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[18721] オーバーロード(オリジナル異世界転移最強もの)
Name: 丸山くがね◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2012/06/12 19:28
 






 はじめまして。もしくは再びようこそ。

 読んでくださる方が時間を無駄にしたと思われないことを祈っております。
 それと15禁程度の内容がある場合がありますので、読まれる方はご注意ください。
 では、これで失礼します。

 この小説は『小説家になろう』様の方でも公開しております。


4/26追記
 オーバーロードが書籍化されることになりました。
 出版社はエンターブレイン様。発売日は夏頃を予定しています。
 消したりと言うことはありませんが(多分)、作業が忙しいために更新に若干時間がかかるかもしれません。お待ちいただければと思っております。何とぞよろしくお願いします。

4/30追記
 応援を下さる方々ありがとうございます。
 応援をいただけるたびに、気力が回復していきます。
 
 さて、編集さんからはそのまま連載してくださって問題無いですよって言われてますので、このまま継続してオーバーロードは投稿して行く予定です。取り敢えずは5月後半に『日々』を更新したいです。まだ10k程度しか書いてませんが。
 そして6月後半、もしくは7月頭に『■■■』を公開します。流石にこれは進展具合によって左右されます。
 それから先は本の発売後になってくると思われますので、ちょっとよく分かりませんが8月中にギャグちっくな『■■』。短めの話を公開でしょうか。
 なのでのんびりと更新していく予定のオーバーロードを、今後ともよろしくお願いします。

 ただ書籍化にコケた場合、そのまま静かに消えていきますので、その時は続きはどうしたんだろうとは思わず、どうかついでがあったらうらにわのむちむちぷりりんのおはかに花束をそなえてやってください。

 6/12追記
 『むちむちぷりりん』から『丸山くがね』に名前を変更



[18721] 01_プロローグ1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/11/14 11:37






 D M M O R P G<Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game>『ユグドラシル<Yggdrasil>』。
 2126年に日本のメーカーが満を持して発売した体感型MMOだ。

 体感型というのは専用コンソールを利用して、外装に五感を投入し、仮想の世界で現実にいるかのように遊べるゲーム一般を指す言葉である。
 このシステムが生まれたのが2079年。
 最初は軍事、医療の分野での使用を目指して開発されたのものであり、基本的なコストが高額だったが、10年後には非常に簡素化し、一般家庭でも所有することができるまでになった。
 とはいえシステムの開発費が非常に掛かるために、ネット商店や観光地という分野から発展していった技術によって、最初のDMMORPGが生まれるまでに15年の歳月が流れることとなるのだが。
 



 DMMORPGの1つ、『ユグドラシル』がなにより凄いのはそのデータ量だ。


 なれる人種も人間やエルフ、ドワーフに代表される基本的な人間種。ゴブリンやオークといった外見は醜悪だが性能は人間種よりも優遇される亜人種。モンスター能力を持つがかなり色々な面でペナルティを受ける異形種。と420種類。
 
 さらに職業の数は基本や上級職業等を合わせて880。無論、前提等ではじかれてしまうためなれる職業はその半分程度にもなるが、それでも膨大な量だ。
 そしてこの職業は前提条件さえ満たしていれば、つまみ食いだって可能。職業は最大で15レベルまでしかないため、限界レベルの100まで成長したならどんな人間でも7つ以上は職業を重ねていることとなる。
 やろうとするなら不可能かもしれないが100個の職業を重ねることだってできるのだ。弱いだろうけど。
 
 つまり意図的を除いて、同じキャラクターはほぼ作れないだけのデータ量があるのだ。


 また作りこみ要素だって半端じゃないレベルである。別販売となっているクリエイターツールを使うことで、武器・防具の外見、自分の外装から、自らが保有する住居の詳細な設定を変化させることができるのだ。

 例えばドラゴンを倒したとしよう。お金と経験値、あとはアイテムが落ちるのが通常のDMMO。だが、これは違う。経験値とお金が落ちるのは普通のと変わらない。だが、アイテムの代わりにデータが詰まったクリスタルが落ちるのだ。
 こんなデータだ。

 長さ:+1、重量:40、物理ダメージ5%向上、効果:追加ダメージ/炎+10、効果:『武技』ラッシュ+1、

 実際のデータはもっと色々な詳細があるが、漠然と述べてしまえばこんな感じだ。
 このデータをクリエイトツールでいじって作った外装にくっつけ、オリジナルの武器を作るのもよし。MMO内で売られている外装をもらってくっつけても良い。
 こうすることでオリジナルアイテムが無限に作成される。

 さらにネクロマンサーという職業であればドラゴンの死体からアンデッドモンスターを作ることもできるし、ベルセルクという戦士系職業なら死体の血を浴び、ボーナスを得ることもできる。ドラゴンの骨からゴーレムを作るクラスだってあるし、薬を作る職業だってある。
 通常のDMMOなら直ぐに消えてしまうだろう死体にも、職業によって様々な利点があるのだ。

 ドラゴンの骨から作り出したゴーレムもある意味、データだ。これをある程度ならクリエイトツールを使って外装をいじり、自分だけのゴーレムを作ることもできる。さらに基本AIをある程度改変し、門番や運搬用等にも使うこともできる。

 日本人のクリエイター魂にガソリンかニトロをぶち込んだようなこの要素こそが、外装人気ともよべる現象を起こした。
 2チャンネルや公式ホームページ上での競っての自作データの配布。神職人とも呼ばれる存在の出現。イラストレイターとの提携によるスペシャル外装のプレゼント等。
 戦闘AIを強化したものや、猫AIという可愛い系ペットAIを公表する者。
 

 『ユグドラシル』は今まで戦闘が主になっていたDMMOとは一風変わった遊び方、懐の深さを持っていたのだ。 

 そしてクリスタルのように透き通った刀身を持つ非常に精細な剣と、単なる鉄の剣では、外装に必要とされるデータ量が全然違う。その外装のデータ量は鉱物等の資源によって決まっているのだ。
 そのためモンスターを倒すのではなく、資源を探したり、新しい発見を求めたまさに冒険者とも呼べるような楽しみ方を求めたプレイヤーが続出。
 そんな秘境や未知を求めて旅立ったプレイヤーを待ち構えていたのは広大なマップ。

 アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ヘルヘイム、ムスペルヘイム。9つのそろぞれ特徴のある世界は1つ1つが現実世界の東京2つ3つほどの大きさだろうか。
 辺境にいたら自分以外のプレイヤーに1週間会いませんでした、というのは珍しいことではない。


 無限の楽しみを追求できるDMMO。
 開発元のメーカーの有名な発言、『強さがすべてではない、DMMO』はまさにそれを体現したものだろう。


 そんなこんなが合わさり、DMMOといえばこのゲームを指すともいっても良いほどの人気を日本で打ち立てたのだ。

 

 だが、それも一昔前だ。









 ナザリック大地下墳墓。
 8階層によって構成される巨大な墳墓であり、凶悪を知られることで有名なダンジョンである。

 かつて6ギルド連合および傭兵プレイヤーやNPC合わせて1500人という、サーバー始まって以来の大軍で最下層を目指し、そして全滅したという伝説を生み出した場所でもある。

 それをなしえたのは別にモンスターの出現レベルが高いわけではない。
 基本のルール通り最高で30レベル程度だ。『ユグドラシル』のカンストレベルは100であり、1500人の中の1/3がそうであったという事を考えれば、さほど強敵にはならない。それどころか紙のようになぎ払えるであろう。
 ただ、そこに出現するアンデッドモンスターの特性――負のダメージよって回復し、正のエネルギーでダメージを受ける。即死攻撃や精神攻撃を無効とする、などなど――というものを生かした作りとなっているのが大きい。
  
 幾層に渡って負のダメージを――1点程度だが――与え続けるエリアエフェクトと、回復魔法――正のエネルギーに関する魔法の効果を阻害するエリアエフェクトがかかっている。
 さらにはパーティーを分断するための転移系の罠を代表とする様々な罠が張りめぐらされ、視界の効かない空間や猛毒の空気が込められた部屋等が冒険の行く手をさえぎる。

 またゾンビやスケルトンに代表される通常のアンデッドモンスターに加え、オリジナルのモンスターもそれなりに用意されているのも全滅の大きな要因の1つとなった。

 膨れ上がったゾンビのような姿をし、死亡すると同時に爆発、負のダメージを与えると同時に周囲のアンデッドを回復させるplague bomber<プレイグ・ボンバー>。
 壁をすり抜け、脆弱化の接触によるヒット・アンド・ランによって能力値にダメージを与えてくるghost<ゴースト>。
 即死や精神攻撃の絶叫を上げるscreaming banshee<スクリーミング・バンシー>。
 何十体ものスケルトンが融合したような姿で複数回攻撃を行ってくるdeathborn totem<デスボーン・トーテム>。
 これ以外にも何十種類という生理的嫌悪感をかきたてるような様々なアンデッドが待ち構える。
 
 もちろん敵はアンデッドだけ、なんていう対処の取りやすいようなことはしてくれない。
 召喚陣より不意を撃つように現れるエレメンタルやデーモン、デビル等。召喚されるモンスターの選択は相手が嫌がるだろうということを前提にした陰険なものだ。一言でいえば致命的な特殊能力を持っているものが選ばれるということか。
 そして当然のように下層にもなれば上位のモンスターも多数出現する。

 
 どれだけの資源がつぎ込まれたか想像もできないほどの厚いモンスター層だ。


 さて、ナザリック大地下墳墓は8階層で構成されている、というのはあくまでも一般的な情報である。侵入者では最高で8階層まで降りた者しかいないためにそう思われているにしか過ぎない。

 実のところ10階層で構成されているのだ。  
 
 そして9階層に入ったところからこの墳墓の風景は一変する。まるで白亜の城を彷彿とさせるような光景へと。
 天井にはシャンデリアが無数にかけられ光を放ち、部屋の一つ一つにも王侯貴族が生活するような調度品が置かれている。磨き上げられたような床は、大理石のごとき輝きだ。
 
 知らないものが見れば目を疑うであろうか?
 それとも当たり前と考えるだろうか?

 ここナザリック大地下墳墓こそ、DMMO『ユグドラシル』上、最高峰とも呼ばれるギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の居城なのだから。




 ナザリック大地下墳墓、第9階層――
 汚れが一つも無い大理石でできたような通路を抜け、歩いていくとそこにマホガニーでできた巨大な両開きの扉がある。
 その中には黒曜石でできた巨大な円卓があり、41人分の豪華な席が据え付けられている。

 ただ空席が目立つ。
 かつては全員が座っていた席に今ある影はたったの2つだけだ。


 席の1つに座っているのは、金と紫で縁取りされた豪奢な漆黒のローブを纏った人物だ。
 とはいえ普通の人間ではない。ひからびた死体を髣髴とさせる、骨にわずかばかりの皮膚がついたような姿。
 空っぽな眼窟の中には赤黒い光が揺らめいていた。
 
 もう1つは黒色のドロドロとした塊だ。コールタールを思わせるそれの表面はブルブルと動き、1秒として同じ姿をとってないようにも思える。

 前者は魔法使いが究極の魔法を求めアンデッドとなった存在――リッチの中でも最上位者、overlord<オーバーロード>であり、後者はelder black ooze<エルダー・ブラック・ウーズ>。凶悪なまでの酸能力を保有したスライム種ほぼ最強の存在だ。
 最高難易度のダンジョンで時折姿をみせるそれは、冒険者の中でも嫌われ者として名高い。


 そんな嫌われ者第一人者である、オーバーロードが声を発する。口は当然動いていない。

「ほんと、ひさしぶりでしたね、ヘロヘロさん」
「いや、本当におひさーでした」
「えっと転職して以来でしたっけ?」
「それぐらいぶりですねー。実のところ今もデスマーチ中でして」
「うわー。大変だ。大丈夫なんですか?」
「体ですか? ちょーボロボロですよ」

 エルダー・ブラック・ウーズが触腕を伸ばし、奇妙な踊りにも似た行動を見せる。

「といってもこのご時世休めないんですけどねー。体におもいっきり鞭打って働いてます」
「うわー」
「まじ大変です」

 やがて2人の会話は互いの仕事に対する愚痴へと変化していく。
 『アインズ・ウール・ゴウン』に参加するには幾つかの決まりごとがある。その一つは社会人であること。もう一つは外装の人種が異形種であることだ。
 しばらく盛り上がってた会話も1段落し、2人の会話が途切れる。
 お互いにこれからがどうなることか知っての沈黙だ。


「いやー、それなのに来てもらって悪かったです」
「何をおっしゃいます。こっちも久しぶりに皆に会えて嬉しかったですよ」
「そう言ってくれると助かります」
「まぁ、本当は最後までお付き合いしたいんですが、ちょっと眠すぎて」
「あー。ですよね。落ちていただいて結構ですよ」
「ギルド長はどうされるんですか?」
「私は一応最後まで残ります。誰かが来るかもしれませんから」
「なるほど。……今までありがとうございました、モモンガさん。このゲームをこれだけ楽しめたのは貴方がギルド長だったからだと思います」
 
 モモンガといわれたオーバーロードは大げさなジャスチャーでそれに答える。

「そんなことはありません。皆さんがいたからこそです。私なんか特に何かしたわけではないです」
「それこそ、そんなことがないとは思いますが……本当にありがとうございました。では私はこれで」
「ええ。お疲れ様でした」
 

 そして来てくれたギルド員6人の最後の1人が消える。
 モモンガはヘロヘロのいた席をほんの少しだけ眺め、何かを振り払うようなしぐさをとりながらゆっくりと立ち上がる。

 向った先には、1本のスタッフが飾られてあった。

 ケーリュケイオンをモチーフにしたそれは、7匹の蛇が絡み合った姿をしており、口にそれぞれ違った色の宝石を加えている。握りの部分は青白い光を放つ水晶のような透き通った材質で出来上がっていた。
 誰が見ても一級品であるそれこそ、各ギルドに一つしか認められないギルド武器であり、『アインズ・ウール・ゴウン』の象徴とも言える物である。
 本来ならギルド長が持つべきそれが何故この部屋に飾られていたのか、それはこれがギルドを象徴するもので他ならないからだ。
 
 このギルド武器を作り上げるために皆で協力して冒険を繰り返した日々。
 チーム分けして競うかのように材料を集め、外見を如何するかで揉め、各員が持ち寄った意見を纏め上げ、すこしづつ作り上げていったあの時間。
 それは『アインズ・ウール・ゴウン』の最盛期の――最も輝いていた頃の話だ。

 彼はそれに手を伸ばし、途中で動きを止める。
 今この瞬間をおいてなお、皆で作り上げた――輝かしい記憶を地に落とす行為に躊躇いを覚えたのだ。
 
 最後までここに置いておくべきでは無いだろうか。
 

 仕事で疲れた体に鞭を打って来てくれた人がいた。家族サービスを切り捨てて、奥さんと大喧嘩した人もいた。有給を取ったぜと笑っていた人がいた。
  1日おしゃべりで時間が潰れたときがあった。馬鹿話で盛り上がった。冒険を計画し、宝を漁りまくったときがあった。敵対ギルドの本拠地である城に奇襲を掛け、攻め落としたときがあった。最強クラスのボスモンスターに壊滅しかかったときがあった。未発見の資源をいくつも発見した。様々なモンスターを本拠地に配属し、突入してきたプレイヤーを掃討した。
 
 今では誰もいない。
 41人中、37人が辞めていった。残りの3人だってここに来たのはどれだけ前だったかは覚えていない。
 そんな残骸のようになったギルドだが、輝いていた時代はあったのだ。


 そんな輝いていた時代の結晶。だからこそ今の残骸の時代に引きずり落としたくない。
 だが、それに反比例した思いもまた彼の内にあった。

 『アインズ・ウール・ゴウン』は基本多数決を重んじてきた。ギルド長という立場にはいたものの、彼が行ってきた行為は基本的には雑務であり、連絡係だ。
 だからだろうか。ギルド長という権力を使ってみたいと、今始めて思ったのは。

 逡巡し――
 彼は手を伸ばし、杖――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴み取る。
 
 手におさめた瞬間、スタッフから揺らめきながら立ち上がるどす黒い赤色のオーラ。時折それは人の苦悶の表情をかたちどり、崩れ消えていく。

「……作りこみ、こだわりすぎ」

 作り上げられてから一度も持たれた事の無かった最高位のスタッフは、ついにこの時を迎えるに当たって本来の持ち手の手の中に納まったのだ。
 彼は自らのステータスが劇的に上昇するのを感じながら、寂しさもまた感じていた。

「行こうか、ギルドの証よ。いや――我がギルドの証よ」






――――――――
※ 名前でモモンガは無いですよね。
  でも、普通にネットゲームをしている社会人の方なら、基本的にちょっとおちゃらけ入った名前の方が多いような気がするんですよね。私だけですかね?
  口調とか、名前とか変更するときがそのうち来る予定です。



[18721] 02_プロローグ2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/09/19 18:24






部屋を出て行く。
 本来であればこのゲームに入ったギルド員はこの円卓の間に最初に出てくるので、誰かが来るならここで待っているのが一番効率が良い。
 しかしこの部屋を出て行く理由は、ヘロヘロにはああ言ったもののもう誰かが来る可能性は非常に低い。それを知っているからだ。
 もうこの部屋に来ることは二度と無い。



 歩き出す。
 足音に続き、スタッフが床を叩く音が追従する。

 幾たびかの角を曲がった辺りで、前方から1人の女性が彼のほうへと歩いてくる。
 豊かな金髪が流れ落ちるように肩から滑り落ちており、顔立ちははっきりとした美女だ。
 170センチほどの肢体はすらりと伸び、黒と白の部分が逆転した純白のメイド服を、豊かな双丘が押しのけんばかり自己出張をしている。
 メイド服はエプロン部分は大きく、スカート部分は長いという落ちついたもので、すべてが相まって全体的におしとやかそうな感じがする。

 やがて2人の距離が近づくと、前方にいた女性は通路の隅によると彼に向け、深いお辞儀をする。
 彼はそれに手を軽く上げることで答えると、その横を通り過ぎようとして足を止める。
 
 女性のメイド服を眺める。
 非常に細かな作りとなっている。エプロン部分に非常に細かな刺繍が施されている。作った人間の性格が分かるようなそんな細かさだ。
 ゆっくりと女性は頭を上げていくところも彼は黙って眺める。

 ぶしつけな視線にさらされても女性の表情に変化は無い。先ほどから変わらず、あるかないかの微笑を浮かべたままだ。
 
 メイドはN P C<Non Player Character>だ。プログラムによって動いてはいるもの。どれだけ精巧にできていたとしても本来であれば、返礼を返すのもある意味馬鹿らしいといえる。
 しかしながら彼にしてみれば無碍にもできない理由がある。
 
 この居城にいる36体のメイドはすべてが違うイラストを元に作り出されている。
 イラストを起こしたのは現在月刊誌で連載中の、当時はイラストで食べていた人物のものだ。行動AIプログラムを組み立てたのは先ほどもいたヘロヘロ。
 イラストを書いた人物はメイド服が俺のジャスティスという人物だけあって、非常に細かい作りであり、外装を作り上げた人間が絶叫を上げたのを思い出す。
 つまりメイドもまたかつていたギルド員達の協力で出来上がった存在、むげにするのも仲間達に悪く感じられるのだ。
 
 そういえば今の連載でもヒロインがメイド服を着ていたな。彼がそんなことを思っていると、メイドはまるで何かありますか、というかのように小首を傾げる。
 ある一定時間以上、近くにいるとこういうポーズを取るんだったか。モモンガは記憶を手繰り、ヘロヘロの細かなプログラムに感心する。
 他にも隠しポーズはいくつもあるはずだ。久しぶりにすべて見たい欲求に駆られるが、残念ながら時間は差し迫っている。

 モモンガは左手に巻かれた金属板の上に浮かぶ半透明の時計盤に視線をやり、現在の時刻を確認する。
 やはりあまりのんびりしている時間は無い。

「付き従え」

 後ろにメイドを連れ、歩き出す。


 後ろに足音を一つ連れ、角を曲がったところに、10人以上が手を広げながら降りることも可能ぐらい巨大な階段があった。赤を基調とした絨毯を踏みしめながらゆっくりと下り、最下層へと到着する。
 9層目が客間、応接室、ギルド員の部屋、客室という部屋という用途で構成されているのに対し、最下層である10階層は心臓部、図書室、宝物殿等ギルドの真髄ともいうべき重要なものが詰まった階層である。

 階段を降りきった周囲は広間になっており、そこには複数の影があった。

 最初に目に入ったのは、オーソドックスな執事服を着た老人の男性のものだ。
 髪は完全に白く、口元にたたえた髭も白一色だ。だが、その姿勢はすらりと伸び、鋼でできた剣を髣髴とさせる。
 白人的な堀の深い顔立ちには皺が目立ち、そのため温厚そうにも見えるが、その鋭い目は獲物を狙う鷹のようにも見えた。


 そしてその執事の後ろに影のようにつき従う6人のメイド。
 
 その異様さは一目瞭然だ。
 銀や金、黒といった色の金属でできた手甲、足甲をはめ、動きやすそうな漫画のような鎧を身に着けている。各員がそれぞれ違った種類の武器を所持している。
 それだけでは戦士や警備兵というイメージだが、メイドと断定したのは理由がある。
 鎧が漠然とだが、メイド服をモチーフにしているんだろうなと気がつける作りになっているのだ。そして頭にはかぶとの代わりにホワイトブリム。
 
 まさに漫画等にありがちなメイド兵とかメイド戦士とかいうべきか。
 
 彼女らも武装が違うように外見はばらばらだ。日本人風、白人風、黒人等々。
 髪型もシニョン、ポニーテール、サイドテール、三つ編み、サイドアップ、夜会巻き?と多彩だ。
 共通していえるのは皆、非常に美人だということか。まぁ、美しさも妖艶、健康美、和風美とバラバラなのだが。

 彼らを一言で説明するなら、レイドボスと取り巻きのPTである。


 『ユグドラシル』というゲームにおいて、城以上の本拠地を所持したギルドは幾つかの特典が与えられる。
 その中に自らの本拠地を守るNPCという存在がある。
 これは例えば城であれば警備兵や騎士という存在である。レベル30までのこれらのNPCはほぼ無限に沸くし、別に倒されてもギルドに出費があるわけではない。だが、このレベルのNPCは他のギルドが攻めてきた場合、紙のようになぎ払われる可能性があるぐらい弱い。
 そして自分達の好きなように外装を変えたり、AIを組み替えたりということができないようになっている。

 それに対し、他の与えられる特典の中に戦闘のできるNPCを作る権利というのがある。これは城を所持する程度のギルドであれば、500レベルを好きなように割り振ってNPCを作っても良いという権利だ。
 MAXレベルは100なので例えば、100レベルを3人と50レベルを4人とか、という具合である。
 そしてこうして作れるNPCの場合、外装、AI、武装できる外装なら武装もいじることができる。

 無論、人間以外で作っても良い。
 ある城を占拠したギルド――ネコさま大王国――ではNPCをすべて猫、または猫科の動物で作ったところがあったぐらいだ。


「ふむ」
 
 モモンガは顎に手を当て、自らの前で頭を下げる執事達をみる。あまりここには来ないこともあって、懐かしさを覚えるほどだ。
 空中に手を伸ばし、そこに浮かぶアイコンをクリック。
 
 執事達の頭上に名前が浮かぶ。

「そんな名前だったか」

 モモンガは軽く笑った。覚えてないことに対する苦笑であり、記憶の片隅からよみがえってきた名前を決めた際の悶着を懐かしんで、だ。
 執事に与えられた設定は、このナザリック大地下墳墓のランド・スチュワードだ。テキストログには細かな設定が書かれているはずだが、そこまで読む気がしない。時間もあまりないのだから。
 
 ちなみにメイドを含むNPC全員に細かな設定があるのは、『アインズ・ウール・ゴウン』に設定を細かく作るのが好きな人間がそろっていたからということに他ならない。
 特に外装を作ったりしたイラストレイターやプログラマー達に多くいたためである。
 
「付き従え」

 執事とメイドたちは一度頭を上げると、再び下げ、命令を受諾したことを示す。

 本来であればこの執事とメイドたちは、侵入者達を迎撃する最後から1つ前の守り手だ。まぁ、ここまで来たプレイヤーを撃退できるとは思ってないので、あくまでも時間稼ぎの意味だが。
 それでもここから動かすことはある意味、ギルドの仲間達皆が想定した目的とは違うといえよう。『アインズ・ウール・ゴウン』は多数決を重んじていたギルド。たった1人の意志で皆が作り上げたものに勝手なことをしていいわけが無い。

 ただ、ここまで攻め込んできたプレイヤーはいまだいないため、彼らはずっとここで出番を待っていたのだ。

 NPCを哀れに思うなんていうのは、愚かな行為だ。モモンガはそう考える。感情の無い、データーでしかない。もし感情があるように思えたなら、それはAIを組んだ人間が優れていたということである。 

 しかしながらギルド長たるもの、しもべを働かせるべきであろう。

 考えてしまったえらそうな思考に自分で突っ込みを入れつつ、歩き出す。

 

 
 複数の足音を引き連れながら、広い通路を歩いていく。
 やがて大広間へと到着した。
 そこは半球状の大きなドーム型の部屋だ。天井には4色のクリスタルが白色光を放っている。壁には穴が掘られ、その中には彫像が置かれていた。
 彫像はすべて悪魔を形どったもの。その数67体。

 この部屋に名づけられているタブ――名前はレメゲトン。
 置かれている彫像こそ、ソロモンの72柱の悪魔をモチーフにした、すべてが超が点くほどの希少魔法金属で作り出されたゴーレム。72体いないのは単純に作っていた人間が途中で飽きたためである。
 天井の4色のクリスタルは敵侵入時には地水火風の上位エレメンタルを召喚し、それと同時に広範囲の魔法攻撃を開始するモンスターだ。
 この部屋こそ最終防衛の間。レベル100のパーティー2つ――12人ほどなら崩壊させられるだけの戦力である。
 そして目的の一つ前の部屋でもある。

 その部屋を横切り、1つの大きな扉の前に立つ。
 3メートル以上はあるだろう巨大な扉の右の側には女神が、左の側には悪魔が異様な細かさで彫刻が施されている。
 流石にこの扉までは動かないのだが、こう見ると今にも襲い掛かってきそうなぐらいの作り込みだ。

「……動かないよな?」

 モモンガは多少の不安を覚えながら、扉に手を触れる。流石の彼もこの迷宮のすべての作りこみを完全に把握しているわけではない。もしかすると引退していった誰かの、変わった土産があっても可笑しくは無い。
 第一、そういうことをやってくる人間も2人ほどいたのだから。
 

 結果襲われることなく、自動ドアであるかのように――だが、重厚な扉に相応しいだけの遅さで、ゆっくりと扉は開いていく。 

 そこは広く、高い部屋だ――。
 数百人が入ってもなお余るような広さ。見上げるような高さにある天井。
 
 玉座の間。
 このナザリック大地下墳墓最奥にして最重要箇所。そして最も手の込んだ部屋だ。
 

 壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。
 天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは7色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。
 壁にはいくつもの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。
 金と銀をふんだんに使ったような部屋の最奥――突き当たりには、数十段階段を昇った位置に真紅の布に大きく描かれたアインズ・ウール・ゴウンのギルド印がかけられていた。
 その前に1つの巨大な水晶から切り出された椅子がおかれていた。
 
 それこそ――玉座である。

 モモンガは歩く。広い部屋を。

「そこまでで良い」

 後ろに続く足音はそのまま続いてくる。
 モモンガは苦笑した。今の命令では動かなくなるはずが無い。
 ふたたび命令を出す。今度は間違えたりはしない。NPCは所詮プログラムだ。所定以外の命令では行動をやめさせることはできない。

「――待機」

 足音が止まる。
 奥の階段を上り、玉座の前まで来るとゆっくりと座る。
 眼下で執事とメイドたちが固まって立っている。棒立ちというのもこの部屋ではすこし寂しいものがある。
 確かこんなコマンドがあったような、モモンガは昔見たことがある命令一式を思い出しながら、片手を軽く上から下へと動かす。

「ひれ伏せ」

 一斉に片膝を落とし、臣下の礼を取る。
 これで良い。

 モモンガは左手を持ち上げ、時間を確認する。
 23:55:48
 ぎりぎり間に合ったというところか。


 今日が『ユグドラシル』最後の日――サービス停止の日である。


 恐らく今頃ひっきりなしにゲームマスターの呼びかけがあったり、花火が撃ちあがったりしているのだろうか。
 そういったすべてを遮断しているモモンガには分からない。

 モモンガは背を椅子に任せ、ゆっくりと天井に顔を向ける。
 最高難易度を誇るダンジョンだからこそ、乗り込んでくるパーティーがいるかと思っていた。
 待っていた。ギルド長として挑戦を受け入れるために。

 かつての仲間達全員にメールを送ったが来てくれたのはほんの一握りだ。
 待っていた。ギルド長として仲間を歓迎するために。

「過去の遺物か――」

 モモンガは思う。 
 もう中身がスカスカでも、そこにいたるまでは楽しかった。
 
 目を動かし、天井からたれている大きな旗を数える。合計数41。

「そうだ、楽しかった――」
 
 月額使用料金1500円にもかかわらず、モモンガは月5万円以上は課金していた。ボーナスを狙っての宝くじには10万はぶち込んだものだ。別に金持ちだとか高給取りだとかではない。単純に趣味が無かったため、お金の使い道がユグドラシルぐらいしかなかったというだけだ。
 まぁ、『アインズ・ウール・ゴウン』自体、社会人で構成されていたということもあり、ほぼ皆が課金はしていたのだが、その中でもモモンガはトップクラスだった。
 サーバー全体でもかなり上位に入るだろう。
 それだけはまっていたのだ。冒険も楽しかった。だが、それ以上に友達と遊ぶのが楽しかったのだ。 
 
 両親はすでに無く、友達が殆どいないモモンガにしてみれば、このギルド『アインズ・ウール・ゴウン』こそ自分と友達達の輝かしい時間の結晶なのだ。
 
 杖を握り締める。終わりの時間は迫っている。
 視界の隅に映る時計には23:57。サーバー停止が0:00。
 もう殆ど時間は無い。
 空想の世界は終わり、普段の毎日が来る。

 当たり前だ。人は空想の世界では生きれない。
 モモンガはため息を1つ。
 
 明日は4:00起きだ。このサーバーが落ちたら直ぐに寝なくてはならない。

 23:59:35、36、37……
 
 モモンガもそれにあわせ数えだす。

 23:59:48、49、50……

 モモンガは目を閉じる。
  
 23:59:58、59―― 

 時計と共に流れる時を数える。幻想の終わりを――
 ブラックアウトし――

 0:00:00……1、2、3



「……ん?」

 モモンガは目を開ける。
 見慣れた自分の部屋では無い。ここはユグドラシル内の玉座の間だ。

「……どういうことだ?」

 時間は正確だったはず。今頃サーバーダウンによる強制排出されているはずなのに。
 時計を確認する。

 0:01:18
 
 0時は確実に過ぎている。そして時計のシステム上、表示されている時間が狂っているはずが無い。
モモンガは困惑しながらも、何か情報は無いかと辺りをうかがう。先ほど、自分が目を閉じたときから何も変わっていない。玉座の間だ。

「サーバーダウンが延期した?」
 
 考えられる。
 何らかの要因によってサーバーのダウンが延期しているのだ。もしそうならGMが何かを言っている可能性がある。モモンガは慌てて今まで切っていた通話回線をオンにしようとして手が止まる。
 システムコマンドが一切出ない。

「何が……?」
 
 システムコマンドだけではない。本来なら浮かんでいるはずのシステム一覧も出ていない。モモンガは慌てて他の機能を呼び出そうとする。シャウト、GMコール、システム強制終了入力。どれも感触が無い。
 まるで完全にシステムから除外されたようだ。
  
「どういうことだ!」

 モモンガの怒号が広い玉座の間に響き、そして消えていく。本来なら反応するはずの無い八つ当たり気味のものだったはずだ。そう、先ほどまでならば――。

「――何かございましたか、モモンガ様?」

 初めて聞く老人の声。モモンガは呆気に取られながら声を発した人物を見る。
 それは頭を上げた執事のものだった。






――――――――
※ やっと転移しました。でも主人公無双はまだまだ先です。当分は説明が続くような予感。



[18721] 03_思案
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/10/02 06:54




「何かございましたか、モモンガ様?」
 
 再び同じ台詞を繰り返す老人。
 モモンガは呆気に取られてどこかに飛んでいた思考がゆっくりと戻ってくるのを感じられた。
 まぁ、戻ってきたのは良いが完全に錯乱状態だが。

「……い、いやなんでもないで……なんでもない」

 なんでもないですと言おうとして言葉を言い換える。相手はNPCだ、礼儀を尽くす必要は無い。
 必死にそう思い込みながら、混乱や驚愕といった余分なものを押し殺す。とりあえずは今は少しでも情報を得るべきであり、思考を回転させるべきだ。何かの考えに捕らわれていては良いアイデアはでない。

 モモンガの脳裏に一瞬、ハムスターがくるくる回すイメージが浮かぶが、慌ててかき消す。

「それより如何すべきだと思う?」
「如何すべきとは?」
「……GMコールが効かないようだからな」
「GMコールというものは私は存じておりませんが、私は何をすべきでしょうか。ご命令をおっしゃってくれれば直ぐに行動に移しますが」

 会話をしている。その事実に気がついた瞬間、モモンガは体が硬直した。
  
 ありえない。
 いや、そんな生易しいものではない。これは決して起こりえないことだ。
 NPCが言葉を発する。いや、言葉を発するようにAIを組むことはできる。だが、会話ができるように組むことなんて不可能だ。それは相手がどのように話してくるかを予測して組み込むことなんてできるわけが無いからだ。
 最初は何らかの仕組まれていたAIプログラムが動き出したのかと思ったのだ。だから確かめるという意味合いで、会話を始めたのだが――。
 こんな結果になるならしない方がよかった。そんな何も解決しない後ろ向きな思いが浮かんでしまう。

 モモンガはそこで違和感を覚えた。それは自分に対してであり、執事に対してだ。
 モモンガはその違和感の発生源を確かめようと、執事を鋭く見つめる。

「――いかがされましたか? 何か失態でも」
「……ぁ!」
 
 違和感の発生源を認識したモモンガの口から喘ぎとも絶句ともしれない言葉にならない言葉が漏れる。
 その正体は表情の変化。
 口元が動いて、そして言葉が聞こえる――。

「……あり……な!」

 モモンガは慌てて、自らの口元に手を当てる。そして声を発する。
 
 ――口が動いている。
 
 それはDMMORPG上の常識から考えればありえないことだ。口が動いて言葉を発するなんて。

 外装の表情は固定され動かないのが基本。例外的にはマクロなり特定感情タブを作って、それごとに登録すれば表情を動かすことはできる。
 そうやって5パターン作って発声と同時に動かしていくという方法もあるにはあるが、それでも口元を言葉を発するのにあわせ動かすというのは困難に近い。それに口だけが動いて、顔の表情は変わらないというのもはたから見ると異様なものだ。

 仮に執事がそうやってマクロを組まれていると仮定しよう。ではモモンガ自体は如何なのか。そんなマクロを組んでもいない。それなのに、まるで――生きてるかのように動いている。

「ありえない……」

 今まで長い時間を掛けて構築されてきていた、自らの常識が壊れていくのをモモンガは感じていた。それと同じぐらいの焦り。喚きたくなるのをぐっと堪える。

「どうすれば良い……。何が最善だ……?」

 理解できない状況だが、八つ当たりをしても誰も助けてはくれない。
 まず最初のすべきは――。

「……情報だ。――セバス」
「はっ」

 執事――セバスが頭をたれる。
 命令しても問題は無いだろうか? 何が起こっているかは不明だが、この墳墓のすべてのNPCに忠誠心はあると思ってよいのだろうか。それともこのセバスだけなのだろうか?
 どうにせよ、このセバス以上に色々な面を考慮して、送り出せる者はいない。

「大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的にここまで連れてこい。交渉の際は相手の言い分を殆ど聞いても構わない。行動範囲は周辺1キロだ。戦闘行為は極力避けろ」
「了解いたしました、モモンガ様」

 大墳墓を出るということが可能なのか。モモンガは心中で呟く。より今が非常事態だという認識が強くなる。

「メイドの1人も連れて行け。もしお前が戦闘になった際は即座に撤退させ、情報を持って帰らせろ」
「――直ちに」

 まずは1つ、手を打った。さて、次に何をすべきか。
 情報の収集は必要不可欠だが、それ以外にもやらなくてはならないことがあるはずだ。

 モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンから手を離す。
 スタッフは地面に転がらず、まるで誰かが持っているかのように空中に浮く。物理法則を完全に無視したような光景だが、モモンガにしてみれば特別なものではない。ユグドラシルであれば、低位のアイテムですらよくあった光景なのだから。
 時折人の苦悶の表情へと変わるオーラが、名残惜しそうにモモンガの手に絡みつくがそれを平然と無視する。
 見慣れた……わけではないが、そんなマクロを組んでいても可笑しくなさそうだから、モモンガはスナップを効かせて追い払う。
 
 モモンガは腕を組み、思案する。
 次の1手。それは――
 
「……連絡だな」
 
 どうにかしてGMと連絡を取る必要がある。何が起こっているのか、最も知っているのは恐らくGMだ。
 ではどうやって連絡を取るか。
 本来であればシャウトなりGMコールなりをすれば直ぐに連絡は取れたはずだ。しかしながらその手段が効かないとすると――。
 他の手段。それについて考えていたモモンガの脳裏にひらめきが走る。

「《メッセージ/伝言》?」

 魔法の1つに連絡を取り合うためのものがある。
 本来であれば特殊な状況や場所でしか使われないそれだが、今なら効果的に働くのではないだろうか。ただ、問題は基本的には他のプレイヤーとの連絡を取り合うのに使われる魔法であり、GMに届くかどうかは分からないということだ。 

「……しかし……」

 さらにこの非常事態時に魔法は普通に働くのかどうか。とはいえ、どちらにせよ確認をする必要がある。モモンガは基本的には魔法職。魔法が使えなければ戦闘能力は1/3ぐらいに落ち込んでしまうこととなる。
 今がどのような状況なのかは不明だが、魔法がつかえるのかどうか調べる必要がある。
 そうなると広い場所が必要になるが、お誂え向きの場所が1つある。そこで色々と調べればよいだろう。

 そしてもう1手。自らの力の確認とあわせてやらなければならないことがある。
 
 それは自らの権力の確認だ。
 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長という権力はいまだ維持されているのかということだ。
 現在までに会っているNPCは皆、忠誠を持っているようだった。だが、ナザリック大地下墳墓内にはモモンガに匹敵するだけのNPCはあと5体いる。その忠誠心を確認する必要がある。

 まずはレメゲトンのゴーレムがちゃんと自分1人だけの命令を聞くかどうかを確認し、安全な場所の確保。
 そして他の強力なNPCの忠誠心を確かめるといったところか。

 しかしながら――。
 モモンガはひざまずいているセバスとメイドたちを見下ろす。

 今現在ある忠誠は不可侵にして不変のものなんだろうか。人であれば馬鹿な行動ばかりを取る上司への忠誠心なんか直ぐに消えてしまうだろう。彼らもそれと同じなんだろうか。それとも1度忠誠心を入力されたなら、裏切らなくなるのだろうか。
 
 もし仮に忠誠が変動するなら、どうすれば彼らの忠誠心を維持できるのだろうか。
 褒美だろうか? 莫大な財宝が宝物殿にはある。ユグドラシルの金がまだ価値を持つなら充分だろう。無論、彼らの月給までは分からないが。
 それとも上に立つものとしての優秀さだろうか。しかし何を持って優秀というかは不明だ。このダンジョンを維持する事だというならなんとかなりそうな気がするが。
 それとも――。

「――力か?」
 
 広げた左手にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが自動的に飛んで納まる。

「圧倒的な力か?」

 スタッフに組み込まれた7つの宝石が輝きだす。まるで込められた莫大な魔力を行使せよと訴えるかのように。

「……まぁ、その辺は後で考えるか」

 スタッフを手放す。スタッフはふらりと揺らぎ、不貞寝をするようにごろんと床に転がった。
 とりあえずは上位者として行動しておけば、即座に敵意を見せることは無いだろう。弱いところを見せないのは動物のみならず人間でも通用する当たり前のことだ。
 モモンガは玉座から立ち上がる。そして声を張り上げた。

「セバスについていく1人を除き、他のメイドたちは各階層の守護者に連絡を取れ。そしてここまで――いや第6階層、アンフィテアトルムまで来るように伝言を伝えよ。時間は今から1時間後。それが終わり次第、お前達は9階層の警戒に入れ。それとアウラに関しては私から伝えるので必要は無い」
「「「「「「はっ」」」」」」
 
 メイドたちが頭を下げる中、1人だけ頭を下げないでおどおどとこちらを伺っているメイドがいた。玉座の間に来る前、最初に会ったメイドだ。記憶ではハウスメイドとして設定されているこのメイドのレベルは1。戦闘能力は無い。

「ああ、お前か」
「あ、あのご主人様、わ、私はどうすればいいのでしょう」
「お前は……ここに残ってろ、あとで別の指示を出す。――行け!」

 セバスと戦闘メイドたちが一斉に立ち上がり、歩き出す。
 後姿を見送りながらモモンガは倒れていたスタッフを拾い上げ、階段を下る。
 
 そしてひざまづいているメイドの前に立つ。
 メイドが視線のみでこちらを伺っているのが感じられた。
 
「立て」
「はい」

 恐る恐るという感じで立ち上がったメイドの腕に手を伸ばす。 
 細い手だ。その手を取ろうとして――。

「……っ」
「ん?」
 
 痛みをこらえるような顔をするメイド。モモンガは慌てて一歩離れた。
 一体何があったというのか。それとも気持ち悪いとかそういう感情によるものか。
 色々と考え、そして思い至った。
 
 オーバーロードの前前職、リッチはレベルアップで得られる特殊能力の中に、接触した相手――通常、攻撃した相手に負のエネルギーダメージを与えるというものがある。
 それではないかということだ。
 ただ、その場合はやはり疑問が残る。
 
 ユグドラシルというゲームでは、ナザリック大地下墳墓に出現するモンスターとNPCは、アインズ・ウール・ゴウン所属という判定がシステム上、行われている。そして同じギルドの所属していれば味方からのダメージ――フレンドリィ・ファイアは受けないと設定されているはずだ。
 ではギルドに所属して無いということか?

 それとも、フレンドリィ・ファイアの禁止が解除されている?
 
 ――その可能性が高い。
 モモンガはそう判断する。
  
 では、どうやって常時発動の能力を一時的にでも切ればいいのか。
 
 思案し――
 ――唐突にモモンガはその切り方に気づく。
 やり方の説明なんて不可能に近い。これは当たり前の行為の一環だ。
 目の前にあるコップを取るのに手を伸ばしたとしよう。その行為をどうやって説明しろというのか。脳から命令が神経系を通って、としか説明できない。そういうことなら負のエネルギーダメージの切り方も同じだ。脳から命令が神経系を通ってだ、恐らく。
 オーバーロードとして保有していた様々な能力の行使。これは今のモモンガからすれば、人が呼吸するのと同じように自然に使える能力なのだ。

「ふっ」

 思わず今の自分が置かれている異常な状況に、もはやモモンガは笑うことしかできない。これだけ異常事態が続けばこの程度は驚くには値しない。慣れというものは本当に恐ろしい。

「触るぞ」
「あっ」
 
 手を伸ばし、メイドの細い手を触る。知りたかったのは手首の脈だ。

 ――ある。トクントクンと繰り返される鼓動。それは生物なら当たり前のものである。
 そう、生物なら。
 手を離し、自らの手首を見る。
 それは骨だ。かすかに皮が張り付いた。鼓動なんて感じない。そう、オーバーロードはアンデッド。死を超越した存在。あるわけが無い。
 視線を逸らし、目の前のメイドを見つめる。視線に反応し、メイドは照れたようにおどおどと目を伏せた。

「……なんだこれは」

 これはNPC、単なるデーターではないのか? 本当に生きてるかのようだ。どんなAIがこんなことを可能にするというのだ。それよりはまるでこの世界が現実になったような……。
 そこまで考え、モモンガはありえないと頭を振る。そんなファンタジーがあるわけが無い。しかしどれだけ払ってもこびり付いたものは簡単には落ちない。

「……スカートをめくれ」
「……ぇ?」

 場が凍りついた。
 彼女はモモンガが何を言ったのか理解できてないようだった。当たり前だ。そんな命令誰がすると思うのか。

 羞恥心に苛まれるが、もう一度言わなくてはならないようだ。モモンガは決心し、再び口を開く。

「スカートをめくれ」
「……ぇ~!」
「どうした」
「そ、そんな」

 なきそうな顔をするメイド。その反応はデーターではなく、情緒を持った――まるで人間だ。
 外道なことをしている、モモンガは自己嫌悪で潰れそうになる。だが、必要な行為だ。その言葉で必死に自分を誤魔化す。

「……命令だ」
「……わ、わかりました」

 がたがたと震えながらスカートを捲し上げるメイド。その小動物が怯えたような姿に反応し、嗜虐心ともいえる異様な興奮がモモンガを襲うが苦心して押さえ込む。そういう意図で行っているのではないから。

 純白。

 そんな言葉が脳裏から離れない。モモンガはそこから目を逸らし、周囲の状況を伺う。
 何も変化は無い。この程度では効果が無いということなのだろうか? この先まで進むべきだろうか?

 モモンガ逡巡し、止めることを決定する。 
 メイドの目が涙で滲んでいたのだ。

「もう下ろしていい」
「――!」

 勢い良くスカートが降りた。



 今現在の状況をモモンガなりに考えて出た答えは2つ。
 1つは新しいDMMORPGの可能性。つまりユグドラシルが終了すると同時に、ユグドラシル2ともいうべき新しいゲームが始まった可能性だ。

 しかしながら可能性は今回の一件で非常に薄くなったといえよう。

 ユグドラシルでは18禁に触れるような行為は厳禁とされている。下手したら15禁もだ。違反すれば公式ホームページ上に違反者の名前を公開した上で、アカウントの停止という非常に厳しい裁定を下す。 
 なぜなら18禁行為をとったというログを公表すれば風営法に引っかかる可能性があるからだ。
 もし、今でもゲームの――ユグドラシルの世界ならこのような行為はできないよう、何らかの手段がとられているはずだ。第一、製作会社が監視しているなら、モモンガの行為を止めるだろう。だがその気配は無かった。

 さらにはDMMORPGの基本法律、電脳法において相手の同意無く、強制的にゲームに参加させることは営利誘拐と認定されている。無理にテストプレイヤーとして参加させることは直ぐに摘発される行為だ。特に強制終了ができないなんて監禁と取られてもおかしくないだろう。
 その場合、専用コンソールで1週間分のログは取るよう法律により義務付けられているため、摘発自体は簡単に進むだろう。モモンガが会社に来なければ誰かが様子を見に来るだろうし、警察が専用コンソールを調べれば問題は解決だ。
 犯罪行為を、それも完全に記録を取られている状態で行うだろうか?
 確かにユグドラシル2や、パッチを当てただけですといえばグレーかもしれないが、そんな危険なことをするメリットが製作会社にあるとは思えない。


 ならばこのような事態が起こっているということは――
 
 ――製作会社側の意図は無く、別の何らかの事態が進行していると考える他ならない。とすると考え方の根本を切り替えないと足を掬われる結果になりかねない。
 問題は何に切り替えれば良いのかが不明だということだ。あるとしたらもう1つの可能性の方なのだが……。

 ……仮想現実が現実になったという可能性。
 
 ありえない。
 モモンガはそう思う。そんな無茶苦茶な、そして理不尽なことがあるわけが無いと。
 だが、その反面それこそが正しいのではという考えは時間が経過するごとに強くなっていく。



 そして――

「すまなかった」
「……」

 モモンガは頭を下げる。
 これは人間だ。何が起こったかはわからないが、1つだけ理解できたことがある。NPCが情緒を持ったということだ。
 限りなく人間の近いといえばいいのか。それともこれは――人間なのか。

「……い、いえ。なにかモモンガ様にも理由が……ひく」

 涙がこぼれ出す。当たり前だ。
 もし自身が圧倒的上位者にこんな命令されたらどうなるのだろうか。自己嫌悪で潰れそうだ。
 しかし、どうやって泣き止ませればいいのか。自らの上位者としての演技を解いて、より必死に謝ることは簡単だ。個人的にも土下座をしても良いと思っている。
 だが、それはできない。自らの立ち位置を理解できるまでは弱みを見せるわけには行かない。先ほど頭を下げたとき、メイドがすこし驚いているのが理解できた。これ以上は不味いだろう。

「泣くな、下がれ」
「――はい」

 メイドは頭を下げると、すこし早足で玉座の間を後とする。
 その後姿を見ながらモモンガは疲れたようなため息を1つ漏らした。






――――――――
※ 面倒です。
  異世界に飛びました、NPCが人間になっちゃた、やっほー。で、済ませればこの半分ぐらいになるのに。
  しかも何を信じていいのか、疑り深いせいで立ち位置がしっかり決まらないんですよね。もうしばらくなんかグニャグニャします。

  でも真面目な理由でメイドにスカートをめくれと命令した主人公はモモンガ君ぐらいだと思います。本当は 純白 を脱がすところまでは書いたんですが、×××板行きになるので削除しました。
  毛ぐらいなら大丈夫?

  次回、04_闘技場でお会いしましょう。



[18721] 04_闘技場
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/10/02 06:55
 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
 モモンガの右手薬指にはめられた指輪であり、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーすべてが保有していたマジック・アイテム。
 その指輪が保有する能力は強大なものではない。モモンガの装備している他の7つの指輪の力を考えれば、非常に見劣りする。即死した瞬間、ペナルティ無しかつ体力完全回復した状態で本拠地に復活できる指輪とかと比べる方が悪いかもしれない。
 しかしながらそんな指輪を何故しているかというと、特定状況下での使用頻度が群を抜いているからだ。

 込められた力はナザリック大地下墳墓内の名前のついている部屋であれば、回数無制限に自在に転移することを可能とするというもの。特定箇所間どうし以外の転移魔法を阻害しているこの大墳墓内においてはこれほど便利なものは無いだろう。
 名前がついているにもかかわらず転移できないのは玉座の間のみ。
 そしてこの指輪無しで宝物殿に入ることは不可能となっている。


 レメゲトンのゴーレムへの命令権の確認が終わったあと、危険を覚悟でアイテム起動の確認に踏み込む。
 
 一瞬視界がブラックアウトし、画面が切り替わるように光景が変化する。結果、その力を利用しての転移は成功したようだ。
 それはユグドラシルでよく見慣れた転移の効果なのだから。


 モモンガが転移した場所は薄暗い通路であり、その伸びた先には落ちた格子戸がある。そこから白色光にも似た明かりが入り込んでいた。
 モモンガは広く高い通路を歩く。通路に掲げられた松明の炎の揺らめきが陰影を作り、影が踊るように揺らめく。
 格子戸に近づくと勢い良く上に持ち上がった。それを潜り抜けたモモンガの視界に映るものは、何層にもなっている客席が中央の空間を取り囲む場所。

 それは円形闘技場〈コロッセウム〉。
 長径188メートル、短径156メートルの楕円形で、高さは48メートル。ローマ帝政期に造られたそのものである。
 無数の客席に座った、無数の土くれに動く気配は無い。
 様々な箇所に《コンティニュアル・ライト/永続光》の魔法が掛かり、その白い光を周囲に放っていた。そのため真昼のごとく周囲が見渡せる。
 
 この場所につけられた名前は円形劇場〈アンフィテアトルム〉。俳優は侵入者であり、観客はゴーレムであり、貴賓席に座るのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーである。無論、演劇内容は殺戮。事実、1500人という大軍での攻略以外のすべての侵入者の最後はこの場所である。
 
 中央に進みながら、モモンガは空を眺める。そこには夜のために真っ黒な空が映っていた。もちろん、時間の経過とともに変化するようには作られているが、偽りの空だ。それでもなんとなくほっとするのはモモンガが外装とは違い、中身は人間だからか。
 とはいえ、このまま時間が流れていくのを黙認するわけにはいかない。
 
 さて、どうするかとモモンガは周囲を見渡し、視線を貴賓席に向ける。

「とあ!」
 
 その視線に反応したように、掛け声と共に貴賓席から跳躍する影。
 6階だての建物に匹敵する高さから飛び降りた影は、中空で一回転をすると羽根でもはえているように軽やかに大地に舞い降りる。そこに魔法の働きは無い。単純な肉体能力での技巧だ。
 足を軽く曲げるだけで衝撃を完全に受け殺したその影は、自慢げな表情を見せた。

「ぶぃ!」
 
 両手にピースを作る。

 飛び降りてきたのは少女だ。10歳ぐらいだろうか。
 太陽のような、という形容詞が相応しい笑顔をその可愛らしい顔に浮かべている。
 金の絹のような髪は肩口で切りそろえられており、光を浴び、煌かんばかりだ。金と紫という左右違う瞳が子犬のように煌いている。
 耳は長く尖っており、薄黒い肌。エルフの近親種、ダークエルフと言われる人種だ。
 上下共に皮鎧の上から漆黒と真紅の竜鱗を貼り付けたぴっちりとした軽装鎧を纏い、そらにその上に白地に金糸の入ったベスト。胸地にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサイン。
 腰、右肩にそれぞれ鞭を束ね、背中には巨大な弓――ハンドル、リム、グリップ部に異様な装飾がつけられたものだ――を背負っている。


 少女こそ、ナザリック大地下墳墓第6階層の守護者であり、幻獣、魔獣等を使役するビーストテイマー――アウラ・ディベイ・フィオーラ。
 
 少女は小走りにモモンガに近づいてくる。小走りとはいえ、獣の全速力に近い、とてつもないスピードだ。
 瞬時に二者の距離は近づく。
 
 足で急ブレーキ。
 運動靴にミスリル合金板を上面にはめ込んだ靴が、ザザザと大地を削り土煙を起こす。モモンガまでその土煙が届かないように計算しておこなっているなら見事なものだ。

「ふぅ」

 汗もかいていないのに、額を拭う振りをする。そして子犬がじゃれついてくるような笑顔を浮かべた。

「いらっしゃい、モモンガ様。あたしの守護階層までようこそ」

 ニコニコと満面に浮かべる笑顔に敵意は感じられない。《センス・エネミー/敵感知》にも反応は無し。
 モモンガは右手首に巻いたバンドから目を離し、スタッフを握る手に込めていた力を抜く。
 場合によって全力での攻撃を仕掛け、即座に撤退しようかと思っていたのだがその必要は無いようだ。
 
「元気そうだな」
「元気ですよ~。ただ、このごろ暇でしょうがないですけどね。侵入者も久々に来てくれても良いのに」

 えへへ、と笑う彼女を前にモモンガは僅かに目を細める。
 かつて1500人もの大軍が攻めてきたとき、8階層まで侵入された。つまりすべての守護者が全滅したのだが、そのときの記憶はどうなっているのか。
 死が怖く無いという考え方もできるが、それより死という概念が彼女にとってどのような意味合いを持つのか。

  ユグドラシルでの死は基本的にはレベルダウンでしか過ぎない。確かにゲーム設定では喪失したレベルが、現在の自分のレベルを下回った場合キャラクター喪失と決まってはいる。ただ、プレイヤーキャラクターは10レベルまでは死んでもレベルダウンが起こらない所為で、ベータテストの頃とは違い、もはや死に設定である。
 それに《リザレクション/蘇生》や《レイズ・デット/死者復活》に代表される復活魔法であればそれのレベルダウンも緩和される。さらに高額の課金アイテムを使えば経験値が多少ダウンする程度で復活できるのだ。
 そしてNPCの場合はもっと手軽だ。ギルドが復活の資金、それもレベルに応じたものを支払えばペナルティ無く復活する。
 こうして死というレベルダウンは、キャラクターを作り直したい人間が愛用する手段の1つに成り下がっているのである。

 確かに膨大な経験値を必要とするゲームであれば、1レベルでもダウンすることは桁外れなペナルティだろう。しかしユグドラシルはレベルはある程度――90レベル後半まではかなりの速度で上がっていく。そのためにレベルダウンがさほど恐ろしくない使用となっているのだ。
 これはレベルダウンを怯えて未開地を開拓しないのではなく、勇気を持って飛び込んで新たな発見をすべしという製作サイドの願いがあったためだ。
 
 だが、現実の世界なら死んでしまえば終わりだ。
 
 今ここにいるアウラは大戦で死亡したアウラとは別人なのか、それとも死んで蘇ったアウラなのか。

 確かめたい気持ちがあるが、無理に藪をつつく必要も無い。敵意が無いだろうアウラを、己の実験のためにどうこうするのもどうかと思われる。そして何よりアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが作った元NPCだ。
 彼女自体の考え方等は懸案事項が全て終わってから聞いても良いだろう。

 それに現状と過去では死という概念が大きく違っている可能性がある。
 その内実験した方が良いとは思うが、他の様々な情報を得ないことには優先順位を決めることはできない。ひとまずは凍結事案の1つという程度に留めておくのが一番正解だろう。

 結局のところ、モモンガが知っているユグドラシルと、今現在がどれだけの変貌を遂げているのか。それが分からないが故の疑問が大量にあるということだ。
 
「侵入者が来ないと暇か?」
「――あ、いえ。あの、その」
「いや、叱らんよ。正直なところを教えてくれ」
「……はい、ちょっと暇です。この辺りで五分に戦える相手なんていませんし」
 
 ちょんちょんと指を突っつきながら、上目がちに答えるアウラ。守護者であるアウラのレベルは当然100。それに匹敵する者なんてこのダンジョン内には殆どいない。

「なら遊んでいても構わんが?」
「うわー。モモンガ様、あたしはこれでも守護者なんですからね。ちゃんとこの層を守ってるんですから、遊んでなんかいられませんよ」

 頬を膨らませながら、怒ってるんですというポーズを取る。
 本当にころころ表情が変わる。

「そうか……。大森林の中に畑でも作ったらどうだ? 食人植物系のモンスターの畑とかな」
「うーん、あたしのペットにそういうことできるのいないんですよね」
 
 ナザリック大地下墳墓は各層にそれぞれの特色がある。
 その中で第5層は大森林。敷地面積はおおよそ羽田空港の全面積に匹敵するほど広い。このダンジョン内最大の大きさだ。

「それに私はここでがっしりガードしたいんですよね」
「役目をしっかりと果たしてくれて嬉しいのだが、多少はここから下にも行かせてやらねばな。下の奴らはもっと暇でしょうがないだろ?」
「まぁ、そういうものですかー」

 はぁーとため息をつくアウラ。
 それにあわせ、やけに甘い香りが周囲立ち込めた。そこで彼女の能力を思い出したモモンガは、その空気から下がるよう一歩、後退した。

「あ、すみません、モモンガ様!」

 それに気がついたアウラはパタパタと空気を拡散しようと手を振る。

 アウラの吐息には感情と思考を操作する精神作用効果を持つ。吐かれた息は空気中に拡散し、半径数メートル、場合によっては数十メートルまでもその効果範囲にする。これで自らの連れた魔獣達に支援効果や、敵に不利益な効果を与えたりするのだ。
 
「えっと、もう大丈夫ですよ、切っておきましたから」
「そうか」
「……でもモモンガ様はアンデッドですから、精神作用の効果は意味が無いんじゃないですか?」

 確かにユグドラシルではそうだ。
 アンデッドは精神作用効果は良い効果も悪い効果も受けない。

「……今の私はその効果範囲に入っていたか?」
「え」

 叱られるのかと思ったのか、アウラが首を縮める。

「怒りはしない、範囲内だったか?」
「……はい」
「どのような効果を与えるものだ?」
「……恐怖です」
「ふむ」

 恐怖というものは感じなかった。
 モモンガの装備するマジックアイテムも、ユグドラシルでは精神作用効果をうけないため、その手の耐性を持つ装備は除外している。つまり素で抵抗したのか、ユグドラシルのシステム――精神作用効果無効が発揮しているのか。

「他の効果を試してくれないか?」
「え?」

 おどおどと叱られた子犬のような声。思わずモモンガは頭を撫でる。
 絹糸のようなさらさらとした感触が心地よい。撫でられるたびにアウラの表情に輝きが戻ってくる。

「頼む。幾つかいま実験中でな、お前の協力を仰ぎたいのだ」
「はい、分かりました! モモンガ様、お任せください」

 では、と腕まくりしそうなアウラを止める。

「その前に――」

 スタッフを握り締める。先ほどと同じだ。指輪の力を使用したときと同じように、スタッフに意識を集中。無数の力が使えとモモンガに語りかけてくるが、今回使用するのはスタッフにはめ込まれた宝石の1つ。その中に封じられている力の弱き1つ。

 ――サモン・ムーンウルフ

 召喚系魔法の発動にあわせ、空中からにじみ出るように3匹の獣が姿を見せた。それはほのかな銀光を放っているシベリアオオカミだ。
 召還魔法の発動によるモンスターの登場はユグドラシルとまるっきり同じエフェクトだ。そのためモモンガに驚きは無い。
 このウルフは移動速度が半端じゃなく速いために、奇襲要員として使われるレベル20クラスのモンスター。特別強い能力を保有しているわけではないが、今回の目的に対してはこの程度で充分。逆に弱いということが必要なのだ。

「ムーンウルフですか?」
「そうだ。私ごと吐息の効果に入れてくれ」 
「え? いいんですか?」
「構わない」

 今だ納得のしていないアウラに強引に推し進める。
 範囲に入れてくれなければ、実験が正確なものかどうかの保障にならないからだ。
 今回の実験の問題点はアウラの能力が起動していない場合だ。それを避けるためには第三者と同時に影響を受ける必要がある。そのためのムーンウルフである。

 それからしばらくアウラが息を何度も吐き出すが、モモンガは何か影響を受けた気がしなかった。途中、後ろを向いたり、精神を弛緩させたりしたがやはり効果は無し。同じように範囲に入ったムーンウルフには影響があったようなので、アウラの力が発動して無いわけではない。
 したがっておそらくモモンガには精神作用効果は無効だろう。それはつまり――


 ユグドラシルでは異形種が規定のモンスターレベルに到達した際、モンスター的な特殊能力を得られる。オーバーロードまで極めたモモンガがモンスター的に保有しているのは――
 上位アンデッド作成/1日8体、下位アンデッド作成/1日12体、ネガティブエナジー・タッチ、絶望のオーラ、冷気・酸・電気攻撃無効、上位・ダメージ無効、上位・魔法ダメージ軽減、即死の波動、不浄なる加護、黒の叡智、上位・退散耐性、能力値ダメージ、魔法強化軽減。
 これに他のクラスレベルから来るもの――モモンガであれば例えばマスター・オブ・デスの即死魔法強化や、トゥルーネクロマンサーのアンデッド支配やアンデッド強化等が加わる。
 
 そしてアンデッドの基本的な特殊能力。クリティカルヒット無効、精神作用無効、飲食不要、毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効、死霊魔法に耐性、酸素不要、能力値ダメージ無効、エナジードレイン無効、ネガティブエナジーでの回復、暗視。これらもだ。
 無論、弱点もある。光・神聖ダメージ脆弱、炎ダメージ倍加等だ。当然、装備品で消してはいるが。


 ――これらアンデッドが基本的に持っている能力や、レベルアップの途中で得た特殊能力等も保持している可能性が非常に高いことの確認が取れたのだ。
 これは現状ではかなりの情報だ。


「……礼をいう」
「はい、全然大ジョブです」
「――帰還」
 
 3匹のムーンウルフの姿が現れた時を巻き戻すように消えていく。

「昔はアウラの力は同じギルドに所属するものにはネガティブな効果は無かったと思ったがな」
「え?」

 きょとんとするアウラの顔を見て、モモンガはそうではなかったという事を理解した。

「気のせいだったか?」
「はい。ただ、効果範囲は自分で自在に変化させられますから、それと勘違いされたんじゃないでしょうか?」

 なるほど、フレンドリィ・ファイアは解禁か。範囲魔法の使用方法を間違えると痛い目を見ることになるな。
 ぶつぶつと呟きながら考えているモモンガを黙って眺めていたアウラが、じれたのか口を開く。

「えっと今日、私の守護階層に来られたのは、今の目的ですか?」
「ん? ああ、そうか、いや違う。今日来たのは訓練をしようとおもってな」
「訓練ですか?」

 アウラは目が転がり落ちんばかりに開く。
 最高位の魔法使いであり、このナザリック大地下墳墓を支配する、そしてアウラの上位者である存在が何を言っているんだ。そういう感情を込めてだ。

「そうだ」

 モモンガが返事と共にスタッフを地面に軽く叩きつけるのを見て、アウラの表情に理解の色が浮かぶ。それを観察していたモモンガは自分の予想通りに思考を誘導できたことに喜びを覚えていた。

「了解しました。そのスタッフって伝説のアレですよね? 本当にあたしも見て良いんですか?」
「ああ、構わない。私しか持つことを許されない、最高の魔法の武器の力を見るが良い」

 やったーと喜んでいるアウラ。
 伝説のアレというのはどんな風な意味なんだろう、とモモンガは疑問に思うが良い意味だろうと自分をごまかす。
 あまり互いの認識に誤差があると厄介ごとになるのでは、と警戒をしてしまい色々な質問ができないのが残念でたまらない。

「……それとアウラ。全守護者をここに呼んでるのであと1時間もしないうちに集まるぞ」
「え? な、なら歓迎の準備を――」
「いや、その必要は無い。時間が来るまでここで待っていれば良い」
「そうですか? ん? 全守護者? ――あの女も来るんですか!?」
「全守護者だ」
「……はぁ」

 一気にしょんぼりとするアウラ。確か設定ではあんまり仲がよろしくないということになっていたが。一体どんなことになるやら。
 前途多難だ。モモンガは小さく呟いた。





――――――――
※ アウラは子供兼子犬です。雰囲気出てますか?
  守護者は皆、べたべたな設定キャラです。これは作ったアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの趣味となっております。

  では05_魔法でお会いしましょう。非常に長い説明になりますのでご注意ください。


  アウラルート? そんなもんないですよ? あと、アウラの言う「あの女」にも無いよ?



[18721] 05_魔法
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/06/09 21:16
 





 魔法職というのは人気がある分、非常にめんどくさい。そして将来設計をしっかり立てておかないと役立たずになる職業、とユグドラシルに詳しいプレイヤーは口にする。

 まず、ユグドラシルの魔法はクリエイトツールで作れない代わりに膨大な数量がある。
 数にして3000強。
 もちろんそのすべてが使えるわけではない。魔法職は大きく分けて4系統存在する。
 神の奇跡を行う聖職者<クレリック>や神官<プリースト>に代表される――発動能力値に信仰心が重要な系列、魔術師<ウィザード>や秘術使い<アーケイナー>に代表される――発動能力値に魔力が重要な系列、符撃や巫女に代表される――発動能力値に精神力が重要な系列、最後に発動能力値にその他の能力値が重要な系列に分かれている。
 
 そして各クラスごとに、習得可能なスペルリストが存在する。
 ウィザードであれば第1位階魔法になんとなんの魔法があって、第2位階魔法にはなんの魔法がある。だが、アーケイナーには第1位階魔法にはこれがあるが、ウィザードにはあったこれは入って無いという具合だ。
 
 こうやってプレイヤーはレベルアップ時に選んだ職業の、スペルリストに記載されている魔法の中から、1レベルごとに3つづつ新しい魔法を選択して習得ができる。こうして100レベルにもなれば300個の魔法を選択し、使うことが可能となるのだ。
 ただ、この系列は別系統と見なされており、積み上げたクラスとは別に魔法の行使レベルが計算されている。そのため下手なクラスの取り方をすれば、100レベルに到達したのに信仰心系列は第4位階まで、魔力系列は第6位階までということにもなりかねない。
 適当な説明だがウィザードを60レベル取って、クレリックを40レベル取ったからといって、信仰心系列の魔法を最高レベルの第10位階まで使えるという事では無いということだ。


 そして最大レベル――100レベルで習得できている魔法の数、300。

 これが多いか少ないかは、魔法職に就いているプレイヤーなら断言するだろう。圧倒的に少ないと。習得魔法可能数と比べてではない。

 まず魔法の習得には前提条件がある場合がある。これは前提条件を満たしておかないと、その魔法を習得できないというものだ。特定職業、特定イベント、特定アイテム等によって。そして特定魔法――前提魔法という分類だ。
 読んで字のごとく、前提となる魔法を習得しておかなければ得ることのできない魔法があるのだ。
 そのため前提魔法に習得できる魔法の1/3を費やされたとか、欲しいと思っていた魔法を得るための前提魔法がクリアできなくて諦めてしまったというプレイヤーの話はありがちなものなのだ。

 さらには職業ごとにスペルリストが違うため、何を選択していくのかという問題もある。欲しい魔法がスペルリストに無かったりする場合は非常に多く、わざと死んでクラスを取り直すということだって珍しくは無い。更には取ったは良いが能力値的に微妙になってしまう場合だってあるのだ。
 
 例えば《ファイヤーボール/火球》の魔法である。これは基本的に使う能力値は魔力である。これによって魔力が高く、レベルが高い者ほどダメージ量や距離等が高くなるわけだ。
 そして仮に信仰心系列の職業の何かのスペルリストに《ファイヤーボール/火球》があったとしよう。信仰心系列の魔法を使うクラスの魔力の上昇率はさほど高くない。
 ではそのクラスが《ファイヤーボール/火球》を使った場合はどうなるか。
 ダメージ量や距離等において魔力系列の者に比べればはるかに劣るだろう。

 ユグドラシルの魔法職が頭を悩ます魔法の選択は、こうやってなっているのだ。
 確かに特定目的のみを追求する魔法職なら300は充分余る数だろう。

 有名なところではモンスターと戦うことのみを目的とする戦闘系魔法職――一般的なDMMORPGのプレイヤーに多い魔法職の選択魔法はバフと攻撃の特化型だ。

 相手にダメージを与えることのみを追求するというのは実に正しい姿だ。魔法職に求められるのは局面を変化させることのできる能力なのだから。強いモンスターを簡単に撃破してくれるならそれに越したことは無いだろう。

 ただ、ユグドラシルにおいて通常のDMMORPGに比べて魔法の習得数が圧倒的に多い理由は、魔法が戦闘行為しかできない一般的なDMMORPGと違い、様々な用途に使えるからだ。

 例えば金属探知の魔法も低位から高位まであるし、金属を精製する魔法だってある。地中を見る魔法や、土を低位の金属等に変化させる魔法だってある。
 転移魔法だって無数だ。ミスがある長距離転移、ミスの無い長距離転移、派手な何の意味も無いエフェクトを起こす転移、二者の場所を交換する転移、パーティーメンバーを集結させる転移。最寄の街への転移、短距離転移を時間内であれば無数に繰り返せる転移。このほかにも多くある。

 感知魔法だって、周辺にいる敵の感知や、姿を消している対象の発見、相手の魔法発動の感知、特定物品の感知、対抗感知魔法、特定条件感知等無数にある。

 頭を使うことで攻撃魔法を発動するより、特定状況下で戦況を打破しやすい魔法というのは無数にあるのだ。
 そのため習得できる300個という魔法の数は、危険な状況について考えられる頭を持つ側からすると、それほど多くは感じられない。それどころか少ないぐらいなのだ。

 そして1度選んだ魔法は通常は交換することができないため、レベルアップ時の魔法習得の際、選択するのに1日とかけるのはそれほど珍しいことではない。ユグドラシル攻略wikiでもっともデータ量が多いページが魔法の項目だといえば理解しやすいだろうか。

 ではモモンガはというと、課金アイテムを保有しているため、さらに追加で100個の魔法を収めている。さらにはPK<Player Killer>を繰り返し、特殊な儀式イベントをこなしたことにより、318個。総数718個の魔法を習得している。
 その習得内容は単純な破壊系魔法よりは絡め手の魔法や死霊系魔法に特化している。それにあわせ職業もそういう系統を選んで、よりそっち系の魔法を強化してきた。
 そのため、ダメージ力という面では戦闘特化系の魔法職には負けるものの、局面打破力においてはほぼ並ぶものがいないだろうと、自負している。逆に探査、捜索系の魔法は重要なもののみで、習得数は少ないためにかなり劣るだろうということも認識していた。



 モモンガは闘技場の隅に立てられた藁人形にゆっくりと指を伸ばす。
 モモンガが多く修めている死霊系魔法は無生物には効き目が悪い。単純な破壊系魔法の方がこのような場合は優れている。

 チラリと横目でアウラを伺う。
 きらきらと輝きという名の好奇心が瞳からもれ出ている。
 その両横に巨大なモンスター。

 3メートルの巨体は逆三角形。
 人間とドラゴンを融合させたような骨格を覆う筋肉は隆々と盛り上がっていた。その筋肉を覆うのは鋼鉄以上の硬度を持つ鱗。そしてドラゴンを思わせる顔。大木を思わせる尻尾。翼こそは無いが、直立したドラゴンに良く似ていた。
 ドラゴンキン――『ドラゴンの近親者』の名を持つモンスターだ。
 太さが男性の胴体以上の上腕で、長さが自らの身長の半分ほどのぶ厚い――剣なのか盾なのか良く分からない武器を持っていた。
 
 アウラは本人の戦闘能力を犠牲に、ビーストテイマー〈魔獣使い〉として最高位の能力を得ている。自らのしもべなら戦闘能力を最大1.25倍まで上げることを可能とする。しもべの数は総数100体。
 そのうちの2体があれで、この闘技場の片付け係だ。

「ふぅ」
 
 モモンガは小さく息を吐く。
 アレほどまでの期待に満ちた目で見られても正直困るのだが。

 今回の目的は魔法が本当に発動するかどうかの実証である。

 アウラに魔法の発動実験の参加を許可した理由は、他の守護者が来る前に自らの力を見せ、敵対することの愚を教えるためである。即座に裏切るような感じは無いが、モモンガの魔法の力が仮に失われていた場合でも忠誠を尽くすかどうかに関しては不明というより、信じ切れない。
 アウラはそうではないようだが、モモンガからすれば始めて会ったに等しい相手だ。確かにキャラクターの設定等はギルド皆のアイデアが詰まっている。だが、それが1つの知性体として存在した場合、設定以外の面が必ず出てくるはずだ。その設定以外の面に弱い相手にも忠義を尽くす、というものが無かった場合はどうなるというのか。無いならまだ良い。かりに上に立つものが弱かった場合は打ち倒すとあったら。

 必要以上に疑って掛かる必要は無いが、信頼しきって動くのは馬鹿のすることだ。

 石橋を叩いて渡る。それは現状ではモモンガにとって当たり前の考え方だ。

 それでは本当に発動するか、1人で魔法の実験を行った方が正解かというと大はずれだ。もし魔法が発動しなかった場合、さりげなく聞く相手は必要だ。そうしなくては本当に魔法が使えないのか、それとも使い方が悪いのか分からない可能性がある。
 アウラは習得魔法の数は多くは無いが、それでも最高位までの魔法の行使を可能としている。もし何かが間違っているなら聞くことができる。
 
 仮に魔法が発動しなくても問題はない。
 なぜならアウラはスタッフの力を確かめに来たと思い込んでるからだ。マジックアイテムの力が発動するのは実証済みなのだから、いくらでも言い訳は立つだろう。

 モモンガは暗記している718の魔法を検索する。
 今に最も適した魔法は何か。 

 まずはフレンドリィ・ファイアについて知らなければならないので範囲魔法。なら――。

 ユグドラシルの魔法の使い方は浮かび上がるアイコンをクリックするだけで良い。それが出ない今、別の手段で行う必要がある。恐らくやり方の一端はすでに掴んでいる。
 己の中に埋没している能力。
 負の接触を遮断したときと同じように、意識を向ける。アイコンがまるで空中にあるかのように――。
 
 そしてモモンガはうっすらと笑った。
 
《――ファイヤーボール/火球》

 突きつけた指の先で炎の玉が膨れ上がり、打ち出される。
 狙いは誤らずに藁人形に着弾。火球を形成していた炎は着弾の衝撃で弾け飛び、内部に溜め込んだ炎を一気に撒き散らす。
 膨れ上がった炎が周辺の大地を嘗め尽くした。
 
 それもすべて一瞬のこと。
 すでに何も残っていない。残滓として焦げ付いた藁人形を残して。

「ふふふふ」
「?」

 含み笑いをもらすモモンガに不思議そうな視線を送るアウラ。

「――アウラ。別の藁人形を」
「あ、はい、ただいま! 持っていって」

 ドラゴンキンの1体が藁人形をすえる。それと同時に魔法が効果を発揮する。

《エクスプロード/破裂》
 
 上半身が中から吹き飛び、周囲に藁の切れ端が舞う。半分以上弾けとんだ頭部を形成していた藁が、直ぐ側にいたドラゴンキンの体に当たって落ちる。
 ドラゴンキンがかすかな唸り声を上げながら、モモンガに鋭い視線を送る。
 魔法が発動する今、大して恐ろしい相手でもない。ドラゴンキン程度瞬殺できる自信がある。とはいえ、飼い主に謝る必要はあるだろう。そう考えたモモンガはアウラに顔をむけた。
 
「……すまん。もう少し離れてから使うべきだったな」
「――え? 藁をかぶっても気にしませんです、はい」

 ドラゴンキンの直ぐ側で魔法が発動したにもかかわらず、アウラに驚く様子も心配している様子も無い。手をパタパタ振って、モモンガが謝罪してきたことに驚きを示している。
 これは目標が1対象の魔法は目標を逸らさないのか。それともこちらを信頼しているのか。はたまたはドラゴンキンが死んだとしても気にしないためか。
 
 とりあえずは魔法の発動は確認できた。ユグドラシル内でのすべての能力は使えると断定しても良いだろう。
 では次に期待はできないがGMと連絡をつけるように魔法を使う番だ。

 モモンガは魔法を発動させる。

《メッセージ/伝言》

 連絡する相手はまずはGM。
 ユグドラシルであればゲームに入ってきている場合は携帯電話のコール音のようなものが聞こえ、入ってない場合はコール音すらしないで直ぐに切れる。
 今回はその中間とも言うべきものか。言葉にするには非常に難しいが、糸のようなものが伸び、何かを探っているような感覚がする。だが、そのままつながる気配無く、魔法は効果時間を終わらせる。
 やはりという思いと失望。どちらも同じぐらい強い。

 モモンガはそのまま同じ魔法を繰り返す。対象はGMではない。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーだ。
 しかしながらやはりというべきか、当然というべきか。誰からも返事は無かった。

 モモンガ軽くため息をつきたい気持ちを押し殺しながら、次の手を考える。
 セバスと連絡を取るというのも悪くは無いが、とりあえずは――。
 
 スタッフに集中し、力を引き出す。

《サモン・プライマル・ファイヤーエレメンタル/根源の火精霊召喚》

 スタッフを突きつけた先に、巨大な光球が生じ、それを中心に桁外れな炎の渦が巻き起こった。巻き起こった渦は加速度的に大きくなり、直径10メートル、高さ15メートルまで膨らむ。
 吹き荒れる紅蓮の煉獄が周囲に熱風を巻き起こす。視界の隅で2体のドラゴンキンが巨体を持って、その熱風からアウラをかばおうとしている。バタバタとモモンガのローブが熱波に煽られはためく。火傷ぐらいしても可笑しくは無い熱量だが、炎への絶対耐性を有しているモモンガに影響は無い。
 やがて周囲の空気を食らい充分に大きくなった炎の竜巻が、融解した鉄のような輝きを放ちながら揺らめき、人のような形を取る。
 プライマル・ファイヤーエレメンタル――元素精霊の限りなく最上位に近い存在。レベル80という高さを持つモンスターだ。

「うわー……」

 アウラが感嘆の声を漏らしながら見上げている。
 召喚魔法では決して呼び出すことのできない最上位クラスの精霊を前に、望んでいたおもちゃをもらった子供のような表情を浮かべていた。 
 
「……戦ってみるか?」
「え?」

 一瞬ほうけてから、アウラは無邪気な子供の笑みを浮かべる。子供のものにしては少々――いや、かなり歪んではいるが。

「良いんですか?」
「かまわんよ、別に倒されたところで問題は無いからな」

 肩をすくめるモモンガ。スタッフの力で召喚したこれはまた明日になれば召喚できるはずの存在だ。別に倒されても問題は無い。

「それより大丈夫か? 単純な力押し系は苦手だろ?」
「んー。大丈夫です。炎ダメージは無効にできますし、何とかなると思います」

 話を半分聞き流しながら、アウラは準備をし始めている。すでに頭の中ではどのように戦闘をしていくかを考えているのだろう。

「……無理はするなよ?」
「はい!」

 威勢の良い返事だ。アウラは作戦が決まったのか、両脇にいたドラゴンキンに離れるように指示を出した。恐らくは1人で戦うつもりなのだろう。

「プライマル・ファイヤーエレメンタル――」揺らめき燃え上がる炎の塊が動き出す。「アウラを倒せ。ただし倒れたらそこで終わりだ。帰還せよ」

 炎の巨人は巨大な拳のような炎の塊を作り出し、炎が下生えを燃やしながら進むような速度でアウラに近づきだす。アウラは両手に鞭を取り出し、それを迎撃せんと待ち構える――。

 アウラが戦闘を開始するのを横目に、モモンガは物思いにふけっていた。
 

 これからどうするか、である。
 問題は少々調子に乗って魔法を使いすぎたことだ。まだまだMPに余裕はあるが、それでも何が起こるかわからない以上、温存する必要がある。できれば回復させたいところだが……。


 魔法には位階というものがあり、これが1~10。そして超位<オーバー>と呼ばれるものに分かれている。
 魔法のMP消費はこの位階というのが重要となってくる。この位階の分だけMPを消費するのだ。
 例としてMP100点持っている魔法使いがいたとしよう。その人物は位階1の魔法なら100回唱えられるし、逆に位階10の魔法なら10回しか使えないということになる。
 オーバーはまた別の計算になるので除外だ。
 これに魔法強化――例にするなら魔法無詠唱化、魔法強化、魔法属性変化等――を入れた場合はより大きいMPを使う。

 MPの回復速度は全快するまでに実時間で6時間はかかる。つまり調子に乗って最高位の魔法ばっかり使っていればすぐにガス欠となってしまう。
 ちなみにMPは基本的にはレベル×10。これに能力値ボーナス、特定特技、装備修正、クラス修正等が点く。モモンガなら現在1980ポイントだ。これはスタッフ・アインズ・ウール・ゴウンの効果が大きく、ユグドラシル内の魔法職でもトップクラスだ。基本的にレベル100で大体1300ポイントぐらいだと知れば、その容量の大きさは理解できるだろう。

 消費したMPを回復させようにも、MP回復ポーションなんて便利なものはない。唯一の回復方法は時間の経過ぐらいだ。
 そのため魔法職でのソロでの狩りはMP回復がほとんどなのか――というと半分だけそうでもない。

 それは巻物<スクロール>、杖<スタッフ>、短杖<ワンド>という存在だ。
 これらは魔法が込められており、スクロールは一回っきり、スタッフ、ワンドは決められた――チャージ回数だけ魔法を発動させることが可能なアイテムだ。
 ただ、魔法の威力や効果時間が固定されている。
 レベル10の魔法職の使う防御魔法の効果時間が10分だとしたなら、スクロールから同じ魔法を発動した場合、固定された時間――大体使用できるようになったレベルの魔法職の発動する時間の半分程度しか持たない。この場合なら5分か。

 時間が短いのと同様に威力も弱い。
 半分までは行かないがダメージ量は3/4ぐらいだろうか。
 一応、他にも実時間で1日何回と決まった回数だけ、消費せずに魔法を発動させることのできるアイテムの存在もある。
 モモンガの召喚したムーンウルフもプライマル・ファイヤーエレメンタルもその系統のアイテムの効果だし、左腕につけたバンドも同じように特定の魔法を1日に複数回発動できる。ただこれらのアイテムはかなり高額な商品であり、おいそれと手が出せるものではない。

 そしてワンドやスタッフもそこそこの値が張り、スクロールは低位のものが殆どだ。
 結局そっちに金をつぎ込むとその他のアイテムに回せなくなる。 

 そのため魔法職は自分のMPだけでやりくりしようと努力する。スタッフやワンド、スクロールは切り札的存在にしようと温存するのだ。
 その結果、ログアウト中も時間の経過があるので、ソロの場合はMPが尽きたらログアウトし、次の日にまた始めるというのが魔法職の基本だ。


 しかし今は時間が無い。モモンガは左手首のバンドに視線をやる。あと20分ぐらいで他の守護者が来ることになっている。それまでにあらかた調べておく必要がある。MPを回復させる時間は無い。

 ――あと調べなくてはならないこと。

 魔法、アイテムの起動は終わった。残るは持ち物だろうか。

 モモンガもスクロールやワンド、スタッフはかなりの数を保有している。性格上、消費アイテムは勿体なくて使えない派だ。テレビゲームでも最高級品の回復剤とかはラスボス戦ですら使わない。慎重というより貧乏性の類だろう。
 そんなモモンガの保有するアイテム。ユグドラシルであればアイテムボックスに入っているアイテムは現在どこにあるのだろうか。

 モモンガは中空にその骨しかない手を伸ばす。
 アイテムボックスを開くときを思い出しながら――。
 伸ばした手が湖面に沈むように何かの中に入り込んだ。外からすればモモンガの腕が途中から消えたように見える。
 そのまま窓を開けるときと同じように横に大きくスライドさせる。
 何本ものスタッフが綺麗に並んでいた。これこそまさにユグドラシルのアイテムボックスだ。
 手を動かし、アイテム画面ともいうべきものをスクロールさせていく。スタッフ、ワンド、スクロール、武器、防具、装飾品、宝石、ポーションに代表される消費アイテム……。膨大な数の魔法の道具の数々。

 モモンガは笑う。
 安堵感を持って。
 これならこの大墳墓内の大体の存在が敵に回ったとしても、己の安全は守りきれると分かったのだから。

 今だ激戦を繰り返すアウラを見ながら、モモンガは今まで得た情報を纏め上げながら物思いにふけっていた。


 まず、今まで会ってきたNPCはプログラミングか?

 否、意識を持った人間と変わらない存在だ。これだけの細かな情動を人間程度のプログラミングで表現することはできるわけが無い。何らかの事態でプログラムではなく人間と同等の存在になったと仮定すべきだ。


 次にこの世界はなんだ?

 不明だ。魔法が存在するということを考えると何らかのゲームと考えるのが妥当だが、前の疑問をあわせて考えるとゲームとはとうてい思えない。そうすると魔法が存在する世界……異世界と考えるのが妥当なんだろうか?


 自らはこれからどのように構えるべきか?

 ユグドラシル内での力を使えるということは確認できた。したがってこのナザリック大地下墳墓内において強敵となる相手は、ユグドラシル上のデータを基本に考えればいない。問題はユグドラシルのデータ以外の何かがあった場合だが、そのときは開き直るしかないだろう。取り合えずは上位者として威厳をもって――威厳があるならだが――行動するほか無い。


 これからの行動方針は?

 情報収集に努める。この世界がなんなのか不明だが、今現在は単なる無知の旅人にしか過ぎない。油断無く、慎重に情報を収集すべきだ。できればセバスが良い情報を持ってくることに期待か。


 仮に異世界だとして、元の世界に戻るよう努力すべきか?

 疑問だ。元の世界に未練があるかといわれたなら、1/3ぐらいはあるといえる。
 もし友達がいたなら帰る努力をしただろう。
 もし両親が生きていたなら、死に物狂いで探しただろう。
 だが、そんなものは無い。
 会社に行き、仕事して、帰って寝る。今までなら帰ってからユグドラシルに入り、いつ仲間が来ても良い準備をしていたが、それももはや無い。今ですら1日、仕事のことを除いて話をしたりしないのだ。
 そんな世界に帰る価値はあるのだろうか?
 ただ、戻れるなら戻れる努力をした方が良い。選択肢は多いに越したことは無い。外が地獄のような世界である可能性も充分にありえるのだから。


「さてどうするか……」

 モモンガのさびしげな独り言が空中に散っていた。






――――――――
※ 長い設定を読んでくれてありがとうございます。もうちょっと小出しにした方が良いのは分かるんですが……。
  中々難しい。
  次回からはもう少し考えます。あとで修正入れます、おそらく。


  では次回、全守護者(ボクの考えたすごいキャラ)が全員揃う、06_集結でお会いしましょう。



[18721] 06_集結
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/06/10 20:21


「そろそろ皆来そうですよね」

 濡れたタオルで顔の汗を拭いながらアウラが話しかけてくる。
 プライマル・ファイヤーエレメンタルとの戦闘結果はアウラの勝利。桁外れの破壊力と耐久力を持つプライマル・ファイヤーエレメンタルだったが、周囲にいるだけでも受ける炎ダメージを完全に無効にし、見事な回避を披露したアウラの前では巨大なマトだったようだ。
 逆に一撃でも当たれば、アウラの体力のかなりを奪っただろうが、複数の防御魔法を発動していたのが上手く働いていた。魔法職のモモンガから評価しても見事な立ち回りだった。 

「――そうだな」

 モモンガは左腕にはめたバンドに目を落とす。約束の時間にはまだなっていないが、遅れてくるような守護者はいないだろうし、時間的には何時きてもおかしくは無い。

「ぷぅ」

 一息ついたといわんばかりのため息をつきながらアウラが、喉元の汗を拭い始める。拭った先から汗が珠を作り、薄黒い肌を流れ落ちる。
 モモンガは黙って、アイテムボックスを開く。
 そこから最初に取り出したのは、魔法のアイテム――ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター。
 ガラスだろう透き通った材質でできたピッチャーには、新鮮な水がなみなみと入っており、中の入った水の冷たさのためか、周りには水滴が無数についていた。
 そして続けてグラスを1つ取り出す。
 バカラのグラスに負けずとして劣らないグラスに、新鮮な水を注ぎいれる。

「アウラ。飲みたまえ」
「え? そんな悪いです、モモンガ様に……」

 パタパタと手を顔の前で振るアウラに、モモンガは苦笑を浮かべた。

「この程度気にするな。いつも良く働いてくれているささやかな感謝の表れだ」
「ふわー」

 照れたように顔を赤らめるアウラに、グラスを差し出す。

「ありがとうございます、モモンガ様」

 今度は断らずにタオルを肩にかけると、アウラをそれを両手で受け取り一気に飲み干す。喉が大きく動き、唇の端からこぼれた水滴が艶やかな喉を流れ、胸元に消えていった。

「ぷはぁー」
「もう一杯いるか?」
「お願いします!」

 一瞬で空になったグラスの中に再びピッチャーから水が注がれた。ピッチャーの中の水は減ってはいない。先ほどと同じ水量を保っている。
 アウラは落ち着いたのか今度はゆっくりと水を飲む。
 モモンガそれを見ながら自らの喉に手を当てた。頚椎に薄皮がついたような感触。   
 この体になってから喉の渇きを覚えていない。睡眠欲もだ。アンデッドがそんなものを感じるわけが無いのは理解できるが、それでも気がついたら人間を辞めたというのは冗談にしか思えない。 

 モモンガは空いた手で自らの体を触る。
 人間のときと比べて全身の感覚が鈍い。触ってみても薄い布が途中にあるような感覚の鈍さだ。その反面、知覚はかなり優れている。視力も聴力も非常に高い。
 骨で構築されたすぐにも折れそうな体なのに、一本一本が鋼よりも頑丈そうにも思える。
 かなり人の体とは違うはずなのに、まるで生まれたときからこの体であったかのような満足感とも充実感ともいえないものがある。だからこそ恐怖も感じないのだろう。

「ふぅー」
「もう一杯いるか?」
「えっと。もう満足です」

 にこりと笑うアウラに頷くことで返すと、モモンガは受け取ったグラスとピッチャーをそのままアイテムボックスに入れる。

「……モモンガ様ってもっと怖いのかと思ってました」
「そうか? そっちの方が良いならそうするが……」
「え? 今のほうがいいです! 絶対いいです!」
「なら、このままだな」

 勢いあるアウラの返答に目を白黒させながらモモンガは答える。
 とはいえモモンガからすれば今の性格も演技しているものでしかない。今の自分は最高峰のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの長としての役割を演じているだけだ。決して恥ずかしくないように。

「も、もしかして私にだけ優しいとかー」

 ぼそぼそと呟くアウラに何を言えば良いのかわからず、モモンガはアウラの頭を軽く数度、ぽふぽふと撫でるように叩く。

「えへへへ」

 大好物を前にした子犬の雰囲気を撒き散らすアウラ。そこに――。

「――おや、わたしが一番でありんすか?」

 言葉つかいの割には若鮎のような若々しい声が聞こえ――影が膨らみ、噴きあがる。
 その噴きあがった影からゆっくりと姿を現す者がいた。

 全身を包んでいるのは柔らかそうな漆黒のボールガウン。
 スカート部分は大きく膨らみ、かなりのボリューム感を出している。スカート丈はかなり長く、完全に足を隠してしまっている。フリルとリボンの付いたボレロカーディガンを羽織ることによって、胸元や肩はまるで露出していない。さらにはフィンガーレスグローブをつけていることによって、殆どの体を隠してしまっている。
 外に出ているのは一級の芸術ですら彼女を前にしたのなら恥じるほどの端正な顔ぐらいものだ。白い肌――健康的というのではない白蝋じみた白さ。長い銀色の髪を片方で結び、持ち上げてから流している。
 年齢的には14、もしくはそれ以下か。まだ幼さが完全には抜け切れてない。可愛らしさと美しさが交じり合ったことによって生まれた、そんな美の結晶だ。
 胸は多少年齢には不釣合いなほど盛り上がっている。

「……わざわざ《ゲート/異界門》なんか使うなって言うの」

 モモンガの直ぐ側から呆れたような声が聞こえる。その凍りつかんばかりの感情を含んだ声色に先ほどまでの子犬の雰囲気は無い。あるのは満ちすぎて毀れまくった敵意だ。 
 
 最上位の転移魔法を使ってこの場に姿を現せた女性は、モモンガの横で殺気だつアウラに一瞥もくれず、体をくねらせる様に動かしながらモモンガの前に立つ。
 体から立ち上る香水の良い香り。

「……くさ」
 
 アウラがボソリと呟く。続けて、アンデッドだから腐ってるんじゃない、と。
 アウラの言葉が聞こえているだろうにも変わらず、真紅のルビーを思わせる瞳に愉快そうな感情を込め、

「ああ、我が君。わたしが唯一支配できぬ愛しの君」

 すらりとした手をモモンガの首の左右から伸ばし、抱きつくかのような姿勢を取る。
 真っ赤な唇を割って、濡れた舌が姿を見せる。舌はまるで別の生き物のように己の唇の上を一周する。開いた口から馨しい香りがこぼれ落ちる。
 もしこれが妖艶な美女がやれば非常に似合っただろうが、彼女では少々年齢がたりてないように感じられ、ちぐはぐ感から生じる微笑ましさがある。大体、身長が足りないので伸ばした手も抱きつくというよりかは、首からぶら下がろうとしているようにしか見えない。
 それでも女性に慣れていないモモンガには充分な妖艶さだ。一歩後退しそうになるが、意を決しその場に踏みとどまる。

 心中に沸き上がるこんなキャラだっけ? という思いは消せないが。

 
 シャルティア・ブラッドフォールン。 
 ナザリック大地下墳墓第1階層から第3階層までの守護者であり、全アンデッドの支配者たるトゥルーヴァンパイアだ。

「いい加減にしたら……」

 重く低い声に初めてシャルティアは反応し、嘲笑の笑みを浮かべながらアウラを見た。

「おや、チビすけ、いたんでありんすか? 視界に入ってこなかったから分かりんせんでありんした」

 ぴきりとアウラは顔を引きつらせ――

「うるさい、偽乳」

 ――爆弾を投下する。

「……なんでしってるのよー!」

 あ、キャラが崩れた。

「一目瞭然でしょー。変な盛り方しちゃって。何枚重ねてるの?」
「うわー! うわー!」

 発せられた言葉をかき消そうとしているのか、ばたばたと手を振るシャルティア。そこにあるのは年相応の表情だ。

「あんたなんか無いじゃん。私は少し……結構あるもの!」

 その瞬間、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるアウラに押され、一歩後退するシャルティア。さりげなく胸をかばっている。

「……あたしはまだ76歳。いまだ来てない時間があるの。それに対してアンデッドって未来が無いから大変よねー。成長しないもん」

 シャルティアはぐっ、と呻き、さらに後退する。言い返せない。それが表情に思いっきり出ていた。アウラはそれを確認し、亀裂のような笑みをさらに吊り上げた。

「今あるもので満足したら――ぷっ」
「おんどりゃー! 吐いた唾は飲めんぞー!」

 ぷっちーんという音がモモンガには聞こえた気がした。
 シャルティアのグローブに包まれた手に黒い靄のようなものが揺らめきながら滲み出す。
 アウラは迎えうたんと先ほど使用していた鞭を手に持つ。
 
 モモンガは呆れかえりながらも、両者を止めようと息を吸い込んだところで――
 
「サワガシイナ」

 人間以外が無理やり人の声を出している、そんな歪んだ硬質な声が2人の諍いを断ち切った。
 声の飛んできた方、そこには何時からいたのか、冷気を周囲に放つ異形が立っていた。
 2.5メートルほどの巨体は二足歩行の昆虫を思わせる。悪魔が歪めきった蟷螂と蟻の融合体がいたとしたらこんな感じだろうか。身長の倍以上はあるたくましい尾には鋭いスパイクが無数に飛び出している。力強い下顎は人の腕すらも簡単に断ち切れるだろう。
 2本の腕で白銀のハルバードを持ち、残りの腕でどす黒いオーラを撒き散らすおぞましいメイスとブロードソードを保持している。
 白銀に輝く硬質そうな外骨格には冷気が纏わり付き、ダイアモンドダストのようなきらめきが無数に起こっていた。


 ナザリック大地下墳墓第5階層の守護者であり、凍河の支配者――コキュートス。

 ハルバードの刀身を地面に叩きつけると、その周辺の大地がゆっくり凍り付いていく。

「御方ノ前デ遊ビスギダ……」
「……この小娘がわたしに無礼を働いた――」 
「事実を――」

 再びシャルティアとアウラがすさまじい眼光を放ちながら睨み合う。

「……シャルティア、アウラ。私を失望させるな」

 びくりと、2人の体が跳ね上がり、同時に頭をたれる。

「「もうしわけありません」」
「ああ」

 モモンガは鷹揚に頷くと、現れた悪魔に向き直る。

「良く来たな、コキュートス」
「オ呼ビトアラバ即座ニ、御方」

 白い息がコキュートスの口器からもれている。それに反応し、空気中の水分が凍りつくようなパキパキという音がした。プライマル・ファイヤーエレメンタルの炎に匹敵する――いやそれ以上の冷気。周辺にいるだけで低温による様々な症状が襲い、肉体損傷を受けるほどだ。
 しかしながらモモンガには何も感じられない。というよりもこの場で炎や冷気、酸という攻撃に対しての耐性や対抗手段を持ってない者は存在しない。

「この頃侵入者も無く暇ではなかったか?」
「確カニ――」
 
 下顎をカチカチと鳴らす。笑っているのだろうか?

