
 過去を拭いきれなかったことも。
 あの馬鹿は生きていたんだとも、思いました。
 しかし、それでも。
 村は守れなかった。
 連絡を聞いて彼女が手を打ち、村に被害が及ぶことを考慮していたのに。
 少年に集中しすぎたために。
 多くの事情によって、あるいは相手の巧妙な操作によって、村の人々に不安と動揺が積み重なっていた為に。
 あるいは――伝説が来るのが遅かったために。
 故郷を守ることは、できなかったのです。




 ……少年が事実を知るのは、翌朝。
 石象にされかけた姪を運んできた、宝石の剣を持つ彼女から伝え聞きます。
 少年が――自分が父親に会いたいと願ったからだと思ったのかは――判りません。
 後日の姪の証言により、確認された事から鑑みるに。
 おそらくあの場に少年の父は来た。
 しかし、少年はいなかった。
 それだけは、事実。
 親しかった彼の叔父も。
 幼馴染の少女の両親も。
 悪態をついていた酒場の老人も。
 全てが物言わぬ石像になっていた事も事実です。




 あるいは。
 少年が村に残っていて、いつものように悪戯をしていたら。
 父親に会えたのかもしれません。
 同時に、悪魔の軍隊によって、心に巨大な闇を抱えたのかもしれません。
 真の恐怖と、死と、憎しみとを感じたのかもしれません。
 老人が封じた悪魔とも、遭遇したのかもしれません。
 しかし、そうはならなかった。
 少年の心の傷が生まれるか、それとも父親に会うか。
 どちらかが――選択肢だったのでしょう。




 少年の義理の姉が一命を取り留め、目を覚ましたこと。
 宝石の剣を持つ彼女が、頭を下げて謝ったこと。
 ナギ・スプリングフィールドの故郷が失われた事。
 それが、彼の関係者が知ったこと。
 その他、多くの情報が行きわたり――事情を知る幾人かは悟りました。
 あの大分裂戦争は――真の意味では終わっていないことを。
 そして、今この時にも、世界は動いていると言う事を。




 さて。
 少年が父親たちの実力を知り。
 父親のような存在を目指すことになり。
 そして、父の形見である杖を手にした経緯もありますが……。
 それは、ここではやめておきましょう。
 語るのに、長い時間がかかります。
 私もあまり、こうして表に出るのが難しい状態ですからね……。
 え?
 どうして私が《億千万の電脳》の会話を知っているか、ですって?
 それは簡単な話……。
 あの会話を聞いていた中の一人。
 《闇》
 人の悪意を知る、彼女から情報を得ただけですよ……。




 え?
 もう一つ。
 私が一体誰か、ですって?
 私は――さあ、誰でしょう?


 うふふっ。
 うふふふふふっ。
 くすくすくすくすくすくす…………。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 その頃の世界情勢~神殿協会(上の方)編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/27 21:06

 『神殿協会』と言う組織は宗教組織では無い。
 神云々と説いてはいるものの、それによって魔人や人間に害をなす存在と相対する恐怖感を減らし、力を発揮させると言うことが根底にある。
 ついでに言うならば、人間に仇をなす存在を殺す大義名分を造ってもいる。
 別に神を信じていない訳では無い。
 ただし、どう考えても世界各国の宗教組織――イギリス清教やローマ正教、ロシア成教などと比べて危険が多く、現実的な感性がまかり通ると言うだけである。
 現に異端審問第二部など、銃を乱射し、金にがめつく、間違っても敬虔な信者とは言えないだろう。……ある意味では狂信なのかもしれないが。
 そもそも、彼ら神殿協会にある信仰心は――魔神達と同格、あるいはそれ以上の実力を持つ生命の住む『天界』に対するものであり。
 自分の心の拠り所とする、そういう宗教とはベクトルが違うのだ。全く。本当に。
 まあ、どの世界においても、信仰心から人間以上の存在となることを目指す存在はいるのだが――これは仕方が無いことである。そもそも今回は関係ない話であるし。
 さて。
 そんな『神殿協会』。
 本部の頂上に近い一室で。
 にこやかに、しかし全く表情を変えずに目を瞑っている女性が一人。
 白い衣装に身を包み、フードを被るその人物を。
 『神殿協会』の《預言者》にして、別名を《億千万の目》マリーチという。



 ネギま クロス31・世界情勢 その七 ~神殿協会(上の方)の場合~



 「あらあら、うふふふ?何だかまた世界が面白い事になっているわね」

 三年前。
 名護屋河鈴蘭が聖魔王の座についた際に。
 彼女は、かつて人間の可能性に敗北したことを思い出した。
 全ての未来を見通す「ラプラスの悪魔」を打倒したハイゼンベルグ。
 クルト・ゲーデルの唱えた不完全性定理。
 この世界において、決して未来は決定していないという、その証拠を思いだして。
 人間の理性という名の存在に、完膚無きまでに打ちのめされて。
 彼女は、敗北した。
 それはもう、かつては天然ボケのメイドだったみーこのようになってしまう位に、完璧に敗北した。結局鈴蘭のおかげで復活出来たのだが。
 その後は、真面目に《預言者》として鈴蘭に協力しつつも、今までのように世界を楽しんでいる。
 ちなみに鈴蘭のおかげで一緒に復活出来た不良の聖騎士団長は、飛行船に乗って魔人討伐の為に世界放浪中である。楽しく殺りまくっているようだが、そろそろ帰って来る頃だ。

 「でも、世界はますます混乱に向かうわね」

 数少ない自分と同じ能力者、先読みの魔女セリアーナを襲った犯人が――どうやらノエシス・プログラムを狙った『魔法世界』の住人であることは判っている。
 ノエシス・プログラム。
 渡してあげても全然良いのだが、信じないだろうし。
 一応の犯人は自殺してしまったし、こっちからそれ以上に手を出すと、とんでもなくヤヤコシイ事態になるので鈴蘭から止められているのだ。
 個人でならばともかく、組織に属す魔人は基本的に『魔法世界』と『旧世界』を移動することは許可が下りない。
 飛行船に設置された、ドクターの造った諸々の設備を使えば不可能では無いが……いずれにせよ無用なトラブルを引き起こすに違いない。
 仕方無いから魔人達の中で、セリアーナや鈴蘭(こちらは速攻でヴィゼータにサイコロにされて、みーこに全部食われたが)を狙う不穏分子、ゼピルムから脱落した理由無く暴れる無法集団やら、悪意を持って行動する人外生物やらを倒して回る日々である。
 まあ、『神殿協会』と鈴蘭の配下にいる魔人達が協力体制に移れることは良い事なのだが。
 『神殿協会』のマリーチは、時折彼女達に連絡を入れて情報を伝えるくらいなので、要は暇で暇で仕方が無い。
 仕方が無いから、面白そうな世界の情景を眺めている。
 ここ数年のお気に入りは『全竜交渉』や『特区インパクト』、宗教と科学を巻き込んだ一大決戦に『聖魔杯』だ。実に楽しませて貰った。
 その肝心要の「聖魔王」。表の優勝者の青年は、日本で怪物退治に勤しんでいて、本人の生活は充実しているが、はっきり言うと見ているこちらは全然面白くない。
 一方、裏の優勝者はしばらく前から学園都市で教師だ。それも相当に混沌としている。人間の思惑が犇めき合っている。

 「どうやら《福音》の宴は面白い事になりそうね」

 彼女もまた、他の『億千万の眷属』のように、娯楽として観賞しているのだが。
 今の彼女には。
 実はそれ以外にも、興味の引く物は数多ある。




 例えば。
 マリーチは未来を見通し、物語を見られるが。
 人間の身において。世界の物語を知ろうとする人物。
 鳴海清隆と西東天。
 人間における規格外。
 人間においての最悪。
 両者の同盟は、未だ決して、表に現れないが。
 おそらく、最も小さいが――故に、最も行動を把握しにくい存在だろう。
 彼らは今――世界の第一層《学問の世界》の表の領域を少しずつ統べつつある。
 純粋な人間の、即物とは関係のない欲望だからこそ恐ろしい。
 人間が一番攻勢を誇っているのも、彼らの力が大きいからこそである。
 小さき人間を侮り、破れて消えて行った同朋は多いのだから。




 例えば。
 《福音》の監視をしている「カンパニー」の『調停員』。
 彼女は、別の物語で見た事がある。
 「魅月」という名を持っていた《古血》の吸血鬼と、それに纏わる物語で。
 彼女は、どうやら――吸血鬼と人間の共存では無く。自らのような犠牲者を減らすために行動している。
 「カンパニー」の代表、あの《乙女》もそれを知ってあえて派遣したのかもしれない。
 彼女に他の選択を示し、過去の想いを思い出させるために。
 どうやら《福音》の宴にも、『調停役』は参列しそうだ。
 とても。
 そう……とても期待している。
 ハーフの少女の行く末が、宴をどう左右するのかを。




 例えば。
 突如世界に現れた、ここにはいなかった放浪者達。
 魔眼を持つ青年と、不死の体質の女性と。あるいは異なる魔法を使う母娘と。
 しばらく前にも、流れついた女性がいたし。
 彼、あるいは彼女達が来たのには明白な理由がある。
 それは、おそらく「――」―――だ。
 これは、予想でしかない。ないが。
 おそらく正解だろうと思っている。
 彼女の知覚できる世界の『外』。
 それは、彼女にもわからない、未知の領域であり、言葉通り次元が違うのだが。
 突然出現する咒式具と呼ばれる兵器と。
 《大禍つ式》と呼ばれる存在すらも現れ。
 理解の範疇にあり、やって来るまで決して分からないからこそ――面白い。
 見えない未来を見る事も、今の自分には楽しめるのだ。




 例えば。
 人間の中において、最も強い《赤き翼》。
 《福音》の奏でる物語において、決して外す事の出来ない彼ら。
 どうやら――物語の陰で、様々な行動を起こしている。
 『魔法世界』の宝石剣の女性。
 どうやら、彼女が結んだ縁は、一匹のオコジョに干渉した。
 龍の血を継ぐ華麗な剣士。
 どうやら、彼女が、縁を利用し、《福音》の封印を完全に解き放とうとしている。
 森の中に潜む人工の少女。
 闇に身を隠す虚無の少女。
 二人の策動は、未だ形には現れないが。
 しかし、いずれ現れる。
 自分たちですらも乗り越えて行く、あの強い輝きを放った集団は。
 きっと物語はより彩るだろう。




 例えば。
 今なお表に出てこない『螺旋なる蛇』と『完全なる世界』。
 どうやら、あの両者が手を結んだこと。
 こちらの世界・『旧世界』の本部《協会》も、そろそろ動きだすだろう。
 物語の中心にいる少年に――何をするのかは知らないが。
 しかし、世界は手を結びつつある。
 個別の組織が、少しずつ。
 自分に害のない組織と、手を結びつつある。
 『大英博物館』が『ミュージアム』と手を組んだように。
 ゆっくりと裏舞台は胎動している。
 イギリスの女王など、相当大変に違いない。




 例えば。
 『統和機構』のような――決して失われることのないシステム。
 世界の進化を促す彼らとて、時代の趨勢によって錯綜するだろう。
 システムであり、組織では無いからこそ。
 一部は離反し。
 一部は抑制し。
 そして一部は、物語を支える役を担うに違いない。
 敵でもあり、味方でもある。
 そんな存在は――きっと大きな力を持つ。
 大きな力は、波紋を呼ぶのだ。
 それが、意識的にしろ、無意識的にしろ。
 集合体が見る《悪夢》や、自動的に湧きあがる抑止力の都市伝説ように。




 「うふふふ、本当に、良いわね。今の世界は」

 《億千万の目》。
 視姦魔神とも呼ばれる、魔王の左腕は――笑う。

 「ネギ・スプリングフィールドとそのクラスの進む先は、厳しいわねえ」

 偶然か必然か。
 あのクラスには、世界の全てが集まっていると言っても過言では無い。
 仮に――仮にだ。
 世界の全ての組織が、自分の組織以外が敵というバトルロイヤルをした場合。
 あのクラスは――極一部を除き。
 自分以外の全員が敵に所属するという、そんな恐ろしい事態にもなりかねない。

 「まあ、それでもきっと壊れないのでしょうけれど」

 各個人を覗き見ればそれくらいは解る。
 あのクラスは、全員が全員、あの場所を大事にしているようであるし。
 逆に言えば、一致団結して世界に対して喧嘩を売る可能性もあるのだが――それも、おそらく無いだろう。
 確証はないが、なんとなくそんな気がするのである。

 「とりあえずは、あの《福音》の舞台かしら」

 彼らの行く末には、多くの困難が見えているが。
 今は、何はともあれ麻帆良の地。
 《福音》の大祭は、これからもっともっと華やかになるだろう。
 そうなるに違いないという確証がある。
 今はもはや不完全と知っているが、それでも大体の運命を見据える、この自分の勘だ。
 傲慢や性悪などという言葉には気に留める事は無い。
 彼らは――ただ怠惰な日常に飽きて、娯楽を求めているだけなのだから。
 自分の同族。《億千万》の皆も、そうやって見物しているに違いない。

 「ふふ、さあ、ネギ君はどんな行動を見せてくれるのかしらね……」

 その顔は、正しく人間を、暇潰しの道具と見る魔神の顔だった。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その二(昼)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/28 21:25


 [今日の日誌 記述者・早乙女ハルナ


 あー委員長がうっかり私と刹那さんの順番を間違えちゃったみたいだね……ま、良いか。
 委員長も、刹那さんに対して、なにか思うところがあったんだろうし。
 この日誌、別に順番はあまり関係ないからね……。
 ま、それはいいや。
 今日はネギ君が、やたらとテンションが低い……違うか、自分の日常が壊れたみたいな表情をしてた。
 クラインさんや茶々丸さんを見て怯えていたけど……さて、何があったのやら。
 桜通りの吸血鬼にでも襲われたのかと思ったね。
 ちなみに、そんな風に木乃香やのどかに言ったら、何だか妙な顔になったので、地雷を踏んだかなと思って切り上げた。
 親しき仲にも礼儀ありと言うし。
 自慢じゃないけど、私はあの三人に何があっても、もう驚かないね。


 ……そう言えば、私は茶々丸さんから魔法について聞いたけれども、他の図書館メンバーはまだそこまでの情報を得ていないみたいだ。
 考えてみれば、このクラス内で、誰がどこまで情報を握っているのか分からない。
 調査能力の高い朝倉よりも、事情に精通している人間はいるのだろうけどね。
 ……私はどう動くべきかねえ。]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その二(昼)



 怖かった。
 恐ろしかった。
 思い出すたびに。
 現実であると実感するたびに。
 ガチガチと歯の根が震えて、体の寒さが止まらなくて。
 涙や汗は酷く出るのに、芯から震えが湧きあがって来て。
 心配した明日菜さんが、隣で寝てくれたけれども、一睡もできなくて。
 目を閉じれば、金色の瞳と真っ赤な舌がまぶたの裏に移って。
 月光を背後に、彼女と、その仲間が二人並ぶ姿を何回も思い返して。
 明日菜さんにしがみ付いて、それでようやっと夜を過ごした。
 今日ほど朝日が待ち遠しかったことは無かった。
 でも、朝にも来てほしくなかった部分もある。

 「ネギ……学校よ?」

 僕は教師だ。
 だから、学校に行かなくちゃいけない。
 でも、行けばエヴァンジェリンさん達に会う事になる。
 それが、とても恐ろしくて仕方が無かった。
 明日菜さんは、僕の昨日の夜の事を知っているから、強く言わないけれど。

 「ネギ……昨日怖い思いをしたのは判るけど、先生が遅刻しちゃ生徒に示しが付かないわよ」

 それも、よく解っている。
 調子が悪いとさっき言ったら、木乃香さんは、人を呼んでくると言って出て行った。
 だから、今この部屋には僕と明日菜さんしかいない。

 「太陽の出てるこの時間に、吸血鬼は襲ってはこないんじゃないの?ネギ」

 でも。
 それでも。
 僕は布団から出たくなかった。
 布団に籠って、心を閉ざしていたかった。
 そんな時だ。
 パタパタという音がした。
 木乃香さんの足音と、彼女が連れて来た誰かの足音だ。
 そこまでなって、ようやっと僕は気が付く。
 考えてみればわかる。当然のことだ。
 寮の誰かの調子が悪い時。こんな時に、やってくる人は――

 「ネギ先生、大丈夫かな?」

 管理人の、高町なのはさんだ。
 昨日の夜。
 笑顔のままに、明日菜さんをさり気無く拘束していた、彼女。
 僕の視線に、にっこりと微笑んだままに頷いた彼女。
 明日菜さんは気が付いていないだろうけれども、エヴァンジェリンさんの仲間の、彼女。
 部屋の中に入ってきたなのはさんは、僕の様子を見る。
 頭から布団を被っている僕は、彼女の視線から隠れている。
 違う。怖くて、隠れることしかできなかった。
 しばらく後。

 「うーん……明日菜さん、木乃香さん。ちょっと部屋から出てってもらって良いかな。ちょっと話をして、ネギ君を学校に行かせるから」

 普段と変わらない優しい声で、そう言って。
 明日菜さんや木乃香さんが疑うはずもない。
 僕は心の中で、出て行かないで、って思っていたけれど、あっさりと出て行って、扉も無情にも閉められてしまった。
 パタリ、という音を最後に、部屋に沈黙が落ちる。
 静寂が、やけに耳に痛くて。
 でも、鼓動はやけに早くて。
 喉はカラカラで、掌は汗でビッショリで。

 「もうじき、学校の時間だよ?ネギ先生」

 普段と同じ声、同じ態度のその言葉にも、大きく反応してしまう。
 何にも変わらないその雰囲気が、逆に僕には不気味に見えた。

 「仮病は良くないよ?ネギ先生」

 僕は――返事をしない。
 高町さんは――この態度のままで。笑顔のままで。そのまま普通に明日菜さんを拘束していた人だ。
 本当に心配してくれているのか、裏があるのかも、僕には判らなかった。
 部屋に、沈黙が再び落ちる。

 「…………」

 「………………」

 「……………………」

 「……………………仕方が無い、か」

 なのはさんは、そう言って、息を吐く。
 僕は、それで彼女が諦めてくれるのかと期待して――その希望はあっさりと覆された。

 「昨日のエヴァさんの事は、覚えているね?彼女はなんて言ってたかな。……忘れてはいないはずだよ?もう一回言ってあげるから、頭の中で繰り返してね」

 にっこりと、直接顔が見えない僕でも、感じるような声のまま。

 「『君が私の敵に相応しくなるまで、君の周囲の人間の血を吸おう。……次は近衛木乃香や神楽坂明日菜でも狙うか?』……こうだよね、確か」

 ゆっくりと、なのはさんは僕に近づいて。
 布団の上から、子供に言い聞かせるように体を撫でて。
 頭から布団を被った僕に、優しく囁くように言った。



 「君が今日、学校に行かなかったら――一体誰が襲われるんだろうね」



 「――っ!!」

 ビクリ、と体が固まる。
 その声は、静かだからこそ――重かった。

 「君が、恐れて学校に行かないのは自由だけれど……良く考えることだよ。君は先生なんだから」

 その言葉の裏に隠された意味を、僕は判ってしまった。

 『先生が、恐怖で震えて生徒を危険に晒しても良いのかな?』

 そう言っていた。
 しばらくの間、また沈黙が下りる。
 八時を過ぎて、いい加減、時間が限界になってきた頃。
 最後に、なのはさんは言った。

 「『立派な魔法使い』……目指すのは君の自由だよ。でもね。断言してあげるよ。もしもここで――」

 さっきまでとは違う、笑顔では無いけれど、とても心に響く声で、彼女は言った。

 「――ここで逃げ出すと、君は二度と杖を持てなくなるよ。二度と目標を追えなくなる。それでも良いのなら、好きにしなさい。……ネギ先生」

 なのはさんはそれだけを言って、静かに部屋から出て行った。
 言葉が、頭の中でリフレインする。
 僕は、先生なんだと言う事を――繰り返し繰り返し、思い出す。


 明日菜さん達が入ってきたのは、それから五分後だった。



     ○



 なのはさんが部屋から出て来た時。

 「五分くらい待ってあげて。考えているはずだから」

 そう言ったので、私達は素直に五分間待ってから中に入った。
 なのはさんの表情が、凄く真剣だったからだと思う。
 部屋に入ると、ネギは表情は暗いけれども、きちんと布団から出ていた。
 まだ学校に行くのが怖いようだけれど、それでも学校には行くと、はっきりと言った。

 (なのはさん、一体何を言ったのよ……)

 やっぱり、一児の母なんだと思う。子供の扱いが上手い。……まあ、ちょっとスケールに違いはあるけれども。
 そこからは大急ぎだった。
 急いで着替えて、朝食は食べながらで、走って電車に乗って、教室まで。
 途中、皆から挨拶される時も、きちんと返事を返していて。
 でも。
 教室に入る前に――動きが止まった。
 中に入るのを怖がっているのだろうことが、良く解った。

 (仕方ないわね)

 何十秒か待ってみたけれども、拉致が明かない。
 ネギと扉の間に割り込み。

 「みんなおはよーっ」

 元気な声で、そう挨拶をして中に。

 「あ、おはよう明日菜……と、ネギ君」

 まきちゃんが一番に返してくれて、次に裕奈が。

 「おはよーって、ネギ君どうしたの?」

 妙に表情の冴えないネギに聞く。挙動不審で、明らかに脅えている顔だ。
 それに気が付いた皆も、なんとなく心配そうな顔をするけれど、それにネギは気が付かなくて。
 教室の中を見回して……エヴァちゃんがいないことを確認すると――ホッとしたように息を吐いた。
 どうも精神に、エヴァちゃん=恐怖、と刻み込まれてしまったらしかった。
 ……私はと言えば、図書館島での騒動で夕映ちゃんの行動も見ていたし――怖い事は怖いけど、なんかエヴァちゃんを信じている部分がある。
 彼女が私に向ける感情の中に、どことなく穏やかな部分が――ほんの一瞬だけど見える事がある。
 吸血鬼がエヴァちゃんだってことは本気で驚いたけれども……何故だろう。
 殺されるという恐怖感も、決して殺されない恐ろしさも十分にあるのに。
 私は、エヴァちゃんが怖くない。
 彼女本人から、まったく恐怖を感じ無いのだ。
 不思議なことに。
 どこか、私の覚えてない時に――遭ったことがあるのだろうか?

 「マスターは学校に来ています。即ちサボタージュです……お呼びしましょうか、ネギ先生」

 横から声が掛けられる。
 平淡で、静かな声。
 出入り口に立つ――昨日、エヴァちゃんと一緒にいた――茶々丸さん。

 「ご安心ください」

 凍りついて、震え始めたネギに(多分昨日の夜を思い出しているのだろう)淡々と言う。

 「マスターからの命令が無い限り、ネギ先生に危害は加えません」

 礼儀正しく頭を下げて、茶々丸さんは席に戻って行く。
 視線の先には、クラインさんもいなくて。
 一時間目、ネギの英語の授業には出ないようだ。
 その方が良いかもしれないと、頭の片隅で思う。
 ネギは――多分、……えーと、そう、トラウマ?みたいな物を覚えているんだと思う。
 それを払拭するのは、ネギ自身の力でないといけないと思うし。
 今の状態では、エヴァちゃんがいたら授業にもならずに倒れてしまうだろう。
 鐘が鳴る。
 席に着いた私の前で、覇気どころか生気が無いネギの授業が始まった。
 その癖に、自分に言い聞かせるようにして気力で立っている雰囲気がある。


 もちろん、いつものような元気な授業には、当然ならなかった。



     ○



 屋上で。
 太陽に当たりながらのんびりとしているエヴァンジェリンとC.C.である。
 授業を思いっきりサボっている二人であるが、英語など習わなくても十分に堪能である。
 行ったら行ったで、少年は授業にならないし。

 「ボーヤは学校に来たようだな」

 エヴァンジェリンにして見れば。ネギのような大きな魔力は、眼を瞑っていても感知できる。『調停員』も同様で――遠くから監視しているのも把握済みだ。

 『常に監視を受ける事にもなるが、それでも良いかの?』

 ――七年ほど前、リンやアルトリア、イリヤにアル……彼らに封印を不完全ながらも解いてもらった時から、全ての事情を知る学園長からそう言われた。
 無論そんなことは十分に把握していたし、最初から視野に入れていた。
 普段ならばそんな「学園長に忠実な」魔法関係者が彼女を監視しているのだろうが――『調停員』が来てからは、学園長がその旨を伝えて、監視役を交代させている。
 あの女性は――まあ、それなりにまともな部類には入るだろう。
 学園長もタカミチも、しっかりと計画を知っている。
 協力してくれているのは確かだ。
 表には絶対に出さないが。

 「高町に頼んだのか?」

 隣の。猫のように丸まった灰色の魔女が言う。

 「ああ……今のボーヤは、生徒に被害を出すわけにはいかない――そんな義務感で学校に来ている。来なかったら『自分が原因』で生徒に被害が出ることも、思い出させておくように頼んでおいたからな」

 「鬼畜だな」

 「まあな。だが学校に来たことは事実だ。来なかったら――事情を知る雪広の血でも吸うつもりだったがな。……さて」

 ふあ、と欠伸をしながら、身を起こす。
 次にやることは簡単だ。義務感では無く――彼自身が、その場で一番大事なことは何かを選べるように心に刻みこむ。
 最終的な目的は、恐怖や何やら、全てがあったとしても、それでも自分の意思で彼女に立ち向かって来れるようになって。
 そこで初めて、少年は敵となりえるのだ。
 戦場とは、己の意思を示すものである――そんな言葉がある。
 彼女も同じ。
 あの場で彼女が示した意思に、少年が答える事が出来て、それで初めて土俵に上がり。
 少年の意思をこちらに見せて、それでようやっと対等になる。
 その為の布石も、そろそろ発動する。
 高町なのはに頼んで、恐怖と義務感を選択させた。
 結果として少年は、恐怖よりも――公人の立場を選択した。

 「C.C.……私は昼休み前には、ここを離れるぞ。――次はお前と、ルルーシュの役目だ」

 「……ああ」

 身を起こしたC.C.を見ながら、彼女は思う。

 (……さあ、怯えて震えて、泣き叫んで――それでも前に進めるか?ネギ・スプリングフィールド)

 《福音》の試練は続く。



     ○



 お昼時のこと。
 職員室に戻って来たネギに、声を掛けた人間がいた。
 浦島景太郎である。

 「ネギ先生……屋上で、川村先生が」

 伝える話があるらしいよ、という言葉を聞くネギである。
 今の彼は、恐怖と義務感で心が飽和状態であり――冷静であるとは言えない。
 食欲もなく、木乃香が朝、作って渡してくれたお弁当も半分以上残っていた。
 自分の状態を取り繕いながらも(勿論明らかに奇妙しいことは全員にバレているが)、その言葉を聞いて、職員室を出て行くネギを見て――景太郎は、ネギが出て行ったあとに、部屋影から姿を現したその人物。
 ヒデオを見る。

 「これで良いのかな?」

 「……ええ」

 頷いたヒデオである。
 屋上で待っているのは――C.C.とルルーシュ・ランぺルージだ。
 果たして、今の彼が。エヴァンジェリンの仲間にクラインがいて、つまりルルーシュもそうである――と、そこまで考え付くかは微妙な所だが……一応確実性を求めたのだ。
 ヒデオの仕事は簡単そのもの。
 神野陰之の『異界』を展開させたりだとか、周囲を見張っているだとか、緊急時の時の指揮官だとか、ウィル子の監督役だとか……つまりは裏方である。
 エヴァンジェリン曰く、ヒデオが彼女に協力している事は――最後までネギに教える必要はないと言うことだ。
 それが何を示しているのかは……明白であるが。
 しかし――協力すると言って、計画を飲んだ以上。ヒデオは自分の役目を果たすだけである。

 【……あれ?】

 そんな風に考えるヒデオの頭に、久しぶりに響くノアレの声。

 (……どうしました?)

 何やら、みーこを始めとした古き存在達の伝言役として活動しているらしく……最近は神野陰之が代役を務めている。……いや、逆か。きっとあの《名付けられし暗黒》が、ノアレをこき使っているに違いない。

 【いえ、どうやら学園内に獣が入り込んだみたいですね……】

 (結界を、越えて……ですか?)

 【ええ。きっと……動物妖精の類でしょう】

 ……なお、ヒデオも高町家に、フェレットと子犬が増えている事は知っているが、それがどんなことが出来るかまでは知らなかったりする。
 子犬の方が、実は人間になれて格闘が得意らしいということは推測しているものの、所詮は推測。しかもフェレットの情報は握っていないのだ。
 そこらへん、組織に所属するなのはは、それなりにシビアであり――計画に関係のない部分まで打ち明かしてはくれていない。
 無論、ヒデオとて話していないことはある。組織の機密事項や、関係のない秘密などは特にだ。
 本当の意味でエヴァンジェリンの協力者なのは――茶々丸達を除けば、ルルーシュとC.C.だけだろう。
 だが、それでも人間的に信頼が置けることは確かなので、何も問題は無い。
 ふと気が付くと――昼休みも半部以上が過ぎていた。
 次に授業があるので、あまりのんびりともしていられない。

 (……まあ、取り敢えずは)

 考えるのは後にして、箸を動かそう。
 ヒデオのお弁当は――美奈子の手作りだったりする。



     ○



 屋上。

 「落ち着いたか」

 僕はどこからか取り出された組み立て式の長椅子に座り、隣にはクラインさんがいる。でも、ルルーシュさんはいない。
 僕は、ここに来た数分前を思い出す。
 やって来た時に――ルルーシュさんがいて。
 彼が、川村先生の名前を借りて僕を呼び出したんだと聞いて。
 第一声である――

 「エヴァンジェリンに相当に苛められたな、その様子だと」

 その言葉で、彼がクラインさんの婚約者なのだと言う事を思い出した。
 つまりそれは――彼もまた、エヴァンジェリンさんの仲間なのだと言う事。
 再びフラッシュバックした恐怖で体を固めた僕を、強引に座らせて。
 屋上に敷いたシートに準備をしておいた、紅茶を渡してくれた。
 毒など入っていない、と聞いて。
 しぶしぶとだけれども、大人しく飲んで。
 そこまでしたところで、隣に彼女が座った。
 それを見て、ルルーシュさんは下に降りて行った。
 それで、今に至る。
 気が付いて見れば、屋上は暖かかった。

 「ネギ先生、まあ確認ですらないが」

 黙ってしまった僕に、そうクラインさんは言う。

 「怖かったか?――ああ、返事はするな」

 表情は見えなくて。エヴァンジェリンさんのような恐怖よりも、得体の知れなさが感じられる。
 でも、僕はそこで――そう感じられることに気が付いた。
 今までは、心も頭も感情も、固まっていただけだったのに。

 「ああ、実はさっきの紅茶はな。毒は入っていないが――色々と入っていてな。リラクゼーション効果があるそうだ。ルルーシュはそう言う所には手を抜かん。安心して飲め……健康に害はない――はずだ。おそらく」

 サラリ、と怖い事を言って――僕はそれに怯えていないことを、実感する。

 「……会話は苦手だ。だから、私の一方的に話す事を聞いていれば良い」

 僕の方に一瞬だけ視線を向けて、彼女は言う。

 「なあ、先生……何に対して怖かったのか――まずそれを考えることだ」

 僕は――例えば、エヴァンジェリンさんに殺される事が。
 彼女が明日菜さん達に襲いかかることが。
 教師なのに、生徒を守れないことが。
 『魔法使い』にも、悪い人がいた事が。
 大きな闇の力が、僕に襲いかかって来る事が。
 そんな、色々な考えが巡る。

 「そうしたら、自分がどうしたいのかを決めて、それに責任を持て。命のほうが大事だと言うならば逃げ出せば良いさ。ただしその場合――お前を責める者がいると知れ」

 淡々と言う。

 「教えておこう。エヴァンジェリンは、例え責められてもそれをなす事が出来る出来る人間だ。……私と違って」

 その最後の言葉に――僕は反応する。

 「実はルルーシュもそうなんだが……あの二人はな、良く似ている。自分の望むことをするために、自分も含めた人間の悪意を背負い――それでもなお進む部分は、特にな。……なあ、その意味がわかるか?」

 ゆっくりと振り向いて、表情が読めないままに言う。

 「それはな――お前の恐怖は、彼女には何の意味もなさないということだ。そんな物は、障害どころか路傍の石ですらない。お前は道端の石を敵だと思えないだろう?同じことなんだよ。……だから。だから、だ。ここに来るのを義務でも何でもいい、選択したのならば、恐怖以外の物を背負って来ることだ。――後は自分で考えろ。……それだけだよ」

 そのまま、彼女は階段に向い。

 「ああ、安心しておけ。私は先生は襲わない。先生と彼女の決着が付くまではな。今日のこれは――そうだな、エヴァンジェリンに目をつけられた先生への、せめてもの情けと言う奴にしておこう。私は甘いからな。それに、私の相手は――」

 ひらひらと手を振って、背を向けたまま。

 「先生よりももっと気にくわない、あの小娘だよ」

 そう言い残して――降りて行く。
 自分の柄じゃ無い、と言っていたが。
 階段の踊り場で、ルルーシュさんと合流する。
 それで、二人は仲良く視界から消えた。
 結局、彼女は――僕に何を伝えたかったのか。
 午後の空いた時間を目一杯使って、それを考えて。
 それから四時間。
 考えて、何とか形になって。
 結論らしき物が出て。


 その日、僕はほんの少しだけ――死や闇の恐怖を乗り越えた気がした。
 怖いけれども、体の震えも納まった。
 緊張していても、固まることはなくなった。
 でも……襲われることの怖さはまだある。
 ……明日菜さん、今日も一緒に寝てくれないかな。



     ○



 夕方。
 私から離れようとしないネギである。

 「だから心配しすぎだってネギ……何も取って食われる訳――」

 昨日の彼女の言葉を思い出し。

 「ああ、食われるんだったっけ……」

 血を吸われるんだった。
 そのせいで周囲を警戒するネギに、私は慌てて言い直す。

 「いきなり襲ってはこないって。それに命までは取らないって言ってたでしょ?」

 私にとっては、真意が読めないクラスメイトで――ネギにとっては生徒のはずだ。
 それほど信用できないものなの……だろうか。
 昼休み、何やら屋上であったらしく。
 朝ほど弱って見える訳では無い。むしろ、活力は充実して見えるが――今度はいつ襲われるのか、いつ狙われるのかと不安で仕方が無いらしい。
 エヴァちゃんを怖いのは確かだけれど。
 それでも、何とかトラウマにならずに脱却できたようである。

 「大丈夫よ、ネギ。今度会ったら、私がしっかり言ってあげるから。元気出しなさいよ」

 その言葉は、どうやら嬉しかったらしいけれど。

 「明日菜さんはあの人たちの恐ろしさをわかってないです……」

 そんな風に言って、半泣きだった。
 まあ、動けなくなるほどに固まるよりはましか。
 うん、まあそれはそうかもしれない。
 考えてみれば、私も非日常的な体験に慣れてしまっただけ。
 殺人衝動の夕映ちゃん。
 《紙》に祝福された本屋ちゃん。
 双子の可愛い動く人形。
 魔法少女な管理人さん親子。
 そして――桜通りの吸血鬼。
 自分は、確かに関わってはいるけれども――でも。
不思議と、危機感は感じるけれども、自分の知らない未知のものに対する恐怖感が無い。
 中には、思いっきり命に危険があることも判っているのに。
 まるで――そう。



 こんな経験を過去にしてきたみたいだ。



 異常なほどに、慣れてしまっているかのように――心が乱れない。

 (……一体、私どうしちゃったのかな……)

 息を吐いて、

 「ねえ――」

 ネギ、と言おうとして。

 「あれ?」

 気が付いたら、姿が消えている。
 時刻は夕方で――

 (……まさか既にエヴァちゃんに襲われた、とか)

 吸血鬼ならば、音をたてずに行動できるんじゃないか。
 そんな風な、嫌な想像をしてしまい……私は慌てて校舎の周辺を走り回る。
 五分。
 ネギは見つからない。
 十分。
 ネギはどこにもいない。
 十五分。
 ネギは――

 「……ほう、明日菜か」

 エヴァちゃんの所にも、いなかった。
 私がネギの行方を尋ねてみたけれど……。

 「知らんぞ?」

 そんな風に返されて。
 何分かの問答の末に、どうやらネギが消えたのには彼女は無関係らしかった。

 「今のボーヤには価値が無い。昨日の夜よりは多少マシになったが、まだ駄目だ。まあ仮に合格を出せるレベルに達した所で――魔法の戦闘や知識に長けた助言者でも現れなければ難しいだろうがな」

 ネギが怯えていることについてを話したら、帰ってきた言葉がそれだ。
 その余裕の中に、彼女の技量と実力の高さがうかがえた。

 「だが、明日菜。何故あのボーヤに肩入れをする?一緒に寝ていて情でも移ったか?」

 おそらくそれは、単純な疑問では無かったのだろうけれど。
 私は、自分の思ったことを話していた。

 「理由なんて、自分でもわからないわよ。でも、あの馬鹿はほっとけないの!……それに」

 「それに、なんだ?」

 一瞬、言おうかどうかも迷ったけれど――私は結局口に出す。



 「何か……あいつ、私と無関係じゃ無い気がするって言うか」



 その時。
 時間が止まったような気がして。
 一瞬だけ目を開いた顔を、私は見逃さなかった。
 でも、私は――それを訊くことはなく、続ける。

 「エヴァちゃんも――ネギをきちんと見てる気がしてさ」

 「……昨日私のあの姿を見たのに、か?」

 今度は、普通に意外そうな顔で、返される。
 先程の動揺は、全く見えない。
 でもあれは、絶対に見間違いでは無かっただろう。

 「そうよ。先生とか『魔法使い』とか、そう言う事じゃ無くて。ネギって言う人間を見てる感じがさ」

 自分でも――どうしてこんな事を言っているのか、良く解っていなかった。
 でも、口から言葉は――紡がれて。


 「……何でかな、不思議なんだけどさ。エヴァちゃんのこと――昔から知っている見たいな印象があってね」


 気が付いたら、私はそう言っていた。
 その私の言葉に、彼女は一体何を思ったのだろう。
 瞳の中に、何か感情が映って。
 再び――彼女の表情が崩れたように見えた。
 それからしばらく、黙っていて。
 夕日で、顔が陰った時に――

 「……そうか」

 静かに頷いて。

 「……前にも薬屋で言ったな。お前の人生だ。お前が決めろと。――そこにもう一つ加えようか。選んだ自分に、選択した自分に最後まで責任を持て。過去を悔いても、戻れはしないからな――それを忘れるなよ。……絶対にな。明日菜」

 それで、すぐに背を向けて去って行った。
 だから。

 (あれ……?)

 その表情に、見おぼえがあったことを、不思議に思う。
 はっきりと分からなかったけれども――頭の中で、曖昧なままに思い出す。
 ほんの一瞬だったけれども、その顔は。
 昨日の夜、なのはさんがヴィヴィオちゃんに対して見せた表情と同じ。



 母親が娘を見るような目をしていた。



 (……どうして?)

 感覚でしかない。でも導き出した結論が間違いでは無いような気がして。
 それを、不思議と納得できる自分がいて。

 (ホント、どうしちゃったのかな……)

 そうぼんやりと考えて。
 エヴァちゃんを追うようにして、通り過ぎて行った茶々丸さんが。

 「ネギ先生は大浴場にいるようです……貞操の危機かと思われますので、お急ぎを」

 そう残して言って――
 静かに、その内容を把握して。

 「ってまずいじゃない!それ!」

 私は慌てて「涼香」へ走って行った。


 大浴場には、ネギの知り合いらしいオコジョがいたことを教えておく。



 かくして。
 物語は、夜へと続く。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その二(夜)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/29 17:50


 棒月某日。
 『旧世界』イギリス・メルディアナ魔法学校の校長に直接届けられた手紙がある。


 [今から五年ほど前に、ネギ・スプリングフィールドが一匹のオコジョ妖精を救出したとの情報を得ました。
 名前を、アルベール・カモミール。
 当時ネギと同行していた友人、戦友アルトリアからの情報です。
 現在、アルベールは下着泥棒を繰り返し、偶然近くに休暇に訪れていた、魔術結社『ゲーティア』の首領に捕まったという情報を得ています。
 ロンドンの『協会』地下・軽犯罪用幻獣拘置所に拘留されていると聞いていますので……そのオコジョ、アルベールと一回面会させていただきたいと思って、この連絡を入れました。
 ネギ・スプリングフィールドに関わる事項ですので、熟考の上、返答をお願いします。



 『魔法世界』独立学術都市国家アリアドネ所属――リン・遠坂]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その二(夜)



 うちのクラスは、時々真剣に馬鹿なんじゃないかと思う千雨である。
 今朝から妙にくたびれた雰囲気の子供教師に、憶測を付け加えたのは誰だったか。

 『ふらふらしているけど、何かあったのかな?』

 『何かほら、悩みとかあるんじゃない?』

 『悩みってなんや?』

 『えーと、そりゃあ……さあ?』

 『あ、あれは?木乃香が前に話してたパートナーの話?』

 『ああ、恋人・婚約者を探しに来たって奴?』

 『はは~ん、さては恋人が出来なくて実家から催促が来たとか?』

 『へー、じゃあやっぱり事実なのかなあ?』

 『いずれにせよネギ先生が元気が無いのは事実ですわっ!』

 『そうだね、じゃあ元気付ける会でも開こっか!』

 ……確かそう、こんな流れだった。
 まあ、元気付ける会は、良いとしよう。
 それに参加しろと言うのも――まあ良いさ、それくらいは。
 だが。
 何で!
 大浴場でやってんだこいつらはっ!
 千雨の突っ込み所は、まだある。
 明らかに子供教師は誘拐されてこられたこと。
 裸にされて湯船に放りこんだこと。
 おまけにノリのいい連中が体を洗っていること。

 (……いや、もう歓迎会とかそんなのは抜きで、逆セクハラだっての)

 確かに可愛いかもしれないが(容姿は良い、認める)、一歩間違えれば不純異性交遊である。いや冗談抜きで。
 そんな事を思っていたら。
 唐突に、悲鳴が上がった。
 それも、うひゃ、だの、ひやあっ、だのあられもない悲鳴である。
 まさかとは思うが、あの少年教師が逆にセクハラでもしたのか。
 悪戯で済ませられる年齢ではあるけれども、確かに。
 いや、教師と生徒ならば、それはそれで問題だけれども。
 そんな、意外と千雨も思考が混乱していたりする中、最初に発見したのはまき絵だった。

 「えっと、この太くて長い、毛むくじゃらの物は……」

 そこから。
 やれイタチだの、ネズミだのオコジョだのフェレットだのという騒動が発生して。
 ここから、浴場はさらに渾沌とすることとなった。
 逃げ惑う女子に、追いかけまわす女子に、混乱する子供教師に。
 助けに入った宮崎は恥ずかしさで固まり、笑顔のまま鑑賞する面々もいて(ただ騒ぎたいだけの面子もいたに違いない)。
 その上。

 「何か騒がしいね……」

 そんな風な声が聞こえて。

 (……やば!)

 この寮の中において逆らう者はいない、絶対無敵の管理人、高町なのはが顔を出し。
 同時に、最近見かける、赤い毛波の子犬・アルフも一緒に顔を出し。
 イタチ(で良いやもう)が開いた扉から脱出しようとして――

 「ちょっとネギ大丈夫!?」

 そんな声と共に顔を出した神楽坂明日菜が――
 目の前に飛んでいたイタチを洗面器で引っ叩いた。
 そのままイタチは壁まで飛ばされ、ベシャリという音と共に落下。どうやら気絶したらしい。
 何と無く、全員がそれに拍手をする中。

 「……で、何をしてるのかな」

 笑顔の魔王様が降臨されましたとさ。


 結局。
 その場にいた全員で(千雨や子供教師も含め)、大浴場を掃除することになったことを教えておく。
 辛うじて全員が水着を着ていて良かったと、真剣に安心した千雨だった。
 ちなみに《宙界の瞳》は脱衣籠の中である。



     ○



 所代わって、森の中のログハウス。

 「……慣れない事をした」

 そんな風に、ソファにうつ伏せでだらける、灰色の魔女。
 本日は茶々丸が夕食の準備をしている。今日はフキノトウを始めとした春の山菜のテンプラに鰆、豆腐の吸い物という純和風である。油で揚げる音が食欲を掻き立てる。
 あまりにもアットホームだが、別に悪人とて年中無休で動いている訳では無い。
 むしろ、ルルーシュが来てからと言うもの茶々丸の負担は確実に減っていた。
 ……まあ、このへんはは本編にあまり関係が無いので、戻そう。

 「おいルルーシュ……夜食の分のピザはあるな?」

 ともかく、茶々丸が台所で夕食の準備をしており、二人の魔女は働くはずもない。
 ルルーシュはと言うと、台の上を拭き、配膳し、岩塩を削った塩を出し(天ぷら用)、日本酒の準備をし、とやはりこちらも主夫っぷりを発揮している。

 「ああ。……出来ているが?」

 「なら良い――助言などと言う慣れないことをした分、きっちり食べさせてもらう」

 「好きにしろ。夕食をしっかり食べてからな」

 「無論だ」

 こんなやり取りも、果たして何回したことか。
 一見すると主人と使用人。もう少しグレードを上げて夫婦にも見えるかもしれないが。
 実際の二人の関係は違う。
 単純に言うならば『共犯者』。
 ただ契約の元に繋がり、しかしその契約が――切れる事は無いと言うだけの話。
 双方に、愛しているのかと尋ねれば――イエス、と答えるに違いないが。
 しかし、そんな簡単な言葉では言い表せない関係である。

 「それで灰色」

 ぬいぐるみを手ずから縫っていたエヴァンジェリンが口を開く。

 「ボーヤに何を言ったんだ?」

 その手の動きは熟練の職人のものだ。見る間に形が整えられ――包帯を全身に巻きつけた兎のぬいぐるみが出来あがる。なんとなくホラーなイメージだ。

 「いや……恐怖など意味が無い。そんな物は背負い慣れている――そう伝えただけだ……。エヴァンジェリンもルルーシュも、謗られたくらいでは歩みを止めない、と言う事を伝えて来た。何時間か考えていたようだしな……お前への恐怖はそのままに、こちらに意識を剥き替えたとは思うぞ?」

 「そうか、ならば良い」

 彼女は短く納得して、次の布に手を伸ばす。

 「マスター、食事ですので」

 揚げたての天ぷらを、ペーパータオルを敷いた皿の上に乗せ。その皿を巧みに両手に持って運んできた茶々丸が注意をする。
 ルルーシュはと言えば、鰆の皿の片隅に味を付けた味噌を乗せていた。器用な奴だ。

 「とにかく、作業をやめて……食べてからにしよう。明日以降の話はな」

 「――ああ」

 C.C.も身を起こして、席に着く。
 そして、日本酒を目の前の猪口に注ぎながら思った。
 エヴァンジェリンとルルーシュ。
 この二人が本当に似ている事を。
 自分の目的の為ならば――いかなる罪も背負おうとも。
 決して止める事のない、その姿に。

 (……本当に、やってることまで同じだよ)

 そう思いながら――。

 「いただきます」

 仲良く四人で、食べ始めた。



     ○



 風呂掃除を終えて、部屋に戻ってきた後。
 気絶したオコジョをどうしようかと思っていたら、ネギが反応して。
 どうやらこれ、ネギの知り合いらしかった。オコジョが知り合いと言うのもおかしな話だけれども。

 「五年前。ウェールズの山中でのことでさあ」

 部屋に入れて、事情を聴くことにしたんだけど――こいつ、人間の言葉を話すは、二足歩行するは、しかもどこからか煙草を出すわ。本当に普通じゃ無い。

 「俺っちはついうっかり、単純な罠に引っ掛かってしまったんですが」

 このオコジョはそこを通りがかったネギに助けられたのだと言う。

 「その時に兄貴に同行していた女性が――空腹だったらしく、それはもう、俺っちを食べたら美味しいのか……と思っていたようでして」

 「懐かしい話だね……」

 彼女からも命を救って貰ったらしい。
 獲物を逃がしたことで、罠を仕掛けた人に、ネギが少し怒られたらしいけれども……その光景を見て、このオコジョは感動したのだと言う。

 「その後も色々とお世話になりやして」

 遠路はるばるイギリスから、こうして尋ねて来たのだと言う。
 木乃香は二度風呂に入っているため――今はいない。こうして堂々と話しているのもそれが原因だ。

 「それで兄貴、何か困ってることはありやせんか?」

 このオコジョ、柄や態度や口調は良くないけれど――どうやらネギの味方であることは確からしい。
 ネギ曰くエヴァちゃんにはかなりの仲間がいるらしかったし。
 口止めでもされたのか、それが誰なのかは話してはくれなかったけれど。
 黙ってしまったネギに――オコジョは辛抱強く声を掛ける。
 結局。ネギが話し始めたのは五分後だった。

 「実は……悪い魔法使いに狙われてるんだ」

 ネギは、迷っているせいだろう。曖昧な言葉で言う。

 「その人は、パートナーもいて。一人でも大変なのに大人数で襲われたらどうにもならないし……何とか、怖くても動くことは出来るようになったけど――」

 そう、今朝と比較して――何とかネギはまともに頭が働いているし、壁を超えた感じがする。
 そんな感じで、ポツリポツリと話したネギに、このオコジョは考える様子を見せた。

 「……その『魔法使い』は、なんて言うんでさあ?」

 「……エヴァンジェリンさん。えっと……エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、って言うんだけど」

 その名前を聞いて。

 「……本当ですかい?」

 オコジョが――変な言い方だけれども、真剣な顔になった。
 どうやら――このオコジョが知っている位、強い存在だったらしい。そんな彼女がなぜこの地にいるのかは……私は知らないのだけれども。

 「知ってるの?カモ君」

 「ええ。……そうですかい。なるほどね……ええ、まあ知ってるっすよ」

 何やら考え込んでしまったオコジョが、反応する。

 「えーと……まあ、彼女についてはまた今度説明するとして……。それで、兄貴。兄貴は何が困っているんでさあ?彼女に対して――自分で何が対処できなくて困ってるんで?」

 その言葉に、ネギは迷いながらも口を――開かなかった。
 それは考えていなかったのだろう。
 一体自分は、その何所に問題を抱えているのか。
 『何に恐怖を得ていたのか』を知って、そこは少し乗り越えたようだけれども。

 「考えていなかったようっすね、兄貴。……それじゃあまあ一応、俺っちが言える範囲で説明しやすが」

 そう言ってオコジョは、私の机からメモ用紙とボールペンを取って、口を開く。

 「一番の問題はこれっすね。――魔法使いのパートナーと言うのは、実は重要な役目を持っていやす。兄貴、俺っちの質問を考えるのは布団の中にして……何か、簡単な無害な魔法を一つお願いできます?」

 オコジョはそう頼む。
 木乃香は性格もあるのだろうけれど、おっとりと、ゆっくりお風呂に入るから――おそらくもうしばらくは大丈夫だ。

 「それで明日菜の姉さん。兄貴が呪文を詠唱したら――軽くちょっかいをお願いしやす」

 「?……そりゃ良いけど――何で?」

 「やってみればわかるっすよ」

 「……うん、わかったよ。カモ君」

 理解が出来なかったようだが――オコジョに進められて、ネギは呪文を詠唱する。
 その途中で、私はネギに――一発デコピンを喰らわせた。



     ○



 夜。
 僕は玖渚と一緒に歩いていた。
 出無精の玖渚だけれども、夜桜を見に行こうと誘ったらついて来てくれた。
 まあ、彼女にも他の目的もあったようだけれど――今はそんな事を考える必要はない。
 二人で並んで歩く。
 それが出来れば十分だ。
 街灯に照らされた夜桜はとても幻想的だ。

 「それでいーちゃん。一体こんな所に何の用なのかな。僕様ちゃんは、自分で作った娘の相手の為に、準備で忙しいんだよ?」

 このところ、毎日毎晩、玖渚の手は――いや、指は、か。休まることが無い。何でも数日で生み出した人工プログラムにも協力させて、大停電時の大騒動に対する手段を造りだしているようだ。

 「知ってるさ、友……一応、大停電の日にも関係があるからね。友も会っておいた方が良いと思ってね」

 「ふーん……知ってる人?」

 「ああ……どうかな?僕は知ってるけど――友も多分知ってるんじゃないかな」

 直接会ったことがあるかどうかは――知らないけれど。
 でも、どこかで接触していても不思議では無い。
 道を進んで目指す場所は。
 しばらく前に、全員で花見をしたその場所。
 街灯が無いこの辺りは、かなり薄暗いんだけれども。
 相手が見えて、話が出来れば――それで十分。
 たどり着いて、時間を確認して。
 僕は玖渚を手を掴んだまま、桜の木の上に声を掛ける。

 「……いますか?」

 決して大きくない声だったけれども、いるのならば、それで届くはずだ。

 「ええ。いますわね」

 帰ってきた声は、女性のもの。
 彼女は、身軽に木の上から飛び降りる。
 ここを選んだのは――単純に、彼女と僕の接触を表に出さないためだ。
 街灯すらも無いこの場所ならば、監視の目もおそらく届いてはいない。
 届いていても問題では無いのだし。
 降り立った彼女は、眼鏡の奥の瞳を細めて言った。


 「それで――ご依頼は何でしょうか?お友達(ディアフレンド)」



     ○



 「ラス・テル・マ・スキル――」

 オコジョが何を言っているのか、さっぱり解らなかったけれども――私は、素直に詠唱をしているネギに。

 「マギスてっ!?」

 そこで、ピシッとデコピンを充てる。
 加減したけれども、痛かったのか涙目だ。よし方法を変えよう。

 「兄貴、もう一回です」

 その声に、気を取り直して再び呪文を唱え始めて。

 「ラス・テル・マ・スキりゅ・まにしゅてりゅ?」

 むにん、と頬を引っ張った。おお、柔らかい。
 そこで気が付く。

 (――呪文の詠唱が……!?)

 ネギは愕然とした顔で止まっていた。

 「気が付いた見たいっすね」

 カモ君は、そう言う事でして、と頷いて説明を始めた。

 「『魔法』は、呪文の詠唱中に攻撃を受けて――詠唱が出来なくなると、発動が出来ないっす。水の中や、口を塞がれても同じ事ですが……。その一番の理由は、勿論、相手からの直接攻撃」

 カリカリカリ、と器用にボールペンで、メモ帳に書いていく。

 「相手の呪文を潰し、こちらの呪文を潰されないように術者を守るのが、本来のパートナーの仕事っす。……恋人云々というのは、その場合のペアには信頼が必要不可欠でして……男女のパートナー同士の場合、必然的にそういう仲に大体は発展するってことなんすよ」

 オコジョは説明する。
 しかし、正座したオコジョの話を聞く女子中学生に魔法子供教師。
 凄い絵だ。ホント。
 両手で(勿論小さいが)、身振り手振りを交えながらさらに言う。

 「本当に相手が、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだっていうならば――そもそも彼女は、詠唱なんかしなくても兄貴をあっさり倒せるくらいに強いんですが……その彼女にしても、基本的には詠唱が必要なことは事実っす」

 ネギはよっぽど驚きだったのだろうけれど――私は、納得する。
 いやむしろ、仮に私が『魔法使い』と喧嘩をするならば、そうやって相手を責める。開けた口に砂を投げるとか、石投げるとか。
 それが出来ても、相手に効くはかは別にして。
 なまじ、魔法と言う技術で優劣を付けるから――真面目な人間は、それを封じる方法を行使される可能性に気が付かないこともあるのか。
 そこで、オコジョの言葉に。

 「今、基本的に、って言ったけど……?」

 私の問いに、オコジョは――ああ、もう面倒だ、名前で呼ぼう。カモは。

 「ええと……術者の技能によっては、詠唱しなくとも魔法は使えるっす。勿論、威力は落ちるんですが……。まあ、兄貴はまだ無理でしょうけど……エヴァンジェリンは絶対に出来るとはずですぜ」

 ――なるほど。
 つまり彼女は、そもそもパートナーがいなくても十分に魔法が使える。
 ネギは、パートナーがいないために、相手の攻撃で詠唱を邪魔されて使用できない、と。
 それは問題だ。そもそも喧嘩にすらならない。
 まあ、夕方のエヴァちゃんの話し方からするに――どうやら今の状態では、喧嘩を買ってもくれないのだろうけれど。

 「まあ、それ以前に質問なんですが……何故兄貴は、あの《闇の福音》に狙われているんです?」

 それは――。

 (……あれ?)

 そう言えばそうなのだ。
 エヴァちゃんがネギを狙う理由を、私も聞いていない。
 ネギのお父さんとも関係がある……とか、そんな事を話していたような気もするけれど、でも彼女は何でネギを襲ったのか。
 本来、吸血鬼として血を吸うだけならば『魔法使い』のネギには正体を教えずに活動する方が良いはずなのに。
 わざとまきちゃんに被害を出した――みたいな事を言っていたが。

 「聞いて無いわね」

 経緯も含めて話した私の言葉に、カモは頷いて。

 「なら兄貴……考える事は多いですが、一つずつやっていきましょう。俺っちは取り合えず、エヴァンジェリンを調べま――」

 「何か話し声がせえへん?」

 いきなり。
 ガチャ、と戸が空いて木乃香が上がってきた。
 髪を上げたまま、バスタオルに身を包んでいる。
 慌てて後ろを向いたネギに、何か目を輝かせたカモ。

 (……そういや、こいつオスだっけ)

 「い、いや、何も聞こえな――」

 「わ~!可愛ええ!真っ白なオコジョや!」

 慌てて誤魔化す私を無視。木乃香は小さな女の子みたいに叫んで、机の上に四足になったカモの、胴体を握る。
 片手にカモを掴んだまま、数秒で着替えると(下着にワンピースを着ただけだけど)、それを廊下に持って行き。

 「みんな見てやこれー!」

 もう夜だと言うのに。その声に、皆が集まってきた。
 そこからは、キャイキャイと女の子らしい声が響いて。
 その声を聞きながら、私は考える。
 考えてみたらなのはさんの部屋にも、フェレットと子犬が住んでいるんだし。
 カモ、結構役に立つ。今の現状では、ネギを助けてくれるみたいだし。
 部屋で飼っても問題は無いか。


 無事になのはさんの許可も下りて。
 結局このオコジョ、アルベール・カモミールはネギのペットとして部屋に滞在することになった。
 ああ、そうだ。もう一つ。
 今日もネギは、私の布団に潜ってきた。
 ……甘いなあ、私。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その三
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/31 01:27

 [今日の日誌 記述者・佐々木まき絵


 ネギ君が元気になった。
 あのお風呂での歓迎会は効果があったのかもしれない。
 ……いや、勿論冗談だけどさ。
 でも元気になってくれて良かったなーと思っているのは本当。
 私馬鹿だけど、ネギ君の授業は好きなんだよね。
 楽しいし、優しいし。解らなくても質問できるし。教えてくれるしね。
 ネギ君見てると、何か落ち付くって言うか。


 ……いや、そう言う意味じゃ無いよ?
 実はさ、図書館島から帰って来て以来、何か眼の奥が微妙にこう、ぞわぞわするっていうか、そんな感じがしてさ。
 ネギ君見てると治まるんだよね。
 しかも、ネギ君だけじゃなくて、エヴァちゃんとか美空ちゃんとか――ああ、瀬流彦先生とか高畑先生、学園長先生でも大丈夫なんだけど。
 一回見れば、普通に一日は大丈夫なんだけれど……目のお医者さんは、何にも問題無いですよ、って言ってたし。
 知らず知らずの内に、眼で追ってしまう――まさかこれは。
 『変』?……て、ああ、これじゃ無いよ!
 こっちだよ、こっち。
 『恋』?
 ――なのかなあ、委員長]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その三



 カモが来てから二日後のこと。
 携帯電話の目覚まし機能で、明日菜は目を覚ます。

 「ふあ……ねむい」

 だがバイトに行くために起きて、着替えなければいけない。
 枕に顔をうずめて唸っているネギを尻目に、衣装棚を開けて。

 「……」

 無言のまま、箪笥の真ん中、下着の棚で寝込んでいるソレを掴む。いや、この場合は握るとか捻るといった表現が正しいか。

 「……こうして、下着ドロのオコジョは、ゴミ箱に捨てられ、そして気付かれることなく生ゴミとして焼却される事になりました。終わり」

 部屋の隅におかれたゴミ箱に放り投げる。
 その際に、小動物虐待とか言っている声が聞こえたが、気のせいだ。絶対に。
 一番上の下着は毛が付いている様なので退かして、念の為に上から三番目を取る。
 寝ぼけたままの木乃香が、まあまあ動物相手に怒らんといてな落ち着いてな、と宥めたが知ったことでは無い。
 不機嫌なままに新聞配達に行く。
 感情のせいだろう、いつもよりもハイペースで走りながら思い出す。
 あのオコジョ、アルベール・カモミールはネギへの助言役としては確かに優秀だが。
 実際は軽犯罪動物だった。
 昨日のこと。
 イギリスのネギのお姉さん、ネカネさんからエアメールで連絡が来た。
 それによればあいつ、何でもかつて女性の下着を五千以上も盗んだ変態だったらしい。涙ながらに、それは妹の為だと言っていたけれども。
 実はそれでとうとうお縄に付き、しっかりペナルティを掛けられることになって。
 そこで、ネギの卒業した学校の校長先生が――どこからか、あれがネギが助けたオコジョだという情報を入手してきたらしい。
 それで、紆余曲折を経てあのオコジョをネギの元に送り――保護観察処分としたらしかった。
 何やらその時の経緯を思い出したくはないようで。よっぽどキチンとネギを助けるように脅されたらしかったけれど。
 まあ、妹の為~云々、という話を聞いたネギは、普通にその時点で受け入れる気が満々だったけれども。
 とにかく、信頼できる味方が出来たのは良い事だ。

 (……感情を出せるようになったし)

 何日か前までは、ネギは死体みたいな顔色で動いていたのだから。
 そんな風に考えていたら、いつもより早くに配達が終わってしまい。
 普通に余裕を持って登校できた。
 そうしたら。


 ネギが遭遇しちゃったんだよね。
 エヴァちゃんと。



     ○



 学校に着いた時。

 「何をそんなにきょろきょろしてるんだよ兄貴」

 そう、耳元で囁いたカモ君に、僕は言う。

 「いや、それが――」

 エヴァンジェリンさんがいないかと、と伝えようとして。

 「お早う、ネギ先生」

 そんな声が背後からする。
 誰の声なのか――考えるまでもない。
 昇降口、靴の並んだロッカーの影だったから僕の周りには生徒はいなくて……時々視界に入るけれども、その距離からじゃ普通に会話しているようにしか見えないだろう。
 エヴァンジェリンさんは怖いけれども――でも、、震えなくなった自分に活を入れて、何とか振り向いて、顔をあげて。

 「おはよう、ございます……エヴァンジェリンさん」

 そうやって言う。
 昨日のクラインさんの事から、考えたことの一つ。
 それは、生徒が何を考えているのかを知る為に来ると言う事。
 僕は教師だけれど、その義務感だけではいけない――それが一つだ。
 僕から返事が返って来る事を意外に思ったのか、エヴァンジェリンさんはちょっと驚いたような顔で。

 「――なるほど」

 そうやって頷いた。
 その表情は、一転して面白そうなものに変わる。

 「まあ、多少は成長したと言う事か。私と視線を合わせられるのなら……及第点、か」

 獲物を見る目付きなのは全く変わらないけれども。
 でも、幾分真剣さが増して――しばらく前に見た嘲るような成分が減っている。

 「良いだろう……生徒は襲わないどいてやる。ああ、しかし、だ」

 ゾクリ、と寒気を覚えるような表情で。

 「夜道には気をつけろよ?」

 それだけを言って去っていく。
 最後に。

 「その隠れているオコジョからいろいろ聞くと良い……私の事をな」

 やっぱりカモ君のことには気が付いていたようだった。



 「ネギ、あんた大丈夫?」

 教室に向かう途中で、明日菜さんがそう言ってくれる。
 正直に言えば大丈夫じゃ無い。エヴァンジェリンさんが怖いのは事実だ。
でも。

 「昨日、カモ君に言われた事もあります……きちんと、エヴァンジェリンさんの目的を聴くまでは、大丈夫です」

 学校に来たのは、そのためだけでは無いけれど。
 クラインさんと話をして、考えた二つ目は……簡単なことだった。
 義務感や、恐怖以外の感情を持ってくること。
 単純な、僕が心に決めたはずのこと。
 ――生徒に被害を出すエヴァンジェリンさんから、生徒を守らなくちゃいけない。
 それは、図書館島では覚えていたはずのことだった。
 怖かったせいで――すっかり忘れてしまっていた。

 「今日の放課後……話をして見たいんです」

 「……エヴァちゃんと?」

 ――それはまだ怖い。
 でも、クラインさんと同じ立場の彼女。

 「いえ……茶々丸さんです」

 彼女にならば話を聞けるような気がする。
 四時間考えた事は、たぶんきっと無駄じゃ無かった。
 怖がる前に――

 「生徒を信じないと、いけないと思ったんです」

 クラインさんは。
 厳しかったけれども、決して怖くは無かった。
 得体の知れなさはあったけれども、話が終わってみれば――それはこちらが身構えていた事にも原因があったんだろうと思う。

 「今日の放課後――茶々丸さんに会ってみます」

 そう言った僕を見て。

 「付き合ってあげるわ」

 「付き合うぜ兄貴!」

 明日菜さんとカモ君は、頷いてくれた。



     ○



 (茶々丸さんって……本当に良い人だ……)

 放課後。
 随分と印象が変わったネギに同意して、私達は茶々丸さんを追跡していたけれど。
 尾行を始めてしばらくして。私達は感動していた。
 泣いていた女の子の風船を取ってあげて、困っているお婆さんを背負ってあげて、川の真ん中の猫を救いに行って、子供からお年寄りに慕われて。
 まさか、彼女がロボットだとは――知らなかったけど。
 カモは、そういう問題じゃねーっすよ!とか言っていたけれども……まあ、本当に気が付かなかったのだ。
 外見は人間と、それほど変わらないし。
 確かに良く見れば、確かに関節とか人工物だったけれど。
 そんな私達に気が付くことなく、彼女は広場に到着して。
 そこで広げた、買い物袋から出て来たのは――野良猫と小鳥用の餌だった。
 思わず私も、ネギも、さらにはカモも感動してしまったが――けれども。
 本来の目的を忘れてはいけないのだ。
 気持ちを入れ替えて。気合を込めて、ネギと共に彼女の方に近づいて行く。

 「ネギ先生と、明日菜さん。それと――動物・該当データ検索・証合完了・オコジョ妖精と確定……ネギ先生の使い魔、ですか」

 おそらく解析でもしたのだろう、茶々丸さんは私達三人に気が付いた。
 夕暮れ時で、優しい空間で――間違っても、命を狙う相手と出会う場所には見えないけれど。
 でも、今が絶好の機会であることは確かなんだ。

 「茶々丸さ――」

 私が尋ねようとした所で。

 「待って下さい、明日菜さん」

 ネギが、そう言って、私の前に出た。

 「僕に、言わせてください」

 そう、はっきりと話した。
 その瞳は――確かに怯えているのだろう。
 でも、おそらくは、さっきまでの行動を見ていた茶々丸さんだからか。
 彼女が、決して悪い人間では無いと言う事を知ったからだろう。
 しっかりと、正面から見つめていた。

 「ネギ先生……何か?」

 「茶々丸さん――教えてください。エヴァンジェリンさんが僕を狙う理由を」

 場の雰囲気を感じ取ったのか。
 子猫や小鳥が、本能的な危機感からその場から逃げ去っていく。

 「……ご自分で、お聞きください。私からお話しする事は出来ません」

 静かになったその場で。
 彼らが去っていった方向を、おそらく僅かに意識しながら。
 茶々丸さんが言ったのはそんなセリフだった。

 「茶々ま――」

 「ネギ先生」

 何かを言いかけたネギの口を――茶々丸さんは遮るように言う。

 「私は機械です。そして、私のマスターはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル唯一人です。そして私は、その言葉を尋ねられた時に――こう言えと言われました。『茶々丸に聞きに来るような真似はしないで直接一人で来い。その場では襲わないで置いてやる』……いかがでしょう」

 それは――私も同行出来ないと言う事だ。エロオコジョ位しか着いていけないだろう。
 エヴァちゃんの余りにも直接的な言い方に、ネギは目を開く。
 エヴァちゃんは――ネギが、茶々丸さんに接触することを、予測していたんだ。

 「これは個人的な意見ですが……断言しましょう。マスターは悪人です。しかし、こうとも言っておられます。『誇りある悪は不必要な犠牲は出さない』――ネギ先生が信用するかはお好きにして下さって構いませんが……少なくともマスターの言葉は嘘ではないかと思われます。ネギ先生が訪ねて行ったのならば、その勇気に見合うだけの情報は与えてくれるのではないかと」

 淡々としていて。
 今ではそれがロボットだからなのだと実感する。
 ネギ本人も、彼女の言葉が嘘ではないのだと解っているに違いない。
 あれだけ町の皆に慕われる彼女が――そんなつまらない嘘を付くはずか無いのだ。

 「今すぐとは言いません。ですが、早い方が良い事は事実かと」

 その言葉に。

 「……はい」

 ネギは頷いた。

 「茶々丸さん。ありがとう――」

 ネギは、きちんと目を見つめたまま。

 「――ございました。話をしてくれて」

 きちんと、お礼を言った。
 私は、正直に思う。
 ……うん、良いんじゃないだろうか。
 教師と生徒の会話にしては、あまりにも不釣り合いだけれども――戦いにはならなかった。
 彼女の意見も、きちんと聞けて。
 それなりにネギも、きちんと話す事が出来るのだと――それを知ることが出来た、会合だったんだろうと思って。

 「それじゃあ――」

 また明日――と言って、帰ろうとした時に。

 「明日菜さん。一つお聞きしたい事が」

 今度は、私に対して茶々丸さんが声を掛けた。

 「すみません。少しお話をしたいのですが……時間を頂いてもよろしいでしょうか」

 「え?……うん。ネギ、先に帰ってて良いわ」

 私の言葉に、ネギも頷いて去っていく。
 茶々丸さんを信じることが、出来たみたいだ。
 なんとなく安心して。
 小さな、背広に包まれた姿が視界から消えた後で。
 ネギが返って来ないことを十分に確認した後で――茶々丸さんは口を開いた。

 「申し訳ありません。……どうしてもネギ先生には邪魔されたくない状態で、お聞きしたい事だったので」

 「良いわよ。何?」

 「明日菜さんは――ネギ先生の側に付くのですね?」

 それのどこが、時間が掛かるのかと不思議に思いつつも。

 「ええ」

 私は躊躇なく頷く。

 「それがどういう事だか、良く理解した上でのことだと取っても、よろしいですか?」

 「……ええ」

 これも――本当のことだった。
 エヴァちゃんが、信頼のおける優しい人だと。私は気がついていたから。

 「マスターの、昨日以前の言葉を、覚えていますか?」

 「えっと……選択を後悔しても、決して前に進むのを止めるな――だったっけ。……うん、覚えてるよ」

 「そうですか――ならば結構です」

 私の言葉に――茶々丸さんは頷いて。



 次の瞬間、彼女の膝が私の鳩尾に食い込んでいた。




     ○



 「――!」

 何か言おうにも、声が出せない。
 口がそう動くだけで、息が吐けないのだ。
 息苦しさを。
 体の重さを。
 何よりも困惑を感じて。
 視界が揺れて、私は前のめりに、膝を付く。

 「理解できずとも、お聞きください。明日菜さん」

 茶々丸さんは、そう言って。
 呼吸困難に陥り、左手で鳩尾を、右手で体を支えて蹲る私の肩を。
 思い切り――蹴り飛ばした。
 その行為に、微塵も躊躇が無かった。
 重い体重の乗った一撃は、それなりに上背のある私をあっさりと地面から引き剥がして――仰向けに叩きつける。

 「お聞きください」

 ゆっくりと近づき――再び腹部に一発。
 この衝撃で、息が吸えるようになり――同時に、鈍痛が這い上がって来る。
 わけがわからない。
 混乱する中、それでも。

 「いき、な、り――!」

 なにするのよ、と体を起こそうとして。
 ドガリ、と胸を足で踏まれ。
 再び、地面に後頭部をぶつける。
 ギリギリと、ゆっくりと掛かる体重に、私の体が悲鳴を上げて。

 「お聞き、ください」

 彼女は――決して重くは無い。
 けれども、ずっしりと掛かる体重に、私は体を起こせないでいる。
 そのまま、茶々丸さんは――瞳を、こちらに向けて。
 私と顔を合わせながら、言う。

 「これは私の意思です。ですので、これにはマスターは関係がありません。そのまま黙ってお聞きください。話せないでしょうから、返事はしなくて結構です」

 茶々丸さんは。
 変わらずに表情が見えないままだ。

 「明日菜さん。苦しいですか。痛いですか。怖いですか。あるいはそれ以外のどれかかもしれませんが」

 グリ、と胸を踏まれ。

 「あなたは選択しました。マスターの敵になることを。そして、即ち私と戦う事を。無論これは、ここで決着をつけようと言うのではありません。明日菜さん。あなたにご自分の立ち位置を。そして立場を教えるためのものです」

 ゆっくりと胸から足をどけて。
 今度は、襟首を掴んで片手で持ち上げる。
 強引に、持ちあげられて。
 苦痛と。
 息苦しさと。
 動かない肉体と。
 それでも、声は聞こえている。

 「意味が分からなくても、お聞きください。どう理解して頂こうと構いませんが、しかしそれでもです。――私はあなたに付いて、何一つも情報を得てはおりません。しかし、マスターがあなたを大事にしている事は理解できます。マスターは貴方が戦場において相対することを、本来ならば望まないのでしょう。しかし――自身にそれを止める権利が無い事もまた、十分に知っておられます」

 ギリ、とさらに首元に手が食い込んで。
 ゴホッ――という咳と音と共に、さらに息が苦しくなる。
 彼女の腕を掴んでみるけれど……それでも、茶々丸さんの腕は緩まない。

 「ですから覚えておいて下さい。この先にも、ずっとこのような事が続く可能性もあるのだと。マスターがネギ先生に恐怖を与えるのであれば、私は明日菜さん、あなたに同じことをいたしましょう。たとえその結果、マスターが私を許さずともです」

 ほんの少し、右の指が緩んで。
 顎で支えられる状態になって、呼吸が楽になるけれども。
 今度は、頭に血が行かなくなって、苦しくなる。
 宙釣りのまま、左手でもう一回、腹部に一発。
 体が、ずしりと重くなる。

 「マスターは決して手を抜きません。貴方が敵対した場合、マスターは心を殺して、あなたにネギ先生と同じことをするでしょう。苦しむ、明日菜さん――貴方へと罵詈雑言を浴びせ、心に恐怖の楔を打ち込み、おそらく殺しはしないでしょうが、徹底的に先生と同じことをするでしょう。私は――」

 再び。
 腕の力が強くなる。

 「――マスターのその姿は見たくありません。自分の大事なものに危害を加えるマスターを、従者としてあるいはマスターの家族としても、決して見たくはありません。マスターは貴方の選択により、貴方を傷つける事になったとしても、決して手を止めはしないでしょう。その心の中でどれだけ悲しんでいようと、涙を流していようとも。なぜならば、マスターは自分の選んだ選択を――決して戻ることは出来ないと知っているからです」

 それは、私にとって――とても悲しい事です、と彼女は言う。

 「ですから。マスターが優しさを、敵となった貴方に与えるのであれば、私は敵である貴方に厳しさと恐怖とを与えましょう。マスターが貴方を傷つけたくないと思うのならば、私がその責を追いましょう。ですので、お聞きください。明日菜さん」

 ゆっくりと左手を振りかぶり。

 「貴方を傷つけるのは私の役目です。たとえマスターに壊されることになったとしても、これは私が行った所業です。私がマスターの為に、起こした行動です。これに怒りを覚えるのならば、私のみを――お怨みください」

 もう一発。
 鳩尾に食い込んだ攻撃で――私は意識を失った。



     ○



 明日菜さんと別れた僕は、一人でゆっくりと歩いている。
 そんな時だ。
 さっき茶々丸さんが面倒を見ていた猫だろう、その子猫に手を出している女の人がいた。
 二十を少し越えた位のお姉さんで、なんとなく修道女っぽい服装をしているけれど――あくまで雰囲気だ。
 道端。教会のような建物の近くで、しゃがみこんでいる。
 黒い子猫に手を出して、懐かれようと思っているようだけれども難しいらしかった。
 通り過ぎようとした僕は。
 なんとなく――目が合ってしまって。

 「こんにちは」

 「あ、えっと、こんにちは」

 そうやって挨拶をしてきたその人に、僕も挨拶を慌てて返した。
 お姉さんは――外国の人。奇麗な金髪をしていた。
 なんとなくそのまま、僕達は会話をする。
 とりとめのない、と言うのが一番正しいのだろう。
 気が付いたら仲良くなっていた。
 自己紹介をして、友達になった。

 「黒猫がね」

 「はい」

 「昔、お世話になった人が飼ってたんだ……だから、ちょっと思い出しちゃってね」

 そんな会話だったり。

 「じゃあ、ネギ君は先生なんだ」

 「はい」

 「凄いね……私が初めて日本に来たのは、十四歳だったよ」

 そんな、何の変哲もない会話で。
 でも、僕はシスターさんを見ていて気が付いた。
 気が付いてしまった。

 (……この人の、歯)

 チャームポイントと言えばそれだけなんだろうけれど――八重歯が鋭かった。
 だから、もしかして、とも思ってしまう。
 彼女もひょっとして、エヴァンジェリンさんの仲間なのかもしれないと。

 「あの……」

 「何かな」

 にっこりと笑ったシスターさんだったけれども……僕は、なのはさんのように、笑顔のまま行動できる人を知っていたから、油断しないで聞いてみた。

 「エヴァンジェリンさん、って――知っていますか?」

 答えが悪い方ではありませんように――と、祈る僕に。

 「え?うん。知ってるよ」

 あっさりとシスターさんは頷いた。

 「……それは、えっと生徒では無くて」

 その言葉で、シスターさんは状況を理解したのだろう。
 そうだよ、と頷いて。

 「勿論吸血鬼の彼女をね。……ごめんね、実は君に話しかけられる前から、私は君を知ってたんだ」

 頭を下げるシスターさんだったけれども……僕は、緊張を解かなかった。
 カモ君も、ポケットから顔を出して警戒をしている。
 何日か前までは、きっと震えているだけだったんだろうけれど――今は違う。
 そんな僕の目を見て、シスターさんは。

 「大丈夫……私は、危害を加えないよ。エヴァンジェリンさんに協力している訳では無いからね」

 そう言う。

 「そっちの……オコジョ、君も――かな」

 カモ君は、鋭い目線のまま。

 「あんた一体どう言う立場なんで!」

 そう詰問する。

 「うーん……監視役?」

 そんな返事をした。
 何でも彼女は、エヴァンジェリンさんの監視をしているらしい。ただしそれは、学園側の協力者と言う訳でも無く――中立な立場なのだそうだ。

 「だから、特に君には危害を加えません」

 丁寧に説明してくれたシスターさんの目を見る。
 うん……断定はできないけれど、本当のことを言っているような気がする。

 「……大丈夫、だと思うっす。俺も」

 カモ君は――人の嘘を見抜くのがすごく上手だ。
 だから僕は……

 「ごめんなさい。疑ってしまって」

 きちんと頭を下げて謝ることにした。

 「ううん。こっちもごめんね。黙っていて」

 シスターさんも、頭を下げてくれる。



 茶々丸さんが現れたのは、そんな時だった。



     ○



 最初は、判らなかった。
 理解をしたくなかったというのが正しい。
 でも。
 視線の先。
 茶々丸さんは。
 ――気絶した明日菜さんを抱えていた。

 「――ッ何が!」

 一体、二人に何があったのか。
 それを訊こうと思ったけれども。
 それより早く、たった一言、茶々丸さんは言った。

 「私が気絶させました――しばらくすれば目を覚ますでしょう」

 それは。
 彼女が――明日菜さんを傷付けたと言う事だ。

 「な、んで」

 僕は、判らなかった。
 親切な彼女が、なぜ明日菜さんにこんな事をしたのか。
 先程までの態度は、全部嘘だったのか。
 本当は、明日菜さんを傷つけるためだったのか。
 言葉を探す僕に、茶々丸さんは言う。

 「どうぞお怨みくださいネギ先生――私が自分の意思で、彼女に傷を与えたのですから」

 淡々としたその表情は。
 やっぱり考えが読めなくて。
 でも、それよりも――僕はその瞬間、彼女が許せなくて。
 反射的に杖を構えて――



 「ストップだよ、二人とも」



 シスターさんが、割り込んでいた。
 彼女の手には十字架が握られていて。
 そこには、魔力が込められている事がわかる。
 シスターさんは、さっきまでの優しい顔を、厳しい顔に変えて。

 「ネギ君。その杖を下げてくれるかな」

 彼女は僕にそう言って。
 次に、茶々丸さんを見て。

 「茶々丸さん。貴方の抱えているその子に関して、何か述懐はありますか?」

 シスターさんは――茶々丸さんの名前を知っているようで。

 「いえ。何もありません……『調停員』様」

 茶々丸さんは、シスターさんの事をそう呼んだ。
 『調停員』。
 僕にはそれが何の意味を持っているのか分からなかったけれども――とにかく、茶々丸さんが礼儀を尽くすような人間であることは確かなのだろう。

 「そう……貴方だけの、責任なの?それとも、これはエヴァンジェリンさんが?」

 「私の独断です」

 きっぱりと言う茶々丸さん。
 その表情はやっぱり読めなくて。
 でも、シスターさんは何かを感じ取ったのだろう。

 「……その彼女は、私が運びます。――良いですね」

 「ええ」

 そんな短い会話をして、明日菜さんを受け取った。
 僕は茶々丸さんを睨む。
 茶々丸さんは、僕と視線を合わせない。
 黙ったまま時間だけが過ぎて、そして茶々丸さんは。

 「…………」

 何も言わずに、飛び去って行った。



 結局その後。
 明日菜さんはシスターさんに背負われて寮に辿り着いた。
 カモ君が、何かを僕に言っていたけれども……それが耳には、入らなかった。
 明日菜さんへの治療も、全部シスターさんがやってくれて。
 運良く、木乃香さんは学園長に誘われて今日の夜は居なかったから――明日菜さんを寝かせて、電気を消す。
 明日菜さんに触ってもいけないし。
 特にすることも無いのに、でも。
 ……眠れるはずが無かった。
 シスターさんが言うには、明日菜さんは明日の朝には治っているらしい。
 一回だけ目を覚ましたけれど――何か、大きなショックがあったらしくて、そのまま眠ってしまった。
 明日は土曜日で、学校が無いのは――幸いだった。
 どれ位の時間が経ったのだろう。
 ……ロフトに敷いた布団の中で。
 僕は考える。
 エヴァンジェリンさんのこと。
 茶々丸さんのこと。
 自分のこと。
 『魔法使い』のこと。
 明日菜さんのこと。
 父さんのこと。
 カモ君に言われた、自分の悩み。
 クラインさんに言われた、自分の行動。
 考えて導いた、自分の中の結論。
 でも、段々何を考えるのかもわからなくなって。
 心の中に、悔しさや、情けなさや、義務感や。
 その他の色々な物が混ざり合って。
 最後に何を考えていたのかもわからなくなって。
 意識が眠りに引き込まれる瞬間に思い出したのは――今日新しくできた友達。
 シスターさんの名前だった。



 「よろしく、ネギ君。私は――」

 彼女は柔らかな笑みで、こう言っていた。

 「――――レレナ。……レレナ・パプリカ・ツォルドルフだよ」



[10029] 「習作」ネギま クロス31 狭間の章・弐
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/30 20:06
 

 狭間の章・その弐


 えーっと……ちょっと前の話ね。
 確か――大体、五、六カ月くらい前かな……。
 



 ナギの息子が、麻帆良に来る事を、私も知ったんだよね。
 エヴァンジェリンから聞いてさ。
 まあ、正直運命的な物は信じたくないんだけど……でも、偶然にしては出来過ぎだよね。
 あそこ、妹姫いるんだし。




 うーんと、難しいな……。
 どこから話そうかなあ。


 ナギの故郷、私もこっそり何回か行ったことはあるけど……良い場所だったよ。
 風光明媚、って言うんだっけ。
 六年前、あの村が消えた事を知った後で――私達はエヴァンジェリンの呪いを解こうとした。
 正確に言うならば……村が消えた事を知った、その一か月後位にはね。
 理由は色々ある。
 表向きは――

 『ナギが消えて四年も経つのに未だ彼を狙う人間がいて、このままだとエヴァンジェリンにも危険が及ぶから《赤き翼》としては見過ごせない』

 『共に戦場を掛けた私達が彼女の安全を保障する』

 ――っていう……どう考えても苦しい理屈だったけど。
 でも実際、彼女はかなり危害を受けていたみたいだった。そこは事実だよ。
 それも大きくない、精神的に来るタイプのやつを。
 ちなみに、彼女はそう言うのには嘲りで返すタイプだけど……あーゆうのは、やろうと思えばいくらでも陰険になるからね。
 まあ、その時はまだ顕著に《赤き翼》は英雄扱いで、生きた伝説(今もだよ?)で――その分、ナギに封印された彼女には、風当たりが強かったんだよ。
 特に――『魔法使い』として清廉潔白に育てられた人たちにして見ればさ。
 吸血鬼で、「あの」《千の呪文の男》に「助けられたくせに」逆らった愚かな存在――そんな風に思えていたんだよ。
 そいつら何回殺しちゃおうと思ったか。
 実際、一番邪魔だった一人は――麻帆良に行った際に、独断でハサン使って始末しちゃったしね。
 ……麻帆良の学園長も結構心を痛めてたね。あの人は、全部知ってるからね。エヴァンジェリンがあの土地にいる理由も。
 ……でも彼女は、私達には、絶対に黙して現状を語らなかった。
 絶対に私達に助けを求めようとはしなかった。
 そもそも――私たちとも敵対している様な、そんな態度を取っていた。
 ……敢えてだよ、勿論。
 彼女の真実を知る私達からすれば――悲しかったよ。
 でも、何もできなかった。
 それが変わったのが――ううん、エヴァンジェリンが動かざるを得ないと納得したのが。
 そしてやっと、私達が彼女の封印を解けても文句を言われない状況を生み出したのが。
 六年前の村への襲撃事件だったんだ。




 とにかく、ナギの故郷が壊滅して……ナギの息子も、決して平和には暮らせないんだと――再確認させられて。
 私とか、遠坂凛とか、セイバー――アルトリアとかはさ、敵襲を受けても一人で何とかなるよ。
 でも――ガトウの例もある。
 エヴァンジェリンとか、タカミチとかが、彼のような状態に陥る可能性は――無いとは言えない。
 まして、あの二人がいるのは麻帆良――妹姫のいる場所だからね。
 彼女の力は、あった方が良い。
 その時には、だいぶエヴァンジェリンもおとなしかったし……ね。
 まあ周囲に反対されても、強引に押し通してやっちゃったと思うけれど。
 逆らう人はいないと思うしさ。
 評価とか、そう言うのはどーでも良いもん。
 私達は、アルビレオも入れた四人がかりでナギの封印を……解こうとした。
 今は、情報操作で……結局ナギの封印が解けていない――みたいな風に言ってあるけれど、あの土地の中では、彼女が存分に……とまではいかないか。
 けれど、全盛期の六割位は力が使えるようになったんだよ。
 土地から離れられないんじゃ――『ナギに封じられている』っていう情報は嘘じゃ無い。本当のままだしね。
 そういえば、その時大英博物館と喧嘩もあったんだけど……それはまあ、小さなことだし、別に話す必要もないか。




 そういう過去を経て、彼女はあの場所で、今の位置を確立してるんだよ。
 で、半年くらい前。
 ネギ・スプリングフィールドがやって来る事を知ったんだよね。
 全員の予定を合わせるのは、かなり難しかったけれど……何とか、こっそり動けるメンバーで集まって、彼への計画を立てた。
 エヴァンジェリンが、徹底的にネギ・スプリングフィールドに恐怖を与えるなら――私達も、こっそり行動するべきだろうってね。
 アルトリアが、エヴァンジェリンの行動の後始末を付けて、さらには私達、さらにはネギ・スプリングフィールドへの味方を増やすべく行動する。
 凛が、ネギ・スプリングフィールドに助言者を送って、ついでにメルディアナや『協会』と縁を結ぶ。
 アルビレオは、エヴァンジェリンの計画の邪魔になりそうな魔神とか、そういう危ないのを、出来るのならば傍観者になって貰う為に頑張る。
 学園で影響が出そうな人には――詠春と学園長で共謀して何とかして貰う。具体的には、詠春から麻帆良へ不穏な動きのある術者を「わざと」派遣させて、学園長に彼女の計画に支障が出そうな魔法使い達に捕まえ「させる」……とか。
 こう言う計画を立てたのにも、勿論理由はあるんだよ。
 私達が、エヴァンジェリンを止めないのもそう。
 私達は、彼女が封印された理由も、何故彼女を、ナギが封印したのかも。
 全部全部知っているからさ。
 こんなことしか、出来ないって言うのが……本当なんだよ。




 ホント、こっちに来てから色んな人にあったけど……。
 エヴァンジェリンは、尊敬に値すると思う。ラカンだってそこは認めてるよ。
 後は、ネギ・スプリングフィールドがどこまで頑張れるかだよ。
 ――妹姫とも、既に出会っているみたいな事を……アルビレオから言われたし。
 ネギ・スプリングフィールドが、物語の主役みたいだし。
 世界は、本当に不公平で――そして人間を翻弄するよ。
 解っていたはずだけどね。
 エヴァンジェリンがあの土地に封印された――。



 ――十年前からさ。



 私?
 ああ、私は――彼女達の仲間だよ。一緒に戦場を駆けたね。
 聖杯でもある……魔術師。
 それだけの、普通の存在かな。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その四(昼)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/07/31 16:36


 [今日の日誌 記述者・椎名桜子


 土曜日と言う事で、偶には猫の面倒を見ようかと思って出かける。
 買うものは、猫用のごはん。
 うちの猫は長生きで、尻尾が二つあるし、しかもこちらの言葉が判る賢い子だ。
 そんなわけで、かなり食事には気を使う。
 買いに行くのは薬屋さん。
 変な話だけれど、薬屋さんは――実は、猫又については詳しいらしかった。
 まあ、専用の餌らしくって、相言葉を言わないと貰えないんだけどね……。
 ちなみに、店員さんしかほとんど顔を出さないけど、店長さんて凄い美形なんだよ?
 停電の日の準備だー、とか言って明日から休みらしいけれどね。
 何をするのやら。


 それにしても、うちの二匹曰く、凄く大変な状況らしい。
 私は話を聴くだけだけど……クッキとビッケ、昨日の茶々丸さんのことも、目撃してた見たいだし。
 うーん……私も何か、考えた方が良いのかなあ。
 最低限、自分の身を守れるようにはね。
 そんなことには、なって欲しくないんだけれど]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その四(昼)



 スターブックス・麻帆良女子中学校店の一席に、座っている少女がいた。
 彼女――絡繰茶々丸は機械である。
 本当に自分が機械であるのか、人形であるのか、それとももっと別の何かなのかは保留にしている。
 しかし――彼女は今現在、自分の事を機械であると定義していた。
 なぜならば。
 クラスメイトであるはずの神楽坂明日菜を傷つけたのにも拘らず――自分自身で、それを後悔していないからだ。

 (……人を傷つけて後悔しない私は)

 やはり、機械なのだと思う。
 ――彼女自身で気が付いていないが。
 それは決して彼女が機械だからでは無く。
 むしろ、彼女が自分自身の意思を持っていたからこその結果だったのであるが。
 そこまでは、未だに理解が不十分な茶々丸である。

 「……ネギ先生」

 呟いてみる。
 彼には悪い事をしたとも思うが。
 しかし――今更言っても、どうにもならないのだ。
 絡繰茶々丸は未熟である。
 生まれたのが二年と少し。
 肉体こそ《薔薇乙女》達の技術に、エヴァンジェリンの魔術技能。超鈴音の持っている科学に……土砂崩れの日に手に入れた「とある体質」によって人間に近い機械となっているものの――心は未だ、未発達なのだ。
 自我は存在する。
 だがその自我が、最初から規定されていた物以外にもあるのかどうか。
 エヴァンジェリンは、それに関しては何も言ってはくれなかった。

 『自分に自我があるのかなど、自分で決めて定義しろ』

 それだけを、言っただけだった。

 (マスターは……)

 茶々丸は思う。

 (……私の行動を、何故怒らなかったのでしょう)

 彼女――神楽坂明日菜を傷つけた時から。
 そんな事は当に覚悟していた。
 なぜならば、自分は今まで――彼女の命令に逆らったことが、無かったのだ。
 自分がエヴァンジェリンに怒られなかった理由が――解っていなかった。
 そんな時だ。

 「ここにいたか、茶々丸」

 後ろから。
 彼女の主人に、声を掛けられる。
 振りむいた先には、彼女を生んだ三人の母親の内、二人がいた。

 「マスター……それと葉加瀬も」

 茶々丸は――何を言って良いのか、判らない。
 何を言うべきなのか、判らないのだ。
 エヴァンジェリンは。
 茶々丸のマスターは――答えを教えてはくれないのだ。

 「茶々丸――古い友人から手紙が来た。……大停電の日は、どうやら騒ぎになるだろうから――きちんと整備をしてもらっておけ」

 「……はい。――あの、マスター」

 「何だ」

 尋ねてみた茶々丸だったが――上手い言葉が出てこない。
 何かを言わなければいけない気がするが、しかしそれが何なのかが分からないのだ。
 結果として――自己分析機能により、判断不能と出る。

 「……なんでも、ありません」

 「そうか」

 エヴァンジェリンは特に何かを言うことなく、テーブルの上に乗っていたコーヒーを飲む。

 「あ、茶々丸。君の肉体はお姉さん達よりも丈夫だけど、でもお姉さん達みたいに壊れても簡単に治るわけじゃ無いからね。そこを覚えておいてよ?……関節の泥とかにも注意ね」

 そんな、葉加瀬聡美の声に頷いて。

 (私は……)

 そう悩む彼女は、まるで幼い子供そのままであった。



     ○



 夢を見ている。
 一体何歳頃だろう。
 私の周りに、何人もの大人がいる。

 「――」

 「    」

 大人たちは、何かを話している。
 内容は分からない。
 でも、私に関することだと言う事は解る。

 「…………。……」

 「~~~~~~」

 「―――、――――」

 どれくらい経ったのか。
 その中の、女の人が私の頭に手を置いて。
 その瞬間に――霞が掛かっていた夢の中で。
 一瞬だけ、その霞が晴れて――見た物は。
 金色の髪と、青い眼の色だった。


 ――それで。
 神楽坂明日菜は目が覚める。

 「………、私」

 一瞬、自分のいる場所が分からないが――ここが寮の自室だと認識し。
 昨日の出来事を――思い出す。
 茶々丸さんに、思いきり攻撃されて。
 苦しくて、痛くて、それでも彼女の声ははっきりと記憶に残っていて。

 『どうか私だけを――お怨みください』

 自分は。その声と共に、気絶させられたのだ。

 「……そう、だ」

 一回だけこの部屋で目を覚ましたけれど――治療をしてくれた女の人に、眠らされて。
 そして今日は、土曜日だ。
 あのまま、十二時間以上も眠ってしまったらしい。
 心労――という、奴だろう。
 殴られながらも受けた言葉が――心に響いている。

 「……あー」

 ゆっくりと身を起こして、近い天井を見ながら息を吐く。
 体に苦痛は無い。
 頭もはっきりしている。何やら懐かしい夢を見ていたような気もするが――夢は夢、あっという間に頭から溶けて流れ去っていく。
 だが、その分……心が重い。
 憂鬱な気分というのは、こう言う事に違いない。
 ネギが、散々布団から出たくなかった理由が――解ってしまった。

 「確かに、そりゃあ、……怖くもなるわね」

 学校に行きたくないという気持ちもわかる。まさに今の自分がそうなのだから。
 寝汗をかいてしまったようで、気持ちが悪い。

 (……取り合えず着替えを、しよう)

 そう言えば郵便配達のバイトも休んでしまった。
 足取りが重いが、それでも床に降りようと梯子に足を掛けて……

 「――心配、させちゃったわね」

 ロフトの中で、魘されながら眠る担任を見る。
 まるでこの前までと、立場が逆になってしまった。

 「……ごめん、ネギ」

 一言謝って、下に降りる。
 起きたら……この態度は見せないようにしよう。
 こんな、いつもの自分とはかけ離れた――暗い空気など。
 明日菜は着替えを持って――シャワーに向かった。


 ……少年が目を覚ますのは――それからすぐのことである。



     ○



 僕の前で、明日菜さんが傷ついていく。
 茶々丸さんが無表情のままに殴り、蹴り、ボロボロにされて行くのに、僕は何もできずに固まっている。
 動けない僕を、宙に浮いたままのエヴァンジェリンさんが笑っている。
 僕がいくら叫んでも泣いても、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんは行動を止めない。
 明日菜さんが気を失って、肌も欝血して、骨も折れて。
 ゆっくりと降りて来たエヴァンジェリンさんが、明日菜さんを抱えて。
 僕の目の前で、彼女の首筋に牙を――


 「――っ!」

 飛び起きる。
 心臓の鼓動が大きい。
 額や体も、汗びっしょりだ。
 荒い息を吐きながら周囲を見ると……そこはロフトだ。
 窓からは日が差し込んでいるし。
 木乃香さんが掃除をしてくれているから、埃一つ落ちていない。
 いつも見ている、部屋の風景。

 「……ゆ、め」

 先程まで見ていたのは――全て夢だった。
 そのことに、安心して。

 (……違う!)

 夢だったけれども、あれが――現実になる可能性はあるのだ。
 明日菜さんが血を吸われる……そんな光景を幻視してしまって、僕は震える。
 茶々丸さんが何で明日菜さんに怪我を負わせたのかは知らないけれど――それでも、昨日のあれで、彼女がそれが出来る人なんだと知ってしまった。
 良い人なのか悪い人なのかで言えば、良い人なんだろうけれど――茶々丸さんは……他人を傷つける事が出来る人なんだと、悟ってしまった。
 だから、僕は初めて気が付いたんだ。
 明日菜さんを、この世界に巻き込んだことは――ひょっとしたら凄くまずいことだったんだって。
 下手をしたら、彼女にも命の危険が及ぶんだって。
 ようやっと……実感したんだ。
 出会った最初は、明日菜さんに魔法がばれて――記憶を消そうと思った。
 でも、しばらく一緒に行動する内に、明日菜さんが僕をさり気無く助けてくれていて。
 僕は――そこに、甘えていたのだ。
 一人で隠して行動するよりも、タカミチや学園長以外にも……秘密を知っていてくれている人がいて、気が楽だった。

 (……僕って――ダメかも)

 真剣にそう考える自分がいる。
 生徒である彼女達と、同時に自分の敵である彼女達――どう接して良いのか分からない。
 溜息を吐くと、自分の体が冷えている事に気が付いた。
 とりあえず、汗をかいたから着替えようと思って。
 ロフトから降りようとして――
 そこまで考えて、後は明日菜さんが居ないことをようやっと認識する。

 「っどこに!」

 まさか、もう嫌な夢が現実になってしまったのかもしれない。
 慌てて周囲を見ると、起き上った後に――水の音。
 それは、シャワーの音だ。

 (……明日菜さん、眼を覚ましたんだ)

 僕は安心して。
 急いで駆け降りて。

 「明日菜さん!」

 お風呂場に飛び込んだら。
 ――全裸の明日菜さんと遭遇した。


 もちろん盛大に怒られた。



     ○



 「大停電まで三日だな」

 そう呟くと、細い背中が震えるのが見えた。
 寝っ転がった私の視線の中、妙に緊迫した空気の、部屋の一角に目を向ける。
 そこでは神道系をアレンジした結界の中、愛用の野太刀《夕凪》の手入れをする同僚の姿。
 桜咲刹那がいる。
 結局彼女は、図書館島に近衛木乃香が巻き込まれた際に手に入れた、果たし状を気にして殆ど休めていない。
 いや、むしろより酷くなっている。
 毎日三時間ほどだけ睡眠をとり、食事も明らかに戦闘を重視した栄養補給とエネルギー供給のメニューに成り、眼光には殺気が見え隠れし、《夕凪》を始めとした各種装備の手入れには余念が無い。
 どうやら純粋な人間では無い分(魔眼で把握できる)それでも問題なく、牙を研いでいる状態なのであろうが――おかげで毎晩毎晩、シャコシャコと水研ぎする音で龍宮の方が寝不足なくらいだった。
 管理人の高町なのは曰く『せめて防音結界くらいは張ろうよ』との言により結界は展開されたものの、効果はこの部屋から外への防音。
 どっちにしろ室内の龍宮は煩くて寝にくい。……まあ、かつて銃声や咆哮の音を聞きながら眠った時に比べればマシなのであるが。
 どこか別の部屋に逃げ込もうかとも思ったが、彼女から目を離すとどうなるのか不安なので、仕方なしにここにいる。
 要するに、彼女も甘いのだ。
 この強いが故に脆い少女に対して。

 (……自分の柄じゃあない)

 そんな風に思うが――彼女を見捨てる事が出来ないのが、今の龍宮だった。
 昔はそんな事は無かったと言うのに。
 どうして、こうも飴を与えるような性格になってしまったんだか――
 そう考えて。

 「刹那」

 声を掛ける。

 「……なんだ」

 不機嫌さ、もとい苛烈さを隠そうともしない。教室では擬態に精一杯なため、取り繕う必要がない部屋では大抵この状態だ。

 「……少し頭を冷やしてこい」

 「停電が終わったら、そうする」

 ――まあ、予想していた答えである。

 「……ならば、外にでも出てきたらどうだ。室内に籠りっ放しじゃ健康に悪いぞ」

 「ああ」

 無論、返事だけで動こうとはしない。
 実際――こんな程度の問答は、もう幾度も繰り返している。
 そして、その度に、最終的には同じ結論に帰結するのだ。
 即ち、龍宮が諦めて終わりである。
 だが今日の龍宮は少々勝手が違っている。彼女自身も大停電の日には仕事が入っているのだから――要するに、彼女には出て行ってもらって、ゆっくり養生したいのだ。

 「近衛木乃香は、本日は学園長と一緒にいるのだろう?……少しくらい気を緩めても良いだろう」

 「問題ない」

 彼女が良くても龍宮は良くないのである。

 「……わかった、じゃあアレだ。山に籠って精神統一でもしてくるのはどうだ。滝に打たれるとかして来れば少しは心も静まるだろう」

 「…………」

 彼女自身が機嫌が悪いことは以前からもそうだったが――教室内では、戦々恐々としている人間もいるに違いない。いつ暴発するのか分からないのだから。
 まあ、彼女の周囲――例えば那波千鶴であったり、春日美空であったり、釘宮円であったり、四葉五月であったりがそれとなく気を使っているために、余り支障はない。
 いざ暴発しても、いわば銃口から銃弾が出る前に抑えることが可能なはずだ。僅かな殺気の余韻すらも表に出さずに。四人もいれば、何とかなるだろう。
 通常ならばともかく、今の彼女ならば龍宮とて簡単にそれが出来る。
 そのことは彼女としても自覚している。今の自分が、はっきりと平静では無いと知っている。だから極限まで自己を抑えつけているため――静寂そのもの。
 一見すれば何も無い。
 どうやらエヴァンジェリンから学園長が何かを聞いた様で……彼女の枷を外す方法を見つけたらしいが、それを発動させるための条件が――大停電の日まできちんと彼女が学校で自己を制御すること……らしい。
 途中に春休みを挟んでいるから、実質学校に行くのは――精々一週間。
 寮に、エヴァンジェリン達が住んでいないのが、不幸中の幸いだった。
 おまけに、エヴァンジェリンとクライン・ランぺルージは――ネギにちょっかいを出しているために授業に出ないことが多い。
 必然的に刹那と彼女達の接触する回数は減少している。
 だが、あまりにもデメリットが大きすぎるとも思う。
 下手に刃傷沙汰になったら、あのクラスは本当に崩壊する。
 それを知らない学園長じゃあるまいし。

 (……何をした?)

 だが……結果的に、刹那は何も問題を起こしていない。
 これではまるで――



 暴れてはいけないと、何者かに強制的な命令を受けたかのようだ。



 それなりに世界に詳しい龍宮であるが、そんな命令が可能な物など……遵守の魔眼でも持って来ないと無理だ。
 残念ながら龍宮も、そこまで凄い魔眼は持っていない。

 「……で、どうする?休日ならば楓が山に行っているはずだろう?」

 黙ってしまった刹那に、龍宮は声を掛ける。
 優しさと自分の都合は半分半分と言った所か。

 「……刹那、今の内に心を水面に保っておけ。その方がお前にとっても良い」

 刹那は。
 そこまで言われて――ようやっと、しぶしぶ頷いた。

 「――……わかった。一日、部屋を空ける……高町さんに伝えておいて欲しい。それと、お嬢様を」

 「そっちは私が見ておく。行って来い」

 簡潔に返した言葉に。
 桜咲刹那は頷いて出て行った。
 その後ろ姿は、細くて。
 細すぎて。
 彼女の背負っている物と、縛っている物を思って。
 彼女が――あまりにも不憫に見えた。
 同情でしかない、それを彼女が喜ばないと知っていても……龍宮はそう思ったのである。



     ○



 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル。
 人間から吸血鬼へと進化した《始祖》と呼ばれる存在であり、吸血鬼だけでなく、魔法使いからも一目も二目以上も置かれている存在。
 おそらく吸血鬼と言う種族において、彼女ほど『魔法使い』から多くの注目を集めた者は存在しないと思われる。
 彼女に接触した人間は限られているものの、数少ない記録・発言の中から推察するに少なくとも六百歳以上は年を重ねている様子(フランス百年戦争期において彼女の目撃情報がある)。
 最も有名な二つ名が《闇の福音》。彼女に親しい存在は、略して《福音》とも呼ぶらしい。次いで《不死の魔法使い》《人形遣い》《過音の使徒》《悪しき音信》《童姿の闇の魔王》とも言われており、魔法使いたちには長らく恐れられてきた。
 懸賞金は過去の最高で六百万ドル(しかしこれは十五年ほど前に撤回されている)。彼女の懸賞金を狙って戦いを挑み、敗北・殺害された者は少なくない。
 無抵抗の女性・子供などに危害を加えた事は一度として無いが、自分に対して向かって来る相手には女子供とて相応の返答をするようである。
 二十年前に起きた《大戦》に《千の呪文の男》の仲間として参戦。
その理由として『《千の呪文の男》に敗北し、彼に従うようなった』という説が有力であるが確証はなく、そこから様々な噂が派生して結局特定できてはいない。
しかし結果として《千の呪文の男》と行動を共にすることとなった彼女は、その異名通りの実力を発揮し、いつしか《赤き翼》の十二番目の席に数えられるようになった。
 終結から五年後、《大戦》での功績、および《赤き翼》メンバーの要請により、懸賞金が撤回された。
 その後しばらくは《千の呪文の男》の一行と行動をしていたようだが、詳しくは不明。
 十年前、何らかの騒動によって彼女と《千の呪文の男》との仲が拗れ、最終的に彼女は極東の地に封印されることとなった――


 「って言うのがエヴァンジェリンの話なんですが……」

 「何でそんなのがうちのクラスに居んのよ……」

 カモ君の言葉に明日菜さんが突っ込みを入れる。
 その姿はいつもと同じようでいて、でもやっぱりあちこちで物憂げな表情が見える。
 普通にしていれば判らないだろうけど……僕には何となくいつもより調子が悪い事が見て取れた。
 お風呂場で遭遇してしまった時には勢大に怒られたけれども。
 拳がすごい勢いで振り下ろされたけれども。
 ――えっと……まあ、そこは置いておいて。
 なんだかくたびれた後に、僕と明日菜さんは今後の事を話し合った。
 僕は――正直、明日菜さんに危険が及ぶ事を考えると、これ以上は進んで欲しくなかった。
 でも。僕自身がそれを言い出す事が出来ない。明日菜さんを危険に晒したくはないけれど――一人も心細いのだ。
 そう考えている時に、どうやらエヴァンジェリンさんの事を一日中調べてくれていたらしいカモ君が、情報を教えてくれた。
 それが、今の会話。

 「こんなトンデモナイのが兄貴を狙ってるんでさあ……不味いどころの話じゃねえすよ」

 ――そう。
 エヴァンジェリンさんが父さんの仲間だったことにも驚いたけれど。
 今の僕の相手は、つまり父さんと同じレベルの人なのだ。
 勝てるはずが無い。
 カモ君と初めて会った時に一緒にいた、剣士のアルトリアさん……あの人も凄かったけれど。そのアルトリアさんと互角の位置にいる人なのだ。

 「俺っちもこれ位を調べるのがやっとで……噂によれば、今のエヴァンジェリンは《千の呪文の男》に封印されていて、全盛期のパワーは持っていないようですが……それでも兄貴とは比べ物にならない実力ですぜ」

 カモ君の言葉はどこまでも真実だ。

 「――で、何でそんなに凄いのがここにいるのよ?」

 明日菜さんはどことなく倦怠くなった空気で、先ほどと同じことを言う。
 昨日の精神的なダメージは、テンションを上げてもすぐにぶり返してしまうらしい。
 それが、僕の心を迷わせる。
 これ以上、彼女を関わらせて良いのかを。

 「……さあ、そこまでは不明で。一説によれば、エヴァンジェリンとナギ・スプリングフィールドが喧嘩をして、その影響らしいんですが……いづれにせよ、兄貴。どうします?無関係な生徒は襲わない……とこの前に言っていましたが、明日菜の姉さんや兄貴は襲われる可能性がありますぜ?」

 僕は――
 どうすればいいのか、判らない。

 「……ネギ、どうする?」

 明日菜さんのその声も――今の僕には、迷わせる原因でしかなかった。
 彼女を巻き込んだと言う自分の責任が――心に重くのしかかる。
 恐怖とかでは無い……もっと固形化した、しこりの様なものだ。
 ここにいれば、僕は狙われて、明日菜さんも狙われて。
 相手は――憧れの、父さんと同じレベルの人。
 勝てるはずが無いと言う諦観と、昨日まで考えた自分の心と。
 昨日の夜に思った、さまざまな事が――蘇って。
 それでもなお、結論が出せない自分自身に、さらに自己嫌悪を覚えて。
 エヴァンジェリンさんに――話を聞きに行くつもりだったのに、それも行く勇気が無くなってしまった。
 相談しようにも、タカミチは出張で学園長は木乃香さんと出かけている。

 「――ごめんなさい、少し……考えさせて下さい」

 ここにいれば――彼女に、言ってはいけない一言を言ってしまいそうで。
 僕はそれだけを言って。

 「あ、ちょっと、ネギ――」

 驚いた顔の明日菜さんとカモ君を置いて。
 杖にまたがって、窓から飛び立った。
 自分も良く解ってた。
 僕はその場から――逃げ出したんだ。
 この前までとは、まったく違う暗い感情を持って。


 ……悩みながら飛んでいた僕は――大きな木に追突して、杖から落ちて。
 そこで、楓さんに会う事になる。



 かくして。
 物語は夜へと続く。
 悩める少年と、悩める少女は、一体何を思うのか……。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その四(夜)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/01 18:57


 [親愛なる友人 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルへ]


 [色々とやっているみたいね。タカミチからの又聴きだけれども、相変わらず元気そうで安心した。意地を張り過ぎないように頑張んなさい。
 ネギ・スプリングフィールドをどうするのかは貴方に任せるけれど、殺さないようには十分に注意してあげてね。
 それじゃあ、本題に入りましょうか。
 アルトリアが、上条当麻と接触したわ。あっちが偶然に、勝手に巻き込まれたとも言えるのだけどね。
 それで、貴方の呪いを完全に解くために――イギリス清教の《禁書目録》の力を貸して貰えるように頼んだ。勿論、偽りなくきちんと貴方について話した上でね。
 私の方からもイギリス清教の『必要悪の教会』にも話を通して、当の《禁書目録》本人にも意志を聞いて、その上で了承を得たわ。
 手紙を書いた今、すでに行動しているようだから――麻帆良には、そうね。
 四月の……満月の日前後には、着くんじゃないかと思うわ。
 アルトリアも一緒に同行するみたいだから、よろしくお願いね。
 それじゃあ、又、連絡入れるわ。
 
 遠坂凛]


 ――この手紙は、封書に切手が張っていなかったために一回差出人に送り返されています。
 差出人の住所が書いていなかったため、着払いと言う事で配達いたしました。
 これによる手紙の遅延は、約二週間です。



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その四(夜)



 カモがエヴァちゃんの情報を公表して――それで、何を思ったのか。
 たぶん、自分の相手がどれくらい凄い存在だったのかが、実感できたのかもしれない。
 杖に乗って、飛んで行ってしまった。
 視界からすぐに見えなくなった後で。
 ――私は溜息をつく。
 どうやらネギも気が付いていたけれど……精神的なダメージは、消えていないのだ。
 無理やりテンションを上げていただけ。
 年長者として、ネギの前でヘコタレテいてはいけないと思って、取り繕っていただけである。

 「……はあ」

 結局のところ、自分は――おそらく甘かったのだ。
 自分に。
 エヴァンジェリンが、彼女を傷つける事は無いと知っていた。
 図書館でも同じことだ。
 宮崎のどかが。
 綾瀬夕映が。
 明日菜の事を傷つける事は無い――そう思っていただけだ。
 それは間違いでは無いのだ。
 ただし――絡繰茶々丸にその危険性を思い知らされただけの話。
 たとえ敵に成りたくなくとも、場合によってはそうなってしまう事もあるということ。
 想いの対立から、相対することもあるのだと言う事を――教えられた。
 茶々丸を恨んでいるのかと言えば、そう言う訳でも無い。
 ただ、彼女から受けた攻撃と、何よりも言葉が重いのだ。
 自分は、非日常を体験してきて――耐性を持っている……つもりだった。
 だけれども、あの苦痛を、受ける可能性がある。それを考えると、関わることが恐ろしい事だと――理解してしまった。
 何よりも、自分が――何かしらの意思を秘めたその茶々丸の前に、立塞がることが出来るのだろうかと、そう思う。
 ネギは大事だ。なにか良く解らないけれど大事だ。
 でも、果たして自分は――。
 彼女は思う。
 ――自分は、何に悩んでいるのかが、判らない。
 二段ベットの上で天井を眺めながら、明日菜は考えていた。



     ○



 杖で空を飛んで来ながら、僕は考える。
 自分がここにいると、明日菜さんを危険にさらす事を。
 こちらの世界が、何故隠匿されているのかを――実感する。
 魔法は便利だ、確かに。だから、その技術を教えたくないのは――僕でもなんとなく解る。
 でも、もう一つ。
 タカミチやアルトリアさんの様な人なら兎も角……明日菜さんのような普通の女の人は、魔法から身を守る手段を持ち得ない。
 エヴァンジェリンさんのような人から、身を守れる魔法使いもそうは居ないと思うけれど、それは置いておく。
 だからそもそも関わらせない方が安全なのだと言う――その理屈を、僕は実感する。
 それが正しいのか、間違っているのかは今の僕にはわからない。
 でも、一つだけ解っているのは――僕が彼女を魔法に関わらせてしまったから――明日菜さんは、今傷ついているのだ。
 どうすれば良いのか分からない。

 (……ウェールズに帰ったら、エヴァンジェリンさんも追って来ない)

 ネカネお姉ちゃんやアーニャには、どう言われるだろう。
 一瞬だけそれを思ってしまった僕は――誘惑を振り払う。
 今ここで逃げ帰ったら……それは、前と同じだ。
 エヴァンジェリンさんに怯えていた時と、何も変わらない。
 折角、茶々丸さんやクラインさんと話をして。
 エヴァンジェリンさんにも他の生徒には手を出さないという約束をしてもらって。
 カモ君にも頑張ってもらったのに。
 それら全てを捨てて。
 しかも、こっちに来てから今まで得た物を全て無駄にして。
 ――帰れるはずが無い。
 それに、僕はともかく生徒の皆はどうするのか。
 それを考えると、自ずと結論は定まるのだ。
 ――僕が帰ることは、出来ない。

 「……はあ」

 目を瞑って、溜息を吐いて――それが悪かった。
 気が付いたら目の前には大きな木があって。
 咄嗟に避けようとしたけれど間に合わなくて。
 果実の匂いに包まれながら、柔らかいくせにチクチクとする枝に追突して。
 視界が回る中、杖は僕の手を離れてどこかに行ってしまい。
 地面に落下したことを、僕は衝撃と河の存在で知った。

 「………ッ」

 プハッと息を吐いて、顔を出す。
 ――そこは、山の中だ。
 濃い緑の樹木と、茂る草と藪。
 遠くの方で滝が流れ落ちていて、僕のいる河は、そこから流れている。
 足が付く。
 ゆっくりと土の上にあがって、周囲を見ても……道は無い。
 つまり僕は。

 「……遭難、した、の?」

 状況をそう認識して。


 パニックに陥った僕は、数分後、楓さんに助けられることとなる。



     ○



 休日だと言うのに麻帆良の音楽室に籠る教師が一人。
 鳴海歩である。
 春休みに入って以降――彼自身、幸いにも殆どトラブルに巻き込まれる事は無く……ネギ・スプリングフィールドや非日常に関わることもない。
 あのクラスとの交流は確かに楽しいのだが、だからと言ってトラブルに身を進んで突っ込むほど積極的な性格はしていない。
 図書館島での経験で十分だ、と思っている。
 そんな訳で、ここ最近歩は毎日、教師としての職務及び自分の趣味に没頭している。
 ついつい時間を忘れて集中してしまい、気が付いたら夜になっている事も多い。今日もそうだった。
 目の前に置かれた手書きの楽譜とピアノから目を離して時計を見る。

 「――あー……まいったな」

 時計の針は五時を回っていた。
 そう言えば、同居人に色々と頼まれていたわけか。
 買い物とか。
 どうも最近、結崎ひよのを「当然のようにそこにいる」者だと認識し始めている自分がいて、まずいと思う。彼女は――清隆の知人で、いけすかないエージェント、その筈だ。

 (……っち、変わらないのは学生から同じか)

 学生時代から振り回されっぱなしであり――それが今も続いているのだ。
 それだけでしかない。
 彼女自身のことを嫌っている訳では無い物の……決して良いことでは無いと知っている歩である。
 ――まあ、良い……帰りながら考えよう。
 後片付けを済ませて、施錠を確認する。
 窓の鍵を見たところで――

 (……?何だ)

 一瞬、何か妙な違和感を覚える。
 視界の中。
 夕暮れに映える景色は、いつもと同じものだが――

 (……何か、変――いや、違うな)

 変なのでは無い。
 どこか、何かが増えている……様な、気がする。
 それが何なのかは、余りにも巧妙で分からないが……数日前の朝見た風景とは、明らかに何かが違っている事は解る。
 つまりそれは――

 (……誰かが、何かをしたな)

 ――何かしらの騒動に向けて、誰かが準備をした。
 そう言う事だろうと辺りを付ける。
 そう言えば――学園長から、大停電の日は関係者・及び予め学園長が許可を出した人物以外は、極力外出は控えるようにと言う通達が出ている。
 大人しく従っておくべきだろう。
 そう考えて、歩は部屋の電気を消す。
 夕食のメニューを何にするのか考えつつ、買い物の中身を決めて。

 (……そういや、最近竹内は何をやってるんだ?)