「――トハイエ、セネバナラヌコトモアリマスノデ、然程、暇トイウコトモゴザイマセン」
「ほう。普段は何しているんだ?」
「何時如何ナル時デモオ役ニ立テルヨウ鍛錬ノ日々デス」

 コキュートスは外見からは想像できないが設定上は武人である。性格もコンセプトデザインも。
 このナザリック大地下墳墓においても武器の使い手という区切りでは第一位の戦闘能力保持者だ。

「お――私のためにご苦労」
「ソノ言葉1ツデ報ワレマス。――オヤ、デミウルゴスガ来タヨウデスナ」

 コキュートスの視線を追いかけると、そこには闘技場入り口から歩いてくる影が1つ。
 充分に距離が近づくと、影は優雅な礼をしてから口を開く。

「皆さんお待たせして申し訳ありません」


 身長は2メートルほどもあり、肌は光沢のある赤。刈り揃えられた漆黒の髪は濡れたような輝きを持っていた。
 赤い瞳は理知的に輝き、無数の邪悪な陰謀を組み立てているのが手に取るように分かった。
 こめかみの辺りから鋭い、ヤギを思わせる角が頭頂部に向けて伸びており、背中から生えた漆黒の巨大な翼が彼が人ではないことを表していた。
 鋭くとがった爪のはえた手で一本の王錫を握り、真紅の豪華なローブにそのしなやかな身を包む姿はどこかの王を彷彿とさせる威厳に満ちていた。
 

 周囲に揺らめくような浅黒い炎を撒き散らすその悪魔こそ、デミウルゴス。
 ナザリック大地下墳墓第7階層の守護者であり、防衛時におけるNPC指揮官という設定である。

「これで皆、集まったな」
「――モモンガ様、まだガルガンチュアが来て無いようですが」

 人の心に滑り込むような深みと、引き込まれるようなはりのある声。
 デミウルゴスの言葉には常時発動型の特殊能力が込められている。その名も支配の呪言。心弱きものを瞬時に自らの人形へと変える効果のある力だ。
 とはいえ、この場にいるものにその特殊能力は効果を発揮はしない。効果が発揮するのはせいぜい40レベル以下。最高レベルで製作された守護者には効かないのは当然。
 そのためこの場にいるものにとってすれば、せいぜい耳あたりの良い声程度にしか過ぎない。

「……ガルガンチュアを知ってるのか?」
「無論です。第4階層守護者――戦略級攻城ゴーレム、ガルガンチュア。この中に知らぬものはおりません」

 ガルガンチュアはユグドラシルというゲームのルールにちゃんと存在するゴーレムであり、別にアインズ・ウール・ゴウンの手によってゼロから作り出されたものではない。
 あくまでも攻城戦に使用できるもの。本拠地を守るのには決して使えない。ただ、テキストタグ上では第4層守護者と設定づけられているし、置き場に困って第4層の地底湖に沈めているのだが。

「あれは守護者というわけではない。あくまでも守護者の地位を与えたゴーレムだ」
「左様でしたか。失礼いたしました」
「……我ガ盟友モ来テナイヨウデスナ」

 ぴたりとコキュートス以外の全員の動きが止まった。

「……あ、あれは、あくまでもわらわの階層の1部の守り手にしか過ぎぬ」
「そ、そうだよね~」
 
 シャルティアに引きつるような笑みを浮かべ、アウラが同調する。

「……恐怖公か。あれも守護者ではないが……知っていたほうが良いか。あれにはコキュートス、お前の方から伝えろ」
「承リマシタ、御方」
「では、我が主君。守護者は皆、揃いました。御下命を」

 デミウルゴスの言葉にあわせ、全員が一斉に跪く。

「では……まず良く集まってくれた」
「我ら、皆、モモンガ様にすべてをささげた者。当然のことでございます」

 代表してデミウルゴスが返答を述べた。やはり他の守護者に口を挟む気配は無い。完全にデミウルゴスが守護者代表という扱いなのだろう。

「お前達の忠誠は嬉しく思う。私がどれほど強く喜びを感じているのかを話しても良いのだが、残念ながら守護者を全員集めたのはそれとは別件なのだ。私の方も完全に理解しているわけではないので、多少意味が分からない点があるかも知れないが、心して聞いて欲しい」
 
 モモンガはそこで一息つくと、右腕のバンドに視線をやってから全員を見渡す。

「現在、ナザリック大地下墳墓のすべてが不可思議な事態に巻き込まれているように思われる」
「……不可思議な事態というのは」
「正直私もよくは分からないのだ。だが、何らかの異変を私は感じた。だから、私はお前達を全員集めたのだ。何か感じないか?」

 互いの顔を見合わせ、デミウルゴスが代表して口開く。

「いえ、申し訳ありませんが我々には感じられませんでした」
「そうか……」
「どのような感じを受け取られたのですか?」
「説明するのも中々難しい……」

 モモンガは口を閉じて話を流そうとするが、守護者達が説明を待っているのに気づき、適当な話をでっち上げる。

「……揺らめきだな」
「揺らめきですか」
 
 再び守護者同士で互いの顔を伺い、それからデミウルゴスが口を開いた。

「やはり我々には感知できなかったようです。魔法的なものなんでしょうか」
「すべてが不明だ。各階層に異常は無いか?」
「第7階層に異常はございません」
「第6階層もです」
「第5階層モ同様デス」
「第1階層から第3階層まで異常はありんせんでありんした」
「――モモンガ様、早急に第4階層の探査を開始したいと思います」
「任せる」
「では地表部分はわたしが」
「……それは待て。時間内に帰ってくるかと思ったのだが……現在セバスに地表周辺を探査させている最中だ」

 ざわりと空気が動く。
 1つは絡め手無しの真っ向勝負においては最強であり、コキュートスですら追いつけない存在を、偵察という簡単な任務に出したことに対する困惑だ。もう1つはセバスほどの人材を送り込んだことによる、モモンガの異変に対する警戒心の強さへの危機感だ。あっただろう無数の選択肢からセバスを選んだことへの。
 
 ただ、モモンガの観点からすれば、セバス以外の選択肢はなかった。

 まず今までいた世界から大きく変わった中で、忠誠心を持っているように見えたこと。
 次に情報がまるで無いという状況下では、最高の戦闘能力を保有しているもの――生きて帰れそうなものを送り出すのは当然のことだ。
 そして外見的に人間にそっくりであり、セバスであれば警戒はされても即座に戦闘行為になりそうも無いと予測してだ。デミウルゴスやコキュートスでは上手くいく可能性自体が低いだろう。幻影魔法等でごまかせればという考えもあったが、見破られた場合、嘘をついて近づいてきた相手と仲良くしてくれるとはとうてい思えない。第一、その時は魔法が本当に発動するかどうか不明瞭なところがあった。

 以上の理由からセバスが適任だと思ったのだ。

「そろそろ戻ってくるとは思うのだが……」

 その言葉がフラグになったのか。何気なく闘技場入り口に視線を送ると、歩いてくるセバスの姿を発見した。
 時間を指定しなくても、必要とされる頃に戻ってくるとは、流石は一級の執事。

「――遅くなりました」
「いや、構わん。それより周辺の状況を聞かせてくれないか?」
「――」

 セバスは跪く守護者に一瞬だけ視線を送る。モモンガは鷹揚に頷いた。

「……非常事態だ。これは当然、各階層の守護者が知るべき情報だ」
「了解いたしました。まず周囲1キロですが――草原です」

 ナザリック大地下墳墓周辺は毒すらも発生する沼地だった。それが草原というのはどういう冗談だ。そう言いたげな顔がちらほら見える。しかしそんな無意味な質問は誰もしない。なぜならセバスが主人に嘘をつくはずがないと皆確信しているからだろう。

「生息していると予測される小動物を何匹かは見ましたが、人型生物の発見はできませんでした」
「その、小動物はモンスターだったりするのか?」
「いえ、プレリードックのような戦闘能力が殆ど皆無のような生き物でした」
「牧歌的なイメージでいいのか?」
「牧歌的……単なる草原です。特別に何かがあるということはありません」
「そうか……ご苦労」

 どこに転移をしたのか不明だが、警戒のレベルを上昇させたほうが良いのは事実だろう。人の敷地にいきなり無断で乗り込んできたら怒るだろう。普通の感性の持ち主なら。
 だが、そこで諍いが生じた場合禍根が必ず残る。彼我の戦力がはっきりしない状態で、そんな状況に陥ることはごめん被りたい。

「シャルティア」
「はい」
「各層の警戒を厳重にせよ。ただし、侵入者は殺さず捕らえろ。できれば怪我もさせずにというのが一番ありがたい。それと侵入者が来た場合は各階層の守護者に伝達すること。それにあわせて各階層のネガティブダメージを切っておけ」
「了解しんした」
「デミウルゴス」
「はっ」
「周辺を詳しく偵察する斥候に相応しい者を幾体か選抜しろ。目的は情報の収集であって、戦闘行為ではないことを充分に理解できる頭を持つ者だ。お前が直接行動することは現状では許さん」
「私を動かさない理由は交渉相手になるかも知れない不特定多数の感情を悪化させないため、と考えてもよろしいのでしょうか? つまりは無理やりな情報収集は厳禁ということで」
「その通りだ。私達は確かに最強である。だが、この周辺では私達の100倍ぐらいの強さを持つものが基本だとしたらどうする? それともそんなことはありえないと、己の常識で推し進めるか?」
「いえ、モモンガ様のおっしゃるとおりです。注意に注意を重ね、信頼の置ける斥候を用意しておきます」
「アウラ」
「はい!」
「人間が住めそうな家を第6階層に作れ」
「……えっと、どういうことでしょう?」
「捕虜ヲソコニ置クトイウコトダロウ」
「コキュートスの言うとおりだ。第9階層には入れたくないし、他の階層では色々な面で辛い。第6階層が最も適しているのだ」
「確かに」

 他の階層を思い出していたアウラがこっくりと頷く。

「捕虜の収容所と同じ意味だ。監視等はできるような場所に作るんだぞ」
「了解しました」
「あと、一応はお客様扱いだ。掘っ立て小屋は止めてくれ」
「はい。一見すると立派な家を建てます。何人ぐらい収容できるようにしましょう?」
「そうだな……10人ぐらいで構わない。――コキュートス」
「ハッ」
「お前の信頼できる最精鋭のシモベを第9階層に降ろし、警備させよ。どの箇所でどのように警備させるかはセバスと相談せよ」
「ハ! オ任セヲ!」
「セバス。メイドたちを第10階層の警備に回せ。どのような手段を用いて相手が一気に潜入してくるとも限らん。各階層の警備ともども注意を払え。それとコキュートスのシモベの件もあわせて頼む」
「はい、承りました」
「守護者及びそれに付随するシモベ――各階層10体までの10階層への侵入を許可する。何かあった場合は伝えに来い」
「そして最後だが、私は名を変えようと思っている」

 ざわりと空気が揺らぐ。
 モモンガという名はアインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名だ。多数決を重視したギルドでありながら、己の意志のみですべてを動かす人物はギルド長には相応しくない。
 ならば名前を捨てよう。

「新しい名は後ほど伝える。さて、各員早急に行動を開始せよ――」

 モモンガの号令で、一斉に立ち上がり動き出す守護者達。その動きは力に満ち、なんびとたりともそれを押しとどめることができない、そんな威厳があった。
 
 そんな光景を前に、モモンガは感動に打ち震えていた。
 
 自分の命令を聞いてくれるから? 違う。
 強そうだから? 違う。
 綺麗だから? 違う。

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間達が作ったNPCがこれほど素晴らしかったからだ。あの、黄金の輝きは今なおここにある。皆の意見の――思いの結晶がここにあることに喜びを覚えていたのだ――。






――――――――
※ 主人公サイドにはこんな凄い奴らがいるぜ、ヒャッハー。という紹介でした。痛い? 痛い?
  まぁ、そうですよねー。
  
  さて、読んでいただきお疲れ様です。これで大体の説明が終わったと思います。あとは外に出てから世界設定の説明ですかね。だいたい11話ぐらいでやると思います。それで最後。あとは俺、最強です。
 では次回、07_戦火1でお会いしましょう。



[18721] 07_戦火1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/05/21 19:53
 





 カルネ村。
 100年ほど前にトーマス・カルネという開拓者が切り開いた、王国に所属する村。
 帝国と王国の中央を走る境界線たる山脈――アゼルリシア山脈。その南端の麓に広がる森林――トブの大森林。その外れに位置する小さな村だ。
 人口はおおよそ120人。25家族からなる村は、リ・エスティーゼ王国ではそれほど珍しくない規模だ。
 近場にある城塞都市、エ・ランテルまでおよそ50キロ。人の足で2日かかる距離にある。 

 森林で取れる森の恵みと農作物が生産の主だ。
 森で取れる薬草類を商人が年に3度ほど買いに来ることを除けば、徴税吏が年に1度来るだけの村。ほぼ人が来ない、時が止まったという言葉がまさに相応しい、そんな王国にありがちな小村である。
 

 エンリ・エモットはそんな村の一員として16年間暮らしてきていた。
 
 朝は早い。基本的に太陽が出る時間と共に起き出す。大都市のように魔法の明かりなんかが無いこの村においては珍しい光景ではない。
 最初にすることは家の近場にある井戸で水を汲むことだ。水汲みは女仕事だ。家においてある大甕に水を満たし、まず最初の仕事は終わる。その頃になると母親が料理の準備が終わり、家族4人そろって朝食だ。
 朝食は大麦や小麦のオートミール。野菜のいためたもの。場合によっては干し果実がつく。
 それから父と母とそろって畑に出る。その頃12歳になる妹は森まで行って薪を取ったり、畑仕事の手伝いをしたりと働く。村の中央――広場外れの鐘がなる、正午ごろ。一旦仕事の手を休め昼食となる。
 昼食は数日前に焼いた黒パン。干し肉の切れ端が入ったスープである。
 それから再び畑仕事だ。空が赤く染まりだす頃、畑から帰り夕食の準備となる。
 夕食は昼食と同じ黒パン。豆のスープ。これに猟師が動物を取ったなら、肉のおすそ分けが入る場合がある。そして厨房の明かりで家族でおしゃべりをしながら、服のほつれを縫ったりと働く。
 寝るのは18時ごろだろう。

 そんな日々。
 何時までもそんな生活が続くものだと思っていた。


 その日、いつものようにエンリは朝を迎え、井戸に水を汲みに行く。
 水をくみ上げ、小さな甕に移す。家の大甕が一杯になるまでにおおよそ3往復する必要がある。

「よいしょ」
 
 エンリは腕をまくり、甕を持ち上げた。水が入ればかなりの重量になるが、今では持つこともたやすい。
 もう一回り大きい甕なら往復回数が減って楽ができるのでは、そんなことを思いながら家までの帰路につく。
 そのとき、何か聞こえた気がして顔をそちらに向けた。空気が煮立つというのか、エンリの胸中にあわ立つ何かが生まれる。
 
 ――木でできた何かが打ち砕かれる音。
 そして――

「悲鳴――?」
 
 絞められる鳥のような、それとは決して違うもの。
 エンリの背筋に冷たいものが走った。信じれない。気のせい。間違い。否定的な言葉がいくつも生まれ、はじけ消えていく。
  
 慌てて駆け出す。悲鳴の会った方角に自らの家があるのだ。
 甕を放り出す。こんな重いものを持っていられない。
 長いスカートが足に絡まり転びそうになるが、運良くバランスを維持し走る。

 再び、聞こえてくる声。
 エンリの心臓が激しく鼓動を打つ。
 悲鳴だ。間違いない。
 
 走る。走る。走る。
 こんな速く走った記憶は無い。足がもつれ転びそうになるほどのスピードで走る。

 馬のいななき。人の悲鳴。叫び声。
 大きくなっていく。
 
 エンリの視界、かなり遠いが鎧を着た男が村人に剣を振るうのが見えた。
 村人は悲鳴をあげ、崩れ落ちる。そのあと止めを刺すように剣が突き立てられた。

「……モルガーさん」
 
 こんな小さな村に見知らぬ村人はいない。今殺された人物だってよく知っている。ちょっと騒がしいが気立ての良い人だ。あんな風に殺されて良い人ではない。立ち止まりそうになって――歯をかみ締め、足により力を入れる。
 水を運んでいるときはさほど感じられない距離が、今では非常に長く感じられる。
 怒号や罵声が聞こえ始める。そんな中、ようやく家が目に入った。

「お父さん! お母さん! ネム!」

 家族の名を叫びながら、家のドアを空ける。
 そこには見慣れた3人が小袋を片手に怯えたような顔をしていた。その顔はエンリが入ってくると一気に崩れ、その中から安堵の色が姿を見せた。

「エンリ! 無事だったか!」
 
 父の農作業で固くなった手がエンリを強く抱きしめた。

「ああ、エンリ……」 

 母の暖かい手もエンリを抱きしめる。

「さぁ、エンリも来た。早く逃げるぞ!」

 今現在のエモット家の状況はかなり悪い。エンリを心配していたため、すれ違うことを恐れて家から出ることができなかった。戻ってくるかどうか分からない、家族の一員を見捨てることができなかったのだ。
 そのため逃げる時間を失った分、危険がかなり近くまで迫っているだろう。

 家族で逃げ出そうとして――玄関口に一つの影。日光を背に立っていたのは全身を完全に板金鎧<プレートメイル>で覆った騎士。胸元にはバハルス帝国の紋章。手には抜き身の刃物――ロングソードを持っていた。
 
 バハルス帝国――リ・エスティーゼ王国の隣国であり、侵略戦争を時折仕掛ける国。だが、その戦争は城塞都市エ・ランテルを中心に起こり、この村までその手を伸ばしたことは無い。
 だが、その平穏もついには破られたということか。

 ヘルムの隙間から、エンリたちの数を数えているのが凍てつくような視線で感じられる。嘗め回すようないやな視線をエンリは感じた。
 騎士が剣を持つ手に力を入れていくのを、篭手の部分の金属がきしむ音で伝えてくれる。
 そして家に入ろうとして――

「うおぉ!!」
「ぬ!」
 
 ――父が入ろうとしていた騎士にタックルをかける。そのままもつれあいながら二人とも外に転がり出た。

「――はやくいけ!!」
「きさま!」

 父の顔を血が薄く滲んでいる。突撃をかけたとき、どこかを切ったのだろう。
 父と騎士は二人でもみ合いながら、大地を転げまわる。父の持つナイフを片手で押さえながら。騎士の抜いた短剣を片手で押さえながら。
 家族の血を目の当たりにして、エンリの頭の中は完全に白紙になった。父に加勢したほうがいいのか、それとも逃げた方がいいのか。

「エンリ! ネム!」

 母の叫びに意識を戻し、母が悲痛な顔を横に振る。
 エンリは妹の手を握ると駆け出した。後ろ髪を引かれないかというなら充分に引かれる。だが、早く少しでも早く大森林まで逃げ込まなくては。

 
 馬のいななきや悲鳴、怒声、金属音。そして――焦げ付くような臭い。
 村のあちらこちらからエンリの耳に鼻に目に――飛び込んでくる。どこからのものなのか。それを必死に感じ取ろうとしながら走る。広い場所を走るときは背を小さくして。家の影に隠れるように。
 体が凍りつくような恐怖。心臓が激しく鼓動を打つのは、走っただけではない。それでも動けたのは手の中にある小さな手。

 ――妹の命だ。

 多少先行し走っていた、母が角を曲がろうとして硬直、そして急に後ずさる。
 後ろ手にあっちに行け。
 その理由に思い至った瞬間、エンリは口をかみ締め、こぼれそうになった泣き声を殺す。

 妹の手を握って少しでもその場から離れようと走る。次に起こる景色を目にしたくないから。


 村の外れが近づいてくる。
 走るエンリは後ろで騒がしい金属音を聞く。その音は規則正しい。
 祈るような気持ちで後ろを一瞬だけ見る。そこには予想通り。最悪な予想通り、1人の騎士がエンリたちを追って走ってくる。
 あと少しなのに。吐き捨てたい気持ちを必死にこらえる。そんな余力は無いからだ。
 
 荒い息で呼吸を繰り返す。今にも力尽きて倒れてしまいそうだ。エンリが1人ならもう走れなかっただろう。ほとんど引っ張るような感じで走らせている妹の存在がエンリに力を与えてくれる。

 走りながら再びチラリと後ろを伺う。
 互いの距離は殆ど変わっていない。鎧を着ながらも、その速さに衰えは無い。
 汗が引き、全身を冷たい何かが襲う。これでは……妹を連れてでは逃げられない。
 
 ――手を離せ。
 
 エンリの耳にそんな言葉が聞こえた。
 
 ――1人なら逃げられるかもしれない。
 ――こんなところで死にたいのか?
 ――もしかしたら1人づつで逃げた方が安全かもしれない。

「黙れ、黙れ、黙れ!」

 エンリは歯軋りしながら呟く。妹の手を握る手により力を入れながら。
 なんという最悪な考えを浮かべる姉だ。
 
「早く、逃げるよ!」
「う、うん」

 妹が泣きそうな顔をしながらも決して泣かないのは何故か。
 それは簡単だ。エンリを信じてるからだ。姉ならきっとどうにかしてくれると信じてくれているからだ。

「あっ!」
 
 歩幅の大きいエンリに合わせてきた帳尻がついに合ったのか、妹が体のバランスを崩す。それに引っ張られる形でエンリも姿勢を崩した。

「早く立って!」
「うん」

 しかし、そのタイムロスは大きい。
 エンリの直ぐ側でチェインのきしむ音。息を僅かに切らせながら立っている騎士。その手に持った剣は血で濡れていた。それだけではない。鎧や兜にも血が跳ねた後がある。
 エンリは立ち上がった妹を後ろにかばいながら騎士をにらむ。 

「抵抗しなければ、苦しまず死ねるぞ」

 そこにあるのは優しさではない。嘲笑気味の感情だ。逃げても直ぐに殺せる。そう言いたげなぬめりつく様な口調。
 エンリの胸が一気に燃え上がる。何をこいつは言っているんだ、と。
 騎士は動くことを止めたエンリに対し、ゆっくりと手に持った剣を持ち上げる。上段に上げられた剣がエンリを切り裂くよりも早く――

「なめないでよねっ!!」
「ごがっ――」

 ――鉄でできた兜にエンリは思いっきり拳を叩き込む。全身に満ちていた怒りを、そして妹を守らねばという気持ちを拳に宿して。金属を叩くという行為に怯えは無い。全身全力を込めての一撃だ。
 骨が砕けるような音が体内から聞こえ、一瞬遅れて激痛がエンリの全身を駆けた。騎士は殴られた衝撃で大きくよろめく。

「――はやく!」
「うん!」

 苦痛をこらえ走り出そうとし――赤熱感をエンリは背中に感じた。

「――くっ!」
「きさまぁああ!!」

 嘗めて掛かった小娘に顔を殴られるなどという屈辱。それが騎士に冷静さを失わせていた。

 エンリが助かったのも騎士が冷静さを失い、逃げそうになっていたからとにかく剣を振ったという適当なものだったからだ。もうその幸運は無い。エンリは傷を受け、騎士は怒りを覚えた。もはやエンリが助かる道は無いだろう。 

 エンリだって充分に理解している。大森林に向ったって、逃げ切れる可能性は低いと。大森林までいくばくかの距離がある。馬を連れてるだろう騎士から逃げれるとはとうてい思えない。家に戻って地下の隠し倉庫に隠れるという手もある。だが、そんな甘いことは許してくれないだろう。
 それでも死ぬのはごめんだし、何より妹を預かっているのだ。命に代えても守ってみせる。
 心臓の鼓動にあわせて背中の灼熱感と激痛が強まっていく。ぬるりとしたものが背中を流れる。
 ――でもまだ走れる。
 エンリは歯をかみ締め、騎士から離れようとし――


 そして絶望を見た。




 そこには闇があった――。


 それは死の体現。決して勝ちえぬ存在。
 漆黒よりなお濃い黒のローブを纏い、異界から闇とともにこぼれ落ちたようだった。
 ほぼ骨しかない白骨死体を思わせる顔の、空虚な眼窟には濁った炎のような赤い揺らめきがあり、冷たく獲物を見据えていた。
 片手には神が持つような神々しくも恐ろしい、この世の美を結集させたような杖を握り締めていた。

 空気が凍りつく。
 絶対者の君臨を前に、時すらも凍ったようだった。

 エンリは一瞬呼吸を忘れた。
 自分も妹も殺される。だから自分だけにしか見えない、あの世への使者が姿を現した。
 エンリはそう思った。後ろの騎士が動きを止めるまでは。

「かぁ……」

 悲鳴ともいえない呼気が聞こえた。
 それは誰が漏らしたものか。自分のようであり、全身を震わせる妹のようであり、後ろで剣を持った騎士のようであった。痛みなんかもう感じない。それどころか、恐怖以外の何も感じれなかった。

 ゆっくりと、肉がこそぎ落ちた骨しかない指が伸び――そして何かを掴むように広げられた手はエンリを通り越し、騎士に突きつけられた。目を離したいのに、怖くて目を離すことができない。離したらもっと恐ろしいものに変化してしまうような気がして。

「ひぁ……」
 
 鉄と悲鳴が相まって耳障りな音となる。心臓の鼓動は激しく動きすぎて、今にも止まってしまいそうだ。

《――グラスプ・ハート/心臓掌握》

 死の体現が何かを握り締めるしぐさを取った瞬間、エンリの後ろで金属のけたたましい音がした。
 「死」から目を逸らすのは怖いが、心に宿ったほんの少しの好奇心に負け、後ろに視線をやったエンリは大地に伏した騎士の姿を捕らえた。騎士はもはや動くことをしない。
 死んだ。
 そう、死んだ。
 エンリに迫っていた危険は笑ってしまうほど簡単にこの世を去った。しかし喜ぶことなんてできない。なぜなら「死」は形を変え、より濃厚になっただけだ。
 
 「死」が動き出した。エンリに向って。
 視界の中に納まっていた闇が大きくなっていく。そのままエンリごと飲み込んでしまうのではないか、そんな思いが浮かぶ。
 エンリは妹を強く抱きしめた。
 もはや逃げるなんて頭には無かった。相手が人であればもしかしたらという淡い希望を抱いて動くことはできる。だが、眼前にいる存在はそんな希望を簡単に吹き飛ばしてしまう存在だ。
 一瞬で痛くないよう死ねますように。そう願うのがやっとだ。
 エンリの腰元に抱きつきガタガタと恐怖に怯える妹。助けてあげたいのに、助けることができない。自分の無力を謝るしかできなかった。せめて自分が一緒に逝く事で寂しくないように。

 そして――

「え?」 

 ――エンリは間抜けな声を上げた。

 「死」はエンリの横を通りすぎていったのだ。






――――――――
※ 「死」が強そうな雰囲気がでてれば上手くいってる感じです。実際強いですけど。
   最強ものっぽいですか? まだ分からないですよねー。
   
   では、さらばモモンガ君、無茶しやがって(AA略 な「08_戦火2」でお会いしましょう。



[18721] 08_戦火2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/02/22 19:59



 モモンガは豪華な椅子に座りながら1メートルほどの鏡を見ていた。そこに映っているのは自らの姿ではない。
 草原だ。まるでその鏡がテレビであるかのように別の光景が映っていたのだ。
 
 手を伸ばし、右に動かす。
 カメラが動くように鏡に映っている光景も横にスライドしていった。スタッフは邪魔になるので先ほどアイテムボックスに突っ込んだ。
 
 遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>。
 ユグドラシルではこのアイテムは城や街という人が混む特定の場所を覗いて、買い物がしやすい時間帯を見計らう程度の魔法のアイテムだ。しかし今では外の風景をたやすく映し出すことを可能とするアイテムへと変化していた。
 
 映画に出てきそうな草原を俯瞰するように、光景は流れていく。
 すでに映る景色は朝。朝露で濡れた草々が朝日を反射し綺麗に輝いている。

「ふむ」

 モモンガは空中で円を描いたりしながら、景色を色々と変化させてみる。
 このマジックアイテムの効力が変わったのに気づいてから1時間。色々と試行錯誤を繰り返しながら動かしているものの、人間を1人も今だ発見できていない。
 正直、飽きてきた。

 この体になってから睡眠欲をこれぽっちも感じない。そのため黙々とウォーリーを探すような作業を繰り返してきたのだが、映るのが殆ど代わり映えの無い草原ではやる気も萎えてしまう。
 どうにかして俯瞰の高さをより高くしなくては。説明書があればと思いながら作業を繰り返す。

「おっ!」
 
 煮詰まって適当にいじったらなんだか上手く動きました、という残業8時間目に突入したプログラマーの喜びの声に似たものをモモンガはあげた。それから何度か同じような動きを繰り返し、ようやく俯瞰の高さ調節をやっと発見する。

「はー、疲れた」

 喜びついでに別にこっているわけではないが、頭を回してみたりする。

「さてさて」

 新しいおもちゃを手にしたモモンガは一気に俯瞰を拡大。かなりの範囲を捕らえようとする。
 まずは自らの本拠地、ナザリック大地下墳墓を映し出してみる。
 ユグドラシル上では毒の沼地の真っ只中にあったそれは、セバスが言っていたとおり周囲を草原に囲まれていた。

 ナザリック大地下墳墓の地表部分は300メートル四方の広さを持つ。
 周囲は6メートルもの高さの厚い壁に守られ、正門と後門の2つの入り口を持つ。
 下ばえは短く刈り込まれ、綺麗なイメージを持つが、その一方で墓地内の巨木はその枝をたらし、陰鬱とした雰囲気をかもしだしていた。
 墓石も整列してなく、乱雑さが下ばえの刈り込み具合と相まって強烈な違和感を生み出している。その一方で天使や女神といった細かな彫刻の施されたものも多く見られ、一つの芸術品として評価しても良い箇所もところどころある。
 そして墓所内には東西南北の4箇所にそこそこの大きさの霊廟を構え、中央に巨大な霊廟があった。
 ナザリック大地下墳墓の入り口たる、中央の巨大な霊廟の周囲は、10メートルほどの鎧を着た戦士像が8体取り囲んでいた。
 
 良く見慣れた光景である。それでも俯瞰してみるとまた新鮮なものを感じる。
 本来なら隊列を組んで墓場を警戒しているスケルトン・ソルジャーにも似た、オールド・ガーダー達がいるはずだが、現在は後退させているのか姿が見えない。

 そんな光景に満足したモモンガは本腰を入れて人のいる場所を探すことに着手した。

 ほんの少しの時間が流れて、村のような光景が鏡に映った。
 ナザリック大地下墳墓からおよそ南西に2キロほどだろうか。近くには森があり、村の周囲を麦畑が広がる。まさに牧歌的という言葉が似合うそんな村だ。

 モモンガは村の風景を拡大しようとして、違和感を抱いた。
 
「……祭りか?」

 朝早くから人が家に入ったり出たり、走ったり。なんだかあわただしい。
 俯瞰図を拡大し、モモンガは眉を顰めた。
 村人と思しきみすぼらしい人々に騎士風の格好をした者が手に持った剣を振るっていた。
 一方的な光景。騎士達が剣を振るうたびに1人づつ村人が倒れていく。村人達は対抗手段がないのだろう。必死に逃げ惑うだけだ。それを追いかけ殺していく騎士達。麦畑では騎士が乗っていたであろう馬が麦を食べている。
 これは虐殺だ。
 モモンガはその光景に胸がむかつく気分を覚えた。

「ちっ!」

 吐き捨て、光景を変えようとする。もう、この村には価値は無い。行った所で死体を見るだけだ。ならばいつまでも見ていることは無い。人の死を見物するなんていう下種な趣味は、モモンガは持ってはいないのだから。


 モモンガは正義の味方ではない。
 レベルが100だが、それでもデミウルゴスに言ったようにこの世界の一般人のレベルは10000なのかもしれない。そんな危険な場所に飛び込むことはできない。セバスなりデミウルゴスなりがこの部屋にいたなら送っても良かっただろう。だが、今この部屋にいるのはモモンガ1人だ。
 それに一方的に騎士が村人を殺しているが、これだって何らかの理由があるのかもしれない。病気、犯罪、見せしめ。色々な理由が思いつく。これで横から騎士を撃退したら、この騎士が仕えている国を敵にまわすかもしれない。
 まだ情報が少なすぎるのだ。もしもっと情報を得ていたら、助けに行く価値があったかもしれない。
 だが、今の状態ではこの村を救う価値は無いのだ。

 命の価値は場所や時代によって違う。現代日本であれば命は高い価値があるだろう。だが、その一方アフリカまで行けば命の価値はぐっと落ちる。
 命が平等なんて世界を知らない人間の発言にしか他ならない。自分の大切な人と見も知らない人、助けるならどっち、だ。
 この世界の命はこれだけ簡単に奪われるものなんだ。それを記憶にとどめておくべきだろう。


 そう――


 ――モモンガは正義の味方ではないのだ。

 冷静さを維持していると自分では思っていたものの、実際は動揺していたのだろう。手がすべり、村の別の光景が映る。

 そこには2人の騎士がもみ合う村人と騎士を引き離そうとしているところだった。無理矢理引き離され、両手をつかまれたまま立たされた村人。モモンガの見ている前で村人に剣が突き立つ。1度、2度、3度――。怒りをぶつけるかのようにしつこく繰り返される。
 やがて騎士に蹴り飛ばされた村人は、血を撒き散らしながら大地に転がった。
 
 そのとき勿論、偶然だろう。
 ユグドラシルではこの鏡を使っていても誰も気づかないようにできていたのだから。
 
 ――村人とモモンガの目が合った。合った気がしただけかもしれないが――。
 村人は口の端から血の泡をこぼしながら、口を必死に動かす。もう、視線はぼやけ、どこを見ているかも分からない。それでも生にしがみつき、言葉を紡ぐ。


 ――娘達をお願いします――
 

 繰り返すようだがモモンガは正義の味方ではない。己の利益がこれっぽちも無く、知人でもない人物を助けるなんという行為は決してしない。利益がすべてとは言わないが、半分以上はそれが占めている。

 だが、それは――
 
 利益があるなら――人助けをするということだ。


「どちらにせよ、戦闘能力をいつかは調べなくてはならないわけだ」

 誰に対しての言葉なのか。
 呟くとモモンガは村の光景を見渡す俯瞰まで拡大。鋭く視線を送り、生きている村人の居場所を見つけようとする。
 ある箇所を映したとき、1人の少女が騎士を殴り飛ばす光景を目にした。そして妹だろうか、より小さい女の子を連れて逃げようとする。
 即座にアイテムボックを開き、スタッフ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出す。
 その間に少女が背中を切られた。モモンガの顔が嫌悪に歪む。魔法は瞬時にモモンガの口から滑り落ちた。

《――グレーター・テレポーテーション/上位転移》


 視界が変わり、予定通り先ほどのまで俯瞰していた場所に出る。

 そこにいたのは2人の少女。
 姉なんだろうか、年上のほうは栗毛色の髪をみつあみにして胸元ぐらいの長さに伸ばしている。日に焼けて健康的な肌は恐怖のためか白い。黒い瞳には涙を浮かべ、恐怖に引きつっているのでなければ可愛いだろう顔立ちをしている。
 妹の方は姉の腰に顔をうずめ、怯えが全身の震えとなって現れていた。よほど怖かったのだろう。――いや、当たり前だ。怖くない方が変だ。

 2人の少女を越え、後ろにいる騎士に視線を送る。
 突然転移してきたモモンガに驚いているのだろう。動揺が手に取るように分かる。

 モモンガは暴力とは無縁な生活をしてきた。せいぜいユグドラシルでの戦闘ぐらいか。
 本当の生と死に触れたことなんかほぼ無いのに、今は非常に落ち着いている。

 何も持っていない手を広げ――伸ばす。


《――グラスプ・ハート/心臓掌握》

 魔法の1~10の位階で言うところの9位という高位に属する魔法。心臓を握りつぶし即死させる魔法だ。抵抗した場合はダメージを与え、一時的に朦朧状態にして行動不能とする。
 即死魔法に長けたモモンガが良く使う攻撃魔法の1つだ。特に綺麗な死体――データが残るため。

 騎士が崩れ落ちる。抵抗に失敗したのだろう。なら即死だ。
 モモンガは大地に転がる騎士を冷たく見下ろした。

 意外に――人を殺してもなんとも思わないな。

 死体が綺麗だからか。それとも騎士達がやっている行いに腹を立てているからか。
 ――いや、もっとべつの何かのような気がする。それが何かモモンガには分からない。ここまで出ているのに最後の一歩が出てこないような、そんな苛立ちをかすかに覚える。

 モモンガは歩き出す。騎士が死んだことに怯えているのだろう、2人の少女の横を通り過ぎる。そのとき姉のほうからかすかな困惑の声が漏れた。それがどういう意味を持ってのことかはモモンガには分からないし、理解する必要を感じない。とりあえずは今はこの場の安全の確保が先決だ。
 
 姉の方のみすぼらしい服が裂け、背中の辺りが血でにじんでいるの軽く確認しながら、モモンガは2人の少女を自らの後ろに隠す。そして近くの家の脇から出てきた新たな騎士を鋭く睨む。
 騎士もモモンガに気がついたのだろう。おびえたように1歩、後退した。

「……女子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理なのかな?」

 口の中でつぶやくと、モモンガは次に放つべき魔法の選択に入る。
 先ほどのはかなり高位の魔法だ。それではこの騎士達がどれほどの強さなのか、計る事ができない。自らの魔法がどの程度騎士達に効果的なのか。
 この世界の強さを――ひいては自分の強さを確かめる良いチャンスだ。

「――せっかく来たんだ、実験に無理矢理で悪いがつきあってもらうぞ?」

《マジック・アロー/魔法の矢》

 10の光球が生まれ、残光を引きながら騎士に殺到する。一撃で大きく吹き飛び、2撃目で軽く中空に持ち上がる。残った光球が持ち上がった騎士に群がった。それはまるで格闘ゲームで上空に上げた相手にコンボを決めるような光景だった。
 ガラクタ人形のように四肢を投げ出し、騎士は大地に落ちる。当然ピクリとも動かない。

 追撃の一手を準備しようとしていたモモンガは呆気に取られた。
 マジック・アローは1位――最下位の無属性攻撃魔法だ。確かにレベルに応じて光球の数を増やすため、使い勝手は悪く無い魔法だが、それでもレベル10以上のモンスターを一回で殺すことは難しい。
 
 では騎士はユグドラシルで言うところのレベル10以下なんだろうか……。
 
 ……そうとしか考えられない。

 力が抜けていく。弱すぎる。
 無論、先の2人が弱いという可能性はある。それでも抜けた緊張感を取り戻すのは難しい。
 とはいえ、危険と分かれば直ぐに転移魔法で撤退するつもりではあるが。それに防御力と体力は無いが攻撃力は非常に高いとか、モモンガ自体の体力が一撃で殺される程度しかない、ということが充分に考えられる。
 ユグドラシルなら首を切りつけられてもクリティカルヒット扱いで、ダメージ量が大幅に増えるだけだが、現実世界なら即死だ。
 モモンガは抜けた緊張感の代わりに警戒心を働かせる。油断による死なんか馬鹿のすることだ。
 まずはもっと力を試してみるべきだ。

 モモンガは自らの特殊能力を解放する。

 ――上位アンデッド作成 デス・ナイト――

 モモンガの得てきている特殊能力の1つにアンデッドを作成するというものがある。それほど強くないアンデッドを生み出す能力だが、壁としての使い勝手はいいのでよくソロで冒険するときは使っていたものだ。
 デス・ナイトはその中で壁として一番使ってきたアンデッドモンスターだ。
 レベル的には35だが、防御能力に長けておりレベル40のモンスターに匹敵する。その分攻撃能力は低くレベル25のモンスター級だ。モモンガが冒険する難度のモンスター相手では一撃で殺されてしまうが、それでも一撃耐えてくれるというのは魔法職にとっては充分ありがたい。
 
 今から作成しようとしているモンスターはその程度だ――モモンガからすれば。

 ユグドラシルでは召還と同時に瞬時にモモンガの周りに空中から沸き立つように出てくる。
 だが、この世界では違うようだ。

 黒い靄のようなものが中空から滲み出、その靄は心臓を握りつぶされた騎士の体に覆いかぶさるように重なった。
 靄が膨れ上がり――騎士に溶け込んでいく。そして騎士が人間とは思えないギクシャクとした動きで、ふらりと立ち上がった。
 ゴボリという音がし、騎士の兜の隙間から黒い液体が流れ出す。おそらくは口から噴きだしているのだろう。
 流れだした粘液質な闇は、尽きることなく全身を覆いながら包み込んでいく。その光景はスライムに捕食される人間を思わせた。

 完全に闇が騎士を包み込み、形が歪みながら変わっていく。

 ほんの瞬き数度の時間の経過後、闇が流れ落ちるように去っていき、そこに立っていたのは死霊の騎士とも呼ぶべき存在だった。

 身長は2.3メートル。身長と同じように、体の厚さも爆発的に増大している。人というよりは獣というほうが正しいほどだ。
 左手には体を3/4は覆えそうな巨大な盾――タワーシールドを持ち、右手にはフランベルジェ。本来なら両手で持つべき1.3メートル近い刃物が、この巨体は片手で容易く持っている。波打つ刀身には赤黒いおぞましいオーラがまとわりつき、心臓の鼓動のように蠢く。
 巨体を包むのは黒色の全身鎧。血管でも走ってるかのように真紅の文様があちらこちらを走っている。さらには先ほどの騎士のような機能性を重視したものとは違い、棘を鎧の所々から突きたてたまさに暴力の具現だ。
 兜は悪魔の角を生やし、顔の部分は開いている。そこにあるのは腐り落ちかけた人のそれ。ぽっかりと空いた眼窩の中には生者への憎しみと殺戮への期待が煌々と赤く灯っていた。
 ボロボロの漆黒のマントをたなびかせながら、デス・ナイトは命令を待つ。その姿勢はまさにアンデッドの騎士にふさわしい堂々としたものだ。

「この村の中のあのような騎士――」モモンガは先ほどマジック・アローを放った騎士の死体を指差す。「――を殺せ」
「オオオァァァアアアアアア――!!」

 咆哮――。
 聞くものの肌があわ立つような叫び声が響く。殺気が巻き散らかされ、ビリビリと空気が振動する。


 虐殺が別の虐殺へと変わる瞬間の号砲だった。
 刈るものが反転――獲物となったのだ。

 
 デス・ナイトが駆け出す。その動きはまさに疾走。獲物の場所を認識している猟犬のように迷いの無い走りだ。人では理解できない感覚――死者の生者に対する憎悪という知覚能力が働いているのか。

 モモンガは瞬く間に小さくなっていくデス・ナイトの後姿を見送りながら、まざまざとユグドラシルとの違いを見せ付けられていた。
 
 違いを一言で述べるなら自由度の違いだ。
 
 本来、デス・ナイトは召還者たるモモンガの周辺に待機し、襲ってきたモンスターを迎撃するためのものだ。あのように命令を受諾し、自ら行動を起こすようなものではない。AIがそのように組み込まれているから仕方が無いのだが。
 
 違いが足を引っ張らなければ良いが……。知っていると思ったことがそうでなかった時、人は大きな失敗を犯す。先入観からのミスだ。誰でも一度は犯したことがあるだろうミスは、今現在のモモンガの状況を考えるなら致命的な危険になりかねない。
 モモンガは眼を細め、右腕につけた腕輪に込められた魔力を解放する。
 発動する魔法は《センス・エネミー/敵感知》。結果、周囲に敵意の影なし。

「さて……」

 モモンガはくるりと振り返る。先にいた2人の少女がモモンガの無遠慮な視線にさらされ、身を縮め、その体を少しでも隠そうとした。ガチガチと体が震えているのは、デス・ナイトの姿をモモンガの横から見てしまったためか。それともあの咆哮の所為か。

 それにまぁ、目の前で騎士を殺した相手だ、恐怖を覚えるのも理解できる。
 モモンガはそう納得し、姉に向けて手を伸ばす。傷を治してやろう、そう思っての行動だ。

 ……ユグドラシルというゲームに慣れたモモンガにとっては、オーバーロードという外装はそれほど驚くようなものではない。他のプレイヤー達の前に立っても驚くような相手はいないだろう。
 それは皆がゲームだと認識しているし、そういう外装やモンスターがいると情報として知っているからだ。

 だが、だ。少し想像して欲しい。もし仮にそんなことを知らない人間だったら? もし仮に現実世界だったら? 簡単に人を殺す化け物が目の前で自分に手を伸ばしてきたら?

 その反応はたった1つだった。
 姉の股間が濡れていく。それにあわせ妹も――。


「…………」
 
 周囲に立ち込めるアンモニアの臭い。怒涛のごとく押し寄せてくる感じないはずの疲労感。モモンガをして、どうすれば良いのか分からなかった。

「……怪我をしているようだな」

 だが、社会人としてモモンガのスルー能力は鍛えられている。見なかった振りをして、アイテムボックスを開き、中から背負い袋を出した。無限の背負い袋<インフィニティ・ハヴァサック>――名前に反し、重量にして500キロまで入る袋だ。
 無限に物がしまえるアイテムボックスがあるのに、何でこんなアイテムがあるのかというと、この袋に入れてあるアイテムはショートカットに登録することができるのだ。逆にアイテムボックスのアイテムはショートカットに登録できない。
 瞬時に使いたいアイテムをこの袋に入れるのは、ユグドラシルに慣れていない素人でも知っている基本のことだ。
 
 モモンガの持つインフィニティ・ハヴァサックの1つ。その中にポーション系アイテムを溜め込んでいたはずだ。
 
 手をいれ、中から1本の赤いポーションを間違いなく一回で取り出す。
 下級治癒薬<マイナー・ヒーリング・ポ-ション>。
 ユグドラシルではHPを50ポイント回復させる、最初期に何度と無くお世話になる薬だ。しかしながらこれは、モモンガにとっては不要なアイテムだ。なぜなら正のエネルギーによって治癒するこの手のポーションは、アンデッドであるモモンガにとっては逆にダメージを与える毒薬となるからだ。
 そんな毒薬をモモンガが持っていたのは、かつて仲間達と冒険をしていた頃のパーティーメンバーに使用していたものの残りだからだ。

「飲め」

 赤い薬を無造作に突き出す。姉の顔が恐怖に引きつった。 

「の、飲みます。だから妹には――」
「お姉ちゃん!」

 姉を止めようと泣きそうになる妹。妹に謝りながら取ろうとする姉。
 もしや毒とか、人間の血とかと勘違いしているのか。

「……なんだ、これは」

 周囲ではまだ人が死んだり、殺したりしているはずなのに。ほとんどのことを理解しているモモンガからすればどういう喜劇だと、苛立ちが湧き上がる。

「とっとと飲め。ここで私が遊んでいる間に村人は殺されてるんだぞ」

 その言葉に反応し、姉は目を見開くと、慌てて一息でそれを飲み干す。
 そして驚きの表情を浮かべた。
 自らの右手を触り、続けて背中を触る。痛みが無いことに驚いているのだろう。

「うそ……」

 信じれないのか、何度か自分の右腕を触ったり叩いたりしている。
 
 治癒のポーションは飲んだ場合は効果がある。モモンガはその情報を記憶に留めておく。次に生まれた疑問。傷口にかけたらどうなるのか、も調べる必要があるだろう。

「痛みは無くなったな?」
「は、はい」

 ポカーンという顔が表現として最も近い顔でうなづく姉。
 あの程度の傷ならマイナー・ヒーリング・ポ-ションで充分ということか。納得したモモンガは続けて質問をする。これは絶対に避けることのできない質問だ。この答え如何ではこれからの行動のすべてが変化してしまう。

「お前達は魔法というものを知っているか?」
「え?」
「魔法を使う人間を見たことがあるかと、聞いているんだ」
「いえ、見たことは無いです……」

 舌打ちを我慢して押し殺すモモンガ。魔法が秘匿されているならまだ良い。だが、この世界で魔法を使う存在がモモンガとその部下だけだったら色々な面で厄介ごとが押し寄せてくるのは間違いが無い。
 そうなるとできる限り魔法の使用は制限しないといけなくなる。自分の持つアドヴァンテージが抑圧されるというのは嬉しいことではない。
 姉が何か言いたそうに口をもごもごしているを見て、モモンガは顎で続けるように指示する。

「……でも」
「なんだ?」
「そんな力を持っている人が街とかにはいるって聞いたことが……」
「……そうか、なら話が早いな。私は魔法使いだ」

 多少の安堵を込め、モモンガは魔法を唱える。

《アンティライフ・コクーン/生命拒否の繭》
《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの障壁》
 
 透き通った蜘蛛の糸のような細い糸が、姉妹を中心に半径2メートルのドームを作り出す。続けて唱えた魔法は目に見える効果は現れないが、空気の流れがかすかに変化した。本来であればここに対魔法用の魔法を唱えれば完璧だろうが、この世界にどのような魔法があるか不明なため、唱えたりはしない。もし魔法使いが来たら不幸だったと思ってもらおう。

「生命を通さない守りの魔法と、矢を防ぐ魔法だ。相手が毒ガスか魔法でも使ってこない限りはそこにいれば安全だ。――それと、そこから出ることは容易だ。だが、勝手なことをするのなら私は2度と助けないと知れ」

 驚く姉妹に簡単に魔法の効果を説明するとモモンガは歩き出す。記憶にある村の全体像を思い出しながら。

「あ、あの――」
「――なんだ」
 
 ――歩き出そうとして姉に呼び止められる。モモンガは怒鳴りつけたくなる気持ちを喉の奥に飲み込んだ。あの姉妹も恐らくは犠牲者だ。もしかしたら家族を失っているかもしれないし、知り合いだって亡くしているだろう。そんな子供に自らの苛立ちをぶつけるには少々酷過ぎる。

「お、お名……」ごくりと喉を鳴らし、少女は聞いた。「お名前はなんとおっしゃるんですか――」
 


 名前を名乗ろうとして口を閉ざす。
 なんと名乗るべきか。モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのかつてのギルド長の名前。では今の自分はなんだ。ナザリック大地下墳墓の主人たる自分の名は……。


 モモンガは思う。
 
 友達たちよ――。
 あの誇りある名前をたった1人が独占することを皆はどう思うだろうか。喜ぶだろうか。それとも眉を顰めるだろうか。
 ならばここまで来て、言って欲しい。その名前はお前1人の名では無いと。そのときは快くモモンガに戻ろう。
 それまではこの名において最高峰の存在を維持してみせる。スカスカになった遺物ならば、中身を詰めて再び伝説とする。
 この世界においても俺達のギルドを伝説のものとする。














「――我こそがナザリック大地下墳墓が主、アインズ・ウール・ゴウンだ」






――――――――
※ やっと名乗りました。モモンガを名乗っていたからこそ引き立つ名前と最初っから考えていたのですが、どうでした? ベタ展開で予測していた人も多いのではないでしょうか?

  それとどうでしょう。俺、Tueeee!! ですか? 肩透かしを食らいましたか? 
  最強ものかどうか、匂いが漂いだしたかどうか、評価をいただけると嬉しいです。

  単純に相手が弱すぎるということもあって、戦闘シーンどうしようもないです。一撃で殺せるしな……。大軍とかじゃないと……あれ、大軍でも秒殺じゃね? そりゃ設定上、この世界においては「映画でよくある人類絶滅のため落ちてくる隕石」級魔法使いだからなー。どうやって最強を表すか、ちょっと考えます。
 
  強すぎるがゆえに強さを表現できないって……。文才の無さには呆れんばかりです。でも、俺Tueeee!!を目指して頑張っていきます。
 
  では次回、デス・ナイトたんが活躍する09_絶望でお会いしましょう。



[18721] 09_絶望
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/09/19 18:28




「オオオオァァァアアアア!!」

 ビリビリと大気が震える。それに合わせ眼前の化け物――デス・ナイトが一歩前進した。
 我知らずに2歩後退してしまう。
 鎧が小刻みに震え、カチャカチャと耳障りな音を立てる。
 両手で構えた剣の先も大きく揺れる。無論1人ではない。デス・ナイトの周りを囲む、18名の騎士のすべてからだ。
 誰1人として逃げ出さない。それは勇気があるからか? 
 それは違う。目の中に入れておかないと怖いのだ。一瞬でも目を離した瞬間持っている剣で切り裂かれる。それが生物が持つ直感でどうしようもなく理解できるのだ。

 ガチガチという歯がぶつかり合う音がそこらかしこから聞こえる。

 ロンデス・ディ・グランプは己の信仰する神への幾度かになる罵声を呟く。恐らくこの数十秒で一生分以上の罵声を飛ばしただろう。神が本当にいるならまさにいまこそ現れ、邪悪を消去すべきではないか。何故、敬遠なる信徒であるロンデスを無視するのか。

 神はいない。
 そんな戯言を囀る無心者を馬鹿にしてきたが、本当に愚かだったのは自分では無いだろうか。

「ひぁあああ!」

 箍が外れたような甲高い悲鳴が辺りに響く。円陣を形成していた騎士の1人が圧倒的恐怖に耐えかね、声を上げながら後ろを見せて逃げ出す。
 何かの線が切れれば、ギリギリと音が鳴るほどまで引き絞られた緊張感は、一気に崩壊へと流れるだろう。普通ならそうだ。だが円陣を構成する騎士の中に1人も共に逃げようとする者はいなかった。
 
 黒い風がロンデスの視界の隅で巻き起こった。 
 逃げ出した騎士は元いた場所より3歩目を歩こうとして、おぞましい音を立てた後2つに分かれる。
 右半身と左半身に別れ、大地に転がった。噴きあがった血が騎士を切り裂いた存在を濡らす。臓物の酸っぱいような臭いが周囲に広がり、ピンク色の内臓がどろりと断面からこぼれ落ちた。

「クゥウウウ」

 フランベルジェを振り下ろした姿勢で、血を浴びたデス・ナイトの目が細まり、高く唸った。

 喜悦の声――。
 喜んでいるのだ。ロンデスの仲間を殺し、その血を浴び――。
 腐り落ちかけた人の顔でもそれぐらいは読み取れる。デス・ナイトは楽しんでいるのだ。

 自分達よりも絶対的上位者――殺戮者がそこにいた。

 ロンデスは救いを求め、視線をわずかに動かす。
 そこは村の中央。広場として使われるその場所の周りに、ロンデスたちが集めた40人弱の村人たちがおびえた表情でこちらを伺っていた。何かあったときに使用される、ちょっとだけ高くなった木でできた質素な台座の後ろに子供達を隠し。
 幾人かは棒を持っているが構えてはいない。あまりの怯えのため、握っているのが精一杯なのだ。 


 ロンデスたちはこの村を襲撃した際、四方からこの中央に集まるように村人を駆り立てた。
 空になった家は家捜しをした後で、錬金術油を流し込んでから焼き払う。地下の隠し部屋はこういう村にはよくあるのだから。
 村の周囲には馬に乗ったままの騎士が4人弓を構え、警戒に当たっている。仮に村の外に逃げたとしても確実に殺せるようにだ。近くにある障害物が多い大森林に逃げるという方法は村人だって当然考えることだろう、だからこそそちらの方面には騎士を2人配置してある。
 虐殺は多少手間取ったりもしたが順調に進み、村人の生き残りを順調に一箇所に集めつつあった。
 
 集めたら後は適度に殺して、幾人か逃がして終わり――そのはずだった。
 
 ロンデスはその瞬間を覚えている。
 強烈な印象を与えたあの光景。

 遅れて広場に逃げ込もうとした村人の1人を、後ろから切りつけようとした仲間の騎士――エリオン。彼が中空に舞ったのだ。何が起こったのか、あまりに非常識すぎて理解できなかった。
 全身鎧――魔法によって軽量化されているといっても10キロ。騎士として鍛えられた成人男性の体重が80キロ。最低でも90キロ近い重量の存在がボールのように浮かんだのだ。
 エリオンは7メートル以上吹き飛び、地面に落ち、それからピクリとも動かない。

 そしてエリオンがいた場所に黒く巨大なものがいた。エリオンを吹き飛ばした巨大な盾をゆっくりと下ろしながら。

 それが絶望の始まりだった。
 
 最初は怯えながらも切りつけた。
 しかしその身をまとう鎧には、相手の攻撃や盾の防御を幸運にも抜けて切り付けても、傷一つ付かない。
 それに対しデス・ナイトは剣を使わずに、盾で遊ぶように――いや事実遊びながらロンデスたちを吹き飛ばした。死なない程度の強さでだ。
 ロンデスも一撃だけ吹き飛ばされた。そのときの痛みがわき腹から呼吸をするたびに上ってくる。

 デス・ナイトが剣を振るったのは2度。
 逃げようとした騎士がいた場合だ。
 最初に逃げようとしたのはリリク。気立ての良い――でも酒癖の悪い男が一回の瞬きの間に、四肢をそして最後に頭を切り飛ばされた。
 そのときの疾風といっても良いだけの動きで、頭ではなく心で理解できてしまったのだ。
 あのデス・ナイトが本気を出せば、全員で四方に散っても追いつかれ殺されると。
 
 死ぬしかない。
 兜の下に隠れて見えないが、皆が皆同じことを考えているだろう。

 辺りに響くすすり泣く声。成人した男達があまりの恐怖に子供のように泣いているのだ。

「神よ、お助けください……」
「神よ……」

 幾人から嗚咽に混じって呟くように聞こえてくる。ロンデスも気を抜くと、跪き、神へ祈りとも罵声ともしれないものを送ってしまいそうになる。

「き、きさまら! あの化け物を抑えよ!!」

 引きつるような声がした。音程の狂った賛美歌のような耳障りな声。
 それは真っ二つにされた騎士の――デス・ナイトの直ぐ傍にいた騎士が上げたものだ。あまりの声質の変化にそれが誰か分からなかったが、あんな口調で喋る男は1人しかいない。

 ……ベリュース隊長。
 ロンデスは眉を潜めた。
 
 性質は1言で表すならカスだ。
 娘が逃げていくところを下種な欲望を感じ追いかけてみたら、父親だろう村人ともみ合って、助けを求める。引き離してみれば、八つ当たりの感情で村人に何度も剣を突き立てるような――そんな男だ。
 だが、国ではある程度の資産家で、この部隊にも箔を付ける為に参加した、隊長なんて言葉はこいつのためにあるんじゃない。それぐらい隊でも嫌われている。

「俺は、逃げるぞ! こんなところで死んでいい人間じゃない! おまえら、時間を稼げ! 俺が逃げる時間を稼ぐんだ!」

 誰も動くわけが無い。当たり前だ、今はどうすればあのデス・ナイトが自分を目標にしないか、頭を下げて嵐が通り過ぎるのを待つような状況。特に好かれてもいない男のために命を懸けるものか。

「ひぃいいい!」
 
 デス・ナイトがゆっくりとベリュースに向き直る。
 あんな近くで叫べただけ大したものだ。以外に肝っ玉が据わっていたのか? ロンデスはあまりにも暢気なことを考えてしまう。

「かね、かねをやる。200金貨! いや、500金貨だ!」

 かなりの大金だ。だが、それは500メートルの高さの絶壁から飛び降りて助かったら金をやるといっているのと同意語だ。
 誰も動こうとはしない。
 いや、たった1人。半分だけ動いたものがいた。

「オボボオオォォオオ……」

 左右に分かれた騎士の右半身だけが動き出し、口から血の塊を吐き出しながら、ベリュースの足首を掴んだのだ。

「――おぎゃああああ!!」

 ベリュースの絶叫。周囲を取り囲む騎士、その光景が見えていた村人達の体が引きつる。


 モモンガ――アインズならば驚くほどのことではない。
 従者の動死体<スクワイア・ゾンビ>。
 デス・ナイトの剣による死を迎えたものは永遠の従者になるという。ユグドラシルでは、デス・ナイトがモンスターを殺した瞬間、同じ場所に殺したモンスターと同レベルのアンデッドが出現するようシステム上設定されている。
 ユグドラシルというゲームを知っているものなら何でもない光景だが、何も知らないものからすれば悪魔の所業だ。


 ベリュースの絶叫が止み、糸が切れたように仰向けに崩れ落ちる。気を失ったのだろう。デス・ナイトは無造作にベリュースの横に立つと、その漆黒の具足をベリュースの胸に下ろした。
 その足にすさまじい力が掛かっていくのがはたから見て理解できた。留め金がはじけとび、金属の鎧がミシミシと悲鳴を上げる。

「――お、おおぁぁあああああ!」
 
 苦痛で意識を取り戻したベリュースの絶叫――。

「たじぇ、たじゅけて! おねがいします! なんでもじまじゅ!」
 
 両手で必死にデス・ナイトの具足を除こうとするが、胸から生えたかのごとくピクリとも動いていない。

「おかね、おあああ、おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけて――」

 金属の悲鳴が止み、木の枝をへし折るような軽い音がいくつも響き、それから周囲に血が飛び散った。ベリュースの声は無論、途切れた――。

「……やだ、やだ、やだ」
「かみさま!」
 
 その光景に錯乱したように悲鳴が騎士の間からいくつも上がった。逃げたいがその瞬間殺される。でもここにいたら死より惨いはめになる。思考は回転し、体は動かない。

「――落ち着け!!!」

 ロンデスの咆哮が悲鳴を切り裂いた。時が止まったような静けさが生まれる。

「――撤退だ! 合図を出して馬と弓騎兵を呼べ! 残りの人間は笛を吹くまでの時間を稼ぐ! あんな死に方はごめんだ! 行動開始!」

 騎士は一斉に行動を開始した。白紙になった頭に命令が入ったことによって、それだけを考える脳になったがゆえの完璧な行動だ。これほどの一糸乱れぬ動きは二度と出来ないだろう。
 連絡を取りあうための笛を持ってきている騎士の数は3人。現在、この場に来ているのは1人。この1人を守らなくてはならない。
 数歩下がった騎士が剣を放り捨て、背負い袋から笛を取り出し始める。

「オオオオァァァアアアア!!」

 それに反応するようにデス・ナイトが駆け出す。――目標は笛を持った騎士。何をしようとしているのか理解している、それは充分な知能があって行動だ。

 漆黒の弾丸は飛ぶかのごとく肉薄する。何人もその前に立ちふさがれば弾き殺されるだけだ。それは誰の目から見ても当然のごとく映る。しかしながら騎士達はその前に壁となって立ち塞がろうとした。恐怖をより強い恐怖が塗りつぶして動いているのだ。

 盾が振るわれ、騎士の1人が吹き飛んだ。
 剣がきらめき、騎士の1人の上半身と下半身が分かれる。

「デズン! モーレット! 剣で殺された奴の首をはねろ、早くしないと化け物になって蘇るぞ!」

 名を呼ばれた騎士が慌てて殺された騎士の元に向かう。
 
 再び盾が振るわれ、騎士の1人が吹き飛び、上段から振るわれた剣が受けた剣ごと騎士の体を2つにした。
 ロンデスは漆黒の暴風が眼の前に駆けてくるのを殉教者の心で待ち構える。

「おおおお!!!」

 そしてフランベルジェが振るわれ、ロンデスの視界がくるくると回る――。
 眼下に頭を失い、崩れ落ちる自らの体があった――。
 
 それと時同じく、角笛の音が高らかに響き渡った――。



 村の方角から聞こえてきた角笛の音にアインズは頭を上げた。
 つい色々と確かめるのに夢中になりすぎたようだ。アインズは反省しつつ、腹部に突き刺さった剣を無造作に引き抜く。その行為に痛みは無い。
 抜けた剣の刀身に血も何もついて無い。未使用品状態だ。
 これは上位・ダメージ無効――データ量の少ない武器や低位のモンスターの攻撃による負傷を、無効化にする特殊能力の働きによるものだ。ユグドラシルではレベル40程度のモンスターの攻撃までしか防げないので、役に立たない特殊能力だと判断していたが、この世界ではどうやら別だ。

「昔は恒常的にダメージを10点減少させる能力の方が羨ましいとか言っていたくせにな」
 
 現金なものだ。まぁ、それこそ人間っぽいともいえる、が。

 アインズは自らの骨に皮がこびりついたような手を見下ろし、それからその手をアイテム・ボックスに入れた。出したのはマスク。顔をすっぽりと覆うタイプの兜ともいっても良いマスクだ。
 泣いているような、怒っているようなそんな形容しがたい彫刻が、装飾過多なぐらい彫られている。バリ島のランダとかバロンのマスクに似ているといえば似ている。
 
 これはその異様な外見の割には何の魔力も込められてはいない。逆にデータを入れることが出来ないイベントアイテムだ。何のイベントだったか、クリスマスだったか、バレンタインだったか。
 マスク名は嫉妬マスク。
 開発元メーカー、狂ったか? という旨の書き込みで2chのユグドラシル・スレッドが埋め尽くされたことがある一品だ。それを被る。

 次にガントレットだ。そこら辺に転がってそうな無骨な作りであり、取り立てて特徴というものは無い。
 名称はイルアン・グライベル。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが遊びで作り上げた外装の小手だ。能力は単純に筋力を増大させるだけの働きだ。
 別にこの小手を選んだのに理由があるわけではない。目的はたった1つ、自らの骸骨じみた手を隠すためだ。
 
 本来なら幻影魔法を使えば良いのにアイテムで身を隠すのは、幻影なんかであなた方を騙したわけではないという、単純なものだ。ようはこちらの装備を外させなかったあなた方が悪いという言い訳を作るためのものである。
 無論、こんなものは屁理屈にしか過ぎない。騙された、騙されてないは個人の観点からなるもので、個人の主義主観しだいでいくらでも変わるものだ。だが、時折こんな屁理屈が身を守ってくれるのも事実だ。……嫌われることも多いが。

 何はともあれ、これで外見的には邪悪な化け物から邪悪な魔法使いにレベルダウンだ――恐らく。
 スタッフをどうするかと迷い、そのまま持っていくことする。別に邪魔にはなるまい。


 何故、いまさらになって姿を隠すようなことをするのか。
 それはアインズは考え方を間違えていたのだ。
 ユグドラシルというゲームに慣れたアインズにとってはこの外装の外見など恐ろしいものではない。だが、今いるこの世界の住人にとっては恐怖を呼ぶものだったのだ。
 慣れていて気づかなかったとはいえ、大きな失態だ。正直、今から考えれば非常に愚かだったと断言できる。なんでそこに気づかなかったと。
 見られて生き残っているのがあの少女達だけでよかった。

「しかし神に祈りを捧げるぐらいなら、虐殺をまずしなければ良いだろうに」
 
 無神論者だからこそ言える台詞を吐き捨てつつ、指を組み祈りを捧げる格好の騎士の死体からアインズは目を背けた。

《フライ/飛行》

 中空にアインズは軽やかに舞い上がった。そして――

 ――デス・ナイト、まだ騎士が生きているなら、それぐらいにしておけ。利用価値がある。
 受諾したような雰囲気が頭の中に伝わってくる。

 作成したアンデッドと無線のように命令ができるとはいたれりつくせりだ。

 角笛の音がした方角に向かって高速で飛行する。風がばたばたと体に吹き付ける。90キロぐらいは出ているだろうか。ユグドラシルでは出ない速度だ。ローブが体に纏わり付き少々わずらわしい。

 上空から村の中を見渡すと、広場の一部の大地が水を吸ったように黒くなっている。そこに複数の死体。よろよろと立っている数名の騎士。そして直立するデス・ナイトだ。
 アインズは息も絶え絶えで、動くことすら億劫に見える生き残りの騎士の数を数える。数にして4。必要数より多いようだが、まぁ多い分なら構わないだろう。

「――デス・ナイト。そこまでだ」

 その声はこの場にあって、まるで場違いのごとく軽く聞こえた。商店に行き、欲しい商品を店主に告げるような軽さ。いや、アインズからすればその程度の認識でしかない。
 殺すように命じたはずだが、多少打ち漏れの数が多かったという程度。殺すだけなら摘むようにアインズなら簡単に行えることだ。誰だって言葉が軽くなってしまうだろう。

 重力のくびきから解き放たれていたアインズは、ゆっくりと地上に降り立った。
 そんな光景を生き残った騎士達はぼんやりと見ていた。危ないところで命が助かった――認識はしているが理解は完全にはできていない。まさに精神的に朦朧とした状態だ。
 
「はじめまして、諸君。我はアインズ・ウール・ゴウン。ナザリック大地下墳墓が主」
 
 それに誰も返事を返さない。返す勇気が無いし、返す気力が無い。アインズはしばらく待ってから続けて口を開いた。

「投降すれば命は保障しよう。まだ戦いたいと――」

 剣が即座に地面に投げ出された。それに次々追従され、やがて計4本の剣が無造作に転がった。

「……ふむ、よほどお疲れのご様子。だが、ナザリック大地下墳墓が主たる私を前に頭が高いな」

 騎士達にその言葉に歯向かう気力は無かった。ただ、黙って跪き、頭をたれる。その姿は臣下のものではない。斬首を待つ囚人のものだ。

「……諸君には生きて帰ってもらう。そして諸君の上――飼い主に伝えろ」
 
 アインズは歩くと、スタッフを持って無い手をうまく使って、跪く騎士の1人の頭からヘルムを剥ぎ取り、疲労しきった顔をまじかから覗き込む。他の誰にも見られないように注意を払いながら、被っていた仮面を微かに外し、その骸骨じみた素顔をさらした。
 何を見ているのか認識した騎士のどんよりと疲労で濁った目に、驚愕の色が浮かんだ。

「この村より北東に2キロ進んだところに草原に囲まれた、ナザリック大地下墳墓という場所がある。私はその主人だ。ゆえにこの辺り一体は私の支配下だ。騒がしくしたら今度は虐殺を行いに貴様らの国まで行くと伝えろ。……理解したか?」

 騎士は震える体で頭を何度も何度も上下に動かす。

「行け。そして確実に主人に伝えろよ?」

 顎でしゃくると騎士達は一斉に走り出す。一秒でもこんな場所から離れたい、そんな必死さが透けて見えた。



「……はぁ。演技も疲れる」

 小さくなっていく騎士達を見送りながらアインズは呟く。
 もし村人の視線が無ければ肩でも回したいところだ。単なる普通の社会人のアインズに偉そうな人物の演技は非常に面倒だ。特にある種の威厳というものがないために、その外見で威圧するしかない。騎士に顔を見せたのもその一環だ。
 自分に腹芸は無理だ。
 だが、演技自体はまだすべて終わったわけではないので、再び別人の仮面を被りなおさなくてははならない。アインズはため息をつきたい気持ちこらえると、村人達の方に歩き出す。
 この血生臭い場所で立っているのはあまり遠慮したい。臭いがこびり付く気がする。人を殺すことも内容物がこぼれる事も平静を保っていられるが、この臭いはなんとなく嫌な気がする。
 幸運だったのは騎士達を逃がしたことに村人が異を発さなかったことか。
 
 ――スクワイア・ゾンビを片付けておけ。
 
 頭の中でデス・ナイトに指示を出しつつ、アインズは村人達の方に近づく。
 距離が狭まるに連れ、村人達の顔に混乱と恐怖が交じり合うのが分かった。視線がおどおどと彷徨い、デス・ナイトに引きつけられ、逸らされる。

 騎士達を逃がしたことに関する不満が出なかったのはもっと恐ろしい存在がいたからか……。それにあまり近づきすぎると逆効果か。
 そう考えたアインズはある程度の距離を置いて立ち止まり、口調を優しく、親しみを込めて口を開いた。

「さて、無事かね?」
「あんたは……」

 村人の代表者らしき人物が口を開く。その最中、後ろにいるデス・ナイトから決して目を離さない。よほど驚愕的な光景を目にしたのだろう。アインズは仮面の下で軽く笑いながら、返答を口にする。

「この村が襲われていたのが見えたのでね、助けに来たものだ」
「おお……」
 
 ざわめき。だが、そんな中にあってもまだ懐疑的な色が集まった村人からは消えない。

「……とはいえ、ただと言うわけではない。村人の生き残った人数にかけただけの金をもらいたいのだが?」

 村人達は皆、お互いの顔を見合わせる。金銭的に心もとない、そういわんばかりの顔だ。だが、懐疑的な色は薄れた。金銭を目的に命を助けたという世俗的な狙いが、ある程度の疑いを晴らしたのだ。人は自分が理解できるものならまだ心を開くことができるという現れである。

「い、いま村はこんな状態で――」

 アインズはその言葉を手を上げることで中断させた。

「その辺の話は後にしないかね? さきほどここに来る前、姉妹を見つけて助けたんだ。連れてくるから待っててくれるかね?」 

 あの二人に口止めをお願いしなくては。
 村人の反応を待たずにアインズはゆっくりと歩き出した。






――――――――
※ どうでしたか? 絶望的な戦闘描写は出来てましたか?
  モモンガ――アインズにとっては単なる壁モンスターが、この世界の騎士からすれば抗いようの無い「死」を意味する化け物になる。それを表現したくてこの話を入れてみました。
 
  それとアインズが強いのはあくまでも物理的な強さであり、政治的な駆け引きとかでは所詮は単なる社会人なので(魔法を使わなければ)ぼろ負けです。その辺もかなり先ですが、描写したいです。



[18721] 10_交渉
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/08/28 13:19




 村長の家は広場から直ぐのところにあり、助けたことの価格の交渉等はそこですることとなった。もちろん、アインズにとっての狙いは情報であって金銭的な報酬ではない。だからといって情報をくれではあまりにも怪しまれる。

 確かにこの程度の小さな村なら別に情報をくれでも問題ないだろう。問題はその後だ。ここで事件があったということは情報封鎖でもしない限り、多くの人間に知られるだろう。権力者に知られる可能性はほぼ100%だ。そして権力者がアインズに接触を持とうとした時、無知を知らしめていた場合、交渉の際いいように扱われる場合がある。
 見もしない、そうなるかもしれないというだけで警戒するのは馬鹿のすることだろうか? それは道路を飛び出して渡っているようなものだ。いつかは致命的な事故に巻き込まれるだろうから。
 強さとは相対的なもの。アインズはこの村の誰よりも強い。だが、この世界の誰よりも強いという保証は無い。警戒は怠れないのだ。アインズを殺せるものがいるかどうかを知るまでは。なぜならアインズ・ウール・ゴウンは結成以来敗北の無いギルド。その名を地に転がすようなまねはできない。


 格子戸から入ってくる日光が室内の隅に闇を追いやる。その日差しを避けるよう、アインズは粗末な作りのテーブルの上に置いたガントレットをはめた腕を動かす。がたがたと立て付けが悪いのかテーブルがゆれた。

 スタッフは部屋の隅に邪魔にならないように立てかけている。
 村人の驚いたものを見るような目が思い出される。
 ここまで目立つとは正直思わなかった。ユグドラシルの考え方が抜けきれて無いせいで、今日だけでもどれだけの失態を繰り返したか。

「お待たせしました」

 向かいの席に男が座る。その後ろに女が立っている。

 村長は40歳ぐらいだろうか。日に焼けた肌に年の割りに深い皺を持った男性だ。
 体つきは非常にがっしりとしており、畑での重労働がその体を作ったのだろうということが一目瞭然だった。白髪は多く、髪の半分ぐらいが白く染まっていた。
 恐らくはこの数十分の出来事でより一層老け込んだんだろうな、などという益体も無いことをアインズは覚える。
 綿でできた粗末な服は土で汚れているが、臭うということは無い。

 村長と同年代ぐらいの女性。昔は線の細い美女だったのかなという雰囲気はあるが、長い畑仕事の所為か、ほとんど損なわれている。顔のあちこちにそばかすが浮き出ており、今いるのは線の細いやせぎすなおばさんだ。
 肩ぐらいある黒い髪はほつれ乱れている。日差しによって焼けているにもかかわらず、暗い雰囲気を漂わせている。

「どうぞ」

 夫人はテーブルの上にみすぼらしい容器を置いた。湯気を立てた水――白湯が振舞われるが、それはアインズは片手を上げて断った。
 喉の渇きを一切覚えていないこともそうだし、このマスクを脱ぐわけにはいかないということだ。しかしながら、断ったことによって多少罪悪感を覚える。あの苦労を目の当たりにすると、申し訳ない気分になるのだ。

 何が、というと湯を沸かすことである。
 まずは火打石を打ち合わせ、火種を作るところから始める。小さな小さな火種に薄く削った木片を上手く重ねて、より大きい火を作る。そこから竈に移して、炎とするのだ。白湯が出るまで結構な時間が掛かっている。

「せっかく用意していただいたのに申し訳ない」
「と、とんでもないです。頭をお上げください」

 頭を軽く下げたアインズに驚き、夫婦そろって慌てる。圧倒的強者である人物が、自らのような村人に頭を下げるのが信じられないのだろう。アインズからすれば不思議なことではない。確かに強者なのは自分だが、相手は交渉相手だ。恫喝が有効ならそれもありだが、とりあえずは友好的な姿勢で進めたほうが良いとの判断だ。
 
 無論、魔法で情報を引き出してから、あの姉妹と同じように最高位魔法をかけて記憶操作するという手段もある。だが、あれは最後の手段にしておくべきだろう。秒単位でどんどんMPを消費するとは思ってもいなかった。
 あれがMP消費か。疲労感と体の中の何かが削られるような違和感。今なおずっしりとした重さが体の中央に宿っている。アインズは顔を歪める。
 最初から仮面とガントレットをしていたという、たった数十秒の記憶の改ざんで、感覚的にはMPの半分を消費したと思われる。巨大な損失だ。
 やはりどこかですべての魔法の効果を調べる必要がある。
 
「……さて、申し訳ないが交渉を始めるとしましょうか」
「はい」

 ごくりと村長は喉を鳴らした。アインズも頭の中身を高速回転させ始める。
 騎士達は村人の目があったから使えなかったが、人目の付かないこの場所で情報収集するなら《チャームパーソン/人間魅了》等の魔法を使って問答無用で聞き出したほうが楽だ。しかしその結果に何が起こるかを考えてしまうとそれはできない手段だ。それゆえ、口で必要な情報を手に入れなくてはならない。
 ――厄介だ。

「……単刀直入に幾らぐらいなら払えますか?」
「今、村はこんな状態です。……お払いできてもせいぜい銅貨ぐらいしか……」
「銅貨!」強い口調で驚いたかのような声を上げる。「……それでは少々少なすぎますな」
「……しかし……銀貨なんてそんな無理は……」

 なるほど。
 口には出さずにアインズは頷く。銅貨と銀貨。この2つが村落の基本的な流通貨幣なのか。
 問題は銅貨の金銭的価値だ。日本円でどれぐらいの価値があるか、知らなくてはこれから先色々と困ることになる。これから街に行ったとして貨幣の価値が分からないというのでは厄介ごとだ。ただ、商店等があるなら観察していれば問題は無いかとも考える。
 仮に街に行くとしても、それまでにある程度の情報を入手する必要があるが。

「銀貨? 銀貨だと思われていたのですか?」
「ま、まさか……こんな村に金貨なんてありません!」

 誘導してるが、それにしても都合がよく話が展開してくれる。これでよく村長という仕事が勤まるものだ。それとも村長という仕事はそういうものでは無いのだろうか。一代で財を築いた社長とかにあるイメージをアインズは脳内から消した。

「……ですが、買い物はどうされているのですか?」
「それは銅貨でやってます。銀貨や金貨なんかは……」
 
 黙って首を振る村長。

「……では、どうしましょうか。私も慈善者というわけではないですし……」

 考え込んだ振りをしながら、アインズはアイテムボックスをこっそりと開いた。
 そこにあるユグドラシルの硬貨、2枚の金貨を取り出す。一枚は女性の横顔が彫られているもので、もう一枚は男性の横顔だ。前者は超大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』から使用されるようになったもので、後者はその前の硬貨だ。
 価値としては同じものだが、思い入れの度合いは違う。
 
 前からの貨幣はアインズがユグドラシルをやり始めてからアインズ・ウール・ゴウンを結成し、走り続けるまでの大半、共にあった硬貨だ。そしてギルドが最高潮を迎えた頃に行われたアップデートの際にはすでに硬貨はアイテムボックスに投げ込むだけの存在となっていた。

 スケルトン・メイジで始めてフィールドにいたモンスターを魔法で刈ったときに空中に浮かんだほんの数枚の硬貨。ダンジョンにソロでこっそり入って、アクティブなモンスターに襲われ、必死に撃退したときの硬貨の山。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーで突入したダンジョンを攻略後、手に入れたデータクリスタルを売ったときの輝き――。

 懐かしさを振り払う。
 しかしながらアインズは旧硬貨をしまい、新硬貨を手にした。

「……話を少し変えますが、この硬貨で買い物をしたいといった場合、どの程度のものをいただけますか?」
 
ぱちりと金貨をテーブルの上に置く。村長と妻の二人の目が大きく見開いた。

「こ、これは」
「非常に昔の硬貨です。使えませんか?」
「使えると思いますが……すこしお待ちください」

 村長は席を離れると、部屋の奥に行き、そこから変わったものを持ち出す。
 持ち出してきたのは一言であらわせば両替天秤だ。
 歴史の本に乗っているような奴である。そこからは夫人の仕事で、受けとった金貨を丸いものと当てる。どうやら大きさを比べているようだ。それに満足したのか、次は金貨を片側に乗せ、もう片側に錘を載せる。

 なんだったか、秤量貨幣といったか。アインズは記憶を揺り起こし、今行っている行為を推測する。
 最初がおそらくはこの国の金貨の大きさとの比較で、次が含有量のチェック。
 
 見ていると金貨の方が沈み、錘が上がる。夫人は再び片側に錘を乗せ、二つを釣りあわせた。

「交金貨2枚分ぐらいの重さですから……あ、あの表面を少し削っても……」
「ば、おまえ! 失礼なことをいうな! 本当に申し訳ありません。妻が失礼なことを……」

 激高し、夫人を強くたしなめる村長。今の言葉にそれほど怒る理由があるだろうかと考え、アインズは納得する。なるほど、金メッキと思われたか。それよりも重要な単語を聞いたことでその辺りまで考えが及ばなかった。

「かまいませんよ。場合によっては潰して頂いても結構です。……ただし、中身が完全に金だった場合はその価値で買い取ってもらいますよ?」

 もし取引するなら当然の心配だ。確かめるのは理にかなっている。

「いえ、もうしわけありません」

 頭を下げつつ金貨を返してくる夫人。それほど責めたわけではないのだがと、アインズは多少罪悪感を覚えた。なんとなく自らの母親を思い出すのだ。少し暗く――静かだった母を。だからか、と思う。少しばかり優しくしてしまうのは。

「お気になさらず。取引をしようとするなら当然のことです」
「いや、しかし。村を救ってくれた方に……」
「私だって無償で村を助けようとしたわけではない。つまりは取引相手です。ですからお気になさらず」

 二人の顔が眼に見えてほっとした。信用までは行かないが、少しは打ち解けてきたようだ。

「その金貨を見てどうでした? 美術品のような彫り物でしょ?」
「はい、本当に綺麗です。どちらの国のものなんですか?」
「今は無き――そう。今は無くなってしまった国のものですよ」
「そうなんですか……」
「……コウキンカ2枚とのことですがその価値もあわせればもう少し上の評価をしていただいてもよろしいかと思いますどうでしょうか?」
「確かにそうなのかもしれません……ただ、私達は商人ではありませんので、美術的な価値までは……」
「ははは。まぁ、それは確かにそうですね」

 笑い声を上げながら、金貨を目の前まで戻す。村長夫妻も初めてまだ硬いが笑顔を見せた。そこでアインズはそろそろ踏み込むべきかと決心を固める。

「実はこの硬貨は幾つかありまして、ここであったのも何かの縁ですし、コウキンカ2枚相当でお譲りしてもいいですよ」

 懐からさらに数枚の金貨を取り出し、離れたところからテーブルに落とす、落ちた金貨同士がぶつかり澄んだ音が響いた。
 その最中モモンガの視線はテーブルには無い。仮面の下で村長夫婦の表情を真剣な顔で見つめていた。

「この辺りで直ぐに使える硬貨――まぁ、崩して欲しいだけですから。金貨で買い物というのも中々辛いものがありますしね。もちろん納得のいくまで調べていただいて結構ですよ。どうぞ――」
「いえ、ありがたい申し出ですが、残念ながらそのような余裕はないもので……」
「……了解しました」

 困ったように告げる村長の顔から満足げに視線を逸らし、アインズは金貨を手元に寄せ、懐に仕舞い込んだ。

「……さて、報酬の話に戻りましょうか。もう、そろそろ腹を割って話しましょう。単刀直入に言います。いくら出せますか?」
 
 先ほどと同じ問い。だが、返答は先ほどより進んだものだった。
 
「……アインズ様、正直に申し上げてこの村は多くの働き手を失いました。確かに村中をひっくり返せばご満足いただける金額は用意できると思います。ですが、これから先の季節を乗り切るには、それほどのご報酬を用意するのが難しいのです」
「物資ではどうですか?」
「物資も同じです。人が少なくなった分、手が回らなくなると思います。ですので今物資を渡してしまうと、将来的に非常に乏しくなってしまうことが考えられます」
「ふむ……」

 アインズは考え込む振りをする。ここまでは順調だ。あとはうまくいくことを祈るのみ。時間を少し置き、それから答える

「分かりました。報酬はいりません」
「おお……」

 村長も夫人を驚きのため、目を丸くした。アインズは手を軽く上げることでまだ話は続くということをアピールする。

「……私はここより北東に10キロいったところにあるナザリックというところにいた魔法使いでしてね。つい最近になって外に出てきたんです」
「おお、そうだったんですか。ただ、あの辺りは草原だったはずですが」
「私の魔法で、ね」
「なるほど……」

 感心したような声を漏らす村長。そして横にいる夫人も幾度と無く首を縦に振る。最後まで話さないことで相手に勝手な理解をさせる。ただ、下手をすると無茶苦茶なことを思われて厄介ごとになる可能性もあるのだが、この場合は仕方が無い。

「では、その格好も魔法使いとしての何かですか?」
「ああ、まぁ、そんなものです」

 嫉妬マスクを触りつつ、言葉を濁すアインズ。この世界の魔法使いはこんな怪しげな格好をしているものなんだろうか。それとも無知ゆえにそう思っているだけなんだろうか。無知なら好都合だ。そこに付け込む。

「村長殿はどこかで私以外の魔法使いを?」
「はい。昔、子供の頃、この村に冒険者を名乗る方々がいらっしゃったとき、その中にローブを纏われた方がいまして。その方が魔法使いと呼ばれていたような……」
「ほう。ではその方の魔法を見たので?」
「いえ、残念ながらそこまでは。直ぐにその冒険者の方々も村を去られました。何でも大森林内の珍しい薬草を採取しに来られたといっておりました」
「私のように仮面でも?」

 笑うかのような口調で質問をする。村長は昔を懐かしむような表情を浮かべた。今現在の辛い記憶を忘れたい、そういわんばかりだった。

「いえ、仮面はつけられてはおりませんでした。ですが、一種異様な雰囲気のされる方でしたな。子供心に怖いと思った記憶があります」
「なるほど。確かに恐怖というのは良い道具です。皆さんが見た私のシモベ、あれもそうだったでしょ?」

 村長と夫人の視線が反れ、格子戸の方に向かう。アインズを遅れて格子戸のほうに送った。
 格子戸の隙間から、広場で村の住人達が総出でバラバラ死体を片付けている姿と、少し離れたところに直立不動のデス・ナイトの姿が見えた。
 ユグドラシルであれば100分で消えるはずのデス・ナイトが今だ消えないことに疑問を感じるが、それは努めて無視をする。

「報酬はいらないと言いましたが――」ここで区切って相手の反応を見る。「――魔法使いというものは様々なものを道具にします。恐怖しかり、知識しかり。いわば商売道具です。ですが、今私はこの辺りの知識が少ないのです。この近辺の情報を頂きたい。そして情報を売ったということを他人に喋らないこと。これをもって報酬の代わりとしましょう」
 
 何もいらない。なんていう都合の良い話は無い。ただより高いものは無いという言葉が指すようにだ。
 人は自分の理解できないものを恐れる。命を救って報酬の話をしながら、お金は要りません――。少しでも鋭い人間なら違和感を感じるだろう。ならば、相手に眼に見えない何かを売ったと思い込ませれば良い。つまりアインズに情報という商売道具を売ったと思い込ませれば良いのだ。
 対等のものを商売した思ったなら、誰も疑問には感じないのだから。そして対等の取引相手なら相手も安心する。

 村長も夫人も強い表情でうなずく。

「分かりました。決して誰にも言いません」
「私もです」
「信頼します」

 ガントレットをはめた手を伸ばす。村長もぎょっとした顔をしてから何かを納得した様子でその手を握った。
 握手という行為はあるのかとアインズは安堵した。これで何してるんだろうという眼で見られたら泣くしかない。

 そして信頼といったが本気で信頼しきっているわけではない。商売であれば商売で情報は流れるが、人間性で縛った場合は人間性で情報は流れる。この村長の人間性が立派なら決して情報は流れないだろう。もし流れるならその程度。次回この村に来たときの有効な取引カードにするだけだ。

 とはいえ――

 なんとなく裏切らないような気がする。理由だってもちろんある。もし欲の皮が張っていれば、貯蓄目当てで金貨の交換に飛びついただろう。次に金貨をテーブルに落としたときも金貨を大量に持ってることに対する驚きはあったものの、欲に捕らわれた者の目はしていなかった。
 そしてなんとなく亡き母に似ているからだろうか――。

「マザコンか……」

 困ったように仮面の下で笑うアインズ。だが、その笑顔は見るものが誰もいないのが勿体ないほど、そしておそらくはこの世界に来たから最も優しいものだった。

 ――骸骨だが。

「それにしても私からすればあのような化け物をつれた私を、皆様がまだまともに相手にしてくれるのが不思議なぐらいです」
「……魔法使いの方は邪悪をも武器にする。そんな話を聞いたことがありますし、かの13英雄と呼ばれた方のお1人に死者を使役したと聞きますので。確かに恐ろしいですが……」
「ほう、13英雄」

 アインズの目に力が灯る。また1つ重要な単語を聞いたと。詳しく情報を聞く必要がある。アインズは心のメモ帳に記載すると、それを閉じた。






――――――――
※ こういう話は好きです。


  次回は……ごめんなさい、どんだけ努力しても面白くなりません。勘弁してくださいの11_知識で出来るだけ早くお会いしましょう。はぁ、一気に2作同時に更新して、できの悪いほうはするっと流してもらおうかな……。



[18721] 11_知識
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/10/02 06:37


「なんじゃ、そりゃ?!」
「! どうかしましたか、何か」
「あ、いや、こちらの話です。すいません。興奮してしまって」
 
 一瞬、素に戻ったアインズはすぐさま演技に入る。もし人間の体をしていたら脂汗がどばっと流れたところだろう。
 村長は面食らったようだったが、すぐに表情を元に戻す。
 すでに村長の頭の中での魔法使いは変人――もしくは多少変わった者という位置づけになっているのかもしれない。それなら意外に幸運か、なんということをアインズは考える。

「お飲み物でも用意しましょうか?」
「ああ、いや、結構」
 
 村長の質問に手を立てて断りを入れる。
 先ほど夫人に入れてもらった白湯に湯気はもう立っていない。一口も手をつけてはいないのだ、これ以上用意してもらうのも悪すぎる。
 この部屋に夫人はすでにいない。外の仕事――色々な片付けを手伝いに出てもらった。
 今この部屋にいるのは村長とアインズだけである。

 
 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをアイテム・ボックスに仕舞いこんだアインズが最初に聞いたのは周辺国家だ。
 そしてそれの答えは聞いたことも無い国の名前だった。
 当初、アインズは色々と違和感を覚えていたが、それでもユグドラシルの世界を基本に考えていた。ユグドラシルの魔法が使えるのだから、それは当たり前の思考だ。
 だが、まるで聞いたことの無い地名が彼を出迎えたのだ。

 なんだ、そのバハルス帝国って。なんだ、そのリ・エスティーゼ王国って。そんなものは北欧神話では聞いたことが無い。

 グルグルと視界が回り、崩れそうになる体をガントレットを嵌めた手でテーブルを押さえることで維持する。まるで知らない世界に来てしまっただけだ。理解はできるが納得するのが難しい。
 そしてその衝撃は思ったよりも大きいかった。

 アインズは冷静になれと、先ほど教えてもらった周辺国家と地理に再び思い出す。
 まずバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国。これは中央に山脈を挟むことによって国境を分けている。そして南方、山脈の切れる辺りに大森林。そしてそれが終わる頃にこの村や城塞都市があるという。戦争はこの城塞都市を取り合う形で行われるのが基本だということだ。実際、帝国がこの数年何度か小競り合いをこの城塞都市で行っているらしい。
 実際、帝国が城塞都市の近くに陣地を形成しつつあるという。再び戦争が起こるのではないかという話だ。

 そしてその城塞都市からさらに南方にもう1つ国家がある。
 スレイン法国。国家間の領土関係を簡単に説明すると丸を書いて、その中に逆になったTをいれると大雑把だが分かりやすいだろう。左がリ・エスティーゼ王国、右がバハルス帝国、下がスレイン法国。それ以外にも国はあるらしいのだが、村長の知ってる限りはこんなものらしい。
 そして国力までは小さな村の村長では分からない。

 つまり、それは――

「失態だ」

 ――先ほどの騎士はスレイン法国の可能性も充分に考えられるということではないか。大森林近辺を通って一気に王国内部に戦争を仕掛ける帝国の作戦の一環という可能性も考えられるが。
 騎士を全員解放したのは間違いだった。数人捕まえてすべて情報を引き出すべきだった。そこまで頭が回らなかったのはこうして冷静になってみると愚かの極みだ。

 となるとスレイン法国の可能性を考えた上に、帝国側にも何らかの手を打つべきだろう。



アインズは考える。
 この世界に来たのは自分だけかと。
 
 プレイヤーが1人、2人なら問題は無い。ナザリック大地下墳墓の戦力を考えればレベル100のプレイヤー30人ぐらいなら同時に殲滅できる。アインズ自体課金アイテム等の効果を合わせればプレイヤー2人と同等以上に戦えるだろう。
 戦闘することを最初に考えるのは少々危険な考え方かもしれない。しかしながら最悪の事態を考えずに行動するほどアインズは子供ではないし、単純に問題が生じたときの対処方法を最初から考えているだけにしか過ぎない。
 仲良くする分なら特別に対処方法を考える必要は無いのだから。そのときそのときの場当たり的なもので充分どうにかなる。

 問題はアースガルズの天空城を保有したギルド、ヘルヘイム最奥の氷河城を支配したギルド、ムスペルヘイムの炎巨人の誕生場というフィールドを支配したギルド。これら3つのギルドがいた場合は厄介だ。この3つのギルドはアインズ・ウール・ゴウンに匹敵する。
 もしこのギルドが来てたとして、ギルドメンバーと友好的に物事が進むなら良い。
 だが、そうならなかったら?