 そう思う。
 ひよのが、朝倉との情報戦を繰り広げていたり、真面目にアクセサリーショップを経営しているのは知っているが。
 竹内理緒が何をしているのかは、最近気にしていなかった。
 少し、考えてみるべきだろうかと思いつつ――歩く歩。


 彼自身――不可抗力の末に、大停電の宴にまさか絡むとは。
 ――勿論。
 全く予想もしていなかった。



     ○



 扉を叩く音で明日菜は目を覚ます。
 ネギが出て行ってから、気分を変える事も出来ず――布団の上でゴロゴロとしていたら眠ってしまったらしい。
 オコジョは……どこかに消えていた。また何か、エヴァンジェリンについてを調査しに行くのだろう。

 「は~い……」

 そう返事をして体を起こす。
 私服のまま眠ってしまったせいで体が硬い。髪は乱れて服もよれよれだ。鏡で身嗜みを確認して、それなりにまともにしてから応対する。

 「あ、ひょっとして眠ってたかな。起しちゃってごめんね」

 立っていたのは二人。
 片方は管理人・高町なのは。
 明日菜にして見れば――魔法使いであるけれども、立ち位置がはっきりと分からないために……信頼も信用もできるけれども、頼りにして良いのかは分からない、そんな人物と認識されている。
 実の娘をエヴァンジェリンと戦わせて、それを見ている彼女が――何を考えているのか分からない、そんな視点もある。

 「……いえ。――それで、何か」

 「ううん。私は案内してきただけかな。明日菜さん、貴方にお客さんだよ」

 「――?お客さん、ですか」

 なのはは――自分の後ろにいたもう一人の人物を、明日菜に対面させる。
 それが誰なのか、一瞬わからなくて――しばらく考えた後に思いだした。
 夢現の中でしか覚えていないけれども。

 「あ……昨日の」

 「こんにちは――お見舞いに来ました」

 明日菜を治療していた、シスターさんだった。


 シスターさんは、レレナ・パプリカ・ツォルドルフという名前だった。
 出身はイタリアだけど、高校前にこちらにやって来て以来、ずっと定住しているとのこと。詳しい事は不明だけれど、帰りたくても帰れない状況らしい。
 でも、家族もこちらに住んでいて、仲良く普通に暮らしているそうだ。

 「体調は……良くないみたいだね」

 なのはさんは退出して。
 部屋に招き入れたシスターさんが、私を見て一言そう言った。

 「いえ。全然、体は問題ないです」

 手を振って否定するけれど――レレナさんは、違うよ、と言って。

 「精神的な方――参ってる、違う?」

 あっさりと、見破られてしまった。

 「一応、私は元々シスターだし……ね、そう言うのを見分けるのは、得意なんだ」

 一応と言う事は――今は違うのか、とも思ったけれども、聞くのはやめておいた。
 その時の彼女の表情が、悲しそうだったからだ。
 よくよく見てみると……シスターさんの様な服だけれども、微妙に違っているような気もする。美空ちゃん辺りにでも、今度聞いてみようかと思った。

 「茶々丸さんからの攻撃よりも――その時に、何か言われたのかな?」

 何故だか、確信しているような声だった。

 「それで、今は悩んでる――違うかな」

 「……そうです」

 流石はシスターなのだろう。こちらを安心させる声で、優しく聞かれている内に――私は、頷いていた。

 「話せるかな」

 「――ええ」

 私は、話す。
 クラスメイト達が、非日常に生きている人だったこと。
 私を傷つけないし、皆にも危害は加えない――そう、クラスメイト達を信じている事。
 担任の子供の教師の、力になりたい事。
 でも、自分自身が傷ついた時に、その思いは表裏一体であると気が付いたこと。
 感情とは逆に、戦う時が訪れるのだと言う事。
 自分自身に、果たして彼女達の前に立塞がる権利はあるのかどうか。
 私は話す。
 そうして、途中で気が付く。
 ――私の視線の先には、鏡があって。
 そこには、レレナさんは半分ほど透けた状態で映っていた。
 『吸血鬼は鏡に映らない』――そんな事を、カモが話していた。
 レレナさんは良い人だろう。でも、茶々丸さんの時のように――敵になる可能性もある。
 だけど、話しているうちに、少しずつ気分が落ち着いてきた。
 吐き出すだけ吐き出して、軽くなった――とも言える。

 「――そんなわけで……レレナさんは、どう思いますか」

 そこまでやって――ようやっと、彼女は自分がここまで潰れていた理由を、把握する。
 明日菜は――実感したのだ。
 危険だとか、危険じゃ無いだとか――そうでは無くて。
 茶々丸も、エヴァンジェリンも、自分が決めて信じた事をやっていて。
 それで、相手が傷ついても、恨まれて当然なのだと――そう行動している。
 その強さに、明日菜は衝撃を受けた。
 その重さを、明日菜は理解させられたのだ。
 絡繰茶々丸もそう。
 彼女自身が理解出来ているのかはともかくとして――彼女には、確固たる意志が見えたのだ。
 それに押された。
 自分が、只何の覚悟もなく絡んできただけなのだと――知ったのだ。

 「明日菜さんは……どうしたい?」

 『心の中では、もう答えが出ているんじゃないのかな?』

 そんな風に、彼女が言ったような気がした。

 「自分の事が解ったら――後は、決めて行動するのが一番じゃないかな」

 明日菜は――エヴァンジェリンの言葉の、本当の意味を知る。
 彼女は――自分に対して、ずっとこう言っていたのだ。
 『関わるんのならば、自分に襲われる可能性も考える事だ』――ではなく。
 『自分の心に覚悟があるのか?』と。
 『逃げる事は許さない。ネギに着いたのならば――戦う覚悟を持て』と。
 そう言っていたのだ。
 回りくどいが、決して嘘を語らずに。
 だから。

 「――答えは、出たも同じじゃ無い」

 小さく言う。
 それは――けれども、レレナにも伝わったらしい。

 「……もう、大丈夫だね。明日菜さん」

 優しい笑顔に、明日菜もきちんと返事をする。

 「はい。……ありがとうございました。レレナさん」

 沈んでいたテンションが――張ったのが解る。
 気分が変わった。変わったと言うよりは――今までの自分に戻って、しかし確実に心に変化は宿っている。
 仮に。
 エヴァンジェリンや、茶々丸や。そしてこのレレナ・パプリカ・ツォドルフという女性がこの先前に立塞がっても――明日菜は、今度は折れないだろう。

 「……また来るよ、今度は――停電が終わってからね」

 明日菜の疑問が、伝わったのか。
 そう言い残して、レレナは部屋から退室した。
 ガランとなった部屋に、木乃香も、オコジョも、そしてネギもいない。
 だけれども、今の明日菜は――それでも朝のように感情が落ちる事は無い。
 窓辺に立って、ネギが飛んでいった方向を見る。

 「早く帰って来なさいよ、ネギ」

 こちらの結論は、もう出たのだから。



     ○



 楓さんから聞いた話だ。
 何でも、彼女は毎週土日はここで修業をしつつ、自給自足の生活をしているらしい。
 何の修業かは教えてくれなかったけれども、その後の――僕も付き合わされた昼食・夕食の準備を見れば判断できる。

 (……どう考えても忍者だ)

 今の日本に、本当に忍者がまだいるのかと思っていたけれども――いたんだ。
 楓さんは、何で僕があんな処にいたのかと――尋ねたけれど、話したくないのならば話さなくて良いとも言ってくれた。
 心が乱れているせいか、杖がどこにあるのかも――解らない。
 僕は、結局……結論を出す事が出来ずに、ここにいる。

 「楓さん」

 僕は――聞いてみる。
 忍者と言う、力を持った彼女に。

 「その――人とは違う、表に出せない能力を持っていたとして」

 僕の言葉に、少しだけ楓さんは反応するけれども……何も言わないで、先を促す。

 「その力を使う事を、どう思いますか」

 エヴァンジェリンさんの事を聞くのは――憚られる。
 だから僕は、魔法の事を、婉曲に聞いてみる。

 「どう思う、とは……どういうことで、ござるかな」

 「え…と、その――力を持っている事は話しちゃいけないんですけれど、でも一人で抱え込むのは心細い。それで、持っている事を教えてしまって――教えた人が、危険に会ってしまったとしたら……どうすれば良いんでしょうか」

 僕が誰の事を行っているのか、きっとすぐに気が付いたのだろう。
 でも、楓さんは何も言わなかった。

 「……ネギ坊主。折角来たのだし――少し、付き合うと良いでござるよ」

 悩んでいた僕をどう思ったのか。
 楓さんはそう言って、誘ってくれた。
 羆に追われたり、茸を取ったり、崖の上の山菜を取ったりした後で、だいぶ疲れていたけれども。
 大人しく、楓さんについて行って。
 そうして――最後に案内されたのは、滝だった。
 水を汲みに来たのかとも、思ったけれども。
 でも僕は――そこで、予想以上に凄い光景を目にすることになる。


 シン、と静まり返った空間だった。
 滝の音、澤の音、鳥の音、獣の音、木の音、葉の音。
 それら、全て一切を押し殺すような、そんな気迫と静寂。
 滝壺の上、頭を出した岩に座禅を組んで座っているのは――桜咲刹那さん。
 音を立ててはいけないと、そう思わせるほどに、圧倒的な。
 何かしらの鬼気を感じるような空間だった。
 息が苦しくなり、体が動かなくなって。
 やっとのことで、その場から退散した時には――へたり込んでしまっていた。

 「ネギ坊主――彼女をどう思ったでござる?」

 僕が息を整えた後に――楓さんはそう聞いた。
 その顔は、細目のままだけれど真剣だ。

 「……怖かった、です」

 僕は正直に言う。
 刹那さんは、普段は物静かで、そして丁寧な人だ。
 だけれども――さっきあの場所で見たのは、まるで、人には見えなかった。
 エヴァンジェリンさんのような、圧倒的な感覚は同じ。
 だけれども、エヴァンジェリンさんよりも、刹那さんは――怖いのだ。
 近寄りたくなくなってしまう。
 近くによると、問答無用に切られてしまう空気を持っていた。

 「……拙者もでござるよ。ネギ坊主」

 楓さんも――そう頷いた。

 「ここ最近、彼女はずっと張り詰めているでござる。今朝から、ずっとああしているが――拙者も、簡単に近寄れないでござる。精神統一も、行き過ぎでござるな」

 その眼は悲しさが籠った、友達を案じる目をしている。

 「なあ、ネギ坊主。刹那は――解るでござろう?とても強い力を持っている。でも、力は……ただの物なのでござるよ。かつての刹那は……ああでは無かった。もっと柔軟で、力こそ未熟であったが……それでも、心が強張ってはいなかったのでござる」

 楓さんは――刹那さんと、昔からの知り合いなのだろうか。
 どこかで会ったことのあるような、口ぶりだった。

 「拙者も詳しい事は知らぬよ。ただ……大停電の日に、ランぺルージ殿と一戦を交えるようでござる。そのために、彼女はああして牙を研いでいる」

 僕は――思い出す。
 クラインさんは――そう言えば、僕よりももっと気にくわない小娘の相手をすると言っていた。
 その相手が――刹那さんなのだろうか。

 「ネギ坊主。拙者はな――正直、刹那殿は一回、完膚無きまでに敗北するべきだと思うのでござるよ。今の彼女は、見境なく牙をむく獣でござる。血に狂う獣は、牙を抜いて躾けるしかないのでござるからな」

 それは――楓さんが、彼女を思っているからこその、言葉なのだろう。

「そうなった原因には、刹那はないが、しかし今の刹那の力である以上、彼女が責任を持つべきでもあるのでござる――拙者の言う意味は、判るでござるか?ネギ坊主」

 果たして――楓さんは、僕の事を見抜いていたのだろうか。

 「力を持ってしまった物は、必ず一回は苦悩するのでござるよ。自らの力を、どのように使うべきなのか、それが何をもたらすのかを。特に――」

 楓さんは、静かに言った。

 「自分の力を持っているが故に――人を傷つけてしまった時に、でござる。それが味方であったりすれば特に」

 楓さんも――そんな経験を、したことがあるのだろうか。
 おそらく、あるのだろうと思う。

 「刹那は、今その苦悩を忘れているのでござる。手段と目的を取り違えてしまっているのでござるよ。たとえそれが彼女に原因が無いとしても――それを思い出させるためにも、彼女は敗北するべきでござろう。ネギ坊主は――今まさに、苦悩に気が付いたところでござろうかな」

 楓さんは、僕の頭をなでる。

 「拙者は結論を言えぬよ。だがネギ坊主。ネギ坊主は――てっきり、その答えを持っていると思っていたのでござるよ?」

 僕が。
 結論を既に持っている。
 それは――どういうことだろう。
 結論を、忘れていると言う事だろうか。
 それとも、教えて貰っているのだろうか。
 解らない。
 判らない。
 そうやって、再び思い悩む僕に。
 楓さんは何も言わずに、石と炭で竈の様な物を造り、その上にドラム缶を乗せる。スノコを下に敷き、水を入れて――窯に火を付ける。五右衛門風呂、だったか。
 わずか十数分で、露天風呂が完成していた。

 「さて……ネギ坊主、入るでござるか?」

 いきなりそんな事を言われて、慌てる僕に。

 「……あれ?」

 気が付いたら服を脱がされて、お風呂に入れられていた。
 ほんの一瞬――でも無いけれど、数秒で。僕が状況を認識するより先に、服を部がされあっさりと入れられていた。
 まさか、忍術でも使われたのだろうか。
 思わず楓さんの方を見てるけれど、細い目で微笑んでいるだけで分からなかった。


 その後。
 楓さんに乱入されてかなり恥ずかしかったけれども――でも、夜の星空を見ながら楓さんに言われた。
 僕はまだ十歳で、壁に当たることが当然なんだと。
 僕は初めて、人生の壁にぶつかったんだと。
 他に頼れる人も、いるはずだとも――言われた。
 話くらいは、いつでも聞いてくれるから、また訪ねてくると良いとも、言われた。
 貼られたテントの中、横になって考える僕は。
 結論が出るような、予感に身を任せて眠りに落ちて行った。


 ついでに、もう一つ。

 (……あ、明日菜さんに連絡入れてない)

 そう思って、帰った後に勢大に怒られる事も予感したのは、秘密だ。



     ○



 アルベール・カモミールは由緒正しきオコジョ妖精である。
 今現在は、ネギ・スプリングフィールドの使い魔としてきちんと仕事をしており――やっている事は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの調査だ。
 彼女の過去は殆ど表に流れていないために難しい。
 だが、麻帆良に来てからの彼女の行動ならば――ある程度は調べる事が可能だ。
 『桜通りの吸血鬼』に関する物を選べば――それで大体の用が足りる。

 (……エヴァンジェリンの行動は、っと)

 寮の屋根裏――ネギ達の部屋と、その上の階の床の間。
 人間ならば決して入れない、せいぜいが三十センチのスペースも、オコジョならば楽勝だ。電源もしっかり確保してある。
 麻帆ネットにアクセスし、出来るのならば――生徒の噂話のレベルの情報を集めて行く。
 『魔法使い』達の情報ならば、ある程度は簡単に入手できるが。
 しかし、おそらく客観的では無い。
 間違い無く彼らの主観が入っており、根拠のない推論や仮定が入り混じっている。

 (……気持ちは、判らなくもないっすけどね)

 『魔法使い』として見た時、彼女ほど気にくわない存在は――そうは居ないと言う事だ。とりもなおさずそれは、学園の一部を除いた魔法使い達の精神性の問題であるが。
 今回は、それは置いておいて――情報だ。
 エヴァンジェリンが起こしたと思われる、桜通りに関する事件を噂話の段階から振り分け、分別する。
 数は膨大のくせに、役に立つ情報は少ない、根気を求められる作業だが――カモミールは下着ドロをするだけあって、かなりシブトイ性格のオコジョだった。
 数時間の後、集まった情報を分析する。
 殺人鬼と殺し合っていたと言う流言飛語の類から、佐々木まき絵の保健室のカルテまで。
 客観的に。
 この情報は、何を表しているのか。
 そしてもう一つ。
 ――どんな考えを持っているならば、こんな行動をする?
 それを考えるのだ。

 (エヴァンジェリンが、むやみやたらに兄貴を狙うとは思えねえっす)

 一番考えられるのは、やはりナギ・スプリングフィールドとの一連の事件だろう。
 彼の息子であるネギに、恨みやそれに類する物を持っていると考えれば、一応の理屈は通る。
 だが。

 (……違うっすね)

 それだけでは――ないだろう。
 カモの目からでも、十分に彼女が強力な魔力・技術を持っているのが解る。
 仮に彼女が――殆ど魔法が使えないように封印されていたのならば、魔力の入手などを目的としての吸血は納得できる。
 だが、今の彼女はネギの話を聞く限りではおよそ六割程度。
 たかが六割では無い。世界最強クラスの怪物の六割である。
 ネギどころか、この地の『魔法使い』全員を相手にするのも可能なレベルとも言える。学園長やタカミチも混ぜて――それでようやっと何とかなるレベルなのだから。

 (……とすると、魔力補給以外の目的があるってことになるっすが)

 絡繰茶々丸が言うには、彼女は『不必要な犠牲は出さない』と言っていた。
 それは――裏を返せば犠牲は必要だったと言う事だ。
 一体、何に必要だったのか。

 (兄貴に発破を掛けるため……っすかねえ)

 近い気もするが、しかし違うような気もする。
 それならば、ネギが転任してくる前に事件が起きるのは不自然だからだ。
 自分の思考が解答に近い所にあるような気がするが。

 (……なーんか、負に落ちねえ)

 もう幾つか、何か重要なことがあるような気がするのだ。
 何か一つ、全てを結ぶ鍵が――どこかにあるのだが、それが解らない。
 焦るオコジョだが、彼は知らなかった。
 ネギと明日菜の同室。最後の一人。

 《サムライマスター》の娘・近衛木乃香――彼女も襲われていた情報を手にしていれば、ここで結論に達することが出来たのかもしれないと言う事を。



 オコジョ妖精・アルベール・カモミール。
 《闇の福音》の真意に達する日は近い。





 悩める少年と少女は、少しずつ歩み。
 少しずつ答えに辿り着く。
 吸血鬼の宴で踊る、主役に相応しく成長するまであと少し。





 「……さて、ネギ坊主は帰って――刹那殿も、帰った。……これで良いのでござるかな?――ヒデオ殿」

 「……ええ。ありがとう、ございました」

 「いやいや。ネギ坊主のこともそうだけれど、刹那をここに来させたのもヒデオ殿の策でござろう?真名に何か言ったのであろう?大停電の日の為の準備で――そちらもエヴァ殿に協力する身としては、大変でござるな」

 「まあ……約束、しましたので」

 「ところで、その空間を繋ぐ術はどのようにしているのでござるか?」

 「ああ……これは、――闇が勝手に、やってくれるので」

 「便利でござるな。ネギ坊主が追突した樹木をいきなり出現させたのも――そうでござるか?」

 「ええ。闇の中にいる、魔術師の物です」

 「あまり良い気配はしなかったのでござるが――あれは?」

 「あれは……ただの、梨の木ですよ」




[10029] 「習作」ネギま クロス31 その頃の世界情勢~上条勢力編~
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/02 15:33

 上条当麻。
 およそ、普通の高校生でありながら持ち前の不運さにおいては世界最高であり、そして体質故に巻き込まれた事件を怪我を負いながらも解決する、《ハードラック》……いかなる過酷な運命であろうと乗り越えていく人物。ついでにもう一つ。ネギ・スプリングフィールド並に女性の知り合いが多い生粋のフラグメイカーでもある。
 ベランダに引っ掛かっていたシスター《禁書目録》を助けた後彼女と同居、吸血鬼に狙われた巫女とは事件後にクラスメイト。都市内有数の放電少女とは陰謀を打ち破った末に喧嘩仲間。その妹達、はては後輩とも顔なじみ。
 降臨した天使を帰還させるために女聖人と知人になり、イタリアに魔術艦隊を沈めに行くとローマ正教のシスター達を堕とし、イベントのたびに彼を慕う女性は増え、挙句の果てには暗殺集団『神の右席』を派遣されても生き延びる。
 彼の場合。トラブルと不幸は即ち女性を引き寄せるのと同意である。
 彼が普通の高校生でありながら、他と違っていた部分はただ一点。
 ありとあらゆる異能を打ち消す、《幻想殺し》の右腕を持つことである。



 その頃の世界情勢・その八 ~上条勢力の場合~



 『魔法世界』交易都市グラニクス。
 その酒場の一角で二人の剣士が会合していた。

 「はじめましてミス・神裂。話はトウマから聞いています。私はルシウス・アルトリア・カストゥス――いえ、アルトリア・E・ペンドラゴンと言うものです」

 「あ、これはご丁寧に。私はイギリス正教所属・神裂火熾と申します――」

 一瞬後、気が付く。

 「アルトリア?」

 「はい」

 「《紅き翼》の」

 「そうです」

 「――これは、お会いできて、光栄です」

 礼儀正しく頭を下げる。『魔法世界』にはそれ程詳しくは無い神裂だが、基本情報に加え、さすがに《赤き翼》のメンバーくらいは知っている。
 アルトリア・エミヤ・ペンドラゴン。
 外見こそ高校生ほどの美少女であるが、その剣技は世界有数。高い対魔力と聖魔両方の属性を併せ持つ、竜の血を引く少女。
 一応は、大戦以前にナギ・スプリングフィールドがイギリスを放浪中、伝説に歌われた『妖精郷』の中で見つけた、アーサー王の血を引く人物である――と、表向きには発表されているが、それがどこまで真実なのかはわからない。
 まるきり嘘の可能性もある。
 だが、過去はともかく彼女が世界有数の実力者であり、そして今なお《サウザンドマスター》の盟友の一人として数多くの尊敬と憧れ、そして憎悪を集める少女であることは確かであった。……実際の年齢は、とうに三十を越えているはずであるが、彼女は年を取らないらしい。

 「上条当麻とは、何処で?」

 神裂が視線を向けた、酒場の反対側。妙に男女比率がおかしな集団がいる。おおよそ十数人。まるで同窓会のような空気で以外とバイオレンスなことをしている彼らは――ここ半年間、世界を回った神裂が集めた、上条勢力のメンバー達である。
 全員が集まっているわけではない上、各人がちょくちょく仕事や依頼や個人の用事で抜けてはいるものの、大体のメンバーは揃っていた。

 「ええ。魔法世界を放浪中に遭遇しまして。場所は――南方、桃源の辺りだったでしょうか。旅行中と言っていましたが、そこで私に恨みを持つ集団とはち合わせてしまい」

 「相変わらず、不幸だと言いながらも関わってきたわけですか」

 「そうです。……いえ、感謝はしているのですが」

 「――上条当麻は、そういう人間です」

 揃って溜息を吐く。
 奇妙な連帯感を結んだ二人である。生真面目な所から意外と純な部分を持つ所まで、似通っているのかもしれない。

 「それで――」

 神裂は本題に入る。

 「ミス・アルトリア。あなたの話とは何でしょう。上条当麻からはイギリス清教に関わる重要事項だから、神裂にも聴いておいて欲しい、と言われていましたが」

 「ええ。単刀直入に話しますと――イギリス清教の《禁書目録》の力を貸していただきたい」

 キシッ――と、空気が緊張した。


 
 イギリス清教の《禁書目録》。
 上条当麻が、宗教と魔術の世界に足を踏み出した最初の原因にして、おそらく世界最高の魔導図書館。
 ありとあらゆる《魔導書》――読むだけで精神を汚染されると言う、猛毒にして劇薬の書籍・十万と三千冊を記憶した歩く図書館にして上条勢力のブレインの一人である。
 魔術師の中において――イギリス清教が名を知られている理由に、『必要悪の教会』と共に彼女の存在がある。
 古今東西、魔術と魔法に関わるものならば欲せずにはいられない知識を、全て網羅していると言っても過言ではないのだ。
 なお、麻帆良図書館地下の《メルキセデクの書》。あれは原本の複写である。無論複写と言っても非常に強力な物に間違いはなく、そもそも原本を複写すること自体がかなりの難度であるため複写本自体が非常に希少である。
 ネギ達が見たのはさらにその複写であり、効果も副作用も殆ど無いという唯の知識の羅列を記した程度の物(まあそれでもネギが驚くほど珍しい物ではある)。
 本物の《メルキセデクの書》の「複写」(複写したのはアウレオルス・イザードで、本物は『協会』に保管されている)は学園長及び読子・リードマン等の限られた図書館島関係者しか知らないのである。エヴァンジェリンやタカミチとて、あることしか知らないという状況にある。
 魔導書、魔本等の説明は非常に長くなるので、ここでは省略するとして。
 話が少々脱線したが――即ち、《禁書目録》とは《メルキセデクの書》や、それと同等のレベルの本を全て頭の中に入れているのである。
 その彼女の力を貸して欲しい――それは、どういう意味なのか。

 「……本気で、言っておられますか」

 「無論」

 アルトリアの視線は鋭く、そして本気だった。




 そんな会話を聞いている、上条当麻と彼を狙う女性たちと、数少ない男子達であるが。

 「……それで、インデックスを貸してやることが、今の世界情勢とどこまで関係があるんだ?」

 そんな事を言い出した上条当麻の後頭部に、平手が一撃当たる。

 「貴様、常識と勢力図くらい弁えておきなさい」

 上条勢力(と関係者からは呼ばれているのでそれに習おう)事務総長・吹寄制理の一撃で、バランスを崩した上条は前方に倒れこみ、お約束のように前に座っていた女子――二重瞼のショートの少女・五和の意外と豊かな胸元に飛び込み。

 「わ、悪い五和」

 などと言って身を起こす――よりも早く、吹寄やらインデックスやらに引き摺り起され、殴られたり噛みつかれたりするのはお約束なので、放って置いて。

 「それじゃあ、政治的な話といこうかにゃー」

 上条勢力の情報担当・土御門元春はそこにいる、聴いている全員に向けて、持っている知識を披露することにした。

 「まずは基礎事項。世界は大体、五つの階級に分類できて――『学問』『経済』『政治』『暴力』そして我らが身元引き受けの『宗教』。最もこれは今の時点でのことで、未来にはもっと増えているかもしれない。例を上げるならば『情報』とかな。今回、ウチらに最も関係があるのが――『学問』と『宗教』。この二つだ」

 にゃーにゃー言う口調での説明は相当難しいらしい。素の、それなりにまともな口調で話す土御門である。

 「まず説明から行こう。知ってもいる通り、我らが上やんと俺達の活躍で、四年前に宗教と科学の大戦争は回避され、対立も緩和された。『魔法世界』の東京・隔離指定都市『学園都市』の理事長、アレイスターは理事長を辞任した後に今現在『現実世界』イギリスの『必要悪の教会』に客人として滞在中。実質的に、ウチらの上司になってる」

 うんうん、と頷く全員。ちなみにボロ布のようになった上条は、五和に介抱されている。

 「『学園都市』は親船最中や雲川芹亜が頑張ってくれたおかげで、現在はアレイスターの息が掛かっていた部門はほぼ完璧に中断。その裏に《一方通行》の暗躍があったのは秘密だな。まあその他、彼女達から見て余りにも非人道的な物は中止に追い込まれているけれども、実際は俺達がいた頃と余り変わりはない。こればっかりはウチらでも仕方が無い部分だぜい。都市を壊滅させて、それでウン十万もの超能力者の学生を解き放つことは出来ない以上、どうしたってあの地は必要だしな。
 まあ、アレイスターの計画は頓挫しているし、あの地は相当に疲弊しているから……もうしばらくは他組織・他の世界に喧嘩を売る計画を立てる奴は居ないはずだ。まあ、いても、昔と同じように《風紀委員》や《警備員》が取り締まるだろう。権力者がこちらの意思を組んでくれる、信頼に足る人間であることは、正直昔よりもありがたい。《警備員》の黄泉川隊長もいることだしな」

 さらに頷く面々。ようやっと上条当麻も復活して、聴集に加わってくる。

 「で、一方の『宗教』の世界。ローマ教皇と最大主教の間で、表には出ていないがきちんと調停が結ばれている。ロシア成教も同時にな。さらには『魔法世界』の介入もあり、ロンドンの『協会』が仲介役を務める事で何とか納まった。個人レベルで対立は消えるはずもないが……組織間での対決は、なんとかな」

 ここまでは、この場の全員が大体把握している事だ。
 ちなみに、再び席に着いた上条の隣を、誰が座るのかで再び女子達の中では冷戦が勃発しているが、当の本人はやはり気が付いていない。

 「で、だ。現状の話といこう。『宗教』の世界は『学問』の裏世界・率直に言えば『魔法世界』とくっついている。正確に言うのなら、各組織に明白な『敵』を与える事で、互いの目線を反らし、内部干渉を極限まで減らしたうえで、今までの現状を維持している感じだな」

 そこで一端言葉を切って、活舌を良くしようと手近にあったテーブルの上の透明な液体を口に含み。

 「あ、それシェリーの使ってるニス」

 「ごぶっ!」

 思いっきり口に入れてしまった土御門は悶絶して、洗面所にかけて行く。
 集団の隅、画用紙に殴り書くようにデッサンをしているボサボサの金髪の女性がいた。彼女の絵画保存用のニスを、一番近くにいた土御門が飲んでしまったらしい。
 全員になんとなく沈黙が下りたので次に言葉をつづけたのは――

 「……あーそれじゃあロンドンの『協会』と、宗教組織との関係を話そうか」

 左眼の下、バーコードの入れ墨を持ったマントの男。
 ステイル・マグヌスだった。




 「今現在の、世界各国の宗教組織は、対面的には『魔法世界』の管轄に置かれています」

 アルトリアから目線を外さないように、神裂火熾は言う。

 「表向きは『宗教』世界での戦争を止めるため――そう言われていますが、それだけでないことはよくご存じのはずです」

 「ええ。凛からも良く聞いています。最も大きい理由が、『魔法』と『魔術』との違い、ですね」

 「ええ――西洋魔法以外の……例えば陰陽道などの扱いもある為に、一概には言えませんが、私達『宗教』の世界の使う『魔術』とは、即ち歴史であるとも考えて頂いて結構です。『魔術』の定義は――異世界の法則を無理矢理に現実へと展開させたもの。
 展開させるために、過去の事例を持ちだして――意味付けし、発動している訳です。
 『魔術』は、過去の事象を利用している傾向が多いために、周囲の状況や環境、さらには本人の特質等も非常に関わってきます。ローマ正教の術は特にそれが顕著でしょうか。彼らは《聖書》における記述や、そこにおける歴史などを『魔術』として取り入れていますので」

 「……ああ、なるほど。確かに。納得できますね。では――私はおそらく、あなた方の宗教世界でも――補正、を受けられるのですか」

 神裂とて、十分に把握している訳では無いが。

 「おそらくは。アーサー王、引いては竜の血を引いている、という特性を持っている以上……貴方は聖剣を持つことが可能である以外にも、魔術的な加護が働くと思われます」

 ――まあ、宗教世界の魔術は、基本的に十字教を元にしている。アーサー王は……おそらくケルト神話の系統だろうから、相当に強力であることは確かだが、十字教の加護をどこまで受けられるかは分からないと言うのが本音だ。
 神裂自身、そこまで詳しくは無い。
 仮に。
 神裂火熾自身が――アルトリアが過去に聖杯を巡って戦った世界。
 あの遠く離れた並行世界を知っていたのならば、簡単に理解できたのだろう。
 自分達の使っている『魔術』が――形や方向こそ微妙に違えど、そこの『魔術』と同系統のものであると理解できたはずだ。
 この世界においては――アルトリア達のいた世界の『魔術』が、宗教世界と密接に結びついて発展した。……そう言う事である。
 だからむしろ、遠坂凛やイリヤスフィールなどは、『魔法』よりも『魔術』に興味を示していた。当然だ。

 「『魔法』は――私も詳しく知っている訳ではありませんが。この世界に、問いかけて発動していると考えれば良いのでしょうか。私達は現象を『展開』しますが、彼らは現象を『召喚』している……というのが、あくまでも私の見解ですね」

 「なるほど。そして、『魔法使い』は『魔法』も『魔術』も独占しようとしている」

 「はい」

 神裂も頷いた。

 「『魔法使い』の全員を批判する訳ではありません。しかし、自分達が使う『魔法』という技術とは違う『魔術』――特に『魔法世界』では色々と都合が悪いものでしょう。そう考える人間が、上層部に多い事は事実です」

 組織の上に立つ人間が、自分達の利益を守ることが悪いとは言わない。そうしなければ組織の下の人々が困るのだから。
 けれども、しかし――だ。
 共存せず、排斥のみを考えるのはどうかとも思う。ローマ正教は、その考えが行き過ぎて――上条当麻に、拳で殴られたのだから。

 「それが不可能であることは周知の事実です。ですが、管理下に入れることくらいは可能でしょう。元々、確かにある程度曖昧なまま扱われていましたが……本格的に組織として、『協会』の管理下に宗教世界を引き入れる切欠となったのが――私達の終結させたあの戦いです」

 「ええ。……それゆえに、あの《闇の福音》の封印を解くために《禁書目録》の力を貸すことは、障害が付き纏う――そうですね」

 「ええ」




 「『協会』が各宗教組織を傘下にした際に、『敵』を生み出したと土御門が言っていたが」

 ステイルは煙草を灰皿に押しつけながら言い始めた。

 「つまり『魔術』の力を、宗教世界に影響が無いように、魔法世界の為に使用させることに決めた訳だ。具体的に言うならば――例えばイギリス清教。
 『協会』の管轄の元に『必要悪の教会』と言う組織の力を提供している。『協会』内部では、魔法使いを裁く仕事は忌み嫌われている傾向が強い。いわば処刑人としての役割の提供だ。無論『魔法』『魔術』の隠匿の協力や、さらには保有する魔術・歴史的な知識の提供と言った数多くの条件があるが――その代わり『協会』はイギリス清教に対しての干渉を不介入として上で活動している。
 つまり、外面的には――「イギリス清教」は『魔法世界』に対して大きく貢献する、管理下にある組織であると示している訳だ」

 何人かが嫌な方法だな、と言う様に顔に出すが、ここにいる全員がそんなような大人の世界を知っているので、何も言わなかった。

 「実際のところ、イギリス清教はそれほど困難ではなかった。元々が『魔法』の影響力もあったし、ケルト魔術を始めとした『魔術』世界とも関わりが非常に深かった。民間レベルでは殆ど融合してしまっているしね。
 加えて言うならば妖精や幻想動物の影響力も異常に残っている。その分、科学的な影響力は、あまり多くはないけれどもね。アメリカの『ER3』や『学園都市』何かの、研究機関が置かれていないのも――イギリスが島国である、という以外での理由でもあるかな。最も――未だに山のような問題を抱えてはいるけれど」

 イギリスの王女が幸いなことに、仕事を分担しているし、と言って。

 「僕達宗教関係者の使用する『魔術』は、十字教を利用するものだ。解釈、原典、性質、歴史などで変化はあるけれどもね。使用する人間は非常に限られていると言っても良い。十字教を使っている人間は、ほぼ百パーセント『宗教』の世界の人間だ。
 その一方で、宗教とは縁が無い関係者の場合は――もはや『魔法』と違わない。『協会』もそう判断しているようだね。僕も確かにルーンを取り入れてはいるけれども、一応十字教の特性に合わせているしね」

 「闇咲さんの神道系魔術とか、海原のアステカの魔術とか?」

 上半身の露出が独特な、結漂淡希の質問に頷いたステイルである。

 「ほとんど『魔法』技術と変化はない。僕は専門外だから――詳しく訊きたいならばあの子に頼むと良い」

 無論、《禁書目録》のことである。
 その《禁書目録》は、冷戦の末、上条当麻の膝の上と言う、ある意味周囲の女子垂涎の場所を手に入れて勝ち誇っていた。視線を向けたステイルは、死ね、と呟いて。

 「次はロシア成教だ。簡単だから簡潔に言うと……ロシア正教は――魔力の残滓の浄化、各地の霊脈・龍脈等の制御に人材を回している。ロシア成教の『殲滅白書』は幽霊狩りに特化しているし、まあ妥当な仕事だろう。
 幽霊とは魔力という物質とも関わりが大きいしね。……幽霊の性質を語ると、『協会』とも絡んで長くなるから、別の機会にしよう」

 視界の中では。どうやら上条当麻の膝の上争奪戦が始まったようであり、インデックスを右膝にずらすと、あいた左膝のスペースに腰を下ろす御坂シスターズ10032番。固まったまま動けない上条を再び引っ叩く吹寄。その反動で椅子ごと倒れる上条は、ようやっと洗面所から帰って来た土御門も一緒に巻き込んで転倒する。
 ステイルは思う。

(……馬鹿か、こいつらは)

 煙草に火をつけ。
 隣席。闇咲逢魔の飲んでいる、アルコール度数が異様に高い酒に引火して再び騒動が起こった。




 「現在のローマ正教は、『協会』の下で主として『魔法』『魔術』の隠匿、さらにはその人数を利用した、団体としての活動が主になっています。情報の収集や、軍隊的な行動として、ですね」

 騒がしい同僚達を横目で見ながら、神裂は言う。

 「まあ、ローマ教皇は悪い人間ではありません。極普通の信者も大勢いますが……しかし、あの宗教は、余りにも排他的にすぎる傾向があります。自分達以外の宗教者に対しては特に。それは――『魔法使い』とも共通していると言えるでしょう」

 「ええ。その辺りも、凛から聞いています」

 ならば話は早いのだ。

 「《闇の福音》という存在は『魔法使い』にとっては厄介ものでしょう。しかし、そこだけならば問題はありません。問題は――イギリス清教所属の《禁書目録》が彼女の封印を解くのに助力する……この点です」

 一応、今の上条当麻及びその仲間達は、イギリス清教の所属と言う事になっている。『学園都市』の何人かも、公然の秘密でその一員だ。具体的には《正体不明》風斬雹華とか。

 「『吸血鬼』……まあ「カンパニー」の尽力の為に、吸血鬼が人間に被害を出す事は減って来ています。そのような吸血鬼は粛清されていしまいますし。ですが、その逆の方が発生しているのはご存じのはず。人間が、無抵抗の吸血鬼を襲う――そう言う、事が」

 あるのだ。
 ただ吸血鬼と言うだけで――被害を受けると言う事が。

 「そしてその行動をするのは――『魔法使い』以外には、ローマ正教の関係者が最も多いのです。自らの教えに従っているだけ……そう言ってしまえば楽なのでしょうが、しかしただ『吸血鬼』であることが、罪であると考える狂信者はいます」

 ある意味『神の右腕』よりも性質が悪い。彼らは彼らなりに思うところがあって活動し、しかもそれを自覚しているのだから。
 一般民衆に紛れ込んだ――いや、信仰心の大きな民衆が何かの拍子で変貌する……それは、非常に恐ろしいことだ。

 「無論、《闇の福音》が彼ら程度にやられるはずはありませんが……」

 神裂は懸念しているのだ。

 「今現在、宗教世界は『魔法使い』の配下・管理下であると言う理屈で動いています。実際は不可侵条約の上で、外面を取り繕っている訳ですし……実際に権力的な違いはありません。下手をすればこちらの方が影響力を与えられるでしょう。『政治』の世界と直結していますし」

 そこで一回言葉を切って。

 「ですが、いえだからこそ、ですか。《禁書目録》が封印解除に手を貸すと言う事は、その理屈に接触する可能性があります。
 《闇の福音》は、英雄でもあり、憎悪の対象でもあり、恐怖の代名詞であり、歴戦の吸血鬼であり、魔術的にも非常に優秀な人材であり、そして――一部の人間には目障りな存在です」

 悪魔でも可能性はある――レベルだが。
 しかし、どんな理屈でも押し通してしまえば道理になってしまうのだ。
 その上で、外面を整えられたら何も文句は言えなくなってしまう。

 「……その上で、まだ《禁書目録》の力を貸して欲しいと、要求されるのであれば――等価交換に値する、代価を頂かなければなりません」




 「あー……神裂の言っている話が随分飛んでいるような気がするんだが」

 「そうでもないっすよ」

 外に煙草を吸いに行ったステイルに変わり上条の疑問に答えたのは、ローマ正教イギリス派のアニューゼ・サンクティス。

 「ウチらのローマ正教は、『汝の隣人を愛せよ~』って身内には親切っすけど、他には厳しいのは知ってるっすよね。そもそも他宗教を人間扱いしませんし。ウチもそうでしたし」

 「……まあな」

 「懐かしい話でございますわね」

 オルソラ・アクィナスも同意する。

 「対して、イギリス清教は割と寛容っす。他宗教にも、科学にも。さっきステイルが話してたように、元々の土地柄もありますがね。だから割とあっさり手を貸してくれるんすよ。頼めば」

 「?……じゃあ何で、神裂は対価を求めるんだ?」

 「敵さんに――まあローマ正教や『魔法世界』側に理屈を上げないためっすよ。本音を言うならば、あの《聖人》も手を貸してやりたいんでしょうよ。ただ公人としてはそれが出来ないために――ああやって、大義名分を明白にして、《禁書目録》を《闇の福音》の解除に派遣させる状況を整えているんすよ。《禁書目録》は既に同意しているんでしょう?」

 「ああ」

 上条は頷く。

 「アリアドネー、だったか。そこから帰って来たばかりだったけどな」

 「ならあの《聖人》さんだって同意してるっすよ。あれはスタイルっす」

 「はー」

 頷く上条である。ちなみに他の面々は、上条の背中に代わる代わるおぶさってきたり、膝の上に頭を乗せて横になったりと相当に忙しく動いている。土御門は闇咲やシェリー、木山春生といった大人組みと会話を交わしていた。

 「じゃあ、等価交換て言うのは?」

 「解答一ですが、つまり『必要悪の教会』の異端、上条勢力を雇うという口実を付けるためのものだと推測します」

 どことなく小動物ちっくに食事を進めていたサーシャ・クロイツェフが入ってきた。

 「解答二として……現在私達は、イギリス清教に、まあ私はイギリス清教への出向と言う形ですが、所属していながら信者では無く。トラブルシューターと言いますか、何でも屋と言いますか、そのような扱いで。邪魔ものでもあり、同時に重宝されてもいます」

 まあ、この辺りの説明も――かなり長くなるので省略しよう。

 「上条勢力の《禁書目録》を貸与する――そう言った理屈の為には、イギリス清教にとって価値のある対価が必要です。そしてアルトリア・E・ペンドラゴンの友人――リン・遠坂は、それを保有していると言う事です」

 「……そうなのか?」

 「そうっすね」とアニューゼ。

 「そうですね」とオルソラ。

 「そう」とサーシャ。

 三者三様に頷かれて、上条は納得した。

 「どこで手に入れたのかは知りませんが、あの宝石のお姫様は貴重な魔術関係の本を、山のように保有しています。論文であったり、研究結果であったり、古書であったり。その中の幾つかを《禁書目録》に読ませる――とまあ、そんな条件ならば《禁書目録》の個人の意思として公表できますし。組織としては最悪、上条勢力の勝手な行動と切り捨てる事も可能ですし。……あのイギリス清教の最大主教が何を考えているのかは分かりませんがね。あの戦いが終わった後にウチらをまとめて保護するなんて」

 それは今更言っても仕方の無いことである。
 散々議論した後なのだから。
 上条はテーブルの上の水を、確認したうえで飲み。

 「……っぐ、に、苦い」

 「貴様、私の特性健康ゴーヤ風ドリンク飲んだわね!」

 吹寄に三度、殴られるのだった。




 なんだかますます混とんとしてきた友人達を尻目に、神裂は話す。

 「では……リン・遠坂の魔術書を報酬として?」

 「はい。……イギリス『協会』及びイギリス清教『必要悪の教会』にも、きちんと手配はしてあります。――どうでしょうか」

 そこまで話が持ってくれば――後は問題は無い。
 神裂も了承せざるを得なかった。
 本人としては、助けるのは吝かではないが――しかしインデックスが、一人の友人として事件に巻き込まれる可能性は下げたいのだ。

 (……それは、彼女が怒るので言いませんがね)

 とにかく。
 上条勢力・戦闘総司令官の神裂火熾は条件を飲むことに決めた。



 こうして――会談は終わったのであるが。





 「……オイ、折角来てやったのにヨォ。全員酔っ払って寝込んでるのには何か理由があんのカ?」

 「えーとね、情報によれば誰かが調子乗って飲み出したみたいだって、ミサカはミサカは言ってみる!」

 「ちっ……オイ、付き合え。一人で素面でいんのも馬鹿らしい」

 「その言葉、かなり嬉しいかもしれない!って言ってみる!」





 「ああ、これは久しぶりですね。ラカン……何をしに?」

 「いんや、俺の隠遁してるのがここだからな。お前が来てる話を聞いてな、偶には飲もうかと思っただけだ」

 「そうですか……では、ミス・神裂。貴方もご一緒しませんか?」

 「……宜しいので?」

 「ええ」

 「……では、ご相伴に預からせて頂きます」



 そんな会話があったとか、なかったとか。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その五(表)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/03 14:56


 [今日の日誌 記述者・龍宮真名


 刹那に約束した以上、近衛木乃香の護衛をするとしようか。
 まあ、誰かを守る行動と言うのは、それなりに慣れてはいるから、別に良いのだがな。
 ヒデオさん曰く――刹那は楓が見ているようであるし、それほど心配はしていない。むしろ楓の方が心配だ。彼女も苦労しているらしいからな。
 近衛木乃香は学園長が連れまわしているらしい。
 昨日訪ねに行ったら、神楽坂達の部屋にもいないようだった。
 天井にオコジョがいたが、まあ放っておいても問題は無い。ネギ先生の使い魔らしいしな。ところで、勝手にあんな処を改造して、なのはさんは怒らないのだろうか。


 昼ごろか、もう少し後だったか。
 木乃香が帰ってきたのを確認して、さりげなく護衛に付くことにする。
 近距離が専門の刹那だが、私の専門は中距離と遠距離。離れての護衛ならば、むしろ刹那よりも護衛しやすいのだ。
 図書館島のメンバーに、司書の読子・リードマンが同行していた。
 まあ、特に書くべきことは無い。そもそも、木乃香が普通の一般人だったとして、綾瀬や宮崎やリードマンがいれば大体のトラブルはなんとかなる。
 しかし、それよりも思ったことだが。
 この学園の、特に私達のクラス。
 人間関係が入り乱れすぎていて、流石の私でも把握しきれていない部分がある。
 委員長、本当に大丈夫なんだろうな?
 一応、私も委員長の手腕を信頼しているが、不安感はある……。
 まあ、何かあったら話してくれ。格安で引き受けよう]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その五(表)



 「あ、あの、明日菜さ――」

 「……ネギ」

 ビクッと、私の声に震えるネギ。
 おそらく。
 今の私は未だネギが一度として見た事のない不機嫌さに違いない。目の下には隅も出来ているし。
 結局昨日の夜、いつまでたっても帰って来なかったネギを待っていたら、私は徹夜。徹夜は本当に、健康に悪いのだ。肌とか、胃腸にも悪い。年頃の女子がやることではないのだ。本当に。
 帰ってきたのは日が昇る頃。
 待っている時間が長すぎて不機嫌になり、その後は心配で堪らなくなり、今日も帰ってこなかったらオコジョの鼻で何とかして貰おうと思っていた。
 話を聞いたところでは、何でも楓さんに山中で出会って、そのまま食事やお風呂、テントまでお世話になったのだと言う。
 それを聞いた私は、安心でホッとした後にネギに拳骨を与え、そして今布団でダウンしている。
 要するに――

 「寝かせなさい」

 「――ハイ」

 今日はまだ日曜日だ。
 だから、ゆっくりしていても問題は無い。折角の天気の良い日だけれども、悪いけど今日はずっとこの状態だ。起き上がれそうにないし。
 オコジョはオコジョで、どうやら屋根裏的なスペースでパソコンを弄っているし(オコジョがパソコンってどうかとも思うけれど)、ネギは一人で行動して貰おう。

 「……エヴァちゃんの所にでも行ってきたら?」

 確か、茶々丸さんがそんな事を言っていなかっただろうか。
 どうやら、楓さんから色々と諭されて、少しは成長できたようであるし。
 私を巻き込んだことを始めとして、色々と謝られたけれどそれはこちらも同じことだ。私だって、ネギに謝らなくてはいけないことがあったのだから。
 だから、それはお互い様と言う事で手を打った。

 「――訊きに、行くんでしょ?」

 何故、自分が狙われるのかを。
 何故、自分の事を狙うのかを。
 ネギに、一人で来いと――エヴァちゃんは言っていた。

 「……それは、そうです、けれど」

 一人で行くのが、心細い――そう言う事か。
 そう私が思った矢先――扉が叩かれる。

 「あー、どうぞ……」

 私の声に(へろへろだったけれど)扉を開けて、顔を出したのは――ヴィヴィオちゃんだった。

 「こんにちは、御免なさい……あの、ネギ先生を借りても良いですか?――ママが、エヴァンジェリンさんの所に、私と一緒に行くようです」

 ――ああ、つまり向こうからお呼びが掛かってしまったのか。

 「え、あ……の」

 「行って来なさい、ネギ」

 これはあくまでも私の主観だけれど。
 もう少し――勢いよく突っ走っても良いと思うのだ。

 「ネギの、お父さんの事も――聞けるんじゃない?」

 「――!」

 悩むくせに、自分の目標だけには貪欲で。
 それでいて頭が良すぎて馬鹿だ。
 だったら――背中を押してやっても、良いだろう。
 なのはさんとヴィヴィオちゃんも一緒に行くのならば、心細い……などと言う事は無いだろうし。
 そう言って、後押しすること五分。


 私の言葉に、ようやっとネギが決心したのだった。



     ○



 川沿いの道。
 白い道路に、緑豊かな周囲。
 そこを、僕はヴィヴィオさんと、なのはさんとの三人でエヴァンジェリンさんの家に向かって歩いている。いや、ヴィヴィオさんの肩にはフェレットが載っていて、彼を含めると三人と一匹だ。
 どうやら彼もカモ君のように話せるみたいで――だとすると子犬のアルフさんもそうなのかもしれない。

 「ユーノ・スクライアです」

 そう言って頭を下げてくれた。凄く礼儀正しくて、カモ君とは随分と性格が違う。
 話を聞く限り、なのはさんが魔法を知った最初の原因がこのユーノ君だったとか。
 ユーノ君が発掘して、無くしてしまった強力なマジックアイテムの回収を、なのはさんが手伝ったのがきっかけだったらしい。

 「まあ、でも今はヴィヴィオに付いて貰っているよ」

 なのはさんが優しく微笑みながら言う。
 この人も――多分、レレナさんのように、悪い人では無いのだろう。
 でも、僕はこの人の事が解らない。
 目的が、僕には全く見えないからだ。
 目的が見えなくて、でも良い人で、それでいてエヴァンジェリンさんの味方をしていて、しかも全然違う魔法が使えて。
 凄い人なのは判るけれども、彼女がエヴァンジェリンさんに協力している理由も全く分からない。
 だから、僕はこの人が解らない。
 ただ、ヴィヴィオさんは把握している――様な気がするから、僕が言う事では無いのかもしれないけれど。
 なのはさんも、僕には絶対に手を出さないと約束してくれた。
 指切り、なんて言う約束は初めてだった。
 歩きながら、僕は二人を見る。
 なのはさんと、手を繋ぐヴィヴィオさんと。実は血が繋がっていないと言う事も本人の口からはっきりと聞いた。親戚ですらないらしい。
 なのはさんともう一人、ヴィヴィオさんを助けたお友達が、彼女を育てているのだと言う。ヴィヴィオさんの事は、具体的には教えてくれなかったけれど……僕が聞いて良いことでもないだろうから、敢えて尋ねる事もしなかった。
 でも、歩く二人を見れば判る。
 二人は全く血の繋がりは無いけれど、でも本当の親子だった。
 僕はそれが少し、羨ましかった。
 そんな風に思いながら――僕はエヴァンジェリンさんの家に辿り着く。
 意外なことに、ログハウスのファンシーな建物だった。



     ○



 「来たよ、エヴァンジェリンさん」

 軽やかなドアのベルと共に、開かれた先に立っているのは三人。
 エヴァンジェリンが協力を求めた高町なのは。
 その娘、ヴィヴィオ。
 そして、私がこの前に屋上で教育した――ネギ・スプリングフィールド。
 いやいや、全く――中々良い目をしている。
 長い年月を生きてくると、必然的に人間を見る目が養われるが……初日の屋上で目撃した時なんぞより、良い。上手くは言えないが――とても、心が躍る目をしている。
 普通に入って来るなのはや、礼儀正しいヴィヴィオと違って緊張しているようだが……まあ、無理もない。ここは敵の本拠地だからな。

 「いらっしゃいませ、なのは様。ヴィヴィオ様。ネギ先生」


 メイド姿の茶々丸が出迎える。
 きちんと挨拶をする魔法少女二人と、慌てて挨拶をする子供教師。
 どうやら、茶々丸に驚いたことと、彼女の服装に驚いたこと。さらには、部屋の中の無数のぬいぐるみにも驚いたのだろう。
 確かに吸血鬼の家には見えんことは同意する。

 「ああ……きたようだな。ネギ先生」

 私の下にいたルルーシュが反応した。

 「C.C.……どけ。重くはないが、この光景は年齢的に見せたらまずいような気がするぞ」

 まあ、気持ちは分からんでもない。
 なにせ今の私は。ジーンズはともかく、上半身は肩まで出ているし、タンクトップのせいで臍周りも出ている。それでいてルルーシュの膝の上に乗っかって丸まっていて――傍から見れば立派な恋人同士だろう。
 ちなみにルルーシュは女生徒には人気だが、すでに私との仲も知れ渡っているので、精々がファンクラブ程度だ。高校時代とは比較にならないな。それの良し悪しはともかく。
 私を退かしたルルーシュは立ち上がり、ネギの方へ。

 「エヴァンジェリンが歓迎するかはともかく……だ。ネギ、俺は歓迎しよう。彼女は二階で待っている。――行くか?」

 その言葉に――ああ、おそらく、覚悟は出来ているがもう少し時間が欲しい……そんな所だろうな、この顔は。
 それをルルーシュも見破ったのだろう。

 「こっちだ……紅茶を入れてやる」

 そう言って、ネギを小部屋に連れて行った。
 中で何を話すのかは知らないが――あれで面倒見が、特に年下には甘いルルーシュだ。大丈夫だろう。
 一方で。
 どうやら、高町なのはが――娘に自分の状況を伝えている。
 驚いている様子は見れないので、きっとヴィヴィオは予想していたのだろう。肩に乗ったオコジョ……。

 (――《ジ・オド》発動)

 ……っぽい何かと頷いている。普通の生き物とは流れが違うな。生命エネルギー以外の物を持っているのを見ると……おそらくあれだ。魔法少女に付きものの小動物だ。多分。
 協力者であるところの、川村ヒデオは……おそらく、またどこかで下準備をしているのだろう。先日は長瀬楓に、桜咲とネギを誘導したようだし、本当に有能だと思う。
 ちなみに、あのキリングドール、チャチャゼロは。確か二階の天井に飾られているのだったか。大停電の日には、あれにも仕事が任されていた。
 そんな事をつらつらと考えながら、待つこと十分ほど。
 ルルーシュに連れられて出て来たネギは、二階へ上る階段を教えられる。
 緊張も良い具合に解れた様で……あいつは、こう言う事は得意なんだ。本当に。指揮官、指導者としても非常に有能だが、あいつがいた世界がもっと優しければ――いや、これは戯言だな。IFの話をしても仕方が無いし、あの世界だったからこそ――私はあいつと巡り合えたのだから。
 ルルーシュの、二階に上がっていくネギを見る目が、ロロやナナリーを見る目に似たようなものが感じられて。

 「弟でもできた気分か?」

 そんな風に尋ねたら。
 一瞬の後に、不敵は笑顔で返された。
 私の世話だけで手いっぱいだそうだ。全く。



     ○



 僕は、エヴァンジェリンさんの部屋に案内される。
 案内されると言っても、ルルーシュさんに、この階段の先にいると言われて、素直に進むだけだ。
 一対一で、話をしてくれるらしい。
 階段を上がった先、茶の湯の用意がされた和室が一つと、洋室が一つ。洋室の真ん中に大きなベッドが置いてあって、壁際には本棚が並んでいた。
 そのベランダに、エヴァンジェリンさんは居た。
 僕の方を見て、彼女は軽く鼻を鳴らし――

 「来たか、全く……茶々丸に伝言を預けて三日、いい加減、こちらから呼ぶことにしたが――何をのんびりと過ごしていた。何所かに逃げてでもいたか?」

 優雅に紅茶を飲んでいる。
 白いティーテーブルには、席が二つ。上には、高級な陶器。
 顎で、席に着けと無言で合図されて……僕は緊張しながら、席に着く。
 その態度は、まさに他人を圧倒する――そんな雰囲気で。
 今の僕では無かったら……きっと、そのまま逃げていただろう気配だったけれど。
 滝壺で見た、刹那さんの恐ろしさよりは――ずっと普通にしていられる。
 僕のその空気を感じ取ったのか、エヴァンジェリンさんは少し面白そうな顔のまま、紅茶を注いで僕の前に出す。

 「飲め――それで、ボーヤは何の用があって来たんだったかな?」

 そんな風に、尋ねた。
 自分自身で訊きに来い――というのは、自分で声に出して聞け……そういう事なのだろうかと思う。

 「頂きます……エヴァンジェリンさんが、僕を狙う理由について――尋ねに来ました」

 「ほう」

 彼女は面白そうに頷いて。

 「私が本当のことを言うという保証は?」

 「……ありませんが、言わないと信じます」

 僕の言葉に、やっぱり少し、面白そうな顔をする。

 「そうボーヤが考えた理由を、話して貰おうか」

 理由は――ないけれども。でも、あえて言うならば。

 「僕がここで……偽りを口にしようとは、思わないからです」

 先程、ルルーシュさんに言われた言葉。

 『エヴァンジェリンは、意志を見せればそれに相応しい返答をくれる。……心を強く持って相対して見れば、自ずと評価も定まるはずだ。やってみろ』

 それを思い出した。
 僕の言葉に、エヴァンジェリンさんは――今度こそ本当に、面白そうに笑った。

 「くっくっく――えらくまあ、マシな目付きになったじゃないか。良いぞ、なら私も嘘は言わん。約束しよう」

 そうして、きちんと返してくれる。
 解る。
 いや、解るようになったと言えば良いのかもしれない。
 立場や、自分の強さすらも材料にして。
 相手と正面から向かい合う事も――戦いの内なんだ。
 使うものは言葉。
 比べる物は、己の意思。
 結論を出すのではなく――自らの意思を示す場所。
 それこそが、戦場なのだと言う事を……今、僕はここで理解する。
 ならばそれは――

 (……呑まれて、心を砕かれたら終わりだ)

 そう考えて、僕は尋ねる前に――
 彼女が、口を開いた。

 「ああ……それじゃあルールを決めようか」

 僕の方を見て、不敵な顔で。

 「簡単なことだ……一つ、嘘は言わない」

 そう、言い始めた。
 つまりそれは――同じ土俵で勝負するための、舞台の設定と言う事だろう。
 僕を翻弄することもできるのに、彼女は――それをしない。それをしたら……おそらく、彼女が詰まらないからだ。
 僕は、彼女の言葉を聞く。

 「二つ目……ただし、答えられない質問には口を閉ざす事が出来る」

 エヴァンジェリンさんは細い指を目の前に立てて。

 「三つ目。お互いに質問は三つまでだ……飲むか?」

 「はい」

 僕は、即答した。
 何故だかは――解らないけれど。
 エヴァンジェリンさんが、こう言う時に、卑怯な手を使わないような感覚がしたからだ。
 対等な条件の様な気がした。
 もしかしたら、違うのかもしれないけれど……でも、それでも良いかと僕は思っていた。
 この数日間で。
 僕は――強引に、心の強さを鍛えさせられた。
 新学期の一日目では、どうやっても向かい合えなかった彼女と、今ここで話が出来るのが、その証拠だと思う。
 エヴァンジェリンさんが、僕に何を訊きたいのかは分からないけれども。
 ここは、今始めて――僕と彼女とが、向かい合う場所だ。

 「では……私から尋ねようか」

 相対が、始まる。



     ○



 日曜日である。学校は休みであるが、図書館は勿論解放されている。いつもよりも利用客が多いくらいだ。
 宮崎のどかを始めとした図書館探検部のメンバーも例には漏れず、本日も図書館である。
 近衛木乃香はと言えば、学園長の方に顔を出しているとのことで――どうやらまたお見合いらしいが、実際のところは分からない。
 当然、図書館の仕事では無く、個人の趣味としてやって来ているので……家に帰る時間も自由だった。

 「それでのどか……お昼ご飯は、どうするですか?」

 朝――という訳でも無いが、十時ごろからここにきて、二時間。そろそろお昼時と言う事で出て来たものの、どうするかは未だに決まっていない。

 「……どうしようか」

 健前な悩みに迷う、女子中学生二人。
 ――後ろから声が掛けられる。

 「のどかさん。それと……夕映さん、でしたか」

 振りむいた先。
 黒ぶち眼鏡に膨らんだコート。でも、いつもほど身だしなみも整った――つまり、珍しくまともな格好で出歩いている読子・リードマンがいた。
 のどかはともかく、夕映にとってみれば、あやうく殺しかけた相手である。
 どう反応していいのか分からなかったけれども。

 「え、っと……初めましてです。綾瀬夕映と言います」

 とりあえず、頭を下げて挨拶することにした。


 結局、昼食は超包子で食べる事になった。
 読子・リードマンの奢りである。
 途中で木乃香も合流し、楽しく会話をし、夕映と読子の関係も修復され、何事もなく一日が過ぎ去った。
 彼女達にとっては、この日曜日は何事もない、平穏無事な一日だった。
 ――少なくとも、彼女達は。
 だが、その話を聞いていた一匹のオコジョが……情報を入手し。
 そして、推論の末に一つの結論に達する原因になることは……学園内の誰もが知りえぬことだった。
 アルベール・カモミール。
 彼の存在が――おそらく、ネギとエヴァンジェリンの関係を、繋ぎ止めたのである。



     ○



 会話が終わって。
 僕は――充実感を得ながら、退室しようとする。
 これ以上、彼女はきっと何も話してはくれないだろう。それが、今の僕にはわかるからだ。
 そう、思っていたのに。

 「ボーヤ……こっちを見ろ」

 そう言った。

 「え……」

 僕は、一瞬固まる。
 吸血鬼は視線を合わせる事で、他者を魅了できる――そんな話が頭を過ったから、僕は固まるけれども。

 「いいから、見ろ」

 その言葉の強さに、視線を合わせざるを得なくて。
 エヴァンジェリンさんの瞳は、奇妙に光っていて。

 (……幻影、を)

 そして、僕は――。




 ――僕は見る。
 それは、過去の光景だ。
 長い髪に黒い衣装の、昔の姿のエヴァンジェリンさんが――話している人物がいる。

 「……《千の呪文の男》……英雄だの伝説だのと言われていても、所詮は人。――それを実感したよ」

 「……ああ、そうだな……」

 彼女の視線の先、マントに杖の、一人の男の人がいた。
 その杖は、僕が持っているものと同じ。
 どこだろうか。
 どこかの、海のすぐ傍。
 建物の雰囲気からすれば――ヨーロッパのようだけれど。

 「……だがエヴァンジェリン――お前も、それは判っていたはずだ。いや、お前だからこそ判っていた――違うか?」

 低く響くその声は、波の音にも消えずに聞こえてくる。

 「違わないさ。だが――あの時ほど、人間の命の儚さを、改めて実感させられたことはない。奇妙な話だ……なあ?散々人を殺し、不死の吸血鬼と恐れられ、六百万の懸賞金を持つこの私が――彼女の命が失われる事を惜しんだ」

 エヴァンジェリンさんの瞳が、ほんの僅かに細められる。

 「だから――いや、だからこそ、か。私は許せない。散々に――もう、互いの意見は語ったはずだ。《千の呪文の男》……いや」

 風が吹く。
 ビュオウ、という烈風が、マントのフードを脱がせ。
 そこにいたのは――

 「――ナギ・スプリングフィールド」

 赤い髪の――男の人。
 眼光は鋭く、その眼は自信に満ちていて。

 (……この人が)

 僕は悟る。もう、予感だとか推測とかでは無くて――直感でわかる。

 (……《千の呪文の男》ナギ・スプリングフィールド――僕の、お父さん)

 何も言わない父さんに、彼女は。

 「言ったな、これは私の意思だよ。絶対に、誰が何を言おうとも覆さない。だから……なあ、ナギ・スプリングフィールド。お前もそんな性格のはずだ。違うか?」

 そんな風に尋ねる。

 「ああ、違わない」

 父さんも、頷いた。

 「だったら、ナギ・スプリングフィールド――行くならば……私の願いくらい、最後に叶えてから行け!」

 その声と共に――加速。
 ほんの数瞬で、彼女の爪が父さんに迫って。
 溜息と共に。

 「……エヴァンジェリン。――俺も馬鹿だが、お前も大馬鹿だな」

 そんな言葉を発して――



 気が付いてみたら、元の場所だった。
 先程までいた、テラス。
 固まったまま動けない僕。
 表情が読めなくなった――エヴァンジェリンさん。

 「今の、は」

 ――そうだ、エヴァンジェリンさんと視線を合わせたら、あれが見えて。

 「何……ボーヤが見たいと言っていた、《千の呪文の男》。単なるサービス……もとい、冥土の土産だ。ボーヤの成長に対する、僅かの褒美とでも言いなおそうか?」

 言っている言葉は、先ほどまでと同じ様な口調で。
 でも、感情が読めないのだ。
 先程までは、ある程度表情があった。
 今は違う。無表情という仮面で、顔を覆っている。
 何も言えずに――黙ってしまった僕に、彼女は言う。

 「……ボーヤ、大停電の日の事は、考えて決めることだ。私は、容赦しないからな。……逃げるのも隠れるのも好きにしろ。だが、覚えておくことだ。それをして――」

 その話は。
 屋上で、クラインさんが僕に語ってくれたこと。

 「――後悔しても、選択した事を悔やむな……ですか」

 「そうだ。過去には戻れん。ならば、その悔恨を糧として進むことだ。明日菜には――言ってある。だからお前にも言っておいてやろう。ボーヤ……いや、ネギ・スプリングフィールド」

 おそらく――多分彼女は、その時僕を、初めて真剣に名前で呼んでくれた。

 「選択した自分に、責任を持て。最後まで歩んでこそ――中途の歩みは、初めて意味を持つのだからな」

 それきり、彼女は何も言ってはくれなかった。
 それが……僕に、向けられたものなのか。
 それとも、彼女が自分に言い聞かせているものなのかは、はっきりしなかったけれど。
 僕は、家に帰ってから思い出すたびに、考えることがある。
 エヴァンジェリンさんは――もしかして、凄く優しい人なのではないかと。
 今までのあの態度は――全て擬態では無かったのかと。
 そんな風に、思ったのだ。



 かくして。
 物語は裏へと続く。
 宴まで、残された時間はあと僅か。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》その五(裏)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/04 14:32


 「さて、では私から尋ねようか」

 「はい」

 「お前は、本物の魔法とは一体何だと思う?」

 「……僕にとって、真の魔法は――」

 「魔法は?」

 「――ほんの僅かな『勇気』です」

 「なるほど。良い答えだ。――お前の番だ」

 「はい。…………エヴァンジェリンさんは――何故、僕を狙いますか?」



 ネギま クロス31 第二章《福音編》その五(裏)



 高町ヴィヴィオは魔法少女である。魔砲少女でもある。母親直伝の砲撃・遠距離魔法に、もう一人の母フェイトに習った近接魔法。防御系統は元々反則とも言える体質で何も問題は無いので、あまり教わってはいない。
 ミッドチルダ式、ベルカ式といった魔法の説明は長くなるので置いておくが、ようするに彼女は自分を守ることは非常に優秀であり、遠距離・近距離共にこれからも非常に期待される人材であるが、他者を防御することは苦手なのである。
 そこで母・なのはがヴィヴィオに付けたのがユーノ・スクライア。
 結界、拘束、通信に加え、助言者としても非常に有能な、かつてはなのはのサポートもしていたオコジョ……にもなれる青年である。

 (……人間型が基本のはずだけどね……)

 なお、青年であるはずだが、なのはからもヴィヴィオからも、そもそも知り合いの内で、彼を君付けで呼ばないのは――おそらく、呼び捨てにするヴォルケンリッターやクロノ、あるいは無限司書の部下くらいでは無いだろうか。
 青年のくせに、妙に可愛らしい顔つきだし。

 (まあ、それは置いておいて)

 母・なのはがどうやら自分に対して訓練を課しているであろうことは、十分に解った。
 というか、それ位しか思いつかなかった。
 実際に。

 『私を鍛えるため?』

 と尋ねたら、真剣な顔でそうだよ、と頷かれたのだ。
 でも、その理由が分からない。
 エヴァンジェリンと手を結んだのも、彼女の計画に乗ったのも――おそらく、理由があるのだろうけれども、それが解らないのだ。
 全く。
 これっぽっちも。
 時空管理局から――何か、重大な情報でも貰ったのかもしれないが、まだ話してくれないのだ。
 本来ならば話してくれるであろう情報を話さないと言う事は。

 (……つまり、まだ不確定で、しかも未確認)

 推測……にすらもなっていないのだろう。おそらくは。
 『ひょっとしたら――かもしれない』……そんなレベルの。だから話さないのではないか――そんな風に、疑っている。


 さて。
 ここ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの家で。
 その推測は、どうやら正しかったことを知った。

 「それでヴィヴィオ……私は、今エヴァンジェリンさんに協力する立場にある。ヴィヴィオはどうする?」

 (……私は)

 「……エヴァンジェリンさんは」

 疑問を一つ、口に出す。

 「――大停電の日に、木乃香さんやのどかさんや、夕映さんや……私の周りの人に、被害を与えるのかな」

 ヴィヴィオは。
 エヴァンジェリンの行動の内、自分で許せないのがその部分だった。
 吸血鬼に血を吸うなとは言えない。エヴァンジェリンが、何らかの思惑が合って行動していたのだから、ネギ・スプリングフィールドに手を出すのも良い。自分自身が巻き込まれるのも、まあ許せる。
 でも、自分の友達たちを巻き込むのは、例え母が彼女の陣営にいても許せない。許せないことは、自分で納得するまで考えるようにと母から言われているし、さらには今この状態でもそうやって教えられるに違いない。
 それは――おそらく、エヴァンジェリンも言われるのを覚悟してやっているに違いない。だから、ヴィヴィオの感情を解っていても――エヴァンジェリン自身が必要だと思ってやっているのならば、そこはもう、どちらが正しいかでは無い。どちらも正しいのだ。
 質問の答えに。母は。

 「……ううん。多分大丈夫だよ。今のエヴァンジェリンさんの標的はネギ先生だし――それに、近映さんとのことも、宮崎さんとのことも、きちんと解決しているよ」

 そう言った。

 「……なら、私は、邪魔しない。エヴァンジェリンさんに協力は出来ないけれど……代わりに、大停電の日にやって来る侵入者から、木乃香さん達に危害を加えないように、行動する」

 ヴィヴィオのその言葉に。
 なのははと言うと、やっぱりね、と肩をすくめるだけだった。

 「だと言うと思った。ヴィヴィオ、私は手伝えないけれど、大丈夫?――本当は、止めて欲しいんだよね……実を言うと」

 「ママは……心配?」

 「ううん。ヴィヴィオが怪我をするとか、そう言う事じゃなくて。いや、それも大事だけれど、実は懸案事項があると言うか、ね」

 「?」

 この母親ですらも心配させるような、懸案事項とは一体何なのか――さっぱり分からないヴィヴィオであったけれども、その為に母は自分を鍛えていたのかとも思う。

 「うん。多分大丈夫だと思うから、止めないけれど……何かあったらきちんと話す事。約束出来るね?」

 膝を曲げて、目線を合わせるなのはに、ヴィヴィオは。

 「うん……はい」

 一回間違えたが、きちんと返事をした。
 その顔を見たなのはも頷く。

 「わかった。それじゃあこの話はこれでおしまい。今まで黙っていた代わりに、今日の夕御飯、ヴィヴィオの何か好きな物作ってあげる」

 「うん!」

 話がまとまり。
 紅茶を入れたルルーシュが入ってきたのはそんな時であった。



     ○



 「自分の為だ」

 「……それだけ、ですか?」

 「後は、黙秘させてもらう」

 「…………分かり、ました。――エヴァンジェリンさんの、番です」

 「ああ。――お前にとって、魔法は『勇気』なのだと言ったな。――ならば、今ここにいるお前は、『勇気』意外に何を持ってここに来たのか、それを教えて貰おう」

 「――意志と、覚悟と。……それと、憧憬、もあるかもしれません」

 「……ふん。なるほどな。前者の二つは当然として…………ナギの情報か」

 「…………そうです」



     ○



 ルルーシュが、何故エヴァンジェリンに協力しているのかと言えば、それは彼女の生きざまに自分を見ているからである。
 もちろん、家に住まわせてもらっている恩であるとか、C.C.の同郷で親しい友人であると言う理由もあるにはあるが、一番は彼女と自分が良く似ていると思うからだ。
 それゆえに、同じ意思を持つ彼女に――助力している。
 最もルルーシュの仕事は川村ヒデオと同じく裏方仕事が大半で、例えばその中にはネギ・スプリングフィールドが教師として役に立たなかった場合のフォローとかも含まれていたのだが――まあ、これをしなくて安心している部分はある。
 ネギがやって来て、相方の魔女を下ろし、緊張を解くために別室の小部屋に案内して。
 ルルーシュは、受け持ちクラスの正担任を見る。
 ネギ・スプリングフィールドは……まあ、子供だと言うのは解る。才能も含め、ルルーシュが十歳だった時と遜色は無いだろう。
 ――頭脳はおそらく、ルルーシュの方が上だろうが、知識の量ではほぼ同等。いや、魔法やらなにやらの知識も含めるのならばネギの方が上だが……その分、ルルーシュには帝王学がある。どっちもどっちだろう。
 ティーポットに葉を入れ、あらかじめ温度を沸騰させた湯をきちんと温度計で測った後でポットに。葉やお湯の性質から割り出した抽出時間をタイマーでセットする。
 その鮮やかな手並みは、同じ趣味を持つネギでも感嘆するレベルである。
 ネギを席に座らせ、机の上にテーブルクロスを敷き、ティーカップを湯煎して暖め、タイミング良くタイマーが鳴る。そのままカップに紅茶を注ぎ。

 「とりあえず飲むと良い」

 そう言って、差し出した。エヴァンジェリンにも進められるのだろうから、一杯で十分だろう。
 その優雅さもさることながら、実は家事スキルも非常に高いために料理研究会を初めとした料理系クラブから特別顧問として呼ばれていたりするルルーシュである。

 「さて……ネギ先生」

 自分の分の紅茶も入れ、向かい合った状態で、ルルーシュは話しかける。

 「助言を差し上げよう」

 そう切り出し始める。
 ネギは……おそらく自分の事を信用してはいるが、しかし頼ってもいないし、ましてや味方であるとは思っていない。自分が、おそらく「ここでは」傷つける事はしないだろう――そう思っている。

 (……正しい判断だな)

 間違ってもエヴァンジェリンとの約束を破るつもりのないルルーシュである。

 「戦場において、あるいは交渉の場において、最もしてはいけないことは何か――それはな、答えを出さないと言う事だ」

 ルルーシュは視線をそらさないで言う。

 「俺の持論ではあるがな。戦場・交渉・相対そのどれでも良い。目的にしろ意志にしろ、いずれにせよ自らを示す場所が戦場だ。何も示さないならば、それは相手に足る資格は無いということだ。以前の――エヴァンジェリンとの初会合のようにな」

 無論、あの場にはルルーシュは居なかったが……。

 「何をそんなに驚く。C.C.から聞いただけだ」

 実際、彼の動きはほぼ全てトレース出来ている。
 学校の中は当然、C.C.に茶々丸、ヒデオ、なのは、ウィル子とかいう悪戯好きな精霊もいるのだ。把握できていない方が不自然である。

 「真の強者はな、奢り高ぶることはあっても、決して自分より下にいる存在からの挑戦を退けん。退けたとしたら、それは弱者に責任があるか、あるいは強者が偽りであるかのどちらかだ。もしくは、その謗りを受けるほどに重要な別件があるか、な」

 そして――エヴァンジェリンはその真の強者の代表例だ。

 (……姉上のような、な)

 幾度となく戦場で相見えた義理の姉を思い出す。ある意味ではあれも強かったのだ。運命という偶然もあった物の、結局彼女は死ぬことも無かった。

 「だから、だ。精々飲まれるな。引いても何も変わらないが、進めばその覚悟は汲み取るのが強者だ」

 まあ、汲み取った場合は容赦が無くなる――とも言うのだが。まあ、その辺りは個人の方針だろうと思っている。少なくとも、今この場においては――ネギ・スプリングフィールドには、そんな裏技を教えなくても良いし、教えるのはルルーシュでは無く……どちらかと言えば川村ヒデオだろう。

 「わかったな?」

 さて、ひょっとしたら姉を思い出して両目が光っていたかもしれないルルーシュである。憎んではいないし、そもそもが二百年は立っているので今さらだが――戦争とは無関係で色々と複雑な記憶があるのであった。
 頷いたネギに、ルルーシュは言う。

 「エヴァンジェリンは二階だ。……まあ、気をつけろ。とって食われはしない……今ここではな」

 最後の一言に、一瞬体を硬くさせたネギであるが――きちんと頷いて出て行った。
 さて、後はどう行動するかは――彼次第である。
 紅茶を片付けて――

 (……高町親子にも、持って行こうか)

 そう思い直して、再び準備を始めたルルーシュだった。



     ○



 「それでは、最後の質問だよ。ネギ・スプリングフィールド。第一と第二の質問を踏まえた上で訊く。……私と戦えるな?」

 「………………………はい」

 「そうか。ならば良い。大停電の日に――誰に助力を頼んでも、どんな方法でも良い。私に『《闇の福音》としての全力』を出させて見せろ。それがお前の勝利条件だ。私が負けを認める前に、お前がダウンすれば負けだ」

 「……はい。――では、僕の最後の、質問です」

 「ああ」

 「エヴァンジェリンさんは――――」



     ○



 昼時と言う事もあって超包子はそれなりに混んでいたけれども、座れないほどでは無かった。
 四葉五月や古菲、超鈴音、葉加瀬聡美に挨拶をして、夕映はのどか、読子・リードマンと共に席に向かう。
 普段ならばここで茶々丸が案内してくれるのであるが……今回は違った。いや、確かに人形ではあるし、自立機動で意思を持っているけれど。

 「あ、あの、ご注文は、何ですか?」

 小柄な夕映よりも、さらに小さな体。
 知る人ぞ知る、世界最高の人形師ローゼンの造りし第六ドールがいたりした。周囲を良く見ると第三ドールと第四ドールの影も見える。

 「……ええ、取り合えず処々の疑問は置いておいて、そうですね。このランチセットを三つお願いします」

 一応彼女達は三人とも、この人形たちの事を知っているので驚きから解放されるのは速かったが――しかし疑問は残る。

 「はい!」

 そう元気良く頷いて店舗へと走って行く第六ドール、もとい《雛苺》。

 「……私が調べた所に依りますと。ローゼンの作った《薔薇乙女》は余りの貴重さに伝説とも言われているはずなのですが」

 なにせ、自分で気になって調べたのだから確かだ。

 「こんな所でバイトとは、いえ、確かに可愛いですが。点心を売る店に、アンティークドール……」

 今現在はチャイナ系の服に着替えているものの、それでも顔立ちは西洋風。ミスマッチにも程がある。これが等身大なら、言っては悪いがコスプレだ。
 丁度良く葉加瀬が通りかかったので、尋ねる夕映である。ちなみにのどかは本の談義を読子と繰り広げていて別世界に飛んで行っている。

 「ああ、問題ないですよ。茶々丸っていう前例がいますし」

 ――ああ、なるほどです。
 それだけで全てを理解した夕映だった。
 茶々丸が機械であれだけの事が出来ることが知られているならば、この人形達はそれをそのまま小さくしたように思える訳だ。確かに。

 「ですが、狙われる、なんてことは」

 「大丈夫ですよ。対策はしてあります。火力はちょっと弱いので軽い火傷位で済むのが難点ですが」

 ……どうやらこれ以上は聞かない方がよさそうであると判断した夕映だった。
 それから数分後。

 「はい、持ってきてやったです」

 生意気な口調で点心を置く第三ドールの――。

 「……えーと、《蒼星石》、でしたか?」

 「違うです。私は《翠星石》です!」

 オランダ人形で、長い髪を持つのが《翠星石》で、姉――なのだが。
 夕映も含め、客の皆からしょっちゅう間違えられるらしい。無理もない。だって名前がヤヤコシイ――とは言わず。

 「……すいませんです」

 素直に謝った夕映に。

 「気を付けるのですよ!……さっさと食べるです!」

 そう言って去っていく。
 とりあえず、自分の周りの色々に対して溜息を吐いて、夕映は箸を取って、目の前の二人に言う。

 「お二人とも、そろそろ戻って来て下さい。冷めてしまいますよ」



     ○



 「エヴァンジェリンさんは――父さんのこと、ひょっとして好きだったんですか?」

 「……いや。好きでは、無かったよ」

 「……嘘では、ないですよね」

 「ああ。――好きという感情よりも、もっと大きく、あるいは暗く、羨ましく、あるいは憧れていたが――好きなどという言葉で言えるような、関係では無かったよ」

 「……そうですか」

 「ああ。ボーヤには、まだ解らんさ。……だからこれ以上は、聞いてくれるな」

 「――はい」



     ○



 超包子の三人に、木乃香が合流していた。
 どうやら学園長の用事から解放されたらしく、寮に戻って着替えて、簡単に食事をするために、作るのが面倒だったからやってきたのだと言う。

 「明日菜は寝てはったしな。……偶には良いやろ」

 「そうですか。――ともあれ、おかえりです。木乃香……またお見合いですか?」

 「ううん。それもあったけど、今日は別の要件や」

 「そうですか。……ああ《蒼星石》。注文をお願いするです」

 頷いた時、通りかかったボーイッシュな人形に、一声。

 「はい!……どちらに致しましょう?」

 「軽めで良いやな。……そやな、このハーフのセットで」

 「了解しました」

 去っていく彼女を(彼女である。判別しにくいが)目で追いながら、木乃香は言う。

 「そう言えば――あの子達と会ったのは、え~と……もう二、三か月は前やな」

 「……ええ。私が『学園内で』初めて起きてしまった時ですので。あの時は、彼女達とエヴァンジェリンさんに、茶々丸さん。あと義姉さんも出て来て大変なことになりました。……ご迷惑をお掛けしたです」

 「ええよ、別に。夕映は、ウチらには危害与えへんもん」

 言っている内容は殺伐としている事この上なかったが、流れる空気は穏やかだった。
 ちなみに、のどかとリードマンは、箸と口を動かして、やっぱり文学談義に走っている。内容がマニアックすぎて付いて行けないので、必然的に夕映と木乃香とが会話をすることになるのだ。

 「そういえば」

 口の中の点心を飲み込んで、夕映が言う。

 「エヴァンジェリンさんは、何故木乃香さんを狙ったのでしょう?――いえ、そもそもです。犠牲者は、確か、あえて言うならば共通点らしき物が……」

 「ああ、それやけど」

 木乃香もまた、古菲が運んできた点心を食べて。

 「むぐむぐ、ごくん。…………何でも、エヴァンジェリンさん、ウチのお父様とも知り合いだったらしいねん。それで、挨拶代わりーていうか、ウチがどんな反応するのか見たかった、ていうか。そんな感じだったらしいえ?」

 「そうなんですか?」

 「そうなんよ」

 そんな会話。

 「木乃香さんのお父さんは――何故、彼女と知り合いだったのでしょう?」

 「さあな、そこまでは判らへんねん。でも、エヴァンジェリンさんのことは御爺様も知っとるんよ。……あ、夕映。そこのラー油お願いや」

 「どうぞ。……ああ。――つまり確信犯だ、と」

 「推測やけどな――御免、これ醤油や」

 「失礼したです。器が不透明で……こっちでしたか。――では、木乃香さんにも厄介な事情がありそうですね」

 「ありがと。……そやな」

 成積とは無関係な頭の良さを発揮しつつ、会話する二人。



 しかし、その足元で――一匹のオコジョが聴いている事には気が付いていなった。
 何の事は無い、偶然。
 木乃香が返ってきたことに、天井裏にいたカモが気が付き――何らかの情報を得られるかもしれないと、ほんの気まぐれで追跡して行ったこと。
 エロオコジョが机の下にいたのは、バレタラまずいと言う事以外に、色々を覗けるからであるが――。
 そのオコジョは、愕然としていた。
 今の会話から得た情報が、たった一つ。
 とんでもない推測を、思い付く切欠になってしまったからだ。

 (……まさか)

 その疑念は、決して消えることなく。
 むしろ。

 (……そう考えれば、エヴァンジェリンの行動全てが分かるっす。学園側が全て彼女の行動を見逃していた理由も……!)

 どんどんと、膨れ上がり。

 (ひょっとしたら、兄貴とエヴァンジェリンが、戦う必要など、ねえかもしれないってのに!)

 そう思い。
 だが――実際には。
 彼女と、ネギの間には――既に、戦うという、協約が結ばれてしまっていたことを。
 互いに、覚悟を持って相対してしまった後だと言う事を。
 このオコジョが、知りようもなかったのである。
 だが。
 あるいは、カモは後にこうとも言った。


 この推測こそが――ネギの勝利を引き寄せる事になったのだ、と。




 かくして。
 宴の夜に、全ての配役が出そろうまで――あと僅かである。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル(準備)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/05 22:32


 [今日の日誌 記述者・竹内理緒


 この日誌にもかなり慣れた自分ですね。
 昨日のことですが、霧間先生がウチの販売店にやって来ました。
 しっかり買って行ってくれて、非常にありがたかったです。
 大停電が近いせいか、皆さん色々と需要があるらしくて。
 ここ最近、非常に売れ行きが良いんですよ。
 おかげで、整備とか点検とかで、忙しくって、それで私も睡眠不足です。
 きちんとお給料が貰えるのは嬉しいんですけどね。
 まあ、業者から卸して貰う分には――学園側の負担なので、困りませんし。

 ええ、何の事かって。
 それは勿論、暗中で発光する素材で作ったアクセサリーですよ?
 それいがいに、一体なんだと思ったんですか。
 そういうことに、しておいて下さい。
 ――ね?]



 ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル(準備)



 火曜日。
 ネギ・スプリングフィールドがエヴァンジェリンの家を訪ね――そこで戦場協約を結んでから二日後。
 大停電の日である。
 この日。
 おおよそ、一筋縄ではいかない芥の勢力が、麻帆良の地にて蠢いていた。
 ネギ・スプリングフィールドと彼の協力者。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその協力者。
 そして、それ以外にも幾重にも思惑が絡まり――この日、たった一日の夜の宴、僅か四時間の饗宴に備えていた。



     ○



 学園長室に集合する、学園の中においても実力者と言われる魔法教師及び魔法生徒達。
 勿論集まった理由はほかでも無く――本日、大停電の日における侵入者たちへの対策についてである。
 毎年毎年、この時期には必ずやってくる彼らに対して――どう対抗するのか。

 「ふむ……大体は、集まったかの」

 タカミチ・T・高畑を筆頭に、おおよそ二十人程度。
 学園内において、性格や思想はともかくとして――学園長が信用と信頼を置き、なおかつ優秀であると認めた人材のみが集まっている。
 学園長室に集った面々をぐるり、と見渡して、学園長は。

 「始業時間まで時間はあるが……始めようかの」

 鋭い眼光で、そう言った。


 大停電まで、あと十二時間三十分。



     ○



 「おーい、友。生きてるか?」

 「なんとかね~」

 そんな最愛の人物、戯言使いの声に返しながら、彼女はやはり一心不乱に指を動かしている。
 当然ではあるが、独立したシステムを構築しているため早々には《電子世界の神》とて手は出せないし、それに彼女の性格が自分達を元にして作ってあるのならば、対決の開始前に侵入するなどという興の覚める事はしない。
 彼女は、そして親である玖渚友が、何よりも楽しく気ままに行動する人物だからである。
 自宅、ハードを置いた部屋に入って来る戯言使い。城咲の自宅ほどではないが、十分に混沌とした部屋の中。

 「……で?準備は?」

 「うーん……今のところ、純粋に何もしなくても、百分くらいならイケるね。その百分を、どこまで伸ばせるかが、分かれ目」

 百分。一時間と四十分。
 停電は四時間だから――約四割だ。
 いや、《電子世界の神》を、百分押し留められる彼女達を尊敬するべきなのかもしれないが。
 戯言使いは、邪魔にならない程度に画面を覗き込んでくる。
 無数の数字と英文。過去に組み上げた防壁プログラムを転化させ、疑似人格を使って極限まで作業を効率化させ、それを全員が別々に複雑怪奇に組み上げて、さらにそれを他者が手を入れ……。
 はっきり言って、ここだけで世界の巨大機械の防壁全てが構成されていても変ではない。

 「防壁そのものを《MAKUBEX》に作って貰って、僕様ちゃん達がそれに手を入れる、見たいにやって。それでも全然数が足りないけど……そこは、大泥棒さんもいる」

 それに――と、彼女は。

 「どうやったって、彼女が機械である以上……一瞬の人間の機転には弱い部分があるんだよ。そこを突いて、何とかして見せるね」

 そう言って、満面の笑みを浮かべた。


 大停電まで、あと十一時間四十五分。



     ○



 アンダーラインで教室の授業を眺めるウィル子である。
 珍しい事に、エヴァンジェリンとクラインが座っているのは――おそらく、ネギ・スプリングフィールドとの会談は終了し――もはや授業に出ないことへのメリットが無いからだろう。
 まあ、彼女達を――特にC.C.を見る桜咲刹那の視線がトンデモナイことになっているが……おそらく問題は無いだろう。
 逆に、ネギ・スプリングフィールドはといえば、おそらくエヴァンジェリンが授業に出ているからだろう。決して小躍りするほど喜んでいる訳ではないが、それでも安心したように授業を受けていた。
 精神的に、しっかりと吹っ切れたようである。

 (……まあ、吹っ切れていると言うか、前に進めたと言いますか)

 なんとなく、情けなかった頃の(いや、今も時々情けないが)主人を思い出す。
 ネギを見守る、神楽坂明日菜にも、きちんとした意思が見えている。

 (……どうやら、エヴァンジェリンさんの真意を知ってしまったようですし)

 そのことは、ウィル子は彼女達に話してはいない。
 ヒデオから、内密に、絶対に彼女達に教えるなと――厳命されている。
 数少ないヒデオの、心からの願いを退けるほど、彼女は堕ちてはいない。
 ヒデオがウィル子の口をふさいだ理由は、何の事は無い。あの二人の戦いに、水を差してはいけないと言う――それだけのことだ。

 (……頑張るのですよ。少年)

 ウィル子は――そう、心の中で応援をする。


 大停電まで、あと九時間四十分。



     ○



 お昼時。
 極普通の身なりをした、普通の食堂で、普通に食事をする女性が一人。完璧に溶け込むその姿は、おそらく天草式十字教レベルであろう。
 長い三つ編みを後ろに垂らし、眼鏡をかけたその女性は――大泥棒。
 石丸小唄である。
 井伊入識こと戯言使いに、彼女は依頼を受けている。
 それは、本日の大停電での依頼だ。
 彼女が盗む物。

 「……本当に、十全ですわ、お友達(ディアフレンド)」

 それを思い出して、彼女は口元に笑みを浮かべる。
 彼女にして見れば、決して簡単ではないが……しかし、簡単では面白くないのだ。
 今どき大泥棒などやっている理由は、簡単。とても簡単。赤い請負人のように、何でもやると言うスタイルは変わらないものの……要は、自分も楽しむことだ。
 その辺り――いや。天才と称される存在は、特にそうか。
 自分自身で、楽しくしない限り――世界が退屈なのだ。
 故に、彼女。石丸小唄もこのような仕事をしている。
 それだけの、単純な話。

 「楽しみですわね……」

 赤い舌をちろり、と見せて、彼女はほくそ笑んだ。


 大停電まで、あと七時間五十分。



     ○



 レレナ・パプリカ・ツォルドルフは、半吸血鬼である。
 今からおよそ六年ほど前。
 湯ヶ崎という極普通の街で事件に巻き込まれ、そこで半吸血鬼となった。
 彼女自身に非は無く――むしろ不可抗力だったと言える。
 彼女は、彼女を吸血鬼にした「彼」を狙って来た相手との抗争に巻き込まれ、一時期死にかけた。
 そこを、吸血鬼化することで救われたのである。
 それは――シスターだった彼女にとっては、良い事では無かった。
 理由は多くは語るまい。――ただ、彼女の属していた宗派。ローマ正教は、人間から外れてしまった彼女には、非常に厳しかったこと。
 吸血鬼の、いや、おそらくは「彼」の《血族》の特性上、例え船や飛行機を使っても海を渡れなかったこと。
 その他、幾つもの事象が重なり、結局彼女は今、「カンパニー」にいる。
 高校卒業後、進路に困っていた所を……同級生・時田青磁の家の家政婦、たまの伝手で連絡を付け、そして就職したのだ。
 『特区』まで行くのにも非常に苦労させられたが……最終的には、辿り着き、入社。それから直ぐに『特区インパクト』に巻き込まれたが……これも何とか乗り切った。
 そして、今は《闇の福音》の監視役としてここにいる。
 ローマ正教だった時から、一応十字教の魔術は納めていたため……吸血鬼としての能力は、はっきり言って雑魚同然であるが、しかしそれなり(あくまでもそれなりだ)には魔術が使える。回復系統がもっぱらであるが。
 それが、良いことかと言えば――解らないが。
 世界樹の枝の上から、女子中学校の教室を見る。
 吸血鬼として得た、数少ない恩恵だ。ハーフだからだろう。日光が弱点にならないのも、非常にありがたい。回復力が大きいのも感謝できる。普通に生活しても、問題は無いのだが……流水や、鏡は、ダメなのだ。
 正直、挫折しかけたが、それでもレレナは今ここにいる。

 「やあ」

 後ろから――声を掛けられた。

 「あ、……どうも」

 隣に腰をおろした女性を見る。十人が十人とも認めるその美貌。まるで燃えあがる焔のような熱く、光を放つ印象の女性。

 「霧間さん。なぜこちらに?」

 「いや。授業が空いてな。昼食は食べたか?――ここに、弟の将来的な妻が作って、送ってくれたサンドイッチがあったりするが。どうだ?一つ」

 「喜んでいただきます」

 差し出されたパンを素直に受け取る。
 ――数分後。

 「とても美味しかったです」

 「そうか……伝えておこう」

 そのまま、二人で風を受ける。
 穏やかで、春爛漫とは、おそらくこういうことを言うのだろう。
 自然と、二人とも無口になり。

 「……では、私は授業がある」

 やって来た時のように、霧間凪は、唐突に去って行った。
 彼女の最後の言葉はこうだ。

 「ああ。――前にも、ここで話をしたんだ。ネギ先生とね。……その時の約束がある。昨日頼まれた。――私はネギ先生に付くと、エヴァンジェリンに伝えておいてくれ」

 レレナは、子供のように笑った。

 「私はエヴァンジェリンさんの仲間では無いんですが」

 約束した以上、ネギの側にも、エヴァンジェリンの側にも付かないが。
 でも、どちらも見ていて、とても美しい。
 そんな風に思った。


 大停電まで、あと七時間十分。



     ○



 本日、3-Aのクラスの受け持ちにおいて、最も苦労した――いや、教室の空気に中てられた人間、それはおそらく、北大路美奈子である。
 それと言うのも、例えばルルーシュやヒデオは表情を表す事は殆ど無いし、それ以外の人物は、神経が図太いか、逆に鈍いかのどちらかであるからだ。
 美奈子は――悲しいかな、確かに修羅場をくぐり、一対一で魔人と戦えるレベルの人間であるが、人間である。それ故に、自分より強い相手に対しては当然体が動かなくなるし、泣くことも(滅多にないが)ありえる。
 要するに――彼女は本日、教室の空気を最も影響を受けてしまったのである。
 主に、教壇に立って見回した時の、教室の左側の方の人々が原因で。

 (……警備員の仕事が、あるんですが)

 その前にくたびれてしまったのだ。
 そう思って息を吐く彼女の前に、コトリ、と置かれるコーヒーが一つ。

 「……御苦労、さまです」

 「ヒデオさん……ええ、頂きます」

 素直に受け取って、飲む。苦みと温かさが、肩を僅かに軽くして。
 ヒデオはと言えば、やはり感情が読めない。読めないが――どうやら、こちらに気を使っている事は解る。それなりに近い付き合いだからだ。

 「夜は」

 ポツリ、とヒデオが言う。

 「怪我に、気を付けてください」

 それが何を示すのかは、明白だ。
 美奈子も、今日の侵入者の迎撃に駆り出されている。

 「……ええ。ヒデオさんも」

 彼は――純粋に、エヴァンジェリンに手を貸している。その理由は、何故だろう。判らないが、きっと彼なりに、想うところがあったのだ。
 無表情で、強くなんかなくて。不器用で、頭脳と閃きだけで、世界有数の怪物たちと、渡り合ってきた。
 あの大会でもそうだった。
 自分は、むしろ――彼に助けられてきたのだ。
 ヒデオは、決して認めないだろうし……きっと、美奈子に助けられたと言うに違いないが。
 それでも。
 あの強さ、あの目、あの心に――自分は、惹かれた。
 今では、自覚している。

 ――おそらく、自分はこのヒトを――

 「ヒデオさん?」

 周囲に、誰もいないことを確認して。
 俯いたままのヒデオが、こちらに反応するより早く。
 美奈子は――――


 ウィル子が現れた時そこに見たのは、口元に手を当てて固まっている主人だったと言う。
 なにやらラブコメをしていたらしい、とウィル子が悟るのは、まあ別の話。


 大停電まで、あと四時間二十五分。



     ○



 「あ~今日の授業も終わり。……くたびれたな、今日は」

 サラ・マグドゥガルはそう言って伸びる。
 今日は、朝から妙に教室内が緊張していたせいだろう。体が強張ってしまっている。
 サラとしては……まあ、彼女もそれなりに修羅場や死線をくぐって来ているので、そこそこ気になる程度でなんとかなったのだが。

 (……このクラスじゃ無かったら、倒れる奴、ぜってえいるよな)

 あるいはこれほどの空気の中で、それでも日常を送る、このクラスの面々が危ないのか。
 まあ、原因は――一人しかいない。
 桜咲刹那だ。
 彼女自身も、おそらくここにいると、色々な意味で危ないと言う事を自覚したのか。昼休み以降は教室に現れなかったが……午前中の四時間だけで、ストレスをためるのに十分過ぎた。
 サラは――話にしか聞いていないものの、どうやら素子――神鳴流の次期師範・青山素子とは、それなりに関係があるらしいので、特別嫌ってはいないのだが。

 (なんつーか、素子より感情制御が上手いくせに、戦闘の制御は下手なんだよな)

 青山素子は――確かに、冷静に見えて意外と感情的だ。だが、あそこまで危険な破壊衝動を感じさせはしない。
 昨年。偶然日向荘にやってきた青山鶴子辺りに聞いてみたが、機密と言う事で話して貰えなかった。難儀な過去を持っている事は辛うじて解ったけれど。
 机は適度に冷たくて、頬を付けると気持ちが良い。
 大停電と言う事で、今日は景太郎もなるも、早くに帰って来るという。

 (……ま、私は普通の女子だしな)

 無関心なのではなく。
 自分が出て行っても、正しく邪魔であることを理解しているサラは。
 帰り支度をしながら――ただ一つ、こう考える。

 (明日も全員……教室に揃っててほしいんだけどな)


 大停電まで、あと四時間十分。



     ○



 「おいヒオ・サンダ―ソン。今日の買い物リストは、お前が持って来た筈だな。何所にやった」

 「あ、あれ?どこでしょうか?確かにヒオ、鞄の中に入れて来たのですが」

 「……俺は、絶対にお前は無くすだろうから、俺が持って行く……そう、会話を朝にしたはずだが」

 ちなみに彼ら二人が住んでいるのは、大学生用のアパートの、隣合った二部屋である。

 「あ、えっと、ちょっとお待ちを。この辺、この辺に」

 「……もう良い。大体は覚えているからその水揚げされた魚っぽい、頓狂な踊りをやめろ。周囲の目が集まっているぞ」

 そんな会話をしつつ、二人は大型店舗内を歩く。いわゆる総合デパート一階、食糧販売という奴だ。

 「全く。……停電までそれほど時間が無い。家に帰って、荷物を置いて。できれば軽く食事をしておきたいからな。――急ぐぞ」

 「……でも、良いんですの?確かに佐山さんからは、今日に限って侵入者の迎撃に参加しても良いという許可は下りましたが」

 「……概念空間を展開するそうだ。学園全体と、上空にな。内容までは知らんが」

 「いえ、そうではなく」

 と手に取った人参を、原川が今日は高いと戻す。

 「ああ……出動の理由か?」

 「はいですの」

 特売のジャガイモを二袋籠に入れながら、原川が答える。

 「恩は売っておいても問題は無い……いや、違うか。おそらく、今日の大停電の馬鹿騒ぎに参加することが目的だろう。そんな非常事態でもUCATは麻帆良の陣営に付く――という、な」

 「はあ、なるほどです」

 頷いたヒオを尻目に、原川は進む。
 籠の中にキャベツともやしと茄子を入れ、野菜売場を通り過ぎて鮮魚のコーナーに。

 「――安いのを選べ。鮭の切り身とかが安売りだな。肉は又買いに来れば良い。……どうした?何を保けているヒオ・サンダ―ソン……居眠りか?」

 「違いますの!――いえ。あそこにいる彼女って」

 ヒオの指さす先。
 ニット帽に長い手袋の、大学生位の女性が一人。
 魚の解体を、面白そうに眺めている彼女は――

 「伊織さんですの」

 「見れば判る」

 いつだったか、超包子で会合した殺人鬼・無桐伊織である。
 向こうもこちらに気が付いたのか、軽く頭を下げて挨拶される。

 「今日はですの。……買い物ですか?」

 「ええ」

 見ると、籠の中には研ぎ石やら包丁やら文房具やら。彼女が持っては確実にまずい物がたくさん入っている。鋏とかホッチキスとかコンパスとか。

 「今日の夜に備えて買いそろえているんです。うふふ」

 実に不気味な笑顔でそう言われて、なんとなくヒオが青ざめるが、しかし原川は気にしない。
 彼女はヒオに危害は加えない。それを十分に知っているからだ。それだけ解っていれば十分だったとも言える。

 「大変だな。……行くぞヒオ」

 動けなくなったヒオの背中を促して、歩く原川。

 「ああ……一応、俺達も出るが、あんたも気を付けるようにな」

 そんな風に、殺人鬼に一言置いて行ったのは、まあ唯の気まぐれである。


 大停電まで、あと二時間三十分。



     ○



 「で、何で私を呼び出した。超と葉加瀬。停電もあるし、今日はとっとと寝ようかと思っていたんだが」

 不機嫌そうな顔の長谷川千雨であるが、超鈴音は全く気にしなかった。彼女はこの表情がデフォルトだということは周知の事実だ。

 「いやいや、長谷川さんにも協力して頂こうかと思ってネ」

 「何にだ」

 「本日の大停電時の大騒動の……裏方仕事ネ」

 「帰る」

 すぐさま身を翻した千雨だが。

 「……何のつもりだ」

 既に、その足には野太い茨が巻きついていた。動けば、足が傷だらけになるのは間違いないだろう。スカートをはく女子にとっては、かなり厳しい筈だ。

 「ご苦労さまです《雛苺》」

 葉加瀬の言葉に、ピョコ、と機材の乗った机の下から。顔を出す小柄な人形・第六ドール《雛苺》である。

 「話だけでも聞いてほしいヨ」

 にっこり、とおそらく擬音が付くだろう超の言葉に、千雨は頷く。いや、頷くことしか出来ない――とも言えるのだが。

 「……解った。聞くから、この茨をどけろ。薔薇の毒は有害だと言う事を知ってるだろ」

 そう言った千雨は胸元から赤い宝石が付いた指輪を出して、左手を腰元に伸ばしている。
 発動するまでにはおそらく一秒程度かかるので、その前に取り押さえる事は可能だが、しかしここは従順に従っておいた方が良い。

 「葉加瀬」

 「はいです。《雛苺》。いいですよ」

 その言葉と共に、茨が消える。

 「……で、何だ?」

 「実は、葉加瀬も今日の大停電の日に、戦力として呼ばれているネ。ところが、相手の数はきっと多い。そんな事をしたら、あの可愛い人形たちにも危害が及ぶネ」

 「……で?あたしに協力しろと」

 「話が早くて助かるネ」

 「本心か?それ」

 「さて、どうでしょう?」

 超の技とらしい演技に、表情を変えずに言う千雨へ――やっぱり笑みで真意を隠した超が言う。

 「悪い話では無い筈ネ。今回の侵入者に関しては全システムが《電子世界の神》と、《チーム》達との対戦に割り振られるし、学園結界の代用に概念も展開される。自分の手の内はこちらに見せる必要もないし、おまけに、今後のあの『咒式具』専用の弾丸――あれもただで良いネ」

 「……その条件を、私が飲むと思ってんのか?」

 「飲むね。そうだね、飲んでくれたら――その『咒式具』という道具と、技術が、どこから来たのか、教えて上げるヨ?」

 「……興味はねえな」

 「本当に」

 超は、そこで彼女と視線を合わせて、言った。

 「知りたくはないカネ?……――――――――――――《―――――》」

 後半に付け加えられた、その『とある秘密』に。
 その言葉に――千雨は。
 平静な顔をかなぐり捨てて。
 一瞬で、臨戦態勢に入った。

 「超。……てめえ、どこまで知っている?」

 口調は、普段の丁寧さなど、どこにもない。

 「全部、ではないけれども……このクラスについては、ほぼ全部知ってるネ」

 「超」

 千雨は、怒気――否、殺気を撒き散らしながら言う。

 「お前……………………殺すぞ」

 部屋に沈黙が下りる。
 大停電はこれからが本番だと言うのに――この部屋の中で、今にも殺し合いが勃発しそうになっていた。
 時が止まったかのように、部屋に静寂が満ちる。
 葉加瀬は冷静だが、《雛苺》は卒倒寸前だった。
 しかし――。
 緊張を生みだしたのが超ならば――その緊張を打ち破ったのも、同じく超だった。

 「悪かったネ。心に踏み入った事は真剣に謝罪するヨ。……でも、今は貴方の力を借りたいのは本当で、ここまでしなければ貴方は、絶対に協力してくれなかった」

 その言葉には、紛れもなく本心が見えていて。
 ゆっくりと、千雨の体勢が戻る。だが、その目線は未だに警戒を向けていて。
 しかし、超の瞳の色を見て、真剣な顔で言った。

 「……私を、引っ張り込む、理由は教えてくれるんだろうな」

 「勿論。今は話せないが、いつか必ず話す」

 「……一つ聞かせろ。――てめえ、何で今まで、私のことを知らないふりをしていた?」

 「今までは、貴方が知らなくてもあのクラスは平穏でいられたけれども、この大停電が終わってからは、貴方にも関わってもらわないと……クラスが壊れる可能性がある」

 超は、視線をそらさず。

 「それだけね」

 その言葉に。

 「……なら、最初からそう言え」

 千雨は、不機嫌そうな――元の顔で。
 ――仕方なさそうに、頷いた。


 なにやら、色々と事情が、非常にありそうな意味深な会話だったが。
 ともあれ。


 大停電まで、あと一時間四十五分。



     ○



 大停電が迫るにつれて、緊張は徐々に体を蝕み始める。
 たとえ学園長に、エヴァンジェリンについては絶対に問題ないと言われていたとしても、それで自分が大停電時の襲撃で安全である理由にはならないのだ。
 迎撃に当たる何人かは《闇の福音》に狙われる幼き天才少年に哀悼の意を示し、頑張ってくれと内心でエールを送る。そこには、自分が狙われなくて良かったなあ、という安心感もあったりするのだが。
 さておき。

 「……ところで、そちらは一体どなたですの?」

 森の近く。
 ウルスラ女学院の脱げお……いや、高音・D・グッドマンの質問が出たのはそんな時である。
 彼女の視線の先にいるのは、眉目秀麗という言葉がよく似合う、青年だった。使い魔、あるいはそれに近い物なのか、彼には一匹、黒い狐の様な生き物が一緒にいる。

 「いえいえ、エヴァさんの代役です。正確には、エヴァさんの代役をする皆さんの、代役でしょうか」

 エヴァンジェリン一味の抜けた穴は、各魔法関係者が埋めている。その代わり、手薄になった麻帆良の森――その広範囲の防衛を任されたのが彼であった。

 「……魔法使いには見えませんがね」

 「でしょうね。僕はただの薬屋です」

 「薬屋?」

 「ええ」

 そう言って爽やかに笑う。外見だけならば、女性でも通用するくらいの整った顔立ちである。――が、性格は。

 (……腹黒い、ではなく……そう、いじめっ子、の様な)

 何と無くうすら寒い予感を感じ取る高音であった。

 「……学園長の言い分を信じないわけではありませんが、本当にあなた一人で、この森を守りきれるんでしょうね?」

 朝。
 エヴァンジェリンが欠ける事と同時に、言われたのが、彼の代行であった。

 「ご心配なく。知り合いから、少々力を借りてありますし」

 それが、どういう意味だったかはともかく。

 「……それで、貴方のお名前を聞いていないんですが」

 「ああ、……そうでしたっけ?」

 青年は。
 にこやかに名乗った。

 「深山木秋です」


 大停電まで、あと一時間二十分。



     ○



 その一団は、はっきり言って奇妙極まりなかった。
 大学生位の、二重瞼の女性は、至って普通の、どこにでもいそうな格好をしている。
 同じく大学生位だろうか。焦点の合わない瞳の女性は――黒のスーツである。これもまあ、良い。
 白のブラウスに、青いスカートの金髪の女性も、まあ……旅行客に珍しい服ではあるが、問題は無い。
 ただ、そこに白いシスターが加わっているとなれば――これはもう、一体どんな理由で集まったのか想像できないだろう。
 むしろ、それぞれが全く別の目的があって、偶然近い席に集まっていると考えた方が自然である。
 が、この四人は知り合いだった。
 おまけに、全員が見目麗しい美女である。そんな訳で嫌でも視線は集まるのだ。

 「う~あと二時間……ここまで来たけど、やっぱ飛行機は慣れないかも」

 シスターの呟きに、反応した二重の女性。

 「『やっぱり』……ですか」

 「だって、当麻と一緒にいるとハイジャックにまで巻き込まれるんだもん」

 その言葉に、苦笑せざるを得ない三人である。
 それは、もはや不幸のレベルを超えているような気もするが……しかし、彼の運命だ。受け入れて乗り越えてもらうしかあるまい。
 シスターの名は《禁書目録》。
 二重瞼の女性と黒スーツの女性は、《禁書目録》の護衛、そして最後の一人の監視として同乗した、五和と御坂シスターズ10032番。
 そして、その最後の一人。
 ――《赤き翼》の千剣の姫、アルトリア・E・ペンドラゴンである。
 彼女達の目的は、《闇の福音》の封印の、完璧な解除である。
 それだけの、はずで――あったのだが。


 飛行機の遅れ、そして道中でのトラブルによってずれ込み。
この日――この大停電の日にやって来る事は……あるいは、因果の悪戯だったのかもしれない。


 大停電まで、あと五十分。



     ○



 「明日菜さん……本当に、良いんですね?」

 「くどいわ、ネギ。――私が自分で決めた事よ」

 「……わかりました。――ありがとう、ございます」

 「うん。――カモ!」

 「了解したっす!――霧間の姉さん、すいませんが……」

 「ああ。今は見逃そう。不純異性交遊をな」

 そうして。
 《仮契約》の光が漏れる。


 大停電まで、あと三十二分。



     ○



 「ユーノ君、アルフ、準備は、大丈夫だね?」

 「ああ。問題ないよ」

 「僕も大丈夫」

 「よし。……セイクリッドハート!」

 『Yes , Get Ready Set up』

 その光景は。

 「……ねえアルフ――最近、ヴィヴィオってなのはに似て来たと思わない?」

 「そうかもしれないねえ……良い事さね」

 二人には、見慣れた、そして懐かしい光景だった。



     ○



 それは、学園にいる。
 密かに密かに、潜伏している。
 一人の人物の中に、隠れている。
 自らの敵を打ち倒すために――潜航を続けている。

 「……久しぶりに、あらわれるかな。《世界の敵》が」

 都市伝説は、そう言って――左右非対称の笑みを浮かべた。



     ○



 刀を納める。
 戦装束は万端。
 周囲。一切の生物の気配を感じ取れるほどに、精神が高ぶっている。
 戦だ。
 ドクリ、と心臓が跳ねる。
 
 「お嬢様。……できれば、私のことは、お忘れになってください」

 ――出陣だ。



     ○



 「おい。竹内はどこに行った?」

 「……いえ、確かにさっきまでいたんですが――あ、歩さん。……見てください。書き置きです」

 「――『龍宮さんに、依頼の品を届けてきます。お金を払われて、しかも彼女が危険にさらされる以上、こちらの準備が間に合わなかったではすみませんから。――幾つか銃持っていきます』……馬鹿か、あいつは!」



     ○



 「さあ、P-rz――概念を展開させるよ?」

 『ソウデスネ……賢石ハ腕輪ト髪止ト、ドチラヲ使イマス?』

 「そうだね――髪の方で行こうか。皆に、少しでも負担を減らしてあげられるように」

 『――デスネ』



     ○



 「さて」

 エヴァンジェリンは見る。
 絡繰茶々丸を。
 チャチャゼロを。
 C.C.を。
 ルルーシュ・ランぺルージを。
 川村ヒデオを。
 ウィル子を。
 高町なのはを。
 そうして、ただ一言。
 言葉を放つ。


 「はじめよう」



 大停電まで、あと一分。



     ○



 午後八時。
 麻帆良学園・大停電。


 狂乱の宴が、幕を開ける。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台①
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/08/16 04:07
 

 ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル・表舞台①


 午後八時。
 学園内の全ての電力が、限定された一部を除いて落ち。
 彼女を縛っていた封印が、消滅する。
 ――そして。


 それは、来た。
 例え、彼女のいたログハウスより、最も離れた場所にいた魔法教師ですらも、わかる。
 巨大な、だとか。
 凄い、などという、そんな形容詞では言えないほどの。
 圧倒的な、魔力。
 それが、まるで波動のように空間に伝わり。
 うねり、押し寄せ。
 奔流となって、現れ。
 皆の体に、叩きつけた。



     ○



 女子中学校校舎内。

 「こ、こいつぁ、マジで」

 肩に乗ったカモ君の声も震えている。
 僕でも。
 いや、魔法を知り、魔力をしる物ならば――悟ってしまう。
 嫌が応にも、悟らざるを得ないだろう。
 エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルの、その実力を。
 僕は思う。
 父さんは――こんな相手に、勝ったのか。
 勝って、そして自らのメンバーに加えたのか。
 カモ君の調べて来た情報が、偽りなく真実であると理解する。
 彼女が、真の強者であることを、理解する。
 そして――今、僕の相手であることを、理解する。

 「行くわよ、ネギ」

 「……ええ、明日菜さん」

 それでも、僕は目に進んだ。
 もう、進むしか道が無い、とも言える。
 ここで引いたら、それこそエヴァンジェリンさんは――僕から興味を失うだろう。
 だけれども、彼女の興味だとか、あるいは自分の実力だとか、そんな事はどうでも良く。
 僕は、想う。
 ここが、戦場なのだから。
 僕が、戦場に、ここにいるのは――自分の意思を示すためなのだから。
 逃げてはいけない。
 なのはさんが、かつて僕に言った。


 『逃げたら――君は、二度と杖を持てなくなる』


 その通りだ。
 ここで逃げたら――僕は、一生それを引きずるだろう。
 自分の目標を、自分で否定することになるだろう。
 僕は答えた。
 本当の魔法は、ほんの僅かでも良い、勇気なのだと。
 ならば、僕は前に進むのだ。
 その勇気を振り絞って。
父さんや、目指す領域にいる人達の後を追えるように。
 僕の意思は、決まっている。
 エヴァンジェリンさんが、僕の前に試練として身を捧げるならば。
 それに答えるのは、一つ。
 エヴァンジェリンさんに、負けを認めさせること。
 カモ君の言った推測が、僕も正しいと思う。
 だからこそ。
 ――僕は、彼女の意思を、砕いて見せよう。
 自分の意思で、彼女に勝って見せよう。
 そんな時。


 「ケッ、随分トマア、楽シソウナ精神ヲ感ジルジャネエカ」


 上から、声と共に斬撃が降ってきた。



     ○



 停電時。
 大浴場・「涼風」にて。

 「あ~電気消えちゃったよ。……亜子、見つかった?」

 「……う、いや、あらへんな」

 そんな会話をしている、明石裕奈と和泉亜子。
 二人がここにいるのは、ひとえに友人・まき絵の頼みの為である。
 大河内アキラは何をしているのかと言えば――なにやら、大停電の日に頼まれた仕事があるらしい。ゴメンと言われて、断られたのだ。
 まき絵が持っている――何でも知り合いから貰った、貴重な銀製の代物(常に持ち歩いている)を、この辺りで落としたと言う話を聞いた裕奈と亜子は――こうして、停電までそれらを探していた。
 そのまき絵は、と言うと。

 「………………」

 一心不乱に探しており――一言も、言葉を話さない。

 「まき絵~?どう?」

 そんな裕奈の言葉にも反応せず。

 「……まき絵?」

 亜子の声にも、答えず。
 一心不乱に。
 否。
 何も動かず。
 先程までは動いていた筈の肉体が――まるで、硬直してしまったかのように、動かずに。
 それは――止まっていた。

 「――?……まき絵?」

 流石に、おかしいと気が付いたのか。
 亜子がまき絵に声をかけ。

 「――っ!ダメ!亜子、下がって!」

 咄嗟に――野性的な勘で、裕奈の上げたその声に。

 「え?」

 振りむいた亜子の首筋に――。
 まき絵の八重歯が突き刺さった。



     ○



 走る。
 闇の中の失踪は、危険だが――魔力の供給で、眼の力が上がっているからだろう。
 走るのに苦労はしないが――しかし。
 体が重い。
 走る明日菜にしがみ付く塊が、体の動きを拘束しているからだ。
 纏わりつくのは、布と綿とが詰まったただのぬいぐるみだが。

 「――こっの」

 明日菜は、前方に湧き出た――影から生み出されるように現れるぬいぐるみを、蹴り飛ばす。

 「邪魔!」

 魔力供給された人間の蹴りは――例え素人でも、岩を砕くほどの威力を出す。明日菜ほどの体力と、今現在は彼女は走っている最中だ。加速力で、その威力は跳ね上がっている。
 振りぬかれた左足が、ぬいぐるみに直撃し――簡単に吹っ飛ぶが。
 ぬいぐるみは――布なのだ。
 蹴られても衝撃を吸収し、空気抵抗で遠くに飛ばされる事もなく。
 ある程度宙を飛んだら、そこで地面に落下し――土や砂で汚れただけで、起き上って来る。
 そうして、幾度も幾度も飛びかかり。
 避けきれなかったぬいぐるみが、体から離れない。
 しがみ付いているだけならばともかく。
 視界を塞ぎ。
 髪や服を引っ張り。
 そしてなにより。

 「鬱陶しい!」

 精神的に、凄く屈辱感を味わうのだ。
 麻帆良の女子中学校と、明日菜達の住む寮、そして図書館島の位置関係は――以前木乃香が話していたが、正面から見た場合、中央・右・左の順になる。より正確には――中心角が開いた大きくVの字型に近い物だと思えば良い。
 字の両端に位置するのが図書館島と寮であり――この二つを結ぶ通りの一つが桜通りである。明日菜達がいるのは中学校から寮へと向かう道路だった。

 「ええいっ!」

 叫ぶ明日菜は、ミイラウサギのぬいぐるみを街灯に叩きつけて振り落とし。
頭上、ネギを見る。
 上空ならば被害は少ないかと思ったが――しかし、相手は、そう甘くなかった。
 夜空に、何かが煌く。
 明日菜でも、辛うじてあることが解る位。
 月にかかっているからこそ、眼を細めてやっと視認できるそれは――

 「……糸」

 正確には糸では無く、絃だったが。
 空中には――無数の糸が走っていた。



     ○



 夜空。月光の下。
 進路方向を塞ぐように張り巡らされた糸は、まるで蜘蛛の巣のようだった。

 「カモ君!――これって!」

 下降と上昇を繰り返し、回避する。僕の動きを拘束するためだけの糸だ。飛べない明日菜さんには人形が迫り――僕には、この無数の糸が迫る。

 「ああ……確か『人形遣い』は、周囲数キロの絃を自在に操れるって、聞いたことがありやすぜ」

 一本一本が、裁縫の糸より細いくらい。カモ君が言うには――本当ならばピアノ線レベルにもできるらしいので、つまりは手加減されているのだろう。
 細くて軽いから、当たっても全く支障はないけれども――スピードを落とせないのだ。
 なぜなら――

 「ケケッ!トロトロシテルト追イツイチマウゾ?」

 壊れた笑いのまま、追いかけてくるキリングドールがいるからだ。
 おそらく、僕を消耗させるための存在。
 体験してみれば判るけれども――追跡される事は、凄く神経を使うのだ。疲労が貯まる。
 殺されないけれども――捕まったら、おそらく相応に恐ろしい事をされるだろう……というのは、協力してくれた凪さんのコメントだった。
 果たして何をされるのか、それは教えてくれなかったけれど……耳打ちされた明日菜さんが、赤くなったり青くなったりしていた以上。きっと危険なことなんだろう。
 左右に飛んで、正面の糸を回避し――

 「兄貴避けろ!」

 その声に咄嗟に、上昇する。
 さっきまでいた空間を通り過ぎ、ダンッ!と音を立てて、路上に大きなナイフが突き刺さる。
 気を抜けない理由がこれだった。
 時折、捕まるのとは別の意味で危険な、大振りの刃物を投擲してくるのだ。
 遠くから、じっくりと――獲物をいたぶるように。

 「――はあっ……カモ君、明日菜さんは」

 息を吐いて、尋ねる。
 糸が――きちんと集中すれば、回避できるように張ってあるのが、巧妙だった。左下から抜け、右下へ上昇し。

 「ラス・テル・マ・スキル――」

 前方、魔法の矢を射出し。
 それぞれを互いにぶつけて相殺させ。
 その余波で、糸を切断し。
 乱れた空間を、一気に渡り――上昇する。
 建物は、つまり糸の接地面が多い。
 できれば障害物の無い、空が良いのだが。
 あまり離れると――今度は、明日菜さんに全ての目が向くのだ。
 息を整えるくらいしか、高く飛んでいられない。

 ――違う。

 息を整えるくらいの時間を、与えているのだ。
 遊ばれているのである。

 「……っ無事でさあ」

 前方と左右を僕が、後方と明日菜さんを見るのがカモ君の役目だ。
 身体能力が上がっているし、運動能力が高い明日菜さんだ。僕は一瞬、安堵するけれども――

 「気イヌイテンジャネエヨ、ガキ」

 その一瞬の緩みを狙って、人形が数十もの刃物を投擲する。どこから取り出したのか分からないけれども――。
 殺到する銀色の群れは下から伸び――。

 「――っく!」

 回避した僕は、いつの間にか巻き付いた数十以上の糸で、強引に地上に牽引され。
 下降を余儀なくされる僕に――。
 今度は、先ほどの刃物が落下し、雨のように降り注ぐ。

 「《風よ――》!」

 「ネギ!」

 僕に並走する明日菜さんの、二人に。

 「《我らを!》」

 突風を与え。
 刃の群れを吹き飛ばし。
 強引な加速で、引き離すが――再び、糸とぬいぐるみの攻撃だ。
 そうやって何回か繰り返す。
 何回目だったか。
 桜通りに並行する、道路の一本で明日菜さんと並走した際に、

 「ちょ、っと……これ、本格的に、やばい、わよ」

 そんな風に、言われる。
 体力では無い。
 千日手の様な。そんな、精神的な攻撃が大きいのだ。
 僕はまだしも――明日菜さんには、特に。
 喧嘩でも無く、そもそもこれは――エヴァンジェリンさんにとっては――ただの前座なのだろう。
 搦め手で、精神を消耗させる……やることに、容赦が本当に無かった。
 寮が見えてくる。
 ようやっと――だ。
 ここまで来るのに、十五分以上かかってしまった。

 「マア、ココマデハ来タカ」

 後ろで、人形が凶悪そうに笑って。
 おそらく、ケラケラと笑っているのが、雰囲気で判る。
 そして。

 「ソレジ――」



 フッ――と。
 人形の声が消えた。



 振りむいた先にあるのは、ただの夜の空だけ。
 さっきまで何かを話していたあの存在は――居なくなっていた。



     ○



 チャチャゼロの現状を、最初に状況を正しく認識したのは、ウィル子だった。

 「マスター」

 『……何が』

 通信から聞こえる声に、ウィル子は簡単に一言を言う。

 「チャチャゼロさんが、生徒と対峙しています」

 『……生徒。――3-Aの?』

 「ええ……」

 『……状況は』

 「今、ルルーシュさんにも送ってますが――これは……絃ですね」

 エヴァンジェリンが生み出した糸を、逆に利用している存在がいると言う事か。

 『――誰、が?』

 その問いに答えようとしたウィル子の耳に――聞こえてくる、曲。
 チャチャゼロに、ネギの追跡を断念させた――否。
 おそらくは――相手が、チャチャゼロを糸で引っ張り上げ、そして糸を利用された事で――チャチャゼロが、邪魔をするなとその相手に言ったのだろう。
その相手が、笛を吹いているのだ。

 「これは――」

 ネット上でも、噂として流れている、死神の伝説があった。
 神出鬼没、その人が最も美しく輝いている時に殺しに来ると言う存在は――例え夜でも、口笛を吹く。
 どこか物悲しい――アレンジされた。
 ニュルンベルグのマイスタージンガー。
 ドイツが作曲家ワーグナーの超大作を象徴する、名曲。
 それを聞きながらもウィル子は、ヒデオに、口笛を吹く「彼女」の名を言った。



     ○



 あの人形が消えたあと。――僕と明日菜さんは大浴場を目指す。
 いきなり消えた理由は分からない。
 でも、息を整えるのにも――冷静さを取り戻すにも、都合が良かったのは確かだ。
 エヴァンジェリンさんの膨大な魔力にかき消されていて、ほとんど分からないけれども。
 あちこちから、普段は抑えられているだろう魔力が感じられる。
 これも――停電の、影響なのだろう。
 他にも思う事はあるけれども――今は、エヴァンジェリンさんの事が、最優先だ。
 そんな風に考えながら。
 僕は箒を、女子寮の外を回るように露天風呂に向ける。
 明日菜さんを乗せて飛ぶのは……何故だか難しいけれども、とにかく浴室に向かう.。箒に乗せてゆっくりと上昇し――開いた廊下から中に入り、音をたてないように。

 ――いや。

 そうじゃない。
 冷静に注意を払えば、わかる。
 明日菜さんが、息をのんで。

 「ネギ……ここ、もしかして」

 静かすぎる。
 そう言う事を言いたいのだろう。

 「大丈夫、です」

 やったのが誰なのかは分からないけれども――以前の、桜通りの様な不気味さでは無い。むしろ、もっと静かな、眠りに誘うような静けさだ。
 明日菜さんを床に下ろし、僕も歩く。
 明かりの消えた建物は、皆寝静まっているのか――それともこの結界の効果によるものなのか、異様なほどに静かだった。
 涼風の湯までは、ほんの数分のはずなのに。まるで迷宮に入ってしまったかのように、長く感じる。
 その時。


 「      」


 遠く響く、澄んだ――。
 子守唄が。
 聴こえた様な気がして――。
 とっさに振り向くけれども。
 一瞬。


 小柄な、臙脂色のケープを纏った女の子が見えた――。


 気がした。
 よく見たら、誰もいない。
 誰も、いなかった。
 気の勢ではないのだろうけれども――僕には、見えない。
 明日菜さんも――気が付いたのだろう。僕と同じ用に反応したけれども彼女も、やはり何も見えなかったようだった。

 「……あまり長居しない方がいいわね。……行くわよ」

 「……ええ」

 今の歌声が――きっと、この結界を生んでいるのだろう。エヴァンジェリンさんの仲間かどうかは分からないけれども……これは、きっと無関係な人に被害を出さないための方法だ。
 階段を上がり、大浴場に。
 引き戸に手を掛ける。
 この中に、エヴァンジェリンさんがいる。
 一瞬、躊躇したけれども――明日菜さんが、僕に手を重ねてくれる。
 そうして。
 目で、互いに合図をして――中に入る。


 その時。


 図っていたかのように、タイミングよく。
 バリィィン――と扉の一枚ガラスが砕けて。
 僕も明日菜さんも身構えるけれども。
 入り口にいた僕と明日菜さんの前を横切り。その影が――飛んでくる。
 視界、右から左に横切ったそれは、紛れもなく人の形をしていて。
 脱衣所の壁に激突し、どう考えても破壊したという表現で、籠を巻き込みながら埃を飛ばし。
 続けて、その影に重なるように、飛んできて追突するもう一方の影。
 起きあがりかけた、最初の影に追突し、二人揃って木の山に埋もれる。
 僕も明日菜さんも、油断をせずに構えているけれど。
 壊れた木材の山の中から。

 「……ったあ」

 頭に手を当てて、軽く振って。
 予想外の人物に。僕と明日菜さんは動きを止めた。
 よろよろと、起き上ったのは――。

 「ゆ、ゆーな、……さん?」

 出席番号二番の――明石裕奈。
 そして。

 「……まき絵、力……強すぎるねん」

 出席番号五番の――和泉亜子だった。





[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台①(2)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/08 23:35
 
 
 ネギま クロス31 第二章《福音》カーニバル・表舞台その①(2)


 「や、ネギ君……こんな所で、奇遇――でもないか」

 立ちあがり、パンパンと埃を払い落しながら、裕奈さんが言う。
 制服ではなく――水着なのは、学校の終わった後に何か活動していたからだろう。

 「……ネギ君にも、いろいろあったんやな」

 裕奈さんに差し出された手を――掴んで、立ち上がったのは――――。

 「……もしかして、亜子?」

 明日菜さんが見つめて――僕も、呆然と見る先。
 裕奈さんと同じく――水着に近い恰好のその人物。
 顔立ちは、確かに亜子さんだけれども……でも。


 瞳が、色が混ざり合った様な光彩に染まり。
 蒼みが掛かった髪から、鮮血の様な赤色を滴らせ。
 そして口元から僅かに長い八重歯の生えた――いつもとは、雰囲気も全く違う、亜子さんがいた。
 ほとんど、吸血鬼そのままの、亜子さんだった。


 「……心配せんでええよ。ウチは――人間や」

 僕の視線に気が付いた様に、亜子さんは言う。

 「詳しい事は言わへんけど……昔、吸血鬼に血を吸われてな……その時からや。今この状態でも、ウチはウチでいられるんよ。普段は、絶対に表には出さへんし。それにウチは――血が苦手や。だから、何も良い事はあらへんよ」

 言葉少なに。
 どうしたって、注目してしまう僕と――おそらく、明日菜さんだったけれど。
 亜子さんは――瞳に、少し悲しい色を持ったまま。
 それでも身を竦ませることなく、言う。

 「今はな、ネギ君。――ウチや裕奈のことは、どうでも良いんや。まき絵を何とかするのが、最大の問題なんやよ」

 ゴミと化した脱衣棚の山を足元に。
 粉塵の向こう側にいる、まき絵さんを見たままで、亜子さんは言う。
 まき絵さんは――異常だった。
 まず、表情が無い。
 瞳に焦点もあっていない。
 等身大の人形のような、状態だ。

 「まさか……」

 僕は――頭に一つの考えを浮かべ。
 人形――その連想は、カモ君もそうだったのかもじれない。

 「吸血鬼に血を吸われたら、操り人形か――下手をしたら、血族として取り込まれますぜ!」

 そんな風に、叫ぶ。
 前半はともかく、後半は一般的な話であり――エヴァンジェリンはそれに該当しないのだが。
 カモミールは、とりあえずネギに発破を掛けるために言う。
 エヴァンジェリンに血を吸われても、決して転化はしないが。
 しかし、一般の吸血鬼同様に、精神支配によって操ることは可能なのだということは――カモは、きちんと知っていた。

 「あの嬢ちゃんを支配しているのはエヴァンジェリンだ!」

 まき絵の首筋には、噛み跡があり。
 そして感じる気配も、吸血鬼のもの。
 そう考えるのはむしろ当然だったが。

 「違うよ、オコジョ君」

 それは――裕菜に否定された。


     ◇


 「ふむ」

 主人が眉をひそめたのに、茶々丸は反応する。

 「何かありましたか?」

 「ああ。……招かれざる客人だな」

 エヴァンジェリンのその言葉は、淡泊と言うよりも――むしろ不機嫌さを隠すための無表情だった。
 彼女の眼は、今浴場を見ている。
 見ているだけだ。
 少し前までは、確かにまき絵は支配下にあったが。

 「クラスの生徒を掠め取る――か……」

 そう、彼女は呟いた。


     ◇


 カモ君に言ったあとに。

 「違うよ、ネギ君……君もね」

 裕奈さんが、言った。

 「あれは――今のまき絵を主導権を握っているのは、エヴァちゃんじゃ無い……もっと別の、質の悪い奴だよ」

 質の悪い物。
 それが一体何なのか、僕には把握しきることが出来なかった。
 エヴァンジェリンさんよりも強力な支配が可能な存在なんて、どこにいると言うのだ。

 「吸血鬼としてじゃないよ。……吸血鬼は、つまり脳を支配して、肉体を操っているけど。アレは違うよ。あれは、意識のないまき絵を操っている状態だよ」

 僕の疑問に、そうやって応えて。
 視界の奥――露天風呂のまき絵さんが、ゆっくりと動く。
 虚ろなその眼に意識があるとは思えない。
 その表情を見て――僕も明日菜さんも、深い、暗い感情を思い起こすけれども――

 「亜子……ごめん。装備を整えたいから、二分で良い。……お願いできる?」

 「任せとき」
 裕奈さんは、表情を変えなかった。


     ↕


 亜子には、格闘など全くできない。
 運動能力は高い方ではあるが、それでも普通の男子より劣る程度。
 今現在の――肉体の頑強さを、上手く使うしかない。
 歩いて来るまき絵の歩みは、まるで幽鬼のようだが。
 その戦闘能力が高いのは、脱衣所まで飛ばされたのだから、把握している。
 けれども今は――この親友を止める事に、全力を出す。
 ネギや明日菜に何があるのかなど、どうでも良いのだ。
 自分のように、事情があるのだとしても、それを聞くのは、この停電が終わった後で良い。
 普段ならば――そんな事を考える余裕など、全く無いのだろうが。

 今は、別だ。

 重心を落とし。
 猛烈な勢いで飛んできた、まき絵の足を――受け止める。


     ↕


 「この学校はさ、広域結界で守られてるんだ。だから早々簡単には、学園に敵意を持った人は、侵入できないんだけれど」

 僕の知らない情報を話しながら、裕奈さんは、音をたてずに素早く移動する。
 亜子さんがまき絵さんを抑えていて、ほんの少しだけ猶予が出来たのだろう。
 脱衣所の洗面台で、引出しをあける。

 「今日は停電――エヴァちゃんの封印も解けるし、結界も消滅する。だから、色々と入り込む。今のまき絵を制御してるのは、そう言う存在」

 そのまま、何かを操作し。

 「……裕奈、なんで知ってるのよ」

 意識を戻した明日菜さんが訊く。僕も、疑問に思っていた事だ。

 「裕奈も……魔法使いなの?」

 「ううん」

 引出しの中を何やら弄っていた裕奈さんは――よいしょ、という掛け声とともに。
 ゴトリ、と何かを動かして。
 どこか悲しそうな顔で、裕奈さんは言う。

 「私は魔法が扱えないんだ。……知ってるだけだよ。でも、いやだから――かな。こっちの世界で、自分の身を守る方法を、身につけた。そういうこと」

 そう言って話す口調とは反対に、瞳だけは真剣で。

 「使いたくない、スキルだけれどね」

 そう付け加えて、裕奈さんは移動して――壁の一角を、ドンと叩く。
 その衝撃で、壁が、ギイ……と割れて。
 開いた扉の中には、ズラリ、と並んでいる物があった。

 「そして、そう言う有事の際の為に――この学校には、あちこちに色々と隠されてるんだよ」

 鈍く光るそれは――

 「こう言う、銃器がね」


     ↕


 受け止めた腕が痺れ、感覚が鈍る。
 まき絵の足に、僅かに擦過傷がみえて。
 血の飛沫が飛ぶ。
 クラ、と意識が遠のくが――歯を食いしばって、耐える。
 亜子にとって。
 血とは、弱点である。
 見るのが苦手なのにも――覚えていないが、背中の傷。それが、精神的なトラウマとなっているために、無意識の内でも苦手としている。
 苛烈さを増すまき絵の蹴りを受け――どこかで切ったのか、腕から血が出て。
 動悸も、呼吸も苦しくて仕方がない。
 けれども。

 ――裕奈の為にも、我慢せ、な……。

 亜子と違って、裕奈はどうやらある程度は――戦闘を知っている。
 彼女一人ではどうにも出来そうもないが、二人ならば――倒せずとも、抑えることくらいは出来るだろう。
 ……亜子の。背中の傷と血を苦手とする理由に――きちんとした理由はあるが、それ以外として。
 自分自身で、嫌っていることに――己の体質があった。
 亜子は――無論、吸血鬼でもなければ人間でも無く。ハーフ……と、言う訳でも無い。
 ただ、己自身に、得難い体質があったのだ。
 その体質から、吸血鬼に……エヴァンジェリン以外の、まっとうな吸血鬼に血を吸われても、転化することは無かった。
 人として、生きる事が出来るようになった。
 普段は――極限まで抑えて。
 平凡な、普通の女子として生きる事が出来るのだ。
 だがその一方で――そんな平凡さに、劣等感を覚える事もある。
 だから亜子は、自分が嫌いだ。
 平穏のままでいる事を望んでいるくせに――クラスの皆やネギのように、個性として力を発揮する彼らに憧憬を覚える。
 そんな自分が、嫌いだ。
 ――でも。
 それは今は、どうでも良かった。
 普段ならば、出来ないはずなのに。
 停電していて――何か、心が解放されたのか。
 内部に眠る『彼女』が、歓喜しているのか。
 それとも、まき絵に心を一身に向けているからか。
 亜子は――二分間の間の、鉄壁の盾として……まき絵の前に、立ちはだかっていた。


     ↕


 「まき絵は私と亜子が何とかする。ネギ君と明日菜は、エヴァちゃんの所に行きなよ」

 一体どこで身に付けたのか。
 取り出した大型の銃――散弾銃、という奴だろう。一応イギリスには、猟銃があるから本物の銃を見た事はあるけれども――弾丸を装填し。
 唖然とする僕達の前で、裕奈さんは構える。
 そして。

 ――銃声。

 亜子さんに攻撃を加えていたまき絵さんに、躊躇いなく引き金を引いた。

 ――着弾。

 おそらくは――直撃。
 まき絵さんの胸元に当たり、そして吹き飛ばす。

 「……え」

 呆然とした声は、僕と明日菜さんの、どちらだったか。
 停電が始まってから――もう、予想外の事が起こり過ぎていて、何回こんな反応をしたのかを覚えていないけれども。
 それは、無理もなかったと思う。
 裕奈さんは。
 まき絵さんを、撃ったのだ。
 だけども、そんな僕達の前で――さらに、驚くべき光景が、発生する。
 散弾銃の弾は、ゴムか何かで――実弾では無かったようであるけれども。でも、それにしても――その威力は骨の一本や二本は、簡単に折れる威力だ。
 それなのに。
 ゆっくりと起きあがる、人形の様なまき絵さんの体。

 
 「……効かないか。でもまあ。時間を稼ぐには、十分だね」

 裕奈さんは……冷徹に言った。
 確かに着弾したはずの弾丸は、まき絵さんの体に――何一つとして、ダメージを与えていなかった。
 痣すらにも、なっていなかった。



     ○



 「まき絵はね。異常に丈夫なんだ。くーちゃんもそうだけどね。くーちゃんは、回復力や肉体能力が異常に高いけど。まき絵は――体そのものが頑強なんだよ」

 だから、銃で撃たれても――こんなゴム弾じゃ怪我にもならないんだよ。
 そう言って。
 さらに、裕奈さんは、僕達に言った。

 「こんな所で油を売ってないで――先に進んだ方が、良いと思うよ」

 裕奈さんが。
 どれくらい僕達のことを知っているのかは――不明だったけれども。

 「先に進みなよ。ネギ君。ここは私達に任せてね」

 その言葉に。

 「――ッ、危険ですよ!」

 反射的に叫んでいた。
 裕奈さんは、魔法が使えないと言った。亜子さんはどうだか知らないけれども――少なくとも、まき絵さんを、どうにかできるとは思えない。
 そして、相手は――正体のわからない、謎の存在だ。
 僕はそう言うけれども。

 「大丈夫。知ってるよ。でもね、ここは譲れない……ここを譲る気はない、かな」

 きっぱりと。
 そう答えて。
 その瞳の中に――苛烈な、炎の様な色を見て。
 僕は、そこで解った。
 裕奈さんは、怒っていた。
 とても――とても怒っているのだ。
 自分が攻撃されたからでは無く――まき絵さんに、こんな『行動をさせた』ことに、怒っている。

 「実を言うとね、ネギ君。私は……魔法使いとしては落ちこぼれだから、吸血鬼の事も、通り一遍にしか知らないよ。でもね、あれがエヴァちゃんでない事は解るんだよ」

 裕奈さんは。
 ぞっとするほどの、眼光で言う。

 「明日菜も……解るんじゃないかな。あのまき絵を、エヴァちゃんが操っているように、見える?」

 明日菜さんは。
 まき絵さんを見て――しばらくの後に。

 「――ああ、なるほど」

 呟いて。

 「見えないわね……」

 そう言った。
 ――僕には、正直見分けが付かない。
 エヴァンジェリンさんが、あのまき絵さんを操っていないと――そうやって、判断できる理由が、判らない。

 「ネギ君には――まだ、見えないと思うよ。私達との付き合いは、まだ短いからね。でも、私達には……ある程度、見えてるんだよ」

 僕と皆と言う、教師と生徒よりも。
 はるかに強力な、絆があるんだよ、と裕奈さんは言い。

 「簡単な話なんだよ。エヴァちゃんは――必ず、後始末まで自分の手で付けるから。言い変えようか。例えまき絵を支配したとしても……心は絶対に壊さない。もしも壊れたら、一生面倒を見る気でやるだろうね。そういう、性格なんだよ」

 だから、と続けて行った。

 「まき絵が、悲しむような操作はしない。エヴァちゃんは、本当に甘くないし、慣れ合いもしない。クラインさんもそうだけど、一番厳しい性格をしてるよ。目に叶う人なんて、十人もいない。でも――壊していけない物は、あのクラスの誰よりも知っているんだよ」

 ある意味では――エヴァンジェリンさんのことを、信じているのだと。
 そう言って。

 「だからね。私は許せないんだ。まき絵を悲しませるこの相手をね。お父さんの話の……予想の範囲内だったから、相手がまき絵になるのはともかく、覚悟はしてたけどさ」

 いつだって、世界はイレギュラーを引き起こすんだよ、と。
 ジャコッ――と。
 銃弾を送りこんで、裕奈さんは言う。

 「ネギ君。これは、生徒や先生とは関係なく言わせて貰うよ。ここは、私と亜子の戦場。たとえネギ君が先生で会っても。まき絵の血を吸ったエヴァンジェリンさんがこの相手を許せなくて、報復に来ても――ここは譲らない」

 裕奈さんは。

 「絶対に。まき絵を止めるのは私達の仕事なんだよ。私達が、止めなきゃいけないんだよ。……それに」

 裕奈さんは、今度こそ本当に、壮絶な目で言った。

 「子供の君が、見て良い光景じゃ無い。……行きなよ、エヴァちゃんは、屋上にいるよ」

 その眼は。
 僕は見た事がある。
 かつて杖を貰った時に見た――強い強い、意志を秘めた目だ。
 だから、悟ってしまった。
 裕奈さんの意見は、決して変わらない。
 理由は分からないけれども――まき絵さんを止めるのは自分と、そして亜子さんなのだと。そう、決めてしまっている。
 だから――僕は、それに動かされた。

 「エヴァちゃんは上。……停電前に――一回、なのはさんが来てね。……ネギ君に、そう伝えてくれってさ」

 ここで彼女達を助けるべきなのだと――理性では解っているのに。

 「……行きましょう。明日菜さん」

 そう言って――まき絵さんを、二人に任せることに、したのだ。
 何故だろう。
 僕は――自分が、間違っているような気がして。
 しかしそれでも、ここは離れるべきなのだと――そう思ったのだ。




 ネギが浴場から出て行って。
 目線だけで、裕奈は明日菜に合図をする。
 椎名桜子もそうだけれども――裕奈もまた、雪広あやかや明日菜とは、長い付き合いなのだ。
 明日菜は――何を考えているのかと、眼で訴えるが。
 それを、ここで話すわけにもいかない。
 ネギが来て以来、相当に経験を積んで来て、覚悟を決めたようではあるけれども ――それでも、話すのはまたの機会だろう。
 心配した様子で。
 それでも明日菜もまた――ネギを追って、出て行った。

 ――――停電が終わったら、話し合う事になりそうだね……

 それも――できれば。
 ネギには、なるべく内密に……だ。
 なにせ、まだあの子供教師が、あまり頼りにならない事は――周知の言である。
 この停電が終わってどれ位かは、成長するだろうけれども。
 でも、まだ――世界の闇を知るには早過ぎる。
 生きるために闇の世界を知らざるを得なかった裕菜は――そう思い。
 同時に、まき絵の猛攻を受け続ける、亜子を見る。
 彼女もまた――引く気は、さらさらないらしい。
 当然だろう。
 それが、当然だと思う。
 まき絵が操られ。
 ネギ達が来る前の――ほんの僅かな、期間を、思い出す。



     ○



 時間は――少々巻き戻る。


 佐々木まき絵の八重歯が。
 首筋に突き刺さり――


 「――まき絵。離れなよ」


 野生の勘が働いたのだろうか。
 咄嗟に口を放したまき絵の前を――高速の「何か」が横切る。
 正確には。横切ったように――感じられただけだろう。
 顔と顔との間、僅か数センチ。
 その間を通り過ぎた「モノ」は宙を飛翔し。
 空気を切り裂いて。
 トスッ……という軽い音と共に、露天の壁に突き刺さる。
 吸血鬼化したとはいえ――思考能力までは奪われていない。
 視線で追ったまき絵は、壁を見る。
 身を半ばまで埋没させたそれは――。

 「くない……じゃないよ?――ちょっと知り合いに……そういう、小型の物を投擲できる人がいるんだ。それでね」

 普段とは――随分と。
 口振りこそ軽いが、表情と態度と込めた物は、真剣そのもので。
 明石裕奈は腕を振り抜いた状態で言う。

 「緊急時の為に持ち歩いてるんだ。……使う事になるとは、思っていなかったけれど」

 言いながら。
 手首を返し、さらに投擲。
 自分にこれを教えてくれた――あの人は。むしろワイヤーで結んだナイフでの戦いを得意としていたが。
 しかし、これは今の裕奈にとっては、十分な武器になる。
 風を切り。
 むしろ、空を裂く――その表現の方が正しいだろう疾風は。
 まき絵の力を完全に緩め。

 「……聞こえなかった?離れなよ」

 若干、苛立ちが混ざった声で――言うが。
 その言葉は。
 相手には――届いていないだろう。
 なぜならば、亜子が一瞬で変化して――逆に、彼女の体を捕まえたからだ。


     ↕


 首筋から魔力が流れ込んだ瞬間――亜子の体の中で、熱が蠢いた。
 体に広がる、酩酊感にも似た熱さは――。

 (……っく――まずい、ねん)

 意識が塗り返されていく。
 思考の中に、強制的な命令が刻み込まれ。
 この「まき絵」が主人であると心が拘束されて行く。
 自分が自分で無くなっていく感覚に対して――


 それでも、亜子は、抵抗が出来る。


 ――比率、を……2%か、ら。変、更――

 掠む意識の中で、自分の血液の、『人間のレベルを引き下げる』。
 裕奈が、どこからか取り出した小型の……なんというのか、「くない」の様な、それよりはかなり小さな、おそらく暗殺用の飛び道具でまき絵を、首筋から乖離させる。
 裕奈が、離れな、と話している声を聞き流し――
 その隙に――

 ――浸食率を、45%で固定――

 意識が覚醒し。
 人間から、ハーフブラッドへと外見が変化し。
 裕奈の視線が気になるが――それよりもむしろ。
 裡に眠る、《彼女》の僅かな本能が、行動させる。
 タイミングよく、再度裕菜の放った攻撃で、亜子は体を反転させる。

 「――――――ッ!」

 強引に、まき絵の体を押しのけ――。
 体を反転させ、両手で、まき絵の肩と腕とを掴む。
 ギシリ、と骨と肉とが軋み――。
 両者の、動きが止まった。

 「亜子ッ!」

 「だい、じょうぶ、や」

 裕奈の心配そうな声に、喉から声を絞り出す。
 一瞬でも力を抜けば、まき絵は亜子から抜け出し、今度は裕奈を狙うだろう。
 それほどまでに、凄い力だった。
 今の亜子は――約四割が吸血鬼化している。外見が変化しているのは、それが理由だ。
 その状態ですら、こうして動きを抑え込むのがやっとなのだ。
 ギリギリと、腕が震える。
 息すらも満足にできず、歯を食いしばって。
 それでもなお、まき絵の体は動きを止める様子は無い。
 上半身での戦いは、決着が付かないと踏んだのか――まき絵は、力を抜いた。
 否――抜いたのでは無く……亜子の力を受け流す。
 それで、あっさりと――亜子は、体を崩される。



 和泉亜子は――普通の人間だった。
 過去系なのには、無論理由がある。そして過去系である以上――今の彼女は、純粋な人間では無い……そういうことでもある。
 小学校二年生の時。七歳の時のことだ。
 何かの縁によって、親せきの家を尋ねに行き――その途中で。
 湯ヶ崎という町で、彼女は一体の吸血鬼に襲われた。
 その際に……まあ、色々とトラブルに巻き込まれたが、そこは置いておこう。
 とにかく。
 亜子は今でも――人間に非常に近いが、ほんの僅かだけ、吸血鬼の性質を持っている。
 彼女の血を吸った吸血鬼の、特徴だったのか。
 見る人間が、注意深く見れば判る程度に。
 ある意味では、桜咲刹那よりもはるかに巧妙に。
 彼女は、隠れている。隠れて、過ごしているのだ。
 なお。彼女の劣等感の一つ。背中の傷や髪の色とは――まあ、あまり関係が無いことだけは、伝えておこう。
 要するに。
 和泉亜子は――経験が無い。
 力はあっても、決してそれを使えない。
 当たり前だ。
 使う気がしない。使わなくても生きていけるし、それに使いたくなどないのだから。
 まき絵に噛みつかれた時に、あの行動が出来たのは――唯の反射的な行動だった。
 それは――つまり。
 小技にすらも、簡単に破れてしまう程度の、実力しかないと言う事だ。
 経験としては、かなりの物を持っているかもしれないが――しかし。
 未だ、エヴァンジェリンには認められることのない……そんなレベルの、状態だ。
 そして今。
 それが、あっさりと証明される。



 クンッ、と、上半身が引かれ。
 それだけで、簡単に重心が崩れ。
 その隙に、「まき絵」は拘束から逃れていた。
 しまったと思っても、もう遅い。
 素早く下がったまき絵は、手を後ろに振りかぶり。
 体のバランスが崩れている亜子に――避けられるはずもなく。
 まき絵の、腕が直撃する――。
 瞬間。
 直前で。


 止まった。


 「――っ!?」

 空気すらも、止まった。
 亜子も、裕奈も――そして、当の本人ですらも理解をしていない状態だったのだろう。
 三者三様に驚き。
 何よりも、裕奈と亜子とが硬直したのは、その一瞬に見たまき絵にあったのだが。
 しかし、次の一瞬で。
 まき絵は今度は足を繰り出した。
 細い、しなやかでいて――そして強靭な足が。
 ――直撃する!
 彼女にして見れば、おそらく折るつもりで放ったのだろう。
 ――だが。
 結果として、両者共に吹き飛ばされ、ガラスを割り、脱衣籠と棚を粉砕しはしたものの――満身創痍には程遠い、むしろ本気にさせてしまったのだ。
 なぜならば。
 裕奈と亜子は――確かに、見たのだ。


 腕での一撃が止まった、その一瞬。
 確かに――佐々木まき絵としての人格が瞳に現れて。
 口が、動いたのを。
 その口が――たった一言。
 言っていた事を。
 見た。
 だからこそ――裕奈も亜子も、まき絵を支配しているのが、エヴァンジェリンでは無いと気が付いた。
 まき絵の口は、声こそ出なかったが、確かに言っていたのだ。



 「助けて」



 エヴァンジェリンがどれほどに悪人であろうとも。
 裕菜も亜子も――エヴァンジェリンが、そんな事をする存在では無いと、知っていたからだ。
 泣かせることもあるだろう。
 怒らせることもあるだろう。
 慰めもせず、甘い言葉もかけず。
 だが――それでも。
 あの金髪の少女は――決して、卑劣な真似をしないのだ。
 そして。
 親友が――苦しんでいるのだから。


 ――助けるのは、当然だ。
 

 互いの存在が、どういうものなのか二人は――知ってはいない。
 だが、今ここでは……それは些細なことなのだ。
 自分の身を守れて、相手を気遣う事が出来る味方である――それが解っていれば、何も問題は無いのだから。
 親友に助けてと言われて。
 手を差し伸べるのは――あたりまえの行動だ。
 ネギと明日菜に、エヴァンジェリンとの対決という目的があるのなら――裕奈と亜子の仕事は、ここだろう。
 この、クラスの問題に口を出した――失礼極まりない存在を。
 どうにかして倒して、まき絵を助けだして。
 叩きのめすのだ。


     ◇


 そうして。
 今、二人はここでまき絵と対峙している。
 ネギと明日菜が、先に進み――ここにいるのは、三人だけだった。

 「亜子、大丈夫?」

 「ん~……大丈夫やな。――人間の血が消費されるせいで貧血気味やけど、まき絵を救えなくなるよりは得えもん」

 「そうだね」

 「そうや」

 のんきに会話をしているが――視線は、笑っていない。臨戦態勢そのままである。
 普段とあまり態度が変わらないだけに、それは不気味だった。
 不気味というよりも、得体が知れないのだ。
 まるで、こんな状況を、何回も体験してきたかのように。
 落ち付いているのだ。
 先程まで、確かに高ぶっていた感情を――消し。
 それでいて、静かに――心を猛らせている。
 ネギ達がいなくなり、より――本気になったとも、言える。



 まき絵は――正確には。まき絵の中からこの状況を見ている「その人物」は……理解が出来なかった。
 ここまで落ち付き払っている事が。
 そもそも――彼女達が隠れた実力を持っている事が。
 そして……まき絵を支配しているのが――エヴァンジェリンではないと悟られた事が。
 理解出来無かったのでは無い。
 その逆、飽和状態だったのだ。
 最も普通に見えた彼女達すらも――これほどまでに実力を持っている事が、不可思議を通り越して、もはや異常である。
 まき絵を支配する、その人物の頭に過ったのは――間違っても、計画を見破られたことでは無く。


 計画が破綻することによる、己の保身の危機だった。


 この、まき絵の中の人物の計画は――簡単だった。
 まき絵を操って行動を起こし、あとは全てをエヴァンジェリンに擦り付けるだけ。
 無論、麻帆良の内部では通用しないが。
 外部に情報が漏れれば、それは十分な材料になる。
 この辺り、魔法世界との『複雑怪奇な関係が存在する』ので詳しい説明は省くが。
 とにかく、「まき絵」の主にとって、この状態は不都合なのだ。
 行動を起こす前に、動きを封じられてしまっているし――これでは、只のクラスメイト内での喧嘩で片付けられる。
 周囲にれっきとした被害が出ない限りは、目論見が全て水の泡。
 そして――彼の身も危険なのだ。
 人形使いを消せば、人形は元に戻ることなど、明白なのだから。
 「まき絵」は――息を整える。
 魔法やそれに類するもので操っているのでは無いから、エヴァンジェリンや、あるいは魔法世界の関係者に――居場所がばれる事は無いと、思っていた。
 だが――しかし。
 こんな、言ってみるならば……「まき絵」と同じ領域の、それも同年代の人間に遭遇するとは、予想の範囲外だったのだ。
 学園内にいる事は知っていても。いるだろうことは、予測できていても。
 対峙することになるとは、思ってもいなかった。
 もっと別の――計画的な面で、「まき絵」は動いていたのだから。


 ……いや、落ち着け。


 冷静に考えれば良い。
 ここで、彼女達を『潰して』、本来のように、行動すれば良い。



 かくして。
 人間の心を踏み躙ることを躊躇しないその存在は――裕奈と亜子。そして、遠くから見ているエヴァンジェリンの怒りも、無論知ることはなく。

 「やるよ」

 「そやな」

 少女二人との激突が、始まる。



     ○



 「マスター」

 茶々丸の言葉に、

 「なんだ」

 そう返答して――エヴァンジェリンは、眼下を見下ろす。

 「よろしいのですか?」

 「いや。宜しくは無いな」

 半吸血鬼化した和泉亜子が攻撃を受け止め、明石裕奈が攪乱するように銃を撃っているが。
 今のまき絵は、つまり肉体を操られている。それは、肉体のダメージは意味をなさないと言う事だ。
 きちんと確認したわけでは無いので、詳しい事は解らないが――明らかに真っ当な人間とは違っているまき絵――彼女であっても、限界は存在する。
 そして、今の「まき絵」は、そんな事を気にする相手ではない。
 そのうち、じり貧に追い込まれる事は目に見えている。
 要は、大停電の間の、残り三時間半と少々を凌げればいいのだが。
 さて――厳しいだろう。
 佐々木まき絵という少女を――殆ど子供としてしか扱っておらず、普通に血で操るエヴァンジェリンであるが。
 だが、他の人間に支配される事と。
 そして、あのクラスに手を出す事は別だ。
 それは、雪広あやかとの――交渉の結果でもある。
 自分の目的の為に悪をなすエヴァンジェリンだからこそ――自分が罪を被らない、ともすれば安全な方法が気にくわない。
 気に入らないが、しかし――今は状況が悪い。
 口笛を吹く死神と対峙している、最初の従者のこともある。
 エヴァンジェリンは――優先順位を間違えない。
 自分の第一の目的の為には、――いざとなったら、第二以降の願望を破棄するのが、彼女のやり方だ。
 正確には――出来る限り捨て去ろうとは思わないが、いざ失ったとしてもなお、歩みを止めずに進む覚悟を持っている――と、いうべきか。
 大切な物の為には、代償として犠牲を払う――C.C.が、彼女とルルーシュが似ていると言うだけのことはある。
 エヴァンジェリンにとって――雪広あやかとの約束は、出来る範囲で守ろうと思っているが。
 あの「まき絵」のことよりは、今はネギとの決闘の方が上だ。
 ネギと、そして明日菜との戦い、向かい合うために――この十年間。この地にいたのだと言っても。過言ではないのだ。
 和泉亜子はともかく――明石裕奈ならば、その辺りは父親から聞いて知っているだろう。
 ならば、最初から、あの二人に任せて置いた方が良い。
 実力はそれなりにあることは、見れば判断できる。

 「明石と和泉――あの二人には、修学旅行前にきちんとこちらから出向いて借りを返すことにする。……まだ青いが、しかし」

 それとこれとは、全くの別である。
 例え、いまだ発展途上の子供であっても――いや、だからこそ、エヴァンジェリンは、その借りをきちんと返済する。
 それが、強者のプライドだ。
 ネギと明日菜は、まだ来ない。

 「マスター」

 そして再び、茶々丸から声が掛かる。

 「ゼロ姉さんと向かい合っている『彼女』ですが」

 「ああ」

 「戦闘能力が高いですね」

 「ああ――」

 何回か、過去に出会ったことのある……あの都市伝説を回想し。

 「――だろうな」

 チャチャゼロには、荷が重い相手だと思い、茶々丸に。

 「戦う相性が悪いからな……適度に相手をして見逃せと伝えておけ」

 「わかりました」

 クラスメイト同士の激突を、あえて意識から外して――夜空を、吸血鬼は見上げる。
 目を閉じて感じられる魔力の中、チャチャゼロの気配は――中学と寮の、その中間にあった。



     ○



 チャチャゼロは人形である。
 意識を持っているが、完璧に人形である。
 態度も口調も、決して良くはないが――しかし、自分の絶対的な主人がエヴァンジェリンであり、それは自身が消滅するまで終わることは無いと、そう理解している。

 「ガキドモ追イカケテンノ邪魔スンジャネーヨ……殺スゼ?」

 チャチャゼロは。
 目の前にいる、電柱の様なシルエットに言う。

 「それは失礼した。……自前の糸よりも、優れていた物だからね。つい使ってしまったんだ」

 口調は男のものだが。
 声は――若い、女子のもの、だろう。元々の地声が、あまり高くないからか。中性的な声色を出せるようでもある。

 「ケッ……俺様ヲ、糸ヲ使ッテ宙ニ吊上ゲタ野郎ノ言葉トハ思エネエナ」

 「君の邪魔をする気は――無かったのだけれどね。偶然、糸の先に君がいたからね。これを利用すれば……自分で行うよりも、遙かに目的を達せられる。僕の仕事は何なのか……知っているはずだ」

 エヴァンジェリンがこの地に来るよりも前にも、何度か遭遇してはいるが。
 この不気味な死神は、毎回異なる体に入っていた。
 けれども、態度だけは相変わらずである。

 「マアナ……。ソレデ訊クケドヨ。ソノ体ハ御主人ノクラスメイトダッタナ」

 「「そうだよ」」

 声が。
 二重に聞こえた。

 「アア?」

 「気にしないでくれたまえ。……僕にも色々あるんだ」

 顔だけは――フードで隠したまま。
 都市伝説の死神は、言う。

 「世界の敵がいてね。――どうやら『統和機構』の関係者らしい。標的は、おそらく《炎の魔女》だよ。難儀だとは――思わないかい?」

 「ドウデモ良イナ。……ソレヨリモ、ダ。アノガキドモガ逃ゲタカラ、暇ナンダガナ」

 「そうだね。……それじゃあ、相手のいる所に送ってあげよう」

 声と共に。
 グイッ――と、体が引っ張られて。
 元々体重は、非常に軽いチャチャゼロだ。あっさりと宙を飛び。
 それはもう、自分で飛ぶよりも遙かに早く、地面へと飛ばされる。
 辿り着いた先は――。




 チャチャゼロを飛ばした後に。
 ブギーポップは、俯瞰する。
 エヴァンジェリンが、広域に張り巡らせた絃の何本かを勝手に拝借し――自分を空中に釣っているのだ。

 「君の体に宿っている身としては言いにくいのだけれどもね……。戦闘中は、気を付けてくれたまえ。例えMPLSを持っていても、簡単な相手では無い――……わかってる」

 一人二役、のように。
 彼女は言う。

 「君と僕は――さて、どういう理由か、精神的に非常に近い。そのために、だ。僕の行動を、君は心の内から覗き見れる。そして、強制的に――肉体の主導権を得ることも、可能だろう。

 ……そうね」

 彼女は。
 同意して。

 「戦闘中にそれがあれば、何よりも君自身の命に関わる。……まあ、これが初めてでは無いけれども――油断は、できないのだということを、把握しておいてくれたまえ」

 「……ごめん、ブギー」

 「わかれば良い。……おや」

 懐で――携帯電話が震えた。
 マントの隙間から手を入れて、取り出し。
 液晶画面に表示されている画面を見る。
 そこに出ている番号は――親友のもの。

 椎名桜子のものだった。



     ○



 寮、階段を上る二人と一匹である。
 目指す先は屋上だ。
 歩いているのは、電源が切られているため――エレベーターが使えないというのと、屋上まで繋がっていないからだ。
 近づくたびに、より大きく感じられるエヴァンジェリンの魔力に……体が緊張していくのがわかる。
 ――唐突に。
 携帯電話が震えた。
 静かな寮内では、ただの振動ですら異常に大きく聞こえる。一瞬、ビクリと反応したネギだったが、取り。

 「……はい、ネギです」

 『こちら凪だ。……こちらの準備は完了した――が』

 「ええ」

 『すまないが、エヴァンジェリンとの対決には介入できそうもない。目の前に管理人さんがいてな』

 平静なままに、凪さんは言う。

 『まあ、元々、君とエヴァンジェリン、神楽坂と絡繰の戦いには手を出すつもりはなかったが――どうやら、あちらも、私を抑える手段を用意していたらしい。戦闘には、おそらくならないがな』

 どう考えても荒事慣れしている凪さんと、意外と黒いなのはさんとが激突した場合。
 どうなるのかは、考えたくもない。
 裕奈さん亜子さんとまき絵さんといい。
 クラインさんと刹那さんといい。
 そして今度は、凪さんとなのはさん。
 停電の日に起る闘争は――僕達とエヴァンジェリンさん達以外にも、存在して。
 姿が見えない敵も――含まれている。
 この夜は、簡単に終わるほど――甘い物ではないのだろう。

 『検討を祈る。ではな』

 電話が切れて。

 「……なんだって?ネギ」

 考え込んでしまった僕に、明日菜さんは異常なほどに落ち着いて言う。

 「凪さんが――なのはさんと、出会ったらしいです」

 当然ではあるが。
 携帯電話など、こんな時に使用する物では無い。
 連絡手段としては有能であっても、ウィル子や茶々丸がいる以上――相手にも情報が筒抜けになる。
 霧間凪勿論、そんなことは知っていたが。
 それでも連絡を入れるのには、意味があったのだ。
 連絡の内容では無く――連絡を入れる事こそが、意味を持つ。
 連絡が無かったら――それはネギと明日菜とカモに、凪を加えた四人での策略が発動できないと言う事でもあるのだから。

 「もう大丈夫です……。行きましょう」

 凪に言われたアドバイスがある。
 それを思い出し――ここで、躊躇する訳には、いかないと理解し直し。
 ネギの言葉に、明日菜とカモは頷き――再び、歩きだす。
 目指す屋上は、もうすぐそこだ。
 


     ○


 
 C.C.の本名は、この世界ではルルーシュしか知らない。
 彼女の本名を知る人間は――数百年前に、自分を売り払った両親とルルーシュのみだ。友人であるエヴァンジェリンにも、本名は明かしていない。


 この世界において。
 C.C.と同じ名を持つ少女が存在した。
 出身はフランス。地方を収めた領主の――その友人には、マクダウェルという家系が存在したことも、確認できた。
 おおよそ、600年ほど前のことだ。
 ウィル子に頼んで――辛うじて発見が出来た程度の、ほんの僅かな痕跡だが。
 確かにこの世界にも――かつてのC.C.と同じ少女は居たのだ。
 この世界では、決して救われることなく死んで行った、孤独な少女が。
 ログハウスから女子寮へと向かう彼女は考える。
 この世界についてをだ。
 C.C.が育ち、そしてルルーシュや、その両親達や。戦乱と動乱の末に、平和になったあの世界と、ここは余りにも違い過ぎている。
 だが――単純に別世界と言うわけではない。
 言語も、思想も、文化も。常識の範疇の、ある程度はまで共通であるし。
 ルルーシュやエヴァンジェリンは、過去の一点から分岐した世界では無いか――と、言っていたが。

 (……では、何故私とルルーシュはここにいる?)

 いることは、ありがたい。
 だが、いる理由が分からない。
 例え集合無意識が――何かしら、自分達に思う所があって。ここに送ったのだと考えられなくもないが――しかし。
 なにかが、あるような気がするのだ。
 ルルーシュも、未だに把握し切れておらず。
 一番この情報に近いのは……高町なのは、だろう。おそらくは。
 ウィル子曰く――彼女の持っている、あの話す杖。魔法のステッキのような、あれは――彼女のいる、いや所属する世界が、この世界では無いことの証明だ。
 実際に。鳴海市という地は、この世界には存在しないのだという。
 彼女の、最初に出会った時の会話から判断するに――この世界と、それ以外の世界を知ることが出来る立場に、一番近いのは彼女だろう。
 桜通りへ向かう。
 おそらく――何か。
 この世界に来た理由は、明確に存在するのだ。
 だが、まあ。
 そんなことは――今は、どうでも良かった。
 気が付いて見れば、生まれた世界よりも随分と遠くに来てしまっているが、今の自分は満足している。
 ルルーシュもいる。
 同朋もいる。
 そして、目的もある。
 契約では無く、約束という――貴重な物もある。
 今は大停電の最中で。
 そしてここは、寮に向かう一本の道。
 桜通りだ。
 そう――今の彼女の役目は。
 いつもならば入口のベンチには、ニット帽の大学生が転寝をし。
 月夜の晩には吸血鬼が出没するのだが。
 今宵、目の前にいるのは一人の剣士だった。

 「えらく準備が良いじゃないか。桜咲」

 今の仕事は、そう。
 この目の前にいる、気にくわないクラスメイトを。
 気の済むまで、蹂躙することだ。



 桜通りの、死闘が幕を開ける。





 かくして。
 宴の中で、思惑と意思は交錯し。
 激突する。


 停電復旧まで、あと三時間三十五分。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台①(3)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/08 23:36
 ネギま 第二章《福音編》カーニバル 表舞台①(3)


 闇に、音が響いている。
 それは、鳴き声だった。
 刃と刃が。
 鉄と鋼が。
 そして、意志と意志とがぶつかる音だった。
 激突し、空気中に満ちる音だった。
 それは紛れもなく鳴き声なのだ。
 ヒトに有らざる者の、思いと。
 ヒトには決して成れない者の、心が奏でる。
 獰猛な、死の鳴き声だった。
 

 「はっ!えらくやる気じゃないか桜咲!」

 「黙れ!」


 ――火花が散る。
 甲高い音と共に降り注ぐ斬激を受け止めるのは、人形。
 魔女が召還した私の倍以上はある巨体が、日本刀にも似た直刃の大剣をふるう。
 横殴りの一撃を受け止め。

 (脚が……!)

 刹那の足元で、地面が沈み込み。
 折れそうになる膝を堪え。

 「――ぁぁぁああああ!」

 刃を絡めて、本撃を上へと受け流し。
 身を屈めて前へと疾走する――!


 「図星を指されたか!」

 「黙れと言っている!」


 人形の股下をくぐり駆ける刹那は、まさに疾風。
 繰り出された切っ先を、しかし魔女は右に旋回するように回避。
 頬を掠めた一撃を気にすることもなく、髪をなびかせながら、左側面に回り込み。
 捩った下半身から、左足を切り上げ――。
 刹那は即座に、勢いを殺さぬまま膝を落とし、同時に夕凪を納刀。
 頭の上を通り過ぎた魔女の左足に視線を向ける事はなく。
 重心を移動させ、時計回りに回転し。
 魔女の襟元を捕まえ。
 魔女もまた、刹那の首元を掴み。
 視線が、交錯する。


 「必死じゃないか、ああ!?」

 「黙れと――言っている!」


 声に気を取られる事もなく。
 刹那はそのまま、地面へと後頭部から叩きつけ――

 (!?)

 咄嗟に手を放した刹那が、魔女を突き飛ばし、その反動で左へと転がり。
 両者の間に割り込んだのは、巨大な人形。
 素早く立ち上がり、身を起こした刹那に対して。
 その人形に抱えられた魔女が、犬歯をむき出しにして――笑う。

 「はっ!なら聞こう。私が黙って、それでどうする!」

 獰猛なその表情は、まさしく嘲りだった。
 魔女を下した人形は――――。
 ――――再び、疾駆する!


     ◇


 「良く来た」

 僕の目の前に、宙に浮かぶエヴァンジェリンさんがいる。
 その傍らには、茶々丸さんがいる。
 僕の肩にはカモ君がいて、隣には明日菜さんがいる。
 ルルーシュさんも、クラインさんも、なのはさんも、レレナさんすらもいない。
 この場にいるのは、完璧に四人だけだった。

 「最初は大浴場にするつもりだったのだがな……屋上の方が雰囲気が出る。そうだろう?」

 その声色は穏やかで。
 瞳の色は、むしろ優しくすらあった。
 大浴場での騒動も、あの刃物を投げて来た人形の事も、そして刹那さんと戦っているであろうクラインさんのことも、凪さんとなのはさんの事も――おそらく全て把握しているのだろうが。
 エヴァンジェリンさんは、何も言わずに、僕だけを見ている。
 それが――彼女の覚悟なのだろうということは、僕はもう知っている。

 「良い夜だ。そうは思わないか?」

 彼女が尋ねる。

 「……ええ」

 僕もそれに――頷いた。
 エヴァンジェリンさんは、周囲を把握しているのだろう。父さんとも並ぶ、世界有数の圧倒的な実力は伊達では無い。
 僕もまた、戦意が高揚しているからなのか。
 近くと遠くとで、幾つもの戦禍の波動を感じ取る。
 その内の一つは、方向からすれば西。
 僕と彼女が出会った――桜通りにあった。


     ◇


 桜通りは、かつてはデートスポットの一つだった。
 少なくとも、創立当初はそうなるように設計された。
 東京が桜新町にある、巨大な桜の苗木を植え。その桜の花弁が舞い散り、歴史を感じさせる街灯の明かりと、そしてそれらの間から覗く月は、確かに神秘的であり幻想的だった。
 だが――今はもはや、誰も信じはしない。
 月夜の晩には吸血鬼が跋扈した。
 満月の晩には殺人鬼が乱舞した。
 聖王の子孫が試練を与えられた。
 名付けられし暗黒が、浸食した。
 《福音》と、英雄の血を引く少年とがここで接触した。
 そして。
 今宵は――二人の人物が対峙している。
 桜咲刹那と言う名の、剣士。
 クライン・ランぺルージ――あるいは、C.C.とも呼ばれる灰色の魔女。
 現状、クラスメイトであり。この先高校を卒業するまでは共に過ごすはずの存在同士のはずであるのに。
 両者の間にあるのは、そんな生易しい物では無い。
 桜咲刹那が抱いているのは敵意であり。
 魔女が抱いているのは嫌悪だった。




 生物の様な巨体が加速する。

 「私が口を閉じた所で!口を鎖した所で!それで何が変わると言う桜咲!」

 魔女の人形は獣じみた動きで、屈み。

 「それに応えることすらできないか!?」

 繰り出されるのは右下から伸びあがる一撃を。
 刹那は、体を右に側転させるように跳躍する。
 一瞬でもタイミングが狂えば、肩や足が持って行かれるであろう芸当を、零れ出た数本の髪に変え。
 横倒しになった体の下。通って行く刃を片目に見ながら。
 刹那は――その刃の峰を『蹴り飛ばす』。

 (これならば!)

 泥人形の持つ刃物は、西洋風の両刃では無い。
 それは即ち、足場にすらなりえると言う事だ。
 身動きが取れないはずの空中で、しかし刹那は軌道を変える。
 頭の方向に、加速。
 宙を一直線に飛び。
 進行方向の先にある街灯に、足を掛け。
 街灯の側面に着地し、そのまま再加速して魔女へ。
 後ろで街灯の支柱が曲がる音を聞き流し。
 魔女まで十メートル以上もあった間合いを、刹那はほんの数瞬で詰める。

 「甘いんだよ貴様は!」

 怒声と共に魔女は。
 刹那の。加速によって繰り出された突きを。


 左手を差し出し、正面から受け止めた。


 勢いのまま、刃は魔女の掌を突き抜け、さらに肩口に当たり。
 皮と骨と筋肉を突き破り、噴出する血が刃を伝い。
 両者の衣服に、赤い紋様が刻まれるが。
 だが、それでも。

 「私はお前が嫌いだよ桜咲!」

 魔女は一瞬たりとも怯まない。
 右手で刹那を掴み。
 動きが止まったその隙に人形の獣が、迫りくる――!

 「黙れ!何も――」

 刹那は。

 「――何も知らないくせに!」

 叫びながら、強引に夕凪を振り下ろした。
 掌と肩口。
 その間にある、魔女の腕を。
 骨と関節とを縦に、力で切り分けて。
 人体によって拘束されていた、刃を解放し。
 そのまま、腕を転じ、人形の長剣を受け止める――!
 ギャギイ、と鋼が噛み合う音と共に。

 「ぐ――」

 足が滑り。

 「――――っ!」

 骨が軋み。

 「ッ――ぅぅうう」

 爪が割れ。

 「ううううううううう」

 皮膚が擦れ。

 「が、ぁぁあああ」

 それでも、刹那は。

 「――――――――――――――ああああっ!」

 その衝撃を堪え切った――!


 ドウッ!――と。
 それは、遅れてやってきた衝撃。


 粉塵を生み。
 暴風が生まれ。
 桜の花弁が、舞散り。
 視界が隠れる中。
 刹那は、体を引かれる。

 (……こ、の状況で!)

 左腕が縦に裂かれて使い物にならなくなろうが、しかし魔女は、刹那を掴む手を放す事はなかった。

 「それが甘いと――!」

 魔女は痛みを無視して、強引に刹那の重心を崩し。
 同時に、右足を下げ。

 「言っているんだ!」

 刹那の顎を、左足で猛烈な勢いで蹴り上げる!
 衝撃に、頭が揺さぶられ。
 ご、と。あるいは、が、とも取れる声と共に、軽い刹那の体が浮き上がる。
 脳が揺さぶられ、地に付いた足が踏鞴を踏み。
 反射的に閉じかけた眼の中、魔女が頭を振りかぶっている。

 「――!」

 ゴキィ――と。骨と骨がこすれ合う音と共に、魔女の額が、猛烈な勢いで直撃した。
 右手を解放され、後ろに倒れこむように刹那は浮き上がる。
 そして――

 「――ネモっ!」

 ――その声で追撃が来る事を悟った。
 足が宙に浮いたまま、刹那は――


 ギャイイイン、という音と共に、再び刃と刃が交差したことを実感し。


 その剣の重さに、耐えられるはずもなく吹き飛ばされ。
 だが。
 ――ドガッ!と地面を、足で蹴り飛ばし。
 後ろに吹き飛ばされながらも、空中で背面跳びを敢行した刹那は――
 一回転して、足から地面へと降り立つ。
 崩れそうになる膝を耐え。
 勢いのままに。足を着いたまま後ろへと流されるが、それも耐え。
 止まった時に、息こそ吐いたものの、その眼光は衰えない。
 再び、両者は対峙する!



     ○



 「なあボーヤ。知っているか?世界はな、今お前を中心に巡っているんだ」

 そんな言葉から、彼女の語りは始まった。

 「ボーヤはまだ何も知らないだろう。私とて全てを把握するとは言い難い。だが世界がどう動き、そしてボーヤを巡り幾つもの動きが巡り、争い、それに乗じてさらに世界が混沌へと進んでいくのか――少なくともある程度までは知っているさ」

 口元に、歪んでいない、微笑を浮かべて。
 彼女は言う。

 「だからだ。私はボーヤを此処まで導いた。死なれて貰ってはこちらが困る。……そういう理由でな」

 彼女は。
 むしろ憎まれ口を叩きながらも、僕を見る。
 父さんの息子では無く、ネギ・スプリングフィールドとして、僕を見ている。

 「私はボーヤには教えん。知りたければ自分で掴み取れ。そして、私から話を聞くというのならば……私に認めさせて見せろ。今宵の戦場でな」


     ◇


 「確かに私は貴様のことは何も知らない!認めてやろう!だが――」

 完膚無きまでに、それは殺し合いだった。
 互いに繰り出される剣撃に容赦はなく、そのどれもが致死の一撃だった。
 縦横無尽に降りぬかれる刃が火花を散らし。
 打ち合される鉄と鉄とが協奏曲を奏で。
 歯を食いしばり、敵に喰いつき、好きあらば相手の喉を食い千切ろうとする、獣の動きだった。
 片や、日本最強の流派とも呼ぶ神鳴流剣士。
 片や、魔女と魔女の分身たる巨大な泥人形。

 「貴様の言っている事が甘えだと言う事は解るぞ桜咲っ!」

 《福音》と少年の様な、正々堂々とした決闘では無い。
 少女達の様な、意思を表す相対では無い。
 電子世界でのようにな、己の享楽の為の騒乱では無い。
 そこにあるのは、相手に対する敵意だった。
 それは、憎悪でも怨恨でも破壊衝動でもなく、相手が気に入らないと言うそれだけの理由だった。
 それは、おそらくこう呼ばれるのだ。


 ――『同属嫌悪』と。


 「何が解るかとそう尋ねるそれこそが、貴様にとっての甘さだよ!」

 ――刃が交差する!

 己と、そして己の分身が傷つけば、それが自身に帰ってくるのは当然だった。
 かつて魔王の妹、あの未来視を持つ彼女が操っていた時とは違うのだ。魔女の体は、幾度となく攻撃を受け破損している。
 だがそれも、そして魔女の左腕すらも、ゆっくりと回復していく。血が塞がり、内部が繋がり、傷跡を残し。長い生の間、積み重ねられた傷の上に新しい跡が残り。

 「だが私が一番気に入らないのはな!」

 ――刃が交差し、火花と衝撃が散る!

 それでも魔女は人形を操るのを止める事は無い。
 冷徹な美貌に感情をあらわにし。
 自分の体すらも、猛功を制する道具として。

 「貴様があの近衛を言い訳に使っていながらも、何も出来ていない事だ!」

 「黙れ魔女!」

 ――刃が交差し、火花と衝撃が散り、両者の肌に傷が薙がれる!

 剣士の肉体もまた、その体質を発揮する。
 死者の魂を冥府に送る、反転した白の烏は――その性質をもって、理性を喰らい、肉体の生命力を上昇させる。
 黒髪が逆立ち、瞳孔が細まり、悪鬼羅刹か修羅の如くの形相で。

 ――刃が交差し、火花と衝撃が散り、両者の肌に傷が薙がれ、苦痛を意思で屈服させる!

 「黙らないさ!それほどまでに大事かあの娘が!ああ、確かに近衛は優秀だよ!私やエヴァンジェリンが本気を出して怒ろうとも!強き意思を見せようとも!あの娘は引かなかった!正面から立ち向かった!ネギ・スプリングフィールドよりもはるかに強いとも!だがな桜咲!」

 魔女は叫ぶ。


 「貴様は近衛にそれを出来るか!」


 ギリ、と受け止めた剣が重くなる。
 否。刹那の心の乱れが、刃に伝達したのだ。
 耳を貸すなと意思を固め、奥歯を噛み締めて重圧に耐える。
 だが、緑髪の不死の魔女は言葉を止める事は無い。

 「出来るか!?出来ないだろうさ!桜咲!――貴様は腕は良い!生死を掛けた決闘ですら生き延びる!現世への渇望はクラスで最も大きいだろう!だが――」

 金色の瞳に、紛れもない確信の色を浮かべて、魔女は言った。


 「貴様は一番弱い!」


 人形が、刹那ごと刃を振り抜いた。
 まるで地面から引き抜くように、体ごと持ち上げられ――飛ばされる!
 滞空時間は長く。
 それは今度こそ刹那を、背中から傍らの街路樹に叩きつけた。
 花弁が――舞い踊る。
 肺臓から呼気が漏れ、肋骨が軋み。

 「ぐ、ううう――」

 それでも刹那の瞳から闘志が失われることはない。
 傷跡を、怪我を、疲弊を修復しようと、体が猛烈に活動する。
 細胞が燃え、煮えたぎり、頭の中の沸騰と共に体が熱を発し、作業の為の猛烈な暑さが、肉体を取り巻く春の空気に蒸気を生み出し。
 愛刀を支えに立ちあがる少女に、魔女は金の瞳を煌かせて笑う。

 「さあ立ち上がれ高々十五年しか生きぬ小娘が!今宵の宴はまだ終わらないぞ!」

 桜通りの戦いは続く。



     ○



 場所は変わり。
 大浴場。
 裕奈と亜子では分が悪い――そんな、エヴァンジェリンの予想は、確かに当たっていた。
 ゴム弾では、本当に時間稼ぎにしかならないのだ。

 (まっずいね……)

 顔にこそ出さないが、裕奈は内心では焦っていた。
 弾が切れたSPASを脱衣所の方に投げて、裕奈は二丁の拳銃を――袖口からスライドさせて取り出す。
 愛銃・ベレッタの最新モデル――Px4。装填されているのは40S&W弾。本来ならば、知人、もしくは師匠でもある「とある人物」の使っていた、ソード・カトラスが欲しかったのだが……この国で使用するのは難しい。二十年近く前の品物など、この経済大国・日本では扱っていない。真似したと言われるのも癪だ。
 麻帆良に重火器を提供している『伊織魔殺商会』でも、基本は各国仕様の軍隊・特殊機関用の武装であったり、そうでなければ完璧なワンオフ使用の特殊な代物――あるいは、キワモノだ。
 周辺に、武器が保管されていない訳では無い。
 だが、いずれも『普通の弾丸』であり、先ほどまでのゴム弾であったり、あるいはこのベレッタに入っている、「ドクター」とか言う人の、特殊弾頭ではないのだ。
 下手に撃てば、いかにまき絵とて死んでしまう。
 しかも、この操っている相手を捉えることすらできないまま。
 そう言う意味では、この相手は実にやっかいだった。なにせ今の状態では、その人物がどこにいるのかも不明だ。
 まずいどころか、最悪だ。
 時間さえ稼げれば問題はないが、その時間を生み出すための手数が不足している。
 ある意味では予想の範疇だったが、まき絵の運動能力と、そして予想以上の頑強さが少しずつ、しかし確実に裕奈と亜子を追いつめていた。
 攻防が続く。
 「まき絵」の足と腕からの攻撃を、亜子が受け止め。
 亜子が耐えきれなくなった時は、裕奈がその部分に銃を撃つ。
 そうやって、時間を稼いできたが。
 亜子の脚が、崩れた。

 「――っ!」

 しまった、という表情を見せるが、もはや遅い。
 亜子はまき絵の、勢いのついた足の直撃を受け――再び、脱衣所へとふっ飛ばされた。


     ◇


 それから十分ほど後のこと。
 裕奈は、まき絵に取り押さえられている。
 ちなみに、まき絵も裕奈も、元々は風呂場で探し物をしていたのだ。水着に近い姿で。しかも、互いに相当の運動をしていたせいで、息は上がっているし、衣服は当然水濡れだ。
 その光景だけを見れば、かなり倒錯的であるが、しかしそんなに甘い物では無い。

 (や、ば)

 亜子と違って。
 裕奈は、吸血鬼に対する抵抗をもたない。
 それは、噛まれたら支配されると言う事だ。
 まき絵を支配しているのがエヴァンジェリンだったのならば――それも、まあ安心の範疇に入るのだ。
 しかし、今支配されたところで――この、まき絵を支配する「何者か」に支配されるだけだろう。
 まき絵の状態が、どういう状態なのかは――特別理解できている訳では無い。ネギにも言ったが、あくまでも通り一遍の知識しか持っていない。
 ただ、経験は積んでいる。積まざるを得なかったのだ。そして、同時に戦闘考察能力も手に入れた。
 だから、解っている事は、所詮はこの戦いの中で把握していることのみだ。
 エヴァンジェリンが本来は操作するはずのまき絵を、何者かが支配している事。
 そして、まき絵を操っている何者かはおそらく、「まき絵」のみを狙っていた。
 血を吸われた者を全員操れるのならばとっくに他の被害も出ているだろうが、父親からの連絡には、そのような報告は無い。
 それはつまり。

 (……ウチらが標的、ってことは)

 大方、3-Aメンバーの絆を壊し、ついでにその争いを各組織・各地へと広める気だろう。
 当たらずとも遠からずに違いない。
 そう簡単に壊されるほど軟では無いが、しかし危険度はなるべく減らすべきであることは間違いなく。

 (まっずいなあ)

 死ぬことは無いと確信している。
 仮にそんな事になったら、委員長あたりが発端となって相手を完膚無きまでに抹殺するだろうし――事実、半年前。
 ルルーシュさんとクラインさんを巡る『とあるトラブル』の際に――それは実行されているのだ。
 だから、自分のことはあまり心配はしていない。
 この世界を知って以来、いや知った過去において。命を賭ける事でもあると言う事など十二分に把握している。

 (お父さんは、悲しむだろうけどね)

 あの父は、それでも良く自分のことを知ってくれている。
 なによりも、この世界に自分を引きこんだ原因を作ったのが、彼なのだから。
 それを恨んではいない。
 父は未だに、どうやら後悔はしているが。しているからこそ……この生き方を選ぶ事を、許してくれた。
 亜子は――起き上って来ない。
 どうやら、気絶してしまったようだった。
 十分以上経って起きてこないと言う事は、今すぐに起きてくることもないだろう。

 (……いや、限界、かな)

 彼女が血が苦手な事を考えれば――当然のことだとも言える。
 都合良く助けは、こないだろう。
 諦めるつもりは毛頭ないが、しかし現実を直視して認めざるを得ない。
 手詰りだった。

 (いつからこんな性格になっちゃったのかなあ……)

 昔の自分はもっと純粋だったはずなのに。
 十年ほど前――麻帆良で起きた誘拐事件で、関係者に多大な被害を出した際からではないだろうか。
 あれがきっと――裕奈の人生の、転換点だったのだ。
 首筋に食らいつこうとする、まき絵に。

 (……ごめん)

 助けられなかったこと。頼みを成就できなかったことを謝って。
 あとはもう、状況を知る人物達に、任せるしかないと。
 心を固めて。
 ――そして。
 その時。
 声が、聴こえた。


 ――――――名は力を持つ


 幻聴では無い。
 ビュオウ――と、空を裂き。
 裕奈が投擲した、暗器よりも遙かに巨大な「それ」は、大浴場の浴槽に突き刺さり。
 停電で、明かりの無い浴場だ。月光でしか、それは判断できないが――それは、まるで。


 白い杭のようにも見えた。


 目を見開いた裕奈の前。
 落雷のように突き刺さった「それ」は、浴場の水をまき上げる。


     ◇


 「ほう……」

 と、エヴァンジェリンさんは――僕から視線を外して、何所かを見るような仕草で言った。
 そのまま、くっくっく、と含み笑いをしながら、再度僕を見る。

 「何を、見てやがんでえ」

 カモ君が――尋ねたその言葉に、エヴァンジェリンさんは鼻を軽く鳴らし。

 「なに……風呂場に助っ人が来ただけだ。安心しろ」

 助っ人。
 それはきっと――あのクラスの誰かなのだろうと、僕は思った。
 あの場には、まき絵さんと亜子さんと裕奈さんがいた。
 ならば――あの場にもう一人、加わるのだとしたら。
 それは一人しかいない。
 そんな事を考えた僕は――だから、エヴァンジェリンさんが、小さく付け加えた言葉を聞き逃していた。


 「ようやっと来たか……UCAT」


     ◇


 突き刺さったそれは――いかなる理屈か、お湯を巻き上げる。
 吹き飛ばしたのでは無く、明らかに指方向性を持ち。
 宙に浮かんだそれは、流れる大河となって。さらには、瀑布となり。
 雨を通り越し、もはや滝のように二人の元に降り注ぐ。

 「?!」

 (え?)

 覚悟をしていた裕奈は、理解が出来ない。
 今にも首に噛みつこうとしていた「まき絵」は、いきなり裕奈から身を起こし、脱衣所の中に飛び込んだからだ。
 風呂の底に突き刺さった白い大きな棒を、大きく迂回した「まき絵」は、まるで天敵に追われる獣のように駆け。
 部屋中に飛び込み。
 それとほぼ同時に、猛烈な奔流が、裕奈を襲う。

 「――――!」

 体を打ちつける激流に、身動きが取れず、流されそうになるが。

 「――ふ、ううっ!」

 息を吐き、体を近くの岩に固定して堪える。
 地面に転がっていた愛銃を、激流の中で掴みとり。
 押し寄せる圧力に耐えながら、裕奈は知る。

 (……そういや、吸血鬼、の弱点って)


 白い杭と、流水だ。


 それを悟ったからこそ――「まき絵」は、反応したのだろう。
 操り人形と化した状態で、そして血を吸ったのがエヴァンジェリンであったとして――そもそも杭と流水が、今の「まき絵」に効果がどれほどあるのかは不明だが。
 だが何にせよ、これは好機だった。
 「まき絵」のおかげで、亜子もまた屋根のある脱衣所だ。被害はほとんどないだろう。
 水の勢いが弱まり。
 状況を確認しようとして、そして――気が付く。


 今の大瀑布と共に、露天風呂に一人の人物が降り立っていた。

 
 彼女は、三割程にお湯が残った浴槽から、その白い長物を――大槍を抜き上げて。

 「ゴメン、遅れたよ」

 長身と、長い黒髪。手首と髪とを止める、青色の石が穏やかに光っている。
 柄の先が、閉じた百合の花のような形をした――白い大槍は、握りの近くにデジタル表示のコンソールが見えて。

 「P-rz」

 『概念展開サレテイマス』

 「うん」

 そう頷いた彼女は。

 「ちょっと、強引だったけどね……怪我、無い?」

 亜子、まき絵と同じく。
 裕奈の親友だった。


     ◇


 「ボーヤ。この停電が終わったら、クラスの皆から話を聞いてみると良い。話してくれるほど甘い奴は少ないが、ボーヤが聞くにふさわしい性格まで成長すれば、問題は無いだろうさ」

 彼女は、そこまで言って。今度は明日菜さんを見る。
 その眼に浮かぶのは、おそらく僕を見る目と同じ――複雑な物。
 彼女が此処に来てしまったことへの諦念。
 そしておそらくは、彼女がここに来たことの、成長の喜び――なのだろう。

 「明日菜。お前が、ボーヤと共にいるのも、また運命かもしれん。二人合わせても、未熟。だが」

 今度ははっきりと、僕達が見たことのないはっきりとした笑顔で、彼女は言う。

 「その歩みには敬意を表してやろう。――さあ、始めようか」

 彼女の体から、莫大な量の魔力が噴出する。
 足が竦み、背筋が凍え。
 逃げだしたくなるような衝動に駆られる。
 ここにいてはいけないと、本能が警告を発する。


 それでも、恐怖に打ち勝つことが出来るようになっている。


 あの晩。初めてエヴァンジェリンさんと出会った日。
 彼女は、僕をこうやって育て上げるために、彼女は僕の心に楔を打ち込んだ。
 圧倒的な闇を教え込み、負の感情を心に刻みこんだのだろう。
 それは、決して大きくは無いけれども。でも僕の心に根をおろした。

 「全力で来い。でないと――」

 声が。


 後ろから聞こえた。


 「――すぐに終わってしまうぞ?」

 「!?」

 明日菜さんが。
 僕を掴んで、横に飛ぶ。
 襟首を閉められて、一瞬苦しくなるけれども、そんな事は、視界に入る光景で忘れてしまう。
 足もとを、長い爪を生やしたエヴァンジェリンさんの右腕が通り過ぎて行った。
 空を切った一撃は、しかし屋根に直撃して。
 音と共に、大穴を開ける。
 僕が避けた、正確には、避けさせられた様子を見て、エヴァンジェリンさんは、再び軽く笑い。

 「明日菜さん。貴方のお相手は、私です」

 明日菜さんの眼の前に、茶々丸さんが降り立った。

 かくして。
 少年と吸血鬼。
 少女と人形の対決が始まる。



     ○



 学園某所で。

 「準備は……?」

 「勿論ですよマスター」

 「そうか。……なら、行ってくると良い」

 「任せて下さい!なにせ私は次世代を担う神ですよ!」

 電子戦。
 ゲームスタート。



     ○



 「で、超。私の仕事はなんなんだ?」

 「学園内の侵入者の内の何人かの排除ネ」

 「私に人を殺せってのか」

 「いや。……相手をしてくれれば良いヨ。そう簡単に勝てる相手では無いと思うからネ」

 「……人数は」

 「葉加瀬」

 『はい。――今のところ三人ですね。……金糸雀。オペレートの準備は?……ええ。大丈夫です。サポートの準備も良いですよ』

 「……ああ。――気は進まねえが、あのクラスを壊されんのも困る。……おい《宙界》。超。……やるぞ」

 [了解した]

 「そうだネ」



     ○



 「さて、高町さん。どうしたものかなこの状況」

 「ええ。本当にそうですね。凪さん」

 「――こいつらどうも一般人ぽいな。……学園内の誰を標的にしてるのかは知らないが、こんな軍団を造れるとなると……」

 「心当たり、あるんですか?」

 「ああ。まあな。――俺達を囲んでいるこいつら、大体百人前後だがな。要するに脳を支配されているんだ。催眠術の類だな。噂程度でしか知らないが……とすると、こいつらの標的は」

 「説明をしてもらっても?」

 「たぶんこいつらの主は、操想集団の《時宮》。標的は……おそらく零崎、だろうな」



     ○



 「ちい……おい竹内、龍宮。まずいぞ……。どうするんだ」

 侵入者。魔術師系統の連中が召還した異形が、周囲にいる。

 「ふむ。鳴海先生。一応聞くが、銃は?」

 「……使えはする。普通の警察官よりは慣れてる程度だがな」

 「竹内。銃以外に使える道具は?」

 「まあ色々とありますよ。銃火器は基本何でも大丈夫です。「指方向性散弾地雷」(クレイモア)とかも、ありますし」

 「……なるほど、では――こうしよう」

 龍宮真名は、狩人の目付きで言う。

 「強行突破だ」



     ○



 そして。
 麻帆良のはるか上空に。
 闇に浮かぶ、三つの影がある。

 「貴方がやってくるとは思いませんでした。――『螺旋なる蛇』《王国》のツェツィーリエ」

 「なあに」

 一体が笑う。

 「吸血鬼ではない私だが――吸血鬼の様に「支配」が可能となれば、それはより強大な「強さ」になる。……それだけだよ。『完全なる世界』のアーウェルンクス」

 「そうですか」

 「そうだ。……さて、それでそちらの彼を、君は送るのか?」

 「ええ」

 二体目の影は、ツェツィーリアの言葉に頷いて。
 三人目の影に言う。

 「行ってくると良い。君のその意義を確かめるためにね」

 無言のままに頷いたその人物は。
 暗き空から、地上に向かって疾駆する。


 「私達はここで傍観といこうか」

 「ええ」

 闇の中、二つの影は動かない。





 かくして。
 宴はますます混沌へと突き進む。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 裏舞台①
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/11 13:53
 

 ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル・裏舞台その①


 停電の裏で。
 人知れず、幾つもの想いと思いとが重なり合っている。
 表に出る物もあれば、表に出ない物もあるだろう。
 だが、世界を彩るのが人間である限り――それらは、必ず存在するのだ。



     ○



 「そう言えば」

 仕事場の後輩、夏目萌に声を掛けられて、明石裕也――通称《教授》明石は訊き返す。

 「どうかしたかい?」

 「《教授》、若い時は実は結構魔法が強かったって言う話を聞きましたよ?――何で調査関係の仕事に回ったんですか?」

 今回の大停電において。
 電子関係者は、全員別の場所に置かれている。
 上空を飛ぶUCATの機竜からの情報整理が、そのメインだ。
 中央制御室は。なにせ、人間としては文句なしに最高峰の技術者たちが――それこそ、電子精霊などを使わずとも、学園の技術者たちの上を行く人材が――本気でぶつかり合っているのだ。電子精霊も邪魔だと言われてしまった。

 『下手に出して逆に相手に所有権奪われたら迷惑だし』

 それが今現在中央制御室の主と化している、かつて《死線の蒼》と恐れられた、小柄な少女の言葉だった。

 「ああ。……どこで、そんな事を?」

 「いえ。噂……です。只の」

 どうやら、本当にそれは、何かの拍子で入手した情報だったらしかった。

 「――まあ、ね。事実だよ」

 

 
 十年ほど前のことだ。
 《闇の福音》が麻帆良にやってきた際に生じたトラブルに、魔法使い関係者に被害が出た事件がある。
 実質的な被害は決して大きくは無かったが――しかし、確実に被害が出たことは事実であり、そして被害を受けた人々にして見れば、事件の大小は関係が無いだろう。
 《福音》に責任はあるのか――仮にそう問われた時に。
 結論から言ってみれば、関係は無かった。発端ではあったかもしれないが、しかし所詮は切欠でしかなく、彼女の来訪によって陰謀が顕在化しただけである。
 むしろ、彼女がやってきたからこそ表に出た、陰謀であったと言えるのかもしれない。
 世間一般では、誘拐事件と言われているが――そんな生易しい物では無い。
 間違いなく――国家の勢力が、一枚かんでいた。




 基本的には。
 『学問の世界』は、中立である。
 ER3にしても、アウルスシティにしても、そして魔法関係にしても――基本は中立である。研究成果を求める組織とは商売関係であるし、結果さえ出す事が出来るのならば――基本的に宗教には寛容。仕事を仕事として割り切ることが可能ならば、大体どんな世界とも渡り合えるだろう。
 ただ――時折。本当に時折、いるのだ。
 そういう、均衡やら協定やら、暗黙の了解やらを無視して行動に移り、それでいて周囲からの攻撃を受けても中々倒れずに、被害を撒き散らす組織や人やらが。
 明石裕也が、前線に出る事を諦めたのが、そんな組織を相手にしての――事件だった。
 十年前に行動を起こしたのは――アジア関係には影響を与える、人身売買のブローカー。
 それ自体は珍しくは無い。
 昨今、都会の中での行方不明者・疾走者・自殺者等の何割かはそういう関係に巻き込まれているのだから。
 世界各国……と言うほどに、巨大では無かったが、少なくともアジアにある程度の影響を持っていた、新参者の組織だった。
 巨大で歴史を持つ組織は、長続きしている分――人脈や、貸し借り、損得、長年の経験、協定やルールを把握している。
 だが、十年前の犯人達は違った。
 よりにもよって――関係者一同が、絶対に手を出さない学問・裏社会『魔法世界』に手を出したのだから。
 魔法使いは、決して弱い存在では無い。
 防御さえ敗れなければRPGの直撃も防げるだろうし、魔力があり、技術を持てば、たった一人で戦艦や軍隊すらをも相手にも出来るだろう。
 余計な正義感さえ出さなければ、秘密裏に敵組織をゲリラ戦・潜入工作で壊滅させることも十分に可能なのだから。
 結論として。
 相手組織は壊滅した。
 壊滅して、その利益は――大陸各国の由緒正しい闇社会に分配され、中にはきっと吸血鬼の餌になった物もいただろう。
 だが――しかし。
 誘拐事件の被害者の内、帰って来なかった者がいる。
 人身売買の名の通り――幾人かは、すでに大陸に消えていた。
 その瞬間のことを、彼は――今でも覚えている。
 本気で、人間に殺意がわいたのは、後にも先にもあれきりだった。
 なぜならば。


 被害者の中には――彼の娘の名もあったのだから。


 結局のところ――彼女が発見されたのは、事件から半年程後のことだ。
 世界で最も治安が悪いと言われる――死にぞこないの集まる街でだ。
 発見したのは、タカミチだった。
 タカミチ以外の人材では、おそらく危険だったのだろう。
 親切……では無かったものの、それなりに義と情とをわきまえた組織に拾われて。
 そこで、彼女は――たったの半年間で、彼女は変わっていた。
 徹底的に、変わってしまっていた。
 普段の中では決して窺い知ることが出来ないが――彼女の眼は、もはや生者の目ではなくなってしまっている。
 地獄を見た……歪んだ死者の目だ。自分の生に、そして命に興味を持たなくなってしまった。
 日常に生きていても――その性質は、もはや変わることが無いだろう。
 心の内に――拭いようのない、決して消える事のない、闇夜に潜む地雷の様な、圧倒的な煉獄を宿してしまっている。
 龍宮真名と同じように。彼の娘もまた、戦場を知っているのだから。

 (本当に)

 彼は、眼鏡で表情を隠しながら、息を吐く。
 ――因果な世界だと思う。
 今が停電中では無く、手元に煙草があったら、間違いなく吸いつくしていただろう。
 人間が存在し、そして闇が存在する以上。何処かで誰かがその闇の犠牲となるのは、どうしようもないことなのだと、理解している。
 だからこそ――彼もまた、もはや『魔法使い』という存在の正義を信じてはいない。何所まで言っても、人間である以上――そこには、正義も悪も、人間の数だけ存在すると言う事を――心に、刻み込まれたのだから。
 『魔法使い』の存在を、否定する気はない。そこまで偉いとも思ってはいないが、正義などは――もはや信じられなくなった。
 大事な娘が壊れてしまったそのことに。
 もはや、取り戻すことの出来ないその思い故に。
 そしてそれを知ってもなお――娘の境遇に、同情し手を差し伸べることしかできない自分自身に。
 自分自身の正義が、保てなくなった。
 明石は、想う。
 自分は――弱いのだ。
 《赤き翼》どころでは無く――タカミチ・T・高畑や学園長のように、世界の闇を知ってもなお、自分自身の為につき進めるほどに強くなかった。
 妻を亡くし、娘が変わってしまって以来。
 彼に出来る事と言えば――せめて、今のこの学園を。娘の住む、この地の短い安息に協力することしか出来ないのだから。




 「《教授》?」

 黙りこくってしまった彼に、後輩の眼鏡の少女が尋ねたその声で。現実へと引き戻される。

 「いや……昔のことをね」

 思い出していたよ、と言って――彼は、寂しそうに笑う。
 眼鏡で表情を隠したまま。
 彼は、娘を想う。

 (あの子は、二度と元には戻らないだろう……)

 今でも時折、闇を孕んだ目をすることがある。
 クラスメイトとなった時のことだ。あの《闇の福音》に、彼は言われた事がある。

 『明石はまだ青い。……覚悟や経験とは、まったく別の――命の価値に関する部分でな』

 まあマシな人間だ、と彼女から評価を受けた明石は。

 『精々、鍛えさせて貰う――文句は無いな?』

 そんな風に言われて、頷いた。
 少なくとも自分には不可能なのだ。
 そして――彼女が、決して無慈悲で冷酷な存在では無いと、彼は知っている。
 だから、今とは言わない。
 ネギ・スプリングフィールドと共にいること一年で、何かしらの変化が合ってくれるのならば。
 それは、きっと歓迎すべきなのだろう。
 そして――今の娘に、情報を送る。
 侵入した何者かに操られた、佐々木まき絵を止めるべき奮闘する、娘に向かって。


 父親として出来る事など、もう彼には、それ以外には殆どないのだから。



     ○



 麻帆良の上空で。
 闇の中、迷彩を展開して飛行する一体の龍がいる。
 青い色に、鋼の体を持つ、巨大な竜。5-thGの生き残り――《雷の眷属》である。

 [――ヒオ。西方十時の方向に侵入者を発見した]

 『はいですの。……原川さん』

 「ああ。今連絡をいれた。ガンドルフィーニが向かうらしい」

 彼らの仕事は――役に立たない電子系監視システムの代役である。
 なにせ、この《雷の眷属》はもはや数少ない5-thGの生き残りだ。機竜の名に恥じぬ性能を持っている。
 内蔵された機構を稼働させれば、例え概念空間だろうと結界が展開されていようと、ある程度以上の情報を手に入れる事が出来る。
 あの7-thGの四龍兄弟を相手にしたときでもそうだった。
 現状、この機竜は、おそらく今現在駆動している麻帆良の機械の中で、トップクラスに有効な物だろう。
 夜空を、自在に――とまではいかないが、それなりに自由に飛び回っている機竜は――。

 [ヒオ]

 そんな風に、声を掛ける。

 『なんですの?サンダーフェロウ』

 [麻帆良の女子中学校周辺で概念空間が展開されたぞ。3-Aの彼女だと思うが]

 『そう……ですか。――どうしましょう、原川さん』

 「任せておけ」

 原川の言葉は簡潔だった。

 「心配ならば映像くらいは見ても良いだろうが、あちらは彼女達に任せておけ。――下手に内部に介入してUCATの立ち位置を危険に晒す訳にもいかない。それに」

 原川は、一回言葉を切る。

 『それに――なんですの?』

 「いや。……譲れない仕事は、誰にでもある物だろう」

 『はあ、例えば?』

 「お前の世話をするのが、俺の仕事であるように――彼女達の仕事をするのが、あの流氷と牢獄の担い手だろう」

 [原川。……お前は時折、殺し文句をさらりと言うな]

 「そうか。気にするな」

 ヒオからは悶えている感覚が伝わってくるが、原川は無視をする。この程度以上のこと。具体的に言うならばロリコンの謗りを受ける事を覚悟した上での「夜」のアレヤコレヤなど出来る訳もない。まあ、あの全竜交渉での面々の中では、最もまともなカップルだろうと思っている原川であるが。
 それはともかく。

 「もしも俺ならば、そこで手を出されたくはない。それはお前もそうだろう?ヒオ・サンダ―ソン」

 『そうですね。……はい、そうです。同じ目的の人以外には、あまり出しゃばって欲しくないですのね』

 そういうことだ。
 何も――そう、言い方は悪いが、事情を知らない部外者が口を出しても良いのは。
 それ相応の覚悟を持っている者だけなのだから。
 そして、今の彼らは、それが出来る状況にはない。
 映像を見ながら、ヒオが言う。

 『これは……水、ですのね』

 「ああ。吸血鬼の弱点だな」

 《雷の眷属》は策敵を続けている。

 『P-rzって……プリズン、の意味でよろしかったのですのよね?』

 「ああ。そうだな。純粋に相性が良い。彼女が展開した2ndGの概念は――名前が力を持つ世界。――彼女の名前から考えれば、水を操って当然だろう」

 何せ彼女は――大河を冠しているのだから。
 例えば。
 会話こそ少ないが、彼女の父親が技術者だということは知っている。
 前線では無かったが、中線とも言うべき部分で、彼女はあの最終決戦を生き抜いたのだから。
 だから、特に心配することもない。
 原川は、映像を消して《雷の眷属》からの情報を整理する。


 全竜交渉部隊とは――言わずとも良い。そう言う、仲間だ。



     ○



 前衛を葛葉刀子に任せ、後衛で砲撃を放つ。

 「メイプル・ネイプル・アラモード」

 佐倉芽衣にとって――魔法とは、即ち道具である。
 かつては、確かに先輩である高音・D・グッドマンのように、魔法使いという存在に憧憬を覚え、そして人を救うべくあるのだと言う考えを持っていた。
 だが――今は違う。
 確かに、救える人を救おうとするのは人間として当然であるだろうし、救わずに逃げるのはどうかとも――思うのだが。
 今の芽衣にとっては、魔法と言うものが便利で会っても、しかし依存をして良いものであるとは思えなくなっている。
 詠唱をし、発動する。

 「赤き焔」

 紅蓮の光球が相手に直撃し、爆発と共に吹き飛ばす。加減はしてあるから死にはしないだろう。
 卒業をした、アメリカでのこと。
 ジョンソン魔法学校において――魔法使いという存在が、決して正義の味方では無いと言う事を、教えられたのだ。
 偶然、偶然にやってきた――アメリカの対妖魔特殊部隊。エンジェルセイバーの青年。
 リュータ・サリンジャーに。



 魔法学校は基本的に安全だ。
 だが――しかし、全てが全て清廉潔白と言う訳では無い。
 麻帆良とてそうなのだから、アメリカの状態とて、推して知るべきであろう。
 芽衣が、リュータに出会ったのは――とある事件でのことだ。
 いや、言い方を変えるのならば、それは事故か、あるいは災厄と言うべきか。
 アメリカの魔法学校を襲ったのは――人為的な災害だった。
 実地研修中の魔法学校生、芽衣達のいたクラスはその日――たった一体の魔神によって壊されたのだ。
 クラスメイト30人の内、生存者は僅か三分の一。
 だが何よりも芽衣の心に傷跡を残したのは。


 魔法学校を存続させるために、魔神の襲来があったことがごく一部を除いて秘匿され、そして――無かったことにされたと言う事だった。


 芽衣は腰元から、一丁のサバイバルナイフを取り出す。
 これは、その魔神を退治してくれたエンジェルセイバーの備品だ。あちらを経つ時に、こっそりと渡されたものである。
 事件以降。
 芽衣は――現実を知った。
 考えてみれば当然のことだ。魔法使いや其れに類するものが、秘匿されると言うならば――そこで、仮に事故・事件等で死者が出た場合、極普通に情報操作をされ、そして始末されるのだと。
 魔人や吸血鬼、そして魔神――そういった、人間以上の存在が関わった事件は、特に厳重に。まるで封印されるように、片付けられる。
 現に。この学園において、ジョンソン魔法学校での事件を、きちんと把握しているのは――学園長と、タカミチ・T・高畑と。そして、彼女自身が話した……例えば、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルであったり、ルルーシュ・ランぺルージであったりのみだろう。
 芽衣は、それ以来――魔法を手段・道具として見るようになった。
 死んでしまったクラスメイト達は――交通事故で死んだと発表されている。彼らの家族でさえも、それ以上のことを語ろうとはしない。
 表に出そうとしないのことを、至極当然であると受け入れている。
 芽衣にとって、それは――気味が悪かった。
 芽衣とて、もはや中学生だ。理屈はわかる。表に出すわけにいかないと言うのも、十二分に把握している。
 だが、しかし。
 ならば――そうやって死んで行った者たちの意思は、どうなるのだ。
 どこに、消えて行ってしまうのだ。
 運が悪かったのはそうだろう。実力が無かったのも、仕方が無かったのだろう。
 だが、事件そのものすらも隠蔽してしまう意味は、何所にある。
 芽衣が今、ここで生きているのは――本当に、運が良かっただけなのだ。
 死ぬ前に、エンジェルセイバーがやって来てくれたと言う、ただそれだけの話なのだ。
 無謀にも魔神に向かって行った男子も、逃げまどい泣き叫び死んで行った少女も、囮になって時間を稼いでくれた教師も、皆。芽衣にとって――大事な友人だったのだ。
 その死が隠されてしまう。
 消され、失われてしまう。
 彼らのいた意味は、意思は――生き延びた芽衣にしかもはや解らないだろう。
 あの事件で生き延びて、それでもなお、魔法世界に関わっている人間は――彼女一人なのだから。
 佐倉芽衣にとって。
 故に、もはや魔法とは道具である。
 自分自身が生きるための、手段である。
 正義の味方であるつもりはない。ただ、自分と、自分が本当に守りたい人間だけを――守れるようになれれば、それで良い。
 そうやって生きる事が出来るように、助けてくれた彼らにこっそりと、しかし容赦なく鍛えられて。
 その選別として、このナイフを譲り受けた。
 塚の部分には、確かにサインが刻まれている。
 リュータ・サリンジャーと、ジョージ・レッドフィールドの名前が。

 「メイプル・ネイプル・アラモード」

 芽衣は呪文を唱える。
 これを決めたのは、向こうの学校だった。


 それを知る者は、もはやいない。



     ○



 学園の一角で。

 「♪~~」

 フンフン、と鼻歌を歌いながら、たたずむ女子が一人。
 周囲には無数の流血。
 散乱した屍。
 そして、鋏であったり、ホチキスであったり、コンパスの針であったりがある。
 ザクザクと、幾つもの死体に突き刺さっている。
 その内の何体かは、頭と体が分かれてしまっている。
 それを行った凶器は、彼女の人工の手の内でクルクルと回転していた。
 この鋏が何であり、そして彼女がどのような存在であるかを知る者ならば――殆どが近付かないだろう。
 近づくとしたらそれは、彼女よりもよほど腕の立つ存在か、あるいは彼女の同族か。
 それか、鋏の名の通り――《自殺願望》の者だけだろう。
 少女の名前は零崎舞織。
 徹頭徹尾、理由無く人を殺す性質を持つ、最も忌み嫌われる殺人一家の最新の娘である。

 「えらく汚れてますが、大丈夫ですか?ゼロさん」

 そんな風に、彼女の見る先には――《泡》によって飛ばされた、一体の人形がいた。
 《福音》の配下・殺戮人形そのままのチャチャゼロである。

 「マアナ」

 同じように、ファルシオンを楽々と振り回す人形である。
 ブンブン、クルクルと二つの音を交差させながら、二人は麻帆良と外の境界線付近を、ふらふらと歩いている。
 目的は――まあ、あえて言うならば侵入者の排除なのだが。
 しかし、そう簡単には出会えない。

 「暇ですね~」

 「ソウダナア」

 両者とも。
 チャチャゼロは当然として舞織も、自分自身が人間であるとは思っていない。
 舞織は――あの人類最強に、存分に完膚無きまでに叩きのめされて以来(それはもう橙色のおかげで満足に動けないくせに、顔面入れ墨の兄と二人で責めて行って、片腕で戦闘不能に追い込まれたくらいに負けたのだ。)己の為に殺す事は無くなっている。しかし、そこは零崎。あの最強も、ある程度までは事情を知って、組んでくれている。
 正当な理由がある場合のみ――まあ、何とか許可を出してくれた。
 それは例えば、家族に手を出された時だとか、正当防衛であったりだとか――もしくは、きちんとした契約の上であったりだとか。
 そんな物に制限されているのは、正直――殺す事が無いと息苦しい、生粋の殺人気にとっては不服なのだが。しかし、家族を危険にさらし、そして一賊全滅の危機を自分たちから呼び出すのもどうかと思う。

 「あ、化け物発見ですね」

 「ソウダナ」

 目の前に――召喚されたと思しき、鬼がいた。
 外見と言い体格と言い、普通の女子……いや男子であっても戦慄を覚えずにはいられないだろうが、あの人類最強や、そこまでとは行かなくとも『殺し名』の人材と比較して見れば、全然ザコである。

 「♪~~♪」

 「ケケケケケ」

 軽い鼻声と、笑い声で――共に、簡単に始末していく。
 舞織の――細い足から飛び出た大鋏が、容易く鬼達を切断し、チャチャゼロの刃が切り刻んでいく。
 ザシュリザシュリと血飛沫が舞う。
 ドスリドスリと突き刺さる。
 クルクルと鋏が回る。
 グルグルと大刃が踊る。
 月下の元、舞い踊る二人は――鬼たちよりも、ほよど恐ろしい怪物だった。



 「ところで、ゼロさん……。私と一緒に行動して、楽しいですか?」

 「マアナア……オ前ト一緒ダト、妙ニ獲物ガ多イカラナ。……アア、ゴ主人カラノ許可ハ貰ッテルカラナ。今日ハモウ、スキ勝手ニ遊ンデ良イトサ。……サア、次ハドッチニ行ク?」

 「じゃあ……右に曲がりましょうか。なんとなく相手が多くなりそうです」

 「ヨシ」

 おそらく。
この大停電においても、普段とやっていることが最も変わらない一人と一体であった。



     ○



 レレナ・パプリカ・ツォルドルフは、視界の中で、少年と《福音》とがぶつかり始めたのを確認する。
 同時に、神楽坂明日菜と、絡繰茶々丸の戦いが始まったことも。
 勝ち目は――正直、薄いだろうと思っている。
 だが、どんな結果になるにせよ、あの少女と少年には――大きな経験となるだろう。

 「頑張ってくださいね」

 呟く。
 レレナの役目は、見届ける事だ。
 そして《福音》の意思と行動を――伝える事でもある。
 それが仕事である以上、介入することは出来ないし、してはいけないだろう。
 女子寮の屋根から、飛びあがった少年達を見る。
 彼女がいるのは、女子中学校校舎の屋根の上だ。夜目が効く彼女ならば、支障はない。
 彼女が麻帆良にきて――十日間。
 長い様で、短い期間だった。
 これが終わった後――どうなるのかは、まだ判らないが。
 しかし、とても、楽しい十日間だった。
 エヴァンジェリン、茶々丸、ネギ、明日菜、霧間凪……この十日間で、色々な人に関わった。レレナは、ほんの僅かに懐かしみ。
 そうして。

 「あれ?」

 彼女は、そこで気が付いた。
 おかしい。
 彼女の役目は、基本的に監視だったはずだ。
 ハーフではあるけれども、「カンパニー」から送られてきた調停役であり、基本的に中立の立場にあり……そして、この事件を見届ける事こそが、仕事だったはずだ。
 学園の誰からも攻撃を受ける義理は無いし、よしんば恨みを買った覚えもない。
 まして――いまは、吸血鬼の性質もあるのだ。

 「……え?」

 あまりにも、それは唐突だった。
 軽い、あまりにも軽い衝撃故に、何か起きたのかはさっぱり分からなかった。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ。現在は「吸血鬼」と「人間」と関係を結ぶ、「カンパニー」の調停役に就く女性。

 「な、んで」

 ならば何故――



 私が、背後から刺されているのだ?



 ゴボリ、と血がせり上がり、口元からこぼれて行く。
 わからない。
 体の中心を貫通するそれは、おそらくはナイフだろう。
 黒の僧服に、鮮血が染み込んでいく。

 「どう、や、って?」

 もう一度言おう。
 彼女は――吸血鬼の性質でもあるのだ。
 ハーフの性質故に、吸血鬼の弱点は効果を大きくはもたらさず、そして肉体や感覚器官は――人間よりも向上している。
 それなのに。
 相手は、レレナに気が付かれることなく――行動を終わらせていた。
 傷口は熱く。
 刃は、ひどく冷たく。
 足から力が抜ける。
 解らない。
 判らない。

 「誰、が」

 こんな事を、したと言うのだ。
 ドサリ、と地面に倒れたレレナは、チャリン……と、胸の十字架が鳴った音を聞く。
 横づけになった顔が、地面に付く。
 右目で、自分の背後にいるであろう人物を見る。

 「!?」

 その人物の――顔を見る。

 (何、で!?)

 なぜだ。
 わからない。
 頭の中が、混乱する。
 何故。
 どうして。
 何故、ここにいるのだ。
 レレナを後ろから刺したその人物は。



 そこにいるはずのない人物だったのだから。



 何が起こっているのか。
 分からない。
 ワカラナイ。
 ドクドクと、倒れた体から、赤い血が流れ出て行く。
 閉じかけ、霞む視界の中――レレナを刺したその人物は。



 にこり、とレレナの知るそのままの顔で笑った。



 そしてレレナは意識を失った。




 停電の裏で。
 陰謀が、動き始める。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台②
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/11 13:57
 

 ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル・その②


 停電の直前に、茶々丸は主人に尋ねた。

 『私に魂はあるのでしょうか?』

 「なあ茶々丸。私は甘くないからな、だからこうとしか言えないが」

 彼女のマスターは、笑みを見せながら言った。

 「魂とは、意志と共にあるのだよ。――あるいは、意思が魂と共にあるのかもしれないがな。友人の受け売りだが……茶々丸、お前が迷うのは自由だ。私に訊きたいことが、言いたい事があるのならば尋ねに来い。お前は私の従者で――そして、大事な家族だからな」

 その言葉で。
 茶々丸は――考える事を止めた。
 主人・エヴァンジェリンと共にあることを第一として、心、あるいは心の様な物の中に浮かんだ――自分自身の疑問を、一端保留にした。
 今は、それを考える時では無い。
 停電において、自分自身が傷つけたあのクラスメイト。
 自分自身で行動を決め、そして今もなお立ち向かって来るあの少女の、相手をすることだ。
 マスターの為に。


 「明日菜さん。貴方の相手は――私です」


 絡繰茶々丸は――確かに、人間では無いのかもしれない。
 だが、例え機械であれ、人形であれ。
 彼女がエヴァンジェリンを想う、その『心』は――紛れもなく、本物で、真実だった。


     ◇


 (早い!)

 「――つうっ!」

 空を切って、躊躇なく上半身を狙って迫りくる拳を、明日菜はバックステップで避ける。
 避けられ易い顔では無く、胴体を狙って来る辺りが慣れている事を悟らせる。
 明日菜の後退に合わせ、茶々丸もまた、前進。
 ヒュンヒュンヒュン、と繰り出される連激を――明日菜は。
 後ろに下がりながら、足捌きで左右に、回避する。
 視界、右からやって来る鋼の拳を、左に旋回してうけ流し。
 体を回転させる明日菜に、茶々丸もまた放される事は無い。自身の右足を軸足に回転させ、右へと回りこんだ赤髪の少女に追いつき。
 その回転を利用し、足を――繰る!
 勢いの乗ったその攻撃は、少女の顔を掠め。
 ヒュオン――という風と共に、互いの髪をなびかせる。
 それが――ほんの僅かな、出会い頭の攻防の後……しばしの、沈黙を互いに与え。

 「凄いね、茶々丸さん」

 明日菜は言う。
 目の前の――機械仕掛けの少女が、これほどまでに高い能力を持っているなど。
 ロボットと言う存在を、詳しく知らない明日菜は――素直に、感嘆する。

 「明日菜さん。貴方も――本当に、素人ですか?」

 彼女もまた、構えて尋ねる。
 そう言って、仕切り直しだ。

 「その、はずなんだけどね……。最近、自信が無くなってきたよ」

 疑いとすらも言えないような、ほんの僅かな疑念だが。
 自分自身で――自分のことが、不思議で仕方が無いのだ。

 「でも、今は――」

 「ええ。関係ありません」

 明日菜も茶々丸も――互いに思いは同じ。
 互いの契約者の為にいるのだから。

 「明日菜さん。折角ですので――名乗りましょう」

 茶々丸さんは、不敵――まさに、そう。微かではあるけれども。エヴァンジェリンさんの様な、己に自信を持った人間の様な表情で言う。

 「《闇の福音》エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの《魔法使いの従者》――絡繰茶々丸。マスターの為にも、貴方を此処で止めさせていただきます」

 「それは、こっちも同じよ。あの馬鹿と、そして自分自身の為に、私はここに来た。此処で、引けないのは私も同じ」

 明日菜は。

 「ネギ・スプリングフィールドの《魔法使いの従者》――神楽坂明日菜」

 名乗り。

 「行くわよ?」

 「ええ。――どうぞ存分に――掛かって来て下さい」


     ◇


 次に仕掛けたのは、明日菜だった。
 何も考えず。
 身を低くしたままに――加速。
 それは、陸上のクラウチングスタートにも似ていて。

 「えいっ!」

 右手をのばし、行う行動は、只のデコピンだが。

 「早い。――神楽坂明日菜の個体情報を上方修正します――」

 予想以上に、身体能力が高い。額を掠め、茶々丸を怯ませる。
 キュ、と足が踏みこまれ――身を低くした明日菜が、茶々丸へと迫る。
 懐へと入られるよりも早く、茶々丸が軽く下がり――一転して、膝。
 顔へと向かうその膝を、明日菜は掌で防ぎ――そのまま。


 茶々丸の膝を支点に、飛びあがった――!


 膝の上に倒立するように明日菜は、茶々丸の上に乗った。
 そのまま手で弾き、そして茶々丸の頭上を飛び越し。
 長い足を、茶々丸へ――。

 「でえいっ!」

 「上手いですね!」

 茶々丸もまた、体を回転させ。
 そのまま、宙で両者の脚は交差する。
 明日菜は、茶々丸を飛び越えたままの、上下が反転した状態で。
 茶々丸は、振り向いた勢いそのままの、体が半回転した状態で。
 ガシイ――ッ!と、止まる。
 互いの脚は、互いの腕で、防がれている。
 一瞬、停滞し。
 明日菜は、逆立ちの体制のまま――地を、手で飛びあがる。
 そして、宙で回転して足から着地。
 茶々丸の、着地際を狙った攻撃が迫る中。
 再度の連撃を避けようと、明日菜は――背後へと飛ぶ。茶々丸もまた、それに離されはしない。
 時に円を描くように、時に直線を描くように。
 二人の少女は、舞う。
 だが――忘れてはいけない。
 ここは、屋根の上なのだ。
 如何に二人の主人が、空中で魔法で激突しているために、二人しかいないと言っても。
 ここは、寮であり、それなりに広いといえども。
 屋上では無く、屋根の上。

 「あ――やば」

 それを、明日菜が認識すると同時。
 彼女は、気が付いたら背後に道は無くなっている。
 屋根の端に追い詰められ――しかし。


 彼女の顔は、笑みとなっていた。


 何故だろうか。
 戦いも、争いも嫌いなはずなのに。
 これほどまでに、己の意志と意志とを持って対峙する戦場が。
 全力を持って、相手と向かい合う舞台が。
 どうしてこれほどまでに、心に響くのだろう。
 追い詰められ、茶々丸に攻撃を受けるほんの数秒の間に。
 ここで、最も良い戦法が何なのか――それが、判ってしまう。
 理由無く、そうするべきだと。
 それが出来るのだと。
 自分でも分からないが、それを悟ってしまう。
 明日菜は。


 何時か何所かで言われた、「戦い方」を思い出す。


 (さあ、茶々丸さん――付き合って貰うわよ?)

 明日菜は、右手に「それ」を呼び出し。
 後ろ向きのまま――後ろへと、飛んだ。


     ◇


 (本気ですか!?)

 茶々丸は、明日菜のその考えに戦慄する。
 たとえ運動能力が高いとて、この高さから落下すれば無事では済まない。
 茶々丸は――人形である。優しき、そして親切な機械である。
 だから、彼女を追いかけようとして――気が付いた。
 飛び立った瞬間に、明日菜は――《仮契約》のカードを額に付けていたのだから。

 (魔力、供給を!)

 それはつまり――今までは『魔力供給をしないで、彼女は茶々丸と渡り合っていた』――と言う事なのだが、その異常さに、茶々丸は気が付かなかった。
 気が付く余裕が、その時は無かったと言うべきかもしれない。
 わずかな段差に足を掛けた明日菜は。
 笑みと共に、踏みきった。
 軽くても、数倍以上に引き上げられた脚力は、いとも簡単に明日菜の体を――後方に運ぶ。
 一瞬躊躇った茶々丸の目の前で、悠々と距離を生み。
 明日菜は茶々丸の前で、十メートルほど離れた建物の屋根に着地した。
 着地をした彼女の瞳は、どう?――と茶々丸に笑いかけていて。

 「凄い……」

 茶々丸は、知らない内にそう呟いている。
 本当に、彼女は素人なのか。
 何か、彼女のマスターも知らないような秘密があるのでは無いか。
 そんな事を考え、しかし。


 「良いでしょう。明日菜さん。――受けて立ちましょう」


 機械と人形と、そして人間との狭間の少女は跳躍した。
 彼女のその表情が――笑みを浮かべている事を、彼女は自分自身でも、気が付いてはいない。
 麻帆良の屋根の上――二人の少女は激突する。



     ○



 川村ヒデオにとって、ウィル子とは一体どんな存在なのか?……そう聞かれた場合、まず間違いなく、かれは断言するだろう。

 「相棒です」

 そう――断言するだろう。
 出会いは、路地裏から。
 別れは――おそらく、ヒデオが《闇》に満足させられて、死を迎えるまで。
 どれほどに時間になるのかは分からないが……しかし、二人は出会った。
 仲間・友人・家族・恋人・知人・契約者――それらのどれとも違う、あえて言い変えるのならば戦友……そう言うであろう、絶対的な信頼感に結ばれ、そして片方は神になり。
 もう片方は、聖魔王の称号を得た。
 互いに、互いがいなかったら――そこで、終わっていたに違いない。
 ウィル子は、廃棄されて。
 ヒデオは、自身の命を絶って。
 だが、出会ったのだ。
 出会ってしまったのだ。
 それは、運命などと言う生半可な物では無い。


 世界が二人を結び、そして繋ぎとめたのだ。


 学園某所。
 ノートパソコンを持って、佇むヒデオがいる。そして勿論、ノートパソコンの中にはウィル子がいる。

 「マスター。今現在可動している、ケーブルはここだけです」

 「……そう、か」

 「はい。一応言っておきますと――間違いなく、膨大な量のウイルス、ファイアウォール、セキュリティがあるでしょう」

 「それでも」

 行くのだろう?――と、ヒデオは目で語る。

 「勿論です」

 頷いた、電脳の少女は。

 「マスター。心配はいりません。ウィル子は、この世界の電子世界を統べる王ですよ。思い返してください。そして忘れないでください。私を、そうやって定めたのは、マスター……あなたですよ?」

 ――ヒデオは、思い返す。
 ああ、そうだった。
 あの、一度は死んだ大会において。ヒデオは――確かに彼女に言った。

 『21世紀を導く神となれ』

 そして彼女は、それを実現させた。

 「ウィル子。……君は、一応もう、若いとはいえ、神だろう。――良いのか?」

 「今さらですね」

 彼女は、天真爛漫に笑う。

 「ウィル子は、楽しいことを楽しくやるだけです。そして、マスター。マスターの人生も、楽しくしよう、楽しくなる様に、そうやって歩もう。……そう、決めたのでしょう?」

 そう。
 たとえ、あの大鬼。ほむらに喰われかけようとも。
 マリアクレセルに話されようとも。
 ヒデオは、それ以外の為には――絶対に《闇》を使わないのは、そう言う理由だ。
 《闇》は万能だろう。
 《億千万》を始めとした、あらゆる眷属を支配し、世界の頂点に立つことも可能だろう。


 だが――そんな事をして、どうやって人生を楽しめと言うのだ。

 
 チート能力を使っても何も面白くは無い。
 己を賭けて、命すらも材料として。
 燃やしてこその――この人生ではないか。
 この宴に関わったとなれば――なにせ、自分は《闇》、今まで以上に、世界の物語に関わることになるだろう。
 だが、それも良い。
 そうでなければ、この自分がここに来た意味は無い。
 ノアレの話によれば、自分は多くの人間から注目されている。
 だったら精々、自分の為にも――人生を、彩らせて貰おう。
 いつか、年老いて思い出した時。
 混沌としていて、そして、それでもなんて楽しい人生だったのか――そうやって、楽しめるのならば、それで良い。
 この、愉快な相棒もそうなのだ。
 だから、だから――だ。
 今はここで、彼女を送り出そう。

 「頑張れ。ウィル子」

 持ち歩いていたノートパソコンから実体化した彼女が、稼動している端末に接触する。

 「任せて下さいマスター!何せウィル子は神ですよ!」

 いつも道理の。
 天真爛漫な、にははは、という笑みを浮かべて。
 ウィル子は、消えた。

 (さあ、行ってくると良い……)

 ヒデオは、決して表には出さないが、叫ぶ。
 これからそちらに行くのは、世界最高の電脳の神だ。
 ヒデオは、情報の向こう側にいる相手に思う。
 あなた方がどれほどの技術を持っているのかは知らない。
 どれほど凄いのかは判らない。
 だが、あの世界最高の相棒を。


 止められる物ならば止めてみろ――――――!


 心こそが、精霊のエネルギー。
 さあ行け、《二十世紀を生きる神》。お前の力を示して見せろ。
 確かな、確固たる絆で結ばれて。


 かくして。
 電神と魔眼の王は、宴の席に加わった。



     ○


 空。月の掛かる闇の中を、飛翔する影は、少年と吸血鬼のもの。
 情勢は――語るまでもない。


 身を掠める矢の群れは、まさに疾風と烈風だった。

 「ラス・テル・マ・スキ――くっ」

 とてもじゃ無いけれど――呪文の詠唱をしている暇がない。
 急な静止に、カモ君が悲鳴を上げるけれど、そんな事を言っては居られない。
 箒を操って、辛うじて避けるのが精一杯。
 自在に飛び回り、僕では読むことすら難しいほどの軌道を持って、エヴァンジェリンさんは《魔法の矢》を射出する。
 縦横無尽。その言葉は、比喩では無かった。
 ある物は螺旋を描き、ある物は数発が炸裂し。複雑な軌道のものから、一直線に飛来する物まで。

 (避け、きれない!)

 わかる。
 このペースならば、あと数十秒も持たずに、僕はこの群れに打ち抜かれるだろう。
 顔の数センチを抜けていく矢を交わし、僕は――。

 (な、らば……)

 懐の魔法薬を取り出し。
 《闇の矢》へと、投げた。
 同時に、加速して。
 パアン――と。
 ガラスが砕ける音と共に、魔法薬と矢が接触して。
 魔力の残滓が、まるで霧のように視界を防ぐ。

 (これなら!)

 少しは、時間を稼げるかと思い。

 「甘いぞ?ボーヤ」

 そこで――足に、ギリッ――と。
 糸が、絡みつく。

 (しま、っ!)

 今までの、ほんの僅かな攻防で――ネギは、忘れていたのだ。
 違う。エヴァンジェリンの、砲撃によって『忘れさせられていた』のだ。
 彼女――人形使いは、魔力から、無数の糸を実体化させることが出来るのだと言う事を。
 停電の最初に――体験したはずの、その絃の特性を。
 その一瞬の停滞を、見逃してはくれない。
 瞬く間に。
 ネギは――絡め取れられる。
 空中に、まるで縫いとめられ。

 「発想は良い。だが、それで気を抜くな。常に気を払え。ボーヤ。安堵をするのは相手が地に這いつくばったときのみ。刹那の油断は生の終着だぞ?――加減してやる。……耐えろ」

 言葉の色は強くなく。
 しかし、無情に容赦なく――《福音》の一撃が、直撃した。


    ◇


 まるで、それは。
 上から砲弾が落ちてきたかのようだった。

 「!!」

 自分を叩くと言うよりも、自分を地へと投げるような一撃は。

 「ラス・テル・マ・スキル――!」

 (間に会えっ!)

 眼下にあった、建物の一つに――叩きつける。
 ドゴオッ――!と。
 粉塵があがり。
 落下地点は、陥没し。

 「うっ――痛、う……」

 だが、少年は――呻いているだけだ。
 咄嗟に《風花・風障壁》――十トントラックの衝突すらも防ぐ、防御結界の展開が、間に合ったおかげで、骨も無事だったらしい。けれども、体に明らかに響いている。
 起きあがれない僕だけれども、眼は見える。
 目の前。僕が落ちた、すぐ傍らにいたのは。
 細身の体を黒いマントで包んだ――。

 「ルルー、シュ、さん」

 ルルーシュ・ランぺルージ――だった。
 紫色を基調とした衣服に、マントと言う――正直、微妙な服だったが、着慣れているのか妙に雰囲気がマッチしている。

 「応える義務はないぞ。ネギ」

 簡潔に、それだけを言われた。
 別に、ここで何をしていたのかとか――そういうことを、聞くつもりは無かった。
 彼がここにいる以上、それはきっとエヴァンジェリンさんのサポート役だろうから。
 ――彼は、表情を見せずにフ、と軽く鼻を鳴らし、そして視線を向ける。
 僕に、では無い。
 上空に浮かぶ、僕を地面にと叩きつけたエヴァンジェリンさんにだ。

 「エヴァンジェリン……俺を巻き込むな。仕事に支障が出る」

 「それは悪いな。見えたからつい、な」

 全く悪びれることなく、エヴァンジェリンさんは笑った。顔は見えないが、声で判る。
 そのまま彼女は。呻き、地面に倒れたままの僕を、エヴァンジェリンさんは――腕で掴んで、引き摺り起こす。
 首に食い込んだ指が、ギリ――と締めあげられて。

 (……息、が)

 出来ない。
 頭の中で血が止まり、スウッと意識が遠のいて行くが――彼女は、それほど甘くは無かった。
 耳元で、囁かれる。

 「ボーヤ。とっとと起きないと挽肉になるぞ?」

 その声と共に。
 ――感覚が消えた。
 まるで無重力に浮かんでいるような気分になる。
 一瞬の停滞の後に――体に感じるのは浮遊感だ。
 風が、あった。
 耳元で吹きすさぶそれは――地上ではありえない。

 (まさ、か)

 なんとか目を開けて、見るとそこは――紛れもない空中。
 僕が普段、杖で飛ぶよりも遙かに高い位置にいた。
 彼女は、気を失いかけた僕を――はるか上空から、落下させたのだ。

 
     ◇

 
 「……鬼畜だな、エヴァンジェリン」

 はるか頭上から落ちてきた少年は、どうやら地面に墜落して潰れたトマトになる前に、杖で体勢を立て直せたようだった。
 直ぐに彼女が行動に起こさないのは――悪く言えば、いたぶっているからだ。
 肉体的にもそうだが、この「間」が――精神に大きな負担を掛ける。
 魔法が精神を疲弊させる以上……メンタル面を責めるのは、むしろ常套手段なのかもしれない。
 それをしない人間が多いのは、おそらく正義感とか言う勘違いからだろう。
 その僅かな時間で――エヴァンジェリンは、ルルーシュに聞く。

 「現状は?」

 「川村と電子精霊が試合を始めた。高町なのはが霧間凪と共に侵入者の迎撃。チャチャゼロは殺人鬼の娘と警備中。C.C.は刹那と戦闘中だ」

 「そうか」

 その、簡潔な言葉に――彼女は頷き、飛び去っていく。
 上空で、何とか一息をついた少年が、再び闘争を――いや、逃走を始めるのを見る。
 地上では、神楽坂明日菜と絡繰茶々丸の追いかけっこも行われていて。

 「……まずいな」

 魔王はそこまで見届けて、言い直した。
 さっきは、エヴァンジェリンに余計な負担を掛けまいと、問題ないと言ったが。
 問題が大ありだった。
 ほかでも無い、魔王のパートナー。
 あの灰色の魔女が。

 「……本当に、まずいな。これは」

 繋がっているが故に、判るのだ。


 本当に、危険だ。



     ○



 そこは、剣と衝撃の嵐だった。
 打ち合される鋼の音は、もはや単発では無い。ドガガガガガガガガガ!――っという、連続した暴風になり、余波が空気と空間を削り取る。
 舞散る花弁が細かに分断され、豪雨の如く降り注ぐ音と剣とが花に代わって周囲を満たしていく。
 赤い――飛沫が舞う。
 飛ぶその色は、赤よりも朱。そして紅。
 鮮血の色は、薄い桜に代わって地面と、石畳と、街路樹とを染め上げている。
 ドン――という、音と共に。


 C.C.の、左腕が舞った。


 「ぐ――――!」

 歯を食いしばり、アドレナリンと意志とで苦痛を封印し。
 人形を前進させて、相手の攻撃を僅かに離脱。
 だが、人形をあっさりと抜き去った刹那は――もはや、人間では無い。狂った獣だ。黒く染めてあるはずの髪は乱れ、瞳は赤く変色し。
 人形の魔女の間。割り込んだ剣士は刃を走らせる。
 連続した疾風の群れを――魔女は前進して迎え撃つ!
 紙一重で顔を掠める一撃を交わし、脇腹を貫かれ、長い緑髪はもはや不揃い。何本かの斬撃が皮膚を掠めると同時に『指を持って行かれる』。
 だが――それでも。
 顔に迫る横薙ぎの一閃に、身を落とし。数瞬の後、半周して下から降り上げられる攻撃に右腕の肉が持って行かれ。
 距離を詰めた魔女は。
 右手で、地に落ちる前の腕を掴んで、傷口に押し当てる。
 脚を止めず、人形を戻し、後ろから攻撃させる。動きを加速させ、しばしの時間を耐えれば――完璧では無いが、辛うじて腕は繋がった。

 (……っ血を、流し、過ぎだ……)

 出血量が多すぎる。
 不死の体であるとはいえ、回復まで無尽蔵に行えるかと言えばそんな事は無い。何よりも回復にはエネルギーが必要になり、そしてエネルギーである以上限界はある。
 刹那の放つ剣撃は――既に視認は不可能だ。
 太刀筋は目に入るが回避は出来ず、辛うじて受ける事は出来るが、しかし所詮は時間稼ぎ。
 視界。左から繰り出される一撃をネモで受け止める。刹那の斬撃は速さだけでは無い。その二メートル近い野太刀の「長さ」を持って、攻撃をしている。
 銀光は、人形と――同時に、背後にいた魔女にも攻撃を与えて行く。
 ネモの持つ刃の上を、まるで滑らせるかの様に繰り出される一撃一撃は、魔女に後退を余儀なくされ――。

 (マズ!……い)

 その僅かな隙に。

 「神鳴流――雷鳴剣」

 まさに――雷。
 瞬く間の、一閃だった。
 その一撃は『人形を抜く』。
 猛激に押されたネモに生まれた、ほんの一瞬の隙間から、帯電した刃が魔女に突き刺さり。

 「――――!、――――――!!」

 魔女の口から、悲鳴にならない悲鳴が漏れた。
 閃光と共に、体を焼かれる激痛が。
 体中を、虫が這いまわる様な麻痺が。
 衣服が焦げ、肉もおそらくは焼けている。
 だが、それでも――。
 焼けた喉から、漏れたのは、笑い声だった。
 
 「く、ふふふふ、ふっ」

 魔女は――あえて笑う。
 声が掠れていようとも――桜咲刹那を、嘲う。
 この程度の苦痛など、所詮は。肉体の苦痛なのだ。
 心を折るには、まだ遠い。

 「きかぬ、よ。小娘、が。――この、程度、な――――ど?」

 ダン!と言う音が。
 耳に遅れて聞こえる。
 目の前には、ネモ――自分の分身たる泥人形の、掌があり。
 そして刹那の刃は。
 その掌を貫き、人形を固定していた。
 刃の先端は、魔女が――雷によって寄りかかった、街路樹に。
 そして、掌を貫いた太刀の本体は。


 魔女の金色の左眼を、貫いていた。
 左眼を貫き、後頭部から生えていた。


 絶叫が、あがる。



     ○



 咆哮が上がる。
 頭ほどもある拳を、首を傾けただけで回避し。
 腕にクロスさせるように、こちらも腕を伸ばす。
 ただし――握られているのは、拳では無くデザートイーグルだ。
 銃声。
 その一発で、額に穴をあけられた式神は紙片へと変える。
 飛び出た薬莢と、銃口から立ち上る硝煙が実感させる。


 ――ここが、紛れもない戦場であることを。


 思い出すのは過去だ。
 熱砂の砂漠、氷雪の峻渓、あるいは密林の中で――彼女は、生きて来た。
 幼い頃から、ただ只管に。
 鉛筆やクレヨンでは無く銃を持ち。
 着飾ることなく野戦服を纏い。
 冷酷に、非情に徹して――彼女は戦場を潜り抜けた。

 (……どうして、ここにいるのか)

 そんな事を考えた事も――一度や二度では無い。
 少なくとも、自分は学生生活を送るのには相応しいとは思っていないし、そして中学生と言うのは――まあ、年齢的にはともかくも、不自然だろう。
 ただ、最近それは……払拭されつつある。

 「何か、顔についていますか?」

 「……いや」

 龍宮の傍らで。今現在、共に行動する彼女――竹内理緒。
 彼女は、歴とした大学生の年齢のはずだ。何せ本人が、《ブラウニー》の地下・非合法品店で言っていたのだから間違いあるまい。
 いや、彼女だけでなく、ここ一年の間に入ってきた面々を思い浮かべる。
 それは灰色の魔女であったり、日本人形風の暗殺者だったり。まあ、サラ・マクドゥガルは、逆に小さい方だが。
 いずれにせよ、年齢を誤魔化している事には違いあるまい。

 「おい、終わったぞ?」

 音をほとんど立てずに、鳴海歩も傍へとやって来る。
 弱いレベルとはいえ、銃で立ち向かい、行動できるのだ。
 まあ、一般人としては合格のレベルだろう。

 「ああ。……さて、どうするかな」

 先程までのくだらない考えを振り払い、龍宮は周囲を警戒する。

 「この周囲には居ないが、もう二百メートルほど進むとおそらく術者がいるはずだ」

 「それが解る理由は?」

 歩の言葉に。

 「ああ。侵入する以上、なるべく有利なフィールドを得ようとするからな。……二百メートルほど先に、小さな霊穴があるんだが、そこが広場のようになっているんだ。こう言っていいのかは微妙だが、つまり『この辺で行動する侵入者の内、十人に七人は、あの場所を使う』んだよ」

 その言葉に、歩も理緒も、馬鹿じゃないのか、と言った表情で納得する。

 「まあ、その気持ちは分からなくもないが」

 龍宮は苦笑して、言った。

 「それが解るような賢い人間は、そもそも侵入しないのさ。……まあ、だから対処方法も大体わかっているんだが」

 「――何が問題なんだ?」

 流石に頭の回転が速い。龍宮のその言葉に、感じ取ったのであろう歩が訊く。

 「ここで私が何とかしてしまうと、これから後の数時間。弾切れのリスクと向き合う事になる。まあ、素手でもどうにかする自信はあるが……」

 「プロとしてはリスクを冒したくはない、と」

 「ああ」

 竹内の言葉に、頷く。
 ちなみに、竹内理緒・鳴海歩を安全圏まで送り届けることを考えなければ問題は無いのだが――それが出来ないのが、自分自身でも甘いと思っている龍宮だった。

 「その現場の状態……視認できるポイントは、ありますか?」

 竹内の言葉に。

 「あるぞ。丁度小高い坂の上に、周囲に紛れているが、丁度良い樹が合ってな……少なくとも狙撃が出来る程度には、見る事が出来る」

 「ええ、十分です」

 「……出来るのか?」

 そう言ったのは、歩の。

 「任せて下さい。……伊達に爆薬のプロとして、自信を持っている訳ではありません」

 そう言って、外見に似合わない笑みを浮かべた理緒だった。


     ◇


 それは――爆発だった。
 猛烈な、しかしそれでいて、周囲には被害の与えない――計算されつくした、完璧な爆発だった。
 ほんの数メートルの距離しかなかったはずが、龍宮と鳴海歩には、熱さすらも感じない。
 だが、式神は苦悶の表情で燃え尽きる。
 紅蓮の大輪は、その一回に留まらない。
 まるで、一回目の爆発に連鎖するように爆発は発動する。
 ある時には、十メートル以上も離れた樹木を爆破し、倒壊させ。
 ある時には、数メートルの距離で、小さく破裂し、相手を怯ませ。
 そして、爆発が止んだ時には――周囲の相手は、一掃されていた。
 体感時間こそ長く感じられたが、しかし実際はほんの十秒程度だろう。
 そして――。

 「無事ですか?」

 ひょっこり、と顔を出した――竹内理緒である。

 「あ、ああ。……無事だ」

 流石の龍宮も。
 目の前の光景に、一瞬我を忘れていたらしい。

 「いや、しかし……凄いな、うん。感心したよ」

 そんな風に納得する格好は、普段のギャップと相まって、かなり年齢相応に感じられた。



 ――龍宮に言われて、案内された理緒は。
 木の上から、周辺を確認すると――一人で、爆薬を仕掛けに行った。
 彼女の来ていたコートの中から、有象無象の形をした高性能の爆薬を取り出して。
 例えばそれはカフスボタンであったし、只の石の様な物もあった。そして、秘密裏にそれを、ある時は音をたてずに投げ、あるいは仕掛け。そして、イヤリング――それに見せかけたスイッチで――破壊したのだ。
 スイッチを押してから、投擲した物もある。
 一歩間違えれば、彼女も危険なはずであるが――しかし、それをやってのけたのだ。

 「問題はありませんね?」

 「ああ」

 龍宮は――再度、頷き。

 「竹内。同じ事は――まだ、出来るのか?」

 「ええ」

 そう言って、笑顔のまま肯定した彼女に言った。

 「なら、丁度いい。このまま協力してくれ」


 かくして。
 ここに、傭兵と宿命の子供の、即席のチームが構成される。


     ◇


 成り行き上と、幾つかの打算故に頷いた理緒であるが。
 無論。あえて、言うつもりもない。
 その爆薬が、自分が、唯一師匠と呼ぶ人間から直々に伝授されたものであると。
 ――本当に。世界とは広い物だ。
 彼女は思う。
 理緒自身、相当に優秀な爆薬のプロだと思っているが――しかし世界には、天才がいるものである。
 ただ『人を殺す』――それだけの目的故に、天才と呼ばれた、理緒すらも追い越した世界最高の爆熱の担い手がいた。
 理緒が、かつて接触し、そして僅かながら手ほどきを受けたその人物。
 その人物はこう名乗ったのだ。

 零崎一族が一角。
 《寸鉄殺人(ぺリルポイント)》――と。



     ○



 C.C.は。
 桜咲刹那という人間が、大嫌いである。


 最初に出会ったのは、初めてこの地へとやって来た時だ。
 侵入者と言う事で刀を向けられたが、彼女よりも早くに――同朋がやって来てくれていた。だから、最初は過激な奴だと――それ位しか、思わなかった。
 それが変化したのは、まあ恒例とも言える侵入者退治の際のこと。その時には既に、ルルーシュと自分が不死であり、そしてどうやら幾つもの記憶・技能を保有していると把握できていた。
 近衛木乃香を狙って来た人物達に対し――容赦なく、相手をした姿を見た時のことだ。
 木乃香を人知れず守っていると言うその姿に、デジャヴを覚えた。
 最初は――嫌悪や敵意では無く。
 むしろ、感嘆を覚えていたくらいだ。


 だが――それが、ある時に一転する。


 切欠が何であったのかは、もはや覚えてはいない。
 ただ、桜咲刹那に対して、自分の中の評価が一転したことと、そして、ある程度高い評価を持っていたからこそ――魔女の悪感情は、大きくなった。
 桜咲刹那。
 近衛木乃香との仲は悪い。普段から無口で会話は最低限。寮は龍宮真名と同室。持ち歩いている野太刀は《夕凪》という業物。そしてどうやら――人間では無い。
 最初は、自分が人間では無いから――引いているのだと思っていた。
 だが、違う。
 幾つもの接触と会話と、そしてエヴァンジェリンを始めとする、それなりに信頼のおける(信用では無い)面々から、話を聞いて。
 そうして、悟ったのだ。
 桜咲刹那は――とどのつまり、怯えていただけなのだと。
 近くにいないのも。
 仲良くしようとしないのも。
 会話すらも――拒否しているのも。
 そして、図星を付かれて感情を表に出すのも。
 全てが、彼女の心の弱さなのだと。
 それを知って――魔女は、初めてこの剣士に、はっきりとした怒りを覚えた。
 憎しみや恨みの籠っていない、純粋な敵意を覚えた。
 そして。
 何よりも、それでもなお木乃香の為に――そう言って行動する彼女の姿を見て。
 図書館島で、クラスの旧友に刃を向けた彼女を見て。
 魔女は、決めたのだ。


 この停電の日に、完膚無きまでに、この小娘を蹂躙することを。


     ◇


 意識が、覚醒する。
 左眼は使い物にならないが、しかしこれは好機でもあった。

 「な、あ。桜咲。わ、たしが、何、故。貴様が、気に、入らないのかを、言って、いなか、ったなあ」

 口が、上手く回らない。脳を痛める、この刃のせいだ。
 ようやっと動くようになった左腕に、強引に命令を通し。
 細胞に命令して、野太刀を掴む。
 掌に、鋭利な刃が食い込み。
 ザクリ、と皮膚を切り裂くが、魔女は気にしない。
 これ以上ないほどに、鉄を握りしめ。

 「ぐ、ううううう―――――――――!!」


 脳にまで達する、その刃を左眼から引き抜いた!


 頭の中でノイズが走る。
 激痛で発狂しそうになるが、そんな事は絶対に無いと知っている。
 頭蓋の修復は間に合わない。
 だが――刃さえなければ、脳の修復など、今のこの状態では数秒で終わる。
 金色の瞳は右側のみ。左眼は、もはや虚ろな眼窩を覗かせるだけだ。
 衣服も、美しい若草色の髪も、白い肌も、そして顔の右側半分も、流れだした鮮血で染まっている。赤かった血は、もはやドス黒く変色してもいる。
 だが、体は動く。
 口も動く。
 そして、自分自身の心は折れていない。
 目的も、手段も、忘れてはいない。
 ならばそれで良い。
 魔女は、握ったままの左掌、切れたことへの痛みを無視して、驚愕に、一瞬動きを止めた桜咲の左腕を、自身の右手で捕獲。

 「私は、な。知っているからだよ」

 そのまま、彼女を強引に引き摺りこむ。
 見えているのは右目。
 だが、そのまま彼女の顔を覗き込み。
 視線を合わせ。
 歯を剥いて、笑みを見せながら言う。

 
 「貴様より、はるかに辛い過去と、経験を持ち!貴様よりも徹底的に守り!行動し!例え憎まれようとも、自分の大事な物を守ろうとした人間をなあ!」


 その眼光に押された刹那の瞳の中に。
 僅かに怯えが現れたのを、魔女は見逃さない。
 掴んだ手を話すことなく、魔女は――凄惨に、壮絶に、笑う。

 「さあ、続けようか、幼い雛鳥よ!どれほど貴様が私を殺そうとも、苦痛を与えようとも、断言しよう!貴様にそれを教え込むまで、私はこの戦いは終わらせぬ!ああ、終わらせてなどやるものか!」


 「これからが真の戦場だぞ!小娘!」


 桜通りの戦乱は――終わらない。



     ○



 同時刻。

 「私、これからお仕事なのです。……目の前を、どいて頂きたいのですが」

 石丸小唄と。


     ↕


 「ユーノ君。アルフ。……本気で、行かないと。多分まずいよ」

 「……うん」

 「ああ。……そうさね」

 高町ヴィヴィオ達と。


     ↕


 「岡丸!」

 「承知!」

 北大路美奈子と岡丸の。


 三グループの前に、降り立った影がある。
 外見こそは、人間。
 だが、その眼は間違っても正気では無く。
 そして、中身もかつては人間であっただけであり。


     ↕


 「まあ、学園の誰かに倒されたのでしょうが」

 大泥棒は息を吐き。


     ↕


 「死体を操る……?」

 「違うよヴィヴィオ。多分、死にかけた所を支配されたんだよ」

 少女と二体は準備をし。


     ↕


 「侵入者を支配ですか……」

 「いずれにせよ、容赦は必要ではござらんな」

 婦警と十手は構え。



     ↕


 そして。
 三人の前で。

 「「「我が名は――」」」

 彼らは。
 三者三様に、同じことを言った。


 「「「ツェツィーリエ様の僕である」」」



 上空の、強さを求める吸血鬼の下僕が戦場へと乱入し。
 かくて宴は進む。



     ○



 カーニバル・経過時間――四十分。



 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 ルルーシュ・ランぺルージ――健在。
 C.C.――健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 ガンドルフィーニ――健在。
 神多羅木――健在。
 シャークティ――健在。
 弐十院満――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 ユーノ・スクライア――健在。
 アルフ――健在。
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 明石裕奈――健在。
 和泉亜子――気絶中。
 大河内アキラ――健在。
 《泡》――健在。
 桜咲刹那――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。



 敵対勢力


 フェイト・アーウェルンクス――不参加。
 《王国》ツェツィーリア――不参加。
 ツェツィーリアの僕×3――健在。
 『時宮』本体――健在。
 「佐々木まき絵」――健在。
 ?????――健在。
 「世界の敵」――健在。



 脱落者


 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ



 停電終了まで、あと三時間ニ十分。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台②(2)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/14 22:46
 


 ネギま 第二章《福音編》カーニバルその②(2)



 吸血鬼の弱点は、伝承では数多い。
 最もポピュラーな物が日光と白木の杭。
 その他、十字架であったり炎であったり、あるいは銀の弾丸が通用することもある。
 例えば鏡に映らないし、招かれなければ中に入れない――そんな性質も持つ。
 そして、同じく致命的な弱点とされる物が――流水だ。


     ◇


 向かって来るまき絵相手に――手加減はしつつ、しかし容赦はしない。
 低く、床を這うように繰り出された一撃を飛んで回避するまき絵に、アキラは槍を旋回。
 同時に、握力をほんの少し緩める。
 勢いのついた槍は――遠心力で、握っていた柄をスライドさせる。
 グルリーと、アキラの手の中で、槍が回る。
 順手から、逆手へ。
 回転した長物の先端は――渦を巻く。


 槍の軌道は河と化し――。


 アキラは、片手首で槍を回すようにふるう。
 宙にいるまき絵に向かって、槍では無く。
 目の前に生み出した水の渦を、投擲するように。
 ズオオ――と、流れる波頭を、まき絵は両手両足で防ぐが。
 そのワンアクションの間に、彼女はまき絵の側面へと回りこんでいる。


 軌跡は波濤となり――。


 烈風域は、まき絵を取り囲み――そして。

 「P-rz」

 『了解デス』

 コンソールが、明滅し。
 機殻が、割れ。
 彼女の掛け声とともに――その性質を発動させる。


     ◇


 2-ndGの世界法則は簡単だ。
 『名前は力を持つ』――それだけの世界。
 必殺技を叫べば発動し、名字と相応しい加護を与えられ。
 両親の上司、色々と世話になったお婆さんは月光の担い手で、家族思いの開発主任と歌のセンスが壊滅的に無い剣の神は――まさに日本神話の神クラスの力を使っていた。
 そして――。

 「私の名前は――大河内アキラ。簡単な話だよ」

 名前に大河を冠しているのだ。
 この概念化では――流水を操れて、当然だろう。
 ならば、この大槍は。
 P-rz……プリズンと名付けられた、白き塊の性質は。
 堅牢にして、鉄壁堅固――『固定(プリズン)』である。


     ◇


 「捕獲、完了――ってことで」

 ふう、と息を吐くアキラである。
 鮮やかな、手並だった。
 流れる流水は、凍ることなく――浮かび上がり。
 性質のままに、止まっている。
 それは流水。それも大浴場の莫大な水によって構成された、牢獄だ。
 虜囚となっているのは、佐々木まき絵。
 正直、心苦しい部分もあるが――しかし、解放してやるわけにもいかない。停電終了までのあと三時間少々を、頑張って貰おう。
 とにかくも、次は亜子を起こす必要がある。

 「助かったよ。アキラ」

 声を掛けてくる明石裕奈に。

 「ううん。こっちも遅れてごめんね」

 そう言って、謝った。

 「途中で、大浴場が危険だって、聞いたんだよ。それで、急いで。ね」

 「聞いたって……誰に?」

 その言葉に。

 「都市伝説の――《不気味な泡》。……ううん、クラスメイトに、ね」


     ◇


 大河内アキラが――風呂場での現状を知ったのは、概念を展開したすぐ後のことである。
 展開したのが彼女だった理由は――無論ある。
 彼女の両親が――変態……いや、せめて変人と言おう。変人ぞろいの技術部に所属しており、試作段階の技術を貸与させて貰ったことであったりとか。
 概念石の加工技術に、天才的なまでの才能を発揮したことであったりとか。
 あるいは、幼いころに一時期、母親が入院しており――病室のすぐ傍で、ダン・原川の母がいて、ちょくちょく遊びに行ってことがあったりだとか。
 そんな理由が重なり――彼女は、概念発動に関しては、かなりの技術を持っていたのだ。
 それが、果たして良いことだったか悪いことだったかは、今はまだ、判断が付かないが。
 本来ならば。
 小学生の頃の『全竜交渉』最後の戦い、あのクリスマスの一大決戦にも参加する予定はなかったのだ。
 だが、自分自身の技術で、才能で――少しでも、皆の助けになれるのならと。
 そう言って参戦した。
 まあ、今はそれは――長くなるので、おいておこう。
 愛用の概念兵器『P-rz』を使い。
 展開して、自室に戻る途中で――出会ったのだ。
 《死神》に。



 アキラも――女子中学生だ。噂は知っていた。
 人間が最も美しい時に、やって来て殺していく――口笛を吹く死神の都市伝説。
 それが、実在したことは……まあ、驚かなかった。
 都市伝説の伝説の部分はともかく、少なくともその《死神》は――おそらく『統和機構』を相手にして活動する謎の存在であろう……そのくらいは、UCATとて把握できていたからだ。
 だが、何よりも驚いたのは。
 その《死神》が、クラスメイトだった事だ。

 「今晩は。アキラ」

 「彼女」は――帰宅途中の、アキラに声をかけ。

 「大浴場が危険だからね……早く行った方が良い」

 そんな風に、言ったのだ。

 「詳しい事は、行けば分かるよ。……急ぐべきだね」

 その際に。
 まるで、途中で人格が切り替わったかのような奇妙な印象を受けたアキラだったが――まあ、多重人格くらい、言い方は乱暴だが、あまり重大と思わないアキラである。
 人格以前に、肉体が入れ替わる人を知っているのだから。
 そんな訳で、素直に彼女は忠告を聞いて――まさに「飛んで」きたのだ。
 しかし、どうしたって任務はある。
 麻帆良の敷地内全部に概念を展開させる必要があり、そこで数分。
 UCATからの連絡だの、機竜の先輩たちへの報告や――色々があって。
 結局三十分以上も、時間を取られてしまった。
 それを言った所で、遅れたのは事実だから、何も言わないアキラであったが。
 その辺は、裕奈も組んでくれたらしい。

 「アキラ、その《泡》って……誰だったの?」

 何も言わずに、そう尋ねて来た。
 それ位は――まあ、普通に言っても、良いだろう。

 「それはね……」


 アキラは――「彼女」の名前を言った。



     ○



 《泡》――ブギーポップ。
 その正体は、世界の進化を止め、そして生命としての活動を破壊する『世界の敵』を――倒すための、自動的な意識である。
 防衛本能、と言えるのかもしれない。
 その発端は――おそらく、世界意思と共にある、人類の集合体であろうし。
 あるいは、世界の意思となった、狐の女怪のものかもしれないが。
 いずれにせよ、彼は(性別こそ勿論ないが、しかしここでは便宜的に彼と呼ぼう)存在する。
 本来は意識だけであるが、しかし。
 特定の――決まった人間の場合の肉体を借り。
 活動するのだ。
 マントに、メイク。電柱の様なシルエット。
 都市伝説《不気味な泡》となって。
 そして――今現在。
 その《泡》となっているのは。
 麻帆良学園女子中等部3-A組。
 出席番号11番。


 釘宮円である。


     ◇


 《福音》が張り巡らせた絃を――ちょいと拝借し。
 闇夜の空に、直立する電柱の様なシルエットのままで――。

 「ブギーさん」

 円は訊く。

 「侵入者の内、『世界の敵』は何人いるんですか?」

 「一人だね」

 その会話は、同じ人間から発されたものだ。
 だが、抑揚も、口調も、話している際の顔の表情も――同一人物には、とても見えないだろう。
 いわゆる多重人格に近いものであると考えれば――解り易いだろうか。
 表は円。
 裏が《泡》。
 通常ならば、裏の《泡》が出ている時に、表の人格は眠っているのが普通であり――それは、円以外の過去の宿主全員に共通することなのであるが、どういう理由か、彼女は会話が出来るのだ。
 それが、中学生の女子であると言うのに――こうやって、それなりに長い関係が続いている理由なのかもしれない。

 「なら、確認しますが」

 「なんだい?」

 「『世界の敵』を排除した後は――クラスメイトの、助けに言っても良いですね?」

 末尾に、疑問詞こそついているが、それは断定の形であり。

 「構わないよ」

 《泡》も頷く。だが、そこに一言付け加える事を――忘れない。

 「だから、だ。ならば――なるべくならば早くに始末してしまおうか」

 「ええ」

 例え、自分の親友や、親類縁者が被害にあっていようとも……この《泡》は、『世界の敵』を倒す事を優先させるだろう。そして、そのために最適な行動をする。
 ならば、さっさと『世界の敵』を消してしまった方が、都合が良いのだ。

 「――統和機構の合成人間、でしょうか」

 「さてね。相手が何であれ、それで仕事が変わる訳では無いよ。今この土地には――どうやら、君の友人、佐々木まき絵――だったかな。彼女を操っているMPLS能力者もいるようだがね。あくまでも標的は『世界の敵』だ。……それを、忘れないでくれれば、それで良い」

 「ええ。……はい」

 「では、行こうか。……中々、凶悪な力を持っているようだからね。――発動させると、面倒だ」

 ヒュオン――と。
 円の体で、《泡》は両指に糸を引っ掛け。
 一瞬の停滞の後――宙を飛ぶ。


 かくして、この狂乱の宴に――都市伝説・ブギーポップが加わった。



     ○



 電子世界は、表現すれば海の様なものである。
 世界に構成されたネットワークは大海の名にふさわしい広がりを持ち。
 水の一つ一つはデータであり。
 泳ぐ魚も、魚の巣も、海草も、岩も、全てが――情報だ。
 ザブン――と、人間ならば感じるだろう感覚を持って。
 ウィル子は情報の海に入る。
 停電時の為に、入り込めない領域が多い。
 伸びるルートは、一本のみ。


 学園中央電子制御室への、海流だ。


 「そして、当然」

 目の前には――一枚の、分厚い壁がある。
 色は、赤。
 セキュリティの、一枚目である。


     ↕


 「来たね……」

 中央制御室で。
 《死線の蒼》は――微笑みを浮かべる。
 はっきりとわかる訳ではないが――これは、久しく失っていた感覚だ。


 自分の持っている端末の先に、とんでもない強敵がいる。


 戦意が、高揚する。

 (本当に、残念だよ)

 こうして立ち向かう自分が。
 過去のように、全盛期の力をふるえない事が。
 それでいて、同じく立ち向かう《チーム》の同志たちが、今なお自分を尊敬してくれて、協力してくれている事が。
 たとえ、愛しい人と共に生きるために決めた事だと言っても。
 残念で、仕方がない。
 スタート地点。
 ゲーム開始の、宣戦布告として出した防壁は――とりあえず、あちらの状態の基本確認として作った物だ。
 国連レベルのファイアウォール、約十枚分ほどの強さ。
 それが、たった一枚になっているが。
 それは――。


 ――僅か0,1秒で、破られた。


 (さすが!)

 全盛期の玖渚以上かもしれない……。いや、間違いなく、それ以上に成長しているだろう。
 だが、相手が機械である以上。
 そしてこちらが技術者である以上――対処方法は思いつく。
 自分がやられて、嫌なことをすれば良いのだから。

 (さあ、第一弾だよ!)

 玖渚友は――トラップを起動させる。
 《電子世界の神》と戦うことを決めて以来――最も、時間を掛けて準備してきたトラップの一つ。
 基本中の基本。
 ファイヤーウォールだ。

 「さあ、どうするかな?」


     ↕


 真っ赤な(無論視覚的にイメージされたものだ)防壁を破壊した瞬間――ウィル子は、相手側のセキュリティが発動したことを知る。
 さっきの防壁が、いわば開戦の合図だったことも、予測済みだ。

 (来ますね)

 どの程度のものなのかと。
 ウィル子は、期待して。
 やって来る情報は――大きい。
 相当に工夫された、世界最高峰のセキュリティだろうか?
 いや、違う。
 これは――複雑ではあるが。
 間違いなく、先ほどの様な。

 「ファイヤー、ウォー……ル」

 言葉が――尻すぼみになる。
 それは、確かに防壁だった。
 ウィル子ならば、おそらく0,1秒で破壊できるであろう、防壁だった。
 だが。
 呆然、まさに呆然とする。
 まさか、こんな方法を取って来るとは。

 (こんな、馬鹿馬鹿しい方法で……!)

 ウィル子の、盲点を突いてくるとは。
 一瞬、呆気に取られたとしても――無理はないだろう。

 『あーあー、僕様ちゃん達から生まれた娘へ』

 防壁の最初に、伝言が張り付けてある。

 『それは僕様ちゃん達の自信作。すっごい時間かかったんだよ。精々頑張ってね?』

 にっこりと。
 ウィル子のお株を奪うような、天真爛漫な笑みで。

 『君が、あの防壁1枚を0,1秒弱で敗れる事は、なんとなく予想出来てたからね。でも、それは逆に言えば――1枚の突破に0,1秒は、最低でも掛かるっていうことだ』

 メールは、さらに続き。
 ウィル子を挑発するように言った。

 『なら、数で押せば良い。その防壁は……君なら多分、二時間半もかからないんじゃないかな?』


 ウィル子は、その数を呟く。
 防壁の数。

 「十三万と、千と七十二……」


 アラビア数字にして、――131072。
 2の17乗。
 そこで、文は終わっていた。
 一枚で0,1秒かかるのならば。
 仮にそれを100,0000個用意してやれば――単純計算で、百六十六分掛かることになる。
 2の17乗もの防壁を突破するには、二百十八分と四十五秒。
 数多くの防壁を突破することによる、ウィル子の成長速度を鑑みても――おそらく、二時間以上は、確実に掛かる。
 まさに、数の暴力。
 突破させないのでは無く。
 ひたすらに突破させて、時間を稼ぐ。
 単純で、あまりにも馬鹿馬鹿しい手。
 誰もやらない――いや、違う。
 そんな数のファイヤーウォールを、準備することが出来る人間がいないが故に。
 彼女達でしか、やることが不可能な手。
 故に――ウィル子ですらも、引っかかった。

 「じょ」

 ウィル子は――叫ぶ。

 「上等ですよっ!!」

 ここまで言われて引きさがれるはずがない。
 ウィル子は、防壁の群れに突っ込んでいき。


 ファイヤーウォールを構成するデータが、まるで紙か泡の様に砕け散る。


 ――ここに、世界最高の電子戦が、幕を開けた。



     ○



 麻帆良の《福音》ログハウス近く。
 森となっているその部分は、彼女の家を含んで数百メートル以上にわたって広がっている。
 人知れず、学園内に侵入する者の隠れ家としては絶交のポイントだ。
 だからこそエヴァンジェリンはこの地に家を建て、侵入者の監視をし易くしているのだが――今宵は、その彼女は居ない。
 即ち、それは行軍が非常にやり易くなる……そう、誰もが思っていたのだが。
 麻帆良の教師たちですらも、思っていたのだが。
 しかし、それをさせなかった人物がいる。

 「ふう。流石に数が多いけれど」

 にこやかに笑って、しかし――指を鳴らす。


 パチン――!


 その音と共に、彼の掌に現れるのは、一つの小瓶だ。
 中には、粘性の高い紫の液体が入っており――間違っても飲料用の物では無いだろう。山奥にある怪しげな薬草を煎じても、こうはならないのではないか。

 「さて、それじゃあ育って貰おうか」

 その瓶を――蓋を開けて。
 森の中へと、思いっきり放り投げた。
 高く高く飛んだそのガラス瓶は。
 空中で、紫の液体を零し――液体は、木々へと降り注ぐ。
 そして。
 数秒後。


 森の中に潜んでいた侵入者の――悲鳴と、絶叫が聞こえた。


 「ま、動けないかもしれないけど、死ぬことはないでしょう」

 にっこり――と。
 まるで、悪戯が成功した時の子供の様な笑みで、彼は笑う。
 涼やかな美貌を持つ、このミドルティーンの名前は、深山木秋。
 麻帆良の一角で薬屋を営む――れっきとした、妖怪である。


     ◇


 妖怪と言う生き物は――決して、危険では無い。いや、確かに危険な物もいるにはいるが……吸血鬼やら魔人やらと比較すれば、それはたいした物では無いだろう。
 さらに言うのであれば――妖怪は、人間と同じように生活をすることが出来る。
 会話が苦手だったり、時々一般常識を知らないこともあるが……人間社会に、きちんと紛れて生きる事が出来るのだ。
 とは言いつつも、決して楽に生きる事が出来る訳でも無く。
 社会に関わる以上、働く必要もあれば学ぶ必要も、さらに言うのであれば日常生活を送る必要がある。
 まあ、一応。妖怪が闊歩して生活できる街も――あるにはあるのだが。
 まさか全員がそこに行くわけにも行くまいし、出来ない物も多い。
 必然的に、都会や田舎で暮らす事になる。
 そんな時に、そんな妖怪の為に――生活相談所や、互助組織として開かれているのが「薬屋」である。
 麻帆良にあるのが、第二号店で、一号店は――東京の、とある一角にある。
 二号店の店長は、秋だ。
 本来ならば、一号店を持つのが筋だと思うだろうが……これには、少々理由がある。
 過去に秋は、店を、弟子ごと捨てたのだ。
 そして、その一号店は――秋が帰って来るまで、泣きながらも弟子が、切り盛りしていたのである。
 それゆえに。
 今の一号店は。弟子……それなりに鍛えた弟子のリべザルであり。
 二号店が麻帆良にあるのには――これまた、色々と利権や利益や人脈や権力を巡る諸々があるので省略するが。
 とにかく本来は。深山木秋は、ここの担当であるということだ。
 では、何故今日。秋がこんな所で、警備員などという仕事をしているのかと言えば――それは、それなりに長い付き合いである《福音》に仕事の依頼を受けたからであり、あるいは二号店の常連である猫又から話を聞いて、楽しそうだと思ったからだ。
 長く生きていると、暇になるのは……魔人でも吸血鬼でも、そして妖怪でも変わらない。
 言葉にすれば至極簡単な――そんな理由である。

 「しかし、それにしても」

 ――パチン。
 再び、掌の上に瓶を取り寄せる秋であるが、表情は芳しくない。

 「これ、効果は大きいけれど、高いんだよなあ。自作するともっと高いし……」

 侵入者から、料金泥棒しちゃいけないかなあ、と思いながらも――再度、投擲する。
 間違っても、その姿は、人間にしか見えなかった。



     ○



 人形を、自分の背後へと隠し。
 その盾になる様に――灰色の魔女は、行動する。
 もはや、かつて手慰みに習った格闘技などかなぐり捨てて。
 ただ、この戦いに勝利するために、魔女は行動する。
 猛攻を、防ぎ。
 一歩。
 剣嵐を、耐え。
 一歩。
 乱撃を、制し。
 一歩。
 悲鳴も、苦痛も押し殺し。
 ただ、この目の前にいる雛鳥に――言葉を叩きつけるために。
 一歩。
 目の前にいる、この小娘に。
 この、自分と同じ――同族に。
 一歩。
 教えてやらなければ、ならないのだ。
 彼女の進む道が、魔女の知るあの男と同じ道を行くのならば。
 一歩。
 膝から下が、消える。
 だが、それでも魔女は――諦めない。
 諦める訳には、行かなかった。


     ◇


 灰色の魔女は思う。
 己の契約者。
 ルルーシュ……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、桜咲刹那の違いを。
 やっている事には、違いはないのだ。
 ルルーシュは妹を守ろうとして。
 桜咲刹那は、近衛木乃香を守ろうとした。
 守ろうとした相手に、自分自身の行動を教えることなく。
 己自身の手を汚し。
 そして、修羅の道を歩もうとしていることに――どれほどの違いがあろうか。
 違わないのだ。
 己の手を汚し、それで大事な人間を守れるのならば、それで良いと――そう思える事に、違いなど無い。
 だが、両者が徹底的に違うのは。
 ルルーシュは、その汚名をあえて受けるように進み。
 桜咲刹那は、その汚名を出来る限り避けようと進んだ。
 それだけである。

 (本当に、似てるよ)

 本当に。
 桜咲刹那に、その意識があるかと言えば――おそらくは、無いのだ。
 だが、長い間見て来た魔女には、把握できる。
 心のどこか、無意識で、そう思っているのは、明白だった。

 (根拠も、あるしなあ)

 かつてルルーシュが葛葉刀子から聞き出した――暴走の話も、その一つだ。
 近衛木乃香を守ることを、自分の一番の目的とし――その為には、どんな汚名を被る覚悟もあると言うならば。
 容赦しても躊躇しても良い。
 その力の恐ろしさに、震えるのも良いだろう。
 だが。


 その力を使ったことを、なぜ嫌う。


 力を恐れ、しかし――それでも目的の為に使う覚悟を、刹那は持っていないのだ。
 ルルーシュは、違った。
 かつてギアスという力を手にいれ、それによって行動し。
 例え、自分の望まぬイレギュラーを引き起こそうとも、彼は決してギアスを憎まなかった。むしろ、その逆だ。
 魔女に感謝すらもした。
 ルルーシュは、確かに規格外なのかもしれない。
 殆どの人間は、刹那のように、力を恐れて、そして彼女に恨みを向けて――死んで行った。
 それを、いけないとは言わない。
 だが、魔女は桜咲刹那がそれをすることを――決して許しはしない。
 なぜならば。


 桜咲刹那の行動原理は――自分の為では無いからだ。


 誰かを守ろうとして行動するのならば――その重さを、知らなければならない。
 知ってもなお、歩むことが必要なのだ。
 だって、そうではないか。


 守ってくれと、誰が頼んだのだ。


 ルルーシュは守ろうとしたあの『妹』も。
 桜咲刹那が守ろうとする、近衛木乃香も。
 誰が、守ってくれと頼んだのだ。
 学園長か?
 木乃香の父親か?
 違う。
 彼女自身のはずだ。
 そうでなければ、あれ程までに――真剣に、木乃香を害する相手に、迎えるはずがないだろう。
 かつて、ルルーシュは。
 守ってくれと誰が頼んだのか――と。
 その、守りたかった本人に、言われたのだ。
 だが、それでもなお。
 最終的に、自分自身の為に――『妹』でも、笑えるような世界を造ろうと、行動した。(最終的に、成功したかどうか。そして『妹』が――それを、知るに足る人間に慣れたかどうかは、魔女の関与するところでは無い)
 どんな悪名でも受け入れようと覚悟をして、それでもなお突き進んだ。


 桜咲刹那に――それが、出来るのか?


 それこそが、魔女の本音だ。


     ◇


 「なあ、桜咲、教えて、やろう」

 ゆっくりと――魔女は、繋がった足で進んだ。

 「誰かを守ろうと言うのはな、エゴなんだよ」

 魔女は、言う。

 「だからこそ、だ。そのエゴには重圧と責任が付く。お前は、それを――背負えて、いないだろう」

 それこそが、魔女の抱く――敵意の根幹だった。

 「なあ、桜咲。お前が、どんな過去を持っているのかは知らん。精神に、どんな支配を受けているのかも、知らん。だが、近衛木乃香を守れる力があり、それを使う事が出来るのに――何故お前は、それを自分で否定する?」

 本当に、彼女が木乃香を守りたいのならば。
 良いではないか、暴走しようとも。
 ルルーシュだってそうだった。
 平和にたどり着く、その寸前で。
 最も暴走してはいけない所で、ギアスが暴走して――それで彼の初恋の、優しき義理の妹を殺す事になった。
 だが、その運命を呪い。
 その、運の悪さを引き寄せる自分を呪い。
 だが、それでも。


 それでもルルーシュは、力を呪う事は無かったのだ。


 「自覚が無いなら、ここで言ってやる。貴様はな、自分自身が持つ、刻まれたその制約も、強制をも、嫌っている。それは構わない。だが――」

 耳元で唸る、剣風すらも、聴こえないほどに――彼女は、意識を向けて。
 首を掴み、引き摺り寄せる。
 魔女は、剣士と視線を交差させ。


 「誰かを守ることなど、その程度の覚悟では、出来はしないんだよ!」


 だって、そうだろう。
 その程度で出来るのならば。
 魔女の、あの契約者は。
 魔女が知る限りで、嘘つきで、誰よりも優しかったあの男は。
 魔女自身が、死からも呼び起こしてまで、もう一度共に生きたいと願うほどに――愛するあの男が。


 あそこまで傷つくことはなかったのだから。
 あそこまで、覚悟をすることは無かったのだから。
 あそこまで――世界から憎まれる事は無かったのだから。



 いつしか。
 剣撃は――止んでいた。



     ○



 「聞け、桜咲」

 腕が、止まっていた。
 腕が、動かなくなっていた。
 何故だろう。
 さっきまで、あれ程までに心が高ぶっていたのに。
 動かしてはいけないと――そう思う。
 他人の言葉が耳に入らなくなるほどに、狂っていたのに。
 先程まで、魔女と呼んでいた――彼女の声が聞こえる。

 「お前は、何故ここにいる?何故剣を持っている?それは、木乃香の為か?違うんだ。違うんだよ桜咲。それはな――」

 彼女は、言った。


 「木乃香を守りたい、お前の為なんだよ」


 魔女の声は。
 何故だろう、心に響く。
 あれほどまでに、聞き入れたくなかったはずなのに。
 あれほどまでに、聴くことを拒んでいたはずなのに。
 黄金の瞳は、血に染まった彼女の中でも、輝きを失っていない。

 「お前が、どうやら重い過去を持っている事は解る。だが、それがどうした?お前の過去がどうであれ、お前はここにいて、そして大事なことがあるんだろ?」

 ぼんやりと見える魔女の整った顔。
 その左眼は、今は無い。
 そうだ。私が――貫き、破壊してしまった。
 けれども、残った右目は――私を睨んで離さない。
 怯えてしまうほどに、強い光で心を掴んでいる。

 「お前は、私の言葉を聞かなかったな。それは、お前が心のどこかで、知っていたからだろう。今の自分が、どうしようもなく間違っている事を。どうしようもなく、弱い事を」

 魔女の声は、心にしみる。
 私の心を覆っていた熱が、ゆっくりと停滞して。
 隠していた闇を、あらわにする。


 認めたくないと言う自分の心は――魔女の顔を見て、消える。
 彼女の額には、赤い鳥の紋章が浮かんでいた。
 その鳥が、心を解いて行く。


 ――そう。
 ――そうだ。
 私は――弱かった。
 その弱さすらも、認められないほどに、弱かったのだ。
 だから、あの図書館島で――早乙女ハルナに見破られた時に、激高した。
 そして、それすらも。
 心に架けられた、強制的な催眠のせいだと言い訳をして。
 自分は悪くないんだと――そう言わなければ、自分自身が壊れてしまうほど。
 私は――桜咲刹那は、弱かったのだ。
 ずっと昔。
 お嬢様を助けたいと――だから、強くなろうと、思ったはずだったのに。

 「お前は鍛えすぎた。ああ、お前は強い。だがな、お前は――その途中で、柔らかさを捨てたんだよ。――川村が持って来た情報にあったぞ?
 お前と長瀬とは、過去に会っているらしいじゃ無いか。――お前は、その時のことすら、覚えていなかったそうだな」

 楓。長瀬、楓。優しい、あの忍者の友人。
 そうだ、確かに私は――彼女のことを、忘れていた。
 今もまだ、思い出せてはいない。
 だが、過去に確かに、彼女と出会ったことは……事実だった。

 「お前は強い。だがな、それは脆いんだ。そして、その脆さを隠すために、お前は――周囲から、人を遠ざけた。そして、それをしている自分自身からも――逃げていたんだよ」

 全て。
 魔女の――言うとおりだった。

 「私は……」

 強く、なりたかったのだ。
 禁忌と恐れられた自分にも、笑ってくれたお嬢様の為にも。
 そんな自分を育ててくれた、詠春様や、本家・青山の鶴子様や、師である刀子さんの為にも。
 ――唐突に。
 魔女の瞳を、私は理解する。

 (……ああ、そうか)

 この人も。
 同じだったのだ。
 孤独を知り、己の弱さを知り。
 それでも、それを抱えたまま生きて来たせいで――一度、逃げたのだ。
 おそらく、心を暴かれて。
 自分の為に、行動して。
 その理由を、仮初の心で覆い隠してしまって。
 きっとルルーシュさんへ、致命的な「何か」を――引き起こしてしまったのだ。

 「私は」
 怖かった……。

 この、自分の罪を知られる事が。
 それでいて、自分が共にお嬢様といられることが。
 何よりも――お嬢様に嫌われる事が。
 だから、近くにいる事を避けた。
 遠くでも、お嬢様がいれば良いと、思って。
 それが――いつしか、歪んでしまっていた。

 「人生の先達として教えてやる、小娘」

 魔女は――まるで、教室の時の、ふてぶてしい態度で。


 「自分が嫌われる程度、大事な人間を守るためには些細なことだ」


 それを聞いた時。
 心の中で、――私は、声を聞いた。


 ――カア、というそれは。


 カラス。
 自分の内に寝むる――災厄を呼ぶ、白い烏。
 けれども、今まで思っていたのとは違う。
 死を撒き散らす、禍の鳥では無い。
 黒の烏が――死への旅路を指す、水先案内人ならば。
 白の烏は。

 (ああ、なんだ)

 私は、悟る。

 (……案内をしないのが、普通じゃないか)

 導くはずが、ないだろう。
 案内をせず、死者の魂を――見守るだけ。
 きっと、母の様に優しい、墓守の――使いなのだ。

 (自分で、意味すらも――知らなかった、か)

 何故だろうか。
 心が、穏やかだ。
 ここまで、心が静まりかえっているのは――何時以来だろうか。
 覚えてすらいない、昔のことの様な気がする。


 「さて、決着を、付けようか」


 魔女が。
 修復された、人形と共に――声を、掛けた。


     ◇


 風が吹く。
 桜通り。
 そこに対峙するのは、二人の少女だ。
 片や、白き烏を身に宿す――私、桜咲刹那。
 片や、灰色の魔女――いや。

 「せっかくだ、C.C.と、呼ぶことを許してやる。桜咲」

 魔女・C.C.。

 「では。……私の事も、刹那で――結構です」

 「フン。気が向いたらな」

 そんな、会話をする。
 魔女の前には、一体の人形がいる。それは、まるで獣のようにしなやかで、機械の様に硬質なイメージで、そして。
 目の前の魔女の様な、心を感じた。
 夕凪を、構える。
 これほどまでに静かに構えたのは――果たして何時以来だったのか。
 今までとは違う。
 刃が、自分の体の一部となったような感覚を、思い出す。


 ――風がやんだ。


 一瞬が、一秒にも、いや、一昼夜にも。
 感じ取れた中で、私は――過去、強くなろうと誓って以来、もっとも満足のいく攻撃を生んだ。
 過去にさかのぼっても、いや、この先自分で、ここまで満足が行く攻撃をどれほど出来るのだろうかと。
 そう思うほどに、完璧な一撃だった。
 だが。

 (負けた、か)

 体に受けた衝撃で、私は敗北したことを知る。
 いや、初めから負けていたのかもしれない。
 彼女に勝とうとした私は。
 私に負ける気が無かっただけの彼女に。
 満足だった。
 足が崩れ、地面に倒れる寸前。


 (お嬢様。……私は、貴方ともう一度)
 昔の様に、笑い合っても良いのでしょうか。


 桜咲刹那の、それが最後の意識だった。


     ◇


 「ぐ、はあっ!」

 刹那が倒れて。
 その数秒後に、崩れるように石畳に這いつくばり、息をはいた魔女である。

 「し、ん、どい、な」

 いくらなんでも、死に過ぎた。
 回復に、体が追い付いていない。
 回復の為のエネルギーも、もはや空っぽだ。
 息が苦しい。
 先程までのあれは、只の見栄にすぎなかった。
 もはや、体はボロボロ。傷ついていない場所など無い。
 服が体を覆っているのが、不思議なくらいだった。
 だが、それでも。

 「勝った、か」

 魔女は、満足そうに笑う。
 桜通りの戦いを制したのは――彼女だ。
 まだ、《福音》と少年の戦いも。
 電子の神と、技術者たちとの戦いも。
 警備員達の奮闘も、続いているが。
 ともかく、自分の目的は――達したのだ。
 目を瞑る。
 春の風が、優しかった。
 今が停電だと言う事も忘れて――このまま、眠ってしまいたかった。
 だが、しかし。

 魔女は――強制的に、覚醒させられる。



 視界の天井部。
 上空数百メートルの所で。
 大きな閃光と、轟音が――聞こえた。



     ○



 停電は、終わらない。
 宴は、ますます加速する。
 誰も、予測もしていなければ、油断もしていなかった。
 だが、しかし。
 それは、起きたのだ。



 まるで、ガラスが砕け散るかのように――音が響き。
 大浴場。

 「割れた?!」

 唐突に。
 まき絵を覆っていた水の牢獄は、破壊された。

 「何で?!」

 まき絵は――あの《泡》、いやクラスメイトの言動を信じるならば、吸血鬼の弱点を付けるはずだった。
 そして、それはおそらく正しいはずだ。アキラが戦った時にも、そう感じた。
 理由は不明だが、まき絵は吸血鬼としての弱点を持っていた。
 その奇妙さに。
 エヴァンジェリンに支配されている訳では無いのに。
 そもそも支配されたとして、エヴァンジェリンが流水を弱点とはしていないのに。
 いや、「受け継ぐこと」自体――ありえない筈であるのに。
 今のまき絵が、それを恐れていることの奇妙さに――この時は、彼女はまだ気が付いていなかった。
 いや、正確に言えば。
 気が付いていたが――後で考えれば良いと、先延ばしにしたのだ。
 それゆえに。

 (何か、見落としでも……!?)

 頭の中に疑問が浮かび。

 (と、にかく)

 もう一回――彼女を、閉じ込めなければ。
 そう思ったアキラの視界に、見なれた影が映る。
 脱衣所から、出て来た姿は――和泉亜子のもの。
 だが。

 「……違う」

 呟く。
 アレは――亜子では、ない。


 亜子の形をした、別のものだ。


 それが、理解できてしまう。

 (何が、起きて……!?)

 何が起きていると言うのだ。
 心が焦る。
 パニックになりかけた頭を。

 (……落ち着け!)

 ――理性で押し留め。



 だが――混乱は、そこで終わらない。



 とにかく、この場を何とか納めなければいけない。

 「裕奈!」

 アキラは、自分の背後にいる彼女に。

 「手伝っ……て……」

 声を掛けて。
 アキラは、そこで気が付いた。
 明石裕奈が――動きを止めていた事に。
 彼女は。

 「――嘘」

 小さな声で呟いていた。
 呆然と。
 まるで、見た物が信じられないと言う様に。

 「……何が」

 あったのか、と尋ねたアキラに。
 ――ゆっくりと。
 裕奈は、空を指差す。
 その指先は、震えている。
 アキラもまた、その指先を追い。
 そして。
 彼女もまた――目を疑った。

 「そん、な」

 言葉は、声にならなかった。



 月明かりの中で《雷の眷属》が――堕ちていた。



     ○



 カーニバル・経過時間――一時間十五分。


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 ルルーシュ・ランぺルージ――健在。
 C.C.――(辛うじて)健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 ガンドルフィーニ――健在。
 神多羅木――健在。
 シャークティ――健在。
 弐十院満――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 ユーノ・スクライア――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 明石裕奈――健在。
 大河内アキラ――健在。
 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。


 敵対勢力

 フェイト・アーウェルンクス――不参加。
 《王国》ツェツィーリア――不参加。
 ツェツィーリアの僕×3――健在。
 「時宮」本体――健在。
 「佐々木まき絵」――健在。
 「和泉亜子」――健在。
 ?????――健在。
 「世界の敵」――健在。


 脱落者

 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ

 桜咲刹那

 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川


 停電終了まで、あと二時間四十五分。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台②(3)上
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/14 20:43
 

 ネギま クロス31 第二章 カーニバル表舞台②(3)上




 それは、比喩ではなく雷だった。


 周囲の策敵を怠っていたわけでは無い。
 リラックスはしていたが、気を抜いていた訳でもなければ、浮ついていた訳でも無い。
 だが、三人とも。
 正確には――二人と、一機とも。
 反応が、出来なかったのだ。

 [ヒオ、原川。前方――千六百七十メートルほど先に、人影を確認。侵入者と推測する]

 そんな風に、情報を得ていて。

 「よし。じゃあ、誰か手の空いている奴を探すからな。今連絡を入れる」

 少し待ってろ――と、原川が言おうとして。

 [避けろヒオ!!]

 その叫び声がした瞬間には、もう――《雷の眷属》の、片翼・右は破壊されていた。

 『~~~!!』

 機竜に合一している状態のダメージは、フィードバックする。

 ヒオの悲鳴が響く中、原川は。

 (まさ、か。あの距離から!?)

 驚きを隠せない。
 確かに機竜は大きい。
 だが、その気になれば戦闘機以上の性能を発揮する航空兵器だ。今がその状態とは言わないが、少なくとも魔法使い達よりは早い自信がある。
 だが、それだと言うのに。

 (しかも、一撃で、翼を!!)

 あの相手は。
 こちらに攻撃を命中させ、しかも翼を奪って行った。
 距離・威力・命中率・速力――そのどれもが、想定外。

 「《雷の眷属》!!――様子は!!」

 [右翼と、右スラスター、右バーニアの大半が深刻なダメージ。尾翼も破損!このまま飛行は無理だ!!]

 「着陸!!」

 [言われずとも!!]

 両者共に、簡潔な会話を成立させ。
 原川は、傾いた機体の中、考える。
 考えると言うレベルでは無い、思考を高速で回転させ。

 (どこか!!広い、出来れば建物に被害の出ない!――関係のない!!それでいて目立つ――!!)

 送られてくる映像は乱れている。
 しかしその中、視界に移った場所で。

 「世界樹広場だ!!」

 天啓を閃かせ――原川は、叫んだ。

 『――う、は、原かわ、さ』

 「黙ってろ馬鹿娘!」

 激痛を堪えているであろうヒオにそう怒鳴り返し。

 [了解した!]

 機竜が、高度を下げながらも、残った片翼で方向を整える。

 「北から!」

 原川は――あえて。
 方向を指定する。
 その意味は、おそらく機竜に伝わったのだろう。
 返事が返ってこないのは、そんな暇がないからだ。
 だが、着陸するよりも遙かに早く。
 再びの、遠距離からの攻撃が――左の翼に直撃し。


 翼が千切れ飛んだ――!


 「ちいっ――!」

 敵は、やはり下ろさせてくれるほどに――甘くはない。
 こんな事が出来る相手が、一体どんな存在なのか。
 心の中に、そんな衝動が生まれるが――あくまでも一瞬のこと。状況を再確認する。
 先ほどよりも、もっと悪い状態になっている事を、確認した。
 高度――は、多少下がっているとはいえ、八百メートル以上。
 地面に叩きつけられれば、即死だろう。
 機竜のままならば――ヒオは助かるかもしれない。
 だが、原川も《雷の眷属》も、ただではすまない。
 いや、そもそも――。

 (相手がこのまままともに墜落させてくれるかどうかすらも……微妙――)

 原川は。

 (仕方ない……!)

 覚悟を決める。
 このままヒオ一人生きる可能性よりかは、二人と一機全員が助かる方を、選択する。

 「ヒオ――合一を解け!」

 世界中の北方。この高さならば、おそらくは――『なんとかなる』。
 賭けには違いが無いが、最も勝率の大きい――言いかえれば、ここで乗らなければどうしようもなくなる状態での賭けだ。
 原川の、その言葉に。

 『――は、い……ですの!』


 躊躇なく――少女は、合一を解いた。


 投げ出される感覚。
 風の音。
 紛れもない、それは自由落下だ。
 獰猛さを覚えるほどのうなり声を尻目に――原川は。
 手を伸ばし――。
 空中で、金髪の少女を掴み。

 「オ――」

 賢石を引っ張り出し。

 「――――!!」

 叫び声と共に。
 ――――概念が、走る!