 相手のギルドがどれぐらいのメンバーを最後まで維持できたかは知らない。それでもアインズに匹敵するだけの能力を保有するプレイヤーが何人かはいるだろう。となると相手のギルドの交戦状態にならないように行動する必要がある。その一方で戦力の拡大と情報収集を行う。


 もし仮にプレイヤーが大量にきていた場合、纏まるか、個人行動を始めるかのどちらかに分かれるだろう。日本人の国民的気質からすると纏まるほうが多いと思われるが。そのときはできれば参加させてもらいたいものだ。『アインズ・ウール・ゴウン』に関係の無い部分であればいくらでも譲歩できる。

 問題はその集団がこちらを目の敵にする場合だ。ありえないと思うが無いとも言い切れない。
 まず、正義や義憤に駆られての場合だ。この行為を避けるために、まずはできる限り敵対するような行為――例えば被害等をこの周囲に出すのは抑えるべきだろう。殺戮とか頭の悪いことをしていれば、誰だって不快に思う可能性があるだろう。無論相手を納得させるだけの理由があれば別かも知れないが。この村のように襲われていたのを助けるためだ、とかだ。
 つまるところ、これからの行動には何らかの大義名分があった方が便利となってくることは間違いが無い。つまり私はしたくなかったんだけど、仕方がなかったんだ方式だ。
 次にアインズ・ウール・ゴウンに恨みがあった場合。このときは戦闘は避けられないだろう。それに対する対策は練っておく必要がある。これは今後の課題だ。

 そして愚策はナザリック大地下墳墓への引き篭もりだ。
 援軍が無い状態での篭城戦がどれほど愚劣かはアインズですら想像に難しくない。



「……やはり間違って無いか」
「先ほどからどうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです。思っていたのと少々違うために取り乱してしまいました。申し訳ありません。それより次に硬貨に関して教えてくれないでしょうか?」
「はい、わかりました」

 村長は銅貨を数枚テーブルに置く。

「交易共通貨――交貨は商売の神のシンボルが車輪ですので片面に車輪。もう片面に商会ギルドのシンボルが彫ってあります」

 金貨は無いということなので、銅貨を見せてもらう。裏を見返して、彫ってあるのを確認する。

 さきほどの話に出たコウキンカ――交金貨。
 略して金貨である。これは商会ギルドが価値を保障するため最も信頼度の高い硬貨として流通しているという。
 重さは10g。大きさよりは重量が価値を決めるのだが、だいたい直径で30mm。
 
 硬貨は銅貨、銀貨、金貨、白金貨、それに1/4銅貨である黄銅板があるとのこと。白金貨は基本的にあまり使われない。村長夫婦でも生まれてから見たことが無いという話だ。つまりは商人、貴族といった存在が使うものと考えてれば良いだろう。

 各硬貨の変換は1000銅貨=100銀貨=10金貨=1白金貨
 
 硬貨の金銭的価値は1銅貨が日本円にすればおおよそ1000円。1金貨で10万円だ。
 基本的に職人等が1日の労働で得れる賃金は、銀貨1枚行くか行かないか。農夫はもっと安くて換算すると銅貨6枚ぐらいだとか。
 物価はある意味高い。陶器でできたコップとかが2銅貨とかする。その反面、食料品等は安い。
 第一次産業は安く、第二次産業は高いという具合か。

 アインズは安堵した。取り合えずは金銭的な負担を感じることは当分なさそうだ。
 ユグドラシルの貨幣なら1G(=1,000,000,000)に届きそうなぐらい持っている。仲間達が残してくれた宝物庫の金までは手を出さないで済みそうだ。
 
 1Gという単位は大金のようかもしれないが、ユグドラシルの最高クラスの武器の個人商店での販売価格は100M(100,000,000)をゆうに超える。これにオーバーエンチャントデータされてると、1Gでも買えない場合がある。アインズの持っている防具でも1Gを越えるものは幾つかあるように。


 モンスターという存在もいるそうだ。大森林奥にも魔獣と呼ばれる存在もいるし、エルフ、ゴブリンに代表される亜人種たちもいる。亜人たちが国家を作っている場合もあるそうだ。
 そんなモンスターを報酬次第で退治しているのが冒険者と呼ばれる存在。魔法使いとかも結構いるらしい。無論、村長は実際は見たことが無いので、村に来た商人達の噂話程度だが。ただ、大きな都市に行けば冒険者のギルドがあるというのは本当のようだ。

 そんなわけで最寄という城塞都市について教えてもらう。
 この城塞都市。人口等までは村長は詳しくないそうだが、そこそこあるらしい。そして三カ国の戦争の中心になる場所であり、かなり長い間、落ちたことの無い都市だという話だ。
 情報を収集するなら、そこが一番良いか。アインズはそう判断する。


 そして最後に笑ってしまう話だが――

 ユグドラシルの世界であれば日本語が通じて可笑しくは無い。なぜならユグドラシルは日本発祥のゲームだからだ。それなのに完全な異界であるこの世界で、日本語が通じるのを不思議に思っていた。
 そのためアインズは村長の口の動きを見ていたのだが、笑ってしまうことに彼らは日本語をしゃべっていないのだ。
 
 口の動きと、聞こえてくる音がまるで違うのである。

 それから幾つかの実験をさせてもらった。最初は怪訝な顔をしていた村長だが、魔法に関する実験で害は無いということを伝えると協力してくれた。

 結論。
 この世界は翻訳コンニャクを食べている。誰が食べさせてるのかは知らないが。

 この世界の言語というより言葉というものは、相手に伝わるまでに自動的に本質を翻訳されているのだ。
 例えばネット用語だがwktkという言葉がある。道行くネットをして無い老人にそういって通じるだろうか? 通じないだろう。だが、この世界においてはそれが通じるのだ。
 なぜならそれは言葉の本質を伝えているからだ。いわば言葉の意味合いを伝えているといっても過言ではない。口で言葉を話しかけると同時に、テレパシーで内容を告げている。そんな感じだ。
 言葉を言葉と認識していれば、恐らくは人間以外の生き物との交流も可能ではないだろうか。例えば犬とか猫でも。

 問題は一体全体それがどうして行われているのか分からないことだ。

 そしてその対して村長はおかしい事だと思っていない。
 それが当たり前のこと。
 ――つまりは世界の法則なのだろう。冷静になって考えれば魔法――エントロピーの法則を完全に無視している世界だ。まるで違う法則が世界を支配しても可笑しくは無い。
 問題はその法則をアインズのみが知らないということだ。

 例え話をしよう。
 真夏の暑い日、マクドナルドに入ってみると君の前で変わった男性がコーラを買っていた。そしてその男性は外に出て行った。君は氷は溶けますよ、と注意をするだろうか?
 するわけが無いだろう。それは当然だ。当たり前だからである。
 では仮にこの世界に魔法使いはその日に外に出ると能力が一ヶ月間封印されるという法則があったとして、アインズが外に出たとして誰か注意をするだろうか? するわけが無い。何故か? それが当たり前だからだ。
 無理矢理な理屈だが言いたいことは分かってもらえると思う。
 
 
 そして常識というものは無ければ致命的な失態を犯しかねない重要なものだ。
 
 今のアインズはそれが欠けている状態。どうにかする必要がある。しかしながら名案は浮かばない。誰かを連れてきてお前の常識をすべて言えとでも言うのか? 無茶苦茶な話だ。
 すると取れる手はほぼ一つだけだ。

「……やはり街にでも行って暮らす必要がある」

 常識を学ぶには模範となるものがたくさんいるのが必要となってくる。郷に入っては郷に従え。昔の人間はよく理解していたということだ。
 それにこの世界の魔法についても知らなくてはならない。

 まだまだ知るべきことが多くありすぎる。
 アインズがそう思っていると木でできた薄いドアの向こうから、土を踏む微かな音。間隔は大きいが蹴っているようではない。急いでない男性のものか。

 アインズがドアの方に顔を向けると同時にノックの音が室内に響いた。村長がアインズの返事を伺ってくる。それに反対する理由は無い。

「構いませんよ」
「申し訳ありません」
 
 村長が軽く頭を下げると、立ち上がり、ドアに歩いていく。ドアを開けると光を背に1人の村人が立っていた。来た村人の視線が村長に動き、それからアインズへ動く。

「村長。お客様がいる中すいませんが、葬儀の準備が整ったで……」
「おお……」

 アインズに許可を求めるように村長は視線を動かす。無論、アインズにそれを止める権利は無い。

「かまいませんよ」
「ありがとうございます。では直ぐに行くと皆に伝えてくれ」
「分かりました」

 村人がドアを閉め出て行くと、村長はアインズに頭を下げた。

「本当に申し訳ありません。葬儀が入りましたので、少し時間をいただきます」
「わかりました。……それで1つお願いしたいことが。これは村人の皆さんと相談して欲しいのですが――」



 ちなみに13英雄に関してはさっぱり分かりませんでした。






――――――――
   えんえんと何を書いたかというと、安全な巣を飛び出して外の世界に関係を持つ理由を書いただけです。次に無理矢理な屁理屈に突っ込みは勘弁です。魔法の薬でとか、マジックアイテムで言語理解とかの方が良かったのかな。

   というわけでユグドラシルの世界ではありませんでした。
   ユグドラシルの世界では別にアインズは最強じゃないですしね。それと一応、転移した理由は半分ぐらい考えていますが、エンディングまで行かないと明かされません。そこまでいけるかな……という感じです。




[18721] 12_出立
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/09/19 18:29
 





 村はずれの共同墓地で葬儀が始まる。墓石は無い。丸石に名前を刻んだものがあるだけだ。
 村長が葬儀の言葉を述べている。聞いたことも無い神の名を告げ、その魂に安息が訪れるように、と。
 すべての遺体を葬るのは手が足りないようなので、まずは第一回とのことだ。

 アインズは村人から離れたところからそれを眺めていた。村民の中に助けた姉妹――エンリ・エモットとネム・エモットの姿もある。何でも両親が殺されたそうだ。何故か安堵したような表情を最後に浮かべていた、その父親の顔は記憶にあった。
 
 あの男か――。

 アインズはローブの下で30センチほどの一本のワンドを撫で回す。象牙でできており先端部分に黄金をかぶせ、握り手にルーンを彫った神聖な雰囲気を持つものだ。

 ――<蘇生の短杖/ワンド・オブ・リザレクション>。
 
 死者復活の魔法を宿したアイテム。無論アインズが持つものはこの1本だけではない。この村の死者全員を蘇らしてお釣りがたっぷり来るだろうほど持っている。
 この世界に存在する魔法に死者の復活は無いという話だ。とすると奇跡とも呼ぶべき可能性がこの村にはあるということになる。
 だが、祈りの儀式が終わり、葬儀が終盤にかかり始めた頃、アインズはゆっくりとワンドをアイテムボックスに仕舞った。

 復活させることはできる。だが、そんなことはしない。死者がどうの、なんていう宗教的なことを言い出す気はしない。ただ、単純に利益が無いからだ。

 近寄ったら死を与える魔法使いと、近寄ったら死を与えるが死者を蘇らす事ができる魔法使い。どちらが厄介ごとに巻き込まれるかは想像に難しくない。蘇らせたことを黙っておくという条件をつけたとしても、それが守られる可能性は低い。
 死というものに抗いうる力。誰もが涎をたらすほど欲しがる力だろう。
 状況が変化すれば行使しても良いかもしれないが、今はまだ情報が不足している。

 つまり己のために助けられる命を見捨てる。

 アインズは薄く仮面の下で皮肉げな笑みを浮かべた。見ている先でエンリとネムが泣き崩れる。
 その姿を記憶にとどめ、アインズはゆっくりと村への道を歩き出した。その後ろをデス・ナイトが続いた。



 葬儀に中断され、アインズが周辺のことやある程度の常識を学んだ頃には結構な時間がたち、日が傾きだす頃だった。

「では、私はこれで」
「アインズ様。またこの村に来てください。今度は村を上げて歓迎させてもらいます」
「いや、それには及びません。村長殿も何かありましたら私のところまで来ていただければ、色々とお手伝いさせてもらいます。もちろん次回は費用をいただきますよ?」
「分かりました。そのときは」

 微笑む村長とアインズはガントレット越しに握手を交わす。ほぼ打ち解けたといっても良いだろう。その好感触に満足感を得つつ、歩き出す。
 村長の家から外に出ると、そこに1人の村人が決意にひめた顔で立っていた。アインズは仮面の下でかすかに目を見開いた。まさか彼女が来るとは思ってなかったのだ。
 いたのはエンリ・エモットだったのだ。

「……よろしいのかな」
「はい」
「馬に乗ったことは?」
「あります」
 
 広場の隅にいる騎士から奪った2頭の馬。そのうちの1頭の馬の後ろに荷物が積まれている。その中に全身鎧が一着あった。

「……しかし、なんでこの村に馬に乗ったことのある経験者が豊富なんですか?」
「昔、この村から戦争に行ったものがおりまして。見事な働きをしたとのことで結構な褒美をもらって帰ってきたのですが、その中に馬がいたのです。彼が乗り方を子供達に教えましてね。ですので村の中でも子供達は乗れる子が多いんです」

 村長に問いかけると、すぐに答えが返ってくる。
 なるほど。アインズは幾人もいるであろう人の中から、彼女が選ばれたことに納得する。
 酷い評価になってしまうが、村の中で死んでも最も惜しくない存在ということだろう。男ではこれから村を再建するなら役立つ、それに対し両親を失った小娘では価値が違う。

「では報酬は約束どおり金貨200枚」

 村長からもらった金貨の入った皮袋をエンリに渡す。4キロある袋はずっしりと重い。それを両手で受け取り、口を僅かに開いて中身を確認したエンリは皮袋を村長に手渡した。

「お願いします」
「分かった」

 重々しく頷く村長に続けるようにアインズは口を開く。

「ご安心を。もし貴方が戻ってこなかった場合、私が一年に一度ぐらい妹さんの様子を見に来ることを約束します。村長殿――それでよろしいですね」
「はい。了解しました」

 金貨200枚。交金貨だと400枚に及ぶ額は村人の金銭感覚からすれば桁外れなまでに高額であり、両親を失った姉妹がかなり長く生活していくには充分な額だ。もし仮に姉が亡くなったとしても妹1人成人するには充分すぎる。無論だからといって心配がなくなるわけでは無いだろうが、アインズが声をかけたことによって安堵したのか、エンリの肩の力が抜けるのが誰からも分かった。
 そしてアインズは村長に書いてもらった羊皮紙をスクロールケースに入れて渡す。

「これをよろしくお願いします」
「はい」
 
 受け取ったエンリはスクロールケースを腰につるした。
 
「では、私は」
「色々とありがとうございました、村長殿」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました。アインズ様。この村の誰もが貴方様のご親切は忘れないでしょう」

 深く頭を上げる村長に軽く手を上げ、それに答えるアインズ。その横で慌てたようにエンリも頭を下げた。
 エンリを共だって馬の方に歩く。

「それとまぁ、あまり必要ないかもしれませんが」

 馬のところに2人で到着し、アインズはインフィニティ・ハヴァサックに手を入れ、両手で隠せるぐらいの小さな角笛を2つ取り出す。葬儀から帰る途中に準備しておいたマジックアイテムだ。
 取り立てて変わったところの無い、普通の角笛。
 この中に込められた魔法の力はサモンニング・ゴブリン・トループ。
 
 レベル8ゴブリンを12体、レベル10ゴブリン・アーチャーを2体、レベル10ゴブリン・メイジを1体、レベル10ゴブリン・クレリックを1体、レベル10ゴブリン・ライダー&ウルフを2体、レベル12のゴブリンリーダーを1体を召喚するアイテムデータを、店売りの角笛にくっつけただけのものだ。
 弱いくせに召喚する数が多いという、狩場とかで使おうものならあちらこちらから邪魔だ、という声が飛んでくる不人気アイテムの1つ。狩場荒しといわれ、2chに晒されかねない危険なものだ。
 
「これは吹くことでモンスターを一時的に召喚するアイテムです。もし何かあったら、この笛を吹いて出てきたモンスターに命令すると良いでしょう。もし仕事が終わっても使わなかったのなら、そのまま持っていただいても結構です」
「ありがとうございます」

 エンリはもらったアイテムを何度も眺めてから、背負い袋に大切に入れた。それから何か奇妙なものをみるようにアインズを見つめる。
 
「……何か?」
「あ、あのほんとうに助けてくれたかたですよね?」
「……どういう意味ですか?」
「あ、あの……」
「同じ仮面を付けているけど中身は違う人かもしれないと?」

 姉妹には記憶操作をおこなった際、最初から仮面とガントレットを嵌めて現れたということにしてある。それ以外の記憶をいじった覚えはないのだが……。
 アインズは魔法が変な発動をしたり、何らかのミスをしたかと顔を顰める。だが、続く彼女の言葉で脱力感を覚えた。

「あの言葉使いが……」
「……はぁ。しゃべる相手で言葉使い程度変えるのが基本だ、普通はな」

 あの時と同じように不機嫌そうに言うと、エンリの体がビクリと跳ねる。

「も、もうしわけありません!」
「ああ、いいから。別に怒ってないから」

 頭を下げかけたエンリをガシッと掴み、無理矢理上げさせる。今の大声で村人の幾人かがこちらを伺っているのが分かる。このまま何事も無く村を出て行きたいアインズにしてみれば、勘弁してくれという行為だ。
 ガントレットを嵌めた手で無理矢理に上げさせられたため、痛かったのだろう。アインズが掴んだ部分をエンリは痛そうに撫でている。

「おまえが生きて帰ってくることを祈っているよ」
「はい」

 彼女がこれから行くのは帝国の城塞都市の近くにあるという陣地だ。なんでも帝国は攻めてくるたびに同じ箇所に陣地を作っているという話を村長はしていた。帝国は馬鹿なのかと思うが、エンリにはまずはそこに向ってもらうこととなる。目的は村を襲ってきた騎士達を、アインズが掃討したという話を伝えてもらうためだ。
 これはアインズという存在を帝国に宣伝するためのものである。

 騎士達を逃がしたのもその行為の一環である。
 これはアインズの情報は遠くないうちに流れるだろうと判断したためだ。ならば自分からある程度、情報を流すことで誘導した方が良いと考えたのだ。ついでに幾人かの騎士を助けることで、多少なりとも恩義を売ろうという姑息な行為もそれに含まれている。……どの国の騎士かは不明だが。


 何故そんな考えに至ったか、それは情報の漏洩は避けられないとの判断からだ。

 世界の情報を集めきって無い状態で、行動するのは非常に危険である。そのため最も良い手は姿を隠して、情報が集まるまで隠密に行動することだ。
 だが、この村を救ったことで、それはできなくなった。
 
 もし仮に騎士達を全滅させたとしても、その騎士達が所属する国は、いったいどうしてそうなったのかを調べるだろう。我々の世界で科学調査が発達しているように、この世界では魔法調査が発達している可能性はある。
 仮に発達して無くても、生き残った村人がいる以上、アインズの元まで調べがたどり着く可能性は高い。その時のその国のアインズに対する評価はどうなっているだろうか。

 情報が漏れないように対処するには、ナザリック大地下墳墓に村人達を連れて行くという手が考える。だが、それは村人の所属する王国サイドから見れば拉致と取られても過言ではない。
 
 では流れの魔法使いが助けたということにしたらどうか。……つまりそれは騎士をたやすく殺せる放浪する魔法使いがいるということだ。各国はそれをどのように思うだろうか。
 どちらにせよ、アインズの元まで調査の手が伸びるなら、早め早めに行動しておいた方が後々便利だと思われる。出頭した方が罪が軽いように。


 アインズはできれば王国、帝国、法国のどれかの国にその身を預けたいと考えている。

 例えば他のプレイヤーがいた場合、必ず情報は流れるはずだ。だが、アインズ個人ではその情報を手に入れるのに時間が掛かる。無論、街にこっそり入ってとか、商人をデミウルゴスの力を借りて洗脳して……という手も考えたが、リスクと手間が大きい。必要も無い相手を敵にする可能性もある。情報を入手するという点だけ見ても、どこかの国に参加しているということは大きなメリットだ。

 それにナザリック大地下墳墓の自治権を守るためにも、どこかの勢力を後ろ盾にしておいたほうが良いと考えられる。国としての力をアインズは舐めていないということだ。それにこの世界での個人の強さの最大値を理解できていないということもそれに拍車をかける。アインズを超える戦闘能力の持ち主が、この3カ国の中にいないとも限らないのだから。 
 しかし戦争、争いが続くということは両者の力がある程度拮抗しているからに他ならない。ならばもし仮にレベル10,000という存在がどちらかの国にいたとしても、もう片側の国にも同様の存在がいるということになる。

 どこかの国の一員になっておけば、デメリットも色々と考えられるがメリットも大きいとの判断だ。問題はどのような立場で一員となるかである。
 奴隷のような立場は正直ごめん被りたい。ブラック企業の一会社員もだ。

 そのために色々な勢力に自分という存在のアピールをする。立場や扱い等を考えた上で一番良いところに付く。
 これは転職の基本だろう。

 本来であれば帝国の駐屯地までアインズが自ら行った方が早いだろう。
 だが、どのように話が転がるか不明だ。それに帝国の戦力も。
 とすれば危険を承知で行ってもらえる誰かを送ったほうが良い。死ぬことを覚悟の上で。

 それがエンリの役目というわけだ。
 ようは200の金貨でエンリの命を買ったのだ。

「アインズ様、助けてくれてほんとうにありがとうございました」
「……っ」

 ぺこりと頭を下げるエンリ。
 アインズは自らの身の可愛さに、少女ともいって良い子供の命を博打に投じる自分に反吐が出そうだった。アインズなら転移の魔法で逃げられるかもしれない、その他の魔法の力を使っても良いだろう。それにナザリック大地下墳墓に帰ってモンスターを出しても良い。
 
 しかし、それらよりも相手が警戒しないから。相手の本音が読みやすいからという理由だけで少女を送り込むのだ。

「……おまえは……本当にいいのか?」
「?」
「行けば生きては帰って来れないかもしれない。それは分かっているんだろ?」
「…………」
「……誰も行かないという選択肢もあった。別に強制されたわけではないだろうに、何故だ?」
「お金が無いと生きていけませんから」

 たんたんと告げるエンリに、その透き通ったような瞳に一瞬アインズは飲み込まれそうになる。

「…………っ」
「両親が死んじゃいましたから、それに村はこんな状態です。私達を面倒見るのも大変だと思います。だからアインズ様のお話は私達……私にとっては渡りに船だったんです」
「こんな賭けにかけなくても、ご両親の残したものとかを使っていけばなんとか生活できるかも……」
「そうかもしれません。そしてそうじゃないかもしれません」

 莫大な財産を持っているなら金貨200枚ぐらいくれてやればいいじゃないかと、第三者なら言うだろう。アインズだって部外者なら言うだろう。だが、この少女の瞳を見てしまって、そんな言葉を言える人間はいない。
 自らの持つ金の価値をしっかりと受け止める必要があるとアインズは理解した。ここはゲームではない。ゲームの金と思ってはいけない。持っている金のほんの少しでも人は命を投げ出せるんだと。

 動揺し、ぐらつきそうになる足に力を入れる。
 命は軽いと理解していたでは無いか。
 アインズは自らを叱咤する。何を動揺していると。自らが最も可愛い人間の、最も友好的な手だ。やっている行いは正しい。
 
 視線を動かす。広場に隣した家の影に妹――ネムがいた。
 別れはすんでいるだろうが、それでも寂しげな瞳で自らの姉を見ている。これが場合によっては最後の別れになるかもしれない。そんな必死さが姉を見る視線に込められている気がした。

 泣き出さないのは何故か。もっと近くで別れを惜しまないのは何故か。姉を死地に追いやるアインズを憎むように見ないのは何故か。

 それはアインズには分からない。
 だが――

「……これも持って行くと良い」

 インフィニティ・ハヴァサックの中から1枚のスクロールを取り出す。 

「これは?」
「本拠地への転移を可能とするスクロールだ。おまえが使用した場合、本拠地がここなら良いが、どのように発動するか不確かなものだ。もしかすると何の効果も無いかもしれない。だが、もし角笛でも対処のできない危険にあったなら、そのスクロールを開くんだな」
「ありがとうございます!」
「……仕事が終わったらその足で私の住んでいるところまで来るがいい。美味しいものでもご馳走しよう」
「はい。そのときは妹も連れて行っても構いませんよね」
「ああ。待っているとも」

 友も許してくれるだろう。
 ナザリック大地下墳墓。決して部外者を入れたことの無い地。その最初の人物に彼女がなることを、馬に乗って去っていく姿を見送りながらアインズは願った。

 それと同じぐらい強く――なんと自らの愚かなことか、と心の中で思いながら。
 大切なものが何かを間違えるな――と強く、強く思った。


 それはまるで呪いだった。






――――――――
※  こういう話も好きです。
   仕事が忙しくなってきたので、多分次回から更新が不定期になります。せめて1週間に1回以上は更新したいです。サービス残業は嫌です。休日出勤は手当てが付くけどもっと嫌です。

   では次回13話『王国戦士長』でお会いしましょう。

   あと、主人公意外に優しい事が発覚したので、前書きをそのうちちょっと変更します。



[18721] 13_王国戦士長
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/10/02 06:53


 彼女を見送り、この村で行うことのほぼ全てが終わった。
 残った鎧や剣は既にインフィニティ・ハヴァサックに回収済み。忘れ物は無い。それにこれ以上はこの村の問題だ。警戒をしないでここに残って、死んだとしてもそこまでは面倒を見切れない。ただ、彼女の妹にだけ何らかの手段を施した方が良いだろう。
 一番良いのは彼女が戻ってくるまでの間、近くにモンスターを付けておくことか。その辺はデミウルゴスに連絡を取り相談した方が良いだろう。あれの部下がおそらくはそういう意味では一番使える。

 一応の礼儀として村長に別れを告げる必要はあるだろうとアインズは判断し、広場を見渡して村長を探す。
 広場の片隅、数人の生き残った村人達と真剣な顔でなにやら相談している。色々と決めることもあるだろうと、アインズは納得し、別れを述べようと近づいたところで違和感に気づく。
 そこには空気の変化、張り詰めたような空気が流れていたのだ。

「……どうかされましたか、村長殿」
「こっちに馬に乗った戦士風の者が近づいているそうで……」
「なるほど……」
 
 村長がおびえたようにアインズに視線をよこした。その場にいた他の村人達も同じだ。
 アインズはそれを受け、安心させるように手を軽く上げた。

「任せてください。村長殿の家に生き残りの村人を至急集めてください。村長殿は私とともに広場に」

 鐘を鳴らし、住民を集める一方でアインズはデス・ナイトを村長の家の近辺に配置する。
 怯える村長にアインズは笑いかける。無論仮面に隠れて表情は分からないのだが。

「ご安心を。今回も特別にただでお助けしますよ」

 村長は苦笑を浮かべた。だが、震えは先ほどよりも弱くなった。腹をくくったのかもしれない。

 やがて村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見える。やがて騎兵達は隊列を組み、静々と広場へと進んでくる。

「ふむ……」
 
 アインズは騎士達の武装に違和感を覚える。
 先ほどの帝国の紋章を入れていた騎士たちは完全に統一した重装備であった。それに対して今度来た騎兵たちは確かに全身鎧を着てはいるが、各自使いやすいように何らかの手法が施されている。それは一部だけ皮鎧だったり、鉄の装甲板を外し鎖帷子を露出させたりだ。
 兜は被っている者もいればいない者もいる。共通して言えることは顔をさらけ出しているということか。
 各自、同じ造りの剣は下げているものの、それ以外に弓、片手槍、メイスといった様々な予備武器まで準備している。
 よく言えば歴戦の戦士集団。悪く言えば武装の纏まりの無い傭兵集団だ。

 やがて一行は全員、馬に乗ったまま広場に乗り込んできた。数にして14人。
 数人がデスナイトに警戒しつつ、村長とアインズを前に見事な整列をみせた。その中から馬に乗ったまま、1人の男が進み出た。

 屈強という言葉以上に似合う言葉は無い。そんな鋼を具現したような男だ。年齢はまだまだ若く、30にいくかいかないかというところか。巌のような顔は顰められ、年齢以上に老けて見えた。
 髪はかなり短く刈り込み、さっぱりというより危ない感じを出している。
 
 男の視線は村長を軽く流し、デス・ナイトに長い時間とどまる。だが、デス・ナイトが直立不動のままピクリとも動かないのを確認すると、男は射抜くような鋭い視線をアインズに送った。
 暴力を生業とする空気に満ちた、そんな男の一瞥を受けても平然とアインズは立つ。アインズのその姿には余裕すら感じさせた。
 無論、アインズが元々そういう視線に強いわけではない。この体になってから恐怖というものを感じなくなったようだ。それともユグドラシルというゲームの能力を使えることによる自信だろうか。
 
「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」
 
 外見からも予測が立つような重々しい声が広場に響き、アインズが後ろにした村長の家からもざわめきが聞こえてきた。

「王国戦士長……」

 ぼそりとつぶやく村長に身を寄せるようにアインズは耳を寄せる。

「……どのような人物で?」
「商人達の話では、王国の御前試合勝利した最も腕の立つ人間が選ばれる地位であり、王国の王直属の精鋭兵士達を指揮する人物だとか」
「ほう。……真実ですか?」
「分かりません。話しか聞いたことが無いので」

 アインズが眼を凝らしてみると確かに騎馬兵は皆、胸に同じ紋章を刻み込んでいる。村長の話に出た王国の紋章にも見える。とはいえ信じるには少々足りないが。

「村長だな」ガゼフの視線が逸れ、村長に向かう「そして横にいる者は一体誰か教えてもらいたい」
「……」
「はじめまして、王国戦士長殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た魔法使いです」

 村長が話し始めるよりも早く、アインズは軽く一礼をすると自己紹介を始めた。それに答えるように重々しくガゼフが頭を下げた。

「村を救っていただき感謝の言葉も無い」
「いえいえ。実際は私も村を救ったことによる報酬目当てですから、お気にされず」
「では申し訳ないが、どのような者達が村を襲ったのか、詳しい話を聞きたいのだが?」
「私は構いませんが、村長殿はどうですか?」
「いや、私も構いません」
「では聞かせてもらおう」
「構いませんが、色々と詳しくご説明した方が良いでしょうし、長話になるといけません。イスにかけてお話をしませんか?」
「ふむ……一理あるが……」
「それにこの村に来た騎士のほとんどを殺しました。しばらくは暴れないのではと愚考します。その辺りのご説明も必要でしょう」
「なるほど」

 考え込んだガゼフの視線が再びデス・ナイトに留まる。いや、微かに漂う血の匂いを機敏に感じ取ったのか。

「あれは?」
「あれは私の生み出したシモベです」
「ほう」

 鋭い視線がアインズの全身を観察するように動く。

「ではその仮面は」
「魔法使い的な理由によるものです」
「仮面を外してもらえるか?」
「お断りします。あれが――」デス・ナイトを指差す「暴走したりすると厄介ですから」

 ぎょっとした表情を浮かべたのはデス・ナイトの力を知る村長だ。そして声の聞こえた村長の家にいる村民達。その急激な表情と場の変化に感じるものがあったのだろう、ガゼフは重々しく頷いた。

「なるほど取らないでいてくれた方が良いようだな」
「ありがとうございます」
「では――」
「その前に。申し訳ありませんがこの村は帝国の騎士達に襲われたばかり、皆様方が武器を持たれていると村民の皆様に先ほどの恐怖が蘇ってくるのではと思います。ですので広場の端に武器を置いていただければ皆、安心するのではと思うのですが?」
「……正論ではある。だが、この剣は我らが王より頂いたもの。これを王のご命令なく外すことは出来ない相談だ」
「――アインズ様」
「村長殿」

 村長はアインズに軽く頷く。それは雄弁に物事を語っていた。

「大変申し訳ありません。差し出がましいことを」
「いや、アインズ殿。あなたの考えは非常に正しいと思う。私もこの剣が王より賜れしものでなければ喜んで置いていただろう。さて、ではイスにでも座りながら詳しい話を聞かせてもらおうか」
「わかりました。では私の家で」
「うむ。ではお前達はこの村の手助けをせよ」
「はっ!」
 
 後ろに並んだ兵士達が威勢の良い返事をする。
 そして村人が外に出され、村長、アインズ、ガゼフの3名があったことを詳しく話すために村長の家へと入った。



 戦士たちは思い思いに村に散っていき、力仕事を開始し始めた。やることは色々とある。例えば一家皆が殺されてしまった家は、そのまま凄惨な状態で残しておくわけにも行かない。錬金術油なんて流し込まれたところは尚更だ。
 解体作業を行わなくてはならないが、そのためにはまず室内のものをすべて外に出さなくてはならない。これがまた結構な力仕事となる。
 戦士たちは着ていた鎧を脱ぐと、もろ肌を脱いで家財道具を運び出す。ぽんぽん投げるように行っていけば速いのだが、家族皆が殺された家にあるものは、酷いようだが村の財産となるのだ。手荒に扱うわけには行かない。
 じっくりと外に出し、指定された家まで運ぶ必要が出てくる。
 
 さらに葬儀を行うために墓を掘りに行くものもいる。放置しておくと邪悪な存在が入り込み、報われぬアンデッドとなる場合があるからだ。
 
 アンデッド――。
 生命を失ったにもかかわらず命があるかのように動く化け物のこと。それは戦場でよく見られる化け物だが、時折不幸な事故があった際、死体を放置することでも生まれる場合がある。ゾンビ、スケルトン、グールといったものが有名だ。
 葬儀が手早く執り行われるのはそれを防ぐためである。
 村には村なりの葬儀の仕方があるだろうから、まずは穴を堀り、そこに死体を置く程度しかできないのだが。

 そんな風に皆が忙しく働いている中、村長の家の近くにピクリとも動かないデス・ナイトを囲んだ、3人の戦士の姿があった。

「なんか、でかいなこいつ」

 戦士の1人がデス・ナイトを触る。皮袋越しにも鋼鉄製の鎧にありがちなひんやりとした感触が伝わる。

「村人の話じゃ、こいつ1人で帝国の騎士の粗方を殺したそうだがな」
「うげー。本当かよ。でも、なんかでかいぶん、動きはとろそうだけどな」
「確かにな」
「でも、本当に動くのか? 単なる死体にしか見えないがな」
「どーなんだろうな。まぁ、盾ぐらいには充分なりそうだな」

 左手に持った巨大な盾を指差し、戦士達から笑い声が漏れた。それは自らの力量に対する自信だ。
 事実、王国内において彼ら――王直属精鋭兵士団180名は王国最精鋭であり、王の最も信頼する部隊でもある。1人1人が帝国の騎士を相手にしても容易に勝利を収めるだろう能力を保有していた。

「戦士様、怒らせたら殺されちゃうよ」

 村の少年だろう、1人の子供が遠くから戦士に声を投げかける。戦士達はお互いの顔を見やってから再度笑い声を立てた。

「はは、大丈夫だ。大丈夫だ。俺達はこれでも王国の精鋭戦士だぞ」
「そんな遠くにいないでこっちに来たらどうだ? 暴れだしても俺達が守ってやるぞ」

 デス・ナイトの空虚な眼窩に初めてぼんやりとした赤い炎が灯り、戦士達を見下ろす。遠くから見ていた少年の体がびくりと跳ねる。

「おい、どうした坊主」
「あわ」
 
 少年の指の先に戦士達は視線を向けた。そこに赤い光は無い。ただ眠るかのような巨体な死体があるだけだ。

「どうかしたのか?」

 再び少年を見ると走り去っていくところだった。直ぐに家の影に隠れてしまう少年の後姿に彼らは苦笑を漏らした。

「そんなに怖いもんかね、このでかいの」
「だなー」
「外見は確かに怖いぞ。この顔」
「しかし死者使いの魔法使いなんて、かの13英雄だな」
「なんだっけ、それ」
「知らん。なんか昔の凄い英雄だそうだ。教育の一環で聞いたけど、名前なんてすっかり忘れちまったよ」
「ふーん。ならあのへんてこ仮面が英雄なみってことかよ、ありえねー」

 再び3人の戦士の笑い声が広場に響いた。その間、ピクリともデス・ナイトは動かなかった。そう、恐らくは。



「――なるほど」
 
 時間が経過し湯気の立っていない白湯を一口含み、ガゼフは口を開いた。村長とアインズのあったことの説明を受けている間、ただ黙って頷いているだけだった男が。

「先ほども言わせていただきましたが、アインズ殿。この村を救っていただき感謝します」
「いえ、先ほどもいわせていただいたように報酬狙いですから」
「謙遜も過ぎれば厭味に聞こえますぞ」ガゼフは肉食獣じみた笑みをアインズに送り、それから村長に向き直る。「それでその騎士達が着ていたという鎧の方を見せていただけますかな」
「ええ」

 村長の視線を受け、アインズはインフィニティ・ハヴァサックの口を開く。その中から最も損傷の少ない鎧の1つを取り出し、テーブルの上に置いた。紋章の部分がガゼフに見えやすい形でだ。ガゼフはほとんど膨らんでいない背負い袋から、鎧を取り出すという光景に驚きを多少感じていたようだが、直ぐに表情を引き締める。

「村長殿、これで間違いないかな?」
「はい、間違いありません」

 重く頷くと、ガゼフはそれを手にし、しげしげと眺める。裏返しにしたり、叩いたり。やがて納得いったのか、鎧を再びテーブルの上に置いた。

「確かにこれは帝国の鎧のようだな」鎧の紋章を鋭く睨みつけながら、続けて呟く「着ていた中身までの保障は無いが、な」
「ですか……」

 村長のみどういう意味なんだろうと、不思議そうな表情を浮かべた。

「スレイン法国の騎士が帝国の振りをしていたという可能性があるわけです」
「なぜですか!」
「帝国と王国の仲を更に悪化させるため、ですか。直ぐに考えられるところでは」

 アインズはちらりとガゼフを伺うが、黙して何も語らない。その姿は雄弁に答えを語っていた。そんな、とかショックを受けぶつぶつと呟く村長を無視し、ガゼフは重々しく口を開いた。

「……ところでその騎士達を掃討したデス・ナイトだが、あれはアインズ殿、何体ぐらいお持ちなのかな?」
「いえ、今のところ1体ですよ」
「……時間があればまた作れるということでよろしいか」
「ですな」

 アインズの返答を聞き、ガゼフはゆっくりと眼を閉じる。それはまるで眼の色を見せないかのようだった。
 やがて数秒の時が流れ、ガゼフは眼を開く。

「広場ではあまり大したことが無いように見えたのは……私の勘違いだったようだ」
「……」
 
 仮面の下でもアインズの表情は変わらない。それどころか――

「王国最強の方からすれば、当然でしょう」

 仮面の下で微笑を浮かべてるのでは、と思わんばかりの軽い口調で答える。それを受け、ガゼフはちらりとアインズを一瞥し、興味がなくなったように視線を鎧へと動かした。

「……さて、申し訳ないがこの鎧をいただいていきたい」
「正当な価格で買い取っていただけるなら構いませんよ」

 アインズとガゼフの視線が鋭く交差した。無論、アインズは仮面を被っているために交差しただろうという仮定だが。

「……正当な価格というのは?」
「この鎧は全身鎧の割には軽くできてます。恐らくは魔法によるものでしょう。ならばそこそこの値が付く。そういうことです」

 重い沈黙が降りた。村長のみがその空気に耐えかねたのか、おどおどと2人を見比べている。

「今、手持ちが少ないため、後日……確か、ナザリックだったか。その場所に持っていっても構わないが?」
「……困ります。ナザリックまで来ていただいても私がいない可能性がありますが故」
「ならばともに街まで付き合ってもらえれば」
「……悪くはありませんが……」アインズは中空を見上げ、考え込んでから口を開く。「ナザリックに一度帰って色々と準備しなくてはならないことがありますので、今回はご遠慮させていただければと思います」
「ふむ……では別の形で何か支払えるならそれをお願いしたいのだが?」
「どのような形ですか?」
「それを尋ねているのだがね?」

 ピリピリとした空気が流れ出す。
 出来るだけ高く売りたいアインズと、譲歩を引き出したいガゼフ。完全に食い違った二者の思いが、ぶつかり合い、冷たい空気を室内に生み出している。

「ならば……どうですかな、私のデス・ナイトと軽く戦闘をしていただけないかと」
「なっ!」

 驚きの声を上げたのは村長だ。ガゼフは黙って、再び白湯を口に含む。いや、唇を湿らす程度だ。

「私のシモベと王国最強と呼ばれる方の力の差。知ってみたいのです」
「しかし、アインズ殿!」
「――了解した」

 興奮したような村長の口を遮るように、静かな、だが灼熱感を感じる声が響いた。

「な」
 
 今度はアインズから驚きの声が漏れた。それを聞きつけたガゼフは再び肉食獣の笑みを浮かべた。

「どうされた、アインズ殿。貴方が振ってきたことだぞ? 驚かれることかな?」
「い、いえ、ただ、ガゼフ殿にお怪我を負わせてはと思いましてね」
「構わんよ。部下にはちゃんと伝えておく」

 アインズにしてみれば驚きだった。この無礼者と手打ちにでもしてくるかもしれないと考えていたぐらいだ。もしかすると彼もこちらの力量を知りたかったのかもしれない。そう考えてみると色々と納得できる点がある。
 だが、これは好都合。
 デス・ナイトなぞアインズからすれば大した存在ではない。デス・ナイトがどの程度の時間を稼げるかで、王国最強の強さが測れるなら安いものだ。


 戦士達、そして村人達が観戦する中、デス・ナイトと王国戦士長ガゼフの2者は広場の真ん中でにらみ合うこととなった。

「さて、お約束どおり、どちらが勝とうが、どのような怪我を追おうが、お互いに禍根無しということで」

 審判代わりに指名されたのはアインズ。戦士達に任せるべきだという反論はガゼフに断られた。
 アインズはデス・ナイトからフランベルジェを受け取り、代わりに騎士達が持っていたブロードソードを渡す。その光景にガゼフが何か言いたげな表情を浮かべるが、アインズは努めて無視をする。まぁ、何か言ってきたならいくらでも言い訳は出来たのだが。

「では、両者。構えてください」

 試合開始ってこんな風にすればいいのか? と心中で汗をダラダラ流しながらアインズは両者に声をかける。
 タワーシールドとブロードソードを持ったデスナイトと、バスタードソードを両手で構えるガゼフ。ガゼフも身長が低いわけではないが両者の差は50センチはあるだろう。まるで子供と大人だ。並んでみるとあまりの圧倒的な差によって、ガゼフに勝てるのかというざわめきが見守る周囲の人間から立ち上がりだす。

 ――デス・ナイト。攻撃に全力は出すな。攻撃よりは防御に力を回せ。

「では、始めてください」

 デス・ナイトがゆっくりと剣を前に突き出す。ガゼフがそれを払いのけた。それが2者の合図だったのだろう。


 剣戟が始まった。

 激風と濁流。
 どちらがどちらなのか。
 2者の戦いはまさにそれだ。

 閃光が煌き、別の閃光が弾く。
 両者の剣に宿った魔力がぶつかり、かすかな放電を放つ。

 甲高い金属音が途切れることなく続いた。

 戦士たちの疑心が、畏怖になり、驚愕となる。
 あんな凄かったんだ。守れるわけ無いじゃねぇか。敵意もたれなくて助かった。そんな声が戦士たちの中から聞こえた。

 決して見れないような人間として最高峰の戦い。それが今まさに眼前で行われているのだ。戦士たちは我知らずに手を握る。自分達に訓練を付けてくれる中では決して見れない、自らの隊長の本気。
 
 下から切り上げ、弾かれた剣が異様な角度で相手の首めがけ跳ね上がる。それを首元をすくめ、兜と肩の鎧を密着することで弾くデス・ナイト。
 
 豪腕を持って振るわれるデス・ナイトの剣が鞭のようにしなり、ガゼフの剣に絡みつき、そのまま滑りながら腕を切り裂こうと肉迫する。
 避けようが無い。誰もがそう考える。だが――
 
 ――手を離した。
 
 誰もが瞠目する。ガゼフは自らの剣を手放したのだ。
 デス・ナイトの剣がガゼフの腕のあった場所を貫いた瞬間、その手で再び剣を掴む。
 
 まるでこの光景は剣舞だ。互いに次に何をするのかを決めあった中での行為にしか思えない。
 ガゼフが剣を振り、デス・ナイトが弾く。次はデスナイトが剣を振り、ガゼフが弾く。ほんの一呼吸も無い、その一瞬でこれほどまでに剣を打ち交わせるものか。
 剣舞といわれるならまだ納得がいく。示し合わせばこれぐらいはできるのでは、そう思いたくなるのだ。

 何十と剣をあわせても互いの体に剣が触れることは無い。
 両者の力量がどれほど高いのか。観戦している戦士達から感嘆の呻きがもれた。

 今何をした。フェイントが4度? いや5度じゃないか? 戦士たちは口々に見ているものを解説しようとして、付いていけずに口ごもる。村人はもはや凄いものを見ているという認識の段階で思考を止めている。

 袈裟切りに振り下ろされるデス・ナイトの剣をガゼフは半身を傾けることでそれを避ける。
 宙に数本の髪が舞う。短い髪の毛がさらに短くなるなんて、一体どれほどの超近距離で避けたというのか。

 ――刹那の見切り。

 まさに今のがそうだ。
 ぎりぎりで剣を避けたということは、ガゼフが一気に有利になるということを指す。なぜなら剣は今通り過ぎたばかりだ、豪腕を誇るデス・ナイトですら振り下ろした剣を急激に戻すすべは無い。
 
 だが、それができるがゆえのアンデッド。
 常人なら筋肉が数本断裂するかもしれない、急な方向転換をたやすく行う。横薙ぎの一撃。たやすく人間を両断する剣は再び中空を切った。

 剛風がガゼフの頭の上を流れる。

 しゃがんでいた――。既に先の薙ぎ払いも予測済みだったのか、ガゼフはしゃがむ事で剣を避けたのだ。
 そのままガゼフの剣がデス・ナイトの足を狙い、突き出される――。

 デス・ナイトが跳躍。一気に後方に飛ぶことでその剣を回避する。
 猫科の獣の跳躍。優雅さと凶暴さを同時に兼ね備えたものだった。体重をまるで感じない優雅さで、ゆっくりと大地を踏む。

 ガゼフがゆっくりと立ち上がり、デス・ナイトが再び剣を構える。遅れて歓声が広場中に響き渡った。

「ふっ!」

 ガゼフが空気を吐き捨て、弾丸の速度のごとく踏み込む。
 強打一閃。
 耳を押さえたくなるような巨大な金属音が、タワーシールドとバスタードソードの間で起こる。デス・ナイトの巨体がその剛剣を受け、一瞬だけ揺らぐ。
 
「おおおおお!!」

 咆哮を上げながら立て続けにタワーシールドに剣を叩きつけるガゼフ。苛立ったかのようにデス・ナイトはタワーシールドを引き寄せ、ガゼフに叩きつけようとする。それを後方に跳躍することでガゼフは回避。
 鎧を着ているとは思えない軽やかな動きだ。
 すさまじい速度で動いたタワーシールドが巻き起こした風が、周囲に土煙を巻き起こす。その土煙にあわせて、両者が踏み込む。
 
 金属音。

 両者が土煙の中から無傷で姿を見せた。ガゼフは先ほどいた場所から大きく後退している。吹き飛ばされたか、自ら後方に回避したのか。
 もはやこの時点にあって周囲の観客はただ、沈黙を守るのみ。
 もう、この模擬戦は人の限界に到達していると心が理解しているからだ。戦士達は少しでも何かを吸収しようと、目を大きく見開き、瞬きを忘れたかのように見守る。村人達は何が自分達の前で起こっているのか、あまり理解できていないが、凄いことだけは分かるというもはや感性的なものの見方をしている。

 そんな素晴らしい試合の中、アインズのみが冷たい目で観察していた。
 その心中にあるのは本気を出していないのではという疑心であり、この程度のなのかという困惑であり、周囲の熱意に相反する冷め切ったものである。

 アインズの心中を無視し、再び剣と剣がぶつかり合う。
 戦士たちが村人達が顔を紅潮させ、手を握りしめる。一歩間違えばどちらかが死ぬ、頭のどこかでは理解できているのだろうが、恐らくはそんなものは抜け落ちているだろう。
 そこにあるのは決して手の届かない、崇高なるものへの憧れのみ。

 鋼と鋼が硬質な音を立て、立て、立て、立て――。
 互いの剣を合わせるスピードは徐々に限界が無いように早まっていく。

 ぶつかり合う音がまるで1つの長い音のように聞こえてくる。

 ――やがて、弾かれたガゼフの剣がそのまま滑り、デスナイトの顔を薄く傷つける。それはまさに幸運による一撃に誰の目からもそう見えた。
 たまたま弾かれた剣が突き出されて顔を軽く切り裂いたと。

 そしてアインズの声が響く。

「――そこまで」

 爆発せんばかりの歓声が上がった。素晴らしい戦闘を称えるものであり、自らの隊長が勝ったことに対する戦士達の咆哮だ。

「……さすがは王国最強ですね。ガゼフ様」

 呼吸を乱し、顔を紅潮させたガゼフが、歓声を背中に近づいてきたアインズに笑いかける。噛みつかんばかり獰猛な笑みを前にしてもアインズに驚きは無い。

「勝たせてもらったということかな、アインズ殿?」

 噴出す汗を懐から取り出した布でぬぐいつつ、その布の隙間から殺意すら漏れんばかりの意志が透けていた。

「いえ、滅相もありません」アインズは一歩近づき、他の誰にも聞こえない声で「私が勝った場合厄介になりますから」
「――ほう」

 ギシリと空気が歪む。それを平然と受け止めるアインズ。ガゼフは汗をぬぐいきると、布を懐にしまう。

「覚えておこう」
「鎧の一着は村長殿の家に置いてあります。どうぞお持ち帰りください」

 ガゼフの後ろ姿を見送りながら、アインズは薄く笑う。取り合えず王国の最強の戦士にも存在を強く認識してもらえたようだ、と。

 喧嘩を売ったかもしれないことは重々承知である。だが、ガゼフは必ず王に会ったことを伝えるだろう。彼は己の感情によって上げるべき情報を握りつぶすようなタイプの人間とは思えない。そして王に対する忠誠も充分に持っているはずだ。それは先の装備を解除して欲しいといった際、王の剣ゆえに解除できないと断ったところから予測が立つ。

 どうにせよ、損は無い取引だった。
 満足げにアインズはデス・ナイトを見る。一体いつ消えるんだ? という疑問を抱きながら。






――――――――
※ 戦闘シーンはもう少し練習が必要ですね。まぁ、こんな最強ものです。アインズの出番はどんどん減っていくような……。
  とりあえずは次回の14話「諸国1」でお会いしましょう。早くできるといいなぁ。





 ■



 終了。



[18721] 14_諸国1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/10/02 06:39



 リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、外周約800m、20もの円筒形の巨大な塔が防御網を形成し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。
 その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

 華美よりは機能性を重視したその宮殿の1室。
 そこで行われていた宮廷会議はもはやの愚かとしかいえない、夢を語るようになってきていた。
 

「今度は奴らを撃退し、そのままの足で帝国に攻め込む番でしょう」
「まったくですな、いい加減帝国の侵攻を撃退するのは飽き飽きしてきました」
「帝国などほざく愚か者どもに我らの恐ろしさを知らしめるときが来たというわけですな」
「違いありません。まさに伯爵殿のおっしゃるとおり」

 着飾った男達の笑い声が室内に響く。
 苦労して表情には出さないが、王国戦士長であるガゼフはあきれ返るほか無かった。

 村々をめぐり、アインズという魔法使いにあって即座に王都まで戻り、報告を上げてみればこの有様。疲労感をこらえながらの会議ながら、襲ってくる体のだるさを押さえ込むのに一苦労だ。
 
 帝国との戦いは死傷者でいえば王国の方がはるかに多い。平民を徴収して軍をなす王国と、専業戦士である騎士位を授与された兵士によって構成される帝国。どちらが強者かは一目瞭然だ。
 王国の兵士――平民が殺されるということは、たとえ帝国の侵攻を城塞都市周辺で撃退できても、王国の国力は徐々に低下する一方。
 帝国の狙いは単純に国力の低下を狙っているとみる者は多い。

 それがこの大貴族、そしてそれに追従する貴族達には理解できていないのだ。
 自らの絶対的な権力が何時までもあると信じている。

「――そのような魔法使いは即刻連行すれば良いのです」
「――その辺りは100年以上前より王国の領土です。その魔法使いは勝手に住み着いているわけですな、許しがたいことです」

「――お待ちください」

 ガゼフは変な方向に転がっていく、宮廷会議の流れを変えようと声を上げる。幾人かの貴族が表情を隠そうともせずに嫌な顔を浮かべた。
 ガゼフは自らの剣の腕のみで上に昇ってきた、歴史ある貴族達からすれば成り上がり者。そのためひどく嫌われている。特にガゼフが王国内において比類ない剣の腕の持ち主であるということがより一層敵意を強める結果となっていた。
 彼ら身分高き貴族からすれば、元々の身分が低いものよりも劣るというのは、何より耐え難いものなのだ。

「かの魔法使いは非常に王国に好意的に思われました。その様な人物に対し、威圧的に――」
「――帝国の一員という可能性も無いわけではないだろう。王都まで呼び、詳しい話を聞く必要がある」
「――だいたい、戦士長殿はその怪しげな魔法使いの言い分を信じ解放したのか。早計としか言いようが無い行為だ」

 ガゼフの言葉に被せるように幾人かの貴族達が口を開く。そしてそれに賛同する声。

「まったくですな」
「そのような顔を隠す怪しげな存在のいうことを何故、戦士長は信じられるのか。どう聞いても怪しいではないか」
「アインズなど聞いたことも無い魔法使いの名ですな。歴史ある王国の魔法院にもいないのでしょう。何処の馬の骨やら……」
「場合によっては帝国の人間とも考えられますぞ」
「なんと、もしそうだとしたらそれを逃がした戦士長殿はどうやって責任を取られるつもりか」
「……っ」

「……よすのだ。戦士長の判断に間違いは無いと我は断言しよう」

「むぅ……」
「王がそうおっしゃるなら……」

 玉座に座る王からため息交じりのかすれた声が掛かる。貴族達がそれを受け、嘲笑気味の笑みを一時的に収めた。

 ガゼフは自らを引き上げてくれた、己が忠義を尽くす対象に感謝を込めた視線を送る。
 王はそれを受け、軽く頷いた。

 リ・エステーゼ王国国王、ランポッサⅢ世。
 ほぼ白く染まった髪はほつれ、ほっそりとした体は健康的なものからは程遠く、顔色もよろしくは無い。
 王勺を握る手は枯れ木のように細く、頭に載せている王冠も重そうに見える。
 在位41年。御年62才。この王国にあってはかなり年配に数えられる人物である。本来であれば既に後継に席を譲るべきだが、
継ぐにたる後継がいないのが問題か。

 いや、王子がいないわけではない。
 だが――優秀という言葉からは程遠い。今変われば後ろにいる大貴族の良い傀儡だ。

「王はああ、おっしゃられましたが、そのままその怪しげな魔法使いを放置しておくわけにはいかないでしょう」
「しかり!」
「とりあえずは王都まで無理矢理でもつれてきて、我々が何者なのか審問すべきでしょう」
「……ですが、かの魔法使いは恐らくは私以上の強さを持つシモベをつれておりますぞ。無理矢理よりは……」
「ふん。戦士長どの。腕が衰えたのではないのですかな?」
「まぁ、あの御前試合から4年になりますからな」
 
 握り締めそうになる拳から力を抜く。相手は大貴族、最初っから自らを怒らせようとたくらんでいるのだ。

 リ・エステーゼ王国は王が全領土の3割を、大貴族が3割をそして様々な貴族が4割を握る封建国家だ。一部の大貴族の狙いは王の権力をそぎ落とすこと。ガゼフという剣を貶めれれば、王の武器が一気に少なくなることは間違いが無い。

 だが、あの魔法使いは権力闘争の道具にするには少々危険すぎる。そうガゼフは思う。
 あれは仮面を付けていて中身までは不明だが、人とは思えないような気配を漂わせていた。あの仮面を剥いだら、中にあるのが人間の顔ではなかったとしてもガゼフは不思議には思わないだろう。

 それにあのデス・ナイト。
 フランベルジェとブロードソードを最初に交換していなかったらどうなっていただろうか。あれはまだ本気ではない。恐らくは全力を出したガゼフと同等の力はあるだろう。
 魔法使いアインズは時間あればまた作れると聞いたときに頷いていた。あれほどの存在を簡単には生み出せないだろうが、それでも数体いるだけで厄介ごとどころの騒ぎではなくなるだろう。

「我が騎士達ならばその魔法使いをこの場に連行することも容易でしょう」
「いや、我が家にこそ」

 何故、村を助けてくれた魔法使いを怪しいという言葉だけで、連行という状態まで進めてしまうのか。本来であれば膝をつき、来てもらうことを願うべきではないか。
 彼は非常に理知的な人物に見受けれるが、それでもこのような扱いをされて黙っているとも思えない。

 ガゼフは自らの手を見る。あのときの戦いの痺れ――デス・ナイトの剣を受けたときの痺れは今だ思い返せる。

「お待ちを! それでしたらかの魔法使いを連れてくる役目を私をお任せいただければ」

 幾人かの貴族がこずるそうな笑みを浮かべる。

「戦士長殿の仕事にそのような行為まであるとは思いませんが?」
「まったくですな、まさか越権まで行う――」
「おっとそれ以上は失礼ではないですか」
「おや、まったくその通りですな。これは失礼を」

 貴族達から起こるくすくすという笑い。王が疲れたような表情を浮かべた。

「……戦士長。残念だが、そなたを送るわけにはいかん。もしやすると帝国の騎士達もしくはそれに扮した者達が村々を襲うかもしれんのだ」
「ならば、村を守る役を冒険者に任せ――」
「冒険者! 聞きましたか、皆さん」
「ああ、聞きました。戦士長たる身が民草を守るのに、自ら動かないとは」
「信じれない発言ですな!」

「……はぁ。儀典官を送ることとする。これで此度の会議は終了だ」

 ざわめき。
 どこの馬の骨とも知れない相手を要人としてみなす、という王の考えは一部の貴族達には受け入れられないようであり、不満がその表情に色濃く出ていた。とはいえ、王の決定を真正面から否定する勇気も無く、貴族達は一斉に頭を下げることでその憤懣を覆い隠す。

 ガゼフはアインズを敵にまわした場合の不安が、色濃く頭に残った。



 毎回行われる権力闘争やおべんちゃらが蔓延する会議にくたびれ果てたガゼフは、残った力を振り絞って宮殿の廊下を王の部屋に向けて歩く。
 王にあの魔法使い――アインズを軽く扱った場合の危険を1度忠告すべきだと判断してだ。
 王の部屋が見えてくる。その横には兵士。
 表情は動かさないが、好意はこれっぽちも感じられない。どこかの大貴族の手のものだろう。

「王に会いに来た。取り次いでもらえるか」
「ただいま王女様がいらっしゃっております」
「……では控えの間で待たせてもらいたい」
「承りました」

 兵士に先導され、第2控えの間に案内される。そこには予測された人物がいた。

 その少年と青年のちょうど境目のような男。彼を一言で称するなら烈火だろうか。
 つりがちの三白眼に太い眉。
 鋼のごとき強き意志がこれでもかといわんばかりに湧き上がり、無表情を作っているその端正な顔立ちは日に焼けている。
 短く揃えられた金髪は動くときに便利だからという理由と、戦闘時に引っ張られないようにという理由だけだ。
 魔法を込めた全身鎧は異様なことに白色に染まっている。王国でも指折りの魔法を込めた剣の鞘は、装飾の1つも無い実用第一主義な作り。その格好は常時戦闘状態だ。事実何かあればすぐさま戦場にかけていけるだろう。

 少年はガゼフが入ってくると敬意を感じられる動きで深々と頭を下げる。同じくガゼフも頭を軽く下げた。
 そのまま会話無く時間は過ぎていく。

 ガゼフにとっても苦手な相手だ、嫌いではない。それどころか好きな方だ。だが、この非常に重い空気はなれないし、かといって話しかけてもより空気を重くする結果に終わるだろう、いつものごとく。

 結果的にガゼフはただ黙って、時間が過ぎるのを待つ。兵士が呼びに来る時間――30分後まで互いの間に会話は無かった。

「お待たせしました。ガゼフ様」
「ああ」
「それと――クライム様もご一緒にとのことです」
「了解した」

 ガゼフに続いて、外見からは想像もできないしわがれた声が響いた。その声は少年にとって恥ずかしいのだろうが、ガゼフにすれば誇り高いと思う。声を潰すほどの訓練を行ったためによるものだから。
 呼びに来た兵士に案内され、2人そろって王の部屋に入ることとなった。もちろん先行するのはガゼフだ。  

「失礼いたします」

 室内に入ったガゼフの目に王ともう1人。美しい女性の姿が飛び込んできた。
 ラナー・ティエール・シャルドロン・ランツ・ヴァイセルフ。
 第3王女であり、輝かんばかりの母親の美貌を譲り受け、黄金のラナーの呼び名で知られる王女だ。年は17歳。成人であり、既に婿を迎えてもおかしく無い年齢。それが貴族達を駆り立てる原因の1つともなっている。
 確かに美しい。いや、美しいという言葉自体彼女の美を表現できていない。あまりの美しさに肖像画が掛けないといわれるほどだ。
 その名の所以の1つともなる金の髪は長く、艶やかに後ろに流れている。微笑を浮かべた桜の花のようなというべき唇の色素は薄いが、健康的な色だ。ブルーサファイアを思わせる深みある青の瞳は柔らかい色をたたえている。
 細かな意匠の入った白いドレスは非常に似合い、首から下げた金のネックレスが映えた。

「失礼します」

 しわがれた声がガゼフの後ろからする。
 ラナーの笑顔がはっきりと強くなった。

「クライム」

 それだけ言うとラナーはゆっくりと立ち上がり、後ろの兵士の元にててて、と歩き出す。
 クライムはラナー付きの兵士であり、王国内でもかなり上位の腕前を持つ兵士だ。
 
 王と王女が座っていた小さな円テーブルの上に菓子が置かれている。そして陶器のカップが2つあり、紅茶が少しばかり残っている。今まで王と王女で楽しんでいたのだろう。
 それを邪魔したことに若干の罪悪感を感じながら、ガゼフは口を開いた。

「王――」
「分かっている魔法使いの件であろう」
「はい。アインズ殿はかなりの魔法の腕を持つと見受けられる人物。無下に扱うのは危険だと考えます」
「分かっている。お前と互角に戦うシモベをもつ存在を誰が無下に扱いたいと思うか」
「では――」

 王は手を上げることでガゼフの言葉を止める。

「分かってくれ。儀典官を送るということ以上の譲歩は厳しいのだ」
「……」
「帝国の侵攻を抑止するには貴族どもの力が要る。正面から奴らの考えを潰していれば、帝国を待たずして国が割れる」

 帝国の侵攻している城塞都市は王直轄地だ。ゆえに戦費の大部分を王が支払うこととなる。無論貴族達も支払うが、王の出費からすればかなり少ない額だ。
 戦費を徴収するという行為を行うには危険が多い。恐らく貴族たちは猛反発するだろう。その場合は自らの息子を祭り上げ、傀儡王を立てるだろう。事実その動きは既に見えている。

 ガゼフは何も言う言葉を持たない。事実と分かっているし、宮廷陰謀劇や勢力争いは彼の得意とするところではない。王の最大限の譲歩――儀典官を送る。それがせめてもの行為なのだろう。

「帝国が羨ましいものだ」

 王が呟いた言葉を慰めるすべをガゼフはやはり持たない。
 帝国も3代前までは封建国家だった。だが、貴族達の力を削ぎ落とし、現皇帝即位時に絶対王政へと変化した。
 現皇帝。戦場で見た姿を思い出す。そしてガゼフに自らの部下になれと誘ってきた姿。
 あれはまさに皇帝だ。生まれながらの。
 
「それほどまでに凄いのですか、その魔法使いという人物は」

 水晶でできた風鈴のごとき澄んだ美声が響く。2人の会話を黙って聞いていたクライムの直ぐ側に立つラナーのものだ。

「はい。その能力は想像が付きません」
「宮廷魔法使いより凄いのでしょうか……」

 ガゼフは脳内に王国の宮廷魔法使いを思い浮かべる。アレならたやすく屠れる。だが、アインズという人物は屠れるところが想像つかない。いや、ガゼフが殺される方が簡単に思い浮かべられる。

「恐らくは桁が違うかと」
「まぁ」

 ラナーの白魚のような指が直ぐ側のクライムの服の端をつまんだ。恐らくは無意識の行動だろうが、それに気づいたクライムの表情がより一層硬くなり、もはやダイヤモンドのようだった。

「くくく」
 
 笑い声を上げたのは王だ。ガゼフは苦笑いを浮かびかけ、そしてかみ殺す。

「クライムも剣の腕を高めておけ。いつどんな状態になっても王女を守れるようにな」
「クライムなら大丈夫。私の騎士ですもの」

 何の根拠も無い台詞だ。だが、この姫に言われるとそんな気がしてしまう。

「――ところでお父様。儀典官を送ると同時に使者をもう1人送ったらどうでしょう」
「「――」」
 
 ガゼフと王、二人の視線が交差する。
 
「クライムならどうします?」
「……」

 クライムは口を開きかけてから、硬く閉ざす。

「クライム?」

 続けての問いにクライムは観念したように口を開いた。僅かに唇に血が滲んでいた。

「……儀典官を送るよりも上位の使者。王家が高く評価しているということを伝えるなら、王の血を引くものを使者として用立てるのが一番よろしいかと。ただその場合は――」
「――王の命令を無視してという形を取る必要がある、ですね」
「……はい」

 その通りだ。
 王家が高く評価していると相手に伝える手段の最高位は、王の血を引く者――王位継承権の上位者が行くことだろう。
 では、その使者が務まる人物はどこにいるか。それは目の前の女性を置いて他にいないだろう。

 黄金のラナー。その名のもう1つの所以は、画期的な機関を設立し、新たなる法律を提案したその頭の回転の良さ、そして精神の輝きに由来する。
 彼女の提案の殆どが、平民を代表される地位の低いものへの救済行為が主だ。それも上から助けるのではなく、助かる手段を用意するという自ら助かろうとする人間にチャンスを与えるという形で、だ。さらに同時に平民の立場の上昇、王家への忠誠心の向上、生産性の強化という王家のメリットにも繋がる手段で。
 平民の立場の強化を嫌う大貴族達の横槍を受け、その殆どが解体させられたが、物を知る者や恩恵にあずかった人間からの評価は非常に高い。
 優しいだけでなく、実利も得る。そんな彼女を置いて、他に使者が務まる人物はいない。

 だが、王の決定は既に下されている。ラナーの提案する行為は王命に逆らうものだ。大貴族達に弱みを見せないためには、使者は王命に反し、勝手に出立したと言うほか無いだろう。

 王の権力が強ければ使者をせいぜい謹慎という処分で守れるかもしれない。だが、大貴族の力が強い今では、それではすまないだろう。大貴族の思うように罰が与えられる可能性がある。もしラナーが使者となったのなら、大貴族達が持って行きたい罰として一番ありえるのが――。
 そしてクライムもそれは理解している。大貴族達がどのようにラナーを使いたいかも。

「それはできん」

 鋭い剣で断ち切るような声を王が発する。それを受け、ラナーは頭を垂れた。クライムも深々と頭を下げる。

「出すぎた事を。申し訳ありません、お父様」
「私は戦士長と話がある。さぁ、2人ともそろそろ行きなさい」
「はい、お父様」

 ラナーに手を引かれ、無表情だが、苦痛とも悲嘆ともいうべき色を瞳に浮かべたクライムが連れ出される。礼儀作法を忘れた2人だが、王はそれに関し何も言わない。ただ、遠い昔に失った微笑ましいものをみるような目で見守るだけだ。
 2人が部屋を出るとゆっくりと王の表情が変わった。

「……王として哀れみを感じるのはまずいことなのだがな」

 クライムはガゼフより低い地位の出身だ。より正確に述べるならどこの生まれかも分からない貧民の子だ。
 ラナーが城下に出かけたとき拾ってきた子供だ。痩せこけ、今にも死にそうな子供は、助けてくれた恩人を守るために努力をした。いや、努力なんて簡単な言葉で片付けてはいけないだろう。
 剣の才能は無い。魔法の才能は無い。体のつくり的にも恵まれたものは無い。
 だが、1つづつこなしてきたのだ、ありとあらゆる全てを。
 持って生まれた人間と持たざる者には、決して越えられない壁は事実ある。しかしそれを越えることができる。それをまさに体現しているのがクライムだ。

 だが、決して越えられないものもある。それは地位や権力、そして価値である。

 王女であるラナーの価値は非常に高い。クライムにはつりあわないほど。

「心中お察しします」
「ああ。……リットン伯が五月蝿くてな」
「王女を、ですか?」
「そうだ」

 王は中空を睨む。まるでそこに誰かがいるかのように。

「言ってることは正しいだけに厄介だ。結局、私はあの娘も不幸にしなくてはならないのかもしれんな」

 ガゼフは何も言わない。言うべき、語るべき言葉が無いからだ。王という地位にある苦悩を理解できるのは同じ地位にいるものだけだ。それはガゼフではない。
 2人の間に沈黙が落ち、時間はゆっくりと経過していった。






――――――――
※ お疲れ様です。これからあちらこちらに話が飛ぶと思います。最強もの?と疑問詞が付く話の展開ですが、今後ともよろしくお願いします。
次回の15話「諸国2」でお会いしましょう。



[18721] 15_諸国2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/06/09 20:30






 豪華という言葉がある。
 それを体現するにはどうすればよいかと問われたなら、ちょうど良いと紹介できる部屋があった。
 
 部屋一面に張られた真紅の絨毯は柔らかく、まるで足首まで埋まりそうな感じを抱かせる。
 部屋に置かれた無数の調度品は、豪華さを表現したものばかり。
 そんな中に置かれた2人掛けの長椅子は、上質の天然木にフレンチロココ調の彫刻が細かく掘られており、座面は黒色本革が張られ皮特有の光沢を放っていた。
 その長椅子に1人の男性がすらりと伸びた長い足を放り出し、深々とかけていた。

 眉目秀麗。その言葉以上にその人物を称する言葉は無い。容姿に欠点が無いのだ。
 銀の髪は周囲のともる魔法の明かりを反射し、星々の輝きを浮かべているようだった。切れ長の紫の瞳に苛烈ともいって良い激しい色が浮かんでいる。
 そして何より外見以上に漂わせる雰囲気。それは生まれながらにして絶対的上位に立つもののものだ。

 彼こそジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
 齢、22にしてバハルス帝国現皇帝であり、貴族からは畏怖され臣民からは尊敬の念をあびる、歴代最高と称される皇帝である。

 室内にはその青年を除き、4人の男性の姿があったが、その誰も席に座ったりなどはして無い。直立不動の姿勢のまま、彫刻と間違えんばかりに動かない。それは下位者が最上位者を相手にした際、最も正しい姿だ。
 従者だろう。
 皆、鋼のごとき細身かつしなやかな肢体を、豪華だが派手では無い服で包んでいる。
 見た目は若い。年にして20代前半だろう。それに対しどれだけの年術を修行にあてたのか。手は岩くれのように硬くなっており、腰に吊るした剣の握りの部分は手の形に磨り減っているようだった。
 
 ジルクニフはしばらくの間眺めていた羊皮紙から眼を離し、視線を空中に固定する。まるでそこに黒板でもあり、考えを書き込みだしたかのようだ。

「……で、その村娘は?」
「はっ」直立不動を維持しながら従者の1人が口を開く。静かだが重みのある声が響く「そのまま去ったそうです」

 ふん、と鼻息を1つジルクニフは吹かした。嘲笑とも興味を惹かれたとも取れるそんな鼻息だ。そして長椅子に無造作に放り出された、その女が持ってきたという羊皮紙を拾い上げ、再び眼を通してから放る。再び中空に視線が固定された。
 しばらくの沈黙が続き、先ほど声を上げた従者がそれに耐えかね、口を開く。

「……探して捕らえますか?」
「よせ」

 ジルクニフは一言で切って捨てた。空中に固定された視線は動こうともしない。
 丸めた手を持ち上げ、唇を隠すようにあてる。その紫の瞳が様々な感情を湛えながら煌く。そして唇の端が緩やかに上がった。

「面白いじゃないか」

 どのような結論がジルクニフの中で生まれたのか。クツクツという静かな笑い声が漏れた。
 従者達に変化は無い。皇帝は自らの考えをまとめる際、中空に紙を浮かべ、そこに無数の考えを書き込み、選択する。側近中の側近であれば知ってることだし、それを邪魔されることを皇帝が非常に嫌うことも知っている。

 その時――

 ――ノックもしないでドアが開かれる。
 そのあまりに無礼な態度に、従者達は一斉に僅かに腰を下げつつ、敵意ある眼をドアに向けた。だが、入ってきた人間を確認した従者達は、先と同じように一斉に警戒の構えを解いた。
 入ってきたのは、自らの身長の半分ほどの長さを持つ白髭をたたえた老人だ。髪も雪のように白いが、薄くはなっていない。
 顔には生きてきた年齢が皺となって現れ、瞳には見て取れるような叡智の輝きが宿る。
 首からは小さな水晶球を無数に繋げたネックレスを下げており、枯れた指には幾つもの無骨な指輪をしている。纏っている純白のローブはゆったりとしており、非常に柔らかい布でできている。
 老人が入ると、室内に僅かに薬草の思わせる青い匂いが漂った。

「――厄介ごとですな」 

 ゆっくりと部屋に入ってきた老人が開口一番、外見とは似つかわしくない若さの残る声でそんな台詞を吐き出した。興味を湛えたジルクニフの視線が、顔を動かさないで眼球の移動だけで動く。

「どうした、じい」
「調査しましたが、我が不肖の弟子の幾人かが精神衝撃を受け、しばらくは魔法の行使に支障が出るという結果に終わりました」
「つまりそれはどういうことだ?」
「……皇帝陛下。魔法もまたこの世界の理。知識を修めること――」
「ああ、分かった。分かった」ジルクニフは興味無げに片手をヒラヒラと振る。「お前の説教は長い。それより単刀直入に言ってくれ」
「……推測するならば私と同等。もしくはそれ以上の魔法を行使する者か、と」

 皇帝と老人を除き、室内に緊張感が生じる。
 帝国歴史上最高位の魔法使い。主席宮廷魔術師である、かの大賢者フールーダ・パラダイン老に匹敵する存在という言葉に耳を疑ってだ。

「なるほどな。嬉しそうだな、じい」
「当然です。私と同等、もしくは以上の力を保有する魔法使いとは、この200年以上出あったことがありませぬ」
「200年前は会ったのか?」

 好奇心に駆られたように言葉をつむぐ皇帝に、主席宮廷魔術師は遥かかつてを思い出す。

「そうですな。御伽噺の13英雄。そのうちの1人、死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウ。かの御仁1人ですな。まぁ、恐らくは13英雄の他の魔法使いの方も優れていたのでしょうが。とはいっても残りの魔法使いは暗黒邪道師、魔法剣士、大神官、聖魔術師の4者ですが」
「なら今はどうなんだ?」
 
 フールーダの目が遠くを見るように彷徨う。

「不明ですな。五分のような気がしますが……」

 ゆっくりと長い髭をしごきながら紡がれた言葉とは裏腹に、含まれていた感情は確かな自信を感じさせるものだった。
 それに気が付いたジルクニフはニンマリと笑みを浮かべると、長椅子に転がっている幾つかの巻物から1つを選び出し、それを自らの足元に投げた。

「読め」

 従者の1人が進みだし、拾い上げる。

「これは」
「王国からの情報だ」

 読み進めた従者の表情が険しくなる。ジルクニフは空中に描かれた黒板のイメージから、そこに書き込まれた内容を引き出す。

「ふん。王国戦士長がその魔法使いのシモベと一騎打ちをおこなったそうだ」続いて発せられた言葉は他の従者達に動揺を与えた「そして勝ちを譲られただと」

 ざわりと空気が動く。王国戦士長ガゼフは帝国に最も知られた王国の人間の1人だ。その剣の腕は帝国でも互角の勝負をすることができる人間が幾人かいる程度。間違いなく勝利を収めることの可能な人物はいない。それとの戦闘で勝ちを譲るとは。
 それほどのシモベを使役する相手はどれほどの存在なんだという驚愕が、押し殺そうとしても各員の顔に浮かび上がってしまっていた。

「そしてシモベはアンデッドだと」
「ほう」
 
 初めてフールーダが興味を引かれたような声をあげる。死者の使役はかなり上位の術者でなければできない技。魔法的調査の際にも思っていたが、相手は本当に自らを上回りかねない魔法使いということだ。
 従者達にしても先ほどのジルクニフとフールーダの言葉を思い出さない者はいない。

「さてさて御伽噺の13英雄。死者使いのリグリット・ベルスー・カウラウは死者を使役したというが、ガゼフほどの男を抑えられる死者を使役したのか、じい?」
「……さて。御伽噺ではかなり高位の存在を生み出し、使役したといいますが……真偽は不明ですな。会ったときはさほど高位のアンデッドを連れてはおりませんでしたが」
「ならじいはそれほどの死者を操れるか?」
「……アンデッドやデーモン等魔法的に創造や召喚した存在はその強さ――魔法的容量の大きさによって支配制御の難易度が変化します。伝え聞くガゼフ殿と同等程度のアンデッドの使役なら、1体は容易ですな」
 
 髭を摩りながらの発言に周囲の従者達は流石は、と感心のどよめきを起こす。

「なら2体目は難しいか?」
「ふむ……難しいと判断すべきでしょうな。魔法的に何らかの手段を組み込んで行えば……複数の使役も可能かもしれません。2体目以降は難易度は膨れ上がりますからな。かの御仁、リグリット殿はそれが非常に上手かった。上位喰屍鬼<ガスト>を20体以上同時に行使するとか、一流の魔法使いにも不可能な技ですので」

 なんらかの手段を開発したのだろうと、続けるフールーダ。
 己の生み出した魔法的理論や魔法の形式を秘密にしたり、一子相伝にするのは魔法使いの世界では珍しいことではない。フールーダ自身、リグリットの生み出した魔法理論さえ手に入れれば、同じだけのアンデッドを使役することは可能だと思っている。悔しいかな、今はガストの使役なら10体が限界だ。

「つまりはじいでも今はできないということか。アインズ・ウール・ゴウンか……。まさか13英雄の1人なぞというオチが待ってるなど無いだろうな」

 それに対する返答は誰も持たない。フールーダのみが僅かに眉を動かすだけだ。

「ふふ。ほんとうに面白いではないか。で、ナザリックという場所の確認はしているのだな」
「はっ」1人の従者が一歩前に踏み出す。「既に調べております」
「どのようなところだ」
「はい。ナザリック大地下墳墓なる場所だとかで、300メートル四方の敷地を草原の中央に占有しています。そして周囲は4メートルの壁。かなり硬度が高いと思われます。格子戸から覗いた雰囲気は墓地。現在いつ頃からあるものなのかに付いて調べている最中ですが、中央情報省からの情報はまだ上がってません」
「……」
 
 ジルクニフが続けるようにいわんばかりに顎をしゃくると、他の従者が一歩前に出た。

「騎士数名からなる調査隊を送り込むように準備を行っている最中です」
「――よせ。敵意をもたれるような行為を行うな」
「申し訳ありません」
「じい。相手に気づかれずに魔法で情報を得れるか? 相手が上位者だと仮定して」
「無理でしょうな」
「そうか……」

 はっきりと言い切るフールーダに気圧され、しばしの静寂が流れてからジルクニフは口を開く。

「……確か冒険者という存在がいるな」
「はい。帝都にもいるかとも思われますが……」

 従者が困惑したように返答をする。

「最高の冒険達にナザリック大地下墳墓なる場所を調べさせろ。無論、帝国が依頼したと気づかれるな。知らない情報ならアインズ・ウール・ゴウンなる魔法使いも簡単には引き出せないだろうからな」
「了解しました」
「それにあわせて中央情報省の尻を蹴り上げろ。じい、無理を承知でできる限り魔法という面から協力してもらうぞ」
「何人か死にますぞ」
「それで?」

 不思議そうな表情を浮かべる皇帝に、フールーダは頭を下げる。

「――承りました」
「さぁ、忙しくなるぞ」ジルクニフは手を1つ叩く。そしてにんまりと笑みを浮かべた。「これから王国を飲み干す以上の難題退治だ」




 スレイン法国は6大神を信仰する。この宗教形式は近隣各国のものとはそこそこ異なる。
 基本的に近隣各国が信仰する宗教は4大神信仰だ。
 
 これは地、水、火、風をそれぞれ統べる神がこの世界を作り出し、統治しているという信仰である。そしてそれに従属する小神がいるということとなっている。
 それに対しスレイン法国はこの4大神に加えて、さらにその上位神として光――生と、闇――死の神を信仰の対象としている。
 最初に光と闇があって、それから4大神が生まれたという形だ。そのため、生と死の神を信仰せずにそれより劣る神を最上位神として信仰する、4大神信仰とは非常に教義的に仲が悪い。
 宗教的な違いというものはどの世界でも諍いを生むものではある。だが、周辺各国との法国の関係は水面下での抗争を除けば悪いものではない。正面きっての争いごとは数十年起こったためしが無いのだ。

 この理由を端的に語るなら、一言で表せる。

 基本的な国力の圧倒的な差があるためである。
 法国の国力は周辺国家群の中では群を抜いて強い。そしてなによりある一種の考えである程度上層部が纏まっているということは、かなり強い意味合いを持つ。
 では逆に周辺国家に攻め込まないかというなら、近隣各国と宗教的な違いがあるということによって逆に周囲を仮想敵国に囲まれているというのにも等しい状況だからだ。これもまた法国を一枚板としている理由の1つでもある。

 そして法国は人間以外の人種を基本認めてない。これは宗教的な考えからきている非常に根深いものだ。そのため人間種以外の亜人によってなっている、近隣のエルフの王国や亜人の部族連合そしてドワーフ王国とは時折諍いを生じている。

 それらの理由により法国では人間が主の国家とは基本敵対せずに――亜人討伐が終わった次の目標ではあるだろうが、直接ではなく水面下での工作を主として行っていた。

 
 そんな法国。
 それほど狭くは無いが、大きいともいえないような微妙な大きさの部屋があった。
 室内の音は外に漏れないようなしっかりとした作りでありながらも、むっとした室内の熱気をどこからか排出している。それは非常に高度な作りの部屋であり、使用することを許可された人間の位の高さを物語っていた。

 そこに複数の男達がいた。
 白地に金の文様の入った神官衣を纏うものが3名。黒地に銀の文様の入った神官衣を纏うものが2名。真紅の神官衣を纏い、腰に魔力を放射する剣を下げた男が2人だ。その誰もが着る神官衣は質素ではあるが、決して貧しい作りではない。いや、質素である分、より繊細に仕立てられているというべきか。
 最初の白の神官衣を纏っているものは生の神――アーラ・アラフを強く信仰する一派のものである。それに対し黒の神官衣を纏うものは死の神――スルシャーナを。
 そして最後の神官衣を纏うものは法国の神殿上位衛兵――他国でいう近衛兵とか軍団長とかに属する立場のものである。

 その部屋の中央に置かれたテーブル。その上に置かれた一枚の巨大な羊皮紙のかかれた絵は、この法国に暮らす誰もが知っているものである。 

 死の神――スルシャーナ。
 命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。
 生の神よりも他の4大神よりも力が強いと経典に書かれているのは、人は死という楔から抜けることができないからである。それは命がある以上、絶対に存在しなくてはならない神だ。
 
 恐怖や死、病気といったものを支配するこの神は、本来であれば悪神という分類に属するものだろう。事実従属する小神はほぼ邪悪な権能を持つとされる。ただ、不思議なことに地上に下落し、邪悪を振りまく魔神となる存在はいない。どちらかというと魔神になるのはそれ以外の神に従属する小神だ。
 この国の人間がそんな悪神ともいえるこの神を信仰するのは、称えることで邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けて欲しい、と願うのだ。

 そしてその神の像が今回の問題であり、この部屋に幾人もが集まった理由である。

「で、まさにこれだと言うわけか」
「はい……」
「しかしながらそれを見たというのは1人だけなのだろ?」
「数が問題なのではない。この方だというのが問題なのだ」
「まったくその通りだが……」

 集まった神官衣を着た者達は互いに様々な意見を交し合う。同じ宗教を信仰するという共通性があるために、話し合いはスムーズに進む。各員の利益を求めてではなく、全体の利益を求めてという方向性で統一されているのだ。
 そしてなにより今回の打ち合わせ内容は、個人の利益なんかを求めていて良い問題ではないと全員が認識しているからだ。

 しばらくの時が過ぎ、やがて一端の決着が付いたのか。白熱した会議に冷静さが戻ってくる。

「……慌てる必要は無かろう。我らを混乱させるために神の似姿を使ったという可能性がある」
「可能性は高いな。不快な奴らだ」
「ではひとまずは情報を収集するということで構わないのだな」
「うむ、構わない」

 全員の頭が縦に動いた。 

「それと城塞都市周辺に工作員をこれ以上送り込むのは――」
「愚策だな。これ以上下手な尻尾を残すべきではない」
「ならすべてに撤退するように指令を送ろう」
「しかし……帝国側は既にこちらの動きを把握済みだろう? ならばこのまま騒ぎを起こすのも悪くないのでは?」
「王国は一部だけだろうしな」
「いや、下手に荒らすと城塞都市周辺での情報収集が上手くいかなくなる可能性がある。帝国の諜報機関と我らの情報局での抗争が既に王都で頻発しているのだ、これ以上、情報局に重みをかけるもの失礼だろう」
「占星局や神託局の巫女殿たちに協力を要請するか?」
「悪くないが、そうなると我らだけの問題ではなくなる。一応上を通してということになるな」
「ふむ。ではまずは今回の工作に関する仮決定案を上に上げる必要があるな」
「では、それは私が――」

 再び細部の詰め合わせに入りだす。


 テーブルの上にポツリと置かれたスルシャーナの絵。

 死を具現した姿は髑髏を基本として書かれる。それに僅かな皮を貼り付けた姿。漆黒のローブは闇と一体化するほど大きく、光り輝く杖を手にする。

 それが法国の誰もが知る最も強き神の姿だった。

 



 諸国が動き出すまでに掛かる日数は、アインズが村を離れてから時から数えて50日。



 時を巻き戻し、その間の話を語ろう――。



 先日降った雨によって、ぐちゃぐちゃになった大通りをその男は歩いていた。
 石畳がほとんど無いこの街においては、雨が降れば道路は泥で汚れ、ところどころに大きな水溜りを作ることとなる。
 男は水溜りをよけ、大通りを黙々と歩く。水溜りを飛び越えたとき、背中に背負った薄汚れた皮袋が大きく跳ね、ガショリと金属の音が響いた。
 幾つもの店の前を通り過ぎ、男が立ち止まったのはかなり巨大な造りの店だった。
 男は店の前の数段ある階段を昇り、木で出来た扉を押し開いた。


 ギルドの受付というものは暇なときがある。
 得てしてそんな時は厄介ごとが起こるものだ。――ただ、そんなこと今までに一回も無いけど。
 最後にそう呟き、ギルドの受付嬢――イシュペン・ロンブルは欠伸をかみ殺しながら、カウンターに座ったままぼんやりと視線を中空に舞わせた。
 
 暇である。
 
 依頼も新しいのは来ない。冒険者も来ない。依頼書のまとめは2時間も前に終わった。席を離れることは仕事の放棄と同じ、出来るわけがない。トイレだって30分前に行ったばかりだ。
 イシュペンはカウンターに置かれた羊皮紙を手持ち無沙汰を慰めるために、広げて中身を読む。これを読むのは既に6度目。ほとんど覚えてしまっている。イシュペンのいる席の後ろに並んだ、書棚に収められた本――冒険者の記録でも読んで時間を潰そうか、それとも別の何かをしようかと色々と頭を働かせてみる。

 やがて何も決まらずに暇が最頂点に達しようとしたとき、扉がきしみ、ゆっくりと開いた。外と中の光量の差も有り、イシュペンは目を細める。逆行の中、1人の男がギルドの中に踏み込んで来た。
 男は被っていたフードをゆっくりと上げた。そして背中に背負った薄汚れた皮袋を下ろした。何がそんなに一杯入ってるか不明だが、皮袋はパンパンに膨らんでいた。
 降ろした際、金属音がイシュペンまで届いた。

 20点。
 そう、心の中で呟く。恋人になるには60点ばかり足りない。ちなみに100点満点だ。
 
 そこにいたのは平凡以下としかいえない男だ。
 中肉中背。容貌は3枚目半から4枚目だろうか。黒髪黒目。年齢は20台に入りかかったところぐらいだろうか。
 服はさほど良いつくりではない。村人とかが着るような野暮ったい綿の服だ。決して冒険者が着るような切り合いを想定して作られたものとは違う。皮でできた靴は泥で汚れ、昨日降った雨のことを思い出させる。

 依頼か。はたまたは冒険者志願か。

 ただ、黙って観察をするイシュペンはわずかに眼を見開いた。

 男の胸元から僅かに覗く、銀の輝き。そして男が身じろぎするたびに微かに起こる鎖のすり合わせるような音。それはチェイン系の防具を着ている証拠だ。
 そして腰に下げた剣――ブロードソードはかなり良い一品だ。もしかすると魔法すらかかっている一品かもしれない。
 
 そうなると商売という線もある。

「ようこそ、冒険者ギルドへ」

 男と視線が会うとイシュペンは営業スマイルを浮かべ、いつもどおりの挨拶を行う。
 イシュペンを認識したのだろう。男は近寄ってき、イシュペンの前に立つ。

 よくある田舎の臭い――動物臭や肥料の臭いはしない。意外に清潔じゃん。+5点。そんなことを考えながらイシュペンは男を眺める。全体的に体つきはよくは無い。剣を振るうもの特有の作りには思えない。

「冒険者になりに来たんだが」
「はい。こちらで承ってます」 

 微笑む、イシュペン。
 珍しいことではない。平民が戦場で拾った剣や防具で武装して、冒険者を目指すというのは良くあることなのだ。平凡な村の暮らしからすれば剣を振るってモンスターを倒し、金と栄光を手にする冒険者は憧れの職業だろう。そして大半が最初の冒険で人生に終止符を打つこととなるのだが。

「まずギルドに加入するのに必要書類料として5銀貨をいただきますがよろしいですか」
「問題ないです」

 男は懐を漁り、小さな皮袋を取り出す。その中に手を入れると5枚の銀貨をカウンターにおいた。イシュペンはその1枚を取り、両面を見る。磨り減ってはいるが、ちゃんと交貨の印は浮き出ている。これなら問題は無い。

「はい、確認しました。ではまず色々と書いていただきたいものがあるのですが……代筆にしますか? それともご自分でお書きになりますか? 代筆の場合は銅貨5枚をいただきます」
「代筆でお願いします」

 再びカウンターに銀貨を1枚置く男。これも珍しいことではない。識字率50%以下の王国にあっては文字を書けるのはある程度の階級や知識人だ。イシュペンは銅貨5枚を男に返すと、インクつぼから羽ペンを取り出し、羊皮紙を広げる。

「ではまずは最初に登録する名前を教えていただけますか?」
「そうですね……」

 そこで男は止まり、中空を見上げながらぶつぶつと呟く。
 異様な光景だが、イシュペンは別になんとも思わない。冒険者になる際に自分のもともとの名前を隠す人間はそれほど珍しいことではない。どんな名前に変えようが、冒険者としてしっかり働いてくれるなら別に問題は無いのだ。
 もちろん、これから犯罪暦等、手配書が回って無いか調べるのだが。しかし独り言は止めて欲しいものだ。少々怖い。
 やはて男は満足のいく名前が浮かんだのか、口を開いた。

「では、モモンでお願いします」






――――――――
※ Wizard、Magic User、Witch、Sorcerer、Warlock。日本語は難しい……。ということで痛い系の2つ名です。
  それとオーバーロードは60%の蹂躙と20%の最強、10%の説明、5%の勘違い。そして5%のその他で構成されています。
  では次回16話、「冒険者」でお会いしましょう。



[18721] 16_冒険者
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/06/20 15:13





 羊皮紙に必要な事項を書き、イシュペンはその上で手を振って風を送る。インクが乾くのを待つ間、暇なので目の前にいる男――モモンに話しかけることにする。無論イシュペンも話しかけるならもっと良い男の方が嬉しいが、目の前の男も顔立ちが残念なことを除けば然程悪い男ではない。

「講習はこれからで良いんですか?」
「講習?」

 不思議そうに鸚鵡返しをするモモン。
 あー、その辺のことも説明しないと不味いのかー。と、イシュペンは頭を抱えるが、今日は幸運にもこれといった仕事も無い日だ。ぱっぱと説明を終わらせてしまえば良いだろう。

「講習。一応、冒険者は危険な仕事なんです。だからちゃんと説明して、命を失っても文句をどこからも言われない形にしなくてはならないわけなんです」

 その辺のことが理解できていない人間というのは驚くべきことにいたりするのだ。そのためにギルドは責任回避のために相手の意思を受け取りつつ、最低限の説明を行うことで死傷率を下げようというのだ。ちなみに、講習の段階で冒険者を辞めても書類代とかは当然返ってこないシステムになっている。

「そういうものなんだ」
「そういうものなんです」
「それで講習というのはどういうことをするの?」

 イシュペンは口調に違和感を感じるが、どこにそれを感じたか分からなかったためそのまま流す。

「基本的な冒険者の知識ですね」
「なんだ、剣術を見るんじゃないんだ」
「いえ、剣の腕は見ませんよ。剣の腕が劣っていたなら責任を取るのはご自身なわけですから」
「確かに」

 モモンが頷くのを見てイシュペンは苦笑した。
 冒険者と言う職業は自己責任だ。
 モモンは勘違いしていないようだが、よく勘違いする甘い者がいるのだ。ギルドで剣の修行をしたり指導をしてくれると思い込む者が。確かに裏手に修練所はあるし、金を払えば指導してくれる教官もいる。だが、無償ということはしない。
 ギルドは初期の冒険者に重要な仕事は任せたりはしない。そのため登録を終えたばかりの冒険者が死んだところで損失は少ないのだ。
 それに最初期の冒険者を育てるという考え方もあまり持っていない。逆にそんな中から上がってくる冒険者を大切にしたほうが良いという考え方だ。
 つまりはモモンのような登録したばかりの冒険者は大きな篩いにかけられているのだ。

「講習というのは簡単なギルドの知識です。例えば依頼の難度に関するものだったり、報酬のことだったりです」
「へー、そうなんだ」

 冒険者の常識は最初に教えておかなければならない事項だ。
 イシュペンは羊皮紙に書かれたインクが乾いているのを指で触って確認すると、モモンの情報が書かれたそれを近くの箱に入れる。これを後で他の職員が回収する手はずになっている。

「えっとどうしましょう。講習自体はさほど時間の掛かるものではないですけど、別室で椅子に座ってやりますか?」

 イシュペンの視線が隣の部屋に向う扉に動く。

 ギルドは4階建ての建物であり、1階奥には重要な客人のための応接室や依頼人のための部屋がある。そして奥にある階段を昇って2、3階には様々な書類のある部屋や警備員の詰め所。職員のための部屋などがある。4階にはギルド長の部屋や重要書類の保管庫等ギルドの重要情報が詰まった部屋が揃っている。
 隣の部屋にあるのは待ち合わせている冒険者のための部屋や、冒険者達の会議室、閲覧しても良い様々な資料を置いた部屋等だ。幸運なことに現在会議室なり待ち合わせ場所なりを、使用している冒険者は誰もいない。
 ならば会議室なんか使ってやっても良いだろう。資料片手なんか、久々にやっても良い。

 別にこのカウンターでは講習ができないというわけではない。というより大抵がこのカウンターで講習を行っている。冒険者を目指す人間がほんの少しの時間も立ってられないなんてことは無いだろう。
 単純にイシュペンの気分転換という度合いが大きいだけだ。

 そしてイシュペンの期待は簡単に裏切られることとなる。

「このままで構いませんよ」
「そうですか」

 女心が分かっていない。-5……いや-10だ。
 イシュペンは席を離れられないことを残念に思うが、講習をとっとと終わらせようと口を開く。

「では始めます。まずは報酬の件です」

 一呼吸、息を吸い込む。

「報酬はまずギルドが2割を徴収します。これはギルドが依頼を既に調べているためです。モンスター退治という仕事でしたら、出現しているモンスターの種類、数をギルドの斥候が既に調べてます」
「逆にギルドの情報にミスがあった場合は報告していただければ、20%のうちいくらかは返金されます。ただし、ギルドが調べた後別のモンスターが来たとかになると難しい場合がありますので、ご注意ください」
「そして早急に解決して欲しい等、ギルドが情報を収集できなかった場合は報酬の5%を取ります。このギルドの徴収金は依頼人との報酬金額の保証の調査、交渉に当てられるものです」
「ですのでもしギルドを通さず仕事請けた場合は後日ギルドに仕事を報告してくださるだけで結構ですが、仕事の依頼料に関する仲介や交渉、仕事の調査は一切ギルドは関与しません」
「以上が報酬の件になります。なにかご質問は?」

 何かを読み上げるようにイシュペンの口から流れ出た言葉の濁流を受け、モモンは目を白黒させていた。
 イシュペンからすれば数え切れないほど行った説明だ。詰まることや言い間違えることなんか考えられない。

 昔は羊皮紙を読みながらだったし、質問されれば詰まって答えられなかった。だが、今のイシュペンは無敵だ。あるとあらゆる角度からの攻撃を打ち返せる自信がある。
 それどころか、相手が目を白黒させるのを楽しんでるほどだ。同僚には趣味が悪いといわれるが、それでもなんというかこの快感は止められない。

「……無いようですね」
「あ、ええ。ようするにギルドが報酬を少し抜いてる。でもちゃんと調べるから我慢しなさい。ギルドを通さないときは自分達で依頼内容等をちゃんと調べなさいよ、ですね?」

 イシュペンの形を綺麗に整えてある眉がピクリと動いた。そして微笑を浮かべる。

「その通りです。モモン様」
 
 ならもっと早くても良いな? 表情にはこれっぽちも出さずに、勝ち負け的な判断をし始めるイシュペン。それに対しモモンは平静そのままだ。

「では次に依頼失敗における罰金発生事態の件です」
「仕事を失敗した場合は前金が発生していた場合は前金の1.5倍の返金を要求されます。発生して無い場合はギルドが調査する前の報酬全額の20%。つまりはギルドの調査費と同額を依頼者に返金する必要があります
「これはその依頼の失敗に掛かった時間の損失を出したとみなされるためです。基本的にこの発生した罰金は、次のより優秀な冒険者を雇うための追加報酬になります」
「まぁ、そういう依頼は最初の内はされないことをオススメします。発生する依頼と発生しない依頼がありますので、後日カウンター内にいるギルドの者に仕事の詳しい内容を聞いていただければと思います」
「ちなみに依頼者が無理難題を巧妙に冒険者に押し付けるという事例は、今のところありません。というのもギルドが依頼をある程度調査しておりますので安心していただければと思います。ですが、先ほどあったようにギルドを介して無い場合はご注意ください」
「時折、依頼主のダブルブッキングや手違い等で依頼を遂行できないということがありますが、そのような場合はもちろん罰金発生の例外です。他にもいくつか特例がございますので、何かあった際にギルドまでご報告いただければ、場合によっては罰金がなくなる場合もあります。ですがあまり期待されないことをオススメしますが」
「以上が罰金発生の件になります。なにかご質問は?」

「いや、無いです」

 イシュペンはモモンの表情を伺う。理解しているのか、理解してないのかを読み取るためだ。しかし――
 
 読めない……。

 思わずぎりっと歯軋りの音がイシュペンからこぼれた。
 普通の村人とは違うとしか言いようが無い。強敵だ。
 何が強敵なのか、イシュペンぐらいにしか分からない理屈を持って、そう認定する。

 この田舎ものは近年まれに見る強敵だ。

「では次に冒険者としてのレベル――クラスに関する説明です」
「基本、モモンさんのような方はノービスという形になります。この状態で依頼を5回受けた段階で昇格試験というものを受ける権利を得られます。この昇格試験は大体がギルドの隊商護衛であり、多少危険な場所に行くという試験です。つまりモンスターと遭遇する可能性が高くなります。勿論出会わない可能性もあります。試験の大体2/5は会いませんから――」
「質問」

 遮るように手を軽く上げたモモンに、イシュペンは機関銃の発射口を閉ざす。ここで止められるとは思わなかったという気持ちを込めて。

「権利を得られると言うことは別に受けなくてもかまわないということ?」
「はい」

 必ず最後にいうセリフを先に取られ、イシュペンはモモンを強敵からもう1つ上の存在へとレベルアップさせる。

「ただ、受けない場合は何時までもノービスという形になり、依頼の内容で受けれないものが数多くあることになります。つまりは高額の依頼は無理だと言うことですね」
「モンスターと遭遇するからと言うと大抵の人がその前にモンスターに慣れようと、モンスターとの戦闘行為を行う依頼を希望しますが、やめたほうが絶対に良いです」
 
 言い切るイシュペン。

「別に脅すわけじゃないですが、単なる村人が冒険者になった場合、50%がノービスで死亡。25%が途中で引退を決意。潜り抜けても15%が一年以内に死亡します」
「昇格試験で死ぬ可能性が高いと?」
「それもあります。50%の内30%はそうです。それ以外は先ほどのモンスターの出る依頼を無理に受けてや、1人で冒険してたまたまモンスターと遭遇してしまって、ですね」

 イシュペンが冒険者から聞くモンスターとの殺し合いというのは、村で一番の怪力の持ち主とかいう者が生き残れるものではない。もっと別の何かが必要とされるのだ。
 村人からなった冒険者はそれが足りないと、評価されていることを聞いたこともある。

 この前にいるモモンという人物はそれを持っているのだろうか。残念ながら単なる事務員であるイシュペンには不明だ。

「先ほどの説明に戻ります。これから先はノービスを卒業した際に拘ってくる話ですが――」
「冒険者にはクラスという考え方があります。これは依頼を受けた際、つけられる難易度に対応したものです。このクラス以上の難易度の仕事はよほどの例外を除いて受けられないと思ってください」
「難度1~10がFクラス。難度11~20がEクラス。難度21~30がDクラス。難度31~40がCクラス。難度41~50がBクラス。難度51~60がAクラス。難度61~70がA+クラス。これ以上は基本ありませんがギルドによってはA++とか言う場合があります」
「このクラスを挙げるためには昇格試験を受けてもらうこととなります。この昇格試験はノービスの際とは違い、失敗してもさほどギルドに影響の無い上位クラスの仕事を請けてもらうということするわけです。そして昇格試験に失敗した場合は半年間受けることが出来なくなります」
「無論。上のクラスになればなるほど、報酬と危険は跳ね上がります」
「以上がクラスの件になります。なにかご質問は?」
 
 どうだ、とイシュペンがモモンの返答を待つ。

「……バハルス帝国の騎士、彼らはどの程度のクラスですか?」
「え?」

 イシュペンから思わず素っ頓狂な声が漏れた。あまりに想像したことも、されたことも無い質問だったからだ。一瞬、困らせるために質問したのか、などという疑問が浮かぶがモモンを伺い、それはないと判断する。

「それは……難しいですね。冒険者はチームでの強さを誇ります。例えば騎士と個人戦で戦った場合は全員が負けたとしても、チーム戦なら勝利を得ると思います。えっと魔法使いとかご存知ですか?」
「はい」

 なら話は早い。

「冒険者は基本4人組――パーティーを作ります。5人のときも6人の時もありますが、人数が増えるほど意思の決定に難しくなるので、よほどリーダーになる人物が優秀でない限りは4人が基本です。又聞きですが、戦闘時この意思の決定が早い遅いが命を分けるそうですよ」
 
 一瞬、一瞬の選択が命を分ける戦闘時に、意志の決定や判断の伝達に遅れが出ればそれは場合によっては致命傷になりかねない。パーティーという、全員で1つの生き物となっているときは特にそうだ。

「そんな4人組の大抵が戦士、魔法使い、治癒師、前衛で構成されます。雑多ですが、騎士4人で構成されるよりも多彩な手段が取れる。これが冒険者には何より重要なんです。戦士と前衛の方が騎士達をブロックし、傷を負ったなら治癒魔法、魔法使いが戦場を大きく左右する魔法を使う。1人の力が何倍にもなるのが冒険者であり、目指して欲しいものです。モモンさん1人の力なんてそれほど大したものではありません。でも仲間と協力することでそれが何倍にもなるのです」

 役割分担をはっきりさせる。それによって様々な状況に応じた手段が取れるようになるのだ。逆に同じ役割しかできない人間を集めたら、ある手段は完璧にこなせるが、それ以外が全然できなくなる。冒険者に求められるのは一点集中ではなく幅広い対処方法なのだ。

「結論は分からない、ですか?」

 イシュペンの表情が変化しそうになって、それを押さえ込む。
 こいつ……上手くかわしたと思ったのに。蒸し返してくるとは。

「恐らくはDクラス。ただバハルス帝国の騎士なら武装も良いでしょうから、場合によってはC……に行かないぐらいじゃないでしょうか?」
「では王国戦士長では?」
「……A+じゃないですか?」

 王国最高と言われる戦士だ。A+ぐらいにしておかないと逆に色々とまずいだろう。しかしバハルス帝国の騎士となんで王国戦士長が強さの評価対象なんだろうか。
 まぁ、身近といえば身近か。この城塞都市に来たからには。
 しかもつい最近この周辺をバハルス帝国の騎士が暴れているという話を聞く。もしかすると何かあったのかもしれない。ならばこれ以上聞くことは不味いものを引き出しかねない。
 そう考えながらモモンを見てみると、平然とした顔の下にマグマのごとき憎悪を宿しているようにも思える。
 イシュペンはそう納得し、自分の想像を打ち切る。そして話を戻すために、どこまで進んだかを思い出そうとする。確かクラスの説明が終わったところだ。

「他にクラスについて何か質問はありますか」

 変な質問が来ても逃げたりはしない。それがイシュペンの自らに定めた規則だ。そう、例え相手が圧倒的な強敵でも。

「いえ、ありません」

 安堵のため息が思わず漏れた。そしてイシュペンは愕然とする。
 講習で質問が来なくて安堵感を覚えたことなど、どれだけ前のことか。忘れたような昔、自らがまだギルドの受付として入りたての頃、それほど前の話だ。