 ・――――北風は空を踊る――――


 声は、周囲に満ち。
 瞬間。
 猛烈な突風が――原川をヒオごと吹き飛ばし、世界樹へと投げ込んだ。


     ◇


 視界が、回る。
 ぐるぐると回る。
 ぐるりぐるりと回る。

 「う、おおおおお―――!」

 唐突に、浮遊感が来て。
 ドスン――と、背中に、衝撃が来る。
 視界に広がるのは、緑色。
 自分が今いるのは、地では無い。大きな一本の枝の支柱。

 「つう……」

 骨に異常もない。
 サングラスに多少罅が入っているが、しかし五体は満足。擦過傷が、ある程度だ。

 「な、ん……とか」

 呻きながらも――原川は眼を開ける。

 「助かった、か」

 高度八百数十メートルからの、ノーロープバンジー。
 一歩間違えれば死ぬところだったが、しかし作戦通りでもあった。
 北風を吹かせれば、世界中に引っ掛かるはずだダンは考えた。よしんば、世界樹に引っ掛からなくても、概念を展開させている限り、地面に落ちる事はない。
 ダンの父親の旧姓は、ノースウインド(北風)なのだから。
 起きあがろうとして。

 「は、はらかはふぁん、ふるし――苦しいですの!」

 気が付いた原川は、胸元に押し込んでいたヒオを解放する。
 呼吸困難に陥っていたヒオだった。
 すーう、と一回真呼吸をして。

 「原川さん!!危険すぎますの!!」

 そうやって、怒る。

 「無茶のしすぎにも程がありますの!ヒオは、Hになるまでは原川さんに死んでほしくないんですのよ!?」

 ――念のために言っておくが、これは自分の苗字をH(原川)にする、という意味である。
 そう、半泣きの表情で怒るヒオに。

 「ヒオ、腕を見せろ」

 原川はそう言って、引き寄せる。
 多少強引に、袖をまくりあげ。

 「は、原川さん!いきなりこんな所でなんてっ……あの、出来れば家で」

 盛大に勘違いした娘の妄言を無視して、肩周りを見る。
 ゆっくりと、触り。

 「――――!」

 そう、悲鳴を押し殺したヒオをみて、原川はやっぱりか、と息を吐いた。
 両翼が破壊されたダメージを持っている。
 先程から、一回も原川の方に腕を使わないのが、その証拠だ。
 肩口が破壊されたダメージの為、肩から先が動かない――そう言う事なのだろう。

 (まずい、な)

 落下した翼の行方も心配だ。

 「サンダーフェロウ……状況は」

 概念空間に収納された機竜の声は、芳しくない。

 [両翼及び、尾翼、バーニア、スラスターの大半が稼働不可。駆動率は16%――すまないが、飛行は無理だ]

 「……そうか」

 原川は――割れてしまったサングラスを、新しいものに取り換え。
 状況を、再三整理する。
 機竜は飛行不可能。ヒオ・サンダ―ソンは両肩――すなわち両腕が使用不能。
 幸いにして、命に支障はないが。
 だが、これでもはや――普通に行動することは、出来なくなった。

 (しかし、あいつ……)

 サンダーフェロウを撃墜した、あの侵入者。
 その姿形が――あまりにも、ある人物と酷似していた。

 (……まさか、な)

 その推測を、原川は打ち消して――持っていた携帯電話で、明石裕也へと、連絡を入れる。
 兎にも角にも、現状を報告しなければ。



 UCAT所属・全竜交渉部隊――対機竜戦力。ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川。
 戦闘不能。



     ●



 機竜の墜落は、確かに情報関係者に衝撃を与えた。
 だが――もっと直接的な被害と、そして膠着した状況の打破を、発生させたのだ。
 それを生み出したのは。
 破壊された――『両翼の落下』である。
 機竜《雷の眷属》。
 全長は三十メートル強……ではなく、《全竜交渉》の後、ヴェスパーカノンに代わる武装を組み込むため、いくばくかの修復をUCATで受けたために、四十メートルを少々超えている。
 その片翼、十メートル以上もの大質量が――まるで隕石の様に、落ちて行ったのだ。



     ●



 時間は、十分ほど巻き戻る。


 「高町さん。これで何人だったかな」

 「二人合わせて――百人弱、かな」

 対して息も切れておらず。
 精神的な消耗もないが。

 「しかし。騙されていると解っていても」

 「抜け出せないですね……」

 そう。
 霧間凪と高町なのは。
 二人は――ものの見事に『時宮』の術中にはまっていた。


     ◇


 『殺し名』と対極をなす『呪い名』集団の最大の特徴は――戦わない事だ。
 より正確に言うのならば。
 『戦わずして相手を殺す』ことの、スペシャリストである。
 『殺し名』七家系に対し、『呪い名』は六家系。
 その最上位に立つのが操想術師『時宮』である。


     ◇


 「あー、どう考えてもこいつら。本物の人間じゃないんだがな」

 「ええ。後から後から湧いてくることを考えると……何でしょう、蟻とかですかね」

 「確認は出来ないがな。こちらを錯覚させて、人間に見せかけてる――んだろうが、な。弱いから問題はないが、面倒極まりない」

 「ええ。時々本物の人も混じっているみたいなので、余計に大変です」


     ◇


 『恐怖』を司る、操想術師「時宮」の最大の武器は、相手の心を利用することにある。
 非常に強力な催眠は――錯覚でダメージを受ける。肉体は自分から勘違いをして、ダメージを『受けてしまう』ということだ。
 その威力、まともに嵌れば――例え、『殺し名』上位や零崎一賊とて、深刻な害を被るほど。
 催眠・精神支配・束縛・呪縛・強制操作・感覚誤認――上げればキリがない。
 そして、最大の特徴は――抜け出す事が、非常に困難なのだ。
 ただし。
 今回に限って言えば。


 この「時宮」――運が悪すぎた。


     ◇


 霧間凪は、冷静に思考する。
 彼女が冷静なのは、単純にその存在を知っていた事。
 ――自分を狙う存在が『統和機構』から派遣されたと言う事を、知っていたからだ。
 この相手が――『統和機構』とは無関係であろうとなかろうと、狙われている事を知っていれば恐怖は少ない。
 無論、相手が――例えば、もっとほかの手段。
 例えば。
 何回か会合した程度の、世界最強の《赤色》に見せかけるであるとか。
 あるいは、『殺し名』の暴力集団に誤認させるであるとか。
 自分と互角の技量を持つであろう、あの侍――《イナズマ》高代亨を認識させるとか。
 そんな方法であったならば、非常に苦戦しただろう。
 だが、幸いなことに、これらは唯の軍勢。
 しかも、ただの――人間だ。
 人間にしか、見えない。
 《金曜日の雨》――あのいけすかない友人から情報を貰ってもいる。どんな危険な奴が、自分を狙ってくるのかと考えてもいたのだ。まさに、準備は――整っていた。
 その状態の彼女が。


 数が多いだけの唯の人間に負けるはずがない。


 これが、普通の警備員だったら、話は違っていた。
 取り押さえ、気絶させ、彼らを『危険から守ることを考え』――故に、数に押し負ける。
 だが、ここにいるのは霧間凪と、高町なのは。
 今現在、この学園において。


 おそらく最も、死なない程度に気絶させること得意とする二人であろう。


     ◇


 「時宮」が狙ったのは、霧間凪が推測した通り、この二人では無い。
 おそらく現時点においても、どこかでチャチャゼロと笑い合いながら好き勝手に行動し、そして鋏を振り回している少女である。
 零崎一賊。
 『殺し名』、いや『呪い名』も含め、暴力世界の誰もが忌み嫌う――殺人鬼と言う生命体。
 そして、唯一――――仇打ちという、行動理念を持つ家系。それゆえに、零崎だけには手を出すな――そう、言われる事が殆どだ。
 だが、その一賊も。
 もはや残るは――――片手の数もない。
 『呪い名』にして見れば、忌むべき宿敵、『殺し名』七族の一角を消滅させるのに――――これほど良いチャンスは、無い。



 人類最悪の狐が、再度舞台の上で暴れまわり。
 それによって――二十数年前の、《鷹と狐の大戦争》に劣らないレベルの被害を受け。
 回復した後に、六士族は集まった。
 かつて《策士》と名乗った少女が生み出した――対零崎用の、暗殺部隊。
 『呪い名』六家系による、《裏切同盟》――訂正しよう。
 もはや《同盟》では無い。
 《連合》だ。

 

 利益と、権力の身で結びついた――唯の共存関係であり、身内同士の内乱に発展する火種は山ほど抱えているが。
 しかし、それよりも――『殺し名』への、悪意が勝ったのだ。
 そして、今回――零崎舞織の始末を、この停電を機に画策したのが「時宮」だった。
 だが、もう一度言おう。


 この「時宮」は、運が悪かった。


     ◇


 霧間凪だけならば、まだ救いようがあった。
 時間こそかかったが、何とか出来た可能性はある(可能性でしかない、とも言えるが)。
 だが、彼女と共に高町なのはがいた以上――それは、無意味な家庭だった。

 「確かに、凄いな」

 こんな芸当を、魔法を使わずにやってのけるなんて――本当に凄い。

 「……でも、ね」
 
 高町なのはは、思う。

 「私と霧間さんは、騙せるかもしれないけど、さ」

 そう、今現在、二人は――騙されていて。
 それが解っても、この迫りくる軍勢の幻影を、破ることが出来ない。
 わらわら、と湧き出てくる集団は、おそらく実在しているのだろう。
 ただ、それが――人間でないと言うだけの話だ。
 おそらくは、虫。
 蟻――だろう。


 地面に這う、あの小さな虫の一体一体が、人間であると誤認させている。


 そういう、ことだ。
 それが解る理由は――単純な話。

 『マスター、凪様』

 この、彼女の持つインテリジェントデバイス。
 彼女が、教えてくれているからだ。

 『左から五番目の男性と、右斜めの女性が人間です』

 「うん」

 「ああ!」

 凪が――素早く、まるで風の様な速さで、その二人を叩きのめす。倒れた相手は、きちんと二人の背後、累々と積み重なる死体とは別に、木に立てかけておく。
 そして、それ以外の「人間」を吹き飛ばすのが――なのはの役目。
 特別に、難しい理屈も必要ない。


 インテリジェントデバイスに操想術が通用するはずがない。


 それだけの、話だ。


     ◇


 まさに炎が燃え広がる様に――二人は、暴れまわった。
 迫りくる軍勢を、殆ど消耗することなく――言ってしまえば、強引に。
 力技で、打ち破ったのだ。
 そうして――一時は「時宮」の、本体まで迫ったのだ。
 だが、しかし。
 結果として、その「時宮」本体には――逃走を許す事となる。


 二人の行動を止めたのは――《雷の眷属》の落下だった。


     ◇


 視界に移るのは、大質量。
 高度からあれが落ちれば、例え爆心地に誰も居なくとも――膨大な被害を出すだろう。
 まして、今現在――情報を統制していた機竜が、今、落ちたばかり。
 無用な混乱は、極限まで減らさなければならない。


 それを、両者は同時に悟った。

 「高町!」

 凪の掛け声に。

 「任せて!」

 足もとに、魔法陣が展開し。
 発動の邪魔をさせるべく踊りかかる軍勢を、凪は蹴り飛ばし投げ飛ばし殴り飛ばし――。
 まさに、燃え盛る炎の様に、押し留める。
 そして。
 白き魔王は、デバイスを構え。
 フォルムが、翼の生えた型へと変化し。
 カートリッジが、再装填され。
 莫大な魔力が、充ち溢れ。
 時間にして、数秒の溜めの後。
 それが、形となって――。


 「ディバイン――――」


 振り抜かれた!


 「――バスター!」


 それは、まさに砲撃。
 戦艦から放たれる主砲の様な、長く、重いその流れは。
 天を貫く一撃――!
 それは、落下する重量級を、押し留め。
 否、断じて否。

 『持ち上げ』。

 そして。

 「こ――のお!」

 なのはの叫びと共に。

 ――――打ち貫いた!。


 かくして。
 「時宮」本体こそ――逃走したものの。
 霧間凪・高町なのは。
 両者はともに健在であり――そして。
 相手が逃げたが故に、二人は、操想術から解放された。
 だが、くどいようだが、もう一度言っておこう。


 この「時宮」は、運が悪かったのだ。



     ●



 白き魔王の砲撃によって、片側の翼は打ち抜かれた。
 翼を構成するフレームを捻じ曲げ。
 細い、しなやかな鉄棒は――千切れ。
 複雑にくまれた、機甲を、破片と断片と化して――空へと撒き散らした。



     ●



 破砕した機竜の、片翼の破片は――降り注ぐ。

 「よっと」

 頭に当たりかけるそれを、軽く払いのける。
 軽く避けるとは言っても、大きい物では果物レベルの物もある。
 ――いや、逆か。どんな大きくても精々が果物レベルということだ。――打ち抜いた人間の、馬鹿みたいなその威力を、推して知るべきと言うべきなのか。
 飛行している物体を構成する物が、必要以上に重い筈はない。鋼鉄製のフレームが堕ちてくるのならともかく、直撃した所で、精々が脳震盪だろう。
 それはともかく。
 降り注ぐ鉄の雨など気にせず、普通に行動するのが、この人物の、この人物たる由縁だった。
 雨の中、建物の屋上で戦いを繰り広げる――影は、二つ。
 片方は彼女で、もう片方は、彼女を追う邪魔ものだ。
 いや、訂正しよう。
 戦い――では無く。

 「とっとと……」

 片方が、長い足を、相手の顎にめり込ませ。
 その威力はどれ程の物なのか――相手は、数メートル宙に浮く。

 「眠ってくださいませ!」

 体の回転を、最大限に利用した回し蹴りは――相手の腹腔に突き刺さり。
 相手は、冗談のように吹き飛び、そのまま背後にあった建物に激突する。
 ――もはや、一方的な制裁だった。
 蹴りを繰り出した相手は――くるり、と一回転して。
 降り注ぐ破片の中で、大きい物を蹴り飛ばして――体を支え。
 空を走るように――着地する。
 屋根――では無く。
 屋根から伸びる、アンテナの上に。
 それでいて、アンテナは――僅かとも動かない。
 いくら彼女が細身であろうとは言え、成人女性。軽く見積もっても四十キロ弱はあるだろうに。
 それを成功させた彼女の、実力が伺える。
 尋常離れした身体能力を持つ、彼女は。


 大泥棒、石丸小唄である。


 「しつこいですわね……」

 大方、この停電に紛れて入り込んだ存在だろうと言う事は、わかる。
 相手が魔法使いだろうが、吸血鬼だろうがどうでも良い小唄であるが。
 しかし、自分の仕事の邪魔には、なって欲しくない。
 目の前にいた、ツェツィーリアの僕、とかいう者は無駄に生命力が高かった。
 蹴り落としても蹴り飛ばしても、一行に応えた様子の無く襲いかかってきたので、さすがに堪りかねて――少々本気で、蹴ってしまった。
 そして、今度は――起きてくる様子はない。

 「やれやれですわ。……まあ、暇潰しには、なりましたが」

 実際、彼女にはまだ十分に余裕がある。
 指定された時間に、指定された場所で、とある行動をすれば良いのだ。
 だから、まあ普通にしていれば、良いのだが。

 「本当に、……中々、面白い依頼でございますわね」

 どうやら今の騒動、いや違うか。
 上空を飛ぶ機竜の落下によって、誰かが近場の屋根へと――上って来たようだった。
 そして、夜だと言うのに、運の悪い事に目撃され。
 ――学園内に侵入している事がばれたらしいことを知る。

 「追加料金を請求しましょうか――お友達」

 戯言使いの顔を思い浮かべる彼女の目の前には。

 「……麻帆良の警備員をしているガンドルフィーニと言う。――大人しくして、頂こうか」

 そんな風に言う、魔法教師がいた。
 本当に――退屈しない仕事である。


     ◇


 「そちらは、何者だ」

 「……名乗る義理はございませんし、質問に答える義理もございませんわね」

 外見は――極々普通の出で立ちだ。長い髪を三つ編みに縛り、眼鏡を掛けている。長い脚は、まるで野生の獣の様な、しなやかさを誇っている。
 ――只者では、ない。
 そう、彼は感じ取る。

 「応えろ。何のために侵入した?」

 「お話しできませんわね。守秘義務と言う奴です」

 守秘義務――と、彼女は言う。
 無論、そんな物が――通じると思って行ったのでは無いのは、明白。

 「不法侵入者に、守秘義務があると?」

 「まさかですわね」

 ケラケラ、と笑って。
 しかし、眼光は鋭く。
 
 「ですが……私もプロ。必要のない事は話しませんの。学園に余計な手出しをするつもりはございませんの。――依頼を完遂させることが、出来れば、ね」

 依頼――と、彼女は言う。

 「誰に、だ」

 「それこそ答えるつもりはございませんわ?」

 もはや――ただの、問答にすぎなかった。
 相手は話す気が無く、こちらも追及を緩める気はない。
 ガンドルフィーニは言う。

 「不法侵入で、捕まえさせて貰う」

 そう言った――彼を見て。
 怪しく、彼女は笑う。

 「出来るとお思いで?」

 そんな風に笑う彼女を見て――教師は、気分が悪くなった。
 自分自身の性格で――学園長にもよく言われている事だが、彼は――真面目だ。
 極々まじめであり、模範的であり、道徳心に溢れ、困っている人間には手を差し伸べる――そんな真面目で、そしてそれ故に、硬物と称される人格である。
 悪人では、ない。
 しかし――真面目故に、と言うべきか。
 この麻帆良の地でも典型的な、『良くも悪くも典型的な』――魔法使いだった。
 故に。
 この目の前の――侵入者を捕まえようと、行動した。
 そんな、目の前の人物に対して。

 「ああ、……もう」

 彼女は――苛立たしそうに、言う。

 「簡単と思いましたのに――これも、あの戯言使いさんのせいですわね。本当に――私を、こんな所まで巻き込む何て」

 なんて、面白い――そう、笑う。
 その態度は――彼を見てはいない。
 少なくとも、そこには――彼女の眼には、正義などと言うものは映らない。
 意思が固く、正義感が強く。
 人間として、確かに美徳ではあるが――しかし、学園長も密かに思っていたように。
 彼が気が付いていたかどうかは――別として、この状態では。事態を悪くさせただけだったのである。
 銃とナイフとを、油断なく構えたガンドルフィーニに。

 「仕方有りませんわね」

 トントン、と軽く屋根を足でたたき。



 姿が、消えた。



 (な!?)

 気配は、背後。
 彼が咄嗟に、振り向く――よりも、早く。
 ドゴッ――と、顎が蹴り上げられる音を聞いた。
 脳が揺れ、膝の力が抜けたガンドルフィーニに――相手は容赦なく。
 鳩尾。
 腹腔。
 胸郭。
 下顎。
 眉間――と、駿速の五連を直撃させた。
 彼は――確かに、学園の為を思って行動したのだろうが。
 しかし、悲しいかな。
 相手が悪すぎた。
 相手の、今現在の機嫌も我慢も、悪すぎた。
 その攻撃、容赦ない急所への連続攻撃に――彼は当然の様に意識を失ったのである。



 学園防衛部隊・ガンドルフィーニ――戦線離脱。



     ●



 機竜が堕ちた時。
 左の翼の破壊は――さらに直接的な被害を、招くこととなった。
 それは、偶然だったのだろう。
 それが、計算された上での――偶然であったと言うだけの話だ。



     ●



 吸血鬼と言う存在を、詳しく知っている訳では無い。
 より正確に言うのであれば、吸血鬼に支配された物が、どんな性質を受け継ぐのか。
 魔法使いであろうとも、そこまで十二分に知っている者はある程度の数だろうし(関わり合いになることを避けている、と言うべきか)、まして――こちらで生活していた訳でも無い人々ならば。
 詳しく、知っているはずがないのだ。
 だから、目の前のこの存在が――どれほどの強さなのか、ユーノ・スクライアは分からないが。

 「柄じゃ、ない!」

 妙に可愛らしいソプラノボイスで。
 下げた頭の上を――猛烈な一撃が薙いで行く。
 ユーノは――人間形態だった。
 先程までは、確かにフェレットとなっていた。
 だが――何故か、いきなり人間形態に、変わっていたのだ。
 それは、アルフも同じであり――今の彼女は、最初にあった時の様な、野性味あふれる姿だ。
 何故なのか、考えている暇は――無かった。
 理由云々よりも、とにかく体制を立て直す事が、優先だった。
 間の悪い事に――相手側の攻撃を受けて、フェレット状態で飛ばされて。
 そこで人間形態に戻ってしまったから――達が悪い。
 小柄な体を、出来る限りに稼働させ、ユーノはアルフとヴィヴィオの背後を目指す。
 自分が、前線に出ても全く役に立たない事は良く、凄く良く知っている。
 自分よりも年下の、大事な人の娘に守ってもらうのは――色々と、忸怩たる思いが湧かないでも無いが、しかしそれは、なのはと共にいる時から感じていたことでもある。
 今更言っても仕方がない。

 「と、マズ――!」

 前に、飛ぶようにして避ける。受け身を取り、起き上るが――。
 ――遠い。
 たった、数十メートルの距離が、遠いのだ。
 自分の身体能力では、あそこまで辿り着くのは難しい。
 それが、解ってしまう自分が――悲しかった。


     ◇


 『螺旋なる蛇(オピオン)』の《王国》の座に納まる吸血鬼――いや、吸精のツェツィーリアの下僕は、学園への侵入者だった。
 警備員の皆に倒された中で――見どころのある物を、ふらりと現われて支配したのだ。
 無論――彼にとっては、捨てゴマにすぎない。
 自分自身の強さの可能性を探る為の、方法の一つにすぎない。
 だが――少なくとも、彼らの侵入者としての、本来の役割。
 すなわち――麻帆良に被害を出すと言う事においては、これ以上ないほどに効果的な方法だったということだ。


     ◇


 ヴィヴィオ達の目の前に現れたのは、おそらく召喚術者だった。
 だが、支配されたためか、それとももはや自分の限界など何も考えていないのか。
 かなりの勢いで魔物を召喚し、そして操っていた。
 ヴィヴィオとアルフは、そちらの相手で手一杯である。押されてもいないし、焦燥もないが、余裕がある訳でも無い。

 (でも、それよりも)

 厄介なのは――術者本人までも、身体能力を上げて――攻撃している事だ。
 しかも、しかもだ。
 ユーノは、眼鏡の奥で鋭く目を光らせ、観察する。
 おそらく、今ユーノの目の前にいるこの術者は――最初からそういう戦いを想定して、鍛えたのだろう。
 自分自身の魔力で軍勢を生み出し。
 その中で、自分も鍛え上げた肉体を持って――行動する。
 魔力生命体の弱点となる、例えば砲撃専門の魔法使いや、対魔師などを――倒すために。

 (僕を狙うのも、たぶん、それがっ)

 相手に、捕まり――地面に、叩きつけられる。
 ユーノを狙うのも、それが原因だろう。先ほどまで、ヴィヴィオの肩の上で、散々に補助魔法を連発していたのだから。
 後衛タイプにして、しかもサポートの仕事がメインのユーノには、正直荷が重い。

 (……でも、まだ……バリアジャケットがある)

 転がって、起き上り――いや。
 ――引き摺り、起こされた。
 顎を、握られ。
 ジャケットのおかげで、苦痛は無い、が。

 (口が、動かない。――まず…………っ!)

 まずい、と思おうとして。
 冷静でいられたのは、途中まで。
 ユーノは、掴まれていたからこそ。
 顔が、上を向いていたからこそ――見えた。
 一番最初に、気が付いた。


 上空から落下するその大質量に。


 巨大な翼が、頭上に懸かっている事に。
 もはや、天蓋の様に、覆っている事に。
 そしてあれが――この場に、間違いなく落下するであろうことに。
 そして。
 高町ヴィヴィオとアルフを巻き込むであろうことに。
 気が付いたのだ。


     ◇


 ユーノは、思考した。
 天才的なまでの用量・効率。そして回転を有する、その頭脳を――フル活用して。
 そして、答えを――導き出した。


 そこにためらいは、無かった。



 かつての桜通りでの戦いで証明されたように。
 ――高町ヴィヴィオは広域防御が苦手だ。
 これは、彼女が本来防御を必要としないからだ。
 《聖王の鎧》――ヴィヴィオの持つ、ミッドチルダ・聖王の家系が保有していると言う――最強の防護服。
 けれども、だ。
 ヴィヴィオの。この近接戦闘の状態では――上空から落下してくる、あの巨大な機械の残骸を受け止めるのは、自分自身に敗北を呼び込むのと同意義である。
 この場合の敗北とは、戦いに負ける事では無く。


 『この相手を学園内にこれ以上侵入させること』――である。


 いや、それ以前に。
 たとえ、ヴィヴィオが広域防御魔法を保有していたとしても――不可能なのだ。
 ならば、どうするのか。
 例えば――この戦域を離脱し、あの塊から逃亡する。
 だが、それをしたら。今ヴィヴィオが抑えている、このツェ……何とかの下僕を取り逃がす事となる。
 ならば、あの大質量の落下を――ヴィヴィオ以外のどちらかが、食いとめる必要がある。
 アルフにそれが、出来るのか?
 出来ない。
 そもそも、ユーノが五体満足であっても、出来ない。
 アルフも、ユーノ・スクライアも優秀だ。
 高町なのはと、フェイト・T・ハラオウンがサポートを任せるほどに、優秀だ。
 だが、それでも不可能だ。
 なぜなら。


 質量兵器は――防げない。
 たかが鉄の塊と侮るなかれ。
 高度八百メートル以上から落下する、十メートル以上、空を飛ぶ物体、多少軽いとはいえ到底持ち上げられない重さの巨大な鉄の塊である。
 もはやそれは、立派な兵器だ。



 それが、例えヴィヴィオが防御魔法を持っていようとも、アルフとユーノが五体満足であろうと、防げない理由だ。
 エヴァンジェリンの巨大な氷塊。魔力から生まれた物ならば――手加減の度合いにもよるが、ヴィヴィオ一人でも何とか出来なくはない。
 上空から降り注ぐ残骸が、魔力によって構成された物ならば――楽勝だ。
 ユーノなど、自分となのは達の二か所に、同時にスフィア・プロテクションを発動させ、かつての《闇の書》の雷を防ぎきったレベルだ。どうと言う事はない。
 だが、それは魔法相手、そして魔力によって精製された物の話。
 ミッドチルダ式、ベルカ式の防御とは――即ち、こちらの防御障壁を抜いてくる相手魔法への防御が大半だ。
 『対魔法防御』であって――質量兵器を防ぐことは出来ない。
 攻撃で、相殺することは出来る。
 だが、ユーノもアルフも、相殺できるほどの攻勢魔法は使えない。
 ヴィヴィオは――《聖王の鎧》を纏っているから……おそらく致命傷にはならないだろう。だが《盾》のザフィーラならともかく。あれはアルフの、そして自分の纏うバリアジャケットで防ぐには、こちらが全快であろうとも圧倒的に困難な代物だ。
 あるいは――かつての《闇の書》の本体の様に、転送魔法を使うと言う方法もあるが。
 アルフは今、手が離せず、そしてシャマルはいない。落ちてくる大質量を飛ばすのは――ギリギリも、ギリギリ。不可能に近い。しかも、それに失敗したらユーノと アルフは、いや、ヴィヴィオですらも――下敷きになる。
 ならば。

 (防ぐんじゃなくて……!)

 これしか、方法が無い。

 (どうする?)

 自問し。
 結論が、頭に浮かびあがり。
 しかし――それを、一瞬でふっ切ったのだ。


     ◇


 (まず、この拘束を解く!)

 自由が利かないが、頭の中で発動させ――範囲は、己の顔。

 (バリアバースト!)

 バリィィン――と、爆発と共に、自身を守る最後の鎧が、砕け。
 しかし、その爆発と衝撃は、ユーノを拘束から解除する。僕である、相手は――僅かだが、ダメージを負う。立ちあがるまで、十秒もない。
 だが、その十秒。
 それが、ユーノの持つ、チャンスだ。
 魔力を、練り上げ。
 膨大な、自分自身の全力で――魔法陣を生み。
 そこで、召還した化け物を抑えていたアルフが、ユーノの足元に浮かぶそれを確認して。


 ――そこで、表情を変えた。


 彼女もまた、どんな結論となるのかを――導き出したようだ。

 「ユーノ!あんた!」

 「チェーンバインド!」

 アルフの、慌てた声を無視。
 ユーノの魔力によって生み出された数十、数百の――それは、鎖だ。
 全ての魔力を、鎖に注ぎ込む勢いで発動する。
 そうでなければ、あれは「ここ」に堕ちてくる――!
その、銀色の群れは落ちてくる、大質量に絡み合い、固定し。

 (重、い!)

 落下の加速があるが故に、鎖が引っ張られ。

 (で、も)

 幾本、幾十本かは、千切れ霧散していくが。
 だが、確実に。

 「ヴィヴィオと、アルフは――」


 ――軌道を、変えた。


 「やらせない!」

 今、ここでヴィヴィオとアルフが、敵を抑えている。
 自分がいなくても何とか出来るだろうが、ヴィヴィオは絶対に、ここで彼女の行動を阻害させる訳には――いかないのだ。
 高町なのは。
 彼女に、ヴィヴィオを頼むと――そう言われた。


 自分が全力を尽くすのは、それだけで十分だろう。


 落下する《雷の眷属》を構成していた、巨大な片翼は。
 鉄の塊は、三人のいた場所から、数十メートル以上離れた、森の中へと叩き落とされて。
 轟音と、土煙りとを呼び起こし。
 視界を防ぎ。
 そして。
 考えてもみれば良い。
 今まで、ユーノ・スクライアがどうして魔法を使って戦って来られたのかを。
 それは、即ち三点。
 彼の防御・結界能力は非常に優秀で、バックアップであったということ。
 バリアジャケットを打ち破るほどの――実体としての質量攻撃を受けた事が無く。
 それらの攻撃は、なのはを始めとした――物理的障壁を各個人で保有する者に、守られていたから――だ。
 この世界にいる、人外魔境の生物は――その、範囲外にいる。
 それは、当に把握できていた。
 爆発と衝撃から回復した相手は、今まで以上の重さを持って――ユーノの目の前に、高速で剛腕を繰り出し。
 これは、当たるだろう。
 ユーノはそう思う。
 もう、避けられない。
 オコジョになるのも、間に合わない。
 いや、そもそも――百メートルもの巨大な質量を捕獲し、押し留め、軌道を変えたおかげで、すぐには魔法も使えない。
 バリアジャケットは――自分で破壊してしまった。
 特別身体能力が高いわけでは無い自分では、この攻撃には耐えられそうもない。
 それは、判っていた。
 それでも――ユーノは。


 自分よりも、ヴィヴィオを守ることを選んだのだ。


 覚悟が定まったのは――ヴィヴィオに、危害が向かうであろうことを悟った時だ。
 理由など。
 聞くまでもない。
 そして、語るまでも――無いだろう。


 なのはに頼まれたと言う――それだけで、十分過ぎるほどに、十分だった。


 彼女との約束は、ユーノにとって――格別なのだ。
 無論、その考えを――彼女は、きっと喜ばない。
 だが。

 (約束、したからね)

 それだけの、単純な話だ。

 「あと」

 ユーノは、その一瞬、ヴィヴィオとアルフに視線を向けて。

 ――任せたよ。

 その声は、言葉にならずに。



 ユーノ・スクライアは吹き飛ばされた。
 僅かに残っていた、ジャケットの残滓を、安々と砕き。
 勢いは止まらずに自分の体に直撃し――そのまま。
 宙を飛んで、背中から何かに叩きつけられたところまでは、覚えている。



     ○



 轟音が、深くに眠っていた意識を揺り動かし。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフは微かに目を開ける。
 頬に感じるのは風。
 背負われているのだ。

 (……誰、が)

 ヒュオウ――と、風を切って進む速度は速く。
 屋根の上を、走っている。
 うっすらと目を開けると、自分を運んでいる人物の、足が目に入る。
 翼の生えた、変わった形の靴に――アスリートの様な脚。

 「あ、気が付いたっすか」

 身動ぎしたせいで……レレナを背負っていた少女が、こちらに声を掛ける。

 「驚いたっすねー。……怪我人がいないか斥候してたら、倒れてるんですもん。ああ、今救護室へ向かってるんで」

 救護室へ。
 彼女が。
 怪我をして。
 倒れて――。

 (そうだ!)

 レレナは、思い出す。
 侵入者に――刺されたのだ。
 夜間で、ハーフの為に少々頑丈だったのが幸いして――致命傷には至らなかったが。
 しかし、動けるような怪我でも無いらしい。
 いや、そんなことよりも。

 (あの、侵入者の、正体を……)

 伝えなければ。
 レレナは――声を上げようとして。
 そこで、気が付く。

 (声が、出ない……?)

 「ああ。訊きたい事も、話したい事もはあるでしょうっすけど……シスターさん。喉、潰されてますよ。侵入者の情報を簡単には教えないためだと思うっす。手っ取り早く情報を伝えるなら――記憶を覗くような魔法使う必要が――あるっすね」

 記憶を――覗かせる。
 それは、色々な意味で、レレナに抵抗感のある――方法だった。
 固まってしまった彼女に、少女は。

 「とりあえず、自己紹介っす。麻帆良女子中学3-A組九番。――春日美空っすよ」


     ◇


 巧妙な手だ、と女子の背中の上でレレナは思う。
 喉を潰しておけば――確かに、時間を稼げる。
 ある程度すれば治癒出来る。現に、すでにレレナは地中魔術――魔法では無く、十字教を利用した《魔術》――を使い、少しずつ回復させている。
 だが、詠唱が出来ないのは――辛すぎる。
 効力を半分も発揮できないのだ。
 となれば、情報を伝えるには――記憶共有や、思念共有の魔法を使う必要があるが。
 レレナの立場。
 『カンパニー』としての公人の立場。
 そして、レレナ自身も――知られたくない記憶を持っている以上、それをすぐにできるほど簡単な問題では無い。

 (何とか、しなければ……)

 喉が治った所で、動けるほどに回復するには――血を吸ったとしても、もう数日はかかるだろう。
 救護室までに、ともあれ考えをまとめようとして。
 その時。


 ゾクリ――と、背筋が震えた。


 背筋が凍るという感覚を思い出す。

 (こ、れ、まさか)

 この感覚。
 この感覚は――忘れるはずがない。
 レレナが、本気で死を覚悟した記憶の、物だ。
 過去に、置いて来た記憶。
 自分自身で、決着を付けたはずの記憶の中から――現れる。

 (何で)

 『彼女』が、ここにいる。
 『彼女』は――もはや、死んだはずでは無かったのか。
 レレナの初恋の男性――月島亮二に、殺されたのでは、無かったのか。
 レレナは――その気配を、感じ取る。
 背負われている身。
 万全とは程遠い状態なので、自分の足で確認することも不可能。
 だから、曖昧にしかわからないが。
 おそらく、学園の女子中等部の、寮周辺。

 『大浴場』の辺りから。
 
 (そんな、はずは……)

 感じ取る。
 頭の中に浮かんだ疑惑を振り払うレレナは。

 (でも、こんな)

 こんな、気配は。
 『悪い意味で良く知っているその気配』は――レレナの頭に、気配の正体を確信させる。
 彼女は――その、名前を。
 無論、口を動かしただけに留まったが。
 知らない内に、発していた。


 上弦……――と。



     ○



 カーニバル・経過時間――一時間二十分。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 ルルーシュ・ランぺルージ――健在。
 C.C.――健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 神多羅木――健在。
 シャークティ――健在。
 弐十院満――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 春日美空――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 明石裕奈――健在。
 大河内アキラ――健在。
 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。



 敵対勢力


 フェイト・アーウェルンクス――不参加。
 《王国》ツェツィーリア――不参加。
 ツェツィーリアの僕×2――健在。
 「時宮」本体――健在。
 「佐々木まき絵」――健在。
 「和泉亜子」――健在。
 上弦(?)――健在。
 ?????――健在。
 世界の敵――健在。



 脱落者


 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 ガンドルフィーニ
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア


 桜咲刹那



 停電終了まで、あと二時間四十分。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台②(3)下
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/14 20:37
 

 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその②(3)下



 麻帆良学園を上空から見る。
 多少歪でありはするものの、大きな円となっていると考えれば良い。
 今宵の参列者たちは、大きく分けて六か所に散っている。
 学園の中心部から北にある世界樹広場と、その周辺。
 そして、そこから東西北の三方向と、北東・北西である。
 南西部は――建物が多く、一般人の徘徊も多く、そして公共交通機関も多い。故に、侵入者の割合は圧倒的に北部からが多いのだ。
 無論、南部からの侵入者は、その分巧妙であり、実力者が多くなるのだ――が。
 長くなるので省略するが。
 「とある理由」によって南部からの侵入者が唯では済まない事は、関係者には十分に知られているので――あまり考える必要もない。
 詰まるところ、今夜もそうであったのだから。



     ○



 世界樹の北側。
 桜通りよりも、さらに北の、山間部に程近い敷地において。
 ここでも――剣撃戦が、行われていた。
 だが、剣士と魔女の技量を競い合う剣撃戦では無く――もっと、原始的な。
 暴力的なまでの、戦いだった。



 攻撃は、左から。

 「くううっ!」

 重心を下げて耐える。
 重い。
 足が滑り、しかしそれを利用し――相手の攻撃を頭上へと受け流す!
 身を屈め、疾駆。
 巨体の懐に潜り込み、体重を乗せた一撃を――相手の腹部に直撃させるが。

 (やはり、硬い!)

 まるで、大きな金属の塊を殴りつけたかの様な、痺れが腕に伝わり。

 「美奈子殿!」

 その声で、素早く後方に飛ぶ。
 一瞬前まで美奈子の頭があった部分に――巨体の肘が、振り下ろされ。
 当たれば、脳挫傷では済まないだろう一撃に、美奈子は額の汗を拭った。



 北大路美奈子は、能力的に決して劣っていない。むしろ、ヒデオやルルーシュ、歩、戯言使い――それらの男性陣よりか、圧倒的に戦闘に向いている。
 警察官として身に付けた捕縛術や護身術、幼い頃からの剣術。負けん気の強さも、頭の回転の速さも、戦いに無くてはならない物だろう。無論、岡丸との仲も良好だ。
 だが、忘れてはいけないのは。
 北大路美奈子は――人間である。
 それも、極々普通の、常識の範疇にいる女性である。
 それなりに強い魔人を相手に、一対一で倒すのが精々であり。
 《紅き翼》の様に――《億千万の眷属》相手に喧嘩を出来たり、世界最高クラスの吸血鬼の様な性質もなく、さらに言うのであれば――ヒデオやルルーシュ、歩、戯言使い……。
 彼らが保有する、『どうにもならない状況をどうにか出来る天才的な頭脳』も――無い。
 普通の女性。
 そう、好きな人もいて、デートを楽しみにして、食事を食べて貰いたいと願う――そんな、極々普通の女性なのだ。まあ、彼がそれに気が付くかどうかは別として。
 要は――大体どんな相手にも対応できるが、しかしそれは人間としての限界以上の物では無い。
 撃たれれば死ぬし、切られても死ぬ。
 脆弱な、人間なのだから。



 「まずいね、岡丸。……あれ、弱点とか判る?」

 「さて。……異国の妖怪であろうことは解るが。……それ以外は、判らぬ」

 十手は、重々しく言う。
 正直――ツィツェーリアだかツェツィーリアだかよく覚えていないが、こんな相手はそれなりに簡単に倒せると思っていた。
 相手は鈍重で、攻撃の威力は高くても簡単に回避できるレベル。
 だが、予想以上に――相手の防御が硬すぎた。
 二足歩行するザリガニとでも言うような生き物だが、見かけの通り甲殻がある。手は鋏で、顔は蝉みたいだ。捕まって、あんな細長いストローで吸われる趣味は無い。

 「どうするかな……」

 そう、正直って手詰まりの美奈子だったが――しかし。
 彼女は、運が良かった。


     ◇


 最初は、只の風の音かと思ったのだ。
 だが、それは空耳では無く。

 「み……せんせ……いて、下さい~!」

 相手から目線を外さずに上を見た美奈子は――。

 「美奈子先生!」

 そう言って、落ちてくる生徒を確認し。
 彼女はそのまま、上から落下すると同時に。

 「でいりゃああああ!」

 およそ、女子には似つかわしくない掛け声と共に、足を勢大に直撃させた。
 どうやら、すぐ傍の屋根から、とび蹴りを敢行したらしかった。

 「か、ぐらざかさん。……何をして?」

 一瞬慌てたが、そこは経験が違う。冷静になって訊くと。

 「いえ。何か危なそうだったからつい勢いで」

 そんな返事が返ってきた。
 美奈子の目の前、このザリガニに高所からのとび蹴りを直撃させた神楽坂明日菜は――どういう訳か、服が汚れている。
 その美奈子の視線に気が付いたのか、たははは、と苦笑いをして。

 「じゃ、すいません。私急いでまして!」

 そんな風に――身を翻す。
 が、先ほどの蹴りでも、殻に罅が入っただけらしいザリガニ男(性別不明)は――文字そのまま、泡を吹いて怒っていた。
 怒って、立塞がっていた。
 しかし――そこに。
 明日菜の服を汚した張本人が――降ってきたのだから、たまらない。
 ベキャグシャア――と言う音と共に、『踏みつぶした』それは――。

 「……凄いです、明日菜さん」

 絡繰茶々丸だ。



     ○



 状況を、ざっと聞いた美奈子である。
 何故そんな事をしたかと言えば、教師である以上目の前で喧嘩を見逃す事が出来ないからだ。
 無論、大体の部分は、なんとなく把握しているが――それでも。
 目の前で、生徒が戦ってほしくは無かった。
 自分が、意外と偽善者であることは自覚している。



 「まあ、状況は、判りました」

 美奈子は、溜息と共にそんな言葉を吐く。

 (神楽坂明日菜がネギ少年に協力して、絡繰茶々丸との決着を付けるために戦っている最中、屋根から飛び降りたら苦戦する私とこのザリガニを見て、思わずとび蹴りをしてしまった……)――それで、助かったことは事実だが。

 彼女達二人は、自分と同じか、それ以上の身体能力を持っている事に、少し悲しみを覚える美奈子だった。

 「二人のおかげで、あれを倒せたことは感謝します。が……」

 ――止められはしない、と解っている。
 ならば、止める事はしない。
 止めて良い物でも――ないだろう。

 「私が見えなくなる位、遠くに言った後に再開してください。教師として、目の前で起きる騒動は、止めなくてはいけないので」

 その言葉に、素直に二人は頷く。

 (……思い出しますね)

 あの大会を。
 相手を制することに、主眼を置かれた――認め合う戦いを。
 川村ヒデオと出会った、聖魔杯を。

 「二人とも、明日はきちんと学校に出てくるように。良いですね?」

 これにも、素直に頷いた――二人を見て。

 「では、私は仕事を続けま――」
 
 そう言った、美奈子の矢先。
 ゴト、と堕ちた物がある。
 それは、殻だ。
 先程まで、ザリガニを覆っていた殻だ。
 しかも、それは一か所だけでなく――ひび割れた部分から、一気に割れて行く。
 そして。

 「……これは」

 呆然とする美奈子の目の前で。
 鎧から――解き放たれるように。
 無傷のザリガニが出て来ていた。
 ザリガニは、真っ赤に甲羅を染めて興奮していた。
 しかも、明らかにさっきよりも体が大きくなっていた。

 「……ねえ、茶々丸さん。説明してもらっても、良い?」

 背後で、明日菜と茶々丸の声が聞こえる。

 「はい。しばしお待ちください」

 少しとは言ったが、約数秒で。

 「情報照合――敵種族名「シザーハンズ」と確認します。……『魔法世界』におけるポピュラーな種族。むこうでは、大都市の地下下水道にも生息する野生の魔獣であり、生息域に接近しなければ危険は少ない。好物は――」

 そこで、止まった茶々丸であるが。

 「ネズミなどの小動物から、魚、大きな生物では人……も、入っております。余談ですが、一度人間を食すと、味を占めて人間しか食さなくなる、と」

 「うわ……」

 ゲゲゲ、という顔になった明日菜と(雰囲気で解る)、再度岡丸を構える美奈子である。

 (相手は、さっきよりも強力。苦戦は必至……)

 そう、冷静に考える美奈子だが――正直、どうなるか分からない。
 そんな様子を見ていた二人の内、最初に話し始めたのはどちらだったか。

 「個体にもよりますが、毎年一回春になると脱皮を繰り返し成長するようです。春のシザーハンズは甲殻の内部に新しい体があるので……脱皮以前の攻撃は、あまり意味をなさないと言われていますね」

 「えーと、つまり?」

 「はい。先ほどまでの私達の攻撃は、相手を怒らせただけだと言う事です」

 「はー、なるほど。……じゃ、仕方無い。茶々丸さん」

 「ええ。――こうしてしまった原因が、私達にあるのであれば……それは、私達の仕事でしょう」

 「そうね。……エヴァんちゃんも、許してくれるでしょ」

 「ええ。彼女の命令は――明日菜さん、貴方とぶつかり、そして貴方を抑える事。それに接触する心配はありませんので。――確か、この場合の掛け声は……こういうのでしたか?『やるっきゃない』」

 美奈子の両側に、構える茶々丸と明日菜。
 一瞬驚くが――しかし、思いなおす。


 これが、彼女達にとって普通の行動なのだ。


 美奈子は――こんな時でも、笑顔でいられる明日菜を見て。
 こんな時でも素直に行動することが出来る二人を見て。
 美奈子も――岡丸を、しっかりと構える。

 「岡丸、凄いね、あの二人。――そう思わない?」

 「うむ。――美奈子殿、見習う部分はあるでござるよ?」

 自分よりも小さな少女達に、幾つものことを教えられている。
 自分の未熟さと――そして、学園にいる教師達への羨ましさを、美奈子は思った。


 かくして。
 共同戦線が、始まる。



     ○



 青と白の機竜が落下する、その五分前のことだ。


 世界樹の北西。
 こちらは――四書館島と世界樹の間、歩いて五分くらいの所だろうか。

 「さて、すまないが――始末させて貰うよ」

 そう言って、左右非対称の笑みを浮かべる――釘宮円、もとい《不気味な泡》。
 目の前にいるのは、外見こそは人間であるが――。

 「ふむ。君のMPLS能力は……展開させるタイプの様だね。――人格を表す、か」

 『統和機構』の合成人間――かどうかは、判断が付かないが。

 「君の力は……人格を顕現させること、か。人間だけでなく、意識を持つ存在でも可能――となると、なるほど。……『世界の敵』に、なるだろうね」

 内側から覗く円は、その言葉に聞く。

 ――説明して貰っても?

 ――ああ。つまり、人間の中にある人格を分裂させて、それらを別個人として現実に表す事も出来るし、動物でも同じことが出来ると言う訳だ。……まあ、未だ発展途上。それも非常に限定されているから、そこまで成長できるかは不明だがね。

 ――それで、この合成人間が『敵』となる理由ってのは、何なんです?

 ――何。つまり世界を包みこむレベルで発動が出来れば、世界の意思ですらも顕在化してしまうのさ。あの狐の女性や、集合無意識の様にね。

 ――ああ、なるほど。

 頷いた、円だった。

 「君の狙いは《炎の魔女》――かな?」

 相手は――答えない。
 警戒をしているようではあるけれども、今の外見は――女子中学生。それは、無理もない。侮りもするだろう。
 そもそもが都市伝説であり、『統和機構』でも接触できるのは極一部のみとくれば――目の前の存在が、どれほどの危険な者なのかは……知らなくて、当然でもあるのだが。
 しかし――――。

 「とにかく、君は――排除させて貰うよ」

 その言葉に。
 そして、同時に立ちあがった空気に。
 相手は初めて――表情を変えた。
 ようやっと、眼の前の存在が――自分の敵、それも天敵であることを、理解した。
 そして。
 ――逃げだしたのだ。
 一瞬、《泡》が呆気に取られるような位に、見事な逃げっぷりだった。

 「見切りの早さは確か、だけれども」

 相手はかなりのスピードだったが。
 それでも《不気味な泡》は揺るがない。


 「僕は、それでは――倒せない。いや、君は勝てない……そう言うべきなのかもしれないね」


 『世界の敵』は、それから五分後。
 機竜が撃墜される寸前に――あっさりと、倒される事となる。



     ○



 「ああ、くそ……」

 おぼつか無い足取りの、灰色の魔女である。
 彼女は桜通りから、世界樹広場方面へと向かっている。
 酷く体力を消耗しているせいで息は乱れ、そして格好も酷いものだった。。
 衣服は、纏っているから衣服に見えるだけでボロボロ。なんとか露出が多いで済ませられるギリギリの程度であるし、体に付着した血は酸化して黒くなっている。
 傷こそ塞がっているが、もはや歩く死体のような情景だった。

 「桜咲め……。服の修繕費と、ピザ代を、請求してやる……」

 先程まで出していたマーク・ネモは自らの中だ。
 あれは彼女の一部。融合していれば、少しは回復力の底上げ程度にはなる。
 上空の機竜が堕ちたことは確認した。
 どうやら混乱が広がっているだろう、と予測する魔女は――。

 「――っと」

 足もとがふら付き、そして倒れそうになる。
 一瞬、体勢を立て直そうとした魔女だったが――視界の中。
 道の先に、一人の影があったのを見ると、その抵抗をやめた。
 パタリ、と地面に倒れたC.C.を見て――慌てて駆け寄ってきたのは。

 「どうだ、勝ったぞ?」

 「ああ。……頑張ったな」

 彼女の契約者にして、愛する人間。
 ルルーシュ・ランぺルージだった。


     ◇


 魔女は、背負われて運ばれている。
 背負っているのは、勿論ルルーシュだ。
 静かだった。
 本当に、今夜、戦乱が立ち上っているのが疑いたくなるほどに、二人のいる場所は静かだった。
 ルルーシュの上の魔女は、軽い。
 元々軽かったが、しかし出血多量でさらに軽くなっている。
 この魔女が。
 いったい、どうしてあそこまで桜咲刹那に――固執したのか。
 彼に理解できているのは、半分程度だ。
 茶々丸を傷つけた部分と、近衛木乃香への甘い部分が原因だろう――と、予測は付けてあるが、それ以外の部分は解っていなかった。
 それは、彼が――魔女が剣士に指摘したような、甘い考えを持って進むような人間では無く――それだけの覚悟を持って進むことが当然だと考える人間であったからだが……。
 それは、今は置いておこう。

 「なあ、ルルーシュ」

 魔女が効く。

 「今の現状は?」

 「不明だ」

 返事は、簡潔だった。

 「電子精霊が、相手の罠に引っ掛かったことと、高町と霧間凪が共同戦線を張った所までは解っているが……私の居場所を、魔法教師に発見されてな。――誰の仕業かは知らないが、おかげでパソコンすら持てずに逃げる羽目になった」

 よくよく見れば――彼の衣服は、多少汚れている。

 「まあ、とりあえず。俺もお前も、エヴァンジェリンに言われた仕事はこなした。……これ以上何かするなら、学園の警備員として動く必要があるだろうな」

 そうでないと、色々と立場上問題になる。そう付け加える。

 「まあ、連絡は入れようと思っていた。――あの『調停役』なら、問題はないだろう」

 そう言って、携帯電話をとる。
 本当に、便利なことこの上ないくらい活用される科学の進歩だった。
 画面を見たルルーシュは。

 「電波の状態が悪いな。……機竜が堕ちたせいか?」

 そう呟く。携帯のアンテナが、立っていない。

 「まあ良い。とりあえず俺は、あのシスターに連絡をして現状を訊く。エヴァンジェリン達の現在地は教えてくれるだろうからな」

 この時。
 ルルーシュも、C.C.も……レレナが、すでに何者かの襲撃によって、宴の参列者から外れていた事を――二人はまだ、知らなかった。

 「連絡を入れてくる。……待ってろ」

 そう言って、ルルーシュは魔女を、傍らのベンチに置き、離れ――。

 「ああ、ちょっと待て。ルルーシュ。こっちを向け」

 「帰って来てからにしろ」

 「そう言うな。二秒で終わる」

 「……一体、なに――――っ!?」

 振りむいた魔王に魔女は。
 二秒後。

 「ごちそうさま」

 ルルーシュから口を離し、ぺろりと唇を舐めた魔女である。

 「………………!!」

 魔王は。
 無言で、身を翻して行ってしまった。


     ◇


 なんとかアンテナが立つ場所を見つけたルルーシュである。
 その顔が、どことなく紅潮しているのは――見間違いではあるまい。

 (……まあ、悪い気分では無いが)

 あの魔女に一本取られたと言う部分が――気にくわないのだ。
 まったく、と溜息を吐いて、連絡を入れる。
 メモも見ずに、番号をプッシュ。一度見た物は、大体全部忘れることがないというルルーシュである。
 コール音が――――。

 「――――?」

 そこで、ルルーシュは眉をひそめた。
 おかしい。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフからは――連絡先を聞いている。
 仮に。彼女に何か事情があって、電話に出れないのだとしても。
 聞こえてくる言葉は、簡潔な物。

 『――この電話は、現在使われておりません。おかけ……』

 何故、通じない?
 電話に出られないのでも無く、電源が入っていないのでも無い。
 使われていない――つまり、それは……携帯電話が。

 「壊れた、違う。――壊された……?」

 ルルーシュは、そう結論付け。
 そして。

 「なら、あのシスターは……!?」

 ルルーシュは。
 急速に回転する頭で、状況を把握する。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフは、おそらく侵入者に攻撃を受け――。
 流れる情報は、莫大にして複雑。だが、

 「マズイな……」

 あっという間に、考えをまとめたルルーシュは、魔女に伝えようと来た道を戻る。


 だが――しかし。
 自分を見下ろす、その陰には気付いては居なかった。


     ◇


 すぐに戻ってきたルルーシュに、C.C.は話しかける。

 「シスターには連絡が付いたのか?」

 歩きながら、こちらへとやって来た魔王に、魔女は訊く。

 「…………」

 彼は、黙りこんだままだ。
 逆光で表情が見えない。

 「エヴァンジェリン達の様子は、どうだった?」

 魔女はルルーシュに対して、訊いた。
 ルルーシュは――。

 「…………」

 返事をしない。

 「そう黙るな。――まだ機嫌が悪いのか?悪かったよ」

 さすがに、少々いたずらが過ぎたかと思った彼女である。
 魔女の言葉に――。


 返事を、しない。


 おぼつか無い足取りで、ふらりと前に進み。
 ドン、と魔女の体に――ぶつかり。
 そのまま。

 「?」

 ズルリ、と彼女へ倒れこむ。

 「……ルルーシュ?――おい!?」

 その様子に――ようやっと魔女は状況を悟る。
 黒い服で隠れていて――見えないが。
 その体から、血が流れている事に。
 まるで水道の蛇口を捻ったような分量の、ドクドクと真っ赤な血が流れ出ている事に。
 そして――そう。
 状況を認識する。

 「誰が、くそっ!」

 
 背中から腹にかけて、巨大な穴があいていた。


 魔女は叫ぶ。
 だが、魔王は起きない。
 どれだけ魔女が声を掛けようとも。
 ――魔王は、起きなかった。



     ●



 ブギーポップのいた場所は、学園の北西部。
 だが、逃走した『世界の敵』は世界樹の上空を抜け――その後、二人の戦場をなった場所は、学園の北東部だった。
 無論、そこで《泡》は、幾つかの事象の後に『世界の敵』を始末することに成功する。
 そこで発動した『世界の敵』のMPLS能力は――麻帆良の敷地内全てに拡散したわけでは無い。いまだ発展途上の能力であったため――周辺に、まき散らされただけだ。
 だが、確実に巻き込まれた部分があった。
 麻帆良北西部に広がる学生寮である。
 ほとんどの建物は、川村ヒデオの頼みにより展開した《闇》が覆い――一種の結界を展開されている。
 だが――屋外までは、範囲外だった。
 女子寮の大浴場。
 幸いにして、浴場と廊下との壁は破壊されてはいなかったが。
 しかし――露天と浴室の壁は、当の昔に、ただの岩塊と木屑に代わっていた。
 故に。
 大浴場と、露天風呂。
 その場にいた彼女達には――MPKS能力が、干渉した。
 そして、その効果を受けたのが――。



     ●



 昔の話をしよう。

 おおよそ、六年ほど前。
 和泉亜子は――一体の吸血鬼に襲われた。
 当時訪れていた、湯ヶ崎と言う街でのことだ。
 彼女が吸血鬼に襲われた事に――理由など、無かった。
 その吸血鬼にして見れば――和泉亜子という、当時十歳にも満たなかった少女を利用しただけであり、目的を達成することが出来れば、捨てて置かれる運命だった。
 彼女の血を吸った吸血鬼。


 その名は――上弦。
 平安の世に生まれ出でた――大吸血鬼である。


     ◇


 上弦の目的はただ一つ。
 彼女の愛した吸血鬼、月島亮二を再び手に入れること。
 長い長い捜索の末に、彼女は湯ヶ崎の町で、彼を見つけ。
 そして、手に入れようとして気が付いたのだ。
 彼と共に暮らしていた少女と、そして幽霊が――邪魔なのだ、と。
 故に。
 上弦は、亜子以外にも幾十人かの人間を支配し――そして、それらを利用して、その少女を排除しようとした。
 少女の名は――レレナ・パプリカ・ツォルドルフ。
 今現在は、その経験を生かし『カンパニー』で働き。
 今宵の宴で《福音》の監視を命じられた――女性である。


     ◇


 和泉亜子も――唯の、人間だった。
 亜子の様に血を吸われた、多くの人形のように――そのまま、殺されるはずだった。
 上弦の眷属として、月島亮二に殺された者よりかは、幾分に静かに、しかし冷酷に――彼女によって始末されるはずだった。
 だが、だがしかし――だ。
 幸か不幸か、彼女には――一種の能力があった。
 その言い方は、正確ではない。
 その身に――自分自身でも知ることなく、能力を宿していた――と言うべきか。
 それにより、彼女は死ぬことが無かった。
 一度死んで、そこで生き返った。
 和泉亜子の宿す能力。
 それは、彼女の祖先が、はるか昔に手に入れた『吸血鬼としての性質』が、先祖帰りとして蘇った物。
 長い長い年月の間に――その性質は、少しづつ変化し、しかし変質してしまったとはいえ、力は力。
 何代前になるのか不明なほどに昔。だが――しかし、この世代、この時代において。
 その力を、受け継いだ者は二名。
 《吸血殺し》の異名を持つ『上条勢力』の巫女と。
 そして、何の因果か――和泉亜子である。
 彼女に流れる血の、持つ能力。
 遠い遠い、もはや他人と言っても差支えないほどに遠いが、しかし。
 二人の持つルーツは、同じ物。
 《吸血殺し》の能力は、血を喰らった吸血鬼を消滅させる劇薬。
 そして、和泉亜子。
 彼女ですらも、吸血鬼に血を吸われるまで――知り得なかったその性質を一言で言ってしまうのならば。


 『封印』である。


     ◇


 上弦とて、果たしてどこまで気が付いていたのかは分からない。
 彼女は、人間に興味など無かったのだから。
 だが。
 亜子に流れる血は――確実に、その効果を発揮していた。
 吸血された際に――その血の中に、上弦の性質の一部を――そのまま、そっくりと封印した。
 上弦は、もはや存在しない。
 月島亮二によって壊されてしまったからだ。
 二度と吸血鬼として動くことは出来ず、活動することもできないだろう。
 ――だが、それでも、血は記憶していたのだ。
 己の血をすすった、あの吸血鬼のことを。



 和泉亜子は、佐々木まき絵の攻撃によって気絶した。
 幾絵にも渡る攻防により浴室はもはや外部と同意義であり、《闇》の結界から外れていた。
 血は、上限の力と記憶とを、失うことなく――封じていた。
 そして――《泡》の追い詰めた『世界の敵』のMPLSが作動し、それに作用した。
 『人格を持つ物を顕在させる』――効果によって。
 幾重にも重なった偶然。
 もはやそれは、何者かによって引き起こされた必然にも思えるほどに。
 結果として。



 上弦は――より正確に言うならば、上弦の性質を受け継いだ《血族》は――得せずして再び生まれ出でた。
 和泉亜子の肉体を支配した状態で。



     ○



 「《教授》……通信がありまして」

 「うん何かな、夏目君」

 「その、UCAT所属の機竜を落としたのは、ルルーシュ教諭であると……連絡が」

 その、一瞬耳を疑うような情報をに、彼は顔の表情を変え。
 その言葉に――彼は。
 
 「それは、一体誰からだい?」

 尋ね返し。

 「ええっと……『ガンドルフィーニ先生』です。それも、他の人にも連絡を入れているらしく……」


 この時、二人はまだ。
 彼が既に、大泥棒によって気絶させられていた事を――知らなかった。



     ●



 明石裕也が言われた情報は、関係者に広がって行った。
 《教授》ではなく、別の人から流出し――拡散していった。
 当初は、あくまでも可能性がある、と前置きがされていたが、幾人かへと伝わる内に――それは、真実味を帯びる事となる。
 それは、学園にいる《福音》に対して忸怩たる思いを抱えていた、『名も無き普通の魔法使い』の中の何人か――今更彼女の履歴に泥が多少付いても変わらないと……そう考えた者たちがいたからだ。
 機竜は落ち。
 電子世界は、繰り広げられる決戦の為に役に立たない。
 それを否定しようにも、連絡が広がるのは遙かに早く――それは、極一部の関係者を除いて事実だと誤認『させられた』のだ。
 それが、世界にどんな一石を投じるかを――知らない物が多すぎたが故に。
 そして、相手の狙いが何であるのか。
 相手が何故UCATの機竜を撃ち落としたのか。


 ……それを、気が付ける立場にいた人間が、機竜を墜落させた人物に戦闘不能に追い込まれたが故に。



     ●



 弐十院満が、『機竜を撃墜したのはルルーシュ・ランぺルージらしい』という連絡を受けたのは、機竜が墜落して十分前後の頃である。
 彼がいるのは、麻帆良の情報管理室第二分室。
 中央制御室のように、内部システムに干渉することも出来る。今日においては不可能だが、現在《教授》がいる第一分室と共に、《雷の眷属》からの情報整理にのみ利用されていた。
 世界中を正面から見て、第一分室が図書館島方面――即ち西に、第二分室が東にある。
 両分室とも設備に違いが無いが、東はより侵入者が多いと考えられる。《教授》や夏目萌あちらにいるのは、そういう理由だ。
 情報を得ても、彼はそれに喰いつくことはない。
 語尾に『らしい』の字が付いていた時点で、断定できるはずもない。
 とりあえず、その連絡が正しいと確認できるまで、吹聴しないように――と伝え、彼は考える。


 本当にルルーシュ・ランぺルージがあの機竜を撃墜したのか?


 弐十院も、あの青年の能力は知っている。
 彼の背後から、黒い空間と共に、漆黒の巨体が現れ、そして――赤黒い二本の砲撃が殺到する。
 それを利用すれば、確かにあの《雷の眷属》を落とす事も不可能ではないかもしれない。
 砲撃をより早くし、より命中精度を上げれば、可能かもしれない。
 だが、それが何になる?
 それをして、どんなメリットがあるのだ?
 確かに学園内の監視は――あの機竜が代理として活動していた。それは確かだ。
 だが、学園長は今朝、話の中で確かに言った。

 『エヴァンジェリンが狙うのは、ネギ君とそれに関わる者だけじゃよ……』

 仮に、仮にだ。
 エヴァンジェリンが、仮に何か学園側に不利益を働くために、あの機竜の監視を邪魔に思ったのだとしよう。
 だが、何も撃墜する必要はない。
 それこそルルーシュを送り込んで砲撃で狙えば――それで、何かちょっとする分には、問題が無い筈なのだ。
 撃墜などしたら、それこそもっと大きな問題になることを――あの《福音》たる彼女が、知らないはずがない。
 それこそUCATとの関係にもひびが入る可能性がある。
 ならば、何故だ。
 どうして、あれが落下した。
 判らない。
 分からない。
 ピースが足らなかった。

 (――落ち着け。もっと、冷静に)

 深く呼吸をして、思考を変換し。
 ――逆に。
 ――逆に考えるのだ。
 アレを落としたのが、何らかの目的を持った侵入者だとしよう。


 ならば、あれが居なくなることでどんな状況が起こりえる――。


 それは、勿論学園防衛組の情報入手が困難になる。
 先ほど一瞬考えたように、UCATとの対外的な交渉の難易度が上がる。

 (他には――?)

 流言が飛び交う事で、関係者に混乱が生じ、侵入者に有利になる。

 (そう、良い感じだ。他には……?)


 このトラブルに、介入しやすくなる――。


 近い。
 これが、おそらく近いと彼は推測する。
 なら、もっと。別の。
 別の側面から考えてみる。
 そう、例えば。


 《雷の眷属》が堕ちた真の理由は、学園の監視システム代理としてでは無く――もっと、他の目的があったからなのだと。


 そう考えてみる。
 だとすれば、それはなんだ。それは、その目的は。
 考えろ。もう少しで答えは出る。間違い無く、すぐそこに答えはあるのだ。
 ――そうして。


 唐突に。
 その可能性に、彼は行きあった。


 「そ、れは」

 だとすると。
 論理が音を立てて組み上げられていく。
 見えなかったはずの答えが、見える。

 「ま、さか!」

 ガタリ、と椅子から立ち上がり、弐十院は携帯電話をとる。
 犯人は、判らない。
 だが。
 もしも、もしも本当にこの推測が当たっているのならば――!

 「まずい!」

 弐十院は――携帯電話を操作する。
 震えるてはいるが、その手は素早く短縮ダイヤルを押している。
 もしも、もしもだ。
 彼の頭の中に生まれた、最悪の考えが。
 彼の推測が当たっているのならば。

 (だとすれば、次に狙われるのは……!)

 係るまでのほんの数秒の時間が、これほどまでにモドカシイ事が――過去に有ったのかと言うほどに。

 ――ルルルル。

 急げ、この推測は。

 ――ルルルル。

 一人で抱えるには危険すぎる――!

 ――ルルルル。

 早く。
 早く!
 情動にかられつつも、彼は電話の相手が出るのを待つ。


 「はい、こちら明石です」



     ↕



 明石裕也は、常に携帯を複数持ち歩く。
 一つは娘・裕奈や、一般職員との日常用。
 二つ目が魔法関係者としての仕事に使うもので、録音機能や盗聴機能等も付けたもの。
 最後の一つが緊急用であり、いわば最優先で出なければならないもの。
 普段ならば、《教授》は、二回以内のコールででる。だが、機竜が落ち、そして関係者の情報が錯綜する中で――責任者でもあった彼は、ほんの数秒、取るのが遅れたのだ。

 「はい、こちら明石です」

 そう言って。


 相手からの言葉は――無かった。


 画面に表示されている番号は――同僚・弐十院満の物。
 しかし、相手からの言葉はなく。
 そして。


 ――ピッ


 携帯が、切られ。
 明石裕也は、おそらく彼が携帯に出れなくなったことを感覚で感じ取った。



     ↕



 ――ピッ。


 携帯を、「その人物」は切る。
 危ないところだった。
 あのシスターはまだしも、飛行していた機械の竜を撃墜した後は時間との勝負だった。
 フェイトから得た情報では、今現在――麻帆良の残った電子機器は、世界最高の技術者と電子神が激突していて、こちらまで手が及んでいない。
 学園教師の中で……こちらの狙いに気付くであろう頭脳を持った人々を狙うつもりだったが――流石に、ルルーシュ・ランぺルージ(彼の情報もまたフェイトから手に入れたのだが)と弐十院満。もうあと数分遅れていたら、看破されたであろう情報が、相手側に伝わるところだった。
 「その人物」は――ふ、と口元を歪め。
 気絶した弐十院の喉を、容赦なく潰して――第二分室から立ち去った。



     ○



 アキラの目の前にいるのは――亜子では無かった。
 それが解った所で――どうにかなる存在では無いということも理解した。
 アキラとて、それなりに経験は積んでいる。
 だが、この存在は。


 ――別格だ。


 自分がどう行動しようとも、この目の前の吸血鬼は――自分の抵抗を物ともせずに、殺す事が出来る。
 命が、掌の上に置かれている。
 もはや、相手の気まぐれによって命を救うしか――方法が無い。
 たとえ流水の加護を得ようとも。
 それが発動するよりも早く、彼女は易々と――アキラを始末できるだろう。
 これほどの恐怖は――果たして何時振りか。
 こんな、圧倒的なまでの絶望は――。


     ◇


 小学生のころ。少しでも、皆の助力になろうと参戦した彼女は――しかし、その戦いで、心を揺さぶられる。
 《全竜交渉》。
 世界の命運をかけ、人知れず行われた――大戦。
 アキラは、あの場で――戦うことの意味を知った。
 《悪役》と《再生者》との激突を、知った。
 決して大きくはなく、しかし幼くも無かった彼女にとって――その戦いは、何よりも彼女の中に、刻み込まれた。
 思い出す。
 戦場を支配した絶望を。
 思い出す。
 圧倒的なまでの戦力差を。
 ――思い出す。
 それでもなお、立ち向かう事を止めなかった――先達たちを。


 (……ノアの、軍勢、以来かな)


 倒したはずの軍勢が蘇った――絶望に支配された戦場、ではないだろうか。
 あの時の絶望は、未だに覚えている。
 だが――それを、打ち破ったのだ。
 ならば、そう。
 ここで、私は――立ちあがれる。
 怖かろうがなんだろうが――己の為に、立ち上がれる。
 逃げてもどうにもならない。
 逃げる事すら出来ないのならば――前を向かなくて、どうするのだ。
 私はどうしてここに来た。
 私はどうしてここにいる?
 自問する。
 そして、自答する。
 答えなど、探すまでもない。
 考えるまでもなく、目の前にある。
 そう――助けたかったからだ。
 まき絵が、裕奈が、亜子が。
 困っているから、助けようと思った。
 学園にやって来た時に――助けられた時の様に。
 ここで引いたら、それは――もう、私では無いんだ。
 だから引けない。
 引いては、いけない。
 相手が――歴戦の大吸血鬼だろうと。


 こんな所で歩みを止めてたまるものか!


 抗え。
 己の意思を貫くために。
 諍え。
 自分自身が、自分自身である為に。
 そして。
 ――己の望みを、叶える為に。
 アキラは――立ちあがり。



 彼女の意識は、そこで途切れている。


     ◇


 大河内アキラの瞳に何を見たのか。
 亜子の形をした――「上弦」は、僅かに、表情を変え。



 …………。


 ………………………。


 ……………………………………。


 …………………………………………………。



 大河内アキラ。
 明石裕奈。
 そして、佐々木まき絵。


 三人が次に意識を取り戻すのは――大停電の全てが終わった後のことだ。



     ○



 この停電と、それ以前の計画において。
 《福音》エヴァンジェリンには、三つの目的があった。
 一つは――ネギ・スプリングフィールドをこの大停電の騒乱に参加させ、そして自分と戦わせるまでに、精神的に鍛える事。
 そして、今。
 その二つ目の理由が――展開されている。



 上空。
 対峙するのは、三人だ。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 ネギ・スプリングフィールド。
 そして、もう一人。

 「久しいな」

 彼女のその言葉に、頷き。

 「ええ、お久しぶりです。――《福音》」

 返事を返したのは――一人の少年。
 かつて激突した、宿敵の《三番目(テルティウム)》。


 フェイト・T・アーウェルンクス。





 宴の夜は終わらない。
 流れる旋律を闘争に変え。
 調べに過去の想いを乗せて。
 繰り返される、それは円舞曲のように。



     ○



 カーニバル 経過時間・一時間三十五分。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 C.C.――健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 神多羅木――健在。
 シャークティ――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 春日美空――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。



 敵対勢力


 フェイト・アーウェルンクス――(飛び入り参加)健在。
 《王国》ツェツィーリア――不参加。
 ツェツィーリアの僕×2――健在。
 「時宮」本体――健在。
 上弦(和泉亜子)――健在。
 ?????――健在。



 脱落者


 ルルーシュ・ランぺルージ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 弐十院満
 ガンドルフィーニ
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア


 明石裕奈
 大河内アキラ
 桜咲刹那
 佐々木まき絵



 停電終了まで、あと二時間二十五分。





[10029] 「習作」ネギま クロス31 狭間の章・参
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/15 11:41
 

 ネギま 狭間の章 その参



 …………大戦ですか。
 ええ、忘れる事は――無いでしょう。
 あの戦い。二十年前にあの場にいた者たち。
 私達《赤き翼》は――忘れては、いけないのですから。
 到着までもう少し、時間があります。
 あまり特別なことは話せませんが――それでも良いのでしたらば、お話しましょう。
 これから話すのは、私達の敵であった――一人の女性の、話です。



 《紅き翼》――私達が、『魔法世界』における最終戦を制したことは事実ですね。
 『魔法世界』を消滅させようとした《完全なる世界》を――打ち倒しました。
 私とリン、桜、イリヤ、ナギ、詠春、ゼクト、ラカン、アルビレオ、エヴァンジェリン……。
 ガトウとタカミチは、別件によっていませんでしたが。
 相手の首魁。『造物主』と名乗っていた彼を相手にした際のことは――良く覚えています。
 死を覚悟したのは、久しぶりでしたので。
 正直、非常に強力で――勝てないとも思いました。場景もはっきりと覚えています。
 しかし、ナギは勝ちました。
 彼が本当に、人間かと疑ったことは――まあ、過去にも何回かありましたが。
 あれが、本気でナギには、自分は勝てないと認めた――最大の切欠では無かったかと。



 戦争が終結して。
 私達は――大々的に英雄扱いされました。
 今まで排斥していた人物達が、大手を振って祀り上げる――それは、何時の時代も変わることのない、ある意味見慣れた光景でした。
 まあ、私達は全員、そんな物で舞い上がるほど馬鹿ではありませんでしたので。
 リンがアリアドネに在籍することを決めたのも――その頃だったかと、思います。
 桜が、消えてしまったのも、ね。
 ですが、だからと言ってそこで終わり、というわけではありません。
 単なる伝説では――そこで終わりでも良いのですが、現実における後始末の方がずっと大変なのですから。



 その情報を手に入れたのは――ガトウでは無かったかと、思います。
 どんな組織にも後ろ暗いところはあり、そして秘密裏に行動する人間はいるものですが――《完全なる世界》にも、同じことが言えました。
 ああ、勿論『魔法世界』にも言える事ですし、あなた方の在籍する――イギリス清教にも、言えることでしょう?
 組織である以上、後ろ暗い部分がどうしたって必要になるものです。そこを、責める気はありません。
 《完全なる世界》の幹部――いえ、むしろ科学者的な立場の女性がいたのですが――彼女の研究成果が、秘密裏に盗まれ、利用されていたと言う情報です。
 女性は――非常に優秀で、リンや桜は当然、こちらの世界においては最強クラスのアルビレオでも見たことのない――特殊な魔法陣を利用した、非常に強力な魔法の使い手でした。
 最終決戦の際に――彼女の相手をしたのは、エヴァンジェリンです。



 彼女の研究は――元々、死んだ娘を生き返らせることから始まったようです。
 そして、最終的に『造物主』へと辿り着いた。
 死者を生き返らせることは出来ない。それは、永劫普遍の真理です。
 しかし、それでも彼女は――諦めきれなかった。
 そして、彼女は――一つの方法を取ります。
 最古の都・オスティア崩壊と――『世界消滅』の最大魔法の際に生まれた莫大な量の魔力と、そして自分の研究の全てを使い――利用して、接触しました。
 《天界》と呼ばれる――上位世界に。



 シスター・インデックス――確か《天界》には、二つの意味があるのでしたね。
 地球一つを生命として見た場合の、高次エネルギーが存在する場所。
 もう一つが、世界を観察する上位存在としての場所。
 ――ええ、私も最初に聞いた時は驚きました。まさか、後者の《天界》においては――死者を蘇らせることも可能なのだと、そんな話を聞いて。
 さて、《天界》の住人――天使、で、良いでしょうか。果たして彼らがどのような契約をしたのかは……もう少し、待って下さい。
 しかし、結果として――その少女は生き返りました。
 それは、事実です。



 科学者であった彼女は――非常に優秀でした。
 魔法と言う観点以外にも、非常に優秀な科学技術・知識を保有していました。
 それを表に出さなかったのは――おそらく、自身の立場を守るためだったのではないかと、思っています。
 戸籍は無く、どこから来たのか、どうしてきたのかは――彼女は、決して話す事が無かったようですし。
 下手に話して、使われることを防いだのでしょう。
 ――さて、先ほどに。彼女の研究が流出して利用された、と話しましたが。
 流出した知識は、人体工学・生物工学に――遺伝子工学。
 そちらにいる――ミス・ミサカの前では、非常に話し難い内容ですが――つまり、人間としての交わりを行わずに、生命を生み出す技術です。
 当時から存在していた『学園都市』――そこですらも、人間クローンの実用化はまだ行われていなかったと言うのに。
 錬金術におけるホムンクルスを始めとした――生命想像の魔法。
 それは、決して――不可能では無いでしょう。
 イリヤの様に、極限まで人間に近い人形を生み出す事も――可能です。
 しかし、死んだ存在と同一人物を起こす事は――果たして、出来るのか。
 より正確に言うのならば。
 生きている人間の魂を別の物に移し替えることは出来ても、死者の肉体に、その生前の魂を入れて生き返らせることは――出来るのか。
 あるいは、利用されて当然の分野かもしれません。
 科学者自身が――それを、追い求めていたのですから。



 ここからが、本題です。
 流出した技術は、幸いにも『魔法世界』の外部には漏れませんでした。《完全なる世界》の中で、拡散していったと――そう言う事だったようです。
 おそらくは……兵力を生み出すため、でしょう。
 その為の生産ラインも、準備する段階にまで行っていたようです。
 幸いにも――大戦が終結し、それらは準備の段階で潰えました。
 ですが、その中において。
 大戦終結後も、地下において秘密裏に研究されていた場所があり――そして。
 私達が乗り込んだ際には、既に試作段階として――稼働していた……非常に言いにくいのですが『工場』が、あったということです。
 無論、工場は壊滅しました。
 研究データは、全て破棄。
 犯人・研究者たちは逮捕され――幾人かは処刑、幾人かは今なお牢獄の中です。
 ですが……だからと言って。
 それによって生まれ出でた存在――たった一人の子供を、今さら殺す事は、出来なかったのですよ。



 クローン体――と違って、個体としての寿命は確立されていたようです。
 その上、何と言いましたか、強制的に学習させる装置――『学習装置(テスタメント)』でしたか。を、使用もしていたようでして、つまり《完全なる世界》における洗脳教育が行われていました。
 そもそもが、兵隊としての活躍の為に作られたので――それは、当然なのでしょうがね。
 ですが、生まれ出でた彼自身には責任はありません。
 唯一生まれ出でた試作個体――それを、引き取り……面倒を見たのは《福音》でした。



 何故彼女が、あの個体を引き取ったのか――それは、推測でしかありません。
 彼女は、吸血鬼としての特性がありながら自分の同朋を造ることが出来ません。
 それ故に――知っていたのだと思います。
 世界で、同じ存在がいないことの孤独をね。
 知識があったとしても、肉体がある程度成長していたとしても……生まれたばかりの個体は、未だ子供でしかありません。
 時間にして、約二年間ですが――彼女は、その子供を育てました。



 二年間。
 その間の時間は――決して、無駄では無かったのでしょう。
 私達《紅き翼》は――自分たちで、正しいと思える行動を貫きました。ですが、《完全なる世界》もまた、同じことを思っていました。
 私達は決して正義の味方では無い。相手の信念を否定し、我を付き通す行動は悪人です。
 《福音》は――その子供に、それを教え込みました。
 その上で言ったのですよ。

 『お前を助けたのは《完全なる世界》を壊滅させたのが私達だからだ。だから、お前達の面倒を見る義理がある。だから、だ。《完全なる世界》の行動と、私達の行動を見た上で――それでもなお、お前が先達の意思を継ぐと言うのならば――止めはしない』

 彼女は――敵対するのも、私達の考えを受け入れるのも――子供に選ばせたのですよ。
 ……あまり、これ以上は話すべきでは無いでしょう。
 少なくとも《福音》の内心は、私が軽々しく話すべきではありませんので。
 しかし、一言言うのであれば。
 最終的に――その子供は《完全なる世界》の意思を継ぐことになります。
 子供の名は――フェイト。
 フェイト・T・アーウェルンクスと名乗って。



 名前の由来は――フェイトが、試作個体ということは、話したかと思います。
 彼自身もそれを肯定していますし、関係者には全てを語った上で――協力を取り付けているのですから、弱点になりえません。
 初代・《完全なる世界》の幹部であったフェイトは――大戦期に、ナギが倒しました。
 二代目は――さて、倒したはずですが……いえ、これは少し――《赤き翼》として話し難い内容なので……勘弁を。十年前に、消えたはずです。
 そして、今が三代目。
 ラテン語で三番目を意味する――テルティウム。
 それが、中心にある「T」の、一つ目の意味です。
 ……それだけでは、ありません。
 もう一つの意味は――先ほどの科学者との話になります。



 科学者の、その後についてを――補足しましょうか。
 彼女は、最終的に娘を生き返らせることを成功させます。
 ですが、その代償として《天界》が複数の要求を出しました。


 一つ――彼女の持つ、魔法技術・科学技術をこれ以上流出せず、現物として残っているもの、データ等は自分の出来うる限り完璧に破棄すること。


 ……《天界》は、彼女の存在を、どうやら相当に危惧していたらしいです。彼女の保有する魔法技術は、この世界に存在しないものだったようですし。ね。


 一つ――娘を生き返らせる際に、科学者がやってきた全ての事象を教える事。


 即ち、娘のためとはいえ、今まで犯してきた母親の罪を教え、それによって娘が苦悩しても良いならば、生き返らせるということです。


 一つ――生き返った娘とは、その時を除いて二度と会えなくなるということ。


 死者は――生き返りません。天界がそれを行ったのは……《天界》によって、この世界が滅ぼされそうになった――聖魔王の《審判の日》事件の時だけでしょう。
 《天界》は、自分達が原因となった事件以外で、死者を生き返らせることは――殆どありません。科学者の場合は、運が良かった。
 それが、幸運か悪運か不運かは、判断のつきにくい所ですが。
 ともあれ、死者と二度と合えないのが当然なのだから、これ以上合う事は許さない――そういう、ことなのでしょう。
 科学者は――相当に苦悩したはずです。
 彼女が望んだのは、何よりも愛しい娘と、再び幸せに笑いながら過ごす事。
 それが出来ぬ程に罪を重ね、しかしそれでも彼女は夢を見たのです。
 娘を愛した、母親故に。
 ――むしろ、その姿は……悲しく思えました。
 憐憫の情を得てしまうほどに。
 彼女の犯した罪を――全て知る訳ではありませんが、それを知ってもなお、こちらが辛さを感じてしまうほどにね。
 彼女は、言いました。

 ――――私は唯、もう一度幸せになりたかった。

 彼女は言いました。

 ――――どうして、こんな結果になってしまったんだ、とね。

 その彼女を引っ叩いたのが――《福音》です。
 引っ叩き。
 猛烈な勢いで怒り。
 その時の言葉は――覚えていますよ。


 『世界は、いつだって、こんなはずじゃ無いことばかりなんだよ!』


 それは――おそらく《福音》の本心だったのでしょう。
 彼女の生きてきた人生を鑑みれば、容易に――理解……失礼、体験していないのに、この言い方は相応しくない。推察出来る事です。
 その言葉は。
 ――科学者の心に、触れました。

 ――過去に、誰かに――同じ言葉を言われたわ

 それだけ、言って。
 彼女は《天界》の要求を受け入れました。



 その娘は――今も、生きています。
 ――彼女から造られた存在である、フェイト・T・アーウェルンクスと共に、ね。
 彼の名前にある「T」とは、科学者の名前なのですよ。
 その娘と共にあることを――フェイトは、決めたからこそ。
 その名を、自分の中に組み入れました。
 フェイト少年を育てた二年間。
 その娘もまた――《福音》と共にいました。
 科学者はおそらく、自分を倒し、そして頬を叩いた彼女に――任せたのでしょう。
 科学者は言いました。

 ――――娘と一緒にいるのが、性別が違うとはいえフェイトなんて……なんて、皮肉な話

 そう、自分に言い聞かせるように、呟いて。
 娘が――何を思って、フェイトと共にいるのかは、私は知りません。
 ですが。
 これだけは解っている事が、あります。



 《福音》は――彼らに、徹底的に悪をなす事を教えました。
 それはつまり――自分の目的の為に手段を選ばず、その代償を何時か払う事を覚悟し、自分自身が悪であることを知り、後悔しても後戻りをするな……とね。
 今は、紛れもなく――あの試作個体として生まれ出でた少年・フェイトは――敵でしょう。師である《福音》に対しても、どんな手段でも使って来る……そんな、敵のはずです。
 私達は――別に、憎しみで戦ってはいません。
 貴方方なら知っていると思いますが、私達は唯――自分たちで『魔法世界』を消失させようとする《完全なる世界》が許せなかった。
 そして、ナギと共に行動することを決めたのです。
 それは、言ってみれば。
 正義と正義のぶつかり合いであり。
 戦うべくして戦う事になったのです。
 互いの全てを掛けてぶつかり合う、あの場所こそが真の戦いであり、戦場でありました。



 それから、もう二十年になります。
 最初が桜。次にゼクト。アルビレオ、ガトウ……そうして、少しずつ私達も減っていきました。詠春とリン、イリヤも各人として、働いています。
 フェイトは――動いています。
 いえ、これからようやっと――本気で動き始めるでしょう。
 彼と戦うのは、私達と。
 あの少年・ネギ・スプリングフィールド……彼です。
 親の代償――と、言われて当然でしょうけれども。
 それでも、しかし。
 ネギが、麻帆良の地に来てしまった以上――世界は、動き始めました。
 止めることは出来ません。
 世界の動きを、うねりを――止めることは、出来ません。



 ……思わず、長くなってしまいました。
 もうサイタマに入ったようですし――麻帆良は、今停電中らしいので、近場まで行って、徒歩で移動することになるでしょう。
 それは――私達も、停電の大騒動に、関わることになる、ということです。
 シスター・インデックス。貴方は必ず、ミス・イツワ、ミス・ミサカと共に行動するようにお願いします。
 私は一人でも、どうにでもなりますので。
 貴方さえいれば、《福音》の封印は――解けるのですから。
 さて、それでは降りましょうか。



 ……ああ、何でしょうか、シスター・インデックス。
 ――その、科学者の名前を教えてほしい、と。
 そう言えば、言っていませんでしたね。
 その、悲しき母親の名は――――。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台②(4)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/16 19:23
 


 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその②(4)



 「ネギ・スプリングフィールド。いや――――」

 僕の目の前で、白い髪の少年はそう言った。



     ◇



 一体どれ位、逃げ回ったか。
 どれ位、時間と距離とを稼いだか。
 空中での戦いは、戦いと呼べるものでは無かったし……限界も近かった。
 ギリギリに追い詰められて、もうあと数分もしない内に――僕は気を失っていただろう。
 けれども、だ。
 唐突に――彼女が止まったのだ。
 僕は詳しく知らなかったけれども――学園の監視をしていた、機械のドラゴンが墜落したようだった(その時はまだ、僕は学園にどんな設備・人材・兵力があるのかを知らなかった)。
 それが、彼女の計画だったのかどうか、はっきりとは明らかになっていない。
 エヴァンジェリンさんは、僕と戦う以外にも幾つかの思惑を持っているようだったし、茶々丸さん、クラインさん、ルルーシュさん、なのはさん……皆が皆、彼女に協力して、しかし同時に自分の為にも動いていたようだった。
 だから、全員の目的を達成しつつ――彼女は、自分自身の目的も、果たそうとしたのだろう。



 「相変わらず無表情だな。お前は」

 そんな風に、エヴァンジェリンさんは言った。
 僕の目の前にいる、白い髪の少年は――僕より、少し年上くらいだったが、大人びた雰囲気を持っていた。

 「表情を読まれるな、と教えられましたので」

 「ああ。そうだったな」

 エヴァンジェリンさんは、甘いと思って食べたリンゴが、実は酸っぱいのでは無く渋かった時の様な、不機嫌でも無いのに眉を寄せた、苦い口調だった。

 「――それで、機竜を落としたのはお前の部下か?フェイト」

 「……似たようなものです」

 「ほう」

 僕は――機竜が堕ちた(といっても、直接光景は見ていない。見る余裕など全く無かった。向こうでも僕の邪魔をしないように注意していたらしいし)後に、エヴァンジェリンさんに拘束された。

 『まあ、何とか。辛うじて意識は失っていないな。……ふん、良いだろう。お前の父親の関係者に合わせてやる』

 そんな風に、言われたのだ。
 その言葉を言えば――僕が起きるであろうことも、彼女は知っていたのだろう。

 『今でしか会えん。――これ以上ボーヤをただ追いつめても詰まらないからな。……精々、敵に塩を盛られたと思って受け入れろ。今のボーヤには――』

 実に凶悪そうな笑顔で。


 『所詮は――それ位しか出来ん』


 彼女が会わせたかったのは、きっとこの白髪の少年なのだろうと思う。
 僕の目の前、二人の口調は静かだけど、ものすごく緊迫感を感じられるような会話をしていた。

 「なら訊こうか。……あれを落とせと言ったのは、お前の支持か?」

 「いえ。……「彼」が勝手に墜としただけですよ。「彼」自身の目的の為にね」

 そう、少年は言って。

 「「彼」の目的は――非常に判り易いと言えます。《福音》――あなたならば、十分に把握できるのでは」

 その言葉に。
 一体――どれほどの意味が込められていたのか。
 僕は分からない。
 魔法に関してならば、これでも相当の知識があると思ってる。でも、でもだ。
 ここであれが堕ちた時にどうなるのか、そしてそれがエヴァンジェリンさんにどんな影響を与えるのかが――僕には、判らない。
 魔法学校でも、そうだ。
 そんな事は、一回たりとも話される事は無かったし――それに。
 そう、どれ程の組織が存在するかすらも――話していなかったのでは無いだろうか。
 簡単に理解できるほど、簡単な情勢では無いと言う事を――僕は、言動から把握する。

 「……なるほど。狡猾だな」

 僕の目の前で、彼女は言う。


 「私を組織に引き込むつもりか?《完全なる世界》」



     ●



 エヴァンジェリンの計画において――ある者は自由に動き、またある者は幾つか仕事を任されていた。
 チャチャゼロは――ネギと(おそらく行動しているであろう)明日菜を、消耗させつつも寮へと誘導すること。
 C.C.は刹那の。高町なのはが、霧間凪の。茶々丸は――当然、明日菜の相手をし。
 ウィル子は、情報戦によって、全監視システムを使用不可能にし。
 川村ヒデオは――《闇》を利用した、無関係な人々の防衛。
 そして、ルルーシュの仕事が――。


 あの宙を飛ぶ《雷の眷属》を、一時の間黙らせることだった。


 そうであった理由は――つまるところ、エヴァンジェリンの計画の二番目による。
 即ち。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは――ネギ・スプリングフィールドとフェイト・T・アーウェルンクスを、対面させることを決めていた。
 無論、ネギが停電の日に彼女に立ち向かってくること。そして、その後の一定時間――心を折られずに、戦場に立っている事が出来たらという、二重の仮定の上の計画であったが――結果として、それは成功したのだ。
 だが、その為には――どうしても一定時間、絶対に彼女の動きを監視されない状況を造る必要があった。
 理由は複雑すぎて、語るには長すぎる。
 だが彼女は、とにかくその現場を知られたくなかった。
 無論、レレナ・パプリカ・ツォルドルフについても――考えてあった。
 結果として言えば。
 その彼女の計画は、実現することとなった。
 ただ二点。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフと《雷の眷属》が――フェイトの陣営の、とある「侵入者」に始末させられ。
 そして、それに気が付くことが可能であろう頭脳担当の人員が、確実に始末させられていた事を――除けば、の話だが。



     ●



 「ふん。まあ、お前と合う際にはUCATの機竜は確かに邪魔だった。……だが、まさか撃墜されるとまでは思っていなかったぞ?――これで、この場を抑えた証拠でも出てくれば、確かに私は……フェイト、お前と内通していたと言う理屈を捻り出せるだろうさ」

 そう、彼女は言う。

 「えらくまあ、立派に悪役を全うしているじゃないか……。師としては嬉しい限りだよ」

 彼女は――くっくっく、と笑い。

 「……師、って」

 一瞬、それがどういう意味なのかを――理解できなくなる。
 この、目の前の少年は――彼女の、弟子なのか。
 僕の言葉が、耳に入ったらしい。

 「昔、少し……『生き方を教えてやってな』。ああ、安心しろ。ボーヤ。こいつはな。紛れもなく、徹頭徹尾、絶対に『敵』となる存在だよ」

 僕はそれから。
 その言葉の、意味を知ることになる。



     ○



 フェイトから「部下ではない」と言われた、しかし学園内に侵入した、その人物。
 彼は、高速で動いていた。
 彼自身が持つ、魔法技能を利用すれば――非常に高速での移動が可能になる。
 『調停役』を背後から、ルルーシュ・ランぺルージを上空から。
 奇襲したのは、一重に、この速度を生み出す魔法を使用したものだった。
 いや、逆か。
 その魔法の恩恵により、これだけの速度も出せる上に――機竜を撃ち落とせるほどの、高威力の遠距離攻撃も可能となるのである。
 監視システム、情報担当者の内――最も危険度が高い人材は、すでに潰してある。
 次は――そう。
 高速による、ヒットアンドアウェイを利用したゲリラ戦を展開しながら、もう一方の分室に向かう。
 「彼」は――この地を、良く知っていた。
 あらかじめ、良く知っていたのだ。
 過去には、ここに在籍していた事もある。

 (いや、正確には……)

 今もまだ、在籍している――が、正しいのだが。
 しかし、彼の主観にして見れば、もはや過去のことだった。
 今現在の麻帆良の現状は、彼が知る時とは――随分と、違っている部分もあるが……しかし、それらの情報は、フェイトが集めてくれていた。
 そして、彼が持っている知識と合わせれば――十分過ぎるほどの情報になった。
 視界の先に、一人の警備員が見える。
 黒の尼僧服――麻帆良協会の責任者、シスター・シャークティと、その隣にいる小さい影は……おそらくココネだろう。春日美空は、いない。
 相手は、まだ気が付いていない。
 そして、ここで態々挨拶をしてあげるほどに――「彼」は、優しくはない。
 何もせず、普通に背後から迫り。

 「……な!?」

 気が付いたかシャークティが、振り向くが――遅い。
 十字架が向けられるより早く、腕からの一撃は――彼女の背を打ち抜き、数本の肋骨をと意識を奪う。
 そして、傍らのココネも――同様に。
 腹への一撃で――気絶させる。
 殺さないようにだけ、加減をして。
 ――――下手をすれば、内臓が破裂している一撃だったかもしれない。
 苦痛に呻きながら気を失った少女に目もくれず――「彼」は、再度疾走しようとして。

 「……ちょっと、待つっすよ」

 背後から、呼びとめられた。
 彼が交戦している――ほんの僅かな時間で。
 彼女達の元に、到達したらしい。
 振りむいた「彼」の前にいたのは、短い髪に、靴をはいた少女。


 春日美空だった。


     ◇


 春日美空は、正直に言えば魔法使いが好きでは無い。
 ぶっちゃけ嫌いだ。大嫌いだ。
 親に言われて渋々、一応魔法使いとして行動しているが――正直言えば、魔法使いとしての自分を捨てられるのならば、いつ捨てても良いと思っている。
 魔法使いをやめても、就職する伝手もあるのだし。
 そもそも、正義にかまけて実の娘の面倒も見れない奴を、尊敬できるはずもない。
 しかし、そうだと言っても。

 「侵入者さんさ、シスターはどうでも良いのよ。でも、ココネに手え出すのは、どうなのよ?」

 そう尋ねる。
 状況を把握している訳ではないが、この目の前の小柄な、しかし相当の実力者であることが解る侵入者は――ココネを、極普通に気絶させたのだ。
 シャークティの方は、警備員なのだから、自己責任でどうとでもなる。

 「まあ、ココネがここにいる理由は知らないよ?――どうせ人数不足で、サポートとして駆り出されたんだろうけどね。……でもさ、シャークティ気絶させられんなら、ココネなんか楽勝でしょ?なんで、見逃すくらいを出来ないかな」

 普段、負真面目で、そして普通に馬鹿をしている美空であるが。
 しかし、譲れない部分は持っているつもりだ。
 ココネのことは――正直、かなり気に入っている。
 感情は読みにくいが、頭の上に乗せてほしいと甘えてきたり。
 背中の上で眠られるのは、妹が出来たみたいで嬉しい。
 その彼女を、こいつは気絶させた。

 (なら容赦する必要はねっすよ)

 彼女は思う。
 魔法使いは嫌いだ。
 だが、自分が魔法使いだろうが、もっと別の何かだろうが。


 こんな子供傷つける輩を見逃すつもりはない。


 「なにも神の存在なんて信じちゃいねっすよ。でも――神がいようがいまいが、いたいけな幼女に手え出す奴を見逃すつもりは無いですよ。……そう言う訳で」

 美空は言う。

 「ちょっち怒ってんすよね。……すいませんが、相手して貰いますよ?」

 その彼女の言葉に。

 「……僕の、相手が出来ると?」

 目の前の「その人物」は――初めて、小さな声でそう言った。
 その声は。

 (……どこかで?)

 「貴方の持っている道具は、十字架と靴が精々。……それで、どうやって僕を止めると?」

 大きなフード付きの衣服のせいで、顔も口も目元も隠れているから分からないが。
 どこかで、聞いた覚えのある声だった。
 それも、ごく日常的に――聞いたことのある声。

 「それはこっちのセリフっすね。侵入者さん。アンタ、うちの相手が出来ないって言うんですか?」

 軽口を叩き。
 この声の持ち主が誰なのか――それを、探る。
 美空のアーティファクトを知っている事も……不自然だ。
 確かに、彼女のアーティファクトは靴だ。くるぶしから羽が生え、加速が可能な靴である。

 『無論それだけでは無いのだが』。

 だが、結論が出る前に――「彼」は、ゆっくりと戦闘状態に移行したのが見えた。

 (……強いっすね)

 少なくとも、シャークティを倒せるレベルには。
 だが――。


 視界の中で、少年が動いた。


     ◇


 まさに、疾風。
 瞬動よりも遙かに上。高速以上の、神速とも言える動きだった。
 反応出来る人間は、果たしてどれほどいるだろう。
 風が、感じ取れる。
 ふ、というその風は。

 (背後っすか!)

 反応して振り向き繰り出すより、遙かに早い攻撃。
 おそらく、シャークティもこのように倒されたのだろう。
 だが。


 ――――美空はそれを回避する!


 体を前に倒し。
 同時に――靴を以って、宙を蹴る。
 その場で旋回するように、美空は――前に倒れながら仰向けに。
 空を向いた自分の目の前を、「その人物」の拳が掠めて行くが。

 (伸びた腕に!)

 絡めるように、足を捻る。
 上半身から、腰。そして、膝――回転は、末端ほど大きくなり。
 ギュワア、と空を切る音を立て、侵入者のこめかみに――直撃!
 ガク、と頭が横を向き。
 相手の体が流れた事を確認し――美空は、起き上る。
 反動で、前に出ながら――右足で、さらに加速。

 (さすが、反応が早いっすね!)

 美空が迫った時には――既に、相手は立て直している。足元すらぶれていない。
 美空は、だが、加速を止めずに。
 体ごと体重を乗せた――――膝!
 バシッ――と、相手の手に受け止められ。
 だが、美空の右足は、その勢いのまま振り抜かれ。
 相手は、それもまた――掌で、膝を受けるように止め。

 (まだまだっ!)

 その場で、美空は――受け止められた膝を支点に、下に向かって回転する!
 それは、まるで侵入者にぶら下がるように。
 膝を受け止められることを、最初から知って上での蹴り。
 侵入者を正面に、背を反らし――まるで背面跳びをするように。
 折り曲げられていた膝が伸びる。
 爪先が――顎には、当たらない。
 相手もまた、その企みを一瞬の内に看破していた。美空が爪先を当てたのは、顎との間に差し込まれた掌であり。

 (なら、少々キツイっすが!)

 体が、ゆっくりと背後に倒れて行こうとする。
 右足を、自分の腹へと引き寄せる。
 左脚が、相手に当たり、そして膝が伸びきっている今――それは、足の筋を痛める事になりかねない。
 だが――その状態で、伸ばした右足で前の宙を蹴り飛ばす。
 その反動は――太腿を一瞬軋ませるが。
 だが、右の踵。それは――相手の頭へ襲いかかる踵落としとなり。

 「はまったああああああ!」

 その踵を、相手が腕で受けた事こそが――狙い。
 踵を支点に、美空は再度回転する!
 膝を支点に下がったのとは逆。
 踵を支点に、腹筋と背筋、脚力と――何よりも宙を蹴った反動に、上半身を起こしたことで再度相手の掌から離れた左足で空を蹴り、再度自分を宙に持ちあげて。
 ギュオ、と、踝の羽が羽ばたく。
 それは、美空の足を加速させ――。
 彼女の腰を中心に、大きく弧を描いた左足が――相手の頭頂部に――今度こそ、直撃!
 その技は。

 「円舞――」

 美空は――言う。

 「――黒雫っ!」

 左の踵は――相手を、地面へと叩きつけるように。
 猛烈な勢いで、蹴り飛ばした!



     ●



 時は十九世紀。
 大陸全土を恐怖と、同時に狂ったほどの信仰に陥れた、一人の存在がいる。
 その人物の名は『千年伯爵』。
 はるか昔より存在する彼は――自らの能力によって、人間の魂を組み込んだ生物兵器《悪魔》を生み出し、世界の終焉をもくろんだ。
 だが、世界とてそれを看過していた訳では無い。
 その《悪魔》に対抗するための――兵器を生み出したのだ。
 兵器の名を《イノセンス》。
 《悪魔》と、千年伯爵の血族《ノアの一族》に対する最強の兵器である。
 最終的に――長い長い戦いの末に。ヴァチカン傘下の組織『黒の教団』によって。
 『千年伯爵』は倒された。
 だが《悪魔》は、数こそ減少したが――未だに僅かに残っている。世界に存在していた魔力生命体としての『悪魔』と……共存しているのだ。
 《イノセンス》もまた、もはやこの世界には――存在しないと言われている。
 全ての役目を終えた後、 消えてしまったと――そう伝わっている。
 だが、しかし。
 その《イノセンス》は――偶然の末に、時折、再度現れるのだ。


 『巧みに造られし物』――『アーティファクト』となって。



     ●



 「どこで、私のアーティファクトのこと知ったかは知りませんが」

 美空は――空中の上に立っている。
 宙に、まるで地面があるように――立っている。

 「あんまり、舐めねー方が良いっすよ?」

 その彼女の足には――一足の靴。
 くるぶしから羽が生えた、黒い色のレザーブーツ。踵と爪先が、厚く重く。それでいて運動性能を引き出せるようなフォルムをしている。

 (ま、靴の形は自由に変化させられんですが)

 ――――どうやら、かつて使った人間は、女性型のブーツだったようだが……自分のスタイル的に、足を見せるタイプの物が似合わない事は、重々承知している。
 加速力と瞬発力、それに自分の持つ足技が利用できれば――それで良い。
 アーティファクト。

 《黒染めの赤い靴(ぺレジア・カルシアム)》。

 かつては、対悪魔用兵器として使用された《黒い靴》――それが、これだ。
 美空は。
 彼女の直撃を受けた、その侵入者を見る。
 地面に落ちることすら、していない。
 だが、その動きからは――動揺が、見てとれて。
 美空は、言う。


 「動揺してるようですが――いつ誰が、私がシスター・シャークティより弱いって言いました?」


 その言葉に。
 相手は、今度こそ完璧に、動揺した。
 その相手に向かって。
 容赦をするつもりは――無い。

 「さあ、それじゃあ神に祈る時間っすよ!」


 かくして。
 侵入者と異端審問官の――激突が始まる。



     ○



 空を見上げて、溜息を吐く。
 機竜が堕ちて以来、情報は混在している上に――どうやら、相手側も、情報を混乱させようと流言を飛ばしているらしい。
 現状の確認は不可能であり――そして。

 (……やることが)

 無いのである。
 川村ヒデオは――暇だった。
 時折ウィル子から何かを聞かれる事がある位で(おそらくファイヤーウォールに一瞬の閃きを要求される難問でも書かれていたのだろう)、無論、ルルーシュ、C.C.、なのは、エヴァンジェリンに茶々丸にチャチャゼロ――全く、全然何をしているのか分からない。
 携帯電話は――どうやら、電波障害のせいで使用不可能である。
 機竜が堕ちただけでは無く――おそらく、何者かが引き起こしているのだろう。
 例えば、雷を発生させることが出来れば十分に可能だ。
 まあ、魔力から生まれた物が、どれほど科学に効果をもたらすのかは不明だが。

 (しかし……)

 連絡が付かないのは、正直痛い。
 ヒデオの場合――仮に、この計画が失敗しても……なんら自身の立場を危うくするような不利な材料は存在しないのだが――しかし、不安である。
 例えば、北大路美奈子の現状であるとか。
 ノアレはどこかに行ってしまっていない。推測だが、きっと《億千万の眷属》と接触しているのだろうし、神野陰之には学生寮の守護を任せてある。
 そう、任せてあるのだ。きちんと、守るように言ってあるから――下手に迷い込んだ人間がいても、きちんと発狂させることなく送り返すだろう。
 話相手すらいないまま、ヒデオはただ只管に――時間を潰していた。

 (最後に動いたのは……)

 ウィル子を、稼動しているケーブルまで運んだ時である。
 ヒデオの仕事は、言ってしまえば雑用である。
 おそらく、後始末も――この分では、押しつけられることになるのだろう。
 空を見上げて。
 彼は、もう一回息をはいた。

 ――ああ、本当に。

 なんて、詰まらない。



     ◇



 実際のところ。
 エヴァンジェリンの計画に彼が協力している事は――表に出ていない。
 何人かは、気が付いているだろうが……しかし表に出ていない。
 計画が失敗に終わっても、直接的にヒデオに害が行くような計画では無いのである。
 英夫がしたことと言えば――例えば《闇》を展開させて結界を張っていたり。
 宴に参列するだろう、ネギや刹那をそれとなく誘導したり。
 あるいは、今宵の様に、ウィル子の運搬役であったり、寮の守り手であったり……。
 そんな、はっきり言ってしまえば。
 《闇の福音》に協力していたと言う、実質的な証拠を掴ませ難いことばかり……押し付けられている。
 それは、おそらく――《福音》自身の……優しさ、なのだろう。
 ルルーシュ、C.C.、なのはの三人は異邦人であり――いつかこの世界から去っていく。
 茶々丸、チャチャゼロは従者であり、一生彼女と共に行くのだ。
 ならば、協力したヒデオには。
 きちんとした逃げ場所を用意しておくのが――彼女なりの、優しさなのだろうと思う。

 (不満、ではありますが)

 庇われているのは、気のせいではあるまい。
 同時に――庇ってもらわなければ困るような、そんな仕事をしている部分もあるのだ。代わりにそれ位要求しても良いのではないか、とも思った。
 思っただけで、口に出してはいないけれども。
 ああ、しかし――とにかく。

 (情報が、欲しい)

 肝心要の相方、ウィル子は――もう十五分以上、声すら掛けていない。そんな余裕がないのだろう。彼女がいると言うのに、情報を得ることが出来ないとは――何と言う。

 (困った)

 そう思い。

 「――現状を、知りたいかナ?川村先生」

 そんな風に、声をかけられた。
 無言のままに、上を見る。
 そこには、おそらく麻帆良において最も得体のしれない生徒。


 超鈴音がいた。



     ○



 麻帆良の上空。
 己の義理の弟・フェイトと、かつての師、そして――ナギの息子。
 女性は、三人を見ていた。
 彼女がしている事は――非常に簡単だ。
 天候支配によって、静電気から微弱な電磁波を発生させ――電波障害を引き起こす。通常の雷でも携帯のしようが不可能になることがあるのだから、あとはそれを極力弱く、しかし学園全域に行き渡らせるようにすればいい。
 まだ使用できる場所もあるだろうし――学園全体を覆えたのが、十数分前なので、やはり場所によっては直前まで使用できただろう。
 まあ、理屈は難しいが――彼女にはそれが出来る。
 それだけだ。
 彼女は、悟っている。
 自分の存在を、あの《福音》は感じ取っているだろうということを。
 それでいて、無視しているのだと言う事を。

 (……今さら、だね)

 今更、自分に未練などは無い。
 今の自分は――そう。
 フェイトと共にあるのだから。
 そう、思いなおして――目線を反らし。
 そして、少し離れた方に、眼を向ける。
 麻帆良の世界樹北方向。


 同郷たる血を持つ、少女――高町ヴィヴィオの方を、だ。



     ○



 相手が手強い事は予想の範疇だった。
 だが、それでも何とか――持ちこたえていたのだ。
 ヴィヴィオが前線を張り、アルフが遊撃で、ユーノが後方支援を担当する――そんな役割で。
 だが、天から落ちて来た片翼から二人を守るために――ユーノ・スクライアは犠牲になった。
 この位置からじゃ見れないが、起き上って来る雰囲気が無い以上。

 (相当、大きなダメージを受けたね)

 冷静では――ない。
 心が、焦れているのがはっきりとわかる。
 どういう理由だかは不明だが。
 何らかの理由によって――意志ある形に戻されてしまった。
 ここ最近、人型で行動することも少しはあったから、幸いにも体が慣れているし――どれ位動けるのかも把握できている。
 魔力消費量を抑える必要があるのが――歯がゆい。
 現状を知れば、まず間違いなく彼女の主人――フェイト・T・ハラオウンは無条件で許可を出してくれるだろう。だが、今ここにいない。確認が出来ないのだ。
 主人を思って行動したのだと捨ても――主人に余計な負担を与えることは、彼女から生まれた『使い魔』として、やってはいけないと思ってしまう。

 (まずいね)

 それなりに格闘戦・近接戦闘が出来る二人だから――まだ持っている。
 だが、召還される異形は、正直鬱陶しい。
 ――支配されて狂わされているからこその、撃たれ強く倒せない軍勢。
 このままでは、消耗させられる一方だ。
 先程までは、ユーノがそれを回復させてくれた。
 だが、今はもういない。

 (このままじゃ……)

 次は、おそらくアルフの番。
 そうなってしまったら――もう、この軍勢を留めてはおけない。
 ヴィヴィオは――学園の大事な人に被害を出さないために戦っている。
 だから、ここから先に踏み入れさせてはいけない。
 ここは、寮に近いのだ。
 周囲には無論、名前も知らない魔法使いが十人か、それ以上はいるのだろう。
 だが、彼らに――ユーノを倒した術者の相手は、おそらく不可能。
 だから、せめてヴィヴィオ達は、あの術者だけでも――なんとか、倒しておきたかった。
 だが、その彼は軍勢の後ろにいる。
 砲撃しか出来ないタイプの、魔法使い以外には――興味が無いとまで言う様に。
 軍勢の猛攻が、ますます大きくなる。
 アルフとヴィヴィオは、もはや二人横並びで押し留めている。
 陣形もへったくれもない。

 (このままじゃ!)

 押し負ける――!
 限界は、もはや目前。

 (破られる――!)

 だが、そこに。

 「発動――《斥盾(ジルド)》」

 ようやっと――助けが、現れる。


     ◇


 それは、金属の壁だった。
 壁と言うよりかは、盾と言った方が正しいかもしれない。
 材質は鋼で、ヴィヴィオとアルフの前面に展開されている。
 大きな一枚の盾は――軍勢を、押し留めていた。

 「……ったく、超の奴に言われて来てみりゃ」

 不機嫌そうな声が言った。

 「この学園はいつから非日常の万国博覧会になったんだ?」

 その声は、上空。
 アルフが上を見ると――そこには、一人の少女がいる。
 不機嫌そうな眉も、への字型の口も、研ぎ澄まされた瞳を映す眼鏡も、彼女が寮にいた時と何ら変わらない。
 だが――少なくとも。
 その時の彼女は大きな剣を持っていたりはしないだろうし、背中から黒い翼を生やしていたりもしないだろう。
 アルフとヴィヴィオの――その目線を、彼女はさらりと無視して言う。

 「おい、高町ヴィヴィオ。怪我はないんだな?」

 「え、……あ、はい。ありがとう、ございます……。――長谷川、さん」

 その返事に。
 彼女――長谷川千雨は、吐息だけで返事をして。
 そのまま、盾の内側に降りてくる。
 そうして。
 二人が何かを訊く前に、彼女は言った。

 「そろそろ時間切れだ。これ」

 トントン、と壁を指しながら。

 「消えるんだが、準備は?」

 そんな事を言い。

 「え?――あ、はい!」

 言いたい事を理解したのだろう。
 慌てて拡散型砲撃魔法の準備をするヴィヴィオである。
 デバイス・セイクリッドハートを構え。
 足もとに、魔法陣が展開され。


 ――タイミングよく、鋼の障壁がかき消える。


 まるで、虚空に溶けるように消えた、その現象を――アルフはもヴィヴィオも驚愕の面持ちで見つめるが。

 「セイクリッド――!」

 魔力が――放出される!

 「クラスター!」

 ヴィヴィオの砲撃は、広範囲に広がり――召喚された集団を一掃する!
 その光景を見た千雨は――。
 マジで魔法少女かよ、と呟くが。
 とにかく。


 彼女達三人の前に残ったのは――僕と化した一体のみだった。


 「あれ、倒すんだろ?」

 千雨は、ぶっきらぼうに言う。
 その姿は――やはり、寮で見た彼女の印象そのままだ。
 支配された僕は――いきなり現れた彼女に、警戒しているようであり。

 「協力してやるよ」

 かくして。
 長谷川千雨――――参戦。



     ○



 学園某所で。
 二人の異形が向き合っている。
 『螺旋なる蛇』の《王国》ツェツィーリア。
 得せずして復活した吸血鬼・上弦。
 両者の中において――語るべき言葉は、存在しない。
 すでに、語るべき内容を語ってしまったのだから――これ以上、何か繰りごとを重ねるのは、ただの茶番と言うべきだった。
 片方は、ニイ――と、逃走に喜悦を浮かべ。
 片方は、獰猛なままに牙をむく。
 闇夜の中で。
 二体の怪物は――激突する。



     ○



 白髪の少年と、エヴァンジェリンさんの会話は――断片的で言葉こそ短かったけれども、二人の間にある物を感じさせるほどに、長かった。
二人の間にあるのは――絆なのだろう。
 父さんたちと結んだ絆を――戦友という言葉で表すのならば。
 彼と結んだ絆の名は――きっと、宿敵と言う名の絆だろう。
 互いに互いのことを知っているが故の。
 知っているが故に、選び取った敵の道。
 僕は思う。
 僕は、悟った。
 この目の前にいる、この少年と僕は。
 この先、必ずぶつかりあう事になるのだろう――と。



 「今夜の会合は、これにて終了です」

 白髪の少年は言う。

 「次に会うのは、京都でしょう」

 その言葉に。
 彼が何を揶揄していたのか――エヴァンジェリンさんは、解ったようだ。

 「精々練って来いよ?」

 「無論」

 短く、しかし瞳には強い意思が見えた。

 「ああ。そうだ。《福音》――別れの挨拶の代わりに」

 少年は。
 パチリ――と、指を鳴らし。
 その一工程で、少年の周囲に――魔力が渦を巻く。
 包みこんだそれは。

 「――折角ですので「彼女」は、もう少し残しておきます」

 それが、果たしてどういう意味なのか。
 エヴァンジェリンさんも、何も言わずに。

 「では、また。――戦場で、会いましょう」

 彼は――ゆっくりと、消えようとして。

 「ああ、忘れるところでした」


 そこで、初めて――彼は僕を見た。


 「僕の名はフェイトだ。フェイト・テスタロッサ・アーウェルンクス――」

 今の今まで、彼にとっては僕は、眼にすらも入っていなかったのだ。
 彼は、僕を見て。

 「これが僕からの宣戦布告――よろしく、ネギ・スプリングフィールド。……いや」

 少年は。
 フェイト・T・アーウェルンクスは。
 まるで舞台の中央に立つように――僕の前で。
 言い放って――そして、消えた。
 最後の言葉は、はっきりと、脳に刻まれている。



 「よろしく、僕の敵になる存在」


     ◇


 彼が消えて。
 エヴァンジェリンさんは――僕に言う。
 因果な物だな、と。
 彼女の表情は――物憂げ、と言うのだろう。
 その表情を見て。
 そして、その後の会話を聞いて。
 僕は、確信を深めたんだ。
 彼女が、何故僕に――こんな闘いを挑んだのか。
 父さんたちと、何を約束したのか。
 カモ君から聞いて、推測でしかなかった――その推測が。
 はっきりとした、確証になるのを――感じ取った。

 「さあ、案内すると良い。ボーヤ。ボーヤが生み出した策略を、技術を、小細工を、そして全てを持って――私に認めさせる為に作り出した戦場に」

 それでもなお。
 彼女の――瞳の色は、決して消えては居ない。
 彼女の強さは、微塵も揺るいでいない。
 彼女に勝たない限り、彼女のこの眼は――決して揺るがない。


 「さあ、あの大橋こそが――ボーヤと私との、決着の場だよ」



     ○



 「ち、まいったな……。こいつが、本命か」

 「霧間さん――状態は?」

 「重くはない。……動けるレベルだ。――それより、注意してくれ、高町。これが本命。正真正銘の、俺を狙って来た暗殺者だ」

 「……わかりました。それでは――」

 「ああ。お互い」


 「「本気で行くとしよう(しましょう)」」



     ○



 「あれ?もう終わりなんですかね……。学園の外縁部、半周してしまいました」

 「マア、後ハ見通シノ良イ現場カ、既ニ戦ッテル場所シカ無カッタカラナア……」

 「森の中まで、行きますか?――行かない方が良い気もしますけど」

 「ケケケ、楽シクハアッタガ――マア森ノ中ノ獲物モ全部雑魚ダカラナア。……ココイラデ、チョット本気デヤッテミタクハナイカ?」

 「――ああ。……くふふふ、面白いですね……ゼロさん。そう言えば、桜通りではお互い、実践訓練の印象が強かったですもんね……」

 「言ウジャネエカ。小娘。――ソレジャア、此処カラガ本気デ『殺シ合イ』ダゼ?」

 「そちらこそ、殺して並べて解して揃えて晒してさしあげますよ。――それでは、零崎を始めましょうか」

 「ハッ、掛カッテコイヨ!」



     ○



 「こんばんわ、大泥棒さん」

 「いえいえ……なるほど。戯言使いさんからは、一人サポート役を送ると連絡を貰っていましたが……あなたでしたか、闇口の奴隷さん」

 「はい。……お兄さんの命令で、不肖私、お手伝いという建前の監視に参りました」

 「正直な方ですわね……。良いですわ。お願いします」

 「では」



     ○



 「さて、ようやっと――到着です」

 「あ~疲れたかも」

 「大丈夫ですか?」

 「ありがとう五和。――うん。まあ、大丈夫。それで、これからどうするのかな、アルトリアさん」

 「そうですね。どうやら連絡が付かないようなので――仕方がないので、こちらから出向きましょう」

 「……歩きで?」

 「――ええ、申し訳ありませんが。周囲の公共交通機関も止まっている以上……徒歩でしか、方法がありませんね」

 「インデックス。……多少は運動した方が、よろしいのでは無いですか?と、ミサカは忠告いたします。ここ最近の体重増加量を見るに……」

 「わ~ストップだよ!歩くから、お願いだからそれ以上は!」





 かくして。
 ようやっと。
 宴は折り返す。
 全ての参加者は――ようやっと全員が出揃った。
 表舞台のステージの上。
 生き残る参列者は。
 舞台から落ちる脱落者は。
 はたして、誰なのだろうか。


 物語は――ここからが、本番である。






  カーニバル・経過時間――二時間。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 川村ヒデオ&《闇》――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 神多羅木――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 春日美空――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 闇口崩子――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。



 敵対勢力


 《王国》ツェツィーリア――(飛び入り参加)健在。
 「時宮」本体――健在。
 上弦(和泉亜子)――健在。
 ?????――健在。
 「彼女」――健在。
 『統和機構』暗殺者――健在。



 脱落者



 ルルーシュ・ランぺルージ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ



 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア



 明石裕奈
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那



 停電終了まで、あと二時間。





[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 裏舞台②
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/17 17:50
 


 ネギま クロス31 第二章《福音編》 カニーバル 裏舞台②



 舞台の裏。
 眠る者。
 見守る者。
 そして――蘇る者。
 語られぬ舞台には――表に出て来れぬ理由がある。
 出てこないのでは無い。
 出てくることが出来ないのだ。
 この舞台において――彼らは唯の観客にすぎない。
 詰まるところ、彼らはそう言う存在だった。



     ○



 歌が聞こえた。
 それは、切々とした歌だった。
 細く、高く、静かで、それでいて魂を響かせる歌声だった。


 ――眠りましょう。

 ――眠りましょう。

 ――頭上にかかる、大きな月と。

 ――静かに瞬く、星との加護に。

 ――その身に降りかかる災いを知ることなく。

 ――朝が来るまで眠りましょう。

 ――良い夢を見ますように。

 ――良い夢が見られますように。

 ――母なる歌の調べによりて。

 ――眠りは安らぎを運びましょう。

 ――朝が来るまで、お眠りなさい……。


 その歌声は、美しく。
 その歌声は、物悲しく。
 しかし、背筋が凍ってしまうほどに流麗で。
 そして。
 この世の人間には、決して歌うことのできない歌だった。



 《闇》の中で。
 《神隠し》の少女は――歌い続ける。



     ●



 考えて頂こう。
 《泡》に倒された『世界の敵』の力を。
 それは――意思を持つ者の顕在化。
 和泉亜子は――大浴場にいたからこそ、闇の加護を得られることなく、干渉された。
 ユーノ・スクライアとアルフもまた、意思を持っていたからこそ――人間の形態に戻されてしまった。
 ならば。
 学生寮を守っていた《闇》もまた――その影響を受けて、当然だろう。



     ●



 「……そのまま、歌え」

 少女の背後に、一人の男性が立つ。
 少女は――小さな娘だった。
 長い髪を持ち、茶色のケープを肩にかけ、大きな瞳に言いようのない哀惜を抱えた、美しく、それでいて儚げな――少女だった。
 背後に立った男は、それにふさわしい要望をしている。
 男子にしては整い過ぎた容貌に、耽美な、しかし闇を纏った気配を持ち、顔の半分が髪で隠れた青年だった。半分から覗く瞳は、黒く、鋭く、そして――正しく、何も映してはいなかった。
 青年の声に、少女は。はい、と返事をして。
 小さな口をあけ。
 すう、息を吸い。
 歌われた音は。


 ――ほう、と世界を包みこむ。


 その歌は、静かに響き渡り――。
 学生寮を優しき《闇》で覆い隠した。
 今宵の騒乱に、巻き込まれることのないように……。


     ◇



 ――――りん。


 音が、聴こえた。
 空耳では無い。
 昔、学生時代に聞いた鈴の音色だ。

 「……どうしたの?」

 麻帆良学園・既婚者用の教師の物件。
 その一角。
 家の中で寛いでいた、社会教師の近藤は――妻に、声を掛けられて我を取り戻す。

 「……ああ、いや。――ごめん、何でもないよ」

 「……本当に?」

 妻は――疑わしそうに見る。
 学生時代から割と天然が入っていたり、のんびりしていた彼女であるが――自分のことには意外と敏かったりする部分は、変わっていない。
 自分が何かを抱えているな、と言う事を、どうやら見破られているらしい。

 「……実は、何でもある、かな」

 「やっぱりね……。そうだと思ったよ。……昔と同じ顔、してるから」

 「そうだったかな」

 「うん。『合わせ鏡』の事件のときみたいな、ね」

 (ああ……)

 確かに。
 状況としては――似ているかもしれない。
 あの時は、寮の同室の友人のことで悩んでいた。
 今は――少々状況が違うとはいえ、悩んでいる事は確かだ。


 ――――りん。


 鈴の音が、やはり聞こえる。
 決して近くはない。だが、どこかに。
 学園内のどこかに――いる。
 感覚を超えた、もっと別の部分。
 体験したが故に備わってしまった――第六感とも言うべき本能で。
 「いる」ことが。
 そして、「ある」ことを。
 公民教師の川村ヒデオから……過去に体験した、あの壊れた世界の気配を感じ取ったり。
 なんとなく。本当になんとなく――どこかに、いる様な気がしていたのだ。


 あの、《名付けられし暗黒》が。


 ――――りん。

 「……聞こえるんだ」

 そう、彼は言う。

 「ずっと聴いていなかった――あの、鈴の音色を」

 そう、ポツリと呟いた言葉に。
 妻は表情を変えた。
 彼女もまた――彼と同じように、鈴の音が表す事を知っている。
 高校時代。彼女と出会ったその時は、その場所は。
 暖かかった。
 明るくて、楽しかった。
 だが――しかし。
 それは、壊れてしまった。
 何が原因でも無い、ただの災害。
 《闇》と言う――『異界』に関わったばかりに、彼と、妻を除いて……全ては、無くなってしまったのだ。
 皮肉屋の才女も。
 優しき猟犬も。
 半眼の魔術師も。
 学園の魔女も。
 儚き少女も。
 そして――魔王陛下も。
 皆皆、消えてしまった。
 生きているのも、彼らを覗けば才女一人のみ――彼女とて、今どこで何をしているのか、まったく不明なのだから。

 「……心配、なんだ」

 彼は言う。

 「今度は――君が、消えてしまいそうな気がして」

 「大丈夫」

 彼女は、隣に座り。

 「私は、消えないよ。……消えない。絶対にね。――お母さんは、強いんだから」

 彼女の腹の中には――子供がいる。
 彼の子供だ。
 近藤は思う。
 もしも、あの平和なままの部活が続いていたのなら――はたして、皆何と言ってくれるのだろうかと。
 才女は静かに祝福してくれるだろうし、猟犬は無言のままに強く背中を叩くだろう。
 魔女は、珍しくも優しく笑い、魔術師は哄笑を上げ、神隠しは穏やかに微笑み。
 影の陛下は――無表情なままに、おめでとうとだけ、言うのだろう。
 かつては、そう思っていた。
 いつまでも、平和なままで笑っていられると――そう、思ったのに。
 気が付いたら――自分と、彼女の二人しかいなかった。
 《硝子の獣》も《猟犬》も《魔術師》も《魔女》も――そして《神隠し》と《影》も。
 皆、いなくなっていて。
 二人だけに、なってしまっていた。
 最後の二人が、どこかにいるのだろうと言う事は知っている。
 噂では無い、正真正銘のオカルトスポットには――そんな人物像を見かけたと言う情報が、ある位だ。
 もはや、人間の範疇から外れた――《闇》として。
 だけれども。
 近藤は、恐れている。
 次に関わったら――おそらく、自分と、そして妻とが死ぬことになるのではないか、と。

 「心配しないで。武己君」

 彼女は――そう言って、隣に座る。
 優しく笑った笑顔は――彼が守りたかった笑顔のままだ。
 近藤――近藤武己は。
 妻を――かつては、日下部稜子と言う名を持っていた彼女を。
 ぎゅ、と抱きよせる。
 それ位しか、今の彼に出来る事は――無かったのだ。


 ――――りん。


 鈴の音は、消えることはない。



     ○



 外に出る気がしない。
 そんな印象を受けるのは――決して自分だけでは無いと、椎名桜子は思う。
 寮の廊下であったり、ベランダであったりは出るのに支障はないが――外に出ようとする気が全く起きないのだ。
 さらに言うのであれば――時折、異常に眠気を感じることがある。
 まるで、何かに誘われるように――ふっ、と。
 意識が消えてしまいそうになる。
 そしてそれを、奇妙だと感じる自分がいない。
 同室の親友・柿崎美砂は――『歌が聞こえるね』と言って、さっさと布団に潜ってしまった。耳の良い彼女のことだ。桜子には聞こえていない歌声が、聴こえたのかもしれない。
 もう一人の親友――釘宮円は、外出中だ。何かをしているに違いないが、何をしているのかは分からない。
 この部屋は、委員長達の様に大部屋である。桜子達は、三人で過ごしていた。

 (……私も、人のことは言えないけどね)

 何をしているのかは分からないが、何かが起きている事は――把握している。
 桜子が、それに気が付けているのは――単純に、外の様子を伺うことが出来るからだ。
 室内にいたままで。
 トリックは――実に簡単。

 (怪我をしないようにね、クッキ)

 返事は。

 『ニャー(了解した。ご主人よ)』

 当然の如く、猫の鳴き声だった。


     ◇


 吾輩は猫である。
 名前は――どうやら、飼い主からはクッキと付けられた。
 どこで生まれたのかはトンと覚えておらぬが、しかし傍らには双子の兄弟がいた事を覚えている。名前はビッケ。今は同じくマスターの飼い猫である。
 ……と、まあ自己紹介はこのくらいにしておこう。
 我は猫である。
 これでも齢二十数年。正確には覚えておらぬ。ひょっとしたらもっと上かもしれない。いずれにせよ、ご主人よりも遙かに長生きの猫である。
 二十年を過ぎてから尾が二つに分かれ、人語を解することもできるようになった。……とは言うものの、相手の言っている事が解るだけで、こちらの言っている事を理解できる人間はそうは居ないようであるが。
 なお、主人はきちんと理解して頂ける。
 ありがたい。
 さて、私は今外を出歩いている。
 猫と言う生き物は――これでも、中々、気配に鋭いのである。
 本日の夜は、非常に危険な匂いがするのだ。
 まあ、時折外に出る時に、存在感の薄い少女の幽霊に出会う事があるが――しかし今夜は非常にオゾマシイ臭いがするのである。
 例えば――血の匂い。毒々しい魔力。錆びた鉄を纏った、闇の匂いもする。
 危険がなるべく少なそうな所を歩き、猫としてのスキルを最大限に使用しながら、音を消し、まさに抜き足で私は歩む。

 「ケケケ、ヤルジャネエカ!」

 「くふふふふ!ゼロさんこそ!」

 途中、なんだか鋏を持った女子が人形と笑いながら殺し合っていたり。

 「こんのお!」

 「明日菜さん。もう少し落ち着きください」

 「私の服~!」

 ザリガニと戦う三人がいたりしたが……気のせいではあるまい。
 異常にも程がある光景だった。
 私が猫で良かった。人間ならば卒倒するであろう。
 ちなみに、ご主人と私は視界の共有が出来る訳では無い。
 念話の様なことが出来るのと、そして私の見て来た光景を額を突き合わせることで共有させることは出来るが、残念ながらリアルタイムで出来るのは実況中継だけなのである。

 (クッキ、気を付けてね?)

 うむ、了解した。ご主人よ。
 そんなご主人に、言葉を返し――歩いていると。何やら、自分と似た匂いがする。
 匂いを辿ると、そこにいたのは……若い男性だ。なるほど、この人であったか。
 私のご主人と仲が良い、妖怪の薬屋である。
 この人の正体がなんであるのか、良く分からないのであるが……少なくとも、私とご主人が最初に会った時から、一向に年を取っている雰囲気が無い。もう十年は前の話である。
 あちらも、私に気が付いたようだった。

 「――こんな所に来たら危ないよ」

 いやいや、私もそれなりに隠密行動には自信があるのですよ。
 ご主人の実家のネズミを、一匹残らず退治した実力は伊達では無い。
 けれども、普段よりかなり真剣な表情で、深山木秋さんは言う。

 「猫又君。……悪い事は言わない。すぐに戻るべきだよ」

 薬屋・秋さんの言葉は――どうやら、真剣に強かった。

 (……なら、仕方無い。戻って来て良いよ)

 ご主人は――そう、私に伝えてくれる。

 「ここはね、猫君。少なくとも妖怪が大手を振って出歩ける、桜新町じゃないんだ。霊桜《七郷》が植えてあるおかげで過ごしやすいけれども――僕の様に巧妙に擬態が出来るなら兎も角、普通のアヤカシは毛嫌いされる事も多い。……まして、今晩の魔法使いは、かなり今、殺気立ってる。――かなり、侵入者達に押されているからね。君の主人は寮の中にいるから危険は少ないだろうけれど……猫君。君はすぐに戻らないと、攻撃に巻き込まれる可能性が多い。急いで帰るべきだ」

 ――どうやら、本当に危険らしい。
 今思えば、ひょっとして寮の周辺が安全だったのは、あの嫌な空気の気配が、守っていたからだろうか。

 「……さて、ね」

 どうやらこの人は――何か色々と知っているようであるけれども。
 私は素直に忠告を聞き入れて、ご主人の元にと帰ったのである。



 辿り着いた私を、ご主人は――回収する。
 私もビッケも世間一般で言うところの「まともな」猫では無いので、あの薬屋に特別に注文して、特製の寝所を準備して貰った。
 私達は――魔力を補給できるその空間の中、ゆっくりと過ごし、そしてご主人に呼ばれた時に出て行くのである。
 世間一般において、それはきっと――使い魔、と言うのかもしれない。
 まあ良い。私も寝る事にする。



     ○



 「はあ……退屈ですね~」

 「そうかね。では、さよちゃん。私が持ってきたこの服を着てみてはどうだろう?」

 「いえ……それは、ちょっと遠慮しておきます。リィンさん」

 私は相変わらず、教室の自分の机の上でボーっとしています。
 今日は非常に騒がしくて、まあ何とか中学校の周辺で起きている事は見に行けるのですが、しかしどの現場も私が行くには遠すぎるからです。
 エヴァンジェリンさんが原因らしいですが、正直羨ましいです。
 まあ、時々話をしに来てくれていて、そういえば……ネギ先生に何かするような話を、こっそりと教えてくれました。今日が、きっとその日なのだと思います。

 「では、こっちは?」

 「お断りしますね」

 そんな私の前で、二種類のメイド服を見せる、こちらも幽霊さん。
 本名をリィン・レジオスター。
 いえ、悪い人では無いですし、それに私の話し相手になってくれる浮遊霊なのでとても感謝しているのですが……メイド服を着せるのが趣味と言う、困った人――じゃなくて困った幽霊です。
 元々神父だったのが、配属された協会の、地下にあったダンジョンで(何故あったんでしょうね……)命を落として、そのまま成仏できずにいるそうです。馬鹿じゃないでしょうか。
 幽霊と言う存在は――肉体を失っています。
 肉体が無いのに、何故この世界において思考し、そして行動することが出来るのか――詳しい事は知りませんが、魂と、私達の体を造っている魔力が、肉体としての役目を補っているようです。――勿論これは、吸血鬼さんの受け売りですけれど。

 「浮かない顔をしているな?」

 「そうですか?」

 神父さんが訊ねました。
 特別に困っている訳では無いのですが……まあ、確かに、色々と現状に対して、思う事はあります。どうして私が、浮遊霊に昇進出来無いのか――とか。
 あとは……。

 「ああ、そう言えば」

 「何かな?――私はこれでも神父だ。話して見たまえ」

 こんなんで神父って務まったんでしょうか……。いえ、ひょっとして日本に来てから目覚めてしまったのかもしれませんが。

 「私、皆に全く気が付かれないんですが……何故なんでしょう?」

 「――まあ、君が地味で目立たない、と言うのはあるだろうが」

 「はうっ――ひ、酷いですね……」

 結構、今のは大きなダメージでした。

 「……ふむ、まあ、では気付かれるためのヒントは――話せるかもしれないな」

 リィンさんは、そう言ってレクチャーを始めました。


     ◇


 「幽霊とは、一種のプログラムなのだと仮定してみよう」

 神父さんの、それが第一声でした。

 「脳と言う名のソフト、肉体と言う名のハードを持っているとして……通常、私達は認識される事が出来ない。それは、私達がここにいても、それを普通の人間は――解読できない。言い変えるならば、ソフトに処理能力が無いために、プログラムである私達を開くことが出来ない。つまりは判らない、そういうことだ」

 えーと、これでも六十年間、授業を聞いているのでそれなりに機械を理解出来たりはします。学園内なら出歩けるので、他の人が使用しているのを見ることもできますしね。
 最近の機械技術の進歩は凄いです。
 いえ、明治期に稼働兵器を見た事はあるのですが。

 「なら、私達を解析するためにはどうすればいいか?――処理プログラムをインストールする必要があるな」

 処理プログラム……ですか。

 「それは?」

 「オカルト――言ってしまえば、その幽霊に関しての『怪談話』だよ」

 神父さんは、言います。

 「私達と言う存在が「そこにいる」ことを知って、それで初めて私達を認識できるようになるのさ。当然、噂が広がれば広がるほど私達は多くの人間に、よりはっきりと認識されるようになる。……まあ、つまり退治される可能性も高くなるのだがね」

 ――ああ、確かに。
 エヴァンジェリンさんからも忠告を受けましたね。あまり目立って退治されるのが嫌なら時期を見ろって。適当な時に私を紹介してくれる――って言ってましたし。

 「世界は広くてね。時折だが、予めプログラムを持ったまま生まれてくる人間がいたり、あるいは絶対にインストールできない人間もいたりする。前者の中には、普通に友人として接することが出来る物も多い。――かく言う私が世話になっているのもそう言う人間だよ。……鷺ノ宮と言う」

 「へえ。……また、懐かしい名前ですね」

 「知りあいかね?」

 「ええ。生きてる時にあったことがあります」

 というか、普通に同級生でした。
 そう言えば、もう六十年になりますが……今の学園長は近衛君だし、ひなたちゃんは凄い人脈を持ってるし、三千院の帝君は石油王だし、銀ちゃんも並ぶくらいの大金持ちです。アテネさんとか、今何やっているんでしょうか。
 時代の流れを感じますね……。

 「まあ、私達は幽霊だ。人間でも無ければ、《闇》に属す訳でも無い――言ってみれば灰色の領域に属す者だよ。《闇》ほどにタチは悪くないが、あの世界に行っても十分に生活していける。……同族が非常に少ないことと、退屈さを除けば快適に過ごせるのだしね」

 これ以上死ぬことも無いし、自由に振舞えるのだから、と言う。

 「まあ、個人的な欲求は消えることはないよ。生前に出来なかった未練とも関係があるのだろうしね」

 ――――なるほど。……そういえば。
 私は――思い出します。
 植えたツワブキの花――今はどうなっているのでしょうか。
 妹が大事にしていた、あの花は。
 私の両親は大きな劇場で働いていました。当時人気のあった、帝都の歌劇団です。私も両親を訪ねて――数え切れないほど足を運びました。
 でも、その両親が死んで……お金は、歌劇団の人が少しずつ出してくれたので何とかなりましたが――妹と二人で、私はこの学園の敷地に住みこんだのです。
 その際に植えたのが――ツワブキの花。
 あの、大きな時計塔の麓――に。

 「というわけで、だ。さよちゃん」

 「……あ、はい。――ごめんなさい。何ですか?」

 思わず回想に浸っていた私を、神父さんが引き戻しました。

 「私の個人的欲求を満たすために、メイド服を着てみてくれたまえ。髪も長いし、生まれは明治期だろう?――淑女の嗜みとして奉仕精神もある。君ならば、実にドジっ娘な、素晴らしいメイドになれること請けあぷらあっ!」

 もう全力で頬を叩かせて貰いました。
 ――あれさえなければ、良い人なんですがね……。



     ○



 「♪~~」

 鼻歌を歌いながら、停電の大騒動を眺める――《億千万の目》マリーチである。
 場所は神殿協会の最上階の特別室。
 元々非常に静かな部屋であるが、今晩はさらに音がしない。静寂が部屋を満たしている。音を発するのは――彼女のみ。
 彼女の眼は閉じられている。
 机に腰掛け、紅茶の注がれたティーカップを持ちながら、優雅に――そして楽しそうに、騒動を傍観しているのだ。
 そんな彼女の元。目の前に――ゆらり、と霧が現れる。
 霧の様な……良く分からない、なにかだ。 
 ゆらり、とまるで波の様に空間をたゆませた、それ。

 「お邪魔いたします。《億千万の口》」

 人形師ローゼンが閉じこもる隔離世『Fの空間』である。
 やってきた人物に――マリーチは、顔だけの笑みを見せる。

 「あらあら……。久しぶりねえ――人形師に与えた、私の僕」

 「いやいや、そうでございますな」

 マリーチの前に立ったのは……人間ではない。
 シルクハットにステッキ。テールコートを身に付けている。紳士然としていて言葉使いも丁寧であるが――重要なのは、その顔がウサギであるという事だ。
 彼の名はラプラス――物語の事象を知ることが出来る、世界を渡り歩く存在であり。
 かつて彼女が接触した一人の人間。
 世界最高の人形師・ローゼンに与えた――彼女の眷属であったものだ。
 このウサギの様な、彼女の僕《ラプラスの眷属》は――もはや使用しないと決めている。故に、目の前にいるのは……要は、過去の残滓だった。

 「それで?何の御用かしら?」

 「いえいえ。――実は、役目を与えられなかった《薔薇人形》達と見物していたのですが……鬱陶しい、と追い出されてしまいまして。ジュン様に、どこか別の場所で見てこい、と――」

 「それで私の元へ?……あらあら、物好きねえ」

 「重々、自覚しておりますよ」

 優雅に頷いて――ウサギは、下座に腰かける。
 どこからかティーセットを取り出して、一口。ウサギが紅茶を飲む光景は、非常にシュールだった。

 「ところで」

 紅茶を飲みながら、ラプラスの悪魔は尋ねる。

 「マリーチ様。……なにやら、面白い噂話を聞いたのですが?」

 「あらあら、何の事かしら?」

 「『聖杯』――と、ローゼンは申しておりましたな」

 マリーチの。
 動きが止まったのは――気のせいでは、無かった。


     ◇


 ウサギは言う。

 「いえいえ、私も知ってはいるのですよ。並行世界では無いが故に――見に行くことは出来ませんが、しかし世界の境界線上で出会い、そして会話を交わしたことはあるのですよ。――あの宝石のゼルリッチ公とね」

 それは《億千万の目》。貴方も同じのはずです――と。
 優雅なままで、言う。

 「……ええ。そうね。見ることは出来ないわね。精々が、並行世界の極限、限界の境目においての会話を見れる程度。でも、いえ……だからこそ。私も知識を持っているわ」

 マリーチは。
 紅い唇を歪めて、笑う。

 「『聖杯』について、ね」

 ニイ――と歪んだそれは、
 深淵を見据えた――魔神に相応しい、狂気を孕んだ圧倒的な笑みである。
 だが――それを、ラプラスの悪魔は、さらりと流し。

 「不死身の呪いを持った緑髪の魔女と、その片割れである魔王――二人がこの世界にやってきた理由」

 そう、歌うように呟く。

 「こちらに堕ちて来た魔導師と、その系譜。……そして、母親と娘が来た理由」

 預言者も、それに応えて。

 「さらに言うのであれば……世界の頂点を決めるあの大会もそうですな。あの大会の副賞が――つまりは、理由の一つと言う事でしょう」

 「ええ。そして――世界の意思となった、あの狐もそうね」

 そう、やってきた原因は四つある。
 無論。全てを見ることが出来る預言者とはいえ――欠落している情報は多い。
 だが、それでも大体のところは把握している。

 「うふふふ。きっと、もっと大きな騒乱になるわ」

 《億千万の口》は――そう言って、かつての部下に言う。

 「でしょうな」

 ウサギもまた――頷く。

 「『聖杯』による、騒動――否、戦争ね。もはや。《学問》《財力》《政治》《暴力》《宗教》《情報》――この世界の全てが舞台となる、世界最大の大戦よ?」

 「起きるでしょうな。国と国では無く、ただ望みを掴み、叶える為に行われる個人による個人の為の戦争でございます。……そして、我らの役目はその観察。……いやいや、まったく。楽しみなものでございますな」

 そして。
 傍観者の二名は――同時に、同じ単語を口にした。


 「「聖杯戦争」」





 舞台の裏。
 それは、語られることのない観客達の物語。
 彼らの想いを知ることはなく。
 彼らの願いを知ることはなく。
 舞台の宴は加速する。



 次なる舞台の準備が。
 ――少しずつ、しかし確実に進んでいる事を知る由もなく。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台③
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/09/22 20:21
 


 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその③



 闇夜の中、落下するのは一つの影。
 決して大柄では無い女子の物。髪は長く、しかし瞳は真紅であり。
 流星の様に地面へと落ち、そこに巨大な穴を穿ったのは――一体の吸血鬼の肉体だった。

 「ま、ったく」

 ――――それは、和泉亜子。

 「我を、落とすとは」

 ただし、彼女の意識では無く――その血に封印され、偶然の末に蘇った上弦。……正確には、『上弦の記憶と力を保有する存在』。
 そして、その彼女を天井から見つけるのは、白石の美貌と長い髪を持つ、もう一体の異形。
 『螺旋なる蛇(オピオン)』の《王国(マルクト)》。吸精・ツェツィーリエである。

 「はっ」

 彼女は――嗤う。
 敗者に、八重歯を見せて……勝ち誇る。

 「まあ、それなりに面白かったぜ?先輩」

 ――――そう。
 闇夜の激突の中で、上弦は……敗北した。
 何故敗北したのかを、彼女は理解できてはいるまい。
 ――知っていたのはおそらく……目前にいる女吸血鬼と――上弦の内部にいる『和泉亜子の意識』だけだっただろう。
 だが、それを彼女は知ることは出来ない。
 知ろうとも思わない。
 ある意味では真っ当に正しく、吸血鬼の大半の存在がそうであると認めているように、上弦もまた。
 人間と言う生き物の、彼らの保有する無限の可能性を――知ることが出来なかったが故に負けた事は、理解できないだろう。
 そうして。

 「だからよ?」

 誰が見ても勝者である女吸血鬼は――嘲笑って言い放った。


 「さっさと私の力になれ」


 倒れ伏した上弦が身を起こすよりも早く。
 ツェツィーリエはその首元に喰らいついた。



     ●



 その力は、吸収される。
 《王国》ツェツィーリエの力の礎とされていく。
 そばにいる物でなくとも、はっきりと理解できるほどの魔力の拍動を感じ取り。
 より大きく、より強く、より高みへと昇る女吸血鬼。
 その影響は――今宵のみの下僕として召し抱えられた、三体の捨てゴマにも伝わって行った。



     ○



 とある建物に、罅が入っている。
 大泥棒が、はち合わせた吸精の下僕を蹴り飛ばした場所だ。
 相当な威力の一撃を受け、おそらくは満身創痍だったその下僕は――主の力が大きくなったのに呼応し、起き上る。
 そして――再度、闇夜の中にその身を投じて行った。


     ◇


 体に満ちる大きな魔力は、時として毒にもなる。
 他の二体と同じように――強大な魔力を主人から与えられた、侵入者の一人。
 彼の運が悪かったのはただ一つ。自分自身のその肉体を信じた余り、急激に大きくなった供給量について行くことが出来ず――結果として崩壊したという点だ。

 「……魔力とかそんな物は知らねえがな。まあ理屈として言や、そんな所だろ」

 毒草も薬となる。その逆も然り。どんなものでもやり過ぎは害になる。
 千雨の目の前にいるのも、そんな存在だった。

 「リアルバイオハザードだな」

 二メートルを超す巨大な体は、おそらく供給量を超えてオーバーヒートしてしまったためか、もはや崩れ落ちかけているほど。
 先程までの理性の色は無し。ついでに、自分の保有する技能を使用する知性も無し。
 ゲームに出てくる化け物そのままだが。

 「ま、ウイルス撒き散らさない部分と、対処方法が判明している部分は幸いだな」

 この目の前の存在が、先ほどまでの様に軍勢を召還したりするとは、とてもではないが思えない。

 (ま、ごり押しだろうな)

 セオリーとするなら、直接肉体から破壊するしかあるまい。
 ――誰かがこいつの主人を倒せば終わりなんだろう、という予測はあるものの。
 それが出来る人材が今この地でどれほどいるかは――考えるまでもない。

 「おい、高町ヴィヴィオ。ボケっとしてんじゃねえ」

 千雨は――持っていた長剣を、構えなおす。


 「ここからが、本当に命がけだ」



     ◇


 例えば、目の前に崖があったとする。
 高くて目が眩みそうな位。足が縺れて前に倒れたら、一直線に落ちて行ってしまうだろう崖だ。
 しかも背後からは追手が迫っている。
 でも、自分はそこから落ちても死ぬことはないと解っていて。
 崖の下で――助けを呼ぶ声が聞こえたならば。
 そこから飛び降りることは、誰でも出来る。
 ならば、飛び降りる際に持っていなければいけない物は――何なのだろうか。


 ネギ・スプリングフィールドの場合は、おそらく一生懸命な助力心で行動する。


 絡繰茶々丸の場合は、極普通に、冷静な判断力と言うだろう。


 エヴァンジェリンの場合は――場合にもよるだろうが、おそらく見捨てることの覚悟も持つに違いない。


 では、明日菜の場合は。
 ――目の前の状況を認識しながら、彼女は侵入者に飛び蹴りを直撃させたことを思い出す。

 (……助けることへの、覚悟!)