 ああ、そうか。
 イシュペンは春風の微笑を浮かべた。

「貴方が強敵と書いてライバルと呼ぶ人物なんですね」
「?」

 親しげな友人にかけるような声にモモンは目を軽く見開く。そんな表情の変化をイシュペンはまさに女神のごとき微笑で受け入れる。

「――では、次に依頼の難度に関する話です」
「当然のごとく依頼の難度は様々です。そしてこの依頼の難度はギルドが集めた情報を元につけられるので、かなり精度が高いと思っていただいて結構です。これは収集等であれば捜索する場所や探すもののレア度によって変動しますし、調査等であればかかる時間や対象によって変化します」
「ですが基本的にモンスター退治の場合は、ギルドが定めたモンスターの討伐難度がそのまま使われているかと思います。複数の場合はモンスターの最大難度に+αという感じでしょうか」
「そして討伐難度に関して重要なことは、討伐難度は平均値でしかないということを決して忘れないでください」
「例えば全長80センチのウルフがいたとします。全長110センチのウルフでも難度は同じでしょうか? あくまでもこの難度は平均値だと覚えておいてください。上下に4ぐらいは変動する可能性があります。つまりぎりぎりの難度のモンスター退治の仕事請けた場合、平均より大型だった場合は手に余る自体になることが予測されます。仮に難度28のモンスター退治の場合、下手をすると32かも知れないということです」
「以上が依頼の難度の件になります。なにかご質問は?」
「いえ、無いです」
「――ですよね」

 予測してましたよ、あなたならこの程度大丈夫だと思ってました。
 口にはしないがイシュペンの聖人ごとき顔は充分にそれを物語っている。それに対し、異様なものを直視したとモモンの顔は語っていた。
 ごくりとモモンの喉がなった。

「最後に依頼の受け方ですが、まずはカウンターに来て、明日発行するメンバーカードを提出してください。そのメンバーカードに記載されたクラスで受けられる仕事の一覧を書いた用紙を閲覧していただきます。字が読めない場合は相談も受けたまってますが、その場合は多少金額が発生することをお忘れなく。基本的に10分1銅貨です」
「ギルドメンバーである証たるメンバーカードは、明日以降適当な日に来ていただければ差し上げます。それは肌身離さず持っておくようにしてください。再発行にはかなりの時間がかかります。基本的にこの冒険者板がなければ仕事は請けられませんので」
「以上で講習は終了です。おめでとうございます、モモンさん。我々冒険者ギルドは貴方を冒険者と認め、共に歩んでいけるよう祈っています」

 イシュペンは思わず立ち上がり、カウンター越しに手を伸ばす。いままでそんなことをした記憶は無い。なんとなく感じるものがありしたくなったのだ。
 戸惑ったモモンは逡巡し、それから決心したのかその手を握った。幾度か互いに手を軽く振りあう。いや振っていたのはイシュペンだけかもしれないが。
 
 そんなイシュペンは意外な感想を抱いていた。
 意外に柔らかく手だ。もっと硬いかと思ったんだけど。

 やがて、互いに手を離したところでモモンは質問を口にした。

「……ところで依頼は今から既に選んでおいて明日メンバーカードをもらった際に受けられるんですか?」
「え?」
 
 確かに既にモモンは冒険者だ。メンバーカードが無いため、依頼を受けることはできないが、選んでおくことはできる。しかしその前に確認しなければならないことがある。

「……モモンさんはお1人で来られたのですか? 誰かご一緒に冒険をされる方はいらっしゃらないんですか?」

 一応の確認だ。もしいるなら最初から1人でギルドには来ないだろう。

「いませんね」
「モモンさんは魔法を使えたり、追跡ができたりという特殊なスキルは修めて無いんでしたよね」
「……そうなっていましたね」

 先ほどの羊皮紙に書き込む際に色々聞いたが、そのうちの1つが、特殊なスキルを保有するかという要項だ。残念なことにモモンは特殊な能力を保有して無いと返事をした。

「そうなると戦士職という扱いが基本なんですが、最初に仲間がいないと結構大変なんです。当てはめられる人数が多い分、なかなかパーティーに声が掛からない。治癒師――神官の方でもかまいませんが――や、魔術師のように魔法を使えればかなり引く手あまたです。次に盗賊や野伏のように情報収集や捜索探知に優れた能力を持つ人もそうですね。最後はやはり戦士なんです」
「ただですね」安心させるように言葉を続ける「もちろん、本当に優秀な戦士は引く手あまたですよ。敵を後ろに行かせないように防ぐ、敵と退治して時間を稼ぐなんかができる戦士は。はっきり言って戦士に必要なのは情報分析能力等の頭の回転です。どこを押さえれば良いのか、どのタイミングで魔法の支援が飛ぶか。だから戦士がリーダーを張ることが多いんです。英雄に戦士が多い理由はそうなんですから」

 しかしながらそうなると最初の依頼の選択幅はかなり少なくなる。その内もっぱらギルドがオススメする仕事があるにはあるのだが……。モモンの外見をイシュペンは眺める。
 中肉中背。筋肉が標準以上に付いているとは思えない。正直難しいと思えるが、可能性にはかけるべきだ。それに相手はイシュペンが認めるライバルだ。やってやれないことはないはずだ。
 信頼と判断される感情を込めて、イシュペンは指を伸ばした。

「あそこにある荷物を持ち上げてくれませんか?」

 イシュペンの指し示す方。壁際に大きな皮袋――中身がパンパンに詰まった袋が無造作に置かれていた。背中に背負いやすいように肩ベルトが出ている。綺麗に整頓されているギルドの受付というこの部屋の役割を考えれば、その袋は周囲から非常に浮いている。
 モモンは頷くと、皮袋の直ぐ側まで近づき、ベルトを両手で握る。

「しょっと」
「えっ!」

 人、1人が入りかねない袋を、モモンはいとも容易く持ち上げた。
 かなりの重みがモモンの手に掛かり、ベルトが手に食い込む。しかしながらモモンの表情に苦痛の色は無い。それどころか、余裕の雰囲気すら漂わせている。
 イシュペンからすれば驚きだった。あの筋肉がしっかり付いてるとも思えない体格でよくそこまで、と。もしかすると服の下は限界まで引き締められた体なんだろうか。確かにそう思ってみてみると服のだぶつきが筋肉を隠しているように思えてくる。
 ちょっとした調べごとだったのだが、これは幾つも仕事が見つかるだろう。特に駆け出しの冒険者にちょうど向いた仕事が。さすがはライバルか。
 感心しながら、イシュペンは頭の中で色々と仕事を思い出していると――

「まだ持ってないと駄目ですか?」

 少しばかり困ったモモンの声が聞こえる。その声に我に返り、イシュペンは降ろすように指図した。

「申し訳ありません、ちょうど良い仕事が無いか思い出していたもので」
「かまいませんよ」

 モモンが袋を下に降ろすと、ずしりという擬音を立てながら袋が床に置かれた。モモンがカウンターに戻って来るのを待ってからイシュペンはモモンに任せられる依頼を口に出した。

「モモンさん。ちょうど良いことに、ポーターという仕事があります」

 聞いたことも無いと顔にはっきり表れているモモン。
 当然だろう。普通に村で暮らしていたらそんな仕事は聴いたことが無いだろう。ただ、山や森林とかの近くなら時折あるとは思うが。

「馬という生き物は意外に臆病でして、モンスターと遭遇したとき暴れて逃げ出したりということがあるんです。軍馬や魔法的に強化された馬はそんなことが無いのですが、買うとなるとかなりのお金がかかります。ですのでそこまでのお金を持っていない冒険者は荷運びを雇うんです。ポーターとは馬の代わりに冒険者のパーティーについて荷物を持って歩く仕事です」
「ふーん」
「そして何より他の冒険者の方と面識を持てるというのは、かなり将来に役立つかと思います。実際、多くの方がポーターから仕事を始めますし、ギルドも基本的にこの仕事を最初にお薦めます」
「荷物の重さはどの程度なの?」
「大体40キロぐらいです。先ほどの持っていただいた荷物が大体それと同じぐらいです」
「ならそれをお願いしようかな」
「直ぐに受けられるポーターの仕事ならありますよ、確か」

 イシュペンは立ち上がり、後ろの書棚から一冊の本を取り出す。貴重な紙を持って書かれたこの本に書かれているのは、様々な冒険者のデータだ。
 何ページも捲っていき、目的の人物の項を探す。やがて目的の人物が見つかったのでそれを参照しながら、近くにおいてあった依頼の詳しい内容が書いてある羊皮紙を読み上げる。

「そうですね。依頼人はペテル・モーク。登録パーティ名、旋風の斧のリーダーです。えっと旋風の斧のパーティーのクラスはEクラス。仕事の内容は周辺モンスター討伐の際の荷運び。加重は40キロ。契約期間及び報酬は1日1銀貨で6日間。前金は当然無しですね。そして依頼の期間を過ぎる1日ごとに1.2銀貨です。食料、飲食物等一切はパーティー側が用意」

 そこまで読み上げ、モモンの顔をうかがう。

「基本的なポーターの仕事だと思います」イシュペンは本に書かれたパーティーの登録用紙をめくってみる「えっと罰則や死亡した人物は無し。パーティーの信頼性も問題ないと思います」
「なら、その仕事を請けます」
「分かりました。では明日依頼を受けるということでよろしいですか? それなら明日の朝6:00に旋風の斧の方々を呼んでおきますので」
「はい。お願いします」

 少しばかり忙しくなって来た。イシュペンは先ほどの羊皮紙に書かれた旋風の斧の逗留先を思い出す。
 話は終わったと見て取ったモモンは外に歩き出そうとして、途中で歩を止めた。そしてイシュペンを振り返ると、困った表情で言葉を続ける。

「……まだ宿屋を取ってないんですが、オススメの宿屋を紹介してくれないでしょうか?」



 モモンがちょうど今、閉めた扉がキシキシと音を微かに立てている。それとすれ違いに、イシュペンの後方の扉が静かに開いた。奥や上の階に通じる扉から出てきたのは他の受付嬢であり、イシュペンとも仲の良い女性だ。
 女性は自らが出てきた扉を閉めると、無人の室内を軽く見渡す。

「……今、誰か来てた?」
「ええ、私のライバルが」
「は?」

 怪訝そうな声が上がった。まぁ、この感情は戦いあった仲にしか理解できないだろうと、イシュペンは思う。冒険者が死闘を繰り広げたモンスターを相手に死を惜しむ、なんて話はよく聞く。殺しあった仲でなんで、と疑問に感じていたが、イシュペンはその一端を捕らえた気がした。
 これが――なのか、と。

「……こっちの話。で、そっちはなんだったの?」
「え? ああ、うん。冒険者を夜警として雇いたいって話よ」
「夜警? 衛兵だけじゃ手が足りないって言うの?」
「んー。ほら、つい最近の街の噂であるじゃない。化け物を見たって」
「それって酔っ払いが見たって奴?」
「そう。影のような化け物ね」
「……街の中に入ってこれるとは思えないけど。泥棒が変な格好でもしてるんじゃないの」
「多分、そうだと私も思うけどね……」

 不安を感じている口調。
 まぁ、モンスターが城砦都市内部にいる可能性があると聞いて、安心できるほどイシュペン達は腕に自信があるわけではない。ギルドの受付嬢だからといっても、所詮は剣も振るったことのない一般人だ。
 だが――

「大体死傷者も無し。せいぜい財布をなくした程度でしょ?」

 それはどう考えてもモンスターのやる行為ではない。財布以外に奪ったものが無いなら、それは財布の価値を知るものに他ならない。ならば人間と想定するのが一番近い答えのはずだ。

「まぁね」

 言葉を濁す女性に安心させるために、わざとらしくイシュペンは笑いかける。

「ま、難度とかその辺は上の人間が決めることなんだから、私達はやるべきことをやりましょう」
「そうね」

 女性と笑いあい、イシュペンは先ほど中断した手を動かしだす。まずは旋風の斧の逗留先発見だ。






――――――――
※ SとかAとかはできれば使いたくは無かったのですが、一番簡単明瞭な説明だとようやく理解したので採用しました。先達の知恵には勝てません。代案を用意できない段階で、自分が最も愚かだったということでした。
  難度10とかの数字もユグドラシルのレベルと勘違いしそうなので却下しました。

  恐らく今後、難度いくつのモンスターという説明が出るときがありますが、その場合ユグドラシルのレベルとは強さ評価が大きく違いますので。難度10と10LVでは一般兵士の乗るザクとシャアの乗るザクぐらいの違いがあります。



[18721] 17_宿屋
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/11/14 11:37

 城塞都市エ・ランテルは3重の城壁を持ち、各城壁内ごとにそれぞれの特色がある。
 最も外周部の城壁内は王国軍の駐屯地として利用されるために、その系統の設備が整っているし、城壁間の距離もかなりある。そして石畳がかなり敷き詰められ、迅速な行動を取ることが可能となっている。
 最も内周部は都市の中枢機能たる行政関係。そして兵糧を保管しておくため倉庫等が揃い、最も警戒が厳重にされている区画だ。
 最後に残った中央区画は都市に住む様々な者のための区画だ。街という名前を聞いて一般的に想像される映像こそ、この区画である。


 広場を中心とした露天は、昼特有の活気に満ち満ちており、威勢の良い声で道行く人を呼び止める。
 年齢のいった夫人が商人と交渉しつつ良い食材を探し、肉の焼ける匂いに引き付けられた青年が、肉汁の垂れる串肉を購入している。様々な野菜や、調理済みの食料。そういったもの様々なものが混じりあい、空気に匂いが付いている。
 そんな露天を左右に眺めながら、モモンは石畳で整備された広場を歩く。時折売り子に呼び止められるが、それを軽く手で断りを入れながら。人ごみを上手く掻き分け、一度もぶつかったりはしない。
 その足取りに迷いは無い。モモンは教えてもらった宿屋を目指しているのだ。
 
 やがて広場の外れに出る頃、露天は途切れる。
 そこからはちゃんとした店が立ち並ぶ区画だ。

 モモンはそこそこの広さの通りを進む。道には轍の跡に水溜りができ、太陽の光を反射している。足場自体はかなり悪いものの、先ほどまで広場の混雑振りと比べれば全然歩きやすい。
 それは人の流れが殆ど無いのがその理由だ。
 確かに店に入ったり出たりと人はそこそこいる。すぐ前では馬を連れた品の良い老人が店の主人だろう男と交渉している。ちょっと横を見渡せば作業用の前掛けを着た数人の職人が荷物を運び込んでいる。
 だが、それもちらほら程度だ。それほどの人がごった返しているような店はモモンのいる場所からは発見できない。
 もちろんこれは普通の店と食料品店の違い。そして時間帯の違いではあるのだが。
 
 そんな店の立ち並ぶ区画を店の看板ではなく、モモンは吊り下げられている看板を目印に店を探す。これは文字が読めないからだが。
 
 目的の看板を見つけたモモンの足がひとりでに速くなっていた。


 革靴に付いた泥を落としながら二段ほどの階段を上がり、モモンは両手を使ってウエスタンドアを押し開ける。
 明り取りの窓が全て下ろされているためその室内は暗く、外の明るさになれた人間なら一瞬真っ暗に感じるだろう。無論、モモンからすれば十分な明るさだが。
 
 室内は思ったよりも広い。おおよそ幅15メートル、奥行き20メートルか。
 1階は酒場になっている。奥にカウンター。その後ろは二段ほどの棚が備え付けられ、何十本もの酒瓶が陳列している。さらに奥の扉を開けると、そこに調理場があるのだろう。何卓もある丸テーブルにそれぞれのイスが上げられ、現在が営業中ではないことを示唆している。
 酒場の隅には途中で折れながら、上に向かう階段がある。イシュペンの話によると2階、3階部分が宿屋という話だ。

 そんな宿屋の奥から、1人の男がモモンを堂々と観察していた。

 手には今まで床を磨くのに使っていた薄汚れたモップ。捲くり上げ、露出した太い二の腕には獣とも刀剣とも予測の付かない傷跡が幾つも浮かび上がっていた。
 頭部は完全に剃られ、一本も髪は残っていない。
 顔立ちは精悍と野獣の中間地点に着陸している。そして顔にもやはり傷がある。
 店の人間というより傭兵だ、どう評価しても。

「酒はまだ出さねぇぞ」

 割れ鐘を髣髴とさせる濁声がモモンにかけられた。

「宿を貸して欲しいのですが。ギルドの受付嬢の方に聞いたらここをお勧めされました」
「……冒険者……見ねぇ顔でギルドのネェちゃんが勧めたってことはノービスだな」
「その通り」
「相部屋で1日5銅貨だ」主人はぶっきらぼうに言う。「飯はオートミールと野菜。肉が欲しいなら追加で1銅貨だ。まぁ、オートミールの代わりに数日たったパンという可能性もあるがな」
「できれば個室を希望するんだけど?」
「……この街に冒険者ご用達の宿屋は3軒ある。その中で俺の店が一番最下級だ。なんでギルドの人間がここを紹介したか分かるか?」
「?」

 不思議そうなモモンを前に主人の眉が危険な角度で釣りあがる。

「少しは考えろ! 年齢だけ無駄にとんじゃねぇ!」

 怒りが僅かに含まれた腹の下から突き上げられるような声を前に、モモンは平然とした表情を崩さない。子供に怒られたとでも言わんばかりの冷静さがそこにはあった。
 ほう、と主人から感嘆の呼吸が微かに漏れた。

「……中々肝は据わってるようだな。……この宿屋を紹介した理由は、ここに泊まるのは大体がFからEクラスの冒険者だからだ。同じクラス同士なら顔見知りになれば、パーティーとして冒険に出る可能性がある。パーティーを組むのに相応しい奴を探すには俺の店がもってこいだからだ……」

 ぎょろっと主人の目が動いた。

「個室で暮らしても構わないが、接点がなければ仲間はできんぞ。大部屋はある意味お前と同じような奴が多い。そういうところで顔を売るんだな。最後に聞くぞ、相部屋か1人部屋どっちが良い?」
「では相部屋で」
「ああ」

 当たり前だ。即答したモモンに言葉には出さないが、そうはっきりとわかる態度で主人は頷く。

「なら前払いだ」
「はい」

 モモンは無造作に懐に手を入れると、皮袋を取り出し、その中から銅貨5枚を取り出す。そして店の中に歩き出し、主人のごつい手の中に落とした。
 手の中に落ちた銅貨を数えることはしないで、主人はそのままズボンのポケットに銅貨を突っ込んだ。そして店の中を歩き、カウンターから鍵を1つ取り出す。

「階段上がって、直ぐ右の部屋だ。寝台に備え付けてある宝箱の中に荷物は入れろ。鍵はこいつだ」

 モモンに鍵を放る。
 空中を放物線を描いて飛んでくる小さな鍵を、モモンは薄暗い室内で問題なく受け止めた。

「言わなくても分かると思うが、他人の宝箱には近づくな。勘違いでもされたら厄介ごとになるからな。その場合の喧嘩は止める気もしねぇ。腕がへし折られようがな。まぁ、顔を売りたいならそういう手もあるのは認めてやるさ、殺されはしないだろうからな」

 主人は話は終わったと、モモンに背を向けだそうとする。そこにモモンが呼び止めた。

「待ってもらえるかな?」
「あん?」
「えっと、宿屋に行ったら主人にお願いして冒険者の最低限の道具を準備してもらうように言って欲しいといわれたの。今回の仕事では使わない可能性が高いけど、将来的には色々と必要になってくるって」
「依頼をもう受けてるのか?」
「はい、ポーターを」
「ほう」じろじろとモモンの体つきを眺める主人。納得がいかなかったのか、頭をかしげる。「まぁ、ギルドでも試験は受けてんだろうから間違いは無いと思うが、そんな体でポーターをこなせるのか? ……まぁ、良い」

 モモンの持っている皮袋に目をやり、次に服装に目をやる。批評を下す人間にありがちな雰囲気とは多少違う。

「……しっかりとした冒険用の服をまずは買うんだな。靴は履きなれないと靴擦れを起こすからすぐの仕事じゃ仕方が無いから置いておくとして、皮のズボン、皮のシャツ、手袋のセットだ。こいつは将来的に絶対に買っておけ。そうそう多少だぶつかせておいた方が良いぞ。意外に剣とかモンスターの牙とかがそこで止まったりするんだ。そうやって命が助かった奴を何人も見てきた。……準備するなら5金貨は掛かる。まぁ、見た感じ今の服でもそう悪くは無い、順番としては後に回しても良いだろう。
そんなわけで最初に用意すべきなのはマントだな」
「マント?」

 不思議そうなモモンに驚いたように主人は口を僅かにあける。だが、何かに納得したのか直ぐに引き締められた。

「なんだ、お前どこかの村の出身か?」
「よく分かるね」
「ああ、旅人でマントの重要さを知らない人間はいない。なら、旅をしない奴ってことだ。ならお前さんの格好からして村人が一番当たりっぽかったからな」
「大正解」

 一瞬、主人は馬鹿にされたのかと険悪な表情を作るが、モモンが裏表無くそう言ってるのだと理解したのか、肩をがっくりと落とす。それから溜まったものを排出するように頭を幾度か振った。

「まぁいい。マントはな、大地にそのまま横になると体温が奪われる。こいつが地味に体力を奪うんだ。それを避けるという意味でも本当であれば携帯用寝具があった方が良い。でもそこそこの値が張るわ、重いわで、最初の仕事がポーターならあまりお勧めはできねぇ。だから、そいつをマントで代用するって寸法だ。それに」続けて主人が語る「しっかりとしたマントは雨よけにもなる。雨を長時間浴びると体温がやっぱり奪われるからな。こいつを避けるという意味で買っておくべきだな」
「いくらですか?」
「3銀貨だ。あとは携帯用食器とかあればまぁ、便利だが無くても陶器の器でも1つ持っておけば事足りる。とりあえずはポーターをやるならそんなもんか。あっと武器防具関係は俺じゃなく、そういったものを販売している奴に聞いたほうが良い」
「ではマントを1つお願いします」
「ああ、夕飯までには用意しておいてやる。そっちも金の準備をして置けよ」
「了解しました」

 主人は手をひらひらと振りながら、モップを片手に店の奥に入っていった。
 モモンはその背を眺め、主人の姿が完全に奥に消えると、階段を昇っていった。


 昇った先は幾つもの窓が開けられてるために日光が入り込み、1階とはまるで正反対なほど明るい。モモンは昇った先の直ぐ横手にあったドアノブを握り、回す。
 ぎしぎしと立て付けの悪さを見せ付けながら扉が開いていく。 
 
 そこには木で出来た粗末な寝台が8つ置かれていた。鎧戸が開けられているために、直接外気と日光が入り込んでくる。
 寝台は木で出来ており、その上に薄く藁が敷かれている。マットレス代わりに藁が敷かれているのは、虫が付きにくくするため、使ったら直ぐに捨てるためだろう。この辺りでは麦が生産物の主となっているため、さほど藁の入手に手間取らないはずだ。
 そしてその藁の上にシーツだ。シーツも白よりは汚れが付いてもそれほど目立たないであろう灰色じみたもので編まれている。モモンはそれに手を滑らす。ざらざらとした感触。恐らくは麻だろう。
 床にはそんな寝台から毀れた藁が何本も落ちていた。
 そんな部屋の8つある寝台の内、6つの宝箱は蓋がしっかりと閉まってある。

 モモンは蓋の開いている宝箱の据え付けられた寝台に近寄った。まぁ、綺麗だ。虫が生息しているようには思えない。
 皮靴を脱いでモモンは寝台に上がった。みしみしという音とともに背中に木の固い感触が、薄い藁越しに感じられる。
 お世辞にも良い寝台ではない。こんな場所で寝れば明日には体がガチガチになっているだろう。ナザリック大地下墳墓の豪華かつ柔らかい寝台が懐かしい。とはいえ仕方が無い。これもしなくてはならないことだ。
 モモンは皮袋から無造作に1つの指輪を取り出し、それを嵌めると麻でできた手袋をその上から被せる。皮袋は仕舞わずに、自らの胸元においておく。

 そのとき、微かなきしむ音が扉越しに聞こえた。
 そして階段を昇ってくる気配。数は1つ。大きさは人間サイズ。
 モモンは少しばかり身構えた体を解きほぐす。どうも、警戒心が先立ってしまう。これではいけないと思いながら、扉に注意をやる。

 ドアがきしみながら開いた。
 そこに立っていたのは女だ。年齢は20いくかいかないか。赤毛の髪を動きやすいぐらいの長さで乱雑に切っている。どう贔屓目に見ても切りそろえているわけではない。どちらかというなら鳥の巣だ。
 顔立ちはさほど悪いわけではないが、目つきは鋭く、化粧っけはこれっぽちも感じられない。日差しに焼けた肌は健康的な小麦色に変わっている。
 片手に木でできた小さなバケツ。
 着ている鎧は金属の細い帯を皮鎧の上から貼り付け、鋲で打ちつけたものだ。金が無いためか、それとも動きを阻害しないためか、さほど鉄板は貼り付けられて無い。腰には剣を下げている。

 そんな女は誰もいないと思っていたのか、モモンを認識すると、微かに目を見開く。
 とはいえ、それで終わりだ。話しかけようとも、観察しようともせずにそのまま部屋に入り、寝台の1つに歩み寄る。

 女の体から汗臭い匂いと体臭が交じり合った、独特のにおいがモモンの寝ているところまで漂ってきた。

 女は恐らくは自らの寝台なんだろう場所に来ると勢い良く腰を下ろした。ギシリとやけに大きな音を立て、寝台が女に抗議の声を上げる。
 それを無視しながら女は脇腹付近にある鎧止めをはずし、鎧を外した。そのまま鎧を床に静かに降ろすと、下に着用していた麻服を無造作に脱ぎ捨てる。窮屈に締め付けられたさらしで、ふくよかな胸が大きく潰れていた。
 モモンが見ているのには気づいているだろうが、そのまま女はさらしを迷うことなく外す。

 完全に上半身を裸にした女の体を評価するなら、女というよりも戦士というべきものだ。
 皮膚の下にはわずかばかりの脂肪が張り付いているだけで、大部分が筋肉。腹筋は完全に6つに割れている。
 胸筋が鍛えられているためなのか、大きく膨らんだ胸は垂れることなく、勢い良く前に突き出している。せいぜいその辺りぐらいなものだ、女を感じれるのは。

 モモンの視線を気にもせず上半身裸になった女はそのまま、自らの荷物から包帯や小さな壷を取り出した。
 全身に青痣、それも出来ばかりのものがあった。擦り傷、打ち身、そういったものもかなり多い。持ってきていた木のバケツの中から濡れたタオルを取り出すと、それで体を拭き始める。
 胸が柔らかそうに形を変えながら揺れた。
 モモンがぼんやりと眺めている内に、体を拭き終わった女は用意していた小さい壷を開けた。
 開けた瞬間、中からの匂いで一気に空気に色が付いた。

 モモンはあまりの強力な匂いに顔を顰める。薬草を潰した匂いなんだろうが、鼻がツーンとし、涙が滲みそうになるぐらいの強さだ。
 女はその壷からどろりとした緑色の粘液を掬い上げると、自らの青痣の部分に染み込ませるようにこすり付ける。
 モモンはより一層顔を歪ませた。
 女はそれに気づいていないか、それとも無視をしているのか。塗りこむと、その上から包帯で固定をし始める。
 モモンは完全に嫌な顔をすると、鼻をワザとらしく摘みながら、女を観察する。そのまま続けて応急処置を行っていた女の手がついに止まった。

「あのさー」

 やがて女が体ごとモモンへと向き直る。ブルンと充分な肉感を持って胸が動いた。

「良いもん見れた?」

 裸の胸を突きつけるように笑いかける女。
 笑いかけるといっても肉食獣のそれだ。変なことを言えば直ぐに何かが起こることは、誰でも簡単に予測できることだ。そしてその何かとはあまり喜ばしいことで無いのは理解できる。
 モモンは大きく顎門を開けた肉食獣の前の餌だ。

 無論、そう思っているのは眼前の女だけだろう。

 胸を突き出されても正直モモンとしては困るのだ。別に興味も無いし、比べろとでも言うのだろうか。さほど差は無いと思うが。

「くさい」
「……へ?」
「薬草だろうけどくさい。鼻がツーンとする」

 女は予想と違ったモモンの態度に困惑し、間の抜けた顔を晒した。それに取り合わずにモモンは皮袋に手を突っ込み、一本のポーションを取り出した。

「あげる」
「何……それ」
「これを飲んで、水を浴びてその臭いの元を落としてくれない?」

 近場の寝台の上に真紅の溶液が入ったポーションを置くと、モモンは女に背を向けて寝台に横たわった。


 怒りを空かされた女は呆気に取られながら、手に取ったポーションを観察する。冒険者の知識としては知らない事の方が多いが、それでも今まで学んできた知識の中にこんなものは無かった。
 一瞬、毒という考えが頭に浮かぶが、毒も意外に値が張る。こんな場所で自分をどうにかして意味があるとは思えない。

 これを彼女が飲むことがこの変な男の利益つながる。その等号の意味するところが今一歩不明だ。
 封を剥ぎ取り蓋を外すと、手で仰ぎ匂いを嗅ぐ。柑橘系の香しい匂いが漂う。
 
 指を栓をするように瓶の口に突っ込むとひっくり返し、指に中の溶液を付着させる。女は指を口にくわえた。

「あれ、意外に美味い?」

 柑橘系の味が微かに口の中に広がる。舌が痺れるような感覚は無い。女は男を一瞥すると、腰に手を当て一気に飲みだす。すべてを胃の中に押し込んだ瞬間、女は驚きを感じた。
 一瞬、全身の傷が熱せられたようなほてりを感じたのだ。そして女の本当の驚きは次の瞬間だった。

 先ほどまであった青痣が完全に無くなっている。熱を持っていた打ち身も、じくじくと痛む捻挫もだ。

 体の痛みが完全に消えている。

「まさか……治癒のポーション?」

 瞬時の癒しをもたらす魔法のポーションは彼女だって知っている。とはいえ、彼女が知っているのは名前と効果だけだ。金額的に駆け出しの冒険者には辛いラインのため、彼女はそれを使ったことも購入も考えたことも無い。それを簡単に与えるこの男は何者なんだろうか。
 女は困惑しながら、男に話しかけるべきか迷った。しかし、背中を見せて横たわる男の姿に絶壁ごとき壁を感じ、その口を閉ざす。
 しばらく休んで体を癒さなければならないと思っていたが、幸運なことに直ぐに動ける体にしてもらったのだ。とりあえずはこの男に言われたように薬草の匂いを落とすべきだろう。このまま落とさなければ、男が腹を立てる可能性がある。

 女は男が怒った場合を想像し、身震いを1つ。

「体洗いにいきます」

 ぼそぼそと怒らせない程度の声量で男に声をかけると、宝箱の中からタオルを取り出し、着替えとあわせてこそこそと外に出る。

「ふー」
 
 女は外に出ると安堵のため息をついた。なんで最低クラスの宿にあれほどのポーションを簡単にくれる男がいるのと思いながら。
 酒場でギルドメンバーの証たるメンバーカードをぶら下げることはごく当たり前の光景だ。だが、部屋ではぶら下げるのは自己顕示欲の強い人間と捉えられるために仕舞いこむ冒険者は多い。
 先ほどの男も下げてはいなかった。そのためランクは不明だ。
 あれほどのポーションをさらっと渡すような人間だ。最低でもDランク、いやCランクかもしれない。Bランクも可能性としてはあるがこんな宿屋に泊まるだろうか?

「なんで、そんな奴が一緒の部屋なのよ」

 ランクがすべてということは無いが、それでも自分より遥かに上のランクの人間かも知れない人物と同室というのは胃が重くなる事態だ。

「勘弁してよ」

 女は深いため息を1つついた。






――――――――
※ 21話が難産です。1話まるまる戦闘なんて無理なんだよ、多数対多数なんて。モモンの出番が全然無いよ……。でも戦闘シーンの練習もしなくては。
  早く、あいつすげー、って言わせたいなぁ。
  とりあえずは次回は18話「至上命令」です。ひさびさのアインズの出番ですね。



[18721] 18_至上命令
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/06/02 20:46



 硬い寝台だが、眠ろうとすれば眠れるものだ。

 そして明晰夢だと認識できるが、その光景は彼女に喜びをもたらす。ならば今一度、あのときの喜びに浸れるというのなら、夢を見続けても悪くは無い。
 周囲に敵意はないのだ。もしあれば瞬時に思考を切り替える自信はある。
 もう少し、夢を楽しもう――。



 玉座の間。そこに遅れて到着したアインズはゆっくりと歩く。
 左右に別れ、守護者や戦闘能力を保有したメイド、そして各階層の守護者が選抜したシモベが膝を付いて頭を垂れていた。
 誰一人として動かず、まるで呼吸音すら聞こえないほどの静寂がある。立つ音はこの部屋の主人――アインズの足音と、スタッフを突く音のみだ。
 階段を昇りきり、玉座に腰をかける。

「頭をあげよ」

 アインズの言葉に反応し、乱れぬ動きで眼下の部下達が一斉に顔を上げた。まるで訓練でもしていたような完璧に歩調の合った動き。それに対する満足感がアインズに生まれた。

 並びとしては右の先頭にデミウルゴス。その後ろにシャルティア、アウラ、コキュートスが並ぶ。
 左の先頭はセバス。その後ろに戦闘能力を保有したメイドが並んでいた。そして数列分ほど開けて、各階層守護者が連れてきたシモベが並ぶ。

 最初の列はデミウルゴスがつれてきたシモベだ。
 その巨躯に蝙蝠を思わせる巨大な翼を生やし、どす黒い鱗が鎧のように身を包んでいる。揺らめき上がるような漆黒の悪のオーラを纏い、残忍な鞭のような長くのたうつ尻尾が生えている。口からは鋭い牙が、手には日本刀以上に切れ味のありそうな爪を突き出していた。
 頭部から後ろに突き出した長く捻じれた2本の角。そして背中にかけてそれよりも短い角が何本も生えている。鱗は顔まで覆い、歪めた爬虫類と人間の合いの子のようでもあった。
 まさに悪魔という言葉どおりの存在である。最上位ではないが、レベル80の上位悪魔――奈落の支配者<アビサル・ロード>がそこに整列していた。

 次の列はアウラだ。
 デミウルゴスが一種類の悪魔を集めているとするならこちらは雑多だ。様々なモンスターが揃えられている。
 のたうつ触手の集まりに数本の蛇の頭を持つアレンダーグロスト。
 ツヴェーク・プリーストロードは煌びやかで装飾過多な杖を持ち、見事な神官衣を纏った直立するピンク色の蛙だ。本来であれば王冠も被っているはずなのだが、それはアインズの前と言うこともあり、横に置かれている。
 他にもスフィンクスロードたるシェセプ・アンク等が鎮座していた。

 そしてコキュートスだ。
 白銀の残光を残す当世具足を纏った武士達が揃っていた。刀を下げるもの、横に槍を置くもの、弓を脇に吊るすもの、各員がそれぞれ違う武器を所持している。
 具足の下はコキュートスと同じような昆虫を思わせる体。ビートル種族のソードマスター達だ。
 ユグドラシルでは具足は着てないのだが、こちらの世界に着てから渡したのだろうか。クリティカルヒット率の高さと首切り<ヴォーパル>能力を持つこの種のモンスターは装備の整っていない前衛が最も恐れる存在だ。

 最後はシャルティアだが、シモベは一種類に統一されている。
 白蝋の血の気の完全に引ききった肌、ルビーのごとく輝く真紅の瞳を持ち、やけに赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せている。非常に美しい外見の成人した女性達。
 皆、ヴァンパイアだ。
 彼女達は全身、胸元の大きく開いた薄絹を纏っており、黄金の輝きを持つ豪華な装身具が薄絹越しに透けて見える。隠すという言葉の意味が殆どが成さないほど、服の下の肢体が薄く透けている。ほぼ裸体といっても過言ではない。
 死体愛好者であり、巨乳好きという変態的な思考を設定されたシャルティアに相応しい揃え方だ。

 セバスの直属の部下は戦闘スキルを保有した先のメイドたちなので、以上でこの場に来ることを許されているシモベはすべて揃ったこととなる。


「まずは私が個人で勝手に動いたことを詫びを入れよう」

 これっぽちも悪いと思っていない声でアインズは陳謝する。これはあくまでも建前上のものであり、アインズが謝罪したと言うことが重要なのである。勝手に動いたのはアインズの独断だが、これによって部下を信頼してないのかと思われたり、部下の力が足りないのではと思われないためのものだ。
 それを理解しているからこそ、眼下の部下から何の声も上がらない。アインズは続けて言う。

「そして先も告げていたように名を変えた。これより私を呼ぶときはアインズ・ウール・ゴウン――アインズと呼ぶが良い」

 守護者やセバスの目が見開かれる。
 デミウルゴスですらその表情に驚きを強く浮かべていた。だが、納得がいったような穏かなものへと変化し――

「ご尊名伺いました」

 ――代表し返礼を述べる。一同が一斉に頭を垂れた。アインズは頷くと、皆が頭を上げるのを待ってから言葉を続けた。

「独断で動いた結果、私が得た情報だが、まずは国家が保有するであろう個人戦闘能力は我々の敵ではないと思われる」

 アインズの前に集まった者達は確固たる自信があるために、その言葉を聴いても表情1つ動かさない。自分達が強いのは当然だという自負は心強いと思う反面、少々の不安もある。
 それは情報が少ないということに起因するものだ。

 確かに王国戦士長があの程度の戦闘能力だった。無論全力で無いとしても、せいぜいがデス・ナイトを倒せる程度だろう。あれ以上の人間が早々いるとも考えにくい。そして国家として成り立っているのだから、別に王国のみが周辺国家の中で郡を抜いて戦闘能力的に弱いと言うわけでもないはずだ。
 しかし得た情報はいまだ世界の一部でしかない。

「しかしながら私が手に入れた情報はこの闇夜を照らし出すには少々小さすぎる――種火のごときちっぽけさだ。そのために世界を照らし出すための太陽ごとき情報を手に入れる必要がある。そのようなものを入手する者を選抜したいのだが――本来であればデミウルゴスのシモベをそれにあてる予定だったが、それでは少なすぎると私は判断した。なぜなら多角的に判断しても、街に住む人間に紛れて情報を入手するものが必要なのだ。……さてデミウルゴス、お前の選抜したシモベにそれは可能か?」
「不可能でしょう。情報を横から盗み取ることは可能ですが、人に紛れて生活する能力を持つシモベはいません」
「――なるほど。では幻影魔法を使えるものは手を上げよ」

 揃ったシモベをあわせ50人近い存在の中で手が上がったのはたったの1つだけだ。もとよりシモベたちに期待はしていない。なぜならユグドラシルにおいて、モンスターは所持している場合は最大でたった6つしか、魔法の発動能力を保有していない。
 その内訳が大体が回復、攻撃、防御、補助等であり、それ以外の種類の魔法の所持は非常に珍しい。
 
 ユグドラシルの膨大な魔法を上手く使いこなせるのは、やはりプレイヤーをおいて他にいないのだ。
 そして唯一、幻影魔法を行使するモンスターは妖精系モンスターに多いが、ナザリック大地下墳墓に妖精のモンスターを配置した記憶は残念ながら無い。
 
「……私と『アレ』を含めて3人か」

 少なすぎる数だ。
 アインズはアレを外に出すべきか、と思案する。アレは確かに重要な場所を守っているが、その地はナザリック大地下墳墓内で、ある意味最も難攻不落なエリアだ。あそこに配置しておくのはまさに宝の持ち腐れだ。
 とはいえ、アレを動かすのもまた遠慮したい事実だ。
 今回は動かさないで、次回があったならそのときは動かせば良いだろう。

「では仕方が無い。多少危険かもしれんが、今のままでは余りに未知が多すぎる。ゆえに我々は情報を手に入れなくてはならない。セバス――」
「はい」
「メイドの1人を借り受ける」
 
 セバスに断りを入れてはいるが、別にセバスの返事を待つつもりはない。実際セバスもアインズに何かを言うつもりはない。あくまでも建前上の断りだからだ。
 アインズの視線が動き、先ほど手を上げたメイドに動く。アインズの視線を受けたのは10代後半から20代ぐらいの年齢の女性だ。
 日本人を思わせる顔立ちは非常に整っており、お淑やかそうな雰囲気を醸し出している。そのためか、メイド服の胸の辺りが大きく膨らんでいるが、いやらしさを感じさせない。
 きめの細かい色白の肌は、シャンデリアからの光を受け白く輝いているようだった。豊かかつ濡れたような黒髪、黒曜石の輝きを保つ瞳。
 1000人いれば999人は振り返るような美貌だ。

「……ガンマよ。お前には重要な任務を与える。様々な注意があるので、一通り終わった後、私の元まで来い。先に言っておくなら、やってもらう仕事は冒険者に関する情報収集だ。これは重要な任務だ、それは理解できるな?」
「――はい。一命にかえましても」

 名前を思い出せなかったが、何とかメイドたちに共通して与えられた記号の1つを思い出し、アインズはメイドに指令を与える。
 メイドはアインズに命令されたことに喜悦を感じているのか、しっとりと頬を紅潮させた。サイドテールが頭を振った拍子に大きく揺れる。
 その姿に一瞬だけアインズの眼窩の奥の炎ごとき揺らめきが瞬くが、その感情を言葉には出さずに命令を続ける。

「セバスには別の任務を与える。まずは国家が保有するであろう兵器。これについての情報を集めよ。次に科学技術レベルと魔法技術レベルが一体どの程度なのか。何ができて何ができないのか、特に情報収集系の技術は最優先で調べろ。場合によっては対策を考える必要が出てくるからな」

 この世界はファンタジーだ。つまり今までの人生で得てきた常識では計り知れないような何かがあるわけだ。それを一言で言うなら未知の技術――魔法、そしてそれに類するものだ。
 今、警戒しなければならないのは魔法という技術を使用した様々なものだ。特に情報収集系の技術。
 例えば神に問う:神託、過去を見る:過去視、物体の位置を探査する:ロケート・オブジェクトみたいな魔法。無いとは言い切れない。そしてそれが強大だったら、もしかすると気づいたときには丸裸にされかねない。

「その次が個人で戦闘能力の高い存在の発見だ。先ほども言ったように国家としての個人戦闘能力は低いと判断できる。――しかし、国家に所属しながら自由意志で動いている存在もいよう。そんな個人戦闘能力の高い者を探し出すのだ。我々の力に比べてどれだけのものかを調べるためにだ。つまり先のメイドと同じような情報を他の角度から集めてもらうと言うことだな」

 モンスター、冒険者、13英雄。考えれば今だ戦闘能力の分からない存在はいくらでもいる。そしているか不明な他のプレイヤー。王国最強クラスの戦士長の戦闘能力が自分達より弱いからといって、満足も安心も今だ出来ないのだ。
 
 無論、これらの警戒は太陽が落ちてくると怯える狂人の類なのかもしれない。
 だから太陽がどういったものなのか知りたいとアインズは考えているのだ。太陽が落ちてくるものではないと知れば安心できるから。

「了解しました、アインズ様」
「ああ、細部は先のメイドと同じように後ほど詰めよう。できれば街で暮らしながら、一般常識を学ぶとともに情報を得て欲しい。場所は現在のところ王都を考えている」
「承りました」

 王都を選んだことに特別な意味合いは無い。ただ最も安牌かと思った程度だ。

「――次にアウラ。近辺に大森林なる場所がある。その中を探索し、安全だと思われる場所に物資の補給所兼避難所を作成しろ。目的は非常時、その場所からナザリック大地下墳墓内に物資を輸送するためだ。そして本当にどうしようもない時、一時的にナザリック大地下墳墓を明け渡すためでもある」

 守護者達すべてに驚愕とも呼ぶべき強い驚きが浮かんだ。どのような攻撃も跳ね返してきた大要塞たる、ナザリック大地下墳墓が攻め落とされる可能性も自らの主が既に考慮の対象にしているという警戒感の表れに対してである。
 それは守護者達の警戒心を強めると同時に、油断を打ち消す働きを持っていた。

「私こそがアインズ・ウール・ゴウン。この身が残ればそれは勝利だ。ナザリック大地下墳墓は所詮はただの器。最後にこの手に収まっていればそれは敗北とはならん。お前に与える任務の重要さが理解したな、アウラよ」
「はい!」

 覇気に満ち溢れた返事。アウラの声に含まれる強い意志に、満足したように頷くアインズは釘を刺す事も忘れない。

「絶対は無い。注意に注意を重ねろ。今だ外の世界のモンスターの強さは不明だ。モンスターと遭遇した際の情報収集もついでに行え」
「はい!」
「場合によってはそこで食料の生産も行う可能性があるかもしれん。その辺りも充分に留意を頼むぞ」
「分かりました。発見されないような場所に広大な領地を建設しておきます。ダミーを作成してもよろしいですか?」
「構わない。その辺りはアウラの裁量に任せる」
「了解しました」

 ぺこりと頭を下げるアウラ。
 そこから視線を外し、動かす。先にいるのはデミウルゴス。アインズは次の命令を出すべきか、出さざるべきかで迷う。この命令は多くの人間を不幸にするものだ。

「……デミウルゴス……コキュートスでも良かったのだが、お前のほうが適任だと考えるのでこの命令を下す」アインズの迷いが一呼吸の空白を生んだ。「……シモベを連れ、国を1つ支配しろ。その際はシモベを前に出し、おまえがいると言うことを誰にも気づかれるな」
「……現在の魔法に関する情報や、冒険者等個人の戦闘能力に関する情報が欠けている状態ではかなり危険と考えられますが? セバス殿を待ってからでも良いのでは?」
「その通りだ。お前の発言は正しい。しかし、私が危惧しているのはアインズという存在が姿を現すとほぼ同時期に、魔王が生まれては邪推する不敬な奴らがいるかもしれんということだ。だからこそお前を送るのだ」
「私は私で情報を収集しつつ、影で動けということですね」

 アインズは軽く首を縦に振る。
 単純な戦闘能力で判断するならコキュートスを、国を強制的に支配するならシャルティアでも構わない。だが、今回の任務は非常に繊細かつ複雑なものだ。場合によっては戦闘能力より、頭の回転が問われる可能性は非常に高い。
 ならば送り込めるのはデミウルゴスをおいて他にいない。

「……そして支配している時間は、将来そのシモベを退治しに来るであろう『正義の大英雄』アインズ・ウール・ゴウン様が来られるまでですか?」
「……そうだ」
「了解しました」デミウルゴスは優雅に微笑む。「では私が魔王の役目を引き受けさせていただきます。それで将来いらっしゃる大英雄様に捧げるための大帝国を場合によっては築いてもよろしいのですか?」
「程々にな。それと虐殺等は充分に考えて行え」
 
 デミウルゴスの邪悪な英知に溢れた顔が訝しげに歪んだ。

「失礼を承知で問わせていただきます。何故でしょうか? 虐殺は義憤を招き、魔王として名を高める良い手段だろうと思っていたのですが……。来るであろう英雄を警戒してでしょうか? 英雄を気取る愚か者の誘蛾灯という意味もあるかと思っていたのですが……」
「その通りだ」

 アインズはデミウルゴスの頭の回転に舌を巻く。デミウルゴスのシモベを魔王にするのは英雄ホイホイの役目も担ってもらおうと思っていたのだ。
 そして場合によっては他のプレイヤーホイホイの役目もだ。デミウルゴスを正面に立たせないのはそのためでもあるのだ。特にプレイヤーが本当にいた場合、デミウルゴスの正体を知っているものがいないとも限らない。

「追い詰められたネズミは猫をも噛む。そして私が警戒しているものがある」

 アインズが警戒しているものは多い。それは基本的に無知から来る警戒だ。
 知らないということは恐ろしいことである。真っ暗闇の中、手探り足探りで歩いているようなものだ。どうしても警戒心が先にたってしまう。
 しかし、それとは違う、もっと別種のものをアインズは警戒している。

「――守護者に問う。私達は恐らく最強だ。では私達はこれ以上強くなれるのか?」

 守護者達が互いの顔を一瞬だけ見合わせる。考えたことも無い質問なのだろう。主人からの質問に対し答えねばと考えても、相応しい答えを用意することができない。

「……私はそうは思わん。私達の強さは最強であり、それと同時に成長しない強さだと。そして続けて問う。弱き彼らはいつまでも弱きままか?」
「そうではないと、おっしゃるのですか?」

 すべてを代表してのデミウルゴスの問いかけに、アインズは頷く。

「そうだ、デミウルゴス――そして守護者よ。私は彼らの弱さは成長する弱さだと思っている。決して侮るな。そして管理できない範囲で強者を作るような行為は慎め。……虐殺をするなとは言わん。だが充分に思案検討した上で行え。デミウルゴス、お前ならそれができると信じているぞ?」
「――承りました、アインズ様。今の言葉抱きながら、ご下命を遂行したいとおもいます」
「それと優秀そうな者がいたら、いずれ手の中に収めたい。できるな?」

 デミウルゴスは邪悪な笑みを浮かべると、深く頭を下げた。

「さて、デミウルゴスがいない間はシャルティアが代理として、1階層から7階層までの警備の責任者とする。同じようにセバスがいない間はコキュートスに9階層、10階層の警備及び管理を任せる。各層の守護者は自分の領域のシモベにしっかりと伝達しておくこと。ただし、コキュートスを警備の責任者にする。これはシャルティアには私の手足となって動いてもらう可能性があるからだ。理解したな?」
「はい」
「ハッ」

 シャルティアとコキュートスの返事を受け、アインズは頷く。

「そうそう。召喚した存在は帰還命令を出さない限りいつまでもこの場にとどまり続ける。召喚するときは多少注意して行え。より正確に言うなら帰還もできる召喚とできない召喚がある。恐らく魔法による召喚が前者で、特殊能力による召喚が後者だ。この辺りは私がこれから時間を掛けて実験を行うつもりだ」

 アインズは玉座の間の外で待機しているであろう、デス・ナイトを思い出す。そのときポツリと誰かが呟いた。

「恐怖公は確か巨大な同族の無限召喚を特殊能力で行えた……」
「……あ」

 やけに静まり返った玉座の間にその言葉は非常に大きく響いた。アインズは顔を引きつらすと、慌ててメッセージの魔法を発動させる。無論、その対象は恐怖公だ。糸が伸び、その先で何かに結びつくような、そんな奇妙な感触。
 そして――

「恐怖公!」
 ――おお、これはモモンガ様、お元気そうでなりより――
「そ、それより聞きたいことがあるのだが、召喚したモンスターを帰還させる――」
 ――そのことですか。我輩も中々困っているところでして――

 正直聞きたくないが、聞かないことにはどうしようもない。

「……何をだ?」
 ――我輩に守れと命令された部屋が同族で一杯になってしまいまして、少々キツイのです。このままでは溢れてしまいますが、よろしいですかな? あっと、ご安心ください。シャルティア嬢のシモベのアンデッドどもには喰いつかないように指示を出しますがゆえに――
「よせー!」

 ビクリと肩を震わせるアウラとシャルティア。アインズの叫びで、これからの展開の大体の予測が立つのだろう。それを不思議そう――なんだろう、虫にも似た表情のために不明瞭だが――に眺めるコキュートス。セバスは無表情、デミウルゴスは面白そうなものを浮かべている。

「……シャルティア」
「……はいでありんす」
「部屋が一杯だ、そうだ」

 シャルティアの体がぐらりと大きく揺らぐ。

「しっかり!」

 アウラが慌てて受け止めるほどだ。シャルティアは何かぶつぶつとと呟きつつ、視線が空中を彷徨っている。あの広い部屋――1区画とも呼べるだけの広さが、一杯なるだけだというとどれだけの数がいるのか、想像もできない。いや想像したくない。

「とりあえず、直ぐに一部の区画を開放すると同時に、バリケードを作ってそれ以上飛散しないように手を打て」
「はいでありんす、コキュートス。そなたにも協力してもらう」
「フム。何ヲソンナニ怖ガッテイルノカハ知ランガ、協力ヲ要請サレルナラ、ソレニハシッカリト答エサセテモラオウ」

 問題は解決したと認識――または誤魔化し、アインズは次にすべきことを考える。
 何も無い。一通りの指令は出した。あとは各員と細部の打ち合わせに入るだけだろう。
 ならば解散するか。
 いや、あとたった1つ。最も重要なことが残っている。



 いてもいなくても同じ存在。人はそれを感じたときに人との繋がりを求めるものだ。
 では、アインズの場合はどうなのか。
 仕事は誰にでも出来るもの。彼がいなくても誰かが代わりに行うことは出来るだろう。両親もいない。友達もだ。そして恋人だっていない。
 笑ってしまうことに鈴木悟<すずき・さとる>――モモンガには、『アインズ・ウール・ゴウン』しかないのだ。そして『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達は理由があって去っていたものの、決してアインズを裏切らなかった。

 眼下の守護者やそのシモベに視線を送る。

 事実、『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達が生み出した部下達は今なお、こんなよく分からない状況になっても忠義を尽くしてくれているではないか。

 そう――彼には『アインズ・ウール・ゴウン』しか無いのだ。ならば――


「これよりおまえ達の最大となる行動方針を厳令する」アインズは黙り、少しの時間を置く。眼下の部下達の表情は先ほどと変わり引き締まったものだ「アインズ・ウール・ゴウンを不偏の伝説とせよ」

 右手に握ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを床に突き立てる。その瞬間、呼応するようにスタッフにはめ込まれたクリスタルから、各種の色が漏れ出し、周囲に揺らめきをもたらす。

「英雄が数多くいるなら全てを塗りつぶせ。アインズ・ウール・ゴウンこそ大英雄だと――」

 『アインズ・ウール・ゴウン』こそユグドラシル最高峰のギルド。幾つもの偉業を成し遂げたもの。それを守りきることこそ仲間たち皆に対する恩返しだ。ならばそれはこの世界でも例外ではない。
 鈴木悟――モモンガもまた『アインズ・ウール・ゴウン』を裏切ったりはしない。

「生きとし生きる全ての者に知らしめてやれ! より強きものがもしこの世界にいるのなら、力以外の手段で。数多くの部下を持つ魔法使いがいるなら、別の手段で。今はまだその前の準備段階にしか過ぎないが、将来、来るべき時のために動け。このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものであるということを知らしめるためにだ!」

 アインズからの覇気に満ち満ちた声が、玉座の間のどこにいようが聞こえるほどの気迫を持って広がる。
 音を立て、一斉に玉座の間に集った者達が頭を垂れる。崇拝とも称すべき崇高なものがそこにはあった――。


 アインズは部下の忠誠心を体全身で感じながら、思う。
 先ほどデミウルゴスに下した命令は反吐の出るようなおぞましいものだ。恐らく多くの人間を苦しめる結果になるだろう。だが、それを後悔は決してしない。いや、してはいけない。アインズは決めたのだ。『アインズ・ウール・ゴウン』を伝説にすると。そのためにどれだけの犠牲を生みだそうとも。

 しかし、それでもアインズは単なる1社会人。特別な力や才能を持って生まれたわけでもなく、そこまでの強き心を持っているわけでも無い。そしてまた自信もあるわけではない。
 迷うこともあるだろう。苦しむこともあるだろう。
 それでも進むしか無いのだ。
 
 かつての仲間たちへ顔向けが出来るようにするために――。






――――――――
※ そんなわけでアインズは現在のところナザリック大地下墳墓で色々と彼にしかできないことをやっている最中です。そのうちの1つはある方がおっしゃっていた奴ですね。あれは渾身の失敗でした。あれだけ石橋を叩いて歩くとか言っていたのに、致命的なミス。恥ずかしい。
 それとこの話は『アインズ・ウール・ゴウン』が伝説? になったとき終わりです。

 次回は19話「初依頼・出発前」でお会いしましょう。



[18721] 19_初依頼・出発前
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/06/02 20:44




 冒険者の朝は早い。いや、この世界に生きる人間の殆どが早いと言い換えても過言では無い。
 太陽が出るとともに行動を開始し、日の入りとともに寝に入る準備に掛かる。これは単純に現代のように安価で光源が手に入るわけではないということに起因する。光源たる炎を作るのもそれなりの金が掛かるのだ。光源保持ということの最も基本になるのがランタンだが、燃料となる油だってそれなりの金額がする。裕福でも無い家なら勿体なくて頻繁には使えない程度の額だ。
 そのため、つまり暗くなったら行動が取れないから、休みの時間になるということだ。

 ではモモンが泊まっている冒険者の宿屋はどうか。1階部分が酒場になっているということも考えれば、遅くまでやっていると思うだろうか。
 確かに遅くまでやっている。
 だが、それでも現代の居酒屋とかバーのような時間まで開いていることは少ない。時間にしてしまえば平均20時までだ。それ以降は基本閉店だし、騒ぐようなら寝れなくていらついた冒険者の複数が殴りこんできてもおかしくは無い。
 もしこれ以上騒ぎたいなら他の酒場に行けという寸法だ。

 ただ、これは別に冒険者の宿屋すべてがそういうわけではない。 
 モモンの泊まっている最下級の宿屋ということもあり、泊まる冒険者の殆どがさほど金を持っているわけではない。そして仕事を選り好みできる立場でもない冒険者ばかりだ。したがって朝1番に起きて、与えられた仕事――特に肉体労働をこなすために動き出す。そのため夜遅くまで騒ぐ奴はいなし、いたとしても気を利かせて他の酒場に遊びに行くのが普通だ。



 深い闇の中からの帰還。
 モモンの思考が浮上し、一気に冴え渡る。それに合わせ、ほうと濡れたようなため息が漏れた。

 至高の41名中、最後まで慈悲を与えられ、この地に残られた最も偉大な方。至高の41名の中心にして、最高位の存在。
 モモンからすれば夢でも、その方の姿を見れるのは心からの喜びだ。

 先ほどまでの勅命を受ける際の夢を惜しみながらも、体や脳の回転を早めだす。何時までも夢に浸りきっていることは出来ない。
 それに夢なんかでは得ることの出来ない、喜びがモモンの身にはある。直接に指令を与えられた身であるという事実は、心の奥底から湧き上がる巨大な歓喜のうねりを生み出し、モモンの全身をはち切れんばかり喜悦で満たしてくれる。

 ゆえに失敗は許されない。自らの失敗は至高のお方の顔に泥を塗るような行為である。勿論、失敗したとしてもあのお方の性格からして、瞬時に次の作戦に移られ、寛大な慈悲をいただけるだろう。だが、そのときモモンは自身が許せないだろう。
 
 それでも決して自殺なんかという逃避はしない。
 モモン――ナーベラル・ガンマの肉体は全て至高の方々のものであり、精神や魂すらもなのだから。

 鋭敏な知覚力が完全な覚醒を果たし、周囲から幾つもの呼吸音、心音すらも飛び込んでくる。そのどれもが睡眠中のゆったりとしたものだ。
 さて、どうするべきか。モモンは思案する。
 今日の6時までにギルドに到着している必要があるが、まだ日も昇らないような早い時間帯だろう。薄目を開けて伺っても、下ろされた鎧戸に日光が当たっている気配はない。誰にも気づかれないようにこの闇の中を動くことは可能だが、残念ながらモモンという人物は冒険者になったばかりの村人という設定。闇の中を自在に動くという行為を行い、下手な注目の集め方をしてしまうのは不味い。いつの間にか、同室の人間が消えていたら、先輩冒険者はどう思うか。
 ならば、皆が起きてからでも問題はないだろう。急いで行動することのメリットも考えられないのだから。


 十分な時間を置いて、モモンが眼を開ける頃、同室の冒険者のほぼ全員が身支度を整え、部屋を出て行くところだった。無論、眼を閉ざしていただけだ。
 モモンは種族的に感覚が高くなるように、能力値の上昇率は設定されている。そのため例え、魔法職のレベルを上昇させていたとしても周囲の気配を感知し、何を行っているのかなど簡単に読みきれる。

「それで何か用?」

 のたくたとやけに手際悪く装備を整えていた女に声をかける。ちらちらとモモンを伺っていたのは既に確認済みだ。

「あ、えっとですね」

 おどおどと話しかけてくる昨日の女。
 昨日、初めて会ったときから人格が変わったのかというほど性格が変化している。モモンはただ、黙って話の先を待つ。

「あの、いただいた薬なんですが……」

 モモンは頷き、さらに話を進めるように顎をしゃくる。

「あれほど効果的なポーションはあまり知らないので、よろしければ1本売ってもらえないでしょうか?」慌てたように手を振りながら言葉を続ける。「多少の蓄えならあります。あれから店の主人に一般的な回復のポーションの定価を聞いたのですが、1本は買えるお金はあります。それにもしあのポーションがより強力なものでもなんとか……なると思うんですが……」

 最後のほうに行くにつれ、どんどんと言葉の力がなくなっていく。

「今回、街道の警備の仕事でして、場合によっては傭兵崩れの盗賊とかとやりあう可能性があるんです。それであの薬があればと思いまして」

 女は幾度もペコペコと頭を下げる。
 モモンは無表情を保ちながら、内心舌打ちをしたい気持ちでいっぱいだった。

 モモンは鋭敏な嗅覚を持っている。
 そのために彼女の使っていた薬の匂いは少々耐えがたかった。我慢すれば出来たかもしれないが、鼻がバカになった可能性は非常に高い。いわゆる仮想敵地に乗り込んでいる最中に、五感の1つたる嗅覚が使い物にならなくなることを恐れ、そのためにモモンはポーションを与えることで匂いを落とさせたのだ。
 それが、これほど裏目に出るとは。
 この世界の常識を知らないことが既に失敗として姿を見せはじめている。これで指令をうまくこなせるのだろうか。不安が頭を過ぎるが、覆水は盆にはかえらない。

 それではどうするべきか。
 ポーションの価格を知らないために適切な金額を示すことが出来ない。あまりに安い値段で売ることは相手の注意を引くだろうし、場合によってはいらぬ好奇心を起こすかもしれない。
 では断るとしてどのように断るべきか。
 案の1つは上げたポーションで最後だと断るものだ。だが、最後の大切なポーションを匂いを落とさせるためという理由で与える人間は普通いない。次の案はもう1本しか残ってないという方針だ。だが、やはり前者と同じ理由で奇妙な話に思われても仕方がない。

 ならば断るという方針を変更し、恩義を売る方向に持っていったらどうだろうか。モモンは考える。目的は冒険者やそれに関する知識の収集。この女に貸しを作っておくのも悪くはない。そしてもしこの薬をもっと欲しいといってきたなら、うまく誘導して――。

「……かまいませんよ」
「ほ、本当ですか!」

 ぱぁっと顔を明るく輝かす女。よほど街道警備の仕事が不安だったのだろう。

「あの回復を感じ取ってもらえれば、あれがどれだけ貴重なものか分かりますよね」

 女はコクコクと頷いている。ただ、あまりこう――知性を感じる頷き方ではない。とにかく、すごいよねー、という憧れとも呼ぶべき感情に動かされたものだ

「でも、今回は特別にただで差し上げます。私の持ってる最後の2本の内の1本ですが」

 モモンはそう答えながら皮袋の中に巧妙に隠してあるインフィニティ・ハヴァサックに手を突っ込み、昨日渡したポーションを1本取り出す。10数本貰ったマイナー・ヒーリング・ポ-ションの中の1本をだ。

「ただは悪いです。ある程度までならお支払いできます」

 慌てて懐から小さな皮袋を取り出す女。あまり多くない金属と金属がぶつかり合う音が微かに聞こえる。
 モモンはさほど金銭的に困窮しているわけではない。
 というのもアインズの回収した帝国の鎧や剣は魔法がかかっていたため、かなり高額で売れたためだ。そのため準備金として売却価格の一部を与えられたモモンは金銭的な面での余裕は十分にある。とはいえ、単なる村人という設定のモモンが大量の金を持っているのも怪しまれるだろうから、使いまくることは出来ないのだが。

 貰った場合と貰わなかった場合のメリットとデメリットを冷静に計算するモモン。やはり無料にしたほうが貸しという点でも、撒き餌としても有効的だと思われる。

「いや、いいよ。お近づきの印って奴」
「ありがとう!」
 
 手を握ろうとしてくる女を避け、モモンは立ち上がる。モモンの幻覚は完璧なものではない。触られれば奇妙な違和感を感じるだろう。その違和感が何を意味するものか理解できるとは思えないが、それでも避けたほうが賢い。

「もう行かないと」
「あ、ならこのお礼は必ず」

 皮でしっかりとできたポシェットにポーションを大切そうに入れる女を見ながらモモンは口を開く。

「モモンっていうんだけど、そっちの名前は?」



「♪~」
 
 リズミカルに彼女は軋む階段を下りる。いつもなら今にも壊れそうにしか思えない音が天上の音色にも聞こえるほど、彼女は夢見心地だった。
 一番下まで降りきり、表情を引き締めようとするが、どうも崩れてしまう。粥を黙々と食べている冒険者の幾人かが、頭の悪い子に向けるものとほぼ類似した視線を彼女に送ってきた。
 しかし今の彼女にはそんなものはまるで気にはならない。
 いや、そんな哀れみが多分に含まれたものさえも、賛美するようにしか思えなかったのだ。

「♪~」

 彼女は鼻歌交じりで、空いたカウンターに腰掛ける。体を微かに動かすために、左右に座っている冒険者達がすさまじい表情を浮かべているが、自分1人だけの世界に飛び込んでる彼女には届かない。

「ご機嫌だな」

 店の主人の重い声とカウンターになみなみと入った木の器が置かれる音が、1階に降りてきて始めて彼女の理性を動かせることに成功する。回転するたびに錆び付いたパーツが落ちてきそうな動作だったが。

「いただきまっす」

 彼女は食事を用意してくれた店の主人に、軽く頭を下げる。それから皿に突っ込まれた木製のスプーンを取り上げ、白い粥を掬いあげ勢いよく口に流し込んだ。

「はひぃ!」

 その瞬間、彼女の口全体に広がる灼熱感。熱された粥を冷まそうともせずに含んだために、当然起こるべきことが起こったのだ。
 飲み込むことは当然できない。彼女は唇を薄く開き、外気を取り入れることで口に含んでいる粥の熱を冷まそうとする。だが、そんなことでは全然冷めない。彼女が悲鳴のような呼吸を繰り返す間も、口の中が焼け、目元に涙さえも浮かんでしまう。

「ほらよ」

 木のコップがカウンターに置かれ、彼女はそれを慌てて飛びつき、一息であおる。

「はぁー」
「少しは落ち着けよ」
「はひ、マスター。申し訳ない」
「一体、何があったんだ、そんなに浮かれて? 今回の仕事はそんなに美味いヤマなのか? バニアラ」
「いや、それがですね~」

 相貌を崩し、ニヤニヤと笑う女――バニアラ。子供がお気に入りの玩具を自慢したがるような表情を目にした主人は、先ほどの興味が瞬時に喪失したようにそっぽを向いた。それから台所から持ってきた肉の切れ端をバニアラの粥の中に放り込んだ。

「まぁ、いい。とっとと食えよ。ほれ、残りもんだが、こいつもやるよ」

 左右の冒険者が、俺達のは、といわんばかりの嫉妬深い視線を送るが、それを完全に無視して主人は他の冒険者達の食器の片付けに入る。自慢すべき対象を失ったバニアラはつまらなげにスプーンを弄んでから、湯気立ち上る粥に息を吹きかける作業に専念した。
 
 やがて、食事の終わった冒険者たちが歯が抜けるように宿屋から消えていく。バニアラ1人が残っているのは、食事を始めるのが遅かっただけではなく、主人がもう1人分の粥を与えたからだ。
 2人分ともなれば結構な量にはなるが、女という前に戦士であるバニアラからすればさほどの量ということも無い。黙々とスプーンを動かし、いつの間にか木でできた容器は殆ど空になり、器の底が粥越しに薄く映っていた。

「ぷふー」
 
 食べた食べたといわんばかりの表情で、バニアラは腹部を軽く撫でる。腹筋が鍛えられているために、胃が出るなんてことは無いのだが、何とか無くやってしまう行為だ。 

「……それで先ほど、浮かれていたが何かあったのか?」
「え?」

 唐突に主人に声を掛けられたバニアラはぎょっとしたものを顔に滲ませた。それから主人が何を言いたいのかを理解したのか、動揺を落ち着かせニヤリと笑った。そんなバニアラの前に置かれた今まで食べていた食器を、主人は片付け始めた。
 もし少しでも洞察力の高い者がいれば主人が話しかけるタイミングを完全に伺っていたのに気づいただろう。腹を膨らませたのも満腹感によって思考力を多少でも低下させるためだと。

「昨日、言ったじゃないですか。同室の男の人からポーションをもらったって」
「ああ、言っていたな」
 
 主人からすれば唐突にポーションの金額を聞かれたので、強く印象に残っている話だ。

「今日、お願いしたらもらえたんですよ」

 それほど嬉しがる内容ではない。すると安く譲ってもらえたというところか。主人はそう納得し、興味を殆ど喪失したが、それでも自分から振った話だからとはんば義務感から会話を続ける。

「ふーん。どのぐらいの金額で買い取ったんだ?」
「それがですね~」
 
 ニヤニヤと笑う。先ほどとまるで変わらない光景に主人は苦笑いを浮かべた。

「只で譲ったもらえたんですよ」
「ほう。徐々に回復する系統の治癒のポーションでもかなり値が張るんだがな。信じられんな……どうした?」

 不思議そうな面持ちのバニアラに疑問を投げかける。

「いや、私がもらったのは即座に回復するポーションですよ?」
「即座に? ありえん」

 ポツリと主人は断定的な口調で呟いた。

 回復の効果を持つポーションの種類は大きく分けて3種類。1つが回復の働きを強めるもの。これは回復魔法や応急処置を受ける際に飲むもので、単体ではあまり回復の効果は無い。その分金額も安く、せいぜい2、3枚の銀貨で足りる。これは薬草がメインになっているからだ。
 1つは徐々に回復していく種類。これはおおよそ数分で完全に効果を発揮し終わる。回復量の最も少ないもので大体金貨15枚ぐらいで販売されている。薬草と魔法を半分使用したそれは駆け出しの冒険者では手が届くかどうか、微妙なラインだ。しかしながらあると無いのでは生還率が大きく変わるだろう。
 そして最後の即座に治癒の効果が働くもの。これはかなり高額だ。高位の魔法使いが錬金術を駆使して時間を掛けて作るそれは、一番弱い効果を持つものでも金貨30枚は下らないだろう。
 
 昨日、彼女に教えたのはポーションの価格は、この徐々に回復するポーションのものだ。駆け出しが何とか買えるラインならそれ以外は先入観的にも浮かばない。
 しかしそうではないと言う。

「ありえん」

 主人は再び同じ台詞を口にする。当たり前だ。どこの世界に駆け出しで金貨30枚もの価値のするポーションをくれてよこす奴がいる? いるわけが無い。
 それとも価値を知らない奴なんだろうか。
 バニアラが食事をしている最中、音も無く階段から降りてきた男を思い出す。朝食を片手で断り、まるでゴーストのように宿屋から出て行った変わった男を。
 ぞくりと主人の背中を冷たい汗が流れる。
 
「あいつ……」

 マントもろくに知らない、村人出身だと言っていた。本当にそうなんだろうか。冷静に考えればあの軋む階段を音も無く下りることが出来るだろうか。酒場が騒がしかったため、聞こえなかったと思っていたのだが……。
 昨日のイメージが完全に抜け落ち、つかみ所が無いまるで幽鬼のような実態のみが浮かび上がってくる。

「どうしたんですか?」

 不思議そうなバニアラ。即時治療のポーションの価値を知らないとはいえ、のんびりした間抜け面だ。

「あのな。お前さんがもらったのが本当に即時治癒のポーションだとしたら価値は金貨30枚は下回らないぞ」
「……」何を言ってるんだろうか、そんなぼけっとした面持ちに事態の把握が終わったのか、愕然としたものが浮かんだ。「おええええええ!!」

 主人はバニアラの雄叫びとも言えそうな声に、眉を顰める。

「うえ! なんで! ちょっと!」
「魔法のアイテムは金額が跳ね上がる。知ってるだろ?」
「いや、それは知ってるけど……。あのポーション2本でフルプレートメイルが買えるの?!」

 全身鎧<フルプレートメイル>は一般流通している通常の鎧の中では最高の防御力を誇るものだ。戦士でそれに憧れないものはいない。冒険者でフルプレートメイルを着ていれば、どんなランクであろうと一目置かれるほどだ。
 そんな高価なのものをあんなに簡単に飲んでしまったのかと、頭を垂れるバニアラ。

「……あのポーションってお前は決め付けているがな。回復量によって金額は左右されるんだぞ? 結構ランクの高い冒険者の傷を基本に考えて、全治1ヶ月以上を治癒するポーションが金貨30枚ぐらいだな。ぐちゃぐちゃになって直ぐにでも死にそうな奴を完治させるクラスなら金貨270枚。それ以上は480枚ってところか。流石に最後の奴まで行くとそんなポーション作っても売れないから完全受注生産で1ヶ月は待つことになるけどな。まぁ、弱い冒険者なら死に掛けていたとしても最初のポーションでも全快するだろうけどな」

 ぽかーんと口をあけ、放心したようなバニアラ。

「……売るか?」
「売らないよ」

 ぶすっとした顔でバニアラは腰の皮袋を上から押さえる。

「回復量を調べるなら冒険者ギルドに持っていけば銀貨3枚で調べてくれるぞ。一応調べておくといい」
「ええ、了解」
「まぁ、金貨30枚以下の即時治癒のポーションなんか聞いた事が無いけどな」

 思わず2人そろってため息を漏らす。

「しかしそんなに価値があったなんて……」
「即時治癒のポーションは凄いからな。腕を吹き飛ばされて苦痛にもがき苦しんでいた奴に一番安い奴を飲ませたら、痛みを即座に失って腕が見る間に生えてきたのは何だか気持ち悪いぐらいだったぞ」

 主人は無意識に自らの顔に付いた傷の1つを優しげに撫でる。

「はぁ」
「まぁ、何を考えてくれたのか知らないが、大切にするんだな。お前は一回分の命をもらったとほぼ同意語だと思って間違いないからな」 

 酒場内に沈黙が流れ、それから意を決したようにバニアラはその沈黙を破る。
 
「……ねぇ、あの人何者?」
「そいつは俺が知りたい。何もんなんだ、あいつ」

 再び2人揃ってのため息が、誰もいなくなった酒場に広がっていった。






――――――――
※ 金貨の価値は11話「知識」参照のほど。
  HP50点回復ってこの世界の一般人のHPからすると、危篤でも全回復と同意語なんだよなぁ。全HPに対する割合での回復では無いので。

  次回、20話「初依頼・対面」でお会いしましょう。



[18721] 20_初依頼・対面
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/08/04 20:09




 冒険者ギルドはモモンが昨日来たときとは違い、幾人もの武装した冒険者達の姿があった。フルプレートを着ている戦士がいれば、軽装鎧に弓矢を持つ者、神官衣を纏い何らかの神の聖印を下げる者、ローブにスタッフを持つ魔法使いもいる。
 カウンターで受付嬢を相手に仕事を選択したり、もらった羊皮紙に書かれている仕事内容に関して仲間内で相談したりもしている。まさに冒険者のギルドに相応しい活気にあふれた姿だ。
 
 モモンが入っていくとその部屋にいた冒険者の視線が集まり、そしてすぐに熱を失ったように離れていく。さほど相手にするまでも無いということなのだろう。それでもまだ数人のローグ風の人間の意識がモモンをトレースしているのが、鋭敏な感覚を持ってすれば察知できる。パーティーの耳や目ともいうべきローグ職の軽い警戒心の表れだろう。敵意は当然無い。
 モモンは気づいて無い振りをしながらカウンターに近づく。
 幸運なことにちょうど話が終わったのか、幾人かいる受付嬢の内、イシュペンの前が空くところだった。

「おはようございます」

 両者の挨拶が同時に起こり、ハモる。イシュペンのやるな、こいつという表情がなんとなく癪に障るがモモンはそれを営業スマイルで覆い隠す。イシュペンの視線がモモンの両手に向かうが、直ぐに目を逸らす。特別疑問には思わなかったのだろう。

「えっと旋風の斧の方々はつい先ほど来たばかりですよ」
「そうだったんだ。早く来たつもりなんだけど」
 
 時間からすれば30分も早いのに、旋風の斧という冒険者パーティーは既に来ているという。身分的に低いモモンの方が遅いというのはあまりいただけない。

「ではご案内しますので、こちらにどうぞ」

イシュペンが立ち上がり、他の受付嬢の後ろを通りながらカウンターから出てくる。手で簡単に隠せるような薄い真鍮板のようなものを掴んでいる。
 モモンはイシュペンの案内に従い、隣の部屋に入った。
 そこには幾つもの扉があり、恐らくは打ち合わせ用の個室が並んでいるのだろうという予測が立つ。
 ドアは音漏れのしないようかなりがっしりとした作りだが、それでもモモンが本気で意識を集中させれば、僅かな音を拾うことは可能だ。それに内部の微かな気配も。

 イシュペンが案内してくれたドアには、何らかの文字の彫られたプレートがかかっていた。文字は読めないので理解不能だが、おそらくは在室中とか使用中とかの言葉の意味合いだろうと見当がつく。実際、ドアにプレートがかけられた部屋はこのほかにも幾つもあるが、そのどれもが室内に人の気配を感じ取れた。

「その前にですね」

 イシュペンは持ってきていた薄い鉄板をモモンに差し出した。

「メンバーカードです」
 
 真鍮でできた小さな板には文字と数字が掘り込まれている。恐らくはモモンを示すものなのだろう。もし知る人間が見ればドッグタグを思い出したかもしれない。メンバーカードの片隅には小さな穴が開いている。
 実際カウンターにいた冒険者達を思い出してみると、色は色々あったが皆首から同じようなものを下げていた。恐らくはこの穴は鎖か何かを通すためのものなのだろう。

「これは一体?」
「これはモモンさんを簡単に説明したものです。この番号がモモンさんに振り当てられた番号で、この番号を受付で言ってもらえれば素早い検索が可能ですので」
「ふーん」
「材質はノービスとFがブラス、Eがブロンズ、Dがアイアン、Cがシルバー、Bがゴールド、Aがプラチナ。そして最高位たるA+でミスラルです。まぁ、名誉職ともいえるA++だと最高位のレア金属アダマンティンらしいですけど」
「ふーん」
「あ、その空いた穴にこれを通して、首から下げてください」

 イシュペンがポケットから出した細い鎖をその穴に通し、首からぶら下げる。モモンは再びその真鍮製のメンバーカードを凝視した。

「……魔法か何か付与されてるの?」
「いいえ? 何も込められてませんよ」
「ふーん。このメンバーカードを魔法の対象にするとか、ギルドとかってそういったことってしないの?」
「ギルドがそういったことを行うなんて聞いたことはありません」
「なるほど……」
 
 これを目標に位置の追跡みたいな情報収集系の魔法が可能かどうか。イシュペンは知らないだけというのは充分考えられる。その辺りの魔法知識はモモンの上司ともいうべきセバスが調べる手筈となっている。
 ならば調べが付くまで出来る限り大人しくしておくのが良策か。それともモモンが調べるか。その辺りは臨機応変に対処すべきだろう。

 モモンはイシュペンに礼を述べると、それを胸元の内ポケットにしまい込む。
 イシュペンはしまうところを確認すると、並ぶドアの1つの前に立ち、ノックを数度。それから中に声をかける。
 
「失礼します。ギルド受付の者です」

 返事を待たないでイシュペンはその扉を開けた。

「モモンさんをお連れしました」

 その部屋にいたのは4人の男だ。首からは青銅でできただろうメンバーカードを下げている。皆、年齢は若く20歳にもなっていないのではないだろうか。
 ただ、年齢には似合わないような落ち着いた感じが漂い、くつろいでいるように見える中にも警戒心を張り巡らしているのが、モモンには感じられた。皆、武器は下ろしているが、それでも瞬時に武装を整えることは出来るような位置取りだ。
 それは潜り抜けてきた死線の中で培ってきたものだろう。

 無論、その4人に比べ遥かに強者であるモモンからすれば、そんな行為は赤ん坊が肩肘張ってる程度の微笑ましいものでしかない。
 なんと脆い奴らなんだろうとモモンは目を細めようとして、意志の力で押さえ込む。
 モモンからするとこの一行の厚さが紙のようにしか思えないのだ。Eランクというから多少は期待したというのに、ゴミ当然だ。ちょっと魔法を使えば、一撃で殺すことも容易いだろう。
 もちろん自分と同じように擬態しているということは考えられるのだが、それを見抜くだけの力は持っていると自負しているモモンからすると擬態しているとはとうてい思えない。その程度の腕しか事実持っていないように感じられる。
 もちろん、モモンよりも遥かに強く、守護者に匹敵するだけの能力を兼ね備えているという可能性は捨てきれない。だが、そんな可能性は空から隕石が降ってきて、モモンに当たるぐらいの可能性だろう。

 これがEランクだとすると――この程度では重要な情報を手に入れるまで、どれだけ時間が掛かることになるか想像ができない。単なる村人といいう設定を捨てるべきだろうか。そこまで思考し、モモンは自らの考えを捨て去る。
 派手な行動は慎めよ、というのは後に主人の私室に呼ばれた際に下された命令だ。主人の言葉に逆らうメイドは屑だ。ならばモモンに己の判断で行動する必要性は無い。
 
 モモンは笑顔を浮かべ、中の人間に頭を下げた。

「モモンです。はじめまして」
 
 イシュペンに続いてモモンが室内に入る。

 その部屋は4メートル四方のさほど広くない部屋だ。
 中央に小さな円卓があり、それを囲むように6つのイス。そして部屋の隅にイスが幾つか置かれていた。壁にかなり巨大な背負子が立てかけてあった。あれが恐らくモモンが運ぶものだろう。
 何条もの金属製の細帯が互いに重なりながら、皮や編んだ鎖帷子の上をそこそこ覆った鎧――帯鎧<バンデッド・アーマー>を着用した戦士風の男。
 動きやすそうな軽皮鎧<ソフトレザー・アーマー>を纏い、イスの横に弓や矢筒を置いた盗賊風。
 宿屋の主人が言っていた皮の服というのはこんな感じなんだろうなと理解できる、鎧を着用しているとは決していえないような軽装をした優男。
 そして盗賊風の男に良く似た装備だが、皮鎧をさらに厚手の皮で補強された厚手皮鎧<ハードレザー・アーマー>を着た男がイスに座っていた。
 4人の冒険者の品定めするような視線がモモンの全身を嘗め回す。その中で最も視線がとどまった時間が長いのは、モモンが嵌めた無骨なガントレットか。

「今回は遅れてしまい、申し訳ありません」

 入り口でぺこりと頭を下げたモモンを、戦士風の男が宥めるように口を開く。

「いや、気にしないでください。モモンさん。ちょっと朝っぱらからごたごたしまして」苦笑いを浮かべ「単に我々が朝からどこかの娘さんがヒステリーを起こされただけですので」

 それにあわせて袋が破裂したのか、他の冒険者達からも不満がこぼれ出す。

「せっかく英気を養うと言う意味で最高級の宿屋に泊まったのに朝っぱらから、アホな娘に起こされてな。ほんと、腹が立つ」
「どこの商人だかしらんが、あんな娘を持って大変だな。執事のじいさんもかなり苦労していたみたいだしな」
「まぁ、おかげであの豪華な朝食は只になったんですから、寛大な気持ちで許してやりましょうよ」
「――とりあえずイスにかけてください。取り合えず自己紹介も兼ねた依頼の内容や、今回の仕事の中身を話したいので」

 意外だ。
 モモンは自らが想像していた人物像との乖離に驚く。
 もっと上段から見下ろすような感じで扱われるかと思っていたのだが、非常に友好的に物事を進めようという意思が透けている。イシュペンがいることとはあまり関係がなさそうだ。
 モモンは空いたイスの1つに座るのを見計らい――

「では私はこれで」
「ああ、ありがとうございました」

 ――イシュペンがドアを閉め、出て行く。最後に親指を上に立て、にやりというやけに男らしい笑いを残して。

「気に入られてるんですか?」
「何ででしょう……」

 残された4人の冒険者の視線がモモンに集中した。その中で戦士風の男が代表として立ち上がった。
 黒髪黒目。特徴のこれといってない平凡な顔立ちだが、右の頬に並行して走る深い傷跡があった。鎧にも様々な傷跡が残り、幾つものモンスターとの戦いを生き残ってきたのだろう。

「とりあえずはモモンさん、初めまして。私がパーティー名『旋風の斧』のリーダーをさせてもらっているペテル・モークです。とりあえずは簡単な自己紹介とさせてもらおうと思います」
「で、あちらがチームの眼や耳であるレンジャー、ルクルット・ボルブ」

 皮鎧を纏った盗賊風の男が、軽くおどける様に頭を下げる。全体的にやせ気味で、やけに手足が長く、蜘蛛を髣髴をさせるフォルムだ。ただ、その細い体は無駄なものをかなり削った結果によるものだろう。
 やはり髪も目も黒い。

「そして魔法使いであり、チームの知識代表。ニニャ――『ザ・スペルキャスター』」
「よろしく」
 
 もしかすると全員の中でも彼が一番若いのだろうか。まだ大人というには若々しすぎる笑顔を浮かべて、軽くお辞儀をしてくる男。
 金髪碧眼。肌は他のメンバーがそこそこ焼けているのに対し、白い。
 顔立ちもこのパーティーでは一番の美形だ。男の美しさというより中性的な美しさ。声も男のものにしては若干甲高い。
 ただ、浮かぶ微笑はまるで仮面のように顔に張り付いているだけのものだ。作り笑いとも違う何か。あまり良いものではないのがモモンは感じ取れるが別に気にする価値も無いのでそのまま流す。
 服装も他のメンバーが鎧を着ているのに、彼1人だけ皮の服を着ている程度。その代わりにベルトには様々な奇怪なものをぶら下げているのが机の影から見えた。奇妙な形の瓶や、変わった形の木製細工等を。

「しかし、その恥ずかしい二つ名やめません?」
「え? 良いじゃないですか」

 不思議そうなモモンに注釈を入れるようにルクルットが口を出す。

「いや、天才とかいわれるぐらい有名な魔法使いなんだよ、こいつ」
「へー」
「10年かかるところを4年だっけ? まぁ魔法使いじゃないからそれがどれぐらいすごいのかいまいちピンと来ないんだけどな」
「本当に叶えたい夢があって、死に物狂いで努力すれば何とかなりますよ」
「なんともならないと思うけどなー。やっぱ才能は重要だよ」
「まぁ、それも否定は出来ませんが……」

 確かに全員の中では多分強いんだろうなという気配がある。だが、それでもモモンのレベルからすると下過ぎて実力のほどが分からないぐらいなのだが。

「そして最後の彼は森祭司<ドルイド>――ダイン・ウッドワンダー。治癒魔法や自然を操る魔法を使い、薬草知識に長けていますので何かあったら、直ぐに相談してください。腹痛とかにも良く効く薬とかもありますから」

 口周りにぼさぼさと生えた髭と、かなりがっしりとした体格が、野蛮人じみた印象を抱かせる男が重々しく頷いた。とはいってもモモンの外見よりも若いのだが。非常に僅かだが草の匂いが漂ってくる。その発生元は腰から下げている袋からか。
 
「では、私がモモンです。今回初仕事になります。お邪魔にはならないようにしますので宜しくお願いします」
「はい、宜しくお願いします。――では早速で悪いんですが、仕事の話に移りましょうか。えっと大体の話はギルドの方から伺っていると思うんですが?」
「はい。周辺モンスター討伐の際の荷運びということを伺ってます」
「そういうこと。この街周辺に出没するモンスターを狩るのが今回の仕事ってわけ」

 レンジャー――ルクルットが口を開く。

「モンスターを狩るとそのモンスターの強さに応じた報奨金が街からギルドを通して出るんだ。だから仕事の無い冒険者は基本的に巡回してモンスター退治を行うものさ」
「飯のためにな」

 もっさりとした口調でドルイド――ダインが横から口を挟んだ。

「俺達は飯の種になる。周囲の人間は危険が減る。商人は安全に移動が出来る。国は税がしっかり取れる。損する人間は誰もいないって寸法さ」
「今じゃギルドのある国なら何処でもやってることですけど、5年前はそんなこと無かったんですから驚きですよね」

 魔法使い――ニニャの発言にあわせ、パーティー全員がしみじみと頭を縦に振った。

「全くだ」
「王女様万歳って奴だな」
「頓挫しましたけど、冒険者においては足税も無くなるという方向にももって行きたかったみたいですよ」
「ほえー。冒険者をそこまで評価するとはねぇ」
「全くですね。国家に忠誠を尽くしてない武力組織なんて、場合によっては敵になりうる組織だというのに。帝国でもそこまでの寛容さは持ってませんよ」
「ほんとうにあの王女様は殆ど潰されたけども、色々な案を出す方だよ」
「あんな美人さん嫁にしてぇー」
「なら貴族になるように努力したらどうだ?」
「あー無理無理。あんな堅苦しそうな生活はできねぇな」
「でも貴族様は良い身分だと思いますよ。住民を絞り上げて、自分の欲望のままに行動して良いと国で定められてるんですから」

 ニニャの微笑みの下のドロドロとしたものが滲み出ていた。モモンとニニャを除いた皆が硬直し、それからルクルットがやけにわざとらしい軽い口調で話しかける。

「うわー、何時もながらきつい事言うね。おまえさんの貴族嫌いは相変わらずだねー」
「一部の貴族がまともなのは知ってるんですけどね。姉を豚に連れて行かれた身としてはどうしてもね」
「……話がずれているぞ。そういう話は彼の前でする問題じゃないだろう」

 ダインの修正に乗るような感じでぺテルがわざとらしい咳払いをしつつ続く。

「ゴホン。ゴホン。まぁ、そんなわけでこの周辺を散策することになります。そのため、文明圏に近いからさほど強いモンスターは出ないから安心して欲しいですね」
「今回が初めてって訳じゃないからなー」

 ペテルは羊皮紙を持ち出すと、それをテーブルの中央に広げる。恐らく周辺の地図なんだろう。村や森、川といったものが細かく書かれている。

「基本的に南下してこの辺りを散策します」
 
 羊皮紙の中央から始まって、南方の森の近辺を指で指し示す。
 
「スレイン法国国境の森林から出てきたモンスターを狩るのがメインですね。後衛まで攻撃を飛ばしてくるような道具を使ってくるのはせいぜいゴブリンぐらいですか。まぁ、ゴブリンは難度10程度ですからさほど心配されることも無いです」
「まぁ、その分弱くてぶっ殺しても銀貨1枚程度だがねー」
「了解しました」

 一行の余裕は、モモンは微かに疑問を感じさせた。
 モモンの知るゴブリンはそのレベルに応じて戦闘能力を増していく。彼ら一行ではゴブリンリーダーの1つ上、チーフクラスはきついんじゃないだろうか、という程度の能力しか持ってないように思われる。
 そういうものが出ないと確信しているのだろうか。それともこの世界ではゴブリンはその程度しか力を持っていないのだろうか。モモンの知る最弱のゴブリンはレベル3ゴブリンだ。確かにその程度ならこの一行でも倒せれるだろう。余裕かどうかまでしらないが。
 一応はゴブリンという種において確認を取っておいた方が当然良い。

「……強いゴブリンというのはいないのですか?」

 旋風の斧は互いに顔を見合わせ、それから何かの考えに同意に至ったのか、安心させるような口ぶりで返答する。

「大丈夫ですよ、確かに強いゴブリンはいます。ですが我々が向かう森から出てきません。というのも強いゴブリンは部族を支配する立場です。部族すべてをあげて動くということは考えにくいんですよ」
「ゴブリンも人間の文明は知ってますからね。大侵攻ともなれば厄介ごとになると理解しているんです。特に強いゴブリンのような賢い上位種は」
「なるほど、了解しました。ただ、参考までに遭遇する可能性のあるモンスターの一部のが、どの程度の難度か教えてはいただけ無いでしょうか?」

 旋風の斧のメンバーが一斉にニニャに顔を向ける。それを受けてニニャが教師のような表情で指導を始めた。

「まずはボクたちが良く遭遇するゴブリンの難度は6ぐらい。ウルフが難度10ですね。その他の野生の獣では難度20後半に到達するようなものはこの辺りでは遭遇した記録がありません。最高で難度20前半です。草原で遭遇する可能性で最も危険性が高い人食い鬼<オーガ>で20ぐらいでしょうか」
「先ほどから聞いていると森には入らないのですか?」
「はい。森で行動するのを避けるのは単純に危険度が高いからです。跳躍する蛭<ジャンピングリーチ>や巨大系昆虫等ならまだ何とかなります。ですが木の上から糸を吐いてくる絞首刑蜘蛛<ハンギング・スパイダー>、地面から丸呑みにしようと襲い掛かってくる森林長虫<フォレスト・ワーム>等の難度20後半のモンスターは少々きついですね。ですので森には入りません。森に入ると一気に難度が上がりますから」

 なるほど。モモンは頷く。森から草原にこぼれ落ちたモンスターを狩るということか。

「だから安心してくれよ、モモンさん。あんたは俺達が必ず守りきるからさ」

 モモンは殆ど無表情を維持したまま、軽い口調で安心させるように話しかけてくるルクルットに頷く。しかしながら内面ではじりじりと理性が黒い炎で炙られるものを感じ、必死にこらえるのが精一杯だった。
 遥かに劣る生き物に慰められるこの気分。
 しかもモモンが弱いと彼らは真剣に思っているのだ。セバス直属、ナザリック大地下墳墓の心臓部たる最下層を守るように命令を受けていたモモン――ナーベラル・ガンマを。

 モモンは息をゆっくりと細く長く吐き出す。内に溜まった熱を排出するように。

「ではモモンさん。疑問ももうなさそうですし、出発準備に入りたいのですが、大丈夫だとは思ってますけど、あの背負子を持ってもらえます?」
「あ、はい。了解しました」

 ペテルの指差した場所に背負子が立てかけてあった。
 モモンはそこまで行くと、背負子を持ち上げる。あまりにも力を入れないで持ち上げたように見えたため、その場にいた皆が驚き、僅かな感嘆の声を上げた。

「充分です、モモンさん」
「ああ、あれほど容易く持てるとは、驚いたな。外見と中身ではかなり違うということか」
「村で、こういう荷物は運んでましたから」
「なるほどねー。ペテル。これなら安心だな」
「ああ、そうだね。では一応の注意を。基本的にモモンさんは戦闘の際には後ろで隠れていてください。その背負子は背中の部分に薄い金属板が入ってます。それを盾にすれば矢も貫通しないはずです。そして例えば私達の誰かに危険が迫ったしても、自分の安全を第一に考えてください」
「了解しました」
「では出立しましょうか――」






――――――――
※ 足税は都市に入る際にかかる税金です。足の本数分かかるので馬とか連れてくるとそれなりにかかります。本編で入れることの無い設定なので語ってみました。
 次は21話「初依頼・野営」でお会いしましょう。展開が遅いので1週間分ためて読まれたほうが良いかも。



[18721] 21_初依頼・野営
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/11/07 18:11


 1日の移動距離はおよそ30キロ以下というと大した長さでは無いと考える人間は多いだろう。しかし、それは道なき道を、そして周囲を警戒をしつつ、さらにそれなりの重さを持ってと、様々な状況を足していけば納得してもらえるだろうか。
 そして1日の移動は15時まで、場合によってはもっと前には終了するように動くのが基本だ。
 これは野営の準備に時間が掛かるというのが理由の1つだ。
 その中で最も時間が掛かるのは野営地の選択だ。何かの生き物の通り道から離れていること、雨が降ってきたとき問題が無い地形か、夜行性のモンスターに襲われたときの対策。そうやって広い範囲から野営に相応しい場所を発見するのは非常に面倒な作業なのだ。
 特に草原という地形だとその難易度はぐんと上がる。
 そのために日が沈む前から野営の準備に取り掛かることとなるのだ。

 近場に森があれば木を削りだして即席の陣地を作るものだが、その分森の近くでの少人数の野営は危険が大きい。野営地が大きくなればなるほど野生の獣や魔獣は近寄らないし、ゴブリンやコボルトに代表される亜種族も攻めては来ない。逆に小さい場合は好奇心を招き、襲ってくる場合があるのだ。
 亜種族や魔獣等は夜目が利くので、夜間戦闘はかなり危険を伴う。そのため、現在の野営地は森から2キロは離れた、少しは安全だろうと思われる場所を確保している。

「じゃ、この木を刺して」
「はい」

 モモンは与えられた木の棒を持ってテントの周囲に突き立てて回る。テントの周囲と言っても一辺、20メートルにも及ぶ。4点に打ち込んだら、その次は黒く染め上げられた細い絹糸をその木の棒を巻きつけ囲いを作る。最後に絹糸の中央に結び目を作って、そこからテントの前まで糸を引き、大き目の鈴を吊るして完成だ。
 ようは鳴子による警戒網の作成である。
 
 既に3日も同じことをやっていれば慣れる。モモンはさくさくと鳴子を完成させ戻ってくる。

「ご苦労さん」
「いえ」

 レンジャー――ルクルットはモモンを見ずに感謝の言葉を述べる。別に彼も遊んでいるわけではない。先ほどから道具を使って穴を掘り、竈となるものを作っている。魔法使い――ニニャは周囲を歩き、何か魔法を唱えている。
 なんでも《アラーム/警報》という警戒用の魔法であり、あまり広い範囲をカバーすることはできないが、念のためにということだそうだ。
 モモンはその姿を追いかける。探知、警戒系の魔法というものの情報の収集はモモンの役目では無いが、得るべき情報だと理解しているからだ。

 魔法の発動形態はモモンのものと同じ。詠唱とか発動要素といったものは必要とされない。ならば魔法を手に入れる方法をどうにかすれば、その魔法も自らのものにできるのだろうか。
 
 モモンが凝視しているのが気づいたニニャが、最初にあった頃よりは多少打ち解けたが、まだまだ作り笑いと分かる笑みを浮かべながら戻ってくる。

「いつも見てますけど、面白いですか?」
「はい。私もニニャさんみたいな魔法が使えればと思って」
「おいおい。魔法は今日明日で使えるもんじゃないらしいぜ。まずは世界への接続とかいう奴ができなくちゃならないらしいけど、それが出来るのは潜在的な才能を持ってる奴ぐらいなものだからな」

 作った竈から顔を上げずにルクルットが口を挟む。ニニャは笑顔を掻き消し、モモンを真剣な表情で眺める。

「そうですか」
「ああ、モモンさん。そんなにがっかりしないでください。ボクはモモンさんは才能があると思ってますよ。なんか、普通の人とは違うような気がするんです」
「……そうですか?」
「まぁ、ガタイの割りに簡単に荷物を持ち上げるしな」
「それとは違うんですけどね。まぁ、もしボクがより高位の魔法使いなら何か分かったかもしれません。高位の魔法使いは相手の魔法力を探知する能力も高まりますから」
「……どういうことですか?」
「ああ、ボク達魔法使いは魔法力と称される魔法のオーラのようなものを、体の周囲に張り巡らしているんです。魔法の使う腕が高まれば高まるほど、それを感知する能力も高まるんです。それと纏う魔法力の量も」
「……へぇ」

 一瞬低くなりかけた声を自制し、モモンは怪しまれないように普通に聞こえる声で返答する。どうやらモモンにはそんな能力は無いようだ。ニニャからそんな魔法のオーラのようなものを感じることはできない。いや、それともあの魔法を使うことで感じ取ることが出来るのか。

「そんなわけで。その魔法力感知能力を使って、潜在的に魔法力を強く持ってる人とかも感じ取って弟子にするっていう話は珍しく無いんです」

 ボクもそうやって拾われたんです、と続けるニニャ。

「そうなんですか。では魔法を使いたいと思ったら、最初はどうすれば良いんでしょうか?」
「そうですね。まずはちゃんとした師匠を見つけることでしょうか?」
「それから?」
「それからですか? まぁ、師匠を見つけないことには進みませんが、それから魔法を自らの契約した媒体に刻み込んでですね」
「契約した媒体ですか?」
「ええ。自らと契約を交わした特別な媒体に、特殊な手段で魔法の公式を刻み込むんです。刻み込んだ魔法は精神力の分だけ使えるようになるんですよ」
「ニニャさんもお持ちなんですか?」
「ええ。ボクの場合は魔道書です」

 背負った皮袋へ頭を振って指し示す。

「……その魔道書は誰でも使えるんですか?」
「あはは。無理ですよ、モモンさん。魔法の刻まれた媒体から力を引き出せるのは、その媒体と契約を交わした魔法使いだけです。だからボクの魔道書を持ってもモモンさんでは使えません」
「そうですか、がっかりです」

 舌打ちをしたい気持ちを抑えるモモン。

「まぁ、他人の媒介に刻まれた魔法を手に入れるという目的のために奪う奴は多いですけどね」
「そうなんですか?」
「ええ」
「……だとすると魔法を手に入れるには奪うしかないということですか?」
「そんなこと無いですよ」モモンの危険な発言に苦笑いを浮かべるニニャ「ギルドでも魔法を刻んだスクロールを売ってますので、それを購入して自分の契約を交わした媒介に移し変えれば良いんです。それに冒険者同士で格安で売ってくれる者も探せばいますよ。珍しい魔法や新たに開発された魔法はギルドよりも、冒険者の方が持ってる場合がありますしね」

 興味があるという表情を崩さないように維持しながら、モモンはこの先を考える。このパーティーを殺して魔道書を奪った際のメリットとデメリット。答えは直ぐに出る。デメリットのほうが当然多い。
 ではどうやればこの世界の魔法を手に入れることが出来るのか。金を出してスクロールを買うのが最も安全策だろう。ただ、問題はスクロールの金額が高額だった場合だ。
 面倒だ。
 もしモモンがアインズより自由に行動しても良いという許可を持っていたなら、殺して奪っていただろう。だが、そんな許可はもらっていない。それどころか自らの至高の主人の命令を無視する行為につながる。
 
 モモンはため息を心の中でつく。
 面倒なことだ。全て力のみで解決できないのがこれほどもどかしいとは。

「――刻み込む事のできる魔法の数はその人間の魔法力の強さにも左右されますから、ボクで使える魔法の数は35個ですね。師匠のところで学んだのが20個ぐらいで、それから購入したのが15ですかね」
「……例えばニニャさんに弟子入りって出来るのですか?」
「うーん。ボクよりはより腕のたつ人の方が良いと思いますよ。ただ、王国だと個人塾しかないし、基本的にまだ脳の柔らかい子供相手がメインですからね。その点、帝国だとしっかりした魔法学院とかありますし、法国はその辺はかなり高度な教育を進めてますけど、神官系統だしね」
「なるほど。帝国の魔法学院には直ぐに入れるんですか?」
「難しいでしょうね。一応、魔法学院とかは国の政策としてある教育機関ですから、帝国の臣民でも無い人だと……」
「そうですか……」
「おーい、話が盛り上がってる最中すまないけどな。飯の準備も整いそうだ。あの2人を呼んできてくれないか?」
「あ、なら私が行きます」
 
 モモンはテントから少し離れたところで、大地に座りながら黙々と作業を行っている2人の元まで歩く。

 ファイター――ペテルとドルイド――ダインは使用した武器の点検に余念が無い。血糊を拭いた後、剣が錆びないようにオイルを塗布したり、武器に歪みが無いかを注意深く確認している。
 今日の獲物の数はゴブリンを12匹であり、ペテルが6匹、ダインが3匹、ルクルットが3匹という内訳だ。さらに負傷はゼロという完璧な結果だ。だがそれは鎧や剣に負担が掛からなかったというわけではない。
 真新しい傷が鎧にできているし、剣にもゴブリンの武器と打ち合わせたときの凹みができている。それらの応急修理は命をかける以上当たり前のことだ。2人とも声をかけるのを躊躇うほどの注意力を発揮している。
 もちろん、一般人からすればだが。

「食事の準備を始めるみたいですよ」
「あ、もうそんな時間ですか」

 時刻的には16時ぐらいか。少しづつ日が傾きつつあり、あと1時間半ぐらいで完全に沈むだろうか。食事をするには早い時間だが、それは旅慣れてない者の考えである。

「直ぐに行く」

 ある程度片が付いていたのだろう。ダインはメイスから眼を離し、持っていた道具をしまい始める。それに僅かに遅れてぺテルも続いた。

「では向こうで待ってますね」
「ああ」
「分かりました」

 モモンが二人と分かれて戻ってくると竈は火を上げ、上に乗った鍋を煮立てていた。

 火をおこす方法は簡単だ。
 竈に獣脂をたっぷりと染み込ませた布――松明にも使われるものだ――を投げ込み、そこに火打ち石で火をつける。あとは薄く削った木と太い木を上手く入れるだけだ。
 ルクルットの手際なら、太い木に火がつく前に削った木が燃え尽きるなんていうミスは起こらない。容易いぐらい早く、炎は勢いを増し、竈一杯に膨れ上がる。

 竈にかけられた鍋から、シチューの煮込む音がぐつぐつと聞こえる。周囲にもそのかぐわしい匂いが立ち込めていた。
 普通の旅だとシチューのような水を使う食事は滅多に食べることはできない。
 それは水が貴重品だからだ。水は1日に2リットルは成人男性の場合必要とされる。モモン達5人組なので最低10リットル。つまり10キロは1日の水分で荷物がかさばることを意味するからだ。それ以上ともなるとそれ以外の荷物が持てなくなり、かなりきつくなる。
 そのため通常の旅では途中で水を補給することを念頭に組み立てるが、モモンたちは今日に至るまで一度も補給をしてない。既に街を出発してから3日が経過しているのにもかかわらず。
 これはギルドからお金を払って借りている、1日20リットルまで水を生むマジックアイテムで代用しているためだ。そのため、水という面では非常に余裕があるため、シチューも作れるという寸法だ。

 やがてシチューも煮えあがる頃、片づけが終わったぺテルとダインも合流した。
 
 ルクルットが取った新鮮な肉と塩漬けの燻製肉で味付けしたシチューを、各員のお椀に注ぎ込む。それに固焼きパン、乾燥イチジク、クルミ等のナッツ類が今晩の食事だ。
 少し強すぎるぐらいの塩味が汗をかいた体にしっかりと染み込んでくる。モモンからすれば最低レベルの食事だが、それでも栄養補給という点では合格点を与えられる。
 旋風の斧のメンバーは互いに笑いあいながら、食事を進める。時折、モモンにも会話を振ってくるので、参加はするがどうしても垣根のようなものを感じてしまう。それが寂しいとは思わないが。
 
 それにしても仲が良い。命を預ける冒険者なのだから当然ともいえるが、これが普通なのだろうか。
 興味を持ったモモンは質問を投げかけた。

「――皆さん仲が非常に良いけど、出身地とか一緒だったんですか?」
「いや。俺達は最初の昇格試験で会った仲さ」
「ニニャの噂は聞いてましたけどね」
「うむ。天才の名はな。実際、ニニャがいてくれたお陰で、皆が生還したともいえるからな」
「そんなことはないと思いますよ。ボクだけの力では決して無理でした。ルクルットの早期警戒にモンスターが引っかかったから色々と手を打てたんですから」
「う? そうか? 俺的にはダインの治癒魔法のお陰だな。ゴブリンの矢がたまたま胸に刺さって呼吸が苦しくなったときは、やべぇって思ったもんだ」
「そのとき、ゴブリンを引き受けてくれたのはペテルだがな。ペテルがいなかったら治癒魔法を飛ばすのが少し遅れただろうからな」
「ニニャの防御魔法があったからですよ。あのときの私の腕では2匹同時はきつかったです。3匹も受け持てたのは支援あってこそです」

 互いに互いを謙遜しあう。本当に仲の良いパーティーだ。つまり命を預けあった仲だから当然の仲のよさと言うところか。その辺りの感情はモモンには理解できない。守護者の仲の良さとは違い、モモンたちメイドの仲の良さは同じ主人に使え、同じ方角を向いていることから来るものだ。つまり感情よりも思考からのものだ。もし仮に誰かが違う方角を向いた場合は、恐らく殺し合いとなるだろう。

「冒険者の皆さんってこんなに仲が良いのが普通なんですか?」
「多分そうですよ、命を預けますからね。互いが何を考えているか、どういったことを行うかが理解できないと危険ですし、そこまで行けばいつの間にか仲が良くなるってものです」
「そうだな、うちのパーティーは異性がいないしな。いると揉めたりするって聞くぜ」
「それにパーティーとしての目標もしっかりとしたものがあるからじゃないか?」
「ボクもそう思いますね。やはり全員の意識が1つの方を向いているというのは大きいですよ」

 ペテル達4人はうんうんと頷く。

「……そうなんですか。それで話をまた変えて申し訳ないですけど、旋風の斧というパーティー名は何処から来たんです?」

 実際、斧を武器としているメンバーはいない。ぺテルはブロードソードだし、ダインはメイス。ルクルットはコンポジット・ロングボウ。ニニャはまぁ魔法か。勿論今のは主武器であり、副武器も各自持ってはいるが、それでも斧を使っている者はいない。
 いくらなんでも解体用の斧をパーティー名にするわけがないだろう。

 そんなモモンの質問に4人はお互い顔を見合わせる。それはモモンが知らないことに対する、愕然とした何かがあった。

「……ああ、それはあれです。聞いたことないですかね、旋風の斧っていう魔法の武器」
「嵐の斧って言うほうが有名かもしれませんね」

 モモンの表情に理解の色が浮かばないことを確認した4人は再びショックを受けたように言葉を続ける。まぁ、パーティー名にまでした魔法の武器を知らないとか言われれば、多少なりとも精神的衝撃はあるものだ。

「おとぎ話の13英雄の1人が使っていたとされる武器さ。振れば嵐を起こすとも言われる武器だな」
「それを発見するのが俺達の第一の目標ってわけさ。まぁ、伝説って言われる武器は色々あるけど、その中でも存在がしっかりと確認されてる武器だしな。まぁ、今も本当に残っているかは不明だがねー」
「まぁ、最終的にはかの伝説の12剣が目標だが、その前の第一歩だな」
「今はまだ旋風の斧を発見するには遠く及ばない程度のランクでしかないけど、いずれは手に入れて可笑しくないまで昇っていくつもりだよ」
「あ、お代わりいる? モモンさん」
「いいです。もう、おなか一杯です」

 モモンは微笑を浮かべた。無論、パッとしない男のものだ、彼らに特別な感情は抱かせなかったが。



 焚き火の明かりはとうの昔に消えている。灰を触っても温もりも感じられない。
 では、焚き火が消えていて、周囲は完全な闇夜かというとそうではない。
 月や星という天空に輝く明かりが、草原の殆どを見渡せるほどの光源と化しているのだ。多少の薄い雲がかかっているが、その程度では阻害にもならない。
 草原を走る風が草を揺らし、ザワザワという音を生み出す。静まり返った世界にはそれ以外の音は無い。

 ダインは口に草を放り込み、かみ締める。スゥッと鼻に抜けるような清涼感が生まれ、重くなりつつあった瞼が大きく開かれる。冒険者がよく眠気覚ましに使うハーブの一種だ。大した金額ではないので、大半の冒険者が野営の番には使うものである。
 野営をする場合は太陽が昇るまでの11時間近く、交代で見張りに立つこととなる。もちろん、レンジャーであるルクルットほど鋭敏な知覚力を持っているわけではないが、見晴らしの良い草原であればよほどのことが無い限りは相手を見落としたりはしない。
 そのとき、ガサリとダインの後ろで草を踏む音が聞こえたが、それほど慌てずに振り返る。

「起きたのか?」
「ええ」
 
 ダインの予測した人物――モモンが眠気の無いはっきりと表情で立っていた。

「また明日もそこそこ歩くんだ。ちゃんと体を休めたほうが良いぞ」

 そう言いながらもダインは、それほど心配はしていない。モモンという人物は異様なほどタフな体力を持っている。いや、筋力もその外見からは想像もできないほどあるから、全体的に肉体的な能力は高いのだろう。
 ただ、少しばかりの違和感をなんとなく感じてしまう。最初は外見からは想像もできない肉体的能力の高さのためかと思っていたのだが、それとは違い、知識量の偏り方でだ。村で生活していたというのが本当なら知っていてもおかしく無いことを知っていないときがある。そして食事のときの礼儀作法がかなり整っており、そこそこ高度な教育を受けた形跡が随所でうかがえるのだ。
 ニニャもどうやら気づいているようだが、それに関して口に出したりは決してしない。
 冒険者の過去に興味を持つ者は、無礼者だというある種の共通認識があるためだ。実際このパーティーにだって過去を口にしない者だっているのだから。
 ただ、ダインは時折、モモンの冷静さに異様さを感じることがある。今日のゴブリンとの戦闘が修了した際も、平然とした表情だった。自分が冒険者を始めた頃こんなに冷静だったかと問われられたら、そんなことは無かったと答えるだろう。
 もしかするとこれもモモンの過去に関する部分なのだろうか。

「はい。でも目が覚めちゃいまして」
「そうか……。ガントレットは外しておいても大丈夫だと思うがな」
 
 いつもの無骨なガントレットを再び装備しているモモンに苦笑を向ける。

「無いと落ち着かないんですよ。それと少しばかりその辺にいますので」
「野営地内にしろよ」
「はい。分かってます」

 草を踏みしめながら歩いていくモモンの後姿を見送りながら、ルクルットの言っていたことを思い出す。ルクルットはモモンの歩き方を評価して、盗賊系の才能があると言っていた。

「才能の塊か」

 ニニャは魔法の才能があるのではと言い、ルクルットは盗賊系の才能と評価する。戦士として必須にもなる筋力も耐久力も既に高い。見た目から判断するに、20代後半だとすると年はかなり行っているが、それでもあれほどの才能が今まで単なる村にあったというのは惜しい気がする。
 もし仮に若いうちから冒険者として生きてきたなら、もしかすると今頃伝説にも残るような英雄になったかもしれない。
 そんな男の後姿は平々凡々としたものだった。



 モモンはある程度テントから離れると、ゆっくりと草原に横になった。空から舞い降りる青白い光が、若草の色を白っぽく染め上げている。
 見上げれば視界いっぱいに広がる星星は、まるで手を伸ばせば掴めるのではと勘違いしてしまうほど大きく煌く。想像できるだろうか。視界一杯に、無限の宝石箱をぶちまけた様な光景が広がるさまを。濁った空気に覆われていては決して眼にすることの出来ない、そんな感動を引き起こす光景だ。
 
 とはいえモモンはさほどその景色を眼にしても心動かすことはない。
 慣れているとか情動が乏しいとかではなく、しなくてはならない事の重要性で頭が固まっているからだ。絶景も二の次、三の次というところだ。

 モモンは全身の感覚を鋭く尖らせ、周囲を確認する。
 尾行も、こちらをうかがってる気配も感じられない。それを確認したモモンはそのまま草原で眠るようにしながら、《メッセージ/伝言》の魔法を発動させる。
 相手は自らの最上位の主たるアインズだ。先ほど手に入れた情報は早急に伝える必要がある。

 やがてアインズに連絡が取れ、先ほどのニニャから手に入れた情報を全て報告する。
 もしその姿を誰かが見ていたら、ぶつぶつと空中に向かって独り言を呟く危ない人間に思われるだろう。

 ――なるほど、了解した。ギルドには魔法が大量にあると考えても良いわけだな――
「そうかと思います」
 ――一部の魔法は比較対象として手に入れたいものだ。まずは購入するべきかな。それと魔法使いに弟子入りする者も必要か。計画の一部変更を考えるべきだな。追加の資金を送るので、それで購入を検討してくれ――
「ですけど、あまり高額になりますと、設定を一部変更する必要が出てきますがよろしいですか?」
 ――ああ、そうだったか、お前は単なる村人という設定だったな。とするとセバスに任せるとしよう。それで報告の方は終わりで良いのか?――
「はい。今回得た情報はこれぐらいになります」
 ――了解した。そのまま冒険者として怪しまれないように行動してくれ。それとシャドウ・デーモンを送るのでそいつらから一応の追加資金を受け取ってくれ。何か働かせたい用事等があった場合は、そのままそいつらを使役して構わない。既にシャドウデーモンにはそういった命令を下している――
「はい」
 ――それとご苦労だった、これからも頼むぞ、ナーベラル――
「は、はい。ありがとうございます!」

 目の前にいないにもかかわらず体を起こし、モモンは頭を思わず垂れてしまった。絶対たる主人の声はやがて消えていくが、それでも福音ごとき声の響きが、今だモモンの体を駆け巡っていた。
 他のメイドを含め、これほど自らの主人と話したものはいないだろう。そんな優越感がモモンの心の底からわきあがる。
 にやけそうな顔を必死で押さえ抑制しようとするが上手くいかない。

 仕方なく、モモンは顔を両手で包むように隠す。それからおもいっきりにやける。
 もし1人っきりだったら、喜びの咆哮を上げていたかもしれない。主人――アインズが自らの名を呼ぶという歓喜に耐えかねて。
 だが、アインズから与えられた任務を失敗させたくないという思いが、それを抑制する。

「はぁー」

 体の内に溜まった熱を排出するような深い深呼吸を数度繰り返す。そのときにはもう、モモンの表情は冷静なものへと戻っていた。

「さて、と」

 モモンは立ち上がると、さっさとテントに向かって歩き出す。
 あと3日は彼らとともに行動しなくてはならないのだ。怪しまれるわけにもいかない。先ほどのアインズの声を思い返そうとする記憶野に蹴りを入れ、冷静さを保つ。
 テントの近くまで戻り、そこで突然頭を下げるという行為を見ていたダインに不思議そうな顔で何をしていたんだという質問を受け、記憶野が反旗を翻そうとするのを抑えるので苦労したりもするのだが。






――――――――
※ とりあえずは15話の伏線回収です。
  次回は観察者としての戦闘シーンですね。そしてフラストレーションのたまるモモン。そんな話です。では次回22話「初依頼・戦闘観察」でお会いしましょう。



[18721] 22_初依頼・戦闘観察
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/09/19 18:30




 モンスターが最も出現する場所で人となじみの深い場所は森だ。森はめぐみをふんだんに持つ一方で、人の支配領域ではない危険な場所でもある。現代の日本のように明かりが氾濫している世界とは違い、光源となるものの価値が高いこの世界においては、光が届かない領域はモンスター達の支配する領域なのだ。ダンジョンしかり、洞窟しかり、夜しかり、森しかり。
 これはモンスターの方が夜目が利くことが1つの要因だ。人は暗闇の中動くのは困難を極めるが、モンスターは然程苦にならない。
 両者が出会い、戦闘行為に移行することを前提に考えれば、光の届かない場所に入り込むということがどれだけ危険な行為かは理解してもらえるだろう。
 森に関していえば太陽が昇っているうちでも、木々の梢が日差しを遮り、闇を作り出すことは非常に多い。そのため、危険度は草原に比べれば高い。木々がさほど密集して無い場所なら良いのだが、原生林は光が入り込まずいつでも暗い。


 そんなわけで森を迂回するように距離をとりつつ、一行は草原を歩く。草原といっても草の高さは最大で15センチ程度、さほど足運びに苦労する高さではない。
 一行の先頭に立ったレンジャー――ルクルットは草原を踏み分けた足跡がないか、森から何かが出てこないかに時折注意を払っている。今日の探索が終わったら街へ帰還する予定である分、真剣さがいつもの数段増しだ。
 他の3人、魔法使い――ニニャ、ファイター――ペテルとドルイド――ダインはのんびりと周囲を見渡す程度、真剣さはルクルットに比べ非常に薄い。これはルクルットを信頼しているという胸の現われなのだろう。
 ジリジリと肌を焦がすような太陽光を一行は背負いながら、黙々と歩く。既に朝露が残る時間は過ぎており、革靴には草を潰した際の微かな汁が付く程度だ。
 そのままどれだけの時間が経過したか。

「伏せろ」

 突如、ルクルットのさほど大きくは無いが、緊迫感をたぶんにはらんだ声が飛んだ。ルクルットが声を上げたことに対する状況の変化を確認をせずに、すぐさま全員ルクルットに従って草原に横になった。パーティーの目であるルクルットの発言は、警戒時には最も強い力を持っている。

《グロウ・プラント/植物成長》

 ダインの魔法の発動にあわせ、一行の周囲の草が伸び、うつ伏せに隠れた全員の姿を覆い隠す。
 近寄られれば一部の植物が伸びていることを疑問に思うだろうが、距離が少しでも開けばよほど優れた知覚力を持っていなければ、気づくのは困難に近い。モモンは伸びた植物でも隠せないため、ゆっくりと背負子を隣に転がす。

「どうしました?」

 ペテルが緑の布団を掻き分けながら匍匐前進をし、ルクルットに並んだ。ニニャ、ダイン、遅れてモモン。

「あれだよ。あれ」

 ルクルットが指差す方角。モモンは伸びた草を掻き分け、隙間から覗く。距離にして200メートルほどだろうか。そこにはちょうど森から外に出てきたモンスターの一行がいた。
 小さな、子供ぐらいの身長をした生き物が12。それに取り囲まれるように巨大な生き物が2体。

 前者の小さな生き物は2日前にも遭遇し掃討した。
 それはゴブリンと呼ばれる亜人種だ。

 潰れた顔に平べったい鼻を付け、大きく裂けた口に小さな牙が上向きに2本生えだしている。肌の色は明るい茶色。油で固まったようなぼさぼさに伸びた薄汚い髪は黒色をしている。
 汚れたのか染めたのか判断が付かないようなこげ茶色の襤褸切れのような服に、毛皮をなめしただけの荒い皮を鎧代わりに着用している。片手に木で作った棍棒<クラブ>を持ち、もう片手にスモールシールドを所持していた。
 人間と猿を掛け合わせて、そこに一握りの邪悪さをトッピング。しかる後に合体に失敗しようなモンスターだ。

 初遭遇になる巨大な生き物。身長は2メートル後半から3メートルはあるだろうか。
 顎を前に大きく突き出した顔は愚鈍そのものである。
 巨木を思わせる筋肉の隆起した長い腕は、猫背ということもあり地面に付く寸前だ。木からそのまま毟り取ったような棍棒を持ち、なめしてさえいないような毛皮を腰に巻くだけという格好だ。酷い匂いがこれだけ離れた場所まで漂ってくるような気さえする。
 所々疣が浮き上がっている肌は茶色っぽく、分厚い胸筋や腹筋をしている。外見から判断するにかなりの筋力を持っているだろうと予測が立つ。
 そんな、毛の完全にぬけ切ったチンパンジーを歪めたようなモンスターがいた。
 
 モンスターの一行は周囲を見渡し、それから草原に足を踏み出し始めた。殆どのモンスターが襤褸切れで作った袋のようなものを提げている。長距離の移動を考えていると思われる雰囲気だ。
  
「ゴブリンが12。そして人食い鬼<オーガ>が2か」
「難度的に危険ですか?」

 同じようにモンスターを確認したペテルにモモンは尋ねる。強さの評価というのが単純にできないのだ。ゴブリンは2日ほど前に遭遇したが、ほぼ無傷でこのパーティーは完勝した。ただ、今回はオーガというモンスターもいる。
 出発前の話では難度20だという話だが、モモンからすればどれも弱すぎて、オーガもゴブリンも同じ程度の強さにしか感じれないのだ。
 メートルでしか計れない人間が1ミリと3ミリの違いがよく理解できないのと同じことである。

 それをどう受け取ったのか、ペテルは自信に溢れた笑顔をモモンに向けた。

「大丈夫です。一般的な奴ですし、我々なら簡単に倒せますよ。ただ、モモンさんはニニャと一緒に後ろで待機お願いします」
「……分かりました」

 ゆっくりと後退し、ニニャの横に並ぶ。

「支援魔法はいりますか?」
「欲しい!」
「……森に近いし、逃げられても厄介だな」
「ならいつもどおりの手で行くかい?」
「そうしよう。それとオーガ2体同時は少し厳しいな……」
「では足止めをダインに。ニニャは防御魔法を私に。それからはモモンさんの安全に注意を払いつつ、攻撃魔法に専念して欲しい。ルクルットはゴブリンだ。もしオーガが抜けてきたらダインがそのままブロックしてくれ。その場合はニニャがゴブリンの掃討を優先で」

 ペテルの指揮に反論は生まれない。皆、互いの顔を見合いながら、一度頷く程度だ。戦闘に関する方法の決定が実にスムーズに進んでいる。まさに阿吽の呼吸だ。

 モモンは感心し、ほうと息をもらした。
 モモンからすれば集団攻撃魔法を一撃放てばそれで終わりの戦闘だろうが、それができないならできないなりの手段を考える。それはこの旅の中で脆弱な彼らを最も評価すべきものだ。

 ルクルットが1人だけ立ち上がり、合成長弓<コンポジット・ロングボウ>を弓懸に引っ掛け、引き絞る。ギリギリという音が止み、ビンッと弦が空気を切り裂く。放たれた矢は中空を一直線に走りぬけ、ゴブリンたちから10メートルほど離れた場所に突き立った。

 驚いたのはゴブリン達だ。
 突然の攻撃に戸惑い、ルクルットを確認すると、あざけり笑いを浮かばせる。たった一人で、しかも先手を打った一射を外す。無論、ゴブリンたちも200メートル離れたターゲットに攻撃を命中させる能力は無いが、それは頭から抜け落ちている。
 ゴブリンの高いとはお世辞にも決していえない思考力が回転するが、それ以上に数の圧倒的差はゴブリンの暴力性を過剰に膨れ上がらせる。結果――一斉に叫び声を上げながら、何も考えずに全力でルクルットめがけ走り出した。僅かに遅れてオーガも走り出す。
 血への渇望に我を忘れ、隊列も無ければ、盾を構えながらという防御手段もとらない。もはや完全にすべてが頭から抜け落ちている。
 それを確認したルクルットに僅かな笑みが浮かんだ。

「てっ!」

 彼我の距離が140メートルでもう一射。次の矢は外さずに、ゴブリンの頭部を射抜く。数歩、のたのたと歩き、最も後ろにいたゴブリンが崩れ落ちた。無論、絶命している。
 両者間の距離は見る間に迫ってくるが、ルクルットの矢を構える手に緊張の色は無い。なぜなら、直ぐ側まで迫られたとしても守ってくれる人間がいると知っているからだ。

《リーンフォース・アーマー/鎧強化》

 ルクルットの後方で草に隠れながら、ニニャの防御魔法が発動し始める。それを耳にしながら、再び矢を構える。
 90メートルでもう一射。再び崩れ落ちるゴブリン。
 40メートルで更なる一射。また頭部を貫かれ、一体大地に転がる。そこでペテルとダインが立ち上がった。
 ゴブリンの方が動きは俊敏だが、オーガの歩幅は非常に大きく、両者ともさほどの差は無い。とはいえ、草原という広い場所を200メートルも駆けてきているために、各自の距離はそこそこ開きだしている。そのためあまり多くのモンスターを効果範囲に入れることはできない。だが、ダインの最初の役目はオーガの一体の足止めだ。

《トワイン・プラント/植物の絡みつき》

 ダインの魔法が発動し、オーガの一体の足元を中心に草原の植物がざわめき、のたうつ鞭と化してオーガに絡みつく。非常に細い草が何百も集まり、強固な鎖と化す。焦りを浮かべたオーガの咆哮が響く。ついでに範囲内に3匹のゴブリンが含まれているが、特別に注意を向けるものはいない。

 ペテルはブロードソードにラージシールドを構え、正面から6匹のゴブリンと1匹のオーガの群れへ駆け出す。先頭を走っていたゴブリンの頭が踏み込みざまの一閃でくるくると舞った。吹き上がる血を潜り抜けるように、ペテルはゴブリンたちに肉薄する。

「クライヤガレ!」

 黄色い歯をむき出しにした、ゴブリンの汚らしい濁声が響く。
 ゴブリンのクラブの一撃を盾でペテルはたやすく受け止める。横合いから殴りつけてきた他のゴブリンの一撃は、魔法で強化された鎧によって、重い音を立てて弾き返すことに成功する。
 ペテルの視線は遅れて接近してきたオーガにある。ゴブリンの一撃ではさほど痛烈な痛みを受けないと判断してだ。

「来い!」
「ジネ!!」

 ペテルの言葉を理解したオーガが雄たけびを上げ、持っていたクラブを叩きつけてくる。それを間一髪で避けるペテル。周囲にいるゴブリンのおかげで横からの攻撃が来ないというのが有利に働いている。大地に叩きつけられたクラブが持ち上げられる。大地が大きくめり込んでいた。まともに受ければ、下手をすると即死しかねない破壊力だ。

《マジック・アロー/魔法の矢》

 最後に立ち上がったニニャから2つの魔法の光弾が放たれ、ゴブリンの一体に直撃する。それを受けてペテルを後ろから殴ろうとしていたゴブリンがゆっくりと崩れ落ちた。
 ペテルの周囲を取り囲んでいた5匹のゴブリンたちが現れた他の3人めがけ走り出す。あとはオーガに任せる腹なんだろう。
 コンポジット・ロングボウを放り、腰からショートソードを抜き放ったルクルットとメイスを構えたダインがニニャとの斜線上に躍り出、背中にかばう。


 ゴブリン5匹とルクルット、ダインの戦いはほぼ五分だ。ゆっくりとではあるが、一体づつ倒してはいるものの、ルクルットは片腕をクラブで殴打され折れたのか、プラプラと揺らしている。痛みを我慢しているのが一目瞭然なしかめっ面でゴブリンの一体の皮鎧の隙間にショートソードを突き刺している。
 ダインも複数回殴られているため、動きは多少鈍くはなってきたがまだ致命的な傷は負ってないように思える。
 ニニャは戦局を注意深く見ながら、魔法の温存に入りだした。今だ草によって行動不能状態になっているオーガがいるのだ。場合によってはニニャが受け持たなくてはならないのだから。
 ペテルとオーガの一騎打ちは今だ攻防が拮抗した状態だ。

『フォートレス!』

 ペテルの叫びと共に、オーガの一撃と盾が正面からぶつかり合い、甲高い音が響く。

 寝転がったまま1人でプチプチと草を暇そうに毟っていた、モモンは僅かに目を見開いた。

 ――オーガの一撃を完全に受け止めている。
 ペテルは立った場所から一歩も動かない。それどころか盾を持った手すら動いていない。まるで盾がオーガの一撃によって生まれたすべての衝撃を完全に無効化したようだった。

「武技……」

 モモンは仲間のメイドの幾人かが振るう、いわば武器の魔法とも呼ぶべき技を思い出す。魔法職以外の大抵の職業で5レベルごとに覚えられるそれは様々な効果をもたらす。
 ペテルの使った技は恐らくのところ、盾で受けた際の衝撃を完全に殺すことの出来るものだろう。
 繰り返されるオーガの殴打を盾で完全に受け止めきっている。

「行きますよ! ペテル!」

《フラッシュ/閃光》

 オーガの鼻先で真っ白い閃光が爆発する。瞬きを繰り返しながらよろめくオーガに対し、ペテルはブロードソードを強く握り締める。刀身に揺らめきが纏わり付いた。

『スマッシュ!』

 裂帛の気合を込めた力強い雄叫び。
 ペテルの渾身の一撃が、オーガの腹部をブロードソードとは思えないほど軽々と断ち切っていく。大量の血が吹き上がり、鮮血によっててらてらと濡れた輝くを持つ臓物がばしゃばしゃと地面を叩く。
 充分な致命傷だ。
 クラブを取り落とし、臓物を腹部に仕舞いこむよう姿勢をとりながら、オーガはどうっと倒れこんだ。



《ライト・ヒーリング/軽傷治癒》

 ダインから飛んだ回復魔法がルクルットの傷を回復させる。ゴブリンとの戦いも一方的なものへと変化している。ルクルットの一撃を受けてまたゴブリンが崩れ落ちる。
 ペテルは弓を持ち出すと、絡みついたままのオーガめがけ撃ち始めた。もはやゴブリンに対して剣を振るうまでも無いという考えだろう。
 
 ――つまらないな。
 欠伸をかみ殺しながら戦闘を眺めているモモンからすれば、堅実な戦い方過ぎて面白みにかける。どこかの戦局が崩れれば少しは面白くなるのだろうが、流石に後ろにいるオーガの束縛を解こうとかは行う気になれない。善意でも悪意でもなく、Eクラスの全力での強さが知りたいためだ。まぁ、Eクラスであればオーガ2体が厳しいぐらい。運によっては危険というぐらいか。

 とりあえずは武技を使う人間もいるということを手にいれたのは大きいだろう。今晩中にも報告しなくては。
 
 モモンがそんなことをぼんやりと考え込んでいると、自らの方に草を踏み分けながら走ってくる足音が1つ。顔を上げたモモンは逃げてくるゴブリンを視認した。

「こっち逃げこないでよ……」

 モモンは誰にも聞こえないほど小さく呟き、腰から下げたブロードソードを寝転がった姿勢のまま苦労して抜く。

「ドケドケドケ!」

 ゴブリンは悲鳴にも聞こえる雄叫びを上げる。そのままクラブを振り回しながら侮りやすしと見たのか、隠れていたモモンに目を付けると方向を僅かに転換して突き進んできた。

「モモンさん! 逃げてください!」

 緊迫した声がニニャから飛び、魔法を準備しだすのが視界の隅に映る。
 
 モモンは罵声を飛ばしたくなる気持ちに耐え、喉元まで上がってきた暴言を飲み干す。
 呆れんばかりの判断力の遅さだ。何の魔法を使うつもりかは知らないが、ゴブリンがこちらに来る方が早い。逃げても良いが、下手に逃げると人質にしようと追ってくる可能性がある。
 ――ならば仕方ない。
 モモンはそう判断し、眼前まで迫ったゴブリンが振り下ろしてくるクラブにタイミングを合わせ、ブロードソードを突き出す。
 肉を突き抜ける重い音。モモンの手に肉を切り裂き、骨を砕き、中身の柔らかい器官を破壊する心地良い感触が伝わる。ぎょっとしたゴブリンの顔が、自らの腹部に突き刺さった剣を確認して、命が奪われることへの恐怖へと変化する。そのままモモンは捻りを加え、握る手にゴブリンの内容物を引きちぎる感覚を得る。
 それから2本の光弾がゴブリンの体を強打した。
 モモンはそのまま手を離すと、倒れこんでくるゴブリンの体を転がることで避けた。

「大丈夫ですか! モモンさん!」

 ニニャが伸びた草を踏み分けながら、モモンに近寄ってくる。その慌てた歩運びはニニャがどれだけ心配してるかを言葉よりも鮮明に伝えてくれる。
 弱者の殺戮の愉悦に満たされ、にやけそうになる顔を必死に抑える。今はそんな表情をして良いタイミングでは無い。モモンは怯えたような雰囲気を漂わせようとゆっくりと立ち上がった。だが、どうしても濡れたようなため息が漏れる。

「はぁ――怖かったですが、なんとか大丈夫です」
「そうですか」

 安堵のため息を漏らし、肩から力を大きく抜くニニャ。モモンはうつ伏せに倒れたゴブリンのひっくり返し、ブロードソードを引き抜く。血があふれ出し、草原の草を染め上げていった。
 白目をむき、グニャグニャとした温かみの残る死体。
 もはや失われてしまったが、命が抜けきる瞬間の空虚な表情――モモンの2番目に好きな表情が記憶に新しい。

「――ご馳走様でした」

 モモンはニニャには聞こえないほどの小ささで、ゴブリンの死体にそう話しかけた。



 ■



 ニニャはモモンがブロードソードを突き刺したゴブリンの元に座ると、抜いたダガーで耳を切り落とす。これをギルドに提出することでモンスターに応じた報酬を払ってくれるのだ。無論、すべてが耳というわけではない。そのモンスターに応じた箇所というのがあるのだ。とはいえ、オーガやゴブリンといった亜人系は大抵が耳なのだが。
 慣れた手付きで切り落としていると、ある奇妙なことをニニャは発見した。それは半ば好奇心から始まった発見だ。
 ニニャは袖を捲り上げ、ゴブリンを貫通した傷口に手を近づける。ぽっかりと開いた大きな穴からは新鮮な血が今だ僅かに流れていた。手を近づける。体温が残る暖かい血液が、ぬるりとした感触をニニャに伝える。そのまま手を進めていく。
 鉄の匂いと共に、傷口からごぼごぼと血液が溢れかえる。そこで手を止めずに押し込み、ゴブリンの体の中で動かす。
 形容しがたい生々しい音が響く。
 そして――。

「!」

 ニニャは手を抜くとチラリとモモンの様子を伺った。
 その瞬間――目が合った。

 今まで全然違う方を向いていたモモンが、まるで伺うタイミングを待っていたようにぐるんと顔を動かす。まるで変化の乏しい無表情にも似た表情。モモンという人物が最も多く見せる表情で。
 ガラス玉のような作り物めいた目だ。そのとき初めてニニャは、昔幾度か見たことのある貴重品を思い出す。
 ニニャは微笑を駆使して作る。
 何時もの慣れた行為が非常に重い。顔が凍りついたようだ。

「モモンさん。耳、切り落としましたから」
「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げるモモン。それからすぐに興味を失ったように、モモンの顔がニニャからそれ、ペテルの行っている作業へと向き直る。
 怪しまれただろうか。ニニャの心臓が激しく脈打つ。呼吸が荒くなりそうなのを抑え、無理矢理、平常始動させる。
 
 ゴブリンの体に開いた穴は大きく、皮膚や肉どころか肋骨、肩甲骨、皮鎧、全てを断ち切って進んでいる。剣を振りかぶって両断する人間がいるのは伝え聞いたことがある。だが、寝転がった姿勢で突き上げるだけで、貫通するほどの穴を開けるなんていう行為が果たして出来るのだろうか。
 可能性としては突き出した剣にゴブリンが全力で突き進んだ際によるものだが……正直難しいだろう。いくらゴブリンでもそこまで間抜けではない。第一そこまでのスピードがこの足場の悪い場所では乗らないはずだ。
 外見からは想像できない筋力だとは思っていたが……。
 ニニャは作り笑いを維持し続けながら、自らの考えを纏め上げようとし、身を震わすような寒気に襲われる。身の内に得体の知れない化け物を孕んだような、そんな怖気が走ったのだ。

 ……有り得ない。単なる腕力だけと考えるのは有り得なさ過ぎる。魔法の剣だとするとかなり高位の武器と考えるのが妥当。ではモモンとは何者なのか。
 しかし、それを調べようとするのは――。

「……好奇心、猫をも殺す」

 ニニャはポツリと呟いた。
 再び、モモンがニニャに顔を向けてくるのを笑顔で誤魔化しながら。






――――――――
※ コンセプトは泥臭い戦闘です。一般的な冒険者の戦闘を観察している風に書きたかったんですが、微妙に上手くいって無いですね。中々難しい。
 次回は街に到着してモモンの話の前半修了ですね。23話「初依頼・帰還」でお会いしましょう。

 ……実はプロットでは初依頼4話は1話で終わる予定でした。どんだけ長くなったんだ……。



[18721] 23_初依頼・帰還
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2011/02/20 21:38
 ようやく帰り着いた街は徐々に夜の顔を見せ始めていた。
 大通りには魔法の明かりが白色光を周囲に投げかけ、通りを歩く者の雰囲気もだんだんと変わりつつある。若い女や子供といった存在は姿を消し、歩いているのは仕事帰りの男が多い。左右に立ち並ぶ店からは陽気な声が明かりと一緒に漏れてきていた。
 そんな中、4頭立ての豪華な馬車が一台、モモンたちの横手を走り去っていった。こんな時間なのに門の方へ向かう馬車を幾人かが訝しげに見送るが、すぐに忘れて思い思いの方向へと足を進める。

 馬車が通り過ぎたのを合図にしたように、モモンたち一行は立ち止まった。
 後ろを歩いていた幾人かが迷惑そうな顔をするが、冒険者である彼らに面と向かって文句を言うほど勇敢な人間はいなかったようだ。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」

 ペテルにあわせてモモンも頭を下げる。

「とりあえず今回はここまでで結構です。お疲れでしょうから、ここで解散としましょう。後のギルドでの処理はこちらの方で済ませておきますよ」
「そうですか? それはありがとうございます」
「それで報酬なんですが……」
 
 モモンの手に一枚の金貨が乗せられた。それをモモンは訝しげに見つめる。約束の金額とはまるで違う。

「多くありません?」
「モモンさんが倒されたゴブリンの討伐報酬が1体で銀貨1枚。それにポーターの報酬が銀貨6枚。それと初めての冒険をくりぬけられた方へのご祝儀も含んでいます」

 モモンは僅かに迷い、それから金貨を自らの財布にしまいこむ。

「……分かりました。そういうことならもらいます」

 それと引き換えに、殆ど空となり軽くなった背負子をペテルに渡した。チラリとニニャを軽く見――

「では、私はここで」
 
 ――頭を垂れ、歩き出すモモン。
 その背が人影に重なりながらゆっくりと離れていくのを只黙って見送る旋風の斧一同。やがて姿がほとんど人に隠れて見えなくなってきた頃、最初に口を開いたのはペテルだ。

「いや、それにしても意外にやるな」
「全くだ。今回が始めて冒険に出た村人には思えん」

 それに答え、ダインが重々しく頷く。それは単純に優秀な駆け出し冒険者に対する賛辞の表れだ。
 ニニャが僅かに顔をゆがめたことにルクルットは悟るが、それを口には出さない。だが、別の意味合いのことを口に出した。

「だれか彼に渡したいものを忘れてはいないか?」

 不思議そうなに眉を顰めるペテルとダイン。その意図が読めたニニャは頭を横に振った。

「誰も忘れてないよ。それに止めた方が良いと思うけど」
「やっぱり? なんていうかあいつの後姿ってあんまりにも隙が無いんだよな」

 ようやく2人の会話の中身が理解できたペテルとダインは渋い顔を浮かべた。冒険者であれば触れられたくない過去を持っている者もいる。巣を突いて毒蜂を呼び出すことも無い。

「やめておけ。それにそういう訓練を受けてるんじゃないのか?」
「ペテルー。少しは色々と考えようぜ。色々と聞かれただろう? 何かの訓練を受けてるのに、当たり前のことを知らないなんてあると思うか?」
「隙……レンジャーやシーフのような捜査系のすさまじい才能を持った村人というのはどうだ?」
「あー、可能性はあるだろうけど……」

 顔をぽりぽりとかきながら、納得のできない声を上げるルクルット。同じレンジャーとして何か思うところがあるのだろう。

「ペテルもそう思ったから、報酬を多めに払ったのだろう?」
「まぁ、優秀そうですし、できればよい関係を築きたいですからね」
「だったらやっぱりよ。少しは調べておくか? 色々とコネを使えば少しは分かるだろうよ」
「――止めておいた方がいいよ」

 ばっさりとルクルットの提案を一刀両断するニニャ。その姿に違和感を感じた一行は疑問を口にしようとするが、何も言わずに喉の奥に飲み込む。
 ニニャの知識が一行を救ったことは多くある。
 そんなときに浮かべる表情が今、ニニャの上に現れていることに皆、理解できたからだ。

「そうだね――本当に止めておいた方がいいよ」

 ニニャの本当に小さな呟きが、一行の喉の奥に重たい何かを感じさせた。そして僅かに震えるニニャの体を前に、一行の背筋に冷たい空気が流れ込んできた。



 ■



 モモンが進んだ先は宿屋ではない。路地を一本入り、その先でまた細い路地に入り込む。だんだんと周囲の雰囲気は暗く、静かになっていく。
 そこは貧民街。
 廃棄されたような背の低い空き家が左右に立ち並ぶ。乱雑に立てられた襤褸屋が道幅を狭くし、それと同時にどこを歩いているのか迷わせるほど込み入っている。道はでこぼこなものであり、腐ったような水溜りが時折できている。
 襤褸屋も家と呼べるような、ちゃんとした作りのものではない。木で大雑把に作った骨組みのみだ。恐らくはこれに布を巻きつけて家とするのだろう。今では布が無く、骨組みしか残っていないのだが。
 
 長い間掃除されて無い犬小屋のような匂いが空気中を漂っている中を、モモンは進む。
 明かりなんていう立派なものは無い。ただ、遠くの方で幾人かが路上に焚き火を焚いていたりするのが、目に入る程度だ。ほとんど真っ暗な狭い道をモモンは迷うことも、足をとられることも無く歩く。
 草原では星明りがあったのだが、この地では時折立っている背の高い建物に隠れて、大地まで届かない。
 かなり後ろ、大通りからは華やかな声がここまで聞こえる。それはどれだけこの周囲が静かなのか。

 モモンは無言で歩く。
 
 やがて何度目かの路地を曲がった際、僅かにモモンの歩運びが乱れ、歩調がゆっくりとしたものへとなる。
 それは曲がろうとした路地から光が投げかけられていたからだ。赤い揺らめくような光。それは魔法的なものではなく、一般的な松明や焚き火によるものだ。

 路地を曲がって、モモンはひょいっと顔を覗かせる。
 今までと同じ、狭く薄汚い路地だ。背の低い建物が左右に並び、すえたような臭いが僅かに空中を漂う。路地の中ほど、片隅でぽつんと焚かれた、火が周囲の路地に明暗を浮かばせていた。
 パチッと炎の中で木がはぜ、火の粉が舞い上がった。
 周囲に人の姿は見えない。

「そう」

 ワザとらしく周囲を伺い、モモンは冷たく笑う。

 人の姿は見えない。そうだ、視界には入ってこない。だが、気配はある。そしてモモンの魔法にも反応がある。

 1、2、全部で4……。

 まるで待ち伏せのようだ。いや待ち伏せなのだろう。では、待ち伏せているのは誰の手のものか。
 モモンの脳裏を先ほど分かれた冒険者達が浮かぶが、正体を気取られるような行為は取ってないはずである。
 情報が少なすぎる。早急な判断は不味い。つまるところ1人の命は助ける必要がある。

 僅かに眉を顰め、思案したのは一瞬。モモンはすぐにそのまま歩を進める。その歩運びには乱れは無く、自然なものだ。
 路地を歩き、焚き火に近づいていく。 
 やがて、かなり近づいた際に闇に身を伏せるようにしていた気配が動き、頭上から投網が大きく広がりながら、モモンめがけ降ってきた。
 絡みつかれれば身動きをとる事は当然できなくなる。同時に通りの影から棒のようなものを持った男が焚き火の明かりに照らしだされるように出てくる。それも3人ほど。
 つまり投網で動けなくして殴打、しかる後に持ち物を奪うというところか。
 モモンは納得し、微笑む。
 一番警戒していたのは理解できない状況へと動くことだ。だが、これは非常に分かりやすい状況だ。一応、最低でも1人は捕まえて詳しい話を聞かなくてはならないだろうが。それでも対処は簡単だ。
 
 投網は十分に広がりながらモモンの体を覆う。

 しかしながら、まるでモモンの体を滑るかのように、投網は捕らえることなく地面に落ちた――。

「残念」

 ガントレットの上から、モモンははめている指輪を押さえる。
 リング・オブ・フリーダム。束縛や麻痺といった行動を阻害する一切に対して無効化能力を与えてくれる指輪である。モモンが捕らわれることを最も警戒したアインズが、彼女に与えたものだ。それに守られたモモンに投網の効果はない。

 投網が目標に絡みつかなかったことを驚く、3人の男達。当たり前だ。彼らの小さな常識では考えることすらできない状況が眼前で起こったのだから。
 そのためこのような事態は想定外だった彼らは硬直し、次の行動に移ることができない。
 それはあまりにも遅すぎる。いや、モモンを襲うという段階で全てが手遅れだったともいえるが。

《マス・ターゲティング/集団標的》
《マキシマイズマジック・マジック・アロー/最強化・魔法の矢》

 立て続けの魔法発動にあわせ、モモンの手から放たれた6本の光弾が中空を舞う。
 2本が投網の落ちてきた背の低い家の屋根へ、そして残りの4本が2本づつに分かれて2人の人影に突き立つ。頭上で肉袋を激しく叩く重々しい音と、騒がしく転倒音が聞こえた。そして少し遅れ潰れる音が響く。

 通りの奥でも2人の人影が、枯れ木を数本以上同時にへし折ったような乾いた音を立てた腹部を押さえながら、ゆっくりと崩れ落ちた。
 たった数瞬で最後の1人になったしまった人影は戸惑い、それから背中をモモンに見せながら走り出そうとする。ようやく状況を理解したというところか。

「はぁ」

 モモンは哀れな男にため息を漏らす。
 逃げられるわけないのに、面倒なことをするなぁ。そういう系統の、無駄な労力に対するため息だ。

《――エクステンドマジック・チャームパーソン/時間延長化・人間魅了》

 モモンは男に向かって強化された魔法を発動させる。それから声を投げかけた。

「待って、友達」

 必死に逃げ出していた男の足が、ピタリと止まった。そして恐る恐るモモンへと振り返る。

「待ってよ、友達」

 モモンは再び同じ問いかけを繰り返すと、のんびりと男の方に歩き出す。振り返り、モモンを確認した男の顔にはまるで地獄で親しい友人に会ったかのような、安堵の色があった。

「なんだ、おまえだったのか――」
「そうだよ」

 眼に見えて男の肩から力が抜けていく。それを薄く笑いながらモモンはのんびり歩く。その嘲りとも侮蔑とも知れないものを多分に含んだ笑顔を前にしても男に反応の変化はない。
 本当に心の底から親しい人間を前にしたゆとりを持って、男は立っている。

 モモンはのんびりと男に向かって歩き出す。
 モモンと魅了された男の間に、2人の男が口からはやけに綺麗な鮮血を吐き出して倒れている。僅かな異臭のする貧しい服を着ている。こぼした食事のシミのようにその服に鮮血が所々付いている。口から吐き出したものが付着したのだろう。
 傍らには無骨な木の棒が転がっている。
 2人ともすさまじい激痛に襲われたと一目瞭然な、信じられないような苦悶の表情を浮かべたまま、ピクリとも動く気配は感じられない。
 幻術系の魔法に《フォックス・スリープ/擬死》という魔法もあるが、それを使用した形跡もない。《ディテクト・ライフ/生命感知》にも反応は無い。ならばこの2人は確実に死んでいる。それは即ち屋根にいた生命も反応が無いのだから、この2人と同じように死んだということだ。

 近づくと男がモモンに不満を述べた。

「ひどいぜ、こいつらが死んじまったじゃないか」
「あなた達が私を襲ってきたんだよ?」
「まぁ、そうなんだけどよ、殺すことも……」

 天を仰いで、ぶつぶつ呟く男。納得はしかねるが、仕方が無い――不満がある程度というところか。
 魔法によって魅了された男にとっての最高の友人は現在モモンだ。ならばそのモモンの言葉はある程度は納得するしかない。勿論、これは低位の魅了の魔法によるものだから、男の本来の考えを大きく歪めることはできない。つまり人殺しが大罪だと思ってる者なら友人となったモモンを自首するように説得するだろう。
 つまるところ、この男の反応は友人が人殺しをした際の考えを表したものだ。ある程度は罪悪感を覚えるが、それほど強いものではないという。

 モモンは周囲を見渡す。何時までもこんなところにいることはできない。それに死体も処分しなければならない。貧民街までは夜警も見回りには来ないだろうが、それでも死体を放置するのは厄介ごとを引き起こす可能性がある。
 それに通常より倍の時間、魅了の効果は続くが永続的効果というわけではない。効果時間内に一応の背後関係も洗っておく必要がある。

「ここは危ないから、私についてきて。……友達」
「ああ、わかった」

 打てば響くような反応を示す男と連れ立って、モモンは歩く。横にいた男が絶え間なく話しかけてくるが、それを話半分に流す。どれだけ冷たい返事をしても気にすることの無い男の様は、完全に魅了の効果によるものだ。

 1分もかからずに目的地の襤褸屋が見えてきた。
 かなり大きい家だ。
 だが、打ち捨てられてから結構な時間が経っているのだろう。
 漆喰で塗られただろう壁は経年劣化によってボロボロと剥がれ落ちている。風雨に耐えかねたのか、鎧戸は半分腐り落ちかかっていた。屋根はより悪い。屋根を作っていた木材は腐り落ち、家の内部に崩れこんでいた。
 無論、屋内に明かりは無い。いや、僅かな月明かりが入り込んでいるため、狭かった通りよりは明るいともいえる。
 そんな家の中にモモンは横手に空いた穴から入り込んだ。
 廃墟と化した家屋の中で元気に伸びつつあった雑草を前に、モモンは少しの時間だけ考え込む。踏みしめることで足跡を残すことを考えてだ。しかし、直ぐ後ろの男を思い出したモモンは、堂々と足跡を残しながら家屋の中に入っていく。

 腐りきった木材がモモンの体重をその身に受け、耐えることを諦めてもろくも崩れる。天井が抜けていることによって僅かな星明りが入ってきている。スポットライトに照らされる俳優のようにモモンはその明かりの下に立つ。周囲にわだかまる闇を見据えながら。
 モモンの後ろから男が家の中におっかなびっくり入ってきた。

「おいおい、大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ、友達。ここなら安全」
「そうか? まぁ、お前が言うならそうなんだろうけどよ」
「さて、さて」

 モモンは後ろを振り返り、先ほどから持続している魔法による生命反応を感知する。
 いる。
 男を除いて周囲に3つ。全てこの家屋の中だ。モモンの鋭敏な感覚も同じだけの気配を感知している。

「えっと、ここから1分ぐらい行った所に3人の人間の死体がある。持ってきて」

 ザワリと周囲の闇が動き、モモンの指差した方角に動き出す。比喩的な表現ではない。二次元的な影が、本当に動いたのだ。

「ひっ!」
 
 男から掠れた悲鳴が漏れる。小動物を思わせる動きで周囲の闇を見渡し始める。無論、もういないのだからどれだけ目を皿にしても見つかるわけが無い。

「さてと。時間はあるし聞かせてもらおうかな」
「な、何をだ?」
「簡単。何で私を襲ったの? 誰かに頼まれた?」 

 誰かに頼まれたのだとすると非常に厄介なことになる。しかしながら、男の返答にモモンは安堵の息を漏らした。

「いや、単に金目当てだ。もちろん、あんただと知っていたなら、あんなことをしなかったぜ、ほんとうだよ。俺は友達には優しい男なんだ」
「ふーん」

 なら聞くことは聞いた。
 モモンは微笑むと、雑草に跡が残らないような軽やかな動きで、男と互いの呼吸が触れ合うほどの近さまで寄った。そしてガントレットを外すと、指を伸ばした。男の胸板に指を突きつけ、魔法を発動させる。

《ドラウンド/溺死》

 男が目を大きく開き、口元を押さえる。口元から僅かに水がこぼれた。
 《ドラウンド/溺死》は肺を水で満たし、死へのカウントダウンを行う魔法である。水中呼吸を行える存在には無意味だし、死亡するまでに呼吸ゲージの長さだけ時間がかかるためにユグドラシルではさほど怖がられない魔法だが、それは対策があるからである。

 攻撃を受けたことによって魅了の魔法が解けた男はまさに魔法が解けたことに対する驚愕、そして自らが呼吸できないことに対する恐怖によって喉を掻き毟りだす。必死に水を吐き出そうとする男。それに優しいとも言って良い響きでモモンが話しかける。

「無理。水は吐き出せないし、吐けたとしてもすぐに肺にたまるから」

 その言葉が分かった男は背を見せ、モモンから逃げようと走り出そうとする。無論、そんな行為を許すはずが無い。モモンの足が男の足を払った。ドスンと音を立てて男の体が廃屋の床に転がった。
 そのままモモンは男の体の下につま先を入れると、無造作にひっくり返す。そして無様に転がった男の腹部に足を下ろし、力を込める。
 何をされているのか、直感的に理解した男はモモンの足を跳ね除けようとするが、これっぽちも動かない。体をくねらせてもまるでびくともしない。
 圧倒的な筋力の差を認識したのだろう。泣きそうな顔で男が胸元で手を組み合わせる。
 恐怖、哀願、苦痛。
 ころころと変わる男の表情。それをただ黙って見つめるモモンの足を、男が必死の顔で掴む。呼吸できない真っ赤な顔で必死に力を込め、少しでも動かそうとする。恐らくは男が生きてきたどの瞬間よりも強い力だろう。だが、そんな火事場の力だろうと決して覆せない力の差はある。

 ばたばたと暴れる男の体、紅潮した顔を殆ど無表情にモモンは見下ろす。
 僅かにモモンの口元はつりあがっていた。

 やがて口から水を吐き出しながら、男の眼球がぐるっとひっくり返る。体が糸が切れたようにぐにゃりと崩れた。もはやピクリとも反応はしない。

「ふん」

 鼻でかすかに笑うと、興味も無くなった玩具をうち捨てる眼差しを男の死体に投げかけ、腹部に置いていた足を上げる。
 それからモモンは戻ってきた気配に向き直った。

「さてと、ご苦労様」

 片手で軽々と持った荷物を放るような気軽さで、どさりと3つの死体が転がった。その死体を放った存在は闇に溶け込み、姿を確認することはできない。モモンの先ほどから続いている生命感知の魔法には反応があるのだが、

「さて、姿を見せてくれるかな、シャドウデーモン達」

 闇の中の厚みの無い影がゆっくりと膨らんだ。まさに二次元から三次元だ。
 痩せこけた人型、背中にはこうもりのような羽。途中から鋭利な爪と化している指。
 そのすべてが闇をくりぬいた様に漆黒の一色。唯一、目のみが病的な黄色の輝きを持つ。まさにシャドウデーモンの名に相応しい悪魔である。

『そちらの本当の姿を見せて欲しい』
「?」
『我らが偉大な主より貴方に仕えろと命を受けてはいるが、確認がしたい』
「はぁ。まぁ、そういうことなら……その前にあなた方の主人の名を告げてよ」
『我らが偉大なる主の名はアインズ・ウール・ゴウン。至高のお方よ』
「了解」

 モモンの姿が歪む。
 それはナザリック大地下墳墓での姿と何も変わらない。ただ、服装は変わらないために、胸の部分がぱっつんぱっつんである。
 
「これでいいのかな?」
『……それでは完全な確認が取れない。重ねて言う。本当の姿を見せて欲しい』
「……しょうがないか」

 頭をかきながら一瞬逡巡したモモンは能面の冷たさで頷く。そしてどろりと顔の輪郭が歪んだ。
 そのあとの姿を一言で形容するなら、化け物だ。

 ピンク色の卵を髣髴とさせる頭部はつるりと輝いており、産毛の一本も生えていない。
 顔に当たるところは鼻等の隆起を完全に摩り下ろした、のっぺりとしたものだ。目に当たるところと、口に該当するところにぽっかりとした穴が開いている。眼球も唇も歯も舌も何も無い。子供がペンで塗りつぶしたような黒々とした穴のみだ。体つきもひょろりとしたものに変わり、胸の膨らみは針でも刺して空気を抜いたかのように萎んでいた。
 麻でできた手袋が地面に落ち、先ほどまでは綺麗に整えられた5本の指があった場所は、現在では4本の異様に長い指が奪っていた。第四間接まである指が尺取虫のように蠢く。そのうちの一本に銀の指輪がはまっていた。

 ドッペルゲンガー。

 それがモモン――ナーベラル・ガンマの正体である。
 ドッペルゲンガーは種族クラスの上昇に応じ、1個ずつ外装を得ることが出来るのだが、ナーベラルはドッペルゲンガーの種族レベルを1で止め、魔法職に57レベルつぎ込むという成長のさせ方をしている。そのため変身できる外装はメイドの1種類しかないが、幻影魔法を使うことによって多彩な変化が可能なのだ。それが彼女が冒険者として街に潜入するように命令された所以だ。

 ナザリック大地下墳墓のNPCで人間種や亜人種はたったの2人しかいない。
 メイドたちはホムンクルスという異形種であり、ナーベラル達、戦闘能力を与えられたメイドたちもそうだ。ビートル系の擬態種、捕食型スライム、ライカンスロープ、デュラハン、自動人形<オートマトン>となっている。

 空気が洞窟を抜けるような音。
 それに混じって女とも男ともいえない奇妙な音程の言葉が聞こえる。

「確認した?」
『アインズ様の命令にあるナーベラル・ガンマと確認した。これより我々は貴女の配下に入る』

 ナーベラルは何も言わずに姿を歪める。おぞましいドッペルゲンガーの姿が消え、そこに立つのは美しい女性だ。先ほどの姿が嘘のような美貌が戻ってくる。地面に落ちた手袋を拾い、再びはめる。

「姿を見せて、シャドウデーモン」

 先ほどと変わらないある意味平坦な口調だが、そこには先ほどには無かった雷雲ごとき覆いがあった。それに気づいてか気づかずか、影から他の2体が姿を現し3体揃ってナーベラルの前に膝づく。ナーベラルはその1体、最初っから姿を見せていたシャドウデーモンに近づいた。

「ねぇ、なんで私がお前達ごときに本当の姿を見せなくてはならないの?」

 足が上げられ、シャドウデーモンの腹を強く蹴り上げる。旋風の斧のメンバーであれば、下手すれば内臓破裂につながる驚異的な脚力によるものだ。
 みしみしというきしむ音、シャドウデーモンは九の字に大きく体を歪ませた。押さえ込みきれなかった苦痛のうめき声が低くもれ出る。

「至高の方々によって生み出された者の頼みや確認だったら、理解できる。でもお前達ごとき単なるシモベに何で私が本当の姿を見せなくちゃいけないわけ? この女の姿は至高の方が私のために作ってくれた特別なものよ」

 能面の表情を維持しながら、何度も勢いを込めて踏みつける。
 別に手を抜いているわけではない。ナーベラルは魔法職。流石にレベル30に近いシャドウデーモンを単純な肉体能力だけで殺すのは時間が掛かるものである。それを理解しているのか、それとも理解していないのか。
 繰り返し、蹴り続ける。
 他のシャドウデーモンにそれを止めようとする気配は無い。

 どす黒い液体が飛散し、シャドウデーモンの体が痙攣し始める。そこでようやくナーベラルは蹴るのを止めた。

「――ふぅ。アインズ様に言われての言葉だと思うし、アインズ様からの援軍だから殺さないでおく」
 
 かすかに額に滲んだ汗を軽く拭う。

「さて、死体は肉片の欠片も残さないように処分して。ゾンビとかスケルトンにして支配するにも置き場所が――」
 
 折檻を受けていない別の一体に命令を下そうとし、ナーベラルは壁の一点――それを通り越したところにある場所を思い浮かべ、口を閉ざす。
 ――思案。
 手ごまはあったほうが良いが、デメリットも当然ある。それに自らの主人が部下になるようシモベを送ってきたのに、思考力の皆無な手ごまをさらに個人的に増やそうとする行為は不快感を起こしかねない行動だろう。まるで手ごまが足りないと言わんばかりの行動だからだ。

 アインズの眉を潜めさせるような行動はナーベラルにとっても喜ばしいものではない。

「――無いから、とっとと処分しなさい」
『了解いたしました』

 折檻したのとは別のシャドウデーモンが深々と頭を下げる。

「それと後日、冒険者パーティーの幾つかを教えるからその行動を監視して。強い冒険者達を観察した方が有益な情報は手に入るだろうから」
『はっ』

 大した力の無い冒険者とともに行動してももはや得るものは少ないだろう。ある程度の常識は既に入手したと判断しての行為だ。

「監視がばれたら適当に逃げなさい。何人か殺してもいいけど、冒険者を全滅させたりとかの情報源を潰すような行為は厳禁。とりあえずはこんなもの。行動を開始しなさい」

 頭を垂れるシャドウデーモンから視線を外し、ナーベラルは頭上を見上げる。僅かに残る桟のさらに上に、星の輝きが映っていた。

《――フライ/飛行》

 ナーベラルの体が中空に舞い上がった。重力から完全に切り離された、風船が浮かび上がるような軽やかさで。

《インヴィジビリティ/透明化》

 続けて発動した魔法がナーベラルの体を包み込み、不可視化の帳で覆い隠す。
 壊れた天井を抜け、透明化したナーベラルは上空に上がっていく。一応、家から外に出る際、うかがっている存在がいないかは確認済みだ。

 300メートルも上昇しただろうか。
 頭上には星々が輝き、大通りに面した場所には複数の光源が連なっているために光の帯にも見える。

「はぁー」

 誰もいない場所で、新鮮な空気を肺に取り込むようにナーベラルは大きく呼吸を繰り返す。

 ナーベラルに与えられた仕事は、彼女の予想以上に大変な仕事だった。
 殺すとか、破壊せよといった仕事なら楽しいのだが、下等な存在にペコペコしたり笑顔を作ったりというのは彼女の性格からすれば非常に疲れるものだ。しかしその反面、上手く仕事をこなせばアインズに喜んでもらえるというのが理解できるからまだ頑張れる。

「あー。もう、ぱっーと殺したいなー」

 肩がこった人がするように、ぐるっと頭を回し、ナーベラルは頭に浮かんだストレス解消方法を封印する。いずれ楽しめるときが来るだろう。それまでは我慢だ。

「はぁ」

 最後に1つため息をつくと、飛行の効果を一時的に抑制し、落下を始める。
 轟々と耳元を空気が流れていく。サイドテールと服が風によってばたばたとのたうった。
 また明日から別の仕事を探す必要がある。その前には優秀な冒険者パーティーを探してシャドウデーモンに伝えることもしなくてはならない。しなくてはならないことは山のようにある。

「頑張ろっと――」






――――――――
※ とりあえずナーベラル(モモン)の話は一旦停止です。今度の出番は一周回ってからでしょうか。次はセバスの話に見せかけたシャルティアでしょう。すこしばかり時間が空くかもしれませんが、お持ちいただければ幸いです。2週間ぐらいでしょうかね。
 では次回24話「タイトル未定」でお会いしましょう。



――――――――

 さてさて。オーバーロードを読みに来てくださる方は基本的に最強ものが好きな方だと思います。
 最強ものにも色々なタイプがありますが、皆さんの好きなタイプってなんでしょう? むちむちぷりりんは周りが凄い凄い言う最強ものが好きです。もしよければ皆さんの好みを教えてはくれないでしょうか?

 ただ、オーバーロードがそういう展開になる可能性は微妙です。主になるプロットは動きませんから。ただ、枝葉の部分に入れるかもしれません。
 まぁ、話のついで程度に教えてもらえればと思っております。それと教えたからそうしろと言うのも無しでお願いしますね。



[18721] 24_執事
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/08/24 20:39





「なんなのよ、この食事は!」

 甲高いヒステリックな叫び声が響き、遅れて食器がぶつかり合う硬質な音が周囲に広がった。
 食堂にいた数人の目が、騒ぎ立てている女性に向けられた。
 そこにいたのは1人の女性。美しいと言う言葉すら霞むような顔立ちだ。かの『黄金』とも称される女性に匹敵するのではと思われる美貌は癇癪に歪められてなお美しい。
 長い髪を纏め上げたシニョンを覆う、絹糸のリボンを煩わしそうに掻き上げ、女性は自らの前に置かれた食事を不満げな表情で睨み付ける。僅かに垂れ下がった眼差しではキツイというよりは、可愛らしい感じが出ているが、非常に不満だというのは、横目で盗み見る誰もが一目瞭然だ。
 
 食事は机上に所狭しと並べられている。
 籠には焼きたてのフカフカな白パンが幾つも置かれ、かすかな湯気を上げている。肉汁が滴っている肉にはたっぷりの香辛料がつけられ唾が湧き出るような美味そうな香りを放っていた。新鮮な野菜で作られたサラダは、シャッキリとした張りを維持しており、かけられたドレッシングからは酸味が漂っていた。

 城塞都市エ・ランテル最高級の宿屋であるこの店――『黄金の輝き亭』では、出される食事はほとんどが《プリザーベイション/保存》の魔法がかかった新鮮なものによる料理だ。王侯貴族や大商人ぐらいしか食べられないような、誰もが満足を覚える食事に対し、その女性は不満をあらわにしているというのだ。それは信じがたい光景でもあり、どんな料理をいつも食べているのかと興味をかきたてられるものでもあった。

「美味しくないわ!」
 
 その声の聞こえる範囲にいた誰もが呆気に取られた表情を一瞬見せる。いや、彼女の後ろに使えている老人の執事のみ、表情を崩さない。
 最高級の食材を料理するに相応しい、最高の腕を持つ調理人が幾人も揃えられたこの店において最も聞けないだろう台詞だ。数人が頭を左右に振りつつ、自らの耳がおかしくなったかと疑うほどの。

「もう、こんな街にはいたくないわ、直ぐに出発の準備を整えなさい!」
「しかし、お嬢様。今は既に夕――」
「黙りなさい! 私が出立と言っているのだから、出立するの!」
「了解いたしました」
「ふん! とっとと行動しなさいセバス!」

 女性が手に持っていたフォークが投げ出され、カチャンと音を立てた。そのままの勢いで立ち上がると、憤懣やるかたないという足取りで食堂を後にする。
 嵐が通り過ぎた安堵ともいうべき空気が食堂に広がる。

「失礼しました、皆様」

 立ち上がった際に倒れかかった椅子を元に戻すと、執事はゆっくりと食堂にいた他の客に頭を下げる。非常に品の良い老人の完璧な謝罪の一礼を受け、哀れみを込めた眼差しが幾つも向けられる。

「主人」
「はい」
「お嬢様が申し訳ありませんでした。そして騒がしくしてしまった迷惑料として今、食堂にいる方の食事代は私の方から支払わせていただきますので」

 幾人かが巧妙に隠そうとするが抑えきれない喜びの色を顔に浮かべる。最高級の宿屋であるこの店での一食の金額は破格である。それを支払ってくれるというのだから、騒がしさも充分許容というところなのだろう。
 そして控えていた宿屋の主人もその光景をなんとも思っていない。それはこの宿屋にこの主従が泊まってから何度も繰り返されている、ある意味日常になりつつある光景だからだ。

「セバスさんも大変ですね」

 食事をしていた中の1人の壮年が話しかける。それをセバスは微笑を浮かべることで返答とする。
 そしてセバスの視線が逸れ、食堂の一角でむさぼるように食事をする男の方へと向かった。それに気づいた外れに座っていた貧相な男がばたばたと立ち上がり、セバスの方へと早足に歩いてくる。

 その男は他の客と比べてあまりにも場に合わない。品性や貫禄というものが非常に劣っており、あまりにも周囲の空気と浮いており強烈な違和感を放っている。
 服はこの店の他のものと比べても遜色の無いものだが、服に着られているというのか、道化師が立派な服を纏っているようなものがあった。

「セバスの旦那」
「なんですか、ザックさん」

 ザックと呼ばれた男のわざとらしい卑屈な喋りかたを耳にした他の客が、眉を顰める。揉み手をしてもおかしく無いような下から粘りついてくような口調だ。
 だが、セバスの表情に変化は無い。

「雇われているのに言うのは何ですが、今からの出発は考え直した方が良いんじゃないですか?」
「それは夜道で馬車を操るのが難しいとかですか?」
「まぁ、それもありますし、私も準備を整えたわけではないですから」

 頭をぼりぼりと掻く。綺麗に洗われていはいるが、それでも何かが周囲に飛散しそうな毟り方だ。幾人かが眉を顰めているがそれに気づいているのか、知らないのか。掻く速度は徐々に上がっていく。

「なるほど。ですが、お嬢様の言葉は優先しなくてはなりませんし、明朝にしようという私の提案を気に入っていただけるとは思えません」

 セバスは鋼ごとき意志を垣間見せる、そんな強い微笑を浮かべる。

「ですので、申し訳ないですが、出発ということになります」
「しかし、ですね」

 目をきょろきょろとあちらこちらにやりながら、何とか良い言葉を思いつこうとするが浮かばなく、顔をへし曲げるザック。

「勿論、直ぐというわけではありませんよ。ある程度の準備のための時間は必要ですし、貴方も必要でしょ?」
 
 まだ何事かを言い募ろうとした貧相な男の目の中にこずるい光が浮かんだのを確認しつつも、セバスはそれを軽く無視する。目論見どおりに進んでいるというものを隠すという意味で。

「ではいつ頃出発にしますかい?」
「そうですね。2時間後と言うところでどうでしょうか? それ以上後になると街道が完全に夜闇に隠れてしまいます。それが限界のラインかと考えます」

 再び男の瞳の中にいやらしい計算の色が見える。それをやはりセバスは努めて無視をした。唇を幾度も舌で舐めつけながら、ザックは口を開く。

「へへ、それなら問題ないかもしれませんね」
「それは良かった。では行動を開始してくれますか?」
「へへ、了解しました。直ぐに準備しますので、ちょっとだけお待ちくだせい」



 ザックが出て行く後姿を見送ると、肌身にこびり付いた空気をセバスは払うような仕草を取る。どうもべったりと汚れがこびり付いたような気がするのだ。
 セバスはまるで変わらない微笑みを浮かべたまま、ため息をつきたい気持ちを押しつぶす。
 正直、下劣な存在というのは好きになれない。守護者のデミウルゴスやシャルティアのような人物は、そういうモノにも玩具としての喜悦を見出すことが出来るが、セバスは近くによっても欲しくない。
 セバス自身としてはデミウルゴスのような趣味も眉を顰める対象だ。無論、ナザリックの和を崩さないためにも個人の趣味まで口を出したりはできないが。

 ナザリックに属さぬものは全て劣った生き物。それはナザリックでは基本的な思考の1つである。
 セバス自身としては小首をかしげる考え方だが、ザックのような下劣さを垣間見せる者を相手にすると、どうしてもその考え方は間違っていないのではと思ってしまう。
 勿論、一部のそういった人間を見るだけで人間全体がそうだと判断することの愚かさは重々承知しているが。浅い付き合いでは残念ながらセバスが敬意を表するほどの人間がいないのも事実。

「やれやれ」

 セバスは綺麗に刈り揃えられた口髭を片手で撫で付けるように触ると、次にすべきことへと頭を切り替える。
 計画は順調。
 しかしながら一応、確認は取る必要がある。

「大変ですね」

 そんなことを考え始めたセバスに一人の恰幅の良い男が話しかけてきた。
 年齢的には40台だろうか。髭は綺麗にそり上げられ、黒かった髪は白いものを数多く含みだしている。
 年齢が生み出した余計なものが腹部にたっぷりと付けている。身だしなみは品がよく纏まり、派手さと地位の高さのバランスが取れたような服だ。

「これはバルド様」 

 セバスは軽く頭を下げる。それを男――バルドは鷹揚に押しとどめる。

「ああ、いやいや。そんな畏まらないでください」

 バルド・ロフーレ。
 この街での食料関係をかなりの範囲で握っている商人であり、何かとセバスに声をかけてくる男だ。

 戦争の重要拠点となるこの城塞都市で、食料関係を広く握るというのは、数多くいる商人関係ではかなり力がある人物と置き換えても良い。
 兵士の数が数万人にもなると、予備の糧食を持ったままの移動では莫大な時間と手間が掛かってしまう。そのため、時間を掛けないために最低限の食料だけを持ったままこの都市まで進軍し、ここで食料調達をするのは王国の基本的な戦略である。
 そんな理由もあり、食料関係と武器関係の商人はこの街ではかなりの権力を有する。

 それほどの人物が同じ店で食事をしているからという理由だけで話しかけるわけが無い。それにも関わらずセバスに話しかけてくるというからには、何らかの理由があるのは当然である。

 セバスの判断では、人間的に気に入られたなどという理由で無いのは当然である。それほど長く付き合っているわけでもないのだから。恐らくは金を持っている人物風でありながら、一体どこの人間か不明という好奇心を刺激される部分が大きく占めているのだろう。
 さらには自らの主人役の美しさも1つの要員になっているだろうが。

「セバスさん、アレは良くないよ」
「左様ですか?」

 セバスは先ほどと変わらない微笑を保ちつつ、丁寧に返答を返す。
 アレと彼が指しているものが何かがも理解している。

「アレは信頼できる人物じゃないよ。なんでセバスさんがあんなのを雇い入れたのか、正直理解できないね」

 セバスは脳内で高速に思考を回転させる。この場で最も適した答えを探して。
 アレを何故雇い入れたかに関して正直なところを言えるわけが無い。
 だが、もし知らないで雇ったとでも言おうものなら、人物眼が大したことが無いということで、彼のセバスに対する評価は下がるだろう。
 この都市を出るのは確定しているが、それはできれば避けたい。もしかすると何かに利用できるときがあるかもしれないのだから。

「かもしれません。ですが、彼ほど自らを売り込む人物はいませんでした。多少の人間的な評価は下がるかもしれませんが、それでも彼の真摯な態度にお嬢様が評価されたので」
 
 困ったような苦笑いを浮かべる商人。彼の中で彼女の評価がまた一段階落ちたのだろう。
 まぁ、そのために共にきてもらっているのだから仕方が無いことなのだが、少々セバス的には心苦しくも感じるのは事実だ。

「これは言いすぎだと思うから聞き流して欲しいんだが、主人を諌めたほうがいいんじゃないか?」
「仰るとおりかもしれません。ですが、ご主人様への感謝を考えるとどうしても……」
「忠誠心も大切だとは思うがね……」

 商人は呟き、それ以上の言葉は濁す。

「なんだったら信頼できる人物をうちから出せるけど?」
「それには及びません」

 優しげだが、きっぱりとした拒絶の言葉。その言葉の奥に潜んだ意志を認識したバルドは別の切り口から提案する。

「そうかい? でもちゃんとした警護の人間は付けた方が良いと思うよ。王都までかなりの道のりだ。街道の治安は良いわけでも無いしね」
「ですが」
「ある程度信頼できる傭兵に渡り合っても良いよ?」

 街道警備は街道を通る領内の貴族達が基本的に行うこととなっている。その代わりとして通行税を取り立てることとなっている。これは貴族の権利である。だが、実際は通行料目当ての建前にしか過ぎず、警備はざるという事が非常に多い。
 これによって盗賊や野盗化した傭兵などが街道を旅する人間を襲うということは非常にあるのだ。
 その問題を解決するために『黄金』と称される女性の働きで王直轄の街道警備隊が巡回をしているが、これの数はそれほど多くは無い。当然の利権を侵害されると恐れた貴族達からの口出しで、さほど満足のいくだけの数が用意できなかったのだ。
 都市が大勢を雇うと身を隠す野盗が多いため、少数の冒険者を雇って安全の確保に乗り出すこともあるが、これはまれな場合だ。
 
 そのため街道を旅する商人は冒険者や信頼できる傭兵を雇い、自衛を基本とする。
 そんな商人達の中でも力を持つバルドほどの人物であれば、非常に錬度が高く、信頼のおける傭兵の幾つも承知のことだろう。だが、それを受け入れるわけにはいかない。

「やも知れません。ですが、お嬢様はあまり周囲に人を置くのが好きで無い方。主人の意向には出来る限り従わなければなりません」
「そうかい?」

 バルドは大げさに顔をゆがめ、困ったものだという表情を浮かべる。それは子供のかんしゃくにさじを投げる大人のものだ。

「せっかくのご親切を無駄にしてしまい申し訳ありません」
「そんな心配しないでくれよ。正直に言うとさ、恩を売りたいんだ。まぁ、そこまで行かなくてもちょっとは顔を売っておきたいしね」

 朗らかな笑い声を上げるバルド。それにセバスは微笑みで返す。

「いえ、バルド様のご親切はご主人様に必ずお伝えしたいと思います」
「……」

 バルドの瞳の奥に微かな輝きが灯るが、瞬時にそれを隠してしまう。よほどの人物でなければ気づかないような星が瞬くような変化。それはセバスにしてみれば充分すぎる時間だ。

「――」
「では、申し訳ありませんが、お嬢様がお待ちですので、私はここで」

 バルドが口を開く瞬間を狙い、セバスは先手を取る。
 空かされたバルドはセバスの顔を僅かに観察するように伺ってから、ため息混じりに口を開く。

「――ふぅ。それじゃしょうがないね。セバスさん、また今度この街に来たら会いに来てよ。歓迎するからさ」  
「はい。ではそのときはよろしくお願いします」



 数度繰り返しノックをし、それから失礼しますと頭を下げてからセバスは室内に入る。

「セバス様」
 
 扉を閉め、中に入ったセバスを出迎えたのは、深々と頭を下げた女性だ。もしこの場に食堂にいた第三者がいたら瞠目しただろう。頭を下げ、出迎えた人物は先ほど騒ぎ立てた女性だ。
 先ほどまでヒステリックに騒ぎ立てていたのが嘘のような冷静な表情。そして自らよりも上の立場の者を迎え入れるに相応しい態度である。ただ、1つ奇妙なのは片目――左目を閉じていることか。食堂にいた、先ほどまでは閉じてなかったのにもかかわらず。

「ふむ。頭を下げる必要はありませんよ、あなたは仕事を果たしたそれだけですから」

 セバスは豪華な作りの広々とした部屋の中を見渡す。
 この宿屋の最高級室は部屋は3つに分かれており、この部屋は護衛等が泊まるための幾分か質素な作りとなっている。無論、質素といっても大貴族等が泊まるような部屋だ。一般人が見たことも無いような非常に豪華な造りと成っている。
 そんな部屋の片隅に少なくない荷物は既に集められ、もはや出発するばかりという状態まで持っていかれている。セバスがやったのでないから、そろえたのは先に来た一人しかいない。

「私がやりましたのに」
「何をおっしゃいます。これ以上セバス様を働かせるなんて」

 頭を上げた女性――ソリュシャン・イプシロンは頭を横に振る。

「そうですか? 私は貴方の執事ということになっているのですがね」

 セバスの顔が大きく歪む。
 セバスはその老人の皺だらけの顔に、悪戯っ子のような幼いものを浮かべたのだ。それは今までの微笑が、微笑みの形を取った鉄面皮だったというのが理解できるような変化の仕方だった。
 そのセバスの心からの微笑を受け、ソリュシャンも釣られ初めて困ったような笑い顔へと表情を崩す。

「確かに。セバス様は私の執事です。ですが、私はセバス様の部下ですから」
「それもそうですね。では、貴方の仕事は終わりです。ここからは私が仕事を行いますので、貴方はここでゆっくり休んでいてください」
「はい。ありがとうございます」
「では、シャルティア様にも伝えてきます」

 セバスは集められた荷物の最も大きい1つを軽々と持ち上げる。

「ところで、彼は上手く動いていますか?」
「はい。本当に上手く動いています」

 ソリュシャンは閉じた片目を瞼の上から押さえる。

「今、どのような状況ですか?」
「はい――薄汚い格好をした男と会っているところです」
「それは素晴らしい」
「何を話しているか、お聞かせしますか?」
「いえ、それは必要ありません。私は荷物を運んでます。貴方が代わりに聞いておいてください。ああ、要点を後でまとめて教えてくれれば結構です」
「了解しました」
「そうそう。ナーベラルと連絡を取りますか?」きょとんとしたソリュシャンに諭すようにセバスは続ける。「隠密行動中ですから直接は連絡を取り合うことは難しいですが、貴方のその偵察系の魔法を使えば問題なく情報のやり取りが出来ると思います」
「ナーちゃんと――失礼しました」

 微かに頬を赤らめながらソリュシャンは口を手で覆い隠した。

「気にしなくて結構です。いつもどおりの呼び方で構いませんよ」
「はい。ええ、ただ、ナーちゃんはアインズ様の指令を受けて張り切ってました。ですのであまり気を散らすようなことはしたくは……」
「そうですか」
「至高の41人の内、ナーちゃんを作られた弐式炎雷様がお隠れになられてから結構な時間がたちましたから。その分の忠誠心もアインズ様に捧げているんだと思います。そのアインズ様より直接受けた命令ですから……」

 セバスは頷く。あれは確かに凄かったと。
 だが、ナーベラルのその姿はナザリックの存在として非常に正しいものでもあり、セバス自身も命じられたときは表情には出さなかったが同じだけの歓喜と重圧感を感じていたものだ。

「ソリュシャンはどうですか? ナーベラルほどはプレッシャーを感じてはいないようですが」
「私はセバス様のサポートですのでまだ気が楽です。勿論、アインズ様の指令、必ずこなしてみせますが」

 はっきりとした強い意志で言い切るソリュシャン。

「至高の41人……お隠れになられてる方々ですか」
 
 ナザリックのいわば神とも呼べる存在であり、ナザリックのすべてを支配していた存在。
 至高の41人。
 現在はたった1人しかいないがゆえに、最後に残った方――アインズにささげられる忠誠心は41人分を足したものと同等であり、もはや信仰や崇拝という領域である。

「セバス様――いつの日かお戻りになられる方々です」
「そうですね。間違えました」

 突如、ソリュシャンの顔が僅かに歪む。

「――ところでセバス様、話は変わりますが」

 大気すらも凍るような冷たい殺意が滲み出る。そんな硬質な声がソリュシャンの口から漏れる。

「なんですか、ソリュシャン」 
「……あの男はコトが終わったら私の方で処分しても構わないでしょうか?」

 セバスは口ひげに空いた手を当て、触りながら少しばかり考える。

「――そうですね。シャルティア様が構わないということであれば、貴方が好きなようにしても構わないでしょう」僅かに眉を寄せてがっかりといわんばかりの表情を作るソリュシャンを慰めるように、セバスは言葉を続けた。「大丈夫ですよ。1人ぐらいいただけると思います」
「そうですか、了解いたしました。シャルティア様によろしくお伝えください」

 ソリュシャンは満面の笑顔を浮かべる。先ほどの気配のまるで無い、誰もが見惚れるような透き通るような笑顔だ。

「了解しました。ところで何を言っていたのですか?」
「私を楽しむのが待ち遠しいそうです。ですのでせっかくですから私も楽しもうかと」

 ソリュシャンが微笑をより一層を強めた。
 それはこれから起こることを非常に楽しみにする、幼子のような無邪気なものがそこにはあった。






――――――――
※ 不思議ですね。2週間も空くので優しい方々に教えてもらった文字ミスとかを修正しようと思ってたのに、全然やってません。教えてくれた方々、本当に申し訳ないです。必ず、必ず直しますから、もう少しだけ……。
 次回、アインズちょっろと登場の、25話「指令」でお会いしましょう。



[18721] 25_指令
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:5d2583fc
Date: 2010/08/30 21:05



 階段を下りていく。
 抱え込んだ荷物をこの街で仕入れた馬車に積み込ま無くてはならない。
 セバスは両手で抱えた大きな荷物を見下ろす。
 重量的に2、30キロはあるだろうか。もっともその程度、セバスからすれば小指でも軽く持てる重さでしかないが。しかしながらどこに眼があるかもしれない。偵察系の魔法ばかりはセバスの鋭敏な感覚をもってしてもごまかされる可能性は高い。
 そのために普通の人間と同じように重い荷物を持っている振りをして、宿屋内を黙々と歩く。そう黙々と――。



 ■


 セバスはナザリック大地下墳墓第9階層を黙々と歩く。その後ろには彼直属の2人のメイド――ナーベラル・ガンマとソリュシャン・イプシロンが付き従う。
 広く綺麗に清掃された通路を時折、第9階層を守るために降ろされたコキュートスの精鋭部下の姿が見える。
 ノコギリクワガタにも似た姿を持つ親衛隊――守護騎士<ガーディアンナイト>である。脈打つようなオーラを漂わせた真紅の邪槍を左右の付属肢で1本づつ掴み、真紅のサーコートを纏っている。そしてその身は鎧の代わりともいえる桁外れな硬度を持つ強固な外骨格に覆われていた。
 そんな屈強な兵士達は、綺麗に整列しながらこの階層を油断無く巡回していた。

 その姿を横目に見ながらセバスは幾度と無く通路を折れ、到着したのは自らの主人の自室である。
 
 扉の左右には、擬人化されたヘラクレスオオカブトを髣髴とさせる、2メートル近いがっしりとした巨体が直立していた。その身に白銀のサーコートをゆったりと纏った、王騎士<ロードナイト>だ。レベル的には70強だがその防衛力は比類なく、魔法に対する耐性、武器ダメージの減少等が合わさり、レベル100のプレイヤーですら邪魔ともうざいとも言わさせるそんな存在である。
 白銀色の高貴な魔法のオーラを漂わせる異様に巨大なグレイブを右側の2本の付属肢で掴み、腰には見事な装飾を施された長剣にもサイズ的に見える大剣を下げていた。
 そんなシモベが巌のごとき直立不動を維持したまま、無言を貫いていた。

 顔は前を向いたままだが、ビートル種は複眼を持ってるため視野は非常に広い。セバスたちの一挙一動も十分に視界の中に入れているだろう。
 実際、セバスは自分を伺う視線を感じ取っている。それは警戒感を強く含んだものであり、その警戒の対象がセバスということを考えると不快な行為ともいえる。
 このナザリック大地下墳墓のランド・スチュワードであるセバスの地位はそれだけ高い。守護者が戦闘面でのナザリック大地下墳墓の最高幹部なら、セバスは生活面での最高幹部だ。コキュートスの高位のシモベといえども、そのような態度をとっても良い存在ではない。

 だが、セバス自身はその自らに向けられる警戒を当然のものと黙認する。
 たとえ相手がセバスであろうと何か変わった行為を取れば即座に反応し、なんらかの攻撃手段を取る。それは主人の扉を前を守るものとして正しい行為と認めているからだ。
 
 セバスは深い微笑を浮かべながら、その2体の間に立つ。
 そして胸を張り姿勢を正すと、細かな細工の施された扉を軽く3度ノックをする。
 数十秒ほどの時間が経過してから、扉がゆっくりと開く。そこから姿を見せたのは1人のメイドだ。セバス直属ではなく、メイド長直轄の戦闘能力の皆無な一般メイド――ホムンクルスの1体である。

「アインズ様にお目通りがしたいのですが、よろしいですかな?」
「了解いたしました。少々お待ちください」

 メイドはゆっくりと、音がしないような速さで扉が丁寧に閉める。そして扉越しに伝わる離れていく気配。
 
 この部屋の主人に今来た人物が誰なのかを知らせに行ったのだろう。勿論、足取りはゆっくりとしたもの。この部屋の主人以上に高い地位を持つものはこのナザリック大地下墳墓にはいないのだから、当然の速度である。どれだけ待たせてもかまわないのだから。

 背筋をピンと伸ばした姿勢で待つこと数十秒。再び扉が開かれ、先ほどと同じメイドが顔を見せる。

「お会いになられるそうです。どうぞ」

 セバスたちが入りやすいよう、数歩、扉の前から下がるメイド。

「失礼いたします」

 セバス達3人は部屋に入る前、頭を深く下げる。

 室内はセバスからすれば見慣れたものだ。アインズ・ウール・ゴウン――至高の41人の部屋は皆同じ作りとなっている。例え41人の頂点に立つ人物でも、部屋の作りは変わりない。
 
 セバスが一歩踏み出すごとに沈むのではと思ってしまうほど、フカフカの絨毯が部屋一面に敷き詰められている。
 部屋の右側には天蓋つきのキングサイズのベッドが1つ鎮座しており、その横手にクローゼットへのドアが付いている。左に眼をやれば、鉄刀木でできたシンプルかつ重厚な2メートル以上あるエグゼグティブデスクがその存在感をアピールしている。
 壁一面を占拠し、天井まで伸びた本棚には無数の本が納められている。
 中央に置かれた丸型のテーブルには、本棚から持ち出されたであろう何冊もの本が積み重なって塔を築いていた。

 調度品のあまり置かれていない簡素な部屋とも、吟味しつくされた一級品を並べた部屋ともどちらとも取れるような空間の作り方だ。
 ただ、置かれている調度品はどれも比較のならない値が付くだけのものである。というのもある防護の魔法がかかっているために、この美術品は経年劣化しないためだ。
 無論、美術品は時間の経過や使い込むことで、その価値を高めるという考えもあるが。

 部屋を視線のみでぐるりと見渡しても、アインズの姿はセバスの位置からは見えない。
 とはいえ、アインズの気配は感じられているし、部屋の中央――丸型テーブルの左右に2人のメイドが待機している。入り口横手には先ほどの応対したメイドが綺麗な姿勢で立っている。
 つまりこの部屋にいるメイドは全部で3人ということだ。
 立ち位置から判断してもその2人のメイドの間のイスに座っていること確実だろう。ただ、本の塔で見えないだけで。

 しかしながら、セバスは僅かに困惑する。それは――

 ――メイドの数が少ないのではないだろうか。
 
 セバスは心中でそんなことを考える。
 上に立つものはそれに相応しいだけの格好を整える必要がある。この巨大なナザリック大地下墳墓の支配者の部屋に控えるメイドの数が3人というのは相応しいとは決して思えない。
 メイド長と相談する必要がある。そう、心のメモ帳にすばやく執事の鑑たる、セバスは書き込んだ。

「――良く来たな」
 
 本の塔が動き、その隙間からアインズの顔が見える。セバスたちはそこで再びアインズに確認してもらえるように深いお辞儀をすると、絨毯を踏みしめながら主人の元まで歩――こうとしてセバスは天井に視線をやった。
 天井に複数の気配――。
 視線をやっても、そこに何らかの対象を確認することはできない。が、何者かの存在するざわついたようなものを感じ取る。
 ならばそれは《インヴィジビリティ/透明化》に類する何らかの特殊能力か、魔法によるものだろう。
 セバスは不可視化看破能力は保有してないが、気配察知の能力は優れている。その能力が天井に7体の何者かの存在を確認している。敵意は無い。だが、先ほどのロードナイトと同様に、されど巧妙にこちらを伺っている。
 部屋に入ってすぐに感じ取れなかったことからするとかなりレベルの高い存在だろう。

「気にするな、セバス」

 鋭く天井を見やるセバスにアインズはめんどくさそうに声をかけた。

「天井にいるのはコキュートス配下の警備兵代わりのアサシンどもだ。エイトエッジアサシンだったか? ちょっとうざったいが気にする必要は無い。……しかし、15体しかいないシモベの半数近くをこの部屋に置かなくてもいいだろうに。なんとなく落ち着かん」

 不可視化看破能力を保有するアインズからしてみれば天井に張り付いた、視界の隅にちらほら見え隠れする存在はうっとおしい存在なのだろう。それが不満となって言葉尻に出てきている。とはいっても、自らの警備のために配置しているシモベを邪魔だと無碍にもできないのだろう。
 ご苦労お察しします。
 心中でそう呟くと、天井から意識を外すとセバスはアインズの座る丸テーブルの向かいに到着する。

「お待たせしました、アインズ様」
「いや、待ってないとも。とりあえず座るが良い」
 
 アインズは軽く手を動かし、3人に着席を許可する。深く考えての行動ではないのだろうし、親切心から来た行動なのだろうが、セバスたちは深い困惑に襲われてしまう。ナーベラル達戦闘メイド達からは驚愕とも悲鳴とも取れそうな喘ぎがもれる。

 確かにこの丸テーブルには幾つかのイスが置かれている。だが、丸テーブルでは上座が存在しない。ならば自らの主人たるアインズを同じ場所に座れというのか。そのようなことができるはずが無い。だが、主人の命令は絶対だ。
 セバスですら自らの思考がぐるぐると同じ場所を駆け回るのを感じてしまう。

 3人の異質な行動に初めて自らの言葉の意味を理解したのか、アインズは顔を僅かに引きつらせる。

「いや、ここではあれだな」

 何の意味も無い、自らの失態を誤魔化した言葉を呟くとアインズは立ち上がる。その後ろをこの部屋に元からいたメイドが続いて歩く。向かった先にあるのは重厚なエクゼクティブデスクだ。革張りのゆったりとしたイスがアインズの重みでかすかに軋む音を立てた。

「さて、来い」
「はい」

 セバスを先頭にナーベラル、ソリュシャンが続き、デスクの前に三角形を作るように並ぶ。

「先ほど玉座の間で命じたことの細部を詰めようと思う――」



 アインズはそのまま3人の顔を見渡し、意見が無いことを確認すると言葉を続ける。

「まずナーベラル。お前は街に行って冒険者として潜り込め。何故幻術を使えるおまえを選んだかと言うと、正直目立つのを避けるためだ。ある程度の情報が手に入るまでは隠密裏に行動して欲しい。まずは私が冒険者に関する情報を入手してもらいたい理由を述べる」
「はい!」
「現在王国の戦士長の個人的な戦闘能力はたいしたことが無いと分かった。だが、国に所属していない強い戦闘力の持ち主がいる可能性がある。そしてその可能性が最も高いのが冒険者だ」

 冒険者ギルドという存在がどれほどの組織を形成しているかは不明だが、冒険者として中に潜り込ませることによってかなりの情報は入手できるだろう。最低でも冒険者の戦闘能力の大半は。
 
「次に目立つのを避けるように命令する理由を述べる」

 アインズはナーベラルの顔を伺うように言葉を続けた。

「現在は冒険者ギルドという存在があまりに不明だからだ。戦力、規模。そんな状況で何か厄介ごとを冒険者ギルドと起こした際に、お前をスパイとして送り込んでいたという弱みがあった場合、交渉した際ある程度向こうに譲歩しなくてはならなくなるからだ。それに冒険者ギルドがどれだけ王国と密接な関係にあるのか分からん」
「そして簡単なことだが、アインズという未知の魔法使いが現れた近くで、奇妙に目立つ凄腕の冒険者が現れたなら関連付ける者がいてもおかしくはあるまい? そうすると色々と無い腹を探られる可能性があるということだ」
「何度も言うようだが、相手方の戦力が不明な現段階で、言い訳が無い状態で王国と事を構えたくはない。了解したな?」
「はい! 伺いました。このナーベラル・ガンマ、この身にかえましてもその使命を果たしてみせましゅ!」
「……あー、それほど気負いすぎるな」

 顔を紅潮させたナーベラルのミスを故意的に無視し、アインズは鷹揚に手を振る。それからセバスに顎をしゃくる。主人の合図の意味を直感したセバスは、ナーベラルを安心させるように軽く頭を動かした。

「そうです、ナーベラル。それほど気負いすぎても良い結果は生まれません。不可能なことは言われて無いのです、冷静に行えば問題ないでしょう」
「はい!」

 セバスにまで言われ、自らのあまりの大役に完全に緊張し、肩を張り詰めたナーベラル。その姿はアインズに、逆効果だったかと微かな不安を抱かせるのに十分だった。

「少し肩の力を抜くが良い。大丈夫だ、ナーベラル。お前なら出来る」

 ゆっくりとアインズは立ち上がり、机を回るとナーベラルの前に立つ。そしてその肩に骨の手を優しく置いた。

「私はお前を信頼している。お前を生み出した弐式炎雷はよき友人だった。ハーフ・ゴーレムである彼は強かった。巨剣の一撃によるダメージ量は我々最強だったほどだ――」

 アインズの視線が空にさ迷い出し、かつて失われたものを憧憬をもって見る。誰の目にも映らないそれを、アインズはしばらく眺め、それからナーベラルを正面から強く見つめた。

「――その彼が生み出したお前を信頼せずに誰を信頼すればよい。まぁ、魔法を行使することは出来る限り避け、目立たないように行動すれば良いだけだ。お前なら出来るさ」

 安心させるように微かな笑い声を上げ、数度軽く頷くアインズ。自らに与えられる主人の信頼の強さにナーベラルは微かに瞳を濡らした。

「必ずや。アインズ様のご満足いただけるような働き振りをごらんにいれます!」
「頼んだぞ、ナーベラル。そして最後だが、冒険者という存在の戦闘能力は未知数だ。場合によっては幻術を見破ってくる可能性もある。その場合、正体を明かして舐められないためにとか言い訳をすればある程度は理解はしてもらえるだろう。そのときは多少は力を見せ付けることが必要になるかもしれないがな。まぁ、その辺りは臨機応変に行え」
「……もし本当の姿を見破られたらどうしましょうか?」
「ん? ああ、確かドッペルゲンガーだったな」
「はい」
「……そこまで見破られたら厄介だな。その場合は撤退を許可する。厄介ごとになるよりは逃げる方を優先せよ。ただ、もし上手く処理できるなら処分しても良い。その辺りはおまえの判断に任せる」
「了解しました!」
「よし。では、セバス。ソリュシャンもつれてきてもらった理由を交えながら話そう」

 アインズはナーベラルの前からはなれ、イスに戻ると背中を深く持たれかける。

「個人の戦闘力に関してはナーベラルに調べてもらう。セバスに任せたいのは、先ほども言ったように国家が保有するであろう兵器。これについての情報の収集だ。人間というものは生き物としてのスペックは高くないが、それを補うだけの技術を得る生き物だ。様々な魔物が存在するであろうこの世界において、国家を保っているというからにはやはりなんらかの技術による兵器を持っていると私は確信している。その兵器が我々の手に収まるものなのかどうなのかを知りたいのだ」