 つまりは、それが思ったことだ。

 『他者を助けることは、大きなことでは無いよ。明日奈君』

 だが、つまりそれは、こうでもあるのだと――以前、タカミチ・T・高畑から聞いた。

 『言いかえればね、他者を助けるために大きなことをすると言う事は、大きなことで助けることの出来ない人も生まれるし、逆に助けない方が助かった人も出ると言う事だよ』

 (……今なら、わかります。高畑先生)

 彼はきっと――自分の中に何かを見ていた。
 ネギ・スプリングフィールドという少年が来訪したことは、確実に何かを齎すであろうことを……彼は、昔から予測していたのかもしれない。
 ならばこそ。
 神楽坂明日菜は、ここで引くことが出来ない。



 ――――視界の中で、北大路美奈子が倒れていた。



 北大路美奈子(持っていた十手がしゃべったことには驚いた)と、茶々丸と、明日菜と。
 三人での戦いは、十分に相手を凌駕していた。
 十分過ぎるほどに、相手を追い詰めていた。
 体感時間は長くは無かったけれども、おそらく十分以上は打ち合っていただろう。
 硬い甲殻にも少しずつではあるがダメージが蓄積され。
 もう少しで、今度こそ相手を倒せると思っていたのだ。
 だが――――。

 「茶々丸さん。これって……どうなってるの?」

 「先程、この種族名がシザーハンズと申しましたが」

 横殴りの一撃を、スウェーバックで回避して距離をとりつつ――明日菜は訊く。

 「これには勿論、口がありません。しかし、私達は何回か、獣・生物としての鳴き声以外に、明らかに人間の発する声を聞いています」

 腰を落とし、頭上を通り過ぎた腕のしたに入り込み――拳激を放つ茶々丸である。勿論、相手にはダメージが無い。

 「つまり?」

 「召喚された際に、逆に術者が喰らいつくされたのかと」

 「……はあ?」

 背後。北大路美奈子は――どうやら頭を強くぶつけて意識を失っている。
 明日菜も茶々丸も、彼女とザリガニの間に身を置いていた。

 「詳しい事は省きます。侵入者はこのシザーハンズを召喚しました。しかしトラブルによって逆にシザーハンズに捕食され、おそらく死にかけた所を今現在支配下に置かれている主人に、下僕――いえ、ただの道具とされたのかと思われます。そして」

 「さっきのタイミングで、相手が強くなったってことね……」

 北大路美奈子の渾身の一撃は、確かに相手に致命傷を与えた……はずだった。
 いや、相手がそのままならば致命傷になったのだろう。
 だが、唐突に力を取り戻したザリガニは――一瞬気を抜いた美奈子の防御を簡単に打ち破り、頭部へ攻撃を直撃させて吹き飛ばしたのだ。
 誰が悪いのでも無い。
 気を抜いた三人が三人とも、悪いのだ。

 「おそらく、意識は人間であり、肉体はザリガニだったのでしょう。古今東西、妖や魔獣と言う存在は、人間に憑依することが多々あります。シザーハンズほどの低級種族では非常に珍しいのですが……」

 「…………」

 正直、オゾマシイ。
 恐怖感よりも、むしろ生理的な嫌悪感。怪奇ザリガニ人間――なんて、いつの時代のB級映画だ。
 横に並んだ二人は、相手の攻撃に合わせて――左右を変える。
 明日菜の現状では、相手の攻撃を受けるのも危険だった。仕方無いから回避に徹し、茶々丸は防御を主体に、僅かに攻撃を加えることで敵の注意を引く。

 「しかし――だとしますと。明日菜さん」

 追い詰めていたはずが、逆に手詰まりに追い込まれている中――茶々丸が言った。

 「よろしいので?」

 「何が」

 「いえ、相手は外見こそザリガニですが――人間です。もはや意識を失ってバーサーカーと化していますが、かつては人間でした。それはつまり――」



 「明日菜さんは、このままだと人殺しを実行することになってしまいますが」



 空気が、行動と一緒に固まった。

 「――っ!」

 咄嗟に背後に交わすが、何本かの髪の毛は持っていかれている。

 「本来はここで言うべきことではありませんが――明日菜さん。ここが貴方の分水嶺です。このまま、この相手に対し戦うと言う事は、それはつまり殺し合いです。私達の様な、マスターとネギ先生の様な、そんな決闘や相対であるというような物では無く、正真正銘の生物としての生存競争を、行う事になります」

 茶々丸の言葉も、表情も冷静そのままだ。

 「――申し訳ありません。ですが。私は今、貴方にここで言っておくべきだと思ったのです」

 明日菜は――その言葉に。

 「……そんなの」

 頭の中で――思い出す。

 『誰かを救う事は、誰かを救わないことと同意義である』

 そう語った、タカミチ・T・高畑の言葉を。

 (……なら、私は――)

 全ては救えない。
 それは――事実なのだと思う。
 心のどこかで、それを実感している自分がいる。
 過去にどこかで、全てを救えなかったという事実を知っている……自分がいる。
 ならば、自分にとって大事な物は。
 それ位ならば、救えるのか。
 今の現状では、答えは出せない。
 答えを出せるほど、明日菜は悟りきっていない。
 クラスの中で、きっとはっきりと答えることが出来る人間もいるのだろうけれど。
 でも、明日菜には――今はまだ、答えられないのだ。
 だから、明日菜は――叫んだ。


 「このザリガニを叩きのめして動けなくしてそれから考える!」


 「――それは」

 その言葉に、茶々丸は――僅かに表情を変えた。
 きっとそれは、苦笑と呼ぶべきもの。

 「実に、明日菜さんらしい返答です」

 少女二人は――再び、相手に向きあった。



     ○


 
 大河の奔流の中で、猛烈な勢いで逆流する魚がいる。
 大河とは情報。
 そして魚とは――即ちウィル子のことだ。
 最も、鮭であるとか、そんな可愛らしい物では無い。魚は魚でも鮫。それも人食い鮫だ。

 (……ああ!もう!)

 数が多い。
 一枚一枚の防壁は0,1秒掛らない。100,000枚ならば換算して百六十六分。
 始めて既に一時間以上が経過したため、ウィル子の処理速度はむしろ研ぎ澄まされ、ペースがアップしているが……しかしそれでも、時間はまだかかる。
 それだけでなく、時折ウィル子に攻撃をしてくる。
 あらかじめ仕組まれていたウィルス――それも、並の企業のメインコンピュータくらいならば数秒で破壊してのける世界最高峰のウィルスだ。
 その程度では全くダメージを受けない。精々が小石を投げられたくらい。
 だが……実際に経験してみれば判る。

 (ああ!もう!腹が立ちますねっ!)

 正直、物凄くウザったい。
 苛々感を募らせるとも言える。
 焦れて処理を間違えば、そこでおそらく数秒のロスが生まれる。その数秒があれば、相手はさらに攻撃を仕掛けるのだ。
 手強い。本当に強い。
 だけれども。
 ウィル子は――ここで負ける訳にはいかないのだ。
 勝負のレベルは関係が無い。
 『電脳世界を統べる神として』――この戦いに負ける訳にはいかないのだ。

 (もっと、何か、早くする手段は……)

 無いものか。
 そう、考えた時だ。
 まるで、川の流れが縦に両断されるように。

 「な!?」

 一気に、彼女のスピードが上がる。
 背後から何者かに押されたように――加速する。
 ウィル子自身の能力では無い。

 (これ、は……?)

 ソフトであるウィル子では無く――『ハードのレベルが上がった』。
 ウィル子とは関係のない部分で、相手とも関係が無い部分で。
 それはつまり。

 (マスター……マスターですか!)

 川村ヒデオが、どうにかしてハードのレベルを上げたのだ。
 方法は分からない。
 だけれども、あの青年は――ウィル子に助力をした。

 (……まさか!)

 それの示す意味に、気が付く。
 相手側も。



 あの戯言使いと呼ばれていた青年が――あちら側の実働部隊として行動しているからか。



 相手《チーム》に勝利を引き寄せるための、実働部隊が動いている。
 ならば、電子戦を助けるために――彼も。
 川村ヒデオも――こちらに助力をした。
 それならば、理屈も筋も通る。

 (……事情はありそうですが、ここは礼を言います!)

 ウィル子に躊躇いは無い。
 全力で――このハイスペックな処理能力を活用させて貰う。
 ウィル子は加速する。
 向かう先は、中央制御室のメインコンピュータだ。


     ◇


 所代わって、現実。

 「……何、を」

 ――したのだ?
 普段より僅かに視線を鋭くして、川村ヒデオは目の前の少女を見る。
 超鈴音。
 この麻帆良の地において――おそらく、最も優れた頭脳と知識、技能を保有した――何を考えているのか全く判断が出来ない少女。
 度々ではあるが、教師の間でも名前が挙がる存在であり――相当にマークされている人材であることも確かだ。
 まあヒデオ自身はあまり注目していない……もとい、彼女自身に考えがあるのならば好きに行動すればいいと思っている。
 ヒデオが行動するとすれば――彼女の目的がはっきりした時であり、それが彼自身が許す事の出来ない場合のみだ。まあ宮内庁からの命令という可能性も無くはないが――あの上司達のことを鑑みるに、その辺りは問題ないだろう。
 ノートパソコンに手を当てた彼女は、いとも簡単に機械のスペックを上昇させたのだ。

 「――簡単な話ネ」

 ヒデオの視線に――超は、ふふふ、と笑みを浮かべ。

 「今現在における麻帆良の現状は――お世辞にも有利とは言えない。携帯電話も使用不可能になってしまっているしネ。相手側の情報操作による混乱も大きいし、今現在生き残っている相手戦力は――揃いも揃って、相当の実力者。こちらもきちんとした統制の下で迎え撃たなければ……相手のゲリラ戦で消耗させられる一方ヨ」

 そこまで話されて――ヒデオは、納得する。

 「……だから、ウィル子を」

 「そうヨ。今現在行われている電子戦を――兎に角『どちらかに勝利を齎せば、それで最低限のシステムは確保される』……。と言っても――まあ、私が現状、出来るのは処理速度を上昇させることくらいだけどネ」

 ……そうだ。それも疑問だった。

 「処理能力、を」

 ヒデオも、ウィル子の計算能力がどれ程すさまじい物かはよく把握している。過去に彼女の頭の中を覗いた結果――情報の海に溺れて自己を失いそうになったほどなのだから。
 ウィル子に協力する――とまでは行かずとも、少なくとも超は並走している。
 膨大な情報の本流に飲まれることなく、ウィル子を追いかけることが出来ているのだ。
 ――どうやって、はこの場合重要では無い。
 非常に見られない現象とは言え、少なくとも相手と――《チーム》だったか。彼らと同じだけの、技量と性能があれば可能だろう。
 重要なのは。

 (……何故、それが)

 なぜそれが、ヒデオの抱えているハードに触れただけで出来るのか……と言う事だ。

 「……超さん。貴方は――電子精霊でも?」

 無詠唱で使用すれば、まあ一応この現象の説明は付く。
 無論、弐十院満が使用するような――一般的な電子精霊のことであり、言い変えるならば電子の使い魔とも言うべき存在の事だ。

 「――さてネ」

 その言葉に――彼女は、反応をしない。

 (……違う、な)

 どうやら――違う。少なくとも魔法では無いのだろう。魔法では無いとするならば、科学か?……ああ、そうかもしれない。だが、今の科学かと言われれば――違うような気もする。そもそも、電子精霊はオカルトと魔法と科学の境界線上だ。
 よし、言い方を変えよう。

 「貴方は――魔法使いで?」

 ヒデオの言葉に――超は。
 やはり、にやりとした笑みで――こう答えた。

 「違うヨ。ヒデオ先生。私の使うのは、はっきりとした科学技術ネ。そしてもう一つ。私は魔法使いじゃ無い」



 「魔法士だヨ」



 その意味が示す者ものは、ヒデオにはまだ判らない。
 だが、訊かなければいけないことがもう一つ。
 本当は――こちらを先に言いたかった。
 だがそれをヒデオは冷静に抑えて、知っておく必要のあるレベルの高いものから、あえて聞いたのだ。

 「超鈴音。……理屈はともかく、勝手に戦いに介入して」

 珍しくも――相当に、機嫌が悪くなっているヒデオだった。
 超の目的も狙いも解った。確かに判断としては正しいだろう。だが……ウィル子の戦いに勝手に手を出すこととは別の問題だ。
 全力状態の彼女に勝手に手を貸す等とは――神に何を考えている?
 侮辱以外の何物でも無い。
 もっと率直に言おう。



 部外者が口を出して良いと思っているのか?



 魔眼の王と天才少女は、睨み合う。
 そして、その頭上には――。

 「十全ですわ、お友達(ディアフレンド)」

 大泥棒が、依頼を完遂させようと動いていた。



     ○



 風が渦を巻く。
 蹴りと拳との攻防は、それ自体が疾風であり烈風だった。
 互いに縦横無尽に空中を駆け廻る。

 「せめて名前くらいは名乗ってくれませんかねえっ!」

 片方は、春日美空。

 「…………」

 片方は、侵入者。
 意外な事に、現状は美空が押していた。
 相手は防戦一方であり――むしろ、どうやってこの状況を切り抜けるのかを思案しているようにも見える。
 意識はこちらに向いているものの、美空の僅かな隙を突くことなく、回避と防御に徹しているのだから……相手の実力が伺えると言うものだ。

 (なら……)

 片手間に美空を相手取っていること、後悔させてやろう。
 ガン、ガン、ガンとリズムよく仕掛けた攻撃は、突如として曲調を変える。
 相手を手数で圧倒するための――引くことに重点を置いた蹴り。
 速度が上がる。
 ガッガッガッという早い鼓動が、宙に刻まれ、夜空に響いて行く。
 それは、円を描く。
 足裏が、相手を中心とした大きな円を描き――――。

 「円舞――――!」

 美空は、叫んだ。

 「霧風っ!」

 瞬間――暴風。
 生まれ出た霧と螺旋の風が一気に周囲を覆い尽くし、その中心には――侵入者。
 効果は長くない、精々が数秒。

 (それだけあれば!)

 美空は、一気に上昇。その身は、すでに空のはるか上空にいる。
 眼下、風の牢獄の中にいる相手に向かって――両足を揃え。

 「いくっすよっ!」

 一転して。



 ――――落下した。



 猛烈な勢いで風を切り。
 黒い靴に覆われた足が、まるで一つの大きな槍へと変わり。
 落下速度に、加速力。美空の全体重を乗せたその黒き一撃は――相手へと迫る。
 攻撃にしてはあまりにも単純。
 だが、単純ゆえに威力は高い。
 それらの攻撃を――無論、相手は回避しようとする。
 落下してくるだけ、大きく動けば回避することはた易い。
 だが。

 「……何時の間に?」

 侵入者の周囲には、檻が構成されていた。
 破るのに数秒は時間を要する、十字架の結界。

 「……まさか、さっきの!?」

 彼は、咄嗟に上空を仰ぎ見る。
 霧と暴風の、蹴りと同時に。
 こちらに気付かれないように。

 (視界を塞いだ、それこそが真の狙い……)

 「失墜の踏技――――!」

 落下する美空は、まさに流星。

 「鉄枷ええええええええっ!」

 黒の大槍が――直撃する!
 その一撃は、侵入者を地面へと叩きつけた!



     ●



 美空が優位に立っていた理由。
 第一に、相手は美空に対して決して全力を出さなかったからだ。彼にして見れば、そもそも戦うつもりも無かった。
 第二に、美空の保有するアーティファクトを『とある理由』から知っていたが、それはただ足が速くなるだけの能力しか持っていないと思っていた部分があるからだ。無論、予測の内にはそれ以上の可能性もあると思っていた。言ってみれば、知識があるが故の先入観を、相手が持っていたからだ。
 第三に、春日美空がそれほどの――少なくとも学園警備員のトップレベルの実力を保有しているとは相手も思っていなかった。
 これらの考えと、そしてなにより3-Aの生徒に対する「彼」自身の心が――美空を優位に立たせていた。
 故に。
 仮に相手が全力になった場合。
 ――美空は、決して勝つことの出来ないということだ。


     ◇


 土煙りが立ちあがる中。
 「その人物」は、内心で思う。

 (油断、していたつもりは……)

 無かったのだが。
 しかし、まさか自分がこれ程の一撃を、『この状態で』入れられるとは、思っていなかった。
 彼女があそこまで動けるのだとは、思っていなかったのだし。
 流線を描き、地へと落下する彼は、しかし――。

 (……仕方、ありません)


 ――そこで、彼女が生徒であると言う容赦を捨てた。



     ●



 視界の中。
 粉塵を切って表れた侵入者は。
 虚空瞬動で宙を蹴り、生まれる爆発的な加速力で一直線に。
 美空は、それを右に回ひ――



 その背後には既に、彼は到達している。



 (なっ……!)

 表情を変える美空は、右足を軸に足を跳ね上げこちらへ繰り出――



 前方。美空の懐にいた。



 ――そんな。
 早過ぎる!
 咄嗟に膝を、相手の拳と自分の腹部の間に差し入れ――



 下から脇腹への一撃を受けた。



 (――んな、馬鹿な!)

 ただ早いだけでは無い。
 美空が反応出来ないほどに早過ぎる。
 これでもかつて――神殿協会の異端審問官第二部に所属していた彼女であるというのに。

 「ぐ、うう!」

 驚愕に、悲鳴が遅れるほどに――春日美空は、反応できないでいる。
 反応したとしても、こちらが行動するよりも早くに攻撃されてしまう……!
 脇腹への一撃で、おそらく何本か『逝った』。
 宙に殴り飛ばされ、身を立て直すより早く、側面に回り込まれ――――。

 「が、あっ」

 ガードした腕は、おそらく罅。
 体の動きが止まった一瞬で、数十の打撃を受ける。

 (マズ、イ……!)

 一撃一撃が、並では無い。
 やられる。
 ガードは――もう少し鍛えた人間ならばまだ可能性はあるが、女子中学生には重すぎる。
 ダン――!とその場で縦に転がるように飛び、辛うじて相手の一撃を回避するが――。



 次の瞬間には、背後に回り込まれていた。



 激痛と共に、飛ばされる。
 顔に当たる風は、冷たく感じるほどに鋭い。
 それは、飛ばされた威力と加速力を示すもの。
 必死に体勢を立て直し、せめて逃げることくらいは出来ないかと思考する美空は――。

 「すみませんが」

 声が聞こえたと思ったら、腕を掴まれて宙づりにされていた。

 (こ、の!)

 相手の顔面に向けて繰り出した足は――相手の顎に直撃するが。

 「……終り、です」

 (は……これ、は……やば)

 ――――逃げられない事を、感覚として悟った。
 本気で顎をけり上げて、微動だにされなかった。
 目の前の男の攻撃で、もはや体は――気が付いたらボロボロだ。
 ほんの数分前までは無傷だったくせに……いきなり。



 相手がいきなり早く、そして強くなった。



 鳩尾に、一撃。
 ずしり、と体が重くなる。
 霞む視界の中で、美空は――気が付いた。
 巧妙に隠されているが、よく『視れば』わかる。
 目の前の男の体には――魔力が渦を巻いている。
 魔法を吸収して身に纏っている。

 (……昔、どっか、で――聞いた、なあ)

 意識が遠くなっていく。

 「……先ほど、貴方は僕にこう聞きました。『せめて呼び方くらいは言って欲しい』……手向けとして、教えましょう、美空さん――」

 その言葉。
 その口調。
 どこかで聞いたことのあるその話し方。
 身に纏う空気。

 (……ま、さか)

 美空は――この目の前の存在が誰なのかを、理解し。
 そして意識を失った。


 最後に耳に届いたのは、相手の言葉。


 「僕は――『アーチャー』です」



     ○



 北大路美奈子は。
 自分が強くない存在であることなど、どこかで自覚していた。
 それをはっきりと教えられたのは、聖魔杯の戦いの最中では無かっただろうか。
 例えば、川村ヒデオに裏切られたと思った際の――工場区画での出会い。正真正銘の魔神《億千万の口》に遭遇した時。
 例えば、聖魔グランプリ。崖から転落して――彼に、助けだされた時。
 例えば、最終決戦の際に――ようやっと、魔人を一対一で戦って、倒せた時。
 どれもこれも、幸運や、岡丸や――そして、川村ヒデオが居なかったら。
 北大路美奈子は、生きてはいまい。
 生きていたとしても、今ここにいる事は当然の様にできなかっただろう。
 大きな怪我の後遺症を引きずっていたかもしれない。
 警察の会計課に属する、一婦警として――日々を過ごし、そして職場か、親の命で見合いをした後に、極普通の女性として結婚し、極普通に――生涯を終える可能性すらも、十分にあった。
 思えば、遠くに来たものだ。
 一婦警が、気が付けばオカルト専門のキワモノの部署に送られ――今は潜入中とはいえ、教師をしているなんて。

 「――くっ!……こいつ!本当に硬い!」

 「支配している裏幕が、いかに強大なのかが解ると言うものです」

 声が聞こえている。
 自分を助けに来てくれた――二人の少女の物だ。
 二人とも、本来は……彼女達自身の目的の為に、ぶつかっていたはずだ。
 それなのに。
 彼女達が手を出したが故に――美奈子では抵抗することが精々の、あんな化け物相手になってしまったのだ、と言って。
 戦ってくれている。
 守って、貰っているのだ。

 (……なんて)

 ああ、なんて。
 無様だ。
 小さいころに憧れた警察官は――カッコ良かった。
 その裏で、どんな風に苦労をしていたとしても、平和を守るために働いている姿が、とても眩しく見えた。
 成長するにつれて、そんな簡単では無いことなど、十分に知っていたけれど。
 それでも、美奈子の目指す理想は――失う事は無かった。
 少しでも良い、他の人が笑顔になれるのならば。
 そんな風に――思っていたのに。

 (私は)

 今、寄りにもよって。
 警察官としてでも無い。
 教師としてでも無い。


 一人の大人として守らねばならないはずの、年下の少女たちから――守られている――――!。


 (……そんな)

 体が動けば――歯を食いしばり、爪を掌につき立てていただろう。
 唇から血を流すほどに噛み締め、悔しさに涙すら流していただろう。
 滑稽なほどに、みっともない。
 唾棄してしまいたくなるほどに――情けない。
 そして何よりも。
 それなのに一向に動くことの出来ない自分に――腹が立つ!

 「茶々丸さん!美奈子先生の様子は!?」

 「頭を強く打っているようです。意識があるかは不明。――明日菜さん、提案ですが」

 「茶々丸さんが食い止めてる間に美奈子さん連れて逃げろってのは無しよ!」

 「――しかし」

 その言葉に。
 神楽坂明日菜は――言い放った。



 「しかしもかかしも無いっ!ピンチの友達一人残して撤退するような人間は、あのクラスには居ないのっ!」



 「……勝率が、薄くてもですか」

 「そうよ。ここで茶々丸さんを置いて行って、それで茶々丸さんが戦えなくなったら――決着も付けられないでしょ!」

 「――解りました。……今の言葉を、メモリーに保存させていただきます。では、明日菜さんもそれを違えることの無いよう、お願いいたします」

 「当然!」

 それを、聴いて。

 (ああ……)

 想う。
 なんて――この子達は、真っすぐなんだろう。
 真っすぐで、目の前の現実に怯んでもなお――こうして戦っている。

 (どうして)

 どうしてだろうか。
 逃げだしても、美奈子は文句を言わないのに。
 ここで逃げ出しても、それを怒り、謗る人間はいないだろうに。
 それでも、彼女達は逃げないのだ。
 ――――いつか、何処かで同じ光景を見たような気がする。
 何時だろう。
 思い出す。
 あの戦いを。
 そう、あの大会の――グランプリ。
 あの時だ。
 思いきりクラッシュした美奈子を助けたヒデオは――ボロボロだった。
 その時はまだ、彼が凄い実力を持っているのだと勘違いをしていたから――分からなかったけれども。
 あの時の彼は、本当にボロボロだったのだ。
 雨の中、襲ってきた相手から美奈子を抱えたままで逃げ。
 鍛えてなどいない体で、彼女を引きずってゴールまで歩んで行った。
 途中で、殺されそうにもなり。
 視界が効くことすらも出来ない状態で。

 (――そうだ)

 思い出す。
 あの時の彼は――泣いていた。
 辛い、と。
 苦しい、と。
 今思えば、それは掛け値なしの本音だったのだ。
 当然だ。彼は、何の特技も取り柄もない、ただ目付きの鋭いだけの普通の一般人であったのだ。そう思わない方がどうにかしている。
 でも、それでも――彼は歩んだ。
 何故か。
 それは――簡単な話。
 ――そこで歩みを止めたら、自分を信じてくれた存在に、二度と顔向けが出来ないと知っていたからだ。

 (私、も……)

 そうだ。
 その時の、彼の顔は今でも思い出せる。
 焦点の合わない瞳の中で、それでも決して消えることの無かった光。
 ただ、決して諦めることのしない――意志の強さを。
 それを見て。
 その、歩みを見て。

 (私は。彼を――好きになったのだ)

 普段は見えないだろう。
 表に出ることも無いだろう。
 だが、美奈子と、ウィル子と、《闇》と――大会で彼に出会った幾人かは、知っている。
 川村ヒデオが、真の強者であることを。
 《億千万の口》や、それに連なる物が諦めた、世界における絶対の《闇》すらも、帰してしまえるほどに。
 その為には、命すらも使ってしまえるほどに。

 (……思い、出しなさい)

 そう、思い出せ。
 私がここに来た理由を。
 今、ここにいる理由を。
 守りたいと思ったからだ。
 守ろうと、守ってみせると思ったからだ。
 半年と少しの間に出会った、この学園の人を。
 授業を受け持った、あのクラスの子供達を。
 そして。



 ――――川村ヒデオを。



 きっとまたどこかで傷つくだろうあの青年を。
 強くなく、しかし誰よりも強い、あの優しき青年を。
 怪我をさせぬようにでは無い。
 怪我をしても、それでもなお歩み続ける彼を。
 北大路美奈子は、守りたかった。
 《闇》の加護を受けた彼に対して、オコガマシイのかもしれない。
 でも、美奈子は知っている。
 彼は、本当は――全く強くないのだと。
 魔神のような存在から見れば、一人が二人になった所で何ら支障のない、只の人間であるのだと。
 ヒデオは――決して《闇》を使う事はあれ、頼りにしないのだと。

 (……だけど!)

 川村ヒデオは――美奈子が知る誰よりも、強き意思を持っていた。
 強き心を持っていた。
 かつての《聖魔王》鈴蘭や、《億千万の口》みーこや、ミスリル銀の精霊も、勇者も、悪徳会社の社長も、リュータ・サリンジャーも、魔王の娘も、司祭も、アルハザンも、全ての参列者も、なによりも美奈子自身も。
 認めざるを得ないほどの、熱を持っていた。
 生命の、輝きを放っていた。
 それを知って、美奈子は思ったのだ。

 ――――川村ヒデオと、共に歩みたいと。

 戦う事の出来ない彼でさえも、これほどまでに強くなれるのならば。
 戦える美奈子に、どうして出来ないと言えるのだ。

 (……だったら)

 ――――立ち上がらなければ。

 鼻に香る土煙は、戦塵だった。
 体に受ける風は、衝撃だった。
 耳を震わせる音は、激突の重低音だった。
 そこにあるのは、何ら変わらぬ戦いの場だった。
 折れぬ心が、前へと進み続ける足音だった。

 ――――そうだ。

 固まっていく。
 自分が、今何をすべきなのかを。
 何をしなければいけないのかを。

 ――――何を、ぼやぼやしているのだ。

 たかが頭を打った程度。
 意識があり、呼吸が出来、怪我もなく、岡丸もいる。
 心も折れてはいない。
 この手は相棒を握ることが出来、この体は立ち上がることが出来る。
 ならば、多少の怪我程度。
 弱音を吐こうがなんだろうが!

 ――――雨の中、彼女を運んだ彼に比べればどうという事はない!

 (ここで――っ!)

 ――――負ける訳にはいかない!

 川村ヒデオの隣に立ちたいのならば――。

 (動き、なさいっ!私の体!)

 感覚が分からない。
 神経が混乱し働いていない。

 (だけど!)

 辛くても苦しくても。
 自分に恥じることだけは。

 「―― 、 」

 声は、声にならない。
 呻き声にすらもならない。
 だが、歩みを止めるな。
 意思を捨てるな。
 自分自身の為でも良い。
 共に歩みたいと言うのなら。



 ――――好きになった人間に、恥じる真似だけはするな!北大路美奈子!



 今夜の騒動は唯の騒乱では無い。
 参列する者が、己の意思を示す戦場であるならば。

 (守るために戦う力を――――!)

 頭の中で、念じる。
 もはや、その力を感じ取れた者がいたならば――即座に負けを認めるであろう気迫をこめて。

 (――――貸しなさい!岡丸!)

 己の握る、十手に声を上げる。
 ずっと、出来なかった。
 一度として、出来た事は無かった。
 魂が憑依しているのならば。
 肉体が無い、この先祖代々に伝えられた侍ならば。
 声と想い、それに反応して自分の所に戻ってくることもできるのならば。

 ――――この声は、必ず届く。

 そう思って、しかし成功しなかった。
 だが、違う。
 届かなかった今までこそが、おかしかったのだ。
 話が出来て、信頼関係に結ばれただけで――所詮は、相方にすぎなかった。
 今は違う。
 今の美奈子は、今以上の力を引き出すために問いかけているのだから。
 一人と一武器では無く、ここにいる二人分の力と成すために、力を貸して欲しいと頼んでいるのだから。


 この今の美奈子の想いが――届かないはずはない。
 守るための力を持つ十手が――――この心に反応しないはずがない!


 (持っている、技量と知識を、私の!)
 
 握る手に、魂を込めて。

 (私の為に貸して欲しい――!)

 彼女は、願う。



 ――――声が、聴こえた。


     ◇


 岡丸――北大路岡丸は江戸時代に生まれた。
 当時からそこそこに裕福だった北大路の家系で生まれ育ち、勉学と武道・士道を納め、同心になった。自分の最後は覚えていないが――まあ、魂が残っているくらいだ。何か自分が許せなかったか、未練があったのだと思う。
 いや――そもそも、本当に今の岡丸の意識が、生前の物であるのかもわからない。
 九十九神の様に、長い間に使われたが故に、持ち主の意識を映したただの十手なのかもしれない。
 だが、幸いなことに北大路の一家は――その十手を、手放さないでいてくれた。
 ある代には蔵に仕舞われ、ある代には祀られ、ある代には護身用として持ち運ばれ、ある代には相談役として扱われた。たかが十手と侮るなかれ。少なくとも、江戸時代に襲来した『千年公』と戦ったことくらいはあるのだから。
 その岡丸にとって。
 北大路美奈子は――娘の様なものである。
 性根は強く、未熟な部分は多々あるとはいえ、しかし将来が有望な存在だ。期待しているし、きっと大きく育ってくれるだろうと思っている。
 その未熟な彼女が引かれたのが、川村ヒデオという男だった。

 (……見る目が、あるでござるよ)

 心の底から、そう思った。



 岡丸は道具である。
 だから、普段は美奈子に使われる事にしているし、人道に外れた事をしないように教育している。
 だが――岡丸は、刀こそ所持していなかったが、江戸に生まれた一男児である。
 義を知らず、仁を持たず、礼を尽くさず――そんな人間には協力をしてやるほどは甘くない。しかして、その逆に。
 願いを聴き届けないほどに、愚か者でもない。
 どうやるのかは分からない。
 だが、きっと出来るのだろう。
 意思を持つ物ならば、言葉を介さずともに通じる事が出来る。
 それもまた、あの大会で実感したことだ。
 故に、岡丸は何をしようとも思ったわけでも無く。
 極普通に、彼女に委ねることにした。


     ◇


 目が開いた。
 頭部は――多少の出血はあるが、頭蓋も折れてはいない。
 脳も、どうやら問題はない。終わった後に念のために病院に行くことを決めるが、それは終わった後の話。
 手に吸いつくような感覚のまま、岡丸を握り――北大路美奈子は、立ち上がる。
 体の痛みが無いのは、たぶん感じていないだけだろう。

 「神楽坂さん。絡繰さん。……下がってくれますか」

 その言葉に。

 「美奈子先生!?」

 「……動かない方が、よろしいのでは?」

 二人が――そう言うけれども。
 そこで、はいそうですかと頷けるはずがない。
 ここで立ち向かい、倒すために、北大路美奈子は立ち上がった。
 次に倒れるのは、この相手を倒した時。
 そう、決めてある。

 「行きます、岡丸」

 「承知」


 かくして。
 婦警は再び――宴に参列する。




 意思と決意は覚悟と共に武器となる。
 己の意思を鋼と成し。
 己の決意を刃に変えて。
 振るう覚悟の行く先に。
 立っているのは――――何者なのか。
 それはまだ、誰も知ることが無い。



     ○



  カーニバル・経過時間――二時間十五分。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 チャチャゼロ――健在。
 C.C.――健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 葛葉刀子――健在。
 神多羅木――健在。
 高音・D・グッドマン――健在。
 佐倉愛衣――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 玖渚友――健在。
 零崎舞織――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 闇口崩子――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。



 敵対勢力



 《王国》ツェツィーリエ&僕――健在。
 「時宮」本体――健在。
 ?????=「アーチャー」――健在。
 「少女」――健在。
 『統和機構』暗殺者――健在。



 脱落者



 ルルーシュ・ランぺルージ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ



 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 春日美空
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア



 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那



 停電終了まで、あと一時間四十五分。






[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台③(2)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/06 21:20


 ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバル その③(2)



 高音・D・グッドマンは魔法世界の本国で生まれ育った。
 両親ともに本国の出身で魔法使いで――魔法使いと言う存在が、所謂物語りでの《正義の味方》であると教えられていた。
 それが、全てが全て真実では無いという事は――流石に、彼女も理解している。
 具体的に言えば、数年前に出会った佐倉愛衣と言う少女に端を発するとある騒動において、世界にいる魔法使いは、良くも悪くも人間であると教えさせられた。
 年下に教わるというのも――――みっともないが、しかし事実である。
 ただし。
 彼女自身は――――自分が善良な人間であり、自身の行動は正しいと思っている部分がある。正しい、の後ろに(はず)とか(だろう)とかが隠されているのも事実であるが。
 だから、最初に麻帆良の地に来た時は驚いたものだ。
 《千の呪文の男》の同朋であり『赤き翼』一の悪名を誇るエヴァンジェリンが、自分の趣味に傾倒していたりであったり。
 タカミチ・T・高畑が、長期の出張から帰って来ると、後味が悪そうな顔をしていたり。
 彼女は思ったのだ。
 ――――何故。《闇の福音》が魔法を使わないのか。
 ――――何故、タカミチ・T・高畑が。そんなに『立派な魔法使い』としての活動が辛いのか。
 …………仮に。
 エヴァンジェリンに言わせれば彼女はこう表現される事になる。

 『魔法に依存している』

 そんな風に。
 盲目、と言えるほどに正義に狂っている訳では無いが。
 少なくとも、彼女の中には多少の――――『魔法が使える人間』としての優位性があることは確かである。
 ……全くの見込みが無いわけでは無い。
 技能は優秀であるし、確かにきちんと教えることが出来れば――立派な人間になれるだろう。
 だが。
 『今は未だ』。
 彼女にそれは理解が及ぶことでは無かった。
 そして。
 自分自身の魔法に自信があるが故に――――彼女は。



 目の前の光景が理解できなかった。



 それは、自分の影の使い魔だった。
 ただし――――自分の操っている物では無い。
 突如として、彼女が防衛していた森から現れたのだ。
 無機質な仮面に黒の衣装を纏ったその姿は、威圧感と共に不気味さを感じさせ。
 それが、自分の操るよりも正確な、一糸乱れぬ連携で襲いかかる。
 目の前の光景を理解してのは――――自身の影の軍勢と彼らが激突してからだった。

 (どうなって!?)

 判断できない。
 理解も、出来なかった。
 あろう事か、軍勢は森の中から無数に再現無く湧き出してくる。
 森の中に術者がいるわけでは、なさそうだった。

 (森……そう言えば!深山木さんは!?)

 必死に耐えながら、周囲を見回すと。
 彼の姿は。
 そこには無かった。
 逃げだしたのでは――――無く。


 『そこにいた痕跡すらも無い』


 つまり、今のこの現象は。

 (……幻術……!?)

 彼女すらもあっさりと引っかけた幻術。
 そう認識して。
 だが。
 これが幻術だと理解した所で――――彼女は解放されなかった。

 (何、故)

 『幻術だと理解できれば、幻術を打ち破ることが出来る』

 それは魔法使いの常識の一つだったはずだ。
 様々な例外はある物の、一瞬で相手を幻術に嵌めるのならば、それだけ破れやすい筈――であるのに。
 けれども、それが出来ない。



 彼女にとって不幸であったのは――彼女は今まで『魔法以外の技能において、こんな事が出来る存在』を知らなかったからことである。
 魔法でも何でもなく。
 ただ熟練の暗殺技能によって、このような現象を発生させる存在を、彼女は知らなかったのが、彼女の敗因だった。
 数分の後に、彼女は幻術に押しつぶされて意識を失った。


     ◇


 森の中、必死に逃げる人物が一人。
 腕からは夥しい出血があり、来ている服はボロボロだった。
 彼の名は時宮時報――『呪い名』第一位の『時宮』に属する操想術師であり、この麻帆良を訪れた暗殺者だった。
 ――――息を切らせ。
 出血による熱で、意識を朦朧とさせながら。
 彼はただ外部に逃亡しようと走っている。
 彼の目的は、学園内にいる零崎一賊の女子二名を殺す事。
 その為の下準備をしてきたはず――だった。
 普通の学園の警備員相手にならば、負けないはず――だった。
 だが、現実には白き悪魔のデバイスで虚像と実像を看破され。
 特製の操想人形は全て気絶させられ。
 自分自身は、大きな怪我を負っている。
 本当に――――運が無かったのだ。
 操想術が効かない相手に出会ったこと。
 その相手が非常に強かったこと。
 逃げ込んだ先が、とある薬屋によって消耗戦を強いられるよう改造された森の中だったこと。
 ――――彼は、走る。
 途中で、せめてもの腹いせとばかりに、森の周囲を巡回していた高校生に発動してやったが。
 ――――痛みと。
 森の上空から降って来る液体が、まるで意思を持つ粘菌の様に自分に迫って来る恐怖とで、気絶しかさせられなかった。
 そんな自分に毒づき。
 彼は、再び走る。
 森から抜け出すまで、もう少し。
 このままならば、おそらく逃走出来る。
 そう考えて。


 そして――――


     ◇


 「ケケ、決着ハドウスンダ?コレ」

 「さあ?……引き分けでしょうか」

 そんな会話をする、殺人人形と殺人鬼である。
 周囲の被害は甚大。
 木々は倒れ、地面には爪痕が残り、そしてお互いはボロボロだ。
 チャチャゼロは両手両足が破壊されて地面に転がっている。
 零崎舞織は――――体力の限界であった。
 この決着は、いわば舞織の作戦だったとも言える。
 チャチャゼロは人間では無い。
 故に、人間ほど簡単には殺せない。
 『殺人鬼』である以上、その標的は人間であり、人形では無いのだ。
 末娘である茶々丸ならばともかく――――このような、本物の人形を壊すのは専門外なのである。
 そのため、舞織は相手を殺すのでは無く破壊することを狙った。
 殺し合いの中で、勝利を拾った作戦がそれだった。
 まあ、相手が非常に強かったために――――舞織ももはや動けないほどに消耗しているのだが。



 零崎舞織は殺人鬼である。
 戦う能力自体は特別優れてはいないが、およそ殺し合いという点においては、彼女は非常に優秀である。
 理由もなく、ただ人間がいると言う事で殺す事に躊躇わず、刃を向け命を奪う事に躊躇わない。
 そんな、『最初から壊れてしまっている』存在の――彼女は、一員だ。
 遡ること数年前。
 彼女は、非常に珍しい女性の零崎として覚醒した。
 その際に、兄を一人失い――その彼の大鋏を受け継いだ。
 《自殺願望(マインドレンデル)》
 それが、鋏の名だ。
 彼女が失ったものは、兄だけでは無い。
 今まで彼女を育ててくれた、本当に大切だった両親。
 今まで彼女がいた日常。
 そして――その両腕。
 それは、零崎として生きるための最初の試練の犠牲としては――――十分にまともで、順当だったのだろう。
 両腕は義手で直され。
 親しい兄は、まだ一人生きている。
 妹もいる。
 今現在は幸福なのかと問われれば――――それなりに、満足していると言えるだろう。
 彼女は殺人鬼である。
 人は死ぬのが当然であり、そこに何も求めない存在である。
 故に、悲しくはあっても心は動かない。
 悲しいと知識で理解していても、感情では理解できないのだ。
 彼らの心が本当に動くとすれば――――それは、大事な『家族』について。
 家族を嗅ぎつける嗅覚。
 家族を見つける嗅覚。
 家族の思考を読む嗅覚。
 ――――そして。


 家族に仇なす存在を探し出す嗅覚。


 そう言う存在についての嗅覚は、彼らは非常に冴えわたる。

 「チャチャゼロさん。ナイフ、貸してもらっても良いですか?」

 「アア――――何スルンダ?」

 「いえ。なんとなく、です」

 落ちていたナイフを、足で引き寄せた舞織は――――。

 「えい!」

 残った体力を総動員し。
 肩からスナップを利かせて、投擲し――――。


 それは森から飛び出してきた侵入者に突き刺さりあっさりと命を奪っていた。


 本当になんとなく。
 なんとなく、向こうから嫌な存在が来ると思っただけだ。
 だからナイフを投げた。
 ただ、それだけの話である。

 「……ゼロさん。動けます?」

 「イヤ。……仕方無イガ、マア、痛ミ分ケッテ所ダナ」

 目の前で倒れた存在を、気にも留めす。
 二体のバケモノは、互いに戦闘不能なままで話していた。
 最も運の無かった侵入者に、すでに感情を向けることなく。



 チャチャゼロ対零崎舞織。
 引き分け。



     ○



 ゆっくりと歩く魔女が一人。
 背中に抱えられているのは最愛の魔王である。
 桜通りの激戦を制した後にルルーシュと合流したC.C.だったが――そのルルーシュは何者かの襲撃によってあっさりと致命傷を負った。
 幸いにも彼の現状は落ち着いている。
 コードを保有している訳ではないが、しかし彼は不死者に近い肉体なのだ。
 理由は、不明。
 不明と言うよりかは、誰かによって意図的に『解らなくさせられている』――そんな印象を魔女は持っていた。
 何故、魔女と魔王がここにいるのか。
 何故、二人ともに不死者の様な状態なのか。
 それらはおそらく、密接な関係を持っている――――と、思うのだが。
 推測よりは予測であり、さらに言うならば勘の様なものである。

 (…………答えが、近いな)

 そんな気がする。
 今夜、その理由が――――おそらく明白になるような、これも感覚でしかないが、気がするのだ。

 「…………――――っと」

 足がもつれる。
 彼女自身も限界に近かった。
 いくらなんでも死にすぎて、回復するための体力も無い。
 かつて魔王が、魔女にそれだけ食べた量はどこに行くんだ……と尋ねた事があったが、案外不死身の肉体の回復性に使用されているのかもしれない。
 カロリーが高いものばかりであるし。ピザとか。
 そしてもはや、そのカロリーも底を突いている。
 両腕両足を繋ぎ合わせ、脳、眼球を始めとした急所。無数の怪我を負った肉体の修復まで行ったのだから。
 だが――――魔女は倒れる訳にはいかなかった。
 それは、単純に。


 今まで、魔女と魔王との両方がそろって死んでいる状況に――――なったことが無かったからだ。


 魔王も魔女も、心のどこかでそれを恐れている。
 そうなったら――――ここに来た理由や、その他諸々の問題の答えが出ると同時に、何か別の問題も――――発生する様な気配を、感じていたのだ。
 それこそ、漠然とした。
 しかし、本能が警鐘を鳴らす、明確な感覚として。
 実際、この感覚が出てきたのは先程だった。
 ルルーシュが心臓への一撃と言う、致命的で、しかし致命傷になりえない一撃を受け。
 その時から――――魔女の中には漠然とした予感が生まれたのである。

 (しかし……何故だ?)

 この感覚が『今』生まれた理由が、判らなかった。
 今までに生まれていても――――おかしくはない筈であるのに。
 疑問を抱えたまま。
 魔女は歩み――――。


 ――――目の前に大柄な体躯があった。


 (……誰かの取り逃がした侵入者か)

 冷静になってそう考える。
 というか、冷静になることくらいしか出来なかった。
 マーク・ネモをこの状態で動かしても満足に使用できない。ルルーシュを背負っていて、魔女本人も危険だからだ。
 巨腕を振り上げ。

 (動けんな)

 ルルーシュを背負い、体力の消耗した自分ではこれは避けられない。
 彼を放って逃げるという選択肢は。


 ――――あるわけなかろう。


 内心で自分に言う。
 かつて魔女は魔王の望みを叶える為に、彼を死に追いやった。
 そして蘇らせた時。その時以来――――彼女は決めたのだ。
 二度とこの手は離さないと。
 自分自身のエゴであることは理解している。
 けれども。
 それは、例え二人が揃って致命傷を負ったとしても。


 ――――共にあることが何よりも、魔女の望みなのだから。


 (一人になるのは、誰だって嫌だからな……)

 とどのつまり、それだけの話だ。
 振り下ろされる光景を見ながら。

 「今日はやけに」

 魔女は、自嘲気味に呟いて。

 「怪我が多い」



 グシャア!――――と。
 周囲に肉の潰れる音が響き渡った。



     ○



 京都神鳴流という流派がどれほど有名であるのかと言えば、現実世界においてはともかく『魔法世界』においてはそれなりに知名度が高い。
 それは《赤き翼》の一員。近衛詠春が使用していた流派であるということが一番の理由であるが、今現在も学術都市アリアドネにおいて、神鳴流の講師が、日本陰陽道を中心とした講義を開講しているからである。
 確かに。
 陰陽道などたかが一国家の同祖信仰と土着魔法。だが、幸運にも、と言うべきか。
 《紅き翼》において最も優秀な剣の技量を持つ『サムライマスター』近衛詠春の使用している魔法が「それ」であったために――それなりに名が知られているのである。


 門外不出の神鳴流という流派は、世界最高峰の強さを手に入れられる――――。


 そんな、幻想を与えながら。
 詠春とて馬鹿では無い。正確に言えば――――親馬鹿ではあったが、組織の中で不満を出させるほどには愚かでは無かったと言うべきか。
 正確には《赤き翼》の女性陣。アルトリア、リン、イリヤスフィール、桜。そしてエヴァンジェリン。彼女達に『腹黒くなるように鍛えられたから』とも言えるのだが。
 それはさておき。
 京都神鳴流という存在は、それなりに名が知られており、その使い手がどの程度の実力を持っているのかも、大体は伝わっているということだ。
 具体的に言うのならば――本家の総督。青山鶴子が本国で。タカミチ・T・高畑と同等――――あるいはもう一つ上、AAAからSのレベルに言われる程度には。
 無論、ただ虚勢として名乗る者も多くなるが。
 この麻帆良の地において、確固たる実力者である彼女。
 葛葉刀子は無論。
 正真正銘の、神鳴流剣士であり。
 この地における戦力の一人である。


 ――――だが。


 もう一度繰り返すが、彼女は非常に強い。
 少なくとも。現状の桜咲刹那が全力で相手をして――勝利に持ち込めるかどうか程度には強い(これは試合という意味であり、彼女が暴走して人間を辞めればごくあっさりと片が付くことを補足しておくが)。
 その技量も、長きにわたる実践も、訓練も。
 彼女を、本国騎士団の部隊長程度のレベルには押し上げている。
 タカミチ・T・高畑には及ばずとも、神多羅木と組めばAAランク程度の仕事は請け負えるくらいは――戦闘能力が高い。
 しかし、その強さを持ってしてもなお。
 目の前に現れた、金髪のその女性の前では――――敗北を喫したのである。
 反応し。
 構え。
 しかし、圧倒的な戦闘技術と攻撃力の差を持って。



 葛葉刀子は――――敗北した。



     ◇


 攻撃に反応出来たのは、一重に相手が見えていなかったからに他ならない。
 視界の中に姿が留めていれば、おそらく一瞬で意識を失い、戦闘不能に追い込まれていただろう。
 息を切らし、冷や汗を流す愛衣の前に現れたのは、黒い服に身をまとった金髪の女性。
 年齢は――――大学生位にみえる。二十を過ぎている事は確かだろうが容姿は整っていて若々しい。
 ス、と視線を向けられて。

 (……ダメ)

 ――――勝てない。

 冷静に考えたとしても、前線で戦っていた葛葉刀子ですらも、一瞬で倒したのであろう彼女に、愛衣が勝てるはずも無い。
 それを彼女は、理性よりも本能で感じ取った。
 アメリカで鍛えられていた時。
 リュータ・サリンジャーに連れられて、本物の実践で魔人を相手にした時の様に。
 自分がいくら努力をしようとも、目の前の存在に勝てないという――あの恐怖と同じ物を、目の前の女性から感じ取ったのである。
 しかし、だけれども。
 震えるままの体で、愛衣は――――。

 「――――《来たれ》」

 構えた。
 魔法を道具として見るようになって以来。
 愛衣は魔法に関する信仰心は失っているが、しかしその有用性はより強く実感している。幾つかの教えの中で。

 『簡単な話だ。勝てる可能性が零でも、後に繋ぐことのできる方に賭けろ。それは生きる事じゃ無い。行動に価値を出せ。それが出来れば自然と覚悟は決まるぜ?』

 ――――ここで逃げても間違いなく相手は私を……殺さないにしろ気絶させる。

 ならば、例え十秒でも時間を稼げば――その分だけ相手は拘束できるし、その十秒で援軍が来る可能性は零では無いのだ。
 そして何より。

 ――――これが仕事です。

 魔法を道具として見るようになって以来。
 どうしたって、この警備が仕事という義務になってしまった愛衣にとって…………ここで引くことは出来なかった。
 義務になってしまったからこそ、引くことが、逃げることが出来なくなってしまった。
 その彼女の瞳に、果たして目の前の女性は――――多分、その覚悟を感じ取った。
 ふ、と無言の中で一瞬だけ微笑んで。
 次の瞬間には愛衣は気を失っていた。


 今宵の警備員の中で最も優しく意識を失ったのは――――おそらく彼女に違いない。



     ○



 霧間凪――――通称《炎の魔女》を殺すと計画したとして、それは可能である。
 例え話をしよう。
 大きな獲物を仕留めたい。だが、相手は非常に強力な武器を持ち近づくことは出来ない。周囲の気配にも鋭く反応し、闇討ちはまず不可能。おまけに各技能に非常に精通している。
 こんな相手を殺すとなれば、はたしてどんな方法を取るか。
 一番手っとり早いのは、一撃で殺害できるような猛毒を利用する方法だが――これは相手にその毒を与えなくてはいけない。
 ならば近接での戦闘よりも、絡め手――例えば食事に入れるなどの方法が良いが、これも成功するかは非常に微妙な所だろう。彼女ならば勘で気が付いてもおかしくはない。
 ならばどうするか。
 そこで。
 相手がとった方法は――数キロ先からの、猛毒による遠距離狙撃。それも他の侵入者との対戦中における彼女を狙った攻撃であり――一撃では無く、複数の人数による同時狙撃。
 放たれた猛毒の弾丸は――驚くべきことに、数発が彼女に掠めた程度に留まった。それだけで《炎の魔女》がいかにトンデモナイ存在なのかは、判るというものだ。
 だが――――毒は毒に違いなかった。
 学園の一角で。
 砲声とそれによって空へと飛んで行く光の一撃と。
 連続する所から見るに、相手は上手いこと逃げているんだな、と思い。

 「何があったかな《炎の魔女》」

 頭の上に立つその声に、憎々しげに反応を返す霧間凪は――脇腹からの出血があった。

 「致命傷では無いが、治療が必要な怪我ではあるのかな?」

 「……ああ」

 頷いた彼女の顔は、お世辞にも良いとは言い難い。

 「内部に劇薬が仕込まれたタイプの弾丸だな。――掠めただけだが、正直……直撃していたら致命傷だ。毒が回って来ていてな……。一応、普通の毒は効果が薄い、筈なんだが」

 流石は《炎の魔女》と言うべきなのか。
 相当な猛毒であったはずが、絶対量が少なかったせいでもあるのだろう。苦痛を感じる程度らしい。

 「だが動けん。不甲斐無い。今は高町が追尾式の砲撃で狙っているが……命中はしないだろう。視界が悪すぎる」

 「ああ」

 「それで《不気味な泡》――――何しに来た」

 「いや、僕は帰っても良かったんだが、彼女がね」

 その言葉に、凪は訝しげになる。

 「彼女……?」

 「そう。――――ああ、解った。…………ちょっと失礼」

 《不気味な泡》は、枝上から地面に降りると、彼女の脇腹に手を触れ。 

 「大丈夫です。先生」

 いきなり変化した言葉に、凪は――――顔を見て。
 おそらくその程度で事情を察したのか驚いた表情になり。
 その彼女の顔を横眼で見ながら――――釘宮円は言った。

 「私の――MPLS能力です」

 瞳に、言いようのない表情を浮かべ。
 そんな風に。



     ◇


 MPLS――――それは、人間の進化の可能性。
 『原石』と呼ばれる存在が世界の意思によって生まれ出でる存在ならば。
 MPLS能力者は、生物としての人間が身に付けた突然変異能力である。
 多説あるが。
 とりあえず、霧間凪はそんな風に認識している。

 「――――回復、か?」

 解毒のような効果を考えると、そう単純な物ではなさそうであるが。

 「……ええ、まあ。――似たような、物です」

 表情が暗くなった彼女に、とりあえず口を挟むことはしなかった。

 「今までもこうやって?」

 「――――はい」

 普段の男っぽい仕草とは違う――――別の意味で硬い空気で。
 しかし、彼女は頷いた。

 「危険だぞ?」

 あるいは、これは唯の言葉の羅列だった。
 そんな程度で動く物に《不気味な泡》が手を貸すはずも無い。
 
 「知ってます。――いえ、知りました。もう」

 はやり。
 端的な言葉に返事をする、彼女の。
 釘宮円の表情は――――悔恨、だろう。

 「最初は。本当に――――軽い気持ちで関わって。それで…………私は知り合いを一人、失いました。その時に思いましたよ。もうやめちゃおうかって」

 体の調子が徐々に回復していくのを意識しながら――――凪は無言で聴いていた。

 「でも、ここで皆に出会って――――あのクラスにいて。その時に。決心したんです。思い直したんです」

 視線を合わせて。



 「目の前の友達を守れない方が、もっとずっと心が痛いんだって」



 彼女の瞳は――――そう。
 かつての自分や、弟や《金曜日の雨》。稲妻と化した侍のような…………一種の、覚悟を持った目をしていた。

 「『統和機構』の合成人間を、私は手を下しましたよ。彼ら自身が生まれて来た事に罪は無いって解っていても、あの人たちは――『世界の敵』でしたから」

 だけど、と彼女は言った。

 「ブギーさんの存在意義は置いといて。――――『世界』の為に戦うなんて言うつもりはありません。でも」

 泣きだしそうな、それでも強い目で彼女は言った。

 「『世界』の為じゃ無い。私の大事な人が住む『世界』を守るためにブギーさんと協力するならば。『世界の敵』を裁くのならば」


 「私は、そのエゴの為に苦しむべきです」

 違いますか、と付けることは無かったが。

 「……重いぞ、それは」

 それを正確に読み取った凪は、息を吐きながら言う。
 重いどころの話では無い。
 彼女の宣言とは――――つまり。


 自分の大事なものを守るために《不気味な泡》に協力を要請し、その代償に本来ならば彼女が背負う必要のない《不気味な泡》の仕事を自分がしたことと受け止めるという事だ。


 今後、彼女の肉体で活動する《不気味な泡》のその――『世界の敵』の始末を。

 「それでも、私は……ブギーさんと一緒に、あの皆を守ることに協力できるのならば……背負います。その重さ」

 「――――そうか」

 もう、おそらく彼女は決めてしまったのだ。
 決めて、その道を歩んできてしまった。
 それを間違っていると謗ることは誰にも出来ないし、霧間凪も勿論権利など持ち得ない。
 唯、彼女が。
 釘宮円という十五歳の少女が――――潰れない様にと、祈るしか出来ないのである。
 歩み出したのならば――――歩みきって欲しいと、想うだけなのだ。
 そして。
 ――――それは霧間凪自身にも言えた言葉だ。

 「全く……」

 苦笑しながらも。
 《炎の魔女》は立ち上がる。

 「肉体が変わっても、お前が美味しい役目を奪うのは変わらんな」

 体はもう随分と回復していた。
 多少の不調は気力で吹き飛ばせる。

 「全く、本当に。――お前との付き合いが長いのも困りものだが、それでも、ああ」

 燃え盛る炎の笑みで、彼女は言った。

 「礼を言おう。《不気味な泡》釘宮円。おかげでやる気が出た。――生徒の前で教師が寝ていちゃ示しが付かない」

 立ちあがる。

 「折角だ。――――……ここは帰って眠れ、というべきなんだろうが……聞くはずも無い」

 「その通りです――――やれやれ、仕方が無いね《炎の魔女》」

 渋々と頷いた《不気味な泡》。

 「彼女は僕が守るからね、気にせずに頑張ってくれたまえ」

 しかし、その顔は仕方が無いという困った表情だった。

 「霧間さん、無事ですか!」

 一人で飛行しながら、遠距離魔法で相手の接近に時間を稼いでいた高町なのはが戻ってきたのはそんな時だ。

 「ああ。心配掛けた」

 その不敵な表情に――彼女は安心したように微笑んで。
 傍らの、変わった衣装の釘宮円を見て――けれども何も言わなかった。

 「これが今の最強パーティだよ高町さん?」

 そんな風に凪は言う。
 その言葉で高町なのは。彼女も釘宮円がこの場にいる事についてを飲みこんだ。
 互いに、この停電におけるストッパー。そこに《不気味な泡》もまた加わっているのだ。
 三者三様に思う事は同じ。


 これなら負けない。


 かくして――――《炎の魔女》と《不気味な泡》に管理局の白い悪魔の加わった三人が手を結び。
 ――――暗殺者と、激突する。



     ○



 ただ只管に力を吸われて行く中で。
 唐突に。
 突然に、だ。
 上弦の肉体から、ツェツィーリエの体が離れた。

 (……な、にが)

 あったのか、眼はすでに見えないために確認は出来ず。
 ただ、本の僅かに残った聴力で、聞いた。

 「《王国》ツェツィーリエ。――――久しぶりでしょうか。出来れば、ええ……会いたくありませんでしたが」

 「おや。……ああ、なるほど。《闇の福音》に会いに来たか」

 「ええ。ですが、それは後回しに致しましょう。直感ですが、ここで貴方を倒しておくべきだと思いますので」

 「……へえ」

 「運の良い事に、先ほどまでは護衛対象がいたが……今はすでにいません。肩の荷は下りています。――――故に」

 女性は言い放った。



 「我が聖剣の錆と成るが良い」



     ○



  カーニバル・経過時間――――二時間三十五分。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 川村ヒデオ――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力


 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。



 学園防衛戦力


 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 アルフ――健在。
 深山木秋――健在。



 その他


 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 闇口崩子――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。



 敵対勢力



 《王国》ツェツィーリエ――健在。
 「アーチャー」――健在。
 「彼女」――健在。
 『統和機構』暗殺者――健在。



 脱落者



 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ
 C.C.
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ



 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア



 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那



 停電終了まで、あと一時間二十五分。






[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台③(3)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/15 01:48

 ネギま クロス31 第二章《福音編》カーニバルその③(3)



 風が吹く。
 その風は何を表しているのか。
 無明の闇の中で私と対峙する、少年に吹く風か。
 意志がぶつかる衝撃か。
 時代の変遷を告げるものか。
 世界の歓待か。
 胸に抱える物は、譲れない思いだった。
 この道を選び取ったことに後悔は無い。
 この道を選ばざるを得なくなった時が、最後の後悔だったのだから。

 「――――戦いの場か。悪くない」

 宙を飛びながら、彼女は言う。
 自分を見上げる少年の手には、見覚えのある杖。
 赤い髪も、曲がらない頑固さも、見たものだ。
 古き従者は、行動が不可能。
 迷いし新しい従者は共闘中。
 灰色の魔女と魔王は消息不明。
 電子世界での戦いは続き、闇の青年は見届ける。
 白衣の魔導師も自分の思うように行動している。
 ならば、自分も自分の思う通りに行動するべきであろう。
 どれほどの批評を、批判を受けようとも。
 この戦いは、自分自身の為に――――譲れないのだから。
 地面に降りる。
 自分よりも、ひょっとしたら背が高い少年との距離は十メートル。
 こちらにも、あちらにも従者は居ない。

 「さあ、やろうか。ネギ・スプリングフィールド」

 風が吹いた。
 金髪と、漆黒のマントが靡く。



 「お前の切り札がどれ程の物なのか、見せてみせろ」



     ○



 そこはまさに、迷宮とも呼ぶべき場所だった。
 出口がどこにあるのかも不明。
 視界は効かず、絶えず攻撃に晒されるような場所だった。
 その一角で――――ウィル子は留まっている。


  ――――やられた……!


 ウィル子は歯噛みする。
 ファイヤーウォールを踏破した彼女の前に現れたのが、この迷宮だった。
 《チーム》の戦力全員によって生み出された、世界最高、クノッソスの迷宮を超える大迷路。無論イメージ的なものだが、打ち破るのが恐ろしく困難な代物であることは確かだった。

 『これを超えればメインコンピュータだよ』

 そんな風に言われて。
 それが事実であると確認したうえで突撃して。
 ――――そう。
 確かにそれは事実だったのだ。


 解く直前で、繋がる回線の全電力が切断された事を考えなければ。


     ↕


 「――――余裕の表情ネ」

 目の前で構える中国少女を目線に、微笑んだままの大泥棒である。
 彼女、石丸小唄がした仕事は、とても簡単なもの。


 指定された回線を物理的に切断する。


 それだけである。

 「…………そういえば」

 目の前のお団子頭が、油断を許さぬ表情で言った。

 「中央制御室方向に向かう――――『電線が増えていたネ』」

 その言葉に――――大泥棒は、表情を消したまま口元に、にやりとした笑みを浮かべた。


     ↕


 「…………解った」

 「何がですか、いきなり」

 もはや侵入者はほとんど全滅した中で、竹内理緒は鳴海歩の呟きを聞いた。

 「停電の何日か前に、違和感を感じたんだ。停電に関わるつもりは一切無かったから気にしていなかったが」

 「はあ」

 頷く理緒は、聴きながらも銃を再装填していた。
 僅かに硝煙の臭いが漂う中、龍宮が周囲の様子を伺っている。
 侵入者達に気が付かれていないのは、単純に先頭集団が物理であり、そして魔法を一切使わないからだろう。
 機竜を落としたり、どうやらゲリラ戦でこちらの戦力を削っているらしい『明らかにレベルの違う相手』に発見されていない。
 それだけでも、強かに、そして注意深く行動してきた甲斐があったというものである。
 三人とも、実弾や武装の消費は多少ありこそすれ、肉体的・精神的な消耗は殆どない。

 「音楽室からふと見た風景で」

 歩は言う。

 「電線と電信柱が以前よりも増えていた。それだけなら工事か何かとも思ったが……今考えてみれば違う」

 倒れた、あるいは倒された、もしくは『倒した』倒木の上に座りながら。

 「あれは、誰かに巧妙に造られた物だ。普通の電線と全く同じだが、知識を持った上で確認すれば分かる。……あれはな、『特定の部位』に『特定の力』で触れば、あっさりと切断されるタイプの仕組みになっていた。それも電線の一か所だけじゃない」

 歩は、宙に手を動かして説明する。

 「世界樹を囲う様に造られていたが、つまりその一か所を切るだけで――――」


 「『一斉に世界樹広場周辺の全電源が乖離される』――そういう仕組みだ」


 大きな円を空中に描き。

 「円の一点、つまり電線の分岐点が世界樹広場に通じているだろ。180度反対側にいた時に、一番早い方法は直径を通って移動することだよな」

 円の外周では無く、中心を突っ切ってしまうということだ。

 「俺が見た時はきちんとその直径が引かれていた。――――んだが、俺がさっき話した一番弱い部分も、そこだったんだ。……意味、判るだろ」

 「なるほど」

 話半分ではあるが、きちんと聞いていた理緒はすぐに答える。

 「要は、相手がその中心に当たる部分まで侵攻したらその線を切断する。そうすれば『中心まで来た相手は態々もう一回外周部に戻って、そこから弧を沿う様に進む必要がある』――――そういうことですね?」

 「ああ。まあコンピューターウイルス相手にどの程度の効果を上げるのかは、それこそ相手次第だろうけどな――――と、来たか」

 そう言って立ち上がる。
 周囲の様子をうかがっていた龍宮が戻って来ていた。

 「周囲に敵はいないよ。…………もはや殆ど倒されているだろう」

 一番年下であるが、一番元離れしている彼女の言うことである。
 歩も理緒も納得する。

 「ま、それはこちらも同じことだが――――幸いにも、神多羅木先生が怪我人は回収しているようだから命に別条はない」

 彼女は、理緒が背負っていた大型の鞄から実弾(『魔殺商会』特別品と書かれている)を取り出し、リロード。

 「それで、私達は?」

 理緒の言葉に、彼女は口元に微笑みを浮かべて。

 「明石教授が抑えている管制室に行く。なんでもイギリスからの客人も、護衛と一緒に逗留中らしい。怪我人が運ばれている医務室は管制室のすぐ近くだし丁度良いだろう」

 そう言って、肩を竦めた。


     ↕


 ウィル子の『ハードとしての弱点』。
 それは単純な話。



 完璧に隔離された電子機器の中から自力で脱出することが出来ない。



 それだけだ。
 外部から隔絶されていようとも、例え携帯ゲーム機の中でも生きる事は出来る。
 だが移動が出来ない。
 ネットは勿論、ワイヤーケーブルまで完璧に隔絶された空間に投げ入れられた時――――彼女はそれから脱出するためには。
 本体を移動させるためには――――必ず他者の手を借りる必要があるのだ。
 今の現状はそれに近かった。
 《チーム》の宣言通り、確かに途中まではゴール、即ち中央制御室までの回線が開いていた。いたが、しかし。



 彼女が丁度中間に辿り着いた時に――――ゴールまでの回線がほぼ全部切断された。



 《チーム》が雇った『何者か』による物の手で外部から。
 全てでは無い。
 中央制御室へのルートは明確にされている。
 ただそれが…………今までは言って来た入口と目指していた出口からが一番近いと言うだけの話。
 そして今、最もそこから遠い迷宮のど真ん中にいる。
 否。



 外部からケーブルを切断することで、最長ルートに放り込まれたのだ。



 故に――――ウィル子は歯軋りをする。
 普通の人間も同じだ。危険だと解っている短い道と、安全だと解っている長い道。時間が無いならば短い道を選ぶだろう。逆にあるならば長い道を行くのが当然だ。
 だが、それこそがフェイク。
 どちらの道を行っても掛かる時間が同じであると、悟らせないためのトラップだった。
 彼女は今、迷宮のど真ん中にいるのだ。
 戻って強引に脱出しようとも、進んで外に出ようとも。
 時間が同じならば意味が無い――――!
 ならば。



 壁ごとぶち壊す!



 強引に壁を叩き壊して、最短距離で進んでいく。
 幾重もの防壁を力技で破壊し、中に仕組まれていたウイルスを弾き飛ばし。
 声が聞こえた。

 『ウィル子……何を?』

 それは、間違いなく。

 「マスター!」

 およそ、一瞬の閃きと言う才能では、ウィル子が世界有数であると信じる、川村ヒデオのもの。

 「迷宮なのです!。壁を壊して進む以上の簡単な方法は!?」

 その言葉に込められた意味を、あの男が悟らないはずが無い。

 『飛べ』

 簡潔に、答えを一言。



 『天井を壊せば良い』



 そう。
 ウィル子は万能であり、およそ機械であるからこそ。優秀すぎて、普通の迷宮なんぞ一瞬で攻略できるが故に気が付かない。
 初めから入らないという選択肢が見つからなかった。
 迷宮など、上から飛んでいけば出口に一直線なのだ。
 勝つための条件が『中央制御室』に辿り付くことならば――天井を飛び迷宮の真ん中で天井を壊して、中に降りればよかったのだ。
 それをさせないが為の《チーム》の策略が、あの挑発文句だった。
 ウィル子を中に入れるための作法だった。
 ならば、その逆をさせれば良い。
 壁を幾十も破壊するよりも、屋根を破壊する方が効率も良い。

 「さすがです……!」

 ヒデオへの言葉と共に、頭上を覆う天蓋をぶち破る。
 重い。
 破片の中のウイルスは、ウィル子でなければ一発でお陀仏の代物だ。
 それだけ屋根に重点を置いていたのだろうが。
 しかし、こちらはヒデオがれば、おおよそ常識の枠に捉われる事は無い。

 「行っけましたああああ!」

 割れる。
 ウィル子の侵入を塞いでいた、膨大な障壁から抜け出て。
 そうなればあとは、一瞬だ。
 情報の海を瞬く間に渡り、その勢いのままに。
 出口も入口も無視し、迷宮を飛びながら横断し。
 失った時間を一瞬でも取り戻すかのように、ウィル子は加速する――――!


     ◇


 「早い」

 玖渚友は高速の指を一瞬たりとも緩めずに言う。
 画面に表示されるのは、ウィル子を示す赤色のマークだ。
 それは、まるで猟犬の様に。
 残った防壁を迂回し、あるいは破壊しながら中心部へと迫っていく。
 予定よりも、彼女が抜け道――時間を短縮する方法を発見する時間は速かった。
 それは、彼女一人で状況を打開したのでは無いと言う事の証明だ。

 「あちらに、助言者が付いたね」

 その助言者が誰かなど、友にとっては考えるまでもない。
 そもそもこの戦場に立ち入れるものなど居ないが……しかし、彼女と直接繋がっている人物ならば別だ。
 川村ヒデオ。
 頭脳ならば圧倒的にこちらが上だが、しかし着想力と着眼点では、互角の領域にも並ぶあの魔眼の青年。
 だが。

 「電子世界の神。君が気が付いていないだけで、弱点はまだあるんだよ」

 玖渚友の顔は笑っている。
 この状況が。
 一瞬でも手を休めれば、その瞬間に制圧されてしまうであろう猛攻が。
 楽しくて楽しくて仕方が無い。
 無念な点はただ一つ。

 (……もう何年か早かったらねえ)

 玖渚友が全力で相手が出来たというのに。
 《チーム》が全員で相手を出来たというのに。
 人類の最高の天才が、挑めたと言うのに。
 それだけが、残念で仕方が無い。

 「負けないよ……僕様ちゃんを、生みの親を越えて見せなよ。神を名乗るなら」

 玖渚は――――次のトラップを想い。
 少しだけ彼に同情した。



     ○



 「う……」

 意識が浮上する。
 自分が床に倒れていたことを意識し、起き上ろうとするが――――体が動かない。
 すわ拘束か、とも思ったが。ただ単にダメージが大きいだけのようだった。

 「目覚めましたか、とミサカは尋ねます」

 第二管制室。
 気絶から覚めた弐十院満に声を掛けたのは、平坦な少女の声だった。



     ○



 《億千万の電脳》。別名を《電神》ウィル子。彼女がいかに優秀であるのかは《チーム》は皆、十分過ぎるほどに知っていた。
 単純に自分達が惚れこんだ、世界最高の《青色》の頭脳を持った、彼女を上回るほどの存在であることと、それが自立意識を持っているということ。
 次に彼らが目に付けたのは――――後者である。


     ↕


 (…………どうしようか)

 超鈴音に対して、ウィル子との勝負に勝手に介入してきたこと(ウィル子は気付いていないだろうが)に多少の怒りを覚えていたヒデオだったが――――上空にいた何者か。おそらくは相手側が物理的な方法でハードを攻撃しにきたのだろう人物を追って消えてしまったので、多少機嫌の悪いままでも一人で時間を潰すしかなかったのだ。
 自分が肉体戦闘が全くの不得意であることは認識以前の問題である。
 『闇』を利用すればこの世界の大半のことは可能なはずであるが、力を入手して使えるような性格ならば最初から苦労はしていない。

 『マスター!』

 いきなり声を掛けられる。

 『迷宮なのです!』

 そんな風に掛けられた声で始まった一連の問いに、ヒデオはごくあっさりと答える。

 『飛べ』

 ――――彼が彼女の問いに即答できるのは、簡単な話。
 ヒデオが仮に。
 ウィル子と戦う事になった場合。
 果たしてどうやって勝つのか。
 それがそのまま、答えになっている。
 過去に全く想定しなかった訳では無い。
 『聖魔杯』において、そういう試合が起こりえる可能性もあったのだし。
 だが、電子世界における彼女に勝つ方法は思い浮かばなかった。知識が無いというのもある。だが、彼女に勝てるような存在を、ヒデオは知らなかった。
 ウィル子から。
 《チーム》という存在を聴き。
 彼らが、ひょっとしたらウィル子の人格の基礎かもしれないのだと聞かされて――――初めてヒデオは、彼女に比肩する存在を『実感として』感じ取った。
 それまでは、自惚れでも何でもなく彼女を世界一であると信じて来たのだから。
 それに並ぶような、世界一の人間の頭脳があることを――――彼は知った。
 これまでの相手の戦い方は正直、納得できる戦法だった。
 考えてみれば単純な、ヒデオとて使いそうな戦法である。
 最初から突破される事を目的とした、単純な『数による時間稼ぎ』。
 相手の精神を虐める姑息な攻撃。
 さらに、勢いを徒労に変化させる努力を無に帰す罠。
 ――――まあ、手段に程度の差こそあれ、ヒデオが罠を張るとしたら同じことをする。
 問題は、ヒデオの全く介入できない電子世界において行われているために、それを防ぐのは全てウィル子であり、ウィル子でしかないのである。
 しかも、ヒデオの忠告を聞く余裕が無いほどに全力を出さなければ、こちらへ押し込まれるほどの猛攻。
 相手は――――おそらく全て計算の内だったのだろう。
 ウィル子と言う存在を、性格を加味した上での作戦だ。
 となると、次は。

 (……ま、予想通り、か)

 「動かないでください」



 ヒデオの首元にナイフが付きつけられていた。



 「――――闇口さん。ですか」

 上空の何者かが電線を切断したらしいことは、聴いている。
 聖魔杯の時の様にハード面を責めれば、意外とウィル子にダメージを与えられるのだ。
 そして、それと同様に……。

 「はい。いーお兄さんから頼まれまして。電脳世界の戦いに、貴方が助言するのならば、相方同士が接触しても構わないだろう、と。今の私は闇口崩子ですが、いーお兄さんの奴隷なのです。説得は無意味です」

 ヒデオを狙うのも、良い戦法だろう。
 ――――なるほど。
 言葉から、伊井入識とどんな関係だったのか、疑問が解ける。
 詰まるところの主従関係。

 「…………それで、どうするつもりでしょう」

 内心では驚愕していた。
 普通の生徒だと思っていた訳では無いが、音すら立てず。
 気配すらも完璧に殺して、ヒデオの生殺与奪を握ったのだ。
 暗殺者、という言葉を思い出す。

 「いえ、少し眠って頂こうと。貴方と電脳の妖精さんは繋がっているらしいのでしたら、貴方を気絶させれば動揺するかと」

 「…………なるほど」

 そうだろうとは、途中から気が付いていた。
 停電が始まってしばらくして悟ったが――――ウィル子に伝えられなかったのは、紛れも無いヒデオのミスだ。
 この時間まで、良く持ったものだと思う。

 「闇口さん。それが出来ると?」

 「はい。お兄さんの命令には絶対服従です」

 ヒデオの力では、首元の細腕を掴んだ所でどうにもならないだろう。
 ナイフは鋭く、簡単にヒデオに危害を与えることが出来る。
 だが。

 「……残念ですが」

 それは出来ないだろう。
 一瞬で。



 彼女を闇が拘束した。



 「…………!」

 両足から全身に伸びた闇の蔦は、彼女の腕までも飲み込んでいた。

 「僕の意思では無いのですが」

 そう。
 一体《億千万の闇》がいかなる考えを持ったのか、自動防御機能を付与してくれたのだ。
 命の危険をヒデオが認識したときのみという条件は付いているものの、かなり使い勝手は良い。

 「死にはしません」

 精神的な被害も無い。
 ただ、強制的に深い眠りに誘うだけだ。

 「――――自分の力では無いので、あまり自慢できませんが」

 そして、攻撃にも役に立たない。
 防御と補助は優秀だが、いかんせん攻撃は、話に聞くだけでエゲツナイ。そもそも普通の力とてヒデオは身分相応の物で良いのだ。
 チート能力は、彼の生き方には必要無いのである。
 最近のところ。
 ヒデオは――――自分が人間であると言う実感を、徐々に失ってきていた。
 どうしたって関わってしまう以上、出来うる限り良い結果を残すべく活動してきた自分が。
 『闇』に、明らかに浸食されてきているのだ。
 以前の性格はそのままで、しかし人間に対する――――諸々が、変わって来ている。
 まだ今までの自分とほとんど変わらない。
 だが、このままいけば、変わる可能性も十分に考えられる。
 いまならば、人間の放つ生の輝きを見たいという、魔神達の想いも分かるような気がした。
 徐々に闇に呑まれゆく彼女の腕から、ヒデオは逃れる。
 首から上と腕しか覗いていないが――――顔の中に、恐怖は無い。

 「…………慣れて?」

 我ながら、緊張感に欠ける台詞だと思う。
 本来ならば血みどろの戦いになっていても奇妙では無いと言うのに、どういう訳か普通に会話をしているのだ。
 両者共に使役される身。互いの考えが解っているからかもしれない。

 「ええ。まあ」

 闇に慣れているというのも変なセリフだが、確かにこの《闇》は、生徒相手と言う事もあって特別に強力な物では無い。
 少なくとも下手に抵抗しなければ、そのまま普通に眠ることが出来る。

 「――――それに」

 ヒデオの言葉に、無表情なままで彼女は頷いて。



 「――――もう、仕事は終わってます」


 そんなセリフを言った。


     ◇


 ぐん、と体が引っ張られた。
 その勢いに、ヒデオの体が踏鞴を踏む。

 (……何が?)

 咄嗟に、闇に沈みかけた少女を見る。
 その顔に浮かぶのは、笑み。
 手に握られたナイフは――――。

 (いや)

 キラリ、と宙で何かが光る。
 細いそれは、ナイフに繋がり、そしてヒデオの体にも纏わりついている。

 「…………絃、ですか」

 ナイフをカモフラージュに、ヒデオの全身に巻き付けていたのだろう。
 彼女が移動した――――《闇》によって移動させられたことで、それが発動したのだ。

 「《極限技》と―言いま 。――切れま よ?」

 呑まれて行くために言葉は全て聞こえる訳では無いが。
 ギリ、と腕に食い込み。

 (まずい!)

 前に出たヒデオの腕が、裂かれる。
 噴きだす血に苦痛を殺し。


 ――――これは、しまった。


 一瞬で認識する。
 攻撃手段として、こう言う方法を思い付かなかったヒデオの負けだ。
 死んだところで問題はないが、そんな事よりも遙かに大きな問題が一つ。


 《闇》の中で彼女がどうなるのか。


 下手すれば、そのまま出て来れるかどうかも怪しい。
 だが――――彼がこのまま《闇》の中に入れば別だ。
 まだ腕と顔は見えているのだから、今から行動すれば十分に間に合う。

 (…………なるほど)

 性格が悪い。
 どう行動しようとも、ヒデオの動きを拘束して、おまけに一時的に消息まで消せる。
 《闇》の中で攻撃される可能性すらある。
 実行する闇口崩子もそうだが、考える――――おそらく彼女の主人も、性格が悪い。
 ある意味立派だ。
 ヒデオに同じことは出来ないだろうから。
 ここでヒデオが見捨てることが出来ないことまで、ひょっとしたら予想していて。
 おそらく、ヒデオは彼女を殺せない事まで計算に盛り込んでいたのだろう。
 彼女がヒデオを気絶させることが出来れば良い。
 できなくなっても、ナイフと共に絡ませた絃で、ヒデオを一時的に殺す事は出来る。
 彼女が闇に呑まれようとも、飲まれまいと、おそらくヒデオは――彼女に危害を加えられず、出来て精々が気絶と悪夢位の物。
 よしんば全て失敗したとしてもその動揺がウィル子の行動を阻害する。
 考えられた、作戦だった。
 この頭脳戦は、ヒデオの敗北だろう。
 戦闘手段としての技能で、行動を縛られたのだ。
 ギリ、とさらに体が引っ張られた。
 ただの糸では無く、相当に特別な繊維らしい。張力も半端無かった。
 このままいけば、もう数分で腕と足と、下手すれば頭も千切れかねない。
 飲まれている彼女の方に歩み寄りつつ、糸が弛んだ瞬間に懐からメモとペンを取り出し、素早く描き付けて地面に投げ捨てる。
 一言伝言を残しておけば、ウィル子も、おそらく学園のどこかで戦っている美奈子も気にすることはないだろう。
 そもそも、ヒデオがこの停電に出来ることは殆ど無い。
 寮や一般人の守衛は神野陰之に任せてあるし、ヒデオが消えればあちらも《チーム》とウィル子の戦いに手出しはこれ以上するまい。

 (とりあえず)

 すっかり自分がまともから離れている事を自覚しながら、ヒデオは開いたままの《闇》に飛び込んだ。
 川村ヒデオ。
 戦線離脱。



 反応が消えた事に驚いたウィル子が、慌てて外の画像を覗いて見たのは――地面に落ちた、数行の言葉が書かれたメモだけある。

 『心配するな』

 そうやって書かれた文書を読み取り――――結果。
 ウィル子は未練を、信頼故にあっさりと断ち切って再度電子戦へと突入した。
 言葉に触発されて、今まで以上の能力を発揮しながら。
 ヒデオの狙い通りに。



     ○



 昔々の話をしよう。
 ある所に一人の天才少女がいた。
 その少女はまさに言葉に間違いが無いほどに『天才』であり、保育園に通う事も無く自分自身の好奇心に打ち込んだ結果、僅か五歳で高校模試のトップに名前が載るレベルであった。
 小学校に入る時には大学教授と同等かそれ以上の頭脳を有し、潤沢に成長した彼女は世界に旅立つこととなる。
 十歳と同時に彼女はアメリカ・ヒューストンが世界最高の学問研究所『ER3』の扉を叩き、ドイツ・中国・ロシアの三カ国の言語による狭すぎる道を通り抜け、そしてそのままそこに居坐ることとなった。
 あらゆる興味を学問の探求に向け。
 自らの先達を追いかけ。
 限られた、真の天才しか立ち入ることの出来ない無限の領域に足を踏み入れた。
 自分自身よりも遙かに上に立つ、自分以上の存在に――彼女は魅了された。
 狂ったように研究に、学問に、探求に打ち込み。
 世界最高の頭脳ヒューレット助教授。
 名実ともに二位と噂されるフロイライン・ラヴ。
 そんな存在の下で三年余りを過ごす。
 もう後数年。
 五年はかかっても十年は絶対にかからないだろう。
 世界最高の頭脳の称号《七愚人》に選ばれる事すらも十分過ぎる程に予測されていた。
 しかし。
 しかし――――だ。
 その彼女はもういない。
 実験中の事故で、死んでしまったのだから。



 長谷川千雨という存在が麻帆良にやってきたのは中学生の時だ。
 日本の教育システムから随分と離れた場所にあるこの学園だったが――――千雨はごく普通に、自分で義務教育の中に入った。
 本来ならば大学教授も当然の彼女だったが、あえて普通の女子中学校に入ったのだ。
 学園長と、当時の担任だったタカミチ・T・高畑は、彼女がどんな境遇にあったのかを周知の上で1-A、後に3-Aとなるクラスへと入れた。
 千雨が入ったことに特別に重い理由があった訳では無い。流されたのだ。あるいは、その時に抱えていた絶望と虚無故に、流れる事を良しとして選択した。
 その当時のクラスの状況が、どれほどの物であったのかを知らない者は多い。
 だが、今なおあの時の状況を知る関係者は揃って口をそろえて言うだろう。

 『二年生まで持ったのが不思議でならない』――――と。

 それほどまでに、当初は険悪だった。
 賢悪と言う言葉で済ませるだけでは無く―――― 一触即発だった。
 当時の教員たちが体調不良を訴えて学校を変えたり、あるいは学園長に『転勤させられたり』するほどに危険なフィールドだったのだ。
 クラスの中では表面上こそ平穏で、内情を知らなかった人物――例えば神楽坂明日菜(それでもクラスの人間関係が悪い事は気が付いていたようだが)もいることは確かだが。
 そんな時。
 一人の生徒が、言ったのだ。
 言ったのでは無い、いい加減にしろと怒鳴りつけられたと言うのが正しいだろう。
 その時からすでに、クラスの全員の情報を知っていた――――雪広あやかに。
 彼女は散々に怒り、気力と言論と、なにより殺されても翻さないという覚悟を持って言ったのだ。
 千雨とて存分に怒鳴られた。頬を叩かれたのは親以外では初めてだった。
 そしてその上で、言ったのだ。
 せめてこのクラスの中では平穏を造ろうと。
 このクラスにいる人間がどんな生徒であろうと受け入れる、だから誰もが望んでいる日常を造ろうと。
 クラスの全員の前で。
 そこまで露骨に言ってはいなかったが、そんなことを言ったのだ。
 そして、その意思は。
 今のクラスに繋がった。
 隣人がどんな過去を持っているのかは尋ねない。
 どこで何をしていようとも、基本的に干渉はせず、干渉するなら覚悟を持つ。
 その代わり、誰もが。
 望むと望まざるとに関わらず日常生活を送ることが出来なかった、あらゆる意味で一般人では無い者たちが。
 ただ平穏に笑って暮らせる場所であることを、守ろうとする。
 そんな場所に繋がった。
 それは千雨にとっても同じだ。
 彼女が魔法やら何やらを否定したかったのは、彼女の過去において――それを理論において検証することを排除したかった癖が未だに抜けきっていないと言う事が一つ。
 だが、何よりもそれが日常に入り込み、クラスの崩壊に通じかねないという懸念があったからだ。
 最先端以上の技術で造られたガイノイドの存在や、人知を超えた存在(『ER3』が研究によって生もうとしていたことは知っているが)が闊歩している事も。
 彼女が有する《宙界の瞳》という存在が、世界の裏にも精通している事も。
 ある種の障害であり、クラスの弊害になりかねない――そんな懸念があった。
 彼女は非常に頭が良く、しかしだからと言って専門外の知識は一般人が精々だ。
 《福音》とよばれる『始祖』がいる事も知らなければ吸血鬼に関しても疎いことを始めとして。つまり、一言で表すのならば『違う世界の存在』についての状況を――――彼女は把握していない。
 だからこそ、彼女は常識に対して憤っていた。
 しかし。
 しかし――――だ。
 超鈴音から、停電と、そして彼女の目的や個人についての話は触れていないにせよ、関わる前にある程度の情報を得てはいる(だからこそ現場に来るまで時間が相当にかかったのだが)。
 そして、この停電以降。



 クラスは全員が、世界の動乱に巻き込まれる――。



 それを、話されたのだ。
 それが事実なのかどうかは不明だ。
 だが、何よりもそれを『起こしかねない』人物には、確かに千雨とて予想以前に解っている。
 ネギ・スプリングフィールド。
 あの子供教師の存在は、良くも悪くもクラスに波紋を投げいれた。
 あの子供が来たからこその、懸念は――千雨の中でも、かなり大きい。
 委員長を始めとして、なにやら頑張っている姿が結構注意深く情報を集めれば掴めるのだ。
 その子供が悪いとまでは言わない。
 だが、責任の一端を担っていることも確かだ。
 どうせ学園長辺りに尋ねても答えは絶対に帰ってこないだろうし、今話して貰えるのならばこの学園に来た時に話されている。
 その学園長が、あの少年の来訪に関わっているのは、来訪当日の朝倉の推測を持ち出すまでも無く正解だ。
 あの少年は、決してこのクラスから外れることはない。
 ならば。
 今後、超の言う様に、あのクラス全員が巻き込まれると言うのならば。


 ――――その為には今から関わっておいた方が良い。


 千雨が今、どうやら魔法少女だった高町ヴィヴィオと共闘しているのはそのためだ。
 ひょっとしたら母親もそうなのかもしれない。
 二年生の中盤で起こった事件を顧みるに、おそらくルルーシュ・ランぺルージやクラインも学園長が関わっているだろうし、タカミチ・T・高畑が裏の住人であることは察しが付いている。
 千雨が思っている以上に、世界は広くて、絡まっていた。
 複雑で、そして不思議な縁を結んでいるらしかった。

 (――――焼きが回ったもんだよな、私も)

 昔は、人間関係など煩わしいだけだったのに。
 あのクラスの、あの空気は――――自分にとって心地良い物だと実感してしまっている。
 ならばこそ。

 (でも、ま、良いだろ)

 ここで動くのに、言葉を繰るのは野暮というものである。

 〈おい、喜べ《宙界》――――やるから手伝え〉

 (了解した)

 偶には、凶悪な兵器を使うのも、まあ良いだろう。

 「高町、作戦がある」

 その表情は、あえて言うのならば狂騒にも似た表情だった。



 長谷川千雨。
 戦略兵器として見るのならばおそらく、クラス内ではエヴァンジェリンの次に凶悪な存在である。
 なぜならば 、異次元より飛来したその力。
 それは『咒式』というのだから。


     ◇


 激昂した咆哮と共に目の前に拳が付き立てられた。
 だが、決してこちらに届くことは無い。
 目の前、とりあえず有名ゾンビゲーム館編でタイラントとか呼ばれそうな巨体の前には、鋼で構成された頑強な壁が存在し、そして彼の攻撃を受け止めている。
 先程まで共にいた高町ヴィヴィオには、色々と頼んである。
 咒式の性質上――――周辺への被害を減らす必要があるのだから。
 化学鋼成系第一階位《斥盾(ジルド)》。ランクとしては最低レベルだが、金属製の防壁を破壊できるほど目の前の相手は強力では無い。
 凹みを造る程度は可能の様だが、所詮は人間の肉体で、そして魔力の供給が過剰にされたせいで暴走気味。
 後衛の術者に共通して言えるように、千雨の身体能力は低い。
 だが、目の前の侵入者は――――その為の手段を、千雨に攻撃するための技術を、ツ…………なんとかという吸血鬼の下僕になり、そして暴走したことで失っている。
 そんな相手など、ただの猪に過ぎない。
 千雨が、そう思っていると。

 「へえ……」

 巨体が跳んだ。
 凹ませた、その部分に足を掛けて一気に体を運び。
 壁を乗り越えて、やはり千雨に向かって来た。
 だが、慌てない。
 相手が宙にあると言う事は、動けないと言う事であり。
 その状態の相手に攻撃する手段など、とうに準備が終わっている。
 千雨は剣を構える。
 刃渡り802ミリメートルの直剣の柄には複雑な機関部が埋め込まれている。少なくとも千雨には解析が不可能なレベルの技術だ。
 弾倉内に入っているのは、超と葉加瀬に頼み入手した、重元素を閉じ込めた薬莢。外見も通常の弾丸と殆ど同じにしか見えない。
 だが、弾丸内部の重元素は銀を合成した特殊合金の刀身。そこに通る無数のカーボンナノチューブを通り抜ける。
 空間内に放出された重元素と、刀身の持つ特殊合金によって空間内に干渉。
 鍔元の演算機関に《宙界の瞳》によって演算が行われる。
 複雑な、しかしそれでも簡単な部類の咒式組成式が表れ。


 ――――虚空から十数本の槍が飛んだ。


 唯の槍でしかなく、しかし突如生まれ出た、鋼の穂先達。
 宙にあった相手は、その槍衾に自分から突き刺さる。
 化学鋼成系第二階位《矛槍射(べリン)》。
 魔力で膨れ上がった肉体には、動けなくなるほどのダメージでは無い。
 だが、千雨に攻撃できるほど軽い怪我でも無い。
 地面に落下した相手は、膝をつき、それでも彼女を睨みつけるが。

 「悪いな」

 その言葉と共に、幾重もの鉄の鎖が絡みつく。
 やはりこれも、虚空から生まれたものだ。
 どこかに隠されていた物でも無い。
 まさに、その場で造り出された物体とも言うべき代物だった。

 「理解できないって雰囲気だな…………ま、無理も無い」

 逆光に光る眼鏡で表情を隠した彼女は、口元を歪めて言う。

 「世界ってのは情報で表す事が出来る。情報で表せることが出来るなら、それを数式で表す事も出来る。なら――――数式から世界を生むことも可能だろ?」

 身動きが出来ないままにも、侵入者は僅かに残った人間の理性の中で呻いたようだった。
 無論、別にそれでどうという事も無い。千雨は――――少なくとも自身が正常であるとは思っていないのだし、目の前の存在に容赦するつもりも無いのだ。
 ある意味で突き抜けてしまっているのだから。
 相手の呻きに秘められた意味を聴き取ったのか、千雨の眼光はそのままで。

 「不可能?…………いや、不可能じゃ無いさ。あんたらの使う魔法じゃない。超に聴いた所によれば心理や願望の重さで変化するらしいな。私の技術はそんな不確定要素は排除したものだ。科学、正真正銘の『理論付けられた科学』だ」

 鎖に阻まれた相手に、教えるように。

 「私は心や思いを否定するつもりは毛頭ねーよ…………でも、それに頼ってても問題だ。いざって時に頼るのは自身の実力だからな、期待することはない」

 懐から、彼女はライターを取り出す。
 どこにでも売っていそうな、極普通の百円ライターだ。

 「時間潰しに教えてやるよ。テメエが理解できるかは別としてな」

 カチカチ、とライターを玩びながら言う。
 本来の目的を隠すために、言う。

 「6,626075540の10の負の34乗(J・s)と定義されていた、作用量子定数hを操作。△t△E=hにより、熱量の不確定性は時間の不確定性に反比例すると仮定する。一辺の長さが1,6160×10の負の35乗メートルである立方体に、2,1767×10の負の8乗キログラムの質量を持たせた置換物質は、量子効果により人工的に作用量子定数を含む基本物理定数を変異させた、仮想時空領域を作り出すんだよ。それは基本物理定数を変異させ、熱量保存則を破って虚空状態から物質を出現させる……」

 まるで呪文のように、不遜な態度で彼女はゆっくりと後ろに下がりながら語る。

 「ま、この式をこの世界で語ったとして理解できる人間が極々一部。それを夢物語だと笑い飛ばさずに検討できるのがさらにその一部。それを、実際に資金を始めとして検討『出来る』のがその一部。――一億人に数人いるかいないかのレベルだろうよ。実際に実証するにも色々と必要だからな。それこそ世界中の頭脳が集まる場所でも無い限り不可能だ」

 そして、その世界最高の研究所での経験が、彼女を変えたのだ。
 さらに距離を取る千雨。
 発動時間が過ぎたのか、虚空に消えていく鉄鎖を、相手は強引に振りほどこうとし――――。

 「――――《バインド》!」

 今の今まで姿が見えなくなっていた、高町ヴィヴィオの声が響く。
 物質から魔力によって編まれた鎖に巻きつかれ、侵入者は再度拘束された。
 最早無意味な行動だった。
 高町ヴィヴィオを送り出した時から、既に彼は逃れようのない罠に嵌っていたと言っても良い。

 「――――首尾は?」

 「大丈夫です。周辺にも上空にも人影は無いです。ユーノ君も回収できました」

 「上出来だ」

 時間も予測通り。
 今までの無駄な、知識の羅列。
 それは唯の時間稼ぎにすぎなかった。
 複数の策略の為に、罠を張る為の時間稼ぎと言うのが――――正しい。
 その中には、複数展開の為の計算時間も含まれていた。
 並列処理をするには、千雨自身の頭脳をフル回転させても非常に負担が大きい。
 時間潰しとして語っている間、咒式を組み立てるのは相当に難儀だった。
 だが。それを顔に出す事も無く、ポーカーフェイスでやり遂げた。
 やせ我慢は得意なのだ。
 
 「高町、それとアルフだったな、距離を取っとけよ。下手に息吸うだけで――肺が焼けるぞ」

 背後に声を掛けて、先ほど以上に雁字搦めになった相手に、千雨は言った。



 「テルミット反応、って知ってるか?」



     ◇


 その時、ヴィヴィオは確かに千雨の顔をみて恐怖を覚えた。
 それは本能的に悟っただけだったのかもしれない。
 しかし、ヴィヴィオは知った。
 普段は巧妙に、彼女自身が必死に自制しているから分からない。
 だが、その時の彼女の眼は。


 明らかに真っ当な人間の道を逸脱した、踏み超えてしまった人間の目をしていた。


 誰もが猫を被っていることは確かだろう。
 ヴィヴィオとて、多少の猫を被っていることは事実だ。
 だが、彼女の場合、その猫の皮が厚すぎる。
 まるで研究のためには手段を選ばない学者の様に。
 それも、下手を知れば葉加瀬聡美よりも簡単に、自分の研究の為に容赦なく非常を行える人間である、と。
 実際は、そこまで非常では無いかもしれない。
 けれども、今彼女が――――それにも似た、ある種突き放した態度で侵入者を屠るつもりであることは、十分に伝わった。
 ヴィヴィオもアルフも、この侵入者はもはや助けられないことは内心で悟っていた。
 助けたとしても学園長はしっかり始末を付けるだろうし、支配されたこの状況で助けられるとは思えない。
 けれども、彼女・長谷川千雨は、そこで手を下す事に、おそらく躊躇しないのだ。
 葛藤することはあっても、『それと行動は別』だと――――そんな風に言える人間なのだ。
 寒気を覚えたのは、間違いではあるまい。
 その時ヴィヴィオは、千雨の忠告よりも自分自身の恐怖で動いていたのかもしれないと、後に思うほどに。



 「死ぬ前の僅かな時間で、教えてやるよ」

 通常、燃焼という現象は酸素と結び付くことを言う。
 金属が酸化することは錆びたという言葉で表現されるが、その逆、還元する化学反応がテルミット反応だ。
 酸化鉄、つまり錆びた鉄と、まったく錆びていない金属があるとして。
 鉄の原子と酸素原子を強制的に引っぺがし、錆びていない方の金属原子に酸素を結ばせる反応である――――。
 そんな風に。
 淡々と語るその言葉は、千雨にとって侵入者に行っていると同時に、別の相手に言っている事でもある。
 その相手こそ、この侵入者を支配している吸血鬼。
 うちのクラスに手え出すんじゃねーよ、という警告である。
 実際問題、吸血鬼相手に身体能力が一般人の千雨がどうやって戦うのかという問題はあるが、そんな事は些細な問題だ。こちらの意思が伝われば良いのだから。

 「オーバーキルって言うだろうがな――――知ったことじゃねーな。私の力も手前らも五十歩百歩だろ。行動に動機付けするなら、言い訳すんじゃねえ。行為は行為として責任ごと受け入れろ。私はその覚悟がある。お前の代償は――――」

 力を得ることは悪いことでは無い。望んで当然のことだ。
 だが、だったら自分たちとは関係のない所でやってくれというのが、正直な部分だった。
 超曰く、個人的な動機で行動する者が今宵は多いのだと言う。
 だが、吸血鬼は、別に学園に来る必要も無いのだと。
 標的はどこの誰でも良く、組織とは無関係に、ただ強さを求めるだけなのだと聞いている。
 そんな、折角作り上げた日常を壊す相手に。
 そんな存在の手を取る相手に。 
 ――――私は容赦はしない。


 「――――その命で払えよ」


 千雨の体から、魔力にも似た波動が湧きあがった。
 魔力よりももっと原始的な、混沌とした力。
 魔杖剣の弾頭から重粒子が送り込まれ、大気中に放出される。
 頭の中、組み立てられた組成式に従って展開し、発生するのは、酸化鉄とアルミニウム、そしてマグネシウム。単純に化学式で表せば、Fe2O3 + 2Al → Al2O3 + 2Fe + 188.3kca1。つまり一反応に付き188,3カロリーが生成されることになる。
 テルミット反応を人工的に引き起こす化学鋼成系第三階位《赫錏哭叫(ハウレス)》。
 発動の条件として、マグネシウムに着火させなければならないが――――。
 ボ、とライターに火が灯る。

 (…………それはこの程度で十分だ)

 侵入者の周囲に渦巻く金属粒子へと――――千雨はライターを放り投げる。
 マグネシウムがどれ程酸素と結合しやすいのかは語るまでも無い。
 左手で眼鏡を抑え、髪と共に表情を隠す。
 千雨自身、その時の表情に何が浮かぶのかを――――良く知っているからだ。

 「煉獄に消えろ」

 発火する。



 轟音と熱波。
 衝撃と閃光。
 3000度にも達する膨大な熱量が、相手を焼き尽した。



 時間にして数秒。
 だが、相手を屠るには十分な時間。
 熱の名残が空気中に拡散し、周囲に蒸気と上昇気流を生み出す中。

 「――――悪いが私は敵には容赦しないんだ」

 乾いた瞳で、炭となり僅かに残った死体を見つめて彼女は言った。
 排出された薬莢が地面に落ちて音を立てた。



     ○



  カーニバル・経過時間――――二時間四十五分。



 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 北大路美奈子&岡丸――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 《王国》ツェツィーリエ&下僕×1――健在。
 「アーチャー」――健在。
 「少女」――健在。
 『統和機構』暗殺者――健在。


 脱落者


 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ
 C.C.
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア


 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 闇口崩子


 停電終了まで、あと一時間十五分。







[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台③(4)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/15 01:47



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその③(4)



 強風が吹き荒れる上空において、さらに荒れ狂う暴風域が一つ。
 並の人間では視認することすら難しい、殺戮の嵐。
 黒き外套をはためかせ、闇夜に翻るその姿。
 自在に宙を飛ぶ力を求めし吸血鬼の女性・ツェツィーリア。
 だが、名の知られた彼女は――激しい猛功によって、手傷を負わされている。
 その相手。対するは、同じく女性だった。
 虚空を足場に飛び回る、豪奢な鎧の麗人。
 世界の中において、その名を知らぬ者はいないであろう《赤き翼》の一角。
 龍の血を引きし剣士。
 アルトリア・E・ペンドラゴンである。
 こちらは、多少髪が解れていたり、あるいは幾つかの擦過傷が見える程度。
 いや、もっと言うのであれば――――息を乱すのが精々。
 身体能力で互角に持ち込める可能性があるとはいえ、水は大きくあけられている。
 吸血鬼とはレベルが違った。

 「く、は、ははは」

 その、圧倒的なまでの劣勢において。
 しかし、魔性の女怪は笑う。
 力を求める存在にとって、自分の全力を持ってしても叶わない相手との戦いは、危険であり、自殺行為であり――――そして同時に、最高の美酒となる。
 『魔法世界』において、幾度となく敗北した。
 腕も、足も、首すらも壊された事がある。
 そして今回も、おそらくは敗北する。
 彼女には半端な魔法は効かず、剣術においては世界有数であり、異常なほどの能力を有する相手。
 ――――だが。
 それは、喜悦。
 それは、歓喜。
 ただ力を求める存在にとって、自分が追い付けぬ高みにいる相手こそ――最高の目標であり、標的だ。

 「くくくくっ。まだ、勝てねえか」

 歯を剥き出しにして、笑う。
 折角、平安の世から生きる齢千歳を超える相手の力を得たと言うのに。
 やはり、途中で相手が逃げたのが何よりも大きかった。

 (…………仕留めたはずの上弦が、何故突如動いたかは知らないが)

 しかし、やはりそれでも――――敗北の結果は、覆らない。
 腕が飛ぶ。

 「は、ははははははっ!」

 ――――楽しい。
 とても、とても――――血が踊る。
 闘争本能に彩られた思考で、彼女は相手の剣激に叩きつけるように残った腕を回し。
 同時に、自分から噴き出した血を、霧となす。
 彼女の狙いに気が付いた剣士は、しまったと表情を変えるが――――手遅れだ。

 「じゃあな!姫さん!」

 勝てないのならば、取る手段は一つ。


 逃げる。


 戦いの中においてならば、痛みなど麻薬にすぎない。
 自分の力では叶わないのならば、叶うようになってから勝てばいい。
 まして、彼女は吸血鬼。
 あの《術聖マーリン》の血を得たのだから。


     ◇


 産業革命の時代。
 吸血鬼の社会もまた、世界の動乱に呑まれた。
 かつてイギリスに端を発し、欧州全土に強い権力を持っていた《術聖マーリン》の血族は衰退していった。
 変わって台頭して言ったのが《魔女モーガン》の血族。
 両者の争いは、当然のように《魔女モーガン》に軍配が上がり。
 連続殺人事件。かの有名な《切り裂きジャック》による血族内での内乱を最後に、その血族は消滅した。
 だが、ツェツィーリエは紛れも無く、その血を宿すもの。
 イギリスに伝わりし《始祖》、もはや滅びた血族《術聖マーリン》の血を宿す存在だ。
 吸血鬼ですら無く、吸精という存在がである彼女が――――しかし、百年以上前のイギリスにおいて、僅かながら残っていた《マーリン》の血族から。


 力を得るために血を吸い。
 その力を自分の物にした。


 それだけの話。
 マーリンの血族が消滅した後でも――――自身は無論、吸血鬼では無いが故にコミュニティに入ることは無いが。
 それでいて、残った血は受け継いでいる。
 彼女の血肉となって残っている。

 (皮肉だな)

 吸血鬼のマガイモノが、吸血鬼の貴重な力を得ているなど。
 皮肉以外の何物でも無い。
 そして、最大のメリット。


 師・マーリンの血族を、アーサーの血族がそう容易く殺せるはずが無い。


 魔法と違う、魔術の最大の特性はそこにある。
 その法則が世界を縛っているが故に。
 その理屈があるからこそ、アルトリアは自分に勝てても、自分を殺せない。
 幾度となく敗北し、しかしそれでもなおツェツィーリエが生きている最大の理由がそこにあった。
 だからこそ、今回も逃げる。
 次に出会う時は、より強くなるために。
 より相手を、殺せるように。
 ただそれだけの為に。
 己の力の身を追い求めることが、彼女の人生なのだから。


 「また会おうか!アーサー王!」


 哄笑と共に、やって来た時と同じように――――自分勝手に、彼女は退散した。
 『螺旋なる蛇(オピオン)』《王国(マルクト)》ツェツィーリエ。
 逃走。



     ○



 「う……」

 春日美空の意識が浮上した時、最初に見たのは自分を覗き込む見かけない女性だった。
 大学生位の、ショートカットの女性。二重瞼が印象的な人だ。

 「気が付かれましたか?」

 「…………ええ」

 第一管制室近くの、休憩所。補給所も兼ねた魔法使い達の拠点の一つだ。地下室と二階には寝台や装備が一通り揃えられている。
 ゆっくりと起きあがり周囲を見ると、燦々たる有様だった。
 自分の隣にはココネが、その隣にはシャークティが眠っている。ガンドルフィーニ、佐倉愛衣、葛葉刀子もいる。他にも何人か。そこそこの実力を持つ関係者が、揃って治療中で眠っていた。

 「…………全員、あいつに負けたっすね」

 「――――その『あいつ』が誰なのかは分かりませんが、相当の実力者がまだ残っている事は事実のようです。…………すいません、詳しいことは私もよく知りませんので」

 (…………ま。考えてみりゃ、一人ってわけじゃねえすね)

 数人程度だろうが、少なくとも――――美空を軽く凌駕するレベルの相手が複数いれば、これほどの被害はそれほど難しくない。
 まあ、タカミチ・T・高畑や学園長、果てはエヴァンジェリン以上の実力者が普段はいるのだから、いつもの方がもっと厳しいのだ。
 そのエヴァンジェリンが、今日は彼女の担任である少年とぶつかっていて。
 電子世界では良くも悪くも破天荒な相手同士が戦っている。
 女子寮の管理人も、社会の教師も、副担任の青年もいない。

 (…………そりゃ、手が足りねえすよ)

 それよりも気になるのは、侵入者が明らかに狙ってやってきたことだ。
 停電の日では無い。
 停電の日であるのに――――《福音》が防衛側にいないばかりか、彼女が策略を実行に移しているその時に、だ。
 無論、ネギ・スプリングフィールドが来た事に端を発する相手がやってきたと言うのもあるだろう。
 だが、それだけでは無い筈だ。
 おそらく、もっと『何か』を狙ってやってきた相手がいる。

 (…………たぶん、それは――――)


 美空を倒した相手だ。


 自然、目付きが厳しくなる。
 あの相手が使っていた呪法。
 アレは――――。
 記憶の中から、引っ張り出す。
 『アーチャー』と名乗った、あの相手。

 (――――間違いないっすね)

 魔力を身に纏う方法。
 黒く変色したその姿。
 人を超えたその実力。
 『神殿協会』の図書館で見つけた一冊の書物に書かれていた、禁術。


 『闇の魔法(マギア・エレベア)』


 《闇の福音》が生み出した、呪法。
 何故あの「相手」が使えたのかは、判らない。
 だが、あの相手。
 どこかで――――聞き覚えのある、声と話し方だった。

 (…………誰、ですかね)

 まだはっきりとしていない頭を抱えて。

 「…………あの」

 思考に没頭していた美空に、二重瞼の女性が声を掛ける。

 「大丈夫ですか?」

 「――――え?ええ、ああ…………すいません」

 そう返答して、美空は重要な事に気が付いた。
 どうやら、手当をしてくれていたらしいこの女性。
 美空は過去の経験上、それなりに鍛えてあったので回復もそれなりに速いのだが…………それでもこれほど早く目が覚めたのは、おそらくこの女性のおかげだ。
 親切で、優しい人間であることは十分に伝わってくるが、それは置いておいて。

 「あの――――あなた誰っすか?」

 この女性を学園内で見たことはない。
 しかしここにいる以上、少なくとも身分ははっきりしているはずであるし、こちら側の世界の住人であることは確かだろう。

 「あ、そう言えばきちんと紹介した方が良いですね」

 丁寧な調子で、彼女は頭を下げた。


 「イギリスから客人として招かれた五和といいます」



     ○



 第一管制室に、連絡が入った。

 『…………こちら、神多良木だ』

 「神多良木先生?――――良かった、通じましたか!」

 《教授》明石のこと名は、決して大げさなものでは無い。
 先程まで。第二管制室にイギリスからの客人、御坂ミサカが到着するまでは確かに学内の通信施設は使用不可能だったのだ。
 彼女がどうやら第二管制室に無事到達し、両管制室間の通信機能を(手段は不明だが)回復してのけたのだ。
 無論、電子機器は全くの使用不可だが――――携帯電話と基礎通信機能が使えるのならば、ある程度は動けるようになる。

 『ああ。それで、こちらの情報を伝えるぞ』

 「ええ、お願いします」

 彼の仕事は、負傷者の回収と――――《福音》勢力の面々と渡りを付けることだ。
 学園長がいくら安全だ、問題ないとは言っても、それで何もしないわけにはいかない。故に神多良木が、たった一人で隠密行動をしながら、学園長との連絡役も兼ねて走り回っていた。
 怪我人の運送を行ってもいて、各教師達を回収したのも彼である。
 《教授》明石が、UCATの機竜墜落後も多少の情報を得ることが出来たのはそこに理由があった。
 ちなみに。
 本来ならば絶対にいなければならない筈のタカミチ・T・高畑が何をしているのかは――――また別の所で語るとしよう。

 『桜通りから少々奥まった所にある…………ガンドルフィーニを回収した場所より、少し西で――――』

 「ええ」

 桜咲刹那とクライン(偽名と言う事は知っている)が戦っている事は知っていたし、その後クラインが勝利したことまでは解っている。
 断片的に伝えられた情報から、彼女がルルーシュ・ランぺルージと合流したことと。
 そのルルーシュが一回死んだということを聞いている。一回死んだと言うのも凄い表現であるが。
 神多良木の言葉から、青年と女性の二人が倒れているのかと――懸念を強くしたのだが。
 流れて来た言葉は、意外なものだった。


 『侵入者の死体を発見した』


 「…………なん、ですって?」

 『ルルーシュ、クラインの両者は――――行方不明だ』

 行方不明。
 例えば、気絶中であるとかいうのなら分かる。どうやら不死らしい彼らが、もうじき復活するが、取り合えず死んでいると言うもの解る。
 だが、『行方不明』とはどういうことだ。

 『――――私も困惑しているがな。途中までは確かに血痕がある。これは歩いて来た時の物だろう。一際大きな血の池は、おそらくこの侵入者に攻撃を受けた時の物だ。だが…………』

 「――――ええ」

 珍しくも煮え切らない言葉だった。
 しかし今はそれほどのんびりしている暇はないのだ。傍らでは、ようやっと仕事に打ち込める夏目萌が、未熟ではあるが電子精霊で情報収集に走っている。
 だから、明石は続きを促した。

 『その血痕がそこで途切れている。周辺一帯を捜索したが、血痕はない』

 「――――回復してから立ち去ったと言うのは?」

 『考えたが、侵入者…………少なくとも、魔力の過剰供給でかなりの馬力を持っていた相手が死んでいる以上、難しいだろう。歩いて来た時の血の跡は当然一定だ。そして、侵入者の腕に飛び散っている以上、おそらく二人は叩き潰されるように攻撃を受けたのは、間違いが無い。血溜まりは陥没しているからな』

 ――――なるほど。
 だから、『行方不明』か。
 そこまで二人が来たのはまず事実だ。
 だが、その後どうやって侵入者を排除し、そして消えたのかが分からない。
 彼のことだから周囲をきちんと探索したようであるし――まさかどこかに消えたとでもいうのだろうか?
 そんな疑問を、神多良木も感じ取ったからこその、先ほどの煮え切らない口調だったのだろう。
 明石も同じ疑問を持ったのであるし。

 『とりあえず、二人に関してはそう言う事だ。ともかくこれから私は第二管制室の弐十院の方に向かう。ミサカ嬢に『薬屋』が同行しているが、数は多い方が良い。ではな』

 流石に仕事が性格で、学園内でも実力者なだけある。
 一回詰まっただけで、その後はあっさりと終わらせた。

 「…………ええ、こちらもこれからが本番です。お気を付けて」

 『ああ』

 通信を切る。

 (――――行方不明、ですか)

 黙考する。
 死んだとは思わないし、拉致と言うのも無いだろう。
 となれば、おそらく二人でも予測できないようなレベルの――――あるいは予測していても防ぎようが無いレベルの出来事が起きたのだろう。
 それに巻き込まれた、というのがおそらく正しい。
 どうやら、もう一波乱か二波乱、あるようだ。
 娘とその友人達はきちんと回収されている。
 ひとまず、心配はしていない。

 (…………仕事、しますか)

 後方支援の仕事は、事態が終結に向かうごとに、大きくなるのだから。



     ○



 状況とは一瞬にして変化するのだということを知っていたつもりだった。
 けれども。
 アルフに出来たのは、ほんの僅かなことだけだ。



 侵入者を排除して、安心していたと言うのもある。
 長谷川千雨と共に行動していたからでもある。
 少しづつ電波状況が良くなっていったから、携帯電話で情報を入手することも出来た。
 気が、ほんの少しだけ緩んでいたのだ。
 そして、アルフがただ単に気が付けたのは、偶然と――――感覚だった。
 長い間連れ添った、主人。フェイト・T・ハラオウンに良く似た気配。
 とてもよく似た、しかし絶対に違うが故の気配に――――彼女は気が付いた。
 遠く、遙か上空に。
 アルフの獣の視力でようやっと目視できるそれは。
 ミッドチルダ式の魔法陣。
 それも、大事な主人の持つ技能にもある――――光速の一撃。
 そしてその標的が、誰を狙っているのかを認識した時には、彼女はすでに走り出していた。
 全力で。
 ヴィヴィオが、ようやっと魔力を感じ取り。
 動く間もなく、雷速の一撃が彼女に直撃する瞬間――――。

 「ヴィヴィオ!」


 ――――突き飛ばした。


 そして。
 彼女が覚えているのは、そこまでだ。
 一瞬後には、衝撃と轟音で何も聞こえなくなり。
 光の乱舞で視界が真っ白に染まり。
 方向感覚を失い、意識が明滅し。
 衝撃を衝撃と。
 攻撃を攻撃と。
 意識で理解していても、肉体で理解出来ない程に――――深刻な被害を受けて。
 自分がどういう状態になるのかも把握すること無く――――アルフは倒れた。


     ◇


 「!」

 頭上から魔力を感じた時には、すでに遅い。
 千雨が振り向いた時には、目の前にヴィヴィオが突き飛ばされて飛んで来ていた。
 誰かに攻撃されたのかと思ったが、違う。
 アルフ。――――管理人・高町なのはが寮内で飼っているという、紅い犬が彼女を付き飛ばしたのだ。

 (何!?)

 理解が追い付かない。
 だが、その理由は目の前で証明された。
 閃光と、空気に感じる独特の粘りに、独特のオゾンの臭気に、焦げる匂いは――――雷。
 かなり強力な電撃の、残り香だった。
 そして、その中心にアルフが倒れている。
 千雨ですら反応することが精々の、もしも狙われていたら避けることは不可能であろう一撃(そして人間の肉体である千雨ならばそのまま致命傷になりかねない攻撃である)を――――彼女は、一瞬で身代わりとなって、助けた。
 野生の勘か、獣の本能か、それとも他の要因か。
 それは分からないが、しかしあの赤い猟犬は――――反応し、ヴィヴィオを助けていた。
 ほんの一瞬のこと。
 けれども、その一瞬が無かったら、おそらくアルフでは無くヴィヴィオが倒れていたに違いない。
 それほどまでに。


 アルフの傍らに立つ女性は――――強かった。


 (…………マズイな)

 何がマズイかと言えば――――相手は、明らかに戦闘が得意な雰囲気だった。
 大学生か、もう少し上程度。黒を中心とした衣装に、金髪の髪。そして、その彼女の手からは――――金色の刃。
 どう見ても近接戦闘用の、刃だった。
 持っている柄から、まるで宇宙映画の剣の様に、輝く刀身が伸びている。
 千雨とて剣を持っているが所詮は剣の形をした杖。基本は発動体で演算機関だ。無論、刃は本物だ殺傷能力はある。しかし、あるだけだ。剣術など全く使用できない。
 先程侵入者を倒せたのは、十分に距離と感覚があり、相手が猪突猛進の馬鹿であったから。
 そして、目の前の女性は――――そこからは程遠い。
 少なくとも、桜咲刹那よりも上の近接戦闘技能は、持っているだろう。
 加えて、その速度は――――千雨では反応が辛うじて出来るレベル。

 (…………荷が重い)

 ユーノという少年は千雨が抱えているし(体重は異常に軽いのだが)、アルフは気絶。千雨は先ほどの戦闘のせいで、十分に戦えるとはいえ万全では無い。ヴィヴィオもそれは同じだ。
 ならば、どうする?
 自問自答する。
 少なくとも、ここで勝てる相手では無い。
 逃げた所で逃がしてくれる相手では無い。なぜなら、彼女は明らかに高町ヴィヴィオを狙って来たのだ。つまりヴィヴィオが標的であるのだろう。
 誰かに連絡は――――。

 〈…………無理であるな〉

 (…………だろうな)

 《宙界の瞳》の言葉に同意して、千雨は思考する。
 おそらく、携帯電話が使えなくなったのは――――彼女が原因だ。
 魔法的な雷ならいざ知らず、咒式や、目の前の女性の使用した術技の雷は本物に近い。
 ならばおそらく使用者の力量次第では――――微弱な電磁波で空間の電位差や、攪乱電波を操作することもできるだろう。
 千雨とて、やったことはないが、やろうと思えば、やれる自信がある。
 その相手が、わざわざ助けを呼んでくれるほど甘い相手だとは思えない。
 となると。
 ヴィヴィオを見捨てて逃げるか。
 ヴィヴィの盾となって逃がすか。
 ユーノとアルフの両者が戦闘不能な今現在、どちらにせよどちらかが逃げるためには――――その、どちらかが戦う必要がある。

 〈我は逃げるべきだと思うがな〉

 当然のように、指輪は言う。

 (…………いたいけな小娘を見捨ててか?)

 〈当然。死ぬよりはマシだ〉

 ――――ああ、正論だ。

 相手に戦いを挑んで、負けることは確実。
 ならば、殺されないか殺されるかの賭けよりは――当然、後味が悪くても逃げる方が確実だ。
 高町ヴィヴィオが殺されないという可能性もあるのだし。
 だが…………。

 (おい、聞くけどな。高町ヴィヴィオはこの世界に、関係があると思って良いのか?)

 〈…………何だ、突然〉

 (良いから応えろ)

 どうやら、唐突に表れた類の存在ならば――――千雨の予想は正しい筈だ。
 千雨の唐突の質問に、戸惑った後に――――しかし、答える。

 〈絶対では、ないが。可能性は高いな〉

 …………よし。
 内心で頷く。
 この世界に彼女がやってきたことに関係があるのならば、おそらく「それ」と。
 彼女が持つこの『咒式』もどこかに関係している。
 世界中に、極僅かとはいえ存在している理由に――――彼女達が関わっているのならば、

 (じゃ、見捨てるのはマズイな)

 〈…………む〉

 そんな言い方も出来るのだ。
 所詮は屁理屈。
 長谷川千雨という、何重にも仮面を被った人間が、偽善と打算とで行動するための言い訳に過ぎない。
 だが、それであったとしても――――彼女を助ける理由にはなる。
 理由になってさえしまえば、あとは行動すれば良い。
 茶番と言うかもしれないが、それだけだ。
 息を吐く。

 「…………しゃーね、やるか」

 そう言って、高町ヴィヴィオの方を見る。
 彼女は――――動かない。

 「…………?」

 そこで初めて、異常さに気が付いた。
 アルフが倒された事で、ショックを受けたのでは無い。
 ただ、目の前の女性を――――信じられないと言う様に、見つめている。
 そして、彼女は――――目の前の女性を見ながら。
 呆然とした声で、呟いた。


 「フェイト…………ママ?」



     ○



 人間と妖怪の違いはどこにあるのか。
 それはいわば、人間と吸血鬼の違いがどこにあり、獣と妖怪の違いが何所にあるのかという疑問と等しいのだろう。
 妖怪なのか、九十九神なのか、それとも残留思念なのかは、岡丸には興味が無い。
 今は――――興味よりかは、もっと重要なことがある。
 岡丸が何であれ、例え妖怪や幽霊やもっと別の何かであっても。


 ならば人間に憑依する形で、力を受け渡す事は可能なのだから。




 感じ取る。
 北大路美奈子の中に、岡丸と言う人間の技量が刻まれ、憑依している。
 妖怪が人間にとりつき。
 意思を持った者と人間とが通じるのならば――岡丸と美奈子もまた、通じる。

 (――――岡丸)

 美奈子は、心の中で声を掛ける。

 ――――うむ。

 帰る返事は、寡黙な肯定。

 (私は、ヒデオさんと共にいたい。あの人と並んで歩きたいのです)

 ――――そうでござろうな。

 (ですが、今この場においてそれを行うためには――この相手を、手に欠けないといけません)

 ――――そうで、ござるな。

 美奈子も岡丸も、警察官だ。
 警察官の役目は、守ること。
 相手を捉えるのが仕事で、殺すことでは無い。
 もはや人間では無い相手に、その理屈を付けるのは……ただの、彼女達の覚悟を示すだけの物。
 『聖魔杯』の時の用に、魔獣が殺せて魔人が殺せないなど、ただの偽善者以外の何物でも無い。
 同様に――――かつて人間であった物に手を下すのも、同じことだ。
 決して逃れられぬ宿命。
 人間が、生き物が抱える業。
 極限まで突き詰めれば。死にたくないのならば、逃げるか殺すしかない。
 それをどう表現しようとも、それは覆せない。
 だが、それでも進みたいのならば。
 美奈子もまた――――選択するしかないのだ。

 (だから、岡丸。私は感情では無く、理性で。目の前の「これ」が、人間では無いと判断します)

 許して欲しいとは思わない。
 命を奪う事は、自分自身が、一番良く自覚することになるのだから。
 ただ、自分の為に。
 大切な物の為に、相手を屠る。
 人では無いと逃げるのは簡単だ。
 事実、これが人間であるとは美奈子とて思わないし、思えない。
 だが――――覚悟の始まりならば、丁度良い。
 かつて人であった物を裁けるのならば、人に似た別物も相手に出来るようになる。
 結論は未だ不完全。
 だが、今はこれが自分の精一杯だ。

 (だから、岡丸。貴方だけは――――私の罪を、全て見て、決して許さないでいて欲しい。私を叱咤激励する仕事が、貴方の仕事です)

 ――――ああ、了承した。

 岡丸とて、おそらく経験は、ある筈だ。
 江戸の時代。
 命は遙かに重く、そして軽かったのだろうから。
 あの青年と共に歩くための大事な、十手の相方に、美奈子はだから任せる。
 自分自身の罪を忘れぬように。
 それでもなお、歩む決意を忘れぬように。
 そして。

 (岡丸。教師って、意外と良い職業ですね)

 返事をせず、ただ深く笑った空気を感じ取る。
 目の前では、生徒が頑張っていた。
 彼女達に手を下させるのは――――問題だろう。
 だから、彼女は言った。


 「明日菜さん。茶々丸さん。止めは――――私が刺します」


 これは、自分が自分の為にすべき仕事に違いない。


     ◇


 作戦は単純。
 三人で相手を撹乱しながら、明日菜と茶々丸が削り、美奈子が大きな一撃を当てる。
 だが、それは話すほど簡単では無い。
 動きが鈍いとはいえ、相手の装甲が硬い。重く、そして強くもある。
 だが。
 幾つもの要素が、重なった。
 ザリガニの主人であるツェツィーリエが戦場から離脱したこと。
 神楽坂明日菜が、《巧みの造りし物(アーティファクト)》を保有していた事。
 そして、茶々丸と共に――――魔力供給によって通常以上の馬力を発揮できたこと。
 北大路美奈子に、生前の岡丸の技量が憑依したこと。
 偶然もある。
 この場この時にそれが重なったのは――――偶然。
 だが、偶然を引き寄せたのは紛れも無く、彼女達の意志と執念だった。



 勢いよく振り下ろされたのは、青い剣。明日菜のアーティファクト。刃が無い、ただの鉄の板だが――――しかし、明日菜の倍増した力の前では立派な凶器。
 ザリガニは腕の一つでそれを防ぎ。
 その防いだ腕に潜り込むように、茶々丸が身を低くして――――蹴り!
 下から伸びあがる茶々丸の一撃が、脇腹に突き刺さり。
 硬く、しかし腹であるが故に、周囲よりは脆い。
 ギャアアアアン!――――と、明日菜の剣が弾かれる。
 剣を上にかち上げられた、上半身が空いた格好。
 だが、明日菜は。

 「――の、負けるかあああああああ!!」

 その勢いを、逆に利用した。
 自分から背後に倒れ。
 ドゴオ!――――とその態勢のままで、その腕を蹴りあげる!
 倒れながらの一撃は、しかし確実に弾き飛ばし。
 離脱した茶々丸は、右腕を――――。

 「射出!」

 相手の上半身に中て。
 一撃一撃は決して特別強力では無いが、相手の力を受け流すような戦法が――――ザリガニを消耗させていく。
 外れた腕が、甲高い音を立ててザリガニに踏鞴を踏ませた。
 開いた脇腹に、潜航するのは美奈子。

 「せええええええいっ!」

 打撃では無く、指突を目的に繰り出した一撃が、再度横腹に直撃!
 だが、甲殻を破るまでには至らず。

 「まだです!」

 今度は、相手に右から、頭部へと蹴りを直撃させたのは――――回り込んだ茶々丸。
 右手が無いが、些細なことだというように表情を変えず、踵のバーニアが火を噴く。
 速力と、彼女の体重を乗せたその重い脚は、美奈子たちから見て、相手を左側へ――――たった今、岡丸が衝突した方向へと傾がせる。
 その隙に。
 美奈子は今度こそ岡丸を、全力で先ほどと同じ場所に横殴りに叩きつけた!
 ギャアン!――――と金属を打ち鳴らすような甲高い音と共に、ザリガニは足を縺れさせ。
 罅の入った甲殻を、美奈子は確認。
 岡丸を手から離し。

 「――――――――!」

 体を旋回させつつ、相手の右腕を掴む。
 腰を落とし。
 足で、脇腹の装甲を引っぺがすように支え。
 柔らかな、破れた装甲下の肉に爪先を当て。
 逆関節を決めたまま。

 「――――ハアッ!」

 ザリガニを投げ飛ばした!
 宙を舞い、綺麗に一回転した相手は頭、否、顔面から地面へと叩きつけられ、その自重で潰れた内臓から青い血を流し。

 「~~!――――!!」

 感情的になり、起き上る。
 その目前にいたのは、明日菜。

 「こんのおおおおおお!」

 起きあがったザリガニに向けて、思いきり振り抜いたのは――――青色の剣。
 刃が出ていない唯の鈍を、しかしフルスイングで直撃!
 まるで大経口の銃弾を直出来させたかのような音と共に、ザリガニは仰け反り。
 その背後へのけ反ったザリガニに、茶々丸が腕を向けている。
 それは、使用不可となった右腕から覗く砲塔。

 「《発射》します!」

 そして発射された今度こそ本当の砲弾。大経口がぶち当たる!
 黒煙と火力に押されたザリガニの右半身は、もはや装甲の型を保っているのがやっとだった。
 脇腹を起点に、確実に罅が入っていく。

 「~~!――、――!!」

 怪獣そのままの鳴き声で吠えるザリガニに。

 「いい加減にっ!」

 「倒れてください」

 茶々丸の左手を掴んだ明日菜が、同時に。
 飛び蹴りを直撃!
 ようやっと攻撃が通るようになったらしく、ザリガニは――――足を崩し。
 地面に打ち倒されるように空を向く。
 だが、それすらも――――最後の一撃の布石。
 上空。
 街灯を足場に空中に躍り出た美奈子が――――。

 「はあああああああああああああああっ!」

 全体重を乗せて、頭上から流星のように落下する!
 ドオッ!――――という地響きとともに粉塵が舞い。
 その一撃が、ザリガニの上半身に突き刺さった!
 まさに鉄鎚とも言うべき一撃。
 その衝撃に、装甲が。
 息を短く、切らしながら吐く美奈子の目の前で。


 渇いた音と共に、叩き割れた!




 粉塵が晴れる。
 そこに広がっていた光景は簡単なもの。
 人間以上の力を得た、愚かな生き物が。
 ただの強い意思を持った人間に負けたという、それだけの光景である。


     ◇


 「…………勝った、けど。――――なんて、顔すればいいのかしらね」

 「ええ、倒しました」

 普段と同じ、無口な表情で。

 「色々と、思うところはあったようですが――――明日菜さん。私は、互いに、無事に生きていられたことは、嬉しく思えます」

 地面に寝転んで言う明日菜に、立ったままの、しかしパージした為に外れた右腕を拾い上げた茶々丸が答える。

 「二人とも、怪我は――――無いですね?」

 二人に。疲れた様な表情の、美奈子が話しかけた。
 無論、明日菜も茶々丸も無傷では無い。が、幸いにも擦過傷と多少の打撲程度で済んでいる。
 やはり、魔力供給による身体能力の増加によるものだろう。

 「ええ」

 「大丈夫です」

 二人の返事に、安心したように微笑んで。
 美奈子は、言った。

 「いきなりこう言ってはなんですが――――貴方達も、それぞれ行くべき所があるのではないですか?」

 唐突に言った。
 唐突に。
 何か、この場にいられると不都合があるかの様に――――彼女は言った。
 その言葉に、明日菜も茶々丸も、忘れかけていた目的を思い出す。

 「…………大丈夫ですよ」

 慌てて起きあがり、しかし美奈子の状態を見た二人はそこで動きを止める。
 二人とも、美奈子を心配しているのだろう。
 とてもありがたい。けれども、これ以上彼女達の時間を、自分が使う訳にも行かないのだ。
 だから二人に向かって、美奈子は言った。

 「自分で休めますよ。それよりも、私の為に今まで時間を使ってくれました。だから――――行って下さい」

 茶々丸は西方。麻帆良の大橋の方向を見た。
 そちらが、少年と吸血鬼の戦いの場なのだろう。
 技量が一時的に上昇しているせいなのか、感覚が鋭敏になっている。
 集中すれば、確かに大橋から魔力の波動が感じ取れた。

 「――――忘れていませんよね?」

 美奈子は言う。

 「貴方達は、それぞれに魔法使いの相方のはずです。貴方達はこれ以上戦う必要はないかもしれません。でも、自分の主が戦っているんですから」

 

 「――――だから行って下さい。貴方達の仕事には、彼らの戦いを見ることも入っているんですよ」



 美奈子の、その言葉は。
 紛れも無く――――自分の本心だった。
 かつて自分が、川村ヒデオを見た時の様に。
 歩みを続ける人間を見ることで――――理解出来る事もあるのだから。



 結局、美奈子はそのまま強引に彼らを大橋に向かわせた。
 明日菜も茶々丸も、最後までこちらを気にしていたようだったが――――しかし、美奈子の正論に押されたのだ。
 彼女達が視界から消えた後。

 「…………ふ、う」

 美奈子は、街灯の下に腰をおろす。
 違う。

 「――――美奈子殿!?」



 ――――ドサッと崩れ落ちた。


 平気なように見せかけていたが、全てやせ我慢だった。
 生徒の前で、もう一度倒れる訳にはいかないと言う――――やせ我慢。
 彼女達を急かせたのも、これが理由だった。
 思い出して欲しい。
 岡丸と同調したことで技量は上がったとはいえ、そもそも彼女は頭部に攻撃を受けている。それ以前にも、あのザリガニ(暴走前)と戦っている。今になって、そのダメージと疲労が一気に表れたのだ。

 「――――岡丸、ちょっと、休み、ます」

 岡丸を、地面に置く。
 置くと言うよりも、殆ど投げ出すも同じ。腕ももはや上がらなかった。
 けれども――――心は、晴れやかだった。
 それはたぶん、自己満足。

 (…………これで、ヒデオさん、約束。守りましたよ?)

 停電前の約束。
 怪我こそしたものの、自分は彼に誇れるような働きが出来た。
 生徒達に助けられたことも、彼女達と撃退してのけた事も、十分に彼女の心に染み渡ることだったが。
 それと同じくらい、彼に顔向け出来ることが、嬉しかった。
 あのザリガニの命を奪ったことは、一生彼女の心に刻まれる。
 助け様のない命だが、警官である自分の――――その行動。
 許されるべきものでは、ない。
 目が覚めたら、また彼女の歩みには大きな障害が生まれるのだろう。
 今は、それを考えるよりも――――ただ、眠りたかった。
 目が覚めたら、きっと自分は後悔する。
 己の立ち位置に苦悩するに違いない。
 けれども。
 泥に包まれるような気だるい空気の中で。

 「…………休まれよ、美奈子殿」

 そんな岡丸の声を最後に。
 彼女は意識を失う様に、深い眠りに落ちて行った。


 北大路美奈子。
 侵入者撃破。
 戦線離脱。



     ○



  カーニバル・経過時間――――二時間五十五分。




 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 長谷川千雨――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」――健在。
 「少女」――健在。
 『統和機構』暗殺者――健在。


 脱落者


 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ(?)
 C.C.(?)
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 闇口崩子


 停電終了まで、あと一時間五分。





[10029] 「習作」ネギま クロス31 狭間の章・肆
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/16 00:01
 


 ネギま クロス31 狭間の章・肆



 昔の話をしましょうかしらね。
 今から十年前のことよ。




 《福音》の異名を持つ彼女が、あの地に封印されていることは周知の言よね。
 一応、表向きは《千の呪文の男》とか呼ばれてる――――あの馬鹿が封印したことになってるんだけどさ…………まあ、確かに間違いではないのよ。そこは。
 でも、悪事を働いていた彼女を、光に生きさせるために封じたんじゃないのよ。
 そもそも、それが勘違い。
 十年前。
 ネギが生まれて、姫が死んで。
 あの馬鹿は彼女をあの地に封じた。
 それは、事実。
 でも、それは《福音》の同意があったのよ。
 ――――言い直しましょう。


 《福音》は自分を、ナギに封印させたのよ。




 彼女と姫については…………私達も、簡単に言って良い話じゃないんだけど。
 あの二人は仲が良かった。
 そこだけは絶対。
 二人にどんな会話があったのかは知らないけれど、これだけは確実よ。
 《福音》はあの地で。
 自分の役目を果たそうとしているだけなのよ。




 例えばさ。
 この世界は、いろんな種族がいる。勿論吸血鬼だの魔神だの、彼女と同じくらい、あるいはもっと長生きしている存在もいる。
 だから、彼女はけして孤独じゃなかったのよ。
 友人は多かったし、世話になった相手や知人、一時の師匠もいたらしいしね。
 確かに人間は嫌っていたけれども…………人間の中にも、認めるに足る存在がいることは知っていた。
 彼女は、私たちにもそう思ってて――――くれたみたいだしね。
 憎まれ口ばかり叩いてるけど、真剣な時にはそう言ってくれたしね。




 私達と一緒に行動して。
 大戦が終結した時…………たぶん、彼女も一緒に生きても良いと思ったのよ。
 たった百年足らず。
 自分の愛した人間と共にいるならば、光にいても良いと思ったんだと思う。
 似合わないことは承知で、それでもね。
 まあ、三角関係というか、恋のバトルがあった事は確かだけど…………それが、悪いことだとは私たちも思わなかった。
 むしろ、それが出来ることに感謝をした。
 ま、姫様も《福音》も私達にそんな姿を見せた事は、殆ど無かったけどね。
 逆に言えば、私達でようやっと。
 素直な彼女達を見れたんじゃ無いかしらね。
 でも、結局――――それは、終わってしまったのよ。




 最終的に馬鹿は姫様を選んで、エヴァンジェリンもそれを受け入れたわ。
 《福音》本人も納得してた。
 ま、その後にアルトリアと桜とイリヤに、セラスとかリカードとか、他の知り合い達を無理やり引っ張って来て一晩中飲み明かしたけどね。
 でも、その宴の席で彼女は言ったわ。

 ――――あの二人の行く末を見るのも私の仕事だろう。

 そんな風にね。
 でも、十年前にそれも壊れた。
 あの馬鹿は、旅立つ前に《福音》をあの地に封じた。
 それは、ある意味狙ってやったのよ。
 馬鹿も、彼女も、勿論私達も――――絶対に話さないけれども。
 今ですら、あの地といえども近衛近右衛門とタカミチに、《福音》の従者や彼女自身が話した相手位だしね。




 …………姫が死んでさ、その時は――――エヴァンジェリンは、泣いたのよ。
 信じられる?
 あの彼女が、私達の見ている前でね。
 そして、泣きやんだ後に――――彼女は言ったの。


 自分自身を、麻帆良に封印しろってね。


 ナギ・スプリングフィールドが、彼女を封印したことにしてくれって。
 姫が死んだ時…………いえ《赤き翼》が、英雄に祀り上げられた後に起きた、全ての騒動、私達を狙って来た全ての相手の黒幕を――――自分が黒幕だったことにするからって。
 最初はさ、判んなかった。
 でも、最初は私が、次にガトウが悟った。
 《福音》は自分の仕事を全うする気だってね。
 さすがに、全部が黒幕立ってのは――――やり過ぎだって止めたけどさ。
 それくらいの、覚悟だったのよ。




 簡単な、話なのよ。
 姫は死んだ。そこには、絶対に誰かの意思があった。
 妹姫や私達への襲撃は、これからもきっとある。だから、特に妹姫は――――絶対に、どこか安全な場所で育てなければいけない。
 王家の血というのもある。
 姫様の、生まれたばかりの赤子のこともある。



 馬鹿と姫様の血を引く、二人の行く末を見守るのが彼女の仕事なんだって。



 馬鹿よね。
 でも、私達も馬鹿だった。
 彼女のその強い意志に――――結局は負けたんだから。
 表向き、今回の襲撃の黒幕を《福音》にして。勿論、姫が死んだことは…………普通の、ナギの知人が殺された事にする。
 実際、姫様は公式にはとっくに死んでる人間だったからね。
 それに怒ったナギが、《福音》を封印したことにする。
 そうすれば、絶対に世間の眼は自分に集まるだろう。
 特に、《赤き翼》を信じる魔法使いは、自分にどんな目を向けるのかは予想出来る。
 所詮は悪なのだ、と指をさされるだろう。謗られ、罵倒されるに違いない。
 その間に妹姫を隠す。
 それこそ人脈や権力を徹底的に使って、完璧に消息を消す。
 半年か、一年か。
 その後で。
 妹姫を――――麻帆良の、自分の手が届く範囲に置けばいい。
 彼女が生きて行く上で、不必要な記憶を消し。
 タカミチ・T・高畑のように、自由に動ける人間と一緒に来させて。
 

 妹姫では無く。
 彼が『自分を見張る為にここに来たのだ』と――――そう思わせれば。


 学園長にも協力させて、名前まで全て消し去れば。
 妹姫は、きっと平和に暮らせるってね。




 生まれたばかりの方の赤子は――――ナギが、村に連れて言ったわ。
 こう言っては悪いけど…………適当に嘘をついて、預けたらしいわね。
 一時期は《赤き翼》の誰かが母親じゃ無いか…………なんて根も葉もない噂も立ったけど、今では母親についての情報は全く出てないわね。
 …………たぶん、メガロメセンブリアの元老院が隠してるのもあるんでしょ。
 結局、憶測だけで済んだ後に――――ネギは、村に育てられる事になった。




 当たり前だけど、《福音》の行動は徹底的に憎まれることになる。
 当然よね。
 ナギの知人を殺し。
 対立の後に封印され。
 弟子であったタカミチにすらも見張られる。
 かつての英雄の一角、始祖の吸血鬼。
 裏切りの淑女エヴァンジェリン――――ってね。
 でも、それを笑って受け入れたのよね、彼女は。
 なんて言ったと思う?


 どうせ百年もたてば、私の伝説の一つにしかならん。そして私は、いくら憎まれても、殺されても、絶対に死なないからな。


 そんな風に言ってさ。
 まあ、私や《赤き翼》や『魔法世界』の、友に戦ってくれた皆の協力のおかげで…………そんなことにはならなかったけれど、彼女はこう思われている。

 『ナギ・スプリングフィールドに救われた《福音》は、しかし彼の手で今なお麻帆良の地に封印されている』

 ま、彼女を直接見た人は――――それを嘘だと見破れなくとも、本当かどうか疑う程度には、学園長は信頼のおける人間を多く雇っているらしいし。
 勿論、タカミチがあの場にいるのも知られている。
 ――――ええ。
 そこだけは、絶対に彼女も譲らなかったのよ。
 私達も、撤回したくても、撤回させる訳にはいかなかった。
 だって、そうじゃない。


 あのエヴァンジェリンが頭すら下げて頼んだ願いを。
 そこまでした彼女の努力を。


 無に帰すことだけは、私達には出来なかったのよ。
 でも。いえ、だからこそ。
 妹姫は、痕跡すら残していない。ばれる事は無い筈よ。
 彼女を直接知る人間が――――現れない限りは、ね。




 結果的に言えば、記憶すらも全て消して、普通の少女にさせたおかげかな…………少なくとも、詠春の娘の――――えーと、木乃香よりは全然安全になった。幸いにもね。木乃香の方も、詠春が相当に厳しく育ててあるらしいから、あまり心配する必要も無いんだけど。
 まあ、ナギがアンチョコ見ながら掛けた封印が、無駄に強くて《福音》の封印を弱めるのに、私達四人がかりでやっと何とかなったのは、予想外だったけれど。
 学園長やタカミチが動いてくれたおかげで、学園内での《福音》の立場も、それなりに定まった。
 最初は、だいぶ演技していたみたいだし――――極悪非道、なんていう偽りの仮面を被っていたみたいだけれどもね。
 彼女は、必要だと知ったらそれが出来るもの。
 今は、どこまでそれが通じているのかは微妙だけど。
 ま、学生程度で見抜けるのはそうそういないはずよ。




 《福音》は――――たぶん、責任を感じていたのよ。
 私も、勿論イリヤも、アルトリアも、ガトウも、アルビレオも、なによりナギも、それは違うと、彼女の責任ではないと、散々に言った。
 でも、自分が許せなかったんでしょうね。
 親友でもあり、恋敵でもあった姫が死んでしまったことに。
 自分が。


 ――――自分でも何かを守っても良いんだと、そう教えてくれた姫を死なせてしまったことを。




 《福音》はね…………たぶん、ネギには、大きな感情を持っているわよ。
 それは、絶対に憎しみなんかじゃ無い。
 それこそ、親友と、愛した男の忘れ形見だもの。
 絶対に表には出さないでしょうけど…………むしろ、心の中では大事に思っているに違いないわね。
 でも。
 いえ、だからこそ。
 彼女はネギを徹底的に厳しくするでしょうね。
 それこそ、敵になってでも…………自分の仕事を全うするわよ。
 自分が悪を成してでもあの子に。
 現実の厳しさと世界の大きさを教え込むわ。
 あの少年のためならば――――それこそ憎まれようと、恨まれようとも。
 自分の立場が、どんなものなのか。
 英雄の血を引くとはどういうことの意味を。
 世界は決して優しくなんかないと言う事を。
 理不尽で、不条理な世界の中で、それでも歩みを続けさせるために。


 期待の重さから逃れるのも許すはず。
 猪突猛進に突き進むのも許すはず。
 何をしても、彼女はきっと許すわ。
 ただし。
 自分に付き合わせてからね。
 彼が何をしようとも、絶対に、ネギの中で決着を付けさせるまでは逃がさない。
 馬鹿と姫と、なにより彼女自身の為に、絶対に逃がさない。
 その為には――――例えば恐怖を。
 今まで体感しえない闇を。
 覚悟を、意思を、信念を、そして戦場を。
 心に刻み込むわ。




 不器用で、頑固で。
 憎まれ口ばっかり叩いてる――――そんな、彼女だから私達は、彼女を仲間だと思ってる。
 今でもね。





 私?
 ああ、私は――――友人よ。
 戦友、でもあるわ。私には似合わない言葉だけど。
 彼女をよく知っている、少なくともそう思っている――それだけの、ただの宝石使いの魔術師。
 ただの、人間よ。
 



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 裏舞台③
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/18 10:57



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバル・裏③



 時間は少々巻き戻る。
 第二管制室に、イギリスからの客人。少女ミサカが到達する前のこと。
 剣士アルトリアが、《禁書目録》達三人を送り届けていたころ。
 足場すらも満足に無い空の上で音が聞こえていた。
 聞きとれる者も。
 そもそも、そこに戦いが起きている事も殆ど知っている者はいなかったのだから。



 それは、打ち合される音。
 肉体と肉体とがぶつかり合う――――格闘の音だ。
 拳が。
 足が。
 柔軟な、それでいて出来うる限り最高まで鍛えられた『大泥棒』の脚が繰り出され。
 達人とも呼称される程の実力を持って、中国拳法で迎え撃つのは超鈴音。
 拮抗していた。
 どちらかに賽が転がればそれで、互いにとって一撃で終わるような戦いだ。
 縦横無尽に跳ね上がり、空を裂き迫り来る長い足を、超は反応だけは早く、しかし自身の肉体を持って回避する。
 時には受け止め。
 時には受け流し。
 だが、それでいて決定打を放てない。
 放つ隙が解っても、自身の肉体が追い付かない。
 超は、決して圧倒的な優位には居ない。
 むしろ、押されてすらいる。
 それは単純に。超のスペックを、石丸小唄が圧倒しているからだった。
 《魔法士》超鈴音の、現在の状態を。


     ◇


 超鈴音は《魔法士》である。
 脳内における量子コンピュータ『I-ブレイン』によって情報世界に干渉することで質量定数を変革させ、事象を引き起こすことが出来る能力を持っている。
 反応速度や反射速度、計算を始めとする通常の機械で出来ることは、まさに世界有数の処理能力を発揮できる(無論、今の時代では、だ)――――のだが。
 しかし、超は手を焼いていた。
 石丸小唄。

 (…………人類最強と張り合えると言う噂は、流石ネ)

 相手の攻撃軌道も。
 どの攻撃を喰らったら危険なのかも。
 回避方法も、対処方法も頭に浮かぶ。
 だが、浮かんでも実行するのが辛うじて。
 脳内の量子コンピュータは、通常の《魔法士》よりも遙かに早い高速演算が行えるが、所詮はそれだけ。
 鍛えているとはいえ、《騎士》のような身体能力の向上をしているわけではない。
 《光使い》など一人しか知らないし、《人形使い》も知人にいるだけだ。
 それこそ只の、あの赤い空賊の劣化コピーみたいな物である。
 万全の状態ならば、同じことは出来る。
 だが、二つのことが理由で――――彼女は、鍛えた、ただ強いだけの大泥棒に押されていた。
 第一に、《魔法士》の性質。
 侵入者。人為的に発生させられた雷によって携帯電話を使用不可にした彼女の存在。

 (予測を、していなかったわけでは無いが…………)

 ――――《魔法士》の弱点に、電磁波がある。
 特定周波数の電磁波が放射される事で――――脳内の『I-ブレイン』が効果を発揮できなくなるのだ。
 無論、それがどの周波数でどのタイミングであるのかを知っている者はいない。一々把握している人間など、余程の好事家か研究者だ。あの時代ですら、そうなのだ。
 そもそも『I-ブレイン』の理論ですらも、骨組の土台が仮想空間上で出るかどうか、といったレベルなのだから。
 だが、それが知られている。
 麻帆良の地に《魔法士》がいることでは無く――――『いるかもしれない』と言う予測を、教えた相手がどこかにいるのだ。
 侵入者の周辺の、どこかに。
 その意味は――――。

 「余所見をしていても宜しいのですか?」

 回避しきれない重い蹴りが、咄嗟に防いだ腕を軋ませる。
 その言葉と共に、超は腕から鈍い音が響いたのを聞いた。
 折れてはいない――――が、亀裂が入った。ミシリ、と腕が悲鳴を上げる。

 「――――ぐっ!」

 歯を食いしばり、苦痛をこらえたまま――――『時間を稼ぐ』。
 とある計画の為に時間を稼ぐことが、今の彼女の最大の優先事項だった。
 超が押されている二つ目の理由は、ずばり相手の実力。
 この相手、外見だけは大人の女性だが――――中身は猛獣だったのだ。
 『I-ブレイン』には種類があり、保有者の能力にもよる。その内、近接戦闘が得意な《魔法士》は《騎士》と呼ばれ――――通常の数十倍の速さによる戦闘が可能だった。
 超が育った世界では、それこそ出来る人間が多かった。
 稽古を付けて貰ったこともある。
 だから、超は十倍程度までの攻撃ならば自分の体術や『I-ブレイン』の計算能力で(経験予測も含めて)回避できるし、それ以上でも視認や認識は出来る。
 だが。
 例えば――――それと同じ……とまでは、流石にいかないが。
 普通の人間の限界。常人の十倍近い加速を持った動きをされて。
 しかもこちらが、『I-ブレイン』を本格的に始動させることが出来ない、計算で軌道を見るくらいしか出来ない――となれば。
 いくら《魔法士》とて、この世界で敗れることは…………ありえるのだ。
 そして、石丸小唄は、その動きが出来る人間だった。
 だから、超は押される。
 だが――――。

 「まだ、ネ」

 今ここで、倒れる訳には――――いかないのだ。
 同時に、この大泥棒を逃がすわけにもいかないのだ。
 停電を乗り越えるための、重要な仕事が――――残っているのだから。



 超鈴音は、個人の思惑を抱えたまま、黙したままに行動する。



     ○



 「離しなさい。美空」

 第一管制室に隣接する、中型拠点。
 現在は、停電で負傷した関係者が運び込まれ治療を受けている。
 イギリスからの客人、五和の奮闘によって滞りがちだった回復も間に合い――――少なくとも死者も、後遺症が残る者もいない。
 その中で、起き上りながら外に向かおうとする女性が一人。
 褐色の肌を尼僧服で包んだ、エキゾチックな女性だが…………今現在は、上半身に包帯を巻いており、動きに精彩さも無い。
 明らかに怪我人だった。
 彼女は――――麻帆良の魔法教師達の拠点と、地上とを結ぶ教会責任者、シスター・シャークティである。

 「ダメっすよ。シスター」

 その彼女を引きとめるのは、春日美空だった。
 出口の前に立ち、肩を抑えて先に進むのを押し留めている。

 「そこをどきなさい。美空」

 シャークティの声は厳しい。

 「許可出来ねえす。思いっきり骨と、内臓も逝っているんすよ。――――寝てて下さい」

 美空の正論に――――しかし、彼女も引かない。

 「それでも、行くべきなのです」

 眼光鋭く、固辞し続ける。

 「…………全く」

 美空は、仕方無いと溜息を吐きつつ。
 強引に彼女を抱えると、暴れるのも気にせずに強引に寝台まで運び。
 うつ伏せに寝かせた後。

 「ちょっと寝てて下さい」

 思いきり。
 負傷している傷口を叩く。

 「――――ッ!」

 軽く叩いただけだが、その一撃が…………再生しかけていた骨を再び折ってしまったらしい。
 苦悶の呻きを漏らしながら、シャークティはそのまま寝台に突っ伏した。

 「――――全く、頑固なんすから」

 美空の言葉は、おそらく耳に届いていないだろう。
 その口調には悪びれた雰囲気はない。

 (…………ま、気持ちは分からんではないっすけど)

 自分の現状くらいは把握しておいて欲しい。
 こうでもして寝かせておかなければ――――どうせ勝手に出て行って、もっと重い怪我を負うに違いないのだから。
 実を言えば、これは二回目だ。
 一番最初に回収されて、同時に一番最初に回復しきったガンドルフィーニが、少し前に同じことをしたのである。
 ちなみに彼の方は――――折り良く訪ねて来た剣士。アルトリアに気絶させられた。その鮮やかな一撃は、美空すらも惚れぼれするものだったことを付け加えておこう。

 (…………不意が無い、とか思う必要はねっすよ)

 美空は、心内でそう呟いた。


     ◇


 停電前のことだ。
 美空の行動は――――神多良木と同じように、怪我人を回収すること。
 彼の場合は、そこに《福音》達の密偵や、遊撃という役目も入っていたのだが、美空の場合は純粋に運搬役だった。

 「…………美空」

 柔軟体操をしている最中に――――シャークティに尋ねられたのだ。

 「…………貴方は、《闇の福音》という存在を、どう思っていますか?」

 そんな風に。

 「――――そう、っすね」

 いきなり何を?と思ったが…………彼女の眼が真剣だったので、真剣に答える事にする。
 春日美空と《福音》の関係は、別に何かしらの険悪な関係と言う訳では無い。
 まあ、確かに指名手配犯ということもあるし――――彼女の行動のとばっちりに巻き込まれたくはない。
 ただし。そう言うのならば他の皆も同じだろうし、そもそも美空とて『神殿協会』関係の色々な事件には、クラスのメンバーを巻き込もうとは思わない。
 
 『出来うる限り、勝手に友人を巻き込まないこと』

 それはあのクラスの、暗黙の不文律の一つだ。
 だから、今現在の関係を端的に言葉で表すのならば――――。

 「クラスメイト、っすよ」

 それで良いのだと思う。
 同じクラスの、友人。もとい、顔みしり。
 近くもなく、ただ日常を一緒に送るという存在で、良いのではないかと思う。
 そう言った美空の言葉に――――シャークティは、そうですか、と頷いただけだった。

 「…………《福音》、嫌いっすか?」

 美空は、尋ねる。

 「――――ええ」

 苦い表情で――彼女は、頷いた。

 「嫌い。…………言葉で言えば、そうなるのでしょうね。好きでは、無いと思います」

 美空は時計を見る。
 停電までは、もう少し時間があった。

 「…………理由、言ってもらいたいっすね。知人ですし」

 その言葉に当然のように。
 いや、あるいは《福音》についての話をするために――美空に話を振ったのかもしれなかった。
 シャークティは、屋根の上に腰を下ろす。
 美空もまた、少し離れて座った。

 「――まず始めに言っておきますと、《福音》をただ嫌っている訳ではありません。私達は人間で、魔法使いで、そして彼女は吸血鬼です。だからどうしたって、恐れが出る」

 そんな言葉から、彼女の独白は始まった。

 「加えて、《福音》という存在は――――色々な意味で有名です。悪名高いという言葉が彼女ほど似合う相手も、そうはいないでしょう」

 ゆっくりと話される内容は――一般的な感性の物だ。

 「まあ、噂話の領域を出ない風聞もありますし…………それに、実際に出会って見れば良く解りますよ」

 彼女は悪人であっても、悪者ではない……――そんな風に、言った。

 「仮にです。《福音》という存在では無く、ただの少女だったら、私達は絶対に彼女に恐れを抱きませんでした。彼女が過去に魔法使い…………いえ《赤き翼》に与していて。そして、吸血鬼の《始祖》であり、封印も万全では無い。そんな相手は――――つまり、猛獣と一緒にいるイメージです。私に限らず、ね」

 「――――私達もそうだと?」

 美空の質問に、いいえ、とシャークティは返す。

 「私達は、たぶん――――貴方方が、少しだけ羨ましいのです。いわば貴方は、《福音》の牙が、絶対に自分に向かない事を知っている。違いますか?」

 「…………そんなもんじゃないですよ。ただ、相手の境界線を把握しているだけです」

 「だからこそです。美空」

 美空の上司は、夜空を見ながらいった。

 「今の現状に、それなりに満足している教師陣ですが…………しかし、だからこそ羨ましいのです。境界線を把握することが出来た、貴方達が」

 珍しくも、彼女は物憂げだった。

 「かつて、この学園に来たばかりの頃。彼女の存在を知った時――――私達は、彼女を恐れました。手を出しこそ、しませんでしたが。疎んでいました。私を含めた、多くの教師達と同じように…………ね」

 それをしないのは、学園長とタカミチ・T・高畑。クラスの面々を除けば、境界線上にいるのが《教授》明石に弐十院といった程度だ。
 それは、無理もないと美空は思う。
 目の前にいきなり巨大な肉食動物が現れた気分だっただろう。

 「ですが、彼女を――――見ることが出来れば、考えるのです。ふと見る一瞬が、彼女に相応しい物では無いと思うと同時に、とても似合うのですから。ある者は、今日の様な停電の日に。ある者は、授業中の彼女の姿に。ある者は、人形と戯れる彼女を見るたびに――――彼女は、《福音》は本当に、極悪非道の、蔑まされる程の悪人なのか?とね」

 けれども。
 そう言った彼女の眼は――――自責の中に、少しの後悔が見えた。

 「ですが、その時には遅いのです。確認する術を失ってしまっている。ひょっとしたら彼女が悪人では無い、そんな光景を目にすることが出来るのかもしれない。嘲笑や歪みのない、笑っている顔を見られるのかもしれない。しかし――――それを、確認することが出来ないのですよ。私達の前では、絶対に見せてはくれないのです」

 遠い目で、空を見ながら語る。

 「私達、魔法使いは――――人を助けるためにいるのだと、私は思っています。助けるためには力がいる。しかし、それ故に――――先入観を持つ。だからこそ、私達は、自分が力を持つと同時に…………自分より上の相手に、尊敬や憧憬や恐怖を抱えます。普通はそれでも良いのかもしれません。しかし、私達と《福音》は――――魔法使いと吸血鬼であると同時に、教師と生徒でもあるのです。だからこそ、私は美空。貴方が――――」

 いったん言葉を切って。

 「――羨ましい」

 少しだけ、という言葉が。
 今度は付かなかった。

 「今、ここのこの場で。この状況で。クラスメイトで知人で、言葉に出しこそせずとも友人と言う事の出来る、貴方が。助けるためにいる私達魔法使いが――――彼女に、言葉にせずとも『貴様らには助けて欲しくなどない』…………そう言われるのですから」

 「……………―――――買い被りっすよ」

 「いいえ。そう言われる原因は、私達にあるのです。自業自得です。ただ、だからこそ――――私やガンドルフィーニ先生も、おそらく――――決して、彼女を好きになれないのでしょう」

 (…………認めて、いるんすよね)

 実力では無く、彼女の人格は――――肯定しているのだろう。尊敬、とまではいかないにしろ、認めているのは確かだった。

 「彼女は、助けを求めてはくれない。私達が――――助けようとするなど彼女にとっては不満以外の何物でも無いでしょう。良く知っています。必ず一回は、皆言われますからね。…………私達の、彼女に対しての行動が、配慮が変わったとしても――――彼女は、口数が少し多くなっただけ、それだけなのです。だからこそ、その彼女の強さが好きになれない。その強さを見ることが出来てしまうと、自分達と彼女の立ち位置を知ってしまうからこそ。決して私達が辿り着けない領域にいる彼女が、その場にいる事を――――はっきりと、教えられるからこそ」

 それは、おそらく――――不条理という、束縛なのだ。
 《福音》という存在の、噂。風聞。評価。吸血鬼でもある彼女の、それを知った後に恐れずに接触できるかといえば――――そんな存在は、極々限られた一部のみ。
 彼女のその強さが、彼女自身で掴み取ったものだったからこそ。
 そうでなければ、生きて来れなかった彼女の境遇や、この世界を知るからこそ。
 助けを求めることのない《福音》エヴァンジェリンを。

 「私達が、魔法使いに助けられ、魔法使いとして助けることが出来うるからこそ――――彼女が、好きになれないのです。彼女が、善人であったとしても、優しくあったとしても、ね」

 誰が悪い訳でも無い。
 『そう』なってしまって、それは簡単に覆せない。
 そして、今まで来てしまった。
 そういうことなのだ。
 美空は、空を見て――。

 (…………世界は、ままならないもんっすねえ)
 
 そんな風に、思ったのだ。


     ◇


 そして、美空は息を吐く。
 拠点の天井は、洋風で高かった。
 シャークティやガンドルフィーニが動く理由は――――おそらく、ただ、生真面目に仕事をするだけなのだ。
 《福音》が嫌いだからでもなく、正義感に溢れているからでもない。
 魔法使いとして、人を助けたいからこそ――――怪我を負っても、動こうとする。
 単純に言えばそれだけだろう。
 偽善者と言われるだけなのかもしれない。有難迷惑と感じる者もいるだろう。
 だが、それと同時に、それによって助けられる者も、いるはずなのだ。
 そして、今夜に限って――――シャークティもガンドルフィーニも、これほどまでに執念深いのは。

 (…………エヴァさん。やっぱり、あんたは嫌われてねっすよ)

 好きでは無いと同時に、好きになれないだけでもある。
 無関心よりかは――――はるかに、マシでは無いか。
 宗教に狂い、自分を『神殿協会』に入れただけの…………まさに無関心な、彼女の両親に比較すれば。
 ひょっとしたら。
 少しでも《福音》も含めた、学園の誰かへの…………助けになるかもしれない。
 シャークティもガンドルフィーニも。そんな風に、考えたから。
 無理をしてでも、活動しようとするのではないか。
 美空は、そんな風に思う。



 拠点の中に、竹内理緒と鳴海歩の二人がやってきたのはその時だった。



     ○



 管制室に向かう途中で。

 「…………なあ、怪我人やなにやらは、きちんと回収する役目があるんだろうが」

 歩が、訊く。
 だが、と前置きをして。

 「俺は疲れているのか?」

 そう言った彼の目の前には――――壊れた人形と一人の少女を運ぶ、双子の人形と眼鏡の青年と、その青年に命令する赤い服の人形がいた。
 どんな状況だ。

 「いや、見間違いでは無いよ」

 龍宮は僅かに楽しそうに言う。
 目の前での会話は、停電には似つかわしくない程の、緩い空気だった。




 「ほら、ジュン。とっとと運ぶのよ。お父様の弟子の人形何だから」

 「…………少しは手伝えよ」

 「いやよ。重いもの」

 「いや、どう考えても蒼星石と翠星石の方が、俺の持ってるコイツより重いだろ…………」

 「だめですね。ジュンに女の子を持たせるのは」

 「同感だね」

 「あのー、私、何所に運ばれるんですか?」

 「大学の、人形を治す工房です。チャチャゼロとは顔見知りですし、エヴァが来るまで保管しておく必要があるです」

 「…………いえ、何故私も?」

 「そこにいたからよ。文句あるの?」

 「…………いえ」

 「全く、折角外に来たと思ったら、こんな仕事ばかりかよ…………」

 「呟くなです。良いじゃないですか。今日はともかく、外に出るたびに女の知人は増えるですよ」

 「――――いや、あいつらは女子でもあるし女性でもあるが、絶対に関わりたくないタイプのやつらだ」

 「…………ま、お父様の弟子というか。人形師のコミュニティは個性的だからね。お父様を筆頭に。世界有数の吸血鬼《福音》がいて、ユーダイクスや《礎》を造った錬金術師がいて、七色の人形職人がいるんだ。最近は、どこか遠い異世界で人形師のトウコという女性に出会った……――と言っていたし」

 「――――巻き込んで欲しくはない。只でさえ真紅の相手だけで大変なんだ」

 「…………マ、テメエモ苦労シロッテコトダ」

 「――――あら。チャチャゼロ。一応無事なのね」

 「手前ラト違ッテ頑丈ダカラナ。御主人ノ調子ガ良イラシイ」

 「…………あのー。スイマセン。双子さん。もう少し運び方に気を使ってほしいかなー、なんて」

 「仕方ないです。貴方、重いですよ」

 「お、重い!?。女子大生に向かって!?」

 「いや、たぶん鋏や凶器を隠し持っているからじゃない…………?」




 「どこの漫才だ」

 「…………まあ良いじゃないですか。好きですよ?私も。あんな空気は」

 理緒の言葉に――――歩も、納得する。
 今の状況には不似合いだが。
 確かに、あんな空気は嫌いでは無い。
 彼女達はこちらに気が付いていないようであるし――――気が付いたとしても、手を貸す必要もない。相手にとっても、無用な接触はきっと邪魔なだけだろう。
 そのまま見送ることにした。
 その後は珍しくも――――竹内理緒と龍宮真名の、可愛い物に対する会話と言う――――珍しいにもほどがある会話が行われたと言う事を加えておこう。



 無事に三人が中継拠点に到着するのは、それから数分後のことである。



     ○



 視界の奥に、少年と吸血鬼の戦いを入れる。

 (…………見つけた)

 やっと。
 ようやっと。
 自分はここまで来たのだと、実感する。

 ――――どれほど、心を擦り減らしたのか。

 語るには長すぎ、しかし死ぬには短すぎた。
 自分の歩みは、どこかで決定的に間違えた。

 ――――どれほど、悲しみ、悔み、自分を憎んだか。

 気が付いたら、自分は白髪の少年の元にいた。
 自分自身がどのような存在なのかは――教えられた。
 目の前に、ぽっと現れた妖艶な女性に――――今の自分の立ち位置を。
 名を、蘇妲己と名乗った彼女は、今の時代も、現状も、立場も全て教えてそして消えたのだ。

 ――――どれほど、過去を変えたいと思ったか。

 それこそが、今の自分の糧となった。
 今の自分の目的は、単純な話。


 理想しか持たぬ少年を、この手に賭けて始末する。


 それが、目的。
 今の自分は、それが目的で――――ようやっと。
 蔑まれ、疎まれ、手を汚し、苦しみながらも生きて来たのだ。
 神楽坂明日菜や、絡繰茶々丸はいない。
 学園内の戦力も、自分を留めるには役不足。
 厄介な、異邦人達は――――ここに来るのが、未だ叶わない。
 そして、最後に。
 彼は、楽しそうに、そして容赦なく少年を狙う、吸血鬼の少女を見る。
 《闇の福音》エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 その姿に――――紛れもない、感慨を込めて。
 「アーチャー」は、呟いた。


 「師匠(マスター)……」


 そんな風に。


     ↕


 「…………!!」

 「――――どうした、高町さん」

 「――――わかった」

 「……?――――何が、だい?」

 「私が、どうしてここにいるのかが」

 高町なのはが、そう語ったのは。
 暗殺者を相手に、三人で戦う――――ほんの五分前だった。


     ↕


 「…………く、くくくく」

 魔王が、笑みをこぼした。

 「――――なるほど、そう言うことか。だから私は、ここに来たか」

 その身は、黒のマントに、顔を覆う仮面。
 チェスの王にも似たその格好は、魔王に相応しい姿だった。

 「さあ、行こうか。C.C.――――『ブリタニアの魔女』」

 その身は、漆黒の甲冑に身を包んでいた。





 戦禍の火が消えるまで残された時間は僅か。
 招かれし弓兵は、果たしてその先に何を見る―――――――?






[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④上
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/26 01:04


 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバル④(1)上



 僕の全力の《雷の暴風》を撃ちます。
 だから――エヴァンジェリンさんも、全力で撃って下さい。


     ●


 空に響く、炯々たる波動を感じ取る。
 波濤の如く押し寄せるその圧力は、少年と自分の波動。
 そして、その中でも存在感を消さない魔力もある。
 遅れて参戦したあの剣の英雄もまた、戦禍の中にいるのだろう。

 (……ああ)

 なんて、良い夜だろう。
 これほどまでに血が騒ぐ。
 あの『大戦』以来、久しく忘れていた昂揚感だ。
 今頃になってやってくるなど――――自分も随分、親の目線になっているということか。

 (ボーヤ、わかるな?)

 吸血鬼は訊く。
 言葉には出さずに。

 (この魔力。この気配。ボーヤも知っている魔力のはずだ)

 少年の、眼付を見るに――――流石に忘れてはいないらしい。
 少年が杖を得た時に、その強さを、鮮烈さを見せつけたのが…………彼女だったはずだ。

 (……ボーヤに何があろうと「彼女」が後始末を付けてくれる手筈になっている)

 その言葉は、どう取られようとも構わない。
 それが事実であることは確かなのだから。
 未熟ではあるが、確実に成長している。
 最初に闇夜の中、月光を背に会合した時よりも遙かに。

 (それでこそ、私の目的に叶う)

 それが、彼女の今の目的なのだから。



     ○



 木々の中で火花が散った。
 銀色の光跡と同時に手からナイフがもぎ取られ、甲斐して迫る一撃を――――。

 「――――う、おっ!」

 ――――咄嗟に頭を背後に送った凪の髪に、数本が掠れ舞う。
 幾分短くなった前髪を気にすることはないまま、凪は前進。
 手首に仕込んであった小型のナイフを、スライドさせて握り。
 同時に、腕を――――振るう!
 連続した金属音と共に、再度火花が散った。
 凪の目の前にいる相手は、紛れもなく暗殺者だった。
 周囲に張り巡らされた《不気味な泡》の糸、遠距離からの砲撃で追い込み。
 強制的に凪が近接戦闘に持ち込んだが――――。
 下から伸びあがるような影を、バックステップで回避し。
 相手はそのまま、頭上の樹木に着地。
 そして、一瞬のタイムラグの後に、頭部に落ちてくるような一撃。

 (…………早い!)

 直撃すれば、おそらく頭が砕かれる。
 それを、凪は前進し、木を駆け昇りながら悟る。
 横眼で、土煙りを上げる地を見た。
 側面を蹴り、重力と推力の一瞬の釣り合いの瞬間に、木の上に。
 対する暗殺者も――――凪が回避したことを知ったのだろう。僅か一挙動で、向かい合う木の上に乗っている。
 時間にして、僅か数秒の攻防。
 だが、お互いに今の攻防で――――互いの技量を認識する。
 気を抜いて相手が出来る存在では無い。
 乗っている木は、どちらも決して太くはない。だが、互いに体重で軋ませることしない点に、技量が見て取れた。

 「……お前、人間じゃ無いな」

 向かい合う中で。
 自然と、そんな言葉が出た。
 凪は、世界の大抵の人間に勝てる自信がある。だが、この目の前の相手は単純では無い。
 近接戦闘に持ち込んだ凪の攻撃を回避し、刀による格闘は熟練の物。
 それだけならば兎も角、この目の前の相手は――――凪に対して効果のある、劇薬を打ち込んだ。
 そしてなによりも重要なことは。凪は、確かに背後からの奇襲で、気絶させたはずだった。
 だが、それを何も無いことの様に起き上って、攻撃したのだ。
 身のこなし、耐久力、技量、そして纏う空気。
 普通の人間では、無いことを、証明していた。
 刃の色は、黒い。
 何かしらの方法で、それを生みだしているに違いない。

 「…………へえ」

 暗殺者は、凪の言葉に――――初めて、口を開いた。
 陽気さの中に、円熟した色香が見える女性の物。
 だが、それとは無関係に、人間を凍るように魅了する――――死の声でもあった。
 闇夜の中で、はっきりと把握は出来ない。だが、紅い瞳に黒い髪。そして何より――――。


 ――――白い肌に漆黒のルージュが映える、美しい女性だった。


 「――――私と体術で互角。しかも人間じゃ無いと見破る……。……アンタの方こそ、唯者じゃ無いね」

 言葉を聞きながら、凪はライダースーツの腰から、大型ナイフを取り出した。先程までの暗器では無く――――軍用の大型ナイフ。なにより、自分が十分に取り扱えるものを。

 (残りは、まだ数本ある…………)

 犠牲にするつもりで、握る。
 無論、目線は一瞬たりとも外さない。
 接触する前は。自分の力量ならば、素手や小型の刃物でどうにか出来ると思っていだが――――そう簡単な相手では無い。
 ただでさえ、相手のリーチが圧倒的に長いと言うのに。

 「…………正直、貴方の様な存在が――――『統和機構』と関わっている理由も、何故私を狙うのかも知らないが。…………ここで引いては、くれないのだろう」

 「――――まあね。この私に命令を下した愚か物は始末したよ。でも、アンタと殺し合ってみたいのは、別だしねえ」

 凪は、覚悟を決めた。
 この女性は――――おそらく、自分を殺すのが目的になっている。
 その理由は不明だ。
 だが、そのためならばおそらく、どんな方法も厭わない。
 高町なのはも、《不気味な泡》も――――おそらく、荷が重い。
 近接戦闘に持ち込んだ今の機会。絃で脱出を封じ、しかも砲撃が待機しているこの状況で片を付けなければ…………不味い。

 (…………これは、本気。いや、死ぬ気でいくしかないか)

 武器は嫌いだ。
 だが、死ぬのは――――勘弁したい。


 両の樹の中間で、激突した火花が散った。



     ◇


 縦横無尽。
 あらゆる方向からの、超速の斬激。
 キィン――――!と響く音は、刃と刃の交差音だ。
 空気の振動で舞い落ちた葉。それが、両者の間に入った瞬間に――二つに、切断される。
 ――――ある時は、片方の刃を受け止め。
 その別れた葉の欠片も、さらに細かく裁断される。
 ――――ある時は、片方の刃を受け流し。
 一枚の葉が地に落ちる頃には、既にその身は風に散っている。
 ――――ある時は、一瞬の火を造り出し。


 キキキキキキキキキキキギギギギギギギギギギ――――――――ギャン!!


 両者の腕が、弾かれる!
 樹々が、揺れ動く。
 凪と「暗殺者」の交差する速さが。
 互いの攻防の、苛烈さに。
 地面が、まるで樹木の側面であるかのように攻防を繰り返す彼女達によって、軋んでいるのだ。
 背面跳びを敢行し、「暗殺者」が着地した枝が撓る。
 勢いに、引き千切れるよりも早く彼女は。既にそこを足場に前に跳躍している。
 彼女が凪と、幾度目か、幾十目かの攻防を繰り広げ、そこでようやっと――――枝が地に落ちる。
 繊維が千切れ、葉と共に地面に落下。
 ザア、という音は――――しかし、刃と刃の交差音に、かき消された!

 「――――やる、ねえ!」

 「暗殺者」が振るう、正当に握った刃を、凪は逆手で受け止める。
 凪とて十二分に鍛えた握力があるが、相手の猛攻を耐えうるには逆手で防がなければ掌が壊れてしまうのだ。
 相手の握力、腕力、人間では無い強さと、速度、遠心力にリーチ。どれもが、ナイフでどうにかするなど、無謀。

 (…………背に腹は、変えられん!)

 だが、それが一番、勝率が高い。
 握力の消耗を気にせずに攻めた所で、勝てるほど簡単な相手では無かった。

 「…………と、こ――の!」

 右からの刃を受け止め、その瞬間に左足を跳ね上げる。
 低い軌道からの蹴りは、相手の右足で脛を抑えられ、無効化されるが――――。

 「…………っ!」

 跳ね上げた石と土までは、防げない。
 石が相手の顔に当たり、土が視界を防いだ。
 その極僅かの一瞬。
 だが。その一瞬は、凪にとっては十分な時間。
 ギャリィ!――――と。
 ナイフを絡ませながら、凪は前に。
 鋼同士の擦れる音と共に、凪は、『この戦いが始まって初めて』相手の懐に入った。
 ナイフを滑らせる。
 相手の手、腕を裂き。
 白磁のような肌に、赤い血が飛ぶ。
 相手が剣を順手で持つ、左手の親指。
 腕の内側から脇。そこを僅かに切り裂き、懐から喉元へ。
 だが。

 (――――まずい!)

 警鐘が響く。
 相手が咄嗟に――――自分に迎撃したのだ。
 一瞬が永遠に引き伸ばされる感覚。
 刹那が永劫に感じられる、ほんの僅かなその時間。
 世界がモノクロになり、引き延ばされる中で――――凪は、思考する。
 ここで引くわけには行かない。
 頭の中で、数十の選択肢が生まれ。
 自分自身の体力、相手の技量、今後における機会、装備、そして最大の『いかにして相手を倒すのか』。
 経験と努力、才能、そして獣のような第六感。
 リスキーにも程がある選択肢の山の中で、しかし諦めたら終わりだった。
 最もダメージを受け、しかし同時に相手に最も効果がある――――その方法を選択する。
 リスクを無視して戦って勝てる相手では無い。
 そもそもが異常な素早さに、高町なのはより少し下程度の、様々な魔術を使用してくるのだ。
 凪を狙った狙撃も、その一つだった。
 そんな相手に遠距離を実行した所で千日手。
 そして何よりも相手は「変化まで可能」。
 ならば、今ここで。
 この人間である自分と刃で闘争を生む状態で倒しておいた方が良い。
 無論、損得や彼女の命だけでは無い。
 それは、予感や直感とは違うモノ。
 『ここで彼女を何とかしておかなければ、誰かが殺される』
 そんな、確信。
 故に、怪我を、ダメージを覚悟で――――凪は相手の攻めを受けた。
 時間が、回帰する。

 ――――ドゴオ!と。

 それは、まるで砲弾の一撃だった。
 「暗殺者」のひざ蹴りが、鳩尾に直撃する。
 腹筋を締め、左掌で防ぐも、僅かな軽減にしかならない。
 体が、浮き上がり地面から離され。
 喉元からせり上がる、鉄の匂いに――――。

 (…………肋骨、左手が逝ったか!)

 予想以上の威力に、漏れる苦痛を噛み殺し。
 口元から零れる鮮血が、宙に踊る。
 凪の攻撃が止まったのを認識した相手は身を立て直し、刃を振ろうと――――。

 「――――つ、う!?」

 「暗殺者」も、苦悶の声を漏らす。
 相手の利き腕、片口に深々と突き刺さっているのは、刃。
 先程まで凪が使っていた――――軍用ナイフの、銀色の刀身。

 「スペツナズ、ナイフかい――――…………!」

 「暗殺者」は、感嘆したように言う。
 蹴りと同時に凪は、相手に向けて射出していた。
 攻撃の瞬間が、最も隙が出来る…………それは、ある種の常識。無論、そう簡単に当たってくれるはずもなく、この瞬間まで待つ必要があった。
 相手が強いが故に――『肉を切らせて骨を断つ』ならぬ。
 『骨を断たせて、肉を切る』にしか――――ならなかったが。

 「…………!?」

 「暗殺者」が、僅かに踏鞴を踏む。
 そして、肩口の刃を凝視し、表情を変えた。
 だが、ナイフに――少々の細工がしてあるのならば、別だ。

 「…………そいつは、特別、製で、な」

 口の中の血を地面に吐き出し、口元を拭う。
 凪は、骨が砕けた左手からの痛みを封殺し、不敵に笑う。

 「銀を加工して、おまけに、結構な毒仕込み。ま、あ…………死には、しないが。いくらお前が人間じゃ無かろうと――――しばらくは、全力での戦闘は出来ない」

 その言葉は――――即ち。
 相手の状態異常が治るまでの間に、こちらの左手が無い状態で勝利を収めれば良い。
 しかも、肩口に深々と刺さったナイフは――――おそらく、しばらくは片側の腕を殺した。ナイフで親指に被害も出した。相手も片手が使えない。
 ほんの少しだけ――――状況が、好転する。

 (…………少しだけ、光明が見えた、か)

 それを認識すると同時に相手の正体にも、気が付く。

 (…………吸血鬼、か)

 確証が、確信に変化した。
 何故吸血鬼の、しかもこれほどの存在が――――自分を狙ってやってきたのかは知らない。
 一つだけ、吸血鬼に関わった事件があったが。
 だが、その際に知り合った少女にはもう身内がいないことを聴いている。

 (…………わからない、が)

 「…………すまないが、付き合ってもらうぞ。私はまだ死にたくないからな」

 再度、腰回りから――――大型のナイフを取り出す。

 (…………時間も、無いことだしな)

 額に浮かぶ汗を拭った。
 最初に、遠距離で受けた毒で――――こちらが倒れるよりも早くに。
 相手を倒さなければ。


 魔女の体が、まるで毒と戦うかのように内側で――――燃え盛っていた。


     ◇


 「…………高町さん。一つ、聞かせて貰っても良いですか?」
 
 「――――はい。ええ。何でしょう。釘宮さん」

 両者、集中したままで。
 銀で作った絃を展開し、「暗殺者」の逃走を防ぐ《不気味な泡》釘宮円は、魔力を溜めて砲撃の準備をより万全にする高町なのはに尋ねる。

 「…………あの暗殺者と、君の間には、何か似ている部分が感じ取れる」

 《不気味な泡》は、流石に目敏かった。
 上手く説明できないようではあるが。

 「…………空気、いや違う。そこに存在するための理由、もしくは原因。それが酷似しているように感じられる。ただ、君の方が…………随分、はっきりしているが」

 その言葉に、白き魔導師も肯定した。

 「…………ええ。だと、思います」

 ゆっくりと呼吸をし、意識を高める彼女は、静かなままで。

 「相手の彼女は…………まさに「暗殺者」ということです」

 そう言った。

 「――――さっき高町さんが語った、自分のここに来た理由に、関係が?」

 「――――分かりません。まだ」

 再度、釘宮円に変わった少女に――――高町なのはが、教えるように言った。

 「ですが、解っている事が、一つ。少しだけ言うとするなら――――」



 「――――あの暗殺者は、おそらく『アサシン』です」



     ○



 ――――ドシャ。
 その音と共に――――長谷川千雨は、地面に落ちた。

 「――――つ、う」

 体を覆っていた鉄の被膜が消える。

 (やっ、ぱ……無理、ってか)

 勝てると思っては、微塵も思っていなかったが――――それでも、やはり全力で足掻いても、相手との実力差をより知っただけだった。
 相手の電気を、科学鋼成系咒式第一階位《鋼衣(エフィ)》によって防ぐ狙いは成功したものの。
 そもそもの、自力と経験が違う。
 千雨が使える咒式は、科学鋼成系を中心にそのサポートとして科学練成系と、生体形成系咒式が二階位まで。というか、最後に至っては《空輪龜(ゲメイラ)》と《黒翼翅(ハルファス)》が使えるだけだ。
 高度からの落下を防ぐためや、極僅かの時間の飛行を可能にするために、不得意で似合わないことを承知でピンポイントで使用できるだけなのだ。習得するまでに恐ろしく大変だったし。
 当然、空中での戦闘は出来ないも同じ。
 飛ぶよりも浮くという言葉の方が相応しい。
 高度からの墜落死を防いだり、周辺の様子を伺ったり、断崖を登ったり、そんな時にしか使えない。
 対して、相手は最初から飛行していて――――しかも砲撃も近接戦闘も可能。

 (……と、マズイ、な)

 幸いなことは、相手に殺意が無いことか。
 おそらく直接の目的である――――高町ヴィヴィオを狙っているからなのかもしれないが、千雨に対して殺すつもりでの攻撃が来ていない。
 そうでなかったら、電撃以前に剣でとっくにやられているはずだ。
 そして、高町ヴィヴィオはと言えば――――侵入者の、美しい女性を目にした時から戦えないでいる。
 だったらとっとと逃げろ、と言いたいし、実際に言ったのだが。

 (…………ショックが、どんだけ、でかいんだ)

 出会って早々に喰らった一撃。直撃は、おそらく回復しているのだろうが(そもそも、どの程度ダメージを負ったかも微妙だが)――――。
 その後に言われた、言葉と態度と行動が、彼女に精神的に大きなダメージを与えたのだろう。
 地面に倒れているのは、男にしては可愛らしい青年と、猛々しい女性。
 腕がおかしな方向に曲がっているのは、間違いでは無い。
 気を失っている二人を。
 ヴィヴィオの目の前で、容赦なく一撃を与えたのだ。腕を足でへし折る位の事はやっていた。他にも、見えていないだけで怪我は山程あるだろう。
 生きている事は確かだが…………治療しないでどうにか出来る怪我にも見えない。
 そして、そんな状態で――――千雨が出来ることは。

 (――――無い、な)

 あっさりと、結論が出る。

 (――――あースマン《宙界》。お前の言うとおりだった)

 とっとと逃げろ。その訓戒を自分の為に捻じ曲げたのだ。

 〈――――だから言ったではないか〉

 溜息を吐く、老獪な声は――――それでも、仕方がなさそうに苦笑して。

 (……そうは言うがな)

 千雨は言った。

 (私が屁理屈持ち出さないで、高町ヴィヴィオを見捨ててたら――――お前怒るだろう)

 簡単に言えば。
 そう言う関係なのだ。
 長谷川千雨と《宙界の瞳》は。
 軽口を叩き合っているものの――――本心は、互いに見えている。
 例えば千雨。
 彼女は過去の体験によって、自分自身が常識を外れることを嫌う。
 故に、魔法を始めとした…………未だ科学で解明しきれない、科学との接触が非常に少ない『世界』が嫌だった。
 仮に関わるのならば。
 自分にとって行動するに足る――――『クラスに関わる』ことか。
 あとは、まあ…………自分自身の本心、クラス一多く被った猫の本質による。
 そして《宙界の瞳》は――――それを、読み取れる存在だった。
 そして《宙界の瞳》もまた。
 お人好しの、相方だった。
 人間よりも遙かに長くを生きたその存在は。
 地面に倒れたままの千雨に――――言った。


 〈――――とっとと、その器を受け渡すが良い〉



     ○



 誰に助言を受けたのか。

 (…………《炎の魔女》か)

 少年の戦いは、巧みだった。
 道具を、隠蔽を、囮を、魔法を、罠を総動員し――――こちらに喰らい付いて来ている。
 年齢を鑑みれば、これだけの技能を持つ物はそうはいない。
 一つ一つの技の発動にも、才能の欠片が見れる。
 普段は使わないであろう魔法薬。
 趣味で収集した魔法道具。
 最低限の魔法で、自分と渡り合っている。
 未熟。青く、若く、そして発展途上の若輩者。
 しかし時折見せる一瞬の中に――――確かに、将来を期待させる片鱗を垣間見た。
 だが。

 (…………この程度か?)

 《福音》の名を冠す少女は――――表情には出さずに、不満を吐く、
 戦いを考慮した、良く練られた戦闘方法だが――――しかし、詰まらない。
 圧倒的な破壊力を持つ攻勢魔法でなくても、それなりに本気の魔力を込めた『魔法の矢』を展開して、数百・数千を一斉に射出すれば、簡単に倒せるだろう。
 少年の魔法障壁がそこまで持つ訳もない。
 彼がそれを知らないはずもない。
 ならば、何故このような戦法を取る?
 一つは、エヴァンジェリンの全くの見込み違いであったということ。見込み違い、もしくは過大評価のしすぎであったということだ。
 普通の魔法使いの取る戦法。いわば、生きる時間を一刻でも引き延ばそうとする戦い。大戦で、自分が相手にしてきた魔法使い達の――――最もよく見た姿。
 そうでないのならば。

 (…………策、なのか?)

 猛功の中でも――――冷静さは失わない。
 というか、この程度で動乱するはずもない。
 確実に、しかし堅実に少年の相手をする《福音》は、思考する――――が。

 (…………ふん)

 ――――読めない。
 策略にして見れば――――何を狙っているのかも不明。圧倒的に自分が有利であるのに、悪戯に時間を引き延ばして果たしてどうなるのか、それを知らないはずもない。
 そもそもこの戦い。少年と自分との戦いなのだから、少年(とオコジョ)が自分に対して覚悟を見せる必要があったはず。
 自分自身を――『本気で行動させ』なおかつ『自分にそれを認めさせる』……端的に事実だけを述べれば、それが少年の勝利条件。
 ――――これが、仮に、今《福音》の思い付かない深謀遠慮の策略の一部だとするならば。

 (…………まあ、面白い、が)

 しかし、そこで疑問が付くのである。
 条件があるとでも――――言うのか?
 一瞬、頭に浮かぶその考えを振り払う。

 (…………いや。そんな策略をボーヤは狙わない。《炎の魔女》が助言しているにしろ、それを賭けには使わない)

 予備の作戦の一つではあるだろうが…………ない、だろう。
 ならば。
 ――――さて、どうする?
 自分の頭が人並以上に優秀であるとは知っているものの――――自分は天才では無く秀才。
 手に入れた体質は得難い。だが、ジャック・ラカンの様に長き人生に研鑽を積み重ねた技能と知識はともかく。
 経験もまた、重要ではあるが。

 (……私は天才ではないからな)

 純粋な、経験をリセットした状態で頭の回転を比較すれば――――《福音》よりは、少年の方が優秀だろう。
 その差がどれ程の差なのかは、普通の人間には殆ど分からないだろうが。

 (……まあ、良い)

 仮に少年の策略があったとして。

 (…………それを打ち破れば、良いだけだ)

 だが、そう考えた数分の後――――エヴァンジェリンは、その評価を改めることとなる。



 簡単に打ち破れるとはいえ。
 強引に引き千切れるとはいえ。
 策略の後に空中で自分を拘束してのけた少年が――――言ったのだから。


     ◇


 僕の全力の《雷の暴風》を撃ちます。
 だから――――エヴァンジェリンさんも、全力で撃って下さい。



 まず、呆気に取られた。
 意識が戻ってからは、馬鹿になったのかと思った。
 最初は、ただの自暴自棄かと思った。
 その次は小細工が通じなくなったが故の、賭けなのかと思った。
 だが、少年の瞳が――――紛う事なき本気だったことを見て。

 「く、くくくっくくく」

 笑みが、生まれた。
 止めようとは、思わない。
 止められるはずも無かった。
 礼儀だの儀礼だの、そんな物は無関係で。


 ――――この自分に。


 「くくくく、くふふふふふ、はは」

 感情のメーターが振り切れた。


 ――――いまだ十にも満たない少年が、ぶつけようと言うのだ。


 しかも、本気。
 自然、口から哄笑が零れ出る。

 「あははははははははははははははははははははははは――――――――!!」

 評価が、一変する。

 (……若いが!面白い!)

 そこまで望むのなら、やってやろう。
 丁度鬱憤もたまり始めていたところだ!

 「――――――は!!」

 ドオ――――――!と。
 停電開始時とは比較にならないほどの、莫大な魔力が生まれ出でる。

 「良いぞ!良い覚悟だ!」

 先程の攻撃を除いた、事前の小細工などよりも遙かに良い!
 そうでなければ、面白くない!
 手を一切抜かない、正真正銘の本気。

 (何を考えているのかは知らないが!)

 先程までの懸念は、搔き消えた。
 少年が望んでいるのだ。
 答えてやらなければいけないだろう!

 「リク・ラク・ラック・ライラック!」

 少年が使うのは《雷の暴風》。
 ならば――――自分が使うのは、同等の魔法。《闇の吹雪》。
 しかし、本気で練り込まれた――――詠唱付きの中級呪文。

 (さあ、どうする気だ?ボーヤ!?)

 期待に、心が騒いだ。

 「来れ氷精!闇の精!」

 呪文を唱えながら、思い出す。
 昂揚感は、どこから来たのか――――自分でも分からなかった。
 あるいは、この両者の戦いが終わりが近いことを悟っていたのか。
 少しずつ、自身を覆っていた仮面を崩していく。
 そして、その中に隔離された――――『本心』が見える。

 (それでいい)

 自分は、そう思う。
 喜悦に顔を歪ませ。
 ぶつかり合う事を喜んでいるその姿が――――全て、覚悟の一つであると。
 それを表に出さないように。
 今までの全てを見て来た己自身。
 外の自分とは別の、《始祖》でも《赤き翼》でもない。
 ただの少女・エヴァンジェリンの決めた覚悟の『本心』そのもの。
 

 今、心の中で――――自分ではないと言いたくなるほどに。


 優しく微笑んでいる。


     ◇


 ――――それは回想。
 ただの――――過去の、思い出だけと言うだけの話だ。
 昔々。
 まだ自分が、幼く優しい世界で生きていた時に。
 憧れた、童話があった。
 夢見る少女が見る――――ただの、幸福なお話。
 不幸な姫が、しかし最後には騎士に助けられ、戦いの末に幸せになる話。
 古今東西、どこにでもありそうな、夢物語だ。
 少女という年など当に通り過ぎてしまった自分だが――――それでも、あの時から抱えたまま失っていない思いがあることは自覚している。

 (なあ、ナギ。アリカ。これが私の生き方だ)

 たった一人。
 世界の中で、自分が愛した男と、負けを認めた恋敵。
 二人への想いが、今ここに至る原動力だった。
 人は愚かと言うだろう。
 知人は忠告をするだろう。
 だが戦友は、先の為に手を貸してくれたのだ。
 あまつさえ、自分を――――今なお、助けてくれる。

 (ああ、まったく)

 本当に。
 人間と言う生き物も、悪くはない。
 友がいて、愛する者がいて、得難い従者がいて、そして大事な存在がいる。
 ならば、この自分。
 彼らの為にも――――手は抜かない。
 幼き日に憧れた少女の想い。
 それこそが、今の彼女の原動力の一つなのだから。

 (…………さあ、後は頼むぞ?アルトリア、そして《赤き翼》)

 ネギに何があろうとも、と言ったが――――違う。
 自分がどうなろうとも。
 それが、正しかった。
 あの剣の騎士は――――おそらく、少年を導いてくれるだろう。

 「――――闇を従え!」

 少年に、自分を倒せるのか?
 自分自身に、負けを認めさせられるのか?
 それが出来ないとは、言えないエヴァンジェリンだった。

 (…………だってなあ。お前達の、子なのだからな?)

 絶対に揺らぐことなく。
 しかし同時に、期待を抱え。
 心が躍る。
 目の前にいるのは、愛した男では無い。
 だが、見ていた。
 その時確かにエヴァンジェリンは、少年に彼の父親を見ていた。
 それが策略の一つであったとしても――――そんな物が気にならないくらいに。
 少年に、一瞬だけ――――被ったのだ。
 自分を振った大馬鹿者と。
 自分が認めた最高の親友。

 「――――吹雪け常夜の氷雪!」

 (…………ああ、安心しておけ)

 お前達に言われるまでも無い。
 知っているさ。
 最後まで――――貫くのが、我が道。
 我が信じ、進む悪の道なり。
 ならば、それは変えないとも。

 「来るが良い!ボーヤ!」

 (舞台は大橋)

 前に。

 (役者は二人。吸血鬼と少年)

 口には笑みを。

 (観客は今宵の宴の参加者を)

 瞳に意思を。

 (演出は夜会を彩る全ての物に)

 戦いに、己を全てを込めて。

 (さあ。私に認めさせろ。やってみせろ!そうしてボーヤは初めて…………)

 ――――父親たちを追うその資格があるのだから。

 ネギ・スプリングフィールドが、ナギの息子がそれを望むのならば。
 世界がそう進むことを強制するのならば。
 その為に悪を成す事など何事でも無い。
 さあ、これが正真正銘の最後の激突だ。
 だからこそ――――名乗る。

 「私はエヴァンジェリン!《紅き翼》第十二席。《闇の福音》エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェル!!――――期待どおり!懇願どおり!これが私の全力の《闇の吹雪》!――――さあ、どうする!?やってみせろ!!ボーヤ!!」

 そして。

 「《闇の吹雪》!」

 少年もまた。

 「《雷の暴風》!」



 両者の間で、魔法が激突する!





 夜会は続く。
 終りを少しずつ近づけながら。
 舞踏は続く。
 確固たる意志を刻みながら。
 戦いは続く。
 世界は未だ、その全貌を見せることはない。



     ○



 カーニバル・経過時間――――三時間十五分。



 《福音》勢力


 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。



 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド&アルベール・カモミール――健在。
 神楽坂明日菜――健在。
 霧間凪――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」――健在。
 アリシア・テスタロッサ――健在。
 『統和機構』暗殺者=「アサシン」――健在。


 脱落者

 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ(?)
 C.C.(?)
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川 
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 闇口崩子


 停電終了まで、あと五十五分。






[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④中
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/23 00:16



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバル④(1)中



 「カモ君。――――思いついた。エヴァンジェリンさんに勝つ方法を」

 少年は、心の中で、白いオコジョに語りかける。
 使い魔のオコジョは、作戦を聴き。
 絶対に無謀だ、やめておけと忠告をする。
 それでも、その無謀をしなければ――――目の前の存在には、きっと勝てない。
 それを強く想う。

 「大丈夫だよ、カモ君。任せて」

 その言葉に――――彼は、沈黙を選択した。
 あるいは、それしか出来なかった――――とも言える。



     ○



 ヴィヴィオの目の前、長谷川千雨から、圧力が立ち上がった。
 先程までの圧力とは違う、他者を圧倒する存在感を兼ね備えた波動。
 包みこむような気圏に感じられるのは――――熱。
 どこかぎこちなく、ゆっくりと立ち上がる。
 頭を垂れた状態の彼女の周囲で、湯気が立ちあがった。
 それも、ただの熱では無い。長く時を生きた巨体が生み出すような、生き物としての熱量だ。
 ザワリ、と。
 背中に、漆黒の羽が生えた。
 最初に出会った時の様な――――ただ黒いだけの物では無く、赤色が混じり合った鱗にも似た翼。あえて言うのならば、龍の翼だ。
 ギョロリ、と。もう一人の母に似た、彼女を睨むその眼球は赤い。
 爬虫類の様な、鋭い瞳孔だけが黒かった。
 普段は不機嫌そうな、その口が開き――――。

 「――――sq%c3エ&mメw0gカs#z」

 声にならない、声が漏れた。
 むしろ、声では無い。
 呻きか、唸り声。
 あるいは、人間以外の者が人間になったかのような印象の中で。
 ヴィヴィオの目の前で、両者は激突した。
 おそらく本気で剣を構えた女性が、小さく、しかし鋭く呟く。

 「――――さっきまでとは、違う…………!」

 それに答えるように。

 「――――――!!」

 咆哮。
 明らかに変化した。
 あるいは、狂化した彼女を、しかし金髪の女性も止める。
 空中から生み出された槍の豪雨を剣術で打ち払い。
 光剣と同時に放たれる紫電は、流体金属で流される。
 両者から放たれる魔力。そして、重圧。
 その戦いは、もはや戦争。
 そして――――。
 爆風と衝撃。
 鋼の嵐と鉄の山。
 生み出された金属と、呼び出された電流。
 槍が、針が、絃が、剣が。
 飛沫と放電と静電気が。
 ぶつかり合う戦いは空へと続く。
 金属と雷の激突。
 魔法陣と数式の戦い。
 この世界においては、両者共に異常な技術。

 「――――――cx4t:0ピアセp」

 異形の言葉と共に、発動するのは。
 戦車の弾丸の様な、巨大な鉄球が射出。
 それを、視認不可能な程の速さで回避した女性は、上昇。
 千雨の体を持った『何者か』が、それを追う。
 ヴィヴィオは。
 空中の遙か上で、一体どんな戦いがあったのか――――ヴィヴィオには、判らない。


 どうしても、動くことが出来なかったのだから。



     ○



 熱い。
 体の内側で、火が燃え盛っている。
 傷口は塞がっているし、釘宮円のMPLS能力によって回復――――しているはずなのだが。
 血管の中に、炎が通っているようだった。

 「…………一応尋ねるが」

 脇腹からの出血に、体力を消耗しながら凪は訊く。
 その表情は猛々しく。

 「お前、俺に打ち込んだあの弾丸、何なんだ?」

 対峙する、暗殺者もまた深手を負っている。
 左肩に加え、右腕が完璧に折れており、おまけに腹部への攻撃は確実に大きなダメージを与えているはずだった。
 吸血鬼とはいえ、種族として見た時に――――凪ならば、大抵の相手に戦える。
 その『大抵の相手』とは一線を欠くのがこの相手だったが。
 戦況は互角。
 近接戦闘に持ち込み、数十もの作戦と道具を駆使し、自分の有利な領域に引っ張り込んだ凪は、未だに相手にくらいついている。
 流石にただでは済んでいない。だが、相手も同じ。
 首元から流れ出る、薄皮一枚の差で頸動脈から外れた傷を手で拭いながら、女性は、こちらもまた不敵に。

 「…………あれは、血さ」

 そう語る。

 「私の血を固めて、魔術的に固定して、副作用を込めて射出したのさ。これでも過去は魔術の才能はあってね、ジプシーの巫女だったこともある。…………掠っただけで効果が出る代物。その分、吸血鬼化の作用を失ったが…………その様子だと、大分辛いようじゃないか」

 「…………ふ、ん。生憎と毒には強い。確かにきついが、戦いにおった傷で覚醒した位だ」

 半分は事実で、半分は嘘だ。
 体内での猛烈な熱は――――その毒に対抗するために、必死に稼働する抗体の証左だろう。
 相手もまた余裕が無いのを、看破する。
 吸血鬼化云々という、凪がまだ掴んでいない事実を語ってしまったのが、その現れだ。

 「…………それで、続けるんだろう?」

 相手はもはや左肩と右腕が使用不可。肋骨の欠落に毒による衰弱。
 凪もまた――――左掌と片足が使用不可能。内臓の損傷に猛烈な発熱。
 だが、互いに引く気は全く無かった。
 戦っている内に気が付いたのだ。

 「暗殺者」の女性が逃げようとしなかったことに。

 自分は逃がすわけにいかないと思って戦っていたが。
 彼女は、明らかに逃げられる部分で逃げなかった。
 自分を殺すためには、この場を離脱した方が確実であること位、彼女には十分に解っていたはずだ。
 だがそれをしなかった。
 それは――――彼女が、自分の意思で逃げなかったことの、証明だ。

 (…………何があったのかは、不明だがな)

 おそらく、逃げる訳にはいかない理由があったのだ。
 それが外的要因なのか、彼女の心理的な要因なのかは分からない。
 だが、彼女は逃げようとしなかった。
 自分と、最後まで本気で戦う気だった。
 だから、凪は尋ねる。

 「――――――ここで逃げるのは、野暮ってもんだ。俺に似合わないセリフだがな」

 「…………そうさね。正直、私も持ったいないからねえ。この戦場を捨てるのは」

 女性もまた、頷き。
 凪はもはや、ナイフは無い。全て使い切ってしまったからだ。
 ならば――――。
 ゆっくりと、凪は歩いた。

 (…………考えることは、同じか)

 互いに、戦争とは違う戦場に身を置く者同士。
 納得できる方法など限られている。
 彼女もまた、両腕を気にせずに歩く。
 そして、最終的に互いに、向かい合う。
 顔がすぐ目の前に。
 息すらも掛かりそうな、完璧な睨み合い。

 「倒れた方の負けで良いな?」

 「それが一番、互いに納得できるね」

 そして。

 ――――互いの足が、相手の腹に突き刺さった。

 それはとても単純。
 簡単無欠な、殴り合い。



     ○



 「…………いつまでボケてるつもりだ。高町ヴィヴィオ」

 ゴン、と頭を殴られた。
 ふと気が付けば、アルフとユーノ君を抱えた千雨さんが見下ろしている。
 その姿は、先ほど見た恐ろしさは、欠片も見られない。
 眼鏡に多少の罅が入って背中が破けているだけ。衣服の焦げ跡は、戦いで付いた物だろうけれど、身体には怪我は無いように見える。
 おそらく、回復してしまったのだろう。

 「…………何だよ?」

 不機嫌そうな顔は、寮で見るものだ。
 普段通り、いつも通りの長谷川千雨。

 「あの女は逃げたぞ。互いに引き分けにしておかないと、色々と不味い事になりそうだったからな」

 簡潔に事情を説明されて。

 (…………もう、帰った?)

 高町ヴィヴィオは。

 「…………あ」

 そこで、ようやっと。
 今の自分が、どれ程までに情けない姿だったのかを――――思い出した。
 慌てて立ち上がり。
 何を言えばいいのか、言わなければいけないことが多すぎて。
 心の中で整理がつかないままに、兎にも角にも。

 「…………あの、御免、ナサイ」

 頭を下げた。
 これ以上無い位に真剣に、ヴィヴィオは頭を下げた。

 「――――?…………何でお前が謝るんだ?」

 その姿を見た千雨は、眼鏡の奥で、目を顰めながら聞く。
 ヴィヴィオは――――話す。
 例えば、肝心な処で動けなくなったこと。
 例えば、逃げろという忠告すらも聞けなかったこと。
 例えば。
 ……あんな姿を変えてまで、戦わせてしまったことや。
 自分を助けにきてくれた彼女に甘えて、自分の本文を見失ってしまったこと。
 あの女性が、いくら似ていたからと言って。
 それで行動を止めるなど。
 それで、なにも出来無くなってしまうなんて。

 「だから、ごめんなさっ!?」

 もう一度、殴られた。
 バリアジャケットを展開していたはずが、その上からでも凄く痛かった。
 涙目になるヴィヴィオに――――千雨は、溜息を吐きつつ。

 「…………お前と言い、ウチの子供教師といい、背伸びしすぎなんだよ。それで本人が悪いとか思っていないから悪い。…………まあ、お前のほうがまだマシに育ってるがな」

 何故か頭を押さえていた。

 「私が言えた義理じゃねえ、それに今は暇じゃねえから、一言だけ訊くぞ。あの女…………お前の、知り合いか?」

 ――――それは。
 分からない。
 あまりにも似すぎているから、別人だとは思わない。
 けれども、絶対に別人だ。
 ヴィヴィオの知っている、もう一人の母親はあんなことはしない。

 「…………その」

 黙ってしまったヴィヴィオに対して。

 「じゃあ幾つか言っておく。言うだけだ。後はお前が勝手に考えろ」

 素っ気なく言い放って、千雨は続ける。

 「お前は、単純に自分の痛みには強い。大切な人間の為に行動する強さも、覚悟も、極論で言えば生きることは悪と同意語だ、ってのもわかってる。でもお前は、自分ではどうする事も出来ない状態で大事な存在が傷付くのに弱い。――――これが一つ」
 その言葉に、ヴィヴィオは――――過去の一シーンを思い出す。
 かつて母親と戦っていた時の光景は、未だに心に焼き付いている。

 「あの女が何者なのかは聞かない。次に会ったら私も挨拶したいしな。だが、高町ヴィヴィオ。お前の中にあの女の影があって、それが重いものなら――――『消すなよ』」

 最後の一言に、ヴィヴィオは顔をあげる。

 「重い悩みや影、後悔は振っ切るな。振り切ると碌な事にならないってのは、私の経験談だ。抱えて進んで、向かい合えるまで持ってろ。抱えている限り、生きることの糧になる。そして生きることも解答に繋がる。――――良いな?」

 その言葉は、いつのも表情だったけれども。
 でも、瞳だけは恐ろしく真剣だった。
 その言葉に、はっきりとした重さを感じて――――ヴィヴィオは頷いた。

 (…………今、答えを出さなくても、良い)

 彼女の示したその一言で、随分と気分が軽くなった気がした。
 考えてみれば――――母・なのは。彼女にも話さなければいけないことだ。

 「――――――――はい」

 もう一度、しっかりと頷き。



 「…………高町ヴィヴィオ。悪いが、後……任せた」



 その言葉を聞いた。
 いきなりの、態度の変化に――――ヴィヴィオは呆然とする。
 先ほどまでの、厳しくも此方のことを思ってくれている言葉とは違う。

 「あー……頭を酷使しすぎて…………限界、だ、いきなり来る…………」

 焦点が明らかに合っていない目を押さえて、それでも絞り出すように。

 「強制的に……眠っち、まう……ここ、」

 懐から、もはや動かすのもやっとという様子で携帯電話を取り出し。

 「ハカセ……掛け、ろ……任せ、――――――」

 殆ど地面に落とすようにヴィヴィオに渡すと、そのまま。
 あっという間に、眠りに落ちてしまった。
 わずか十秒。
 それだけの時間を起きていることも出来ないほどに――――いきなりに、キタらしかった。
 呆気に取られたヴィヴィオだったが。
 しかし、今度は対応する。
 携帯電話を操作して、まずは携帯の履歴。そこから、やはり予想の通りに――葉加瀬聡美の番号を発見。
 きちんと、通じる番号で。

 「――――はい、こちら葉加瀬です」

 連絡も取れる、番号だった。

 「千雨さん、寝てしまいました。……お迎え、お願いします」

 高町ヴィヴィオの行く先は、長い。

 (なのはママ……)

 ヴィヴィオはまだまだ、未熟です。
 それが学べただけ、この今夜に価値はあったと思います。


 長谷川千雨。
 アリシア・テスタロッサとの交戦――――結果・引き分け。
 脱落。



     ○



 ――――ねえ、ブギー。一つ聴いても良い?

 視界を共有し、しかし支配権は無い状態で。
 釘宮円は《不気味な泡》に尋ねる。
 聞こえる音は、戦いの音。
 少し前まで流れていた刃物による二重奏では無い。
 互いの攻撃が直撃する、円舞曲にも似た音だ。
 容赦無しの、肉弾戦当による格闘戦に移行したらしかった。

 ――――さっき言ってた、高町さんのことなんだけど。

 《不気味な泡》は、存在する原因、理由が暗殺者と似通っていると言っていた。
 『世界の意思』と『集合無意識』の両方から、『世界の敵』を排除する役目を、理屈云々抜きで倒す事が出来る能力を与えられている《不気味な泡》だから、その人間の存在の基盤・根幹を読み取ることが出来る……のは、わかる。
 だが、高町さんとあの暗殺者に、どこに共通点があると言うのか。

 ――――説明欲しいんだけど。

 クラスのメンバーを守り、自分自身も戦う力を望んだからこそ。
 『世界の敵』の排除に自発的に協力して、代価に《不気味な泡》としての活動に協力を取り付けたのだが。

 ――――こう、ブギーさんにだけ情報が与えられてるのは、気に入らない、からね。

 強引に考えを読むことも出来ない。
 体の主導権を得ることは出来るのだが、思考までは全てを読み切れる訳では無いのだ。
 《不気味な泡》が、自発的に隠してしまうと……読み取るのが難しい。

 ――――どう?

 その問いに、《不気味な泡》は。

 「…………ま、仕方が無いか」

 そんな風に、肩をすくめた。
 視界の中で、高町さんは――――いない。
 肉弾戦に移行したことを確認した後に、おそらく後詰めに備えるためだろう。
 唯の砲撃で無く、小型ユニットまで展開し始めたらしく、一体何を考えているのか、今一 ――――良く解らない。
 信頼できる人間であるのは、確かなのであるが。

 「丁度、あの彼女もいないことだしね。…………それで、存在の理由、だったかな」

 そう。

 ――――できれば、簡潔に、簡単にお願いしたいかな。

 「ふむ。では単刀直入に言おうか。高町ヴィヴィオは別としても、あの高町なのはという女性、彼女は少々特殊な存在だね。僕が『世界の敵』に対する殺害権を得ているように、あの彼女は、他世界から呼ばれた存在ということだ。役目まではまだ分からないが。そして、あの「アサシン」…………暗殺者、という意味そのままだがね。彼女もまた呼ばれた、ということだよ」

 呼ばれた。

 ――――誰に?

 「…………「アサシン」を呼んだのは人ではないよ。そういう、特殊な効果を持つ道具がある。川村ヒデオ辺りに、その原因は結ばれていそうだけれどもね」

 ――…………じゃあ、あの高町さんと、どう違うの?

 「…………ま、違うのさ。でも、それは後にしようか」

 話を反らした都市伝説に、文句を言おうとして――――円もまた、気が付く。



 ――――蹴り合いの音が止んでいた。



 戦いでどちらが勝ったのか、この距離からは見えない。
 けれども音がしない以上――――どちらかが勝ったのは確かだろう。
 緊張した空気に、円もまた質問を頭から抜く。
 仮に霧間凪が。《炎の魔女》が敗北したのならば、次は自分があの「暗殺者」と戦うことになるかもしれないのだ。
 高町さんは…………見えない。

 (……本当に、あの人、どこに行って?)

 おそらく。
 此方の為に、何かしらの行動を取ってくれているのだろう。
 でもそれが見えないのだ。
 そこさえなければ、むやみに隠さなければ、本当に何を考えているのか――――皆も、凄く良く解るのというのに。

 (…………まあ、それを表に出さない部分が高町さんの良い部分で、同時に良くない部分だと、思うんだけどね)

 そんな風に、思いはするけれど。
 しかし円も、言えるほどに人生経験を積んでいる訳では無い。
 それに、高町さんは立派な大人だ。自分でも承知で動いているだろう。
 その時だ。
 茂みが、ガサリと音をたてて、ふらりと一人の影が出て来る。
 シルエットは女性、鍛えられた、しかし女性的な体つきはそのまま。長い髪は額に張り付き、息は荒い。

 「…………は」

 呼気に、小さな苦笑を浮かべ。
 消耗したままの体で、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
 両腕も、体の中も、歩いている足すらも、無事じゃ無い処は無い位だ。
 輝くような、光る美貌も痣とだらけで、口元には血がこびり付いているし、衣服もヨレヨレでボロボロ。
 それなのに。

 「………………勝ったかどうかは、微妙だが、とりあえず負けは、しなかった……ぞ?」

 口元に浮いた、不遜な笑み。
 確かに――――《炎の魔女》のもの。
 その姿を確認した《不気味な泡》釘宮円の前で。



 《炎の魔女》は、そのまま崩れ落ちるように、倒れた。



 「――――ちょ、霧間先生!?」

 慌てて近寄った円が体に触り――――。

 「――――――っ熱!」

 慌てて手を引く。
 まるで燃えるように熱い。炎を抱えれば、このような感じになるのではないか。
 そんな印象を覚えてしまうほどに、理屈無く熱かった。
 もはや熱が出ているとか、そんな人間の生命的に出せるレベルでは無い。
 だけれども。
 霧間凪は、生きていた。
 確かに生きていたのだ。
 苦悶が混じっているが呼吸もしっかりとしている。
 重症ではあるが、しかしおそらく…………重体では無い。

 「――――しかし、生身の肉体で「アサシン」に向かって行って、生き延びる、……か」

 《不気味な泡》は、呆れ交じりに言う。

 「やれやれ、美味しい部分を持っていくのは、結局君ではないか」

 その表情は。
 珍しくも左右対称の、普通の笑顔だった。
 …………のだが。

 「ブギーさん!取りあえず先生を運びます!」

 「………………。」
 
 「笑ってないでとっとと行動して下さい!」

 「…………ああ」



 《炎の魔女》霧間凪。
 『統和機構』から送られた「アサシン」を撃退し――――この停電の宴から、離れることとなる。
 果たして「アサシン」は…………?



     ○



 「見えますか?明日菜さん」

 「…………うん」

 橋の入り口で。
 神楽坂明日菜と絡繰茶々丸は歩きながら、景色を見る。
 橋の中央に、二人の影がいた。
 片方はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。絡繰茶々丸の主人。
 片方は、ネギ・スプリングフィールド。神楽坂明日菜の…………まあ、主人。

 「…………なんかさ」

 明日菜は、その光景を見ながら思う。

 「エヴァちゃんと満月の晩に会合して――――そこから、まだ一カ月も経っていないのに。随分、長く過ごしている気がする」

 「――――それはきっと」

 茶々丸もまた、感慨深そうに言う。

 「明日菜さん。貴方にとって、今宵までの出来事が――――貴方を変えたからでしょう」

 あくまでも、冷静に。
 しかし、感情があるのではないかと思えるような、言い方だった。

 「…………そうかな」

 「そうです」

 茶々丸の言葉に、少しだけ歩みが速くなる。

 (…………確かに、そうかもしれない)

 ネギと出会ってから、多くのことがありすぎて自覚していなかったけれど。
 確かに明日菜は、成長したかもしれない。
 どこがどう、とは言えないのだけれど。
 言葉にできない部分で、変化しているのだろうか。

 「ところで、一つお聞きしたいのですが」

 「うん」

 茶々丸もまた、少し歩幅を広げて、再度並ぶ。

 「明日菜さん、何故私との戦いであの『匠が造りし物(アーティファクト)』を使わなかったのです?」

 「最初は、私も――――使おうかって思ったんだけどね」

 明日菜のアーティファクトは、剣だ。
 正確には、剣に近い何かだ。
 塚に赤い宝石が埋め込まれた、青色の両刃の長剣なのだが――――刃が出ていない。外観はともかく、実質的には鉄の板みたいなものである。

 「ネギと契約した時に、オコジョに言われて出してみたんだけど…………効果までは把握できなかったのよ。剣のくせに刃は潰れて使えないし、ウンともスンとも言わないのよ。時間の関係もあったし…………それにほら。剣を下手に持つと弱くなる、って凪さんが」

 明日菜の身体能力は高い。
 だから、武器を持ってもそれが使いこなせれば十分に強いだろう。
 だが、今はまず時間がない。
 そしてアーティファクトの効果も不明。
 だったら頼らずに自身の肉体で勝負するほうが確実で、どうしても使いたいんだったら固い相手をぶんなぐるイメージで使え…………と言われたのだ。

 「だからほら、あのザリガニの時は役に立ったし」

 「……納得しました」

 直接殴っては拳を痛めていただろう。
 北大路美奈子も十手で殴っていたし、茶々丸は人形だったのだし。

 「…………それじゃあ、私も聞いていい?」

 「ええ」

 明日菜は―――― 一番、訪ねたかったことを聞く。

 「茶々丸さんの中で、私の評価はどうなったのかな」

 「…………」

 一瞬。
 歩みが止まり、しかし歩みを再開させて、平坦な声のままに。

 「――――あの時の行動を、恨んでは?」

 放課後に、教会の前で盛大に叩かれた時のことだ。

 「いないよ。感謝してる。――――私に足りなかった、現実の無情さを…………教えてくれたし」

 実際。
 北大路美奈子との戦いに出会わなかったら――――間違いなく、明日菜と茶々丸は、どちらかが戦闘不能になっていただろう。
 信用や信頼と、戦いとは別のものである。
 互いに立場があり、意思が、そして覚悟があるならば、そこに闘争は生まれ出るのだ。
 あの時の明日菜は、それを知らなかった。
 信用している、信頼している、友達だから。
 それだけの理由で行動することができる明日菜の強さ。
 それの無謀さと、危険さを教えられたのだ。
 もしも。
 友達同士が戦っている際にはどうするのか。
 もしも。
 絶対に手を出すなと言われた時にどうするのか。
 もしも。
 相手が自分と戦わなければ、相手が危険だとしたら。
 そんなイフの話を、明日菜は見ていなかった。
 エヴァンジェリンだからと安心だと、どこかで――――思っていた。
 あのエヴァンジェリンは、必要ならば。


 ――――心の中で泣きながら、自分を傷つけるだろうことを知らなかった。


 真っ直ぐな心でやってきた明日菜に対して。
 しかし、容赦無く行動できる彼女がいることを、知らなかった。
 現実に現れた、イフの仮定だったのだろう。
 茶々丸は、それが見ていられなかった。
 従者として、それはやって欲しくなかった。
 主人に、心の中であったとしても――――泣いてほしくなかったのだ。
 だから、やってくるには相応の代価が必要だということを、明日菜に教えた。

 「今の私は…………茶々丸さんに、どう見える?」

 それが、聞きたかった。
 丁寧で礼儀正しく、しかし常に一線引いている彼女から、解を得てみたかった。

 「――――そうですね」

 茶々丸は、はっきりと。
 おそらくは明日菜に向けて意識して。
 微笑んで――――。
 その言葉は、明日菜には聞こえなかった。



 視界の先で、魔女と少年が魔法を発動させる。



     ○



 「カモ君。――――思いついた。エヴァンジェリンさんに、勝つ方法を」



 使い魔としての契約を利用した通信で、兄貴は俺っちに作戦を話した。
 それを聞いた、正直な反応を言わせて貰うのならば。

 ――――兄貴は、馬鹿だと思う。

 頭は天才的に良い。魔法の才能もある。努力家で、成長スピードも速い。優しいし、紳士的であることを心がけている。
 けれども兄貴は、あえて言うのならば、やっぱり馬鹿なんだろう。
 凪の姉貴達の話をヒントに、兄貴が思いついた作戦があった。
 成功率は高くなかったけれども、兄貴の演技にエヴァンジェリンも上手く、運良く乗ってくれたおかげで成功した。
 それが、兄貴があのエヴァンジェリンを拘束した一連の作戦だ。
 本当ならば、兄貴はそこでそのまま、全力の――――エヴァンジェリン相手に《雷の暴風》を当てているはずだった。
 けれども兄貴は、土壇場でそれを変えたんだ。
 それが、エヴァンジェリンさんにもっと認めさせることが出来る、そんな理由で。
 強引や無茶無謀を通り越して――――呆れるほどだった。
 無茶をするのが悪いこととは言わない。
 でも、正直兄貴は自分のことなんて考えちゃいないんだ。
 確かにエヴァンジェリンに認めさせる、そう言う意味では確実性が勝っていたかもしれない。
 その根拠は、俺っちが持ってきた情報にあったのだから、成功する確率がより高くなるのも分かる。
 だが、兄貴が死ぬ可能性が、圧倒的に高かった。
 確かに、自分自身の行動のせいで故郷の村が襲撃されて、その部分への後悔。
 その後に出会った剣士の姉さん達のおかげで、上を見る英雄志望の部分。
 それは、ある。
 今までは持っていなかった『殺される』への恐怖と、自分を超える圧倒的な存在に立ち向かう強さ、それを乗り越える強さを、学びもした。
 けれど、兄貴はまだ解っていないんだ。
 命を掛けることと、無謀さは違う。
 認めて貰う為に全力で、死ぬ気で行動するのと。
 目的の為に、簡単に命を掛けること。
 兄貴、それは全く違うんですぜ。
 俺っちは確かに、オコジョだ。
 所詮はオコジョでしかねえし、魔法使いの使い魔としての生活に不満は無い。
 でも兄貴、兄貴も知ってるでしょう。


 俺っちは大自然の中で生きながら女性の下着ドロを繰り返してきた、正真正銘、世間の厳しい荒波を経験したオコジョなんですぜ。


 下着ドロを自慢するなと言うのは、その通りでしょう。
 ですが、俺っちは――――まあ趣味が合ったのも否定は出来ませんが、妹の為に必要だったからやったんです。
 森の中で狐や梟に怯え、眠る恐怖も。
 餌に捕らえられ人間に毛皮にされる恐怖も。
 いつも、俺っちの隣にあった。
 でも、俺っちは死ぬつもりなんか無かった。
 足が悪い妹のためにも、俺は死ぬわけには行かなかったんだ。
 俺っちが死んだら、妹は遠くない日に死ぬんだから。
 だから、絶対に無謀はしなかった。
 無茶はした。全力はいつものことだった。油断しかけて番犬に齧られかけた事もある。
 ですが、命は粗末にした覚えはありません。
 粗末にしてては、生き残れるほど甘い世界じゃないんですぜ、大自然ってのは。
 妹の足が悪いのも、その昔狐に食べられかけたからなんだ。
 普通ならば、妹はそのまま放って置かれた。そして、何かの一食の食事になった。
 でも、俺っちはそれが嫌で、妹の分も食事を集め、巣を守るために行動した。
 死ぬって言うのは、それが二度と出来ないってことなんです。
 ロンドンで、避暑にやってきたアディリシアとかいう魔法使いに捕まったのも、あの時は彼女が一番可能性がありそうだったからなんですぜ。
 捕まったおかげで、俺っちは――――どういうルートで存在を知られたのか、兄貴に助けられたことをネタに面会を受けた。
 兄貴の父親、オコジョ界を始め、使い魔世界でも知らない人間がいない《赤き翼》の一角、リン・遠坂っていう女に。
 そこで俺っちは兄貴の話を聞いて。
 兄貴とエヴァンジェリンがぶつかることを教えられて、協力を申し出たんだ。
 今までの犯罪履歴を、役目を真っ当に出来たら白紙に戻してくれる。
 足の悪い妹を信頼のおける医者に見せて、そしてロンドンの魔法学校で雇ってくれる。
 そんな条件で。
 兄貴、確かに兄貴は、成長してます。
 あのエヴァンジェリンに脅されて、それでも立ち向かうなんて立派だと思います。
 けれども、兄貴。その作戦は了承できねえ。
 数年前、罠に捕まって、剣士の姉さんの夕食にされそうだったあの日、兄貴は俺っちを助けてくれた。
 その後も、幾度となく世話になった。
 だから、俺っちは兄貴を助けたい。


 それだけは譲れねえ、俺っちの願いなんですぜ。


 兄貴。俺っちは、絶対そんな考えを言うつもりはありません。
 そんな事を言うのは、男として矜持が許さねえ。
 だから俺っちは、建前だろうと口汚く言われようと、兄貴の為に動くんだ。
 兄貴あんたは馬鹿だ。
 若いけれども、兄貴が父親たちを追うならば絶対に知らないといけない部分を、兄貴はまだ解っていない。
 エヴァンジェリンとは違う、それを教えるのは――――きっと、俺っちの役目です。
 だからここで死んでもらう訳にはいかねえんだ。
 遠坂の姉さんとは確約してある。俺っちが死んでも、妹は平穏無事に使い魔として生きて行けると約束してある。
 だから。
 もう俺っちは、自分の為に死ぬ覚悟も、準備も全部できてるんですぜ。
 なあ兄貴。
 生き方ってのは、自分で決めるもんでしょう。
 兄貴が父親たちを追う様に。
 エヴァンジェリンが、自分の為に動くように。


 なら、俺っちは兄貴の為に動かせて貰います。


 兄貴の使い魔として――――魔法での本気での戦いが。
 兄貴が、エヴァンジェリンに負けを認めさせるための策。
 だから俺っちは、それを失敗させる訳にはいかねえ。
 兄貴の策を潰しちゃいけねえ。
 でも、同時に兄貴を助けるような方法を実行させてもらいますぜ。


     ◇


 《闇の吹雪》の前に。
 幾枚・幾十枚もの防御壁が生まれ出る。
 所詮は使い魔の物。
 吸血鬼の《始祖》が本気で繰り出す攻撃の前では、障子紙も同然だ。
 だが、障子紙でも――――数十にもなれば、多少の強度になる。

 (必!殺!オ・コ・ジョ・パワー!!全開いいいいっ!!)

 それは、既にオコジョとは関係のない。
 ただ一匹の男の意地。
 痩せ我慢に見栄を込めた、雄の意地だった。



 そしてその意地は、確かに少年への攻撃を弱めることに成功した。



 ほんの僅か。
 だが、確実に。
 《闇の吹雪》の威力を、抑え込む。
 だが、それは展開したオコジョにも、多大な負担を掛けることと同意味。
 眠気などと言うものでは無い。
 圧倒的なまでの疲労感が襲いかかり。
 それでも、少年に自分の状態を気付かせて策略の邪魔をするわけにはいかない。
 倒れ落ちそうになる足を、必死に堪え。
 静かに少年の胸のポケットに入り。

 (…………俺っち、これで少しはカッコ良かったっすか?)

 そんな風に思って、眠るように気を失った。



     ○



 カーニバル・経過時間――――三時間十七分。


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 絡繰茶々丸――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド――健在。
 神楽坂明日菜――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」――健在。


 脱落者


 霧間凪
 アルベール・カモミール


 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ(?)
 C.C.(?)
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 闇口崩子


 停電終了まで、あと四十三分。







[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④下
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/26 01:22



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバル④(1)下



 体に魔力を満たし。
 構え、唱える。
 放つ相手は、金髪の少女。
 己が心を込めて。
 《闇の福音》エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 『赤き翼』の一員でもある、世界でも強力な《始祖》の一角に向けて。


 ネギ・スプリングフィールドは、魔法を放った。



     ○



 僕が幼い頃、僕の村は消えた。
 比喩では無く、完膚なきまでに消えた。
 村に住んでいた人間は全員、揃って石像にされて、家は全壊、村の痕跡などどこにも残っていないそうだ。
 僕はその光景を見てはいない。
 偶然にも、その翌年に入学する魔法学校。そこに、父さんの友人だったという遠坂という女の人に連れられて見学に行っていたからだ。
 その知らせを受けたのは日中のこと。遠坂さんは、飛び出して行ったきり、その夜は帰ってこなかった。魔法学校の先生を連れて行かなかったのは、遠坂さんの邪魔になるからだったそうだ。
 慌ただしく行動していた遠坂さんとは対照的に、学校の中は平和そのものだった。異常に静かで、平穏だった。
 ドネッドさんに案内されて見て回った。アーニャも一緒に付いてきていた。
 それはたぶん、嵐の前の平和だったことが。今ならばわかる。
 やけに心が騒ぐ不安な一日だったから。
 翌日、僕は事情を聴く。
 遠坂さんは、くたびれた、疲れた表情だった。


 『…………村は全滅したわ。……辛うじて、ネカネは助けられたけど』


 最初は。
 僕とアーニャはそれが何を示しているのか分からなかった。
 けれども、僕たちはそれから知る。
 僕の伯父さんも、アーニャのご両親も、スタンお爺ちゃんも、村の全ての人が悪魔の襲撃によって石像にされたことを。
 そして、その悪魔の群れを倒したのは――――父さんだった、ということを。
 僕は父さんに会ったことがない。
 あの時、魔法学校に行かなければ。
 僕は父さんに出会っていたんだろうか?
 出会っていたかもしれない。
 出会っていなかったのかもしれない。
 でも、父さんはあの時、村に来た。
 遠坂さんが、幾つか言葉を交わしただけだけれども、たぶん事実だろう。
 ネカネお姉ちゃんも、はっきりとでは無いけれども、見たらしいから。




 でも、僕は誰にも言っていないことがある。
 湖で遊んでいた時。
 父さんに出会いたいと思っていた時。
 僕は聞かれたんだ。
 誰に聞かれたのかは、覚えていない。
 ただ、蠱惑的な声だったことは覚えている。

 『お父さんに会いたいかな?』

 その問いに僕は、はいと答えた。

 『ならば叶えてあげようか。この私…………《奇術師(ツァオベラー)》が』

 そんな言葉を、僕は聞いた。



 そして、村は悪魔に襲撃を受けた。



 僕は、心の中にその時の経験が刻まれている。
 それは疑念と後悔となって、心の底に眠っている。
 きっと僕があの言葉に返事をしなかったら、村は襲撃を受けていなかった。
 その罪悪感は普段は眠っている。
 杖を貰った時に、僕はアルトリアさんの実力を見て、そこを目指そうと思った。
 伝説とも言われる世界まで、行ってみたいと思った。
 だから、僕は死ぬつもりはない。
 目標があるから、歩んでいられるんだと思っている。
 でも。
 やっぱり僕は、心のどこかで思っているんだ。



 僕はこの世界にいてもいいんだろうか?


     ◇


 風が強く感じるのは、僕が移動しているからだろうか。
 大橋という風が感じられる処で、下は湖、しかも僕はそれなりの高度にいる。
 懐から魔法薬を取り出し、エヴァンジェリンさんの魔法の矢に向かって投擲する。
 予め、投げて数秒後に爆発する術式を書いてあったお陰で、瓶が割れると同時に周囲に霧が発生。
 その霧の目的はエヴァンジェリンさんの視界を眩ませる為の物。
 対象が見えないだけで、追尾は格段に何度が上がる。
 その霧の中に紛れるように、僕は動く。
 エヴァンジェリンさん相手に、速度や撹乱で勝負をしても、所詮それは小細工にしかならない。
 だから、落ち着いて、でも素早く。
 霧の中で、僕は幾つかの仕掛けをかける。
 今後のことも見据えた罠。
 エヴァンジェリンさんのことだから、きっと糸を張り巡らせて僕のことを捕らえる程度のことはしてのける。
 この霧だって、実際は視界を隠す程度。
 きっと無いよりはマシというレベルで、役には立って――――

 「そっちか?」

 ――――ない!
 足に何かが引っ掛かった瞬間に、僕の居た方向に向けて数十の矢が放たれる。
 空を貫く矢の雨を、僕は障壁で防ごうとして――――。

 「…………っ!」

 咄嗟に口を押さえ、杖で一気に離脱。
 僕の頭を掠めて飛んで行った矢だったけれど、あそこで防御をしていたら、間違いなく捕まっていた。
 隠れているのは僕のはずなのに。
 捕食される獣の気持ちは、こんな感じなのかもしれない。
 僕は懐にある試験管を、数個地面に向けて投げる。
 落とす程度の勢いでも十分に割れる。
 軽い音とともに割れたその硝子は、さらに霧を生み。

 「…………なるほど、少しは考えてきたか」

 エヴァンジェリンさんの声に、ほんの僅かに面白いものを見るような色が混じった。
 先程までの戦いで、周囲には魔力が薄くはあるが拡散している。

 (…………まだ、足りない)

 けれども、僕がエヴァンジェリンさんに攻撃を入れる機会を生み出すには、まだ足りないのだ。
 そう考えて、濃霧の中で僕がさらに動こうとした時だ。

 「…………邪魔だな」

 そんな呟きと一緒に。

 ――――ドッゴオオオ!!と。

 轟音が、僕の耳を震わせる。
 土とコンクリートの匂いが、鼻を打つ。
 その声と共に、風が吹いた。
 ただの風じゃ無い。
 下から吹き上げる上昇気流。
 大橋でそんな風が吹くなど、普通はありえない。
 ありえるとしたら――――。

 (ま、さか)

 僕の疑念と共に、一気に晴れていく霧。
 地面に仁王立ちで、僕を見上げるエヴァンジェリンさん。
 手の甲は僅かに汚れていて。
 そして、その足元に空いた――――大穴。
 その光景が示すものは、間違いない。


 ――――彼女はこの橋の道路の真ん中に、素手で穴を開けたのだ!


 その驚愕に、僕は一瞬動きを止めて。
 でも、作戦は止めなかった。
 そして、ある意味では助かってもいた。

 「ラス・テル・マ・スキル………!」

 まだ手段はある。
 まだ、僕の攻撃は終わっていない!

 「《魔法の射手》!《風の十三柱》!」



     ●



 かつてナギ・スプリングフィールドは、《雷の暴風》で山を削り取った。
 その一撃には劣るが、しかし山一つを破壊するには十分な、人間一人を飲み込むには十分に過ぎる。
 闇と氷で作られた、渦巻く螺旋は少年に。
 余波が周囲を震わせ。
 大橋が、まるで紙で作られたかのように撓る。
 その暴力の中で――――しかし、瞳に力を保ったまま、少年は《雷の暴風》を発動させた。



     ●



  『整理しようか。ネギ、君がエヴァンジェリンに勝つためにはどうすればいい?』

 凪さんは僕にそう言った。
 僕とエヴァンジェリンさんが戦うことになったのをどこからか聞きつけたらしく、やってきて早々に『助けがいるか?』――――そんな風に、実に格好良く聞かれた。
 僕は、最初は断ろうとしたけれども……カモ君が一番乗り気で言った。
 エヴァンジェリンさん以外の人達――――たとえば高町なのはさんとか、その辺りを押さえておいて貰った方が良い。
 もう一つ。
 凪さんの知恵を借りれば、作戦も立てやすいし作業も楽になる。エヴァンジェリンさんと戦うのは僕一人にして貰えば良い……。
 頭が回るカモ君の提案は、僕にも魅力的だった。

 『認めさせる、というのはな……つまり、自分の持つ才能を相手に、それも最高の機会に示すことだ。そしてその機会は、普通に生きていても出会えるものじゃない。戦闘の場ならばなおさらだ』

 だったら――――と、凪さんは言う。

 『それを認めさせる機会を、自分自身で構築するしかない』
 
 そう前置きをしてから、僕は凪さんから話を聞く。

 『場所は、自分の才能が活かせる場所だ。魔法での打ち合いをするのならば、ネギとエヴァンジェリンでの才能の差が露わに成り難い広い場所の方が良いだろうな。隠密行動は技能と計略で上回った方が勝つからな……。……カモミール、エヴァンジェリンの魔法技能は世界有数だな?』

 『そうっすね……才能は『天才に近い優秀』の領域ですが、長い時間をかけて天才の領域まで高め、その上で研磨し続けてる人ですぜ。今の兄貴じゃどうやっても無理です』

 『だそうだ。――――その上で、機会をどうやって生み出すか』

 凪さんの言葉は、流暢で淀みが無かった。

 『相手の隙を突く……というのが一番だが、エヴァンジェリンにそれは難しい。『慢心なくして何が王か』と、どこかの誰かが言っていたがな。エヴァンジェリンは油断することはあっても、慢心はしないだろう。その油断を突くには、今のネギではやはり難しい…………』

 果たしてその格言が、いったいどういうものなのかは知らなかったけれども、どこかにそんな言葉を言った人がいるんだろう。遠い世界のどっかに。
 ならばどうするか?――――それを考えるのは、自分の力でだと言われた。
 その他にも助言を加えられる。

 『例えば、エヴァンジェリンは飛行能力を有している。体格も小柄だ。つまり確実に魔法を当てるのならば、動きを封じる必要がある』

 『作戦は大胆かつ緻密に行うことだ。相手の虚を突く事に奇を衒い過ぎると力付くで壊されたとき何も出来なくなる。時には思いきり豪快にすることも必要だ』

 凪さんの講義は続く。

 『動きを封じるということと、魔法を当てることは一連の流れで行ける。ならば、封じるためにはどうすればいい?――――それを考えることだ。作戦を実行するために必要な物があり、小細工がいるのなら手伝ってやるし手配もしてやる。……さあ、あとは自分で考えて見るといい。考えるのもネギ、君の才能を見せる良い機会だぞ』

 その後は、凪さんは明日菜さんの方に行ってアドバイスをしていたから、僕は自分一人で考えることになる。
 なんとか見通しが立ったのは、停電の前々日だった。


     ◇


 視界の中で、ボーヤは《魔法の矢》を射出する。
 幾つかは私の方に向かってくるが、その他の矢が向かう先は、まるで見当違いの方向。

 (…………っと!)

 だが、それはフェイク。
 例えば橋を支える鋼鉄製のワイヤーの一本。地面に小さく描かれた紋章。支柱の中に刻まれた記号。そこに書かれた術式は、《魔法の矢》を反射する仕組み。
 右から迫る矢を、首を傾けただけで回避し。

 「は、」

 宙を旋回するように、伸ばした黒の外套で打ち払う。
 打ち据える音と共に、魔力が破裂し。
 その音のなかで、ボーヤの詠唱が聞こえる。

 「《風精召喚!剣を執る戦友!》――《捕まえて!!》」

 生み出されたデコイが、こちらに殺到する。
 その中にボーヤの姿はない。

 (…………これも囮か?)

 正面、精霊が槍を持って突っ込んでくる。その槍を受け流すように避け、顔をカウンターで蹴り潰す。背後に回っていた一体の腕を、後ろを見ずに掴み取り強引に牽引。握力で腕を握りつぶされ、剣を取り落としたそれを左から迫る一体へと押しやり盾に。顔面を潰された一体は虚空にかき消え、その間から下方に。図上では盾とした偽物が同胞に貫かれて消滅する。
 下方にいる私に対し、向き直る幾人かの中で、最も反応が速かった物の目の前に転移。相手が攻撃のモーションを取る前に膝で顎を打ち抜き、そのまま蹴り飛ばす。右側から剣を突き出す一体を、マントで絡め捕り、そのまま地面へ。ベキャン、という陶磁器を割った様な音と共に漆黒のマントの中で精霊は消滅。先ほど蹴り飛ばした一体が態勢を立て直したのを確認。マントを広げたまま、翼のようにして飛行。加速したその一撃は、周囲一帯を――――。

 「薙ぎ払え!……とでも言うか!?」

 黒の暴風が、少年に呼び出された精霊、自分の周囲を一人残らず叩き潰す!

 (さて、ボーヤは?)

 掃除を終えたエヴァンジェリンは、周囲を伺い。

 「…………なるほど?」

 精霊が破壊されたことで、周囲には魔力が漂っている。
 元々が広がっていたが、固定された精霊が破壊されたことでそれがより顕著になっている。
 隠密に潜めば、時間を稼ぐ程度の役目にはなる。
 その中で。

 「《魔法の射手!十七柱!》」

 ボーヤの声は下方から。先ほど私が空けた橋の穴から、此方へと放たれた物は。

 (フェイント…………いや、違う!)

 周囲に漂っていた魔力に押され、崩され、まるでプリズムに当たったかの様に拡散。

 (あえて不完全な状態で射出して、散弾させたか!)

 一撃一撃の威力は、《魔法の矢》一本よりも弱い。
 雨に打たれるような衝撃の中で、エヴァンジェリンは全身に障壁を展開。
 弾かれる小粒の弾丸の中に。

 (…………?)

 僅かに、粉の様な物が見える。
 何処から来た?
 橋の石粉ではない。
 気がついたらマントに付着しているそれは。

 「――――なるほど…………!」

 精霊によって攻撃したのは時間稼ぎ。
 そして同時に、自分が本当に狙った『とある代物』の存在を気が付かせないように《魔法の矢》で破壊する為の、視界を塞ぐためのもの。
 図上、支柱の上空に固定された麻袋。そこに書かれているのは――――。

 「粉塵爆発か…………!」

 小麦粉。
 ご丁寧に、闇夜ではそう簡単に見付からない様に隠してもある。前もって誰かに準備しておいて貰ったに違いない。
 多量の粒子が含まれる空気は異常に燃えやすい。

 (…………やるな!)

 犬歯をむき出しにした、獰猛な笑みが一瞬零れる。
 全身をマントで包むのとほぼ同時。
 放たれた雷の矢が小麦粉に引火し。


 爆発に飲み込まれる!


     ◇


 爆音と衝撃を、僕は橋の高架下で防ぐ。
 最初は、橋の元に耐火用の決壊を張ろうかとも思っていたけれども、エヴァンジェリンさんが大穴をあけてくれたおかげで、その手間が短縮できた。
 一番大きな衝撃が通り過ぎた瞬間に再度上がる。

 (…………今なら!)

 熱風に体が押されるけれど、僕は拘泥しない。

 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 投擲した魔法薬。
 詠唱の後に放つ《魔法の矢》。

 (もっと!)

 この程度の攻撃が、彼女に通用するかすら怪しい。
 けれども、次の作戦の為にも、ここでやっておかなくちゃいけないこともある!
 いくら備えても、警戒しても、それで不十分ということはありえない。
 それが、エヴァンジェリンさんのレベル。
 父さんたちの住む領域の存在たちだ。
 拡散した魔法の矢が、エヴァンジェリンさんに向って殺到し、音と共に着弾!
 懐から取り出した魔法銃も乱射!

 「《突撃して!》」

 召喚したままずっと隠していた精霊も、突貫!

 (まだ…………っ!)

 まだ駄目だ。
 三日前から作っておいた、特大の魔法触媒。
 中に閉じ込められているのは、中級呪文《雷の暴風》を自働発動させるもの。
 これが通用するかも分からない。
 けど、僕の手持ちで作れる限界がこれだ。
 思いきり投げつけたその瓶は。


 「――――甘い!」


 割れるよりも早く、空中から延びた手に、捕らえられ。

 「少し驚いたぞ?……だが、こういう仕掛けは、相手にも使われることを…………覚えておけ!」

 エヴァンジェリンさんが無詠唱で呼び出した《魔法の矢》が、僕の先ほど命中させた場所に寸分違わず直撃!
 それは、逆に――――掌握され、僕の方に殺到。

 (マズイ!)

 僕が反射させた攻撃がエヴァンジェリンさんに向かうのならば、その逆も然り。
 杖を握り、咄嗟に上昇する僕の目の前に。

 「返すぞ、ボーヤ?」

 《雷の暴風》の瓶が――――。


 視界を雷光が埋め尽くした。


     ◇


 (…………む、やりすぎたか?)

 視界を防ぐところから始まり、粉塵爆発までの流れはそれなりに感心する。
 その感嘆の心が僅かに出てしまったか。
 連続して攻撃されている間に投げられた瓶を、かつてのように腕だけ空間を繋いでつかみ取るという結構な離れ技を行使してしまった。

 (少し頭に血が上ったか)

 特別に楽しくはない。
 むしろ、全てをどうにか出来てしまうが故に、エヴァンジェリンにとっては『退屈』…………その言葉が、一番似合っていた。
 しかし、時折。
 思わず才能の片鱗を垣間見るような攻防が現れる。

 (…………ほお)

 視界の片隅。
 吹き飛ばされ、巻き込まれる前に辛うじて障壁を張り、その障壁を捨て駒として、最低限のダメージで――ボーヤは自前の《雷の暴風》を防いだらしい。

 (咄嗟の判断にしては、良い判断……!?)

 その僅かな時間。
 ボーヤの目は私ではなく、別の物を見ている。
 二か所。
 片方は、私の背後。
 幾つもの、何回も魔法の矢を反射していた部分や、聳え立つワイヤーを支える連結部分。
 瞬間。
 それが『弾け飛んだ』。

 「――――な、――――っ!?」

 まるで、その部分に爆薬でも仕掛けたかのように。
 一気に弾けたそれは、決して大きくはない。
 だがワイヤーは――――撓る。
 鋼鉄製とはいえ、細く、ピンと張られた弾力あるワイヤーが。

 「…………あんな顔して、意外と性格が悪い!」

 すさまじい勢いで、おそらくこちらも事前に準備をしておいたのだろう。宙を踊るワイヤーの群れは、四方八方に飛ぶ。
 方向までは操作できていない。
 だが、明らかに――――。

 (私の方に向かってくる方が多い!)

 こんな仕掛けができそうな人間に心当たりはある。
 ルルーシュにも、ヒデオにも出来るが、ボーヤに協力する中ではたった一人。

 (霧間凪――――《炎の魔女》!)

 当たれば痣どころか、骨ごと粉砕される鋼鉄の嵐を――――地上に降りるようにして回避。
 支える物が一気に無くなったせいで、明らかに波打つ道路。
 そして。

 (やはり…………!)

 先ほどエヴァンジェリンが空けた大きな穴を塞ぐように――――張られた魔方陣。
 それは、エヴァンジェリンが地面に降り立った瞬間に発動する。
 大橋全体を飲み込むような大魔方陣の中心部分。
 そこから延びた魔力の拘束は、彼女を捕縛する――――!


     ◇


 (出来、た…………)

 『大橋に結界を張る』。
 それ自体は、シンプルで簡単な作戦。
 でも、エヴァンジェリンさんもまさか。
 この大橋そのものが捕縛の罠だとは――――思っていなかっただろう。
 橋の中心部分。エヴァンジェリンさんを一番最初に案内したその場所が、既に結界の中だった。
 もちろん気付かせないために下準備は多かった。
 大橋を中心とした結界の為に、敷地内を大きく円を描くように、超巨大な魔方陣を事前にある程度形にしておくこと。
 未完成な部分は橋の上だけにしておき、しかも成るべく少量にすること。
 具体的には、呪文を刻むだけにしておくとか、そういう状態まで持っていっておく。
 最初から魔力の気配が多かったのも、それが理由。
 僕が魔力を出来るだけ周囲に散布させたのも、そこが理由だ。
 大橋に穴が空いてしまったのは、一番の問題だったけれど、試験管での《雷の暴風》に巻き込まれた際、障壁が壊れるほんの僅かの時間に、カモ君を地面に下ろして直させた。
 魔方陣を完成させるだけならば――――使い魔は、とても優秀だから。
 穴は空いている。
 けれども、捕縛結界は、十分に及第点を上げられる程に発動した。
 それは、機会だった。
 凪さんが言っていた、自分の力を示す為の――――絶好の機会。


 《雷の暴風》を発射する、最大の機会。


 本当に正真正銘のチャンスだった。
 でも、僕は――――そこで撃たなかった。


 その時にはもう、撃つ以外の方法を、思いついてしまっていたからだ。



     ●



 持てる魔力を、自分が行動できるギリギリまで削り取る。
 魔力を削れるだけ削り、込めるだけ込めなければ意味がない。
 障壁すらも張ることが出来ない程、極限近くまで切りつめて《雷の暴風》を生む。
 エヴァンジェリンさん――――あなたならば、きっとそれは読み取れるはずです。


     ●


 大橋へ向けて、ゆっくりと歩く女性がいる。
 金髪が闇夜に輝く、高貴な覇気を纏った女性だ。白いブラウスの上に精緻な鎧を纏い、腰には鞘に包まれた大剣を下げている。
 彼女の名は、アルトリア・E・ペンドラゴン。
 《赤き翼》の第三席の座を冠する、『魔法世界』でも指折り、この世界でも有数の剣士である。その名前の示すとおり、彼女はかの有名なアーサー王と縁がある。…………のだが、ここではあまり関係がないので、割愛しよう。
 一挙動で、屋根の上を走る。
 走っているその姿は決して速くない。
 一歩一歩地面を踏みながら、一気に進んでいる――――そんな雰囲気だ。
 大橋を視界に入れながら、しかし彼女は焦らない。
 かつての彼女ならば、一刻も早く辿り着こうと躍起になっていたかもしれないが、今あそこにいるのは戦友エヴァンジェリンだ。
 なにも焦る必要はない。
 だが、それでも彼女は確実に接近していく。
 その理由は、ない。
 あえて言うならば、直観。
 彼女が有する、もはや勘以上の『何か』。本人でも解らない予測が、彼女を大橋へと向かわせていた。
 踏み込んだ地面が、陥没する。
 ドウ、と衝撃が広がり、その時にはアルトリアは空を飛んでいる。
 屋根に罅が入っているその光景を眺め、力加減に注意しようと思いながら、彼女は十メートルは確実に離れている建物の屋上に着地する。
 膝で衝撃を殺し、再び大橋に向って歩く。
 走ってもいいのだが、始祖の少女の気を散らせてもいけない。
 こちらの頭に血が上ってもいけない。
 だから、冷静に歩いていけば良い。

 (…………良い夜です)

 戦いがある無しに関わらず、戦場に身を置くものならば、どうしたって高揚せずにはいられない空気が満ちている。
 あの少年も――――戦場に身を置いているのだろうか。

 (…………ネギ)

 彼女は思う。
 少年に出会ったのは、何時だったか。
 本当の最初は、おそらく生まれ出でた時だろう。
 そして、母親・アリカが死んだ時でもある。
 成長した彼の眼の色は、今でも思い浮かぶ。

 (……貴方は、まだ――――解ってはいませんか?)

 少年の故郷が滅ぼされたとき、おそらく最も罪悪感を感じたのはナギ・スプリングフィールド本人。
 次が、対策をしてもなお打ち破られ、蹂躙されることを良しとしてしまった遠坂凛。
 では、アルトリアは。
 直感で、少年を村から連れ出すように、遠坂凛に伝えた。
 そのこと自体は、幸いだったと思う。
 だが、それによって少年は――――おそらく、ナギ・スプリングフィールドに出会えなかった。
 凛のみが、唯一。彼に出会って、そしてネカネ・スプリングフィールドを発見した。

 (…………ネギ、貴方は――――自分の命を、粗末にしすぎです)

 赤い髪で、まっすぐに進む愚直とも言える人物。
 思い浮かぶのは、鞘である愛した青年。
 『正義の味方』を目指す青年と少年では、あまりにも違いが大きい。
 だが、共通している部分もある。
 例えば――――無謀と勇気を取り違え、自分自身に拘泥しない部分。
 黒き巨人に胴体を両断された時のように、自分自身の身を省みない。
 良い部分でもあり、そして同時に致命的でもある。

 (…………隠しているのでしょうけれども、ね)

 ネギが杖を得た際に、アルトリアは自分の実力をある程度ではあるが見せている。
 その時、少年の心には確実に刻まれたはずだ。
 『自分もまた、選ばれし物への領域に行けるのかもしれない』という思いが。
 父親の住む、世界最高峰の世界へと足を踏み入れることが出来るのかもしれないと。
 ――――多少の打算で行動したことは事実だ。
 罪の意識を抱えているであろう少年の意識の矛先を変えるという。
 そうでもしなければ、彼は自分から無暗に突っ込んで行って取り返しの付かない事になっているに違いなかった。
 だから、今の少年の心の内は複雑だ。


 自分が村を滅ぼしたのではないか――――そんな後悔と疑念が、自分の命を軽んじらせる。
 杖を得た時に見た英雄たちの姿が――――目標へと向かう推力となり、少年を進ませる。
 それを自分自身の魔法使いとしての『良い子』の姿で、自分でも思い込む程に覆い隠して、紳士と少年と教師の仮面で心に立ち入ることを防いでいるのが、今の少年の現状だ。


 確かに有利に働く部分もある。
 鬼気迫るほどに目標に進むこと自体は悪いものでは無い。
 目標を高く設定するのも良い。
 いざというときに命をかけられる人間は強い。
 偽装とて、誰しも持っている部分だから、それも良いだろう。
 だが、それは強いのではなく、危ういのだ。
 持って生まれた才能が大きいが故に、地を這いずって進む人間が抱える苦痛をはたして少年はどこまで理解できる?
 それはアルトリアにも言える。
 結局のところ、彼女もまた強者だ。
 生まれ持った才能は、前世の彼女を英雄へと押し上げた。
 だからこそ、強者となりえるものは知る必要があるのだ。
 無茶と無謀との違いを。
 何処までが我を通せる限界なのかを。

 (…………ネギ、貴方は知る必要があります。戦うとはどういうことなのかを。戦闘というのではなく、この世界で抗うことの意味を。立ち向かうことの意味を)

 それは、命をかけた程度で見れるものでは無い。
 生きているからこそ。
 歩むからこそ、自分自身で悟る必要があることなのだ。
 だから、少年はこれから知らなくてはいけない。


 真に命をかけるべき時が何時なのかを、知ることができるように。


 (…………ネギ、貴方は、命を軽んじています)

 それはきっと、この停電でもそうなのだ。
 今この瞬間にも、そうなのだ。



     ●



 《雷の暴風》と《闇の吹雪》。
 真正面からぶつかった処で、少年が押し負けることなど確実だった。
 少年へと向かう一撃に――――彼は、側面から弾くように。
 一歩間違えれば威力の減衰すらせずに飲み込まれる所を、斜めに当てて弾き飛ばし。
 《闇の吹雪》は、力を反らされて湖の中に飲み込まれ、水面を氷の大地へと変える。
 そして《雷の暴風》もまた、力を削られ《福音》へは届かない。
 彼女を逸れ、大橋を支える、上に伸びた支柱へと直撃する。
 長い長い戦闘で、鋼線を切られ、幾度となく衝撃を受け。
 そして何より。


 霧間凪の手で、予め脆く工作させられていたのだから。


 だが、支柱への細工はあくまでも備え。
 《福音》と少年との戦いで大橋が崩壊した場合に備えて、凪が学園長たちに話を通して『老朽化』という理屈を捻り出す為の、言わば事後の備えだった。
 だが、少年は思いつく。


 ならば、この戦いで大橋を壊しても問題無い――――!!


 実際、既に始祖の少女の手で大穴が空いている。
 ならば、問題はない。
 《闇の吹雪》を受け流すのも。
 《雷の暴風》を支柱に充てるのも。
 少年が思いつき、そして実行に移したことだった。
 たった今、使い魔のオコジョに教えただけの作戦だった。


 大橋の支柱は崩れ落ちる――――!!



     ●



 『兄貴、エヴァンジェリンのことなんですが』

 ある程度の作戦を思いついた後で、カモ君は――――重大なことだ、と前置きをして話し始めた。

 『…………ひょっとしたら、エヴァンジェリンは兄貴のために行動してるだけ、かもしれないんです』

 けれども、もはや僕が戦う備えをしてしまったこと。
 エヴァンジェリンさんと、停電の日にぶつかることを決めてきてしまったから。
その約束を反故に出来ないことを知っているから、言おうかどうか迷っていたらしい。

 『ですが、きっと今言っておいた方が良い気がするんす。俺っちの野生の勘が、珍しく囁いてるんすよ』

 カモ君は言う。
 例えば。

 『エヴァンジェリンに襲われた被害者を見てた時のことです。被害者には、共通点があったことに気が付きました。襲われた生徒は全部で二十人以上にも上ります。基本的に女子何ですが…………簡単に言いますと、全員、明日菜の姉さんか木乃香の姉さん、あるいはタカミチの知人です。――――それのどこが共通点か、なんて言わんで下さい。ネギの兄貴と親しい明日菜の姉さんに、タカミチ。そして《赤き翼》の一角・近衛詠春の娘の知り合いと考えれば、無理じゃないっすよ。つまり、エヴァンジェリンは無節操に見えて、きちんと相手を狙ってるんす。主に、兄貴たちを標的に据えた行動っす』

 それだけならば兎も角、カモ君はもっと重大な事を言った。

 『最後まで聞いてください。実はこっそり聞いたんすが…………木乃香の姉さんは、桜通りでエヴァンジェリンに襲われているんすよ。でも、木乃香の姉さんは血を吸われませんでした。というのも、どうやら木乃香の姉さんは、吸血鬼のエヴァンジェリンに正面から意見して引き下がらせたらしいんす。その時のエヴァンジェリンは、見込みは間違っていなかった、というようなことを言ってもいたらしいんす……』

 『――――なるほど、そういうことか』

 凪さんが、理解したようだった。

 『ええ。つまり、エヴァンジェリンは木乃香の姉さんが認めるに足る人間だから血を吸わずに引いた。そして、エヴァンジェリンの標的が兄貴、明日菜の姉さん、木乃香の姉さんに絞られているということは……』

 さすがに、そこまで言えば僕にも理解できる。

 『つまり――――ネギが認めるに足る人間だと理解するのが、本当の目的?』

 明日菜さんが言う。

 『兄貴の場合は、そこに幾つかの要素が加わっています。《闇の福音》エヴァンジェリンと、《千の呪文の男》ナギ・スプリングフィールド。この二人の関係は複雑そうなんすが……実はもっと単純なことじゃないかと思うんですよ』

 『それは何、カモ君?』

 僕の言葉に。

 『――――いえ。……えーと、まあ、なんと言いますか』

 『…………ああ』

 凪さんが、またも頷いて。

 『なるほど。――――面白い、仮説。……いや、推理だな。個人的には賛同できる』

 カモ君が言いたいことを、凪さんは悟ったようだった。

 『つまり簡単に言うとだな、ネギ。エヴァンジェリンの目的は君を成長させる事が、実は何よりも念頭に置いていることじゃないのかと言いたいわけだ。それが最大の目的で、それに接触しない程度に、神楽坂に関することや、近衛に関することをしていて。そしてその三つの目的すらも、吸血鬼としての行動で隠しているんじゃないか…………そう言いたいんだ』

 『そうっす』

 カモ君や凪さんも、その可能性は確かにあると同意してくれた。
 そう考えた理由までは教えてくれなかったけれども――――それが本当ならば。


 だったら、エヴァンジェリンさんに全力を出して貰う一番簡単な方法は――――。


     ◇


 エヴァンジェリンさんは。
 カモ君の推測では、全て僕の為に行動してくれているんだと言っていた。
 厳しかろうが、僕に成長を促すことが最大の目的なんだと。
 悪役として憎まれても恨まれても、それでもいいのだと。
 そんな風に考えているのではないかと――――語っていた。
 じゃあ。
 たとえば。


 《闇の吹雪》の直撃などよりもよっぽど危険なことに巻き込まれたら、エヴァンジェリンさんはどう行動するのだろう。


 それを考え付いたのは、本当に偶然だった。
 最初は魔法を直撃させて、決着をつけるつもりだった。
 エヴァンジェリンさんに最大魔法を直撃させる為には、彼女の行動を封じる必要がある。
 彼女の行動をかなりきちんと封じるためには、大橋を覆うほどの結界を使う。
 念を込めて、戦闘の一番最後に、ほんの少しだけ書き加えることで完成する仕組みにしておけば――――事前に気付かれる心配は少ない。
 それが不可能でも、ある程度の捕縛効果は発生する。
 彼女を結界に閉じ込めるためには、彼女を地面に下ろす必要がある。
 大橋に出る被害は甚大な物になるだろうから、それを学園長から許可を取る。
 凪さんに頼んで、エヴァンジェリンさんを地面に下ろす為の細工をする。
 そのうちの一つが、ワイヤーが千切れて空に向かうような細工。
 回避方法は、上昇するか下降するかのどちらか。下降した時はそのままで、上昇した時はネギが言葉で降ろす。
 粉塵爆発の作戦は、言わば第一弾。
 大橋全体での結界による拘束とその隙に放つ最大魔力での《雷の暴風》が――第二弾だった。
 けれども。
 カモ君の話を聞いてから、少しだけ、僕は考えた。
 もしも僕が。
 戦いの最中に、エヴァンジェリンさんの予定を『本当に』狂わせるようなことになったら、どうするんだろうか。
 そう――――例えば。


 魔力を全部使い果たして障壁を展開できないほどに消耗した状態で、大橋の崩落に巻き込まれたら――――??