 人間の肉体は脆弱だが、自然界にいるどんな生き物よりも恐ろしい兵器を作り出すのは、人間であれば誰もが承知の通りだ。ならば魔法技術をメインとした核兵器に匹敵する兵器、それも地中貫通爆弾型核兵器みたいなものがあるという可能性も当然捨てることはできない。
 既存の科学技術が主となっているなら、ある程度の戦力というのは予測が付く。だが、魔法による技術であった場合、それはアインズの想像もつかないような戦力となりかねない。警戒しないほうが馬鹿のすることだ。
 ただ、その反面アインズはさほど心配することも無いのではという考えも捨てきれない。それは村の文化レベルや村に来た戦士長の格好を考えてだ。とはゆえ、敗北を許されないギルドの名を名乗ったからには石橋を叩いて渡るだけの慎重性は持ち合わせる必要は当然ある。

「科学技術レベルと魔法技術レベルが一体どの程度なのか。何ができて何ができないのか、特に情報収集系の技術は最優先で調べろ。場合によっては対策を考える必要が出てくるからな」
「なるほど、了解しました。……ところで彼女は何故呼ばれたのですか?」

 アインズは頷き、ソリュシャンを上から下まで無遠慮に観察する。そして自らの考えは間違っていなかったとでも言うように頭を数度軽く縦に振った。

「ソリュシャンを富豪の商人の娘、セバスのその部下の執事としようと思ってな」

 訝しげな表情を僅かに浮かべたソリュシャンにアインズは苦笑いを向ける。

「セバスを一人で送った場合のいいアイデアが浮かばなかったのだ。品があるから冒険者としては違和感があるし、村人も当然駄目だろう。ならばやはり執事がもっとも相応しい」

 それで、だ。アインズはそういいながら、セバスとソリュシャンの顔を観察するように言葉を続けた。

「ソリュシャンを富豪の商人の娘として王都に潜り込め。商人の娘に扮させるのは、単純にある程度の金を派手に使っても怪しまれないように、だ。本来であれば貴族とかが一番良いのだろうが、正直貴族に上手く化けられるとは思えん。そしてアンダーカバーを利用しての金を使っての情報収集はおまえ達の仕事だ。そのためある程度目立つことを許可する。できれば金持ち娘という評判がダミーになるように上手く行動してくれることを祈ってるぞ」
「王都へは直接出向いてそこから行動した方がよろしいですかな?」
「いや、王都に行く前に1つ仕事をこなしてもらうつもりだ」

 微かに視線をそらし、それから机に腕を組み乗せる

「馬鹿な商人の娘を演じろ。そしてそれに食いついてきた獲物を手に入れたい」
「といいますのは?」
「……浚っても問題ない対象を手に入れたいのだ。しかもある程度の世界の知識や軍事知識を持った。そんなわけで狙う獲物は盗賊等だな。城塞都市の周辺ならいるだろうよ、結構な」

 帝国は戦争時、専業戦士である自国の騎士のみで戦う。それに対して王国は帝国との戦いの際に傭兵を多く雇い入れる。そんな雇い入れた傭兵がお払い箱になった場合、野盗等に仕事を鞍替えする可能性は非常に高い。
 実際、城塞都市であるエ・ランテル周辺の治安は良いとは決していえない。
 街道を旅する商人の大半が何らかの自衛の手段を取るほどだ。

 ちなみに村が襲われないのは周辺の食糧事情はかなり良いために、野盗達の目的が金銭狙いがメインであるために目こぼしをしているというだけにしか過ぎない。食料を奪ってもかさばる割には大した金額にならないためだ。それに周辺の村は城塞都市への食料を供給するための重要な施設だ。下手にちょっかいを出すと大規模な討伐部隊が食料関係の商人を中心によって組まれるだろう。
 それどころか場合によっては村に雇われたりする傭兵兼野盗もいるため、村は襲わないという傭兵同士の殺し合いを避ける、ある程度の暗黙の了解ができているといっても過言ではない。
 無論、かつて王国内でも奴隷制があったときはそうでもなかったのだが。

「野盗ですか」
「ああ。軍事関係の情報はさすがに持ってるだろう。あとは裏社会関係の情報か。まぁ、これはどちらでも良いんだが。なにより野盗連中なら消えたとしても王国の敵意を買う可能性は無いだろうし、どうして消えたのか等の理由を探すものもいないだろう?」
「でしたら情報を入手して外を探した方がよろしいのでは?」
「街中でバカをやってれば食いついてくると思うんだがな」
「なるほど……」

 セバスは納得したのか、眉を寄せながら考え込む。
 野盗といえども適当に相手を襲うなんていうことはしないはずだ。
 とすると野盗が獲物を狙うために、街道を観察する。もしくは街中に何らかの情報網を形成している可能性は高い。
 アインズの言いたいことは馬鹿な餌を演じ、その情報網に食いつかせろということだ。
 とするなら一体どうすれば良いのか。

「ま、その辺は臨機応変に頼む。さてあとで治癒系のポーションを渡すとしよう。それに病気や毒に対する準備や束縛系や精神操作系の対策等も考えなくてはならないからな。その辺のこまごましたことに移るか――」



 ■



 記憶を掘り出すと止まらないときも多々ある。気づいてみるともはや宿屋の出口に差し掛かったところだった。
 セバスは苦笑すると、荷物を抱えたまま器用に扉を押し開ける。
 外の先ほどまでの赤焼けた空には、徐々に闇の帳が降りつつあるところだった。
 もう少しもすれば暗くなるだろうが、最高級の宿屋の敷地であるこの場所には、充分な魔法の光源が飾られ白色の光を周囲に放っている。そのため夜の闇ははるかに遠い。

 セバスは宿屋の敷地内の向かいにある馬小屋に歩く。
 その脇に幾つも馬車が止められており、その1つ。
 馬車――コーチとも呼ばれる種類の精密な細工が施された馬車に近づき、そこで足を止める。

 向かう馬車の中から衣擦れの微かな音がしていた。セバスの鋭敏な聴覚には、粘液質の液体がかき回される音、女性の熱の篭った荒い息、押し殺そうとして押し殺せていない嬌声。そういったものが厚い木や鉄板越しに飛び込んできたのだ。

 セバスはため息を飲み込む。
 ワザとらしく足音を大きく立てながら馬車によると、数度軽くだが、はっきりとした感情を込めたノックを繰り返す。そして声をかける。

「シャルティア様。そういうことはご自分のお部屋でやってはいただけませんかな?」

 中から舌打ちが1つ聞こえ、服をかき合わせる音が複数聞こえた。

 長いというべきか、女性にしては早いと称すべきか。多少の時間が経過してから、ゆっくりとドアが開き、美しい女が姿を見せる。
 白蝋の血の気の完全に引ききった肌、情欲に濡れた瞳は真紅の輝きを放つ。濡れたような――実際に濡れた赤い唇からは鋭い犬歯が僅かに姿を見せていた。白いドレスの大きく開いた胸元から、大きく盛り上がった胸がこぼれ落ちそうなほどだ。
 それらはシャルティアのシモベのヴァンパイアだ。それが2人。生臭いような独特の臭気と共に外に出てくると、さらにその後ろから見慣れた1人の真祖<トゥルーヴァンパイア>が姿を見せた。

 魔法の微かな明かりを反射し、銀糸で作ったような髪は白銀の輝きを放つ。
 ドレスは漆黒のボールガウン。そして同じ色のボレロカーディガン、フィンガーレスグローブによって肌はほとんど姿を見せてはいない。
 年齢は14ぐらいか。成熟してない未完成の美と成熟しつつある完成した美のちょうど中間にある、そんな絶妙なバランスによって生まれた美の結晶であった。胸元や指を飾る宝石は、彼女の前にあってはその輝きすらも、彼女から生じる美によってかき消されんばかりだった。

「遅かったわぇ」

 切れ長の眼が横目に見下ろすようにセバスに送られる。
 わざとらしく唇が微かに開き、その中からちろりと姿を見せた赤い舌が、自らの唇の上を蛭のように蠢く。
 外見年齢からは想像もできないほどの妖艶さを漂わせた人物こそナザリック大地下墳墓の守護者の1人――シャルティア・ブラッドフォールンだった。






――――――――
※ これだけ言っておきながら、ナーベラルあんなことしてます。
 適材適所が上手くいって無い感じです。ただ、一般人が転移したらこんなものが関の山とか思うんですよね。アインズの最強はパワー面だけです。まぁ、パワーで押せば全て解決するんですが……。
 それとこういう戦略的な説明って神の視点だと脳内ですべて終わってるから、それが上手く読む方に理解してもらえるよう文章で表現できた自信がないですね。困ったものです。
 次は26話「馬車」でお会いしましょう。




[18721] 26_馬車
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/09/09 19:37






 ろくでもない人生だ。
 小走りに道を急ぎながらザックは思う。ろくでもない人生だ、と。


 王国での村の――農民の生活というものは幸せから縁遠いものだ。
 土を耕し、必死に働いた成果は何もしていない領主に持っていかれる。100の内60を持っていかれるのならまだ我慢をしよう。40残れば、まだ何とか貧しくとも生きていける分の食料は在るのだから。
 だが、50の内30を持っていかれた時、問題は起こる。40でどうにか生きられたのだ、それが20になってしまえばギリギリの生活が、さらに半分になるということだ。

 結果は言葉にできない。

 実際ザックの妹はザックが畑仕事から帰ってきたとき、いつの間にかいなくなっていた。
 まだ大きくなっていなかったザックは、何が起こったのかわからなかった。可愛がって妹が突如行方不明になったというのに、親が一切捜さないのが理解できなかった。だが、今ははっきりと理解している。今ではラナー王女の頑張りがあって廃れてきたが、その当時は王国で奴隷が一般的だった時代だったのだから。

 そのためザックは娼婦を買うとき、すれ違うとき、思わず顔を直視してしまう。無論、見つかるとは思わないし、見つけたとしてもなんと言えばよいのか分からない。それでも思わず探してしまうのだ。


 そんな糞垂れな生活に追加されるのが徴兵だ。

 王国では定期的に起こる帝国の出兵にあわせ、村の壮健な若者を徴集し、戦場へと駆り立てる。壮健な若者を一ヶ月でも失えば、それは村での生活にとっては大きな影響を生み出す。だが、それは時には一時しのぎの幸運ともなる。
 人が減るということは食料の消費量も減るということなのだから。そして兵士として連れて行かれる若者もそこで始めて腹いっぱいに食事をするという経験をする者もいる。
 ただ、命を懸けて戦っても褒美なんかはよほどの働きをしない限りはほぼ出ない。いや、素晴らしい働きをしても出ない場合だってある。本当に運の良い人間ぐらいだ、褒美をもらえるのは。
 そして村に帰れば働き手を失い滞っていた時間の分だけ、次回の生産量が減るという絶望的な事実に直視する。
 
 ザックもそんな一般的な結果を2度ほど遂げた。

 そして3度目。
 戦争が毎回のように小競り合いで終わり、幸運にも命が助かって、村に帰るかといったところでザックは足を止めた。手に持った武器を見下ろすその頭に天啓が降りたのだ。
 村に帰っての生活よりももっと別の生活をした方が良いのでは、と。
 しかしながら単なる村人、行軍の際の僅かな訓練しか受けていないザックにはさほど道は無い。鎧だって武器だって王国から一時的に貸与させられたものだ。特別な力だって勿論無い。知識だって大地を耕す程度――何時の頃に何の種をま撒いたらよいか程度だ。

 ザックの取った行動は唯一の切り札である武器を持ったまま逃走だ。
 無論、そう簡単に逃げれるものではないが、逃げるのに協力してくれる存在に出会えたのが幸運といえば幸運だろう。
 
 傭兵団。
 
 勿論、単なる村人であるザックにそれほどの価値は無い。ただ、その傭兵団は戦争でかなりの人数を失ったために、手っ取り早く人数をある程度回復したいという考えがあっただけだ。
 戦時中は傭兵を、それ以外は野盗。その傭兵達はそういう集団だった。
 それからのザックの生活は語るほどのものではない。
 
 無いよりはあったほうが良い。
 奪われる側よりは奪う側。
 自分が泣くよりは他人が泣いた方が良い。
 
 そういう生活だ。
 間違えたとは思っていない。後悔なんかしてはいない。

 無論、それは今まで襲う相手の間違えたことが無いからなのだが――。


 貧民街の近く。薄汚れた小屋が立ち並ぶ一角にザックは駆け込む。
 夕焼けが周囲を覆いつつあったが、徐々に赤色は消え、闇が世界を染め上げようとしていた。
 日が沈む前の貧民外といえば、危険に遭遇する確立が急上昇している時間帯かつ場所だが、慣れた人間であれば問題なく駆けてこれる。大体、何かありそうなら懐に隠した刃物をちらつかせればいい。
 ちらりと周囲を視線を走らせ、尾行が無いことを確かめる。
 一応、ここまで来るまでに何度か確かめてはいるが、それでも最後にもう一度確認は取る。
 ドアの前で息を整えながら、数度ノック。それから数秒置いて再び数度ノック。何時もの正しいやり方だ。

 ミシミシという木がきしむ音が中から聞こえ、ドアに開けられた覗き窓を覆う板が動いた。空いた穴から男の両目が覗いた。眼がぎょろっと動き、前に立つザックを確認する。
 
「おまえか、おう、ちょっと待て」
「へい」

 板が再び覗き窓を覆い、それから鍵を外す重い音がした。それからドアが微かに開けられる。

「はいんな」

 中から微かに漂う、すえたような臭い。先ほどまでザックがいた場所とはまるで違う環境だ。直ぐに鼻が慣れることを期待して、ザックは家にするりと入り込む。
 小屋の中は薄暗く、狭い。
 入ってすぐの食堂兼台所には1つだけテーブルが置かれていた。そのテーブルの上には蝋燭が一本立てられ、男がそれに火をつけることで僅かな明かりが室内に満ちる。
 男が振り返る。
 暴力を生業とする人間に特有な気配を放つ薄汚れた男だ。体つきはしっかりと引き締まり、服から出ている腕や顔には薄い刀剣傷が残っていた。
 男はテーブルのイスを1つ動かすと、どすりと座った。

「おう、ザック。どうしたよ、なんかあったのか?」
「状況が変わりまして……あの獲物どもが動くそうです」
「あーん。今からかよ」
「へい」

 こんな時間にかよ……ありえねぇな、と呟きながら男は髪がぼさぼさに伸びた頭をぼりぼりと掻く。

「どうにかなんねぇのか?」
「そいつは難しいですよ、あんな女の意見ですぜ?」

 ザックから何度もどういう女か説明を受けていた男は困ったように顔を歪める。

「馬鹿も考え物だな……。あー。馬車の車輪をどうにかするとかよ」
「無理ですよー。もう荷物とか運んで準備してる頃ですぜ」
「なら街に出る前にこわしゃいいだろ」
「それぐらいならとっととやっちまった方が早くないですか?」
「まぁ、そいつもそうだが……」

 男は考え込むように中空を睨む。
 襲う手はずを整えるのも簡単ではない。いまから急いでつなぎを取ったとして、時間的に問題は無いだろうか。

「うんで、出発は何時ごろになるんだ?」
「あと2時間って言うところですね」
「マジかよ、ぎりぎりじゃねぇか。あー、どうかなー」

 指を折りながらタイムスケジュールを考える男。それを黙ってみながらザックは自らの手を見下ろした。

「むかつくんすよね、ああいう金持ちって……」

 あの綺麗な手。
 畑作業に従事した人間特有の手を思い出す。あんな綺麗な手を持つ者は誰もいない。
 冷たい水でひび割れ、鍬を振るうことで分厚くなり、爪の形だって非常に悪い。そんな手の持ち主しかしかいない。
 この世界が不公平なのは知っている。ただ――。

 ザックは唇を歪め、歯をむき出しにする。
 
「あの女、楽しんでもいいんですよね」
「俺が先だけどな」

 ニタリと男が下卑た笑いを浮かべた。その欲望が男を駆り立てたのか、立ち上がる。

「おし、やっか。団長に連絡とっておくわ」
「わかりやした」
「10人ぐらい何時もの場所に用意しておくからよ。おまえは4時間後ぐらいに到着するように行動しろや。もし来なかったらこっちから出向くから、獲物どもには安心しておねんねしてもらっておけよ」



 ■



 城塞都市を背中に、月明かり下を一台の馬車が走る。
 6人以上が入ってもまだ余裕があるほどの大きな馬車だ。それを軍馬を思わせるかなり発育の良い馬が4頭がかりで引いている。

 天には大きな月が掛かり、その青白い光を地上に投げかけており、意外に感じるほど周囲は明るい。とはいえ、こんな夜中に馬車で外を走るというのは非常に愚かな行為だ。明かりを作り、見張りを立て、野営地を作るのが人が最も正しい夜を越す方法だ。
 なぜなら夜の世界は人の支配する世界ではない。いや、正確に表現するなら光の届かない場所は人の世界ではないというべきか。夜闇の中を動く魔獣や亜人、その他様々なモンスター。そんな闇を見通す眼を持ち、人間に襲い掛かっていく存在は非常に多いからだ。

 そして人の国といっても、各主要都市を街道が結び、その都市の周囲の村や小型の都市を配置その程度の領域でしか無い。その膨大にある隙間にモンスターたちは生活している。確かにモンスターたちによる大きな部族は目に入る範囲からは追い出されている。だが、人の目の届かない、深い森や山脈に部族を築いているのだ。
 そこそこ大きい森の中に1人で入り、20分も適当に歩けば何かと遭遇する可能性は高い。それがリスや狸といった場合もあればオオカミや魔獣、亜人という可能性もある。それほど危険性はあるのだ。

 だからこそ冒険者という存在が充分に仕事としてやっていけるのだが。

 そんな危険な夜の中を、馬車は微かな振動を乗り手に伝える程度で街道を走る。
 振動が少ないのは馬車のスプリングに相当する部分が優れているためでではなく、舗装された石畳の上を走っているためだ。王国内を走る街道は石畳の部分とそうで無い部分があり、王直轄地である城塞都市から然程離れていないこの辺りはしっかりと整備されている。

 石畳の街道整備はラナーの発言で始まったものだが、現在は王直轄の一部の街道とレェブン侯の領地しか舗装は終わっていない。それは移動を容易とする街道の完成は帝国の侵略も容易くする、という意見が貴族から噴出したためである。
 それと街道補強に掛かる費用負担に関する問題でも紛糾したためだ。ラナーの提案した商人達からの金銭の提供は、街道という利権に食い込まれることを危惧した各領地の貴族の反対もあり頓挫した。
 その結果が現在の虫食いだらけの王国の街道舗装状況である。

 がたりと馬車が揺れ、中にいる者たちに振動が伝わる。
 その揺れがちょうど1つの話題の区切りが付いたように話を断ち切った。

 馬車に乗った面々はシャルティア、その左右にシモベ兼愛妾な2人のヴァンパイア。向かいの席にセバス、その横にソリュシャンだ。ザックは当然、御者台で馬車を走らせている。

 しばしの沈黙が馬車内に降り、それからセバスがゆっくりと口を開いた。

「前よりお聞きしたかったことが1つ」
「ん? わたし? 何?」
「アウラ様とはあまり仲がよろしく無いご様子ですが」
「……本気では悪くないと思うけど」

 呟くように答えながら、シャルティアは暇そうに自らの小指の爪を眺める。
 真珠のような白さで2センチほど爪が伸びている。片手には鑢を持ってはいるが、非常に整っており、手入れの必要は感じられない。事実シャルティアも鑢をかける必要性を感じなかったのだろう。持っていた鑢を隣に座っていたヴァンパイアに放り出すように渡す。
 そして空いた両手を左右に座るヴァンパイアの胸に伸ばそうとし、前に座る両者の表情に気づくとばつが悪そうな顔をしてやめる。

「そうとは思えないのですが?」

 話を続けるセバス。それに苦いものを噛んだようにシャルティアは顔を歪める。
 
「ランド・ステュワードってそんな心配もする必要があるの? まぁいいけど」一呼吸ほど間を開け「……わたしの創造者であるペロロンチーノ様が仲が悪いと決められたから、適当にからかってるだけ。まぁ、あの子もぶくぶく茶釜様にわたしと仲が悪いと決められてるかもしりんせんけどぇ」

 つまらないかのように片手をピラピラと振り、初めてシャルティアとセバスの視線がぶつかり合う。

「だいたい、わたしの創造者であるペロロンチーノ様とあの娘の創造者――ぶくぶく茶釜様はご姉弟ですしぇ。ある意味わたし達は姉妹だわ」
「ご姉弟――そうだったのですか!」
「昔、ペロロンチーノ様が他の至高の方々――るし★ふぁー様と弐式炎雷様、おふた方と共にわたしの領域を歩いてありんす際のそんなお話をされていたわ」

 かつての偉大なる人物に付き従って歩いた記憶を掘り出し、憧憬の眼差しを浮かべるシャルティア。

「なんでもぶくぶく茶釜様はせいゆうなるご職業に付かれてありんす方で、売れっ子で尚且つえろげにも声を出してるから、期待の大作を買うと姉の顔が浮かんでへこむとか言っていたわね」

 どういう意味なのかは知らないけどと続けるシャルティア。セバスも不思議そうに首をかしげる。

「せいゆうですか……知りませんな」

 互いに顔を見合わせ、だが、両者共に至高の方々しか知らない何らかの力ある言葉なのだろうという意味合いで決着を付けた。

「8階層には誰がいるの?」

 突然の話題の変化にセバスは目を白黒させるが、瞬時に冷静さを取り戻す。

「……至高の方々に逆らう愚か者達が大挙して攻めてきたとき、最終的な迎撃地は8階層でしょ? ならそこにかなりの戦力がいるはずなのにどなたも知りんせん」
「……」
「もしかしてアインズ様が創造された存在でもいるの?」

 ナザリックにいる存在で、高位者と評価されるか、シモベと見なされるかは至高の41人が創造にかかわったかどうかによるものだ。ホムンクルスの一般メイドも至高の41人によって創造された存在だし、恐怖公、司書長、料理長もそうだ。
 そして勿論、守護者も至高の41人によって創造された存在だ。
 セバスならたっち・みー、デミウルゴスならウルベルト・アレイン・オードル、コキュートスならブルー・プラネスというように。だが、至高の41人の最高位者アインズ――モモンガの創造した存在というものはシャルティアも知らない。
 いないというのは考えにくい。
 ならばシャルティアの知らない第8階層にいると考えるのは当然の推測だ。

「……いえ、それは無いでしょう。チラリと聞いただけですが、アインズ様の創造された存在の名前はパンドラズ・アクター。守護者の皆様や私に匹敵する能力の持ち主で、宝物殿最奥部の墓守だとか」
「そんな奴がいたんでありんすか?」

 初めて聞く名前にシャルティアは眉を顰める。
 だが、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがなければ侵入することもできない宝物殿とはいえ、誰も警備のものがいないというのは確かに考えてみると変な話だ。
 
 そして宝物殿最奥部。
 アインズ・ウール・ゴウンの集めた最高峰のマジックアイテムが鎮座する場所であり、守護者ですら侵入を許されない聖域だ。どのようなマジックアイテムが眠っているかまではシャルティアも当然知らないが、最高位マジックアイテムの別称たるアーティファクト。そしてそれすらも越える世界に1つしか無いとされる総数200種類のワールド・アイテム級の幾つかもあると伝え聞く。
 特にかつて大軍で攻め込まれたとき、複数のワールドアイテムを奪い、鎮座させているとも。
 ならばそんな場所を守るには、至高の41人の最高位者であるアインズの創造した存在こそうってつけの人材だろう。
 
 自らがその至高の場所を守れないことに、僅かにシャルティアは心を痛めるがそれは仕方ない事だと慰める。
 侵入者を最初に相手にする地下3階層を守るということもそれに匹敵する大役だと。

「ええ。今アインズ様が何をされているかはご存知でしょう?」
「勿論。現在宝物殿のマジックアイテムの実験と魔法の効果の実験でありんすね?」
「そのマジックアイテムを持ち出す際、アインズ様に同行した私の部下が会ったそうです」
「ふーん」

 興味をなくしたのかあまり気の無い返事をするシャルティアだが、セバスは別に気にする様子は見せない。

「なら結局、8階層は謎のままか……」
「ですな。我々の立ち入りも許可されてないのですから、何かがあるんでしょうな」
「何かって何?」
「我々にも襲い掛かる存在なんてどうですか?」
「うーん。それも悪くないでありんすが ……問答無用で発動するデストラップとかどうでありんしょうかぇ?」
「ナザリック大地下墳墓を抜けきった者たちがそんなことで倒せるとは思いませんが……」
「こっそり覗くと、おっしゃるのは?」
 
 悪戯を思いついた子供――そんな笑顔を見せるシャルティア。それに対しセバスが浮かべたものも何時もの笑顔だ。少しばかり深い程度の。

「アインズ様のご意思に逆らうと?」
「嘘よ、嘘。冗談。そんな怖い顔をしないでくんなまし」
「シャルティア様……好奇心猫をも殺す。もしアインズ様が教えても良いと思われたなら、教えてくださるでしょう。それまで我々は待つべきかと」
「そうよね……。それで獲物は釣り針に引っかかったわけでありんすか?」

 急な話の転換に特別何も言わず、セバスは話に乗る。

「ええ。見事に。あとは釣竿を上げるだけです」
「そう」

 ぺろりとシャルティアは自らの唇を舐める。真紅の瞳に異様な輝きが灯った。

「その件でシャルティア様にお願いしたいことが」
「……何?」

 楽しんでいる最中に横槍を入れられた、そんな不満げな声をあげるシャルティア。それを宥めるようにセバスは話を続ける。

「今、馬車を運転している御者ですが、この娘にあげてはいただけないでしょうか?」
「……下っ端?」
「はい、伝令係ぐらいの地位だと思います」

 それを聞くとシャルティアは眼を閉じ、色々と考え込んでいる姿を見せる。

「ならいいでありんすぇ。吸っても美味しくなさそうだし」
「それはありがとうございます、シャルティア様の寛大なお心に感謝いたします」
「ありがとうございます、シャルティア様」
「ああ、いいでありんすぇ。 気にしないでくんなまし」

 そんな表情もできるのかという、親しみを込めた微笑をソリュシャンに向けるシャルティア。それから視線だけをセバスに向ける。

「先ほどの失言はこれでチャラでお願いしんす」
「了解いたしました。……それに元々シャルティア様がそのような愚劣極まりない行動を本気で取るとは思ってもおりませんでした。最初っから戯れごとと分かっておりましたよ」
「ま、そりゃそうよぇ。わたしもセバスがそんなこと言ったらそう考えるでありんしょうね」シャルティアがニンマリと笑った。「それであとはなも言わずにシモベに見張らせて、反旗ありとみなしたら即座に四肢を切り落としてから、アインズ様の御前に鎖で繋いで連れて行くってところよね」
「そのようなことはしません、シャルティア様」
「しないの? そっちの方が忠誠心疑われるわよ? ――するでしょ、絶対?」

 シャルティアとセバス、互いが心の底から楽しそうに笑いあう。

「まぁ、それにわたしは可愛い子の味方よ。あとソリュシャンに渡したらそれはそれで楽しそうだし――」
「――アインズ様はシャルティア様にどのような指令を?」

 それ以上の話を断ち切るようなそんな勢いでセバスは話題を変える。
 
 今回の出発前、セバスにアインズからメッセージの魔法を使って、シャルティアが同行し野盗狩りに協力すると言う命が下された。恐らくシャルティアが選別されただろうという理由は薄くは理解している。
 だが何故、シャルティアが選ばれ今回の任務に当てられたのか、それの深い部分はセバスも知らない。

「……武技や魔法を使える者がいたら、吸い尽くして奴隷にしてもかまんせんから絶対に捕まえろ。盗賊の中で世界情勢や戦のこととかに詳しい奴がいたらそいつなるときも逃がすな。要約するとそういうところかしら。まぁ、いちいち調べるも手数でありんすからしとつとてのこさず吸っちゃおうかな」

 なるほどと口には出さずセバスは頷く。

「そういう意味ならデミウルゴス様が一番適任ですね。アウラ様の吐息も同じように使い道がありますが」

 セバスは何の気なしに呟く。
 デミウルゴスは支配の呪言という特殊能力を保有している。それはアウラの吐息と同じように精神支配系の能力だ。ならば今回のような相手を捕まえる仕事においては比類なき効果を発揮する。
 
「……あ゛?」

 今までのシャルティアからは信じられないような重低音の言葉がもれる。
 馬車内の空気が一気に重くなった。それと同じく肌に突き刺さるような冷気じみた気配が満ちる。
 外で馬車を引く馬が感知したのか、ガクンと馬車が大きく揺れた。シャルティアの左右に座るヴァンパイアの青ざめた肌がより青く、セバスの横に乗って座っていたソリュシャンが全身を震わす。
 シャルティアの真紅の虹彩から、まるで血が滲むかのように真紅の色の白目を犯しだす。

「セバス――もう一回言ってくれない? それともさぁー、竜人であるあなたがその形態でさぁー」ぎょろっと真紅に染まりつつあった眼球が動く「わたしとやりあう気かよ」
「失言でした。お許しください」
「……」

 セバスの謝罪にシャルティアは沈黙で答える。
 それから数秒の時が流れ、シャルティアは深呼吸を繰り返す。
 そのたびごとに馬車内の空気が温まっていく。最後に一度大きく呼吸をしたシャルティアの表情は何時もと同じ――妖艶な雰囲気を漂わせた淫靡なものだ。瞳の色も元に戻っている。

「……一応、わたし達が吸ってしまえば奴隷でありんすから話は早いんでありんすぇ。べつに生かしたまんまつれて来いっていう話ではないんでありんすから。その辺はアインズ様もおっしゃていんした 」
「確かにそうでした。私の浅薄さ、お許しください」

 吸血鬼は血を吸い尽くすことで、絶対服従する自らの下位種を作り出すことができる。ヴァンパイアでは知能の遙に劣るレッサーヴァンパイアしか生み出せないが、シャルティアならほとんど人間と同じ知力を持つヴァンパイアを作り出せる。
 生死に関わらずということを前提とするなら、生み出せる数に限界はあるが、それでもシャルティアは優れた捕獲者だろう。

 そのとき――がくんと馬車が大きく動き、馬車を引いていた馬のいななきが聞こえた。

「……馬車が止まったようでありんすね」
「そうですな」

 シャルティアは悪戯を企む少女のように笑い、セバスは髭をさすりながら静かな微笑を浮かべた。






――――――――
※ 予定ではザックは今回で……だったのに。なんかプロットどおりいかないなー、後ろに延びてる。
 次回、はしゃぐシャルティアの27話「真祖1」でお会いしましょう。……王蟲の攻撃色は禁句です。



[18721] 27_真祖1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/09/18 18:05




 近くの森から出てきた10人の男達が1台の馬車の周りを半円形に包囲する。それぞれバラバラの装備をした男達だ。どれも作りが良いわけではないが、劣悪なものではないという、一応は武器にも注意を払っているんだろうというのが分かる程度の品質だ。
 それらの武器が月明かりの下、ギラリとした輝きを放っていた。
 着ている鎧はチェインシャツ程度の軽装鎧がほとんどだ。

 彼らは口々に獲物にどうするか、とか順番がどうのといった会話をしている。その姿は、完全に油断しきったものだった。実際何度も繰り返している行為だ。今回に限り緊張しているというのほうがおかしい。

 ザックは御者台より飛び降りると小走りで、現れた男達の下に向かう。
 無論、逃げられないように御者台から降りる際に、馬の手綱は既に切られている。そして片側のドアは開かないように小細工は済んでいる。男達側のドアしか開かないように。

 中にいるであろう獲物たちに見えるよう、男達は手に持った武器をチラつかせ、無言の警告を発する。それは早く出てこないと大変なことになるぞ、という旨だろう。

 そんな中、ゆっくりと馬車の扉が開く。
 月光の下、1人の美女が姿を見せた。集まった傭兵いや野盗達から下卑た笑い声と欲望に塗れた眼差しがその美女に集中する。男達の顔には今から起こるイベントに対する嬉々とした感情が満ち満ちていた。
 その中において驚愕した人間が1人。
 ザックだ。
 彼を驚きを一言で表すなら、だれ? である。知らない人物。だが、知っている馬車。その食い違いがザックを完全に混乱の海に投げ込み、言葉を出させなかった。

 そしてその後に再び同じような格好をした女性が姿をみせたことで幾人かが怪訝そうな表情を浮かべる。彼らは皆こう聞かされていたのだ。世界を知らないお嬢様と執事の爺の2人連れだと。
 そして更に1人の少女とも言って良い年齢の女が姿を見せたとき、彼らの疑問は空の彼方へと吹き飛んだ。

 銀の細い糸のような髪が月の光を反射し煌く。真紅の瞳が濡れたような色を放っている。
 感嘆の言葉すらでないような美姫の登場を受けて、賛美者のため息がそこにいた野盗達、皆からもれた。シャルティアは淫靡な笑みを浮かべ、そのまま男達の前まで歩く。

「皆さん、わたしのために集まってくださってありがとうございんす。ところでこなたの中で一番偉い方はどなたでありんしょう。交渉したいのでありんすがぬし?」

 野盗の視線が1人に集まるのを確認し、必要な情報は得たとシャルティアは判断する。つまるところそれ以外の人間は不要ということだ。

「な、なんでぇ。交渉って言うのは」
 
 シャルティア――絶世の美との遭遇からようやく立ち直ったのか、リーダー格と思われる人物が一歩前に出る。

「ああ、おゆるしなんし。交渉といわすのは必要な情報を手に入れるためのお茶目な冗談。まことにおゆるしなんしね」
「あんたらは一体……」
  
 呟いたザックにシャルティアが向き直る。

「あなたがザックといわす人物ぇ。あなたは約束どおりソリュシャンに渡すつもりよ、少うし離れていてもらえんすか?」

 幾人かが理解を求めるように互いの顔を見合わせるが、そのうち――

「へん。ガキにしちゃ良いもん持ってんじゃねぇか」
 
 たまたまシャルティアの前にいた野盗の1人が、シャルティアの年齢の割には大きく盛り上がった胸に手を伸ばす。そして――コロンと落ちた。

「汚い手で触りんせんでくんなまし」

 男は自らの無くなった手を呆けたような表情で眺め、遅れて絶叫を上げた。

「ぁぁああ! て、手が、手がぁあああ!!」
「手がなくなりんしたぐらいでそんな大きな声で喚かないでくんなまし。男何だぇら」

 シャルティアは呟くと無造作に手を振るった。それにあわせ、どさりと頭がいとも簡単に地面に落ちた。
 刃物を持ってすらいない細く綺麗な手でどうやってそれを行ったのか。野盗の誰もが呆気に取られ、精神的衝撃に朦朧とする。だが、次の光景に引き起こされた恐怖が、意識を取り戻させた。
 切り落とされた首から吹き上がる血は、まるで意志を持っているようにシャルティアの頭上に集まり、球体を形作る。
 人ならざる技。知識としてさほど知らない人間は最初にこう考える。

「スペルキャスターだ!」


 魔法使い<スペルキャスター>。
 それは広義の意味で魔法を使う存在。
 神の奇跡を行う聖職者<クレリック>や神官<プリースト>も、異界法則を行う魔術師<ウィザード>や秘術使い<アーケイナー>、大自然の神秘を行使する森祭司<ドルイド>等々全てをひっくるめた言葉だ。
 しかしながら各職によって行使される魔法の種類は当然違う。そして向き不向きも。
 知識ある人間であればより細かな警告が発せられるだろう。それが無かったということは、つまるところ魔法に関する知識は皆無に等しいと判断しても良い。


 それを理解したシャルティアは、周囲で慌てて一斉に剣を構える野盗たちにつまらなそうに視線をくれる。

「おもしろうありんせん。あとはあなたたちが片付けなんし。それと彼とザックだけは……分かっていんすね?」
「はい、シャルティア様」

 左右後方に控えていたヴァンパイアが前に出ると、シャルティアに剣を振り下ろそうとした野盗の1人を殴り飛ばす。中身の詰まった風船が弾けるように内容物と体液を撒き散らしながら、その野盗は大きく中空を舞った。
 それは野盗には恐怖と苦痛を、シャルティアには喜悦を与える戦闘の始まりの鐘だった。



 引きつるような笑いを浮かべ、ザックはその光景を眺めていた。
 あまりにもひどい光景だ。
 残忍な殺し方は血の臭いで気持ちが悪くなるほど。

 人間の手足が紙のように引きちぎられ、両手で掴まれた頭部が柘榴のように弾ける。
 野盗の1人が両手で抱擁され、胴部が圧迫されたのだろう。口から中身を吐き出しながら悶絶している。あれで死ねないのだから人間というのは頑丈なものだ。
 地面に転がっているのは逃げようとして両足を砕かれた奴だ。白いもの――骨が肉と皮膚を突き破って僅かに見えている。今も両手で必死に地面を掻きながら少しでも恐怖から離れようと、少しでも生きようともがいている。
 足元に平伏し命乞いをする男を見下す、絶世の美少女の音程が外れたような笑い声が、妙に耳に障る。

 何でこんなことに……。

 ザックは必死に考える。こんな酷いことがあっていいのだろうか、と。
 良いわけが無い。あんな酷い殺し方を認めるわけにはいかない。ではどうすれば良いか。たまたまザックには攻撃を仕掛けてこないが、逃げ出そうとすれば二度とそんなことができないよう何らかの手段を取るだろう。
 ザックは懐に隠し持っている短剣を、服の上から触る。
 なんてちっぽけなんだろうか。こんなもので人の腕を簡単にもぎ取る存在と戦えるわけが無い。

 自分が何をしたというのか。あんな化け物に何かしようなんて考えてもいなかった。
 
 ザックは自らの身を少しでも隠そうとするかのうように、両腕で自分の体を抱きしめる。リズミカルに鳴る自分の歯が五月蝿い。この音を聞きつけてあの化け物たちがこちらを向いたらどうする。必死に堪えようとするが、意志に反し、歯は鳴り続ける。

 大体なんだ、あいつらは。あんな奴らなんか知らない。
 そう考えたとき――

「ザックさん。こちらに」

 ――突如、この残酷な風景には合わないような涼しげな声がザックの後ろから聞こえた。
 恐怖に怯えながら振り返った先に立っていたのは、自らの雇い主だ。
 普段高慢な声で騒ぎ立てている雇い主とは思えない表情を浮かべている。もし冷静な頭なら警戒が先にたったかもしれない。だが、この異様な世界と血の臭いに混乱していたザックには違和感は何一つとして思わなかった。

「なんなんだよ、あいつらは!」

 ザックは音程が外れたような甲高い声でソリュシャンに怒鳴りつける。

「あんな奴らがいるなら、いるっていえば良かっただろ!!」

 じろりとザックの後姿を睨み付けるシャルティアに、我慢してもらうようソリュシャンは合図を送る。それを受け不承不承と頷くシャルティア。

「黙ってないで、なんとか言えよ。全部おまえのせいだろうがぁ!」

 ザックは手を伸ばしソリュシャンの胸元を掴むと、激しく前後に揺する。

「……了解しました。こちらへどうぞ」
「た、助けてくれるのか!」
「いえ。最後に楽しませてもらおうかと」
「は?」
「セバス様はこういうことはあまりお好きではないですから、許可はもらっていますがせめてこちらで」

 何を言われたのか理解できない。だが、自分だけ別に連れて行かれるという自体にほんの微かな生存の糸が見えたのか、ザックの困惑した顔に希望の色が浮かんだ。それを知ってか知らずか、ソリュシャンの笑顔に変化は無い。

「あまり激しくは辞めてくださいね」

 馬車の陰までザックを招いたソリュシャンはそう呟きながら、ドレスを緩めようと背中に手を伸ばした。その光景を見て呆気に取られたのはザックだ。何をこの女はしてるんだと奇妙な生き物を見るような目でソリュシャンを見続ける。

「な、何してんだ?」
「なんでしょうね」

 ソリュシャンは中に着ていたビスチェもそのまま緩める。
 その瞬間を待っていたかのように、窮屈そうに押し込められていた双丘が転び出た。ツンと尖った円錐の形をおり、白い肌は月光をに照らされ透き通るようだった。
 その光景にザックの喉が我知らずごくりと唾を飲み込む。

「どうぞ」

 ザックに触れとばかりに裸の胸を突き出す。

「何を……」

 考えたのはザックに惚れたという線だ。考えられる中では一番ありそうな答え。

「立ってるとあれですか?」

 ソリュシャンは形の良い胸を晒したまま、大地に横になった。
 美しい。今までザックが見たどんな女の体よりも美しい。
 ザックが抱いてきた中で一番美しかったのは、やはり襲ったたび馬車に乗っていた娘だ。ただ、ザックに順番が回ってきたときはぐったりとし、身動き1つせず蛙のように股を開くだけだったが。それでも美しさは失われては無かった。
 だが、今目の前にいる女はそれ以上に美しく、あのときのように反応が無いわけではない。
 欲望がザックの体に火をつけた。股間を中心に熱くなり、荒い息で覆いかぶさるようにザックも大地に横になる。大地の冷たさが心地よいほど。
 犬のような息を漏らしながら、ソリュシャンの肌に手を滑らす。
 絹でできた布――そんな感触だ。

 我慢しきれなくなったザックは、ソリュシャンの形の良い胸を鷲づかみにした。

 ずぶりと手が沈む。
 柔らかさのあまり手が沈んだような感触がしたのか、ザックが最初に考えたのはそんなことだ。だが、手に視線をやり、自らの考えが甘いことに一泊の呼吸を置いてから理解した。
 手が文字通りの意味で、ソリュシャンの体の中に沈んでいるのだ。
 
「な、なんだよ、これは!」

 理解できない事態に直面し、絶叫を上げ、手を引き戻そうとする。だが、ビクリとも動かない。それどころか、より引き釣りこまれる。ソリュシャンの中に無数の触手があり、それが手に巻きつき、引きずり込むように。

 ソリュシャンの表情に変化は無い。ただ、静かにザックを観察するだけだ。

「おい、やめろ! 離しやがれ!」
 
 ザックは空いた手で握り拳を作ると、全力を込めてソリュシャンの顔に叩き込む。
 一度、二度、三度。上から体重を込めた一撃。骨が砕けても可笑しくない一撃を受けても、ソリュシャンは平然とした顔をしている。それどころか、ザックは殴った感触が異様なことに背筋を震わす。
 水の入った柔らかい皮袋を叩くような感触なのだ。それは決して人間のものではない。興奮して忘れていた後方で起こっている地獄の光景が頭をよぎる。
 ザックは悲鳴をかみ殺す。
 ようやく完全に気づいたのだ。目の前で肌を晒している女が化け物だということが。

「ご理解いただけました? ではそろそろ始めますね?」

 何が。そう問い返す前に、数百本の針が同時に突き刺さるような激痛が飲み込まれた手から上ってくる。

「あああああ!」
「溶かしてるんです」

 激痛の中聞こえてくる非常に冷静な言葉。その意味するところを理解はできなかった。あまりにザックの知る世界から逸脱することが起こりすぎていて。一時的な脳の処理容量のオーバーフロー状態に陥っていたのだ。

「私、実は何かが溶けていくのを観察するのが好きなんです。ザックさんは私の中に入りたがっていましたし、ちょうど良いかと思って」 
「ぎぃいいい! 糞ッ垂れのモンスターが! 死にやがれ!」

 激痛を抑え殺し、ザックは吐き捨てながら懐から短剣を抜き払う。そしてそのまま一気にソリュシャンの顔面に深々とつき立てた。びくんとソリュシャンの体が跳ねる。

「ざまぁみやがれ!!」

 さて、湖面に短剣を突き立て何か変わるだろうか? 
 せいぜい波紋が出来る程度だろう。つまるところ、そういうことだ。
 
 短剣を顔につきたてたまま、ソリュシャンは目がぐるっと動き見据えると、静かにザックに話しかける。

「申し訳ありません。私――物理攻撃に対する完全耐性を保有してますので、それでは傷を付けることはできません。とりあえず溶かしますね」

 刺激臭が立ち込め、ほんの数秒で刀身を溶解された短剣がソリュシャンの顔から滑り落ちる。その下から現れたのは、宣言どおり傷一つ無い綺麗な顔だ。

「なんなんだよ、おまえはよぉ」

 手から伝わる激痛と、目の前にある死からわきあがる恐怖によって、半分泣き出した顔でザックは呟く。それにソリュシャンは平然と答える。

「捕食型スライムです。あまり時間もかけられませんし、もう飲み込ませてもらいますね」

 ずるりと一気にザックの腕がソリュシャンの体に飲み込まれる。泣きわめき、叫び、命乞いをするザック。だが、ソリュシャンの体内に飲み込もうとする力は依然として強いまま。人では決して抗えないような強さで腕、肩と飲み込んでいく。

「アラーナ!」

 最後にその名前を叫び、ザックの顔がソリュシャンの体に飲み込まれた。そのままゆ蛇がえさを飲み込むようにザックの体は飲み込まれていく――。



 数分という短い時間で、その場には動くものは無い。ただ、血と鼻を刺激するような異臭が漂うばかりとなっていた。頭を踏み潰した際にシャルティアのハイヒールについた脳漿を、舌で掃除させていた男1人があとは生き残るばかり。

「殺したりはしないでありんす。約束したとおり」

 恐怖で顔を歪めきった男が這い蹲った姿勢のまま、シャルティアに感激した視線を送る。必死に頭を下げ、感謝の意を表す。そんな犬のような男に、シャルティアは慈母の表情を向ける。それから指を1つ鳴らした。

「吸いなんし」

 その言葉がどういう意味なのか。男が知ったのは2人のヴァンパイアが傍に立ったときだった。

 シャルティアは最後の男の生命が消え行く姿を横目に見ながら、馬車のほうから1人で歩いてきたソリュシャンに声をかける。

「おや、もういいんでありんすか?」
「はい。全てすみましたので。今回はありがとうございました」

 ソリュシャンは胸元の乱れを隠す。

「いいんでありんす。同じナザリックの仲間でありんすから。ところでザックさん、良い気分味わったかしら」
「その最中ですよ。ご覧になりますか?」
「え? いいんでありんすか? では僅かだけ見せてもらえんすか?」
 
 突如、ソリュシャンの顔から成人男性の腕が突き出した。それにあわせて刺激臭が満ちる。出所はその腕だ。強力な酸でも浴びたかのように爛れ、煙を上げている。
 まるで湖面から突き出したような腕は、何かを掴むように必死にくねりながらもがく。その度ごとに溶け出した肌からじくじくとした液体が周りに飛ぶ。
 
「申し訳ありません、ここまで元気だとは」
 
 ソリュシャンは腕が突き出しているというのにまるで痛みを感じて無い顔を、げっぷをしてしまったように恥ずかしげに赤らめる。それから無造作に突き出した腕を顔に押し込んだ。ばたばたと暴れる腕を構わずに完全に押し込むと再び微笑んだ。

「凄いでありんすね。人1人丸呑みにしてもさらさら外見には出ないんでありんすから」
「ありがとうございます。外見に出ないのは元々私の中身が空だからだというのと、そういう生き物だから特殊な魔法の効果によるものだと思います」
「へー、余計なお世話かも知んせんがいつ死んではうのかしら」
「そうですね。直ぐに殺せというならもっと強力な酸を分泌しますが、せっかく私の中に入りたいと思われていたんですし、1日ぐらいは堪能させてもらおうかと」
「さらさら悲鳴とか聞こえないけど」
「はい。口元は完全に私が入り込んでますから私しか聞こえません。臭いも完全に押さえ込んでますので」
「捕食型スライムって凄いんでありんすね ……。うん。こんど一緒に遊びんせんかぇ?」
「構いませんが……おもちゃはどうされるんですか?」

 チラリとソリュシャンの視線が後ろのヴァンパイアに向かう。それに気づいたシャルティアは楽しげに笑う。

「あの娘達も悪くは無いんけれど、侵入者とかがいたら捕まえてアインズ様におねだりしようと思っていんす」
「了解しました。そのときはお呼びください。胸まで飲み込んでそれ以外を外に出すなんて面白そうかと」
「いいわぇ。あの拷問官とかと話、あうんではない?」
「あの方の芸術には私では残念ですが付いていけません」

 さらに続けて口を開こうとしたシャルティアを、後ろから掛かった声が止める。

「ソリュシャン。こちらの準備は終わりました。そろそろ出発しましょう」

 馬の手綱を交換し終えたセバスが御者台から声をかける。

「はい。今、参ります」
 
 パタパタと馬車の中に入っていくソリュシャンの後姿を見ながら、御者台に座るセバスを見上げる。

「では、セバスとはここでお別れでありんすね 」
「そうですか。そうしますと野盗の塒が見つかったようですね」
「ええ。これから襲撃をかけて、アインズ様が気に入られるような情報を持ってる奴を探すつもりでありんすぇ。 今回のは外れでありんしたみたいでありんすから」
「そうですか。ここまでご一緒できて楽しかったです、シャルティア様」
「それはありがとう。またナザリックで会いんしょう」
「ええ、では失礼します――」



 ■



 森の中を疾走する。その影は2つ。シャルティアのシモベ且つ愛妾のヴァンパイアたちだ。
 先を走るヴァンパイアはその両手に大切そうにシャルティアを抱き、後を走るヴァンパイアは人間大の枯れ枝のようなものを引きずっていた。
 森の中に一本だけ作られた獣道は足場は悪く、時折、細い枝が飛び出している。
 だが、闇の中、2人ともその服に1つもほつれを作らず、その悪路をハイヒールを履いたまま嘘のようなスピードで進む。
 突如、先行するヴァンパイアがまるで何かに足を取られたように急に動きを止めた。それにあわせ、後ろのヴァンパイアも動きを止める。
 もぞりとその手に抱いたシャルティアが動く。それからゆっくりと地面に降り立った。ハイヒールを履いたほっそりとした足が地面に触れ、ドレスがそれを覆い隠すように滑り落ちる。
 長い銀髪を煩わしげにかきあげ、首を軽く回す。それから見下すように自らを今まで運んできていたヴァンパイアを見る。

「いったい、どうしたんでありんすか?」

 シャルティアが動きを止めた理由を自らのシモベのヴァンパイアに尋ねる。
 森の中、シャルティア自身が走らないのは単純に面倒なだけである。それと靴が汚れるのを避けるためでもあるが。
 その自分を運んでいた者が、シャルティアの意思無く歩を止めることは許されない。場合においては折檻ね。そんな意志が質問にはこめられていた。

「お許しください。ベアトラップにかかりました」

 見ればヴァンパイアの細い足に無骨で強力な金属製の罠がしっかりと食い込んでいた。通常は人間対策ではなく野生のそれこそ――熊に使用するものだ。足甲を着用していてもその衝撃で簡単に人間の足首ぐらいはへし折るだろう。
 だが――しかしながらヴァンパイアは普通の人間とは違う。
 噛み砕くための歯はその足に少しも突き刺さってはいない。かすり傷すら付けることなく肌で食い止っている。

 ヴァンパイアは銀やそれに順ずる特殊金属や、ある程度の魔力的な強さを持つ、もしくはアンデッド対策された魔法の武器以外のほとんどの物理攻撃を軽減する能力を保有している。それを持ってすれば単なる鉄でできたベアトラップでは傷を与えることは不可能である。
 ただベアトラップのもう1つの効果。
 行動を阻害するという働きは十分に発揮している。見ればトラップにつけられた太い鎖が上手く隠すように地面を通って近くの木に結ばれていた。
 相手を殺す意図がないのは毒を塗られて無い時点で一目瞭然だ。単純に足止めの意図だろう、荷物を作ることで相手の動きを鈍らせる目的の。

「……はぁ」仕方ないといわんばかりにシャルティアは首を振る「とっとと外しなんし」
「はい」

 シャルティアの命を受け、ヴァンパイアはほっそりとした手を伸ばし、両方の歯を掴むと無造作にこじ開けた。圧倒的な筋力にベアトラップは耐え切れず、その歯に掛かった獲物を解放する。
 単なる美女がベアトラップをこじ開ける。それはまるで嘘のような光景ではあるが、ヴァンパイアの筋力を知る者からすれば驚くほどのものではない。ヴァンパイアの筋力を持ってすればたやすいことだ。トゥルーヴァンパイアのシャルティアの筋力は更にそれを輪をかけているのだが。

「しかしこな罠があるなんて、どうやら予定の場所まであと僅かといわすところかしら」
「はい。少々、お待ちください」

 後ろに付き従っていたヴァンパイアがその手に持った枯れ枝のようなものを投げ捨てる。

 それは枯れ枝なんかではない。全身の水分を失い、完全にミイラ化した人間の死体だ。
 乾燥した死体は放り出され、地面を転がると、やがてギクシャクと動き出す。
 枯れ枝の腕の先には鋭くとがった爪が伸び、空虚な眼窩には赤い――ヴァンパイアと同じ光が灯っていた。微かに開いた口からは異様に鋭く尖った犬歯が突き出している。
 下位吸血鬼<レッサーヴァンパイア>。それがそのモンスターの名前である。
 
 ヴァンパイアに血を吸い尽くされた者はこのモンスターに成る。先ほどの野盗の成れの果ての1つだ。

「聞きます。あなた方の塒まではあと少しですか?」

 レッサーヴァンパイアは自らの主人に深々と頷き、うなり声とも悲鳴とも取れるような声を漏らす。

「とのことです、シャルティア様」
「そう。連動式の罠が無いのはどうしてなんでありんしょうか」

 これだけではなく、更に鳴子や次の罠を仕掛けた方が利としては適っている。だが、それに類する罠は見つからない。しばし考え、シャルティアは周囲を見渡す。
 何者かが隠れている気配は無い。ならば――

「まぁ、いいでありんしょう」

 無理に頭を悩ませても仕方が無い。分からないことは分からないのだ。解除スキルの無いシャルティアでは罠の捜索は不可能。魔法を使えばどうにかなるがそんなことをするのは面倒だ。ならそういうものだと納得するのがもっとも簡単だ。

「あの娘借りてきたほうがよかったでありんしょうか」

 先ほど分かれたばかりのソリュシャンをシャルティアは思い出す。ソリュシャンはアサシンとして能力を高めている。彼女であれば罠の発見等はお手の物だっただろう。一緒に楽しめるし、という言葉は飲み込む。



 やがて野盗の塒の近くまでシャルティア一行は到着する。森の中だというのに段々と木々がまばらになり、そこを抜けると木々が完全に無くなり草原が広がる。
 そこはカルスト地形と呼ばれるものだった。
 そのすり鉢型の窪地の中央部。その地面にぽっかりと開いた穴があった。僅かな光源が洞窟内部から漏れ出ている。光の感じからすると、恐らく内部は緩やかな傾斜を描きながら下へと降りているのだろう。

 その洞窟入り口の両脇には、人が手を入れたと一目瞭然で分かるものが据え付けられていた。
 それは人の腹部ほどの高さまである丸太でできたバリケードだ。といっても大したものではない。丸太を数本でできたちゃちなものだ。ただ、そこに1人づつ、計2名の見張りが立っていた。

 丸太で下半身を隠す遮蔽物とし、弓で撃たれたならそれで身を隠しながら敵襲を知らせるつもりだろう。地形が傾斜を描いているため弓の飛距離が増すとはいえ、バリケードを抜けての一射というのは命中精度的になかなかに難しいものがある。山なりに撃ったとしても、盾を頭上に構えればほぼ無効化されるだろう。
 更には大きな鈴を肩からつるしている。もし見張りを不意打ちで倒したとしても、鈴が音を立て、中の人間に敵襲を知らせるだろう。
 なかなか考えて防御しているといっても良い。
 普通に戦闘――この距離から突撃をすれば確実に中から増援が出てくるだろうし、相手に武器等を準備させる時間を与えてしまうだろう。
 姿を隠して接近しようにも、周囲にある岩石の中で身を隠せられそうな大きさを持つものは、全て撤去されていた。

 だが、物理的にどうしようもない状況を打破する手段がひとつある。
 それは魔法。
 その手段を考えるなら様々な方法が取れる。

 《サイレンス/静寂》の魔法をかけてから一気に殺す。《インヴィジビリティ/透明化》で接近する。《チャームパーソン/人間魅了》でシャルティアの近くまでおびき寄せても良い。《アイテム・デストロイ/物品破壊》で鈴を破壊する手段だってある。
 何の手段が最も楽しいか。そこまで考えたシャルティアは重要な情報を1つ入手してないことに気づいた。

「入り口は1つだけでありんすか?」

 シャルティアの質問にレッサーヴァンパイアは頭を振ることで答える。

「なんでありんすぇ。 ならここまで来んしたし、もう隠れて行く必要も無いでありんすね。どうにもコソコソとした行動――隠密といわすやつは苦手でありんすぇ」
「シャルティア様はそこにいられるだけで輝いてしまいますから」
「当たり前のことはお世辞にはなりんせんのよ。お世辞を言いたいのならもう僅か考えなんし」

 お許しくださいと頭を下げるヴァンパイアを無視し、シャルティアは手を伸ばすと、レッサーヴァンパイアの体を掴む。

「貴方に一番槍をいう大役を命じんす。さぁ、行きなんし」

 ほっそりした腕が振われ、大気を抉るような音を立てながらレッサーヴァンパイアが見張りの1人に投げつけられる。両者は激突し、信じられないような吹き飛び方をした。激突した見張りの頭部が吹き飛び、鮮血が周囲にまき散らかされる。目の前で起こったことに理解ができて無いのか、もう一人の見張りは呆けたような表情で同僚の死を見つめていた。

「すとらーいく」
「お見事です、シャルティア様」

 ぱちぱちと2人のヴァンパイアが拍手する。

「えっと、もう1人と」

 シャルティアの視線がヴァンパイアの間で左右に動き、慌てた2人のヴァンパイアが手ごろな大きさの石をシャルティアに手渡す。

「よいっしょ」

 シャルティアの手からすると微妙に大きい石を掴むと、ほっそりとした手がすさまじい速度で振り降ろされる。結果はいうまでも無い。シャルティアは嬉しげに戦果を発表した。

「2すとらーいく」

 再び拍手が起こる。
 鈴が鳴ったのを聞きつけた中の見張りが、敵襲と叫んでいる。徐々に洞窟内部が騒がしくなっていく。

「さぁ、いきんすよ。あなたは近くの木に登って逃げる奴がいないか見張ってくんなまし。雑魚では知りんせん、隠し通路があるかもしれんせん」もう1人のヴァンパイアに向き直る「そいであなたは露払いでありんすぇ。ただ強い奴がいたらわたしのお楽しみの時間、何だぇら知らせてくんなまし」
「はい、シャルティア様」
「いってらっしゃいませ」

 シモベのヴァンパイアがシャルティアに先立って大きく踏み出し、洞窟の入り口付近までゆっくりと歩を進め――

 ――そして姿が消えた。
 大地が陥没している。いや、陥没したのではない。落とし穴だ。
 シャルティアなら陥没する前に避けられたかもしれないが、ヴァンパイアの瞬発力では足元がなくなるという罠までは回避仕切れなかったのだろう。
 
「えー」

 シャルティアが思わずがっかりした声を漏らす。それからニンマリと笑みを浮かべた。
 優しげなものでも、好意に溢れたものでも、照れたようなものでもない。
 確かに考えてみれば洞穴の前に落とし穴を作るというのは当然予測してしかるべき罠だ。それを見破れなかった己の愚かさ、そして自らを嵌めたという怒り。そういったものが湧き上がり、笑みという形で現れていた。

「ぶちころすぞ。とっとと出て来い」

 大きく跳躍し、縁にヴァンパイアが姿を現す。着ていた服が土で汚れている以外の傷は見当たらない。

「わたしをあまり失望させるなよ」
「申し訳ありませ――」
「いいから行けよ。それともわたしが放り込んでやろうかぁ?」

 悲鳴にも取れる了解の意を示すとヴァンパイアは小走りで洞窟の中に入り込んでいく。シャルティアはその後を追う形でのんびりと中に入っていった。






――――――――
※ ちなみに下はフレアパンツ。
 ということで28話『真祖2』へ。



[18721] 28_真祖2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2011/06/02 20:15






 騒音が彼の耳に飛び込んできた。与えられた個室で自らの武器の手入れをしていた手を止め、耳をそばだてる。
 喧騒、複数の走るどたどたという音。微かな悲鳴。
 襲撃なのだろうが錯乱しているというか、相手の人数やどの程度の腕前のものなのか。そういったものがまるで掴めない。通常、そういった大切な情報は大声で叫ぶよう、しっかりと訓練しているにもかかわらず。
 音が聞こえないということは無い。個室といっても洞窟内だ。しっかりとしたドアの替わりに、横穴の入り口にカーテンで仕切りを作って二つに分けたようなもの。厚手とはいえ布を通り越し、声は充分聞こえる。

 傭兵団『死を撒く剣団』の総員は70人弱。中には彼ほどの腕は持たないまでも、戦場を駆け生き残った古強者はいる。
 少数による奇襲ではこれほど混乱するとは思えない。とするとそれなりの数がいる場合が考えられるが、そうなると敵だと思われる音が聞こえてこないのが理解できない。

「冒険者か」

 極少数かつ戦闘力のある存在だとしたら、それが妥当だろう。
 彼はゆっくりと立ち上がり、自らの武器を腰に下げる。鎧はチェインシャツ程度。着るのに時間は必要ない。陶器でできた数本のポーション瓶が入った皮のベルトポーチをベルトに引っ掛け、紐で固定する。防御魔法の込められたネックレスと指輪は既にしているので、これで準備は終わりだ。
 カーテンを引きちぎるような勢いでブレインは捲り、洞窟の本道ともいうべき場所に出る。
 洞窟内は奪ってきた魔法の光――《コンティニュアル・ライト/永続光》が掛けられたランタンが、幾つも壁にある一定の間を空けて吊らされ、洞窟内とは思えない明るさを生み出している。

 たまたま通りかかった傭兵の1人が、勝ったといわんばかりに顔をほころばせた。

「何事だよ」
「敵襲です、ブレインさん」

 苦笑して、彼は口を開く。

「そいつは分かるさ。人数とどんな奴らなんだ?」
「はい! 敵は2人、両方、女です」
「女? しかも2人ねぇ」

 小首を傾げると彼――ブレインは今だ喧騒の聞こえる洞窟の入り口へと歩き出す。
 女と聞いても侮らないのは女だから弱いというのは、男根主義者の妄言にしか過ぎないと彼が知っているからだ。事実、王国最強と名高い冒険者パーティーは女性5人からなるものだし、ブレインが遭遇し痛み分けに終わった相手は魔法使いの老婆だった。そして帝国内での最高とされる暗殺者は女性という噂を聞く。
 基礎の肉体能力で差がついたとしても、魔法はそれを簡単に凌駕できるのだ。無論、最高の肉体能力に最高の魔法が重なればそれこそ無敵なのだが。

 ブレインは沸き立つような高揚感、少人数で襲撃をかけたことに対する敬意、そして強者と対峙する飢餓にも似た戦闘意欲が心中を支配していた。

「ああ、来なくていいぞ。それより奥でも固めておけよ」

 言われた傭兵は首を縦に振ると洞窟の奥へと走り去る。


 彼――ブレイン・アングラウス。
 中肉中背。だが、服の下の肉体は鋼鉄ごとく引き締まり、筋肉トレーニングではなく実戦で鍛えられた体をしている。
 黒髪は適当に切られているために長さは整ってない。そのためぼさぼさに四方に伸びていた。黒眼は鋭く前を睨み、口元は冷笑のようなものを浮かべている。
 人というよりも野生の獣――それも獣王を思わせる、そんな男である。

 元はよくある単なる村人であった。だが、彼にはまさに天から授けられたとしかいえない才能があったのだ。武器を取って不敗。戦場においてかすり傷以上は受けないという戦闘における天凛の才。
 敗北無く常勝の道を行く。
 誰もがそう思い、彼自身疑わなかった。そんな彼の人生が変わったのは王国の御前試合でだ。

 最初から優勝を狙って参加したわけではない。単純に自らの腕を王国中に知らしめたかったのだ。だが、その結果、信じられないような自体に直面する。
 敗北――。
 そう、生まれて以来、いや武器を握って以来の敗北である。
 
 破った相手の名はガゼフ・ストロノーフ。
 
 その試合は見事の一言。
 そこまでは両者ほぼ瞬時に勝利を重ね続けた。だが、最後の決勝戦においては、今まで溜め込んだ時間を放出するような長い時間での試合だった。出身階級の低いガゼフが現在も戦士長にあることが、その試合のすべてを物語っているだろう。
 そして勝利は幸運が味方したガゼフの上に輝いた。
 
 惜敗とはいえ、ブレインの今まで培ったすべてを破壊されたようなものだった。幾人もの貴族の誘いを断り、一ヶ月自らの世界に篭った彼は、初めて力を求めた。

 武術を求め、体を鍛える。
 魔法を求め、知識を高める。

 天才が秀才の努力をする。敗北がブレインを1つ上の存在へと持ち上げたのだ。

 傭兵団に所属したのは金を稼ぐためだ。貴族に仕えなかったのは、自らの腕を腐らせないため。学んだ武術を追求するには、対象が必要である。お座敷剣術は望んでいないのだ。実戦に頻繁に触れられる職業かつ金払いが良い。それは傭兵以外の選択肢が無い。
 そしてそんなブレインに声をかけた無数の傭兵団の中で選んだのはここ、死を撒く剣団。どんな傭兵団だろうと問題は無かった。ブレインの欲する武器のためなら、すべてを嘲笑できた。
 
 魔法の武器は高い。だが、彼が本当に欲したものは、単なる魔法の武器ではない。
 ブレインは愛用の武器――それは刀身は60センチ以上の『刀』と呼ばれる武器。
 王国よりかなり南方にある都市国家。そこから時折流れる、剣としては破格の性能を持つ武器。魔法の掛かっていない状態で下手な魔法の武器を凌駕する武器。そのぶん金額も非常に高額であり、目の玉が飛び出るをまさに地でいくもの。それを求めたのだ。
 時間と金が掛かったものの、ついには刀――属性『神刀』を得たのだ。 

 そして今、ブレインは強い。彼自身は今ではガゼフすらも容易く勝利できると確信するほど。
 さらに、それだけでなくより強さを追い求め、強者との戦闘を待ち受ける獣王としてここにいた。

 
 洞窟入り口に歩を進めるブレインの鼻に微かに漂ってくる血の臭い。既に悲鳴は聞こえないということを考えると、入り口付近の15人は皆殺しにあったということだ。時間的には2、3分。
 入り口に詰める者達に与えられた使命は防御に徹し、時間を稼ぐこと。そういう命令を受けている者たちを、不意を撃ったとしても少々早すぎる。
 
「つまりは俺なみの強さは持ってるっていうことね」

 ブレインはニヤリと笑う。
 そのまま足取り軽く歩きながら、ベルトポーチより取り出したポーションをぐいっと呷る。苦味の強い液体が喉を滑り落ち、胃に収まる。続けてもう1本――。
 胃からカッとした熱が膨れ上がり、全身の隅々まで流れ込んでいくように広がっていく。その熱に反応し、ぎしぎしと音を立てるように筋肉が増強される。

 この急激な肉体強化は、瓶の中に入っていた魔法の薬が作用しているのだ。
 魔法の薬の名前は先が《レッサー・ストレングス/下級筋力増大》、筋力をおおよそ20%増大させるもの。次が《レッサー・デクスタリティ/下級敏捷力増大》、敏捷力や反応力を20%増大させるものだ。
 ポーションは別に飲まなくても一定以上の量を体に降りかけるだけでも効果を発揮する。だが、ブレインとしては振りかけるよりは、飲み干した方がより効果が出る気がするのだ。勿論、プラシーボ効果なのかもしれないが、思いは時には信じられない力を発揮するものだ。

 次に取り出したオイルを抜き放った刀の刀身に垂らす。オイルはほのかな青白い光を刀身に残し、吸い込まれるように消えていく。
 かけたオイルの名前は《マジック・ウェポン/武器魔化》。一時的にだが魔法の力を刀身に宿すことで切れ味を増大させるものだ。

「作動1及び2」

 キーワードに反応し、指輪とネックレスから微かな魔力がほとばしり、ブレインの全身を包む。
 ネックレス・オブ・アイ。発動中は目の保護をしてくれるネックレスだ。盲目化耐性、暗視、光量補正等々。戦士の武器も当たらなければ意味が無い。視界を効かなくして離れたところから飛び道具なんて冒険者なら基本的な戦闘方法である。事実ブレインはこのネックレスを手に入れる前、冒険者達にその戦法をやられたことがある。
 そして指輪――《リング・オブ・マジックバインド/魔法注入の指輪》。低階級の魔法を1つ指輪に込め、好きなときに発動させることが出来るという遅延用アイテムというべきものだ。込められていたのは属性ダメージの軽減効果を持つ《レッサー・プロテクションエナジー/下位属性防御》。当然一度発動してしまえば再び魔法をかけてもらえるまでは単なる指輪になってしまうが、本当に少人数で攻めてきてると考えるなら、今回は準備万端で挑むべき相手だろう。
 それに後で発動させて置けばよかったなんて思ってもしょうがないのだから。
 
 これでブレインの取れる準備は全て終わり。
 体の中から噴出するような激しい熱を深呼吸を繰り返し、排出する。

 現在のブレインは肉体強化も相まって恐らくは人間としては最高峰の剣士だろう。自らの能力に絶対の自信を持つ人間特有の、獰猛なものを浮かべるとゆっくりと歩を進める。
 これだけ準備をしたのだ。たっぷり楽しませてもらおうと。
 

 歩を進めるごとに血の臭いが僅かに強まり――。
 そこに2人の人影あった。

「おい、おい。楽しそうだな」
「あんまり楽しくないでありんすぇ。 大した強さでないせいか、さらさらプールが溜まりんせん」
 
 のっそりと姿を見せたブレインに対し、警戒も無く返答がある。それは彼が向かってきているというのを既に認識していたからだろう。彼自身も隠すつもりでなかったのだから当然といえば当然だが。
 侵入者を目にし、ブレインは僅かに眉を寄せる。
 女2人と聞いていたが、1人はガキじゃないかと。だが、瞬時にその考えを破棄する。それは絶世といっても良い少女の頭の上に血で作ったような球体が浮かんでいたからだ。

「魔法使いかよ、厄介じゃねぇか」
「神官――プリーステスでありんすがぇ。始まりの血統、神祖カインアベルを信仰する」
「しんそかいんあべる? 聞いたことのねぇ神だな。邪神とか魔神とかか?」
「そっち系でありんすぇ。 まぁ、至高の方々によって倒されたらしいでありんすが。ザコいいべんと・ぼすでありんしたそうでありんすぇ」

 流石は至高の方々と呟いている少女から目を逸らし、従者のごとく付き従う女を観察する。これまた美人な女だ。胸が大きく盛り上がって官能的な雰囲気を撒き散らしている。
 ドレスのあちらこちらに血が跳ねている。とするとこちらが前衛なんだろうか。
 ブレインは肩をすくめると腰から刀を抜き払う。

「まぁいい。こっちの準備は終わってるぜ。そっちがまだなら時間をやるけど、どうする?」

 少女は驚いたようにブレインを眺め、それから口元を隠すとかすかな笑い声を立てる。

「勇敢でありんすね。まことにお1人でいいんでありんすか? お友達の皆さんをお呼びされても構いんせんよ?」
「はん。雑魚が何人いてもおめぇらには届かねぇだろ? なら俺だけでいいさ」
「星空の高さが理解できんせんのは仕方が無いのでありんすかね? 星に手を伸ばせば届くと思うのはアウラみたいな少女趣味な子供衆だけで充分。いい大人がやっていても気持ち悪いだけでありんす」

 ブレインは何もいわずに刀を正眼に構える。それを受け、少女はつまらなそうに天井を見上げてから視線を戻す。そして――

「いきなんし」
 
 少女が顎をしゃくると、女が飛び掛ってきた。
 その動きはまさに疾風。だが――風如きならブレインで断ち切るのは容易。

「ちぇすと!」

 咆哮と同時に全身の力を使って、刀を振り上げ、大上段から一気に振り下ろす。鎧を着た戦士を容易く両断するその一撃の勢いや、豪風が舞うほど。

「ぐっ!」
「ふん。浅いか」

 飛び込みざまに迎撃され、女は肩口を押さえ飛びのく。左鎖骨から入った刀は胸部に切り裂きながら抜けた。
 ブレインは眉を寄せ、睨む。
 一撃で屠れなかったことから強敵と判断しても良い相手だが、納得がいかないことが1つある。それは大量の血が噴出しても可笑しくないのに、女の肩からは一滴も血が出ていないことだ。
 魔法か。
 そう考え、すぐさまその考えを破棄する。
 押さえた手の下で、ゆるりゆるりと傷口が回復していっている。高速治癒の魔法は存在すると噂で聞くが、それではない雰囲気。ならば答えは1つ。
 つまりは人間ではなくモンスター。そして自己再生能力を持つモンスターで人間とほぼ同じ外見。むき出しにされる鋭く尖った犬歯。敵意に満ち満ちた真紅の瞳。
 そこまで考えたブレインはそのモンスターの正体に行き着く。

「ヴァンパイア……か」

 軽く舌打ち。
 ヴァンパイアはかなり高位の化け物だ。レッサーヴァンパイアならランクC以上なら勝てるが、ヴァンパイアにもなればランクB以上の冒険者たちで勝算が出てくる、確実な勝利を得ようとするならA以上の冒険者が必要とされる怪物。1体で小さな町であれば容易く壊滅させる、そんなモンスターだ。
 だが――彼なら勝てる敵でもある。

「ヴァンパイアの特殊能力……高速治癒、魅惑の魔眼、生命力吸収、吸血による下位種の創造、武器耐性、冷気ダメージに耐性だったか? まだあったような気がするが……まぁいい」

 どうにせよ、切り捨てる。
 そう吐き捨て、刀を強く握り締める。
 女は目を大きく見開く。真紅の瞳が異様に大きく見える。
 その瞬間、ブレインの脳裏に一瞬靄のようなものがかかった。親しみすら沸くような感覚。だが、軽く頭を振るだけでその靄を容易く追い払った。

「はん。魔眼か? 心弱い奴にやるんだな」

 刀を抜いている最中のブレインの心はまさに刀の如し。並みの精神支配なぞ容易く追い払う。
 ヴァンパイアは憎憎しげに牙をむき出しに威嚇するが、それは怯えを含んだ示威行動。もし自分の方が強いと認識してるなら、何もせずに襲い掛かれば良い。つまり迎撃されたことによって警戒、もしくは強敵と認識したのだろう。

「賢いじゃねぇか。まぁ、獣でもその辺は分かるのが道理なんだがな」

 じりじりと足を動かし、ブレインからヴァンパイアへと迫る。それにあわせ、ヴァンパイアが微かに後退する。
 ふん。
 つまらないとブレインは鼻で笑う。それを挑発と理解したのだろう。後退を止め、僅かに前進するヴァンパイア。
 両者の距離は3メートルほど。ヴァンパイアからすれば一瞬に詰められる距離だ。だが、踏み出せないのはブレインの技量を警戒して。そして――微かな笑みを浮かべたヴァンパイアが突如、手を突き出す。

《ショック・ウェーブ/衝撃波》
 
 魔法の発動にあわせ、衝撃波がブレインに迫る。フルプレートメイルを大きく凹ますことすら容易い魔法をまともに食らえば、チャインシャツ程度の鎧しか着てないブレインにとっては致命傷にならないでもかなりのダメージには間違いない。
 そして一撃でも受ければ大きく戦況は傾くだろう。ベースとなる能力が大きく違うのだから。
 だが――ヴァンパイアは驚き、眦を大きく見開く。

「当ててから笑えよ。そうじゃなかったら今から何かしますよ、ってもろバレだぞ」

 ――無傷。
 不可視の衝撃波の射線上から容易く避け、ブレインは野獣の笑みを浮かべた。驚き慌てるヴァンパイアは大きく後退してしまう。自らよりも格下と侮っていた存在が、上かもしれないと完全に理解した顔で。
 ブレインも表情には出さずに、戦い方の練り直しが必要だと認識しなおしていた。まさか魔法まで使用できるとは思ってなかったのだ。魔法が使えるということは打ってくる手が一気に広がるということ。

 結果、両者油断無くにらみ合いという形になった。
 それを不快に思ったのはそんな光景を見ていた少女だ。

「はぁ、交代」

 少女がぱちんと指を鳴らす。ビクリとヴァンパイアの体が震える。慌てて、自らの主人へと視線を動かす。
 対峙しているブレインを完全に無視した行為だ。つまるところ絶好の攻撃チャンスだが、ブレインは攻めようとはしない。ブレインも対峙しているヴァンパイアから視線を逸らし、少女を観察する。

 細い体だ。
 どちらかといえば肉弾戦に長けたクレリックとは異なり、魔法行使能力に長けたプリーステスという話だが、それにしても神官の肉体ではない。魔法行使能力に特化した司祭<ビショップ>こそ相応しい。しかしながら代わって戦おうとするということは、前衛がいなくても戦えるという自信があるということ。だとすると――そこまで考えブレインは軽く笑う。
 何を考えているんだと。

 単純にモンスターならば外見と中身は一致しない。ヴァンパイアの主人が人間だなんて、誰が聞いてもそんなわけが無いと笑う話だ。
 少女はヴァンパイアよりも上位者のように見受けられる。
 ならば伝説にあるヴァンパイア・ロードという奴だろうか。国1つを滅ぼしたことより『国堕とし』といわれた存在がかつていたそうだが、結局13英雄に滅ぼされたといわれている。つまりは倒せない相手ではないということだ。
 ブレインは刀を持つ手に力を込める。

「ブレイン・アングラウスだ」
「?」

 不思議そうな顔をする少女。ブレインは理解してない少女に問いかける。

「……そっちの名前は?」

 少女は小首をかしげ、それから楽しそうに言葉をつむぐ。

「ああ、そうでありんしたぇ。名前を聞きたかったんでありんすね。コキュートスならするでありんしょうけど、わたしはそういった目で人を見てなかったから気づくことに遅れんした。申し訳ありんせん」

 少女はドレスを摘むと、舞踏会で踊りを誘われたような礼をみせる。

「シャルティア・ブラッドフォールン。一方的に楽しみませてくんなましな」






――――――――
※  なんか殺伐とした話しか書いてない気がする……。のどかな話が書きたいなぁ。ナザリックで守護者が皆で仲良くお茶をするような話……プロットにも無いけどね。
 そんなわけで29話「真祖3」へ。既に戦闘シーン15kとか書いてますので一行で首チョンパは無いです、ご安心を。




[18721] 29_真祖3
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/09/27 20:50





《オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定》

 シャルティアのブレインに対して発動する魔法を、彼は無言で認める。
 スペルキャスターを前に魔法行使を認めるというのは自殺行為である。戦士であれば剣を抜いて切りつけてくるという行為に値するのだから。魔法の発動を妨害するのは戦士として当然だ。
 特に戦士であるブレインには、シャルティアが現在発動しようとする魔法の種類や効果はまるで見当も付かない。いや、有名な魔法は勉強し知ってはいるが、今発動しようとしている魔法は未知のものだ。

 しかしながら幾つかの要因により妨害手段には出なかった。
 ダメージ魔法等でありがちな、肌にぴりぴりとした感触――敵意を感じなかったのが1つ。そして避けてみせるという自信が1つ。そしてまだ相手は遊んでいる雰囲気である以上、致命的な魔法を使ってはこないと判断したのが最後の1つである。
 仮にダメージ魔法だとしても、致命的なものでないのなら食らってもかまわない。なぜならそうすることでより一層相手が油断するだろうからだ。

 シャルティアは微かに眉を寄せると、可哀想なものをみたという表情で口を開く。

「神刀、属性神聖、低位魔法効果、物理障害に対する斬撃効果20%向上、物理ダメージ5%向上および一時的効果+10%、非実体に対し30%のダメージ効果、クリティカル率5%向上。評価……微妙」

 自らの愛刀を愚弄した発言に、一瞬にブレインの脳内が赤熱化する。だが、怒りを飲み込み、深く深く沈める。
 爆発するときは今では無いのだから。

「でも安心してくんなまし。神聖効果がありんすによりてわたしには一応ダメージ入りんす。ただ、連続でダメージを入りんせんと回復してしまいんすよ」
「はん。ヴァンパイアの回復能力は今、目の前で知ったよ。だからよぉ、回復の時間なんか与えねぇよ」
「なら安心でありんすね 」

 ――その余裕、引っぺがしてやる。
 ブレインは歴戦の戦士ですら怯えるような鋭い視線を無言でシャルティアに向ける。正直、その余裕が気に入らないのだ。だが、その反面、そうでなくては困るのだ。
 強者の驕り。それこそが人間を遙に越える肉体的能力を保有するモンスターに対する、劣る存在――人間の武器の1つ。事実そこを突いてブレインは自らよりも強いモンスターを幾体も屠ってきた。
 それに何より――切り伏せた後で嘲笑えばよいのだ。余裕を見せてよい相手と不味い相手がいることを教えた後で。

「武技は使んせんでありんすか?」

 武技。
 戦士たちが鍛錬の中、自らの腕を極めていく中で学ぶ、特殊な能力。それは気ともオーラとも言われる、今だ説明の付かないものが起こす武器での魔法と称するもの。
 ブレインの強さまで昇れば大抵の戦士であれば武技を7つほどは持っているだろうか。

 対格差のある巨大な敵を前にしたとき、『フォートレス』があればその巨躯から繰り出される攻撃の衝撃を全て消せるためにかなり互角に戦えるようになるだろう。
 刀身に気を貯め強烈な斬撃を放つ『スラッシュ』であれば、体力のある敵も一撃で倒せるだろう。
 装甲の固い敵には殴打武器系の武技、『ヘヴィブロゥ』の出番だ。
 肉体を一時的に強化する『ブースト』があれば、基礎肉体能力の差によって勝利もつかめるだろう。
 このように様々な状況を想定し、豊富な武技を学び我が物とするのは、戦士であれば当然の備えである。特に様々な状況に対応する必要性が多い冒険者であれば。

 では彼はどうか――。

「はん。おまえごときに使うわけ無いだろうが」

 質問の答えを待ち望むシャルティアにそう返答をする。無論、嘘である。ただ、こういう発言をすることによって更にシャルティアに本気を出させる気を削ぐのが目的である。
 ブレインはゆっくりと息を吐きながら腰を落とし、刀を鞘へと戻す。

 抜刀の構え。

 息を細く長く。
 意識の全てが一点に集中するように狭まっていき、その極限に達した瞬間、逆に莫大に膨れ上がる。周囲の音、空気、気配。全てを認識し知覚できる、そんな世界に達する。それこそ彼が持つ1つ目の武技――『領域』。
 それは半径3メートルとさほど広い範囲ではないが、その内部での全ての存在の行動の把握を可能とするものだ。この武技を使用している間は仮に1000本の矢が降り注いだとしても、自らに当たるものを切り払うことで無傷で生還する自信がある。そして離れたところにある小麦の粒ですら両断するだけの精密な行為すらも可能とする。

 そして――

 刃物が急所を叩き斬れば生物は死ぬ。ならばそれだけを追求すればよい。
 汎用性よりも一点特化。
 相手より一瞬でも早く、致命的な一撃を正確に叩き込む。
 その過程で生まれたのは、それは今だ誰もが学んだこと無い、彼のみの武技。
 
 武技の1つ――瞬閃。
 高速の一撃を回避するのは不可能だが、彼はそこで鍛えることを止めなかった。
 その鍛錬は並みのものではなかった。数十万、いや数百万にも及ぶだろうかという瞬閃の繰り返し。刀を握る手がそれだけに特化したタコを作り、握りの部分が持つ手の形に磨り減るほど。
 それを極限までも追求した上で生まれた武技。
 振り切った後、その速度のあまり血すらもその刀身に残らない。まさに神の領域に昇ると感じ、彼が名づけた『神閃』。それは一度放たれれば知覚することすら不能。

 この2つの武技の併用による一撃は、回避不能かつ一撃必殺。

 その斬撃で狙うは対象の急所。
 特に頸部。
 これをもって秘剣――虎落笛。
 頸部を両断することによって、吹き上がる血飛沫の吹き上がる音から名づけた技である。

 ヴァンパイアが相手なら血は吹き上がらないまでも、首を両断すれば行動は不能。それはすなわち勝利である。

「そろそろ準備もできんしたかぇ?」

 無言を貫き、鋭い呼吸を繰り返すブレインにシャルティアはつまらなそうに肩をすくめる。

「準備ができたと思って攻めんす。もし問題があるなら今のうちにどうぞおっしゃってくんなまし――」

 しばしの時が流れ――

「――蹂躙を開始しんす」

 楽しげにシャルティアは宣言すると歩を進める。

 ほざけ。その余裕、首が落とされた後でも続けていろ。
 言葉には出さずに心でブレインは呟く。言葉にするとこの溜め込んだ一撃が抜けるような気がするのだ。

 無造作にシャルティアは足を進める。警戒もまるで無い、歩運び。ピクニックでも行こうかというほど軽いもの。
 戦士のものではないそれに、ブレインは苦笑を押し殺す。
 愚かとしか思えない。
 だが、チャンスはやらない。
 ブレインは自らの『領域』、それも一太刀の間合いに入り込む瞬間を待ち望む。絶対的強者を気取る愚かなモンスターは大抵こうだ。人間は確かに脆弱な生き物だ。肉体的機能は劣るし、特殊能力だって持っていない。
 だが、人間を一段下に置くという行為がどれほど危険なものか教えてやる。武術というのは人間をはるかに超えた生き物達を相手にするために生み出されたのだ――
 
 ――一撃で屠る。

 それに得てして高慢なモンスターほど見苦しい行動をする。一撃で殺さなければ確実にヴァンパイアに救援を求めるだろう。そうなると二対一。それはさすがのブレインも苦戦は免れない。
 ゆえに一撃必殺。
 
 ブレインは無表情に嘲る。
 その無造作に詰め寄る行為。それが断頭台への階段だと理解していないのだろうな、と。

 あと3歩、2歩
 ……1歩。
 そして――

 ――その首、貰った!
 心の中で吐き捨て、ブレインは全てを叩きつける。

「しぃっ!」

 吐く息は鋭く短く。

 鞘から刀が抜かれ、空気すらも切り裂きながらシャルティアの首に伸びる。
 その速度を例えるなら――雲耀。光ったと認識したときには首が落ちる――それほどの速度。

 取った。
 ブレインは確信し、
 その一撃を――ブレインは思わず瞠目した。


 斬撃が空をきった。それならばまだ我慢できただろう。自らの渾身の一撃が避けられる。それは想像もできないような強敵がついに現れたのだと納得がいっただろう。
 だが――
 

 シャルティアは摘んだのだ。

 ――その一撃を。雲耀の速度での一撃を。
 
 それも蝶の羽を摘むような優しさを持って――。


 空気が凍った。
 必死にブレインは呼吸を繰り返す。

「……ば、ばかな」

 消えゆくような声で喘ぎを漏れた。
 ブレインはガクガクと震えそうな体を懸命に堪える。今、目にしたものが信じられない。だが、伸びた刀身の先にある、シャルティアの白魚のごとき2本の指――親指と人差し指。
 刃紋を前から摘むのではなく、後ろから鎬地を手首を90度曲げる形で摘んでいる。
 まるで力を入れずに軽く摘んでいるように見える一方、ブレインが全力を出して、押し切ろうとしても引き戻そうとしてもびくとも動かない。自らの数百倍の巨石に繋がれた鎖を引っ張っているようだった。
 突如、刀に掛かる力が増し、逆にブレインは体勢を崩しかける。

「ふーむ。コキュートスが何本か所持していんしたが、使う者がこうも違うと警戒心も湧き上がりんせんものなんでありんすね」

 摘んだ刀身を自らの目の前まで持ち上げ、しげしげと眺めるシャルティア。

 ブレインの頭の中が白く染まる。
 自らの人生全てを否定されたような絶望感。

 有り得ない。
 だが、認めるしかない。
 神速の一撃をたやすく摘んだという事実を。
 驚き慌てるブレインに、シャルティアは訝しげに眉を寄せる。それからがっかりしたというわざとらしいため息がシャルティアからもれた

 「とりあえずはわかりんしたかぇ? わたしは武技を使わなくては勝たない相手。それが理解できたなら温存していんす本気をいい加減、出してくれんすか?」

 そんな残酷な言葉が聞こえる。それに対し、ブレインの口から思わず言葉が漏れた。

「化け物――」

 それを聞いたシャルティアは純粋無垢な微笑をみせた。まるで花が満面に開くように。

「そうでありんす。やっと理解していただけんしたかぇ? わたしは残酷で冷酷で非道で――そいで可憐な化け物でありんす」

 摘んだ手を離すと、大きく後ろに飛びのく。それはシャルティアが先ほどいた位置だ。恐らくはほんの1ミリも狂ってないだろう。

「そろそろ準備もできんしたかぇ?」

 楽しそうに笑いかけてくるシャルティア。先ほどと同じ台詞にブレインの脳裏がカッと熱を持つ。どこまで馬鹿にするのだと。その反面、ブレインを馬鹿にすることすら容易だということなのかと、恐怖が背筋を滲み上がる。

 ――逃げるか。

 ブレインは生き残るということを重要視する。勝てないなら逃げて再び戦えばよい。生き残り、最後に勝てばよいのだ。なぜならブレインは自分はまだ強くなる空きがあると思っているから。
 だが、逃げるにしても肉体能力の差は如何ともしがたい。ならば手の届く範囲を避け、足を切りつけ動きを鈍らす。そして逃げればよい。
 そう決心したブレインは、視線は首元を睨んだまま刀を鞘に収める。『領域』発動中であれば目を閉じていたとしても、狙った場所を切り裂ける。ならば目でフェイントをかけるのは自明の理。

「――蹂躙を開始しんす」

 再びわざとらしく歩き出す。
 先ほどまでは『領域』に入り込むことを待ち望んでいたのに、今はその逆。できれば入ってきて欲しくは無い。

 どれほど弱気になっているのだ。そうブレインは必死に叱咤し、自らの心を奮起させようとしても燃え上がるものが無い。もはや燃料が切れた炎のようだった。舌打ちを1つ。そのままシャルティアの歩運びを観察する。
 
 3歩、2歩、1歩――

 ――間合いに入る。
 首元を見据えたままのブレインの視界の中に、シャルティアの嘲笑気味の表情が浮かぶ。

 ――狙うは一点。踏み出してきた右足首。
 切り下ろすように刀を走らせ、自重でほんの少しでも速度を増させる。

 いける!
 そのドレスの裾から少しばかり見えた細い足首を切り飛ばそうとし――

 ――刀の柄からブレインの手が滑り抜けた。
 『領域』内の知覚能力。それが大地に転がった愛刀と、そしてその鎬地を上から押さえ込むようにあるハイヒールの踵を認識する。つまりはブレインの手から滑り落ちたのは、ハイヒールで上から踏みつけられた衝撃によるものだということだ。

 手を伸ばせば簡単に届く。そんな距離で、見下すようにシャルティアの視線がブレインを冷たく眺める。頭上からすさまじい重圧が大気ごとブレインを押しつぶそうな気さえした。
 荒い息でブレインは呼吸を繰り返す。
 噴出した汗がブレインの全身を流れ、気持ち悪さに襲われる。視界がぐらぐらとゆれる。鉄火場は幾つも潜った、死地なんてざらだ。だが、ブレインは本当の死地という奴を知らなかったのでは?

 踏みつけていたハイヒールが刀身から離れ、シャルティアは無言で大きく飛びのく。

「――そろそろ準備もできんしたかぇ?」
「っ!」

 三度掛かる声に何よりも絶望を強く感じる。次は蹂躙を開始しんす、だがその前に別の言葉がブレインに投げかけられた。

「武技……使えないんでありんすか?」

 何も言えない。
 何を言えばいいのか。
 今やったけど簡単に破られましたとおどければよいのか。下唇をかみ締めながらブレインは落ちている愛刀を拾い上げる。

「……もしかしてそんなに強くは無いんでありんすか? 先ほどの入り口にいた者たちよりは強いと思ったんでありんすが、あなた……。申し訳ないでありんすぇ。わたしが測れる強さの物差しは1メートル単位なんでありんすぇ。1ミリと3ミリの違いって分かりんせんんでありんすね」
「――あああああああ!」

 怒号を吐き、ブレインはシャルティアに切りかかる。不思議そうな表情でブレインを観察するシャルティアめがけ刀を全力で――全体重を込めて振り下ろす。

 避けようともせずに振り下ろされる白光を眺めるシャルティアに、殺ったという思いが沸き立つ。
 だが、その反面。その思いを今までの目にしたありえないような光景が否定する。
 そしてその予測こそ正しかったと証明される。
 
 硬質な音が響き、再びブレインは信じられないものを目にした。
 高速で動いたシャルティアの左手、その小指の爪――2センチ程度の爪が弾き返したのだ。それもシャルティアの手には力すら入って無いように見える。握りこぶしには隙間があり、小指は軽く曲げられている。
 それがブレインの全力の一撃を弾き返したのだ。
 フルプレートメイルを断ち切り、剣を打ち砕き、盾を貫いてきた一撃を――。

 砕け掛かった自らの意志を総動員し、弾かれびりびり震える手を引き、胴体を突く――。

 そして――シャルティアに無造作に弾かれる。
 
「ふぁー」

 シャルティアのわざとらしい欠伸。空いている右手で口元は当然覆い隠している。視線もわざとらしく天井を向けられていた。もはやブレインを相手にしている気配はこれっぽちも無い。
 それでもだ。
 それでも――ブレインの刀は弾かれ続ける。

 左手の小指一本で――。


「うぉおおおおお!」

 ブレインの喉から咆哮があがる。いや、咆哮ではない。それは悲鳴だ。

 横払――弾かれる。
 斜払――弾かれる。
 真向斬り――弾かれる。
 斜刀――弾かれる。
 縦刀――弾かれる。
 横刀――弾かれる。

 ありとあらゆる攻撃が全て弾かれる。それもまるで爪のある場所に吸い込まれていくかのようだった。ブレインはこの瞬間、完全に理解した。世界の広さ。
 そして――本当に強い存在というものを――。

「あれ? 疲れちゃいんしたかぇ?」

 刀を振るう手が止まる。
 山を刀で削りきることができるだろうか。そんなことは不可能である。どんな子供でも想像がつく当たり前のことである。ではシャルティアに勝てるだろうか。それもまたどんな戦士でも相対すれば理解できることである。
 
 勝てるわけが無い。
 
 人間の常識を超えた強さを持つ相手に、人間が勝てるわけが無い。もし仮に良い勝負をするとしたならそれは人間を超えた存在のみだ。残念ながらブレインは人間としての最高域に達した戦士でしかない。
 
 絶望に身を浸しながら、ブレインは肩で呼吸を繰り返す。洞窟内は意外に涼しいはずなのに、額の汗が頬を伝って流れ、顎から地面へ落ちる。まるで重石をはめられたように手足は重い。
 荒い息を整えつつ、ブレインはシャルティアに声をかける。

「取引をしたい……」
「え?」

 シャルティアの驚いたという声を無視し、ブレインはそのまま続ける。

「欲しいものはやる。だから見逃してくれ」

 眼をぱちくりとさせたシャルティアは楽しそうに微笑む。その変化に一握りの希望を抱き、ブレインは黙って返答を待つ。交渉はキャッチボールだ。相手に振ったなら、余計な情報を与えないためにも黙っておくことが正解である。

「……1つ。あなたよりも強い奴は奥にいるんでありんすか?」

 いない。
 事実を答えることは容易い。だが、その返答は彼女が望んだ答えかと考えるなら、恐らくはNOではないだろうか。では、もしいると答えた場合のデメリットは? それはシャルティアが興味を無くしたことによるブレインの価値の低下だ。

「いる。そして、誰かを教えることはできる」

 シャルティアは誰が強いのか分からないと言った。ならばその情報は価値を持つはずだ。騙されてくれ。ブレインはそう願い、容易く裏切られることとなる。

「……嘘でありんすね。もしそうならもつとも時間を稼いでその人物が来るのを待ったはずでありんすぇ。そうではないとしてもその人物は何で来ないんでありんすか?」
「……番人として警備に当たっているんだ」
「それも嘘でありんすね。ならなんで返答に時間が掛かったんでありんすか?」
「裏切るかどうか迷ったからだ」

 シャルティアは微笑んだ。ブレインをして、アレだけの力を見せ付けられた上で、美しいとしか思えない透明な微笑だ。

「まぁ、では欲しいものをいただけんすか? それなら別に見逃してもかまいんせんよ? ……ただ、約束でありんす。嫌だなんていったら殺しんすがらね」
「わかった。約束しよう」
「欲しいのはねぇ……あなた方野盗でもっとも強い奴なんです。あはっははっはぁぁぁああははは!」

 シャルティアは耳元まで裂けたような笑いを浮かべると、音程の外れた鐘が何十も鳴り響くような哄笑を奏でる。そのとき初めて、ブレインは最も間違っていたことに気づいた。

 ――少女?
 ――モンスター?
 ――化け物? 
 