 エヴァンジェリンさんに、魔法での『撃ち合い』を提案したそれが、本当の目的だった。
 カモ君は、馬鹿なことは止めろといった。

 『確かに、俺っちの考えが正しければエヴァンジェリンは行動します。ですが!兄貴!それには条件がある!』

 そう、エヴァンジェリンさんの容赦のない《闇の吹雪》をどうにかして防ぐ必要がある。
 けれども。
 僕はそれを実行する事にした。



 ――――だって、そうでもしなければ、父さんたちに追いつけることは出来ないんだから。



 普通のやり方では、きっと追いつけない。
 普通じゃない方法を、僕は取りたかった。
 手段を選んでは、いられなかった。
 もっと確実に、エヴァンジェリンさんに僕の価値を認めさせることが出来るような手段を取りたかった。

 『大丈夫。カモ君。成功するはずだから』

 だから僕は、自分をその状況に持っていくために。



 エヴァンジェリンさんに、砲撃勝負を挑んだんだ。



     ◇


 結果だけを言うのならば、僕はその賭けに勝った。
 橋の崩落に巻き込まれた僕を見て、彼女は一瞬で空間を渡り、僕を助けて、崩れていない部分に降り立った。
 それから、彼女は――――やるせない表情で。
 でも確かに、言ってくれた。


 「…………ああ、仕方がない。――――認めよう。確かに私は、全力で行動した。全力でボーヤを助けてしまった。……だから私の負けだ」


 でも。
 ほんの僅かだけ、心の中に疑問がわく。
 行動している時は、それが一番良いと思っていたのに。
 懐で眠っているカモ君、その疲労が《闇の吹雪》に対抗した物だと知って。
 その姿を見て思う。



 ――――僕のとった戦法は…………間違いだったのかな。



 ならば、どうすれば良かったんだろう。
 僕にはそれが、分からない。
 僕が取るべき行動は、一体何だったんだろうか。
 エヴァンジェリンさんが僕を育てようとしたのは、僕にはこういう未熟な部分があるからなのだろうか。
 ――――そして。
 それを悩む時間は、今僕には残されていなかった。
 なぜならば。



 目の前に――――「彼」が現れたのだから。



     ●



 迫り来るその一撃は、まさに電光。
 投擲されたそれは、雷で生まれた一閃の大槍。
 その一撃に、《福音》は気が付く。
 だが、避ける事が出来なかった。
 知るというよりも、悟ったのだ。


 彼女がよければ、少年に突き刺さることを。


 勝手に体が動いていた。
 どうして動いていたのかは、分からない。
 無謀な行動をとった少年に、怒りを確かに覚えていた。
 負けを認めはしたが、そんな方法を今後一切、取らすことを許そうと思わなかった。
 だけど。
 けれども。
 それなのに。
 気がついたら、体が動いていた。
 どうしてなのか、勝手に動いていたのだ。
 庇うように躍り出た彼女の、黒き纏いを突き破り、光る槍は彼女の腹部へ。
 体を焼く電流。
 内側に爆ぜる灼熱感。
 口から溢れる鉄の匂い。
 流れる鮮血は、少年との戦いでは決して流れなかった生命の雫。
 衝撃と激痛。
 閃光と異臭。
 飛びそうになる意識の中で、彼女の目の前に再度飛んできたのは。



 両手両足を破壊され、夥しい量の人造血液を流す絡繰茶々丸だった。







 停電は未だ、終わらない。



     ○



 カーニバル・経過時間――――三時間二十五分。


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 ウィル子――健在。
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド――健在。
 神楽坂明日菜――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」――健在。


 脱落者


 霧間凪
 アルベール・カモミール


 絡繰茶々丸
 チャチャゼロ
 ルルーシュ・ランぺルージ(?)
 C.C.(?)
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 シャークティ
 ガンドルフィーニ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダ―ソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 明石裕奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 闇口崩子


 停電終了まで、あと三十五分。




 ネギVSエヴァンジェリンの決着シーンは次回です。
 今回勝てたのは、色んな意味でネギの運が良かっただけです。
 というか、無茶と無謀を取り違えず、一番最後の部分を実行しなければ、普通にエヴァンジェリンが負けを認めてたんですが、ネギの未熟さとトラウマと深層心理の影響です。
 今後は、ちょっと成長したネギがこの辺をどう克服していくかが焦点です。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④(2)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/10/28 22:56



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその④(2)



 「……私の勝ちだ」

 湖に近い砂浜に、二人の影がある。
 空を見ながら仰向けに倒れている男と、その男の喉元に手を食い込ませている女。
 陥没した地面に、形の変わった砂浜。周囲の木々は折れたまま。戦禍の爪痕が、戦いの激しさを示していた。
 男は赤い髪をしている。悪ガキがそのまま育ったかのような型破りの空気を醸す、人を引き付ける顔。だが、いつもは能天気に笑っている表情は曇っている。
 ともすれば、男の上に乗るようにも見える女は、長い金の髪をした美女。長い八重歯が、彼女が吸血鬼であることを示している。

 「…………約束通り、私を封じろ」

 片や《千の呪文の男》と呼ばれし、知らぬ者のいない英雄。
 片や《闇の福音》と呼ばれし、知らぬ者のいない大吸血鬼。
 両者の激突は、単純な物。
 両者の大事な存在であった一人の女性。彼女が死んだ後の――――残された二人の子供達を、どうするのかという――――そのためのぶつかり合い。
 《闇の福音》は、亡き親友と子供たちの為に、生贄になることを望み。
 《千の呪文の男》は、それを承諾することを良しとしなかった。
 だから、戦った。
 どうあっても互いの意見が平行線だと悟ったから。
 他の仲間達が、勝者の意見に従うとも決めたから。

 「…………守れ。そんな選択を強いる私を怨んでも構わん」

 「…………出来るか」

 《千の呪文の男》は、言う。
 倒れたまま、表情を殺して。

 「――――俺は別に英雄なんてどうでも良かった。俺が世界を救ったのは結果論だ。崇め奉るのも勝手にすれば良い。ゲーデルの奴は起こるだろうけどな。『その力があればできることは沢山あるでしょう!』……てな。だが――――俺が本当に失いたくない物は、いつも勝手にどこかに行っちまう。《赤き翼》のメンバーもそうだ。桜と師匠が消えた。そして今度は、あいつとお前だ。――――知ってる、はずだったんだがな…………世界は、時々すっげえ残酷だ、なんて」

 「だから、だ。――――分かれ、ナギ。今だけは、約束を守れ。今迄の私が預けた借りも全部清算してもかまわん。お前から貰ったものを全部返しても良い。だから、今だけは約束通り――――私を此処に封じて、生贄にしろ。そうでなければ、ネギもアスナも、きっとマトモに育つことすら出来ん」

 そういった《闇の福音》の顔は、悲壮感さえも感じられる程に、覚悟を決めた表情だった。

 「アリカの言葉を、覚えているだろう。……あいつは王だったよ。責任を全部背負ってしまうような王だった。自分のことなんて、死ぬ瞬間にも考えちゃいなかった。処刑される寸前まで、自分が死んでそれで魔法世界に安寧が訪れるのならばそれで良いと考える馬鹿でもあるがな。それでも、ナギ。そのアリカが――――言ったんだ。私もお前も、彼女に二人を託された。あの二人は覚えていないだろうけれども、な。だったらすべきことは分かるはずだ。ここでお前が躊躇っても良いことなんて無い」

 「…………ああ」

 倒れたまま、空を見上げながら男は言う。

 「んなこと、理屈じゃ良く解ってる。でもな……感情の整理が、追いつかねえ」

 「――――私もだ」

 男の上からどいた《闇の福音》は、砂浜に座る。
 数刻前までの戦場では無かった。
 戦いの傷も、跡も、所詮は痕跡にすぎなかった。
 そこにいるのは、ただ大事な人間を失った二人だった。

 「…………なあ、エヴァ。あいつ、良い女だったよな」

 「ああ」

 静寂の後に、男は口を開く。
 静かに、エヴァンジェリンは肯定した。

 「あいつ、最後まで立派だったよな」

 「そうだな」

 波打ち際の音は、静かに周囲を包む。
 夜の帳がゆっくりと下りようとしている。
 静かな世界の中で、紅かった空は紫から群青へと変わって行く。

 「……なあ、エヴァ。――十分で良い。一人にしてくれ。十分後には、準備しとく」

 「…………ああ」

 エヴァンジェリンは、立ち上がって。
 男の方を見なかった。
 見たらきっと、自分の中での決着をつけた感情が、再発しそうだったから。
 過去の残滓を、かき集めて形にしてしまいそうだったから。
 たった一人で、ままならぬ世界に静かに涙を流すであろう男から、立ち去った。



 そして《闇の福音》と称されし大吸血鬼。
 《始祖》エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルは麻帆良の地に封じられることとなる。



     ○



 僕の放った《雷の暴風》が、支柱の基底部に直撃する。
 大橋を支える複数の煉瓦の柱の一本。
 僕とエヴァンジェリンさんに一番近い、大きな塔を――――魔法は崩す。
 同時に、感じられるのは――――。

 「は、あっ!」

 足から抜け出る脱力感。
 一気に枯渇した魔力が、呼吸すらも苦しくなるほどに体を苛む。
 勿論、対物魔法障壁なんか展開できるはずもない。
 目の前で、ゆっくりと感じられる程の大質量が僕に向って落ちてくる。
 エヴァンジェリンさんは空中。
 しかも、僕と違って彼女にはまだ余裕がある。
 カモ君の予測は、きっと僕も正しいと思う。
 エヴァンジェリンさんが悪い人でも、抑える処は抑えてくれる、礼儀正しい悪人だ。
 実力が上の人間ほど丁寧で礼儀を守るのだと、アルトリアさんも言っていた。
 そして――――そんな彼女ならば。
 絶対に全力を出すだろう。



 僕が一対一の砲撃を望んだ時と。
 消耗しきった僕が橋の崩落に巻き込まれて死にそうな時。



 『私に《闇の福音》としての全力を出したと認めさせてみろ』

 それが、停電の前。僕が高町さん親子と訪ねて行った時に、彼女の言った条件だった。
 僕のとった作戦は、どちらも確立にすれば高くない。
 けれども、両方合わせれば十分に勝率は高い。
 一歩間違えれば、僕は潰されて終わる。
 でも僕は信じてた。
 エヴァンジェリンさんがきっと親切で優しい人間なんだと、信じていた。
 そしてその予想は、正しかった。

 「…………こ、の馬鹿が!」

 僕の考えを――――おそらく見破ったのだろう。
 けれどもエヴァンジェリンさんは、僕の方に向かって飛んできた。
 僕に叫びながらも、全力で、飛んできて僕を抱えた。
 大きな瓦礫が僕に当たるよりも早く、彼女は僕を抱えて離脱する。
 数秒前まで僕がいた場所は、あっという間に土煙りの中に消える。
 道路が崩れ落ちる。
 湖の中に、がれきも支柱の破片も、切断されたワイヤーも落ちていく、
 凪さんに頼んで準備してもらった小細工の証拠も消えていく。
 小柄な、僕よりも小さな体に抱えられた僕は――――その光景を見た後に、エヴァンジェリンさんを見る。
 その時の彼女は。

 「…………え」

 酷く焦った、憑き物が落ちたかの様は顔だった。
 その顔は、どこかで見た覚えがある。
 どこだったのか。
 昔、昔のこと。
 まだ村が焼ける前。
 そう、確か――――。


 ネカネお姉ちゃんが悪戯ばかりしていた僕の所を心配する目だ。


 「…………ボーヤ。私の負けだ。私は全力でボーヤを助けようとしてしまった。認める」

 そう彼女は言う。
 宙に浮いて、僕を抱えたままの状態で言う。
 表情を隠したままで言った。
 けれども、僕にはそれは見たことのある口元。
 お姉ちゃんと同じ、どうしてこんな行動してのか――――そう尋ねる前の、感情を堪える口元だ。
 そこで僕は、自覚する。
 僕は。
 エヴァンジェリンさんに勝ちたかった。
 認めさせるのではなくて、彼女に勝とうと思ってしまっていた。
 言い換えよう。
 僕は、エヴァンジェリンさんの弱みに付け込んでいた。
 それは確かに有効だった。
 でも、それは一人の人間として、どうなんだろう。

 「…………ボーヤ。言いたいことは多い。だが、今は一言だけ聞け、聞くだけでいい」

 僕の葛藤に気が付いているのか、いないのか。
 彼女は一言だけ、絞り出すように言った。


 「二度とこんなことはするな。次は死ぬかも知れん」


 ――――その言葉に。
 僕は、二つの感情を得る。
 彼女への、謝罪する気持ち。
 もう一つは、カモ君の予想は正しくて、彼女は本当は優しい人だったということがわかったことだ。
 父さんの戦友が、噂に言われた悪人であると信じていたわけじゃ無い。
 でも僕には、それが分からなかった。
 確認する術がなかった。
 だから僕は。たった今彼女の弱みに付け込んで勝ったことに謝罪の感情を持ちながらも、不謹慎にも少しだけ喜んでいた。
 僕を抱えたままエヴァンジェリンさんは、無事だった麻帆良側の道路に降りる。崩れた支柱は大橋の中心だったから、両側から延びる高架下に支えがある部分は無事だ。
 ゆっくりと、外見からは意外な程に余裕を持って地上に降りた。


 光る槍を見たのは、その時だ。


 凄まじい、まさに雷のような速度で飛来する。
 魔力が枯渇したのは本当で、その時僕は自由に動けるほどに運動が出来なかった。
 いや、例え本来の状態でも―――『―見えるからこそ』動けなかっただろう。
 余りにも早いそれは、見えるだけで体が動くことの出来ない早さだった。
 如何すれば良いのか、体が分からない状態だった。
 凍りついた時間の中で。
 動いたのはエヴァンジェリンさんだった。
 彼女だけが、行動出来ていた。
 抱えていた僕を背後へと突き飛ばし。
 いつの間にか復活していた黒のマントで僕の体を拘束して背後に隠す。
 前に立ち塞がりその槍を受け止めたのだ。


 その自分の体で。



     ○



 崩落する。
 麻帆良の地と外部とを繋ぐ大橋が、少年と吸血鬼との戦いで崩れ落ちていく。
 《闇の吹雪》を弾き、支柱に直撃した《雷の暴風》が支柱にぶつかった。
 根元に当たったその暴風は、支柱に罅を入れる。
 ゆっくりと、速度が落とされる用にも見える程に大質量が傾く。
 ワイヤーロープが張り。
 しかし、耐え切れなくなって千切れ飛ぶ。
 巨大な煉瓦で組まれ、丹精込めて造り上げられた建造物。
 腹の底に響く、重低音。
 黙々と湧き上がる石と砂と瓦礫の煙。
 その崩落の中心に、少年は立っている。
 全力を持って、《闇の吹雪》に対抗したために魔力は枯渇。
 動きたくても満足に動くことすら出来ないに違いない。
 その光景を見て、僕は思い出す。
 自分の過去を。
 決して戻れない未熟な時代を。
 そして、その未熟さに気が付けなかった過去の自分を。

 (…………いらない)

 あの少年なんていらない。
 未熟さにも気が付かず。
 ただ上を望むことしか出来なくて。
 その先に何があるのかを知らない少年はいらない。
 がむしゃらに力を求めて。
 手に入れたものは何だったのか。
 心の中に残っているのは、後悔と自己嫌悪。
 手にしているのは、大きな力。
 だが、その為に――――僕は多くを無くした。
 覚悟はあったはずだった。
 でも、それは「はず」でしかなかった。
 目指して歩んだ先には理想などなかった。
 あったのはただの現実。
 そしてその現実は、僕を砕いた。
 完膚なきまでに破壊してのけた。
 だから僕は、自分を憎む。
 現実と理想を踏みちがえた自分を憎む。
 理想に溺れて死んだ、自分を憎む。

 「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

 崩落の中で。
 吸血鬼の少女が動く。
 表情を変えて、動く。
 『全力で、少年を助けようとする』。
 僕にはその光景が気に入らない。
 心の中の闇が噴き出していく。

 ――――ドロリ、と。

 それは、僕の心を蝕む反動だ。

 「右腕固定『千の雷』」

 けれども、僕は躊躇わない。
 今は、あの少年を殺す機会なのだ。
 憎くて憎くて堪らない『自分自身』を殺す機会だ。

 「左腕固定『雷の投擲』」

 視界の中で、吸血鬼は少年を抱えあげた。
 その顔は、真剣に焦燥状態だった。
 自分自身で潰すのは良くても殺すつもりはないのか。
 それとも、もっと別の感情があるのかは分からない。
 でも、そんなことは関係がない。
 彼女はもう、どうでも良いのだ。
 『今』のマスター、あの白髪のフェイトが執着しているけれども、僕には関係がない。
 殺して、それでフェイトが怒るかもしれないことも、どうでもよかった。

 「術式統合」

 今夜が停電の最中で、そして少年と吸血鬼が戦っていることは周知の事実。
 だから、僕の魔力はそう簡単には気付かれない。
 吸血鬼だけは気が付けるだろうけれども、そんな余裕はない。
 だから今が機会だった。

 「雷神槍『巨神ころし』」

 余りにも大きいとこの位置からでも気付かれる。
 だから、細く鋭く。
 確実性を増した、数メートル程度の槍。
 その分威力は凝縮されているから、これだけでも魔神を倒すには十分だ。
 崩落した橋の、それでも一部の道路はまだ残っている。
 そこに二人が降り立つのを確認して。
 地面に足を置き、気の抜けた一瞬。
 その一瞬を狙う。
 けれども、視界の端。
 大橋の入り口に――――見覚えのある二人を見つけた。
 絡繰茶々丸。
 神楽坂明日菜――――いや、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。
 『巨神ころし』を持ったまま、僕は。


 とりあえず二人を黙らせることにした。


 僕の、あの少年への憎しみだ。
 彼女たちを殺しはしない。
 でも、僕がネギ・スプリングフィールドを殺すのに邪魔になりそうだった。
 だから除けておく。

 「…………こんばんわ」

 橋の崩落に、慌てて向かおうとした彼女たちの目の前に、僕は降り立つ。
 その顔に浮かぶのは、一様に同じ顔。
 最初に倒した、金髪のシスターもそう。
 春日美空もそう。
 そこにいるはずがない僕に対しての、驚愕だ。
 当然だろう。
 だって僕は。
 「アーチャー」と名乗る僕の真名は。



 ネギ・スプリングフィールドなんだから。



     ○



 大橋が崩落した光景は、歩いていた私たちを走らせるには十分だった。
 私も茶々丸さんも、視界の先に見えていた大橋の、上部が崩れたのを見て、固まって。
 慌てて走り出した。
 そして、その目の前に――――いきなり「そいつ」は現われた。



 私たちは二人とも、足を止める。

 「こんばんは」

 そう言って挨拶をした人物を見る。
 身長は私たちと同じか、少し高い。後ろ髪が長く伸びている。その髪の色は――茶色が懸かった赤い髪というよりは、どす黒いという言葉が似合うような赤色が、白い髪に所々に混じった不気味な色。体は普通の色なのに、身に纏っている魔力がその色を黒く染めている。そして、その瞳。
 その瞳を見た瞬間。


 私は死んだかと思った。


 比喩でも冗談でもなく、私はその瞬間に、胸を腕に貫かれて心臓ごと潰される光景を幻視した。
 闇に染まったその瞳は、私を一瞬にして恐怖で縛る。
 エヴァちゃんと出会った時に得たのは、『自分を殺すことの出来る存在』への恐怖。
 でも、今のは違う。
 私が見たその恐怖は。
 『自分を殺そうとしている存在』への恐怖だ。
 殺せる力を持っている、では無くて。
 ここでは殺さないだけ、というだけの物。
 そしてなによりも私たちを驚かせたのは。


 その瞳をもった目の前の存在は、色が違うだけのネギだった。


 「…………何者ですか」

 私の前に一歩、茶々丸さんが出る。
 表情には表れないけれども、その声には最上級の警戒が込められている。
 私も慌てて構える。構えるといっても、凪さんに付け焼刃で教わった程度の構え。戦闘での初動位にしか役に立たない物。

 「――――――僕が何者かは、関係ありませんが」

 全体としては笑顔に見えるけれども瞳も全く笑っていない表情で、偽ネギ(と呼ぶことにする)は、手に持っていた光る槍を握り。

 「掌握」

 その言葉と共に、槍を。

 「……吸収?――まさか『闇の魔法』ですか!?」

 茶々丸さんの声は珍しくも大きくなっていた。
 私たちの目の前で、偽ネギは槍を吸収する。槍の形が崩れ、一瞬で体に取り込まれ。
 次の瞬間に目の前にいたのは、青白く発光しながら、同時に黒い魔力を噴き上げる存在。

 「…………茶々丸さん。あれ、」

 あれは、一体何なのだ。
 怖い。
 怖くて怖くて、仕方がない。
 足が震えて、気を失わないのがやっとだった。
 茶々丸さんがいるから気を失わないだけだった。

 「……『闇の魔法(マギア・エレベア)』。マスターが若いころに生み出した禁術です。本来ならば敵に向けて放つ魔法を、敢えて体に取り込むことで飛躍的に戦闘能力を上昇させる技法であり――――その吸収した魔法によって、肉体に様々な付与があります」

 「よく、知っていますね。流石は茶々丸さんです」

 目の前の、偽ネギは――――得てしてだろう、茶々丸さんに対して褒めるように言う。
 けれどもそこには、なにも感情が込められていない。
 私にも茶々丸さんも、『モノ』としてしか見ていない。

 「――何の、用よ」

 私は尋ねた。
 でもそれは、疑問からじゃ無い。
 尋ねなければ、私の心が恐慌に陥ってしまいそうだったからだ。
 沈黙が下りることが、怖かったからだ。

 「簡単なことです」

 淡々と、何事でもないように。


 「あの橋にいるネギ・スプリングフィールドを殺すので、貴方がたは眠って頂こうと」


 瞬間。
 私は本能的に構えて。
 茶々丸さんが腕を上にあげて、何かを呼ぼうとするような動きをする。
 茶々丸さんが、腹を打ち抜かれていた。

 「……な!?」

 一瞬。
 刹那。
 まさにその通りの言葉で、偽ネギは茶々丸さんを――――破壊していた。

 (……そん、な)

 腹部に空いた穴からは、真っ赤な血が流れ出る。
 歯車や、何に使うのかも分からない機械の破片も飛び出してくる。
 私は、その結果しか見えなかった。
 前に進み、茶々丸さんに攻撃を放つ光景が、全く見えなかった。
 気がついたら茶々丸さんが『壊されていた』。
 その光景に、私の動きは止まる。
 目の前の光景。


 人間が、何の興味も持たずに生徒を傷つけた。


 その光景に、私は動けなくなる。
 夕映ちゃんが殺人鬼だったのは呑み込めた。
 祐奈が銃を使えたり、亜子ちゃんに何かがあったのも受け入れられた。
 学園内でB級映画そのままの、異形バトルが発生したのも許容の範囲内だった。
 けれども、これは。
 これは理解できない。
 こんな人間は知らない。
 生徒であるとか友人であるとか以前に――――人間をモノとしてしか扱わずに殺す存在を、私は知らない。
 知りたくも、ない。

 「……貴なタ、ハ何、者でス?」

 膨大な出血で、しかし茶々丸さんは、偽ネギの腕を握って抵抗している。
 その抵抗が邪魔だったのだろう。
 偽ネギは。


 当然のように、茶々丸さんの両腕を捩じ切った。


 元々外れる仕組みだったのだろうけれども、強引に外された肩は鈍い、何かが折れる音と共に強引に捻じれ、地に落ちる。
 ザア、と赤い血が流れる。
 その光景に。
 私はただ、見ていることしか出来ない。
 ここまでされても尚、動くことが出来なかった。
 其れほどまでに、偽ネギの瞳は恐ろしかった。
 茶々丸さんの瞳が明滅する。
 人間じゃ無いにしても――――無事な状態には見えない。
 偽ネギは。


 そこでようやく私を見て、ニイと笑った。
 憎悪に塗れた、オゾマシイ笑みだった。


 私の目の前で。

 「解放」

 そう呟くと、その手には再び光る槍が生まれ出る。
 私たちのいた場所。
 もう少しで大橋に辿り着ける、その場所から偽ネギは――――その槍を投擲した。
 たった今、崩れた橋から助けられた――――ネギたちに。
 ――――でも。
 狙ったのはネギじゃ無い。
 私には、それがわかった。
 投擲された槍は確かに速かった。
 ネギを貫くには十分だった。
 でも、目の前の偽ネギはそれ以上のことを予測していたのだろう。


 あのネギを、きっとエヴァちゃんが庇うことを。


 そしてその通りに、物事は進行した。
 地面に降り立ったネギと、ネギを助けたエヴァちゃん。表情が怒っているように見えるのは何故なのか。
 そして、おそらく。
 彼女たちが気を抜いた一瞬。
 ネギが決して避ける事の出来ないそのタイミングで。
 エヴァちゃんが庇わなければネギが死ぬタイミングで。
 どちらにしても目の前の偽ネギには、都合の良いタイミングで。


 その槍はエヴァちゃんを貫いた。


 その光景を見た偽ネギは、茶々丸さんの腹から腕を抜く。
 ついでと言うように、両足を破壊して。
 その上で、思いきり――――大橋のエヴァちゃんに向けて、放り投げた。
 酷い。
 どうして、そこまでそんなに、簡単に扱えるのか。
 私には分からない。
 分かりたくもなかった。
 理解を、理性でも感情でも拒んでいた。

 「…………さて」

 偽ネギは、茶々丸さんを見たエヴァちゃんが驚愕に陥ったのを確認して。
 私の方を向く。

 (…………あ)

 怖い。
 目の前に、『死』があった。
 逃げようとしても足が動かない。
 涙を流すことすらも出来ない程に――――体が動かなかった。
 足を下げようとして。

 「捕まえました」

 その時にはもう、襟元を掴まれている。
 青白く光るその姿は幽鬼のようで。
 瞳には何も浮かんでいなくて。


 ――――これは、ネギじゃ無い。


 そんな、分かり切っていたことを実感する。
 グイ、と持ち上げられ。

 「殺しはしません…………たぶんね」

 あえて言うのならば、それだけが幸いだった。
 思いきり。
 私は、偽ネギに投げられた。
 高く高く、投げられた。
 ご丁寧に顎を打ち抜いて、唯でさえ震えていた足は動かない。
 骨も内臓も傷ついていないけれど、腹部への衝撃に嘔吐感がこみ上げる。
 気がついたら、私は既に宙。
 私を思いきり投げた、偽のネギは――――もう見えない。
 私に本当に興味がなかったのだろう。ネギとエヴァちゃんの方に向かって行ったらしい。
 勢いが切れれば、自然に落下する。
 一瞬の浮遊感。
 意識が回る。
 殺さない程度に重い一撃は、けれども私を殺すのには十分だ。
 このまま頭から地面に落ちれば――――脳挫傷程度で済むとは思えない。
 体勢を立て直そうにも、体は笑ってしまいたくなる位に緩慢にしか動かなかった。
 視界の片隅で。
 偽ネギが、ネギを庇って槍に突き刺さったエヴァちゃんを無視して。
 今度こそ、ネギに向って大きな光る、魔力で造られた槍を生み出したのが見えて。
 そこから先は覚えていない。



 地面に激突する瞬間には、私は意識を失っていた。



     ○



 その速度と威力は、やすやすと彼女の腹部を貫通する。
 けれども、僕には届いていない。
 数メートルの長い槍を、彼女は両手で握り。
 僕に届く寸前で止めていた。
 バシイ!――――と。
 紫電が舞う。
 それは、雷で構成されていた大槍だった。
 彼女の体を、光の一撃が内側から焼いている。
 でも僕には届いてこない。黒のマントが僕をその放電から守っている。

 「――――!!――――――――!!」

 体から、肉の焼け焦げる音と、独特の臭気が発せられる。
 そこに込められた魔力がどれ程の物なのか、僕には漠然としか分からない。
 でも、それが。
 仮にエヴァンジェリンさんでも、そう簡単に回復出来るような威力で無いことはわかった。

 「ぐ、う――――――――!」

 その中で。
 彼女は――――

 「g、こ、の――――――!!」

 オオ、という咆哮と共に、満身の力で腹から一気に引き抜いた!
 息が荒い。

 「なm、た、真似を」

 口元の血跡を拭うエヴァンジェリンさんだけれども。

 「――――ご、ホッ!」

 「エヴァンジェリンさん?!」

 咳込むと同時に、大量の血を流して、膝をつく。
 喉が焼かれて話すことはおろか、呼吸すらも厳しいらしい。
 その目の前に。


 ――――ドシャリ、と落ちてきたものがあった。


 最初は何なのか分からなかった。
 でも、その耳の形は見覚えがある。
 胴体に頭が付いただけの酷い状態だったけれども間違いない。


 茶々丸さんだった。


 「!!」

 はっきりと、声を出せないだけで顔を歪ませるエヴァンジェリンさんの前に。

 「こんばんは」

 音をたてて、現れた人物がいた。
 逆光になっていて最初は影にしか見えなかったけれども、全身の毛が逆立つような恐怖感が、その体から発せられているのが分かる。

 「流石に丈夫ですね。吸血鬼は」

 その言葉に。
 僕は知る。
 茶々丸さんを傷つけて、エヴァンジェリンさんを貫いた槍を投げたのは、彼であると。

 「k、さま――」

 「スイマセンが邪魔です」

 口を開きかけたエヴァンジェリンさんを払いのけて、ゆっくりと彼はこちらに歩いてくる。未だに傷が完治していないエヴァンジェリンさんは容易く転がった。
 声にも、感じる魔力にも、どこかで感じたことのある気配。
 その違和感は、彼が蔭から出て来た時に知る。


 そこには僕がいた。


 いや、僕じゃ無い。
 僕に似ているけれども、違う。
 暗い冥府のような波動を発するその魔力。
 色素の抜けおちた白の中に、僅かに残った赤色の髪。
 そして何よりも――――僕を見るその瞳。
 地獄の業火を集めたかの様な、煉獄さながらの赤い瞳が僕を射抜く。

 「ネギ・スプリングフィールド」

 ぞっとした。
 比喩でも何でもなく、喉元に死神の刃を突き付けられた気分だった。
 そしてその考えは。

 「死んで下さい」

 間違っていなかった。


     ◇


 死の瞬間に世界が緩慢になるという経験だった。
 僕によく似た、僕じゃ無い僕は、「解放」と呟く。
 その腕に生み出されたのは、雷の魔法で形作られた槍。
 その槍が、エヴァンジェリンさんを貫いた物と同じであるとわかった。
 もう一人の僕の瞳に何かしらの言いようのない重さを見る。
 ゆっくりと、その槍が僕に振り下ろされる。
 切っ先は鋭利。
 宿す魔力は僕を殺すのに十分すぎるもの。
 振り下ろされる一瞬。
 その一瞬が引き延ばされる。
 ゆっくりと下ろされる槍の穂先。
 槍を形作る精緻な細工の一つ一つまでも詳細にみる事が出来る。
 体はやはり動かない。
 槍の進行方向にあるのが、僕の心臓だと悟る。
 迫りくる『死』よりも、むしろ。
 先程まで、確かに死ぬ覚悟を持ってエヴァンジェリンさんと対決していたというのに。
 その戦いで得ることのなかった『憎しみで殺される恐怖』。
 それを感じ取る。
 一番最初にエヴァンジェリンさんから感じた物よりも遥かに深い。
 『人間としての煮詰めた憎悪』を感じ取る。
 悪意。憎悪。嫉妬。殺気。衝動。破壊。
 そんな、エヴァンジェリンさんが決して僕には見せなかった『人間の闇』。
 それが僕を縫いとめる。
 槍に突かれ死ぬことよりも、そちらの方がよほど僕には恐ろしく感じられた。
 思わず目を閉じる。
 でも、予想した衝撃も苦痛なかった。
 代わりに聞こえたのが、何かを貫通する鈍い音。

 (…………?――――まさ、か!)

 目を開く。
 時間が戻ってきていた。
 どっと噴き出す冷や汗に寒気を感じられるけれど、それを気にするよりも。
 目の前の光景に、僕は気を取られた。
 僕に巻きつくように広がった、黒のマントは先程から変わらない。
 けれどもその前に、一人の姿がある。
 長い長い金髪に白い肌。けれどもそれは、本来の姿とは程遠い――――血に塗れた色。
 一番最初に僕を庇った傷が、回復していない姿。


 お腹の穴が塞がっていない、血を流したままのエヴァンジェリンさんが僕を庇っていた。


 しかもさっき、もう一人の僕に思いきり貫かれ、その怪我は治癒していなかったはずだ。
 金髪は土で汚れているし、マントも破けている。
 けれども、彼女は僕を庇っていた。
 僕の前に立ちふさがって、盾になっていた。
 僕を巧みに移動させ、僕の位置に自分を置いていた。
 倒れていた位置から、傷ついた肉体を気にもせずに一瞬で動いて、再度。
 その身で、槍を再び受けていた。
 やはり彼女の胸を貫通している。
 その長柄は、僕を貫くギリギリで止まっている。
 貫通した槍を、しかしエヴァンジェリンさんが――――両手で、握み取って進行を止めていた。
 エヴァンジェリンさんの内部で込められた魔法が発動しているのだろう。
 体から煙が立ち上り、苦痛に呻いている。
 でも、彼女は僕を背後に置いたまま、動かなかった。
 倒れることもしなかった。
 僕はその光景を、呆然と見ていることしか出来ない。
 僕と同じ顔をした、絶対に僕では無い存在が言う。

 「…………どうして庇いますか」

 その瞳に浮かんでいるのは、正しく憎悪。
 僕のことを憎む瞳。
 顔に浮かぶのは、嫌悪。
 そこに込められた、積み重なり層となったような。終わりのない憎しみの色に僕は体を震わせる。
 そして同時に――どうして庇うのかと、本気で言っているようにも見えた。

 「…………理想を夢見る未熟者を、どうして貴方が庇いますか」

 口調は、まるで燃え盛る地獄のようで。
 この目の前の相手は、僕を其れほどまでに恨んでいるのか。
 其れほどまでに、殺したいというのか。

 「そこにいる子供は、危険すぎるということを理解できるはずでしょう」

 負の感情を極限まで煮詰めた声だった。
 地の底から響く怨嗟の声は、きっとこんな声をしているに違いない。
 怯え、自然に後ろに下がろうとする僕を、より厳重に漆黒の外套で包み込みながら。
 エヴァンジェリンさんは――――笑った。

 「…………g、問d、な」

 愚問だ、とおそらく言ったのだろう。
 顔色は悪い。
 僕の目から見ても、それが痩せ我慢であることはわかる。
 茶々丸さんのこともある。内心ではどれほど動揺しているのか。
 けれども、彼女は動かない。
 倒れるどころか、両手を拡げて僕を庇ったまま笑う。
 僕と同じ顔の「彼」に、獰猛に笑う。
 喉もまともに動かないはずなのに、その一言だけはやけにはっきりとしていた。



 「こいつはナギ達の息子で、そして私には約束があるからだ」




     ○



 今になってあの時のことを思い出すなど、自分もまだまだ弱いらしい。
 心の中で私は自嘲する。
 茶々丸は心配でないと言えば嘘になるが――――彼女はとりあえず不死身だ、問題無い。
 私が明日菜とボーヤの為に、スケープゴートとなってこの地に留まることを決めた時。
 あの馬鹿と私の話し合いは何時までたっても平行線のままだった。
 ナギは私一人を犠牲にすることを拒み。
 私はナギ達の為に犠牲になることを望んだ。
 どうにも決着がつかなくなって、私たちは――――麻帆良の地で戦った。
 湖に近い、夕焼けに照らされた地だった。
 遠くから鐘の音が響いてきたのを覚えている。

 『ボーヤへの報酬だよ』

 そう言って見せたあの光景。
 私がナギを正面から見た、最後の光景だ。
 あの戦いを最後に、私はナギを見ていない。
 生きてはいるだろう。
 『私の仮契約のカード』もきちんとある。
 だが、どうなったかは知らない。
 下手をしたらもはや私たちの知っているナギはいないのかもしれない。
 だが、そんなことは関係がない。
 私はナギと、そしてアリカと、ボーヤとアスナと。
 そして、彼らの為に、自分で決めたことを実行するために。
 『そうしたいという自分』のためにここにいる。

 「――――貴方といい、絡繰茶々丸といい、神楽坂明日菜といい、他の皆も――不思議な程に僕の前に立ちます。僕はネギ・スプリングフィールドを殺したいだけですが」

 だからこそ、この相手の前から引くつもりはない。
 回復が間に合っていない。
 魔力で焼かれた内臓の回復は、流石に少し時間がかかる。
 その数分が今は致命的なまでに長い。
 だが。
 ――――それが、どうした。
 庇うくらいなんと言うことはない。
 私の意志をくみ取ったのか、もう一人のボーヤは。

 「…………あの作戦が良い証拠でしょう。そこにいるネギ・スプリングフィールドは自分の命を軽んじて周囲を省みない愚か者です」

 おそらくは無詠唱で生み出した『闇の魔法』。
 《千の雷》の解放。三度目の槍。
 躊躇なく。
 それが突き刺さる。
 意識の明滅。
 焦げる、あるいは焼ける。
 燃え盛る激痛は、体内で荒れ狂う電流のため。
 マントは絶縁体だから、ボーヤに被害はない。
 遠のく意識を繋ぎとめながら。
 ――――私は思う。


     ◇


 ボーヤのとった作戦は確かに、私も許すつもりはない。
 無茶と無謀を取り違える部分は直さない限り致命的な事象を引き起こしかねない。
 だがボーヤは勝った。
 私に《闇の福音》としての本気を出させた。
 方法がどうであろうと――ボーヤがそれに対して何も感じていないのならば兎も角、どうやら自分でも少しはまずいと思っていたようでもある。
 それは事実だ。
 不満は多い。
 だが、ならば鍛え上げればいい。
 それだけの話だろう。
 私の今夜の計画だってそうだった。
 全てがボーヤとアスナの為にやっていた。
 ああ、確かに未熟だろうとも。
 だが、きっと行く末は未熟じゃ無い。
 思慮も浅いし、現実を知らないし、理想を夢見ているだろうし、己の中の闇と向き合えてもいないだろう。
 だが、それはきっと変われる。
 きっと育てていくうちに、ボーヤが変われば変われるはずだ。
 私の行動で、ボーヤは恐怖を知った。
 その恐怖を乗り越える経験を持った。
 完全では無いけれども、自分の立場がどんな物かを知り始めてもいる。
 ならば、ボーヤはここでは殺させない。
 目の前の存在に何があったのかは知らない。
 大戦期に出会ったこともない。
 けれども、この相手がボーヤを殺すつもりならば、私はここを動くわけにはいかない。
 私は。
 言われたのだ。
 死ぬ間際のアリカに。
 私を封印する際のナギに。
 だからボーヤの前から動かない。
 六百数十年生きてきて、ようやっと私は自分の宿命を見た気がしたんだ。
 簡単で単純な話。
 長く生きているからこそ――――出来る事がある。
 しなないからこそ可能な事がある。
 なあ、良いだろうナギ。
 少しくらい望んでも。
 私はアリカのように母親にはなれん。
 お前と結ばれることも結局叶わなかった。
 アスナやボーヤを、憎まれ口を叩きながらも鍛えることしか出来ない。
 けれども、ナギ、アリカ。


 お前たちに一番近い二人を、見守り育てる役目くらい望んでも良いだろう?


 所詮私は不器用だ。
 ボーヤの為と言いながらも、一歩間違えれば再起不能になる可能性もあった。
 アスナも同じこと。私はどうやっても厳しくしか、人に教えることが出来ない。
 なあ、ナギ、アリカ。
 その私の性格を、お前たちは――――知っていて。
 それでも、私にこの二人を任せると言ってくれたんだな。
 死ぬ間際の、回りくどい一言に。
 私を封印した際の、ほんの少しの言葉に。
 お前たちは、私に託してくれた。
 永遠を生きる私ならば、きっとそうするだろうことを見越していて。
 それでもお前たちは、私に言ってくれた。
 同じように、同じような表情でこの私に言ってくれた。
 言葉は違えどその時の思いが違っていたはずはない。
 覚えているさ。


 『――ネギとアスナを頼む』


 ……ああ。
 …………本当に、羨ましいよ。
 私の前から消える、最後の言葉まで――――同じでなくても良いじゃないか。
 言葉で分かるよ。
 私はお前達から身を引いて正解だった。
 私では、どちらにも役不足だった。
 けれども、それでもお前たちは私に、二人を預けてくれた。
 だったら。


 ――――私が二人を見るしかないじゃないか。


 育てるなんて言う、傲慢な言葉じゃ無い。
 あの二人を育てる権利を持つのは、お前たち二人だけだ。
 だから教えて、自分で延ばさせるしかない。
 私はそれすらも上手く出来る人間では無い。
 アルトリア、遠坂、イリヤにアルビレオ。タカミチと学園長。茶々丸や、チャチャゼロや、C.C.とルルーシュや、川村ヒデオや高町なのはの手まで借りて、そこでようやっとこの停電の演出を出来る程度の実力しかない。
 だが、それでも。


 私に出来ることを、私なりにやろうとして何が悪い。


 私は二人を見届けよう。
 二人が死ぬまで、上に立ち教え導くものであり続けよう。
 それ位は、きっと望んでも良いだろう。


     ◇


 ――――電流が止む。
 耐えきった私は、見るも無残な姿に違いない。
 動こうにも動けない。
 今の私は思考できるだけの、ただ黒く焦げた人間大の何かだ。
 目の前の、ボーヤでは無いボーヤは言う。

 「…………ああそうだ。そこに転がっている絡繰茶々丸と一緒にいた神楽坂明日菜。彼女なら、どっかに転がっていると思います。……潰れていないと良いんですけどね」

 ぞんざいに扱うその目には、なにも移ってはいない。
 移っているのは、ボーヤへの憎悪だけ。
 その為ならば他はどうでもいいらしい。
 この私でさえも――――どうでも、良いらしい。
 そして、私を無視してボーヤへと近づいていく。
 私のマントを強引に引きちぎっていく。
 叫びたかった。
 この目の前にいる、ボーヤとそっくりな、しかし決定的に違ってしまった存在に対して言ってやりたかった。

 ――――ふざけるな、と。

 目の前で、アスナが倒れ伏す。
 その光景を幻視する。
 何があったのかは知らない。
 茶々丸と共に行動していたことくらいしか、今は分からない。
 ネギを憎むのも好きにすれば良い。
 アスナを狙うのも好きにすれば良い。
 今の自分はそれを決して許さないというだけだ。
 過去の自分ならば兎も角、今の自分の生きる糧を殺させるつもりはない。
 油断をしていたつもりはない。
 無意識の中でアスナが殺されることを頭から追い出していたつもりはない。
 けれども、けれども。
 今日に限って――――明日菜に被害が出る。
 今日に限って――――ボーヤを狙った相手が現れる。
 今日を乗り越えれば、絶対に二人に行く道を、示せたであろうに。
 自分の宿命で、二人を上に登らせる手伝いが出来たであろうに。
 進み行く先がなんであろうと私が、回りくどくとも手を貸してやれたというのに。
 容赦無く、無慈悲に、そして絶対に見捨てずに出来得る限りの手間をかけてやれただろうに。
 けれど、どうして。
 どうして。
 どうして一番動いてほしい時に、私の体は動かない。
 どうして一番大事な物が傷付く時に私はいつも、どうにもならない状況に追い込まれる?
 そこまで世界は私を嫌うか。
 そこまで私に対して優しくないのか。
 だから、叫びたかった。
 心の奥底から、言ってやりたかった。

 ――――ふざけるな、と。

 だが、動かない。
 一番守りたいものがあるのに、この不死身の体は動いてくれない。
 どんな苦痛も乗り越えられる、この肉体があるのに。
 決して死なない永遠の寿命を持つのに。
 無限の回復力を宿すこの器があって。
 研鑽の末に掴んだ魔法の力があって。
 計画の最中に刻まれる心の傷があって。


 ――――どうして、いまここでボーヤとアスナが傷つけたこの相手を打つことが出来ない。


 どうして、自分の役目が分かっているのに。
 ――――またか。
 また、そうなのか。
 アリカが死した時のように。
 また自分は、自分の力不足で大事な物を失ったと嘆くのか。
 ふざけるな。
 ふざけるな。
 ふざけるな!



 ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 その悲鳴は、声にならなかった。
 しかし。
 慟哭は。
 込められた想いの強さは。
 確かに、届いた。
 世界に。


     ◇


 「シュート!!」

 「薙ぎ払え!!ガウェインよ!!」

 声が、聞こえた。
 僕の前の前にいた、僕と同じ顔をした人物に黒い影がぶつかり吹き飛ばす。
 赤黒い光の柱が、吹き飛んだ方向に向かい、叩き潰す!

 「――――!!」

 寸での処で回避した「僕」は、体勢を立て直し。
 そこに、数重の光の玉が炸裂!

 「――――くっ!」

 相手の視界が遮られ。
 次の瞬間。
 黒い影の膝が腹に食い込んでいた。
 ――早い。
 漆黒の鎧に包まれた姿に、長い黒のマント。そして仮面。
 見覚えのある細身の体。
 長い両腕は優雅に。
 マントは踊るように。
 しかしそこからの攻撃はどれ程のものなのか。
 マントが撓り、腕に浮かぶ鳥の紋章が相手の体にダメージを与えている。
 一連の流れが、もう一人の僕によって防がれるまでに、十撃以上は食らっただろう。
 苦痛を殺し、相対。
 風が、その場の空気を改める。
 その場に満ちた静寂を、いとも簡単に打ち破ったのは――仮面の人。
 動きにもセリフにも、僕は聞き覚えがある。

 「弱者を助ける場面が最初とは、なんとまあ皮肉が利いている――――!」

 固まって動けない僕を一瞥すらせずに、仮面の人は相手に向いたまま。

 「覚えておくがいい!異なる未来を得たネギ!」

 マントを靡かせながら宣言した。

 「我が名はゼロ。そして――――」



 「世界に呼ばれし「ライダー」!――――その目に焼き付けよ!」



     ○



 カーニバル・経過時間――――三時間二十九分。


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 ウィル子――健在。
 「ライダー」=ゼロ
 高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 釘宮円&《不気味な泡》――健在。
 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」=ネギ・スプリングフィールド――健在。


 脱落者

 神楽坂明日菜
 アルベール・カモミール
 霧間凪


 絡繰茶々丸
 チャチャゼロ
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 ガンドルフィーニ
 シャークティ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダーソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 明石祐奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 闇口崩子


 停電終了まで、あと三十一分。







[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④(3)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/06 00:46


 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその④(3)



 「……ルルーシュ、さん?」

 僕は、目の前に現れたその仮面の人に対してそんな言葉を放っていた。
 その言動も、優雅な空気も、細身の体も――そうとしか見えない。
 けれども。

 「違うな、間違っているぞ。ネギ」

 まるで生き物のように自在に動く黒のマントに覆われた体は、黒の鎧のような物で覆われている。
 傲慢とも言えるような口調の中に、しかし僅かに茶目っ気を見せるように。

 「私はゼロだ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでも《ブリタニアの魔女》C.C.でも無い、《ブリタニアの魔王》ゼロ。――詳しい話はこの停電が終わった後にしよう。今はこの相手に――――」


 「――――立ち去って頂かなければな!」


 そう宣言したルルーシュ……いや、ゼロさんは。
 僕の目の前で、僕に似た彼と、激突した。


     ↕


 魔力が練られ、見たことの無い――――いや、大戦期に何回か相対した、魔導師に見た程度の、珍しい魔方陣の中で白い服の女性が杖を構えている。杖というよりかは魔法少女のロッドに見える。
 展開された青色の衛星が、彼女の周囲に回っていた。

 「――――レイジングハート。やろうか。……ここからが全力」

 「All right, my muster」

その言葉と共に彼女は言う。

 「シュート!」

 大きな威力では無いが速力とホーミング性能を重視した砲撃が、ネギの形をした別のネギへと迫る。それは「ライダー」ゼロの攻撃に完璧にシンクロ。
 虚空から生まれ出でた黒の巨体が放つ、赤い砲撃と共に彼を追う。
 だが、相手は速かった。
 相当の速度を持っていたゼロの攻撃を受けながらも、砲撃は回避。
 一連の攻防から脱出し、巧みに距離を取る。

 「…………手強い、ですね」

 その光景を見ながら、アルトリア・E・ペンドラゴンは呟く。
 彼女の両腕には、気を失った一人の少女。
 神楽坂明日菜と名を持つ、相当の縁を持つ少女である。
 地面に激突する寸前には気を失っていたらしく、時折魘されているが――――大きな外傷はない。慎重に確実に、アルトリアは扱う。
 偶然だった。
 大橋に向かう途中で、なんとなく。
 戦場でも大いに役に立った『直感』が彼女の進行をふいに変化させ、その結果地面に落ちる前に、明日菜を空中で抱えあげたのだ。
 過去にも同じことをしたことがあったから失敗することもなかった。
 落下の衝撃も殆ど受けていないだろう。

 (…………さて)

 どうしたものだろうか。
 このまま彼女をここに置いておくのは何かと問題だろう。
 しかし連れて行くのも、それはそれで問題である。

 (どこか、安全な場所は……)

 一番簡単なのは警備員達の拠点に運び込むことだが――――それをすると、ネギが責任を追及される。
 そもそも学園長が許可……はしていないが、黙認状態。タカミチも知っている。だから連れて行くこと自体は構わないと思うが、しかし何かと角が立つ可能性はある。
 明日菜だからこそネギに関わった、とも言える。
 しかし明日菜の事を知らない人間に、彼女を関わらせるのは、意外と不味い。
 ネギ・スプリングフィールドの周囲の人間ということで調べられ、そして過去に結ばれるという可能性は――――なるべく小さいに越したことはないのだ。
 自分と同じ立場である、高町なのはは、「アーチャー」ネギ・スプリングフィールドを、ルルーシュと名乗った存在と追い詰めている。
 タカミチは、いない。

 (……急いでどこかに運んで、戻って来て)

 それが一番良いのだろうが、しかしアルトリアは。
 麻帆良の地理に特別詳しいわけでは無い。警備員の詰め所に行けたのは案内人と、予めの道順を教えられていたからであり、要するに安全な場所を詳しく知っている訳では無いのだ。
 手づまりだった。
 だからこそ。

 「――――困って。いますか?」

 そう言われた言葉に反応した。



 背後から聞こえた――――黒く黒く広がった『闇』の言葉に。



     ↕


 思えば、確かに奇妙だったのだ。


 例えば、初めてこの世界に来た時に。
 ルルーシュさんと、C.C.さんと、そして私が同じ場所(と言っても数メートル程度は離れていたが)に落ちていて。
 しかし、私と一緒に飛ばされたはずのヴィヴィオは、都市の全く別の方向で発見された。
 例えば、日々の生活で、時折違和感に感じたこと。
 魔力の消費量が妙に少なかった。
 この世界にいる事が、当然だと思っていた。
 肉体的な変化が、女性特有の生理現象も含めて無かったこと。


 そして、それが異常だと思う事が明らかに少なかったこと。


 それがすべて、自分の存在が、この世界に呼ばれたからだと考えれば納得がいく。勿論納得がいくだけだ。自分を呼び寄せた存在を、許している訳じゃ無い。
 切欠は、凪さんが暗殺者と戦っていた時だ。
 その時に、何故か。
 ふいに、自分の役目が理解できた。
 理由は分からないが、理解できたものは理解できたのだ。
 自分がここに来た理由。
 自分の仕事がなんなのかということも。
 その使命…………言葉は好きではないが、使命を行うこと自体は、別に悪いと言うつもりはない。
 問答無用で戦うつもりはないというだけの話だ。
 だから。
 あの霧間凪が互角に持ち込んだ「アサシン」。彼女についても。
 どこかにいるのでは無いかと予測していた、アリシアと先程遭遇した時も。
 「ライダー」である、ルルーシュと遭遇した時も。
 自分の納得できる様に行動してきた。
 自分で納得して、動いたのだ。
 結論が完全だとは思っていない。
 けれども自分に出来る事をする。

 (……それが、私だもの)

 時空管理局で陰口を叩かれることもある。
 自分のしてきたことが絶対に正しいとなんか、思っていない。
 解散した『機動六課』だって、確かに非難される部分もある。
 それでも、出来るだけ自分は自分で動いて来たのだ。
 自分自身で、今まで決めて――――生きて来たのだ。
 非難をしたければするがいい。
 意見を言うのも自由だ。それを出来る限り聞こうとも思う。
 自分が未熟だなんて、ずっと昔から分かっている。
 けれども。
 自分の進む道を自分で決める。
 この意志だけは曲がらない。

 『不屈の心はこの胸に』。

 その言葉は、今の自分のあり方だ。
 高町家の家柄かもしれない。
 だから、自分が何者でも良い。
 自分の思ったとおり、信じた様に。
 そして。


 その自分が間違っているかもしれない事を心のどこかで、常に自覚していられれば、それで良い。


 一呼吸で魔力を練る。
 私は。
 視界の中で、黒のプロテクターに身を包んだ、悪魔風のルルーシュが拳を振るうのを見て。
 自分の「立場」を思い出す。


 ――――私は、「アーチャー」。


 そして、高町なのはだ。



     ○



 一つの行動に、拳と、その後を追う黒の外套。
 回転を駆使した攻撃は周囲に風を。
 繰り出される音は激突の空間を生む。
 前進と共に、低く鋭く繰り出される打撃と、その後を追う第二の腕とも言えるマント。
 一動で二撃を与えるその動作は、もう一人のネギの動きを確実に遅くしている。

 「――――ガウェインよ!」

 右から繰り出した腕と共に、付随したマントが目の前の相手の腕を拘束する。
 背後から現れたガウェインは、赤黒い砲撃を放つのでは無い。
 両腕を前に伸ばし、その爪が――――射出される!
 スラッシュハーケンが迫る中で、もう一人のネギは。
 逆にマントを自分から握りこみ、強引にゼロを牽引。
 流されそうになる体に、左右の位置を入れ替えるかのようにネギは動く。
 マントと握られた手の間を中心に、両者は交換。

 (……仕方ない!)

 已む無くガウェインを虚空にと戻し。
 左腕に、凶鳥の紋章を浮かべ、右足で踏み込み――体ごと激突!
 マントが間に挟まれ、しかし勢いのままにゼロはその体を持ち上げる。
 両足が浮いた相手は、虚空を蹴り、こちらの頭を越えるように大きく飛ぶ。

 「シュート!」

 そのタイミングで。
 完璧に、高町なのはが砲撃を放つ。
 回転の中、迫る砲弾の群れに――――相手はマントを手放す。
 勢いのまま虚空を蹴り、自分から地面に激突!
 逆さになった足元を砲弾の群れが掠め、幾つかは軌道を変えて雨のように降り注ぐ。

 「…………っ」

 その爆圧に押され、僅かに呻きながら動きが鈍った瞬間に。

 「――ォ、オオ!」

 全身の体重を込めた、ゼロの拳が腹腔に突き刺さった!
 グフ、と僅かな血と息を吐きだすもう一人のネギは、しかしゼロの腕を掴み。

 「じゃ、ま――です!」

 そのまま、両足を仮面に叩き込む!
 バギイ!と、込められた魔力が仮面に罅を入れ。

 「――――!」

 その瞬間に、仮面の奥から。


 ――――赤い鳥を浮かべた魔眼が覗いた。


 その顔は無表情。

 「《ザ・スピード》」

 《魔女》の声と共に。
 ゼロは。
 物理法則を完璧に無視して。
 黒の姿が。
 まるで消えるかのように。
 一瞬で。
 もう一人のネギの背後に回っていた。

 「――――!」

 その動きに、突風が生まれ。
 巻き上げられた粉塵の中で。
 もう一人のネギは、苦悶に呻く。
 僅かな一瞬のうちに、再度拳が腹に直撃していた。
 だが、それでも彼は瞳の中に憎悪を隠そうとしない。
 情動は、呆然としたままのネギに向けられている。
 そしてその障害である自分を――――排除しようとしている。
 そして、彼の体からは再度魔力が立ち上る。
 戦闘の最中に、密かに詠唱をしていたであろう魔法。
 そして、それを取り入れる肉体強化。

 (……なるほどな!)

 内心で、ゼロは思う。
 こんな相手は、確かに普通の人間では、相当に荷が重い。
 全力状態のエヴァンジェリン――――とまではいかないにしろ、タカミチ・T・高畑ではやっと引き分けになるかどうか、その程度だろう。

 (……私が呼ばれたのも、当然か!)

 ゼロは、苦笑いに忌々しさを混ぜ、仮面の裏で浮かべた。



 しばし時間は遡る。
 侵入者に、ルルーシュを支えたC.C.共々、潰された時までだ。


     ◇


 そこは白い空間だった。
 周囲に何もない、ただ広いだけの空間であり、しかし『何者か』の気配を感じ取ることのできる空間だった。
 その白い空間の中に、ルルーシュはいる。
 相方である所の魔女、C.C.もいる。
 最も、彼女の実態は無く――――ルルーシュと同化しているというのが最も正しい状態であるのだろうが。

 「おい、C.C.……この状態は。…………ナナリーがギアスを得た世界の状態か?」

 今の状態は、言わば融合状態だった。
 肉体はルルーシュが基本であるはずなのに、魔女の記憶と肉体が内側に眠っている。
 傷でもつければ、そこから物理法則を無視して魔女が肉体ごと出現してもおかしくはない。
 そんな状態で、魔女は魔王に同意する。

 「おそらくな。……今更、であるが。私たちがこの世界に来た理由がわかった様な気がするよ」

 「奇遇だな。俺もだ」

 会話を交わしているものの、二人の会話はいわゆる脳内の身で行われている。
 周囲は白。
 見覚えのある光景。
 かつてルルーシュが眠っていた、世界の一端。
 あの時と違うのは――ルルーシュの周囲の人間の気配や、母親や父親の気配がないこと。
 つまり――。


 この世界の『集合無意識』。


 「言い換えれば、『アラヤ』とも言うわよん?」

 唐突に。
 気配だけが現れる。
 ルルーシュは勿論、すぐに振り向くような愚かな真似はしない。

 「初めまして、かしらねん?」

 蠱惑的な声。
 美しいのに、何故か背筋に危険を感じるような声。
 同時に、何者であれ包み込むような母性溢れる声だった。
 その声で、ルルーシュとC.C.は直感で知る。


 この声が、自分たちを呼び寄せた張本人だということを。


 (…………仕方がない)

 振り向く。
 そこにいたのは、一人の女性。
 絶世の美貌に、同時に母性と――――力を感じ取れる存在。

 「妾は『ガイア』とも言うべきもの。そして、今は眠っている『アラヤ』の暫定的な管理人。貴方をこの世界で行動できるように『世界の加護』を与えたのも私。まあ、その他色々と行動してるんだけど……ま、それはまた今度ねん」

 特徴的な、媚を売るような口調。

 『集合無意識』内部は、肉体の概念が存在しない為に――つまり裸でも服を着ていても関係の無い世界なのだが、おそらく傾国の美女とも言えるような女性だったに違いない。

 「貴方達には『枷』を嵌めておいたのよん。発動条件は、『魔王』ルルーシュと『魔女』C.C.の両者が同時に死亡状態になること。その時に、この世界にやって来て私が説明をする予定だったわん」

 美女は、困っている素振りで、しかしまったく困っていない態度で。

 「貴方達に最初から教えなかったのは、少しはこの世界を楽しんで平穏に生きて欲しかったから。一応私が『呼び寄せた』存在には、皆、自分の状況を思い出すまではそうやって過ごして貰ってるわよん?……と、まあ出会い頭の挨拶はこれ位にしましょうかしらね」

 ルルーシュは、黙っている。
 黙っていることしか、出来なかった――というべきか。
 彼女が現れて以来、『自動的に自分の頭に情報も理由も書き込まれていく』というのが、一番ふさわしい状態だった。



 今の今まで忘れさせられていた自分の立場を思い出させられた。



 「この世界は危険なのよ。一歩間違えれば『世界』そのものが滅ぶ可能性が十分にあるの。だから妾は、貴方も含めて、『私の手足となって世界の為に動いてくれる存在』を呼び寄せたのよん。時間も並行世界も次元空間も全部ひっくるめて、事情を説明してくれれば協力してくれるであろう存在を」

 「……それ、を」

 情報量に、頭の中が揺れ動く。
 だがそれを意志の力で封印し、ルルーシュは聞く。

 「私が、従うと――――思っているのか?」

 「思っていないわよん」

 あっけらかんと。
 当然のように、彼女は言ってのけた。

 「従って貰おうとは思っていないわ。……でも、妾の目的は『世界の意志(ガイア)』としてこの世界の進化を促進しつつ、滅ぶのを防ぐこと。そして暫定的とはいえ『集合無意識(アラヤ)』の代表でもあるから、同時に人間を滅ぼすわけにもいかないのよん。そして質問。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと魔女C.C.――あなた方は、この世界が滅んでもいいのかしらん?」

 (……くそ)

 内心で悪態をつく。
 おそらく、一番最初に記憶を封じてあったのもこれが理由だ。
 やって来てすぐならば兎も角、今はルルーシュも、C.C.も、この世界が心地良いと感じてしまっている。
 未練を残し、見捨てることが出来なくなってから記憶を呼び起こす。
 結果として、彼らはこの世界の為に動くことになる。
 恐らくは、その内心を読み取って。

 「ま、そんな厄介なことをしなくても動いてくれる人もいたのよん?――――姑息だっていうのは認めるけど、でも妾にしてみれば小さな悪戯よん。――――だって世界の為に動いているだけだもの」

 その言葉は、確かに真実だった。
 記憶が戻った、あるいは来た理由がわかった今では、その為に動いていることは間違いないと『悟ってしまう』。
 だからこそ、ルルーシュは機嫌が悪い。
 かつての自分と同じこと、しかも自分より巧妙にされた気分だった。
 否応無しに動かざるを得ない状態にさせられていた。
 だから、機嫌が悪い。
 従うことよりも、自分がその状態に追い込まれたから機嫌が悪い。

 「…………お前に言いたいことはあるが」

 不機嫌なままで、しかしそれでもルルーシュは言う。

 「――――私に何をさせる気だ」

 「簡単なことよん?」

 素なのか、作っているのか(おそらく後者だろう)妙に人を喰った様な態度で。

 「さっき妾が与えた情報の通りに動いてくれればいいのよん。……その相手は、自動的に判断できるはず。理性を奪うこともしない。勝手に過ごしてくれれば良い。でも、この世界を守るために動いて貰うだけの話」

 「……なるほど、頭の中に情報が書き込まれている理由がそれか。――世界のシステムに繋がっている、とでも言うのか。……自分の能力に、保有する技能。その目的、立場――――「ライダー」か。ふん。周到な事だ」

 ルルーシュの皮肉に。

 「大変だったわよん?……でも妾の仕事だもの。『この世界の全てにいること』が私の目的だった。だったら……後始末まで、きっちりしなければいけないのよん。そういうわけで、今夜の停電にも標的がいるわよん」

 素で返す女性。
 ルルーシュは話題を変える。

 「――――その標的と言うのは、俺を一回殺した、もう一人のネギ・スプリングフィールドがそうか。……一応聞くが、あれは一体何なんだ?」

 「それは。今も、今じゃなくても余り関係ないわん。この性質や存在はどうでも良いのよん。大事なのは、あれが脅威か脅威じゃないか。どうしても知りたいのならば……貴方の周囲の人間の知識を総動員すれば、きっと結論に辿り着けるはずよん」

 「…………川村ヒデオや、高町なのはか?」

 「そういうこと。高町なのは、彼女も貴方と同じ立場よん。仮に名づけるのならば……『呼ばれし八人』の一人。どうやら警備員としての仕事を、霧間凪と一緒に全うしているらしいけれど、貴方の枷と同時に、思い出すようにしてあるわん。ちなみに立場は「アーチャー」――きっと今頃、把握できているわよん?」

 「……ああ。理解した」

 嫌が応にも、理解させられた。
 少なくとも自分に、彼女に逆らえはしない。
 問答無用で従わされるよりはマシで、自由も保障されているが……気分の良いものでは無い。
 もう一度言おう。
 従うのでは無く、従う状態に追い込まれたことが原因で、一番機嫌が悪い。

 「なら問題無いわね?……それじゃ、そろそろこの世界に留まるのも面倒だもの。また会いましょうねん。……そうそう、最後に妾の名前だけ教えてあげるわよん」

 意識が上昇する。
 肉体が、再度――――現実世界で、再生しようとしているのだろう。
 再生したときにはおそらく、この世界で得た情報を活用できる状態になっているに違いない。
 正直にいえば、やめたい気持ちはある。
 だが少なくとも――――この停電。
 エヴァンジェリンとネギ・スプリングフィールドを狙っているであろう、あの『もう一人のネギ』をどうにかする事は、自分にとって確かに優先事項だった。
 だから、今だけはきちんと行動する。
 幸いにも、それが出来る状態になった。
 不本意であっても。

 「…………行くぞ。『魔女』」

 「――――ああ。……《ブリタニアの魔女》ゼロ・ルルーシュの、久しぶりの活動だな」

 不機嫌なままで、しかし同時に。
 おそらく、魔王としての性なのか。
 妙に冷静でありながら、同時に熱を持ち。
 行動する事をとりあえず決めた両人に。
 『世界の意思』の名前が、聞こえた。



 「妾のかつての名前は、妲己。……またねん?」


     ◇


 目が覚めたら、目の前に自分を潰した侵入者がいた。
 体に纏うのは黒のマント。被り慣れた仮面に、黒の鎧のような外装。

 「…………ふむ」

 掌に浮かぶのは、赤い鳥の紋章。
 いきなり蘇った自分に驚いた侵入者は、拳を振り上げて再度叩き潰そうとして。



 とりあえず瞬殺だった。



 疾風のように動いたゼロが、右腕をカウンター気味に当てて。
 その右腕に『吸収された』ように。
 侵入者は、一瞬で骸となった。

 (…………なるほど)

 確かに――――妹、ナナリーがギアスを手に入れた世界では、自分は、相手のナイトメアフレームごと相手の生命力を吸収していた。炸裂地雷を空中で停止もさせたし、不死者の軍団と戦ったこともある。

 (……ギアスや、エデンバイタルという物が、どう関係しているのかはまだ分からないが)

 この世界。
 この自分たちの為に、あの妲己という女性が――――この世界でも同じことが出来るように、何らかの細工をしたのだろう。
 そしてそのヒントは、自分の周囲の情報をくまなく掻き集めれば、推測は十分に可能なのだろう……が。

 「……まあ、今は良い」

 今は、そんなことを考えている状況では無い。
 顔の方向を、ある一点に向ける。

 「――何はともあれ、高町なのはに接触するべき、か。あのネギをどうにかするには、一人では難しいからな」

 不敵な声で、ゼロはそう言った。



 そして『呼ばれし八人』の一角。
 「ライダー」ゼロ・ルルーシュは、同じ立場の「アーチャー」高町なのはと。
そして、もう一人の「セイバー」と合流するのである。



     ○



 (…………凄い)。

 僕は、自分の命の危機だというのに、そんなことを考えていた。
 大橋の道路の上。僕を庇ったエヴァンジェリンさんは対岸に倒れていて、その間でゼロさんともう一人の僕が激突している。時折飛んでくる砲撃――たぶん、なのはさんの砲撃は、橋の、無事な支柱の上からだった。上空から降り注ぐように、かなり正確に精密な攻撃は容赦無く落ちてくる。
 数が多くないのは、僕とエヴァンジェリンさんに被害を与えないようにするため。
 
 呆然と、馬鹿みたいに見ていることしか出来なかった。
 さっきまで、確かに僕は死ぬ寸前だった。
 もう後数秒遅かったら、間違いなく僕は死んでいたか、心臓を破壊されていたか、その衝撃と激痛に呻いていたに違いなかった。
 数分前に。
 僕はエヴァンジェリンさんに庇われていた。
 不意を突かれたとはいえ、彼女を、もう一人の僕は簡単に排除してのけた。
 その時の絶望感。



 目の前に悪魔がいて、大きな拳が何も出来ない僕を押し潰そうとしたら、それと同じくらいの恐怖かもしれない。



 その瞬間は――――たぶん、一生忘れない。
 心に、刻まれたに違いない。
 そして同時に。
 その瞬間から逃されて、僕はもう一つ知ったことがある。



 この世界は、広かったということを。



 タカミチは強かった。目の前で滝を割ってくれた。
 アルトリアさんも強かった。それは分かる。
 僕は、本当に強い人を見たことがないのかもしれない。アルトリアさんだって、決して全力で戦ってはくれなかった。
 アルトリアさんに、ゼロさんがどこまで戦えるのかは分からない。
 でも、決して劣ってはいない。
 それは、分かる。
 目の前の光景が、一流の物だという事は分かる。

 (…………これが)

 目の前で見て、実感する。
 杖を得た時は、僕はまだ今よりも、もっと小さかった。
 多少は成長した今ならば、よりはっきりと理解できる。
 
 (……父さん達の、領域)

 それとも、これよりもまだ、上の領域にいるのかもしれない。
 その領域に。


 僕は、行けるのだろうか?


 アルトリアさんは、可能だと言ってくれた。
 だからこそ、僕は無茶を通して行動していた。
 エヴァンジェリンさんが負けを認めてくれたのも、その効果だった。
 けれども、だ。
 其れをしたことで、エヴァンジェリンさんは僕を心配した。
 そんな行動をとる僕を、もう一人の僕は、憎しみの目で見つめた。
 考えが浮かぶ。
 今まで目指してきたものは、ガムシャラだっただけなのか。
 僕はやっぱり――――生き方を、間違えているのか。

 「心配しないで下さい、ネギ」

 その声は。
 久しぶりに聞く声。
 僕の頭を軽く撫で、僕の横を通り過ぎる。
 座り込んだままの僕を、慰めるその声は。

 「自分の過ちは変えられます。――――だから今は、立つことです」

 優しい、それでいて厳しさを感じるような声。
 イギリスで聞いた、懐かしい声。

 「今の貴方は未熟です。ですが、それが自覚出来ただけで、一つ成長するのものです。ネギ。――立って、見ていなさい。停電ももう終わります」

 金髪の後ろ姿は、高貴。
 人の上に立つ者の資質を、僕に見せつけるように。

 「貴方とエヴァとの戦いが、この停電の大騒動の発端でした。ならば、自分を見つめるのも良い。自分の今までを後悔するのも良い。しかし、最後まで見るべきですよ」

 きっと彼女は、僕に少しの笑みを浮かべているに違いない。
 そして、僕から意識を変えて。
 彼女は、真剣な声色になる。

 「……シロウ、力を借ります」

 彼女のセリフは、誰に対して向けた物なのか。
 僅かだけ、腰の鞘に視線を向けた様な気がした。



 虚空から一本の剣を生み出し。
 その剣を投擲する。



 それは、正確にもう一人のネギの足を止めさせた。


     ◇


 両者の中央。
 高速で戦闘を繰り広げるゼロと、上空から確実に狙い打つ高町なのはの邪魔にならないように。
 しかし、相手もう一人のネギ。
 「アーチャー」の動きを、確実に一瞬止めるように。
 ズダン!――と。
 『まるで弓矢を射たかのように』、その場所に正確に突き刺さる。
 飛来し、突き刺さったそれは、一本の剣。
 二束三文程度の、ただの直剣。
 しかし投擲されたその剣は、正確にもう一人のネギの足先に突き刺さって行動を封じた。
 そして。

 「……無事ですか、エヴァ」

 大橋で、彼女は言う。
 金髪の髪、豪奢な鎧。腰に差したのは、剣を収めた鞘。

 「……ミットも無いtコロを、見セる、ナ」

 未だ回復しきらないエヴァンジェリンは、それでもようやっと声を出しながらも言う。

 「その程度のこと。私達には、――見せてくれても良いと思いますよ。エヴァ」

 目線も口調も、エエヴァンジェリンを気遣っているが。
 その全身の気配は、もう一人のネギから微塵も離れていない。
 明らかにこの場にいる中で、最も戦場に慣れている存在。
 最も、力を持つ存在。

 「明日菜も安全な場所に送ってあります。私の本来の仕事も終わらせてきました。そして彼は――――」

 彼女は、もう一人のネギを見る。

 「――――明日菜を故意に被害を与えた。結果として死ななかったというだけで、怪我をしなかったというだけで、悪意か無関心か、それは知ったことではありませんが。そこは変わりの無いことです」

 冷静に。
 しかし、確かに彼女は怒っていた。

 「それは、つまり――」

 腰から、一刀の両刃の剣を引き抜く。
 間合いを悟らせない『風王結界』の音と共に。


 「――――私が怒る理由に、十分です」


 アルトリア・E・ペンドラゴンが。
 大橋の最終決戦に参戦した。



     ●



 「依頼は、以上ネ…………、大泥棒」

 「了解しました。――――大丈夫ですか? かなり本気で蹴ってしまいましたが」

 「問題無いヨ。この程度の痛みは、慣れているネ。……停電の被害を減らす為ならば、少し位は体を張っても良いものネ」

 「…………そうですか」


     ↕


 「これで、大丈夫です。……とミサカは報告します」

 「そうなんですか?」

 「はい。護衛、感謝します。深山木秋さま」

 「いえいえ。僕も丁度、やることが無かったですから」


     ↕


 ――――そして。


 「…………懸念通り、でしたか」

 息を吐いて、その光景を見詰める少女がいた。
 赤い髪に、焦点の合わない瞳を持った少女である。

 「フェイト様の予想通りですか。『あのネギ・スプリングフィールドには、きっと手を焼くに違いない……』確かに、その通りです。フェイト様」

 呟く少女の名を――焔・アーウェルンクス。
 フェイトに付き従う従者の一人である。

 「あの状態で戦うなど愚かの極み。私としては消えて頂きたいのですが、しかし――あの『忌々しいフェイト』がいる以上、フェイト様の邪魔をすることは出来ない」

 少女の傍らには、一体の影があった。
 黒か、銀か、そのような色のマントに身を包んだ存在。後ろ髪が跳ねた顔を仮面で覆っている。顎のラインから見るに、おそらくはまだ若い男性だろう。

 「……貴方には苦労をかけますが。――死ぬ間際になったら、彼の回収だけお願いします。…………全く、アリシア様が周囲から隠して下さっているから私たちも無事なだけだというのに、忌々しい」

 後半は、もはや愚痴になってしまった少女に。
 仮面の青年は、慰めるように言った。


 「大丈夫です。安心して下さい。僕は、……いえ、僕も「セイバー」ですから」



     ○


 カーニバル・経過時間――――三時間四十分。


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――健在。
 ウィル子――健在。
 「ライダー」=ゼロ――健在。
 「アーチャー」=高町なのは――健在。


 《福音》対抗勢力

 ネギ・スプリングフィールド――健在。


 学園防衛戦力

 近衛近右衛門――健在。
 タカミチ・T・高畑――健在。
 明石裕也――健在。
 神多羅木――健在。
 夏目萌――健在。
 龍宮真名――健在。
 玖渚友――健在。
 高町ヴィヴィオ――健在。
 深山木秋――健在。


 その他

 竹内理緒――健在。
 超鈴音――健在。
 葉加瀬聡美&金糸雀――健在。
 鳴海歩――健在。
 石丸小唄――健在。
 アルトリア・E・ペンドラゴン――健在。
 《禁書目録》――健在。
 ミサカ――健在。
 五和――健在。


 敵対勢力

 「アーチャー」=ネギ・スプリングフィールド――健在。


 脱落者

 神楽坂明日菜
 アルベール・カモミール
 霧間凪


 絡繰茶々丸
 チャチャゼロ
 川村ヒデオ
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 ガンドルフィーニ
 シャークティ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダーソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 釘宮円&《不気味な泡》
 明石祐奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 闇口崩子


 停電終了まで、あと二十分。






 一応言っておきますが、アルトリアが投影を使えるのに理由があります。
 この世界は型月世界ではありません。
 あの世界の法則では動いていません。

 ご理解下さい。

 それと、釘宮円&《不気味な泡》が脱落しているのは間違いではありません。
 次回、停電は終結します。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 表舞台④(4)
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/06 00:16



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバルその④(4)



 この世界にやってきた理由は、簡単な話だった。
 自らの為に鞘を返した、赤い髪の少年。

 『あなたのいる世界に影響は、一切与えないわよん。……もう一度、会いたくないのかしらん?』

 遠くから。
 そうやって、囁かれた。



 考えた時間は、おおよそ半月。



 悩み、決意し、揺らぎ、思い出し。
 条件を整え、破棄し、再考し。
 半月の間に、ただ考えて。
 最終的に。

 ――アルトリア・ペンドラゴンはこの世界に来ることを了承した。

 あの世界と、この世界とで。
 いかなる会話がなされ、いかなる話し合いが起きたのかは分からない。
 だが、自分はここに来た。
 無数に存在する可能性の中で、『この世界に来ることを選んだ自分』がいた。
 そして。


 《紅き翼》として行動し、後に『英雄』の功績と呼ばれる戦いの中で。
 彼女の目的は達せられたのである。


     ◇


 人は歩まねばならない。
 生きる為には、常に選択を強いられる。
 その証明が自分だ。
 幾つもの、幾十もの、幾百かの可能性の中から。
 あの赤い髪の青年と再び会うことを望み、そしてその為に来てしまった自分が、その証拠だ。
 自己嫌悪を幾度もったか。
 後悔していない日などない。
 だが、それでもこの世界には、良い事もあった。
 《紅き翼》という存在に出会えた。
 凛、イリヤスフィール、桜も来た。
 おそらくあの青年が望んだのではないかとも言える――――『正義の味方』として、呼ばれてすらもいる。
 その名は自分に相応しくないと思っていても。
 過去の積み重ねが、今の自分に繋がっている。

 (…………あの世界に未練はないのか?)

 そう自問自答を繰り返したところで、決して結論は出ない。
 結論を出してはいけないのだ。
 この世界にいることが当然と思った瞬間に、きっとアルトリアは、変わってしまうだろうから。
 だが、それでもアルトリアは歩んでいる。
 同じ目的でやってきた三人にも、情けない姿を見せる訳にはいかないのだから。
 無論、時折は愚痴を吐きたい時はある。
 酒を飲み、過去を語りたい時もある。
 無理をしすぎず、同時に悩みは抱えたままで。
 選択し、迷い、それでも進むことこそが人生なのだ。
 故に。
 いや。
 だからこそ。
 今のアルトリアは、立場を忘れない。
 自分自身に迷いはある。
 けれども、迷うべきでない事は解っている。
 今の自分は、《紅き翼》の剣士であり。
 《千剣姫》の異名を持つ第三席であり。
 この停電の客人であり。
 《闇の福音》の戦友であり。
 そして《紅き翼》の大事な存在――――神楽坂明日菜を、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアの為に尽力する一人の剣士だ。
 だから。
 アルトリアは、迷わない。
 この目の前の、もう一人のネギ・スプリングフィールドを切ることを躊躇わない。
 たとえ目の前のネギに、何があろうとも。
 自分自身が自分自身であるために、剣を振ろう。
 どんな理由があれ、明日菜とネギとエヴァンジェリンを無作為に、意識すらせずに傷つけた、目の前の相手を打ち倒そう。
 なぜならば。
 自分もまた、『世界の意志』に呼ばれた物。


 「セイバー」の位置に座する、八人の一角なのだから。



     ○



 「はああああっ!」

 振り下ろされる剛剣は、気合いと剣圧で空を裂く。
 華奢な少女には似合わない両刃の大剣が縦横無尽に荒れ狂う!
 いくら《闇の魔法》が使用できるとはいえ。
 いくら、英雄たちの領域に足を踏み入れたネギとはいえ。
 彼女は《紅き翼》の第三席にして、《千の刃》ラカンと並び称された剣士。
 戦場の剣が片翼。
 《千剣姫》アルトリア・エミヤ・ペンドラゴン。
 全力で剣を振るうその彼女には、後の世に《億千万の刃》と称される魔神の少女ですらも叶わない。
 剣の技量でこそ詠春に劣るとはいえ、世界最高峰であることは歴とした事実。
 鋭利な大質量は容赦無く迫り、もう一人のネギを追い詰める。
 反応し、回避するのが辛うじて。
 受けることなど不可能。
 刃を合わせた瞬間に、足毎地面から離されて押し負ける。
 金髪の少女は、振るいながらも唱える。

 「《投影》!」

 剣を振るった瞬間、その死角を突く様に生み出された両刃の剣が飛来。
 目の前の彼に、顔と頬を掠めて去りゆく剣を見送る暇などない。
 次の瞬間には、猛烈な踏み込みに地面が陥没。同時に迫る剣は、衣服と上半身を僅かに切り飛ばす!
 血と共に僅かに痛みを殺したもう一人のネギは。

 「私を忘れ無いで頂こう!」

 右側から迫る仮面の拳を、脇腹に受け。
 蹈鞴を踏んだ相手に対して。

 「合わせなさい!「ライダー」!」

 「承知!」

 彼らは、動く。
 まさに暴風と烈風。


 ――――ザガガガガガガガガガガッ! と。


 迫る刃は、まさに獣の顎と爪。
 あるいは龍の口蓋。
 引き裂き、切られ、無数の血を噴き出させる軌道。
 それは、紙一重で避ける、否。
 避けることしか出来ないネギに、かすかな傷を与えていく。
 身に纏う高価な衣服は破れ。
 髪もほつれ、不揃い。
 切り飛ばされた石は、地に落ちる前に剣の圧力で粉と化す!
 縦横無尽、多彩に繰り出される剣の斬激。
 その中を掻い潜り、隙を消すゼロの右腕には、鳥の紋章が浮いている。

 「――――!!」

 お、とも、あ、ともとれる掛け声と共に発動し。
 掠める一撃は、意識を揺らし判断力を鈍らせる!
 それだけでは無い。

 「シュート!」

 「アーチャー」は砲撃を繰り返す。
 勝ち目など、あるわけがない。
 《千の刃》のラカン程まで鍛え上げた肉体ならば。
 《闇の福音》のように、異常な生命力と耐久力を持っていれば。
 近衛詠春の剣術。
 アルビレオ・イマの格闘と魔法の併用。
 そのどれもが、アルトリアの剣術に対抗し。
 誰もが、ゼロと高町なのは、両者の攻撃を耐えきり、または回避しきるだろう。
 だが、それはこの、目の前のネギには未だ不可能。
 だが、それでも。
 おそらくは、彼の意地なのだろう。

 「――、――――――!!」

 咆哮と共に、彼は動いた。


     ◇


 僕は、勝てると思った。
 目で見える程に、僕の目が追える程に、甘い戦いでは無いけれども。
 僕はその時、勝てると思っていた。
 当然だったと思う。
 でも僕は忘れていた。
 エヴァンジェリンさんに、追い詰められた時のように。


 人間は、追い詰められた時が一番力を発揮する。


 「――、――――!!」

 咆哮と共に、もう一人の僕は動く。
 明らかに大きな動きで、ゼロさんから離れ。
 その隙に。


 アルトリアさんは、躊躇せずに、相手の右腕を刈り取った。


 僕はそこで気が付く。
 アルトリアさんは、相手の首を狙っていない。
 それは何故か。
 『エヴァンジェリンさんの従者である、茶々丸さんの両腕を、もう一人の僕が破壊したからだ』――――それを、僕は気がついた。
 明日菜さんのされた攻撃を、高所からの攻撃と地面に叩きつけることに結びつけ。
 容赦のない猛攻はエヴァンジェリンさんへの物。
 今の僕では、なにも出来ない。
 近寄って行っても邪魔なだけだ。

 (…………僕は)

 無力だった。
 無力で、なにも出来なかった。
 殺されそうになっている時と同じように、泣きこそしない物の、無意味にいることしか――――。

 (…………違う!)

 アルトリアさんが、さっき言ってくれたじゃないか!
 僕は未熟だって。
 でも、未熟さを知れば一つ成長したことになるって。
 ならば、今僕に必要なのは悩むことじゃ無い。
 今の僕が出来ることを見つけて行動することこそが――――成長の証明じゃないか!
 僕は考える。
 如何すれば良い?
 目立たないようにするには、僕には技量が足りない。
 それが出来るエヴァンジェリンさんは――――。

 (…………そうか!)

 ならば。
 方法はある。
 僕にしか出来ない方法がある!
 視界の中で。
 もう一人の僕は、片腕が失ってもなお暴走するように戦っている。
 意地なのか。
 僕を殺すという目的のためなのか。
 それは分からない。
 でも。

 (……僕はここで、死ぬつもりはありません!)

 「《雷の斧》!」

 叫び声。
 放たれるのは、中級威力の古代魔法。
 それは、紫電となって、倒れる僕やエヴァンジェリンさんを襲う。
 同時にそれは、唯でさえたくさん生まれていた塵や芥を巻き上げ、即席の煙幕とする。

 「――――ぐ!」

 僕の体に雷が流れる。
 けれども。

 (…………この程度、の威力!)

 エヴァンジェリンさんは、これよりもさらに強大な物を、数発以上も受けてもなお耐えきった。
 たった一撃。
 殆ど無詠唱の物。
 しかも分散した程度!


 上を目指すなら耐えろ自分め!


 陰った視界の中で、もう一人の僕は茶々丸さんとエヴァンジェリンさんを蹴り飛ばす。
 二人の体は宙に浮かび、ゆっくりと橋の外へと落ちて行く!

 (……させ、ない!)

 苦痛、閃光。
 その中で、僕に向かおうとした「アーチャー」が、ゼロさんと戦うのが見える。
 頭の中に熱が生まれ。
 それでも僕は耐える。
 耐えなければいけなかった。


 今この場で出来ることを、やっと思いついたのだから。



     ○



 (……っと!)

 高町なのはの張った障壁は対魔法障壁。魔法による魔法の為の防御だ。ミッドチルダ式の魔法における防御術は、この世界でも非常に優秀。この世界で発動出来る理由は、分からない。
 だが非常に有効であることは確かだった。
 まして、彼女がいたのは大橋の支柱の上。大橋の路面における戦闘から最も離れている状態だった。
 魔力の波動が視界を防ぐ中。
 彼女は見る。
 転がっていたエヴァンジェリンが、頭部に大きな打撃を受け空中に。
 頭部と胴体だけになっていた絡繰茶々丸が、その反対側に。

 「……ち、い!」

 黒のマントで防いだ「ライダー」が言葉を漏らす。

 (……なるほど!)

 相手の狙いを悟り、なのはは納得する。
 負傷した状態のエヴァンジェリンと茶々丸と。
 さらには、大橋のネギを守るのと、自分を攻撃することと。
 いくら一人一人(自分と、ゼロ、アルトリア、エヴァンジェリンの四人が)が、もう一人のネギと互角に持ちこめる相手だったとしても、人数と相手の戦法が状況を僅かに悪くしていた。
 実際、エヴァンジェリンならば湖に落ちても問題無い。
 茶々丸もロボット。負傷している状態で落下して、どうなるのかは不明だが――――彼女はただの機械じゃ無い。大丈夫なはずだ。

 「――、――――!」

 くぐもった音。
 視界の効かない中で、おそらくはゼロともう一人のネギが交戦している。
 エヴァンジェリンと茶々丸とを、助けに動けるのは――なのはとアルトリアだけ。

 だが、両方共に動かなかった。

 違う。

 動こうとは、思わなかった。

 相手の肘と、膝とがゼロにぶつかり。
 踏み込みと共に空に浮きあがる。

 「レイジングハート!」

 「Yes, muster!」

 周囲を衛星が回る。
 おそらくこれも『世界の加護』の影響なのか。
 「ライダー」ゼロ、「セイバー」アルトリアの思考が分かる。分かるというよりかは、判断できる。
 ここで自分が二人を助けに動く必要はない。
 それが十分に理解出来たからだ。
 いずれにせよ、今は。

 (準備!)

 ゼロ本人はマントと鎧、そして自分自身の足で防いでいる。空中に跳ばされたとしても影響はない。

 「《魔法の射手》!《光の千二百柱》!」

 膨大な量の魔法の矢。
 空中にいるゼロに向けて、もう一人のネギが片腕で射出する!
 それは、茶々丸とエヴァンジェリンにも向かい。
 今まででも散散に消耗しているだろうに、大したものだと思う。
 未だ空中で落下を続けている両者に、回避する術は残されていない。
 けれども、心配はしていなかった。
 先程から、此方を窺っていた気配があったのだ。



 「甘いネ」



 その気配は、このタイミングで――――現れる。
 茶々丸に殺到する『魔法の矢』に、指を向け。
 彼女は動く。

 「《破砕の領域》!」

 戯れる様に呟かれた言葉と共に。

 ――――パチン!

 虚空に響き渡るその音は、乾いた指の音。
 何の変哲もないその音はしかし、確実に方向性を持っていた。
 指から鳴らされたその音は、空気中の粒子を動かし、微細な回路を刻みこむ。
 ミッドチルダ式にも似た、見えない魔方陣のような、明らかに科学の領域で引き起こされたそれは。
 ザア――と。


 まるで魔法の矢を、水に押し流すかの様に掻き消した!


 大橋の下から飛び出すように。
 落下中のエヴァンジェリンを抱えたのは。

 「無事カナ?――――エヴァンジェリン」

 多少の怪我を負ってはいるものの、真意の見えない笑顔を浮かべた、学園で最も得体のしれない少女。
 超鈴音。
 そして、彼女は――不敵な笑顔で言う。

 「任せたネ、大泥棒!」

 「ええ。…………依頼遂行、いたします」

 反対側の大橋の下から。
 人間離れした加速力で迫る影は、髪を三つに編んだ眼鏡の女性。瞬動術かそれに近い物で走った彼女は、落下中の茶々丸を拾い上げる!

 「絡繰茶々丸の回収――――」

 隙を一切見せずに、彼女は。

 「――――完了!撤退します!」

 即座に離脱し。

 「どこを見ている!」

 その声は、彼女たちに一瞬気を取られた――――もう一人のネギに対して放たれた言葉。
 幼いほうのネギは、密かに動いている。
 空中から戻った「ライダー」が、長い足が顎に直撃し、脳を揺らし。
 返す足で、彼を空にと打ち上げる!

 「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだということを覚えておくがいい!」

 仮面の奥から聞こえるのは、哄笑。
 深謀遠慮の彼方から世界を制し。
 その態度と頭脳で世界を手に取った魔王の笑い声。

 「貴様は知らないだろうが!」


 「停電前に言っただろう!残り一時間の状態ならば、何時だって学園結界など展開が可能だとな!」


     ↕


 同時刻。

 『結局決着は付かなかったよ』

 『全くです。横槍を入れるなんてミサカさん、酷いですよね』

 それは、電脳世界。

 『僕様ちゃんの友人たちも脱落しちゃって、僕様ちゃんと娘だけの対決になっちゃったけどさ』

 『結局両者引き分けです。母親に勝ってみたかったんですが』

 『それは此方のセリフだよ、娘』

 ぶつかり合っていた両人は。

 『『――――』』

 しかし、既に争ってはいなかった。

 『じゃあ、決着はまた今度ですね?』

 『そうしようか。学園祭にでも』

 『約束ですよ?』

 『そうだね。……と、此方の準備は出来た。そっちは?』

 『完了です。――――それじゃ、行きましょうか!』



 『学園の全電力!』
 『復活ですよっ!』


     ↕


 刹那。
 麻帆良敷地内の全電源が復活した。


 光の本流。美しいネオン。一夜限りの大騒ぎが、集結するその瞬間。
 そして同時に――――結界の再稼働。

 「!」

 バジン!!――――と。
 まるで、雷の砲撃を受けたかのように、一瞬全員の体が硬直する。
 もう一人のネギだけでなく、ゼロも、なのはも、アルトリアも、超に抱えられたエヴァンジェリンでさえも。
 結界が自分たちを「味方」であると認識するまでの僅かな一瞬が、全員の体に影響を与える。
 けれども。
 それをあると把握していたものと、いない物とでは覚悟が違う。
 停滞した瞬間にも状況をすべて把握出来ていた面々と。
 侵入者であるもう一人のネギとでは、意識が違う。
 今までの攻撃で確実に消耗し。
 僅かながらに行動が鈍いその状態で。


 此方の攻撃を回避出来るわけがない――――!


 もはや、連激。
 即席の、それでいて考えられる最高のコンビネーションが始まる!

 「ここで決めます!」

 『世界の加護』を得た三人は、互いに互いの狙いを察知。
 電源復活の隙を見逃さなかった。
 刹那の後に、行動に移ったのは金髪の剣士。
 先程から、エヴァンジェリンの張り始めた僅かな糸を足場に、一瞬にして空中を駆け上がり――――。

 「アスナを傷付けた事――――覚悟しなさい!」

 硬直した、もう一人のネギの。



 その残った左腕をアルトリアが切り飛ばした!



 宙に舞う腕から、血が噴き出すよりも早く。
 その胸元を、剣士の後ろから現れたゼロが掴み取り。

 「《ザ・パワー》……やれ!魔王!」

 「了解した!魔女よ!」

 上昇した剛力が、拳に集約され。


 両腕を失ったネギに、腹部に轟音と共に着弾!


 その威力は、もう一人ネギを地面に叩きつけ、地面を陥没させる!
 だが、まだ終わらない。

 「放て――!」

 背後の空間から、頭上に現れた黒の巨体の両肩。
 稼働音と共に、地面に寝そべったままの相手に対して。

 「――――ガウェイン!」

 今度こそ、紅の本流が相手を飲み込み。
 ドガガガガガガガ――っ!と、砲撃が路面を削り取る!
 それは、圧力。
 純粋に上からでは無い、僅かに角度を付けて放たれたそれは。
 もう一人のネギを、地面に押しつけたまま路面を引き吊り流す!
 滝に飲まれた様に。
 砲撃に押され、大橋の入口、敷地外近くにまで運ばれた相手は。

 ――そこで、その理由を知る。

 彼が狙い求めるネギ達とは、もう随分に距離がある。
 本来ならば相手とて、自分をここまで運ぶ必要はない。
 逃がさない様に近接戦闘に持ち込むのが常套手段だからだ。
 それを『敢えて距離をとった』ということは。
 砲撃魔法。

 「行くよ!レイジングハート!」

 「Yes,master!」

 その声は、女性の物。
 それも。

 「全力!全壊!」

 そんじょそこらの砲撃とは違う、超強力な。
 声を上げるのは、今の今まで只管に魔力を集中させていた、白き魔導師。
 最低限の砲撃の身を行ってきた彼女の身に宿す、膨大な量の魔力。
 それが、一点に集中され、叫び声と共に放たれる!


 「スター!ライト!ブレイカあああああああああああーっ!」


 足を動かし、回避しようとする。
 だが、動かない。
 ダメージを負ったからでは無い。
 その両足が。
 まるで計ったかの様に、何者かに固定されている!
 体に絡みつくそれは。


 ――――真黒な、魔力で練られた糸。


 (……エヴァ、ン――!)

 彼女によって生み出された物。
 どうやって?
 未だ体力は回復しきっていないはず。
 超鈴音に救いあげられている状態とはいえ、自分を拘束できる程に張り巡らせるなど――。
 視線の向こうで。


 少年が、吸血鬼に血を与えていた。


 (……今の、騒動の内に!)

 ネギ・スプリングフィールドもまた、動いていた。
 危険を冒し、それでも自分に出来ることとして。
 密かに動き、吸血鬼の最大のエネルギーを、補給させていた。
 縦横微塵に絡みつく糸から逃れるすべはない。
 光の本流。
 その巨大な、壁にも見える柱を。

 (……対物、対魔法障壁――!)

 展開させようとして。


 ――――ドクリ、と一気に減衰する!


 足から力が抜け。

 (いったい、何が!)

 突如として湧き上がった疑問に。
 一瞬の沈黙。
 それは永遠にも引き延ばされ。
 本体が直撃する僅かの間に、彼だけが出現を知り得た《闇》。
 刹那の間に、自分の周囲に現れた「それ」から。

 「……ふふ、ふふふっ。くすくすくす」

 笑い声を、聞いた。
 その声は。

 「ヒデオ君が教えてくれました……。《闇》の中にいたんですけどね。セイバーさんがアスナさんを預けてくれましたし……。……折角セイバーさんとエヴァンジェリンが今、いるんですから。この位の手伝いはしないと」

 狂気を孕んだ、優しい声。
 もう一人のネギが、愕然とする。

 (……何で、こんなところに!?)

 足元の空間から、顔を半分だけ覗かせる、その人物は。
 間違いない。
 フェイト・アーウェルンクスから得た資料の中にあった、《紅き翼》の――。

 「まとう、さk――――!」

 なぜ、こんなところにいる!?

 「くすくす……アルトリアさんです。私に頼ろうとはしませんでしたけど……折角なので、ね」

 気がついた時にはもはや遅い。
 障壁を張ることもできず、そもそも魔力を今一気に持って行かれた状態。
 両腕は無く。
 しかしそれでもその両眼から、少年に対する憎しみは消えなかった。

 (次は)

 牙をむく様に。

 (次は殺します!ネギ・スプリングフィールド!)



 それが、彼の覚えている最後の光景だった。
 意識と共に、光の大洪水に飲み込まれた。


      ◇


 それは、もはや戦艦の主砲にも見える一撃だった。
 生み出された光の柱は、事前の準備にかかるリスクを吹き飛ばす。
 この直撃に耐えられる物が、果たしてどれほどいようか。
 まともに受ければ、アルトリアや《紅き翼》が、全力で耐えれば耐えられるといったレベル。
 おそらく数キロ先からでも十分に発射が可能なその砲撃。

 (…………流石、『世界の加護』……!)

 無駄に強力だ。
 アルトリア自身、元々から実力者であると自負している。
 だが、正直に言おう。こんな真似を簡単にしてのける、あの『世界の意志』は気に入らない。
 無論、対象は選んでいるに違いない。
 だが、こうまで簡単に、まるで祝福するかの様に強化するのは問題だろうと思う。

 (……私が、言えたことでは無いですが)

 自分が《紅き翼》の第三席にいるのも、あの狐の彼女が原因なのだから大きなことは言えないのだが。

 「……しかし、凄い威力ですね。――ナギの《雷の暴風》は、確実に超えています」

 おそらくは、自分の世界での宝具にも匹敵する代物。
 この世界では多少、性質や形を変えているとは言え――――それでも、ある程度対応させる『世界の意志』は、確かに凄いのだろう。
 粉塵が舞い上がっている。
 最初はネギとエヴァンジェリン、次に「アーチャー」ネギに、さらにその後に「ライダー」ゼロ、「アーチャー」なのは。
 五人もの攻撃と、さらに数人を加えた戦闘の余波とで、大橋の半分は崩落し始めている。
 無事なのは学園側方面だけ。外部から橋を通って学園に入るのは、橋が修復されるまでは不可能だろう。

 「……やり、ましたか?」

 おそらく、その砲撃に呆然としていたネギが言う。
 濛々と立ち上がる噴煙が視界を防ぎ、見ることすら叶わない。

 「…………ごめん、やりすぎたかも」

 大橋の支柱、器用にゆっくりと下りて来た高町なのはが、謝るように言う。
 それに釣られる様に、エヴァンジェリンと、彼女を抱えたままの超と、さらにネギも降りてくる。
 橋もまた学園の停電が終了したことで外套が灯っていた。
 無事と言えるのはアルトリアと高町なのは、ゼロ程度。
 一番酷いのはエヴァンジェリンで、来ている服は蝙蝠から生み出した漆黒のマント一枚。
 超もネギも、見た目以上に怪我が大きいはずだ。
 自然と、アルトリアが正面に立ち、ゼロとなのはが周囲に気を配る。

 (…………秘密裏に、桜が出てきたような気がしたのですが)

 その気配はない。
 そもそも今の彼女はまともに動くことも珍しい。

 (川村ヒデオが、何かをしたのでしょうか?)

 そうならば――――自分の意図していないところで、あのもう一人のネギを追い詰めたことになる。

 「…………おい。超。降ろせ。――――自分で、立てる」

 エヴァンジェリンが言った。
 息は荒く、肉体の修復で体から蒸気が立ち上っているものの、顔色は戻ってきている。ネギから血の供給を受けたからだろう。
 反対にネギは、知らず知らずに体に掛っていた負担が、気が緩んだせいか一気に疲労を自覚したようだった。顔から血の気が引いて行く。
 実際の停電よりも、十数分は速かったわけだが、まあ良く持ったということだろう。
 四時間もの長時間、多少のロスを含めても三時間はあの《闇の福音》と向かい合っていたのだから。

 「……まあ、良くやった、と――」

 言うべきでしょうか。
 そう、アルトリアが言おうとした瞬間に。


 「…………凄いですね、皆さん」


 パチパチ、という拍手と共に、そんな声が、聞こえた。


 ――――弛緩していた空気が、一気に緊張する。


 油断なく剣を構えたアルトリアに、構えるゼロとなのは。
 その目の前に。


 「アーチャー」ネギ・スプリングフィールドがいた。


     ◇


 「いた」というよりは「あった」と言う方が、まさに正しい言い方だった。
 両腕を失い、体中はぼろぼろで、どうやらそれでも消滅はしていない様である。
 当然意識は失い、もはや自分で動くことは愚か、治癒することすらも不可能だろう。
 その「アーチャー」ネギ・スプリングフィールドを、吊っている人間がいた。
 言葉通りの意味だ。
 現れた人物が、衣服の首筋に爪を引っかけて吊り下げている。イメージとすれば、干物の魚を運ぶ状態に近い。
 荷物のような扱いをしている所を見るに――――仕方なく、こうして運んでいるのだろう。

 「警戒、しないで下さい。僕は命令を受けただけですから」

 「――――そのネギを連れて帰ると?」

 「ええ、そういうことです。――――ああ、勿論、僕自身も不満ですよ?……とても、不満なんですが。でも、命令に従わないと僕のマスターが危険でして」

 アルトリアの質問に応じたその声は、まだ若い青年の物。
 黒に近いマントに、銀色の髪が頭の後ろで、ピョコと跳ねている。
 全身をマントに覆われており、左手から延びる爪が、もう一人のネギを吊り下げていた。

 「させると思っているのか?」

 じり、とゼロが重心を落とす。
 本来ならばルルーシュであるはずなのに、いつの間にか「ライダー」の得意とする技術巧者な格闘が十二分に発揮できるように把握できたらしい。その手足には、熟練の物が見て取れる。

 「……ええ、勿論。とても難しいので」

 虚空から、姿を現す――――赤い髪の、一人の少女。

 「!」

 突如現れたその姿に驚いたのは、エヴァンジェリン。
 現れた『現象』に、驚いたのは高町なのは。
 一挙動で動こうとするアルトリアとゼロは、しかし背後にいるネギを思考に入れたが故に。
 当然のように現れたその少女。
 焔・アーウェルンクスの魔法が発動する。


 「――《燃える天空》」


 その呪文を認識し。

 「障壁!」

 エヴァンジェリンの叫び声と同時に、全員既に動いている。
 硫黄と炎。聖書に謳われるソドムの街を焼きつくした『神の火』をモデルに作られた広域魔法。

 「レイジングハート!」

 「ちいっ!」

 「《破砕の領域》!」

 シングルアクション、詠唱破棄故に、どれもが未完全。
 だが、幸いにしてここにいたのは、誰も彼も、ネギを除いて一筋縄ではいかなかった。
 ほんの刹那の差。
 周囲を包みこんだ、燃え盛る爆炎と激熱に、しかし彼女たちが焼かれることは無く。
 炎の中で、青年の声を聞く。

 「それでは皆様。また会いましょう」

 エヴァンジェリンは《燃える天空》を使用した少女、焔と。
 高町なのはは、今の今まで彼女たちを隠匿していた、アリシア・テスタロッサと。
 そしてアルトリアは、もう一人の「セイバー」と。
 視線を合わせて。

 「さようなら」

 ポイ、と適当にネギを空中に放り投げ。
 意識を失った彼が地面に落ちるよりも早く。
 青年は、爪を変化させる。
 先程までも遥かに長い。
 十字架の紋章が刻まれた、長方形の剣。
 それを握った青年は――――悪戯をする児童のように、唱えた。



 「――――《十字架ノ墓(クロス・グレイヴ)》」



 振り下ろされたその剣は、衝撃を生む。

 「――――目隠し、か!」

 おそらく仮面とマントで、最も被害を受けていないであろうゼロは、黒の手甲と手袋で、周囲を払うが効果は少ない。
 再度巻き上げられる粉塵。
 炎が消えたとしても、舞い踊る強風に焼けた空気が行動を束縛する。

 「深追い、できませんか…………!」

 悔しそうに言うアルトリアに。

 「…………」

 困ったような表情を浮かべて、それでも瞳は真剣な高町なのは。
 三者三様に反応する中で、エヴァンジェリンは――――やはりか、と呟き。



 粉塵が収まり、行動できるようになったときには――侵入者の影も形も、見当たらなかった。

 「……ち」

 舌打ちをしたのは、エヴァンジェリン。


 「アーチャー」ネギ・スプリングフィールドは。
 結果として生き延び、逃亡したのである。


     ◇


 風が吹いて行く。
 停電が回復し、結界が再度展開された今では――感じ慣れた物。
 久しぶりに嗅ぐ、世界中の魔力を孕んだ風の匂いだった。

 (……は、あ)

 全てが終わり。
 気がついたら、停電は終了していた。
 怒涛の連続だったような気がする。
 長かったけれども、実際僕は――――何をしていたのだろう。
 エヴァンジェリンさんと戦って。
 白髪のフェイトさんと出会って。
 もう一人の僕に殺されそうになって。
 アルトリアさんや、ゼロさんや、高町さんに、助けられた。
 出来た事は、エヴァンジェリンさんに血を与える位。
 学んだことは多い。
 でも、自分自身に突きつけられた課題も、多い。
 そんな風に考えている時だ。
 唐突に。
 そんな状況なのかと、言いたくなる位に。

 「さて、余韻に浸るのは大事だけれども」

 そう言って。

 「…………後片付けが大変ネ」

 超さんは、現実主義者だった。
 くたびれた表情で、しかし苦笑い。
 全員の目が集まる中で、彼女は。

 「確かに色々あったよ。言えない事もあった。各言う私も随分苦労した。けれども、だ。それでも私たちは今ここにいる」



 「学園側の死者は無し。ここにいる全員も無事。互いに互いの為に行動して、自分の為に行動して、そして今全てが終わったのダ――――めでたしめでたしヨ?……なら、次は政治ネ。陰謀渦巻く世界の後始末は大変ヨ?」


 彼女は。
 ――ふ、と怪しげに笑う。
 タカミチが良く見せる、遠い目。
 それは、多分……自己満足が一番正しいのだと思う。
 けれどもその言葉は、全員に届いたらしい。
 呆気に取られた空気の中で。

 「…………ふむ」

 それに同意したのは、意外にもエヴァンジェリンさんだった。

 「――――確かにあと始末は大変だが」

 次に、同意したのは。

 「まあ。…………何はともあれ、馬鹿騒ぎは終わりだね」

 うーっ、と背伸びをしたなのはさんが、杖を紅い宝石に戻す。

 「……先の事は後で考える。……たまには、それも良いかもしれないが」

 仮面を、ゼロさんが脱いで、息を吐く。
 その下から現れたのは確かにルルーシュさんだけども、今までの印象とは全く違う。

 「――――なるほど、一理あります」

 アルトリアさんも、肩を竦めて見えない剣を鞘におさめる。
 空気が緩んだ。
 先程までの空気とは違う、確かに柔らかくなった空気。
 一陣の風すらも、温かく感じられる程だった。

 「では、私は学園長とタカミチに接触して、もう一人のネギに関する事を何とかしましょう。私の知識があれば、多少は情報を収集できるでしょうし。幸いにも、他の心当たりはあります。……「ライダー」、「アーチャー」、協力していただきますよ?」

 「ああ。……その前に、この状態を解かなくてはな。――――魔女、いい加減に分裂しよう」

 「もちろん協力するよ。……ヴィヴィオ達の事もあるから、先に少し時間を貰うけどね?」

 「それは構いません」

 そんな会話や。

 「エヴァンジェリン。……茶々丸は任せるネ」

 「ああ。……私も「カンパニー」やら何やらですべき義務があるからな。なるべく直ぐに迎えに行く。頼んだ」

 そんな会話を聞きながら。
 気がついたら、意識が遠くなっていった。

 (……起きて、ないと)

 「?――――ああ、そうか。緊張が解けたか」

 私に血を提供もしていたし、と。
 僕の様子を見て、エヴァンジェリンさんが楽しそうに笑う。



 「安心して眠っていろ。ボーヤ。後始末は大人の仕事だ」



 軽く、首筋に衝撃が走る。
 教師として起きていようとした僕だけれども。

 「…………よし。魔女。とりあえず服を着ろ」

 「ないぞ?」

 「……このマントを貸してやる。夜間とはいえ……あまり見せたくはない」

 抗えない。
 僕は目を閉じて行く。

 「…………超さん。貴方の技術については――」

 「済まないがノーコメントでお願いするよ。ネギ坊主にも、頼むしね」

 「……わかりました。後にします」

 耳すらも聞こえなくなっていく中で。

 「おやすみなさい、ネギ」

 アルトリアさんが、言ってくれた。
 目を閉じる瞬間に見えた腕時計の針は。


 丁度深夜十二時に針を刺していた。
 停電の本当の終結の時間だった。


 ネギ・スプリングフィールド。
 脱落。



     ●



 かくして。
 一夜限りの狂乱の宴は終わる。
 始まりから、四時間限りの大騒動。
 無数の人の思いと意志が交錯した今宵の供宴。
 それは、世界を揺り動かす最初の波動。
 世界の運命は、徐々に徐々に動き出す。
 その始まりこそが、この宴。
 世界が動く、《前夜祭》。
 人間も魔法使いも超能力者も吸血鬼も魔人も魔神も精霊も英雄も魔術師も天才も機械も人形も咒式師も魔法士も技術者も魔女も魔王も教師も生徒も《不気味な泡》も《闇》までも。
 全て全てが舞い踊った、一夜限りの馬鹿騒ぎ。

 
 麻帆良の地での『謝肉祭(カーニバル)』


 これにて、終焉。



     ○



 カーニバル・経過時間――――四時間


 生存者


 《福音》勢力

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
 ウィル子
 「ライダー」=ゼロ・ルルーシュ
 「アーチャー」=高町なのは


 《福音》対抗勢力――――全員退場。


 学園防衛戦力


 近衛近右衛門
 タカミチ・T・高畑
 明石裕也
 神多羅木
 夏目萌
 龍宮真名
 玖渚友
 高町ヴィヴィオ
 深山木秋


 その他


 竹内理緒
 超鈴音
 葉加瀬聡美&金糸雀
 鳴海歩
 石丸小唄
 「セイバー」=アルトリア・E・ペンドラゴン
 《禁書目録》
 ミサカ
 五和


 敵対勢力・全員撤退




 脱落者


 神楽坂明日菜
 アルベール・カモミール
 霧間凪


 絡繰茶々丸
 チャチャゼロ
 川村ヒデオ(?)
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフ


 葛葉刀子
 ガンドルフィーニ
 シャークティ
 弐十院満
 高音・D・グッドマン
 佐倉愛衣
 春日美空
 北大路美奈子&岡丸
 零崎舞織
 ヒオ・サンダーソン&ダン・原川
 ユーノ・スクライア
 アルフ


 釘宮円&《不気味な泡》
 明石祐奈
 和泉亜子
 大河内アキラ
 佐々木まき絵
 桜咲刹那
 長谷川千雨&《宙界の瞳》
 闇口崩子




 停電終了。








 本当に大変なのは後片付けです。
 第二章はもう少し続きます。
 次回はたぶん停電の最中。地味に一番活躍して、苦労していたタカミチの話です。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 カーニバル 裏舞台の舞台裏
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/08 18:48



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 カーニバル 舞台裏の舞台裏



 幼い頃に、英雄を見たとしよう。
 その英雄達と共に行動したとしよう。
 そして。
 その英雄達を見て、しかし決して自分には届かない領域だと知ってしまった時に。
 どんな行動をすれば良いのだろうか。




 ●麻帆良図書館島地下 アルビレオ・イマ居住空間・停電開始から三時間



 籠った空間に、震えが走る。
 地下空間で発動された、爆発の魔法の余波に他ならない。

 「く……っ!」

 その衝撃は、直撃こそしなかったものの――既に多少の手傷を負っている身に響く。
 苦悶の呻きを吐きながらも、タカミチ・T・高畑は地面から素早く飛び起き、迫りくる炎の群れを券圧で撃ち落とす。
 弾け飛ぶ火炎の砲弾。
 足を止めること無く発動する拳の連激が、高威力で練られた炎を弾けるのは、彼の技法を使用しているからに過ぎない。
 タカミチの全身を包みこむ、金色の波動。
 それは、究極技法とも呼ばれる極地の一つ。
 「魔力」と「気」を合成して体内に取り込み、自らを強化する『究極技法(アルテマ・アート)』。
 《感卦法》。
 其れを使用しているにも拘らず。
 タカミチ・T・高畑は勝つことが出来ない。
 それが、自分の才能を見せつけられるようで不甲斐ない。
 一瞬の空白の後に、殺到する攻撃は――次は、圧縮された流水の群れだった。


 念のために言っておこう。


 タカミチ・T・高畑は決して弱くない。
 麻帆良の関係者一同の中で、果たして彼に勝てる存在はと聞かれた場合――学園長と《闇の福音》を除けば、ほぼ皆無であろう。
 長瀬楓や龍宮真名、桜咲刹那とて、一対一で勝てるほど甘い相手では無い。
 仮に本気で勝つことを検討するのならば、龍宮に狙撃を任せ、彼女の防衛に古菲を置き、楓と刹那が本気で向かって行く程度の事はしなければ危険である。
 本国でAA++のランクは伊達では無い。
 だが、今回の相手が、悪かった。
 そして、悪いということを承知で、彼は行動していたのだ。

 「……その程度かしら」

 相手は無表情に言う。
 冷淡な顔は絶世の美貌。しかし、口調は辛辣。
 彼女は、それでもなお諦めようとしないタカミチに向かって――真剣な声で、呟いた。


 「……426ページ」


 次の瞬間、猛烈な灼熱のレーザーが、周囲を薙ぎ払った!



     ◇


 タカミチ・T・高畑。
 元《紅き翼》の一員にして、第十二席の座を冠する者。
 《紅き翼》が活躍していた頃は弟子の扱いであったが、頭脳と判断能力は当時から優れており、戦災孤児をまとめ上げて作った、通称を『タカミチ少年探偵団』(彼自身はその名前をもう少しいい感じにしてほしかったようであるが)を始めとする情報収集や情報操作。
 師匠・ガトウによって教え込まれた『無音拳』を始めとする体術。
 戦闘能力こそ《紅き翼》では、無論一番低くはあった。だがしかし、十歳の状態で本国魔法騎士団員以上の実力を持っており、同じく弟子の立ち位置であるクルト・ゲーデルと共に行動している状態では、手なれた実力者でも簡単に倒すことは不可能だった。
 彼は確かに天才だった。
 ただ一点。
 魔法使いの家系に生まれ、育ったはずなのに。
 呪文詠唱が使えなかったことを除けば。
 それはまさに致命的。
 厳しい家訓を持つ実家にとっては、まさに致命的。
 実家からは勘当され、その実家も大戦で消滅した。もしかしたら……親族の何人かは生きているかもしれないが、探すつもりはない。
 唯一探したかった両親が――既にいない事は、大戦で確認済みだ。
 彼は思い出す。
 権力争いの中でも、自分が必死に持てる技能を駆使して。
 勉学に打ち込み。
 体術に打ち込み。
 階級意識の中で、必死に抗い、努力した。

 「――――俺の助手にならないか?」

 ある時、そう言われた。
 先物買い。
 即ち、将来有望な人材を探し求めていた『魔法世界』本国。
 当時はまだ政府の一役人でしかなかった、しかし後に英雄の一角と呼ばれることになる師匠。
 ガトウ・カグラ・ウェンデンバーグに、言われたのだ。
 そこからが、彼の人生の分岐点だった。
 多くの事があった。
 語りつくすことが出来ないほどの事があった。
 良い事もあったし、悪い事もあった。悪い事の方が多かった位だ。
 依頼を受けて動くことがあった。
 横暴とも言える命令を受けたこともあった。
 成功を囁かに喜んだこともあった。
 馬鹿にされたこともあった。
 師匠を汚されて本気になって怒ったこともあった。
 そして、自分も盛大に叱られた。
 どれもこれも、死ぬまで失えない思い出だ。
 そして、ある時。


 彼は『伝説』に出会う。


 「よろしくな、タカミチ!」

 少年のような笑顔を持つ、破天荒な青年に出会った。

 「おう!――――もう少し笑え!小僧!」

 豪快で、しかし本質を見逃さない巨漢に出会った。

 「初めまして。少年」

 優しく厳しい、龍の血を受け継ぐ女性に出会った。

 「まあ、そんなに緊張するでないぞ?」

 諌める、小柄な賢者に出会った。

 「…………ま、頑張んなさい。手伝ってあげるわ」

 宝石と世界を統べる、赤い魔術師に出会った。

 「あら。……ふふっ、可愛いですね」

 闇を湛えた、儚い漆黒に出会った。

 「僕にも弟子がいます。……仲良くしてくれると、嬉しいですね」

 侍の頂点に立つ、怜悧な青年に出会った。

 「良い事を教えてあげるね。人間、生きてれば意外と何とかなるんだよ?」

 人生の終着を捻じ曲げた、銀色の少女に出会った。

 「……ようこそ。歓迎しますよ」

 深き笑みを浮かべた、悪戯好きの魔法使いに出会った。
 そして。

 「……ボーヤ。名前は?」


 不老不死の吸血鬼に出会った。



     ○



 ●学園長室 停電開始前


 「……高畑君。君の仕事は一番大変じゃ」

 停電の起きるその日の朝。
 学園長が部屋に呼び寄せた、信頼のおける関係者・魔法教師陣の退出した後で。
 タカミチ・T・高畑だけは、密かに呼ばれて、さらに複数の指令を受けていた。



 それが理由で今、彼は戦っている。
 勝ち目のない相手と、戦っている。



 「停電に関する問題の、何割かは解決済みじゃ」

 学園長はそう言った。

 「《福音》エヴァンジェリンが行動する事に関しての、国からの色々は此方が手を回してある。元々この地は『魔法世界』の管轄、治外法権を持っているのに加えて学校じゃからの。早々に手は出せん。ヒデオ君たちが特殊な事例だけじゃからの」

 「ええ」

 彼らがやって来た理由とは即ち、国家権力に絶大な影響力を持つ鳴海清隆の要請だ。それが無かったら普通は内部に入り込ませない。彼らについても、学園長が直接対談して、信頼のおける人物だと把握してから登用したのである。

 「元々麻帆良の土地は――――明治期に設立されて以来、国家とは折り合いが付いておるからのう。当時に重要視されていたのは、国土防衛の観点から見ても霊脈じゃった。布留部の町しかり、桜真町しかり、UCAT……当時の出雲技研しかり、帝国歌劇団然りじゃ。詳しくは省くが、あの戦争の最中、貴重な諸々を運び入れるのに一役買ったこの麻帆良の土地。政府の上にはそれなりに影響が大きいが、しかし関係は悪くない。大神のご老体も協力してくれておるしのう」

 「元・政府直属特殊機関、『帝国歌劇団』の大神一郎翁ですか」

 「そうじゃよ。ワシも相当世話して貰っての。その他IAIの出雲社長や、桜真町の元老院も一役買っておる。じゃから、国からの問題は気にせんでも良い。それよりも重要なのは、他国家・他種族に属する組織じゃ。欲を言えば、麻帆良に手を貸している組織の全てじゃがな。……分かるの?」

 「ええ。…………それが、僕の仕事ですか」

 「そうじゃ。大変だと思うがのう。……頼むぞい」

 そう頼まれた。
 だから、タカミチ・T・高畑は動いた。
 動いていた。
 けれども。

 (……理由、か)

 自嘲する。
 動く際に、理屈を付けて動いている。
 それが分かるのだ。
 学園長から頼まれたから。
 あるいは、麻帆良の為だから。
 そんな風に理解して、動いている。
 今の自分の立場を理解してはいるが。
 それは、きっと束縛なのだと、彼は思っていた。
 思っていて、行動に移せていなかった。
 過去は違う。


 過去に自分は――そんなことを考えていただろうか。



     ◇


 単純な話をしよう。
 麻帆良学園所属の教師と、各組織から派遣された人材。


 死んで学園に影響力が大きいのは果たしてどちらであるか?


 問いと同じく、単純な答えだった。
 国家の中では安泰だとは言え、『魔法世界』、あるいは『協会』の命令を従わざるを得ない『魔法学校』の存続に置いて――良好な関係を保つためには、後者の方が重要に決まっている。
 別に後者を優先しなければならないのでは無い。
 言い方によっては、後者の監督責任を問われる謂われは無い。
 乱暴ではあるが、死亡するような人材を派遣した相手側の組織が悪いとも言える。
 だが、それは通常の場合の話。
 この夜、本日の停電に限って言えば別だ。
 《福音》が動いている。
 彼女にどんな理由があるのかは関係が無い。
 彼女が本当に原因であるのかは関係がない。
 彼女が動いたことで騒乱が起こり、そして何者かが死したとしよう。
 その責任は――――当たり前だが、彼女に行く。
 だが、しかし。
 タカミチ・T・高畑と学園長は、彼女の本当の目的を知っている。
 彼女がどれ程までに苦しみ、悲痛な決意を持ち、この学園で過ごして来たのかを知っている。
 だから、彼女にこれ以上重荷を背負わせたくなかった。
 学園長はさらに深い考えがあったのかもしれない。
 けれども、タカミチは――――そう考えた。
 その時の彼は、それが理由だった。
 組織に属する面々に被害がいかないように。
 学園に被害がいかないように。


 その考えは、彼自身の本来の動機から離れていることを、彼自身は気が付いていない、



     ○



 ●世界樹・停電開始一時間二十分


 「……騒がしいですの」

 「ああ」

 世界樹の上に登ったまま、降りる事が出来ない二つの影。
 『UCAT』所属の対機竜戦力。ダン・原川とヒオ・サンダ―ソンだ。
 肩に包帯を巻いたヒオを原川が支えるようにして座り、両者が共に枝に腰掛けている。
 学園各所から聞こえてくる音を、ヒオは聞いている。

 「……ここは、静かですのね」

 「そうだな」

 それに応じた原川の口調は、何時にも増して平淡だった。

 「――あの、原川さん。何とか言ってほしいですの」

 「何とか」

 沈黙が下りる。
 何やら生暖かい視線が突き刺さっているように感じて。

 「……冗談だ」

 流石に気まずくなったのか、原川は自分で打ち消して、顔を向ける。

 「それで、何が言いたい。ヒオ・サンダ―ソン」

 「いえ。……タカミチ先生が来てくれて良かったですの」

 「――――まあ、応急処置が出来たのは良かったがな」

 無論、この停電時に満足している状況などないということは理解しているが。
 世界樹に登ったまま景色を眺めているのも、ここ最近穏やかに過ごすことのなかった原川には嬉しい事であるが。
 やってきた彼の表情を見て、感じいるものがあった原川である。

 (……まあ、あの教師も苦労しているんだろうな)

 苦労と言うよりかは、心労に近い物だと思う。
 タカミチ・T・高畑という存在は、おそらく自分と同じなのだ。
 天才では無く。力があってもそれは人間でしかない。
 ヒオの様な才能も、人間離れした暴力夫婦も、変態の佐山も、生まれが特殊な新庄も、一番扱いの酷い飛場でさえも、肉体戦闘ならば原川に勝る。
 そんな中で、自己を保っていられたのは何故だろう。
 おそらくそれは『全竜交渉』が、そういう性質だったからだ。
 誰も彼もがジレンマを抱え、その中でも模索し、歩む戦いだった。
 逆に言うのならば、自分で抱えた葛藤を、誰もが乗り越える戦いだった。
 その上で集い、再度目的の為に――――戦った。

 (おそらく……あの教師は)

 その葛藤を戦いの後に得たのだ。
 葛藤を抱えたのが、全てが終わった後ならば。

 (…………過去ってのは、やり直しがきかない)

 知ることは出来る。
 見る事も、思い出す事も出来る。
 だが、やりなおすことだけは出来ないのだ。
 『全竜交渉』で戦った、あの彼らは。
 それでもなお、過去を求めていた人物たちだったのだと思う。
 その柵を振り払うことが出来ず、しかし最後は――納得した。
 納得して、未来へと消えて行った。
 それまでに出た被害を考えると、決して無罪では無い。
 それは此方も同じことだ。
 だが、原川にも理解できる。
 おそらく、一番一般人に思考が近いために――理解が出来るのだ。


 それでも人は、過去に縛られるということを。


 ただ、おそらくあの教師にとって幸いなのは――――。

 「…………それを教えてくれる奴が、いるってことだろうな」

 学園長を始めとして、おそらくその葛藤を見抜けない物はいない。
 ならばきっと、そのためにも何か手を打つに違いないのだ。
 原川はそこまで結論を出して、そこから先は考えるのはやめた。
 膝の上に乗ったヒオが、頭をこちらに預けていた。
 こんな状況で、これ以上考えるのは野暮というものだ。



     ○



 ●中継拠点 浴室・停電開始三時間三十分


 濛々と立ち込める水蒸気の中で、春日美空は汗を拭う。

 「……暑い、っすねえ」

 「そ、だね」

 同じように汗を拭う、釘宮円。
 二人がいるのは浴室。
 風呂の中に湛えられたのは、冷水だったもの。
 そして、その中で水に浮かぶのは――広域指導員・霧間凪。
 蛇口から出された冷水は、しかし彼女に触れるたびに蒸発し、浴槽に溜まった水ももはや微温湯を通り越してお湯。
 次から次へと水をかけて冷やしているが――彼女の体温は、未だ下がることは無い。
 まるで燃えているようだった。
 彼女自身が、内部で炎が燃え盛っているかのようだった。

 「《炎の魔女》」

 「へ?」

 上半身にシャツ、下半身は短パンという格好の円が放った言葉に、同じ恰好の美空が聞き返す。

 「凪さんの、高校の時の綽名だって。超成績優秀で、同時にカリスマを併せ持った不良だったらしいけど、喧嘩も強くて地元の不良も恐れたらしいよ。で、その時の同級生で、彼女と仲が良かった娘が付けたのが、《炎の魔女》」

 「はー」

 頷いた美空は、なんで知ってるんすか?――という言葉を寸前で止めて、洗面器で彼女に水を掛ける。
 ジュワ、という音と共に蒸気が立ち上り、正直サウナ並みに暑い。空気中の水蒸気も飽和状態で壁には結露しているし、流れ出るのは汗なのか水なのかの判断も出来ない位に、湿度が高かった。

 「……それで、くぎみー。アンタは、背中大丈夫っすか?」

 この、人間の形をした灼熱の塊を背負って彼女が、この拠点に現れた時には、それはもう驚いたが、事情を追求するのは後回しだった。
 ガンドルフィーニやシャークティといった、こういう場でも冷静でいられる人間が眠っていてくれたことには感謝である。五和さんには悪いが、とりあえず信頼できる知人ということを話して貰って、あとは刀子さんや神多良木さんに適当に許可をとったから大丈夫だろう。大丈夫なはずだ。ダメだったら明日にでも謝ることにする。
 今でこそ動いているものの、間違っても戦える状態では無い。

 「……ま、痛みはね」

 彼女はシャワーを目一杯に捻って、ノズルを持っている。その肩口にあるのは、火傷の跡だ。
 拠点にやって来た時に――――釘宮円は「背負って」やって来たのである。
 厚いマントに帽子を着ていると言っても限度がある。結果として彼女の背中と肩には、真っ赤な火傷の跡が残っていた。

 「……私、ちょっとそう言うのには強いんだ。――治すの速いし」

 「治るの」では無く、「治すの」と言って。
 やはりそこにも、美空は突っ込まない。

 「そっすか」

 クラスの不文律とも言うのだろうか。
 感覚でしか分からないが、聞いて良い部分と聞かなくて良い部分と、聞いてはいけない部分を――皆が皆持っていて、ある程度は判断できるのだ。そして美空は、今の円の答えは最後の物だと思った。
 だから聞かない。
 いや、違う。
 聞いてはいけないのだ。
 美空とて、自分自身の原体験を話すつもりは無い。
 一年生の時は、崩壊寸前だった。それを、委員長が全員の頬を叩いてまとめ上げた。
 二年生の時は、仮初の平和だった。それを、転校生達を起点とする騒動で絆となった。
 そして、ネギ・スプリングフィールドがやって来た。
 三年生。
 クラスの進む先は、いまだ見えない。

 「……そういや」

 美空は、クラスから連想する。

 「高畑先生、何やってるか知ってます?」

 「――――うん?……ああ、見たよ」

 円は頷いた。

 「停電始まってしばらくした時かな。アルトリアさん、だっけ?……あの人と、五和さんと、もう一人の小柄なシスターさん案内している時に見た。美空ちゃんは?」

 「同じっすね。拠点でシスターとかガンドル先生を動かさないようにしてる時に一回やってきました。そんで、レレナさんを見て慌てて出て行きましたけどね」

 「……ああ」

 あのシスターについては聞いている。
 横浜からしばらく先に行った海上都市「特区」を拠点とする、吸血鬼と人間の間を取り持つ「カンパニー」からエヴァンジェリンを監視に来訪したらしい。

 「――――なるほど」

 円も、美空の言いたいことを把握したらしく頷いた。
 レレナ・パプリカ・ツォルドルフが居ない状態とは、すなわち。
 彼女が何をしているのかを公的に証明できる人材がいない。
 麻帆良関係者であるネギ・スプリングフィールドやタカミチ、学園長では少々弱い。
 ならば他の、彼女を擁護出来る存在が必要になる。
 そう言うことだろう。

 「しかし、だとすると……何処に行ったわけ?」

 円の疑問に、美空は、えーと、と言いながら思い出す。



 「図書館島に遊びに来た魔神、とか……言ってたけどね」



 本当に。
 『神殿協会』に所属するシスターである以上、彼らの事は十二分に知っている。
 大丈夫だろうか、あのかつての担任は。


     ◇


 タカミチ・T・高畑は行動していた。
 学園長からの言葉で、彼が考えたのは以下の通りだ。
 遊撃という役目を得る事によって、どこで行動していたかを不透明にする。
 各組織に渡りを付け、各組織の人材の被害を極限まで減らす。
 そして。
 そして、学園長から言われた言葉。

 『電子の精霊が言っておった。『億千万の眷属』を始めとするお主の知人らもこの停電を見ている、とのう。……だから、いざという時はじゃ。彼女たちの協力を取り付けろとは言わんわい。じゃが、彼女たちの見ているその光景を――学園内に起きた全てを、監視する事が可能な程の情報網を、入手すること位は――可能じゃろう』

 それはすなわち。
 あの『億千万の眷属』相手に交渉するということに他ならない。


 貴方体の見ているその情報を譲ってください、と。


 そんな事が無いようにと、祈っていた。
 だが、「カンパニー」からの監視員が倒れたことで、それが必要になったのだ。
 《福音》エヴァンジェリンについて、彼女の行動を逐一確認する必要がある。
 彼女が一体何をしていたのかと。証明する必要があるかも知れない。
 そしてその為には、彼らの持つ情報が必要だった。
 必要じゃ無いかもしれない。
 だが、いざ必要だった時に、あるのと無いのとでは全く状況が違う。
 彼らが何処にいるのかは知っている。
 世界樹地下の居住空間。


 アルビレオ・イマの居住空間だ。



     ○



 ●図書館島地下 アルビレオ・イマ居住空間 停電開始三時間


 「……流石に少しは成長しておるの」

 のんびりと、みーこが言う。
 彼女の目から見ても、実力はある。
 人間の中では相当に優秀な部類に入る彼であるが……当然、魔神の目から見れば「ある程度」だ。
 みーこ程の実力を持つ存在達と互角に戦えるナギ・スプリングフィールドが規格外なだけである。
 タカミチがこの場にやって来たのは、停電が始まって三時間になろうという時だった。
 頼みの内容は簡単で、今見ている画像――電子世界の神曰くアンダーラインとか言うらしいが――を要求したのである。
 別にそれ自体は良い。
 みーことて、《福音》に都合が悪いのは、長年の付き合いとして困るものがある。
 タカミチの言葉に、頷いたのは、優雅に紅茶を飲んでいたエルシアだ。

 『いいわよ、別に』

 しかし、その後に。


 「ただし、タカミチ。条件が一つ。私と本気で戦った後でね」


 その言葉に。
 彼が了承するまでに――迷いがあった。
 普通の人間ならば迷って当然だ。
 だが、若い頃の彼を知っている彼女たちにして見れば、それは間違いなく――過去には無かったものだった。
 目的の為に、何も考えずに突っ走れる人間が偉いとか、凄いとか言うつもりは毛頭ない。
 だが、そう言うことが出来る人間には、死なない魔神たちだからこそ、ひかれる。
 ナギ・スプリングフィールドとは、《紅き翼》とは、そんな存在だった。
 みーこも、流石に悟る。
 彼女とて愚かでは無いのだ。


 今のタカミチ・T・高畑は、過去の彼とは違うのだということを。


 《闇の福音》や、英雄の血を引く少年や、あるいは学園や。
 その他多くの為に、動いている。
 それを、悪いとは言わない。
 けれども。

 「……のう、白鳥の小僧」

 みーこは、表情を隠したままのアルビレオに言う。

 「――――タカミチ・T・高畑も、人間ということかのう」

 「ええ」

 短く、しかし彼女の言いたいことを――――アルビレオは把握していた。
 そう、人間にはよくあることだ。
 理屈を付けて動くうちに、気付かずに自分を覆ってしまうことが。
 積み上げてきた物に、覆われてしまうことが。
 長い時を生きる魔神には、それは時間と共に崩れ落ちるために自然と消えていくが。

 「……お主も、やはり心配ということか」

 「ええ。タカミチも、随分と強くなりました。ですが、それ故に、彼も悩む物です。そして悩みを解決するのは――――ガトウ亡き今、《紅き翼》の一員である、私たちでしょうからね」

 選ばれし者しか辿り着けぬ領域を目指し、しかしそれが出来ない存在。
 その目の前には――それが出来るであろう少年がいるのだ。
 ネギ・スプリングフィールドという存在に対して、彼は何も思わないのか?
 そんなことは無い。
 そんなことは、ありえないのだ。
 ネギへの僅かな嫉妬がある。
 若さと青さへの、懐かしさと親心がある。
 そして、自分の限界を知らされる――――不甲斐なさがある。
 それはきっと、彼の心を覆っている。
 覆っている事に自覚出来ない程に薄いが、あるのではないかと学園長は言った。
 下手をしたら、それは取り返しの尽かない事になるかもしれない。
 弱い芽は、弱いうちに潰しておくべきなのだ。
 だから学園長は、タカミチに無茶な命令を出した。
 この停電で、彼にもまた――過去を思い出してほしいと。
 もう一度、原点に回帰してほしいと。
 そして、その提案に、アルビレオも――そして、エルシアも乗ったのだ。
 なぜならば。

 「ガトウには借りがあるのよ。……その借りの代わりね。借りたままというのは、私の気分が悪いわ」


 だからエルシアは、戦いを提案した。
 タカミチ・T・高畑に思い出させる為に。



     ○



 ●図書館島閲覧室・停電開始三時間十五分


 その振動は、上部にも響いていた。

 「……大変ですね」

 どこの組織も、柵があるのは仕方がないことだと理解しているが。
 まあ、タカミチ・T・高畑が自分で望んで、役目を請け負ったということも――――案内の途中で話されたが。
 図書館島。
 入口を紙で塞ぎ、同時に各所に配置した、大英博物館所属の司書達に侵入者がいないかの見張りをさせて。

 「……はあ」

 読子・リードマンはため息を吐く。
 大人と言う物は大変だ。
 自分の自由を捨てなければならない事がある。
 組織の為、社会の為、自らの目的を気が付いたら見失いそうになる。
 自分の趣味と仕事とが両立している彼女にしても、そうなのだ。
 ましてや、タカミチ・T・高畑の内心はどうだろう。
 自分自身が英雄の領域に届いていない事を把握している。
 しかし『魔法世界』では祭り上げられている。
 困難な仕事を、こなせるだけの実力を得てしまった。
 自分達の先達、ナギ・スプリングフィールドの息子がいて。
 しかもその少年は、きっと彼を超える才能を持っているのだ。
 その内面には葛藤がある。
 どうしたって、葛藤が生まれ出る。
 彼が地下の居住区に行くまでの間に案内をして、多少話をしていた彼女だったが――――それが、感じ取れた。
 それはきっと、彼女自身も同じことを思っているからに違いない。
 読子・リードマンの手に握られた封書には、上司からの指令が記されている。


 『次世代《紙使い》宮崎のどかを『大英博物館』に勧誘せよ』


 命令を出したのは、Mrジョーカー。
 受けたのは彼女だ。

 (……困りました)

 正直に言おう。
 すっぽかしたい。
 放り投げて、そのままゴミ箱に捨て去りたい。
 が、それが出来ない。しても良いが、自分自身の立場を考えるに――それが簡単に出来るものでもない。
 メリットが多いこと位は分かる。
 読子としても、あの可愛い女子が後輩として入って来てくれるのは、嬉しい部分もある。
 でも、それでは済まされないのがこの世界だ。
 銃を向けられて、撃たれたこともある。
 刃物で切りかかられたこともある。
 実の恋人を――手にかけたことがある。
 そんな世界は、彼女に似つかわしくは無い。
 だから断りたい。
 でも、断る理由にならないのだ。
 特務機関において『可哀そうだから止めましょう』というのは、理由にならない。
 それが組織だ。
 読子が反対したとしても、あの上司は――最終的に宮崎のどかを引っ張り込むだろう。
 だったら今のうちに読子が言った方が良い。その方が何かと融通が利く。
 けれども、彼女は宮崎のどかをこの世界に連れ込みたくは無い。

 (…………ままなりません)

 世界とは、えてして残酷で困難である。
 その困難の中で、本来の自分であることの、なんと難しいことか。

 (……高畑さん、貴方は)

 彼女は、地下深くから響く轟音が、途切れている事に気が付いている。
 おそらく地下での戦いが、終わったのだ。
 勝ったのか、負けたのか。
 それは分からない。
 でも彼女は、聞いてみたかった。



 貴方は、この世界で自分の意志をどこまで保っているんですか?




     ○



 ●図書館島地下 アルビレオ・イマ居住空間・停電開始三時間三十分


 爆炎に飲み込まれ、意識が消える。
 少女が言った。

 「タカミチ、貴方は詰らなくなったわ」

 かつて出会った時から外見が変わらない少女は。

 「昔の貴方は、理由なんか二の次で《紅き翼》の中で生きていたのにね」

 ほんの少しだけ、言葉の中に寂寥感を浮かべて。

 「人間というものは、どうしても変わるものなのかしらね」

 それは。
 かれは、その言葉に、反応する。
 答えを探し求める。
 明滅する意識の中で。
 意識が途切れる中で、ふと思い出したことがある。



 最初に出会った時は、圧倒された。
 けれども、不思議と恐ろしくは無かったのだ。
 黒の豪奢なドレスを身に纏い。
 流れるような美しい金の髪を揺らす。
 『魔法世界』において、知らぬ者はいない――悪名高き大吸血鬼。
 《闇の福音》に。
 純粋に、凄いと思った。
 それはひょっとしたら憧憬だったのかもしれない。
 あるいは――。

 (……いや)

 彼は思いなおす。
 それは、良いのだ。もう。
 彼女の事を、最初は意識していたが、戦っているうちに、自らの中で何かが定まって行くような気がした。
 苦痛を受け、苦しみ、しかし体を止める事は無かった。
 小難しい理屈や、柵が、少しずつ頭から消えていくような気がする。
 純粋に、ただ目的の為に――――動くようになっていく。
 それは、衝動か感情か。
 どちらにせよ、自分自身の本来のあり方では無かったか。

 (……知っている)

 知っているのだ。
 だが、それを思い出せていなかった。
 思い出していても、行動に移せなかった。
 行動に移せるほどに、タカミチ・T・高畑は一般人を外れる事が出来ていなかった。
 無茶も道理もすっとばして、気ままに活動できるナギ・スプリングフィールドを羨んでいて。
 しかし、それだけだった。


 「タカミチ。思い出しなさい。それが貴方の今の元凶よ」


 声の中には、徹底的に厳しい声が聞こえる。
 そういえば、彼女とも――意外と長い付き合いだ。
 《福音》の大吸血鬼だけじゃ無い。
 大戦で出会った、魔神たちもいるのだったか。
 その中に含まれているものは、意識を揺り動かし、発破を掛ける。


 含まれているのは、きっと人間への期待だった。


 声は聞こえている。
 その中で、自分の中にあった物が、ゆっくりと再度形を取って行く。
 まず最初に、エヴァンジェリンに関することを、頭から追い出す。
 次に、ネギ・スプリングフィールドに関する事も、頭から追い出す。
 学園の事も、組織の事も、学園長からの伝達も、全てを頭から追い出す。
 追い出して、空にする。
 肩の力が抜ける。
 自然に、呼吸をして思い出す。


 自分は何故、動いているのかを。


 一番最初に自分が決めた原体験は、簡単な話。


 英雄なんてものは、どうでも良かった。


 自分のような存在に声をかけて、助けてくれた《紅き翼》のように、無辜の人間を、命を、救いたかった。
 今回の停電で、その対象がエヴァンジェリンだったというだけの話だ。勿論、今まで世話になった礼もあれば、返しきれないほどの借りと恩がある。しかし突き詰めれば、全て「救うこと」に繋がっていた。
 かつて、アリカ姫が処刑される時に、ゲーデルに言われても。
 自分は彼に同意せずに、ナギと共にいた。行動していた。
 けれども《紅き翼》と共にあるうちに、いつしか同じ理想を夢見ていた。
 同じ境地に至らなければ、きっと同じ事は出来ないのだとまで、心のどこかで思っていた。
 それも良いと思う。
 自分に出来る出来ないでは無く、追うことは悪くない。
 知っても尚追い続ける人間もいる。
 でも、それも頭から追い出す。
 自分は。
 ただ、助けてと泣く人間を、助けたかった。
 延ばされた手に、手を差し出してやりたかった。
 実家のこと。
 大戦の事。
 英雄の事。
 そして、ままならない世界を知りながらも、変えようと動き、努力し、研磨し。
 いつしか、彼らと同じようになれば――――同じことが出来ると思っていた。
 《紅き翼》のように。
 あのナギ・スプリングフィールドのように、戦いで傷つく命を助けられると思っていた。
 今の自分は、どうだろう。
 力は得た。
 助けたいと思った人間を助けられるだけの実力も、自分で満足はしていないが、得たとは思う。
 けれども、だ。
 気が付いたら、それに囚われてはいなかっただろうか。


 後先考えずに進むことを、忘れてはいなかったか?


 そう思った時。
 自然に思った。
 そうだ。
 今更考えるまでもない。
 自分はあの領域には届かないだろう。
 死ぬ気で鍛え上げて、血反吐を吐くほどの修練を積んで。
 それでも、天才と呼ばれる領域に足を踏みいれる事は叶わない。
 学園長の領域にまでは伸びたとしても、あの《紅き翼》の領域には決して届かないだろう。
 認めよう。
 ――けれども、だ。


 『タカミチ。……アンタに似た奴を知ってるわ』


 《紅き翼》が解散し、アリアドネーで教鞭をとり始めた魔術師に言われたことがある。


 『そいつはね。世界にいやしない正義の味方を目指してた。それが幻想だって知ってて、利用されるだけだってことの方が圧倒的に多い事も知っていて、それでもそいつは、歩み続けたの。――――理由が、わかるかしら?』


 彼女は、懐かしそうに表情を緩めて、言った。



 『――――そんなものが、諦める理由にはならないから。今までの自分の人生で積み重ねてきた物を、否定する理由に成らないからよ』



 自分も同じだ。
 自分の実力では決して、自分の目指す、あの世界の最強達になどなれはしない。
 だが、それでも戦いたいことはある。
 それでも、この手で行いたいことがあるのだ。
 だったら。
 理屈など、考えれば幾らでも湧いて出る。
 ならば今くらい。


 あの頃のように、自分で誰かを助けるためだけに行動してみよう。


 束縛から解放されるというものは、それだけで心が軽くなるものだ。
 停電が終わった時には、再度自分は権謀術数渦巻く中で、戦うことになる。
 けれど、今ここで、そうやって行動出来れば。
 きっと自分は忘れない。あの時の思いを、忘れない。
 この先二度と、同じことが出来なくなっても。


 今ここであの時の自分を今とを繋げれば――きっと自分は、この先も進んでいけるだろうから。


 少年に、強さ以外のことを教えることだって出来得る。
 自分の存在がいなくても自分と同じことが出来る。
 ならば自分にしか出来ない事とは何だろうか。
 それは。

 (……ナギ達の事を、伝えていこう)

 きっとそれが、自分の少年への仕事だ。
 鍛える仕事はエヴァンジェリンに任せれば良い。
 自分にしか出来ない事を――――するために。


 今はここで、過去の自分を思い出す。


 体の調子は悪い。
 鍛え上げたと言っても、相手は魔神。
 正真正銘の魔神。少なくとも《紅き翼》リン・遠坂と互角に持ちこめる存在。
 胸元からマルボロを出す。
 口に咥えて、ライターで火を付ける。
 ガトウから預かった、形見の品で火を付けるのは――久しぶりだった。
 吐き出された紫煙が、天井に立ち上って行く。
 そして。

 「……立ったわね」

 立ち上がる。
 難しい理屈は抜き。
 後先考えない、必死の戦い程度――今の自分には間違いなく出来る。
 出来るったら出来る。
 思い込みだろうとなんだろうと、少しは何も考えないで馬鹿みたいに行動するのも良い。
 懐かしい、少年の頃のつまらない意地だけれども、思うのだ。


 寝ている訳に、行かないだろう。


 そんな風に。
 それは、突き詰めれば何でもない。
 男の意地。
 大人の意地だ。


     ◇


 その瞳を見た瞬間だ。
 ぞくり、と。
 エルシアの心が震えた。

 (……そう。その目)

 実力であるとか、立場であるとか、そんな物を一切合財取り払った状態で。
 自分のことを見る瞳には、輝きがあった。
 まっさらな精神の世界の中でも、唯一に煌めく生命があった。
 その光を、ようやっと引き出せた。

 「……良い目に、なったじゃない」

 (……これで)

 これでやっと。
 目の前の、かつては少年だった大人は。
 少年から世界を知り、現実を知り、一度は興味を失った存在は。


 今の自分が認めるに足る存在になった。


 魔神という生物は厄介だと思う。
 長生きをするが故に、興奮もせず冷めもせず。
 唯自分の欲望を満たし、自分の好き勝手に行動し。
 最後は、やることがなくなって退屈のあまり眠り、そうして伝説となって澱になって消えて行く。
 だから、自分は人間に生の熱さを求めた。
 生きる事に一瞬を掛ける、儚くも美しい輝きを求めた。
 『魔法世界』に言ったのだって、純粋に暇だったからだ。
 あの変態、ドクター『葉月の雫』が隔離世を利用して『魔法世界』に入り込む術を生みだし(勿論行き先も指定できず、行くためにはエルシアでさえも息を荒げるレベルの魔力を必要とするので殆どが無駄になったが)たから、自分でも行ってみただけだ。
 けれどもそこで、ナギ・スプリングフィールドとその仲間達を見た。
 あの時の喜悦は忘れない。
 高ぶった。
 燃え盛った。
 ああ、なんて。なんで、これ程までに心を躍らせるのだろうか。
 禍々しい魔神としての本性を現す程に。
 『大戦』で、彼ら魔神達は暴れまわり、荒れ狂った。
 戦争の領域も、主義も主張も関係無く、ただ、自らの為に力を振るった。
 利用する奴は潰し、同盟を呼ぶ物には攻撃で返し、ただ己の生と渇望を満たす為だけに力を振るった。
 まさに災害のように。
 まさに、天災のように。
 最後は、これ程までに楽しませた彼らに義理を返そうと《紅き翼》に思いきり協力して、悪の組織を叩き潰した。
 全てが終わった後で、その次に心が躍ったのは大会だ。
 人間と人外とが手を取り合い、互いを認め合う世界最高の大会。
 あの『聖魔杯』の舞台で、彼女は人間の底力を見る。
 復讐に燃えたリュータ・サリンジャー。
 未来をその手で変えた名護屋河鈴蘭。
 望む未来を手繰り寄せた川村ヒデオ。
 戦闘能力では、タカミチに勝ってはいない。
 けれども。
 彼らは光っていた。
 自らの望みを信じて、そこに全てを投げ出して戦える存在だった。
 それは、今のタカミチが見失っていたものだ。

 「……出来るじゃない」

 ふ、と笑みが浮かんだ。
 その目。
 固定され切ってはいないけれども、やっと見えたのだ。
 幼い日の彼が写していた、目指す意志を。


 それでこそ――かつて命を救われた、ガトウに借りが返せるというものである。


 「さて、それじゃ。……少し、本気になろうかしら」



 魔神の姫の魔法と。
 再度歩む、凡才の拳激が。
 誰も知らぬ地下深くで――激突する!



     ○



 タカミチ・T・高畑。

 停電開始・三十分。
 麻帆良敷地外にて、侵入者の団体を発見。到着前に速やかに排除。これにより、一般侵入者は最小限に抑えられる。


 停電開始・一時間十五分。
 UCAT所属の機竜《雷の眷属》落下後、乗員二名の様子を見るために世界樹へ行き、両者の治療を行う。


 停電開始・一時間三十分。
 ???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????。


 停電開始・二時間。
 イギリス清教からの客人とアルトリアを迎えるため、学園某所で合流。彼女たちを中継拠点に案内する。


 停電開始・二時間十分。
 中継拠点にて、レレナ・パプリカ・ツォルドルフが負傷、運び込まれたことを知り、エヴァンジェリンと為にも情報を得ようと奮闘する。


 停電開始・二時間三十五分。
 図書館島から読子・リードマンの案内で地下へと潜り、アルビレオの居住空間へ。


 停電開始二時間五十分。
 地下空間で魔王の娘・エルシアと戦うことになる。


 停電開始三時間三十五分。
 その結果は――。



     ○



 「……久しぶりですね。近右衛門」

 「アルビレオかの。……なんじゃ、いきなり」

 「タカミチですが」

 「うむ」

 「……引き分けです。相手はエルシア嬢」

 「ほう!……それは」

 「ええ。貴方の計画通り……と言うべきでしょうかね。タカミチも、多少、自分を思い出したようです」

 「最近の彼は『魔法世界』からの要請も多くあって……感情の整理が付いておらんかったしの。そこにネギ君がやって来てもいる。――過去を取り戻せはせんが、過去を忘れてもいかんよ。大人になってしまうと、大半が忘れてしまう。ワシとてそうじゃった。だから、彼には忘れんで欲しかった。……社会の中では、難しい事じゃがの」

 「魔神の姫も同じことを言っていましたよ。学園長。そして、そのエルシア嬢からの伝言です」

 「ふむ」

 「『タカミチの努力に免じて、今回は弾いてあげる。次にやったら殺す』……だそうです」

 「――機嫌がそんなに悪いのかのう?」

 「ええ、豪殺居合拳を直撃で喰らって、相当のダメージを受けたようですので……。あれは攻撃で怒っているというよりかは、自分達を巻き込んだことへの苛立ちでしょう」

 「――ま、じゃろうな。覚悟はしておった。次は無いからの……気を付けるよ」

 「そうして下さい……タカミチはこちらで適当に治療して、停電の後始末には参加させます。では」

 「ご苦労じゃったの。……礼を言うぞい」

 「いえ。気にしないで下さい。……貴方も、苦労されているのでね」


 アルビレオが退室した後、学園長は息を吐いた。
 なんとか、停電が終わった。
 ネギ・スプリングフィールドも、タカミチ・T・高畑も、その他停電に関わった多くの人間たちが、この停電を機会に行動に移していくだろう。
 エヴァンジェリンに関する事、組織に関する事、その他の事も含め、仕事は山のようにある。
 しかしだ。
 それでも終わったのだ。

 「やれやれじゃ」

 わずか四時間の停電でこれだけの騒ぎになるというのならば――はたして、3-Aの行く先はどれだけ大変だというのだろうか。
 学園長の頭の中には、ネギ・スプリングフィールドを鍛える計画が幾つも進行しているのだが。

 「これは……もう少し、考える必要があるのう……」

 明日か明後日には、少年を呼び寄せるつもりだったのだが。
 議題は簡単だ。

 「修学旅行じゃなあ……」






 かくして。
 人知れず悩み、人知れず働き。
 ネギ・スプリングフィールドを支える《紅き翼》の「英雄」。
 タカミチ・T・高畑の歩む道は、少年に知られることなく始まったのである。








 そんなわけで、今回は作者の中のタカミチ象でした。
 武道会でネギに負けた時、タカミチの心情は複雑だったと思います。
 天才っていう存在は理不尽です。自分の出来ないことを、いとも簡単にやってのける。
 タカミチだけでなく、鳴海歩とか、戯言使いとか、川村ヒデオとか、皆同じものを抱えているような気がするんです。つまり『絶対に越えられない壁を突き付けられる』。
 で、タカミチには今回頑張ってもらいました。戦闘描写が無いのはわざとです。
 感想掲示板にも書きましたが、衛宮士郎とタカミチは似ているのではないかと思っています。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 宴の後①
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/10 10:55



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 宴の後①



 停電の終了した時に。
 最も修復が急がれたのが、当然の如く大橋である。

 「さて……どうした物かな」

 高町なのはは娘の元へ。ルルーシュとC.C.は着替えを取りに一端戻り、残っているのはエヴァンジェリンとアルトリアだけ。眠っている少年もいるが、まあそれは良い。
 目の前に広がるのは、結構な費用と時間をかけられて建てられた橋……だったもの。
 対岸から延びる道路と低部は無事であるが、橋の真ん中。支柱が地面と共に崩落している。

 「……まあ、直すのは可能だ。湖の中から橋を構成していたパーツを引っ張り出して魔法で固定。その後に補強作業も兼ねて修復すれば――まあ、今夜には終わる。不安があるならば、臨時の補給工事ということで学園から命令させれば良い」

 「……ええ。それで」

 アルトリアは、目の前に広がる惨状を治すのは並大抵のことでは無い、と思いながらも言った。

 「……誰が湖から、橋のパーツを引き上げるのでしょう」

 「……そこだな」

 橋を構成していたのは基本的に煉瓦だった。きちんと固定されており、湖から引っ張り上げて乾燥させて、不安ならば補修しながら組み立てれば――まあ形だけは整えられる。
 問題は、そのパーツは軽い物でも数百キロを軽く超え、しかも春とはいえ、けして温かくない湖の中から引っ張り出すのは並大抵のことでは無い。
 いっその事、煉瓦その物を一気に構成して、一気に組み立てる方が早いかもしれないが――――あいにく今は夜間。しかも協力してくれそうな面々に錬金術師の様な人材はいないのである。

 「仕方ない。私の糸を使おう。停電が終わって、結界の復活で……全盛期、先程の六割程度に戻ってしまっているがな。生み出すこと自体は簡単だ」

 「……良く言います。先ほどはネギ相手に『魔法の矢』しか使わなかった貴方でしょうに」

 「なんだ」

 エヴァンジェリンは悪戯の見付かった子供のような声で。

 「気づいていたのか?」

 その言葉を、あっさりと肯定した。

 「ええ」

 静かに、口元に微笑みを浮かべて言う。

 「肉体としての頑丈さと、マントの防御と、糸と『魔法の矢』。ネギに言われて使った《闇の吹雪》。その程度しか使っていませんでした。……その状態で本気だった、ということでしょうが」

 「まあな」

 肩をすくめて言う。

 「私が本気で『殺し合いで』戦ったら、今頃ボーヤは人間の形になっていない。速攻の無詠唱『闇の吹雪』か『氷王の鉄槌』で終わりだよ。この戦いの条件を整えたのは私。そのための手段はボーヤ一人で無く、霧間凪の助言も根底にある。……ま、私がボーヤを殺すつもりがない事を見破ったのは、流石だと思うがな」

 「……ええ、それは確かに」

 そもそも、悪名高い(とは言っても、無論アルトリアは彼女の本質を知っている為に恐れはしないが)彼女に脅され、しかし立ち上がり、停電を乗り越えたのだ。

 「私は自分自身で縛っただけで、ボーヤは気が付いていない。むしろその状態の私に負けを認めさせたという部分の方がボーヤにも私にも大きいさ。私の真意を見破った以上、より容赦はしない。ま、今後も十分に――――」

 エヴァンジェリンは、くくく、と黒い笑みを浮かべて。

 「――――十分に容赦無く鍛え上げてやる」

 「……まあ、それはお任せいたします」

 彼女の決意に口を挟むつもりはない。
 エヴァンジェリンの黒い笑みを、アルトリアはさらりと流して。

 「……作業に、移りましょうか。エヴァンジェリン。引き上げるのは貴方に任せます。数本、空中に張って頂ければ、私がそれを足場にして移動できます。移動しながらパーツをまとめ上げて、後は氷で接着しておけば作業をしやすいでしょうし」

 「そうだな」

 この辺り、流石に世界最高峰の実力者たちだった。
 闇夜の中に張られた糸を足場にするとか、その糸で数百ものパーツを湖から引き上げるだとか、橋全体を魔力で生んだ氷で固定するであるとか、明らかに普通では無い。
 ないが、しかしそれを当然の様に出来るのが、彼女らだった。

 「……そう言えば」

 糸を湖に投下し、手探り、もとい糸探りで瓦礫の山を探すエヴァンジェリンは――アルトリアに尋ねた。

 「明日菜はどうした?」

 「ああ、彼女でしたら――――」


 「無事です」


 そう答えたのは、剣士では無い。
 エヴァンジェリンとアルトリアの背後。
 振り向いた彼女たちの視界の中で、ゆっくりと、空間の隙間から現れたのは――――。

 「……どうも」


 川村ヒデオだった。



      ○



 さて、時刻は一時間と少々遡る。
 《闇》に呑まれながらも『極限技』で自分を拘束し、そのまま消えて行った闇口崩子を追って飛び込んだ川村ヒデオは。

 「…………そんなに緊張しないでほしいなあ」

 怪しげな、それでいて儚げで透明な笑顔の、女性に遭遇していた。
 目の前に出されたのは緑茶。香りから判断するに相当の良質の物。それが分かる理由は、仕事場・宮内庁で出される物が最高級品だからだ。名護屋河睡蓮のせいで。
 ヒデオがいるのは、なにやら田舎風の、古びた茶の間だった。
 隣接する座敷牢にひかれた布団には闇口崩子が静かに眠っていて。

 「……ここは、どこなんでしょうか」

 ヒデオは、目の前の女性に行った。

 「ここ?――――ここはね、私の住み家、かな」

 住み家。
 正直に言おう。目の前のこの女性には似つかわしくない言葉だった。

 「勿論住んでいる訳じゃ無いよ。時々現れる、貴方見たいな人を持て成す為だけの場所だよ。本来だったら私達は《闇》の中にいる。でも、それだけだと不便だからね。特に《影の人》や《神隠し》には。だからこうして仮初の宿がある」

 ……やはり、この場所が《闇》の中だというのは理解できた。
 しん、とした部屋の中。天井に掛る白熱灯には覆いが被さり、中心に置かれた卓袱台は古びた木製の物。虫食いの穴と、黴臭い、埃っぽい臭い。そしてそれを打ち消す――――


 ――――枯草の中に、僅かに混ざった錆びた鉄の匂い。


 「……じつはここ、《闇》を利用して生み出した、狭間の空間の中にあるんだ。実は隣に家もあるんだよ。窓から見てみると分かるんじゃないかな」

 彼女の指さされた方向には、確かに明かりがあった。
 怖いもの見たさ、とでも言うのだろうか。

 「勿論、普通の家じゃ無いけど……神野さんとも古い知り合いだからね。安全だよ」

 ヒデオは。

 「……では、失礼して」

 軽くうなずいて、窓から隣の家を見る。
 そこには、確かに家があった。
 ……いや、訂正しよう。


 家しかなかった。


 自分達のいるこの部屋、もといこの家と。
 隣家の二つしか、そこには存在していなかった。
 上下左右の間隔は無い。底もなければ天蓋もない。ただ延々と広がる真っ黒な空間があり、その中にポツリと立っているのが、二件だった。
 硝子一枚を隔てた先に、無明の世界がある。硝子越しにその冷たさと静けさが伝わってきそうな程であり、そして――。

 「…………」

 指先に、硝子の向こうから触れてくるものがあった。
 しろく、不安定なそれは。
 まぎれもなく、人間の指だけが――。

 「…………!」

 内心では驚いているものの、ヒデオが悲鳴を上げなかったのは――彼自身で理解していたからだろう。
 今現在、自分の背後で笑っている彼女の方が、よほど危険であるということをだ。
 黙ってしまったヒデオに、女性は優しく、同時に酷く――人間を不安にさせる笑みで、言った。

 「あっちの建物も、こっちの建物も。見ての通り、普通に来る事は出来ないよ。あっちで寝ている彼女は」

 女性は、緩やかに指を指す。

 「君がいたから、ここに来れた。良かったね。貴方が来なかったら、きっと発狂していたか、そのままどこかに消えていたよ」

 ――彼女の言動は、一先ず置いておいて。
 ヒデオの、あの場で《闇》に飛び込んだ判断は正しかったらしい。

 「君をここに呼んだ理由は――――少し、話をしてみたかったから」

 女性は、やはり儚げな笑みで言う。

 「座って欲しいな。《闇の民》」

 「それは……僕の、ことですか?」

 「そうだよ」

 女性は、変わらない笑顔のままで。

 「私は心がどんな形をしているのかが分かる。貴方の心は、とても深い。とても暗い。でも貴方の心は、とても強くて、温かい。一件、弱そうに見える。でも絶対に崩れない。否定的で、負の感情ばかりで、でも貴方の中にはそれでもそれをそのまま、飲み込むだけの広さがある。だから《闇の人》。納得してくれた?」

 少しだけ、彼女は目元を和らげて、座るように促した。

 「少しだけ、話していくと良いよ。貴方には、『もう少しここに居て欲しい』とも言われているからね。――――私の自己紹介をしようか」

 彼女は、長い髪を白い指で弄びながら、口元に、酷く不安定な笑顔を浮かべて。


 「私の名前は十叶詠子。《魔女》だよ。よろしく」


     ◇


 それからの話は、認めるのは少々癪であるが、それなりに有意義だった。
 例えば、『幽霊』という存在がどうやって存在しているのか、という話。『怪談』が脳内にインストールさせることで認識が可能になる、であるとか。
 《闇》の中にいる人物は意外と多いが、その誰もが基本的に大人しい。やって来た人間が狂うのは、むしろこの世界に適応できないからだ、と言われたり。
 時計の針は正確に時間を刻んでいて、ローゼンという人形師から譲り受けた特別製だ、ということだったり。
 停電の最中に、ヒデオが頼んだ『一般人の守護』に付いている《影の人》と《神隠し》と、《魔女》の彼女は同じ高校だった、とか。
 最初はさっさと闇口崩子を連れて出ようかと思っていたが――――それは結局、不可能だった。
 いからる理屈か、外の光景を《魔女》は映し出したのだ。
 ガラス玉に覗いたのは、落下して地面に落ちる寸前に、見慣れぬ――いや、宮内庁の資料で一回だけ目にした女性。アルトリア・E・ペンドラゴンに抱えられ神楽坂明日菜。

 「今の貴方には、もう少し教えたいことがあるんだよ。……停電の騒動に協力したいのなら、彼女を――――」

 《魔女》は、静かなままに。

 「――《忠奴隷》の彼女と一緒に、眠らせるくらいは良いよ」

 その言葉に、裏が無い事は確認して。
 結局ヒデオは、《闇》の中から、神楽坂明日菜を抱えて、この先に如何するかを悩んでいたアルトリアに声をかけたのだ。


 「……困って、いますか?」


 ――と。
 勿論信用されるまでに、結構な時間がかかった。
 だが、十叶詠子が、アルトリアに何かを囁いた後に――しぶしぶと、彼女をこちらに預けてくれた。
 何を言ったのかは分からない。
 だが、少なくとも、彼女たちにとっては意味のある言葉だったのだろう。
 神楽坂明日菜を隣室の布団に寝かせ。
 一息入れたヒデオは、再度腰を下ろす。

 「それで、十叶さん」

 「なにかな」

 ヒデオが質問したいことに――――おそらく、彼女は気付いていたのだと思う。

 「僕をここに連れて来て、僕をとどめておくように言った人物は――……誰でしょうか」

 やっぱりね、と《魔女》は再度笑顔を深くする。
 向かい合うように卓袱台に星座に座った彼女は、曖昧で、儚くて、まるで本物の幽霊にも見える。だが、分かっていることは一つ。
 この女性は、幽霊のように優しい存在では無い。
 ヒデオの質問に、

 「予想が、出来ているんじゃないのかな」

 試すように、彼女は言って。
 その言葉にヒデオは頷いた。
 予想と言うよりかは、むしろ感覚に近い。
 だが、例えば先程の十叶詠子とアルトリアの会話や今までのノアレの言動など……ヒントはあった。
 だからヒデオは、その人物の名前を言った。


 「間桐、桜――でしょうか」


 「そうだよ」

 《魔女》は、間髪入れずに肯定した。

 「流石だね。そう。私は彼女から頼まれた。『川村ヒデオを引きとめておいて欲しい』ってね。何を言いたいのかは――知らないな。でも、彼女はきっと、貴方に用がある」

 間桐桜。
 《紅き翼》の一員にして、現在行方不明になっている人物。
 ウィル子でさえも発見できなかったという、正真正銘に分からない人物だ。
 その彼女が何故、ヒデオに用事があるのかは分からないが。

 (……停電、に関する事)

 それは、間違いがない。
 現在協力状態にあるエヴァンジェリンや、訪れているアルトリア。彼女たちに関わることだろう。
 そんな風に予想をして。
 それから、待つこと数十分。
 圧倒的な《闇》を放つ、ヒデオの表情すらも変化しそうだった程の。
 《紅き翼》間桐桜。


 彼女とヒデオは、遭遇した。


 遭遇して。
 色々と、話された。
 彼女がこの停電に現れた理由も話された。
 そして《闇》という存在や――果ては、今までに彼女がして来た事も、話された。
 一番驚いたのは、彼女の活動の一つだっただろう。


 ネギ・スプリングフィールドが持っている杖。
 あの杖は、父親ナギ・スプリングフィールドが行方不明になった際に持って行った物。
 ネギ少年の村が焼失した際に、ナギ・スプリングフィールドが現れて、その杖を託した。
 しかしそれは、そこにいた遠坂凛を出しぬき、何者かによって奪われた。
 その杖を再度発見し――遠坂凛や、アルトリアを介して送ったのが彼女であった。


 そんな風に、密かに動いていたらしい。
 彼女は、その理由を――――話してはくれなかった。
 ただ、ヒデオには想像が付いている。
 彼女もまた《紅き翼》の一員であるということなのだろう。
 くすくす、と病んだ笑みを浮かべながら、それでも彼女はヒデオに語ってくれた。
 話が終わったのは、停電が終わる寸前だ。
 話を唐突に切り上げ、半ば宿題のように言葉だけ残された。
 理由は、詳しい事は不明だ。
 ただ、様子を窺うことは出来なかったが、アルトリアや高町なのは、ルルーシュの連激によって、停電の裏で動いていた侵入者を倒す際に……ほんの少しだけ手を貸して、それで消えて行ったようである。
 頭の中に残されている知識には――自分にとっての進退を決めるものもある。
 それが、気にならなかったと言えば嘘になる。
 だが、気にしていられなかった事も事実だ。
 冷静に頭を働かせるヒデオに。
 《魔女》は、用事が終わったから、もう帰って良いと伝えて。
 その時には、停電も終わっていた。



 ……その後は、まあ、停電の最中と同じことをした。
 いわゆる、裏方仕事だ。
 眠っている闇口崩子と、神楽坂明日菜を《闇》の空間を繋げて(これは《魔女》の彼女が携帯電話を媒介に繋げてくれた)それぞれの部屋に運び込み。
 きちんと布団を掛けて眠らせ。
 大橋へと通じる《闇》を、その後に繋げてもらった。
 はっきりと把握できたことは、取りあえず一つ。

 川村ヒデオの行く際には、まだまだ困難が多いということだ。

 「…………ああ、一つ良いでしょうか?」

 出る間際に、聞きそびれていた事があることを思いだして。
 ヒデオは、《魔女》十叶詠子に尋ねる。
 何の役にも立たなさそうな、ただの興味だ。

 「この家の隣にあった、あの家――――」

 家というよりも、外見だけは豪華だったが。おそらく、きちんと使われているのは一部の部屋だけだろうと思えるような構成に。

 「――――あれを使っている人物は、どんな存在ですか?」

 「……秘密、かな。きっと貴方もそのうち出会えると思う。でも、私たちは、あの建物。違うね。あるいは『住んでいる空間』をこう読んでるよ」

 《魔女》は、ヒデオが見る中で最も、面白そうな笑顔で。
 空間が繋がり、ヒデオが外に出る間際に、その言葉は届いた。


 「マヨヒガ、ってね」



     ○



 川村ヒデオが唐突に現れたことで――多少の混乱はあった物の、仕事はより捗った。
 停電の最中に、《闇》の出入り口で出会った川村ヒデオを、アルトリアがエヴァンジェリンの仲介を入れて、詳しく聞いたり。
 神楽坂明日菜を、きちんと部屋の中に寝かせておいたことや、停電の最中にいなくなったことを謝ったりや。
 そんな、瑣末な事はあったが、仕事は恐ろしく速かった。
 川村ヒデオが《闇》を利用して空間を繋ぎ、湖のパーツを呼び寄せ。
 アルトリア・E・ペンドラゴンが、それらを適度に組み合わせ。
 エヴァンジェリンがパーツを引き寄せ、氷で固定する。
 途中で合流した『薬屋』深山木秋が、なにやら怪しげな薬を湖に投擲し――水草の一種が一気に成長して、大橋をさらに固定したことも付け加えておこう。


 結果として、僅か四人によって、大橋が元の形に戻ったのは、停電終了から僅かに二時間後だった。


 少なくとも大橋の形は再度取られており、人が渡っても何も問題は無い。
 無論、今の状態では安全保障には心許ない。
 一度崩落した橋を再度組み合わせて、氷と草で頑丈に固定してあるだけだ。信頼も何もない。地震でも来れば一発で壊れる。

 「さて、後は――――」

 エヴァンジェリンは、いったいどこから取り出したのだろう。一冊の本を広げ。

 「――この状態で、橋を再構成する」

 いわゆる錬金術を使用するらしい。
 ヒデオにしてみれば、確かにその発想はあった。
 『聖魔杯』で戦った女子高生くらいの少女。アカネ・インガルス・天白・ブランツァール。彼女は、材料を利用して武器・弾薬を生みだして戦っていた。勝ったけれども。
 あれを広げれば、大橋を構成している材料が、ほぼ全て揃っている以上――同じことは可能だ。
 表面の舗装分を除けば、再度煉瓦と鉄筋コンクリートの巨大建造物の出来上がり。
 ヒデオも読んでいる、某錬金術漫画でも良く見る現象である。残念ながら、件のアカネは、赤いマントに相方に鎧の巨漢という格好でありながら「鋼」の称号は持っていなかったが。
 ――いや、話が脱線した。戻そう。
 エヴァンジェリンが橋を覆う程に、巨大な錬成陣を書き終えたのは十分後。
 そしてそれを発動させたのは、十五分後だ。
 陣に光が浮かび上がり、収まった時には――――無事に、今までと同じ大橋が造りなおされていた。
 流石に煉瓦や橋の老朽化の後までは同じでは無いが、取りあえずの目は誤魔化せる。

 「……ふむ」

 新たに生み出された橋を、ペシペシ、と手で叩いて確認して。
 そこで安心する様な無責任な吸血鬼では、エヴァンジェリンは無かった。

 「まあ、一応これで橋の崩落したことは誤魔化せる。大丈夫だと思うがな……。あとは学園長の奴に行って、整備か点検の理屈を持ち出して確認させれば良い。――一番大きな部分は、これで良い」

 停電の中で、被害が出た場所は多い。
 大きな所では、この大橋の修復や、落下した《雷の眷属》の両翼の後片付け。
 細かい処で言えば、ウィル子との対決の最中に切断された電線や、地面に置きっぱなしのパソコンもそうだ。とっくに壊れているかもしれないが。
 その他、大騒ぎの後始末は、数え切れないほどある。
 エヴァンジェリンを始めとした《福音》協力者は、全員そう言う面ではきちんと仕事をするのである。

 「さて、……ともかく、あとは個人で動きながら隠蔽作業といこう。私は麻帆良の大学に茶々丸とチャチャゼロを呼びに行って、あとは各地の片付けに行く。こういう物は自己責任だからな。幸い明日までには終わるだろう。アルトリアは――――」

 「私は……そうですね。では、「ライダー」と「アーチャー」も作業中でしょう。一度イギリスから送って来た彼女らの様子を見に行きます」

 なお、深山木秋は完成した治療薬を拠点まで運ぶらしい。何でも、大橋の手伝いに来たのはあくまでも、薬生成の為の時間潰しだったそうだ。
 そして、ヒデオはと言えば。


     ◇


 《闇》から解放されて、最初に行動したことはウィル子に連絡を付ける事。
 果たして現状がどうなっているのか、あくまでも予測の範疇でしかなかった為に情報の取得を急いだ。結果として分かった事は、結局ウィル子の勝負は引き分けに終わったこと。

 『学園祭の時にでも再戦します!』

 そう言っていた彼女には、電子世界での情報操作を《チーム》玖渚友と共々に任せてある。
 もう一人。北大路美奈子。
 自分に頑張ってください、と声をかけていた彼女は……停電中に侵入者を撃退し、体力の限界によって中継拠点に運ばれたとのことだった。
 気を失っているものの、体調に別段異常は無い、とウィル子から聞かされて。
 本当ならば。すぐさま駆け付けるべきだと思ったが、しかしヒデオが行っても出来る事は無いのだ。薄情なのでは無く、自分の限界を弁えているだけである。
 ウィル子に頼んで、彼女の容体を確認しておけば。目が覚めるその時に傍に付いている事は…………《闇》を使用して移動すれば、可能だろう。
 だからヒデオは、まず大橋の修復を急いだ。
 ここで大橋が崩落して、そしてこの土地での教師活動が出来なくなったら――ヒデオも、何かと思うところはあるのだ。政府やら権力やらの細かい争いに巻き込まれずに、彼女と付き合えるし。

 (……いや)

 そう頭に浮かんだ考えは。
 ひょっとして。


 自分もまた、彼女といる事は楽しいのだろうか?


 ヒデオとて普通の男性だ。むしろ性格的には一般人だ。
 だから、同年代の女性と遊ぶことは楽しいし、北大路美奈子という女性には色々と恩がある。借りもある。戦友、とまで言えるかもしれない。
 (自分は)
 果たして。


 彼女の事を、どう思っている?


 (……む)

 川村ヒデオ。
 彼にしては珍しく、答えの出せない難問にぶち当たった瞬間だった。

 「と、とにかく。拠点に、行きましょう」

 果たしてその言葉が、自分の内心を誤魔化す為の物であったかどうか。
 前途多難である。




 「……う」

 意識が浮上して。
 最初に目に飛び込んできたのは――大事な人だった。
 目つきは悪く、しかし実は繊細。強くなんかない。喧嘩も出来ない。でも、その心は魔神やアウターだって認めている青年。

 「……ヒデオ、さん」

 彼女の声は、まだ回復していなかったせいか掠れていたが。
 それでも、彼女の声は確かに届いたらしい。
 す、と頭の上に手を載せられる。

 「無事で良かったです」

 ポツリ、と。
 静かだったが、その言葉は彼女の中に響く。
 瞳の中に、心配する気配が見えている。普通の人には分からないが、ウィル子や、美奈子には読める。

 「……僕は、これから事後処理があります。美奈子さんは。もう少し、休んでいて下さい」

 淡々と。短い言葉であったが、彼の言葉が聞こえてくる。

 「ウィル子から、貴方が無事だと聞いてはいましたが。作業が一段落したので――――」

 つい、来てしまったのだという。
 それが、彼らしいと思う。
 すぐに駆けつける事はしなかった。
 終わってからやって来る訳でもなかった。
 自分が目を覚めるその時に――――いた。
 それが、彼の凄いところだと思う。
 偶然だろう。偶然でないにしても、彼が自分を起こしたのでは無い。そんな事が出来るような器用な人でなければ、使えるような人でもない。
 結果として、自分が起きる時に、彼はそこにいた。


 自分にとっては、それで十分だ。


 「……あの」

 美奈子は、以前に伝えた事を、再度言う。

 「お願いが、あるんですが」

 「ええ」

 自分の中の感情を。
 これ以上無い程に、認識してしまった美奈子にとって――以前と同じようには、言えなかった。
 悪い意味では無い。
 自分自身の中の感情が、あの大会よりもさらに定まったのだから。
 北大路美奈子は。
 この青年が、好きなのだ。


 「……一緒に、実家に行ってくれませんか?」


 その言葉に。

 「……、」

 流石にその意味を理解できない程に――――ヒデオも馬鹿では無い。
 そもそも、二回目だ。
 大会の際に、そう言われて。
 結局、その時は断っている。当然と言えば当然だと思う。
 だが。先ほどから頭の中では、ずっと自分の頭の中の疑問が解消されていないのだ。
 食事を作りに来てくれる事は、嬉しい。とても有難い。
 生徒達の中で、自分と彼女が交際中であると言うことを噂されて、悪い気分では無いし……彼女も恐らく、特別嫌に思っているはずもない。
 ウィル子とて反対していない。上司である宮内庁心霊班に至っては話の話題にまでしてくる。

 「……美奈子、さん」

 ヒデオは――――器用では無い。
 だから、はっきりと答える事は出来ないし、その状態で答える程の未熟を持ち合わせてもいない。
 だが、しかし。
 今の自分の感情を――話すべきだと言うこと位は、わかる。

 「僕は」

 だから、口を開く。
 北大路美奈子と一緒にいる事は、確かに楽しいし、それは間違いでは無い。
 好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きだ。それは間違いない。けれども。
 それが本当に愛情かどうかは、まだ、分からない。
 かつての大会で、自分が――たとえば霧島レナに向けていた彼女は、おそらく恋だった。
 今自分が、北大路美奈子に向けている彼女は、果たして愛情か?
 その結論は、未だ出ていないのだ。
 自分でも情けないと思う。
 けれども、それが今の事実だった。
 そう、あまり時間をかけずに――――しかし、ゆっくりと、話す。
 空気を呼んだのか、傍らの岡丸は何も言わなかった。

 「……ヒデオさん」

 聞こえた彼女は、此方に尋ねる。
 やはりというか、彼女の笑顔は優しかった。

 「――――なら、今はまだ、我慢します」

 けれども。
 その時の目は、ある種覚悟を決めた瞳だった。
 よく見たことのある力が浮かんでいる。
 それは、自分の為に突き進む光だ。
 停電で、彼女が何を思ったのかは、想像でしかない。
 けれども、この停電で彼女は、何らかの変化をした。
 自分の中で、答えを得たのだろう。

 「でも、覚えておいてください」

 彼女は、ヒデオが知る中で――もっとも輝いた。
 「魅力的」という言葉がきっと、最も似合う笑顔で、言った。
 

 「――――私は、貴方が好きですよ?」



 不覚にも、ヒデオも硬直してしまったのは――まあ、言わないでおくべきことだろう。
 数分の後に、北大路美奈子を休ませ、再度後始末に行動を始める彼の顔は、結局赤いままだったそうな。
 それがウィル子とノアレに揄われることになるのも、まあお約束。



 結局彼らの関係は、停電の後にちょっとだけ変わり、もう少しこのままで続くことになる。



 なお、ヒデオが出て行った後に、告白した北大路美奈子もまた、顔が赤くなって布団の中で悶えていたことを伝えておく。




 蛇足ではあるが。
 その光景を見ていた、怪我から復活して意識を取り戻した葛葉刀子。偶然に拠点に戻ってきた彼女が、北大路美奈子にも先を越されたと言って嘆いていたのは…………まあ、本当に蛇足である。
 どっとはらい。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 宴の後②
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/11 23:58



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 宴の後②



 大橋を直し、次にエヴァンジェリンがやって来たのは麻帆良大学近くのとある家だった。
 アルトリアは中継拠点のイギリスからの……より正確にいえば、遠坂凛が送って来てくれた客人に、再度会いに行っている。
 宝石使いの魔術師。その目的は、簡単な話。
 エヴァンジェリンの封印を――――今度こそ、完璧に解く為だ。
 六割程度の力とはいえ、拘束されているのは事実。
 麻帆良の敷地内から「僅かには」出る事も可能とはいえ、都会まで移動することが可能なわけでは無い。
 修学旅行に行く事も出来ない。

 (…………まあ、私が今、顔を見せに行ってもな)

 エヴァンジェリンも、顔位は出すべきだと思う。思うが、アルトリアの話によれば彼女たちも自分の事は後回しにする性格なのだと言う。

 『自己紹介は封印を解くときで結構ですので』

 そんな風に、アルトリア経由で伝言を得られもした。
 だったら仕方がない。自己紹介なんぞ後に回っても可能だが、修復作業は今夜の内に片を付けないと面倒なのだ。朝倉和美なぞ、既に高音・D・グッドマンに接触して情報を確実に、安全圏から入手している。勿論グッドマンは気が付いていない。
 下手をすればネギが関わるであろう、修学旅行にでも正体を突き止める。

 (……まあ、それならそれでも良いが)

 優秀な新聞記者。自分すらからも、情報を奪った彼女を、少しだけ思い浮かべて。
 そもそもネギがどう行動しようと、エヴァンジェリンは怒らない。勿論慰めもしない。『ボーヤがやったのはこういうことだ』と現実を突き付けるだけであり、それによって変化した少年の進む助けをするだけである。
 仮にではあるが。例えば彼女を味方に付けられれば、相当に優秀なブレインになるだろう。

 (…………まあ、とにかく、今は修復作業だ。朝倉の様な物わかりの良い人間ばかりでは無い)

 朝倉和美は少なくとも自身による線引きは出来て、分別は持っているのは事実だ。
 だが、それ以外の人間が多いのも事実なのだ。そういう存在相手には、なるたけ追及される隙を作らないこと。つまり、今夜の内に痕跡を消すべきである。
 そしてその為には、優秀な従者を再度手元に置いておく方が良い。
 だからエヴァンジェリンはこの館に来ていた。
 古い洋館である。赤煉瓦の壁に、屋根の上に乗る風見鶏。蔦までは流石に生い茂っていないが、真夜中には立ち入るのに勇気が必要な外観であることは確かである。
 当然、エヴァンジェリンが恐れるはずもなく。

 「邪魔するぞ」

 微塵も躊躇すること無く、ずかずかと入り込んだ。
 真夜中ではあるが、周囲に家があるわけでは無い。そもそも塀に囲まれているし庭も広いのだ。
 イメージとすれば、マッドサイエンティストか科学者か、探偵やら犯罪者やらが住んでいそうな印象である。
 そしてそれは、正しい。
 外見こそ古びているが、内装はきちんと清掃されており、窓も曇り一つなく、あえて言うのならば――機械のケーブルやらコードやらが散乱していることだろうか。
 勝手知ったる人の家、とばかりに突き進んだエヴァンジェリンは。

 「邪魔しているぞ」

 再度そう言って、応接室の代わりに使われている(応接室は既に物置小屋と化している)リビングに入る。
 そこにいた人物は二人。
 片方は、白衣を着たクラスの科学者にしてドクター。葉加瀬聡美。
 もう一方は。

 「…………ふん」

 少女を見て、エヴァンジェリンは鼻を鳴らす。

 「なんだ、起きていたのか」

 通称を武道四天王と呼ばれる一角。
 エヴァンジェリンの友人、灰色の魔女と死闘を繰り広げた、クラスメイト。
 桜咲刹那だった。



     ○



 まるで、長い長い夢から覚めた気分だった。
 いや、或いは今までが、夢の中だったのか。
 正気に戻ったと言うよりかは、今までが狂気に浸されていたのかもしれないと思う。
 冷静な仮面をかぶった、獰猛な獣。
 仮面すらも獣であり、怒りに燃えていた時はその毛皮が厚くなっただけ。
 そう言う風にすら、感じる。

 「…………」

 目が開いて最初に見えたのは、白い天井だった。
 病院では無いだろう。病院独特の薬の匂いもしない。代わりに漂っているのは無機質なまでの乾いた空気だ。
 上半身に相当の怪我を負ったはずだが、既に治癒している。一応注意しながら身を起こすと、そこは――――なんと言うのだろう。
 野戦病院さながらの光景だった。
 勿論比喩で、つまり其れほどまでに綺麗に寝かされて、並べられていた。しかも見知った顔ばかり。
 部屋に入って、一番奥が私。
 その隣は、運動部の四人組。
 次が千雨さん。
 一番入口には、茶々丸さん。
 自分も含めて、全員の体に一応包帯が巻いてあって、その上から病人用の寝巻を着ている状態。

 「………………」

 寝台に敷かれた布団の傍ら、壁と自分の間に置かれた『夕凪』を手に取る。
 当たり前の話だが、気絶している、あるいは眠っている状態の人間がこんなことを出来るはずもない。
 つまり誰かが着換えさせたと言うことであり、用心するに越したことは無いのだ。
 周囲を窺ってみる。
 部屋の奥に置かれたのは、幾つもの書類が乱雑に置かれた机と、良く解らない機械の山。椅子に掛っているのは白衣。

 (……ああ、そうか)

 この部屋は――――つまり。
 刹那が、自分がいる場所を認識した丁度その時に。

 「あ、気が付きましたか」

 入って来た人物がいる。
 広いおでこに眼鏡。白衣を着て、髪を後ろで縛った少女。
 葉加瀬聡美である。


     ◇


 「……あ、気が付きましたか」

 部屋に入った葉加瀬聡美は、身を起して日本刀を持っている桜咲刹那を見る。
 白い肌と言い黒い髪と言い、大和撫子に相応しい容姿だ。数日前まで教室内で振りまいていた、危険な程の殺気も良い感じに消えている。これなら斬られる心配もあるまい。

 「ここは?」

 「私の研究所です。大学の方じゃなくて……個人的に使っている方の。特許とかでお金が余り有りまして。税金で取られるよりは有意義に使おうと思って、学園内の一軒家を買ったんです。学園長さんにも許可は取ってありますよ」

 地下に怪しげな研究施設を建造してあったり、人形工房を作ってあったりもするが……まあ、おそらくそれはバレテいる。バレテいるけれども、何も言ってこないのでそのまま使っている。言われたら半日かからずに撤去できるように準備は整っているのだから。

 「起きれますか?」

 この部屋で話よりは、隣に移動した方がいい。
 その言葉に、刹那は納得したように頷き。

 「ああ。……事情を、説明して貰っても良いかな」

 「ええ」

 きっとそう言われるだろうと思っていた。
 刹那は立ち上がり布団を軽く畳むと、日本刀を持ったままやって来る。

 「取りあえず広間に行きます。そこで話します。私の行動と、彼女たちの行動を、私が話しても良いと思った範囲までと、その後の停電の様子を」

 「……お願いする」

 廊下を並んで歩く。
 フローリングの廊下の各所にはコードが散乱していたり、なにやら怪しげな小型ロボットが動いていたりするが気にしないで進ませる。
 広間の扉を開けて。

 「翠星石、蒼星石、紅茶の準備を――」

 昼間。部屋の中には、五体の人形がいる。
 水銀灯、金糸雀、蒼星石&翠星石、雛苺の五体である。真紅は、ここ最近は久しぶりに再会したらしい前契約者と何やら積もる話をしているらしいし、雪華綺晶は眠ったままだ。
 けれども今は違う。

 「……ああ、疲れていて無理もないですか」


 葉加瀬の部屋の真ん中に並ぶのは、彼女達が眠るトランクが、五つ置かれていた。



 結局のところ、彼女がしていたのは超鈴音と長谷川千雨の目であり、耳であった。
 今現在彼女が契約している《薔薇乙女》五体。本当は七体の契約が良かったのだが、五体契約したところで流石に気絶し、次の機会に回した結果……まあ、色々あって今まで来てしまったのだ。
 その五体の彼女達に自作の発振機や通信機を持たせ、停電の各所で、表現は悪いが式神のように使役していたのである。光学迷彩のドレスを仕立てて着せたおかげで、怪我すらしていない。
 後はまあ、3-Aの関係者というか、要するに――学園長やタカミチ・T・高畑、あるいは彼らが信頼を置く教師達。彼らを除く、一般魔法関係者以外の面々。要するに『何も知らない関係者』にばれないように、回収するのが仕事だった。
 桜通りで気絶した桜咲刹那。
 大浴場『涼風』で倒れていた三人。
 麻帆良の森の中で、息も絶え絶えだった和泉亜子。
 侵入者を撃退して、同時に気絶した長谷川千雨。
 彼女達が、関係者であると――――悟られない為に、回収したのである。
 そしてその上で、超や千雨にリアルタイムでの情報を送り、超の計画を遂行していた。
 誤算はあった。早々完璧に、上手く進むはずもないと思っていたが、しかし結構な問題だったのだ。
 長谷川千雨が全力を出したとしても、侵入者を撃退……もとい、追い払うだけしか出来なかった事とか。
 大泥棒・石丸小唄が、超を追い詰める程に強かった事とか。
 川村ヒデオが、闇口崩子の策略であっさりと脱落してしまい、電子の精霊にそれ以上の干渉が出来なくなってしまったこととか。
 特に一番最後の誤算は結構なピンチだった。イギリスからやって来た御坂ミサカが、電脳関係の優秀な実力者だったからこそ、《チーム》玖渚友と《億千万の電脳》が途中で事情を把握し、激突を中断したのである。

 「超鈴音は……何を企んでいる?」

 「さて。……少なくとも、今夜の停電では、彼女は私たちを助けるために行動していました。超さんの真意は、私もまだ全部聞いてはいないんです」

 そう応じた葉加瀬の言葉に、流石にすぐには信じる事は無かった刹那だったが、今言った事は事実だ。葉加瀬も、彼女の真意を全て聞いている訳では無い。
 超鈴音という人間が、少なくともまともでは無い――――明らかに『ER3』でも数世代は先の技術を保有している――――や、絡繰茶々丸の「切り札」たる「あのシロモノ」を知っていること。
 それらから考えて、エヴァンジェリンも千雨も、予想は出来ているが、しかし直接聞いた事もない。
 超鈴音という人間には目的があり、その為に3-Aを大事にしている事が把握出来ている。
 だから葉加瀬は尋ねた事は無い。エヴァンジェリン辺りは、知っているかもしれないが――――だからと言って、彼女まで首を突っ込む必要はないのである。

 「今は信用しても、良いと思いますよ」

 「…………ああ。そうだな。――――いや、そうしよう」

 落ち着いている彼女は、目の前に置かれた紅茶を一杯飲んだ。

 「緑茶もあるんですが……この娘達が」

 葉加瀬は、五体の《薔薇乙女》が眠る、トランクを目で示しながら。

 「紅茶が好きでして。それで常備してあるんです。どうですか?」

 「――――ああ。……美味しい」

 「そうですか」

 葉加瀬は目の前の少女を見る。
 落ち着いている。憑き物が落ちているのだ。
 今までとて、教室内で落ち着いていた時は――警戒をした、逆にいえばまるで、何かに脅えているような表情だった。けれども、今は違う。
 その脅えが無くなっている。
 停電で、クライン(本名が他にあり、エヴァンジェリンやルルーシュが彼女をなんと呼んでいるかは知っているが、それを勝手に言ってはいけないだろう)に敗れたことは知っている。
 そこできっと、何らかの決着がついたに違いない。

 (……まあ、張り詰めていたものが切れた。強張っていた物が、耐え切れなくなって砕けた、という面もあるのでしょうけど)

 なんにせよ、今までの状態より遥かにマシだ。
 葉加瀬は、背を伸ばし。

 (……さて、次の仕事は、千雨さんの剣のメンテでもしましょうかね)

 そう思って、気合いを入れなおした時だ。


 「邪魔しているぞ」


 蹴破るようにして扉を開けたのは、停電の主役。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。



     ○



 「済まないが葉加瀬。先に行って茶々丸を起こす準備をしておいて欲しい。桜咲と軽く話したいのでな」

 唐突に入って来たエヴァンジェリンさんは、葉加瀬にまず、そんなことを言った。

 「りょーかい、です」

 暗に『少し部屋から出て行ってほしい』との言葉を受けて、彼女はあっさりと立ち上がると、肩を叩きながら出て行った。疲れも溜まっているのだろう。
 室内に残るのは、私とエヴァンジェリンさんだけ。
 彼女は、私を見る。いや、見ると言うよりは、睨む。その表現の方が正しいだろう。ジロリ、と私に射る様な視線を向けて。

 「……C.C.から聞いたぞ。随分と派手にやったらしいな」

 「……はい」

 私は、とりあえず頷く。この後に何を言われるのか、私には予想が出来なかったからでもある。

 「私はお前が、図書館島で茶々丸を切ったことを許してはいない。だが私は、私の代わりにC.C.を出し、そして今夜の戦いでお前とC.C.は決着が付いた。だからそれに関しては言わん――――」

 はい、と返事をする私を遮って。

 「――――だが、明日学校に行ったらで良い。まずC.C.と茶々丸に対して、自分の誠意を見せろ。そして」

 彼女は、私に至近距離で目を合わせて。



 「近衛木乃香の、隣にいるように努力する事だ」



 「……そ、れは」

 言い淀む私に、彼女は滔々と捲くし立てた。

 「お前が何を考えていようと知ったことでは無い。だが、近衛木乃香は、詠春の娘だ。お前やボーヤよりもずっと強い性根を持っているし、意外と強かでもあるがな。だから詠春の娘というだけの理由で無く、私が彼女を興味深く思っている。思っているが、戦闘能力ではお前に叶う筈も無い。下手をすれば図書館島の連中だれよりも非力かもしれない。…………ああ、早乙女程度は護身出来るかもしれないがな」

 それにしたって、お前にあっさり切り殺されるレベルだろう、と付け加える。
 そう言えば、早乙女さんにも謝らなくてはいけない。
 彼女はそのまま弁舌を振るい、私に反論を許さずに。

 「今までは問題が無かった。だがボーヤが来てからクラスにも変化が出始めた。動き始めた。それが良いことか悪い事かは分からんがな。だが、私達だけじゃない。世界が動いているのか、胎動しているかは、今夜の停電の事を知ればお前にだって把握出来るだろうさ」

 馬鹿にしているのではないだろう。
 おそらく彼女は、私に現状を言っているだけだ。
 現状を誤魔化しもせず、その上で逃げることを許さないと……言っている、だけなのだろう。

 「ついでに言えば、大戦期の顔馴染み辺りも動き始めていてな。停電で言われてしまったぞ。『次に京都で会いましょう』……とな」

 その言葉の意味を。
 無論私も把握出来ている。
 詠春様が収める『関西呪術協会』の本拠地にして、木乃香お嬢様の実家がある場所。
 そして、私達の修学旅行の行き先だ。

 「理解できたか?――――ふん。今迄通りの方法で、彼女を守れるとは思わないことだ。離れて護衛になると、本気で思っているのならば良いがな。……。もう一度言うぞ。――――お前が何を考えていようと知った事では無いが、詠春がお前を木乃香に付けた理由を考えることだ。その上で行動するならば何も言わん」

 「………………………」

 黙ってしまった私を、最後に一瞥して。

 「言いたいことはそれだけだ。私は葉加瀬の所に行く」

 彼女は、堂々と去って行った。


     ◇


 一人になった部屋の中で、私は考える。
 烏族の禁忌。白の羽を持ってい生まれた存在。不幸をまき散らす禍の烏。
 今の私は、その本来の性質を理解出来ている。
 私の中に眠る零鳥『八咫烏』。本来ならば太陽の化身にして、どこかで聞いた話によれば核融合を統べる力を持っているらしい。だが、それは飽くまでも「黒色」の話。
 私は「白」の烏だ。太陽の魔逆。言うなれば暗く深い冥府の性質を持った鳥。
 両儀の紋章。白と黒で造られたあのシンボルのように、色の反転はすなわち対極だ。
 故に、私は太陽では無い。名前などないのかもしれない。あえて言うのであれば、冥界に魂を運び、戦場の案内人でもある鳥というのが、一番相応しいのかもしれない。
 同時に私は、それを、魂の墓守のような存在だと認識している。だから、自分自身で制御できれば暴走はしないし、強化という形で使用する事も出来るだろう。
 だが――――。
 私は、考える。
 本質は知った。長い間に忘れていた、あるいは『忘れさせられていた』ことを理解できた。
 それは良い。
 けれども、私の心の中には――――今度は、違うものが生まれている。
 それは、つまり『力への恐怖』だ。
 今までは忘れていた。気が付いていたけれども、自分自身で目を反らしていた。
 唯、只管にお嬢様を守ろうとして、頑なに行動していた。
 ルルーシュさん、C.C.さん。高町さん。彼らを疑い、他の教師たちも――お嬢様に害をなすのでは無いかと疑いの目で見ていた。
 今でも、それは止めていない。止めていないが、逆に私は、恐れ始めている。


 この力は逆に、お嬢様すらも傷つけて、殺めてしまわないかと。


 考えてみれば、私はいつもそうだった。
 思い出すのも億劫な、故郷の記憶。
 あの惨状、あの惨劇を生み出したのは私だ。
 その後に引き取られた『八百万機関』――今では『EME』だったか、に起きた襲撃事件だって、実際の被害は私が暴走して発生させたものが多い。
 『統和機構』に連行されたときとて、私は結局――研究機関を結果的には消滅させた。
 そこから私は転々とした。転々として、行く先々で不幸をまき散らし、気が付いたら誰も私を手元に置くことはしなかった。
 そんな時に、私をもう一度見つけたのが詠春様だ。
 『EME』に私を預けて、人間として扱って下さった人。
 その期待を裏切った私を、それでも発見して、保護して下さった。
 そうして、最終的に私は京都神鳴流に引き取られたのだ。
 そしてある時。

 (…………お嬢様)

 私は、お嬢様に出会ったのだ。
 詠春様が、善意だけで動いていたとは思わない。
 確かに私に同情してくれたのだとも思う。だが、少なくとも私の中に眠る『八咫烏』の力に全く興味が無かったかと言えばそんなことは有り得ないだろう。
 強大な力を手元に置いておきたいと言う考えや、さらに深読みして言うのならば――――自分の子飼いとして動かすつもりだったのかもしれない。当時の私ならば、簡単に。刷り込みをされた小鳥のように、詠春様の駒となれただろう。
 結果としてそうはならなかった。
 だから、今のはあくまでも仮定の話であり、そして仮定の話である以上、これ以上考えなくても良い事なのだ。
 そして、例えそうだったとしても……私は詠春様を怨みはしない。
 お嬢様に出会えたからだ。
 ある時に、本家の鶴子様に、同行を命じられて。
 同じ年だから、と。初めて引き合わされて。
 日々に過ごすうちに、私はお嬢様を守りたくなった。
 お嬢様だったからこそ、守りたくなった。
 例え心が歪んでいようと。近晩までの狂った状態であろうと、それだけは絶対に覆すことの出来ない想いだった。
 あるいは、何も知らないお嬢様ならば、私を懐柔させるのに丁度良かったのかもしれないが、それは些細なことだ。
 私は結果としてお嬢様を好きになり、お嬢様の為に生きようと思ったのだから。
 それは、今でも、この瞬間でも変わることは無い。
 だから、私は今。恐れているのだ。
 力に狂い、囚われていないからこそ理解出来ている。


 自分の力が、お嬢様に被害を与えてしまうのではないかと。


 自分の力で、お嬢様を守ることは可能なのか。
 それは、私の中で、自分への恐れに繋がっていく。
 泣き叫び、何も出来なかった過去の自分とは違う。
 けれども、今は『出来るからこそ』動くことに自信を持てないでいる。
 私を形作っていた刀は折れた。
 けれども、今はまだ――刀を繋げる方法を知っていても、繋げることが出来ないでいる。
 鍛冶場に持っていくことが出来ないでいる。

 (……私は)

 如何すればいいのだろう。


 私を怒鳴りつけた、あの不死身の魔女に、ふと尋ねてみたくなった。



     ○



 「苦労をかけた」

 葉加瀬聡美は、部屋に入って来たエヴァンジェリンの言葉に。

 「ええ、本当にです」

 あっさりと同意した。
 自分の専門領域では、例え名高い吸血鬼といえども譲らない部分が彼女たる所以であろう。

 「茶々丸を運び込んで、エヴァンジェリンさんが来るまでの二時間ちょっと。その間で両手両足を手術で繋げて、生体パーツの回復を促進させて、栄養を打ち込んで、あとは内部構造を修復して。おかげで《薔薇乙女》たちは熟睡ですよ。夜中だって言うのに六時間ぶっ続けで使いましたからね。私もですけれど」

 「その割には元気だな?」

 「ええ」

 悪戯をするような笑顔で尋ねたエヴァンジェリンに――――葉加瀬は、肯定し。

 「慣れてますから。研究とかで」

 「そうか」

 「そうです」

 そう話しながら、葉加瀬は先程まで桜咲刹那も寝ていた一室に足を踏み入れる。
 内部電灯はオレンジになっていて、視界も程良く効いている。
 その一番入口で、横になっているのが絡繰茶々丸だった。
 彼女は、葉加瀬に続いてエヴァンジェリンが部屋に入ってきた瞬間に――――。
 ゆっくりと、動き始める。
 いや、機動し始めた。
 刹那が起きた時、葉加瀬が様子を見に来た時には――――彼女はまだ眠っていたが、流石に自分のマスターが近くにいると、目が覚めるのか。

 (……そう言う部分は、科学では解明できないですよね……)

 何と言うのだろう。
 数式でも化学でも表すことの出来ない、人間の心という物か。
 脳内の信号をグラフにしても、電気信号と化学物質を分析しても。
 例え人工知能を構成し、知識を外部出力で与えても。


 心の動きを全てを把握する事は出来ないのだ。


 図式の中に心は無い。
 プログラムで表しているはずの人工知能を、しかし表しきることが出来ないのだ。

 (……《薔薇乙女》を生み出したローゼンさんは、そこが凄いですよね)

 完璧な人間としての意識を持った、生きている自立起動の進化する人形を生み出したのだ。
 意識を与えることはエヴァンジェリンにも出来る。
 なんでも、エヴァンジェリン曰く、そのローゼンの元で知り合った…………そう、マーガロイドとかいう少女は、器を生み出すことと、人工知能程度の頭脳を与えることは出来る。
 だが、両者が協力しても、せいぜいが《薔薇乙女》のレベル。
 ローゼンの行きつく先は、そこからさらに進み――――彼女《薔薇乙女》達を、条件付きとはいえ人間へと進化させることも可能なのだから、これはもう、恐れ見ました、としか言うことが出来ない。

 「――――おはようございます。マスター」

 小さな声で、彼女は目を覚まして言った。

 「……ああ」

 エヴァンジェリンの表情は、葉加瀬は見ていない。
 見なかった事にした。

 (……こういう表情を)

 見せてくれれば、きっと彼女が罪人であり、悪人であるにせよ。
 きっと、信じて慕ってくれる人間は多いのだろうけれども。
 悲しいかな、それなりに長い付き合いである葉加瀬であってもそんな機会は滅多に無いのだ。




 「――――葉加瀬。それでは私たちは、再度後始末に動く」

 「お世話になりました」

 茶々丸の挨拶は何か違うと思いながらも、葉加瀬は洋館の入口で見送る。
 長く時間が経っていた様な気もするが、実質三十分も掛かっていない。午前三時前。太陽が昇るまでは、もうあと二時間はある。その間に果たしてどれ位の事が出来るのかは知らないが――――。

 「頑張ってください。私は今度は千雨さんのアイテムの修復です」

 「そうか。大変だな」

 その口調には、やはり楽しそうな物が混じっている。
 先程も雰囲気が明るいのは、やはり背後に使える従者の影響なのかも知れない。

 「…………それじゃあ、また明日会おう」

 「――――それでは」

 そんな言葉で、二人は背を向けて飛び去って行く。
 途中、空中でエヴァンジェリンが『よし来いチャチャゼロ!真っ先に抜けたお前にもたくさん話して貰うぞ!』などという声がしていて。

 (……何時の間に)

 葉加瀬は、少し驚く。
 チャチャゼロも、確かにこの館に運び込まれていた。
 最も、修復作業はエヴァンジェリンにしか出来ず――応急手当程度。しかもチャチャゼロのパーツは茶々丸波に破損が多く、とてもでは無いが、拾い集められてはいない。
 一緒に倒れていた殺人鬼の無桐伊織(超曰く、今は零崎舞織という名前らしい)共々、危険ということで少々厳重に閉じ込めてあったのだが。

 (……私達の話していた部屋に、入る前に)

 すでに、発見していたと言うことか。
 流石は《闇の福音》。自力が違い過ぎる。
 格の違いを、改めて認識していた葉加瀬に、今度は声を掛ける人物が一人。
 エヴァンジェリン達と葉加瀬が外に出てきたことに、気が付いたらしい。

 「……葉加瀬さん」

 「――――あ。どうしました?」

 布団の枕元に畳んで置いてあった制服を身に纏った桜咲刹那が、腰に愛刀を指して立っていた。
 長い髪を再度ポニーで纏め、表情は冷静な、しかし柔らかい表情だ。

 「外、行きますか?」

 葉加瀬は、彼女の格好を見てそう判断する。
 はい、と彼女は頷き。

 「――――少し、解決したい悩みが出来ました」

 そんな風に言った。
 迷っている瞳だ。
 けれども、所構わず噛みつく狂犬よりも、よほど生きている印象が持てる目だった。

 「そうですか」

 だから。
 葉加瀬は、何も言わずに道を譲った。

 「私はこれから仕事があるので一緒には行けませんが――――解決、出来そうですか?」

 果たして、葉加瀬の質問に。

 「わかりません」

 そう答えた彼女は、しかし続けてこう言った。



 「分かりませんが。……答えを見つけるために動けるようには、なりました」



 (…………良かったです)

 クラスメイトに、良い結果が出たのならば、それは良い事である。
 葉加瀬は思う。
 結局この停電で、彼女はきっと進むことが出来た。
 敗北したらしいけれども、それは彼女にとって易になったのだ。
 だったら、後は彼女達が自分で解決すべき問題だ。

 「それじゃ、行くと良いです」

 葉加瀬は、促す。

 (…………私はいつも、こうですね)

 結局、自分は誰かを見送る役目なのかもしれない。
 自分の過去を、振り返り。
 ほんの僅かだけ懐かしみ。
 そう思って、桜咲刹那の背中を見送った。


 「それじゃ、千雨さんの咒式具の整備点検と、弾丸の準備を始めますかね」


 背伸びをして館に入る葉加瀬聡美。
 人知れず動く彼女の仕事は、まだ終わらない。




[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 宴の後③
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/14 23:28



 ネギまクロス31 第二章《福音》編 宴の後③



 「ルルーシュ。プレシア、という名前をエヴァンジェリンが出していた事を、覚えているか?」

 「……ああ。覚えているが、それがどうした」

 午前一時になろうかという時間。
 大橋の復旧作業を、エヴァンジェリンとアルトリア、川村ヒデオが頑張って作業している時間だ。
 ルルーシュとC.C.の目の前にあるのは、焼け焦げた地面。いかなる高温が発生したのか、硝子までもが形成されている黒い地面だった。
 誰がこんな事をしたのかと疑問を覚えるが、去って行った際の超鈴音の意味深な笑顔を見るに、おそらくはクラスの誰かなのだろう。今更驚きもしない。

 「考えてみれば、だ」

 灰色の魔女は言う。

 「アルトリア・E・ペンドラゴンが「セイバー」という立場でこの世界にやって来た。『世界の意志』の言葉を借りるのであれば『呼ばれし八人』というらしいな」

 「らしいな。私とお前の二人で「ライダー」という立場。アルトリア・E・ペンドラゴンが「セイバー」。高町なのはが「アーチャー」だったか。つまり後五人いる事になるな。……『世界の意志』が話した情報によれば……「ランサー」「キャスター」「バーサーカー」「アサシン」に、イレギュラーが一体、だったか。『呼ばれし八人』の場合は「アヴェンジャー」らしいが」

 アルトリア・E・ペンドラゴンが「セイバー」ならば、おそらく彼女と長年の付き合いらしい女性陣が、自分と同じ『呼ばれし八人』の可能性はある。

 「そこだ」

 C.C.は目の前の地面をマークネモで整備しながら、疑問を口に出した。

 「エヴァンジェリンと、ネギやら近衛木乃香やらの父親達が戦っていた『完全なる世界』。彼らが強かったのは分かる。だが、それだけでは、少し弱い気がする」

 「……ああ、俺も思ってはいたが。――――確かに、そうだな」

 「そうだろう?」

 瞳の中に疑問を込めて、魔女は魔王を見る。
 「エヴァンジェリンの話では、プレシア・テスタロッサは『完全なる世界』に協力していたらしい。科学者としての立ち位置だったらしいがな。酒の肴で聞いた程度だから詳しくは知らないが、どうやら……高町なのはとも関わりがあるらしい。そして彼女もまた、私達の様に呼ばれた存在」

 不死の魔女は、言葉を紡ぐ。

 「ふと、思ったわけだ。つまり……プレシア・テスタロッサもまた、この世界に自然に来たのでは無く。停電の最中に出会った、もう一人のネギや、最後に出てきた「セイバー」と同じように――」



 「――――この世界に召喚された」



 「……可能性は、ある」

 C.C.の言葉に、ルルーシュは頷く。

 「俺も仮定の中では考えていた。だが、理由は何だ?――――あの『もう一人』のネギの理由は、ネギを殺すことだろう。「セイバー」の理由は不明だ。情報が少なすぎるしな。俺達が『世界の意志』に呼ばれたのだから除外するとして――――プレシア・テスタロッサが来た理由も、原因も分からないぞ」

 「………………」

 そのルルーシュの疑問に、魔女は何やら奥歯に物が挟まったかの様な、渋い表情になる。

 「……何か思うことがあるのか?」

 ルルーシュの疑問に、魔女は。

 「――――いや。何でもない。気にするな」

 そう言って、否定して。
 明らかにその中に、疑いの感情を抱えている事が見て取れたが、ルルーシュは何も言わなかった。

 「……ところで、だ。C.C.。そのプレシア・テスタロッサはどんな立場だったと思う?」

 敢えて話題を反らす。
 ルルーシュの言葉に反応した彼女は、次の瞬間にはいつもの、不敵な笑顔に変わっていた。
 クラスの中で彼女がエヴァンジェリンと並んでいるのには、おそらくこういう部分があるのだ。
 不敵な笑顔。ただの笑顔では無い。
 長い長い、辛く険しい生の時間の中で手に入れた経験と、己への自信。そして世界へ向けた皮肉げな笑み。間違っても人間には手に入れられるものではあるまい。
 魔人や魔神。吸血鬼。不死者に妖怪。そんな存在でないと辿り着けぬ、精神が一種の境地に至った者の笑みだ。
 おそらくルルーシュも同じ笑みが出来るに違いない。


 「そりゃあ勿論、私達が『世界の意志』から教えられた情報が確かならば――――《キャスター》だろうな」


 そう笑顔で語られた時には。
 もはや既に、魔女の真意は隠されていた。


     ◇


 灰色の魔女、《ブリタニアの魔女》、C.C.は、思う。
 プレシア・テスタロッサがどういった存在なのかは知らない。
 だが、エヴァンジェリンの話を聞く限り、頭脳も魔法技能も優秀で、そして本来は優しい人間だったのであろうこと位は予想できる。
 酒の肴、ただの話として聞いただけだから、詳しくない事は事実だ。
 ただ、エヴァンジェリンの話している最中の眼の光。
 その光を見る限り――――おそらく、プレシア・テスタロッサに、エヴァンジェリンは何かしら共感できるものがあったのだ。
 プレシア・テスタロッサという存在が、きっと本来は優しい女性であったことは、推測出来た。
 例えば、エヴァンジェリンが優しい、という言葉はC.C.にとっても違和感を覚えない。
 それはおそらく、ルルーシュ・ランペルージ…………いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが優しい人間である、と話すのと同じことなのだろう。
 物静かに、他者から巧みに距離をとるその距離を詰めて。
 詰めている間に見える、圧倒的に本心を覆い隠す、偽悪の仮面を剥ぎとって。
 けれども。その奥にある、本心は間違いなく優しい心があるのだ。
 全ての人間が善良であると信じてはいない。
 性善説と性悪説ならば、おそらく後者の方が正しいと、灰色の魔女は思っている。
 けれども、ルルーシュが優しい人間であることは知っているし、彼によく似たエヴァンジェリンもまた、優しい存在であることを知っている。
 だからきっと、プレシア・テスタロッサも……優しい人間だったのだ。

 『娘、だったそうだ』

 ポツリとエヴァンジェリンが呟いた言葉を、魔女は聞きとっていた。

 『私は子孫を作れん。吸血鬼の圧倒的な不死性の代償として、自分以外の血族も作れんし、男女間の契りによる子作りも不可能だよ。だから、私には――――本質的には、きっと理解出来ん。体験することが出来ないのだろうがな』

 情報が少ないが、それだけ訊ければ把握出来る。
 魔導師には娘がいたのだ。そして、その娘が死んだ。
 優しいから故に、それに耐えられなかった。
 彼女の名前が出た時に、口を挟んだ高町なのは。
 その時の顔は、複雑なものだった。
 高町なのはと、彼女の間に何があったのかは知らない。
 だが、二人の魔法使いは対峙し、そして高町なのはが決着を付けた。
 多分、そう言うことなのだろう。

 (……ルルーシュ、確かに、プレシアという女性がこの世界に来た理由は分からんよ)

 恐らくは、《キャスター》として呼ばれたのだろうと思っている。
 だが、誰がどうやって彼女を呼んだのかは、以前として謎のままだ。
 けれども、だ。

 (……ルルーシュ。私には彼女が、それを受け入れた理由が分かる気がするよ)

 魔女の知識の中には、一つの情報がある。
 再生される声が、あの性悪な狐の物だと言うことには多少機嫌が悪くなるが。



 『元々は、この「召喚する」っていうシステムは、別次元にある世界のものなのよん。それを参考に「この世界風」に改造して、実行できるようにしたってわけ。だから細かい点は、この世界で実行可能な様に改変してあるけれど、大筋は同じなのよん――――』



 彼女は、くすくすと笑った。


 『――――呼ばれた存在は、最後まで勝ち抜けば願いを叶えて貰える、とかねん』


 推測でしかないが。
 『世界の意志』本人が呼び寄せた『呼ばれし八人』は、おそらく――――「最初に願いを叶えられる」。
 その願いの代償として、彼女に……結果として使役されることになる。

 (……逆、なんだろうな)

 自分たち以外の「呼ばれた」存在達は、何らかの条件を満たすことで初めて願いが叶うのだ。
 その理由までは、条件までは分からない。
 だが、それがおそらく事実だろうと言うことを、魔女は確信している。
 プレシア・テスタロッサ。
 彼女はおそらく、願ったのだ。
 高町なのはに、おそらく敗北して、この世界にやって来ても尚。



 彼女の娘を生き返らせる事を、願ったのだ。



 それが、認める認めないでは無くて。
 C.C.には理解出来た。
 エヴァンジェリンにも、おそらく理解できたのだ。
 だからきっと、本当は優しい女性だったと、思っている。
 そこまで娘を願う女性が、優しくないはずが無い。
 過去の記憶。
 覚えていないが、思い出したくもないが。
 自分に不死の呪いを与えたあのシスターも、最初は優しかったに違いないのだから。
 優しいが故に。
 自らの優しい心が、過酷な現実に保つことが出来ずに、壊れてしまった。
 それが、感覚ではあるが理解出来ていた。
 それが分かった理由は、おそらく。


 二人共に、自分の愛した存在に先に死なれた、女だからだ。


 C.C.だって、そうだった。
 あのルルーシュが生まれた、徹底的に残酷で、因果応報があれほどまでに実行された世界は無いだろうと思っている。
 そしてその中で――――自分は願っていた。
 ルルーシュに、帰ってきてほしいとどこかで思っていた。
 その方法があったから、魔女は壊れなかった。
 エヴァンジェリンも、《千の呪文の男》が生きている事は知っていた。
 壊れると言っても世界を滅ぼすわけでも、悪意を撒き散らすわけでもない。
 大事な存在がいない世界の中で、いない事を嘆き、他の人間達を嘲笑い、過去にしがみ付くだけの亡者になり果ててしまう。
 そういうことなのだと、思っている。
 壊れて、生きていられなくなってしまうのだ。
 その行きついた可能性の一端が――――プレシア・テスタロッサという存在だ。
 彼女が今現在、どうなっているのかは、エヴァンジェリンは話さなかった。
 魔女も、知ろうとは思わない。
 けれども――。

 (……願いを叶える為に歩むことは、難しいな)

 ルルーシュも、いや、あの世界にいた人物の大抵が、そうだと知っていただろう。
 灰色の魔女は、それを思い。
 見たことも無い、悲しき魔導師に思いを馳せる。
 C.C.が、ルルーシュに――プレシアが行動した理由を言わなかったのは、簡単な話。
 それを言うと、自分がどれほど彼を思っているかを表に出すことになるから。
 つまり、少々気恥ずかしかったからである。

 (……ま、良いさ)

 その内に、ルルーシュも気が付いてくれるに違いない。
 そう、苦笑し様として。



 (……、待て)



 自分の中で、何かが警告を発した。
 先程まで考えていた思考の中に――――何か、物凄く重要な情報が有りはしなかったか。
 取り留めの無い思考の中に、何か非常に大きな。
 恐ろしく重い結果を導く何か。
 あるいは、それを導き出すヒント。
 それがありはしなかったか。

 (……何だ)

 冷静になるが、流れる思考の中の一葉など、記憶に残ってはいない。
 プレシア・テスタロッサについて話していた事は覚えている。
 彼女についての考察を、エヴァンジェリンと自分とを絡めて考えていた事も覚えている。
 だが、そこでは無いのだ。
 それ以外のどこかに、何か重要な情報を見落としているような気がする。
 それが分からない。
 どこかにあるけれども、どこにあるのかが分からない。


 マーク・ネモが焦げた地面の隠蔽工作を終え、戻って来ても、その答えは分からなかった。



     ○



 「そう言えばな、C.C.」

 次に二人が向かったのは、少し離れた舗装道路だった。
 そこは落雷が起きたかのように放射状にひび割れ、陥没した地面に、明らかに曲がった街灯、おまけに血痕。これまた怪しさ満載である。

 「停電が始まって、お前が桜咲と戦い始めたころだったか。俺は、学園の関係者に発見されて、拘束されそうになったと言ったな?」

 「ああ」

 今度はルルーシュが、背後の空間からガウェインを呼び出して作業をさせる。
 とは言うものの、完璧に出せる程に扱えるわけでもなく、精々が上半身だけ。それでも曲がった街灯を再度曲げなおすこと位は十分に可能である。

 「言い訳になるが、俺はその時驚いていてな。だから間抜けにも逃亡する事になった」

 「…………そうか」

 C.C.は。聞いてはいるものの、明らかに悩んだ表情をしている。
 先ほどから何か精彩を書く彼女だが、言いたいことがあれば言ってくるだろう。
 そう思っていると。

 「何を見たんだ?」

 ルルーシュの思考を呼んだのか、魔女は視線を合わせて来た。
 柔らかな笑みの中で、僅かに好奇心が覗いている。それでも美しさよりも不遜さが見えるのは彼女の性質故か。



 「雪広あやかが、那波千鶴と共に歩いていた」



 「!」

 その言葉は、流石に魔女に取っても予想外だったのだろう。
 驚愕の表情を露わにして、目が開かれていて、珍しい物が見れたとルルーシュは思い。

 「ちょっと、待て。停電の最中に、だぞ!?」

 「ああ。だから俺も驚いた」

 ルルーシュは肯定して。

 「最初は幻影か何かかと思ったが、おそらくそうでは無い。本物だと、思う。彼女達はこの停電の最中に堂々と出歩いていたぞ。――この分だと、俺達の知らない場所で、誰かが行動していても不思議では無い」

 実際、二人が全てを知っている訳では無いが。
 停電で動いていた生徒は、既に両手の数を超えている。
 ネギと共にいた神楽坂明日菜。ネギと戦っていたエヴァンジェリン。その従者である絡繰茶々丸。C.C.も又、今はあのクラスの一員だ。
 学園防衛戦力である桜咲刹那。さらには春日美空と龍宮真名。
 詳しい事は把握出来ていないが、運動部の四人組に超鈴音。葉加瀬聡美。闇口崩子と、竹内理緒。釘宮円。長谷川千雨。そしてそこに、雪広あやかと那波千鶴。

 「副担任として半年が過ぎ、当初のトラブルを乗り越えたせいで受け入れては貰ったが……まだ、先は長そうだ」

 少なくとも、全員の抱える心の中の原体験。
 そして、彼女達の立場を鑑みるに――このクラスにおける全ての問題が消え去るまでには時間がかかる。
 あるいは、解決しない方が良い問題もあるのかも知れないが。

 「まだまだ、この先に問題がありそうだろう?」

 今度は、ルルーシュが不敵な笑みを見せ。

 「…………楽しそうだな」

 魔女は続けて、瞳の中に言いようのない煌めきを見せながら。

 「そんなに教師が気に入ったか?」

 そう尋ねてきた。

 「……そこそこだ」

 けれども、とルルーシュは続けて。

 「事件の解決に動く、あるいは裏で行動するのは俺の得意分野だからな。権謀術数の中で立ち回るという点では自信を持っている。そして……まあ、動く理由に、友人のエヴァンジェリンが絡むと言うのならば悪くは無い」

 ルルーシュは自覚している。
 自分の精神は、自分にとって大切か、そうでないかの両極端にある。
 おまけに愛情と憎悪は、彼の場合、正に裏表。その二つの精神が非常に近いのだ。
 言ってしまえば。
 目の前にいる灰色の魔女の為ならば麻帆良の土地を、こちらに極力影響が出ないように滅ぼすかもしれないし。
 エヴァンジェリンの為ならば、学園長をさり気無く、苦悩しながらも暗殺出来る人間である。
 同じ教師でも、井伊入識ならば、おそらく諦観と芒洋で受け止め、受け流す。
 川村ヒデオは、自分で動き、その策略で、その結果すらをも変える。
 霧間凪ならば、おそらく、行動そのものを防ぐだろう。

 (……つくづく、思い知らされる)



 自分はどうやら、どこまで言ってもそう言う人間らしいということを。


 その内心を表に出さずに。

 「ああ、もう一つあったな」

 ルルーシュは、話を続けた。

 「教師というよりかは、深謀遠慮、策謀と動乱の世界の中で動くのも悪くは無いと思ってな。平和な世界も良いが――――刺殺された世界のルルーシュだけでなく、《ブリタニアの魔王》ゼロでもあるからだろう。内心で、明らかに戦禍の炎の近くにいたいと望んでいる部分がある。出来れば否定したい所だがな」

 「それは……お前らしくない、いや。逆にらしいのか?」

 魔女の問いかけに。


 「自分でも把握し切れてはいないんだよ」


 魔王にしてみれば簡潔な、曖昧な答えだった。
 ふと周囲を見る。
 そこには既に、ガウェインによって整備された街灯や公共設備があり、流石に地均しと補修作業までは出来ていない物の――――後は、そう言う作業が得意な人間達に任せれば良いだろう。
 話も一段落した。
 次の場所に移動しようと、した時だ。

 「……ん?」

 ルルーシュは、気配を感じて、視線を前に向ける。
 停電が回復したとはいえ時刻は――――作業をしていたせいで、既に午前三時前。基本的に無明である。
 その夜闇の奥から、歩いて来た少女がいる。

 「……すみません」

 此方の視線に気が付いたのか、頭を下げて。


 「相談に、乗って欲しくて来ました」


 桜咲刹那は、そう言った。


     ◇


 さて、大橋の修復をし終わり、なにやら北大路美奈子とラブコメを終わらせた川村ヒデオは、自分が闇口崩子と接触した場所にやってきていた。
 やはりと言うか、地面に落ちたままのパソコンは衝撃か、それとも何か別の影響なのか動いていない。まあ、ウィル子曰く『鋼鉄で造ってみました』との事なので、彼女に見せれば治るだろう。
 それを拾い上げる。
 そして。

 (――――どうして、こうなって)

 本当に、偶然に過ぎない。
 ヒデオを挟んで、左右に。
 片方は、ウィル子の戦いに手を出した超鈴音。もう片方は、学園長と、何故か源しずな。

 (……高畑教諭は)

 地下でエルシアと戦って引き分けたらしい事を、ウィル子から聞いている。流石だ、と思うと同時に、よくそんな事が出来たな、と思うが――――表情には出ない。
 次に、源しずな。彼女も関係者だったのかと驚いたが、やはり顔に出ない。
 学園長は飄々と、超鈴音は曖昧に、そしてヒデオが困惑を現す中で、ただ一人しずなだけが多少厳しい表情である。
 ヒデオが話を聞いても問題は無いらしい。学園長も超もしずなも、此方に気が付いていて何も言わず、何もしないのだから、問題は無いのだろう。
 いや、訂正しよう。居たくて居るのでは無い。この状態で堂々と背を向けて帰れる程に、ヒデオの神経は太くなかっただけである。
 結果として彼は、会話を全て聞くことになる。

 「超鈴音。今回は何も言わんよ」

 学園長はそう言った。

 「お主のお陰で、停電の被害は多少なりとも少なくなった。エヴァンジェリンとネギ君の助けにもなってくれたし、侵入者の撃退にも貢献してくれた。だから、今回は何も言わん」

 学園長は、短くそう言って。
 そして。

 「超鈴音。一つだけ訊くぞい」

 ス、と学園長の瞳が開き。
 その瞬間確かに空気が固まった。
 緩んでいた空気を常に放つ学園長から放たれる圧力に、ヒデオすらも呻いた。



 「お主は、あのクラスが大事かのう?」



 問いかけが何を意味しているのかを、ヒデオは完璧に把握できてはいないが。
 学園長は――――超鈴音という人間が何を答えるのかを、期待しているのだと思った。
 学園長はあれで中々強かで狡猾だ。そうでなければこの世界ではやっていけないのだろうけれど。
 他に目的があるにせよ、学園長の質問は単純なものだった。

 「当然ネ」

 一瞬、学園長の変貌ぶりに呆気に取られた表情を見せた超鈴音。しかし彼女は再度、真意の見えない胡散臭い笑顔で。
 瞳だけは真剣に。

 「私はあのクラスが大事ヨ。私の行動が正義になるか悪になるかは後世の人間の判断に任せるシ、それでも為したい目的はあるけれド……友人達を傷つけるつもりは無いよ、絶対ニ」

 「なら構わんよ」

 その返答に込められた、超鈴音の言葉の重さを見て。
 学園長はあっさりと魔力を収める。
 体が比喩では無く軽くなった。

 (……流石、です)

 タカミチ・T・高畑よりも上の実力というのも本当だったということを、ヒデオは実感し。
 冷静になって、両者の会話を聞く。

 「今回はお主の活動が結果として良い方に繋がったし、明日も授業じゃ。見逃そう。じゃが、次回以降は――――おそらく、言葉での忠告じゃ済まないと思っていることじゃ。大人として、麻帆良の教諭として気が乗らずとも、見逃す訳にはいかないことになっておるからの」

 学園長は、おそらく行いたくはないのだろうが。
 しかし組織のトップにいる義務としてそう言い放ち。

 「――――肝に銘じておくネ」

 にやり、と口元を歪めた超は、頷いて。
 背を向けて立ち去り、学園長もまた、ヒデオの前で逆方向に去って行った。
 こちらには声をかけない。ヒデオがこういう場所で聞いた内容を、滅多に話すことが無い事を、学園長たちも、おそらく超も把握しているのだろう。
 ヒデオが動いたのは、両者が消えた後。

 「それで――――」

 心の中で、ウィル子を呼び寄せながら。
 ずっと背後にいた、少女に声を掛ける。



 「話は、何ですか。闇口さん」



     ○



 桜咲刹那は、帰って行った。
 特別な事を話したつもりはないが、彼女が納得しているのならばそれで良いだろう。
 実質の処、問題を解決するのは自分でしかありえない。
 どんな問題であれ、いかなる難度を持っていようとも、自分で掴み取って実感して、そこで初めて価値が出る。
 そう結論付けて、彼女は先程の思考の再考に取りかかった。

 (…………くそ。どこまで考えた?)

 だが、思考の海の中から発見するのは困難だ。
 先程よりも遥かに霞行き、一向に手掛かりが現れない。

 「――――ルルーシュ。何か話せ」

 仕方が無いので、傍若無人にそんな注文を出した。

 「何?」

 「頭の中の違和感が取れん。停電に関する話題を話していればヒントが出るような気がしてな。先ほどまでの会話で、私の思考回路に出てきそうな単語だ。お前の頭脳ならば簡単だろう?」

 「無茶苦茶な…………」

 本当に無茶苦茶な懇願だったが、しかしルルーシュは他人の思考をトレースする事に関しては世界有数だ。
 そして、一分の人間には、頼まれたら断れないお人好しでもある。
 仕方が無い、と溜息を吐き、目を閉じて集中して。
 数分の後に、彼は「適当に言うぞ?」――そう前置きをして、単語を並び始めた。


 「プレシア、『呼ばれし八人』、アヴェンジャー、召喚、来訪理由、《キャスター》、雪広あやかと那波千鶴――……」


 「違う」


 「動乱、《ブリタニアの魔王》、性善説と性悪説、仮面と優しさ。親子」


 「まだだ」


 「「ライダー」ゼロ、「セイバー」アルトリア、エヴァンジェリン、人間の距離、代償……」


 「ん?」

 魔女が、反応する。

 「近い。それだ。最後の言葉。代償――――」

 額に手を当て、考える魔女に、魔王は。

 「感謝の言葉もなしか」

 そう声をかけて。

 「良いじゃないか」

 C.C.は、「代償」という単語を反芻し、頭にインプットしながら、そう軽口で返す。

 「美人で可愛い婚約者の助けになれたんだぞ」

 忘れられかけているが、表向き、一応この二人、婚約者という立場なのである。互いにそんな言葉で言い表さないだけの話で。
 実際は、そんな甘い関係では無い。無いが、しかし互いが必要と感じている事は事実だ。
 ルルーシュはその言葉に。

 「馬鹿を言え。お前やエヴァンジェリンが美人なのは認めるが、何処に可愛げがある。可愛げのあるというのはな、ネギ・スプリングフィールドや高町ヴィヴィオの事を言うんだ」

 そう、言い返して。

 「ふん。自覚――――」

 しているよ、と言いかけ。
 ピタリ、と魔女の体が止まり。


 「高町、ヴィヴィオ?」


 その単語を、彼女は反復する。

 「ああ。まあ母親に似て育ってはいるがな。あの位の子供は可愛い物だ。何せナナリーもあの当時は」

 「待て!おいルルーシュ。初めてこの地に来た時に――私とお前と高町なのはが同じ場所に倒れていて、高町ヴィヴィオは違う場所だったな!?」

 妹の話題を突然に遮られ、少々機嫌が悪くなったルルーシュは。

 「何を今さらの事を言っている……?――――何か、掴んだか?」

 そう、此方も眉を顰めて尋ねる。
 だが、それに答えずに魔女は、地面に視線をおとし何やらぶつぶつと。

 「高町ヴィヴィオと高町なのは、私とルルーシュ。あの場にいたのは三人……。……いや、二体。親子と恋人。私だったら…………。ならば、母子なら……。プレシア・テスタロッサと同じように…………」

 ぶつぶつ、と呟いている魔女に、魔王は。
 慣れているとはいえ、それですべて許す訳でもない。

 「……おいC.C.。流石に俺もだんだん機嫌が悪くなってきたぞ。――――話してみろ。どうも内容から推察するに、あまり良い話じゃなさそうだからな」

 そう言ったルルーシュを。
 魔女は軽く無視。

 「さっきの思考の……何か、単語。ワード。――何だった……?」

 そう没頭している魔女は、変わらずに呟き続けるだけ。
 黙考している姿は容姿も相まって似合うのだが、如何せん。ルルーシュはその程度では怯まない人間だった。長い付き合いだったからでもあるし。

 「…………全く」

 溜息を吐いて。
 憎まれ口を一つ。

 「魔女。俺も『世界の意志』に願うとするならば」

 もう少し、例えば食費を減らす努力をするような、慎ましさを持った魔女が欲しいぞ――。
 皮肉に、そう言おうとして。


     ◇


 「それだ!」

 突然に。
 灰色の魔女が叫んだ。

 「ルルーシュ、そうだ!さっきから引っ掛かっていた違和感がやっと分かった!」

 声は大きいが、同時に表情は優れない。
 まるで難解なパズルや謎を解き明かしたら、知りたくない真実を探り当ててしまった探偵の様な顔だった。
 そんな顔をしている理由は――――残念ながら、ルルーシュには分からない。

 「……何がだ」

 決して暗くない所を見ると、おそらく自分達には何ら影響の無い事なのだろう。
 だが。おそらく――何かしら縁のある人間に関わることではあるらしい。

 「ルルーシュ。私たちは『世界の意志』に「ライダー」になる時に、条件をのんだな。覚えているか?」

 「ああ……お前が言ったんだ。当然だろう」

 確かにルルーシュ達は条件を呑んだ。正確には、ルルーシュの言葉を遮ってC.C.が飲んだ。
 条件はとても簡単な物。

 『平和で優しい世界で生きること』

 全世界を優しくとは言わない。
 この世界に連れてくるのも文句は言わない。だったらせめて、ルルーシュがその世界で生きられるような、穏やかに生きられる世界を提供しろ。
 それが魔女の言葉だった。
 ――――つまり言い換えれば、ルルーシュの願いでは無いのだが。
 兎にも角にも『世界の意志』は契約通り、この世界に連れて来て――そしてルルーシュは、平和かどうかは微妙だが、ある意味とても充実した、あるいは明るく過ごせる場を提供された。
 それを今更崩壊させるのは忍びない、そう思えるほどには重要な場となった。

 「いいか、考えてみろ。私の方が早く結論に辿り着けたのは、ただ長年の勘に過ぎない。私達「ライダー」が、何かを望みその代償として「ライダー」の座を得て戦うことになる。ならば――――」



 「「アーチャー」高町なのは。彼女は何を望んだんだ?」



 「――――なに?」

 その言葉は、心を揺り動かした。
 ルルーシュも自然と、表情に真剣味を帯びる。
 一時的とはいえ、協力した間柄で人間性も分かっている。

 「ずっとその部分が変だった。停電の最中に、自分の立場を思い出したのは私達だけじゃ無いはずだ。感覚的な物で彼女が「アーチャー」だと把握できたのだからな。そして彼女もまた私達が「ライダー」で、アルトリアが「セイバー」だと認識していた。ということはだ、彼女も――――何を願ったのかを、思い出している」

 滔々と。
 一気に捲し立てる魔女の口調は、鋭かった。

 「停電の数日前、いや一週間ほど前か。オコジョと赤い子犬がやって来た後くらいの時期に、彼女の表情が妙に優れない事があったのを覚えているな?」

 語尾こと疑問形だが、実質、断定系で。
 自然と、ルルーシュは勢いに押される。

 「ああ。…………娘の前では見せていなかったな」

 確かにあった。
 最初に見たのはおそらく、世界樹の中のどこかに中央制御室があるのか、地下に水力発電施設があるとか、図書館島の深部とか、話をしていた時。黒服の衣装合わせも兼ねていた時のこと。
 あの時の彼女は。確かに何かに耐えるような顔を見せていた様な気がする。

 「そうだ」

 灰色の魔女は。
 長い間の経験を持っているからこそ、そこに彼女の「願い」が関わっていると見えたのだ。
 理屈など無いも同じである。

 「あくまでも推測だぞ。たぶんあの時、高町なのはは予感を感じ取っていたんだ。私達が、停電前や、真夜中の襲撃事件の最中に、何かしらの理由があると感じ取っていたように、彼女は疑問か違和感を感じ取っていた。疑問をどうして感じ取ったのかは知らん。だが、おそらく感じ取ったのは確かだ」

 そして、と魔女は言う。

 「さっきから考えていた。高町なのはが、娘を戦いに参加させて鍛えていた事も、片鱗の一つなんだと思っている。私も女だから分かるぞ。少々照れくさいが、お前を想っているから分かる。おそらく――――どんな原因であれ、彼女の願いには、高町ヴィヴィオが関わっているはずだ」

 想っているから分かる、の場面で魔女は魔王を見て、魔王は顔を赤らめる、が。
 魔女の言葉は、そこで終わらない。

 「片付けの最初に、話していたな。プレシア・テスタロッサの事を」

 その単語は。

 「だからな、気になっているんだ。連想してしまって」

 魔女は、周囲に誰もいない事を《ジ・オド》で確認して。

 「今私達の世界にいる高町ヴィヴィオと、高町なのは。彼女達は」

 彼女は、言った。




 「本当にこの世界に『五体満足で辿り着けていたのか』?――――言い換えるぞ。高町なのはが「アーチャー」として、『世界の意志』に、何を願った?彼女がこちらに来る前に、一体何があったんだ?」




 その言葉は。
 本来は関係の無いルルーシュにすらも、重く感じられる程の、感情を込めて放たれていた。









 次回、色々と衝撃の展開になります。
 なのユー風味かもしれません。
 この物語は絶対にハッピーエンドになる、とだけ言っておきます。






[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 宴の後④
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/18 14:35



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 宴の後④



 「ごめんね」

 目を覚ました僕は、怪我が治った状態で。
 でも僕は動くことが出来なかった。
 長い間ずっと見てきた、時空管理局のエース。
 白い悪魔とまで、巷では噂されている彼女が、頭を下げていたから。

 「……なのは、何で謝るのさ」

 僕は言う。
 謝らなければいけないのは、むしろ僕の方だ。
 彼女に頼まれたのに、結局停電の途中で意識を失ってしまった。
 あの時、僕は――ヴィヴィオを守れた事に満足して、残りを全てアルフに任せてしまっていた。
 だから、本当は、僕の方が謝るべき。

 『ヴィヴィオをお願いね』

 そう言われた彼女との約束を、僕は守れなかったから。

 「……ううん。違うよ、ユーノ君」

 彼女は、頭をあげて、涙こそ流していないけれども――後悔を顔に浮かべて、僕に言う。

 「本当に謝らなくちゃいけないのは、私の方だよ」

 彼女はそう言って、僕に話し始めた。


 彼女がこの世界で、ずっと隠してきた秘密を。



     ○



 例えばだ。
 自分にとって一番良い方法を選び、その結果としてより悪い結果が導かれた時。
 何を言えばいいのだろうか。
 いや。……もう少し、言葉を砕き、言いなおそう。
 自分に残された選択肢の中で、精一杯の行動をしたとして。
 その時一番良かった方法が、悪い結果と導き出し。
 他の方法をとっておけば、こうはならなかった……そう後悔してしまうような状況になった時。
 一体自分は、何をすれば良いのだろう。
 高町なのはは、その答えが――知りたかった。




 停電が終わって、高町なのはが最初にしたことはと言えば、娘・ヴィヴィオの様子を見に行くことだった。
 ヴィヴィオはいた。中継拠点で、とあるベッドの横で座りながらも舟を漕いでいた。
 こちらに疑いの眼(そりゃあ勿論、エヴァンジェリンの計画に多少加担していたからだ。多少は不審に見られても仕方が無いだろう)を向ける関係者達の間を縫って、なのはが近づいて行くと。

 「……まま?」

 気配で目を覚ましたのか、彼女は目を擦りながらも、立ち上がる。
 幾ら優秀な血統のヴィヴィオといえども、まだ小学生だ。自分も小学生の時に同じことをしていたから強くは言えないが、流石に負担が大きいのだろう。

 「……ヴィヴィオ。ごめんね、遅くなったよ。――――大丈夫?」

 「うん。……でも」

 足をふら付かせながらも。ヴィヴィオは、ベッドで眠る人物を見る。
 可愛らしい、という形容詞が似合う青年。停電の最中は人間型になっていたのだろう。打ち身と打撲、そしておそらく骨折。命に支障は出ないけれども、決して無事では無く、そこに眠っていたのは――ユーノ・スクライアだ。
 ユーノの隣には誰も眠っていない。先ほどまで誰かが寝ていたらしく、布団が乱れているものの、それだけだ。赤い髪が枕に付着している所を見るに、アルフが寝ていて、今は席を外しているだけだろうと予測した。
 なのはの、その視線に気が付いたのだろう。

 「ユーノ君。私を、庇って」

 ヴィヴィオは、悲しい声で言う。

 「ううん。ヴィヴィオのせいじゃ、無いよ」

 そう返して。
 抱きついて来たヴィヴィオの頭を撫でながらも――――なのはの心中は、動揺している。

 (……ユーノ、君)

 停電が終わってから。
 いや、停電の最中から。
 彼女の心中は――穏やかでは無かったのだ。
 正確には……そう。


 少年と《福音》が戦っている間に、夜の空で遭遇したアリシア・テスタロッサを見た時から。


 霧間凪と「アサシン」がぶつかり、痛み分けに終わり。
 それとほぼ同時期に、自分自身が『呼ばれし八人』の「アーチャー」であると知り。
 その「アサシン」は、霧間凪が倒れた後に、然るべき交渉の後に、始末を付けてある。
 そして、導かれるように彼女は出会った。
 アリシア・テスタロッサにだ。
 その姿は、親友・フェイトと瓜二つ。
 けれども、彼女よりも――――鋭い瞳をしていた。
 フェイト・テスタロッサの持つ厳しさを猛々しさに変え。
 手に握るバルディッシュが、黒の中に濃紺が含まれているということを除けば、瓜二つだった。
 そして、彼女は。


 「初めまして。高町なのはさん。――――母から話は聞いています」


 そう言って、頭を下げたのだ。


     ◇


 プレシア・テスタロッサという女性の思考を、今ならば理解できる。
 なぜならば、自分もまた母親であるからだ。
 目の前にいる娘、高町ヴィヴィオ。
 「アーチャー」としての自分は、彼女の為にこの世界に来る事を承諾した。
 結局のところ。
 自分のしている事は、プレシア・テスタロッサと変わりない。
 いや。

 (……私の方が、醜悪だね)

 そんな風にも思う。

 「なのは」

 背後から声をかけられて、考えから浮上する。
 入って来てから時間はそれほど立っておらず、これから仕事に行かなければいけない。
 停電の後始末という――仕事にだ。

 「……なのは、話があるんだ」

 声をかけたのは、アルフだった。
 人間形態で、赤い髪を伸ばした女性型。魔力供給の方は大丈夫だろうか、と親友の事を心配するが、それを言葉に出す前に――彼女は、なのはを外に連れ出そうとする。

 「ヴィヴィオ。私となのはは少し話をしてくるよ。……家に帰りのには、私が一緒に行くから、ここで待ってて欲しい」

 アルフはそう言って。

 「……アルフ?」

 「――――今、話しておくべきだと思うんだ。時間が無いのを承知で言ってる。付き合って欲しい」

 その瞳は、真剣で。
 なのはは、しかし頷いた。その中に含まれる物に、感じ入る物があったのだ。

 「……ヴィヴィオ。ごめん。少し話してくる。――――ユーノ君の傍に居てあげてくれる?」

 「うん」

 返事を返してくれた娘が、自分と似ているなと思いながらも、彼女はアルフと共に表に出た。
 中継拠点から外に出て、周囲に人影の少ない木々の間に。
 周りに誰も、使い魔でさえもいないことを確認して、アルフは口を開いた。


 「なのは。……アタシは今、アンタに怒ってるよ」



     ○



 「なのは。私はフェイトも、アンタも、勿論ヴィヴィオだって好きだ。大事な存在だ。でも私は今、アンタに対して怒りたい。――――理由が分かるかい?」

 アルフの口調は、鋭かった。
 真剣で、それでいて瞳の中には感情の色が動いていた。

 「ヴィヴィオ、のこと?」

 なのはは、そう答える。
 たとえば、この停電の戦いに参加させたこと。
 外見が変化する『聖王モード』になれるとはいえ、小学生の娘。過去の事件により、ネギ少年よりも精神年齢は高いが、実際の年齢はおそらく七、八歳。自分と同じように、自分が希望したからと言って刈り出すことに、何も問題が無いとは思っていない。
 ただ、JS事件での記憶は全て持っているし、「ゆりかご」に直結していないとはいえ『聖王の鎧』は保有している。戦闘状態では中学生程度の外見、肉体になれる。魔法技能は親友と二人で教えている。
 そして、何よりも彼女が強く望んでいて。
 だからこの停電で動くことを許した。

 「…………いや。違う。他の事だよ」

 アルフも、彼女については言わなかった。こちらの世界で、なのはがいない時は彼女に良く面倒を見て貰っている。その位の事は知っているだろう。

 「……なあ、なのは。私が本当に何を言いたいのか。分からないわけじゃ――無いだろう?……こちらに来て多少平和ボケしているかもしれないけれども、そこまで、抜けてはいないはずだよ」

 「…………」

 その言葉に。
 彼女は、黙る。
 違う。黙ることしか出来ないでいたのだ。

 「さっきのアンタの顔を見ればわかる。ヴィヴィオが心配で顔に出さないでいたけど。アンタは……ユーノが倒れている光景を見て、内心かなり動揺してたはずだ」

 「……………………」

 アルフの言葉に、なのはは返事をしない。
 返事をしたら、きっと言葉にしたくない事まで言ってしまいそうだったから。

 「アタシには、ユーノの事を敢えて頭から外しているように見えるんだ。だから私は、怒ってる。アイツは友人だしね」

 ずっと、だ。
 確かに自分は抱えていた感情がある。

 「管理局の時は、口出ししなかったけどさ。……こっちに来てから、特にそれが大きいんだよ。違うかい?」

 そして、アルフの言葉は全て、正鵠を射ていた。

 「何か、理由があるんだろ?」

 それは、ユーノ・スクライア個人への感情では無い。
 彼に関する感情とはまた別の、自分の中での罪悪感。
 今現在、ユーノ・スクライアが眠っているという現象に対しての、未来への罪悪感。
 今回の彼の原因は、時空管理局とは関係が無い。
 けれども、仮に。
 この先――――関係があることが、起こりえるかもしれない。
 それを、なのはは持っている。
 その情報を抱えているのだ。


 停電の最中に、怪我を負って眠りについたユーノを見て、その懸念が現実になった事を、実感した。


 あるいは、責務と私情の板挟みから生まれる切迫感。
 それらが、ずっと彼女の心の中にあった。
 停電の最中に思った事は、彼女の心で間違いが無い。
 自分自身が正しいと思っておらず、それでも自分は挫けずに努力を積み重ねて。
 未熟だと理解していて、しかしそれでも歩んできた。

 『不屈の心はこの胸に』

 その言葉を、忘れることは一生ないだろう。
 非難には、なるべく誠意で返そうと思っている。
 頭を下げるし、世間が厳しい事を言うことも知っている。
 それは確かだ。確かなのだ。
 けれども。

 「……なのは。アンタは、何を抱えているんだい?」

 アルフの声が、心に響く。


 「そんなに。言えない機密情報を、教えられたのかい?」


 ずっと、だ。
 忘れようと努めていた。
 この世界に来てから、忘れようと努めてきていた。
 『世界の意志』が、自分を「アーチャー」だと教えなかった理由は、おそらく「そこ」にあった。
 教えたらたぶん、それを自部たちは「どうにかしてしまう」可能性があったからだ。
 ユーノとアルフが来てから確認された、情報。
 それが、ずっと彼女の中にあった。

 「……アルフ」

 本当は、ヴィヴィオやユーノ、アルフにも教えたくは無かった。
 けれども、今のアルフには、もう口を閉じていられない。
 フェイト、はやて、ヴォルケンリッターのみに知らされた『真実の』情報。現状、高町なのは。彼女は表向きは、ただロストロギアによる次元跳躍によるトラブルで、現在は消息は知っているが来航不可能。そんな状況となっている。
 けれども、違うのだ。

 「……アルフ達が来た後でね、フェイトちゃんから連絡があったの」

 彼女は、今まで抑えていた物が、噴き出さないように。
 目の前にいる、生きている存在に行った。


 「――――私達を跳躍させたロストロギアの、管理局に回収された半分の中に、いたんだ」


 「……え?」

 理解が出来ないと言う、アルフの顔に、なのはは説明する。
 さびしそうに、微笑んで。

 「例えばね、アルフ。ルルーシュさんとC.C.さんは、「ライダー」っていう立場の「ゼロ」っていう存在として呼ばれたらしいんだ。詳しい意味は分からないけれども、「ゼロ」であるから、ルルーシュさんとC.C.さん、両方の肉体に分裂出来て、そして「ゼロ」の性質上、不老不死の特性を持っているんだってさ」

 なのはは、言う。

 「『世界の意志』が言っていたよ。この世界において、聖杯を利用した戦いをするためには、条件を整える必要があるんだって。私だけじゃなくて、ルルーシュさんや、アルトリアさんまで含めて。全員に共通していること。それはね」



 「肉体が一回滅びていること」



 「アルフ、あのね―――――」

 ザア、と木々がざわめいた。
 風の音が妙に大きく聞こえてきた。

 「――――――、―――――――――――――――」

 彼女の口から離された言葉は、重く。
 そして何よりも、その表情から、全て真実だと示されていた。
 沈黙が静寂へと変わり。
 そこでようやっと、理解が追いついたらしい。

 「――待って、待って。なのは。それじゃ、まさか」

 アルフの口調は、驚愕以外の何物でもなかった。

 「そうだよ。それで、正解だよ」

 なのはは、自嘲しながら言った。


 「幽霊みたいなものなんだ」


 「なんだ、よ。何なんだよそれは!」

 アルフの声は、感情的で。

 (……分かるよ。フェイトちゃんも、はやてちゃんも、そうだったから)

 ヴィヴィオに、彼女達をなるべく合わせ無かったのも。
 アルフとユーノに、話さなかったのも。

 「なのは、まさか!」


 「うん。……もうね。肉体は、死んでるんだよ」


     ◇


 初めて会った時は、僕はオコジョだった。
 僕の声を聞きつけて、病院に運んでくれて、そして、僕のミスから流してしまったロストロギアの回収を手伝ってくれた。
 事件が解決した後は、少しだけ出会えなかったけれども――――結局僕は、彼女を手伝って、彼女の親友を助け出した。
 彼女が管理局に入って来て。
 僕は無限書庫に入った。
 彼女はそのまま第一線で活躍して、エースになった。
 僕は司書長だ。
 互いに多忙な中で、出会えることは少なくて。
 そんな中で起きたJS事件。そこで彼女は、娘に出会った。
 高町ヴィヴィオ。僕の後輩にも当たる少女。
 事件の後に、彼女はヴィヴィオを正式に引き取った。
 最近は――――ヴィヴィオが無限書庫にいるからだろう。僕と出会う回数も多くなってきている。
 本音を言おう。


 凄く嬉しい。


 僕は多分、高町なのはのことが好きなんだと思う。
 断定できないのが、僕の悪いところなのだろう。
 僕は周囲の人間が言うように、決して男らしいわけじゃ無い。むしろ可愛らしいとまで言われている。
 そのせいなのか、僕は彼女に強く気持ちを伝えられたことが無い。
 ヴィヴィオがいることが多かったし。
 それに――――言わなくても、そこに彼女がいるだけで、安らぎを感じているからだ。
 それが多分、逃げだって言うことは分かっている。
 僕は結局、勇気が無いのだ。
 彼女に言えないのだ。
 だから、現状を維持しようとしている。
 僕は弱いのだろう。
 高町なのはは、僕よりもずっと強い。ずっと強い心を、持っている。
 僕はだから、そんな彼女の助けになりたかった。
 言い出すことが出来ないから、せめて――――彼女に協力してあげたかった。
 もしも、なのはに好きな人が出来たら、きっと僕は応援するだろう。
 自分の心を殺して、おめでとうと言って、手伝ってあげて、そして全てが終わった後に一人で涙を流すに違いない。
 きっとそうなるだろうと、今から予想できる。

 (……ねえ、なのは)

 だったら、せめて。


 せめて僕が、君の手伝いをするくらいは、良いだろう?


 僕はきっとこの先、彼女の為なら動けると思っている。
 ヴィヴィオを守って欲しい、そう言われれば僕は喜んで従うだろう。

 (……だから)

 僕の中には、疑問がある。
 今まで聞けなかった、彼女から直接聞いたことのない――答えを。

 (……起きたら、聞かせてほしいな)


 君が僕のことを、どう思っているのかを。



 そして。
 物語は冒頭に戻るのである。



     ○



 「謝らなきゃいけない事が、たくさんあるの」

 たくさんどころでは無い。
 山のように、ある。

 「でも、最後まで聞いて欲しいんだ」

 私は、ユーノ君に向かって言う。

 「最後まで、今、聞いてほしいんだ。ユーノ君に」

 頼っている、と思う。
 フェイトやはやてや、そんな親友達がいないから、今自分は彼に頼ろうとしている。
 今まで、散々に意識から追い出していたのに。
 自分でそんな自分に嫌気がさすけれども、それでも。

 「虫の良い話だって解ってる。終わった後で怒るのも当然だと思う。でも」

 それでも、話したかった。
 そうでなければ。


 自分の心が、もう保っていられない。


 「お願いします。ユーノ君」

 頭を下げて。

 「謝らせて下さい。今、頼らせて下さい」

 (……私は、)

 今まで散々に、彼の事を意識の外から追い出しておいたくせに。
 こんな時だけ頼る自分が、恨めしかった。

 「…………良いよ」

 ユーノ君は、優しく笑って、言ってくれる。
 その顔が、私を想ってくれているからこそ。
 私は、重い感情に苛まれる。

 「……ありがとう」

 そして、それが分かっていても私は、頼ったのだ。


     ●


 正直に言おう。
 私、時空管理局本局武装隊・一等空尉・高町なのは――――の形と意志を持った者は。
 この世界にプレシア・テスタロッサがいる可能性を、かなり前から疑っていた。
 私がこの世界に召喚された『呼ばれし八人』であることを除いても、あるいは、その前の一管理人として働いていた時間を省いても。
 この世界に、あの大魔導師がいる可能性を、どこかで懸念していたのである。
 それを知った理由、知るに至った経緯は、今は関係が無い。
 長くなることであるし、本筋から外れた情報も多くなる。
 だから私が、この世界にプレシア・テスタロッサがいる可能性を予見していた事だけ把握しておいてもらえればそれで良い。
 高町ヴィヴィオを、鍛え始めた原因がそれだった。
 その時は。
 その時はまだ、私はこの世界に来た理由を忘れさせられていたし、連絡を取っていたフェイトやはやて、クロノも表面的な事情しか把握出来ていなかった。
 だから、私はその時、先に備えて。
 プレシア・テスタロッサがこの世界に来ているのならば、彼女の知識が流出している可能性はあり。
 そしてヴィヴィオや私達に、外部からの危害が加えられないように。
 鍛えようとしたのだ。
 実際、この麻帆良という土地は襲撃は少なく、しかしその癖に関係者各位が鍛える施設はあり、空気中の魔力は豊富。時折の侵入者も十分に余裕を持って対処できる。人間では無く召喚された式神なども多く、ヴィヴィオにも良い実践だった。
 その時の私は、飽くまでも「備え」だった。
 それが変化したのが、ネギ・スプリングフィールドが来てからだ。
 彼が来て、そしてエヴァンジェリンが動き始めた時。
 彼女と接触し、停電の契約を持ちかけられた時。
 彼女の話の中から、この世界に「本当に」プレシア・テスタロッサが来ていて、そして娘・アリシアを生き返らせたことを知った。
 そこで、なのはは方向を切り替えたのだ。
 その時はまだ、自分が何故来たのかを理解していなかった。忘れている状態だった。
 だからその時は唯、自分とプレシア、アリシアとヴィヴィオ。そんな関係が生じるのではないか。


 ヴィヴィオとアリシアは戦う「かもしれない」。


 可能性は低い。
 (けれども、もしもそれが本当になったら)
 その懸念は消えなかった。


 だからなのはは、エヴァンジェリンの桜通りの襲撃事件。
 そこに、高町ヴィヴィオを巻き込んだ。


 ヴィヴィオ自身、自分が彼女を育てたがっている事に気が付いていたと思う。
 話さなかったのは、理由がある。

 (…………私の未熟さの方が、大きいけれど)

 なのはは、その時思ったのだ。
 第一に、プレシア・テスタロッサの事は自分がヴィヴィオに話しても良いのかどうか、迷っていた。話すのならばフェイトが一緒にいるべきだと思ってもいた。
 第二に、仮に、飽くまでも仮に。
 彼女の、大魔導師プレシアの知識が流出していたとしたら。


 高町ヴィヴィオを利用しようとする人間がいないと、誰が断言できる。


 あのジェイル・スカリエッティの様に。
 才能と『聖王の鎧』を保持する、古代ベルカの王族。
 この世界とは全く異なる魔法の性質を持つ彼女に注目しないと、誰が断言出来ようか。
 だからなのはは、ユーノとアルフを、彼女に付けたのだ。
 ――――いや。
 違う。
 彼女は、その時恐れたのだ。
 再度、娘・ヴィヴィオに。


 あの「ゆりかご」事件を彷彿させるような、陰惨な事件を引き起こす可能性があることを教えることを、恐れたのだ。


 エヴァンジェリンの話によれば『魔法世界』のトップ、元老院は過去にも「とある少女」(教えて貰っていない。失言だったらしくそれ以上は欠片も触れなかった。その時一緒にいたルルーシュさんとC.C.さん、それにチャチャゼロさん位しか聞いていないだろう)を利用して戦争が終了した後にも事件を引き起こしたのだと言う。
 言うべきだったのだ。
 けれども、なのはは言えなかった。
 言うべきだと分かっていたのに、言えなかったのだ。
 その時の自分は、ヴィヴィオに不安を与えたくなかった。
 ただそれだけの理由だった。
 自分はそれを選んでしまったのだ。
 心変わりをして、話そうと思った時には――――完璧に機を逃していた。
 だから結局、ユーノにもアルフにも、そしてヴィヴィオにも。
 プレシア母娘が、この世界に来ている事を、教えていなかった。
 その時は漠然とした不安だけだった。
 停電が終わったら話そうと思っていた。
 けれども、けれども、だ。


 アリシア・テスタロッサが、その停電にやって来た。
 フェイト・アーウェルンクスと共に、やって来たのだ。


 これは、後に聞いた話になる。
 フェイトが来る様になったのは、彼の前前からの計画だったらしい。
 けれども、アリシアが来たのは完璧なイレギュラーだったと、エヴァンジェリンは言った。

 『本当ならば「子守り」があるはずだからな……。何か理由があったんだと思う。焔の娘も来ていたしな』

 停電の裏で、なにやら『魔法世界』で騒動があったらしい。
 兎に角、その影響でいきなり。
 突然に、アリシア・テスタロッサが乱入した。
 そして、ヴィヴィオとぶつかったのだ。


     ●


 「……プレシアさんの事を、」

 ユーノ君が、そこまで静かに聞いて、言った。

 「なのはは、どう思うの?――――どうして管理局に、言わなかったの……?」

 「うん」

 私は、答える。

 「プレシアさんのしたことを、肯定するわけじゃ無いよ。フェイトちゃんを傷付けたことは正しくなんかないと思う。でも、それを言う権利を持つのはフェイトちゃんだけで、今の私には――プレシアさんの気持ちも、分かるんだ」

 分かる、あるいは、理解出来てしまう、のだ。
 娘を大事に思う気持ちを。
 その為に、もう一人の娘を犠牲にすることが許される訳ではないけれども。

 「分かるの。私も、未熟だけど、ヴィヴィオのお母さんだから」

 今ならば、プレシア・テスタロッサの感情が、完全にでは無いが、理解できるのだ。
 それは多分、親友のフェイトも同じだと思う。
 だから、幸せを願った感情が理解出来た。

 「だから、その時私は、フェイトちゃんと話し合って、渋るクロノ君にも話して、納得させて、こんな結論を出した」


 「プレシアさんを、もう何もしないでおこうって」


 だって、そうだろう。
 確かに彼女は罪人だ。犯罪者だ。それを否定するつもりは無い。
 けれども、本来は彼女は優しかったことを知っている。
 そして、全てを擲ってでも娘に愛情を注いだことを知っている。
 その彼女は、公式ではもう十年以上も前に死亡しているのだ。
 そして、なのはがいる世界は――――時空管理局の航行艦ですらも到達し得ない場所にある。
 ならば、何もしなくていいだろう。
 懸念はあった。
 それこそ、もう一回彼女が次元振動を引き起こすような真似をする可能性は、あった。

 「でも、彼女について調べていたら分かったよ。彼女は娘がいたことも。エヴァンジェリンさんが、プレシアさんと出会っていた事も。アリシア・テスタロッサが――――生き返った事も」

 それを知ったからこそ、何もしないと決めたのだ。
 病魔に蝕まれていた当時のままならば、長くない。
 仮にそれが治ったとしても――――此方の世界で、彼女は捕えられ、投獄させられている。
 そしてそれを承知の上で、彼女は娘を生き返らせようとした。
 エヴァンジェリンの話では、その願いは全て叶えられ、そして彼女は責任を受け入れたのだという。
 だから。
 時空管理局の上層に、彼女の存在を教えるつもりは無かったのだ。

 「でもね、実際にヴィヴィオと、アリシアさんが戦った。戦っちゃんたんだ。そして、アルフが傷ついた。ユーノ君も、ヴィヴィオも守るために傷ついた」

 「僕はアリシアさんに倒されたわけじゃ――――」

 「無いよ。……知ってるよ。でも」

 それが、罪の意識の一つだ。


 「私がきっと、ヴィヴィオやアルフに、プレシアさん達がこの世界に来ていることを言っておけば――あの二人はもっと怪我が軽くて済んだはずだよ」


 「それでね」

 ユーノ君、と言う。
 今までの話は、罪の一端だ。
 私が本当に彼に言わなければいけないのは、ここからだ。
 ヴィヴィオは、アルフに背負われて家に戻した。
 アルフには、先程外に連れ出された時に話している。

 「私がユーノ君に謝りたいのは、ここからです」


     ◇


 「さっきね」

 なのはは、僕に言う。

 「アルフに言われたんだ。ユーノ君のことを、業と頭から外している、ってね」

 俯きがちになる視線を、それでも上げながら。

 「そうだったの。私は確かに。ユーノ君のことを、敢えて頭から外してたの」

 その言葉が、ショックじゃ無かったと言えば嘘になる。
 けれども、彼女の話はまだ終わっていなかった。
 だから僕はそれを顔に出すことをやめて、最後まで聞くことにした。

 「納得してくれないかもしれないけれど、ユーノ君。理由を、話させて下さい」

 その時の彼女は。
 何時もとは違って、とても脆そうに見えた。


 だから僕は、頷いていた。



     ○



 ヴィヴィオを背中に抱えて、寮の管理人室に向かう赤い髪の女性、アルフ。
 野性味あふれるその姿は、今は中学生程度。
 魔力を肉体の回復に回している為、消費量を抑えるためだ。
 背中に抱えたヴィヴィオの体は温かい。
 彼女が今、ここにいることを実感させられる。
 停電の後始末は、まだ終わってはいない。
 けれども、流石に小学生をそこまでやらせるのもどうかということで、一体どこから来たのか、学園長が帰っても良いと言う許可をくれた。
 後日、ヴィヴィオの口から、停電に起きたことをきちんと話させる、という条件だった。
 背負ったまま、夜空を見あげる。
 星の瞬きも、澄んだ春の空も、潮の匂いがしない事を除けば、自分が鳴海市で見たものとそっくりだ。
 けれども、ここは世界が違う。
 次元が違う。

 (…………フェイト)

 はるか遠くにいる、彼女のマスターに向かって、彼女は言う。

 (……私は、どうするべきだろうね)

 ヴィヴィオといる事は楽しい。
 けれども、高町なのはの口から事情を語られた今では。
 それを簡単に、手放しで喜べはしなかった。


     ◇


 「もう、肉体は死んでるんだよ。――――私、高町なのは、はね」


 そんな言葉から我に返って、問い詰めた。
 その反応を、おそらく彼女は予想していたのだ。

 「長い話になるよ」

 そう前置きをして、なのはは話し始めた。

 「こんな機会じゃ無いと、きっと学園の誰かに聞かれてしまうからね。ヴィヴィオにも」

 もはや彼女は、隠すことは諦めたようだった。
 アルフに対して、彼女は、口を開く。

 「事前情報で知ってると思うけれども。管理外世界で発見されたロストロギア、便宜上に名付けられた『聖杯』っていうアイテムは、私の高出力の魔力に反応して砲撃を吸収し始めた。結果として、ロストロギアに対して砲撃を放ったことになる」

 表向きは、その『聖杯』の効果でなのははヴィヴィオと共にこの世界に跳ばされた、となっている。

 「…………吸収までは、流石に予測できなかったけれどね。でも、抑え込むことは出来ると思ってたよ。今までもそうだったから。――――ただ、誤算だったのはね。そのロストロギアは破損しても効果を持っていたってことかな。破損しても尚、『聖杯』は私の魔力を吸収して、そして私に迫って来た。マリーさんの話では、破損を魔力の吸収で回復させようとしたらしいよ」

 そう言う効果を、持っていたらしい。

 「当然だよね。災害時に破損程度で動きを止めたら、それで終わりだもん。破損しても、ある程度の魔力を吸収したら――――自己修復が出来る仕組みだったんだよ」

 そう付け加えて。

 「あまり覚えていないけれどもね。あのロストロギアは、私の砲撃を遡って来た。まるで滝を登る鯉みたいにね。だから自分の砲撃が隠れ蓑になって、視界に入らなくて回避出来なかった。昔の私の全力ならば大丈夫だったけど。……JS事件での後遺症は、あるからさ。――――ロストロギアは」

 彼女は、言った。


 「私をそのまま飲み込んだんだよ」


 今のなのはは、全て思い出していたのだ。
 思い出して、しまったのだ。
 『世界の意志』が、自分に声をかけた時に。
 自分が一体どういう状態だったのか。
 自分がその時に、何を望んでしまったのか。


 「だから、ロストロギアの中から、私の体が発見されたんだ」


 巨大な口の中に、吸い込まれる感覚だった、と彼女は言う。

 「昔、ヴィータちゃん達に魔力を抜き取られた時も苦しかったけれど、あれの比じゃ無かった。私の持つ魔力、生命力、全部吸い取られていったんだ。脱出は不可能。レイジングハートも起動できなくて、食虫植物に捕らえられた虫は、きっとあんなイメージだと思う。動く事も出来ず、ただ魔力を抜き取られて。意識もだんだん遠くなっていってね。…………死んだと思ったよ。自分が死ぬことよりも、ヴィヴィオやフェイトちゃんや、皆を悲しませることの方が辛かったな」

 彼女は、淡々と。
 けれども、悲しそうな顔のままで言う。

 「その時にね。私に声をかけた存在があった。消えかけた意識の中でも、聞こえた声があった。それが、この世界に私を呼んだ『世界の意志』。私を「アーチャー」にした存在だよ」

 彼女は言う。

 「…………なあ、その『世界の意志』ってのは、何なんだい?」

 つい、口を挟んだ私の口調は湿っぽい。
 耳も垂れているし、表情は非常に暗い。当然だろうと、思う。

 「なのはを助けてくれた存在だろうけれども、信じられる程良い存在だとは思わないよ」

 「――――世界、あるいは星。そう言う物はそれ自体で一つの生命だ、っている理論があるらしいけど、知っているかな。ガイア理論」

 「…………聞いた事は、どこかであるよ」

 「うん。その意志、生き物としての意識の代表みたいな物だと、私は思ってる。彼女はこの世界で、戦力を欲していた。そして私に声をかけた。『今ならばまだ間に合う』って言ってた。その時の私にあったのは、頷くか頷かないかの二択だけ。断ったらそのまま死に一直線だった。私は頷いた。頷くしか出来なかった。ヴィヴィオやフェイトちゃんや、皆の悲しむ姿を見たくなかったから」

 一気に。

 「でもね。『世界の意志』は、私にその記憶を奪っていた。封印していたんだよ。だから、この世界に来た最初は――自分でも解っていなかった。自分は普通に、時空管理局からこの世界に跳んで来たんだと思っていた。でも違った。それに疑いを持ったのは、停電の少し前だよ。二人が来てから。停電の前に、ヴィヴィオと話をする前に。私に、連絡がきたんだ。ロストロギアの中に、魔力も生命力を全て吸収されて、器だけになった――――私がいた、って」

 一気に、彼女はそう言って。

 「その時はね。見当違いの推測でしかなかった。フェイトちゃんもはやてちゃんも、皆、それが私だって…………思っていなかったみたい。私の魔力を内部で吸収して構成されただけの物、とかね。だから私は、その時は不安にさせたくなくて、貴方達三人には黙っていた。でも、違うんだ。違うんだよアルフ」

 彼女は、声だけはしっかりと。
 けれども、瞳の中にただ辛さと悲しさと、言いようのない色を湛えて。

 「私の体は――――」

 その時の彼女は、泣きそうな顔をしていた。



 「――――その空っぽの、ただの虚ろな肉体だったんだ」



 彼女は言う。

 「『世界の意志』は、どうやったのか――――死ぬ寸前の私の意識を、此方に送って来た。肉体を、『自分の最も優秀だった時代の肉体』で復活させて。レイジングハートを『宝具』として。役職は「アーチャー」として。今の私は幽霊だって言うのは、そう言う意味なんだ。私の本当の体は、もう完璧に死んでいて、今の私は――この世界でのみ、生きているんだよ」

 だから、話したくなかった。
 この世界がどんな世界であるのかは知らない。
 けれども今の自分は幽霊だ。
 この世界から出たら、おそらく、今度こそ完璧に死ぬ。
 意識から肉体まで、全てが消えてしまう。


 それはつまり、帰れないと言うことだ。
 ヴィヴィオや、アルフや、ユーノは帰れるのに。


 「待ってくれよ!じゃあ、何でヴィヴィオや私やユーノが来れたのさ!何か理由があるはずだろう!?」

 「そうだね」

 なのはは、頷く。
 きっと理由がある。アルフには。でも――ヴィヴィオとユーノ君の役目は、予測が出来た。
 第一に、娘であるヴィヴィオを送り返す為に、彼女に同伴する役目。
 そしてもう一つが、高町なのはに対する、『世界の意志』からの人質だ。
 小耳に挟んだ程度だが、ルルーシュさんとC.C.さんもまた、この世界に来て一度、事件に巻き込まれている。
 おそらく、そうなのだ。
 『世界の意志』は、第一の目的を途中まで叶えて。


 残りの願いを叶えて欲しければ、言うことを聞けと言っているのだ。



 「停電で、それが分かったんだよ、アルフ――ねえ、私はさ。……どんな行動をとるのが、一番良かったんだろうね」



 何を言えば良かったのだろう。
 結局アルフは、何も言えなかった。
 情報の大きさと、その時の彼女の顔が余りにも、辛そうだった。
 今にも消えてしまいそうなほどに、儚げだった。

 「……考えないように、してたんだよ。記憶が封じられていても、無意識で「覚えている」ことが、不安になって、ずっと心の奥で眠ってたんだ。今もそう。――普通の恐怖だったら、大丈夫だった。でも違う。私はもうあの世界にはいない。フェイトちゃんやはやてちゃんがいて、ヴィヴィオがいて、六課の皆やユーノ君やクロノ君がいる、そんな生活も出来ない。平和で優しい世界がここにはある。でも、その手綱は私が握っている訳じゃ無い。この『世界』が握っているの」

 それにね、と。
 その時だけは、彼女はしっかりと、哀しく笑った。


 「ヴィヴィオに、悲しい思いをさせたくないんだ」


 その中に含まれていたのは、間違いなく強さだった。
 その強さに押されて、アルフは何も言えなかった。
 けれども、同時に。

 (…………ユーノ)

 彼ならば、何かが言えるのではないかとも、思ったのだ。
 ユーノ・スクライア。彼女に一番近かったあの青年ならば――何かを、言えるのではないかと、思う。
 なのはは言った。

 「……今の話。ヴィヴィオには」

 「話さないよ。絶対に」

 なのはは、悲しそうに微笑んだ。

 「話すかもしれないけれども、今は話さない。帰れる目途も立っていない。私を呼んだ本当の理由も、まだ教えて貰っていない。帰れない。だから――――まだ、話さない。何時か話す日が来ると思うけれどね」

 「じゃあ」

 アルフは、言う。

 「――ユーノには」

 「……うん。最初はね」

 話さない、つもりだった。
 彼女は言う。
 少なくとも、帰る目途が立つまでは話さないつもりだった。
 でも、停電で。
 アリシア・テスタロッサに出会って。
 ユーノ・スクライアが倒れた事を知って。


 停電で、今までの自分の行動が――この状況を招く、選択肢を選びとっていたから。


 「……話すよ」

 自分で、話さなければと、思ったという。
 そうでないと、きっと自分は――壊れてしまうだろうから。
 自己嫌悪と、罪悪感とで、潰れてしまいそうだったから。
 彼に話す前に、アルフに話すことになったのは予想外だったけれども。


 「アルフ。……ありがとう、ね」


 そして彼女は。
 目を覚ましたユーノ・スクライアに頭を下げに行ったのだ。



     ○



 「私はね、ユーノ君。『世界の意志』の言葉に乗っちゃったの。その時の頭の中にあったのは、ヴィヴィオが悲しむとか、皆が悲しむとか、そんなことだけだったんだよ。だからね、自分の立場を思い出した今は。……死ぬことはね、嫌だけど、そんなに怖くない」

 なのはは、言った。

 「でも、ね」

 その時の僕は、どんな顔をしていたんだろうか。
 なのはは、顔を歪ませる。

 「ヴィヴィオがいて。ユーノ君とアルフが来てくれて。でも、私を追いかけて来たせいで、皆傷ついた。私がプレシアさんの事を伝えていれば、ユーノ君とアルフだけにも伝えていれば。それ以前に、私がエヴァンジェリンさんに協力しないで、ヴィヴィオと一緒に行動していれば」

 こんなことには、ならなかったかもしれない。

 そう、彼女は言った。

 (……なのは)

 怒る気には、なれなかった。
 プレシアさん達が来たことを伝えなかったのは、ヴィヴィオに余計な不安を与えない為。
 エヴァンジェリンさんに協力したのは、いざという時の為にヴィヴィオを成長させる為。
 僕とアルフをヴィヴィオに同伴させたのは、ヴィヴィオに対する襲撃に、備えるため。
 けれども、アリシアさんは予期せぬ出来事でこの地に来た。
 彼女は母から僕たちの事を聞いていた。
 エヴァンジェリンさんに協力していたから、なのははヴィヴィオ達の方に来れなかった。
 根本にあったのは、ただ、単純な話。



 ヴィヴィオを守りたかった。
 高町なのはは、母親だから。



 そんな、様々な理由があって。
 けれども、僕が彼女を怒る気になれなかったのは、単純な話。
 その時の彼女が、余りにも小さく見えたからだろう。

 「でも、ね。……気がついちゃったんだよ。私はもう、あの世界に戻れない。今この世界でだけ生きていられる。それを、悟ったら、自分の中で、罪悪感とか全部一緒になっちゃって……」


 「心が壊れそうで、さ」


 彼女は、涙こそ見せないで、けれど心の中で悲しんでいた。

 「どうすれば、良かったのかな。ユーノ君」

 彼女は言う。

 「世界は、こんなはずじゃ無いことばっかりだよ。知ってるよ。でも、それでも私は備えようとした。自分は構わなかったけれど、ヴィヴィオには悲しい目に合わせたくなかったんだ」

 (…………なのは)

 僕の中には。
 言いたいことは、たくさんある。


 例えば、ヴィヴィオはそんなに弱くないとか。


 なのはは、過保護に過ぎると思う、だとか。


 自分の娘が、自分に似ているのならば、ヴィヴィオだって乗り越えられるとは、思わなかったの?――とか。


 せめて僕にも頼って欲しかった、とか。


 毎回毎回自分で全部抱え過ぎだよ、とか。


 今は、なのはは、自分を見失っているよ、とか。


 多分言葉にしたら、この夜が明けるまで言ってしまえると思う。
 でも、僕はそれをしなかった。
 言うのは明日でも、明後日でも良い。今じゃ無くても良い。
 今の僕は、ただ。

 「……大丈夫、だよ」

 起き上がって、彼女の手を引く。
 彼女を、抱きしめて。

 「言いたいことはあるけど、でも、今なのはは、ここで、僕と一緒にいる。だから今は安心して」


 壊れそうな彼女を、慰めたかった。





 そして、夜が空ける。



     ○



 翌日。
 寮の管理人室の中で、なのはは朝食の準備をしていた。
 徹夜ではある。けれども「アーチャー」として召喚されたせいなのか、肉体に疲労は少ない。考えてみれば、JS事件での後遺症が無い時点で変だったのだ。
 心が軽くなってはいない。
 けれども、ユーノとアルフに話したことで…………幾分か、楽にはなった。
 そして。

 (…………ユーノ、君)

 抱きしめられた時の事を思い出す。
 顔が微妙に紅潮しているのは気のせいではない。
 多分、後始末に行ってしまったのと、気を利かせて出て行ってくれたのとで、拠点内部には人はいなかった。
 そこで彼女は、ユーノ・スクライアをいう青年に、抱きしめられた。
 別に卑猥な事では無い。
 それはたぶん、悪い夢を見た娘を抱き抱える、親の様な、優しい抱擁だった。
 その中で彼女は、ユーノ・スクライアに泣きついた。
 静かに泣いた。
 あの時の事を思い出すと、妙に彼の事を意識してしまう。

 (……もしかして、私は――――)

 自分の、この感情が何であるのか。
 自覚し様として。
 その時だ、ヴィヴィオが起きて来た、音が聞こえたのは。
 振り返ると、多分、アルフに抱えられていたからだろう。ぎこちない動きでヴィヴィオが部屋に入ってきた。体が強張っているのかもしれない。
 ヴィヴィオは、自分を見る。
 私は――――。

 「おはよう。…………ううん。違うね」

 今、言うべきは、この言葉じゃない。


 「――――ただいま、ヴィヴィオ」


 ヴィヴィオには、不安感を感じさせないように。
 普通の笑顔で、娘に言う。

 「うん。――――お帰りなさい。なのはまま」

 ヴィヴィオの、その笑顔を見て。
 ああ、やっぱり。
 出迎えてくれた娘を見て、思った。
 今だけは、思いたかった。


 家族って、良い物だと。











 そんなわけでシリアスに、なのはさん達のお話と、「召喚」についてのちょっとのネタばれでした。
 次回で停電の後始末も終わりにします。
 そろそろ二レス目に移動しようかと思っているのですが、ご意見を頂けると嬉しいです。



[10029] 「習作」ネギま クロス31 第二章《福音編》 福音は誰が為に
Name: 宿木◆442ac105 ID:075d6c34
Date: 2009/11/21 21:05



 ネギま クロス31 第二章《福音》編 ~福音は誰が為に~



 夢を見た。
 不思議な夢を見た。
 夢の中で、私は何か檻の様な物の中にいる。
 周囲には何やら怪しげな魔法使いがいて、私はその中で動く事も出来ずにただ放心して座っている。
 遠くで。
 音が聞こえた。
 ただの音じゃ無い。何かを破壊するような、壊すような、音。
 視界の遠方に見えていた光る巨人が崩れ落ちる。
 崩れ落ちるだけじゃ無い。潰され、爆発に飲み込まれ、飛来した剣に切断され、閃光と共に描き消える。
 そして。

 「―――の―!《紅――》め!―ここ―嗅ぎ――――か!」

 私の周囲にいた魔法使いたちが叫ぶ。
 叫んで、そして次の瞬間には――倒れていた。
 血は流れていない。
 けれども、少しも動かない彼らは、たぶん既に事切れていたに違いない。
 冷静なのは何故だろう。
 これが夢だからなのかも知れない。
 私の頭を誰かが撫でる。
 私を繋いでいた手枷も足枷も、砕け散っている。
 それをしたのは、空間を繋いだのか、いきなり現れた……私の目の前に立つ女の人だった。
 流れるような金色の髪。黒のドレスに身を包んだ起伏にとんだ肢体に美貌。そして、口元に見える長い牙。
 彼女は私に向かって言う。

 「……心配掛けたな、アスナ」

 彼女のその話し方を、私は聞いたことがある。
 決して名字で呼ばない少女。クラスメイトの小さな女の子。ネギの戦った――吸血鬼。
 彼女は――。


     ◇


 そこで、目が覚める。

 「え」

 霞の中で、消えていく夢の記憶。
 けれども、今度ははっきりと、覚えている。
 エヴァちゃんが、いた。
 彼女が私の夢の中に出て来た事は、覚えている。
 どんな状況だったのかはもう覚えていないけれども――エヴァちゃんが、幼い私に声をかけた光景を、覚えている。
 どんな意味を持つのかは知らない。
 周囲を見る。そこは自分の部屋で、ベッドの上。木乃香と生活する女子寮だった。
 停電の最中に、ネギの顔をした奴に気絶させられたところまでは覚えている。そのあと私がどうなったのかは把握出来ていないけれども、誰かが私を運んでくれたのだろう。
 ネギは――――いない。ロフトはたたまれた布団が置いてあるだけだった。
 私は起き上がる。時計を見て、新聞配達の時間だと確認する。
 考えながらでも体が勝手に動くのは、慣れなのかもしれない。体に染みついた動きの通り、着替えて、準備されていたおにぎりを食べ、木乃香に昨晩は悪かったと書置きをして出て行く。

 (……聞いて、見よう)

 思えば、私は自分の故郷も過去も知らないのだ。
 夢の中にエヴァちゃんが出て来たのならば、可能性はある。
 もしかしたら。

 (エヴァちゃんは、私を――私の過去を知っているのかな)

 なんとなく。
 それは真実の様な気がした。



     ○



 「良い天気です」

 茶々丸は、玄関から出て空を見る。
 昨晩の騒動は全て夢であったかのように、全ての痕跡が消えている。
 自分の家の横。森の木々でさえも以前より繁茂している位だ。
 ログハウスの鍵を掛け、その鍵を仕舞う。
 若干まだ、指先の動きがぎこちないが、それでも昨晩の内に修理されたのだ。葉加瀬と超、そして《薔薇乙女》の姉たちには感謝するべきだろう。

 「…………はふ、流石に眠いな」

 欠伸をする魔女と、それに呆れる魔王。

 「――――茶々丸。いけるな?」

 そして、自分に声を掛ける主人。エヴァンジェリン。
 おそらく昨晩は寝ていないに違いないが――疲れた様子は見せていない。

 「はい」

 ならば自分も、再稼働し始めて時間が短いとは言えない。


 自分は彼女の従者なのだから。



     ○



 『昨日はお礼を言います。楓』

 拙者が双子を引きつれて寮を出た時に、刹那が声をかけて来た。人間の可聴領域ギリギリ、風香も史伽も聞こえてはいないであろう声ではあったが。
 周囲に見えない所を見ると、結構な遠距離から声を発しているのであろうな。

 『お嬢様を、護衛してくれていてくれて』

 確かにそれは、彼女の感謝の言葉でござった。

 (……何があったかは)

 まあ、詳しくは知ってはいないのだが。

 (――刹那は、良い方向に折れたようでござるな)

 誰かが彼女を打ち負かしたのだろう。
 そして刹那は、再度形作られた。
 砕けて何も出来ない刃となるかと懸念をしてもおったが、そこまで彼女は弱くなかったようでござる。
 以前よりも柔らかな、優しさを感じられる。

 『別にそんなに苦労したつもりはないでござるよ』

 そもそも昨晩は、どうやらヒデオ先生の知人(確証は無いでござるが)が寮に結界らしきものを張っていて、事件など皆無でござった。自分の行動は徒労に終わったとも言える。
 だから刹那、お主が気にする事は無いでござる。

 『……それでも、です』

 彼女は、此方に頭を下げた。

 『今までの事も含めて、友人として、貴方に感謝を、楓』

 拙者の視力で初めて確認できるような距離から、彼女は頭を下げた。
 そのまま、彼女は姿を隠す。

 「楓?」

 「なにかあったのですか?」

 拙者が目線を遠くに送っている事に気が付いたのであろう。

 「なんでもないでござるよ」

 声をかけて来た二人に返事をして、拙者は学校に向かう。
 停電の日は、敢えて行動するつもりは無かった。ネギ坊主やエヴァンジェリンや、刹那や龍宮まで動いていた大事件であったけれども、拙者が口を挟んでもヤヤコシクなるだけでござったしな。
 ただ、友人として何も出来なかった事に一抹の寂しさを覚えるのも確かでござる。

 (……修学旅行では)

 自分も動くかも知れない。


 それは、おそらく――――戦士の勘だった。



     ○



 昨晩、明日菜は一体いつ帰って来たんやろうか。
 気が付いたら明日菜はベッドに寝ていた。ネギ君は、今朝になってルルーシュ先生が『家に止まっているから心配しなくて良い』って連絡くれ張ったけど、明日菜は気が付いたら寝てたんや。
 正確に言うと、夜になっても帰ってこなくて、ウチが一瞬寝そうになったら、次の瞬間にはベッドにいたんよ。時計を見ても数秒だけやった。
 そしてその数秒の間に、ウチは何があったのかは知らへんけれども。
 けれど、きっと明日菜は何かに巻き込まれて、そして誰かが明日菜をこっそり帰したんやろうな、と思う。たぶん、エヴァちゃんの関係者やな。
 桜通りで夕映が覚醒して、それでもウチが引かなかった時。エヴァちゃんはウチを助けてくれた。エヴァちゃんはウチを脅かして、本気で殺気を当てて、それでもウチは退かなかった。
 その時からやな、彼女が多分、ウチを認めたのは。
 近衛木乃香という少女を、たぶん、認めたんや。
 エヴァちゃんが何をしてるのかは、教えて貰っていない。彼女がどんな存在なのかを、彼女は教えてはくれへん。人間じゃないかもしれないとウチが勝手に思っているだけや。
 でも彼女は――目的があって、たぶんウチを試した。
 だから明日菜にも、同じことをしたんやと思う。
 推測だけどな。
 そう自分で結論を出して、ウチは朝御飯を作る。ネギ君がいないから一人分や。
 父上は、優しいけれども厳しかった。
 家事を仕込まれただけやない。礼儀作法から日舞などの芸術、果ては相当の知識までウチに仕込んだ。
 合計すれば一日に数時間やけれども、その数時間は鬼のように厳しかった。
 そのせいやろな、ウチが精神的に強くなったのは。
 小皿にとった御御御付けを味見して、運ぶ。
 明日菜は結局、朝普通に起きて新聞配達に行った。一応、準備しておいた朝御飯は食べたらしい。昨日は御免、って書き起きがあったしな。気にせんでも良いやろ。
 ウチは食べ終わると、支度して学校に向かう。明日菜もネギ君もいない日は、久しぶりやった。
 駅まで歩いて、電車に乗って、学校に行く。
 そんなときやった。


 「おはよう、ございます。お嬢様」


 ――――――え?

 正直、聞いた声を信じられへんかった。
 でも、聞き間違えてはいない。聞き慣れた声を忘れるほど、ウチは抜けてはいない。
 雑踏の中で振り向いた時には、その姿は小さかったけれども。
 確かに、せっちゃんがこっちを向いて、頭を下げていた。
 一瞬だけやったけれども、彼女は目を合わせて、小さく恥ずかしそうに微笑んでいた。
 次の瞬間には、せっちゃんは人混みの中に消えていた。
 その後に、運動部の四人に声をかけられて、彼女達と一緒に向かう。偶には違う人と歩いてみるのも面白いな。
 学校に行って教室に入った時や。
 教室に入った私に、せっちゃんは確かにこっちを見た。
 その時のせっちゃんは、前よりも少しだけ柔らかい空気を持ってはった。
 何があったのかは知らへん。
 けれども、や。


 エヴァちゃん達にお礼の言葉を言っておくべきやろうな、と思った。



     ○



 「おはよっ!」

 私の声に、三人が目を丸くする。

 「どうしたの? 何か顔についてる?」

 「…………ううん。いや、元気だなあ、って」

 アキラの言葉に、祐奈と亜子も頷く。そうかな。いつもの通りだと思うんだけれども。
 昨晩の記憶は曖昧だ。停電前に大浴場で落とし物を探していた部分までは覚えているんだけれども、以降の記憶が不明確にも程がある。
 朝起きたら寮のベッドで眠っているし、でも服装は水着の上にパジャマという訳の分からない格好だった。水着は大浴場で探し物をしていた時の格好だし、パジャマはタンスの中にしまっておいたものだ。
 まあ、特に実害は無かったから気にしてはいないけれど。

 「そう?」

 「そうだよ」

 アキラがそう言うのなら、きっと、そうなんだろう。
 自分で元気なつもりは無い。いつも通りのはずだ。
 確かに、以前よりも少し目が痛くなる頻度が上がっているけれども我慢できるレベルだし。
 私は基本、あまり物事を考えないで生きるタイプだと自覚している。フィーリングで生きるというのかもしれない。
 勉強は苦手だけれど、そう言う部分での見極めはそれなりに上手い、はずだ。たぶん。

 「んー……そうかもね」

 だから私は、普通に頷いて四人で学校に向かう。
 亜子は貧血気味みたいだし、アキラと祐奈は何やら怪我をしている。何があったのかは分からない。今日の放課後にでも聞いてみようと思う。
 時間が其れほど早くないせいだろうか。生徒は皆歩いている。
 ふと前を見ると、目の前にクラスメイトの木乃香がいた。
 彼女を、見た瞬間に。


 ――――ズギンッ!


 そんな風に、目の奥に痛みが走る。以前から時々、学園長やエヴァちゃんを見る時に感じた痛みだった。
 咄嗟に目を閉じた私は、しばらく木乃香を目の前から外して、顔にはその痛みを出さない。
 出したらきっと、皆に心配を掛けるだろうから。
 空をしばらく見たら、痛みはすぐに引いた。

 (……よし)

 これで、何も心配をかける事は無い。
 自分で言うのもなんだけれども、私はきっと笑っている顔が一番似合っている。

 「お~い!木乃香~っ!」

 私の声に、振り向いた彼女に、私は言う。

 「折角だから、一緒に行こう!」


 うん。今日も平和だ。



     ○



 教室の中で。
 私は、皆さんが入って来るのを見ます。




 「やれやれ、まあ確証足る物はゲットしたし。……本格的にネギ君に尋ねるのは修学旅行かな」

 隣の朝倉さんは、何やら怪しげな笑みでカメラの手入れをしています。




 「龍宮さん。眠くないんですか?」

 「なに、慣れているんだ」

 苦笑いをしながら答えた龍宮さんは、竹内さんと仲が良くなっているようです。良い事です。




 「あ~……御免なさい。ちょっと寝ますね」

 「無理しない方が良いヨ。葉加瀬」

 すごく疲れた顔の葉加瀬さんと超さん。そして少し離れて千雨さんが舟を漕いでいます。




 「――――昨日、何があったのかな。ゆえゆえ?」

 「これは――――屍累々ですね。……まあ、生きていますが」

 「ま、気にしなくても大丈夫でしょ。何かあったら協力すれば良いんだしね」

 図書館島の三人組、のどかさん、夕映さん、ハルナさんが教室に入るなり一瞬固まりました。




 「おはようございますーっと」

 だるそうな空気のまま、鞄を肩にかけてはいって来た美空さんは、足に包帯を巻いていました。




 「おっはよーっ!」「桜子、元気だね……」「くぎみー、何でそんなに眠い?」「色々あったのよ。昨日は」「……ま、無理しないでよ?」「うん。――桜子。ごめん、もうちょっとトーン落として」「ほにゃ?――――ああ、ごめん」

 チアリーディングの三人組は、どうやら釘宮さんがだいぶお疲れのようです。




 「おはようございます」

 静かに入って来た闇口さんは、静かに席に着きました。




 「おはようアル!」「おはようございます」

 古菲さんと四葉さんが、中華マンの蒸籠を持ったまま教室に入ってきました。美味しそうな匂いがしますね。




 「……………」

 無言のまま、気が付いたらザジさんは席に座っていました。




 「千鶴、いいんちょ。昨晩は心配したよ」

 村上夏美さんが、委員長さんと那波さんに声をかけています。
 私は彼女達に迫ろうとして。

 『そこまでだよ、幽霊のお譲ちゃん』

 声をかけられました。
 黒いナイフと、同じく黒いルージュをした女性がいます。長い牙に、私は吸血鬼という名前を連想しました。けれども、きっと幽霊に近い物なのか――教室内の誰も、気が付いていません。

 『お譲ちゃんが危ないとは思えないけれども、一応念には念を入れるのがサーヴァントの指名ってやつでね。そんな訳で自分の席にバックしてくれるかい?』

 『……あ、はい』

 サーヴァント、という物がどんな物なのかは知りませんでしたが、悪い人ではなさそうです。
 今の彼女は、どういう理屈か幽霊のようになっているらしいです。だから私が見えて、他の人には見えない。

 (……話し相手に、なってくれないでしょうか)

 もしもそうだったら、私はとても嬉しいです。



 教室に皆が揃うのには、そう時間はかかりませんでした。



     ○



 朝起きて、学校に行く。
 それだけの事が、今日ほどに心配だった事は無かった。
 サラ・マクドゥガルは、教室の扉に手を掛ける。
 緊張しながら、息を吐きながら、扉を開けて。

 「サラさん!ネギ先生がいらっしゃいますわよ!」

 変わらない委員長の声を聞いて、教室に踏み入れて、内を見る。
 そして。
 遅刻寸前の自分の席と、最前列、理由不明の椅子だけが空席。
 その光景を見て。
 サラは、安心して、笑った。



 「――――なんだ。全員揃ってるじゃん」



 その言葉に。
 クラスの大部分に、なんとなく――――苦笑めいた物が浮かんだのは。
 決して間違いでは無かったのだろう。
 サラは知らない。
 何が昨晩の停電であったのかは、知らない。
 けれども。

 (……全員が揃ってるんだ。それで良いよな)

 そう、思った。



 さあ、授業の時間だ。



     ○



 鐘が鳴る。
 響き渡るその鐘の音は、一人の吸血鬼の奏でた鐘の音だった。
 少女の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 彼女の奏でた騒乱の宴は、小さな、しかし世界に響き渡る協奏の始まりだった。
 《福音》の音色は世界に響く。
 奏で、響き、満ち渡り、そして世界を揺り動かす壮大な調べとなる。
 学問・政治・経済・暴力・宗教・電脳に、次元。
 全てを巻き込む世界の物語。
 総勢、31の世界が混ざり合う、物語。



 その中心。ネギ・スプリングフィールドと3-Aを巡る物語は、ここからが本番である。








 これにて第二章は終了です。長かった。
 次回からは新しいレスで、修学旅行編に入ると思います。
 その前に、世界情勢の動きと、人物・世界設定を出そうと思いますので、それでは次レスでお会いしましょう。


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