 どれも違う。
 アレは恐怖というものを具現化した存在――。

 色すら付きそうなほど濃厚な血の臭いがブレインの顔を叩く。
 虹彩からにじみ出た色によって、眼球が完全に血色に染まっている。
 先ほどまで白く綺麗な歯が並んでいた口は、注射器を思わせる細く白いものが、サメのように無数に何列にも渡って生えていた。ピンクに淫靡に輝く口腔はぬらぬらと輝き、透明の涎が口の端からこぼれだしている。

「あはっはっはあああははは。なにいいいその顔、こわいのぉおおおお! あははっははっはぁあはは! だいたいここにくるまでに誰が強いか聞いてるっていうのおおおおぉお。あはははっはっはああああぁああ」

 もはや絶世の美なんていうものはかけらも無い。そこにいるのは血に飢えた悪夢の女王だ。
 ブレインは意志が完全に砕け散るのを、生まれてより初めて感じた。

「ひっしにえんぎしてばかみたいいい! もうだぁああああめえええ。あなたはこれからおいしくいただくのよおおおおぉおおお、あはははっはぁああはは」

 腰に隠してある武器――ダガーに手を伸ばす。そしてそれを抜き払いつつ、一気に自らの喉めがけ走らせる。
 死ぬのは嫌だ。だが、死ななければそれ以上に酷いことが待っているような気がする。ブレインは喉に走るだろう痛みを待ちかね――

《――/――》



 ――目の前に巨大な口。今まで嗅いだ事も無いような血の塊を思わせる臭気。

「あはははっははあああ、楽しいぃいいいいい。死ねるとおもっちゃいまちたかぁああぁぁあ。べろべろばああぁぁぁ」

 天を仰ぎ、けたたましい哄笑を上げるシャルティア。いつの間にか、ブレインの手の中に有ったはずのダガーは無くなっていた。いや、シャルティアの手の中でもてあそばれている。ダガーがパキと音を立てて、へし折られた。
 ダガーを奪われた記憶は無い。
 『領域』を展開してないとはいえ、いくらなんでも武器を取り上げられたら知覚できたはずだ。まるで時間が吹き飛んだように、過程が無い。
 
 一体何をしたのか。
 こんな化け物は知らない。

 もはやブレインの矜持は完全に砕け散った。

「た、助けてくれ、なんでもするし、なんでもやる――いや、違う。差し上げる! だから――」
「だぁああああめぇええええ、ひさしぶりにすううぅううんだからぁあああああぁあ」
 
 くぱっと口が耳上まで裂け、人の頭を丸呑みに出来るのでは思うほど大きく広がる。


 この場にいる誰も知らない。
 ユグドラシルというDMMORPGにおいてモンスターとして出現するトゥルーヴァンパイアは禍々しい化け物だということを。耳の上まで裂けた口が大きな半円を作り、突き出した2本の犬歯は顎下まで届く。爛々と光る真紅の眼は血の色の輝き、そして枯れ木のような手足の先には数十センチはある鋭い爪が伸びている。動く姿は猫背気味で、飛び掛るように襲い掛かってくる。
 そんな姿なのだ。
 ヴァンパイアは蝙蝠と人間の会いの子のような化け物だし、上位種たる始祖<オリジン・ヴァンパイア>はより一層化け物とした外見をしている。せいぜい美しいといえそうなヴァンパイア系統のモンスターはシャルティアの妾である吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>ぐらいだ。
 そしてシャルティアが美しいのは単純にシャルティアをデザインした、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの1人のイラストが上手く、なおかつ立体化が上手くいったからに過ぎない。
 現在のシャルティアの姿は、トゥルーヴァンパイアとしての本性を見せているだけ。つまるところ普段の方が偽りの姿なのだ。


「ひっ」

 ブレインの喉に広がる灼熱感。耳に聞こえる、何十本のストローで残った飲み物を無理に吸い上げるような音。ブレインの視界が暗く染まり、意志が遠くなっていく。薄れいく思考の中に死という文字が浮かび消えていく。

「あ、あ、ああ……ぁぁぁぁ……」
「あああぁぁぁおいいいいいっししいいいいいよおおおぉお」
 
 喉に噛み付いているために不明瞭な声が歓喜の歌を奏でる。それを最後にふつりとブレインの意識は消えた。






――――――――
※ というわけで最強ものらしい戦闘シーンが書けていたでしょうか。『真祖2』はこの話のタメだったのですが、盛り上がっていたら嬉しいです。こんな風にしたらもっと最強ものじゃね、等何か思われるところがありましたらご意見を聞かせていただければと思います。よろしくお願いします。
 あと興奮して暴走状態だとシャルティアはあんな口調になります。彼女の持ってるクラスの所為でもあるんですが。……シモベとネチャネチャしてる時もああだったらやだなぁ。
 次回残党狩りつつ、アインズに叱られるための30話「真祖4」でお会いしましょう。



[18721] 30_真祖4
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/09/27 20:47






 冷たい空気が広間を吹き抜けていく。
 その間、その場所に集まった誰もが沈黙したまま、広間の入り口――洞窟入り口の方角をじっと睨み続ける。

 傭兵団『死を撒く剣団』――残存全兵力42名。
 それがこの広間で武器を持っている人間の数だ。

 広間は通常時、食事をするための場所として使われている。というのもここが最もこの洞窟内で広いためだ。しかしながら現在は即席の要塞へと姿を変えていた。
 野盗達の塒であるこの洞窟は、最奥の長細いこの広間を中心に放射状に副洞がいくつか広がる。個室や武器置き場、食料庫等々だ。そのためここを抑えられれば後は確固撃破の対象となるために、襲撃の際はここを最終防衛ラインと想定して陣地が作成される。
 
 陣地といっても立派な材料で作っているというわけではない。
 まず粗末なテーブルをひっくり返し、それにあわせ木箱を積み上げて簡易のバリケードを作る。次に広間入り口とバリケードの間に何本ものロープを人の腹の高さに張り巡らせる。これによって侵入者の突撃を防ぎ、バリケードまで肉薄されることを避ける。
 こうして作った防衛陣地の後ろに、ほぼ全員がクロスボウを持ち待機する。中央、右翼、左翼という分け方での配置だ。
 射撃戦になったとしても入り口の広さと広間の大きさを考えれば、攻撃回数が多い広間側の方が圧倒的有利である。さらに散開していることによってどこかを攻撃しようとしたなら、他の箇所から攻撃を受けることとなる。範囲攻撃にしても散開している以上効果的な一撃からは多少遠い。
 そんな簡素だが、同数以上とも互角に戦えるような陣地がそこにあった。
 

 冷気が吹き込んでくる。
 そんな気がし、野盗の何人かが寒そうに肌を擦っている。
 確かに洞窟内の温度はそれほど高くない。夏場でも非常に過ごしやすい。だが、今彼らを襲っている寒さとは少しばかり違う。
 
 先ほど入り口の方角から聞こえた哄笑。洞窟内を響いてきたために、性別すら不肖な甲高い笑い声。
 それが彼らの全身を芯から冷やしたのだ。その前まであった、『死を撒く剣団』最強ともいって良い男――ブレイン・アングラウス。彼が迎撃に出たのだからバリケードを作った意味が無かったという声は、その哄笑が吹き飛ばした。
 聞こえてきた声はブレインのものではない。そしてブレインと対峙してもそれは笑っている。
 そこから考えられる答えは1つだ。
 誰もが考え付き、そして口には出せない答え。お互いの顔を黙って見合わせるのが一杯だった。

 ブレインを打ち負かすような相手。そんなものは存在しない。
 そう彼らは皆思っていたのだ。
 事実ブレインの強さは桁はずれていた。帝国の騎士すらも相手になら無い強さの持ち主だ。そしてモンスターですらそうだ。オーガを一撃で屠り、ゴブリンの群れに単身で飛び込み薙ぎ払うように命を奪う。恐らく正面から対峙すれば傭兵団『死を撒く剣団』の全員の首を取ることすらできうるそんな男を、最強と思わずしてなんと思えば良いのか。
 ではそんな男が負ける。それはどういう意味を持っているのか。

 緊張感が少しづつ高まる。そんな中――
 
 コツコツという音が野盗の耳に飛び込んできた。ゆっくりだが、しっかりと。

 誰かの唾を飲み込んだ、ごくりという音が大きく響く。そんな静寂が広間全体を支配した。
 ガチリというクロスボウを引き上げる音が連続して起こる。

 野盗達、皆が注目する中、広間の入り口にゆらりと男が姿を見せた。

「ブレイン!」

 野盗の頭――傭兵団団長である男が大きな声を上げる。遅れて広間中に爆発的に歓声が上がった。
 隣にいる者の肩を叩き、ブレインを称える声を響く。
 ブレインの名が何度も何度も繰り返される。
 
 それは侵入者を倒した。そういった類の喜びの咆哮だ。

 そんな称賛を全身の浴びながら、ブレインは広間入り口に立ったまま、黙って野盗達の顔を見渡す。それは人数を数えている様でもあり、観察しているような不気味さがあった。
 そのいつもとはまるで違うブレインの態度に押されるように、歓声はゆっくりと止んでいった。

「――俺はよぉ。使えるべき真の主人を見つけたんだ」

 静かになった広間に響き渡る、賛美するような声。ブレインの顔に浮かぶ、まるで夢の中にいるような陶酔しきった表情。それは誰も見たことの無い表情だった。
 野盗達が知るブレインという人物は剣のみを追いかけた、ある意味非常にストイックな男だ。性欲処理用の女を宛がわれても、興味なさそうに追い払う。美味い酒を奪ったとしても、一口も口にはしない。
 唯一、自らを高めるということに対してのみ貪欲な男だ。破格の金を貰い、それを貯め自らを強化するアイテムを買う。日々黙々と剣を振るい、自らの装備品の点検を怠らない男。
 先ほどの発言はそんな男のものとは思えなかった。
 
「……大丈夫か、なんかすげぇ顔色悪いぞ」

 頭でも打ったのか、そんな思いを抱きながら団長はブレインに声をかける。
 確かにブレインの顔は真っ白であった。血の気が引いているとかそんなレベルではない。死人の様な――そんな色だ。

「あれ? ……ブレインさんって目の色赤かったっけ?」

 誰かの呟きに合わせ、皆の視線がブレインの目に集中する。確かに赤い。まるで血の色に染まったかのような色だ。充血でもしたのだろうか。誰もがそう思う。

「いらっしゃったぞ! ご主人様だ。皆、見ろよ。俺の最高のご主人様だ!」

 幼子が自らの母親に向けるような親愛を、表に強く出しながらブレインは後ろを振り返り、そしてその進路上から退くかのように一歩ずれる。

 ブレインがどいた後ろ、そこから何かが姿を見せた。
 異様なほどの猫背。両手をだらりと力なく垂らし、顔を完全に俯かせている。長く艶やかな銀の髪が大地に触れているのを気にもせずに引きずり、ゆっくりと広間に入ってくる。黒い仕立ての良いドレスがまるで闇が纏わり付いているように見えた。
 
 誰も言葉を発しなかった。
 あまりの異様なその姿、そして心臓が止まるのではと思えるほどの冷気。

 ゆるり――と頭が動いた。顔を完全に覆った、銀糸を思わせる細い髪の奥に真紅の光が2つ灯っていた。それがゆっくりと細くなる。
 ……笑ってる。
 誰が言ったのか、何処からかそんな呟きが聞こえる。

 ――ああ、そうだ。
 ――あれは笑っているんだ。

 誰もがそれを理解した。いや――理解してしまった。
 決して理解したくないことを――。

「おいおい、何を呆けた顔してるんだよ。俺のご主人様――シャルティア様だぞ。あぁ……なんて綺麗なんだ……」

 もはやブレインの呟きは誰の耳にも入っていなかった。ただ、ゆっくりと広間に入ってくるその異様な存在――シャルティアに全てを奪われていた。
 あまりにおぞましいが故に目を離すことができない。
 
 顔を上げるな。
 こっちを見るな。
 どこかに行け。
 
 必死にそう願うのが精一杯だ。
 
 だが、その願いを嘲笑うかのように、猫背だった体がしっかりと伸び上がり、銀糸のごとき美しい髪が後ろに流れることで隠れていた顔が姿を現す。

 そこには――裂けるような笑みが、悪夢の女王を思わせる顔に浮かんでいた。

「あははははあははっははぁぁはははっはあ!!」

 哄笑――。
 広間の空気がビリビリと悲鳴を上げる。洞窟内という場所を考慮に入れても異様な響き方だ。まるで大気すらも耐えかね、唱和してるのではと思うほどだった。

「うわぁぁぁぁああ!」
 
 悲鳴が上がり、恐怖に駆られた1人の野盗がクロスボウを引く。空を切って矢はシャルティアの胸に深々と突き刺さる。それを受け、シャルティアが微かによろめく。

「――撃て!!」

 団長の声に我を取り戻した野盗たちは一斉に、恐怖を拒絶するようにクロスボウを引く。
 クロスボウから放たれた矢はまるで雨音のような音を引きながら、シャルティアの体に突き刺さっていく。
 飛来した矢は総数40本。命中した数は31本。どれもが深々と体に食い込んでいる。単なる金属鎧すらこの距離なら充分打ち抜ける以上、それは当然の結果だ。
 そして頭部には4本も食い込んでいる。今だ立っているが、それは人間であれば致命傷だ。
 そう、人間であれば――。

「やった……」

 誰かが呟く。
 それは誰もが思う言葉の代弁だ。全身を矢でハリネズミ状態になっているのだ。常識で考えれば、それは確実に死んでいるはずだ。ただ、頭ではそう考えてはいるのだが、しかしながら心の片隅ではそれを信じてはいない。
 野盗たちは野生の感ともいうべき何かに駆り立てられるように次弾の装填に入りだす。

「ご主人様。俺も……」

 そこまで口にしたブレインは何かに反応するように体を震わせ、口を閉ざす。それは恐怖のようでもあり、甘美なるものを味わったためにも見えた。
 シャルティアが動く――。
 指揮者がタクトを振り上げるようにように大きく、それでいながらゆっくりと両手を――開く。突き刺さったはずの矢が体から吐き出されるようにゆっくりと動き、全て大地に落ちる。落ちた矢には1つも血はついていない。鏃は潰れてもいない。まるで未使用品と同じだった。
 それを目にしても、ああ、やっぱりかという思いしかその場にいる皆は浮かばなかった。

 シャルティアは哂う。
 にたりという擬音が最も相応しい、そんな笑顔で。

「うわぁぁあああああ!」

 絶叫があちらこちらで起こり、再び無数の矢が空気を切り裂き、シャルティアに殺到する。
 目玉を貫き、喉元を射抜き、腹部に刺さり、肩を抉る。そんな中にあってまるで単なる雨が吹き付けるような、そんなわずらわしさしかシャルティアの態度には無い。

「きかないのにぃぃぃいい。がんばりまちゅねぇぇっぇええええ」

 一歩踏み出す。そして――跳躍。
 天井までの高さはおよそ5メートル。その天井に触ろうと思えば容易いだけ跳躍を得て、バリケードの後ろに優雅に舞い降りる。カツンとハイヒールが音を立てた。そして体から全ての矢が落ちる。
 ぐりっと頭を動かし、自らの後ろでクロスボウの装填に手をかけていた野盗を見る。
 踏み込み――殴りつける。腰の入ってもいない、単に手を突き出したようにしか見えないパンチだ。しかしながらその速度は桁外れであり、破壊力は領域が違う。
 殴りつけられた野盗の1人の体をたやすく貫通し、そのままバリケードに拳が叩きつけられる。そして爆発音じみた大きな音をたてながら、バリケードを構築していた木々が粉砕し、破片が周囲に散乱した。

 沈黙。

 ぱらぱらと木屑が地面に落ちる音のみが広間に響く。
 呆気に取られた野盗たちはクロスボウを装填する手を止め、シャルティアを凝視していた。

 シャルティアは頭上に浮かぶ血の塊に人差し指を差し入れ、引き抜く。引き抜かれた際に血が糸を引き、シャルティアの前で文字となる。梵字やルーン文字にも似た魔法文字といわれるものである。
 
 それは鮮血の貯蔵庫<ブラッド・プール>。シャルティアのクラスの1つであるブラッドドリンカーで得られる特殊能力であり、殺した存在の血を貯蔵し、様々な用途に使用することの出来る魔の塊だ。そしてその能力の1つ――魔法強化。

《ペネトレートマジック・インプロージョン/魔法抵抗難度強化・内部爆散》

 第10位階魔法――最高位の魔法の発動にあわせ12人の野盗の体が内部から大きく膨れ上がる。
 次の瞬間――風船が破裂するような軽快な音を立てて爆散した。悲鳴を上げる暇すらない。ただ、膨れ上がりだした自らの体を見下ろし、何か得体の知れないことが起こっているという恐怖の表情を浮かべるだけの時間しか許されなかった。

「あははっはああああっははははああぁぁはは! はなびぃいいい! きれえええぇぇええええーーー!」

 血煙を上げる場所を指差し、にたにたと哂いながらシャルティアはパチパチと手を鳴らす。それに追従するように広間入り口にいるブレインも陶酔しきった顔で手を叩く。

「うおおおおお!」

 怒声と共に突き出されたエストックが、シャルティアの胸――心臓のある箇所を背中から貫く。そして上下に傷口を広げるように動かされる。

「くたばりやがれ!」
 
 続けて振り下ろされた別のブロードソードが頭部を半分断ち切り、左目の箇所から剣先を突き出した状態で止まる。

「続け、てめぇら!」

 悲鳴と咆哮が交じり合った雄たけびを上げて、総数3人の野盗達が持っていた武器をシャルティアの体に振り下ろす。何度も何度も剣を振り下ろす。だが、ブロードソードを顔に突き刺した状態で、平然としている化け物がそこにいるだけだ。
 野盗たちは幾度もの攻撃による疲労で剣が手から離れれば、泣き顔で拳で殴り、足で蹴りつける。しかしながら巨大な岩石を叩くかのようにシャルティアはびくともしない。
 シャルティアはそんな野盗たちを小首をかしげるように見ながら、考え込む。それから良い方法に気づいたのか、手をぽんと鳴らした。

「はぁぁあああああっぁああああ」

 溜まった熱を放射するように息を吐く。周囲をむせかえるような濃厚な血の臭いが渦巻く。
 無造作にシャルティアは自らの頭部に突き刺さったブロードソードを抜いた。無論、抜いた後に傷なんてものは無い。
 それを振るおうとしてシャルティアは手を止める。ブロードソードは錆付き、ゆっくりと崩れだしていたのだ。自らのクラスの1つ――カースドキャスターのマイナス面を血に飢えた頭に呼び起こし、がっかりしたように投げ捨る。それから繊手を無造作に振るう。
 3つの頭がごろっと大地に転がった。
 
「逃げろ! 逃げろ!」
「勝てるわけねぇだろ、あんな化け物!」
「やべぇよ、あれ!」

 口々に叫びながら逃げ出そうとする野盗たち。もはや戦意も完全に砕け散り、逃げ出そうとした1人の頭部を後ろから両手で掴み、一気に力を込める。バキバキという甲殻類の甲羅を無理に剥がすような音と共に脳漿を撒き散らしながら頭は砕け散った。


 そんな光景を楽しみながら眺めるブレインの前に1人の男が転がり現れる。

「助けてくれよ、ブレインさん! お願いします! もう悪いことはしません!」

 泣き顔で足に掴み、必死に命乞いをするかつての仲間に困ったような表情を向けるブレイン。

「助けてやってもいいけどよ……」

「まずはご主人様に聞いてからな。――ご主人様、こいつどうしますか?」
「――ぽぉおおおぉぉんってほうってぇぇええええ」
「分かりました。うんじゃ、いくぞ?」
「やめて! やめてくださいいいいい!!」

 必死にブレインの足を掴む男の背中の辺りを掴んだブレインは、片手で軽く放る。男がブレインの足を掴んでいられなくなるほどの腕力を使って。
 5メートル以上は離れているシャルティアの元へ、男は山なりを描きながら悲鳴と共に中空を舞う。無論これは今までのブレインではさすがにできなかったことだ。もしかしたら両手で全身の力を込めてやればできたかもしれないが。ヴァンパイアに変わることで驚異的な肉体能力を得たのだ。
 
「ばぁぁぁあああああんんん」

 それを地面に触れさせること無く拾ったシャルティアは、下からぐるっと回転させるように天井めがけ投げつける。破裂するようなあっけない音と共に血や内容物が降り注ぐ。その全てが下につくまでにシャルティアの頭部に浮かぶ血の塊に吸い込まれていく。
 それからシャルティアは逃げ惑う野盗たちに笑いかけた。

「まぁぁああだまぁぁああだいぃぃぃっぱい、いるなぁぁぁぁああああ」

 無数の悲鳴、怨恨の叫び、絶望の慟哭が広間に一杯にこだました――。


 もはや動くもののいない静まり返った広間の中、シャルティアはニタニタと笑みを浮かべながら立っていた。頭の上に浮かぶ血の塊もなかなか大きくなっていた。大きさにして頭部よりも小さいぐらいだろうか。

「たのおおおおおぉぉぉぉおしいぃいいぃいい」
「楽しまれた様で何よりです、偉大なご主人様」
「もういぃいいないぃぃぃぃぃのかなぁぁぁああああああ?」
「それでしたら――」
「――シャルティア様!」

 話しかけたブレインの言葉に重ねるように、女の声が広間に響く。
 ヴァンパイアが外に残していたヴァンパイア共に連れ立って広間に入ってくる。

「何者たちかがこちらに向かってきてます」
「んんん? やとうのいきのこりかなぁあぁぁっぁあああ?」
「――あ」
「じゃぁあああっぁぁああ。でむかえようかっぁっぁああああ。あははっはああははぁぁぁああああ」



 ■



 シャルティアは飛び上がる。闇夜に舞い上がる鳥のような跳躍を持って、入り口でバリケードを作っていた丸太の上に片足で降り立つ。他の3体のヴァンパイアはゆっくりと入り口を上がってくる。
 シャルティアは笑みを浮かべたまま、標的を睥睨する。

 そこにいたのはしっかりとした隊列を整えた一行だ。
 前衛として3人の男の戦士が並ぶ。それぞれ装備品は違うが、最低でも何枚もの鱗が重なったような作りのスケイルアーマー――中装鎧を着用し、抜き身の武器を片手、背中にはラージシールドを背負っている。
 そしてその後ろに赤毛の髪のバンデッドメイルを着た女の戦士。
 その後方に守られるように歩くのが軽装に杖を持った男、おそらくは魔法使いだろう。その横に並ぶようにして神官着を鎧の上から羽織り、炎のような形をした聖印を首から下げた男が続く。

 全員、洞窟から飛び出てきたシャルティアに驚愕しつつも、混乱せずに警戒を緩めない。それは経験が物語った立ち舞いだ。

「いいねぇぇぇぇえええええ」

 豆腐のような脆さの人間を殺すのも良いが、多少は歯ごたえがあった方がやはり面白い。
 そんな楽しみを両の真紅の瞳に宿しながら、にたにたと笑いかける。シャルティアに何を気づいたのか、魔法使い風の男が驚愕をその顔に浮かべる。しかしながらその驚きは一瞬。直ぐに表情を引き締める。

「推定、ヴァンパイア! 銀武器か魔法武器のみ有効。勝てない! 撤退戦! 眼を見るな!」

 この窪地全体に聞こえるのではというだけの大きな声で魔法使いが叫ぶ。
 そんな重要な点のみを抽出して発した指令に対し、迅速に他の者たちは反応をみせる。一斉に前にいた戦士達は背中に背負っていたラージシールドを前に突き出し、防御姿勢をとる。視線は逸れ、シャルティアの腹部や胸部をにらみつけている。
 その間に後ろにいた女戦士が前の戦士達の武器を受け取り、何かを塗布しはじめる。
 微かにシャルティアの鼻に漂う不快なにおい。

 それは錬金術銀。
 アルケミストたちが作れる特殊な塗布剤だ。武器に触れると油膜を張るように、銀と同じ効果を持つ特殊な魔法薬で刀身を覆う。
 通常、銀で作った武器は高額な割には鉄の武器よりも刀身が柔らかく、長期の使用に関しては不向きだ。そのために冒険者の多くは、銀の武器の1/10というそこそこの値段は張るが、この塗布剤を買い込む。そして必要に応じて使用して、一時的に銀の効果を得るという手段をとるのだ。有効時間こそ5分も持たない程度だが、全力での殺し合い時はそれほど時間が掛からないものだから。

 受け取った一時的な銀の輝きを宿した武器をチラつかせ、シャルティアを牽制しつつ一行は後退を開始。その後退も見事なものだ。全員がまるで1つの生き物のように整った動きで下がっていく。

「わが神、炎神――」
「無駄はするな! 防御魔法に入れ」

 聖印を掲げようとした神官を止め、魔法使いが魔法を前衛にかけ始める。それにあわせ神官も魔法をかけ始める。
 
 神官の大半はクラスにもよるがアンデッドや悪魔、天使といった存在を神の力を行使することで退散、従属、消滅と行うことができる。ただ、それは自らの力量よりも格段に下位の存在のみに有効な手段だ。つまりは神官がシャルティアにかけようとしたが、魔法使いは神官では力量的に不可能と判断して、行為自体を無駄と見なし、そんなことに力を割く余力があるなら別の手段にしろと指示したのだろう。

《アンチイービル・プロテクション/対悪防御》
《マインド・プロテクション/下位精神防御》

 防御魔法を順次、前の戦士達にかけていく。
 シャルティアの興奮しきった頭に少しばかり感心したような感情が生まれた。使っている魔法は最低レベル――第1位階魔法だが、敵にあった魔法をかけている。先ほどのむやみやたらに適当な攻撃を繰り返す野盗や、1人で出てくる愚かな戦士とは違う。

 とはいえ――無駄は無駄である。
 歴然とした実力差の前には何の意味も持たない。
 
 シャルティアは踏み込む。
 本当に軽く。
 ステップを踏むような軽やかさ。だが、それを見ているものからすれば疾風を超えた動きだ。
 そのまま抜き手を1つ。
 盾を貫通し、鎧を砕き、魔法の防御を無視し、肉を切り裂き、先ほどまで脈を打ってきた心臓をその手に握り締め、そして一気に――引き抜く。崩れ落ちる戦士の前で、シャルティアは一行に手の中でブニャブニャと形を変える赤黒い塊を見せ付ける。女が小さな悲鳴を上げ、神官が憎憎しげに顔をゆがめた。
 そんな光景にシャルティアはにたにた笑いながら魔法を発動させる。
 
《アニメイト・デッド/死体操作》

 ゆっくりと心臓を失った戦士が立ち上がる。
 この状態では最下級のアンデッドモンスター、ゾンビでしかない。シャルティアは心臓を無造作に投げ捨てると、頭上に浮かんだ血の塊に手を入れる。そこから真紅の塊――脈動する血の塊を取り出す。それは心臓のカリカチュアだ。
 それをゾンビに放った。
 血の塊は蟲か何かのように蠢きながら、形を歪め、ゆっくりとゾンビの体の中に入り込んでいく。そして幾度か全身が痙攣しながら、ゾンビがゆっくりと変わっていく。
 胸部の大穴がゆっくりと時間が巻き戻すように修復して行き、それと同時に全身の水分が蒸発するように枯れ木のような皮膚となっていく。

「ありえん! 代償無しであれほど高度な魔法を使いこなせるヴァンパイアなぞ聞いたことがない!」
「実際目の前にいるんだ。落ち着け! 冷静に対処しろ!」
「しかし!」
「――撤収は無理だ! 打ってる出る!」
「おう!」

 神官が混乱を起こし、それをどのように感じたのか。戦士の1人がシャルティアに切りかかる。そしてもう1人はかつての仲間であり、現在レッサーヴァンパイアへと姿を変えつつある存在へだ。

「わが神、炎神よ。不浄なりし者を退散させたまえ!」

 神官の持つ聖印から見えざる神聖な力が放射状に放射される。無論、シャルティアには何の効果も無いつまらないものだ。

「あぁはあああああぁぁぁぁぁはははっはははは!」

 戦士の1人の剣がレッサーヴァンパイアに食い込んでいる。神官の神聖なる力によって束縛を受け、身動きが不自由になった所為だろう。完全にレッサーヴァンパイアと成りきっていない不安定なゾンビだからこそ効果があったのだろうが、自らの創造物がつまらない神の力に負けるというのはシャルティアに不快感を抱かせるには十分である。
 振り下ろされた剣を小指で弾きながら、不快感を持ってシャルティアは後ろにいる神官を睨む。

「じゃぁあああままままぁあああああ!」

 無造作に右手を一振りする。そんなつまらない動作で、首を切り裂かれた戦士は血を噴出しながらゆっくりと崩れ落ちる。

《レッサー・ストレングス/下級筋力増大》

 最後に残った戦士に強化魔法が飛ぶ。身動きが遅くなったレッサーヴァンパイアと強化魔法をふんだんにかけられた戦士。この二者の戦闘は若干戦士不利の状況で少しづつ経過している。
 まぁ、楽しんでるようだし邪魔をしては悪い。それに獲物はまだいるのだから。
 血に飢えきった思考でそんなことを考え、シャルティアは神官に向き直る。
 その斜線上に剣を持った女戦士が立ちはだかる。それも単なる鉄の武器で。

 かわいいものだ。びくびくと怯えながらも懸命に剣を構え――まるでその姿は小動物の哀れな抵抗だ。シャルティアは下腹部が熱くなるようなそんな喜悦に苛まれる。
 
 指を噛み千切ったらどんな声を上げるのだろうか。
 耳を切り落として、食べさせても良い。
 いや、そんなことをする前に血を啜るのがいいだろう。外に出て、初めての女の獲物なのだから。

「でざぁぁああああとぉぉぉおぉおお、けってぃいいいいい」

 跳躍。
 女を軽く飛び越え、魔法使いと神官の前へ。
 神官が動くよりも早く、聖印を握りしめた手を上から包み込むように握り、一気に握り潰す。

「ぐわぁああ!」

 神官の悲鳴を聞き、満足そうに笑ったシャルティアは慈悲を与えることとする。手の一振りで苦痛を無くしてやったのだ。噴きあがる血が頭上の血の塊に吸収されていくことを頷き、喜ぶ。
 
 そんなシャルティアの背中に誰かが渾身の力を込めてぶつかってくる。だが巨木と同じように、その程度ではシャルティアはびくともしない。ただ、胸元から突き出した剣が少々邪魔なだけだ。

「嘘……効かないの! 銀武器でしょ、これ!」
 
 剣が胸を――それも心臓の位置を見事に貫いているが、それを無視して動くシャルティアに女は悲鳴まじりの叫びをあげる。
 女は銀の武器を持ってはいなかった。恐らくは殺された戦士の剣を持ってきたのだろう。
 魔法使いの言ったことはあってはいる。だが、間違えてもいるのだ。シャルティアに有効な武器は銀かつある程度の魔力のある剣か、ある特定属性の武器のみだ。銀の単なる武器ではダメージは負わない。
 シャルティアはそのまま後ろの女を無視して、驚く魔法使いを眺める。

《マジック・アロー/魔法の矢》

 必死の形相での魔法の発動にあわせ、2本の光の矢がシャルティアに飛び、そして――容易く打ち消された。
 それはシャルティアの特殊能力――中位魔法ダメージ軽減によるものだ。軽減とはいっても差がありすぎればダメージは入らない。つまるところそれだけの歴然とした差が存在するのだ。

「つまぁぁぁぁああんんんなあぁぁぁぁぁぁあいぃぃぃいい!」

 魔法使いの首が容易く転がり落ちる。
 振り返ると、今だ良い勝負をしているレッサーヴァンパイアと戦士の2人。
 シャルティアは転がった2つの頭髪を掴むと無造作に拾い上げる。そしてそれを退屈そうに両者に投げつけた。おおよそ6キロもの重さのものが桁外れな速度で飛来するのだ。その結果なぞ語るまでも無い。両者ともにゆっくりと崩れ落ちた。
 そんな中も幾度も剣が体を貫き、切り刻むが別に気にはしない。服だって魔法の一品。穴は直ぐに修復する。
 
 シャルティアが正面から向いたことで最後の1人になったことを女は気づき、怯えるように後ろに下がる。そして必死になってベルトポーチを漁り、何かを取り出そうとする。
 シャルティアは真紅に染まった世界のそんな光景をのんびりと眺める。何を行うのか、ちょっとした好奇心があったのだ。

 やがて女は瓶を取り出し投げつけてくる。聖水だろうか、それとも着火型火炎瓶だろうか。何をしても無駄なのに。
 女が投げてくる瓶を軽く一瞥して、シャルティアはニタニタと笑う。
 なんと哀れな抵抗だろう。
 やはり最初は死なない程度に血をゆっくり味わうとしよう。それから色々とすれば良い。できるだけの血の出ない方法で。

 そう決定したシャルティアは、飛来した瓶を片手で無造作に跳ね除けた。その衝撃で、空いていた口から赤い溶液が飛散し、シャルティアの肌を濡らす。
 そして走る――微かな痛み。
 
 シャルティアの頭が一瞬で真っ白になる。先ほどまでの血に飢えた感情はどこかに吹き飛んでいた。
 シャルティアは呆然と痛みは走って来た場所を眺める。それは払いのけた手だ。溶液が付着したところから刺激臭と微かな煙が上がっている。
 視線を動かし、大地を見下ろす。そこにある転がった1つの瓶。口元は開いており、そこから微かに香しい匂いが漂っていた。そしてそれはシャルティアがよく見覚えのある容器でもあった。
 それは――ナザリック大地下墳墓で一般的に使われているポーション瓶だ。
 中身は恐らくはマイナー・ヒーリング・ポ-ション。アンデッドは治癒系のアイテムによってダメージを受ける。シャルティアの肌が微かに溶けたのもそれが理由だ。
 傷自体は直ぐに再生した。白く綺麗な手に傷跡は当然残らない。だが、シャルティアの驚愕はそれでも残っている。

「馬鹿な!!」

 空気が震えるような怒号。

「その女を無傷で捕まえろ!」

 シャルティアの言葉に反応し、今まで後ろで眺めるだけだったヴァンパイアたちが動き出す。シャルティアが呆然としている間に必死に逃げ出した女との間合いを一瞬で詰め、左右の手を掴み上げる。
 女は必死で抵抗するが、人間とヴァンパイアでは素の筋力が違う。いとも容易くシャルティアの前に突き出されることとなった。

「眼を見ろ!」

 シャルティアは女の下顎を掴み、無理矢理自らの魔眼を覗き込ませる。無論、力加減には十分注意してだ。下手に力を入れて下顎を毟り取ってしまったりしたら目も当てられない。シャルティアは神官系の魔法は使えるが、アンデッドのために通常の回復魔法は使用することができないためだ。
 無理矢理覗きこませた女の瞳に薄い膜のようなものがかかり、その敵意と恐怖に満ちていた顔に浮かぶのは、もはや友好的なものでしかない。魅了の魔眼による魅惑効果の発動だ。十分に効果を発揮したと感じたシャルティアは、女から手を離す。

 幾つも聞きたい質問はある。だが、何より最初に聞くべきものはたった一つだけだ。
 シャルティアは落ちていたポーション瓶を拾い上げ、それを女の目の前に突きつける。

「このポーションはどうした! 誰から、何処で手に入れたものだ!」
「宿屋でモモンという人物からもらいました」
「モ、モモン? ……まさか……いや、そんな訳が……でも……」

 それがどうしたの、と言わんばかりの女の軽い答え。
 シャルティアは世界がぐらりと揺れるような驚きを感じていた。モモン――その名前はシャルティアを混乱させるのには充分な名前だ。
 モモン、そしてシャルティアの見慣れた容器。そこから浮かぶ人物像はたった1人しかいない。いや、1人しか浮かばない。至高の41人であり、その長、最後まで残った――かつての名をモモンガと名乗った者しか。

 名前が酷似していると言うことはあるのだろうか。確かに無いとは言い切れない。この世界で一般的に使われるポーションの瓶がたまたまナザリックで使われるものと同じだったという奇跡もまたあるだろう。
 そこまで考えシャルティアは頭を振る。無理矢理すぎるこじ付けだと。
 同一人物が偽名で名乗ったと言う方が常識的に考えて、十分納得できる。

 それよりも問題は、何故この女がポーションを持っているかだ。この女がどうしてポーションを貰ったのか。何の理由も無く渡したのだろうか? 

「まさか……」

 この女にも何らかの指令を与えた? もしくは報酬として渡した等も考えられる。
 アインズが一時的に何処に行ったかまでは知らないが、1人でナザリック大地下墳墓を出ていたことはシャルティアも知っている。しかも名前を変えたのはその後だ。もし、その時に出会って渡したとするなら、辻褄は合う。いや合ってしまう。

「何でここに来た?! 目的はなんだ?!」
「はい。私達の主の仕事は街道の警備だったんですが、この周辺に野盗が塒を構えているという情報を数日前に手に入れたので、この森を鋭意捜索中でした。その結果この森に仕掛けられた罠を解除しつつ、塒を発見したので時折様子を伺っていたら、何か異変が起こったということが分かりましたのでチームを二分して、私たちが強行偵察任務ということでここに来ました」
「チームを二分?」
「はい。最初は野盗の数がどれだけいるか不明でしたので、私たちがちょっかいをかけて、もう1つのチームが現在作っている罠のエリアまで誘き寄せる計画でした」
「もう1チームねぇ」

 シャルティアはまた厄介ごとが、と舌打ちを1つ。

「それで全員でここに来たのは何人だ?」
「ここに来たのが私を含めて7人。それで――」
「待て。7人? 6人じゃなくて?」

 シャルティアの視線が周囲に転がった死体に向けられる。戦士が3人、神官が1人、魔法使いが1人――そしてこの女。人数が合わない。
 その疑問に満ちた視線に女はさらっと答えを返す。

「はい。あと非常事態時にエ・ランテルまで救援を求めるためのレンジャーが1人」
「何だと……?」

 先ほどの魔法使いの声は非常に大きかった。そう、この窪地全体に聞こえるような――そんな大きさ。

「くっ!」

 目を大きく見開いたシャルティアは、疾風をはるかに超える速度で一気にこの窪地を駆け上がる。一気に上まで躍り出、周囲を見渡すが、闇夜を見通すシャルティアの目をもってしても木々の奥まで見通せるわけではない。耳をそばだてるが、風が起こす草木の揺れる音以上は掴みきれない。
 知覚系の能力や捜索系魔法をシャルティアは持っていない。この状況下でこの森の中から人間を1人探すのは恐らく困難だ。
 
「ちくしょうが!」

 逃げられた。正直、侮りすぎていた。
 ギリギリと歯が軋む。

「眷属よ!」

 シャルティアの足元の影が蠢き、あふれ出すように複数のオオカミが姿を見せた。無論、普通のオオカミとは違う。漆黒の毛並みは夜闇を纏ったようだし、赤い光を放っているような真紅の瞳は邪悪な叡智を宿しているのが分かる。
 それはヴァンパイア・ウルフ。7レベルという低位のモンスターだ。
 シャルティアの保有する能力の1つ――眷属招来で呼び出せるモンスターは複数あるが、その中で追跡できそうなものはこいつらしかいない。

「追え。この森にいる人間を食い殺せ!」

 怒号とも言っても良い叫び声の命令に、10体のヴァンパイア・ウルフは一斉に森に駆け込んでいく。
 その後姿を見送りながら、シャルティア自身としては逃げている者を殺せる可能性は低いと判断している。レンジャーであれば追跡を回避するすべを知っているからだ。
 つまりは逃げ切られたと判断した上で、次の手を考えるべきだ。
 シャルティアは急ぎ戻ると、掴みかかるように女に質問する。

「聞かせなさい。そのレンジャーは別チームに戻る可能性はあるの?」
「無いです。彼は私たちのチームが壊滅するような状況にあった場合は、そのチームを捨てて都市に戻る手はずとなっています。それが最も私たちが生存する可能性が高い選択肢だからです」

 都市に直ぐに戻り援軍を要請する。それに答えてくれる準備を整えているのだとしたら、壊滅した1チームを少ない人数で無理に救援を行うよりは確かに助かる可能性は高い。まぁ、投降して直ぐに殺されないこと前提だが。

 賢い。
 負けた際の準備、用心の仕方、そういったものをしっかりと考えた上で行動している。そのためシャルティアは追い詰められたといっても良い。
 ヴァンパイアがいるという情報はほぼ確実に都市に持ち帰られたというとことだ。シャルティアの外見まで見定められたかは不明だが、人間の視力で夜間の窪地の中央付近にいたシャルティアを観察できたとは思えない。

「糞!」

 シャルティアは吐き捨て、自らの考えに没頭する。
 アインズからもらった命令は――

 今回、狙う獲物は犯罪者だ。消えても誰も文句を言わなさそうな。
 そんな犯罪者、例えば野盗とかの中に武技や魔法を使える者がいたら、吸い尽くして奴隷にしても構わないから絶対に捕まえろ。犯罪者の中で世界情勢や戦のこととかに詳しい奴がいたらそいつも逃がすな。そして騒ぎは起こすな。我々――ナザリックが動いていると知られるのはおいおい厄介ごとを引き起こしかねない。
 
 ――以上だ。

 ならば現状は指令のギリギリ許容範囲内だろう。

 ヴァンパイアがいたという情報は持って帰られるが、自らの名前やナザリックに関する情報を漏らしては無い。つまりはナザリックとここを襲撃したヴァンパイアを結びつけられる線は無いわけだ。それを踏まえて推測するなら、現状の情報で都市にいる者たちが考えで一般的なのは、ここの野盗どもが野良ヴァンパイアに皆殺しにあったというところだろう。
 無論、穴は色々とあるが、それ以上は情報を手に入れなければ行きつけないだろう。
 
 シャルティアは安堵のため息をつく。それから更に思考の渦に飲み込まれる。
 
 次なる問題は、それを踏まえた上でこの女をどうするかである。
 魅了状態でも完全に記憶が失われているわけではない。安全策をとるなら殺した方が良い。だが、そこで問題になるのはモモンという人物、そしてポーションの件だ。
 
 もし仮にこのポーションを何らかの目的や理由があって渡したとするなら、この女をここで殺すということはアインズの目的を阻害する行動になりかねない。それは甚だ不味い行為だ。

 生かして返した場合、雇った人間たちになんでこの女のみが助かったという疑問を抱かせることとなる。そして様々な情報――特にシャルティアの外見を知られることとなる。現状ではさほど問題にはならないが、将来的にどのような結果になるかは想像できない。
 では殺した場合はどうなる? もし計画があった場合はそれの完全な放棄だ。

 一番良いのはアインズと連絡を取ることだが、シャルティアには《メッセージ/伝言》の魔法を使うことはできない。
 では女を連れたまま転移して直接会いに行ったらどうだ。
 これもまた微妙だ。なぜならナザリック大地下墳墓は転移系での侵入を阻害する防御魔法が張り巡らされている。その中を自在に転移できるのはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを所持する者のみだ。残念ながらシャルティアは持ってはいない。そうなると様々な設置された転移門等を使用して移動することとなるが、かなりの時間が掛かる。時間的には3時間あれば大丈夫だと思われるが、現在ナザリック大地下墳墓は守護者ではコキュートスしか残っていないために警備状態をより強固にしている関係上、転移門発動も自在というわけには行かないはずだ。無論、闘技場に出現したように自らの魔法を使ってもいいが、飛べる距離はかなり抑制される。
 時間が掛かるというのは不味いのだ。
 なぜなら救出部隊が来たとき、女がいないと知られるから。
 確かに殺すなら後腐れが無く問題が解決する。だが、アインズに生かして返せといわれた場合、非常に厄介ごとになる。連れて行けば当然、今回の件にナザリック大地下墳墓が動いている、という重要な情報を握られるためにアインズが記憶を弄るしか無いだろう。
 それから返した場合、それは雇い主に色々と疑問を抱かせる筈だ。浚って記憶を消す。そこまでしなくてはならない何かがあったのかと。そうなるとこの一件に関する追及が、そのまま返すよりも厳しくなるだろう。

 ならばたまたま間違えたということでこの女も眷属にしてしまうべきか。
 シャルティアの眷属は最大数10。現在ブレインしか眷族にしてないので、まだまだ余裕はある。だが、それはアインズの目的を阻害する行為を自らの判断で行うということだ。それも知っていながら、故意的に。

 ではどうすればよいのか――。

「アインズ様に叱られる……」

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、シャルティアは頭を抱える。
 たまたま女が来たんですと言っても、何でそれより早く撤収しなかったんだ? と返されて終わりだろう。女をどのように処分しようが――もはやどちらに転んでも叱咤は避けられない。だが、どちらの方がまだ許されるか。
 worstよりはworse。

 シャルティアは考え、考え、頭から煙が出るほど考え、結論を出す。
 殺すよりは生かして返した方がまだ可能性の幅が広がる。殺してしまっては取り返しが付かないときがあるが、生きていればなんとでも出来るはずだ。
 シャルティアはそう判断する。いや、自らを必死に騙しているといっても間違いではないが。

「おまえの名は?」
「バニアラです」
「わかった……よぉーく、覚えておくぞ、その変なお菓子みたいな名前をな! そこで待ってろ!」

 ――散れ、眷属ども――
 シャルティアは感覚的に細い糸で繋がったヴァンパイア・ウルフに帰還の命令を下す。
 運が良いのか悪いのかは不明だが、別働のチームにもレンジャーにも遭遇はしていなかったようだ。帰還が終了したのか、そのまま糸が切れる。
 一つ仕事を終え、バニアラという名の女を適当な場所に立たせておくと、少し離れた所に自らのシモベである3体のヴァンパイアを呼び集める。

「とりあえずここにあるものは全て回収。撤収する」

 回収する時間があるのか不明だが、ここにあったものを全て持ち出せば、それを狙っての行動だと勘違いしてくれる可能性はある。最低でも適当に捜索したような形跡は残すべきだろう。

「それじゃ女はどうします、ご主人様?」

 ブレインの質問に対し、シャルティアの視線がちょっと離れたところで寂しそうに立っているバニアラに向かう。

「そのままにしておきなさい」
「いえ、他の女です」
「……はぁ? 他の女?」
「ええ、ご主人様。あいつらが性欲を処理するために捕まえてる女どもが奥にいるんですが、どうしますか?」

 シャルティアは顔を引きつらせる。
 なんだ、それは。

「……なんで、言わなかった?」
「申し訳ありません。なんどか話そうとはしたんですが」

 脳裏に激しい炎が吹き上がり、ブレインに叩きつけたくなるが、それを必死に堪える。アインズに会わせ、情報を聞き出すまでは殺してしまっては不味い。必死に激情を鎮火させ、シャルティアは睨む。視線が物理的に力を持ちかねない眼光だ。それを受けたブレインが数歩後退してしまうほどの。

 シャルティアは再び頭を回転させる。
 別に顔を見られていないならここに置き去りでも構わないだろう。だが、それは正解なんだろうか。女だけ何で殺されなかったとか思わないだろうか。いや、それを考えたらバニアラのみ生存する方が変だろうか。
 やがて、シャルティアは頭を抱えた。

「どうし――」
「ああ? そんなの知るかよ!」

 なんでそんなこと教えるのよこいつ、という表情を浮かべるシャルティア。知らなければ何をしようが自己弁護できる。だが、知ってしまった以上それを行うことは自らの主人に対する明確な反逆だ。

「もういい。知らない! 置いていく。その女どもの中にバニアラを突っ込んでおきなさい」
「よろしいのですか?」
「良いのか悪いのか、わかんねぇんだよ、糞が! ちょっとは黙れ!」
「申し訳ありません、シャルティア様」
「撤収するぞ! はやく取り掛かれ」

 ヴァンパイアたちが頭を下げ、行動を開始する中、ゆっくりとシャルティアは頭を抱え込みながらうずくまる。

「……叱られる……どうしよう……」






――――――――
※ 悪役側の最強モードだから爽快感が微妙ですね。
 それと情報を知っている人間からすると、非常に間抜けなシャルティアでした。知らないと言うことを前提に上手く書けてると良いんですが。ナーベラルはポーション渡したことなんとも思ってなかったから報告してませんよーというのは次回アインズの回で。31話「準備1」でお会いしましょう。



[18721] 31_準備1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2011/06/02 20:33



 シャルティアはナザリック大地下墳墓9階層を黙々と歩く。
 その後ろにはブレイン。時折、興味深げに辺りを見渡し、コキュートスの配下の警備兵を見て、瞠目する。その表情の変化は自らの想像を超えた存在への畏敬でもあり驚愕でもある。
 ただ、そのキョロキョロと辺りを見渡す姿は、第三者からすれば少々恥ずかしくも感じるもので、シャルティアのシモベにはふさわしくない態度である。本来であれば主人であるシャルティアへの評価が下がるような行為だが、シャルティアはそれを黙認するかのように何も言わない。

 いや、単純にシャルティアにはそんな態度に反応する余裕は無かったのだ。

 通路を無言で歩くシャルティアは、普段の黒いドレスでは無く、白い輝きを放つ見事なドレスを纏い、そのドレスに合った装飾品で身を飾っている。宝石の嵌った金のティアラは見事な輝きを放ってはいるが決して派手ではない。大きく開いた首周りには白金の細いネックレスを3つ。白色の絹でできたような輝きの手袋をはめたその姿は、まさにどこかの王女のようだった。
 ブレインはブレインで豪華ではあるが、落ち着いた作りの黒色の服を着込み、その上に立派な胸当てを着用していた。鎧は非常に細かい装飾が掘り込まれてはいるが、単なる美術品ではなく、それが実用に耐えうるだけのものであるというのは一目瞭然で感じ取れた。そして腰には2本の刀。一本は昔から使用しているもので、もう一本は新たに与えられたものである。

 ブレインに服を宛がったのも当然、野盗崩れな格好でこの階層を歩かせることを忌避する感情によるものだ、そしてシャルティアのもう1つの感情によるものでもある。

 目的地近くになるにつれ、シャルティアの歩運びはより一層遅くなり、顔が引きつったものへと変わっていく。
 ナザリックに帰ったシャルティアは身嗜みを整えるという名目で、一旦自らの私室に戻っている。これ以上時間をかけることは不敬に値するだろう。
 それはシャルティアも当然理解している。だが、頭で理解していても、心では踏ん切りのつかないことというのは多々あるものだ。

 幾度目かのため息をついて、シャルティアは現実に立ち向かう。

 見上げた目の前、そこにある扉をノックする。左右に控えたビートル種のロードナイトは何も言わない。
 数十秒ほどの時間が経過してから、扉がゆっくりと開く。そこから姿を見せたのは1人のメイドだ。アインズの室内で仕えている一般メイドの1人である。

「……アインズ様にお目通りがしたいの、伝えてくれる?」
「……畏まりました。少々お待ちください」

 シャルティアの口調に違和感を覚えたメイドは一瞬口ごもるが、了解の意を伝えると、ゆっくりと、音がしないような速さで扉を丁寧に閉める。
 
「あー、逃げたい……」

 ぼそりとシャルティアが呟く頃、再びゆっくりと扉が開き、中から先ほどのメイドが姿を見せた。

「どうぞ、中へ、シャルティア様。アインズ様がお待ちです」



 アインズが最初に思ったことはシャルティアの表情が硬く、暗いということことから、任務を失敗したかというものだ。しかしながら後ろに控えたヴァンパイアらしき存在はアインズの記憶に無い。ならば最低限の任務は成功していると思えるのだが……。
 そこまで思考し、アインズは自らの考えを破棄する。
 推測してもしょうがない。なぜならもう少し待って、シャルティアの報告を受ければ疑問は払拭されるだろうからだ。そう判断し、ただ黙ってシャルティアの行動をそのまま伺う。
 シャルティアはシモベを引き連れたまま、無言でアインズの向かっている机の前まで歩くとゆっくりと頭を下げる。慌てたように後ろに控えたシモベも続いて頭を下げた。

「……ただいま戻りました、アインズ様」
「……良く戻った、シャルティア」

 僅かにアインズは眼を細める。 
 シャルティアがあの変な廓言葉を使わない。それはすなわち何らかの理由により、精神的に高ぶっているということだ。
 あまり良い報告にならない――そうアインズは考え、思考をマイナスに切り替える。そうすればどれだけ酷い内容を聞かされても、そんなものかと思えるから。

「……では早速報告を聞かせてもらえるか」
「その前に……失態を犯した身、アインズ様の前で頭を上げて話すことはできません」

 シャルティアはそれだけ言うと、片足を曲げかける。しかし――

「――シャルティア」

 突如響いた静かだが強い意志を込めた声に、シャルティアは自らの行動を止め、アインズを慌てて見る。

「シャルティア。お前はナザリック大地下墳墓の最大戦力の一角であり、階層守護者だ。そのお前が他者の目のあるところで敬意ではなく、その他の意味で容易く頭を下げようとするな。大体、まだ報告は始まっていないのだぞ? 謝罪は少しばかり早いな。――皆、出ろ」
 
 アインズは手を軽く振り、室内の全ての者に外に出るように指示する。それを受けて室内の一般メイドたちは扉の方へと歩き出す。アインズはメイドたちの後姿を見送ると視線を上に動かし、天井にいる者たちを見据える。

「お前達もだ」

 その声が届くや否や、ゆらりと空間が揺らめき、複数の天井に張り付いた何かが姿を現す。それは人間大の大きさを持つ忍者服を着た黒い蜘蛛にも似た生き物だ。
 それはエイトエッジアサシン。
 不可視化を自在に行い、8本の脚に付いた鋭い刃を用いて飛び掛りからの脅威の8回攻撃を行ってくるモンスターだ。特に恐ろしいのは首を狩って一撃死を与えてくることだろう。
 7体のエイトエッジアサシンたちは鳥が舞い降りるような静かさで床に張り付く。その内のチームリーダーと思しきモノが口を開く。
 
「しかし我らコキュートス様の命を受け――」

 だが、アインズはそれすらも許さない。

「――私の言葉は全ての命令を凌駕する。二度は言わん。下がれ」
「はっ、畏まりました」

 エイトエッジアサシンたちは一斉に頭を下げると、メイドたちの後を追うように床を這うような滑らかな動きで部屋を出て行く。最後の一体が扉から出て行くのを確認すると、再びシャルティアに向き直った。

「すまなかったな、シャルティア。では報告を始めよう。まずはそこにいる男のヴァンパイアが捕虜だな?」
「はい、左様です」
「あ、どうも初めまして、アインズさま?」

 突然、ブレインに蹴りが飛んだ。ブレインの体はそのまま空を飛ぶように吹き飛び、壁に大きくぶつかって跳ね返る。
 その一撃は容易く腹を突き破り内臓を幾つも破壊している。アンデッドであるために血はこぼれないが、苦痛までは完全になくなるわけではない。転がった状態で苦しげにブレインは呻く。
 蹴りつけたシャルティアは一気にそんな転がったブレインに肉薄すると、追撃として何度も蹴りを叩き込む。

 なんだ、一体?
 急激な状況の変化に耐え切れず、一瞬現実逃避しようとアインズはそんな思いを押し隠し、ただ状況を理解しようと眺める。この体になってから多少の動揺では表情に出ないのは良かったことなんだろう。

「シモベ風情が何で至高なるお方――アインズ様に対し馴れ馴れしく口を開いているの? 私が許可したか、おい! お前はただ聞かれたことだけ馬鹿みたいに答えればいいんだよ。アインズ様と許可無く話せるとか思うんじゃネェよ」
「ああ、ありがとごじゃいまず、ごじゅじんざま」

 シャルティアに蹴られながら、それでも恍惚とした表情を浮かべるブレイン。

「つーか、むかつくなぁ。お前がもっと早くあれも言っておけば叱られるのも減ったっていうのに。それにアインズ様に対する忠誠心低いんじゃないか、お前」

 なるほど理解した。
 アインズは頷く。
 しかしながらこれによって2つ問題が生じた。
 シャルティアの対応を見るに、シャルティアの作ったシモベはアインズに対して絶対の忠誠を抱いて無いかもしれないという問題だ。これではアインズの計画していた優秀な人間を強制的にシモベにすることで、情報収集等の組織運営を上手く行っていこうという計画は破棄する必要がある。
 下手にシャルティアに対する忠誠に駆られて、ナザリック内に不和を撒かれたり、他の守護者等に敵対意識を持たれてはたまったものではない。
 そしてこの問題はシャルティアのみの問題かということだ。実験の必要がある。

「シャルティア――」
「はい!」

 シャルティアのかんばせに浮かんでいた鬼が一瞬で変わり、無垢な美少女のものへと変化する。そして蹴られていたブレインのぼこぼこになった顔には、シャルティアへの歓喜が浮かんでいた。その2つが合わさった光景はアインズが引いてしまうほど違和感に満ち満ちたものだった。

「……罰は自らの部屋で与えよ。それとだ……シャルティア。敬意を向けてくれるのは嬉しい。だが、そこまで過剰な敬意を示す必要は無い。お前も私からすればアインズ・ウール・ゴウンの仲間が残してくれた宝の1つ。私の友人、ペロロンチーノが創造した存在だ。つまりは私はお前の後ろにかつての仲間を感じるのだ。そんなお前に強い敬意を向けられると少々むず痒く感じてしまう」

 シャルティアは目を潤ませ、アインズを真紅の瞳で凝視する。

「――感謝いたします」

 2度、3度言葉を発そうとして、口ごもり。必死にそれだけを紡ぐシャルティア。そしてゆっくりと深く――そう深く頭を下げる。それは神からの啓示を受けた巫女の崇拝の姿勢。
 崇拝とは神に向けるもの。
 今のシャルティアの行為はまさに神に捧げるためのものだった。

「では戻って来い。話を始めようか」



 一通り話を聞き、ブレインからさらに情報を得たアインズはゆっくりと顔の前で指を組む。

「なるほど……バニアラか……」
「はい……。アインズ様が本当にあの女にポーションをお渡しになられたのですか?」
「ふむ……」

 ポーションを渡した人物――モモン。
 その名前はアインズにとって非常に聞き覚えがあるものだ。
 ナーベラルが冒険者登録をする際に、名前を聞かれたとメッセージを送ってきたことがあった。そのときに適当な名前でよいと返答した際、アインズならどのような名前をつけるかと聞かれたので、モモンと答えた。
 どう考えても、その名前にそのポーションでは、渡した奴の正体はナーベラルだ。

 アインズは頭を抱えたくなる気持ちを堪え、シャルティアをただ黙って眺める。その視線を受け、シャルティアがおどおどとアインズの反応を伺っている。

 アインズが困っているのは、そんな報告をナーベラルから受け取っていないと言うこと。そしてモモンという人物に対する自らの考え――正体がナーベラルであろうという予想を、シャルティアに告げるかどうかだ。 
 素直に教えた場合、シャルティアとナーベラルの仲が悪くなるのでは。そんな思いがアインズの頭を過ぎる。

 今回のシャルティアの任務は多少のミスはあったものの、上手くいっていたと考えても過言ではない。もしバニアラという女が出てこなければ、ヴァンパイアが暴れているという情報だけで話は終わったはずだ。シャルティアの外見はほとんど知られなかっただろう。しかしながらバニアラを帰したことによってシャルティアの外見は完全にギルドに流れた。まぁ、逆にバニアラを捕まえて情報を聞き出したからこそ、レンジャーを逃がしたという情報が入ったのだから、プラスマイナス、ゼロと考えても良い。
 だが、それをシャルティアが納得するかは別問題だ。
 下手すると足を引っ張った、そうシャルティアが考えてもおかしくは無い。ではそんな存在をシャルティアはどう思うのか。おいおいナザリックの安定を揺るがしかねない問題に発展しないだろうか。
 
 ナーベラルから報告を受けていたならば、それを部下に伝えなかったアインズが悪いということで謝罪して話は終わったかもしれない。だが――いや、ここはやはりアインズが泥を被るべきだろうか? 真実を語らないということは問題になるかもしれないが。

 硬質な音が響く――。
 それは選択肢に迷った、アインズの指先がテーブルを叩く音だ。

「アインズ様。もし極秘の件であれば……」
「いや……。許せ。その女の件は実のところナーベラルの一件に拘ってくる話でな。聞いてはいたのだが、おまえに伝えるのを忘れたのだ。すまん……」

 アインズは机に額がくっ付くよう深々と頭を下げる。

「め、滅相もありません。わたしが調子に乗らなければこのようなことになりませんでした。お顔をお上げください!」
「私の失敗を許してくれて感謝する」
「なんて勿体ないお言葉」

 頭を上げたアインズは自らの考えに没頭する。
 ナーベラルとシャルティアのミスは置いておくとしても、致命的な問題は騒ぎを起こすことがどのように不味いかを理解して無いということだ。

 アインズのユグドラシルの魔法職としての強さは、確かに死霊系魔法や即死効果の魔法を使わせれば上位にはいれるだろう。だが、そういった魔法は対策がしやすい。それらも評価の対象にすれば、一点集中タイプのアインズの総合的な魔法的な強さ評価は中の上程度だ。マジックアイテムをフル装備して上の下、仲間たちが残した全ての最高位アイテムを装備してようやく上の中ぐらいだろう。
 つまりアインズよりも強い存在はいくらでもいる。

 そしてアインズが取っていない、クラス的にも強い職は多くある。
 バランスブレイカーと称される魔法職『ワールド・ガーディアン』。アインズの天敵ともいえる対アンデッド最高の魔法職『ホリー・バニッシャー』、攻撃魔法極限特化型魔法職『ワード・オブ・ディザスター』。そういったクラスを持っているプレイヤーは厄介な強さを持っている。

 アインズは昔の最も輝いていた頃を思い出す。

 かつてナザリック大地下墳墓に1500人が攻め込んできた際には仲間たちがいた。
 ワールド・ガーディアンの職についていた者もいたし、公式チートとも言われたユグドラシル上10人しかいない戦士職最強の存在もいた。『アインズ・ウール・ゴウン』最盛期の総合力は恐らくギルド最高峰だっただろう。その上で侵入者を消耗させつつ、分散させ各個撃破していったから勝利をつかめたのだ。
 しかし、仲間は今は誰もいない。

 もしユグドラシルのプレイヤーの中でも最上位500人に数えられるような存在が100人でも攻めてきたら、ナザリック大地下墳墓は落とされる可能性がかなりの確率であるだろう。そうでなくとも100lvのプレイヤーが150人でも攻めてきたらほぼ落とされると考えても良い。
 アインズの保有する最大の切り札たる8階層の存在を全力で動員すれば、150人程度でも落ちないだろうが、代価が莫大なものなので容易くは動かしたくは無い。
 現在は絶対無敵でも最強でもないのだ。だからこそ世界情勢がつかめるまで、静かに行動するよう強く諫めてきたのだ。
 仮にユグドラシルプレイヤーがいたとして、敵対するような状況を避けるために。

 それは外装に変化していたとしても自らが人間であるという意識を捨てられるかどうかは不明のためだ。異形であれば今のアインズのように精神的に多少の変化が見受けられる可能性があるが、エルフやドワーフという人間に近い種の場合は、罪の無い人間が殺されている現状を見たら敵対行動に出たり、敵意を抱く可能性は非常に高い。
 だからこそ、何らかの理由を欲して行動していたのだ。
 先に向こうから攻撃してきた。人を助けるために仕方なく殺した。誰かから命令されたために仕方なくやった。
 そんな言い訳ができればまだ交渉の余地があるだろうと。

 つまるところ討つべき悪という、大義名分を相手に与えたくないのだ。旗印を与えてしまっては、その下に集う者を許す結果になりかねない。

 確かにばれなければ何をしても良い。デミウルゴスにばれないように動けといったのもそんな意味合いでだ。逆にばれるという行為は非常に不利な立場に追い詰められるのだ。
 それが理解できているのだろうか。

「分かってないのだろうな」

 思わずもれ出た呟きにシャルティアがピクリと肩を震わせ反応する。おどおどとアインズの様子を伺うシャルティアに質問を投げかける。

「――結局生存者はバニアラ、逃げたレンジャー。あとは別働隊の冒険者だな」
「はい」
「ふむ……顔を見られたのはバニアラのみか……」
「殺しますか?」
「馬鹿を言うな。その女1人しかお前の顔を知らないんだぞ? 例えモンタージュを作ろうとも、その女の証言が一番信用されるんだ。なら大切にしておいて、重要なところで記憶を上手く改変させて操った方が良いだろう。殺したらそのモンタージュこそが最大の情報になってしまう。それをどうにかする方が面倒だ」
「あ、あと実は……」
「……構わん。言え」
「女が……」
「? バニアラ以外にか? なんだ、先ほどの話には出てこなかったぞ? どういうことだ!」
 
 アインズの怒りが含まれた声に、ビクリとシャルティアの肩を跳ねる。

「……すまん。少々興奮した」幾度か深呼吸を繰り返し、アインズは口を開く。「……もう隠し事はなしだ、シャルティア。会ったことを最初から全て語れ。理解したな?」

 鋭く睨むアインズに、硬直した顔で幾度も頭を上下させ、シャルティアは再び話し始める。


 シャルティアの隠していた内容も全て含めて話を聞いたアインズは、一度だけ手をパンと――骨だったのでカツンというほうが正解だが――鳴らした。

「素晴らしいぞ。シャルティア」
 
 何故褒められているのか理解できないという、不思議そうな表情をするシャルティア。

「シャルティア、お前は優しいな。その女達を助けに行ったのだろう?」
「……は?」
「女達が慰み者になっている。それを知っていたから、助けに行った。そして冒険者との遭遇は不幸な出会いだ。そうだな?」

 シャルティアの顔に理解の色が浮かび、深く頭を下げる。

「その通りでございます」
「ではそれを踏まえたうえでちゃんと報告してくれないか?」

 口を開きかけたシャルティアに手を向け、それを黙らせるとアインズは言葉を続けた。

「――たまたま馬車に乗っていたら盗賊どもに襲われ、捕まえて話を聞いてみたら、幾人もの女が酷い目にあっているという話を聞いた。同じ女としてそれが許せずシャルティアは盗賊の塒を襲ったわけだな?」
「はい、おっしゃるとおりです」
「そして女たちを救うところまできたのだが、新手が入り込もうとしていた。女のあまりに酷い境遇への怒りで我を忘れたシャルティアは冒険者達を皆殺しにしようとしてしまった。良くある悲劇的な話だ。悲しいものだな。……だが、ナーベラルが好意――ここが重要だな。好意で渡していたポーションによって我を取り戻し、自らの失態を知ったというわけだ」
「まさにその通りです」
「本来であれば謝罪するのが最も正しい行為だが、悲劇的な遭遇で殺害に至ったと言っても信じてもらえないだろう、と考えて恐怖のあまりに逃げてしまった。……最後がちょっと上手くいってないがこんなところか」
「はい、全てその通りです」
「と、私はお前から報告を受けたわけだ」
「はい。今、そのように報告させていただきました」

 アインズは一度だけ深く頷く。

「よし分かった。なら問題は解決だ」
「よろしいのでしょうか?」

 驚いたシャルティアに諭すようにアインズは口を開く。

「今の話で我々は自らの行動を正当化させるに相応しいだけの根拠を得た。そうだな?」
「はい……そうだと思います」
「……私が恐――警戒しているのは同等の存在のみだ。もし仮にそいつらが今回の話を聞いた場合、我々を悪と断定するかもしれない。そして我々を退治しようと行動を起こすかもしれない。だが、今の我々の正当な理由を聞いた場合、そいつらはどのように行動すると思う?」
「退治しようとする行動を止めますでしょうか?」
「正直分からないな。だがな、そいつらとて我々と戦うことで命を失うことは忌避したいはず。つまりそいつらも本気で戦いたいとは思わないだろう。ならばもしかすると我々の話を聞くことで、矛を収めようとするかもしれないだろ? 一応、無理があるが多少は納得がいくお話なんだからな。それに邪悪な行いをしている奴を攻撃するのは心が痛まないだろうが、もし仮に相手が自らを正当化させる理由――それも善意から来ているものを持ち出して来たらどうだ? 戦うべきか迷うんじゃないか?」

 アインズはシャルティアの表情を眺めながら言葉を続ける。

「無論、謝罪として何か――金銭が妥当だと思うが――を支払うことになるかもしれないが、その程度大した出費でも無いだろう。向こうが嵩にきて、無理難題を突きつけてくるなら跳ね除け、そのときは戦いに持ち込めばよい。我々を侮ったことを後悔させればな」

 そうシャルティアに言い切りながらも、アインズは無論、そんな上手く話が転がるとは思ってはいない。
 だが、ユグドラシルプレイヤーが本当にいたとしても、絶対に死は恐れるはずだ。例え復活のアイテムがあるとしても本当に自分が復活できるかどうか確かめたいと思うものはいないだろう。
 そして100レベル等、高位レベルというのは恐らくこの世界においては絶対者的な存在だろう。欲しいものは殆ど得られるような。それだけの力を得ながら、好き好んで失うかもしれないような手段に出るとは、普通に欲望のある者ならとうてい思えない。性欲や金銭欲、権力欲、食欲――欲望というものは力が大きいものだ。もし仮にナザリックが攻められるとしたら何らかの欲望からだろう。

 敵意を恐れているのも、ここに繋がる。
 まずナザリック大地下墳墓に攻めるべき悪という印があった場合、攻め込むものは正義や善になるのだ。攻め込んで宝を奪ったとしても気が咎めないだろうし、攻め落とせれば英雄扱いにされるのだ。これほど欲望を満たしてくれることは無いだろう。
 そして宝の山が2つあると仮定して、敵意を持っている奴が守ってる宝の山と、友好的な奴が守っている山、どちらを狙う? 普通は敵意を持ってる側だろう。
 まぁ、友好的な奴を騙してという者も中に入るかもしれないが、それは流石に少数だろう。そんな奴が同じような仲間を集めて、チームを構成し維持できるとはあまり思えないので、さほど警戒する必要は無いと思いたい。何かのきっかけで内部から崩壊すると考えても良いだろうから。

 例外的な存在は英雄願望の持ち主だが、それ以外は交渉でどうにかできるのでは、とアインズは現状では考えている。
 例外というのはあくまでも例外だ。そんなポンポンいるものではないのだし。


「さて、シャルティア、お前にあった話は理解したぞ。その上で私の判断だが――今回は私のミスが大きい。シャルティア、お前のミスを許そう。情報源をつれてきたことでかなりの情報が入ったことも考えれば、充分に許される範囲だ。今後はこのようなことが無いよう情報を共有する準備をしたいものだ」
「ですが、わたしの失態は間違いありません。罰をいただかないことには示しが」
「ふむ」

 アインズは困惑の表情を、顔の前で手を組むことで隠す。
 シャルティアに罰を与える。実のところそれは非常に難しい問題だから上手く誤魔化そうとしたのだ。それにシャルティアはかつての仲間、そしてアインズ・ウール・ゴウンが作った存在。それを自分の考えだけで罰を与えるというのも少々嫌な感じがする。
 だが、シャルティア自身にそう言われてしまっては仕方が無い。

 ではどのような罰が相応しいのか。
 金銭的処分といっても給料を払っているわけでもない。地位を下げるといってもシャルティア以外に守護者を任せられる強さを持つものはセバスかパンドラズ・アクターのみ。どちらも相応しくは無い。謹慎という手が一番良いかもしれないが、現状最大戦力を1つを遊ばせておくというのも少々アレである。鞭打ち? 勘弁してくれだ。
 単なる一般人であるアインズにはこの場合に最も適した罰を与えるアイデアが浮かばない。
 前例というものが無いのが最も厄介だ。
 基本的に罰というのは会社内であれば、前例または法律といったものを基準に考えられる。ナザリックには特定の法律もなければ、前例も当然無い。下手するとこの一件が前例になる場合もある。簡単に決められることではない。
 ならば一先ずは――

「……そうか。では追って知らせる。とりあえずは下がってよい」
 
 ――時間を稼ぐ。

 
 シャルティアとブレインが部屋を出て行く。
 扉が閉まると同時にアインズは頭を抱える。

「頭が痛いな」

 実際この世界の戦力はたいしたことが無いことが分かりつつある。表に出てこない力はあるのかもしれないが、現状では警戒すべきは存在するのか不明な同じユグドラシルのプレイヤーだろう。
 
 しいて問題を述べるとしたら、守護者に代表される部下達が力に自惚れすぎていることだ。
 今回のシャルティアのミスだって相手を洞窟内におびき寄せた上で襲えば問題は生じなかっただろう。
 ナーベラルもそうだ。報告によると怪しまれてはいないということだが、今回シャルティアが連れてきたヴァンパイアの話からするとポーションはかなり高額なアイテムだということ。それを簡単に渡して怪しまれないというのは虫の良い話だ。最も納得できる話は怪しまれているが、ナーベラルが気づいていないというところか。
 最強であるが故の過信。
 これは注意しろといってもなかなか難しいことなのかもしれない。

 それにシャルティアはクラスで『血の狂乱』というペナルティにも近い特殊能力を持っている。シャルティアなら余裕で抑えられると思っていたのだが、自ら興奮状態になるというのは予想してなかった。
 やはり単純に人選を間違えたというところか。
 今のところアウラは上手く任務をこなしているようだし、各員の性格の違いへの認識不足から来るミスであることを祈るだけだ。
 この辺りはアインズ、自らが注意し、なおかつ時間の経過によってこの世界の一般常識を学べば、解決されることを祈るぐらいが関の山なんだろうか。
 しかし、都市に潜入しているナーベラルの件は早急に解決すべき問題だろう。

 そう考えると今回のシャルティアのミスを帳消しにしつつ、手段を講じる良いチャンスかもしれない。とりあえず、単なる村人は難しいかもしれないので、突っ込まれたときのアンダーカバーを作り直しておくべきだろう。

 そこまで考え――

「はぁ……だるい」

 ――アインズはぐったりと机の上に顔を伏せる。

 元々単なる一般人であるアインズにカリスマや重厚感といったものは皆無である。だが、それでは上に立つ者としてあまりに情けなさ過ぎる。ナザリックの元NPCの全員がアインズを主人として仕えるなら、アインズもまた主人に相応しい姿勢をとる必要があると考えている。
 ゆえに必死に口調を変えたり、重々しく行動を行っているつもりなのだが、そのため気ぐるみの中に入ってるような疲労感が残る。無論アンデッドには疲労というバッドステータスはないのだから、そんな気がしてる程度なんだろうが。

 さらに最上位者であるアインズの周囲には、常時複数の誰かが傍についている。これは現在ナザリック大地下墳墓の警備状況が一段階上がっている状況に起因するものだが、視界の隅にちらちら映る影は知っていたとしてもどうも気になるものだ。
 勿論、命令すれば今のように全員外に出すことはできる。だが、支配者というのは複数の部下を周囲にはべらすものなのでは、というイメージがアインズにあるためにその方法を取るのもどうも気後れする。

 結果、体の芯にずっしりとした重みがかかり、だるさがアインズを襲うのだ。

「慣れれば楽なものなのかね」

 ドアが突如ノックされる。
 アインズは跳ね起きるように体を起こし、着ている柔らかなローブを整える。

「失礼します、アインズ様」

 再びドアが数度ノックされる音が響き、それからゆっくりと開きながら、優しげでかつしっとりと濡れたような女性の声が滑り込んでくる。
 室内に1つの人影が入ってきた。

 その人物を簡単に称せば、艶やかな茶色と白色の毛並みを持つ直立歩行する雌のシェットランド・シープドッグだ。それもメイド服を着た人間大の。
 つぶらかな瞳は英知と慈悲が宿り、そのシェットランド・シープドッグを漫画家が擬人化したような表情に、一目で分かる慈母の微笑みが浮かんでいた。
 何らかの香水だと思われる芳しい匂いが、歩く動作と共に揺れる全身の体毛から漂ってくる。
 その後ろから先ほど外に追い出した3人のメイド。そして不可視化を行いながら入り込んでくる7体のエイトエッジアサシン。
 アインズは先頭を歩く犬人ともいうべき存在に話しかける。

「ペス、良く来た」
「はい。色々とご相談事をお持ちしました。アインズ様」
 
 ペストーニャ・ワンコ。
 現在ランドステュワードのセバスがいないため、替わりにナザリックの生活面を完全に管理しているメイド長である。守護者よりはレベル的にはかなり落ちるが、最高位の神官魔法まで使いこなす存在でもあった。
 そして愛称はペス、である。
 
 メイド服からどうやって出しているのか、茶色の尻尾がパタパタと動く。恐らくはメイド服の尻尾の部分に穴を開けているのだろうが、本当にそうなんだろうか。微かな好奇心がアインズの心の中に生まれる。

「簡単なものなら良いのだがな」

 好奇心を表に出さないようにしながら、アインズは机の前まで来たペストーニャに話しかける。

「はい」

 ニコリと笑ったペストーニャは、突然何かを思い出したように恥ずかしそうに顔を歪める。

「申し訳ありません。忘れていました」

 何を? アインズがそう問いかけようとするよりも一瞬早く、ペストーニャが言葉を続ける。いや言葉というよりは違うものなんだろうか。

「――わん」
「…………」

 アインズは眼をぱちくりさせるが、ペストーニャは満足したように微笑む。

「どうかしましたか、わん」

 アインズはペストーニャの設定を思い出し、次に作った人物を思い出し、何も言わないこととする。だいたい元々は自分が食べ物系の名前だからといってペスカトーレと付けようとした人だ。流石に漁師は可哀想だろうと言うことで変更になったが。

「…………いや、なんでもない。それより来た理由から解決していこうか」
「はい。わかりました、わん。まずは副料理長よりです、わん。ポーション瓶の数量が残り3000本を切りました。補給はどうされるのかという質問です、わん」
「そんなに使ったのか。日産何本ぐらいだった?」
「はいです、わん。ポーションの種類にもよります、わん。一体何のポーションの日産数量をお答えした方が良いですか、わん」
「そうだな……」

 アインズの脳裏に浮かんだのは先ほどのシャルティアとの会話にあったポーションである。

「マイナー・ヒーリング・ポ-ションだな」
「はい……副料理長個人でなら、およそ日産464本ですかと……わん。あとアインズ様ならご承知だと思いますが、これは6時間の休憩を取ってMPが全快した状態から、作成に時間の経過を必要としないということを前提にしたものです、わん。つまりは4回転した場合です、わん。実際は休息時間や作成時間も掛かりますのでこれよりもっと遙に少ないです、わん」
「その計算方法で、最高位のポーションだと?」
「20本です、わん」

 魔法は第10位階まであるが、ポーションに付与できる魔法の最高位階は通常は第5位階までだ。特殊なクラスを取っている事で第6位階まで可能とするが、それはまぁ例外である。通常、単純な計算で表現してしまうと、最高位――第5位階のポーションを作った際のMP消費量は、魔法を発動した場合の20倍に匹敵する。
 それだけで考えると、MPの消耗量的にポーション作成にMPを使うことは勿体無く感じられるが、魔法を使用することができない人物が、魔法を発動させる手段としては安価であり、便利なものである。MPを費やして作ったとしても、そして高い金を出して買ったとしても惜しくないぐらいに。

「ペスが協力すればもっと多くなるんだろ?」
「はい、ですわん。先ほどと同じ計算方式でしたら、マイナー・ヒーリング・ポ-ションが日産1332本です、わん」

 アインズは頭の中で商売について考える。
 ブレインの話ではマイナー・ヒーリング・ポ-ションは売れば結構な値になるという話だった。商業ルートを開発して冒険者ギルドに卸すと言うのも悪くは無い。
 無論、そんなことをすれば色々と面倒なことがあるかもしれないので、今の状態では難しい話だ。やるにしても十分な――様々なバランスについて検討した上でだろう。回復のポーションが大量に出回ることで、無数の問題が生じるのは簡単に分かることなのだから。
 とはいえ現金を稼ぐ手段があるというのは心強いことだ。
 マイナー・ヒーリング・ポ-ションが1本、50金貨。掛け率半分だとして25金貨。金貨1枚が日本円での価値で考えると10万円。日産1332本の場合は桁外れな金額となる。

「ポーション瓶以外の原材料は?」
「ユグドラシル金貨は数え切れないという言葉が相応しいだけありますし、ゾルエ溶液も同じように無限といっても良いほどあります、わん」

 ユグドラシルでのポーションの作り方はゾルエ溶液という液体を満たした瓶の中に、ポーション作成系技能者のスキル発動にあわせて、込めたい魔法を使える人物が魔法を発動させるという方法になっている。その際に製作費としてユグドラシル金貨は自動的に消費されるのだ。
 特殊なポーション作成溶液もあるが、それは基本的にイベントアイテムであり、一般的にはゾルエ溶液以外は使われない。

「ならまずはポーション瓶を他のもので代用するところから考えよう。シャルティアが良いシモベを作ったので、その話を聞けばアイディアも浮かぶだろう。とりあえずは生産を中止しておいて、ポーション瓶は取っておいてくれ」
「かしこまりました、わん」
「次に司書長から同じく巻物の羊皮紙の件で話がありまして――」
「それは私が自身で出向く予定だ。それは彼の口から直接聞こう」
「かしこまりました、わん。では次の件ですが……入りなさい…………わん」

 一瞬、口調を忘れたペストーニャに、大変だなという感情がこみ上げる。
 そんな中、1人のメイドがゆっくりと室内に入ってきた。手には蓋の付いた銀の盆を1つ丁寧に持っている。
 アインズの前まで来ると、メイドは無言で蓋を外した。ペストーニャはその盆の中に手を入れ、乗っていた食器を取り出し、アインズの前に置いた。

「ん……」

 アインズはそれを直視し、うめき声じみたものを漏らした。
 黒い塊が食器皿の上にドンと鎮座している。拳2つぶんほどの大きさだろうか。炭特有の焦げたような匂いが辺りに漂いだす。
 何も言わずにアインズは添えられたナイフとフォークを持って、それを二つに切り分ける。中も完全に炭化している。もはやこれが元々なんだったか、外見から予想できる者はいないだろうという酷さだ。

「これが……ドラゴンの霜降り肉で作ったステーキか?」
「はいです、わん」

 注文していたものの、あまりの酷さにアインズは持っていたナイフとフォークを銀盆の上に投げ出す。2つがぶつかり、澄んだ音色を立てる。

「……では作ったメイドにそのまま料理の勉強をするようにと伝えておいてくれ。料理長にも頼むぞ」
「かしこまりました、わん」
「他には?」
「いえ、これぐらいです、わん。あとはアウラ様がナザリックに戻ってきましたので、後ほどご報告に来るかと思います、わん」
「アウラがか……分かった。ではその前に私はこれから図書室に向かう。転移で向かうので付いて来る者はいらん」
「かしこまりました、わん」






――――――――
※ ペストーニャは異形です。遊星からの物体xばりの変身能力は製作者サイドで削除されてますので、このままです。
 次回、ナザリックの話が続く31話「準備2」でお会いしましょう。



[18721] 32_準備2
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2011/02/22 19:41



 アインズは自室で自らの右手薬指に嵌めた、ナザリック内の無限転移を可能とするリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動する。目的地はナザリック第10階層内にある巨大図書室。与えられたタグは『アッシュールバニパル』。最古とされる図書館の名前である。

 一瞬視界がブラックアウトし、画面が切り替わるように光景が変化する。
 そこには多少ドーム状に広がったそこそこの広さを持つ部屋であり、アインズの向かいには両開きの巨大な扉が鎮座していた。
 その玉座の間への扉に匹敵するだけの大きさの扉の左右には、3メートル近いアイアンゴーレムが巨立していた。

「扉を開けよ」

 アインズの言葉に反応し、両脇のアイアンゴーレムは扉に手をかけるとゆっくりと押し開ける。重い音が響き、人間数人が並んで入れるだけ開いた扉の中にアインズは歩を進めた。

 そこは図書館というよりはもっと別の何かを――そう例えば美術館のようなものを想像させた。床、本棚には無数の装飾が施されており、本棚に並んだ本自体もまるでその装飾の一部として置かれているようだった。
 埃ひとつも落ちて無い、磨かれた床には寄木細工で美しい模様が描かれている。
 上部は吹き抜けになっており、2階にバルコニーが突き出し、そこにも無数の本棚が部屋を覗き込むように取り巻いている。半円天井には見事なフレスコ画がびっしりと書かれており、豪華な細工と相まって隙間すらないほどだった。
 部屋の所々にガラス張りの展示机が置かれ、何冊かの本がその中に並べられていた。
 光源は無数にあるが、そのどれも強い光は灯されていない。人なら薄暗いと眉を寄せる程度の光量だ。 
 室内の広さは一瞥では見渡せない。いや、本棚が邪魔になって見渡すことが出来ないというほうが正解か。
 
 図書館に相応しい沈黙の中、アインズの後ろでゆっくりと扉が閉まった。入り口からの光がなくなったことでより一層暗くなったような感じがする。静寂が音として聞こえそうなほどの沈黙と相まって、不気味な雰囲気が立ち込めだす。
 無論、闇夜の中ですらそれを見通す目を持つアインズからすると、真昼の明るさのために全然不気味には感じないのだが。
 
 アインズは奥に向かって、多少足早に歩を進める。
 現在いる部屋は『理の間』。この図書室は『知の間』、『魔の間』、そして用途別の小部屋――各員の私室等という風に分けられている。それを考えると目的地は少々遠い。

 アインズが通り過ぎていく通路の左右――何列にも渡って並ぶ本棚には無数の本が収められている。

 ユグドラシルにおいて本というのは複数の目的で存在する。
 
 まず1つが傭兵として召喚するためのモンスターのデータだ。
 ナザリック内のモンスターは3種類に分かれる、まず1から完全にプレイヤーと同じように作ったNPC。次が自動的にPOPする30レベル以下のモンスター。そして最後が80レベルまでの傭兵として召喚できるモンスターだ。
 この傭兵として召喚できるモンスターはまず、本に特定の召喚儀式を行い、レベルに応じた金貨をつぎ込むことで召喚される。そのためこの本がないと召喚できないのだ。

 次がマジックアイテム。
 特定のデータクリスタルは本の形態をしているものにしか宿らない。一回こっきりの魔法発動アイテムが本の形のアイテムとして一般的だ。スクロールとの違いは、スクロールはその魔法を使うことができるクラスで無ければならないのに対し、本の形態のアイテムは誰でも使用できるというところだ。

 そしてイベントアイテム。
 特定の職業への転職に必要となるアイテムが、本という形態をとることはさほど珍しいことではない。アインズもスケルトン・メイジからリッチへと転職する際に『死者の本』というアイテムを必要とした。他にも『武技研究本』、『4大精霊異聞』等々が存在する。

 最後に外装データだ。
 剣や盾、鎧といった外装のデータがインプットされている本だ。これを特定の鍛冶作成技能を保有するものが、それに応じた資源に対して使用することで外装が出来上がるという形になっている。

 ナザリック大地下墳墓内のこの図書館にある無数の本は、ほとんどが最初か最後の目的で集められたものだ。勿論ここまで集める必要はまるでない。
 実際流石のアインズ・ウール・ゴウンの全財産を投入しても、この1/10万のモンスターも召喚できないだろう。
 さらには溜め込んだ様々な鉱物に代表される全資源を使っても、外装の1/10万も製作できないだろう。
 それなのに何故、ここまであるかというと書物自体は大して費用の掛かるものではないので、悪乗りしたギルドメンバーがコピーしまくった結果である。

 横目で本を眺めながら歩くアインズ。
 そんな行く手を遮るように、突如、本棚の間から幽鬼のようにふらりと人影が音も無く姿を見せる。

 図書館の闇に溶け込むような漆黒のフード付きローブを纏っている。腰のベルトには宝石が先端に填められたワンド、そして複数の宝珠を紐でくくりつけてあった。
 フード下の顔――それは骸骨に薄い皮を貼り付けたような、ミイラにも似た真っ白の顔。手は骨と皮ばかり。動くたびに体を覆っている微かな闇が揺らめく。
 それはアンデッドのスペルキャスターの中でも有名なモンスター、リッチ。ただ、ユグドラシル内では俗称白リッチといわれる31レベルのリッチ系モンスターでは下から2番目だ。ちなみに色違いの近親種として赤リッチとか黒リッチと俗称される存在もユグドラシル内にはいる。

 ただ、単なるリッチとは違うのはその左手上腕に嵌めているバンドだ。
 そこには『司書J』と記載されていた。

「ようこそ、アインズ様」

 聞き取り辛い掠れた声をあげ、リッチはゆっくりと――しかしながら深々と頭を下げる。片手を胸に当てたしっかりとしたものだ。

「ああ。頭を上げよ」リッチが頭を上げるのを確認してから言葉を続ける。「今日は司書長に会いに来た。どの部屋にいる」
 
 すこしばかりリッチは考え込むような姿をとり、口を開く。

「司書長は現在、スクロールの作成に入られてますので、製作室でございます」
「分かった。先導を頼む」
「かしこまりました。こちらです」

 リッチが先に歩き出す。
 無論、アインズが部屋の場所を知らないわけではない。だが、支配者が誰も共をつれて歩かないのも変かと思った程度だ。

 途中他のリッチやキャスター系のアンデッドを横目で見ながらアインズは歩いていく。


 案内された先の部屋は元々は広かっただろう作りをしていた。
 だが、現在は四方には大きな棚が置かれ、それ以外にも様々なものが所狭しと並べられている。
 棚の中には無数の触媒――鉱石、貴金属、属性付与石、宝石、各種様々な粉末、様々な動物の色々な器官等々が綺麗に整頓していた。さらには無数の羊皮紙の束、巻かれているものから巻かれていないものまで。種類もそれぞれだ。
 これらは全て使用される資源である。
 無論、ここにあるのがナザリック大地下墳墓内の全てというわけではない。これの数百倍にも匹敵する量の資源は宝物殿内の一室に集められている。
 この部屋にあるのは、あくまでもスクロールを作成するのに直ぐに使われることが多いアイテムを揃えているだけだ。スクロールを作るのに鉱石なんかが必要かというと、その辺りは微妙である。殆どのスクロールには使われないが極僅かに――3000の魔法の中で2、3つ使われる程度ある。そのため、使われる以上ここに置かれているという具合だ。
 
 そんな部屋の中央にかなり大型の製図台が置かれ、その上には一枚の羊皮紙が広げられていた。

 そしてその前に人間と動物を融合させたような骨格を持つ骨が1つ、立っていた。
 身長はそれほど高くない。150センチ程度だろうか。
 2本の鬼のような角が頭蓋骨から飛び出し、手の指の骨は4本。足の形もまっすぐ伸びたというより、逆間接的に伸びている。そして足先はひずめだ。
 そんな異様な姿を鮮やかなサフラン色のヒマティオン――古代ローマの衣服――で覆い隠している。さらに1枚を突き出した角が破かないようにしながらフード状に被り、もう1枚を腰に更に巻いている。計3枚纏っているという計算だ。
 そして7色の宝石の填まった白銀のブレスレット、首からは黄金のアンク十字、骨の指には巻きつくかのような複数の異様な指輪、腰巻代わりのヒマティオンに付けた宝石。そのどれもがまぁまぁな魔力を持つマジックアイテムだ。
 そして剣を下げるように腰に複数の巻物入れをぶら下げている。

 外装や装備しているものは変わってはいるものの、実態はスケルトン・メイジ。アンデッドの最初級種族である。先ほどのリッチの前段階の存在である。
 だがこのスケルトン・メイジこそ、この巨大図書室の司書長――ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス。
 戦闘系に特化するのではなく、製作系に特化して『アインズ・ウール・ゴウン』の元メンバーに作り出された存在だ。
 種族クラスはレベルを全然入れてはいないものの、それ以外のレベルは製作系の魔法職に相応しいものを持っている。実際先ほどのリッチよりはレベル的には高い。戦闘力的には微妙だが。

 羊皮紙が置かれた製図台の直ぐ横に置かれた小さな机の上に、ティトゥスが骨の手を伸ばす。向かった先は山のように積まれた金の輝き――ユグドラシル金貨だ。
 突如、その骨の手の下でユグドラシル金貨の一部がどろりと溶け、それ自体が意志を持っているかのように羊皮紙の上に動き出す。
 流れ込んだ金の蛇は羊皮紙の上でのたうち、まるで予め所定の位置があったかのように広がっていく。
 ほんの一呼吸の間に、羊皮紙の上に金の魔法陣が描かれた。複雑であり、それでいながら繊細なものだ。

 そこに魔法が発動した。

 本来であればそれでスクロールの完成だ。アインズは見慣れた光景に感心もせずに、そう思っていた。
 その時までは――。

 真紅の色。
 決して起こらないはずの色が製図台で起こる。
 アインズが驚愕する中、羊皮紙が料理の際アルコールに引火するように燃え上がり、瞬き2つ分の時間で鎮火した。

 まるで先ほどのが幻であったかのように、炎が吹き上がっていた形跡は室内には殆ど残っていない。空気にすら焦げたような匂いはない。
 だが、それが実際に起こった出来事だと証明するものが机の上に残っていた。
 それは羊皮紙の残骸――燃え残りだ。
 
 まるで予期していたというわんばかりの冷静さでティトゥスはアインズに向き直る。

「無様なところをお見せしました。アインズ様」

 冷静な男性を思わせる声に、かまわんという風にアインズは手を振る。それよりもっと重要なことがある。

「何故、今のようなことが起こったのだ?」
「これは羊皮紙を温存しておくために、この世界で一般的に流通している羊皮紙を使ったことが原因と推測されます。無論、現状では残念ですが――恐らくは、という言葉が最後に付いてしまいますが」

 羊皮紙も複数の種類がある。なぜかというと位階ごとに限界の羊皮紙があるから、というのが説明的には分かりやすいだろうか。
 例えば単なる一般的な羊皮紙であれば第2位階の魔法までならスクロールとしての材料となるが、それ以上の位階の魔法のスクロールの材料にはならない。仮に最高級の羊皮紙であるドラゴンハイド――竜の皮を使ったものなら第10位階まで魔法全てをスクロールに込めることが出来る。
 無論、ドラゴンハイドは竜を狩らねば手に入らない一級品だ。
 そのため昔はアインズ・ウール・ゴウンのギルド員皆で乱獲したが、それはユグドラシルの話。この世界にまでドラゴン――そしてそれ以外の生物もその存在を確認するまでは、その皮を使った羊皮紙の使用を制限するのは当然だ。
 補給が無いのに消費するなんて、そんな愚はおかせない。いつ何時、絶対に必要となる瞬間が来るともしれないのだから。

「この世界の一般的な羊皮紙ではスクロールを製作するには相応しくないというのか?」

 アインズの視線が燃えさしに向けられる。

「その可能性は非常に高いかと想定されます。この世界のスペルキャスター達が使用する物と、同程度の羊皮紙を活用している筈ですが……。勿論これはシャドウデーモンたちが無数にある中から、特別粗悪品を持ち帰ったという事は考えにくいと仮定した場合になりますが」
「だが、一度の失敗では羊皮紙の所為ともいえないのではないか?」

 そういいながらもアインズは羊皮紙の所為だろうと確信している。
 あり得るとしたら、この世界に来たことでスクロール作成技能のみが異常をきたしている場合だ。しかしながら今まで実験で使用した魔法、マジックアイテム、そしてアイテム作成系技能がなんら問題なく使用できた現状を考えるなら、その可能性は低いと判断せざるを得ない。

「外から持ち帰った羊皮紙で数度実験を行いましたが、そのどれも同じ結果――炎上に終わってます。炎上しているのは、恐らくは魔力を羊皮紙が封じ込められない結果によるものだと、私は愚考します」
「……だがこの世界のスペルキャスターたちはその羊皮紙を使っている……スクロール製作技術の違いか? 粗悪品を有効活用するすべに長けているという」
「可能性は非常に高い、と。もしよければ……」
「ああ、1人、2人捕まえてどうやってスクロールを作成しているか、聞いた方が良いか」
「私もそうしていただければ、この世界で一般的に流通している羊皮紙を使っての、スクロール作成の成功に一歩踏み出せるかと思っております」
「ふむ……」

 誘拐に関しての利益と不利益について考え出したアインズにティティスは言葉を続ける。
 
「もしくは私の知るスクロール作成方法に耐えられる、羊皮紙の早急な発見しかないのではないですかと」
「……了解した。一般流通しているものはセバスとナーベラルに任せるとして、その他のものはアウラ、デミウルゴスに任せて早急に捜索させる。この世界独特のモンスターがいるかもしれん」
「ではアインズ様、スクロール作成作業は羊皮紙を温存するという意味で、現状をおきまして一時凍結ということで宜しいでしょうか?」
「それしかないだろうな」
「かしこまりました」

 恭順の意を示したティティスを一瞥するとアインズは踵を返す。

 指輪による転移を行わずに、図書館内を出口に向かって歩きながら、アインズは物思いにふける。
 しなくてはならないことを思い出しているのだ。

 まずはアウラの話を聞くと同時に、デミウルゴスと一緒の指令である羊皮紙捜索を命じる。
 次にシャルティアの新たなシモベの話を聞いて、誘拐に出るべきか考えるべきだろう。それにナーベラルに与えた新たなアンダーカバーが上手く効果を発揮しているかも調べなくてはならない。
 まだまだやるべきことは色々ある。睡眠を不要とするアンデッドの体のおかげで、時間をフルで使用できるのは幸運なことだ。

「いや、不幸なのか?」

 何よりの不幸は、組織の管理運営というアインズ以外に任せられそうな人物がいないというのが問題だ。現在、様々な仕事を与えることで適正を見てはいるが、小首をかしげる程度の結果しか生まれていない。
 そして組織の管理運営の中で、今、最も必要なのは情報の管理なのだが、仮にシャルティア辺りに任せたとしてもちゃんとしたアインズの望む結果が出るかは想像できない。巨大な竜が足元を歩く蟻を気にしているのか、そんな想像がつかない程度の不安がある。

 情報というのは無数にある中から、価値のあるものを探す、宝探しにも似た行為だとアインズは考える。だが、シャルティア辺りでは宝を見つけたとしてもそれを宝と認識しない可能性があるのだ。

「なんで組織の運営に長けてるみたいな設定のNPC作っておかなかったかな……」

 かつての仲間達に愚痴っていても仕方が無い。
 アインズは気を取り直すと、なんらかの手段を考える。
 いくつか案は浮かぶものの、その中でも最も良い手は単純に人を雇うということだろう。
 しかしながらその雇った相手は信用できる存在なんだろうかという疑問も当然生じる。もしかしたら敵対者が内部情報を入手するために送り込んできたスパイという可能性は考えるべきものだ。力で倒せない敵がいたら、倒せるような情報を集めたりするのは基本。
 もしアインズがナザリックみたいな組織を敵に回した権力者なら、倒せる存在を準備するだろう。つまりはシャルティアやセバスのような存在を、自らの陣営に取り込もうと何らかの手段を取る。色仕掛けでも財宝でも何でも良い。とにかく欲望を刺激して、アインズを裏切らせるよう行動するだろう。
 そのためにはナザリック内の情報が必要だ。

 つまりはその辺りを考えた上で、その人物の背後関係をクリアしないことには、人を雇うことだってできない。
 結局めんどくさいことには代わりが無い。

 そこまで考えたアインズは、はたと気づく。

「なんだ、記憶操作を併用して洗脳してしまえば良いじゃないか……。ならどこかで敵対者でも捕まえて実験してみないと。まずはあのヴァンパイアにやってみるか……?」



 ■



 左右にはカタコンベの側面のように、穴が掘られ、布で巻かれた死体が三段になって安置されている。松明を思わせる明かりが揺らめくことによって陰影を作り出し、まるで置かれた死体が動き出しているかのようにも見える。
 空気はかび臭く、時折微かな腐敗臭も漂ってくる。そん中、遠くより生者を呪詛する死者の怨念の声、生きた者を喰らいたいという欲望の喘ぎ、温かな体に触りたいという渇望のため息が交じり合い1つの声として聞こえる。
 
 そんなアンデッドが突如襲ってきそうな雰囲気を漂わす空間において、無造作な歩き方でブレインは通路を歩く。
 単なる一般人であれば数歩歩いただけで恐怖のあまり硬直するだろうし、冒険者であっても急速に神経をすり減らそうとする世界。だが、ヴァンパイアとして生まれ変わったブレインにとっては、まさに自らの生きる世界という幸福感にも似た感情がわき上がってくるようだった。

 肌に纏わりつくような死の気配。染み込むような墓場の冷気。空気に溶け込んでいる死者の気配。
 たまらない。
 ブレインは大きく息を吐く。無論、呼吸を不用とするアンデッドの一員であるヴァンパイアなので、本当の意味で息を吐いたのではない。人間的な感覚でしてみただけだ。

 途中、アンデッドとして蠢く、知性の低い存在やブレインよりも高度の知性を持つ存在を横目にしながら目的地に向かう。
 アンデッドという存在は生きていたときは生にしがみつき蠢く醜い存在、スペルキャスターが使役する邪魔な存在としか認識しなかった。
 それが究極の美。
 それをこの身になって知るとは。

「ああ、ご主人様……」

 感嘆のため息が漏れる。いや、ブレインはその姿を思い出すだけで恍惚とした世界に漂える。
 目、髪、鼻、耳、口、指、声、服、匂い。どれもが超一級品の存在。

 シャルティア・ブラッドフォールン。

 この世界が生まれて以来の美の化身。
 世界で最も美しく、可憐にして優雅。即ち究極の美の象徴である自らの主人。
 そんなシャルティアの最初のシモベとなり、彼の心は優越感と恍惚感で支配されていた。今まで、人間というつまらない生き物、劣った生き物として生まれてきたことを後悔したことは多い。もし自分がもっと別種族であれば、人を超える肉体能力を持つ生き物であればどれほど最強の剣士になれたかと思って。
 だが、今になって思えば、人間として生まれてきたのは、自らの主人たる絶世の美の結晶、シャルティアに仕えるためなのだと理解できた。

 そんな主人が統べるこの階層を気に入らないわけがない。
 
 確かに9階層も素晴らしかった、それはブレインも認めるところだ。
 どんな王族ですら作りえないだろう、豪華さを兼ね備えた世界。ブレインが入ったことがあるのはエ・エステーゼ王国の王城ぐらいだが、比較するのが可哀想なぐらいだ。神々が住まう宮殿といっても可笑しくなく、逆に誰もが納得する光景だった。通路に無数に飾られている美術品の1つでも目が飛び出るような価値があるのは間違いがないだろう。
 そしてそこを守護する警備兵達もかなりの腕が立つ存在ばかり。ブレインが今まで遭遇してきたどんなモンスターを鼻で笑うような存在だ。ブレインが決死の覚悟を抱いて、あるとあらゆるアイテムを駆使してようやく5分以上の勝負が出来るというクラスのモンスターが、隊列を組んで歩いている姿はもはや滑稽としか思えなかった。
 特に通された部屋の左右を守っていた巨大な蟲にも似た警備兵は、今のブレインよりも遙に強いだろうと思われた。もはや強さの桁が違いすぎて、どの程度強いのか想像もつかないほど。
 
 そして警備兵が守る部屋の主人。
 この地下墳墓の最高支配者。
 自らの最高の主人すら支配する王。
 死を具現したような姿を持つ魔術師。
 渦巻くような力を周囲に放つ、そんな存在。

 絶対者――アインズ・ウール・ゴウン。

 堂々とイスに座るその姿はまさに御伽噺の魔王だった。
 列強とされる国の国家予算に匹敵するだろう値の付くような豪華にして重厚なローブを纏い、その身を飾るアイテムは恐らくは伝説という伝説を全て塗り替えるようなものなのだろう。
 そして何より、話していて現世界の知識に非常に偏りがあるが、長い間封印でもされていたような不気味さがあった。

 世界は広い。そんなことは誰もが知る事実である。
 しかしながら今のブレインほどそれを強く実感しているものはいないだろう。
 数体もいれば1つの都市を容易く蹂躙しそうな存在たち。それがあくまでも下級のシモベとして存在する場所なんか誰が想像するというのか。
 そして自らの主人たるシャルティアを筆頭に、単騎で一国を相手にしても勝利を収めるようなものもいる。大陸を支配する、それが容易いだろう軍団の一員になれたことにブレインは湧き上がるような喜悦を感じた。

 腰に下げた新たな剣を見下ろす。
 拵えはまさに一級品である。芸術品として例えるなら、どんな好事家もが飛びつくような作り。
 それは今まで使っていた刀の代わりに、自らの最高の主人より与えられたものだ。長さや重さは微妙に違うが、直ぐに手になれる程度の違いでしかない。
 ブレインは刀を抜き放つ。
 鈴の音色のような澄んだ音が聞こえ、周囲に冷気が立ち込める。自らその前に身を投げ出したくなるようなそんな刀身には、ほのかな青の冷気が漂っていた。
 金額にしたらどれだけのなるか想像もつかない素晴らしい魔法の刀だ。前に持っていた刀が金額にして金貨五千枚。だが、この刀は少なく見積もっても金貨数万というところだろうか。
 そんな刀をぽんと投げ渡す自らの主人の偉大さを思い出すだけで、ブレインは身を震わせる。

「あー、イキそうだ……」



 第2階層と第3階層をぶち抜いて作られている、俗称『死者の井戸』。
 それはおおよそ直径150メートル、深さ45メートルにおよぶ巨大な円筒形の形をした部屋だ。それを2つに分けるように一本の、幅15メートルにもなる通路が上を横切る。
 ブレインは楽しげに下を眺める。
 無数の死体に無数の死体が山のように折り重なっていた。腐乱死体が、溺死体が、白骨死体が、轢死体が、時折蠢きながら山を転げ落ち、また新たな山を作る。そんな地獄の光景が広がっていた。
 こここそ、低位のアンデッドが生み出される場所だ。現在は生まれていないようだが、侵入者によって数が減らされた場合、新たな弱いアンデッドはここで偽りの生を与えられることとなっている。
 
 ブレインはそのまま下を眺めながら通路を歩き、死者の井戸を横切る。そのまま道なりに進み、十字路を右に曲がった突き当りの扉。そこがブレインの目的地だ。
 今までの一枚の石でできた重くかつ無骨な扉とは違い、同じような石では出来ているものの、しっかりとした装飾が施された扉だ。
 ノックを繰り返す。
 やがて重い音を立てながら扉が開いた。
 
 そこから顔を覗かせたのはヴァンパイアの1人だ。ブレインにとっては知らない顔だが、この部屋にいる以上はシャルティアの側女だというのは知っている。立場的にはブレインと同格かもしくは高い。

「シャルティア様に命じられた巡回終わりました。お取次ぎください」
「……シャルティア様は現在湯浴みの最中です」
 
 ほとんど無表情のような、見下すような目で冷たくヴァンパイアは答える。

「お取次ぎは……」

 ブレインは馬鹿かと自答する。
 ヴァンパイアの視線がより一層冷たくなった気がする。いや、事実冷たくなったのだろう。

「……シャルティア様からは貴方が戻ってきたら、ここで門番として誰も入れないよう守れと伝えるように、とお言葉を承っています」
「はっ! 分かりました、この命が――この体が動く限りは通しません」
「……ではよろしくお願いします」

 ヴァンパイアが扉を閉める。
 ブレインは自らの最高の主人より与えられた命令に歓喜し、この扉は決して誰も通さないと硬く決心する。この扉を死守したら、もしかしたら褒めてもらえるのではという微かな欲望を抱いて。


 ブレインは扉の前で不動の姿勢をとり続ける。
 ほんの30分ぐらいだろうか。

 突如、ブレインの目の前の空間が揺らいだ。

「むっ!」

 腰に手を走らせ、僅かに腰をかがめる。右半身を僅かに前に出し、いつでも切りかかれる姿勢だ。
 揺らいだ空間は瞬時に元へと戻る。だが、先ほどはいなかった人物がそこには立っていた。
 
 両肩に鞭を巻きつけ、動きやすそうな服装。
 そこに立っていたのは1人のダークエルフの少女だった。
 ダークエルフ。
 黒い肌を持つエルフの近親種であるその種族は、人間よりも長い寿命を持つことで知られる。王族にもなればほぼ不死とされる種族だ。ただ、外見年齢は人間と同じように途中までは成長することでも知られている。そこから考えればその少女は見た目どおりの年齢だろう。
 そしてエルフと同じように人の美的センスからすると、非常に美しい外見を持つ。その少女もまた非常に美しい外見をしていた。

 無論、自らの主人、絶対の美、シャルティア・ブラッドフォールンには勝てないが。

「おう、そこでストップだ」

 攻撃を仕掛けずに、敵意を感じなかったためだ。
 それにナザリック大地下墳墓にどのような人物がいるという話はまだ聞いていないが、それでもここまで平然と来れるところから推測するに、このナザリックに所属するダークエルフだろうというのは簡単に想像できる。そうでなければ途中のモンスターに殺されることは確実だなのだから。
 天真爛漫という言葉が相応しそうな笑顔で自らの指に填めた指輪を眺めていたダークエルフは、ブレインに声をかけられ不満げに顔をゆがめる。

「えっと、誰?」

 第一声はそれであったが、ブレインはそれも当然だと納得する。シャルティアのシモベになったのは殆ど今日のことだ。この目の前のダークエルフが知らないのも当然である。

「俺はシャルティア様の忠実なシモベ。そしてこの扉を守るようにと命令を受けたブレイン・アングラウスだ」
「はぁ」

 気の抜けたような返事で答えるダークエルフ。

「あたしね。アインズ様のご命令でここの馬鹿に会いに来たの。わかりますか?」

 馬鹿という言葉に反応し、刀を振るいたくなる気持ちを抑える。もしかすると主人の友人かもしれないという思いからだ。殺したりしたら主人が怒るかもしれないと。

「了解した。でもな、ご主人様は誰も通すなって言ったんだ」
「ふーん。アインズ様のお言葉を伝えに来たあたしを足止めするなんて……。あの馬鹿、ついにとち狂ったの? それともシモベすら上手く管理できないの?」

 はぁ。と、ダークエルフは心の奥底から漏れ出したような、深いため息を1つ。

「……あたしの名前はアウラ・ディベイ・フィオーラ。馬鹿と同じ守護者なの。入れてくれる?」

 聞いたことの無い名だ。ブレインは記憶を辿ってみるが、そんな名前は聞いたことが無い。
 しかしながら恐らくはこの墳墓内でも指折りの実力者なのは間違いが無いだろう。しかも自らの主人と同じ守護者なる存在だという。無論、主人を馬鹿とは認めるわけにはいかないが。
 しかし、だとすると通すべきだろうか。
 ブレインは逡巡し、決意する。

「悪いな、やっぱりさっき言ったとおりだ。ご主人様は通すなといった、ならばここは通せねぇ」

 理解できない存在、どちらかといえば狂人を目撃したように、アウラは眼を大きく見開く。微かに口を開くが言葉は続かない。まさに絶句ということ表現が相応しい態度だった。

「本気? それとも……あの馬鹿……あたしを敵に……。あっそ、なら力づくで通るからもういいよ」

 歩き始めようとするアウラに対し、ブレインはゆっくりと息を吐きながら腰を落とし、柄に手を伸ばす。

 抜刀の構え。

 息を細く長く。
 意識の全てが一点に集中するように狭まっていき、その極限に達した瞬間、逆に莫大に膨れ上がる。周囲の音、空気、気配。全てを認識し知覚できる、そんな世界に達する。それこそ彼が持つ1つ目の武技――『領域』。

 いや、これは違う。

『領域』の効果範囲は半径3メートル。だが、今やその倍、半径6メートルまでを知覚している。さらには生命とも言うべき奇妙な感覚すらも加算されている。これは『領域』を超えた『領域』。

「すなわち『神域』」
「あっそ」

 ブレインの独り言に、アウラはつまらなそうに返事をする。

「それ以上進むというなら四肢の一本ぐらい置いていってもらうぞ」

 無論、殺す気はない。しかしながら相手はかなりの強敵である。ならば死なない程度の一撃を与える。この肉体が強化されている状態にあっては、もはや『神速』も『神速』を超えた一撃となる。
 
「すなわち――『神速2(仮称』」

 良い名前が浮かばなかったブレインに対し、何をしてるんだろうという眼で見るアウラ。
 その警戒の無さ。
 ブレインはこのアウラは抜刀という技を知らないのだろうと判断する。

「来い」
「はいはい」

 やる気なさそうに返答したアウラはブレインを伺う。それから困惑を顔に浮かべた。

「いいの?」
「来い」

 何をしている。
 そんな口調で返答するブレイン。
 それを受けてアウラは頭をかしげる。理解できないものに遭遇したといわんばかりの態度で。無論、抜刀という技を知らなければそれは奇妙な格好をしてるとしか思えないだろう。だが、刀身の届く距離になれば、それは獣が飛び掛る準備をしていたのと同じだと、強制的に知ることとなる。
 それに自らの主人を馬鹿にした口の悪さに対する罰も与える必要があるだろう。
 そう、痛みを持って――。
 
 互いが互いの出方を伺う時間が経過し、じれたアウラが動き出す。

 愚かな。
 にらみ合いというのは先に動いた方が不利。それは手が読まれる可能性があるからだ。そしてなにより抜刀は待ちの剣。それが分からないとは――見た目と同じでアウラはそれすらも知らない子供だということか。ならば最初の一撃は脅す程度で留めるのが優しさか。
 ブレインはそう判断し、僅かに殺意を弱める。

 そんなアウラは場を動かずに、やはり不思議そうな顔をしてから、魔法を発動させた。
 自らの考え違い――接近してくるだろうと思っていたブレインが慌てるよりも早く、魔法は効果を発揮する。

《ヴァリアス・マジカルビースト アイ・オブ・カドブレパス/魔獣の諸相 石化魔獣の瞳》
 
 アウラの瞳がまるでおぞましい獣のように変化し――

「……なんだったんだろ?」

 ――アウラの不思議そうな声が、急速に石と化しつつあったブレインに最後に届いた言葉だった。



 アウラは見慣れた――というほど来た事は無いが、部屋に入ると寄ってこようとするヴァンパイアを手振りで跳ね除け、無遠慮に進む。慌てたようなヴァンパイアに、付いて来ないようにという意味合いを含んだ一瞥くれることも忘れない。

 ナザリック大地下墳墓第2階層の、シャルティアの自室のあるこの一角はどの部屋も先ほどの墳墓然とした様子とはかけ離れた作りとなっていた。それらの部屋は貴族が住むに相応しい立派、かつ豪華な作りとなっている。空気は芳しい香りが漂い、部屋の光量も十分な明るさだ。
 ただ、部屋間は通路によって結ばれるのではなく、部屋と部屋で繋がれているのが奇妙といえば奇妙か。
 数人どころか十数人が寝れそうな異様に大きいベッド――殆ど肌のあらわなヴァンパイア・ブライド付き――のある部屋、使い方を想像することもできないような奇妙な器具の置いてある部屋、乱雑に武器が放り込まれた部屋等々。
 そういった幾つかの部屋を通り過ぎ、空気中に含まれた水分が多く感じる部屋に出た。
 その部屋には肌も露わというより全裸のヴァンパイアたちが幾人もおり、その群がっている中央、そこに目的の人物をアウラは発見する。
 脱衣所だろう空間には無数の化粧品が並ぶ台や、姿見の鏡、そういったものが置かれている。

「何しに来んしたんでありんすか?」

 白のバスローブを着たシャルティアが、イスに陶然と座りながら、アウラに声を投げかけた。
 怪訝そうなものに無作法さを咎めるような雰囲気を混ぜ込んだ声を受けて、アウラも微かに眉を寄せた。とはいえ、近寄ってこようとしたヴァンパイアを止めたのは自分だ。シャルティアの立場からすると突然、自分の家の奥まで乗り込まれたような感じなのだろう。そう思うことで納得する。
 自分だって突如誰かが私室に乗り込んできたら、なんで応接室代わりの場所で待ってないのかと問うだろうから。

「ふーん。叱られたという話のわりにはしょぼくれてないね」

 シャルティアの視線に険が入るが、直ぐに抜け落ちる。そんな変化にアウラはあれ、っと思うが表情には出さない。

「いうわぇ。でもまぁ、わたしのミスなんだしいわれてもしょうがないでありんすね」

 アウラにいうのではなく、独り言のようにシャルティアは呟く。

「結構へこんでんす。守護者でわたしだけがミスしてるんでありんすから。頭、痛いでありんすぇ」
「……周りのどっか行って」

 シャルティアはアウラの言葉を受けて迷っていたヴァンパイアに立ち去るように命令を下す。

「それで何のようでありんすか? 出来れば手短にして欲しいんでありんすぇ。 またお風呂に入る予定でありんすから」

 水浴を最も好むアウラからすると、熱い湯に浸ることの喜びは微妙に分からない。とはいえ、これから話す言葉を聴いてもそれだけの余裕を保てるのか興味はつかない。

「そーいや、変な門番に会ったよ」
「ああ、あれ」

 面倒なものの名を聞いたというように顔を歪めるシャルティア。

「何なの、アレ?」
「アインズ様のご命令で時間的にもう昨日になるのかしら、捕まえてきた人間でありんすぇ。 邪魔でありんすから殺したいんでありんすが、色々情報を持ってるらしくて、アインズ様からそのまんま捕まえておくようにって命を受けていんす。そのため、あんまりあんな男の顔を見てるのもヤダから、警備と門番代わりに使ってるってわけでありんすぇ」
「門番ならせめてもう少し良い武器渡してあげればいいのに」
「まぁぇ。でも探すのも手数だしぇ。そんなわけで、そこら辺に転がってた刀を上げたんでありんすぇ。 ほんと、最初持っていた武器があまりにしどくて」

 長ネギを振り回してるほうが匂いがつくから嫌だ、と軽く笑うシャルティアをアウラは冷たく眺める。その表情に何か感じるものがあったのか、シャルティアは口を閉ざした。

「……で、さっきの門番の件の続きなんだけどさ。アインズ様の名前を出したのに、あたしを通さなかったよ」

 冷たい見下すようなアウラの表情にシャルティアはぎょっとしたものを浮かべ、次に慌てたように口をパクパクと動かすが言葉にはならない。
 アウラはそのまま両肩の鞭に手を伸ばす。
 その行為の理由は戦闘態勢。それが分かったシャルティアは顔を凍りつかせる。

「……本当に?」
「ほんとう」
「深く謝罪させてください」

 座っていた椅子から立ち上がると、シャルティアがアウラに深く頭を下げる。

「武器抜いてないし、なんか畏まるような格好を取ったから殺さないで石化で済ましたけど……ちゃんと教育した方がいいんじゃない?」
「返す言葉もありません」
「……昨日、今日シモベになったなら教育が最初でしょ。あんな態度取る奴を門番なんかにして、もしあたしの代わりにアインズ様が来ていたら大問題だよ」
「まったくおっしゃるとおりです。そこまで融通が利かないとは思ってもいませんでした」

 はぁー、とアウラは大きなため息をつく。鞭は丸め、肩に巻きつける。頭を下げたまま、アウラを見ないシャルティアに言葉を連続して投げかける。

「少し抜けてるんじゃない?」
「はい、申し訳ないです」
「ほんと、ミスがどうのってさ。するべくしてしたんじゃない?」
「申し訳ないです」
「あなた守護者なんでしょ。そんなミスを繰り返してどうするの?」
「はい、すいません」
「ミスしたら普通は挽回するように他の働きで取り返すのが普通でしょ。それなのに何?」
「はい、頭が回っていませんでした」
「そんなにお風呂入りたかったわけ?」
「いえ、滅相もございません」
「でも。あたしが来たときのあの余裕はそんなこと言ってないけど」
「はい、注意不足で油断していたための言葉です。アインズ様のご命令をお持ちされた方のご気分を害し、申し訳ありませんでした」
「謝ってるけどさぁ。本当に悪いと思ってるの?」
「はい、思ってます」
「…………ふぅ」

 ペコペコと頭を下げるシャルティアにアウラはため息をつく。とりあえず気分も収まったし、ここに来た理由を話すべきだ。シャルティアを責めることに夢中になって、アインズからの命令を言い忘れたりしたら大問題だ。
 それにここの一件を片付けて、はやく自分の階層の新たな部下に色々と指示をしなくてはならない。

「……さて、本題にはいろっか」
「はっ」
「アインズ様からの勅命を伝えます」
「承ります」
「シャルティアは低位――2レベルまでのアンデッドからなる軍勢を準備し、進撃できるように外に整えておくこと」

 シャルティアは頭を上げるとアウラを注視する。アウラの言葉、それはつまりは――

「攻めるみたいよ」
「……指揮官は?」
「コキュートス」

 ざっくりと切り捨てるような言葉を受けて、シャルティアは自らの内に生まれていた淡い希望を投げ捨てる。

「了解しましたとアインズ様にお伝えください。問題が無ければ聞きたいのですが、何処を攻めるつもりで?」
「ああ、それはね――」





――――――――
※ アンデッドの軍勢の話はコキュートスの回なんで、あと6話ぐらいあとかな? 攻める先は今のところ話にも出てないところなんでご期待には答えられないと思いますけど。
 つーか、血が流れてなかったら勃たないよね。うん、ファンタジーだし、なんとかなるんだよきっと。
 次回……なんだろう……変な話な33話「準備3」でお会いしましょう。準備3で良いのかなぁ……。



[18721] 33_準備3
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2011/10/02 06:55



 ピニスン・ポール・ペルリアは困っていた。
 いや困っていたというのは軽い表現だ。なぜなら、彼女は現在、命の危機にさらされているのだから。
 とはいえ、彼女の感情的には困っていたという言葉が最も相応しい。
 自然の体現とも言うべき彼女からすると、生と死、奪うものと奪われるもの――弱肉強食はあくまでも自然の営みの一環なのだから、仕方がないと認識するしかないからだ。
 無論、だからといって死にたいわけではない。まだ彼女は若い――そう人間で言うところの30年も生きてはいないだろう。彼女の同族からすると幼い子供も同然だ。そんな若さで死を望むほどの変わった種族ではない。

 では何故、それに対して抵抗しないのか。

 確かに彼女が頑張れば勝てないまでも時間を稼げるはずだ。しかしながらそれを行わない理由のひとつは、ある意味、諦めが彼女を支配していたからだ。
 そして次に助けを求めるような種族が近郊にいないのも問題だった。時間を稼いだとしても、そこで話が終わってしまうのだ。次に打つべき手が無いために。
 無論、周辺に同族やそれに連なる種族はいる。
 だが、彼女の命を奪おうとするものを追い払うことのできる存在はいない。それは強さ的な考えから来るもの――戦っても勝てないから――であればまだ簡単だったかも知れない。しかしながらそれは生物の命の循環を重視する――弱肉強食なのだから仕方が無いという――種族的なものの考えから来ていたためだ。
 そのため彼女を助けてくれるような存在はいなかったのだ。

 つまり彼女の命は風前の灯火だったのだ。



 ■



 バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の中央を走る境界線たる山脈――アゼルリシア山脈。その南端の麓に広がる森林――トブの大森林。

 膨大な広さを持つこの大森林は、王国で暮らす人間の生活圏の1/5に匹敵するほどの広い敷地を持っている。
 これは確かに大森林が広いこともそうだが、人の生活圏内というのはさほど大きくないことに起因する。人の生活圏は基本的には平野が主となっているのだ。
 これは幸運なことと言えるだろう。強大なモンスターの生活圏とかち合わないことが多いのだから。
 ――いや、だからこそ人間の先祖は平野を生活圏としたのかもしれない。

 単純に人という種族は弱いのだ。それゆえに群がり、知性から生み出される武器や魔法で身を守る。
 それに対しモンスターと分類される生き物の大半は強大である。
 鋼鉄を凌ぐ硬い外皮や爪や牙を持つもの、魔法にも似た特殊能力を持つもの、桁はずれた肉体機能を持つもの――そんな強大な存在であるモンスターの生活圏は、隠れる場所が多い、敵が少ない、もしくは直ぐに逃げられる、日差しに当たらない、等の障害物の多い地形を重要視するものが多い。それからすると丸見えな平野に生活の場所を求めるものは少ないのだ。
 
 平野とそれ以外。
 
 これで人とモンスターの生活圏が明確に区切られていると考えると分かりやすいか。そんなモンスターの生活圏である原生林に入るのは、一部の職業に付いた者であり、特に依頼を受けた冒険者ぐらいなのだ。

 勿論これは人の話であって、エルフやドワーフという種に関してはまた別の話なのだが。


 さて、蛇足から話を戻し、トブの大森林。
 浅い部分は猟師や薬草を探す者が入り込むものの、奥地まで入った者は少なく、出た者も少ない。そんな場所である。
 アゼルリシア山脈には膨大で多様な鉱床が眠っているのだが、取り囲むように存在する危険な大森林をわざわざ踏破する者はいない。大森林はあくまでも南端部分を取り囲んでるにしか過ぎないからだ。アゼルリシア山脈北部から入り込めば解決する問題だからだ。
 それに生い茂った原生林は闊歩が難しく、見通しが悪い。そのため何時何処からモンスターに襲われるか不明なために、絶えず注意をしなくてはならない。そのため原生林の冒険は非常に神経をすり減らす作業となる。

 それらの理由により、探検するものは少なく、詳しい地形はあまり判明していない。
 一部の冒険者たちがロマンや財宝を求めて冒険を繰り返してはいるが、本腰を入れてどこかの国が動いたということは歴史上一度たりとも無い。
 ただ、森で取れる希少な薬草には十分な価値がつけられるが、命と金のバランスを考えてみるとあまりに釣り合いが取れない。それぐらいならもっと別の――それこそかつての遺跡を探った方がメリットは良い。
 そのため依頼抜きでトブの大森林を冒険するものは、勇敢か無謀さのメーターがぶちぎれた本当に一握りである。

 そんな人の手のはいらない秘境であり、モンスターたちの楽園かつ生存競争に日夜明け暮れる場所。それこそがトブの大森林である。

 その南端部分。
 トブの大森林に入り、おおよそ直線距離で30キロ。アゼルリシア山脈より流れる人の手によっては名前が付けられていない川が巨大な湖を形成する場所より、3キロほど東――バハルス帝国側。
 
 巨木が立ち並ぶ一角。そこにピニスンの木があった。


 ピニスン・ポール・ペルリア。
 種族名はドライアド。
 森の妖精の種族であり、木の妖精だ。人ともエルフとも表現できそうな女の外見に、肌は磨かれた木の光沢を持ち、緑の髪は新緑を思わせる。超がつくような一級の芸術家が木から作り出した裸婦像、そんな姿だ。
 自らの木と密接な関係を持ち、そこより離れることはそれほど出来ない。それは離れれば離れるほど弱体化して行き、最後は命を失ってしまうためだ。さらには自らの木を切り倒されればそれでも存在を喪失してしまうために、自らの木やその他の木を大切にし、それを傷つけようとするきこり等と諍いを起こしたりもする。
 外見的は勇ましくは無いが、そんな木々の番人という言葉が相応しい種族だ。
 

 ピニスンにとっての幸せは日差しを浴びることであり、大地から吸い上げる水が自らの木の中を流れることであり、自らの木が風に揺れてその葉を揺らす音を聞くことである。
 そんな時間がどれほど流れたか。
 ドライアドにとっての時間という概念はさほど価値のあるものではない。数世紀に渡って生きる存在が、数年程度の時間に価値を見出すわけが無いのだから。
 そんな彼女が始めて困惑した。
 彼女が困惑するというのは、恐らく自我意識を持って以来初めてのことだろう。先ほども述べたとおり時間という概念が太陽が昇って落ちてという程度しかない彼女にとっては、それがどれぐらい前かを知るすべは当然無いし、答えるすべは無い。太陽の上り下りの回数を数えるようなことをしないためだ。
 
 そんな初めての困惑の元――それはゆっくりと自らの木に向かって伸びてきつつある蔦だ。
 
 絞め殺す蔦<ギャロップ・アイビー>。
 木に巻きつき、ゆっくりとその木を駄目にする植物だ。ただ、普通の蔦との違いは、ギャロップ・アイビーはモンスターにも属する植物ということだ。
 名前の『絞め殺す』。これは木を絞め殺すのではない。生物を締め殺すために付けられた名前なのだ。
 蔦を伸ばし、木を巻きつくと同時に、鞭にもなる蔓を巻きついた木の枝から幾本も垂らす。そして木の近くを歩む生物めがけ巻きつけるのだ。そして絞め殺し、栄養を取る。そんな植物モンスターが正体である。
 木に巻きつくのは、当然、その木の栄養を奪い、自らのものとするためだ。死体から栄養を補給できない間は、巻きついた木から奪う。そのために奪われる木は、いずれは枯れていくこととなる。

 そんな植物モンスターが枯れつつある近くの木から、ピニスンの木を目指し蔦を伸ばしつつあるのだ。
 このままでいけばその内、ピニスンの木に巻きつき、ゆっくりと栄養を奪っていくだろう。

 ピニスンも幾つかの魔法を使うことはできる。だが、その中で植物に有効な魔法は持っていない。ピニスンの持つ魔法の力は、魅了や困惑といった精神に作用するものが少しである。残念ながら当然のごとく植物には効かない。

 もし友好的な人型生物が通りかかればお願いしたり、敵意ある人型生物なら魔法をかけてギャロップ・アイビーと戦ってもらうことはできただろう。しかしながら、このドライアドの住処まで来る人型生物は数年に一度あるかないかである。
 残念ながらピニスンはそんな人型生物を見たことが無かった。
 そのため、徐々に諦めが彼女を支配しつつあった。


 そんなある日。
 普段はピニスンは自らの樹の中で眠りについている。無論、妖精である彼女にとっての眠りというのはぼんやりとした夢現状態であり、半ば覚醒した状態といっても過言ではない。
 そんな彼女の感知能力に引っかかる何かの存在。

 瞬時に覚醒状態に移行したピニスンは、注意深く周囲を伺ってから、自らの木から顔を覗かしてみる。

 それは傍から見ると、木に芽が出来、それが枝になっていく過程で人にも似た顔になったという光景だろう。一種異様な光景だ。
 そんな風に頭だけを覗かせたピニスンの視界の中、4体の奇妙な生き物がゆっくりと歩いているのが木々の隙間から垣間見えた。
 
 体長4メートル。身長は2メートルを越える。下半身は四足のまるでトカゲやワニのような爬虫類を思わせるもので、その上に筋骨たくましい人と爬虫類を融合させたような体が乗る。
 ケンタウロスの爬虫類版というのが最も簡単な説明か。
 片手に2メートルはありそうな、良く磨かれた鋼鉄のハルバードを持っていた。鋼鉄以上の強度を誇る鱗の上には、馬用にも転用が利きそうなプレートメイルで更に身を包んでいる。
 盛り上がった肉体はその内に秘めた力を感じさせ、きらびやかに磨かれた武器や鎧は練度の高さを髣髴とさせ、いかつい顔に宿る英知の輝きは深い知性を思わせた。
 ピニスンが遠くから見たどんな森の生き物よりも強大な存在に感じられる生き物達だ。


 ピニスンが見たことが無いこの種族。
 それはユグドラシルでいうところのドラゴタウロスという種族だ。
 彼らはその中でハイ・ウォリアーと呼ばれるモンスターである。38レベルと然程レベルが高いわけではないが、豪腕という特殊能力によって強化された武技ウェポンブレイクをもって、剣しか使わない幾人ものプレイヤーを泣かせた事があるだろうモンスターだ。


 その内の1体。先頭を歩くドラゴタウロス・ハイ・ウォリアー。
 その目がぎょろっと動き、ピニスンを捕らえる。
 ピニスンは慌てて木の中に潜り込んだ。
 見つかっただろうか、いや見つかってないだろう。そんな不安を抱きながら、自らの木の内部から透かすように様子を伺う。
  
 ゆっくりと先頭のドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーが向かう先を変え、ピニスンを正面から見据えるように歩き出す。後ろの3体は歩くのを止めると、視線だけを向けてくる。
 無論、木の中にいるピニスンは見つからないはずだが、それでも鋭い眼光が正面から叩きつけられるのは非常に恐ろしい。
 やがてドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーはピニスンの木まで来ると、周囲を見渡した後、小首をかしげながら手を差し出す。ピニスンの頭ぐらい簡単に包んでしまうような四本指の巨大な手だ。
 それがピニスンの木を触り、撫で回す。
 偽装しているのではないだろうかという疑惑を解くための行動だろう。

 突如、一本の蔓が鞭のようにしなり、ドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーの分厚い首に巻きつく。近くの木に巻きついたギャロップ・アイビーが餌にするために蔓を伸ばしてきたのだ。
 そしてブチブチという音を立てて、容易く引きちぎられる。
 再び、今度は数本飛んで来る。だが、結果は同じだ。時間をかけるまでも無く容易く引きちぎられる。それ以上は蔓が無くなったのだろう、飛んで来る気配は無かった。

 その間、ドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーはギャロップ・アイビーをチラリと一瞥する程度。大したことがないといわんばかりの態度を表した。

 このモンスターなら私を助けてくれる。
 ピニスンはそんな確信を抱く。だが、どうやって頼むかだ。

 ピニスンの視線がドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーの持つハルバードに動く。ピニスンの木を簡単に切断しかねないそんな武器に。

 魔法をかけるのはどう見ても命取りだ。ならばお願いするしかないだろう。
 しかし、大丈夫なんだろうか。ピニスンは迷う。下手したらこのモンスターに自らの木が切り倒されるのではないだろうかと。
 だが、ここで彼らが行ってしまったら、もしかするともう奇跡は起こらないかもしれない。

 ピニスンは逡巡し、そして決心する。

 ――あのー。



 ピニスンは待っていた。
 さきほどのドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーは主人の命令を受けて、近隣を捜索していた部隊だということで、助けていいか主人と連絡を取り合うということに交渉の結果なったのだ。
 太陽が一度沈み、最も高い位置まで昇った頃、1つの小さな影がピニスンの方に歩いてくるのを発見した。

 先頭を歩く人影の後ろに複数の影。ドラゴタウロス・ハイ・ウォリアーも入ればもっと別のモンスターもいる。その姿はつき従う従者を思わせた。
 ならば先頭を歩く小さな者が主人か、そう判断したピニスンは目を凝らし、絶句する。
 
 その人影はダークエルフ。
 ピニスンは驚き、眼を大きく見開く。長老より話には聞いたことがあるが眼にするのは当然初めてだ。
 ダークエルフ。それはエルフの近親種族。だが、エルフが森に住居を構えるのに対し、ダークエルフは洞窟や地下に住居を構える。性格は普通。悪でもないし善でもない。エルフのような自然に強い敬意は持っていないが、ある程度は無為なことはしない種族である。
 何よりの驚きは、まだ少女といっても良い年齢だったことだ。

「ふふふーん」

 ダークエルフの少女は楽しげに鼻歌を歌いながら近づいてくる。後ろの複数――計8体のモンスターたちは20メートル以上後ろで立ち止まった。少女のみ、そのままピニスンの木の前まで来ると片手を気楽に上げた。

「こんにちわー」
 ――こんにちわー。

 ピニスンは木の中から全身を出して、鏡のように片手を上げる。そして同じように語尾を延ばして挨拶をすると、少女はちょっと驚いたような顔をしてから、満面の笑顔を浮かべた。

「何でも困ってるって話を聞いてきたんですけど?」

 ピニスンは口ごもる。ピニスンたち妖精や精霊とは異なり、ダークエルフは外見年齢はほぼ生誕と合致し、時間の経過と共に成長する種族だ。外見が幼いということは、中身もまだ幼いということ。そんなまだまだ幼い子供に危険を被ってくれとは言い出せない。
 そのピニスンの葛藤を看破したのだろう。ダークエルフの少女は朗らかに笑う。

「大丈夫ですよ、あたし1人じゃないですから」

 その言葉はピニスンに踏ん切りをつけるには充分な言葉だった。
 確かに考えてみれば後ろのモンスターたちが呼んで来たのがこの少女だ。少女に無理でも、あのモンスターであれば問題なく解決できるだろう。あれほどのモンスターなのだから。ピニスンは後ろのモンスターたちから少女へ視線を動かす。

 ――助けてくれるんですか?
「まずはお話を聞いてからかな。無理なお願いもあるかもしれないし」

 全くその通りだ。とはいえ昨日の様子からすると楽勝なことだとは思えるのだが。
 ピニスンは頷くと話し始める。しばらくピニスンの置かれている状態を話す。
 その話が終わった頃、少女は大きく頷いた。笑顔が浮かんでいた。

「なるほど、了解。ちょうど良かった。それなら何とかできるよ」
 ――本当に?!
 
 うんと頷く少女に、じゃあとピニスンは言葉を続けて、

 ――助けてくれま――

 そこまで言いかけると、少女はそこまでと言わんばかりに片手を突き出す。

「えっと、助けてもいいけど、こっちもお願いしてもいい?」

 確かに代価を要求するのは当たり前だ。モンスターと戦ってもらうこととなるのだから。

 ――どんなお願い?
「うん。あたしナザリックというところから来たんですけど、植え替えてもいい? ほらそうすれば助けることにもなるしね」
 ――……え?
「えっと、あたしの階層にあなたを持っていっても良いですか?」

 ピニスンはダークエルフの住居とする場所を思い出し、困ったように返答する。

 ――太陽と風、水が無い場所だとちょっと……

 それに対して少女は朗らかに笑った。

「大丈夫! 偽りの太陽だけどちゃんと光合成できるし、雨は魔法で起こしてるし、風だって魔法で操作してるから全然問題ないよ」

 ピニスンは驚く。
 自然の力を行使するスペルキャスター――ドルイドの魔法に天候操作というものは存在すると、聞いたことがある。
 実際、彼女も非常に弱いながらも自然の力を使った特殊能力や魔法を行使できる。そこから予測すれば確かに非常に難度は高いだろうが、ドルイドの力を持ってすれば天候操作も可能だろうとも思える。だが、そんな大自然を意のままに操る領域というものは、力の桁が違う。
 もはや御伽噺、伝説、神話――そういったものに足を突っ込んだような力だ。

 まさかそれが実際に存在するとは。

 ――……あなたがやるの?

「ん? 違うよ、マジックアイテム」

 ピニスンはそんな凄いマジックアイテムが存在することに驚き、続くダークエルフの少女の言葉を聞き逃す。いや、聞き逃して正解だったのかもしれない、少女の――無論、あたしもできるけど――という言葉は。

 ――凄いんだね……
「そうかなー?」
 ――凄いんだよ、そのマジックアイテム!
「ふーん」

 あまり納得のいってない少女にちゃんとそのアイテムの凄さを説明した方が良いかと思案する。
 それほどのアイテムなのだから恐らく、マジックアイテムの最高級品たるアーティファクトと呼ばれるものだろう。多分、部族か何かに伝わっている至宝ゆえに、大したことがないと思っているのか。
 無知は罪ではないが、時と場合によっては恥をかくものである。少女が恥をかかないように、折角出合ったのだから教えてあげるべきだろうか。
 幼い妹に物を教えるような気持ちになっていたピニスンはそこで頭を振る。
 とりあえず、その辺りは今現在は重要な点ではない。もし住処を変えたなら、そのときに説明してあげればよい。
 
 ――でもあなたがそんなこと勝手に決めてもいいの?
 
 ピニスンを野原に咲く花と同じように考えて欲しくない。持って帰ったら親に怒られましたので返します、では困るのだ。植え替えるという行為はピニスンが命をかけているという事を理解しているのだろうか。

「大丈夫だよ。許可もいただいてるし。それにあたし実はかなり偉いの」
 ――……本当に?
「ふふーん」
 
 自慢げなものを浮かべた少女だが、そこでピニスンの疑惑に満ち満ちた視線に気づいたのか、多少むっとした顔をする。

「あんまり信じてない?」
 ――うん、ごめん。結構。
「ぶー」

 間髪いれずのピニスンの返答に、不満そうに頬を膨らます少女。その姿を見て誰が偉いと思えるのだろうか。

「まぁ、いいや。来てもらえればあたしがえらいの理解してもらえるしね。そんなわけで植え替えて良い? それとも駄目?」
 ――植え替えて私は何をするの? 酷いことされるのは嫌だよ?
「そんなことしないって。あたしの部下になって働いて欲しいんだ」
 ――働くって?

 先ほどのモンスターを思い出し、ピニスンは遠慮したい気持ちで一杯になる。あれほどのモンスターとピニスンを一緒に考えてもらわれては困る。あまり荒事はピニスンは得意ではない。

「そんな不安がらなくても大丈夫。暴力沙汰にはならないから」
 ――本当に?
「ほんと。部下になってやって欲しい仕事のはね、あたしの守護している場所にある、森の管理をして欲しいの。今、あたし人の暮らせそうな場所を作りたくて色々やってるんだけど、森はあっても木が適当に生えてるだけなの。切っても良い木の選抜とか、木の育成とか手伝って欲しいんだ」

 個人的には木は適当に伸びるものだとピニスンは思うが、育成に関しては心惹かれるものがある。ただ、気になる点が1つ。

 ――人? ダークエルフじゃなくて?
「うん」

 人の事はピニスンも知っている。しかしながらダークエルフと仲が良かったのだろうか、という疑問が浮かんだ程度だ。まぁ、よくは理解できないが人にためにピニスンの力が欲しいということだろう。
 
 ――怖いモンスターいない?
「大丈夫。あたしの部下になれば襲われないよ」
 ――……いるんだー。

 ニコニコと笑う少女にピニスンは抵抗の意志を急速に無くしていた。

 考えてみれば悪い話ではない。
 問題は植え替えのときぐらいか。大地が合わなくて、もしくは根を傷つけられることによる命の危険。だが、このままここにいれば緩慢な死が訪れるのだ。
 そのピニスンの不安を読んだのか、少女は笑う。

「大丈夫。掘り返したときと植え替えるときに治癒系の魔法を発動するから。それにもやっぱりどうしても帰りたいということになったら、ここまで持ってきてあげる」
 ――治癒の魔法も使えるの?
「もっちろん」

 ここまできてしまってはもはや抵抗の意味は無い。死にたくないのなら今差し伸べられた手をとるべきだ。
 そして確かに住み慣れた場所を離れることへの寂しさはある。だが、それよりも大きな今までとは違う光景への好奇心があった。
 ピニスンは、了解したという風に頷く。

 ――よろしくお願いします。ご主人様
「よし、任しておきなさい」

 ドンと自らの薄い胸を、少女は丸めた手で叩く。

「そして――あたしの名前はアウラ。アウラ・ディベイ・フィオーラ。あなたのお名前は?」
 ――ピニスン・ポール・ペルリア。アウラ様って言ったほうが良い?
「うーん。別にいいよ、あなたはそういう意味で部下にするんじゃないから。ただ、守って欲しいこともいくつかあるんだ。その辺はあとで説明するから。まずは色々とやっちゃおうか」



 ■



「ふーん。それで移したわけでありんすか?」
「そうだよ。ピニスンの知り合いのドライアド数名と一緒にね」
「それ以外はどうしたんでありんすか?」
「放置。殺すのが目的ではなかったし。アインズ様は人と共存できそうなモンスターがいたら、交渉して仲良くなれ、そして第6階層につれて来いって言われたから。こんどは長老とかいうトリエントと交渉する予定」

 何故、弱い存在をわざわざナザリックに部下として引き入れるのか。捕虜にした人間の監視させたりするのが目的なのだろうか。
 シャルティアは理由を知っていそうな、横のアウラに問いかけようと口を開きかけ、口ごもる。アウラは楽しげに眼下のアンデッドたちを見下ろしている。その無邪気な姿を見ていると、理由を聞くのが負けたような気がするのだ。
 シャルティアも眼下のアンデッドに視線を動かす。

 シャルティアとアウラがいるのは、第1階層入り口入って直ぐの広間の少しばかり高くなったバルコニーだ。本来は弓兵やスペルキャスターを配置し、迎撃するための場所だ。現在は位置転換され、アウラとシャルティアしかいない。

 この弱いアンデッドの群れも謎だ。
 ナザリックのアンデッドの平均は恐らく16レベルぐらいだ。それから考えるとこの低レベルアンデッドの目的が予測できない。アインズの思惑が理解できればもっと適切な行動をとることが出来るのに。
 そんな風にシャルティアが思考の迷路に捕らわれている最中、横のアウラがポケットから何かを取り出そうとしている。

「ピニスンたちを招いたその働きを称えて――じゃじゃーん!」
「何だぇ、それ?」

 アウラはシャルティアの前に銀で出来た腕輪のようなものを突き出す。無骨な銀の作りの、手首に填めるのがちょうど良さそうな代物だ。実際、それは時計と同じ働きを持つ一般アイテム。ユグドラシルでは非常に見慣れたものであり、アウラほどの存在が自慢げに見せる価値があるかというと決して無い。
 だが、それをアインズから褒美として賜れたものであれば一転する。
 自らの失態とアウラの成功。それを見せ付けられるようで、ジリジリとした感情がシャルティアの心に浮かび上がる。只でさえ、指輪を下賜された守護者とされてない守護者という隔絶した違いがあるのだ。
 
 しかしながらシャルティアはそれを表に出すほど子供でもない。ただ、返答が冷たくなってしまったのは、仕方が無いことだろう。

「それが?」
「ふふーん」

 そのシャルティアの返答に気が付かなかったのか、アウラはそれをいじりだす。突如、女性の声がその腕輪から流れた。

『く、じ、じゅうはち、ふんです』
「こなたの声はもしかして……」
「すごいでしょー! ぶくぶく茶釜さまのお声!」

 至高の41人であり、アウラを創造した人物。そして今は姿を隠した存在。そしてシャルティアを創造したペロロンチーノの姉にあたる方。
 その声をいつでも聞くことの出来るアイテムともなれば、その価値は計り知れない。至高の41人によって生み出されたナザリックの高位者で、そのアイテムを欲しがらない者はいないだろうと断言できる。
 欲望がメラリとシャルティアの中で燃え上がる。そのアイテムを欲しくて欲しくてたまらないのだ。
 だが、その一方でアウラからそれを譲り受けることは出来ないだろうという、適中率100%の予測も立つ。
 当たり前である。
 自らを創造した人物の声を聞けるアイテムを、手放す者がナザリック内に存在するわけが無い。大体、逆の立場を考えれば当然の答えだ。しかしながら、淡い期待を抱くのは勝手だろう。

 シャルティアはアウラに話しかけようとして――空間転移による乱れを常時展開している防御魔法によって感知する。振り返った先にはアインズが立っていた。
 跪こうとする2人を手振りで止め、アインズはシャルティアとアウラの横まで来ると、広間に集められたアンデッドたちを一瞥する。

「兵の数は揃ったようだな」
「はい。ご命令どおり集め終わりんした。ゾンビ2500、スケルトン2500、グール900、アンデッド・ビースト400、スケルトンアーチャー200、スケルトンライダーが120です」
「……あれほど下等なアンデッドでもこうやって集めてみると壮観なものだ。数とは偉大だな」

 アインズは広間に集められた兵力を確認する。 
 レベル1以下のスケルトンとゾンビ。レベル1のグール。レベル差が色々とあるアンデッド・ビーストの中から、レベル1から2のものが集められている。そしてレベル2のスケルトン・アーチャーとスケルトンライダー。
 圧倒的な戦力不足だ。これなら予定通り不利な戦いが出来るだろう。ただ、問題はグールか。
 アインズはグールを今回の実験に参加させるべきか検討を行い、直ぐに答えを出す。

「……ご苦労だった、シャルティア。だが、グールは下げろ。グールの麻痺毒は少々奴らには手ごわいだろうからな」
「はっ!」

 何か言いたげだがそれを隠し、畏まったシャルティアから視線を動かす。向かった先で、アウラの手に持った腕輪を見たアインズが苦笑いを浮かべる。

「気に入ったようだな」
「はい!」
「そうか」深く頷いたアインズは楽しげに言う「なら、もう隠しボイスは発見したか?」
「え? なんですか? それ?」
「また見つけてなかったか。そうだな……連続して10回、早く起動させてみるといい」

 アウラは素早く、手の中の腕輪を操作する。
 
『く、じ、く、くくく、くくくくく――』
 
 突如、声が途切れ――

『あ゛ーん! 連続で押してんじゃねーぞ!』

 ――どすの効いた女性の女性の怒鳴り声が響く。

「! 申し訳ありません、ぶくぶく茶釜さま!」

 電気でも走ったかのようにアウラは飛び上がると、両膝をつき、リングを両手で掲げながらペコペコと頭を下げる。ぎょっとしたのはシャルティアもそうだが、アウラほどではない。驚いた表情でアインズを見つめる。

「今のは一体なんでありんしょうかぇ……」
「あー。すまん、そこまで驚くとは思ってもいなかった」

 まさかアウラがそこまでの反応をするとは思ってもいなかったアインズは、心底悪かったといわんばかりの口調で謝罪する。そして跪いたアウラを立ち上がらせる。

「今のは計10個ある隠しボイスの1つだ。暇なとき全部探してみるといい」
「他にはどのようなものがあるんですか?」
「うん? うーむ、確か」昔の記憶を蘇らせようと、呟くように言葉を発するアインズ「ロリ娘の口調でおにいちゃんと呼ぶ奴とか、チュパ――!」

 ぴたりとアインズの動きが止まり、ぎぎぎという擬音が相応しいような動作を持ってアウラの方に頭を向ける。

「なんでしょうか?」

 そんな無邪気なアウラの返答を聞き、アインズは困ったように顔を歪める。
 一度与えた褒美を奪うのは不味い。しかしながら幼い子にあんなものを聞かせて良いのか。それにあれを聞くことで忠誠心が目減りしないだろうか。いや、この世界には成人指定とかは無いだろうから問題ないのでは……。
 アインズはあんな声――いや音だろうか――を冗談でも入れたぶくぶく茶釜に文句を言いたい気持ちをぐっと堪える。まさか、あんな遊びアイテムにここまで苦悩しなくてはいけないとは。

 逡巡し、やがてどうすべきか決定したアインズは搾り出すような声を上げる。

「いいか、アウラ。これは絶対に守らなければならない命令だ」
「は、はい!」
「……7時21分の後に19時19分の音声案内を聞くなよ? なんでかは聞くな、分かったな?」
「は、はい。了解しま――」
「――そ、それで他には何の話をしていたんだ?」
「はい。他にはアウラが集めてきたドライアドの話をしていんした」

 話題を変えるためだろうと理解し、すぐにそれに乗ってくれるシャルティアに感謝の念を向けると、アインズは返答する。

「ああ、それか。――疑問があるような顔だな、シャルティア」
「はい……何故、弱いモンスターを集めておられるのでありんすか? 確かにナザリックには妖精系のモンスターはおりんせん。でありんすが、6階層まで侵入した者を撃退するには力があまりに足りていないように思われんす。わざわざ招く意味合いがあるのかと疑問に思っていんす」

 アインズは考え込むようにシャルティアを眺めてから、口を開く。

「我々がこの世界の存在と共存しているという建前を作りたかったんだ。交渉しなくてはならないような強敵が出現した場合のことを考えて、私達も良い事をしてるんですよ、という場所を設置することは悪いことではないと判断してな」

 仮に邪悪な行いをしているとして討伐対象になったとしても、そうでない部分を見せることで相手の矛先を鈍らせたり、交渉に持ち込んだり出来るよう、善なる部分を持ちたいという考えである。
 そして1階層から3階層までは地下墳墓、4階層は地下湖、5階層は氷結地獄、7階層は灼熱地獄。ナザリックの階層から考えれば見せ掛けの楽園を作るのに最も適した階層はやはり6階層だ。それに何より敷地面積が最も広いというのも適した環境だといえるだろう。

「上手くいくでありんしょうかぇ?」
「さてな。だが、第6階層に敵意なく集めた存在が、我々は優しい者でもあると証言してくれるだろうよ。それ以上は期待していない。それにもう1つ。多種多様の部下を持つ事は悪いことではない。だからこそナザリック大地下墳墓に元々所属してないモンスターたちを従属させようと思っている」
「なるほど」

 ようやく納得がいったような様子のシャルティアを見て、苦い思いがアインズの心中に生まれる。アウラはそうでもないようだが、シャルティアは力こそ全てと考える傾向が強い。恐らくはナザリックの中でも最もそうかもしれない。
 戦闘中の前線指揮官にはいいかもしれないが、現状のような微妙な問題が存在する中では使い勝手が悪いと言える。
 とはいえ、先の失態を半ば許したように守護者を遊ばせる余裕も無いのも事実。つまりはアインズがしっかりと手綱を取った上で行動させるほか無い。

 何でここまで頭を使わなくてはならないのか。自らの会社の上司は結構丸無げだったはずだ。それとも知らないだけで結構頭を使っていたのだろうか。

 そんな不満が頭を過ぎるが、そんな思いを振り払う。自らはギルド長であり、絶対権力者。このナザリックの――アインズ・ウール・ゴウンの栄光を守るものだ。最初っから困難は理解していたはずだ。
 その困難の1つ1つが栄光への道に繋がっているのだと思えば、歓喜の表情で受け入れられる。
 ……無論、嘘だが。
 
 アインズがそんな風に決心を固めていると、再びシャルティアから質問が投げかけられる。
 
「おしまいにアインズ様、差し出がましいことでありんすが、質問させていただいてもよろしいでありんしょうか」
「――許す」
「こなたのアンデッドの群れをあの部族にぶつけることに意味があるのでありんしょうかぇ? もし必勝を狙うならもつとも強大なアンデッドの軍勢を配備し、攻め込むのが得策かと考えんすが」

 当然の疑問だろう。守護者クラスの存在からすればあの程度のアンデッドでは5000もいたところで、掃討まで数分持たないかという程度でしかない。ただ、仮にデスナイトが相手をするとなると流石に1体では、1秒2体としても2500秒は掛かる。範囲攻撃を出来ない対象への時間稼ぎにはもってこいだ。
 しかしながら結局は時間稼ぎしか出来ない程度の存在を、これほどまでに集めて何をするんだというところだろう。

「アウラ、お前はどう思う?」
「あたしもシャルティアと同じです。弱い奴を指定で集めさせたということは、それ自体に意味合いがあるとは思うんですが、それがどういう意味なのかまでは……」
「故意的に波状攻撃を仕掛けるおつもりでありんしょうかぇ?」

 弱いモンスターほど早くPOPする。ゾンビやスケルトンであればかなり早い速度で出現するだろう。

「残念ながら外れだ。今回の全ては実験のためだ。私の思いどおりに事が進んだら、その時にこそ真意を話すとしよう」

 それで話は終わりだといわんばかり態度でアインズは言葉を切る。シャルティアもアウラも納得したのか、理解したといわんばかり態度で頭を下げた。
 実験が失敗するかもしれないのだから、あまり偉そうなことを言いたくないというアインズの考えだが、部下の2人はそう思わなかったようだ。
 感心したような、期待に満ちた目でアインズを見つめてくる。恐らくは深い思案あっての事だと判断したのだろう。自ら、ハードルを上げたことに対しての後悔がアインズの中で生まれる。
 これで大したことじゃないと思われたらどうするか。ならば別の話も準備してごまかせばよい。

「……今回の一連の件が終わったときシャルティア、お前に指輪――リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの予備を渡す。今回の件で急な命令が下るとは思うが、適切な行動をとることを期待している」
「はっ!」
「それと――あのヴァンパイアは何処だ? ブレインだったか?」
「……はい。今、わたしの自室の方にいんす 」
「ふむ……なら行くか」
「アインズ様が行くまでもありません。今呼んで来ます」
「いや、色々としなくてはならないことが……何か隠してないか?」
 
 おどおどと目が動くシャルティアに鎌をかけてみる。

「あ……今……石です」

 石? アインズは思わずシャルティアを凝視する。何故か、シャルティアだけでなく、アウラも視線を避けるようあらぬ方角に目を向ける。
 また、何かあったのか。
 連発して起こる予想外の事態に、アインズは頭を抱えたい気持ちがぐわっとこみ上げてくる。
 組織運営ってこんなに苦労するものなのか。世界中の会社の上役の給料が高いのも当然だ。
 そう叫んで転がれたらどれほど楽か。しかしながらアインズ・ウール・ゴウンにそのようなことは許されない。
 アインズは瞬時に精神の均衡を取り戻す。
 石化はステータス変化の1つにしか過ぎない。容易く治せるものだ。ならばここは黙認するのが主人として正しい行為だろう。そう判断したアインズは気にしないこととする。

「…………理解できないが、まぁいい。解除して……いや、良い。共に行くか」
「はっ!」
「ではアウラ。ドライアドにナザリックの一般的な知識を与えておいてくれ」
「はい。分かりました」
「よし、行動を開始するとしよう」






――――――――
※ アウラは結構穏便に仲間にしてます。まぁ、相手が交渉から入ったからなんですが。
 次は……どういう人生を歩むことになるのか。エンリが出る話ですね。34話「準備4」でお会いしましょう。



[18721] 34_準備4
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/10/24 19:36



 ポリポリという軽快な音がその家に広がっていた。

 丸太で作ったこの住居はさほど広くない。大きな広間が1つと、それに隣接した小部屋が2つ。当然2階もロフトも無い。ただ、全てが大きく作られている。人というよりはもっと大きな生物のことを考えて作られたような感じだ。
 小部屋の片方は簡素な2段ベッドが2つ置かれただけであり、安宿の一室を思わせる作りとなっている。もう一方はがらりとしており、たった1つのものを除いて何も置かれてはいない。
 1つとはぽつんと壁に立てかけられた巨大な姿見の鏡だ。外ぶちは金の輝きをもつ金属で出来ており、全面に渡って奇妙なルーンのようなものが細かく彫り込まれている。鏡はまるで水を凍結したように表面に曇りは全く無い。それ以外に変わったところは無い鏡だ。
 
 そんなここで生活していくには少々大変な、ある意味作りかけとも取れるような小屋だった。
 そんな小屋の広間の中央には大きなテーブルが1つ。そしてその周りに6つのイス。どれも木で作られたさほど立派ではない。実用性を重視した作りのものがあった。

 そんな一風変わった家の広間にいたのは、2人のメイドだ。

 両者とも非常に美しいために、住居と雰囲気がまるであっていない。そのためになんとも表現できない、奇妙なちぐはぐ感が生まれていた。

 イスに座っている1人は健康的な褐色の肌の持ち主で、ころころと表情が変わる非常に明るい女性だ。年齢的には20になる頃だろうか。活発な雰囲気が三つ編みにすることによって急増している。尻尾が生えていたならパタパタと振っていそうだ。

 そしてもう1人は先ほどの女性とはまるで正反対なほど、落ち着いた雰囲気を漂わせた人物だ。ナザリックに存在するメイドの中でも身長、雰囲気共に年齢がある程度上のように思われる。恐らく20台半ば過ぎか。
 夜会巻きにした髪が雰囲気と相まって非常に似合っていた。

 前者のメイドの名をルプスレギナ・ベータ。後者の名前はユリ・アルファ。
 両者共にセバス直轄の戦闘能力を保有したメイドだ。

 
 ルプスレギナの手がテーブルに置かれた木の皿に伸ばされる。
 そこから摘み上げられたのはポテトを薄くスライスして、油で揚げたものに塩を振りかけた食べ物だ。それが口に放り込まれ、ポリポリと音を立てる。

「いやー、美味しくてとまらないっすね」 
「美味しい?」
「美味しいっす。ユリ姉が食べられないのが残念っす」

 朗らかに笑う女性からは嫌味はまるで感じられない。ユリと呼ばれた女性も、その間も食べ続ける少女に苦笑いを浮かべる程度だ。

「そんなに食べると太ると思うよ?」
「大丈夫っす。私は食べても太らないタイプって奴なんで」
「そうかい? なら、ボクの分もたっぷりと食べてくれよ。残すとペスの奴に悪いからね」

 この食べ物――ゴールデン芋のスライス揚げという名がユグドラシルではついているが――を持ってきたのはメイド長自身だ。それもわざわざユリに手渡しで。
 そんなユリとメイド長の互いに親しみを込めた口調に、その光景を黙ってみていたルプスレギナは首を傾げたものだ。
 そんな今まで聞こう聞こうと思っていた謎を解き明かすチャンスだと判断し、口を開く。

「ユリ姉はペストーニャ様と仲がなんで良いんですか?」

 メイド長という地位についているペストーニャはナザリックの中では、戦闘メイドであるユリより立場的に上だし、レベル的にも上だ。決して様を外して呼んで良いわけではない。大体、セバスに知られれば叱られるだろう。
 いない場所でのみ敬称を略して呼んでいるというなら一気にユリの評価が駄々下がりだが、そうではないことはルプスレギナは良く知っている。
 階層的にはほぼ同じ階に存在しているが、与えられた立場的にも接点がまるで無い。いや、同じ神官同士と考えればまだルプスレギナの方が接点があるといえるだろう。ならば何故というところだ。

「ああ、至高の方々が仲が良かったからかな。ボクを創造者したやまいこ様、ペスを創造された方、アーちゃんを創造された方は同じ女性同士ということもあって良くお喋りをしていたから。そんなわけでボクたちも仲が良いってわけさ」
「……アーちゃんて誰っすか?」
「アウラ」
「やっぱりー! 守護者の方をちゃん付けはまずいっしょ!」
「大丈夫だって。時と場合、すべきところを間違いなければ叱られないから」
「いわれてみれば……アウラ様、ユリ姉に飛びついていましたね」
 
 ルプスレギナはアウラが飛びつくところを思い出す。胸に埋もれて苦しそうだったな、なんて思いながら、正面にあるユリの異常なまでに豊満な胸にちらりと視線を走らせる。
 そんなルプスレギナの横顔を何処を見てるんだかと、困ったような顔で見るユリ。

「でかいっすよね。メロン……スイカっすか? ちょこと齧ってみたい気持ちになるっす」
「何を言ってるんだか」

 やれやれと肩をすくめるユリ。

「そんなにでかいと楽師にちょっかい出されないっすか?」
「ボクはちょっかいかけられたこと今のところ無いね。君がどう思ってるかの予測は立つけど、実際は彼、意外にマトモだよ?」
「はぁ。なら良いっすけど……。あんまりすかないんすよね、あの人」
「しょうがないよね。チャウグナー種族自体、性格が悪いからね。でもその中にしてはマトモだと思うよ?」
「まぁナザリックの者にちょっかいかけたら不味いってことぐらいは理解してるってことっすかね?」
「多分ね」

 そう答えてから、ユリは苦笑いを浮かべる。

「……ボクはシャルティア様のほうが怖いよ。なんか変な目でこっち見るんだよね。飢えた獣みたいな目で」
「まぁ、シャルティア様はあれっすから……」
「悪い人じゃないんだけど、あの性癖はちょっとね」

 2人で顔を見合わせ笑う。無論、悪意というよりも事実を言っているという雰囲気が多分に含まれていた。
 
「しかし、暇っすねー。侵入者来るなら早く来てくれないもんすかね?」

 欠伸の真似事を行うルプスレギナの姿に微笑を浮かべる。

「フラグを立てたようだね」
「んい?」
「ほら」

 ユリの指差す方、窓にはめ込まれたガラス越しに、小屋に向かって進んでいく1つの影があった。

 それは一台の荷馬車だ。
 それがごとごとと揺られながら向かって来ている。御者台に乗って手綱を持っている女性は農民のような姿をしているのだが、それに対して繋がられた2頭の馬は毛並みの良く、体躯も立派な見事なものだ。道の無い草原の中、荷馬車を問題なく引っ張ってきているのだからそのほどが分かるというものだ。
 農民と立派な馬。その二者の隔絶したギャップが強い違和感を生み出している。
 まだ距離にしてはかなりあるが、荷馬車が揺れるたびに複数の何かが乗っているのが伺える。

「ポリポリ……なんすかね? 侵入者っぽくはないっすけど?」

 最後に口にくわえていたポテトを食べきると、ルプスレギナは片眉を上げる。
 どちらかといえば商人とか街に食料を持っていく農民みたいだと、呟くルプスレギナ。しかしながらそれにしては馬が立派すぎる。あんな汚れて服を着た人物には不釣合いだ。
 考えられるのは主人から貸し出されたとかそういった類の話か。しかしながら答えを出すには、現状では少々情報が足りない。

「そうだね。取り合えずは友好的に会ってみようか」

 ユリはそう言いながら、両手を伸ばし、テーブルの上に置かれた自らの頭を持ち上げる。そして首の上に乗せると、切断面をチョーカーで隠すと同時に固定する。
 デュラハンであるユリとしては頭をぶら下げて行っても良いのだが、それが初対面の人間相手には、非常に不味い対応だというのぐらい理解できる頭はある。

 2度、3度落ちないことを確認すると、立ち上がった。

「さて、行こうか」
「了解っす」

 ぴょこんという感じで立ち上がったルプスレギナと共にユリは扉に向かって歩き出した。

 
 外の日差しは意外に強い。
 ユリは日差しを遮るように片手を上げて、太陽を隠す。
 意外に冷たい風が草原を駆け抜けていくが、それに負けないとでもいうようにジリジリと照りつけてくる太陽は、いまだ頂点まで上っていない。これからまだ暑くなりそうな雰囲気だ。
 ユリは別に温度の変化は苦ではないが、強い日差しは好きでは無い。少しばかり今出てきた丸太小屋を物惜しげに見てしまうのは致し方ないところだろう。

 今ユリたちが出てきた太小屋は、ナザリック大地下墳墓の地表部分、正面門の脇に建てられたものだ。目的としてはいわば関所の詰め所のようなものである。
 そんなものをわざわざ建てたのは、ナザリックに勝手に入って勝手に死ぬのは良いが、せめてその前に一言ぐらい警告をしておこうというアインズの狙いのためだ。無論、善意ではない。アインズとしては今だ世界の状況を把握してないために、最低限度の友好性のアピールとしての警告が真の目的だ。警告はしたんだよという言い訳にも使うためにこの丸太小屋が新築されたという寸法だ。アインズ自身としては人の住居に勝手に乗り込んできたなら、死のうがどうなろうが自業自得だという考えの持ち主なのだから。
 ただ、何も知らない子供とかが入り込んで死んでしまうのは、哀れであるという感情も無いわけではない。好物の最後の一個を地面に落としてしまった友人に向ける程度の哀れみがアインズにだってある。
 ようはこの2者のメイドは侵入者が死んで構わない人物か、判断するという役割を与えられているのだ。
 
 手を翳したまま、僅かに目を細め、ユリは進んでくる荷馬車を見る。
 向かってくるのはかなり大きいが幌のついていない運搬用のものだ。馬の手綱を持っている少女の後ろ――荷馬車には幾人もの人の気配のようなものが感じられる。
 ユリはゆっくりと呼吸を吐き出し、注意深く気配を探ることとする。
 武道家<モンク>系統のクラス、キ・マスターが保有する特殊能力『気探知』。生命体の数と自らとの力の差を感じ取る能力だ。力の差は漠然とし分からないし、アンデッドや人造生物<コンストラクト>のようなものの探知は出来ないが、不可視の存在も看破できる等、まぁまぁ使い勝手は良い。
 
「なるほど」

 ユリは小さく呟くと、一瞬だけ荷馬車のさらに後ろの草原に視線を動かす。それから荷馬車に戻すと集中を解く。

「気づいてるっすよね」
「うん」

 ルプスレギナの確認の言葉にユリは軽く返答をする。

「それよりそろそろ言葉遣い」
「はい、了解しました、ユリさん」
「はい。良く出来ましたルプスレギナ」

 微笑むと、ユリは客を出迎えるメイドに相応しい表情を作る。その横でルプスレギナも同じようにしている。その2人の姿は見るものによっては全然似てないのに姉妹と思わせるものがあった。

 やがて荷馬車はかなり近くまで来ると、ゆっくりと止まる。御者台から少女が降りるよりも早く、荷馬車からバラバラとゴブリンが降り立った。

 ユリたちに動きは無い。
 荷馬車がユリたちに近寄ってくる間に、後部に複数のゴブリンの姿を認識し、ユリは一応は戦闘準備も念頭に入れた上で行動すべきかとも考量し、却下した経過があるからだ。
 というのも、もしゴブリンたちが攻撃の意思表示を見せたなら、そのときは容赦なく殺せばよい。そう判断したのだ。
 それはさきほどの感知では、掃討するのにさほど時間の掛からない程度の存在としか受け取らなかったことを思い出したからだ。

 そんな決定を下したユリの前で降り立つゴブリンの数は全部で15体。荷馬車一台に良くぞ入っていたと褒め称えたくなる数だ。

 基本的にユグドラシルではゴブリンの最低レベルは1だが、様々な――スペルキャスターやロードといった――種類や特殊部族、職業がおり、そして背格好が同じゴブリンでも名前の前にレベルが与えられることのよって、強さに変化がある。
 そしてこのレベルの高さは武装の良さや、衣服の豪華さによって判断できる作りとなっていた。これはよくあるRPGのゲームで、色が同じでもちょっと外見を変えることで別の強さのモンスターになるのと同じ要領だ。

 荷馬車から降り立った中でも最も多い――12体のゴブリンは、背格好は雑魚モンスターとしての最低レベルゴブリンだが、それよりかは非常に武装が整っている。
 チェインシャツに円形盾<ラウンドシールド>、腰に肉厚なマチェットを下げている。チャインシャツの下は茶色の半袖半ズボン。それにしっかりとした毛皮で作った靴も履いている。腰には小物入れらしきポシェット。
 小柄ながらもしっかりとした筋肉の隆起が、腕や足の鎧に覆われてない部分に見え隠れしている。

 恐らくはレベル8クラスのゴブリン。そうユリは判断する。

 そんな12体のゴブリンは馬の手綱を受け取ったり、荷馬車と馬を固定している棒との固定紐を確認したり、御者台に乗っていた少女を降ろしたりと慌しく行動を開始する。遅れて降り立ったのは3体のゴブリン。

 最初に降り立ったのは一回り大柄のゴブリン。
 姿格好は戦士といっても過言ではない。ゴブリンとは思えないほどの筋骨隆々の長躯。それを実用第一主義な無骨なブレストプレートが包み、使い慣れたようなグレードソードを背中に背負っている。鋭い視線を周囲に飛ばしながら、ゆったりとした動きで歩を進める。

 その右横には人型生物の髑髏を被ったスペルキャスターのゴブリンだ。
 手にはみすぼらしいながらも自分の身長よりも長い、くねった様な木の杖を持っている。全身はどこかの部族がつけそうな奇妙な装飾品等で身を飾っており、胸の部分が僅かに膨らんでいる。顔を良く見ると確かに女の可愛らしさがある。何で男と女でこんなに違いがあるの、と疑問符が浮かんでしまうほど。

 左隣には歪んだような印を首から提げた神官らしきゴブリン。叡智というよりはずる賢そうな顔をしている。レベル8ゴブリンのものよりは立派なチェインシャツを纏い、腰にはモーニングスター。

 ゴブリンリーダー、ゴブリン・メイジ、ゴブリン・クレリックといったところか。ユリは言葉には出さずに呟く。

 どのゴブリンたちも服とかは汚れているように見えるが、実のところそれほど汚いわけではないようだ。というのも臭いにおいが殆どしないからだ。
 それに時折ゴブリンリーダーを中心とした、しっかりとした組織立った動きが伺える。
 それは傭兵。そんな言葉が最も似合った一団だ。

 そして最後にゴブリンたちの手によって御者台と荷馬車から1人づつ少女が丁寧に降ろされる。
 御者台に乗っていた少女は栗毛色の髪をみつあみにして胸元ぐらいの長さに伸ばしている。日に焼けて健康的な肌に、黒い瞳。そこそこ可愛い顔立ちだ。
 もう1人は御者台の少女を小さくしたようなようだった。恐らくは妹だろう。両者共にそれほど裕福ではない、農民の姿格好だ。
 おどおどと周囲を見渡し、ユリたちを驚きの目で観察しているようだった。まるでこんな場所にこんな格好をした人がいるのが信じられないような。2人からは困惑と圧倒されているという雰囲気を感じ取れた。
 
 ユリとルプスレギナが見ている前で、突如、一斉に降り立ったゴブリンたちが女性を取り囲むように隊列らしきものを整える。
 そしてなんだか奇妙なポーズをとった。思わずユリもルプスレギナも目をぱちくりしてしまうような。
 それからタイミングを取るように互いの顔を見合わせてから、ゴブリン全員の調和の取れた大声が辺りに響く。

「おれたち、エンリの姉さん親衛隊!」

 恥ずかしそうに中央の2人の少女も奇怪なポーズを一瞬取って、直ぐに辞めると俯き、真っ赤な顔で地面を凝視した。
 
 シーンという音が正しいぐらい、辺りが静まり返る。遅れてゴブリンたちから歓声が上がった。
 ユリは思わず口をぽっかりと開けてしまった。あまりにも想定外過ぎる。ユリほどの存在が、今起こったことを完全に理解するまでにしばらくの時間が必要だったのだ。
 それに対しゴブリンたちは上機嫌だ。

「ひゃっはー。決まったぜ、兄弟!」
「準備に1日はかけたもんなぁ。最初は決まらなくて大変だったし」
「おれたちの努力も報われたぜ!」
「おう。メロメロだな。メロメロ」
「でもよぉ不味いぜー。おれたちにはエンリの姉さんがいるって言うのに」
「断るって辛いことだよなぁ」

 口々にゴブリンたちが互いの肩を叩きながら騒ぎ立てる。そんな騒ぎの中心にいた少女たちは今だ恥ずかしげに顔を俯かせたままぴくりとも動こうともしない。
 耳が真っ赤だ。そんな益体も無いことをユリは思う。

「エンリの姉さんも感動してるみたいだぜ! そんな顔を真っ赤にしてまで感動してくれるなんて、俺達もほんと、嬉しいですぜ」
「やっぱ、ポーズがいいんすよ。美しさと偉大さ、それと慈悲深さを体現した、勇ましいポーズ!」
「そして中央のエンリの姉さんがとったポーズを強調する。やっぱこれが考え付いたリーダーは天才ですよ!」
「だろう? 特にエンリの姉さんにやってもらったポーズは相応しいだろ。三日三晩寝ずに考えただけはあるだろ?」

 凄かったよ。ひっくり返ったカエルみたいだったよ。そう、エンリと呼ばれている少女に声をかけた方が良いだろうか。そこまで考えユリは思い出す。
 アインズから言われている客人の名前を。

「……まさかエンリさまですか」

 そのまさかという部分に何を感じ取ったのか、エンリと呼ばれた少女は消えてしまうような声ではいと返答した。エンリの後ろに隠れるように、妹だろう少女が顔を真っ赤にしたまま逃げ込む。
 2人とも穴があったら確実に潜っているだろう。

「あー。えっとよくいらっしゃいました。アインズ様からいらっしゃったら――」
「ちげぇよ! エンリの姉さんは俺の嫁!」
「そいつはリーダーとはいえ許せねぇな!」
「はぁ。俺が姉さんはもらうに決まってるじゃないですか! 俺これからの人生設計もう立ててるんですから。まずここから帰ったら――」
「俺……妹さんでいいなぁ……」
「………………ろりこんだめぜったい」
「YES、ロリータ。NO、タッチ」
「えっと、いらっしゃったら――」
「いや、エンリの姉さんを幸せに出来るのは俺しかいねぇ!」
「ふむ……君達のように腕力でしか考えられないような存在にエンリの姉さんを任せられるわけが無いだろう。大体我が神はこう言っているんだよ、汝、エンリを幸せにせよと。キラーン」
「きも! キラーンって口で言う奴始めて見たぞ!」
「つーか、てめぇの神って悪神だろ!」
「だいたいマッチョこそ全てだ。逞しい男に女は惚れるってもんよ! お前みたいな筋肉のつきが悪い奴に任せられるわけねぇだろ」
「……いがいにおんなのほうがすきかも……」
「いや、そりゃ無い」

 ……こいつらうるせぇ。
 微笑を浮かべたまま、ユリの眉間がピクリと動く。どうしてくれようか。そう思ったとき――

「ぶははははっはは! 最高っす。面白っす!」

 ――突如、ユリの横から爆笑が響く。それに押されるようにゴブリンたちのおしゃべりが止む。

「――ルプスレギナ」

 たしなめるようなユリの言葉を受けてもルプスレギナの笑みは元には戻らない。

「いやー。最高っす。つーか、よくいらっしゃいました、おふた方。アインズ様より来たら歓迎するようにって言われてるっす」
「ええ。エンリ様と妹のネム様ですね。我々ナザリック一同、お待ちしておりました」
「あ、はい。えっとよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げるエンリ。隠れるようによろしくお願いします小さな声がした。

「ネム!」

 後ろにいる少女を引っ張り出そうとするエンリを止め、ユリは周囲で今だ誰がエンリの夫かについて語っているゴブリンたちを見る。

「それでこちらのゴブリンたちは?」
「はい。あの――」
「おれたちはエンリの姉さん親衛――」
「あなたたちには聞いてませんから」

 ユリにばっさり切られ、ゴブリンリーダーがしょぼんと肩を落とす。

「えっと、アインズさん……様からもらった角笛を吹き鳴らしたら出てきた方々で……あの、私を今まで守ってくれてました」
「そうでしたか」
 
 さてどうするか。ユリは考える。
 エンリのように招いている人物を中に入れることは問題ではないが、アインズに忠誠心を持たない存在を多数入れることはあまりよろしいとは思えない。品位の無い存在では特にそうだ。
 一応はアインズに連絡を取り、その上で行動すべきだろう。
 ではその順番だ。まずは客人であるエンリとネムをナザリックの待合室に招いた上で、アインズにゴブリンの件を相談。そういった流れで行くべきだろう。勿論、エンリとネムがそれに反対しなければだ。

「ではまずエンリ様とネム様をお連れします。あちらの方々は後でアインズ様の許可を求めてからということでよろしいでしょうか?」
「あ、結構ですよ。俺たちはここで待ってますので」
「左様ですか? エンリ様、このようにおっしゃってますが、それでよろしいでしょうか?」
「え? え?」

 どうしようという風にきょろきょろと視線を動かすエンリにゴブリンリーダーが助け舟を出す。

「ああ、気にしないでくださいよ。エンリの姉さん。俺たち堅苦しそうなところは苦手なんで。ここで待ってますんで」
「とのことですので、エンリ様、ネム様。参りましょう」

 今だ迷ったままのエンリを多少強引にユリが連れて歩き出す。エンリの片手を握り締めネムもそれに続く。
 やがて3人は丸太小屋に入っていった。



 ■



「で、お姉さんは付いていかないので?」
「ん? まぁ、ユリ姉が行くから私まで行くまでもないっしょ。――うんでさぁ、何処までマジ?」

 ルプスレギナはにやりと肉食獣の笑みを浮かべた。それに対し、ゴブリンリーダーも歴戦の戦士が浮かべる笑顔でもって迎撃する。周囲の馬鹿話をしていたゴブリンたちは今だ口は動かすものの、注意をルプスレギナに向けているのは見渡せば一目瞭然だ。警戒感の強く混じったものが自らに向けられる感覚に、ルプスレギナは笑みをより濃くする。
 そこにいるのは狩りを始める前の獣にも似た生き物だった。

「何の話ですかね?」
「本気でやったわけじゃないんでしょ? あの馬鹿騒ぎ」
「なんのこと……」

 そこまで口にしてゴブリンリーダーは黙る。無駄だと理解したのだ。

「はぁ。簡単ですよ。あなたたちは俺たちより遙に強い。あなたたちが俺たちを殺す気になったら守りに入っても多分、1人1秒が関の山でしょうよ。でも、俺たちを馬鹿にしてればもしかすると1人3秒ぐらいは時間が掛かるかもしれない。エンリの姉さんと妹さんを守る時間はあればあるに越したことは無いですからね」
「はーん。それで降りる際に馬と荷馬車を固定していた縄を切ったわけだ」
「ええ、そうです。もしかしたら姉さんと妹さんぐらいなら、馬に乗って逃げ出す時間を稼げるかもしれないってわけですね」
「それに後ろに数人いるよねぇ」

 初めてゴブリンたちの顔つきが変わる。警戒感、恐怖感そういった諸々に。

「……そこまで分かるんですか」
「まぁね。騎馬兵が2かな? 獣の匂いが2だし。それともう2人。これは何だろう……わざわざ連れて来なかったことを考えると飛び道具関係……弓兵かな?」
「正解ですよ。弓兵です」
「せっかくだからこっちに呼んだらどうっすか?」
「……おい」
 
 しばし逡巡し、それから近くにいたゴブリンの一匹に顎をしゃくる。
 そのゴブリンはポシェットから鏡のようなものを取り出すと、光を反射させ、合図を後方に送る。

「いや、まじであんた化け物ですよ」

 この距離で気づかれるのか、そういう思いが篭った言葉にルプスレギナは笑う。

「門番が雑魚じゃ話にならんでしょ?」
「ですかね。もう少し可愛いところだと思っていたんですが、間違いだったみたいですね。それであの丸太小屋にアインズ様とおっしゃる方がいるんで?」
「な、わけないっすよ」
「ですよねー」

 やっぱりなと笑うゴブリンリーダー。

「転移門の鏡<ミラー・オブ・ゲート>って言われるアイテムがあるんすよ。二点間を結んでほぼ無限に転移することが出来るマジックアイテムがね。まぁ、色々と細かい設定があるみたいで軍勢とか動かせないみたいっすけど……よくしらないっす」
「すげぇアイテムですね」

 アイテムの効果を考えれば、それがどれほど凄まじいものか誰でも推測は立つ。恐らく欲しいと思わないものは殆どいないほどの物だろう。ゴブリンリーダーですら無数の使い方が考え付くほどだ。金額にしたら小国の国家予算を優に超えそうだろう。

「で、俺たちはこのまま待っていて問題ないですかね?」

 その言葉の裏にあるもの。それを認識したルプスレギナは何も言わずに、ゴブリンリーダーを無表情に眺める。

「どうにせよ。悪い方に転がるんならエンリの姉さんと妹さんだけは命張ってでも助けさせてもらいますよ?」

 僅かに腰を屈めたゴブリンリーダー。そしてその周囲のゴブリンたち。それらに囲まれつつも平然とした顔でルプスレギナは話を続ける意志を現す。それが理解できただろうゴブリンたちに、動揺の色が浮かんだ。
 つまりはルプスレギナからすると周りのゴブリン如き、警戒するに値しないものだと公言しているのだから。

「なんであの時連れて逃げなかったんですかね?」
「簡単ですよ。2人はやばすぎる。せめて数が少なくなれば思ったんですよ。あの小屋にいるのかな、なんて考えていたのが馬鹿みたいですね」
「彼女達に悪いことが起こると思った理由は?」
「口封じ、証拠の抹消。エンリの姉さんからここの主人に依頼されたって話は聞きましたが、あんたたちみたいな存在がいるのに単なる農民の姉さんにお願いする理由が今一歩理解できない。あの村の人間じゃなくちゃいけないとするなら、それはどういうことなのか。それは成功を期しての行動なのか。本当に生きて帰って欲しかったのか。そんな疑問からですね」
「危険がありそうだと認識してるなら、来なければ良かったんじゃない?」
「はん。来なかったら下手すると村に迷惑が掛かるでしょうよ。ここにくれば始末する気なら少ない被害ですむ。まぁ、個人的には村の全員よりは姉さん1人の命のほうが重いですけどね」
「その辺の話は彼女にしたの?」
「まさかするわけ無いでしょう。でもそれとなく姉さんが何を考えてるかは聞きましたよ。だから一同覚悟を決めてここに来たってわけです」

 ルプスレギナは周囲を見渡す。これだけ警戒しつつも今で剣を抜かないのはこちらの様子を伺っているためか。剣を抜いたらもはや敵意を見せたも同然。だが、言葉ですんでいる今ならまだ敵意を突きつけたわけではない。
 つまりは彼らも不安なのだ。彼女はどうなるんだろうと。そして今自分達に起こることで、彼女に起こることを予測しようとしている。だからぎりぎり挑発にならない程度の警戒心を現しているのだろう。
 ルプスレギナは感心したように笑い、それから真面目な顔を作った。

「……ゴブリン。アインズ様はあの2人をお客様として迎え入れろと言った。ならば安全は絶対に保障する」
 
 それからにんまりと顔を崩した。

「つーわけで、あなた方も今のところはお客様っす。まぁ、お客様にそんな口を向けるのは不味いことなんすけど、許して欲しいっすねー」

 ゴブリンリーダーはルプスレギナの顔をしばらく眺め、それから深く頷いた。

「……信じますぜ、美人のメイドさん」
「超をつけて欲しいけど勘弁するっす。それともし彼女たちに何か起こりそうなら、命乞いは私がしてあげるよ」
「たのんます」

 ぺこりと頭を下げるゴブリンリーダーにルプスレギナは邪気の無い笑顔を向ける。

「私は好きっすよ。忠義に厚い奴って」



 ■



 アインズは今少々手が離せないそうなで、しばらく応接室の方で待っていて欲しいとの事で通された部屋で、エンリは絶望を感じていた。

 エンリはちょこんと長椅子に軽く腰掛ける。
 借りてきたというよりも、塒から浚われてきた小動物を思わせる雰囲気で、落ち着かなく周囲をきょときょとと見渡している。その横にはネム。やはりこれまた姉と同じような姿で周囲を見渡している。

 エンリもアインズという魔法使いが凄そうな人だというのは理解していた。だから一般人としての魔法使いではなく、物語に出てくるような魔法使いが住処とする塔にでも住んでいるんだろうな、そんな風に考えていたのだ。
 だが、来ているとまるで違う。
 それはお姫様が出るような物語に入り込んでしまったような、夢のような煌びやかな世界。
 自分がいて良い世界ではない。

 暖炉の上、左右に飾られたガラスで出来た今にも飛び立ちそうな鳥の細工。これ1つ壊しただけで自分の生涯年収を払っても弁償できないほどだろう。
 座っているソファーは綺麗で、自分の服の汚れが付かないだろうかと心配してしまうほど。
 エンリの16年の人生で始めてみたシャンデリアから降り注ぐ、松明でもランタンでも蝋燭でも無い魔法の光。
 置かれた調度品は深い趣のあるものばかりで、立派な家具という言葉の代名詞にもなりそうなものばかり。特にエンリの前にドンと置かれた黒檀の漆塗りのテーブルの重厚さ。価値の分からないエンリでさえ、どれだけ高い物かぐらいは理解してしまう。
 飾られた絵はまるで生きている綺麗な女性をそのまま塗りこんだ精密さ。
 そして下に引かれたカーペットを汚したりしたら怒られないだろうか。座ったまま軽く足を上げて、出来るだけ設置面を少なくするという努力をした方が良いのだろうか、そんなことを思ってしまうほどの柔らかさ。

 エンリは緊張のあまりに倒れてしまいそうだった。ネムもそれが幼いながらなんとなく理解できるのだろう。子供特有の好奇心をこれっぽちも発揮していない。
 胃が痛くなるような緊張感が襲い掛かってくる。空気がぴんと張り詰め、どこかに逃げ出したくもなる。もう数分もすれば2人のどちらかが気絶してもおかしくは無い。

 ――そんな時、ノックが繰り返された。

「ひぅ!」

 びくんと肩が竦み、それに反応し、半ば抱きついていたネムも大きく体を震わす。

「失礼します」

 入ってきたのは銀のサービスワゴンを押してきた1人のメイドだ。汚れひとつも無いほど綺麗で、非常に高価そうなメイド服を着て非常に綺麗な女性。その顔に浮かんでいるのは、優しげな笑顔だ。だが、こちらを見た瞬間一気に激怒の表情になるのでは。そんな不安がエンリを締め上げる。

「お飲み物をお持ちしました」
「け、結構です!」

 すさまじい速さで返答するエンリに、呆気に取られたような表情を一瞬だけ覗かせるメイド。

「……あ、左様ですか?」
「は、はい」

 緊張しガチガチのエンリとなみだ目のネムの気持ちが伝わったのだろう。作り物ではない優しげな笑顔を浮かべると、失礼しますと言ってから、エンリの横に腰掛ける。そして緊張に凍りついたエンリの肩に優しく手を置いた。

「エンリ様。それほど緊張しないでください。エンリ様もネム様もお客様です。のんびり何も気にせずに待っておられれば良いんです」
「で、ですけど……。もしここにあるものを壊したらと思うと……」
「ご安心ください。ここにあるものはアインズ様のお持ちのものからすれば正直大したものは置かれていません。壊されたところでアインズ様はふーんと思う程度でしょう」
「そ、そんな。ここにあるもの全てですか?」  

 見渡すエンリの目からすれば、どれも金額を考えれば頭が痛くなりそうなものばかり。それが大したものではないというのか。

「はい。アインズ様は非常にお金持ちなんですよ」
「そ、それは知ってます」

 あれだけの報酬を支払った人物だ。金持ちだろうとは薄々予測は出来ていた。それでもこれは想像できない。

「ですからご安心を」
「と言われましても……」
「では何かお飲みください。そうすれば少しは気も楽になると思います」
「ですけど……」

 銀のワゴンの上に載ったカップに目を走らせる。白い陶器で出来た繊細な一品だ。ふちは金。側面には深く綺麗な青色で、模様とも絵ともいえるようなものが描かれている。それはエンリが持つだけで壊してしまうのではと怯えてしまうほど。

「――」
 
 エンリが断ろうと声を出す前に扉が数度ノックされる。メイドは一瞬だけエンリに目を走らせ、それから立ち上がるとしずしずとドアに向かった。そして軽く開け、外の人物を確認した。
 それからエンリに向き直ると来た人物の名を告げる。

「アインズ様がまいりました」
「お待たせした。ようこそ我がナザリックに」

 ドアを開けたメイドが横に退くと、そこから奇怪な仮面をつけ、光を吸い込むような深みある豪華な漆黒のローブを身に包んだ人物が入ってきた。エンリの知っている村を救ってくれたアインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔法使いだろう。だが、前に比べると落ち着いたような雰囲気がある。
 それに遅れ、もう1人のメイドが部屋に入ってくる。
 アインズはエンリとネムの前に置かれたソファーに腰掛ける。そしてテーブルの上に何も置かれてないのに気づくと、前からこの部屋にいたメイドに声を飛ばした。

「飲み物は出さなかったのか?」
「も――」
「――私が断ったんです」

 その声に含まれた非難めいた感情を認識したエンリは慌てて口を挟む。それに押されるようにアインズはそうかと呟いた。

「良く来てくれた。エンリにネムだったな。約束の食事の前に、少し話が聞きたいのでね。口が渇くとあれだ。どうだね? 飲み物でも?」
「おまえって呼ばないんですか?」
「……あの時は色々と混乱していたのでね。それにここは我が家であり、客を迎える立場だ。取り繕ったりもするさ」
 
 あの時は転移して1日目の混乱しきった頃だった。だが、今では10日も経過し、しなくてはならない方向性――『アインズ・ウール・ゴウン』の伝説化及び維持というもの生まれつつある。ならばいつまでもあんな口調で話はしてられない。貫禄と威厳を持った話し方で頑張らねばならないのだ。
 
 ――結構、時折ぼろが出るけどな。

 アインズは心中呟く。

「そんなわけだ。別に別人ということは無いぞ?」

 軽く仮面を触りながら、笑いを込めた口調でアインズはエンリに返答する。
 結局のところその辺りが不安だったのだろう。少しばかりエンリの肩が下がる。

「飲み物はいらないと言うことなら、てきぱきと聞きたいことを聞かせてもらおうか」

 少しばかり考え込むように口を閉ざしてから、アインズは話し始めた。

「まずは帝国の野営地に行って羊皮紙を渡すことだが、問題なく行ったのか?」
「はい。帝国の凄く大きい……私からすると凄く大きい野営地まで行きました。そうしたら村を襲った騎士と同じ格好の人たちが4人馬に乗って出てきて。それで私に何をしに来たのか言ってきたので、それで村が襲われた話と鎧、羊皮紙を置いていきました」
「何か、特別な行動を向こうはしてきたかね?」
「いえ。特別は無かったです。羊皮紙と鎧を受け取ると直ぐに引き返しました」
「なるほど……」

 これで村の襲撃は帝国で無い可能性が非常に高くなった。100%とはいえないまでも、それに近い可能性はある。

「あのゴブリンたちは角笛で呼んだんだと思うんだが、危険があったのかね?」
「いえ、夜。遠くで獣のほえ声が聞こえたもので。危ないかと思って……」
「なるほど。……ん? そのつもりで渡したんだ、使ったからと言って何か思ったりしないさ」
「そうですか」

 見るからにほっとするエンリ。
 他に聞きたいことはとアインズは考え、特別に浮かばないことに気づく。知りたいことは山のようにあるが、彼女では知らない方が多いだろう。とりあえずは目的のメッセンジャーの仕事をこなしてくれたことでよしとしよう。

「ありがとう。聞きたい話は終わりかな。とりあえずは食事中に浮かんだら聞かせてもらうよ」
「はい。それでこれをお返しします」

 エンリはパッとしないボロいカバンの中からスクロールと1つの角笛を取り出し、テーブルの上に置く。それはアインズが出発前に渡した、本拠地転移のスクロールとサモンニング・ゴブリン・トループの魔法の込めたアイテムだ。

「いや、これは君のほうで持っておくといい。まぁ、こちらのスクロールは回収させてもらおう」

 転移のスクロール自体は貴重品ではないが、本拠地転移のスクロールは貴重品だ。なぜなら本拠地転移のスクロールは通常手段では作り出すことができないから。

「それとあの……ゴブリンさんたちは」
「ん? ああ、ここまでは連れてきてはいないが、入り口で簡単な食事をご馳走しているよ」
「あ、そうじゃなくて……」

 言いたい意味が分からない。
 アインズは訝しげにエンリを見つめ、さらに言葉を引き出そうと無言を保つ。それから少ししてからエンリが口を開いた。

「あの、お引取りになるんですか?」
「……そういう意味か」了解したという意味を込めてアインズは頷く。「……私のメイドが話を聞いたところ、君に忠誠を尽くすということでね。私は引き取ろうとは考えていないが……まぁ、君が引き取ってくれというならそうしても構わないが?」

 ルプスレギナが情報を収集したところ、アインズに対する忠誠心は欠片も無いとの事。ならば引き取ってもしょうがない。それでも引き取るということなら、殺すか実験に使用するか。
 マジックアイテムによる召喚は魔法による召喚と違い、召喚した存在が長く残る場合があるのがアインズの実験によって判明した。ただ、長く持つモンスターと時間で消えてしまうモンスターの違いまでは現在のところ判別していない。それの実験に使えるだろうか。
 それともこの世界の人間が使った場合の比較検討用に使うべきか。

「あ……」

 何かを考え込むエンリにアインズは一応、助け舟を出すこととする。

「……あのゴブリンたちを養うことが出来ないというなら、多少の食料援助等はしても構わないが?」
「いえ。あの……」少し辛そうに言いよどんでから口を開く。「村の人が一杯亡くなりましたから、ゴブリンさんたちが働いてくれるなら皆嬉しいと思います」
「なるほど……」

 あのゴブリンたちはレベルがあるだけあって、小柄でも普通の人間よりも筋力や耐久力には優れている。今の村の状況を考えると、ちょうど良い働き手になるだろう。
 これは上手い。
 アインズは降って湧いた幸運に躍り上がらんばかりだった。
 ゴブリンが村人達に打ち解け、一員となって行動してくれれば、そして信頼を勝ち得れば、それを召喚する要因となったアイテムを渡したアインズの立場もさらに向上するだろう。ならばあの村においてアインズはまさに救いの主だ。何か行動する際にあの村を一回踏むことによって、色々と有利に事が進めるかもしれない。
 まぁ、その分、あの村の治安や安全に対して多少留意しなくてはならないかもしれないが、その辺は許容範囲だろう。

「そうかね? それならそうすると良い。彼らもそれほど悪いようには見えないしな。君に忠誠を誓っているのは本気だろう。ならば私が引き取るというのは失礼な行為だった、許して欲しい」
「うん。ごぶりんさんたち、けっこう楽しいんだよ」
「ネム!」

 口を挟んだ妹を叱りつけるエンリに、構わないという風に鷹揚に手を振ってから、アインズはネムに顔を向ける。

「そうか。人間と同じようにゴブリンも悪い奴らと良い奴らがいる。あのゴブリンたちは良い奴らということだな」
「うん」

 こくこくと頷くネムに、アインズも釣られるように頭を振る。

「ならば大切にしないとな」
「うん」

 チラリとエンリに視線を走らせ、その話題を打ち切る。

「さて、食事の準備は終わってるはず。子供には退屈だったろう。行こうか?」
「い、いえ、食事は結構です。私たちではこんな凄いところ……」

 プルプルと首を振る。

「ふむ……。まぁ、無理にとは言わないが……折角、ドラゴンステーキを主としたコースを用意していたんだが?」
「どらごんですか?」
 
 ドラゴン。エンリの聞いたことのある色々な物語に出る悪役でもあり正義の味方でもある。ただ、どの話でも凄い力を持つとされる存在だ。そんな存在を食材にするというのだろうか。
 ありえない。からかってるだけだ。もしアインズが言ってるのでなければそう思っただろう。だが、眼前の魔法使いの言ってることは事実と思わせる何かをエンリに感じさせた。

「甘い食べ物もあるぞ。アイスクリームというものは食べたことがあるか?」

 ネムはアインズに話しかけれて首を横に振る。甘いものなんていったらせいぜい果実がもっぱらだ。街まで行けば色々とあるのだろうが、村での生活ではそんなものは食べられない。

「冷たくて、それでいて甘くて……口の中で蕩けるんだ。甘い氷とか雪みたいなものさ」

 エンリもネムもごくりと思わず唾を飲み込んでしまう。

「一度食べてみると良い。――コースの内容はどうなっている?」

 メイドの1人がはいと返事をしてから、食事の内容をそらんじる。

「本日の予定は、一皿目オードブルはピアーシングロブスター、ノーアトゥーンの魚介をヴルーテソースで」
「二皿目オードブルはヴィゾフニルのフォアグラのポワレをご用意させていただいてます」
「スープ はアルフヘイム産サツマイモと栗のクリームスープ」
「メインディッシュは肉料理を選ばせていただきました。これはさきほどアインズ様がおっしゃっていたヨトゥンヘイムのフロスト・エンシャント・ドラゴンの霜降りステーキ」
「そしてデザート。インテリジェンスアップルのコンポート、ヨーグルトをかけて。それに黄金紅茶のアイスクリーム添えです」
「食後のお飲物ですが、コーヒーは好みがあると思いましたのでこちらの方でルレッシュ・ピーチ・ウォーターがよろしいかと思いましたので準備しております」
「以上になります。もし何か変更の点がありましたら、すぐに変えさせていただきますが」

 何を言っているか分からない。
 エンリもネムも呆気に取られたようにメイドを見つめる。魔法の詠唱? そんな考えが浮かぶほどだ。
 豪華なオートミールとか柔らかな白パン。そんなものが2人のイメージの限界だ。それからあまりに逸脱しすぎている。

「ふむ……フォアグラは好き嫌いがあるんじゃないのか? 子供が好きとは思えん。それにしつこいメニューばかり並んでいるように思える。さっぱりしたものでは他には何がある?」
「はい。でしたらオードブルサラダとしてホタテガイのサラダ、プラムスターのコンフィ添えがございます」
「そうだな……先ほどのよりもこちらの方が良くないか?」
「え?! 私ですか?!」

 いきなり振られたエンリは慌てて答える。もはや何を言っている意味不明なのに話を振られても困る。

「あ、あの。い、いえ、お任せします」
「そうか?」

 なんとかその一言を搾り出すように紡ぐのが精一杯だ。アインズはそのままさらに食事についてメイドと話し続ける。
 そんなアインズを、ネムが専門用語を連発する人間に対するような憧憬の眼差しで凄いと呟くのが聞こえた。それにはエンリも同意する。あまりにも自分達と生きている世界が違う。
 嗜好品に金を出せる人間は必然的に裕福である。その中でも食べてしまえば消えてしまう、食事に力を入れることが出来るというのは、その中でも一握りだ。

 住居、知識、そして力。そんな全てを兼ね備えた魔法使い。
 エンリのような単なる農民が相手に出来るような人では無いのだろう。恐らくは王とか言われるような天上人を相手にするのが相応しいだけの人物。この仮面を被った魔法使いはそれほど凄い人なんだろう。
 そんな人に救われたんだ。
 そんな尊敬の思いが、エンリの心中に湧き上がる。

「あの……」
「ん? なんだ?」
「助けてくれてありがとうございました」
「ありがとうございました」

 エンリにあわせてネムもぺこりと頭を下げる。一瞬、アインズは言われている内容が理解できずに、頭の上にクエスチョンマークを浮かべるが、納得したのか鷹揚に手を振った。

「気にすることは無い。もし私がもっと早く気づいていたら君達の大切な人が死ぬことは無かっただろう。君達が助かったのは生きようとした君達の努力の結果だ」
「それでも……あなたのような凄い魔法使いが駆けつけてくれなかったら、私は……それに妹も殺されていました。本当に助けてくれてありがとうございます」

 アインズは只黙って肩をすくめる。

「まぁ、君達がそう思うならそれで構わないよ。私は先ほどの言ったように君達の努力のおかげだと思うがね。さて、そろそろ食事にもでも行こうじゃないか」

 アインズはゆっくりと立ち上がると、先頭を歩くようにドアに向かう。遅れて立ち上がったエンリは自らの服が軽く引っ張られるのを感じた。

「お姉ちゃん」

 ネムがエンリの服をつまみ、何か言いたげな顔をする。エンリにはネムの言いたいことがその顔をから読み取れた。

「うん。こんな凄い人に救われたんだって皆にも教えてあげようね」

 アインズが何者なのか知りたがっている者は実のところ村には多くいる。その理由は簡単だ。あれほどの騎士――デス・ナイトを使役する存在が単なる魔法使いと考える者はいない。ならば自分達を救ってくれた人は、伝説とか物語に出てくるような英雄と呼ばれる存在なのではないだろうかという憧れにも似た気持ちからだ。
 自分達が生きている貧しい世界に、凄い存在が姿を見せてくれた。そんな思い。

 そして今、それを肯定する幾つもの事実が、エンリとネムの前に姿を覗かせたのだ。

 エンリはアインズの後ろ姿に目を奪われる。

「伝説って本当なんだ……。物語じゃないんだ……」






――――――――
※ アインズは食事が出来ません。なので飲み物を飲んでる振りをするでしょう。
 2日で27k書き上げました。けっこう疲れました。読んでる方は疲れませんか? 大丈夫だと嬉しいです。ちょっと急ぎ足で書き上げたものでミスがあったらごめんなさい。
 次回35話……ナーベラルパートだけど出番少な目?な「検討」でお会いしましょう。



[18721] 35_検討1
Name: むちむちぷりりん◆bee594eb ID:c00f733c
Date: 2010/11/14 11:58



 冒険者ギルドの4階まで階段を上り、その男は荒い息を繰り返す。
 恰幅が良い。いや、肥満体とも言って良い体つきだ。腹部にはたっぷり過ぎるほど脂肪がつき、顎の下にもこれでもかといわんばかりに肉がついている。それだけ肉がつくことによって、冴えない肥満型ブルドックというのがぴったりの顔つきになっていた。
 光を反射するほど髪は薄くなっており、残った髪も白く色を変えていた。
 だが、服装は見事なものだ。恐らくは平民では着ることのできないようなベルベットのジャケットを着ている。指輪や衣服はどれも良い仕立てのものばかり。それは彼の財産状況を赤裸々に映し出していた。 

 エ・ランテルは王直轄領の都市であるために、王から派遣された役人たちが都市の管理運営を行うこととなっている。そして都市長ともいうべき役人達の頭。それが彼――パナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイアである。

 外見に反してと言って良いのか、彼は無能ではない。それどころか有能の部類に入る人物である。
 というのもこの都市は帝国との戦いの最前線となるために、色々な根回しや様々な物資の管理ということを行う必要性が出てくる。確かに商人や役人たちに任せればことは足りる